吹雪「迎えを待っていたんです」 (95)

その日はまさに夏真っ盛りといった具合で、さんさんと照り付ける太陽があまりにも熱かったせいでしょうか

どこか責め立てられるような感じがして、少しうんざりしていたんです

いつまで経っても迎えがこないもんですから、ならいっそ自分から行ってやろうと思って

それで急に立ち上がったら、なんだかぼーっとしちゃって、身体がふわふわとしていて、それがどこか気持ちよくて

だからなのかはわかりませんけど、その時私には見えたんです

見間違いかとも思ったけど、それは確かに




「妖精…さん?」




ぼやけた視界とふやけた思考がそれを捉えてしまった瞬間

きっとその時から、私の運命は決まっていたんです

あの大海原の、水平線のそのまた向こう側へと、きっと私は

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1415303332

このSSは艦隊これくしょん~艦これ~の二次創作です
地の文、設定の自己解釈満載なのでご注意ください





カツカツと後ろから足音が聞こえてきて、そこでやっと私は正気に戻りました

それにしても不思議な物を見た気がします、これもきっとこの暑さのせいでしょう

陽炎とかいうやつです、地面からの熱気が作り出すとかいう蜃気楼的な

じゃなきゃ現実にホウキに乗って飛ぶ小さな妖精なんているはずがありません


「この子、私が見えてるよー!間違いないよー!」


最近の陽炎は幻聴まで発するみたいです、最新型って凄いですね

思い切り私を見ているのもきっと勘違いです

もしかしたら暑さで疲れているのかも、とも思いましたがそんなはずもありません


「おー、やっと見つけたか。この羅針盤壊れてるのかと思ったぞ」


その声に思わず振り返りました、今のって人の声?

まさか、等身大の陽炎?いや、流石にそんなはずが



「こんにちは、お嬢さん。ここはちょっと暑いからそっちのベンチでお話しませんか?」


そう言ってさっきの声の男性が手を差し伸べてくれます

まさか声をかけられるなんて思ってもみなかったのでとても驚きました

ここは田舎ですからそうそう人が通りかかることもありませんし、まして声をかけられるなんて初めて

お話しするのはいいんですが、その前にどうしても聞いておきたいことがあります


「あの、あなたも見えてるんですか?」


「うん?あぁ、見えてるよ。この子たちは僕の友人だから気にしなくても大丈夫だ」


「こんにちは!」
「初めましてーっ!」
「これからよろしくね」
「見つかったんだし帰ろうよー、あちーぃ」


これはなんと言いますか、なんと言えばいいんでしょう

目の前の男性の肩に乗っかる3人の妖精さんとホウキに乗っている妖精さんが思い思いに喋っています

一人だけ帰ろうとしていますが、皆さん友好的な雰囲気ですけど

いきなりのことに驚いてしまうと言いますか、男性は差し出した手を引っ込めて

あー、暑い暑いなんて言いながらさっさとベンチに向かってしまいました

艦娘を人間からスカウト方式かな?
面白そう期待しています(`_´)ゞ

状況だけを見ればかなり不審、妖精が見えるなんて言う男性

それでも不思議と警戒心はなく、それよりも妖精さんの方が気になって

結局、彼に付いて行ってしまうのでした



屋根付きのベンチ、正確に言うと廃線になったバス停に二人で腰かけます

ふと横を見ると器用に男性の肩に乗る四人の妖精さん、落ちないんでしょうか


じろじろと彼の方を見ていると、何かに気付いたように彼が話し出しました


「あぁ、この服が気になるか?コスプレでも変質者でもないから安心してくれ」


違います、説明する順番が間違っています

でも言われてみると確かにこの人は見慣れない格好をしていました

白を基調とした、制服でしょうか?見たことのない方なのでヨソから来た人なのは間違いありません

都会ではこういう服が流行ってるとか?流石にそれはないか

それにこんな服をどこかで見たことがある気もします


「あの、もしかして軍人さんですか?」


「正解。若いのによく知ってるな、もちろん偽物じゃないぞ」



もしかしたらそうじゃないかと思いましたが、まさか本当に当たるとは

嘘をついてるような顔には見えませんし、嘘をつく意味もありません

だから本当に軍人さんだとは思うんですが、こんなところに何の用があるんでしょう

自分で言うのもなんですが、ここは本当に辺鄙な田舎です

特に大した施設もなく、都会に行くのに電車を何本も乗り継がなければいけません

しかもその電車自体も一時間に一本がいいところです

とても不便なところですが、海が近いのは自慢できると思います

ここからも見える海の景色はとても綺麗で、毎年夏になるとよく皆で遊びに出かけます

「別にこんな平和なところでドンパチしようってわけじゃないんだけどな、ここには個人的な用事があって来たんだ」


軍人さんの用事、といっても特に思い浮かびません

会ったばかりだというのもありますけど、やっぱり何もないところです

海を見に来たんでしょうか?私もここから見える海は大好きなのでそうだと嬉しいです


「ここからはよく海が見えるね」


「はい!私もここから見える景色が大好きなんです」


嬉しくなって思わず大きな声を出してしまいました

この景色を見に来たんでしょうか?ならもっとよく見える場所を案内しないといけません

そう意気込んでいた私に軍人さんは、思ってもみないことを尋ねました



「じゃあ、ここから見える海がもうすぐ戦場になるって言ったら、どう思う?」

突然の話に思わず息を飲みました。ここから見えるあの海が、戦場に

私の大好きな海、たくさんの思い出がある場所

本当に平和なこの町の、あの静かな海が戦場になる


「そんなの、嫌。絶対にダメです!」


「あぁ、僕もそうさせないために軍人になった」


その力強い返答にホッとしたのも束の間、彼が説明を続けます


「でも、敵はもうすぐ近くまで来ているんだ。このままだとこの近海まで来てしまうかもしれない」


「敵ってどういうことですか?どこかと戦争するなんて、そんな話聞いたことがありません」


わざわざこんな町でまで軍備をするならもっと話題になっているはず

なにより日本が軍?それこそ聞いたことがありません


「敵は国じゃないんだ。あいつらは海で生まれて、今もその数を増やしている」


「あいつら?あいつらって、一体なんですか?」


「僕らの敵は、ある生物だ。深海から生まれてくるあいつらを、軍では深海棲艦と呼んでいる」


深海、棲艦。初めて聞く名前です

日本が軍を持たなければいけない相手、それが国や組織ではなく一種の生物だなんて

そんな話は到底信じられるものではありませんし、信じたくもありません

そう思って俯いている私に、軍人さんが重々しく口を開きます


「深海から生まれる深海棲艦は、兵器と言っても過言じゃない。近付いた船や飛行機を無差別に攻撃してくる」


「彼らは世界中の海で音もなく生まれ、派遣された様々な軍を返り討ちにしたんだ」


「なにより驚くべきことは、彼らは人間大なんだ。人ほどの大きさの彼らが、かつての軍艦を模したような武装をしている」


軍人さんはとても真剣な口調で説明してくれます

でもそんな荒唐無稽な話、簡単には信じられません

「それが本当なら、そんなに小さな敵にどうして軍が負けるんですか?」


「そこが重要なんだ。実はな、恐ろしいことに彼らに現代兵器は通用しないんだよ」


「彼らの正体をはっきりとわかっているものは少ない、だから多くの国が彼らに現代兵器を持って対抗しようとした」


「でもそれでは何の意味もなかった、幾多の銃弾を浴びせても彼らはほとんど傷を負わなかった」


そんな、それじゃあ深海棲艦は無敵なの?

