【女の子と魔法と】魔導機人戦姫Ⅱ 第14話~【ロボットもの】 (571)

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夏休みの暇つぶしに、仕事サボりの合間に、眠れない夜のお供に
そんな時間潰しの一助になれば幸いです

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第14話~それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』~

―1―

 メインフロート第一層、外郭自然エリア――


 アルマジロ型イマジンを追い詰め、ロイヤルガードとの連携でこれを撃滅した空達は、
 コントロールスフィアのハッチを開き跪かせたエール・Sの掌に乗り、
 同じように機体の外に出ていた茜を見上げるのと同様に、茜もまた、空達を見下ろしていた。

茜「彼女が……朝霧空、か」

 茜は見上げてくる二人に向けて微かな笑顔を浮かべながら、消え入りそうな声で呟く。

 だが、誰にも聞こえないと思っていたその声は、彼女の相棒には聞こえていたらしい。

クレースト『どうされました、茜様?』

茜「……いや、何でもない。気にしないでくれ、クレースト」

 首に下げている銀十字のネックレス……クレーストのギア本体からの問いかけに、
 茜は空達に軽く手を振るような仕草をしてからスフィア内に戻った。

 再び機体を起動し、ハッチを閉じる。

茜「撤収準備だ、アルベルト、東雲、徳倉」

アルベルト『ウィっス、お嬢』

東雲『了解です、隊長』

徳倉『了解、撤収準備に入ります』

 通信機に向けて部下達に指示を出すと、彼らは口々に応えた。

茜「……だからお嬢はやめてくれ」

 だが、作戦中からずっと注意しているのにも拘わらず、
 未だに自分の事を“お嬢”と呼ぶ部下に、茜は肩を竦めながら呆れたように呟く。

 しかし、茜はすぐに気を取り直すと、機体に踵を返させ、
 後方に待機させているリニアキャリアへと向かった。

茜(まったく、アイツは子供の頃からずっとからかってくれて……)

 心中で溜息を漏らしながら、茜は歩を進める。

 アルベルト――レオン・アルベルト――とは旧い付き合いだ。

 元を辿れば祖父母の世代……彼に限れば曾祖父母にまで遡る。

 旧魔法倫理研究院の対テロ特務部隊の第二世代、
 その第三副隊長のセシリア・アルベルトが彼の祖母だ。

 つまる所、彼の曾祖父母はクライブ・ニューマンとキャスリン・ブルーノの二人である。

 茜の祖母・結の従姉であり、愛器の先々代ドライバーである奏・ユーリエフとは深い関係があり、
 またセシリアの養母であるレギーナともまた浅からぬ間柄だ。

 セシリアが結や奏を慕っていた事もあって、
 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家も家族ぐるみで付き合いがある。

 自分とレオンの付き合いも、その延長だ。

 曾祖父母に倣ってなのか、単なる悪ふざけなのか、
 彼は幼い頃から自分の事を“お嬢”と呼び慣らしていた。

茜(腕は確かなんだがな……)

 そんな事を考えながら、茜は小さく溜息を漏らす。

 遺伝か才能か、彼の航空戦と狙撃の技術は確かだ。

 その才覚はオリジナルギガンティックに選ばれなかった事が惜しまれる程で、
 だからこそ202……クレーストの護衛である第二十六独立機動小隊の
 実質的隊長とも言える副隊長に二十三歳と言う若さで任じられていた。

 二機以上での運用が暗黙のルールとなっているオリジナルギガンティックだが、
 クルセイダーが皇居正門から動けない事もあってクレーストの運用は基本単機となってしまう。

 それを避けるための護衛部隊が生え抜きのエースドライバーで固められた、
 第二十六独立機動小隊と言う事だ。

 通常のギガンティックでは決して倒せないイマジンに、たった三機で立ち向かい、
 クレーストを援護するためだけのチームと言う事だけあって、
 他の二人……東雲紗樹【しののめ さき】と徳倉遼【とくら りょう】の腕も確かな物である。

茜(まったく……もう少し、副隊長らしくしてくれていると、
  私も肩の力が抜けるんだが……)

 茜はどこか遠くを見るような目をしながら、肩を竦めた。

クレースト『茜様、輸送部隊との合流まで残り三千。
      もしお疲れでしたら自動操縦で移動します』

茜「疲れてはいないよ。
  ……だが、そうしてくれ、これからの事も考えたい」

 クレーストの申し出に、茜はそう応えてから主導権を彼女に譲る。

 愛機が歩き続けている事を確認すると、
 茜は小さく息を吐いてコントロールスフィアの壁面に寄りかかった。

 茜は目を細め、床とも壁面に映る外の光景とも取れない微妙な高さに視線を向ける。

 クレーストにはこれからの事を考えたいと言ったが、
 彼女が考えているのは昔の……幼い頃の事だった。

茜(あの日が半月後に迫っているせいで、少しナーバスになっているのか……私は?)

 茜は幼い頃の事を思い浮かべながら、心の片隅で自嘲気味に独りごちる。

 その声ならぬ独り言を皮切りに、茜の意識は回想とも白昼夢とも取れぬ過去の記憶に沈んで行った。

―2―

 本條茜と言う少女は、有り体に言って“お嬢様”だった。

 父方を遡ればどこまでも……
 それこそ日本と言う国家の開闢まで遡れてしまう程の、旧い旧い魔導の家。

 母方は華族でも貴族でも武家の出でも無いが、無名と言うには憚れる程の英雄の家柄。

 世界有数の魔導の家である本條と、魔導の杖の技師の中でも名門たるフィッツジェラルド家と、
 救世の英雄と謳われた閃虹の譲羽の血を継ぐ、魔導の家柄の中でも比肩する物の無い血統。

 父は名家の当主らしい厳しさと父親らしい優しさを併せ持ち、
 母はおっとりとしていながらも強く芯のある女性だった。

 八つ歳の離れた兄や、兄と同い年の従兄や、その妹である優しい従姉、
 その両親である父の妹夫婦、生ける現代の英雄と呼ばれる伯母、
 祖父母の代から付き合いのある様々な人々に囲まれて、二歳の茜は幸せの絶頂にいた。

 特に、父・勇一郎は彼女の誇りだった。


 2060年、晩春――

明日華「さあ、茜、お父様にいってらしゃいませは?」

茜「いってらっしゃいませ、おとーさま」

 茜は母・明日華の腕に抱かれたまま舌足らずな口調で言って、父に手を振る。

 まだ二歳になったばかりの、物心つくかどうかと言う頃の、茜の記憶に鮮明に残る姿。

 庭一面に植えられた桜はもう散って、青々とした葉を茂らせるソレを背に振り返る、
 優しい笑みを浮かべた父・勇一郎。

 ロイヤルガード長官の纏う、黒の中に僅かな装飾だけが施された
 簡素だが威厳に満ちた制服を纏ったその姿は、今も瞼に焼き付いている。

勇一郎「ああ、いってきます」

 勇一郎は手を振り返そうとして、だが少し逡巡してから、
 その手を愛娘の頭に優しく乗せて軽く撫でた。

勇一郎「良い子にしているんだぞ、茜」

茜「はーいっ!」

 大きくて暖かい手に頭を撫でられ、茜は父の言いつけに元気よく返事をする。

勇一郎「臣一郎も、今日は夕方までに勉強を終わりにしておきなさい。
    帰ってから稽古を付けてやろう」

臣一郎「はい、父上!」

 母の傍らに立っていた兄・臣一郎も、父の言葉に力強く応えた。

 勇一郎は本條本家の奥義である剣術だけでなく、分家の格闘術や槍術などにも精通し、
 当主となってからはそれらの統合と、分家にも剣術の教えを施し、広く伝えて行こうと励んでいた。

 まだ魔力覚醒を迎えていない茜は、当然の事ながら父に稽古を付けて貰えるハズもなく、
 自分よりも長く父と一緒にいられる兄を、彼女は少しだけ羨んだ。

 そして、笑みを浮かべて踵を返し、門を潜って行く勇一郎の背中を、茜は憧憬の視線で見つめる。

 広く、強い背中だったのを、今でも覚えている。

 最強と謳われるオリジナルギガンティックの中でも、特に最強の呼び声の高い210のドライバー。

 武芸百般に秀で、多くのテロリストやイマジンを、皇居の門に触れさせる事なく屠って来た最強の衛士。

 そんな父を、討ち倒せる者などいない。

 ずっと、そう、信じていた。

 2060年、7月9日――

 その日は、ずっと以前から予定されていたパレードの日だった。

 このNASEANメガフロートに皇居が移設されて三十年の節目の日。

 各国の皇族や王族を載せた数百台のオープンカーと、百を越す軍と警察の最新鋭ギガンティック、
 パワーローダー、さらにGWF-210Xクルセイダーを加えた大規模な一団からなるパレードだ。

 正門を出立し、第一街区の市街地を回って、また正門へと帰って行く、
 都合十キロの道程を巡る二時間ほどの長丁場。

 その日の勇一郎の配置は、クルセイダーをパレード専用のキャリアトレーラーで膝立ちにさせ、
 その前を行くオープンカーにロイヤルガードの代表として乗る事だった。

 直前には皇族縁の人々が乗るオープンカー。

 いざと言う時には即座に護衛に入れる位置である。

 まあ、勇一郎の手を患わせるような“いざと言う時”など来ないだろう。

 それは警備関係者が口を揃えて言っていた事だった。

 クルセイダーはドライバーが降りているが、
 他のギガンティックやパワーローダーにはドライバーが搭乗済みだ。

 パレードの隊列以外の警備も、人もドローンもギガンティックもパワーローダーも万全。

 ルート上の観客の中にテロリストが紛れ込もうとも、一気呵成に制圧できるだけの準備がされていたのだ。

 慢心ではなかったのかもしれない。

 細心の注意を払って、最大規模のパレードを守るべく考え得る限り最高の警備を施したハズだった。

 だが、最高の警備と言う事実に作り上げられたその安心感が、大きな慢心に結実したと言って良い。

 その慢心が世界最大規模のテロを生み出す事に繋がったのである。


 そして、テロが起きようとしていたその時、茜は母や兄と共に、
 パレードのルート上に据えられた特別観客席であと数分後に通るパレードの車列を心待ちにしていた。

 特別観客席はルートに面した病院の第三駐車場の道路に面した側を間借りするカタチで作られ、
 一般の観客達のいる歩道よりも幾分か高い。

 茜達は特別観客席の右端で、兄妹が母を挟むように並んで座っていた。

明日華「もうすぐ、お父様がいらっしゃいますからね」

茜「はい!」

 優しく語りかけてくれた母に、茜は目を輝かせ、ソワソワとした様子で応える。

 あと少しで、父がやって来る。

 祭にも似た熱気が、そんな彼女の高揚感を後押ししていた。

 そして、車列が訪れる。

 軍用と警察用の当時最新鋭だった377改・エクスカリバーが並び立つキャリアトレーラーを先頭に、
 左右を小型パワーローダーと警備用ドローンに守られた皇族や王族の人々を載せたオープンカーが続く。

 次々に現れる高貴な人々や最新鋭の機体の姿に盛大な歓声が上がる中、
 遂に父を乗せたオープンカーが特別観客席の前に姿を現した。

 普段よりも幾分か煌びやかな礼服に身を包み、
 腰には本條家に古くから伝わる家宝の大小夫婦太刀の鬼百合・夜叉と鬼百合・般若。

 休めの姿勢で不動を貫く父の姿は、その後ろに傅くように続くクルセイダーの姿もあって、
 普段以上に凛々しく見えた。

茜「おとぉさまぁっ!」

 茜は思わず観客席の手すりにまで身を乗り出し、大きく両手を振って父に呼び掛ける。

 しかし、少女の目一杯の声も、盛大な歓声の前には呆気なく掻き消されてしまう。

茜「おとぉさまぁ! おとぉぅさまぁぁっ!」

 それでも、茜は目一杯に父に呼び掛け続けた。

 それが通じたのかは分からない。

 だが、父を乗せたオープンカーが通り過ぎようとしたその時、父の視線が茜を捉えた。

茜「っ! おとおぉさまあぁっ!!」

 その瞬間、茜は嬉しそうに目を見開くと、その日一番の歓声を張り上げ、父を呼んだ。

 この時、父が視線を向けたのは何故だったのか?

 偶然か、盛大な歓声の中、愛娘の声を聞き分けたのか。

 それを確かめる術は無い。

 何故なら、直後に響いた歓声を掻き消すような爆音と共に、
 父の乗ったオープンカーは消し飛んだからだ。

 それも――

茜「……………………おとう……さま?」

 茜は、呆然と父を呼ぶ。

 ――茜の見ている、目の前で。

 それは、警備のために交差点毎に立てられているギガンティックからの砲撃だった。

 市街地中心地区。

 交差点が連続し、警備用ギガンティックが集中する最も安全と思われていた区画での出来事だ。

 外部からのハッキングを受けた五機のギガンティックが、一斉にパレードの車列に向けて発砲。

 ただ無差別に、真正面の地面に向けての発砲は、幸いにも皇族や王族への被害は免れた。

 しかし、運悪くその正面にいた父の乗るオープンカーは、その直撃を受ける事となった。

 最初から皇族や王族の命よりも、警備関係者の混乱を狙うのが目的の初撃だったのだろう。

 ハッキングを受けたギガンティックが、パレードの隊列にいたギガンティックやパワーローダー、
 他の警備用ギガンティックからの一斉攻撃で沈黙する中、上空に数十機のギガンティックが飛来。

 そして、周辺に向けて魔力弾による一斉爆撃が行われた。

明日華「臣一郎、茜!」

 混乱から無理矢理に立ち直った明日華は、汎用魔導装甲を展開し、
 我が子二人をその腕で掻き抱く。

 この頃の明日華は、二度の妊娠と出産を経て魔力波長が大きく変容し、
 クレーストのドライバーとしての資格を失っていた。

 だが、母・結から引き継いだ大魔力は健在であり、
 汎用魔導装甲が耐えきれるだけのギリギリの魔力で障壁を作り出し、
 ギガンティックによる一斉爆撃から我が子達を守る。

 三十分にも及ぶ執拗な爆撃が終わると、辺りには濛々と粉塵や煙が立ちこめ、
 何かが焼ける焦げ臭い匂いと、噎せ返るほどの血の匂いが立ちこめていた。

明日華「臣一郎……茜……無事?」

 障壁に全魔力を傾けていた明日華が、絶え絶えの声で呟く。

 その時に名前を呼ばれていた事を、茜も覚えていた。

 だが、その声はとても遠く、別の世界の事のように聞こえたのも確かだった。

 ただ、爆撃の恐怖が止んだ。

 それだけは何となく理解できた。

 そして、理解と共に甦って来たのは、三十分前の光景。

 警備用ギガンティックの攻撃を受け、爆散するオープンカーに巻き込まれて飛び散る、父の姿。

 爆発に呑まれる中、唯一つ、道に転がった右腕。

 茜はガタガタと震えながら、父の腕が転がっていた道路に、反射的に目を向けていた。

 特別観客席は崩れ、倒れ伏す大勢の人々や遺体の向こうにある道路は舗装が剥げて焼け焦げ、
 先ほどの母のようにしてVIP達を守っていた警備の関係者が、混乱しながらも走り回っている姿が見える。

 そして、人々が行き交う中、瓦礫然とした道路の中央に、
 父が腰に差していた二刀の夫婦太刀だけが偶然にも突き刺さっていた。

 儀礼用の装飾鞘は砕け散り、剥き出しになった太刀は柄も鍔も焼け焦げ、
 だが、刀身だけは健在なまま。

 対して、父の姿は……転がっていたハズの右腕すら、無い。

茜「……ッ! …………ッ!」

 その光景に……父の墓標にすら見える夫婦太刀の姿に、
 茜は口を悲鳴のカタチに開けて、声ならぬ叫びを上げる。

明日華「あかね……? 茜!? どうしたの、茜!?」

 愕然としていた明日華も、娘の様子がおかしい事に気付き、必死に娘の身体を揺り動かす。

茜「……ッ、…………ッ!」

 だが、茜は目から一杯の涙を流しながら、声ならぬ叫びを上げ続ける。

 茜が声を失っていた事が分かったのは、全ての混乱が治まりを見せ、
 勇一郎の葬儀が終わった後の事だった。

 2062年、初冬――
 茜が父と声を失ってから、二年と少しが経過した。


 あの日を境に、幸せの絶頂にいた彼女の全てが変わってしまった。

 優しく朗らかだった母は笑顔を見せる事が減り、
 兄は本條家の当主としてオリジナルギガンティックを駆る訓練に明け暮れている。

 幼い兄を当主に据える事に反対する分家の者達を押し留めるため、
 本家直系である叔母の藤枝百合華を当主名代に置く事となった。

 あの日、焼け焦げた二刀の鬼百合の拵えは直され、二年前から仏間に飾られている。

茜「………」

 四歳になった茜は、仏壇の前で膝を抱えて座ったまま、
 二刀の鬼百合と共に飾られている父の遺影を眺めていた。

 それは、茜の日課だった。

 読み書きの勉強を始めたばかりの茜は、それが終わると、
 食事や風呂、トイレの時間を除いて、仏間で父の遺影を眺め続ける。

 幼い少女の、その痛ましい姿に回りの大人達……特に母は胸を痛めたが、
 まだたった四歳の少女に他人を気遣う余裕など無い。

 その事を咎めようとする大人達も、敬愛する父だけでなく声ですら失った少女に、
 苦言を呈する事が憚られ、結局はその日課もずっと続いていた。

茜「………」

 茜は、父の遺影に向けて、無言で手を伸ばす。

 これも、最近の茜の日課だった。

 座ったままでは、決して遺影までは届かない手。

 もし、この手が届いたら?

 父の遺影をこの手に取る事が出来たら……、
 あの日の父に手を伸ばす事が出来たら、自分は父を救えただろうか?

 子供が考える“もしも”や“たら、れば”の話など、荒唐無稽な物だ。

 根拠のない万能感と、夢見がちな妄想に端を発する、本当に荒唐無稽な仮の話。

 まだ四歳半の少女なら、当然のように抱く可能性の話。

 だが、求める可能性は限りなく苦しく、それが叶うハズも無い事と、
 茜は幼いながらにして既に諦めの境地に達しようとしていた。

 それもその筈。

 あの爆撃の中、母の腕の中で震えているだけだった自分に、
 父を助けられる筈が無いのだから。

 ただ、それでも手を伸ばし続けるのは、まだ彼女自身が諦め切れていないからだ。

茜「………ッ」

 どんなに伸ばしても届かない手に、彼女は次第に目の端に涙を溜めていた。

 涙で霞む視界の中、茜は必死で手を伸ばし続ける。

茜(届かない……届かないよ……お父様に……手が、届かない、よ……)

 泣きながら、諦めながらも、少女は手を伸ばし続けた。

 それだけしか、今の彼女には残されていなかった。

 魔法に……いや、マギアリヒトに溢れた現代社会において、動かずに物を取る方法は二つ。

 魔力でマギアリヒトに作用し、魔力そのもので対象を掴んで手元に引き寄せる方法。

 取りたい物を物体として捉え、対物操作の魔法で浮かせ、手元まで飛ばす方法。

 似ているようで違うこの二つの方法を、詳しく語るのはまたの機会としよう。

 何故なら、この時の茜には、まだ魔力が目覚めていなかったのだから。

 結・フィッツジェラルド・譲羽の血に連なる者に相応しく、
 茜の体内には多量のマギアリヒトが巡っている。

 覚醒さえすれば、それだけで一角の魔導師と言えるだけの魔力が約束された身体だ。

 そう考えれば、彼女が抱く“たら、れば”の万能感も、
 あながち荒唐無稽な物では無いのかもしれない。

 この手が父に届けば……父の手を掴めるだけの魔力さえあれば、
 父を助ける事が出来たかもしれない。

 だが、それは所詮、“かもしれない”の域を出ない“もしも”でしか無いのだ。

 あの頃の、そして、今の彼女も、未だ魔力には目覚めていない。

 だから彼女は、こうして大粒の涙を流しながら、諦めの中で、
 決して届かない手を伸ばし続けるしかなかった。

 いつしか泣き疲れて、眠ってしまう。

 それがこの日課の顛末だ。

 だが、今日は違った。

?????<――――――>

茜「ッ!?」

 不意に響いた音に、茜は手を伸ばしたままビクリと身体を震わせる。

 そして、思わず辺りを見渡す。

 しかし、この辺りで音を立てるような物は、
 目の前にある仏壇に置かれた、仏具の鈴くらいしか無い。

 だが、それも人知れず鳴るような物ではなかった。

(何……今の音……?)

 茜は辺りを見渡しながら、身を縮こまらせる。

 すると――

?????<――――っ>

茜「……ッ!?」

 再び、その音が聞こえ、茜はまた身体を震わせた。

 だが、そこで気付く。

 音は耳に響いたのではなく、まるで頭の中で直接意識に……
 幼い少女の感覚にして見れば、心に響いたのだ、と。

 そして、それは単なる音ではなく、どこか声のようにも感じられた。

茜(……誰?)

 茜は見渡しながら音の出所……いや、声の主を捜して辺りを見渡す。

 しかし、いくら見渡しても声の主らしき者はいない。

 だが、不意に一点、仏間と隣の部屋を繋ぐ襖に視線を奪われる。

 その先は明日華と茜の寝室だ。

 そして、かつては勇一郎も使っていた寝室である。

 父がいなくなって広くなった寝室を、茜はまだ受け入れ切れず、
 眠る時以外は好んで入ろうとは思わなかった。

 茜は襖に吸い寄せられるように、だが怖ず怖ずと四つん這いで近付き、
 膝立ちになって襖を開ける。

 誰か、いるのだろうか?

 今の時間は母も出払っており、寝室に入る者などいない。

茜(誰か……いるの?)

 茜は言葉に出来ぬ疑問を、小首を傾げるような仕草と共に投げ掛け、
 それと共に室内を見渡す。

 すると――

?????<―か――で――さい>

 襖を閉じていた時よりもハッキリと、その“声”は聞こえた。

茜(……誰……?)

 茜は驚いて身体を震わせながらも、立ち上がり、
 声の聞こえて来た方向に向けて歩き出す。

 そこには、母が亡き祖母・紗百合と大伯母の美百合から譲り受けた大きな鏡台があった。

?????<な―ない―くだ――>

 鏡台に歩み寄ると、さらに声はクリアに聞こえる。

 開けてはいけない。

 そう言われてきた鏡台の引き出しを、茜は躊躇わずに開けた。

 そして、すぐに目についた一つの黒いケース。

 宝石箱でも小物入れでもない、革製の質素な物だ。

茜(これ……)

?????<なかないで……ください……>

 茜がそれを手に取ると、ようやく声の内容を聞き取る事が出来た。

茜(なかないで………泣かないで?)

 茜はその言葉を心の中で反芻する。

 ケースの蓋は呆気なく開き、中から出て来たのは銀色の十字架だった。

 茜は僅かに躊躇いながら、その十字架を手に取る。

 すると――

?????<泣かないで下さい……お嬢様……>

 懇願するかのような、哀しげな少女の声が十字架から響いた。

 それと同時に、茜は自らの身体から暖かい力が湧き上がるのを感じる。

 その力が自身の魔力だと気付いたのは、
 十字架の回りに赤みの強い橙色の……茜色の輝きが満ちているのが分かったからだった。

茜(クレぇ……スト?)

 茜はそこで、自分が手にしている十字架が、かつての母の、
 そして、亡き母方の祖母の親友である奏の愛器・クレーストだと気付く。

 まだ思念通話すら分からない茜の声は、クレーストに届ける事は出来なかった。

 つまり、声の出せない茜に、クレーストとの意志疎通の手段は無い。

 だが、クレーストは違った。

クレースト<申し訳ありません、お嬢様……。
      勝手ながら、魔力を使わせていただきます>

 彼女は哀しげな声で申し訳なさそう呟くと、茜の身体から僅かな魔力を吸い上げる。

 そして、茜から吸い上げた魔力はクレーストの導きによって寝室を抜け出し、
 仏壇に飾られた勇一郎の遺影を掴んだ。

 純粋な魔力だけで物体を掴むにはそれ相応の高い魔力量が要求されるが、
 茜には苦にもならない僅かな量に過ぎない。

 そして、クレーストが魔力で掴んだ遺影は、漂うように茜の目の前へと引き寄せられた。

クレースト<どうか、手を伸ばして下さい……。
      お嬢様ご自身の力で引き寄せた物です>

 クレーストに促されるように、茜はゆっくりと遺影に向けて手を伸ばす。

 これは後から知った事だったが、茜が件の日課を始めた頃から、
 明日華の残留魔力によって起動し続けていたクレーストは、
 ずっと以前から彼女の事とその意図に気付いていたらしい。

 そんなクレーストの協力もあって、決して届かなかった筈の手が、
 伸ばし続けた父の遺影に届いた。

茜「………ッ!」

 手が触れた瞬間、茜は声ならぬ叫びを上げてその遺影を、クレーストごと胸にかき抱く。

 やっと、やっと手が届いた。

 だが、それと同時に突き付けられる現実。

 今更届いても遅い。

 あの時に、手が届いていなければならかったのに。

 その事実に、いつの間にか止まり掛けていた涙が、堰を切って溢れ出す。

 泣き声は上がらない。
 上げられない。

 筈だった。

茜「ぉ……ぉ……ぅ……ぁ……ぁ……っ!」

 二年以上、呼吸を吐き出すような音しか出せなかった口から、
 絞り出すような微かな音が響く。

クレースト<お嬢様!?>

 その音が茜の声である事に気付いたクレーストが、喜びとも驚きとも取れる声を上げた。

茜「おぉ……とぉ……ぅ……さぁ……まぁ……っ!」

 父の遺影を胸に抱いて泣きじゃくりながら、茜は一音一音、絞り出すように叫ぶ。

茜「ぅぁ……ぁぁぁ………っ!」

 茜はその場にへたり込み、絞り出すような声で泣いた。

『誰か! 誰か! お嬢様が……茜様が声を!』

 クレーストは共有回線を開き、屋敷中に向けて声を上げる。

 主と主の家族を見守って来たクレーストは、茜が声を失っていた事も知っていた。

 だからこそ、彼女は自分らしからぬほどに慌てた声で人を呼んだのだ。

 そして、クレーストの声に気付いた小間使いや、
 その頃は同居していた風華が駆け付けたのは、そのすぐ後だった。

 茜の声が戻った理由は、医師の診断でも定かではない。

 届かなかった手が届いた事による精神的な物とも、
 魔力覚醒によって自律神経が刺激された故の身体的な物とも……。

 ただ、茜は彼女が求めた力によって見出され、父と共に失った声を取り戻し、
 ようやく一つのスタートラインに立てたのだ。

 それは――

クレースト『……ね様、茜様』

茜「ん……?」

 白昼夢にも似た回想に意識を委ねていた茜の意識は、
 クレーストの声によって呼び戻される。

 コントロールスフィアの壁に身体を預けていた茜は、目を開いて辺りを見渡す。

 そこはメインフロート第一層の外郭自然エリアから少し離れた位置にある、広い幹線道路だった。

 その端には自分達第二十六独立機動小隊の使うリニアキャリアが停留しており、
 クレーストも今まさに専用ハンガーの前に到着しようかと言う頃合いだ。

茜「すまない……少し呆けていた」

クレースト『いえ、問題ありません』

 嘆息混じりで申し訳なさそうに呟いた茜に、クレーストは淡々と返す。

 茜は機体の主導権を愛器から返して貰うと、機体をハンガーに固定し、動力を切る。

茜「ふぅ……」

 ゆっくりと寝かされて行くハンガーに合わせ、水平状態を保つように傾いて行く通路上で
 茜は手渡されたジャケットを羽織りながら小さく溜息を漏らす。

レオン「お疲れさん、お嬢」

 すると、既に自身の乗機をハンガーに固定し、
 外に出ていたレオンが気さくそうな仕草で手を振って来る。

 レオンは02ハンガーを牽引しているキャリアの下で、
 ドライバー向け汎用魔導防護服の上にジャケットを羽織っていた。

茜「だから出撃中はお嬢はやめてくれないか、アルベルト」

 茜はハンガーから降りると、呆れたような声音で漏らしながら彼の元に歩み寄る。

 すると、その場に遅れて紗樹と遼が現れた。

 二人とも何処か慌てた、と言うか困った様子が表情から窺える。

紗樹「いいんですか、隊長? 機関への出頭予定時刻は午後二時。
   あと二時間もありませんよ?」

遼「稼働時間も少なく、躯体へのダメージも一切ありませんが、
  一旦戻って整備と補給を受ける事を考えると、三時を回ってしまうと思われます」

 困惑する紗樹に続いて、遼も思案気味な様子で言った。

 確かに、お役所仕事は時間に煩い。

 しかし、そんな部下達の様子を見かねて、レオンが口を開く。

レオン「いや、それは向こうさんも一緒だって」

 レオンはハンガーのフレームにもたれかかり、飄々とした様子で言った。

 全員の視線が集まると、レオンはさらに続ける。

レオン「これから何時間かは整備や何やらでゴタゴタして、
    俺らを受け入れる体勢どころじゃないだろ?

    体の良い言い訳作りさ。だろ、お嬢?」

茜「ハァ……その通りだ」

 まだ“お嬢”呼ばわりしてくるレオンに諦めの溜息を漏らしてから、
 茜は紗樹と遼に向き直って言った。

茜「既に本條隊長か藤枝副司令あたりが、
  遅延の書類を先方や政府に回して下さっている頃だろう」

 さらにそう付け加えながら、兄の臣一郎や叔父の尋也【ひろや】の事を思い浮かべる。

 二人ともそつなく事をこなす性格だ。

 今回も、きっと上手く事を運んでくれているだろう。

 そして、その事を聞いた紗樹と遼は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべる。

茜「気遣いの範疇とは言え、
  今回は“こちら側の勝手な都合で”遅れる事になるだろう。

  それだけに繰り下げた予定よりも遅れるワケにはいかないからな、
  手空きなら整備班の手伝いをして時間短縮に努めるぞ」

 茜は安堵しかけた部下二人に喝を入れるように、
 だが少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべて指示を出すと、
 自らも整備班を手伝うために再びハンガー上へと向かった。

 茜が動き出した事で、一度は安堵しかけた紗樹と遼も慌てた様子で動き出す。

紗樹「りょ、了解しました!」

遼「直ちに撤収作業の補助に入ります!」

レオン「んじゃ、俺もちょっくら手伝って来ますかね、っと」

 三人の様子を見届けたレオンも、そう言って愛機の乗せられたキャリアに向けて、
 少し気怠そうな様子で歩き出した。

―3―

 イマジン殲滅からおよそ三時間後、ギガンティック機関隊舎――


 中央――皇居方面――からやって来たリニアキャリアの一団が、
 隊舎前でゆっくりと停車する。

 ロイヤルガードのロゴが刻印されたそれらは、
 先ほども空達の援護をしてくれた第二十六独立機動小隊の物だ。

 そして、その中の一輌……人員輸送車と思しき車輌のハッチが開き、
 中から詰め襟の黒い制服を着た四人の男女が降りる。

 茜達、第二十六小隊のドライバー達だ。

茜「では、我々はこれから譲羽司令に挨拶に行って来ます。
  後から私も行きますが、整備責任者への挨拶はお任せします、班長」

班長「ええ、任されましたよ、小隊長」

 振り返った茜の言葉に、彼女に班長と呼ばれた男性――小隊の整備責任者――が力強く応えた。

 四人が見送る中、人員輸送車のハッチは閉じられ、
 リニアキャリアの一団はそのまま隊舎裏へと回り、そこから隊舎地下へと入って行く。

 茜はその様子を見届けると部下達に振り返る。

茜「よし。我々も着任の挨拶に行くぞ」

レオン「ウィっス、お嬢」

 茜の指示にレオンが代表して応えた。

 またもやの“お嬢”呼ばわりに茜は肩を竦めたが、さすがに作戦行動中では無いので注意はしない。

 それに、この後は“お嬢”呼ばわり程度は可愛いレベルの洗礼が待っているのだから。

 そんな思いと共に部下達と隊舎内へと入って行くと、すぐにロビー正面の受付に迎えられる。

美波「あかにゃん、おい~ッス」

茜「市条さん、あかにゃんは辞めて下さい」

 二人並んだ受付職員の一人――市条美波に渾名で呼ばれ、茜はガックリと肩を竦めて疲れたように漏らした。

 機関きっての名物職員の頓狂なニックネームに比べれば、“お嬢”くらいは何でもない。

??「お待ちしておりました、本條小隊長。それに隊員の方々も」

 そんな様子を見かねてか、美波の隣に座るもう一人の受付職員……
 村居優子【むらい ゆうこ】が落ち着き払った様子で言った。

 ちなみに彼女は先日、臣一郎が来訪した際に受付にいた木場順子の先輩に当たる、
 美波のもう一人の後輩である。

優子「今、司令に確認を取りましたので、あちらの執務室へどうぞ」

 優子は隣の美波を気に掛けた様子もなく、丁寧に左手で司令執務室を指し示した。

茜「助かります、村居さん」

優子「いえ、業務ですので」

 軽く会釈した茜に、優子は微笑を浮かべながらも事も無げな声音で返す。

美波「ちぇ~ッ、久しぶりのお客さんだって言うのに、ゆっちょんが真面目すぎてつまんな~い」

 美波は口を尖らせ、不満げに漏らした。

優子「御崎先輩から、先輩のフォローをするように言付かっていますので」

美波「チッ、園子め……遊び心の分からないヤツ」

 淡々と語る優子に、美波は先ほどのようなわざとらしい物ではない本気の舌打ちを交えて呟く。

 ちなみに御崎園子【みさき そのこ】は、美波がニックネームで呼ばない数少ない同僚の一人であり、
 美波と彼女、そして現オペレーターチーフ陣は同期である。

 閑話休題。

 茜達は優子に案内された通り、司令執務室に向かう。

紗樹「何だか、凄く独特な方ですね……受付の、その……背の低い方の女性は……」

 紗樹はチラリと横目で受付を振り返りながら、躊躇いがちに小声で漏らす。

 背後から“誰の背がちっちゃいんだー!?”と聞こえ、思わず肩を竦める。

 中々の地獄耳だ。

レオン「まあ、キャラがキョーレツなのはあの御仁に、
    オペレーターのクララと出張中のちびっ子主任さん、
    それにこっちも出張中のメリッサの姐さんくらいだ。

    すぐに慣れるさ」

 レオンはギガンティック機関に初めて顔を出して萎縮している部下に、
 指折り数えるように言ってから、軽く振り返り、
 受付で手を広げてバタバタとしている美波に、謝意を込めて軽く手を振り返した。

レオン「美波の姐さん、あのナリで子持ちだってんだからビックリだよな」

 レオンは向き直ると、噴き出しそうになりながら呟く。

紗樹「えっ!?」

遼「そんなっ!?」

 紗樹に続いて、努めて平静を装っていた遼も、さすがにこれには驚きの声を上げる。

 後ろから“二児の母で悪いかー!?”と叫び声が聞こえた気がするが、
 四人はさすがに無視をした。

茜「市条さんが結婚されたのは、私がここに研修で入る前の年だったそうだからな……。
  結婚六年目ともなれば、二人目の子供がいてもおかしくないだろう」

 茜は思案気味に当時の事を思い出しながら漏らす。

 茜が正ドライバーとしてロイヤルガード入りしたのは五年前の十二歳の頃だ。

 そして、ロイヤルガードに入隊する以前は、
 クァンやマリアの同期として機関で研修を受けていたのである。

紗樹「いや、年数よりも……」

遼「犯罪の匂いがするんですが……」

 しかし、そんな茜の言葉に、紗樹と遼は口を揃えて呟く。

レオン「ま、今でも小学生って言っても通用しそうだしな、姐さんは」

 レオンの言葉に、やはり“誰が美少女小学生だー!?”と言う叫び声が聞こえる。

 さりげなく“美少女”部分が見栄による恣意的改竄を受けている気がしないでもないが、
 確かに、美波の見た目は小学生と言って通じてしまいそうだ。

 十二歳以下の少女との姦通は、同意があっても犯罪なのは今の世も同じである。

 成る程、犯罪の匂いがしそうとの遼の言葉も分からないでもない。

茜「滅多なことを言うな。
  出向中とは言え、我々は警察の一組織だぞ」

 茜は溜息がちに言ってから、司令室の扉の前に立った。

 素早くノックしてから中に向かって呼び掛ける。

茜「皇居防衛警察ロイヤルガード、
  ギガンティック部隊第二十六独立機動小隊隊長、本條茜です」

明日美「どうぞ」

 茜の呼び掛けに応えたのは明日美だった。

 扉越しにくぐもった明日美の声に応え、茜は“失礼します”とだけ言って扉を開く。

 一礼して室内に入ると、茜達は明日美とアーネストに迎えられた。

茜「本條茜、レオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、着任いたしました」

 敬礼した茜に続き、レオン達三人も茜の後ろに横並びになって敬礼する。

明日美「はい、ご苦労様」

 しっかりと敬礼する茜に、明日美は笑顔で頷く。

茜「こちらの勝手な都合で着任の時間が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません」

明日美「気にしなくていいわ。
    こちらとしても消耗が最低限で済んだのだから」

 申し訳なさそうに頭を下げる茜に、明日美は笑顔のまま応え、
 “もう、そちらの司令と副司令の連名で謝罪も受けている事だし”と付け加えた。

アーネスト「三時間前に出撃があったばかりで、そう畏まっているのも疲れるだろう。
      楽にしたまえ」

 アーネストもそう言って、茜達に敬礼の姿勢を崩すように促す。

レオン「そう言って貰えるとありがたいッス」

 アーネストに促され、休めの姿勢になったレオンは笑顔で漏らす。

明日美「久しぶりね、レオン。
    ご両親やお祖母様は元気かしら?」

レオン「まあまあッスね。
    さすがに藤枝の所のバーサマほど元気じゃないッスけど」

 明日美の問いかけに、レオンは苦笑い混じりに応えた。

 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家は家族ぐるみの付き合いで、
 その付き合いも長い。

 明日美もレオンの祖母・セシリアとは、
 旧研究院時代から年の離れた先輩後輩としても旧い付き合いだ。

茜「司令」

 明日美とレオンの世間話が途切れたタイミングを見計らい、
 茜は携帯端末を取り出して前に進み出ると、
 それを明日美の執務机の上にある卓上型端末に近づけた。

 すぐに通信回線が開き、書類が転送される。

明日美「はい、着任辞令、確かに受け取ったわ」

 明日美は横目で壁掛け時計の時間を確認しながら言う。

 時刻は三時五分前。

 遅延予定の午後三時に間に合っている。

明日美「今日はレベル1注意報にまで下がっているし、
    一度出撃もあったから今日はもう休んでも構わないわ」

 明日美は書類にサインをしながらそう言った。

アーネスト「事前申請のあった必要人数分の部屋は寮に確保されている。
      荷物もそちらに運び入れるといいだろう」

茜「ありがとうございます、ベンパー副司令」

 アーネストの言葉に、茜は深々と頭を垂れると、部下達に向けて振り返る。

茜「お前達は先に荷物を持って隊員寮に向かっていてくれ。
  私はもう少しお二方に話がある」

レオン「ウィっス、お嬢。
    じゃあ、そう言うワケですんで、俺らは先に失礼させてもらいます」

 レオンは茜の指示に頷くと、明日美とアーネストに軽く会釈してから、
 丁寧にお辞儀をした紗樹と遼を引き連れて司令室を後にした。

 そして、三人が退室したのを見届けて、茜は肩を竦めて小さく溜息を漏らす。

茜「……申し訳ありません、伯母上、ベンパーさん……。
  部下がお見苦しい所を……」

 茜は溜息がちに申し訳なさそうに呟く。

アーネスト「そこまで気にしなくても良いよ。
      まあ、あれも彼の持ち味と言う事で」

明日美「政府直轄とは言え、ここはそこまで堅苦しい組織ではないわ。
    あなたも少しは肩の力を抜くと良いわ」

 笑みを浮かべながら言ったアーネストに続き、明日美も思案げに漏らす。

 そして、僅かな間を置いてから、明日美は改めて口を開く。

明日美「直接会うのは正月以来ね。
    ……誕生日プレゼントは気に入って貰えたかしら?」

茜「ええ、メールにも書きましたが、その節は本当にありがとうございました。
  大事に使わせていただいています。

  ……と言っても、あまり袖を通す機会に恵まれませんが……」

 嬉しそうに漏らす明日美に、茜は深々とお辞儀をして返してから、
 申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。

 明日美は先月に誕生日を迎えた茜のために、社交の場に顔を出すためにも良い頃合いだと、
 一着のイブニングドレスを贈っていた。

 だが、茜は普段から忙しくしている事もあり、また、社交の場にも礼服で赴くのが基本だった事もあり、
 試着を除けばまだ一度だけしか袖を通せていない事を心苦しく思っていたのだ。

明日美「次に機会があれば、その時に見せてくれるかしら?」

茜「ええ、喜んで」

 伯母からの提案に、茜は少しはにかんだような笑みを浮かべて頷く。

アーネスト「しかし、本当に君がこちらに出向してくれるとは思わなかったよ。
      こちらとしては予備戦力でも構わなかったのだが……」

 二人の様子を見守っていたアーネストが、不意にそんな事を呟いた。

 ギガンティック機関側としては、空達三人には二班に分かれて貰い、
 出撃時の援護用に一小隊派遣して貰えればそれで良かったのだが、
 まさか大本命のオリジナルギガンティックが配属されている第二十六小隊が来るとは思ってもいなかったのだ。

 第二十六独立機動小隊の任務は皇居護衛よりも、遠隔地に出撃してのテロリスト対策が主任務だ。

 昨今はテロリストの使うギガンティックやパワーローダーも性能が上がって来ており、
 軍に比べて強力なギガンティックの配備数の少ない警察関連の組織にして見れば、
 より圧倒的な性能を誇るオリジナルギガンティックが必要とされるのは当然と言えた。

 強力な大型ギガンティックを持ち出したテロリストに対して迅速に出動し、
 これを鎮圧するのが第二十六独立機動小隊の任務なのである。

 そして、その足回りの良さを活かし、
 機関の手が足りない時はイマジン殲滅に協力する副次的な任務もあった。

 イマジン殲滅が主任務のギガンティック機関の任務とは基本的に逆なのである。

 茜はイマジン殲滅にも協力的だし、それは今日の態度からもよく分かっていた。

 だが、主任務はテロへの対処だ。

明日美「悪いわね……。
    こちらの仕事にかかり切りになってしまうかもしれないのに」

茜「いえ、構いません。
  連中が大規模攻勢を仕掛けるような事があれば、
  機関の手を借りなければならないのは、むしろこちらなのですから」

 少しだけ申し訳なさそうな様子の明日美に、茜は表情を引き締めて応える。

 現在のテロリストの中で最も厄介で大規模な戦力を有しているのは、
 第七フロート第三層を占拠し、反皇族を掲げている、
 件の60年事件の首謀者達とその流れを汲む者達だ。

 彼らの狙いは基本的に皇族や王族達のいる皇居や、
 皇族や王族に縁の深い者がいる場所であり、そう言った所の防備は固い。

 だが、一度テロリストに大攻勢を仕掛けられた場合、
 平時からイマジンへの警戒を厳としなければならない軍は多くの戦力を割けないのである。

 そうなれば、警察組織は少数精鋭であるギガンティック機関に頼る事になるのだ。

 無論、機関としてもイマジン出現時にはそちらへの対処が優先されるが、
 形式的にはそう言った取り決めで互恵関係が成り立っている。

 尤も、ここ数年間は機関側がテロ対策に駆り出される事は無かったのだが……。

明日美「今年は十五年の節目、ですものね……」

 明日美はその事を思い出して呟く。

 今年は2075年、あと半月もすれば7月9日……
 あの忌まわしい60年事件から丁度十五年となる。

 明日美にしてみれば、義弟が死んだ事件だ。

 色々と思うところもあるのだろう。

アーネスト「こちらとしても、諜報部に警戒させてはいるが……」

茜「……その件なのですが」

 アーネストが思案げに漏らしかけたその時、茜が意を決したようにその言葉を遮った。

 茜は“ご無礼、失礼します”と言って、言葉を遮った事を謝罪すると、さらに続ける。

茜「こちらの諜報部に保管されている調査書類……
  月島レポートの閲覧を許可してはいただけないでしょうか?」

アーネスト「月島レポート……!?」

 どこか思い詰めた様子の茜の言葉……いや、
 “月島レポート”と言う名前に、アーネストは驚きの声を上げた。

 亡くなった勇一郎の事を考えて寂しげな表情を浮かべていた明日美も、途端に表情を険しくする。

明日美「……随分と、調べたようね?」

茜「……辿り着くのに四年かかりましたが……」

 責めるような、それでいて心配したような明日美の問いかけに、茜は感慨深く漏らした。

茜「私が知りたいのは、統合労働力生産計画の責任者であった頃の月島勇悟ではなく、
  あくまでギガンティック機関前々技術開発部主任の月島勇悟です」

 その名が茜の口から漏れた瞬間、明日美は不意に目を伏せてしまう。

 アーネストも、明日美の様子に何か思う所があるのか、視線を逸らす。

明日美「……月島……勇悟、ね」

 明日美は複雑な声音で、その名前を反芻する。

 月島勇悟【つきしま ゆうご】。

 茜の言葉通り、瑠璃華の二代前となる技術開発部主任だった男性だ。

 それ以前は山路重工の技術開発研究所――
 通称・山路技研――で副所長を務めた天才科学者。

 メカトロニクス、バイオテクノロジーなど様々な分野に精通し、
 その頭脳は明日美の父、アレクセイにも匹敵すると言われた。

 ギガンティック機関結成から暫くして山路技研から機関に出向し、
 ハートビートエンジンのブラックボックスの解析に努めていた。

 だが、解析は遅々として進まず、後に彼は政府に引き抜かれて、
 そこで禁忌とも言われた統合労働力生産計画に着手したのだ。

 つまり、レミィ、フェイ、そして瑠璃華達の創造主……生みの親である。

 政府の一部の者達の間で極秘裏に進められていた計画が発覚したのは七年前の事。

 そして、その責任を取らされる形で逮捕された月島勇悟は投獄された末、
 獄中で道半ばとも言える六十年足らずの生涯を自ら閉じた。

 死因は、左眼球から脳を抉るほど深い、フォークによる一突き。

 独居房での食事中、刑務官が目を離した一瞬の隙を突いての、
 鮮やかと言えば鮮やかな手際の自殺だった。

 それも鋭いが脆いプラスチック製の先端ではなく、それなりに強度のあった柄の側を使って、
 倒れる勢いを利用しての突きだったと、明日美達も聞かされていた。

 倒れた反動で脳を抉っていた部分が捩れて、そして、そのまま手遅れにと言うワケだ。

 ともあれ、茜が求めているのはそんな月島の素行調査書類である。

 ギガンティック機関はその性質上、隊員達にも潔白が求められるため、
 諜報部による素行調査が定期的に行われている。

 月島勇悟に関する素行調査も勿論行われており、ある理由――統合労働力生産計画ではない――により、
 その重要度が上がった事で、重要調査報告書として機関内で管理されていた。

 つまり、それこそが茜の求めている“月島レポート”なのだ。

明日美「…………分かったわ。
    諜報部主任には私から話を通しておきます」

 暫く考え込んでいた様子だった明日美は、小さな溜息を一つ吐くと、
 そう言って執務机の引き出しから一枚のカードキーを取り出した。

 魔力認証が当たり前となったご時世に、カードキーと言うのも中々アナクロだ。

 だが、それ故に破りにくいと言う側面もある。

 旧世代の電子錠を破るためのクラッキング装備では、巨大な物理錠は壊せない。

 それと同じ理屈だ。

 明日美はそのカードキーと、カードキーを読み込ませるための端末を取り出す。

明日美「それを持って受付に行きなさい。
    彼女ならそれで分かってくれるわ。

    但し、キーと端末は今から二十分以内に必ず返却しなさい。
    ………いいわね?」

茜「…………はい」

 どことなく思い詰めた伯母の様子に怪訝そうな表情を浮かべた茜だったが、
 すぐに気を取り直し、神妙な様子で差し出されたキーと端末を受け取る。

明日美「会った諜報部の職員に関しては忘れなさい。
    誰かに口外した場合はあなたでも二十四時間監視を申請するわ」

茜「……分かりました」

 いつになく厳しい調子で言った明日美に、茜は緊張した面持ちで応えた。

 そして、深々と一礼してその場を辞す。

明日美「…………ハァ……」

 茜が立ち去った――魔力が遠のく――のを確認してから、明日美は深いため息を吐く。

 アーネストも僅かに目を伏せ、何かを考え込んでいる様子だったが、
 すぐに明日美に向き直って口を開いた。

アーネスト「茜君がこの任務を受けた理由は、月島レポートが目当てでしたか……」

明日美「母親に……明日華に悟られたくなかったのでしょうね……」

 明日美はアーネストの言葉に頷くと、天井を振り仰いで呟き、さらに続ける。

明日美「特一級の権限で60年事件の事を詳しく調べていれば、
    彼に当たりを付ける可能性はあるとは思っていたけれど……」

アーネスト「しかし、亡くなっている人間まで調べると言うのは……些か……」

明日美「あの子にしてみれば、少しでも事件の真相に繋がる情報を知りたいのでしょう……」

 言葉を濁したアーネストに、明日美は遠くを見るような目をしながら呟いた。

 事件の真実。

 それこそが、月島レポートが重要調査報告書として位置づけられる原因だった。

 生前の月島勇悟には、60年事件の首謀者と思われるテロリストとの繋がりがあったとされている。

 それが判明したのは彼が逮捕されてすぐの事。

 用意周到に抹消されていた痕跡の中に残った、僅かな数のアクセス記録。

 それは、当時は既にテロリストの手に落ちていた、
 第七フロート第三層にあったかつての山路技研へのアクセス記録だった。

 詳細なアクセス先はと言えば、厳重にブロックされ、
 現在もアクセス不可能となっている、技研のメインフレーム……中枢コンピューター。

 最終の日付は逮捕される直前の物。

 改めて尋問と言う、その直前になっての自決。

 確定情報ではないが、確定的と言っても間違いない繋がりだ。

明日美「因果な物ね……。
    まさか、姪に昔の恋人の事を聞かれるなんて……」

 明日美が自嘲気味に呟くと、アーネストは複雑な表情を浮かべて目を伏せた。

 そう、昔の恋人。

 明日美は月島勇悟と関係を持っていた時期があった。

 終戦間近の頃から、父が亡くなってしばらくの間は、
 明日美にも恋人と呼べるだけの関係の男性がいたのだ。

 その頃の月島勇悟と言えば、まあ分かり易い技術屋と言った印象の男性で、
 どこか父に似た雰囲気を持った男性だったと、明日美は記憶している。

 父に似ていたから惹かれたのか、今となっては定かでない。

 ともあれ、父の死を境に明日美は勇悟とは疎遠になり、
 彼が亡き父の後釜として技術開発部の主任になった頃には、
 もう既に二人の関係は冷め切って終わっていた。

 明日美はそれ以後、新たな恋人を作るような事はなく、
 未婚のまま現在に至るワケである。

アーネスト「未練が……お有りですか?」

明日美「……っ」

 躊躇いがちなアーネストの質問に、明日美は驚いたように少し目を見開いた。

 そして、沈思する事、およそ十秒足らず。

明日美「……分からないわね……正直」

 自嘲の笑みと共に漏れたその言葉は、嘘偽り無く、明日美の本音だった。

 かつての恋人であった月島勇悟がテロに荷担していたとすれば、
 どこかであの真っ正直な技術屋がテロに傾倒するような事があったのだろう。

 関係が終わっていなければ、彼を止められたのかもしれない。

 そんな思いは確かにあった。

 だが、その頃に男性として彼を愛していたかと聞かれれば、
 テロや統合労働力生産計画の件を除いても、答はノーだ。

 公的機関の司令としての責任感と、かつての恋人への拒絶の思い。

 そんな複雑な感情が混ざり合った故の答だった。

アーネスト「……申し訳ありません、妙な事を聞きました」

 明日美の返答と、その言葉の裏にあるであろう思いを感じてか、
 アーネストは目を伏せたまま謝罪の言葉を口にする。

明日美「構わないわ……。
    ただ、少し驚いただけよ」

 そんなアーネストの様子に、明日美は笑みを浮かべ、
 気にするなと言いたげにそう告げた。

 一方、司令執務室を辞した茜は、
 明日美の指示通り、カードキーと端末を持って受付へと向かった。

 そこで普段は一般職員として振る舞っている諜報部職員と合流し、
 受付右手にある階段を登り、踊り場の折り返しにあった隠し扉を抜けて、その先に向かう。

美波「いや、まさかアッカネーンからコレを見せられるとは思ってなかったよ」

 茜の先を行く諜報部職員――美波――は、
 そう言ってカードキーと端末を肩の高さに掲げ、“にゃはは”と珍妙な笑い声を上げた。

茜「アッカネーンもやめて下さい……」

 対する茜は、新たな素っ頓狂な渾名に溜息を漏らす。

 そして、“むぅ、コレも駄目か……”と次なる珍妙ネームを考え始めた美波の背を見る。

 昔からおかしな人だとは思っていたが、まさか諜報部職員だったとは思いも寄らなかった。

 そう言えば、大叔母の明風からは、
 “身体が小さい方が諜報任務に向く”と幼い頃から聞かされていた事を思い出す。

 茜は背の高い方だったが、自分より頭一つは低いだろう背の女性は、
 確かに遮蔽物の陰に隠れるには適した体型だろう。

美波「にゃはは、驚いてるでしょ?

   生活課広報二係受付職員市条美波とは仮の姿。
   実は私こそがギガンティック機関司令部直属、
   諜報部職員市条美波さんなのでした~」

 振り返る事なく、戯けて自慢げに言った美波だったが、
 茜は思考を見透かされたような気がして、思わず身構えかけた。

美波「あ~、そんなに固くなんなくたって良いって。

   アタシのコッチでの仕事は基本的に他の職員の監査と事務処理だし、
   万が一アッカーネンに本気で襲い掛かられたら五分も保たずに負けちゃうから」

茜「アッカーネンもやめて下さい……アッカネーンのと違いが分かりません」

 笑い声混じりの美波に溜息がちに返しながら、茜は内心で舌を巻く。

 五分も保たずに、と言う事は、その時間よりも短ければ保たせる事が出来ると言う事だ。

 彼女が言う“監査”とは、監査は監査でも、もしかしたら内偵の部類に入る監査では無いだろうか?

 この人が地獄耳なのも、案外、常に肉体強化で聴力を強化しているのかもしれない。

茜(……本当に、人は見かけに依らないな……)

 茜はそんな事を考えながら、美波の後に続いて、通路奥の扉を抜けて狭い部屋に入った。

茜(ここは随分と寒いな……)

 部屋に入った瞬間、室温が五度は下がった感覚に、茜は思わず身震いした。

 空気も乾燥しており、高温を発する精密機器が置かれている場所だと推察できる。

美波「寒いでしょ? ここ司令室の真下ね。
   メインフレームの冷却パイプが剥き出しで通ってるから、
   特にその辺りの配管は触らない方が良いよ」

 美波はそう言って、壁にビッシリと通っている配管の一部を指差した。

 茜がそちらを見遣ると、確かに数本の配管に微かな霜が付着しているのが分かった。

 美波は部屋の奥にあるコンソール前に座ると、
 コンソールに端末を接続し、カードキーを読み込ませた。

美波「月島レポートでいいんだよね?
   かねかねの端末にダウンロードするから端末貸して」

茜「かねかねもやめて下さい。
  ……いいんですか、秘匿ファイルの類だと思いますけど?」

 後ろ手に手を差し出して来た美波に、茜は盛大な溜息を吐いてから、
 怪訝そうに端末を手渡す。

美波「うん、ここからのアクセスだと司令室にはアクセスログ残らないから。
   ファイルも時限式で十時間以内に消えるようになっているから安心して」

 美波は手慣れた様子でコンソールを操作すると、
 携帯端末に何某かのファイルがダウンロードされたようだ。

美波「はい、これが月島レポート。

   第三者への開示、提示は原則禁止。
   ここの端末以外からの複製は如何なる理由があろうとも厳禁。

   司令か副司令、若しくは三人以上の各部署主任の許可を得た上でなら、
   許可された人への開示は許されているわ。

   無許可の開示・提示と複製は査問と三年以上の監視だから注意してね」

茜「了解です……」

 口調はともかく、普段と違い、どこか落ち着き払った様子の美波から端末を返して貰い、
 茜は緊張した面持ちで頷く。

 似たようなやり取りを政府の公安局の職員ともしたが、
 普段が素っ頓狂な美波が相手と言う事もあって、それ以上の緊張感がある。

美波「今からだと今夜の一時半頃には消えちゃうから注意してね。
   まあ、あまり長くないレポートだから小一時間もあれば読み終わると思うけど」

茜「……はい」

 また“にゃはは”と笑った美波の言葉に、茜は僅かに緊張を解いて頷いた。

 二人はその場を辞し、気配を見計らって階段の踊り場に出ると、
 アリバイ工作と言う事で司令室への挨拶に付き合って貰ってから受付に戻って別れ、
 キーと端末の返却を自ら買って出た美波に任せた茜は、荷物を取りにハンガーへと向かった。

―4―

 ハンガーに赴き、ギガンティック機関側の整備責任者への挨拶を終えた茜は、
 人員輸送車両に預けていた当面の着替えの入ったスーツケースと私物を入れたバックパックを回収し、
 一旦隊舎の外に出てから隊舎隣の寮へと向かう。

 明日美達や司令室への挨拶とレポートの回収をした事もあって、
 ロイヤルガードからの出向メンバーの手空きの人員で寮に向かうのは茜が最後だ。

茜「………」

クレースト<考え事ですか、茜様?>

 神妙な様子の主に、クレーストはどこか心配そうに尋ねる。

茜<ああ……。
  レポートを閲覧できるのは良いが、
  捜査の上でこれにどれほどの価値があるのかと思ってな……>

 茜は愛器に思念通話で返しながら、小さく溜息を漏らす。

 正直な話、月島レポートに60年事件に関してどれだけの関連性があるかなど分からない。

茜(それでも……少しでも事件の真相に辿り着けるなら……)

 茜はそんな強い気持ちを込めて、肩に提げたバックパックの紐を強く握り締めた。

 だが、寮に入った所で茜は驚いて目を見開く。

 茜が五年前に研修でギガンティック機関にいたのは、先に説明した通りだ。

 無論、その研修期間中はこの寮を使わせて貰っていたし、その頃の構造も覚えている。

 だが、以前なら男女共同のスペースを抜けて先に行けた筈の通路に、
 今は大量のパーテーションが置かれて仕切られており、先に進む事が出来ない。

茜(改装でもしたのか?)

 最初は驚いた様子の茜だったが、すぐに冷静にそう判断し、
 パーテーションの前で曲がってその先……食堂に入って行く。

 と、今度こそ驚きで目を見開いた。

 パンッ、パンッ、パンッと甲高い音が三度も響き渡り、茜は身を竦ませる。

茜「ひゃっ!?」

 身を竦ませて、驚いたような短い悲鳴を上げた茜は、だがすぐに立ち直って辺りを見渡す。

 どうやら甲高い音の正体はクラッカーだったらしく、細かな色紙や紙テープが宙を舞っている。

 そして、食堂内にはロイヤルガードの仲間達や、
 ギガンティック機関の職員達が入り乱れて談笑したいた。

 手作りの飾りで所狭しと飾られた広い食堂は、さながら立食パーティの会場となっている。

 先ほどの通路のパーテーションも、この会場に誘導するための仕掛けだったようだ。

 そして、両サイドと正面で固まっている三人の少女。

?「ご、ごめんなさい……。
  その……凄く、驚かしちゃいました?」

 特に正面にいる少女は、どこか申し訳なさそうな雰囲気で怖ず怖ずと尋ねて来る。

茜「あ、いや……いきなりだったから、つい。
  だ、大丈夫だ」

 目の前の少女が余りにも申し訳なさそうな雰囲気だったので、
 茜も恐縮気味に彼女をフォローした。

 そして、すぐに少女が誰だか気付く。

茜「ああ、君はさっきの……朝霧空さんだね」

 目の前にいた少女とは、空だった。

空「はい!
  現在、前線部隊で副隊長を任せられている朝霧空です。

  ……って、三時間前にも自己紹介しましたよね」

 姿勢を正して丁寧にお辞儀をしながらの自己紹介をした空だったが、
 三時間前にも通信機越しに名乗っていたのを思い出して、照れ隠しの笑みを浮かべた。

茜「いや、しっかりとした自己紹介は必要だよ。

  今日から出向となった本條茜だ。
  よろしく頼む」

 茜がそう言って手を伸ばすと、空は破顔する。

空「はい、よろしくお願いします、本條小隊長」

茜「三ヶ月とは言え、寝食を共にするんだ。
  そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。

  ……茜で構わないよ」

空「はい、茜さん! 私の事も空で構いません」

 手を握り替えした空は、茜がそう言うと大きく頷いて微笑む。

茜「ああ、よろしく頼むよ空」

 そう言って笑みを返した茜は、改めて両サイドに視線を向ける。

茜「で、お前達は何か言う事は無いのか?
  レミィ、フェイ……」

 呆れ半分と言った風に呟いて、
 茜は両サイドの二人……レミィとフェイを交互に見遣った。

 フェイは普段通りに無表情無感情を装っているが、
 レミィは初対面の人間が多いせいか、頭には大きなベレー帽を被っており、
 普段は伸ばしている尻尾もスカートの中に隠していた。

レミィ「いや、思わぬ可愛らしい悲鳴が上がって、ちょっと思考停止が、な?」

フェイ「お久しぶりです、本條小隊長。三時間と十八分ぶりですね」

 対して、二人はやや視線を泳がせつつ、
 レミィは少し困ったように、フェイは淡々と返す。

茜「二人ともこっちを見ろ。
  そして、レミィは忘れろ、フェイは誤魔化すな」

 茜は先ほど、思わず上げてしまった悲鳴の事を思い出して頬を染めると、
 少し怒ったように言ってから、辺りを見渡した。

 幸い、他にこちらに気付いた様子もなく、部下達にも聞かれなかったようだ。

茜(全く……レオン辺りに聞かれた日には、
  後で何を言われたか分かった物じゃないからな……)

 レオンが離れた場所で談笑しているのを確認した茜は、安堵の溜息を漏らしてから口を開く。

茜「ふぅ………久しぶりだな、レミィ、フェイ。
  変わらない様子で何よりだ」

レミィ「お前もな。さっきは助かったよ、礼を言う」

フェイ「本條小隊長もご健勝のようで何よりです」

 正面に出揃った二人は、茜にそう返す。

 レミィも嬉しそうだが、フェイも淡々としながら心なしか嬉しそうに見える。

茜「コレはうちの連中への歓迎会か?」

空「はい、クララさんが企画して下さって、
  一昨日から少しずつ準備をしていたんですけど……」

 茜の問いかけに答えていた空だったが、最後は苦笑い混じりに言葉を濁す。

茜「クララさん?
  ……ああ、そう言えば、彼女は司令室にいたようだが……」

 怪訝そうに首を傾げた茜は、思い出したように呟く。

 確かに、つい先ほど司令室に出向いた時は、クララは他のメンバーと共に、
 特に退屈そうな顔をして自分の席に座っていた。

レミィ「歓迎会も良いが、注意報レベル1発令中に司令室を空っぽにするワケにはいかないからな……。
    各部署、最低一人は留守番を残す事になったらしいんだが……」

フェイ「技術開発部で留守番役に選ばれたのがサイラスオペレーターだったそうです」

 どこか遠い目をして語り出したレミィに、フェイが淡々と続く。

 成る程、プランナー不在なのはそう言う事らしい。

茜「それは、まあ……ご愁傷様だな」

 ようやく司令室でぶーたれていたクララの真相を知って、茜は少し噴き出しそうになって呟く。

レミィ「まあ、折角クララさんが企画してくれたんだ、お前も楽しんで行ってくれ」

 レミィはそう言って、半ば強引に茜の荷物を預かった。

フェイ「本條小隊長、是非こちらへ」

 そして、荷物を預かられて身軽になった茜の背を、
 フェイがらしからぬほどの強引さで押して行く。

茜「なっ、お前ら、何だそのコンビネーションの良さは!?」

レミィ「最近はモードHのお陰でお互いの呼吸も分かるようになって来たからな」

フェイ「何ら問題を生じる事案では無いと思われます」

 レミィとフェイは、慌てふためく茜を半ば無視して会場の中央へと誘い、
 空も小走りでその後を追う。

 四人が会場の中央へと辿り着くと、軽食の載せられた皿やコップで埋められたテーブルのど真ん中に、
 縦横高さ三十センチほどのラッピングされた箱が置かれていた。

茜「コレは……何かのプレゼントか?」

 途中から半ば諦めて歩いていた茜は、その箱を眺めながら小首を傾げる。

空「はい、瑠璃華ちゃんからのプレゼントです」

茜「瑠璃華から?」

空「開けてみて下さい」

 空の言葉にまた首を傾げると、開けるように促され、
 茜は箱のリボンを解き、その蓋を開いた。

 すると――

茜「ひゃう!?」

 ――箱の中から小さな手が伸びて、茜は思わず悲鳴を上げてしまう。

 さすがにコレには周囲の人間達も気付いたらしく、何事かと視線を向けて来る。

茜「!? ……ん、コホンッ」

 茜は頬を染めながらも、大慌てでその場を取り繕うが、
 少し離れた場所ではレオンが腹を抱えて笑うのを堪えていた。

?????「大丈夫ですか、茜様?」

 そして、そんな茜に、箱の中から伸びた手の主が声を掛ける。

 それはよく聞き慣れた声だった。

茜「まさか、クレーストか?」

 茜は驚いて箱の中を覗き込むと、そこには二十センチほどのサイズで
 二頭身にデフォルメされた姿のクレーストがいた。

 そう、空達のドローンと同じ仕様のデフォルメクレースト型クローンだ。

 クレーストは短い手足を器用に使って箱の外に飛び出すと、
 そのまま飛行魔法で浮遊して茜の元に行く。

空「瑠璃華ちゃんが作ったドローンです。
  勿論、私達の分もあります」

 空がそう言うと、いつの間にか彼女の肩にエール型ドローンが腰掛けていた。

 フェイの差し出した腕の上にはアルバトロス型ドローンがちょこんと止まり、
 レミィの頭の上……ベレー帽の上にはヴィクセン型ドローンが寝そべっている。

茜「ああ、コレが噂の瑠璃華謹製ドローンか……。
  ふーちゃんから聞かされてはいたが、これは確かに良いな」

空「ふーちゃん?」

 クレーストを抱き上げた茜が感心したように漏らすと、
 その中に聞き慣れない人名を聞きつけた空が首を傾げた。

レミィ「ああ、ウチの隊長の事だ。
    風華さんとコイツは親戚同士で幼馴染みだしな」

 そんな空の疑問に答えたのは、噴き出しそうになっているレミィだ。

フェイ「素が出てらっしゃいます、本條小隊長」

茜「あ……!?」

 フェイからの指摘を受けて、茜はまた顔を真っ赤に染める。

茜「んっ、コホンッ!

  ………ふ、藤枝隊長から何度か話を聞いていたが、見るのは初めてだ。
  いや、中々可愛らしい物だな」

 茜は顔を真っ赤にしたまま咳払いすると、やや棒読み加減の早口でまくし立てる。

 だが、その声も肩も羞恥で震えており、ただでさえ誤魔化しきれる状況ではないと言うのに、
 その様子がさらに拍車を掛けていた。

 この場に英雄・閃虹の譲羽ではなく、
 普段の結と言う人物をよく知る者がいたら、おそらく口を揃えて言うだろう。

 “嗚呼、この娘……間違いなくあのオトボケ一級の孫だ”と。

レオン「お、お嬢、む、無理……すんな……ぶはっ」

 レオンは声を震わせて絶え絶えにフォローするが、耐えきれなくなったのか盛大に吹き出す。

茜「お、お嬢って言うにゃー!」

空(あ、噛んだ……)

 羞恥で顔を真っ赤にして叫んだ茜を見ながら、
 空はどうして良いか分からず、困ったような笑顔のままそんな事を思う。

 とても数時間前に颯爽とイマジンを倒して見せた人物とは思えない。

 だが、それが逆に“初対面”と言う僅かな距離感を感じさせる壁を打ち砕いて、
 親しみ深さのような物を感じさせた。

 口調も固く、颯爽としていた姿も凛々しく見えたせいか、
 今のギャップはとても新鮮だ。

レミィ「アハハッ、災難だな、茜」

 その光景に、レミィも声を上げて笑っている。

 しかし、それが悪かった。

茜「うぅぅ……! お前も隠し事するなーっ!」

 茜は既に正常な判断を失っているのか、
 頭から湯気が出るのではないかと言うほどに顔を真っ赤に染めて叫び、
 レミィの被っている大きなベレー帽をヴィクセンごと取り去る。

 無論、茜に悪意は無い。

 彼女自身、レミィの秘密――人とキツネの混合クローンである事――は知っていた。

 これは、羞恥のあまりの暴走だ。

空「あ!?」

 空は慌てて茜の暴走を止めようとしたが、時既に遅く、
 レミィの頭頂に生えたキツネ耳は白日の元にさらけ出され、
 突然の事に驚いたせいか、スカートの中に隠していた尻尾も飛び出してしまう。

レミィ「うわぁぁっ!? み、見るなぁ!?」

 レミィは慌てた様子で尻尾と耳を押さえてその場に蹲るが、
 事情を知らぬロイヤルガードの隊員達は驚きに目を見開いている。

 片手ずつでは両耳を隠す事も、フサフサの尻尾を覆い隠す事も出来ず、
 手の隙間から溢れ出していた。

 特に耳はビクビクと震えている。

 そこでようやく茜は我に返った。

 レミィが初対面の人間には、打ち明けられるまでこの事を隠したがっている事を思い出したのだ。

茜「あ、す、スマ……」

 慌てて謝り、彼女を衆目から遮らんとする茜だったが――

??「か、カワイイ!」

 彼女の謝罪の言葉を遮って、歓声を上げたのは、誰あろう茜の部下の紗樹である。

 少し離れた場所にいた紗樹は、殆ど一足飛びの勢いで蹲るレミィに駆け寄ってしゃがみ込んだ。

紗樹「ね、ねぇ、コレ本物よね? 本物の耳よね!?
   それに、こっちの尻尾も……。

   触っていい? ねぇ、触ってもいい!?」

レミィ「え? あ……は、はい?」

 異様な勢いで紗樹に迫られたレミィは、思わず頷いてしまう。

 紗樹はしゃがんだ体勢のまま“ッしゃぁっ!”と叫んでガッツポーズを取ると、
 改めてレミィに向き直る。

紗樹「じゃ、じゃあ……さ、触るわね?」

レミィ「ひぅ……は、はぃ……」

 目の色を変えて昂奮しきりと言った風の紗樹に、レミィは思わず後ずさりかけたが、
 有無を言わさぬ迫力の前に再び頷いてしまった。

 そして、期待と昂奮でワナワナと震える紗樹の手が、
 遂にレミィの頭頂……そこで怯えたように震える耳に触れる。

 その瞬間、紗樹は電撃が走ったかのようにビクリと身体を震わせ、レミィも全身を震わせた。

 僅かな……体感にして十数秒、現実にして二秒足らずの時間が経過する。

紗樹「や、やわらかぁい……モフモフしてる、モフモフしてるわ!

   あぁぁん、ぬいぐるみなんて目じゃないわ!
   嗚呼、これが夢にまで見たリアルモフモフ!」

 随喜の感激――と表現する以外の方法が思いつかない悦びよう――
 から立ち直った紗樹は、レミィを抱き寄せると、
 けたたましい歓声とは裏腹に、片耳に優しく頬ずりしながらもう片方の耳を撫でた。

 その光景に、歓迎会の会場は静止する。

レミィ「あぅ……ふぅ……」

 撫で慣れているとでも言えば良いのか、あまりの技巧派ぶりに、
 レミィも思わず安らいだ吐息を漏らしてしまい、
 尻尾もそれに倣うかのようにふにゃりと力なく垂れた。

紗樹「もう何なのこれ……!
   堪らないわ、あぁ……一生モフモフしていたい……」

 栄光ある皇居護衛警察の、それもオリジナルギガンティックを擁する小隊の
 隊員とは思えない言葉を吐きながら、紗樹は歓喜のあまり涙ぐんでしまう。

レミィ「はぅ……あ……んん……」

 最初は紗樹の異様さに警戒の色を浮かべていたレミィも、
 最早陥落寸前と言いたげな甘い声を漏らしている。

 その光景を遠目に見守っている面々も、ある者は唖然呆然とし、ある者は生唾を飲み込み、
 ある者は赤面して顔を覆いながら、指の隙間からその光景に見入っていた。

 ちなみに、空は三者目であり、茜は一者目、
 フェイは何れにも属さず、異様な光景を無表情で見遣っている。

 しかし、その光景も長続きはしない。

紗樹「嗚呼! カワイイ……ワンちゃんみたい……!」

 歓喜の叫びを上げた紗樹が、その禁忌の言葉を呟いてしまった。

 撫でられるに任せられていたレミィが、一瞬、ビクンッと痙攣したように身体を震わせる。

レミィ「ワンちゃん……だと……?」

 蕩けたような甘い声を漏らしていたレミィの口から、不意に怒気に満ちた声が響く。

紗樹「へ?」

 我を失っていた紗樹も、思わぬ怒声に首を傾げた。

 その瞬間、紗樹の拘束が弱まり――と言っても、殆ど力など入れていなかったが――、
 レミィは立ち上がって、紗樹を見下ろす。

レミィ「私はキツネだぁっ!」

紗樹「き、キツネ!?」

 怒声で断言するレミィに、紗樹は愕然と叫ぶ。

 そう、レミィにとって、犬扱いは禁句である。

 どのくらい禁句かと言えば、彼女が普段から気にしている、
 年齢にそぐわないスレンダーな体型よりも優先度に勝る禁句だ。

 しかし――

紗樹「つまり、ワンちゃんの尻尾よりもモフモフ!」

 ――対して堪えた様子もなく、フサフサのレミィの尻尾を見遣って、
 また目の色を変えて輝かせた。

 だが、紗樹がふさふさの尻尾に飛び掛かろうとした瞬間、
 彼女は背後から遼によって羽交い締めにされてしまう。

遼「東雲先輩、これ以上、恥を上塗りしないで下さい!」

紗樹「は、離して徳倉君!?

