エレン「暗鬼館」(412)

・米澤穂信氏の小説「インシテミル」のパロ
・閉鎖空間で起こる殺人ゲームを主題とした話
・原作(インシテミル、進撃の巨人)と一部異なる設定あり
・時代設定は現代
・59話までのネタバレ一応あり
・登場人物が何の前触れもなく死亡する描写あり
・グロい描写もあり。苦手な人は注意


・原作の内容を知っていても、未読の人のためにもネタバレ発言は禁止です

・閉鎖空間:暗鬼館 →  http://i.imgur.com/yCP1Yfm.jpg



次から本編開始




警告



この先では、不穏当かつ非倫理的な出来事が発生し得ます。

それでも良いという方のみ、この先にお進みください。



Day -31

 モニターの一人は、友人から「おかしな求人がある」と教えられた。

 友人は、世の中にはこんな楽しい誤植があるという冗談のつもりで、求人誌を持ってきたのだった。

 しかしその人物は、こういうこともあるのかもしれないと半信半疑で話を聞き、興味が湧いた。



 その人物は、記述が真実かどうか確かめるために応募した。


Day -30

 モニターの一人は、インターネット上で求人情報を見つけた。

 常識外の条件を読んで、その人物は、募集自体が何かのミスだと考えた。

 しかし数日後、ふと思いつく。もしも、ミスでないとしたら。

 これほどまでに自分の条件を満たす求人には、金輪際巡り合えないかもしれない。



 その人物は、一縷の望みをかけて応募した。


Day -29

 モニターの一人は、雑誌の隅に求人を見つけた。

 その人物は、十分な注意を払うことを怠った。

 募集要項の、異常な点を、まるで見逃してしまったのだ。

 後に、おかしいなと気づきはした。しかしその疑問は、日々の中に封殺された。



 その人物は、小遣い稼ぎのつもりで応募した。


Day -28

 モニターの一人は、求人広告の「誤り」を滑稽に思った。

 見て、こんなにおかしなことが書いてある。友人にそう触れまわった。

 周りの人間が面白半分で次々と応募していくので、いつの間にか自分も応募することになっていた。

 一抹の不安があったが、話を持ち出した手前、後に引けなくなった。



 その人物は、友人に流されるままに応募した。


Day -27

 モニターの一人は、条件のいい短期雇いを必死に探していて、求人に目を留めた。

 その人物は、条件文のおかしさを最初から問題にもしなかった。

 募集元か印刷所が間違ったのだと思い、それを疑うこともしなかった。

 書かれている文字を読まず、こうだろうと思う結果を読んだのだ。



 その人物は、供給される食事に期待して応募した。


Day -26

 モニターの一人は、人づてに紹介を受けた。

 訝しい内容に眉を曇らせたが、紹介を受けた時点で、もう遅かった。

 立場の弱さ故に自らの意向は受け入れて貰えず、応募する事を強いられた。

 大丈夫、死ぬわけじゃあるまいし。不安を払拭できない自分にそう言い聞かせて、安心感を得ようと努めた。



 その人物は、不採用になる事を祈って応募した。


day -25

 モニターの一人は、知人から応募を打ち明けられて求人を知った。

 その人物は考え、悩み、苦しんだ。

 異常さに、気づいてはいた。しかし、実際に参加してみれば、思ったより異常ではないかもしれない。

 腕を組み、しかめっ面をしながら思考を巡らせたが、自分の答えは最初から決まっていたことを不意に悟った。



 その人物は、危険を覚悟の上で応募した。


Day -24

 モニターの一人は、電話で誘いを受けた。

 ちょうど、金が欲しいところだった。

 細かい条件など、検討どころか、聞くことさえもしなかった。

 気にしたのは、いつ始まるのか。いつ終わるのか。入金はいつなのか。



 その人物は、何でもするつもりで応募した。


Day -23

 モニターの一人は、無料求人誌を見ていてその求人に気づいた。

 条件文のミスはさておいても、あやしい話には違いない、とその人物は考えた。

 そして、こんなあやしい話に乗るのは馬鹿だ、と考えた。

 さらに、馬鹿しか乗らない話に自分が乗ったら、旨いところを掠め取れるのではと考えた。



 その人物は、馬鹿をあしらってやろうと応募した。


Day -22

 モニターの一人は、やばそうな仕事があると持ちかけられた。

 話を聞いてもしばらく放置していたので、興味がないんだなと受け止められた。

 しかしある日、その人物は、気まぐれのように募集要項を尋ねた。

 よくよく考えて、金が必要だと思い至ったのだ。やばいはどうかは、意識しなかった。



 その人物は、警告を無視して応募した。


Day -21


――――― 書店の入口


エレン(アルバイト求人誌コーナーは………お、あったあった)

エレン「時給が高くていいバイト、何かないかな…」パラパラ

エレン(……海外留学、やっぱり諦められないな。

    そりゃあもちろん海外の様子なんてものは本やネットでいくらでも調べられるけど、調べれば調べるほど益々興味が深くなっていく。

    異国の文化や言葉を、この目で見て、この身をもって体験したいっていう俺の夢は、子供の頃からずっと変わらない。

    ……母さんは猛反対だったけど、父さんは賛成も反対もしなかったからな…

    自分で働いて留学資金を貯めて「俺は本気なんだ」って訴えれば、母さんも認めてくれるかな)



エレン「へー、短期バイトと長期バイトの二種類があるのか。夏休みも始まったばかりだから、夏季限定の短期がいいかな?

    いや、大学生になるまでの3年間、長期で地道に稼ぐ方が…」ウーン


「すみません、こういう雑誌に詳しいですか?」



エレン「?」クルッ

エレン(…なんだろう、この女の子。不思議な雰囲気だ。黒髪に黒い瞳、凛とした表情。クールな子なのか?)



「あの、こういう雑誌に詳しい方でしたら、ひとつ聞いてもいいですか?」

エレン「え、あ、はい」

「求人誌を見るのが初めてなので、どう読めばいいか分からなくて。索引のページ等はないんでしょうか?」スッ

エレン「えーっと…索引はないと思いますけど……何か探しているなら、手伝いますよ」

「ありがとうございます。…私、ミカサといいます」

エレン「エレンです。敬語じゃなくてもいいよ、見たところ歳も近そうだし」

ミカサ「それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしく、エレン」ペコリ


エレン「ああ、よろしく。それで、何を探してたんだ?」

ミカサ「アルバイトを始めるつもりだから、何か割のいいものはないかと思って」

エレン「……お前が、バイトを?」

ミカサ「そう」

エレン(立ち振る舞いがいいから、そこそこの家の育ちなのかと思った…小遣いが足りてないようにも見えないし…)

エレン「どうしてバイトなんか」

ミカサ「実は、ちょっとばかり滞っているものがあって」

エレン「滞っている?」

ミカサ「うん。これだけ」

エレン(人差し指を立てたぞ…。いくらなんだ? 1万円か?…いや、10万円か?」


エレン「うーん、急いで金を貯めたいなら、この辺の短期バイトはどうだ?」パラパラ

ミカサ「観光地の臨時スタッフ、海の家の売り子、市民プールの監視員……交通整理や道路工事の作業員なんてものもある」フムフム

エレン「いや、女の子に工事現場はキツイだろ。炎天下の中での作業だし、何より力仕事は男の方が向いていると思うぞ」

ミカサ「そんなことはない。私は力仕事は得意。稼ぎやすいなら、工事現場でも構わない」

エレン(…やっぱり何か変わってるな、こいつ)

エレン「まあ、確かに作業員関係の求人は他のバイトに比べて時給は高いけどさ、事故で怪我でもしたら大変だし。

    もっとこう、ファミレスとか、スーパーのレジ打ちとかの方がいいんじゃないか?」

ミカサ「エレンがそういうなら…。ちなみに、この850って何?」

エレン「何って…850円の事だけど? そういう意味じゃなくて?」

ミカサ「いえ、1日で稼げる金額という事?」

エレン「まさか。1時間当たりの給料だよ。1日に8時間働けば、850円の8倍が貰える。つまり……えーっと…」

ミカサ「6800円」

エレン「そ、そう。6800円」

ミカサ「1日で7000円に満たないようじゃ、ちょっと足りない」


エレン「いくら必要なんだっけ?」

ミカサ「これだけ」

エレン(また人差し指を立てたぞ…。だから、一体いくらなんだ? あまり首を突っ込むのも失礼か。でも、聞きたいような、聞きたくないような…)モンモン



ミカサ「…ン……レン、エレン?」

エレン「! ああ、悪い」

ミカサ「見て。これなんか、とても条件がいい」

エレン「どれどれ………『モニター募集』?」

ミカサ「『年齢・性別不問。1週間の短期バイト。ある人文科学的実験の被験者。1日あたりの拘束時間は24時間。人権に配慮した上で、24時間の観察を行う。

    期間は7日間。実験内容の純粋性を保つため、外部からは隔離する。拘束時間にはすべて時給を払う』と書いてある」

エレン「実験の被験者、かぁ…。『1ヶ月間の節約生活に密着!』とか『4つの血液型のグループに分かれて検証!』っていうドキュメンタリー番組を見たことがあるけど、

    そういう感じかな」

エレン「具体的な実験内容が明記されてないし、一週間の隔離っていうのが不安だけど、寝ている間も時給付きなのはいいな」


ミカサ「24時間を7日間だから、時給の168倍が貰えるという事になる」

エレン「そうだ、時給は……1120。本当に24時間払ってくれるなら、確かにこれはすごい!」

ミカサ「エレン、違う。時給は1120円じゃない」

エレン「え? どこが違うん……」



エレン「時給、1120百円……」

エレン(例えば『5千円』という表記は、5×1000円で5000円だ。ってことは、『1200百円』は、1120×100円だから…112000円……)



エレン「時給、11万2000円……?」



ミカサ「些細な額だけれど、他にこれより高い時給のアルバイトは見当たらなかった。私はこれにしようと思う」

エレン(11万2000円が些細な額!? いや、いま突っ込むのはそこじゃない!)

エレン「ちょっと待った! さすがにこれは誤植だろう!」

ミカサ「誤植? 間違い、ということ?」

エレン「そりゃあそうだよ。何かの拍子に百の字が紛れ込んだだけに決まってる。こんな額の時給なんて、ある訳がない」

ミカサ「まさか。誤植なんていう初歩的なミスこそ、ある訳がない。私なら、こんなミスは起こさないけど」

エレン「あのな、お前はそうかもしれないが、人間は完璧な生き物じゃない。ミスの一つや二つ、起こしても別に不思議じゃないぞ」

ミカサ「そうなの…」

エレン「そうだよ…」



ミカサ「とにかく、相談に乗ってくれてありがとう。とても助かった。購入するので、その求人誌を渡して欲しい」

エレン「……本気で応募するのか?」

ミカサ「あとは家族と相談してみる」


エレン(ミカサは、本当に時給11万2000円のバイトが存在すると信じてやがる。世間知らずもいいとこだ)

エレン(……ただ、もし、本当の本当に、時給11万2000円だなんて事があったなら。

    高校生の間は長期でバイトをしようと思っていたけど、たった7日間で留学資金が貯まるかもしれない)



エレン「わかった。ただ、これが欲しいなら……ここに置いてあるのは売り物じゃなくて、無料配布しているものだぞ」ペラッ

ミカサ「…本当だ。Take Freeと表紙に書いてある……」





エレン・イェーガーは、海外留学の資金が欲しくて応募した。


ミカサ・アッカーマンは、滞っているものを補填するために応募した。


今日はここまで。

乙でした
映画版のほうでなんか想像してしまう

続くんだよな…?
誰が誰になるのかわからんが映画なんてなかった

>>22 映画版も見ましたが、自分は小説版の方が好きです

>>23 書き溜めながら投下してるので、更新は数日おきになります
    ちゃんと完結させるので、まだまだ続きます

Day -7

―――――  自宅

エレン(ダメ元で履歴書を送ってもう2週間か。まだ採否の連絡は来てないけど、あれからどうなったんだろう。

    「書類選考を経て、採用者にのみ通知します」って募集要項に書いてあったから、選考結果は採用者にしか分からない)

エレン(抽選とか懸賞だってほどんと当たった事がないから、ずっと連絡が来ないと、本当に当選者はいるのか、企画自体がイカサマだったんじゃないか、

    とか色々勘繰っちまうんだよな…)

エレン「そういえば、ミカサもきっと応募したんだろうな。偶然出会っただけだから、ああいう変わったタイプの人間と話す機会はもうないと思うけど」

エレン「 ……ん? ケータイが鳴ってる」ヒョイ

エレン「電話か。知らない番号だな」

エレン(! もしかして……)

エレン「はい、もしもし」

電話の相手「突然のお電話、失礼いたします。エレン・イェーガー様でお間違いないでしょうか?」

エレン「はい、そうです」


電話の相手「実務連絡汎機構でございます。今回はモニター業務へのご応募、ありがとうございました。

      選考の結果、採用とさせていただきましたので、ご連絡差し上げました」

エレン「……ありがとうございます」

エレン(まさかオレが本当に採用されるなんて……でも、何だか喜ぶ気になれない。聞きたいことが山ほどある)

エレン「あの…聞いてもいいですか?」

電話の相手「はい」

エレン「時給は、本当に募集要項の通りなんですか?」

電話の相手「さようでございます」

エレン「……気付いてるんですか?時給11万2000円って書いてありましたよ。いくらなんでも間違いじゃ……」

電話の相手「それは、あくまで最低限の時給でございます。モニター業務の実績次第で、各種ボーナスもご用意しております」

エレン「………は?」

エレン(誤植じゃない上に、ボーナスまであるなんて……普通じゃない)


電話の相手「お電話で恐縮ですが、最終的な意思確認をさせていただきます。イェーガー様。

      今回の我々の〈実験〉に、7日間の間、ご参加いただけますでしょうか?」

エレン(どうしよう、怪しいにも程がある!)

エレン「ちょっ、ちょっと待ってください。その〈実験〉で何をやるのか、まだ教えて貰ってないんですけど」

電話の相手「申し訳ありませんが、予備知識のない状態でご参加いただき、純粋なデータを得ることを目的としています。

      よって、事前に概要をお伝えすることはできかねます。その点をご了承いただいた上で、ご決断いただければと思います」

エレン「どうしてもダメですか?」

電話の相手「人文科学的な実験、とのみお伝えするよう言われております」

エレン(人文科学……求人誌にもそう載ってたからこの間ネットで調べてみたけど、心理学に関する実験をすることが多いみたいだった。

    人間が暗示にかかる過程だとか、同調現象っていう、自分だけが周囲とは違う行動をしていると不安になるといった類のもの。

    そういうオチが用意されているなら、事前に詳しい話を聞けないというのは確かに頷ける)

エレン(でも、仮にそうだったとしても、あんな時給はあり得るのか? 何か、無駄に予算が潤沢で必死にばら撒かないと使い切れない事情でもあるのか?)


電話の相手「いかがでしょうか」

エレン「え、あー、……はい…」

電話の相手「ありがとうございます。では、イェーガー様のご参加を登録いたします。

      後日、特急列車のチケットを送付いたします。指定の駅でお降りいただければ、迎えの者が参りますので」

エレン(交通費まで全額支給ときたか。至れり尽くせりだ。こんなうまい話、本当に信用していいのか?今ならまだ断れるんじゃ……)

電話の相手「本日はお時間いただき、ありがとうございました。それでは当日、お待ちしております」

エレン「あ、はぁ、はい。あの。……よ、よろしくお願いします」


Day -1


エレン「……やっぱり、誰もいない」

エレン(送られてきた特急列車のチケットに従ってこの指定席車両に乗ったけど、この車両には、なんでオレ以外の客は誰も乗ってないんだ?

    気になって他の車両の様子を見に行ったけど、他の指定席車両も、自由席車両も、満席とはいかないまでもまずまずの乗車率だった)

エレン「一体なんなんだ……気味が悪い……」



エレン「………」

エレン(もう始発駅を離れて2時間は経つ。途中の駅で団体客でも乗ってくるのかとも思ったけど、もうすっかり夜も更けたし、外の景色も山とか畑ばかり。

    今更こんな場所から大人数が乗車することはないだろう)

エレン「……次の停車駅が、降りるよう指示されている場所か……」


エレン(よくこんな駅に特急が停まるな。林や一軒家がところどころ見えるけど、駅舎がポツンと建ってるだけだ。

    チケットと一緒に送られてきた案内書には、駅舎の外にいればいいって書いてあったけど………ん?誰かこっちに来る……)

背広姿の男「エレン・イェーガー様ですね」

エレン(! この前の電話で聞いた声だ)

エレン「はい、そうです」

背広姿の相手「実務連絡汎機構の者でございます。遠方より遥々お越しいただき、ありがとうございました。お車までご案内いたします」


エレン(……街灯の乏しい田舎道を抜けたと思ったら、今度は曲がりくねった細い山道か。

    駅を離れてかれこれ30分くらい走ってるけど、どこまで連れて行かれるんだろう)

エレン(そういえば、起伏の多い道なのに振動も音もほとんどしない。車の性能がいいんだな)チラッ

エレン(……いや、道路が真新しいアスファルトで舗装されてる。だから尚更静かなのか。こんな鬱蒼とした山の中の、誰も通りそうにない道なのに……)

背広姿の男「イェーガー様、まもなく到着いたします」

エレン「! はい…」

エレン(…………見えてきた。あの建物か)

エレン(ひどく平べったいな。なんか円形だし、コンクリートが打ちっぱなしの無機質な建物だ。

    前に見た映画に出てきた、シェルターのエントランスに雰囲気が似てる)

エレン(やっと駐車場に着いた。家を出てからもう数時間たったな)

背広姿の男「どうぞ、イェーガー様。足元にお気をつけてお降りください」ガチャッ

エレン「ありがとうございます」ヨイショ


背広姿の男「こちらの部屋で、説明会を行います」ガチャッ

エレン(パイプ机にパイプ椅子、白い壁と天井、正面は馬鹿でかいプロジェクタースクリーン。演台もある。講習室みたいな部屋だな。

    こんなにだだっ広いのに、座ってるのはほんの10人くらい…………あ!)

ミカサ「……」ジー

エレン(ミカサがいる。あいつも採用されたんだ)ペコッ

エレン(とりあえず、適当な席に座るか。顔見知りだし、ミカサの近くの机にしておこう)ストン



背広姿の男「お待たせいたしました。参加者が全員揃いましたので、これよりオリエンテーションを開始します。

      皆様、モニターへのご応募、誠にありがとうございました」

背広姿の男「お送りいただいた書類を元に、審査は尽くしました。ご参加の意思も確認しておりますので、既に12人分、準備は整っております。

      ですが、これからお伝えする諸条件にご不満がありましたら、どうぞお帰りになってくださって結構です。我々の車で駅までお送りいたします」


背広姿の男「では、これから条件をお伝えします。

      まず第1に。これは募集要項でもご覧いただけたかと思いますが、この〈実験〉は7日間にわたって、24時間行われます。

      特別なモニタリングの時間は設けません。我々が設定した条件下で7日間過ごしていただければ、それでいいのです。

      逆に言いますと、7日間すべて、1分1秒たりとも例外なくモニタリング、つまり〈観察〉させていただくことになります。

      それゆえ、時給は24時間分、お支払いいたします」

大柄な少年「あの、」

背広姿の男「ご質問は最後にお願いいたします。

      ……では、第2。7日間の間、途中でお辞めいただくことはできません。最後まで〈実験〉に参加していただきます。

      この条件には、急病などの場合も含まれます。この場にお呼びしたのは充分健康な方のみです。

      ですがそれでも万が一、急病や怪我などをなさった場合でも、お帰しすることはできません。施設内部で、医師の診察を受けていただきます」



エレン(なるほどなぁ。何を〈観察〉したいのか知らないけど、専用施設を作って外部との接触を禁じるぐらいだからな。

    「純粋なデータを得る」って電話で話してたし、実験の途中で観察条件が変わったり、実験そのものを中断するのは言語道断ってわけか)


背広姿の男「ただし、ある特定の条件下で、アルバイトの期間が7日間よりも短くなることがあります。

      これは私どもの方から提案するのではなく、皆様の方から積極的に期間を縮めようとなさった場合です。

      この場合は、もちろん、7日より以前にお帰しすることになります」

背広姿の男「…ところで、そこの貴方様。何をしていらっしゃるのですか?」チラッ

エレン(? なんだ?)クルッ


ポニーテールの少女「………?」モグモグ


背広姿の男「ブラウス様。貴方に申しております。右手に持っていらっしゃるのは何ですか?」

ポニーテールの少女「スイートポテトです。夜食にと持参してきたので、つい」

背広姿の男「なぜ、今、それを食べ出したのですか?」

ポニーテールの少女「……夜も遅いですし、お腹が空いてしまったので、今 食べるべきと判断しました」

背広姿の男「理解できかねます。なぜ貴方はそれを食べたのですか?」

ポニーテールの少女「…? それは…『何故 人はスイートポテトを食べるのか?』という話でしょうか?」


エレン「……………」

他の参加者「………………」

ポニーテールの少女「…?」

背広姿の男「……」

ポニーテールの少女「あ!」

背広姿の男「!」

ポニーテールの少女「……」チッ

ポニーテールの少女「半分…いります?」

背広姿の男「結構です」

背広姿の男「ただ今、非常に重要なご説明をしております。ご飲食はご遠慮ください」

ポニーテールの少女「……分かりました」ショボン


エレン(……何だ、あの子……)


背広姿の男「皆様、お時間をいただいてしまい、申し訳ございませんでした。ご説明を再開させていただきます」ゴホン

背広姿の男「それでは、第3の条件について」

背広姿の男「〈実験〉中、皆様に対しては当機構が全面的に責任を負います。

      食事などの生活面はもちろん、万全の態勢でお世話いたします。病気や怪我などの治療もすべて無料でいたします。

      そして、モニターの皆様が何らかの不法行為をなさった場合でも、その責は我々が負うものとします」

エレン(さっきの出来事が強烈すぎて、まだ少し頭が回らない……責を負うってなんだ? いや、漠然と分からなくもないけど、具体的にはどういうことだ?)

背広姿の男「例を挙げましょう。例えば、モニターのAさんが誤ってBさんを傷つけ、Bさんが重度の障害を負ったとします。

      本来であれば、その責任はAさんにあります。

      ですが、この〈実験〉中に起きたことでしたら、それは当機構がBさんを傷つけたものと同等に解し、〈実験〉終了後も継続的に対応いたします。

      つまり、〈実験〉中に起きたことについて、皆様は他のメンバーに対し法的な責任を負わない、ということです」

背広姿の男「そして当機構は、日本国の法律に対して責任を負いません」

エレン(!!)

エレン(…道理で、時給が高いわけだ。要するに「トラブルはすべて内々で解決する。警察には知らせない」ということか)


背広姿の男「……では、質問を受け付けます」

大柄な少年「あの、お尋ねします」

背広姿の男「どうぞ」

大柄な少年「一日中観察ということですけど、風呂とかトイレの間はどうするんですか?」

エレン(なるほど、確かに。まぁオレの裸やトイレシーンを見て喜ぶやつはいないだろう……男色家がいるなら話は別だが。

    でも、参加者には女もいる。何か配慮でもあるのか?)

背広姿の男「基本的には、モニターの皆様のプライバシーは制限されます。ご質問の風呂場、トイレにつきましても、モニタリングの対象となります。

      ただ、〈観察〉に不要なシーンを無闇に残すことはいたしませんし、記録した映像が外部に漏れることも決してありません。ご安心ください」

大柄な少年「撮ることには、撮るんですね」

背広姿の男「それを含めての時給でございます」

大柄な少年「カメラマンがずっと付いてくるんですか?」

背広姿の男「いえ」

大柄な少年「では、どうやってモニタリングするんですか?」

背広姿の男「施設内でご説明します」


背広姿の男「……他にご質問のある方はいらっしゃいますか?」

エレン(そうだ、肝心なことをまだ聞いてない)

エレン「はい。そろそろ教えて欲しいんですけど、何の実験なんですか?」

背広姿の男「それも、施設内でご説明します」

エレン「ボーナスもあると電話で伺ったんですけど、どうすれば貰えるんですか?」

背広姿の男「それも、施設内でご説明します」

エレン(随分ともったいぶるな……)ウーン

金髪の少女「私も質問。夜の間は、時給に夜間手当てとか付いたりしないのかい?」

背広姿の男「それを含めての時給でございます」

茶髪の少年「その金を、お宅らが確実に払ってくれるという保証は? かなりの大金になりますけど、準備はできているんですよね?」

背広姿の男「ごもっともなご懸念です。ただ今、ご覧いただきたいと思います」

エレン(…! 部屋のドアから男が2人、入ってきた。両手に何か持ってるな。銀色の大きな鞄……ジェラルミンケースってやつか?)


背広姿の男「ケース1つに1千万円。4つで4千万です」パカッ

背広姿の男「お支払いのご懸念を払拭するに足るかと思いますが、いかがでしょう?」

茶髪の少年「あ、あぁ……ありがとうございました」

坊主頭の少年「すげぇ……! それ、全部本物なんですか…?」

背広姿の男「さようでございます」

エレン(………現ナマの4千万円。あんな大金、初めて見た)ポカ-ン

背広姿の男「もしお望みなら、いくらか先払いでお渡ししても構いません。

      ただ、施設内には衣服以外の私物は持ち込みできませんので、結局置いていっていただくことになりますが」


ポニーテールの少女「あのー…ちょっといいですか?」

背広姿の男「どうぞ」

ポニーテールの少女「私、スイートポテトが大好物なんですけど、持っていっちゃダメってことですか?」オロオロ

背広姿の男「……仰る通りです」

ポニーテールの少女「じゃがりこは?」オロオロ

背広姿の男「できかねます」

ポニーテール「芋けんぴは?」オロオロ

背広姿の男「禁止です」

ポニーテールの少女「じゃあ、ポテチなら!」オロオロ

背広姿の男「お断りします」


ポニーテールの少女「…………」グスッ

背広姿の男「………」

他の参加者「………」

エレン(何だこのやり取り……しかも芋ばっか……)


エレン(芋女のせいで、部屋の中に張り詰めた空気が一気に白けちまったじゃねぇか……)

背広姿の男「……他に、ご質問のある方は?」ゴホン

エレン(聞きたいことは山ほどある。でも、質問したところでろくな答えは返って来ないだろう……他のみんなも、そう思ってるんだろうな)

背広姿の男「……いないようですね」



背広姿の男「それでは、警告をいたします。

      この先では、不穏当かつ非倫理的な出来事が発生し得ます。

      それでも良いという方のみ、この先にお進みください。

      そうでなければ、立ち去ることをお勧めします」

背広姿の男「……もっとも、それらの危険に見合うだけのものは、ご用意してあります」

エレン(……誰も席を立たない。異常さは、全員が感じているはずだ。そして全員が、オレみたいに腹を括って来ているんだろう。多分、あのミカサさえも)

背広姿の男「では、ご案内します。今回の〈実験〉用施設、号して〈暗鬼館〉へ」


今日はここまで。


――――― 〈暗鬼館〉内


エレン(……白い部屋の次は、丸い部屋に、丸いテーブルか。部屋の真ん中にあるその円卓を囲んで椅子が12脚。

    結局、警告にも関わらず、オリエンテーションルームからは誰ひとりとして立ち去らなかった)

エレン(この部屋そのものは洋風の造りか。壁には柱時計、燭台、飾り棚、その飾り棚の中に西洋食器。それからソファーが3つ、ドアが5ヶ所。

    風変わりなのは部屋が丸みを帯びてることぐらいで、それ以外は申し分のないラウンジルームだ。調度品も凝ったものばかり。

    しかも、12人全員が入っても、部屋は充分すぎるほどの広さがある)

エレン(……これだけ立派なラウンジを目の当たりにしても、やっぱり気分は晴れないままだ。

    この部屋の天井……オレ達12人は、そこから入ってきた)


エレン(オリエンテーションの後、オレ達はまず私物をチェックされた。説明があったように、ケータイや雑誌類も全部取り上げられた。

    服は確かに持ち込めたけど、サマーパーカーだけは何故かダメだった。

    スニーカーも脱ぐよう指示されて、機構が準備していた靴に履き替えさせられた)



エレン(その後、シェルターの奥に案内された。厚い鉄扉の先が下り階段になっていて、螺旋状に地下へ地下へと進んでいくようだった。

    回廊の先にあったのは、マンホールのような蓋。案内役がハンドルを回してそれを開けると、梯子が下に延びていた。

    地下深くに取り残される。そんな気分になって、嫌な予感はそこで頂点に達した)

エレン(引き返すチャンスは何度もあった。でも、それはもう過去のこと。ここまで来ては、どうしようもなかった。

    1人ずつ梯子を降りていって、全員がラウンジに到達すると……

    梯子がするすると上がっていって、天井との継ぎ目が分からない程にぴっちりと、蓋が閉じられた。

    オレ達12人は、こうして〈暗鬼館〉に招かれた)


エレン(不安が募ったのは、〈暗鬼館〉の入口が閉ざされたからだけじゃない。

    円卓の上に、これも円陣を組んで、人形が置かれている。褐色の肌に、鳥の羽飾り。ネイティブアメリカンの人形だ。

    数えるまでもないと思いつつ、それでも目で数えてみた。やっぱり、12体。 ………悪趣味だ)


小柄な美少女「何これ、気持ち悪い……」

大柄な少年「確かに、不気味な人形だな」

大柄な少年「一体ずつ、両手に何か抱えてるな。 クレジットカード……? いや、カードキーだ」ヒョイ

茶髪の少年「あー、前にホテルに泊まった時に、部屋の鍵としてこういうのを渡されたことがある」ヒョイ

小柄な美少女「……そう言われてみれば」ヒョイ

エレン(オレも取ってみよう。 ……プラスチック製のカードの表面に「6」って印字されてる。たぶん部屋番号だろう)

ミカサ「………」ヒョイ


坊主頭の少年「なぁ、何も指示されてないけど、勝手に取っていいのかな?」

金髪の少女「……他の連中もみんな取ってるし、いいんじゃない?」ヒョイ

坊主頭の少年「なるほど、『赤信号 みんなで渡れば 怖くない』ってのと同じか」ヒョイ

そばかすの少年「うーん、同じ、なのかな……?」ヒョイ

ポニーテールの少女「最後の1枚は……3ですね」ヒョイ



放送『指示します』ザー



エレン(!)



放送『手に取ったカードキーに記された個室に、午前0時までに必ず入室してください。翌朝6時まで、個室から出ることは固く禁じます。

   繰り返します。6時まで自分の個室から出ることは禁じます。 朝食は午前7時、キッチンにて供します。以上』プツン


大柄な少年「……細かい説明は施設の中でと言っていたのに、指示はそれだけか」

茶髪の少年「いいじゃねえか。眠たいところだったんだ。もう11時40分だぜ?」

エレン「で、個室っていうのはどこだ?」

長身の少年「壁に建物の見取り図があるよ」

大柄な少年「………何だ、こりゃ」

エレン「………変な形してんだな、この〈暗鬼館〉ってのは」


大柄な少年「今いる“Lounge”に隣接してるのが、“Dining Room”、“Rest Room”、“kitchen”か。

      アナログ時計の文字盤みたいに、“Private Room”を含めた色々な部屋がこの生活ブロックを中心に、グルッと丸く配置されている。

      廻廊に出られるのは、ここのラウンジだけみたいだな」

坊主頭の少年「カイロウ?」

大柄な少年「建物や中庭とかを取り囲むような、長くて折れ曲がった廊下のことさ」

茶髪の少年「その廻廊も奇妙に波打ってるな。何か意味でもあんのか……?」


エレン「廻廊の外側に丸く配置された部屋の数は……全部で17か。

    個室以外の5部屋は、“Vault”、“Prison”、“Guard Maintenance Room”、“Recreation Room”、“Mortuary”」


エレン(“Guard Maintenance Room”は『守衛整備室』とでも訳せばいいとして、“Prison”は『監獄』、“Recreation Room”は『レクレーションルーム』。

    “Vault”は……えーっと、何だっけ……『地下貯蔵室、金庫室』だっけか?

    “Mortuary”は初めて見る単語だ。どういう意味だろう…… 少なくとも、学校では習ったことがない)


茶髪の少年「なぁ、お前。ボーナスについて質問してたヤツだよな?」

エレン「? あぁ、そうだけど」


茶髪の少年「いくら入金されるのか楽しみだよな。

      11万2000円の時給が出て、しかもボーナスまで貰えれば、バイト後は裕福で快適な暮らしが俺達を待ってるぜ」

エレン「……確かに多く金が貰えた方がいいけどさ、ここでどんなことをするのか、まだ何1つ知らない。不安じゃないのか?」

茶髪の少年「そりゃあ不安だけどよ。お前だってこのバイトに応募したのも、結局は楽して大金が欲しいからだろ?」

エレン「! 少なくともオレは、ちゃんと金を貯めたい理由があって……」ムッ

茶髪の少年「あ~すまん。俺が悪かった。気を悪くさせるつもりはなかったんだ」


大柄な少年「おい、もう11時50分だぞ。早く個室に行こう」

坊主頭の少年「置いてくぞー」

エレン「あぁ、そうだな。そろそろ切り上げよう」

茶髪の少年「お前を嘲りたい訳じゃない。どう生きようと人の勝手だと思うからな」

エレン「もう分かったよ。オレも喧嘩腰だったしな」

茶髪の少年「あぁ。これで手打ちにしよう」

エレン「はいよ」スタスタ



ミカサ「……」スッ

茶髪の少年(!!)