だったらもう、この海は……恐ろしい想像に、気付いたら体が震えていました

相変わらず俯く私に、妖精さんが優しく声をかけてくれます


「だいじょーぶ!その為に私たちがいるんだよっ!」
「とりあえず羅針盤回す?えいえいえーいっ!」
「はいストップ、もうちょっと空気読んでね?」
「この話長くなりそうだから寝るー」


それぞれが慰めているのかわからないような言葉をかけてくれます

あまりに不揃いなものですから、思わずくすりと笑みが漏れました

この海には恐ろしい敵が近くまで迫っているのかもしれません

確かにこの子たちみたいに不思議な生き物が存在するのかも

でも、なんだかこの子たちがいてくれるなら安心できるような気がします


「悪いな、こんな怖い話をして。この子たちのおかげで笑ってもらえてよかった」


「この子たちは妖精らしくて、不思議な力を持っている」


「そんな彼女たちのおかげで、彼らの正体を知った者、気付かされた者も増えてきている」


「味方は着々と集まってきているんだ、だから安心して欲しい」


「それにね、僕らも妖精のおかげで彼らに対抗する唯一の術を手に入れたんだ」


対抗する術?妖精さんのおかげってことは…魔法とか!


「深海棲艦は不思議な力を持った人間大の生物が、かつての軍艦を小さくしたような艤装を扱う」


「そこで僕らも同じような力を持つことにした、人の身にしてかつての艦艇の如く武装する」


「選ばれし者にしか扱えないその艤装を持つ彼女らを、僕らは艦むすと呼んでいる」

艦むす、深海棲艦に対抗する唯一の術

魔法じゃなかったのはとても残念ですが、その愛らしい呼称はなんだか好印象です


「ちなみにここまでの話は全部軍事機密だ、はっはっは!」


軍人さんは大口を開けて笑っていますが、どう考えても笑い事ではありません

焦る私の肩に妖精さんが楽しそうに飛び乗ります、なんだかこんなことが昔もあったような


「もしかして、個人的な用事ってその艦むすを探してるんですか?」


「大当たり、よくわかったな。艦むすは艤装に選ばれた者にしかなれないからな」


「艤装にも好みがあるらしくて、僕らの手でどうこうできるものでもないらしい」


「それでここからが一番重要な話なんだ、聞いてくれるか?」


さっきの笑顔から一転変わって、軍人さんがとても真剣な表情をするのでこちらにまで緊張が伝わってくるようです

まっすぐこちらを見つめるその様子に、思わず私も緊張してしまいます


「君はある艤装に選ばれたんだ、君にしかできないことがある」


「だから―――僕と契約して、艦むすになってよ!」

この町は本当に辺鄙な田舎で、通りかかる人なんてそういません

車も走っていないようなところですから、お昼でもとても静か

のどかな風景と海の見える景色が一体となった落ち着いた場所なんです


だからでしょう、こんなにも沈黙が痛々しいのは

軍人さんのお誘いへの私の返事は、無言でした

真剣な表情から繰り出される珍妙な言葉は見事私の胸を射止めることなく地面へ落ちます

そのまま私の何を言ってるんだこいつは、という視線を一身に受けた軍人さんは

急激に顔がカーッと赤くなってぶつくさと何かを言っています


その様子があんまりに可笑しくって、目上の方に向かって失礼だとは思いますが

なんだか可愛い人だなぁ、と私は思ってしまいました

投下終了だけどやっちまった、艦むす→艦娘に脳内変換頼みます


この世界では艦娘じゃなく艦むすって呼称になってるのかなとも思ったが
普通に変換ミスだったかww

「だー、やめだやめ!なんだよこの口調、だいたい僕なんて言ったこともない!」


静寂を打ち消すように軍人さんが突然叫び出します

やっぱり無理して喋ってたみたいです。だって、最初に手を差し出してくれた時と全然違います

お話しませんか?なんて誘い方をする軍人さんの言葉を思い出すとつい笑ってしまいました


「何が最近の流行だ、やってられんな。お嬢ちゃん、タバコいいか?」


「え?はぁ、私は構いませんけど」


「女の子の前で吸うなんてありえません!」
「えー、タバコきらーい!」
「火は魔法で点けますか?」
「……さいてー」


「うるせー、こいつがなきゃやってられん。お前らに煙吹きかけてやろうか」


さっきまでの沈黙が嘘だったかのように賑やかになります

目の前で繰り広げられる和やかな喧嘩、その様子を見て私は軍人さんの人柄が少しわかったような気がします

本当はちょっと粗暴な口調、真剣に話すときの横顔、妖精さんたちとの仲のよさそうな会話

それらを見て、この人はきっといい人なんだと思いました

「軍人さん、さっきの話をもう少し詳しく聞かせてくれますか?」


「深海棲艦のこと、艦娘のこと、それに妖精さんや軍人さんのことも」


自分が戦うなんて思ってもなかったので、躊躇う気持ちもあります

それが銃も効かない相手だとわかれば尚更のことです

でも、軍人さんや妖精さんのことは信頼できるから

だから話くらいは聞いてもいいんじゃないか、なんて思ってしまいました


「考えてくれるか?ならありがたいな。じゃあまず何から説明しようか」


「そうだな、信頼してもらうためにもまずは俺の話からしようか」


そう言って軍人さんが説明を始めてくれます、気付けばさっきまで騒いでいた妖精さんたちも静かになっていました

それよりも話に興味津々、といった様子で一緒に軍人さんを見つめています


「まずは何から話そうか、あんまり昔に遡っても仕方ないからな」


「そうだ、あの話から始めよう。あれは、海沿いの町に行った時のことだったな」


その言葉を機に、軍人さんのお話が始まりました

話しているときの軍人さんは、気のせいかもしれませんけど、どこか悲しい目をしていたように思います

あの頃俺は旅をしてたんだよ、自分探しとかそういうわけじゃないんだが

ちょっと帰るところがなくてな、仕方ないから行く当てもなく全国を回ってたんだ


うちの実家はそこそこ有名なお寺でな、子供の頃はこれでも真面目に修行してたんだぞ?

跡取りがいないと親父も困るからな、修行だのなんだの厳しかったんだよ

それに嫌気が差して、家出同然に家を飛び出したんだ


そんなわけだから家に帰るわけにも行かなくてさ、若い頃は俺もやんちゃだったなんて年寄みたいで言いたくないが

まぁ、そんな感じで旅をすることになったんだ。色んなところでその日暮らしの生活をしてた


それで、やっと話の始めに戻るんだが、ある海沿いの町に寄ったんだ

この町みたいに平和でいいところだったんだが、なんて名前だったかな。生憎名前は忘れちまった

折角海が近いんだから寄って行こうと思ってさ、一人でふらっと浜まで行ってみたんだよ

そしたら海の方から不穏な空気が漂ってたんだ、俺も一応寺の息子だからそういうのは分かるんだ

ここまで伝わるってことはよっぽど質の悪い怨霊とか、そういうのだってな


こうしちゃいられないと思って、なんとか海に出ようと思ったんだよ

でも根なし草の俺が船なんて持ってるわけないだろ?どうしたと思う?