   そ、そこに、そこにモフモフの尻尾があるのよっ!
   自然保護官の適性無しの私がモフモフの尻尾に触る機会なんて、
   この先、一生無いかもしれないのよ!?」

 羽交い締めした遼を必死に振り払おうとする紗樹だが、
 頭一つ違う身長差の前には、足が持ち上がってしまい、ジタバタと藻掻く事しか出来ない。

レミィ「うぅぅ~……っ!」

 対するレミィも羞恥と怒りで顔を真っ赤にして紗樹を睨み付けているが、
 紗樹の目はレミィの頭頂……そこで怒りに震えているキツネ耳に釘付けだ。

紗樹「嗚呼……モフモフぅ……」

 転んでもただでは起きないとは、こう言う時にでも使える言葉だろう。

 そして、周囲が唖然呆然とする中、レオンは腹を抱えて笑っている。

空(何だか、もう……しっちゃかめっちゃかだ……)

 空はその光景を見遣りながら、心の中で呆然と呟いた。


 しかし、そんな騒ぎがあったにも拘わらず、歓迎会は再開され、
 機体の搬入作業を行っていた整備班や手空きの職員達も合流し、
 時折、レミィと紗樹が奇妙なおいかけっこを披露する一面を見せながら、賑やかに終わった。

―5―

 三時間後、食堂――


 歓迎会は無事?、お開きとなり、今は生活課や有志による後片付けの最中である。

レミィ「もう今後は耳と尻尾は隠さない……隠すのが馬鹿らしくなって来た」

 歓迎会の間、終始、紗樹に追い回されていたレミィは、
 食器を運びながらげっそりとした表情で譫言のように呟いた。

 どうやら、追い掛けられ過ぎて、逆に吹っ切れてしまったらしい。

空「あ、アハハハ……」

 その傍らで、同じく食器を運んでいた空が乾いた苦笑いを浮かべる。

 追い回されていたレミィには気の毒だが、吹っ切れたのは何よりだ。

 二人は抱えていた大量の食器をカウンターに預けると、次の食器の回収に向かおうとする。

茜「すまない、ウチの東雲が迷惑をかけた……。
  ……あ、いや、元はと言えば私が原因か……すまなかった、レミィ」

 だが、そこに駆け寄って来た茜が、レミィの前で申し訳なさそうに頭を下げた。

 自分の事もだが、流石に部下の自制の無さに落胆している所もあるのだろう。

 実際、紗樹に大量のぬいぐるみコレクションの話をされた事はあったが、
 まさかあれほどとは思いも寄らなかったのだ。

レミィ「いや、隠していたのは私の責任だからな……。
    次から気を付けてくれたら、それでいいさ」

 レミィは一瞬驚いたように目を丸くしたが、小さな溜息を一つ吐いて気を取り直すと、
 やや疲れたような笑みを浮かべて言った。

茜「そう言って貰えると助かるよ……」

 茜も顔を上げると安堵の表情を浮かべる。

 その様子を見て、空も安堵した。

 最初はどうなる事かと思ったが、どうやら事なきを得たようだ。

空「何だか、茜さんって最初の印象と全然違いますね」

茜「あぅ……」

 空が微笑ましげに漏らすと、茜はがっくりと項垂れてしまう。

 まあ、先ほどが失態の連続だっただけに、印象が違うと言われたら、
 それはまあ幻滅したと言う意味に取れない事もないだろう。

 うっかりオトボケ同士が巻き起こす負の連鎖である。

空「あ、違います!」

 空も自分の言い様が言葉足らずであんまりだった事に気付いたのか、
 慌てた様子で言うと、さらに続けた。

空「その……最初に見た時は、颯爽として格好良くて……何だか近寄りがたい印象で、
  勝手に完璧超人みたいに思っていたんですけど、でも……うん、ほっとしたんです」

茜「……ほっとした?」

 言いながら自分で納得したような空の言葉に、茜は気を取り直して首を傾げる。

空「はい……。
  “ああ、この人は御伽噺に出てくるような完璧超人なんかじゃなくて、
  私達と同じで、格好良い所も情けない所もある普通の人間なんだ”って……。

  ……私も、あんまり褒められたような性格じゃありませんし」

 最初は感慨深く語っていた空だったが、最後は苦笑いを浮かべて呟くと、
 “なんで副隊長任せてもらえたのか、自分でも不思議なくらいで”と付け加えた。

 確かに、空自身、今は仲間達からの信頼も篤いが、入隊初日にレミィと悶着を起こした事もあり、
 挙げ句、半年前にはPTSDの果てに失踪するなどトラブルには事欠かない。

茜「ああ、そう言う事か……」

レミィ「まあ、コイツは見た目のギャップがもの凄いからな」

 胸を撫で下ろした茜に、レミィが噴き出しそうになりながら言いうと、
 茜は呆れた調子で“そっくりそのまま返してやる”と呟いた。

 方や見た目お嬢様のうっかりオトボケ娘、方やキツネ耳の子犬系少女。

 どっちもどっちである。

 ともあれ、片付けには茜も加わり、
 三人は生活課を手伝って会場の粗方の片付けを終えた。

??「お客さんやドライバーの子にまで手伝わせて申し訳ないね。
   後はもうこっちで出来るから上がって貰っていいよ」

 任された範囲の作業を終えた頃、食堂を預かっている生活課食堂班の班長、
 潮田【うしおだ】が調理場の奥から顔を覗かせる。

 要はこの食堂のコック長だ。

 好々爺然とした、正に“おじいさん”と行った風の初老の男性だが、
 以前は一流ホテルに勤めていたとか噂されている。

空「いつも美味しい食事を作ってもらってるお礼ですよ」

潮田「そうかい? 嬉しい事を言ってくれるね」

 微笑み混じりの空に、潮田は嬉しそうに目を細めて返した。

茜「さて、と……」

 そんなやり取りを後目に、茜は元の食堂の姿を取り戻した歓迎会場を見渡す。

 既に他の出向メンバーも三々五々と寮の空き部屋を求めて散って行き、
 自分達が撤収すればお開きと行った具合だ。

茜<クレースト、レポート閲覧のタイムリミットは?>

クレースト<残り七時間二十分です>

 思念通話での質問に対するクレーストの返答に、茜は“ふむ……”と沈思する。

 今は午後六時を少し回った所だ。

 さすがに真夜中まで起きているつもりは無いが、十時前には読み終えたい。

 ただ、それでも八時頃から読み始めても十分に間に合う計算だ。

茜(それにしても、軽食とは言え、少し摘み過ぎたか……。

  夕食は抜きにして夜食に携帯食でも摘めば良いとして、
  その前に軽く腹ごなしでもするべきだな)

 茜はそう思い立つと、壁際に置かれている荷物の元へと向かう。

 予定を先送りにするのも気が引けるが、
 腹の皮が突っ張ったままでは考え事には向かない。

茜「私はこれからトレーニングセンターで一汗流して来るが、君達はどうする?」

 茜は振り返りながら空とレミィに尋ねる。

 空はレミィと顔を見合わせて頷き合うと、
 “ちょっと待ってて下さいね”と茜に断ってから、
 少し離れた場所で作業を手伝い続けているフェイに向けて声を掛けた。

空「フェイさーん!
  私とレミィちゃん、これから茜さんと一緒にトレーニングするんですけど、
  フェイさんも一緒にどうですか?」

フェイ「申し訳ありません、朝霧副隊長。
    私はもう少しこちらの片付けを手伝ってから、
    本日分の調整を受けに技術開発部に出頭する予定です」

 空の呼び掛けに、フェイは淡々としながらも申し訳なさそうな雰囲気で返す。

空「分かりました。じゃあ、片付けの手伝い、お任せしますね」

 しかし、空は気にするなと言いたげな雰囲気でそう言った。

 そして、改めて茜に振り返る。

空「じゃあ、私とレミィちゃんだけですけど、ご一緒しますね」

レミィ「お前と一緒にトレーニングなんて何年ぶりだろうな」

 “よろしくお願いします”と頭を垂れた空に続き、レミィもどこか楽しげに漏らす。

茜「ああ、私も楽しませて貰うよ」

 茜も嬉しそう返し、二人と共に寮内のトレーニングセンターに向かった。

―6―

 それからおよそ二時間後、八時半過ぎ。
 ギガンティック機関隊員寮、茜の私室――


 結局、乗って腹ごなしとは言えないほど熱の入った本格的な組み手を始めてしまった茜達三人は、
 たっぷりかいた汗をシャワー室で流し、シフト明けのデイシフト職員達と共に食事を摂ってから別れた。

茜「ふぅ……何だかんだで羽目を外してしまったな……」

 茜は小さく溜息を漏らすと、荷物をベッドサイドに置いてから、ベッドに腰を下ろす。

クレースト「茜様。ファイルの消滅期限まで、残り五時間を切りました」

 同じく、ベッドの上に乗ったクレーストに言われて、茜は端末の時計を確認する。

 確かに、期限の一時半まではもう五時間もない。

茜「そうだな、もう用事も無い事だし、今の内に確認しておこう。
  ありがとう、クレースト」

 茜はそう言ってクレーストの頭を撫でてから、端末に保存されたファイルを起動した。

 月島レポート。
 前述の通り、元技術開発部主任だった頃の月島勇悟に関するレポートだ。

茜(西暦2009年9月2日生まれ……2069年5月12日、享年は59歳。

  旧日本国立国際魔法学院在学期間中にアメリカに留学、
  飛び級で工科大学に入学、在学期間中に博士号を取得。

  大学卒業後に帰国し2029年、二十歳で山路重工に就職、
  旧魔法倫理研究院と山路重工の合同研究プロジェクトに所属……)

 茜は淡々と読み上げながら、月島の経歴を頭の中で反芻する。

茜(亡くなったアレックスお祖父様の研究チームにいたのは、やはり確定か……)

 それまでに読み漁って来た調査資料と同じ記述に、
 茜はそれまでに抱いて来た推測を確信に固めた。

 明記されている記述は見た事が無いが、
 旧研究院と山路重工の合同プロジェクトと言えば、
 ギガンティックウィザードの研究開発くらいしか無い。

 2029年頃と言うと、終戦前後でハートビートエンジンの研究が始まった頃だろう。

 それとどうやら、この頃の監査記録はギガンティック機関と言うより、
 旧魔法倫理研究院の物らしい。

 その証拠に、記録者の署名に諜報エージェントと言う記述があった。

 茜はさらにレポートを読み進める。

茜(イマジン事変後は技術者の腕を買われて整備班の陣頭指揮を任せられチームを異動、
  メガフロート籠城後は整備修繕の傍らに研究チームに復帰。

  ギガンティック機関結成後は同時期に結成された山路技研に配属、副所長に抜擢)

 頭の中で記述を読み上げながら、
 “なるほど、エリートらしい出世街道だ……”などと、頭の片隅で考えていた。

 留学して飛び級で大学を卒業、就職しては重要チームに配属され、
 一見して左遷先に思える異動先も当時は重要部署だ。

 そして、技研の副所長から――

茜(アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の死後、
  2035年から2049年までギガンティック機関技術開発部で主任を務める……と)

 ――人類防衛の最前線で、技術者の長を務める。

 本人が研究開発に没頭したいだけなら話は別だが、
 傍目には華々しいまでの出世街道だろう。

 そして、茜はレポートの全てを読み終える。

 その事で彼女は満足げにしていると言う事はなく、
 どこか疲れた様子でベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。

茜「結局、書いてある事は粗方知っていたな……ハァ……」

 茜は溜息がちに呟き、最後に盛大な溜息を漏らす。

 月島が亡き祖父の研究チームに所属していたかもしれない、
 と言う推測を補強してくれた以外は、査問や監視の危険まで冒して読む程の物では無かった。

 骨折り損の草臥れ儲け、とはこう言う事だろう。

 茜は殆ど無駄に終わった一時間余りを後悔しつつも、気を取り直して考える。

 捜査の基本は情報収集と、得た情報を使って次の情報の手がかりを推測する事だ。

 月島勇悟と言う人物に辿り着いたのも、そう言った情報収集と推測の繰り返しなのだ。

茜(山路にいた頃も、機関で主任をしていた頃も、
  テロに傾倒していたような記述は無かった……。

  だとすると、テロとの繋がりが出来たのは、
  やはり政府に……統合労働力生産計画に移ってからなのか……?)

 茜は今までに得て来た情報を繋ぎながら、思案する。

 茜にとって見れば、テロリストと言うのは過度の愛国や売国のなれの果てだ。

 根底にあるのはどちらも不満。

 こんな国は自分の愛した国ではない。
 こんな国は自分の望んだ国ではない。

 或いは国家を宗教や経済に置き換えても良い。

 自分の愛した信仰を守るために他の信仰を冒し、
 自身の経済的安寧を守るために他の経済的安寧を崩す。

 暴力、弾圧、買収。

 それらが法によって正当化される範疇、
 つまり倫理の枠を越えた時に、忌むべきテロとなる。

茜(月島勇悟が60年事件のテロリストに関わっていた事……
  最低でも何らかの繋がりがあった事は、通信記録からも疑いようも無い……。

  だが、何が月島をそうさせた……?
  不満か、不安か……?)

 茜はさらに思考を続けた。

 不安など、現代の人々は大小あれど抱いている。

 その際たる物はイマジンだ。

 オリジナルギガンティック以外、何者も対抗し得ない絶対の暴力。

 だからこそ、人々はオリジナルギガンティックを擁する政府に信頼を置く。

 生活に階級による較差こそあれど、
 旧世界ではあり得ないほどの安定した衣食住を確約してくれる政府は、
 多くの無辜の市民にとって無くてはならない存在である。

 四級市民からして見ればそうでは無いかもしれないが、
 犯罪者に医療や就業が保証されているだけ有り難いと思って貰わなくてはならない。

 加えて、皇族と王族による人心掌握も、政府に対する信頼を補強するためのエッセンスだ。

 政府は全ての責任を負いながらも、
 権威や権力の一部を皇族や王族に任せる事で一歩引いた立場を演出している。

茜(あの馬鹿げた主張を掲げる連中に同調するような節が、コイツには見当たらない……。
  と言うよりも、同調するほど愚かとは思えない)

 行政の構造について考えていた茜は、不意に件のテロリスト達の主張を思い出し、
 その推察と共に盛大な溜息を漏らす。

 思い出しても頭の痛くなる主張を頭の片隅の、さらに最奥に押しやってから、思案を再開した。

茜(だとすれば……月島と連中の関連は何だ?
  単に、あの階層……山路技研を占拠するためだけの協力者だったと言うのか?)

 第七フロートは元来、山路重工がテスト用に使っていた海上実験場を改装して作った物だ。

 それ故に大規模食料生産プラントも無ければ、丸ごと一層を使った自然保護区も存在しない。

 いや、存在しないと言うより、実験場だった構造の名残で、それらを後付け出来なかったのだ。

 元はNASEANメガフロートとは別のメガフロートであったため、
 専用の小規模な食料生産プラントはあるが、他のフロートに比べて大規模ではない。

 最低限の自給自足能力を持ち、
 十五年前の当時で最先端の技術を誇った山路技研を擁する第七フロート第三層の占拠。

 それには内部構造に詳しい者の協力が不可欠であり、
 かつて技研の副所長を務めていた事もある月島はその候補としては有力だろう。

 加えて、空襲直前のハッキングの手際も、月島クラスの技術者なら可能である。

 だが、繰り言のようになってしまうが、月島とテロリストの繋がりが已然として見えて来ない。

 テロリスト側が月島勇悟を協力者に選ぶ理由は分かる。

 だが、逆に月島勇悟がテロリスト側に協力する理由は何だと言うのだろう?

 同調するような思想的節も無く、社会に不満を感じるほど外様に追い遣られていたワケでもない。

 むしろ、彼がテロに傾倒するならば、
 七年前に統合労働力生産計画の責を押しつけられて逮捕された後の方が説明が付く。

クレースト「……月島勇悟自身の事は一旦、捜査から切り離した方が良いのでは無いでしょうか?」

 天井を睨んだまま考え続ける主を思ってか、クレーストが躊躇いがちに提案して来る。

茜「………………だろうな。
  捜査が混乱するばかりだ」

 しばらく考え込んでいた茜だったが、小さく息を吐くと吹っ切れたように呟いた。

茜(月島に辿り着いて以来、一年近く追って来たが、無駄骨だったな……)

 茜は目を瞑り、また一つ溜息を漏らす。

 パレード襲撃から第七フロート第三層の占拠までの手際の良さ。

 それを実行するに当たって協力者であったと考えられる、
 天才技術者である月島勇悟をテロリストと繋ぐ事が出来ない。

 60年事件の真相に迫ろうとする捜査も、これでまた振り出しだ。

茜(月島の端末に残されていたアクセス記録は、
  捜査を混乱させるための偽装だった、と言う線から洗った方が良いのか……?

  もしそうなら、それをやったのは誰だ……?
  そうする事で一番得をしたのは……?)

 茜は現状、手元にある情報を駆使して推測を続ける。

 だが、やはり有力な手がかり繋がりそうな推測には至らない。

 茜は苛立ちを感じながら、閉じた瞼の上に左手を乗せ、さらにその上に右腕を重ねる。

 苛立ちを抑えようと、真っ暗な瞼の裏に、敬愛する父の姿を思い描く。

 葉桜を背に振り返る、力強く、優しい父の姿を……。

茜(お父様………茜は、きっと見付けて見せます………。
  お父様を殺した犯人を……。
  それを裏から操っていた者を……必ず………)

 色褪せない記憶の中の父の姿に、その決意を再確認する。

 いつか必ず、事件の真相に辿り着く。

 そして、首謀者を――――

 茜は、そんな決意を抱きながら、
 不意に押し寄せた疲労感に身を任せるまま、眠りに落ちて行った。

―7―

 茜が60年事件の真相解決への決意を新たにしていた頃。
 件の第七フロート第三層、旧山路技研――


 高台のようになった広大な敷地に林立する、煌々と照らし出されるビルと倉庫の群。

 その中でも一際巨大な倉庫の二階。

 吹き抜け構造の倉庫内壁に這うように作り付けられた、広く頑丈な通路は、
 それに沿うように大きな窓が並んでいる。

 その窓から、一人の男が遠くに臨む街を眺めていた。

 半年前の皇居襲撃の際、臣一郎とテロリストの一団の戦闘を観察していた、
 “博士”と呼ばれていた人物だ。

博士「全ての用意が十五年と言う節目に間に合ったのは、
   因果と言うべきか……何と言うべきか……」

 博士は消え入りそうな声で呟く。

男「どうされました?」

 偶然に近くを通りかかった男性が、博士の声を聞きつけて尋ねる。

博士「ん?
   いや、贅沢と言うのはこう言う事だろう、と感慨に耽っていただけさ。
   街を見ながらね」

 対して、博士は怪しい素振りを見せる事なく、
 先ほど呟いた言葉とはまるで違う言葉を返した。

 旧技研の一帯は、天蓋からの照明が無いと言うのに、
 真夜中でも昼間のように明るく、正に不夜城と言った雰囲気だ。

 それに引き換え、やや高くなった技研から見下ろす街は暗闇に閉ざされ、
 目を凝らしても点々と灯る微かな光が見えるか見えないかと言う有様である。

男「お言葉ですが贅沢などではありません。

  城に住む我らは管理する側、街に住む者は管理される側。
  管理される側が管理する側よりも劣るのは当然の事でしょう。

  現状は我々が享受するべき当然の権利であり、贅沢とはほど遠い物です」

博士「まあ、そうだろうね……」

 さも当然と言いたげな男の言に、博士は小さな溜息を交えて呟く。

 その心の中で“君達の考えならば、ね”と嘲るように付け加えられたのは、
 男には悟られていないだろう。

 城……彼らは十五年前に占拠した山路技研を、そう呼んでいた。

 かき集めた魔力を技研と周辺施設の運用に注ぎ込み、
 街にはその恩恵を預かる事を許可していない。

 食料生産プラントから作り出される合成食品も、
 殆どが城の中で消費され、街に出回るのは僅かばかり。

 街の人々は結託してこの構造を崩そうにも、
 魔力の搾り取られてその余力は無く、逆に城には多数のギガンティック。

 力で不満と不平を押し潰す、正に恐怖政治の在り方そのものだ。

 だが、時世が非常時と言うならば、効率的な手段の一つとも言える。

 城と街と言う表現は、その効率的手段を体現した象徴だった。

博士(虚栄心の権化……)

 博士は、城と言う表現をそう評していた。

 王が人々から吸い上げた力を、
 吸い上げられた人々に自らの力として誇示、行使する。

 旧世紀……いや、それ以前ならば国の一つの在り方としてはあり得るモデルケースだが、
 現代においては実に非文明的で未開人のような考え方だ。

 しかし、傲慢にも彼らはその未開人のような有り様を受け入れてしまっている。

 まあ、虐げられる側と虐げる側に別れるに当たって、
 虐げる側にいられるならば、そうなってしまうのもやむを得ない。

博士(だからこそ、御し易い……)

 博士はそんな事を考えながら、
 どこか呆れたような視線を、城と街とを隔てる境界線の辺りに向ける。

 先程の男は、もう既に何処かへと立ち去ってしまったらしかった。

 と、その時である。

軍人「ユエ博士!」

 少し離れた場所から、先ほどの男とは違う男――軍人のような格好だ
 ――から声を掛けられ、博士は振り返った。

 ユエ。

 それが博士の名だった。

ユエ「何かね?」

軍人「皇帝陛下がお呼びです。謁見の間においで下さい」

 博士……ユエが振り返り様に尋ねると、軍人のような男は敬礼しつつ報告する。

ユエ「……そうか、陛下がお呼びか。
   では、謁見の間に行くとしよう」

 ユエは一瞬の逡巡の後、普段からそうしているように、
 芝居がかったような大仰な仕草で言って、足早に歩き出した。

 カツカツ、と甲高い足音が倉庫内に谺する。

 向かうのは、この倉庫の一階奥。

 玉座の置かれた、“謁見の間”と呼ばれる場所。

 内心でその名を小馬鹿にしながら、ユエは通路の眼下に広がる倉庫を見遣った。

 そこには、三十メートルから四十メートルの巨大な鋼の巨人――
 ギガンティックウィザードの大群が並ぶ光景が広がっていた。

 五十機を越える機体の各部には鈍色の輝きが灯り、
 主が乗り込む時を今か今かと待っている。

ユエ「さあ……コンペディションの、開幕だ……」

 また消え入りそうな声で漏らしたユエの呟きは、
 彼自身の足音に掻き消され、今度こそ誰の耳に届く事も無かった。


第14話~それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』~・了

今回はここまでとなります。
前スレはエタらせてしまい、申し訳ありませんでしたorz
今スレはエタらないように注意しながら投下して行きたいものです……。

お読み下さり、ありがとうございます。

>ようやく
エタってから二ヶ月音信不通でしたからねorz
ともあれ、お手数、ご心配をおかけしました。

>アッカネーン
迂闊さは母方譲り、気性の強さは父方譲りです。
イメージとしては紗百合ベースに結の信条って感じなので、基本、容赦と言う物がありませんw
背負っている物に関しては、そう言う輩が許せないと言うのも祖母譲りですね。

>レジャー目的、金目当て
反対のための反対運動と言えば、先日、北海道でのオスプレイ反対の集会で16人も集まったそうですね。
プラカードを掲げたり提げたり、夏の炎天下の中、さぞ愉快なレジャーだったでしょうなw

冗談はさておき、テロも反対運動もビジネスになりますからね。
兵器の売り買い、情報の売り買い、人員の売り買い。
一回のテロでどれだけ私腹が肥える連中がいるのかと思うと、呆れと恐れを抱かずにはいられません。
そう言う輩の私腹が肥えると、また新しいテロの準備が始まっているような物だけに……。
あと、あまり言いたくない事実ですが、テロがあるからこそ軍に必要性があると言うのが、また……。

>不安と不満
人類最強のギガンティックの稼働率が90%、しかもその内一機は皇居前の置物ですからねぇ……。
市民の間に不安が無いと言えば嘘になりますが、撃退率100%なのが救いです。
また、不満の殆どが階級制に関する物でしょうね。
社会貢献度で生活のグレードが変わるのは、出来る人間にとっては有り難いですが、出来ない人間にとっては不平等にしかなりませんから。
特に魔力で決まる初期階級は、殆ど血統で決まっているような物ですし……。
まあ、それでも四級……犯罪者にでもならない限り、最低限の生活が保障されている点で表出する不満も少ないワケですが……。
正直、豪華過ぎる社会保障制度だとは思いましたが、閉鎖環境で不満を爆発される恐ろしさに比べたら、と……。
この社会保障制度を保てるんですから、文字通りに“魔法”ですよねぇ。

>アッカネーンの捜査
茜も既に辿り着いている点ではありますが、黒幕を示唆していますからね。
因みに月島勇悟は嘘偽り無く死んでおります。
結編第一部のグンナーのように偽物が死んだと言う事はありませんので、悪しからず。

次回からは、また一続きのお話がスタートとなります。

ほ・しゅ・

>>43
保守、ありがとうございます。


先日、念のために今の酉が被ってないか検索かけたら、某まとめの酉検索がヒットして、
検索結果でこのスレのカテゴリが“バカとテストと召喚獣”になっていて変な笑いが出ました

ともあれ、最新話を投下します

第15話~それは、開かれる『災厄の扉』~

―1―

 第七フロート第三層、旧山路技研……通称“城”――

 反皇族を掲げるテロリスト達によって占拠され、
 彼らの根拠地となった高台で市街地と区分けされた工業施設は、
 微かな灯りだけがぽつぽつとだけ点在する麓の市街地に比べ、
 眩いほどに煌々と照らし出された、正に不夜城の如き様を見せていた。


 そして、その城の中枢……元々は研究室や開発室の集中していた一角、
 その外縁にある倉庫区画の廊下を歩く痩躯の中年男性が一人。

 以前、臣一郎とクルセイダーを観察していた男――ユエ――だ。

ユエ「………」

 ユエは僅かに気怠そうな視線を行く先に向けながら、無言のまま歩を進めていた。

 侵入者対策に広狭の道が交差して曲がりくねり、
 長短様々な階段で上下を繰り返させられる通路を、ユエは迷う事なく歩く。

 占拠後に改築を行ったワケではなく、以前からこの構造である。

 ギガンティック、パワーローダーからドローンのような小型の工作・作業機械まで、
 現在の種々の基幹的重工系産業を牛耳る山路重工の技術開発研究所は、
 侵入者対策と構造の複合化で迷路然とした構造になってしまったのだ。

 そして、ユエは数枚の防護隔壁を越え、最重要区画に足を踏み入れる。

 二十年ほど前までは、試作型ハートビートエンジンも置かれていたが、
 今はユエの研究室と彼の開発した物が置かれている区画だ。

 そのさらに最奥。

 行き止まりに作られた両開きの扉を、ユエはゆっくりと押し開いた。

 そこは重要資材用倉庫で、広大な倉庫に積み上げられた無数のコンテナと、
 そのコンテナ群の左右を守るように片膝を付いて鎮座する四機の大型ギガンティック。

 高く積み上げられたコンテナには長い長い階段が据え付けられ、上に登る事が出来た。

 ユエは僅かに肩を竦めて小さな溜息を漏らすと、
 楽にしていた姿勢も気怠そうにしていた視線も正し、その階段を登って行く。

ユエ(五日見なかった間に、また一段、コンテナを高く積んだか……)

 階段を登りながら、ユエは心中で深く長い溜息を漏らす。

 この数年、五、六ヶ月に一度、以前よりも高く積み上げられるコンテナは、
 この部屋の主の性質そのものだと、ユエは感じていた。

 どんなに高く積み上げても、分厚い天井に遮られ、彼のいる場所は決して天には届きはしない。

 そんな内心の呆れを隠しながら一番上のコンテナまで上り詰めると、
 そこには反射素材で作られた他よりも一回り小さなコンテナがあった。

 反射素材は所謂マジックミラーのようになっており、
 外部からは鏡にしか見えないが、内部からは外部の様子が窺えるようになっている。

 内部は探り難く、外部は窺い易く。

 それだけでも実に慎重だが、それだけではない。

 反射素材は防弾防魔力仕様になっており、
 さらに周囲には反射術式と属性変換無効化術式の多重結界が張り巡らされ、
 並の魔力砲ではビクともしない防備で固められている。

 さらに四方のギガンティックは高性能のGWF378・エクスカリバー改で、
 コックピットブロックを完全に排除した無人のリモートコントロール仕様。

 何かあれば、この内部からの操作で襲撃者を撃退可能である。

 主の臆病さを顕在化したかのような防備を誇るこの倉庫。

 この場……いや、このコンテナの内部が、ユエの呼び出された謁見の間であった。

 因みに、この倉庫内の防備を設えたのはユエだ。

 無論、謁見の間の主の要望に添った物ではあったが……。

 ともあれ、百段近くはあろう階段を上り詰めたユエは、
 しかし、息一つ乱した様子も無く、反射素材で出来たコンテナに手を触れる。

 すると、触れた部分が開かれ、壁面から迫り出すように認証用の端末が現れた。

 ユエがその端末に自身の魔力を読み込ませると、コンテナ外壁の一角がスライドし、内部への道が開く。

 彼がコンテナ内部に入り込むと、即座にコンテナの外壁は再びスライドし、固く閉ざされる。

 最早、ここまで来ると過剰を通り越して異常とも言える程の臆病ぶりだ。

 しかも、傍目には魔力認証だけにしか見えなかった端末は、
 網膜認証と指紋認証に加えて、内部では手動認証も行っている。

 マジックミラー構造を活かした、この四段階もの認証は実に効果的だ。

 仮に魔力、指紋、網膜の三種全てを用意できても、内側にいる人間が許可を出さなければ入れないのである。

 そして、仮にそうして侵入しようとした者は、四方から378改の斉射を受ける事となるのだ。

 襲撃の対策は万全と言えた。

ユエ(注文通りに作ったとは言え、毎回毎回やるとなると驚きの面倒臭さだな……)

 ユエは内心で深いため息を漏らす。

 このコンテナの設計者、結界の施術者はユエ本人だ。

 どれもギガンティックのセキュリティやマンマシンインターフェース――操縦系統――技術の応用で、
 別段、難しい機構や新開発のシステムを搭載しているワケではない。

ユエ(まあ、こんな無駄な物に労力をかけるつもりはなかったが……)

 ユエはそんな考えと共に気を取り直すと、
 目の前にある階段を使って階下――コンテナ内に埋め込まれている――に向かった。

 階段を降りると、奥から噎せ返るような体臭……
 いや、性臭と言い換えた方が良いような匂いが漂って来る。

ユエ(また、か……)

 ユエは心中で呟きながら、
 “この部屋の主は、たった一度の謁見が始まるまでに、何度呆れさせてくれれば気が済むのか”
 と言いたげに肩を竦めた。

 そして、コンテナの最奥……謁見の間へと足を踏み入れる。

 巨大コンテナを活かした広く高い謁見の間は、金刺繍の施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁にも洒落た紋様の描かれた天幕が下げられており、飾られた豪華な調度品の数々は、
 成る程、謁見の間と呼ぶのに相応しい内装だ。

 そして、その最奥に、座椅子を何十倍も豪華にしたような玉座と、
 そこにふんぞり返る二十代そこそこの、半裸の若い男がいた。

 彼の周囲には十代から三十代ほどの見目麗しい女性達が傅き、
 その内の数人が彼にしなだれかかるようにして、彼の肌に浮いた汗を拭っている。

 女性達の服装は裸同然で、局部を布で纏って隠すだけと言う、実に淫靡な格好だった。

 彼女達は、この若い男の身の回りの世話――
 それこそ、家事全般から性欲の処理に至るまで――を行う世話係だ。

ユエ「皇帝陛下。
   ユエ・ハクチャ、お呼びにより参上仕りました」

 謁見の間の中ほどまで進み出たユエは、恭しく跪いて深く頭を垂れた。

 ユエ・ハクチャ。

 それがユエのフルネームのようだ。

??「そう畏まるな、ユエ。
   俺とお前の仲だ、もっと楽にしていいぞ」

 一方、ユエに皇帝陛下と呼ばれた男は、
 自分の汗を拭っている女性を少し気怠げに押しやってから、ニヤリとほくそ笑む。

 そう、この男こそがこのコンテナの主。

 反皇族派のテロリストを纏める首魁であった。

 名をホン・チョンスと言う。

 しかし、60年事件のテロリストの首魁にしては若い。

 事件当時の年齢はまだローティーンにも届かないのではないかと言う程の若さだ。

 それもその筈、彼は若くして逝去した先代の首魁である父の跡を継いだ、謂わば二代目だった。

 ともあれ、ユエはホンに言われた通りに楽にすべく、その場に腰を下ろして胡座をかく。

ユエ「………少々、着くのが早かったようですね?」

 ユエは傅く女性達を見渡して呟く。

 ほぼ全員が肌を紅潮させ、数人は乱れた息を整えようと必死だ。

 それは、ほんの少し前まで情事が……それも、
 酒池肉林とでも言うような爛れた行為が行われていた事を示していた。

ホン「いや、呼んだのは俺の方だ、気にする事はない」

 一人、既に十分に休んだと言いたげな様子でホンは言い切ると、さらに続ける。

ホン「で、例の物の進捗はどうなっている?」

ユエ「400シリーズは滞りなく……。
   現在は戦闘運用に向けた最終テストの段階です」

 ホンの質問にユエは淡々と返す。

ホン「半月以内に仕上がるか?」

ユエ「十分に……。
   ただ、陛下の404に関しては今暫くの時間を戴きたく……」

 ユエはホンの質問に答えてから、
 どことなく申し訳なさを漂わせる声音で言って再度、深々と頭を垂れた。

 他人から見れば慇懃に見えるその態度も、彼の内心の呆れ様や、
 京都での物言いを知っていれば、そこに欠片の忠誠心も無い事は明白だ。

ホン「ああ、構わんぞ。
   404は俺の乗機……俺専用のギガンティックだ、
   下手に完成を急いで不完全な物を作らせる気は無い。

   資材と時間、そして、お前の才能を存分に使い、世界最強の究極のギガンティックを作れ」

ユエ「仰せのままに」

 期待の籠もった視線と声音で言ったホンに、ユエは姿勢を正して深々と頭を垂れる。

ホン「それと……謁見の間の護衛に使っている無人ギガンティックだが、
   アレは401か402に交換できんのか?」

 ホンはそう言いながら手元の端末を操作し、壁面の天幕を上げさせた。

 すると、四方の壁面に外の光景――反射素材のコンテナから見える光景が映し出される。

 GW378は、エクスカリバーシリーズでは三機種目となる大型ギガンティックの中でも、
 特に高性能でコストのかかるハイエンドモデルだ。

 以前、ユエ達がクルセイダーの当て馬に使った377よりも僅かに高性能の機体である。

 本来ならば、こんな場所の護衛に四機もの数を割くのは愚の骨頂と言えた。

 それに400シリーズ……もう隠し立てする理由も無かろう、
 ユエが中心となって開発中の新型ギガンティックも、この一角だけを護衛するには過剰すぎる戦力だ。

ユエ「申し訳ありません。
   現状のエナジーブラッドエンジンは有人が前提ですので、
   陛下の望まれるような無人機としては使い難く……。

   お望みならば、ヒューマノイドウィザードギアの人格層を停止させた物を乗せて使う事は可能です」

 ユエが顔を上げて説明すると、ホンは満足そうに頷き、口を開く。

ホン「ならそれで構わん。
   人形の操作は全て俺の端末にリンクするように設計しろ」

ユエ「畏まりました」

 ホンの指示にユエは三度、深々と頭を垂れる。

 技術の結晶とも言えるヒューマノイドウィザードギアを人形呼ばわりされるのは、
 さすがに技術屋としての彼のプライドに障るのか、ホンからは見えないユエの顔は、
 どこか冷め切った……能面のような無表情に変わっていた。

 しかし、ユエはすぐに温厚そうな表情を浮かべると、顔を上げる。

ユエ「それでは、402と403、それにミッドナイト1用の378改の最終調整が残っていますので、
   私はこれで失礼させていただきます」

ホン「む、そうか……?
   まあ、貴様のお陰で我が国の戦力拡充が進んでいるのだからな……。

   良ければ一人、貴様にくれてやろうか?
   欲しいなら、好みのを選ぶといい」

 退室の旨を告げて立ち上がったユエに、ホンはそう言って、傅く女性達を見渡した。

 その瞬間、傅く女性達に緊張が走る。

 しかし、緊張の内容は人それぞれだ。

 世話係とは名ばかりの性の奴隷とも言える、この環境から解放されるかもしれないと言う希望。

 性欲の処理にさえ目を瞑れば、衣食住の不安を抱かずに済む場所から引き離されるかもしれないと言う絶望。

 しかし、彼女達は瞬間、ピクリと肩を震わせる程度以外の変化を生まない。

 主の不興を買った仲間が、どのような目に合わされるかは知っている。

 今は自分が選ばれる事、或いは選ばれない事だけを必死に願い、
 ホンの思い付きで始まったこの嵐のような運命のルーレットが止まるのを待つ。

 一方、そんな女性達の気持ちを知ってか知らずか、ユエは傅く彼女達を見渡す。

 彼女達にとって、ユエの視線は正に前述の運命のルーレットの針だった。

 そして――

ユエ「……慎んで辞退させていただきます」

 ユエは僅かな溜息と共に、そう漏らす。

 ――ルーレットの針は、誰を選ぶ事も無く折れた。

ホン「つまらんな……まあいい」

 ホンは残念そうに言って肩を竦める。

 女性達の間に失意と安堵の気配が漂うが、ホンはそれに気付いた様子は無いようだ。

 だからこそ、このように女性の尊厳を無視した享楽に講じていられるのだろうが……。

ユエ「陛下のお心遣いを無碍にしてしまい、申し訳ありません。
   ですが、何故、技術屋な物でして……今は陛下のための駒を完成させる事を優先したく思います」

ホン「そうか……クククッ、親父の代から世話になっていたお前だ。
   親父もきっと、お前のそう言う欲の無い所を気に入って重用していたのだろうな」

 慇懃に謝意と謝罪を告げるユエに、ホンは思い出すように言って笑う。

 そのホンの表情には、誰の目に見ても明らかな嘲りが浮かんでいる。

 事実、彼は内心でユエを“自分の欲すらさらけ出せない臆病者”と嘲笑っていた。

 自らは、完全防備のシェルターで肉欲を貪るだけの、怠惰な臆病者である事を棚に上げて……。

 いや、或いは自身が臆病者と言う自覚すら無いのかもしれない。

ユエ「では、私はこれで失礼します」

ホン「ああ、404の完成を待っているぞ」

 ユエは立ち上がって四度、深々と頭を垂れると、ホンの返事を聞いてから踵を返した。

 再び面倒な手順を踏んでシェルター然とした倉庫から外に出ると、ユエは溜息混じりに肩を竦める。

 が、すぐに気を引き締め直し、姿勢を正した。

ユエ(意外なほど、400シリーズにご執心だな……。
   カタログスペックとは言え、211や212に匹敵し、390型を上回るからか……)

 ユエは研究室に向けて歩きながら、そんな事を考えていた。

 実を言えば、一年半前までのホンは400シリーズの開発に、それほど乗り気では無かった。

 新型機など作らなくとも、数を揃えれば戦争には勝てる。

 物量に頼るのは、戦争の真理だ。

 何せ、地続きのメガフロートの話、十対十よりも百対十や千対十の方が戦争をする上では有利になる。

 ユエは一部のエース用の機体として400シリーズの開発を続けていたが、
 試作機が完成した頃になってホンの態度も大きく変化を迎えた。

 それは、ユエの開発していたGWF400Xの性能が、
 当時の最新鋭機であったGWF387・フルンティングを大きく上回ったのだ。

 豊富な研究資料、市民から搾り取った潤沢な魔力、誰に制限される事も無い研究環境、
 そして、ユエ・ハクチャと言う希代の天才がいて完成を見た400シリーズは、
 確かに傑作機と言って良い名機だった。

 そう、憚る事なく言えば、ユエは自身が天才であると自負していた。

 おそらく、今、世界で最もハートビートエンジンの秘密を解き明かし、
 その構造の究明に辿り着こうとしているのが誰あろう、このユエなのだ。

ユエ(参拾九号……今は天道瑠璃華か。
   アレがギガンティックの開発だけに注力していれば、こうはならなかっただろうが……。
   アレを機関に押し込めてくれた無能共に感謝だな)

 ユエは内心でほくそ笑みながら、また同時に冷や汗を流していた。

 放置されていた試作型エンジンと、幾らかのオプションを寄せ集めて
 驚異的性能の支援機を作り上げるだけの技術を持っている天才、瑠璃華。

 彼女がギガンティック機関に閉じこもってハートビートエンジンの構造究明と、
 オリジナルギガンティックの整備にかかり切りになっていなければ、
 おそらくは最新鋭の390・アメノハバキリシリーズももっと高性能な物になっていただろう。

 行政府としてはギガンティックの平均的な強化よりも、対イマジンに比重を置くべきと判断したのだろうが、
 テロリスト相手とは言え戦時下にその判断は誤りだったと言う他ない。

 お陰で、今年になって山路重工が満を持して発表した最新ギガンティックですら、
 ユエの作り出した400シリーズの敵では無いのだから。

 そして、それがだめ押しになった。

 従来機では相手にすらならないオリジナルギガンティックに加え、物量でも圧倒的に勝る軍と警察。

 勝つためには、質で勝る機体を数多く生産する事。

 そんな事情に合致したのが、ユエの開発していた400シリーズだったのだ。

ユエ「……まあ、都合良く事態が進行している事は、望ましいがね」

 ユエは消え入りそうな声で呟いて、謁見の間のある倉庫と同区画に存在する、自身の研究室の前に立つ。

 スライド式シャッターを開き室内に入ると、そこは整然と整えられた空間だった。

 必要な物が最適な距離に集められた、研究者の城。

 ユエは椅子に腰を下ろすと、据え付けられた端末の電源を入れた。

 すると、研究室内の全てのディスプレイに様々な図面や数値が映し出される。

 ユエはその中の一つ、自身の正面にあるディスプレイに一つの図面を映し出した。

ユエ「………美しい機体だ……」

 それは一つの図面だ。

 GWF001XXXと銘打たれた、大型ギガンティックの内部図面。

 その図面を見ながら、溜息がちに漏らすユエの言葉には、ある種の情念めいた物が宿っていた。

 そして、ディスプレイに手を触れ、指を滑らせると別の内部図面が顔を出す。

 折り重なる二つの図面。

 部分々々ではかなり異なるようだが、そのフレームの全体像はどことなく同じ物を感じさせる。

 その様を見て、ユエの目に狂気じみた執念が宿って行く。

ユエ「もっとだ……もっと強いギガンティックを……。
   トリプルエックスを超える、最強のギガンティックを……」

 ユエは冷静さも、普段の芝居がかった雰囲気すらかなぐり捨てて、どこか熱に魘されたような声音で呟いた。

―2―

 茜達の着任から十日後、7月4日木曜日の正午前。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー用トレーニングルーム――


 トレーニングルームでは魔導防護服を身に纏った空と茜が向かい合っており、
 時折、手に持った長杖と双刀がぶつかり合う、カンッ、カンッと言う乾いた音が室内に響き渡っていた。

 使っている装備は魔導ギアの物で、武器に魔力は込めていないため、
 魔導防護服を貫いてダメージを与える事は無い。

 いわゆる組み手だ。

茜(技術も筋力も申し分ないな……本当に鍛え始めてから一年強なのか疑いたくなるくらいだ)

 もう十何合と空と切っ先を交えた茜は、不意にそんな事を考えていた。

 交互に相手の攻撃に切っ先を合わせるだけの単純なトレーニングだったが、
 目つぶしや喉への突き等の急所狙い以外は特に禁じ手を設定していない。

 それだけに丁寧な実力と言うべきか、地力の高さが出るのだが、魔力覚醒から十三年を経て、
 五年前からはドライバーとしても訓練や実戦に明け暮れて来た茜から見ても、
 朝霧空と言う少女の実力は確かな物だった。

 人並み以上に体幹が整っているのか天性のバランス感覚があり、
 前後左右、どの方向に跳んでも一瞬で体勢を立て直してしまう。

 アルフの下で訓練していた頃は、様々な武器を使っていただけあって、
 腕回りの筋力も相当な物で、長杖のリーチも自由自在だ。

 それだけに、どんな体勢、どんな距離からでもあの長杖の切っ先が飛んでくる恐ろしさがある。

 足を絡め取りでもしなければ、空のバランスを崩すのは難しい。

茜(成る程、あのゴチャゴチャとしたモードHを使いこなせる筈だ……)

 茜は空の大上段からの一撃を受け止めながら、舌を巻く。

 モードHは空専用にチューニングされているが、
 上半身に殆どの大型パーツが集中したトップヘビー仕様だ。

 しかも、二機のパーツ中、最大重量を誇るパーツは背面と腰の二箇所と言うバックヘビー仕様でもある。

 シールドスタビライザーの浮遊魔法でかなりバランスは矯正されているが、
 それでも重心位置の悪さが解決されるワケでもない。

 それを空は事も無げに使いこなし、むしろ使い易いとまで言っているのだ。

 機体との相性と言ってしまえば簡単な事かもしれないが、
 その状態の機体を扱える相性――繰り言だが、体幹の良さだ――の持ち主と言う部分が大きいだろう。

茜(ふーちゃんが本気を出しかけた、って言うのも、あながち冗談ではないみたいだ……)

 茜はそんな事を考えながら気を引き締め直すと、自身の手番で両手に構えた双刀を握り直す。

 これが最後の一合だ。

茜「空、最後は二刀で掛かるが大丈夫か?」

空「大丈夫です! お願いします!」

 茜の質問に空は即答した。

 空としては、問題なく受けられると言うより、受けてみたいと言う気持ちが強かったのだろう。

茜「なら……驚いてくれるなよ」

 茜はそう言うと、両腰の鞘にそれぞれの太刀を収める。

 さすがに伝家の宝刀・鬼百合では無いが、それでも扱いやすいサイズの太刀と小太刀だ。

 本條流魔導剣術を使うのに、何ら無理を生じる物ではない。

茜「行くぞっ!」

 茜は合図の一声を放つと、一足飛びに空に向かって跳んだ。

 逆手で抜き放たれた二刀の太刀が、両側から袈裟懸けに空に向かって放たれる。

 逆手袈裟懸け……つまり、二之型だ。

 天の型の“轟天”と舞の型の“旋舞”からなる奥義、天舞・轟旋に至る二段袈裟斬りの型である。

 しかし、ただの訓練で本気を出すワケでもなく、威力も速度も奥義に比べれば格段に劣っていた。

 それでも、初太刀の小太刀と二の太刀の太刀のタイミングが微妙に異なるため、初見では見切るのが難しい。

茜(これなら、少しはバランスを崩せるか……!?)

 茜は心中でそんな予想を立てていた。

 受け止めるなら、小太刀と太刀の時間差攻撃を受けて多少は仰け反らざるを得ない。

 回避ならば出来るかもしれないが、受ける事が前提のルールで避けると言う選択肢は無いだろう。

 だが、次の瞬間、茜は目を見開く事となった。

空「ッ、せいっ!」

 一瞬、息を飲んだ空は、迷うことなく長杖の柄で振り下ろされる小太刀を受け止め、
 それを一気に滑らせて小太刀を大きく横に弾き、長杖のエッジで太刀を受け止める。

 茜にして見れば、受け止められた小太刀を大きく外に逃がされ、そのまま太刀を切り結ばれた格好だ。

茜「ッ!?」

 茜は愕然と目を見開いたまま、大きく飛び退いた。

 そして、そのまま構えを解く。

 訓練のワンセット終了だ。

茜「凄いな……本気を出していないとは言え、抜刀からの二之型を止められるとは思っていなかったよ」

 茜は小さな溜息混じりに呟くと、“いや、参った……”と漏らしながら二刀を鞘に収める。

茜「二之型は初見だったと思うが、よく止められたな?」

空「いえ……実は初見じゃないんですよ」

 感心したように漏らした茜に、空は苦笑いを浮かべて返すと、さらに続けた。

空「サンダース教官の所にあった教導VTRで、
  フィリーネ・ウェルナーさんと茜さんのお祖母さん達の試合を見た事があって、
  そこでフィリーネさんがやっていたのを真似ただけです」

茜「フィリーネ・ウェルナーさんと私のお祖母様達?
  ………ああ、六十年くらい前にやったらしいタッグ戦の戦技披露試合か……」

 照れたような苦笑いで申し訳なさそうに語る空に、茜は一瞬、首を傾げたが、思い出したように納得する。

 今から五十八年前……第三次世界大戦の前年に行われた、
 結とリーネ、美百合と紗百合のタッグによる魔導戦技披露試合だ。

 確かに、フィリーネ・ウェルナーと茜の祖母達と言って問題ない組み合わせだろう。

 若い魔導師向けに空戦対陸戦のタッグ戦の何たるかを見せるための戦技披露試合だったらしいのだが、
 あまりに高度過ぎて若年者向け教導VTRとしては使い物にならず、お蔵入りになったと言う曰く品である。

 方や救世の英雄と千年に一度の天才魔導師、方やタッグならば並ぶ物無しの本條姉妹と言う好カード。

 戦技教導隊としては適度に手を抜いてくれる算段だったのだが、
 四人の興が乗るに連れて、次第に試合どころでは無い大熱戦となってしまったのである。

 お蔵入りになってしまったため、教導隊で保存される事になったのだが、
 それが回り回って今はアルフの手元にあると言うワケだ。

茜「…………君は末恐ろしいな」

 茜はどこか戯けた様子で、だが、内心で冷や汗を流しながら呟く。

 彼女も件の教導VTRはアルフに見せて貰った事があったが、
 空が見せた技も、そこで集中攻撃を受けたリーネが見せた起死回生の一手である。

 リーネはリーチの短い双杖でやった技だが、
 空は“長杖ならばどうすれば良いか?”と思案を凝らしてアレンジしていたのだ。

茜「………本当に海晴さんと血が繋がっていないのか、疑わしいとさえ思えるよ……」

空「そうですか?」

 何処か言いづらそうに漏らした茜に、空はどこか嬉しそうに返す。

 茜にしてみれば、空の育て親である朝霧海晴も天才と言われる側に属する人種だ。

 茜が海晴と初めて手合わせしたのは研修時代の五年前。

 キャリア四年と言えば聞こえが良いが、それ以前は三級市民だった海晴はまともな魔導の訓練を受けていなかったため、
 魔導師として訓練を始めてまだ四年目に過ぎず、その時点で十年近く訓練して来た茜に比べてみれば素人だったが、
 結局、彼女は生前の海晴を相手に一太刀も浴びせる事が出来なかった。

 風華とクァンと言う、御三家に連なる次代候補がいる中で隊長を張っていたのは伊達ではないと言う事だ。

 既に茜自身、空の身の上に関しては彼女の口から聞かされていた。

 希代の魔導師としての才を持っていた海晴と、ここまでの才覚を持ち合わせた空の血が繋がっていないと言う事は、
 瓜二つの顔立ちや声を除いても信じられなかった。

 彼女達の父母や祖父母の世代は、戦中戦後、さらにイマジン事変と世界中が大混乱だった時期の生まれも多い。

 無論、戸籍は全て再発行されているが、再発行時に手違いが起きている可能性も否めないのだ。

茜「案外、本当に親戚か何かかもしれないな……」

空「そうだったら……ちょっと嬉しいです」

 思わず漏らした茜の呟きに、空は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 と、その時だ。

『PiPiッ、PiPiッ』

 不意に小刻みな電子音が鳴り響く。

空「緊急招集みたいですね」

茜「イマジン出現、と言うワケではないようだが……。
  仕方ない、訓練はここで一旦切り上げだな」

 驚いたように漏らした空に、茜はそう返して軽く肩を竦めた。

 流石に、今からではシャワーを浴びている余裕は無さそうだ。

 二人はそれぞれの制服に姿を転じると、トレーニングルームを後にした。

 廊下でレミィとフェイ、第二十六小隊の面々と合流した二人は、
 駆け足気味にブリーフィングルームへと向かった。

 七人がブリーフィングルームに入ると、既にオペレーター達も待機していた。

 オペレーターチーフのタチアナと、部門チーフの春樹とメリッサが不在のため、
 現在はそれぞれの代行としてほのか、雪菜、セリーヌの三人がおり、
 さらにチーフ代行となったほのかの代行としてサクラがいる。

 そして、全員が揃った事を確認し、ブリーフィングルームの片隅で何事かを話し合っていた明日美とアーネストが、
 会議用スクリーンの前に進み出た。

 空達も椅子に腰を下ろし、そちらに向き直る。

 明日美とアーネストの表情は曇っており、何かが起きた事は明白だった。

明日美「派遣任務を計画した時点で想定はしていたけど、最悪の部類の事態が発生したわ」

 そして、明日美自身の言葉とその声音が、どれ程の事態が起きたかを物語っている。

 イマジン出現の警報は鳴っていないので、
 派遣されたメンバーの負傷や何かの悲報で無い事は分かるが、それだけに不安が募った。

アーネスト「現在、第三フロート第一層を警戒巡回中の二班から連絡で、
      外郭通路付近にイマジンの卵嚢の群生が確認された。

      数は大凡で百前後。
      孵化の兆候こそ見られないが、群生は広範囲に及んでおり一斉除去は不可能との事だ」

 明日美の言葉を引き継いで、アーネストが努めて淡々と説明する。

 だが、そのあまりの状況にブリーフィングルームは一斉にザワめく。

 百。
 あの連続出現の際に現れたイマジンの総数を上回る数だ。

 孵化前の卵嚢――平たく言えば卵の塊だ――の状態とは言え、さすがに戦慄が走る数と言えよう。

セリーヌ「あ、あの卵嚢と言うと………」

フェイ「クモやカマキリなどが作る卵の群体ですね。
    多量の卵が糸などで作られた強靱な袋に包まれた状態を言います」

 怖ず怖ずと手を挙げたセリーヌの質問に、フェイが淡々と答える。

 ちなみに、巻き貝なども卵嚢を作る事では有名だが、分かり易いのはやはりカマキリの卵だろう。

レミィ「うぇ……」

 間近でフェイの説明を聞いていたレミィは、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 大方、想像してしまったのだろう。

 レミィの真後ろにいる紗樹は顔面蒼白になって、
 “モフモフちゃんが一匹、モフモフちゃんが二匹……”と譫言のように呟いてる。

 虫が苦手な人間にはおぞましい図だろう。

 しかし、アーネストの説明はさらに続く。

アーネスト「二班の調査によれば、調査のために解体した卵嚢にくるまれていた卵の数は十個。
      大きさに差違が見られない事から、他の卵嚢も内部に十個程度の卵が存在していると見られる」

遼「つまり、最低でも千、か……」

レオン「一斉に孵化したら人類終わるな、さすがに……」

 震える声で漏らした遼に続き、レオンはどこか他人事のように言って乾いた笑いを漏らす。

 件の連続出現で現れたイマジンの数の十倍以上である。

 例の四種のイマジンがオリジナルギガンティックより遥かに劣るとは言え、戦力比は九対一〇〇〇。

 最大戦力を発揮するために合体してしまえば六対一〇〇〇……戦力差一六〇倍以上だ。

 数十体は押し留められるかもしれないが、小揺るぎもしない桁違いの数で一瞬にして押し切られてしまうだろう。

 なるほど、明日美が“最悪の部類に属する事態”と言ったのも納得だ。

 そして、そんな明日美が口を開く。

明日美「現在、一班を二班と合流させ、第三フロート方面軍の全面協力の下、
    該当ブロックを完全隔離し、卵嚢の除去と処分が行われていますが、
    作業には最低でも一週間以上かかると思われています」

 卵を不用意に刺激して一斉孵化を避けるためだろうが、それでも卵嚢一つを除去するのにかかる時間は長い。

 慎重な作業で一日に十五個も除去できれば、それはそれで早いと言うべきだ。

明日美「状況次第では一、二班と早期に交代する事態もあり得ます。
    各員はいつでも交代できるよう準備を怠らないように」

 明日美はどこか重苦しい雰囲気でそう伝える。

アーネスト「質問が無ければ解散とする」

 どうやら伝達事項はこれで全てのようで、アーネストが全員を見渡しながら質問を促す。

 だが、不安はあっても質問は無いのか、ブリーフィングはその場でお開きとなった。

 オペレーター達が先に退室し、他のドライバー達が出て行ったのを見計らい、
 空と茜は最後に残った沈痛な面持ちの明日美とアーネストに“お先に失礼します”とだけ伝えて退出した。

茜「………大変な事になったな」

空「まあ、今の所は大丈夫みたいですけど……。風華さん達が心配ですね」

 溜息がちに漏らした茜をフォローするべく、空も努めて楽観的に言おうとしたが、
 現地の風華達の事を考えると気が気ではない。

 思い出してみれば、エール型イマジンは海晴の声を使って、軟体生物型イマジンは貪欲だと語っていた。

 恐らく、千を超えるイマジンは一斉に人類を食い尽くすための尖兵だったのだろう。

 オリジナルギガンティックを殲滅後に孵化させれば、
 人類は対抗する間も無くあっと言う間に平らげられてしまっていたかもしれない。

 そう考えると、オリジナルギガンティックを狙う事を優先してくれたのは、
 不幸中の幸いだったと言うべきだ。

 手段と目的と、それらの優先度がまだ上手く判断できない、発展途上のイマジンだったとも言える。

茜「何にせよ、動ける準備は進めていた方が良いだろうな……」

空「今日に明日に、って事は無いと思いますけど、
  今晩中に派遣任務に行けるような準備は整えるべきかもしれませんね」

 気を取り直して思案気味に漏らした茜に、空も頷きながら応えた。

 明日美達の様子は緊迫していたが、事態はそこまで切迫している様子ではなかった。

 空の言葉通り、今日に明日に交代しろと言われる状況ではないと言う事だろう。

 大問題である事には変わりないが、立場上、明日美達は自分達よりも考えなければならない事が多い。

 要は心労だ。

 そして、その心労を軽くするのが、彼女達のような中間管理職……隊長格の仕事と言うワケである。

茜「いや、早いに越した事は無いだろう。
  私達はいつでも荷造り出来るからな、昼休みの間は私達が待機室に詰めているから、
  簡単な準備だけでも昼休みにしておくと良い」

 茜自身にもそんな自覚はあるのか、そう言って頼もしげな笑みを浮かべた。

空「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 空も茜の配慮を慮って、僅かな思案の後に頭を垂れる。

 最初――風華不在の間の隊長代理を任せられると知った時――はどうなる事かと思ったが、
 茜がフォロー上手なお陰で、空も随分と助けられていた。

 書類仕事は慣れの問題もあるし、やはり勝手を知っている人がいると言うのは助かる物だ。

空「とりあえず、一旦、汗を流して来ましょう」

茜「ん……そう、だな」

 空の提案に、茜は襟元の匂いを嗅いでから頷く。


 ブリーフィングで伝えられた余りにも緊迫した情報に、
 一時は不安に包まれたギガンティック機関だったが、その後は滞りなく一日は進んだ。

―3―

 卵嚢群の発見から四日後。

 ギガンティック機関が卵嚢群を発見したと言う情報は、発見の翌日には政府を通じて市民にも報じられた。

 パニックが起きるかと思われていたが、そこは少々の印象操作が加えられる事となり、
 市民の混乱は最小限に抑えられていた。

 要は、卵嚢内のイマジンが中型で、それほど強力でないと言う内容で報じられたのだ。

 その事は、確かに事実だった。

 実際に孵化実験を行って誕生したイマジンは、連続出現時に現れた四種のイマジン達と同種で、
 しかもその能力はそれらよりも若干劣っていた。

 恐らく、一度に多量の卵を産み出した弊害だろう、と言うのが、
 その筋の専門家が報道時に加えた推測であり、蓄積されたデータから出された結論でもある。

 一体一体ならば対処が容易でそれほど強力ではない、と言うのは、
 市民を安堵させる上で大きなウェイトを占める。

 要は、何かの拍子に二、三体のイマジンが孵化してしまったとしても、
 現場にいる四機のオリジナルギガンティックで対処可能だからだ。

 ともあれ、それらの情報が速やかに発表された事と、
 軍とギガンティック機関が連携して対処中と言う事もあって、市民の混乱を最小限に収める事が出来た。

 現在は第三フロート全域と、隣接する各フロートの外周街区に避難準備警報が発令されており、
 市民は緊急時にいつでもシェルター内に避難できる態勢が整えられている。

 まあ、それも殆ど気休め程度の物でしかない。

 軍と機関の連携で、今の所、除去できた卵嚢の数は半分超の七十七個。

 残り二十八個の卵嚢が一斉孵化すれば三百に迫る数のイマジンが一斉に動き出すのだ。

 状況はかなり好転しているように見えるが、
 それでもギガンティック機関総出で押し留められるのは四十体ほどが限度である。

 残り二百以上のイマジンは押し留める術も無く第三フロートを、
 そしてメガフロート全域を食い尽くすだろう。

 未だ、人類は剣が峰の如き危うい状況に立たされている事に変わりない。

 そして、今の所、空達も緊急でそちらに出向く、と言う事もなく、待機室で過ごしていた。


 午後。
 ギガンティック機関隊舎、ドライバー待機室――

紗樹「待つだけ、って言うのも、意外と大変なのね……」

 フェイの煎れたコーヒーを飲み終えた紗樹が、小さな溜息混じりに漏らす。

レミィ「慣れですよ、慣れ。
    それに、訓練をしたりシミュレーターでデータを取ったりと、
    他に何もしていないワケでもありませんから」

 そんな紗樹に、レミィが丁寧に返した。

 確かに、ギガンティック機関のドライバーは基本的に待機室に詰めているのが基本的な業務だ。

 イマジンの出現に際して、いつでも迅速に出撃できる体勢を整えるためだが、
 まあ基本的に隊舎内か隊舎の敷地内にいれば十分である。

 でなければ、日がな一日中こんな狭い待機室にいては身体も鈍ってしまう。

 訓練でベストなコンディションを維持するのもまた、ドライバーに欠かせない義務の一つだ。

紗樹「それもそっか……まあ、私達の場合はあっちのシミュレーターが使えないんだけどね」

 納得したように漏らした紗樹だったが、最後は苦笑い混じりに付け加える。

 しかし、レミィはそんな紗樹の様子……と言うか視線の位置に、ジト目気味な不満顔を浮かべ、口を開く。

レミィ「………出来たら耳じゃなくて目を見て会話してくれませんか?」

紗樹「え~……ちゃんと目も見てるよ?」

 不満げなレミィの言に、紗樹は彼女の耳と目をウズウズとした様子で交互に見ながら答える。

 確かに目も見ているが、割合にして八対二程度で耳の方を多く見ているようでは、その言葉に説得力など欠片も無い。

レオン「ったく、そろそろ慣れてやれよ……お互いにな」

 その二人の様子に呆れたような言葉を漏らすレオンだが、笑いを堪えているようではこちらも説得力は無かった。

 ここ数日のお決まりのパターンだ。

 ちなみに、お馴染みのコの字型に配置されたソファーの並びは、
 左端から順にフェイ、レミィ、空、茜、紗樹、遼、レオンとなっており、
 フェイがいつでも立ち上がり易く、かつ紗樹がレミィに飛びかかれないように配慮されていた。

 紗樹曰く“目の前にモフモフちゃんがいるのに我慢できるワケがない”との事らしく、
 この並びはそれも考慮した配置なのだ。

空「ほら……レミィちゃんは可愛いから?」

レミィ「むぅ……釈然としない」

 空のフォローの言葉に、レミィはどこか釈然としない様子で応えた。

 だが、満更でも無さそうなのは、尻尾が忙しなくパタパタと動いている様子で丸わかりである。

紗樹「嗚呼、尻尾がパタパタ……嗚呼……」

 紗樹も、その様子にもどかしげに手を伸ばそうとしていた。

茜「……徳倉、東雲を抑えておけ」

遼「りょ、了解です……」

 だが、溜息がちな茜の指示で、紗樹は遼によって羽交い締めにされてしまう。

紗樹「あぁうぅぅ~、しっぽぉ~」

 座った体勢のまま大柄な体格の遼に羽交い締めにされた紗樹は、
 その場でジタバタと藻掻きながら手を伸ばすが、その手は虚しく空を掴むばかりだ。

ヴィクセン「尻尾だったらアタシの尻尾もあるんだけど、こっちじゃダメなのかしら?」

 と、不意にドローンのヴィクセンがテーブルの上に飛び乗り、
 羽交い締めにされた紗樹の目の前で、柔らかそうな素材で出来た尻尾を振って見せた。

紗樹「あ……うん、しばらく前の私なら、これでも満足できたんだろうけど……。
   何というか、ヴィクセンちゃんの尻尾はぬいぐるみっぽいのよねぇ」

 途端、冷静に返った紗樹は、思案げな様子で呟く。

 当のヴィクセンにしてみれば失礼な態度かもしれないが、紗樹の考えも分からなくも無い。

 実際、瑠璃華がヴィクセンの尻尾に使ったのは、市販のキツネのぬいぐるみの尻尾だ。

 内部に魔力で自在に稼働する針金のような物を仕込み、リアルな動きを生み出しているが、
 それはやはり“リアルな動きをするぬいぐるみの尻尾”であって、レミィのような本物の尻尾とは違うのである。

ヴィクセン「う~ん、申し訳ないけど、アタシじゃ身代わりになれないみたいねぇ」

 ヴィクセンは申し訳なさ半分と言った感じで、戯けたように漏らすと、
 “生殺しも可哀相だし、たまには触らせてあげたら?”と付け加えた。

 その提案に紗樹は目を爛々と輝かせ、レミィは全身をビクリと震わせ“ご免被る!”と叫んで、
 紗樹から身を隠すように、座ったまま空の背に回る。

 そんなレミィの様子に、人間の盾と化した空は“アハハハ……”と困ったような苦笑いを漏らした。

茜「……まったく、それだとどちらが年上か分からないな」

 呆れながらその様子を見守っていた茜は、噴き出しそうになりながら微笑ましそうに呟く。

空「明日から九月末までは、私とレミィちゃんは同い年ですから」

 空もよく分からない理屈のフォローを入れる。

 確かに、空の誕生日は明日の7月9日、レミィの誕生日は9月30日だ。

 だから何だ、と言う、本当によく分からない理屈の話である。

 だが、茜はそんな理屈とは別の部分に食いついた。

茜「そうか……君の誕生日は、明日なのか」

空「……はい」

 驚いた様子の茜に、空は僅かな逡巡の後に頷く。

 十五年前の7月9日。

 それは、空が今は亡き海晴によって拾われた日だ。

 そして、それは同時に、
 かつては七月九日事件とも呼ばれていた事もある60年事件が起きた当日の日付でもある。

 お互いに色々と思う所のある日だろう。

 空にとっては掛け替えのない家族と出会った日だが、それと同時に家族が両親を喪った日でもあるのだ。

 そして、茜にとっては父親と、一時期ではあるが言葉を失った日である。

茜「アルベルト……。
  すまないが、東雲と徳倉を連れて、少し席を外してくれないか?」

レオン「……ウィっス、隊長。行くぞ、紗樹、遼」

 茜の指示を受け、珍しく彼女の事を“隊長”と呼んだレオンに目を丸くしながら、
 紗樹と遼は彼に続いてハンガー側出入り口から待機室を後にした。

 茜は部下達の背を、少し申し訳なさそうに見送る。

レミィ「私とフェイも席を外した方が良いか?」

フェイ「…………」

 レミィがそう漏らすと、それまで省魔力モードで黙り込んでいたフェイが、無言のまま目を開く。

茜「……いや、いい……。
  ただ、部下がいる場では話し辛かっただけなんだ」

 茜がレミィの気遣いに、どこか弱々しさを感じる笑みを浮かべて答えた。

 茜も幼馴染みの兄貴分のようなレオンはともかくとして、紗樹や遼にも仲間意識は感じている。

 だが、彼女達はあくまで部下なのだ。

 ギガンティック機関も大きな組織だが、ロイヤルガードのように組織図は煩雑ではなく、
 上下の関係も比較的緩やかな物である。

 しかし、そうでないロイヤルガード所属の茜にしてみれば、
 部下に対する示しには気を配らなくてはならないのだろう。

 まだ十七才になったばかりの少女には難儀な話である。

茜「それで……空。
  君は、テロと言う物をどう見る?」

空「テロ、ですか……?」

 意を決したような茜の質問に、空は怪訝そうな表情を浮かべた。

 テロ……つまり、テロリズムやテロリストなどを総じてどう思うか、と言う事だろうか?

 一瞬考え込んだ空は、不意に口を開く。

空「……何でだろう、って思います」

茜「何でだろう?」

 空の感覚的な返答に、茜は要領を得ずに首を傾げた。

 空は“はい”と頷いてから、改めて茜に身体ごと向き直る。

空「今、人類が戦わなきゃいけない相手はイマジンです。
  でも、イマジンと正面から戦えるのはエール達に乗れる私達だけで、
  とても人間同士で戦っている余裕なんて無いじゃないですか?

  それなのに、何で自分達の主張のために力を使おうとするのか、
  私にはよく分かりません。

  ……私がテロリストの人達と同じ立場なら、
  何か見えて来る物もあるかもしれませんけど……」

茜「つまり、連中のやりようが正しくない事は分かるが、
  連中がそんな手段を講じようとする理由を知りたい、と言った所か?」

 空の説明に、茜は思案気味に返した。

空「……はい、自分でもあまり考えた事は無いんですけどね」

 空はそう言って、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。

 そんな空の様子に、茜は小さく肩を竦めて息を漏らす。

 そして――

茜「君は……優しいんだな」

 と、感慨深げに呟いた。

空「優しい、ですか? ……そんな事、初めて言われました」

 茜の言葉に驚いた空だったが、すぐに照れ隠しに困ったような笑みを浮かべる。

茜「相手の立場に立とうとする事……先ずは相手を理解しようと努める事は、
  優しいって事だよ……きっと」

 茜は寂しげな笑みを浮べて呟くと、さらに続けた。

茜「私は……連中を許せないからな」

 どこか自嘲気味にも聞こえる言葉を、消え入りそうな声音で呟く。

空「……」

 茜の様子に戸惑いながらも、空は心の中でどこか納得していた。

 茜自身の口から詳しく語られてはいないが、
 彼の兄・本條臣一郎を新たな英雄に仕立てようとする一部の報道のお陰で、
 60年事件のあらましくらいは、空も改めて調べるでもなく知る事が出来た。

 明日美から自身の生い立ちの事を聞かされて詳しく調べた事もあって、
 茜と臣一郎の父、本條勇一郎が二人の目の前で亡くなっている事も知っている。

 その様子は、何処か自分の体験と被るのだ。

 そう、目の前で、イマジンに姉を食い殺された自分と……。

空「……私も、そうですよ」

 空は目を伏せ、僅かに躊躇った後でそう呟いた。

 全員の視線が空に集まり、いつの間にかエールも目の前……テーブルの上に立っている。

空「来て、エール……」

 空はエールを抱き上げると、彼の身体をぎゅっと抱きしめ、改めて口を開く。

空「今の私の戦う理由は、誰かの力になる事です……」

 どこか感慨深く、その事を再確認するように空は漏らす。

 大切な人を守りたいと思う人の盾。
 大切な人のために戦いたいと思う人の矛。
 力なき人々の力。

空「でも、根っこの所は、まだイマジンへの憎しみがあるんだと思います……。

  イマジンから誰かを守る盾に、
  誰かのためにイマジンを倒す矛に、
  誰かの代わりにイマジンと戦う力になりたい……。

  多分、建前を無くしたら本音はそんな感じです」

 空はそう言うと、どこか力ない苦笑いを浮かべる。

 空は少しオーバーに言ったつもりだったが、改めて思い返せばその通りだと、自ら納得していた。

 気持ちを偽るつもりは毛頭無いし、自分が誰かの力になれれば良いと思っているのは、嘘偽り無き本音だ。

 だが、やはりイマジンに対する憎しみや恐れの全てを捨て切れるとは、空自身も思っていなかった。

 言ってみれば、空の戦う理由は彼女の望みであり、願いだ。

 そして、イマジンに対する憎しみは、最初の動機と言う事になるだろう。

 だが、それと同時に“イマジンを放っておけば、また誰かが犠牲になるかもしれない”と言う思いがあり、
 自分の事を深く愛してくれた姉への恩返しもあって、それが今の戦う理由にも繋がっている。

 イマジンに対する憎しみと、名も知らない誰かを守る事。

 相容れない個別の思想に見えて、空の中でこの二つは不可分なのだ。

 ただ、まとめて“憎く恐ろしいイマジンから、名も知らない誰かを守る”と言い切ってしまうのも、
 また違う気がするのも確かだった。

 イマジンに対する憎悪と恐怖と、姉への恩返しの思い。

 こちらは相容れないのだ。

 いや、相容れるべきではないと、空は考えていた。

 話の最初に立ち返れば、そこが空の建前の部分なのだろう。

 長々と語ってみたが、要は複雑なのだ。

空「結さん……茜さんのお祖母さんや、私のお姉ちゃんから受け継いだエールですから。
  もっと正しく使うべきだとは思うんですけど……」

 そう呟く空は、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。

茜「君は……清濁併せ呑む度量があるのか清廉潔癖たらんとしているのか、
  今一つ分からない所が凄いな」

 だが、茜はそんな空の様子に噴き出しそうになりながら言った。

空「それって、褒めてます?」

 一方、空は、噴き出してしまった茜に釈然としない様子で問いかける。

 まあ、前半を聞くだけなら褒められている気がしないでもないが、後半を付け加えると些か判断に困る所だ。

 それにしても、“清濁併せ呑む”と“清廉潔白”では並び立たない。

 辞書通りならば、善人――善性――も悪人――悪性――も受け入れる度量と、
 心清らかで後ろ暗い所が無いと言う意味だ。

 確かに、この二つはそのままでは並び立たない。

 しかし、茜の言う通りに“清廉潔白たらんとする”のならば、
 “清濁併せ呑む”とも並び立とう。

 悪人までも受け入れておきながら後ろ暗い事が無いと言うのは、
 開き直っているようにも聞こえるが、要は堂々としていれば良いのである。

茜「褒めている……と言うよりは、尊敬に値すると思うよ、君は。
  ……そうだな、天空海闊の方が正しいかな?」

空「てんくうかいかつ?」

 感慨深く語る茜の口から漏れた聞き慣れぬ言葉に、空は小首を傾げた。

フェイ「空や海のように度量が広いと言う意味の言葉です」

 そんな空に、フェイが助け船を出す。

 成る程と、空は頷き、茜はさらに続ける。

茜「話を振り出しに戻すようだが、私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……。
  だから、君のように強い人間は尊敬に値するよ」

空「私が……強い、ですか?」

 悔しさと尊敬と、そして憧れにも似た物が入り交じった複雑な表情を浮かべた茜の言に、
 空は怪訝そうに首を傾げた。

 力が強い、などと分かり易い天然ボケを宣うほど、空も間抜けではない。

 茜の言う“強さ”が、心の強さだと言う事は彼女も分かっている。

空「そんな……強くなんて、ないですよ」

 空は恐縮した様子で慌てて否定するが、言いながら自身を省みて言葉を濁してしまう。

 自身を省みれば、やはり自分が胸を張れるような人間でない事を思い知らされるばかりだ。

レミィ「ああ、コイツは強いとかそう言うのじゃないからな」

 しかし、そんな空を慮ってか、レミィが戯けた調子で言って、空の両肩に後ろから手を置く。

レミィ「単に、何でもかんでも背負い込み過ぎなだけだ。
    ……まあ、私も人の事をとやかく言えた物じゃないが、コイツと比べるとさすがに、な」

 レミィは途中までは心配そうに言っていたが、次第に呆れ半分恥ずかしさ半分と言った風に漏らす。

 レミィも一旦背負い込んでしまうと背負い込み続ける質だが、
 何でもかんでも背負い込んでしまう空ほどではない。

フェイ「朝霧副隊長は責任感が強いため、自身で受け止め切れる以上の物を背負い込み、
    張り詰めた緊張の糸が切れると、途端に全ての重みに押し潰されてしまう傾向があります」

空「あぅ……」

 続くフェイの言葉にも思い当たる節が多く、
 空は反論する事も出来ずにガックリと肩を落として項垂れる。

茜「………そこまでと分かっていながら、よく副隊長に推薦したな。
  ふぅ……んっ、藤枝隊長からは、殆ど満場一致だったと聞かされていたが……」

 茜は思わず素を出してしまいそうなほど呆れながら、
 以前に風華から聞かされていた、空を副隊長に推した時の経緯を思い出しながら呟く。

レミィ「ん~……こう言うとコイツが気にするんだが……。
    海晴さんとそっくりなんだよ、叱り方とか、諭し方とか、な……」

 茜の言葉を受けて、レミィは僅かに戸惑った後、感慨深げな視線を空に向けながら言った。

 そこに、さらにフェイが続く。

フェイ「朝霧副隊長の責任感の強さ、何でも背負い込んでしまう気概は、
    それだけ誰かを気遣ってくれている事の裏返しでもあります。

    我々は、そう言った朝霧副隊長の在り方を信頼しているのです」

レミィ「背負い込み過ぎるのは頂けないが、仲間思いなのはコイツの良いところだ。
    基本的にはいいヤツなんだよ……空は」

空「あぁ、うぅ……」

 先程は図星を突かれて落ち込んでいた空だが、二人から素直に褒められて、
 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 普段からこう言った事を口にされる事は稀にあった事だが、
 さすがにまだ知り合ってから間もない茜の前で言われると、いつになく気恥ずかしい物だ。

 その様子に、茜は少し面食らったように目を見開いてから、優しそうな笑みを浮かべる。

茜「……愛されているな、君は……」

空「ぁうぅぅぅ~」

 茜の言葉に、空は耳まで真っ赤にしてさらに俯いてしまう。

空「は、話が脱線しちゃいましたねっ!」

 そして、すぐに真っ赤に染まったままの顔を上げ、無理に話題を元に戻そうとする。

茜「……ああ」

 茜は優しげな笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。

 レミィも空の様子に満足げな笑みを浮かべ、
 フェイも淡々としながらもどこかすましたような表情を浮かべている。

空「むぅ~」

 空は、どこか一杯食わされたような釈然としない思いに苛まれつつも、何とか気を取り直す。

レミィ「それで、テロをどう思うか、だったか? ……私やフェイも答えた方がいいのか?」

茜「ああ、頼む」

 茜が質問に頷くと、レミィは僅かに思案した後に口を開いた。

レミィ「……まあ、さすがに犯罪者だからな。
    連中なりの言い分もあるだろうが、その辺は捕まえてから聞けば良いだろう。
    それを受け入れるかどうかは別問題としてな」

 レミィは思案げに呟くと、テロリスト達への僅かな呆れを込めて溜息を漏らす。

 タカ派ともハト派とも取れない、公職に就く者として実に妥当な意見だ。

茜「………普通だな」

レミィ「悪かったな」

 拍子抜けした様子で感想を呟いた茜に、レミィは不満そうに返す。

フェイ「この場合、公人として回答するべきでしょうか?
    それとも、個人として回答するべきでしょうか?」

 そして、そんなレミィを後目に、フェイが思案げ漏らした。

茜「どちらでも構わないが……出来たらフェイ個人の意見が聞かせてもらいたい」

フェイ「私、個人の……」

 一瞬だけ思案してからの茜の言に、フェイは珍しく戸惑ったような声音で呟く。

 そして、僅かな逡巡の後、ゆっくりと口を開いた。

フェイ「………テロリズムとは、大多数の意見によって棄却された少数意見による歪みだと、私は考えます」

茜「それは……大多数側にも責任があると言う意味か?」

 フェイの出した意見に、茜は少しだけ表情を険しくする。

 テロを憎んでいると公言している茜に取って見れば、フェイの冷静な意見は相容れない物なのだろう。

フェイ「そう捉えていただいても構いません」

 フェイは敢えて首肯した。

 それが返って茜に冷静さを取り戻させる。

 むしろ、フェイの堂々とした様子に呆気に取られてしまったのだろう。

 茜が落ち着いたのを感じ取り、フェイはさらに続ける。

フェイ「……ですが、少数派が多数派に対し暴力によって意見を受け入れされ、
    目的を達成しようとした時点で、意見の大義や正当性は失われています。

    政略的目的達成のためと綺麗事を並べ立てても、
    その過程から大義が失われてはならないと考えます」

 いつになく饒舌な様子のフェイの言葉を、空達は無言のまま何度も頷きながら聞き続けた。

 他の仲間達も静聴を続ける中、フェイはさらに続ける。

フェイ「多数派は少数派の意見全てをくみ取る必要はありません。
    それでは行動が定まらず、多くは迷走を招く要因となります。

    ですが、少数派の意見を聞き入れ、十分な議論と検討、検証をする必要は有ると考えます。
    無論、それによって行動の停滞を招く事も十分にあり得るでしょう。

    しかし、迷走と停滞を最低限に抑える仕組みを整える努力を怠り、
    少数派の意見を棄却するばかりだった結果がテロリズムに繋がった、と考える事は出来ます」

 フェイはそこまで少し早口で言ってから、呼吸を整えるように一拍の休みを置き、再び口を開く。

フェイ「多数派にも少数派にテロを起こさせない努力は必要と考えます。
    ですが、それでもテロが起きてしまった場合は、素早く鎮圧すべきである。

    それが私のテロに対する考えです」

 語り終えたフェイは、最後に“ご清聴、ありがとうございます”と付け加えた。

茜「テロを起こさせない環境の整備か……考えても見なかったな」

 全てを聞き終えた茜は、目から鱗が落ちたと言わんばかりに感心した様子で呟く。

 テロリズムを擁護しているとも取れる言い方だったが、
 大半のテロが少数派の意見を通すための行動であるのは、フェイの言葉の通りだ。

 そして、彼女の言葉通り、意見を通すために暴力を振るってしまったのでは、
 その意見の正当性すら失われる。

 要はそう言った悲劇を起こさないための社会的構造再編は必要だが、
 それでも尚起こってしまうテロに対しては反撃も辞さない。

 それがフェイの意見の要旨であった。

茜「けれど……」

 感心していた様子の茜だったが、ある事に気付いて、すぐにその表情を曇らせる。

 フェイも茜の気付いた事に察しが付いているのか、浅く頷いて口を開く。

フェイ「はい、これはあくまで理想論でしかありません。

    社会の構造を再編した程度でテロが減少する確証も、
    そうする事で世の中が上手く行く確証もありません」

空「あ……」

 黙って聞いていた空も、フェイの言葉でその事実を突き付けられ、
 どこか残念そうな吐息を漏らした。

 空にも、フェイの意見は正しい物だと感じる事が出来た。

 それは傍らで神妙な表情を浮かべているレミィも同様だ。

 だが、正しい事、正論が常に正解とは限らない。

 社会の構造を変革するとなれば、それは長い時間と多くの労力を強いられる。

 それが正しい事であっても、その正論は“理想論”だと切り捨てられるのだ。

 フェイが最初に見せた戸惑いは、自分の意見が理想論に過ぎないと分かっていたからなのだろう。

 しかし、無表情で淡々としながらも、フェイ自身から諦めは感じられない。

 それは、彼女が自身の言葉を理想論と断じながらも、
 その理想を切り捨ていない……諦めていない事の現れだった。

 言葉だけに気を取られていた空は、フェイの表情の機微に気付いて気を取り直す。

空「フェイさんは、諦めていないんですね」

フェイ「勿論です。
    確証が無いとは言え、実証を踏まえずに棄却すべき案ではないと確信しています」

 改めて空がその事を尋ねると、フェイは無表情ながらにどこか自信ありげに頷いた。

 普段ならば“判断”と言っていたであろう部分を、
 敢えて“確信”と言っているだけあって、その自信は文字通りに確かな物だ。

 確信とは伝播する物なのか、それとも単なる仲間への共感なのか、
 空にもフェイの確信は理解できた。

 元より、相手の立場を鑑みようとしていた事もあるだろう。

空「そう、ですよね……。
  何事も試してみないと、変えられる物も変えられませんよね」

 空は最初は怖ず怖ずと、だが自分の中にあった考えがハッキリとして行くにつれて、
 僅かずつ声を弾ませて行く。

 そして、自身を顧みる。

 姉を殺された事に対する復讐だけで戦いを決意した自分も、
 いつしか仲間のため、そして、名も知らぬ誰かのために戦えるようになった。

 個人と社会を比べるのは間違っているだろう。

 だが、社会も多くの個人が作り上げている物だ。

 個人が……一人一人が変わって行く事で、ゆっくりと、だが確実に社会は変えて行けるかもしれない。

 そんな思いが、空の中で大きくなる。

レミィ「まあ、そう言う小難しい事をやるのは政治家だからな。
    同じような考えを持っている政治家を見付けて応援する以外無いな」

 レミィはどことなく空が昂奮しているのを感じ取ったのか、頭を冷やせと言わんばかりにそう言った。

空「あ、そっか……」

 一方、頭から冷や水をかけられた空は、残念そうに肩を竦めて顔を俯けてしまう。

茜「あまり気落ちする物でも無いぞ。
  実際、そう言う活動をしている真っ当な政治家も少なくは無い。

  テロのせいで情勢不安定な今は無理でも、
  将来的に彼らがの意見が採用されるような世論が形成される日が来るかもしれない」

 そんな空に、茜はフォローするように言った。

 が、内心では半信半疑で、その言葉には空とフェイのフォロー以上の意味は無かった。

 空やフェイの気持ちも分かるし、それが良い事だと理解する事は出来るが、
 気持ちの上で納得できない部分も多いのだろう。

空「じゃあ、いつか世界が良い方向に変えられる時が来るまで、頑張らないといけませんね」

 しかし、そんな茜の内心を知ってか知らずか、気を取り直した空は微かな決意を声音に込めて呟く。

 すると、その言葉に反応するかのように、空の膝の上で抱きしめられていたエールがピクリと反応した。

空「エール?」

 不意に動いたエールに、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな空の傍ら……彼女と茜の間にクレーストが立つ。

クレースト「明日美様から聞き及んでいましたが……今日の事で得心が行きました。
      エールは確かに、あなたの全てを見越してあなたを選んだようですね、朝霧空」

空「私の全て?」

 どこか懐しい者を思うような口調で呟くクレーストに、空は小首を傾げた。

 クレーストは僅かに俯いてから、意を決したように顔を上げる。

クレースト「エールは、かつての主を思わせる人を探していたのですよ……。

      名前も知らない誰かのために戦う事の出来る、
      世界がより良く変わる日を信じて戦い続けられる、
      そんな強く、清らかな心の持ち主を……」

 そして、小首を傾げたままの空に、かつての主の親友であり、
 当代と先代の主の血縁である女性を思い出しながら語った。

 しかし、それだけでは要領を得ないのか、空はさらに首を傾げる。

 だが、褒められた事は分かったので、さすがに恐縮してしまう。

空「え、えっと……その、流石に清らかって事は無いと思います」

 空は恐縮気味に漏らす。

 散々と繰り返して来たが、志を新たにした空だが、彼女の根底にはまだイマジンへの憎悪が渦巻いている。

 それをしっかりと理解しているからこそ、
 “強く、清らかなな心の持ち主”などと評されるのは烏滸がましいとさえ感じてしまう。

クレースト「人の心とは複雑な物です。
      一面だけで語る物ではありませんが、
      あまり多くを一纏めにして語る物でもありません……」

 そう感慨深く呟くクレーストに、
 空はどう返して良いか分からず困ったような表情を浮かべ、押し黙ってしまった。

 クレーストの言は彼女の体験に基づいた、実に彼女らしい言葉と言える。

 自身の予備として娘を作り出し、後に改心した祈・ユーリエフの願いにより、
 その娘……奏を守る刃として生を受け、様々な者達と相対した。

 世界と人間の善性を愛しながら人間の悪性に絶望し、
 人間に対する憎悪に塗れたグンナー・フォーゲルクロウ。

 創造主のもう一人の予備であり、長らく生き別れていた主の妹であり、
 母と姉への愛故に二人を恨んだ湊・ユーリエフ。

 レオノーラ・ヴェルナーの記憶を植え付けられ、優しさ故に彼女のため暴走してしまった、
 主の愛娘たるクリスティーナ・ユーリエフ。

 罪と悪を憎悪しながらも、それでも誰かのために真っ直ぐに戦い続けた、
 主の親友たる結・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな人々と触れ合って来た故の言葉だろう。

 ある一面があれば、その人間の全てを否定する材料と成り得る事も、
 だが、それとは逆に軽んじて全否定すべきでは無い事を、彼女は自身の経験として悟っていた。

 空の在り方を、彼女の憎悪の心を知るが故に否定する者もいるだろう。

 しかし、それと同時に、その憎悪を押し殺して誰かのために戦う空の姿勢を、
 クレーストは尊い物と思っていた。

 そして、そんな空の在り方は、結を彷彿とさせるのだ。

クレースト「あなたはまだ若い……。
      そう性急に理解しようとする事も無いと思います。

      ただ、あなたの在り方を清い物と感じている者がいる事を、
      どうか心に留め置いて下さい」

空「は、はい!」

 相手はギガンティック……それも、そのAIだと言うのに、
 優しくも強い語り口に、空は思わず姿勢を正して返事を返していた。

 さすがに八十年以上を生きた年の功だろう。

 見た目はデフォルメされた二頭身ロボットだが、
 中身は空にとっては曾祖母か曾々祖母と言った年齢のAIだ。

 そんな相手から丁寧に諭されたら、空の反応も納得である。

茜「……ん、そろそろ三人を呼び戻すか」

 このままでは話にキリが着かないと思ったのか、茜はそう言って時計を見遣った。

 時間はレオン達に席を外させてから小一時間ほど経過している。

 話題を振って置きながら、と内心で思ってもいたが、
 自分の我が儘で他所に追い遣っていた部下達をそのままにしておくのも忍びないと思ったのだろう。

 そして、丁寧に答えてくれた三人に向き直って、感謝の言葉を述べようと口を開く。

茜「今日は色々な意見が聞けて良かった……。本当に――」

 ――ありがとう。

 茜がそう言いかけた、その時だった。

『PiPiPi――ッ!』

ルーシィ『メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!