茶髪の少年「な…なぁ……アンタ……!」

ミカサ「?」クルッ

茶髪の少年「あ…あぁ……えっと……見慣れない顔立ちだと思ってな……つい……」

ミカサ「……」


茶髪の少年「すまない……とても綺麗な黒髪だ……」

ミカサ「どうも」スタスタ

茶髪の少年(…………可愛い)ボケー

茶髪の少年「……ん?」



ミカサ「エレン、久しぶり」

エレン「おう。まさかここで再会するなんて思ってなかったよ」

ミカサ「私も。エレンがいて良かった」

茶髪の少年「……………」

茶髪の少年「……」ゴシゴシ

坊主頭の少年「いッ!!」ビクッ

坊主頭の少年「オ…オイ!! お前、なに人の服で手ぇ拭いてんだ!?」

坊主頭の少年「背中でなに拭ったんだお前…、 ……!?」

茶髪の少年「人との……信頼だ…」


――――― 廻廊


ミカサ「エレンは何号室?」

エレン「オレは6号室だ」

ミカサ「それなら、隣だ」

茶髪の少年「……俺も隣だ。5号室」

エレン「……なんでそんなジト目なんだよ。さっき和解したろ?」

茶髪の少年「あぁ、まぁな」

エレン「? ……それにしても、この廻廊はひどく照明が暗いな。明かりになるのは、壁に取り付けられた燭台だけだ」

ミカサ「さすがに本物の蝋燭ではないけれど、炎の形を模したガラスの電球だけでは本当に頼りない」

エレン(……オレ達は今、廻廊を時計回りに歩いてる。すると、廻廊は絶えず僅かな左カーブを描いているように見える。

    後ろを振り返っても、ついさっき誰かが個室に入っていったのに、そのドアは廻廊のカーブに隠れて、もう見えなくなっている)

エレン(細かなカーブを曲がる度、ドアが1つ現れて、誰かがそこに入っていく。見通しの悪い廻廊だ)


茶髪の少年「……俺の部屋はここか」

エレン「じゃあ、おやすみ。またな」

ミカサ「おやすみなさい」

茶髪の少年「! あぁ、おやすみ!」

茶髪の少年(やった、あの子が挨拶してくれた)パアァァッ

茶髪の少年(………そうだ、あいつに教えてやろう)

茶髪の少年「なぁ」グイッ

エレン「? 何だよ、部屋に入ったんじゃなかったのか?」

茶髪の少年「これは、物騒なバイトだな」

エレン「あぁ、そうかもな」

茶髪の少年「多分、お前が思ってるよりもな。部屋に入ったらカードキーをよく見てみろよ。じゃあな」

エレン(……? 何だ、あの馬面のヤツ)


ミカサ「おやすみなさい、エレン」

エレン「おやすみ、また明日」

エレン(洋風の建物なのに、部屋のドアはスライド式なんだな。 ………あれ? カードリーダーがねぇぞ)キョロキョロ

エレン(しかも、ドアに鍵がかかってない)ガラッ

エレン(おかしいぞ、カードリーダーがどこにもない。部屋の内側から見ても、ドアには開閉用の取っ手が付いてるだけだし)

エレン(……鍵が、かかってなかったんじゃない)

エレン「このドアには、鍵がないんだ」

エレン(全部の部屋がこうなのか? それともこの6号室だけ、何か工事ミスでもあったとか……

    ミカサの部屋に確かめに行きたいけど、あと数分で0時になっちまう。仕方ないけど、明日の朝にしよう……)

エレン(改めて部屋を見てみると、窓がない。地下空間だから当然なんだろうけど、壁に窓もカーテンもないと妙な圧迫感がある。

    それから、天井に変な溝が縦横にある。ラウンジの天井にもあったけど、あっちは部屋が丸いからか、溝が蜘蛛の巣みたいな形に巡らされてた。

    個室と廻廊を隔てるドアも、何だかやけにずっしりとしてるし。スライドするだけだから、そんなに苦じゃないけど)

エレン(まぁ、そういった違和感に慣れちまえば、部屋はなかなか快適そうだ。

    ラウンジにあった調度品は肩が凝りそうなくらい高級そうだったけど、個室の家具はデザインも色もシンプルでリラックスできそうな雰囲気だ)


エレン(ざっと個室の中を見回してみた。まずは、絨毯、ソファーとテーブル、ベッド、サイドテーブル、鏡台。

    あとはクローゼットと、入り口以外にドアが2箇所。1つはトイレで、もう1つは洗面所。

    洗面所には洗面台と洗濯乾燥機。洗面所からは浴室に行けた。この個室で唯一、浴室には鍵がかけられるようになっていた。でも……)

エレン「浴室がサウナ並みに暑かったな。浴槽に湯が張ってあったけど、そのせいなのか?」



エレン(……それから、ベッドの傍に置いてあった、この長方形の古びた金属製の箱……“Toy Box”、要は〈おもちゃ箱〉。

    見た目は中世の西洋の衣装箱みたいだ。オレの膝くらいの高さはある。横幅は1メートル強といったところか?  

    しかも、ペンキで殴り書きされた“Toy Box”の文字の下に、小さな液晶モニターがついてる)

エレン「 【エレン・イェーガー   開封に際し、他人の窃視に注意せよ】。 ………?」

エレン(この部屋をオレが選んだのは、偶然だ。

    機構から「6号室のカードキーを手に取れ」と指示された訳じゃなくて、12体の人形の手から、適当にカードを拾い上げた結果だ。

    それなのに、オレの名前が出ているということは…… 本当に、モニタリングされてるんだ……)


エレン(あれ? 箱の蓋が開かない)グイグイ

エレン(……いや、よく見ると側面にカードリーダーがある。赤いランプが点灯してるってことは、ロック中か)

エレン「カードキーは、これに通すのか」ピッ

エレン(ランプが緑になった。よし、蓋も開くようになったぞ)ギイッ

エレン「中身は……、 一端に白い布が巻かれた、木の棒?」ヒョイ

エレン(長さは50センチくらいか? オレの手首よりも少し細い。 実際に見るのは初めてだけど、これって松明だよな。

    何でこんな物が……… ん? 箱の底に3つ折りの紙もある)ピラッ

エレン(……“Toy Box”の次は“Memorandum”、〈メモランダム〉か。

    ただの無地のA4用紙みたいだけど、文字列が微妙に歪んでるな。プリンターの調子が悪かったのか?)

エレン「メモの内容は……、 ………は?」


――――――――――

   〈 殴殺 〉


    人類が暴力を振るい始めた時、最初の武器は五体だったろう。恐らくその次が、棒だったに違いない。
  
    極めてプリミティブ、洗練の欠片もない原始武器。それだけに、激情を発端とする殺人では、しばしば棒が登場する。

    そして、かつて電気のなかった時代、夜を行く者の必需品として人々の手に握られてきたのが松明だ。

    松明こそ、プリミティブという言葉に相応しい棒と言えよう。

    あなたの起こす殺人が、激情に駆られるものでも、計画的なものでも構わない。その一撃が殴殺に足ることに違いはないのだから。

――――――――――


エレン「……何だこれ」

エレン(松明を使って殴殺ができる、だって? 何をバカな…、 ……!!)

エレン(12人分のカードキーが用意されていたってことは、きっとこの〈おもちゃ箱〉も12人分用意されてるんだ。そして、その中身も当然………

    ……機構が〈観察〉するっていうのは、まさか、)

エレン「………いや、考えるのはやめておこう。とりあえず、こんな物騒な物は箱に戻しておかなきゃ」バタン

エレン(蓋を閉じれば自動でロックされるのか。ランプも赤に戻った)

エレン「そういえば、さっきの馬面のヤツがカードキーを見てみろって言ってたっけ」

エレン(……なんか細かい文字が両面に書いてある。カードを傾けて部屋の照明に当てないと読みづらいな)

エレン「えーっと……〈 十戒 〉?」


――――――――――

   〈 十戒 〉


    1. 犯人は、〈実験〉開始時に建物内にいた人物でなければならない

    2. 各参加者は、呪術や超能力などの超自然的な手法を用いてはならない

    3. 2つ以上の秘密の部屋や秘密の通路などを使用してはならない

    4. 未知の毒物や、長い解説が必要な装置を用いて殺人を行ってはならない

    5. 各参加者は、言語や文化があまりにも違う外国人であってはならない

    6. 探偵役は、偶然や不思議な直感のみを犯人指名の根拠としてはならない

    7. 探偵役となった者は、殺人を行ってはならない

    8. 犯人は、殺人に用いた凶器を湮滅してはならない

    9. ワトスン役は、自分の判断をすべて他の参加者に知らせなければならない

    10. 各参加者は双生児であったり、犯人に瓜二つであったりしてはならない

――――――――――


エレン(……馬面のヤツは、こうも言ってた。『これは物騒なバイト。多分、お前が思っているよりも』)

エレン「………」



エレン(殺人、殴殺、犯人、探偵役、ワトスン役か……  機構がオレ達に何をさせたいのか、嫌でも見当がつく。

    これからの7日間、どうすればいい? 松明で殴殺だなんて、オレはそんなつもりでここに来たんじゃない)

エレン(今ごろ、他の部屋の参加者達も〈おもちゃ箱〉を開けて、危機感を感じているだろう)

エレン(……そうだ、不安なのはオレだけじゃない。今ここで一人で悩んでたって、しょうがないんだ。

    今日はもう風呂に入って寝よう。せっかく寝心地の良さそうなベッドもあるんだから)



エレン「……暗鬼館、か……」ボソッ


Day 1

――――― 翌朝


エレン(……目覚まし掛け忘れてた。今、何時だ?)ボー

エレン(……よかった、まだ7時か。朝メシが用意されてるはずだから、準備するか)ムクリ

ミカサ「………」ジー

エレン「………」

ミカサ「………」ジー

エレン「何だ……夢か。ミカサがオレの部屋のソファーにいる。夢ならもう少し寝てよう」ゴロン

ミカサ「起きてエレン。朝食に遅刻する」ユサユサ


エレン「何でオレの部屋にいるんだよ……」ムクリ

ミカサ「おはよう。身支度も整わない早朝に押しかけてごめんなさい」シュン

エレン「おはよう。いや、まぁ、怒ってはないけど」

ミカサ「気持ち良さそうに眠ってたから、起こすのも悪いと思って、自発的に起きるのをずっと待ってた」

エレン「……いつからいたんだ?」

ミカサ「6時過ぎから」

エレン(………やっぱり、どこかズレてる。まぁ最初に会った時から知ってたけど)ハァ

ミカサ「どうしても、相談したいことがあって。廊下で他の人とすれ違ったりもしたけど、面識があるのはエレンだけだから」

エレン「相談したいこと?」


ミカサ「そう。2つあったけれど、1つはもう解決した。

    実は、私の部屋には鍵がついていなかった。何かの間違いか、そうでなければ他の部屋も同じなのか知りたかったのだけれど、

    この部屋のドアにもついていないから、どうやら後者のようだと思う」

エレン(!! やっぱり、どの部屋も鍵はかからないんだ。オレはまだいいけど、鍵のない部屋で眠れというのは女には不安だったろうな……)

エレン「昨日は眠れなかっただろ? 気の毒に……」

ミカサ「いえ、おかげさまでぐっすりと」

エレン「それは良かった」

エレン「……それで、もう1つの相談は?」

ミカサ「あれ。〈おもちゃ箱〉」

エレン「? 何で〈おもちゃ箱〉がここに2つ……、 ……! お前、自分の部屋から持ってきたのか!? あんなデカくて重いも………あっ」

ミカサ「覚えていてくれて嬉しい。そう、私は力仕事は得意」

エレン(もういちいち驚いてられないや)


ミカサ「これの中身なんだけれど」ピッ ギイッ

ミカサ「私に宛てがわれたのは、この手斧だった。同封されていたメモには、斬殺に使える、と」

エレン「……そうか、オレも凶器が〈おもちゃ箱〉に入ってた。物騒だよな……」

ミカサ「話が変わるけど、本当は筋トレ用のダンベルなども持ってきていたのに、〈暗鬼館〉に入る前の手荷物検査で取り上げられてしまった。

    7日間も腹筋くらいしかできないのは困る」

エレン「そうか」

ミカサ「だから、せめて薪割りか何かをしたい。体が鈍ってしまうから」ヒョイ

エレン「ちょっ、斧なんか肩に担ぐなって! 危ねぇだろ!!」

ミカサ「これがもう1つの相談の本題。 木材か何か、持ってない?」

エレン「持ってねぇよ!!」

ミカサ「そう、やっぱり…… 残念だけど仕方ない。素振りで我慢する」ブンッ ブンッ ブンッ

エレン「ま、待て、ダメだ!! やめろおぉぉ!!!」


――――― 廻廊


エレン「ったく、人がいるそばで、斧なんか振り回すなよ」

ミカサ「ごめんなさい。今度からは自分の部屋でやる」

エレン「……いや、素振り自体をやめた方がいいと思うぞ」

エレン「まぁ、とりあえずは朝メシだ。もう7時半だから、食べ始めてる人も多いだろ」

ミカサ「うん。昨日の間取り図によると、ラウンジの先に“Dining Room”、つまり食堂があって、そこからキッチンに行けたはず」ガチャッ

エレン(……昨夜も見た、このラウンジ。壁紙も家具も相変わらず立派なものばかりだ。円卓の上の人形だけは、不気味で場違いだけど)ジー

ミカサ「エレン、食堂はこっちのドア。早く行こう」ガチャッ

エレン「! あぁ」


エレン(ここが食堂か。テレビでしか見たことないような、やたらと長いテーブルだな。とりあえず、挨拶しとかなきゃ)

エレン「……おはよう」

大柄な少年「おう、おはよう」

そばかすの少年「おはよう」

ポニーテールの少女「……おはようございます」

エレン(既に7人座ってて……男が4人、女が3人。 それにしても、みんな神経質になってるな。チラチラと見てくる視線が痛い。

    ……一緒に来たから、ミカサの隣の席にするのが自然か。昨日の馬面のヤツも向かいの席にいるし)ガタッ

エレン(サンドイッチが盛られた大皿が置いてある。先に来たヤツが作ったのか?)

茶髪の少年「よお、おはよう。食ってみろよ。一般庶民をバカにしてるのか、って味だ」

エレン「どんな味だよ」

茶髪の少年「これでもか、ってぐらい手の込んだ、セレブ向けの味だ」

エレン「? 参加者の誰かが作ったんじゃないのか?」

茶髪の少年「さぁ。俺が来たときにはもうここに準備されてた」

エレン「ふーん……」


小柄な美少女「おはよう。コーヒー淹れてきたけど、いる?」

エレン「?」クルッ

エレン「あぁ。ありがとう」

小柄な美少女「どう致しまして。隣のあなたも、コーヒーでいい?」

ミカサ「うん。ありがとう」

エレン(気が利く子だな。こんな環境でも他人に親切にできるんだから、きっと普段からこうなんだろう。

    サンドイッチはどれも旨そうだけど……まずは玉子がいいな)ヒョイ

エレン「いただきま………」

エレン(……この朝メシに、問題はないんだろうか。もし、昨日の〈おもちゃ箱〉の中身が毒物だったヤツがいたら………

    まぁ、大丈夫か。他の参加者とかミカサが既に食ってるんだし、何しろ腹が減った)パクッ

エレン(……うん、確かに旨い。旨いけど、できればもっと和やかな雰囲気の中で食いたかったな。明らかに他人の様子を窺ってるヤツがいる。

    不安そうな目を向けてくる、長身の男と、ポニーテールの女。 険しい目線を右に左に振っている、つり目の男。

    じっくりと1人1人を観察している、ボブカットの女……いや、男か? 中性的な顔立ちだから、どっちか分からない)モグモグ

エレン(視線が飛び交って居心地が悪いけど、オレも他のメンバーの様子が気になって、あちこちに視線がいくのを抑えられないや……)モグモグ


エレン(……全員の食事が終わったら、食堂がしんと静まり返った。誰も、何も言わない。

    そりゃあそうか。たぶん、12人の参加者全員が〈おもちゃ箱〉から凶器を手にして、カードキーの〈十戒〉を読んだ。

    そして、この内容不明の〈実験〉が、ろくな話じゃないと察しているんだ)


大柄な少年「……ちっ」スクッ

小柄な美少女「どうしたの、ライナー」

大柄な少年「こうしてても仕方ないだろ?」

大柄な少年「なぁ、みんな。これから1週間の付き合いだ。お互い、自己紹介ぐらいはしよう」

エレン「……あぁ。そうだな」

そばかすの少年「僕も賛成だ」

大柄な少年「よし、そうと決まればラウンジに行こう。クリスタ、個室にいるアニを呼んできてくれ」

小柄な美少女「うん」スッ

エレン(あのガタイのいいヤツがライナーで、コーヒーを淹れてくれたのがクリスタか。そういえば、馬面のヤツの名前をまだ知らなかったな)


――――― ラウンジ


エレン(円卓に全員が揃ったのはいいけど、誰の顔にも笑顔がない。……もし昨日、このラウンジに降りてきた直後に、お互い名乗っていたならば。

    きっと何事もなく、まぁこれからよろしく、で済んでいただろう。

    でも、あの〈おもちゃ箱〉の中身を知ったオレ達の間には、得体のしれない不安が蔓延っている)



大柄な少年「名札でもあれば、不便はしないんだが。モノは豪華なくせに、肝心なものがないな。

      俺は、ライナー・ブラウン。高校3年。何だか妙な話だが、とにかくよろしく」ニカッ

小柄な美少女「クリスタ・レンズといいます。高校1年です。よろしくお願いします」

エレン(ライナーは率先して周りを引っ張っていく、根っからのリーダー気質なんだろうな。責任感が強そうだ。

    クリスタは穏和で気遣いができるから、男からも女からも人気がありそうだ。

    昨日の夜の時点から、ライナーとは随分と親しそうな雰囲気だと思ってたけど、たぶん元々知り合いなんだろう)


長身の少年「ベルトルト・フーバーです。高校2年です」

エレン(椅子に座ってても、背が高いのが分かる。身長も190センチはあるんじゃないか?)



そばかすの少年「マルコ・ボット、高校2年です。よろしくお願いします」

エレン(どことなく、真面目な優等生っていう感じだ。雰囲気が柔らかいし、優しそうな性格なんだろうな)



坊主頭の少年「コニー・スプリンガー。高校1年。よろしくな」

エレン(お調子者で、能天気で、空気が読めない単純そうなヤツだ。いや、褒めてる。これは褒め言葉だ)



ミカサ「ミカサ・アッカーマン。高校1年です。よろしく」

エレン(ズレた性格のクールなヤツ。あの時の第一印象は今でも変わらない。そういえば、名字は初めて聞いたな)


エレン「エレン・イェーガーといいます。高校1年。1週間よろしく」

エレン(……オレは、他人からどんな印象を受けてるんだろう。ちょっと気になる)



ボブカットの少女「アルミン・アルレルトです。高校1年です。どうぞよろしく」

エレン(さっきの食堂で中性的だと思ったけど、……声のトーンからすると、男だったのか。てっきり、女かと……)



金髪の少女「アニ・レオンハート。高校2年」

エレン(食堂にいなかった子だ。ミカサと同じで、無表情だな。 ……いや、アニはどちらかと言うとちょっと怖い顔してるかな)



つり目の少年「……ユミルだ。それでいいだろ」

エレン(!? 男じゃなくて、女だったのか! アルミンは女みたいな男。ユミルは男みたいな女。こんなこともあるんだな……)


茶髪の少年「ジャン・キルシュタイン、高校1年だ。よろしく」

エレン(やっと馬面のヤツの名前が分かった。しかも、何気に名字がカッコイイ……)



ポニーテールの少女「サシャ・ブラウスです。高校2年です。よろしくお願いします」

エレン(最後は、オリエンテーションの時の芋女か。食堂で不安そうにしてたけど、サンドイッチを頬張っていた時は幸せそうな顔をしてたな)



ライナー「まぁ、一気には無理だろう。段々と覚えていくさ」ハハッ


エレン(今 聞いたばかりの名前を忘れないように、全員の顔を改めて見ておこう……

    ……あぁ、ダメだ! 早速、誰が誰だか分からなくなってきた。あの坊主頭のヤツの名前、何て言ったっけ?)


今日はここまで。 やっと自己紹介まで漕ぎつけたけど、まだまだ先は長い……

乙!
原作も知ってるし、楽しみにしてる

おつおつ

原作知ってるけど最初の事件が気になるんだよね
誰だろうな、ドキドキしてる


>>74
>>75
>>76 ありがとうございます。嬉しいです、励みになります


アニ「……自己紹介が済んだなら、もう行っていいかい?」

ライナー「まぁ、構わんが……個室にいたって、何もすることがないだろ?」

アニ「それは、このラウンジにいても同じことでしょ」スタスタ ガチャッ

エレン(……つれないなぁ。1人が好きなのか?)



エレン(自己紹介のあと、何人かが近くの席同士でちょっとした雑談をしたから、剣呑な空気が少しは和らいだ。

    でも、確かにアニの言う通り、ここにじっと座ってるだけじゃ退屈だ)

エレン(まだ食堂と自分の部屋しか行き来してないし、その辺をふらふらしてくるか)スクッ

ライナー「……どこへ行くんだ?」

エレン「いや、散歩でもしようかと思って」

ライナー「やめた方がいいな。何が起きるか分からん」

エレン「そりゃあ、そうなんだけど…… 〈 機構 〉からは未だに何の説明も指示もないし、仕事がないなら退屈だよ」

ライナー「退屈なのは俺も同じだ。何か、時間潰しになるものがあればいいんだがな……」

エレン「ないんだから仕方ない。という訳で、オレは散歩に行く」スタスタ


アルミン「……ねぇエレン。散歩は、一緒に歩く人がいると楽しいんじゃない?」

エレン「……! なるほど、確かに」

エレン(アルミンは、出歩くのはいいけど1人では行くな、と言いたいんだろう。もはや、警戒心を隠してない。

    でも、さっきアニがラウンジから抜け出した時は、なんで何も言わなかったんだ……?)

エレン(………いや、ラウンジから出たのが1人だけだと分かってる場合、別に何の問題もない。2人以上が出て初めて、1人きりでの行動が危険になるんだ。

    あの〈 おもちゃ箱 〉がある以上、複数人が出歩くと『加害者』と『被害者』が生まれる可能性があるからだ……)

エレン「まぁ、言いたいことは分かるけど……用心しすぎてちゃ何もできないだろ?」

ミカサ「その通り。エレン、私も一緒に行こう」

ジャン「! なら、俺も。3人ならいいだろ、えーっと、ア…アルマン?」

アルミン「うぅん、僕はアルミン」

ジャン「アルミンか。悪い、間違えた」

アルミン「いいよ、まだ初日だし、覚えられないのは当然だ。まぁ、行くのは止めないけど……気をつけてね」

ジャン「あぁ。それじゃあ行こうぜ、エレン、ミカサ」スタスタ


――――― 廻廊


エレン「それにしても、この廻廊は何でこんなに暗いんだかな。今はまだ午前中なのに、夜中みたいだ」

ミカサ「本当。挙句にこの嫌なカーブ。気に入らない」

ジャン「あぁ。タチが悪い」

エレン(カーブのせいで、廻廊の先がまったく見通せない。 ……つまり、すぐ前や後ろに誰かがいたとしても、見ることができない)

ジャン「ラウンジから直結してる通路のすぐ近くの部屋のヤツはいいよな。ちょうど、この9号室と8号室とか。

    オレなんか、結構迂回しないとラウンジに行けない」

エレン「オレも同じことを思ってた。でも、壁にあった見取り図を見た限り、1番気の毒なのは4号室のヤツだ。

    部屋を背にして廻廊を右回りに行っても、左回りに行っても、参加者の中では1番ラウンジから遠い」

ジャン「そういえば、誰が何号室なのか全然知らないな」

エレン「そうだな。今のところ、7号室のミカサ、6号室のオレ、5号室のお前。12人中3人だけか」


ミカサ「いえ、サシャの部屋が3号室なのも分かってる」

エレン「? 本人から聞いたのか?」

ミカサ「昨日の夜にラウンジでカードキーを手にした時、最後の1枚を引いたサシャが『3ですね』と呟いていたのを耳にした」

ジャン「……サシャって誰だっけ?」

エレン「ポニーテールの子だよ。ほら、オリエンテーションで食い物に執着してたヤツ」

ジャン「あぁ、あの芋女か。名前で呼ぶより、芋女って言った方がみんなピンと来るんじゃねぇか?」

ミカサ「ジャン、それはサシャに失礼」

ジャン「お、おぅ。冗談だよ」デレデレ

エレン(……冗談には聞こえなかったけどな。ジャンは歯に衣着せぬ物言いをするから、後々誰かとトラブルになりそうだ)


エレン「ん? “Private Room 1 ”の部屋まで来たぞ。個室の並びはこれで終わりだ。 ……この先は何があったっけ?」

ジャン「さぁ、何だったかな。とりあえず行くか」


エレン「“Private Room 1 ”の隣は“Vault”か」

ジャン「このドアは、個室のものとは随分違うな。灰色で、いかにも重量感がある。おまけに、ドアノブも、取っ手も、手を掛ける窪みすらもない」

エレン「ドアにはカードリーダーのみ、か。赤いランプが灯ってるってことは、鍵がかかってるのか?」

ジャン「あぁ。かかってる」グイグイ

ミカサ「この部屋、“Vault”は、おそらく〈 金庫室 〉。そのカードリーダーにカードキーを通せば開くかも」

ジャン「カードキーならポケットにある。やってみるか」ピッ

ジャン「……? ランプは赤のままだ。それに、まだ開かない」グイグイ

エレン「………いや、液晶モニターに『 1/12 』って表示されてる。オレのカードキーも通してみるよ」ピッ

エレン「『 2/12 』になった。このドアを開けるには、12人全員のカードキーが必要みたいだな」

ミカサ「金庫の中身は何だろうか。でも今は全員を集めるほどではないから、後回しにして次に行こう」


エレン「何の飾り気もない真っ白なドアだ。ひんやりと冷たいし、硬い。金属製だな」

ジャン「なるほど。“Prison”、〈 監獄 〉か……」

エレン「〈 金庫室 〉と同じで、スライド式のドアなのに取っ手類が一切なくて、ドアは開く気配がない」グイグイ

ジャン「ただ、こっちには鉄格子つきの覗き窓があるな」

ミカサ「中に、誰かいるんだろうか」

エレン「………いや、覗き窓には磨りガラスが嵌ってるし、部屋の中が真っ暗なのか、何も見えない」ジー

ジャン「もし、誰もいない〈 監獄 〉だとしたら……… その存在意味は?」

エレン(そんなの、簡単なことだ)

エレン「これから入れる」


ミカサ「“Guard Maintenance Room”。〈 守衛整備室 〉はセピア色のドア。やっぱりこの部屋もロックされている」グイグイ

エレン(ミカサがやっても開かないなら、力ずくで開けるのは不可能なんだろうな……)

ジャン「……ロックと言えば、お前らの部屋、鍵はかかったか?」

エレン「いいや」

ミカサ「私も」

ジャン「やっぱりそうか……」

エレン(それにしても、整備室っていうのは気になるな。

    『 守衛 』、いわゆる警備員やガードマンみたいな存在がいることは変じゃないかもしれない。その為の控え室があっても不思議ではない。

    でも、何を『 整備 』するんだ……?)


ジャン「今度は“Recreation Room”、〈 娯楽室 〉か」

エレン「私物を取り上げられて退屈してたところだったんだ。本とかゲームとか、遊べるものが置いてあるといいな」

ジャン「重厚な木製で、真鍮のドアノブがついたドアか。よし、早速……」ガチャッ

ジャン「………エレン、残念だったな」

エレン「? 何がだよ」

ジャン「鍵がかかってる」

エレン「はぁ!? ちょっと貸せよ、オレが開けてみる」

エレン「…………」ガチャガチャ

エレン「何のためにあるんだよ、この〈 娯楽室 〉は……」


「ひぃ!!」

ミカサ「!!」



エレン「!? 何だ、どうした」タッタッタッ

ミカサ「カーブの出会い頭で、ぶつかりそうになった」

ジャン「暗くてよく見えないな………アニか?」ヒョコッ

エレン「いや、こいつは……」

ミカサ「ユミルという子」

ユミル「………けっ」

ジャン「何もしねぇよ。そうビビるなって」ニヤニヤ

ユミル「……ビビってる、か。 じゃあお前らは、ビビってないのか?」ムッ

エレン「………まぁ、不安だし、怖いな。だけど、悲鳴を上げるほどじゃない」

ユミル「あぁ、そうかよ」イライラ


ジャン「何を苛立ってるんだ? 何も起きちゃいないぜ」

ユミル「何も起きてない? 何が起きるのか、お前には分からないのか?」ギロッ

ジャン「………」

ユミル「お前は!」

ユミル「この部屋が何のためにあるのか、分かってないんだな!?」バンッ

エレン(この部屋?)チラッ

エレン(ここは、最後の部屋、“Mortuary”のドアの前だったのか)

ユミル「見ろよ!!」ガラッ

エレン(!! 暗闇に目が慣れていたから、部屋の中の電気が眩しくて直視できない……)ギュッ

エレン(床から天井まで真っ白に塗られた空間? 天井がやけに高いな。調度品は一切ない、ぽっかりとした空き部屋じゃねぇか)


エレン(………いや、空き部屋じゃない)


エレン(少しずつ明るさに慣れてきたから、やっと見えた。

    白い部屋には、白い箱が、ずらりと並んでる。 やけに細長くて、高さがなくて、5箱ずつ2列、ぴっしりと整列されてある。

    ……もしかしなくても、あれは、)


ユミル「棺桶だよ。10個の棺桶!」

エレン(確かに、あれは…… 棺桶に見える)

ジャン「……箱だよ」

エレン「? ジャン? 何を言って……」

ジャン「エレン、『これは棺桶です』、とでも書いてあるのか?」

エレン「……いや、まぁ」

ジャン「箱は箱でしかない。死体を入れれば棺桶だが、みかんを入れればみかん箱だ。あれが棺桶だという確証はどこにも……」

ミカサ「ある」

エレン「え?」


ミカサ「書いてある」

ジャン「……棺桶、と?」

ミカサ「……」フルフル

ユミル「ハッ。そうだ。書いてある」ギイッ バタン

ユミル「昨夜、ここに放り込まれたとき、私は気付いてた。あの人形、あれの意味……。それにお前ら、この単語を知らないだろ?」



ユミル「このドアのプレートには、こう書いてある。 “Mortuary”………〈 霊安室 〉」


ユミル「確かに、何も起きてない。 今は、まだ、何も起きてない。 ………違うか?」




エレン(『―― 誰もいない〈 監獄 〉の存在意味は?』『―― これから入れる』)

エレン(ついさっきのやり取り。それを悔やむことになるなんて、思わなかった)


一旦ここまで。夜に続きを投下する予定。

乙でした
待ってる


日付けが変わる前に。 ライナー、誕生日おめでとう!


>>91 ありがとう。読んでくれる人がいると、投下する甲斐があります


――――― 自室


エレン(……あのあとオレ達が散歩から戻ると、入れ違いのようにライナー、クリスタ、ベルトルトがラウンジを出て行った。

    やっぱり、何も起きない時間を何もない部屋で過ごし続けるのはできなかったみたいだ)

エレン(他のメンバーも、最終的には思い思いの場所に散らばっていった)

エレン(ジャンもミカサも自室に行ったし、オレもこうやってベッドで寝っ転がるしか、することがない)

エレン「何で〈 娯楽室 〉は開かないんだろう。何か特定の条件が重なると開放されたりするのか?」

エレン(何もしないで、ただ時間が過ぎていくだけだ。それでも、11万2000円という時給は発生し続けるんだからなぁ……)



    ――― ピンポーン


エレン(! 部屋のインターホンが鳴った。誰だろう)

エレン「はい」ガラッ

ミカサ「エレン、昼食だって。クリスタが、せっかくなら12人全員で食べようって」

エレン「そうか、分かった。今行くよ」


――――― 食堂


エレン(昼メシのメニューは、鰻か。鰻重とお吸い物に、お新香がついてる。朝メシ同様、味は文句のつけようがない。

    でも、何でだ? どうにも納得がいかない……)モグモグ

ミカサ「………」モグモグ

ライナー「………」モグモグ

アルミン「ねぇ、マルコ」

マルコ「何だい?」モグモグ

アルミン「……洋館風なのに、何で鰻なんだろう?」

マルコ「………さぁ……」モグモグ

エレン(洋館だから洋食じゃないとダメだなんてルールは勿論ないけど、雰囲気的に違和感がありまくりだ)モグモグ


クリスタ「ご馳走さまでした。みんなの食器、下げちゃうね」スッ

サシャ「あっ、クリスタ。私も手伝います」

クリスタ「ありがとう。じゃあ、テーブルの反対側の席の人達の分をお願いしていい?」

サシャ「はい。ついでに、食後のお茶を淹れるのも私に任せてください! 得意なんです、そういうの」

クリスタ「本当? うふふ、楽しみにしてるね」

エレン(あの2人は仲が良さそうだ。……サシャは、朝食の時こそ物静かだったけど、元々はあんな風に明るい性格なんだろうな)



サシャ「食事が和食だったので、緑茶を淹れてみました。1つずつ取って、隣に回してください」カタン

ベルトルト「ありがとう」

コニー「サンキューな!」

アニ「……どうも」

エレン(そういえば、キッチンはまだ行ってなかったな。どんな感じなのか、あとで見ておこう)


    ――― プツン  ザー


エレン(! このノイズ音…… 〈 機構 〉からの放送が入る時の音だ…!)



放送『〈 暗鬼館 〉へようこそ。

   これから、〈 実験 〉における目的、並びにボーナスに関するルールなどについて、詳しくご説明いたします』ザー


エレン(……いよいよか。スピーカーから流れる声は、昨日の男のものじゃないな。感情の波を削ぎ落としたような、女の声だ)



放送『皆様をお招きして12時間余り。無聊を強いましたことを、お詫びいたします。

   先に、建物と〈 暗鬼館 〉での生活に慣れていただきたかったのです。おおよそ、構造はご理解いただけましたでしょうか。

   地下施設のため、至らぬところもありましょうが、まずは良い出来になったのではと、我々一同、自負しております』


放送『では、皆様に、〈 実験 〉の目的をご説明いたします。

   今回の〈 実験 〉は、とある筋からプロデュース依頼を受け、我々、実務連絡汎機構がセッティングいたしました。

   目的につきましては、〈 ホスト 〉から直接、メッセージをお預かりしております。再生いたしますので、ご清聴ください』プツン


メッセージ『ご参加ありがとうございます。私が、今回の〈 実験 〉を企画しました。

      私と友人達の生涯の研究は、人の行動の結晶を取り出すことにあります。

      行動を分析し、その様態を分類しようとする試みは頻繁に行われてきましたし、その成果も上がっています。

      しかし、鉱物学者が鉱物図鑑を眺めて、我が研究は成れり、と思うでしょうか。 私達は、私達のための一次資料を求めます。

      今回の〈 実験 〉は、資料収集を目的として行います。

      社会的な生き物である皆さんを、一旦、社会から隔離します。

      そして、単純なルールのみを投下することにより、純化された行動を見出そうというのです。

      「保身」や「不信」などのネガティブな像が得られるだろうことは予測していますが……

      できれば、より素晴らしい行動の像を提供していただけることを、願ってやみません』


エレン(〈 ホスト 〉の声が男のものだということは分かったけど、それ以上は何とも判別のつかない、不思議な声だ。

    無邪気な子供の声だとも思えるし、思慮深い老人の声だったとしても、頷けなくはない。

    世捨て人の戯れめいた響きにも感じられたし、自信に満ちていたようでもあった)

エレン(いずれにせよ……)

エレン(あれは、狂人だ)



放送『7日間の間、皆様の行動は1秒残らず、詳細に記録されます。

   昨夜、記録方法についての質問がありましたが、〈 暗鬼館 〉には当初から、無数の記録装置が設置されています』ザー


エレン(……つまり、隠しカメラか何かでオレ達の行動はとっくに記録されていたってことか。

    まぁ、〈 おもちゃ箱 〉の液晶モニターにオレの名前が出てた時点で、そんなことじゃないかとは思っていた。

    昼メシになるまでの間、退屈だったから自分の個室をあちこち調べてみたりもした。結局、それらしい物は見つからなかったけど……)


ちょっと手直ししてくるから、少し中断する。申し訳ない

おつ
ぜひ最後まで書ききってくれ

続きが楽しみ


>>100>>101 ありがとうございます。中途半端なところで中断して悪かった


放送『続きまして。皆様に与えられる権利を、3つ、お伝えします』


放送『 1つ目。皆様は〈 暗鬼館 〉において、過不足のない衣食住を得ることができます。

    要求がある場合、片手を挙げて発言なさってください。

   〈 実験 〉に悪影響を与えない範囲であれば、ご希望に沿えるよう、最大限努力いたします』


放送『 2つ目。皆様は、〈 ガード 〉を呼ぶことができます。

   〈 ガード 〉の業務は3種類。混乱の鎮圧、傷病者の回収、死者の埋葬です。

   この3つの状況が発生した場合、誰かが片手を挙げて呼ぶことにより、〈 ガード 〉を派遣します。

   〈 ガード 〉の最大速度は時速にして20キロに達します。衝突回避装置は搭載していますが、くれぐれもご注意ください』


放送『 3つ目。皆様は、ボーナスを得ることができます。

    それは、この〈 実験 〉のテーマに沿い、より〈 ホスト 〉の意図を体現した行動を取った場合です』



エレン(今回の主題。それはつまり、〈 暗鬼館 〉のトータルコンセプトということができるだろう。

    オレは、いや、参加者全員は、それが何であるか、重々理解している。 そして、〈 ホスト 〉が望む行動とは何であるかも、はっきりと)


放送『 3つ目の権利について、具体的に申し上げます。


    人を殺した場合。
 
    人に殺された場合。
 
    人を殺した者を指摘した場合。

    人を殺した者を指摘した者を補佐した場合。


    皆様は、より多くの報酬を得ることができます。

    ただし、人を殺してそれを指摘され、その指摘が多数決によって正しいと判定された場合は、〈 監獄 〉に送られることになります。

    身体の安全は保障しますが、報酬は著しく低下しますのでご注意ください』



エレン(……やっぱり……)


放送『これらの権利に対し、皆様に守っていただく義務は、ただ1つです。

   午後10時から翌朝6時まで、それぞれ割り当てられた個室に入っていただくこと。それだけです』


放送『もう1つ、念のため、運営上の注意事項をお伝えします。

   モニタリングのためのセンサー類、カメラ類は注意深く設置されておりますが、決して破壊なさらないようにご注意ください。

   故意の破壊と認められた場合、報酬額の中から弁償をしていただきます』


エレン(人を殺せばボーナスを出します、と語る声と、備品を壊せば弁償してもらいます、と語る声に、違いは見出せない。

    淡々としていて、感情はどこかに置き忘れてきましたって感じだ)


放送『それでは、〈 実験 〉の終了条件を3つ、お伝えします』


放送『 1つ目。7日間が経過した場合。

    8日目の午前0時をもって、〈 実験 〉は完全に終了します』


放送『 2つ目。1人でも〈 暗鬼館 〉の外に出た場合。

    この〈 暗鬼館 〉の入口は、皆様ご存知の通り、ラウンジルームの天井にあります。

    しかしそれは、8日目の午前0時まで、決して開くことはありません。また、〈 暗鬼館 〉にある道具では破壊できないように作られています。

    ですがこの〈 暗鬼館 〉には、ただ1つだけ、隠し通路があります。それは外に通じています。

    それを見つけ出し、1人でも外に出た場合、その時点で〈 実験 〉は終了します』


放送『 3つ目。生存者が2名以下となった場合。

    その時点で〈 実験 〉は終了とします。

    2人以下では、今回のコンセプトに沿った行動は生まれない、という〈 ホスト 〉の意向によるものです』


エレン(あぁ、それで棺桶は10個だったのか。残り2人になれば、このバイトは終わる。だから、12個じゃなかったのか)

エレン(……不思議だ。不安とか、怒りとか、そういう人間的な感情が浮かぶのかと思ったけど、真っ先に棺桶のことを考えるなんて……)



放送『なお、皆様の個室にある〈 おもちゃ箱 〉に、〈 ルールブック 〉をお送りしました。

   今お伝えしましたルール、また、その他の細則につきましても、〈 ルールブック 〉に記してあります。ぜひ、ご一読ください。

   現時点をもって、〈 娯楽室 〉を開放します。ご自由にお使いください』


放送『では、最後に。皆様のお手伝いをする〈 ガード 〉を、ご紹介いたします』


エレン(……食堂とラウンジを隔てるドアが自動で開いていく。遠隔操作か)


エレン(! 何だ、あれは? ……ロボットが、天井を伝って食堂に入ってきた……!)