まぁそうだな、借りたってのも正解だな。事後承諾って形にはなったが漁船を一隻な、ちょちょいと、ほら

今はいいんだよ、細かいことは飛ばそう。そう怒るなよ、急ぎなんだから仕方なかったんだよ


そうして船を拝借して海に出たんだ、帰りの燃料とかは考えずにひたすら気配の方に向かってな

近付くたびに吐きそうなくらいの怨念が漂ってた、俺もまだまだ修行が足りないなって思ったよ


だからこそ引くわけには行かなくてな、とにかく進もうって思ったんだ

しばらくしたら海の上にな、人影が見えたんだよ

海の上に人が立てるわけないだろ?だからあれがそうかと思ってさ

随分と遠かったからそのまま近づいて行ったんだよ、進む度に汗が滲み出た

佇まいは静かだったんだが、醸し出す邪気はもはや悪鬼の類かと思ったね


ある程度進んで、顔が判別出来るくらいには近付けたんだ

俺も遠く離れた奴には何もしようがないからな、とりあえず甲板に出てみたんだよ

あいつはそれまでずっと俯いて、海面というか、深海を見ていたんだろうな

鬼と見紛う程の怨念を纏う奴だ、先手必勝しかないと思って除霊の準備を始めたんだ

そしたら急にこっちを向いてな、あいつと目が合っちまった

背筋が凍るような気分だったよ、情けないことに指一本すら動かせなかった

数秒か数分か、じっとこっちを見てたあいつがな、うっすらと笑ったんだ

それから先は一瞬だったよ、いきなり主砲を構えてズドンだ

漁船に武装なんてあるわけないし、未熟な俺には何もできなくてな

近付いたら物理的に攻撃されるんだ、除霊どころじゃなかった


それで結局何も出来なくて、なすがままに船がボロボロにな

砲弾の威力で俺も吹っ飛ばされて海に落ちたんだ


泳いで帰れるような距離でもなかったし、激しい波に揉まれて、そのまま気を失っていったよ

薄れていく意識の中でな、あいつの方を見たら、笑ってたんだよ

大声出してな、楽しそうに、狂ってるみたいだった

そんな笑い声が俺には、泣き叫ぶような、断末魔のように聞こえて仕方なかった、今でも耳にこびりついてるよ

その声をずっと聞きながら、俺は海に沈んでいったんだ


「そ、それでどうなったんですか?死んじゃったんですか?」


「阿呆か、死んでたらここにいないだろ。寺の息子が幽霊にってどんな冗談だよ」


はぁ……安心しました、とても心臓に悪い話です

深海棲艦は本当に軍じゃなくても無差別に攻撃するんですね

そんな相手に生身で挑むなんて、無茶をする人だなぁと思いました


「でも、船はボロボロになっちゃったんですよね?じゃあ一体どうやって」


「あぁ、そこでこいつらの出番だ。俺も気を失ってたから詳しいことは知らないが、俺を浜まで運んでくれたらしい」


「向かっていく人がいるなんて思ってなかったのでびっくりしました!」
「なんか青白く光ってたよー!暖かかった!」
「まるで魔法みたいだったわね」
「夜とか便利そう」


「へー……よくわかりませんけど、妖精さんって意外と力持ちなんですね」


「いやいやいや!担いだわけじゃないよ!」
「こう、不思議な力でえいえいえーいってね!」
「つまり魔法でね、ちょちょいっと飛ばしたの」
「……担げるわけないじゃん」