     繰り返す、メインフロート第二層にイマジン出現を確認!
     待機要員、整備班は出撃準備されたし!』

雪菜『01、11、12ハンガーのリニアキャリア一号への連結作業開始。
   二次出撃に備え、第二十六小隊各機ハンガーの専用リニアキャリアへの連結作業開始』

 イマジン出現を告げる電子音に続いて、ルーシィと雪菜のアナウンスが響き渡る。

空「前回からまだ二週間しか経ってないのに!?」

 空は驚きの声を上げながらも立ち上がり、
 膝の上で抱きかかえていたエールをテーブルの上に下ろすと、三人と共に走り出す。

フェイ「正確には前回から十三日……。
    通常のイマジンならば、出現スパンとしては最短でもありません」

レミィ「状況が状況だけに、記録更新してくれなくて良かったと言うべきか、
    それならそれで、もっと遅く出ろと言うべきか……」

 淡々と日数をカウントしたフェイの言葉に、レミィはゲンナリとしつつ呟く。

 ちなみに連続出現を勘定に入れなければ、最短記録は十日である。

茜「緊急時には我々もすぐ動けるように待機している。安心して出撃してくれ」

空「はい、よろしくお願いします!」

 併走する茜の頼もしい言に、空は深々と頷く。

 先日は急遽、一足早い共同戦線となったが、出向後の正式な出撃は今日が初めてだ。

 多数のイマジンや強敵の登場はご免被りたいが、茜やクレーストと肩を並べて戦う事を思わず期待してしまう。

空(……不謹慎過ぎるかな……)

 空は高鳴る胸の鼓動を押し留めるように、脳裏にそんな考えを巡らせる。

 まあ、議論の余地も無く不謹慎だろう。

 しかし、空は自責から必要以上に落ち込まぬようにと、前を見据えて走る速度を上げた。

 通路の終端に置かれたロッカーに脱いだ制服を放り込み、各々の愛機に向かって走る。

 先にハンガーにいたレオン達も早々にパイロットスーツに着替え、
 それぞれの乗機に乗り込もうとしている最中だ。

 そんな光景を横目に、空もエールに乗り込む。

サクラ『01、11、12、261、262、263、264。各機搭乗確認。
    戦況確認に入りますが宜しいですか、朝霧副隊長?』

 空がコントロールスフィアに入った途端、そんな風に堅苦しい口調で聞いて来たのは、
 ほのかがオペレーターチーフを務める中、代役でタクティカルオペレーターチーフを務める事となったサクラだ。

 先日の出撃の際には、緊急でそのままほのかがチーフだったので、今回が初のチーフ業務と言う事になる。

 訓練はしていたが、初のチーフ業務で緊張しているのと、彼女らしい生真面目さ故だろう。

空「お願いします、マクフィールドオペレーター」

 空も彼女に習って返すと、サクラは一呼吸置いてから説明を始めた。

サクラ『確認されたイマジンはクモ型……虫の方のクモね。
    前に現れたアルマジロ型とは丁度反対側に当たる外郭自然エリアと
    居住区の間にある運河で巣を展開しつつ、軍のギガンティック部隊と交戦中よ』

 一呼吸置いた事で緊張が解れたのか、サクラは普段通りの口調で戦況を説明する。

空「巣、ですか?」

??『はい、クモの巣です。

   戦闘フィールドを形成しているのか、それとも本来のクモと同様、餌を捕獲するためのネットなのかは、
   ライブラリに照合して似たような行動を取ったイマジンがいないか検索中です』

 怪訝そうに尋ねた空に、サクラの補佐で司令室入りしたタクティカルオペレーターの加賀彩花【かが あやか】が、
 少しだけ強張った声で返した。

 ロイヤルガードからの出向組である彩花は、サクラ以上に緊張しているようだ。

 そうこうしている間に、リニアキャリアは戦場に向けて走り出していた。

―4―

 メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 軍のギガンティック部隊が展開している干渉地帯の後方に到着した機関のリニアキャリアから、
 空達は愛機を発進させた。

サクラ『01、12はモードDに合体後、上空からイマジンへ攻撃を。
    11は地上で撹乱、及び01の支援を』

空「了解です。フェイさん!」

 サクラの指示を受けた空はフェイに合図を送る。

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

 フェイの返答と共にシステムを切り替えてモードDへと合体すると、運河を見渡せる高度まで上昇した。

 軍のギガンティック部隊は、外郭自然エリアと運河を半円を描くような陣形で取り囲んでいるようだ。

 その半円の中心には、サクラから説明を受けたクモの巣が見える。

 どうやらクモ型イマジンは今も巣を拡大中らしい。

 軍のギガンティック部隊も威嚇射撃を続けているが、
 低火力の魔力弾による射撃は脅威でも無いと言いたげに、クモ型イマジンは悠然と巣作りに集中していた。

 しかし、それ以上に空の目を引いたのは、イマジンのサイズだ。

空「かなり、大きいですね……」

フェイ「以前に戦闘したバッタ型と同等のサイズでしょうか」

 愕然と漏らした空に、フェイが淡々と応える。

 市民街区と外郭自然エリアを隔てる運河は、決して狭くはない。

 大型の貨物船が最大で三隻まで余裕を持ってすれ違えるように、三百メートルの広さがある。

 イマジンの全長は目測でも運河の幅の二割強……七十メートルはあるようだ。

空「こんな大型イマジンにここまで侵入されるまで気付かないなんて……」

 空はそんな当然の疑問を口にする。

 これだけ大型のイマジンだ。

 メガフロート内に侵入できるルートはかなり少ない。

 四十年以上前に閉ざされたままの空港の大型隔壁か、
 こちらも閉ざされたままになっている外部の港湾施設の隔壁を破壊しなければならないだろう。

 だが、そんな情報は入って来ていない。

フェイ「排水口や排気口から出入り出来るサイズではありませんね。
    以前の軟体生物型のように隠密性の高いイマジンか、或いは……」

空「それって……」

 どこか思案気味な様子で漏らしたフェイに、空も思い当たる節があるのか何かに気付いたように口を開く。

 だが、その瞬間――

レミィ『イマジンが動くぞ!』

 地上で河岸に達しようとしていたレミィが、その気配を察して叫んだ。

空「ッ!?」

 空は息を飲んで驚きながらも長杖を構え、両腰の魔導ランチャーを展開する。

 それとほぼ同時に、巨大なクモ型イマジンの頭部が飛んだ。

 胴体と泣き別れになった頭部は、そのまま溶けるように変態して十五メートルほどのクモ型となる。

空「分離した!? それならっ!」

 しかし、空はそれに一瞬だけ驚きながらも、すぐに立て直し、長杖から魔力砲を放つ。

 狙ったのは分離した頭部ではなく、そのまま残っていた胴体……中でも一際大きな腹だ。

 空の魔力砲は呆気なくイマジンの腹を貫通し、川面に当たって乱拡散して巣を一気に散り散りにした。

フェイ「初弾命中確認」

 フェイが冷静に状況を伝えるが、その声音には僅かな歓喜すらない。

 まだ状況が好転していない事を、彼女は察知していたのだ。

 その証拠に、腹に巨大な貫通痕を穿たれたクモ型イマジンは、
 僅かに貫通痕の周辺が霧散を始めたものの、残る部位は健在だ。

 だが、すぐに変化が訪れる。

 残った身体の部位が細かく千切れ飛び、
 頭よりも小さな十メートル程度のクモ型となって外郭自然エリアへと散って行く。

空「やっぱり! 該当イマジンは集合型です!」

 空は予感的中と言わんばかりに、通信機越しに司令室に向けて叫んだ。

 集合型イマジン。

 ごく稀に出現するイマジンで、その構造は見ての通り、
 無数の同型イマジンの群が寄り集まって出来た大型イマジンだ。

 司令塔となるイマジンが頭部や心臓部などに位置し、
 身体を形成した群の他個体を先導する形で行動する。

 個体としては弱いが集合体となった場合は、
 個体全ての魔力が積算されるため相応に強力なイマジンとなるのが特徴だ。

 集合型がこのような行動を取るのは、自分達がより大型のイマジンに捕食されないためとも、
 小型イマジンへの威嚇行動とも言われているが、本当の理由は定かではない。

 今回の場合、一回り大きな頭部が司令塔で、それ意外が群と言う事だろう。

 集合型ならば、分離してしまえば排水口や小さな隔壁を破って侵入する事も可能だ。

 膨大な魔力を放つオリジナルギガンティックの接近を察知して、
 いち早く司令塔が分離した事と、的が大き過ぎた事もあって大した被害は与えられていない。

 だが、それなりの数を減らす事が出来た。

 また、司令塔が残っているためか、群の統率も失われていないようだ。

 そのお陰で、てんでバラバラに動かれて包囲網を突破される事も無くなった。

 そして、その戦況は司令室にも伝わっていた。

彩花「集合型イマジン、全体総数の約八十パーセントまで減少。
   魔力平均十二万。最大は司令塔と思われる個体の四十五万です!」

 リズ達からの観測情報を受けた彩花が、まくし立てるように情報を読み上げる。

 その報告を受けて、明日美は僅かに考え込んでから口を開く。

明日美「第二十六小隊は現場に急行。

    朝霧班は第二十六小隊到着までイマジンを牽制、再集合を防ぎなさい。
    増援が到着次第、司令塔を撃破してから各個撃破へ!」

ほのか「司令、副司令。
    01用に追加の大推力ブースターと予備のシールドスタビライザーの使用を進言します」

 明日美の指示で各オペレーターが動き出す中、
 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかがそんな案を持ち掛ける。

 その提案にに応えたのはアーネストだった。

アーネスト「許可する。

      柊チーフ代行、整備班に指示を。
      リニアキャリアは予備の四号を使いたまえ」

雪菜「了解です。
   リニアキャリア四号に整備用パワーローダー、
   及び、01用高機動空戦コンテナを積載開始。
   積載完了次第、発進体勢へ!」

 アーネストの指示を受けて、雪菜が整備班に通達を行う。

 その状況を見ながら、明日美は深く息を吐く。

明日美「ハァ……まさか、この状況で九年ぶりの集合型とは……」

アーネスト「例の軟体生物型の時ほど危急ではありませんが、あまり歓迎したくは無い状況ですね……」

 溜息混じりの明日美の言に、アーネストも小声で応えてから肩を竦めた。

 ドライバー達には十分にシミュレーターで訓練させているが、
 現在のドライバーの中で集合型イマジンとの実戦を行った者はいない。

 加えて、件の卵嚢騒ぎで頭数も少ないと言う苦境である。

明日美「これ以上の面同事は………あ、いえ、言うべきでは無いわね」

アーネスト「噂をすると、ですからね」

 言いかけて口を噤んだ明日美に、アーネストも微かな苦笑いを浮かべて呟く。

 そうこうしている間に、リニアキャリアへの積載が完了したようだ。

クララ「第二十六小隊専用リニアキャリア発進に続けて、四号発進どうぞ!」

 クララが指示を出すと、司令室側面のモニターに二編成のリニアキャリアが発進して行く様が見えた。

 リニアキャリア発進から五分ほど経過した頃。
 再び、メインフロート第二層、外郭自然エリア――


 空達は三機が分離状態で三方向から魔力弾を放ちつつ、
 集合型イマジンを一つ所に留まらせないように牽制を続けていた。

 隙を見せればまた合体されるので、それを避けるためだ。

レミィ『まったく……ちょこまかと跳ね回るな!』

 レミィが苛ついたように叫び、ヴィクセンの口腔部から魔力弾を放つ。

 胴体に魔力弾を掠めた兵隊クモは、のたうち回りながら霧散して行く。

イマジン『KaTiッ! KaTiKaTiッ!!』

 だが、司令塔イマジンは牙を鳴らして部下達に指示を送り、すぐに隊列を整えさせる。

 その指示の下、兵隊クモ達は仲間を失った事に動揺する素振りも見せず、
 整然と機械のように動き続けるのだ。

 空達が隙を窺いつつ兵隊の数を減らしても、正に“焼け石に水”と言うレベルだった。

茜『待たせたな!』

 背後から茜の声が響き、長杖を構えて砲撃を続けるエール……空の隣に、クレーストが降り立つ。

 さらに、レミィの元にはレオン、フェイの元には紗樹と遼の機体が後方支援に付いている。

空「茜さん! レオンさん達も!」

 予想以上に素早い仲間達の到着に空は驚きの声を上げつつ、
 不謹慎とは思ったものの、早くも叶ってしまった茜との共闘に、内心で歓喜する。

茜『空、君は後方に下がって装備の換装を!』

空「ハイッ!」

 空は声を弾ませ、茜の言葉通りに後方に下がる。

 止まって砲台になっている分にはあまり不便を感じる事は無いが、
 こうやって動くと相変わらず挙動が重い機体だ。

 空は十分な距離を取ってから機体を反転させると、
 ブースターを噴かしてリニアキャリアとの合流地点へと向かう。

 空が合流地点へとたどり着いた時には換装準備は既に始まっており、
 リニアキャリアから発進した三台の大型作業用パワーローダーが、
 展開したコンテナから装備を取り出している途中だった。

 整備班も気付いたのか、誘導灯を装備した小型パワーローダーが
 空の到着に合わせて着地地点へと誘導を開始する。

 空が誘導通りに広い交差点へと降り立つと、
 背後と左右から装備を保持したパワーローダーが滑り込むように進み出た。

空「お願いします!」

整備班1『あいよ、副隊長さん! 超特急で済ませまさぁ!』

 空の声に景気よく応えたパワーローダーのドライバーは、
 手早く背面の小型ブースターを取り外し、大型の大推力ブースターへと換装させる。

 左右のパワーローダーも、既に取り外されている肩のドッキングコネクターに合わせ、
 シールドスタビライザーを装着させた。

空「システムリンク確認……簡易OSS接続……完了!
  換装作業、ありがとうございます!」

 空はディスプレイを見ながら換装が完了した事を確認すると、感謝の言葉を残して飛び立つ。

整備班2『どう致しまして!』

整備班3『大暴れしておいでよ!』

 先程とは別の整備班達の言葉に背を押されるようにして、空は戦場へと舞い戻る。

空(ブースターの推力もさっきよりは高いし、
  シールドスタビライザーの浮遊魔法のお陰で機体も軽い……。

  シミュレーション通りモードDほどじゃないけど、
  これなら合体しなくても、いつもぐらいには戦える!)

 空がそんな感想を抱いた頃には、彼女は戦闘空域に到達していた。

空「お待たせしました!」

 空は上空で静止すると、長杖をカノンモードに切り替えて牽制弾を敵のただ中へと向けて放つ。

イマジン『Kaッ! TiTiTiTiTiッ!』

 対する司令塔イマジンは兵隊クモに指示を飛ばし、十数体で防壁を作り上げた。

 砲撃の射線上に合わせてみっちりと敷き詰められたタイルのようになったイマジン達は、
 空の放った砲撃を相殺するのと引き換えに霧散して消えて行く。

 これで二割方の兵隊を消し飛ばしたが、まだ司令塔は無傷だ。

 最初に兵隊から自身を切り離して逃げる算段を立てたり、
 今のように防壁を作り出したりと、かなり慎重な動きを見せる司令塔だった。

 だが――

?『そこぉっ!』

 空の砲撃が掻き消され、防壁となった兵隊イマジンが消え去ろうとする瞬間、
 濃霧のようなマギアリヒトの空間を切り裂いて、茜色の魔力を纏った黒騎士が突進する。

 茜とクレーストだ。

 右手に構えた大太刀に、身に纏う魔力と同じ茜色をした電撃が走る。

茜『天ノ型が参・改! 破天・雷刃ッ!!』

 雷電変換された魔力を纏った、全体重をかけた超高速の突き。

 本来ならば左の小太刀による陣舞と合わせた、高速二段突きの天舞・破陣がその真骨頂だが、
 敵の防御を突き崩す陣舞の役割は空の砲撃が果たしてくれた。

 部下の犠牲で自身の身を守れたと思い、次なる指示のために動き出そうとしていた司令塔イマジンは、
 目隠しのマギアリヒトの霧の向こうから突進して来るクレーストの姿に驚愕する。

イマジン『Kaッ――』

 慌てて指示を出そうと顎を鳴らした瞬間には、クレーストの突きは口から腹までを正確に刺し貫いていた。

茜『空、止めだっ!』

 茜は振り返る事なく、太刀の切っ先を後方上空に振り払うようにして放り投げる。

 一方、空も油断無く次弾を放つ手筈を整えていた事もあり、驚きながらも茜とのコンビネーションに応える事が出来た。

空「了解ッ! 出力ハーフマキシマム……ファイヤッ!!」

 カノンモードのままの長杖から、巨大な魔力砲弾が放たれる。

 フルチャージでは無いが、魔力の弱い個体相手ならばこれで十二分だ。

 空の放った一撃は、上空高くで藻掻く司令塔イマジンを瞬く間に消し飛ばした。

レオン『おっ、急拵えの割にいい感じに合わせて来るな』

 後方で間断なく牽制射撃を続けていたレオンが、その様子に歓声を上げる。

 シミュレーターや組み手で少しはお互いの呼吸を掴んではいたが、
 レオンの言葉通り、急造とは思えないほど整ったコンビネーションだ。

空(凄い……レミィちゃんやフェイさんとのコンビネーションとも違う……。
  身体に馴染むような、不思議な感覚だ……!)

 急造コンビネーションの成功には、空自身も驚いていた。

 打ち合わせなど一切無く、茜が自分に合わせ、その茜に自分が合わせると言う、
 実に行き当たりばったりのコンビネーションだったにも拘わらず、この結果だ。

 オリジナルドライバー同士が幼馴染みであり親友同士でもあり、連携能力も高かったが故に、
 二機に選ばれた現在のドライバー同士でも通じ合う部分があるのだろう。

 阿吽の呼吸と言っても過言では無い能力だ。

空(これで……エールが完全だったら……)

 空は昂奮と同時に、そんな思いを抱く。

 もしも、エールが完璧な状態だったら……。

 せめて、AIが完全に起動していたら……。

 自分と茜は、どこまでのコンビネーションを見せる事が出来るのだろうか?

 そんな思いを抱かずにはいられなかった。

フェイ『隊列の瓦解を確認。各個撃破に移行します』

 だが、そんな空の思考の翳りを、フェイの冷静な声が振り払う。

空(戦闘中に何を考えてるんだろう、私……!)

 空は慌てて頭を振ると、副隊長としての任を果たすべく、仲間達に向けて回線を開く。

空「レミィちゃん、フェイさん!
  二十六小隊の皆さんと連携して一体一体、確実に倒して下さい!
  前衛は私と本條小隊長が務めます!」

サクラ『朝霧副隊長の現場判断に任せます。

    敵を残したら、その個体が司令塔になって増殖する危険があるわ。
    一体でも逃がさないように十分注意して!』

 空が指示を出すと、司令室のサクラからも注意の声が飛ぶ。

 集合型イマジンの一番厄介な所は、サクラの注意の通りである。

 一体でも残しておくと、周囲のマギアリヒトを吸収して司令塔と化し、新たな兵隊を作り出す。

 これまたサクラの言葉通り、一体残らず倒さなければならないのだ。

 そして、サクラの言葉を皮切りに、空の指示で全員が一斉に動き出す。

茜『アルベルト、私と01の援護に着け!
  東雲、徳倉はそれぞれ12、11の後方支援だ!』

レオン『ウィっす、お嬢!』

紗樹『……東雲、了解しました』

遼『徳倉、了解』

 茜が指示を出すと、第二十六小隊の面々は返答と共にそれぞれの配置に回った。

 紗樹の返答が僅かに鈍かったのは、おそらくレミィの援護に付けなかったためだろう。

 そんな部下の様子に、茜は情けないやら微笑ましいやらで複雑な表情を浮かべて肩を竦めた。

 一方、イマジンにも動きがあった。

 いや、それは“動き”などと言える整然とした物ではなかった。

 司令塔を失ってバラバラに逃げ惑う、正に潰走だ。

 空達はそれらを追い掛け、一体一体、確実に処理して行く。

 中には錯乱して向かって来る者もいたが、それらも慌てずに撃破する。

 こうなってしまえば、後は作業だ。

 逃げ惑う兵隊イマジン達を追い掛けて、徐々に戦域も拡大しつつあるが、
 軍のギガンティック部隊が作る防衛ラインからの牽制射撃で追い返される。

空「何て言うか……こうなって来ると害虫駆除みたいだね……」

レミィ『相手も蜘蛛だしな……っと、少し離れた場所に動いたヤツがいる。
    私は徳倉さんとそっちを叩きに行く』

 苦笑い気味に漏らした空の言葉に応えたレミィは、そう言って戦列を離れて行く。

 空は横目でレミィのヴィクセンを見送りながら、
 正面から向かって来た兵隊イマジンを長杖のエッジで大上段から叩き斬る。

 確かに、戦況は空の言葉通り、害虫駆除の様相を呈していた。

空(嫌なタイミングで出現されたけれど、これなら何とかなりそう……)

 戦闘を続けながら、空は胸を撫で下ろす。

 この調子ならば、あと数分で全てのカタが付くだろう。

 そんな戦場の雰囲気は司令室にも伝わっていた。

ほのか「今回は無事に終わりそうですね……。
    発見が早かった事と、イマジンが巣作りに注力していたお陰で、
    現状、人的被害も伝えられていませんし……」

 オペレーターチーフのシートに座っていたほのかは、
 ディスプレイに次々と映し出されるデータを確認しながら呟いた。

明日美「ええ……。
    朝霧副隊長と本條小隊長の連携の練度も確認できたし、戦果としても十分ね」

 明日美も頷いてから、感慨深げに返す。

 実際、明日美の目から見ても空と茜の連携は見事だった。

明日美(流石に母さんと奏さん程ではないけれど……、
    それでもここまでの連携を見せてくれるとは思わなかったわ……)

 砲撃直後の突撃、ほぼ間隔を開けず上空への投擲に砲撃を合わせる。

 急造でここまでのコンビネーションを見せられたら、納得せざるを得ない。

明日美(派遣期間が終わってロイヤルガードに返すのが惜しいくらいね……)

 明日美は不意にそんな事を思う。

 あの二人を同じチームに所属させる事が出来たら……。

明日美(………出来れば、クライノートの適格者がいてくれたら、
    さらに良かったのだけれど……。まあ、無理ね……どちらも)

 と、そこまで考えて、明日美は溜息と共にその考えを否定した。

 これでも一組織の長だ。

 無茶を承知で通さなければならない事もあるが、コレはさすがに無茶をしてまで通すべき事ではない。

 ロイヤルガード上層部が納得し、軍部が黙認しようとも、茜自身が異動に納得しないだろう。

 彼女の目的は、あくまで警察の構成員としてオリジナルギガンティックのドライバーを務める事だ。

 ギガンティック機関に所属していてもテロと戦う事は出来るが、優先度は低くなってしまう。

 それは彼女にとって都合の良い事ではない。

明日美(あの子の頑なさは、どう考えても母さん譲りね……隔世遺伝かしら?)

 明日美がそんな事を考えていると、不意に傍らのアーネストが口を開く。

アーネスト「何かお悩みですか?」

明日美「ええ……あの子達の連携を見ていて、ふと、ね」

 小声で話しかけて来たアーネストに、明日美はどこか自嘲気味に呟く。

アーネスト「ああ……それは確かに」

 明日美の口調から察したのか、アーネストも納得したように頷き、さらに続ける。

アーネスト「……茜君が、納得しないでしょうね」

明日美「ええ……」

 思わず噴き出しそうになるのを堪えて、明日美は溜息混じりに頷いた。

 どうやら、彼の考えも行き着く先は同じようだ。

明日美「それに、仮に逆の場合は朝霧君も……。理由は茜君とは正反対でしょうが」

明日美「ああ……そう言うパターンもあり得るのね」

 アーネストの意見に、明日美は思い出したように漏らす。

 空がロイヤルガードに出向すると言う選択肢も、有るには有った。

 空は副隊長として部隊に欠かす事の出来ない人材になりつつあるので、
 無意識の内にその選択肢を除外していたようだ。

明日美「まあ、しばらくはこの編成でしょうし、束の間の夢みたいな物よ……」

 明日美は小さく頷いてから、感慨深く漏らす。

明日美「………」

 無言のまま軽く握った拳を、胸元に翳す。

 四十四年前、人類がイマジンに敗北し、
 地球外に脱出した人々の護衛として師や師の母達が去って行ったその日以来、
 あの二機が連携して戦う様を再び見られるようになるとは明日美自身も思っていなかった。

 ほんの数ヶ月の間とは言え、甦ったその姿は、
 明日美にとっては正に束の間の夢のような光景なのだろう。

 若かりし日に、その背を追って強くなろうと邁進し続けた、
 瞼の裏に焼き付いた残光のような記憶が、目を見開いた先で繰り広げられている。

 これ程、嬉しい事は無い。

アーネスト「明日美さん?」

 一方、黙り込んでしまった明日美を心配してか、アーネストが不安げに呼ぶ。

明日美「ん、ああ……ごめんなさい。
    年甲斐も無くドキドキしてしまったわ……」

 明日美は照れ隠しに笑みを浮かべて、しっかりとメインスクリーンを見据えた。

 戦闘も佳境で、残りの兵隊イマジンも十数体と言った所だ。

 しかし、その時である。

リズ「? ……戦闘区域のセンサーが魔力異常増大を察知!
   該当識別コードありません!」

 不意に入って来た情報に、リズが驚いたような声で報告する。

ほのか「サクラ、リズと連携して状況確認、戦況マップ構築急いで!
    加賀さんはそれを各ドライバーに逐次転送!」

 ほのかは慌てた様子で指示を出し、背後の明日美とアーネストに視線で確認を取る。

アーネスト「コンタクトペレーター各員、魔力の異常増大が起きているポイントの特定を急げ」

 アーネストは足りない部分の指示を出し、明日美と目を合わせる。

アーネスト「状況は、また芳しいとは言い切れなくなって来ましたね……」

明日美「ええ……。ただ、第三フロートと正反対だったのが不幸中の幸いかしら……」

 苦々しげなアーネストの言に、明日美は思案気味に呟く。

 第三フロートにはまだ四十個近い卵嚢が未処理のまま残っている。

 魔力の異常増大のような刺激が卵嚢群の付近で起きたとしたら、それこそ大惨事に直結しかねない。

 そして、こちらは丁度、正反対の第七フロート側だ。

 状況の確認は未だ正確ではないが、現時点では不幸中の幸いであった。

 そう、“現時点”では。

エミリー「メイン・第七フロート連絡通路隔壁が異常を検知しました!
     周辺カメラの映像から大量の魔力による爆発と思われます!」

ルーシィ「兵隊イマジン、魔力反応に向けて移動開始!」

 エミリーとルーシィの報告を聞きながら、明日美は沈思する。

 イマジンが引き寄せられていると言う事は、純粋な魔力による爆発の可能性が高い。

明日美(つまり……魔導弾のような魔力爆弾による爆発?
    イマジンでは無いと言う事……第七フロートとの連絡通路で?

    …………まさか!?)

 頭の中で情報を整理しながら、明日美はある推測に行き当たり、驚きで目を見開いた。

明日美「至急、隔壁付近の映像をメインスクリーンに!」

 明日美が慌てた様子で指示を出すと、すぐにメインスクリーンに現場の映像が映る。

 どうやら、情報収集の間に準備がされていたようだ。

 確かに、エミリーの報告通りに魔力爆発が起きたようで、隔壁周辺が円形に消し飛んでいる。

 砕け散ったマギアリヒトが粉塵のように舞って輝いている様は、通常の爆発や火災とは違う事を現していた。

 しかし、事態はそれだけでは終わらない。

 マギアリヒトの粉塵の向こうから、巨大な影が幾つも姿を現す。

 ギガンティックだ。

ほのか「機種と所属の特定急いで! 警察庁と行政庁に緊急通達!」

 ほのかは愕然としながらも仲間達に指示を飛ばす。

 機種はともかく、状況証拠だけでも所属は一目瞭然だ。

 そう、第七フロートから現れる所属不明の機体など、60年事件の実行犯達以外にあり得ない。

アーネスト「………こんなタイミングで、連中が動くとは」

 アーネストは自分たちの見通しが甘かった事を思い知らされ、歯噛みするように呟く。

明日美「っ………!」

 明日美も両手を額の前で組み、顔を俯けさせて苦悶の表情を浮かべた。

 しかし、いつまでも俯いていられない。

 同じ戦闘区域にイマジンとテロリストが現れるなど、前代未聞の状況だ。

 早急に対処出来る者が、これに対処しなければならない。

明日美「各機に伝達! これよりイマジン、テロリストの両面殲滅作戦に移行します!」

 明日美は決断と共に顔を上げ、そう宣言する。

 明日美からの指示に、司令室にかつてない緊張が走った。


 西暦2075年7月8日。
 十五年前に閉ざされた第七フロート第三層と繋がる扉の一つが、今、再び開かれたのだった。


第15話~それは、開かれる『災厄の扉』~・了

今回はここまでとなります。
次回からはようやくテロリスト編本番……

お読み下さり、ありがとうございます。

>蒸し暑さ
37~9℃の酷暑を味わうよりマシと思っていますが、それで耐えられたらクーラーとかいらないですorz

>テロに対するそれぞれの考え
一人、“テロは死すべし、慈悲はない”の極右ッ娘がいますが、
概ね、みんな中道右派から中道左派です。
ただ、フェイの場合は理想論より過ぎるきらいもあるのですが……。
それでも、単なるお花畑にならないよう、中道左派程度に収められるよう、
ならどうすべきか、と言う、改革的よりも改善的な流れにしてみました。
余談ですが、個人的な意見はレミィが一番近いです。

>“アレ”
結編のヨハンといい、今回のホンといい、イメージを一定方向に煮詰めるとこんな感じですよね(目逸らし
ちなみに、ホン・チョンスの漢字表記は洪・天守となります。
この偽名臭さと中二臭さが漂う名前ですが……天守【チョンス】氏は普通に実在します。
何の事件かは忘れましたが、国内の事件で捕まった人の“本名”がコレだったかと。

>マンホールが弱点
あと、湾内に漂流している木材や急な雨天、
兵士に聞かせるBGMに「ジングルベル」を選ばない辺りにも注意すべきかと思いますw

冗談はさておき、その発想はありませんでしたw

>卵からワラワラ
なんで一個の卵からあんな数がうじゃうじゃとわいて来るのかと……TKG信者がしばらく卵食えませんでしたよ。
それでも、貴重な体験をしたと思えば、多少は良い記憶に………………………………………なりませんなorz

この展開を考えた途端に自宅の庭にクモの卵嚢(孵化済み)を十数年ぶり見付けました。
卵嚢と無関係に出現したイマジンがクモ型になったのはこのせいですw

>クモの子を散らす
“わ~おやびんやられた~”“にげろ~”ですからねぇw
空がPTSDの完治に向かっている事に合わせて、前回のアルマジロも含め、
多少、イマジンの行動パターンが可愛くなっているかもしれませんw

>テロ襲来
騒ぎに便乗 さっさと登場 そしたら早くも惨状(日本語ラップ
はい、センスの欠片もありませんねorz
やはり騒ぎに託けて暴れるのが一番楽で、一番目立ちますからねぇ……。
ただ、犯行声明はもうちょっと後になるかと思います。

>次回
現状、決まっているサブタイトルは、変更が無ければ、
“それは、守るべき『正義の在処』”
となっております。
どんな展開になるかは、ご想像にお任せします。

保守るよ

>>84
保守ありがとうございます。

では、最新話を投下します。

第16話~それは、守るべき『正義の在処』~

―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、夕刻前。
 第三フロート第一層、外郭通路――


 内壁と外壁の間に存在する無数の作業溝の中でも一際広い空間は、
 かつては航空機の格納庫に使われていた場所……駐機場だった。

 近隣にはかつて空港として使われていた施設もあり、三十機以上の大型航空機を格納できる広さを誇るその場所。

 かつての人類の繁栄を思わせるその空間は、イマジンの卵嚢が群生する魔境と化していた。

 駐機場から三方向に伸びる出入り口の内、
 内部に通じる二つは巨大なシールドを構えた軍のギガンティック部隊が封鎖しており、
 卵嚢の除去作業はその半ば閉鎖された空間の内側で行われていた。

 マギアリヒトで構成されていない旧世代の重機を用い、
 そのクレーンで直径二十メートルほどの卵嚢を引っかけ、解体作業場まで牽引した後、
 オリジナルギガンティックが卵嚢の外郭を解体、内部にある十個前後の卵を一つずつ破壊すると言う地道な作業だ。

 今も丁度、ゆっくりとした動きで一つの卵嚢が、
 膝立ちの姿勢で待つプレリー……マリアの元へと運ばれて来た所だ。

マリア「これで、えっと……丁度、八十個目か。
    残り三十個を切ったって言っても、先は長いわ……」

 目の前に運ばれて来た卵嚢を見下ろしながら、マリアは辟易とした様子で漏らす。

 口を動かしながらも、彼女の手は休むことなく動き続けていた。

 固定された卵嚢をオプション装備のナイフで切り裂き、内部から卵を一つ一つ取りだしては、
 掌にだけ魔力を込めて押し潰し、ゆっくりと霧散させる。

 最早、手慣れた物だ。

 但し――

マリア「………っふぅぅぁぁ………」

 十個の卵を潰し終えたマリアは、長く深いため息を漏らす。

 ――その十分足らずの作業で、マリアは神経をかなりすり減らしていた。

 それもその筈。

 動かぬ卵嚢とは言え、イマジン十体を同時に相手にしているような物なのだ。

 しかも、魔力を込めて結界装甲を展開せねばならないのに、
 卵嚢には強い魔力的な影響を及ぼす事は厳禁と来ている。

 最小限度の魔力と結界装甲で卵嚢を切り裂き、掌にだけ集中した魔力で卵を握りつぶす。

 他に影響を及ぼさないようにするだけでも大変だと言うのに、
 そんな細かな作業を要求されるのでは神経がすり減るのも無理は無い。

マリア「っと……お……!?」

 膝立ちの体勢から立ち上がろうとしたマリアは、
 立ちくらみを起こしたかのようにその場でフラついてしまう。

クァン『お疲れ、マリア……』

 だが、そのマリア……プレリーの背を、カーネル……クァンが支えた。

マリア「ん……サンキュ……悪いね」

クァン『気にするな。
    ………今日はお前の分も終わったし、先に上がって休むといい』

 照れくささ半分と言った風な感謝の言葉を述べるマリアに、
 クァンはそう言って入れ替わるように、先程までマリアの使っていた解体作業場に入った。

マリア「ったく……心配性なんだからさ……。
    警戒態勢は続けておくよ」

 そんなクァン……カーネルの背中を見送りながら、
 マリアは少しだけ不満そうに言い残して後方へと下がる。

 マリアがプレリーと共に作業場から離れると、
 軍のギガンティックによって閉ざされていた巨大シールドのバリケードが開かれた。

風華『お疲れ様、マリアちゃん』

マリア「ただいま、隊長」

 そこで、ローテーションの休憩を終えた風華と入れ替わる。

 先に休んでいたメンバーが、現在作業中のメンバーのサポート――
 要は、万が一に孵化した際の援護要員だ――に就く。

 作業を終了したばかりのメンバーは休息と機体のメンテを行い、次の作業に備えるのだ。

 ちなみに、ローテーションは風華、瑠璃華、マリア、クァンの順となっていた。

 つまり現在は、解体作業中のクァンの援護を風華が務める番、と言うワケだ。

 マリアは愛機を専用ハンガー車輌まで移動させて固定すると、ハッチを開いて外に出た。

プレリー「お疲れ様でした、お嬢様」

 すると、ハッチ近くのコンソールの上に待機していたプレリー型ドローンが、そんな彼女を迎える。

マリア「おう、プレリーもお疲れ!」

 マリアはプレリーを抱えながらそう応えると、ハンガーの下に降りて、横付けされている宿舎車輌に向かう。

 早速整備を始めてくれた整備員達に礼を言いながら、途中で受け取ったジャケットに袖を通す。

 ふと目を向けると、既にチェーロの整備は終わっているのか、ハンガーは倒されている。

マリア(そっか……今の時間じゃ瑠璃華も上がりか……)

 その様子を見て、ふとそんな事を思う。

プレリー「今は五時を回った所ですから、風華さんと突風さんの番は回って来ませんね」

マリア「みたいだね……」

 自分の考えを察してくれたようなプレリーの言に、マリアも思案気味に返す。

 一日も早く処理したいのは山々だが、文字通りの二十四時間作業と言うワケにもいかない。

 作業の時間帯は早朝の四時から夕刻の十八時まで。

 クァンの作業が終わるのは、どんなに短く見積もっても四十分程度。

 卵嚢の処理自体は個体差はあっても十分前後だが、
 解体作業場まで牽引して来るクレーンの性能に問題があるのだ。

 クレーン自体が旧式で卵嚢をアームに固定するのに手間が掛かってしまう事と、
 卵嚢を刺激しないよう慎重に移動させるには長時間を要するため、
 どうしても準備の時間が長くなってしまうのである。

 そんな理由もあって、これからクァンの行う卵嚢の解体作業が終われば、今日の所は作業終了が妥当だ。

 おそらく、指揮車輌にいるタチアナも同じ判断を下すだろう。

 初日の頃よりは作業スピードも上がり、想定していた日程よりも早く作業が終わりそうな事も手伝っての事だ。

 事実、これまでに解体した卵嚢群は八十個……クァンがこれから解体する物を含めれば八十一個。

 最初の三日間は日に十五個が限界だったが、この二日間は十八個は解体できている。

 そして、残る卵嚢は二十五個。

 この調子ならば明後日の午前中には全て解体できるだろう。 

 マリアがそんな事を考えながらレストスペースに入ると、その片隅で瑠璃華が何事か作業をしているようだった。

マリア「瑠璃華、休まなくていいのか?」

瑠璃華「ん? マリアか……。

    もう少しで213の細かい詰めが終わるからな、
    今日中に最後の設計データを山路の技研に送っておきたいんだ」

 驚いたように尋ねたマリアに、瑠璃華は作業を続けながら応えた。

マリア「213……新型のレミィ用の方か」

瑠璃華「ああ、ただまあ、仮称213と言う所だな」

 思い出すように呟いたマリアの言に小さく頷いて応えてから、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「……結局は211に使ってるヴィクセンの試作型ハートビートエンジンを使うからな。
    あくまでフレームの開発コードが213ってだけで、扱いは211のままだぞ。

    ついでにアルバトロスもフレームは214だが、基本的に212のままだな」

マリア「……何だか面倒だな」

瑠璃華「曲がりなりにも区分はオリジナルギガンティックだからな。
    誤解を生まないようにエンジンの数以上に増えるのはアウトなんだ」

 自分の説明にガックリと肩を落としたマリアに、
 瑠璃華は苦笑い混じりに応えて、作業を続けながら再び口を開く。

瑠璃華「正直、所在不明の5号エンジンの204と6号エンジンの205の番号を使わせて貰いたいぞ……」

マリア「204と205か……。
    アレってどうなってるんだっけか?」

 瑠璃華が愚痴っぽく漏らすと、マリアは不意に思い浮かんだ疑問に首を傾げた。

瑠璃華「205は改装開始以前……イマジン事変の初期にドライバー死亡と一緒に機体が大破して欠番だ。

    204はばーちゃん本来の機体を改装する予定だったが、
    ばーちゃんが改装試作前から改装試作機の200を使えたから他を優先してお蔵入り。

    資材的には十一個作った形跡があるが、ばーちゃんのお父さん……
    フィッツジェラルド・譲羽博士が亡くなった38年当時に確認できたのは、
    200から210までの内、204と205を除いた九つだけだったそうだ」

マリア「ああ、そうだ、そうそう」

 淡々と語る瑠璃華に、マリアはアルフの訓練所で教えて貰った事を思い出しながら頷く。

 だが、不意に納得がいかない、と言いたげな表情を浮かべる。

マリア「って言うか、十一個分の資材使ったなら十一個無けりゃおかしいだろう?
    どうなってんだ?」

瑠璃華「私に言うな。

    ……まあ、設計製作全部一人で、作った本人の頭の中にしか
    設計図が存在しないんじゃないかってオーパーツだからな。
    ………それで、どうしても見付からない204と205のエンジンが、
    今も所在不明扱いと言うワケだ」

 マリアの言に、瑠璃華は溜息がちに応えてから作業を終えた。

マリア「もう終わったのか?」

瑠璃華「基本設計は他の機体を叩き台にして七割型は完成していたし、
    さっきも言ったが細かい詰めだけだったからな。

    空達が本部でやってくれていたシミュレーターのデータに合わせて微調整しただけだぞ」

 驚いた様子のマリアに、瑠璃華は広げていた各種の端末や資料を整頓しつつ応える。

瑠璃華「あとはコレを山路の技研に転送すれば、まあ遅くとも二週間程度で完成品が届くな」

マリア「そんなに早く作れる物なのか?」

 思案気味に漏らした瑠璃華に、マリアはさらに驚く。

 ギガンティックを一から作るのにどれだけの時間がかかるかは知らないが、
 それでもそんなに短い時間で作れる物なのだろうか?

瑠璃華「ん? ああ、ヴィクセンのエンジンも乗せ換える必要があるから、
    最終的な組み立てや微調整はウチの技術開発部でやるんだ。

    それに、パーツの作成に関しては技研にも高速成型システムがあるからな」

 マリアの疑問に応えた瑠璃華は、どこか得意げである。

 それもその筈、山路技研――
 無論、テロリストが根城にしいている旧技研ではなく、メインフロートに存在する新たな技研だ
 ――にある高速成型システムとは、瑠璃華の発明品だからだ。

 ちなみに、その高速成型システムと言うのが、瑠璃華が春樹の実家である
 現M.J.CRAFTに譲渡した特許を使用した発明品でもある。

 簡単に言えば、マギアリヒトを設計図通りに分子単位から固着・成型する装置で、
 その気になれば複雑な構造物や機構すらシステム内部で組み上げてしまえる程だ。

瑠璃華「やる気になれば半日で組み上げられるだろうが、
    向こうも390シリーズの量産中だからな。

    空いたラインを間借りしてボチボチとなると、やっぱり一週間から二週間だぞ」

マリア「へぇ……ギガンティックって、そんな早く作れる物だったんだ」

 瑠璃華の説明が終わると、マリアは感心しきりと言った風に漏らす。

瑠璃華「まあ、私の発明のお陰だな」

 マリアの様子を受け、瑠璃華はさらに得意げに胸を張る。

 実際、瑠璃華の高速成型システムが開発される以前は、どれだけ急いで製作しても、
 パーツから製作した場合の工期は半月から一ヶ月ほどかかるのが常だった。

 それだけマギアリヒトをギガンティック用に成型するのは時間と人手、
 そして高い技術を要する分野だったのだ。

 工程の簡略化に加えて、精度とコストパフォーマンスの向上を同時に成し遂げた瑠璃華の発明は、
 正に革新的な物だった、と言う事である。

 瑠璃華が鼻高々なのも無理からぬ事だ。

 だが――

マリア「けど、一から作るのがそんなに早いのに、何でプレリー達の修理は時間がかかるんだ?」

瑠璃華「ああ……」

 マリアのふとした疑問に、先程まで胸を張っていた瑠璃華も、
 何処からか“ずぅん”と言う音が聞こえて来そうなほど気落ちして肩を落とす。

瑠璃華「成型システムで一気に直せないのは、エンジンの解析が不完全なせいだぞ……。

    解析困難なエンジンと密接に絡むパーツがどこに使われているか分からないから、
    とりあえず、破損したり滑落した部位からまだ使えそうな純正パーツを回収して、
    それに合わせて必要なパーツを成型し直すんだ……」

マリア「うわぁ……」

 半ばどころか完全に愚痴気味な瑠璃華の様子に、
 マリアは“やべぇ、地雷踏み抜いた!?”と言いたげな表情で漏らした。

 そして、瑠璃華の愚痴はさらに続く。

瑠璃華「いつぞ、チェーロの手足やカーネルの下半身が丸々ダメになった時は、
    三日三晩かけて無事なパーツを探り当てて、残ったフレームに歪みが無いか確認して、
    それからようやく山路の本社にパーツを発注してな……」

 朗々と愚痴を呟き続ける瑠璃華の瞳は、次第に遥か彼方を見るように遠くなって行った。

 瑠璃華が言っているのは、半年ほど前のイマジン連続出現事件の最後、
 エール型イマジンから受けた損傷を修理した時の事だろう。

 カーネルは合体状態で両腕……下半身を斬り飛ばされ、
 チェーロも合体状態で背面を吹き飛ばされて、本体の手足を失う事となった。

 カーネルの場合は斬り飛ばされた下半身そのものがある程度原型を留めていたが、
 手足を吹き飛ばされて黒こげになったチェーロは大破同然の状態。

 それこそ、燃えた立体ジグソーパズルから無事なピースを探すような不毛な作業を強いられたのだ。

 凄まじいダメージを受けた事もあって、最早、トラウマである。

マリア「む、無理するな? な?」

 さすがに自分の失言が原因で始まった発作と言う事もあって、マリアは慌てた様子でフォローした。

 そのフォローが効いたのか、瑠璃華はすぐに立ち直る。

瑠璃華「だが、213と214が完成したら、そんな悩みとも縁を切れるかもしれんぞ」

 そう言って、瑠璃華はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

瑠璃華「211や212のフレームはオプションを寄せ集めて作った物だったが、
    213と214は私の完全オリジナルだ。

    フレームを換えても性能が落ちない、或いは性能が以前よりも上がるようならば、
    これまでのような修理方法ではなくパーツを一から作り直したり、
    或いは機体の一部を改修する事だって出来るようになるぞ!」

 遥か彼方を望んでいた瑠璃華の瞳には、次第に覇気と輝きが宿る。

マリア「お、おぅ」

 一方、マイナスからプラスに振り切れた瑠璃華のテンションに置き去りにされたマリアは、
 何と言って良いか分からずに適当な相槌を返す。

 その相槌で、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「手始めにOSSの改良と強化だぞ。
    ギガンティック本体は手を付けにくい部分が多いからな、外付けの外装から強化だ。

    いや、それならいっそ長期プランで新型OSSを開発するのも良いな……。

    現ドライバーの特性に合わせて作った新OSSが機能するなら、
    戦力と一緒に運用性強化も見込めて一石二鳥だ」

マリア(それだと、プレリーとカーネルの強化はどうなるんだ?)

 瑠璃華の独白を聞きながら、ふと生まれた疑問をマリアは飲み込んだ。

 そんな事を言ったら最後、この場で新しい図面を引きながら長時間の説明をされかねない。

 まあ、互いをOSSの代わりとして上下を入れ替えて合体する自分とクァンの愛機がどのように強化されるのかは、
 少々ならずとも気になる物だが……。

 ともあれ、マリアのそんな複雑な心の内を知ってか知らずか、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「そうだな……飛行出来ない機体を飛行可能にするのも面白そうだぞ。
    ついでに――」

 興奮しきりの瑠璃華がそこまで言いかけた時だった。

オペレーター『待機中のドライバー各員に緊急通達します!
       直ちに機体に搭乗後、別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!

       繰り返します、待機中のドライバー各員は直ちに機体へ搭乗、
       別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!』

 どこか慌てた様子の緊急放送が辺りに響き渡る。

 アナウンスを行っているのはナイトシフトのコンタクトオペレーターだ。

瑠璃華「ん? またぞろ新しいイマジンか?」

 乗っていた興を削がれた瑠璃華が怪訝そうに首を傾げた。

 イマジン――空達が戦っている集合型イマジンだ――出現の報せは聞いていたが、
 新たなイマジンが出現したのだろうか?

マリア「それにしてはウチの警報が鳴らなかったな」

 マリアも疑問半分呆れ半分と言った風に呟く。

 慌て過ぎて警報を鳴らし忘れたのだろうか?

瑠璃華「まあ、とにかく向こうに戻るか」

 瑠璃華はそう言って立ち上がる。

 白衣を纏っていて気付かなかったが、彼女もまだインナースーツのままだったようだ。

マリア「ったく、シャワー浴びる前で助かったよ……」

 マリアは厭味混じりに呟くが、自分たちの仕事の重要性は理解している。

 口ではそう言いながらも、瑠璃華と共にハンガーへと向かった。

 駆け足気味にハンガーに戻ると、チェーロもプレリーも寝かされたまま、まだ整備は続いていた。

 どうやら、今すぐに出撃と言うワケでも無いようだ。

 マリアは手近なコンソールの上にプレリー型ドローンを置くと愛機へと乗り込む。

 すると、すぐに指揮車輌との通信回線が開いた。

マリア「警報無しで呼び出しとか、何があったの、アリスさん?」

 マリアは早速、通信相手であるアリスに尋ねる。

アリス『マリアちゃん、それに天童主任も揃ってますね。
    クァン君と風華さんも作業を一旦中断して下さい。
    パブロヴァチーフから通達があります』

クァン『ふぅぅぅ……大丈夫です、作業開始直前でした』

 アリスからの指示に、クァンは長い溜息を漏らしながら呟く。

 どうやら、今からナイフで卵嚢の解体をしようとしていたのだろう。

 一旦集中してしまった意識と身体を、溜息で緊張ごと解きほぐしたのだ。

タチアナ『では、作業中の二人は警戒を続けながら聞いて下さい』

 と、そこでタチアナとの通信回線が開いた。

 マリアが姿勢を正すと、他の三人も通信に意識を集中させる。

 その気配を察し、タチアナはごく短い深呼吸の後で口を開く。

タチアナ『本日一七〇五、メインフロート第二層と第七フロート第三層を繋ぐ
     連絡通路の隔壁が爆破されたとの情報が、本部からもたらされました』

 緊張した様子のタチアナの言葉に、ドライバー達の間にも彼女と同等以上の緊張と、そして動揺が走る。

風華『隔壁の爆破……つまり、テロリストに占拠された階層と繋がったって言う事ですか!?』

 風華が慌てた様子で叫ぶ。

タチアナ『今は本部からの情報を待っている状態ですが、
     状況証拠だけで十中八九間違いなく、爆破もテロリストによる物と推測されます』

 タチアナの言葉は、風華の質問に対して暗に肯定の意を含んでいた。

 つまり、十五年も小競り合いだけで長い沈黙を保って来たテロリスト達が、
 何の因果か十五年目の節目を明日に控えた今日、ついに攻勢に出たと言う事だ。

タチアナ『現在、朝霧副隊長達とロイヤルガードの第二十六小隊が、
     イマジンとテロリストの二面殲滅作戦に当たっています。

     我々は緊急時に備えて現場に急行できるよう、待機に移ります。

     作業場にいる06と08はすぐに作業を切り上げ、
     機体をハンガーに固定後、待機任務に移行して下さい』

 タチアナからの指示はそこで終わった。

 全員が短い溜息と共に、全身の力を抜く。

クァン『……嫌な風向きになって来たな』

 不意に、クァンがぽつりと、そんな事を漏らす。

マリア「十五年ぶりってのがまた嫌な感じだね……」

 マリアも同意するように呟く。

 イマジンの出現と同時なのはともかく、自分たちが派遣任務で遠征に出払っている時期を見計らった攻勢。

 これは、ギガンティック機関が手薄なタイミングを狙っていたと考えて間違いないだろう。

 加えて、何らかの準備を調えているとも考えられる。

 クァンの言葉通り、確かに嫌な風向きだ。

風華『空ちゃん達に茜ちゃん達もいるからもしもの事態は無いでしょうけれど、
   万が一に備えて、いつでも動けるよう身体を休めておきましょう』

 話を聞かされた時は慌てた様子だった風華も、落ち着きを取り戻したのか冷静にそう言った。

瑠璃華『そうだな……作業を中断してまでの待機命令だ。
    今は出来る限り身体を休める事に集中するべきだぞ』

 瑠璃華も風華に同意して続ける。

 そう言うと、瑠璃華は早々に回線を切ってしまった。

 言葉通りに身体を休める事に集中するのだろう。

 彼女の場合、休憩中もヴィクセンとアルバトロスの新フレームの設計をしていた事もあって、
 疲労も限界だったのだ。

マリア「んじゃ、アタシも仮眠取りますかね」

 マリアはそう呟いて、回線を切る。

 そうは言ったものの、妙な胸騒ぎがして気は休まらない。

マリア「…………」

 無言のまま薄暗いコントロールスフィアの内壁を眺めていると、
 不意に小さな電子音が“Piッ”と鳴り響き、プライベート回線が開く。

クァン『……大丈夫か?』

 相手はクァンだった。

マリア「何だよ……?」

 マリアは驚き半分と言った風に応える。

クァン『いや……回線を切る直前、普段と声の調子が違ったのが気になったんだ。
    ………俺の思い過ごしだったら、すまなかった』

 微かな憂いと申し訳なさの入り交じった声で呟くクァンに、
 マリアは“ったく、だから過保護過ぎだっての”と消え入りそうな声で漏らす。

 だが、すぐに気を取り直し、安心したような笑みを浮かべて続ける。

マリア「……ああ、お前の思い過ごしだよ、安心しろ」

 マリアは笑みを浮かべて、どこか嬉しそうに応えた。

 別に無理をしていたワケではなく、自然とこうなってしまっただけだ。

クァン『いや、そこまで急にテンションを上げられると、逆に心配になるんだが……』

マリア「てっ、テンションとか上がってないからな!」

 今度は呆れ半分心配半分と言った様子のクァンに、マリアは慌てた様子で返す。

 殆ど無意識の事だったので、指摘されたマリアは頬を紅潮させてしまう。

 早い話、クァンが声音だけで自分の不安を察してくれた事が、嬉しくて堪らないのである。

 しかも、声音など疲れで元から違っていたにも拘わらず、だ。

マリア「お前こそ、さっきまで作業まっただ中で緊張してたんだから、さっさと休め!」

 マリアは照れ隠しに早口に言うと、乱暴に回線を切り、プライベート回線を閉鎖する。

 一応、通常回線は受け付けているから問題は無いだろう。

マリア「ったく……アイツは……。
    ストーカーか何かかよ……」

 マリアは唇を尖らせて不満を漏らすが、
 頬を紅潮させて唇を嬉しそうに緩めていては説得の欠片もあった物ではない。

 だが、しばらくする内に落ち着きを取り戻すと、それと同時に件の胸騒ぎも鎌首をもたげる。

マリア「………何も無けりゃいいけど……」

 胸の奥で次第に膨らむ胸騒ぎに押し出されるように、マリアはぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。

―2―

 その頃、メインフロート第二層、第七フロート連絡通路隔壁前――

 テロリストの仕業と思われる……いや、間違いなくテロリストの仕業で破壊された隔壁の周辺では、
 ロイヤルガードの支援を受けたギガンティック機関、潰走中の集合型イマジン、
 そして、その二勢力と鉢合わせしたテロリストが入り交じり、混沌としていた。


テロリストA『何でイマジンがこんなにいるんだよ!?』

テロリストB『ぎ、ギガンティック機関やロイヤルガードもいるぞ!?
       な、何だ、これ……何だってんだ!?』

テロリストC『聞いてない、聞いてないぞ、こんなの!?』

 テロリスト達は外部スピーカーを起動しているのか、口々に悲鳴じみた声で叫ぶ。

 おそらく、隔壁破壊後に犯行声明でも出そうとしていたのだろう。

空「……テロリストの人達、混乱しているみたい」

 その様子を観察しながら、空はふと思案げに呟いた。

 見紛う事もなく、テロリスト達は混乱している。

 テロリスト達の編成は七機。

 377改大型エクスカリバーが二機、352改バルムンクが四機、
 残る一機は特殊装備が可能な338改デュランダルだ。

 338改は数十年前に作られた、
 戦術魔導弾を装填できるバズーカを装備可能な特化型ギガンティックウィザードである。

 対イマジンを想定して開発されたものの、
 やはり結界装甲以上の効果は望めずに少数生産に留まったカスタム機だ。

 バズーカは発射後らしく、足もとにうち捨てられていた。

 どうやら、この338改が放った魔導弾で隔壁は破壊されたようだ。

茜『混乱しているなら丁度いい!
  イマジンもテロリストも、一気に押し潰すぞ!』

 茜はそう言うと、両手に太刀と小太刀を構えて突進する。

 茜色の電撃を伴った太刀が、真っ向からイマジンごと一機の352改を両断した。

 イマジンは真っ二つに叩き斬られて霧散し、
 352改は頭部の左付け根から右脇までを切り裂かれて沈黙し、その場に崩れ落ちる。

空「す、凄い……イマジンごとギガンティックを切り裂くなんて……!?」

 空も、自分達とテロリスト達に挟まれて困惑しているイマジンの一体をエッジで切り倒しながら、
 茜の神業的太刀筋に愕然と呟く。

 イマジンを切り裂きながらも、コックピットへの直撃を避けてギガンティックを無力化する。

 空も二つの目標を同時に撃破しろと言われたら、長杖のエッジを使って何とかする事は出来るだろう。

 だが、茜のように意図的に一方だけを倒し、もう一方を無力化までに止めると言うのは難しい。

テロリストD『戻るぞ! 後退しろ!』

テロリストE『も、戻ったら処刑されるんだぞ!?』

テロリストF『投降した方が……』

テロリストC『イマジンがいる中で暢気に投降なんて出来るかよ!
       どっかに隠れちまえばいいんだよ! もう、あんなクズ野郎にこき使われて堪るか!』

テロリストG『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』

 混乱しながら口々に叫ぶ中で、338改が数匹のイマジンに群がられて全身を食い破られて行く。

 イマジン達は338改のパイロットの絶叫をBGMに、
 338改を構成していたマギアリヒトを吸収して一回りも大きくなる。

テロリストC『うわあぁぁっ!?』

 テロリスト達の中では最大戦力だった377改の一機――最も消極的だったパイロットの乗機だ――が、
 悲鳴と共にシールドとライフルをイマジンに投げつけ、背を向けて逃げ出した。

 仲間がイマジンに機体ごと食われている様を見せつけられては、さすがに平静ではいられない。

テロリストB『し、死にたくねぇよぉっ!?』

テロリストE『逃げろ……逃げろぉぉ!?』

 他のパイロット達もイマジンに向けて武器を投げ捨て、潰走を始める。

 連絡通路を引き返し、第七フロート第三層へと逃げ帰るつもりなのだろう。

 クモ型の集合型イマジン達も武器に含まれるマギアリヒトや魔力を吸収し、
 僅かに大型化すると、さらなる餌を求め、テロリスト達の後を追って駆け出した。

レミィ『あのまま放っておけば、連中を食って新しい司令塔が生まれるぞ!?』

 レミィが驚きを込めて叫ぶ。

 フロートの壁は力任せに破壊する事は出来たり、同化して内部を進む事が出来るイマジンはいても、
 結界の施術によって吸収する事は難しいのだ。

 だが、結界施術が出来ていないギガンティックならば、
 イマジンは先程の338改やテロリスト達の武装のように吸収する事が出来る。

 高密度のマギアリヒトを取り込めば、イマジンはさらに大型になって行く。

 そうなれば、先程は圧勝できた集合型イマジンも、より強力なイマジンとなってしまう可能性があった。

茜『空、この場は任せる! 我々はテロリストとイマジンを追撃する!』

 言うが早いか、茜はそう言い残すと前方のイマジンを切り捨て、開いた隔壁から連絡通路へと飛び込んで行く。

レオン『ちょ、お嬢!? ったく、支援する身にもなれっての……!』

 我先に駆け出した隊長に、レオンは苛立ちと呆れに心配の入り交じった複雑な声音で漏らし、その後を追った。

レオン『紗樹、遼! お前らは後方警戒しながら俺の後から着いて来い!
    朝霧の嬢ちゃん、悪いがこっちに残ったイマジンは任せたぜ!』

空「はい! 皆さんも気を付けて下さい!」

 紗樹と遼を引き連れて行くレオンに返事をしながら、
 空は残ったイマジン達と連絡通路の間に入り、足止めをしながら殲滅を続ける。

 レミィとフェイも空の左右前方に陣取り、
 三方向から挟み撃ちするようにしてイマジンをその場に釘付けにした。

明日美『第七フロートに向かったイマジンの数は少なくとも、彼方はテロリストの本拠地です。
    その場のイマジンの殲滅を確認次第、すぐに増援に向かいなさい』

空「了解です!」

 通信機越しの明日美の指示に応え、空は深々と頷く。

 残るイマジンは八体。

 どれも先程の騒ぎで獲物を食いっぱぐれた小物ばかりだ。

空「みんな、油断せずに一気に片付けよう!」

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

レミィ『一体一体、確実にな!』

 フェイとレミィは空の指示に深く頷くと言葉通りに一体一体、砲撃や格闘で確実にイマジンを倒し、霧散させて行く。

 それから五分と掛からずに残ったイマジンの掃討を終えた空達は、すぐに周辺の警戒を行う。

フェイ『イマジン、反応ゼロ……。このエリアの掃討完了です』

 フェイの淡々とした声が、掃討が完了した事を告げる。

クララ『はいはい、機体コンディションのチェックも完了しましたよ、っと。

    ブラッドの損耗率はエールが十八パーセント、
    ヴィクセンが四十二パーセント、アルバトロスが四十四パーセントね。

    機体ダメージはほぼ無し、全機ハーフグリーンって所ね。

    戦闘が長時間になるなら、レミィちゃんとフェイはブラッドを半分だけでも交換をしたいけれど……』

 直後、クララは機体コンディションを伝えた後に、そんな提案をして来た。

 確かに、あちらの状況が判然としない以上、万全な準備を整えるべきだ。

 だが、茜を始めとする第二十六小隊の面々が先行している以上、早急に援護に向かうべきでもある。

空「………私が先行します! 二人は後方でブラッドを交換してから合流して!」

 空は短い思案の後にそんな指示を出す。

レミィ『一人で大丈夫か?』

空「うん、ハイペリオンほどじゃないけれど、この状態なら少しは戦えるから」

 心配そうに尋ねるレミィに空はそう返して、視線だけを背中に回す。

 自分自身の背中には無いが、今のエールの背と肩には大型ブースターとシールドスタビライザーがある。

 モードS、D、Hのどれにも敵わないかもしれないが、それでも鈍重なエールを必要な分だけ動かせる装備だ。

 不安は無いと言えば嘘になるが、それでも第二十六小隊の面々と合流できれば、
 何が起こってもレミィ達が合流するまでは耐え切れるだろう。

明日美『その作戦を許可します。
    整備班は予備ブラッドと通信アンテナの準備を!』

 すぐに納得した様子の明日美の指示が聞こえて来る。

 通信アンテナは、おそらく現状、内部の様子が判然としない第七フロート内での用心だ。

 彼方に出た途端に通信途絶では堪った物ではない。

雪菜『11、12の予備ブラッド交換作業に入ります。回収地点にまで移動して下さい』

レミィ『了解です。……空、少しの間、待っていてくれ!』

フェイ『ブラッド交換が終了次第、早急に合流します』

 雪菜の指示に応え、レミィとフェイは愛機を後退させた。

 先程、空がエールの装備を交換した地点まで戻るためだ。

 空は仲間達の後ろ姿を見送ると、破壊されて開かれたままの隔壁に向き直る。

クララ『さっきも言ったけど、機体コンディションに問題は無いよ。
    空ちゃんの平均戦闘時間なら、全力でもあと五十分は戦える計算だよ』

空「なら、上手にセーブしながら戦えば二時間は行けますね」

 クララからの通信に、空は思案げに返した。

 最悪、撤退戦になった場合の殿は十分に務められるだろう。

リズ『第二十六小隊はまだ第七フロートに突入していないけれど、
   一時的に通信精度が格段に下がるか、最悪、通信が途絶する可能性もあり得るわ。
   十分に注意して』

空「了解です、ブランシェチーフ」

 リズからのアドバイスに空は頷いて応えると、ブースターを噴かして連絡通路内部へと突入する。

 元より主幹道路として機能していた連絡通路は広く、
 シールドスタビライザーを広げたままでも十分に飛行する事が出来た。

 古い瓦礫に交じって真新しい戦闘痕があるのは、
 おそらく、追撃して行った茜達とイマジンの戦闘の影響だろう。

 幸いにも構内リニア用のレールは生きているようで、リニアキャリアで乗り入れる事も可能なようだ。

 途中でイマジンに捕まったのか、ボロボロの穴だらけにされた377改の残骸も転がっている。

 これで鉢合わせしたテロリスト達の機体も、残すところ377改が一機と352改が三機だ。

 と、そんな事を考えていると、352改の残骸が見えた。

空「……?」

 だが、先程の377改と違う残骸の状態に、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 転がっている352改は、鋭利な刃物によって切り裂かれていた。

 右脚と右腕が離れた場所に転がり、残る本体は胴体で上下真っ二つに両断されている。

 こんな芸当が出来るのは茜に他ならないと、空は直感した。

空(やっぱり、イマジンごと斬ったのかな?)

 先程の光景を思い出し、ごく自然にそんな事を考えた空だったが、
 不意に奇妙な違和感を覚え、思わず頭を振る。

空(何だろう……胸が、ざわざわする……)

 妙な感覚だ。

 不安とも不快感とも取れない、胸騒ぎにも似た何か。


――私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……――


 その胸騒ぎにも似た何かと共に、出撃前、待機室で茜から聞かされた言葉が脳裏を過ぎった。

空「茜さん……!」

 空は不安と、僅かな恐れにも似た声音で、彼女の名を呼んだ。

 そして、五分ほどかけて、長い長い連絡通路を抜け、上空へと舞い上がる。

 するとそこは、真っ暗な夜の世界だった。

 現在時刻は十七時四十分。

 夏の予定時間では、天蓋の照明が落とされるまでにはまだ一時間近い猶予がある筈だ。

 そろそろ段階的に照明が暗くなる頃ではあるが、こんな急激に暗くなる筈がない。

空(照明が落とされている?
  でも、照明は中央で管理されている各フロートから独立したシステムの筈だから……)

 空は困惑しながらも、学生時代の頃に教わった照明の仕組みについて思い出す。

 制御系は中央――メインフロートの管理センター――に集中しているが、
 エネルギーの供給元は各フロートに蓄えられた魔力だ。

 つまり、この第七フロート第三層の照明にはエネルギーが供給されていない事になる。

空(魔力切れ? それとも……)

サクラ『…らちゃん、照明だ…を使…て!』

 空が思案を続けていると、ノイズ混じりの通信が聞こえた。

 サクラの声だ。

空「サクラさん? 照明弾ですね?」

 微かなノイズだったが、空は念のため指示を復唱してから長杖を構え、
 その先端から閃光変換された魔力弾を放つ。

 天蓋近くまで打ち上げられた魔力弾は、天蓋に衝突する瞬間に拡散して発光体へと転じた。

 拡散魔力弾を応用した照明魔力弾である。

 広大なメガフロート内では照らし出される範囲も微々たる物だったが、
 それでも周囲一キロほどは問題なく見渡せる程度になった。

 待ち伏せの敵もイマジンの姿も無かったが、空は周囲の光景に思わず息を飲む。

 第七フロートは、古くは山路重工が所有していた実験場をフロートとした物であるため、
 他のフロートと構造上、異なる点も多い。

 それ故に外郭エリアに自然エリアは存在せず、
 内壁の内側はすぐに街や実験場となっている場合が殆どだった。

 だが、今、目の前に広がっているのは、見渡す限りの廃墟と瓦礫の山だ。

 市民街区のある階層は、基本的に外郭に行くほど田舎になるのが常だが、
 連絡通路周辺は流通や交通の拠点としてそれなりに栄えている。

 だが、照らし出された一帯は殆どの建造物が崩れ落ち、完全な廃墟と化していた。

空「ひ、酷い……」

 イマジンの襲撃があった様子は無い。

 公式で、この第七フロート第三層にイマジンが出現した記録も無かったが、その理由はすぐに分かった。

空(空気中のマギアリヒトの濃度が低い……これじゃあ、イマジンは近寄らない……)

 センサーの感知した情報を確認し、空は心中で独りごちる。

 魔法文明全盛の現代において、マギアリヒトと生活は切っても切れない関係だ。

 外部に魔力を作用させるためにはマギアリヒトを媒介にしなければならず、
 現代文明はその利便性と万能性故にマギアリヒトを捨てる事が出来ない。

 だが、同時にイマジンの身体を構成している物質もマギアリヒトなのだ。

 生物化した魔法現象がイマジンは、マギアリヒトの濃い空間や豊富な魔力を好む傾向にある。

 だからこそ、イマジンの活動圏は大量の魔力によって汚染されたメガフロート外部だが、
 マギアリヒトで構成される物質や人間の発する魔力に溢れるメガフロート内にも及ぶのだ。

 だが、この周辺のマギアリヒト濃度はグンナーショック以前――七十年近く前の濃度を下回っている。

 これではイマジンも寄りつくまい。

 だが、それ以前の問題として、
 こんな低濃度マギアリヒトでは、人々は十全に魔法を扱う事も出来ないだろう。

 照明に回す魔力どころか、
 階層内のマギアリヒト濃度を保つための魔力も供給されていない事は一目瞭然だ。

 通信に乱れが生じるのも、回線の中継地点が無い事に加えて、
 魔力的通信網を媒介するマギアリヒトが薄いためだろう。

 荒れ果てた市街地と不便な環境、そして、真っ暗な空間。

 視認範囲は、エールのセンサーと合わせても十五キロほどだろうか?

 そこまで見渡しても街の灯りは見えない。

 天蓋の照明さえ点かない程の魔力不足では、街灯さえ点ける余裕も無いハズだ。

空(いつから、こんな状態だったんだろう……?)

 空はふと湧いた自らの疑問に、ぞくり、と背筋が震えるのを感じた。

 しかし、すぐに頭を振って、その考えを意識の隅に追い遣る。

 自分が交戦中でなくとも今は作戦中だ。

 先行して敵を追っていた茜達と早く合流すべきだろう。

 空はそう思い直し、辺りを見渡し直す。

空(近くに戦闘の反応は無い……離れた位置で戦ってるのかな?)