放送『〈 ガード 〉は、皆様のお手伝いをいたします。ルールに定められた状況以外では、〈 ガード 〉は能動的なことは一切いたしません』



エレン(あれが〈 ガード 〉なのか。ロボットの頭部が本体の下についてるから、天井から逆さまにぶら下がってるみたいだ。

    銀色の胴体の中央には、緑色に点灯した丸いランプ。頭部には、センサーと思われるカメラレンズが複数。

    胴体の左右についてるアームは…… 今は折り畳まれているけど、太さがあるし、伸ばしたら結構な長さになりそうだ)

エレン(どことなく、ユーフォーキャッチャーを彷彿とさせる動き方だ。

    それにしても…… 天井にある溝は、〈 ガード 〉が這うためのレールだったのか)


エレン(実のところ、〈 暗鬼館 〉内のドアは、どれもこれも異様に高さがあるとは思っていた。

    床から天井まで届く高さのドアは珍しいように思う。この建物がその珍しいドアを取り入れてる理由が、やっと分かった)

エレン(一般的なドアだと、ドアの上部には上枠があるから、どうしてもそこに壁ができてしまう。

    〈 ガード 〉はレールを伝って移動するから、天井に一切の障害物ができないよう、天井までが一枚板になるドアを採用したんだ)

エレン(個室のドアが重たいのも、普通のドアよりも面積が大きいから、か。

    ……いや、でも理由はそれだけなのか? ラウンジや食堂のものと比べても、個室のドアだけがやたらと重量があるように思うけど)


放送『〈 ガード 〉の制御は半自立で行っております。たいていの状況は事前のプログラムによって解決いたしますが、それが難しい場合、

   〈 機構 〉による遠隔操作を行う場合もあります。

   以上をもって、放送を終えさせていただきます。ご清聴をありがとうございました』プツン



エレン(……放送が切れたと思ったら、〈 ガード 〉も僅かな駆動音を残してラウンジに消えていった。ドアは、自動で閉まっていく)

エレン(………せっかくサシャが淹れてくれたお茶、飲む暇さえなかったな……)


クリスタ「……何よ、今の放送」

エレン(………)

クリスタ「やっぱり、そういうことだったんだ…… あれで、あれを使って、」

クリスタ「………私に、人殺しをしろっていうのね! うっ、ううぅ……ぐすっ……」ポロポロ

ライナー「クリスタ……」

エレン(……泣き出しちまった。でも、あんなことを聞かされたんだ。無理もないか………)

クリスタ「だからあの時言ったのに…… こんな不透明なアルバイト、やりたくないって……」ポロポロ

ライナー「クリスタ、落ち着け」ギュッ

クリスタ「……!」ドキッ

ライナー「違う。殺せなんて、言ってなかったぞ」ナデナデ

クリスタ「………え?」グスッ


ライナー「アルミン」チラッ

アルミン「………うん」コクッ


ライナー「みんな、これから話すことをよく聞いてくれ」

ライナー「お前らも、自分の部屋で〈 おもちゃ箱 〉を見つけただろう。あんなデカいもの、気付かない訳がない。

     俺とアルミンは、あの中身と、入っていたメモと、カードキーの両面に書かれた文言を基に、〈 機構 〉がいったい俺達に

     何をやらせるつもりなのか、ずっと話し合っていたんだ」

ライナー「殺人か、それに近いものをさせようとしていることは簡単に察しがついた。

     だが、襲われた者を『死亡』とみなして失格にしていく模擬戦形式なのか、それとも本当にやらせるのか…… それが問題だった。

     さっきの放送によると、どうやら本当に人を殺させたいらしい」

エレン(本当に、か…… 確かに、オレの松明と、ミカサの手斧は、紛れもなく本物だった)


ライナー「なら、どうやってやらせるのか。

     少なくとも、俺とクリスタとアルミンには、こんなところに放り込まれて、見ず知らずの人間を殺す理由なんてない。

     それでもやらせるなら、エサで釣るか、脅してくるかだと思ってた。

     やらないと殺す、とでも言われたらどうするか、それを悩んでいたんだが…… 向こうはエサで釣ってきた。良かったよ。

     問題が金のことなら、1つ、提案がある」


アルミン「自分で計算した人も多いだろうけどね。

     このバイト、時給は11万2000円。それが24時間、7日間だから、総支給額は1881万6000円になる」


アルミン「ただ寝っ転がって7日間過ごすだけで、それだけ入るんだ。何も、リスクを犯す必要はない。

     もし誰かが手を出して、平穏な雰囲気が崩壊して、本当の殺し合いになったら。

     ……正直言って、1000万円が1億円でも、僕には足りないよ。

     僕は、命を懸けるつもりでここに来たんじゃない。怯えながら死と隣り合わせなんて、冗談じゃない」


アルミン「さっきの放送だと、人を殺したら、と言っていた。

     だけど、そのボーナス欲しさに余計なことをして、殺るか殺られるかの環境になったら、その犯人だって命のリスクは跳ね上がる。

     しかも殺人を見抜かれたら、見抜いた人がボーナスを貰える一方で、犯人の報酬は『著しく低下』するって言うじゃないか」
 
アルミン「しかも、だよ。ここで殺人をしても、外に出てから警察に逮捕されない保障がどこにある? それについて、放送は何か言ってた?

     つまり、最初に手を出す人が1番バカをみるルールになってる。誰も手を出さなければ、全員が満額の報酬を得られるんだから。

     ちょっとでも知恵があるなら、余計なことはしないよね?」


エレン(……なるほど。頭のいいヤツだ)

エレン(1881万円に、更にボーナスが加わる。それは確かに夢みたいな話だ。

    でも、だからといって誰かを殺せば、それ以降は殺される心配もしなくちゃならない。

    オレはこのバイトに来る時、ある程度の覚悟は決めていた。でもその覚悟の中に、殺し合いの覚悟はさすがに入っていなかった。

    殺される覚悟はもちろんなかったし、誰かに松明で殴りかかる覚悟なんて、あるはずなかった)

エレン(他の参加者に『そんなことはしないよね?』とあらかじめ釘を刺したアルミンの言葉は、頼り甲斐のあるものだ。

    説得力のある話し方だし、手を出したらバカ、という理屈の説明が分かりやすくて、参加者の間に納得の色が広がっていくのが見て取れる)



クリスタ「……確かにそうだけど、分かるけど……… 私、怖いの………」グスッ

ライナー「心配すんな。何も起きねぇよ」

クリスタ「ライナー…… ごめんね、私、」

ライナー「いいんだ。何も言わなくていい……」ナデナデ


エレン「……これか。放送で言ってた〈 ルールブック 〉は」

エレン(この〈 おもちゃ箱 〉を開けてみたら、松明と〈 メモランダム 〉に加えて、レストランのメニューみたいな茶革の冊子が入ってる。

    放送では〈 娯楽室 〉を開放したって言ってたけど、まずはこれに目を通すのが先だ)パラッ


――――――――――

   【〈 夜 〉に関する規定 】


    ① 各参加者は、午後10時から翌朝6時まで、各々割り当てられた個室にいなければならない。 この時間帯を、〈 夜 〉と呼ぶ

    ( 1‐1 ) ただし、〈 解決 〉が宣言された場合、その〈 解決 〉が終了するまでの間はこの義務を解く

    ( 1‐2 ) 〈 夜 〉の間、〈 ガード 〉は定められたルートに従い、個室を除いた各部屋の巡回を行う。

          ただし、個室にその部屋の使用者ではない人物がいる場合、〈 ガード 〉はその個室の巡回する

    ( 1‐3 ) 〈 夜 〉の間に、個室を出ているところを〈 ガード 〉に発見された者は、〈 ガード 〉から警告を受ける

    ( 1‐4 ) 警告が3度累積した者が、〈 夜 〉の間に個室を出ているところを〈 ガード 〉に発見された場合は、〈 ガード 〉によって殺害される

――――――――――


エレン(……放送では『〈 ガード 〉はオレ達の手伝いをする』って言ってたけど、規定を破るとオレ達を殺すこともあるのか……

    いや、でもこのケースに当てはまるのは、外出が禁止されてる時間帯に何度も何度も出歩いた時だけだ)

エレン(むしろ、〈 夜 〉の間も3度までなら出ても構わない、と捉えられるだろう。

    警告を受ける以外のペナルティ、例えば、出歩くと〈 監獄 〉行きになるだとか、報酬を減額するだとか、そういうことは特に記されてない)



エレン(次のページは、【 衣食住の充実に関する規定 】、か……)パラッ

エレン(洗濯機を模した脱衣カゴに衣服を入れると、自動的に回収されて、洗濯して畳んで戻してくれるみたいだ。

    外見はどこからどう見ても洗濯機だったけど、それはただのデザインだったのか)パラッ

エレン(『朝食は午前7時、昼食は正午、夕食は午後7時にキッチンにて供する』、か。

    ……へぇ、食事以外の嗜好品とかも、要求すれば提供してくれるんだな。そういえば、放送でもそう言ってたっけ。

    サシャは手荷物検査の時にお菓子を没収されたんだろうけど、あくまでも『持ち込み』が禁止なだけであって、〈 暗鬼館 〉内で依頼すれば

    お菓子なんていくらでも用意して貰えるんじゃないか?)


――――――――――

   【〈 解決 〉に関する規定 】


    ① 各参加者は、殺人を行った犯人を指摘できると思った時は、いつでも他の参加者を非常召集することができる

    ② 非常召集が行われた場合、各参加者は召集者の元に集まるよう努力するものとする

    ③ 相当程度の時間が経過しても参集しない参加者がいる場合、非常召集を行った者は、他の参加者の同意を得て、

      全員の参集を待たずに犯人の指摘を行うことができる

    ④ 犯人の指摘に対し、非常召集の参加者の半数以上が賛同した場合、〈 犯人 〉と指摘された者は〈 監獄 〉に収監される。

      ただし、この多数決には、犯人を指摘した者、犯人として指摘された者、助手として指名された者は参加できない

――――――――――


――――――――――

   【 ボーナスに関する規定 】


    ① 自分以外の者を殺害した者は、「犯人ボーナス」として、殺害人数1人につき報酬総額を2倍とする。このボーナスは累積する

    ② 他の参加者に殺害された者は、「被害者ボーナス」として、報酬総額を1.2倍とする。このボーナスは累積しない

    ③ 殺害1件について、〈 解決 〉の場で正しい犯人を指摘した者は、「探偵ボーナス」として、報酬総額を3倍とする。このボーナスは累積する

    ④ 犯人を指摘しようと試みる者は、〈 解決 〉の場において、調査に役立った者を1名だけ指名することができる。

      指名された者は、「助手ボーナス」として、報酬総額を1.5倍とする。このボーナスは累積しない

    ⑤ 犯人を指摘する試みに際し、証言を取り上げられた者は、その発言1件につき「証言者ボーナス」10万円を得る

――――――――――


――――――――――

   【〈 ガード 〉に関する規定 】


    ① 各参加者は、以下に規定する条件下において、片手を挙げ「ガード」と発言することにより、〈 ガード 〉を召喚することができる

    ( 1‐1 ) 参加者間に、暴力的混乱が生じている場合。

          召喚された〈 ガード 〉は、暴力をもってこれを制圧する。使用する武器は、射出式スタンガンに限られる

    ( 1‐2 ) 参加者が負傷、または急病に陥った場合。

          召喚された〈 ガード 〉は、その者を〈 守衛整備室 〉に引き取り、応急処置を行う

          傷病者は、処置後は速やかに〈 実験 〉に復帰するものとし、その判断は〈 機構 〉が行う

    ( 1‐3 ) 参加者が死亡した場合。

          召喚された〈 ガード 〉は死体を〈 霊安室 〉に運び、納棺し、必要があれば死亡現場を清掃する


    ② 〈 ガード 〉は、〈 夜 〉の巡回を行う

    ③ 〈 監獄 〉への収監が決定した者がそれに抵抗した場合、〈 ガード 〉は暴力をもって強制的に収監を行う

    ④ 参加者が〈 ガード 〉に対して攻撃した場合、〈 ガード 〉には反撃が許される。使用する武器は、射出式スタンガンに限られる

    ⑤ もし、〈 ガード 〉による制圧・反撃により参加者が死亡した場合、〈 機構 〉は弔慰金3億円を支払うものとする

――――――――――


エレン(……読み進めてみたけど、参加者が死亡した場合の『被害者ボーナス』や『弔慰金』は、最も親等が近い者に送られるのか……)

エレン(人の命は金に代えられないと建前では言うけれど、かと言って代えるなら金しかないのも事実。

    交通事故でも賠償金が1億を超えることもあるから、弔慰金が3億と言われたところで、法外に高いとは感じない)


――――――――――

   【 ペナルティに関する規定 】


    ① 〈 監獄 〉に入れられた者は、その時点から報酬を時給780円とする

    ② 殺人を犯していない者を犯人として指摘した者は、探偵ボーナスをすべて取り消し、かつ報酬総額を0.5倍とする。

      このペナルティは累積する。 ただし、〈 実験 〉終了までに正しい犯人を指摘し直した場合は、この限りではない

    ③ 殺害を行おうとする際、第三者に制止されてもそれに従わなかった者は〈 ガード 〉によって制圧され、報酬を全額没収のうえ、

      以後 〈 監獄 〉に収監されるものとする

―――――――――― 


エレン(殺人を暴かれたら報酬が減るとは聞いていたけど、時給11万2000円がいきなり780円になるとは……

    手を出した人が損をするっていうアルミンの言葉が、いっそうそれっぽくなった)    
 
エレン(今現在の東京の最低賃金は869円だけど、ここは東京じゃないから780円でも問題ないのか。

    ……いや、〈 機構 〉は『日本国の法律に対して責任を負わない』って言ってたから、最低賃金なんかそもそも気にしてないんだろうな)


エレン(その他のルールは…… 〈 実験 〉終了に関する規定、守秘義務に関する規定、支払い方法に関する規定、とかか……)パラパラ


エレン(………! これは、放送で言ってたやつだ)


――――――――――

   【〈 躊躇の間 〉に関する規定 】


    ① この〈 暗鬼館 〉には、ただ1つ隠された通路が存在する

    ② その通路は〈 躊躇の間 〉に通じ、〈 躊躇の間 〉からは〈 暗鬼館 〉の外に出ることができる

    ③ 1人以上の参加者が〈 躊躇の間 〉に立ち入っている間は、〈 暗鬼館 〉へのエネルギー供給をすべて停止する

――――――――――


エレン(意地の悪い名前だ。〈 躊躇の間 〉に辿り着いているってことは、隠し通路を発見して、脱出口を目の前にしているってことだ。

    そこで『 躊躇 』することと言えば…… 『もうちょっと〈 暗鬼館 〉にいれば、もうちょっとお金が貰えるかも』と迷うこと)

エレン(それに、全員で〈 躊躇の間 〉に向かえばいいけど、抜け駆けするやつがいたり、意見が割れて脱出に加わらないメンバーがいた場合。

    残された人は、供給が停止した〈 暗鬼館 〉で何を思うか)

エレン(……ここは地下空間。エネルギー供給が止まるってことは、すべての照明が消え、換気が止まり、水も出なくなることを意味する。

    ライフラインが何もかも途絶えた人工的な閉鎖空間では、人間は生きられない)

エレン(残留グループは脱出グループを追いかけたくなるだろうし、脱出グループは〈 暗鬼館 〉に戻ろうと思うだろう。

    その2グループが鉢合わせしたら……… 躊躇というより、争いの火種だ)


エレン「……本当に、趣味が悪いな」



エレン(もういいや。〈 ルールブック 〉はざっと目を通し終わったから、気晴らしに〈 娯楽室 〉に行こうかな。

    まだバイトは初日なんだし、他のメンバーとも交流してみよう)


――――― 廻廊


エレン「〈 娯楽室 〉は、オレの部屋とは真逆の場所か。廻廊を半周する形になるな」テクテク

エレン(ん? ドアを開けようとしてるのは……)

エレン「アルミン?」

アルミン「! エレンか。君も〈 娯楽室 〉に?」

エレン「あぁ。退屈凌ぎになればと思って」

アルミン「僕もだよ。個室の居心地はいいけど、何にもすることがないもんね」ガチャッ

エレン(……よかった、今度はちゃんとドアが開いた)


アルミン「かなり広いね…… ビリヤードがあるかと思えば、卓球台もあるし、ビームライフル射撃、テレビゲーム、DVD、本棚などが揃ってる」

エレン「こっちには、オセロ、トランプ、UNO、3DSと専用ソフト。他にもルービックキューブ、ジグソーパズル、タイプライターなんかもあるぜ。

    これだけあれば、7日間退屈しないで済むな」

アルミン「ホント、良かったよ。 ねぇ、奥でライナーとベルトルトがチェスをやってるよ。行ってみよう」



ライナー「おう。お前たちも来たのか」

エレン「あぁ、〈 ルールブック 〉もある程度読んだし、せっかくここが解禁されたからな」

ベルトルト「この部屋があると、すごく助かるよね」

アルミン「……あれ? ライナー、クリスタは一緒じゃないの?」キョロキョロ

ライナー「部屋でゆっくりしたいんだとさ。さっきまでいたんだが、本を何冊か持って自室に戻ったよ」


エレン「そういえば、お前は元々クリスタと知り合いなんだよな? 初対面には見えないけど」

ライナー「あぁ。知り合いというか、付き合ってる。あいつとは幼馴染で、家が近いから子供の時からいつも一緒に遊んでた」

エレン「へぇー、やっぱりそうか。道理で親密なわけだ。ベルトルトとも知り合いなのか?」

ベルトルト「いや、僕とライナーは初対面だよ。僕は、このバイトのメンバーに知ってる人は誰もいない」


ライナー「そういうお前こそ、ミカサとは顔見知りのようだが」

エレン「まぁな。このバイトに応募する前、本屋で立ち読みしてる時に知り合ったんだ」

アルミン「ミカサかぁ…… ミカサはバイトなんかする必要なさそうに見えるけど、どうして応募したんだろう」

エレン「何でも、滞ってるものがあるらしいぞ。これだけ」ピンッ

ベルトルト「……人差し指1本分? 1万円、ではないよね…?」

エレン「オレも詳しい金額は知らないんだ。しつこく聞くと失礼かと思って」

ライナー「まぁ、何か事情があったんだろう。俺だって、クリスタの付き添いのつもりで応募したんだ」


アルミン「? どういうこと?」

ライナー「うーん…… 詳しくは言えんが、クリスタの家はちょっと複雑な家庭でな。あいつは、自ら望んでバイトに応募した訳じゃないんだ。

     それを相談されて、俺は色々考えた。 だが、不安がってるあいつの傍に少しでも居てやりたくてな……」

ベルトルト「それで、偶然2人揃って採用の連絡が来たってことか……」

ライナー「あぁ、そうだ」


エレン「ベルトルトは? 何か欲しいものでもあったのか?」

ベルトルト「僕は、夏休みになったらアルバイトを始めようと思って求人誌を見てたんだ。そしたら『1120百円』なんて数字を見つけて。

      面白い誤植だと思って話題にしてたんだけど、友達がみんな応募するものだから、周りに流されて、つい……」

ベルトルト「僕には……自分の意思がない。不甲斐ない話だけど……」

エレン「そりゃあ誰だって誤植だと思うよ。それに、周りと同じ行動を取りたいっていうのは、人間の本質だ。気にすることじゃない」


ベルトルト「君は……君は、なんでバイトに?」

エレン「オレは海外留学がしたくて、その資金を貯めるためだ。小学生の頃からの夢なんだけど、親がなかなか首を縦に振ってくれなくて」

アルミン「…………」

エレン「金銭面が理由で反対してる訳ではなくて、異郷の地に数年間も送り出すのが心配なんだろうけど。

    でも勉強を頑張って、なおかつ留学資金を自分で工面する姿勢を見せれば、熱意を汲み取ってくれるかなって思ったから……

    まぁ、今となっては〈 暗鬼館 〉から無事に帰れるかどうかってとこだけど……」

ベルトルト「でも、羨ましいよ。確固たる夢があって」


ライナー「俺にもあるぜ。絶対曲がらないものが……」

アルミン「……聞いてもいい?」

ライナー「あぁ。 ……俺は、成人したらクリスタと結婚したい」

ライナー「俺の中にあるのはこれだけだ。 絶対に、何としてもだ……」

エレン「……ぶっ!!! ハハハ!!」

アルミン「ふふふ、あはははは!!」

ベルトルト「くくく……」

ライナー「な、何だよ、ちゃんとした夢だろ!」オロオロ


エレン「いや、悪い、真剣な顔でいきなりそんなこと言うもんだから、つい……」ケラケラ

アルミン「ご、ごめんごめん。一途なのは凄くいいことだと思うよ」ケラケラ

ベルトルト「結婚式を挙げる時は、僕も呼んでね。ここで知り合ったのも何かの縁だし」ケラケラ

ライナー「~~~お前らなぁ! この! この!!」ワシャワシャ

エレン「ハハハ、悪かったって。まぁ2人とも、周りの人に気を配れる、面倒見のいい性格だ。お似合いだよ」

アルミン「うん、僕もそう思う」ニコニコ

ライナー「……おう。ありがとな………」デレデレ

ライナー「お前も、親御さんに留学を許して貰えるといいな。

     意志の強そうなお前ならやれるはずだ。 エレン・イェーガー、だったっけ?」ニヤリ

エレン「あぁ、ありがとよ。 ライナー・ブラウン、だよな」ニヤリ


昨日メンテナンスが入って投下しきれなかったので、スマホから残り分だけ投下しました。

一旦ここまで。

はよはよ


>>135 お待たせ。推敲してたら思ったより期間が空いてしまいました


Day 2

――――― 〈 食堂 〉、朝食後


ライナー「みんな。このあと、隠し通路を探してみないか?」

ジャン「隠し通路って、〈 ルールブック 〉に書いてあった、あれか?」

ライナー「あぁ。今すぐ何か起きるとは思わんが、何が起きてもすぐ出られるよう、探しておくに越したことはない」

アルミン「確かに、1日中遊んで過ごすよりかは、隠し通路探しの方が生産的だね」

マルコ「うーん…… それはそうなんだけど……」

エレン「? どうした、マルコ。歯切れが悪いな」

アニ「……探して見つかるような場所にはないと思う、そう考えてるんでしょ?」

マルコ「うん…… もし昨日のうちに僕たちの誰かが抜け道を見つけていたら、その時点で〈 ホスト 〉の目論見はご破算だったんだ。

    そうそう、普通に探して見つかるとは思えないな」


アルミン「いや、昨日の午前中には入れなかった部屋もある。一応探してみようよ」

マルコ「……そうだね。見つかれば、心の拠り所になるかもしれない」

ライナー「12人を4人ずつのグループに分けよう。特に希望がなければ、今座っているこのテーブルの座席ごとにグループを区切るが、どうだ?」

コニー「俺は構わねぇよ」

ミカサ「私も」

ベルトルト「僕もそれでいい」

ライナー「よし。じゃあ…… 俺・クリスタ・ユミル・ベルトルト。 マルコ・コニー・サシャ・アニ。 ジャン・エレン・アルミン・ミカサ。

     この3グループにしよう。 探すのは、キッチン・ラウンジ・ラウンジにあるトイレ・廻廊・霊安室・娯楽室だ。

     個室は、あとで各自で自分の部屋を調べてみてくれ」


――――― 数時間後、〈 娯楽室 〉


アルミン「……うーん…… この部屋も隈なく探してみたけど、やっぱり見つかりそうにないね」

ミカサ「本棚をどかしてみたり、床や壁に不自然な切れ目がないかも調べてみた。どれも徒労に終わってしまったけど……」

ジャン「マルコの言う通りかもな。簡単に見つかって〈 実験 〉があっという間に終わったら、記録も何も取れやしないまま終わることになる」

エレン「まぁ見つからなくても、残り5日間を平穏に過ごしてバイトが終われば、結果オーライだ。

    それより、そろそろ休憩しようぜ。重いものを持ち上げたり、床に這いつくばったりの繰り返しだ」

アルミン「そうだね。あとで食堂に行って、お茶でも飲もうか」

エレン「……振り返ってみれば、今日は朝から雰囲気がよかったな。和やかな朝メシと、他愛ない談笑。なんだか、昨日の方が神経が疲れたよ」


ジャン「そりゃあそうだろう」

エレン「? なんでだ?」

ジャン「昨日の午前中、ちょっと勘の働くヤツなら誰でもおかしいと思うような状況で、しかも何の説明もなかった。

    どんな時でも、宙ぶらりんが1番疲れるのは当たり前だろ。

    だけどその後、説明があった。〈 ルールブック 〉も配布された。 ……バカな話だと分かれば、付き合わなければいい」

ミカサ「確かに、あのあとから空気がガラッと変わった。昨日のライナーとアルミンの弁舌が、みんなの心を打ったのだろう」

アルミン「そんな、僕は何もしてないよ……でも、ありがとう」


エレン「それにしても、この部屋って何でもあるよな。

    本とかトランプは事前に予想がついたけど、まさかビームライフル射撃まであるとは思わなかったよ」

ジャン「あぁ、それは俺がビームライフル部だから、わざわざあれを用意してくれたんだろう」

エレン「へぇー、そんな部活があるのか。 ……っていうか、まさか、部活まで調べたってのか?」

ジャン「部活どころじゃないぞ。〈 機構 〉は、きっと俺たちを徹底的に調べた上で、ここに招いたんだ」

アルミン「僕もそう思う。現に、僕の好きな小説家の本がここの本棚にあった。知名度がとても高い作家という訳ではないのに……」

ジャン「このバイトに応募する時、確かに履歴書を送った。でも、あれに書いてあることと言えば生年月日、住所、学歴、志望動機くらいだ。

    アルミンの言うように、報知してもいない個人の趣味まで知ってるなら、人物像、模試の成績、家族構成、なんでも知ってるだろうさ」

エレン「……〈 機構 〉の奇怪さに拍車が掛かったな」


    ――― ガチャッ

アルミン「! ライナー達だ」

ライナー「よお。何か見つかったか?」

ジャン「いや、これといって変わったものはなかった。お前らのグループはどうだった?」

ライナー「廻廊と霊安室を調べたが、こっちも収穫はなしだ」

エレン「まぁ、そう簡単には見つからないよな、隠し通路なんて」

クリスタ「マルコ達のグループが、一旦切り上げて食堂で休憩してるよ。エレン達も少し休んだらどう?」

エレン「あぁ、ありがとう。丁度キリがいいし、行ってくるか」


――――― 〈 食堂 〉


マルコ「みんな、お疲れ様」

ミカサ「お疲れ様。 ……なんだか、いい香りがする」クンクン

アニ「サシャがさっき紅茶を淹れてくれたんだ」

サシャ「ここ、お茶やコーヒーはいいものが揃ってるんですよ。今、みなさんの分も準備してきますね」スッ

エレン(そういえば、メシの配膳や飲み物の用意はいつもサシャとクリスタに任せっきりだ。オレも何かしなくちゃ……)

エレン「いや、世話になりっぱなしじゃ悪い。座っててくれ」

サシャ「好きでやっていることですから、大丈夫ですよ」

エレン「なら、せめて手伝わせてくれ。それに、まだキッチンを見てないもんだから」

サシャ「分かりました。それじゃあキッチンを案内しますね」スッ
<jbbs fontcolor=#000000>


改行が失敗したから、再投下


――――― 〈 食堂 〉


マルコ「みんな、お疲れ様」

ミカサ「お疲れ様。 ……なんだか、いい香りがする」クンクン

アニ「サシャがさっき紅茶を淹れてくれたんだ」

サシャ「ここ、お茶やコーヒーはいいものが揃ってるんですよ。今、みなさんの分も準備してきますね」スッ

エレン(そういえば、メシの配膳や飲み物の用意はいつもサシャとクリスタに任せっきりだ。オレも何かしなくちゃ……)

エレン「いや、世話になりっぱなしじゃ悪い。座っててくれ」

サシャ「好きでやっていることですから、大丈夫ですよ」

エレン「なら、せめて手伝わせてくれ。それに、まだキッチンを見てないもんだから」

サシャ「分かりました。それじゃあキッチンを案内しますね」スッ


――――― 〈 キッチン 〉


サシャ「〈 暗鬼館 〉の構造上、キッチンは部屋の形が少しいびつなんですけど、中は結構広いんですよ」

エレン「へぇー、思ったよりこざっぱりとしてるんだな」

エレン(調度品は、冷蔵庫、キッチンテーブル、作り付けの戸棚が複数。その中には、ティーカップや湯呑なんかが並んでる。

    ……ん? キッチンにしては変だ。シンクはあるけど、ガスコンロやクッキングヒーターといった火の気がまったくない)キョロキョロ

エレン(………そうか、火気厳禁、ってわけか。 そういえば、食堂の暖炉も、ラウンジの燭台も、ただの飾りだったな。

    誰かが火事でも起こして〈 暗鬼館 〉が焼けたら、〈 機構 〉は大事な記録を取り損ねることになる)

エレン「なぁ、コンロがないんじゃ、キッチンの用をなさないだろ? 料理はどこで作ってるんだ?」

サシャ「あぁ。それはですね、」



ユミル「動くな。手の平を見せろ」


エレン「?」クルッ

サシャ「?」クルッ


ユミル「……動くなって言ったのに、なんで振り向くんだよ」ハァ

エレン「手の平を見せればいいんだろ?」サッ

ユミル「なんで片方だけ言うこと聞くんだよ……」

サシャ「どうしたんですか、ユミル。何か用事ですか?」

ユミル「あぁ。用事は、お前らが毒を入れないか見張ることだよ」

エレン「………本気か?」ハァ

エレン(随分警戒してるな。大体、オレが持ってるのは毒じゃなくて殴殺用の松明だ。 ……もちろん、それはユミルは知らないことだけど)
 
エレン「オレが紅茶を淹れにキッチンに入って、オレが持っていくんだぞ。

    それを飲んであいつらが死んだら、誰がどう見てもオレが犯人だろ。そんなことするかよ、バカ」

ユミル「バカ言うなバカ。分かってるよ、冗談だ。 私もまだキッチンを出入りしたことがなかったから、見てみたかったんだ」

エレン(睨まれながら冗談を言われるとは…… いや、ユミルは目つきが鋭いから、睨まれてるように見えるだけなのか?)


