淡幽「時に、ギンコ」 (8)
淡幽「お前は私に面白い話をしてくれるが、たまにはお前自身の事を聞いてみたいな」
紙の上に滑らせた筆を置き、淡幽はそう聞いた。
脚を重そうに引き摺ると、傍にある肘掛けに寄り添うようにして座る。
プカリ、と細長いパイプの先から煙を燻らせた。
ギンコ「なんだよ、いきなり」
縁側に座っていたギンコは、淡幽が唐突にそう話した事を問いただそうと振り向く。
微笑を湛えた淡幽が、さも急かすような視線をギンコへと向けていた。
振り向いたギンコと目が合う。
ギンコ「俺の事なんざ聞いても、対して面白くもねえさ」
淡幽の視線から逃げるようにギンコは再び淡幽に背を向けると、ポリポリと頭を掻いた。
ギンコ「大体、何話しゃいいのか皆目見当もつかん」
淡幽「大した事じゃないだろう。例えば、食べ物の好物とか」
ギンコ「食いもんねえ」
しゃくった顎を撫でてギンコは思案する。
旅をしている最中は保存の効く干し肉やら、山に自生する野草やらを食べているが、それらは不味いとは思わないが好物かと言われたら違う気がする。
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ギンコ「そういや」
あれこれ考えを巡らしていると、ギンコはとある村食べた物の事を思い出した。
蟲の影響に苛まれていたとある漁師を手助けした時の事だ。
ギンコ「前、ある漁師町で蟹を食ったんだがな。あれは中々イケるぞ」
淡幽「蟹か……ああ、私は本でしか知らないな。そんなに旨いのか?」
ギンコ「ああ。ありゃ、人生でいっぺんは食わねえと勿体ない」
そう言って、ギンコは意地悪気にニヤリと笑う。
ギンコ「生で食っても良いんだが、なんといっても茹でたモノが最高だ。醤油を少し垂らせば、後は何も要らん」
淡幽「ほう、お前にそこまで言わせるとはな」
そう言うと淡幽は、くつくつと笑う。
そしてパイプの灰をとん、と落とした。
淡幽「そう言えば前から聞いてみたかった事あるんだが」
そう前置きすると、チラリとギンコの方を見た。
淡幽「ギンコは西洋の服を好んで着ているようだが、何か拘りでもあるのか?」
ギンコの服装は、確かに周りから少し浮いているように見える。
実際ギンコも旅の道中、自分のような格好をした人物を見掛けた記憶がない。
どきまでも白く染められた白地の生地に、動きやすそうなズボン。日本では珍しい服だ。
ギンコ「これは前、大陸の商人から譲って貰ったものでな」
そう言うとギンコは服の端を摘まむ。
ギンコ「生地が丈夫で、しかも着物より動き易くてな。強壮剤と交換した」
淡幽「成る程、そういう経緯だったんだな」
ギンコ「ま、物珍しさってのもあったがね。兎に角、今日この日まで有り難く着させて貰ってるよ」
コキリ、とギンコは肩を鳴らす。
思えばこの服との付き合いも長いものだ。
ギンコ「因みにその商人とは今でも付き合いがあってな。たまに会うと、新しい服や西洋の珍しいものを交換してる」
ギンコ「っておい、これじゃ俺が聞かれるばかりだ。お前の事も聞かせろよ、淡幽」
次はお前だとギンコは促した。
一方的に聞かれるのは不公平だと。
淡幽は「そうか」と言ってパイプを置くと、髪をさらりと手櫛で解かした。
淡幽「そうだな。私は……だんごが好きだ」
ギンコ「だんごかよ」
ズル、とギンコが体勢を崩す。
だんごって。
そりゃあ俺も嫌いじゃあないが。
淡幽「後は……ああ、餅も好きだ」
ギンコ「似たようなのばかりだな」
淡幽「たまは私に尽くしてくれるが、それでも蟹が食べたいとは言えないだろう」
「それにだんごだって良いものだぞ?」とこれは淡幽
蟹は茹でると味が逃げるのがな…生は腹壊すこともあるし、焼くか蒸すのが良い
蟲師ssとは珍しい、ぜひ完結させてくれ
>>5
確かに焼き蟹は旨い、焼けた殻の鮮やかさと暴力的な旨味が襲ってくるのが素晴らしい。
鼻に訴えてくる蒸した身を、箸で小さく解して食べるのも良いだろう。
だがここに、もしもの話だが。
ここに最高の醤油があるとしよう。
これはもう茹でるしかあるまい。
特有の香りを沸きあがらせる鍋の中から取り出した、未だ湯気纏う白身に、ほんの一筋の醤油を垂らす。
鍋から取り出した白に朱が混じる艶やかな果肉へと醤油が伝うにつれて、
黒から紺へ紺から黄金へと変わるその色彩は見るもの全ての目を奪う。
口に含むと旨味のの押し付けあいではない、共に奏でる味の調べが舌を伝い脳に響き心を越え、
その更に奥にある根元を震わせる。
蟹と醤油の神秘的な混ざりあい。
蟲の光酒が関わらぬ、人を狂わす料理と言えば
蟹と醤油に勝るものは世の中そんなに多くはないと思うね。
おいおい
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