自分の的外れな予想に一斉にツッコまれてとても恥ずかくなります

顔が赤くなるのを自覚し始めると、軍人さんが笑いながら口を開きました


「俺も起きてたわけじゃないから知らないけどな、助かったんだからよしとしよう」


「それで、こいつらのおかげでなんとか浜まで戻れたんだ」


「その頃には俺にも同行者がいてな、それはもうしこたま怒られたよ」


「人に心配かけるなって、自分の寿命が縮んだってな、面白いジョークだった」


「ジョークって、その人は心配してるんですよ?失礼です」


私はその人のことを知っているわけではありませんが

帰らない同行者を探しに行ったら、ボロボロになった彼が浜に

なんて想像するだけで嫌になる話です


「悪い悪い、まあ俺もそれで反省したよ。もっと修行を積んでおけばってな」


「そういう問題じゃありません!もう!」

「あっはっは、そう怒るな。もう無茶はしない」


「俺の話って言ったらこんなところかな、あれが俺の初めての深海棲艦と妖精との対面だ」


「それで深海棲艦を野放しには出来ないと思って軍人になったわけだ」


「あの後も色々あったんだけど、その話は重要じゃないからいいか」


説明を終えた軍人さんは話し疲れたのか、大きく伸びをしています

まだまだ聞いてない話はありますけど、これでまた軍人さんのことがわかりました


お寺の息子さんで、家出なんかする人で、一人で海に飛び出してしまう人

行動力がとてもあって、修行を積んでればなんてちょっと呑気なことを言う


「あれ、そう言えば漁船って借り物だったんですよね?でもボロボロになったって」


「うん?あー、あれな。ボロボロになったってのは嘘だ、嘘。ちょっと話を盛ってみた」


私が尋ねると、急に目線を逸らして口早に話し始める軍人さん

そのあからさまに怪しい態度にじーっと視線を向けてみると、ようやく観念したようです

「いや、なに。弁償なんて出来るわけないだろ?だからまぁ、なんだ。妖精がなんとか出来るって言うからな」


「こう、ちょちょいっと頼んだんだよ。そしたらこいつらな、持ち主のことを洗脳したらしくてな」


「洗脳なんて言い方やめてください!」
「心が広かったんだよー!」
「魔法って便利よねー」
「……まぁ、そういうこと」


「いわゆる出世払いってことで済ましてもらったんだ、優しい人だな。はっはっは」


誤魔化すようにカラカラと笑う軍人さん、その額に冷や汗をかいているのを見逃しません

勝手に使って壊したのは許されないことだと思います

でも私が怒るのも筋違いですし、将来的には返すつもりがあるようなので追及するのはよしてあげましょう

ここまでの話を聞いて、さっきまでの話よりずっとオカルトじみた話なのに

それでも信じてしまっている自分がいることに気付きました

漁船の話がその筆頭です、本当にそんなことがあったと思っていないと

疑うように見つめるなんてことそもそもしません


始めは荒唐無稽な話だと思って、それでも軍人さんのことを信頼して話を聞いて

そして今では、正直に言えばもう話を信じています

きっとこの人は信頼できる。だからこそ、どうしても聞いておきたいことがあります

ちゃんと納得できないと、私は前に進めないから

以上で今日の分の投下終了、また誤字脱字があったら指摘お願いします
そろそろ展開読めてきたと思うけど予想はよそうね

「あの、他にも聞いていいですか?」


「おう、なんでも聞け聞け。今なら軍事機密でも喋ってやろう」


機密をべらべら喋らないでください、何の為の機密ですか

それにしても何から聞きましょうか、こうしてゆっくり人と話すのも久しぶりです

折角なら、もっともっとお話が長く続きますように


「それじゃあ、深海棲艦について教えてもらえますか?軍人さんは正体を知ってるんですよね」


「俺は実際にあってるからな、彼らに遭遇して生きて帰ったやつもそういない」


それは予想のできることでしたが、実際に聞かされるとあまり気分のいい話ではありません

きっと初めて派遣された軍の方や襲われた漁師の方々は、何も出来なかったのでしょう


「すまん、言っていいことじゃなかったな。忘れてくれ」


「いえ、大丈夫です。続けてもらえますか?」

「あぁ、深海棲艦の正体だったな」


「あれは、付喪神の一種だ。成り損ないって言った方が近いかもしれないな」


「付喪神って言ったらポピュラーな神様だから想像はつくか?」


聞いたことはあるフレーズですが、あまり詳しいことは知りません

確か長い間使ってた道具に神様が宿るとか、そういう話だった気がします


「正確に言うと、長年生きた道具や自然の物なんかが霊魂を持つことだな。深海棲艦もその例外じゃなく、かつての艦艇が霊魂を持ったものなんだ」


「本来付喪神になるには気が遠くなるような長い年月が必要だ、ご神木なんて樹齢何百年ってのが普通だからな」


「ところが艦艇にはそれがなかった、戦争で使われその多くが沈んでいったからな」


沈んでしまい、あの水底へ。あまり想像したくはありませんね

でも、それなら何故霊魂を持つことになったんでしょう

「彼らはな、多くの人間の感情に晒され過ぎたんだ。時間をかけて愛情を注ぐように霊魂を育てていくはずがそれが出来なかった」


「戦争ってのはあまりに多くの感情が動きすぎるらしい、そのせいで彼らは霊魂の器、霊格とでも言えばいいか」


「その霊格だけを持って生まれたんだ、だから付喪神の成り損ないってわけだ」


そこで軍人さんが一息つきました、どこか苦々しいような表情をしています

多くの人を乗せていた軍艦です、きっと様々な感情に晒されたんでしょう

沈んでしまった船なら一層、悲しいものだったと思います


「そうやって霊格しか持たずに生まれた艦艇の付喪神は、元々は純真無垢な赤子の様な存在だった」


「きっと幾年も水底にいたんだろうな、沈んでしまった元の体と共に。だがそれがいけなかった。沈んだのは何も艦艇だけじゃないからな」


「あまり想像したくはないが、多くの人間が一緒に沈んでいった。無念のまま亡くなった方も多いだろう」


私は戦争を知りませんけれど、戦場に出て帰らなかった方も多かったと聞きます

多くの人たちを乗せて沈んでしまった艦艇も、悔しく思うことがあるのでしょうか

「その結果、深海には多くの怨念が渦巻くことになった。澱のようなそれに霊格が浸されたんだ」


「霊格はさっきも言った通り元々は無垢な空っぽの器だ、そこに澱が次々と注ぎ込まれた。そうして出来上がったのが深海棲艦だ」


そこまで言い終えると、すっと軍人さんが立ち上がりました

そうして目の前に広がる海を見据えて、悲しそうな、悔しそうな表情をします


「彼らの意識はずっと水底にあるんだ、悲しいことにな」


「どちらが勝ったかもわからずにそのまま沈んでいった彼らは、きっと無念だったろう」


「そうして彼らはこの世に戻る手段を得た、無垢な付喪神の器に入ることでな」


「あいつの笑い声が今でも耳の奥で響いてる気分だよ、あの断末魔の様な笑い声が」


「彼らは今でも戦争を続けてるんだ、今でも国のために戦ってるんだよ」