クリスタ「サシャ。暇だから私も来ちゃった」ウフフ

サシャ「じゃあ、私はエレンとユミルにキッチンの案内をするので、クリスタはポットでお湯を沸かして貰ってもいいですか?」

クリスタ「うん。ティーカップも用意しておくね」

サシャ「ありがとうございます!」

サシャ「それじゃあ、案内を続けますね。

    茶葉はそっちの茶壷の中です。ニルギリ、ダージリン、アッサム、アールグレイなど、いくつか種類があります。

    コーヒー豆はあの棚で、コーヒーメーカーも同じ棚に置いてあります」

ユミル「………紅茶なんて、どれも同じじゃないのか?」


サシャ「全然違いますよ。 ニルギリはクセがなくてすっきりしてるので、レモンティー、ミルクティー、アイスティー、どんな飲み方にも合います。

    ダージリンはストレートティー向きですし、アッサムはダージリンより香りが控え目で味が濃厚なので、ミルクティーにするのがお勧めです。

    アールグレイは柑橘系の香りなんですけど、好き嫌いの好みが人によって分かれますね」

エレン「へぇー。詳しいんだな」

ユミル「芋にしか興味ないのかと思ってたよ」

クリスタ「ちょっと、ユミル」プンスカ

ユミル「はいはい。怒った顔も可愛いな、クリスタは」

クリスタ「もー、ナンパ師みたいなこと言うんだから……」

エレン(クリスタとユミルも、随分距離が縮まったみたいだな。抜け道探しのグループが一緒だったから仲良くなったのか)


ユミル「そういえばこの冷蔵庫、何が入ってるんだ?」パカッ

エレン「……ソース、マヨネーズ、ケチャップ、ドレッシング。調味料しかねぇな。 冷凍庫は……アイスティー用の氷のみ、か」

ユミル「? 食材が何も入ってないぞ」

サシャ「食事は、時間になるとあの中に届けられるんですよ」

エレン「あの中?」

ユミル「……“Lunch Box”? 〈 弁当箱 〉というより、配膳用の昇降機だな」

エレン「オレが通ってた学校にも同じようなものがあったな。給食用エレベーターって呼ばれてた」

クリスタ「洗い物もその中にあるワゴンに置いておくと、食器類はそのまま下げられて、コップ類は洗って返されるの。

    ……ここに入れば、食器と一緒に外に出られるかもしれないけどね」クスッ

エレン(なるほど。衣食住に不便をさせないというのはこういうことか。

    参加者がこのキッチンですることといえば、〈 ランチボックス 〉から食事を取り出して、食べたあとで食器を戻すこと。

    コーヒーやお茶類を用意すること。冷蔵庫から調味料を出すことに限られる訳か)

エレン(用意されたメシの味は、昨日と今日で充分証明されてる。手間暇と金のかかった、旨い料理だった)


クリスタ「サシャ。お湯が沸いたよ」

サシャ「ありがとうございます。まずティーポットとカップにお湯を注いで、全体を温めておきます。温まったら、そのお湯は捨てます」

エレン「ふむふむ」ジャー

サシャ「ポットに茶葉と新しいお湯を入れたら、蓋をします。蒸らす時間は、細かい茶葉は2分半~3分、大きい茶葉は3~4分が目安です」

サシャ「えーっと……」キョロキョロ

クリスタ「? 何か探し物?」

サシャ「はい…… あった方が良かったんですけど、絶対なきゃダメって訳ではないので大丈夫です」

ユミル「紅茶通のこだわりか?」

サシャ「まぁ、そんなとこですかね」


サシャ「蒸らし終わったらポットの中をスプーンで軽く混ぜて、茶こしで茶葉をこしながら、濃さが均一になるようにまわし注ぎします。

    ベスト・ドロップと呼ばれる、うまみが凝縮された最後の一滴まで注いでください」

エレン「……よし、できた」フゥ

クリスタ「早速、みんなに持って行ってあげよう。きっと喜ぶよ」ニコニコ


――――― 〈 食堂 〉


ミカサ「……とてもおいしい」ホッコリ

アルミン「それに、色も香りもいい。器用なんだね、エレン」ホッコリ

エレン「サシャに淹れ方をレクチャーして貰ったんだよ。教え方がよかったんだ」

サシャ「えへへ。お役に立てて良かったです」

ユミル「それにしても、お前は紅茶マニアなのか? かなり知識があるっぽかったが」

サシャ「いえ。私の両親がカフェをやってるんですよ。私もたまにお店の手伝いをするので、紅茶とかコーヒーの淹れ方も色々と覚えまして」

ミカサ「もしかして、オリエンテーションの時に食べていたスイートポテトも、お店で扱っている物なの?」

サシャ「そうです。お父さんが作るスイートポテト、すごく美味しくて、小さい頃から大好きなんです!

    まぁ、あの日持ってきていたのは自分で作ったものだったんですけど」


クリスタ「……ねぇ、サシャ。もしかしてそのお店って、ローゼ駅の大通りのお店? トロスト市の」

サシャ「? はい、そうですけど……」

クリスタ「やっぱり!」

サシャ「もしかして、知ってるんですか?」

クリスタ「うん。私の通ってる高校の近くのお店でね、放課後に友達とよく行くんだ。

     そこで、ポニーテールの女の子が注文を取ったり、お会計してるのを何度か見たことがあってね」

クリスタ「実はここでサシャを見た時から、ちょっと似てるなぁ、って思ってたんだけど。まさか、本当にあの子だったなんて」

サシャ「そうだったんですか…! 私はクリスタのこと、全然気付きませんでした!」パアァァッ


クリスタ「このアルバイトが終わったら、また行くね! サシャのお父さんのスイートポテト、食べたくなっちゃった」ウフフ

ミカサ「私も行ってみたい。トロスト市なら、そう遠くはない」

サシャ「はい、ぜひ! ただ、今はお店が臨時休業中なんです。来月あたりから再開する予定なので、そしたら来てください」

ミカサ「臨時休業? 改装か何かをしているの?」

サシャ「いえ、ちょっとお父さんが入院してまして………」

クリスタ「そうなの…… お父さん、早く良くなるといいね」

サシャ「……はい、ありがとうございます」

エレン(………?)


――――― 昼食後、〈 食堂 〉


ジャン「……旨かったな、釜飯。昨日から和食続きだけど」

アルミン「うん…… 和食を食べさせるなら、なにも食堂を洋館風にすることはなかったのに」

コニー「もしかして、メニューに和食が多いことになにか重大な秘密でもあるんじゃねぇか!?」

エレン「例えば?」

コニー「うーん…… コックが洋食嫌いとか?」

ユミル「食べるのは私達なんだから、コックの好き嫌いは関係ないだろ」

サシャ「なんでもいいですよ、美味しければ」ムフフ

アニ「そういえばあんた、いつも幸せそうな顔しながら食べるよね」

サシャ「はい、ここの食事は毎回素晴らしいです! あえて不満を言うとしたら、ぴったり人数分しか用意されないことですかね。

    学校の給食とかだったら、おかわり自由なのに」シュン


ベルトルト「給食かぁ…… 高校生になってからは毎日お弁当だから、久々に食べたいかも」

ライナー「確かに懐かしいな。俺は最後に食べたのは3年前だ」

クリスタ「カレーが出た日は嬉しかったなぁ」

ジャン「俺はオムオムが1番好きだったな」

ミカサ「……オムオム?」

ジャン「………!!」

エレン「オムオムってなんだ?」

マルコ「オムレツのこと?」

ジャン「あっ、いや、その、そうなんだ。俺の住んでる地域では、オムレツのことをオムオムって言うんだ」オロオロ

ユミル「ふーん………」ニヤニヤ

クリスタ「わ、私の地域でもオムオムって言うよ。おいしいよね、オムオム!」オロオロ

ユミル「慈悲深い女神は人間だけじゃなく馬にも優しいんだな。このバイトが終わったら結婚してくれ!」ギュー

ジャン「おい、馬ってなんだ、馬って!」

ライナー(……クリスタと結婚するのは俺だ)ウズウズ


ベルトルト「ライナー、午後もやるんだよね?」

ライナー「! あぁ。もう少ししたら、再開するか」

エレン「……? 隠し通路探し、まだやるのか? 12人全員で取り掛かったから、もう午前中には探し尽くしただろ」

ライナー「まぁな。だが、俺が言い出したことだし、少なくとも今日1日は探してみる」

コニー「熱心なんだな。俺はもう諦めちまったよ」


アニ「……それじゃあ、私はそろそろ部屋に戻るよ」スッ

サシャ「あ、食器はテーブルに置いたままでいいですよ。あとでまとめてキッチンに持っていくので」


アニ「いや、私も女なんだし、自分の食器の片付けくらいはしなきゃ」

サシャ「じゃあ、キッチンに〈 ランチボックス 〉って書いてある背の低いエレベーターがあるので、その中のワゴンに乗せてください」

アニ「分かった」ガチャッ バタン


アニ「………」ガチャッ

アルミン「あれ? もう戻ってきた」

アニ「……サシャ、〈 ランチボックス 〉なんだけど」

サシャ「? どうかしました?」スッ

クリスタ「なになに?」テクテク

マルコ「……どうしたんだろう」

コニー「故障でもしたのか?」


アニ「ねぇ、これあんたの仕業?」ゲンナリ

サシャ「あっ! ちゃんと届いたんですね、良かったです!」

クリスタ「うわぁ、すごい量……」

ミカサ「ワゴンに、お菓子がこんなにたくさん……」

サシャ「〈 ルールブック 〉に、欲しいものがあればいつでもリクエストできるって書いてあったので、部屋にいた時に頼んでみたんです。

    お菓子とかジュースとか、色々あったらいいなって」

マルコ「スイカは食べやすい大きさに切り分けられてるね。こっちのクーラーボックスの中は、アイスがぎっしりだ」パカッ

サシャ「さすがマルコ、目の付け所がいいですね。 そうです、夏といえばスイカとアイス! みなさんで食べましょう!!」

コニー「なら、今からラウンジでトランプでもやろうぜ! 最後まで残ったヤツが、戦利品としていっぱい貰えるとか条件つけてさ」

サシャ「なるほど。頭いいですね、コニー!」

コニー「俺は天才だからな」フフン

ジャン「お子様だな、お前らは……」


アルミン「ライナー達も、気分転換にどう?」

ライナー「そうだな…… よし。通路探しはまた後でにするか。

     それに、和気藹々と過ごしてお互いの仲が深まれば、みんなの不安や不信感も薄くなって、残りの期間も過ごしやすくなるだろう」

エレン「オレも参加するよ」

ミカサ「なら、私も」

マルコ「僕も混ぜてもらおうかな」

クリスタ「ユミルもやろうよ、ね?」

ユミル「はいはい。女神さまの仰せの通りに」

エレン「アニ。お前も部屋に籠ってばかりいないで顔を出せよ」

アニ「……しょうがない。ちょっとだけだよ」

アルミン「じゃあ、12人全員の参加だね。 ふふっ、まるでパーティーみたいだ」



Day 3

――――― 翌朝、〈 食堂 〉


エレン(メニューは、ご飯と味噌汁、アジの開きに玉子焼き)

エレン(今朝の食堂も、いつも通りの和食。いつも通りの顔ぶれ。でも、)

ライナー「………」

ジャン「………」

アルミン「………」

エレン(昨日の賑わいが、嘘みたいだ)

ユミル「……昨夜、一緒にいたヤツはいるか?」


コニー「俺とサシャの3人で娯楽室で遊んでた。柱時計が9時45分に鳴ったから、そこでお開きにしたんだ」

ユミル「まだ寝てるのか?」

サシャ「…………」

コニー「………さぁ」

エレン(……〈 暗鬼館 〉、3日目の朝食。食堂に現れたのは11人)


エレン(マルコが、来ない)


ライナー「部屋を見てくる。マルコは何号室だっけ?」

コニー「昨日の夜、一緒に戻ったから知ってる。マルコは10号室だ」

ライナー「そうか。一緒に行ってくれるか?」

コニー「あぁ」

ジャン「俺も見に行く」

ライナー「……よし、行こう」ガタッ



ミカサ「………無事だろうか」

サシャ「ね、寝坊だなんて、真面目そうなマルコにしては意外ですね……」

エレン(……遊び疲れたマルコが、過ごしてる)

エレン(オレはマルコがいないと気付いた時、そう思ってた。 

    でも、本当にそう考えているのか、それでも、そう考えたいと思っているのか。 ……オレは、どっちだ?)


誤字があるので、再投下。


ライナー「部屋を見てくる。マルコは何号室だっけ?」

コニー「昨日の夜、一緒に戻ったから知ってる。マルコは10号室だ」

ライナー「そうか。一緒に行ってくれるか?」

コニー「あぁ」

ジャン「俺も見に行く」

ライナー「……よし、行こう」ガタッ



ミカサ「………無事だろうか」

サシャ「ね、寝坊だなんて、真面目そうなマルコにしては意外ですね……」

エレン(……遊び疲れたマルコが、寝過ごしてる)

エレン(オレはマルコがいないと気付いた時、そう思ってた。 

    でも、本当にそう考えているのか、それでも、そう考えたいと思っているのか。 ……オレは、どっちだ?)


エレン(……3人がラウンジを出ていって、10分は経つ。誰も朝食には箸をつけず、会話もせず、ただじっとライナー達の帰りを待っている)



    ――― ガチャッ

エレン(……戻ってきた。 ……ライナーの強張った表情を見れば分かる。きっと、いい知らせではない)


ライナー「いない」

エレン(……!)

ライナー「昨日のグループで探そう。メシは後だ」




ライナー「俺達のグループは、二手に分かれて廻廊を左右から廻ってみる」

ミカサ「なら、私達のグループは〈 霊安室 〉から見てみよう」

ジャン「……そうだな。各自の個室を後回しにするとしたら、いずれにせよ探すべきは〈 娯楽室 〉と〈 霊安室 〉しか残ってない」

エレン「あぁ。不吉な場所だけど、行こう」


――――― 〈 霊安室 〉前


エレン(真っ黒に塗られた金属製のドア、“Mortuary”。このドアの向こうは、何もかもが白い空間のはず)

ジャン「………開けるぞ…」ギイッ


ジャン「…………」

エレン「…………」

アルミン「…………」

ミカサ「…………」




ジャン「………おい」ヨロヨロ

ジャン「お前……マルコ……か……?」


ジャン「……他のやつらを呼んできてくれ! 早く!!」ダッ

アルミン「……! う、うん!!」ダッ

エレン「………嘘、だろ……」

ミカサ「……白い部屋に、赤い血溜まり…… 仰向けに倒れているのは、マルコで間違いない……」

エレン「きゅ、救急車を……警察を……、 ……!」


エレン(なに言ってんだ、オレは)


エレン(この地下空間に、警察なんていない)




ミカサ「マルコがまだ生きているなら、応急措置を施すためのルールがあったはず…… 〈 ガード 〉を、」

ジャン「……いや、もうダメだ…… どうやら、急ぐ必要はないみたいだ……」

エレン(………マルコは…… 目を見開いていて、どれだけジャンとオレがその隣で呆然としても、瞬きすらしない)

エレン「……銃で、身体のあちこちを撃たれてる」

ミカサ「…………」




クリスタ「ううっ……そんな……なんで………」ポロポロ

サシャ「………昨日まで、生きてたじゃないですか」ポロポロ

ミカサ「………」

ユミル「………」

アニ「………」

ライナー「……とりあえず、女子はラウンジで休んでろ…… あとで俺達も向かうから……」

ミカサ「うん…… クリスタ、サシャ。歩ける……?」

サシャ「……はい………」ポロポロ

クリスタ「うん……」ポロポロ


ベルトルト「……どうだった?」

エレン「オレの親父は医者なんだけど、オレは人の身体に詳しいわけじゃない…… でも、たぶん、心臓だったんじゃないかな」

エレン「身体に開いた穴の数を数えたんだ。全部で8つ。右肩に2つと、腹に5つ。それから、胸の真ん中にも1つ」

ベルトルト「そうか…… 君は勇敢なんだね」

エレン(……いや……… 血溜まりの中で倒れてるマルコに真っ先に駆け寄ったジャンの方が、よっぽど現状を正しく認識できる。

    今 なにをすべきかが明確に分かって、冷静な判断が下せるんだろう……)

コニー「……遺体は、どうしよう」

アルミン「〈 ガード 〉を呼べば…… 納棺と、現場の清拭をしてくれることになっているはずだ」

ジャン「……このままでは、気の毒だ……」

ライナー「……あとでもう一度来よう。ラウンジにいる女子も心配だ」


――――― 〈 ラウンジ 〉


エレン(……11人がラウンジに揃った。 11脚の椅子が埋まって、1つ余る…… それなのに、円卓の人形は、12体のまま)

エレン(数人が顔色をなくしているし、オレも、どこか夢の中をふわついているような気持ちだ。

    冷静な振る舞いはできているけど、思考は完全に止まっている。今は、なにも考えられない)

エレン(親父の仕事の都合上、遺体を見たことは何度かあったけど、身体が損傷している他殺体というのは初めてだ)


ライナー「みんな、聞いてくれ」

エレン(……!)

ライナー「これからは、ラウンジを出る時は3人1組だ」

エレン(……単独行動は一切禁止、か………)

ライナー「もう一度言う。3人1組だ。 幸い、トイレはラウンジに直結しているからいいが、他の場所に行く時には、必ず3人以上で行動してくれ」


ジャン「今はそんなことより、マルコを撃ったヤツを割り出すのが先だ!!」

ライナー「いや。これ以上なにも起きないようにすることの方が、先だ」

エレン(ジャンの怒りはもっともだ。分からなくはない。 ……でも、ここは明らかにライナーが正論だ)

ジャン「………あぁ。そうだな、その通りだ。 大声出して悪かった……」

ライナー「いいんだ、お前の気持ちも分かる」

コニー「……なぁ、聞いてもいいか?」

ライナー「なんだ?」

コニー「なんで、3人なんだ? 2人じゃなくて」

ライナー「……2人だと、不安だろ?」


エレン(……あぁ、そういうことか)

エレン(オレとミカサの2人で、廻廊を歩くとする。 ……もしミカサがマルコを殺した犯人で、しかもオレまで殺そうとしていたら、オレは簡単に

    殺されちまうだろう。でも、そこにジャンがいれば、ミカサも迂闊には手を出せない)

エレン(3人というのは、安全を保障する最低の単位なんだ)

エレン(……もっとも、オレはミカサが犯人じゃないことを知っている。手斧は斬殺にしか使えない)

サシャ「じゃあ、〈 夜 〉の間はどうするんですか? 私達は、各自の個室にいなければならない決まりになってます」

ライナー「それは………」

ライナー「それぞれ、充分気をつけるしかないだろう」

サシャ「……そうですか」


クリスタ「……そうだ、朝ごはん、片付けないと………」スッ ガチャッ

ライナー「待て、クリスタ」

クリスタ「え?」

ライナー「3人以上で行動だ」

クリスタ「あ、そうだった……」

アルミン「食堂にはここからしか行けないから、実際にはラウンジにいるのと同じようなものだけど。まぁ、癖にするためと思って。

     僕が一緒に行くよ」ガタッ

ユミル「……私も行く」ガタッ


ジャン「エレン。ちょっと付き合ってくれ」

エレン「? どこへ?」

ジャン「さっきのあれを、もう一度調べる」

エレン「あぁ…… 分かった」

ジャン「3人以上だったな。あとは……」

エレン(女子を誘うのもな…… やっぱり、ライナーが適任か?)

コニー「……俺が行く」ガタッ

エレン(!)

ジャン「……あぁ、頼む」


今日はここまで。投下ミスを連続してやらかしたから、ちょっと落ち込む……

よくあることさ4円

乙乙

そうか…一人目はマルコか…
この死はインシテミルと同じなのかな?

>>177 誤字脱字は今後気をつける。支援ありがとう
>>178 乙ありがとう
>>179 殺害された背景、という意味でしょうか? それは……まだ内緒です。

余談ですが。

ニファのように顔面を吹き飛ばせるくらい強力な銃もあるので、顔半分を欠損させる死に方も視野に入れてました。
が、あれだとあまりにも可哀想だと思い、顔は無傷のままリタイアさせました。


――――― 〈 霊安室 〉


エレン(……鉄臭い血の匂いが充満してる。さっきは気付かなかったな。

    よっぽど気が動転してたのか、それとも、時間経過で匂いが強くなったのか。どちらとも判断がつかない)

コニー「…………」

エレン(コニーは…… マルコの傍らに跪いて、合掌してる。自分の服が血で汚れることなんか、一切気にしてない素振りだ)

コニー「…………」スッ

エレン(瞼を撫でて、見開いたままだった目を閉じさせたみたいだ。……オレは、そこまで気が回らなかった。優しいヤツだ……)

ジャン「……殊勝だな」

コニー「………昨日は楽しかった。あのまま、12人全員で7日間が終わるものだとばかり思ってたよ。 ……俺は、マルコが気の毒でならない」

コニー「マルコは、恨みなんか買うようなヤツじゃなかったのに。できることなら、仇を討ってやりたい」

エレン「そうだな。オレも協力する」


ジャン「……仇を討つといっても、なにか気付いたことでもあるのか?」

コニー「気付いた、という訳じゃないけど」

コニー「……まず、アルミンは違う。それから、ジャン、お前も違うと思う」

ジャン「? そう思うのは、なんでだ? 確かに俺は犯人じゃないから、当たってはいるけど」

コニー「……別に、理由とか根拠はない」

コニー「初日、『金欲しさに手を出したらバカだ』って話になっただろ。

    アルミンはそれを言った張本人なんだから、周りからバカのレッテルを貼られるようなことはしないと思う」

コニー「ジャンも同じような感じだ。お前の性格からすると、お前にとって、自分が周りからバカだと思われるのは耐え難いことだろ?

    だから、この2人は違う」
    
ジャン「……つまり、違うと思うから違うってことか。それじゃあ、理由にならないだろ?」

コニー「だから、理由なんかないって言ったろ。正直、勘ってやつだ。

    俺はバカだからな…… アルミンみたいに賢くないから、直感をそのまま口にしただけだ」

コニー「……それでも、大金に釣られて人殺しをする『バカ』の考えはまったく理解できねぇけどよ」


エレン「なぁ、コニー。 気を悪くしないで欲しいんだが…… 昨日の夜の、娯楽室から部屋に戻るまでのことを、教えてくれないか?」

コニー「あぁ。娯楽室を出たあと、マルコと俺とサシャの3人で、廻廊を時計回りに歩いて帰ったんだ。

    サシャを部屋まで送って行こうって話になったから。

    サシャとは3号室で別れて、その次にマルコが10号室に入っていって、最後の俺がそのまま自分の部屋に帰った」

ジャン「マルコに変わった様子はなかったか? 誰かに〈 霊安室 〉に呼び出されてるとか、そういったことは言ってなかったか?」

コニー「いや、普通だった。3人で遊んでるときも、別れ際も、特におかしな雰囲気はなかったと思う」

コニー「……サシャもショックだっただろうな。『また明日』って言って別れた相手が、次の日には物言わぬ死人になってたんだから………」



アルミン「ジャン、様子を見に来たよ。どう?」

エレン(! ライナーとアルミン、それからアニもいる)

ジャン「あぁ…… 話し込んでいて、まだ調べ始めてなかったんだ」

アルミン「そっか。僕も、遺体を見て思うことがあったものだから」


エレン「思うこと?」

アルミン「うん。 ……マルコは、撃たれて倒れたのかどうか」

ライナー「? どういうことだ? その……射殺されたのは明白だと思うが」

アルミン「撃たれて倒れたのか、倒れていたところを撃たれたのか、ってことだよ。立っていたマルコに8発も撃っただけでも残酷な人間だけど、

     もし、何らかの理由で倒れていたマルコをここぞとばかりに撃ったのなら、そいつは悪魔だ」

コニー「……なるほど」

アニ「どうすれば調べられる?」

アルミン「そうだね…… マルコを動かして、身体の下の床に穴が開いていれば、倒れたところを撃ったことになる。

     部屋中を探して、マルコを撃ち抜いた弾が見つかれば、立ったところを撃ったことになる。

     遅かれ早かれ、彼を棺桶に入れてあげたい…… その時に分かると思うよ」

エレン「分かった。 ……それで、ジャンはなにを調べたかったんだ?」

ジャン「あぁ、そうだな。ちょっと待っててくれ」スッ


エレン(? 歩き出したぞ。どこに行くんだ?)

ジャン「確かこの辺の床に…… あぁ、あった」ヒョイ

ジャン「これだ。さっき見つけたんだが……さすがにあの場ではじっくり見る気がしなくてな」

ライナー「2センチくらいの長さの、金属製の筒……?」

ジャン「あぁ、薬莢だ。これは……9ミリ弾か」

エレン「9ミリ? なんでそんなことが分かるんだ?」

ジャン「書いてあるからだよ。ほら」

エレン(……本当だ。9mmって刻んである。弾丸の直径が9ミリってことか)

コニー「こんな証拠品を、なんで残したままにしておいたんだ?」

ジャン「これがどれ程のことを物語るか、知らなかったんだろう」

エレン「それに、カードキーの〈 十戒 〉に『 犯人は、殺人に用いた凶器を湮滅してはならない 』ってあるからな」


アルミン「いや、湮滅と隠滅は、厳密には意味がちょっと違うんだよ」

ライナー「そうなのか?」

アルミン「うん。湮滅は『跡形もなく消えてなくなる』って意味で、隠滅は本来『見えないように隠す』ことなんだ。

     わざわざ区別して“湮滅”と書いてあるってことは、隠滅、つまり証拠品を現場から持ち去って隠すことは〈 機構 〉は認めているんだ」

アルミン「湮滅を禁止したのは、証拠品がなにも存在しない状況だと参加者の犯人探しが難航するからじゃないかな。

     〈 ルールブック 〉にもある通り、〈 機構 〉は殺人だけじゃなく、僕達が殺人を暴いていく過程も期待しているはずだから」

コニー「……つまり、簡単に言うと?」

アルミン「薬莢の持ち去りは禁止されてないのに、犯人はそれをしなかった、ってこと」

アルミン「……まぁ、隠し持っているのが明るみになった時のことを考えると、かえってその場に残した方が安全なのかもね」


ジャン「それにしても、9ミリのセミオートか。随分な違いだな」

エレン(……“随分な違い”っていうのは、たぶん、ジャンが手にした『凶器』との違いだろう)

エレン(確かにオレ自身の『凶器』も、たかが知れた木の棒1本。拳銃とは随分違う。

    拳銃を持った相手が襲ってきたとして、あの棒1本で大丈夫なんだろうか。

    背後から殴りかかったり、物陰に隠れて突然襲うとかの不意打ちじゃないと、拳銃には通用しないと思うけど……)

アニ「調べたいことは、それで全部?」

ジャン「……あとは、薬莢の数を数えたかった。でも、後でいいだろう。……マルコを納棺してもらおう」

ライナー「そうだな。このままじゃ、むごい。一度、ラウンジに残ってる連中と合流しよう」スッ

ジャン「あぁ」スッ

コニー「……マルコ、じゃあな」スッ


アニ「アルミン」

アルミン「? なに?」

アニ「あんた、正直な話、夜までに誰の仕業か突き止められる?」

アルミン「……分からない」

アニ「そっか…… このまま夜になると………」

エレン(なんだ? 大抵のことじゃ物怖じしそうにないアニが、目に見えて不安そうだ。アルミンもどこか憂い顔だし……)

エレン「夜になると、どうなんだ? 今日のうちに割り出すのが無理なら、明日でもいいだろ?」

アルミン「えっ……」

エレン(………?)

アニ「……あんた、今日までよく眠れた?」

エレン「……あぁ、まあまあ」

アニ「そう」


アニ「………今夜からは、難しいだろうね」


――――― 〈 ラウンジ 〉


ライナー「片手を挙げて発言、だよな」

ジャン「あぁ」

ライナー「よし……〈 ガード 〉!」スッ



エレン(……来た。自動で開くドアと、モーター音と、銀色のボディ。呼んでから到着まで2分とかからなかったな)

アルミン「いいかい、〈 ガード 〉。君に指示する」

アルミン「〈 霊安室 〉にあるマルコの遺体を棺桶に入れて、血を洗い流してくれ」

エレン(……〈 ガード 〉は言葉で返事をする代わりに、低いモーター音を唸らせてアルミンに背を向け、そのままラウンジを出ていった)

ミカサ「……ロボットに任せて、本当に大丈夫だろうか」

ライナー「あとで様子を見に行こう。粗末な働きぶりだったら、〈 機構 〉に文句をつけてやる」


――――― 1時間後、〈 霊安室 〉


エレン(確かに、マルコの遺体は片付けられてる。〈 ガード 〉の性能の高さは、これで証明された)

アルミン「……遺体があった真下の床には、弾が当たった穴も傷もない。マルコは、撃たれた時は立っていたんだ」

ベルトルト「アルミン。部屋の中を探したら、薬莢が9つ、人体を貫通した弾が8つ、壁に当たって潰れた弾が1つ見つかった」

ジャン「ということは、マルコを撃ったヤツは9発発射して、1発を外したのか」


エレン「……なぁ、あの〈 ガード 〉、大丈夫なのか? まさかとは思うけど、あいつが暴走して、とか………」

ジャン「暴走、か。メンテナンスルームがなんのためにあると思ってる」

エレン「だから、整備を受けてまともに戻ったのかもしれないだろ?」


ライナー「そう考えられれば、1番気は楽だな。俺もそうだと思いたい」

ライナー「だがな、目を逸らしたいことが起きた時、それを人外の『怪物』のせいにするのは、ただの現実逃避だ」

アルミン「暴走の可能性は低いだろうね。それに〈 ルールブック 〉を見る限り、あの〈 ガード 〉が備えているのは射出式スタンガンだ。

     仮に僕達を感電死させることがあったとしても、射殺することはできない」

エレン「……そうだよな。出任せ言って悪かった」


エレン(………遺体はなくなったけど、血の跡も、匂いも、はっきり残ってる。〈 ガード 〉の掃除が行き届かなかったせいじゃない。

    それを綺麗に拭い取ることは、誰にも到底不可能なんだろう……)


――――― 個室


エレン( 50…………55、56、57、58、59、)

エレン(『 22:00:00 』)


エレン(……〈 暗鬼館 〉に、〈 夜 〉が来た)



エレン(昼間、〈 霊安室 〉でアニに言われたこと。『今夜からは、難しいだろうね』。)

エレン(オレだって、バカじゃない。〈 夜 〉になるまでの10時間以上の間に、その意味はよく分かっていた。

    ジャンが、アルミンが、アニが、そしてライナーが。〈 夜 〉が来るまでに射殺犯を割り出そうとしていることも、よく分かった)

エレン(でも、誰がマルコを撃ったのかという根本的な問題には、まったく迫ることができなかった)

エレン(……射殺犯の影に怯えながら、倦み疲れながら、個室で朝を待つしかない)

エレン(つまり、この〈 夜 〉から、〈 暗鬼館 〉はその本当の姿をさらけ出すんだ)


エレン(個室のドアには、鍵がかからない。そんなこと初日から分かっているのに、さっき部屋に入った時、指が鍵を求めて彷徨った)

エレン(ドアも、重量があるくせに動きは極めて滑らかで、スライド式なのにほとんど音がしない)

エレン(勢いをつけて開閉すればそれなりの音は立てるけど、ゆっくり開けた場合、硬いものが擦れ合う音がほんの僅かに聞こえる程度。

    しんと静まり返った〈 暗鬼館 〉だからこそ聞こえる音だ)

エレン(床も、毛足の長い絨毯が敷かれてる。一歩踏み出すごとに足の裏に心地よさを伝えてくれる、いい絨毯だと思っていた。……昨夜までは)

エレン(なんて、甘い考えだったんだ)

エレン(毛足の長い絨毯。いくら歩き回っても、足音は繊維に吸い込まれて消えていく。

    足を振り上げて絨毯に叩きつけると、ようやく足音をいえるほどの足音が、耳に届くんだ)



エレン(……やっぱり、これじゃ………)


エレン(低反発マットの寝心地のいいベッドで、大の字になって寝ている時……)

エレン(誰かが、そっと、オレの部屋のドアの取っ手を引いたとしても。そのドアに鍵はなく、しかも、開閉音さえもしない)

エレン(更に、その誰かが、殺意を持ってオレのベッドに近寄ったとしても。この絨毯の上では、足音なんて無縁だ)


エレン「……くそっ!!」


エレン(〈 暗鬼館 〉の個室。 それは、誰でも簡単に入り込めて、無音のままで枕元に立てるよう、デザインされていたんだ……)ギリッ


エレン(トイレにも、鍵はかからない。洗面所にも、鍵はかからない)

エレン(だけど個室の中で唯一、鍵がかかる場所がある。それは実質、〈 暗鬼館 〉の中でただ1ヶ所、任意に鍵をかけられる場所だ)

エレン(それが、浴室だ。湯船があって、シャワーがあって、ガラス戸には鍵がある。一般家庭の窓にも付いている、ありふれたクレセント錠だ)

エレン(でも、〈 暗鬼館 〉は、安直な逃げ場を参加者に与えない)

エレン(サウナみたいな、熱気が吹き付けてくるこの暑さ。浴室がなんでこんなに暑いのか、初日からずっと疑問だった。

    不快なまでの室内温度は、なにかの機械の故障なんじゃないか、と思ってもいた)

エレン(でも、殺人者が出た3日目の夜になって、その真意が分かった)


エレン(“そこで眠ることを妨げるため”に、浴室の温度は上げてあるんだ)


エレン(どれほど歯を食いしばっても、30分は耐えられない。

    もしも浴室に籠城して一夜を過ごそうとするなら、殺し合いとは違う理由で、命の心配がいるだろう)



    ――― ピッ ギィ

エレン(……きっと使わないだろうと思っていた、〈 おもちゃ箱 〉の中の、この松明)ヒョイ

エレン(護身用としていつでも振るえるように、常時手に持ってた方がいいんだろうか? それとも、ベッドの中に隠した方が……)

エレン(いずれにせよ、射殺犯が部屋に乗り込んできてから〈 おもちゃ箱 〉を開けるようでは手遅れだ)チラッ

エレン「………あれ?」



エレン(部屋のドアが、ほんの少し開いてる。なんで……?)

エレン(誰かが、部屋を覗いたのか? それとも………)



エレン(誰かが、部屋に入ったのか?)


エレン(さっき浴室を確認しに行ってたから、ベッドルームを数分間不在にしてた。その隙に……?)

エレン(! そうだ、松明を……!)ギュッ

エレン(足音はしないから、忍び足になる必要はない。 ……いや、それは侵入者にとっても同じことじゃないか?)

エレン(もし、いつの間にか後ろに回り込まれていたら……!!)クルッ



エレン(………なにもない。クリーム色の壁紙があるだけだ……)


エレン(いや、まだ安心はできない。部屋のどこかに潜んでいるかもしれないんだ。見に行かなくちゃ)スッ



エレン(まずはクローゼットだ…… 1、2の…3……!!)ガチャッ

エレン(……誰もいない)



エレン(トイレの中は……どうだ………!!)ガチャッ

エレン(……誰もいない)


エレン(浴室にいる間に侵入されたんだとしたら、論理的に言って、洗面所と浴室にいる可能性は低い。

    ……でも、低いだけだ。もしかするとってこともある)

エレン(くそっ……固く握りすぎて、右手が松明に張り付いたみたいだ。汗で滑るような気がする。握り直そうにも、緊張で指が動かない……)



エレン(………よし!!)ガチャッ

エレン(……洗面所にも、誰もいない、か……… そうなると、残りは浴室のみ……)スッ

エレン(! 人影が………!!)ビクッ


エレン(…………いや、分かっていた。洗面台に鏡があることは、最初から分かっていたはずだ。それなのに、オレときたら……)

エレン(鏡に映ったオレの姿。目は赤く血走ってるし、肩をすくめて猫背になってやがる)


エレン(オレは、こんなにも臆病者だったのか)


エレン(……自分の姿を見て、少しだけ落ち着きを取り戻したような気がする。浴室を覗いたら、これで終わりだ。さっさと済ませよう)ガラッ

エレン(……やっぱり、誰もいない。湯船も、透明なお湯が張ってあるだけだ。

    そもそもこの暑さじゃ、誰かが長時間潜むことはありえないもんな。 ……ベッドルームに戻ろう)スッ



エレン(いらない心配をして神経が張り詰めた。ベッドで少し横になろうかな……)ガチャッ バタン

エレン(……! 『 夜 』『 侵入者 』『 ベッド 』で、思い出した…… 前に聞いた都市伝説に、こんなのがあったはずだ……!)

エレン(『 斧を持った男がベッドの下にいて。部屋の主が眠るのを待って、這い出てきて……』)


エレン(……いる)


エレン(誰かが、ベッドの下に隠れてる!)


エレン(間違いない、誰かがそこにいるのは明らかだ。どうやって暴こう? どうやって追い詰めよう?)

エレン(静まり返ったこの部屋に、オレの心臓の音が響き渡っているような、そんな気さえする。

    でもベッドの下の相手からは、オレの足しか見えない。歩き回っていれば、平静は装えるはずだ)

エレン(大丈夫だ、相手が這いつくばっているなら、先手はこっちが取れる。

    のこのこと出てきたところを、立ち上がる前に、松明をぶちかませば片がつく)

エレン(でも…… その“誰か”が顔を出した時に、オレはためらいなく、そいつの脳天に松明を振り下ろせるのか?

