ギンコ「ここが糸守町か。随分と蟲が豊かなところだな、ここは」(137)

ギンコ「おまけに光脈筋か。長居はできそうにないな」

ギンコ「この上は神社か……なんかやってんのかね」ザッザッ

三葉「……」シャラン

四葉「……」シャラン

ギンコ(神事の最中か)

ギンコ(奥にいんのは祖母さんか? 母親はいないのか)

三葉「……」モグモグ

三葉「……」トロォ

ギンコ(あれは……)

勅使河原「日本最古の酒、口噛み酒や」

早耶香「神様もそんなお酒、嫌やないんかなぁ」

ギンコ(今時、口噛み酒で奉納とは随分と珍しいな)

ギンコ「よう、お前さん達。俺は蟲師のギンコってもんだが、ここの神社の事に詳しいのか?」

勅使河原「なんや、見た事ない人やな」

早耶香「こんな所に観光? 物好きな人やなぁ……」

勅使河原「俺に聞くより、三葉に聞いた方が早いで」

ギンコ「あの子らか?」

早耶香「右側のが三葉。あたしらと同級生。で、左側が妹の四葉ちゃんや」

ギンコ「そうかい。悪いな、教えてもらって」

勅使河原「にしても、虫の学者さんかなんかか?」

ギンコ「いや、俺達が生業としている蟲ってもんは、昆虫とは一線を引く存在だ」

ギンコ「存在しているとも隔絶しているとも言えん。俺達とは命のあり方が異なる存在だ」

早耶香「よう分からん話やね……」

勅使河原「ああ……だが、すっげえわくわくする!」

早耶香「うわぁ……」

……
三葉「思春期前のお子サマは気楽でええよな!」

ギンコ「よう」

四葉「? お姉ちゃんの知り合い」

三葉「う、ううん……」

ギンコ「俺は旅の蟲師のギンコってもんだ。お前さん達はさっき、舞をしていた子達だろ」

ギンコ「ちょいと宮水神社について聞きたいんだがいいかね?」

三葉「構いませんけど、私達より祖母の方が詳しいんですが……」

四葉「まだ打ち上げの宴会中やしね……」チラ

ギンコ「お前さん達の視点から見た内容でも構わんさ」

ギンコ「あの舞、二人で踊っていたが、元々二人で踊るものなのか」

三葉「はい、そう聞いています」

ギンコ「て事は、その子が舞を踊れるまでは、後ろにいた祖母さんとやっていたわけか」

四葉「そうやよー。今年から私がやる事になったんやよ」

ギンコ(去年まではあの祖母さんも口噛み酒を作っていたのか。それはそれで凄まじい話だな)

ギンコ「あの舞の意味とかは何か知っているか?」

四葉「あれ、そういえば聞いたことない」

三葉「書物等は過去の火事で焼失してしまっていて、今は形だけしか残っていないんです」

ギンコ「そうなのか? そりゃ残念だな」

四葉「それにしても、虫の先生かなんか? あんまり関係なさそうやね」

ギンコ「俺達の範疇の蟲ってもんは、昆虫とは違う」

ギンコ「見えるものと見えないもののある、在り方の異なる生命だ」

四葉「お姉ちゃん、この人は何言うとるん……」

三葉「私も分からんなぁ……」

ギンコ「まあ、この世を構成するものの一つだ」

ギンコ「こうした神社にまつわる伝承の中には」

ギンコ「蟲が起因するものがある」

ギンコ「こいつが結構、馬鹿にできなくてな」

三葉「へー……」

ギンコ「まあ、焼失しちまっている上に、教えられてないって事は」

ギンコ「もう大して残っちゃいないんだろうな」

ギンコ「悪かったな、こんな時間に」

三葉「私達の家はあそこなんで、後日、祖母にも聞いてみて下さい」

ギンコ「おう、悪いな」

四葉「……お姉ちゃん、この町にお宿ってあったっけ?」

三葉「……ないはず」

ギンコ「まだ寒くもないし、今晩は天気もいい。そこら辺で野宿するぐらい問題ないだろ」

四葉「野宿?! え、本気?」

ギンコ「別段、大した事ねえよ」

翌日 宮水家
ギンコ「……」トントン

一葉「……誰やな?」ガラガラ

ギンコ「私は旅をしている蟲師のギンコと言います。先日の神事を見ましてね」

ギンコ「もしよろしければ、宮水神社についてお話を聞かせてはもらえませんかね」


一葉「孫から話は聞いとるよ」

一葉「それにしても懐かしいやなぁ。昔はこの町……この家にも蟲師がおったんや」

ギンコ「へえ、この家にですか」

一葉「ワシが子供の頃は、ここももっと人がいて賑やかやったなぁ……」

ギンコ「お聞きした事があるかもしれませんが、ここは光脈筋と呼ばれる土地で」

ギンコ「蟲が多い地域です。やはり蟲患いが多いのですかね」

一葉「あいにく、そういった事は多くないし、あっても大した事はなかったんやさ」

一葉「あの当時、意味は分からんかったが、あの人はそれを不思議がってたんやなぁ」

一葉「お陰で、山の薬草を煎じたりとこの町の薬屋みたいな人やったよ」

ギンコ「……」

一葉「三葉からも聞いとるとは思うが、このへんは昔、辺り一帯丸焼けとなってまってなぁ」

一葉「お宮も古文書も失われてしまったんや」

ギンコ(やはり、この祖母さんもそれほど深くは知らないのか)

一葉「ぞうり屋の山崎繭五郎の風呂場から出た火が原因でな、これを『繭五郎の大火』と言う」

ギンコ「それはまた……そんな事で後世に名を残すとは、その者もさぞ無念な事でしょうな」

ギンコ「ここには何か、伝承のようなもんはありませんかね」

一葉「そうさなぁ……蟲師の方にはつまらん話やろうが」

一葉「ここでお祀りしておる倭文神建葉槌命が竜を退治した、というものがあるやいね」

ギンコ「竜、ですか……」

一葉「それも詳しい事も分からなくなってしまったがねぇ」

ギンコ「そういえば……ここは本殿が見当たりませんが、山そのものが御神体という事ですかね」

一葉「正しくは、山の上に御神体があるんやさ」

一葉「そこに小さな社があってなぁ。昨晩の口噛み酒は御神酒として、そこへ奉納するんや」

ギンコ「なるほど。しかし山の上に御神体ですか……それも今となっては」

一葉「ワシにも分からん」コクリ

ギンコ(やはり、あまり収穫はないか)

一葉「しばらく、糸守に留まるんやったら、ここを使うとええ」

ギンコ「よろしいのですか?」

一葉「その代わり、少し薬を作ってもらいたい」

一葉「昔はよく、その蟲師の人に風邪をひいた時にくれた薬があってなぁ」

一葉「滋養剤って事やったが……一体、何の草を使っていたんかはさっぱり分からん」

ギンコ「この山で取れる薬草という事なら、同じ物が出来る可能性もあるでしょう」

ギンコ「確約が出来なくてもよろしければ引き受けますよ」

ギンコ「まあ、見つかるようでしたら、他にも薬を作ってお渡しします」

一葉「すまないねぇ」

ギンコ「思いがけず、宿が見つかったな……」

ギンコ(それにしても竜を退治か。よくある話の分、何とも判断できんね)

ギンコ(まあ、近くを通るついでに立ち寄っただけだ)

ギンコ(数日程度は問題ないだろうし)

ギンコ(早いとこ、薬草を見つけてそこそこに出発せにゃならんな)

ギンコ(……一度ぐらいは御神体ってのも拝んでおくか)

夕暮れ
ギンコ(色々と採れたが、祖母さんの話に思い当たるもんは見つからなかったな)