「今度こそは勝てるように、大切な家族を守れるように、もう二度と沈まないためにな」


悲痛そうに海を見つめる軍人さんの様子を見て、私も海へと目を向けました

ここからは海が近くて、波の音がすぐ傍で聞こえます

あの海の向こう側では、今も深海棲艦が生まれているんでしょう

そして皮肉にも、また多くの人間の無念を乗せているはずです


「軍人さん、大丈夫ですか?」


「あぁ、すまんな。どうも彼らの事を考えると感傷的になっちまう」


そう言って軍人さんはポケットからタバコを取り出しました

さっきからの軍人さんの表情を見ていると、とても止める気になりません

妖精さんたちも同じ気分だったんでしょう、誰も軍人さんを止めませんでした


きっと、その目で深海棲艦を見た軍人さんが一番彼らについて知っているんでしょう

彼らがどうして生まれたのか、どうして戦っているのか

そして、戦っているときの表情と、その断末魔を、全て見ているんですから

それらを知っていてなお海を見据える軍人さんはどう思っているのでしょうか

どうして彼らと戦えるのか、それが少し気になりました


「軍人さんは、どうしてそんなに悔しそうな顔をしているんですか?」


「そんな顔をしたつもりはなかったが……そうか、顔に漏れてたか」


軍人さんが自分の顔を一度撫でてから、無理そうな笑顔を作りました


「なんだ、俺は直接会ってるだろ?そこで全部見たってのに、何も出来なかったからな」


「終わったはずの戦争を続けるなんて悲しいことは止めさせたい、それなのに自分の手では何も出来ない」


「それは今も変わってないんだ、どれだけ修業を積んでも通用するとは思えない」


「だからだな、俺が悔しいのは。俺が一番知ってるのに、俺が一番足手まといだ」


不器用な笑顔でそんな事を言う軍人さんを見ていると、私も悲しい気分になってきました

思わず流れそうになる涙を必死になって押しとどめました

私が泣いてしまうと軍人さんがまた心を痛めてしまいます

どうしてこんなに優しい軍人さんが、こうして不器用に笑わないといけないんでしょうか

私にはそれが理不尽に思えて仕方がありませんでした


でもきっと、今この海にはそういった理不尽が溢れかえっているのでしょう

理不尽にも戦争で失われてしまった命、深海へと沈んで行った艦艇

かつての彼らが戦争が終わっていることすら知ることもなく、今も戦い続けている

そしてその為に失われてしまった命もある

まるで連鎖するように理不尽なことがあの海で起こっているだなんて



とても信じられることではありません、それでも私は目を逸らすわけには行けません


だからこそ、早くこの話を終わらせましょう

これ以上軍人さんに無理に笑わせるわけにはいけませんから

「ねぇ、軍人さん。軍人さんは嘘、吐かないんですね」


「どうした急に、そりゃあ信頼を得るために話すんだから嘘なんて吐けないだろ?」


その素直な反応に、失礼かもしれませんが私は少し嬉しくなります


「本当ならやり様は他にもあったはずですよ、艦娘になれるのは選ばれた人じゃないとなれないんですよね」


「だったら戦力を得るために、嘘を吐く方法もあったはずです」


「それなのに深海棲艦の怖さを正直に話してくれて、その正体も教えてくれました」


「その怖さや彼らの戦う理由を知ってしまったら、私が拒否することも考えられます」


それに、いざとなったら私を洗脳することも出来るはずです

妖精さんがそれを手助けするかは私にはわかりませんけど、それが必要ならきっとそうすると思うんです

「でも、軍人さんは嘘を吐かなかった。私はそれがちょっと嬉しいです」


「本心から信頼を得て、一緒に戦いたいって思ってくれてるんですよね」


「少女に戦わせるなんてことを考える汚い大人とも言えるな」


「その言い方はわざとですよね、本当は私に戦って欲しくなかったりするんですか?」


「本心で言えば、そうなるのかもな。やっぱり自分の手で何とかしてやりたいと思うことはあるよ」


「でも、無理なんですよね。だからこうして、私に出会った」


「そうだな、その通りだ。他人の手を使ってでも彼らを止めなきゃいけない」


「その為には艦娘として戦ってくれる人が必要、なんですよね」


「まぁ、そうなるな。正体がわかったとしても彼らの装甲がなくなるわけじゃない」


「こちらも武装をしなければ止めようもない、止まったとして完全に鎮まるかはわからない」


「それでもやるしかないんだ、こうしている内にも彼らは制海権を広げている」


「俺には何も出来ないから、だからそうすることしか出来ないんだ」


軍人さんがまた悔しそうな顔に戻ってしまいました

でも軍人さん、もうそんな顔しなくていいんですよ

「軍人さんは、何も出来なくなんてないですよ」


「私を見つけてくれました、それはきっと軍人さんにしかできなかったはずです」


私に声をかけてくれたのは、あなたが初めてです

だって本来私は人から声なんてかけられるはずありませんから



いつの間にか話し込んでいたようで、気が付いたら日が沈みかけていました

もっと話を続けたかったんですか、そろそろ終わりにした方がいいでしょう

私もベンチから立ち上がって海を眺めます

夕暮れの空を映した海面が赤く揺れています


同じように眺めていた軍人さんの前に立ってその目を見つめてみました

さっきまで海面を反射していたその瞳が今度は私の方に向いています


「目が合いましたね、軍人さん」


「そんなに見つめられたら俺も気になって仕方がないよ」


「えへ、ごめんなさい。そんな軍人さんに私から最後の質問です」


「次で最後でいいのか?まだまだ説明してないことはたくさんあるぞ」


大丈夫です、軍人さん

私が今からする質問はただの確認で、答えは分かっているんです

それでも私はこれを聞かなくてはいけません、そうしないと前に進めないから

「軍人さん、艦娘になるには艤装の霊格に選ばれないといけないんですよね」


「そうだな、誰にでもなれるわけではない」


「そして艤装に選ばれるには条件がある、そうですよね」


そう聞くと軍人さんは押し黙ってしまいました、どう答えるべきか迷っているようなそんな表情

今日一日で軍人さんの色んな表情を見たような気がします

初めて会ったというのになんだか変な話ですね

意を決して口を開こうとして、やっぱり躊躇って口を閉じてしまう

そんな様子が可笑しくってつい黙ってしまいましたが、ちょっと意地悪でしたね


「ごめんなさい軍人さん、本当はもうわかってるんです」


そう言って彼の目を見つめる

軍人さんも同じように私の目をまっすぐと見つめ返す。それなのに


「私が艦娘に選ばれたのは、それは―――」


小さく息を吸って、それから一言

「―――私が、死んじゃってるからですよね」



軍人さんの目をまっすぐに見つめて、軍人さんも私の事を見つめてくれて

その目は確かにこちらを向いている、それなのに

その瞳に私は、映っていないんです

多分次かその次で終わり
イベントに向けて備蓄頑張りましょう

なん…だと…?