    迷いが生じて躊躇している間に、相手に隙を突かれて撃ち殺される可能性もある。相手は拳銃を持っているんだ)

エレン(……それとも、マルコを殺したヤツとは違う誰かが忍び込んだのか? だとしたら、そいつは誰だ? 何を持っている?

    そもそも、この6号室の主が誰だか、知っているのか?)

エレン(この部屋の主を知っているのは、たぶん、2人だけだ。凶器をして斧を与えられたあいつと、ビームライフル部だというあいつ)

エレン(……考えても埒が明かない。もういい。こっちから仕掛けてやる)スッ


エレン(………そのツラ、見せろ!!)ガバッ


エレン「……!?」


エレン(………誰もいなかった。6号室には、誰も忍び込んでなんかいなかった)ゴロン

エレン(部屋に戻ってきてドアの開閉音を確かめたとき、ちゃんと閉めなかったんだ。それだけのこと。ただの思い過ごしだ。自分のミスだった。

    ……これじゃ、疑心暗鬼そのものだ。疑う気持ちが強くなると、なんでもないことが恐ろしく思えてくる)

エレン(きっと〈 機構 〉の連中は、1人でビクビクしているオレの様子を笑って見てるんだろう……)ギリッ


エレン(さっきの一件にかなりの時間を費やしたと思っていたのに、まだ11時にもなってないなんて……)

エレン(……〈 暗鬼館 〉の〈 夜 〉は、始まったばかりだ)


短いけど、キリかいいので今日はここまで。

乙!

おつ。おもしろい
原作知らんくて映画しか見てないわ。
でも主題歌が好きで二回DVDでみた。
ミカサがゲームマスターなのか。アルミンか。

臨場感半端無いなー乙
まさに疑心暗鬼だね

まだかまだか

>>203 乙ありがとう

>>204 ありがとう。あのインパクトのある主題歌は自分も大好きです

>>205 緊迫感が伝わったみたいで、何よりです

>>206 大変お待たせしました。ちょこちょこ書き直してたら、予想外に手間取ってしまった


Day 4



エレン(………午前4時、か…… 〈 夜 〉が終わるまで、あと2時間)

エレン(松明を抱えたまま、結局一睡もできなかった。

    それに、昨日は食欲がなくて昼メシも晩メシもほとんど食べられなかったから、今になって腹が減ってきた。

    空腹と疲労が重なって、気を抜くと今にも意識が飛びそうだ)

エレン(眠気が頂点に達して、座っていたベッドから転げ落ちたのも一度や二度じゃない。

    その度に、必死に我を保とうと、腕や太股をつねって耐えてきた)

エレン(……あのドアを、ロックすることさえできたら………)チラッ

エレン(でも、案の定、個室にはそれに使えそうな道具は何一つなかった。

    松明をつっかえ棒にできないか格闘してみたけど、どんなに工夫しても、ドアを開閉不能にすることはできなかった)

エレン(ベッドをドアに押し当ててバリケードにできないか、考えもした。……けれど、〈 暗鬼館 〉の周到さにまた1つ、気付かされただけだった)

エレン(……スライド式のドアには、バリケードなんて何の意味もない。

    もちろん、洋館風の造りに似合わないスライド式は、そのために採用されたんだろう)


エレン(しかも。……たぶん、このドアは防音になってる)


エレン( 1日目の朝。目を覚ますと、ミカサがオレの部屋にいた。

    そのこと自体、個室で眠っている間は侵入者に気付かないという証明になるけど、問題はその先だ)

エレン(……持参した〈 おもちゃ箱 〉から斧を取り出したミカサ。薪割りに使えそうな木材は持ってないと答えたオレ。

    唐突に斧で素振りを始めたミカサ。それに驚いて、思わず悲鳴を上げたオレ)


エレン「……ふっ。ははっ」

エレン(たった、3日前のこと。……3日前のオレは、なんて暢気だったんだろう)

エレン(思い返してみれば。 悲鳴を上げた直後、叫び声に驚いてオレの部屋を訪ねたやつは、いなかった。

    ミカサと朝食を食べに食堂に行った時も。そこには既に7~8人はいたはずなのに、誰一人悲鳴について聞いて来なかった)

エレン(……おそらく、)

エレン(この部屋でなにが起きても、重厚な防音構造のドアに阻まれて、悲鳴は誰にも届かないんだろう……)




エレン( 5時、40分。……あと20分で〈 夜 〉が終わる。この部屋から解放される。 ……というか、)

エレン(なんでオレは、バカ正直にドアを見張ってるんだ?)

エレン(……ドアを開けて部屋の前に誰かいないか確認するくらい、構わないんじゃないか?

    〈 ルールブック 〉には、ドアを開けるな、とは書いてないし、それだけなら“部屋から出た”ことにはならない)

エレン(そうだ、そうしよう。ドアを少し開けて、その隙間から廻廊の様子を伺ってみよう)スクッ 


エレン(……相変わらず、音がしないドアだ)スーッ

エレン(………廻廊の暗さも相変わらずだ。湾曲した廻廊は、ほんの数メートル先でカーブの向こうに消えている。その先は見通すことができない)

エレン(あれも、1日目だったか。オレとミカサとジャンが、“散歩”と称して廻廊を歩いていた時。

    カーブの出会い頭に、ミカサとユミルがぶつかりそうになったことがあった。廻廊も床はフェルト張りで、足音はほとんどしないからだ)

エレン(……もしかしたら、あのカーブの先で誰かが息を潜めているかもしれない。無防備にドアを開けていたら一瞬で襲われる)

エレン(隙間から外を伺うのも、やっぱりやめよう。結局、ドアを閉め切っているのが一番安全………!?)ビクッ

エレン(なんだ? 廻廊を一筋の光が走った。早く閉めなきゃ!)ピシャッ


エレン(……あの光は、懐中電灯か何かか? ライトを手に、〈 夜 〉の廻廊を歩くやつがいる。

    ルールを破り、薄暗がりも、先の見えないカーブも恐れていないやつが………)

エレン(まずい…… ドアを開けていたから、オレの部屋の明かりが廻廊に漏れていたはずだ。

    オレが相手の光に気付いたように、相手も6号室から漏れた光に気付いた可能性が高い)

エレン(そいつは、オレをどうするだろうか? 口封じのために、この部屋に入ってくるかもしれない…… ドアを押さえつけなきゃ!)ギュッ

エレン(…………)

エレン(…………)

エレン(……来ないな)



エレン(………どれくらい経ったかな。一応ドアは押さえ続けているけど、恐怖は少しずつ薄くなってきた。 ……それにしても、)

エレン「今のは、誰だったんだ?」


エレン(………こんなことを考える余裕が出てくるなんて、我ながら不思議だ)

エレン(今の今まで、死の恐怖に怯えていたはずだ。

    血溜まりの中で仰向けに倒れていたマルコの死に顔が脳裏をよぎって、まどろむこともできない夜を過ごした後で、

    ルールを破って廻廊を出歩く何者かに対して必死にドアを閉ざしていた)

エレン(それなのに、ひとたび相手が襲って来ないと分かると、それが誰だったのか、知りたいという気持ちを抑えられない)

エレン(すぐにでもドアを開けて廻廊を覗き込みたいけど、このまま開けたらさっきと同じだ。暗い廻廊に光が差す。

    ………まずは、部屋の電気を消すか)パチッ

エレン(………よし、もういいかな。開けてみよう)スーッ

エレン(……部屋の正面には、誰もいない。廻廊の向こうに行くか、行かないか………)

エレン(いや、オレは決めていたんだ。必ず、相手を見る)スタスタ


――――― 廻廊


エレン(オレ自身、その衝動をどう説明していいのか、分からない。

    これは、純粋な好奇心なんだろうか。それとも、怪しいヤツの正体を知ることが、マルコに少しでも報いることになると信じてのことだろうか)

エレン(……右と左、どっちに行った?)チラッ

エレン(………光が、左のカーブの奥に微かに見えた。怖がることはない。見つからなければいいんだ。光の主を追ってやる)スッ


エレン(……7号室の前を過ぎ……8号室も通り過ぎ……9号室の前まで来た)

エレン(あそこか………)チラッ

エレン(……光は、懐中電灯じゃなかったのか)

エレン(機体に据えられた、ヘッドランプみたいなものからライトが放たれてる。低い駆動音を発しながら自らの正面を照らしている、あれは、)


エレン「……〈 ガード 〉、か………」


エレン(そうか。〈 夜 〉の間、ルールを破って個室を出ているヤツがいないか、巡回しているんだ。

    1日目の昼過ぎに読んだっきりだけど、〈 ルールブック 〉の一文を、今でもはっきりと覚えてる)


エレン(『〈 夜 〉の間、〈 ガード 〉は定められたルートに従い、個室を除いた各部屋の巡回を行う。

      ただし、個室にその部屋の使用者ではない人物がいる場合、〈 ガード 〉はその個室の巡回する 』)


エレン(あれは、敵ではない。部屋に入ってくることもない。……でも、部屋から出ることも、誰かの部屋に集まることも許さない。

    オレ達が決して“安心”できないよう、見張っている)

エレン(しかも、あれは、襲われているマルコを助けることもなかったんだ……!)

エレン(ふざけんな、ぶっ壊してやる…… と言いたいところだけど、感情に任せて本当に〈 ガード 〉に松明を振るう訳にはいかない)

エレン(……あと10分もすれば、外出禁止が解ける時間になるはずだ。一旦部屋に戻って、残り時間を耐えよう)スタスタ


――――― 個室


エレン(デジタルの目覚まし時計が、6時になった。……〈 夜 〉が、明けた)ハァー

エレン(本当に、なんて長い一晩だったんだ。同じだけの時間を、既に2度も、呑気に寝て過ごしていたなんて信じられない)

エレン(……結局、一睡もしなかった。もしかしたら数十秒、数分、意識が途切れた瞬間はあったかもしれない。

    でも、睡眠が本来もたらすはずの“休息”を取ったという気分は、まったくしない)

エレン( 1人の死人、1人の殺人者は、〈 暗鬼館 〉の〈 夜 〉を、まさに一変させた。でも、それもようやく終わった。

    個室を出て、ラウンジに行こう。1人でいるより2人でいる方が不安は大きいかもしれないけど、3人なら確かに安心できる。

    もっと多ければ、それだけ気は楽になる)

エレン(疲労と空腹と眠気がないまぜになって、ベッドから立ち上がることさえ面倒だ。でも、このままここで寝たいとは思わない)

エレン(………あと16時間で、また〈 夜 〉が来る。それまでにマルコを殺したヤツを特定できないと、また同じ〈 夜 〉になる。

    冗談じゃない。殺人者は何としてでも突き止めなくちゃ…… ラウンジで会ったら、アルミンと少し相談してみよう)


エレン(……そういえば、一晩中右手に松明を握り締めたままだったな)チラッ

エレン(個室の外に殺人者がいるのは、間違いない。それは〈 夜 〉であれ、それ以外の時間帯であれ、変わりはない。

    なら、身を守る武器は、持って行った方がいいんじゃないか……?)

エレン(………いや、バカなことだ)フルフル

エレン(凶器を引っさげてラウンジに行ったら、『オレはこれから暴れます』と宣言してるようなものだ。10人全員を敵に回すことになる。

    これは〈 おもちゃ箱 〉にしまっておこう)

エレン(……凶器といえば、オレが“殴殺”の松明で、ミカサが“斬殺”の斧。

    現時点で他に分かってるのは、マルコを殺したヤツが所持してる“射殺”の銃だけだ)


エレン(………他の9人は、何を割り振られたんだろう……)


エレン「………よし」

エレン(顔も洗ったし、ナイトガウンから私服に着替え終えた。朝メシの時間にはまだ早いけど、もう部屋から出たい)ガラッ

エレン「!?」ビクッ

ミカサ「!」

エレン「……なんだ、ミカサか。脅かすなよ」

ミカサ「おはよう、エレン。ちょうどインターホンを鳴らそうとしていたところだった」

エレン「おはよう。なにか用事か?」

ミカサ「そう」グイッ

エレン「! なんだよ、急に腕を引っぱ――」


ミカサ「一緒に来て。走って」


エレン「おい、どこに行くんだよ?」タッタッタッ

ミカサ「12号室。エレンを呼んでくるよう、ジャンに頼まれた。部屋にいるか確認して、いたらすぐに連れて来てほしい、と」タッタッタッ

エレン(なんだか、口調も表情もいつもより固いぞ…… 緊急事態ってことは、まさか)

エレン「まさか、また、」

「キャーッ!!!」

エレン(!? 今の声は、クリスタだ!)

エレン「……また、誰か殺されたのか!?」

ミカサ「ええ」

エレン「誰が……!?」


ミカサ「コニー。 コニー・スプリンガーが、殺された」


――――― 廻廊


エレン(くそっ、〈 暗鬼館 〉の湾曲した廻廊は、こうして急ぐときにも大きな妨げだ。連なるカーブに阻まれて、気が焦るばかりだ)タッタッタッ

ミカサ「そこのカーブを曲がったところに、他のみんなもいる」タッタッタッ


クリスタ「もう嫌、こんなところ……! ここから出たい! ねぇ、ライナー、もう嫌だよ……!」

ライナー「……大丈夫だ………」

ベルトルト「………」

アニ「………」

ユミル「………」

エレン(泣き叫んでるクリスタは床にへたり込んでいるし、アニも虚ろな顔をしてる…… ユミルは手を握り締めて、怒りを抑えているみたいだ)

エレン(壁に据えられた“Private Room 12 ”の表札の手前でかがみ込んでいるのが、アルミンとジャンか……

    2人の視線の先には、微動だにしない身体が横たわってる)


アルミン「……エレン、コニーが………」

エレン「………」

エレン(うつ伏せに倒れてるから顔が見えないけど、小柄な体格と短く刈り込んだ坊主頭は、確かにコニーだ……

    血溜まりはないし、昨日の〈 霊安室 〉の時みたいな鉄の匂いもしない。 でも、首に突き刺さってる、アレは……)


ジャン「なぁ…… どう思う?」

エレン「……こういっていいものか、迷うんだけど」

ジャン「あぁ」

エレン「………あっけないものだな」

エレン「マルコの時はひどかった。べしゃべしゃに血にまみれて、あそこまでしないと人は死なないもんなのか、と思った。

    ……でも、コニーは対照的だ。血なんかほとんど流れてないじゃないか。本当に……死んでるのか?」

ジャン「確かにな。マルコに比べたら綺麗なもんだ。でも、死んでる。間違いない。首の後ろに矢が刺さってるんだ。貫通はしてないけどな」

ジャン「……いい腕だ。後ろ髪の生え際、うなじのど真ん中を射抜いてる。

    確かここをやられると、人は即死するって聞いたことがあるんだ。 犯人は、弓の名手なんじゃないか?」


ミカサ「それは、どうだろう」

ジャン「……?」

ミカサ「よかったのは腕じゃなく、運かもしれない。

    人を即死させられる場所は脳幹だけではないのに、首なんていう細い場所をわざわざ狙うのは、変だ。

    あまり狙わずに射たら、偶然いい場所に当たった。そういうことかもしれない」

ジャン「……なるほど」

エレン(マルコの仇を討ちたいと言っていたコニーまで殺されるなんて……)

ジャン「……さっき、どう思うって聞いただろ?」

エレン「ん? あぁ」


ジャン「コニーは、矢で殺されてる」

エレン「そうだな」

ジャン「死人が2人になったのは、気の毒だ。でもな、エレン。……多分だが、人殺しも2人になってるぞ」

エレン「……!」


ライナー「………なぁ」キョロキョロ

アルミン「どうしたの、ライナー?」


ライナー「……サシャは、どこだ?」


ベルトルト「! まさか、あの子も……!」

エレン(………いや、ひょっとすると)

エレン(……『まさか、サシャも』じゃなくて、『まさか、サシャが』、じゃないか……?)

アニ「……気付かなかった。すぐに探そう」

ライナー「サシャが何号室か、知ってるヤツはいるか?」

ジャン「……あいつは3号室だ」

ライナー「それは、確かか?」

ジャン「あぁ。昨日、コニーがそう言ってた。ミカサも、以前サシャ本人が3号室だって話していたのを聞いたらしいから、間違いない」

アルミン「3号室だと、ラウンジを挟んだ反対側の廻廊だ。ここからだとちょっと遠いね」

ライナー「姿が見えないとなると、まずはサシャの命が無事かの確認だ。

     それから…… サシャを犯人と決め付ける訳じゃないが、何か事情を知ってるかもしれない。

     この12号室に潜んでいないか確認して、それから3号室に行こう」


――――― 3号室 ドアの前


アルミン「……弓矢を持っているかもしれない。ドアを開ける時は半開きまでにして、扉を盾にした方がいい」

ジャン「ありがたい助言だな。助かる」コクッ

ジャン「……サシャ! いるか!?」ガラッ

ライナー「!! 伏せろ!!」

エレン「っ!!」バッ

エレン(……廻廊の壁に矢が突き刺さった……危なかった)チラッ

アルミン「エレン、大丈夫!?」

ジャン「あいつ、矢を放ちやがった……!」

ライナー「おい、サシャ!!」ダッ

ジャン「!!」ダッ

エレン「!!」ダッ


サシャ「嫌!! やめて、放してくださいっ!!」

ライナー「サシャ!! 大人しくしろ!!」

サシャ「死にたくない!! 助けてっ……!!」バッ

ライナー「あっ! おい!!」


ジャン「あいつ洗面所の方に……待て、サシャ!!」

ジャン「くそっ、鍵を……!」ガチャガチャ

エレン「浴室に立てこもるなんて……!」ドンドン

ライナー「無駄なことをするな、サシャ!!」

サシャ「みんなして、私を殺す気ですかっ!?」

ライナー「アホか! そんなところにいたら、それこそ死ぬぞ!」

サシャ「嫌っ!! ……もう、嫌です……怖い、家に帰りたい……」グスッ

ライナー「……だったら、出てこい」

サシャ「…………」


――――― 3号室 ベッドルーム


ベルトルト「ライナー、怪我はない?」

ライナー「あぁ。肘打ちを食らったが、問題ない」

ジャン「サシャは、浴室に逃げて鍵をかけたよ」

アルミン「浴室……? あんなところ、他に逃げ場もないのに」

ジャン「無我夢中だったんだろ」

ライナー「俺と揉み合ってる時に、弓を落としていった。これが、そうだ」スッ

ベルトルト「……アルカイックで、なんの装飾もないね。狩猟用の弓かな」

エレン(あれがそうなのか…… 本や挿絵でなら見たことあるけど、松明と同様、弓も実際に見るのは初めてだ)


ジャン「サシャが矢を放ったってことは…… コニーを殺したのも、きっとあいつだろう」

エレン(……オレが見たのは、ドアが開くところ、矢が飛んでくるところ、サシャが洗面所に入っていくところだ。

    つまり…… サシャがコニーを殺したという決定的な瞬間は、当然見てない)

エレン(サシャがやったという線は濃厚だけど、それでも、犯人だと決め付けるのはまだ早いんじゃないか?)


ライナー「起こったことは、単純だ。

     サシャがコニーを殺し、それに自分で怯えて部屋に閉じこもり、ドアが開くや否や矢を射って、浴室に逃げ込んだんだ」

エレン(……頭では、十中八九それで間違いないと分かっている。それなのに、オレはどうしてそれを受け入れられないんだろう……)

ジャン「とにかく、サシャを浴室から出して、話を聞こう。あいつにも言い分があるだろう。

    それから、3号室の外で待機してる女子達を部屋に呼んだ方がいいな。死人が出た直後であの薄暗い廻廊にずっといるのは不安だろう」




ミカサ「みんな、大丈夫だったの?」

エレン「あぁ。怪我人は出ずに済んだ」

エレン(……3号室のベッドルームに、9人が集まった。ライナーとベルトルトとクリスタとユミル。オレとアルミンとミカサとジャン。

    大体こんな風に、何となく寄り添ってる。どちらでもないのは、アニくらいか……)


アルミン「廻廊にいた女子には、簡潔に説明するね。

     僕達が部屋に入ろうとしたら、サシャがこの弓で矢を放ってきて、そのまま浴室に逃げ込んで鍵をかけた。今も籠城してる」

アニ「浴室なら、ガラス戸を割れば強引にでも引っ張り出せるんじゃないの?」

エレン「そう思って、ガラス戸を叩いてみたんだ。でも、ダメだった。普通のガラスに見えるけど、強化ガラスか何かなんだろう。

    割るにしても何か工夫をしないと、素手じゃ割れない」

ジャン「コニーの首に刺さった矢と、廻廊に刺さった矢は、外見がまったく同じだ。つまり、サシャが犯人でほぼ間違いないだろう」

クリスタ「まさか、サシャに限って、そんなこと……」


ライナー「とにかく、サシャの話も聞こう。何か事情があったのかもしれん」

ユミル「事情なんて! どんな事情があっても、あんな――」

ライナー「ユミル」

ユミル「っ……」

アルミン「弓がここにある以上、たぶんサシャは素手だと思うけど…… もしかしたら、ってこともあるからね……」

ベルトルト「どういう意味?」

アルミン「矢の矢尻は鉄製で、尖ってる。弓がなくても、充分武器になるよ。 ライナー、サシャが矢を持って行ったか、覚えてる?」

ライナー「……いいや。サシャの肘が目の近くにぶつかってひるんでいたから、生憎だが分からん」

アニ「出てくるまで待てばいいんじゃない? あの暑さじゃ、とてもじゃないけど耐えられないでしょ。

   観念してドアを開けたところを取り押さえて、それから話でもなんでも聞けばいい」

ライナー「ダメだ」

アニ「なんで?」


ライナー「サシャはパニックを起こしている。殺す気かって言ってた。さっきも声をかけに行ったけど、返事もない。

     きっと、恐ろしい〈 夜 〉を過ごして疑心暗鬼になってるんだ。限界を超えたのかもしれん」

ライナー「……無理もない。俺だって、昨夜は一睡もできなかった。

     とにかくサシャがあんな状態だと、それこそ限界超えても、籠城し続けるかもしれんな。

     なんとか引きずり出してやらんと、あいつの命が危ないぞ」

ユミル「別にいいじゃねえか、自分から入ったんだし。人を殺したんなら、それなりの報いってもんが――」

ライナー「バカなことを言うな、ユミル!」

ユミル「! なんだよ、人殺しの罪を不問に付すつもりか?」

ライナー「もう2人も死んでるんだ。こんなふざけた話で、これ以上死人を増やす訳にはいかない!!」

ユミル「あいつは自分の意思で籠城してて、私達じゃどうしようもない! それであいつが死んだなら、仕方ないってなるだろ!!」

クリスタ「やめて、2人とも!」

クリスタ「サシャも、気が動転してるんだよ! こんなところで、こんな怖い目に遭って…… もう何も信じられなくなってるんだよ」


クリスタ「でも……」

ミカサ「でも?」

クリスタ「……私が行けば、もしかしたら話を聞いてくれるかも」

ジャン「……サシャを説得するつもりか?」

クリスタ「私なんかにできるか、自信はないけど」


エレン(人柄に温かみがあって、サシャと親しそうにしていたクリスタなら、確かに説得役としては適任かもしれない。でも……)

エレン「洗面所は狭い。もしサシャが矢を持って飛び出してきたら、誰も手助けできないぞ。

    それに、パニックを起こしてる人間が話を聞くかどうか……」

更新待ってた


ライナー「エレンの言う通りだ。クリスタがそんな危険を冒すことはない」

クリスタ「ううん」フルフル

クリスタ「サシャが怯えているなら、話ができそうなのはアルミンと私くらいじゃないかな。他の人だと、ますます怖がらせるだけだと思う」

エレン(……説得できる見込みは薄いし、危険もないとは言えない。でも、誰がなにを言っても、クリスタは行くだろう)

クリスタ「大丈夫、もしうまくいかなかったら、すぐ戻ってくるから」

エレン(……行かせても、いいんだろうか。サシャは、自発的に出てくるかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。

    浴室の、悪意ある暑さ。神経と体力をすり減らした状態で長居すれば、確かに危険だ)


ライナー「……分かった。ただし、気をつけろ……」

クリスタ「ありがとう、ライナー」スッ


――――― 洗面所


クリスタ「……サシャ。聞こえる?」

サシャ「……クリスタ、ですか……?」

クリスタ「うん…… ねぇ、みんなサシャのこと心配してるんだよ。そこから出ないと、サシャの命が危ないって」

サシャ「………」

クリスタ「出てきてよ、サシャ…… このままここにいたら、本当に死んじゃう」

サシャ「……なんで外に出なきゃいけないんですか……」

サシャ「……そうですよ、どうして外なんかに……」

サシャ「浴室にいる方が、一人でいる方が…… このまま死んだって、構いません………」

クリスタ「…………」

クリスタ「私たちはいつか…… また会うんでしょ?」

サシャ「………!」


クリスタ「……約束したじゃない。このアルバイトが終わったら、サシャのお店にまた行くねって。

     今までは、言葉を交わしたことさえなかった“店員さんとお客さん”だったけど、今度会うときは“友達”としてお喋りしようよ。

     だから、こんなところで死んじゃダメ。 ………約束、守ってよ」

サシャ「………」

クリスタ「それに、この前、アルバイトに応募した理由も聞かせてくれたよね。

     家族の力になりたいと思ったのがきっかけだったのに、待てど暮らせどサシャが帰って来なかったら、お父さんは悲しむんじゃないかな」

サシャ「………」

クリスタ「だから…… 生きて、一緒に〈 暗鬼館 〉を出よう」

サシャ「………」

サシャ「……ありがとうございます………」

クリスタ「……なら、みんな待って――」

サシャ「……でも……ごめんなさい…… 約束、守れそうにないです……」グスッ

クリスタ「……サシャ…………」


――――― 3号室 ベッドルーム


クリスタ「ごめんなさい…… 話は聞いてもらえたけど、ダメだったみたい……」

ライナー「いいんだ。ダメ元の試みだったんだから、誰もお前を責めやしない」

ミカサ「……私たちに出来ないのなら、〈 ガード 〉に任せるのはどうだろう」

アルミン「確かに、〈 ガード 〉に来てもらうのが一番の安全策かもしれなけど…… 来るかな?」

ユミル「来るだろ。来なきゃ、何のための〈 ガード 〉なんだ」

アルミン「そりゃあ僕もそう思うけど。でも、〈 ルールブック 〉には、はっきり書いてあったよ。

     〈 ガード 〉が来るのは、“暴力的混乱の制圧”“傷病者の治療”“死者の収容”の3つの場合。

     今回はただサシャが立て籠ってるだけだから、この3つのどれにも当てはまらない」

ライナー「そんな、人の命に関わることなのに、ルールも何もないだろう」

アルミン「……残念だけど、〈 ガード 〉はルールに厳密に動くだろう。たぶん、僕たち参加者の命よりも優先して。

     〈 機構 〉が人命救助をするつもりがないことは明白だし、〈 ガード 〉にも人間の心はないからね」


ジャン「アルミン。そうすると、〈 ガード 〉を呼ぶ方法はないのか?」

アルミン「……あるよ」

アルミン「〈 ルールブック 〉には、参加者が〈 ガード 〉を呼べる3つの場合の他に、〈 ガード 〉の仕事が書かれていた。

     〈 解決 〉を行って、殺人を犯した犯人を指摘して賛成多数なら、その人は〈 監獄 〉に入れられる。

     その時、〈 ガード 〉が投獄を手伝うことになってた。」

アルミン「サシャを引っ張り出すのに〈 ガード 〉の手を借りたいなら、〈 解決 〉を行って、多数決でサシャが犯人だと判定すればいい。

     ルール通りで、僕の解釈が正しければ、〈 ガード 〉は来てくれる」

アニ「あんた、あんなの熱心に読んだの?」

アルミン「……字があると、読んじゃうタチなんだよ」

ライナー「なら、さっさとやるぞ」チラッ

エレン(ライナーが一瞥したのは……サイドテーブルにあるデジタル時計か)チラッ

エレン(たぶん、サシャが浴室に立て篭ってからの時間を気にしてるんだろう。あれからどれぐらい経ったかな……

    確かに、最小限の危険でサシャを助けようと思うなら、時間を無駄にはできない)


ライナー「コニーを殺したのはサシャだ。賛成する者は――」


    ――― プツン  ザー


エレン(……! この音は、また……)


放送『コニー・スプリンガーの殺害につき、ライナー・ブラウンから〈 解決 〉が提示されます。

   各参加者は、ライナー・ブラウンの元に参集してください。また、ライナー・ブラウンは、必要であれば助手を1人指名してください』ザー


エレン(……冷ややかな女の声。〈 被害者 〉が出て、〈 探偵 〉が〈 犯人 〉を指摘するときにも、こうして淡々と業務放送をする訳か)


ライナー「! 貴様……ここを出たら、貴様らを殺す! 絶対だ!!」

エレン(!!)ビクッ


エレン(……隠しカメラがどこにあるか分からないからか、天井を見上げて叫び出した。

    屈強な体格をしてるライナーが感情を剥き出しにすると、一種止めようのない威圧感があるな)

エレン(これまで、ライナーは比較的冷静に振る舞ってきていた。

    それだけに、ああやって怒鳴るところを見ると、男のオレでさえもちょっと怖いと思っちまう……)

クリスタ「ライナー!」ユサユサ

ライナー「生きてたんだぞっ!! 2人も見殺しにしやがって、人をなんだと……!!」

クリスタ「ライナー、もういい、もういいから!」

ライナー「聞いてるんだろ!? くそったれ、貴様らの好きにさせるか!!」

エレン(やり場のなかった怒りを、放送に、〈 機構 〉に叩きつけるライナーの……あいつの憤りは、当然のものだ。

    マルコの死も、コニーの死も、あのゾッとする長い長い〈 夜 〉も、すべては〈 機構 〉と〈 ホスト 〉のせいなんだ)


エレン(でも…… オレは怒っているのか? ライナーが叫んでいるように、殺したやりたいほどの恨みを感じているのか?)

エレン(………いや、違う)

エレン(オレが〈 機構 〉に、〈 ホスト 〉に対して抱いているのは、怒りじゃない)

エレン(……それは、軽蔑だ。 オレは、〈 暗鬼館 〉に、この7日間の〈 実験 〉に、限りない軽蔑を感じているんだ。

    意地の悪い廻廊や個室を設計し、金で殺人を扇動し、人の命を軽んじる。そんな、不穏当かつ非倫理的なすべてに、嫌気が差している)


アルミン「ライナー、今は……」オロオロ

ライナー「………くそっ」

ライナー「………すまなかった」

ジャン「いいんだ。俺だって、同じ気持ちだ」

アニ「まったくだよ。〈 機構 〉の連中が目の前にいたら、蹴り飛ばしてやりたい気分だね」


今日はここまで。

>>232 2週間も停滞してしまってごめんなさい。次はもっと早く投下するよ

おお、更新乙

更新来てた、乙乙


>>242>>243 乙ありがとう。

もっと早く投下するとか言っておきながら、結局前回よりも間が空いてしまいました
今までで一番投下量が多いはずだから、それで見逃してほしい



ライナー「……時間がないな。手早く済まそう。サシャがコニーを殺した。異論はないな?」

ミカサ「あの。異論という訳じゃないけど」

ライナー「……なんだ」

ミカサ「サシャがあの矢を射た、ということだったけど……」

ミカサ「私たちはその場にいなかったから、その瞬間を見ていない。……確証もないまま人殺しだと判定するのは、少し気が引ける」

アニ「そうだね。……でも、見たんだよね?」

ライナー「ああ。オレは、サシャが部屋の中で弓を構えているのが視界に入った。それで他のやつらに警告をした直後、矢が飛んできた」

ミカサ「……他に、なにか決定的なものはないんだろうか」

ライナー「……そうだな……」

アルミン「……あのさ、ライナー。なんか助手以外は助言しちゃいけないみたいだから、僕を助手だと言ってくれないかな。

     思いついたことがあるんだ」

ライナー「ん? ああ、いいぞ」


アルミン「ありがとう。じゃあ…… ベッドの枕元に、カードキーがあるよね」

ライナー「これか?」ヒョイ

アルミン「うん、それ。カードキーの表面に“ 3 ”の文字があるから、それは間違いなくサシャのものだよね。

     それを使えば、弓の持ち主がサシャだって納得してもらえるんじゃないかな?」

ライナー「! そうか。これを使って、あそこにある〈 おもちゃ箱 〉を開けて、中身が弓矢であったことを確認すればいいのか」スタスタ

ライナー「……カードを通すぞ。いいな」

アルミン「うん。でも、蓋はまだ開けないで。探偵と助手以外の、多数決の回答者全員に見てもらった方がいい」

ライナー「……それもそうだ。みんな、立ち会ってくれ」


エレン(〈 おもちゃ箱 〉は、オレやミカサの物とまったく同じ外見だ。

    松明しか入ってない割にはバカでかい箱だと思ってたけど、たぶん、中身が何であろうと箱の大きさは全部屋で統一されてるんだろう)

ライナー「よし、開けるぞ……」ギイッ

ミカサ「……矢筒がある」ヒョイ

ミカサ「廻廊に刺さっていたものと同じ矢が、この中に3本入っている」スッ

クリスタ「……やっぱり、サシャが本当に………」

アルミン「……これで決まりだ」

ライナー「分かっただろ? 弓を持っていたのは、サシャだった」

アニ「……頷くしかないね」

アルミン「矢は戻しておいてくれ。そんなもの、あっても危ないだけだ」

ミカサ「うん。弓も一緒に片付けておこう」


ライナー「……改めて言う。コニーを殺したのはサシャだった。賛成するやつは、手を挙げてくれ」

ジャン「……」スッ

ベルトルト「……」スッ

アニ「……」スッ

エレン(………えっ?)

エレン(探偵役と助手役になったライナーとアルミンは多数決には参加できないから挙手してないけど……

    ミカサ、ユミル、クリスタも次いで手を挙げていって…… オレだけが残った)

エレン(……ちょっと待て、なんで挙手できるんだ?)

ライナー「どうした、エレン。なぜ手を挙げない?」

エレン「いや、その……」

エレン「オレもサシャで間違いないと思ってはいるんだけど……

    けどなぁ。誰か他のヤツがやって、サシャに罪をなすりつける方法があるような気がして……」

ライナー「……なぁ、エレン」

ライナー「俺たちが今、何をやってるか、分かってるよな?」


ライナー「サシャを助け出すために、〈 ガード 〉を呼ぼうとしてるんだ。

     この回りくどい方法は、サシャを安全に連れ出すのに必要だというから、仕方なくやってるんだよ。理解してくれ」

ライナー「……サシャが殺人者じゃなくても、別にいいんだよ」

エレン「………」

ライナー「この話し合いだけで、もう10分使ってる。そろそろまずい。とりあえず今は賛成するか、でなかったら、他の方法を言ってくれ」

エレン(……そうか)

エレン(オレはこの〈 解決 〉を、きちんと理解してなかった。

    ライナーは、あくまで、これ以上死者を出さないことを最優先にしている。殺人者が誰なのかは、二の次なんだ)

エレン(……間違ってたのは、オレだ。今は“サシャが犯人じゃない可能性”をどうのこうの言ってる場合じゃない)

アルミン「ライナー、〈 ルールブック 〉では、多数決でいいことになっていた。犯人はサシャで決まりだ」

ライナー「……ああ、そうだな」コクッ


ライナー「……〈 機構 〉のお前ら! 茶番はもういいだろ!? 〈 ガード 〉を寄こせ!!」



ジャン「……来たな」

ライナー「ああ。到着が早いのはありがたい」

エレン(……〈 ガード 〉を見るのは、これで3度目か。これまでは、初日のルール説明の時と、昨日マルコの納棺の指示を与えた時。

    3号室のベッドルームに入ってきたかと思うと、オレ達には目もくれず、そのまま洗面所に向かった)

エレン(それにしても、何の説明もしてないのに、〈 ガード 〉の動きは任務を完全に把握しているとしか思えない。

    つまり、最初に言われた通り、オレ達の行動は全部モニターされていたということだ)

エレン(洗面所の奥からは、ガラスの割れる音が聞こえてくる。高くて鋭い音ではなく、鈍くてくぐもった音だ。

    今まで〈 ガード 〉が向かう扉は全部自動で開いてきたけど、鍵のかかった浴室のドアは自動では開かないのか?