 空は反応の乱れたセンサーを確認しながら思案する。

 出来れば当てずっぽうで動きたくは無い。

 そんな事を考えた瞬間、前方に茜色の光が立ち上り、直後に轟音が轟いた。

空「あれは……茜さん!?」

 間違いない。

 電撃を……雷電変換された魔力を帯びた茜の攻撃だ。

 照明弾の範囲外だったが、電撃の放つ光量と大音響のお陰で気付く事が出来た。

空「261の物と思われる攻撃を視認しました。確認のため該当地点まで移動します!」

彩花『了か…! ちゅ…いしながら、低空…行で進んで下さい!』

 応えてくれたのは彩花だろうか?

空(多分、“注意しながら、低空飛行で進んで下さい”、だよね?)

 まだノイズ混じりの彩花の指示の内容を僅かに考えた後、
 空は高度を落として戦場と思しき地点へと向かった。

―3―

 空が茜達のいると思われる地点まで近付くと、確かにそこには茜達第二十六小隊の姿があった。

 レオン達の駆る三機のアメノハバキリの援護射撃を受けながら、
 茜のクレーストがテロリスト達の駆る352改を切り捨てる。

 残るテロリストのギガンティックは477改が一機だけだ。

 テロリスト達よりも先に撃破したのか、イマジンの反応はもう何処にも無い。

空(あれ……あの人達、確か、武器なんか持って無いんじゃあ……?)

 空は違和感にも似た感覚に胸をザワつかせながら、先程の光景を思い出す。

 そう、テロリスト達は武器を投げ捨て、我先へと逃げ出したハズだ。

空(テロリストは残す事になっちゃうけど、これだけ優勢なら一旦、
  フロートの外郭まで後退してから体勢を立て直した方がいいかな?

  あのテロリストも逃げようとしているみたいだし……)

 空がそんな事を考えている内に、レオン達の援護射撃も止む。

 残り一機ならば必要無いと言う事だろう。

空「茜さん! 一旦、後方に下がってレミィちゃん達と合流しましょう!
  レオンさん達も……」

 射撃が止んだ間隙を縫って、空は茜達に呼び掛けた。

レオン『わりぃ、朝霧の嬢ちゃん。もうちょっと待ってくれや』

 さすがに近距離通信ではノイズも入らないのか、そう返すレオンの声はクリアだ。

 だが、彼の声音はクリアな通信音声に比べて、どこか曇っているように感じられた。

 直後――

茜『貴様で最後だっ!』

 まるで激昂したかのような怒りの籠もった茜の一声と共に、
 クレーストは二振りの太刀で477改の手足を斬り裂く。

 雷撃を纏った太刀で切り裂かれた左手足の付け根は高熱で溶け落ち、
 凍気を纏った小太刀で切り裂かれた右手足の付け根は凍り付いて砕け散る。

 そして、手足を失った477改はその場に崩れ落ち、クレーストの足もとへ轟音と共に転がった。

 最後の一機だったのだ。

 茜は、後退するにも後顧の憂いを断った方が良いと判断したのだろう。

 空もそう思っていた――

空「茜さん、後退を……」

 空がそう言いかけた瞬間、ガンッと言う大きな音と共に、クレーストが477改の胴体を踏み付けにした。

 ――その瞬間までは……。

空「茜……さん?」

 空は愕然としながらも、再度、茜に呼び掛ける。

 だが、茜の耳には空の声は届いていないようだ。

茜『分かるか……踏みにじられる恐怖が……?
  貴様らが十五年前にやった事がどれだけの物か!』

 絞り出すような怨嗟の声に合わせて、茜は何度も何度も477改の胴体を踏み付けた。

 そして、最後はぞんざいに蹴り飛ばし、廃墟の中に叩き付ける。

 だが、茜の動きは止まらない。

 同じように手足を切り裂かれて動きを封じた352改に歩み寄ると、渾身の力を込めて蹴り上げる。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音と立てて蹴り上げられた352改は、
 そのまま弧を描いて遠くの廃墟の中に没した。

 悲鳴は一言も上がらない。

 既に外部スピーカーのスイッチが切られているのか、それとも中のパイロットが気絶しているのか。

 どちらにせよ――

空(あんな状態で、衝撃吸収装置って働くのかな……?)

 ――そんな想像を抱いた空は、結論を思い浮かべると、さあっ、と血の気が引くのを感じた。

空「茜さ――」

茜『恐ろしいか!? 恐ろしいだろうな……!
  それが、貴様らが奪った数多の命が感じながら死んでいった……恐怖だっ!』

 呼び止めようとする空の声を遮って、茜は残る一機の352改の頭を踏み潰す。

 すると、軽い爆発が起こり、コックピットハッチ周辺からも煙が上がる。

空「あ、茜さん、止めて下さいっ!」

 空は慌てた様子で地上に降り立ち、エールでクレーストを押しやるようにしてその機体から遠ざけた。

 そして、その場で片膝立ちになって352改のコックピットハッチを引き剥がす。

 そのまま内部の様子を確認しようとすると、
 途端に内部から這々の体でテロリストらしき中年の男性が飛び出して来る。

テロリストB「ひ、ひぇ、ひゃぁ……!?」

 幸いにも防護服を纏っていたらしく、声ならぬ悲鳴を上げながら、
 転がるように足をもつれさせて廃墟の中に消えて行った。

 どうやら、頭部を破壊された衝撃でハッチ周辺のシステムに負荷が生じ、
 それによって煙を噴いていただけのようだ。

空「良かった……コックピットの中が火事になっていなくて……」

 空は一瞬だけ過ぎった最悪の事態を呟きながら、胸を撫で下ろす。

 結果的にテロリストを逃がしてしまったが、さすがにあのまま放置してはいられなかった。

 他の機体の搭乗者の安否も確認したいが、あんな状態になった茜も放ってはおけない。

 空は僅かに逡巡した後、意を決して立ち上がり、先程、自分が押しやったクレースト――茜に向き直る。

空「……テロリストに対しても殲滅指示は出てしましたけど、さすがにアレはやり過ぎです……!」

 空は努めて平静に言おうとしたが、その声音には僅かばかりの険が交じっていた。

 いくら犯罪者が相手とは言え、無抵抗の相手にあれだけ執拗な攻撃は褒められた物ではない。

 だが――

茜『君は……邪魔するのか……?』

 通信機から、消え入りそうな茜の声が響き、彼女はさらに続ける。

茜『分かるだろう……?
  アイツらは……仇なんだ……お父様の……大勢の人の命を奪った……!
  君のお姉さんの家族も殺した、憎い仇なんだよ!』

 次第に大きく、怒りで震えて行く茜の声に、空は息を飲む。

 そして、連絡通路から感じていた胸騒ぎのような物に、空はようやく合点が行った。

 無抵抗な相手を背中からであろうと、戦う力が無かろうと斬る。

 それは、正に復讐者の所行だと。

 そして、気付く。

空(嗚呼……そう、だったんだ……)

 空は胸中で独りごちながら、奇妙な眩暈を覚える。

 久しく忘れていた……忘れようと努めていた、あの感覚。


――コロシテヤル………オマエエェェェェェッ!!――


 憤怒と憎悪に身を任せ、怨嗟の叫びを上げながら凶行に走った自分。

 今、目の前にいるのはかつての自分自身だった。

 似ているのだ、自分達は。

 空は直感でそれを感じた。

 目の前で憎い仇に大切な家族の命を奪われ、それに蓋をして澄ましたフリをして過ごし、
 いざ仇を目の前にすれば怒りと憎しみを抑える事が出来ない。

 自分は義憤と、仲間達を思う心でそれを乗り越えた。

 だが、目の前の年上の少女は……茜は、まだそれを乗り越えられていないのだ。

 十五年かけてドロドロに煮詰められた暗い感情が、心の底にべったりと張り付き、
 今も怨嗟の炎を伴って真っ黒に心を焦がしている。

茜『君なら分かってくれるだろう……?
  殺したいほど憎い相手が目の前にいたら、正気でなんていられる筈がない!』

空「………それは……!」

 言葉通りに正気を失ったような茜の声に、空は僅かな間を置いてから答えようとした。

 それは、自らの思いを再確認するための時間だった。

 だが、その僅かな間は、茜には迷いと取られたようで、彼女は空の声を遮って続ける。

茜『こんな光景を作り出しておきながら、
  あんな破廉恥な要求をいけしゃあしゃあと宣い続ける連中を……、
  自らを正義と騙る悪を野放しにして良い筈がない!』

 それだけを聞けば憎しみを正当化する建前にも思える言葉は、
 だが、茜の怨嗟に火を点けた物の正体だった。

 一面に広がる廃墟。

 それは正に、彼女の憎しみの原風景……目の前で殺された父を思い出さずにはいられない光景だ。

空「……気持ちは分かります……分かるつもりです」

 その事を理解した上で、空は遮られた言葉を改めて紡ぐ。

 同じ思いを味わった者同士、気持ちは理解できる。

 だが――

空「でも……それだからって、
  茜さんがそんな事をしている所を見過ごすワケにはいきません!」

 空は毅然とした態度で言い切った。

レオン「こりゃ、まぁ……耳の痛いこって……」

 一方、アメノハバキリ一番機のコックピットでは、
 レオンが苦虫を噛み潰したような表情で、軽口のように漏らしていた。

 レオンの本音は、言葉よりも表情の方から窺った方が良いだろう。

 実際、空が言った事を茜に言うべきは自分であった。

 だが、四つ年下の妹分でもあり、また自分の直属の上司でもある少女の気持ちを、
 レオンは慮ろうとしていた。

 彼女の気が済むなら、一時の激情に身を任せてでも、
 彼女が彼女らしくあれるなら、彼女の思うとおりにさせるべき。

 そう、レオン・アルベルトと言う男は考えていたのだ。

 両親が健在で、誰かを激しく憎悪をすると言う事を知らないレオンには、
 所詮、茜の本当の気持ちなど理解できる筈もなく、
 また、彼女の兄がそう言った素振りを見せない事もあり、
 その問題を無意識の内に先送りにしていた。

 それは紗樹や遼も似たような物で、二人も心苦しそうな表情を浮かべている。

茜『正論だな……けれど正論だけで……耳障りの良い言葉だけで、
  感情まで納得できるワケが無いだろう!』

空「……っ!」

 怒声にも似た茜の言葉を、空は真っ向から受け止めていた。

 息を飲んだのは、茜の迫力に対してであり、彼女の言葉に驚きは無かった。

 当たり前だ。

 逆の立場なら、自分もそう返していた。

 そんな思いがあった。

茜『……そうだな……君は相手がイマジンだからな!
  どんなに残虐な手段を使おうとも、どれだけ残酷な仕返しをしようとも、
  褒められこそすれ、誰も止めはしないだろうさ……!

  だがな、私が憎んでいるのはテロリストだ、同じ人間だ!
  バケモノ相手の君とは違うんだ!』

 だからこそ、そう続いた茜の言葉は、空の胸に刺さる。

 これも、まあ多少は予想していた。

 正気を失えば、自分がどんな事を言ってしまっていたか、
 自分が言った事と同じ言葉を叩き付けられたら、どう相手を罵っていたか……。

 実際に突き付けられた言葉は想像以上の痛みを伴う、
 切れ味の鋭さに比べて錆びたノコギリに斬られたようだった。

 だが――

空「ええ……そうですね……」

 空は必死に、その言葉を受け止める。

 そして、本音を絞り出す。

空「でも……だからなんです!
  バケモノ相手でも……そんな暗い物に身も心も任せたら、後が苦しいんです!

  自分が悪人みたいで……悪人になってでも復讐してしまいたいなんて、
  苦しくて、苦しくて、どうしようもない事なんです!」

 それは、とても直感的な言葉で、理路整然と正論を述べているのとは違った。

 有り体に言えば、考えた事を整理もせずに口から吐いているだけの感情論だ。

 実際、空は感情論をぶつけていた。

 自分が憎しみと恐れに塗れていた頃を思い出してしまう。

 それだけで頭の中をグチャグチャに掻き回されてしまったようだ。

 だが、想いを告げなければ、茜を止める事は出来ない。

空「そんな事をすれば、自分の心が傷付くんですよ!?
  そんな事を続けていたら、バケモノと同じになっちゃうんですよ!?」

 復讐心だけの戦いは、いつか自分の身を滅ぼす事を、空は痛いほど分かっていた。

空「無抵抗の人間をいたぶるなんて、
  それじゃあ、茜さんが一番憎んでいるテロリストと一緒じゃないですか!」

 そして、ようやく、一番言いたかった言葉を……一番言わなければならなかった言葉を吐き出す。

 一方、その言葉を聞かされた茜は、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を覚える。

茜「私が……テロリスト共と……同……じ……?」

 目を見開き、絶え絶えに絞り出すように空の言葉を反芻する茜。

 ワナワナと震える手を、焦点の定まらない目で見遣る。

 先程、テロリストの機体を蹴り上げた、踏み付けた足を見遣る。

茜(私は……無抵抗の……抵抗できなくなった相手を……)

 そして、先程の行為が……その時に胸の奥から沸き立った感情が、脳裏を過ぎった。

 どろりとした質感を伴う、そんな快楽を、自分は感じていたのではないか?

 憎い相手を粉砕し、嬲る快感に、身も心も任せていたのではないか?

茜「違う……私は……!」

 必死に頭を振って、その感情を……抱いてしまった快楽と快感を否定する。

 だが、いくら茜が否定しても、空にはお見通しだった。

空『一緒なんですよ! あんな暗くて恐ろしい物に身も心も任せてしまったら!』

茜「っ……!?」

 空の言葉が、茜を押し黙らせる。

 目の前で姉を食い散らかすように貪った軟体生物型イマジン。

 あの仇敵を、憎悪と憤怒に任せるままにいたぶった。

 あの時の自分とイマジンに、どれだけの差があっただろうか?

 強いから弱い者をいたぶるのでは、復讐心に任せて獣のように振る舞うのでは、バケモノを一緒なのだ。

空「自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!」

 空は目の端に涙を浮かべながら必死に語りかける。

 経験者は語る、と言うが、正にその通りだった。

 道を誤った者にしか分からない事がある。
 道を誤った者にしか伝えられない言葉がある。

 空の言葉でしか、茜を止められない。

 そのために、空は苦しい記憶を掘り起こし、茜にぶつける。

 茜を……まだ知り合って日も浅い、新たな仲間を救うために。

 誰かを守りたいと願う人の盾。
 誰かのために戦いたいと願う人の矛。
 力なき誰かの力。

 言い聞かせるように胸中で繰り返す、己が信念。

 なればこそ、今は新たな仲間のために己が心を削ろう。

 茜が思い描く正義を、これ以上、彼女自身の手で汚させぬために。

 茜が守らんとする正義のために、彼女の中心にある物を守るために。

空「冷静になれ、なんて無責任な事は言いません……。

  ただ、思い出して下さい……!
  茜さんが、何でテロリストを憎むのか!」

 それはもう、説得などでは無かった。

 感情に走った時点で、既に説得と呼べる物では無かったかもしれない。

 だが、何も飾らない言葉ほど……相手を思って真摯に語りかける言葉ほど、相手の心に届く物だ。

茜「………何で、テロを憎むのか……お父様を殺した……彼奴らが憎くて……」

 茜はワナワナと震える両掌を見つめながら、自らの原点を口にする。

 そうだ。

 憎かった。

 父を殺したテロリストが、尊敬する父を目の前で殺したテロリストが。

 幼心に、連中を一人残らず皆殺しにしてやりたいと思った。

 だが、それでは空の言う通り、憎いテロリストと変わらない。

茜「っ、ぅぅ……ぁ……っ!」

 その事を思い知らされ、茜は声を押し殺して泣く。

 クレーストが直前に回線をカットしたのか、その泣き声は誰の耳にも届かなかった。

クレースト『ありがとうございます、朝霧空……』

 しかし、そのクレースト自身が空だけに回線を開き、感謝の言葉を贈って来る。

 だが、茜の嗚咽は聞こえない。

 おそらく、クレーストのAIとの直接回線なのだろう。

空「クレースト……ごめんなさい、茜さんに酷い事ばかり言っちゃって……」

 空は恐縮した様子で返し、項垂れる。

 茜を止めるためとは言え、随分とズケズケと物を言ってしまった。

 彼女を傷つける言葉を選んでしまった部分も少なからずある。

クレースト『いえ、それでも感謝します。
      ……私では、あのようには言えませんでした』

 クレーストは頭を振る様が見えるような声音で返す。

 彼女の言う“あのように”とは、経験則を踏まえた言葉だ。

 如何に人間的な要素を含んでいても、クレーストもAIに過ぎず、
 また彼女自身が茜の臣下として接しているため一線を引いている所があった。

 つまり、“言えない”とは言葉通りで、窘める事が出来なかったのだ。

 幼い奏に仕えていた頃から、彼女が主のためにして来た事は、主の為さんとしている事を支える事。

 譬え、それが間違いだとしても、だ。

 主自身が気付かぬ限り、それは道を曲げただけに他ならない。

 主の選んだ道が茨の道であろうが、修羅の道であろうが主の望むままに切り開く、祈りの十字架。

 そして、道を違えた主を止めるべきは、主が友と認め主を友として認めてくれた者に任せる。

 だからこそ、主に正しい道を示すキッカケを与えてくれた主の友には、最大限の礼を払う。

 それがクレーストのかつての主と友……奏と結がそうであった頃からの、今も変わらぬ在り方なのだ。

空「そんなに大層な事じゃないと思うんですけど……」

 しかし、その事を知らない空は恐縮するばかりである。

 と、そこへ今度はレオンからの回線が開いた。

レオン『お嬢の事で手間かけさせちまったな、朝霧の嬢ちゃん』

空「いえ……そんな」

 申し訳なさそうなレオンの言葉に、既に恐縮し切っている空は、最早、苦笑いを浮かべる他無かった。

 ともあれ、茜の凶行が止まった事を確認すると、空達は周囲のギガンティックの残骸を調べ、
 テロリスト達が既に逃げ出している事を確認してから、まだ落ち着かない様子の茜を守るように陣形を組み直す。

サクラ『空ちゃん、大丈夫?』

空「あ、はい……大丈夫です、サクラさん」

 司令室のサクラからの通信に、空は頷いて応えた。

 通信はクリアだ。

 おそらく、連絡通路の出入り口周辺に通信を中継するアンテナが設置されたのだろう。

 となれば、そろそろレミィとフェイも合流する頃合いだ。

サクラ『十五年前のマップだと、その辺りは第二十五街区の外れね……。

    そこから一キロ東に行くと、連絡通路と第一街区……
    旧山路技研とを繋ぐ大きな幹線道路があるわ。

    そこでレミィちゃん達と合流して』

空「了解です」

 サクラの指示に応え、空は茜達と連れ立って件の幹線道路へと向かう。

 辺り一面廃墟には変わらないが、空達の進む道も幹線道路と
 街区の中心部を結ぶ主幹道路の一つなのか、比較的、瓦礫は少ない。

紗樹『それにしても、本当に瓦礫だらけ……よくもまぁ、これだけ壊したわねぇ』

 通信機を介して、呆れ返ったような紗樹の声が聞こえる。

遼『焼け焦げた痕がある……。
  イマジンの襲撃と言うよりも、空襲のようなやり方で破壊された感じだ』

 そこに遼が続けた。

 確かに、執拗なまでに破壊し尽くされた街区は、まるで空襲にでも遭ったかのようだ。

レオン『第七フロート第三層の人口は、十五年前当時で五千八百万人。

    その内、四千万人が軍と警察の合同作戦で救出されたが、
    その際に起きた戦闘での死者は推定二万人……推定なんで、詳しい数字は出ちゃいないが、
    まあ五倍の十万が死んだとしてもおかしくない激戦だったって話だがな』

 レオンは軽口混じりに呟いているが、その声音は真剣そのものだ。

 ともあれ、無事ならば今も千八百万人もの人々が、この階層では生活していると言う事になる。

 人口増加を踏まえれば二千万人以上だろうか?

レオン『まあ、階層のど真ん中の五個程度の街区にギリギリ収まる数だな……。
    田舎がこの調子じゃ、街の連中は逃げるのも覚束ないだろうな』

 レオンの付け加えた言葉に、全員が息を飲む。

 つまり、そこ以外は焼き払ったと言う事だろう。

 中央から外郭までは二五〇キロ。

 レオンの予想通り、五つの街区を占拠する形でも、それらの街区の端から外郭まで二〇〇キロは下らない。

 子供であっても十日ほどあれば歩いて踏破できる距離だが、それも休める場所があれば、だ。

 瓦礫だらけの道を二〇〇キロも進むのは、決して楽な道のりではない。

 十分な食料と休める手立てがあって、初めて踏破できる苦難の道だろう。

 つまり、この廃墟と瓦礫の町並みそのものが、取り残された人々を閉じ込める牢獄なのだ。

空「本当に……酷い……」

 レオンの言葉を聞きながらその事に思い至った空は、消え入りそうな声で呟いた。

 茜もその事には思い至ったのだろう。

 そう考えれば、普段からテロリストを憎んでいる彼女が冷静でいられなかったのも、
 無理からぬ事だったのだ。

 姉の両親の事もあって、テロリスト達を好ましく思っていない空も、
 ふつふつと怒りがこみ上げて来るのを感じた。

 と、その時だ。

茜『すまなかった……空……』

 消え入りそうな声が、通信機から聞こえて来る。

 茜の声だ。

 どうやらプライベート回線を用いた限定通信のようだった。

空「茜さん……いえ、私の方こそ、偉そうに酷い事ばかり……」

 空もその回線に向けて申し訳なそうに返す。

茜『いや……お陰で少し頭が冷えた……。
  礼を言わせて欲しい……』

空「そんな……いいですよ」

 感極まった様子の茜に、空は再び恐縮してしまう。

 これでは逆に針の筵だ。

 早々に話題を変えるべきだろう。

空「それよりも、機体コンディションは大丈夫ですか?」

茜『ん? ああ……、ブラッド損耗率は四十八パーセント。
  万が一に戦闘になっても、あと二十分はフル稼働で行ける』

 唐突に話題を変えられて面食らったのか、茜は戸惑いながら空の質問に答えた。

 結の血を引いているだけあって、茜の魔力は五万六千超。

 無限の魔力を持つワケではないが、それでも並外れた大魔力の持ち主だ。

 それだけの魔力があれば、ブラッドの劣化も低く抑える事が出来る。

 二十分もフル可動できるなら、テロリストの扱うギガンティックくらいは軽く撃退できるだろう。

空「でも、レミィちゃん達と合流したら、
  補給のためにメインフロートまで一時後退した方が良いかもしれませんね」

茜『……ああ、私も、少し考えを整理する時間が欲しい……』

 空の提案に、茜は少し思い詰めた様子で応えた。

 と、そこで幹線道路に到着したらしく、左右の見通しが一気に開ける。

???『空!』

 名前を呼ばれた空が連絡通路のある右手方向を見遣ると、
 そこには低空を飛ぶアルバトロスと、瓦礫を避けて走って来るヴィクセンの姿が見えた。

 どうやら、レミィに名前を呼ばれたらしい。

空『レミィちゃん、フェイさん!』

フェイ『補給完了しました、朝霧副隊長』

 驚きの入り交じった歓喜の声を上げた空に、フェイが淡々とした様子で返す。

 空達はようやく合流を果たした。

 ……そう、正にその瞬間、事態は起きたのだ。

―4―

アルバトロス『上方から高密度魔力反応、急速接近です!』

 不意に検知した魔力反応に、アルバトロスが悲鳴じみた声を上げた。

空「え!?」

 空は驚きながらも、シールドスタビライザーをシールドモードに変形させ、結界を展開する。

 咄嗟の行動だった。

 直後、無数の魔力砲撃が空達の元に降り注ぐ。

空「っ、ぐっ!?」

 連続して降り注ぐ魔力砲撃を受けて、空は苦悶の声を漏らす。

 慌てたために広範囲に展開してしまった結界は、
 かなりの量のブラッドを劣化させながらも、何とか空の大魔力で以て防ぎ切る事が出来た。

空「じゅ、十六発……かな……?」

 律儀に受けた砲撃の回数を数えていた空は、苦しそうな声で呟く。

 大威力砲撃四発と、それよりやや劣るものの強力な砲撃が十二発の、計十六発だ。

 フェイやアルバトロスが調整してくれた集束結界なら、もう少しスマートに受け切れたかもしれないが、
 集束する余裕も無い広範囲結界を展開した事で、逆にそれが功を奏し、仲間達も守る事が出来た。

茜『このタイミングで強襲……テロリスト共か!?』

 茜は空の作ってくれた結界の傘から飛び出し、二振りの太刀を構え、
 砲撃の降り注いで来た上空を見上げる。

 すると、微かな光点が見えた。

 それが上空から砲撃を行ったギガンティックが放つ、魔力の余剰光だと言うのは明らかだった。

空(薄桃色の光……?)

 空も上空を見上げ、胸中で怪訝そうに独りごちる。

 余剰光を発するほどの魔力量となるとかなりの物だが、今はそんな感慨に浸っている場合ではない。

 空はシールドモードを解除し、長杖をカノンモードに切り替えて迎撃体勢を……取ろうとした。

空「あ、あれ……? エールが動かない!?」

 一瞬、キョトンとしかけた空は、その事実に気付いて愕然とする。

 本来ならば魔力リンクによって感覚をギガンティックと共有している筈なのに、
 空の感覚は完全に自分自身だけの物に戻ってしまっていた。

 その状況は司令室でも観測できていた。

雪菜「201、魔力リンク強制切断!?」

ほのか「こんな時にエラー!? 復旧は!?」

 愕然とする雪菜に、ほのかは驚きの声を上げながら確認する。

雪菜「それが、切断は機体側で行われたらしく、
   本体との間に噛ませてある補助ギアも本体とのリンクが切断されているみたいです!」

 雪菜は自身のコンソールを確認しながら報告した。

 確かに、彼女のコンソール上のディスプレイには、
 201――エール――のコンディションを示す箇所に“LinkError”と表示されている。

リズ「そ、そんな……先程の砲撃の魔力反応、ライブラリ上のドライバーと一件該当!?」

 他のオペレーターから送られて来る情報を確認していたリズが、驚きの声を上げた。

アーネスト「っ!? 報告を!」

 アーネストは驚きながらも、リズに報告を促す。

 敵……テロリスト側に、ギガンティック機関のライブラリで
 ドライバーとして登録されている魔力と一致する者がいるのは驚きである。

 だが、それだけだ。

 それだけの筈なのに、何故、リズはあれ程までに驚いたのか?

 その理由は、すぐに彼女の口から語られる事となる。

リズ「一致率百パーセント……登録ナンバー001!」

 リズは躊躇いがちに、だが意を決してその結果を報告した。

 その瞬間、司令室に……いや、明日美に戦慄が走る。

明日美「登録ナンバー……001!?」

 明日美は目を見開き、驚愕の声で反芻する。

 登録ナンバー……即ち、コールサイン001は、
 第二世代へと改修される前のオリジナルギガンティックの型式番号そのまま。

 001とはつまり、エールのオリジナルドライバー、
 結・フィッツジェラルド・譲羽……明日美の母の物だ。

明日美「っ、朝霧副隊長を下がらせなさい! 早く!」

 愕然としていた明日美だったが、すぐに気を取り直し、慌てて指示を飛ばす。

サクラ「空ちゃん、連絡通路出入り口付近にキャリアが来ているわ!
    何とかそこまで後退して!」

 指示を受けるなり、サクラも通信機越しに空に向けて叫んだ。

 そのサクラの指示は、確かに空の耳にも届いていた。

空「何とかって、言っても……!」

 指示に従い、空はエールを歩かせようと足踏みを続けるが、エールの足は微動だにしない。

 それどころか、外付けのOSSの数々も反応せず、
 シールドスタビライザーも大型ブースターも沈黙してしまっている。

 せめてこの二つが動けば、無理矢理に方向転換して撤退する事も出来たのだが……。

空「エール、動いて! どうしたの!? エール!」

 空は仮想ディスプレイだけでも展開しようと操作を続けるが、それすらも応答しない。

 やはり雪菜の言う通り、本体と補助用ギアのリンクも途絶えているようだ。

???『……い……』

 焦る空の耳に聞こえる、聞き慣れぬ声。

 絞り出すような、掠れた声。

 そして、その声と共に、微動だにしなかった愛機の腕が、上に向けてゆっくりと伸ばされる。

 伸びた先は上空……先程の砲撃の主と思われる、薄桃色の魔力を放つギガンティック。

空「え、エール……! どうしたの、エール!?」

 空は愛機の腕を下ろさせようとするが、やはりそれも徒労に終わる。

 それどころか、事態はさらに悪化して行く。

レオン『おいおい!? 回り囲まれてるぞ!?』

 レオンの慌てた声が通信機越しに聞こえた。

 辺りを見渡すと、瓦礫の山の中から十体以上のギガンティックが姿を現す。

 どれも同じ形状の、だが、全身各部に色とりどりの輝くラインを纏ったその姿は――

紗樹『嘘!? オリジナルギガンティック!?』

 ――愕然とする紗樹の言葉通り、オリジナルギガンティックを思わせた。

 空達は知る由も無かったが、これこそが反皇族派テロリストが誇る最新型ギガンティック。

 旧山路技研の格納庫を埋め尽くす400シリーズの一部……GWF401・ダインスレフである。

 それらが四方八方から空達を取り囲み、包囲網を形成していた。

茜『各員! 01の周囲を固めろ! 応戦しつつ後退だ!』

 茜は愛機に二刀の太刀を構え直させながら、全員に指示を飛ばす。

 上空の一機と合わせて、敵との戦力差は倍以上だ。

 性能の程はまだ分からないが、ブラッドラインを持つ以上、
 多少なりとも結界装甲を持つ可能性もあり得る。

 自由に動けない空とエールを守りながら応戦するのは難しいだろう。

レミィ『フェイ! エールを運べ! アルバトロスなら行けるだろう!』

フェイ『了解しました、ヴォルピ隊員』

 レミィの咄嗟の指示で、フェイはアルバトロスにエールの肩を掴ませた。

 アルバトロスの翼はシールドスタビライザーだ。

 出力はエールとの合体時よりは落ちるかもしれないが、
 それでもギガンティック二機分の重量を支えて飛ぶ事は出来る。

 茜達に護衛されながら、エールを掴んだアルバトロスが移動を始めると、
 それを合図に周囲のギガンティックからの一斉攻撃が始まった。

 四方八方からの銃撃が、取り囲まれた茜達に殺到する。

 レオン達のアメノハバキリはシールドを使ってそれを防ぎ、
 茜も太刀に大量の魔力を込めて障壁を展開した。

 だが――

遼『シールドが……保たない!?』

 敵の攻撃開始から数秒と経たずに鳴り響き始めた警報音に、遼は驚愕の声を上げる。

 高密度マギアリヒトと金属のコンポジット構造で出来たシールドは、見る見る内にひび割れて行く。

 敵の火力が圧倒的にコチラの防御を上回っているのだ。

レオン『守りに入るな! 応戦するんだよ!』

 レオンはそう叫びながら、魔導ライフルを構えて敵ギガンティックを狙い撃つ。

 頭部や関節、武装などの脆い部分を狙った正確な射撃は全弾命中するも、
 多少のバランスを崩したり後ずさりさせるのが精一杯で、大したダメージは与えられていない。

紗樹『た、隊長! こいつら通常魔導兵器じゃ効きませんよ!?』

 そう叫ぶ紗樹も連射式魔導ライフルで応戦を続けるが、
 数をばらまくだけのソレが最も効果を削がれていた。

 よく見れば、連射式ライフルから放たれる小型魔力弾は、
 敵ギガンティックの表面で霧散して消えてしまっている。

 紗樹の機体と同じ装備の遼の機体も同様だ。

レオン『クソッ、これが結界装甲かよ……敵に回すとイマジン相手と変わりやしねぇ!?』

 何年も茜の支援役としてイマジンと相対して来たレオンは愕然としつつ叫ぶ。

 部下達の悲鳴じみた声を聞きながら、茜は思案する。

 敵のギガンティックが持つブラッドラインは、どうやら虚仮威しの類では無いらしい。

 同じ結界装甲を持つクレーストや他のオリジナルギガンティックは敵の攻撃に耐える事が出来ているが、
 最新鋭とは言え結界装甲を持たないアメノハバキリでは劣勢を強いられるばかりだ。

茜『……撤退を優先する! 総員、全力で退避だ!

  アルベルト、東雲、徳倉は01の周囲を固めろ!
  レミィ、フェイ! お前達は部下達の面倒を頼む!

  殿は……私が務める!』

 思案の末に茜の出した指示に、全員が驚き、息を飲む。

レオン『お嬢、いくら何でもそりゃ無茶ってモンだぜ!?』

茜『無茶でもやらなければ全員死ぬぞ!
  動けない空やお前達を庇って戦う方が不利になる!』

 レオンの抗議を、茜は敢えて辛辣な言葉で切り捨てた。

 確かに、十機を超える敵ギガンティックが結界装甲を備えている以上、
 動けない寮機を庇って戦うのは至難の業だ。

 しかも、動ける寮機も内三機は結界装甲に対抗する手段が無く、
 さらに他の一機が動けない寮機を輸送中と言う状況である。

 自身の撤退も念頭に置いた殿であるなら、身軽に動けるクレーストには単機の方が生存率は高い。

空「茜さん……すいません」

 空は悔しそうに声を吐き出す。

 現状、一番のお荷物は、文字通り自分だ。

茜『さっきの借りを返すだけだ……気にするな』

 一方の茜は少しぶっきらぼうに返す。

空「いえ、恩に着ます」

 空はそう返しながらも、床面のコンソールを開き、何とかエールの操作を取り戻そうとするが、
 一切の操作を受け付けようとしない。

 通信などのコントロールスフィアに依存した基本システムは生きているが、
 AIや魔力リンクに依存する類のシステムは全てダウンしてしまっていた。

空「どうしたって言うの……エール……?」

 空は不安げな声を上げながら、原因を探る。

 いや、何とか“別の原因”を探ろうとしていた。

 原因は分かっている。

 司令室のやり取りは全て聞こえていたのだ。

空(司令のお母さん……結・フィッツジェラルド・譲羽さんの魔力……)

 心中で独りごちた、それが答え。

エール『ゆ、い……ゆ、い……』

 あれだけ呼び掛けても、一度も声を発しなかったエールが、
 上空のギガンティックに向けて手を伸ばしながら、声を絞り出す。

 結、結、と……。

空(私じゃ……私じゃダメなの……エール!?)

 その疑問を、叫びを、空は飲み込む。

 答えが返って来るのが怖かったのだ。

 そして、空が苦悩し、足掻き続けている間にも撤退は始まる。

レミィ『敵の一角を切り崩す!』

 レミィはヴィクセンを後方に向けると、敵の射撃の合間を縫って肉迫し、
 狼狽える一機のダインスレフに飛び掛かって押し倒した。

 如何に相手が結界装甲を備えたギガンティックでも、
 支援型とは言えオリジナルギガンティックの方が性能は上のようだ。

フェイ『突破します!』

 フェイはレミィが作り出してくれた包囲網の死角から、
 アルバトロスにエールを掴ませたまま飛び出した。

 さらに、その後をレオン達のアメノハバキリが続く。

 茜も一旦、包囲網の外に飛び出すとすぐに方向転換し、
 撤退する仲間達と追いすがろうとする敵との間に立ち塞がる。

 敵の数は十二機。

 ロイヤルガードなら四小隊……一中隊分に匹敵する数だ。

クレースト『茜様、ブラッド損耗率が六割を超えました。
      残り戦闘時間は二十分程度とお考え下さい』

茜「防御に魔力を割き過ぎたか……」

 クレーストの声を聞きながら、茜は苦々しく呟く。

 回避に専念しつつ一撃離脱を繰り返すしか、この場を切り抜ける術は無いだろう。

 だが、十二機ものギガンティックを相手にその戦法を続けるのは難しい。

 と、そんな茜の悩みを知ってか知らずか、
 上空に留まっていた件のギガンティックが空達を後を追い始めた。

 どうやら、上空の機体の狙いは最初からエールのようだ。

茜「ッ、さすがに上まで相手をしている余裕は無いか!?」

 茜は舌打ち混じりに言いながら、敵の攻撃を回避する。

 何機かのギガンティックも、その寮機を追い掛けようとするが、
 茜は素早くその前に先回りすると、電撃と凍気を込めた刃でその手足を切り裂く。

茜「これ以上、この先に行かせてなる物か!」

 回避の一瞬の隙を突いて空達を追撃しようとするダインスレフの背中を狙い、
 茜は凍気の刃を叩き込む。

 凍気の刃は敵の背中を抉る。

 すると、抉られた背面から大量のエーテルブラッドが噴き出した。

 数秒は藻掻くように動いていた機体は、だがすぐに停止してしまう。

茜「背中にブラッドのタンクがあるのか!?」

クレースト『どうやらそのようです。優先目標を背部のタンクに絞りますか?』

茜「頼む!」

 驚きの声を上げた茜は、クレーストの提案に頷きながら、再び回避と追撃の警戒に入った。

 茜自身は回避に専念し、攻撃目標の選択と警戒をクレーストに委ね、
 可能なタイミングで攻撃、或いは迎撃するだけと言う命がけの単純作業だ。

茜(機体の性能に比べてドライバーの練度は高くないが、数が厄介だな……!)

 そんな事を思いつつ、茜は心中で舌打ちした。

 敵の機体は基本性能の時点で370シリーズに匹敵する上、
 結界装甲と言う破格の攻防一体魔法を常時発動している。

 ドライバー達の操縦技術や連携と言った練度がおしなべて低いのが幸いし、
 何とか戦闘を継続する事が出来たが、それも時間の問題だ。

 敵の数が多いため、どうしても残り制限時間内に全てを倒すのは難しい。

茜(ギリギリで切り上げるしかないか……?
  向こうは今、どうなってる……!?)

 茜はただ一機だけ逃した上空のギガンティックの事を思い出し、
 焦燥感に駆られながらも、また一機、敵を撃破していた。

 一方、全速力で撤退を続ける空達は、連絡通路の出入り口まで
 ようやく半分の所――十キロの距離――まで来ていた。

レミィ『一機だけだが、例のピンク色が追って来ているな……!
    フェイ、もっと速度を上げられないか!?』

 後方を警戒していたレミィが、前方を飛ぶフェイに呼び掛ける。

フェイ『現状、このスピードが精一杯です。
    合体できればもう少し速度を上げられるのですが』

 フェイは淡々とした中に、僅かばかりの悔しさを滲ませて返す。

 エールを掴んだ状態での移動は、やはりアルバトロスには負担が大きいようだ。

 直前の戦闘のダメージもあって、速度は通常時の五割強と言った所だろうか?

紗樹『機影見えた! ベースは378! 背中に大きな背負い物!』

 遼と共に上空に向けて牽制弾を撃っていた紗樹が、上空のギガンティックを確認しつつ叫ぶ。

 378……つまり、大型エクスカリバータイプだ。

レオン『東雲、マジで378なんだな?』

紗樹『はい!』

レオン『ならさっ!』

 紗樹が自分の質問に答えるが早いか、レオンは機体を反転させ、
 スナイパーライフルを構えると、上空の機体に向けて狙いを付ける。

 移動速度をギリギリまで落とす事なく、スナイパーライフルから集束魔導弾を放つ。

レオン『よし、ドンピシャ! 風穴空きやがれっ!』

 レオンは直撃を確信して歓喜の声を上げた。

 あの機体がエールに影響を及ぼしているなら、撃墜してしまえばエールは自由になる。

 そうなれば、空達は引き返して茜の援護に回れる筈だ。

 だが、そんなレオンの目論見は直後に砕かれた。

 378の背面から幾つかのパーツが分離し、機体の正面に分厚い魔力障壁を展開する。

 対イマジン用に開発された強化型集束魔導ライフルの集束魔導弾は、
 その障壁によって阻まれてしまったのだ。

レオン『なっ!? フローティングウェポンかよ!?』

 レオンは愕然としつつも、二度、三度と集束魔導弾を放つが、
 全て障壁に阻まれ、掻き消されてしまう。

 それどころか、別のパーツから放たれた砲撃がレオンの機体を掠め、弾き飛ばす。

レオン『うおぁっ!?』

空「レオンさん!?」

 レオンの短い悲鳴と共に倒れ込んだ彼のアメノハバキリの姿に、空は悲鳴じみた声で彼の名を叫ぶ。

 一行の移動速度が急激に低下した、その瞬間。

???『Grrrrrrッ!!』

 廃墟の物陰から、低いうなり声を上げて巨大な影が飛び出した。

遼『な、何だコイ……うわあぁっ!?』

 巨大な影は驚愕する遼のアメノハバキリに飛び掛かり、
 連射式魔導ライフルを構えていた右腕をもぎ取る。

 遼の悲鳴と共にアメノハバキリはその場に倒れ込み、巨大な影はすぐさま跳躍した。

紗樹『徳倉君!? このぉっ!』

 小刻みに素早い跳躍を続ける巨大な影に向けて、紗樹は魔導ライフルの弾丸をばら撒く。

 凄まじい弾幕にさすがに“敵”も避ける事もままならないのか、数発の魔力弾が命中する。

 だがしかし、命中した魔力弾は一瞬で掻き消されてしまう。

紗樹『コイツも結界装甲!?』

 その事実に気付き、紗樹は愕然と叫ぶ。

 巨大な影の速度にもようやく目が慣れて来ると、その全身に若草色のラインが走っているのが見えた。

 間違いなく、オリジナルギガンティックと同じブラッドラインだ。

 その姿は巨大な狼を思わせる、ヴィクセンと同じく獣型で、
 彼女よりも一回りは大きなギガンティックであった。

レミィ『二人とも退いていて下さい! ここは私がっ!』

 その姿を確認したレミィは、倒れた遼の機体を庇うように躍り出る。

 既に空を守れるのはレミィ、フェイ、紗樹の三人だけ。

 その内、フェイは満足に動けず、
 新たな獣型ギガンティックにはアメノハバキリの武装は通用しない。

 必然的に陸戦をレミィが引き受けるしか無かったのだ。

レミィ「フェイ! 徳倉さん達と一緒にヤツから逃げろ!」

フェイ『了解です、ヴォルピ隊員!』

 レミィはフェイに指示を出すと、彼女の返事を聞く間も無く新たな狼型ギガンティックに飛び掛かる。

 補助兵装として前脚に取り付けられた小型スラッシュクローに魔力を込めた一撃だ。

 如何に結界装甲で守られていても、同じ結界装甲ならば貫く事が出来る。

 それを分かっているのだろう、狼型ギガンティックは横に跳んでヴィクセンの一撃を避けた。

 だが、レミィも回避される事を予測していたのか、
 着地と同時に横に跳んで、まだ着地前の敵に向けて追撃を加える。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 結界装甲同士が干渉して相殺されると、狼型ギガンティックはうなり声を上げて弾き飛ばされた。

ヴィクセン『キツネとオオカミ……、
      体格は向こうの方が上だけど、小回りはこっちが上みたいね』

 瓦礫に叩き付けられた狼型ギガンティックの様子に、ヴィクセンは確かな手応えを感じる。

 人型ギガンティックに比べれば凄まじい機動性と俊敏性を誇った狼型も、
 さらに機動性と俊敏性に特化して設計されたヴィクセンよりは劣るようだ。

 問題は体格差だが、当たらなければ問題は無い。

 そして、フェイ達もこの場を離れたようだ。

 まだ改造エクスカリバーの追撃は続いているようだが、レオンも攻撃のショックから立ち直ったのか、
 紗樹の機体と共に遼の機体を支えながら、後方に向けて牽制射撃を続けている。

レミィ「よしっ! こっちを片付けて後を追うぞ!」

ヴィクセン『了解よ、レミィ!』

 レミィの声にヴィクセンが応えた。

狼型G『Grrr……ッ』

 すると、ようやく衝撃から立ち直ったのか、
 狼型ギガンティックは瓦礫のベッドからヨロヨロと立ち上がる。

 レミィはすぐさまその真上を跳び越し、狼型の後方に回った。

 狼型は狼狽えながらも方向転換し、ヴィクセンに向けて低いうなり声を上げて威嚇して来る。

 その時だ――

????<痛い……怖い……痛い……怖い……>

レミィ「ッ!?」

 脳裏に響いた声に、レミィは息を飲む。

レミィ(脳に直接……思念通話? この距離だと、コイツのパイロットか!?)

 レミィは驚きながらも、撹乱するように左右に跳び回る。

 敵からの思念通話など考えもしなかった。

 大昔は通信や秘匿回線の代わりに使われた事もあったらしいが、
 まさかコレは敵からの呼び掛けなのだろうか?

????<怖いよぉ……痛いよぉ……>

 しかし、思念通話の主は恐れと痛みを訴えるばかりで、会話が成立する様子は無い。

 だが、レミィはその声に不思議と懐かしさを感じていた。

レミィ(誰だ……この声……聞き覚えがある……?)

 レミィは敵を険しく睨め付けながらも、自らの記憶に思いを馳せる。

 声の主は少女のようだ。

 ドライバーの仲間達ではない。

 ギガンティック機関の職員でもない。

 いや、もっと以前……アルフの元にいた保護官の誰かだろうか?

 いや、それよりももっと昔の――

レミィ「うおぉっ!」

 思考が纏まりきらない内に、レミィは自ら攻撃を仕掛ける。

 さすがに呆けている場合では無い。

 真後ろから跳び上がり、死角から狼型の首もとを狙っての攻撃だ。

 余程大きく避けられない限り、外すことの無い一撃だ。

 背中に乗り上げ、渾身の力を込めた前脚の一撃を叩き込む。

 だが――

????<怖いよ……お姉ぇちゃぁん!?>

 命中まで、あとほんの数メートルと言う距離でその声を聞いた瞬間、
 レミィの……ヴィクセンの動きが止まった。

レミィ「おねえ……ちゃん?」

 聞き覚えのある声、聞き覚えのあるフレーズ。

 その二つが合わさった時、探り当てようとしていた記憶が一気に甦った。

レミィ「弐拾……参号!?」

 レミィは目を見開き、愕然として、その名を漏らす。

 自分が明日美と海晴に助けられる四年も前に、最後の姉と共に死んだ筈の、最後の妹。

レミィ(生きていた!? 何でここに!? いや、どうして、そんな所に!?)

 レミィは困惑しながらも、理由を探る。

 月島レポートの存在は、レミィも知っていた。

 無論、その内容に目を通した事もある。

 月島とテロリストの関係が発覚する四年も前ならば、
 死亡と偽って彼女を移送する事も出来たかもしれない。

 その可能性に辿り着いた後のレミィの判断は速かった。

レミィ「無理矢理に戦わされているのか、弐拾参号!?」

 レミィは驚きと怒りの入り交じった声を上げる。

 統合労働力生産計画で作り出された人工生命は、一万以上の魔力量を誇る者ばかりだ。

 戦う意志がなくても、自動操縦の機体に魔力を供給する“電池”として扱われている事だってあり得る。

弐拾参号?<助けて……助けて……お姉ちゃん!>

狼型G『Grrrrッ!!』

 必死に助けを呼ぶ少女……弐拾参号の声に応えるかのように、
 狼型ギガンティックは背中のヴィクセンを振り落とそうと全身を大きく振った。

レミィ「ッ!? 弐拾参号! 私だ! 拾弐号だ!」

 振り落とされた体勢から、何とか着地しながら、
 レミィは狼型ギガンティックに……その中にいる妹に語りかける。

ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ!? 今、戦闘中よ!?』

 主の突然の行動に、ヴィクセンは驚きの声を上げた。

 この戦闘で如何に有利な状況にあるとは言え、全体の戦況は著しく不利である。

 今も、この敵にばかり関わっているヒマすら無い状況なのだ。

 それはレミィにも分かっていた。

 だが――

レミィ「お願いだ……ヴィクセン! ほんの……ほんの少しだけ、私に時間をくれ!
    妹がいるんだ……私の妹なんだ! あの機体に乗っているのは!」

 レミィは涙混じりの声で懇願する。

 ――諦められない。

 妹が、いるのだ。

 死んだと思っていた。

 そうとばかり思って十年以上過ごしていた、離れ離れに過ごした妹が、今、目の前にいるのだ。

ヴィクセン『時間をくれ、とか……あんまり遠慮するんじゃないわよ!
      助けるなら助けるで、速攻で片付けろって話よ!』

レミィ「ヴィクセン!」

 照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに言い放ったヴィクセンに、レミィは歓声を上げる。

 思念通話は、最初からヴィクセンにも届いていた。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

ヴィクセン『こんな寂しそうな声聞かされて、黙ってられるかって言う話よ……!』

 泣き声と言っても過言でも無い声で訴えかけて来る弐拾参号の声に、
 ヴィクセンも震える声で漏らす。

 その震えは、主の妹にこんな仕打ちをしたテロリストへの怒りに満ちていた。

 作戦や仲間達の事も重要だが、ここで主を窘めて任務に集中させるのは、
 彼女の矜持が許さなかったのだ。

ヴィクセン『速攻で助けて、速攻で空達に追い付くわよ!』

レミィ「おうっ!」

 義憤に震えるヴィクセンの声に応えて、レミィは滲み始めた涙を拭って力強く応えた。

 レミィ達が決意を新たにしている間も、378改による追撃は続いていた。

サクラ『残り九キロ! 急いで!』

 通信機からは慌てた様子のサクラの声が聞こえているが、
 そう簡単には逃げられないのが現状だ。

 あと一分足らずでゴールできる距離が、遥かに遠く感じる。

 378改のパイロットはかなりの手練れのようで、
 こちらの牽制射撃を防ぎながら、砲撃でこちらの退路を巧みに変えて来るのだ。

レオン『完全に手玉に取ってやがるぜ……チクショウめっ!』

 レオンは悪態を吐きながらもライフルの連射を止めない。

 が、全て魔力障壁に防がれている。

 その魔力障壁も全体に張り巡らせるのではなく、
 着弾点を見極めて最小限の障壁だけで防いでいるのだ。

 それもレオンの放つライフルの弾丸だけでなく、
 ほぼランダムにばら撒かれている紗樹の放つ弾丸も、
 自身への直撃弾を見抜いてそれだけを無力化している。

 加えて、こちらの進路を変えさせるような砲撃を間断なく撃ち続けているのだ。

 針に糸を通し続けるような正確さを要求されるだろう操作を、休むことなく続ける。

 378改のドライバーは正に手練れと呼ぶべきドライバーだった。

空「どんどん出入り口から離されちゃう……」

 空は焦燥感に煽られるようにして呟く。

 空達が第七フロート第三層に突入したのは、逃亡したイマジンを追撃する事情があったからだ。

 だが、突入後は完全にテロリストの掌で踊らされている気分である。

 合流地点で強襲され、敵に取り囲まれ、撤退中に新手の妨害を受け、今やこの有様だ。

空(ダメ……パスワードも全パターン試したけど、操作を奪い返せない)

 そんな焦りの中、空の焦りもさらに加速する。

 システムの再起動、AIとシステムの切り離し、
 全てを試したがエールの操作を奪い返す事が出来ない。

 そして――

遼『左右から来ます!?』

 悲鳴じみた遼の声に、空は視線を走らせる。

 すると401・ダインスレフが二機、
 左右からエールとアルバトロスを挟撃して来る光景が目に入った。

 また新たな伏兵だ。

空(誘い込まれた!?)

 左右から迫るダインスレフは、咄嗟の紗樹の牽制射撃を物ともせずにアルバトロスに斬り掛かり、
 その巨大な翼を叩き斬る。

フェイ『ッ………ァァッ……!?』

 フェイの口から押し殺した悲鳴が漏れた。

 鳥型とは言え、魔力リンクでフェイとアルバトロスの感覚は繋がっている。

 両の翼を斬られる痛みは、それこそ両腕を切り裂かれるに等しい痛みだろう。

空「フェイさ……っ、きゃあぁっ!?」

 空はフェイの名を叫ぶが、直後に愛機ごと振り落とされ、
 地上に叩き付けられる衝撃に悲鳴を上げる。

 どうやら、コントロールスフィアの慣性制御も満足に働いていないようだ。

レオン『嬢ちゃん!? フェイ!? っ、うぉっ!?』

 レオンがフォローに入ろうとするが、彼のアメノハバキリはダインスレフの体当たりを受け、
 大きく弾き飛ばされて、瓦礫の山に叩き付けられてしまう。

紗樹「副隊長!? それ以上、空ちゃん達に近付くんじゃないわよ!」

 紗樹も遼の機体を支えながら、必死に二機のダインスレフに攻撃を続けるが、
 やはり結界装甲の前には通常の魔力弾では牽制にすらならない。

 二機のダインスレフは紗樹の攻撃を平然と受けながら、
 悠々と地上に降り立った378改への攻撃を遮る。

紗樹「ッ、ちょっとは堪えなさいよ、このぉぉっ!」

 その様は、完全なる侮辱のカタチ。

 紗樹が憤りの叫びを上げるのも無理からぬ光景だった。

 一方、空の焦りも限界に達していた。

空(フェイさんにレオンさんも……! このままじゃ、どうして、エール……!?)

 胸中で独りごちながら、とにかくコンソールを遮二無二操作する。

 主導権を取り返せるなら、いっそ誤作動でもいい。

 だが、そんな空の思いを無視し、エールはゆらりと立ち上がる。

エール『ゆい……ゆい……結……』

 地上に降り立った378改に向けて向き直り、
 譫言のように結の名を呼びながら、その手を必死に伸ばしている。

 その光景に空は我知らず、涙を流す。

 応えてくれていたと、自分の志に、想いに応えてくれていたと、信じていた。

 それは、自分の思い込みだったのか?

 彼は、自分にかつての主の幻影を抱いていただけなのか?

 そんなネガティブな想像に、次第に空は項垂れてしまう。

 そして――

空「エールッ! 止まって! お願ぁいっ!」

 ――空は泣き叫ぶように呼び掛けた。

エール『ッ!?』

 その瞬間、息を飲むような音と共に、エールの動きが止まった。

空「エール!?」

 応えてくれた愛器に、空は歓喜の声を上げる。

 だが――

??『捕まえた……』

 ――エールは378改に掴まれ、その動きを封じられただけだった。

 接触回線を通じて、378改のドライバーと思しき声が聞こえる。

 それは、幼い少女の声。

 378改のコックピットハッチが開かれ、コックピットから姿を現したのは、
 幼い……瑠璃華よりも幼い、一人の少女だった。

少女「エール……貰って行く……」

 短く切り揃えられた黒い髪と、黒く沈んだ瞳をした少女は、淡々と呟く。

 その姿はどこか、エールと出会った頃の結に似ていた。


第16話~それは、守るべき『正義の在処』~・了

今回はここまでとなります。
エールシャベッタァァァァァッ

あと、久しぶりに安価置いて行きます。

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121

生卵多杉問題!!!
卵かけごはんには、納豆が必需品と力説します。

と言うわけで乙ですた!
ちまちました、しかし緊張を強いられる任務からの乱戦、そして怒涛の展開でしたね。
まずは右往左往するテロリストの皆さん……うん、完全に捨て駒としてかき集められてブン投げられた人達ですな。
しかし、中には家族を人質にされている人もいたようで……兵隊に雇われた人には高給が付いて、家族にも保障があるギャラクター@ガッチャマン1作目の方が親切じゃないですかーっ!
そして茜さん……気持ちが分かるだけに、辛い物があります。肉親を奪われる、と言うほどの経験は無くとも、どうしても許せない、譲れない、という怒りは誰にでもあるものですから。
仕事だから、任務だから、はたまた目の前の事ではないから、と割り切るだけでは処理できない感情は、誰にでもあるんですよね。
空の言葉はあかねさんの言うとおり莉総論かもしれませんが、一度は自身の感情と向かい合った末の言葉と思うと、重みも苦味も違ってきます。
あれですよ、「本当は綺麗事が一番いいんだもの」ってヤツです。
そして、エール……!しゃべったーっ!!ら、もってかれたーっっ!?いや、もってかれちゃう!?!?
次回も楽しみにさせて頂きます。

お読み下さり、ありがとうございます。

>生卵多杉問題!!!
卵太郎の卵が旨いのがいかんのですヽ(^p^)ノ
黄身が濃厚でめんつゆ多めに入れないとめんつゆの味が負けるほど卵卵している絶品濃厚卵がいかんのです(ステマ感)

ちなみに自分のTKGのお供は、醤油やめんつゆなどのタレを少なめにした際の塩鮭か煮物です。

>緊張を強いられる任務
失敗したら真っ先に死にますからね、あの作業場。
多分、あの四人の中で一番楽してるのは魔力も多くて運用もそこそこ高い瑠璃華か風華のどちらかで、
一番苦労しているのは、あの繊細な作業中もマリアの波長に合わせなければならないクァンです。
不幸具合で言うと空、レミィ、茜の三強かもしれませんが、苦労人度はクァンが常にトップです。
ただでさえ小学生なら「女の中に男が一人」と囃し立てられ兼ねない裏山環境ですが、
クァンといいアルフといい、カーネルのドライバーが苦労人なのはザックからの伝統ですねw

>ブン投げられた人達
チート量産機のダインスレフがいるにも関わらず、従来機のみの編成ですからねぇ……。
338一機で隔壁ブチ破ればいいだけなので、残りの六機は完全なお飾りです。
しかも、ブチ破る場所が機関とロイヤルガードの本拠地があるメインフロートって時点で詰んでいる気もします。
空達とイマジンが戦闘をしていたのはまるっきりの偶然です。

>家族を人質にされている人
G氏は『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』としか言っていませんから、
きっと、任務を失敗して戻ったら家族に「パパ、かっこわる~い」と言われてしまうんですよ、
父としての威厳がかかっているので負けられません勝つまではw

冗談はともかく、自分の主義を掲げた結果、同じ主義の旗を掲げたのが行き過ぎた人間と知らずに集まってしまっただけで、
どんな組織も思想的に完全な一枚岩と言うワケではありませんからね。
完全なトップダウンの組織でトップの不興を買えばどうなるか、と考えたら当然の成り行きかもしれません。
ただ、彼もテロ側の兵士である以上、あの城で十五年も裕福な暮らしをしていたと考えると……。

>茜の気持ち
茜はまだ十七歳の女の子ですからね。
十五年前で止まったまま割り切れない感情の方が多いと思います。
今回は空に説得される形で矛を収めましたが、最終的に彼女なりの決着を彼女本人に着けさせようと考えています。

>空の言葉は茜の言う通り理想論
仰る通り、綺麗事だけで済む世界が一番良い世界ですね。
そうならない所が社会の悪い所であり、そうでなくても回る所が社会の良い所かもしれませんが。
加えて、理想論は一度でも間違った結果があるから生まれる物だと思っています。
愚者は行動に、賢者は歴史に学ぶと言いますが、賢者が学ぶ歴史は愚者が作り上げた物ですからね……。
十代の若者にとって二歳の年齢差は大きい物ですが、一度大きな過ちを犯して答を得た空の経験は茜に勝る物だと思います。

半ば、Gレコ放送前に富野風舌戦がしたかっただけですが、
もうちょっと感情に走った理性的でワケの分からん言い回しで良かったかもしれません。
初見では言ってる事がワケ分からんのに耳と心にこびり付く、あの絶妙な感じが御禿の凄い所だと思います。

>エール
ヒキコモリの息子が久しぶりに喋ったと思ったら悪い人の仲間(幼女)に誑かされる……きっと草場の陰でおかーさん(結)も泣いていますw

次回は遂にあの機体が! ………出せるといいなぁ(何

保酒

保守ありがとうございます

明日の投下を予定していたのですが、昨晩、腰に魔女の一撃を食らってしまったので少し遅れるかもしれません……今から病院行って来ます

掛かり付けの鍼灸師さんに電気鍼で治療してもらって軟膏塗って湿布貼って寝たら一晩で動ける所まで治りましたw
先生曰く「軽めで良かったね」との事……いや、ホントです。

では、予告通り、最新話を投下します。

第17話~それは、正義を騙る『悪意の在処』~


―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、午後6時過ぎ。
 第七フロート第三層、連絡通路から九キロ地点――


紗樹『このっ! このぉっ!』

 紗樹のアメノハバキリが遮二無二、撃ち続ける連射式魔導ライフルの魔導弾を、
 二機の401・ダインスレフが事も無げに受け続ける。

 結界装甲によって守られたテロリストのギガンティックは、その背に寮機――378・エクスカリバー改――と、
 空の操作を受け付けなくなってしまったエールを庇っていた。

 そして、コントロールスフィアの中で愕然とする空の目の前で、
 エクスカリバー改のコックピットハッチが開かれ、一人の幼い少女が顔を出す。

少女「エール……貰って行く……」

 少女はぽつり、と呟くような声で漏らす。

 すると、自機のコックピットハッチから、エールのコックピットハッチへと飛び移った。

 そして、ハッチ横の操作パネルを開き、素早くパスワードを入力する。

 それが当てずっぽうでは無いのは、開いて行くエールのコックピットハッチが証明していた。

 そして、開かれたハッチからゆっくりと侵入して来る。

空「う、うそ……!?」

 空は愕然としながらも、緊急コードで少女の侵入を阻止しようした。

 ハッチはエール側のシステムが優先されるが、
 その奥にある緊急シャッターはコントロールスフィア側が優先される構造だ。

 だが、シャッターは閉じる事なく、コンソールにはエラー表示が浮かぶだけだった。

空「な、何で!? 何で閉じないの!?」

 空は困惑しながらも、再度、パスワードを入力するが受け付けられない。

 それは、少女の入力したパスワードが緊急コードを無視できるレベル……
 正ドライバーである筈の空よりも遥か上位の権限を持っている事を現していた。

 コントロールスフィアの床にへたり込んでいた空は、無言のまま侵入して来た少女を見上げる。

空(お、応戦……応戦しないと!?)

 空はようやく、そこに考えが至った。

 如何に幼い少女とは言え、相手はテロリストだ。

 このままエールを奪われるワケにはいかない。

 これでも茜を唸らせるほどには腕を上げているのだ。

 そんな自信が空にはあった。

 だが――

少女「エール……魔導装甲、起動」

 少女がそう呟くと、空の指にあった筈のエールのギア本体が、薄桃色の輝きと共に少女の指に収まる。

 そして、空の目の前で少女は白い魔導装甲を纏う。

空「………え?」

 一瞬、何が起きたのか、空には理解できなかった。

 あの日、姉から託されたギアが……指輪が手から消え、それを付けた少女が、自分の魔導装甲を纏っている。

空「それ……私の、だよ……? 何で……?」

 その事実を受け入れるのが遅れ、それはそのまま対応の遅れへと繋がった。

少女「……退いて」

 故に、少女がそう言って自分を掴んで外に放り出されるまで、現状を把握できなかった。

空「っ!? し、身体強化!?」

 エールのコックピットハッチから地上までは二十八メートル。

 一応、魔導防護服となるインナースーツは着ているが、受け身も取れずに落ちれば軽傷では済まない高さ。

 我に返った空は、普通に受け身を取っても間に合わないと判断し、咄嗟に身体強化魔法を発動したのだ。

空「ッ、ぃたぁぁ……」

 何とか身体強化が間に合い、瓦礫の上で最低限の受け身を取る事に成功した空は、
 それでも相殺しきれなかった衝撃に目を白黒させながらも、奪われた愛機を見上げる。

 背中を強かに打ったせいか、呼吸の度に背中に鈍い痛みが走った。

 だが、空はすぐに体勢を立て直し、愛機を見上げる。

空「え、エール……!」

 空は愛機に呼び掛けるが、ギアも奪われた今、何の反応も示さない。

 いや、そうではない。

 ギアを奪われる前から、彼は何の反応も示さなかった。

 だが、それだけで事は終わらない。

 エールの肩と背から、シールドスタビライザーと大型スラスターが外れ、
 轟音と共に空の間近に落ちて濛々とした土煙を上げた。

空「キャ……ッ、ごほっごほっ!?」

 痛みに喘いでいた空は、短い悲鳴と共に思わず土煙を吸ってしまい咳き込む。

 そんな彼女を無視し、事態はさらに進行する。

 378改の背中に取り付けられていたパーツ――フローティングウェポン――が外れ、エールの背中に装着された。

 よく見ればソレは、大きな物が三日月を、小さな物が五芒星を摸したようなデザインをしている。

 それらが一塊となって光背のような形状になり、彼の背を飾った。

 そう、これこそが長らく失われていた……テロリスト達の手に落ちていた、エール本来の武装。

 GXI-002・プティエトワールととGXI-003・グランリュヌであった。

 加えて、エッジワンド型魔導砲であるGXI-001・ブランソレイユを加えた、
 これこそが真なるエールの姿だ。

 そして、本来の武装を取り戻した直後、空色に輝いていたエールのブラッドラインが、薄桃色に輝き出す。

空「え……エール……? そんな……嘘……だよね?」

 その光景を見遣りながら、空は愕然と呟く。

 愛機の色が、自分以外の誰かの色に染まって行く様は、大切な物を奪われる以上に、
 胸に、心に、大穴を穿たれるような感覚を覚えさせられた。

 だが、これこそが本来のあるべき……多くの人々が待ち望み、もう決して宿らないと思われた色。

 白亜の騎士が、薄桃色の輝きを宿す。

 その事実が、より深く、空の魂を抉った。

空「エール……エール……エール!」

 空は必死に手を伸ばし、譫言のように愛機の名を呼ぶ。

 それは先程、彼がかつての主を求めていたのと同じ姿。

 だが、無情にもその呼び掛けは彼には届かなかった。

 エールはプティエトワールとグランリュヌの光背から魔力を放出し、ゆっくりと浮かび上がる。

 ブースターの推力で無理矢理に飛ぶでなく、
 シールドスタビライザーで浮かび上がらせるでなく、文字通りの自然な浮遊魔法だ。

 ある程度の高さまで浮かび上がったエールは、
 薄桃色の光跡を残して、第一街区方面へと飛び去って行く。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は目を見開き、愛機の名を叫んだ。

 声は瓦礫だらけの廃墟に響き渡るが、その声に応える者は、もう視界の果て……、
 暗闇の向こうまで飛び去った後だった。

 その直後――

紗樹『空ちゃん! そこから今すぐ逃げて! 早く!』

 悲鳴じみた紗樹の声が響く。

空「……?」

 エールを失った空は、茫然自失のまま紗樹の声がした方向を振り返る。

 すると、そこには、足もとにいる自分に向き直った二機のダインスレフの姿があった。

 その手に構えられた魔導ライフルの銃口は、自分に向けられていた。

 自分の身体がすっぽりと収まってしまうほど巨大な銃口を向けられている現実に、空は戦慄を覚える。

空(逃げなきゃ……!?)

 逃げる、などと考えたのは、実に半年ぶりの事だ。

 流石に生身とギガンティック――それも結界装甲を持つ――では、そもそも戦闘にすらならない。

 それは当然の選択だった。

 だが、恐怖が足を……全身を竦ませる。

空(動け……ない!?)

 空は微動だにしない身体に愕然としつつ、恐怖で見開いたままの目を敵に向けた。

 銃口に集束する魔力が増えるほど、銃口に圧縮された魔力の輝きと、放たれる甲高い音が強くなる。

 防げない。

 如何に無限の魔力を持つ自分でも、この薄いマギアリヒトの中では魔力供給もままならない。

 いや、それ以前に、結界装甲によって攻防共に強化されたギガンティックの射砲撃を受け止める術など……。

 そんな思考が空の脳裏に過ぎる。

空(ああ、そっか……死ぬんだ……私……)

 恐怖の向こう側から、そんな絶望とも諦めとも取れない感情が首をもたげた。

 思い出したのは一年と三ヶ月前、振り下ろされるイマジンの触手で背中を抉られた姉の姿。

 その光景。

 ゆっくりだ。
 全てが、驚くほど、ゆっくりだ。

 敵の気を引こうと懸命に威嚇射撃を続けてくれる紗樹のアメノハバキリの、耳を割るような大音響も。

 集束される魔力が放つ、甲高い音と発光現象も。

 視界の外から飛び込んで来る、主翼を失ったアルバトロスの姿も。

空(あ、れ……?)

 最後に気付いた違和感に、空は不意に焦点をソレに合わせた。

 アルバトロスだ。

 主翼であるシールドスタビライザーを叩き斬られ、もう満足に飛べない筈のアルバトロスが、
 飛行魔法で無理矢理に空とダインスレフの銃口の間に割って入った。

空「……ふぇ、フェイさん!?」

 臨死の恐怖で茫然としていた空は、その光景で我に返る。

フェイ『この身で、最後にお役に立てて、光栄でした……朝霧副隊長』

 外部スピーカーを通したと思しきフェイの声が空の耳に届いた直後、
 翼を失った鳥の向こうで、眩しい閃光が煌めいた。

空「ッ!?」

 その光景に、空は目を見開き、息を飲む。

 射撃の直前にアルバトロスが割り込んだ事で、彼女の背にほぼゼロ距離でその一撃が見舞われたのだ。

 頭ではそれを理解はした。

 だが、心が受け入れる事を拒む。

 しかし、そんな空の目前で、事態はさらに悪化の一途を辿った。

 アルバトロスは飛行の勢いのまま通り過ぎ、離れた場所に墜落する。

 その背には、ゼロ距離射撃で受けた大穴が穿たれていた。

 深く、深く穿たれた大穴。

 それは胴体の、コントロールスフィア付近。

空「フェイさ――ッ!?」

 悲鳴のような声でフェイの名を呼ばんとした空の声は、直後のアルバトロスの大爆発に遮られた。

 コントロールスフィア付近と言う事は、そもそもエンジン直撃だ。

 溜め込まれていた魔力とエーテルブラッドが誘爆し、アルバトロスは爆発四散する。

 そして、その爆発が巻き起こした爆風が、空を大きく吹き飛ばす。

 不幸中の幸いか、空は遼の機体を支えたままの紗樹の機体の元へと飛ばされた。

紗樹『空ちゃん!?』

 片腕にライフル、片腕に寮機で両腕の塞がっていた紗樹は、咄嗟にライフルを放り捨てて空の身体を受け止める。

 紗樹の腕の良さか、それとも最新鋭機らしい機体性能のお陰か、 空は然したる衝撃も無く緩やかに受け止められた。

紗樹『空ちゃん、しっかりして!?』

 紗樹は必死に空に呼び掛ける。

 だが、爆風に煽られたショックか、それとも目の前でアルバトロスが……フェイが爆散したショックからか、
 空は気を失っており、アメノハバキリの手の中で仰向けのままグッタリと倒れ、返事は無い。

 空はエールを奪われ、彼女を庇ったフェイは愛機と諸共に爆散。

 だが、最悪な状況はより最悪な方にばかり転がり、一つとして好転する兆しを見せない。

紗樹(ヤバイ……判断間違った!?)

 空の気絶を確認した紗樹は、コックピットの中で顔面蒼白になっていた。

 そう、紗樹は放すべき手を間違えたのだ。

 いくら機能停止中と言えど、遼は機体の中にいる限りは多少なりとも安全だった。

 対して、結界装甲相手に役に多立たないとは言え、ライフルは最後の威嚇手段。

 ここは遼の機体を手放してでも、ライフルを堅持すべき状況だったのだ。

 即座にライフルを拾おうと周辺状況をモニターで確認するが、
 咄嗟の事でかなり離れた位置まで投げ捨てており、すぐさま拾いには行けない。

 必死に動揺を押し殺していた紗樹だったが、知り合って日も浅いとは言え、
 目の前で仲間を殺された事にかなり動揺していたようだ。

 紗樹は状況を好転させる何かが無いかと、モニター越しに必死に辺りを見渡す。

 武装と片腕を失って倒れたレオンの機体と、先程の爆風で倒れたのか、主を失った478改が一機。

 レオンの機体はすぐには動けないだろうし、478改は背負い物以外の武装は無く、
 どちらも状況を好転させる術には成り得ない。

 機体に睨み合いを続けさせながら、紗樹はゆっくりと後ずさる。

 しかし、二機のダインスレフは紗樹達を挟み込むようにゆっくりと移動を始めた。

紗樹「挟み撃ちにしようっての……!? どこまで……!」

 紗樹は愕然としつつもその場から逃げようとするが、空を庇い、寮機を担いだままでは満足に動く事は出来ない。

 そして、挟み撃ちの陣形を完成させた二機のダインスレフは、先程、フェイに止めを刺したライフルを構えた。

紗樹「この……畜生……!」

 絶体絶命の中、紗樹は項垂れながら悔しそうに漏らす。

 直後、爆音が辺りに轟いた。

 それは、砲撃音。

 紗樹は直撃を覚悟し、身を強張らせたが、いつまで経っても衝撃は訪れない。

紗樹「な、何……?」

 紗樹は呆然としつつ、顔を上げて状況を確認する。

 すると、一機のダインスレフが吹き飛び、瑠璃色に輝く魔力の爆発に包まれていた。

???『スマン、遅れた!』

 通信機から聞こえる、どこか可愛らしい少女の声は、
 先程から続く絶体絶命の恐怖の中で、酷く現実離れした物に聞こえる。

 紗樹が後方のカメラを確認すると、そこには紅の巨躯に瑠璃色の輝きを宿したギガンティックの姿があった。

 腰に携えた二門の巨大砲身を残ったもう一機のダインスレフに向け、紗樹達との間に割り込む。

 そう、瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノだ。

紗樹「援軍!?」

瑠璃華『挨拶は後だぞ! すぐに連絡通路まで退避するんだ!』

 瑠璃華は驚く紗樹にそう告げると、両腰のジガンテジャベロットの砲身を展開し、
 そこから発生する結界装甲で分厚い魔力の障壁を作り出す。

 残る一機のダインスレフはライフルを連射して来るが、
 より高密度・高出力の結界装甲の障壁を前には、その攻撃も無力であった。

紗樹「連中の強さを見た後でも、やっぱりオリジナルは凄いわね……」

 その光景に紗樹は身震いしながら呟く。

 機体そのものの性能にそう大きな差は無い筈だが、結界装甲と言う要素が加わるだけで、
 まるで別次元の戦いを目の当たりにしているようにさえ感じる。

 チェーロ・アルコバレーノが重装甲と言う事もあるが、
 ダインスレフの攻撃に晒されてもまるでビクともしていない様子だ。

 ワンオフモデルの専用機と、量産前提のマスプロダクトモデルの差は大きいのだろう。

 だが、紗樹はすぐに頭を振って、そんな暢気な考察を思考から追い出す。

 今は撤退を最優先しなければならない。

紗樹「空ちゃん!」

 紗樹は空をコックピット内に迎え入れようと、ハッチを開く。

 シートから立ち上がり、気絶している様子の空をコックピット内に運び入れると、
 緊急用のサブシートを引っ張り出し、ぐったりとしている空の身体をシートベルトで固定する。

 さらに遼の機体をしっかりと抱え直すと、倒れ伏したままのレオンの機体の元へと急ぐ。

 瑠璃華の援護のお陰で、敵の攻撃に晒される危険を最小限に抑えたまま、
 空いたもう一方の腕でレオンの機体を抱える事が出来た。

紗樹「って、うわ……一発で膝にレッドアラートって!? 副長、すぐに動けます?」

レオン『ワリィ……システムが殆どダウンしちまって、動けやしねぇ……』

 驚きで目を見開いた紗樹の質問に、レオンは接触回線を通して申し訳なさそうに返す。

 さすがに二機を抱えたままの移動は膝への負荷が大き過ぎる。

紗樹「リミッターカットして、膝と脚部ダンパーの出力を大きめに調整して……
   えっと、うぁ、腰までレッドアラート出てる!?

   えっと……出力配分をもうちょっと変えないと!」

 紗樹はぶつぶつと呟きつつ、手元のパネルで出力調整を始めた。

 関節や構造の簡略化されている運搬用パワーローダーならば、これほどの手間は要らないが、
 さすがに汎用型の戦闘用ギガンティックに寮機を二機も抱えて移動する能力は無い。

 乗機の出力調整を終えてようやく動けるようになった紗樹は、
 それでも未だにフラフラとした機動の愛機に振り回されながらも、その場を何とか離脱する。

瑠璃華「よし、離脱したな!」

 その様子を確認した瑠璃華は砲撃で目の前の機体の手足を破壊し、殆ど一瞬で行動不能に追い遣った。

 こんな一息で片付けられるなら、早く撃破してしまった方が紗樹の退避も楽だったろうが、
 背後からの狙撃で不意打ちできた一機目はともかく、速射に向かないチェーロ・アルコバレーノでは、
 捨て身になられた敵に紗樹を攻撃される事の無いよう、二機目の注意を引きつけ続けるしかやりようが無かったのだ。

 ともあれ、敵を撃退した瑠璃華は足もとに転がる敵ギガンティックの残骸を見下ろすが、
 すぐに現状を思い返して頭を振った。

瑠璃華「サンプルとして回収したいが、それどころじゃないな……!
    他の連中の反応は何処だ!?」

サクラ『11はここから一キロ離れた幹線道路沿いでオオカミ型と思われる敵ギガンティックと戦闘中、
    261はさらに十キロ離れた地点で量産型ギガンティック部隊と戦闘中です』

 焦ったような瑠璃華の声に、サクラが努めて平静を装った風に返す。

 そこで、瑠璃華も気付く。

瑠璃華「レミィと茜だけか……?
    空はさっきロイヤルガードが連れて逃げたが……、フェイはどうしたんだ?」

 そう、フェイは何処で戦っているのか?

雪菜『12……フェイは……撃墜されました』

 そんな瑠璃華の疑問に答えたのは、雪菜だった。

雪菜『アルバトロスのコアごと、反応ロスト……。
   サーチは継続していますが、現状、見付かっていません』

 気丈に状況説明する雪菜だが、その声は震えている。

 その報告を聞いた瑠璃華は、息を飲んで目を見開く。

 数秒、瑠璃華は俯き、下唇を噛んで、何かに耐えるように肩をぷるぷると震わせた。

 だが――

瑠璃華「………………………そうか……」

 ――数秒後、何かを悟ったような声音で、短く、そんな言葉を吐き出した。

チェーロ『マスター……』

 そんな主を心配したかのように、チェーロがぽつりと漏らす。

瑠璃華「……心配するな……すぐにレミィの援護に入って、それから茜の救援だぞ」

 瑠璃華は消沈した声音で、だが努めて冷静に返した。

 膝から崩れ落ちて泣きじゃくりたいが、今は感傷に浸っていられる状況ではない。

 半年前に海晴を騙ったエール型イマジンに翻弄された時のように、
 感情に流されてやるべき事を見失っている場合ではないのだ。

 瑠璃華は自分にそう言い聞かせて、顔を上げた。

 滲んだ涙を無意識に拭って、レミィの戦っている地点に向けて愛機を走らせる。

 時間は僅かに前後するが、空がエールを奪われる直前――
 幹線道路沿いの廃墟では、レミィとオオカミ型ギガンティックの戦いが続いていた。


レミィ「うぉっ!?」

 レミィは驚きの声を上げながら、突進して来るオオカミ型ギガンティックの体当たりをすんでの所で回避する。

狼型G『Grrrrrッ!』

 一方、ヴィクセンを見失ったオオカミ型ギガンティックは、廃墟のビル群に突っ込む。

 脆くなった廃墟を打ち壊しながらの突進は、オオカミ型と言うより、むしろイノシシ型と言った方がしっくりと来る。

 瓦礫の山から抜け出したオオカミ型ギガンティックは、低いうなり声を上げながら、再びヴィクセンへと向き直った。

ヴィクセン『分かっちゃいたけど、パワーも装甲も、明らかに向こうの方が上ね……。
      あんなの食らったら吹っ飛ばされる程度じゃ済まないわよ』

 瓦礫の中から無傷で現れた敵に、ヴィクセンは焦ったように呟く。

レミィ「避けながら相手が弱るを待つのは得策じゃないな……」

 速攻で倒す約束をしてしまった手前、レミィも悔しそうに漏らす。

 最初に虚を突いた時のように下に叩き付ければそれなりのダメージは見込めるが、
 結界装甲とマギアリヒトの結合が弱まった瓦礫とでは、その頑丈さは比べるべくも無い。

 その分を差し引いてもあそこまで被害が少ないのは、やはりヴィクセンの言葉通り、
 パワーや装甲の面でこちらよりも優れている証拠だろう。

 だが、問題なのはそれだけではない。

弐拾参号?<痛い……痛いよぅ……ひっく……ぅぅ……>

 しゃくり上げるような少女の声。

 レミィの妹……弐拾参号と思しき少女からの思念通話だ。

レミィ(弐拾参号……!)

 苦しそうな声を上げる妹の声を聞く度、レミィは胸中で妹の名を呼びながら悔しさで歯噛みする。

 既に何度か思念通話を送ってみたが、結果は応答無し。

 こちらの思念通話に気付いていないのか、
 そうでなければ一方的な思念通話ジャミングを受けているかのどちらだろう。

 恐らくは……いや、確実に後者だ。

 そのせいか、仲間達と離れてからは通信ノイズが酷く、まともに連絡も取れていなかった。

 ともあれ、弐拾参号の声はこちらの戦意を挫く目的なのか、
 それとも単に人質がいる事をアピールしてるのかは分からない。

 だが、レミィの攻撃の手が鈍っているのは事実だった。

 弐拾参号は魔力リンクによってエンジンに魔力を供給している。

 つまり、あのオオカミ型ギガンティックに攻撃を仕掛ければ、弐拾参号にまで痛み与える事になるのだ。

 それがレミィの攻撃を鈍らせている理由だった。

 助けてはやりたいが、そのためにはオオカミ型ギガンティックを行動不能にしなければならない。

 だが、そうすれば妹に激しい苦痛を強いる事になる。

 ジレンマだ。

ヴィクセン『コントロールスフィアを丸ごと抉り出せればすぐに終わると思ったけど、
      それらしいハッチも見当たらないわね……。

      私と近いカタチだから首辺りだと思ったけど……』

 ヴィクセンは思案げに呟く。

 確かに、痛みを最小限にするのはそれが手っ取り早い。

 余談だが、ヴィクセンのコントロールスフィアはのど元に埋め込まれている。

レミィ「見えないハッチ……腹か!?」

ヴィクセン『多分ね……』

 自分の言葉からハッチの在処に気付いたレミィに、
 ヴィクセンも同じ推測を立てていたのか、頷くような声音で返した。

 回避する度に背面や側面はよく見えるが、そこにハッチらしき物は存在していない。

 となれば、中々見せない腹にあると考えるのは妥当だった。

ヴィクセン『ただ、一度しっかりと確認してみないと何とも言えないわね……』

レミィ「……それならっ!」

 困った様子の相棒の声に、数瞬、思案したレミィは何事かを思いついたように愛機を走らせる。

 廃墟の隙間に潜り込み、身を隠すように走り回って敵の撹乱を始めた。

狼型G『Grrrrrッ!!』

 すると、そのヴィクセンの動きを挑発と取ったのか、
 オオカミ型ギガンティックは大きく跳躍してヴィクセンに向かって飛び掛かる。

レミィ「見えた……ッ!」

 その時、レミィは歓喜の声を上げた。

 跳び上がった瞬間にオオカミ型ギガンティックの腹……そこにあるハッチらしき物がさらけ出されたのだ。

ヴィクセン『前に飛び掛かられた瞬間の画像と合わせて解析……胴体部中央ね!』

 ヴィクセンの解析が終わると、レミィはすぐにその場から退避し、
 オオカミ型ギガンティックと距離を取るため、大きく飛び退いた。

狼型G『Grrr……!』

 攻撃を避けられたオオカミ型ギガンティックは不機嫌そうな唸り声を上げ、
 距離を取ったヴィクセンを睨め付けて来る。

レミィ「同じ手……通じると思うか?」

ヴィクセン『良いところ、フィフティフィフティって所かしら……?
      思いの外、単調な攻撃しかして来ないし』

 レミィの質問にヴィクセンは思案気味に答えた。

 回避に関しては数パターンあったようだが、攻撃は単調だ。

 オオカミ型ギガンティックの攻撃は突進か跳躍の二択で、基本“突撃あるのみ”の単純思考。

 裏をかくのは決して難しくは無いだろう。

レミィ「次に跳んだ時に、腹の下に潜り込むぞ!」

ヴィクセン『了解!』

 自分の言葉に相棒が応えると同時に、レミィは愛機を走らせようとする。

 その時だった。

 視界にエールの機影が映り込んだ。

レミィ「空…………いや、違う!?」

 仲間が戻って来たのかと思い、歓喜の声を上げかけたレミィは、
 だが、白亜の機体に走る薄桃色の輝きに気付き、愕然とする。

 ブラッドラインの色が違うとなれば、奪われたと見て間違いない。

 エールは……いや、もしかしたらエールだけでなく、空も敵に捕らわれた?

レミィ(エールを奪い返す!? いや、だけどまだ……!?)

 レミィは一瞬、判断を迷う。

 空と弐拾参号……仲間と妹。

 救うべきは……、優先すべきは……。

ヴィクセン『レミィ、戦闘に集中して!』

 ヴィクセンは迷う主に激を飛ばす。

 その迷いは、レミィの思考とほぼ直結した動作しか出来ないヴィクセンの動きを、
 僅か二秒足らずの短い時間、完全に止めさせる。

 そして、その迷いの最中――

狼型G『Ggaaaaaaaッ!!』

 ――オオカミ型ギガンティックが砲声を上げた。

 直後、オオカミ型ギガンティックに変化が現れる。

 巨大な身体の各部が展開し、無数のブースターが口を開けたのだ。

狼型G『Grrrrraaaaッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは今までに無い程、大きな唸り声を響かせ、
 後方に向けられたブースターから魔力を噴射して、真っ直ぐに走り出す。

レミィ「ッ!? いくら早くても、そんな直線的な攻撃なんかで!」

 その頃にはレミィも何とか気を取り直す事が出来ていた。

 スピードは確かに目を見張る程の物がある。

 機体も向こうが一回り近く大きいため、巨体が猛スピードで迫って来る様には異様な圧迫感も感じた。

 だが、これだけ直線的な動きなら避けられない事は無い。

 レミィは激突の寸前に軽やかに愛機をオオカミ型ギガンティックの右横に向かって跳躍させた。

 だが――

狼型G『Ggaaaッ!!』

 回避の瞬間にオオカミ型ギガンティックが吠えると、後方に向けられたブースターが魔力の噴射を止め、
 それとは逆に今度は左側のブースターが魔力を噴射する。

 すると、オオカミ型ギガンティックはほぼ直角に右横へ跳んだ。

レミィ「なっ!?」

 突然の軌道変更にレミィは愕然と叫び、回避行動に移ろうとするが、愛機は着地前で回避もままならない。

 必然的に、ヴィクセンは空中でオオカミ型ギガンティックの巨体が繰り出す体当たりを横っ腹で受ける事となった。

レミィ「うわあぁぁぁっ!?」

ヴィクセン『れ、レミィ!?』

 レミィの悲鳴と共に大きく弾き飛ばされ、ヴィクセンは空中を舞う。

 しかし、それだけでは終わらない。

狼型G『Grraaaaッ!!』

 素早く方向転換したオオカミ型ギガンティックは砲声を張り上げ、
 落下寸前のヴィクセンに向かって突進して来る。

 無論、ブースターは最大出力だ。

 若草色の軌跡を描きながら、黒い弾丸と化した狼が、同じく若草色の輝きを放つ白狐に襲い掛かった。

 ガギンッ、と金属同士がぶつかり合って引きちぎれるような音と共に、
 オオカミ型ギガンティックはヴィクセンの腹に噛み付く。

レミィ「っく、ぁああぁぁっ!?」

 腹を噛み潰され、レミィは苦悶の叫びを上げる。

 だが、それでもオオカミ型ギガンティックは止まらず、
 ヴィクセンに食らいついたまま廃墟の中を疾走した。

ヴィクセン『ジョイントに噛み付かれた!? パージ出来ない!?』

 ヴィクセンは愕然と叫びながらも、打開策を見付けるべく状況を確認していた。

 オオカミ型ギガンティックが噛み付いているのは、ヴィクセンの前半身を構成するフレキシブルブースターと、
 後半身を構成する二つフットブースター、その二つのOSSの接続部だった。

 後半身に噛み付かれたのなら、後半身をパージして逃げる事も出来たが、
 両方を同時に噛み付かれていては、それも叶わない。

レミィ「っ、ぐぅぅ!?」

 レミィも痛みを堪えながら必死に足掻くが、どれだけ暴れても引き剥がす事は出来なかった。

 それどころか、オオカミ型ギガンティックはヴィクセンを地面に幾度も叩き付けながら廃墟に向かって突進する。

 強かに打ち付けられたヴィクセンの足が、一本、また一本と衝撃で砕け散って行く。

レミィ「っぐぁッ!? うあぁっ!?」

 その都度、手足に走る激痛にレミィは悲鳴を上げ、ついにシートから転げ落ちてしまう。

弐拾参号?<お姉ちゃん……痛いよ……痛いよ……おねぇちゃぁん!?>

 廃墟の中を無茶苦茶に突進するオオカミ型ギガンティックの軋みや痛みを感じているのか、
 弐拾参号も姉に……レミィに痛みを訴える。

 そして、ヴィクセンが全ての足を失い、頭部すらひしゃげて原型を留めなくなった頃になって、
 ようやくオオカミ型ギガンティックの突進は終わった。

 飽きた玩具を放り出すように地面に叩き付けられたヴィクセンは、
 全身のブラッドラインがひび割れ、四肢の断面や全身から若草色のエーテルブラッドを垂れ流していた。

 もう既に結界装甲は無効化されており、叩き付けられた衝撃だけでひび割れたパーツが幾つも滑落して行く。

レミィ「ぐぅ……あ、ぁ、ぁ……」

 全身をズタズタに引き裂かれるような激痛の中、レミィは必死に意識を保ちながら切れ切れに喘ぐ。

 メインカメラやサブカメラの殆どが破壊され、ノイズだらけになってしまった壁面スクリーンの中、
 まだ辛うじて生きている一部に映る、凶悪なオオカミ型ギガンティックの顔を見上げる。

弐拾参号?<お姉ちゃん……どこなの……怖いよぉ……おねぇちゃん……>

レミィ「に、じゅぅ……さん、ごぅ……」

 心細そうに啜り泣く妹に、レミィは必死に呼び掛けようと、絶え絶えにその名を呼ぶ。

 だが、声は届かず、それを嘲笑うかのようにオオカミ型ギガンティックは大きく口を開く。

 すると、上下の顎の内側から二本ずつ、計四本の新たな牙が現れた。

 他の牙よりも鋭く、長く、禍々しい様相の牙からは、濃紫色の鈍い輝きを放つ液体らしき物が滴っている。

狼型G『Ggaaッ!』

 そして、オオカミ型ギガンティックはその新たな牙を、ヴィクセンに突き立てた。

レミィ「っ、うぁぁぁああああっ!?」

 腹を貫通する四本の牙が与える激痛に、レミィは悲鳴を上げて悶絶する。

 だが、痛みだけではない。

レミィ(何かが……入って来る……あの、液体か……!?)

 激痛で朦朧とする意識の中、先程、垣間見えた濃紫色の液体を思い出す。

 すると、ヴィクセンの全身から垂れ流しになっていたエーテルブラッドの一部が、
 若草色から濃紫色に変わってゆく。

 変化は次第に広がり、ついに全てのエーテルブラッドが濃紫色に染まってしまった。

レミィ(全身が……灼ける……痛みが……身体の中をぉ……!?)

 エーテルブラッドが濃紫色に染まりきってから、体内に液体を注がれる違和感は、
 体内を蠢く痛みへと変わる。

 レミィは目を見開き、口を悲鳴のカタチにしたまま、声ならぬ悲鳴を上げた。

狼型G『Gaッ! ………Guoooooo……ッ!!』

 再びヴィクセンを放り出したオオカミ型ギガンティックは、遠吠えのような勝利の雄叫びを上げる。

弐拾参号?<おねぇちゃん……おねぇちゃん……ひっく、ぐす……>

 その雄叫びの向こうから、すすり泣き続ける弐拾参号の声が聞こえた。

レミィ「っ、ぁぁぁ………ぅぁぁぁ………ッ!?」

ヴィクセン『れ…み…ぃ…』

 痛みに藻掻き苦しむレミィに、ヴィクセンが途切れ途切れの音で呼び掛ける。

 どうやら、この液体はヴィクセンのシステムにまで異常を来しているようだった。

 魔力リンクはまだ途切れていなかったが、全ての機器がエラーと緊急事態を告げている。

弐拾参号?<助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 啜り泣く弐拾参号の声と共に、オオカミ型ギガンティックがゆっくりと歩み寄って来た。

 どうやら止めを刺すつもりらしい。

 鋭い爪を纏った前脚を振り上げる。

 狙いは、コントロールスフィアのあるのど元。

狼型G『Gaaっ!!』

 短い唸り声と共に、前脚が振り下ろされる。

 その時だ。

???『レミィから離れろぉぉっ!!』

 オオカミ型ギガンティックの前脚がヴィクセンののど元を抉ろうとした瞬間、
 真横から躍り出た真紅の機体がオオカミ型ギガンティックを弾き飛ばした。

 チェーロ・アルコバレーノ……瑠璃華だ。

狼型G『Ggaaッ!?』

 弾き飛ばされたオオカミ型ギガンティックは、以前のように廃墟や地面に叩き付けられる事なく、
 全身のブースターで姿勢を整えて軟着陸を果たす。

狼型G『Grrr……ッ!』

 そして、新たに現れた敵を警戒し、オオカミ型ギガンティックは威嚇するような唸り声を上げた。

弐拾参号?<痛いよぉ……痛いよぉ……>

 弐拾参号の啜り泣きは、尚もレミィの脳裏に響く。

レミィ「…………ッ……!」

 だが、痛みに耐えるばかりのレミィには、もうその啜り泣きに応える余裕も無かった。

瑠璃華『よくもレミィまで……! お前らぁ……ッ!』

 瑠璃華は珍しく怒りに声を震わせ、両腰のジガンテジャベロットを構えた。

 だが――

狼型G『Grr………Gaaッ!』

 何を思ったのか、オオカミ型ギガンティックはすぐにそっぽを向き、
 ブースターから魔力を噴射し、足早に何処かへと立ち去ってしまった。

 進行方向からして、恐らくはテロリスト達の根城になっている旧技研だろう。

瑠璃華「逃げた……いや、逃げてくれたのか?」

 瑠璃華は呆然としつつ、訝しげに呟く。

 声を震わせるほど怒ってはいたが、瑠璃華の思考はクリアだった。

 ヴィクセンを圧倒するほどのスピードを誇る機体を相手に、
 鈍重な狙撃型のチェーロ・アルコバレーノでは分が悪い。

 おそらく、あのまま戦っていれば無傷では済まなかっただろう。

 瑠璃華は気を取り直し、足もとのヴィクセンを見下ろす。

瑠璃華「何だ……エーテルブラッドの色が変わっている?」

チェーロ『マスター、システム障害のため、ヴィクセンと交信不可能です。
     コントロールスフィア内部の状況、確認できません』

 怪訝そうに漏らす瑠璃華に、チェーロが状況を伝えて来る。

瑠璃華「……少し荒っぽいが、手を拱いていられる状況じゃないな……。
    レミィ、我慢しろ!」

 瑠璃華はそう言って一言、レミィに断ると――通信不可能なため通じてはいないだろうが――、
 コックピットハッチ周辺の装甲を引き剥がし、コントロールスフィアのあるブロックを機体から引き剥がす。

 元々後付けでエンジンとコントロールスフィアを取り付けた事もあって、作業は一分と掛からずに終わった。

レミィ『る、るり、か……来てくれたのか……?
    空は……フェイは……茜は……みんなは……どうなった……?』

 コントロールスフィアとの接触回線が開いたのか、レミィは弱々しく絶え絶えに尋ねてくる。

瑠璃華「………空とレオン達は……無事だ」

レミィ『そう、か……うっ……』

 吐き出すように言った瑠璃華の言葉に、レミィは小さく呻き、静かになった。

 激痛から解放されて、気を失ってしまったのだろう。

 だが、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「茜は……もう……間に合わん……」

 瑠璃華は涙で震える声で悔しそうに、切れ切れにその言葉を吐き出した。

 ほんの十数秒前まで遠くで煌めいていた茜色の輝きは、唐突に消えていた。

 同じ頃、連絡通路出入り口から二十キロ地点――


茜「ッ……くぅ……」

クレースト『申し訳ありません……茜様……』

 悔しそうに歯噛みする茜に、クレーストも主同様、悔しそうに呟く。

 既に茜達の戦闘は終わっていた。

 敵の弱点を見抜き、劣勢ながらも次々に敵機を戦闘不能に追い込み、
 あと二機と言う所まで敵を追い詰めた茜だったが、戦況は一瞬で覆ってしまったのだ。

少女『……GWF202X-クレースト、捕獲完了』

 突如として戦場に舞い降りた、薄桃色の輝きを放つエールを駆った少女の参戦で……。

 一瞬の動揺の隙を突いてプティエトワールの作り出す拘束魔法によって捕縛されてしまったクレーストは、
 結界装甲同士の干渉ですぐにブラッド損耗率の限界点を突破し、
 全身から茜色の輝きを失い、その動きを完全に止められてしまっていた。

 通信が妨害されているのか、既に機関本部や仲間達との連絡も取れない。

狼型G『Grrr……ッ!』

 さらにそこへ、オオカミ型ギガンティックが颯爽と現れる。

 退避する途中で拾ったのか、戦利品を飼い主の元へ持ち帰る飼い犬の如く、
 その口にはヴィクセンの足が一本、咥えられていた。

茜「ッ……おのれぇぇ……!」

 茜は俯き、悔しそうに声を吐き出す。

 奪われたエール、そして、破壊されたヴィクセンの足は、
 仲間達の身に恐ろしい事が降り掛かった事を、如実に告げていた。

 全ての動きを止められたクレーストは拘束魔法から解放され、その場に前のめりに崩れ落ちる。

茜「うぁっ!?」

クレースト『茜様!?』

 愛機が倒れ込む衝撃に茜は短い悲鳴を上げ、クレーストも心配そうな声を上げた。

少女『損傷軽微……これよりGWF202を城まで運搬する』

 幼い少女がそう言うと、廃墟の影から一両のリニアキャリアが姿を現す。

 それは、テロリスト達のマークが描かれた、山路重工製の旧式リニアキャリアだった。

 どうやら、少女の言葉通り、このまま戦利品と持ち替えられてしまうらしい。

茜(すまん……みんな……どうか……せめて無事でいてくれ……!)

 虜囚の身となる屈辱と恐怖の中、茜はせめて仲間達の無事を懸命に祈った。


 十八時四十五分。
 テロリスト達との開戦からおよそ二時間。

 初戦は、ギガンティック機関とロイヤルガードの惨敗で幕を閉じた。

―2―

 ギガンティック機関、格納庫――


 三両のリニアキャリアが到着するなり、待機していた整備班が一斉にハンガーへと群がった。

瑠璃華「チェーロ・アルコバレーノの腕をパージするぞ!
    ハンガーから離れろ! 11班は機体洗浄を優先!
    変色したブラッドには生身、防護服越しでも絶対に触れるな!」

 コントロールスフィアから飛び出した瑠璃華は、通信機を通して整備員達に指示を飛ばす。

雄嗣「救護班急げ! 各ドライバー、パイロットを医務室へ搬送!
   最優先はレミット・ヴォルピだ!」

 さらに、その奥で待機していた医療班が、主任の雄嗣と共に駆け出して来た。

 既にストレッチャーに乗せられていたレミィ達を、上階の医療部局に向けて運んで行く。

紗樹「私は大丈夫です……一人で歩けます」

 仲間達が運ばれて行く様を横目に、紗樹は疲れた足取りで格納庫の隅へと向かう。

 レオンも何か遠慮したいような事を言っている様子だったが、
 屈強そうな男性職員に押さえつけられて運ばれて行く。

紗樹「まったく、あの人は……」

 呆れた、と言うよりは疲れ切った様子でレオンを見送った紗樹は、近くにあったベンチに腰を降ろした。

 そして、辺りを見渡す。

 運ばれて行った仲間達は、空、レミィ、レオン、遼の四人。

 信じたくないが、今、この場に茜とフェイの二人はいない。

 茜の安否は不明だが、フェイの最期はこの目で見た。

 敵の勢力圏内と言う理由から機体の残骸すら満足に回収できない状況だったが、
 コントロールスフィアの間近を撃ち抜かれ、エンジンとブラッドに誘爆しての大爆発だ。

 残骸を回収して確かめるまでも無い。

紗樹「……隊長」

 その事実に次第に俯きながら、紗樹は無事かどうかすら分からない茜の事を思って、
 祈るような声を吐き出した。

 一方、愛機から離れ、作業の陣頭指揮を執る瑠璃華の元には、
 司令室にいた明日美に加え、雪菜とクララがやって来ていた。

 雪菜とクララは作業着風の魔導防護服に着替えており、いつでも整備作業に移れる状態だった。

雪菜「主任、お待たせしました。指示をお願いします」

 駆け足気味に駆け寄った雪菜が、瑠璃華に指示を求める。

 その隣では“何でも来い”と言いたげなクララも控えていた。

瑠璃華「おう、雪菜はアルコバレーノの修理の陣頭指揮を頼む。
    パージした腕はパワーローダーで運ばせろ。
    但し、変色ブラッドの周辺には絶対に触れさせるな!」

雪菜「了解しました」

 雪菜は瑠璃華の指示に頷くと、07ハンガーに向けて走り出す。

瑠璃華「クララはヴィクセンに付着した変色ブラッドの解析だ。
    ばーちゃんの用事が終わり次第、私もすぐにそっちに行く」

クララ「オッケーです、主任!」

 フェイの事が堪えているのか、普段通りとは言えないテンションで返したクララも、
 指示通りに11ハンガーに向かった。

 そして、部下への指示を出し終えた瑠璃華の元に、後ろに控えていた明日美が歩み寄る。

明日美「天童主任、例のテロリストの機体と交戦してみて、何か分かった事は?」

瑠璃華「………間違いなく結界装甲だぞ、司令」

 自分の事を“天童主任”と改まった様子で呼んだ明日美の質問に、瑠璃華も真面目な様子で返す。

 手元の大型タブレット端末から立体映像を起動し、
 テロリストの機体――まだ名も知らぬGWF401・ダインスレフ――を投影した。

瑠璃華「表面に露出しているブラッドラインは胴体周辺や上腕、大腿、関節周辺に限っているが、
    構造の単純化と機体そのもののサバイバビリティ向上に重点を置いた量産型だな」

明日美「量産型の、エーテルブラッドを使用した、ギガンティック……」

 瑠璃華の説明を聞きながら、明日美は一つ一つ区切りながら呟く。

 敢えてオリジナルギガンティックと呼ばないのは、父や瑠璃華の作った物に対する敬意や愛着も有っての事だろう。

瑠璃華「結界装甲の出力はこちらの二割強程度だが、結界装甲を一点に集中すれば
    シールドスタビライザーのような強固な装甲も切り裂けるようだ。

    量産型とは言え侮れない性能だぞ」

 瑠璃華は呆れとも感嘆ともつかない声音で言うと、さらに続ける。

瑠璃華「レミィの戦ったらしい獣型に関しては、状況程度しかデータが無いないが……
    こちらは明らかにヴィクセンを上回っているな。
    結界装甲の出力もこちらと同等と思った方が良いぞ。

    これがワンオフならまだやりようがあるが、万が一にも量産型だとしたら……」

 瑠璃華はそこまで言って、微かに身震いした。

 奇襲などの特殊な状況とは言え、量産型でさえアルバトロスを破壊し、
 オオカミ型はヴィクセンを大破せしめたのだ。

 生産されている数次第では、
 今も第三フロートで風華達が対処中のイマジンの卵嚢なみの脅威になりかねない。

明日美「対処方法はある?」

瑠璃華「………あるにはあった」

 神妙な様子で問うて来た明日美に、瑠璃華はそう答えて肩を竦めた。

瑠璃華「出力や防御面から言えばカーネルとプレリーでも何とかなるが、
    相手が高速・高機動型となればハイペリオンくらいしか思いつかないぞ……」

明日美「そう……」

 続く瑠璃華の言葉に、明日美も何事かを考えるように目を伏せる。

 ハイペリオン……エール・ハイペリオンは、
 エールにヴィクセンとアルバトロスをOSSとして接続した形態だ。

 総重量はカーネル・デストラクターやプレリー・パラディ以上だが、
 シールドスタビライザーとフレキシブルブースターによって外見以上の高機動性能を誇る。

 加えて、オリジナルのハートビートエンジンと試作型ハートビートエンジンを用いた
 セミトリプルハートビートエンジンは、ダブルハートビートエンジンに匹敵する出力を誇った。

 だが、エールは奪われ、アルバトロスは破壊され、ヴィクセンもフレームの大半が大破してしまっている。

 これではモードHどころか、エールと共に奪われたクレーストと合わせて、
 本部の戦力は半減以上の大打撃だ。

瑠璃華「向こうもすぐには動けないんだろう?」

明日美「ええ……」

 瑠璃華の質問に、明日美は小さく肩を竦めながら応えた。

 向こう、とは第三フロートで卵嚢の処理をしている風華達の事だ。

 瑠璃華は本部作業のために動けず、風華達もローテーションを維持のため、
 これ以上人数を減らすワケにも行かない。

 実際、その辺りの事情は瑠璃華にもよく分かっていた。

瑠璃華「山路の方には、213フレームを大至急仕上げるように連絡済みだから、
    必要なパーツは明日の明け方までには届くと思うが……。

    問題はエンジンだぞ……」

 八方塞がりの状況を思い、片手で頭を掻きむしりながら、瑠璃華は愚痴っぽく呟く。

明日美「……ハートビートエンジンに、何か問題が?」

瑠璃華「……事と次第によると、今回の件でエンジンを四つ失った事になる……」

 恐る恐ると言った風に尋ねた明日美に、瑠璃華は重苦しそうな口調で返す。

 その時だ――

クララ「しゅ、主任! 大至急お願いします!」

 いつもの戯けた調子などかなぐり捨てた雰囲気のクララの声が、ヴィクセンのハンガーから聞こえて来た。

瑠璃華「……ッ、覚悟はしておいてくれ、ばーちゃん……」

 瑠璃華はそれだけ言い残すと、踵を返してクララの元に駆けて行く。

明日美「……瑠璃華!」

瑠璃華「何だ!?」

 だが、すぐに明日美に呼び止められ、どこか苛立ったように振り返る。

明日美「………211の作業が一段落次第、203ハンガーの解放の準備を。
   それと、最下層階にある第五一六号コンテナを上に持って来るように指示を出しておきなさい」

明日美「203?
    そっちは分かるが……最下層階にあるコンテナなんて、全部ガラクタばかりで……」

 明日美の指示に瑠璃華は怪訝そうに首を傾げた。

 203ハンガーとは、現在も適格者無しで眠り続けるオリジナルギガンティック最後の一機、
 GWF203X-クライノートが安置されているハンガーの事だ。

 だが、最下層階にある第五一六号コンテナなど、万が一ために保管されている
 オリジナルギガンティックのジャンクパーツ入れの一つ……要はゴミ箱である。

 一方のオリジナルギガンティックはともかく、もう一方は無用のゴミ箱。

 それがこの緊急事態に入り用だとでも言うのだろうか?

瑠璃華「……分かった!」

 だが、半年前も空の件では上手く立ち回っていた明日美の事、何か考えがあっての事だろうと、
 瑠璃華は大きく頷いて返事をすると、再び踵を返し、今度こそクララの元へと駆け出した。

 すぐにクララの元に辿り着くと、
 彼女は殆ど半泣きになりながら作業の陣頭指揮を執っている最中だった。

瑠璃華「何があったんだ?」

クララ「主任! それが……表層の変色ブラッドは除去したんですが、
    機体フレームへの侵食が止まらないんです。

    変色部分が既に残存パーツの三割を侵食していて……」

瑠璃華「洗浄開始が遅かったか……! くそぉ……!」

 困惑した様子で答えたクララの報告に、瑠璃華は悔しそうに漏らす。

 ヴィクセンの躯体をリニアキャリアまで運搬しただけでも、
 腐食によってチェーロ・アルコバレーノも腕を失ったのだ。

 戻るまで洗浄作業を開始しなかったのは、完全な判断ミスだったと言っていいだろう。

瑠璃華「エンジン本体の弁は閉まってるんだな?」

クララ「はい、ヴィクセンが機能不全になる直前に緊急作動させたようで、
    スキャン結果ではエンジン内部に変色ブラッドは侵食した様子はありません」

瑠璃華「なら、エンジン本体の確保を最優先だ!

    洗浄中にパワーローダー用のチェーンソーと、
    ギガンティック用のブレードをありたっけ準備させろ!
    洗浄が終了次第、エンジン周辺のパーツの緊急切除作業を行う!」

 瑠璃華は慌てた様子でそう言うと、端末で雪菜に連絡を取る。

瑠璃華「雪菜、チェーロの分離作業を急いで行ってくれ。
    ヴィクセンの変色ブラッドに侵食された部位を切り離した後、
    ジャベロットを使って直接熱処理する」

雪菜『了解しました、主任』

 雪菜の返事を聞いた瑠璃華は、回線を切ると小さく深呼吸した。

 そして、気を取り直すなり、整備員達に向かって口を開く。

瑠璃華「作業を続行しながら聞け!

    一分一秒を争う緊急事態だ!
    人類防衛の最前線を支えるお前達の技術の見せ所だぞ!」

 瑠璃華の飛ばした檄に、格納庫のそこかしこから歓声のような返事が上がる。

瑠璃華「よぉし! 総員、いつも通り、慌てず、慎重に、
    だが急いで作業を続けるんだぞっ!」

 そう言って、自らも愛機の元に向かった瑠璃華は、
 部下達の気合の入った声を聞きながら、再び気を引き締め直した。

 一方、瑠璃華に指示を出した後、格納庫を離れた明日美は、医療部の病室へと顔を出していた。

 そして、診察室の前に辿り着くと、廊下に据え付けられたベンチに腰掛けている空の姿があった。

 爆風に煽られたものの、軽い背中の打ち身の他は気を失っただけだった空の治療は既に終わっていたが、
 医療部からの連絡事項やニュース番組の表示されているインフォメーションボードを、
 どこか茫然自失と言った風に視線だけで眺めている様子は、やはり精神的に参っているようだ。

明日美「治療はもういいの、朝霧副隊長?」

空「あ……司令……?」

 明日美が声をかけると、空は疲れ切った様子で顔を上げ、
 だがすぐに正気に立ち返り、立ち上がって深々と頭を下げる。

空「申し訳ありません、譲羽司令!
  エールを……GWF201Xとギアを奪われ、
  判断ミスから張・飛麗隊員とGWF212Xとギアを、失いました……!」

 空の口から努めて事務的に発せられた報告は、だが空自身を深く傷つけていた。

 最後は悔しさと哀しさで押し潰され、震え、吐き出すようですらあった。

明日美(重傷ね……)

 痛々しく見える少女の姿に、明日美は内心で小さな溜息を漏らす。

 目の前で抵抗虚しく愛機を奪われ、仲間すら失った少女。

 去年の春に姉を喪い、その感情をどう処理して良いか分からずに抜け殻のようになっていた姿に重なる。

 頭を下げたまま、肩を震わせる空に、明日美は意を決して話しかけようと、口を開く。

明日美「………フェイの事は残念だったわ。だけど、その事は――」

 と、明日美がそこまで言いかけた、その時だった。

 傍らのインフォメーションボードのニュースの画面に、激しいノイズが走る。

 インフォメーションボード自体は本部施設内のローカルネットワーク端末だが、
 ニュースは外部から受信した番組を映している物だ。

 メガフロート内のニュース番組はネットワークや電波、種々の魔力的通信手段によって配信されているが、
 メガフロート内である限りノイズが交じるような事はあり得ない。

 あり得るとしたら、それは……。

明日美「電波ジャック……!」

 明日美は顔をしかめ、ノイズが治まり始めたニュース画面を見遣る。

 空もつられて、そちらを向いた。

 ノイズが消えると、そこに映ったのは、豪奢な雰囲気の部屋だ。

 それは、そう……テロリスト達の根城、旧山路技研の最奥に位置する謁見の間と呼ばれる部屋だった。

 悪趣味な煌びやかさを放つ服に身を包んだ男が、十人以上の女性を傅かせて、
 玉座で尊大に胡座をかき、これまた尊大にふんぞり返っている。

??『偽王に統べられし、不幸なる我が臣民どもよ。
   貴様らの真なる唯一皇帝、ホン・チョンスである』

空「…………?」

 玉座でふんぞり返る、ホン・チョンスを名乗る男の言葉に、空は思わず首を傾げてしまった。

 彼は、一体、何を言っているのだろうか?

ホン『偽王どもとそれに付き従う野蛮なる者共と、我に付き従う勇ましき戦士達との戦は終わらず、
   我もこのような僻地での籠城を強いられ、貴様らに我が威光が届かぬ事に、我も心を痛めていた』

 彼は……ホン・チョンスは、自分の発している言葉がさも当然と言うように、
 何の迷いも戸惑いもなく、奇天烈な言葉を並び立て続ける。

ホン『だが、臣民どもよ、時は来た!
   数だけに頼る蛮族に勝る剣を、我が戦士達は手に入れた!』

 男が万感の想いを込めて叫ぶと、途端に壁面にかけられていた豪奢なカーテンが外れ、
 壁一面に別の部屋の光景が映し出された。

 そこに映っていたのは、百機はあろうかと言うギガンティックの大群だ。

 それらが次々に様々な輝きを宿して行く。

ホン『これこそが真なるオリジナルギガンティック!
   我らが戦士達が掲げる輝かしき剣、ダインスレフである!』

明日美「ダインスレフ………ダーインスレイブね……!」

 ホンの言葉に、明日美は唖然としながらもその名に思い至り、驚いたように呟く。

 ダーインスレイブとは、数多くの北欧神話の物語を収めたエッダにも記された、
 小人が作った呪いの剣の名だ。

 一度、鞘から抜けば、持ち主が血見るまで収まらぬとされた、血塗られた呪いの剣だ。

 ダインスレフは、その異名である。

 そんな呪われた剣の名を付けられたギガンティックを“輝かしき剣”とは、
 笑いを通り越して呆れすら覚える。

 だが、呪われた剣の名を持つギガンティックの力は確かな物だ。

 一対一なら機関のオリジナルギガンティックに圧倒的な分があるが、
 軍や警察の持つ量産機との勝負ならば圧勝だ。

 それが百機以上。

ホン『そして、我らが戦士達が、偽王に付き従う蛮族どもから奪還せし、
   選ばれし者の元に集う二機のギガンティックである!』

 ダインスレフ達を映すカメラが、それらの傍らを通り過ぎ、ぐっと奥に寄って行く。

 すると、その最奥に並べられていたのは――

空「エールッ!? それに、茜さんのクレーストも……!?」

 壁際に立つ二機のギガンティックの姿に、空は目を見開く。

 エールには煌めく薄桃色の、クレーストには微かな茜色の輝きが灯っている。

ホン『皇帝に相応しき力は、我が元へと集う!
   何故ならば、我こそが真なる皇帝だからだ!』

 画面には再びホンが映し出され、彼は立ち上がると、雄々しく拳を掲げた。

 彼の独白めいた言葉はさらに続く。

ホン『我が祖父から王位を簒奪した偽王どもは一族郎党に至るまで、
   即刻、我が前に馳せ参じ、我に頭を垂れよ!

   我が臣民を騙した事を、ホン王朝第四代皇帝……
   このホン・チョンスに詫び、臣民どもが崇め、見守る我が目の前で自害せよ!』

 そろそろ、頭痛を禁じ得ない。

明日美(予想の斜め上をジグザグに駆け上がって行くわね……相変わらず……)

 明日美は頭を抱えたい衝動に駆られながらも、画面からは目を離さなかった。

 どこに事件解決の糸口があるとも限らない。

 事実、六十八年前のグンナーショックの際、魔法倫理研究院のエージェント達は、
 僅かに映った地形をヒントにグンナーの居所を掴んだのだ。

 どこに逆転の秘策があるかも分からない以上、目を逸らすワケにはいかない。

ホン『我が提示する条件は三つ、一つは先に述べた偽王どもの謝罪と死。
   二つ目は皇居を本来の持ち主である我に返上する事。
   三つ目は偽王どもの威を借る政府の解体と、正当なる我への政権返上である!』

 ホンは高らかに、脳内幻想に満ちた自己像に基づく条件を提示した。

 そもそも、四代――どんなに長く見積もっても百年五十年程度だろうか?――の王朝となれば、
 二十世紀末でも七十年程度の歴史。

 アジア地域に限定しても、その時点ですら数百、数千年前から続く数々の朝廷や王朝が存在し、
 それらの皇族・王族が集まっているのがNASEANメガフロートの皇居だと言うのに、
 高々半世紀程度の王朝から王位を簒奪した歴史が存在するなど、時間がねじ曲がっている。

 要は正気ではない。

 ショックで冷静さを欠いていた空にも、その程度の判断は出来た。

 電波ジャックは終わり、慌てた様子のニュースキャスター達が映る。

 どうやら、何の事前通告も予兆も無い、文字通りの電波ジャックだったようで、
 時間も短かった事もあって報道の混乱は続いているようだ。

明日美「………朝霧副隊長……いえ、空」

空「は、はい!」

 唖然呆然としていた空は、改まった様子の明日美の呼び掛けに、緊張した様子で向き直った。

 あのエキセントリックと言うかサイコな話を聞かされたせいか、
 元からのショックや精神的な疲れは、一時的にではあったが吹き飛ばされていた。

 だが、続く明日美の言葉は、そのサイコなショックを吹き飛ばし、
 元からあったショックを呼び戻してしまう。

明日美「……エールを取り戻すつもりは、ある?」

空「……ッ!」

 明日美の言葉に、空は身を強張らせ、肩を震わせる。

 何の抵抗も出来ずに敵に奪われ、ああしてテロリストの示威のために晒し者にされた愛機。

 彼は……エールは結・フィッツジェラルド・譲羽の愛機だった。

 テロのような暴力に怒り、それに晒される人々を救いたいと願った女性の愛機。

 そんな彼が、テロリストの元にいるのは彼の本意では無い筈だ。

 取り戻す……いや、救い出したい。

空「……助けたい……です。エールを……茜さんと、クレーストも……!」

明日美「助けたい、……ね」

 空の言葉を、明日美は反芻する。

 だが――

空「でも……戦えません……今の私に、みんなを助ける力なんて……」

 空はそう言って悔しそうに唇を噛み、顔を俯ける。

 身も竦むほどの恐怖を覚える力の差。

 生身と結界装甲を持つギガンティックにの間には、そんな言葉でも生易しいほどの圧倒的な差がある。

 仮に量産型ギガンティックを預けられても、空にはそれを駆る技術も無ければ、
 結界装甲を持つダインスレフや、敵が……あの幼い少女が駆って来るであろうエールには抗しきれない。

 同じ結界装甲を持つオリジナルギガンティックでなければ、組み合う事すら出来ないだろう。

 だが、風華達は卵嚢群の処理で足止めされ、
 一人戻った瑠璃華はヴィクセンの修理に掛かりきりになり、自分を庇ってフェイは命を落とした。

 レミィも、まだ目を覚まさない。

 今、自分に力を貸してくれる仲間は……その余裕のある仲間は、一人もいない。

 力があるならば、助けたい。

 苦境にある仲間達を、支えたい。

 悔しかった。

 悔しさで拳を握り締め、ブルブルと肩と腕を震わせる。

 明日美はそんな空を一瞥し、不意に腕時計に目を向けた。

 格納庫を離れてから、そろそろ三十分が過ぎようとしていた。

明日美(今から格納庫に戻れば、丁度良いタイミングかしら……)

 明日美は心中で独りごちると、スッと踵を返す。

明日美「朝霧副隊長、着いて来なさい……」

 そして、背中越しに空を呼ぶ。

空「あ……は、はい!」

 一瞬、置いて行かれたかと錯覚しかけた空は、
 いつの間にか滲んでいた悔し涙を拭い、明日美を追って駆け出した。

 二人は正面ロビーを抜け、格納庫を見下ろす作業通路に辿り着く。

 そこは以前、空が着任初日にマリアと共にギガンティックを見下ろした場所だった。

 見渡せば、そこには全身が濃紫色に変色したヴィクセンのフレームを切除し、
 エンジンを取り出す作業をしている様が見えた。

 その傍では瑠璃華の駆るチェーロが、炎熱変換した魔力で切除された部位を焼却処分している。

瑠璃華『切除急げ! 内部の腐食がさっきよりも進んでいるぞ!』

 通信機越しで叫ぶように指示を出す瑠璃華の声は、いつになく焦りに満ちていた。

 元々、手足も頭も失っていたヴィクセンだが、胴体も既に原型を留めておらず、
 それでも尚、数台の大型パワーローダーが代わる代わる、ヴィクセンの胴体を切り刻んでいる最中だ。

空「………」

 空はその痛々しい光景を見遣り、悲しそうに目を伏せる。

 瑠璃華がああしている以上、せざるを得ない状況なのだろうが、理解と納得は別問題だ。

 明日美もそちらを見ていたようだが、すぐに視線を別の方向に向けた。

明日美「こっちを見なさい、朝霧副隊長」

空「……はい」

 明日美に促され、空は明日美の視線が向けられていた方向を見遣る。

 視線の先にあったのは格納庫の最奥、壁のような厳重なシャッターで閉ざされた場所だ。

 その壁が左右に滑るように開かれ、その奥から巨大な何かが迫り出して来る。

 ギガンティック用のハンガーだ。

 埃避けのシートを被せられたハンガーが、牽引用の巨大トラックに引かれて、格納庫内に入って来た。

 だが、それだけではない。

 ハンガーに連結された状態で、もう一両の車輌が姿を現した。

 こちらも埃避けのシートが被せられていたが、
 ギガンティック用のハンガー車輌よりも大きな車体はシート越しにも分かった。

 アルコバレーノの修理やヴィクセンのフレーム切除作業、
 アメノハバキリの修理以外にも整備員の手は余っているのか、
 数台の中型パワーローダーが二両からシートを取り去って行く。

 シートを取られたハンガーから現れたのは、白を基調とした躯体にエメラルドグリーンのアクセントが映える、
 全身に鈍色の輝きを纏わせたオリジナルギガンティックだ。

 そして、後方の車両には同じく白地に、所々に赤や青と言った七色のラインが走る、
 こちらも鈍色の輝きを持った巨大な重戦車が乗せられていた。

明日美「オリジナルギガンティック、GWF203X……クライノートと
    その専用OSS、OSS203X-ヴァッフェントレーガーよ」

空「クライノート……それに、ヴァッフェントレーガー……」

 明日美の言葉を、空は反芻する。

 確かに、その機体の姿には空も見覚えがあった。

 以前、アルフの訓練所で座学の際に見せられたクライノートそのものである。

 これが現存するオリジナルギガンティック、最後の一機。

 明日美の師である、二代目閃光、クリスティーナ・ユーリエフの愛機であったソレだ。

明日美「朝霧副隊長、あなたにはエール奪還までの間、
    クライノートのドライバーを務めて貰います」

空「わ、私がですか!?」

 淡々とした明日美の言葉に、空は驚愕する。

 無理だ。

 自分が同調できたオリジナルギガンティックはエールだけの筈だ。

 マリアのように、二機のオリジナルギガンティックに認められたワケではない。

 だが、明日美は気にせずに続ける。

明日美「クライノートには誰でも乗れるわ……。それこそ、僅かな魔力しか持ち得ない人間でも……」

空「だ、誰でも……ですか?」

 空は愕然とした表情のまま、明日美に問い返す。

 誰でも、と言うのだから言葉通りに“誰でも”なのだろうが、
 それでは、何故、この強力なオリジナルギガンティックと専用OSSは長らく格納庫の奥で眠っていたのだろうか?

明日美「彼女、理解があるのよ。
    だけど、オリジナルドライバーであるクリスティーナ・ユーリエフを除き、
    彼女を十全に扱えた人間は今まで一人もいなかった」

 しかし、明日美は険しそうな視線を、クライノートではなく、その後方のヴァッフェントレーガーに向けた。

明日美「ヴァッフェントレーガーとクライノート、
    この二つが揃って始めて、クライノートはその真の性能を発揮する。

    だけど、それにはクライノートだけでなく、
    ヴァッフェントレーガーとも同調しなければならない」

空「ヴァッフェントレーガーと同調……けど、それじゃあ……」

 明日美の説明を聞いた空は、再び目を伏せる。

 自在に動かせる新たな乗機があっても、
 肝心のOSSと同調できないのでは百パーセントの性能は発揮できない。

明日美「いいえ……ヴァッフェントレーガーとの同調も、
    他のオリジナルギガンティックのような資格は必要無いわ。

    必要なのは、ヴァッフェントレーガーを扱いこなす能力よ」

 明日美はそう言って通路を進み、今度はドライバー待機室に通じる通路の出入り口へ向かった。

 空もその後を追う。

明日美「あなたには、今からヴァッフェントレーガーを扱うための特訓を受けて貰います」

空「特訓……シミュレーターですか?」

 明日美の言葉に、向かう先にある施設を思い浮かべた空は、おそらくと思われる物を挙げる。

 アレなら実戦さながらの訓練が出来るだろう。

明日美「ええ……但し、今までよりも幾分か辛い物になるわ……。
    それでも構わないかしら?」

 明日美は頷くと、肩越しに空に向き直り、彼女の意志を確認する。

 それは最終確認だ。

 仲間を助けたいと願うなら、この特訓に耐えて見せろ、と。

 そのくらいの覚悟が無ければ、クライノートを駆る資格は無い、と。

空「……はい、お願いします!」

 躊躇ではなく、心の中の闘志を燃え上がらせる僅かな間を持って、空は深々と頷いた。

 エールや茜、クレーストを助け、フェイの仇を討つ。

 そのための特訓になら、どこまでも耐えて見せる。

 そんな強い思いが、空の胸には宿っていた。

 明日美は満足そうに頷くと、
 空と共にドライバー待機室の向こう……シミュレータールームへと向かった。

―3―

 ドライバー待機エリア、シミュレータールーム――


 シミュレータールームに入るなり、明日美はコンソールに向かい、何事かの操作を始めた。

空「あ、あの司令、セッティングなら私が……」

 流石に組織の最高指導者にそんな雑務をさせるワケにはいかず、空は慌てた様子でコンソールに駆け寄る。

 だが、明日美は視線と手でそんな空を制した。

明日美「今からシミュレーターの安全装置を幾つか外します。
    ………ごめんなさいね、この操作ができるのは私以外は五人しかいないから」

 明日美は至極真面目な雰囲気で言ってから、微かな苦笑いを浮かべて言った。

 ちなみに、明日美以外の五人とは、このシミュレータールームを管理する戦術解析部の主任――
 つまりほのか達の上司だ――と、技術開発部主任の瑠璃華、医療部主任の雄嗣、
 副司令のアーネスト、そして、前線部隊の隊長である風華だけだ。

 無論、空はそんな事は知らないし、シミュレーターの安全装置が解除できる事も知らなかった。

空(安全装置を外す……やっぱり、大変な特訓なんだ……)

 空は無言で明日美がコンソールを操作する様子を見ながら、ゴクリ、と息を飲んだ。

明日美「生身の魔導戦のシミュレーター訓練はどのくらい?」

空「えっと……最近は週に三回、一週間の合計で五時間くらいです」

 明日美の質問に、空は思い出すように答える。

 訓練時代からの合計時間で言えば、そろそろ五百時間程度だろうか?

 ギガンティックを用いない生身の魔導戦の技術も、オリジナルギガンティックのドライバーには必要だ。

 ドライバーが技量を上げれば、上げた分だけオリジナルギガンティック達もそれに応えてくれる。

明日美「そう……訓練時間としては十分ね」

 明日美は満足そうに頷くと、一台のシミュレーターに向かった。

 どうやら、この特訓には明日美も参加するようだ。

 初代閃虹の実子であり、二代目閃虹に師事し、
 メガフロートを守り続けた生きた英雄、明日美・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな大人物から直々に施される訓練に、空も緊張を禁じ得ない。

明日美「朝霧副隊長は二番のシミュレーターを使いなさい」

空「は、はい!」

 明日美の指示に緊張気味に応え、空は少し慌てた様子で指定された
 二番のシミュレーター――明日美の隣だ――に身体を預けた。

明日美「普段と違って、細い管に吸い込まれるような違和感を覚えるかもしれないけど、
    抵抗せずにその間隔に気持ちを委ねなさい」

空「……は、はい……」

 隣のシミュレーターに寝た明日美の指示に、空は不安げに頷く。

 安全装置を解除したシミュレーターを使うのは、今回が初めてだ。

 緊張と不安に心臓の鼓動も加速して行くように感じる。

 直後――

空「!?」

 明日美に言われた通り、ストローのように細い管に頭から吸い込まれるような感覚に襲われながら、
 空の意識は仮想世界へと落ちて行った。

 そして、数瞬後、空の意識は仮想空間の中にあった。

空「ん……」

 目を開いた空は、自分が荒れ地のような場所にいる事に気付く。

 谷間にある広い平野だ。

 普段の魔導戦訓練に使っている平面で構成された空間とは違うようだ。

明日美「やっぱり、私のイメージが優先されたようね……」

空「し、司令!?」

 普段との違いに戸惑っていた空は、背後からの声に驚いて振り返る。

 だが、振り返りながらふと思う。

 明日美の声は……老齢である筈の女性の声は、こんなに高く張りのある声だったろうか、と?

 そして、振り返った空は、さらなる驚きで目を見開いた。

空「し、しれぇっ!?」

 驚きのあまり、声が上擦るのを通り越して、ひっくり返る。

 そこにいたのは年若い妙齢の女性だった。

 年齢は風華よりも少し若い、二十歳かそれよりも少し若く見える女性。

 だが、その姿には見覚えがある。

 艶やかな黒髪と、強い意志と生命力の宿る黒い瞳。

 藤色をしたローブ状の魔導防護服を纏ったその姿は、
 明日美の自宅で見たフォトデータにあった、若かりし明日美の姿そのものだ。

明日美「魔導師としての私の全盛期は十代後半から二十代前半。そうね十九歳くらいかしら?」

 そう感慨深く呟いた若い明日美は、身体の感触を確かめるように拳を握ったり開いたり、
 肘の曲げ伸ばしを繰り返す。

明日美「コレが安全装置を解除した理由の一つ。
    使用者のイメージに合わせて、仮想空間内の年齢をコントロールする事が出来るわ。

    さすがにお婆さんの姿じゃあ、訓練どころじゃないもの」

 明日美はそう言って、どこか戯けたような笑みを浮かべた。

 そこで空も思い出す。

 そう、アルフからも初めてシミュレーターを使った時に教えられていた。

 このシミュレーター開発当時には、事故で八歳程度にまで若返ってしまった人がいた事を。

 そして、現在は安全装置でそんな事故が起こらないようにされている事を。

明日美「あと一つは体内時計の操作。
    コレは初期から機能として組み込まれていたのだけど、
    時間間隔が狂う、と言う医学的理由から封印されていたの」

空「体内時計の操作、ですか?」

 若返った明日美の説明に、空は首を傾げた。

明日美「ええ、今、この仮想空間は現実の大体五百倍程度の速度で動いているわ」

空「ご、ごひゃくばい!?」

 明日美の言葉に、空は素っ頓狂な声を上げる。

 五百倍で加速した仮想空間。

 シミュレーターを起動してから体感で過ぎた時間は二分……百二十秒程度。

 だが、現実にはまだコンマ二秒も過ぎていない計算になる。

 なるほど、あの細い管に吸い込まれるような感覚は、精神が加速して行く際の物だったのだろう。

明日美「設定した時間は五十分……十七日程度かしら」

 明日美は思案げに漏らす。

 半月以上もの時間を、たった五十分で経験する事が出来る。

空(コレって……もしかしなくても、もの凄い事なんじゃ……)

 空は内心の驚きを隠しきない様子ながら、そう胸中で独りごちた。

 五百倍の体感時間を活かせば、短期間であらゆる訓練が可能だ。

 このシミュレーターの体験が実際の身体にフィードバックされる事は、
 一年以上使っていた自分が身を以て知っている。

 五百倍と言う事は、一日で一年四ヶ月分、
 それこそ今までの自分の訓練・実動期間と同じだけの経験が出来る事になるのだ。

 コレは利用しない手は無いだろう。

空「こんな便利な機能があったんですね」

明日美「ええ……。まあ、あまり評判は良くないのだけれども………」

 感嘆混じりに漏らした空に、明日美は目を逸らし、苦笑い混じりに言葉を濁した。

 だが、すぐに気を取り直したように真面目な表情を浮かべ、空に向き直る。

明日美「本格的に特訓を始める前に、幾つか質問……意思確認をしておきたいのだけれど、いいかしら?」

空「……はい」

 妙に改まった様子の明日美の問いかけに、空は訝しがりながらも深々と頷いた。

 明日美も頷き返し、口を開く。

明日美「……今回の事を踏まえて、テロと言う物を、貴女はどう見る?」

 明日美の質問に、空は身を強張らせた。

 それは数時間前に茜から問いかけられ、レミィやフェイと共に応えた質問と、同じ物だった。

 だが、決定的に違う事が一つ……いや、二つある。

 空は身を以て、テロと言う物が……テロリストがどんな者達なのかを知った。

 そして、その中で大切な仲間の命を……フェイを、失った。


――何でだろう、と思います――


 かつての自分が如何に無知で、如何に優等生然とした偽善的な回答を口にしたのかを知った。

 そして、フェイの掲げた理想論が、どこまでも遠く、険しい道なのかも知った。

 だからこそ、今の空の回答は――

空「……許せません」

 ――とてもシンプルで、そして……――

空「……こんな苦しい思いは、もう、誰にもさせられません……!」

 ――どこまでも彼女らしい、義憤に満ちた物だった。

 空は握った拳を胸に押し当てるようにして、フェイを失った痛みを思い返す。

 爆風の向こうに消えたフェイ。

 彼女はテロすら受け入れ、より良い社会を目指す事を是とした。

 その彼女の祈りを踏みにじったテロリスト。

 許せる筈が無い。

 そして、自分が抱いた哀しみも憎しみも、もう誰にも味合わせて良い物でも無いのだ。

空「みんなを助けて……テロリストを倒します」

明日美「そう……」

 力強く言った空に応えるかのように、明日美は感慨深く頷いた。

 哀しみと怒り、憎しみの中にあっても未だ曇らない空の志は、本物だった。

 誰かのために、そう誓った彼女の意志の堅さを、人間離れした物と思う人間もいるだろう。

 自分で尊いと思った物、気高いと感じた物、そんな信念を如何なる時にも曲げないと言う事は、決して容易くは無い。

 尊さは怒りに消し飛ばされ、気高さも憎しみに屈し、信念も大きな力の前には曲げざるを得ない時がある。

 そして、それは弱さではない。

 だが、尊いと思ったものを尊いままに、気高いと感じたものを気高いままに、信念を曲げない事は強さなのだ。

 それは、一度でも憎しみに……黒い感情に呑まれた者にしか分からない強さだった。

 空は今も、フェイを殺された事……彼女を死地に赴かせた後悔と、
 彼女を殺した者達への怒りと憎しみに、黒い感情に抗っているのだろう。

 奇しくも、フェイは姉・海晴と似た状況で亡くなった。

 空を庇い、敵の攻撃に晒されると言うカタチで……。

明日美「……なら、今の内に精一杯、泣いておきなさい」

空「!?」

 深い感慨の込められた明日美の言葉に、空はビクリ、と身体を震わせた。

明日美「後悔も怒りも憎しみも……今の内に、吐き出しておきなさい……」

空「あ……」

 そう言われて、空は初めて気付く。

 そうだ、自分は後悔していたんだ。

 あの時、自分が逃げる事が出来ていたら、フェイは死なずに済んだかもしれない。

 最後に引き金を引いたのは、あのダインスレフに乗っていたテロリストだ。

 強固な筈のアルバトロスの背面装甲が、その全性能を発揮できなかったのも、
 先に彼らによってシールドスタビライザーが破壊されていたからだ。

 恐らく、十人中九人が、フェイの死の原因をテロリストにあると口を揃えるだろう。

 だが、間違いなく、フェイの死の最大の原因は自分を庇った事にある。

 それすらもフェイの自己責任だろう。

 最終的に空を庇ったのは、フェイの判断なのだから。

 だが、違う。

 あんな状態でも、自分を庇うために動いてくれる仲間の事を一時でも忘れ、
 すぐに動けなかった自分の責任なのだ。

 明日美は、そんな空の後悔を見抜いていた。

 いや、むしろ“分かって”いた。

 病室前で空から報告を受けた時、空はフェイとアルバトロスを失った事を、
 “自分の判断ミス”だと明言した。

 最初から空は、フェイの死の原因の一旦を自分に感じ、後悔していたのだ。

明日美「フェイの事を気にするな、とは言わないわ。
    それはとても無責任な事を強いる事ですもの……。

    でも、今ここにあるあなたの命は間違いなく、フェイが繋いでくれた命よ。

    悔やむよりも前を向きなさい。
    フェイと……そして、海晴が繋いでくれた自分の命を、
    どうやって正しい事のために使うかを考えながら」

 明日美の言葉を聞きながら、空は“ああ、そうだ……”と納得していた。

 一年前の春にも、自分の命は愛した人の犠牲によって、今に繋がれていたのだ。

 自分の命を繋いでくれた人のためにも、自分に出来る事をしよう。

明日美「ただ……今だけは泣いておきなさい……。
     何時間でも、気の済むまま……」

空「……はい」

 明日美に言われて頷いた空は、また気付く。

 この意志最終確認をシミュレーター起動後にしたのは、
 明日美が空のために“泣く時間”を作ってくれたからだった。

 体感時間を五百倍に加速されたこの空間なら、
 たとえ一時間泣いたとしても、現実には十秒足らずの時間だ。

 現実には僅かしか経っていない時間でも、気持ちを切り替える事も出来るだろう。

 明日美は、自分が前を向く事を信じてくれている。

空「……ありがとう、ございます、司令……。
  少しだけ、時間を……下さ…い」

 空は涙で震える声で、何とかそれだけ言い切ると、その場で崩れ落ちるように膝をついた。

空「ッ……ぁぁぁ……っ!」

 喉の奥から絞り出すように、嗚咽を漏らす。

(ごめんなさい……フェイさん……ごめんなさい……!)

 心中で、亡き仲間に謝罪し、彼女の事を思う。

空(……フェイさんが助けてくれた命……絶対、無駄になんかしない……!
  もう二度と、復讐に取り憑かれたりなんかしない……!

  だから、今だけ………)

 人形のように淡々と振る舞いながらも、どこか人間臭さを隠せない、
 そんな誰よりも人間味に溢れた仲間だった。

 拒むよりも受け入れる事を選び、中庸よりも調和を重んじる、温和な人だった。

 愛した姉との間にあった絆を、姉の死後も宝物のように大切にしてくれている、
 そんな思いやりに満ちた女性だった。

空「フェイさ、ん……フェイさぁぁん……うぅ、あぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 空は堪えきれず、その名を叫び、号泣する。

 涙は止めどなく溢れ、後悔を洗い流す。

 フェイが望み、繋いでくれた命に、悔いを残さぬために……。

 一頻り泣いた空が落ち着きを取り戻したのは、それから一時間後の事だった。

空「すいません……お時間取らせました」

 涙を拭った空は、明日美に向けて丁寧に頭を垂れた。

 それは言葉通りの謝罪であったり、この時間を作ってくれた事への感謝だったり、まあ様々だ。

明日美「気にしなくていいのよ……。迷いがあるままでは、危険な訓練ですもの」

 そう淡々と返す明日美の言葉も、多少の照れ隠しを含んでいた。

明日美「空。貴女にはこれから四段階を踏んで、クライノートのドライバーとして……
    いえ、クライノートと共にエールを奪い返し、
    エールの真のドライバーとして相応しい技量を手に入れて貰います」

 明日美は気持ちを切り替えるなり、そう言って左手を突き出す。

明日美「一段階目はギア無しでの魔力操作の応用、
    二段階目はギア……クライノートを使っての魔力操作の応用、
    三段階目でヴァッフェントレーガーの訓練……」

 明日美は指を一本一本立てながら、言い聞かせるように朗々と呟く。

 そして、四本目の指が立てられる。

明日美「……四段階目は……いえ、それはヴァッフェントレーガーの訓練が終わってからね。
    とにかく、半月以内にギア無しでの魔力操作の応用をマスターして貰います」

空「……はい」

 お預けを食わされた気分で拍子抜けしながらも、空は気を取り直して頷いた。

 魔力操作の応用。

 魔力操作の基礎は、魔力弾の射出や、魔力を纏っての打撃、肉体強化などがある。

 応用ともなれば、魔力の集束や属性の変換などがあるが、
 それらは基礎応用とも言える初歩的な物で、極めれば実に奥深い物だ。

明日美「説明するよりも分かり易いだろうから、軽く手本を見せるわね」

 明日美はそう言って、防護服の腰に提げられている双杖を構えた。

 白地に藤色のラインが走る双杖の先端には、石突き程度の突起が取り付けられている。

 その石突きの部分に魔力が込められ、小さく振り回される度に魔力だけが切り離されて行く。

 それが空間に静止した魔力弾だと空が気付いたのは、五つめが切り離された直後だった。

 一分と経たずに、明日美の周囲には二十近い藤色の魔力弾が浮かんだ。

明日美「シュートッ!」

 明日美が指示を出すように双杖の一方を突き出すと、その中の幾つかが真正面に向かって解き放たれ、
 それを追うようにさらに数発の魔力弾が放たれ、先んじて飛んだ魔力弾が障害物となりそうな物体に接近すると、
 それらを破壊して進路を確保させた。

 本来は自然界の物質に影響を及ぼさない純粋魔力の弾丸がそれらを砕けるのは、
 シミュレーターの中と言う特異な状況だからだろう。

 そして、残った十発近い魔力弾は明日美の身を守るように高速で旋回する。

明日美「魔力弾を切り離し、任意のタイミングで任意の行動を取らせる技術……。
    第一段階ではこれを完璧に修得して貰います」

 明日美は冷静に言うが、凄まじい魔力操作能力だ。

 空も、瑠璃華の見せた遅延爆発型魔力弾を見た事があったが、コレが別格の能力である事は分かった。

 二十もの魔力弾に、三種の操作とは言え意識を割り振るのは並大抵の技術では無い。

 この技術の習得と言うのは、生半可な物では無いだろう。

明日美「いきなり十も二十も出せとは言いません。
    なので、先ずは二つ同時に出す所からやってみましょう」

空「は、はい!」

 明日美の指示に緊張気味に頷くと、空は両手を前に突き出す。

空(えっと……見た感じだと、魔力弾を撃ち出さずに、浮かべる感じかな?)

 空は明日美がやっていた様を思い浮かべつつ、ゆっくりと手に込めた魔力を切り離した。

 すると、ふよふよと不安定な軌道の魔力弾が一つ、目の前に浮かんだ。

空「で、出た!?」

明日美「ほぅ……」

 驚く空に、明日美も感嘆の溜息を漏らす。

 だが、驚きと共に気を抜いた事で、魔力弾はすぐに弾けて消えてしまう。

空「あぁ……」

 空は肩を竦め、ガックリと項垂れる。

明日美「ギアを使わずに魔力を制御する事は難しいわ……。
    とにかく魔力弾を維持する事に集中よ」

空「……はい!」

 励ますようなアドバイスをくれた明日美に応え、空は気を取り直して再び両手を前に突き出す。

 目標に対して放つ魔力弾には、攻撃のイメージが込められている。

 そのため、身体から切り離されても、
 弾けて消える事なく射出方向に向かって飛んで行く性質が、発生直後から備わっていた。

 だが、自身の周囲に浮かべるとなると、普段の魔力弾とは違う。

 切り離した後にその場に留まるイメージを強く持ち続けないと、
 先程のように気を抜いただけで弾けてしまう。

空(司令は操作系の術式を使っていなかった……。純粋にイメージだけで維持しないと……)

 空は集中しつつ、左右の掌から一つずつ魔力弾を切り離した。

空「………よし!」

 空は手の先で魔力弾が浮かび続けるイメージを保ったまま、両手をゆっくりと動かす。

 すると、空のイメージに従い、切り離された魔力弾も掌との距離を保って動いた。

明日美「いい調子ね。
    じゃあ次はそのまま数を増やしていきましょう。目標は五日以内に十個よ」

空「はい!」

 空は大きく頷くと、右手で次なる魔力弾を生み出そうとするが、
 途端にそれまで右手で操作していた魔力弾が消え去ってしまう。

空「あ……!? もう一度!」

 一瞬、呆然としかけた空だったが、すぐに気を取り直して新たな魔力弾を作り出し、
 そのまま次の魔力弾を発生させる準備に戻った。

 五日で十個の魔力弾を維持できるようにする。

 聞いた瞬間は“出来るかも”と思い、小気味よく返事をしたが、
 三つ目を出そうとして、それが困難な道だと改めて思い知った。

 複数の魔力弾を切り離して止めると言うのは、想像以上に難しい。

 イメージにさえ集中できていれば、二つの魔力弾を維持するのは決して難しくない。

 所詮二つ。

 左右の手を別々に動かす程度の手間と複雑さでしかない。

 だが、三つめよりも先は、そこにもう一つのイメージを加えなければいけないようだ。

 空は決して不器用な方では無かったが、ギアや端末の補助も無しに行うのは流石に無茶があるようだ。

 ようやく三つ目を切り離したものの、先に出していた魔力弾の一つと干渉し、
 融合して一つの大きな魔力弾になってしまう。

 これはつまり、二つ分しか操作できていないと言う事だ。

空「やり直し……っ!」

 空は悔しそうに呟くと、失敗した魔力弾を消し、また二つ目から仕切り直す。

 明日美は少し離れた場所に腰掛け、
 三つ目の魔力弾を作り出そうとする空の様子を見遣りながら、目を細める。

明日美(二つまで出すのは簡単よ……。
    多少の訓練や経験があれば、誰にでも出来る領域だわ。

    けれど、補助も無しに三つ目を出そうとすれば
    思考のコンフリクトが始まり、途端に難度が跳ね上がる……)

 明日美は、先程まで自分がやっていた多数の魔力弾の操作を思い出していた。

 アレもギアによる補助があればこそ、と言う部分は確かに大きいが、
 実際はギアの補助はそれほど頼ってはいない。

 実際はもっと大雑把で、実にシンプルな方法で魔力弾を維持していた。

 その事を、器用ではあるが愚直でもある少女は、未だ気付いていないようだ。

 無論、空の努力の方向性――イメージを固める事――は、概ね、間違ってはいない。

 概ね間違っていないからこそ、根本的な解決策を思いつくのが難しいのだ。

明日美(悩みなさい。
    悩んだ末に自らの力で出した答は、必ず自身の血肉となり、力になる。
    今の貴女が拠とする信念が、貴女自身の心を強くしたように、ね……)

 空を見守りながら、明日美は胸中で感慨深く呟く。

空「ああ、また……!?」

 幾度も同じ失敗を繰り返しながらも、
 空は懸命に三つ目の魔力弾を作り出すために四苦八苦している。

 魔力弾を三発放つのは簡単だ。

 要は“目標に向かって飛べ”とイメージした魔力弾を三連続で放てば良いのだ。

 多少難しいが、それを三発同時と言うのもやって出来ない事は無い難度である。

 しかし、今回は身体の周辺に止めて、後から操作できるような魔力弾を作らなければならなず、
 それが難度をグッと上げていた。

 だが、たかだか“難しい”程度で歩みを止めるワケにはいかなかった。

 フェイが繋いでくれたこの命で、必ず仲間達を救い出す。

空(エール、茜さん、クレースト……みんな、待ってて……。
  お姉ちゃん、フェイさん……見守っていて……。
  必ず、みんなを救い出してみせるから!)

 空は決意を堅く、新たにすると、一度深呼吸をしてから特訓を仕切り直した。


第17話~それは、正義を騙る『悪意の在処』~・了

今回は以上となります。

書いてる最中はホンの電波なジャック内容はやり過ぎかと思いましたが、
某所であの国出身らしき人が「日本は奪われた第二ウリナラ」とか言っていたので
これでも“ちょっと行き過ぎ”くらいなんだなと逆に安心しました。

ホンモノは予想の斜め上を妄想を描きながら飛んで行くんですね(遠い目)


ご心配をおかけしましたが、前述の通り、腰は何とか大丈夫です。

お読み下さり、ありがとうございます。
腰は今日も大丈夫ですw

>怒濤の展開
この場でのフェイの犠牲は当初からフラグを立てまくって予定していた通りの事なのですが、
レミィの惨状は“You、弐拾参号出しちゃいなYO”と言う、内なる何者かの意見のせいです。
本当なら、ダインスレフに全身を斬り刻まれながらも、空を咥えてギリギリで逃げ切る流れだったのですが、
さすがにレミィの姉妹を回想だけで出番を終わらせるのも勿体ない、と言う事で再登場の運びとなりました。

ともあれ、ピンチと敗北はロボのお約束です。
そして、反撃もロボのお約束です。

>アッカネーン!
……にならないよう、テロ側の描写の際には茜視点で書く予定です。
ユエやエールを奪って行った少女や、そちらにスポットが当たる際は茜が絡む形になります。

>ホンの演説
何であそこまで電波になってしまったか、は追々明らかに出来たらいいなと思ってます。
……が、基本的にテロ側のメインはユエと例の少女ですので、あくまでホンは舞台装置程度の役割で終わるかもしれません。

>矛先が身内に
基本的に従順なら“臣民”、逆らうなら“逆賊、蛮族”の典型的な征服者や暴君の思考ですね。
YesNoしかないので、不興を買わず、虫の居所が悪い時に目につく範囲にさえいなければ、
外に敵がいる身内だけの世界と言う狭い範囲に限っては良い部類の指導者なのかもしれません。
誤魔化し易さや御しやすさも含めて、ですが。

>クライノート@この時のため
2号ロボ、超大事(何
反撃の要ですからね。
無傷で実戦データの少ない機体を“こんな事もあろうかと”温存していました。
しかし、ヴァッフェントレーガーの使い勝手の悪さがあるので、性能面ではやや他の機体に遅れを取る形ですね。
クァンがクライノートではなくカーネルを使うのも、その辺りの関係です。

>Gアーマー
個人的には合体できないオーキス辺りかと思っていましたが、確かにそっちの方がしっくり来ますね。
武器満載なので、むしろガンダムフォースのギャロップかもしれませんがw

>使い勝手で人を選ぶツンデレ
むしろデレツンですねw 普段がデレで肝心な時にツン………………………もしかして、嫌われてる!?(何

冗談はさておき、二つで一つのギアのクライノート・シュネーで動かす物を片割れのクライノートだけで起動しているような物ですからね。
操縦難度はまともに動かないエールより上になります。
ただ、本体は素直に動くので本体だけは動かし易いかもしれませんが……。

余談ですが、シュネー君はクリスと一緒に宇宙に行きました。

>昭和ヒーローのごとき特訓
明日美が崖の上から投げたドラム缶を魔力弾で撃つ特訓ですね、分かります。

次回は反撃の準備を整えたり、茜とユエの邂逅があったり、と言った内容を予定しています。

ほ し ゅ

>>165
保守ありがとうございます。

そろそろ最新話を投下します。

第18話~それは、甦る『輝ける牙』~

―1―

 午後7時も半ばを回った頃。
 第七フロート第三層、旧山路技研跡――


 その中にある広大な格納庫の奥、壁際に据え付けられた旧式ハンガーに雁字搦めに固定された
 クレーストのコントロールスフィアの中で、茜は消沈した様子で座り込んでいた。

クレースト『茜様、コンディションチェックが終了しました。
      ブラッド損耗率98.8%、魔力は千五百程度まで回復しています』

茜「………さすがに無茶があるな」

 クレーストの言葉に、茜は嘆息混じりに呟く。

 敵に捕まった地点からこの格納庫に移動し、ハンガーに固定されるまでの一時間足らず、
 動かずに魔力の回復に集中していたが、思ったほど回復はしていない。

 緊急モードで再起動すれば数十秒から一分程度は動けるかもしれないが、それではこの格納庫を出る前に停止してしまう。

 それでは意味が無いどころか、下手をすれば死が待っている。

茜(それだけは絶対に避けるべきだ……)

 茜は自身の意思を確認するように、そう胸の中で独りごちた。

 屈辱の虜囚の身だが、逃げ出す機会が巡ってくる可能性が万が一にもあるなら、その屈辱に耐えるべきだ。

 死んでは元も子もないし、命に賭け時と言う物があるなら、無駄死にするだけの今は“その時”ではない。

 茜は目を瞑ると小さく深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。

 肝は据わった。

 ならば、後は流れに身を任せるしかない。

 そんな思いと共に目を閉じると、小さな電子音と共にハッチがゆっくりと開いて行く。

 どうやら、外からのアクセスで機体側のハッチが開けられたらしい。

茜<クレースト、しばらくお別れだ!>

クレースト<はい、茜様。御武運をお祈りします>

 直後、茜は咄嗟に首にかけていたギア本体を手に取り、クレーストと思念通話で言葉少なに挨拶を交わすと、
 スフィア内壁にある収納を開き、その中にギア本体を押し込み、物理錠でロックし、その鍵を束ねた髪の中に押し込んだ。

 最初から想定して準備していた手順だったが、やってみれば五秒と掛からずに完遂できた。

茜(機体の移動が終わってから十分でロック解除か……。
  機体を完全に固定してからロックの解除作業を始めたとすれば二分足らず……。
  最初からパスワードを知っていたと思った方がいいな……)

 茜はそんな思案をしながら、ようやく開かれたハッチの先を見遣った。

 現れたのは三十代程度の男性だ。

 加えて、両隣には魔導装甲を纏った若い兵士が二人。

 魔力を探ってみると、三人だけでない事はすぐに分かった。

 ハッチの影にまだ二人、こちらも魔導装甲を展開しているようだ。

茜(抵抗しなくて正解だったか……)

 たった千五百程度の魔力では、魔導装甲を展開できても一対多の戦闘には耐えられないだろう。

 何より、この場に鬼百合が無いのも痛い。

男「本條茜だな。出ろ」

 茜は観念したように項垂れ、立ち上がり、コントロールスフィアの外に出た。

 すると、両手を掴まれ、その手首に二つの腕輪が取り付けられる

茜(魔力錠式の魔力抑制装置が二つか……念の入った事だな)

 茜は胸中で溜息を漏らしながら、そんな事を思う。

 この腕輪は腕輪型のギアで、強制的に魔力を放出し続けながら、魔力循環を鈍らせて魔力の回復を阻害するのだ。

 その上、魔力を流し込まねば外れぬ魔力錠で固定されては、自力で外す手段など無い。

 総魔力量五万を超える全快状態の茜なら放出され切ってしまう前に腕輪を破壊する事も出来たが、
 そこまで魔力が回復していれば大人しく虜囚の身になる選択肢など元より無かった。

茜(何にしても、これでは抵抗もままならないか……)

 魔力を抜かれ、徐々に虚脱感に襲われながら、茜は悔しそうに歯噛みする。

兵士A「歩け!」

茜「っ!?」

 そして、魔導装甲を纏った男の一人に背中を押され、茜は驚いてよろけながらも歩き出した。

 四方を魔導装甲を纏った兵士に囲まれ、その先を行く彼らの上官らしい三十代の男に連れられて行く。

 その途中、隣のハンガーの足もとのやり取りが目に入った。

 旧式のドライバー用インナースーツを纏った幼い少女を壁際に押しやり、
 パイロットスーツに身を包んだ二人の男が囲んでいる。

ドライバーA「このクソガキ、よくも俺らの手柄を横取りしやがったな!」

ドライバーB「テメェなんかの力なんて借りなくてもな、俺らだけでアレは手に入れられたんだよ!」

 一人の男が少女の胸ぐらを掴み、もう一人がクレーストを指差して怒鳴りつけた。

茜「まさか、あんな幼い子が空からエールを奪ったのか……!?」

 その様子に察しをつけた茜は、信じられないと言った様子で、思わず漏らしていた。

 ドライバー用インナースーツを着ているのはあの幼い少女だけで、他にそれらしい人間はいない。

 そして口ぶりからして、あの少女を恫喝している男二人は、
 あの戦闘で最後まで残っていたギガンティックのドライバーだろう。

少女「任務を、果たしただけ……」

 少女は怯えた様子もなく、か細い声でそれだけ呟いた。

ドライバーA「何が任務だ! 余計な事をするな、って言ってんだよ!」

少女「必要以上にダインスレフを失うワケにはいかない……これは、マスターがいつも言っている」

 尚も怒鳴り散らす男に、少女は感情など何も無いかのように呟く。

 淡々と、と言うのも憚れるほどに抑揚は無く、正に機械然とした口調だ。

 しかし、それが余計に男達の不興を買った。

ドライバーB「ッ……テメェ、博士のお気に入りだからってスカしやがって!」

ドライバーA「この人造人間風情がよぉっ!」

 怒りで激昂し、少女の胸ぐらを掴んでいた男が、彼女の横っ面目掛けて拳を振り下ろした。

 少女は堅く目を瞑り、そこで初めて萎縮したように身を強張らせる。

 直後に男の拳は少女を捉え、幼く小さな身体は棒きれのように弾き飛ばされ、床の上に転がった。

茜「!? 貴様ら、小さな子供に何をしているんだ!?」

 その光景に茜は立ち止まり、思わず声を上げていた。

 敵の内輪揉めとは言え、さすがに大の大人が幼い子供に手を上げる様を看過するワケにはいかない。

兵士B「早く歩け!」

 だが、すぐに自分を囲む兵士に取り押さえられ、無理矢理に歩かされてしまう。

 少女に手を上げた男達も驚いたように茜を見遣ったが、すぐに気を取り直し、
 床の上に転がる少女の元に歩み寄り、今度は足蹴にし始めたではないか。

茜「や、やめろ!? お前ら! その子供はお前らの仲間だろう!?」

 あまりに異常な光景に、虜囚の身になってすら冷静でいられた茜も、必死でそれを止めようと叫ぶ。

 相手はテロリストの仲間かもしれないが、こんな明らかに異常な事態を見過ごせるほど、
 茜も人でなしにはなれなかった。

 何より――


――自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!――


 ――空の投げ掛けてくれた言葉が、茜を突き動かしていた。

茜(そうだ……見過ごせるか!)

 茜はそんな決意を胸に、兵士達の静止を振り切り、少女の元へと駆け寄ろうとする。

兵士C「抵抗するなっ!」

茜「うぁっ!?」

 だが、兵士の持つ長杖で背中を強かに打たれ、茜はその場に倒れ伏してしまう。

 しかし、その騒ぎを聞きつけたのか、科学者風の男達がその場に駆け付ける。

科学者A「おい! 人質を手荒に扱うな!
     そいつに何かあれば、せっかく手に入れたクレーストも動かせなくなるぞ!」

科学者B「ミッドナイト1にもだ!
     貴様ら一般ドライバーと違って代えが利かないんだからな!」

 科学者風の男達は、兵士やドライバー達を怒鳴りつけ、暴行を加えられるばかりの少女を救い出した。

 少女は少し乱暴に起こされたようだが、素早くその場から連れ出されて行く。

 少女はコチラを振り返った様子だが、もうかなり遠ざかってしまっており、その表情までは読み取れなかった。

 ともあれ、その光景に、茜はようやく内心で胸を撫で下ろした。

 自分の事に関しても、強打された背中は鈍く痛むが、
 防護服であるインナースーツが衝撃を吸収してくれた事もあって、大きな怪我はしていないようだ。

兵士D「くそっ、早く立て!」

 手荒に扱うなと言われたからか、兵士は茜を引き起こすと、長杖で四方を取り囲んで動きを制限する。

 これなばらおいそれとは動けない。

 とは言え、あの少女の事はまだまだ気がかりではあったが、もう茜に目立って抵抗しようとする意志は無かった。

 兵士達も茜が抵抗しないのを悟ってか、“歩け”と命令してからは、
 目立って何かの指示を出す様子も手を出して来る様子も無い。

茜(目隠しはしないのか……意外とザルと言うか、ここまですれば逃げ出せないと言う自信があるのか。
  それとも、手荒に扱うなと言われて言葉通りにしているのか……何にしてもチャンスだな)

 少女が連れ出され、一応は助かった事で冷静さを取り戻した茜は、視線だけで辺りを見渡す。

 エーテルブラッドを使っているギガンティックの姿が何機も見える。

 自分のいる位置から見える数は三、四十ほどだろうか?

 クレーストから降ろされる時に見渡した格納庫の広さは、今見える範囲の倍以上。

 多く見積もれば百機はいるだろう。

 300シリーズのギガンティックもあったが、それらの数は少ないように見える。

 解体して、それらのマギアリヒトやフレームの一部を新型の製造に回したのだろう。

 技研をそのまま占拠している事だけはある、と言う事だ。

 兵士達よりも科学者の立場が上と言うもの、恐らくはその辺りの事情が深く関係していると見て間違いない。

 ともあれ、茜は想像以上に多い新型ギガンティックの数に戦慄する。

茜(アレが本当に百機近くあるとなると……)

 茜は先ほど戦ってみた感覚を踏まえて、その想像に身震いした。

 最新鋭のアメノハバキリ、それもロイヤルガードでも屈指の第二十六小隊が手も足も出ない戦力差だ。

 数日前にイマジンの卵嚢の件でも思ったが、
 ギガンティック機関側の戦力を全て揃えても、数で押し切られる可能性が高い。

茜(攻勢が始まる前に勝負を着けなければ危険だな……)

 そんな事を思いながらも、兵士達に誘導され、格納庫の奥にある倉庫区画に入る。

茜(随分と入り組んでいるな……目隠しされなかったのは不幸中の幸いだな……)

 上下左右に入り組んだ通路を歩かされながら、茜は小さく肩を竦めた。

 目隠しされた場合は、歩数と曲がった回数で距離と方向を確認するつもりだったが、
 あまりに入り組んだ構造のため、そろそろ距離感も方向感覚も怪しい。

 最初は道順を覚えるつもりだった茜も、観念して目印になる物だけを覚える事に専念している。

 そして、この区画に入って十分ほど経った頃になって、ようやく一枚の隔壁を越えた。

茜「まだ先があるのか……」

 ここが終点かと思っていた茜は、さらに続く通路に思わずそんな言葉を呟く。

 それは兵士達にとっても同じなのか、何人かが嘆息めいた溜息を漏らしていた。

 入り組んだ通路を抜け、さらに三枚の隔壁を越え、ようやく最重要区画へと足を踏み入れる。

 この区画も入り組んだ構造だが、それまでよりは距離も無く、あっさりとその最奥にある巨大倉庫へと辿り着いた。

 内部に入ると、先ず驚いたのは倉庫の巨大さだ。

 さすがに先程までいた格納庫ほどの広さではないが、
 十機以上のギガンティックを余裕で格納できそうな広さだった。

 そして、その中央にピラミッドの如く聳える天井まで届く六段積みのコンテナの山と、
 その四方を守る新型ギガンティックの姿。

 禍々しい神殿を思わせる配置に、流石の茜も身を竦ませていた。

茜(警備用のギガンティックが四機……。それに結界を施術されたコンテナか……)

 積み上げられたコンテナに据え付けられた階段を登らされながら、茜は周辺の状況を確認する。

 てっきり人質として牢屋か、それに準じた施設に放り込まれると思っていたが、
 どうやら誰かに会わせるつもりのようだ。

 兵士達に誘導されるままコンテナを登り詰めた茜は、
 最上段に設置されたコンテナの奥へと招き入れられた。

 兵士が色々と操作を行っていたようだが、個人を認証するための手段だったと分かると、
 茜もそれ以上の確認はしなかった。

 しかし、あれだけの面倒な手順を経て会わせるのだから、
 それなりの地位にある人物だと言う事は容易に想像できた。

茜(いきなりボス……ホン・チョンスに会わせるつもりか?)

 茜は訝しげな表情を浮かべる。

 茜もこのテロリスト達の首魁が誰なのかは知っていた。

 父や多くの人々を死に至らしめる指示を下した憎き仇、先代の首魁であるホン・チャンスの一人息子だ。

 先代の死に関しては病死らしいと言う不確かな情報しか知らないが、
 五年前に代替わりが起きたのは確かな情報筋から入手している。

 しかし、首魁に会わせると言うのに、こんな適当な拘束でいいのだろうか?

 魔力抑制装置に加え、さきほど手錠を付けられたが、
 茜の素の身体能力は手錠程度で抑えられるレベルではない。

 並の鍛え方しかしていないなら成人男性でも足だけで制圧する自信があった。

 だが――

茜「ぅぐ……ッ!?」

 不意に全身に重みを感じ、茜は苦悶の声を漏らす。

 どうやらこの手錠も単なる手錠ではなく、
 対物操作で装着者に負荷を掛ける単一仕様端末……いわゆる呪具の一種のようだ。

 身体強化が可能ならば簡単に振り払える程度の負荷だったが、魔力を回復できない現状では不可能である。

茜「意外と、過剰に警戒してくれるじゃないか……」

 茜は全身に掛かる激しい負荷に内心で焦りながら、強がりを言うように、そんな言葉を吐き出した。

男「いいから、黙って中に入れ」

 最上部のコンテナの扉が開くなり、茜はそのまま奥に押し込められる。

 すると、入って来た扉はすぐに閉まってしまい、茜はコンテナの中に閉じ込められてしまう。

 中には下に向かう階段があり、入口を閉められた今は、その階段を下る他ないようだ。

茜「……この負荷で、階段を下るのは、少し…キツいな……」

 茜は苦しげに呟くと、一段一段、ゆっくりとその階段を下る。

 そして階段を下りきると、すぐに開けた場所へと出た。

 コンテナを利用したらしい広く高い空間は、金刺繍を施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁には凝った紋様の天幕がかけられている。

 茜が未だ知らぬその部屋の名は、謁見の間。

 そう、ホン・チョンスの使う謁見の間だ。

 そして、この広間の中央奥、一段高くなった位置に置かれた座椅子のような玉座で、
 尊大にふんぞり返る男こそが、ホン・チョンスであった。

 豪奢で悪趣味な装飾の服に身を包み、露出度の高い布だけを纏った年若い女性を何十人と侍らせるその様に、
 茜は憎しみ以上に激しい嫌悪感を抱いた。

茜「………貴様がホン・チョンスか……?」

 茜は身体にかかる負荷に耐えながら、吐き出すように尋ねる。

ホン「如何にも……我こそがホン王朝第四代皇帝、ホン・チョンスである」

 質問に応えたホンの名乗りに、茜は嫌悪感の中に呆れを浮かべた。

 彼ら……と言うか、ホン親子の主張は知っていたが、あまりに頓狂な内容で、思い出すだけで眩暈を禁じ得ない。

茜(高々数百人のテロリストの親玉が、皇帝気取りか……)

 茜は内心で大きな溜息を吐くが、身体にかけられた負荷で実際に溜息を漏らす余裕など無い。

ホン「貴様が偽王どもに仕えるオリジナルギガンティックのドライバーか。
   若いとは知っていたが……なるほど」

 ホンは立ち上がると、茜の元へと歩み寄りながら、舌なめずりするように呟いた。

茜「ッ!?」

 ホンの視線に、身体をピッチリと覆うインナースーツ越しに裸体を覗かれるような厭らしさが加わり、
 茜は思わず悲鳴じみた声を漏らしかけたもの、息を飲んでそれに耐える。

ホン「我がコレクションに加えるのもいい……。
   いや、どうせだ、俺の子を孕んでみるか?」

 それまで自身を“我”と呼んでいたホンの呼称が、唐突に“俺”に変わった。

 どうやら、本性と言うか、本音が出ているようだ。

 それも下卑た類の……。

 茜は全身を駆け抜けるゾワリとした嫌悪感で、身体を震わせた。

ホン「俺の妃になれば、贅沢な暮らしをさせてやろう。
   唯一皇帝の妻として何不自由の無い暮らしを約束するぞ」

茜「……ッ!」

 茜は息を飲み、押し黙る。

 返事を迷ったワケではない。

 著しい嫌悪感と身体の負荷で、口を開く事すらままならないだけだ。

 そして、周囲の女性達に視線を走らせると、数人が眉を顰めているのが分かった。

 どうやら、この中の女性達の何人かは望んでこの場にいるのでは無いようだ。

 当然だろう。

 贅沢な暮らしと引き換え程度で、人間の尊厳は捨てられない。

 ついでに言えば、こんな不快で下卑た男の元にいるだけで不自由の極みだ。

 差し引きゼロか、ともすればマイナスの条件で人間の尊厳を奪われたら、それは家畜以下に成り下がったような物である。

 それを受け入れている他の女性達は、諦めたか、壊れているかのどちらかだろう。

茜「……お断りだ……下郎!」

 茜はホンを睨め付けると、精一杯の声を吐き出した。

 さすがに人の尊厳は捨てられない。

ホン「ッ!? 女風情がぁっ!」

 ホンは途端に激昂すると、怒り狂った形相で茜の頬に向けて裏拳を飛ばす。

茜「っぐっ!?」

 怒り任せの渾身の一撃だったようだが、茜は弾き飛ばされずにその場で踏み留まった。

 さすがに多少よろけたが、負荷をかけられている程度で、
 まるで鍛えてもいない人間の裏拳に屈する程、ヤワな鍛え方はしていない。

 だが、それが余計にホンの気に障ったようだ。

ホン「俺が下手に出ていれば舐めやがってぇっ!」

茜「ッ!?」

 腹への膝蹴りを受け、さすがに女達も悲鳴を上げたが、これは見た目ほどダメージは無い。

 防護服になるインナースーツが完全にダメージを防いでくれていた。

 だが、さすがにバランスまでは取れず、その場に仰向けに倒れてしまう。

 すると今度は手錠によってかけられている負荷のお陰で立ち上がる事もままならない。

茜(しまった……!?)

 茜は悪化した状況に舌打ちするが、さすがにすぐ起き上がる事は出来なかった。

 それをホンは何を勘違いしたのか、茜が倒れて動かなくなったと思ったらしい。

ホン「この場で俺に逆らえばどうなるか、身体に教えてやる!」

 ホンは悪趣味な服の胸元をはだけさせると、その場で茜に覆い被さった。

茜「~~~ッ!」

 あまりの生理的嫌悪感に、茜は声ならぬ悲鳴を上げてしまう。

 それがホンの嗜虐心に火をつけたのか、彼は厭らしくニヤけたような笑みを浮かべた。

ホン「抵抗しても無駄だ。
   すぐに快楽で堕としてやる……!
   俺に逆らった事を泣きながら謝り、俺の物を求めさせてやるぞ!」

 ホンはそう言いながら、茜の身体に手を這わせる。

茜「や、ヤメロ! この破廉恥漢が!」

 茜は藻掻いてその場を脱しようとするが、手錠による負荷は凄まじく、
 頬に腫れすら作れないほどひ弱な男の拘束を振り解く事が出来ない。

 だが――

ホン「な、何だこの服は……引き裂けないぞ!?」

 ホンは驚いたような叫びを上げる。

 インナースーツを裾から引き裂こうとしているようだが、摘むどころか指を入れる事すら出来ないようだ。

茜(こ、コイツ……まさか、殆ど魔力が無いのか……?)

 その様を見ながら、茜は途端に冷静になってそんな推測を浮かべた。

 いや、間違いない。

 ドライバー用のインナースーツはあくまで衝撃吸収に優れた防護服であって、
 万が一にも怪我をしたら応急処置のために患部付近の布は魔力を込めた刃物で容易に切る事が出来る。

 生身でもそれなりの……Cランク程度の魔力があれば、身体強化で引き裂く事は出来る筈だ。

 魔力総量百足らずの魔力が、この男には備わっていないどころか、
 今の時代、子供でも出来る身体強化魔法を、この男は使えないのだ。

 ホンに素肌を触られている嫌悪感や不快感は和らぐ事はない。

 だがあまりの非力さを見ていると、途端に憐れに感じてしまう。

ホン「どうなっているんだ!? くそぉっ!」

 ホンは悔しそうに叫んで立ち上がった。

 その時だった。

??「陛下、お戯れが過ぎます」

 入口の方からそんな冷めた声が聞こえて、茜とホンはそちらに向き直った。

 するとそこには、白衣を纏った男がいた。

 年の頃は四十代ほどだろう。

ホン「ユエか?
   この女に俺の偉大さを思い知らせてやろうとしていた所だ! お前も手を貸せ!」

 闖入者の男――ユエ――に、ホンは苛立ったように命令する。

 だが、ユエは小さく首を横に振ると、その場に恭しく傅き、頭を垂れた。

ユエ「申し訳ありません陛下。その指示には従えません」

ホン「何故だ!? この俺の命令が聞けんと言うのか!?」

 淡々と命令を拒否したユエに、ホンはいきり立って叫ぶ。

ユエ「そうではありません」

 しかし、ユエは顔を上げ、努めて冷静に応えると、さらに続ける。

ホン「オリジナルギガンティックは魔力の波長に合う者にしか操れません。

   しかし、女性の適格者が別人の遺伝子情報を取り込むと、
   時に魔力波長が変わって資格を失う事が御座います。

   お世継ぎに資格者を望まれる陛下のご意向も尤もでありますが、
   陛下が世界を統べ太平の世となってからでも遅くは無いかと存じます」

 ユエの説明は、後半の彼の真意はともかく、前半は紛れもなく事実であった。

 現に茜の母・明日華も、兄・臣一郎を身ごもってからは魔力波長に変化が生じ、
 クレーストの適格者としての資質を失ったと聞いている。

ユエ「この者に精神操作を施せば、陛下の手足として動くドライバーが、
   ミッドナイト1に加えて二人となりましょう」

ホン「……そ、そうか」

 恭しく進言したユエの言葉に、ホンは引き下がる。

ユエ「では、この者、私にお預け下さい。
   少々時間はかかりますが、陛下の忠実な駒に仕立て上げてご覧に入れます」

 ユエはそう言うと、茜を支えて立ち上がらせようとする。

 負荷がかかっているのは茜自身であり、他人にはその影響は及ばない事もあって、
 ユエの補助で難なく茜は立ち上がる事が出来た。

 紳士的に振る舞っているが、この後で精神操作を行うと断言した男に、茜は警戒感を抱く。

ユエ「では、陛下。十分後に行う宣戦布告のため、
   放送機材を持ったヒューマノイドウィザードギアを寄越す準備もありますので、
   私はこの者と共に下がらせていただきます」

 ユエはそう言ってホンに深々と頭を垂れると、茜を連れてその場を辞した。

 身体に負荷をかけている手錠はコンテナの外に出るなりユエの手によって直々に外され、
 警備のために留まっていた男達もユエの指示で下げられると、茜はようやく楽になった開放感で深く溜息を漏らした。

茜「はぁぁ……」

 溜息は漏らしたものの、気は抜けない。

 このままでは精神操作を受ける事になる。

 要は魔法を用いた強力な催眠術の類だ。

 心を強く保ち、魔力も高ければ跳ね返す事も出来るが、抑制装置を付けられた今の自分では抗う事は難しい。

茜(私を連行して来た連中もいない……。逃げるなら、この倉庫から出た後か?)

 茜は周囲に視線を走らせながら、そんな事を考える。

 このユエと言う科学者らしき男が相手ならば、何とか一対一で制圧できる。

 だが、さすがに生身で倉庫四隅のギガンティックと渡り合うのは難しいので、タイミングは見計らうべきだ。

 あとは逃走経路だ。

 この男を人質にすれば、この抑制装置を外す事も可能な筈。

 あれだけ怒り狂っていたホンを落ち着かせ、進言までして見せたこの男の人質的価値は高いと見て間違いない。

 上手くすれば敵のギガンティックを奪い、ここから逃げ出す事も出来るだろう。

 だが――

ユエ「ああ、その抑制装置がある状態で私と一戦交えようなどとは思わない事だ。
   研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね」

 男はどこか大仰な口ぶりでそう言うと、口元に不敵な笑みを浮かべると、さらに続ける。

ユエ「それに、この入り組んだ区画を人質を抱えたまま逃げ切れるとは思わない方が良い。
   万が一に君に負けても、私は君の抑制装置を外すつもりは無いし、
   無理強いしようにもたちまち警備用ドローンに囲まれてアウト、だ」

茜「……」

 ユエの言葉を聞きながら、茜は押し黙ってしまう。

 考えが浅かった、と言う後悔もあるが、
 こちらの思考を完全に読まれている不気味さが、茜に口を噤ませていた。

 確かに、数で圧されれば人質を奪還されてしまう可能性も高いだろう。

 しかし、多少のリスクを冒してでも逃げ出さなければならない。

茜(どうする……この男を一瞬で昏倒させれば行けるか?)

 茜は思案する。

 身体強化が間に合わないほど素早く当て身で昏倒させる手段なら、勝てる可能性も高い。

 だが、その程度の作戦は読まれているだろう。

 茜は男に連れられるまま階段を下りながら、必死に考えを巡らせる。

 そして、二人は倉庫の外に出た。

 直後――

ユエ「安心したまえ。
   君に精神操作を……いや危害を加えようなどとは微塵にも思っていないよ。

   全てはホンを欺く方便だ」

 倉庫の扉が閉じられると共に、ユエは茜の方を振り返ってそう言った。

茜「なっ!?」

 思わぬユエの言葉に、茜は目を見開いて驚きの声を上げてしまう。

ユエ「詳しい話は私の研究室でしよう。
   なぁに、客人に無礼を働くほど、私も不作法では無いよ。

   尤も、先程も言った通りソレは外すワケにはいかんがね」

 ユエはどこか芝居がかったような物言いで言って、
 茜の手首に嵌められた抑制装置を指差してから、踵を返した。

 どうやら言葉通り、研究室に案内するつもりらしい。

茜(……ここは着いて行くべきなのか……?)

 茜は逡巡する。

 この得体の知れない男に着いて行くべきか、否か。

 仮にこの場に留まれば、恐らくは警備用ドローンに引っ捕らえられ、最低でも牢獄行きは免れない。

 それに、ユエが嘘をついていないとも限らない。

 ノコノコと着いて行った所で、いきなり昏倒させられて精神操作、なんて展開は十分に想像できた。

 だが――

茜(元からある程度は覚悟していたんだ……。
  ここで逃げ出して投獄されれば確実に精神操作を受ける。
  それなら多少でも受けない可能性に賭けた方が多少でも建設的だ)

 茜はそう考えると、既に数歩先を行っているユエを追って歩き出す。

 すると、ユエは僅かばかり振り返り、視線だけを茜に向けると口を開く。

ユエ「そうおっかなビックリ着いて来なくてもいいさ。
   騙し討ちや欺瞞で精神操作、などと言う事はするつもりは毛頭無い。
   多少の不自由はあろうが、客人として丁重に扱おう」

 ユエはそれだけ言うと視線を戻し、先程よりも少し歩調を落として歩き始めた。

茜「………」

 また考えを読まれた事に不気味さを感じながらも、茜はユエの少し後ろに着いて歩き出す。

 そして、最奥の倉庫からものの数分だけ歩くと、
 最後に抜けた隔壁よりも手前にある部屋に辿り着いた。

 茜はユエに促されるままその部屋に入る。

 背後でシャッター式の扉が閉まる音に茜は慌てて振り向くが、
 ユエは何も気にした風もなく扉を閉じただけだった。

ユエ「適当な椅子に座りたまえ。
   必要なら隣にある寝室から一人がけのソファを持ち出して来ても構わない」

 ユエはそれだけ言うと、手近な椅子に座り、備え付けの端末に向き直って作業を始める。

ユエ「ふむ……これが蓄積された201の稼働データか。
   どちらのドライバーも素晴らしい数値を叩き出しているな……」

 端末のモニターの映し出された数値を眺めながら、ユエは感嘆混じりに呟いた。

 背を向けたその姿は隙だらけだ。

茜(このまま殴れば気絶させられるんじゃないだろうか……?)

 その姿に、茜は思わずそんな感想を抱いてしまう。

 しかし――

ユエ「ああ、別に攻撃してくれて構わないよ。全て無駄に終わるからね」

 やはりその思考を完全に読んでいたと言わんばかりのユエの言葉に、茜はゾクリとした悪寒を感じた。

茜「……さっきからコチラの考えはお見通しと言わんばかりだな」

ユエ「ああ……これでも自他共に認める天才で通らせて貰っているからね。

   亡くなった君の母方の祖父や、君のよく知る現技術主任ほどではないが、
   想定できる事態には大概の対策を立てている」

 訝しげな茜の言葉に、ユエはさも当然と言いたげに返し、さらに続ける。

ユエ「ここのセキュリティを構築したのも、手を加えたのも私だ。

   ……多芸が過ぎて器用貧乏などと言われた事もあるが、それだけは訂正したい。
   私は器用貧乏ではなく万能型だ、とね」

 モニターから目を離す事なく仰々しく芝居がかった口調で語るユエは、
 最後の部分を強調するよう、背中越しに人差し指で茜を指差した。

ユエ「ホンの部屋からは全てのエリアの監視カメラが観察できるが、
   私の部屋には、私がこのギアで大まかな指示を出した合成映像がリアルタイムで投影されている。

   そこの端にある小さなモニターに映っているのがソレだ」

 そして、突き出した人差し指を、片隅にある小さなモニターに向ける。

 そこには調整用カプセルへ無理矢理に押し込められ、抵抗し続ける茜の姿があった。

 おそらく、精神操作を行わんとしている映像だろう。

 本物と見紛うほどリアリティのある映像だが、事実を知っている側からすれば、合成映像なのは一目瞭然だ。

茜「自分の主人を騙しているのか?」

ユエ「主人か、面白い事を言ってくれるねぇ。
   君も実際に彼に会って感じただろう……アレは多少動かし辛いだけの操り人形だよ」

 茜が投げ掛ける質問の声音に僅かな険が混ざった事を感じながらも、ユエは芝居がかった口調を止めなかった。

 操り人形。

 その言葉に、茜は胸中で納得していた。

 ああ、あの不快感と嫌悪感を抱いた男に感じた憐れみは、ソレだったのか、と。

ユエ「尤も、基本的に私に必要な時だけ操ればいいので、普段は誰も手綱は握らないがね。
   なけなしの虚栄心を満足させるために普段は自由にさせている。

   彼が親の代から続けている圧政も女遊びも、全て彼の望み通りの事だし、
   私が属している集団の出している声明も、全て彼個人の意見だ」

 そして、続くユエの言葉に呆れと共に、ある疑問を抱く。

茜「……じゃあ、さっきのアレを止めたのは、お前の意志と取っていいのか?」

 茜は“どうせこの考えも読まれているのだろう”と、思い切ってその疑問を口にした。

 しかし、不意にユエの動きが止まる。

 時間にして一秒に満たない時間だっただろう。

 だが――

ユエ「……ノーコメントだ」

 その僅かな時間を置いてユエの口から出た言葉は、どこか機械的な響きを伴っていた。

 それまでの芝居がかった口調は、どこか他人を見下している様がありありと感じ取れた。

 だが、先ほどのユエの声には、ありとあらゆる感情が込められていない。

 それだけに、その短い言葉にはある種の本音のような物が込められていると、茜は直感していた。

 何らかの意図があって、彼はホンの暴走から自分を庇ってくれていたのだ。

 そして、恐らくは自分が今、ユエの研究室に匿われているのも彼の意図……真意が介在しているのだろう。

 しかし、その真意と、そこに至るであろう彼の根源を量りかね、茜は口を噤んだ。

茜「………」

 茜は無言のまま手近にあった椅子を引き寄せ、腰を降ろした。

 二人が無言になると、ユエの研究室は彼の操作している端末から小さな電子音と、
 キーボードを叩く静かな雑音だけが辺りを支配する。

 と、そんな沈黙が数分も続いた頃、不意に扉がノックされる音が響いた。

??「マスター、ただいま戻りました」

 聞こえて来たのは、くぐもった、幼い少女の声。

ユエ「ミッドナイト1か……入りたまえ」

 ユエは一息つくと、そう言って手元の端末を操作してシャッター式の扉を開く。

 すると、研究室に先ほどの少女が入って来た。

 どうやら怪我の治療と着替えを済ませて来たようで、頬や肘に治癒促進用のパッドを貼り付け、
 病衣のような前ボタンの白いワンピースを纏っている。

 ミッドナイト1……そう呼ばれた少女は研究室に入ると、ユエの前で深々と頭を垂れた。

ユエ「紹介しよう。
   私が作った魔導クローンの最高傑作、ミッドナイト1だ。

   ……ミッドナイト1、挨拶しろ」

 ユエは椅子から立ち上がると茜へと振り返り、そう言ってミッドナイト1に指示を下した。

ミッドナイト1(以下、M1)「魔導クローン製造ナンバー四拾号。
               コードネーム、ミッドナイト1です」

 ミッドナイト1はユエの指示通り、茜に向き直るとそう名乗って深々とお辞儀した。

 その仕草は、年相応の少女からはほど遠く、機械的にさえ見える。

茜「魔導クローン……」

 茜はその言葉を反芻しながら、つい数十分前のやり取りを思い出す。

 彼女に暴力を振るっていたドライバー達は彼女の事を人造人間と言っていたので、
 ある程度予想はしていたが、改めて聞かされるとショックは大きい。

ユエ「彼女に使用した遺伝子はそれまでの物と違って特殊でね。
   この技研で研究用に残されていた結・フィッツジェラルド・譲羽と奏・ユーリエフ、
   それにクリスティーナ・ユーリエフ、三人の遺伝子データを元に構築した特殊なDNAを使っている」

茜「ッ!? ………なるほど、エールが動作不良を起こしたのはそう言う事か……」

 ユエの言葉に、茜は驚いて目を見開くと、目だけは彼を睨み付けて思案げに呟く。

 命を玩ぶような生命創造に激しい嫌悪を抱きながらも、心のどこかで理に適っているとも感じていた。

 結、奏、クリス。

 古代魔法文明クローンの血を引く混血と、古代魔法文明の第二世代クローン、
 そして、古代魔法文明の第一世代クローン。

 全て結・フィッツジェラルド・譲羽の近親者のような遺伝子だ。

 エールだけでなく、クレーストにも高い適合性を見せるだろう。

 あの場でエールが奪われたのは、心を閉ざしていたエールが、
 彼女に結に近しい物を感じて呼び起こされた結果、と言う事だ。

ユエ「まあ最高傑作と言っても……結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力に同調するのが精一杯で、
   理想型にはややほど遠かったのだがね。

   それでも失敗作の参拾九号に比べれば遥かにマシと言えるだろう」

M1「………申し訳ありません、マスター」

 やや残念そうに語るユエに、ミッドナイト1は申し訳なさそうな声音で呟いた。

 しかし、その表情は暗くなるでも明るくなるでもなく、一切無表情のままだ。

 それだけに、その頬に貼られた治癒促進用のパッドが、より痛々しい物に見える。

茜「……貴様、彼女が部下達からどんな仕打ちを受けているか知っているのか……?」

ユエ「仕打ち?
   ……ああ、傷の事か? 構わんよ。

   基本的に201に同調させ、データを取るための道具に過ぎないのだから、
   最悪、ココとココだけ無事なら手足が無くともデータは取れる」

 苛ついたような茜の質問に、ユエは怪訝そうに首を傾げた後、
 さも当然と言いたげに答え、ミッドナイト1の側頭部と胸を指差した。

 恐らく、脳と心臓を指差しているのだろう。

ユエ「そうだろう? ミッドナイト1」

M1「…………はい。私は201のデータ収集専用の生体端末です」

 同意を求めるようなユエの言葉に、ミッドナイト1は頷いて淡々と答えた。

茜「………ッ」

 その光景の痛々しさ、残酷さに、茜は悔しそうに歯噛みする。

 オリジナルギガンティックを動かせるだけの技量を持った少女と、
 自分の抵抗を無駄だと言い切った男。

 この二人を相手に、魔力を抑制されている今の自分が何も出来ない事は分かり切っていた。

 だが、最低限の抵抗を見せるために、茜は口を開く。

茜「……君は、ソイツに利用されているんだぞ? それでいいのか?」

M1「……言葉の意味が分かりません。私はマスターに作られた魔導クローンです」

 茜の質問に、ミッドナイト1は怪訝そうな声音で返した。

 それ以上でも、それ以下でも無い。

 彼女の声は言外にそう語っていた。

 生まれた時よりそれが当然で、それ以外の役目は存在しないし、
 それ以外の存在理由も必要としない。

 茜は直感的にその事実を悟り、悲しそうに項垂れる。

茜「………やはりお前らテロリストは狂っている……。
  お飾りのホンも、ホンを操っている貴様も……理解しがたい怪物だ!」

 数秒して顔を上げた茜は、憤怒と憎悪に満ちた目でユエを睨め付けた。

 しかし、ユエは気にした風もなく踵を返し、再び端末と向き合う。

ユエ「そう罵るならそれでも一向に構わないよ。私は自分の研究が成就する事だけが望みだ」

 ユエはそれだけ言うと、再び無言で作業を再開した。

 ミッドナイト1も奥にある調整槽へと入ると、その中で眠ってしまう。

 再び訪れた無言の空間で、電子音とキーボードを叩く音をBGMに、
 茜はずっとユエの背中だけを睨め付けていた。

―2―

 それからおおよそ三時間後。
 ギガンティック機関本部、ドライバー待機エリアにあるシミュレータールーム――


 そこでは、隣り合うシミュレーターで空と明日美が訓練を行っている最中だった。

 そして、空気が抜けるような音と共に保護用のキャノピーが開き、途端に空が飛び起きた。

空「ぅぉぇぇ……」

 飛び起きた空はすぐさま、近くに置いてあるバケツに駆け寄り、口から胃液を吐き出す。

 シミュレーターの安全装置を解除して、仮想空間での体感時間を五百倍に加速する機能は便利だった。

 だが、五百倍に加速されていた体感時間が一気に通常に戻る瞬間は、あまりにも強烈な負荷を強いた。

 引き延ばされていた感覚を、身体の中に無理矢理に押し込められてシェイクされている感覚、
 とでも言えばいいだろうか?

 一時間以上、実際の身体が動かせなかった事に対する窮屈さなど、それこそ毛ほどにも感じない強烈な眩暈だ。

 訓練を始めてから二度目の体験だが、やはり慣れない。

??????『大丈夫ですか、空?』

空「う、うん……大丈夫だよ、クライノート………ぉぇ……」

 心配そうに声を掛けて来た声に、空はフラフラになりながら応えた。

 口を開けば、それだけで嘔吐がこみ上げ、空は再びバケツに顔を突っ込んだ。

 そう、二度目の体験。

 空は既に訓練の第二段階を終えていた。

 彼女……クライノートのギア本体を預かったのは、今から一時間半前。

 一度目の訓練を終えて、まだフラフラになっている最中だった。

明日美「中々様になったわね……第二段階もこれで終了でいいでしょう」

 空が使っていた隣のシミュレーターで身体を起こした明日美が、軽く肩を解しながら呟く。

 空は振り返って明日美を見上げる。

 顔色は多少悪いように見えるが、自分のように嘔吐するような事は無い。

空(さすが司令………)

 空は再びバケツに顔を突っ込みながら、そんな事を思った。

 第一段階の終盤から、彼女との組み手じみた訓練も始まったが、
 空は合格こそ貰えど、未だに明日美から一本も取れていない。

 何せ、全盛期の明日美を再現した二十歳前の若い身体に、
 その後も研鑽を続けた六十四歳の経験が合わさっているのだ。

 正に、生ける英雄そのものである。

 まだ十五歳にもなっていない空に勝てる筈も無かった。

明日美「落ち着いたら医療部に顔を出して検診を受けて来なさい」

 明日美はそう言って立ち上がると、何事もなかったかのようにシュミレータールームを去った。

空「司令……凄いな……ぅぇ……」

 空は思わずそんな言葉を呟いてしまい、また嘔吐感に襲われる。

クライノート<数十年ぶりに彼女の戦いぶりを見ましたが。
       確かに、以前よりも強くなっているようですね>

 空の体調を慮ってか、クライノートは会話を思念通話に切り替えて呟く。

空<そっか……クライノートの最初のマスターは、司令のお師匠さんなんだよね……>

 一方、空は思念通話でもまだフラフラとする意識で、何とか返す。

 クライノートが治癒促進をかけてくれているお陰で、一回目に比べて急速に気分は良くなっているのだが、
 車酔いで卒倒しそうな中でジェットコースターとフリーフォールを連続で味わされたような感覚は、
 早々回復してはくれない。

 ともあれ、クライノートは修業時代の明日美の事をよく知っている、と言う事だ。

空<後で詳しく聞きたいかも……>

 空はそんな事を漏らす。

 それが今では無いのは――

クライノート<今はヴァッフェントレーガーの制御に集中、と言う事ですか>

 空の思惑を察したのか、クライノートは一人納得したように返した。

 空も思念通話で“うん”とだけ返す。

 折角使わせて貰える事になったクライノートも、
 肝心要のヴァッフェントレーガーを使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。

 そんなやり取りをしている間に、何とか意識もハッキリして来た。

空「うん……そろそろ医療部に行こうか。
  念のために検査して貰った後、酔い止めも貰って来ないと」

 空はそう言って立ち上がると、まだフラフラとする足取りで医療部へと向かう。

 ついでと言うワケではないが、一時間前にはまだ目を覚ましていなかったレミィも、
 そろそろ目を覚ましているかもしれない。

 休憩の間に彼女の見舞いにも行くべきだろう。

 空は一時間の休憩の間に何をすべきか指折り数えながら、医療部へと向かった。

 同じ頃、明日美は休憩のために戻った執務室で、閉じたばかりの扉に寄りかかっていた。

 空の前では平然とした様子を見せていた明日美だが、酷い顔色で浅く短い呼吸を繰り返している。

明日美「っ、ごふっ……」

 そして、とうとう、咳き込んだ拍子に僅かに吐き出してしまう。

 だが、それは空のような嘔吐ではなく、ドロリとした赤黒い血だった。

 咄嗟に受け止めた掌に広がる血溜まりに目を落とし、明日美は呼吸を整える。

 ギアによる治癒促進でも間に合わないソレの要因の幾つかは、
 やはり安全装置を解除したシミュレーターによる反動だった。

?????<明日美、やはりこれ以上の使用は危険です。
      朝霧副隊長の訓練は別の者に引き継いで貰うか、最悪、明日華に代わってもらうべきです>

 思念通話で語りかけて来たのは、明日美が幼い頃から使っている彼女本来の愛器、WX182-ユニコルノだ。

 本来であるなら、GWF204Xとして登録されるべギアだったが、
 現在はギガンティックに改修される以前の第八世代魔導機人装甲ギアとなっている。

 誰に似たのか普段から無口な彼だが、主の危急とあっては見過ごせないのだろう。

明日美<久しぶりに声を聞いたわね……>

 努めて平静に、だが僅かに戯けた口調で言った明日美に、
 ユニコルノは怒ったように“茶化さないで下さい”と返し、さらに続ける。

ユニコルノ<朝霧副隊長の訓練を急ぐ理由も分かりますが、
      あなたがあの機能を使い続けるのはいくら何でも無理がある>

明日美「………」

 ユニコルノの言葉に、明日美は押し黙ってしまう。

 正論なので言い返す事が出来ない。

 体感時間を五百倍に加速させるどころか、仮想空間での肉体年齢までも操作する機能。

 そんな便利過ぎる機能が、たかだか眩暈程度のリスクで使える筈も無い。

 体感時間の圧縮はそれほど身体に負担を掛ける物では無い――
 それこそ、酷い眩暈程度だ――が、肉体年齢の操作が身体に強いる負担は著しい。

 二十代そこそこの人間が十代未満にまで若返るだけなら、
 本来の肉体の性能も相まってそこまで大きな負担にはならない。

 だが、六十代も半ばの当にピークを越えた肉体を、全盛期の二十歳前後にまで若返らせ、
 シミュレーター終了と同時に強制的に元の年齢までの老化を体験させられるのだ。

 その際に掛かる肉体への負荷は想像に難くない。

 肉体に掛かる負荷も、基本的にはプラシーボ……思い込みだ。

 しかし、高度に再現された感覚は、時に肉体の感覚を狂わせる。

 仮想空間での訓練の感覚すら本来の肉体へフィードバックさせる程のシミュレーターの、
 再現度の高さが招いた弊害だった。

 しかも、明日美はほんの三時間の間に、それを既に二度も行っていた。

 魔力を治癒促進にだけ集中し、明日美は動悸を整える。

明日美「あと少し……あとほんの二回で私が……
    いえ、あの子自身が望む段階にまであの子を連れて行ける……。
    それまで待って頂戴……」

 呼吸を整えた明日美は懇願するように言うと、流水変換した魔力で掌を拭い、魔力ごと血を消し飛ばした。

 正論には反論できない。

 だが、それでも明日美は押し通すつもりだった。

ユニコルノ<………>

 ユニコルノも正論だけで主の意志を変える事は難しいと悟ったのか、押し黙ってしまう。

 明日美は愛器の気遣いに感謝するように小さく頷くと、現状を確認するために執務机の端末を起動した。

 明日美がそんな事になっているとは露知らず、ようやく調子の戻って来た空は、
 先ほどよりは軽い足取りで医療部へと赴いていた。

 一時間前まではまだあった動揺もようやく収まって来たのか、医療部の区画は落ち着きを取り戻している。

 軽い検査と酔い止めを処方して貰った空が、帰りがけに仲間達が使っていた病室を覗き込むと、
 もう治療も検査も終えたレオンと遼が、待機室に戻る支度をしている最中だった。

空「お二人とも、もう身体はいいんですか?」

レオン「ん? ああ……元から大した怪我じゃなかったからな」

 心配した様子で問い掛けた空にレオンが応える。

 数ヶ所の打ち身と軽い脳震盪程度だったので、大事を取って休まされていただけだったらしく、
 その説明を聞かされた空も胸を撫で下ろす。

 だが、そんな空の様子に何か思う所があるのか、レオンも遼も顔を見合わせた。

 そして、レオンが意を決して口を開く。

レオン「その……悪かったな、フェイの事……」

 レオンはそう言って、遼と共に深々と頭を下げた。

 十分な援護を出来ず、フェイを失う事になった件についての責任を彼らも感じているのだろう。

空「あ、いえ……そんな事を言ったら、茜さんがあの場に残ったのは私が動けなかったせいですし、
  フェイさんの事だって、お二人やみんなの責任なんかじゃありません」

 空も慌てた様子で、二人に頭を上げて貰えるようフォローする。

 二度のシミュレーター訓練を挟んで、都合一ヶ月以上、体感の上では過ぎているが、
 フェイを失ってからまだ半日も過ぎていないのだ。

 お陰で十分な心の整理をつけた空とは違い、仲間達の心痛はまだ計り知れないだろう。

空「フェイさんが身を呈して守ってくれた命ですから……。
  茜さんを救うためにも頑張りましょう」

 そんな二人の心痛を思ってか、空は気遣うようにそう言った。

 茜は生きている。

 そんな確信があったのは、
 先の休憩時間の際に聞かされた件の電場ジャックの際の犯行声明の映像解析の結果だ。

 うっすらとだが茜色に輝いていたブラッドラインは、茜が生きている証拠だと言う。

 技術開発部の所見としても、ブラッドが活動限界まで損耗した状態で、
 茜が降ろされてから間もない程度の発光状態と言う結果だった。

 さらに解析の結果、映像は編集ではなくライブ映像だった可能性が高いと言う点から、
 おそらくは捕らわれて幽閉されていると言うのが解析班の見解だ。

 テロリスト側がオリジナルギガンティックを稼働状態で保持していると言う点は、
 政府側に対して大きなアドバンテージであり、茜の人質的価値が高い事も踏まえての予測に過ぎない。

 だが、茜が生きて捕らえられている可能性が高い以上、茜の事を諦める、と言う選択肢は無かった。

遼「強いですね、朝霧副隊長は」

 遼が驚いたような表情を浮かべて感慨深く呟く。

 とても六歳も年下の少女とは思えない。

空「そんな、強いだなんて……。単に色々とアドバイスをくれた司令のお陰です」

 空は恐縮気味に返し、恥ずかしそう顔を俯け頬を掻いた。

空「とにかく!
  体勢を立て直したら、一刻も早く茜さんや、エールとクレーストを救い出しましょう」

 空は気を取り直して顔を上げると、改めて決意を込めて言った。

レオン「ああ、そうだな。
    ……まあ、どこまで役に立てるか分からないが、そん時には全力でサポートさせて貰うぜ」

 レオンは努めていつも通り飄々と返したが、
 内心では空に任せきりにしてしまう事に対して、歯噛みするほどの悔しさがあっただろう。

遼「ご迷惑を掛ける事になると思いますが、頼みます」

 遼もレオンと同じ気持ちなのか、どこか神妙な様子で言って頭を下げる。

 空も気を引き締めて“はい”と頷くと、二人はまだ少し申し訳なさそうな表情を浮かべたまま去って行った。

 そして、まだ眠ったままのレミィと、空だけが病室に残される。

 空は一番奥のベッドで寝かされているレミィの寝顔を覗き込んだ。

 レミィは両腕に付けられたギアにより倍加治癒促進を受けている事もあって、もう呼吸も心拍も安定していた。

 このまましばらくすれば目を覚ますだろうが、ずっとそれを待っているワケにもいかない。

空(レミィちゃんもまだ起きてないし、クライノートの整備の手伝いに行こうかな……)

 空がそんな事を思い、踵を返そうとした時だった。

レミィ「………待ってくれ……空」

 僅かに朦朧とする声音で呼ばれ、振り返りかけていた空は慌ててレミィに向き直る。

 すると、先ほどまで眠っていたレミィが、ゆっくりと身体を起こそうとしている所だった。

空「レミィちゃん!? 良かった……目が覚めたんだね。
  すぐ笹森主任を呼んで来るね!」

 空は驚きながらもそう言って、さっきも医療部員詰め所にいた雄嗣を呼びに走ろうとする。

 だが、レミィは小さく頭を振って、それを制した。

空「レミィちゃん……どうかしたの?」

 何かありげなレミィの様子に、空は怪訝そうに首を傾げ、彼女を促す。

 レミィは僅かに俯き、何事かを逡巡した様子だったが、すぐに顔を上げて口を開いた。

レミィ「………もう一人、どうしても助けたい人がいるんだ……」

空「もう、一人?」

 どこか思い詰めたような表情で呟いたレミィの言に、空は驚きと戸惑いの入り交じった声音で返す。

 それと同時に、レミィが自分達の会話を聞いていた事を気付いた。

 詳しくは話していないが、フェイの事もレミィは察しているだろう。

 それだけに言い出し難さもあるのかもしれない。

レミィ「フェイの事は……何となく、遠くで話している声を聞いたから、分かってる……。
    私があの時、もっと早く駆け付けられたら……」

 レミィは悔しそうに声を吐き出し、シーツを握り締め、肩を震わせる。

 もしもあの時、オオカミ型ギガンティックを無視して援護に回っていれば、フェイの命を救えたかもしれない。

 過ぎてしまった事の可能性を語るのは無意味だが、それでもレミィの後悔は早々に拭える物では無かった。

 しかし、そんな後悔の中にあっても、レミィには助けたい者がいた。

レミィ「……だけど、見付けたんだ……!
    妹を……弐拾参号を見付けたんだ!」

空「妹さん!?」

 悔しさの中に僅かに歓喜を交えたレミィの言葉に、空は驚きの声を上げる。

 レミィの妹。

 話には聞かされていた。

 投薬などの過酷な実験や、不安定な異種混合クローンと言う生まれの不幸から、
 次々に死に別れる事となった二十五人の姉妹達。

 その一人。

空「レミィちゃんのお姉さんや妹さんって、みんな死んだハズじゃ……!?」

レミィ「私にもどうしてあの子が生きていたかなんて、本当の所は分からない……。
    けど、私とヴィクセンが戦った敵の中に、多分、魔力の動力源代わりに囚われてる……」

 愕然とする空に、レミィは悔しそうに語る。

 死に別れたとばかり思っていた妹が実は生きていて、
 自分が味わった孤独など生易しいほどの辛い境遇にいた事を、自分は知らず過ごしていた。

 その事が……その罪悪感が、レミィの胸を激しく締め付ける。

レミィ「……こんなのは我が儘だって分かってる……。けど、助けたいんだ……!」

 レミィは瞳の端に涙を浮かべながら、懇願するように漏らす。

 フェイの死、奪われたエールとクレースト、囚われの茜、結界装甲を持つテロリストのギガンティック。

 死に別れた妹との再会を喜んでいる場合でも無ければ、彼女を助け出す余裕も無い。

 だが、それでも助けたいのだ。

 オリジナルギガンティックのドライバーとしての責任感と、姉として妹を思う気持ち。

 その二つのせめぎ合いに、レミィは押し潰されそうになっていた。

 そんなレミィを慮ってか、空は僅かに腰を落とし、
 レミィと視線の高さを合わせ、彼女の目を真っ直ぐに覗き込む。

空「……レミィちゃん、水くさい事言わないでよ」

レミィ「空……?」

 優しく語りかける空に、レミィも呆然と返す。

 ようやく震えの止まったレミィに、空はさらに続けた。

空「みんな助けよう……勿論、レミィちゃんの妹さんも、絶対に!」

レミィ「………ッ、ありがとう……空」

 力強く、だが優しく語りかける空に、レミィは一瞬息を飲んで、
 目に溜めていた涙をボロボロと零しながら応える。

レミィ「ヴィクセン……お前も酷い目に合わせたな……。だけど、今度こそ……」

 レミィは涙を拭うと、手首に嵌められたヴィクセンのギア本体に向けて語りかけた。

 だが、その言葉も不意に途切れてしまう。

レミィ「ヴィクセン……?」

 レミィが茫然とした様子で語りかける。

 空は、ヴィクセンがレミィを慮る余り思念通話で苦言でも呈していたのかと思ったが、何やら様子がおかしい。

空「ど、どうしたの、レミィちゃん?」

レミィ「ヴィクセンが……ヴィクセンが返事をしない……」

 慌てて尋ねた空に、レミィは困惑気味に返事をする。

 おかしい。

 確かに、ヴィクセンは先の戦闘で大破し、変色ブラッドに侵食された部分を瑠璃華達の手によって、
 辛うじて無事だったエンジンから切り離されている最中だった。

 シミュレーターでの訓練中に明日美に聞かされたのだから間違いない。

 機体がどれだけ損傷していてもエンジンが無事ならば、ギアを通してヴィクセンと対話する事は可能なハズだ。

 と言う事は、エンジン本体に何かが起こったと見て間違いない。

レミィ「ヴィクセン……! ッ……!?」

 慌ててベッドから降りようとしたレミィは、まだ満足に動けない身体で急に動いたせいか、
 ベッドの縁から転げ落ちそうになってしまう。

空「レミィちゃん!?」

 空は慌ててレミィの身体を受け止め、支えるようにして立ち上がらせる。

レミィ「……すまない……」

空「気にしないで。今はとにかくハンガーに急ごう!」

 申し訳なさそうなレミィの身体を支え、二人は格納庫に向けて歩き出した。

 二人がハンガーに辿り着くと、集中的な作業の行われていたヴィクセンの周辺では、
 つい数時間前よりも緊迫した空気が満ちていた。

 全体が剥き出しになったエンジンを見る限り、
 既に周辺部位の解体作業は終わっているようだが、慌ただしさは先ほど以上だ。

 今はクレーンでエンジンを吊り上げ、作業台である大型フレームの上に移動させている最中だった。

瑠璃華『エンジンの懸架と固定急げ! 固定終了次第、ベントを全解放!』

 チェーロに乗ったままの瑠璃華も殆ど怒鳴るような声で指示を飛ばしている。

レミィ「何が……あったんだ……!?」

 心臓部だけになってしまった愛機を見下ろしながら、レミィは声を震わせる。

 格納庫までの道すがら、変色ブラッドの存在は空から聞かされていたが、
 この惨状を目の当たりにした衝撃は軽くは無かった。

空「下まで行こう、レミィちゃん!」

 空は愕然とするレミィを促し、格納庫の最下層まで降りて行く。

 そこでは慌てた様子の整備班達がかけずり回り、洗浄機と思しき装置をそこら中から持ち寄っていた。

雪菜「サイズはどんな物でもいいから早く準備して! B班は小型カッターやヤスリをかき集めて!」

 その作業の陣頭指揮を執っていたのは、アルコバレーノの修理作業の陣頭指揮を執っていたハズの雪菜だった。

空「雪菜さん、何があったんですか!?」

 レミィを肩で支えたままの空が、雪菜に駆け寄りながら声を掛ける。

 雪菜は驚いたように振り返った後、どこか苦しげな表情を浮かべ、申し訳なさそうに口を開く。

雪菜「………ごめんなさい、レミィちゃん。
   レミィちゃんが敵に受けた例の紫色のブラッドが、僅かにエンジン内部に残留していたようなの……」

レミィ「ッ!?」

 悔しさと申し訳なさを漂わせる雪菜の言葉に、レミィは驚きで目を見開く。

 エンジンはギガンティックの心臓部であり、AI本体が搭載されている。

 エンジンを侵食された事で、ヴィクセンのAIはギアとのリンクが完全に途切れてしまったのだ。

整備員A「ベント解放!」

 エンジンの固定が完了したのか、遠くから整備員の怒号じみた合図が聞こえた。

 すると、先ほどまで閉じられていたハートビートエンジンの各部にある
 ブラッドラインと接続されるパイプの弁が開かれ、エンジン内部に残留していた多量のエーテルブラッドが流れ出す。

 大量の鈍色のブラッドに混ざって、微かに濃紫色に染まったブラッドが溢れた。

 おそらく、ヴィクセンによる弁の閉鎖が間に合わず、内部に残留してしまったのだ。

 エンジン内部と言う事でより強いレミィの魔力の影響下にあった事で侵食が遅れ、
 それが発見を遅らせていたのだろう。

整備員A「ベント周辺の内壁、紫色に変色しています!」

瑠璃華『即時洗浄開始!
    洗浄終了後、炎熱変換した魔力を使って慎重に削り出せ! 急げ!』

 整備員の報告を聞いた瑠璃華が慌てて指示を出す。

 どうやら、かなり深刻な状態で間違いないようだ。

 一方、瑠璃華は最早チェーロで可能な作業が無いのか、
 近場に準備されていた07ハンガーに機体を固定すると、機体から降りた。

 そこへ空とレミィが歩み寄る。

レミィ「瑠璃華、ヴィクセンは!?」

 空に支えられて歩いていたレミィは、もどかしそうに空から離れると、
 転げそうになりながら瑠璃華に駆け寄った。

瑠璃華「レミィ……すまん。
    私の危機感の無さが招いた失敗だ……本当に、すまん……」

 問いかけられた瑠璃華は、項垂れて弱々しく返す。

 声は悔しさと哀しみで震え、今にも押し潰されてしまいそうな雰囲気が二人にも伝わって来る。

 瑠璃華の見立てでは、ヴィクセンのハートビートエンジンはもう手遅れだった。

 ブラッドラインと接続されるパイプ内部が侵食されていると言う事は、
 恐らくは内部も相当の侵食が進んでいる。

 侵食された部位を削らせてはいるが、エンジンを分解できない以上、内部の侵食は止めようが無い。

 今行っている作業も、単なる延命処置でしかないのだ。

 瑠璃華自身、こうなるかもしれない覚悟はしていたし、明日美にもその事を言っていた瑠璃華だったが、
 いざ手遅れだったとなると悔しさと苦しみが募る。

 瑠璃華の様子からレミィもその事を察したのか、その場に崩れ落ちるように膝を突いてしまう。

レミィ「そ、そんな……ヴィクセン……」

 声を震わせ、手首のギアとハートビートエンジンを交互に見遣る。

レミィ「私が……私があの時……もっとしっかりしていれば……!」

 レミィは自責の念で声を震わせた。

 奪われたエールと囚われの妹で迷った一瞬の隙が、あの敗北を招いたのだ。

 仲間を失い、今、相棒すら失おうとしている。

 そして、こんな状態では妹すら救えない。

レミィ「ッ、くそぉ……!」

 レミィは両手をつき、吐き出すように叫ぶ。

 声と共に涙が溢れ、床に小さな水たまりを点々と作って行く。

 と、その時である。

明日美「天童主任、破損したエンジンからヴィクセンのAIを引き上げる事は可能?」

 明日美の声が背後から響き、空が振り返ると、そこにはクララを伴った明日美がいた。

 どうやらクララから現状の説明を受けたようだ。

瑠璃華「……理論上、エンジンからギアのコアストーンにAIを移す事は可能だ。
    ……けど、単なる魔導機人装甲じゃレプリギガンティックにも劣るぞ」

 瑠璃華は消沈した様子で明日美の質問に返す。

 実際、明日美のユニコルノは第一世代ギガンティックのエンジンから、魔導機人装甲ギアにAIを移植している。

 仕様不明な点の多いハートビートエンジンだが、後付けのAIであるヴィクセンならシステム上は可能だ。

瑠璃華「だが、それにはあの状態のエンジンにレミィとリンクして貰う必要がある。

    けど、内部侵食がどの程度進んでいるかなんてスキャンだけじゃ分からない部分も多い。
    ハッキリ言って分が悪すぎる危険な賭けだ」

 瑠璃華はそう言って視線でハートビートエンジンを指し示した。

瑠璃華「確かにヴィクセンは仲間だし、
    私にとっては初めて作ったギガンティックだ……失うのは辛い」

 瑠璃華は項垂れながら呟き、苦しそうに声を震わせる。

 自分で設計、製造、整備に携わって来た特別な機体だ。

 フェイとアルバトロスが失われた今、ここでヴィクセンまで失うとなれば瑠璃華も断腸の思いだろう。

瑠璃華「だが、代わりのエンジンが無い現状、レミィにそんな危険な賭けをさせるワケにはいかない!」

 瑠璃華は声を震わせながらも、ハッキリと言い切った。

 仲間を天秤に掛けるようだが、これは当然の選択だ。

 侵食状態の機体と短時間リンクした後ですら、レミィは五時間以上の昏睡状態だったのだ。

 次にリンクして無事でいられる保障は無い。

 しかも、AIの移植にはそれなりの時間を要する。

 戦力ダウンしか選択肢の残されていない現状で、そんな危険な事を仲間にさせるのは瑠璃華にも憚られた。

 だが――

明日美「エンジンなら……ハートビートエンジンなら、あるわ」

瑠璃華「なっ!?」

 明日美の発した言葉に、瑠璃華は愕然と叫び、空達も驚きで目を見開く。

明日美「緊急時の予備として秘匿していたエンジンの使用許可が、先ほど政府から下りました」

 明日美はそう言って、自分の端末の画面を瑠璃華に見せた。

 そこには“ハートビートエンジン5号使用許可”と、確かに明記されていた。

 ハートビートエンジン5号……即ち、GWF204X-ユニコルノに使われるハズだったエンジンだ。

明日美「ヴィクセンに使われていた試作一号エンジンのテスターは私……。
    私専用に作られた5号エンジンも、私の魔力と同調できたレミィなら十二分に使えるでしょう」

 明日美は淡々と言ってから、ようやく顔を上げたレミィに向き直った。

 レミィは涙も拭わずに顔を上げ、明日美の顔を覗き込む。

明日美「レミット……もしもあなたにその覚悟があるなら、ヴィクセンのAI移植作業を開始します」

レミィ「司令………」

 ともすれば突き放すように覚悟を問う明日美の言葉に、レミィは逡巡する。

 だが、すぐに涙を拭って立ち上がった。

レミィ「瑠璃華、頼む! ヴィクセンを助けたい!」

 そして、瑠璃華に向き直り、懇願するように言った。

 ヴィクセンはあの時、弐拾参号を救おうとした自分の背中を押してくれた。

 彼女がああなった責任は自分にもある。

 だからこそ、相棒を助けたいと。

瑠璃華「レミィ…………分かった。

    クララ、誰かに医療部まで行って笹森主任に来て貰うよう伝えて来い。
    それと廃棄前のタンクと新しいブラッドを出来るだけ多めに準備しろ」

 瑠璃華は戸惑いながらも頷くと、明日美の背後にいるクララに指示を出した。

クララ「りょ、了解です、主任!」

 指示を出されたクララは慌てた様子で駆け出す。

瑠璃華「よし……っ!」

 クララを見送った瑠璃華は気合を入れるように頷くと、端末を取り出した。

 やると決めた以上、最早一分一秒が惜しい。

 侵食がエンジンのコアにまで到達したら、AIを移植するどころの話ではなくなってしまうからだ。

瑠璃華「雪菜、ヴィクセンのエンジンに予備のコントロールスフィアを接続する!
    壊れた接続部ごと交換だから準備急げ!」

 端末を通して雪菜に指示を出すと、瑠璃華は再びレミィに向き直る。

瑠璃華「レミィ、作業開始までまだ少し時間がある。
    近くのベンチで横になって少しでも体力を回復させておけ」

レミィ「……分かった。頼んだぞ、瑠璃華」

 レミィは瑠璃華の指示に頷くと、空に支えられてその場を辞した。

 瑠璃華は二人の後ろ姿を見送ると、明日美に向き直る。

 そして、僅かな戸惑いを見せた後、口を開く。

瑠璃華「ばーちゃん……何で今まで、隠してたんだ?」

明日美「……有ると分かったら、それを利用しようとする人間が多いのよ……。
    設計が私専用とは言え、使用者登録がされていない現状なら誰でも同調できるわ」

 瑠璃華の質問に、明日美は肩を竦めて応えた。

 確かに、使用者が限定される現在でさえ、軍部は自分達に縁の深い家柄のクァンや風華を引き込もうとしている。

 そこには軍部の影響力を拡大しようとする意志が見え隠れしていた。

 ロイヤルガードに二機のオリジナルギガンティックがあったのは、クルセイダーが皇居前から動かせない現状と、
 ロイヤルガードに縁の深い茜と同調したクレーストを、緊急時の予備戦力として温存する必要があったからだ。

 その件で軍部からのやっかみがあるのはやむを得ない物があった。

 オリジナルギガンティックの件に関して、それを持ち得ない軍部にやや盲目的な部分が多いのは致し方ない。

 何せ、イマジンから民間人を救う最前線に真っ先に立つのは軍部なのだから。

 それによってエンジンを過度に運用される事と軍部の増長を避けるため、
 また、最大戦力としてギガンティック機関に危急が訪れる時を予期し、
 政府は使用者無しの状態のエンジンを秘匿したのだ。

明日美「もう一つ……6号エンジンは研究用として旧技研に地下区画に秘匿されていたのだけれど……、
    アレが出て来た所を見ると、どうやら見付かってしまっていたようね」

 明日美は項垂れ気味にそう言うと、小さく溜息を漏らした。

 アレ、とはテロリストの使うギガンティック、ダインスレフの事だ。

 あの機体に結界装甲が使われている以上、解析のために6号エンジンが使われたのは間違いない。

 でなければ、一からハートビートエンジンを作り上げた事になってしまう。

明日美「……今は推測も後悔も愚痴も漏らしている場合ではないわね」

 明日美は短い溜息の後、そう言って頭を振る。

瑠璃華「……難しい大人の事情ってヤツか。
    正直、未登録エンジンがあるなら現物を見て研究したかったぞ……」

 瑠璃華は、そんな明日美に向けて愚痴っぽく言うと、
 格納庫の片隅に置かれた縦横高さ十メートルの巨大コンテナを見遣った。

 それは、明日美に格納庫まで持って来るように言われていた第五一六コンテナだ。

 書類上の中身はオリジナルギガンティックのジャンクパーツとなっているが、
 エンジンの件で覚悟を決めろと言った後に準備させたのだから、あの中に5号エンジンがあるのだろう。

 耐圧パイプとブラッド貯蔵用タンクの一つがパワーローダーによって運び込まれ、
 エンジンへの接続作業の準備が始まっている。

 あとはコントロールスフィアの準備が出来れば、いつでもヴィクセンのAI移植が可能だ。

瑠璃華「まあ、そんな悠長な事も言っていられないな。
    後でもっと詳しい話を聞かせて貰うぞ、ばーちゃん」

 瑠璃華はそう言うと、明日美の返事も聞かずに駆け出した。

 明日美はそんな瑠璃華の後ろ姿を見送りながら、また小さな溜息を漏らす。

ユニコルノ<明日美。
      朝霧副隊長の訓練にまだ付き合うなら、そろそろ戻って休まないと身体に障りますよ……>

明日美<今日は珍しくお喋りね……>

 不意に思念通話でユニコルノから声をかけられた明日美は、口元に微かな笑みを浮かべて応えた。

 だが、すぐに目を伏せ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

明日美<結局、あなたをエンジンに載せてあげる事が出来なかったわね……>

ユニコルノ<お気になさらず……>

 申し訳なさそうに漏らした明日美に、ユニコルノはどこか達観した様子で淡々と返す。

 明日美は愛器の返事に一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた後、だがすぐに気を取り直し、執務室に足を向けた。

―3―

 それから三十分後。
 シミュレーター、仮想空間内――


 いつも通り、体感時間を五百倍に加速された空間で、空はコントロールスフィアの中にいた。

 使い慣れたエールではなく、今回は新たな乗機となったクライノートだ。

空(うん……少し重いけど、エールほどじゃない……)

 空は手足を動かしながら、操作感覚を確認する。

 エールの鈍重さは手足に枷を嵌められたような感覚だったが、
 クライノートの重さは純粋な機体の重さだ。

 使われているフレームはエールタイプとカーネル、プレリータイプの中間……
 全高は大体三一メートルくらいだろうか?

 手足は太めで、それが重量感を増している原因らしい。

 エールより二メートル近く低いが、その代わり重心も低くなって安定性も高まっており、
 どっしりと構えれば並大抵の攻撃ではビクともしないだろう。

明日美『乗り心地はどうかしら?』

 操作感覚を確認している空の元に、通信機越しの明日美の声が聞こえた。

 通算三度目となる訓練も、明日美はやはり若返っている。

 だが、今回はそれだけでは無い。

 クライノートを駆る空から二百メートルほど離れた位置に、
 白と青紫を基調とした躯体に藤色の輝きを宿したオリジナルギガンティックの姿があった。

 それは二十七年前、イマジン襲撃の際にエンジン破損によって失われたオリジナルギガンティック、
 GWF200X-ヴェステージだ。

 本体は現在、外観だけが復元され山路重工に保管されており、
 空の目の前にいるのはデータだけで復元されたコピーに過ぎない。

 しかし、データだけのコピーに過ぎないと言っても、それだけにメンテナンス状態は最高値をキープしている。

 要は訓練時代に使っていた“動かし易いエール”と同じ条件だ。

 そして、そのヴェステージを駆るのは勿論、若返った明日美である。

空「はい、少し重たい感じがしますが、凄く安定していて安心します」

 そんな明日美に、空は感じたままの素直な感想を返した。

明日美『よろしい……。

    では、ヴァッフェントレーガーを使う前に、先ずは軽い復習と行きましょう。
    第二段階の最終段階で行った訓練を、今度はギガンティックの状態でやってみましょう』

 明日美は満足そうな声音でそう言うと、愛機の周辺に無数の閃光変換した魔力弾を浮かべた。

 通常の魔力弾よりも鈍く輝くソレは、訓練で使う標的だ。

 数は五十を超える。

 明日美が標的を浮かべた事を確認した空は、自身も訓練の準備に入る。

空(先ず……リングを七つ……)

 空は脳裏にイメージのリングを浮かべた。

 自身の周囲を旋回する、それぞれが干渉しない軌道のリングを七つ。

空(一……二……三……四……五……)

 そして、そのリングに引っかけるように、次々と魔力弾を浮かべて行く。

 すると空……クライノートの周辺に三十を超す魔力弾が一斉に浮かんだ。

 これが特訓の第一段階で空が修得した、多量の魔力弾を自身の周囲にキープする方法だった。

 ギアの補助無しでも一つの円に最大五つの魔力弾を設置する事が可能で、
 それぞれの円毎に浮かべた順に数字をイメージしている。

 こうすれば、脳内のイメージでは“身体の周辺に浮かぶ、数字の引っかけられたリング”となって、
 イメージの単純化……即ちイメージし易くなったのだ。

 浮かべたリングが七つなのは、
 空自身が思考のコンフリクトを無しに個別発生させられる魔力弾の限界数である。

 空のイメージでは魔力弾をコブのように付けたリングが七つ、
 自分を中心軸として浮かんでいる事になるのだが、実際には存在していない。

 そして、この方法が明日美が魔力弾を浮かべた方法に近い物だった。

 因みに、明日美は自身の周囲にジェットコースターのレールのような物をイメージし、
 そこに大量の魔力弾を走らせるイメージだ。

 どちらも多量の魔力弾を自身の周囲にキープするために突き詰めた、個人毎の最適解である。

空「準備出来ました、司令!」

明日美『ええ……では、始めるわよ!』

 明日美は空に応えると、すっ、と手を上げて合図を出した。

 直後、明日美の浮かべた魔力弾の幾つかが眩く発光を始める。

 発光パターンの代わった魔力弾が、狙うべき標的だ。

空「行けぇっ!」

 空は片手を突き出す動作をトリガー代わりにして、標的となる魔力弾と同数の魔力弾を発射した。

明日美『行きなさいっ!』

 対して、明日美もその魔力弾を迎撃する魔力弾を発射する。

 残った魔力弾も、標的となる魔力弾を守る軌道を描く。

空「援護と防御……この割合で!」

 空は両腕を左右に振り払うようにして、残った魔力弾の半数を高速で射出し、
 さらに残りの魔力弾を高速旋回させて防壁代わりにする。

 空の放った高速魔力弾は、明日美の迎撃と防衛の魔力弾の内、
 先に放たれた魔力弾を妨害する物だけを相殺した。

 さらに、その内の撃ち漏らしの魔力弾も、空の周囲を旋回する魔力弾と相殺されて消える。

 そして、無事、迎撃と防衛の魔力弾をくぐり抜けた魔力弾が、標的を撃ち抜いた。

明日美『よし……ギガンティック搭乗時でも問題なくコントロール出来るようね』

 明日美は自身の元に一つの魔力弾も残っていない事を確認しながら、満足げに呟く。

 対する空の元には、まだ数個の魔力弾が円軌道を描いて浮かんでいた。

 おそらく、最初から防壁代わりにする魔力弾は魔力を多く使って作っていたのだろう。

 明日美の魔力弾全てを相殺しながらも、幾つかは残す事が出来たのだ。

 多数の魔力弾のコントロールに加えて、さらに魔力弾毎の魔力の微調整までこなすとは、
 明日美から見ても空の上達振りは中々の物だった。

 射出後の魔力弾のコントロールは、頭にしっかりと軌道をイメージ出来ているかが重要だ。

 その点は既に十分な訓練を積んでいた空だが、今回の訓練を経てその技量もさらに研ぎ澄まされた事だろう。

空「………」

 だが、対する空はどことなく浮かない様子だ。

明日美『空? ………朝霧副隊長!』

 反応の薄い空に、明日美は少し語調を強めて呼ぶ。

空「は、はいっ!?」

 普段の明日美とは違った声の強さに、空は思わず姿勢を正し、慌てた様子で返事をする。

 そして、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべ、顔を俯けた。

 機体越しとは言え、空の様子を察したのか、明日美は小さく溜息を漏らす。

明日美『レミィとヴィクセンの事が心配なのは分かるけれど、訓練に身が入っていないようでは駄目よ』

空「はい……すいませんでした、司令」

 溜息がちな明日美の言葉に、空は申し訳なさそうに返した。

 この訓練開始と時を同じくして、ヴィクセンのAIを引き上げる作業が開始される予定だ。

 作業にかかる時間は、大体十分程度を想定しているらしい。

 この五百倍に加速された空間では、結果が出るのはおおよそ三日と半日が過ぎた頃である。

 結果が出てから始めれば良かったのかもしれないが、今は一分一秒の時間が惜しい。

 それに加えて、どれだけ短い時間のシミュレーションでも解除後の眩暈や負荷は変わらないとなれば、
 始めて数分で解除、と言うワケにもいかないのだ。

 特に、明日美の身体にかかる負担は無視できないレベルである。

明日美『仲間の安否が普段以上に気がかりなのは仕方ないでしょう……。

    体感で一ヶ月以上経過していると言っても、
    フェイを失ってからまだ半日も経っていないのだし……』

 明日美は悲しげな声音でそう呟くと、短い溜息を一つ吐いて気持ちを切り替え、さらに続けた。

明日美『でも、だからこそ今は訓練に集中しなさい。
    今の自分が仲間のために出来る事を間違えないように』

空「………」

 明日美の言葉に、空は次第に身の引き締まる思いで聞き入っていた。

 確かに、明日美の言う通りだ。

 門外漢の自分が、などと自虐的な事を言うつもりは無い。

 だが、そんな自分が出来る事は、レミィとヴィクセンが戦列に復帰する事を……
 レミィと瑠璃華を信じて、明日美と共に訓練を続ける事だ。

 空は両手で頬を強く叩き、大きく息を吐き出す。

 乾いた音と吐き出す呼吸と共に、気が引き締まる。

空「……はいっ!」

 気を引き締め直した空は、力強い声で応えた。

 仲間を案じる気持ちは変わらないが、つい数分前よりはずっと訓練に集中できている。

明日美『……今度こそ、準備はいいようね。
    なら、早速ヴァッフェントレーガーの訓練に入りましょうか』

 明日美も空の心持ちの変化を感じたのか、少しだけ優しい声音で言った。

空「はい、お願いします、司令!」

 空は大きく頷くと、後方に下げてあったヴァッフェントレーガーに視線を向ける。

空(レミィちゃん、瑠璃華ちゃん、それにヴィクセンも……みんな、頑張って。
  私も、絶対にヴァッフェントレーガーを使いこなせるようになるから!)

 空は祈るような気持ちで仲間達の事を思い、
 そして、強い意志で決意を新たにすると、ギアを嵌めた右腕を掲げた。

空「行くよ……ヴァッフェントレーガーッ!」

 そして、新たな乗機のOSSの名を高らかに叫んだ。

 同じ頃、ギガンティック機関、格納庫――

 11ハンガー前では、ヴィクセンのAI回収作業の準備も最終段階へと移り、
 エンジン内部に入り込んで作業していた整備員達も退避済みだ。

 レミィもコントロールスフィアの内壁に寄りかかり、作業開始の瞬間を待っていた。

雄嗣『ヴォルピ君、聞こえるかい?』

レミィ「……はい、よく聞こえます、笹森チーフ」

 不意に通信機越しに響いた雄嗣の声に、レミィは静かに応える。

 雄嗣はレミィの返事に“うむ”と頷くような息遣いの後、説明を始めた。

雄嗣『起動していたエンジンから全てのパーツが取り外された関係上、
   魔力リンクを行った瞬間に全身に激痛が走るだろうが、
   リンク開始と同時に不要なリンクは全て切断する』

レミィ「はい」

 雄嗣の説明に頷き、レミィは少し前に瑠璃華から聞かされた事を思い出す。

 ヴィクセンは変色ブラッドによる侵食を受けた時点の状態でシステムがフリーズしている可能性が高く、
 それはつまり、エンジンだけとなった現在でもシステムは
 オオカミ型ギガンティックに敗北した時点の状態で停止しているとの事らしい。

 要は四肢をもがれ、頭部を半砕された状態のまま、と言う事だ。

 そして、魔力リンクを開始し、システムを再起動した瞬間に、
 ヴィクセンはエンジン以外の全てを吹き飛ばされたようなダメージを誤認してしまうのである。

 これはリンクして直接アクセスせねば本当の所は分からないのだが、
 万が一にもそうであった場合、最初から魔力リンクを切断した状態でアクセスするのは、
 情報の齟齬を是正できるだけの処理能力の余裕がヴィクセン側に残されていなかった場合、
 再度システムがフリーズしてしまう危険性を孕んでいるからだ。

 そうなれば、エンジンを動かすために注入したブラッドにより変色ブラッドの侵食は劇的に早まり、
 再度の作業は不可能となってしまうだろう。

 ソレを避けるため、瑠璃華の説明を受けたレミィが自ら進言した方法でもあった。

雄嗣『多少のタイムラグはあるかもしれないが痛みは一瞬で抑えてみせる。

   問題は、その一瞬のダメージからどれだけ早く復帰できるかが、
   天童主任曰く、作業を成功に導く最大のポイント……だそうだ』

瑠璃華『その通りだぞ』

 雄嗣の説明に相槌を打って、瑠璃華が説明を引き継ぐ。

瑠璃華『レミィ、お前はヴィクセンとリンク開始後、
    すぐにヴィクセンのAI本体のデータだけを、
    お前の持っているギア本体に引き上げる作業を始めて貰う。

    こちらでも作業をサポートさせて貰うが、お前の感覚だけが頼りだぞ』

レミィ「ああ。ヴィクセンを掴んで引き上げる感覚、だったな」

 先ほども説明して貰った事を再度説明してくれた瑠璃華に、レミィは頷きながらそう返した。

 第一世代ギガンティックのコアを流用したハートビートエンジンのコアは、
 ギアのコアストーンと基本的な原理は近い。

 魔力的に構築された人口知能は、意志を持った魔力と置き換える事も出来る。

 AIの引き上げとはつまり、その意志を持った魔力だけをエンジンのコアから引き上げ、
 ギアに移し替える作業の事なのだ。

 ヴィクセンの場合、その生みの親はレミィ自身。

 これ以上、引き上げに適した人材もいないだろう。

瑠璃華『よし……最終準備が整ったみたいだ。すぐに始めるがいいな?』

レミィ「……ああ、始めてくれ」

 瑠璃華の問いかけに頷くと、レミィは背を預けていた内壁から離れ、
 コントロールスフィアの中央に立った。

 コントロールスフィアの内壁に周囲の状況が映し出され、
 外部のディスプレイがカウントダウンを始めている。

 残り四秒で作業開始だ。

レミィ(ヴィクセン……)

 レミィは心中で、相棒の名を呼ぶ。

 自分の我が儘に付き合わせ、自分の油断から傷付く事となった相棒。

レミィ(すぐに、助けてやるからな!)

 決意も新たに、来るであろう痛みの衝撃に身構える。

整備員A『ベント解放! エーテルブラッド、強制注入開始!』

整備員B『コントロールスフィア各システム良好、魔力リンク、強制再接続します!』

 整備員を含む技術開発部のスタッフが次々に作業を進め、遂にその時が来た。

雄嗣『システム、リンク確認!』

 恐らく雄嗣と思われる男性の声と共に、レミィの全身を痛みが駆け抜けた。

レミィ「ッァァァァ!?」

 目を見開き、口を悲鳴の形に広げて、声ならぬ声を吐き出す。

 心臓だ。

 心臓だけを抜き取られ、それだけになってしまったような、
 はたまた心臓以外の全身を粉々に粉砕されたような激痛。

 そんな、先に説明されていた通りの激痛が全身を駈け巡る。

 覚悟はしていたつもりだった。

 だが、現実に受ける激痛は、覚悟程度で乗り切れるほど生易しくは無かった。

 正常な思考がままならない。

 リンク開始から何秒が過ぎた?

 いや、何十秒? 何分? 何時間?

 瞬きさえも許されないほどの苦痛が、僅かな時を遥か長時間にまで拡張して行く。

 そして――

雄嗣『各部身体リンク切断完了!』

レミィ「っ……がはっ!?」

 ようやく全身の痛みが引き、レミィはその場で膝を突く。

 カウンターは作業開始から二秒と経過していない。

 本当に一瞬の事だったようだが、それでも全身に残る痛みの感覚の残滓は凄まじい。

 だが、休んでもいられない。

 全身から引き剥がされた痛みに喘ぐ間も無く、レミィは意識をギアに集中する。

 ギアからエンジン、そのAIへ、意識を潜らせた。

レミィ「っぐ!?」

 直後、胸の痛みに気付く。

 やはり、この痛みも心臓に由来するものだ。

 おそらく、変色ブラッドによって蝕まれたハートビートエンジンの痛みとリンクしているのだろう。

 その痛みが、心臓全体へとジワジワと広がって行くような感触がある。

 本来ならばこのリンクも切断すべきなのだが、
 エンジン本体とのリンクを切断すればヴィクセンを助け出す事は出来ない。

瑠璃華『侵食率が想定値よりも高い!? レミィ、急げ!』

 瑠璃華が悲鳴じみた声を上げた。

 レミィは視線だけを動かし、ハートビートエンジンに接続されたパイプを見遣る。

 半透明の耐圧パイプを流れる若草色に輝くエーテルブラッドに、
 濃紫色の暗い輝きが混ざり始めているのが見えた。

 ヴィクセンの防衛能力が満足に機能していないため、
 エーテルブラッドを媒介に恐ろしいほどの速度で侵食が進んでいるようだ。

レミィ<ヴィクセンッ!>

 レミィは思念通話で愛機に呼び掛ける。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ>

 すると、即座に思念通話が返って来た。

 途切れ途切れの音をつなぎ合わせたような、酷いノイズ混じりの声だ。

 そのノイズのような声を聞いた瞬間、
 レミィはドロリとした粘液で満たされた暗い海の中に放り出された感覚に襲われた。

 どうやら、ヴィクセンのAIと自分の意識が普段以上に密接に繋がり、
 変色ブラッドに侵食されたエンジンの影響を受けているのだろう。

 おかしな話かもしれないが、
 これがハートビートエンジン試作一号機……ヴィクセンの深層意識なのだ。

レミィ<悪かった……ヴィクセン。
    私の我が儘に付き合わせたばかりか、あの時、油断したせいで……お前を……!>

 レミィは呼び掛けを続けながら、意識の奥底へと潜るように進む。

 粘液の抵抗か、それとも深層意識に潜って行く故の心象なのか、
 身に纏っているインナースーツが少しずつ溶けて無くなって行く。

 すぐに全てのインナースーツは溶けてなくなり、
 全裸になってしまったレミィだが、不思議と羞恥は感じない。

 それどころではないと言う話ではあったが、
 それ以上に肌を晒すごとにヴィクセンと一体になって行くように感じられたのだ。

 レミィは生まれたままの姿になって、深層意識の奥底に向けて必死に手を伸ばす。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、深層意識の海の奥底から、ヴィクセンの声が響く。

 ノイズ混じりの中でも、その声がどこか怒っているようにレミィは感じた。

レミィ<ごめん……ヴィクセン……! でも……>

 レミィは泣きそうな声で漏らし、思わず引っ込めかけた手を、再び必死に伸ばす。

 すると――

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、ヴィクセンの声が聞こえた。

 今度は怒りの中に、僅かな慈しみさえ感じられる。

 変色ブラッドの侵食から自らのコアを守るため、
 “レ・ミ・ィ”と主の名だけを紡ぐので精一杯のヴィクセン。

 だが、その僅か三文字の音に乗せられた思いは、
 意識の奥底に近付くにつれてハッキリを感じられるようになって行く。

 僅かな怒り、深い慈しみ、強く熱い友愛の情。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び聞こえた声は、怒りと言うよりも小さな子供を叱りつける年上の家族のような、
 そんな暖かな物に満ちていた。

レミィ<ああ……そう、だった……な>

 レミィはしゃくり上げるように、ヴィクセンのその思いに応える。

 そして遂に、レミィはヴィクセンの深層意識の奥底へと辿り着く。

 深層意識の奥底は草原のような光景が広がっていた。

 ドロリとした粘液の海底に広がる草原。

 おそらくはこの草原こそがヴィクセンの深層意識の本体なのだろう。

 粘液の海底は変色ブラッドの影響だと言う直感にも似た推測は当たっていたのだ。

 レミィは伸ばしていた手を引っ込め、
 両の足で“草原”に足をつくと、その足もとに柔らかな若草色の輝きが灯った。

 その輝きの中で横たわる、金色の毛並みの子ギツネの姿。

 これがヴィクセンの深層意識の核……ヴィクセンのAIの心象体。

 つまり、意識を持った魔力そのものだ。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 子ギツネの姿をしたヴィクセンは弱々しく顔をもたげ、また声を漏らす。

 それはどこか申し訳なさそうな響きを伴っていた。

 だが、それに対してレミィは小さく頭を振って、彼女を抱き上げる。

 たった三つの音でも、彼女が何を言わんとしているか、レミィには理解できた。

レミィ<バカだな……お前が言ったんだろう……あの時だって、今だって……>

 レミィは涙混じりの声でそう言って、抱き上げたヴィクセンに頬を寄せ、精一杯微笑んだ。


――あんまり遠慮するんじゃないわよ!――


 そう、力強く語りかけてくれた相棒の言葉を、レミィは思い出す。

 ヴィクセンを抱き上げたレミィの身体は、一気に海面へと向けて上昇を始めた。

 どれだけの時間が経ったのか、それとも僅か一瞬の出来事だったのか、
 海面の膜を突き破るような感触と共に、レミィの意識は現実へと引き戻される。

レミィ「ッ、ぷはっ!? ……はぁぁ……ふぅぅ……」

 どうやら深層意識に潜っている間は無意識の内に呼吸を止めていたらしく、
 レミィは大きく息を吐き出し、また吸い込む。

 新鮮な酸素を取り込み肺に満たすと、急速に身体が落ち着いて行く。

 胸の痛みも消えており、ハートビートエンジンとのリンクが切れた事が分かった。

 ヴィクセンのAI本体をギアに移動させた事でリンクも切れ、
 エンジンがただのマギアリヒトの塊になってしまった証拠だ。

 外部のディスプレイを見遣ると、作業開始から一分と経過していない。

 どうやら、深層意識の体感時間は現実のソレとは著しく異なるようだ。

レミィ「ふぅ……」

 レミィは深いため息と共に自らの身体を見下ろすと、全身余すところなく濡れていた。

 深層意識の海に潜ったため……と言うワケではなく、どうやら単に汗をかいただけのようだ。

 心臓以外を粉砕されるような激痛に、心臓に走る痛み、
 体感時間を濃密に圧縮された深層意識へのダイブと、慌ただしく体験した事による物だろうか?

 髪の先まで濡らす汗に苦笑いを浮かべたレミィは、尻餅をつくようにその場に座ると、右手首を見遣る。

 そこにはシンプルな腕輪だったギアが変化した、
 キツネの紋様と爪を摸した若草色のクリスタルがはめ込まれた新たな腕輪状のギアの姿があった。

 それまでのヴィクセンのギア本体は、あくまでハートビートエンジンのコアとレミィ本人を橋渡しをする仮の物だったが、
 AI本体を取り込んだ事でレミィのイメージを取り込んで相応しい形に姿を変えたのだ。

レミィ「……ヴィクセン、気分はどうだ……?」

ヴィクセン『ええ……中々、かしら。
      一時的とは言え、ただのギアになるって言うのも案外、乙な物ね』

 疲れ切ったように問いかけるレミィに、ヴィクセンは共有回線を開いて、戯けた調子で応える。

 どうやら、引き上げは成功したようだ。

雄嗣『脳波と脈拍にまだ僅かな乱れはあるが、許容範囲内だ』

瑠璃華『システムチェック……AIも無事に引き上げられたようだな』

 雄嗣と瑠璃華の声が、無事の作業終了を告げる。

レミィ「よかった……」

 二人の言葉を聞き、レミィは安堵と共に胸を撫で下ろし、その場で仰向けに倒れた。

ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ、大丈夫!?』

レミィ「ん、ああ……大丈夫だ……ちょっと疲れただけだ……」

 慌てふためくヴィクセンに、レミィは疲れ切った様子で返す。

 何とかやりきったが、これで終わりではない。

 戦いはまだ終わってはいないし、助けなければならない仲間達もいる。

 レミィは力を振り絞り、ヴィクセンの嵌められた右腕を高く掲げた。

ヴィクセン『今度こそ……絶対に助けましょうね。……あなたの妹を』

レミィ「……ああ、今度こそ、絶対だ」

 高く掲げた右腕から聞こえる声に、
 レミィは万感の想いと、以前よりもさらに強くなった決意を込めて応えた。


第18話~それは、甦る『輝ける牙』~・了

今回はここまでとなります。
空の称号に漏れインに続きゲロインが追加されました………僕はこの子をどうしたいんでしょうか?w

久しぶりに安価置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201

お読み下さり、ありがとうございます。

>ホンの立場
正直な話、彼は御輿ですらないんですよね。
御輿なら回りが担ぎ上げますけど、彼の場合は彼自身が臆病な事もあって、
望む物さえ与えておけば、大人しくシェルター代わりのコンテナに引きこもってくれているので、
何かにつけて担ぐ必要が無いので、操り人形としては理想的な担ぎやすさです。
そして、外部に顔を見せる必要がある時だけ使う……こう言う部分は操り人形と言うより、むしろ隠れ蓑ですね。
ただ、単なる隠れ蓑と言うには少々、我が強いので、ユエの側にも多少の不自由さ(11話のような事)も有ります。

>ユエの“はぐらかし”
この辺りはミスリードも含めて色々と想像の余地があるようになっています。
ですが、基本的に自分の書く技術屋は不器用な人が多いので、彼の本性と言うか、本質の顕れみたいな所はあると思います。

>Gと振動って辛い
立体駐車場の上り下りすらGを体感できますからねぇ。
今回はシミュレーター停止から意識が身体に戻るまでの一瞬で、
長距離・大高低差・急カーブコースのジェットコースターを味わったような感覚となっております。

空のバランスの良さは、既に何度か出しているように平衡感覚以上に体幹の良さなので、
自発的だったり突発的な物を立て直そうとしたりする能動性の高い揺れには強いですが、
今回のように自分で何も出来ない状態、対処できない状態にされての受動性の高い揺れには人並みに弱いです。
早い話がバランスが崩されそうになったら力業で耐え、崩されたら力業で立て直すバランス脳筋ですw

>車酔い
自分も、学校の遠足や旅行でバスに乗る時は前の方であってもタイヤの上はアウトな人種でしたw
今でも他人の運転する車に30分以上乗っていると、ほぼ九割から十割に近い確率で酔います(車酔いあるある

>明日美@コーチが吐血する
吐血するコーチと言うと、個人的にトップのオオタコーチが思い浮かびます。
と、同時にスパ厨なので、第一次αで原作五話終了まで進んでいた割に第三次αでも終盤までピンピンしていたのを思い出します。

そして、ユニコルノはアレです。
基本的に起動者の深層意識の現れなので、両親を反映してエールをややお堅くした感じとなっています。
……クライノートと大差が無いのは秘密です(白目

>レミィとヴィクセンも復活して、反撃の準備も着々と
暗い展開が続いた中で、ようやく一筋の光明が、と言う感じですね。

次回は遂に新型のヴィクセンMk-Ⅱがお披露目です。
クライノートとヴァッフェントレーガーのお披露目も含むので、偏らないように頑張ります。

保守ありがとうございます。
ちょいと私事でゴタついておりますので、投下は年末頃になるかもしれません。

何とか年末に間に合ったので、最新話を投下させていただきます。

第19話~それは、響き渡る『涙の声』~

―1―

 7月9日、午前六時過ぎ。
 第七フロート第三層中央、旧山路技研、通称“城”。

 その最奥区画にあるユエの研究室――


 囚われの身となって十一時間が経過した頃、茜は目を覚ました。

茜(睡眠時間は四時間程度か……敵の膝元で眠れるとは思わなかったな)

 茜はそんな事を考えながら、自嘲の嘆息を漏らす。

 睡眠時間はやや短く、気怠さも感じるが、
 早起きが習慣ついているせいか、普段よりは遅かったもののすんなりと目が覚めた。

 ここはユエの研究室と扉一枚隔てた寝室だ。

 元々、研究者用の宿直室だった場所を改装しただけの簡素な作りだったが、
 物置代わりに使われている棚で仕切られているお陰でそれなりにプライベートな空間は確保されていた。

 如何せん狭いと言う難点はあったが、身の安全が保障されているだけマシである。

 そう、信じられない事に、茜は囚われの身でありがなら、身の安全が保障されているのだ。

茜(いくら何でも、おかしいだろう)

 茜は自身の手首を見遣ると、そこには昨夜と変わらず魔力抑制装置が取り付けられていた。

 だが、この研究室に入って以来、それ以外で何かをされたと言う事は無い。

 むしろ、この研究室の主……ユエ・ハクチャによって客人としての扱いを受けていたのだ。

 この研究室の外には出られない軟禁状態ではあったものの、洗脳や拷問を受ける事はなかった。

 むしろ、特定の端末以外に触れて情報収集する事すら許可されており、
 以前は知り得なかったテロリスト達の情報や、現状を把握する事も出来ていた。

 テロリスト達の構成員や、別のテログループとの横の繋がりを証明する情報、
 さらには政府側に入り込んでいる内通者の情報に至るまで、手に入れる事が出来た物はどれも重要な情報ばかりだ。

 400シリーズと呼ばれるテロリスト達のギガンティックも、名前やカタログスペックは入手できた。

 しかし、ユエにとってはその程度の情報は機密にも当たらないのだろう。

 逆に彼が隠したいのは、今も彼が開発中のギガンティックに関する情報のようで、
 そちらは専用の権限が無ければ閲覧できない端末に保存されていた。

茜(レミィ……フェイ……)

 様々な情報を入手できた茜だったが、端末を通して知り得た仲間達の現状に、
 むしろ彼女は心を痛める事となった。

 自分と一緒に連れて来られなかった時点である程度、予想はしていたが、
 空は辛うじて虜囚の身になる事は避けられたらしい。

 だが、レミィはオオカミ型ギガンティック……402・スコヴヌングとの戦闘でヴィクセンを大破させられ、
 フェイはダインスレフの攻撃によって機体ごと爆散してしまったと記録されていた。

 空やレオン達部下の事は細かく記録されていないが、残りは“逃げられた”との報告を受けているようだ。

 無事……とは限らないが生きているのは間違いない。

 レミィに関しても、確証は無いが生きている可能性はまだある。

 昨夜はその結論に至るまで寝付く事が出来ずにいた。

 だが、その結論に至ったお陰でするべき事は決まった。

茜(先ずは――)

 茜が昨夜の内に決めた事を指折り数えようとした、その時だ。

??「食事、持って来ました」

 茜用のプライベートスペースの隅で抑揚の少ない幼い少女の声が聞こえた。

 茜がそちらに目を向けると、声そのままと言った風体の少女……ミッドナイト1がいた。

 ミッドナイト1は食事の盛り付けられた食器の載った大きなトレーを抱えており、
 身じろぎもせずに茜の返事を待っている。

茜「ああ、君か……そこに置いて……いや、一緒に食事を摂ろうか」

 茜はベッドの端を指差してから思い直したように頭を振ると、ミッドナイト1を手招きした。

 手招きされたミッドナイト1は、キョトンとした様子で立ち尽くしていたが、
 昨夜の内にユエから“幾つかの事柄を除いて、彼女の言う事を聞くように”と申しつけられていた事を思い出し、
 “失礼します”とだけ言って茜の横に腰を降ろす。

 説明するまでも無いが、ユエの言った“彼女”とは茜の事だ。

 ミッドナイト1は自分と茜の間にトレーを置くと、自分の分の食器を取り、
 チーズを囓ってはパンを、パンを頬張っては牛乳を、牛乳を飲んではチーズを、
 と三角食べの見本のような食事を始めた。

 しかし、コーンポタージュには手を出していない。

茜「残している物は、嫌いなのか?」

M1「……いいえ」

 怪訝そうに尋ねた茜に、ミッドナイト1は食事の手を止めて僅かな思案の後に返す。

茜「……なるほど、好物は楽しみに取っておく方か……」

 茜は微かに微笑ましそうな笑みを浮かべそう言うと、納得したように頷いた。

M1「………?」

 ミッドナイト1はワケも分からず首を傾げたものの、すぐに食事に戻る。

 ミッドナイト1のその様子と、自分の食事を交互に見遣りながら、茜も食事を始めた。

茜(ロールパン二つにチーズ二つ、コップ一杯の牛乳にスープ。
  全て合成食品だがプラントで賄える食事だな……。

  味に異常もない……つまり、毒は入れられていない、と言う事か)

 茜は全て一口よりも少ない量だけを味見しつつ、そんな事を考える。

 食事の量は申し分無いし、味も合成食品なりに悪い物ではないようだ。

 量と味はともかく、毒や自白剤の類が入れられている様子も無い。

茜(この子も扱いや立場は悪いが、恒常的に暴力を振るわれたり、
  常に不当な立場にいるワケではないのか……)

 茜は傍らのミッドナイト1をつま先から頭の天辺まで、じっくりと観察する。

 一晩明けて治療は終わったのか、治癒促進用のパッドも、傷痕も無い。

 ユエや研究者の対応を見る限り、暴力を振るうのはテロリストの中でも兵力として数えられる側の人間の仕業だろう。

 だが、彼女を丁重に扱うユエ達も、彼女をエールに同調するための生体部品としか見ていない。

 彼女自身は無自覚なようだが、彼女も被害者だ。

 茜は食事を続けながら、先ほどやろうとしてた“やるべき事”を改めて考える。

茜(先ずは可能な限りの情報の入手……これは端末から収集できるだろう)

 少々……いや、甚だ疑問ではあるが、先に述べた通り情報収集の自由は確保されていた。

茜(二つ目は、コレの解除だな……)

 茜は視線だけを手首の魔力抑制装置に目を落とす。

 魔力錠であるため、外そうと思って魔力を流し込めば簡単に解除できる。

 だが、茜の魔力はこの抑制装置によって自然放出されてしまうため、解除する事が出来ない。

 コレはユエの研究室に他の研究者が入ってくれば、その人物を素手で制圧すれば解決できる可能性がある。

 或いは、別のもう二つの手段だ。

茜(……三つ目は脱走経路の確認と確保)

 正直、これが一番難しいだろう。

 端末で入手できた情報は、この技研が今のような構造に改造される以前の見取り図だ。

 以前はもう少し風通しの良い構造だったようだが、昨晩歩かされた通路とは明らかに構造が異なっている。

 おそらく、最奥にあるホンの居室やユエの研究室を守るため、
 通路だけでなく壁や階段を追加して迷路のように複雑化させたのだろう。

 昨日、覚えた一本道を使った場合、何処で警備兵や警備用ドローンに見付かるか分かった物では無い。

 抑制装置を外せても、十分に戦闘可能になるまで魔力を回復するには、相応の時間がかかる。

 出来るだけ短い移動で気取られずに抜けられる新たな脱出経路を見付けるべきだろう。

 しかも、これは時と場合によっては時間制限がある。

 ユエ以外の研究者がいつ現れるか分からないからだ。

 ずっと現れないかもしれないし、すぐにでも現れるかもしれない。

 加えて、この脱出経路の確保はクレーストとエールの奪還も含まれる。

 状況次第だが、クレーストでエールを抱えて脱出する事も念頭に置かなければならない。

 それが“一番難しい”理由である。

茜(そして、四つ目……)

 茜は物憂げな視線をミッドナイト1に向ける。

 先ほども考えた事だが、彼女はどちらかと言えば被害者の側だ。

 出来る事なら、こんな場所からは連れ出してやりたい。

 そして、それが叶うなら彼女に抑制装置を取り外して貰う事も出来るだろう。

 多少の打算は入るが、それでもミッドナイト1を助けたいと言う思いは本物だ。

 ともあれ、ミッドナイト1に外して貰う、と言うのが考えた非常手段の一つ。

 もう一つは、両手首の切断だ。

 予め止血準備を整えた後で手首を切断、装置を取り外し、回復した魔力でさらに止血する方法だが、
 これは本当の非常手段として最後の最後まで温存して使わずに終わりたい物である。

茜(いざとなれば、甘えた事は言っていられないだろうがな……)

 茜は心中で溜息を漏らすと、改めて食事に集中する事にした。

 昨晩は食事もままならなかった事もあって、落ち着いて食べると空きっ腹に染み渡るようだ。

 空腹が満たされ、人心地ついた茜は両手を合わせる。

茜「ごちそうさま、ありがとう」

 茜は傍らで食器の片付けを始めたミッドナイト1に向け、穏やかな表情でお礼を言った。

M1「……マスターの言いつけに従っているだけです」

 対する、ミッドナイト1は努めて淡々と返すばかりだ。

 だが平静でいようとしている様子は、何となく察する事が出来た。

 おそらく誰かにお礼を言われた事など無く、始めての事に戸惑っているのだろう。

茜「それでも、この部屋から外に出られない私のために、この食事を持って来てくれたのは君だ。
  お礼を言わせてくれ」

 茜は穏やかな笑みを浮かべて言った。

 他の誰も、彼女を一人の人間として扱わないなら、自分だけでも彼女を人間的に扱うべき。

 茜はそんな使命感にも似た考えで彼女に相対していた。

 そこに彼女を絆そうとする打算的な物が欠片も無かった、とは言い切れない。

 だが、紛れもない本心である事は、自信を持って言い切れる。

 そんな彼女を見て、やはり結・フィッツジェラルド・譲羽と言う人物を知る者は口を揃えて言うだろう、
 “ああ、間違いなく、あの猪突猛進な正義感の塊の孫だ”と。

 そして、奏・ユーリエフを知る者はこうも言うかもしれない、
 “ああ、クレーストが彼女を選んだのは、血縁だけが理由ではない”と。

 ともあれ、真摯な態度の茜に、ミッドナイト1はさらに動揺を隠せないようで、
 いそいそと食器を片付けると無言でその場から立ち去った。

茜(……慣れていないだけ、なんだろうな)

 そんなミッドナイト1を見送った茜は、胸中で寂しそうな溜息を漏らした。

 一つの人格として見て貰えない。

 生まれた時からそのようにしか扱われていないとは言え、彼女とて人間だ。

 それがどれだけ幼い子供の心に傷を穿つかは、想像を絶するが、それだけに想像に難くない。

 彼女はそんな扱いをされる事を、どこかで諦めているのだろう。

 だからこそ、ユエからの扱いも受け入れられてしまう。

 だがあの反応を見る限り、本心では人間として扱われる事を望み、もがき苦しんでもいる。

茜(………あの子はテロリストの仲間だ。
  だけど、それ以上にテロリストの被害者だ)

 繰り言のような事実を、茜は改めて心の中で反芻した。

 自身の中にある決意を確認した茜は、早速、プライベートスペースに置かれた据え置き型の端末に向き直る。

 彼女……ミッドナイト1の事も重要だが、情報収集も重要だ。

 茜は端末を起動すると、内部のネットワークにアクセスする。

 使うIDとパスワードはミッドナイト1用に発行されている、組織内の重要度で言えば中の上ほどの物らしい。

 前述の通り、重要データにはアクセス出来ないが、必要なデータの幾つかは簡単に入手できたので、これで十分と言える。

茜(ユエ・ハクチャ……か)

 今日、確認したいのはユエの事だ。

 組織の首魁であるホン・チョンスを裏から操る、おそらくはテロリストの本当の首魁。

 彼に関する情報を、せめてその手がかりとなる物だけでも探さなくてはいけない。

茜(漢字で書けば月・博士……偽名だろうな、さすがに)

 創作ならば学者肌の人間にそれらしい名前がついている事はあり得るが、現実でそんな名前を付ける事はごく稀だ。

 しかも、ストレートに“博士”と来たら、偽名を疑わないワケにもいかない。

 加えて、彼は“ここのセキュリティを作ったのも手を加えたのも自分”とまで言っていた。

 彼の正体に関しては、旧技研の研究者か関係者辺りを疑った方が良い。

茜(見た目の年齢は四十代半ばから五十歳前後……60年事件の頃は三十歳代と見ていいか)

 茜は先ず、技研の研究者名簿にアクセスする。

 この辺りのデータが削除されていないのは有用性があるからだろう。

 尤も、更新はされていないので十五年前時点のデータばかりだが……。

茜(セキュリティの製作までしていたとなると、プロジェクトの主任クラスが一番怪しいか……)

 茜は思案げな表情を浮かべ、データベースに幾つかの検索条件を入力した。

 合致した人間は五名。

 オリジナルギガンティックのドライバーを務めているせいか、見知った名前も三人いる。

 彼らは技研占拠の折、辛くも脱出に成功し、その後もメインフロートの新技研で働いている事は茜も知っていた。

 そして、残りの二人と言えば、ユエとは似ても似つかない顔だ。

 しかも、一方は黒人系でもう一方は女性だ。

茜(性転換もあり得るだろうが、さすがに発想が飛躍し過ぎだな。
  精々、整形が関の山か)

 茜は小さく溜息を漏らし、沈思黙考する。

 違法な整形手段を使えば、骨格をマギアリヒト製の人工骨格と入れ替える方法もある。

 が、これもさすがに無茶があるだろう。

 顔のパーツを全て整形したとしても、個性を削ぎ落とすようなカタログ整形をしない限り特徴的な部分は残る物だし、
 それはそれで人工物のような不自然さを醸し出す筈だ。

 昨夜もユエの顔を観察してみたが、仮に整形しているとしてもそこまで不自然になる整形をしているようには見えなかった。

茜(セキュリティを構築した人間にだけ絞って再検索だな。
  そこから少しずつ怪しい人物を絞り込んでみるか……)

 茜はそう考え、今度は単純な検索条件を入力し直す。

 そうして合致したのは二十三名。

 年齢別に並べ替え、先ほどの五名を除外すると、上から順に照合を始める。

 と、すぐに茜は驚きの表情を浮かべた。

茜「一人目が、コイツか……」

 思わず、苦虫を噛み潰したような表情を口元に浮かべて、そんな言葉を漏らしてしまう。

 月島勇悟。

 少々、予感めいた物を感じていたが、
 改めてその名前を目にすると、前述のような表情を浮かべるのも無理からぬ、と行った所だ。

 年齢は六十五歳と表記されているが、古いデータベースが十五年も更新されないまま放置されている結果だろう。

 しかも、技研の副所長当時のデータのようで、旧魔法倫理研究院側のデータも併記されている。

 旧魔法倫理研究院の組織としての性格上の問題なのか、研究エージェントとして登録もされていた。

 不安定な戦後下で動き出したプロジェクトと言う事もあって、
 エージェントのランクが記載されているのは護身術代わりに魔導戦の指導でもしていたのだろう。

 母方の亡き祖父・アレクセイも、全盛期はAランク相当のエージェントだった事を、
 大叔母の藤枝明風から幾度となく聞かされていた。

茜「Bランクのエージェント、か……。
  そこそこの手練れだった、と言う事か」

 茜は何の気無しに目に入ったデータを、ぽつり、と呟くように読み上げた。

 要は手練れの警官や軍人程度の魔導戦が出来る腕前だったと言う事だ。

 と、不意に何かの引っかかりを感じる。

 Bランクのエージェント。

 その聞き慣れない筈の古い言葉に、茜は聞き覚えがある事を思い出した。


――研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね――


 そう、確かにユエはそう言った筈だ。

 だからと言って、“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”などと言う三文推理小説じみたこじつけは出来ない。

 六年前、月島勇悟は確かに自殺しているのだ。

 死体から検出されたマギアリヒト、DNA、歯の治療痕など、全ての情報が月島勇悟本人の死を立証している。

 百パーセント同じDNAから純粋培養した魔導クローンでも、魔力が一致する事は稀だ。

 現代魔導クローン技術の母とも言われる祈・ユーリエフですら、純粋培養したクローンである奏の魔力を、
 自身と完全同一波長にするには頭髪の色と瞳の色が変化するほどの調整を要した。

 統合労働力生産計画に携わり、魔導クローンに対する造詣を深めた月島勇悟が、
 天文学的確率で完全一致の純粋培養魔導クローンが完成させ、それを身代わりに自殺させる。

 なるほど、筋は通るかもしれないが、過程における仮説があまりにも雑過ぎる。

茜(そんな物は計画じゃない……ただのギャンブルもどきだ)

 茜は至極当然、その結論に達した。

 ギャンブルもどきと言い切ったのは、それがギャンブルと呼べるかすら怪しい行為だからだ。

 自分の命を掛け金に、“万が一捕まりそうになった時”に備え、
 “完全一致の純粋培養魔導クローンを作っておく”などと、誰が考えよう。

 そこに至るまでの失敗回数は?
 かかる費用と魔力、そして、時間は?

 60年事件よりも以前から準備を始めたとしても、結局、金と魔力が動く事には変わりない。

 大金と大魔力の動きは企みを進めるために必要だが、同時に企みを気取られ易くする最大の欠点だ。

 月島とテロの繋がりに関しての捜査は行われたが、そんな大金と魔力が極秘裏に動いていた記録は存在しない。

 “発見されていない”ではなく、“存在しない”なのは、既にありとあらゆる資金経路が真っ先に調べ尽くされた後だからだ。

 ドローン数体や小型パワーローダー程度の物を作る金と魔力なら誤魔化せるかもしれないが……。

 ともあれ、天文学的数値で低い成功率でしかない類の魔導クローンを、
 金と魔力の動きを気取られない範囲で完成させ、自分の身代わりにする。

 その掛け金は自分の命。

 自分が助かる可能性が僅かに増えて、気取られる可能性が多いに増える。

 リスクと出目の悪さが目に見えるほど大き過ぎて、賭けとしては不成立だ。

 ギャンブラー……いや、ギャンブル依存症なら賭けるかもしれないが、
 仮に月島の座右の銘が“失敗は成功の母”であっても、そんなあからさまに不利な賭けはしないだろう。

茜(死んだのは月島勇悟本人だ……クローンであるワケがない)

 幾つかの確証に繋がる証拠を思い起こしながら、茜はその結論を反芻した。

 分かり易く“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”ではあり得ない事を立証しろと言うなら、
 状況証拠ではあるが確実性が高い物がある。

 先ず、ユエは月島よりも若い。

 仮にユエが月島のクローンであるならそれで良いワケだが、
 そうなるとクローンが生き残って月島が自殺した事になる。

 これでは本末転倒……茜がユエと月島をイコールで結ばないのも納得だ。

茜(Bランクどうこうは単なるブラフと見た方がいいか……。
  となると、やはりこのリストの中から、だな)

 茜はリストから月島を除外すると、残る十七名のリストを確認する。

 年齢は現在三十代の末から七十代までマチマチだが、
 やはりすっぽりとユエの年齢に合致しそうな年齢が除外されてしまっている。

茜(まさか、奴が言った情報の全てブラフなのか?)

 茜は怪訝そうな表情を浮かべ、肩を竦めて溜息を漏らす。

 だとしたら、どこまでがブラフなのだろうか?

 疑いだしたらキリが無い話だが、こちらの思考を見透かしたような言動もブラフと考え出すと、
 もう何が本当で何が嘘かなのすら分からなくなってしまう。

 茜は思考を一旦区切るため、片手で頭を掻きむしる。

 元から信頼も信用できない相手だったのだ。

 しかし、何の気まぐれかは知らないが、こうして身の安全だけを保障してくれている。

 だが、それだけだ。

 身の安全を保障された事で、どこか気が緩んでいたのかもしれない。

 相手は父を始め、多くの人々を死に追い遣ったテロリストの黒幕……少なくともその一人なのだ。

茜(別の角度から探りを入れてみるか。
  例えば……格納庫にいた二人の研究者から……)

 茜はデータベースの画面を切り替え、研究者のリストの顔が映ったフォトデータだけを呼び出し、
 それを一つ一つチェックして行く。

 二人の顔は一瞬見ただけだが、状況が状況だけに印象も強く、顔はしっかりと覚えている。

 地道な作業だが、ユエの正体に至る手がかりはもう殆ど残されていない。

茜(これが、最後の手がかりにならなければいいが……)

 茜は微かな不安を抱きながらも、記憶と画像の照合を続けた。

―2―

 同じ頃、第七フロート第三層外郭区画――

 瓦礫だらけの殺伐とした区画に、無数のリニアキャリアが鎮座していた。

 軍用、警察用に混ざって、ギガンティック機関のリニアキャリアも並ぶその光景は、
 正に人類の戦力を一つ所に集めた壮観さがあった。


 その一角、ギガンティック機関のリニアキャリアの停車している場所に据え付けられた仮設テントで、
 空は作戦概要の記されたデータに目を通している最中だった。

空「ふぅ……」

 いや、もう作戦概要を読み終えたのか端末から目を離し、顔を上げると、
 軍の工作部隊によって設置された無数の投光器が照らし出す瓦礫の光景に目を向ける。

 昨夜とは打って変わって明るい光は、逆にこの惨憺たる光景を否応なく浮き彫りにしていた。

 空は寂しさと哀しさ、そして、怒りの籠もった複雑な表情を浮かべ、肩を竦める。

 現在は軍の工作部隊によって一部の瓦礫が撤去、マギアリヒトへと再利用され、
 急造の砦……中継基地が築き上げられている最中だった。

 加えて、空自身は今回の作戦概要に関しては既に報されており、先ほどまでは内容を確認していただけに過ぎない。

空(一気に決着、って言うワケにも行かないもの……一戦一戦、確実に勝って行かないと)

 空は今朝方、こちらに来る前に行ったブリーフィングの内容を思い出しながら、心中で独りごちた。



 時は遡り、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 深夜に特訓の第三段階を終えた空は、四時間足らずの短い睡眠を終えてブリーフィングルームへと出頭していた。

 明日美とアーネストを始め、各部門のチーフオペレーターのみならずデイシフトの全員が顔を揃えており、
 ドライバーも空と瑠璃華に加え、第二十六小隊の面々が揃っている。

 ブリーフィングに出頭するべき面子の中でこの場にいないのは、
 昨夜、変色ブラッドに冒されたエンジンと再度同調し、今も大事を取って休養しているレミィだけだ。

明日美「全員、揃ったようね……。
    では、マクフィールドチーフ代理、説明を」

 明日美に促されて立ち上がったサクラは、
 目の下にハッキリと分かるクマを作りながらも気丈な様子で周囲を見渡す。

サクラ「先日の戦闘に於ける敵ギガンティック、通称・ダインスレフと
    オオカミ型ギガンティックの急速かつ流動的な展開力に関して、
    解析映像を行政庁や山路重工など関係各所に問い合わせた結果、
    ダインスレフやオオカミ型ギガンティックの出現した地点付近の地下に、
    旧技研から直通の構内リニアの駅、或いは車輌基地がある事が判明しました」

 サクラの説明に合わせ、ブリーフィングルーム奥にある大型ディスプレイに先日の戦闘状況と、
 旧いフロートの見取り図が現れる。

空「これ……もの凄い密度ですね」

 フロートの見取り図に描かれた構内リニアの路線図に、空は驚愕の溜息を漏らさずにはいられなかった。

 他と仕様の異なる第七フロート……特に山路重工のお膝元であった第三層だけあって、
 大型リニアキャリア用の路線が所狭しと敷き詰められていた。

 正に網の目、正にクモの巣と言う密集ぶりで、駅も各街区に三つ以上が確認できる。

 確かに、これならギガンティックの走行よりも素早く移動し、見計らったかのように戦力を展開可能だ。

 それでも、あれだけ素早く展開するには、それ相応の準備は必要になるだろうが……。

 ともあれ、このまま放置しておくのは厄介だ。

サクラ「既に第七フロート第三層と繋がる各路線は封鎖、及び、レールの撤去が行われています」

紗樹「……最低でもリニアによる侵攻だけは無くなったワケね」

 サクラの説明を聞いていた紗樹が、ぽつりと呟いた。

 サクラの説明はさらに続く。

サクラ「また、メインフロートと第七フロートの連絡通路には四重のバリケードを
    メインフロート側と第七フロート側の両方に、今朝までに設置済みです。

    以上が昨夜の戦闘における戦況解析の結果と実行済みの対策となります」

 再び画面が切り替わり、メインフロート側の連絡通路の出入り口が映し出された。

 どうやら軍部の工作部隊が作業している記録映像らしく、
 分厚い壁のような両開きの扉が設置されている様子が映し出されていた。

 結界施術も同時に行われているらしく、結界装甲を使う敵に対する防壁として、
 短時間で準備できる物の中では最善の選択だろう。

ほのか「では、次いで作戦概要の説明に移ります」

 そう言って立ち上がったのはほのかだ。

 彼女もサクラ同様、目の下に大きなクマを作っている。

 どうやら戦術解析部は技術開発部と同様、総出で徹夜だったようだ。

ほのか「先ず作戦の第一段階として第七フロート側の連絡通路出入り口に兵站拠点となる前線基地を築き、
    そこから第二段階へ移行、第一街区……テロリスト達の本拠地になっている旧技研跡に向けて、
    新たな兵站拠点を築きつつ徐々に進軍します」

 ほのかが説明を始めると、ディスプレイに表示される図面が地図へと切り替わり、
 彼女の言葉通り、第一街区へと向けて前線基地を現す凸字のマークが移動して行く。

ほのか「この際、敵からの襲撃の危険性を減らすため、周辺地域の構内リニアの路線の封鎖、
    或いは破壊を行いつつ、こちらの活動領域を広げつつ、敵の活動領域を削って行く事になります」

 ほのかの説明に合わせて、路線図に×印が付いて行き、
 そこから繋がる路線が黒から赤に変わり、徐々に敵の活動範囲が削られて行く事が分かった。

 放射状に広がる構内リニアの路線は、フロート深部に進むにつれて一ヶ所の封鎖の影響が大きくなり、
 扇形の安全地帯が加速度的に増えて行く。

 敵も側面からの強襲を掛ける事は出来るかもしれないが、リニアキャリアによる戦力の高速展開が不可能となれば、
 必然的に遠距離からの移動が主立った侵攻手段となる。

 そうなれば対応策も増え、また自陣への進軍が続けば防備を固めなければならない以上、
 そう言った強襲の頻度や規模も減少せざるを得ない。

 要はテロリストの侵攻手段を削りながら敵本拠地へと肉迫可能な、一石二鳥の作戦と言うワケだ。

ほのか「そして、第二街区外縁まで到達した時点で第三段階へ移行、
    第二から第五街区の路線を閉鎖し、テロリストを旧技研に封じ込めます」

 ほのかがそこまで説明を終えると、空は不思議そうに首を傾げてしまう。

空「あの、本当にここまでトントン拍子に作戦が展開できる物なんでしょうか?」

 空は首を傾げたまま挙手すると、そんな疑問を口にした。

 尤もな疑問だ。

 だが、その回答はほのかではなく、空の隣に座っていたレオンからもたらされた。

レオン「テロリストの一番の強みってのは寡兵敏速……
    少なくて機動力のある兵力と単純な指令系統を活かした電撃作戦って奴だ。

    それが一番効力を発揮したのは今朝まで。

    構内リニアって侵攻手段を封じられた今、連中は基本的に籠城して防戦一方になるしか無いのさ」

 レオンはそう言うと、右手の人差し指の先に左掌で壁を作るようなジェスチャーを見せる。

 おそらく、敵の侵攻手段を塞いだ事を表しているのだろう。

 確かに、レオンの言う通りだ。

 ギガンティック機関とロイヤルガードのエース部隊による混成チームを相手に、
 奇襲とは言えあれだけの戦果を上げた戦力を持っているのだ。

 その奇襲を最大限に活かせたのも、構内リニアの路線が十全に使えた今朝方までの事。

 結界を施術された防壁により、ダインスレフ最大の売りである結界装甲による攻撃を半無力化され、
 一夜の内にテロリスト達は戦力を第七フロート第三層内に封じ込められてしまったのだ。

 封じ込めた、と言うには些か広い範囲かもしれないが、それでも行動範囲の制限……その第一段階は完遂できたと言える。

レオン「で、連中が初手をしくじった時点で、あとはこっちが物量に言わせて作戦を強行して行く、って事だな」

 レオンは説明を終えると“分かるかい?”と付け加え、尋ねて来た。

 さすがはテロ対策のプロ、皇居護衛警察の一員と言った所だ。

 テロの戦術やその対処法は心得ているのだろう。

 だが、それでも数頼りの危険な作戦であるには変わりない。

空「でも……相手は結界装甲を使えるじゃないですか?」

 空は躊躇いがちに疑問を投げ掛ける。

 彼我の戦力数はともかく、戦力の質が圧倒的に異なるのだ。

 如何に練度の低いドライバーが操るギガンティックでも、結界装甲を持つダインスレフが相手である。

 一手の指し間違えで一気に戦線が瓦解しかねない。

 用兵に疎い空でもそれくらいは分かっていた。

 だからこその質問だったのだ。

レオン「まあ、そこを突かれると痛いわな……」

 レオンは苦笑いを浮かべて肩を竦める。

 事実、昨晩の戦闘では最新鋭のアメノハバキリ……それもエース用のカスタム機を駆りながら、
 動けなくなったエールを抱えて逃げ回る他無かったのだ。

ほのか「なので対策方法は一つ。
    戦闘に於いては軍と警察の混成ギガンティック部隊は防戦に徹しつつ、
    朝霧副隊長に各個撃破で迎撃して貰う形になります」

 ほのかの口から漏れた、これまた行き当たりばったりの極致とも言うべき対策に、
 空は呆れと驚きと戦慄の入り交じった、何とも微妙な表情を浮かべた。

 要は“味方は守りに徹するから、戦える人だけで何とかして敵の数を減らしてくれ”と言う事だ。

 クライノートは一対多に特化した防衛戦向きの機体だが、“無茶を簡単に言ってくれる”と愚痴を漏らしたい気分である。

 だが、現状、人類側――と言うには些か語弊があるが――に残された手はそれしかない。

リズ「第三フロートでの卵嚢群の除去は、予定より少し遅れて明日正午に終わる、との試算が届いています」

瑠璃華「戻り次第、徹底的にオーバーホールしてから戦線に復帰させる事になるな。
    しばらくはイマジンの卵探索はお預けだぞ」

 リズの読み上げた報告に続き、瑠璃華が当面の予定を口にし、さらに続ける。

瑠璃華「山路に発注していたヴィクセンMk-Ⅱのパーツが届き次第、5号エンジンに合わせて改装する必要もあるから、
    今すぐに、と言うワケにはいかないが、敵の結界装甲対策は幾つか案がある。

    レミィとヴィクセンを送り出し次第、チェーロのオーバーホールと併行して幾つか試してみる予定だ」

 瑠璃華は思案げにそう言った後、ニヤリと不敵さと自信を窺わせる笑みを見せた。

 どうやら観察可能な未登録のエンジンのお陰で、思った以上にハートビートエンジンの構造解析が進んだらしい。

遼「戦略的には単なるごり押しですが、そうなって来ると最大の問題は、
  ヴィクセンを大破にまで追い込んだオオカミ型ギガンティックと変色ブラッドの存在ですね……」

 遼が肩を竦めて呟く。

雪菜「そちらに関しては、流石に対策は難しいわね……。
   解析も十分に進んでいるとは言えないし……」

 雪菜も無念そうな声と共に、小さな溜息を漏らす。

 エーテルブラッドを侵食し、マギアリヒトの構造体を侵食する変色エーテルブラッドの存在は厄介だった。

 瑠璃華達の見立てでは“マギアリヒトの情報を書き換える液体状のウィルス”と言う所なのだが、
 正直な話、その全容はまだ解析できていない。

 ただ、結界装甲相手でも驚異的な速さで侵食するため、
 今の所、接触部位を切り離して炎熱変換した魔力で焼き払う以外、対処方法は無かった。

 そして、厄介なのはその機動力と突進力だ。

 虚を突けばヴィクセンですら回避不可能な速度で肉迫し、
 ヴィクセンを咥えたまま廃墟のビル群を薙ぎ払って突進するパワーは脅威である。

 遠距離戦で対応できれば問題無いのだが、四つ足型と言う事で体勢が低く、
 ヴィクセンと戦えるだけの俊敏さに加え、周囲は身を潜められる廃墟も多い。

 こちらの遠距離攻撃の命中精度は推して知るべし、だ。

サクラ「該当する機体のスペックが回復したヴィクセンから獲得できた情報通りの場合、
    力比べならクライノートに分がありますが、機動性となると不安が残りますね」

 サクラは手元の端末の資料を確認し、嘆息混じりに呟く。

 軍、警察、行政庁との折衝や戦闘データの確認など、諸々で徹夜した事と
 慣れないチーフ代行と言うポジションもあってか、彼女の疲労もピークのようだ。

 加えて、このテロ騒ぎである。

 疲れるのも当然だ。

 だが、サクラは気を取り直して続ける。

サクラ「また、これも未確認……いえ未確定情報なのですが、オオカミ型ギガンティックと接敵したヴォルピ隊員によると、
    死亡したとされている統合労働力生産計画甲壱号第三ロット後期型の弐拾参号が、
    同機体の魔力源として組み込まれている可能性が高いそうです」

 サクラの言葉に、その事を知らされていた空を除く全員がざわめく。

瑠璃華「第三ロット……となると、オオカミか……」

 動揺から立ち直った瑠璃華が呟く。

 統合労働力生産計画甲壱号はご存知の通り、レミィのような人間と他の動物の特性を合わせて作られた魔導クローンだ。

 一から三のロットを前期と後期に分けて、一年毎に六度に分けて生産された。

 第一ロットはイヌ、第二ロットはキツネ、第三ロットはオオカミ。

 因みに拾弐号であったレミィは第二ロット前期に含まれる。

 瑠璃華自身も統合労働力生産計画乙壱号計画で生まれたデザイナーズチャイルドであるため、
 茜も目を通した件の月島レポートや計画の骨子は自身でも調べて熟知していた。

レオン「こりゃまぁ……ゲスいゲスいとは思っていたが、ゲスな手段を重ねて来るなぁ」

 レオンは呆れたように漏らしているが、その目には明らかな怒りの色が籠もっている。

 紗樹や遼も無言で憤りを募らせているようで、オペレーター達の中には露骨な嫌悪感を顔に浮かべている者もいた。

 それは明日美も同様で、眉間に皺を寄せ、どことなく険が浮かんでいる。

 傍らのアーネストは努めて無表情を保っているが、堅く瞑った目の奥にはやはり怒りの色が浮かんでいるのだろうか?

空「……司令」

 空は挙手し、明日美に促される前に椅子から立ち上がる。

明日美「朝霧副隊長、何か意見があるのかしら?」

空「はい……難しいかもしれませんが、
  オオカミ型ギガンティックの魔力源となっているかもしれない被害者を助けさせて下さい」

 明日美の問いかけに、空は一瞬戸惑いを見せたものの、すぐにその戸惑いを振り切り、ハッキリとそう言い切った。

 そして、空の言葉に、空以外の全員がやはり一様に驚きの表情を浮かべる。

 それもそうだろう。

 ただでさえ危機的状況で敢行される決死作戦だと言うのに、その矢面に立たせられる空が言うような台詞ではない。

 いや、空以外の者が言えば、それはそれで“一番前にいない者が勝手な事を言うな”と言う話になるが……。

 ともあれ、相手はオリジナルギガンティックと同等のスペックに加え、
 変色ブラッドと言う恐ろしい兵器を併せ持ったオオカミ型ギガンティックなのだ。

 ただでさえ前線でまともに戦える者が空しかいない状況で囚われの身の人間を救い出すなど、
 空にかかる負担を思えば許可できない。

 アーネストもそう考えたのか、困惑気味に口を開く。

アーネスト「朝霧副隊長、さすがにこの作戦中にそんな許可は……」

 だが――

明日美「朝霧副隊長」

 言いかけたアーネストの言葉は、凜とした明日美の声で遮られた。

 明日美はアーネストに視線で謝罪の意を示すと、改めて空に向き直る。

 空は姿勢を正し、明日美の視線を受け止めた。

明日美「……朝霧副隊長、救出を提案した理由を述べなさい」

 明日美は落ち着いた様子で空に問いかける。

 理由……と言うよりも、尤もらしい言い訳は幾つか考えていた。

空「敵のギガンティックを捕まえれば、天童主任のエンジンの構造解析や、
  ドライバーから敵の情報を聞き出す事が出来ると思ったからです」

 空はそんな言い訳の中から、理由として相応しい物を選んで答える。

 確かに、メリットは大きい。

 敵ギガンティックの結界装甲のカラクリや、敵の内情を知るのは重要な事だ。

 だが、その答えを聞いた明日美は、僅かばかりの苦笑いを浮かべた。

明日美「……そう言った政府向けの耳障りの良い言い訳を考えるのは、私と副司令の仕事です。
    あなた自身が救出を考えた理由を言いなさい」

 明日美はすぐに気を取り直すと、努めて落ち着いた様子で空に語りかける。

空「私の、理由……ですか?」

 一方、空は面食らった様子で漏らす。

 流石に、それをこの場で口にするのは身勝手過ぎでは無かろうか?

 空が戸惑いながら視線を向けて来る仲間達を見渡し、再び明日美に向き直った時、ふと彼女の浮かべていた表情に気付く。

 明日美の目は、何かを待っているように見えた。

 そして、明日美はその“待っている”ものを受け止めようとする……言ってみれば寛大さにも似た雰囲気を漂わせている。

 何を待っているのか、などと問うまでも無い。

 自分が助けたいと願った理由……その答えだ。

 その事に気付いた空は、驚きで大きく目を見開いた後、何かを沈思するように目を瞑る。

 そして、目を開くのと同時に、意を決して口を開く。

空「正直、レミィちゃんの妹さんとは会った事が無いので、
  私自身がどうこう、って言うのは、正直、よく分かりません」

 空はどこか申し訳なさを漂わせながら漏らす。

 会った事も無い相手を助けたい。

 それは他人から見ればある種の偽善だろうし、それだけを聞けば“正義感に酔った勘違い”と称される事もあろう。

空「ただ、テロリストのやっている事は絶対に許せません!
  人間を魔力の電池みたいに使う事は間違っています……!」

 だが、空にはそこに駆り立てられるだけの怒りが……義憤があった。

空「レミィちゃんが助けたい、って言っていました……」

 そう、レミィは助けたいと言って泣いていた。

 空にとっては、それだけで十分だ。

 それが自分が斯くあるべきとした在り方なのだから。

空「だから私も、レミィちゃんの妹さんを助けたいです」

 義憤のため、仲間のため、斯くあるべきと決めた信念のため。

 色々と理由はあるが、空の言葉には強い決意が込められていた。

明日美「そう……」

 空から聞きたかった答えを聞き、明日美は満足げに頷く。

明日美「天童主任、確認したい事があるのだけど……。
    件の弐拾参号はオリジナルギガンティックと同調できると思う?」

瑠璃華「実際に波長を見てみないと何とも言えないが、
    少なくともあのギガンティックのブラッドラインはレミィと同じ若草色だったな。

    可能性は高いと思うぞ」

 自分に向き直った明日美からの質問に、瑠璃華は淡々と答える。

 どこか用意してあったように聞こえるその回答は、
 おそらくは空が救出作戦を言い出した頃から考えていてくれたのだろう。

 彼女も技術開発部主任として、司令や副司令の考えるべき言い訳の資料を準備していたのだ。

明日美「では、決まりね……」

 明日美はそう言って、アーネストに目配せする。

 アーネストは一度だけ肩を竦めたものの、すぐに気を取り直して立ち上がった。

アーネスト「これよりギガンティック機関は軍、警察との合同で対テロリスト及び第七フロート第三層奪還任務に就く!

      なお、当機関はこれらの任務と併行し、敵ギガンティックに囚われていると思しき
      統合労働力生産計画甲壱号被験体弐拾参号の奪還を行う事とする!」

 そして、今後の行動についての概略を簡潔に説明する。

 弐拾参号救出作戦は、正式にギガンティック機関の作戦方針として認められたようだ。

 ただ、傍目には、空と明日美の我が儘をアーネストが不承不承に承認しているようにも見えるが……。

アーネスト「これより一時間後、本日〇八〇〇に作戦区域に向けて出立。

      メンバーは朝霧空、エミーリア・ランフランキ、セリーヌ・笹森、クララ・サイラス。
      加えてロイヤルガードよりレオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、加賀彩花の八名とする。

      また現地到着後は司令部よりの指揮を行うが、状況によっては現場判断を優先する事。

      以上!」

 ともあれ、アーネストは最終連絡事項を口にすると、質問や異議が無いか部下達の顔を見渡す。

 空達は頷くなどの納得したような素振りを見せる者しかなく、どうやら質問や異論は無いようだ。

 それを確かめたアーネストに目配せされ、明日美が立ち上がった。

明日美「……我々は緒戦で手痛い……取り返しのつかない敗北を喫しました。
    結果、三人の仲間が囚われ、二人の仲間を喪いました……」

 明日美は神妙な様子で朗々と語る。

 彼女は敢えて、オリジナルギガンティック達の事も“一人、二人”と数えていた。

 茜と共に囚われたエールとクレースト、そして、フェイと共に散っていったアルバトロスも、
 自分達と何ら変わる事のない仲間である、として。

 明日美の語りはさらに続く。

明日美「喪った仲間は戻っては来ません……。
    ですが、囚われた仲間は救い出す事が出来ます」

 伏せるように薄く閉じていた目を見開き、明日美は力強く言い放つ。

 明日美の言葉はブリーフィングルームに強い波を起こすかのように響き、空も身を引き締めた。

明日美「もう敗北は許されません。
    ここからは一戦一戦、確実に勝利し、
    囚われた仲間を救出すると共に与えられた務めを果たしましょう」

 力強く言葉を締めた明日美に、空達は頷き、拳を握り締め、目を閉じて意識を集中し、
 各々が各々の方法で決意を固める。

アーネスト「では解散!」

 そして、アーネストの号令でブリーフィングは終わり、
 出向を命じられた空達は取り急ぎ、出発の準備を整えるため寮に向かった。

 再び、現在――


 明日美に言われた通りだ。

 一戦一戦、確実に勝たなければならない。

 こちらに来る途中も考えた事だが、そうやって追い詰めて行けば敵もエールを使う機会が増える筈だ。

 エールを駆ったテロリスト……あの少女との会敵の機会が増えれば、
 それだけエールを助け出すチャンスも増えるだろう。

 そして、それは例のオオカミ型ギガンティックにも言える。

空(レミィちゃんの妹さんも、茜さんとクレーストも、そして、エールも……!
  みんな……みんな絶対に助け出して見せる……!)

 決意を新たに拳を握り締めた空は、端末をジャケットの内ポケットに仕舞い込むと、再び顔を上げた。

 すると、不意に視界の端に見知った顔がある事に気付いた。

空「あれ……?」

 空は思わず声を上げて立ち上がる。

 視線の先には四十路半ばくらいの中年男性がいた。

??「三番機、作業遅れているぞ! 瓦礫の撤去が終了した区画は作業をフェイズ2へ移行!
   駅から五十メートル離れた地下道に防壁の設置だ!」

 動きやすいアーミーグリーンの作業着にヘルメットと言う作業部隊らしい動きやすい格好をした男性は、
 周囲に檄を飛ばすように叫んでいる。

 どうやら軍の工兵部隊の現場指揮官のようだ。

 そして、その声で確信に変わる。

空「えっと確か一佐だったよね……? 瀧川一佐!」

 空はその人物の階級を名を思い出すと、仮設テントから出てその名を呼ぶ。

 瀧川一佐と呼ばれた男性は、振り返るなり驚いたような表情を浮かべた。

瀧川「ああ、君は……真実の友人の」

 そして、思い出すように言ってからさらに続ける。

瀧川「そうか、ギガンティック機関に友人がいると言っていたが、君の事だったのか……」

 瀧川氏はそう言うと、納得したように頷いた。

 もうお気付きだろう。

 瀧川一佐とは、空の親友である瀧川真実の父親である。

空「はい、その節はお世話になりました」

瀧川「ああ、いや……こちらこそ、真実だけでなく歩実とも親しくしてくれているようだし、
   去年の末には二人の命まで救ってくれたそうで……本当にありがとう」

 空が以前……訓練時代の里帰りの際、瀧川家に宿泊させてくれた事で改めて礼を言うと、
 瀧川も連続出現事件の最後、アミューズメントパークで観覧車に取り残された真実達を救ってくれた事で礼を言う。

空「いえ……あの時は、たまたま真実ちゃ……真実さんと歩実さん、それに友達が取り残されていただけで……。
  私は私の仕事をしただけですから」

 すると、空は慌てたように恐縮し、思わず半歩後ずさってしまう。

 友人達と会う度に感謝され、半月ほど前――空の体感ではそろそろ二ヶ月以上前になるが――にも、
 歩実から最大限の感謝をされたばかりだ。

 その上、親友姉妹の父親からも改まって礼を言われては、空としては恐縮しきりである。

 百歩譲って、これが意図して彼女達だけを助けたならお礼を言われるのも満更ではないが、本当に偶然なのだ。

 むしろ、退っ引きならない所まで追い詰められていたとは言え、アミューズメントパークで遊ぶ約束をすっぽかした分、
 空は自分には非があると考えていたため、何とも言えない居たたまれなさを感じてしまう。

 無論、感謝そのものは非常に有り難いのだが、
 有り難いと思う気持ちと空自身の性格と信条の問題で恐縮してしまうのは別の問題である。

空「っと、こちらの指揮は瀧川一佐がなさっているんですね」

 空はやや強引に話題をすり替える。

クライノート<空、少々強引過ぎます>

 一時だけの仮の主とは言え、空の強引な話題転換には、
 無口なクライノートもさすがに言葉を挟まずにはいられなかったようだ。

 だが、思念通話に止めてくれた事もあって、瀧川の耳には届いていない。

瀧川「あ? ああ……。この部隊は私の預かっている部隊でね。
   本当は第三フロートで作業中の例の件で交代要員として赴く筈だったんだが、
   昨日のあの騒ぎでこちらに配備される事になったんだ」

 瀧川は一瞬だけ訝しがったようだが、すぐに気を取り直して事情を説明してくれた。

 軍務である以上、本来は部外秘なのだろうが、
 相手が娘の友人であり恩人でもあるオリジナルギガンティックのドライバーと言う事もあって、
 言い淀む様子も隠し事をしているような様子も無い。

 むしろ、娘と同い年の少女とは言え、相手が特一級、自分が正一級の立場上、
 返答を求められれば断れないのが宮仕えの実状だ。

 勿論、空は返答を求めたワケではないので、後から言い訳が利く事も見込んで親切心で話してくれたのだろう。

 そして、“昨日の騒ぎ”と言う自らの言葉に引っかかりを感じたのか、瀧川は申し訳無さそうな顔をする。

瀧川「……すまない、昨日は大変だったのに思い出させるような事を……」

空「あ、いえ……気にしないで下さい」

 申し訳なさそうに謝罪する瀧川に、空は寂しそうな笑みを浮かべて返す。

 おそらく、フェイの事だろう。

 状況が切迫しているためと、戦死したフェイが統合労働力生産計画で作られたヒューマノイドウィザードギアと言う事もあって、
 不安や混乱を助長しないため民間の報道では未だに伝えられていない事ではあったが、
 軍人と言う立場上、瀧川も空の仲間の死は聞かされていた。

 対して、空は時間の上ではまだ二十時間も経っていないが、体感では既に一ヶ月半以上が過ぎている。

 気持ちの整理は出来ているつもりだ。

空「フェイさんが……大切な仲間が命がけで守ってくれた命ですから、
  今度は私が皆さんを守るために全力で戦います!」

 空は拳を強く握り締め、力強く言った。

 それは嘘偽りの無い本心だ。

 守るために全力で戦う、と言った以上、進んで命を捨てようと言っているのではない。

 自分が死ねば悲しむ人がいるのは知っている。

 その人達に、自分がフェイや海晴を失った時のような哀しみを味あわせるワケにはいかない。

 仲間達を守り、自らも生き残る。

 これは空の決意表明のような物だ。

瀧川「……無理をしてはいけないよ」

 瀧川もそれを察してくれたのか、戸惑いながらもそう言った。

 繰り言だが、空は娘の友人であり、その娘と同い年で今日十五歳になったばかりの少女である。

 いくら敵の結界装甲に対する対処法が一つしか無いとは言え、大の大人……
 それも民間人を守るべき軍人が、そんな年端もいかぬ少女を矢面に立たせて戦わせなければならないのだ。

 心中察して余りあると言うものだろう。

瀧川「我々の装備では相手の気を散らす程度の援護射撃しか出来ないが、
   それでも可能な限りの援護を約束させてくれ」

空「はい、ありがとうございます!」

 半ば祈るような思いを込めて言った瀧川に、空は深々と頭を下げた。

 その後、二言三言と言葉を交わし、現場指揮の任務に戻って行った瀧川と別れ、空はテントへと戻る。

 すると、テントに戻るなり驚いた様子の紗樹に声をかけられた。

紗樹「空ちゃん、軍の一佐と知り合いなんて凄いわね」

空「あ、いえ、学生時代からの友達のお父さんですよ」

 目を丸くして呟く紗樹に、空は苦笑いを浮かべ恐縮した様子で返す。

レオン「謙遜するなって。
    いくらダチの親父さんだからって、一佐が知り合いってのは十分なコネになるんだからよ」

 そんな空に、レオンが口の端に笑みを浮かべて言った。

 加えて“俺なんて巡査部長だから下から数えて三つ目だしな”と言って笑う。

 ロイヤルガード……皇居護衛警察は旧日本の皇宮警察の流れを組むため、
 階級的には上から七番目の皇宮巡査部長と言う事だろう。

紗樹「そんな事言ったら、私と徳倉君なんて名誉階級扱いの巡査長ですよ」

 紗樹は上司をジト目で見遣りながらボヤき、その傍らでは遼が無言で何度も頷いている。

 余談だが、皇宮警察の巡査長とは紗樹の言う通り、巡査長皇宮巡査と言う名の名誉階級だ。

 法的には職位として認められてはいるが、
 正式な階級では一番下の皇宮巡査と同じ扱いであり、それは皇居護衛警察となった今も変わらない

 無論、給料や手当に相応の色はつくが……。

 ともあれ、同じ正一級や準一級であっても、階級社会の関係上、
 レオン達に言わせてみれば一佐……大佐の瀧川は“お偉いさん”と言う事だ。

 皇居護衛のための特権は幾つも与えられているが、それはそれ、これはこれである。

 ちなみに、この場にいない茜は十七歳と言う若さだが第二十六小隊の隊長であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーでもある関係で、
 兄の臣一郎と同じく上から三番目の皇宮警視正の階級を与えられていた。

 加えて、空達ギガンティック機関所属のドライバー達は、
 現場での軍や警察との指揮権上の面倒を回避するため“将補相当”と言う不思議な階級が与えられている。

 ちなみに将補とは、旧世界の日本以外の軍隊で言う所の准将に相当する階級だ。

 閑話休題。

紗樹「それはそうと、空ちゃんの口から“学生時代からの友達”なんて言葉が飛び出すと、
   思わずドキッとしちゃうわね」

 紗樹は苦笑いを浮かべて戯けたように漏らす。

遼「学校に通っていた頃の友人と言う事は、大概は小中一貫だから……幼馴染みか何かですか?」

 遼も気になった様子で、そんな質問を投げ掛けて来る。

 レオンは部下二人の様子を見遣って笑みを浮かべていた。

 やや緊張感に欠ける気もするが、彼らなりに気を紛らわせているのだろう。

 普段から飄々として巫山戯ている印象のあるレオンだが、
 任務の最中、真面目に締めなければならない所は締める責任感も持ち合わせている。

 そんな彼が二人を放置しているのだから、レオンなりに不安に思う所が多いのだ。

 空も三人の雰囲気に合わせているが、彼らの不安感も同時に感じ取っていた。

 そして、遂にその時が来る。

『VWooooooo――ッ!』

 警報のサイレンが辺りに響き渡った。

オペレーター『哨戒中のセンサードローンより移動中の敵機確認!
       十時方向、距離八〇〇〇、速度毎秒一〇〇! 数は十!』

 軍のオペレーターの放送が辺りに響き渡る。

 つまり、正面よりやや左方向、最終防衛ラインから八キロ離れた場所から
 毎秒百メートルの速度で十機のギガンティックが接近中との事らしい。

 最終防衛ライン到達まで残り八十秒足らずだ。

空「皆さん、急いで機体に搭乗して下さい!」

 空はレオン達に指示を出すと、自らも新たな乗機へと向かって駆け出した。

 仮設テントのすぐ真横に横付けされているリニアキャリアに駆け上がり、
 ハンガーの通路を上ってクライノートのコントロールスフィアへと乗り込む。

空「クライノート、お願い!」

クライノート『了解です、空。一部起動シークエンスを省略し、緊急起動します』

 空の呼び掛けに応え、クライノートが自分自身を起動させた。

 それと同時にハンガーが起き上がって行く。

 立ち上がっている最中、すぐに視界が開け、軍の工作部隊の動きが目に入る。

 作業中のパワーローダー達は指揮車輌と共に後方にある連絡通路の防壁の奥へと入り、
 ギガンティック部隊が牽制の遠距離射撃を行いながら、
 構築中だった兵站拠点を守るように結界の施術された大型シールドを構えてぐるりと取り囲む。

彩花『朝霧副隊長、OSS203-ヴァッフェントレーガー、起動しました』

 クライノートが完全に立ち上がると同時に、
 ギガンティック機関の指揮車輌との通信回線が開き、彩花の報告が聞こえた。

空「了解! ギガンティック機関03、朝霧空です!
  GWF203X、及びOSS203、前衛に出ます!」

 空は手短に応えると外部スピーカーで軍のギガンティック部隊に呼び掛けつつ、
 乗機と共にそのOSSを伴って前衛へと躍り出る。

 全身を空色に輝かせる白亜にエメラルドグリーンが映える装甲を持ったオリジナルギガンティックと、
 リニアキャリアほどもある巨大トレーラーの進む様は壮観だった。

空「ヴァッフェントレーガー、コントロールリンケージ……」

 自動操縦で母機の一定範囲を追随するOSSの指揮権を、空は自身に移す。

 一瞬、突っ掛かりのような挙動の悪さを感じたが、自分とヴァッフェントレーガーが繋がった証拠だ。

クライノート『敵機、視界内に捉えました。
       敵主力401が六機、カスタム機と思しき随伴の366が四機です』

 クライノートが視覚センサーで捉えた敵機の情報を読み上げる。

空「六機、それに四機……ッ!?」

 空は驚いたような声と共に息を飲む。

 クライノートと共に臨む初の実戦。

 昨日とは違う混成部隊とは言え、数は多い方だ。

彩花『03は401撃破に集中して下さい!
   262、263、264は随伴機に攻撃を集中して下さい!』

空「了解しました!」

 彩花の指示に応え、空はさらに進み出る。

空「コール、06、07! アクティベイト!」

 そして、ヴァッフェントレーガーに指示を出す。

 すると、巨大トレーラーの一部……橙色と紫色のラインの入ったパーツが分離する。

 空は分離したパーツを魔力で掴むと、その二つをクライノートの元に引き寄せた。

 それらは橙色のラインの入ったシールドと、紫色のラインの入った多連装砲だ。

 シールドを左手で保持し、多連装砲を肩に掛けるようにして右手で構える。

クライノート『06オレンジブリッツ、07ヴァイオレットネーベル、ブラッドライン接続確認』

空「06、07、イグニションッ!」

 それらの武装と完全に接続した事をクライノートが確認すると、空は武装を起動する。

 すると、武装のブラッドラインに空色の輝きが宿った。

 そう、これこそがヴァッフェントレーガーの真骨頂。

 七種の特化武装を運搬し、クライノートを支援するOSSの真の姿の一端だ。

 そして、七種の特化武装は、かつて二代目・閃虹と謳われたクリスティーナ・ユーリエフの二つ目の愛器、
 機人魔導兵シュネーが制御した七つの装備に由来する。

 彼の弟妹達の名を冠する、対テロ特務部隊の精鋭達と互角の勝負を繰り広げた武装だ。

 かつてはクライノートの本体を彼女自身が、ヴァッフェントレーガーをシュネーが制御する事で活躍したGWF203Xだったが、
 シュネーがクリスと共に宇宙に旅立って以来、ヴァッフェントレーガーを扱いながら戦闘できた者は皆無だった。

 戦闘しながらのOSSの制御に集中するには針の穴を通すような相応の技量を要求されるか、
 でなければ大魔力の力業でしか運用できない。

 空は特に後者の条件を満たす事で、クライノートを駆る資格を得たのだ。

空「拡散攻撃で敵隊列を崩します!」

 敵が有効射程範囲に入った事を確認すると、空はヴァイオレットネーベルから拡散魔導弾を放った。

 無数の魔力砲弾が敵の一団に殺到する。

 既に部隊の両翼に展開していた366改は弾道を回避したが、中央で固まっていた401は砲弾の雨に晒される。

 しかし、そこは敵も結界装甲に守られたギガンティックだ。

 有効射程範囲とは言え撹乱や牽制程度の拡散魔導弾では、シールドに遮られ、目立ったダメージは与えられない。

 だが、敵の足並みを崩し、隊列を崩壊させるにはそれで十分だった。

空「コール、04! アクティベイト!」

 敵の足並みが崩れた瞬間を見計らい、空はヴァイオレットネーベルを空中に浮かべて保持すると、
 今度は緑色のラインの走る巨大ブーメランを構えさせた。

クライノート『04グリューンゲヴィッター、ブラッドライン接続確認!』

空「イグニションッ!」

 空は巨大ブーメラン……グリューンゲヴィッターを起動するなり、大きく振りかぶって敵に向けて投げ放つ。

 すると、突如としてその姿が掻き消える。

テロリストA『な、何だ!?』

 真正面の401のパイロットは困惑したように叫び、その場で立ち止まってしまう。

空「行っ……けぇぇぇっ! グリューンゲヴィッターッ!!」

 空は裂帛の気合を込めて叫び、投擲した右手の人差し指と中指を突き出し虚空に線を描くように指先を走らせた。

 すると、金属同士が擦れ合うけたたましく耳障りな金切り音と共に、停止した401の手足と頭部を切り裂く。

 手足と頭部を失った401がその場に崩れ落ちると、
 ようやく姿を見せたグリューンゲヴィッターがヴァッフェントレーガーの元へと戻って行く。

 魔力による光学屈折迷彩を活かした見えない刃、それがグリューンゲヴィッターの正体だ。

 高速旋回し、ドライバーの意志で自在に動かす事の出来る見えない刃など、避けられる筈がない。

テロリストB『な、何が起きてるんだ!?』

テロリストC『こんな攻撃、情報に無かったぞ!?』

 寮機の惨状にもう二機の401の動きが鈍る。

 そして、寮機に振り返りかけた背後で――

クライノート『02ロートシェーネス、ブラッドライン接続確認』

空『イグニションッ!!』

 ――執行を告げる声が響いた。

 慌てて向き直らせようとした機体の側面に、
 通常よりも二回りは大きい……それこそカーネル・デストラクター以上に巨大な拳が激突する。

 赤いラインに空色の輝きを纏った巨大な両腕……ロートシェーネスを接続したクライノートの突進だ。

空『エクスプロジオンッ!!』

 直後、拳から近距離魔力砲撃が放たれた。

 本来ならば炎熱変換を活かした爆発を放つ武装だが、空の魔力特性の関係上砲撃しか放つ事が出来ないのだ。

 だが、空の大魔力から放たれる砲撃は近接でこそ、その威力を遺憾なく発揮する。

 拳から放たれた空色の輝きに包まれ、二機の401は大きく吹き飛ばされて行く。

空「ごめんなさい……実戦で使うのは初めてで、加減なんて出来ないから!」

 空はそう警告のように叫ぶと同時にヴァッフェントレーガーの元に戻り、
 寮機が撃破される間に体勢を整え、咄嗟の判断で後方へと距離を取った三機の401へと向き直る。

空「コール、01、03、05、アクティベイト!」

 空は残る三つの武装を一斉に起動した。

 藍色のラインの走る二連装巨大魔導砲を背負い、青色のラインの走るスナイパーライフル型魔導砲を構える。

 そして、黄色いラインの走る六つの浮遊随伴機の内、四つにそれまで使った武装を装着させた。

クライノート『01ドゥンケルブラウナハト、03ブラウレーゲン、06ゲルプヴォルケ、ブラッドライン接続確認』

空「イグニションッ!
  06、ブラッドリチャージ、02、04、07!」

 遂に全ての武装のブラッドラインに空色の輝きが宿る。

 既に使った武装の消耗したブラッドの補充をゲルプヴォルケに任せ、
 空は背負った巨大魔導砲を腰の横に回すようにして展開させ、さらにスナイパーライフルを構えた。

空「ドゥンケルブラウナハト、ブラウレーゲン、ファイヤッ!」

 そして、その三門の魔導砲から一斉に魔力砲撃を放つ。

 しかし、さすがに距離があるせいか上手くは当たらない。

 だが、牽制が目的ならそれで十分だ。

 この連続砲撃が相手では、敵もおいそれとは近寄れないだろう。

 空は三つの標的に狙いを絞りながら牽制の砲撃を続ける。

レオン『ヒュゥ……コイツはスゲェな』

 そして、その様を見ながらレオンは感嘆の声と共に舌を巻く。

遼『正に武蔵坊弁慶……』

 遼も思わずそんな呟きを漏らす。

紗樹『二人とも見とれてないで! また来るわよ!?』

 紗樹はミニガンのような形状の大型魔導機関砲を腰だめに構え、
 左手方向から近付いて来ようとする二機の366を弾幕で牽制する。

レオン『はいよはいよ! 遼、援護任せるぜ!』

遼『了解です、副隊長!』

 レオンは口ぶりでは不承不承と言った風だが気合十分の声で遼に指示を出し、遼も力強く応えた。

 遼の放った牽制の弾丸を避けた敵機を、レオンのスナイパーライフルが正確に撃ち抜いて行く。

 ともあれ、クライノートががっしりとした足腰で大地を掴み、
 七種の特化武装を切り替えながら戦う様は、確かに七つ道具を使いこなす武蔵坊弁慶を思わせた。

 だが、伝承によれば、武蔵坊弁慶は五条大橋で腕試しの刀狩りをしている中、
 後の源義経……牛若丸の軽快な戦術の前に敢えなく敗れ去ったと言う。

 言霊とは厄介な物で、一度口にしてしまえばそのように“引っ張られて”しまう物だ。

 空とクライノートが弁慶だと言うならば、天敵の牛若丸に相当する者も、また存在するのである。

彩花『十一時方向、距離四八〇〇! 急速接近して来る反応有り!?』

 通信機から彩花の悲鳴じみた声が響き、空は一瞬、眉根を震わせて身を硬くした。

空(来た!?)

 そして、視線だけを十一時方向……やや左に向ける。

 濛々と土煙を上げ、こちらに突進して来る“何か”が見えた。

空(地上走行……速度からしてオオカミ型!
  レミィちゃんはまだ間に合ってない……私一人でやるしかない!)

 空は意を決しドゥンケルブラウナハトでの砲撃を続けながらブラウレーゲンをゲルプヴォルケに預け、
 グリューンゲヴィッターとオレンジヴァンドを構え、接近戦の準備に入る。

クライノート『空、敵機のコックピットは胴体下部、腹部辺りに存在します。
       攻撃の際にはコックピットを避け、手足に集中して下さい。
       加えて、変色ブラッドの注入口は口部に存在するため、特に噛み付きに注意するように』

 身構えた空に、クライノートが一気にアドバイスを送った。

 彼女の淡々とした性格上、非効率な奪還作戦などは嫌うと思っていたが、そうではないようだ。

空「こう言う作戦でも理解があるんだね、クライノートって」

クライノート『これでも二代目・閃虹の愛器ですので』

 驚いたように漏らした空に、クライノートは淡々としながらも誇らしげに答えた。

 対して、空も“そっか……そうだね!”と納得したように頷いて笑みを見せる。

 彼女の主であるクリスティーナ・ユーリエフの二つ名……“閃虹”とはそもそも、そう言う人間が冠してきた物だ。

 異論は無い……いや、むしろ望むところと言う物だろう。

空「……見えた!」

 そして、オオカミ型の機体を視認したと思った直後、一気に間合いを詰められた。

狼型G『Grrrrrrッ!!』

空「ッ!?」

 唸り声を上げて突進して来るオオカミ型に、空は息を飲みながらも咄嗟にオレンジヴァンドを突き出し、
 出力全開でその突進を押し留める。

 本来ならオオカミ型と接触していたであろうオレンジヴァンドの表面には結界装甲の分厚い膜が張り、
 オオカミ型はその牙で虚空を噛み砕かんとするような体勢で止まっていた。

狼型G『Grr……GAAAAAッ!!』

 オオカミ型は怒ったように唸ると、さらに躙り寄ろうと全身各部のブースターを噴かす。

空「ッ、うわあぁぁぁっ!」

 だが、空も砲声を上げてそれを押し返し、力比べが始まる。

 サクラの解析通り、力比べなら自分達に分があるようだが、いつまでもこんな状態は続けられない。

空(接近戦用にグリューンゲヴィッターは構えたけど、押し留めるのが精一杯だ……)

 空は内心で舌を巻く。

 目論見では、オオカミ型の攻撃を受け止め次第、頭か手足を切り飛ばして行動不能に追い遣るつもりだった。

 だが、今は防御に出力を持っていかれ過ぎて、グリューンゲヴィッターに十分な切れ味を持たせる事が出来ない。

 切れ味の悪い刃物は余計な痛みを伴う事になる。

空(オリジナルギガンティックと同じで痛覚を共有してるみたいだし、
  一気に行動不能に追い込めないなら使えない……!)

 空は焦ったように思考を続けながら、激突して来たオオカミ型ギガンティックを見遣る。

 黒い躯体に、仲間と同じ若草色の輝きの宿るブラッドライン。

 事情を知ってからその姿を改めて見ると、痛々しい物と怒りを感じざるを得ない。

 レミィの妹は誰かに利用されている。

空(絶対に助けなきゃ………!)

 空はその決意を反芻する。

 だが――

クライノート『空! 01の出力が落ちています!』

 直後のクライノートの悲鳴じみた声が、空の意識を引き戻す。

 そう、オレンジヴァンドに出力を集中していた事で、ドゥンケルブラウナハトの出力が落ちていた。

 牽制の砲撃は散発的になり、先ほどまで手を拱いていた筈の三機の401が一気に距離を詰めて来ているではないか。

空「しまった!?」

 空は愕然とする。

 思考がレミィの妹の事に向いた事で、武装の操作から意識が外れてしまっていたのだ。

 ヴァッフェントレーガーの扱いが難しいのは分かっていた筈だった。

 思考並列処理しなければならない以上、意識は常に幾つもの作業を同時に思考しなければならない。

 空はその大原則を怠ってしまったのだ。

 そのために三段階に及ぶ特訓も行って来たのに……。

 しかし、後悔しても遅い。

 三機の401はフォーメーションを組み、魔導ライフルを構えて自分達の有効射程内に入る瞬間を待っている。

 後部カメラでレオン達の状況を見るが、やはり四対三の防衛戦では分が悪いのか、こちらのフォローには入れそうにない。

 万事休す、だ。

 だが――

???『空っ! ブーメランで雑魚を狙えっ!』

 背後から声が響いた。

 この戦場で、誰よりも信頼できる友の声。

空「了解っ!」

 空はその声に従い、オレンジヴァンドの出力を僅かに下げ、
 グリューンゲヴィッターに魔力を流し込むと、迫り来る401目掛けて投擲する。

 部隊を横薙ぎにするような軌道を描くグリューンゲヴィッターに、401達は隊列を崩され、
 再度の後退を余儀なくされた。

狼型G『Grrr……GAAAAAッ!!』

 一方、出力の落ちたオレンジヴァンドの結界装甲を食い破り、
 肉迫せんとするオオカミ型ギガンティックが吠える。

 だがしかし、その咆哮を掻き消すように、クライノートの傍らを一陣の疾風が駆け抜けた。

 駆け抜けた疾風は、濃紫色の変色ブラッドが滴る牙を突き立てんとするオオカミ型の横っ面に激突し、
 オオカミ型を大きく弾き飛ばした。

狼型G『Grrr…ッ!?』

 オオカミ型ギガンティックは体勢を崩しながらも何とか着地し、すぐに空達へと向き直る。

 それと同時に、クライノートの傍らを駆け抜け、
 オオカミ型を弾き飛ばした一陣の疾風がクライノートとオオカミ型の間に降り立つ。

 それは明るめのグリーンを基調とし、全身に白のアクセントが眩しい鋼の肉体を持った、
 巨大なキツネ型ギガンティックだった。

 明々と輝く若草色のブラッドラインは、それが仲間の……レミィの乗機である事を示していた。

 そう、これこそが新たなレミィの愛機、GWF211X改-ヴィクセンMk-Ⅱ改め、
 GWF204X-ヴィクセンMk-Ⅱである。

レミィ『待たせたな……空!』

 外部スピーカーを通したレミィの声は、どうやらジャミングを考慮しての物らしい。

 事実、クライノートの通信システムもジャミングによっていつの間にかダウンしており、
 後方との連絡が取れなくなっていた。

 どうやらオオカミ型ギガンティックそのものが、強力な通信妨害装置を兼ねているようだ。

 レミィはバイク状のシートの上に跨ったまま上体を起こし、
 眼前で唸り声を上げ続けるオオカミ型ギガンティックを睨め付ける。

 睨め付けた瞳に宿るのは、敵意と憐愍の色。

レミィ「空……私がコイツと戦っている間、雑魚の相手を頼む!」

空『レミィちゃん……了解、陽動は任せて!』

 静かな、だが力強い声で言ったレミィに、空は僅かな戸惑いの後、こちらも力強い声で応えた。

 空はクライノートにヴァイオレットネーベルを再装備させると、
 隊列を整えようとする敵機に向けて拡散魔導砲を放つ。

狼型G『Grrrッ!』

 野獣のように戦っているようにしか見えないオオカミ型も、寮機を援護しようと言う意志はあるのか、
 威嚇するような唸り声を上げた後、クライノートに向かって飛び掛かろうとする。

 だが――

レミィ「お前の相手は私達だっ!」

 レミィは新たな愛機を走らせ、今まさに飛び掛からんとするオオカミ型の前に躍り出た。

 既に一度、弾き飛ばされた事でヴィクセンを警戒しているのか、
 オオカミ型は各部のブースターを点火してその場から跳び退く。

狼型G『Grrrr………』

 そして、距離を測りながらゆっくりと横に移動しつつも、視線だけはヴィクセンを睨め付ける。

 どうやら、目の前の新型が昨夜倒したばかりのキツネ型と同質の存在と言う事には気付いているようだ。

 それと同時に、自身が倒すべき敵としても認識したのか、空達にはもう視線すらも向けない。

 レミィにとって、それは好都合だった。

レミィ「空! 私はこのままコイツをこの場から引き離す!」

 レミィは外部スピーカー越しに叫ぶと、愛機を戦場から離すように走らせた。

 オオカミ型ギガンティックもその後を追って走り出す。

 すぐに外部スピーカーが通じる距離を過ぎ、仲間達からも十分な距離を取れた事を確認すると、
 レミィは愛機を反転させ、わざとオオカミ型に追い抜かせて戦場との間に割って入った。

 これでもう、オオカミ型は近場の仲間の元へと逃げる事は出来ない。

 だが、逆にレミィとヴィクセンも一対一の戦いを強いられる事になのだが……。

弐拾参号?<暗いのは嫌だよぉ……怖いよぉ……>

 しかし、そんな不利への焦燥は、愛する妹の啜り泣く声の前には意味の無い物だった。

 空には聞こえていなかった弐拾参号の思念通話。

 接近されただけで強力な通信妨害圏を展開するオオカミ型の、その思念通話が届く筈もない。

 恐らくは彼女と波長の合うレミィと、レミィの管理下にあるヴィクセンにしか聞こえない声なのだろう。

 幻聴ではなく、それだけ強い、助けを求める声だ。

レミィ「弐拾参号……今度こそ、お姉ちゃんがお前を助けるからな!」

 レミィは決意の表情で叫ぶと、愛機を跳躍させた。

レミィ「ヴィクセン! クアドラプルブースター、オンッ!」

ヴィクセン『了解ッ! 文字通り、飛ばすわよっ!』

 そして、愛機に指示を送ると、その背面から四本の柱状のブースターがせり上がり、
 ヴィクセンの言葉通り、巨大な躯体をさらに天高くまで飛び上がらせる。

狼型G『G……GAAAッ!?』

 獲物を追い掛けようとしたオオカミ型ギガンティックも、
 自らの推力を超える高さまで跳躍したヴィクセンを追い切れず、落下して行く。

 瑠璃華謹製の独立可動型四連ブースター……
 クアドラプルブースターは、それ単体の推力はフレキシブルブースターに劣る。

 だが、四つが揃った際の推力はフレキシブルブースターの倍以上に匹敵する大推力だ。

 以前よりも躯体が一回り大型化したとは言え、無理矢理に垂直上昇させるくらいの推力は十二分に確保出来た。

レミィ「このままヴァーティカルモードにチェンジッ!」

ヴィクセン『了解! モードチェンジ開始!』

 天高く飛び上がったヴィクセンは、そのまま空中で変形を開始した。

 後ろ足を折り畳んだ後半身が引き延ばされて脚となり、前足は巨大な爪を備えた腕となり、
 キツネの頭が胸へと移動すると同時に頭部がせり上がる。

 胸にキツネの頭部と、背面に巨大なキツネの尾、
 そして、両肩に左右二対の大型ブースターを備えた人型ギガンティックだ。

 そう、これこそがヴィクセンMk-Ⅱの近接戦形態。

 以前と同様の獣型の形態を高機動・高速移動用とした対極の形態である。

狼型G『Grrr………GAAAAッ!!』

 新たな姿を見せた獲物に、オオカミ型は威嚇の砲声を張り上げた。

 レミィはヴィクセンをオオカミ型から離れた廃墟の中に着地させる。

ヴィクセン『こっちの形態だと戦闘能力は上がるけど、機動力は落ちるわよ。……いいの?』

レミィ「ああ、組み合わなきゃコントロールスフィアをえぐり出すのは無理があるからな……」

 心配そうに尋ねるヴィクセンに、レミィはバイク状のシートから降りながら応えると、大きく息を吸い込んだ。

 そして、バイク状のシートがコントロールスフィアの床に格納されて行くと、
 オオカミ型ギガンティックを迎え撃つべく身構えた。

狼型G『GAAAAッ!!』

 それを開戦の合図として、オオカミ型ギガンティックは唸り声と共に一気呵成に飛び掛かる。

 後方のブースターから魔力を噴射しての、直進的な突進だ。

レミィ「デカくなって機動力は落ちていても、そんな大振りな攻撃ならっ!」

 レミィはサイドステップでその突撃を交わす。

 だが、しかし――

狼型G『Grrrrッ!』

 オオカミ型は即座にブースターの推進方向を切り替え、回避したヴィクセンの横っ腹に向けて体当たりを行う。

 昨晩と同じ戦法だ。

 だが、レミィも馬鹿正直に回避したワケではなかった。

レミィ「ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『分かってるわよ!』

 ヴィクセンはレミィの呼び掛けに力強く応え、両肩のクアドラプルブースターを下方に向けて魔力を放出する。

 ヴィクセンは一気に上昇し、急加速したオオカミ型は突進を空振りし、
 不安定な体勢のまま地面や廃墟群に打ち付けられる結果となってしまった。

狼型G『GAAAAッ!?』

 オオカミ型は悲鳴じみた唸り声を上げ、幾度も地面に叩き付けられ、
 幾つもの廃墟を破壊しながらも何とか体勢を整え直し、上空へと逃げ延びたヴィクセンを睨め付ける。

 四つ足で跳ね回る時ほどの機動性は損なわれているかもしれないが、
 クアドラプルブースターによる爆発的な瞬発力は人型・獣型のどちらでも変わらない。

レミィ「何度も同じ攻撃が通用すると思うなよ………」

 しかし、昨晩の敗北を決定づけた時と同じ攻撃を回避しながらも、レミィの顔は晴れやかではなかった。

 それは重苦しい声音にも現れている。

 何故なら――

弐拾参号?<痛い……痛いよぉ……お姉ちゃん……痛いよぉ……>

 ――啜り泣く声は、恐怖よりも痛みを訴える物に変わったからだ。

 繰り言になってしまうが、国際救難チャンネルすら含む全周波数が通信妨害されている現状、
 絶対に聞こえる筈のない思念通話。

 それを鑑みれば、この声がレミィの戦意を削ぐための奸計だと言い切る事は難しい。

 だが、この声は確実にレミィの気勢を削ぐ。

 攻撃を戸惑わせ、構えた拳を下げさせ、高揚した戦意をジワジワと削り落とす。

 黒幕とも言える敵に……そして、本当にあの敵機の中にレミィの妹がいたとして、
 どちらにもその意図が無いにせよ、だ。

レミィ(どうする……どうすればいい!?)

 痛みを与える隙もなく、腹にあると推測されるコントロールスフィアだけを綺麗に抉り出す。

 四足歩行動物型の視界に映らない腹にある物を抉り出すのは困難を窮める。

 最初から無茶は承知していたが、改めて対峙してみればそれが如何に困難かを思い知らされた。

 人型になった事で“抉り出す”と言う動作自体は困難ではなくなったが、
 “腹にある物”を抉り出す難易度は何ら変わっていない。

レミィ(敵の下に潜り込むか? 前のようにジャンプを誘った方が確実か?)

 レミィは焦るように黙考を続ける。

 その瞬間、レミィは思わず長いまばたきを……いや、目を瞑ってしまった。

 不可能とも思える目的への焦燥、嗚咽によりジワジワと削られる戦意、
 相棒を死の淵にまで追い込んだ敗北への自責、そして、囚われの妹の身を憂う気持ち。

 新型に乗り換えて尚も油断したと言えばそれまでの、
 だが、レミィの気持ちを慮れば止むに止まれぬ精神状態だろう。

 だが、僅かでも下がった構えと長時間の静止は、オオカミ型にしてみれば絶好の隙に他ならない。

ヴィクセン『レミィ! 構えて!』

 ヴィクセンがそう叫ぶまで、レミィは自身の油断に気付けなかった。

レミィ「ッ…!?」

狼型G『GRRRAAAAAッ!!』

 目を見開いて驚きに息を飲んだのと、オオカミ型が咆哮と共に突進して来たのは、ほぼ同時。

 レミィに出来たのは、突き出された両の前脚を掴む事だけだった。

レミィ「ッぐぅ!?」

 格闘能力が高くとも機動性重視のヴィクセンではオオカミ型の巨体を完全に押さえ込む事は出来ず、
 勢いのままに押し倒されてしまう。

 崩落しかけの背後のビルがクッション代わりとなってくれたお陰で、
 見た目ほどのダメージは負わなかったが、不利な体勢に追い込まれた事には変わらない。

狼型G『GAAAAッ!!』

 オオカミ型はさらなる追い討ちをかけるべく内側の牙を剥き出し、
 ヴィクセンののど元に向けて食らいついて来た。

レミィ「ッ、うぉぉっ!」

 レミィは咄嗟に瓦礫の塊をオオカミ型の口の中に突っ込む。

 巨大な瓦礫は変色ブラッドの侵食を受け、一瞬にして濃紫色に染まって砕け散ったが、
 レミィは間一髪で致命の一撃を回避する事に成功した。

 クアドラプルブースターを噴かし、オオカミ型を振り切るようにしてその場から抜け出す。

レミィ「………すまん、ヴィクセン……」

 オオカミ型と十分な距離を取ってから愛機を着地させたレミィは、再び構えながら相棒に詫びを入れる。

 もう少しで、昨晩の二の舞になる所だった。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

 後悔するレミィの脳裏に、絶えず響き続ける妹の啜り泣き。

ヴィクセン『レミィ……』

 主の思いと少女の啜り泣きが聞こえるからこそ、強く言い出す事の出来ないヴィクセン。

狼型G『Grrrrr……ッ!』

 そして、そんな二人……いや三人を嘲笑うかのように、挑発的な唸り声を上げるオオカミ型ギガンティック。

レミィ「ッ! ………すぅぅ…………」

 不意にレミィは目を大きく見開き、大きく息を吸う。

 そして――

レミィ「にじゅうさんごおおぉぉぉぉぉっ!!」

 喉が裂けるのではないかと思うほどの大音声を放つ。

 外部スピーカーと思念通話、その両方で叫ぶ。

 妹に声が聞こえているかは分からない。

レミィ「弐拾参号っ! 私だっ! 拾弐号だっ!」

弐拾参号?<暗いよ……怖いよ……痛いよ……助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 呼び掛ける声に応えるのは、やはり啜り泣きだけ。

 声が届いていないのは明白だ。

 だが、それでもレミィは続けた。

レミィ「………お姉ちゃんは……いつもお前や伍号お姉ちゃんに助けて貰ったな……。
    泣き虫だった私の横で、お前はいつも笑ってくれていた……」

 続く声は、決して大きな声ではない。

 だが、心の底から語りかける。

 構えも解かず、オオカミ型ギガンティックを全力で警戒、牽制する事も怠らない。

レミィ「お前は強い子だ……泣き虫で臆病な私なんかより、ずっと……ずっと強くて、優しい子だ……!」

ヴィクセン『レミィ……あなた、まさか!?』

 弐拾参号へ語りかけ続けるレミィの真意を察し、ヴィクセンは愕然と漏らす。

レミィ「少し……いや、凄く痛いかもしれない……いくらでもお姉ちゃんを恨んでくれていい……、
    だけど、絶対に助けるっ!」

 レミィはそう叫び、四肢を大きく広げて大の字を描く。

レミィ「ヴィクセン、スラッシュセイバー、マキシマイズッ!!」

ヴィクセン『………了解ッ!』

 僅かな躊躇いの後、ヴィクセンは主の声に応え、両手足の先端に魔力とブラッドを集中した。

 すると、爪から長大な魔力の刃が伸びる。

 これぞスラッシュクローに代わるヴィクセンMk-Ⅱの主兵装、両手両足に装着されたスラッシュセイバーだ。

狼型G『Grrrr……ッ!』

 しかし、対するオオカミ型ギガンティックは、
 獲物が見せた新たな武器に然したる脅威は抱いていないようだった。

 警戒した様子もなく、一歩一歩、獲物を値踏みするように歩み寄って来る。

 これまでの戦闘や先ほどまでの様子で、レミィから積極的に攻撃して来る事がないと確信しているのだろう。

 だが――

レミィ「うわああぁぁっ!」

 悲鳴にも似たレミィの裂帛の怒号と共に振り抜かれた右腕の一撃が、
 オオカミ型ギガンティックの左前脚を根本から斬り飛ばした。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 痛みを感じてでもいるのか、それとも驚いただけなのか、
 オオカミ型ギガンティックは悲鳴じみた唸り声と共に大きく後方へと飛んだ。

弐拾参号?<ぁぁぁあああぁぁぁっ!?>

 それと同時に、弐拾参号も絶叫する。

弐拾参号?<痛い……痛い! 痛いよぉぉ……!?>

 痛みでのたうち回る様が見えて来るほどの悲痛な声を上げ、弐拾参号は泣きじゃくった。

レミィ「ぅぅっ!」

 レミィは全身をワナワナと震わせ、押し寄せてくる後悔と怒りで顔をしかめる。

 耐えろ、とは言えない。

 妹を傷つけているのは自分だ。

 そんな無責任な事は言えよう筈がない。

 だが――

レミィ「絶対だ……絶対に助けるから!」

 レミィは訴えかけるように叫ぶ。

 彼女の決意を汲み、敢えて悪し様に言おう。

 レミィは諦めた。

 オオカミ型ギガンティックにダメージを与える事なく、コントロールスフィアだけを抉り出す事を、だ。

 その無茶を通せば、再び相棒を死の淵へと追い遣り、
 フェイの時のような取り返しの付かない悲劇が起こらないとも限らない。

 ならば、罪を背負う。

 仲間達を危険に晒さず、妹を助けるために。

 妹を傷つけてでも、絶対に妹を救い出す。

 それがオリジナルギガンティックのドライバーであり、弐拾参号の姉でもある自分の務めだ。

レミィ「お姉ちゃんを許してくれとは言わない……!
    もう、二度と私の隣で笑ってくれなくてもいい……!

    だけど、絶対……絶対に助けるから! 痛いのは……今だけだから……!」

 レミィは堪えきれないほどの涙を溢れさせながら、再び構える。

狼型G『Grrr……GAAAAAAAAッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは三本の足で器用に飛ぶと、
 大きく口を開けて必殺の毒の牙を剥き出しにして突っ込んで来る。

レミィ「うわああああっ!」

 レミィは泣き叫びながら、両腕のスラッシュセイバーをX字に薙ぐ。

 真っ向から飛び込んで来たオオカミ型ギガンティックは頭部を切り刻まれ、瓦礫の中に没した。

弐拾参号?<ッ………ァァァァァァァッ!?>

 弐拾参号の悲鳴は、最早、声になっていない。

レミィ「弐拾参号……弐拾参号……にじゅう、さんごぉ……っ!」

 レミィは後悔の涙を流しながら、譫言のように妹の名を呼び続ける。

狼型G『………』

 そして、オオカミ型ギガンティックは無言で立ち上がった。

 オオカミに似せて作られたとは言え、所詮は機械。

 唸り声を発するための装置が破損しては吠える事も出来ないのだろうが、
 それでも平然と立ち上がる様は単なる機械の怪物でしかない。

 その様が、余計にレミィの怒りに火を付ける。

弐拾参号?<………ぁぁ……ぁ……>

 妹は満足に悲鳴すら上げられないほど苦しんでいるのに、
 目の前の敵はその痛みを僅かにも背負おうとしていない。

 必殺の毒の牙すら失い、もう存分な機動力も発揮できない身でありながら、
 それすら判断が出来ずに立ち上がって来るのは、おそらく自動操縦なのだろう。

 そして、ダメージによってシステムの一部が異常を来し、最早、撤退すら判断できなくなっているのだ。

レミィ「そのバケモノからすぐに助け出す……だから、もう少しだけ待っていてくれ……!
    弐拾参号ぉっ!」

 レミィは涙を拭って叫び、オオカミ型ギガンティックに向かって跳んだ。

 空中で体勢を入れ替え、つま先から伸びたスラッシュセイバーを用い、
 クアドラプルブースターで加速してドロップキックのような跳び蹴りを放つ。

 そして、その一撃がぶつかる瞬間。

弐拾参号?<じゅ、う……に……ごう、おねえ……ちゃん>

レミィ「ッ!?」

 蹴りが命中する寸前の声に、レミィは息を飲む。

 直後、大音響と共にオオカミ型ギガンティックの左半身がひしゃげ、弾き飛ばされた機体が廃墟の中に転がる。

レミィ<弐拾参号!?>

 レミィは思念通話で妹の声に応えた。

弐拾参号<おねぇ……ちゃん……拾弐号……お姉ちゃん……>

 間違いなかった。

 先ほどまで漫然としか“お姉ちゃん”としか呼んでいなかった弐拾参号は、
 今は確実にレミィの事を最後に残された姉妹の一人……“拾弐号”として認識している。

弐拾参号<痛いよ……お姉ちゃん……凄く……痛いよぉ……>

レミィ<ごめん……ごめんな、弐拾参号……こうするしか、もうお前を助けられないんだ……!>

 弱々しく泣く弐拾参号に、レミィは苦悶の声で返す。

 痛みを強いる事でしか、お前を助けられない。

 許される筈がない。

 それでも助けたい。

 こうでもしなけば、全部を救えないほど、自分は弱い。

 全部、全部……我が儘だ。

 そんな後悔だけが募る声。

 だが――

弐拾参号<泣かない……で、お姉ちゃん……>

 弐拾参号は痛みに声を震わせがら、そう呟く。

 ――その声に込められた心は、妹にも伝わっていた。

レミィ<……に、弐拾参号!?>

 レミィは愕然と叫ぶ。

弐拾参号<頑張る……から……お姉ちゃんが、助けてくれるから……わたし……がんばる、よ……>

 だが、弐拾参号は気丈にも声を絞り出し、そう続けた。

レミィ<………ッ! あと一回だ! あと一回で、絶対にお前を助け出す!>

 そして、レミィもそれに応える。

 涙に震えながらも、力強い声で。

 そう、あと一回だ。

 既に両の前脚は奪い、片方の後ろ脚も奪い、左側面のブースターも全て潰した。

 右脚と残る後方と右側面のブースターだけで身体を支えられる筈もない。

 あと一回……腹にあるコントロールスフィアを抉り出す痛みだけだ。

弐拾参号<拾弐号……お姉ちゃぁんっ!>

 弐拾参号はそれだけ叫ぶと、ぎゅっ、と身を強張らせたようだとレミィは感じた。

狼型G『………』

 対して、オオカミ型ギガンティックは何とかして体勢を立て直そうと、
 右後ろ足とブースターを調整しながら何とか浮かび上がろうとする。

 幸か不幸か、ある一瞬だけバランスの取れたオオカミ型ギガンティックの胴体は、
 大きく、天蓋へ向けて飛び上がった。

ヴィクセン『レミィ、今っ!』

レミィ「………おうっ!」

 ヴィクセンの呼び掛けと同時に、レミィはオオカミ型ギガンティックに向け、
 クアドラプルブースターを噴かせて愛機を跳躍させた。

 狙うは一点、オオカミ型ギガンティックの腹部周辺。

レミィ(分かる……分かるぞ! 弐拾参号がいる場所が!)

 目に見える情報ではなく、魔力で感じる妹の居場所。

 今、四肢の三つと頭を失ったオオカミ型ギガンティックは、
 レミィ達に腹を向け、天蓋に向けて垂直上昇しているような状態である。

 ハッチが見えているのはその丁度ど真ん中。

 だが、妹の反応はそこから少し上……人間で言うなら胸と臍の中間辺りだった。

 もしも気付かずに抉り出そうとすれば、確実に切り刻んでいた位置。

 強力な通信障害の影響で正確なスキャンも出来ずにいた。

 レミィと弐拾参号が思念通話を行い、居所までも掴めた理由は、姉妹故に魔力の感応度が高かった故だろう。

 レミィが妹を思ってかけ続けた言葉が、弐拾参号が姉に助けを求め続けた言葉が、
 強い感応により結びついた結果だ。

 それは奇跡でも何でもなく、お互いを愛して求め合った姉妹がたぐり寄せた必然だった。

 そして、それを可能としたのは――

レミィ『スラッシュセイバー……マキシマイズッ!』

 ヴィクセンMk-Ⅱの四肢で輝く魔力の刃が、彼女自身の声と共にさらに長大な刃と化す。

 ――主と主の妹を救いたいと願った、一器のギアが紡いだ一つの道程に他ならない。

レミィ「でやぁぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を放ち、レミィは突き出したスラッシュセイバーでコントロールスフィア周辺を抉り斬り、
 そこからコントロールスフィアを抜き出した。

 成功だ。

 コントロールスフィア本体には、僅かな傷一つ無い。

 そして――

レミィ「これで、終わりだぁぁぁっ!」

 レミィは右手でしっかりとコントロールスフィアを抱え込むと、
 両足と空いている左腕のスラッシュセイバーで、オオカミ型ギガンティックを幾度となく切り刻む。

 コントロールスフィアを失って暴走を始めていたオオカミ型のエンジンは、
 スラッシュセイバーで切り刻まれると同時に、エーテルブラッドを燃料にして大爆発を起こした。

 その大爆発の爆炎を突っ切り、ヴィクセンMk-Ⅱが大地へと降り立つ。

 ――勝利だ。

エミリー『……ィ!? レミィ!? 聞こえてる!?』

 だが、その勝利の余韻に浸る間もなく、通信機から慌てたような声が響いて来る。

 連絡通路内の指揮車輌にいるエミリーの声だ。

 どうやら、オオカミ型がいなくなった事で通信障害が無くなったのだろう。

 多少のノイズはあるが、それでもクリアに聞こえる。

レミィ「……聞こえてるよ、エミリー」

エミリー『良かった! 繋がった!』

 安堵混じりに返すレミィに、エミリーが歓声を上げた。

 ふと、視線を連絡通路方面に向けると、あちらの戦闘も片付いたようで、静かになっていた。

 エミリーが慌てていたのは通信が繋がらない事に関してで、戦況が悪化したとか、そう言う事ではないようだ。

レミィ「戦闘は?」

彩花『敵機は全機撃墜、後続の反応はありません。戦闘状況終了です』

 レミィの質問に応えたのは彩花だ。

 どうやら、本当に戦闘が終わったらしい。

 一番厄介なオオカミ型が戦列に加わるまでは、物量差を物ともしない程に優勢だったのだ。

 当然と言えば当然だろう。

彩花『回収部隊が向かうまでその場で待機していて下さい』

レミィ「了解……」

 レミィは続く彩花の指示に応えると、回線が切断されたのを確認してから大きく溜息を漏らした。

ヴィクセン『お疲れ様、レミィ』

レミィ「ああ……お前もお疲れ、ヴィクセン……お前のお陰で妹を助けられたよ」

 声をかけてくれた相棒に、レミィは感慨深く返す。

ヴィクセン『お礼だったら瑠璃華達や空にしなさいよ。
      私の新しい身体を作ってくれたのは瑠璃華達だし、
      こうして一対一になるのを許してくれたのは空でしょ』

 ヴィクセンは照れ臭そうに返すと
 “ブリーフィングで助けよう、って言ってくれたのも空らしいじゃない”と付け加えた。

レミィ「……ああ、そうだな」

 珍しく照れた様子の相棒に、レミィは噴き出しそうになりながら応える。

 殆ど病み上がりのような状態での全力戦闘は疲労感が半端では無いが、まだ終わってはいない。

レミィ「ヴィクセン、コントロールスフィアに変色ブラッドの反応は?」

ヴィクセン『……無いわね。
      内部の魔力も今は安定しているけど、切り離された時のショックが酷くて気絶しているみたい』

 レミィに尋ねられたヴィクセンは、ややあってからスキャン結果を伝える。

 先ほどの言葉通り内部にいる人間が気絶している事は分かるが、生体反応は問題ない。

 魔力もレミィのものとよく似ており、他の魔力が検知できない今、他人が乗っている可能性は無い。

 他にも爆発物のような反応も無かったが、敢えて報告するべき物でも無かったので、ヴィクセンはその事は告げなかった。

 さすがに主が妹との再会を果たす時に、余計な水入りがあってはならない。

 戦闘が終わったとは言え、ヴィクセンは主とその妹のために、未だ慎重に慎重を期した警戒を続けていた。

 結果、問題は無いと言う判断に至る。

 レミィがコックピットハッチ付近にオオカミ型から抉り取ったコントロールスフィアを移動させると、
 ヴィクセンは気を利かせてすぐにハッチを開けた。

 レミィは興奮を隠しきれない様子で一足飛びに外に飛び出すと、コントロールスフィアの外壁に取り付く。

 愛機が強化された事で変化した新たな魔導装甲を展開し、コントロールスフィアのハッチ部分らしき部位を探り当て、
 継ぎ目にかぎ爪の刃を浅く差し込んで切り裂いた。

 ハッチは簡単に切り離され、レミィはそれを愛機の足もとへとうち捨てる。

 そして、意を決して内部を覗き込む。

 するとそこにあったのは、透明な素材で出来た一つのカプセルだった。

 レミィは一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、目を見開く。

 おそらく何らかの生命維持のためと思われる液体の中に浮かぶ妹の、その凄惨な姿に……。

レミィ「に、弐拾……参号……!?」

 レミィは愕然と漏らしながら、カプセルに縋り付く。

 弐拾参号はかつての溌剌とした様など見る影もなく切り刻まれていた。

 手足は切断されてチューブでカプセルと……さらにそこから伸びたコントロールスフィア内の機械と繋がれ、
 口元には呼吸用のマスクが取り付けられ、片眼を覆うようなヘッドギアが接続されている。

 絶えず魔力を供給し、痛みの程度による判断で機体を保護するための、魔力電池を兼ねた危険判断装置。

 それが弐拾参号が辿った過酷な運命だった。

レミィ「っ、ぅぁ……ぁぁぁ……!」

 レミィはイヤイヤをするように頭を振り、いつの間にか止まっていた涙を再び滂沱の如く溢れさせ、
 妹の浮かんでいるカプセルに縋り付いた。

ヴィクセン『レミィ! 気をしっかり持って!』

 主の目を通して、助け出した少女の凄惨な姿を目の当たりにしたヴィクセンは、自らの動揺を押し殺して主に呼び掛ける。

 コントロールスフィアは殆どの機械が停止していたが、
 おそらくは彼女自身から取り出した魔力供給で生命維持が為されているのか、心臓は問題なく動いていた。

 長時間の戦闘で魔力切れが起きていたらと思うと、それだけで背筋が凍る。

 魔力切れによる機能停止ではなく、手足を切り落として戦闘続行不能に追い込んだレミィ判断は、
 決して間違ってはいなかったのだ。

 だが、だからと言って平静でいられるような状態ではなかった。

 よく見れば、弐拾参号の成長はあの日、最後に会った時のまま止まっていた。

 おそらく、手足を切断され、今のような状態にされたのは、
 彼女と姉が死んだと伝えられた日から、そう経過していない頃だったのだろう。

レミィ「ごめん……ごめんな……こんなにされているの……知らなくて……!」

 レミィは泣きじゃくりながら懺悔の思いを吐露する。

 最後の姉妹を失ったと思って自分が生を諦めていた頃、
 最愛の妹は手足を奪われ、まるで実験標本のような扱いを受けていたのだ。

 自分は、何て愚かだったのだろう。

 自分達を実験台としてしか見ていなかった連中の言葉を……信じたくないと思っていた姉妹の死を信じ切っていた。

 妹がこんな残酷な目に合わされていたのに、自分だけが優しい仲間達に囲まれていた。

 そして、いつしか、姉妹の存在を胸の奥底に封じ込め、省みる機会すら次第に減らしていた。

 湧き上がるのは、そんな後悔のような懺悔の思いばかり……。

 だが――

????<お姉……ちゃん……>

レミィ「!?」

 ――不意に脳裏に響いた声に、レミィは息を飲んだ。

 それは、もう間違える事も疑い事も無い、弐拾参号からの思念通話だった。

 レミィが涙ながらに顔を上げると、いつの間に気がついたのか、妹と目が合う。

 一方を塞がれた片方だけの瞳で、泣きじゃくる自分を不思議そうに見つめて来る。

レミィ「あ……ああ……」

 レミィは何を言っていいかも分からず、茫然の形に口を開けたまま、ただ僅かに音だけを漏らす。

 しかし、その戸惑いもすぐに氷塊する。

弐拾参号<助けてくれてありがとう……お姉ちゃん>

 それは、とても純粋で、短い言葉だった。

 奪われた手足の哀しみを嘆くでなく、先ほどまでの痛みを嘆くでなく、
 ただただ、助けてくれた姉への感謝に再会の感動が重なった、心からの喜びの声。

 それを聞いた瞬間、レミィはまた涙を溢れさせた。

 嗚呼……救われた。

 この言葉だけで……妹の“ありがとう”の言葉だけで、自分は救われたのだ。

レミィ「待たせて…っく…ごめん……な……うぅっ……」

 レミィはしゃくり上げながら、何とか言葉を絞り出した。

 それで限界だった。

 声を上げて、レミィは泣いた。

 廃墟だらけの真っ暗な世界で、若草色の柔らかな光に照らし出される中、レミィの嗚咽は響き続ける。

 嗚咽は、迎えの回収部隊の到着に気付くまで続いた。

 それはさながら、緒戦の大敗を洗い流し、勝利を祝う恵みの甘雨のようであった。


第19話~それは、響き渡る『涙の声』~・了

今回はここまでとなります。

あけましておめでとうございます。
お読み下さり、ありがとうございます。

>クライノート大活躍、ヴァッフェントレーガーかっこエエ
主役が駆る2号ロボの初登場と言う事もあり、雑魚相手ではありましたが無双させてみました。
ヴァッフェントレーガーはまんま「武器トレーラー」の独語で、クリスの使っていた頃のシュネー君部分に相当します。
今回は足を止めての防衛戦でしたので地上に降りて戦っていましたが、
高速移動時にはクライノートを上に載せて走る事も可能となっております。

>レミィ本懐成る!!
キツい展開が続いたので、さすがにここで“脳だけでしたー”とかはアウトかなぁと思いまして。
……いえ、最初は二人の姉妹の脳で右脳と左脳、助けた途端に過負荷で脳が崩れ、と考えていたのですが、
フェイが退場してキツいこの状況で、さすがにR○TYPEはやったらアカン、と今回のような運びに……。

>何処に真実が隠されているかは不明
推理物、と言うワケではないので今回までで出したヒントでお気付き頂けるかもしれません。
………本当に推理物だった場合、種明かしの直後、画面の向こうから石を投げつけられる可能性がある類のトリックですw
さらなるヒントを出すとなると“結果ではなく前提が間違っている”と言う感じですね。

>M1と言う拠り所
あの子がいないと基本的に狭い部屋に一人きりの軟禁状態ですからね。
喋る相手がいる、と言うのは大きな要素だと思います。

>“負けられない戦い”の連続
今後に控えた大きな節目としてはエール救出、茜&クレースト救出、さらにテロ撃滅ですからね。
加えて伍号やもう一つのハートビートエンジン、ユエの正体、月島の思惑などもありますので、
次回からもてんこ盛り気味に行きたいと思います。

保守ありがとうございます。
最新話を投下します。

第20話~それは、天舞い上がる『二人の翼』~

―1―

 7月13日、金曜日、正午頃。
 第七フロート第三層、第十九街区跡地――


 今日も空達を含む政府側戦力とテロリスト達との激戦が繰り広げられていた。

 だが、その戦闘の様相はテロリストと開戦した五日前とも、
 作戦の始まった四日前ともかなり違っているようだ。

 兵站拠点を築くため、軍の工作部隊のギガンティックが結界魔法を施術された
 分厚い装甲板で防衛しているのは同じだが、決して防戦一方では無くなっていた。

レオン『紗樹! 右から二機来てるぞ!』

紗樹『了解です!』

 結界魔法の施術された遮蔽物の陰から大型のスナイパーライフルを覗かせたレオンの言葉に、
 大型シールドとミニガン型魔導機関砲を構えた紗樹の機体がそちらに向き直ると、一斉に魔力弾を放つ。

 ミニガン型魔導機関砲から放たれた無数の魔力弾が、
 レオン達の右方向から近寄って来るギガンティックに向けて殺到する。

 相手は401・ダインスレフ。

 最新鋭の高性能機とは言え、通常のギガンティックに過ぎないアメノハバキリでは相手にならない。

 避ける隙間も無いほどに放たれた魔力弾は、401の結界装甲に阻まれて霧散する……筈であった。

 本来なら避ける必要も無かった筈の魔力弾は401の結界装甲を徐々に侵食し、
 遂には401の全身に無数の穴を穿つ。

 全身を蜂の巣にされた二機の401は失速し、瓦礫の中に倒れ込んで爆散した。

紗樹『二丁上がりっ!』

 敵機の撃墜を確認した紗樹は得意げに言うと、次なる敵に備えて正面へと向き直る。

レオン『大分使い慣れて来たんじゃないか?』

 レオンも感心したように言いながら、遠距離からの攻撃を仕掛けようとする401の頭部と両腕を、
 長大なスナイパーライフルで撃ち抜いた。

 結界装甲を貫いた銃の威力もさることながら、
 遠距離の標的に対して正確に三点を射抜いたレオンの狙撃技術も大した物である。

 ともあれ、大した改修をされたようにも見えないアメノハバキリが、
 何故、こうも容易く結界装甲を貫く事が出来るのか?

 それはつい先日、合流した風華と共に届けられた、瑠璃華の新開発装備による物だった。

 特殊なコネクタを用いて各種武装とオリジナルギガンティックの装備を接続し、
 結界装甲を武装に延伸させる装備、その名もズバリ、フィールドエクステンダーである。

 このフィールドエクステンダーを搭載した装備を、
 レオンと紗樹はクライノートのゲルプヴォルケと接続していた。

 威力はオリジナルギガンティックの六割減と些か心許ない物だったが、
 それでも低出力の結界装甲しか持たないダインスレフを撃墜するにはそれで十分。

 特にブラッドラインの露出していない――結界装甲の薄い――部位を狙えば、
 結界装甲の貫通確率はほぼ十割……先日までとは比較にならないほどの戦力アップだ。

 数で言えば彼我の戦力差はまだ大きくテロリスト側に傾いてはいたが、
 敵が総力戦でも仕掛けて来ない限り、一気にコチラ側の体勢を崩されるような心配も無い。

 それによって、テロリスト達の本拠である旧山路技研への侵攻作戦も三面作戦へと転換していた。

 ギガンティック機関とロイヤルガードの連合直衛部隊を三班に分け、
 主力部隊に先行して左右から敵を迎撃しつつ、簡易拠点を築いて行く作戦だ。

 主力部隊防衛には高い機動性と新型故の性能の高さを活かしてレミィとヴィクセンが残り、
 風華を中心として瑠璃華と遼の攻撃一班、そして、空とレオンと紗樹の三人による攻撃二班と言う構成である。

 そして、この攻撃二班の主戦力であり小隊長でもある空はと言えば、
 レオンと紗樹が形成した防衛戦からかなり突出した位置で戦闘していた。

 ゲルプヴォルケを接続し、左右に分割したオレンジヴァンドを両肩に、
 ブラウレーゲンとヴァイオレットネーベルを両手に装備し、上空の敵機に対して対空戦を繰り広げている。

 敵は白亜の躯体に薄桃色の輝きを宿したオリジナルギガンティック……そう、エールだ。

 上空のエールが、周囲に浮遊しているプティエトワールとグランリュヌから連続砲撃を放つと、
 空は両肩のオレンジヴァンドから魔力障壁を発生させてこれを防ぐ。

 高火力のフル装備エールを相手に、頭上を取られると言う不利な戦況だったが、
 空は魔力障壁で何とかこれを凌ぎきっていた。

クライノート『空、今です!』

空「了解っ!」

 そして、攻撃のタイミングを見定めていたクライノートの合図で、
 空は既に起動済みのヴァイオレットネーベルから牽制の拡散魔導弾を発射する。

 対するエール……ドライバーのミッドナイト1も、
 プティエトワールの何機かを正面に集めて簡易魔力障壁を展開した。

 拡散魔導弾程度の威力の低い攻撃ならば、刹那に展開できる簡易な魔力障壁でも十分だ。

 しかし、いくら拡散攻撃と簡易障壁とは言え、ギガンティック級の出力である。

 両者が接触した瞬間に凄まじい干渉波が発生し、エールの簡易障壁を消し去った。

空「ここっ!」

 その直後、空はフルチャージのブラウレーゲンから魔力砲を放つ。

 だが、直撃弾ではなく、敢えてエールの機体周辺を掠める至近弾だ。

 結界装甲の影響を受けたクライノートの大威力砲撃と、
 エールの機体周囲の結界装甲本体が干渉し合って、エール側の結界装甲に一気に負荷がかかる。

M1「………ッ!?」

 それまでは無言のまま淡々と戦闘を続けていたミッドナイト1も、
 表示されたエーテルブラッドのコンディションに思わず目を見開く。

 だが、それでもミッドナイト1は冷静だった。

M1(一撃掠めただけでブラッドが二割以上削られた……。
   残り三割……あと一撃受けたら危ない……)

 そして、レーダーを一瞬だけ確認し、寮機の生存状況を確認する。

 401が四機、365が七機、自分を加えて十二機が出撃したが、
 401は全機撃墜、365も半数以上の五機が撃墜、或いは戦闘不能に陥っているようだった。

 残る二機の365も腕や頭部を失っており、撃破されるのも時間の問題だ。

 そして、戦況を確認してからの判断は早かった。

M1(寮機は残り二機……401は全て撃墜されている。長居は無用……)

 ミッドナイト1はそう結論を出すと、機体を反転させ、その場を脱した。

空「あっ!? ま、待って!?」

 対して、空は思わず構えを解き、外部スピーカーまで使って呼び止めてしまう。

 が、その要求は当然のように呑まれる事などなく、
 エールは背面に結集させたプティエトワールとグランリュヌで加速し、第一街区方面へと飛び去って行った。

 そして、部隊の最大戦力を失ったためか、残った365は早々に武装解除を始めた。

 最早、ここ数日はお決まりとなった光景である。

空「…………」

 だが、空はそんな光景には目もくれず、
 エールの飛び去って行った方角に、いつまでも哀しげな視線を向け続けていた。

クライノート『空、戦闘状況終了です。後退して下さい』

 そんな主を、クライノートが淡々と促す。

 今も愛機を奪われたままの空の気持ちも分からないでもないが、ここはまだ敵の勢力圏だ。

 次なる敵襲に備えて補給や整備もしなければならない。

空「……うん、分かったよ……」

 空もその事は十分に承知しているため、
 後ろ髪を引かれる思いで兵站拠点予定地の奥に停車しているハンガーへと向かった。


 軍の工作部隊所属のギガンティックが武装解除した365や、401の残骸などの回収を始めた頃、
 ハンガーにクライノートの固定を終えた空はハンガー脇の仮設テントへと入って行く。

レオン「よう、お疲れ」

空「レオンさん、お疲れ様です」

 後から追い付いて来たレオンに声をかけられ、空は笑みを浮かべて応える。

 だが、幾つもの心配事を抱えたままの、張り付いたような弱々しい笑みは、
 逆にレオンを心配させてしまったようだ。

レオン「まあ……、色々と心配な事もあらぁな」

 レオンは軽く肩を竦めて短い溜息を吐いた後、どこか笑い飛ばすようにそう言うと
 “溜め込み過ぎんなよ”と付け加え、テントの奥へと入って行った。

 退っ引きならない所まで追い詰められている、と言うワケでもない空は、
 それがレオンなりの不器用な気遣いだとすぐ気付く。

 レオンも幼い頃から付き合いのある茜が囚われの身なのだ。

 事、茜の身を憂う気持ちの比重で言えば、自分とレオンのそれとでは比べようも無いだろう。

空(仮にも小隊長を任せられているんだから、もっとしっかりしないと……)

 空はそう思い直すと、両の頬を軽く叩いて気を引き締める。

 そして、テント内に設けられたパーテーションで区切られた二畳ほどの個人スペースへと入って行く。

 以前は無かった物だが、任務が長期になった事と、ともすれば指揮車輌にある私室まで戻っている余裕も無かろうと、
 真実の父であり、軍の現場責任者である瀧川が気を回して準備してくれた物だった。

 パーテーションは薄かったが、しっかりと防音処理と強度強化の結界が施術されている事もあって、
 隣の部屋の気配は感じられないので、身体を休めるだけならば十分な設備だ。

 空は室内に準備してあったジャケットを羽織ると、座面と背もたれにクッションの付いた椅子に座り込む。

空<……今回は良い線行っていたと思ったけど……クライノートはどう思う?>

 前述の通り防音処理の施されているパーテーションだが、
 万が一の事を考え、空は思念通話でクライノートに問いかけた。

クライノート<………結界装甲に過負荷をかけてブラッドの摩耗と魔力切れを狙うと言う作戦は、
       可能な限り無傷でエールを奪還するのには妙案と言えましたが、
       ああも撤退判断が早いとなると最善策とは言えないかもしれません>

 ややあってから答えたクライノートは、さらに続ける。

クライノート<接近戦でエールを確保し、機動力を奪ってから魔力切れで行動不能に追い込む事が、
       最も成功確率の高い方法であると提案します>

空<接近戦、か……>

 クライノートからの提案に、空は困惑の入り交じった声音で返した。

クライノート<しかし、そのためには地上に引きずり下ろす必要があります。

       空中での機動性はエールが全面的に上である以上、
       先ずはエールの空中での機動力を奪うのが先決でしょう>

 クライノートはさらにそう言うと、空の視界に一つの図面を提示する。

 それはフル装備となったエールを、ワイヤーフレームで描いた精巧な三次元モデルだ。

クライノート<現状、エールの飛行はプティエトワールとグランリュヌで行われています。
       これは背面部のウイング状スラスターが展開していない事からも明白です>

 クライノートが説明を始めると、該当する部位が見易い位置取りに変更される。

空(これ……翼だったんだ……)

 クライノートの説明を聞きながら、空は初めて聞かされた情報に僅かに戸惑う。

 エールの肩には、付け根から斜め下方に向けて突き出たパーツが存在する。

 オプションブースターやフレキシブルブースターとは干渉しない構造で、
 非常時に慣性姿勢制御を行うためのスタビライザーだと聞かされていた。

 そのスタビライザーにしても、必要な場面ではより信頼性の高いフレキシブルブースターや
 シールドスタビライザーに頼っていたので、使う機会には遭遇していない。

 まさか、それが翼……彼の名を顕す物だとは思いも寄らなかった。

 と言うよりも、そもそも翼は外付けのオプションの類で、
 エール自身のトラウマを起因として接続不可能になっていた物だと思い込んでいた節すらある。

 エールはオリジナルドライバーである結の死により声と飛ぶ力を失い、
 新たな主を設けずに長い年月を過ごす内にテロ騒動で武器を失い、
 元からあった多数のオプション装備を取っ替え引っ替えで騙し騙し動かし、
 ヴィクセンやアルバトロス完成後は合体状態で特化運用していたのが、つい数日前までの実状だった。

 だが、エールは本来、オプション無しでも空戦と砲戦を両立可能な“完成された”機体だったのだ。

 であるなら、空戦の象徴……翼は、外付けのオプションなどではなく、
 機体そのものに備わっていると考えた方が自然だろう。

 ともあれ、クライノートの説明は続く。

クライノート<ですので、プティエトワールとグランリュヌを魔力切れによる停止に追い込み、
       陸戦を余儀なくする方法が、接近戦に持ち込む最適解と思われます>

 どこか自信ありげに言い切ったクライノートに、空も納得したように頷いた。

 彼女が最適解と言った事に空が異論を出さないのは、エールの空戦能力を奪うだけでなく、
 あくまで魔力切れによる装備の機能停止が前提だったからだ。

空<けれど、魔力切れ狙いなら今回もやったよね? 今回の方法とは違うの?>

 しかし、それでも疑問に思う所はあるのか、空は怪訝そうに尋ねた。

クライノート<無論です。今回はあくまで結界装甲を削り、エーテルブラッドを損耗させる事を主眼としましたが、
       次に狙うのは、二つの装備の魔力切れです>

 クライノートが淡々と答えると、それに合わせて図面に描かれた全てのフローティング装備にバツ印が重なる。

 エーテルブラッドの損耗と装備の魔力切れは、似ているようで異なる物。

 と言うのも、基本的に“装備の魔力切れ”と言うのは、
 プティエトワールやグランリュヌのようなフローティング装備に限られるからだ。

 クライノートの場合はゲルプヴォルケや投擲後のグリューンゲヴィッターにも言える事だが、
 母機から切り離された装備は本体の魔力コンデンサ――要はバッテリーだ――内に溜め込まれた魔力で稼働している。

 如何に内部をエーテルブラッドが循環していても、魔力が無ければ操作は不可能になってしまう。

 ちなみに、バッテリーの魔力は母機との接続で回復する事も可能だ。

 だが、それだけに――

空<でも、十六個もあるのに、そんなに都合良く魔力切れに追い込めるのかな?>

 ――空の疑問も納得だった。

クライノート<あなたならば可能です>

 だが、即答したクライノートの言葉は淡々としながらも、その声は強い自身と信頼に満ちていた。

 そうまで信用してくれるのは有り難くも照れ臭くもあり、
 空は思わず照れたような苦笑いを浮かべて“あ、ありがとう”と躊躇いがちに呟いたが、すぐに頭を振って気を取り直す。

空<確かに、私の魔力は無制限だけど、対人戦ならともかく、
  魔力の増幅や出力に限界のあるギガンティック同士じゃあまり意味が無いよ……>

 気を取り直した空は恐縮半分、残念半分と行った風に返した。

 まさかハッチを開けて直接射撃するワケにもいくまいし、
 ギガンティック同士の戦闘で十万そこそこの魔力砲撃は目立って強力な物ではない。

 それでも、量産型ギガンティック相手に足止めくらいは出来るかもしれないが……。

クライノート<確かに、あなたの魔力量は驚嘆に値しますが、
       私が言っているのは魔力の量ではなく、質の話です>

空「……質?」

 クライノートの言葉に、空は思わずその疑問を口にしていた。

クライノート<今のあなたは魔力覚醒により閃光変換以外の属性変換が不可能となっているのは分かっていますね?>

空<う、うん……>

 クライノートの問いかけられて、空は困惑しながらも頷く。

クライノート<マギアリヒトを媒介に回復できる魔力と、閃光変換のみの属性変換……
       あなたは既に、アルク・アン・シエルを使える条件を満たしています>

空<アルク・アン……シエル!?>

 そして、彼女から告げられた言葉を、空は驚愕の思いを込めて反芻した。

 アルク・アン・シエル。

 歴史上でただ一人、結・フィッツジェラルド・譲羽だけが用いた伝説の極大砲撃魔法。

 無限の魔力を用いた魔導師ならば、他にグンナー・フォーゲルクロウもいた。

 だが、彼は晩年に手に入れたその強大な魔力を、純粋に攻撃力や推進力としてだけ用いたため、
 結のような魔力特性を十全に活かした魔法は編み出さなかったのだ。

 そして、このアルク・アン・シエルの最大の特徴は“防御不可”である点に尽きる。

 乱反射による威力の減退、屈折による射軸の偏向、高機動による回避と行った次善の策は存在するが、
 五秒間の砲撃直後に僅かな硬直が生じる弱点がある物の、ほぼ無制限に乱射可能な閃光魔力砲撃は、
 その波長を絶えず変える事で閃光変換された魔力の最大の天敵である反射障壁や反射結界を、
 反射された魔力と後発の魔力の干渉波によって削り崩す、言葉通りの“防御不可魔法”なのだ。

 アルフの元で戦闘訓練を受けていた際、
 座学で“撃たれたらどう対処すべきか”と言うテーマの論文を書かされた事もある。

 それに、最近読むようになった高等魔法戦訓練の手引き書でも、
 代表的な対処の難しい魔法として取り上げられていた。

 要は“教科書に載る魔法”と言う事だが、それを使える条件を自分が満たしているとなると、
 その他の感想よりも驚きが大きく勝る。

クライノート<おそらく、明日美の考えていた訓練の第四段階もアルク・アン・シエルに関する事でしょう>

 クライノートは淡々と言ってから“あなたに期待している、あの子らしい考えです”と付け加えた。

空「………」

 対して空は、“期待している”と言う言葉を聞かされて思わず押し黙ってしまう。

 明日美の自分に対する気遣いと言うか、強い期待感には気付いていた。

 だが、まさか亡き母親だけが使えた大魔法まで、自分に授けようとしていたとは思わなかった。

 生ける伝説であり、いつも自分の事を気に掛けてくれている明日美に期待されるのは嬉しい、
 それに加えて、畏れ多いと言うか、恐縮する気持ちもある。

 だが、ここまで大きな期待を掛けられているとなると、
 嬉しいとか、恐縮とか、そう言う域を通り越してただただ困惑するばかりだ。

空(私……結局、どこの誰だかも分からないのに……)

 空は押し黙ったまま、不意にそんな事を思う。

 自分は朝霧空で、自分の姉は朝霧海晴で、自分と姉は本当の姉妹だと胸を張って言える。

 だが、それと自分の出自が不明なのは別の問題だ。

 空自身、高名な人間や家柄に対して、庶民感覚で言える程度にはミーハーである事は自覚している。

 それだけに、自身の不明な出自がある種のコンプレックスとなっていた。

 繰り言のようだが、自分を拾って育ててくれた姉への恩義や親愛と自分の出自に対する悩みとは別の問題だ。

 しかし、空の沈黙から彼女の想いを察したのか、クライノートが口を開く。

クライノート<何にせよ、それだけ明日美はあなたを買っていると言う事です>

空<………うん…>

 空はクライノートの言葉に、どこかまだ釈然としない様子で頷いた。

 クライノートにもそれは分かったようで、彼女は押し黙ったように暫く考え込むと、ややあってから再び口を開く。

クライノート<では、もっと短期的に考えてみるのはどうでしょう?>

空<短期的、に?>

 自分の提案に空が困惑気味に返すと、クライノートはさらに続ける。

クライノート<明日美は、貴女ならエールを必ず取り戻せる。そう信じてくれている、と>

空<私なら……エールを?>

 空は困惑とも驚きとも取れる声音でその言葉を反芻した。

クライノート<はい……。
       私のような扱いづらいギガンティックがこのように言うのも憚られますが、
       貴女は結を失ったエールが、新たな主として相応しいと選んだ最初の方です>

空「エールが……私を選んだ」

 クライノートの言葉を聞きながら、その事実を口にすると、不意に一年三ヶ月前の記憶が甦る。

 イマジンに姉を殺され、激昂し、力を求めた時、エールは応えてくれた。

 それが“主として相応しいと選んだ”と言う事なのだろうか?

 いや、それ以前に“主として相応しいと選んだ”からこそ、力を求めた時に応えてくれたのだろうか?

 当人の居ない場では、その問答に応えてくれる者はいない。

 だが、どちらにせよ選んでくれた事には変わりない。

クライノート<今はただ、結と同じ魔力を扱う者が現れ、迷っているだけでしょう>

 淡々と語るクライノートだが、微かに熱を帯びたような声音には、エールに対する言外の信頼が感じられた。

 そして、さらに続ける。

クライノート<あなたと結の魔力は極めて近い波長を持っていますが、厳密に言えば似て非なる物です。

       それでもエールがあなたを主に選んだのは、魔力を通してあなたに感じ入る物……
       共感する物があったからでしょう>

空<共感する物?>

 空が怪訝そうに聞き返すと、クライノートは頷くように“はい”と言って、さらに付け加えた。

クライノート<私は……そこまで拘る性分では無いと自認しているのですが、
       それでも言われるほど“誰でもいい”と感じているワケではありません。

       イマジンや今回のテロリストのように、人に害なす存在と戦う意志があり、
       戦うに足るだけの大きな魔力の持ち主ならば主として認めます。

       ですが、逆を言えばその二つの条件が揃わない人物には力を貸す事は出来ません。
       加えて……いえ、あまり自分の事ばかり語るのもいけませんね……>

 朗々と説明を続けていたクライノートは、そう言って咳払いをする。

 口ぶりや抑えられた抑揚から、空は彼女を淡泊な性格だと思っていたが、意外にそうでない部分もあるようだ。

 そして、クライノートは“ともあれ”と気を取り直して続ける。

クライノート<エールとは長く言葉を交わしていませんし、彼が主に望むものが何であるかも分かりません。
       ですが、あなたはエールが望むものを持っているのではないでしょうか?>

空<エールが望むもの……>

 クライノートから聞かされた言葉を繰り返し、空は記憶を手繰った。

 思い当たるような節と言えば……。

空「……あ」

 ごく最近……と言うには少し古いかもしれないが、半年前の事を思い出して、空は思わず声を漏らした。

 イマジンの連続出現事件の最終決戦から五日後、部隊に復帰した時の事だ。

 それまで一度たりとも動かなかったエール型ドローンが……
 ギア本体を介してギガンティック達のAIが動かす事の出来る瑠璃華謹製のドローンが、
 初めて動き、自分の傍らに座ってくれた。

 あの頃の自分と、それよりも以前の自分とで変わった事と言えば……。

空(……誰かの力になりたい)

 確信を込めて、心の中でそれを反芻する。

 何度でも繰り返す、自分の信念。

空<愛する人を守ろうとする、誰かの思いを守る盾……。
  愛する人のために戦おうとする、思う誰かの思いを貫く矛……。
  愛する人を守りたい、誰かの願いを叶えるギガンティックのドライバー……>

 改めて、決意表明でもするように、その言葉を思念通話で口にする。

 それは亡き姉が注いでくれた愛を返して行く方法の一つだったが、今では空の胸に根付いた戦う決意の一つだ。

 でなければ、フェイを殺したテロの行いに対して憎悪以外の感情……義憤など湧きようがない。

クライノート<……仮の主、と言う贔屓目を除いても、高潔で良い信条だと感じます>

 クライノートは満足げに返す。

 空は彼女の声音から、満足そうに幾度となく頷いている様子を思い浮かべる。

クライノート<エールが主に望む物も、恐らくソレでしょうね……>

 そして、クライノートがそう付け加えると、空は再びあの日の事を思い返す。

 気がつけば、いつの間にか傍にいたエール。

 それからと言うもの、彼は気がつけば傍にいてくれた。

 真実達と会う約束をしていた事を告げると、寂しそうな――少なくとも空自身はそう感じた――雰囲気を漂わせ、
 夜には帰って来ると言い聞かせて額を触れ合わせると、恥ずかしそうに走り出しもした。

 エールにドライバーとして選ばれ……その事実を知ってから一年と三ヶ月。

 エールが動くようになり触れ合えた時間はその内の七ヶ月間ほどだったが、
 彼にも心があるのだと感じられるには十分な時間だったと思う。

 だからこそ、彼があの少女に連れ去られた事……自分とのリンクが途切れた事がショックだったのだ。

クライノート<……何にせよ、エールとの魔力リンクを取り戻す事が出来れば、
       戦闘する事なく彼を救う事は出来るかもしれません>

空<エールとの、魔力リンクを?>

 思案げに呟いたクライノートの言葉を、空は困惑気味に反芻した。

クライノート<魔力リンクを失えばオリジナルギガンティックは動作不能になる……。
       相手がこちらにして来た事と同じです>

 クライノートはそう答えると、さらに続ける。

クライノート<適格者以外ではコントロールスフィアに搭乗しても動かす事は不可能です。

       現状、私も空の魔力とリンクしていますので、
       空以外のドライバーが搭乗しても動かす事は不可能となっています>

 クライノートの解説に、空は五日前の戦いを思い出して成る程と頷いた。

クライノート<しかし、成功すれば殆ど無傷でエールを救い出す事が出来る手段ではありますが、
       空からエールのリンクを奪った相手が搭乗している以上、確実に成功すると言うワケでもありません。

       現状、先ほど提案させていただいた戦法を突き詰めるのが最良かと思います>

空<……そうだね>

 クライノートからの提案に、空は僅かな間を置いてから頷いて応える。

 相手のドライバーが結の魔力と一致するあの少女である以上、
 エールとの魔力リンクを取り戻す事は殆ど不可能と言っていい。

 エールの本来のドライバーとして悔しい限りだが、クライノートの言う通り、
 エール本体を取り戻す事を目的に動いた方がいいだろう。

 だが、それはエールを……仲間を物扱いしている事にならないだろうか?

 そんな疑問と共に、ある思いが胸を過ぎる。

空(でも、それって本当にエールを助けた事に……ううん、エールが“戻って来てくれた”事になるのかな……?)

 エールの意志を無視して奪い返すような手段だが、これしか確実な方法が無いのも事実だ。

 空は頭を振ってその疑問を胸の奥に押し込めると、今はただ、
 エールを取り戻すための作戦を詰めるべく、クライノートとの作戦会議に集中する事にした。

―2―

 戦闘終了から一時間後。
 旧山路技研、ユエの研究室――


ユエ「ふむ……」

 椅子の上で足を組んだユエは、ミッドナイト1が持ち帰ったデータを確認しながら、
 あまり感情の篭もらない表情で小さく頷いた。

ユエ「思ったほどいいデータは取れていないな……」

M1「申し訳ありません、マスター」

 口ぶりだけ残念そうに呟いたユエに、ミッドナイト1は淡々としながらも気落ちした様子で返す。

 ユエの言葉を自身の不甲斐なさと取ったのだろう。

 だが、ユエは別段、ミッドナイト1を責めるつもりはなかった。

 しかし、それと同時に彼女をフォローするつもりも無いので、敢えてその言葉を訂正する事もない。

M1「…………」

 ミッドナイト1は目を伏せ、哀しそうな表情を浮かべる。

 自身の存在価値を道具として見出している少女にとって、ユエの無言は叱責に等しい物だった。

 だが、決して不平不満の表情は浮かべず、嘆きの吐息すら漏らす事なく、微動だにしない。

 やっと巡って来た“生きる意味”なのだ。

 物心つくずっと以前から、エールとリンクするためだけに育てられて来た。

 時が来ればエールのドライバーから魔力リンクを奪い、エールをその手中にする事。

 そして、手に入れたエールで主の望むままのデータを手に入れる事。

 主の目的のためだけに動く道具。

 それがミッドナイト1の存在理由であり、彼女に許された生存理由だった。

 しかし、それが十全に果たされていないのは、ユエの言葉や態度からも明らかだ。

 一方、自身の被造物が抱えた不安など気にした様子もなく、ユエはデータの確認を続ける。

ユエ(各部駆動系は以前に比べれば良い数字を出しているが、
   カタログスペック……いや改修前の001よりも低いまま、か……)

 ユエは列挙されたデータを一つ一つ確認しながら、僅かな呆れの入り交じった表情を浮かべた。

 ミッドナイト1自身の魔力は、オリジナルドライバーである結・フィッツジェラルド・譲羽とは差違がある。

 あくまで、旧技研で所有していたコンデンサ内にサンプルとして残されていた多量の魔力を、
 ミッドナイト1に同調させて使わせているに過ぎない。

 ギガンティック機関側で喩えるなら、マリアとクァンの関係に近かった。

 カーネルとプレリーに選ばれたマリアだが、その魔力量は低く、エンジンの起動魔力係数には及ばない。

 そこで、大容量の魔力を持つクァンがマリアと完全同調する事でその問題を解決しているのだ。

 要はミッドナイト1の場合は結の魔力に同調する事で、
 結自身が魔力を振るっているようにエールに誤認させているのである。

 その誤認と言うのが起動の鍵であると同時に厄介なようで、
 誤認している事に気付いた直後からエールの駆動効率は目に見えて落ち込んでいた。

ユエ(さすがに朝霧空の使っていた頃に比べれば上だが、徐々にその数値に近付きつつあるな……)

 エールの駆動系の重さは、エールが沈黙している事が最大の原因だ。

 ドライバーとギガンティックで相互コミュニケーションが取れないため、
 間に別のギアを噛ませて通訳のような役割を持たせる必要がある。

 その通訳に生じるタイムラグが、そのまま駆動の重さとなってしまうのだ。

 誤認させた事でそのタイムラグは大幅に縮まっていた筈なのだが、
 戦闘を重ねるにつれて再び元の数値に向けてタイムラグが広がり始めていた。

ユエ(やはり、結・フィッツジェラルド・譲羽以外の人間にはフルスペックでの稼働は不可能、と言う事か……。
   まあ、それでも七割程度の性能のデータは取れたから良しとすべきか……)

 ユエは不承不承と言いたそうな気怠げな雰囲気で溜息を洩らす。

 すると、傍らでミッドナイト1がビクリ、と身体を竦ませた。

ユエ「まだそこにいたのか?」

M1「……はい」

 ユエが棒立ちのまま居竦むミッドナイト1を横目で一瞥し、微かな呆れを含ませた口調で呟くと、
 ミッドナイト1も僅かな間を置いて応える。

 その“間”は、彼女なりに恐怖や不安を振り払うための時間であった。

 造物主からの呆れの言葉は、それだけ彼女に大きな負担を強いる物だったのだ。

 にも関わらず、ユエは再び彼女を横目で一瞥すると、簡潔に“下がれ”とだけ言い捨てる。

 ミッドナイト1は今度こそ目に見えて分かるほど大きく身体を震わせると、無言のまま一礼し、その場を辞した。

 ユエはミッドナイト1が奥の部屋へと立ち去って行く姿を横目で見届けると、再びデータに集中する。

ユエ(GXI-002と003の操作が出来るように調整したとは言え、
   オリジナルと魔力同調できるだけのミッドナイト1では性能を引き出す事は出来ないか……)

 表示されていたデータの各数値を確認し終えたユエは、そんな事を考えながら深いため息を漏らす。

 落ち始めた稼働効率。

 発揮されない本来の性能。

 観測を続けるだけ無駄と判断するにも、そろそろ早計とも言い難い。

ユエ(可能なら203の稼働データも手に入れたかったが、
   三十九号が結界装甲の対策を立てた以上、この低い稼働効率のままでは奪取は難しいな。

   ……201と202の稼働データ、それに203の観測データが手に入っただけでも良しとしよう……)

 ユエはモニターから視線を外すと、離れた場所にあるモニターに目を遣る。

 それはホンの私室にある監視映像に映される、ギアで作り出した欺瞞映像だ。

 この研究室の片隅に置かれた調整カプセルの中に茜が押し込められ、
 精神操作を受けて苦悶の表情を浮かべ続けている、と言った内容である。

 だが、実際には茜は隣室の一角で今も軟禁状態だ。

 無論、調整カプセルの中にも人などいない。

 ユエの研究室に出入り出来るのはユエ本人以外では、
 ミッドナイト1と事情を深く知っている数人の研究者、それにホンだけだ。

 この中で唯一事情を知らないホンは、生来の臆病さでシェルターから出て来ず、この部屋の実状を知る事はない。

 と、不意に小さな電子音と共に、音声のみの通信端末が開かれる。

女性『博士、陛下がお呼びです、至急、謁見の間までお越し下さい』

 女性の声が通信端末から響き、早口で用件だけを伝えるなり、一方的に回線が切られた。

 通信ログを確認すると、件のシェルターからの通信だったようだ。

 女性もホンの世話役の一人だろう。

 妙に慌てた様子だったので、おそらくはホンから急かされているに違いない。

ユエ「……やれやれ、また催促か……」

 この五日間……いや、三日間で三度目となる呼び出しに、ユエは嘆息混じりに呟いて立ち上がる。

 そして、端末をロックすると、やれやれと言いたげに肩を竦めながら研究室の外に出た。

ユエ(時間稼ぎもそろそろ潮時だな……。
   政府側の勢力がここに押し寄せるまで長く見積もってあと四日……。

   残る401はあと四十足らず。
   ここの防衛に最低でも二十は割くとしたら、出撃できる回数はあと三度と言った所か)

 ユエは謁見の間に向けて歩きながら、現状と今後の予測を絡めて思案する。

 最新鋭の量産型すら圧倒する結界装甲を備えたダインスレフだが、
 要の結界装甲と言うハンデを失えばそこそこ高性能の急造量産機でしかない。

 それでも370シリーズを上回る性能を持っていると自負できるが、
 如何せん、整備は機械任せの部分が多く、整備士は一部を除いて寄せ集めだ。

 十五年と言う蓄積はあれど、それでも整備のイロハを一から学び、
 現場で鍛え上げた政府側に比べれば水準は著しく下がる感は否めない。

 ドライバーも同様だ。

 正規の訓練を受けたドライバーと民兵では大きな差が出る。

 所詮、“ホンの不興を買えば殺される”と言う恐怖で縛り付けられた烏合の衆だ。

 現体制の革命を目指しながらも、自分達の体制を革命する気概の無い者達の集まりに、
 その恐怖支配から脱する手立ては無い。

 元より、この組織は人材も物資も追い詰められ過ぎて、内乱ともなれば自然消滅を免れないので、
 革命を起こさない分は知恵があるとも言えるが……。

ユエ(まあ、革命そのものに興味の無い人間が批評するのは烏滸がましいがな……)

 そこまで考えた所で、ユエは内心で自嘲気味に独りごちた。

 そして、さらに思案を続ける。

 話を戻すが、如何に高性能の機体でも、扱う者達が二流以下ではその総合的な戦力はお察し、と言う所だ。

 緒戦こそは未知の性能を活かして敵を圧倒できたかもしれないが、
 敵に対策を取られてしまえば一挙に戦線が瓦解するのも予想できていた。

 強いて予測不可能だった物と言えば、瑠璃華の立てた対策がダインスレフにとって覿面だった事だろうか?

 正直、結界装甲を延伸させる発想はユエには無かった。

 逆に嬉しい誤算は、可能ならばと予定していたエールかクレーストの鹵獲がどちらとも成功し、
 加えてヴィクセンとアルバトロスを大破、或いは撃破に追い遣った事だ。

 ただ、そのお陰でクライノートと言う隠し球を引っ張り出される結果となったが、
 データだけを欲しているユエに取って見ればこれも嬉しい誤算だったが、前線の兵士にとってはそうではない。

 想定もしていなかった――誰もヴァッフェントレーガーを短期間で使いこなせるようになるとは思っていなかった――
 クライノートとの戦闘を強いられるのだから、たまったものではないだろう。

 加えてオリジナルハートビートエンジンを搭載した新型ヴィクセンの投入だ。

 嬉しい誤算も多かったが、マイナス要素の大きな誤算も多い。

ユエ(まあ、それでも最長の予想で十日……保った方だと考えるべきか。

   だが401のデータは十分に取れた、402も最後まで十分な働きをした。
   あとは403と404のデータを取れさえすれば十分だ)

 取り敢えずの結論を出したユエは、口元に不敵な笑みを浮かべる。

 彼にとって重要なのはそれだけだ。

ユエ(………とりあえず、今はアレを納得させる口上でも考えておくか)

 そして、謁見の間まで続く僅かな道のりの暇つぶしをしながら、ユエはゆっくりと歩を進め続けた。

 一方、研究室奥の部屋では――


 ユエに冷たくあしらわれたミッドナイト1は、気落ちした様子で佇んでいた。

 主人から“下がれ”と言われたから下がったが、
 だからと言って何かするべき事は無いし、したいと思う事も無い。

 ただただ、時間が過ぎるのに任せて立ち尽くすだけだ。

 だが――

?「落ち込んでいるようだが、大丈夫か?」

 不意に声をかけられ、ミッドナイト1はそちらに振り向く。

 茜だ。

 どうやら軽い鍛錬をしていたようで、肌にうっすらと浮かんだ汗を支給されたタオルで拭っている。

 茜は二日前の時点で、使用許可の出ていた端末で調べられる情報は全て調べ終えてしまったのだ。

 そのため、今はいつまで続くか分からない軟禁生活で身体が鈍らないように、
 狭い室内でも出来るストレッチや筋力トレーニングなどを中心に鍛錬を始めていた。

M1「………」

 そして、茜に声をかけられたミッドナイト1は、どう応えて良いか分からず黙り込んでしまう。

 茜も件の端末で出撃があったのは知っていたし、
 ミッドナイト1の様子からすれば良い戦果を上げられなかったのは明白だ。

M1「………落ち込んでいません。
   ……メンタルの低下は戦闘時のコンディションに大きく影響しますから」

 だが、ミッドナイト1はすぐにいつも通りの無表情で、淡々と機械的に語った。

茜「むぅ……」

 どこか強情な様子のミッドナイト1に、茜は小さく唸る。

 茜は、ミッドナイト1が道具扱いされている事を不憫に思っていたが、
 彼女にしてみれば道具としての矜持があるようだ。

 下手な慰めは逆効果になる。

 かと言って“頑張れ”とは言い難い。

 彼女が戦っているのは自分の仲間達なのだ。

 幸いにも、緒戦以降は目立った被害は無いようだが、ここで彼女に奮起されても困ってしまう。

 だが、フォローはしたい。

 茜がこうも彼女に入れ込むのは、彼女の境遇を思ってもあったが、既に情が移ってしまっているからだろう。

茜(あまり褒められた状態ではないな……)

 茜は内心で苦笑いを浮かべながらも、軽く息を吐いて気持ちを整えると、意を決して口を開いた。

茜「昼食がまだなら、一緒に食べるか?」

M1「…………ご要望でしたら」

 茜の昼食の誘いに、ミッドナイト1は僅かに逡巡してから応える。

 茜もそれに“ああ、一緒に食べたいんだ”と笑顔で返す。

 すると、ミッドナイト1は会釈程度に一礼してその場を辞すと、
 ややあってから二人分の昼食を載せたトレーを持って来た。

 そして、二人は普段からそうしているように、ベッドに並んで腰を降ろし少し遅めの昼食を摂る事となった。

 どうやら今日の昼食はロールパンが二つとドライカレー、それに牛乳の取り合わせのようだ。

茜(やはりプラントで賄える範囲の食事だな)

 茜はロールパンを食べやすいサイズに千切ると、ドライカレーを付けて食べる。

 隣ではミッドナイト1も同様にしてロールパンとドライカレーを食べており、
 一口食べるごとに牛乳を一口と言う、やはりほぼいつも通りの食べ方をしていた。

 だが、パンに付けるカレーの量が少ないように感じる。

茜(カレーは嫌いなのか?)

 茜がそんな疑問を浮かべていると、
 パンを食べ終えたミッドナイト1は最後に残ったカレーだけを食べ始めた。

 スプーンを口元に運ぶ様には一切の淀みはなく、決して嫌いな食べ物と言うワケでもないようだ。

茜(……逆だったか)

 普段通りに“バランス良く食べながらも好物は最後に残す”ミッドナイト1の、
 おそらくは無意識の癖を見ながら思わず微笑ましそうに笑みを浮かべた。

M1「………何か御用ですか?」

 と、不意に茜の視線に気付いたミッドナイト1は、食べる手を止めて茜に向き直る。

茜「あ、いや、すまない。
  今日はいつになく美味しそうに食べていたからな」

M1「美味しそう……ですか?」

 茜が笑み混じりに返すと、ミッドナイト1はあまり表情を崩さぬまま怪訝そうに首を傾げた。

 そして、視線をドライカレーに移す。

M1「………この食べ物の味は……好ましいです」

茜「そうか、ドライカレー……いや、カレーが好きなのか?」

 抑揚は少ないがどこか感慨深く呟いたミッドナイト1に、茜は不意に尋ね返す。

 食事中の会話としては何気ない質問の一つ。

 だが、ミッドナイト1から返って来た言葉は驚くべき物だった。

M1「カレー……と言うのですか? この食べ物は」

茜「ッ!?」

 ミッドナイト1から発せられた信じられない言葉に、
 茜は思わず息を飲んだものの、だがすぐに納得する。

 そう、この幼い少女はギガンティックのドライバーとしてだけ育てられた。

 今の自分のような食事中に会話をする相手もいなければ、
 戦闘や最低限の生活方法以外の事を教えてくれる人間もいなかったのだ。

 このような暖かい食事を与えられているだけでも奇跡だったのかもしれない。

 そして、彼女を助けたいと思いながらも、
 その事実に行き当たる今の今まで気付いていなかった自分を、茜は恥じた。

茜「………ああ、そうだ、これはカレーと言ってな、
  その中でもドライカレーと言う種類の食べ物……料理なんだ」

 茜は僅かに押し黙ると、すぐに気を取り直し笑顔で応える。

M1「これは……ドライカレー」

茜「他にも何か名前の気になる料理は無いのか?」

 ドライカレーの器をまじまじと見ながら呟くミッドナイト1に、茜は質問を促す。

M1「……四日前の朝に食べた、液体状の黄色い食べ物は何ですか?」

茜「四日前……?
  ああ、あれはコーンスープだな」

 やや戸惑ったもののそれでも気になったのか、尋ねて来たミッドナイト1に茜は思い出すようにして答えた。

 今まで知らなかった物を教えてやると、少女はやはり抑揚は少なかったものの、
 だがそれでも感慨深くそれらの名前を反芻する。

 その様子を見ながら、茜は思う。

茜(……そうだ、この子は道具なんかじゃない……。
  疑問だって持てば、限られた生活の中で好む物だって生まれる普通の子供だ。

  いつまでこうしていられるか分からないが、
  少しでもこの子が人間らしくあれるようにしなければ……)

 茜は以前にも思った決意を、さらに新たに、そして強くしていた。

 そこにはもう、彼女を抱き込もうなどと言う打算は微塵にもなく、
 ただただ、彼女を普通の人間として扱いたいと願う、慈しみと義憤だけがあった。


 その日の午後、茜はミッドナイト1の質問や疑問に答える事に時間を費やしたのだった。

―3―

 翌日、早朝。
 第七フロート第三層、十九街区――


 簡易兵站拠点の設営と周辺の構内リニアの遮断を