備蓄もいいけど投下も待ってるぜ…

寺生まれのT督さんとは

続きはよ

>>1です、ちゃんと書いてます
でもちょっと時津風掘りに忙しいから待って

時津風掘りに忙しいならちかたないね

イベントは終わった、もう周回なんてしなくていいんだ
投下します

「別に、だからどうしたというわけではないんですけど」


今日は本当に暑い日だったようで、夕闇に沈みゆく太陽はまだ熱を持っているのでしょう

熱に浮かされるようなあの感覚を、私はもう忘れてしまいました


「気付いてしまうとなんだか少し、虚しくてですね」


軍人さんがしきりに汗をぬぐう様を私は横目で見ながら

涼しい顔で話を聞いていたんです



自分の事をわかってなかったわけではありません

夏なのに暑さを感じなかったのもそう、夜なのに眠くならなかったのもそう

誰が目の前を通っても見向きもされなかったのもそう、誰に話し掛けても応えてもらえなかったのもそう


おかしな記憶があるのも、そう


私が死んでいるという裏付けになるようなことはたくさんあって

自分はきっと死んでいるのだろうと気付いたのは随分前の事でした

それからずっと一人でここにいましたが、やはり誰の目にも止まらないようです

誰とも口を利かないまま、ただ海だけを見て過ごしてきました


「艦娘についての説明は、まだしてなかったと思うんだがな」


軍人さんがやっとのことで口を開きます、その表情がこんなにも苦々しいのはどうしてでしょう


「私だってちゃんと考えて話を聞いてるんですよ」


深海棲艦は、海に沈んだ艦艇の霊格に怨霊の霊魂が乗ったもの

空っぽの器に水底の泥を注ぎ込んでいる


それに対抗できる、同じように艦艇の武装を持つのが艦娘

そして艦娘になれる人を探して私に声をかけた



軍人でもなかったあなたが軍属になって自ら足を運んでいるなら

きっと、そういうことなんですよね


「確かに生きた人間には艦娘になるのは普通に考えると無理だろうな」


閉じられていた口を開いて軍人さんが説明をしてくれます

「艦艇の付喪神は霊格が空っぽだって言っただろう、それでは付喪神として存在できないんだ」


「本来なら霊魂が育ってから成るはずなのにそれが出来なかった、そこで一つの方法を思いついたんだ」


「外から別の霊魂を自分の中に注げばいいってな」


「そこで目をつけられたのが私、ということですか?」


「そうだな、生きていると霊魂は肉体からは離れられない」


「だから肉体を持たない、霊魂そのものである幽霊じゃないとダメなんだ」


私を見つめていた視線が私の後ろへと逸れていきました

海を見る彼の目はその色を受けて暗い赤に染まっています

「彼らはきっと、また人を乗せることを選んだんだろうな」


「そして乗せる霊魂も彼らが選ぶんだ、自分が気に入った幽霊を見つけるためにうろついているらしい」


「そのうちの一つに君が選ばれた、だから羅針盤を使って俺が見つけに来たんだ」


「納得してくれたか?」


そう尋ねる軍人さんに私は黙ってうなずきます


「軍人さんが言ったことは全部信用してますよ」


だってあなたは、私に話しかけてくれたから

軍人さんがぐっと伸びをして、ゆっくりと息を吐きました

今日は長い間喋っていましたから、少し疲れてしまったのかもしれません

その動作を見て私はなんだか年上の男の人だなぁと感じました

オブラートに包まなければ、まるでおじさんだなって思いました


少し間が空いて、ポケットに手を伸ばした軍人さんが途中でその手を止めました

さっきはタバコを吸っていたのに、目の前にいると流石に躊躇うのでしょうか

私にはもう煙なんて関係ないのに、男の人は大変なんですね


そうして行く当てのなくなった手を上に持って行って

頭をかきながら話す軍人さんの様子はどこか可笑しかったです


「それでな、一番大切な話をしたいんだ。聞いてくれるか?」


どこか雰囲気が柔らかくなった軍人さんが、それでも神妙な顔を私に向けています

大丈夫ですよ、軍人さん。私はちゃんと聞いてますよ

「確かに艦娘になれるのは選ばれた者だけだ、それに幽霊でなくてはならない」


「素質があるものは限られているから、一人でも仲間を見つけておく必要がある」


「でもそれはあくまで俺の都合で、国の都合で、君には何の関係もない」


「だからな、君は、艦娘にならなくてもいいんだ」


「俺は元々坊さんな訳だ。迷える霊魂がいたならば、正しく黄泉の道へ導くのが俺の役目だ」


「他の誰の思惑も、誰の都合も関係ない。君は君の望む道を歩むべきなんだ」


そういう軍人さんの雰囲気はやっぱり柔らかいままで

諭すような優しい声が私の事を心配してくれているからだとわかります


「私がどうしたいのか、ってことですか」


「そうだ。君が望むなら、俺が成仏させてやることも出来るさ」


にっこりと笑う軍人さんはとても頼りになりそうです

旅をしていた頃にもきっとそういうことはあったでしょうから、慣れっこなんでしょう

やっぱり軍人さんには、軍人さんの出来ることがあるんです

艦娘として選ばれた子を見つけるのも、深海棲艦の真実を教えるのも

こうしてちゃんと選択肢を明示するのも、優しい軍人さんにしかできないはずです


「でも私は、ここから離れられないんですよ」


私の中にあるおかしな記憶、途切れ途切れになってはっきりとは思い出せません

だけどどうしても忘れられないことがあって、大切な約束があって

それを果たすまでは、私はここから離れられない


「話を聞いて貰えませんか、私の昔の話です」

私がした最後の質問は、ただの確認で

本当は自分が死んでしまったことも分かっていて、それでもここから離れられなくて

きっと私は軍人さんの事を信用しているし、艦娘にだってなってもいい

ただ一つだけ、胸に残ったおもりがなくなったのであれば


「私が死んでしまった日の事です、誰かに聞いて貰いたいんです」


私が死んでしまったあの日、どうしても忘れられないこと

私の中にあるおかしな記憶、私がここにいる理由


「私はここで、迎えを待っていたんです」


思い出すのは暑い夏の日の事、はっきりとは思い出せないけれど

それでも彼に聞いてほしい、そして出来ることなら受け止めて欲しい

私の深い後悔の詰まった、死んでしまったあの日の話を


その日はまさに夏真っ盛りといった具合で、さんさんと照り付ける太陽があまりにも熱かったせいでしょうか

どこか責め立てられるような感じがして、少しうんざりしていたんです

いつまで経っても迎えがこないもんですから、ならいっそ自分から行ってやろうと思って

それで急に立ち上がったら、なんだかぼーっとしちゃって、身体がふわふわとしていて、それがどこか気持ちよくて

だからなのかはわかりませんけど、その時私には見えたんです

見間違いかとも思ったけど、それは確かに妖精さんでした


「妖精…さん?」


思わず私はそう口に出しました、そして次に自分の正気を疑いました

小人の様な妖精さんが宙に浮いていて、自分も暑さにやられていましたから

流石にそんなものはいるはずないと思って、やっぱりベンチに戻ろうかなとも思ったんです

それで目をこすってまた前を向いてみると、妖精さんがいるんです

私も普通の女の子ですから、自分の正気を疑いつつも

可愛らしい妖精さんなんて見た日にはなんだか嬉しくなってしまうんです

暑さでおかしくなってるんだなと頭の隅で考えながら、折角だからそれでもいいかと思いまして

妖精さんに挨拶をしてみたんです、こんにちはって笑顔で


残念ながら返事はこなかったんですけど、無視してるって感じではなくて

どこか私を観察しているような感じで、じろじろと見られていました

もしそれが普通の、例えば大人の男性だったら私も不快になっていたんでしょうけど

相手はとても可愛らしい妖精さんですから、興味を持ってもらえたのかなと思って

もしかしたら喋れないだけかも、なんて思ったんです


迎えを待っているのも退屈してましたから、迎えが来るまでは妖精さんとお話ししようと思って

それで手を伸ばして、肩に乗せてそこでお話ししてたんです

ベンチまで戻るのもなんですから、海を見ながら私の話をしました

例えば学校の話とか、家族の話とか、当たり障りのない話をつらつらと

その日は確か学校の帰りで、お父さんが迎えに来てくれるからってバス停で待ってたんです

うちは学校からはちょっと遠くて、歩いてこれる範囲ではあるんですけど

迎えに来れる日はなるべく来てくれたんです、今思えばちょっと贅沢な話ですね


妖精さんは返事はしてくれなかったんですけど、それでもずっと私の方を見てて

その目が興味津々って感じだったので、ついつい長い間話してしまいました

私の肩でじーっと話を聞いている妖精さんは、それはもう可愛かったですよ?


一人で話しているのも、反応を貰えるから楽しかったんですが

本当に喋れないのか気になって、妖精さんに名前を聞いてみたんです

確かにその時、私は妖精さんの名前を聞いたんです

それで話せることに驚いて、他にも色々聞いてみたけどそれは答えてもらえなかったんです

なんだか自分の名前しか言えない子供みたいな感じでした


それからも色々と話したと思うんですけど、残念ながらここから先の記憶が曖昧なんです

折角聞いた妖精さんの名前も、今となっては覚えていません

でもなんだか、可愛らしい名前だと思ったのは覚えてます

それから、そうですね。ここからはあまり思い出せないんですけど

何より覚えておきたいことじゃないから、はっきりとは言えないんです

ただ、自分ではとても情けない話のように思えるんです。軍人さん、絶対に笑わないで下さいよ?