    それともサシャが抵抗して、何かの拍子でガラスが割れたのか……)


ジャン「……! おい、〈 ガード 〉が戻ってきたぞ」

クリスタ「! サシャ……!」

エレン(ネットに包まれたサシャが、銀色のロボットに運び出された)

エレン(大丈夫かな…… 目を閉じたまま、ぐったりしてる。脱水症状のせいなのか、それとも〈 ガード 〉の射出式スタンガンを受けたのか……)

エレン(気の毒な姿だけど、〈 ガード 〉を呼ぶという判断は正しかったと思わざるを得ない。

    ぐったりとしたサシャの手には、アルミンが予想した通り、矢が握られている。意識が朦朧としていても、それだけは手放さなかったんだ)


サシャ「うっ……」

クリスタ「サシャ、大丈夫……?」

サシャ「クリスタ…… 他のみんなも……」

ライナー「怖がらせて悪かった…… どこか怪我は――」


サシャ「コニーです……! マルコを殺したのは、きっとコニーなんです!」

クリスタ「……!?」

サシャ「コニーが私の部屋に来て……! だから、私、私……!」




ミカサ「結局、何も話を聞けないまま〈 ガード 〉に連れて行かれてしまった……」

ジャン「……正しくなくても良かった〈 解決 〉だけど、結果的には正しかったようだな」

エレン「ああ…… オレはサシャが濡れ衣を着せられたんじゃないかと思っていたけど、考えすぎだったみたいだ」

クリスタ「……サシャ、どうなるんだろう」

アルミン「〈 ルールブック 〉では、〈 監獄 〉に入れられると書いてあったけど……」

エレン「〈 監獄 〉では、何か罰を受けるのか?」

アルミン「……分からない」フルフル


エレン(……サシャはコニーを射殺して、それを隠すことをしなかった。

    それに加えて、解決を目的としない〈 解決 〉。犯人じゃない可能性の議論さえも、必要とされなかった)

エレン(これが本当に、〈 ホスト 〉の見たかったことなんだろうか……)


――――― 〈 ラウンジ 〉


エレン( 9人、か………)

エレン(オレ、ミカサ、アルミン、ジャン、ライナー、ベルトルト、クリスタ、ユミル、アニ。

    差はあるものの、全員に疲労の色がある。長くて静かな〈 夜 〉と、その直後に発覚したコニーの死、それから〈 解決 〉。

    立て続けに色々なことが起こって、息をつく暇もなかった)

エレン(コニーの遺体は、〈 ガード 〉をもう一度呼んで納棺してもらった。首に刺さった矢も、〈 ガード 〉が器用にへし折って処分した。

    12号室は〈 霊安室 〉の隣だし、血もほとんど出てなかったから、〈 ガード 〉の仕事はそう長くは掛からなかったけど……)


アルミン「……ああ、もう、限界だ。がっくりきたよ」

ライナー「これだけ慌ただしいことがあったのに、まだ7時前か……」

エレン( 7時というと、本来は空がとっくに明るくなっている時間か。地下施設にいるから、久しく青空を見ていない。

    ……何となく上を仰いでみたけど、そこにあるのはもちろん青空じゃなくて、レールが埋め込まれた白い天井だ)


エレン「……このラウンジの天井。オレ達は、そこから降りてきたんだったな」

アルミン「そうだね…… ほんの、数日前だ。今日が4日目だから、7日間の〈 実験 〉の、ちょうど中日だ」

エレン(残り3日か…… 持つだろうか。オレの神経と、体力は)

エレン(まぁ、神経の方は大丈夫だと思う。〈 夜 〉には参ったけど、自分の神経は思ったよりも、太い。今のところは、まだ持つだろう。

    体力はどうかな。もし睡眠も満足に取れない状態が続くとなると、こっちは自信がない……)


ミカサ「……朝から大変だった」

アニ「本当にね…… 髪を結う暇さえなかった」

クリスタ「……あれ? ミカサは身支度は全部整ってるんじゃない?」

ミカサ「うん。一応、洗顔も着替えも済ませている」

クリスタ「いいな、私なんかナイトガウンのままだよ」

ユミル「私も、まだ髪を梳かしてない」


ジャン「なら、アニとクリスタとユミルの3人で順番に個室をまわって、それぞれ身繕いして来たらどうだ?」

クリスタ「……そうしようかな。ねぇ、ライナー、いいでしょ?」

ライナー「まぁ、単独行動をしなければいいだろう」

クリスタ「ありがとう。じゃあ、みんな行こう」スッ

ユミル「……アルミンも来るか?」

アルミン「えっ? 僕は身支度は済ませてるけど…… それに、なんで僕?」

ユミル「アニもクリスタも金髪の青い目をしてるからさ、お前も加わったら、金髪碧眼チビトリオが結成できると思って」

アルミン「あはは……」

アニ「間接的に、私のこともチビだって言ったね」

ユミル「ベルトルさん、3人に身長を10センチずつ分けてやれば?」

ベルトルト「……そしたら今度は僕が身長160センチになっちゃうよ」

ユミル「ははっ。それもそうか」


クリスタ「ほらほら、ユミルも軽口を叩いてないで行こうってば」

ユミル「はいはい。お前ら、私たちの朝食、食うじゃねーぞ」スタスタ

アニ「サシャがいたら有り得たかもしれないね」スタスタ

クリスタ「もう、アニまでそんなこと言って……」ガチャッ バタン



エレン「……なんか、あいつらちょっと笑ってたな」

ライナー「重苦しい空気に飲まれまいと、無理してるんだろう」

アルミン「そうだね。ユミルもああ見えて、周りの人を案じてる。沈黙が下りないようにわざと明るく振る舞ったんじゃないかな」

ジャン「……でも、現実から目を背けたままではいられない。今回の件で、気になることが山ほどできた。それを放っておけないぞ」

アルミン「うん。『なぜサシャはコニーが犯人だと思ったのか』『マルコを殺したのは本当にコニーなのか』が、とても気になる」

ミカサ「それから、サシャは『コニーが自分の部屋に来た』とも言っていた」

ライナー「ああ。必死に訴えるような素振りだったな」


ベルトルト「それに、たぶん弓矢って素人はまともに射ることはできないよね」

ジャン「弓道でもやっていれば、少しは応用できるのかもしれないな」

エレン「……なぁ。『コニーが犯人だと思った理由』だけど…… ただの勘だから根拠はないけど、もしかしたら……」

ライナー「思い当たる節があるなら、言ってくれ」

エレン「……昨日、〈 霊安室 〉でコニーから話を聞いたんだ。

    マルコが殺される前夜、3人で〈 娯楽室 〉を出たあと、時計回りに廻廊を歩いて帰ったって。

    つまり、サシャの3号室、マルコの10号室、コニーの12号室の順番で各々部屋に戻ったはずだ」

エレン「サシャが部屋に戻ったあとは、マルコとコニーの2人きりだ。

    あいつからすれば、マルコと最後まで一緒にいたコニーが一番怪しく見えたんじゃないか? だから、コニーが犯人だと思い込んだ」

アルミン「……確かに、筋は通ってるね。でも、それだけでコニーを意図的に射殺するものなんだろうか……」

ベルトルト「なにか、犯人だと思い込むことを後押しするようなことがあったんじゃないかな」


ライナー「……まさか、本当にコニーが銃を所持していて、サシャを殺すつもりで3号室に行ったとか……」

アルミン「いや、それはないんじゃないかな。最初から強い殺意があるなら、サシャは3号室で撃ち殺されていただろう。

     それに、コニーは自室である12号室の前で死んでいた。

     銃で襲われそうになったサシャが咄嗟に正当防衛でコニーを射殺したのなら、コニーは3号室の前で息絶えていなきゃ、辻褄が合わない」

ジャン「それに、コニーはマルコの死を悼んでいたし、犯人を見つけて仇を討ってやりたいとも言っていた。

    オレには、あれが演技だったとは到底思えない」

ミカサ「……なら、サシャの〈 解決 〉の時みたいに、コニーの〈 おもちゃ箱 〉を開けてみればいい。中身が銃かどうか、確認できるはず」

ライナー「! そうだな、それが確実な方法だ」

エレン「よし、さっき出て行った3人が戻ってきたら、全員でもう一度12号室に行こう」

アルミン「その前に、3号室にも行っていいかな。部屋の中を少し調べたいんだ」

ジャン「オレもだ。確認しておきたいことがある」


――――― 3号室 ベッドルーム


ジャン「矢が〈 おもちゃ箱 〉の外に残っていないか、確認したい。サシャが浴室で握り締めていたように、矢だけでも凶器になるかもしれない」

ユミル「なるほどな。それなら私も手伝うよ」

ベルトルト「僕も探そう」

ジャン「恩に着る。それから、廻廊の壁にに突き刺さったままの矢を引っこ抜くのも、手伝ってほしい」

ミカサ「それなら、私が引き受けよう。早速行ってくる」スタスタ


エレン「アルミンは何を調べたいんだ?」

アルミン「〈 おもちゃ箱 〉とカードキーの関連性について、とでも言えばいいのかな」

アルミン「ライナー。僕は腕力があまりないから代わりに確認してほしいんだけど、鍵のかかっている〈 おもちゃ箱 〉の蓋をこじ開けられる?」

ライナー「よし、任せろ」スタスタ


ライナー「……ぐっ、固い……」グイグイ

ライナー「ダメだ。開かない」

アルミン「そっか。ありがとう、助かったよ」

アルミン「今度は、僕のカードキーを〈 おもちゃ箱 〉に通してみる」ピッ

アルミン「……ランプは赤のままだね。蓋もロックされたままだ」グイグイ

エレン(……! アルミンが調べたいことが何なのか、察しがついた)

エレン(さっきの〈 解決 〉で、サシャがコニーを殺したという根拠は、『弓矢を持っていたのはサシャ』ということに尽きる。

    その前提として、『 3号室の〈 おもちゃ箱 〉には弓矢が入っていて、それを開けることができたのはサシャだけ』という了解がある。

    〈 解決 〉のとき、オレが無意識に引っかかっていたのは、そこだ)

エレン(さっきは自分が何を怪しんでいるのか、うまく言葉にできなかった。でも、アルミンの行動を見て分かった。

    オレは、〈 おもちゃ箱 〉を他人が開けることはできないのか、ということを気にしていたんだ)


エレン(カードキー。いかにも『 3号室の〈 おもちゃ箱 〉は、3号室の住人のカードキーじゃないと開かない』というような気になる。

    でも、そんなことは別に保証されてないし、〈 ルールブック 〉にも記載はなかった)

エレン(疑問は2つあった。 1つ目。〈 おもちゃ箱 〉は、ランプが赤の間、力づくで開けられるのか。

    2つ目。〈 おもちゃ箱 〉は、対応するカードキー以外でも開けられるのか)

エレン(試した結果、どっちもノーだということが分かった。アルミンのカードキーでは、3号室の〈 おもちゃ箱 〉は開かなかった)


アニ「……誰かがサシャの弓矢を持ち出したという可能性は、これで完全になくなったね」

ライナー「ああ。カードキーを盗まれでもしない限り、各個室の箱は自分しか開けられないようだな」

アルミン「僕の調べたいことは、これで終わりだ。ジャンの作業を手伝おう」

エレン「それじゃあ、オレは洗面所の方を見てくるよ」スッ


――――― 3号室 洗面所


ジャン「………」ジー

エレン「ジャン。しゃがみこんでどうしたんだ?」

ジャン「ああ、お前も来たのか。ちょっと見てみろよ」

エレン「何か見つけたのか?」

ジャン「これだ。洗面所と浴室を仕切るガラス戸の破片だ」

エレン「〈 ガード 〉が突入するときに割れたやつか。……小さいブロック状に砕けてるな」

ジャン「強化ガラスだ。車両や学校の窓なんかにも使われてる」

エレン「そうだな」

ジャン「強化ガラスは、硬い」

エレン「ああ」


ジャン「そりゃあもう、大したもんだ」

エレン「そうかもな」

ジャン「ただ、尖ったもので叩けば、すぐに割れる性質もある」

エレン「聞いたことがある」

ジャン「……なら、このガラスは強化ガラスを使っていながら、比較的簡単に割るように脆く作られている、ということになる。

    薄くすれば、やってやれないこともないだろう」

エレン「………」

ジャン「分からなくなってきた。……俺はずっと、凶器のことを考えていた。でも俺には、〈 暗鬼館 〉が、分からない。……これじゃ、まるで……」

エレン(その先も、ジャンは言おうと思えば言えたようだ。でも今は、それ以上を口にはしなかった)


――――――――――


 〈 射殺 〉


張力を用いる弓は、高度なテクノロジーの産物であると言える。

弓の登場により、人類は正確な狙いで獲物を仕留めることができるようになった。そしてその獲物は、もちろん、動物に限られなかった。

弓は、相手の目を見ずに殺すことのできる道具である。何十人、何百人という人間で矢の雨を浴びせれば、誰が誰を殺したかなど、決して分からない。

飛び道具である弓は、呪詛の返り血を浴びながら人が人をその手で殺す、という原則を離れた存在である。

それゆえ、時には奇妙な聖性を帯びることとなり、時には名誉なき武器と貶められることとなった。

あなたには弓矢が与えられた。これを用いれば、相手の目を見ずに殺すことは可能である。しかし、その意味は、よく考えられてしかるべきだろう。


――――――――――



エレン「……これが、サシャの〈 メモランダム 〉か」

ライナー「ああ。〈 おもちゃ箱 〉の中に、矢筒と一緒に入っていた」

エレン「矢といえば、部屋の中に他の矢はあったのか?」

ベルトルト「うん。ベッドのシーツの中から、1本見つかった。サシャが握っていたもの、廻廊に刺さっていたものも合わせると、最終的に矢は6本だ」

ユミル「この弓と矢も、どうにか始末しなきゃならない。無人の部屋の〈 おもちゃ箱 〉にそのまま入れておくのも、ずさんだろ」

ジャン「そうだな……折ったりして壊すか?」

アルミン「いや。これは、〈 金庫室 〉に入れて管理するべきだと思う。というか、多分そのためのものだね、〈 金庫室 〉は」

ライナー「なら、入れるのはサシャの弓矢だけじゃないだろう。コニーとマルコの物もだ」

エレン(……そうか。弓矢が持ち主を失った凶器であるように、2人に割り振られた凶器も、主はいない)

ミカサ「全員で2人の部屋を回って、凶器を回収しよう。その後で、3つまとめて放り込もう」


――――― 12号室


ライナー「………ない」

エレン「……こっちもだ。部屋中探しても、どこにもない」

ベルトルト「12号室からカードキーが見つからないとなると、心当たりは1ヶ所しかないね」

アルミン「うん。コニー自身が、身に着けてるんだ。……遺体の服のポケットを調べないとならない」

ライナー「……俺が引き受けよう。ただし3人以上での行動が鉄則だから、あと2人、付いて来てくれ」

ジャン「俺が行く」

アルミン「僕もそうするよ」

ライナー「ありがとう。他の6人は、このままここで待っててくれ」スタスタ



エレン「……それにしても、真っ先に嫌な役回りでも引き受けるなんて。あいつには敵わねぇな…… 

    なぁ、クリスタ。ライナーって昔っからこうなのか?」

クリスタ「うん。良いところでもあるし、悪いクセでもあるの…… 小さい頃から、ずっとそう。

     今は通ってる高校が違うけど、何かあるとすぐにライナーに相談しちゃう。……これも、私の悪いクセだね」

エレン(……ライナーとクリスタは、きっとお互いが唯一無二の存在なんだろう。

    オレには幼馴染がいないから分からないけど、絆っていうか、第三者の介入する余地なんて、どこにもないんだろうな……)




クリスタ「おかえり、みんな。……カードキーは見つかった?」

ライナー「ああ。やっぱり、ポケットの中にあった。

     それと……こんなことを言うのも変かもしれんが、棺桶も高性能だった。腐敗を防ぐためなんだろうが、冷蔵装置が付いていた」


ライナー「……この〈 実験 〉が終わったら、マルコとコニーの遺骨はちゃんと墓に入れてやってほしいな」

ベルトルト「そうだね…… こんな地下空間じゃなくて、太陽のよく当たる、風通しのいい場所で眠らせてあげたい」

アルミン「〈 機構 〉がいくら被害者ボーナスやら弔慰金やらを支払っても、残された家族は絶対に納得しないだろうに……」

ユミル「親に内緒で応募したやつ、承諾を得た上で応募したやつ、どちらでもないやつもいるだろうけど……

    怪しいバイトかもしれないと察しはしたが、本当に命を危険に晒す内容だなんて思いもしなかったからな」

エレン(……オレだってそうだ。求人誌を見て時給を疑ったとき。履歴書を送ったとき。採用連絡があったとき。

    きっと、どこかで楽観視していたのかもしれない。『たぶん、大丈夫だろう』、と……)

ライナー「……すまない、暗い話題になっちまったな」

ライナー「気を取り直して、〈 おもちゃ箱 〉を開けるぞ」スッ


――――――――――


 〈 爆殺 〉


離れた獲物を仕留めるため、人類は射的や投擲によって狩猟を行ってきた。

そして狩猟に使われる手法はすべて、人間を殺すために応用される宿命にある。

投擲の能力は戦争にも発揮され、投擲手は小型の爆弾を投げるようになり、その過程から洗練され生じた兵器が手榴弾である。

ピンを抜いた瞬間から、手榴弾は使い手の仲間ではない。

至近距離でそれを被る人体がどのような影響を受けるかは、想像に難くないのではないだろうか。

あなたには、手榴弾が与えられた。中には氷爆石が膨張して気化した高圧ガスが充満しており、ピンを抜いた3秒後に内部で引火し、爆発する。

言うまでもないが、手榴弾は諸刃の剣である。万が一投げ返された場合、あなたに爆発から免れる術はない。


――――――――


ジャン「……手榴弾が5つ、それと爆殺の〈 メモランダム 〉か」

アルミン「……凶器が銃じゃないということは、マルコを殺したのはコニーじゃない。

     サシャが本当にコニーが犯人だと信じて矢を放ったのなら、彼女は無実の人間を死なせてしまったんだ」

エレン(……銃の持ち主はサシャでもコニーでもなかった。つまり、マルコを殺した本当の犯人は、別にいる)

エレン(オレ以外のメンバーも、一瞬でそう理解したはずだ。9人の間に流れる空気が重くなったのか感じられる。

    誰も『この中に真犯人がいる』と口に出さないのは、不穏な雰囲気に拍車をかけたくないからだろう……)


ミカサ「念のため、〈 おもちゃ箱 〉の外に手榴弾が残ってないか、部屋の中を調べた方がいいと思う」

ライナー「そうだな。手榴弾を全部回収したら、次はマルコの部屋だ。

     さっき〈 霊安室 〉に行ったとき、マルコの遺体のポケットからもカードキーも見つけておいた。

     部屋の確認が終わったら、そのまま10号室に向かおう」


時間がなくなってしまったので、一旦ここまで。夜に続きを投下します


――――――――――


 〈 焼殺 〉


人類は火の使用により、明かりを灯す、暖を取る、獣から身を守る、食物に火を通すなど、多くの利益を得た。

揺れ動く火は生物の生命に喩えられることが多く、“生命力”の象徴である一方、火災や戦火など“死”や“破壊”の象徴とされる事もある。

とりわけ焼死は長時間にわたり肉体的苦痛を伴うため、他の死因と比べて圧倒的に耐え難いものと位置づけられている。

生きている人間を焼き殺すことは残虐非道な仕打ちとされているが、その実、古代より世界各地で火刑が行われてきた。

もしもあなたに、他者に生き地獄を味わわせる無慈悲な覚悟があるのなら、あなたが手にした遠隔操作機器を用いればよい。

任意の個室を指定すれば、その部屋は施錠され、水は断たれ、60分に渡り室内は炎に包まれる。……この館の仕掛けが作動するのだ。

ただし、〈 夜 〉の時間帯はこの操作を無効とする。また、対象の個室に2人以上の人物がいる場合も同様である。


――――――――――


――――― 10号室 


ジャン「マルコのは焼殺、か……」ピラッ

エレン「……オレ達の個室にこんな仕掛けがあったなんて、考えただけでも恐ろしいな」

アニ「そうなると、あの重厚なドアは防火扉も兼ねていたんだろうね」

ライナー「確かに。〈 暗鬼館 〉は、嫌味なくらいとことん凝ってやがるからな」

ミカサ「この、カードキーと同じくらいの大きさの白い装置が“遠隔操作機器”、要するにリモコンらしい」

アルミン「デジタルの液晶画面と、『+』『-』『 START / STOP 』の3つのボタン。リモコンというより、タイマーみたいだ」

エレン「間接的に襲う凶器じゃ、殺意を持った人間と対峙したときには護身用として使えないな」

ジャン「カードキーをランダムで選んだから、結局は凶器もランダムで手にしたんだ。運としか言いようがない」

エレン(オレの松明で不利な点があるとすれば、隠し持つことができないこと、一撃では相手を完全に仕留められないことだ。

    そう考えると、やっぱり銃はどう見ても有利だ)

ライナー「……これでサシャ、コニー、マルコの凶器が揃ったな。〈 金庫室 〉に行って、この3つを放り込もう」


――――― 〈 金庫室 〉


ライナー「12枚のカードキーがあれば、このドアは開くはずだ。

     俺がこの場にいない3人のカードと自分のカードを通すから、全員それに続いてくれ」ピッ ピッ ピッ ピッ

ジャン「……」ピッ

エレン「……」ピッ

エレン(カードを通すたびに、カードリーダーの液晶モニターが『 5/12 』『 6/12 』『 7/12 』とカウントアップしていく。

    〈 おもちゃ箱 〉に入れておくより、全員の同意がないと開錠できない〈 金庫室 〉の方が、凶器の保管には打って付けだ)

エレン(……オレ達は事前に私物を没収されてるから、貴重品は持ってない。

    そうなると、アルミンの言ってた通り、〈 金庫室 〉は凶器を保管するためだけの部屋だ)

エレン(死者を収容する棺桶は必須だとしても、野放しになった凶器を管理する場所が必要になる事まで見越して、ここを作ったに違いない。

    ……つくづく思う。〈 暗鬼館 〉に、抜かりはない)


クリスタ「私が通せば終わりだね」ピッ

クリスタ「……液晶モニターが『 12/12 』になって、赤いランプが緑になったよ」

ライナー「よし、開けるぞ……」ギイッ


ユミル「……ん? 思ったより小さい部屋だな」

ベルトルト「うん…… 室内に何かあるのかと気になってたけど、空調すらない、コンクリートが打ちっぱなしの湿った空間だ」

ライナー「無機質な物置部屋に長居しても、不気味なだけだ。早く済ませよう」スタスタ

ライナー「……弓矢、手榴弾、リモコンを部屋の奥の床に並べた。間違いないか、全員で確認してくれ」

アルミン「弓が1張、矢が6本。手榴弾が5個。遠隔操作用リモコンが1個。……うん、間違いないね」

エレン「ああ。全部揃ってる」

ジャン「じゃあドアを閉めるぞ」ギイッ


ライナー「……ランプが赤に戻ったな。最後に、ドアが開かないか確認する」グイグイ

ミカサ「私も力を貸そう」グイグイ


ライナー「よし、きちんと施錠されている」

ライナー「……次にここを開けるのは、銃が見つかったときだけだ」

クリスタ「……そうだね。これ以上凶器が所有者を失うことは、もうない。……そう、思いたい」


――――― 〈 ラウンジ 〉


エレン(『――無理してるんだろう』と、ライナーは言った)

エレン(……確かにオレ達は、無理を重ねていた。

   〈 解決 〉のあと、しばらくはカラ元気を振り絞る余裕があった参加者も、次第次第に無口になっていった)

エレン(殺人という行為自体にショックを受けたという側面もあったけど、それだけじゃない。オレ達の疲労は、ギリギリのところまで来ているんだ)


エレン(精神が緊張を失っていないから、まだ身体も動かせる。でも一度眠りに落ちたら、オレは泥のように眠るだろう。

    自分がどれほど深く、どれほど長く眠ってしまうか、オレには見当がつかなかい)

エレン(オレも、きっと他の参加者も、眠ることを恐れている。

    残された本質的問題に向かい合うことを慎重に避けながら、自分が無防備になることを必死に拒否しているんだ)

エレン(そんなオレ達をよそに、ラウンジの柱時計の針は、一定の速度で動き続ける。

    それが11時になり、12時になり、いつの間にか長針はまた天井を指そうとしている)


クリスタ「これじゃ、身が持たない。みんな、少しでも食べようよ」

エレン「……!」

アニ「……いいこと言うね。うん。食べないと、死ぬかもね」スッ

エレン(……アニが重い足取りで食堂に入って行った。それに倣って、他の参加者も次々と席を立っていく……)

ミカサ「エレン、私たちも行こう。ここで死ぬ訳にはいかない」

エレン「……ああ、そうだな」スッ




――――― 〈 食堂 〉


エレン(メニューは、蕎麦。穴子と秋野菜の天ぷらが添えられた、更科蕎麦だ。薬味は、ネギとわさび。

    クリスタが不意に思い立って始まった昼メシなのに、天ぷらは揚げたてだ)

エレン(軽い食事なのは助かった。同じ天ぷらでも、これが例えば天丼だったら、半分も食べられなかっただろう)


エレン(もっとも、まともに食べられるだけ、オレはマシな方だ)

エレン(食べ物を胃に入れた途端、口元を抑えて食堂を出て行ったアルミン。青白い顔で、蕎麦を一本ずつかろうじて飲み込んでいくベルトルト。

    食事を促したクリスタも、箸を割ったあとは盛りそばを見つめたまま動かない)

エレン(ライナーも苦いものを飲むような顔をしているし、ジャンは平然と食べているように見えるけど、実際は天ぷらには全く手をつけてない)

エレン(……7日目あたりには、これにすら慣れてしまうんだろうか)


エレン(……ついこの前までは、こんな殺伐とした空気じゃなかったのに……)

エレン(特に、2日目が1番楽しかった。マルコもコニーもまだ生きていて、サシャがリクエストしたお菓子を食べながら、午後は全員で遊び通した。

    食堂も賑やかで、学校で友達と戯れているみたいだな、と、そう思ったりもした)

エレン(それなのに…… マルコの死をきっかけに、〈 暗鬼館 〉での生活が徐々に狂い始めた)


アニ「……うっ……ぐっ……」

エレン(……!)

エレン(アニの様子がおかしいぞ…… 押し殺した声が漏れ聞こえて来る……)

エレン(まさか、毒を盛られて苦しんでるんじゃ……!)

エレン(……いや、それはないはずだ。配膳を行ったのはクリスタとアニとオレの3人だけど、アニは自分の食事を終始自分の手で運んでいた)

エレン(……! 俯いた顔から、わずかに表情が読み取れた。……苦しんでいるんじゃない。顔を伏せて、声を殺して……)


エレン(アニは、泣いているんだ)


エレン( 1人、また1人、そのすすり泣きに気付いて、箸の動きを止めていく。

    アニに感化されて、クリスタの目にもみるみる涙が溜まっていくのが遠目でも分かる)

エレン(……ライナーの言った“無理”が、連鎖的に剥がれ落ちていく)


エレン(……みんな、後悔してる)

エレン(こんな地獄だと知っていれば、こんなアルバイトなんか応募しなかった。精魂尽き果てた今…… 頭にあることは、そればっかりだ)

エレン(……〈 暗鬼館 〉になんか来なければ……)

エレン(お前らなんかに会わなければ…… 次は誰の番かなんて、考えずに済んだのに……)

エレン(……〈 機構 〉の思い通りになんか、なってたまるか。オレ達の命は、無様に地下で散るためのものじゃない)


アニ「私は、絶対に死なない。絶対に……」

エレン(目を潤ませて、堪えきれない感情を吐露するように。涙を拭ったアニが一言だけ、そう呟いた)


今日はここまで
これで、全体の半分くらいまで終わりました
この調子でいくと、完結するのは11月下旬か12月上旬になると思う

おつおつ

ゆっくりでいいよー楽しみにしてる

支援


>>283>>284 乙ありがとう

>>285 温かいお言葉、どうもありがとう

>>286 支援ありがとう


エレン(……どうして、食堂にはこれほど重い沈黙がのしかかったのか。……それはたぶん、誰もが同じことを思っているからだ)

エレン(命を救うためとは言え、結果的に〈 監獄 〉という得体の知れない場所に閉じ込められたサシャの行く末を案じての、不安。

    誰かが次の殺人に手を染めるのではないか、という疑惑)

エレン(でも、それらは二の次であって、もっとも本質的な要因は別にある)


ジャン「……なぁ、みんな」

エレン「……?」

ジャン「ちょっと聞いてくれ。いつまでも目を逸らしてられないだろう」

ライナー「なにか始めるつもりか?」

ジャン「ああ」

アルミン「……余計なことはしない方がいいと思うよ」

ジャン「そうかもしれないけどな、〈 実験 〉はあと3日も残ってる。3日間もこの状況じゃ、とてもじゃないが身が持たない。

    ケリをつけられるなら、早くそうしたい。アルミンもそう思ってるだろ?」


アルミン「思ってなくもないけどさ…… 手がかりが、ないんだよ」

ミカサ「目を逸らすって、何から?」

ジャン「……誰がマルコを殺したか、だ」


エレン(……今朝、ジャンが『人殺しも2人になっている』と言ったことを、オレは覚えてる。

コニーを殺したのはサシャ。でも、マルコを殺したのはサシャじゃない。それはコニーでもない。コニーの凶器は、手榴弾だった)

エレン(それを踏まえると、この9人の中に殺人者がもう1人いることは誰の目にも明らかだ)

エレン(これまで誰もそのことを主張して来なかったのは、危うい平衡の上に立っている、9人の協力関係を崩したくなかったからに他ならない。

    それこそ、アルミンの言う『余計なことはしない方がいい』が、全員の暗黙の了解になっていた)

エレン(『誰がマルコを殺したか』というジャンの発言は、蛇がいると分かっている藪をつつくようなものだ。なにか、成算があるんだろう)


ジャン「個室のベッドの傍に、〈 おもちゃ箱 〉があっただろう。参加者全員、1人につき1種類のみの凶器を配られたはずだ。

    そして、マルコは銃で殺された。でも、サシャもコニーも、与えられた凶器は銃じゃなかった」

ジャン「……もう4日目になるのに、今さら、自分は凶器なんか持ってないと言い出すヤツはいないだろうな。

    人を殺せる道具を手に入れたことを伏せたくなる気持ちは、分かる。俺だって誰にも言わなかった」


エレン(確かに、自分の箱にこんな物があった、なんていう話題があがったことはなかった。オレも、松明を与えられたことは一切口にしなかった。

    ただでさえ何が起きるか分からない〈 暗鬼館 〉で、『自分は凶器を持ってます』なんて言い出すことは、とてもできなかった)

エレン(今にして思うと、ミカサの方法は正しかったのかもしれない。ミカサはいち早く、オレに凶器を見せた。

    だから、その後の事件における身の潔白を、オレにだけは証明することができた。あいつの凶器は、斧だ)

エレン(……! あるじゃねえか、銃の所持者を特定する方法が…… なんで、こんな簡単なことに気付かなかったんだろう)


エレン(……ユミルも、感づいたみたいだ)

ユミル「ジャン、お前が何を言いたいのか分かった。そうだ、とっくの昔に、そうするべきだった」

クリスタ「……?」

ユミル「全員の凶器を調べれば、誰が拳銃を持ってるか分かるじゃねぇか!」

クリスタ「し、調べるって、どうやって……?」

ユミル「決まってる。残ったメンバー全員で、1つ1つ個室をまわって、全員の前で〈 おもちゃ箱 〉を開けさせるんだ。

    拳銃が入っていたヤツが人殺しだ! ああ、なんで私は、考えて割り出そうなんてしてたんだろう……!」


エレン(……この地下空間には、警察も鑑識もいない。科学的な捜査ができないオレ達には、考えることしかできなかった。

    いや、考えることしかできないと思い込んでいた)

エレン(それは、他でもない〈 暗鬼館 〉のせいだ。

    カードキーに刻まれた〈 十戒 〉や、〈 ルールブック 〉の中の“探偵”という文字が、行動ではなく思考によって殺人者を特定することを、

    暗に要求していた。状況が“推理せよ”と求めていたんだ。オレ達は知らず知らずのうちに、それにつられていた)


ライナー「……そうだな、くそっ。次の死人を出さないことばかり、考えていた」

ジャン「そういうわけで、全員の部屋をまわる。どうだ?」


エレン(でも…… ジャンのこの提案は、一足遅いだろう)

エレン(この案が昨日出ていれば、オレはすぐにでも賛成した。誰からも異論は出なかっただろう。でも、今日は無理だ。遅いんだ)


アルミン「……僕は反対だ」

クリスタ「……私も、嫌だよ」

ライナー「! アルミン? クリスタ……?」

アルミン「確かに、それが最も確実な方法だとは思う。でも、全員に手の内を知られる不安は大きいはずだ」

クリスタ「アルミンの言う通りだよ。誰が何を考えているのか分からないのに、私の、私の……」


エレン(……クリスタが気持ちが、分かる気がする。“自分の凶器が知られていない。同時に、相手の凶器を知らない”。

    それは、おそらくお互いの抑止力にもなっているはずだ。だから、自分のたった1つの護身具を、他人に教える気にはなれない)

エレン(昨日なら、よかった。でも、今日の9人は、〈 夜 〉を経験している。

    誰も口にはしないけど、心の内は同じはずだ。『――誰が自分を狙っているのか、分からない。次は自分の番かもしれない』)


ミカサ「私は別に、構わない」

アニ「……私は、嫌だね」

ジャン「……このままじゃ、話が平行線になるな……」


エレン(初日の朝に自ら斧を見せてきたミカサになら、オレは明かしてもいい。

    でも、全員には見せたくない。全員に見せずに、身の潔白を証明する方法が、何かあれば……)

エレン(……! なんだ、簡単なことじゃないか)


エレン「なあ、クリスタは、ライナーにだったら見せてもいいだろ?」

ライナー「! どうだ?」

クリスタ「……うん、ライナーにだけだったら」

エレン「要するに、他人に『銃じゃない』ことを見届けてもらえばいいんだろ。

    全員に見せるのが嫌なら、少しでも信頼できると思ったやつにだけ見せるっていうのはどうだ?」

エレン「例えばお前がオレに見せたくないなら、ライナーに見てもらって、あとでライナーが『クリスタじゃなかった』と言ってくれれば、それでいい」

ジャン「なるほど。それはいいな」

ジャン「ただ、1人だけじゃダメだ。2人の共犯ってのは充分ありえる。2人以上の人間に見てもらって、それで銃じゃないってことになったら、そいつは違う」

アルミン「……そうだね。それならやってもいいかもしれない」


エレン(ここまできて断固拒否するようなら、『そうまでして拒むのは怪しい』ということになる。……でも、誰からも反対の意見は出ないみたいだ)


ライナー「クリスタは俺に見せるとして。オレはアルミンに見てもらいたい」

アルミン「うん。僕もライナーに見てほしい」

ベルトルト「僕も、ライナーを確認相手に選びたい」

ミカサ「私はエレンがいい」

エレン「ああ、オレからも頼む」

ジャン「俺も、お前にする」


エレン(……ざっとまとめると、今のところ、ライナー・クリスタ・アルミン・ベルトルトのグループと、オレ・ミカサ・ジャンのグループか。

    この4日間で自然とできた人間関係を考えると、これが妥当な組み合わせだろう)


ライナー「ユミルとアニはどうする?」

ユミル「私は、クリスタがいるお前らのグループがいい」

アニ「……私はジャンにする」

アルミン「じゃあ、この2グループで確認し合って、終わったらまたラウンジに集まろう」



ジャン「誰の部屋から始める?」

アニ「私からでいいよ。見せ合うと決めたんなら自分の番は早く済ませたいし」

エレン「何号室だ?」

アニ「11号室」

ミカサ「それならちょうどいい。11号室を始点に、反時計回りに順番に個室をまわっていこう」


――――― 11号室


アニ「まさかこんな状況で、部屋に男を招くことになるとは思わなかったよ」

ジャン「私物があるわけじゃあるまいし、〈 暗鬼館 〉の個室なんて、どの部屋も同じだろ」

アニ「あんたは乙女心が分かってないね」

エレン(……アニは飄々と振る舞ってるけど、たぶん虚勢を張ってるんだろう。気が強い性格なだけに、食堂で見せた泣き顔がひどく印象的だった)


エレン(ジャンの言う通り、部屋の内装は他の個室とまったく変わりない。

    各個室の違いを強いて探すとすれば、7日分の荷物を入れてきたキャリーバッグの色やデザインの差があるくらいか)

エレン(……10号室がマルコ、12号室がコニーだから、この部屋の両隣は既に空室だ。両隣の人間が死んだとなると、アニも気が沈むだろうな……)


ジャン「……なぁ、一つ聞いてもいいか?」

アニ「なに?」

ジャン「凶器の確認相手に、どうしてオレ達のグループを選んだんだ?」


アニ「私が加わるのは嫌だった?」

ジャン「いや、そういう意味じゃない。……ライナーの方が頼り甲斐のあるヤツだし、みんなからの信頼も厚い。なのに、どうしてオレなんだ?」

アニ「……あんたが、冷静な現実主義者だからだよ」

ジャン「……?」


アニ「マルコを殺した犯人が生き残りの9人の中にいることは、コニーの〈 おもちゃ箱 〉を開けたときから全員が理解していた。

   それなのに、私たちは犯人探しをすることを諦めかけていた。下手なことをして場の空気を引っ掻き回したくないからだ」

アニ「でも、あのままじゃ私たちは身体面でも精神面でも限界が来る。

   あんたも言ってたでしょ?『このままじゃ、とてもじゃないけど身が持たない』って」

アニ「……この現状をなんとかしようと、あんたは立ち上がった」

アニ「自分達の置かれている現状を的確に把握して、それを打開するために自分達に何ができるかを考えて、判断を下した。

   そういう、逃避をせずに現実と向き合おうとする姿勢に、私は一目置いた。だから、私はあんたを信頼することにした」


ジャン「……そうか」

ジャン「俺は、自分はそんな立派な性格じゃないと思うけどな」

アニ「自覚がないだけ。事実、私たちはジャンの提案に沿って、凶器の確認という行動を起こすことになった」

エレン(……確かにジャンは、リーダー的存在のライナーや、頭の切れるアルミンとはまた違う素質があるように思う。

    判断力がある、とか、全体の指揮を執ることに長けている、ってところだろうか)

ミカサ「目つきが凶悪で悪人面だけど、アニの言う通り、ジャンは統率役に向いていると思う」

ジャン「……ははっ、後半の言葉だけ受け取っとくよ」


アニ「……長話が過ぎたね。〈 おもちゃ箱 〉の確認、始めようか」

エレン「ああ。頼むよ」

アニ「うん」スタスタ

アニ「……じゃあ、開けるよ」ピッ ギイッ


――――――――――


 〈 毒殺 〉


この世にどれほど多くの毒があるか知ったとき、人はこう慨嘆せずにはいられないだろう。 ――よくも、生きているものだ! 

