ほむら「私はあなたを助けない」阿良々木「…………」 (99)

001

鹿目まどかと彼女を取り巻くその友人達に関わる物 語は、本来であれば語るべきではないだろう。 そもそも、僕が勝手に語ることについて彼女達は良い 顔をしないと思うし、僕だって鼻息を荒くしてまで語 りたいわけでもない。 むしろ。僕だって語りたくは無いのだから。

『だったら無理に話さなくても良いじゃないか』と 至極当然な意見が聞こえてきそうだけれど、それは勘 弁していただきたい。 仕方が無いのだ。これは僕に架せられた十字架であり (僕が言うと余り冗談として聞こえない)課せられた 宿題のような物なのだから、 話さなければ、果たさなければならない。まあ、そん な事を言っても僕は二度と彼女達に会うことは無いだ ろうし、それ以前に彼女達も僕のことを憶えてはいな いだろう。 それほどまでに印象の薄い話なのだ。いや、薄いのは いつだって僕の性格なのだけれど。

それでも大げさに、この語るべきではない物語の起 因を誇大主張するのならば、本来なら関わりすら持つ はずの無い彼女達の物語と、 僕の物語は因果を超えて関わってしまった、と言うこ となのだろう。偶然と表すには軽すぎるし、奇跡と言 うのも正しくは無い。 それこそ魔法――そう、魔法だ。魔法のような理解不 能でいい加減な力が関わったからこそ、僕と彼女達は 関わってしまう破目になってしまったのだ。

鬼、猫、蟹、蝸牛、猿、蛇、蜂、鳥。

曲がりなりにも普通の人間とは少しばかり違った経 験を積み重ねている僕ですら、アレを理解することな ど出来まい。 第一、僕が関わってきた怪異という世界そのものであ る理ですら何一つ理解出来ていないというのに、どう して彼女達とのあれこれを理解できると言うのだろう か。

僕は、彼女達の気持ちですら理解出来ていないとい うのに。

例えば鹿目まどか。

例えば美樹さやか。

例えば巴マミ。

例えば佐倉杏子。

そして……暁美ほむら。

彼女達は僕から見れば強すぎたし、美しすぎた。そ して、同時に脆すぎた。 まるでガラス細工のように綺麗だったけれど、少し叩 いてしまえば簡単に割れてしまうほど、弱かった。だ から、僕には理解できなかった。 自分の弱さに気付いても尚、過酷な運命に立ち向かお うとする彼女達が。そして、僕が理解できなかったか らこそ、あんな結末を迎えてしまったのだろうけれ ど。

さて、ようやくではあるが本題に入ろう。そして結 末でさえも語っておこう。 鹿目まどかを中心に廻るこの物語は、数あるバッドエ ンドの内の一つでしかない。

希望と絶望に振り回され続ける、そんなありがち な、ただの魔法少女たちの物語だ。

作物語(つくりものがたり) ま どかウィッチ

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随分前にエタらした奴ですが、仕事も変わって暇が出来たので再開します

「ふん、過去に結界へ誘われた人間共か」

 冷たく忍が言い放つ。

 そこに感情はなく。
 そこに感傷はない。

 ただ目の前の事実を淡々と口にしただけだ。

 怪異としては驚くほどのことではない。むしろ関心を抱いたことが驚愕だ。

「あ、あれは魔女の仕業なのかよ……」

 ただし、僕は人間だ。人間もどきだろうと、半分吸血鬼であろうと、人間だ。
 だから、この惨状に目を向けることが出来ない。

「紛れもなく、魔女の仕業じゃろうな。ほれ、お前様。そんなに引くことはない。さっさと片をつけるぞ」

「お、おい。待てよ、忍!」

 言うが早いか、気持ちの整理などこれっぽちも出来ていない僕を尻目に、忍は蟻の魔女が居る中心地へ向け心渡を持って降りていってしまった。
 
 反射的に僕も後を追ってサイケデリックな壁を滑る様にして降りていく。
いや、忍は確かに格好良く滑走していったが、僕は落ちていくという表現の方が正しいくらい 間抜けにも転がりながら下へと移動することになった。
ここまで吸血鬼性を上げていれば怪我をすることはないし、仮に怪我をしても痛みを感じる間もなく再生してしまう。
 
だからといって転げ落ちるのは恥ずかしいし(例え誰も見ていなかったとしてもだ)、恐らく普通に飛び降りればこんなことにはならなかったのではないだろうか。

 相変わらず、僕は格好がつかない。



「蟻の魔女、その性質は嫉妬……といったところかのう」

 僕が落ちた先で心渡の峰の部分を肩に乗せ、忍は目を細めて言った。
 忍の説明は本当に合っていたらしく、魔女はおろか使い魔でさえも派手な乱入者二人に襲い掛かる気配は見せない。

 僕はひとまず身の安全が保障されたと信じ、ほっとして忍に訊ねる。

「……魔女を倒したら、この人達が生き返るってことはないよな」

「あるわけなかろう。誰でも助けたがるお前様には辛いことだとは思うが、既にここに並べられた人間共は終わっておる。巨大な妹御の囲い火蜂のようにの」

「そう、だよな……」

そこまでご都合主義がまかり通る訳がない。自分でも驚くほど冷静な思考回路に驚きつつも、心の中で合掌する。
正直なところ、まだ事実を受け止め切れていないだけかもしれない。

自分自身が何度も死んで蘇ってきた経験があるとは言え、他人の死を、それもこんな形の死体を見たことなどは一度もない僕にとっては、
いささか目の前の光景はショッキングすぎる。
気を抜けば、叫びだして、吐いてしまいそうなほど。

「お前様が気にすることではあるまい。いや、気にはするかもしれんが気に掛ける必要はない。この人間共は事故に遭ったようなものなのじゃから」

「……わかってる」


わかっている。理解はしている。
忍が言いたいことは、痛いほどわかる。

もし、この人達がまだ生きていて魔女に襲われそうになっているのなら、僕は全力で手を出すだろう。
この身を削りながらでも、それこそ何度死んだって、魔女に抗うだろう。

でも、死んでしまった人間を生き返らせることなど出来ない。

僕は魔法など、使えないのだから。

「ならば、さっさと終わらすぞ。こんな陰気臭いところは早く出たい」

「気を使わして悪かったな……頼む」

僕の返答に忍は「ふん」とつまらなく鼻を鳴らし、そのまま心渡を振り上げる。
そして、金髪少女には少し刺激的過ぎるその刀身を鈍く光らせながら一気に振り降ろす――。



「その必要はないわ」




――ことは、出来なかった。

006


「たいしたおもてなしは出来ませんが、ゆっくりしていってください」

 目の前のガラス製三角テーブルの上に金髪の少女――巴マミがそう言いながら高級そうなティーカップが二つ置かれた。
二つ、というのは当然僕と忍の分であり僕たち以外の少女たちは特に何かを飲むわけでもなくじっとこちらを見つめていた。
さすがに三角テーブルに七人が膝をむき合わせることは不可能で、赤髪の少女と青髪の少女は刷きだし窓の前に腕を組んで立っている。
ちなみに赤髪のポニーテールが佐倉杏子で、青髪でショートカットの彼女が美樹さやかというらしい。どちらも品定めをするように僕と忍へ視線を向けている。

「あ、いや。おかまいなく……」

 その射るような視線に居心地が悪くなった僕は、温和な笑みを浮かべながら座る巴にお礼を言い、俯きながら紅茶を啜る。
うん、僕に紅茶の味は分からないけれどどことなく高級な感じは伝わってくる。僕は紅茶なんて午後ティーぐらいしか飲んだことないからな。
対する忍はお礼など当然のごとく言わず、二ヶ月前のような仏教面でじっとティーカップを睨み付けているだけだった。
わけも分からず連れて来られて業腹なのかもしれないが、少しくらい愛想を振りまいてくれてもいいんじゃないか。ものすごく雰囲気が重いんだよ。

 ……まあ、原因はそんな忍だけじゃなく、対面に座るピンク髪の少女の隣に座した暁美ほむらが自身の傍らに置いてある拳銃もなんだけれど。

「ああ、別に気にしなくてもいいのよ。これはあくまで護身用だから」

「ははは、最近の世の中は物騒だからなぁ――」

 どうも最近の中学生は護身用に防犯ブザーではなく本物の拳銃を携帯しているらしい。
これも学校や保護者の絶え間ない危機管理の賜物だろう。
登下校中に道を尋ねられるという不審事件があちこちで発生する昨今、これくらいは普通らしい。
確かに防犯ブザーでけたたましい音を鳴らしても誘拐する奴は誘拐するだろうし、催涙スプレーなんかも複数人には対応しきれまい。
しかし、拳銃であればその存在だけでもけん制するには十分だ。まさに打って付けの防犯グッズ言えよう。

 なぜ彼女の持つ拳銃が本物だと知っているのは、ついさっき実際に使用してもらったからである。
いまだに僕の鼓膜には銃声が張り付いている。


「もう、ほむらちゃん……阿良々木さん達が困ってるよ? ほら忍ちゃんだって脅えて声も出せないんだから」

「あら、それは失敬。まどかが言うのならこれは仕舞うわ」

 ピンク髪の鹿目まどかに言われた暁美はあっさりと自分の非を認め拳銃を左腕に装備している盾のような物に収納する。
ていうか、忍は脅えてなんかいないだろうし、とても表情からはそう読み取れないだろうに。

「じゃあ、これくらいなら」

四次元ポケットようなその不思議な盾や、そもそも明らかにコスプレだろうという格好に突っ込みたくなってしまったが、
僕は変わりに取り出された物に対し声を荒げる。

「なんで拳銃の代わりに爆弾を取り出してんだよ!」

「適当なことを言わないでくれるかしら? これはスタングレネードよ」

「髪を掻き分けて格好つけて言っても一緒だよ! 危険物には変わりねぇよ!」

 法律を遺脱してるんだよ。なんでそんなファンシーな格好してるのに重火器ばっかり持ってるんだ。

「わぁ、ほむらちゃんってやっぱり凄いや」

「それほどでもないわ」

「待て、これ以上ボケを増やすんじゃない」

 比較的まともそうな鹿目までそっちへ行ってしまったら僕はどうすればいいのだ。

「うーん、転校生。せめて麻酔銃ぐらいにしておいたら?」

「それとも思い切って機関銃とかな」

「え、なに? これって僕がおかしいの?」

 僕の悲痛な叫びを茶化すように窓際の二人が言う。

 マジで最近の中学生は重火器を携帯するのが普通なのか?それほどまでに治安が悪いのかここは。

 「さて、おふざけもここまでにして……始めましょうか」

 ぱん、手を打って僕達の会話を遮ったのは巴だった。やはり一学年上だけはあって彼女はこのグループのまとめ役のようだ。
冷静に考えればぶっちきぎりで僕が最年長(忍はノーカウント)なので、中学三年生の女子に諭されるというのは実に情けない気もするけれど、
いかんせん僕は事情を説明するとだけ言われてここに招かれたので、気にすることはないだろう。

「えっと、魔法少女について……だっけか」

 魔法少女。
 魔女を狩し者。

 僕があの魔女の結界から救出され(別に忍がいたので自力でも脱出できたのだが、助けられた手前そんなことは言えない)あれよあれよという間に
一人暮らしをしている巴マミの自宅へと連行される途中に簡単な説明は受けたのだが、どうもいまいち要領を得ていないのが正直なところだ。
だいたい魔法少女などというアニメや漫画だけの存在が目の前に急に現れたとして、あっさり「はい、わかりました」と言える訳もない。
魔女との戦闘中に彼女達が纏っていた格好、つまりは現在進行形で暁美ほむらが着ているファンシーな衣装はいかにも魔法少女らしいといえばらしいけれど、
その戦闘スタイルはどう考えてもアニメなどでよく見る魔法少女とは明らかに一線を画していた。

 あの時、忍が魔女に攻撃を加えようとした心渡を遮った暁美が持っていたのは拳銃ではなくサブマシンガンだったし、佐倉や美樹は槍と剣で、
温和そうな巴ですらマスケット銃を乱用していた。
いや、攻撃の連携という点で見れば美しいとまで思うほど統率の取れた動きだったし、巴の必殺技なんかも魔法少女的といえば頷ける。
あのグロテスクな魔女を相手取るにはやはり魔法のステッキではなく、より殺傷能力に優れた武器のほうが合理的なのだろう。

 だろうけど、やはり魔法少女らしくはない。
 確実に日曜朝八時半からの放送はできないだろう。

 ただ道中の簡単な説明だけでも、魔女に対する専門家とは、彼女達のような魔法少女だということはなんとなく分かったし、
魔女に襲われている人間を救うような善人である事も感じれた。

 しかし、それが僕をお茶会に招待する理由にはなるまい。

「魔法少女についてもそうですけど、阿良々木さん達に聞きたいこともあったので」

 鹿目が訂正を入れる。
窓際の佐倉と美樹は既に目を伏せて会話に参加しない意思を見せている辺り、基本的に巴と鹿目が僕の相手をしてくれるのだろう。
暁美に居たっては常に殺気を放っている。僕と楽しくお喋りする気は全くないらしい。

 因みに、鹿目まどかは魔法少女ではないらしい。

 そういうところも、以前の戦場ヶ原に似てるんだよなぁ。
 
 蛇足だが美樹の声質は僕の妹にそっくりだったりする。

「特に質問されるような人間じゃないぜ、僕は。 魔女、だっけ? あれも初めて見たし、そもそもこの街に来たのも初めてだ。
 ましてや魔法なんて、使えない」

 どこか問い詰めるような口調で話す鹿目に対し、冗談っぽく返す。いや、この尋問みたいな雰囲気が嫌なので少しでも明るくしようとしただけで、
なにか誤魔化そうだなんて気はない。そりゃあ少しばかり人間離れした体質ではあるが、それは別に言うことではないだろう。

 これは魔法なんかじゃなく、ただの罪なのだから。

「自分の意思で結界の最深部に向かっていく一般人なんて、そもそも居ないんですよ」

 ましてや、魔女に攻撃を加えようとするなんて、と巴が紅茶を持ってきた時と同じ声のトーンで言った。
だけれど、さっきのように優しいだなんて思えなかった。

「いつぞやの美樹さやかぐらいじゃないかしら?」

「うるさいぞ、転校生」

 ぼそりと暁美が言った言葉に素早く美樹が突っ込みを入れる。
少し棘々しいやり取りにも聞こえたが別に仲が悪いわけではなく、普段からこの距離感での付き合いをしているのだろう。
二人とも怒っている訳ではなさそうだし。


「いや、責めているつもりはないんですよ。鹿目さんも伝え方が悪かったわね。正しくは阿良々木さんではなく、忍ちゃんに聞きたかったのよ」

 そんな美樹と暁美のやり取りを横目に、巴は忍へと目線を向ける。その視線に気が付いているのだろうが忍は目を伏せたまま黙っている。

「単刀直入に訊くわ。貴女、魔法少女なの?」

「…………」

 正直、この質問を想定できなかったわけではない。むしろこんな幼い幼女が魔女に対して日本刀を振りかざしていれば間違いなく同業者だと思うだろう。
彼女達は魔女という怪異を知っていても、怪異という存在は知らないのだから。

 忍が元吸血鬼など、分かるはずもない。

 だからこの質問に対して正直に答えることも出来ない。ましてや質問の対象が忍なのだから、僕が口を挟むことも出来ない。

 しかし、怪異である忍は基本的に人間との交流はしないので、質問に返答する可能性はかなり低い。
だから、僕が適当な言葉で誤魔化そうと口を開いた瞬間に、忍が言葉を発したことは驚愕に値する出来事だった。

「うむ。確かに儂は魔法少女じゃ」

「忍!?」

 僕は驚きのあまり、名前を叫んでしまう。

 ミスドに関係しないところで人間に返答したことに対しても驚いたし、魔法少女だと肯定したことも衝撃だ。

「静かにせんか、お前様。ここは同調しておいてさっさと解放されるのが吉じゃろうて」

 僕だけに聞こえる小声で忍は言う。

「幸いにも――不幸にも魔法少女に関する知識も少なからず持っておる。魔女を知るということは魔法少女も知るということじゃしの。
 とにかく、お前様は何時ものようにリアクションだけ取っておればよい」

「……分かったよ。確かに吸血鬼ですなんて言えないしな」

「ふん。帰り際にミスドを献上せい」

「心得た」

 抜け目なく報酬を強請ってきた忍だったが、今回は要求を呑むとしよう。これ以上関わるのもよくないだろうし。

 僕にとっても、彼女達にとっても。

「この街の住人ではないがの。たまたま同居人とドーナッツを買いに来て巻き込まれただけじゃ。縄張りを奪おうなどと考えてはおらんから安心せい。
 ことが終わり次第、早々に立ち去る。それと、我があるじ様は魔女に関する情報は伏せておったから全くの無関係じゃ」

「我があるじ様って……やっぱりヤバイ関係なんじゃ」

 ……窓際から僕の名誉に関わる発言が聞こえてきたが、気のせいだろう。

「だったら、グリーフシードを横取りしちゃったみたいね」

「グリーフシード?」

 巴の言う訊きなれない単語を思わず反芻する。

 その言葉に反応したのは鹿目だった。

「グリーフシードというのは魔女を倒した報酬みたいなものです」

「お前様が気にすることではない」

 一体、そのグリーフシードなるものがなんなのかを説明されるまえに忍が打ち切った。
暗に黙っていろということなのだろう。僕はそれ以上質問はしなかった。

「そして、貴様達も気にすることはない。グリーフシードのストックは十分に足りておるしの。自分達の縄張りに見知らぬ魔法少女が居れば警戒するのも、
 グリーフシードを確保しようとするのも当然じゃしな」

「そう言ってもらえると助かるわ、忍ちゃん」

「気安く名前を呼ぶ出ないわ。敵対するつもりもないし、敵でもないが……味方でもないんじゃぞ」

 単純に馴れ合うのを嫌う忍の気に触れたのだろう。とても幼女の出す声ではない。

 魔法少女達は忍の言葉に警戒心を強めたのか、鹿目を除く四人がピクリと身体を震わす。
その反応に忍は少しだけ眉間に皺を寄せる。

「ゴメンね……近々とっても強い魔女が現れるから、皆気を張ってるんだ」

 怪訝な反応を見せた忍に対して、バツの悪そうな笑みを浮かべながら鹿目が言った。

「強い魔女?」

 黙っていようと思っていたが、どうも僕は律儀に反応してしまう人間らしい。
周りに気取られないように忍の肘が僕の脇腹を打ち抜いた。

 こいつ……ミスド買ってやんねえぞ。

「ええ、超弩級の魔女よ」

 そんな僕の言葉に反応したのは、以外にも暁美だった。

 怒りを噛み殺すようにして、悔しさを握り締めるようにして、暁美は続ける。

「最強の魔女、通称――ワルプルギスの夜」

007


 舞台装置の魔女。
 その性質は『無力』。
 全てを戯曲に変える結界不要の魔女。

 通称――ワルプルギスの夜。

 暁美は一般人には必要のない知識だと言ってここまでしか説明してくれなかったが、
あの後――つまりは巴の住むマンションの一室から退出した後のことだ。

 僕が押す自転車の前カゴにすっぽりとその身体を入れ、僕に向き合うような格好のまま、その実態を詳しく説明してくれた。

 頼んでも居ないのに、説明をした。

「ワルプルギスの夜というのは通称での、実際は名前も分からぬ魔女じゃ。数百年前から世界中のどこかに現れては街を一つほど破壊して去っていく」

「つまり、その魔女が起こした現象を指してるわけか」

「そうじゃ。しかし、何も知らぬ一般人にとってはただの自然災害と捉えられるだけじゃが」

「ふぅん、そりゃあいかにも怪異っぽいな」

 いかにもというか、魔女は総じて怪異そのものなんだろうけど。
怪異が起こした現象はそうやって辻褄が合ってくのだから。

僕の『この体質』が、突き詰めればただの血液の異常だというように、その魔女が起こした結果は『自然災害』となるだけなのだろう。
この間の蜂のように原因不明の流行病を、正体不明の怪異として見立てたように

――まあ、アレは偽史という偽物の怪異らしいのだけれど。

怪異に偽物も本物もあるまい。怪異は世界と繋がっていて、何処にでもいて、何処にもいない。

「怪異とはいい加減なものじゃからの。語り継がれれば語り継がれるほど、目撃されれば目撃されるほど性質は変わっていく
 ――そういう意味じゃワルプルギスの夜は魔女の中で唯一変化のある魔女ということになる」

「普通の魔女は結界内に居るから目撃されないし、仮に目撃されても『目撃者』は外には出られないってことか?」

「それもあるが、基本的に魔女は短命じゃよ。いや、怪異に命もなにもないが、とにかく世界中に『専門家』がうじゃうじゃと居るわけじゃからな」

「専門家、ねぇ……」

 それは吸血鬼にとってのヴァンパイアハンターだったり、同属殺しだったり、教会の特殊部隊だったりするのだろう。
 怪異に取っての忍野メメのように、偽物を扱う貝木泥舟のように、不死身を殺す影縫余弦だったりするのだろう。

 魔女の専門家は、魔法少女。

「魔法少女……とあの小娘等は言っておったが、恐らくはこの国だけの名称じゃろう。他の国では天使と呼ばれておったりする」

 因みにその国での魔女は悪魔と呼ばれておった、と短く付け加える。

「ワルプルギスの夜というのは、そう言った点でも複雑での。怪異としてのキャラ設定が定まってない可能性が高い」

「魔女だったり悪魔だったり、最近のライトノベルでもそんな濃いキャラいねぇよな」

「人間は大きすぎる力には神や悪魔など上等な名称を畏怖の念を込めて付けおるから、濃いどころじゃ済まんよ」

「そんな魔女がこの街にやって来るのか……」

正直なところ、心配ではある。いや、こんなことを言えばまたぞろ忍に変な目で見られてしまうだろうが仕方がないだろう。
こんな話を訊いた直後では、尚更だ。
その強力という言葉では生温いほど凶悪な魔女を相手取るのが、あの少女達というのは不安を覚えてしかるべしだ。
僕が今まで出会ってきた専門家であろうと、そのワルプルギスの夜に対抗するのは難しいだろうし。

 あんな普通の女子中学生に任せるのは、酷だろう。

「いや、少なくともあの軽薄な小僧であれば多少なりとも対抗できると思うぞ」

「ああ、全盛期のお前から心臓を気付かれずに奪う位だもんな――じゃあひょっとしたらこの街に忍野は来てるんじゃないのか?」

 忍野メメ。怪異のオーソナリティにてアロハシャツの軽薄なおっさん。
春休みには最強の怪異とまで呼ばれていた全盛期の忍から、気付かれずに心臓を抜き取り(それでも生きているのが吸血鬼だ)ハンター達と彼女の力を
拮抗させたという、見た目からはとても想像できない離れ業をやってのけた男がその魔女の存在を知らない筈がないだろうし。

「あの小僧はあくまでバランサーじゃからのう……通常時ならまだしも、今回のような状況じゃ恐らく現れんじゃろう。
 むしろ、儂とお前様がこの街に訪れることを予見していたのかもしれん」

 目を細めながら、忍は言う。そして前カゴに身体を入れたまま両腕を暗く染まった空へ向けて伸ばす。
僕はその仕草に釣られて夜空を見上げた。
時刻は既に日付を跨ごうかという時間帯で、思いのほか巴の家に居た時間が長かったんだなぁと改めて実感する。

 ……そういえばまだ彼女達は巴の家に居たけれど、門限とかは大丈夫なのだろうか? 僕の住む町に比べて都会だし、ミスドの店内で誰も彼女達を
物珍しい目線で見ていなかったとは言え深夜徘徊で補導されてしまう時間帯だろうに。

 まあ、巴の家でパジャマパーティーとかそういうのを催すだけだろう。


「ん、その言い方だと別段その魔女の被害が出ないみたいだな」

 ふと忍の言葉を脳内で反復し、そこまで重要視していない言い回しが気になった。

 それに僕らが居るから忍野が来ないという理由もよく分からない。

「……仮に現れたとしても儂とお前様で十分に対応できるという話じゃよ。現れたとしても、の」

「? やけに積極的じゃないか」

 今度は目を伏せながらそんな事を言う忍に違和感を覚える。何時もの流れなら僕が何か言う前に『余計な首を突っ込むな』と釘を刺してくるだろうに、
今回は寧ろ怪異に対してどうにかしてやろうという雰囲気を感じさせる物言いだ。
 基本的に忍は自ら問題を解決するために動くタイプではない。僕が、僕の勝手で何かしらの問題に関わってしまった時に渋々付き合うのが忍の
スタンスだというのに現状はどうだ? 断定した言い方こそしないが、どこか協力的である。そしてそれが違和感の最大の理由だろう。

「ふん。あの小娘がワルプルギスの夜などという名前を出した瞬間から――否。この街に誘われてしまった時点で役割が決まってしまったんじゃよ」 

「……誘われたってミスドの広告にだろ?」

 初めて見たよ。ミスドのセールに『誘われた』とか言う奴。無駄にスケールを大きくするんじゃねぇよ。

 僕の突っ込みにコホンと咳払いをして、忍はキメ顔で続ける。



「お前様。もう既に儂らは『関わって』しまってるんじゃ」

 関わってしまった。つまり、怪異に。
 舞台裏を覗いてしまった。

 それならば、覚悟を決めなければならないだろう。
 どちらにせよ、このまま帰るつもりはなかった。

 少女達だけに、そんな危ない橋を渡らせることなど僕には出来ない。

「分かったよ、忍。 どうせ帰ってもアニメの続きを見るだけだろうしな。 訊かせてくれよ、魔女と魔法少女に関する話を。
 これだけもったいぶった話をしてるんだ。当然、何も知らないわけじゃないんだろ?」

 僕の問いかけに自転車の前カゴから飛び降りた忍が(三回転捻りで着地)その薄い胸を張りながら、無感情に言い放つ。

「……と、言うわけじゃ人間。 うぬから我があるじ様に説明してやるがよい」

「……動かないで」

 僕にではなく虚空に放たれた忍の言葉に呼応するように僕の目の前に現れたのは、一人の魔法少女だった。
その少女は先程まで着ていたファンシーな魔法少女服に身を包み、左腕には縦を装備し、険しい表情を浮かべている。

 まるで何かに失敗したかのような表情を浮かべながら、暁美ほむらは僕達の前に現れた。

「暁美……?」

 僕は動けない。暁美の気迫に圧倒されたから――ではなく、もっと単純な理由からだ。

 彼女の右手には巴の部屋で傍らに置いてあった拳銃がしっかりと握られていて、その銃口が忍を狙っているのだから。

「いらん心配をするでないぞ、お前様よ。 お前様は黙ってこやつの話を訊いておればよい」

「喋るのも、行動を取ったものとみなすわ」

 いつかの戦場ヶ原と同じ台詞を吐きながら、改めて忍の頭部に照準を合わせる暁美に対し、忍は我関せずと言った表情で続ける。

「かっか。そんな玉っころで儂を殺せると思っておるのが実に滑稽じゃの」

「黙りなさい。これ以上余計なことを喋れば本当に撃つわよ」

 銃口を向けられようと、刺す様な殺気を浴びながらでも、忍は薄く笑いながら続ける。

「いやいや、滑稽なのはうぬら――いや、うぬ一人だけじゃな。魔法少女になど成ってしまった時点で喜劇の舞台上じゃからの」

 銃声。サイレンサーでもの装着していたのだろうか、魔女の結界で訊いた銃声とは比べ物にならないほど僅かな音だった。
だが、間違いなく忍の綺麗な金髪が生えているその頭部目掛けて、暁美は引き金を引いたのだ。

 普通であれば規制が掛かるほどの描写を数レスに渉って記述するのが語り部である僕の仕事なのだろうが、残念ながらそれが適うことはない。
なぜならば僕はそんな残酷なシーンを冷静に描写できるほど人でなしではないし、そもそも目を背けてしまうのがオチだろう。

 しかし、描写できない理由はそんなことではない。

 だって、そもそも銃弾は忍に当たってさえいないのだから。

「!?」

「やれやれ、何をそんなに焦っておるのか分からん」

 そして忍は凄惨な笑みを暁美に向けて、言い放つ。










「うぬら魔法少女の成れの果てが魔女だと、知らんわけでもなかろう?」










とりあえずここまでが前回までの更新分です。
これからまた書き貯めて投下していく形。

しかし、すでに周知の事実をキメ顔で語る忍もなかなか滑稽な気ががががががが

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年08月01日 (金) 05:22:21   ID: Z8f2NfUT

続きはよ

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