妖精さんと話してる間も迎えは来なかったので、折角だから二人で歩いて帰ろうと思ったんです

きっと歩いてる間にお父さんと会えるだろうとか、そういう風に考えていたと思います


しばらく歩いたところで、遠くの方から叫び声の様なものが聞こえてきたんです

そちらに目をやってよく見てみると、男性が二人口論しているようでした

傍に車が止まっていて、服もなんだかお洒落だったので旅行客の人かなって思いました

折角の旅行なのに喧嘩なんてどうしたんだろうと思って、それもかなり激しかったので気になったんです

もしかしたら道に迷ってしまって、ドライバーの人に文句を言っているとか

そういうことなら私でもなんとか仲裁できると思ったんです

道なら私が教えてあげればいいし、そうじゃなくても地元の私ならなんとか出来ることかもしれません

そう思って私が二人のところに向かっていくと、妖精さんが不安そうな顔で私を覗き込んでいたのを覚えています

それで私が近付いて行って、どちらかの男性が私に気付いたんです

その人はとても驚いた様子で私を見ていたと思います、怯えていたかもしれません

ごめんなさい、曖昧で。あまり良く覚えていないので


私に気付いた片方の男性が、私を指さして何かを言っていたと思います

それから半狂乱になって、喧騒はより騒がしくなって

とりあえず近付いて話し掛けてみたんですけど

なんだか二人ともとても慌てた様子でした

海だの山だの言っているように聞こえたので、道案内が必要かなと呑気に考えていたのも束の間でした


やっぱり曖昧にしか思い出せないんですが、二人の服が所々赤く染まっていたんですよ

それを見て私が驚いて、どうしたのかと尋ねたんだと思います

慌てた様子の二人が目と鼻の先までやってきて、それから

それからどうしたんでしょうね、気付いた時にはもう海の中でした

覚えてないんだから仕方ないです、思い出せるのはこれだけ


呑気に仲裁でもしようかと思って近付いたら、突然海に突き落とされた、です
情けないというか、あっけない最期だと自分でも思います


私もこれでか弱い女の子ですから、男性二人に迫られるとなす術もありませんでした

おまけに暑さで妖精が見えるくらいには弱っていましたし、泳ぐことも出来ませんでした


いくら夏が暑くてもやっぱり海は冷たくて、どんどんと体力が奪われていくんです

苦しくて仕方がなくて、パニックに陥りながら手足を動かしても浮くことは適わなかった

そうすると今度は気力まで海に溶け出していって、もがくことすら出来なくなりました


次第に四肢から力が抜けていき、ついには指の一本も動かすことができなくなりました

そんな状態にまでなるともう、さっきまでパニックに陥っていたのがまるで嘘のように落ち着いていました

何故なら、私の胸の中には既に諦めと後悔しか残っていなかったんですから

静かな海の底へと沈みゆく私は、どうしてこうなってしまったのかを考えていました

もしもあそこであの二人組に話しかけていなければ、きっとこうはなっていなかったでしょう

もっとよく二人の様子が見えていれば、その尋常じゃない様子に気付くことも出来たでしょう

そもそも私が大人しくバス停で迎えを待っていれば、今頃家に着いていたんでしょうか


そうすると今度は父の事が気がかりになりました

待ち合わせ場所にいない私を待ち続けているのでしょうか

そこらを探し回っているかもしれない、いずれ警察にも連絡をするのでしょう


そうして、海の中で眠る私を見つけた家族は何を思うのでしょう


息が出来なくなってからしばらく経って、頭がぼーっとしてきて

まるで飛んでいるかのようにふわりと体が何かに包まれていて

本当はただ力も抜けて底へ底へと沈んでいるだけで


どうしてこうなったのか、なんて考える余裕すらもう奪われて

ろくに頭の働かないこの感覚に身を任せていると、皮肉にもあの時に似ていると思いました

照り付ける陽射しの中で、ぼやけた視界が捉えてしまった妖精さん

そういえば妖精さんは今頃何をしているのでしょうか

帰り道を一緒に来てたから、もしかしたら私に巻き込まれて海に落ちてしまったかも

でもあの時にはもういなかった気もするから、無事でいてくれたら幸いです


物を考えることも出来なくなって、ふやけた思考はそこで止まってしまいました

目を開いても映るのは暗い海の景色で、もはや陽の光なんて見れないようです

沈んでいくうちに視界もどんどんと暗くなっていって、目を閉じたのか単に暗くなったのかもわかりませんでした


もうそろそろ限界の様で、眠たくって仕方がなくなってきました

きっとここで眠ってしまったら、次に目を覚ますことはないのでしょう

最期に夢のような体験ができたのだから、この海の底でもまた幸せな夢が見れたらと思います


照り付ける陽射しに頭を揺らされるように、波に頭を揺られて

何も考えられないのがどこか気持ちよくて、ただ意識がどんどんと細くなっていったその時です

暗闇しかない視界にわずかな光が灯ったように感じて、その光を追ってか細い意識を向けたんです

すると今度は何かの声が聞こえてきました、どこか聞き覚えのある様な

これは確か、私に名前を教えてくれた時の妖精さんの声


「ごめんね」


どうして妖精さんが謝るのでしょう、何も悪いことはされてないのに

私が勝手に、迂闊に近付いてしまっただけなのに

でも私にはもう、この気持ちを言葉にすることも出来ません


「いつか迎えに行くから、待ってて」


その言葉が聞こえて、そこでついに私の意識は途切れました

どういうつもりで言ったのか、妖精さんの真意はわかりません

本当に妖精さんがいたのかも、あそこで声が聞こえたのかも確かめようがありません


そんな何の確証のないおかしな記憶が、ずっと胸の中から消えないんです


「今年の夏も父はここまで来てくれたんですよ」


私と待ち合わせをしていたこのバス停までやってきて、それからしばらくこのベンチを眺めているんです

その間私は父の顔をじっと見つめて、父は満足したら帰ってしまうんです

今も覚えていてくれるのは嬉しいのですが、笑顔を見せてもらえないのは少し残念です


「私はここにいるのに、一緒に帰れないのはちょっと残念です」


私がじっと見つめていても、父がそれに気付くことはありません

でもそれは仕方のないことです、父は私を迎えに来ているわけではなく

私の面影をどこかに捜しているだけなんです


「君は家に帰りたいのか?」


そういうわけではないんです、自分はもう死んでしまったことを理解しています

たとえ家に着いたとしても、それは帰ったことにならないんですよ

「一度、自分の家に行ったことがあるんです」


誰にも見つけてもらえないのがあまりにも寂しくなって、歩いて家に帰ったんです

自分の家に着いて、玄関から入るのがなんだか怖くなって

それで庭から覗いてみたんです、居間の様子をそーっと


「あそこは確かに私の家でしたけど、やっぱりもう帰れないんです」


そこで母の姿を見つけて思わず飛び出しました

声をあげて母の名前を呼びながら、母のもとへ駆けつけようと思ったんです


もちろん私の声は母には届かなくて、まるで跳びつくように腕を伸ばしたんです

気付いて欲しいと思って声を出して、こっちを見て欲しいと思って伸ばした腕は


私が伸ばした腕は窓を静かに突き抜けて、部屋の中へと入っていったんです


それを見て私が絶句しているにも関わらず、やはり母は私に気付いてくれない

そうしてやっと気付いたんです、もう私はこの家に帰ることは出来ないんだと

「帰れない場所への迎えを待っていても、意味がないことくらいはわかってます」


父は迎えには来ず、母は私を見つけられない

それは仕方のないことで、私は何かを恨んでいるわけでもありません

ただ少しだけ寂しくて、寂しさを紛らわせるものは何もないから

じっとここで何かの迎えを待っているんです


「それじゃあ君は、妖精の迎えを待ってる訳か」


軍人さんがそう尋ねます


「今日会えたことで、信憑性が上がっちゃいましたしね」


そうやって私は微笑みと共に返事をします

自分でも馬鹿な話だとは思いますが、あの時見た妖精さんのことが忘れられないんです

本当に存在するのかなんてことは問題ではなくて、ただ最後の言葉が忘れられないんです


「いつか迎えに行くから、待ってて」


妖精さんのその言葉は、後悔の詰まった私の胸に突き刺さったままなんです

もしも私が迎えを待っていたなら、家族と別れることはなかったのでしょう

それなら私は、もしも次があるならちゃんと待っていたいと思うんです


「待っていないといけないから、私はここから動けないんです」


次こそ勝手に帰らないように、そのまま会えなくなってしまわないように

その為に私はここで迎えを待って、そして一緒に帰るんです


帰るって、いったい何処に?


「話してくれてありがとうな」


軍人さんは私に笑いかけてくれます


「つまり暑さで幻覚を見ながらふらついてたら海に落っこちたってことか」


からかうように言う軍人さんに釣られて私も笑ってしまいます


「えぇ、まさか幻覚を見るなんて自分でも思ってなかったです」


そうやって笑いあうと妖精さん達が不満げに視線を私に向けます

納得いかないと言わんばかりに髪を引っ張るのはやめてください


「幻覚が本物かもしれなくなったから、なおさら待たなきゃいけなくなったわけか」


「その通りですね、軍人さんの話を信じたからこそってことになります」

肩で私の髪を引っ張る妖精さんを横目見ます

軍人さんの言う通り不思議な存在は、こうして私の近くにもいるようです

楽しそうに笑うのは構いませんがそろそろ髪が痛いです


「迎えを待たずに帰ろうとしたことを後悔してるのか?」


「そりゃあ、そうですよ。そのせいで私は……」


そこまで言って私は口を閉ざします

言わなくても伝わったようで、先を促すようなことは言われません


「とにかく、私はここから離れられないんです」


私の気持ちは変わりません、今日軍人さんと話したおかげで

より一層決心できたような気がします


軍人さんの表情が少し柔らかくなります、まるで私を諭してくれた時のように



「ここから離れられないってのは、嘘だな」




その言葉に思わず顔が強張りました、それに対して軍人さんは優しい表情のまま

突然の物言いに私は少なからず動揺します


どうして?どうして軍人さんはそんなことを言うんでしょう

私は確かにあの日を後悔しているし、ここで待たなくてはと思っています

それなら、ここから離れられないのは当然のことのはずです


「だって君は家に帰ったことがあるんだろう?なら、少なくとも離れられないってことはない」


「……可能かどうか言えば、確かにそうですけど」


だからってそれだけが問題じゃない筈です

これは私がそうしたいから、そうしているってだけの話ですから


「それなら、離れたくないって言い換えれば納得してもらえますか?」


「いいや、それも君の本心じゃない」


軍人さんの指摘はまるでそうだと決めつけているようで、私にはとても不快に思えました

私の事を真剣に考えて言ってくれているのは分かります

だからって、この言葉を認めるわけにはいきません


「どうしてそんなことが、言えるんですか。私の気持ちがわかるって言うんですか」


軍人さんの言葉を認めるということは、私の後悔が嘘だということ

あの日の出来事を私が軽んじているということに変わりありません



「毎年、居もしない人間を迎えに行く父の気持ちがわかるって言うんですか」



あの日の事を一番後悔しているのはきっと私の父です


もしも自分がもっと早く迎えに行っていれば、そう考えているからこそ


毎年のように私を迎えに来て、その面影を追ってしまうんです

「気の抜けた顔で日々を過ごす母の顔を見たことがあるんですか」


優しい母はきっと父を責めることもなかったでしょう、軽率な行動だったと私を責めることもなかったでしょう

どこにも鬱憤をぶつけられず、ただ牢の中の犯人を憎むばかりの母の心情は一体どんなものだったのでしょうか


「もしも次があるなら私は…私はあんなことを繰り返したくないんです!」


自分でも気付かぬ内に感情が高ぶっていたようで、私は大声で叫んでしまいました



悪いことをしたな、と思いつつも私の中で渦巻く感情が素直に謝らせてくれません

軍人さんは私を諭すような表情をしていますがそれも少し納得がいきません


「すまない、言い方が悪かったかな。だが決して君の後悔を軽んじているわけでもないんだ」


「ただ君には、しっかりと自分の本心を自覚して欲しい。それが俺の役目だ」


軍人さんの優しい言葉もやっぱり受け入れられなくて、私はきっと睨み付けてしまいます


「だからどうしてそんなことが言えるんですか!私の何を知ってるって言うんですか!」


「確かに俺は当時の事も君の家族の事も知らない、知ってるのは君から聞いた話と今日の君の行動だけだ」


「だがそこにこそ、君の本心が隠れていると確信している」


そこで軍人さんは一つ息を吸って、私に問いかけました


「今日俺達が初めて顔を合わせたとき、君はどうしてあそこにいたんだ?」


「それは……」


ハッとして私は答えに詰まってしまいました

目を背けようとしましたが、軍人さんの真っ直ぐな視線に捕まってしまいます


私があの時何を思っていたのか、どうしてあそこに立っていたのか

自分ではあまり深く気にしていなかったけれど



今日はあの日のように太陽がぎらぎらと照り付けていて

私はもうその暑さを感じられないけれど、なんとなく昔に帰ったような気がして


「それは、私はもう……待ちきれなくなって……」


あの日の事を思い出しながら、やっぱり待ちきれなくなった私は

いっそ思い切って自分から行ってやろうと思って、急に立ち上がっても何も変わらないけれど

どこに行けばいいかもわからずに、フラフラと歩いていたら妖精さんがいて


「あそこで待ってるって決めたはずなのに、私は……私は……」


昂った心はその行動の意味を受けきれず、膝から崩れ落ちてしまいました

私の後悔は嘘だったんでしょうか、あんなに大声で怒鳴った自分を少し信じられなくなります


「これじゃあもう、家族にも妖精さんにも合わせる顔がないよ……」


その言葉を皮切りに込み上げてきた涙を抑えることが出来なくなりました

この涙は一体何に対する後悔なのか、それももうわかりません

自分の行動も、決意も、気持ちも信じられなくなって、ただ泣くばかり

私は一体、本当は何がしたいんだろう


「待ってくれ、悪かったよ。だから泣かないで話を聞いてくれ」


「突きつけるような言い方ばかりだったな、でも決して君を責めたいわけじゃない。俺だって君の言うことは全部信じてる」


そう言って軍人さんは私の頭を撫でてくれます、人に触れられるのもいつぶりでしょうか

触れない筈の私にくれたその感触は、とても暖かいものでした


「君の後悔は決して嘘じゃない、忘れたわけでもなければ軽んじてなんていない」


「今日会ったばかりの人間の話を真剣に聞く君は、きっととても真面目な性格なんだよ」


「だから君はここで待ち続けた、あの日の挽回の機会としてな」


まだ顔を上げられない私の涙を軍人さんがそっと指で撫でてくれます


「でもな、君はそもそも悪くないだろ。悪いのはあの日君を海に突き落とした奴で、反省すべきなのはそいつらだ」


「君は今家族に対する義務感と、妖精さんに会いたいという本心の板挟みになっている」


「だがその義務感は君をこの地に縛り付けるようなもんじゃない。なら君は、自分のしたいことをしていいはずだ」


「俺が必ず妖精さんに会わせてやる、最後の言葉を何度も聞かせてやる。なんなら君の家族にだって会わせてやるさ」


「だから顔を上げてくれ、そして最後の心残りを果たしに行こう。あの日のやり直しだ、今度は誰にも邪魔なんてさせない」


そう言って軍人さんは、まるでロマンス映画のように私の顔に手を添えました

その手の暖かさに胸が軽くなったような気がして、こんな軍人さんになら

今の心中を全てぶつけてしまってもいい様な気がします



「また、道中で襲われたら、どうするんですか」


「何を言う、俺がついている限りたとえ悪霊に襲われても問題ない」


「家族に会わせるって、見えないんですよ。どうやって会うんですか」


「知らなかったのか。寺生まれに不可能はない」


「なんですか、それ。だいたい、妖精さんがどこにいるか、わからないじゃないですか」


「羅針盤がある、こいつらは頼りになるぞ。じゃなきゃ俺はここに来れてない」


軍人さんが言うことはどれも確証のない言葉で、今日初めて会ったばかりの人に言うようなことではありません

ともすれば悪徳商法か何かにも思えるような、そんな言葉ばかりでしたが

そんな言葉で安心してしまう私は騙されやすいのかもしれません

家族に対しての後悔は、消えたわけではありません

今でも家族の気のない顔が脳裏にこびりついているようです

でもそれは、私が生き返りでもしない限りどうしようもないことを、本当は理解しています


そんなことが出来るはずもないから、私はこの後悔を胸に抱いて

自分のしたいように歩き出してみようと思います


「軍人さんが言うことはどれも突拍子のないことばかりですね。まさに悪徳霊媒師って感じです」


「その言い方は、流石にあんまりじゃないか。だが否定はし切れん」


「その点妖精さん達の方が信用できます、純真って感じで」


「まぁ、頼りになるといった手前否定するわけにもいかないか」


妖精さんに何か裏でもあるんでしょうか、そう思って視線を向けても

やっぱり純真そうな笑顔を私に返してくれます



いつまでも膝をついていては格好もつかないので、私はやっと立ち上がり

一歩だけ引いて軍人さんの目を見てみます

今日だけで何度も見たこの目を見れば、信用出来てしまうから不思議な話です


「お父さんは車で迎えに来てくれましたけど、軍人さんは私に歩けって言うんですか?」


なんとなく直接伝えるのが恥ずかしくて、つい遠回しな表現をしてしまう自分が

少しおかしい様な感じがします、それにしてもこの言い方では

とても意地悪な印象がしてちょっと悪いなって思います


「そうだな、今なら負ぶっていってやろう。体重なんてない様なものだろう」


「それは私のプロポーションの良さ的な意味ですか?」


「残念ながら霊的な意味でだ」

私の意地悪に対して軍人さんも意地悪な答えをして

なんだか可笑しくなって私たちは二人してくすくすと笑いだしました

その様子を見た妖精さんもニコニコと笑みを浮かべています


こうしていると、なんだか心が解れていくようで

今までの重々しい悩みに対して素直に向かい合えるようです


うん、私はやっぱりあの日の事を忘れられない

それはもちろん家族に対する後悔でもあり、最後の妖精さんの言葉に対しての約束でもあります

この後悔に対して具体的に何が出来るかなんてわからないけれど

大切に胸に抱き続きたいと思います

そうして胸に家族への想いを詰めて、私は自分に出来ることからしていこうと思います





「それじゃあ、取り憑いてあげますからしゃがんで下さいよ」


「坊主に取り憑くってか、お嬢ちゃんもなかなか言うな。受けてたつ、だが俺の背中は思ってるよりも広いかもしれんぞ」


そんなやり取りをして、私は軍人さんに身を預けました

お父さんに負ぶってもらうのは小学生の頃に卒業していますから

こうして男の人に背負われるのは本当に久しぶりの事で

確かに大きくて何でも受け止めてくれそうな軍人さんの背中は

そのまま眠ってしまいそうなくらい安心できるものでした


「そう言えば家族に会わせるって言ったが、寄っていくか?」


「そうですね……いえ、やっぱりいいです。混乱させたくはありませんから」


「そうか、君がそう言うなら俺はいい。あくまで君の回した羅針盤に従うまでだ」


軍人さんがそう言うと妖精さんの一人が私にコンパスの様なものを差し出してくれます

これが羅針盤でしょうか、説明を求めて妖精さんの方を向くと

「らしんばんをまわしてね!」と可愛らしい声で催促されます

これが例の羅針盤の様なので、何故か剥き出しの針に手を添えてそっと回してみました


「これは、えっと、北西かな。北西ってどっちだかわかりますか?」


「あぁ、違う違う。方角は関係ない、針の赤い側が向いた方に進むんだ。北西なら右斜め前ってところか」


予想もしていなかった答えに声も出すことが出来ませんでした、方角を書く必要はあるのでしょうか

説得の内容といい、羅針盤といい、いまいち信用にかけるような、そうでもないような

なんとなくですが、少しだけ今回の帰り道を楽しめるような気がします



「本当に着くんですよね、大丈夫なんですか?」


「安心しな、どれだけ寄り道しようとも最終的には必ず着く」


「ならいいです、いいですけど」


「艦娘になるかどうかは、別に決めてませんからね。用事が終わってからです」


妖精さんが迎えに来てくれたあとどうするつもりだったのか、どうしてあんな約束をしたのか

その内容次第では、軍人さんには悪いけれど、艦娘にはなれないかもしれません


「もしかしたら、とんでもなく遠いところに行っちゃうかもしれませんよ」


「それに関しては問題ない、むしろどこに行くか心当たりすらある」



それってどういうこと?その疑問を頭に浮かべたのも束の間



「ここに俺を導いたのは、お嬢ちゃんに一番会いたがってる奴だからな」


なんて、気になる台詞で更に疑問が増えてしまったのでした

今日はここまで、長い
しばらく空いてる間に気付いたけど妖精さんってひらがなしか喋らないよね、見逃してね

おつ
待ってた

この感じたまらない…凄く良かったです。お疲れ様でした。

いいな、最高に雰囲気がいいな!
次回の投下お待ちしております。

>>1です、クライマックスの文面が山雲並みに出てこないので
今年中の投稿と正月中の更新は恐らくないです。申し訳ない

マジで楽しみに待っていますよ

1ヶ月回避
待ってます

まだかな

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