無数の毒に取り囲まれた人類が、同類殺しに毒を用いるのは当然のことだったろう。

殺人の場に直接居合わせなくとも、そっと死を忍び寄らせることができる。この特性ゆえに、毒殺は特別な魅力を放つ。

毒殺にまつわるイメージは多い。いわく、癖になる。いわく、女性的である。この凶器を手にしたあなたは、さて、女性だろうか?

緑のカプセルの中身は、ニトロベンゼン。1錠分きっちり投じれば、まず助からない。2錠なら確実だ。

しかしご用心。このカプセルは、胃では溶けない。


――――――――――


アニ「私はこれ。銃じゃないよ」

エレン「カプセルが入った薬瓶と〈 メモランダム 〉? 見せてくれ」

アニ「はい」スッ

ジャン「……毒か」フムフム

アニ「カプセルはねじ込み式で、ひねって開けると中身が出てくるみたい」

エレン「瓶の中は……全部で10錠か」

ミカサ「……カプセル越しでも、僅かに桃みたいな匂いがする」クンクン

エレン「桃?」

ミカサ「ニトロベンゼンの特徴。甘い芳香を持っていて、油状液体だから水に溶けにくい。芳香族化合物のアニリンは、ニトロベンゼンが原料」

ジャン「アニリン?」

エレン「アニりん……」チラッ

アニ「………」ギロッ

エレン「!」ビクッ


アニ「……まあ、学校の友達にも同じこと言われたからね」ハァ

ジャン「お前、友達いたのか」

アニ「………」ギロッ

ジャン「!」ビクッ

ミカサ「……エレン、私のこともミカりんと呼んでくれて構わない」

エレン「えっ? やだよ。そんなアイドルみたいなニックネーム、恥ずかしい」

ミカサ「……遠慮なんかしなくていい」

ミカサ「アイドルといえば、私は露出の多い服装には自信がある。主に腹筋が。見る?」ゴソゴソ

エレン「いや、裾をまくろうとしなくていいから!」

ジャン「……」プルプル

アニ「どうしたの、ジャン」

ジャン「羨ましい」

アニ「はっ?」


――――――――――


 〈 斬殺 〉


斬首は刑罰として、あるいは人身御供の首を刎ねて供物とする手段として、古代より世界各地で普遍的に行われた。

いつから斬首刑があったかは定かでないが、人類が鋭利な刃物を武器にした青銅器時代には既に存在してことが確認されている。

頭部と胴部を切り離せば、個体の生命は維持できない。つまり、首を切断することは、確実に個体の生命を失わせる行為であるのだ。

斬首には主に剣や斧が用いられた。執行人の熟練と技術、体力を必要とするため、その腕前によっては首が落ちるまで何度も斬りつけることもあったという。

さて、斧を手にしたあなたは、対象者の首を一度で刎ねるだけの腕前を持っているだろうか。

もちろん、そうでなくても問題はない。斬殺の方法は斬首に限られない。例を挙げれば、喉を掻き切るだけでも充分効果的であろう。


――――――――――


――――― 7号室


ミカサ「私に与えられたのは斧。私も、拳銃ではない」

アニ「斬殺、ね……」ピラッ

エレン(……オレは元々ミカサの凶器を知っていたから何てことはないけど、ジャンとアニは少し緊張した様子で〈 おもちゃ箱 〉の中を覗き込んだ。

    かく言うオレも、アニが〈 おもちゃ箱 〉を開けるとき、銃が出てきたらどうしようと身を強ばらせていたのも事実だ)


ミカサ「〈 おもちゃ箱 〉といえば、初日の朝、箱を携えてエレンの部屋に向かってるときに廻廊でアニに会った」

アニ「そういえば、そうだったね」

ジャン「……〈 おもちゃ箱 〉を携えて?」

ミカサ「そう。朝イチでエレンに相談したいことがあったから、箱ごと部屋に持って行った。

    廻廊のカーブで出くわしたアニが目を丸くして驚いていたのが、とても印象的だった」


アニ「こんな重いものを女が平然と肩に担いでたら、そりゃあ驚愕ものだよ」

ジャン「……男顔負けだな……」

エレン「体力には自信があるんだとさ。〈 実験 〉期間中のために、家から筋トレ器具まで持ってきてたらしいぞ」

ミカサ「それは没収されてしまったけど、腹筋や腕立て伏せなどは毎日欠かさず行っている」

ミカサ「私は強い。だから、この殺伐とした〈 実験 〉でも自分の身は自分で守れるし、〈 夜 〉以外ならエレンのことも守ってあげられる」

エレン「……女に庇護されるほど、オレは柔じゃねえぞ」

ミカサ「いいえ。私はあなたを守る」

エレン(やっぱり、ミカサって変わってるな……)

アニ「……次はエレンの部屋だね。行こう」


――――――――――


 〈 殴殺 〉


人類が暴力を振るい始めた時、最初の武器は五体だったろう。恐らくその次が、棒だったに違いない。
  
極めてプリミティブ、洗練の欠片もない原始武器。それだけに、激情を発端とする殺人では、しばしば棒が登場する。

そして、かつて電気のなかった時代、夜を行く者の必需品として人々の手に握られてきたのが松明だ。

松明こそ、プリミティブという言葉に相応しい棒と言えよう。

あなたの起こす殺人が、激情に駆られるものでも、計画的なものでも構わない。その一撃が殴殺に足ることに違いはないのだから。


――――――――――


――――― 6号室


エレン「オレはこれだ。殴殺だとさ」スッ

アニ「……自分のを読んだときも思ったけど、このメモ、なんか腹が立つね」

ミカサ「確かに。これ見よがしに、もっともらしい文言が並んでいる」

ジャン「これを書いたやつは、なにか洒落たことを書いたつもりだったんだろうな。でも。受け取ったオレ達にとっては、洒落になってない。

    言ってみれば、そのメッセージは浮いてるよ。むかつくのも、道理だな」

エレン(浮いているのは、〈 メモランダム 〉だけじゃない。カードキーの〈 十戒 〉や〈 ルールブック 〉、ラウンジの12体の人形もそうだ。

    数奇を凝らしたのだろう趣向は全部、オレ達の神経を逆撫でする役割しか果たしてない)


ジャン「箱の中の松明、手に取ってもいいか?」

エレン「ん? ああ」


ジャン「……結構、頑丈なんだな」

アニ「斧ほど危なくはないけど、これを構えた男と対峙したら身の危険を感じるね」

エレン「確かに、威嚇にはなりそうだ。……けど、松明はこっそり隠し持つことができない」

ジャン「ああ」

エレン「それに、結局はただの棒だ。鈍器だから刃がない」

ジャン「まあ、な」

エレン「一発殴ったくらいじゃ致命傷は与えられない。それに……」

ジャン「エレン、お前の言いたいことは分かったよ。松明はそんなに危なくない。だから自分も安全な男だ、って言いたいんだろ?」

エレン「……ああ」

ジャン「あいにくだけど、いくらアピールしても木の棒は木の棒だ。物騒なことに変わりはない。きっちり箱にしまっておけ」

ミカサ「……最後は、ジャンの番。5号室に行こう」


――――――――――


 〈 絞殺 〉


人類は気道を通じて空気を取り込み、肺呼吸をして生きている。

呼吸は何十年にも渡って続けられるのに、それがほんの数分絶たれただけで、たちまち人は死ぬ。……命とはまこと、刹那の連続で保たれるものだ。

絞殺は、紐もしくは素手で行われる。相手の喉をいったん絞めてしまいさえすれば、非力な者でも容易に屈強な者を仕留められる。

それだけ、喉は人にとって、いや、肺呼吸する生物にとって急所なのだ。

紐は、人を殺す以外にも幅広い用途に用いられる。これを手にしたあなたは、この万能の道具を使いこなせるだろうか。

あるいはこれを凶器とのみみなす場合は、気をつけたまえ。相手の喉に紐をかけられる距離は、相手の手があなたの喉に届く距離でもある。


――――――――――


――――― 5号室


アニ「………」

ミカサ「………」

エレン「………」チラッ

ジャン「……なんだよ」

エレン「いや、〈 メモランダム 〉には紐って書いてあったけど…… これ、馬具の手綱だよな」

ジャン「一口に紐といっても、その種類は膨大だろ」

エレン「お前、凶器はランダムだって言ってたよな」

ジャン「そうがどうした」

エレン「その、つまり……」

ミカサ「馬面のジャンとは縁があると思う、ってことでしょ?」

エレン「………」

アニ「………」

ジャン「……ミカサにそれを言われると、もう苦笑するしかないな……」


ジャン「しかし、分かっちゃいたけど、やっぱり俺は外れクジだよな。エレンが松明で、俺が紐で、正面きってやりあったら勝負にも何にもなりゃしない」

エレン「そんな、あり得ないシチュエーションを想定してへこむなよ」

ジャン「いや、だけどな。アニの毒も、ミカサの斧も、お前の松明も、そうそう別のもので代用はできないだろ?

    でも、俺は紐だぞ。本当に人を絞め殺そうと思ったら、服の袖でも、手でも、何ででもできる。こんなもの………」

アニ「だからさ」

ジャン「?」

アニ「なんで、『本当に人を絞め殺す』ことを想定してるの? やりたいの? やるつもりがないんだったら、糸くずでも刀でも同じでしょ?」

ジャン「……そうだな、不謹慎だった」

アニ「まあ、でも。……少しだけ安心した」

ミカサ「私もそう思う」

エレン「……? どういうことだ?」


ミカサ「その紐は、比較的隠し持ちやすい。ジャンは、それをいつでも身につけていることが出来たはず。でも、箱に入れっぱなしにしていた。

    それはつまり、紐を使うつもりがなかった、誰かに危害を加えるつもりがなかった、ということ」

アニ「そういうこと。ま、昼の間は、ってことだけど」

エレン「……なるほど」


エレン(そうすると、その考えはアニにも適用できるかと思う。

    アニもまた、隠し持てるような凶器を割り当てられながら、それを〈 おもちゃ箱 〉に入れっぱなしにしていた……)

エレン(いや、違う)

エレン(アニが事前にカプセルを何錠かポケットに入れてるという確証は、ない)

エレン(とは言え、アニが本当に毒入りカプセルを持ち歩いてるとは思ってない。

    さっきの昼メシのとき、アニもキッチンで配膳をしていたんだから、あの場で毒を入れようと思えば入れられたはずだ。

    でも、蕎麦を食べて死んだやつはいなかった)


ミカサ「……結局、私たちの中に拳銃を持ってる人はいなかった」

エレン「そうだな。マルコを殺した犯人は、この中にはいない」

ジャン「この凶器検査で、結構色々なことが分かったな。俺が絞殺で、エレンが殴殺。マルコは射殺されてたな。コニーは……」

ジャン「……! コニーも、射殺だ」

エレン「……〈 ホスト 〉は、殺害方法が被らないように凶器を用意したはずだ。これは、十中八九、間違いない」

アニ「そうすると…… どういうこと?」

ジャン「………」

エレン「………」


ミカサ「ねえ。ちょっといい?」

ジャン「ん? なんだ?」

ミカサ「コニーは〈 射殺 〉、マルコは〈 銃殺 〉ということで、どうだろう」

アニ「……なるほど」

ジャン「いや、それはどうかな。〈 銃殺 〉は処刑の方法っていうイメージが強い」

エレン「でも、12種類揃えるには、多少の無理もいる気がするぞ」

ジャン「うーん…… 確かに、そう言われてみるとなぁ……」

ミカサ「とりあえず、一旦ラウンジに戻ろう。ライナー達のグループが待ってるかもしれない」


――――― 廻廊


ジャン「毒殺、斬殺、殴殺、絞殺。それに、銃殺、射殺、爆殺、焼殺。 ……他に、何がある?」

エレン「撲殺とか格殺ってのがある」

ジャン「殴殺に似てるな。それから?」

ミカサ「……刺殺、薬殺は?」

ジャン「なるほど。薬殺も毒殺に近い。これも処刑の一種だ」

アニ「電殺っていうのも聞いたことがある」

エレン「電殺?」


アニ「感電死させること」

ジャン「〈 ガード 〉のスタンガンなんか、電殺のいい例だな。まあ、〈 機構 〉は〈 ガード 〉で俺たちを殺すつもりはないんだろうけど」

アニ「……あと、焼殺の同義語には焚殺がある」

ミカサ「同義語といえば、絞殺と同じ意味合いのものは縊殺と扼殺。他の殺害方法は……禁殺、圧殺、撃殺、磔殺、轢殺など」

エレン「……お前、すげぇな」

ミカサ「どうも。でも、読書好きなアルミンなら私よりも語彙が豊富だと思う」

エレン(……ライナー達の凶器検査は、どうなったかな。銃を持つやつが、あっちのグループにいることは明白だ……)


――――― 〈 ラウンジ 〉


ジャン「いない? いないってのは、どういうことだ!」

ライナー「いないものは、いない。俺たち5人の中に、マルコを殺した犯人はいない」

ミカサ「……そんなはずはない」

エレン(……誰も銃を持っていなかった? あり得ない! それに、どうもライナーの歯切れが悪い。心なしか、ジャンから目を逸らしているようだ。

    少なくとも、堂々を胸を張って言ってはいない。ジャンが疑って食い下がるのも、無理はない)


ジャン「俺はハッキリ言えるぞ。この4人の中に、拳銃を持っていたやつはいなかった」

ライナー「だから、ハッキリ言ってるだろ。こっちも、マルコを殺したやつはいない、と」


エレン(ジャンがライナーを正面から見据えて、視線をクリスタ、アルミン、ベルトルト、ユミルと巡らせてる。

    あいつらも視線を落としたり、あらぬ方を見たりして、ジャンを目を合わせようとはしない)


エレン(単に、ジャンの剣幕に圧倒されて黙り込んでいるようにも見える。

    ……でも、オレも、あいつらが何かやましいことを隠してるんじゃないか、という疑いを捨てきれない。やましいこと。それは……)


ジャン「……どうも、おかしいな。ライナー、もう一回言ってみてくれ。

    いいか、『この5人の中に、拳銃を持っていたやつはいない』と、言ってくれ」

ライナー「しつこいぞ」

ジャン「いいから、言えよ」

ライナー「…………」

ライナー「……この5人の中に、マルコを殺したやつはいない」


ミカサ「………」

アルミン「………」

エレン(……気の毒なやつだ。あいつの性分なんだろう。嘘がつけない性格は、本当に損だ)


ジャン「……ということは、『拳銃を持っていたやつは、いる』んだな?」

ライナー「…………」


ジャン「……そいつがマルコを殺したとは言わない。

    ただ、こっちの4人の凶器が拳銃じゃなかった以上、そっちの5人の誰かは、銃を持ってなきゃ、辻褄が合わない。そうだろ?」

ユミル「一方的に言うねぇ」

ジャン「!」

ユミル「残念だけど、的外れだ。こっちの5人にも、拳銃を持っていたやつはいなかった」

ジャン「ふざけ――」

ユミル「私に言わせれば、こっちの5人の中にいなかった以上、当然そっちの4人の中にいるってことになる。

    お前を信用して『ああ、そっちには拳銃はなかったんだ』と思う根拠は、どこにもない」


ジャン「言葉遊びはやめろ! 最低限お互いを信用することを前提に、2人以上に見せることにしたんだろうが」

ユミル「3人共犯ってことも、なぁ」

ジャン「あのなぁ、ユミル。言っててバカバカしくならないか? これに、こっちは全員の凶器を全員で確認したんだ。4人共犯だと言うつもりか?

    こっちからも聞くぞ。お前は確かに、ライナー、クリスタ、アルミン、ベルトルトの凶器を、その目で見たのか?」

ユミル「……ははっ。さすが、鋭いところを突くな」

ユミル「こっちは、全員には見せたくなかった連中もいたから、全員で全員の凶器を見たわけじゃない。

    でも、『2人以上に見せる』という約束は、きちんと守ったんだ。それのどこに問題があるんだ?」

ジャン「………」


エレン(オレは、いや、こっちの4人は、ユミルが何を言おうと、あの5人の中には拳銃を持っているや人間がいるんだろう、と信じかけてる。

    ライナーが煮え切らない理由は、それ以外考えられない)


エレン(でもそれなら、ユミルはなんで庇うんだ? 殺人者を突き止めることより、拳銃に関する情報を隠蔽する方が大事だとでもいうのか?

    それともあるいは、すべては何か、別の理由に基づくことなのか……?)


ジャン「……ああ、ダメだ。話が進まない」

ユミル「………」

ジャン「こうも疑い合ってるんじゃ、議論は無意味だな」

アルミン「……結果論として、『余計なことはしない方がいい』が正解だったね」


エレン(結局、ささやかな調査は不信の種をさらに蒔いただけに終わった。残り3日間、穏便に過ごせるだろうか……)


今日はここまで
読んでくださってる方、更新が遅くなって本当にすみませんでした


ぜひ書ききってほしい

乙乙

まだかまだか

待っておるぞ


>>323 ありがとう。エタらせるつもりはないから、ぜひ完結まで読んでほしい

>>324 乙ありがとう

>>325、326、327、328 お待たせしました。約2ヶ月も空いてしまって、本当にすみませんでした

>>330 ありがとう。お待たせしました


あと、前回投下分の誤字の多さが目に余るので、今更だけど一応訂正を入れておく


>>291 『ユミル「ああ、そうか……!」』というセリフが本文の冒頭に入る

>>303 既に存在してことが → 既に存在していたことが

>>307 でも。受け取ったオレ達に → でも、受け取ったオレ達に

>>317 ジャンを目を合わせようとはしない → ジャンと目を合わせようとはしない

>>320 これに、こっちは全員の → それに、こっちは全員の

>>320 拳銃を持っているや人間が → 拳銃を持っている人間が


ミカサ「……ひとまず、この件についていがみ合うのはもうやめよう。この限られた空間で、人間関係がもつれることだけは避けるべき」

エレン「そうだな。おい、ジャン。その辺にしておけ」

ジャン「なっ……! お前らだって、あいつらが嘘をついてることぐらい分かって――」

エレン「もうよせって言ったんだ。このままオレ達が不信に陥って協調性をなくしたら、新たな事件を誘発するかもしれない。

    それに、論争をしてる今この瞬間も〈 機構 〉は〈 観察 〉してるんだ。被験者間の不協和音なんて、〈 機構 〉の思う壷じゃねえか」

ジャン「っ……! ……ああ、分かったよ……」


エレン(それにしても……)

エレン(……この凶器検査で殺人犯が割り出せなかった以上、今日の〈 夜 〉も、昨日と同じように張り詰めたものになる。

    今夜もきっと、眠ることなんてできないだろう。ただでさえ精神的にこたえる〈 実験 〉なのに、徹夜状態のオレの身体はいつまで持つ?)

エレン(……今は午後の2時半。……やっぱり、今しかない)


エレン「……なあ、ライナー」

ライナー「……なんだ?」

エレン「お前、昨晩は寝られなかったって言ってたよな」

ライナー「ああ。そうだが……」

エレン「オレもだ。今までは何とか維持して来られたけど、少しでも気を緩めれば今にもぶっ倒れそうだ」

エレン「だから。……オレ、寝るわ」

ミカサ「……寝る?」

エレン「緊張の連続で、もう無理だ。限界だ。〈 夜 〉に寝るぐらいなら、今 寝るよ」

ライナー「いや、ちょっと待て」

エレン「?」

ライナー「単独行動はダメだと、あれほど……」


エレン「違う。自分の部屋で寝るんじゃない」

ライナー「……?」

エレン「ここだ。ラウンジで寝る」

ジャン「……暢気だな、お前。こんなシチュエーションで寝られるのか?」

エレン「そんなこと言ったら、お前はいつ寝るんだ? 殺人犯が自室に乗り込んで来るかもしれない〈 夜 〉に寝る方が、よっぽど暢気だろ」

ジャン「……まあ、確かに。一切の睡眠を絶ってあとでフラフラになるより、今のうちに休んでおいた方がいいかもな」

アルミン「なるほどね…… お互いがお互いを監視できるなら、別に起きてる必要はないんだ。最低3人起きていれば、あとは寝ててもいい」

アニ「……じゃあ、私も〈 夜 〉が来るまで仮眠を取ることにするよ」

ベルトルト「なら、僕も。昨日は一睡もできなかったから……」


クリスタ「……ライナーも眠ったら? ずっとみんなの先頭に立って動いてきたから、疲れてるでしょ?」

ライナー「いいや、大丈夫だ。俺は起きて見張りをするから、お前が休んでろ」

クリスタ「がんばってるライナーを差し置いて眠るなんてできないよ。それなら、私も一緒に起きてる」

ライナー「昼間に寝ておかないと、〈 夜 〉が辛くなるぞ」

クリスタ「でも……」

ライナー「遠慮するな。俺が体力自慢なのは、お前もよく知ってるだろ?」

クリスタ「……ありがとう。いつも頼りっぱなしで、本当にごめんね」


エレン「これで、寝ることになったのは4人か。ラウンジにはソファが3つしかないから、アニとクリスタとベルトルトで使ってくれ」

アニ「あんたはいいの?」

エレン「ああ。オレは円卓に突っ伏して寝られれば充分だ」

アニ「そう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」

ミカサ「もし後から何人か追加で眠ることになっても、必ず3人は見張り番として残しておく。ゆっくり眠って。おやすみなさい」

エレン「ああ、ありがとう。おやすみ……」


エレン(……両腕に顔をうつ伏せた途端、眠気が一気に押し寄せてきた。もう、いったん閉じた瞼を開くことさえ面倒だ……)

エレン(……結局、1つの部屋に全員で集まっていることが、次の事件を防ぐ一番の方法なんだ。この中に殺人者はいるんだろう。だから、オレはここで眠る)


――――― 数時間後


ジャン「……ン、おい、エレン」ユサユサ

エレン「…………」スヤスヤ

ジャン「起きろってば」ベチンッ

エレン「……ん?」ムクッ

ジャン「やっと起きたな。頬に腕の跡がついてるぞ」ハァ

エレン「? ああ、どうも……」ゴシゴシ

ジャン「寝てるところを妨げて悪いが、もう9時過ぎだからお前も晩メシを食っておいた方がいい。メシが済んでないのは、さっき起きたばかりのアニと、お前だけだ」

エレン「……そうか。もうそんな時間か」


エレン(寝付いたのが確か2時半頃だったから、6時間以上は睡眠を取れたわけか。

    無理な姿勢で寝たせいで首と肘が少し痛いけど、おかげで眠気は吹き飛んだし、倦怠感もなくなって身体が軽く感じる)


ジャン「よく眠れたか? ……って、あの熟睡っぷりなら聞くまでもないか」

エレン「ああ。おかげさまで」

ジャン「そうか。……お前が寝てる間、起きてる面子で今後のことについて相談してたんだが、一つ提案が挙がった。

    9人全員が揃ったら、改めてアルミンが話すだろう」

エレン「? 全員が揃ったら……?」チラッ


エレン(……そういえば、いまラウンジで寝てるのはミカサとユミルの2人だけだ。オレとジャン以外で起きてるのも、ベルトルトとアニしかいない)


エレン「言われてみれば、人数が少ないな。他のやつらは食堂か?」キョロキョロ

ジャン「いや。ライナーがクリスタとアルミンを連れて自室に行ってる」

エレン「……ああ、そうか。ラウンジを離れるときは3人以上での行動が前提だもんな」

ベルトルト「部屋に用があるって言って席を立ったのは君が起きる直前だから、もう少ししたら戻ると思うよ」


アニ「……ねぇ、キッチンに夕飯を取りに行きたいんだけど。誰か一緒に来てくれない?」

ジャン「それなら、4人全員で行こう。3人で移動すると、ラウンジに残るのが1人だけになっちまう」

エレン「そうだな。ベルトルト、すまないがお前も来てくれ」

ベルトルト「いいよ、それくらいお安いご用だ」

エレン「食う場所は食堂じゃなくて、このラウンジの方がいいかな? 向こうに4人で固まってると、寝てる2人が無防備になる」

ジャン「……いや、食器の音や話し声で起こしちまうのも悪い。食堂のドアを開け放って、ラウンジの様子が見える席に座れば食堂でも問題ないだろう」


――――― 食堂


エレン「そういえば、ジャンは寝なかったのか?」

ジャン「いや、お前が寝付いたあと、ライナーとミカサとユミルに見張り番を任せてアルミンと一緒に仮眠を取った。

    とは言っても俺もアルミンも途中で目が覚めちまったから、7時に晩メシを食ったあとは俺達とミカサ達とで見張り番を交代したんだ」

エレン「それで、あの2人が寝てたのか」

ジャン「ああ。9人の中で、寝なかったのはライナーだけだ。

    『徹夜は学生の必須科目だ。一晩や二晩くらい寝なくても、どうってことねぇよ』って言って一笑してた」

エレン「タフなやつだな。頼もしいよ」


エレン(……オレも、普段の生活の中では一晩くらいならどうってことはない。ヘトヘトに疲れたのは、あくまで〈 暗鬼館 〉という状況の中で神経が磨り減ったからだ)

エレン(ライナーはオレと同じ〈 夜 〉を過ごしてるのに、他人に気を配って、クリスタに優しく接して、〈 機構 〉に怒りをあらわにして、

    一睡もしてないのに見張り番をも平気な顔をしてやってのけてる。本当に大したもんだ)


ジャン「……ところでエレン。一つ、聞きたいことがあるんだが」

エレン「? なんだよ、出し抜けに」

ジャン「……お前とミカサは、ここに来る前からもともと顔見知りなんだよな」

エレン「まあな。先月本屋で求人誌を見てる時に、ひょんなことで知り合った。まさか再会するとは思わなかったけど」

ジャン「……それだけか?」

エレン「ああ」

ジャン「……なら、マルコは?」

エレン「? どうしてマルコが出てくるんだ?」

ジャン「いいから」

エレン「……いや、知らない。〈 暗鬼館 〉に来るまで、見たこともないやつだった」

ジャン「本当か?」

エレン「あのなぁ、嘘をつく必要なんかないだろ」


ジャン「……ベルトルト。アニ。お前らはどうだ?」

ベルトルト「僕も知らない。彼とはここで初めて会った」

アニ「私も」

ジャン「……そうか」

エレン「……何か、気になることがあるのか?」

ジャン「ああ。……ライナーとクリスタは、見ての通り付き合ってるだろ?

    さっきライナーに聞いたんだが、あいつはクリスタ以外の連中とは初対面だそうだ。でも、クリスタはサシャを知ってた」

エレン「そういえば、そうだったな。カフェの客と店員って言ってたな」

ベルトルト「……エレンとミカサ。ライナーとクリスタ。クリスタとサシャ。……確かに、まったくの初対面ではない人同士って意外と多いかも」

ジャン「飲み込みが早くて助かる。……でも、それだけじゃなかった」

ベルトルト「え?」


ジャン「ユミルが、コニーを知っていたと明かしたんだ」

エレン「……はっ?」

ジャン「ユミルの学校の近くに住んでいるらしくて、コニーが幼い妹や弟と一緒に公園にいるところを何度か見たことがあるんだと。

    一方的に顔を知ってるだけだから、コニーにはそのことを特に言わなかったそうだ」

ジャン「アルミンも、参加者の中に知ってる人間がいるって言ってた。勘違いかもしれないから本人が起きたら確認してみる、と付け加えてはいたが」

エレン「おいおい、どういうことだ……! なんで参加者同士にこんなに接点があるんだよ」

ジャン「もちろん、その答えはこうだ。……『〈 機構 〉が事前に仕組んでいた』。

    ……俺は最初、ここに来た12人は無作為に選ばれたものだと思っていた。でも、違う。薄い薄い繋がりが、俺たちにはあるらしい」

ベルトルト「……だとしたら、僕やジャンにも、繋がりのある“誰か”がいるってこと……?」


エレン(……オレは確かに、ミカサのことを知っていた。でも他の参加者に、そんな繋がりがあろうとはまったく思ってなかった。

    疑ってしかるべきだったのかもしれない。自分以外にも、隠された繋がりを持つ人間がいる、と……)


アニ「……やっぱり、偶然じゃなかったんだ」

エレン「! お前、誰か知ってるやつがいるのか?」

アニ「ああ。……私は、ベルトルトを知っていた」

ベルトルト「……!」

アニ「あんた、バスケ部でしょ」

ベルトルト「……うん。僕たち、前にどこかで会った?」

アニ「夏休みの始め頃、あんたの学校の部がうちの学校に練習試合に来てた。

   『対戦校にダンクシュートを連発する男子がいる』って寮の連中が大騒ぎして、友達に連れられてギャラリーであんたを見てたんだ」

ベルトルト「先月の練習試合っていうと…… ストヘス高校?」

アニ「ああ」

ジャン「……!」

ベルトルト「そうだったんだ…… ごめん、僕はアニに気付きもしなかった」

アニ「別に。観戦者の顔なんて覚えてなくて当然でしょ」


ジャン「なあ、お前、ストヘス高なのか……!」

アニ「そうだけど」

ジャン「もしかして…… ミーナ・カロライナっていう女を知ってるか?」

アニ「……知ってるも何も、今しがた言った友達がミーナなんだけど」

ジャン「……マジかよ……」

アニ「あんたこそ、なんでミーナを知ってるの?」

ジャン「……俺のいとこなんだ」

アニ「!」

ジャン「あいつの家と俺の家が同じ市内だから、寮から帰省したときには俺ん家にも顔を出すんだ。

    前にお互いの学校生活の話をしていたとき、アニっていう名前をミーナが口にしてた。お前があいつと同じ高校だと知って、それをたった今 思い出したんだ」

アニ「そう……あんたがミーナの…… 驚いたよ」

ジャン「ああ。俺もだ。まさかとは思ったが……」


エレン「……つまり、お前がマルコのことを聞いてきたのは、誰かが元々マルコに殺意を持っていた可能性がある、と考えてたってことか?」

ジャン「ああ。そうとしか思えない。……初日、ライナーとアルミンが言ったことを覚えてるか?

    黙って7日間過ごすだけで大金が手に入る。誰かが手出しすれば、そいつの身も危なくなる。

    それなのに、マルコは殺された。どうも俺は、マルコの知り合いがこの中にいるんじゃないかという気がしてならない」


ジャン「なぁ、お前、どう思う? 犯人はここに来てからじゃなく、前々からマルコを狙っていたんじゃないか?