ギンコ(明日はもうちっと、別の場所を探してみるか)トントン

四葉「はーい」ガララ

四葉「あ、昨日の人」

ギンコ「よう、祖母さんから何か聞いちゃいないか?」

四葉「今日からうちに泊まるって話?」

ギンコ「ああ、悪いが世話になる」

ギンコ「……」

三葉「……」スタスタ

ギンコ「よう、今日から厄介になるな」

三葉「えっ!」ビクッ

ギンコ「……? どうした?」

三葉「ええ、と……どちら、様?」

ギンコ「は? お前さん、俺の事を覚えていねえのか?」

三葉「あ、あはは……」

ギンコ「……」

ギンコ「ちょいといいか?」

四葉「なにー?」パタパタ

ギンコ「お前の姉ちゃん、俺の事を覚えていなかったぞ。大丈夫か、ありゃ」

四葉「あー……」

ギンコ「なんか思い当たる節でもあるのか」

四葉「こないだから、変な時があるんやよ」

四葉「なんて言ったらいいんかなー……なんかもう変。朝なんか自分のおっぱい揉んどるんやよ」

ギンコ「……そいつは別に参考にならねえな」

ギンコ「何時頃から起きてんだ?」

四葉「うーん、数日前ぐらいからだったようなー……」

ギンコ「急に起こったのか?」

四葉「そうなんやよー」

ギンコ「祖母ちゃんは何も言っていないのか?」

四葉「大した事ないって感じ」

ギンコ「……それはそれで妙だな。一度しか会った事がない俺から見ても、明らかに変だったぞ」

四葉「だよねー」

ギンコ(人が変わる、か……しかしごく短期間で元に戻る? 聞いた事がないな)

ギンコ「……」サラサラサラ

ギンコ(しかし、ここまで珍妙で聞いた覚えのない事となると)トントン

ギンコ(善い返事は期待できないだろうな)

ギンコ(あまり時間もないし、どうにかできればいいんだがね)フー

ギンコ(様子を見て、ちと話を聞いてみるか)トントン

四葉「ギンコさーん、お風呂空いた、って煙草吸うんだ?」

ギンコ「ああ、こいつは普通の煙草じゃない。蟲煙草ってもんだ」

ギンコ「蟲を散らしたりする為のものでな」

ギンコ「俺は体質で蟲を呼び寄せちまう。半年も一つの所に留まれば、そこを蟲の巣窟にする」

ギンコ「俺にとってはこいつは手放せないもんなんだよ」

四葉「ふーん……?」

ギンコ「まあ、蟲が見えんお前さんにはよく分からん話か」

四葉「うーん、よーするにギンコさんの言う蟲って、幽霊だって置き換えればいいんやよね?」

ギンコ「違うんだが、理解する上ではそっちの方が分かりやすいだろうな」

四葉「幽霊……幽霊かぁ……大変なんやねぇ」

ギンコ「……違うからな?」

翌朝
三葉「おはよう、四葉」

四葉「おはよー。今日はちゃんと早いやね」

ギンコ「よう、おはようさん」

三葉「うぇっ!?」ビクゥ

四葉「え?! な、なに?」

三葉「いや、ちょ、え、何で?!」

ギンコ「……お前、まさか俺の事が分からないのか?」

三葉「ギ、ギンコ、さん……ですよね? な、なんで家に……?」

四葉「お姉ちゃん、また寝ぼけとんの? 昨日からおるやない」

三葉「え? えぇ!?」

ギンコ「しばらくの間、世話になる。悪いな」

三葉「え、や……そ、そうなの?」チラ

四葉「昨日、一緒におばあちゃんから話聞いたじゃん」

ギンコ「……三葉、俺が晩に話しかけた事は覚えているんだな?」

三葉「え、は、はい……」

ギンコ「……」

ギンコ(今のところ、一昨日と今日の記憶は繋がっているのか?)

ギンコ(しかし、少し前にも同様の事があったというが……)

ギンコ(異常な日と正常な日で記憶が別になっている、か?)

ギンコ(……やはり、心当たりがないな)

ギンコ(今の三葉に聞いたところで、これ以上は話も聞けないだろうし、"変な時"の三葉にでも聞いてみるかね)

ギンコ「しかし、随分と綺麗な湖だな」

ギンコ「……? なんだ?」

ギンコ「水ん中に蟲が一切いない?」チャプ

ギンコ(妙だな……こんな事があるのか?)

ギンコ「……」

ギンコ(こいつは思った以上に、厄介なところにきちまったかもしれねえな)フー

ギンコ(気になる事が多い)

ギンコ(可能な限り、滞在してみるとするか)

ギンコ「……」スパー

ギンコ(滋養に効き、風邪の時にも飲む、か……)

ギンコ(恐らく複数の薬草から作られるのだろうが、中々それらしい組み合わせは見当たらんもんだな)

ギンコ(……日が暮れてきたな)

ギンコ(そろそろ戻るとするか)

四葉「あ、ギンコさん、おかえり。もうすぐご飯できるやよ」

ギンコ「ああ、悪いな」

三葉「……」トントントン

ギンコ「姉ちゃんが作ってんのか」

四葉「当番制だからね」

ギンコ「ほー。四葉も作れんのか」

四葉「まあねー」エッヘン

ギンコ「……」パクパク

テレビ『いよいよ世紀の天体……』

ギンコ「そういや、もうすぐ彗星がよく見れんのか」

四葉「丁度よかったんやない?」

三葉「そうやなぁ……ここら辺何もないし、山を登らなくても、見えるんやろうね」

ギンコ「そこまで居られるといいんだがね」

四葉「別によくない? ねえ、おばあちゃん」

一葉「わしは構わんよ」

ギンコ「とは言え、そこまで厄介になる訳にもな。何より、お前には話したとおり、蟲を寄せる体質だ」

ギンコ「おまけにここは光脈筋という特別な土地だからな。そう長居はできんよ」

三葉「あの、蟲って結局のところ何なんですか?」

ギンコ「そうだな。見慣れた動植物とは異なり、存在しているともしていないとも言える」

ギンコ「ただ、影響を及ぼしてくるもの。俺達はそれらを蟲やミドリモノと呼んでいる」

四葉「……やっぱりよく分かんないなぁ」

三葉「うーん……」

ギンコ「まあ、お前さん達が聞きたいんなら、暇な時にでも蟲の話をするさ」

ギンコ「そうだ、明日は帰ってこないから俺の事は気にしないでくれ」

四葉「……野宿?」

ギンコ「まあ、そうなるだろうな」

三葉「どうかしたんですか?」

ギンコ「書物で調べたい事があるんだが、糸守にはそうした施設がないからな」

四葉「図書館かぁ……」

三葉「え? それだけの為に野宿?」

ギンコ「じっくり調べたいが急いでるわけでもないからな。ただ日帰りとなるとかなりかかるだろう」

四葉「電車使えばいいじゃん」

ギンコ「そう稼ぎのあるもんじゃないからな」

糸守町西の市内 図書館
ギンコ「……」ペラ

ギンコ(それらしい植物の目星はついたが、果たして生えてんのかね)パタン

ギンコ(まあ、多少は手掛かりはつかめたって思う事にするか)ペラ

『糸守の歴史 ~糸守湖~』

ギンコ(あの湖……昔、落下した隕石によるものなのか)

ギンコ(湖が出来る以前は人がいなかったもんなのかねぇ)

ギンコ(あれだけの規模となると、落ちてきた時はあたり一面、相当な被害となっただろう)

ギンコ(全く、不思議なところだな)

ギンコ(光脈筋、隕石湖、蟲のいない湖、謎の記憶障害……か)

ギンコ(引き際を見誤ったかもしれねえな……)ガリガリ

ギンコ(とは言え、流石に見過ごしていいもんでもねえだろうし。本当に厄介なところに来ちまったな)

翌日
四葉「あ、おかえりー」

ギンコ「おう、ただいま」

四葉「そういえば昨日、またお姉ちゃん変やったやよ」

ギンコ(早朝に発ったのが裏目に出たな)ムゥ

四葉「なんなんやろね、あれ」

ギンコ「まあ、祖母さんは変に思っていないみたいだし、あまり神経質に見なくてもいいのかもな」

四葉「あれは絶対に変だってー」

ギンコ(件の三葉に話を聞くのは次の機会だな)

三葉「あ、ギンコさん、帰っていたんですね」

ギンコ「ああ、ただいま」

ギンコ「……。三葉」

三葉「? はい?」

ギンコ「お前さん、特に体調が悪いという事はないのか?」

三葉「え? うーん、別段変わりないと……」

三葉「! あ、あの、もしかして、あたしがその、変な時って……」

ギンコ「ああ、見た事があるぞ」

三葉「わ、忘れ、いえ気にしないで下さい!」

ギンコ「……? ああ、分かった」

ギンコ(どういう事だ?)

ギンコ(少なくとも、今までは異常のあった日そのものを認識できていなかったはず)

ギンコ(人伝に聞いて、心当たりのない事実を知らされていた程度だったのだろう……)

ギンコ(しかし、あの反応は異常な日そのものを、認識しているような様子だ)

ギンコ(その日の記憶を取り戻した、にしては取り繕い方も妙だな)

ギンコ(……)

ギンコ(やはり一度、異常な日の三葉に話を聞いてみた方がいいな)

ギンコ(今のところ数日に一度あるといったところか)

ギンコ(昨日あったという事は、二日、三日後ぐらいか)

二日後の夜
ギンコ「……」ガササ

ギンコ(やはり善い返事はない、か)ゴロ..

ギンコ(うん?)ゴロ..ゴロ

ギンコ(なんだ? この音は?)ゴロ.ゴロ


三葉の部屋「」ゴロゴロ

ギンコ「……」

三葉の部屋『あぁ……生きるって辛い……』ゴロ

ギンコ「……」

四葉「あ、ギンコさん」ヒソヒソ

ギンコ「……四葉、こいつは一体」ヒソ

四葉「時々あるんやよ……朝ご飯当番に寝坊するくらいなら、早く寝ればいいのに」ヒソヒソ

ギンコ「……時々あるのか」

ギンコ(普段から変には変なんだな)

ギンコ(周りの反応が微妙に薄いのも、こういうところが起因してんのかね)

ギンコ「まあ……お前も早く寝ろよ」

四葉「あたしはトイレ起きただけで、お姉ちゃんと一緒にしてほしくないなー」

翌朝
三葉「おはよう」

四葉「おはよー。今日も髪適当なんだ」

三葉「あーうん」

三葉「っていうかあんなん出来るかよ」ボソボソ

ギンコ「……」

三葉「ギ、ギンコさんもお早うございます」

ギンコ「ああ、おはようさん」

……
三葉「それじゃ、行ってきます」

四葉「行ってきまーす」

一葉「いってらっしゃい」

ギンコ「ああ、気をつけてな」


ギンコ「つかぬ事を窺いますが」

ギンコ「三葉のあの様子、特に不思議に思わないんですかね」

一葉「そうやなぁ……夢でも見とるんやないかなぁ」

ギンコ「どういった事か、詳しくお聞きしても?」

一葉「ムスビやな」

一葉「人が繋がる事、物が繋がる事、時間が繋がる事……それらをムスビと言うんやな」

一葉「太陽と土地と水に育まれた米はそれらと結びつき、育てる農家と結びつき、食べるワシらとも結びつく」

一葉「そしてムスビとは、神さまの呼び名であり、神さまの力や」

ギンコ「……それと、夢を見るという事の関係とは?」

一葉「夢というのは、時間や場所を越えて、結びつくという事なんやろう」

ギンコ「……」

ギンコ(軽く、煙に巻かれた感じだったな)

ギンコ(言っている事は分かるが、関係性がよく分からん)

ギンコ(祖母さんが言う事をそのまま信じるなら、全くの別人と繋がり、その者の夢を見る)

ギンコ(或いは誰かが夢を見ているのが、今日の三葉という事か?)

ギンコ(それはつまり、人の入れ替わりか多重人格か)

ギンコ(これだけじゃ、蟲による影響でないとも言えんな)

ギンコ(しかし、聞いた覚えはないな。産土のように土地に密着した蟲だろうか?)

夕方
三葉「あ……」

ギンコ「よう、今帰りか」

三葉「そうです」

ギンコ「ちょいと話がしたいんだがいいか?」


少し山に入ったところ
ギンコ「なに、取って食うって訳じゃないんだ。そう肩肘張らずに楽にしてくれ」

三葉「は、はあ……」

ギンコ「単刀直入に聞くが、お前さんは一体誰だ?」

三葉「!!」ビクッ

三葉「……」

ギンコ「あー……"お前"には話した事がなかったな」

三葉「え?」

ギンコ「俺は蟲師という、蟲を生業にしている者だ」

三葉「蟲師……」

ギンコ「そうだ」

ギンコ「俺達の範疇の蟲ってもんは、俺達とは在り方の異なる存在であり、命に等しいもの」

ギンコ「蟲を見る事が出来る者と出来ない者がいるが、幻ではなく影響を及ぼしてくるものだ」

ギンコ「もし今、お前さん達を取り巻く環境が、蟲によるものなら何か助けになれるかもしれん」

ギンコ「話を聞かせちゃくれんか?」

三葉「……」

三葉「俺は……立花瀧って言います」

……その日の夜
ギンコ(こいつはまた、随分とややこしい事に……)

ギンコ(とは言え、瀧自身が現状を知ろうと調べていたお陰で、随分と詳細が知れたな)

ギンコ(しかし、三葉からは特別、蟲の影響は感じられなかった)

ギンコ(原因は別にあるのか?)

ギンコ(そういえば……)チラ

ギンコ(妙だな。日増しに蟲どもが静かになっていっている)

ギンコ(こんな事、今までありはしなかった)

ギンコ(時期的に見て、三葉と瀧の入れ替わりの始まり、或いは俺が糸守に来た事か?)

ギンコ(どうなってんのかねー)フゥー

それからしばらく
三葉「おはよう」

四葉「お姉ちゃん、遅いっ」

三葉「明日は私が作るでね」

ギンコ「よう、お早うさん」

ギンコ(今日も三葉か)

四葉「そういえば、結局ギンコさんって何時まで居られるん?」

ギンコ「あー、ちと気になる事があってな」

ギンコ「もうしばらく世話になる」

四葉「そうなのっ?」

三葉「四葉、嬉しいの?」

四葉「だってギンコさんのお話面白いし」

ギンコ「まあ、蟲の話なんぞ、そう聞く機会もないだろうしな」

三葉「それじゃあ行ってきます」

四葉「行ってきまーす」


ギンコ「少し、話をさせて頂いても?」

一葉「何か深刻そうやな」

ギンコ「と、言うよりかは自分にも検討がつかない事がありましてね」

ギンコ「ここしばらく、蟲の数が減ってきています」

ギンコ「特に、光脈筋であり、蟲を寄せる体質の自分が居て尚の事で」

ギンコ「並ならぬ事の前触れだと考えています」

ギンコ「いざという時の為に、すぐにここを発つ事ができるよう、準備だけはしておいて下さい」

一葉「随分と穏やかやないねぇ」

ギンコ「正直なところ、過去に体験した中で大量の蟲が逃げる現象を考えますと」

ギンコ「これから何が起きるのか、ぞっとしないものでして」

山の中
ギンコ「……」ザッザッ

ギンコ「やはり……」

ギンコ(ここまで来て、ようやく蟲がわらわらとしているな)

ギンコ(糸守町を中心に蟲が逃げている? いや、距離を置いているのか?)

ギンコ(何かあるとしたら……あの湖が原因となるのだろうか)

ギンコ(一体何が起こるってんだ……)ガサ

頭に草が生えた牡鹿「……」

ギンコ(あれは……ここのヌシか)

ギンコ「ヌシ殿よ、一体何が起こってんのかね。教えちゃくれんか?」

牡鹿「……」クルッ ザカ ザカ

ギンコ「……まあ、応えちゃくれないか」

ギンコ(ようやっと前進したかと思えばこれか……)

ギンコ(とんでもない所と時期に来ちまったな)

ギンコ(だが、蟲が散っていってくれたのは不幸中の幸いだな)

ギンコ(まだしばらくは調査が出来る)

ギンコ(分からん事だらけだが、兎にも角にも調べてみない事にはね)


しばらく後
ギンコ「どうですかね」

一葉「……」ペロ

一葉「ああ、この甘いような苦い味……懐かしいねぇ。この粉薬やよ」

ギンコ(進んだと言えば、祖母さんの要望の薬ばかりか)

ギンコ(いや、三葉達が言うには、お互いが存在している人物である、と認識できるようになったと言っていたな)

ギンコ(それでも入れ替わっている時の記憶が、完全に保持されている訳ではない、か)

ギンコ(もしもこれが、蟲による影響だとしたら、蟲の力が強まっているともとれるが果たして……)

ギンコ(手掛かりらしい手掛かりがないのが苦しいところだな)

ギンコ(……瀧は東京生まれで、他の土地で暮らした事もないという)

ギンコ(三葉と瀧……接点はどこだ。遠いところで同じ血筋か? しかし、それなら宮水の家系図とかあるだろう……)

ギンコ(何かしら繋がりがあるはずだが……それとも祖母さんの言うとおり、何処とも知れない……法則も何もないのか?)

翌日
ギンコ「御神酒の奉納?」

四葉「ギンコ、お留守番ねー」

ギンコ「御神体は山の上って話だよな。祖母さん、大丈夫か?」

三葉「え……山の上?」

ギンコ(よりにもよって、今日は瀧か……)

四葉「去年も行っているし大丈夫やないかな」

ギンコ「気をつけて行けよ。地元もんでも立ち入らない場所なんだろ」

ギンコ「遭難でもされちゃかなわんぞ」

一葉「なあに、一本道で迷うこともないやろ」

ギンコ(一本道なのか)

四葉「一応、宮水の人しか来れない決まりだから、ギンコは来ちゃダメなんやからね」

三葉「っ」ギクッ

ギンコ「分かってるよ」

ギンコ(来るなと言われたら、行かぬ訳にはいかんだろ、やっぱり)

ギンコ(今日行っても見つかるだけだろうし、日を改めて行くかね)

ギンコ「……」ガサ

ギンコ(逐一、文を寄越してみちゃいるが、イサザからの返答も変わりがないな)

ギンコ(やはりこの土地に限った事なのか?)

ギンコ(もしや、祖母さんの反応が薄いのは自身でも経験のある事か?)

ギンコ(そうだとしたら、これは土地というよりも宮水家である事が理由か?)

ギンコ(しかしあの祖母さん、よく分からんところもあるからな)

ギンコ(どうしたもんかねぇ)

翌日
ギンコ(いい加減、蟲を追うだけじゃ成果が出ない事は分かっているが……)

ギンコ(もう少し、別の山の奥にも行ってみるかね)

ギンコ(しかしなんだって蟲どもはここらを避けてんだ。あれ以上、更に逃げる様子はないし)

ギンコ(この辺り一体、核喰蟲が発生するとか言わんだろうな……)

ギンコ「三葉?」

三葉「!」ビクッ

三葉「ギ、ギンコさん」

ギンコ「学校はこの方角じゃないだろ。何処行くんだ?」

三葉「と、東京に行ってきます」

ギンコ「ほー。瀧に会いにか」

三葉「な、あっ」カァァ

ギンコ「急に東京に行こうだなんて」

ギンコ「あるとしたらそんなもんだろ」

ギンコ「いいんじゃないか? 入れ替わりに何か進展があるやもしれんし、俺としても助かる」

ギンコ「まあ、気をつけて行くんだぞ」

三葉「……はい、行ってきますっ」

ギンコ(流石に距離があるから、頼むわけにゃいかんかったが)

ギンコ(自発的に動いてくれたのはありがたいな)

ギンコ(さて、どうなる事やらね)

ギンコ(これで進展がなかったら、どうしたもんか)

ギンコ(いい加減厄介になり続けてもな……)

ギンコ(明日の彗星の最接近を拝んだら、出て行く事も考えるか)


ギンコ「やれやれ……だいぶ目算を誤ったな」

四葉「ギンコさん、おかえり。随分と遅かったんやね」

ギンコ「もっと早くに戻るつもりだったんだがね」

ギンコ「姉ちゃんは帰ってきてるか?」

四葉「あっ! そうそう、お姉ちゃん急に東京に行っちゃったんやよ!」

四葉「帰ったら帰ったで塞ぎこんでるし、もう何がなんやら……」

三葉の部屋の前
ギンコ「三葉……いるか?」

三葉『……うん』

ギンコ「その様子だと、あまりよくなかったようだな」

三葉『瀧君……あたしの事、覚えとらんかった……』

ギンコ「なに……? そうか、邪魔をしたな」


ギンコ(どういう事だ。瀧自身が東京にいる時、糸守町に住む三葉の事を思い出せると言っていた)

ギンコ(それは三葉も同様だった。だが何故、今日の瀧は三葉を思い出せなかった)

ギンコ(常時、思い出せているわけじゃないのか?)

ギンコ(それとも何か……大きな思い違いをしているのか)

翌朝
ギンコ「三葉は塞ぎこんだままか」

四葉「そうなんやよ……どうしちゃったんかなぁ」

ギンコ(次の入れ替わりの時、瀧の話を聞かにゃならんな)

ギンコ「祖母さんは相変わらずか?」

四葉「うん。あ、昨日帰ってきて早々、髪を切るの頼まれたって」

ギンコ「……随分と重症だな」

四葉「うん……」

四葉「そういえば、今日のお祭りどうするの?」

ギンコ「そんなもんもあったか。時間があったら見ていくかね」

四葉「出来ればお姉ちゃんを、引っ張っていって欲しいんですが……」

ギンコ「気分転換にか? 三葉の友達がやるんじゃないか?」

ギンコ「流石に二日続けて学校に来ないとなったら、黙っちゃおらんだろ」

四葉「テッシーとサヤちんかぁ。変なお姉ちゃんに、あんまり深く突っ込んでいないみたいやしなー」

ギンコ「友人関係からもそんなもんなのか」

四葉「まあ、そういう日もあるんじゃないか、って納得しちゃってるみたい」

四葉「あたしももう、そうなりつつあるんやけどねー」

ギンコ「行く時にまだ引き篭もっているようなら、連れ出しはしてみるよ」

四葉「うん、お願いやよ?」

ギンコ「果たして俺に応じてくれるかどうか。甚だ疑問だがね」

四葉「うーん、多分逆に近しい人じゃない方がいいやないかなぁ」

ギンコ「別の部分で近しいんだがな」

四葉「あー居候始めてだいぶ経ってるもんねー」

ギンコ「そういう意味じゃないが、まあいいか……」

ギンコ「さて、俺はちょっと出かけてくるかね」

四葉「今日は早いんやね」

ギンコ「まあな。お前も気をつけて学校に行けよ」

四葉「うんっ」


ギンコ「ここが御神体への道か」

ギンコ「祖母さん、いないだろうな」キョロキョロ

ギンコ「よし、行ってみるか」

ギンコ「あの祖母さんも登ったのか。随分と健脚だな」

ギンコ「御神体はあの辺りかねぇ」

ギンコ「ま、慌てる必要もないんだ。ゆっくり行けばいい」


夕暮れ
ギンコ「少し、薬草採取と蟲の調査に時間をかけ過ぎたか」ウーム

ギンコ「戻る頃には、祭りが終わってそうだな」

ギンコ「四葉にどやされるな、こりゃ」

ティアマト彗星「」オォォ

ギンコ「お……」

ギンコ「流石に今日はよく見えるな。天気もいいし絶好の観測日よりだろう」

ギンコ「帰路は眺めながら降りれそうだな」

ギンコ「にしても……」

御神体のある山頂「」ゴォォォ

ギンコ「こりゃまた随分と絶景だな……」

ギンコ「この世のもんか怪しむな。俺はどっかで、滑落したんじゃあるまいな」ペタペタ

御神体
ギンコ「この中か。念のために灯りの用意をしてきて正解だな」

ギンコ「……」ザ ザ

ギンコ「意外と浅いな……もう奥か」

ギンコ「まあ、手ぶらってわけにもいかんし、僅かばかりだが」トクトク

ギンコ「光酒をお供えするんで、無断立ち入りについて勘弁しちゃもらえませんかね」

ギンコ「この瓶……これが二人の口噛み酒か」

ギンコ「……ムスビ。あの話に例えるなら、口噛み酒は造る者と深く結びついたもの、という事になる」

ギンコ「これも何か、特別意味があるんだろうが、一体どういったものやら」タプタプ

ギンコ「しかし、こりゃまた随分と簡素だな」

ギンコ「もう少し何かあるもんだと思っていたが……」

ギンコ「史料になるようなもんは全部、下で保管して焼かれちまったのか」

ギンコ「うん? 壁画か?」

ギンコ「かなり古いが何の絵だ……」

ギンコ「詳細を知りたいが、それだとここに入った事がバレちまうしなぁ」

ギンコ「……」

ギンコ(もしや竜か?)

ギンコ(それだとこの絵が意味するものとは一体)

ギンコ(大抵は伝承に沿った場面を描く事が多いはずだが)

ギンコ(単に失われた部分か?)

ギンコ(光に向かう竜? 竜を退治するのに光へ誘導した?)

ギンコ(しかし伝承における竜は例えとされるものが殆どだ。ならばこの竜の正体は……?)

ッドオォォォン
ギンコ「!?」グラグラグラ

ギンコ「やばい、生き埋めになるか?!」ダッ

ギンコ「はぁっ、はぁっ……なんだったんだ、今のは。 地震、じゃなさそうだが……」

ギンコ「……思いのほか中は頑丈だな。焦らなくてもよかったか」

ギンコ「随分と暮れているな……なんだ? あの無数の彗星は」

ギンコ「……ティアマト彗星が欠けたのか?」

ギンコ「……」ザッザッザッ

土煙「」モォォ

ギンコ「なんだ? 煙か? 暗くてよく見えないな」

ギンコ「……この高さまで立ち昇っているのか?」

ギンコ「っ!」ダッ

ギンコ「……」ダダダ タタ タ

隕石の落ちた糸守町「」ォォォ

ギンコ「まさか……落ちてきたのか……彗星の一部が」

ギンコ「……落下地点は宮水神社周辺か」

ギンコ「祭り……だとしたら住民の殆どは」

ギンコ「三葉達もこの有様では」

ギンコ「……」

ギンコ「何もかも……消し飛んじまったのか」

三年後
ギンコ「今日はこの辺までにしておくか」

淡幽「そうか? 使える話は4割もなかったろう」

ギンコ「おたまさんに聞いたが、最近忙しいんだろ。あんま無理すんなよ」

淡幽「分かったよ……ところで、例の話は何時になったらしてくれるんだ?」

ギンコ「例の話? なんだったかな」

淡幽「一時、何度も文を送ってきただろう。彗星が落ちた町で、不可思議な事があったんだろ?」

ギンコ「ああ、糸守町か。話さなかったか?」

淡幽「彗星の話だけならな。文も見つからないし、何の話だったかは私も忘れてしまったが」

淡幽「お前が居候していた所の者に、奇妙な現象が見受けられていたんじゃなかったのか?」

ギンコ「奇妙な……現象……。悪いが覚えていないな」

淡幽「随分と熱心に調べていただろうに、もう忘れてしまったのか」

淡幽「まあいいさ、何か思い出したらまた話してくれ」

ギンコ「ああ、そうさせてもらうよ」

ギンコ(糸守町……確かに何かがあったはず)

ギンコ(ここ数年、妙な違和感があったが……しかし俺は一体何を忘れている)

ギンコ(あの事故で何もかも、終わってしまったと思ったが、まだ何かが続いているのか?)

東京
「すみませんね、何時も」

ギンコ「今回渡した薬を飲めば、完治するでしょう」

ギンコ「もし、まだ続いたり何かあるようでしたら、こちらに文を寄越してください」


ギンコ「やれやれ。都会は人も建物も多くて落ち着かんね」

ギンコ「これで当分、急ぎの用事もなくなったが……あれは、図書館か」

ギンコ「……少し、糸守町の事でも調べてみるか」

ギンコ「何か思い出せればいいが、まあ気長にやるとするか」

ギンコ(と、思ったが)ペラ

ギンコ(やはり、そう簡単にゃいかんものだな)

ギンコ(もうあれから三年か……)

瀧「あ……」

ギンコ「うん?」

ギンコ「なんだ? この本借りたかった?」

瀧「あ、いえ……あの、何処かでお会いしてませんか?」

ギンコ「? 悪いな、何だったか……」

ギンコ「こっちにゃ覚えがないがなんかの縁だ。俺は蟲師のギンコだ」

瀧「俺は立花瀧って言います」

瀧「えと、お邪魔してすみませんでした」ペコリ

ギンコ「ああ、気にすんな」

ギンコ(……)ペラ

ギンコ(立花、瀧……)

ギンコ(……)

ギンコ「……!」ガバッ

ギンコ「もう……いないか」

ギンコ(しまったな。もう少し話を聞いておけばよかったか)

ギンコ(もしかしたら何か思い出せたかもしれんのに……)

ギンコ(とは言え、探したところで早々に出会えんだろうし)

ギンコ(しばらくここに寄ってみるか?)

ギンコ(……必ずしも繋がりがあるわけではないのに、流石に不毛だな)

ギンコ「……」

ギンコ「一度……行ってみるべきか」


損傷の多い糸守高校
ギンコ「……ろくに復興も開発も進んでいないな」

ギンコ「場所が場所だし難しいもんなんかねぇ……」

ギンコ「さて、まずは御神体への道は探さないとだな」

ギンコ「……」ザッザッ

ギンコ(蟲が戻っている)

ギンコ(こいつら、彗星が落ちてくるのを気づいていたのか?)

ギンコ(そういえば糸守湖は隕石湖だったか)

ギンコ(まさか同じティアマト彗星が……俄かに信じがたいが、調べてみる価値はありそうだな)

ギンコ「お、この道だな」

ギンコ「だいぶ草木が茂っちゃいるが、変わっちゃいないな」

ギンコ「しかし、やはり思い出せんな」

ギンコ「俺は何を忘れちまってんだ……」


夕闇
ギンコ「流石に昼から登ったんじゃ、こんな時間にもなるか」

ギンコ「もうちっと早い時間に出発するよう、調整するべきだったな」

ギンコ「こりゃあ今夜はここだな」ザッ

ギンコ「……」

御神体のある山頂「」ォォ

ギンコ「相変わらず凄い景色だな」

御神体の中
ギンコ「結局、この絵は一体何を示しているんだか……」

ギンコ「口噛み酒……」

ギンコ「どっちがどっちのかは分からんが……」ベリ

ギンコ「今更、見咎める者もいないとは言え、あまりそれと分かるように触れるのは後ろめたいな」ソー

ギンコ「……」キュポッ

ギンコ「この香り……まるで光酒のような……」

ギンコ「……神様にゃ悪いが、少しばかり頂戴するぜ」トク

ギンコ「……」チビ

ギンコ「香りだけで見た目も味も別物か……しかし口噛み酒で、これほど芳醇な香りになるもんかね」

ギンコ(吸蜜糖……という訳はあるまいし、僅かだが光酒が湧いた……とも思えん)

ギンコ(あるいは、隕石が落ちた時に供えた光酒が零れたのが原因か? しかし蓋は十分にされていたし)

ギンコ(記憶といい相変わらず不可思議な事ばかりだな、ここは)

ギンコ「……」

ギンコ「やはり、特別何かを思い出すって事はないか」

ギンコ「仕方がねえな。明朝、ここを発つか」ガリガリ

翌朝
ギンコ「……」ザッザッ

ギンコ「そろそろ一雨きそうだな……早いところ降りちまうか」

ギンコ「? 誰か登ってくるな」

瀧「……?」

瀧「あっ……ギンコ、さん?」

ギンコ「瀧、か?」

ギンコ「この先を目指しているのか」

瀧「は、はい」

ギンコ「天候も崩れそうだし長話はできないな」

ギンコ「もし、お前さんさえよければ、後でここに文を寄越してくれ」

瀧「……。あの、やっぱり……」

ギンコ「俺も引っかかるもんがあった。恐らく、お前さんが感じたものも間違っちゃいないんだろう」

ギンコ「ゆっくり話をしたいが、目的があってここに来たのだろう。そっちを優先してくれ」

ギンコ「もうすぐしたら雨も降ってくるだろう。気をつけて行けよ」

瀧「はい、ありがとうございます」

ギンコ「さて……どうするかね」

ギンコ(何かあってもろくに力になれんだろうが、念の為に今日は糸守に留まるか)

ギンコ(しかし、ここら一体この有様だ……何処か休める所が残っていたか?)


損傷の多い糸守高校
ギンコ(やはり、まともに形のあるところとなるとここぐらいなものか)

ギンコ(あまりにも早いが今日はもう休むとするか)


ギンコ「何も起こらねえな……」

ギンコ(立花瀧……)

ギンコ(一体何処で会った……しかし、顔に覚えがない……)

ギンコ(だが、瀧は御神体を目指していた……)

ギンコ(宮水の者とも思えんし……)ウト

ギンコ(いや待て、何か……思い出せ、そうな……)ウトウト

ギンコ(あれは……確か……)

……
ギンコ「……」

ギンコ「……」パチ

ギンコ「うん……?」ムクリ

宮水家
ギンコ「……」ボー

ギンコ「……なんか随分と長い夢を見てた気がするな」ボリボリ

ギンコ「なんだったかね……」

ギンコ(……宮水家で向かえる朝が懐かしく感じるな)

ギンコ(まさか廻陋に捕らわれたんじゃあるまいな……)タ.バタバタバタ

四葉「お祖母ちゃん! お姉ちゃんいよいよヤバイわ! あの人、完璧に壊れてまったよ!」

一葉「おやまあ……」

ギンコ(今日は瀧か……何をやらかしたんだ)

ギンコ(……瀧?)

四葉「絶対ヤバイ。怖いから先に出るんよ」

ギンコ「おう、気をつけてな」

ギンコ「……」スタスタ

三葉「……四葉め、はるばるやって来たってのに」ブツブツ

三葉「あ、ギンコさ、ん……そうか、俺、ギンコさんの事も」

ギンコ「……? そういや、髪を切ったお前さんを見るのは初めてだったな」

三葉「え?」

ギンコ「初めて……?」

ギンコ「……」

ギンコ「どうなってやがる……宮水も糸守も三年前に消えたはずだろ……」

ギンコ「瀧、お前は一人で御神体に向かった瀧で間違いないな?」

三葉「え? あ、あれ? え? じゃあ、あの時会ったギンコさんなんですか?!」

ギンコ「何がどうなってんのか分からんが、俺も三年後の未来から来たようだな」

ギンコ「原因があるとしたら……御神体に行った事そのものか、口噛み酒を飲んだ事か」

三葉「ギンコさんも飲んだんですか」

三葉「あれ……でも三葉の瓶は動かした感じはなかったし……四葉のを飲んだんですか?」

ギンコ「どっちがどっちの物かは、俺には分からないからな」

三葉「あー……」

三葉「って、そんな事言っている場合じゃなかった!」

ギンコ「そうだな……髪を切った三葉が朝を迎えているって事は、今日降ってくるぞ」

三葉「あ、それと俺、確かに三年後から来ていますが、元から三年の時間差があったんです!」

ギンコ「なに……?」

一葉『夢というのは、時間や場所を越えて、結びつくという事なんやろう』

ギンコ「……なるほどな、初めから認識が間違っていたのか」

ギンコ「じゃあ、"昨日"三葉が会いに行ったが、三葉を覚えていない瀧は……そもそも三葉を知らなかったのか」

三葉「え? 俺に会いに……?」

ギンコ(覚えていないか。瀧からしてみれば三年前に、見知らぬ女に声をかけられたのだから無理もないか……)

ギンコ(だが、それを今言っている場合じゃないな)

ギンコ「とにかく今は、隕石から逃げる事を考えるぞ」

三葉「婆ちゃんには話してみようと思います」

ギンコ「まあ、三葉の近しい者から話していくしかないか」

三葉「それと信頼できる人に相談したいと思います」

ギンコ「ほー? まあ、俺は他所もんだからな。中身が違うとは言え、決め手はお前だぞ」

三葉「分かっています」

……
ギンコ(とは言ったものの……)

ギンコ(俺でこの町の者に働きかけられる事は何もないしな)

ギンコ(避難か。山火事が起こった、と誘導出来ないもんかね)

ギンコ(しかし、この季節で山火事か。仮に本当に火をつけたとして、どれだけ短時間で信じ込ませられるか……)

ギンコ(兎にも角にも、準備するに越した事はないか)

三葉「……」タッタッタッ


ギンコ(三葉は行ったか)

ギンコ「少し、話をしてもよろしいですか?」

一葉「どないした?」

ギンコ「三葉から聞いているかと思いますが」

ギンコ「恐らく現実のものとなるのでしょう」

一葉「隕石が落ちてくる、やな」

ギンコ「ええ。調べたところ、この湖も元は隕石によるものだといいます」

ギンコ「恐らく蟲達は、この隕石落下が周期的なものである事を知っていて、避難していたのでしょう」

ギンコ(実際のところはまだ分からんが、今はそんな事を突き止めてる場合じゃねえしな)

ギンコ「信じがたい話だとは思いますが、今晩までに支度をして逃げて頂ければと思います」

一葉「……」

一葉「今日の三葉は、夢を見とったなぁ」

ギンコ「ご存知でしたか……だからこその事です」

一葉「そうかいそうかい」スック

一葉「まだ、信じきれる話やない」

一葉「だけど、準備だけはしとこうかねぇ」

ギンコ「ええ、お願いします」

下校時間
三葉「ギンコさんっ」

ギンコ「よう、調子はどうだ」

三葉「……」チョイチョイ

三葉「発電所を爆破します。その後は役場の放送を乗っ取って、避難の放送を流します」ヒソヒソ

三葉「あと、俺自身で町長を説得しに行きます」

ギンコ「三葉と父親の関係はあまりよくないと聞く。成功しないかもしれんぞ」

三葉「……それでも、真摯に訴えればきっと」

ギンコ「まあ、そっちは任せるさ」

ギンコ「俺の方は、宮水神社の奥の山で山火事を見せかけようと準備している」

ギンコ「時期外れの上に見せかけだ。信じる奴がどれだけいるかは分からんが、きっかけの一つぐらいにはなるかもしれん」

ギンコ「準備が出来次第、俺も発電所に向かって手伝う。場所と決行時間を教えてくれ」

三葉「場所はここで……時間は……」

ギンコ「分かった。どう転ぶかは分からんが、やれる事はやるぞ」

三葉「分かっています。絶対に誰も死なせません」

夕闇
ギンコ「こんなもんかね」

ギンコ「そろそろ時間か……あとはこいつに火をつけて離れるかね」


発電所前
ギンコ「三葉っ」

勅使河原「げっ! 見つかってもうた!」

三葉「ギンコさん! テッシー大丈夫、協力してくれている人やから!」

勅使河原「えっ? マジでか?!」

ギンコ「こっちは火をつけてきたところだ。親父さんはどうだった?」

三葉「ごめんなさい、駄目でした」

ギンコ「……? お前、三葉なのか?」

三葉「はい」

勅使河原「うん? ちょっと待て、何の話だ。おかしかないか?」

ギンコ(どうなっている……今回の入れ替わりが、口噛み酒によるものだからか?)

ギンコ(いや……今はそれどころじゃないか)チラッ

ティアマト彗星「」ォォォ

勅使河原「マジで落ちるんか、あれが!」

三葉「落ちる! この目で見た!」

ギンコ「ああ。落ちるところは見ちゃいねえが、消し飛んだ糸守の町なら見た」

勅使河原「あんたもかよ……。じゃあ、やるしかないなっ!」


三葉「あ、どうしよう、ギンコさんの乗るスペースが」

ギンコ「お前達は先に行け。俺も宮水神社に向かう」

勅使河原「悪いな! 先行くで!」

ギンコ(あとはこれで、どれだけ避難に応じてくれるか)

……
ギンコ「……」タタタタ

発電所「」ドォォン ドゴォォォン

ギンコ(始まったか……)ウウゥゥゥゥゥ

ギンコ(放送も問題なさそうだが、俺の方は全く見えないな)

ギンコ(参ったね。こんだけ離れたところの爆発ぐらいじゃ、そう避難しちゃくれないんじゃないか?)

ギンコ(親父さんの説得に失敗したのは、痛手かもしれないな)

ギンコ(! 放送が切られたか……)

ギンコ(こりゃいよいよ間に合わないかもしれないな)


祭り
ギンコ「……どうだ?」

勅使河原「見ての通りや。今、三葉に親父さんの説得に行ってもらってるで」

ギンコ「……こっちは完全に失敗しちまったしなぁ」

勅使河原父「克彦! お前、何しとる!」

勅使河原「親父……くそ、ここまでかっ」

ギンコ(こいつはもう、俺達も避難した方がいいかもしれんな……)チラ

ギンコ「不味いな、彗星が割れたぞ」

勅使河原「え? あ、ああ……マジか、マジでか!」

ギンコ(どうしたもんかね、割れたから落ちてくるって言っても、信憑性が生まれる訳じゃない)

ギンコ(もう打てる手はないか?)ウウゥゥゥゥ

『こちらは、糸守町役場です。ただ今、山火事が確認されました』

『次の地域の人は、いますぐ糸守高校まで避難して下さい』

勅使河原「お、おぉ。やった……やったで!」

ギンコ「……」チラ

ギンコ(本当に山火事になっていて、それを確認したという訳ではあるまい)

ギンコ(三葉、何とかやれたようだな)

糸守高校
「見て! 隕石が!」
「おいおい、嘘だろ!」

ギンコ(降ってきたか)

勅使河原「マジで落ちてくるんか……」

早耶香「っ!」ギュッ

四葉「お姉ちゃん……」

三葉「四葉、大丈夫やよ」

隕石「」ゴォッ

ギンコ「……!」ビリ

ギンコ(この肌にくる感覚、まさか)ビリビリ

ッド

……損傷の多い糸守高校
ギンコ「……ん」

ギンコ「……」ムクリ

ギンコ「なんでここで一晩明かしてんだ?」

ギンコ「なにかを待っていたような気がするが」

ギンコ(最近、やたらと物忘れが激しい気がするな)

ギンコ(やはり、変な蟲にでも憑かれちまったかね)ボリボリ


ギンコ「それじゃあ、俺はこれで失礼するぜ」

淡幽「ああ」

淡幽「そういえば、結局思い出せそうにないんだな」

ギンコ「何をだ?」

淡幽「糸守町で起こった事だ」

ギンコ「そういや、前にも何か言われたな」

淡幽「本当にそこに関わる記憶が抜け落ちているみたいだな」

淡幽「その場に居合わせていたのに、あの災害の中で死傷者がでなかった理由も明確に覚えていないし……」

淡幽「糸守町で妙な蟲に憑かれていたんじゃないか?」

淡幽「お前でもそういう事があるんだな」クス

ギンコ「あー妙な違和感は感じちゃいたんだが。人が見て分かるほどか」

六年後
ギンコ「それじゃあ、俺はこれで失礼するぜ」

淡幽「ああ」

淡幽「そういえば、結局思い出せそうにないんだな」

ギンコ「何をだ?」

淡幽「糸守町で起こった事だ」

ギンコ「そういや、前にも何か言われたな」

淡幽「本当にそこに関わる記憶が抜け落ちているみたいだな」

淡幽「その場に居合わせていたのに、あの災害の中で死傷者がでなかった理由も明確に覚えていないし……」

淡幽「糸守町で妙な蟲に憑かれていたんじゃないか?」

淡幽「お前でもそういう事があるんだな」クス

ギンコ「あー妙な違和感は感じちゃいたんだが。人が見て分かるほどか」

ギンコ「そういや、そろそろ御神酒を奉納していた時期か」

淡幽「へえ、確か彗星が落ちたのもこれぐらいじゃなかったか? 何とも皮肉な話だな」

ギンコ「……」

ギンコ「ま、居やしないだろうが、蟲の調査も含めて行ってみるか」

淡幽「また記憶を食われてくるなよ」

ギンコ「今んところ、対策のしようがないからな。とりあえず、行ってくるってのを覚えていてくれ」

淡幽「ちゃんと土産話を持って来いよ」

ギンコ「覚えていたらな」

御神体のある山頂
ギンコ「……相変わらず復興は進んじゃいないが、ここの景色も相変わらずなのはいいもんだな」

ギンコ「そういや前に来た時、ここで誰かと会ったな。ありゃ誰だったかな……」

ギンコ(やはり、何かが引っかかる)

ギンコ「……」


瀧「はー……変らないもんなんだな」

三葉「だいぶ道が荒れてきてると思うけどもね」

瀧「にしても、毎年奉納していたなんてな。この為だけに東京から来るのは面倒じゃないか?」

三葉「しなきゃって使命感があったっていうか。多分、口噛み酒で助かった、とか何処かで思ってたのかもね」

四葉「というより、あの時のお姉ちゃんが実は瀧さんって本当の話なの?」

四葉「うーん、でも確かに納得。明らかにおかしかったもん」

四葉「朝、おっぱい揉んどったし」

三葉「……」ギロリ

瀧「だ、だからごめんってば」

四葉「あっ」

四葉「そうだ、お姉ちゃん急に東京に行くってゆとったよね」

四葉「あれって瀧さんとデート?!」ニヤニヤ

三葉「あー……」

瀧「違うんだよなー」

瀧「確かに俺に会いに来てくれたんだけど……三葉がね、俺と俺の先輩とのデートを勝手に取り付けたんだよ」

四葉「……。え? お姉ちゃん何しとん……」

三葉「や! だってあの時は別に瀧君の事、好きじゃなかったし!」

瀧「地味にくるなぁ、その言い方」

三葉「あ、いや! 気づいてなかったというか!」

四葉「ねね、そのデート上手くいったん?」

三葉「……」ピク

三葉「滝君?」

瀧「自分でセッティングしておいて、それはないだろ……」

瀧「あーでも……」

瀧「あれには本当に感謝してるよ」

四葉「え?! そう言っちゃうの?!」

三葉「瀧君?」ギロ

瀧「え? あっ違う! そういう意味じゃない!」

瀧「ほ、ほら、三葉の考えたデートコースに美術館あったじゃん!」

三葉「えーと……あったような」

四葉「で、いい感じになった!?」

三葉「……」ジー

瀧「だから違うっての!」

瀧「あの時に失われた景色、みたいな感じで、今はない風景とかの写真を展示していたんだよ」

瀧「そこで飛騨って事で糸守町の写真があったんだ」

瀧「俺には景色の記憶は殆どなかったんだけど、その写真には確かに見覚えがあったんだ」

瀧「あれがなかったら、糸守町が飛騨にある事なんて分からなかったし」

瀧「俺がここまで来る事は出来なかったよ」

瀧「だから三葉。俺をここに導いてくれて、ありがとう」

三葉「瀧君……」

四葉「えー……そういうの、二人の時にして欲しいやよ……」

三葉「ごめんごめん」

瀧「……でも、本当に大変だったなぁ。三葉の名前まで忘れていっちゃうし、すっげえ焦ったよ」

三葉「あれ……? でも滝君のスマホに日記つけてたよね?」

瀧「糸守高校まで辿り着いて本当に三年前に滅んだと知ったら、どんどん消えていった」

瀧「分かるか三葉……ようやく辿り着いたと思ったら、本当に糸守は壊滅していて」

瀧「三葉との入れ替わりの痕跡が消えていって、名前さえ思い出せなくなっていく……」

三葉「そ、それは……」

四葉「ほ、ホラーやよ……」

瀧「んでもって四葉には遂に壊れた呼ばわりされるし」

四葉「……。いや、あれは正常な反応やよ?」

三葉「ちょっと待って。四葉、その話詳しく聞かせない」

瀧「あ、いや、三葉には関係なくて大した事なくて」

三葉「四葉、全部話しなさい」

四葉「えー面倒くさい……あれ? 誰かいる?」

三葉「え?」

瀧「うわ、本当だ。物好きな登山家か?」

ギンコ「よう、達者そうで何よりだ」

三葉「あ、あ、ああ……」

四葉「うそ、本物!?」

瀧「ギンコ、さんですよね? な、なんでここに」

ギンコ「なに、ちょいと気になってな。丁度、奉納の時期だしと来てみたが」

ギンコ「まさかお前達に会えるとはな」

三葉「お、お久しぶりです」

四葉「本当やよね。隕石落ちた翌日には、自分が居ない方が物資に余裕が出るだろーって、行っちゃうんだもん」

瀧「え、あの翌日に?」

ギンコ「しかし、ようやく思い出せたが何なのかね」

ギンコ「どうしても、お前達の入れ替わりと瀧に関係する記憶が消えちまう」

三葉「それも思い出せたんですか?」

ギンコ「お前達を見てようやくな。しかし、お前達も再会できたんだな」

瀧「はい。何とか今年の春に東京で会う事ができたんですよ」

ギンコ「よく見つけたもんだな」

三葉「凄いギリギリだったよね」

瀧「少しでも何かが噛み合っていなかったら、と思うとなぁ」


ギンコ「祖母さんはどうだ?」

三葉「相変わらず元気ですよ。まあ、流石に歳が歳で、だいぶ腰が悪くなってきてますけどね」

ギンコ「そりゃよかった」

ギンコ「こんな事になっちまって、相当堪えてんじゃないかと思っていたが」

三葉「こうなるのも定めだ、みたいな感じで上手く飲み込んでいるみたいです」

瀧「それにしても何でここに? まだ記憶を思い出していないのに、ここに来ようとしたんですよね?」

ギンコ「あの当時、他の者に文を送って調べていたんだ」

ギンコ「その者達も詳細は覚えちゃいないが、相談を受けたのを覚えていてな。その後を聞かれる事が度々あって」

ギンコ「俺自身、何かを忘れてしまっている覚えはあったから、蟲が原因ではないかと調べにきたんだ」

ギンコ「よくよく考えてみりゃ、俺から文が届いたのを覚えているのに」

ギンコ「皆、一様にして内容を覚えていないという時点で」

ギンコ「俺がここにのみいる蟲に憑かれていた、という可能性は極めて薄かったわけだ」

四葉「そういえばあたしはまだ入れ替わりとかないんやよねー。結局なんだったんだろね、あれ」

ギンコ「祖母さんの言うムスビってもんの話を信じるなら、入れ替わり自体神様によるものって事になるな」

ギンコ「四葉にまだ起こっていないのは、単純にまだその時期でないとしているのかもな」

三葉「それにしても記憶まで消さなくてもいいのにね」

瀧「本当だよ。ここまで来るのも、隕石から助かった後の三葉と再会するのも、すっげー大変だったし」

ギンコ「あー……あの隕石な。今となっちゃあ後の祭りだが、普通のもんじゃねえよ」

瀧三四「えっ」

四葉「あ、もしかしての蟲? 蟲の話? 久しぶりに聞きたい」

ギンコ「確かめる術はないから恐らくの話でしかないが」

ギンコ「あの隕石を落としたティアマト彗星はナガレモノだ」

三葉「流れ者?」

ギンコ「ある蟲の総称だ。発生する理由はあれど目的はない。生きている事を除けば、自然現象のようなもんだ」

ギンコ「あの日、隕石が落ちてきた瞬間に、肌にくる感覚があった。ありゃあ、ナガレモノ特有のものだ」

三葉「彗星そのものが蟲……」

瀧「すっごいよく見えてたな」

ギンコ「基本的に蟲が見えない者であっても、必ずしも一切見えないという訳ではないし」

ギンコ「一部の蟲においては、そういった者でも見る事が出来たりする」

ギンコ「まあそういうのは大抵、一目で異形のものとは分からん姿をしている事も間々あるのだがな」

ギンコ「あのティアマト彗星は大量の蟲の群れで構成されているのだろう」

ギンコ「そして1200年の周期でやってきては、群れの一部を落としていく」

ギンコ「もしかしたら、そうやって子孫を地上に落としているのかもしれない。あるいは単に、分かれる事で軌道を修正して」

ギンコ「同じところを巡ろうとしているのかもしれない。実際のところはどうだか分からんがな」

ギンコ「俺が糸守に来た時には、湖に一切蟲がいなかったが、今は見た事もない蟲が大量に棲みついている」

ギンコ「隕石という名の蟲の塊がそこで生活しているのは間違いないのだろう」

四葉「うへぇ……なんか気持ち悪い話やよ」

ギンコ「そして1200年を経て寿命を向かえるのか、あるいは湖から旅立っていくのか姿を消し、そしてまた降ってくる」

瀧「子孫か、彗星の為、か……」

ギンコ「さてね。ただでさえ馬鹿でかいのに、次に調査できんのは1200年後だからな。まあ、解明される事はねえだろうな」

三葉「あの……私達の入れ替わりは結局なんだったんでしょうか」

瀧「三葉の祖母ちゃんもなったって言ってたしなぁ」

ギンコ「さてねぇ……。もしも蟲が原因であるとして、この入れ替わりが宮水家の者だけに起こるとしたら」

ギンコ「代々続く地位ある立場である事を考えると、最も長く糸守にいた一族。あるいは彗星落下後、一番に居た一族か唯一の生き残りだったか」

ギンコ「何れにせよ、彗星の蟲の近くにいてその影響を受けてしまった、と考えられるのだろう」

ギンコ「とは言え三葉の体からは特別、蟲が潜んでいるようにも見えんし、永くこの土地にいる事で」

ギンコ「蟲そのものではない何かが、あるいは彗星の蟲が変質したものを受け継がれるようになってしまったのだろう」

四葉「なんか寄生虫が体におるようで気持ち悪い……」

ギンコ「まあそう邪険にしてやるな。だからこそ、この入れ替わりが起こり、災害から逃れる事が出来たんだ」

ギンコ「瀧が入れ替わり先になったのは恐らく、糸守で作られた作物か何かを摂取したからなのだろう」

ギンコ「ここで作られたもんにゃ、少なからずあの蟲の影響はあるだろう。その条件下で何故瀧だったのかは分からんがね」

ギンコ「俺の見解としちゃあ、こんなもんだ。結局のところ、何一つ確かな事はないんだが」

瀧「いえ、ありがとうございます」

三葉「私達はもっと謎のままだったしね」

ギンコ「さて、と。もののついでだ、奉納を物見していくかね」

瀧「いやー……ただ口噛み酒を置いてくるだけですよ?」

三葉「……ていうか滝君、なんでギンコさんが御神体への道を知ってるの?」

瀧「え? あれ……え?」

ギンコ「まあ、あれだ。禁止されてりゃやるもんだろ」

四葉「うわー悪い大人がおるんやよー」

……夕方 山の麓
ギンコ「さて、と。ここでお別れだな」

四葉「ええー? もうどっか行っちゃうのー?」

ギンコ「縁がありゃまた会うさ、ってのもお前さん達だと言い切れんところがあるからな」ガサガサ

ギンコ「瀧にとっちゃあ懐かしいもんだろう。俺に用があるなら、ここに文をよこしてくれ」

瀧「……あ、そういえばあの紙、白紙になってた」

三葉「私、連絡先なんて貰ってない……」

四葉「ばたばたしてたもんねー」

ギンコ「お前達が出会えて記憶を取り戻し、こうして共にいるという事は記憶消失の枷は外れた可能性が高いのだろう」

ギンコ「であれば、その紙に書かれた内容も消えない可能性が高い」

四葉「でもギンコさんは厳密には関係者じゃないしどうなんやろね」

ギンコ「まあそん時はそん時、縁があればだな」

ギンコ「長話もあれだ。そろそろ俺は行くとするかね」

三葉「ギンコさん、本当にありがとうございました」ペコリ

瀧「俺も、ありがとうございました。あの時、大人の人が味方してくれているってだけで、凄い頼もしかったです」

ギンコ「あー……結局、俺は何も出来ちゃいなかったんだがな」

瀧「それでも心強かった事には変わりないですよ」

四葉「うーん温度差あるなぁ。あたしは蟲の話を聞かせてもらっていただけやしなぁ……また今度聞かせて下さい?」

ギンコ「機会があればな」


ギンコ「お前さん達、達者でな」

瀧「はいっ」

三葉「ギンコさん、お元気で」

四葉「またねー」


星落ちる地がある

全てを壊し、湖が出来る

人が寄り添い、また落ちる

それもまた およそ1200年後



ギンコ「ここが糸守町か。随分と蟲が豊かなところだな、ここは」  終

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