    まったくの初対面の人間を、ボーナス金を目の前にぶら下げられたからって銃で撃ち殺せるか? 」

エレン「……分からねぇな。ボーナス金の存在すらすっかり忘れてたし、オレは留学資金を貯めたかっただけなんだ。

    大金が入ればその分、親の援助を受けずに済む。だけど、7日間過ごすだけで1800万なら、オレは7日間寝てた方がよかったよ」

エレン「そういうお前はどうだ? どうしてこの〈 実験 〉に応募した?」


ジャン「……正直言うと、俺はこんな怪しい〈 実験 〉に応募するバカの顔を見てみたかったんだ。

    楽して金が手に入るなら一石二鳥だと思っただけで、今すぐ切羽詰まって大金が欲しいわけじゃねえ」

ジャン「お前だってそうだろ? バイト情報誌を見たって言ってたな。俺もそうだ。でもな、本気で金が欲しいやつが、あんなふざけた求人に引っかかるか?」


エレン(確かに、そうだ。本当に金が必要な人間が“時給 1120百円”なんていう話に乗るものだろうか。

    乗るとしたら、手の込んだ冗談だと思いつつ、オレみたいに冗談のつもりで応募するんじゃないか? ……そして、冗談でマルコは殺せない)

エレン(多分ジャンは言外に、こう言ってるんだ。『むしろ、何か“別の理由”で殺意を持つ人間が、集められたんじゃないか?』。

    ……そうかもしれない。〈 暗鬼館 〉に放り込まれた時点で他の誰に対しても殺意を持ってなかった、とハッキリ言えるのは、自分自身だけだ)


ミカサ「……何の話をしてるの?」スタスタ

ジャン「! 悪い、起こしちまったか」

ミカサ「気にしないで。仮眠を取らなくても、私は元々睡眠時間は足りていたから。……エレン、隣の席は空いてる?」

エレン「ああ。いいぞ」

ミカサ「ありがとう」ガタッ

ベルトルト「どうしてこのバイトに応募したのかっていう話をしてたんだ。

      エレンは留学資金を貯めるため、ジャンはどんな応募者が集まるのか気になったから、だって」

ミカサ「そう…… 私が求人誌を見て応募したのはほんの1ヶ月前なのに、随分昔のことのように思える」

エレン「そうだな。特に、〈 暗鬼館 〉にいると時間が経つのが遅く感じるよ」

アニ「地下にいると、地上の天気すら分からないしね。正直、早く寮に戻りたい」

エレン「……そういや、アニはなんで応募しようと思ったんだ?」


アニ「私も、あんた達と同じような感じさ。時給を誤植だと思いつつ、半信半疑で応募した。……志望動機なら、私はミカサの理由を聞いてみたいね」

ミカサ「……私?」

ジャン「確かに、どこか浮世離れしたお前がバイトってのも不思議なもんだ。何か欲しいものでもあったのか?」

ミカサ「……ええっと、その……」

ベルトルト「無理強いしてる訳じゃないから、話すのが嫌なら別に構わないよ」

ミカサ「……いえ。エレンには既に話してしまってるから、今更だ。大きな声では言えないけど――」


エレン(あぁ、このやりとりには既視感がある。次のアクションは、きっと……)


ミカサ「これだけ、滞っている」ピンッ

ジャン「……?」

エレン(やっぱり、人差し指を1本立てるだけ、か。……前々からの疑問だけど、なんで具体的な金額を言わないんだ?)


ミカサ「ここの時給は些細な額だけど、不足分をどうしても補填したくて、応募した」

ジャン「は……? ミカサはいくら必要なんだ? 11万2000円が些細な額って……」

ミカサ「それは秘密。でも、今のところ何とか目処は立ってる」

ベルトルト「そ、そう……」

ミカサ「意地になってしまった私がいけないのだけれど……。でも、有言実行しなくてはならない」

アニ「……へぇ、偶然だね。私も、指1本分が滞ってるんだ」ピンッ

ミカサ「そうなの。お互い、大変だ」

アニ「本当にね。……多分、あんたとは金額の単位が違うだろうけど」

エレン「ははっ。そりゃそうだ……」


    ――― ガチャッ


「……ん? ユミルしかいねえな」

「本当だ。食堂のドアが開いてるから、あっちにいるのかな?」


エレン「! ライナー達が戻ってきたみたいだな」

ベルトルト「おかえり、みんな。僕達はこっちだよ」ヒョコッ

ライナー「おう、今行く」スタスタ



アルミン「エレンとミカサも起きたんだね」

エレン「まあな。オレはジャンに頭をひっぱたかれて起こされた」

ジャン「おい、人聞きの悪い言い方するんじゃねえよ。普通に起こしても起きなかったからだろうが」

クリスタ「まあまあ。それより、ミカサはもう少し眠らなくてよかったの?」

ミカサ「ええ。私は大丈夫」


ジャン「! そうだ、ライナー。さっき話してた参加者同士の接点なんだが、新しくわかったことがある。

    俺とアニには共通の知人がいて、アニは部の活動で自校に来てたベルトルトを遠目で見ていたそうだ」

ライナー「そうか…… こんな奇妙な関係を作り上げて、〈 機構 〉のやつら、一体どういうつもりだ……?」


アニ「そういえば、アルミンもこの中に知ってる人がいるんじゃなかった?」

アルミン「うん。小さい頃に一度会っただけだから、人違いかもしれないけど……」

エレン「で、アルミンの『顔見知りかもしれないやつ』って誰なんだ?」

アルミン「……それはね。君だよ、エレン」

エレン「? オ、オレ?」


アルミン「……エレンはさ、子供の頃にシガンシナの市立図書館って行ったことある?」

エレン「まあ。家から近いし、今でも度々行くけど……」

アルミン「じゃあ、間違いなさそうだ。……ねぇ、エレン。僕のこと、覚えてない?」

エレン「……? いや、すまない…… でも、話を続けてくれ。何か思い出すかもしれない」

アルミン「うん。じゃあ……」

アルミン「僕は小さい頃は病弱で、療養のために空気の綺麗なシガンシナ市に住んでいたことが一時期だけあるんだ。

     本を読むのが好きだから、休日はよく図書館に足を運んでた。……そこで、僕はエレンと会ったことがある」

エレン「……オレ達が?」

アルミン「そう。その日、図書館の敷地内の広場で君が一人で退屈そうにしてたから、僕が声をかけたんだ。

     とても面白い児童書を手にしていたから、それを勧めてみようと思って」


ミカサ「児童書?」

アルミン「そう。……世界を旅する探検家の物語を綴った本を、ね」

エレン「………!!」

アルミン「この〈 実験 〉の初日だったかな? 〈 娯楽室 〉でエレンが海外留学を夢見てるって聞いたとき、もしかしてって思ったんだ。

     おぼろげながら、前に図書館で会った男の子に似てると感じていたから」

エレン「そうだ…… オレが海外に興味を持ったのは、探検モノの本を読んだのがきっかけだった。

    『海の外には、日本にはない世界が広がってるんだ』って、子供ながらに感銘を受けた。だから、今でも海外に行きたいっていう思いは変わらない」

エレン「記憶の片隅にしかなかったけど、確かに、誰かに本を差し出されて一緒に読んだ。それが、アルミンだったのか……」

アルミン「思い出してくれた?」

エレン「ああ……! アルミンのこと、覚えてなくて悪かったよ」


アルミン「ううん。何年も前の話だし、その頃の僕はマスクをしてることが多かったからね。僕の顔を覚えてないのも無理はないよ」

エレン「……奇妙な形での再会だけど、オレの知らない世界を教えてくれたお前にまた会えてよかった」

アルミン「僕もだよ。僕が勧めた本がきっかけで大きな夢を持ってもらえたなんて、嬉しいよ」


クリスタ「……なんか、いい話だね」クスッ

ミカサ「ええ。アルミンがずっとシガンシナに住んでいれば、あの2人はきっといい友達になっていたと思う」

ライナー「微笑ましいな。……おっと、あと15分で10時だ。みんなで相談したいことがあるから、一旦ラウンジに移動しよう」

クリスタ「じゃあ、ユミルを起こさないと。私、先にラウンジに行くね」スッ


――――― ラウンジ


ライナー「これから〈 夜 〉だが、提案がある。……交代で見廻りをしないか?」

エレン「……見廻り?」

ライナー「ああ。夜10時から翌朝6時までの8時間、ローテーションを組んで廻廊を巡回するんだ。アルミンが提案してくれた。アルミン、解説を頼む」チラッ

アルミン「うん」コクッ


アルミン「そもそも、どうして僕たちが〈 夜 〉に部屋に閉じ篭ってなくちゃいけないかというと、別に〈 ルールブック 〉にダメと書いてあるからじゃない。

     いや、ダメと書いてあることには書いてあるけど、問題なのは〈 夜 〉の間に出歩いてるところを〈 ガード 〉に見つかると警告を受けるってことなんだ」

アルミン「……ということは、逆に考えれば、“〈 ガード 〉に見つかりさえしなければ、〈 夜 〉の間も出歩ける”ってことになる。

     〈 ルールブック 〉には、こう記載されていた。『〈 夜 〉の間、〈 ガード 〉は定められたルートに従い、個室を除いた各部屋の巡回を行う』」


アルミン「昨夜、僕は個室のドアを開けて〈 ガード 〉の巡回間隔を測ってみたんだ。

     〈 ガード 〉が僕の部屋の前を通過してから、次に来るまでの時間は約10分。それに、必ず時計回りで巡回してる。反時計回りは一切なかった」


エレン(……アルミンのやつ、〈 ガード 〉の観察なんかしてたのか。しかも、恐怖に押しつぶされそうなあの〈 夜 〉に、ドアを開け放ってたとは。

    オレなんか、ドアが数ミリでも動きはしないかと戦々恐々として扉を凝視していたってのに……。あいつ、意外と度胸あるんだな)


アルミン「移動に気をつければ、〈 ガード 〉に見つからないように夜廻りをすることは充分可能だ。

     巡回間隔に合わせれば、〈 ガード 〉が通過した5分後には僕たちが通って、その5分後にはまた〈 ガード 〉が通る、という形に持っていける」

アルミン「巡回が5分おきに来るとすれば、随分安心できると思うんだ。……廻廊は事実上、いつも誰かの目に見張られている状態になる」


エレン(……全員を見渡す、アルミンの真っ直ぐな目。間を置いて最後に付け加えた言葉は、提案のために言ったものじゃない。

    殺人を目論んでも実行に移すのは難しい、と言いたいんだろう。つまり、あるかもしれない殺意への牽制だ)


ユミル「なるほどな。私は賛成だ。

    〈 夜 〉はそうして巡回して、昼はラウンジでみんな肩を寄せ合って、それでタイムアップまで過ごす。これなら、何の事件も起きないだろう」

アニ「そうだね。これこそ、趣味の悪い〈 機構 〉と〈 ホスト 〉に対する、最大の嫌がらせだろうね」


ライナー「〈 夜 〉は8時間。3人1組になって、2時間40分ずつ分担するのがいいだろう。グループも考えてある。

     1組目は俺、クリスタ、ユミル。 2組目はアルミン、ベルトルト、アニ。 3組目はジャン、エレン、ミカサ。

     このメンバーで、どうだ?」


エレン( 9人を3組に分けるのなら、チームリーダーはライナー、アルミン、ジャンの3人。

    これは現在〈 暗鬼館 〉で中心人物になっているのは誰かを考えれば、ごく自然な流れだろう。

    それに、体力面で頼りになる人間、冷静な判断力を持つ人間なんかも各グループにいるから、全体のバランスもいい)

エレン(この構成がすんなり出てくるということは、ライナーはオレ達が眠ってる間、いろいろと考えを練ってくれていたんだろう)


ミカサ「ということは、1組目は10時から0時40分まで。2組目は0時40分から3時20分まで。3組目は3時20分から6時まで。違わない?」

ライナー「ああ。意見があるやつは今のうちに言ってくれ」

ベルトルト「……いい考えだとは思うけど、本当に大丈夫なの? もし〈 ガード 〉と鉢合わせでもしたら……」

アルミン「〈 ガード 〉と違って、僕たちは歩くスピードを自由自在に変えられる。〈 ガード 〉に追いつかないように気をつければ、きっとうまくいくよ」

ジャン「心配すんなって。人間様の方が優位だってことを、〈 機構 〉に見せつけてやろうじゃねえか」

ベルトルト「……うん、そうだね。弱音を吐いて悪かったよ」


ライナー「よし、それじゃあ。……全員、俺の方に来てくれないか?」

エレン「? いいけど……」ガタッ

ジャン「?」ガタッ

アルミン「何をするの?」ガタッ

アニ「?」ガタッ


ライナー「一致団結するために、意気込みを入れるぞ」スッ

ミカサ「……手の甲を前に突き出して、何か意味があるの?」

ベルトルト「……ああ、そういうことか」スッ

ジャン「なるほどな」スッ

アニ「……しょうがない」スッ

ミカサ「? 一人ずつ順番に手を重ねればいいの?」スッ

クリスタ「ふふっ。運動部がよくやるよね、これ……」スッ

ユミル「いかにも筋肉バカらしいじゃねえか」スッ

アルミン「なんかいいね、こういうの」

エレン「円陣、か」スッ



ライナー「……残り3日間、誰ひとり欠けることなく乗り切ろう―― ファイトッ!!」

「オーッ!!!」


ライナー「……よし! じゃあ、クリスタとユミルはこのまま残ってくれ。10時になったら夜廻りを始める」

クリスタ「おやすみ、みんな」

ミカサ「おやすみ。トップバッター組、がんばって」

クリスタ「ありがとう」

エレン「じゃあ、オレ達は部屋に戻るか」

アルミン「うん。またね、ライナー」

ライナー「おう」

アルミン「夜廻り、気をつけてね。充分に」

ライナー「ああ、分かってる」


――――― 6号室 


エレン(……もうすぐ日付が変わる。ドアを開ければ、廻廊を〈 ガード 〉とライナー達が間隔をあけて巡っているはずだ。

    そして0時40分になれば、アルミン達のグループにバトンタッチしているだろう)


エレン(……思い返してみれば、今日だけでも色々なことがあった。

    コニーが弓矢で射殺されて。サシャが〈 監獄 〉に閉じ込められて。リタイアした3人の凶器を回収して。

    午後からは凶器検査を行って。ライナーが銃の存在を隠蔽して。みんなでラウンジで眠って。参加者同士の奇妙な繋がりが明るみになって。夜廻りが提案されて……)

エレン(長い長い一日だった。それなのに、マルコを殺した犯人は未だに分かっていない……

    ……誰だ? 誰がマルコを殺した? どうして殺した? どうしてマルコなんだ?)


エレン(……もしかしたらオレは、射殺犯が誰なのか知ってるんじゃないか?)


今日はここまで
前に「12月上旬には終わる」と言ったけど、更新できない期間が長引いたので、完結は来年になります。本当にすみません
今月中に、あと1回は投下するつもりではいます

乙乙

元ネタの本買ったけど面白くて3回読み返したw

待つのみ

頑張って!

何だ更新来てないのか期待しちゃったよ
まあ保守は大事だよね
と思ったらnote民か糞が

まだー?


>>364 乙ありがとう

>>365 インシテミルは綿密な設定や伏線が本当にすごいよね。米澤氏は神だと思う

>>366 保守ありがとう

>>367 お待たせしました

>>368 頑張ります、ありがとう

>>369 お待たせ。悪気はないと思うから許してあげて

>>371 昼間に来るつもりが遅くなった。お待たせ


ベルトルトorクリスタの誕生日に投下するのが目標だった(本編に誕生日を祝う要素はないけど)のに、いつの間にか節分になっちゃった



エレン(……3時17分。そろそろ、オレ達の巡回の番だ)

エレン(やっぱり、〈 ガード 〉と人間の両方が常に廻廊を見張ってくれていると思うと、随分安心して〈 夜 〉を過ごせたな。

    太平楽に寝ることにはまだ躊躇があるものの、昨日と違って四六時中神経を研ぎ澄ます必要もないし、時折目を閉じて浅い眠りにつくこともできた)

エレン(……夜廻りの分担が1グループで2時間40分。10分で廻廊を一周する計算だから、これからオレ達は16周するわけか。

    歩きっぱなしは辛いけど、昼間に寝ておいたから体力面の方は問題なさそうだ)

エレン(……よし、もう行くか。ジャンとミカサはちゃんと起きてるかな……)スタスタ ガラッ


エレン(部屋を出るにしても、〈 ガード 〉と出くわさねぇようにしなきゃ……)キョロキョロ


ジャン「おい、エレン」スタスタ

エレン「! なんだ、ジャンか。迎えに来てくれたのか」

ジャン「ああ。ミカサの部屋にも寄って、夜廻りを始めるぞ。ついさっき〈 ガード 〉が通り過ぎて行ったところだから、〈 ガード 〉との間隔は問題ない」

ジャン「それから、部屋から目覚まし時計を持ってきた。液晶のバックライトが光るから、薄暗い廻廊でも時間が確認できる」


エレン「おお、準備がいいな。……そうだ。オレの松明も持って行こう」

ジャン「……いや、おいてけ」

エレン「? 何でだよ。護身用に鈍器くらいあった方が心強くねぇか?」

ジャン「鈍器を持ってれば安心だっていうのは、お前の理屈だろ。

    凶器を引っさげたお前と2時間40分も並んで歩く俺の身にもなってみろよ。おっかなくてしょうがねぇ」

エレン「はぁ……襲ったりなんかしねぇよ。でもまぁ、納得した。オレは手ぶらで行くよ」

ジャン「ああ。そうしてくれ」


ミカサ「おはよう。エレン、ジャン」スタスタ

エレン「ん、ミカサも来たのか」

ミカサ「廻廊に出ようと思ってドアを開けてみたら、2人の話し声が聞こえてきたから」

ジャン「お前の部屋にも寄るつもりだったんだが、必要なくなったな。……全員揃ったし、始めるか」

エレン「ああ、行こうぜ」


――――― 廻廊


エレン(……〈 ガード 〉はモーター音を立てながら移動してるし、ヘッドランプも点けてる。

    湾曲して見通しの悪い廻廊だけど、音と光に充分気をつけていれば、〈 ガード 〉と鉢合わせすることはないだろう)

エレン( 3人の中で、一番目が冴えてるのはどうやらオレみたいだ。ミカサは若干眠気をはらんだ目つきだし、ジャンも普段と違って足取りが鈍い)


ジャン「……眠いな……」

ミカサ「ええ…… 私は早起きは苦手ではないけれど、こんなに早いのは初めて」

ジャン「ああ。3時半なんて朝じゃねぇよな……」

エレン「なんなら、キッチンに寄ってコーヒーでも淹れるか? みんな、はっきりするかもしれないぞ」

ミカサ「それはありがたい。私はどちらかと言うと紅茶がいい」


ジャン「いや、飲み物を用意するのは難しいな。キッチンには食堂からしか入れねぇし、食堂にはラウンジからしか入れねぇ。〈 ガード 〉が来たら、逃げ場がない」

エレン「10分あるんだろ? お湯はポットにある」

ジャン「淹れることはできても、飲んでる時間がねぇっての」

ミカサ「……確かにそうだ。残念だけど諦めよう」

エレン「いい案だと思ったんだけどな。しょうがない、2人とも6時まで頑張ってくれ。巡回はまだ始まったばかりだ」


エレン(……オレ達が廻廊を出歩いてる様子も〈 機構 〉はカメラで見てるんだろうけど、咎めるような放送は何も入らない。この夜廻りが黙認されてる証拠だ。

    何かとルールが多い〈 実験 〉だけど、意外と抜け穴がたくさんあるのかもしれねぇな……)


――――― 数十分後


ジャン「『クローズド・サークル』?」

ミカサ「そう。昨日ラウンジで見張り番をしているとき、ユミルがそう言っていた。

    嵐の孤島や吹雪の山荘など、何らかの事情で外界との接触が断たれた状況のことらしい」

エレン「……つまり、丸1週間〈 暗鬼館 〉から出られないオレ達も、クローズド・サークルの真っ只中ってことか」

ジャン「なんでいきなりそんな話になったんだ?」

ミカサ「ラウンジの円卓に陶器の人形があるでしょ? なぜあんな場違いな物があるのか話題にしていたら、ユミルが口を開いた。

    彼女曰く、あれはクローズド・サークルの代表的作品であるアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を象徴している、と」

エレン「あー、有名な小説だよな。読んだことはねぇけど、タイトルは知ってるぞ」

ジャン「象徴ってのは、どういうことだよ」


ミカサ「その本の登場人物は孤島の邸宅に集められた招待客ら10人なのだけど、館の円卓にはネイティブアメリカン人形が10体あるらしい」

エレン「なるほど。不気味な人形だと思ってたけど、元ネタがあったのか。……タイトルだけで容易に想像がつくけど、バッドエンドで終わるんだろ?」

ミカサ「ええ。不気味な童謡の歌詞に沿って1人ずつ殺されていき、そのたびに人形も1つずつ減っていく。

    疑心暗鬼の末、最後に残った1人も精神的に追い詰められて自殺、そして孤島には誰もいなくなった…… それが物語のあらすじ」

ジャン「全滅、か…… 人殺しが起きてる〈 暗鬼館 〉の中じゃ、シャレになんねぇな……」

エレン「……そうか。だからユミルはあの時、怯えてたんだ」

ジャン「? 何の話だ?」

エレン「初日、オレ達が廻廊を散歩してたら〈 霊安室 〉の前でユミルに会ったろ? その時、『あの人形が何を意味するのか気付いてる』って言ってた。

    『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせる人形を見て、〈 機構 〉に全滅を予告されたも同然だと思ったに違いない」

ジャン「けっ、冗談じゃねぇ。これ以上死人が増えてたまるか」

ミカサ「それは同意。私にはここから生還する義務がある。何としてでも生きる。……エレン、それはあなたも同じだから」

エレン「? そりゃ、こんなところで死にたいとは思ってねぇけどよ――」


ジャン「! お前ら止まれ!」

ミカサ「!」

エレン「!」

エレン(……何だ? 真っ暗だった廻廊の奥にいきなり光が射した。〈 ガード 〉がこっちに来るのか……?)


エレン「……〈 ガード 〉は、半時計回りには移動しないんじゃなかったのか?」

ミカサ「ええ…… でも、光がこちらに向かってくる気配はない……」

ジャン「…………」

ジャン「……よし、もう大丈夫だ。モーター音も廻廊の向こうに消えていった」

エレン「……追いついたのか?」

ジャン「ああ、多分な」

ミカサ「話し込んでいるうちに、私たちのペースが速くなってしまったんだろうか」


ジャン「いや…… ペースの問題じゃねぇな」

ジャン「俺たちが今いるのが12号室の前だから、この隣は確か……」スタスタ

ジャン「……やっぱり。〈 霊安室 〉だ」

エレン「ちょうど〈 ガード 〉が〈 霊安室 〉から出てきたところだったのか。鉢合わせしなくて本当によかったな……」

ミカサ「そういえば、〈 ガード 〉は個室以外の部屋はすべて巡回ルートに入っているんだった。

    私たちはただ廻廊をグルグルと歩いてるだけだったから、〈 ガード 〉との距離が縮まって追いついてしまったのだろう」

ジャン「……どうする? 俺たちも〈 霊安室 〉や〈 娯楽室 〉を見て回るか?」

ミカサ「……いえ。ゆっくり歩いたり、途中で足を止めて時間調整すれば大丈夫なのでは?」

エレン「オレもそう思う。それに……棺の中の2人には悪いが、こんな夜更けに〈 霊安室 〉には入りたくねぇな。

    こうしてドアの前に立ってるだけで、血の匂いが鼻先を掠めるんだから……」

ジャン「じゃあ、とりあえずは廻廊だけにしておくか。ライナーやアルミンのグループはどうしてたのか、朝メシの時にでも聞こうぜ」


エレン「……そうだ。部屋に入ると言えばさ」

ジャン「ん?」

エレン「万全を期すなら、個室もチェックした方がいいんじゃないか? 全員部屋にいるか、点呼になる」

ジャン「……まあな」

ジャン「そこまで徹底的にやれば、完璧だな。だけどよ、前の2組はやらなかったぞ。少なくとも、俺の部屋の様子を見に来たやつはいない」

エレン「オレ達だけでも、どうだ?」

ジャン「……やめた方がいいと思うな。気が立ってるやつは不愉快に思うかもしれねぇ。

    昼間は3人以上での団体行動っていうルールを設けてあるから、せめて〈 夜 〉だけでも1人でいたいやつもいるだろう」

ミカサ「それに、ドアから覗いても見えるのはベッドルームだけ。もし姿が見えなかったとしても、浴室やトイレまで探しにいくかどうか……」

エレン「……合図を決めておけばよかったな。夜廻りは個室の前を通るたびに、部屋をノックする。無事でいるならノックを返す、とか」


ジャン「だから。そいつが寝てたり風呂に入ってたりしたら同じだろ?」

エレン「あ、そうか」

ミカサ「……でも、個室にいるかどうか確認する方法は、何かあった方がいいかもしれない。この件も、あとでみんなで相談しよう」


エレン(……自分で言い出したことではあるけど、点呼を取るってのは、実際のところどうなんだ?)

エレン(仮に夜廻りの間、誰かが部屋にいないことが分かったとして…… どうしようがあるだろう? 全員を叩き起して、そいつを探すか?)

エレン(……〈 夜 〉に、個室から参加者が姿を消す。それは、殺すためか、殺されたから、のどっちかじゃないのか?

    だとしたら、仮に不在が確認できても、ほとんど手遅れなんじゃ……)

エレン(……口にはしないでおこう。ただでさえ心細い夜廻りなのに、物騒な話はしたくない)


――――― 二時間後


エレン(……どれだけ歩いても同じ景色がループするだけ。代わり映えのしない巡回は、序盤のうちに飽きが来た。違う景色が見たい、と何度思ったことか……

    進めど進めど海と空しか視界に広がらない船乗りも、きっとこんな気分になるんだろう)

エレン(でも、これで夜廻りは16周目に入った。〈 夜 〉が明ければ、昼間の時間はこれから始まる。規定の7日間が終わるまで、今日を含めて3日間。

    昨日の午後みたいに9人がラウンジで固まっていれば、もうこれ以上は何も起きないだろう)


ジャン「……よっしゃ、6時になった。やっと終わったぞ……!」

ミカサ「……2時間40分は長かった。エレン、ジャン、本当にお疲れさま」

エレン「お疲れ。暗い廻廊をただただ歩くだけってのは結構キツかったな」

ジャン「ああ。それに、最初は緊張感を持っていたけど、途中からは飽きて退屈だった」

ミカサ「明日以降の夜廻りは、1グループ1時間ずつというローテーションに変えた方がいいかもしれない」


エレン「……なぁ、さっきは断念せざるを得なかったけど、今からキッチンに行って何か飲まねぇか?」

ジャン「ああ、いいなそれ。少し休んでから部屋に戻ろうぜ」

ミカサ「是非そうしよう。エレン、私はコーヒーより――」

エレン「はいはい、紅茶の方が好きなんだろ。淹れてやるよ」

ミカサ「覚えててくれてありがとう。そこの右手の廊下からラウンジに行こう」



ジャン「……夜廻りの最中はあえて言わなかったけど、〈 霊安室 〉の近くに来ると臭いがするよな。〈 夜 〉になる前は何ともなかったと思うけど……」

ミカサ「〈 ガード 〉が10分毎に〈 霊安室 〉を出入りするから、ドアを開閉するたびに外に漏れているんだろう」

エレン「まあな。仕方ないことだと思ってやり過ごして来たけどよ…… 慣れることはないよな、血の臭いってのは……」


エレン(……気の毒なマルコとコニー。これ以上、棺桶の中で眠ることになる人間が増えないことを――)

エレン(……棺桶?)ピタッ


ミカサ「……エレン? 立ち止まってどうしたの」

ジャン「なんだよ、ラウンジ行かねぇのか?」


エレン(遺体は棺桶に入ってる。棺桶に冷蔵機能がついてるってことは、密閉度は高いはずだ。それなのに血の臭いが廻廊まで漂うもんなのか……?)

エレン(……まさか――)


エレン「……!!」ダッ

ミカサ「エレン! どこへ……!」

ジャン「血相変えて、どうしたんだよ!」


――――― 〈 霊安室 〉前


エレン(そんなはずない! ただの思い過ごしであってくれ……!)


    ――― ギイッ


エレン「…………」

エレン「……違う……違う」

エレン「……こんなことって……」



ミカサ「エレン、どうし――」タッタッタ

ジャン「何があった――」タッタッタ

ミカサ「…………」

ジャン「…………」


エレン(……棺が並ぶ白い部屋、〈 霊安室 〉のど真ん中。べっとりと広がった赤黒い液体……)

エレン(既視感を覚える。いや、この景色は確かに、マルコの時にも見てる。白い床に広がる、赤い血溜まり……)


ジャン「……死んでるのか?」

ミカサ「……あの状態で、生きている訳がない」

ジャン「……」

エレン「………なあ、」

エレン「オレの気のせいじゃないよな? 血まみれで倒れてるのが2人いるように見えるのは」



――――― 〈 霊安室 〉


エレン「……おい、クリスタ……」

クリスタ「…………」

エレン「……お前はあまり見ない方がいい。先にラウンジに行って休んでろ。……ほら、立てるか?」スッ

クリスタ「…………」

エレン「……クリスタ……」


エレン(……力なく、血溜まりの傍にへたり込んで放心状態のままだ。時折、独り言を呟くかのように唇が微かに動くけど、掠れ切った声で聞き取れない。

    ショックが大きすぎて、まだ受け入れられないんだろう…… やっぱり、クリスタにだけは見せるべきじゃなかったのかもしれない)


ジャン「……エレン。ちょっとこっちに……」

エレン「……いま行く」スタスタ


ジャン「ベルトルトはラウンジで休むってさ。血溜まりを見て気分が悪くなったみたいだ。……クリスタの方はどうだ?」

エレン「……ダメだ。遺体をぼんやり見つめたままで、話しかけても反応しない」フルフル

ジャン「気の毒にな……」

エレン「……折り重なって倒れてる遺体は頭蓋が半ばまで砕かれて人相が変わってるから、とてもじゃないが顔の判別がつかねぇ。

    でも、服装と体格の特徴は合ってるし、何よりこの場にあの2人がいないから、断言できる」

エレン「……死んでるのは、ライナーと、アルミンだ」


エレン(夜廻りが終わった直後に遺体を見つけて―― すぐに他のメンバー全員を叩き起こした。……12人で始まった〈 実験 〉は、これで7人に減った)


エレン(オレ達の数メートル後ろには、血の気が引いたミカサとアニ。オレと入れ替わるように、ユミルはクリスタの傍に行った。

    ベルトルトは血の海を見るなり卒倒したから、ここにはいない)


ジャン「……頭部の損壊以外に目立った外傷はないから、それが死因で間違いないだろう」

エレン「ああ。何をどうすれば頭をこんな風に木っ端微塵に破壊できるんだ…… 巨大な生き物に踏み潰されたみたいな死に方だ……

    いや、現実的に考えるなら、何か馬鹿でかいハンマーみたいなものが凶器か……?」

ジャン「……お前、気付いてなかったのか」

エレン「……? 何が……」

ジャン「真上の天井を見てみろ」

エレン「天井?」チラッ

エレン「……っ!?」


エレン(……真っ白な天井に、真っ赤な血痕…… バスケットボールくらいの大きさの赤い染みが、並んで2つ付いてる。

    その真下に頭蓋を砕かれた2人の遺体があるってことは――)


エレン「……落ちてきたのか」

ジャン「……だろうな」


エレン(この〈 霊安室 〉の天井は、きっと吊り天井になってる。ライナーとアルミンは、落ちてきた天井に頭を割られたんだ)

エレン( 12人、おそらくそれぞれ、違う凶器を与えられた。オレは松明、ジャンは紐。

    その中に、罠を与えられたヤツがいたんだ。凶器は、〈 霊安室 〉の吊り天井。それで2人が〈 圧殺 〉された)


クリスタ「…………」フラッ

ユミル「? ……おい、クリスタ」

クリスタ「……エレン」フラフラ

エレン「……どうし――」


クリスタ「ライナーの怪我を、早く治そう」


エレン「!?」

エレン(何言ってるんだ、クリスタのヤツ……! 錯乱しちまったのか?)


エレン「……お前、休んでた方が――」

クリスタ「私はいいから!!」ガシッ

エレン「……!!」

クリスタ「ライナーを助けないと……!! 急げばまだ間に合うかもしれないから!!」ユサユサ

エレン「ちょ、ちょっと……」ビクッ

ユミル「お……おいクリスタ……」

クリスタ「エレンはお医者さんの息子でしょ!! 医学に詳しいなら何とかしてよ!!」

エレン「む、無茶言うな……」

ユミル「……落ち着け、クリスタ。気を確かにしろ……」


エレン「………」

エレン「オレは父さんと違って、医学に明るいわけじゃない。医者の息子が重傷者に対して何もできないのは心苦しく思うよ。

    でもな、分かってくれ…… ライナー達は、もう手遅れなんだ」

クリスタ「………」

エレン「オレだって、あいつらがやられたのは憎いよ。

    死んだ人間を生き返らせることはできないけど、2人を殺した犯人を探すことなら大いに協力する。探して、そいつに償わせるんだ」

クリスタ「………」


クリスタ「……許さない」ボソッ

エレン「………」

クリスタ「昨日、全員で円陣組んで……協力し合って生き延びようって言ったのに…… 一体誰がこんなこと……」グスッ

クリスタ「裏切り者……絶対許さない…… 殺してやる、ブッ殺してやる、わたしが……」

ジャン「クリスタ……? 気持ちは分かるが……お前らしくもない」

クリスタ「あはは……! 『お前らしくもない』!? たった数日一緒に過ごしただけで、知った風な口を利かないで!」

ジャン「………」

クリスタ「……そうだよ……物心ついた時からずっと一緒だったライナーは、私のことをなんでも理解してくれた……

     いつでも支えになってくれたライナーを失うなんて…… 私、これからどうしたらいいの………」ポロポロ


    ――― カラーン



エレン(……? 何の音だ?)クルッ


ベルトルト「あっ……」ヒョイ


ジャン「……ベルトルトじゃねぇか。もう大丈夫なのか?」

ベルトルト「う、うん。だいぶ良くなったよ……」

ミカサ「いつの間に〈 霊安室 〉の入口にいたの? 気付かなかった」

ベルトルト「ついさっきだよ。部屋に入るタイミングがなくって……」


エレン(……ベルトルトのヤツ、何かを床に落として拾い上げたな…… 指の隙間から覗くのは、緑色の小さな物体…… あれは、何だ?)


エレン「……なあ、ベルトルト。お前、何を持ってるんだ?」

ベルトルト「えっ、いや……」サッ


エレン(……訝しむオレの声を聞いた途端、右手を背中の後ろに隠したぞ。……嫌な予感がする)


エレン「……見せてくれ」ツカツカ

ベルトルト「こ、これは……」

エレン「やましいものじゃないなら、見せろ」

ベルトルト「っ………」オロオロ

ベルトルト「………拾ったんだ」スッ


エレン(……真ん中に赤いボタンのついた、平らで丸いプラスチック製の……スイッチ…… これは……)

エレン「……お前、入口で何してたんだ?」

ベルトルト「な、何もしてないよ……」

エレン「これは何だ?」

ベルトルト「知らない、僕のじゃない!」

エレン「……ふざけんのか?」グイッ

ベルトルト「ひっ……」

ミカサ「! エレン、乱暴は……」

エレン「胸ぐらを掴んだくらいじゃ死なねぇよ。お前は黙ってろ」

ミカサ「………」


エレン「……ライナーとアルミンを殺したのは、お前か?」

ベルトルト「違う、僕は、じゅ――」

エレン「オレ達も殺すつもりだったのか?」

ベルトルト「っ………」

エレン「……何とか言えよ、この野郎!」

ベルトルト「……知らないよ、何も知らない。知らないんだ。……苦しいよ、放してよ……」

エレン「………」スッ

ベルトルト「ひっ、人殺し、人殺し!」ダッ


ジャン「おい、待てベルトルト!」

エレン「追わなくてもいいだろ」

ジャン「だけどよ……」

エレン「このスイッチは、多分、吊り天井を動かすためのものだ。それ以外には思いつかない。これを奪った以上、あいつは無力だ」

アニ「……縁の一部に、赤外線を発信するような黒いガラス状の部分があるね。こんなおもちゃみたいなスイッチで、人を惨たらしく殺せるなんて……」

ユミル「ベルトルさんがこれを持ってたってことは……」

クリスタ「……あいつが、あいつがライナーを……殺したんだ」


今日はここまで

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom