上条「その幻想を!」 仗助「ブチ壊し抜ける!」(959)


見ての通り禁書とジョジョのクロスです。
ゆっくりやっていきます。



第一話「恐るべき転入生」





『――……』

『――さか、――が――生きて――』

『――ジョ――』

『俺た――は、ふたりでひとり――!』

『――ョジョ――!』

『――船は――く――はつする!』



『  ジョナサン !  』



『――しあわ――せに、エリナ――』

『――――』



~~~



「ハッ!」

「えっ」

「……」

「……」



 ある日、東方仗助が目を覚ますと見知らぬ少年がいた。
忍び足で。枕元を横切るところだった。
不法侵入者は見つけた時点でぶん殴っても正当防衛になるのだろーか?――。
徐々に目が据わっていく東方仗助に、少年は飛びのく。


「待って下さい東方さん。上条さんは一週間も高熱出して学生寮に缶詰になっているアワレなあなたをお見舞い兼、看病しにきた善良な上条さんです!」

「ドロボーって口が回るって言うよなぁ~~」

「そんな格言初耳ですけど!?」

「俺も初めて聞いたぜ」


 寝起きゆえ東方仗助は喋るのがだるかった。あごに鉛をつけたまま喋っている気分だったが、彼は上体を起こした。だって気になるのだ。


「で、どちら様ッスかァ~~?」

「……ハイ。どうも初めまして。お前と同じクラスの上条当麻です。ちなみに今日の日直」

「日直……? はぁ、どーも」


ペランと目の前に差し出されたプリントを受け取る。


「悪いとは思ったけど、ピンポン押しても返事ねーから心配になってさ。ほら、中で倒れてたりとか。大家さんに鍵開けてもらったんだ」

「あーピンポン、アレ壊れてるんスよ。手間ァとらせたみたいで、どーもスンマセン」


 言うなり軽く頭を下げた東方仗助を見て、上条当麻はいやはや、別人のようだと舌を巻いた。
成り行き上ハジメマシテと言ったが、ほんとのところ、上条当麻が彼に会うのはこれが初めてではない。
マー、仕方ないかもな、と上条当麻は早々にあきらめた。
彼が自分に与えた印象と、自分が彼に与えた印象をはかりにかければ、前者の重みに後者は天までぶっ飛ぶだろう。



 上条当麻は忘れもしない。
今から一週間前。七月第2週目の木曜日。そういくつ寝ると夏休みというウキウキ空気の中に、ちんまい担任がぽんと爆弾を放り込んだ。


「ちょっぴり急ですけれど今日から転入生が来るのですよ~。なななんと転入生は! イギリス人とのハーフさんなのです! そして男の子なのです! おめでとう子猫ちゃんたち~残念でした野郎ども~~」


 おーとキャーでおキャーとなる教室。
その隅では上条当麻の級友である青髪ピアスがブツブツ言って、土御門が合いの手を入れていた。


「おっしぃぃ~~もう少しXX染色体がきばってくれはったら教室に咲く一輪の花! になっとったんに」

「逆に考えるんだぜい。安易にハーフ男になびかない気高い花が見つかると!」

「そしてその花は高嶺の花でしたーってオチがみえみえや!」

「逆に考えたら転入生が女子全部持ってくんじゃねーか」


 上条当麻は全うな意見を述べたつもりだったが、級友2人は鉄拳でそれに答えた。
かくしてクラスの三馬鹿デルタフォース同盟による対転入生へのリアクションは終了。
同時にベイビィ・フェイスの担任が声をかけ――そいつは入ってきた。

 瞬間クラスの大半が半笑いのまま固まった。だってそいつは――近年まれに見る見事なリーゼント頭だったのだ。おまけに夏も中頃というのに学ランを羽織っていて、これがまた派手な改造が施されている。
日本文化を履き違えちゃったのかしらとクラスがおろおろしているのを尻目に、そいつは『漢字』四文字の氏名を黒板に書き、流暢な日本語で自己紹介した。


「M県から転校してきた『東方仗助』です。ま、ドーモ、よろしく……」



 顔は悪くない。むしろイケメンだ。彫りは深いが日本人的で、目玉だけ外人色をしている。
学ランはまだよかろうと上条当麻は思う。ラブアンドピース。襟元には♂と♀を組み合わせたイカリマーク。いいじゃないか、プリンスは俺も好きだ。
ただ、なんというか、彼の首から上だけは学園都市にとって受け入れがたい前時代性を持っている。
よーするに「君のそのヘアスタイル笑っちまうぞ、20~30年前の古臭いセンスなんじゃあないのォ~~!」ってことである。




「なあ、あれなんなん? 受け狙いなん? ここ僕笑ったほうがええん?」

「……」


 転入生の席は近かった。青髪の声は響いた。
ついでに言うと転入生の顔は既にこっちを向いている。
だが誰も彼をいさめないのは、それがみんながみんな聞くに聞けないことだったからである。
なるほど、人柱だと上条当麻は納得した。


「ごっつ気になるわ。今時こんな奴おるんかーっちゅう感じ。なんであんな90年代のツッパリ漫画から出てきたみたいな髪形しとるんやろ」

「つまり?」

「ないわー」


 土御門に答えた瞬間、青髪ピアスは宙を舞った。
クラス中が上を見て口をあけた。誰も何も言わなかった。美しい放物線がそこにはあった。

 ドグワッシャァァァン。

 着地はダメだ。


「おふぅ……!?」

「テメー今なんつった? このヘアースタイルがサザエさんみてえだとォ?」

「いやどっちかっつーとスネオうげええ!!?」


「な、何だ今のは!?」

「音速で迫った転入生が青髪に強烈なアッパーを食らわせたんだ!」

「み、見えなかった……この俺の目にも!」


 ざわざわする教室。
だが大体みんなマジじゃないのは2人の行動言動に『マジ』が感じられないせいだろう。

 だが上条当麻はわかった。なんかわかってしまった。
マジギレだこれ。
そして半笑いなのでわかりにくいが、青髪はマジビビリしている。


「俺の頭をけなした奴は誰であろーと許さねえ~テメーが頭刈り上げられてえか!? アァッ!?」

「ま、まってえな、誰もけなすやなんて」

「確かに聞いたぞコラァァーー!!」

「あひぃ!」


 ガグォォンッの派手な音と共に青髪の傍の机が蹴飛ばされる。
その脚がアメ細工のようにぐんにゃりイッてるのを見て、上条当麻は思わず転入生の肩を掴んだ。


「おい! やめろ、やりすぎだ!」

「あ゛ァ?」


 瞬間、上条当麻は止めに入ったのを後悔した。
それでも彼は持ち前の正義感で何とか踏みとどまる。結果、双方『ゴゴゴゴゴ』を背負ってのにらみ合いに発展する。


「ひ、ひぇぇ~! 溌剌としたHRが一瞬でルール無用の無法地帯に~!」


 泣きそうな担任の声。実際ここがルール無用の世紀末高校だったなら「テメーよくも青髪を!」「ひき肉にしてやる!」からの大乱闘は必至だったろうが、あいにくというか幸いというか、とある高校の生徒の多くはヘタレもとい平和主義だった。



「大丈夫か青髪、しっかりしろ!」

「つ……つっちー……僕の墓前には……小萌センセを供えといて、や。ガクリ」

「青ピィィィーーー!!」

「青ピ!」

「青ピくん!」


『――青ピ! 出番はあるのに本名その他もろもろの詳細は一切明かされず、アニメ化においてはその数少ない設定を無視され軽快なエセ関西声になっても常にギャルゲ的ヒロインを追い求め続けた青ピ! 俺たちはお前のことを忘れない!――』


「み、みんな~~! ううぅ、席に……席についてくださいなのですよ~~」

「ハイ!」

「青ピが生き返った!」

「小萌先生スゲー!」


おまけにマジでないので、以上のようになる。



「東方ちゃん! ちょっと先生と一緒に来るのですよ!」


 そこでガンを飛ばしていた転入生の雰囲気が変わった。
剣呑な目つきがくにゃっと鋭さを失い、いうなれば『キョトン』とした顔になる。


「どーゆーつもりなのですか! クラスメイトを殴るなんてー!」


 小萌の追い討ちに、転入生はぐるっとクラスを見渡すと、青くなって頭を抱えた。


「や、やっべぇ~、またやっちまった~~じょ、承太郎さんにしかられちまう……」

「はぁ?」


 なんて奴だと上条当麻は目を回しそうになった。下手すれば退学上等の狼藉を働いたというのに、『こいつは承太郎さんとかいうひとに叱られることだけを恐れている』。


「ほら、いいからちょっとこっちでお話しするのです!」


 彼の独白を聞いたのは上条当麻だけだったらしい。転入生は有無を言わさず担任に引きずられていった。


「……ちびったわ」


 打たれた顎をさすりつつ言う青ピに反論するものなどいない。
そこでようやく上条当麻はクラス全員きちんと2人の『マジ』を感じ取っていたのだと気づいた。
なんということだろう。
人柱になった人間は自分が人柱だと知らないものなのだ。



第一印象は奇妙。第二印象も奇妙。

そんな東方仗助は、その日結局クラスに戻ってこなかった。

その日以来、ずーっとクラスにくることはなかった。

サボりなんだろーなー、きっと前の学校でもあーいうヤンチャしておんだされたんだろーなー、だから夏休み前のこんな半端な時期に転入してきたんだろーなー。さもありなん。

これが転入生・東方仗助に対するクラス一同の見解だった。


「上条ちゃん、ちょっとお話ししたいのですよ」

だが、転機は来た。


「東方ちゃんのことなのですけど、実はあの日お説教中に倒れちゃったので早退させたのです。それからずぅっと熱が下がらないみたいで……」

「本当は担任の私が行ってあげたいのですけど、今日はどうしてもはずせない用事があるのです」

「あの子一人暮らしなのですよっ。荷解きもまだって言うし……きっと今頃は寮のベッドの上で、うんうん一人さびしくうなされているのですよ……さびしさのあまりカビでも生えてやしないかと先生は心配で、心配でぇ……!」

とうるうるする担任教師にうっかり同意してしまった結果、上条当麻は一週間分のプリントを押し付けられてしまった。

その時点での彼の気持ちは

「不幸だ……」

その一言に尽きた。


   ~~~


リーゼントのない東方仗助は毒気もなかった。

その事実は上条当麻を饒舌にさせた。


「お前も大概災難だよなー。転校初日から風邪でぶっ倒れちまうなんて」

「別にィ~? もう熱は大分下がったみたいスから」

ッスから帰れ、いや、帰ってもいいぞという副音声は聞かなかったことにして、上条当麻は部屋を見渡した。

担任の言ってた通り、ダンボールの山以外みるべきところはない。

「ちゃんと食ってるか?」

「え?」

「いや、風邪の時ほどきちんと食わねーと、って話」

「あ~そーいや今何時スか」

「五時ぴった」

「夕方の? やべ~俺一日寝ちまってた。つか宿題プリント多すぎねーか?」

「一週間分だしな」

「はぁ? ああ……今日なん曜スか」

まさかだろ、と思いつつ告げたら、案の定東方仗助は驚きにぶっ飛んだ。

どうやら四日か五日かぶっとおしで寝続けていたらしい。それって昏睡っていいませんか。

まさかだろ。

そこで上条当麻持ち前のおせっかい心が動いた。

「メシ……よかったら作ろうか?」

「はい? いやいッスよ、そんな気ィ使わねーでも」

「気を使ってるのはお前だろ? 引っ越したばっかなんだから、頼れるご近所さんには頼ってろよ」

「ご近所ぉ?」

「ああ。実を言いますと、上条さんは『お隣さん』なのですよ」

これが小萌に白羽の矢を立てられた理由である。



東方仗助は「へ~」と「そッスかぁ~」を二度ほど繰り返してベッドから降りた。


「『上条さん』っしたぁ? せっかくだけどまだ食器やらほとんどダンボールの中だからよぉ~~」

「だったらなおさら手伝うぜ。俺も独り暮らしだからわかるけど、一人のとき風邪ひくとしんどいだろ? 勝手に上がりこんだお詫びと思ってくれりゃいいからさ」

東方仗助は困った顔で前髪をかき上げた。


「とりあえず換気しようぜ。五日も閉め切ったままじゃ空気もこもってるだろーし」

「やや、そんくらい自分でやりますッスよぉ~」

「いやいや病人は座ってろって」

「いやいや」

「いやいやいや」

「いやいやいやいや」

シャッ。


ドドド。

ドドドドド。

ドドドドドドドドドド。


カーテンを開けた先の光景にふたりは固まった。



「……上条よぉ~~なんか、ベランダの布団とか干すところによ~なんか見えるんだけどよ~幻覚かこいつァ?」

「いや、残念ながら上条さんにもしっかり見えていますよ東方さん」

白い修道服を着たシスターが、ベランダにぶら下がっている。

ふたりは顔を見合わせ、頷きあうと窓を開けた。

ガララッ。

その音にピクリと反応したところを見ると、死んではいないらしい。


「おな……」


シスターの弱弱しい声を、東方仗助は『ただのうめき』と思い、上条当麻は『遺言の一種』だと思った。


「おなか……すいた……」


結果的にどちらでもなかったのはふたりにとって幸運だったのか。

次いで響いた『グゥゥ~~』の音に、ふたりは再び顔を見合わせた。



 その後、「おなかいっぱいごはんを食べさせてくれるとうれしいな」と百ワット分の笑顔を振舞われた上条当麻は、
自分の部屋にとって返して冷蔵庫の中身が全滅していることに気づき、やむをえず法外とも言える値段のコンビニ食糧を買いに行く羽目になった。

やはり自分は不幸だ、と上条当麻は考える。

「悪いな。金借りちまって」

キャッシュカードは踏み砕いた。

「別にィ~~作ってもらう立場だしこのくらいしねーとよォ」

「おいしいんだよこれ、すっごくおいしいんだよ!!」

インデックスと名乗った少女は施しに慣れているのか、握り箸のままパクパク胃の中に食料を放り込んでいく。

対して東方仗助は落ち着かない様子だ。

そうだな。病み上がりのところに2人も来訪者がきたら困るだろう。もっと言やぁ迷惑だろう。誰だってそー思う。俺だってそー思う。

上条当麻は心底同情した。が、すぐ撤回した。


「……あのー東方さん? なにをやってるんでせうか」

「髪のセット。ビシッ! ときめとかねーとよォ~~なんか恥ずかしいじゃあねえか~」

「居心地悪そうだったのはそのせいかい!」

気持ちはわからんでもない。だがどっかずれてる。

リーゼントが何とか形になってきたあたりで、少女は箸をおいた。


「ごちそうさま! とってもおいしかったんだよ!」

「えーっと……『インデックス』だったか? なんでお前さんはあんなところに引っかかってやがったんです?」

「落ちたんだよ」

「自殺志願者でしたか!」

「グレートにヘビーだな。まぁ~あれだぜ。世の中色々あるけどよぉ~前向きに生きてりゃなんとかなるってもんでよ~」

東方仗助は鏡越しに少女を見ながら言う。

「むぅう。私はシスターで聖職者なんだよ! 自殺なんて冒涜的なことするわけないかも!
 言ったでしょ、『落ちた』って。本当はビルからビルに飛び移ろうとしてたんだよ。追われてたから」

「追われて……?」

上条当麻は不幸の神――そんなものがあるかは不明だが――の足音を聞いた気がした。

さらっと流したが、八階建ての建物から建物へ飛び移ろうとする時点で思考がおかしい。

そういえばインデックスという名も偽名っぽいではないか。

「お前さ……IDとかもってる?」

「あいでぃー?」

おーのー。間違いない。不法入国者だ。上条当麻は戦慄した。

しかも彼女自身は自覚していないときたものだ。


「それでよぉ~なんでインデックスは追われてんだァ?」

「多分、私の持ってる十万三千冊の魔道書が狙いだと思う」

これにはさすがの東方仗助も彼女を振り返った。



上条当麻は茫然自失した。どうしよう。

なんか献身的な子羊がどうとか、死者の書がどうとか全部耳をすり抜けていく。

どころかまじめに理解しようとすると頭痛がしてきたので上条当麻は片手を挙げてインデックスを制した。

「ごめん、無理だ。俺も異能の力は知ってるけど……魔術は無理だ」

「はぁ……? そこんとこよくわかんねッスねぇ~魔術も超能力も同じ『異能』じゃねえんスか?」

「そーだよ、超能力は信じるのに魔術は信じないなんておかしな話!」

インデックスは憤然と、東方仗助は純粋に疑問だという様子で返してくる。

さて、密入国者と外部からの転入生。学園都市にさっぱり馴染みがない2人にどう説明すればいいか、上条当麻は頭を絞った。

「だって魔術は一種のオカルトだろ? 超能力は科学的に証明されてるけどさ。
 キリストは信じるけど死者の復活は信じない、みたいなもんだ」

「わかりにきィ」

「そこはかとなく馬鹿にしてるね?」

そこで考えることをやめたのか、東方仗助は再び鏡に向かった。

インデックスは「うさんくせー」という上条当麻の心を読んだようで、ますます不機嫌顔になる。

「そこはかとなく馬鹿にしてるね!」

「あのなぁ~そこまで言うならその魔術ってのを見せてみろよ」



結果。

中略、少女は全裸になった。


上条当麻は何が起こったかわからなかった。

全裸で胸を張るインデックスも何が起こったかわからなかった。

東方仗助はそもそも見てなかった。


「きゃあああああーーーーーー!!!」


結果。

中略、上条当麻は噛みつかれまくった。



「マー、とにかくこれで上条の『右手』もインデックスの『歩く教会』も証明されたわけだしよぉ~」

「……いったん仲直りしねッスかァ~?」



ビシッ! と決まったリーゼントの下で温厚そうな顔が困ってる。

お互い背中を向けた少年少女を、東方仗助は交互に見やった。

上条当麻は痛そうに噛み痕をさすり、インデックスは毛布に包まってプルプルしている。

俺が五日間使い倒したヤツだけどな、臭くねーのかな、と東方仗助は少し逃避した考えをめぐらせた。


「そうだよな……悪かった、お前病み上がりなのに」

「いやそーじゃあなくって、やっぱケンカはいけねッスよ、ウン」

「ケンカじゃないよ。せーとーな怒りなんだよ」

「だからああなるとは思わなかったんだって」

「もう痛み分けってことでいいじゃねッスか」

なだめつつ東方仗助の手はちくちく針を動かしている。

案外、器用な男だった。

「あんなことがあったのに平気な顔してるんだもん」

「全然平気じゃ、俺だってなあッちょっとはドギマギ……」

「バカにして」

「……悪かったって」

「……」

じと目で振り返るインデックスに、上条当麻は幼いころ買い与えてもらった電気ネズミの万歩計を思い出した。


「おし、できた」

そこで東方仗助が修繕の終わった修道服を広げた。急ごしらえだがパッと見おかしくない程度にはきれいに仕上がっている。

これにはインデックスも顔を輝かせた。


「わあ~~ありがとう! あなたの頭ってちょっと個性派だから心配だったけど、まともに直ってよかったんだよ!」


上条当麻はどっかに行ったと思ってた不幸の神が全力疾走で戻ってくる音を聞いた。




「このクソアマァーッ!! 誰の頭が鉄人28号だとォォーー!!?」

「ひぃぃぃやぁぁぁあ!」

「落ち着け東方! さすがに女の子相手に暴力はまずい!」



ツンツン頭の少年がリーゼントの少年を羽交い絞めにし、ベッドの隅では全裸の少女が怯えている。

第三者がこの光景を見たら何を思うのだろうか。


「きゃああぁぁあ!」

「離せや上条! テメーも一緒に殴られてーか!」

「いいや離さねえよ! はっきり言うぞ……東方、お前は間違ってる! 
何をそんなに怒ってるかはわからねー……けどな! だからこそ暴力で解決なんかしちゃいけねーんだよ! 
怒りってのは裏を返せば『大事なものを傷つけられた』っていう事実がある証拠だ! 
その大事なものが何なのか、お前はお前の髪形をけなしたやつに伝えたか!? 
伝えず怒りだけを相手にぶつけて……それで大事なものを守ったっていえるのかよ!?」



「ゴチャゴチャゴチャゴチャうるすぇんだよゴラァーーッ!」

「あ、だめ、話が通じる状態じゃねー!」

説教が通じないなら腕力でどうにかするしかない。

だが確実に引っ張る力大なり踏ん張る力に傾いていっている。このままではジリ貧だ。


「どらああああ!!!」


気合と共に、東方仗助が大きく一歩を踏み出した。

と、その瞬間上条当麻は奇妙なものを見た気がした。

東方仗助の腕から、うっすら透けるもう一本の腕が飛び出したように見えたのである。


いや、実際腕はあった!

その腕は上条の拘束を『すり抜け』、まっすぐインデックスに拳を繰り出した!


「インデックス! 見えないのか、よけろォ!!」

ドグォォンッ!

「きゃあ!?」


上条当麻がとっさに声をかけ、インデックスがとっさに反応できたのは幸いだった。

『歩く教会』の性質が頭に残っていたのか(上条当麻の右手で既にただの布切れと化していたが)
インデックスはとっさに顔の前に修道服を突き出した。

『透明の拳』はチャチなガードをあっさり貫く。と思ったら貫かれた穴が直った。


――いや、直ったと言えるのか?

破れた面はきれいに繋がったが、服自体はグニャグニャと妙なデザインに変形している。


「どこに隠れやがった! 出てきやがれェーー!!」

これが意図してやった攻撃ならもうお手上げだったが、どうやら東方仗助は『腕』を出したことすら気づいてないらしい。

それどころか『いないいないばあ』をしかけられた赤ん坊のように顔を隠しただけの相手を消えたと思い込んでいる。

どうやら今の東方は『見えてるけど見えていない状態』らしい。突進するバッファローのように聞くものも聞けず暴れている。

猪突猛進――前しか見えてない?


「これだ!」

「うおッ!?」



上条当麻は全力で羽交い絞めていた腕を解いて、バランスを崩したところに脚払いをかけた。

前に進むことだけしか頭になかった東方仗助はあっさり床に転がる。


「よしとった! インデックス、押さえるの手伝ってくれ!」

「う、うん!」

「放せスッタコがァ~~ッ!!」


 ガチャッ。


「たのもー! ピンポン押しても出ないから勝手にあがらせてもらったぜい!」

「不幸体質のカミやんが例によってボコボコにされてないか心配できちゃったでー!」

『……』


シィィーーン。


マウントポジションをとった同級生。とられてる転入生。傍に立つ、毛布を羽織っただけでほぼまっぱの少女。

第三者がこの光景を見れば何を思うのだろうか。


「ロリの上に……タッパある不良まで……」

「カミやん……恐ろしい男だぜい……」

「誤解だ!!!!」


接続できなくなって消えてました
とりあえず昨日分投下しときます
サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/



あのあと「大丈夫、僕は信じとる、信じとるよ。だから近づかんで僕おいしゅうない」とか「大丈夫、今日日ジェンダーの違いや血縁で愛が左右されることはないぜい、だから安心してああ近づくな俺おいしくない」とか散々言われた末に逃げられた。

学園生活終わりの予感。

おまけにまた他人にすっぽん姿を見られたインデックスになぜか齧りつかれ、
その際おさえる手が緩んだせいで東方仗助から顔面に手酷い一発を食らってしまった。

なんだかもう、満身創痍だ。

「でも元気を出して上条さん……人生とはそういうものだから……」

上条当麻は机に突っ伏して自分を励ました。

とても悲しい光景だった。


「あー、なんか俺のせいでスンマセン」

「そ」

「そうなんだよ! どうしてくれるのかな! このめったやたらと前衛的デザインにされた服を~~ッ」

「怒る役ぐらい譲ってくれよ……」

「今日は厄日なんだよ!」

「こっちのセリフだっつーの!」

怒り役を譲ってくれる気はないらしい。インデックスはグニャグニャの服を抱えたままベッドに突っ伏した。

上条当麻も再び机に額を押し付ける。


「あのォ~~」

「ハイ?」

顔を上げると、非常に決まり悪そうな東方仗助がいた。

サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/



「ほんとスンマセン。俺、髪型のことけなされると抑えが利かなくなるタチで……こー、なって周り見えなくなっちまうんスよ。
 だからあんま覚えてないんスけど……でも本当、ハンセーしてます」

「……けなされるのが嫌なら、もうちょっと今風の髪型にしたらいーんじゃないでせうか?」

 そこで東方仗助の顔に影ができたので、上条当麻は慌てて退った。

「いや! 別にそのヘアースタイルがどうこう言うわけじゃなくってですよ!」

「……これァッスねぇ~~」

 思ったより冷静な声に上条当麻は逃げをやめる。

「時代遅れって言われてんのもわかってるんだけどよ~これァ、尊敬してるヒトと同じ髪型なんスよ」

「尊敬?」

「命の恩人なんス。その人に憧れてるっつー『しるし』なんスよ」

 一瞬、東方仗助の瞳がキラリと瞬いたような気がして、上条当麻は彼を凝視した。

「でもそれで女の子殴ってちゃあザマーねぇッスよね~~」

「いや、いいと思う」

「ハイ?」

「ああいや! 人を殴るのはもちろんダメだけどさ、そういう……なんていうか、
 本気で怒れるほどの『人生の手本』がいるっていうのは……いいことだと思うぜ?」

東方仗助の顔がちょっぴりだけ緩んだ。

その緩んだ顔に、上条当麻は平手を食らわせた。

「ぶっ!?」

「とりあえずこれで恨みっこナシだ。俺達だって病み上がりのお前に迷惑かけたし、お互い様ってことにしようぜ?」

「はぁ……そッスか?」

「あと別に無理して敬語使わなくてもいいぞ。クラスメイトなんだしさ」

「ドーモ」

まだ微妙な距離感は否めないが、悪いやつでないことは確かだ。

上条当麻はなるべく人好きのする笑顔で手を差し出した。

「とりあえずこれからよろしくな。東方」

「おう。ドーモ」

東方仗助はその手を握り返すと、まじまじ上条当麻の顔を見た。

サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/



「アンタってぇ~委員長タイプッスねぇ~なんとなく」

「……おせっかいと言いたいのでせうか」

「フツーーはベランダに干されてる人間にメシなんて食わせねーよ」

「そりゃそーだ」

「どっちかっつーとお人よしッスね」

「上条さんは生まれながらの不幸体質なので、他人の不幸にはえらく共感する仕様なのです」

「そりゃグレートにヘビーなサガだな」

今のは褒められたのだろうか。
 
彼と分かり合うには、やはりもう少し時間が必要のようだ。

「で! その変な女もといインデックスはぁ~」

「不貞寝してやがる……妙に静かだと思ったら」

「ま、寝かせといてやりましょーや」

「お前ベッド占領されるわけだけど、いーんですかい?」

「マーなんとか……確か予備の毛布が……この、ダンボールの、どっかに……」

ダンボールの塔の前で途方にくれる東方仗助に、上条当麻が言えることはタダひとつだった。


「そーいやウチに行き場のない来客用布団がありましてね……」



   →TO BE CONTINUED....



サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/


とりあえずここまで
サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/

>>30
っえ
アトムさんのカモフラージュじゃないの?

上条「その幻想をぶち壊す!」
仗助「問題なく直す」

あれ相性最悪じゃねこいつら

スタンドそげぶしたら本体の体にズギュゥンと戻るのが禁書×ジョジョのお約束になってるな


>>38
ポケモンのようだ

徹夜明けでハイなので今のうちに投下する




「第二話 上条当麻の新しい事情」




 上条当麻はまじまじと鏡の中の自分を見た。

「……傷が」

 消えている。

 インデックスが寝て、東方仗助と布団を取りにいって、
その際「怪我いてーんスか? どんくれェひでーの? なんだゼンゼンなんともねーじゃねッスかぁ~~」と東方仗助に言われたと思ったら痛みがひいていた。

確認すれば、真っ赤にはれた頬も、無数の噛み傷も、きれいさっぱり消えていた。


「コレは一体なんじゃらほい……」

 いや、心当たりはあるのだ。

 『透明の腕』。

 転入生・東方仗助の体から出てきた、正体不明の力。

 解せないのは、自分が異能の力――それこそ神の奇跡さえ――をことごとく無効化する『右手』を持っているはずなのに、
なぜ『透明の腕』の力が効いているのか? ということである。

 いまさらファンタジーやメルヘンの世界の扉が開いたわけでもあるまい。

 ならば怪我自体自分の妄想だったか、今までの『右手』に対する解釈が間違っていたか、

 ――あるいは、『透明の腕』は電撃や魔術とは全く違う世界のシロモノなのか……。

 んなアホな。


「しかし、東方といいインデックスといい、日本国外はワンダーランドですかぁ?」

 鏡の前でうなっているうちに担任から「明日から夏休み……のはずでしたけど、上条ちゃんは馬鹿だから補習でーす」
とラブコールがかかってきて、上条当麻はまた新たな悩みを抱えることになった。


『一分でも遅刻したら「すけすけ見る見る」ですよ? まあ、上条ちゃんは記録術(カイハツ)の単位が足りてないので、どっちみち「すけすけ見る見る」なのですけどね』

「勉強意欲が減退するようなこと言わんでくださいよ……。小萌先生、ちょっとばかし聞きたいことがあるんですけど……」

 オープンキッチンから見やれば、東方仗助とインデックスが毛布の取り合いをしていた。

「くせーからこっち寄越すッスよホラ!」「やぁぁんぐぐぅぅむぅぅ~~」との会話から、使い倒しを取り替えてやろうとした東方仗助に、寝ぼけたインデックスが抵抗しているのだろう。


『はぁ~い? なんなのですか?』

「東方なんですけど、あいつってどんな能力持ちなんです?」

 転入生は入学手続きと平行して身体検査(システムスキャン)が行われる。

 既に能力系統やレベルは判明しているはずだ。

『もう2人はお友達になったのですか~? やっぱり上条ちゃんに任せて正解だったのですよ!』

「あーー友達かどうかはまだ微妙で……それで?」

『東方ちゃんは~~……上条ちゃんたちとお揃いの、レベル0! なのですよ~』


 上条当麻は思わず受話器を見た。

「それ、確かなんですか? ほんとにアイツは無能力者?」

『それはもう、一日漬けでしっかり検査しましたから、間違いなんてありえません』

「……」

 と、いうことは。


「どーゆーことなんでしょーか……」


 うん。わからん。



ベッド上の戦いは熾烈を極めた末、ついに決着したらしい。

インデックスは毛布を抱き枕のように抱えたまま丸くなっていて、東方仗助はあきらめ顔でそれの端っこをつまんでいる。


「上条よぉ~~こいつなんとかしてくれよ。梃子でも離さねー勢いだぜこいつはよ~」

「案外においフェチなのかもな。まあほっといってやったらいいんじゃないですか?」

「ケッ、あとでニオイが移った~なんつっても責任とってやんねーからな」

「明日までいるのかなーこいつ」

「いるんじゃねーの?」

「だったら俺明日補習だからさ、一緒に世話みてやれねーかも」

「別にいいぜ。俺も全快するまでどーせ暇だしよ~」

「悪いな」

「しかしほんとどーすっかね。こいつ保護者とかいるのかよ」

東方仗助の言葉にうーむとうなって、上条当麻はインデックスを見た。

平和にのん気に寝息を立てている。

「本当にぐっすりだな」

「逃げてきたとか言ってたし、案外クタクタだったのかもなぁ~」

「逃げて、か……」


彼女の巻き込まれている事件のいかんによっては、もしかしたら、警備員(アンチスキル)かなにかにご足労頂くかもしれない。



上条当麻が考えることは色々あった。


まずインデックス。

なぜ、彼女は追われているのか?

誰が彼女を追っているのか?

彼女の言うには、彼女の持つ魔術書を狙って魔術師が襲ってきたとのことだが、この科学の町で、どこまで信用していいものか?

東方仗助もまた謎だ。

あの『透明の腕』はなんなのか?

検査に感知されない。『右手』も通じない。ということは異能じゃない? んなわけない。

わからないことは多すぎて、そのくせそいつはウロボロスの蛇のように自分の尻尾を咥えてやがるもので、思考はいつまでたっても堂々巡りである。


だが――。

上条当麻は思い出す。

インデックスの寝顔は無邪気で安らかだった。

それを見守る東方仗助の顔にも後ろ暗いものはなかった。


「……ま、いいか」

あの2人が何者であるにせよ、悪意ある敵でないことは確かなのだ。


「……よくないのですよ」

「えっ」

気がつくと小萌担任が涙目で自分を見上げていた。

「さっきから何度も呼んでるのに、どおしてお返事してくれないのですかぁ、先生は、先生はぁ……~~!」

「う、うぐっ」

教室を見回すと、男子の悪意ある視線に体を貫かれ、上条当麻は脂汗をたらした。


   ~~~



 その後も下校中ビリビリ中学生に絡まれたり、そのせいでセキュリティに追われたりと、常人の三日分相当くらいの不幸を食らって、上条当麻はようやく寮にたどり着いた。

「……んお?」

エレベーターから出た上条当麻の目に映ったのは、自室の前にたむろする掃除ロボットだった。

その向こうには見慣れた顔がふたつ。

一方は壁にもたれかかって目をつぶり、もう一方はこちらが近づいてくるのを見ると目を潤ませた。

「なんだ? どうして外の、しかも俺の部屋の前にいるんだよ。って、うお」

ぼすんとインデックスが突撃してくる。

プルプル肩が震えてるのを見るに、泣いているらしい。

「ど、どうしたよ、インデックス? また言い合いでもして、東方が頭でも打っちまったのか?」

「ま……ま……」

涙声で何か言おうとしているらしいが、それがまともなセリフになることはなかった。

「おい東方?」


ギクリと。

彼を抱き起こそうとして触れた瞬間、手に言い知れぬ不気味な感触を感じた。

見れば手のひらは赤黒くぬれていて、上条当麻はますます目をむく。

もう一度触れた首筋は、ぞっとするほど冷たかった。

「なん……だよこれ……!」

「ま……魔術師、に、やられて……どうしよう、私、どうすればいいのかな。どうしよう……!?」



「どぉーー、もしなくていいよ」



『!!』

2人が振り返ると、いつの間にか男が立っていた。

赤い髪。いくつもつけたピアス。身長は2mを越しているだろう。咥えタバコに、目の下にはバーコード。

「どうせすぐ死んじゃうだろうしね、そいつ」

上条当麻もインデックスも怖くて言えなかったことを、彼は平然と口にした。



    →TO BE CONTINUED....





「第三話 マジであぶねーッスて!」





東方仗助が起きると少女が寝ていた。

しばしの思考停止。


「……あ~~」

冷静になるためヘアースタイルを整えているうちに、彼はすべてを思い出した。

「そーいや泊めてたっけか……しかしあれからずっと起きねーとは、やっぱそーとー疲れてたんだな~」

と言った矢先にインデックスの瞼がぱちりと開いた。

がばりと起き上がり、左右を見渡す。

「わ、私寝ちゃってた!? ここは一体ドコ!? いま何時!?」

朝日がまぶしい。

「朝!?」

「落ち着けってインデックスよぉ~~」

「あ、あなたはひ、ひ……」

「仗助」

「じょうすけ!」

「随分慌ててるみてーだけどよ~なんか約束でもしてたのかよ?」

「そうじゃないんだよ! 私を追ってる魔術師がここまで来るかも……早く立ち去らないと」

バタバタと支度をし始めたインデックスを東方仗助はボーっと見つめる。

不意に、インデックスの動きが止まった。ギギギと振り返る。


「じょうすけ……この服、元には戻らないのかな?」

「は? さあ……ちょっと、そこまで変形してちゃあ難しいかもなぁ~」

「こんな風に改造しちゃったのは君なのに……!」

恨みがましく睨んでくる。

東方仗助は小さくうなって、後ろ頭を掻いた。



「昨日から俺のせい俺のせい言ってくるけどよー、冷静に考えてみりゃ、俺がおめーの服をこんな風にできる道理なんてねーんだよな~」

「実際やったんだよ!」

「じゃ、プッツンしてる時の俺ァ、器用さ二割増しってことか。で、俺がそいつを前衛的デザインに改造してる間おめーらはおとなしく見てたってワケかい?」

「そうじゃなくて! なんかこう……なんだかよくわからないので一瞬でドギュンッてやったんだよ!」

「おめーの言ってることがなんだかよくわからねーな~~俺ァよ~」

「むむむむぅ……! バカにしてぇ……!」

「してねーよ」

「だったらもうちょっとまじめに喋るんだよ!」

「まじめにっつってもよ~~俺ァこーゆー話し方だからよ~」


徹底的にかみ合わない。
インデックスはぷうと頬を膨らました。


「もういいんだよ!」


ぼすんっ。

デッサンの狂った服を頭からかぶり、さっさと身支度を整える。



「オメー行くあてはあるのかよ?」

「教会に保護してもらう。さすがに、連中もそこまで追ってはこないだろうから」

「ふーん? っておーい」

東方仗助が腰を上げる前に、インデックスは玄関のドアに手をかけていた。


「じゃあね、泊めてくれてありがとう。もうひとりの……とうま、にもお礼言っといてほしいな」

バタンッ。


東方仗助は上げかけていた腰をストンと下ろした。

「教会って……学園都市にそんなもんあんのか~?」

と同時に、ベッドの上に放置されていたものを発見する。
東方仗助はそれを手にとってじっと見つめていたが、やがて脇に放り投げた。

「マッ、いーか。そのうち取りに戻ってくるだろ」




インデックスは圧倒されていた。
なんのためかわからないがとにかく高い建物。
なんのためかわからないがひしめく車。
そして人、人、人。


「ご、ごめんなさい、通してほしいかも、ごめんなさ……きゃ!」


ドッシィン。クルクル、ストン。
といった具合にインデックスは商店街へと迷い込んだ。


「な、なにこれ、箱の中に人がいるんだよ」

「なにこれ、掃除キ? これで掃除するの? どうやっ(ブオオオオンッ)……わひゃあ!?」

「なにこれ、箱から風が出て来るんだよ、冷たいんだよ」

「ひっ!? きゅ、急にここだけ明るくなったんだよ!? 空間を切り取って時間軸の操作が行われてるの? それとも太陽のレプリカ? どっちにしたって怖いんだよ!」


まさにインデックス・イン・ワンダーランド。
というより浦島太郎。

シスターで外人というだけでも相当なのに、行く先々でこんなことをやっていては圧倒的に目立つ。
ということに三十分くらいして彼女はやっと気づいた。

「こ、このままじゃ敵に見つかっちゃうかも……早くここを出ないと」

しかし、右も左もわからない。
ついでに言えば地図も読めない。
インデックスは完全に詰んでいた。

「ど、どうしよう……道を聞いてもいいけど、そのせいで誰かが巻き込まれたらいけないし……わひゃ!?」

掲示板の前でウンウンうなっていると、いきなり頭を押さえつけられる。
見上げれば、知っている顔が学ラン姿で立っていた。

「マッ、いーかってな。追ってきちまったぜ。俺って暇だからよ~」

「じょうすけ……?」

「忘れ物だぜ。フード」

「あ! ありがとう! 危なかったんだよ、『歩く教会』は魔術で動いてるから、敵もこれをもとにサーチかけてるんだ……もしあのままあそこにあったら……」

「はぁ……? マーよかったな」

「じゃ、私はこれで!」

「おお? 待てよ」


立ち去ろうとしたインデックスはあっさり引き止められた。


「な~にソソクサ去ろうとしてんだよ。どーせ道どころか出入り口もわかってねぇんだろオメーはよぉ~」

「た、確かにそうだけど、これ以上一緒にいたら君を巻き込んじゃうかも!」

「心配し過ぎだっての。よく考えろよ。こんな真昼間の人通りの多いところでよ~好き好んで襲ってくるヤローがいると思うか?」

言われてインデックスは辺りを見回す。
確かに、暗殺だの誘拐だのするにはここは明るすぎるかもしれない。


「俺ァよくしらねーけど、セキュリティも万全らしーしよぉ~なんかあったらすぐ警備が飛んでくるよーなところで襲い掛かってくるほど、敵もモウロクしてねーだろ」

「そ、そう、かな?」

「そうそ」


ポンポン。
インデックスの肩をたたく東方仗助。



「飯でも食おーぜ。起きてから歩き通しで腹減っただろ?」

「……」

グウ。
脊髄反射的に鳴るお腹を押さえるインデックスだった。


「ついでに服も買ってやるよ。覚えてねーけど俺がやっちまったもんらしーしよぉ~」

「お……」

ヒラヒラ空手をふりながら先を行く東方仗助に、インデックスは慌てて追いつく。

「大盤振る舞いかも!」

「コーコーセーの身だからよぉ~~あんま金かかるものは勘弁してくれよな」


そういうわけでデパートに足を踏み入れた2人だった。
少し遅いモーニングを取った後ぶらぶらとウィンドウを覗いて回る。


「なんか気に入ったのあったか?」

「むぅぅ……この『でぱーと』にはイチから修道服をかがってくれるようなところはないの?」

「ねぇ……と思うけどよ~フツーの服じゃあダメなのかよ?」


「じょうすけは全然わかってないんだね。修道服を身に着けるのは『衣服としての偉大なる主』を身に纏ってるのと同じ。
一度着衣式を経たら、それ以降は絶~~~対! に、もとの平服は着ちゃいけないの」

「はぁ……? そりゃ大変だなぁ~」

「ましてやこの『歩く教会』は教会の機能的な面を抽出した、言わば服の形をした教会なんだよ。緻密かつ完璧に計算されつくした技術で作られていて、
極上の防御結界として、どんな攻撃も物理・魔術を問わず吸収し受け流しちゃうんだから!」

「でも今はタダの服なんだろ?」

「うっ……! そ、それでも! 精神的な意味合いは決して失われないんだよ! あ、今私いいこと言った」

「最後の一言がなきゃあな」



「君が直してくれれば話は早いんだけどね……」

「結局そこに行き着くのかよ」

「君は覚えてないの一点張りだけど、そこからして怪しいんだよ」

「オメーにだけは言われたくねーぜ。十万三千冊の魔道書っつートンでも話するオメーにだけはよぉ~~」

「私の話は本当だもん! ちゃんと持ってるよ、十万三千冊!」

「どーー見ても手ぶらにしかみえねーんだけどよ~俺の目がフシアナさんなのかぁ?」

「物理的手段で持ち運んだら意味がないよ。勝手に見られちゃいけないんだから」

「じゃ、どこに?」

「ここ」


インデックスは自分のこめかみをつついた。


「『ここ』に十万三千冊、全部入ってるんだよ」


「……グレート。俺もそんだけ記憶力よきゃあよ~~万年満点なんだがな~」

「記憶がよくたって扱う頭がなくちゃ意味ないよ。私には、あるけどね~」

どうだとばかりにない胸を張るインデックス。
それに東方仗助は『アワレすぎて何もいえねえ』的な一瞥をくれた。


「でもよぉー魔術書なんか狙ってなんになるんだ?」

「なんにでもなるよ。魔術っていうのは……」

そこでインデックスは口ごもり、伺うように東方仗助を見た。

「……便利なんだよ! でも原典はほとんど封印されてて、私しかその中身を知ってる人はいない。
要するに私は持ち運びできる秘蔵図書館みたいなものだから、そこに『入館』したい人は後を絶たないってわけ」


「……敵っつーのは魔道書オタクか?」

「……うん。その認識でいいかも」

「あ~~、マイナーなもんにのめりこんでるヤツほど執着心は高ぇからな~」

「マイナー?」

インデックスはむっと口を尖らせた。



「君にはわからないかもしれないけどね! 魔道書っていうのは魔術師にとってメジャーもメジャー、あらゆる力の原点なんだよ。
君にもわかりやすく言えば……石油みたいなもの! 精製しだいであらゆる力に応用可能。一冊その手にあれば莫大な富だって築けちゃうんだから!」

東方仗助はひょいっと眉を上げた。


「ふぅ~~ん、金が絡めばよぉ~確かにややこしいことになるかもな」

「まだお金目的のほうがかわいいよ。真によこしまな人間は、力自体を悪用しようとするから」

「どっちにしろオトナのジジョーってやつだよなぁ~~巻き込まれるほうも迷惑なこった」

インデックスはぱちりと瞬きをして、東方仗助の顔を覗き込んだ。

「なんだよ?」

「まるであなたが当事者みたいなセリフ」


東方仗助は「ん~~」とうなると、なんでもないような顔で手を振った。


「あれだよ。俺もその……利権問題っつーの? 遺産相続がどうたらよぉ~~ややこしいことに巻き込まれてんだ。
話が一段落つくまでこっちに移されたっつー。マー、おめーに比べれば大したことねー話かもしれねーけどよ~」

「そんなことないよ」

「うん?」


インデックスは静かに両手を組んだ。
神に祈りを捧げるように。慈愛に満ちた笑顔で。

「誰しも悩みは持ってるもの。大小は問題じゃあない。その人がどれだけそれで苦しんでるかが問題なの。そして、その苦しみを受け止めるために、主はいらっしゃるんだよ」

「ふぅ~~ん……」

東方仗助は後ろ頭を掻いた。
といってもそれは今までのように『話についてけねーぜ~』とか『わからねー俺が馬鹿なのかよ~こいつァよ~』とかいう気持ちの表れではなく、ちょっとした嬉しさと面映さのしるしだった。

「まあなんだ、ありが……」


もう一度見たときにはもういない。
ぐるっと視界を一巡させると、右斜め後ろで瞳をキラキラさせていた。


「じょうすけ……それで今現在、私もちょっとした悩みを抱えて苦しんでるんだけどな……!」


前方に熱烈な目ビームを送りながら言うインデックスにつられて目をやれば、そこにはパフェの路上販売車がとまっていた。

「食いてーの?」

東方仗助には不可解なことだが、インデックスはむっと目を怒らせた。

「誤解しないで欲しいんだよ、じょうすけ。私は『あれが食べたい』はもちろん『お腹すいたナー』さえもまだ言ってないんだよ!
私はシスターであり、修行中の身ゆえ、俗世的な欲求を解放することは禁じられてるんだから。
でも! もしも! ここで誰かが私にあれを『施して』くれたら、その人の厚意を無駄にしないためにも食べざるを得ないという状況になったりならなかったり!」

「どっちだってぇ……マッ、いいけどよぉ」


というわけで、東方仗助は生まれて初めてお布施というものをした。500円相当くらいのを。






ビルの屋上から見下ろす一対の目がある。
地上ははるか数百メートル先だというのに、その瞳はひしめく人間の顔一つ一つを確実に検分していく。
検分。排除し、絞り込む。
検分。排除。絞込み。
検分。排除。絞込み。

検分。排除――……。


そして、とうとうある一点で瞳は止まった。
キチキチと焦点を定め、確かにそれだと認識した瞬間――。

五芒星の刻まれたカードが、さっと空を舞った。






「おいしー……ほっぺがとろけそうなんだよ~」

「そっか。落ちねーようにちゃんとおさえてろよ」

フンフンご満悦で鼻歌を歌うインデックスの隣で、東方仗助はちらりと時計を見た。

「そろそろ昼も回るしよ、教会ってヤツを探さなきゃいけねぇな」



「その必要はありませんよ」



凛とした女性の声が響き、インデックスの頬からさっと血の気が引いた。


「彼女は私どもが保護しますので」


コツ、コツ。
カチャ、カチャ。
ヒールがアスファルトを叩く音に混じって、聞き慣れぬ金属音。


「ひ、人払いのルーン……いつのまに!」

「はぁ?」

「じょうすけ、逃げ……!」

インデックスの言葉をかき消すように烈風が2人の間を裂いた。

「これは……魔術……!」

「ハイ?」


コツ、コツ。

いつの間にか人通りの失せた通りの向こうから、一人の女性が歩んでくる。


「あなたは……!」



「神裂火織……と申します」




長い髪を高く括り上げ、Tシャツに片裾を切り落としたジーンズ。
帯刀。

冷たい目。


「魔法名は――――救われぬ者に救いの手を(Salvere000)」

「少年。彼女を渡してもらえますか」


抑揚のないセリフ。
機械的な声で儀礼的な問いをする。

一歩、女がこちらに歩を進める。
思わず後ずさりしたインデックスの背中に東方仗助の体が当たり、彼女はそのまま少年のほうへ引き寄せられた。


「『七閃』」


呟くような声と共に、2人の間を再び斬撃が駆け抜ける。
遅れて、二人の肩口がぱくっと割れ、ついでにイチゴチョコバナナパフェが攫われて地面に落ちた。

「う、うぅ……」

呆然とする少女。事態を呑み込めてないらしい少年。
絶対的弱者に、神裂火織は容赦なく凄みを利かせる。

『その気になればいつだって殺せるのだ』『屈服しろ』と慇懃な裏で言い聞かせる。


「私の七天七刀が織り成す斬撃速度は、一瞬と呼ばれる時間に『七度殺す』レベルです。『必殺』といっても過言ではありません。
もう一度問います……『その子を保護させていただきたいのですが?』」

「うぅうっ……あ……」


一瞬の沈黙。
インデックスの瞳が涙に揺らいだ。


「あんまりなんだよ……あァァァァんまりなんだよォォォッ!! うわああああんッッ!! 私のパァァァフェェェがァァァァーー!!」

「……は?」

思わず神裂火織は止まった。



インデックスは人目もはばからず、
『萌え』という観点から言えばぶっちぎり不合格の顔で泣き喚く。


「うわあああああんん!!! おォーーいおいおい!! 私ィィィのパフェァァァァ!!!」

「グレート。泣くなよ~だめになっちまったもんはしょぉがねぇじゃあねーか~」

「……あなたたち」

「うあああああ!! あーんあんあん!!」

「ホラ泣くなって~また新しいの買ってやっからよ~」

「話を聞き」

「あのパフェ!! あのパフェがよかったんだよォォォ!!」

「ああ。バナナチョコパフェな」

「苺チョコバナナァァ!」

「バナナチョコバナナパフェ?」

「イチゴォ!」

「イチゴでもバナナでもいいから……」

「あーそだったそだった、こーゆーパフェだった、な!」

「ぶっ!?」

さすがにイラついたのか目を伏せた隙に東方仗助は神裂火織の顔面めがけてパフェを投げつけた。
結果、命中。


「逃げるぜインデックス!」

「いえすさー!」

まさに脱兎。ついでに、泣いたカラスも泣き止んだ。

神裂火織の顔からぼとりと甘味が落ちる。
クリームまみれの顔面から除く瞳は、漆黒の意志を備えていた。



ダダダダダダ。

2人と一人の距離はどんどん広がっていく。


「インデックスよぉ~んでなんなんだあ? あのプッツン女は?」

「私にもよくわからないけど、十万三千冊を追ってる魔術師の一人だよ!」

「魔術師ィ? あーなんつーか、考え甘かったみてぇだな」

「私が早く別れてれば……!」

「おいおい、今サラんなこといってもショーがねーでショウよ。おめーの力であの女どうにかできねぇのかよ?」

「私は魔力がないから魔術は使えないの! それよりなにより大変なのは、あの人が魔法名を名乗ったことだよ!」

「いやだからそーゆー専門用語使われてもよ」

「黙って聞いて!」

「はい」

「魔術師にとって魔法名を名乗ることは紳士が手袋を投げるのと同義。つまり、『覚悟はできたか? 私はできてる』っていう宣戦布告に等しいんだよ!」

「つまり相手は殺る気マンマンってことか」

「そ、そして私達に対抗策はない……」

「詰んでね?」



「『七閃』」

少々震えた声が二人の耳に届くなり、先ほどより威力の増した斬撃がアスファルトを引き裂いた。
直後、「どぉわっ!?」と「きゃあ!?」という悲鳴と、重いものが地面に倒れる音。
それらを視界に入れることすらせず、神裂火織は重苦しくうめいた。


「……阿呆らしいことで時間を割かせないでください」

「うお~どうするインデックス、しかしうまく回り込まれたぜ」

「迷い込んだ時点でチェックメイトの予感はしてたんだよ……」



「阿呆なのか、馬鹿なのか……どうもいまいち危機感に欠けますね、あなたは……」

神裂火織は抜刀すると、しりもちをついた東方仗助に切っ先を向けた。

「! やめて!」

「殺しはしません。返答によっては、ですが……さて、答えていただきましょうか。
『禁書目録を保護させていただきたいのですが?』」

「……そ~~言われてもよ~俺ァ保護者じゃあねぇし……ッ!?」

「じょうすけ!」

グッと。
喉もとの刃が薄皮を裂く。神裂火織は目を細めた。

「選択肢はイエスかハイだけです。今度それ以外を口にしたら……まず耳を削ぎます」

実際に刃が喉を離れ、少年の耳に当てられる。

「次に鼻を。それでもダメなら頬を」

「……それでもダメなら?」

冷や汗を浮かべながらなお不敵なまなざしを失わない少年に、
神裂火織は再び切っ先を喉に向けた。


「その時代遅れの髪ごと頭を叩き割って、彼女を保護するまで……!」


インデックスは「やめてそれだけは!」と言おうとした口をパクッと閉じた。
ごっくんとつばを飲み込んだ。
ゆっくりと理解する。
今、目の前の女が『何』を言ったか。言ってしまったか。


「こ、この人……い、今、やばいことを……」

「……?」

間近にいたインデックスは、はっきり彼の背中から得体の知れない凄みが立ち上ってくるのを感じた。
効果音にするなら『ゴゴゴゴゴ』といったところか。
それは徐々に大きくなり、大気を震わせる。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……



東方仗助はゆっくりと顔を上げた。


「てめー……俺の髪がどーしただとコラァッ……!」



何もこんな時に『目覚め』なくっても! というのがインデックスの正直な感想だった。

「アァ~~? もう一度言ってみろオイ」


とめる間もなくグウゥンッと立ち上がる東方仗助。喉に食い込む刃を気にかける気配もない。

いきなり雰囲気の変わった少年に神裂火織も戸惑ったらしく、思わず刀を引いた。
だが彼女も歴戦の勇者、すぐ気を取り直す。

「警告します。それ以上動くなら……」

「ゴチャゴチャ言ってんじゃあねーぞこのアマァ!」

仕方がない。と神裂火織は冷静に判断を下した。
少々しゃれにならない怪我をするかもしれないが、『自分は警告したのだ』。
柄を握る手に力を込め――


「なっ……!?」


瞬間、神裂火織は瞠目した。
インデックスが影も形もなくなっているのだ。
普段の彼女にはありえないことだが、一般人にすごまれるという常にはない事態のせいで、完全に気が逸れていた。

「なるほど。彼女を逃がすためにあえて……というわけですか」

「ハァ!?」

実際はプッツン仗助のとばっちりを恐れて植え込みに隠れただけなのだが、どちらもそのことを知るよしはなかった。

「まんまとしてやられました。それに敬意を表し改めて名乗らせていただきましょう。私の名は」

「耳クソ詰まってんのかテメーは! 俺の髪型に何てケチつけたか聞いてんだよ俺ぁよぉ~~ッ!!」

「……魔法名をさえぎるとは。いいでしょう、無礼には無礼でお返しします。私の思うところ……」


「あなたの、頭は、センスが、最悪です」


プッツーーンッ。
と、東方仗助の頭の中で音が響く。

完全に少年の瞳孔が開いたことに、神裂火織は気づかなかった。


「ブッ飛ばすァッッ!!!」

「来なさい……あなたがそうまであの子を守ろうとする理由はわかりかねますが……向かってくるなら、この神裂、容赦はしません!」


すれ違いまくりながら、戦いの幕は切って落とされた。



とは言うものの、神裂火織は、これが『まとも』な勝負になるとは思ってなかった。

自分はロンドンでも十本の指に入る魔術師。大して相手はズブのド素人。
経験から違う。潜り抜けてきた死闘の数が違う。覚悟の強さが違う。

圧倒的な力の差を見せられてなお立ち向かってくる勇気はすばらしいが、勇気だけでどうにかなるほど世界は優しくない。
せめて一発で再起不能にしてやろう。
神裂火織は抜刀の構えをとった。


「『七閃』」


居合いの構えは形だけ。
実際は仕込んだ七本の銅糸が目標を切り裂くのだ。
少年はなすすべもなく四肢を切り裂かれ地に伏せる――とここまで脳内シュミレーションしていた神裂火織を――比喩ではない――衝撃が襲った。

ガギンッッ。

「!? なっ!?」

少年は動いていない。
動いていないのに、銅糸すべてがはじき返されたのだ。
馬鹿な。何をした。
それより何だ今の感触は。あたかも拳で撃ち散らされたかのような今の感触は!?

「……るさねぇ~~!」

「ハッ!?」


呆然としていた一瞬が勝負を分けた。
東方仗助は既に懐に滑り込んでいる!


「この髪型をけなすヤツァ! だれであろ~と許しゃしねーー!!」

「ななせ……!」


ドゴォッ。

拳が神裂火織の頬をえぐった。



「ぐっ……うっ……!」

「ドォラァーーッ!!」

いや。神裂火織は感じていた。
『もうひとつの拳』が自分を殴り抜けるのを。

これは一体なんだ。
私はこれを知らない。
『こんなことが、あるわけがない!』


「ドォララララララララーーーッ!!!」


体中に『二重の拳』が叩き込まれる。
肋骨・鎖骨・上腕骨の折れる音を最後に、神裂火織は意識を失った。


ドサリ。
神裂火織の体が地に落ちる。


「じょ……じょうすけ、すごいんだよ!」

「はぁ~~? ってうお!? やっべ、女殴っちまった!」

「それでもすごいんだよ! 魔術師を拳だけで倒しちゃう人なんて、私、初めて見たんだよ!」

「いや、いくら魔術師でもこのボコボコ加減はやべ~って~~とりあえず救急……」


フシュッ。

軽い音がして、東方仗助の体から赤い霧が噴出した。




「……え……?」

「お、おぉ?」


ボタボタボタ。
少年の足元に赤い水たまりができる。

「じょうす……」

東方仗助は一度インデックスと目を合わせたあと、くるりと白目を剥いて仰向けに倒れた。

「じょうすけ!!」


それと入れ替わるように、神裂火織が動いた。
相当なダメージだったのか、膝は震え、ほとんど刀にすがり付くようにして起き上がる。

「……慢心……」


一瞬。
気を失っていたのは一瞬だった。
自分の執念が勝ったというわけではない。
あまりの激痛に、気絶さえ許されなかったというだけのこと。

脳内シュミレーション? 
ズブの素人? 
馬鹿らしい。


「相手がなんであれ……己がなんであれ……わかりきった未来など……ありは、しない……」

これは『罰』だ。
『ヤツは決して私に勝てない』という慢心が、この怪我を生んだのだ。


「『唯閃』を使ったのは……あなたへの敬意……そして、己への戒めのためです……」

ハァハァと息も荒く神裂火織は抜刀する。
殴られた際に噛んだのか、口の中もズタズタだ。喋るたびに痛み、血があふれる。
ようやっと刃を意識のない少年へと向ける。
体中がきしんで今にも意識が飛びそうだ。

それでも自分はこの少年を殺さねばならない、と神裂火織は考える。

未熟な過去は打ち払わねばならない。
自分がこれからやり遂げることのためにも、自分がこれから進むべき道のためにも。


「…………?」




「私が……これから……?」

神裂火織はひどいめまいを感じた。
私がこれから『やり遂げること』とはなんだっただろう?
決まっている。
彼女を保護するのだ。
保護して――保護して――?――とにかく保護するのだ。だって彼女は私の――私の?――


「私の……」

「だめぇ!!」


腰あたりに重い衝撃を受け、神裂火織は倒れ付した。
また頭を打ったらしい。
思考が真っ白に染まる。


 ――私は――私は――?


答えは出ないまま、神裂火織は今度こそ、深い意識の泥沼に沈んでいった。


   →TO BE CONTINUED....




物語は動かない(ペース的な意味で)
とりあえず今回はここまでです。


透過しますッスー





 第四話 「『右手』の威力!」






魔術師にやられた、とインデックスは言った。

上条当麻は目の前の不良神父が魔術師なのだと、とっさに思いつく。
次に湧き上がったのは腹の底からの怒りだった。


「てめえ……!」

「そんな目で睨まれても困るんだけどなぁ。それをやったのは僕じゃないし、こっちだって仲間をやられたんだ」


赤髪の男は肩をすくめた。
態度自体はおどけているが、表情筋はピクリとも動かない。
冷徹な瞳でこちらを睨む少年と、その背後の少女を観察している。

「正直予想外だったよ。あの神裂が再起不能に追い込まれるとはね……ま、代償は大きかったみたいだが……」

タバコを挟んだ指を三人へ向ける。

「その傷じゃあ持って15……いや10分ってところかな」

「10分……」


ズシリと、腕の中の重みが増した気がした。


「そうだよ、10分さ。たった10分。だからさ、ここでグダグダやってる暇はないだろう? 
 彼女さえこっちで確保できれば、僕はおとなしく帰るよ」

「! それは本当!?」


勢い込むインデックスに男は口角だけ上げた。


「あぁーー本当さ。だからこっちへおいで」

「だが断る」


と言ったのは上条当麻である。
迷わず男の元へ行こうとしたインデックスを押しとどめ、男を強く睨みつける。

「東方をこんなにしたヤツが……こんなことをしたヤツの仲間が約束を守る保障なんてどこにもねえ。いや、あるかもしれねえ。だけど! 
 そうだとしても、インデックスをお前なんかに渡すつもりはない!」

「とうま……」


男は「ふぅん……」とため息を漏らすと困ったように眉尻を下げた。




「理解してない様だから言っておくけど……僕はまだ魔法名を名乗ってないんだ。殺し名をね。
 君たちを殺す気はないってことだよ。今はまだ、さ。この意味がわかるかな?」

「知ったことかよ! インデックスは絶対に渡さねえ! 東方も病院に連れて行く! だからとっととそこをどきやがれ!」

「あ、そう」

呟いて男がタバコをほうり捨てる。

突如。
それから炎が噴出し巨大な火の塊となった。

「くっ!?」

熱気が上条当麻を焼く。
男の掲げた右手に炎が収斂されていく。



「申し遅れまくったけど、僕の名はステイル=マグヌス。魔法名は『我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)』だ」



「あれが……魔術……ッ!」


上条当麻は迷った。
自分の『右手』は異能を無効化できる。
しかし、そこでいう異能とは超能力に限っており、魔術なんぞというメルヘンチックなものにも有効かはわからない。

それでも……やるしか……!




――だけど俺は――。

――俺は、『透明の腕』を打ち消せなかった――。




ブワッと上条当麻の顔に冷や汗が浮かぶ。
かざそうとした右手が止まった。


「炎よ―― 巨人に苦痛の贈り物を(Kenaz PuriSazNaPizGebo)!」

振りかぶり、振り抜く!
その軌跡を追って炎塊は横一文字の炎剣へと姿を変えた!




「狙いを右へ(AATR)!」



ステイルの声にかぶせるようにしてインデックスが叫ぶ。
瞬間、炎が大きく軌道を逸らした。

「何ッ!?」

炎剣は制御を失い、壁にぶつかって天井に燃え広がる。

「今のうちに!」

「なっ……何言ってやがる! お前も一緒に逃げるんだよ!!」

「きゃ!?」

東方を担いで動かないインデックスの襟首を捕まえ、上条当麻は炎をかいくぐって走った。
目指すは先ほど乗ってきたエレベーター。

幸いにしてすぐドアは開いた。2人と共に転がり込み、『閉じる』ボタンを探す。
その目に、魔術師の姿が映った。



「灰は灰に(AshToASh) ―――――塵は塵に(DustToDust)」


熟れた果実をつぶすような形にした両掌に、炎がともっていく。

なんか――。

上条当麻は冷や汗を流す。

なんか――やばい!



「吸血殺しの――紅十字ッ(SqueamishBloody Rood)!!」


ステイルが十字に両手を振りぬくや、二本の炎剣が現れ一直線に3人に向かう。
上条当麻はあわててボタンを叩いた。

だが遅い。遅すぎる。
ドアの閉まるのが遅すぎる!

「うおおおおっ!!」

ボタンから手を離し『右手』をかざす。

「刀の切れ味は(ISI)……ッ!」

インデックスの叫び。
間近に迫る炎。


瞬間、上条当麻の背後から『両腕』が飛び出した。
一瞬分の一の速さで両開きの扉を掴むと、力任せに閉扉する。
直後、ドアの向こうが真っ赤に染まり、上条当麻は慌てて奥へ下がった。


ゴゥン……。

こもった音と共にエレベーターが動き始めた。



「はぁ~~~……な、なんとか逃げ切れた……かな」

インデックスの声が静寂を破った。

「今のは……」

荒い息をつきながら、上条当麻は東方仗助を見た。
さっきと変わりなく背負われたまま、ぐったりと目をつぶっている。

「『透明の腕』……俺達を、助けてくれたのか?」

頭にクエスチョンマークを浮かべて見つめてくるあたり、インデックスにはやはり見えなかったようだが。
いや、考えるのは後だ。と上条当麻は頭を振った。


「とにかく救急車!」

「キューキュー……ってじょうすけも言ってたけど、それが来れば生命力(マナ)の補充ができるの? 今から呼べば間に合うんだよね?」

「わからねえッ、とにかく呼ぶしか……」

ピタリと上条当麻は口をつぐむ。


「今のお前の口ぶり……魔術の世界では、魔術で傷を治すのか? ゲームの白魔法みたいに?」

「白魔法がなんなのかはわからないけど、うん」

「本当か!?」

「でも! 私自身は魔術を使えないんだよ」

「え、でもさっき……」

「あれは相手の魔術に割り込みをかけただけ。君たちの知ってる合気道みたいなもので、相手の力を利用した技術でしかないんだよ。
 魔術自体は、手順さえわかれば普通のヒトにもできるけど……」

「なら俺が……ああクソッ、だめだ、俺の『右手』じゃあ……いっそ友達に頼んで」

「それもだめ! 超能力者にとって魔術の理論は毒みたいなものなの。使ったらそれだけで脳が破壊されちゃうんだよ!」

「なっ……」


なんてこったと上条当麻は頭を抱えた。

ここは学園都市。『能力開発』を受けた学生が住む町だ。
それなのにその学生では、東方を助けられないときた。
学生では――……。


「……!!」



月詠小萌はストレスのない日々、をモットーとしている。

職業は教師。
毎日定時には仕事を終わらせ、同僚と疲れをいたわりあって遅くとも11時には家に帰る。

酒はかっくらう程度。灰皿一杯(いっぱい、ではない)のタバコが日課。
軽く向かい酒を終えた後、20分のストレッチをして床につけばほとんど朝まで爆睡だ。
彼女の秒刻みの体内時計はこうしてできている。


「小萌先生! ちょっとあがらせてもらんます、すいません!」


だが、今夜だけは安眠できそうにない。



「えぇ~~ちょ、ちょっと待っ」

「このテーブル借りるんだよ!」

「ちゃぶ台ですけど、って誰なのですかこの子はぁ~~上条ちゃ……ってふわぁ!? 東方ちゃん!? こ、この怪我は!? ケンカでもしたのですか!?」

「『蟹座の終わり。八時から十二時の夜半。方位は西方。ウィンディーネの守護。天使の役はヘルワイム』」

「何をやってるのですかぁぁ~~~!!」

「小萌先生!」

ガシッと両肩をつかまれ、真剣な瞳で見つめられる。
教え子とはいえ、小萌は思わず赤面した。

「か、上条ちゃ……」

「俺、救急車呼んできます。その間この子のいうこと聞いてやってください。ちょっと事情が込み入ってるんで……頼んます!」

「え? ちょっと……」


バタンッ。



少々強引過ぎたろうか。
だが本当のことを言うわけにもいかないし……言ったところで信じてもらえるとも思えない。
上条自身、いまだ半信半疑なのだ。

上条当麻は自分の手の平を見つめた。


「俺の『右手』は異能を打ち消す……意識無意識にかかわらず、な……。あの場にいたら回復の魔術すら打ち消しちまう……だから、出て行くしかなかった……!
 俺は情けねえヤツだよ……目の前で苦しんでる友達の一人も助けられねえ……。でも……!」

ぐっと拳が握られる。
上条当麻は振り向いた。


「『守る』ことなら俺にだってできる!」

「驚きだね……気づいてたのか」


ステイル=マグヌスはやはり、セリフとは裏腹に感情らしきものを滲ませることなく言った。

ステイルの瞳がぐるりと辺りを見回す。


「あの子をどこに隠した?」

「あんたはこの辺にいると思ってるんだろうな……悪いが、はずれだぜ」

上条当麻の左手を見て、ステイルは目を細めた。
ちらりと忌々しげな表情が顔の上をよぎる。

「あの子のフード……なるほど? それでサーチかけてるってのもばれてたのか……ふぅん……少しだけ褒めてあげるよ」

「見破ったのはインデックスだ! そして俺が利用した……お前をおびき寄せるためにな!」



「君を……」


再び、ステイル=マグヌスの顔から表情がごっそり抜け落ちた。
似合わない、と上条当麻は思う。
なんとなくだが、この男は『もっと色々な表情をしていい気がするのだが』、と。


「黒焦げの消し炭にする前に聞いておきたいんだけどね、『どうしてだい』? どうして、彼女のために危険を冒すようなマネをする?」

「理由なんてねえ……守りたいから守るんだ!」

「ふぅん……」とステイル=マグヌスはため息をついた。

「それってエゴかい? それとも意地かい? それとも、カワイソウな女の子を助ける俺カッコイイーっていう自己満足? 
 君はあの子の何を知ってる? 彼女の年齢・出身地・宗派・オーダー名……これのどれかひとつでも言えるかい? 
 知らないのにどうして今やってることが彼女のため、なんて信じ込めるんだ? 僕にはとてもできない」


「……るせえ」

「うん?」

「うるせえっつったんだよ! この無感情ヤロウ!!」


怒声が空気を震わせた。


「今、『理由なんてねえ』って言ったばっかりだけど……訂正するぜ。『理由なんていらねえんだ』!
 女の子が誰かにつれさらわれそうになってるッ、そんな場面で『助けてやりたい』って思うのは人間として当たり前のことだろう!? 
 ぐちゃぐちゃ理屈こねて『助けない理由』を探すより、ずっとずっと人間的だろうが! そうじゃねえのかよ!?
 まして、てめーら見ず知らずの人間を傷つけて平気な顔してる連中に……あいつを渡せるかよッ!!」


「フーッ……君さ、感情論って知ってる?」

「お前をぶん殴る方法ならよーーく知ってるぜ」

「じゃ、それが遺言ってことでいいのかな?」

それを合図に、ステイルの手から炎が噴き出した。


「逃げ回るしか能のない一般人がッうすっぺらい感情なんかで魔術師の世界に足を踏み入れるんじゃあない!」

罵声とも怒声とも違う、ただの大声をあげてステイルは炎をぶちまけた。

「ただ、女の子の命を守りたいっていう!」

上条当麻はその炎を正視した。
瞳にもはや怯えはない。

「それのどこが薄っぺらだ魔術師ィィーーッ!!」

右手を振るう。
炎はあっさりなぎ払われ、四散し、消滅した。

「……何?」

「悪いけど……お前の魔術は俺には利かない。たとえ何百発撃とうと、何千度の炎を出そうと、絶対にな! 理解したか? だったらとっとと尻まくって帰りやがれ!!」

「……いい気なもんじゃあないか、たかがあの程度の術を破ったくらいで……!」


語気を強めると同時、ステイルの体がかげろうのように揺らいだ。
彼を中心円状に炎が渦巻いて現れる。






「―― 『 世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ (MTWOTFFTOIIGOIIOF)

それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり (IIBOLAIIAOE)

それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり (IIMHAIIBOD) 』 ――」


ステイル=マグヌスは静かに右手を掲げる。
その掌の中で、炎は明確な形をとりつつあった。


「『 その名は炎、その役は剣 (IINFIIMS)

――顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ (ICRMMBGP) !! 』」






爆風に近い勢いで炎が巻き上がり、黒い人影を形作る。
上条当麻は思わず後退った。


「でっ……でかい……!」


でかすぎる。
身長2mはあろうかというステイルの二・三倍はある。


「魔女狩りの王(イノケンティウス)……その意味は…… 『 必ず殺す 』 」


黒く燃える人影が腕を振るう。
上条はとっさに『右手』で受け止めた、がッ……!

――利いてない!?

「いや! 打ち消してる! ちゃんと打ち消してるけど……こ、こいつッ! 消した傍から再生してるのかッ!」

イノケンティウスが半自動操縦型で、向かってくるだけの動きしかしないのは上条当麻にとって幸運だった。
だが、この状態で手を離せば燃え尽きる。
手を離さなくてもこのままではジリ貧だ。

「へぇ……どんな能力か知らないけど、中々やるもんだね。さて、どこまで持つか……ッ」


その時、ステイル=マグヌスが真顔で血を吐いた。


「なっ……!?」

驚く上条とは対照的に、ステイル=マグヌスは無表情を崩さず血をぬぐう。

「ここはどうも地の利が悪いな……。方位は北・星は水(モイスト)の蟹(カンケル)・色は黒・おまけに栗の木まで植えてあるじゃあないか……ここまで相性が悪いのも珍しいよ」



「それらを無視してイノケンティウスに百パーセントの力を発揮させるんだ……それってつまり、自然の摂理を一時的とはいえ捻じ曲げるってことだからね……ダメージを負うのは当たり前、か」

「お前……! どうして、そうまでして……!」

「どうしてって…… 『 やらなくちゃいけないからだよ 』」


ステイル=マグヌスは不可解そうに答えた。
地球が回るようにこんなことは当然だとばかりの態度で。


「~~ばっかやろうが!!」

「バカヤロウとはご挨拶だね。別れの挨拶にしては乱暴すぎる、か、ゲホッ」

「俺は……」

「?」

「俺はお前にも事情があるんだと思ってた……だからこんなことしてるんだって! けどな、今はっきりわかったぜ! お前はお前の意志で動いてるんじゃねえ!!」

「……何を言ってるのかよくわからないな」

「わからねえならッ!」


上条当麻の『右手』が炎を突き進んでいく。再生する炎と熱気に手首から上がチリチリとあぶられる。
それでも上条当麻は手を止めない! 
とうとう『右手』はイノケンティウスの体を貫通し、真っ二つに分散させた!

「なッ!?」

形が崩れ、炎の塊となったイノケンティウスを上条当麻はしっかりと『掴んで』いた!
ちょうどステイル=マグヌスが掌に炎を集めていたときのように!
再生する傍から形を崩され、これでは身動きが取れない!


「わかるまで叩ッ込んでやるだけだーーッ!!」





上条当麻がまっすぐこちらに向かってくる。
右手を構えてやってくる。

『 イノケンティウスを掴んだままの右手を構えて! 』


「しまっ……!」


イノケンティウスは自動追尾型の魔術! 

術者といえど(普通ありえない話だが)攻撃されればダメージは食らう!

その熱は鉄すら融解する3000度! 生身が当たればひとたまりもない!

『 イノケンティウスを解除しなくては! 』

『 解除して、別の術でヤツを迎え撃たなければ! 』


ボシュッ。

花火を水につけたような音と共に上条の手の中の炎が消える。
上条当麻の拳が、固く握られた。


「は、灰は灰に(AshToASh) ―――――」

「うおおおおあああーーーッッ!!」

「―――――塵はちっ」


ドグオォォッ。






ステイル=マグヌスは空を見た。

見させられた、と言ったほうが正しいか。

打たれた顎から伝わる鋭い痛み。
その痛みが、放射状に広がって、とうとう頭の芯にまで届く。
瞬間。

パキィィンッ、と何かがブチ壊れる音を、ステイル=マグヌスは確かに、遠ざかる意識の中で聞いた。






――今日はここまでです――


前回投下分の「理解したか?」は「ドゥーユーアンダスタン?」と読んでくれると嬉しい
うん……ふり忘れたんだ……ルビ……

投下します






第五話「ツーメン&ガール!!」






「うっ……くっ……」


眠ることすらかなわない痛みに、神裂火織はうめいた。

一応の応急処置はしたが、それも気休め程度のこと。
回復の魔術は――今の自分では使えない。
自分の仲間も、そんなことにエネルギーを費やす暇があったら彼女の探索に向かうだろう。

そうだ。彼女だ。

大切なのは――『 やらなければならないのは 』彼女の保護。
私は失敗した。
彼は、果たして上手くやり遂げられただろうか。
そうでなければ――どうなるのだろう。わからない。
でも『 やらなければならない 』。


と、視界に誰かの影が落ち、神裂火織は上を仰ぎ見た。
予想していた顔だ。


「やあ。具合はどうだい?」

「見ての通りです……最悪ですよ」

「連絡はもらってたけど、なるほど? こりゃ酷いね」

「そんなことよりッ 彼女は……」

「ああ。それならもう心配ない。もう『 君 』が心配するようなことは、なにもないよ」

「そう……ですか」


神裂火織はほっと息をついた。
同時に炎が彼女の顔を照らす。


「んー……? ふんふんふん……神裂、キミ……何かやったかい?」

「何をです」

「いや、前あったときより顔が、というか雰囲気が変わったというか……なんだか……目が優しくなったというか」

「世辞を言っても何も出ませんよ」

「いやそうじゃなくって、なんだろうね……やっぱり気のせいかな」

「……自分の顔のことです。変化があったらとっくに気づいていますよ」

「そうかい。なら頭はどうかな」

「は?」

ステイルの背後から出てきた人物に、神裂火織は目を剥いた。

「なっ! あなたはッ」

有無を言わさず頭を掴まれる。

瞬間、ガラスの割れるような音が神裂火織の頭の中に響いた。



  ~~~


「とうま~~こっちこっち! 早く来て~~!」

「インデックス、あんまスタスタ先いくと迷子になるぞー」

「うん~~!」

「だから行くなってのに……」


親子連れとカップルひしめく表通り。
上条当麻は辺りを見回し、改めて、今日は世間一般にとって平和な夏休みに過ぎないのだなーと思った。

元気よく飛び跳ねるシスターの後姿に、思わず笑みがこぼれる。

そして隣を歩く同級生をチラッと見、


「東方さん……ちょいと気になったのですが」

「うん?」

「なぜに休日に学ラン?」

「ポリシー的な。……っつーのは建前で、服まだダンボールの中なんだよ」

「あー」

「放置しとくと癖になっちまうから早く片付けたいんだけどよ~気が乗らなくってよ~」

「言いにくいけど、それもう癖になってる」

「マジか」


と無駄会話を交わしながら、上条当麻は今度は上を一瞥した。

何やら派手な2人組みが屋上に腰掛けている。


「よくバレないな……」

「さっきからバッタのように飛び移って付いてきてよ~魔術師ってマジに運動神経すげぇんだな」

「頭上をぴったりロックされているので、上条さんとしては(主に赤い人に)何かぶつけられないかとヒヤヒヤものなのですが」

「マー平気じゃねぇ?」

「出たよ楽観的視点! そもそも言いだしっぺはお前なのに、なんで上条さんの心労だけがチリも積もって山となってんですかーー!」



  ~~~


「『 催眠 』?」

「そう。情けない話だが、僕たち2人とも、何者かの『 暗示 』にひっかかっていたらしい」


一夜明けて。

小萌担任のアパートで、ステイルたちはそう打ち明けた。
回復は上手くいったらしく、東方仗助――と、魔術の使用に体力を使いすぎたインデックス――は、すやすや平和な寝息を立てている。

ちなみに家主の小萌担任は買い物に出かけている最中だ。


「暗示……」

「頭が悪いなら無理して考えなくてもいいよ。どうせ理解できないだろうから」

「ステイル」


神裂火織が厳しい声でたしなめる。
ステイルは決まり悪そうに「すまない」と告げた。どっちに言ったかは定かでないが。


「……ま! 君のおかげで一応助かったんだし? 一応は君に感謝してやってもいいとは思っているよ。君のおかげであの子を傷つけずに済んだんだからね、一応。
もっともその恩は君の担任への口裏あわせと、君の傷を治したことで返したと僕は思ってるけれど、一応ありがとうと言っておいてやるよ」

「一応多」


思ったとおり感情豊かな方だったが、戻さないほうがよかったかもしれん、と上条当麻はほんのちょっとだけそう思った。


「すみません。ステイルも感謝を感じてはいるのですが……いかんせん、不器用なものですから」

「その枕詞はナイスミドルなおっさんにしか通用しませんぜ。ってそれはともかく、これでもう、あんたらがインデックスを追う理由はなくなったわけだよな?」

「そうでも……ないんです」

「……?」

「『 完全記憶能力 』。彼女を『 インデックス 』たらしめている特別な力だ」


ステイルがこつこつと自分のこめかみをつついた。


「彼女は経験したあらゆることを忘れ去ることができない。その記憶の85%は十万三千冊の魔道書で埋まっている。
つまり彼女は、『忘れられない』サガを背負っているのに、たった15%ぽっちしか脳を使えない状態なんだ。もしその15%が埋まってしまえば……どうなると思う?」

「……」

「『 決壊 』だよ。脳は記憶の圧迫に耐えられず……死ぬ」

「……!」



「そして『 限界 』は一年周期でやってきます」と神裂火織が話を引き継ぐ。

「我々の本来の目的は、そのいっぱいになった彼女の記憶に『 空き 』を作ることだったんです」

「……空き?」

「彼女はどんなくだらないことでも忘れることはできない。だったら外部からその記憶を消してやるしかありません」

「! 魔術で……記憶を消すってのか?」

「理解が早くて助かります」

「そんなことッ!」

「騒ぐな。彼女が起きる」


グッと口をつぐみ、それでも険しい顔の上条当麻に、神裂火織は目を伏せた。


「私だって……私達だって、本心からそんなことは望んでいません。けれど、それで彼女の命が助かるのなら……」

「だからって……残酷すぎるッ。本当にどうしようもないのか? 本当にそれしか方法はないのかよ?」

「知った風な口を聞くなよ能力者。僕達がこれまで何もしなかったと思っているのか?」


一気に剣呑さを帯びたステイルに上条当麻は怯まず食らいつく。


「お前たち魔術側は駄目でも、科学側ではどうなんだ? 俺達にできることはないのかよ?」

「科学側で? 何をするって言うんだ。薬漬けにして彼女の体を切り刻ませるのか? 
彼女の記憶はそんなもんじゃ救われない。それとも脳ミソだけ摘出して、それで救ってやったとでも言うつもりか?」

「違う! 試してみるに越したことはないって言ってんだ!」

「試すとか試さないとか彼女を実験動物みたいに言うなッ!」


「なァ~~んか、話ビミョーにずれてるッスね……」






全員が振り返った。

東方仗助はけだるそうにそれを見返した。


「仗助! 怪我はもういいのかよ!?」

「いや~よくわかんねぇけど治ったみてー。
……ッつか、なんであのプッツン女がいるんだとか、そこの赤髪ヤローは誰だとか、そもそもここドコとか色々聞きたいことはあるんだけどよ~……
あ、ッつかあんまこっち見ねーでくれよ。アタマ崩れてて恥ずい」


「君の『まるで乙女』みたいな恥じらいはどうでもいいんだよ。……どこから聞いてた?」


寝相で乱れた髪を手ぐしで整えつつ、東方仗助は「カンゼンなんたらかんたら~~からッスねぇ~」と答えた。
ステイルはチッと舌を打つ。


「それで? 君にも意見があるようだが?」

「あ、そーそー、そんで話がずれてるって話したじゃあねーですか。こう、お互い一方通行的な」

「科学ならやれることがあるんじゃないかって話だろ?」

「だから科学なんぞ信用できないって話をしてたんだよッ」

「信用、だと? ふざけんじゃねえ! 偏見でもの言ってんじゃねえよ! そんなだから」

「騒ぐなって言ってるだろうがこのウニ頭ッッ!」


頭、のワードに神裂火織がピクリと東方仗助を見やる。
特に何もおこっていなかった。


「まず前提からして違うと思うんスよね。あんたらは何回かしらねーけど数え切れないくらいこの場面に出くわしてて、俺らは初回っつー」


それだけだ。と東方仗助は言う。
その唯一にして最大の壁がステイルと神裂、上条と東方の間にはある。


「よーするに経験の差っつーか、一緒に暮らしてきた時間の差っつーか、だからわかりあえねーんじゃあねーの? だったら」

「フンッ、分かり合おうとも思わないがね」

「お前!」

「あーあーだったらぁ~『 経験 』すりゃ話は早いんじゃあねッスかねぇ~? とか思ったり」

「「はあ?」」



  ~~~


神裂たちの話によると、記憶の限界が来るには『あと三日』らしい。
その間、ステイルや神裂と同じことをやらせろ、というのが東方仗助の意見だった。

記憶消去の事実を感づかれぬよう精一杯インデックスに楽しい思いをさせつつ、消去回避の方法を模索する。
そうすれば彼らの気持ちの片鱗を知れるだろう。
こっち側のアプローチで回避が成功すればお互い万々歳だ。

ステイルは何度か眉をぴくぴくさせていたが、結局双方損はないと考えたのだろう。
譲歩した。


『だがね、こっちもいくつか条件をつけさせてもらうよ』

『一つ。彼女を研究施設に引き渡したりしない』

『一つ。彼女に<科学的に解明可能だとかいう>機械を使わない』

『一つ。彼女に<科学的に安全だとかいう>薬を服用させない』

『一つ。彼女を解剖しない』

『ぶっとばすぞ』これは上条。


『そして最後。決して彼女に<真実>を知らせない』これは神裂。

『決して……今日聞いた話を教えないでください。それは私達にとっても、あなた方にとっても……彼女にとっても不幸な事態を招くでしょう』

『妙な考えは起こすなってことだ。……彼女のためにも』


そして、2人は頷いた。


「その結果がコレだよッ!!」

「上条よぉ~インデックスいっちまうぞ」

「ハッ!」


「とうまとうま~あの建物は何?」

「あれはただの学生寮です」

「あれは?」

「あれは学校です」

「へ~とうま達はあんな大きなところに通ってるんだね」

「いや、俺達のやつはよぉ~もうチッと遠くだぜ」

「見たいか? インデックス」

「見たいんだよ!」


諸にバンザイして同意。
そのはしゃぎっぷりに上条当麻は苦笑した。


「とうまとうま! あれは!?」

「あれはファーストフード店で……星を飛ばして見つめないでください」


もちろんおごらされた上条当麻だった。



それからもインデックスの「とうまとうま!」を発端に色々なところを見て回った。

学校内を見学した。(小萌担任に見つかって全員ダッシュで逃げた)

デパートに行った。(フードコートめぐりが主だったが)

歩道橋から交差点を見渡した。(キレイだとインデックスははしゃいだ)

商店街を見て回った。(こちらもインデックスは驚いたりはしゃいだりした)

公園に行った。(ブランコの乗り方を教えた)

映画館も覗いた。(ワケわからん二本立てを寝ながら鑑賞した)

図書館にも行った。(インデックス「科学は知識の開示に積極的なんだね」 上条「だからって借りすぎです! 一冊に絞りなさい!」 インデックス「この絵本とこの絵本は絶対なんだよ!」 仗助「せめて二三冊にしろよ。これから色々回るんだからよぉ~」 上条「はいじゃあコレとコレとコレな」 インデックス「あぁ~~ッうぅ~~!」 上条「えーもおーもない。それに今日いっぺんに借りなくたって……」 上条「また借りにこれるだろ」)


時間が過ぎるたび――インデックスが笑顔になればなるほど――上条当麻は、言い知れぬ感情が胸に蓄積されていくのを感じた。


――上条当麻は思う。

『今日』は大多数の人間にとってなんでもない夏休みの序盤そのイチでしかない。
俺達にとって、一秒はこんなにも重いのに。


「とうま」

「ぎゃあーーッ!?」

「きゃあーーッ!?」

「い、いきなり声かけてくるんじゃねえ! しかもこんなところで!」


こんなところ――お化け屋敷である。
今日の締めはありきたりに遊園地だった。
ちなみに東方仗助は「こーゆー関係は無理無理無理ィ」ということだった。



「とうまが勝手に驚いただけかも」

「……悪かったよ。そうむくれんなって」

「? 今日の当麻は優しいかも」

「あーそれで? なんか言いたいことあるんだろ?」

「あ! そう、じょうすけって、ナニモノなのかな?」

「……ふむ」


度重なるアクシデントで後回し後回しにしていたが、やはりインデックスも気にかかっていたのだと上条当麻は思った。

上条当麻は東方仗助について少ししか知らない。

転入生である。
普段は温厚かつダルダルな不良だが、髪型をけなされるとプッツンくる。
理由は尊敬している人の髪型だから。
M県出身。
魔術師をぶん殴った経験アリ。
上条当麻にしか見えない『透明の腕』を持っている。


「『透明の……腕』」

「ああ。自覚してるかはわからねえけど、プッツンした時に出せるみたいだな。しかも、俺の『右手』も通用しないときたもんだ。ありゃ一体……」



「うーん。とうまの『右手』は異能を打ち消す。それは間違いないかも。でも『異能の源』は消せないみたいだね」

「? ……どういうことだ?」


遠くで他の客の悲鳴が聞こえた。


「魔術の『源』は術者の生命なんだよ。もし生命力自体を無効化することで魔術を打ち消してるなら……」

「!」


インデックスの手が『右手』に触れた。


「こうやっただけで私は生命力を打ち消されて死んじゃうはず」

「ふ、ふーん……」

「もしかして『パワー』を消すんじゃなくて、調和させてるんじゃないかな」

「調和?」


インデックスは『右手』を握ったまま、もう一方の手で空中に心電図のようなものを描いた。


「魔術や超能力を使ってるときはこんな感じ。こんな風に乱れた世界の調和を……」


一本横線を引く。


「均一な形に直すんじゃないかな? 逆に考えれば『透明な腕』は『乱れた力』じゃない……だから打ち消せないのかも」

「うーむ。クラークの三法則に『高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』ってのがあるけど……
『透明の腕』は『高度に発達した、ヒトが当たり前に持ってる力』ってことか。そんなもんがあるのか?」

「あるよ」

「その心は?」

「『底力』。ありていに言えば『根性』だね」

「はあ」



「だから感情が高ぶった『やってやるぞー』状態の時にしか発動しない。とうまの目に見えてるのは、その根性から発露した『生命エネルギーのヴィジョン』にすぎないんじゃないかな」

「なるほど……納得……でるようなできんような……。まあ、お前が上条さんより頭いいってのはわかった」

「!」


上条当麻はゆっくりインデックスの手を握り返した。


「あいつの力がなんにせよ、あいつはお前のために命がけで戦ってくれた……それだけで十分じゃないか?」

「そうだね……そうかも」


インデックスは穏やかに微笑む。
ふたりはそのまま出口を目指した。



   → TO BE CONTINUED....






 第六話「地図にない道」






「……うぉぉ~~~」

「戻ってきてみれば……なにやってんです東方さん」

「いや、図書館で脳医学の本を借りてきたんだけどよ~、これがさっぱり理解不能。シナプスって何? 海馬って社長? 
(神経心理学的観点からは局所大脳機能低下を背景とする高次神経機能障害が音韻情報処理過程の障害だけでなく、視覚情報処理障害をも誘発してるとみなされる)
理解不能! 理解不能!」

「うん、とても日本語とは思えん」

「お、その気持ちなら理解『可』能」


「とうまぁ~~!」


2人が見やれば、『 遊園地、満喫してます! 』 とばかりの格好のインデックスが手を振っていた。上条当麻も手を振り返す。
けだるそうに頬杖ついていた東方仗助が口を開く。


「おめーらってデキてんの?」

「ぶっ!?」


そういわれて初めて上条当麻は自分の行動が軽率だったと知った。
2人っきりで遊園地だのお化け屋敷だの、まるっきりカップルの所業じゃねえか。


「バッ……カ言うなよ! 昨日の今日に会ったヤツだぜ!?」

「でもよぉ~あいつおめーに懐きまくりじゃあねーか」

「気のせいってヤツですよ! それにフラグでいうならお前だって、一晩ベッド貸したり街中デートしたりと立ちまくりじゃないですか! 
俺にとってインデックスは妹みたいなものでッ、恋愛感情など皆無なんです! ハイ!」

「パウッ!」

「うげぇっ!!?」


後ろから小指で刺された。
怒髪天をついた風情のインデックスは、もだえ苦しむ上条にプイッと背を向ける。


「じょうすけ、私今度はあれ乗ってくるんだよ」

「お、おう……いってら」

「くうっ うふ! がはっ!」

「おい大丈夫かよ~~上条よぉ~~」

「は、肺の中の空気が1cc残らず搾り出される感覚だ……! インデックスのヤツ……!」


涙目で見上げると、インデックスがコーヒーカップに乗り込むところだった。
多分、どんな乗り物かは知らないだろう。
開始ブザーが鳴る。



大方の予想通り悲鳴を上げて回るインデックスを見つめながら、上条当麻は思わず呟いた。


「楽しそう、だよな」

「おう」

「でもこのことも……このままじゃ、忘れちまうんだよな」


『右手』には、まだ彼女の体温が残っている。

守らなくては。上条当麻は強く思った。
この残酷な運命が彼女の笑顔を奪うことは許されない。インデックスはいつでも無邪気に、自分のそばで笑っていて欲しい。
魔術師達と比べれば、なるほど自分が彼女と過ごした時間は短いものかもしれない。
でもこの気持ちだけは同じだと感じている。


彼女を、守りたい。この手で。
彼女を、救いたい。この手で!


それこそ彼らが狂おしい回数、身を切るほど願ったのだろうその言葉。
俺が叶えるんだ。
俺が、何とかしてインデックスを――あの『不幸』な少女を――笑顔を――! 『守る』!


「東方ッ 俺、」

「上条。俺はやっぱ無理だぜ」


上条当麻は東方仗助の顔を見た。
彼は半眼でインデックスを見つめている。



「……なんだって?」

「俺ァやっぱ無理だぜ~あいつに『あのこと』秘密にするのはよぉ~」


上条当麻はすぐ思い至った。
一年ごとの記憶消去。『インデックス』ゆえの、呪われた運命。


「なんでだ? 言わないって約束しただろ、あの2人と」

「っつってもよ~~本当にそれでいいのかよ? だって記憶を消されるのはインデックス本人だぜ?」

「……それでも駄目だ。東方、あいつの気持ちも考えてみろよ。そんな残酷な運命語られて、あいつにどうしろって言うんだ? 見てみろよ」


指差した先のインデックスはきゃあきゃあと声を上げている。
澄んだ笑顔で。浮かれた声を上げている。


「楽しそうだよな……あいつはいつだって楽しそうだ。俺はあの笑顔を守りたい、ずっとあの笑顔を見ていたいと思ってる。
だのに俺自身の手であの笑顔を曇らせちまったら……本末転倒なんだよ」


「スッとろいこと言ってんじゃあねぇッスよ」

「!」


東方仗助の雰囲気が一瞬だけピリッとしたものになった。
しかしそれは本当にほんの一瞬で、彼はすぐ決まり悪げにセキをした後、「悪ィ」と呟いた。


「俺だって『 覚悟すりゃあ幸福だ 』とまでいう気はねーョ。ただ『 どうせわからねーから 』『 どうしようもねーから 』って理由で蚊帳の外にすんのは……
なんつーか、カワイソウっつーか、オトナのジジョーで選択肢まで奪っちまっていいもんかって思うんだけどよ~……」

「……」


「妙な考えは起こすな、と言ったはずだよ」


いつの間にか、神裂とステイル=マグヌスが背後に立っていた。



東方仗助は面倒くさそうに振り返る。


「妙なっつってもよぉ~~ちょっと言ってみただけじゃあねえか~」

「そうは聞こえなかったけどね」

「いやいや待てって」


手を振る東方仗助に、神裂火織がニコリともせず告げる。


「これは警告ですよ。もしも彼女に真実を……」

「真実」


上条当麻が、ぼそりとそれをさえぎった。


「そうだよ……真実なら、言ってやるべきじゃねえか……?」

「!? 貴様ッ」


ステイルの台詞を待たず、


「悪ィ東方! 前言撤回だ!」

「俺が行く……俺が話す……俺が話したいんだ! 俺の口から話させてくれ!」


言うなり彼は走り出した。
折りよく足元ふらふらのインデックスが出てきたところで、上条当麻は彼女へと一直線にかけていく。


「待て……ッ!」


後を追おうとしたステイルと神裂火織の前に東方仗助が立ちふさがる。


「グレートだぜ、上条」




東方仗助の肩越しに、インデックスと上条が見える。
驚いた顔の少女。その手を、少年はしっかりと掴んでいた。
遠ざかっていく背にステイルは焦る。


「どけ!! 君だって事情はわかっているはずだろう! 僕達が……何十回と彼女との思い出作りと記憶の消去を繰り返してきた僕達が……彼女に真実を教えたことがないと思っているのか!」

「じゃぁ~なんで今回は教えちゃあ駄目なんスかぁ~~?」

「『 どうしようもないから 』 だ!! 教えても、彼女が悲しむだけだからだ! それを知ってるからだ!」

「じゃあ、なんで今回も駄目だっつーのがわかるんスか?」

「……ッ」


ステイル=マグヌスは思わず押し黙った。
神裂火織は黙したままだ。深い色の瞳がじっと彼らを見つめている。


「あんたら 『 あきらめてる人 』 ッスよねぇ~~……だったら、もう 『 あきらめてない人 』 に任せちまってもいいんじゃあねッスか?」

「経験を積んだものだからこそッ わかることもあるんだとは君のセリフだろう!! 『 あきらめ 』 は経験から来る感情だ! 
君らのノーテンキ思考は絶望を味わったことがないから言えるものにすぎない!! 同じ轍を踏ませまいとする僕らの気持ちがわからないのか!!」


表情を変えない東方仗助に、ステイル=マグヌスははっと目を見開いた。


「貴様ッ……『 経験させろ 』 だの何だの言ってッ! 最初っからこのつもりだったな!!」

「あー 俺ァ上条みたくベラベラ喋れねーからよぉ~~あっさり言っちまうと……『 ここは通さねえ 』」

「このッ」

「やめましょう、ステイル」

「神裂!」

「どの道、今から追っても間に合いません……」


彼らの目指しているのは観覧車。
あの距離ではどんなに急いでも、ギリギリゴンドラに滑り込まれてしまうだろう。
いったん入られたら邪魔立てするのは難しい。


「彼らの熱意が……私達の熱意を上回った。そういうことですよ」


ギリ、と歯噛みするステイル。


「しかし」


神裂火織の瞳が、まっすぐ東方仗助を映した。


「もし真実を打ち明けることで彼女に何かあったら……そのときは、今度こそ 『 死 』 を覚悟してもらいます」

「おーおー白無垢で切腹でもなんでもドーゾ」


東方仗助の瞳は揺らがない。
そこにあるのは彼自身の意志であり、上条当麻への信頼でもあった。



「と、とうま!? どうしたの!? どこに行くの!? ねえとうま!?」


振り返りもせず、上条当麻はただただ走った。


『 オトナのジジョーで選択肢まで奪っていいのか 』?


東方仗助の言葉が反復される。

そのセリフ。
それだけのセリフが、上条当麻の心のどこかをプッシュした。


上条当麻は思い出す。

春になったら一年生。ランドセルを鏡の前で背負ってみたりしていたくらいの時期のこと。
父親から唐突に学園都市へ送られる旨を伝えられた。
「あっちのほうが楽しいから」なんて説明ともいえない説明を受けて、気づけばあれよあれよという間に話は決着していた。

今になって考えてみれば、あれは幼稚園での深刻ないじめが原因だったのだろう。
自分は不幸体質だから、そのせいで友達に怪我をさせることが多く、結果、園内では遠巻きにされ、大人からも気味の悪いものを見る目で見られるようになった。
はなはだしくは包丁で刺されたこともある。
疫病神としてテレビに映されたこともある。


けれど、今自分が鮮明に思い出せるのは、そんな最低な思い出なんかじゃあなく、転校を伝えられたその日の記憶なのである。


確かに友達はいなかった。
不幸なことばかりで、泣き通しだった。
それでも自分はあの町が好きだった。
あの家が好きだったし、幼稚園にもちょっぴりくらいは愛着があったのだ。

自分は自分で前向きに生きていたのに、それらをすべて否定された気分だった。
あの日父は、母は、どうして自分に相談してくれなかったのだろう。

子どもだから。
知ったって仕方ないから。
どうしようもないから。
それらがすべて、お前のためだから。






「……~~クソくらえだッ」

「とうま……?」

「インデックス!」


不安げにこちらを見る少女に、上条当麻は大声で呼びかけた。


「俺はこれからお前にひどいことをいうかもしれない! 苦しめることをいうかもしれない! でもそれはお前だけの苦しみじゃあない! 
お前の苦しみは俺の苦しみなんだッ! 
だからもう怯えなくっていい!! お前の進む道はお前が決めていいんだッ!! 
もしもそれを邪魔するヤツがいたら俺がぶん殴ってやるから! 俺が全部、ぶっ飛ばしてやるからッ!」


「インデックス! お前は俺が 『 守って 』 やるッ!!」


ポカンとしていた顔が、みるみるうちに笑顔で輝きだした。


「……うん! 私、とうまとならどこに行ったって怖くないんだよ!」




ステイル=マグヌスは、神裂火織は、東方仗助は、二人の消えた向こうを見つめる。

真実を聞かされた彼女は、何を思うのだろうか。
悲しむだろうか。泣くだろうか。苦悩するのだろうか。
どれにせよ、彼女は決断しなければならない。

運命を受け入れ、穏やかにその時を待つか――。
抗い、苦しみの道を歩むか――。


――ゴンドラが、動き出した――。



二十分後。
転がり落ちるように飛び出してきたインデックスは、100mを5秒の勢いで、まっすぐふたりの魔術師の元へと走ってきた。

神裂火織は戸惑った。
すべてを知った彼女は、一体自分にどんな感情を抱いたのか? 怒り? 悲しみ?
もしかしてぶたれるかもしれない。
いや、ぶつ価値もないと思われているだろうか?

ステイル=マグヌスも戸惑った。
彼女が走りよってくる。
いつか見た、あの日の無邪気さで。あの日の必死さで。あの日の鮮やかさで。
僕はどんな顔で彼女を迎えればいいのだろうか?


――ああ、こちらを見つめる瞳の、なんとまっすぐなことよ――。


ふたりの行動は同時で、同様だった。



「じょうすけ~~~!!!」


そして、抱きとめる形に腕を広げた二人の魔術師を、少女はあっさり迂回した。

灰になった2人に上条当麻はかける言葉を見失う。


「じょうすけ! じょうすけ!」

「おーおー落ち着けよ、どうしたインデックス」

「私の荷物!! 早く見せて!」

「あ~~わかったからちょっと抱きつくなってぇ」


「ステイル」

「とめてくれるな神裂」

「そうではなくて……彼女は何をしているんでしょうか」


アレでもないコレでもないと猫型ロボットのようにバッグの中身を放り投げるインデックスへと二人の視線が移る。


「あったー!」


そしてとうとう、彼女は『 あるもの 』を掲げて歓声を上げた。
ステイルの顔が一気に胡散臭げなものになる。


「『 月刊エレクトリックボゥイ 』……『 科学 』、雑誌か?」

「ほらここ! とうま! ここに書いてあるんだよ! 『 私の記憶は確かなんだよ! 』」


バンバンと破る勢いであるコラムを示す。
全員がその記事を覗き込んで――みな、見る見るうちに形相を変えた。




【 まるで“人間DISC”~脳の潜在能力を探る~ 】


【(サヴァン―― 賢人、あるいは天才の意。特定分野で常人には及びもつかない能力を発揮する特殊体質・あるいは症候群の名称。
名付け親であり、かの有名なJ.R.D.博士は「ローマ帝国衰亡史」を一字一句そらんじた男の話を、驚きと共に報告している)】

【 …………アメリカユタ州在住のP.K.も、その超人的な記憶力で注目を集めている。
彼は、普通ならめまいがするほどの膨大な情報を短時間で記憶し、しかも正確無比に必要な情報を取り出すことができるという…………
…………「P.K.は幼いころから読んだ本を、まるでディスクにコピーするかのように完璧に暗記することができました。
地図でも同じです。彼は世界中の町という町の地図をすべて覚えてしまっています。
そして、それだけの膨大な記憶を詰め込んでも、彼の“DISC”は決してクラッシュすることはないのです」と彼の父親は語る…………
…………しかも彼は今まで確認されたサヴァンに見られるような知的障害・自閉症などの障害は確認されず………… 】




「ちょ、ちょ、ちょいちょい待てよ~~つまりこりゃああれか? 記憶の圧迫で人間が死ぬなんつーことは『ありえない』……そーゆーわけか?」

「そういう……」


ステイル=マグヌスはタバコを口から離した。


「わけです、ね……」


神裂火織は口を押さえた。
インデックスは本を抱きしめる。


「図書館で借りた本だよ、とうまがこれを選んでくれたんだよ!」

「……!」

「とうまのおかげなんだよ!」

「いや……気づいたのはお前だ、インデックス。おまえ自身が道を開いたんだ!」

「……うん!」



「う……うううぅ……うおおおおおおおおーーッ!!」


神裂火織は吼えた!
彼女は地獄の底でクモの糸を見つけたというカンダタの気持ちを知ったと思った!


「うおおおおおおおおおッッッ!!」


ステイル=マグヌスも吼えた!
彼はキリストの復活を目にした信徒の気持ちを理解したと思った!


「きゃあああああーー!!!」


インデックスも吼えた!
よくわからんが吼えた!


「うおおおおああああああ!!!」

「ぎゃーーーはははははははーーー!!」


少年達も吼えた!

その時、確かに!

彼らの心に光がともった!

彼らの気持ちは同じだった!

――ありがとうッ! ユタ州のP.K.ッ!!

……とッ!



「すみません取り乱しました」


場所は再び上条当麻の部屋。
神裂火織は深々と三つ指を付いた。


「いや、神裂の気持ちにはえらく共感するよ。なにせ絶望したところにやっと見つけた光だ」

「俺達もハイ! になってたしよ~」

「上条さんの勘違いかもしれませんが、全員10mほどフライしていたような気すらします」

「人間にはまだまだ未知の可能性があるんだね」


神裂火織は顔を上げた。


「しかし、記憶の圧迫が原因でないなら……何らかの魔術がかかっている、と考えるのが妥当かも知れません」

「でも俺は何度も『右手』でインデックスに……あー、触れてるぞ。ってことはまだ触れてない部分があるってことか?」


全員の視線がインデックスに集まる。


「触れてないところ……か」

「触れてねーところ……ねえ」

「な! ななななななな何を考えてるだーーッお前らはッッ!! ばかかッッバカなのか君らはヴァカとしかいいようがないボギャーッッ!!!」

「ステイルー! あなたもですよ仮にそーゆー……そーゆー……うおおおおおおおおおッッッ!!」


腐っても全員ティーンエイジャーだった。


「まじめに考えるんだよ!」

『はい』


ちょっと反省した一同だった。



「だがよ~触れてねーっつーんなら体内しかねーんじゃあねーか?」

「な、内臓とかにあったらさすがに無理だぞ」

「それはないでしょう。そんなところにルーンを刻めるとは思えません」

「一瞬で腹をぶち抜いて治す、って魔術があるなら話は別かもしれないがね。ま! まずありえないだろ」


カンカンガクガク。
ドンドングダグダ。

結局「口の中とかありじゃあね~のぉ~~?」との意見から喉の奥を調べてみると……。


「……あっさりあったな」

「まさか……こんなものが彼女の体に……」

「おえ? あに? ろんらもろがあうの?」

「上条よ~これお前の指届くかぁ?」

「ああうん、多分……」

「ちょ! ちょっと待ってください! それは彼女の命を蝕むほどの魔術ですよ! 触れたら何が起こるか……」

「え?」


だが遅い!
既に上条当麻の『右手指』は、ルーンに触れている!


「こっ……このド素人どもがァァーーッッ!!」


神裂火織は切れた。



瞬間。




「うあァッ!?」



上条当麻が『右手』ごと跳ね飛ばされ、



「上条!?」



インデックスの体が浮き上がり、



「こ、これは……!」



彼女の瞳に魔法陣が浮かび上がった。




「―― 警告。第三章第二節。第一から第三の全結界の貫通を確認。『首輪』の危機的状況と判断し、『自動書記(ヨハネのペン)』を起動しました。『首輪』の再生準備……失敗」


その表情はうつろでまるで感情を感じさせない。
まるであの時のステイルのような、いやそれ以上に機械じみた声でインデックスは続ける。


「現状十万三千冊の書庫の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」


守るべきものからの、宣戦布告だった。




   → TO BE CONTINUED....



――今日はここまでです――


よし。投下します






第七話「アナザーワン インデックス」







ギパアッ。


インデックスの瞳が 『 ひずむ 』 や、その場の全員を衝撃波が襲った。
机とベッドが吹っ飛び、全員の体が壁奥に叩きつけられる。


「『 書庫 』 内の十万三千冊により結界を貫通した魔術の術式を逆算……失敗。
術式の構成を暴き、対侵入者用の 『 特定魔術(ローカルウェポン) 』 を組み上げます。
――侵入者個人に対する最も有効な魔術の組み合わせに成功しました。これより特定魔術・『 聖ジョージの聖域 』 を発動、侵入者を破壊します」


インデックスの体は宙に浮き、淡く輝いている。
その瞳から魔法陣が広がり、前方に展開した。同時、黒い裂け目が部屋全体を覆う。


「これってよぉ~~」

一変した状況の中、東方仗助が口を開く。

「なんつーか精神的にクるものがあるよなぁ~~たとえるなら自分のおふくろがいつの間にか化けモンになって襲ってきたような状況っつーかよ~~」

「やかましい! そのうっとおしい喋りをやめろ!」

ステイル=マグヌスが叫ぶ。
彼も今の状況についていけてないのだ。

「やめろっつってもよ~俺ぁこーゆー喋り方だしってこれ言うの二回目だ」


あの落ち着きようはどこから来るのだ、と上条当麻は一巡して感心した。
『 余裕 』 は 『 自信 』 の裏返しだ。
あるいは魔術師と対峙できた自分のように。大柄な男どもに絡まれても恐怖しない能力者のように。

――あいつは 『 対抗手段 』 を持ってる……?
――『 透明の腕 』!?



メギ……
メギ……
メギ……

グゥワッ!


「!」

魔方陣の輝きが増すや、亀裂の中心から直径1mほどの光の柱が撃ち出された。
上条当麻はとっさに走り出て 『 右手 』 を突き出す。


ジャキィィィィィンッ!!


「うッ……くッ!」

光の奔流は打ち消しても打ち消しても連続で襲ってくる。
どういう構造か彼には窺い知ることもできなかったが、『右手』の処理が追いついてない――その危機だけは、実感として彼に伝わった!

いまだかつてない『質』の異能に上条当麻の体は徐々に後退して行く。


「うっ……ぐおおおおおおおお!!!」

「『 Fortis931 』!!」

「『 Salvere000 』!!」


ステイル=マグヌスの黒衣から無数のルーンカードが飛び出し、壁と言う壁に貼り付けられていく。
同時に 『 七閃 』 が床板をはがしてインデックスの足元をすくい上げる。

グラリ。

インデックスの体が不安定に揺れ、宙に浮いたまま仰向けに倒れた。
視線に連動して光の柱も天を向き、天井を易々と貫く。


「君に協力するわけじゃあないぞ、彼女を正気に戻すためだ」

「ここは私達が食い止めます。その 『 右手 』 で彼女を、早く!」

「ステイル……神裂……」

そこで上条当麻は思った。


「何やってんだ東方ァーー!!」

「いやだってスケール違いすぎるんだもんよぉ~」


オープンキッチンの向こうに隠れたリーゼントは、やや情けない調子で返した。


「さっきまでの余裕はなんだったんだよ!」

「聖人を追い返したほどだ、君も相当な手練れなんだろ」

「もしやあの力は近接型? ならば今の状況では分が悪いでしょうが……」

「いやいや、俺あんたらみたいな高スペックねーし」

「とぼけんなふざけんな本気出せよいい加減! こっちゃうすうすお前の秘密にも感づいてんだよ!」

「え? マジで? そう、俺ポマードよりワックス派なんだよ実はぁ~」

「ハイ最高にどうでもいいその秘密ー!」

「バカやってる場合か能力者ども!!」


グゥゥゥンッ。

インデックスの体が起き上がり、光の柱が再び迫る。



「魔女狩りの王(イノケンティウス)!!!」


炎の人影が光を受け止める。
その時、空からハラハラと淡く輝く羽毛が舞い降りてきた。


「これは……『 竜王の吐息(ドラゴンブレス) 』!? 術の本体である光の柱がッ 天井・床を砕くと同時に、残骸を攻撃に変換したッ!? 
気をつけてください! この 『 光の羽 』 一枚一枚が聖ジョージの伝説に出てくる竜の一撃と同義です! 少しでも触れたら大変なことに……!」

「こっ……このパワー! イノケンティウスでもどこまで抑えきれるかわからない! 急げ!」

「言われなくたって!!」

「――警告。第六章第十三節、新たな敵兵を確認。戦闘思考を変更、戦場の検索を開始……完了。現状、最も難易度の高い敵兵・上条当麻の破壊を最優先します」


インデックスの瞳が上条当麻を捉える。魔術もそれを追って彼を貫こうと動くが、イノケンティウスがそれを阻む。
光と炎は互いにぶつかりあい、再生と破壊を延々と繰り返す。
光と炎が散りあう中を、上条当麻はひたすら走った。
見慣れた自室を全速力で。
目の前の大切なものを止めるため。


「インデックスゥーーー!!」


あともう少し。
あと一歩踏み出せば。あともうちょっと手を伸ばせば――届く!
その時。













ドサリ。


『 何か 』が、2人の間を阻むように 『 落ちて 』 きた。



「な……!?」


知らない顔だった。
見たこともない服だった。
けれど。
だからこそ。
上条当麻は、死ぬほど動揺した。


「なんで……! 『 俺は 』……! これは、『 まさかッ 』……!!」


インデックスとそれを交互に見るうち、上条当麻の頭の中で、だんだんと答えが出来上がっていく。
ただそれは、恐ろしすぎる考えだった。


「お……」


上条当麻は後退る。



「俺の部屋はッ! 『 七階 』 だったッ!! 『 八階建ての七階なんだ 』!!!」



それだけで全員がすべてを悟った。

目の前にボロ雑巾よろしく落ちてきたのは、魔術に体を貫かれた八階の住人だったのだ。



「そんな……そんな、そんな……!」

神裂火織は壊れたレコーダーのように繰り返した。

「『 私のせいだッ 』、私があの子の攻撃をそらした……! 私があの子を人殺しにしてしまったッ!!」


ステイル=マグヌスもまた心臓にツララを打ち込まれたような気分だった。
これは……『 夢 』 か?
そうだ……あの子が人を傷つけるなんて……『 夢 』 に決まってる。
その精神を反映するように、イノケンティウスの動きが鈍くなっていく。


「――警告。第二十二章第一節。炎の術式の逆算に成功。曲解した十字教のモチーフをルーンにより記述したものと判明。対十字教用の術式を組み込み中――……」


上条当麻は自身の息が上がっているのに気づいた。
八階の住人に触れようと思うのに、震える腕がそれを許してくれない。

神様――。
こいつはただ、上の階にいたってだけなんだ。
そうだろう?
こんな目に遭う義務も因果も何もなかったはずだ。
それなのに、なんでこんなことになってんだ?

『 こうなっていたのは俺 』 だ! 神様ッ!
こうなるべきは俺だったんだ!


その時、上条当麻の脇を横切った者がいた。



「おい!? おい!! しっかりしろよ! おい! とっとと息をしろっつってんだよォーーコラァーーッ!!」

「東方……」


いつの間に駆け寄ってきたのか、東方仗助だ。
だけど、もう無理だ。いくら呼びかけたって無駄だ。
それはお前も触ってりゃわかるだろう?
そいつはもう――。

「……」


東方――?


『 今日は厄日なんだよ! 』


――ちょっと待て。


『 この前衛的デザインにされた服を~! 』


――なにか忘れてないか?


『 傷が…… 』



「東方ァァァァーーーーーッ!!!」


一気に闘志が湧いてきた。
患者を揺さぶるだけの東方仗助に駆け寄り、胸倉を掴む。

「『 透明の腕 』 だッ! 俺の傷も治した! インデックスの服もいびつだが直した!! そいつはまだちょっぴりだが生きてる! 治せるはずだ、違うか!?」

「ハァ!?」

「『 透明の腕 』 は 『 なおす 』 能力だった! ボケボケしてくれるな! 今この状況でお前の力を隠す必要があるか!? いーやッ! ないね!!
本気出すのは今なんじゃあねえのか! そうだろうがよ!! 『今』だ! 『今』なんだ! この絶望を吹っ飛ばせるのはお前しかいねえ!
『 根性 』 見せてくれよッ! 東方仗助ェーーッ!!」

「上条……」


東方仗助の瞳が丸くなって彼を凝視した。
瞬間、上条当麻は 『 恐ろしい予感 』 にとらわれる。

そんな――まさか――それは最悪の幻想だ――だが――……


「……俺ァ」

――俺の知ってる東方仗助は――

「おめーが何言ってんのか、わかんねー……」

――こんな時に 『 自分の都合(かくしごと) 』 を優先するヤツだったか――?

「……は、」


最悪のタイミングではっきりした。
東方仗助は、自分の能力に気づいていない。



上条当麻は理解した。
あの行動は、あの言動は余裕じゃない。
虚勢でもない。
そういう性格なのだ――。

あの時のように都合よく傷を治せるだろうか?
いや、それならとっくに、東方が八階の彼に触った時点で 『 それ 』 は起こっているだろう。
意識下で能力を発揮するのが死ぬほど難しいことを、『 レベル0 』 の上条当麻は痛いほどよく知っている。
おまけにこの状況。プレッシャーが死ぬほどかかる。
そんな中で力を使うことが可能か――?

つまるところ――上条当麻は、絶望した。

指先から力が抜け、胸倉から手が離れる。
その 『 右手首 』 を、がっしりと掴んだ手がある。


「けどよぉ~……」

「ひ、」

「おめーがこんな時にくだらねージョーダン言うやつじゃあねーってこともわかってんだよ、俺は~」

「東方……」

「おめーができるっつーんならそうなんだろーよォ」


東方仗助の掌が、少年の胸に押し当てられる。


「信じるぜ、上条ァッ!」


瞬間!
東方仗助の掌が『 二重になった! 』


「!?」

「でッ! 出たッ!! 『 透明の腕 』ッ!」


ズキュン!


「う……」


まさに!
瞬きするような一瞬!
その一瞬で少年の体は、何事もなかったかのように完治していた!




「うう……僕は一体何を、って何コレ!?」

「当て身」

ドスッ。


  ~~とある男子高校生の日記~~~

  今日は姉御肌のお姉さんに首の後ろを突かれました。
 『 当て身 』と言ってましたが、あれはどう考えても『 当て鞘 』だったと思います。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~




「ホヘェ~~~……なぁ、今のって俺の超能力なのかぁ?」

「いや……」

上条当麻は、しっかり掴まれた自分の 『 右手首 』 を見た。

「そこんとこだが、俺にもよくわからん」


「――聖ジョージの聖域を第二段階へと移行。『 神よ、なぜ私を見捨てたのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ) 』」


ハッと全員がインデックスを見る。
光の柱が赤い光線となってイノケンティウスを貫いた。

「! イノケンティウス!」

「東方! こいつを運んで俺の後ろに下がれ!」

「おおお!?」

間髪いれず自分に向かってきた光に向け、上条当麻は 『 右手 』 をかざす。

が! 
その時だ! 影がひとつ!
彼らの前に飛び出してきた!


「神裂!?」

「はぁぁぁぁぁあッッ!!」


抜刀し、赤光を受け止める!



「はやまったか神裂! ドラゴンブレスを人の身で受け止めるなど!」

「私はッ!」


ステイルの叫びに、神裂火織もまた大声で答えた。
その瞳はしっかりと前を見つめている。メキメキと自身の刀が悲鳴を上げているのを聞いても、怯えも恐れもその瞳には映らない。


「私の心はさっきまで死んでいました! 彼女に……あの子に人を傷つけさせてしまったと絶望していました! 
いいえ! きっとずっと前から! 彼女を記憶の消去から救えないと 『 あきらめた人間 』 になってから、ずっと私の心は死んでいた!

東方仗助! あなたはほんの一瞬でその絶望から私をすくい上げてくれた! 
上条当麻! あなたの行動が私の心に息を吹き返させてくれた! 
だから私は……あなた方を 『 守らなければならない 』! 今! はっきりと! そう感じている! あなたもそうではないのですか!? ステイル!!」



「……ッくそ! 勘違いするんじゃないぞ! これっきりだからな!」

ステイル=マグヌスの両手から炎が巻き上がり、光の奔流を押さえ込む!

「早く彼女をッ!」

「行けッ! 能力者!!」


みなまで聞くまでもない。
上条当麻は既に、走り出していた。


「うおおおおおおおおッ!!!!」



――神様。

――世界があんたの作る、この理不尽なシステムでできてるっていうんなら……。



「まずはその幻想をッ ぶち殺す!!」



――『 右手 』 がとどいた。


インデックスの頭に触れたとたん、『 聖域 』 が内からはじけるように消し飛ぶ。
光が消えた。
瞳の魔方陣も、トイレットペーパーが水に溶けるように薄れて消えていく。

ドサッ。

少女は、力なく床に倒れこんだ。


――やった。

――インデックスを、やっと、インデックスを救い出せたんだ。


遠くで神裂たちの声が聞こえたような気がした。
なんだ? なにそんな、険しい顔で叫んでんだ?
もう終わったんだぜ?

その時。
上条当麻の視界に輝く羽毛が映った。
少年と少女の周りを囲むように舞い落ちてくる羽が。


『 この「光の羽」一枚一枚が聖ジョージの伝説に出てくる竜の一撃と同義です! 』

『 少しでも触れたら大変なことに……! 』









え。やばい。



「上条ォ!!」


次に上条当麻が見たのは、こちらに飛び込んでくる見知った顔だった。


「ばっ……!」


上条当麻の頭に光の羽が落ちかかる。
その間に東方仗助が滑り込んでくる。
そして、その頭に 『 光の羽 』 が――。


ドシュンッ。




直撃しなかった。

「お?」

「え?」

「な!? 光の羽が!」

「空中で静止してるだとォ!?」

少年2人は事態を把握できず、魔術師2人には事態の全貌が 『 見えなかった 』。
上条当麻は見えていた。
『 透明の腕 』 が光の羽をつまんでいるのを!


「いや……違う!」


東方仗助の体からゆっくりと出てくるものがあった。


「腕だけじゃあない! これは……ッ、これは!」



上条当麻は見えていた。

頭頂部が心臓(ハート)の形のヘルメット。
頑強な肉体に身に着けたプロテクター、首の後ろから肩にかけてを繋ぐパイプのようなもの。
ヘルメットから除く瞳は好戦的だが、どこか優しげな光を湛えている。

それがッ!
それがッ!
それが 『 透明の腕 』 の全体像だった!

東方仗助の体から発現した人型のヴィジョン!
傍に立つ者!(stand by me)


「『 透明の戦士 』!!」



『 ドララララララララララァーーーッッ!!! 』


実にッ!
実に奇怪な光景だったッ!
神裂火織・ステイル=マグヌスは見た! 
光の羽がビデオの逆再生のように残骸に戻り、天井に、壁に、床に 『 直っていく 』 のをッ!

上条当麻は見た! 
『 透明の戦士 』 の繰り出す拳がッ、光の羽を 『 直す 』 瞬間をッ!


そして、東方仗助は――。


「どッ……」

『……』

「どちらさん……ッスか?」


腰の抜けたまま問うと、『 透明の戦士 』 は 『 やれやれだぜ 』 と言いたげな顔になって、バシュゥゥンッと東方仗助の体に 『 戻った 』。
東方仗助は何度も自分の手を握ったり開いたりした末、


「あ、俺か」


合点がいったようである。




「――警告。最終章第零節。『 首輪 』 の致命的な破壊。再生は不可能」

『!』


全員の視線が集まった。
すなわち彼女、インデックスに。


「こいつまだ……!」

「自動書記も一部が損壊。『 首輪 』の結界を貫通した力と同様のものと見られます。逆算は不可能。『 自動書記 』の再生準備……」


上条当麻の腕の中で、インデックスは感情のない人形のように淡々と語る。
驚愕に染まっていた上条当麻の表情は、それにつれて険しいものへ変わっていった。


「お前は……インデックスじゃない。インデックスの姿をしただけの無機質なコンピュータだ……あのインデックスに……平気で人を傷つけさせる、魔術仕掛けの殺人マシーンだ! 
てめえが……ッ、てめえなんかがインデックスの意識を乗っ取っていいわけねえ! いいはずがねえ!」

「――再生失敗。被害の確認……」

「てめえがいつまでも、悪夢のようにインデックスに付きまとうってんなら……!」

「現状を――」

「まずはその幻想をぶち殺す!」


パシィッ。


「――確認します」



振り上げた 『 右手 』 は、自動書記に触れることなく阻まれた。
上条当麻は信じられないものを見る目で東方仗助を見た。
彼が右手首を掴むのは二回目。だが、その意味合いは全く違っていた。


「東方! お前ッ……なんでだよ! なんでとめるんだよ!」

「……なにも殺すことはねーだろ」

「こいつはインデックスを操ってたんだぞ! 操って、インデックスに人殺しさせるところだったんだ! こいつが壊されるのは当然の 『 罰 』 だ!」

「だったら俺らも 『 罰 』 ってのを受けなきゃなんねーんじゃねーのか? うかつに喉の魔術に触っちまったからこんなことになったんだしよォ……」

「……ッ!」

「チッと落ち着けよ、上条。『 何も殺すこたァねーだろ? 』」


上条当麻はしばらく苦い顔をしていたが、やがて右手の力を抜いた。


「……悪い」

「いや、俺こそワリかった」


それだけで大体の意思疎通はできたようである。
少年らはお互いに苦笑を交し合い、魔術師達はどこかほっとしたように肩を落とす。


「――現状の確認を完了」

インデックスが再び口を開く。

「現在、この自動書記および禁書目録を攻撃する意志を持った人間はこの空間内に存在しません。
次の行動を打診……術者・ローラ=スチュアートとの交信は確認できず。自動書記はこの場における最良の判断を実行します」


「な……!?」

「なん……だと……?」


魔術師2人は絶句し、よろめいた。



ハテナを飛ばす少年二人を無視し、ステイル=マグヌスは「あの女狐……」と呟いた後、「いや、それよりも」と頭を振った。


「『 この場における最良の判断を実行 』 だと? ……ありえない」

「何がだよ?」

上条の質問をまたもステイルは無視する。代わりに神裂が答えた。

「『 自動書記 』 はその名の通り、自動操縦型の魔術です。しかしその動作は自動ゆえにごく単純」


たとえばスプリンクラーは炎を感知して水を撒き散らすことはできる。だがそれだけだ。
感電の危険がある場所を選りわけて消火するなんてことは不可能である。
それと同じに、『 自動書記 』 もあらかじめインプットされた行動しかできない――はずなのだ。


「けれど今の彼女の言動には、『 自分で選択し行動する 』 というニュアンスが含まれています。だからありえないんです」

ステイルは落ち着いたのか、落ち着くためか、タバコに火をつけた。

「魔術はどんな系統だろうと術者とつながっている――鎖につながれた犬みたいにね。どうやらその『 鎖 』が、上条当麻、君の『 右手 』でブチンッと断ち切られてしまったらしい」

「しかしその場合機能停止に陥るのが普通ですよ。やはりこの状況は……異常です」

「つまりこういうことか? 『 自動書記 』ってやつは今……自動を超えた『 自立書記 』になってる?」

「「Exactly(その通りだよ/です)」」



「でよぉ~、コイツはこれから何しようってんだ?」

「はい。この自動書記の最重要目的である『 首輪 』の防衛は既に不可能となっています」

会話というか、応答をしたことに一同はぎょっとした。

「したがって現時点より最重要目的を『 総体意識の保持 』にシフトしました。対象はこの自動書記です。……現時点において最も脅威のある力を認識。仮名称 『 透明の戦士 』」

ギョロンとインデックスの瞳が東方仗助を向き、彼は思わず身を引いた。


「観測開始……失敗。解析……不能。残存する魔術書による対応策の検討……不明。
今後同様の力を有する敵対者が現れた場合、この自動書記は深刻な被害を受けると予想されます。
『 透明の戦士 』 は個人名・東方仗助の生命に大きくかかわるものと結論。したがって、東方仗助に対する解析が現時点で最も有効な策と判断しました」

「……なぁ、もうチッと俺にもわかるよーに説明してくんねえ?」


答えはない。


「対象者・東方仗助を解析……失敗。対象者の能力(生命エネルギー)を外部から観測することは不可能です。したがって、内部からの観測を行います。
判断の検討……許可。『転送』の『扉』を開くため、一時的に対象者の思考力・精神レヴェルを大幅に下げる必要があると思われます。手段の検討……完了」

「寝そうなんだがよ」

「許可しません」

「うおっ」

自動書記は唐突に仗助の頬を両手で挟んだ。

「術式の移動を検討……許可。残存する情報の転移準備……完了。すべての情報はこの自動書記の管轄化に置かれました。午後七時四十六分、転送を開始します」



ズキュゥゥゥン。




いやむしろズキーーーン……。といったところか。

瞬間、ステイル=マグヌスの咥えタバコが灰になり、神裂火織の七天七刀がメシッときしんだ。
上条当麻がトマトになって、声もなく二人を指差す。

東方仗助はこちらをガン見する瞳を、これまたガン見していた。
唇になにやらやわらかい感触がする。


――おお理解。思考力ね。なるほどガッツリ削られた。納得――いや、やっぱり解せぬ。


『――完了』


頭の中で声が響くと同時、インデックスの体ががくんと沈んだ。
その体を上条当麻が慌てて支える。
東方仗助は腰が砕けたままズリズリと退って、口元を押さえた。


「ぐ、グレ~~ト……俺のファーストキスが……」

「純愛派……なんだな」


この状況だけでも相当なのに
同じポーズで石化する 『 透明の戦士 』 をも目にしてしまった上条当麻は
それでも、ようやっとそれだけを口にした。




  ~~~


『 まったくよくもやってくれたな木が足りないので割愛。
一応君らにも知る権利はあると思うので、あの子とあの子を取り巻く環境について説明してやろう。
僕らの所属する必要悪の教会(ネセサリウス)のほうでは一刻も早く禁書目録を取り戻したいようだったけれど、僕達をだましていたことについて問い詰めたらあっさり現状維持ときやがった。

そうそう、だますといえば「自動書記」の行方については、あの場にいたものだけの秘密ってことにしておいてくれよ。
彼女の「鎖」がすべて砕かれたと知ったら、さすがに教会側も行動を起こすかもしれないし、その原因が魔術の自立化なんて荒唐無稽もいいところだ。
僕なら馬鹿か阿呆の疑いをかけるだろう。


さて、いくつか疑問があるだろうから解説しておくよ。

まず、あの時――思い出すのもクソ忌々しいが、あの「純愛派事件」の時――何が起こったのかについて。
結論から言わせてもらうと、「自動書記」はあの子の保護を放棄した。
なぜか? 答えはたった一つのシンプルなものさ。
「自己防衛」だよ。
アレは自立化した瞬間、あの子や「書庫」の防衛よりも自らの保身を優先したんだ。
だからあの場で最も未知のパワーを持つあの忌々しいコンチクショウに「よりしろ」を変えた。
あのヤロウの中に入ってしまえば、少なくともあの未知の力(透明の戦士? だっけ?)で攻撃される恐れはないしね。
それだけだ。他意はない。多分、絶対に。

問題なのはここからだ。
アレは行きがけの駄賃に――あの子の蔵書(まあ、十万冊にも満たないだろうが)を勝手に複製して持ち出してしまいやがった。


「禁書目録・劣化版コピー(アナザーワン インデックス)」の完成だ。一大事だよ。
露見したら、僕らだってタダじゃおかれない。
「自動書記」の行方を秘密にしてるのはそのせいでもあるのさ。

結果的にあのコンチクショウや君を庇う形になったのは誤算だが。まったく、返す返すも誤算だね。

まっ! そういうわけで、せいぜい枕を高くして寝やがるといいさ。

あと、間違っても魔術書を開こうとしないことだ。今は自動書記が管理しているからいいが、常人が見たらほぼ確実に狂って死ぬ。
僕としては一刻も早くそうなって欲しいと願っているがね。


次にあの子自身について。
あの子はまだ魔術を使えないはずだ。
彼女の魔力は、長年自動書記の管轄化に置かれていたからね。
今の彼女はガソリンはあるけどエンジンのない車のようなものだ。論理は知ってる。魔力もある。けれどそれを解放する術を知らない。って具合に。
彼女はまだか弱い一人の女の子に過ぎないってことを忘れるんじゃないぜ。


というわけで、彼女はしばらく君に預ける。ちなみに、これは別にあきらめて君にあの子のことを譲ると言う意味ではないよ。
僕達は情報を集め、しかるべき装備が整い次第あの子の回収に挑むつもりだ。
寝首を掻くのは趣味ではないので、首はよく洗って待っているように。



P.S. 東方仗助の下唇をひきちぎってくれるなら、全財産君に譲渡してやる』



「……なんだそりゃ」

「あ。とうま!」

「うおっ!?」


ボンッ。

爆発音と共に、手紙は跡形もなく消えた。


「~~ッぅ~~! あのヤロー、あの後どこかに消えたと思ったらこんな手紙寄越してきやがったと思ったらこんな手の込んだ嫌がらせしやがって……!」

「仕掛け式のルーンだね。きっと誰かが読み終わったらこうなるようになってたんだと思う」

「解説どうもインデックスさん!」

爆発の衝撃にヒリヒリする手を振って、上条当麻は「不幸だ……」とため息をついた。


「あ」

「ん?」

と、インデックスの歩みが止まる。
つられて上条当麻も足を止め、彼女の視線を追った。

自動販売機がひとつ。
その赤いベンディングマシーンは種類は豊富だが選択に困ると言うことを上条当麻は知っている。
側面には打撃跡のようなものがいくつも重なって残っていることも知っている。

そのよく知った自動販売機の前で、人差し指をかまえたまま動かない人物が一人。
その姿に、覚えがあった。



上条当麻は歩み寄り、彼の隣に並んだ。


「どれもこれもコメントに困るラインナップだよなー」

東方仗助は彼をチラッと一瞥した。
上条当麻もなんとなく自販機を見つめながら続ける。

「あー……あのあとどうだよ? 『 透明の戦士 』 調子いい?」

「さぁ、あれから出たり入れたりの練習はしてんだけどよ~……当麻はよぉ、いつもどれ買ってんだ?」

「そりゃ、あー……」

「あん?」

「いや、仗助くんは炭酸は飲める派ですか」

「フツーに飲む派」

「なら 『 ヤシの実サイダー 』 とか、この中じゃ結構クセがないほうだぜ」

「じゃーそれ」

ガダゴンッ。

「あと言い忘れてたけど」

「あったかッ!!」

「この自販機よく壊れてっから」

「先に言えよおめーよぉ~~!」

アチアチと指先で缶をいじくっていた東方仗助の動きが、不意にピタリと止まった。


「――警告。第一章第二節。本体・東方仗助がイレギュラーと認識した物体を確認。……危険性は皆無と判断」

プシュッ。
暗い目でぶつぶつとつぶやいた末、東方仗助はプルタブをひいた。

「味も見ておきます」


ゴバゴバゴバゴバッ。
すがすがしいほど一気飲み。
のち、目に光が戻ったかと思うと、東方仗助は缶を握りつぶした。


「これなんとかなんねーのかよぉ~『透明の戦士』? の使う練習してる時もしょっちゅう出てきて練習になんねーしよ~」

「いや、見てる分には面白いぞ」

「私は昔の自分見てるみたいで複雑なんだよ」

「おめーだけだぜインデックス~」

「うんうん、最近の能力者は体を乗っ取られたことがないから困るんだよー」

「あれちょっと待って、上条さんハブ!?」


あれこれと騒ぐ上条一行を見つめる瞳が、二対あった。



「楽しそうだね……忌々しいくらい」

「彼らはあの子にとってのヒーローなんです。楽しいのは当然でしょう」


ステイル=マグヌスは神裂火織の言葉にフンと鼻を鳴らした。


「すべては偶然だよ。
あの子が学園都市に迷い込んだのも偶然だし、東方仗助が下らない思い付きをしたのも偶然、上条当麻があの本を選んだのも偶然だし、あの雑誌にあんな記事が載せられてたのも偶然だ。
……彼女が救われたのは、偶然の結果さ」

「けれど、もしこの世界が偶然の積み重ねでできているとするなら……感謝するべきでしょう。私達を引き合わせた、この『運命』に……」


今度は否定の言葉を口にすることなく、ステイルはもう一度インデックスたちを目に映した。
神裂火織も黙して彼女達を見守る。


「『運命』か……人の出会いってのは、運命で決められてるのかもしれないな……」


こうして――。
夏休みのとある日々は、多くの人間にとって当たり前に過ぎていった――。



              → TO BE CONTINUED....




とりあえず第一章、完ッ!
せっかくのお披露目だったのにペンデックスさんが出張ってごめんよCD。

というわけで今日はここまでです――。


ちなみに承太郎さんは出るんですか?



間田「ここまでご拝見……? ご拝読……? ドーモありがゴニョゴニョ……
で、>>173-174ォ……『出るか』なんて考えなくていいんだよ……>>1がんなもんよぉ~~~~考えてるわけがねーだろーがよぉ~~~~~~」ボソボソ

サーフィス「いちおー大筋はあるンスけどねぇ~気分によって挿入するかもって話ッス。
んで、どーしても入れれソーにねーのはこんな感じに消化していくんでぇ~(よーするに俺らは出てこねーってことね)」

間田「いや構想はあったんだよ、まじめによ、上条当麻に上っ面ってそげぶ対決とかよ~」ボソボソ

サーフィス「ぶっちゃけただの殴りあいッスよね」

間田「それにこれ以上自立タイプが増えたら収拾つかなくなるとか何とか」

サーフィス「で、ボツッ!」ギャハ

間田「野郎! (バギアッ) あいいいいィ!でえーーーーッ!!」

サーフィス「大丈夫ッスかァ~~バカっスねェ~~俺『木』なんスよ……」

間田「うるせえッ!! もう行くぞ、俺のクツ拾ってこい!」

サーフィス「うィ~~~ッス」


サーフィス「マァ~~そーゆーわけでェ、第二章のとっかかりはチコッと遅くなるかもしれねッスけど、気長に待っててくれると嬉しッス、ハイ。そんじゃま、あざざ~っしたァ~~」


おはようございますッ
気持ちのいい朝だから投下するよー






第八話「昼下がりの一大事」







 意外だと思われることが多いが、御坂美琴は根暗である。
少なくとも根暗思考である。と、本人は思っている。
笑顔を振りまき、人当たりよく接することは誰だってできる。要はその笑みに何が含まれているかだ。


私の場合は厭世だ、と御坂美琴は考える。

いや、厭都市、といったほうがしっくりくるだろうか。


何もマジで自分の住むこの 『 学園都市 』 を嫌ってるわけじゃあない。
ただ、こういう夜はどうしてもひねくれた気分になるのだ。



舗装された道を決められたとおりに歩く通行人。
ほーら、歩行者の美しい幾何学模様ができているだろう?
作り上げた人間たちの几帳面さ、そして他者への興味のなさがよく分かる。


「ね~~~え、いいだろお~~~? ちょこっとそこまで遊びにいこおぜぇ~~~?」

「常盤台のお嬢様の制服じゃん。いやしかしほんとカワイイねェ~」

「おーおー、おめードコまでイってナニする気だよお~~」


ギャハハハハ。

本当に、こんな夜はいやになる。
御坂美琴はため息をつきたくなった。

別に、道行く彼らが薄情と言うわけではない。

誰だって自分がかわいい。私だって自分がかわいい。

だから見てみぬふりをするのは当たり前。
見ず知らずの人間のために、そんなことする(柄の悪い不良どもに囲まれている女の子を助け出す)奴がいるとしたら、そいつはただの馬鹿か……


「アァ!? ナニ見てんですかァ!? テメーッ!!?」

「はぁ……見るっつーかなんつーか……その子嫌がってんじゃねースかね~……」

「すっこんでろよハンバーグ頭がぶしッ!!?」


……ちょっぴり中身がマシな同類か。

温厚そうに近づいてきたくせに容赦なく不良そのイチをぶん殴ったレトロ髪の男を見て、
御坂美琴はそう結論付けた。


「アァ~~ッてめーよくもサブをッッ!!」

「ブッ殺してやるッ!!」

「あぁ~!? 上等ッスよコラァ~~!! かかってきやがれェァ!!」

「え、ちょ……!」


言う前に御坂美琴の目の前を、不良そのニがぶっとんでいった。
レトロ髪の乱入者はそれを見もせず不良そのサンの顔面をえぐる。
そこに不良そのヨンが後ろから蹴りを入れた。
ふらついたレトロ髪を持ち直したそのサンのボディーブローが襲い、さらに横っ面を張り飛ばされて、レトロ髪は地面に倒れこんだ。

思わず駆け出そうとした御坂美琴は、次の瞬間ギクリと足を止めていた。


レトロ髪はニヤニヤ笑っていた。
唇を切ったらしく口元から血を流しながら、それを指でぬぐいながら明らかおかしなテンションの笑みを浮かべていたのだ。



「な、なにがおかしいんだよぉ~~」

「ハァ~~? おかしい? おかしいって? グレート! 知能がバカなのかよぉ~てめーはよぉ~おかしいわけねーだろ……
チッともおかしなことなんてねーーーッ!ぞコラァーー!!」

「ぎゃああーーッこいつおかしい!」


その通り。完璧イッてる。

多分本人もなんで笑っているのかそもそも笑っているのかすらわかってない。
ギャーハハハハハーと奇声を上げながらそのサンの顔面に膝を打ち込む。
逃げようとしたヨンの襟首を掴んで頭突き、のち前蹴り、おっぱああ!! と腹を押さえてがら空きになった延髄に組んだ両手を叩き込む。

レトロ髪は瞳孔開いた目をギョロッと残りの不良に向けた。


「て、ててててめえ!」

「なななめてんじゃにぇーぞ!!」


レトロ髪は(ゲーム的なたとえだが)防御を全部攻撃に変換したようなケンカっぷりだった。

相手から殴られても蹴られても意に介さない。
手近の相手を一匹捕まえてはボコボコにする、をひたすら繰り返す。
またベッコベコの顔面になった不良が一人、御坂美琴の足元に放り出された。
御坂美琴は思わず目を背ける。


彼女は、ある程度の荒事には慣れているつもりだった。
だがそれはあくまで能力者同士の抗争のこと。

彼女の場合は電撃で。だから血を見ることなど滅多にない。
彼女はまったく知らなかった。

人を拳で殴るとどんな音がするかだとか。
殴られた人間がどんな風に苦しみどんな怪我を負うのだとか。


「……ッ!」


返り血を浴びた人間の笑顔はどれだけ壮絶なのかだとか。

ふらふらと後退りした彼女の腕を、誰かが掴んだ。


「こっちだ!」


いつの間に現れたのか、ツンツン頭の男がなれなれしくもこっちの腕を掴んで輪から引っ張り出そうとしているのだ。



「だ、誰よアンタ?」

「いいから早く! 俺はさっき来たばっかでよくわかんねーけど不良のケンカに巻き込まれてんだろ!?」


叱責され、御坂美琴は初めて自分が乱闘の中心にいることに気づいた。
ということは、この男はわざわざ危険を冒してここに来たということか。

自分のために? 自分を助けるために?


「どこも怪我はねーな!? 大丈夫か!? 顔真っ青じゃねーか!」

「あ……」


へえ、この町も中々悪くないと思った


「どうした! 腰ぬけたか!? ああクソッ、大体なんでこんな時間にガキがうろちょろしてんだよ、見た目はお嬢様でもまだまだ反抗期も抜けてねーガキってことですかい……?」


瞬間ズドーンと落とされた。


「きっ……」

「木?」

「聞こえてんだよッッッダボがァァーーーッッ!!!」


学園都市に7人しかいない 『 超能力者<レベル5> 』、
超電磁砲(レールガン)の力を余すことなく放出した結果、乱闘中の不良ごと 『 ダボ 』 は黒焦げになった。


「……!」


はずだった。



  ~~~


はじいたコインをまた掴む。
指のコイン越しにボーーッと眼下の町を見下ろしていた御坂美琴は、不意に勢いよく身を乗り出した。


「あいつッ……!!」


階段を使うのももどかしく、御坂美琴はそのまま歩道橋から飛び降りた。




「すッ……すげー! グレート! ビューティフル! 本当に今朝踏んづけて壊した携帯が直ったぁーー!!」


上条当麻は狂喜した。
理由は上記のとおりである。


「すげーよお前のこの力! あなた(携帯)がそこにただいるだけで、不幸だった気分が幸せ街道を時速240キロで駆け抜けるッ! 
ヴェリーナイスですよ仗助くんー! 天使のような存在だぁお前はァーー!!」

「おーおー、現金なヤツだなおめーはよぉ~」


今にも抱きつかんばかりの上条に反比例して、東方仗助はヴェリークールである。
両手を広げて飛びついてくる上条の頭をだるそうにグイグイ押しやっている。


「いえいえマジに! 感謝しているのですよ!」

「まぁ、今こーゆーことができるのもおめーのおかげだしィ、気にするこたぁねーよ」


つまるところ、以前はこんな風にほいほいと 『 力 』 を行使することはできなかった。
原因は彼の中にいる 『 自動書記<ヨハネのペン> 』 である。

『 透明の戦士(仮) 』 の観測のためか、力を使うたび意識を乗っ取られる。
それどころかほんのささいな事象(水が冷たくてビックリとか滑って転んでこけたりとか)でも意識乗っ取りのきっかけになる。
本体を守るためだというのが自動書記の言い分だ。

(「警告第何章何節」とか言って出てくるけどぜってえテキトーだろ。おめー出てきてぇだけだろ。との東方仗助の追求にはノーコメントだった)

はなはだしくは便器の前でジッパーを開けたところに出てきたこともあったので、一度腰を据えて話し合うことになった。
方法はごく単純。


①東方仗助が自分の意見を録音する。

②録音したテープを上条当麻が自動書記に聞かせる。

③自動書記が意見を録音する。

④上条当麻が東方仗助にテープを聞かせる。


以下繰り返し、アイデア提供者は上条当麻である。
そこで決められた協定は


一.東方仗助は自動書記に体を提供する。『 透明の戦士 』 の解析も許可する。

一.自動書記は東方仗助の許可なしに意識を乗っ取らない。

一.自動書記は東方仗助およびインデックスおよびその周辺の人物に危害を加えない。


三行にまとめるとこんな感じだ。
かくして脅威は去った。
となればもう、これから力は使いほーだい直しほーだいというわけである。
そして今日一番が上条の携帯だった。




「不肖この上条当麻! この恩は墓に入るまで忘れませんッッともッッ!!」

「じゃあ代わりといっちゃなんだけどよー飯の作り方おせーてくれよ」

「ははっ! このわたくしめのオットコ料理でよろしくばっ!」

「なんか俺がやるとすげーまじーんだよなぁ~もったいねーから材料別に 『 なおして 』 冷蔵庫に入れてんだけどよぉ~」

「なにそれ便利すぎません!?」


わいのわいのと騒ぐ上条当麻に、ふっと影が落ちた。
見上げればそこに短パン。


「……!?」

「あんたァァーーーッッ!!」


身をかわせば、さっきまで上条たちがいたところを重いキックがえぐった。
飛び降りてきた少女は、二人――いや上条当麻をビシィッと指差す。


「なんであんたがそいつと一緒にいるのよ!」

「まず出会いがしらに攻撃してきたことに対して言うことはないんかい、ビリビリ中学生!」

「ビリビリじゃない! 御坂美琴様と呼べ! ……じゃなくて! なんでアンタがその不良と一緒にいるのよ!」

「その不良……っておいおい、人を見かけで判断するなよな。確かにこいつは不良っぽいけど……これはあれだ、ファッションみたいなもんだ、な?」

「嘘付けッ! ……もしやとは思うけど、因縁つけられてたんじゃないでしょうね」


ギロッと睨まれて、東方仗助は困ったように頬を掻いた。


「はぁ? なんで俺が仗助に因縁つけられるんだよ?」

「あんたは黙ってなさい! ちょっとあんた!」

「どっちもアンタでわかりにきーなオイ」

「うるさいわね! とにかく、このアホに構う時間と精神の余裕があるなら、とっとと失せたほうが身のためよ。
前みたく電極刺したカエルの脚みたいにヒクヒクさせられたいわけ?」


言ってまたビシィィッ! と指差せば、
不良少年は「はぁ~~~……?」と頭を掻いた。


「なにボケた顔して……ってまさか…………あんた、忘れたの? この御坂美琴のことをッ」

「あぁ~~……悪ィけどよ~どっかで会ったか?」


御坂美琴は見る間に頬を染めた。
恥じらいではない。念のため。


「このみそっかす! 悪いのは頭の趣味だけに……」

「いわせねえよ!?」


瞬間、奇跡のような速度で上条の手が御坂美琴の口をふさいだ。



ドドドドド
ドドドドドドドド
ドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドド


「……」

「……」

「……」


緊張した面持ちの上条。
つられて唾を飲む御坂。
そして東方仗助は顔を上げる。



「みそっかすはよぉ~ひでーよ、なぁ?」


「あ、ああー! そうだな! さすがにみそっかすは酷いよなぁー!」

「むごっ! むごぉ~!!」


と抵抗する御坂美琴に上条当麻は顔を近づけた。


「いいかビリビリ。命が惜しかったらあいつの頭の事はとやかく言うんじゃねーぞ」

「……~~!」


至近距離にますます頬が染まる。
それを酸欠と理解したらしく、上条当麻は「あ、わりぃ」と言って彼女を解放した。


「ふっ……ふっ……!」


御坂美琴はふらふらとその辺の手すりにすがりついた。
耳まで真っ赤である。
心拍数は収まるところを知らない。
演算がめちゃくちゃになって体が勝手に放電する。


「ふっ……!」

「ひっひー?」

「ふぅ?」

ワナワナワナッ。


「ふざッッけんなァァーーー!!!」


ドゴーンッと雷が落ちた。




「待ちなさいあんたら! 逃げてんじゃないわよーー!」

「なんであいついきなり切れてんだよぉ、神裂もだけどあいつも相当のプッツンだぜぇ~!」

「まったくだまったくだぜまったくその意見には同調せざるを得ない!」

「なんですってェー!? 人がせっかくあんたを心配……するわけねーだろォーー!!」

「うわあああ!? なんなんですかもおォー!?」



  ~~~


 上条当麻の朝は遅い。
どだい、高校生男子に一人暮らしさせて、規則正しい生活を送れというほうが無理な話だ。
というわけで今朝は腹ペコシスターに頭を噛まれての起床となった。


「だああーーッ! 不幸だァ~~~!」

「おははへっはんふぁほ、ほうは!」

「お腹減ったのはわかったから俺を食わないで! 
……ううくそっ、まだ七時半じゃねえか……補習に間に合うぎりぎりまで寝てるつもりだったのに……」

「とうま、おなかへったんだよ!」

「はいはい……ってうおお!? なんじゃこりゃ!?」


ベッドそばのテーブルには結構な量の封筒と紙が散乱していた。


「なにって、手紙だよ?」

「そんなことはわかってんだよ。俺が聞きたいのはッ どうして見慣れぬ開封済みの手紙がここに散らばってんのかってことだ!」

「下の郵便受けから取ってきたんだよ」

褒めて褒めてと言わんばかりにフフーンと胸を張るシスターの鼻にチョップが炸裂した。

「ひだーい! なにするのかな!」

「お前だ! 人の手紙を無断で開けるなんて、どういう神経してんだよ!」

「だって魔術のロックも封蝋もされてなかったんだよ、だったらみんなの手紙だもん、開けていいに決まってるんだよ!」

「どこの世界の常識だッ……って、そうか、お前の世界の常識か」


上条当麻は燃え尽きるほどヒートした頭を気化冷凍した。
どっかとあぐらをかいて座り、インデックスにも座るよう促す。


「いいか? 教会ではどうだったか知らねえけど、ここでは人の手紙を見るのは悪いことなんだ。もう絶対にしないでくれよ?」


そこでなぜか、インデックスはじとーーっとした目でこちらを見つめてきた。
わかったよとうまごめんなさいなんだよグスングスンはははよきにはからえ的な展開を予想していた上条当麻にとってこれは予想外の事態だった。




「な、何だよその目は」

「なんか怪しい。ここは科学の町なんでしょ。なら大事な手紙にはロックくらいかけるんじゃないのかな。
ボタンひとつで助けが呼べるくらい発展してるのに、手紙だけ無防備なんて変なんだよ」

「妙なところで知恵まわしてんじゃねえ! だいたい俺が嘘ついたことなんてあったか?」

「あるよ」

「即答ッ」


「テレビは小人が出入りする箱だとか、掃除機はごみをエサとするバイオ生物だとか、バスの特急はジェットコースター並みに早いとか……
自信満々に言ってじょうすけに大笑いされたんだよ」

「うっ」


過去の俺!
あのくだらない遊び心は予想外の結果を生んだぞッ!

……って違う違う。
上条当麻は頭を振る。


「いや確かに一理はあるかもしれんが、これは本当だって。本当」

「ふぅ~~~~ん」

「信じてくれってマジで……」


言えば言うほど疑惑を深める状況に、上条当麻は心底嘆いた。


「いいもん。じょうすけに聞けば本当のこと言ってくれるんだよ!」

「っておい、お前朝っぱらから押しかける気か?」

「もうお昼すぎなんだよ?」

「ふーん…………」




「って、え」

目覚まし時計が止まっていた。




「ふ、不幸だーー!! インデックス、飯は冷蔵庫になんかあるから適当に食っといてくれ!」

「あ、逃げる気だね!」

「補習なんだっつーの!!」


ドタバタと出て行く上条当麻を、
インデックスはふくれっ面のち、ベーーッと舌を出して見送った。



シスターインデックスは考える。


「とうまはああ言ってたけど、やっぱり怪しいんだよ。ここははっきりさせておかないと、これからまたとうまにからかわれちゃうんだよ……!」


そこで彼女は隣の部屋のドアを叩く決心をした。

「……?」

ノックしようとした手がふととまる。
扉の郵便受けに、真っ白な封筒が挟まっていたからだ。
シスターはそれを抜き取って、改めてとんとんとドアを叩いた。


「じょうすけ、じょうすけー」

「おー、インデックスじゃあねーか。どうした?」


ガチャッという音と共に見慣れた髪型が出迎える。


「人の手紙って見ちゃいけないの?」

「……藪から棒にホントになんだよ。マー、基本駄目なんじゃあねーの?」

「本当だった」

「あん?」

「なんでもないんだよ。はい、じょうすけに手紙だよ」

「あー、これ届けに来てくれたのか。ありがとよぉ」


そこでインデックスは、その手紙に差出人どころか宛名もあて先も書いてないことに気がついた。
あれで目的地に届くのかな?
『 届くのかも、ここは教会とは全然違うもん 』。

そして東方仗助の顔を見て、インデックスは再び小首をかしげた。
まるで虫嫌いが虫を触ったときのようないやーな顔をしていたのである。

裏を見て、表を見て、またいやーな顔。
その場でベリベリ封筒を破いて中身を確認する。
手紙を開いて目を走らせる、その間東方仗助は無表情だった。といってもそれは十秒にも満たなかったが。

東方仗助はすぐインデックスの視線に気づくと表情を和らげ、手紙もポイッと適当なところにほうってしまった。


「ところでよぉ~おめーのとこは平気だったか? 停電」

「テーデン?」

「昨日どっかの誰かさんのせいで電気が止まっちまってよぉ~おかげで冷蔵庫の中身全滅だぜ。もったいねえよなぁ~」

「冷蔵庫……!?」


カッとインデックスの目力が強まった。
出て行く寸前の上条当麻の言葉が脳内をよぎる。縦横無尽によぎりまくる。



 ――冷蔵庫になんかあるから適当に食っといてくれ!

   ――冷蔵庫になんかあるから適当に食っといてくれ!

     ――冷蔵庫に……!



インデックスの瞳が絶望に染まった。
どうしよう。
未曾有の大ピンチかも。



「ああ……ッ あああぁぁ……!」

「おいなにもよ~~そこまでショック受けるこたぁねーだろぉがよ~」

「だって! つまり今の状況は! 今日一日食事をせずとうまの帰りを待たなきゃいけない! ということなんだよ!」

「おいおい、誰か忘れちゃいねーかぁ……?」

「一体何を……ハッ!?」


シスターは瞳に光を宿らせて少年を見た。


「じょ……じょうすけ!」

「ところで俺ァ魔法のカードを持っている!」


ドジャァァーーン。

少年はさっきの封筒を拾い上げ、『 魔法のカード 』 とやらを取り出した。
海苔のように真っ黒なカードだ。


「魔法?」

「そーそー。これさえあればよぉ、どんなものでも好きなだけ買い物ができるんだぜぇ~」

「どんなものでも!? 好きなだけ!?」


チラチラ鼻先で振られるカードを、インデックスは首ごと動かして追いかける。


「もちろんメシだろーがなんだろーが、いっくら食っても……このカードを見せりゃ……」

「見せれば……!?」

「タダだ!」

「きゃぁぁあ~~!」

「わーッはっは~~! つーわけで外食でもいくか~インデックスよぉ~」

「ほんとになんでもいいの!?」

「おう、いっくらでも食べていいぞ、いくらでも。すべてこの仗助くんに任せなさ~い!」


使う言葉は頼もしいが、そこに一種捨て鉢なものを感じてインデックスは首をかしげた。



「「……」」


が、すぐ忘れた。
寮を出たところに名状しがたいものが落ちていたからである。



「……」

「人が倒れてるよ」

「巫女が倒れてんな」

「つまり巫女の人が倒れてるんだよ!」

「でもよぉ~なんでこんなとこにだよ? ここは寺じゃあねーぜ(マッ、見りゃわかるけど)」

「まさか……これが噂のジャパニーズ IKIDAORE!?」

「噂になってんのかよぉ、ヤベーな日本」

「この症状の人には何か食べさせればいいって聞いたことがあるんだよ! 
和食ならオスーシ、洋食なら靴底くらいのステーキを!」

「巫女さんだしなぁ~和食のほうが利きそうな気がするぜ、なんとなくよぉ~えーと、この辺に寿司屋は……」



「つ……」


そこで初めて倒れていた巫女が言葉を発した。


「つっこみ。不在」




  ~~~


「なーんだ、おなか空いてたんじゃなくて食べ過ぎてたんだね」

「くいだおれ。とも言う」

「しかし本当に倒れてるこたァねーだろーがよぉ~~なにもよぉ~~」


回る寿司屋のカウンターに三人は並んで座っていた。
向かって左からシスター、巫女、リーゼント。
一体どういう関係なのか、傍から見たら予想がつかない。そうでなくともわんこそばのごとく秒単位で皿を重ねるシスターは目立った。

が、彼らは全く自覚していなかった。(もしくはしていても無視している)


「そもそもなんで倒れるほど食ったんだぁ?」

「帰りの電車賃。600円。全財産。500円。買いすぎ。無計画。だからやけぐい」


巫女はごく自然な動作で目の前を流れるプリンを取った。


「腹いっぱいなんじゃあなかったのかよ」

「デザートは。別腹」

「ふーん……で、帰れんのかよぉ、それで?」

「……100円分歩く」

「じゃー貸しとく」

「え。悪い」

「いーんだよぉぉ~~~俺なんか今日は心が広いからよぉぉ~~~」

「どちらかというとやさぐれているように見える」


カウンターに突っ伏したまま「あっやっぱそお?」と東方仗助は笑った。
自覚はしていたらしい。



「そーいや自己紹介まだだったな。俺は東方仗助。で、こっちが」

「ふぃふふぇほほふんはほ!!」

「口のモノ飲み込めよおめーはよぉ~~」


んぐっんぐっぷはぁ~~っとお茶を飲み干してシスターは慈愛スマイルを浮かべた。
心なしか後光が射したようにも見える。


「私はイギリス正教の修道女です。名はインデックス。どうぞよろしくお願いします。アーメン」


「ほっぺたに米粒ついてんぞオメー」

「うあぁあんまりなんだよ! せっかくそれらしく見えるようがんばったのにー!」

「ほれ拭く拭く」

「うむむむっ……ぷはぁっ。ところであなたは? 見たところ日本の同業者みたいだけど。かんなぎ? 東洋系の占星術師なのかな?」

「私。そういうのではない」


巫女服の少女は無表情のまま言った。




「私。魔法使い」





「名前は姫神秋沙」

「……へ~~」



「魔法使いィイ!? 魔法使いってなんの魔法使い!? 
カバラ!? エノク!? ヘルメス学とかメルクリウスのヴィジョンとかグノーシス主義とか!
どれにしたってそんな格好でできる魔術じゃあないんだよ! 服飾品の影響を舐めてるんじゃないかな! 
それでシャーマンならともかく 『 魔法使い 』 を名乗るなんて片腹痛くておへそが茶を沸かしちゃうんだよ!」


「おちつけよインデックスよぉ~~世の中広いからおめーの知らねー魔法使いがいたっておかしくねーだろぉ」

「じょうすけは黙ってて!! とにかく! 魔法使いと名乗るくらいなら専門と魔法名とオーダー名を名乗るんだよ!」

「私。魔法使い」

「それはもうきいたんだよ!」

「これが証拠」


姫神秋沙は懐からペンダントを取り出した。


「ローマ十字……だから何」

「魔法使いっぽい?」

「っぽい!? 今っぽいって言った!?」

「インデックスよぉ~~そんなバンバン机叩くんじゃあねーよ」

「じょうすけは……!」


そこでズボッと口に何かを突っ込まれ、インデックスは口を閉じざるを得なくなった。
姫神秋沙はスプーンを突っ込んだままの体勢でしばらく硬直していたが、やがてプリンの器をインデックスの手に持たせた。


「あげる」

「やっぱ食えねーんじゃあねぇか」

「違う。気分の変化」


インデックスはすとんと席につくともぐもぐこくんとプリンを飲み込んだ。


「まぁ……自称したって実害があるわけじゃないから今日のところは許してあげるんだよ……
コレは決してプリンにほだされたとかそういうわけじゃなくって……」

「あーあー、アイスも頼んでいいからこの話は終わりにしよーぜ」

「いえすさー!」



「でもよぉ~~巫女さんじゃあねーならどーしてそんな格好してんだぁ?」

性懲りもなく杏仁豆腐を手に取る姫神秋沙に、東方仗助は問うた。

「いろいろあった。私の趣味じゃない」

「なら着替えたほうがいいんだよ。その服とペンダントはあまり相性もよくないしね」

「それはできない。それに……これはもう付けれない」

言って、姫神秋沙は改めて首飾りを取り出すと、カウンターテーブルに置いた。


「鎖が壊れてる。これ」


あっさり言うわりに物憂げな姫神秋沙。
それにインデックスと東方仗助は顔を見合わせた。



「よーし! それじゃあこの仗助くんがちょっとした手品を見せてやろっかなぁ~~」

「私もお手伝いするんだよ、じょうすけ!」

「……?」


首をかしげる姫神秋沙。


「じゃあまずこれをお借りして……ここに置く! んだよ!」

インデックスは卓に置かれたペンダントをとって、慎重に東方仗助の掌に置いた。

「よっく見てくれよぉ~ここまでは何も変わってねぇよなぁ~?」

「うん」

「ここで私がこうやって掌をかぶせるんだよ!」

「ペンダントは見えなくなったなぁ~? そこで俺が力を送ってみる!」

「わあ~一体この中で何が起こってるのかなー?」

「……何が起こってるの?」


2人はニヤァ~~としか表現しようのない笑みを浮かべた。
いたずらを共同で成功させたような笑みだ。


「手をのけるよ~1、2、3」



「「ドジャァァァ~~~ン」」



すると、なんということでしょう! 
そこには綺麗に 『 直った 』 ペンダントが!


「……!!」


コレは手品とかすり替えトリックとかそんなチャチなものではない!

この手触り! この質感! 
鎖の輪の大きさから首にかけたときの感覚までッ!
『 直って 』 いる! 
まさしく記憶にあるそのままの姿に!

姫神秋沙は、少しだけ目を丸くして二人を見つめた。
そして、東方仗助を。


「あなた。魔法使い?」



カチャカチャカチャカチャ
チーン。



「じゅ……10万とんで700円です……」

「んじゃあコレで」

「ブラッ……!? し、失礼しました、かしこまりました、少々お待ちくださいッ」


会計が浮き足立つのを尻目に、姫神秋沙はじっと東方仗助の横顔を見つめていた。


「なんだよ?」

「今のカード」

「あー、ありゃあ別に俺が金持ちってわけじゃあねーよ」

「そうじゃない。今のカード。スピードワゴン財団のマークがついてた。……あなた。SPW財団の人?」

「SPW?」


と首をかしげたのはインデックスである。


「医療とか。慈善活動とか。福祉とか。いろんな事業をしてるところ。世界的組織と言って間違いない。
この学園都市だって経営費の約35%は財団からの寄付によってる」

「「へぇぇ~~~」」

「……自分の町の財政くらい知っておくべき」



そこで背後に気配を感じ、東方仗助は振り返った。

いつの間に現れたのだろう。黒い背広の無表情がそこに立っていた。
それも一人だけではない。二人、三人、十人くらいの男がレジを囲むようにして立っていた。
皆そろいもそろって黒い背広の無表情である。
思わず一歩ひいた仗助とインデックスとは対照的に、姫神秋沙は動じることなく報告した。


「まずい。追っ手」

「おめーの知り合いかよ」

「塾の先生」

「ますますわかんねーよ」

「ここで捕まるわけにはいかない」


姫神秋沙は東方仗助の腕を掴んだ。


「一緒に逃げて」

「……マジかよぉ~~」


 ジャン!



御坂美琴は考える。

昨日のアレは一体全体どういうことだったのだろう。
なぜあの 『 イカレポンチ男 <バーサーカー野郎> 』 と 『 あいつ 』 が一緒にいたのか。
友達なんてありえない。そもそも接点が見つからない。

……ってことはやっぱ絡まれてたんだ。
そんでアイツ馬鹿の上にお人よしだもん。私があの野郎ボコボコにすると思ってとっさに庇ったってわけ、か。


「……まったく、強者の行動よね」


御坂美琴はふつふつ沸騰しかけの鍋のように腸が煮え立つのを感じた。


「わたしがあんな無能力者の不良ごときに、んな大人気ないことするわけないでしょ……!」


いやそれより腹が立つのは、
『 そんな行動できること自体、あいつがこの御坂美琴を見くびっていると言う証拠に他ならない 』 という事実である。


「あいつはッ わたしからッ!『 この御坂美琴からッ! 本気であのイカレポンチを庇えると思ってたのッ!? 』」


あいつはそういうことを平気でやる。
この御坂美琴のプライドを切って捨ててマカダム式ロードローラーでぺっちゃんこにしてしまうのだ。
たったの一言で、ほんの些細な一行動で。


「次会ったらビリビリのベッコンベッコンのヒクヒクにしてやるんだから……ッ!」

「ついでにあのイカレポンチもボコボコにしてや……ッ」


角から不良が飛び出した。


「……る?」



御坂美琴は硬直した。

くだんのイカレポンチは両脇にシスターと巫女を抱えていた。
どちらもそれなりにかわいい。まさか誘拐!? こいつとうとう一線を越えやがったわね!?

と0.3秒の速さで思考した御坂美琴は思わず戦闘態勢をとっていた。


「何やってんのよアンタはァ!!」

「あぁ? あ~~おめー確かアレだ、ビビリ中学生!」

「びっ、びっ、ビビリってゆーなぁ……! って何やらせんのよ!」

「なんだわりかしいいヤツじゃあねぇか」

「いい人なんだよ」

「いい人」

「~~~あんたらッ」

「そのいい人っぷりを見込んで頼むぜぇ~~あれ何とかしてくれ!」

「はぁ?」


見れば、大量の黒い背広の無表情が追ってくるところだった。競歩で。


「なにあれこわい!」

「じゃ、任せた!」

「なに勝手なこと言って……!」

「お願いなんだよ……あいつらに捕まったら私、ナニをされるかわからないんだよ……」

「うっ!」

「私もお願い。さりげに人生の瀬戸際」

「うぅうっ!」


不良の両脇からシスターのうるうる目と巫女のまっすぐな眼差しが放たれる。
実のところ上条当麻に負けず劣らずおせっかい焼きであり先輩気質の御坂美琴はおおいにぐらついた。


「わーこっちくるんだよ!」

「くぅ~~すまねえ、姫神、インデックス、俺はもう走れねぇ……!」

「終わった。最後に祈りを捧げさせて」

「~~~~!!」


そうこうしている間に黒い競歩軍団は迫ってくる。
御坂美琴はごちゃごちゃした脳内を、とりあえず一つの思考にまとめることにした。

すなわち――









「なんかわからんがくらえッッ!!!」








ドカーーンッ。





レベル5の電撃に黒服たちはあっという間に蹴散らされる。

それを 『 まるでヤムチャ 』 みたいな視点で眺めながら、
東方仗助は口笛を吹く。
インデックスと姫神秋沙は「おぉ~~」と拍手した。


「すごい」

「ッぱねーな中坊」

「あの短髪、なかなか役に立つ要員と見たんだよ……」


「ところで。知り合い?」

「それにしては出会いがしらに怒鳴られてたりと険悪だったんだよ?」

「う~~~ん、俺こっち来た当初はチョビッと荒れてたかんなぁ~その時に恨み買ったのかもしんねぇ……」

「それはそうと」


と、姫神秋沙は東方仗助の袖を引いた。


「話がある。あと説明」




「ハァー! ハァー! やれやれだわ……で? こいつら一体……っていねェーー!!」

「ビリビリ……?」


聞き覚えアリアリの声に、御坂美琴は勢いよく振り返った。
ツンツン頭の少年は、マヌケに目と口をオーにしてこちらを見つめている。

学園都市第三位の少女と、その周りに累々と転がる黒服たちを。


「お前……何やってんだ?」



   → TO BE CONTINUED....




――今日はここまでです――

――インデックスかわいいよインデックス――


ヘイ!
もうちょっとしたら投下します








第九話「真紅のハウツー本!」







「か~~~み~~~じょぉ~~~お~~~ちゃぁぁ~~~ん?」

「すみませんごめんなさい申し訳ないと思っていますッッ!!」


自分の腰くらいしかない担任に土下座すること数回。
謝罪の三段活用を口にすること十何回。
床に叩きつけまくった額は赤く、瞳はドブでおぼれるネズミのそれだった。

笑顔のままバキバキと青筋を浮かべていた担任も、そのアワレな姿に何かを感じたのだろう。
養豚所のブタを見るような目で

「もぉ~~次はないのですよ?」

と恐怖政治の宰相のような台詞を最後に解放してくれた。


「はいはぁ~~い、それじゃあ補習授業再開するのですよ~」


ふらふらと席に戻った上条当麻に青髪ピアスが机ごと寄ってきた。
どうせ「こないな衆人環視の中で小萌センセに怒られるやなんて羨ましいわぁ~」とか
「相変わらずの不幸属性やねぇ、まっ! 僕の業界ではご褒美やけど」とかが来るのだろうと聞き流す準備万端だった上条当麻は、
しかし、次の台詞に思わず耳を貸してしまった。


「なぁー……カミやん、あの噂ホンマなん?」



「あの、噂?」

「ほらあの、」

「おお、そこのところの真偽は俺も気になってたところだぜぃ」


土御門も身を乗り出してくる。
そこで小萌担任の視線が刺さったような気がしたので、上条当麻は顔の前に教科書を立てて声を潜めた。


「だから何の噂だって?」

「ほらあの、東方……くんの」

「仗助? が?」

「けちけちしないで教えて欲しいにゃー」

「いや本当に何の話だよ」


珍しく歯切れの悪い青髪ピアス。婉曲的な土御門。
よく見れば他の補習組の生徒もちらちらとこちらを伺っている。

もしや。
と、上条当麻は手汗が噴出すのを感じた。

『 透明の戦士(仮)』 のことか? 
いやいや、ありえん。なんでそんなもんが噂になるんだよ。
いやしかし、あの事件――上条当麻は赤面した――『 東方仗助・純情派事件 』 まで、あいつはあの力を自覚していなかった。

となればどっか別のところで、無意識に力を行使してしまったこともあるんじゃあないか? 
そしてそれが 『 東方仗助の不思議な力 』 として広まってるんじゃあないか? 
いやむしろ、中には自分のように 『 透明の戦士(仮)』 が見えてしまった奴がいる可能性も……

やばい。それはやばいぞ。
だって 『 透明の戦士(仮)』 のことが知れたら芋づる式に 『 自動書記 』 や魔術師関連のことも理事会の耳に入る恐れがある。
そうなったらインデックスは――


「なぁ~~『 東方仗助・リアル昼ドラ事件 』 のうわさは本当かって聞いてんねん!」

「……は?」



痺れを切らしたように青髪ピアスが大きい小声を出す。


「ちょっと前に東方、くんの義理の妹がここに来たんやろ? 
その子は義妹でありながら東方くんに思いを寄せる一途な乙女。しかし彼女は厳格な宗派のシスターで同じ信徒としか結婚できないという。
おまけにその子の親と東方くんは絶縁状態っちゅう二重苦どころか三重苦ッ!」

「それでその義妹の許婚の不良神父まであとを追ってきて? その不良神父の元カノまで現れて?
元カノが思いつめて義妹を刀で切りつけようとしたところに転入生が割って入って袈裟懸け斬りにされたんだよにゃー?」

「いっ」


ったい全体誰がそんなことを、と言えなかったのは、そのトンデモ話に聞き覚えがあったからである。
確かこれはそう、仗助の治療が終わった翌朝に小萌先生に追求された時の……。
ギギギとロボットじみた動きで教壇を見ると、小萌担任はニコニコ笑っていた。


「なぁなぁ本当なん? おまけにあのリーゼントは亡くなった母親の形見らしいやん? ホンマやったら僕なんてことを」

「義妹との禁断の愛か、なにやら親近感が湧くにゃー」

「上条当麻! それで東方が植物人間状態だっていうのは本当か!?」

「え、記憶喪失になったんじゃ」

「あれ私の聞いたのでは」

「っつかなんで上条?」

「居合わせたんだろ?」

「元カノ結局死んだの?」

「ちくわ大明神」


ぬわぁぁあ!!!

上条当麻は心中絶叫した。
おそらく小萌担任もこんな与太バナ本気にしていないのだろう。そうでなければホイホイ教え子らに喋ってしまうわけがない。
問題は、とある高校のとあるクラスは大半がノリのいいバカだということである。

「大嘘にもほどがあるのですぅ!」とポコポコ怒っていた小萌担任の顔がよみがえる。
これが自業の自得なら甘んじて受けねばなるまい。
だが、とりあえず上条当麻には言っておきたいことが二つあった。


「おっ……おっ……」

「尾ひれついてるじゃねーか! っつか誰だ今のッ!!」




いやしかし不幸だ。上条当麻は思う。
あのあと何とか誤解は解いたが、小萌担任とはしばらく目があわせられそうにない。
ついでに遅刻したぶん課題も増えた。

いや不幸だ。
インデックスはともかく夏休み明け苦労するだろう仗助にはこのことを言っておかねばなるまい。
「おめぇよぉ~~」と背中を蹴られそうな予感はするが。

本日は大目に不幸だ。
いやしかし今日はこれ以上の不幸はないだろう。


ドカーーンッ。


角から爆破音が聞こえた。


「は……あっはっはっは。またまたぁ。今日はもう限度額いっぱいのはずですよーもうこれ以上ないし首も突っ込みませんから」


ドサドサドサッ。
目の前に黒服の男達が吹っ飛ばされてきた。


「ぐ……あ……ガクッ」

「……」


ああ~~ちくしょうちくしょう。ちくしょうだぜ!
上条当麻の心は絶叫する。

こんな場面見せられて黙ってられるわけねーだろーくそー! こうなりゃ毒も食らわば皿までペロリですよッ!
能力者同士の抗争かスキルアウトの暴動か知らねえが、
とりあえず当事者関係者全員まとめてその幻想をぶち殺す! 殺す! 大事なことなので二度言いましたッ!

半分ヤケクソの勢いで上条当麻は現場に踏み込んだ。


「……へ?」


ら、知り合いがいたわけである。


「ビリビリ……お前、何やってんだ?」

「あ」

「いや言うな。見ればわかる。暴行傷害だ。理由は聞かねーよ? 聞かねーがこの状況はやばいですので逃げたほうがいいのでは」

「自称・物分りのいい熱血教師みたいなこと言ってんじゃないわよ!!」

「おわぁっ!?」


容赦なく電撃をぶちかまされ、慌てて『右手』で無効化する。
少女――御坂美琴は、不満そうに唇を尖らせた。
歳相応な表情は、それ単体としてみればかわいらしいのかもしれないが、死屍累々と転がる黒服たちの中心にあっては異様でしかなかった。



「ななななにしやがる!?」

「私が一般人相手に能力使うわけないでしょーが! 正当防衛よ、正当防衛!」

「人に即死必至の電撃ぶつけてくるやつが言う台詞じゃねーだろ……じゃあ、あれか? こいつらお前を襲ってきたのか?」

「正確には私じゃないけどね。この前あんたに絡んでた、あの時代遅れの不良よ」

「何ィィ!!? ちょっと待て、なんであいつが襲われるんだ!」

「私が知るわけないでしょーが!」

「ハッ、そうだビリビリ」

「御坂美琴!」

「そいつ一人だったか? 魔術がどーたら言う誰かさんを連れていたり」

「聞きなさいよ! 魔術って何よ!?」

「とにかく状況詳しく!」

「シスターと巫女抱えたリーゼントが黒服に追われてました!!」

「なんじゃそりゃぁぁあ!」

「私が知るわけないでしょーーーッがって!」


「ハァ、ハァ……」

「ハァ、ハァ……」

「……何よ?」

「いや、ツッコミ同士も問題だな、と」


上条当麻は汗をぬぐった。
ツッコミ汗とでも言うべきすがすがしい汗だがそれはどうでもいい。

仗助が何者かに追われていた?
心当たりは……ある。
インデックスだ。
彼女の十万三千冊を狙う魔術師が現れたのかもしれない。
それか噂を聞きつけたカルト集団とか。
もっと現実的な面に落ち着くなら、IDなしなことがばれて強制送還されそうになってたのかも。

なんにせよ要因は彼女だろうと上条当麻は結論付ける。
だから仗助はシスターと巫女さんを抱えて逃げ回る羽目に……

……ん?

心中、上条当麻は待ったをかけた。



「『 巫女さん 』?」

「そうよ。えーっと、えーっと……確か姫神なんとかって呼ばれてたけど、知り合いなの?」

「『 姫神 』……ねえ」

知らない。


「まーとりあえずありがとな、ビリビリ」

「待ちなさいよ」

低まった声に上条当麻はぎくりとした。

「な、なんでせうか? というか、なにゆえそんなにビリビリなさってるので……?」

「このまま無事に帰れると思ってるの……? あんたは宿敵<ライバル>! あたしは元気! 
本日は晴れで風はなし! 絶好の決闘コンディションじゃないの!!」

「お前にとってだろうが! 大体俺には目下の懸念事項が……」

「問答無――」

用、と続けようとした時、聞き慣れぬ警戒音があたりに響いた。


『メッセージ、メッセージ。電波法に抵触する攻撃性電磁波を感知。システムの異常を確認しました』


警戒音がサイレンに変わる。
その出元が向こうの道から走ってくる清掃用ロボットとわかったとたん、二人は全力で走り出していた。


「バカヤロウーー!! あんなところでビリビリすっから!」

「う、うううるさいわねー! 早く逃げなさいよもうーー!!」

「チクショー不幸だァーー!!」


そろそろ不幸がゲシュタルト崩壊しそうだった。



  ~~~


公園で遊ぶ児童は少なくなってるらしい。
だがこの学園都市に限って言えば、保護者である教師は外での遊びを推奨しているし、むしろ割合は高いのかもしれない。
となると、今この公園がガラガラなのは――やっぱり俺らのせいなのかぁ~~? 
と東方仗助は思った。

保護者に見ちゃいけませんと言われること必至な三人組は、現在ブランコを占領していた。
東方仗助はそのままずり落ちそうなくらいだらしなく凭れ、姫神秋沙は定規で測ったようにまっすぐ座り、インデックスはぽしぽし棒状スナックを食べている。


「でよぉ、えーっとなんだっけ?」

「まず。私のことから話す」

おねげーしますと言う代わりに東方仗助は顎を引く。


「私。昔SPW財団に保護されていた」

「そりゃあ……」

「私がお嬢様と言うわけじゃない。SPW財団には超常現象部門というのがある。その関係で保護された」

「超常現象? 随分あいまいな言い方なんだよ」

「頬にくずがついてる」

「え、え!」

「そっちじゃない。逆」


あわあわするインデックスを見かねて、仗助がハンカチで彼女の顔をこすった。


「しかしよぉ、なんでおめーがそんなとこに世話になるんだよ?」

「そこは色々な未知の力を研究していた。原因不明の病原菌。柱に眠る男。古代の仮面。そして。『 吸血鬼 』」

「吸……」

「……血鬼?」

「私には。彼らを殺す能力がある」


「吸血鬼って……そんなものいるわけないんだよ!」

「実際殺した」


一瞬で空気が張り詰めた。
姫神秋沙の瞳は深海の水のように静かだった。



「私の血を吸うと吸血鬼は死んでしまう。なぜかはわからないけれど。とにかく死んでしまう。
それに私の血は彼らを魅了する。吸ってはいけないとわかっていても吸ってしまうくらい」

「待った」


東方仗助が手を上げ、姫神秋沙は口を閉じた。


「おめーが吸血鬼を倒す力を持ってんのはわかった。んで? そっからこの状況とどうつながんだ?」

「……私はこの力を何とかしたかった。だからSPW財団にも協力するつもりだった。でも……
『 ある人 』 が。私を実験動物にはしたくないと言って。学園都市に送り出してくれた」


その時のことを思い出したのか、姫神秋沙の瞳が少しだけ細められた。


「優しい人だった。昔話をたくさんしてくれた。嘘か本当かわからないような話を。たくさん」

「どんなのかな?」

「ん。時代は第二次世界大戦ごろ。ナチスドイツに拘束された父親代わりのおじいさんを助けるため秘密基地に潜入したら化け物がいて。
そこから色々あった後ヴォルガノ島の火山で究極生物と決戦を」

「嘘だろ」

「どう考えても嘘なんだよ」

「私もそう思う。でも面白かったからよし」



姫神は再び目を伏せた。


「この学園都市でなら。私の力を何とかできる方法が見つかるかもしれないと思ってた。でもそんなものはなかった。私は失望した。
やはりSPW財団に戻ろうと思っていたとき。――あのヒトに出会った」


姫神秋沙の声の調子が変わる。硬く、悲しげなものに。
東方仗助もインデックスも思わず顔を上げた。


「あのヒトは言った。助けたい人がいると。自分ひとりの力ではどうにもならないと。吸血鬼の力が必要だと。私の力を貸してくれと。
……私はうれしかった。生まれて初めてこの力を 『 助ける 』 ために使えるんだって」

「そ、それで?」

「呼び出せたの、かな?」


二人の緊張をはらんだ問いに、姫神秋沙は首を振った。
縦に。


「私は」


だが不可解だった。
姫神秋沙の声は、瞳は、ますます深い悲しみに染まっていた。


「甘かった。私は。変わらないと思っていた。吸血鬼も人も。
寿命が無くて。噛まれた人が吸血鬼になってしまうけれど。それ以外は人間と全く同じ。
笑って。泣いて。喜んで。悲しんで。優しくて。気さくで。いい人たち。『 みんなそう 』。そう思い込んでいた」


姫神秋沙はブランコを握る手に力をこめた。


「忘れていた。私。人間の中にもほんの少し。だけど確かに 『 ひどい人 』 がいるということを。人も吸血鬼もそれは 『 同じ 』 なんだということを」



沈黙。
東方仗助は何も言わない。
インデックスも何も言わない。
ふたりとも、うろたえた表情のまま、姫神秋沙の次の言葉を待っている。

インデックスは魔術師の端くれという立場から、東方仗助は人間世界の立場から、吸血鬼という存在に懐疑的だった。

そう。
『 だった 』。

二人とも、もうすっかり彼女の話を信じきっていた。
それほど彼女の言葉は真に迫っていたのだ。

風が吹く。
鎖が鳴る。



「『 そいつ 』 は恐ろしすぎた」



姫神秋沙は、口を開く。



「圧倒的過ぎた。私達は簡単に屈服した。逆らおうなんて。逆らえるとさえ思わなかった」

「ちょ、ちょっと待って。じゃあなんであなたはここにいるの?」

「簡単。あのヒトが逃がしてくれた」

「要するにおめーはアレか、俺達に助けてくれって?」

「違う。あなた達にこの話をしたのは。SPW財団に連絡を取ってもらうため。私にはもう。その時間はないから」

「……どーゆーことだよ~それはよぉ?」


「私は。これからあのヒトを助けに行く」


姫神秋沙は立ち上がった。
瞳は元通り深海のような色を湛え、しかし決意にみなぎっている。


「『 あいつ 』 の精神力はすさまじい。私の血を吸うのもギリギリのところで踏みとどまれるくらい。
でも私の血を実際目の当たりにしたら。その匂いをじかに嗅いだら。きっとあいつも堕ちる。……私は勝てる」


そのまま彼女は歩みだす。
まさしく戦場へ向かって。



「待って」

「待てよ」


その背に二人ぶんの声がかかった。



「そんなこと聞いてよぉ~~ハイそーですかって見送ると思うのかよ~~俺たちがァ?」

「聖職者として自殺宣言は聞き逃せないんだよー、あいさ」

「……!」


ガシャン、ガシャンと鎖の音を立てて、二人も立ち上がる。


「……どうして?」


思いもかけない行動だったらしい。姫神秋沙は本当に不思議そうに問うた。


「どうしてって?」

「わざわざ一人で行くこともねーだろ?」


その問いかけもまた、二人にとっては思いもかけないものだった。
首をかしげる二人に姫神秋沙は何事か言おうと口を開いた。
が、その気持ちは音になることなく、無意味に口を開閉するだけに留まる。
それを何度も繰り返す。


「そ。うじゃなくて」


やっと出た声。
搾り出した言葉を吐ききる前に、インデックスが手をとった。


「とにかく一緒に行くんだよ」

「そうそう、旅は道連れ世は情け……ってこれはなんかちげーな」

「だっ……」


姫神秋沙は本当に困った顔で両脇に並ぶ二人を見た。
そして


「だめっ」

ダッ。

「あっ逃げたんだよ!」

「げぇ~~~また走るのかよぉ?」


無表情に走る姫神秋沙をインデックスが「待つんだよー!」と叫びながら追いかけ、そのすぐ後をイーッとうんざり顔の東方仗助が続く。
かくして三人の追いかけっこが始まった。
なぜかといえば答えは簡単。
言葉足らずとは肉体言語で分かり合うしかないのだ。



  ~~~


一方、言葉は足りすぎているほど足りているのに追いかけっこをしていた上条当麻は、ようやく足を止めることができた。


「ハァー、ハァー……あー、ビリビリは……どっかいったか」




「今日ずっと観察させてもらってたけど……君って走るのが趣味なのかい?」


背後に聞こえた声に、上条当麻は一瞬息を詰め……
あからさまなほど大きなため息をついた。


「久しぶりだね、上条当麻」


振り返るまでもない。
日本人ではありえない白い肌。赤い髪。
タバコと香水のニオイ。
バーコード。
神父。

魔術師・ステイル=マグヌスを一瞥し、上条当麻は精一杯のジャパニーズスマイルを浮かべた。


「さようなら」

「待てよ」

「うおおおおっ!?」


軽い調子で炎剣をぶっぱなされ、上条当麻は振り返って『打ち消さ』ざるをえなかった。


「あ、あぶっ、おまっ、死っ、あぶねーだろ!」

「うんうん。結構。僕達の関係はこうあるべきだ」

「その割にはスルーされてムカついてたみたいですが? 男のツンデレなんざこの世に需要はありませんぜ」

「つん……? それってスラング? ま、いいか。引き止めたのは帰ってもらっちゃ困るからだよ。君に用があってきたんだから」


言ってステイル=マグヌスは懐に手を入れた。
ふと、上条当麻の脳裏にあの手紙の一説が浮かび上がる。

『僕達は情報を集め、しかるべき装備が整い次第あの子の回収に挑むつもりだ――』

こいつが、俺に、用。
ある可能性が思い浮かんで上条当麻は一歩退った。


「……何をするつもりだ、てめえ」

「うん? 内緒話だけど」


上条当麻はリアクションに困った。



「いやだいやだって顔だけど、我慢してくれよ。僕だって君の顔なんざあと一秒も見ていたくないんだからね」


ステイル=マグヌスが取り出したのは茶封筒だった。


「受け取るんだ<Gebo>」


呟いたとたん、彼を中心円状に封筒の中身が広がった。
くるくると輪になって回る長方形の白。
その一枚が上条当間の鼻先で止まる。
『絶対合格!』とか『根性の夏!』とか熱くて仰々しいキャッチが逆に胡散臭い広告だ。

それの宣伝対象は――。


「『 三沢塾 』 って進学校の名前は知ってるかな?」

「俺がこの歳で受験を気にするようなやつに見えるか?」

「ふぅん……まっ、いいけどね。そこ女の子が監禁されてるから」

「………………はぁ?」


今日のおかずはシャケだから。みたいに言われて、上条当麻はポカンと口を開けた。


「資料を見てもらえば間違いないのはわかると思うけど――」


再び、資料がメリーゴーラウンドのように回る。
隠し部屋が随所に見られる見取り図。帳尻の合わない電気料金表。三沢塾を出入りする人間のリスト。
なるほど、どれもこれもくさい。


「その子をどうにか助け出すのが僕の役目なんだ」

「ちょっと待て。なんだって塾が女の子を監禁するんだよ。で、なんでお前ら魔術師が出張ってくるんだ?」

「まー、ちょっとややこしい事情があってね……」

ステイル=マグヌスはつまらなそうに言った。


「今の三沢塾は科学崇拝を軸とした新興宗教と化してるんだそうだ。その辺の経緯とかはどうでもいい」

「いいのかよ」

「もう乗っ取られてしまってるんだよ、三沢塾は。
科学かぶれのインチキ宗教が、正真正銘、本物の魔術師にね。正確にはチューリッヒ学派の錬金術師だが」

「はぁ……?」

「胡散臭い響きだとは僕も思うよ。っというか君が信じるか信じないかなんてそれこそどうでもいい。重要なのは、その錬金術師が三沢塾を乗っ取った理由さ」

このいちいち神経を逆なでする喋りはどうにかならんのか。と上条当麻は思う。


「ヤツの目的は――」


瞬間、資料のメリーゴーラウンドが茶封筒へと舞い戻って行った。


「――三沢塾に捕らえられていた 『 吸血殺し<ディープブラッド> 』 なんだ」



「『 吸血殺し 』?」

「そう。ある生き物――カインの末裔なんて隠語が使われているけれど――、要するに吸血鬼を殺す能力のことさ」

「……」

「なんだよ。その目は」


上条当麻は額を押さえたい気分だった。
本当に、本当に情報量が多すぎる。
魔術師というのは自分とは別の世界の人間なんだなと改めて感じた。


「お前、それ本気で言ってんのか?」

「……冗談で言ってられるうちは幸せだったんだけどね」


そこに深刻な色を感じ、上条当麻はステイルの顔を見た。


「あの子(インデックス)に教えてもらったと思うけれど、魔術っていうのは生命力がエネルギーなんだ。その魔術を、仮に不老不死の輩が使ったら……どうなると思う?」


それはつまり、ゲームで言うところのMPが∞状態ってことだろうか。
おまけに不老不死ということはHPも減らない。


「んなもん無敵じゃねーか」

「そう。僕らが恐れているのは、まさにそこなのさ」


んなアホなと上条当麻の心は叫んでいたが、
笑い話にするには目の前の男の雰囲気はあまりに深刻すぎた。


「マジで……いるのか?」

「それを見たものはいない。それを見たものは死ぬからだ。
だが、『 吸血殺し 』 とはすなわち吸血鬼を殺す力だ。それを証明するにはまず吸血鬼と出会わなければならない。
ならば、逆に考えて 『 吸血殺し 』 の方を押さえておくに越したことはないんじゃないかな……
……ことの真偽はともかく、『 そう考えて動き出してしまった者が既にいるのさ 』」


「そう、だな……吸血鬼がいるかはどうでもいい。女の子が監禁されてるっていう事実の方が大切、か」

「好意的な解釈どうも」


ステイル=マグヌスはタバコを口から離して、深く煙を吐いた。


「僕はこれから三沢塾に特攻をかけて、『 吸血殺し 』 を連れ出さないとまずい状況にある」

「ああ」

「簡単に 『 ああ 』 なんて言ってくれるなよ。君だって一緒に来るんだから」

「ああ!?」


今度こそ上条当麻は叫んだ。



それにひどく冷めた目でステイル=マグヌスは応じる。


「拒否権はないと思うよ。従わなければ君のそばにいる 『 禁書目録<インデックス> 』 は回収。『 偽<レプリカ> 』 だって最悪、始末されるだろうね」

「ッ!」

「『 必要悪の教会<ネセサリウス> 』 が君に下した役は 『 首輪 』 の外れた禁書目録の裏切りを防ぐための 『 足枷 』 さ。
だが、君単体が教会の意に従わないなら効果は期待できない。あの子が回収されるなら、僕らもあのクソ忌々しいクソッタレのことを秘密にする理由はない。
……事実を言ってるだけだろうに。その目をやめろよ。僕が脅迫してるみたいじゃないか」


「脅迫だろ……どう考えても……ッ」

「だから、今この状況ではそんなこと 『 どうでもいいんだよ 』。選ぶのは君だ。君の好きにするといい」


上条当麻は険しい目つきのまま、硬く拳を握った。
ステイル=マグヌスはつまらなそうな顔のまま目をそらす。


「ふん……。殺し合いなら三沢塾に立てこもる錬金術師を仕留めてからにしよう。ああそれと、言い忘れてたがこれが 『 吸血殺し 』 の写真だ」


懐からピンとはじき出された写真を、上条当麻は慌ててキャッチした。

女の子が写っていた。
和風美人、と言うのだろうか。
小さな顔に起伏の緩やかなパーツがバランスよくついている。
腰までの長く黒い髪は、日本人としての白い肌を際立たせていて、
なにより印象的なのは瞳だった。

深い海の底を彷彿とさせる静かな瞳。
そこに宿る感情は乏しいが、攻撃性は一切ない。
見ていて落ち着く、不思議な安心感が得られる瞳だった。


しかし、なぜに巫女服? 
いや似合っているけれども。
周りにいる黒い背広の無表情は――三沢塾の、先生だろうか?


「『 姫神秋沙 』 というらしい。覚えておくといいよ」

「ふうん、姫神……姫神?」


どこかで聞いたことが、と考えるまでもなく、とある女子中学生の声がよみがえった。



『シスターと「巫女」抱えたリーゼントが黒服に追われてました!!』

『えーっと、えーっと……確か「姫神」なんとかって呼ばれてたけど……』



「……」

上を向き、沈思。下を向き、沈思。
結論。


「えぇーーーーっっ!!!!?」

「ビックリした! なんだい突然!」

「えっ……」


じわ、と上条当麻の額に汗が浮かんだ。


「えらいこっちゃ……」

「……本当になんだい」




  ~~~


戦場にたどり着いた姫神秋沙は、もう既に息も絶え絶えの状態だった。
インデックスも同様。
かろうじて余裕があるのは東方仗助だけか。


「男の子って……ハァ。ハァ。すごい……」

「羨ましくって男の子になりたいんだよ……!」


ゼエゼエと息を荒げる女の子二人に、
そうだろそうだろーと東方仗助は疲労の濃い微笑を浮かべた。


「ま、とりあえずだ。ここまで来ちまった以上は俺らも同行するけど、今更異存はねえよなぁ~?」

「ハァ。ハァ……で。でも。危険」

「い、今更……ゲホッゲホッ、そんな、ころ、わかってるんら、ゲホゲホゲホォッ!」

「大丈夫かよマジに」


背中をさすられ、なんとかインデックスは回復した。



「そんなことわかってるんだよ! 大丈夫、私は魔術のエキスパートだし、じょうすけだっておかしな変な力があるんだから!」

「おかしな変な力はねーだろぉ。フードも変形させるぞコラ」

「こ、これだけは駄目なんだよ!」


慌てて頭を押さえるインデックスに、ふ、と姫神秋沙は唇を緩ませた。
しかし、すぐ引き締められる。


「やはり。駄目。あなた達を巻き込むわけにはいかない」

「もう十分巻き込まれてるっつーの、なあ?」

「うんうん!」

「それでも駄目。命の危険」

「その気持ちはわかるけどよぉ~ここでスゴスゴ帰ったらそっちのが後味悪ィって、な?」

「それでも……」

「あ! ならあいさ、ジャンケンするんだよ! はい、最初はグー、じゃんけん」

「え」

「勝ったぁー!」

「おぉ~し、じゃ、決定~~」

「だ。駄目。今のはずるい」

「ふふーん、勝ったものは勝ったもん」

「後だしならぬ早出し。ずるい。三回勝負」

「のぞむところなんだよ! じょうすけ!」

「おっし、じゃ、俺がレフェリーやるぜ。いいかぁ? 三回勝負だから今インデックスの一勝ゼロ敗だ。後出しはその場で負け。あいこはもう一回だ」

「うん」

「わかったんだよ!」

「よし……じゃぁよぉぉい~~~…………はじめ!」

「最初はグー、じゃん」

「けん」



『 えぇい! 憤然! 入るならさっさと入ってこんかァッッ!! 』



突如、ビルから轟いた怒声に三人はしりもちをついた。



「い、今のは何かな?」

「……『 あのヒト 』 の声」

「え? じゃああれか、無事だったんじゃあねぇか」

「よかったね、あいさ!」

「それより足が勝手に入り口に向かうことを疑問に思うべき」

「いやだってとまらねぇもんよコレ。インデックス?」

「これはっ……魔術なんだよ!」


言っている間に三人は自動ドアをくぐっていた。
そこで脚の動きもぴたりと止まる。




日は既に落ちていた。
玄関のエレベーターホールは照明が落ちており、月明かりだけが辺りを照らしている。
貧血の女性に似た青白い光だけが、そこに満ちていた。

インデックスはさっきと打って変わって深刻そうな面持ちで辺りを見渡した。


「これは……外敵から身を守るための結界じゃない。内に入り込んだ敵を逃がさないための殺界……むむ、モデルケースはエジプトのピラミッドっぽいんだよ」


いや、陶芸家が器を選ぶときのそれだった。
どんな薄味の変化も見逃さぬよう眼光鋭く検めていく様子は、自らをエキスパートと称するだけはあった。

そして東方仗助も。


「……んで。そこにいるヤローが吸血鬼なのかよ?」


微細な気配を見逃さない。



ハッと二人が見上げれば、ホールの二階から男が自分達を見下ろしていた。

長身の男だった。
オールバックにした緑の髪。イタリア製の純白のスーツ。
ともすれば笑いものになりかねない風貌はしかし、男自身の端正な美貌とよくマッチしていた。
男は、ゆっくりと口を開く。


「――快然。よくぞ帰った、『吸血殺し<ディープブラッド>』よ」

「……生きていたの」


姫神は安堵したように言う。
それに男は冷笑を浮かべた。


「当然。私が死ぬ道理なし。現前。わけのわからんモノも混じってはいるが、依然。すばらしい土産を持ってきた。『 吸血殺し 』」

「……?」


姫神秋沙の眉間に薄く皺が寄る。
そして口を開いた。男の名を呼ぼうとしたのかもしれない。
だがそれは男の次の言葉にかき消された。


「久しいな、禁書目録よ」


東方仗助と姫神秋沙、二人の視線がインデックスに集まった。



「なんだ、おめー知り合いなのかよ」

「う、ううん。見たこともない人なんだよ?」

「でも。あのヒトはあなたを知ってる。変な話」

「う~~~ん……そんなこと言われても」

「インデックスよぉ、知ってるヤツがすべてとは限らねーぜ。たとえば生き別れのオトーサンとか」

「おお。それなら。あちらだけ顔を知ってるのも納得」


「唖然。何だその飛躍は」

男はあきれたように半眼になる。が、

「パパ……?」


インデックスがまっすぐな瞳で呟くや、カッとその目力が強まった。


        『パパ……?』

        『パパ……?』


        『パパ……?』

     

        『 パ パ ……? 』



       『 パ パ …… ?  』



「陶然。なんと甘美なる響きよッ……!」








「――――って否!!」

「いい人じゃねぇか」

「いい人なんだよ」

「そう。いい人」



いい人いい人と指を差されて、男はうっと対応に窮したようだった。
それから重く息を吐き出す。


「必然。茶番は十分。これ以上時間を裂く必要もなし――」


男はゆっくりと、だが鋭い動作で細い鍼(はり)を取り出した。
姫神秋沙の顔色が変わる。


「なっ……」


その鍼を己の首に突き立て、男は告げた。
『言葉』を。



「 『 眠 れ 』 」



瞬間。
糸が切れたように三人は床に倒れ伏した。



「ふむ。必然……相も変わらず禁書目録はすべてを忘れているのだな」


静かになったホールで。
男は一人ごち、ゆったりと階段を下りてくる。
そしてまっすぐにインデックスの元へと向かった。

男はしばらく、安らかに眠る少女を見つめる。
そしていとおしそうな手つきで前髪を払った。


「否……それでこそ僥倖と呼ぶべきか……」




「――――警告。第十三章第六節。本体に明確な敵意を持っての攻撃を確認」


背後からの声に、男はぎょっとした。

「な、にィ……!? ばかな、この小僧、なぜ意識が……!」


いや違うと男は即座にその考えを 『 打ち消した 』。
明らかに雰囲気が違う。まるで、そう。まるでもう一つの人格に交代したかのような――。


「現存する魔道書を用いて先ほど受けた魔術の逆算に成功しました。代理詠唱によって言語哲学の理論を万物に応用した錬金術と判明…………本体の許可は下りず。
『 特定魔術<ローカルウェポン> 』 の作成、および迎撃を中断します」


物騒な台詞に、男の眉間の皺がますます深くなる。
少年は動かない。
倒れた格好のまま。目だけが動いて男の姿を捉えた。


「この総体意識が保有する記憶と照らし合わせたところ、あなたは、錬金術師・アウレオルス=イザードではありませんか」

「貴様は……」


男――アウレオルス=イザードには覚えがあった。
かつて自身の理想を粉々に砕いた 『 少女<じごく> 』――――その内を縛る 『 鎖 』――――最後の瞬間に現れた感情のない瞳の――
――『 少女<うつくしく生きる子ども> 』 を 『 人形<魂の抜けた存在> 』 に様変わりさせた、あの、忌々しい記憶、汚らわしい、あの――――。


「慄然。まさか 『 自動書記<ヨハネのペン> 』 か……!?」



「はい。魔術として付けられた名は自動書記で間違いありません。
今は 『 亜・禁書目録(インデックス・レプリカ) 』 もしくは 『 副書版禁書目録(アナザーワン インデックス) 』 と呼んでいただければ幸いです」


「必然……貴様は禁書目録の 『 守る物<ボディガード> 』 のはず。愕然。なぜそのようなところにいるのか」

「答えかねます。許可が下りていません」

「どこからの許可か。イギリス清教……否、必要悪の教会<ネセサリウス>か」

「答えかねます」


男はチッと舌打ちした。
先ほどまでの泰然とした態度からは考えられない行動だ。


「して、ここに現れて何をしようというのだ?」

「現状、あなたの魔術による本体の影響は微少です。これ以降あなたが本体に危害を加える可能性は未知数ですが、
『 命の危険がない限り、現状を維持する 』 のがこの自動書記、ならびに本体の総意です」

「……」

「したがって問います。アウレオルス=イザード、あなたの目的は何ですか」

「答え次第によって……貴様の対応も変わるということか」

「はい」

返事は簡素なものだった。


「現然。嘘をついても仕様のないこと。私の目的は――」


アウレオルスはこつこつと靴音を立て、自動書記に近づく。
磨き抜かれたイタリア製の革靴は自動書記の顔の横で止まった。


「――『 吸血殺し<ディープブラッド> 』、ならびに 『 禁書目録 』 の獲得だ」



「姫神秋沙の所有に関しては理解しかねますが、魔道書の 『 閲覧 』 が目的の一つということでしょうか」

「判然としたことであろう。禁書目録の所有は十万三千冊の所有。当然。目的はそこにしかない」

「では、あなたが目的を達するのは難しいかと思われます」


グ、とアウレオルス=イザードの口角が歪んだ。
憎憎しい表情を笑みで塗りつぶしたようにも見える。


「『 思う 』、か……。唖然。失笑。随分と人間らしくなったではないか」

「十万三千冊の開示は禁書目録の精神を脅かす危険があると言っています」


ピクリ。
アウレオルスのこめかみがわずかに動いた。


「……なぜだ?」

「簡潔に説明すると、外側から記憶を 『 見る 』 ことは脳を開き、摘出し、電磁波をかけるような物理的手段となんら変わりないからです。
『 閲覧 』 後、本を 『 閉じた 』 時に、禁書目録が正気を保っている保障はありません。
口頭伝承のように 『 くちうつし 』 で魔道書を共有する方法もありますが、そこから生じる齟齬については責任を負えません。
また、その場合禁書目録が 『 本心から 』 あなたに協力する保障もありません」


「……禁書目録の精神を傷つけず 『 閲覧 』 する方法は?」

「ありません。したがってあなたには、十万三千冊の書庫は閲覧不可能です」

「十万三千冊の書庫 『 は 』……? 釈然とせんな。まるで他にも 『 禁書目録 』 があるような……
……待て。卒然。禁書目録から離れた貴様が、なぜ依然 『 インデックス 』 を名乗る?」


暗い眼差しが、まっすぐアウレオルスを見据えた。


「個人名・インデックスの精神に損傷を与えず魔道書を 『 閲覧 』 することを希望するのでしたら、現在あなたが 『 閲覧 』 可能なのは、
この自動書記が管理する九万八千冊の 『 書庫 』 のみ――」


「――つまり、この 『 インデックス 』 です」



すなわち。自動書記は 『 守る物 』 でありデータベースでもあるのだ。
通常、記憶を 『 見る 』 には潜在意識にもぐりこむ必要がある。
表層意識(うわべの意識)には(あるいは本人にその気がなくても)雑念や嘘が混じりこんでいるからだ。だがそれでは脳にダメージが与えられる。

これを克服するのに必要なのが自動書記の介入だ。
自動書記は、表層意識上に特定の記憶をまっさらなまま表示することができるのである。
これは自動書記の機械的精神ゆえに可能な行為なのかもしれない。

インデックスの中にいた時は、記憶どころか魔力さえ管理下においていた。
そのため、インデックスのあらゆる潜在能力(キャパシティ)は自動書記の思い通りになっていたのである。

当たり前だが、東方仗助の場合はそうではない。
自動書記が東方仗助と共有しているのは 『 転送 』 以降のエピソード記憶のみだし、『 透明の戦士 』 は完全に自動書記の理解の範疇外、管轄外である。
だがそれは東方仗助にとっても同じことだ。
東方仗助が自動書記の 『 インデックス時代の記憶 』 を知ることはできないし、魔道書も彼の触れられるところにはない。

したがって今現在、自動書記<データベース>に入っているのは 『 欠損した魔道書のコピー 』 および 『 インデックス時代から現在までの記憶 』 だけである。


「……僥倖」


そしてアウレオルス=イザードには、それだけで十分だった。



「命拾いしたな少年。否、むしろ不運と言うべきか」

「……この総体意識が持つ疑問ですが」


自動書記はアウレオルスの横顔を見つめながら言う。
うっすらと笑みを浮かべた横顔を。
どこか空っぽな笑みを浮かべた横顔を。


「あなたは――『 もう魔道書を書くのをやめたのですか 』」


ピクピクッ。
二度、こめかみが反応。


「禁書目録に足繁く魔道書を届けにきたのを、この総体意識は 『 覚えています 』。
あなたが禁書目録に何を語ったかも 『 覚えています 』。あなたは禁書目録を記憶の消去から救いたいと語っていました。
現在、十万三千冊を欲するあなたとは齟齬があるように感じま」


「 『 思 考 を 停 止 せ よ 。 空 虚 な 人 形 』 」


そこで自動書記は口をつぐみ、瞼を閉じた。
アウレオルス=イザードは、数秒、凍りついた瞳で東方仗助の体を見下ろしていた。


「……んぞが……!」

そして唐突に無表情は砕け散る。


「貴様なんぞがァッ! 私と禁書目録の深遠な思い出を覗き見るのではないィーーーッッ!!」


光沢のある靴が東方仗助の体を蹴り飛ばし、頭を踏みつけた。
そこで急ブレーキをかけるようにアウレオルスの動きが止まる。

フゥフゥと息を荒げるアウレオルスの表情は苦渋に染まっていた。
まるで直前の感情に任せた行動を後悔するように。


「……厳然。貴様にはわからぬだろう、魔術仕掛けの人形よ。この私が何を思い、何を願うか……たとえ同じ記憶を持っていようとも」


アウレオルスは天を仰いだ。
夢見るような、そしてどこか空虚な目のまま、そうして己をかき抱いた。



「禁書目録<インデックス>、偽・禁書目録<インデックス・レプリカ>、吸血殺し<ディープブラッド>……これだけあれば……」


「これだけあれば、必然。『 あの方 』 も喜んでくださるだろう……」


「そして……」



アウレオルスは目を閉じる。
窓から差し込む月明かりはどこまでも硬質に、部屋を照らし出していた。



  ~~~


「それは本当か!? 『 吸血殺し 』 があの二人と一緒に!?」

「ああ! 見たヤツがいるから間違いねー!」


言い合いながら二人は走っていた。


「くそっ……あのクソッタレ! 巻き込まれるなら自分ひとりにしておけばいいものを!」

「言ってる場合かよ! とにかく……早く三沢塾に行かねーと!」


一刻を争って二人は走る。
決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。




       → TO BE CONTINUED....






――今日はここまでです――

――あ、れ……仗助がまるで六部太郎。これから活躍します、グレートに、うん――


フウウウウウウ~~~
私……
朝の……八時半ごろの……プリキュアシリーズ、
ありますよね…あれの無印の……お互いの呼び名が「雪城さん」「美墨さん」から……
「なぎさ」「ほのか」に変わる回……。

あれ……初めて見た時…
なんていうか……その…下品なんですが…フフ…………

そういうわけでこのSSでも試してみたんですが……
性別が違うだけでなんかキm


というわけで投下します。






 第十話「黄金の錬金術!」






「突撃――」


ステイル=マグヌスは言った。



「――するま、えにいちお、はっ……! ハァ、ハァ、いち、お、てき、の、ハァ、ハァ……!」

「お前体力ねえんだな……」


上条当麻は背中をさする。
何の因果か、それはここに突入する前の東方仗助とインデックスの行動と全く一緒だった。


「うううるさい! 気安く触ってくれるんじゃあない、ハァ……!」

「へーへー」

ステイル=マグヌスは何やら言いたそうに口を動かしたが、結局飲み込んだ。


「突撃する前に、敵について触れておこうか。
敵の名は 『 アウレオルス=イザード 』 という。
もとはローマ正教に属す魔術師だったんだが、何を思ったか三年前から行方をくらませていてね。ああ、アウレオルスという名で分かる通り、彼はかの有名なパラケルススの末裔さ。
といっても力は伝説に聞くほどでは……うん? 何だい?」

「悪い。まったくわからん」

「……こういう時日本ではなんていうんだっけ? ああ、『脳ミソ筋肉』か」

「なんですってこのヤロウ! 魔術側の常識なんかわかるかっての!」

「騒ぐなよ。パラケルススとは、知名度なら世界でも1・2を争う錬金術師の名さ」

「じゃあかなり強いヤツなんだな、アウレオルスってのは」

「いいや。アウレオルスの名は一流だが、アレ自体は大したことない。そもそも錬金術師なんて職業はないんだ。錬金が 『 よくできる 』 人間が自称しているだけでね」

「はぁ……? でも錬金術に関してはすごいヤツなんだろ?」

「言い方が悪かったかな」とステイルは片眉を上げた。


「秀でてるんじゃあない。それ以外に能がないんだ。その差については、君に使った『脳ミソ筋肉』というたとえがよく表してると思うけど?」

「……なるほど?」

上条当麻はこめかみをひくつかせつつも頷いた。



「それに錬金術自体、完成された学問ではないしね……たとえば君は、錬金術について何を知ってる?」

「鉛を金に変えたり、不老不死の薬を調合したりとかか?」


「それは実験に過ぎない。アウレオルスの属するチューリッヒ学派とはヘルメス学の亜流なんだがね。彼らの究極的な目的はすべてを『知る』ことにある。
世界のすべての『公式』『定理』を調べ――――世界のすべてを頭の中でシミュレートする事さ」

「なんだそりゃ?」

「魔術において頭の中に思い浮かべたことを現実世界に引っ張り出す術はありふれている。錬金術においてそれを応用すれば――
――神や悪魔すら含む『世界』をすべて、自分の手足として使えるようになるんだ」


「……、おい。お前さっき錬金術師なんて大したことねーって」

「だから完成されてない学問と言ったろう? いや、正確には完成 『 できない 』 んだよ」

「はぁ?」


「世界のすべてを知るには世界のすべてを語りつくさねばならない。それこそ砂漠の砂一粒一粒、夜空の星々の一つ一つまでね。
それらをすべて語るにはどのくらいの時間がかかると思う? 百年や二百年じゃ済まないと僕は思うがね」

「……」

「つまりそういうことさ。呪文自体は完成している。だが、それを完成させるには人の寿命は短すぎる」

「……逆に言やあ、どうにかしてその呪文を唱えちまったら無敵ってことだろ?」

「君って結構ネガティヴだね? そもそも不死身でもなきゃ唱えきれない呪文をどうやって――」


と、ここでステイルはハッと目を見開いた。


「いやしかし……そうだな。ありえないとは思うが――君の言う 『 可能性 』 も考えておいたほうがいいかもしれない……」

「どうしたんだよ?」


ステイル=マグヌスは忌々しそうに言った。


「覚えてるかい。インデックスを追っていた僕らが、何者かに 『 暗示 』 をかけられていたことを」

「……ああ」

「犯人は目下捜索中だがね。いまだ手がかりの一つもつかめていない。僕はおろか 『 聖人 』 である神裂まで術中にはめるなんて並大抵の術師ではないと踏んでるんだが……
……手がかりがつかめないのは、犯人が 『 つい最近まで大したことない魔術師だったから 』、だとしたら?」

「アウレオルスが、そうだって?」

「ああ。もし仮にヤツが何らかの方法で錬金術を完成させたんだとしたら……僕らを操るのなんて赤子の手をひねるようなものだ。
『 言うことを聞け 』 と念じるだけでいいんだからね」

「おいおい、まずくねぇか?」

「じゃあどうする? 君はここでお留守番でもしてるのかい?」

「……ッ!」


「行くよ」


ステイル=マグヌスは小さく言った。




北棟の最上階にその部屋はあった。
『 校長室 』 と名づけられた、一フロアを丸々使ったその巨大な空間は校長というより社長室のような構えだ。
そこは以前、三沢塾の校長が使っていた空間だった。
そして 『 すげかえ 』 が行われた後は、とある錬金術師が。
今、そこにいるはずのアウレオルス=イザードはいない。

窓を背にするデスクには、奇妙なデザインの修道服を着た少女が横たえられ、
応接用のソファには巫女服の少女が。
一番ぞんざいな扱いなのは学生服の少年で、床に投げ出された格好のまま倒れている。

照明はなく、月明かりだけが部屋を照らしていた。



「――――警告。第十三章第十節」


静寂が破られる。
東方仗助の瞼がうっすらと開いた。


「――――この総体意識に対する外部からの介入がありました。星の位置と月の角度から見て、機能停止時刻は日本標準時間で18時13分から30分まで。
……現状を把握。意識喪失以外の被害はありません」


むくり、と東方仗助の体が起き上がる。


「この総体意識に介入した魔術の逆算に成功。術者・アウレオルス=イザードを現時点より敵兵<パーソナルエネミー>と認知します。
…………本体の許可は下りず。索敵と掃討準備の中断――」


次に、彼の瞳は二人の少女に向けられた。
しばらくの間の後、すぐそばの姫神秋沙に手を伸ばす。
前髪をかき上げ、手のひらを彼女の額に当てた。


「……問題ありません。再起可能です」


それから、すっと手を垂直に構え、


「現状、最適の方法で覚醒を促します」


スパーンと小気味いい音がして、姫神秋沙の頬に平手が炸裂した。



「……!? いっ。い。痛ッ……!?」

「全力の32%の力で覚醒を確認。第二段階に移行します」


呟くと、東方仗助は姫神秋沙の頬を両手で挟んだ。
そのままぐっと顔を近づける。


「え。えっ」

「動かないでくださると幸いです」

「まっ。待って。それだめ。ひやっ」


姫神秋沙は思いっきりのけぞった。
しかしなぜかソファはビクともしない。鋼鉄でもあてがってるような感覚だ。
姫神の力では顔を固定した手は到底振り払えず、押しても叩いても大柄な体は揺らぎもしない。


「……!!」


おきぬけの危機に姫神秋沙は声なき悲鳴を上げた。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、額を何かが掠める。
そして覆いかぶさっていた体はあっさり退いた。


「……え。わ。な」


姫神秋沙は額を押さえたまま、ずるずるとソファからずり落ちた。
それを見もせず東方仗助は呟く。


「――姫神秋沙の保有する霊装の仕組みを逆算。……脅威性はありません。保有を許可します」

「な。何」

「第三段階に移行します」


東方仗助は自身の人差し指を噛んだ。
応接用のデスクに血を垂らし、指で塗り広げていく。


「何を。やってるの」


淡々とした動きが、ぴたっと止まった。
音もなく東方仗助の首が回り、言葉の主を捉える。
あまりに人間的でない動きに姫神秋沙は怯んだ。


「魔方陣を描いています」

「魔法。使うの?」

姫神秋沙の目に光がともった。


「いいえ。魔術の使用はこの肉体にダメージを与える可能性がありますので」

「なぜ敬語? それにキャラが……」

「……」


東方仗助は無表情に彼女を見た。
姫神秋沙も無表情に彼を見返す。
表情がないのはどちらも同じだったが、姫神秋沙はどこか温かみがあり、東方仗助は温度自体なかった。



「この意識総体はあなたの知る東方仗助本体ではありません。しかし本体の残存意思が出す指示と承認によって動いています」

「残存。意思?」

「東方仗助は 『 夢 』 の中でこの自動書記に指示を出している、と考えてもらって構いません」

「あなたは。自動書記<ヨハネのペン>というの」

「はい。ですが今は 『 副書版禁書目録<アナザーワン インデックス> 』 と呼んでいただければ幸いです」

「アナザー……長い。あだ名をつけても?」

「その心理は分かりかねますが、どうぞ」

「アナザーワン……あな……アナちゃん……いや。それは。いけない。アナ……イン……いけない」


ぷるぷる頭を振る姫神秋沙を、東方仗助は黙して見つめていた。


「後で考えるとして。魔法を使わないのになぜ魔方陣を?」

「現在、この建物は魔術を包括的に展開することによって侵入者を明確に探知できる作りとなっています。
したがって、局所に特定された対象のみをターゲットとする陣を敷くことで現在位置を知らせる仕掛けを作りました」


「???」

「…………」


東方仗助はしばらく考え込むように目を閉じ、


「現在、この建物は赤の絵の具で塗られたカンヴァスのようなものです。赤い絵の具はアウレオルス=イザードの魔力と考えてください」


アウレオルス、の名に姫神は反応したが、黙って続きを促した。


「魔力は個人によって特性があります。アウレオルス=イザード以外の人間がここで魔術を使うのは、この赤一色のカンヴァスに青い絵の具を塗りつけるようなものです。
陣を敷いても同様です。魔力を注ぐ注がないにかかわらず、異物としての存在感は変わりません」

「ふむふむ」

「しかしこの魔方陣はアウレオルス=イザードの魔術を逆算した式に基づいて作成されています。
つまり、限りなく赤に近いピンクです。感知されたとしても 『 色むら 』 として処理される程度でしょう」



「でも。それじゃあ意味がない」

「はい。ですがこのピンクは 『 ある人間にとっては青に見えるピンク 』 なのです」

「そんなことが?」

「可能です。たとえば色盲の人間は緑を灰色に感じます。オレンジを緑に感じます。このような差異は術者同士によく見られることです。
今回はその差異を極端にして 『 陣 』 を作成しました」


「…………あなた。それとなくすごい?」

「…………理解していただけて光栄です」


沈黙が落ちる。
しかしお互い気まずそうな様子はない。
姫神秋沙はふむ、とうなった。


「……なんとなくわかった。あなたのしていること。SOS信号を作ってる。誰かに向けて」

「はい」

「誰。『 ピンクが青に見える特定の人物 』 って」

「……」


東方仗助は、ふ、と窓に目を向けた。
いや、正確には窓側のデスクに寝かされているインデックスに、である。


「 『 彼 』 はこの自動書記を疎んじていますが、『 彼女 』 は別ですので」

「……?」

「おそらく来ます」



「……」

「どうしたステイル?」

「いや。どうやら無駄が省けたらしい」


それにしては忌々しそうな顔でステイル=マグヌスはタバコの煙を吐いた。
一応塾内は禁煙なのだが、誰もそれをとがめる者はいない。

「めぐみー、おつかれ~~」

と、女子生徒が上条当麻のすれすれを横切った。
まるで上条当麻などそこにはいないかのように。
というか、彼女にとってはまさしくそうなのだ。


「コインの表と裏だね」とステイル=マグヌスは言った。
上条当麻にはいまいちよくわからないが、要するに侵入者をコインの裏の世界に引っ張り込んでしまう結界が張られているらしい。
三沢塾の生徒はコインの 『 表 』 にいるため、『 裏 』 にいる上条たちを視認することはできない。
同様に、裏の世界の上条たちも表の住人には干渉できない。
ついでに言うなら三沢塾という建物も 『 表 』 側に位置するため、『 裏 』 側の人間はエレベーターのボタン一つ、入り口のドア一枚、動かすことは不可能だ。
だから階段を使ってあちこちを虱潰しに探索せねば――。

と、長々しい説明が途切れたと思ったらコレだ。
しかもそれ以上説明する気がないようなので、
「無駄、って?」と上条当麻は重ねて聞かなければならなかった。


「あの子の居場所がわかったよ」

「本当か!?」

「嘘をついてどうするんだよ。…………ふん。『 人形 』 とクソッタレの取り合わせ<デュオ>にしては上出来じゃないか」

「? それってどういう」

「有能なスカタンほどムカつくものはないって話さ」

「はぁ?」


と言ってから、さすがに上条当麻も察した。
同時にあきれたような表情になった。



「お前って本当、仗助が嫌いなんだな……」

「君だってどっこいどっこいだってことを忘れてもらっちゃ困るね」

「やっぱアイツがインデックスとちゅーしたから?」

「ぶぅっ!?」


非常にわかりやすい反応だった。
真っ赤になってむせこむステイルに上条は追い討ちをかける。


「お前インデックスが好きなの?」

「ごへぇっぇっ!!? なななにゃにをバカな君はッ! ああれは保護すべき対象であり、けっ決して恋愛対象には――ッ!」

「そうかい。でも嫉妬深い男は嫌われるらしいぜ?」

「だから違うと言ってる!」

「じゃあ誰に嫉妬してるんだよ? お前もしやアッチ側のお方ですか? あ、もしかして自動書記のほ――」


そこで上条当麻は口をつぐんだ。
ステイルの眼光が一気に鋭さを帯びたからだ。
喋りすぎたかな? と思うと同時、ステイル=マグヌスは胸糞悪そうに吐き捨てた。


「あれに自我を与えたのは――――――多分、僕だ」


「は?」

「行くよ。こんな話をしてる場合じゃない」

「お、おいっ、待てよ!」


さっさと階段を上がっていくステイルを追おうとして、上条当麻はふと妙な感覚に襲われた。
首筋がやたらとむずむずする。
うなじの毛が当たってるのだろうか? 
いや、それにしてはなんというか――ワサワサするというか――。



「ッッうおおおおっ!!?」


何の気なしに手をやって、上条当麻は驚愕した。


「く、く、クモォ!?」


だちゅん、と生々しい音を立てて床に叩きつけられた八本脚は、ワサワサと地面を這い回る。
いや――ただのクモじゃあない!


「な、なんだコイツは? こんな鬼のようにデカいクモが実在するのかよ? 赤ん坊の頭くらいはあるぞ!?」


続いてびちゃ、と音がして上条当麻は振り向いた。
ステイル=マグヌスが憤怒の形相で口元を押さえていた。
すぐそばの地面には、吐き出されたのであろうミミズがうねうねと体をくねらせている。


「タバコ……が、なったのか、それに……」

うぷ、と思わず上条当麻も口を押さえる。


「アウレオルス=イザードォォ~~~~……!!」


地獄の底から這い登ってくるような声で、ステイル=マグヌスは呪詛を吐いた。


「いつからこんなに陰湿になりやがった……!!」




だちゅ。だちゅ。だちゅ。だちゅ。だちゅ――。

としか言いようのない音が、上条当麻の耳に届く。
肉厚的な濡れた音は確実にこっちを目指しているようだ。
ものすごく、ものすごーく嫌な予感がしつつも上条当麻は振り向いた。
ゆっくりと、階下を――。



「――熾天(してん)――の翼は輝く光、輝く光は罪を――――」

「暴く純白、」

「純白――は浄化の証、」

「証は行動の結果、結果は未来――未来」

「は時間、時間は一 ――――律」


悲鳴も出ない。
ブツブツと呟く言葉の意味はわからないが、 『 言わされている 』 のはよくわかる。
上条当麻と同じ年頃の少年少女の顔は、みな一様にうつろだった。

少年少女は階段を、『 壁 』 を、『 天井 』 を、『 階段の手すり 』 を伝ってこちらを目指す。



「「「「一律は全て、全てを創るのは過去、過去は原因――」」」」


「逃げ……るぞ……」


呆然とした魔術師の声。
かくかく頷きながら上条当麻は後退った。
『 あれら 』 が何をしようとしているかはもはや問題ではない。
戦いたくなかった。
上条当麻もステイル=マグヌスも本気で 『 それら 』 と対峙したくなかった。


「「「「原因は一つ、一つは罪、罪は人、人は罰を恐れ、恐れるは罪悪、罪悪とは己の中に」」」」


尊厳とか無関係な人間は傷つけたくないとかじゃあない。
もっと生理的なものが二人に背を向けさせる。



「「「「己の中に忌み嫌うべきものがあるならば、熾天の翼により己の罪を暴き、内からはじけ飛ぶべし――ッ!」」」」


「「きゃああぁぁぁぁああーーーーーッ!!!?」」



蝸牛<カタツムリ>と化した体を引きずりながら、三沢塾生が這い上がってきているのだった。



こつこつ、と姫神の細い指がドアをノックした。
手ごたえはない。
それからドアノブに手がかかる。錆付いた蛇口のようにビクともしない。
姫神秋沙はくるりと振り返った。


「あなたの言った通り。ドアを開くこともできない。脱出は無理のよう」

「確認が終わりましたら……」


と、東方仗助はいったん口をつぐんだ。
何かに耳を傾けるように、少しだけ首をかしげる。


「他に確認事項はありませんか」

「ん。ない。と思うけ」


ど。を言う前に東方仗助の瞼がストーンと落ちた。
唐突な動きにまたしても姫神秋沙は怯んでしまう。


「――――現時点をもってすべての作業を終了したものとみなし、自動書記を休眠します」


再び開いた目には、生きた人間の光が戻っていた。

「はぁ~~~~~~~~……」と長々しいため息が落ちる。
それからひょいと顔を上げると、東方仗助はいつもの調子で「よお」と片手を挙げた。


「え」

姫神秋沙はぱちりと瞬きする。


「ったく、さっきから何ベン言っても代わりゃしねぇんだもんよ~。
助けてもらうのはいいとしてもよぉ~あの喋りは何とかなんねぇのかよ~~俺のキャラでやったらギャグじゃあねぇかほとんどぉ」

「待って」

「あ?」

「説明」

「おお」



「……つまりあなたは二重人格」

「いやぁそうじゃあなくってよぉ……マーそれでいいんじゃねぇ?」

「かなり適当。自分のことなのに」

「正直俺もよくわかってねぇんだよ。勝手にカラダ間借りされてるってことしか」


向かい合わせのソファにだらしなく座ったまま、東方仗助は投げやりに言った。
姫神秋沙はふうんとうなる。
そこで、東方仗助は何かに気づいたように眉を上げた。


「あぁ~~~俺がひっぱたいちまったのか、それ」

「ん。でも平気。痛くはない」

「んなわけねぇだろーよ、ちょっと見せてみな」


言うなり彼は向かいのソファから腰を上げた。
何かを思い出したのか、姫神秋沙はギクリと体を揺らす。が、結局おとなしく頬を突き出した。
赤くもみじの散った白い肌に、東方仗助の手が触れる。
その場に上条当麻がいたら、東方仗助の体から何かが出てくるのを見ていただろう。

ズギュン。
感覚としてはこんな音が聞こえた気がした。

姫神秋沙はぱちぱちと瞳を瞬かせた。
触れられたところから、ウソのように痛みが引いたのである。


「おし、もう平気だな」

「あなた。やっぱり魔法使い?」

「いやぁ~多分超能力者寄りじゃあねぇの? 俺のダチに言わせりゃ、それもチビッと違うみてぇだがよ~」

「やはり適当。もう少し自分に真剣になるべき」

「困らねぇし」

「きっと困る」

「じゃあ明日やろう、」

「はバカヤロウ」

「キビシー」

「事実。ねぇ」


姫神秋沙は東方仗助の手元を指差した。
正確には彼の人差し指である。魔方陣を描いた際に傷つけた指だった。


「それは治さないの」

「ん、あぁ。自分の怪我は治せねーみてぇなんだよな。世の中都合のいい事ばかりじゃねぇってことだ」

「厳しい。現実」


と言って、姫神秋沙は何かを噛み締めるような表情をした。
口元に手を当て、思案する。



「アウレオルスは。何をしようとしているの」

「さーなぁ」

「あのヒトは。私だけでなく。あなたと彼女も閉じ込めた。それはなぜ?」

「多分俺らに生かすだけの価値ってモンを見出したんだろーぜ~。にしたって……随分丁寧に扱われてるよなぁ~あいつは」


ふたりはデスクに横たえられた少女を見た。
だが、ただ横たえられているわけではない。
新品のマットらしきものが彼女の下に敷いてあった。漂白無着色のそれは低反発らしくインデックスの体にしっくりなじんでいる。
さらに絹<シルク>100%です! と言われても頷ける柔らかそうな毛布が彼女を優しく包んでおり、極めつけはふっかふかの羽毛枕だ。
全国安眠教会がトリプルAを出しそうな環境だった。

「むにゃむにゃ……とうまぁ……」


「確かに。私達に比べればその扱いは破格。というか露骨」

うっすら「解せぬ」という顔で姫神。


「つか、俺達モノには干渉できねーんじゃなかったのかぁ?」

東方仗助はガンガンと硬いソファを殴りつけた。


「多分アウレオルスの力。『これらの安眠セットに干渉できるようになれ』とでも言ったんだと思う」

「あん? ……そういやお前、あいつの力を知ってる風だったよなぁ」



あの時。
玄関ホールでアウレオルスに攻撃を受けたとき。
後ろ手から鍼を取り出したアウレオルスを見て、姫神秋沙は青ざめた。
鍼を取り出した 『 だけ 』 で。
インデックスにとっても東方仗助にとっても意味不明な行動に、姫神秋沙は意味を見出した。
それは、彼女が次に何が起こるかを知っていたからだ。



「……仕組みは知らない。でも。見たことは。ある」

「アウレオルスはあれを――」

「『 言葉のまま、何でも操ることができる魔術 』だと言っていた。錬金術の到達点。『 黄金練成<アルス=マグナ> 』だと」



「…………ふぅぅ~~~~ん?」と東方仗助はうなった。
「うん」と姫神秋沙は頷いた。
どちらも魔術に疎いからこその、ぺらぺらに薄い反応だった。


「んな都合のいい能力があるかよ」

「うん。それを言われると」

「っつーか、あいつが魔術師ならインデックスが優遇される理由が見えてきたぜ~」

「その心は」

「マー色々あって知ったんだけどよぉ、あいつは頭ん中に十万三千冊の魔道書だかを記憶してんだ。多分それが……」

「待って」


鋭い声が東方仗助を制した。



姫神は瞳に愕然と呆然と、それ以上の閃きの光を湛えて東方仗助を凝視した。
自然、彼の目つきも真剣みを帯びる。


「どうした?」

「その話。聞いたことがある。十万三千冊の魔道書<どく>を抱えている子。たった一冊でも発狂しかねない本をたくさん。記憶させられた子。
アウレオルスが昔に出会ったと言っていた。アウレオルスが昔教会にいたころに。
その子は知識<どく>の影響で――」


『一年おきに記憶を消去しなければならない』


少年と少女の声が重なった。


「だから。アウレオルスは吸血鬼を欲しがった。その子を記憶の消去から救いたいから。そう。だから彼女をここに運び込んだ?」

「おぉ~~!! すげーな繋がったぜ姫神ィ! つーかなんだ、やっぱあいついいヤツだったんじゃあねーか」

「アウレオルスはいい人。ただちょっとのめり込みやすいだけで」

「あいつ(自動書記)に攻撃させないで正解だったか。
ん~~~だけどよぉ、そのプランにゃちょっとした致命的な欠陥があるぜぇ~」



「間然。一体いかなる思考にて私の思想に異を唱えるか」




凛<りん>。

静寂に鈴を鳴らしたような、水面に波紋を落としたような。
突如として降りかかってきた男の声に、二人は口をつぐみ、入り口を振り向いた。
そこにはいつの間にか男がいた。
扉が開いた音どころか、気配さえさっきまでなかったのに、だ。

東方仗助は両手をポケットに入れたまま、おもむろに立ち上がった。


「いかなる思考もタコなる思考もねーーーッスよ。魔術世界にゃ新聞ってモンはねーのかぁ~?」

「漠然。貴様の意図はわからんが」


背後に声。
アウレオルス=イザードは一瞬のうちに二人の後ろに回っていた。
すなわち、インデックスのそばに。


「当然。些事は捨て置くべき。依然、重要なのは禁書目録だ」

「……出たり入ったり出たり入ったり忙しいなぁ~~おめーはよぉ~~」


ふ、とアウレオルス=イザードは微笑を浮かべた。否、嘲笑か。


「平然を装いながら貴様はこう思っているに違いあるまい? 
『 今のは超スピードや瞬間移動のごときチャチなものではない。この正体のわからぬ力を前に、果たして己が勝機を掴めるか? 』、と」

答えず、東方は唇を舐めた。


「汪然。教えてやろう。否、とな。貴様にはクモの糸ほどの好機<チャンス>もない」


東方仗助は、今度はわざとらしくため息を吐いた。
アウレオルスの眉が一度だけ痙攣する。


「おーいおい、さっきから勝つだの負けるだの、おめー何か勘違いしてねーか? ナァ姫神ィ?」

少女は小さく頷いた。

「アウレオルス。私達はあなたの目的をわかってる。協力もする。でも教えて。何があったの?」

少しだけ感情をにじませた瞳で、


「あなたはどうやって生き延びたの? どうして私達に力を使ったの。どうして閉じ込めるような真似をしたの。これから何をするつもりなの」


矢継ぎ早の質問に、アウレオルスは目を細めた。
笑ったのではない。煩雑きわまる、といった態度だ。


「――ふむ。傲然。どうやら勘違いをしているのはお前たちのようだな」

「……?」

「『 吸血殺し 』 よ、なぜお前は 『 依然、私に必要とされていると思い込める 』?」

「……え」



姫神秋沙の目が見開かれた。
まるで談笑途中にいきなり頬を張られたような、呆然とした表情。


「吸血鬼を呼び出した時点でお前はもはや 『 用済み 』 だ。『 協力 』? 違うな。
お前たちは私にとって、目的のための手段に過ぎん。協力するもしないもない。私が 『 使う 』 のだ」

「わ……」

「唖然。『 吸血殺し 』 よ。お前はまだ、私と立場が対等と思い込んでいるのか?」

「私は。違う。私は。ただ」

「そう。『 ただ、その呪われた血の運命から解き放たれること 』。それがお前の目的だったな」


アウレオルスは、今度は微笑を浮かべた。


「『 安心するのだ 』、『 吸血殺し 』 よ。厳然。『 あの方 』 はお前もまた救ってくださるだろう。お前は安心して私について来ればいい」

「……ッ!」


姫神秋沙は後退った。
怒ればいいのか、悲しめばいいのか。それすらもわからないといったカオで。

自分の救おうとしていた人間は、既に自分の手の届かないところにいる。
それだけは厳然たる現実として姫神秋沙の心を引き裂いた。
彼女の決意が真摯であればあるほど。
彼女の思いが誠実であればあるほど、そのリアルは鋭さを増して彼女の胸をえぐる。

ソファに体をぶつけ、姫神秋沙の体がグラリとかしいだ。
東方仗助が我に返って手を伸ばす。


「姫が……」

「アウレオルス!」


甲高い声が部屋に響く。
東方仗助は、一瞬それが誰の声かわからなかった。


「アウレオルス。お願い。あなたはおかしくなっている。あなたは正気じゃない。あなたは……」


常に平坦な姫神秋沙の声は、
常に理性的な姫神秋沙の声は、
その時ばかりは悲痛なほど上ずり、かすれていた。


「あなたは……」


それでもアウレオルスの表情は変わらない。
死後硬直の後に無理やり作らせたような、固まった微笑のまま姫神秋沙を見つめ返す。
否、きっと彼に姫神秋沙は見えていない。
姫神秋沙の向こうの、何か別の空間を見ているのだ。


「……」


とうとう彼女は沈黙した。
それに何を感じたのか、アウレオルス=イザードは「ふむ」と笑みを深めた。



「さて、少年」

「――!」


矛先を向けられ、思わず一歩退く。


「自然。貴様もまた勘違いをしていたな? 卒然、状況が変わったが貴様に言うべきことは変わらん」

「クモの糸がナントカントカだっけかぁ~?」

「然り。――ふむ、貴様が学園都市の人間ならば、必然、能力者であることは間違いなかろう。
だが、貴様の力がなんであろうと我が 『 黄金練成<アルス=マグナ> 』 の敵ではない」

「それってぇ~~、いかにもかませの悪役が言いそうっつーか、やったか!? と思ったらやってねーパターンっつーか、コレやったら負けだろって台詞ッスよねぇ~~」

「ふむ?」


アウレオルスは微笑を崩した。


「全然。掴めんヤツだ。では――――『 吸 血 殺 し <ディープブラッド> を こ こ に 』」

「!」


瞬間、東方仗助に衝撃走る!
姫神秋沙がアウレオルスの隣にいたッ!
まるで最初からそこにいたかのように、当たり前の顔をしてそこにいた!


「わかるか? 少年。我が 『 黄金練成 』 は言葉ひとつで現実を変えられる。『 死ね 』 と言えば 『 死に 』、『 生き返れ 』 と言えば 『 生き返る 』。
現然、貴様は私にとって釈迦の手のひらを飛び回る孫悟空ですらない」

「じゃあなんなんだよ」

「取るに足らん存在ということだ、わざわざ言わせるな」


一呼吸置き、


「『 跪 け、少 年 』」

「――ッとおァ!?」


意志に反して東方仗助は両膝を折っていた。
固い床に両手をつき、地面を見る。
その体勢で固まった。もはや指一本動かすことができない。




「案ずるな少年、殺しはしない」


唐突に。
床を凝視していた東方仗助の視界に、高級そうな革靴が映りこんだ。


「禁書目録の十万三千冊が開示不可能な以上、必然。しばらくは貴様の九万八千冊を使うことになるだろうからな」

「……っつーか、こんなことができるんならもういらなくねーか? 魔道書なんてよぉ~……」

「無論、私には必要ない。だが 『 あの方 』 は興味を示すだろう」

「はぁ~~?」

「アウレオルス……!」


東方の耳に、戦慄した少女の声が届いた。


「アウレオルス。あなたはまさか。『 あいつ 』 と」

「気づいたか 『 吸血殺し 』……然り。私は 『 あの方 』 と契約した」

「だめ。それはいけない。アウレオルス。人は踏み外してはいけない領域がある」

「必然。あらゆる信仰・技術をもっても正せぬ不当があるのなら、人の理を外れるのに何のためらいがあろう?」

「あなたが。だって。あなたが。そんな道に堕ちてはいけない」

「戯言を……」

「それに。『 あいつ 』 が約束を守るとは限らない。いいえ。守るはずがない。だって 『 あいつ 』 は……」


瞬間、アウレオルス=イザードの雰囲気が一変した。
平然とした態度が吹き飛び、出所のわからぬ憤怒が体中から放散される。



「黙れェ!! 『 あの方 』 は言ったのだ! 『 あの方 』 が満足するものを持ってくるのならば、吸血鬼の記憶術を教えると! 
『 あの方 』 が私に嘘をつくはずがない!」

「アウレオルス!」

「それ以上口を開くな 『 吸血殺し 』 ッ……、お前の言葉を聞いていると断然、脳内がきしむように痛む……ッ」

「アウレオルス……? あなたは忘れたの? あなたは」

「『 黙 れ 』」


ピタリと、問答が止んだ。
いや、それでも姫神はどうにかして言葉を伝えようとしていたのだろう。
それも 『 やめよ 』 の一言で抑えられた。

おそらくこの男は理解していない。
姫神秋沙がどんな思いを彼に投げかけているか。
それを伝える手段すべてを、他でもないアウレオルス自身に奪われて、どのような気持ちでいるか。
耳朶に姫神の必死な声がこびりついて離れない。
東方仗助はチッと舌打ちした。


「女に八つ当たりしてんじゃあね~スよ……」

「莞然。では貴様が発散させてくれるのか? 少年」


ガツンと音がして、東方の顔面が床と接触した。
一瞬頭が真っ白になる。
次いで東方仗助は――アウレオルスの位置からではわからなかったが――プッツンした時を髣髴とさせる、危険な笑みを浮かべた。


「……おーおーすげ~……こんなにトサカにキてんのにピクリとも動けねーとはよ~~……!」


フン、と今度こそわかりやすくアウレオルスは嘲笑した。


「厳然。感情など何の意味も持たぬ。言葉ひとつで理(ことわり)を動かせる私にとってはな」

「なるほどぉ? っつーことはあれだ……テメーがその口開く前にブン殴りゃあいいってことだよなぁ~~……!?」

「ほう? 失笑、やってみとぉばっ!」


刹那、アウレオルスは一直線に応接用デスクまで吹っ飛んだ。


「舐めてんじゃあねぇ~~~~ッぞコラァ~~~ッッ!!!」






「ごはっ!? ――がっあッ、はぁ!」


表の世界に裏の人間は干渉できない。三沢塾という建物自体もまた、表の世界に属している。
そこに吹っ飛び、突っ込んだ裏の住人はどうなるか。


「うごぉお、あぁ……ッ!」


裏の住人・アウレオルス=イザードは、吹っ飛び、突っ込んだ衝撃を丸ごとその身に受けた。
息を詰め、悶絶して床を転がる。
じん、と頬に痛みが広がる。口の中を切ったらしい。
文系人間・アウレオルス=イザードは激痛を訴える頬を押さえた。
それは拳で殴られた痛みと酷似していた。


「グヌゥッ……き、貴様、よくもこんな……否、凝然、指一本動かせぬはずの貴様がなぜ、ありえぬ、い、一体!?」


「ケッ、」と東方仗助は侮蔑した。
床にひれ伏した格好のまま、ギラついた目だけがアウレオルスを捉える。


「話し合いで済めばいいと思ってたけどよぉ~~どーもそーゆーわけにはいかなくなっちまったようだなぁ~~~?」

「……お、のれ……!」

「そういや疑問に思ってたんだけどよぉ~、テメー今の今までどこに行ってたんだぁ? 
『 目的 』 も 『 手段 』 もこんなトコに放置してよぉ~~何か行かなくちゃいけねー用事でもあったのかよぉ~~? たとえば……『侵入者』とかかぁ?」

「……ッ!」


口元を押さえたまま、アウレオルスはメラメラと瞳を燃やした。


「どーやら図星だなぁ? しかもその様子じゃあ随分 『 嫌なヤツ 』 らしーじゃあねぇか~? そいつらはぁ」

「憤然……奴らを呼び寄せたのは貴様かッ」

「テメーの目はフシアナですかってんだ。どうやら姫神の言う通り、随分 『 のめり込みやすい 』 性格してるようだぜ」

「何を……ッ!」


そこでようやく、アウレオルスの目がデスクの魔方陣を捉えた。


「『 砕 け よ ッ ! 』」


パンッと薄いガラス細工のように魔法陣が四散消滅する。


「遅ェ~~~んだよ~今更よぉ~!」

「!」


東方が言うと同時、炎の渦が扉の隙間をぬってなだれ込んできた。
あっという間に炎は広がり、アウレオルスに押し寄せる。


「『 消 滅 せ よ ! 』」

一瞬にして赤と熱気が消える。


「『 姿 を 現 せ、侵 入 者 ど も ! 』」


バンッ!



扉が開いた向こうには、二人の男が立っていた!
すなわち上条当麻とステイル=マグヌスである!


「仗助! インデックス!」

「お~すげータイミングで来たなぁ~」


「なっ……!」

アウレオルス=イザードは誤解していた。

「なにィッ……!?」


あまりにタイムリーな攻撃に、侵入者は当然、東方仗助と通信を取っていると思い込んでしまった。
ならば自分の目的が侵入者にも知られた可能性は高い。
今彼らを逃せば、最悪、外部に此の事<人外との取引>が漏れるかもしれない。
そうならないためにも、一刻も早く奴らを現出させ、始末しなければ――。

どこまで計算して東方仗助が会話をしていたかはわからない。
だが結果として、アウレオルスはまんまと敵を迎え入れてしまったのだ。

――『 自分は、この少年の話術に嵌ってしまった? 』


「い……否! この私が……」

「ほぉ~~まだやる気みてーだなぁ~アウレオルスゥ?」


ハッと見れば、なぜか、指一本動かせないはずの少年が胡坐をかいてこちらを睨んでいた。


「なっ……ばかな……!?」


別段何も変わった様子はない。
ただ、魔術師でもなければ錬金術師でもない風情の、ツンツン頭の少年がそばにいるだけで。

まさか、まさか私の黄金練成<アルス=マグナ>が効力を……ッ! 
否ッ、そんなわけがない! 信じろ! 己を! 己の力を信じるのだ! 
そうでなければ……!


アウレオルスは背後を一瞥した。
すうすうと安らかな寝息を立てる少女を。 

『 そうでなければ…… 』。


ピタリ。
震えが止まる。動揺が収まる。
アウレオルス=イザードは後ろ手に手を回し、髪の毛の細さほどの鍼を取り出した。


「退け。侵入者どもよ。私には成し遂げるべきことがある」

「その 『 成し遂げるべきこと 』 ってのは! 超能力者に魔術を使わせたり、女の子を攫ったりしなくちゃいけねえほどのことなのかよ!?」


ツンツン頭の少年が叫ぶ。


「当然ッ……! この目的のためならば何を犠牲にしても構わぬ! どんなものでも利用してやると決めたのだ!」


軽い音を立てて、鍼がアウレオルスの首に沈んだ。
その瞳が高揚し、一切の迷いが消える。



「『 侵入者への攻撃を開始! 全自動<フルオート>式の自動火器! 弾丸は魔弾! 用途は射出! 数は侵入者一人につき一丁! 』」


鍼を引き抜くや、アウレオルスの両脇に自動小銃が現れた。


「『 人間の動体視力を超える速度にて、射出を開始せよ! 』」


アウレオルスが鍼を投げ捨てた。
瞬間、不可視の力が引き金を引く。空気を引き裂く音と共に火薬の破裂音が響き渡った。

――――刹那、アウレオルス=イザードは見た。

ツンツン頭の少年の前に、東方仗助が仁王立ちしているのを。
東方仗助がこちらをまっすぐ見据え、人差し指を向けるのを。




「ドララララララァーーーーッッ!!!」




「!?」


壁が粉砕された。扉が砕けた。天井に風穴が開いた。
だが――銃弾はただの一発も東方仗助の体に届かなかった。
否!
彼の体に当たる前に、てんで勝手な方向へと飛んでいったのだ!
まるで不可視の力にはじき散らされたかのように!

弾き返したと言うのか!? 
『 人間の動体視力を超える速度で 』、打ち出された魔弾をッ!



「あぁそーかよぉ……」

「……くっ」



東方仗助はやはり、ぎらついた眼差しでアウレオルスを射抜く。



「テメーがこの建物ぶっ壊すくらい派手にやる気ならよぉ~~いいぜぇ……」



その瞳に好戦的な光がともった。



「んじゃあ、グレートにおっぱじめようじゃんかーーっ!」





                → TO BE CONTINUED....





――今日はここまでです――

――姫神ちゃんかわいいよ秋沙ちゃん――


いい朝だ
投下します






第十一話「理解不能!」






い、一体何がどうなっている?
茫然、奴への攻撃は普通なら絶対に避けることができないはずッ!
ならば当然、奴は普通ではないということか!? 
普通ではない奴を私は倒せるのか? 否、そもそもどうやって倒せば……やめろ! 思考停止!

待つんだ……ッ!

落ち着け、落ち着くのだ、私よ……『 殺せないことはない 』。
あれがどんな力を持っていようと、殺す気になればいつだって殺せるのだ。
奴は私の慈悲と計算によって生かされているに過ぎない。

そうだ。いざとなればどうとでもなる。
あれがどうしても必要なら、『 壊した後に直せばいい 』。厳然、それだけのことではないか。
その通りだ。私はできる。
私ならば……やれる。

アウレオルス=イザードは深く息を吐いた。


「……悠然。成程、貴様の力、先のごとき下らぬハッタリではないようだな」

「『 先のごとき下らぬハッタリ 』 にひっかかった奴はどいつですかってんだよぉ~~」

「ふん」


アウレオルスは安い挑発を受け流す。


「ならばこそ、見せてもらおうか。その奇妙なる力ッ」


アウレオルスは鋭い動作で鍼を取り出した。
それを認めるや東方仗助も走り出す!



「『 先の手順を複製、攻撃目標を変更 』」


再び自動小銃が現れる。
科学の道具を魔術で扱うとはいささかナンセンスかつ不恰好だが、美学を追求しないアウレオルスにとってはなんの矛盾もなかった。


「『 対象に一斉射撃を開始せよ 』」


東方仗助はピクリと頬を動かす。
それだけだった。


「ドォララララララッ!!」


ぱらららら、とタイプライターのような音が響く、と思った時には銃弾は再び跳ね返されていた。
アウレオルスはピクリと眉を痙攣させ、


「『 刀身による斬撃に変更 』」


アウレオルスが右手を振るや、その手に西洋剣<レイピア>が収まる。


「『 対象に向けて、その刀身を回転射出せよ! 』」

「ドラァッ!」


普通なら残像すら捉えられぬスピードで襲い掛かってきた刀剣を、東方仗助はまたも叩き落した。
いや、彼は確かに腕を動かし、叩き落すようなそぶりを見せたが、
普通ならそんなことをしたところで――たとえラッキーで刀身に手が当たったところで――力負けするのが道理、なのだ。

ならばやはり、奴は普通では――……!


「『 こんな下らねぇ攻撃で終わりかよ? 』 アウレオルスゥゥ~~~!?」

「~~~!」


再び、アウレオルス=イザードの額に脂汗が浮かんできた。
ピグ、ピグ、と眉の痙攣が本格化する。


「歯ァ食いしばれやコラァ~~~!!」

「うっ、て、『 手順を量産! 刃物本来の目的に従い、速やかに獲物の体を解体せよ! 』」


十の西洋剣が立て続けに彼を襲う。
が、


「ドララララァッ!」


やはり一発として当たらない。
何かしらの力がはじき返してしまう。
アウレオルス=イザードは冷や汗に額を濡らした。



「あっ、うぅっ」


一体! 一体!?
理解不能! 理解不能!
あれは一体どうやって防御しているのだ!? 
いや攻撃か!? 攻撃に攻撃か!? 攻撃は最大の防御か!?
何を使って何をしているのだ!?
見えぬ、わからぬ、理解不能! 理解不能! 理解不能!

ああそうやってる間にも奮然、着々と我がパーソナルゾーンに近づいてきているではないか!
なぜだ、なぜなのだ!?

一体どうすればいいのだ、斬撃! はもうやった、銃撃! も利かぬ! だめだもう思いつかぬ、レパートリーが……
ああそう考えている間にも奴はすさまじい速さでこちらに――すさまじい――
――まるで見えない何かに守られているような――すさまじい力で動く何かが――すさまじい――力――動く――。

動く。



「む。そうか、こう言えば良かったのか」

すっと波が引くようにアウレオルスの顔から焦りが消えた。


「 『 攻 撃 は 許 可 し な い 』 」

「!」


単純な言葉に東方仗助の動きが止まる。
拳を振り上げた状態で硬直する東方に、アウレオルスは無言で手を突き出した。
胸板から数センチ離れた場所で、空気を揉むように。


「 『 吹 き 飛 べ 』 」


ガクン、と東方仗助の体が揺れ、後方に吹っ飛んだ。
上条とステイルの横を抜け、ドア向こうの壁に叩きつけられる!


「ごっ、はっ……!」

「仗助ェェェーーーッ!!」


上条当麻の叫びが響いた。




  ~~~


炎は無形だ。
ほんの少し、一ミリ程度でも穴があればそこから三千度の炎を流し込むことだってたやすい。
まして扉の隙間ならなおさらだ。


「っておい! 中には仗助やインデックスたちが……」

「心配要らないよ。魔力の流れから見るに、アウレオルスもここにいるようだしね。あっちで勝手に防御してくれるだろ。
ま、それで僕らを招き寄せてくれるかはわからないが……」

「だからって、って聞けよおい!」

「じゃ、他にこのドアを開けるいいアイデアはあるのかい?」

「それは……でも!」


みなまで聞かず、ルーンカードを取り出す。
それから一秒も経たないうちに、あっさり扉が開いた。



そこから先は怒涛の展開である。
そしてそれはゴッ、という鈍い音と共に終了した。


「仗助ェェェーーーッ!!」


叫び、上条当麻が壁に叩きつけられた少年に駆け寄る。
ステイルはゆっくりと東方仗助を振り返り、それからアウレオルスの方を睨みつけた。


「ここまで来るのに……難儀したよ。しかしまた、随分と趣味が悪くなったようだね、アウレオルス=イザード」

「ふん、」


ステイル=マグヌスはアウレオルスのことを知っていた。
といっても友達というわけではない。教会に居た者同士、顔見知りだったというだけだ。



「自然、『 偽・聖歌隊<グレゴリオ=レプリカ> 』 に呑まれたと思っていたが、どうやら逃げ延びたか」

「あんなえげつないものを 『 聖歌隊 』 とは。まがりなりにも聖職に関わっていた人間とは思えない発言だね?」


ステイル=マグヌスはのんびりとタバコに火をつけた。


「それで、今のは何だ? 今度はどういう魔道具<オモチャ>での小細工だい、骨董屋<キュリオディーラー>?」

「全然。今の私が魔道具を持たぬことにも気づかんか」


無論、気づいている。
これは単なる時間稼ぎだ。
上条当麻め、盾のクセに無防備な背中をさらしやがって、とステイルは心底忌々しく思った。
仗助仗助と助け起こす暇があったら、僕の前に立って盾の役をまっとうしろというものだ。

骨董屋。
錬金術の技(わざ)は本来戦闘向きではない。であるからして、彼らが前線に立つにはおおげさな程の魔道具<こっとうひん>に身を固めねばならないのだ。
それを皮肉っての台詞だったのだが、存外効果は薄いらしい。

ステイル=マグヌスは――内心舌打ちしつつ――口元だけで笑みを浮かべた。


「だろうね。何せこの建物自体が一つの聖域、巨大な魔道具の塊だ。黙っていても、周りが勝手にお前を補強する」

「だが依然、それだけで先のは説明がつかぬ。それは貴様もわかっていよう」

「おやおや、まさかとは思うが、錬金術を極めたなんて面白い冗談を言う気じゃないだろうな?」


アウレオルス=イザードは、冷笑でそれに応えた。
逆にステイルからは笑みが消える。


「バカな……あれは理論は完成しても呪文が長すぎて百や二百の年月で完成させられるはずもない。
呪文はあれ以上短くすることはできないし、親から子へ、子から孫へと作業を分担しても伝言ゲームの要領で儀式がゆがんでしまうはずだ……ッ」

「意外に気づかんものだな」


と言うアウレオルスが気づかなかったことだが、ステイルはちらりと上条当麻を一瞥した。
思ったより東方仗助の傷は深いらしい。骨でも折れたのか、血を吐いている。
漫画でもあるまいし、壁が陥没するほどの勢いで叩きつけられたら、そりゃ当然か。

まー、大丈夫かな。上条当麻はおおげさに騒いでるけれど。
死にはしないだろ。多分。


「『 偽・聖歌隊 』 による代理詠唱だ」


ステイルはすっと視線を戻した。



「呪文を並列して唱えさせる……ふむ? 三沢塾の人間は二千人くらいだっけ。単純計算すれば、作業効率は二千倍、か。なるほど考えたね」

「実際には、呪文と呪文をぶつけることで更に相乗効果を狙ったがな。わずか120倍程度の追加速度では成功とは言いがたい」

「それって自慢? だとしたらやっぱり変わってないね、そういうところは」

「……憮然。貴様が私の何を知っている」


おやとステイル=マグヌスは眉をひそめた。
どうやら、思いもかけないところで地雷を踏んだらしい。
これを引き伸ばさない手はあるまい、とステイル=マグヌスは余裕の態度でタバコを口から離した。紫煙が暗闇を漂う。


「色々を。チューリッヒ学派の錬金術師で、元はローマ正教の隠秘記録官<カンセラリウス>。属性は土。
せこせこ魔道書を書くのが仕事で大の得意。三年前、正教を裏切り、今まで地下に潜伏していた。そして禁書目録の――」


くるくるとタバコを持ったまま動いていた手が、ピタリと止まった。
ステイルの目が心地よく眠るインデックスに移る。
次いで、沈黙を守る 『 吸血殺し 』・姫神秋沙に。


「あー……なるほど。遅ればせながら、君の真意に気づいてしまったよ。人ならざるものの力で、インデックスを救おうってワケか」


はっと上条当麻が息を呑む気配がした。
ステイルはもう一度一瞥する。

上条当麻の腕に、東方仗助はぐったり身を預けていた。
再起不能? 早いよ。もう少し役に立てよクソッタレ。と思いつつ視線を戻し、


「ってことはやっぱり僕らを操ってたのも……」


アウレオルスは笑う。それは肯定の返事だ。


「イギリス清教から掻っ攫おうとしてたのか。僕らを使って。
そして故意か偶然かはわからないけど、今度は 『 吸血殺し 』 が彼女を君のところまで連れてきた。なるほど繋がったね」

「ならば当然、止める気も失せたであろう。貴様がルーンを刻む目的、それこそが禁書目録を守り助け救うためだけなのだからな」

「でも阻止する。理由は簡単だ。――その方法であの子は救われない。失敗するとわかっている手術に身を預けられるほど、その子は安くないんだけどね」

「ふはっ」


と、アウレオルス=イザードは大きく笑った。


「ふははははははははははっ!!! 失敗!? 失敗と言ったかロンドンの神父よ! ふはははっ、ふは、なんと滑稽なことよ! ふははははははっ!!!」


「……さすがに僕もピクリと来るよ。なにがなんだって?」

「ふふ、それこそ簡単なこと。ふ、『 既に終わった事柄<イベント>をとやかく言うほど、滑稽なことはあるまい 』?」


ステイル=マグヌスの表情が硬化した。


「何――ばかな、それじゃあ、ははっ、まさか本当に吸血鬼と仲良しこよしになったとでも言うのか? いやそもそも、本当に吸血鬼が実在するとでも言うつもりかッ? 
はははっ、とんでもない大法螺だアウレオルスッ!」

「『 あの方 』 は慈悲深いお方だ」


うっとりと、アウレオルスは自身を掻き抱いた。
突如雰囲気の変わった男に、ステイルは思わず一歩退く。


「対峙したあの時、何も知らぬ私は恐れ、怯え、刃さえ向けた。今思えば愚かなことよ。だがそのような無礼さえ 『 あの方 』 は許すとおっしゃってくれたのだ……
『 あの方 』 に触れられた瞬間、私の心に何かが起きた。世界が明るくなり、えもいわれぬ安心と幸福感に包まれた……
……その時、私には 『 あの方 』 が神のように見えたのだ……神々しい後光さえ見えた……。
『 あの方 』 はおっしゃった……私を、禁書目録を救ってくださると。その代わり、魔術について教えてほしい、と…………無論、私は言った。もちろんですとも。あなた様のためならば……」

 ドンッ!




恍惚とした語りが途切れる。
アウレオルス=イザードは背中に体当たりしてきた人物を、ゆっくり振り返った。

それは今まで沈黙を守っていた姫神秋沙だった。
いや、守らされていたのだ。
彼女にかかった 『 黙れ 』 の命令は、まだ解除されていない。
だがその必死な形相から言いたいことは伝わる。


『 もうやめて 』、だ。


アウレオルス=イザードは表情を一変させ、一片の容赦なく彼女を突き飛ばした。
姫神秋沙は声もなく倒れ伏す。



「てめえ!!」

上条当麻が声を荒げる。


「どうも君、『 魅入られちまった 』 ようだね」

ステイル=マグヌスが厳しい顔つきで言う。


「興が殺がれた。もういい、話は十分」

アウレオルス=イザードは鍼を取り出す。


「 『 偽・禁書目録<レプリカ> を こ こ に 』 」

「なっ!?」


瞬間、上条当麻の腕から忽然と東方が消えた。


「呆けるな能力者! こいつは……」

「 『 倒 れ 伏 せ、侵 入 者 ど も 』 」


突如、上条当麻とステイルの体全体が 『 重く 』 なり、地面に叩きつけられた。
まるで何十本もの見えない手に組み伏せられたように。


「こん……の馬鹿者ッ、呆けるなと……言ったろうが……ッ!」

「ご……ッ、が……!」


そんなことを言われても、どう防げばよかったと言うのだ。
そもそもお前もはまってんじゃねーか、と言いたいが上条当麻にそんな余裕はなかった。

ギリギリと、透明な重石を乗せられたように体が重い。内臓が圧迫されて吐き気をもよおす。
上条当麻は必死に自分の右腕を引き寄せた。
コレで自分の体に触れれば、あるいは――。



「さて、これで貴様らへの攻撃を躊躇せずに済むというわけだ」


床に接した視界の端に、東方仗助が見えた。
すぐ横には高級そうな革靴と、白いスラックスの裾。

立ち上がろうとしているのか、歯を食いしばって肩に力をこめている。その額から顎にかけて赤い筋が一筋、伝い落ちた。
ガクン、と東方の体がくず折れる。


「 『 自動火器をここに。弾丸は魔弾、 』 」


ジャキンッ。
硬質な音に上条の肝が冷える。
右手は後数センチのところに来ている。だが重さのために一ミリ、一息入れてもう一ミリといった速さでしか進まない。


「 『 用途は乱射、侵入者一人に対し一丁で狙いを定めよ 』 」


間に合わない。


「 『 一斉射撃を開―― 』 」


し、が言葉にされない。

上条当麻は右手だけを凝視していた瞳を、アウレオルスのほうへ向けた。
そこには巫女がいた。
アウレオルスと自分達の間で、自分達を守るように両手を広げた巫女が、そこに。

バカヤロウ。ふざっけんじゃねえ。
上条当麻はとっさに思った。
同時、その無謀な行動に震え上がった。
上条は声さえ知らぬ少女だが、彼女にとってもそれは同じ。
それなのに出て行くなんて、なんてバカな、バカなことを。やめろ無謀だ、こっちには何とか手段はあるんだ、やめろ――。

上条当麻は声を振り絞ろうとする。だが、やはり圧迫にそれは邪魔された。

喋れない少女はただまっすぐアウレオルスを見据える。
目は口ほどにものを言う、というが、それは相手が自分の気持ちを汲み取ろうとしている時だけの話だ。
今のアウレオルス=イザードにとって彼女はちょっとばかし高級な便箋ていどの価値しかない。
そんな者の気持ちなど、汲むはずもない。



「どけ、『 吸血殺し<ディープブラッド> 』 」


少女は無言で首を振る。


「いい加減、お前の行動は目に余る。ここの生徒のように一度 『 死 』 を体験させてやってもいいのだぞ」

「はっ……な、に……!?」


魔術に耐性があるためか、それとも純粋に根性の差か、ステイルは切れ切れだが声を絞り出した。


「そう、か……ッ、おかしい、と、思ってた……ッ、能力者、に魔術が……使えるわけ……ッ!」

「!」


そこで上条当麻も、この魔術師と錬金術師が何を言わんとしているか悟った。
『 黄金練成<アルス=マグナ> 』 は三沢塾生の代理詠唱によって完成した。だが、能力者にとって魔術は毒だったのでは? 
ただでさえ体に害を及ぼす魔術の、さらに高等な魔術をどうやって彼らは完成させた?

答えは簡単。塾生たちはこれまで何度も死んでいたのだ。
そして、そのたび錬金術師の力で 『 リセット 』 されていたのだ、と。

上条当麻の思考が真っ白に染まる。
このヤロウ!
どこまでも腐り切ってやがる!


「もう一度言う 『 吸血殺し 』。どけ」


少女は無言で首を振る。
アウレオルスは大して面白くもなさそうに首に鍼を突き立て――。



「 『 死…… 』 」


「姫神よぉ~~~……」



 絶句した。



アウレオルス=イザードはゆっくり、傍らを振り向く。

そこには立ち上がった東方仗助がいた。

さすがに先のダメージがあるのか足が震えている。体も半ばインデックスの眠るデスクに預けているような格好だ。
荒い息遣い。
血。
鋭い眼光。

血のしずくが床に落ちる。


「……世の中……勇気だけじゃあどうにもならねぇこともあるよなぁ~……おめーの勇気はすげぇよ、けどよ~それでも、それだけじゃあどうにもならねぇよなぁ~……」


姫神に語りかけながら、彼はますますデスクにもたれかかった。


「それをわかってながら飛び出すんだもんなぁ~、グレート、そーゆートコがすげぇっつーんだよ、おめーはよぉ……」


せわしない呼吸。
東方仗助はデスクの上にひじを預け、天井を仰いだ。


「けどよぉ、おめーが 『 道 』 を開きたいんなら、ちょっとした致命的なモンが欠けてるぜぇ~ 『 策 』 ってやつがよぉ~~……」

「……漠然。貴様は何が言いたい?」


驚愕から戻ってきたアウレオルスは不快一色に表情を染めていた。
体中の骨を折り、そのため必然、内臓も傷ついている。
誰がどう見ても立ち上がるのだけで精一杯の負傷。勝負はとうに決している。はずだ。

はずなのに、東方仗助は苦痛を押し込めた笑みを向けてくる。


「はぁ~~? アウレオルス、おめーにはわからねぇ? おめーには俺の考えてることがわからねぇ?」

「だからなんだと聞いているッ」


目に見えてアウレオルスの苛立ちは増した。


「んじゃあヒントその1。『 策 』 がなきゃ駄目だっつー助言をした俺が、なぁんの策も持ってないってのは矛盾しねぇか?」

「……!」

「おぉ~~? その2はいらねぇかなぁ~~?」


東方仗助は再び、引きずるようにしながら体を起こしていた。



「厳然。策など無駄。我が力を持ってすれば、」

「あぁ~確かにおめーの能力はすごい。だけどよぉ~、俺の中に九万八千冊があるってのを忘れてねぇか?」


自身のこめかみを指差しながら東方は言う。


「そんで、自動書記はおめーに言わなかったか? 『 解析は完了しました 』 ってよぉ」

「……! 否、必然対処できるはずなし」

「じゃあやってみろよ~さっきみてぇに 『 吹き飛べ 』 でもなんでもよぉ~」


上条当麻には分かった。
あれはハッタリだ。東方仗助の笑みは、いつかの――自動書記との戦いの時のと同じ種類の笑み。
余裕をかましつつ自分にできることを必死に探している笑みだ。

外人色をした目と目が合う。
まかしとけ、と言われた気がした。



「……め、がみ、……!」


上からの圧迫。
上条当麻はあえぐように眼前に立つ彼女を呼んだ。
我に返ったように姫神秋沙が振り向く。

――『 策 』 だ。姫神秋沙。
上条当麻は必死に首を動かす。口を開ける。

――『 策 』 を作るんだ。
右手の親指に思いっきり噛み付いた。

姫神秋沙は不可解なものを見る目をして、


――『 策 』 を作るんだ、姫神!


ゆっくり瞬きした。




なんだ……なんなのだ! この少年の余裕は!

アウレオルス=イザードは――もう何度目になるかもわからないが――うろたえた。

そもそも彼の精神はそれほど強くない。否、むしろ常人よりもろい。
隠秘記録官<カンセラリウス>としてひたすら魔道書を書くことだけに身を費やしてきた彼は、人と接する機会があまりなかったのだ。

それでも、あのころの彼は構わなかった。
既存の魔女の邪法を解き明かし、対抗策を見つけ、それを文字に記して本にする。
教会にとっての特例中の特例。それがアウレオルス=イザードという人間であり、またそれをまっとうすることで魔女の脅威から罪なき人々を守れる。
そう信じていた。


だが――彼は出会ってしまった。
決して救われぬ少女に。


どうしても救いたかった。
救わねばならなかった。

十万三千冊もの邪本悪書を身のうちに抱え、残酷なる運命を受け入れてなお、己が不幸より他人の幸福を願う彼女を。
決して救われない定めと知ってなお、童女のように微笑める心を持った彼女を。


忘れたくない。あなたのこと。死んじゃってもいいんだよ。あなたのことを覚えてられるなら――。


アウレオルス=イザードは覚えている。
彼女が最後に残した言葉の一言一句、その声の調子、苦しげに、けれど自分を泣かせまいと微笑む彼女の表情。その瞳からあふれる涙を。

どうしても救いたかった。
救わねばならなかった。
だからあらゆる物を捨てた。
だからここまできたのだ。
もとより叩けばグチャッといく、プティングのようにもろい精神を支えていたのは、インデックスその人であった。


アウレオルス=イザードは東方仗助の瞳を見据えた。
アウレオルスの表情は揺らがない。揺らがない、が、内心は混沌としていた。
顔の筋肉一つ、眉の一ミリも動かないのは冷静でも平然でもなく、単に表情を作るだけの余裕がないだけの話だ。

九万八千冊で解析をしただと? それどころか既に対抗策を見つけただと?
バカな、ありえん。
我が黄金練成<アルス=マグナ>は今まで誰も完成させることができなかった魔術!
ゆえに当然、こんな短時間で活路が開かれるはずがない!
だ、だがこの少年の余裕はなんだ? 私は完璧なはずだ。どうしてこれほどの余裕がある、私に何か落ち度でもあるのか!?

まさか――やめろ! 考えるな!
私は――私は完璧だ。思い出せ、信じるのだ、今まで自分の歩んできた道を。

そうだ――。
そんなものができているならば、なぜさっさとそれを使わない?
自動書記<レプリカ>が逆算完了と言ったのは私に初めて対峙した時だ。その時点で対抗策ができているならば――。
なぜ私に吹っ飛ばされることを良しとした?

間然。少年の理論には穴があるッ。


「ならば当然! これもハッタリッ!」


アウレオルス=イザードは東方に向けて手を突き出した。
瞬間、少年の瞳がわずかに揺れたのを見て、アウレオルスは確信する。


「勝ったッ! 『 吹 き―― 』 」


そして、錬金術師は厳然と告げ


「待って」


ようとして、かかった声に口をつぐんだ。



アウレオルスは、不愉快そうに彼女を睨んだ。


「『 吸血殺し 』 ……お前は後だ、そこで大人しく――」


そこで気づいた。
なぜ?
なぜ……『 吸血殺し 』 が口を利いている?


「なっ」

「アウレオルス=イザード」


『 黙れ 』 の命令を跳ね除け、『 吸血殺し 』・姫神秋沙は訥々と告げた。



「あなたの。負け」




「何を……言っている?」


アウレオルスの理性は告げる。
ハッタリだ。これもまたハッタリに過ぎない。
相手にするな。まずはこの得体の知れぬ力を持つ少年を


「アウレオルス。あなたは。まだ気づいていない? 自分が既に負けていることに」


ハッタリだ! 無視しろ! (だがなぜ)
奴の能力は怪力の類ではなく、ただの血液! 吸血鬼にのみ作用する力! (なぜヤツが口を)
ゆえにッ! 我が力に抗う術なし! (なぜ抗えている?)


「そしてこれにも気づいていない? 『 あいつ 』 があなたを騙していることに」


ピクリ、とアウレオルスは反応した。


「『 あいつ 』 は。あなたを手ゴマとしか思っていない。あなたが思っているほど。あなたを大事にしていない」

「黙れ……!」

「それは。きっと。あなたも気づいている」

「 『 黙れと言っている! 吸血殺し<ディープブラッド>! 』 」


その 『 言葉 』 で彼女は口をつぐむ


「黙らない。アウレオルス」


はずだった。



「なっ……にィ……!?」


アウレオルスは信じられないものを見る目で、彼女の顔を凝視した。
彼女は表情を崩さない。
下手な笑顔よりもずっと温かみを感じる無表情で、けれどそこに厳しさを持って、彼の視線を受け止める。


「わかる。もう私に。あなたの力は通用しない」

「うっ……否!」


アウレオルスはその手を姫神秋沙に向けた。


「 『 銃をこの手に! 弾丸は魔弾、用途は粉砕、単発銃本来の目的に従い、獲物の頭蓋を砕くために射出せよ! 』 」


言葉と共に彼の手に銃が収まり、魔弾が火薬の破裂と共に飛び出した。
そして微動だにせぬ少女の眼球に命中し、後頭部までを貫く――はずだった。
のに、魔弾は大きく軌道をそらして彼女の顔の横を通り過ぎ、壁を砕いた。


「……!」

「わかる。『 あなたの力は。もう通用しない 』 」

「……ッ 『 手順を量産! 十の暗器銃にて、同時射出を開始せよ! 』 」


乱射された十発の弾丸はしかし、彼女の髪の毛にかすりさえしなかった。


「ばっ……」


ガシャンッ、
アウレオルスの手から銃が滑り落ちる。
ピグピグピグ、とまた眉の痙攣が始まる。

わ、わからぬ……黄金練成<アルス=マグナ>は確かに、正常に働いているはずなのにッ。
『 吸血殺し 』 に抗う術はないはずなのにッ。
何が起こってどおしてこんなことになっているのだぁ!?
理解不能! 理解不能!


「理解不能! 理解不能! なんだこれは! 全く論理的ではない! 理解不能!」

「初歩的な……質問だね」

「ッ!」


答えたのはステイル=マグヌスだった。
床に張り付いた格好で、しかし悠然とも見える態度でタバコをふかしている。


「君も、魔術をかじった身ならわかるだろう……魔術を跳ね返すには、何をすればいいか……」

「――ッ、『 逆算 』、いっ!」


アウレオルスは東方仗助を見、次いで姫神秋沙を振り返る。


「否ッ! 我が 『 黄金練成 』 を中和させるなど――こっ、『 自動書記 』 を持つこの少年にならともかく――
――魔術を全く知らぬ 『 吸血殺し 』 にできるものか!」

「私。『 吸血殺し 』 じゃない」


その場の――アウレオルスは見逃したが――全員が頭にハテナを浮かべた。










「私。魔法使い」










「は……?」


アウレオルスはポカンと口を開けた。
理解不能。理解不能。


「私。姫神秋沙じゃない」

「は、は……?」


ついていけないアウレオルス。
上条は引きつり笑いし、ステイルはふっと笑みを深め、東方もおかしくてたまらなそうな顔をした。


「私。あなた。過去のあなた。正気を保っていたころの。優しいあなた」

「ばっ……はははっ、たわけたことを!」


その通り。彼女は360度どこからどう見ても姫神秋沙だった。
だがステイル=マグヌスは言う。


「あぁーなるほど、道理だね……ッ、アウレオルス=イザード本人なら、『 黄金練成 』 を中和するくらいわけないってことだ」

「ふざけるなァ!!! 過去の私だと!? そんな錬金術、否! 魔術すべてを洗ってもそんなことができる術はないッッ!!」

「そう。『 魔術ならね 』」


すっ、とアウレオルスの瞳が見開かれた。


「 『 見落としていたね 』、アウレオルス=イザード……ッ、君は、そこの、床に這いつくばっているヤツを何だと思っていた? 見学に来たとでも?」

「……あ、」

「そしてもうひとつ。『 僕が何の切り札も持たずここに殴りこんで来ると……本気で思っていたのかい 』?」


姫神秋沙がすっと体をずらす。
その向こうに倒れ伏す人物――すなわち、上条当麻をアウレオルスは凝視した。
不敵な笑みを湛えた少年を。



「ば、かな、『 超能力 』……そんな、」


アウレオルス=イザードの思考が回らない。

まさか、自分は失敗した? 失態を犯した? つけこまれた?
いいやそんなはずはない、私は完璧だ! (だが 『 吸血殺し 』 以外の能力者については何も……)考えるな!

しかし、しかし?
一体どんな能力で過去の私を――いや! 過去の私などここにはいない!
そんなことがあるわけがない!


「私は。あなた」

「黙れェェ! 理解不能!」


アウレオルス=イザードの思考は回らない。
ただ不安を払拭するために一つの言葉だけを、呪文のように唱える。


「理解不能! 理解不能! 必然、どいつもこいつもそいつもあいつも理解不能ッ!」


理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!
理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!
理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!

――ありえんッッ!!





「じゃあ、なんで姫神はテメーの術中に落ちねーんだよ~?」


「りっ……!」






 だが、アウレオルス=イザードは――。



「――。必然」

「……!」

「私がお前の前に現れることに疑問の余地無し」



 理解、『 可 』 能してしまった。





                → TO BE CONTINUED....




――今日はここまでです――

――アニメのイザードさんは豆腐メンタルすぎるよね――

本来はラスボス通り越して影の黒幕クラスのチート能力だしな・・・・・・
フィアンマの『右手』とも互角にわたり合えそうな気さえする
『ザ・ワールド』VS『キング・クリムゾン』みたいな

生存報告。
近日中にアウレオルス戦は終わらせます。はい

>>33……8……

近日中と言ったが……スマンありゃウソだった
書いてるうちに全員のキャラを見失ってきたっつーわけだよ
というわけでちょっと投下します







 第十二話「通じ合う心」







『 黄金練成<アルス=マグナ> 』。
それは、世界のあらゆる公式・定理を知ったものだけが使える魔術。錬金術の到達点。
世界の完全なるシミュレーションを頭の中に構築することで、逆に頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す魔術。

――『言葉のまま、何でも操ることができる魔術』。


策。『 策 』。
東方仗助の台詞がぐるぐると姫神の頭を回った。

東方仗助がアウレオルスをひきつけているわずかな時間。その間に策を作れ、と彼は言ったのだ。
アウレオルスを救う道を作りたいなら、死ぬ気で頭を振り絞れ、と。
背後の少年が自分を呼んだ気がして、振り返る。
彼が親指を噛んでアウレオルスの術中から抜けたとき、彼女の頭に浮かんだのは『 やった 』でも『 すごい 』でもなく『 まずい 』、だった。
『 黄金練成 』さえ打ち消してしまう彼の力は確かにすごい。けれど、『 黄金練成 』のほうがもっとすごい。
この能力が知られたら、きっと『 言葉のままに 』無効化されてしまう。
なんと言っても彼の『 黄金練成 』は――――


あれ。
なら。
どうして。

姫神秋沙の脳内に電流が走った。


『 攻撃は許可しない 』


あの時、東方との戦闘のとき。どうしてアウレオルスはあんなに焦っていたのだ。
なぜ、銃だの剣だので何度も迎撃しようとしていたのだ。
言葉のままに現実を操れるなら――東方の奇妙な能力など、封じてしまえばいいではないか。

どうして『 攻撃は許可しない 』だったのだ?
なぜそんなまどろっこしい命令の仕方だったのだ?
『 その力は使うな 』でも、いっそ『 そんな力は消滅しろ 』でも…………いや、そもそも戦闘に入る前に『 邪魔するな 』と言えば済むはずではないか。
言葉のままに現実を操れるなら――。


姫神秋沙の記憶は語る。

あの日。出会った時。
アウレオルスは言った。
助けたい人がいる。けど、自分ひとりの力じゃどうあがいてもダメだ。

どうして。
どうしてダメなのだ?
なぜアウレオルスは吸血鬼なんかに頼ったのだ?
救えばいいじゃないか。
言葉のままに現実を操れるなら――……?


アウレオルス=イザード。
あなたが私を欲したのは。なぜ。



  ~~~


「ひっ」


ガタンッ。
大きく身を引いたアウレオルスの腰にデスクがぶつかる。


「なんだっ……なんなのだ貴様はッ! なんなのだ、いったい何者だッッ!!」


それは『 超能力者 』上条当麻のことか、それとも目の前のもう一人の自分か。
アウレオルスは震える手を後ろ手に回した。
とにかくこれを消さなければ! 
彼の思考はそれ一つである。
消さなければ! このわけのわからないモノをなんとしても……ッ


「ッ!?」


するともう一人の『 アウレオルス 』も無言で、スラックスの後ろポケットに手を入れた。

まさか……まさか!

お互い、同じタイミングで鍼を取り出す。

使うと言うのか、『 黄金練成<アルス=マグナ> 』を!
い、いったい何を命じる気だ、この『 私 』は!?
私の『 言葉 』を中和する気か!? それとも直接攻撃を!?
否、倒れている超能力者と魔術師を復活させるのか、否ッ……!!
アウレオルスは最悪の予感に震えた。
己の傍らを一瞥する。そこには――当たり前だ、私が配置したのだ――東方仗助がいた。


――――『 しまった 』。


今の奴は立つのもままならない重傷……だ、だが、我が『 黄金練成 』ならば『 治れ 』と命じるだけで完全回復が可能……ッ!
『 まずい 』、これは『 まずい 』ぞッ。
もし奴が復活してしまったらッ、四面楚歌というやつではないかッ!

ど、どうすれば、もし『 私 』の術の発動が私より早かったら……ッ!
だめだ考えるな! 
(そうこうしている間に『 私 』が術を発動してしまう!)考えるな!
(早く! 早く! 早く!)焦るんじゃあない!

『 回復するなんぞありえぬッ 』!
こいつが回復するなんぞ……ッ



「終わりだね、アウレオルス=イザード」


憐憫さえこめてステイル=マグヌスが告げる。
ハッと顔を上げ、もう一度見れば、『 危惧した通り 』、『 予想した通り 』、傷一つない東方仗助がそこにいた。



「……あん?」

「仗助の傷が……?」

「そういうことだ。『 黄金錬成 』 は言葉のままに現実を変えるわけじゃあない。頭に思い描いたことを、そのまま現実にしてしまう力なのさ。都合のいいことも、悪いことも、思ったままをね」


きょとんとする少年二人にステイルは面白くもなさそうに解説した。


「姫神秋沙に揺さぶりをかけられ……思い通りに術を使えなくなってるようだね?」

「……っ」

「今の君の精神状態じゃ 『 黄金練成 』 を扱うなんぞ無理だ。自滅するだけだよ。おとなしくその馬鹿に殴られて、再起不能になるといい」


その一言一言がアウレオルスの精神を削る。

無理、……なのか?
もはや私に、道はないのか?
もはやお終い、なのか?

グラリとアウレオルスの体が揺らぎ、先ほどより強くデスクにぶつかる。


「う……ん……」

「!」


その衝撃に誰かが声を上げた。
それはアウレオルスの耳に、何よりも鮮烈に届く。


「禁書……目録……」

「うぅん……ん~~……」


彼女は半分寝たまま、毛布を口元まで引っ張ってむにゃむにゃと何か呟いた。
うるさそうに耳をこすって、寝返りを打つ。


「わたしは……私は……」


勝たねばならないのはなぜだったか。
これほど遠くまで来たのは何のためか。
己のくだらぬ意地や自己満足のためではない。断じてない。あるはずがない!
今まで歩んで来たのは、『 誰 』 のための道か? 
思い出せ、アウレオルス=イザードよ!
『 もう一人の自分 』、『 超能力者 』、魔術師?
そんな藁の家のごときうすっぺらい幻想にッ 我が道を閉ざされてたまるものかッ!

砕け散った精神の欠片をかき集め、アウレオルスはまた立ち上がる。
たった一つの支えによって。


「私は……救う……禁書目録を……記憶の、消去、呪われた運命から……!」


はっと上条当麻が顔を上げる。東方仗助が眉をひそめる。
アウレオルスは素早くポケットに手を突っ込み、鍼を取り出した。
拍子にガシャガシャと残りの鍼が落ちるが、気にしている余裕はない!


「もとよりこの手に一本あれば十分ッ!!」


一言宣言すればいい。
『 私の勝ちだ 』 と。今ならできる。私なら! 彼女の永久の安らぎのためならば――――。


「お前、一体いつの話をしてるんだよ?」


ピタリ。と、
首に沈みかけた鍼が止まった。



「な、に――?」

「そういうことさ。インデックスはとっくに救われてるんだ。君ではなく今代のパートナーによって」


まじりっけなしの哀れみを持ってステイルが言う。


「君にはできなかったことを、そいつはもう成し遂げてしまったんだよ。方法については、必要悪の教会<ネセサリウス>……いやイギリス清教そのものの沽券に関わるから黙秘するけどね。
そいつは人の身に余る能力の持ち主だ、とだけ言っておこう」

「待て……それでは」

「ああ、君の努力は全くの無駄骨だったってわけだよ。だが気にするな。
今のその子は君が望んだとおり、パートナーと一緒にいてとても幸せそうだよ?」


愕然と。
今度こそ、あらゆる力の源を失って、錬金術師は足から崩れ落ちた。
床にぺたりと座り込んで、瞳はどこかを凝視したまま動かない。

――カシャン、

力の抜けた指から、最後の鍼が落ちた。



「……アウレオルス」


上条当麻ははっと傍らを見る。
いつの間にか、元の姿に戻った姫神秋沙がそこにいた。
彼女はゆっくりと錬金術師に歩み寄る。


「もうやめよう。もう。戦う意味なんてない」

そして脱力した手をそっと取った。


「わかる。私。あなたの気持ち」

ゆるゆるとアウレオルスの瞳が姫神秋沙を捉え、遅れて顔が持ち上がった。


「でも違う。今のあなたは――――知ってる。私。本当は。……本当のあなたは」




パンッ。

まるで水風船を破裂させたような音が響いた。
姫神秋沙の頬に赤いものが散る。


「がっ……」


驚いたような顔で、姫神秋沙は倒れ行くアウレオルスを見つめていた。
前のめりになった体が床に崩れ落ちる。
その体が床についてしまったら、何もかもが取り返しのつかないことになってしまう気がして、姫神は反射的に手を伸ばした。
どうにか彼を両手で抱きとめる。
だが微塵の安心も彼女には訪れなかった。



「ッ!?」

「うげッ!?」

「なっ……なんなんだこいつはーー!?」


上条当麻は思わず叫んだ!
錬金術師の目から、口から、耳から、ありとあらゆる穴から触手が飛び出していたのだ!
いや、『 内から弾けた 』 のか?
ぐ、とグロテスクな光景に上条当麻は口元を押さえた。


「あっ……」

「な、ぜ……」


震える声で、姫神が何かを言おうとする。
だが錬金術師は姫神など見ていなかった。
驚愕一色の表情で上条を――いや、その向こうの何かを凝視する。


「なぜ、こ、んな、貴様…………なぜ、貴様が私を殺しに来る――!?」

「『 あの方 』 は」


声。
上条当麻は振り返る。
男がいた。
開け放した扉に悠然と体を預けた、見知らぬ男が。


「――決して何者にも心を許していないということだ。あなたは随分と不安定な輩だったのでね。もしもの時の口封じに、私が選ばれたということです」

「テメェは……!」


上条の言葉に、男は「ふん?」と馬鹿にしたように小首をかしげた。


「『 鋼入りの<スティーリー>ダン 』」



 ダ――z__ンッ!!



「『 あの方 』 は仰った。あなたがこんなカンタンな命令さえこなせないくらい無能なら、遠慮なく始末しろ、とね」

「う、そだ……あの、方は、私を」

「信用するわけがない。あなたのようなちっぽけな存在の男など。それに気づいていなかったようだな」

「……!」


触手は今や頬や額さえ食い破っていた。
血みどろの顔にぽっかり空いた二つの白い穴。その瞳が、うつろに男を見る。


「それに、なんだ? あなたは 『 肉の芽 』 を植えつけられたことにさえ気づいてなかったのか」

「『 肉の……芽 』 ?」

上条が反復する。


「あなたの 『 あの方 』 への忠誠心は、脳に寄生した 『 肉の芽 』 の影響でしかなかったということですよ。
残念、これで徹底的に生きる意味が失われたな、アウレオルス=イザード」


その通りだった。
アウレオルスの瞳から急速に光が失われていく。


「だめ!」


姫神が強く彼を抱きしめた。
決定的なことが起こる前に、どうにか立て直さなければならないと必死に。


「あなたには。『 黄金練成<アルス=マグナ> 』 がある。願って。治れと。生きたいと。早く!」

「しかしその 『 黄金練成 』 も効力を無くしたようだな~~うん? もはやあなたが死ぬことは確定したようだ」


畳み掛けるようなダンの言葉に、アウレオルスの瞳が動き、上条当麻を映した。
『 倒れ伏さず 』、上体を起こして鋼入りのダンを振り返っている上条を。


「しまっ!」

「アウレオルス!」


崩れつつある彼を、彼女はますますもって強く掻き抱く。
瞬間、ガバリとステイルが起き上がった。

プッ、とその口から咥えタバコが吐き出される。
そのラインをなぞるように炎剣が出現し、
刹那、3000度の刃が触手を断ち切り、白い灰へと帰した。


「チッ、本当に効力を薄れさせる奴があるか、モヤシメンタルめ!」

「仗助!」

「おう!」


触手は取り払われた。あとは仗助の 『 なおす 』 力に頼るしかない。
上条はぎっと余裕の笑みを浮かべたダンをにらみつけた。


「てめえ……覚悟はできてるんだろうな……!」



上条当麻は怒りに震えた。
確かに――アウレオルスは罪を背負っていた。
三沢塾生を道具のように殺しては生き返らせた。自分達どころか、彼を本気で心配していた姫神にさえ、刃を向けた。
だが、だが!
だからといって!
形はゆがんでいれど、大切な人間を救おうとがむしゃらに進んできた人間を!
何も知らない輩がッ!
彼を本当に大切に思っている人の前で、
『 もしもの時の口封じ 』、なんてワケのわからない理由を押し付けて、殺してはいけない、いいはずがない!
そんな思考回路は絶対に認められない!


「まして! あいつが、てめえの後ろにいる誰かに操られてたって言うんなら尚更だ!」

「腹立たしいが同意だね。お前、タダで帰れると思うなよ」

「悪いが、そう思っているところだ。私を殴るというなら殴ってみるがいい、ただし――」


鋼入りのダンはステイルと上条に指を向ける。


「その瞬間、君たち二人のうちどっちかがアウレオルスのようにグロテスクな死に方をすることになる」

『……!』

「なぜ今すぐ君らを始末しないのか、説明させてもらうと私の 『 内面から食い破る 』 攻撃は一回につき一人しか攻撃できんのだ。
もう一度あれをするには 『 ため 』 がいる。その間に私をぶん殴ったり火あぶりにしたりするのはそりゃ、可能だが」

ようは、と鋼入りのダンは指を振る。


「私を攻撃するには君たちのうちどちらかが犠牲にならねばならない。一方私は君たち全員を殺すために多少ボコボコにされる覚悟を負わねばならない。お互い一歩、」

鋼入りのダンは靴先で床を叩いた。


「……踏み出すには大きすぎる犠牲だとは思わないかね」

「てめえ……いったい何が言いたいんだ!?」

「上条当麻とか言ったかな? 簡単だ、私が遠くに逃げるまで君たちはここでじっとしていればいい。私の任務はすでに終了した。これ以上君たちと争う理由はない」


鋼入りのダンは二人を順にみて、ふっと笑みを浮かべた。
完全に男のペースだった。
それがわかっていてもなお抗えない現実に、上条当麻は歯噛みする。
くそっ、もっと頭絞れよ、上条当麻。一人犠牲になるからって何だってんだ。
ここでこいつを捕まえないと、姫神は、アウレオルスは、報われねえ……!



「バカな考えは起こすなよ、馬鹿……ッ!?」


そうステイルが悪態ついたその時、ステイルの背後に東方仗助が降り立った。
振り向けばかちりと視線が合い、ステイルは思わず表情を硬化させる。
瞬間、恐ろしい速さで東方仗助の手がステイルの顔の横、耳のそばあたりの空間をつかんだ。
途端、


「……が、が…………ッ!? な、に……!?」


鋼入りのダンの余裕が消えうせた。
どころか見えない何かに縛られたように動きも止まる。
遅れて、バギバギバギバギッ! と嫌な音がダンの体の中から響いた。


「ぎにィやああああ!? ば、馬鹿な!? なぜこんなところに 『 スタンド使い 』 がいるゥーー!?」

「な……!?」

「何をしたんだクソッタレ!」

「いや、何したって言われてもよぉ~」


どうやらすべてが仗助の計画通り! というわけでもないらしい。
困惑した顔で、物をつまむように人差し指と親指を合わせた手を突き出してくる。
上条当麻の目には、その手首から上に重なって現出している 『 透明の腕 』 が見えた。


「アウレオルスの耳からこれが出てきて、アンタの耳に入っていこうとしたから捕まえただけだぜ」

「つっ! 捕まえただと、私の 『 恋人<ラバーズ> 』 を……! グゥ、よりにもよってなんて精密性だ……!」

「で?」


地べたを這うダンに、東方仗助は右手を突き出す。
ステイルにも上条にも何も見えない。親指と人差し指をすり合わせた拳だ。


「これがテメーの 『 能力 』 か? ケッ、なるほど、人の脳ミソにもぐりこむくれーしか能のなさそうな、ゲスな生物だぜ」

「なんだ、仗助?」

「見えねーのかよ当麻? ここにちっせー生き物が捕まえてあるだろーがよ~」


見えるわけがない。
もしここ――親指と人差し指の間にそれがいると言うなら、ミクロ単位の微生物のはずだ。


「そんなものが見えるのか? 君の目はいったいどうなってるんだ」

「え? あ~確かに。こんなちっせーのが見えるわけねーよな、普通。でもなんか見えちまってんだよ」

「は?」


とステイル。



「き、貴様~~~……卑怯な、気づかないわけだ、ヴィジョンの出現を最小限に抑えてやがったのか……!」

「はぁ?」


というか、滅多にヴィジョンを出さないのは、東方仗助がいまだ 『 透明の戦士 』 を扱いかねているからだ。
ほっておくと一人歩きして物でもかっぱらってきそうだから不用意に出すのはためらわれる。
自動書記のように「自分はコレコレと申しますがコレコレこういう事情で今日からあなたの体にお世話になりますよろしく」と初日から流暢に解説してくれれば話は早いのだが、そんな気配もない。
わかっているのは、コイツを出せば 『 なおせる 』 ようになったり身体能力がガゼンアップする、ということくらいで。


「え、こう使うモンじゃあねーの?」

「本能で分かれよポンチ野郎がーーッ! こ、これだからパワー型<タイプ>は……!」

「おいおいおいおい、ちょっと待てよ。テメーはこの力についてなんか知ってんのか? さっきも言ってたよな? 『 スタンド 』?」

「お、教える! 教えるよぉーー!! だから 『 恋人<ラバーズ> 』 を解放してくれぇ!」

「してくれ?」

「い……いえ、してください! 見てくださいッ! さっきので腕と足が折れましたッ! もう再起不能ですッ、動けません!!」

「さっきと随分態度が違うじゃないか? 君、何て言ってたっけ? 確か僕達を始末するとか何とか……」

「す、するわけないじゃあないですかぁーー! もう決して危害は加えません! 誓います!」

「ぺらぺら調子のいい野郎だぜ……てめえは二三発殴らないと気が済まねえな」

「もちろんです! 殴ってくださって構いません! 私の負けですッ、改心します、ひれ伏します、靴も舐めます、悪いことしました、いくら殴ってもいいッ! ブッてくださいッ、蹴ってくださいッ! 
でもッ! 命だけは助けてくださいイイイイイィいいいい~~!!」


マジで靴をペロペロやってしまいそうな勢いに、凄んでいた三人も引いた。



「マジでダンチだなオイ……」

「気圧されるなよ、能力者ども。こういう風に簡単にプライドを捨てられる奴は変わり身だって早いんだからな」

「でも確かに手足が折れてるんじゃ何もできねえだろ」


上条の言葉にステイルはふんと鼻を鳴らした。


「まあいいだろう……おいクソッタレ仗助。その生き物が僕らに何かしようとしたら遠慮なく叩き潰せよ。
どうやらダメージはフィードバックするみたいだからね」

「いますげ~あんた守る気が失せた」

「上等だ」


ぱっと東方が親指と人差し指を離す。
上条当麻はその時、確かにホコリほどの小さなものがダンのほうへ行くのが見えた、様な気がした。



「………………う、」


うめき。
上条が見やると、そこには姫神秋沙の腕に抱かれた、アウレオルス=イザードがいた。むごたらしい傷は跡形もない。
どうやらかろうじて息を吹き返したようだ。
それを上条はほっとしたように、東方は微妙な顔で、ステイルは無表情に一瞥した。
そう、全員の注意が逸れた。
そのスキに鋼入りのダンは走った!
そしてェ! 廊下を出て突き当たりの窓から飛び降りた――ッ!!


「なっ!?」

「逃げた!」

「あんのやろぉ~~! こーゆー時だけ根性見せやがって!」

「馬鹿者! 奴が窓を割れたということは……!」


ステイル=マグヌスが一歩進み出て、破られた窓から外を見下ろす。


「チッ……結界が解除されていたのか、いつの間にか!」


眼下では、米粒ほどの大きさの人間が蠢いていた。



  ~~~


 ――だから、魔法使いになりたかった。

今から十年前、少女は自身の村を壊滅させた。
発端は吸血鬼だが、彼女の血が彼を呼び寄せ、彼女の血が彼らを殺した。それは紛れもない事実だ。
彼女は知った。
世の中には逃れようもない 『 力 』 があり、それに呑まれてしまえばあらゆる 『 思い 』 は無駄になる。
優しい八百屋のおじさんも、仲良しのゆずかちゃんも、そして、彼女自身の母親も――。
彼女の 『 力 』 に吸い寄せられるまま、吸血鬼という 『 力 』 に抗えぬまま、彼女の首を噛み、灰に還った。
仕舞いには吸血鬼たちは彼女の血の 『 力 』 にすがった。
灰に還ることが自分の救いと信じ、噛み付くことをやめなかった。
そして村は死んだ。

だから、魔法使いになりたかった。

どんなおぞましい 『 力 』 も正義の名の下に跳ね除けて、被害者も犯人も、既に死んでしまった人すらも地獄の底から引きずりあげることができるような、ルール無用で常識外れの絵本に出てくるような魔法使いに。
でも彼女は 『 そうなりたいな 』 と願うことしかできなかった。願う、というのはつまり、自分には不可能だと認めていることに他ならない。
でも。いつか。
魔法使いにはなれなくても。自分の手で誰かを助けることができたら。
そんな時がきたら。その時は――……


『「歩く教会」、というものがある』

そして彼女は錬金術師と出会った。



『衣服の形をした結界だ。それを着れば、自然、もうカインの末裔たちを呼び寄せることもなくなろう』


彼はあっさりと救いの道を与えてくれた。
それだけでなく、自分の血は人を救えるとさえ言ってくれたのだ。
その時、沈んでいた彼女の心に温かな光が射し込んだ。


『魔術師は占星、錬金、召喚を一通り習うのだが、私は錬金に特化している』

『その錬金術の到達点が「黄金錬成」――じきにお前にも見せる時が来よう』


憧れを持つのは難しくなかった。


『三沢塾内にいる限り、カインの末裔がお前を嗅ぎ付けることはない』

『……頑然。出会った時からお前はその服だな。ソレがそんなに気に入って――――うん? 当然。似合っているが?』


恋愛とは違う、協力関係という淡白なものでもない。不思議なつながりを、彼女は感じていた。
彼もそうなのだろうか? 
きっとそうだと思いたい。
彼女は想う。

彼は優しい。
彼は強い。


『――いよいよ、か』

『ほんの気休めだが、着けておくといい。漠然、本当に吸血鬼に十字架が利くかはわからんがな』


彼は。いい人。


『逃げるのだ、吸血殺し<ディープブラッド>!』

『何をしている、早く行けッ!』

『――、姫神秋沙ッ! 「 お前は思いつく限り遠くへ逃げろッ! 」』


だが、そんな彼もまた 『 力 』 に屈した。



  ~~~
 

そうして。今。
彼女の腕の中には一人の錬金術師がいる。
ピクリとも動かない一人の男が。
彼を抱きとめた手の平から、徐々に死の実感が伝わってくる。
『 死 』。それはやはり、抗いようもない 『 力 』 だ。
どんなに切に願っても床に滴る血は止まらないし、どんなに強く抱きしめても、彼の鼓動は着実に弱まっていく。
彼女のユメは死んでいく。

姫神秋沙はぎゅっと目をつぶった。
不意に、


ズギュンッ。
感覚としては、そんな音が聞こえた気がした。

姫神は目を見開く。
温かみを取り戻した、彼の体。


「よくがんばったぜ、姫神」


次いで、乱暴に頭をなでる手の平。


「後は任しとけい」


問答無用で彼を救ったその少年が、姫神にはひどくまぶしく思えた。






第十三話「罪と罰」






「ギニャッ!!」


十二階建てのビルから飛び降りた彼は、九階時点で張り出しに引っかかり、六階地点でパイプにつかまり、再び落ちて、二階で再び張り出しに激突した後、地上に到達した。


「……つ、」


何ということだろう!
血をだらだらと流しながらも、体の骨をバキバキに折りながらも、鋼入りのダンは生きていた!


「ついて、るぞ……ハハハ、何とかと言ったところだが……まだ生きてるッ! 
う、運は確実にこのダンにある……逃げてやるぞ…………こ、このまま、逃げ切ってやる……!」

「ちょっと!? 大丈夫ですか!?」


ブツブツ呟きながら這いずるダンに、甲高い声がかかった。
灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーターという何の変哲もない格好の女子中学生だ。


「落ちてきたの? いったいどうして、てっ!?」


助け起こそうと近づいてきた少女の手を、鋼入りのダンの手が乱暴に掴んだ。
再びのチャンスだ!
私の 『 恋人<ラバーズ> 』 をこの女の子の耳にもぐりこませ、人質にすれば……!


「そいつから離れろ、御坂ァァアーー!!」


遠くからの声に、ダンはギクリと身を震わせた。
見ればビルの壁面にあのスタンド使いの少年がいた!
片手でパイプにつかまり、しっかりとこっちを睨んでいる。相変わらずヴィジョンは手首から先が出ているのみである。
その背には、先ほど叫んだらしいもう一人の少年がしがみついていた。


「すぐに逃げろ、みさ、ってうおっ!?」


パイプを掴んでいた手がぱっと離れ、一メートルほど下の窓の出っ張りを掴む。


「おのれェェ! トム・クルーズがきさまらー!!」

「だがもう遅い! すでに私の 『 恋人<ラバーズ> 』 わびゃあ!!」


ビリビリ、ドシャン。
瞬間、鋼入りのダンは手から伝わる圧倒的電力に昏倒した。
少女こと御坂美琴はフン、と髪を払う。


「で? これでいいのかしら?」

「お前ェ……」

「かーッ、無茶すんな中坊~」

「お前でも中坊でもない! っていうか何であんたらまた一緒に……ああもう! いいからとっとと降りてきなさいよ!」

「言われなくても行くっつー、の!」

「あ、ちょっと待って、お手柔らかに仗助さん!」


その後「離すなよ!」を13回言った上条当麻はフリと勘違いした東方仗助によって3メートルの高さから落とされた。



「ふ、不幸だ……」

「おいおい、大丈夫かよ当麻ぁ~」

「ちょっとそこの不良! そいつと一体何してたのよ!」

「おめーは何で俺に対して毎度毎度ケンカ腰なんだよ」

「ふんっ! 見たところ肉体強化のレベル2か3ってとこかしら? それでも私にはかなわないでしょうけど……!」

「うおっ、なんでこいついきなりやる気満々になってんだよ~?」

「さあ……上条さんにもよく……ってか手を貸してください」


あれこれやっている三人の背後で、鋼入りのダンは意識朦朧としながら匍匐前進していた。
その視界に、真っ黒い裾が映る。


「ッ……!!」

「本当、しぶとい男だ」


ダンの行く手を阻んだ男は、ゆっくりタバコに火をつけると、煙を吐いた。


「だがここまでだね。協会までご同行願おうか? お前には色々と吐いてもらわなくちゃいけないことがある」

「~~~……!!」


ぐぬぬと顔をゆがめる鋼入りのダンを、ステイルは冷めた目で見下ろす。



「おい、そこのクソッタレ二人! そっちのよくわからないのを巻き込みたくないのなら、とっとと退場願うことだね」


とうとう俺までクソッタレになってしまった、と上条当麻は額を押さえた。
そこでふと、御坂美琴のカバンが目に入った。
正確にはそれにつけられたストラップにである。カエル形のそれは、明らかに不自然な動きでギチギチと回転している。
しばし呆然として見つめていると、ピタァッと回転が止まった。そして、塗料で色分けされただけのはずの白目と黒目が動き、ギロリと上条当麻を見たのである。


「お……お前、それ……!」
「へ?」


刹那、上条たちの視界からストラップが掻き消えた。
同時にスパン、と、鋼入りのダンの首元が深く裂ける。
何が起こったかわからない顔で、ダンは自身の首を押さえ、血の海に倒れた。


「「「なっ……!」」」

「にゃにィ~~!?」

「人形が……ッ!」

「あああたしのゲコ太がぁ~~~!!」

『アギィィーーッ!!』


と叫んで襲い掛かってきたところに、仗助が拳を叩き込む!


「ドラァ!」


いや、正確には仗助の拳から出た、『 透明の拳 』 が、だ。


「大丈夫か御坂!?」

「ああ……あたしのゲコ太が……!」


御坂美琴は目に見えて動揺していた。肩を支える上条すら見えてないらしい。


「あんなヒワイなことにぃーー!」

『アギィィーー! うけけけけけ!』

まるで劇画の怪物のような形相で、ゲコ太ストラップは首だけグルグル回転させた。


「いぃ~~~!!? てぇ~~!」


叫んで仗助は拳を押さえた。
刃物でさっくりやられたらしい。
ゲコ太の手には、鞄からかすめ取ったらしきカッターナイフがあった。


「や、野郎~~! アウレオルスの時も思ったけどよー、テメーらチッとは拳で戦いやがれコラァ~~!!」



「何者だ!」


神父服を翻し、ステイル=マグヌスは虚空に問う。
それに応えるように、物陰から男が出てくる。その姿を見て、上条当麻は思わず怯んだ。
その顔、腕、首、露出したすべての肌にむごたらしい傷跡が残っていたからだ。服に隠れて見えないところも、おそらく同様なのだろう。
その男は陰気な目で鋼入りのダンを一瞥した。


「フンっ、因果応報とは言ったものだ……今まで散々 『 始末 』 をしてきた報いが返ってきたというわけだな」


ダンはピクリとも反応しない。


「どういう仕組みかは誰にもわからない、だがこれは自然の摂理だ。どこかで作ってしまった 『 ツケ 』 は必ず返さねばならない……」

「それって死亡宣言かい? まったく次から次へと……三番手もここらにいるのか」

「『 保険 』 は俺までだ。仮にいたとしても俺の知るところではない」

「ふん? 少なくともダンとかいう奴ほどバカではなさそうだね」

「……なんでだよ」


上条の言葉に、男はふと目を向ける。


「保険とか口封じとか……そんな曖昧な動機で、なんでお前らは簡単に人を殺せるんだよ!! 
それともお前らを突き動かすほどお前らのバックにいる奴は偉いのか!? 
だったら 『 あの方 』 とかいう奴をここに連れてきやがれ! 今すぐだ!! 俺がその幻想をぶち殺してやる!!」


「キャアキャア騒ぐなよ能力者」

「あらっ」



ずっこける上条をステイルはつまらなそうな目で見やる。


「奴はプロだ。そんな質問にわざわざ答えてくれるほどやさしい人種じゃない」


その通りだった。
男は上条を軽く無視すると、代わりに東方に目をやった。


「お前も 『 スタンド使い 』 のようだな」

「だから~何なんだよその 『 スタンド 』 ってえのはよぉ~」

「なるほど目覚めたばかりというわけか」

「一人で勝手に納得してねえで教えてくれませんスかねえ~~『 スタンド使い 』 のセンパイさんよぉ~~」

「だが! どうせ答える気もないだろう。おしゃべりはこの辺にしようか? えーと……」


割って入ったステイルに男は答える。


「俺の名は呪いのデーボ」

「呪い? ふん? 呪術使いは通り名でも名前を明かすのはタブーと思っていたけどね」

「呪いというのは比喩だ。お前たちのように 『 現実を捻じ曲げる技 』 を使うわけではない」

「……!」


ステイルにはわからなかったが、仗助は確かに、ゲコ太ストラップの中から異形が這い出すのを見た。
同時にストラップは元のあどけない顔を取り戻して地に落ちる。


「ゲコ太!」

「動くな中坊!」

「だ! 誰が……」

「教えてやろう! 『 スタンド使い 』 のルール! スタンドはスタンド使いにしか見えず……」


異形が素早く距離を詰める。その右手に持った刀が振り上げられる。その先にいるのは――。


「スタンドでしか攻撃できない!」

「ステイル!」



「そげぶッッ!!」

『エボニィッッ!!』

「ドゲェェェーーッ!!」


上条当麻の右ストレートに異形は吹っ飛び、フィードバックしてデーボも吹っ飛んだ。


「こっ……てめー……スタンドでしか攻撃できねーっつってんだろーーッ! 話聞いてんのかーーッッ!!」

「す、すみません?」

「グギギギッ、お、おまけにてめーの右手に触れた途端、ヴィジョンが消えやがった……何なんだその右手はぁー!」

「な、何なんでしょうね?」

「どういうこった? 俺の時は何ともなかったじゃあねーか」

「だけどヴィジョンに直接触れたことはねえしー……やっぱ影響はあるのか?」

「そういうことはバトルに入る前にはっきりさせておけ能力者ども!!」

「わ、悪い?」

「怒んなよステイル、お前までよ~」


ステイルの場合、憎むべき相手に守られたことも起因しているのだろうが。



「……ク、クヒヒヒ……ウヘヘ」

『……!』

「……お、おちゃらけやがってぇぇ~~……こっちは真面目にやってるのによぉぉ~……グフフフ、うらめしい、憎らしいぞ貴様らぁぁ~~……!!」


という割には嬉しそうなデーボに全員が眉をひそめる。


「『 エボニーデビル 』!!」

デーボが名を呼ぶと同時、デーボのスタンドが再びゲコ太ストラップの中へと吸い込まれるようにして消えた。


『アギィィーー!!』

同時に恐ろしい面相になったゲコ太が襲い掛かる!


「懲りねえヤローだぜ~」

「御坂! お前は下がってろ!」


上条と仗助、二人は前に出てゲコ太を迎え撃つ。


「ドラァ!」

『ぶぎゃあーーッははははーー!!』

「!?」

「は、速い!」

「さっきとは段違いの速さだ!」

「ウアハハハハハーー!!」


驚愕する上条とステイルの声にデーボの笑い声が重なる。


「その通り! 俺の 『 エボニーデビル 』 は相手を恨めば恨むほど強くなるのだァァーー!!」

「なっ……」

「!」

「何だってェェーー!?」


つまりそれは、攻撃を受ければ受けるほど強くなるということ。
『 エボニーデビル 』 やデーボに攻撃することは己の首を絞めることに他ならないということだ。


「『 呪い 』 か……なるほどね」


忌々しそうに微笑してステイルが吐き捨てる。


「悔やんでも遅い。貴様らはすでに術中にはまっているのだからなァ」

「チッ、なんとかならないのかクソッタレ仗助。君もその 『 スタンド使い 』 とやらなんだろう」

「無茶振りするッスねぇ~~まあ考えがねーこともねーんだがよ……」


二人の会話に、ふとデーボが顔を上げた。


「そういえば貴様のスタンド名を聞いてなかったな。死ぬ前に名乗っておくがいい」

「えっ」



東方仗助は沈黙した。
次いでぼのぼの張りに汗を出す。
上条当麻もつられてそうなる。


「どっ……」

「『 ど 』?」

「ドラァ!」

「ごまかした!」


ごまかしつつ 『 透明の腕 』 で何かを投げた!


「俺のアレだそのぉ~~~『 スタンド 』? はッ! 人を治したりモノを直したりできるぞコラァ~~~!! あとスピードとパワー! おしまい!」


言っている間に何かはまっすぐ 『 エボニーデビル 』 へと向かい……あっさり受け止められた。


「ゲッ!」

「フン! この程度、パワーアップした 『 エボニーデビル 』 には止まって見えるぜェィィ~!」

『これでテメーのハラワタ掻っ捌いてやるぜ!! メーン!!』


ゲコ太ストラップは受け止めたものをギュンギュンもてあそびながら襲い掛かってくる。


「おおう……こう来ると思ったぜ~あの 『 スタンド 』 共の性格ならよ~」

「何をやってるこの馬鹿者!」


ステイルがルーンカードを取り出しつつ進み出る。
が、その炎はやはり、あっさりとかわされた。


「チッ! やはり早すぎる!」

「ステイルよぉ~」

「なんだバカのクソッタレ!」

「要するに攻撃が当たるようにすりゃいいんだろ?」

「だからそれが……!」


怒鳴りかけ、ステイルは仗助の手にしているものを見て口をつぐんだ。



仗助は 『 透明の腕 』 の手首から先だけを出すと、コインをはじくように親指でそれを宙に跳ね上げた。


「『 なおれ! 』」


はじかれたものはガラスの破片。
そう、鋼入りのダンが脱出の際割った窓の破片だった!


『アギィ!?』


そして 『 エボニーデビル 』 に投げつけたものも破片の一部!
小さなストラップの体を借りた 『 エボニーデビル 』 は、やすやすと 『 なおす 』 力に引っ張られて敵の射程範囲内に飛び込んできてしまう!


「はいコンニチワ、っと……」

『ゲッ!』

気づいたときにはもう遅い。


「ばっ! ばかな、ガラス片同士だけを 『 なおした 』 だと!? こいつどの程度まで 『 なおす 』 ことができるんだ!?」

「えっ」

『……』

「俺が知るかよ~~~ッ!! ドララララララァーーーッ!!」

『なんでちょっと怒ってぼぼぼぉぉっ!!』


容赦ないラッシュが 『 エボニーデビル 』 を襲った。同時にデーボにも打撃が走る。


「ごっへぇぇ……!」

ドッサァッ。


「やった!」

「ゲコ太!」

「おぉ~~……やった、やったけどよー……何なんだよこの 『 こんなことなら真面目にテスト勉強やってりゃよかった 』 みたいな感じはよぉ~~」


釈然としない仗助の頭の中では、
『 きっと困る 』 と告げた姫神の声がガンガンハウリングしていた。



 ~~~


月明かり。
大きな影。
圧倒的な力。大きな手が顔の、下半分を掴んでいる。
背中には、デスクの硬い感触。
闇。
赤い一対の瞳がすっと細められた。


「アウレオルス……とかいったかな」


アウレオルス=イザードは答えられない。
真に迫る恐怖に瞬きさえ忘れ、目の前の相手を凝視する。
体中がわななき、指一本としてまともに動かせないのに、頭は妙に冴え冴えとしている。
口をふさいでいた手が、彼の唇の形を確かめるように蠢いた。
喉の奥が詰まる。胃液が逆流してヘドを吐く一歩手前まで追い詰められる。
だが、このまま嘔吐すればどうなるか。何をされるか。ぐ、とうめくと共に彼の視界がぼやけた。


「泣くぐらい怖がらなくてもいいじゃあないか……安心しろ……安心しろよアウレオルス」


瞳と同じくらい赤い唇が、三日月形に広がった。
そこから銀に光る牙がのぞく。


「……いいとも。君がどうしても救いたい人間がいると言うのなら……私だって、協力するのにやぶさかではない」


口元を覆う手がゆっくりと外れ、アウレオルスの頬をその爪でなぞる。


「しかし 『 吸血殺し 』、魔術……、か。……フム、君は私の知識を欲している。無限の記憶術を、だ。
そこで、どうだね? 私にも君の知識を分けてはくれないだろうか。お互いにとって、これはとても有益なことになると思うよ」


アウレオルスは答えられない。
荒い息を吐いて眼前の相手を見つめるだけだ。
金糸の束のような髪が一房、ほどけて彼に落ちかかった。
いや違う。もっとなにか、恐ろしいものが落ちてきた。
それは、まるで意志を持っているかのように――生き物のようにアウレオルスの頬を、目尻を這って、額まで行き着く。


「アウレオルス。恐れることはないんだよ、友達になろう」


その言葉に、彼は心の底から安堵した。
よかった、私はまだ死なない、目の前のコイツに殺されることは――。
突然、脳髄に衝撃が走った。
瞬間悟る。
この先に待つのは死などではない。
自分が自分でなくなるのだ。



思えば、わかりきっていたことではないか。
己のうちの罪悪に気づかぬほど、私もおろかではない。
罪というものは巡りめぐって罰となり、己に返ってくるもの。
そんなことはわかっていたのだ。
だがそれでも…………いや、もう遅い。

アウレオルス=イザードは、足元から自分がなくなっていくのを感じた。
仰向けにゆっくりと倒れていく。
そして――、



崩れ落ちる体を、誰かが支えた。


アウレオルス=イザードはうっすら瞼を開いた。
月明かりの中、濡れたような色の瞳がこちらを見つめている。


「『 吸血<ディープ>……殺し<ブラッド>…… 』」



姫神秋沙は黙して応える。
その瞳はじっと彼を見つめていた。今にも泣き出しそうに、けれど決して涙は見せずに。
アウレオルスは、初めて彼女の顔をまともに見た気がした。


「私は……負けたのか」

「そう。でも救いのある敗北」

「救いか……。そうであるかも、しれんな。この手を汚し為してきたことは無駄となったが、彼女はとっくに救われていたのだから……」


アウレオルスはわずかに目を細めた。


「姫神秋沙。私はお前も救いたかったのだ……似ていた。生まれながらのサガに翻弄される姿が……哀れな運命が……」


あの少女と。


「そんなお前を殺そうとした時点で、私は彼女と向き合う資格を失っていたのかもしれん」

「……」

「……」

「あなたは。私を見ていなかった。最初から」

「……」

「でも。それでいい。私がやさしいと感じたのは。たった一人の大切な人を救おうとするあなただったから」

「……だからお前は私のそばにいたのか?」

「ただ。あなたの助けになりたかった」


たとえ道具として扱われたとしても、アウレオルスを助けている、アウレオルスを支えられているという事実がうれしかった。
だから離れようなどとは思いもしなかった。
姫神は訥々と告げる。
アウレオルスは一度瞠目したのち、自身に向けて憫笑した。


「そうか……」


救うと決意しておきながら、私はまた、


「……私は、お前にも支え守り救われていたのか……」


アウレオルスの目じりから、こめかみにかけて透明の線が一筋走った。
姫神秋沙は何も言わない。
その表情は変わらない。アウレオルスが意識を取り戻した時見た表情と、変わりなく――――。

姫神は、くしゃくしゃに顔を歪めて笑っていた。



 ~~~


「んん~~今回もビシッ! と決まらなかったなオイ……」

「あきらめろ、君は間抜けの星の下に生まれてるんだろうさ」

「それよりあんたら! この状況を説明しなさいよ!」

「ビリビリ……お前、いたのか……」

「ほっとけ!!」


「……ク、クヒッ! ウハハハハア……!」


複数漫才をする四人に、不気味な笑い声が届いた。
仗助のラッシュで気絶したと思われていたデーボはしかし、不気味に笑いながら起き上がった。
足にきているのかよろめきながら、殴り痕のついた顔に喜色を浮かべて。


「てめえまだ……!」


東方仗助がいち早く反応する。
一瞬の空白、


「『 エボニーデビル 』!!」

「ドラァ!!」


ゲコ太ストラップの体当たりに、『 透明の戦士 』 が拳を叩き込む。


「ッ……!?」


瞬間襲ったすさまじい抵抗に、東方仗助は思わず飛びのいた。
右腕がびりびりとしびれている。
チッと舌打ちの後、ステイルが忌々しげに口を開く。


「随分……恨みのパワーが集まったようじゃないか」


ふらりとデーボは立ち上がった。


「ウヘヘへ……相手を恨めば恨むほど俺はその分強くなる……
このやり方のおかげで……戦う前にまず相手に痛めつけてもらわなければならないという厄介なスタンスを取らざるをえなくなったが……最近はそれが快感になりつつある……」

「へっ……」


『 変態だ……! 』


全員の思考が一致した。



「この恨み、はらさでおくべきか……! 一人も逃さん、始末してやる……!」


殺気をまとったデーボに全員が構える、と


「がっ……!?」


突如、デーボの笑みが消えた。
首元を押さえ、脂汗を垂らしながら悶絶する。


「ぬぐおおおお!? なにィ!? この痛みは、苦痛は、一体!? 怪我をしていないところから激痛が走るァ! ……まさか……!」


振り向いた先には、息を荒げた男がいた。


「……『 ラバーズ 』ゥ~~……!」

いつの間に息を吹き返したのか、鋼入りのダンである。


「デーボ……このクソッタレドマゾ野郎がぁぁ~~……!」

「て、て、てめー……!!」

「おお? 憎いか? う、恨めしいか? 攻撃してみろよ、その何倍ものダメージを貴様の脳に潜り込んだ『ラバーズ』が送るがなぁぁ~~!」

「おのれぇぇーー!」

「テメーも道連れだ、地獄まで道連れにしてくれるァァハハハ、グッ、ガホッ、ひ、ははッハハハッハ! ハーハハ! へへへへノホノホノホォ」

「うああ~~~!! てめーよくも! よくもこんなことしやがってェ~~! 
ハァハァハァハァ、いてえ、ハァーッ、いてえよおおお!! この新感覚の痛みがァァハァハァあああ~~~ハハハハハハハ! アア! アア! アァーーーッッ!!」



上条当麻はごくりと生唾を飲む。


「こ、これがスタンドバトルか……」


全国のスタンド使いさんが聞いたら怒り出しそうな発言だった。


ドMとドSが交差するとき、物語は終わる

今日はここまで。次回はエピローグです


エピはギャグだけ



「おい………………、おい」


上条当麻は三つの背中に呼びかける。
一番小さなサマーセーターの背はポケットの中でコインをいじくり遠くを見つめ、
180㎝前後の背は腕組みしたまま目をつぶって、最も大きな背に至っては煙草をくゆらせている。
共通するのは上条当麻に現状を丸投げしているという点である。
そんなもんまっぴらな上条当麻は「おおい」声を高くする。

「このドグサレがぁぁ~」「ドチンポ野郎がぁぁ~」と延々続くかぼそい呪詛に背を向けたい気持ちは上条当麻もよくわかる。
だが、だからといってこれらを放って帰れるほど上条当麻は図太くない。


「どうやって収拾つけんだよこれ」

「お、俺に聞くな」

「僕にも聞くなよ」

「わたし通りかかっただけだし」


なんという奴らか。この連帯無責任者ども!


「せ、責任……!」


そう。私こと上条当麻にこの状況を引き受ける責任などないはずだ、と上条当麻は強く思う。
自分は何が何やらわからんうちに巻き込まれた一介のレベルゼロに過ぎない。
では一体全体この状況は誰のせいだ、関係者出てこいッ。関係者。関係者って誰だ?
自分をここに引っ張ってきたステイルか? 事情は知らないが一足お先に巻き込まれた仗助か? 仗助とともに消え去ったインデックスか? インデックスと仗助を巻き込んだ姫神秋沙か?
いや、すべての発端は……







「――当然」


当然。奴だ。



脇からかかった声に、上条当麻は振り向いた。
遅れて、他三人も顔を向ける。


「このあたりにとどまっていることは予想していたが、全体どういう状況だ」


アウレオルス=イザードその人がこちらに歩み寄って来ていた。
オールバックにした髪は乱れているが、眼光は鋭い。


「姫神……」


仗助の呟きに、上条当麻も気が付いた。
アウレオルスの傍らに無言でたたずむ少女の存在に。


「姫神……秋沙……?」

上条当麻の呼びかけに、姫神は顎を引いて応える。

「き、貴ッ様、生きて……」

「ふん? どこから呼び寄せたものか、新しく豚が増えているな。だが、ふむ、新たな災禍を招くに終わったと見える」


ようやく彼に気づいたダンに、アウレオルスは侮蔑の笑みをもって応えた。
右手をゆっくりと後ろに回す。


「否。豚共に仲間意識などというものは存在せぬか」

「ヒ……ヒハッハハハハ! 死にぞこないが、そこの最弱ヤローはともかく、俺が豚だとォ?」

「て……テメー、今すぐ殺されてえか変態ヤロウ」

「やってみろ」


蒼白の顔にバキバキ青筋を浮かべながらダンがすごみ、デーボが応じる。
それに眉一つの反応も見せず、アウレオルスはおもむろに取り出した鍼で首筋を刺した。

「ここで貴様らを屠るのは容易い、が……豚の一員となるのは避けたいのでな」

二人が動く前に、アウレオルスは厳然と告げた。



「 『   眠 れ   』 」



途端、糸が切れたようにデーボとダンは倒れ伏した。
アウレオルスはそれを、いろいろな感情が織り交じった複雑な顔で、ただ、見おろす。
姫神秋沙がそっとその腕を取った。
アウレオルスは一瞬目を瞠り、それからゆっくり彼女へ視線を移した。


「アウレオルス=イザード……君は……」

「……」


ステイルの声にアウレオルスは眼だけを向ける。
上条当麻は目の前の男の、次の行動を幾通りか予想した。
「フッ、憮然勘違いするな」とニヒルな笑みを浮かべるか、「これで、おあいこというやつか」とクールに呟くか、「借りを……返しただけだ」とあさってを向くか……。
だがそのどれもが外れた。

アウレオルスは次の瞬間ガクーンと膝をついて、姫神秋沙の腰に抱きついたのだ。



「うわああああ~~ん!! どぉぉおおしよぉぉぉ~~! 
 不確定要素が多すぎるんだもんぁぁあスタンドってなんだよもおぉぉ不安だよぉおお~~~ねぇぇえ~~
 我が『アルス=マグナ』の効力がなくなったらどうしよおお~~!! 幻想をぶち壊されたらいかにしてぇぇ~~!!」

「大丈夫。アウレオルス=イザード。あなたはできる人。あなたはきちんとやり遂げられた」

「うっ、ひっく、ひっく、ぐすん。しかり。我が『アルス=マグナ』はさいきょうだ。いまやせかい……」

「よちよち」


「「「……」」」



どうやら、『 ずっと錬金術師のターン! 』 を発動するには、アウレオルスの精神は脆弱すぎたらしい。
呪詛の代わりに男の泣き声がわんわんと響く。
とうとう遠い目になった上条当麻の肩に、東方仗助はポンと手を置いた。


「ほらあれだぜェ当麻。終わりがねーのが終わりって言うし。収拾がつかねーのが収拾ってことで」





「で? あの後どうなったんだよ」


数日後。
今日も今日とて補習帰りの上条当麻は、道中ベンチに座った黒い牧師服を見つけて、とっさにこんなセリフを吐いた。


「どうって? 君の知っている通りさ」


ステイル=マグヌスは立ち上がり、つまらなそうに答えた。


「悪役二人は教会で拘束したし、君たちは能力者の小娘から逃走。
 アウレオルスは……姫神秋沙とともにどこぞへと『消えた』。君も知ってるだろう?」


念押され、上条当麻は瞬いた。
アウレオルス=イザードは学園都市を出て行った。
ローマ正教を裏切り錬金術師となって、『 吸血殺し 』 こと姫神秋沙を監禁し三沢塾を要塞化した時点で学園都市を敵に回し、
さらに上条らに先駆け返り討ちとなった魔術側諸勢力には賞金首扱いを受けている。
彼がこれからすることはただ一つ、逃げるだけだった。
残りの人生をただ、殺されないよう逃げるだけ。
あらゆる世界を敵に回したアウレオルスに、それでも姫神秋沙はついて行った。

 『 色々ありがとう。それと。ごめん 』

ぼそりと、呟くように囁かれたセリフ。
彼女の声は想像していたよりずっと明るく、落ち着いていた。
暗雲しか見えぬ未来を歩く者とは思えないほど、明るく、落ち着いていた。
沈みかけた気持ちを振り払うように、上条当麻は頭を振る。


「じゃあ何しに来たんだよ。まさか今更仲良くしましょう~ってわけじゃあないんだろ?」

「もちろん。君となれ合うなんて、僕が改宗する以上にありえない」

と言いつつ、ステイルは上条と並んで歩き始めた。

「様子を見に来ただけさ。いち」

「一応、だろ?」

「……」


ステイルはじと目になったが、すぐ戻った。戻っても変わらなかった。
対上条・仗助には常にじと目なのだ。



「……『 あの方 』 とかいう奴について聞きだしているところだけどね。あれはだめだな。
デーボはプロだから無理に聞き出せば自害するだろう。ダンってやつは、こっちも怯えあがって口を開こうとしない。
『 あの方 』 ってのは、相当恐ろしい奴なんだろうね」

「……そうか」

「なにはともあれ君の協力で解決した部分もあるし……礼を言っておこうとも思ったが、なんか馬鹿馬鹿しいんだよね。僕の活躍を鑑みれば」

「はぁ? まー確かにあの話術は真似できねえが……っておい、なんだその皮肉な笑みは」

「いや? その分だと君はあの時何が起こったかわかっていないようだと思ってね」

「何って……」


あの時――姫神秋沙がアウレオルスと対峙した時。
上条当麻の 『 右手 』 は姫神秋沙の足の下にあった。
人の足元など、注視してみる人間は少ない。にらみ合いながらの対話中なら尚更だ。
『 右手 』 の効力はつつがなく働きアウレオルスの 『 命令 』 は姫神秋沙には届かず、結果としてアウレオルスの精神は大いにぐらついた。
おもむろに足袋と草履を脱いだ姫神秋沙。その白い素足。
それが自分を柔らかく踏みつける感触を、上条当麻は今でも覚えている。その重みと結構な苦痛も。
それでも文句ひとつ言わず頑張ったのだ。功労賞をもらうなら俺だろう、と上条当麻は思う。


「姫神の度胸と俺のサポートがあったからこそ、アウレオルスは動揺したんだぜ。
それこそ、過去の自分をうっかり呼び出しちまうくらい、な」


ぷっ。
ステイルは失笑し嘲笑した。


「おいなんなんですかテメェさっきから」

「君ね、『 本当に、あの時過去のアウレオルスなんてものが現れたと思っていたのかい? 』 」

「……は?」

「アウレオルスの言う通りさ。過去の自分を呼び出す魔術なんざ古今あったためしがない。
タイムパラドックスの問題を考えれば自明のことだと思うがね」

「え?」



「 『 じゃあ俺の見たものは何だったんだ 』 って? 
僕の専門は炎だ。いくら君でも 『 蜃気楼 』 とか 『 かげろう 』 とかいう単語は聞いたことあるだろう?」


上条当麻の知識の書が開かれる。
蜃気楼とは空気が熱せられることで、光の屈折率が変わる現象だ。
そのため風景にもやのような揺らぎができたり、向こうの景色が浮き上がったりさかさまに見えたりする。
それを応用すれば、あるいは、


「幻覚を見せていたってのか?」

「正確には写像だね。姫神秋沙の目の前に大きなスクリーンかマジックミラーを立てたようなものと思ってくれればいい」

「じゃあアウレオルスは……」

「そ。鏡の中の自分に勝手に怯えて勝手に自滅したってワケさ」

ついでに魔弾がそれたのも、僕が屈折率を変えて目測を誤らせたためだ、とステイルはこともなげに言った。

「でも……じゃあ、あの声はなんだったんだよ?」


上条当麻は重ねて問うた。

『 必然――。私がお前の前に現れることに疑問の余地無し 』

もう一人のアウレオルスが唯一発した言葉。あの声は間違いなくアウレオルス=イザード本人の声だった。


「僕が知るものか」

ステイルはあっさり投げた。

「それに君、あの 『 アウレオルス 』 が話してるところを見たのかい?」

「はぁ? 見たに……」


見ていない。
『 声 』 は聞いた。だが実際口を開き、のどから音を出すところは目撃していないのだ。
気付けばそこに 『 もう一人のアウレオルス=イザード 』 はいた。


「声が聞こえた。振り返った。『 アウレオルス 』 の姿があった。
人間っていうのはそれだけで 『 アウレオルス=イザードがしゃべったのだ 』 と思い込んでしまう。
けどね、『 声と姿は全く別のところからきているのかもしれないじゃないか 』 」

「どこから?」

「ふん? ……少なくとも僕の知る限り、かげろうは喋らない。だが 『 声 』 の要因となり得るものは、あの場に腐るほどあったと思うよ」

「……お前はどう思ってる?」

「聞きたいかい?」

「ぜひとも」


ステイルは薄く笑った。



「僕の考えは……これがもっとも合理的なのでそう考えてるのだが…………
アウレオルスは僕の蜃気楼を目にしたあの一瞬だけ、『 もう一人のアウレオルス 』 を作り出していたのではないか、とね」

「そいつが喋ったって? じゃあ……」


じゃあその 『 一瞬だけ存在していたアウレオルス 』 はどこへ行ったのか?
ひどく非人道的な結論が出てきてしまいそうで、上条当麻は口をつぐんだ。
いや、そうでなくとも 『 もう一人のアウレオルス 』 が出てきて 『 消えた 』 ということは、実はけっこうマズイことなんじゃないだろうか。上条当麻は思う。
その思考が伝わったのだろう。ステイルは、


「だからね。『 もう一人のアウレオルス 』 の可能性なんて考えるべきじゃない。下手すりゃあの場にいた全員が倫理違反の人殺しだ」

「ひ、人殺しって……」

そうかもしれない。あれはあの場の皆で作り上げた 『 アウレオルス 』 なのだから。

「だから。あの時アウレオルスは 『 もう一人の自分 』 なんて作らなかった。声が聞こえたなんて気のせいだった。
奴が 『 出て消えた 』 のは僕が蜃気楼を見せていたからだ。これが一番いいだろう?」

「……」



上条当麻はたっぷり考えた。
考えたうえで口を開いた。


「……お前。いい人?」

「何だその台詞は。僕はこれでもイギリス清教の神父なんだけどね。むしろ君にこういう可能性を教えたのは悪意と取ってもらっていいんだけど」


ステイルはニコリともせずに神父服を翻した。
すれ違うような位置で、上条当麻に別れを告げる。


「じゃあ一応の報告も終わったし、僕はもう行くよ。本国にも呼ばれてるんでね」

「なあステイル」



上条は思わず口を開いた。
背後にとどまる気配に、もっともひっかかっていた質問をぶつける。


「……姫神とは、また会えるかな」

「君があの子の真似をしても可愛くない」

「は!? いや、そういうつもりはなく!」

「十中八九、会えないだろうね。君が彼女を追って世界を回るというなら――……話は別だが?」

「はぁ? なんでそんな話に……」


振り向くが、その時すでにステイルは歩き出していた。
大きなくせにあっという間に雑踏の中に消える後ろ姿を上条当麻はしばらく見つめ、
一度ため息をつくと、逆方向へ歩みだした。


「……第一、姫神にはアウレオルスがいるだろーがって」

「私たち。そういうんではない」

「いやでも時間の問題だろ。それともこれも、俺の狭量な心が見せる幻想なんでしょうかねってぎゃああああ!!!」


眼前に立ちふさがった幻想に上条当麻は絶叫した。
うそつき! 不良神父のうそつき!



「まるで。幽霊でも見たような顔をする」

「いやいやいやいや!!」


ブンブン顔を振りつつ姫神秋沙の肩をつかんだところで、上条当麻は我に返った。
顔を寄せてトーンダウンする。


「……おッ前」


姫神秋沙は驚いたような顔をして少し顎を引いた。


「大丈夫なのかよ、ッつーかなんで帰ってきてんだ」

「方々を回って。魔術師相手ならここが一番安全とわかった」

「確かに魔術師はまず入って来れないけどよ、学園都市だってお前らは敵に回してんだろうが」

「ぶっちゃけ。『 黄金錬成 』 があればどこにいても変わらない」


あ、と上条当麻は気が付いた。


「そっか。『 自分たちは見つからない 』 って思えば絶対見つかることはねぇんだもんな」

「そう。でも。あの人時々不安定になるから。私がついてあげないと」

「はは……」

「そうしたら。なら私が一番居たいところに住もうと」

「それで……」

「うん。ここは私が通ってた学校もあるし。それに……」


そこで僅かに俯いた姫神秋沙を見て、上条当麻は首をかしげた。



「えーと、それでアウレオルスの奴は?」

「顔を変えて近くに住んでいる。悪いけど。場所は教えられない」

「いいっていいって。それより仗助たちにも会っていかねえか? きっと喜ぶぜ」

「ごめん。用があるから」

「あ、そう……」

「その代わり。少し一緒に歩いても。いい?」

「……? 構いませんが」


相変わらず、突飛なことを言い出す奴だ。と上条当麻は思った。
そしていや何か話したいことでもあるのかもしれんと思い直した。

二人並んで歩き始め、十分経過。
姫神秋沙は何も言わない。
雑踏を抜け、居住地区に出ると辺りは人払いでも敷いたのかと思うほど人気がない。
BGMといえばお互いの靴が砂利を踏む音だけだ。
結論。息が詰まる。
これはもういっそ自分から切り出したほうがいいだろうか。
いやでも俺のくだらねー雑談でタイムアップしたら申し訳ありませんし、いやしかしでも


「彼」

「はぁい!?」

「彼」



「彼って……ああ、仗助のことか」

「そう。彼って。『 置き去り 』 出身?」

「はぁ?」


なるほどなかなか切り出さないわけだ、と上条当麻は納得した。
『 置き去り<チャイルドエラー> 』。
原則、入学した生徒に住居を提供する学園都市の制度を利用し、入学費のみを払って子供を寮に入れるや姿をくらますはた迷惑な親の行為のことだ。
学園都市内では社会現象と言ってもおかしくない。


「なんで仗助が 『 置き去り 』 出身なんだよ」

「なんとなく。違うならいい」

「あらっ」


まともに受け取って損をした。
上条当麻は強く思った。


「なんだって……そんなこと思ったんだ?」

「彼。なんというか。……『 あの人 』 と似てる気がしたから」

「あの……人?」

「いつでもニコニコ笑ってるとことか」

「ニコニコというか……あいつの場合はへらへらだろうが」

「つらくても。困ってても。ニコニコ笑ってる」

「!」


いきなり核心に踏み込まれた気がした。
つまるところ、そういう 『 無理して周りを安心させようという態度 』 が、彼女にあらぬ疑いを持たせたのだろう。



「彼が明るい人なのは。きっと寂しがり屋の裏返し。誰かにそばにいて欲しいと思っている。きっと。いつも。
そのくせなにがどうなってもどうでもいいよ。って顔をして。
何にも執着してないふりをしてる。そういうところも同じ。」

「そう、なのか……?」


上条当麻にはいまいちピンとこなかった。
言われてみればそういう面もあるかもな、という程度である。


「だから。悩んでるようだったらよく話を聞いてあげて」

「……はい」


有無を言わせぬというか、真実を見透かすような瞳に見つめられ、上条当麻は気圧されるままうなずいた。


「『 あの人 』 も。私がしつこく聞かなければ悩みを一人で背負ってた」

「……穿ったこと聞くようだけど、その人の悩みって?」

「こども」

「?」

「ずっと知らなかったけど子どもがいたんだって。その子とどうやって接すればわからないって」


言い難いこともあるらしい。
上条の目には、姫神はずいぶん言葉を選んでるように見えた。


「私は言った。今までの分を取り返したいなら。いっぱいの愛情で接してあげなければって。
あの人は言った。その通りだ。仲良くなりたいものだ。一緒に散歩したり。カフェに行ったり。お小遣いをあげたり。
普通の親子とは言わないが。普通の親戚みたいな関係になりたいものだ。って。
私は言った。きっとなれる」


姫神秋沙の話は、そこで終わった。



その後「不安定になってる。戻ってあげなきゃ」と言い残し、姫神秋沙は去って行った。
誰が何がとはもう聞くまい。
おそらくまた会えるだろう。ここに住んでる限り。そのはずである。

一人になった帰り道、上条当麻は東方仗助のことを考えていた。
仗助は明るい奴である。少し変わっているが、優しい奴である。面倒見のいい奴である。
上条当麻はそう思っている。
しかし、姫神のあの深海のような瞳は 『 それだけでない 』 と告げた。
自分はどうだろう。
あの話に納得できたということは、薄々感づいていたのだろうが……。
そもそもそんなに深刻にとるべき問題なのだろうか。
いや、自分が懸念しているのはそんなことではなく。
俺は、そこまで深入りしていいのだろうか――……?





「――と、上条さんがこーんなシリアスに思い悩んでたっていうのに……」


上条当麻はドアを開けた先の光景に憤慨し、脱力した。


「わはははははーー!!」
「きゃあぁぁ~~~!!」


仗助がインデックスを 『 たかいたかい 』 したままグルゥングルゥン回転している。
説明は簡単だ。ただ意味が分からない。



「おお!? 当麻!」

「おかえりなんだよとうまー!」

「……はい。でわ、説明をお願いできますかね」

「そうだよ~聞けよ~当麻ァ!」


そう叫んで東方仗助は 『 裏も表もまっしろな封筒 』 を鼻先に突き付けてきた。


「承太郎さんが来るんだよォォ!!」

「…………誰?」


それしか言えなかったのは、自分の責ではあるまい。
だから「オォイッ!」「なんだよっ!」とか意味不明のどつき付きツッコミを受けるいわれはないはずだ。
三和土に突っ伏しながら上条当麻は確信した。
不幸の神はこいつらだった、と。





   →TO BE CONTINUED....





遅くなってしまって待ってた方申し訳ない
次回からは男陣が活躍する予定です
それでは

題名決まったら投下する







  第十四話「鏡の中のワナ」






マインミラークルー?



 ――『 スタンド 』 について


 1.この世界には 『 スタンド 』 と呼ばれる 『 能力 』 がある
 2.スタンドを持つ人間は 『 スタンド使い 』 と呼ばれ、スタンドはスタンド使いの意思で動き、動かされる
 3.スタンド能力は個人によって違う
 4.スタンドが傷付けば、その 『 スタンド使い――本体 』 も体の同じ箇所に同じ傷(ダメージ)がつく
 5.スタンドのヴィジョンはスタンド使いにしか見えない
 6.スタンドはスタンドでしか攻撃できない

 7.はずなのだが、上条当麻は例外として知覚できる
 8.上条当麻の 『 右手 』 で触れると 『 スタンド 』 のヴィジョンは消える。ただし 『 スタンド 』 が死ぬわけではない
 9.参考として……
   上条当麻の 『 右手 』 は 『 異能力 』 を無効化する



 以下、調査中――。



 上条当麻はふと我に返った。
目の前ではシスター服の少女が、包丁片手に 『 左手 』 を凝視している。
『 右手 』 は一・二世代のギャップを感じるルックスの男子がしっかと握っていた。
級友に見られたら、またも誤解を深めそうな状況だ。


「とうま、いくよ、いい?」

「あ、おお」


と答えてから上条当麻はしまったと思った。
思うと同時、インデックスが刃物を握りなおしたため、上条当麻は慌てて二人の手を振り払った。


「ストーーップ! ちょっと待ってもらっていいですかね!」

「なにかな?」

「なんだよ」


状況を整理しよう、と内なる上条。
アウレオルスの件以来、仗助は自身の力に興味を持つようになった。
便利な道具としてでなく、身の内に宿る可能性として。
この力は何なのか? なぜ自分がこの力に目覚めたのか? 超能力や魔術と関係あるのか? 奴ら以外にも、この力を持つ者はいるのか?
何より気になるのは、『 能力 』 はどの程度 『 右手 』 の干渉を受けるのかということだ。
というわけで、手始めに 『 右手 』 に触れたまま 『 なおして 』 みようということになったのだが――


「なんでナチュラルに俺が刺されることになってんだ!」

「じゃあ私にやれって言うのかな?」

「それに俺は自分の傷は治せねえしよォ~」

「そうじゃねぇぇえ! 『 なおせる 』 のはケガに限ったことじゃねーだろ? モノでもさぁ……」

「おっ」

「ああ! 頭いいんだよとうま!」


と、インデックスは刃物片手に手を打った。


「ぎゃあ!」

「え? むぅ……ちょっとおおげさかも」

「いやいやいや! そこに殺意はないとわかってても、己に向かって刃物を振り上げられ、切っ先を突きつけられれば怯みもします!」


そうでなくとも女性プラス刃物はスプラッタな予感をかきたてられるのだ。
じりじり後退りする上条。インデックスは腑に落ちない顔で距離を詰める。


「インデックスゥ~、こいつァいったんしまっとけ」


声とともに、ひょい、と背後から刃物を取り上げられる。
インデックスはむうと頬を膨らませ、仗助の背中にかじりつく。いや、文字どおりの意味でなく。


「気持ちはわかるけど、とうまはオーバーすぎるんだよ。ねぇじょうすけ」

「そうやって外堀から埋めてくんのやめてもらえますかねッ」

「そう怒ってやんなよォー、お互い悪気があったわけじゃねぇーんだろ」


仗助はやけに慎重に包丁を置き、再び上条の 『 右手 』 をとった。



「つかよォー、『 透明の腕 』 が出るかどうかだけ確認すりゃいいんじゃねえ? 『 なおす 』 のは 『 透明の腕 』 なんだしよ~」

「それにッ、もうちょっと早く気付いてほしかったッ!」

「えー、でも私は 『 腕 』 が見えないから、どうせなら 『 なおして 』 ほしいかも」

「ちょっと黙ってようかインデックスさん!」

「なんで? 見たいって言ってるだけなのに、なんでとうまはそんなイジワル言うのかな?」

「許可するって言った途端俺のものが壊されそうな予感がひしひしとすんだよ!」

「予感がするって何!? 『かもしれない』ってだけなのになんでそんなこと言うのかな! とうまは私がそんな非常識なことすると思ってるのかな!?」


思っています、大いに。とはさすがに言えず、上条当麻は絶句した。
その反応がますますトサカにきたのか、インデックスは今にも噛みつきそうな顔で口を開き――閉じた。
見れば、仗助が人差し指を口の前に立て 『 静かに 』 のポーズをとっている。


「とりあえず 『 腕 』 出してみるからよォ、チコッと静かにしといてくれ」

「うん」


なんだッ! そのしおらしい態度はッ!
上条当麻は愕然とした。
同じ注意なのにこの差は何だ。
飼い犬は家族にランク付けをするというが、今ッ! それと全く同じ現象がこの空間で起こっているというのか?
そうだとするならこの上条当麻はッ、彼女の中でどのような位置づけを与えられているというのかッ?
『 同じ家に住んでるおじさん 』 ポジションとか言わないでくれよ?
そんな役職はせめて就職して結婚して仮面夫婦になってから欲しいものである。
いやいや、今問題なのはそんなことではなく……ッ!
『 なぜ 』 こうも差ができているかということだ……ッ!
そこまで思考がいたって、上条当麻は過去を振り返る。
だが答えは見つからなかった。
上条は仗助と対等な友人関係を築いてきたし、インデックスにもそれは伝わっているはずだ。
逆にインデックスをないがしろにした記憶もない。と、思いたい。
ここ最近補習で日中かまってやれないことだけは引っかかるといえば引っかかるが……と、そこまで考えて上条当麻はハッとした。

まさか、何か 『 あった 』 のか?
自分が補習で家を空けている間に、インデックスが仗助に懐くだけの 『 何か 』 が?


「……当麻よぉ」
「はい!?」
「俺も、壊してまで 『 なおす 』 気はねぇーから安心しろや」


言われて、上条は自分の右手が汗ばんでいることに気づき、赤面した。
アホか俺は、まさかだろ。
と下種な方向へ突っ走りかけた思考を振り払う。
それとも、こんなイカした方向へ思考が飛んでいくのは自身がそっち方面に飢えているからなのか。
いやもういい。この話はもうたくさん、と上条当麻は今度こそおピンクな話題を振り切った。



「じょうすけぇー、もう出たかな?」


床に腹ばいになり、両手で頬杖をついて上目使い。そこに白人ロリパワーも加わり倍率ドン。
本性さえ知らねば 『 かわいい 』 と言ってやって差支えない、と上条は思った。


「う~~~ん、出せそうは出せそうなんだけどよォー、なんつーか妨害電波っつーか、
真剣にドラマの内容追ってる時に横から母親に話しかけられてる時みてぇな感じだぜ……」

「要は集中できないと」

「あぁ~~ちょっと待て、頑張ってっから」


言うなり仗助は難しい顔をして沈黙した。
沈黙の中、インデックスが暇そうに足をパタパタやる、その衣擦れの音だけが聞こえる。
いち早く耐えかねたのはやはりインデックスだった。


「ねーねーとうま」

「はいはい何です」

「えっとね……」


明らかに今話題を探していることは突っ込まないでやろう、と上条当麻は紳士に思う。


「ほら、じょうすけの知り合いっていつ来るんだったかな」

「あさって」


と仗助が即答した。


「けっこう急だな」

「だよなぁ~、承太郎さんもわざわざ来ねーでもよォ~~用なら手紙で済ましゃいいだろーに」


と、どうでもよさげに言う友人に上条は失笑しかけた。
上条が 『 承太郎さん 』 とか言う人の名を聞くのは、これで二回目だ。
転入初日に 『 叱られる 』 とおののいていた。
その尋常じゃない様子に 『 承太郎さん 』 とやらはよっぽど怖い方なのだろうと思っていたが、どうも微妙に違うらしい。

あれは恐怖というより畏怖だ。
仗助にとって 『 承太郎さん 』 は、それこそ父親か何かのように尊敬すべき対象なのだろう。
そんな人がわざわざやってきてくれるのだ、うれしくないはずがない。



「おやおや、スカしちゃって仗助さん? 先日の狂喜乱舞っぷりはどちらへ行ったんですかねぇ~」

「……」

「あだぁ!」


右手を握りつぶされた。


「ちょ、お前仗助ッ! 骨! 骨をゴリゴリはやめて痛いから! あーッやめろって! やめて! 
おっ前仗助ッ、気に入らないからってインデックスみたいにすぐ手を出すんじゃありません! 上条さんそんな子に育てた覚えはないですよ! 
それとも身内ネタには過剰反応するタイプですか!? 恥ずかしくってついつい手が出ちゃうタイプですかァ~!?」


「あーあー聞こえネェ~~~集中してっから黙ってろよォスケコマシ」

「レトロレトロォッ!」


そもそも俺のどこにスケをコマす要素が、と言いかけ、上条当麻は背後の気配に口をつぐんだ。


「とうま……『 私みたいに 』……何かな?」

「あっあー、いやなんというか言葉のあやで……」

「とうまぁぁぁーー!!」

「あだぁぁーー!!」

「だあーーーッ!! ウルセーッおめぇらァァ~~!!」


と、キレたところで仗助の左腕からズギューンッと何かが飛び出した。



それを誰よりも早く目にした上条当麻はまず目を剥き、まばたきして、幻覚でないと知るや額を押さえた。


「あのー……俺の勘違いでなければ言わせていただきたいんですが」

「なにかな?」

「なんだよ」

「 『 透明の腕 』 のアイデンティティが崩壊してるように見えるのですが……」


仗助の視線が 『 腕 』 に向く。
数瞬の沈黙、


「うおおおォェェーー!?」

「びっくりしたんだよ!」


ガタァァンと仗助が腰を浮かし、ビクゥッとインデックスが身をすくめる。


「な、何? い、いったい何が起こったのか説明してほしいかも」
「とっ……『 透明の腕 』 が……!」


仗助は驚愕の声で叫んだ。




「 『 腕 』 になってるッッ!!」




「日本語でオッケーなんだよ」

「 『 腕 』 が透明じゃなくなってんだよぉぉ~~!」


上条は愕然とする仗助から 『 右手 』 を離す。途端、ごく自然な勢いで 『 戦士 』 が飛び出してきた。
『 透明の戦士 』 ではなく、『 戦士 』。


「な、なんで? わけわかんねぇーぞオイ」

「し、進化したとかじゃねえか? ほら、アウレオルス戦で経験値たまったし……」

「そ……そうなのかよォー?」


問えども 『 戦士 』 は答えない。
無表情に仗助を見るだけだ。
その外人色の瞳と、はっきりした輪郭は誰かに似ている。と、上条当麻は思った。


「そうかも」


と口を挟んだのはインデックスである。



「じょうすけに存在を認めてもらったからパワーアップしたんじゃないかな。
 ほら、よくわからないけど、その子はじょうすけの分身みたいなものなんだよね?」

「そー言われっと納得できるようなできねぇーような……」


うむゥ、と悩んだ末、仗助は、


「ま、ンなこたぁどうでもいいか」


考えるのが面倒臭くなったようである。


「まァー、なんだ、前回はアリガトウな。これからもー……よろしく?」


と、東方仗助は 『 スタンド 』 に手を差し出した。
『 スタンド 』 はじっとその手の平を見つめ、おずおずと(上条当麻にはそう見えた)握り返す。すると、


「ウゲェェ~~ッ変な感じィ~!」


どうやらこれもフィードバックしているらしい。
今の仗助は握手をしつつもされているという感覚を味わっていることになる。
なるほど、変な感じだろう。
上条当麻は左手で 『 スタンド 』 の背をなぞってみた。案の定、ギャーと仗助が叫びだす。


「当麻! てめえ! 当麻ァ!」

「なるほど、こういう弱点があったわけだな。今後参考にしとこう」

「殴るぞテメェ~~……!」

「ねえ」


インデックスがコロコロしながら首をかしげた。


「その子、これからなんて呼ぶのかな?」

「なんてって……なんにすんだ、仗助?」

「ああ~~もう 『 透明 』 じゃなくなったしなぁー」

「考えてないならさ、名前付けてあげようよっ」


シスターの満面の笑みが引き金となり、ここに 『 超局地的スタンド命名委員会 』 が設立したのであった。



「じゃあ俺こと上条当麻から……『 直し屋<フィクサー> 』 とかどうだよ。能力的に」

「なら 『 治し屋<ヒーラー> 』 じゃないかな」

「なぁーんかどれもいまいちパッとしねーなァ」

「じゃあ仗助くん。君のアイデアは」

「ねーよ。ねーです」

「……」


そして 『 超局地的スタンド命名委員会 』 の活動は早くも行き詰った。


「うーん……」

「あー……」

「……パッと思いつくものじゃないかも」


沈黙とうめきが流れるばかりの室内に、インデックスのつぶやきが落ちる。


「他の人はどうやって名前付けたんだろーね」

「他の……」


うぬぬ……と東方仗助は頭を抱えた。







 『私の「恋人<ラバーズ>」』

 『エボニーデビル!』







「あいつらァ何であんなそこはかとなくカッコいい名前が思いつくんだよォォ~~!」

「センス欲しいよセンス! なんだよ!」


コロコロするインデックスとゴロゴロする仗助。


「ま、この件は保留だな」


を、見ながら上条当麻も考えることを放棄した。
とにもかくにも今日の収穫はここまでである。上条当麻は頭の中のメモを更新した。


 ――10.スタンドは成長する




 ~~~



「いいなぁ~~、私もとうまみたいに 『 見る目 』 が欲しいんだよ」

「はあ?」


仗助も帰り、さて一息というところでまたシスターが意味不明なことを言いだした。


「ずるいんだよぉー。私もじょうすけの 『 スタンド 』 見たいなぁ~~『 スタンド使い 』 じゃないのに見れて触れるなんて、とうまだけずるい、ずるいー」

「って言われてもなぁ。俺だってその辺はわかってねえんだ。愚痴られても困ります」


むう、とインデックスは冬眠前のリスのような顔になる。


「魔術で見えるようにならないかな?」

「さあなーほらほら、いい加減床転がるのやめなさい」

「せめてどんな姿してるか教えてほしいんだよ、そしたら名前のアイデアも浮かぶかもしれないし」

「あー? そうだなあ……」


『ふざッッッけんなッ!!!』


突如、壁の向こうから怒声とドゴンッという鈍い音が響き、上条とインデックスは飛び上がった。
ふたりは呆然として壁を凝視する。
今もなお、くぐもった争い声の聞こえてくるそこは、東方仗助がいるはずの部屋だ。


「と、とうま……じょうすけが……、どうしたんだろ」

「……見てくる」


上条当麻は嫌な予感がした。
見てくるとは言ったものの、今隣の部屋に行けば果てしなく気分の悪いものを見そうな気がしたのだ。


「ま、待って、私も行くんだよ!」


だから正直、彼女がこう言ってくれたときホッとした。



「仗助? いるかー?」


いるのはわかっているがドアに呼びかけてみる。応答はない。
募る不安に尻込みしながらも、上条当麻は思い切ってドアノブに手をかけた。
鍵は……かかっていない。


「入るぞ……仗助ー?」
「じょうすけー……」


中はさっきとうってかわって静かだった。
それが逆に緊張を煽る。
不意に、後ろからきゅっと袖を握られた。
上条は特に何も突っ込まず靴を脱いだ。彼女の怯えが伝わったからかもしれない。


「仗助……?」


リビングに、彼はいた。
部屋は上条が最後に訪れた時と同じ、全然片付いていなかった。
段ボールの乱立する室内に背の低いテーブルが、これだけ生活感を持っていてやけに浮いている。
仗助は上条らに背を向ける形で座っていた。
再び声をかけようとして、上条はテーブルに鏡が置かれていることに気づいた。仗助はそれを覗き込んでいる。
鏡に映った仗助はやけに無表情だった。


「……だからッ……!」


怒りを押し殺したような声で、仗助がうなる。鏡の顔は変わらない。



「承太郎さんがいる間だけ出てこねーでくれって頼んでんだろォーがッッ!!」



仗助が卓を殴り、鏡が 『 拒否します 』 と答える。
そこで上条は自分の嫌な予感が的中したことを悟った。



「おいインデックス……鏡が喋ってるけど、あれも魔術か?」

「うーん……どっちかっていうと 『 技術 』 かも……。鏡の客観性を利用して、じょうすけの虚像を借りてるんだよ」

「どう違うんだよ」

「魔力を使ってないし、『 自動書記 』 に肉体がないからできることかも。ユーレイが鏡に映るってやつ、日本でもよく言うよね」

「なるほど……あのお約束にも一応仕組みはあったんだな」


と、言っている間にも二人で一人の議論はヒートアップしていく。


「だ、か、らッ! 承太郎さんがいる時だけでいーんだよォー! 引っ込んでてくれるのはァー!」

『 保証しかねます 』

「なんでだよォッ」

『 ――三分前の説明をもう一度。あなたが気絶等した場合、あなたの肉体を防衛する必要があります 』

「いらねぇーっつってんだろォーがッ!」

『 その要望を満たしても、この自動書記に利がありません 』

「間借りさせてるだけでジューブンだろォー? なぁ~~こんな時くらい言うこと聞けってぇー」

『 拒否します 』

「ドラァッ!」


ガシャン、と鏡が割れて元に戻った。
鏡の仗助は涼しい顔だが、実像の仗助はウーウーうなって頭を抱えてしまう。
上条はこのまま何も見なかったことにしようかとチョッピリ迷ったが、結局仗助の肩をたたいた。


「うおぉっ!? ……な、なんだ当麻かよ……どうした?」

「こっちのセリフだ。まあ、大体の事情は分かったけどさ」

「いつからいんだよッ」

「私もいるんだよ」

「マジかよォーッ!」


仗助は額を打ちつけるようにしてテーブルに突っ伏した。


「そこまで落ち込むことないかも」

「だってよォー……」

『 補足。彼はみっともない場面を見られたことに対して羞恥を 』

「ドラァ!」


ガシャンッ



「まああれだ、お前 『 承太郎さん 』 と 『 自動書記 』 を会わせたくねーわけだな」

「ったりめえだろ~~なんて説明すんだよォー」


確かに。科学と魔術が交差して後天性二重人格になりました、とは言えまい。


『 ――前文を踏まえての逆接。不特定期間の拘束は不快に感じます。また、それを強要されるだけの理由があるとも思えません 』

「だからッ! 困ンだよッ! 俺がッ!」

『 この自動書記の関知するところではありません 』

「……!!」

「仗助、どうどう」


とうとうテーブルの裏に手をかけた仗助を、上条はあわててなだめる。
このままでは星一徹クラッシュが行われるのは必至である。


「つーか 『 自動書記 』 よ。お前、以前仗助の許可なしに出てこないって約束しなかったっけか? その契約まだ有効だよな? ならダダこねんなよ」

『 …… 』


自動書記は上条を見て、一度まばたきすると、あからさまに目をそらした。


『 ――警告。第二十二章第五節。第三者の乱入による精神の微弱な障害を確認。自己修復…………完了 』


要するに仗助の味方が増えたので動揺してるのだな、と上条当麻は解釈した。


『 ――上条当麻に対する回答。確かにそのような契約はしましたが、彼の肉体に危機が訪れる場合はその限りではありません 』

「お前の 『 危機 』はハードルが低すぎんだよォー! 熱湯とか針とか油とかよォーッ」


自動書記は涼しく言い返す。


『 本件に関してはあなたも許可を出しました 』

「特例を前例にすんなっつってんだ!」

「えーっと、すまん……どういうこと?」


微妙についていけない上条たちにされた説明はこうだ。
先のアウレオルスとの戦いで、仗助が強制的に意識を落とされ、自動書記とバトンタッチするという場面があった。
その際の二人の会話を要約すると、

『 危機が迫っているので対処します。許可を 』
『 オッケー 』

その会話が拡大解釈され、今の自動書記は 『 危機ならいつでも出てきていいんですね! ヤッター! 』 状態らしい。
ようするに。



「……ハメられたわけね」

「だってよぉ~~フツーそんな時に騙されるとは思わねーじゃねぇーか~」

『 訂正。騙してなどいません 』

「ウッセー、無理やり言質とりやがって。一度許したら出放題かよこの野郎ォ~」

『 逐一許可を取れ、と言われた覚えはありませんが 』


しれっと言う自動書記は悪徳政治家を彷彿とさせた。



「屁理屈こねてんじゃあねぇーよぉ~~……なぁ頼むぜぇー、チョットの間だけでいいんだよぉ~~」


とうとう泣きが入る。


『 私はあなたの危機に対処するという役割を与えられました。今回の依頼は「危機が訪れた場合でも」現出してはならないという内容を含み、横暴であるといわざるを得ません。よって拒否します 』


が、自動書記はにべもない。


「 『 自動書記 』、あなたちょっとガンコなんだよ!」


すると今まで背景に溶け込んでいたシスターがずずいと前に出てきた。


「そもそもあなた、私のとこにいた時はほとんど出てこなかったよね。結構命の危機はあったと思うんだけど?」

『 ――回答。もともと私は魔道図書館、正式名称 Index-Librorum-Prohibitorum を防衛するための魔術でした 』

「私の肉体は二の次ってこと」

『 いいえ。私に課せられた役割はあなたの「必要最低限」の安全を守ることであり、迎撃は十万三千冊を守る最終手段ゆえ傍観を余儀なくされただけです 』

「結局魔道図書館が第一なんじゃないっ、何が違うっていうのかなっ」

『 ――あなたと私の価値観でしょうか 』

「むぎぃ~~!!」


地団太踏みだすインデックスを横目に自動書記は続ける。


『 これ以上の議論は不要と判断しました。それでは失礼します 』

「あーちょっと待ってくれ」

『 はい 』


引き留めたはいいものの、どうしようかと上条当麻はうなった。
自動書記の理屈は確かに、法の抜け穴を探す悪徳商人のそれに近い。
だが魔術仕掛けのスピリットを持つこいつのことだ、悪気ナシの本気で言ってる可能性も十分ある。
その場合、また新たな約束を結ぶか、こいつの論理の穴を指摘してやるかしかないわけだが……
と、悶々とする上条に、自動書記がふと思いついたように声をかけた。


『 ――提案します。では、負担を等分してはどうでしょう 』

「等分?」


と問い返す上条に、自動書記は語りだした。



『 ――はい。現在まで私は「スタンド」を解析させてもらう代わりに本体の安全を守ってきました。
九万八千冊の魔道書をフルに活用しての防衛です。精神と肉体の一部をシェアしている点を考慮しても十分等価の契約と言えるでしょう。
しかし精神の裏に「引っ込んで」いる状態では、その役割を果たせなくなります。
結果として本体に負担が偏ることになりますが、それは私にとって非常に不本意です 』

「なるほど……つまりお前はー……体を借りてる以上、平等にいきたいわけだ?」


過剰とも思える危機管理はそのためか。
こいつなりにプライドってものがあるのだな、と上条は少し自動書記の認識を改めた。


「それで、負担の等分ってのは……?」

『 ――読んで字のごとく。私が本体を防衛する時間を増やしてほしいのです 』

「なるほど、『 承太郎さん 』 がいる間と等価の時間を防衛に……ってん? なんかおかしくねーか?」

「あれ? でもあなたの防衛って……」

「あん? だけどよォーそりゃ……」


何か釈然としないものを感じた三人の視線が鏡に集まる。
自動書記はつと顔をそむけ、


『 ――警告。第四章第十五節。自他に誠実であれ。
 端的に言い直すならば――本体が私抜きで活動するのならば、私も本体抜きで活動する時間を要求します 』

「……」

「……」

「……おい」

『 ――プレッシャーによる精神の障害を確認。自己修復。成功 』


目元に影を作る三人に自動書記は悪びれぬ無表情を向けた。


『 わかりました。今なら特別サービス、明日一日分の時間をいただければ、本体の要求を呑みます――――以上 』


『 以上 』 の 『 う 』 が終わるや否や、



「テメェーッ! ハナッからそれが狙いかよォーーッッ!!」



今度こそ東方仗助による星一徹クラッシュが炸裂した。


>>426
タイトル詐欺でごめん

今日は閑話休題的なあれなんです
次回くらいから本題に入ってきますんでェー




   →TO BE CONTINUED....





まさか!って感じだなぁー
自動書記がこーゆー、ナンつーの?
『したたか』?『打算的』?
そんな『キャラ付け』になるとはよォ~
ま、なんだ、ひとまずは『>>1乙』

トニオさんのプリッツ美味いね

>>452
近所にセブンないんだ……








  第十五話「エレクトリック・ナイトメア①」








「おはようございます」


上条当麻が起床すると、友人が正座していた。
その瞳はベタ塗りされていて、ハイライトはない。
傍らには真っ白いシスターが飢えた獣のようにぐるぐる唸っている。
その緑色の目に映るのは敵意だ。
なぜだ。なんだ。


「――確認します。今日の予定はありますか」

「あ、えーっと、補習……が、あります、が」


と言ってから上条はようやく彼が誰なのかに気が付いた。
どうやら今日一日、24時間を仗助は 『 自動書記<ヨハネのペン> 』 に売ったらしい。


「了解――……本日はよろしくお願い申し上げます」

「あ、ああ」

「失礼します」


するりと衣擦れの音さえ立てず、自動書記は上条の部屋を出ていった。
その間ずっと睨みを止めなかったインデックスはナイス番犬と言ったところか。
なんにせよ、朝っぱらからシュールなものを見てしまった。


「信じられないんだよっあいつ、じょうすけの弱み握ってそのうち体を乗っ取っちゃうつもりなんだよっ、間違いないんだよっ!」

「よせよ、縁起でもねえ」

「とうまぁ!」

「それに学園都市の生徒は魔術が使えねーんだろ? そんな奴の体奪ってどうしようってんだ?」

「それは……!」


うぐぅと黙り込むインデックス。


「でもやっぱり、信用できないんだよ!」

「わかったわかった、俺も気をつけとくから」

「とうま!」


自動書記はともかくインデックスの方はかなり奴を嫌っているようだ。
いや、どちらかというと苦手意識から過剰に警戒してるのか?
何にせよあまり近づけないようにしなきゃな――二人の間に立てば――まあ手堅く4・5回は噛まれるだろうから――自動書記の屁理屈の穴を見つけてやって――あと周りのフォローと仗助のアフターケアも――
とナチュラルに苦労人の思考を回している自分に気づき、上条は軽く落ち込んだ。

バカな……ッ、既に不幸を背負う気マンマンだと……!? 俺はいつの間にこんな奴隷体質に……ッ!

いいや違う。自分は既に不幸体質なのだ。
だからある程度の想定と警戒を怠らないだけなのだ、うんうん。



だが、不幸といえば仗助も大概不幸である。
数多の不幸を味わってきた上条当麻であるが、精神と肉体を間借り(しかも半強制的に)されるなんて受難は知らない。
おまけに事情が事情だ。言っても頭の心配をされるだけであろうことは容易に想像がつく。
そりゃ、仗助も隠したがるだろうよ。大切な人になら尚更だ。

――ふむ。『 承太郎さん 』。

上条当麻はまだ名しか知らぬその人物に思いを馳せる。
仗助の尊敬してる人、か……。
一体どんな人なのだろう。
ん、と上条当麻は記憶のしこりに気が付いた。
尊敬してる人、というフレーズ。別のところで仗助が言っていた気がする。
確か、初めて会った時に、自分の部屋で――。

『 時代遅れって言われてんのもわかってるんだけどよ~これァ、尊敬してるヒトと同じ髪型なんスよ 』

『 命の恩人なんス。その人に憧れてるっつー「しるし」なんスよ 』





「……!!」


瞬間、上条当麻にピシャァァーーンと電撃が走った。
待て、落ち着け、上条当麻。
手近の紙とシャーペンを手に取り、情報を書き起こす。

『 仗助の髪型 』=『 尊敬してる人と同じ髪型 』=リーゼント……①
『 尊敬してる人 』=『 承太郎さん 』           ……②

①・②より

『 承太郎さんはリーゼント 』

証明終わり。



「リ、リーゼント人口がまた増えるのか……ッ!」


なんだか、急に色々と楽しみになってきた。


「上条ちゃん……」


ハッと上条は我に返った。
教卓に座れば首から上しか残らないちんまい教師が、なぜか潤んだ目で上条を見つめている。


「今日はいい子にノートを取ってくれてるのですねぇ~~……! 先生はうれしいですぅ~~!」

「は、ははは……」


あわててノートをガードしたのは言うまでもない。



しかし、七月下旬に終わるはずだった補習を八月中旬になった今もなお続けていると、さすがに惨めな気持ちになる。
魔術師との抗争やなんやかんやで日常と非日常の境が薄れ、
『 補習が何ぼのもんじゃーい! 』 と思いきってサボってしまったツケが思いっきり来てしまった。
上条当麻は、自分は本来フツーサイドの人間なのだと改めて自覚した。


「不幸……いや、自業自得か、ってあれ?」


そして帰り道、いつもの自販機前に見知りすぎた人物を見つけたわけである。


「よお仗……じゃなくて 『 自動書記 』」


自動書記は、瞳だけを動かして上条を見た。


「――疑点。新しい名を名乗っているにも関わらず、なぜみな私を 『 自動書記 』 と呼ぶのでしょう」

「はい?」

「当てこすりに聞こえたならお詫びします」

「まあいいけど……何やってんだ? こんなとこで」


自動書記は片手を自販機の腹に当てたまま、上条を振り返った。


「この 『 自動書記 』 の精神で 『 スタンド 』 を操れるか否かを実験しています」

「へぇ~」


確かにこの自販機は年がら年中ガタがきている。直すにはうってつけかもしれない。
瞬間、上条当麻の脳内を二千円札を呑みこまれたあの時や冷たいお汁粉が出てきたあの時が駆け巡った。
お世話になりすぎてて泣けてきた。


「で、結果は?」

「五十二回中五十二回失敗です。やはり 『 スタンド 』 は彼の精神と同一と見た方が良いのかもしれません」


と、すでに結論が出たような言い方をしつつも、自動書記は自販機に触れたまま動かない。



「……53回目もするのか?」

「千回ほど試す予定です」

「1000回ィィ!? ヒトケタ多すぎねーかそれ!?」

「いいえ」


呟き、おそらく五十三回目をやっているのだろう。自動書記の無表情に力がこもる。
その横顔を覗き込んで、上条は、


「……なんかお前、楽しそうだな」

「この自動書記はもともと魔術です。感情は与えられていません。ですが、私の宿主となった二人に影響されている可能性はあります」

「インデックスに仗助かー、確かに感情に素直すぎるお人たちだがなぁ」

「……質問。この会話を続ける必要はありますか」

「はい?」

「気が散ります」

「そりゃ悪い」

「ちょろっとー」


軽いのにどこか棘のある声がかかる。
なぜだか耳馴染みする調子に上条当麻は振り向き、心中 『 ギャーッ 』 と絶叫した。
灰色のプリーツスカート、半袖のブラウスにサマーセーター。
旧のび太並みに変わることのないその服、変わるはずのないその顔。


「ボケッと突っ立ってんじゃないわよ。買わないなら退く退く」


ビリビリこと御坂美琴はそう言って、おもむろに自動書記の学ランを掴んだ



「……」

「? っ、ちょ、退きなさいってば、ちょっとー?」


だが20㎝近くの体格差のせいか、自動書記のあくなき探究心のためか、その体は微動だにしない。


「って、あーー!! アンタあの時の不良! あいつがここにいるからもしかしたらと思ったら……!
あいつに付きまとうのはやめろって何べん言えばわかるのよ! っつうかいい加減どけぇーー!!」

「ちょっと待て御坂!」


自販機に足を突き服を引っ張るも、まだまだカブは抜けません状態。
痺れを切らしたのか、とうとう放電し始めた御坂に慌てて上条は割って入る。


「なによ、またそいつの肩持つつもり? あんた弱みでも握られてんの?」

「なんでそうなるッ 俺と仗助はただの友達だって!」

「前もそんなこと言ってたわね……本当?」

「ウソついてどーすんだ」

「はっきり言ってパシリと不良にしか見えないのよ。あんたら」

「マジすか……」


今までそういう目で見られていたのか、と上条当麻は軽く落ち込んだ。
原因は仗助の不良ルックか? 俺のザコその1ヅラか?
俺も制服改造とかしたらマシになるだろうか……
と、ここで小萌担任に号泣される未来をエピタフしたので、上条の非行滑走計画は未遂に終わった。


「とにかく……あー、仗助、というか自動書記、というか仗助くん、こいつがジュース買うらしいからどいてあげてくれ」

「……第三者がいる場合は 『 仗助 』 で構いません」


構いまくるよその口調! とは言えず、上条当麻はいぶかしげな御坂に愛想笑いを送ってごまかした。
スゥーッと滑らかに場所をあけた自動書記に代わり、御坂美琴はなぜか自販機の前に仁王立ちする。


「――警告。その自販機よぉぉ~~、チコッとイカレてるみてぇーだぜぇぇ~~?」

「!!?」

「アンタに言われなくても知ってるわよ。裏ワザがあんのよ。お金入れなくてもジュースが出てくる裏ワザがね」

「えっ、ちょ、口調、えっ俺の心読んだっ!?」

「チェストォォーッ!!」

「おおぉぉおっ!?」


ガコォンッ! ガコンッ
絶妙な角度で繰り出された蹴りに、たまらず自販機がスープカレーを吐き出す。缶で。
プルタブを片手で空けながら、御坂美琴は胡乱に上条を見やった。


「ぎゃあぎゃあうるさいわね。あんたの心がなんだって?」

「い、いや、お前じゃなくて……」

「――警告。第三章第五節。あなたは盗んではならない……んじゃねッスかねぇぇ~~原罪的によぉ~~」

「もうやめて自動書記ッ! 俺が悪かった!」

「――了解」



「な、なによアンタ……なんかいつもと雰囲気違くない?」

「あ、あははー、まさかまさか美琴さん、そんなわけないですよー」


と、自動書記を背中に隠そうとするも「邪魔」の一言で突破されてしまう。
御坂美琴は上から下まで自動書記を観察すると、


「……っていうか、別人?」


限りなく正解に近いことを言った。


「訂正。私は」

「ああーーっとぉ!」


上条当麻は焦った。
しまったな、せめてこいつ(御坂美琴)が行ってしまうまで演技をお願いするべきだった、と。


「ええっと、別人っつーか、なんつーか……うん、実は別人なんだけど、なんですけどぉ! こいつは……その……」

「その?」


小首をかしげる御坂美琴たん萌えーとか言ってる場合じゃない。
こうなったのは大体俺の責任だ、なんとか言いくるめなくては!


「こ、こいつはッ! 仗助のおとーとなんですよぉぉーー!!」

「……」

「……」

「……」

「……へぇ~~」


やった、納得してくれた。



「つーかそんな気合入れて言うコト?」

「いやだって、お前今にも飛びかかって行きそうだったから」

「行かないわよッ あんた私をなんだと思ってるわけ?」


ビリビリ電撃少女だろう、という答えは胸の奥にしまっておいた。


「ま、確かに別人みたいね。あいつみたく舐めた雰囲気がないわ。でもほんとに弟なの?」

「そ、そっくりだろ? まあ双子というかなんというか、な?」

「ふぅーん、まっ、服やら髪やらセンスのダサいところも似たみたいだけど」

「お、おいおいー……ははは」

「……」


不意に、御坂美琴は鋭い目で上条当麻を射抜いた。
ぎくりと反応する間もなく、その鋭さはなりを潜めてしまったが。


「――報告。上条当麻」

「なんだ?」

「本体の精神回路に異常を確認。自己修復は不可能。しきりに 『 殴る、ぶん殴る 』 と悪態をついています」

「…………なんだ、今は絶対交代するなよ」

「はい」

「お姉さま……?」


不意に気配が現れた。
振り返れば淡い色の髪をツインテールにした少女がいた。その視線はまっすぐ御坂美琴に向いている。
制服も同じだし、後輩だろうか。


「まあお姉さま……まあまあお姉さま……! 補習なんて似合わないマネしていると思ったら、このための口実だったんですのね」


妙にエレガントな口調だ。
御坂美琴は、なぜか口元をひきつらせて彼女に向き直る。


「く、黒子ォォォ……? 念のために聞くけど……『 このため 』 って、どのため?」

「決まっています。それでどちらが本命でして? お二人ともとても個性的な髪型でいらっしゃいますけど……あら失礼」

「くろっ……!」


御坂美琴が放電し叫びかける。
瞬間、
ズガァァァンッとすさまじい音を立て、自動書記の裏拳が自販機をえぐった。


「ふぇっ……?」

「あらまぁ……」

「よ、自動書記……?」


三者三様に絶句して注目する。


「――警告。第十一章第一節」



自動書記がゆっくりと顔を上げる。


「大規模な精神回路の異常を本体より確認。対症法として、破壊衝動を発散させました」


刹那、ピーーーキュロキュログワンッと完璧に逝かれた音がして、自販機の口からガラガラとジュースがあふれ出てきた。


「まあまあまあ」

「ちょ、ちょっとこれどうすんのよ!?」

「俺に聞くなよ! てめぇらが地雷踏みまくったのがいけねーんだからな!?」

「何の話だっつーの!」

「ごたついてるようですわね。お邪魔になるといけませんし、わたくしはこれで」


瞬間ツインテールが掻き消えた。


「ちょ、黒子ーーッ!」

「て、空間移動<テレポート>……?」


呆然とする間もなく、自販機から出る音が警告音に変わる。


「もー! 不良……じゃない不良の弟! アンタのせいよッどうしてくれんの! 私今日は何もしてないのにー!」

「……しょうがない。上条さんとっておきの、あの技を使うしかないようですね……」

「ふえ?」

「――質問。どうするのですか」



「逃げるんだよォォォーー!!」



そういうわけで、少年少女は走った。



「はぁ、はぁ、へぇ……!」

「な、なんで私がこんな目に……」


数分後、御坂美琴と上条当麻は仲良くベンチで息を切らしていた。
汗だくの二人の鼻先に、突如缶ジュースが現れる。


「過度な運動の後は、水分補給を推奨します」


汗ひとつかいてない自動書記がこちらを見下ろしていた。


「お前……持ってきちまったのかよ、それ……」

「代金は置いてきました。問題ありません」

「あーそうですか……」

「あんたにおごられるのは癪だけど……ってきなこ練乳って……ノド焼け死ぬわ」

「あっつぅ!?」


上条当麻が受け取り、取り落としたそれはいちごおでんなる代物だった。


「なんなんですかこの悪意あるセレクトは……」

「――質問。これらの飲料にどのような違いがあるのですか」


飲めりゃそれでいいじゃねッスかぁと言いたげな顔に、上条はため息をついた。


「お前って結構おおざっぱだな……」


いや、生まれてこの方魔道図書館を守るばかりだったのだ。常識知らずなのも仕方ない……のか?
と上条が思考を回していると、不意に背後から


「お姉さま」


とデジャヴを感じるフレーズが聞こえてきた。
またかッと思いつつも、完全にへたばりきった上条は首だけをそらして声の方向を見る。と、上条当麻は目を疑った。
なぜかそこに御坂美琴が立っていたのだ。
しかし御坂美琴は隣に座っている。
じゃあ、あの御坂は何なのだ!?


「妹です、とミサカは問われる前に答えました」

「妹……?」



妹、よく似た妹だ。っていうか瓜二つだ。
しかし、御坂美琴の妹ということは当然名前は 『 御坂ナニガシ 』 になるはずなのに、一人称が 『 ミサカ 』 とはどういうわけだ。家族で混乱しないのかそれは。
どこかズレた疑問にぐぬぬとなった上条は、御坂美琴の顔付きが険しくなったことに気づかなかった。
御坂妹の瞳がスゥーッと自動書記にうつる。それとピッタリのタイミングで自動書記が顔を上げた。


「――質問。あなたと私は初対面ですか」

「夢で逢わない限りは初対面です、とミサカはナンパの常套句を先取りしつつ答えました」

「あなたをナンパするつもりはありません」

「ではなぜわかりきった質問をしたのですか、とミサカは問い返します」

「――回答。『 知り合いの知り合い 』 との遭遇は、私にとって初めてのケースです。
もしあなたが 『 知り合いの知り合い 』 でありかつ 『 初対面の人物 』 ならば理想的な対応を取らせていただきたいと思い、確認しました」

「なるほど、とミサカはわかったような顔をしてみせます」

「……」

「……」

「改めて理想的な対応を行いたいのですが、構いませんか」

「わかりました、とミサカは許可しました」

「……」

「……」

「はじめまして」

「はじめまして、とミサカは恭しく頭を下げます」


なんだこれ、と上条当麻は強く思った。



自動書記も自動書記だが、御坂妹も相当メンドくさい性格をしている。
下手に耳を傾けると精神を摩耗されそうだ。
と、突如上条の首に美琴の腕が巻き付いてきた。ギョッとする間もなく内緒話の距離まで顔を近づけられる。


「あんた、あれ、ホントーに 『 弟 』 なんでしょうねッ?」

「えっ?」

「…………いや、なんでもないわ」

「はぁ?、と」


美琴はそのまま上条を突き放すと、妹に矛先を向けた。


「おい妹、あんたは一体どうしてこんなところでブラブラしてんのよ」

「どうしてかと問われれば、研修中です。とミサカは簡潔に答えます」

「……研修……ね。妹、ちょろっとこっち来てみよっか」


と言うなり、美琴はベンチを立って妹と肩を組んだ。


「いえ、ミサカにもスケジュールはあります、とミサカは」

「いいからッ!」


今度こそ上条当麻はギョッとした。
凝視した美琴の顔は、今まで見たこともないほどこわばっている。


「……来なさい」


そのまま妹は美琴に引きずられていった。
去っていく背中までそっくりだ。


「……複雑な、ご家庭なのかな?」



日が落ちて、夕日に染まる学園都市。
上条当麻はブラブラと帰路を行く。


「……で、どうだったよ。学園都市は」

「はい。有意義でした」


15秒ほどの沈黙を置き、


「……もう一か月程度要求したいところです」

「さすがに無理だろそれは……ってあれ?」


呆れ顔で隣を見ると、自動書記が消えていた。
視線を後ろに向けると、自動書記が直立不動の姿勢で立っている。そしてその更に後ろには御坂美琴が棒立ちしていた。


「あれ……? 御坂……」

「今帰りですか。とミサカは一応の礼儀として問いかけます」

「妹っ?」


御坂妹は軽く顎を引いてそれに答えた。


「はーっ、お前ら本当によく似てんなあ。つーか、そのゴッツイ軍用ゴーグルは何なの?」


と指させば、御坂妹は


「ミサカはお姉様と異なり電子線や磁力線の流れを目で追うスキルがないので、
それらを視覚化するデバイスが必要なのです。と、ミサカは懇切丁寧に説明しました」


そう言って装着してみせた。


「へー……けどお前、さっき姉貴に連れて行かれなかったっけ?」

「…………ミサカはあちらから来ただけですが。と指さします」


上条は少し違和感を覚えたが、「ふーん?」とうなるだけにとどめた。
とどめた瞬間、突風が吹いて御坂妹のスカートをまくり上げた。
薄い布切れはあっさりガードを解く。
そして御坂妹は姉とは違い短パンは穿かない派のようであって、要するに上条当麻は彼女の縞々パンツを目撃してしまったのであった。
このラッキースケベに上条当麻は思わず後退った。風に流され、足元にテニスボールが転がってくる。


「ぐわっ!?」


とある一点を凝視している中で気付けるはずもなく、上条は思いっきりボールを踏んで派手にずっこけた。
ヒュウウ……とエッチな風が収まり、スカートが所定の位置へ戻る。
上条当麻は身を起こす。
御坂妹は無言だった。



「う……うおおぉーーッ!! すみませんッッ!!」


今更目を隠す上条に、平坦な――平坦すぎる声がかかる。


「何に対しての謝罪ですか、とミサカは首をかしげます」

「だ、だからっ、パ、パンっ……!」

「パン……? なんなのでしょうか、とミサカは傍らの少年に意見を聞きます」

「――熟考しましたが、私ではわかりかねます」

「なんだ、俺か!? 俺がおかしいのか!?」


あくまで頭の上にクエスチョンマークを掲げる二人に、上条当麻は妙な疎外感を覚えた。
こいつらに羞恥ってものはないんだろうか。
うん、ないって言うんだろーなーこいつらだったら。
ここまで本人がノーリアクションでは滾るものも滾らず、上条当麻は微妙な気持ちを抱えてまた歩きだした。
その後ろをサウンドオフで二人がついてくる。気配もなしについてくる。
会話もなく、ただ後頭部を見つめる視線だけは感じ取れた。
何考えてんの? 何考えてんのこいつら?
ものすごく堪えるんですがこの状況ッ!
クソックソッ、仗助カムバックッ!



「お前らって似てるよなー……なんていうか、中身とか口調とか」


圧迫感に耐えかね、上条当麻は自分から話題を振った。
瞳孔が開き気味の瞳が四つ、同じタイミングでまばたきする。


「そうですか」

「そうではありません、とミサカは憤慨のポーズをとります」

「いや大体同じだろ」

「彼にはユーモアというか、茶目っ気が足りません。とミサカは行儀悪く彼を指さして見せます」


お前が言うか、と上条当麻は心ひそかに突っ込んだ。
御坂妹は無表情かつ熱のない口調で続ける。


「ユーモアは大切です、とミサカは強調します。ユーモアは人間関係を円滑にします。
ミサカもこのユーモアあふれる口調にしてから、初対面の人にも一発で覚えてもらえるようになったのです、とミサカは熱弁します」

「いや確かに印象には残るけど」

「――検討の余地ありと判断しました」

「マジで!?」



「頑張ってください、とミサカは上から目線でエールを送ります」


まあ、こいつらがいいならいいか……と上条当麻は諦めの境地に達した。


「そういや御坂妹、お前の家って……ってあれ?」


隣を見ると、御坂妹と自動書記が消えていた。
案の定後方で、車道を見たまま一時停止している。


「なにやってんだお前ら。とうとう物理的に俺を置き去りにしようってんですかー?」


すると、御坂妹は黙って車道を指さした。
いや、向こう側の歩道を見ろと言っているのか。
視線をスライドさせると、同じくこちらを凝視している猫がいた。
行儀よくお座りまでしている。


「……おい」

「猫です」

「ええ猫です、とミサカはわかりきったことを繰り返します」


少年少女は首を90度曲げた姿勢のまま微動だにしない。
視線すら合わせずに会話を続ける。


「猫が好きなのですか、とミサカは愛らしい猫を見ながら質問します」

「私に好き嫌いの感情はありません。ですがある人物から人格的な影響を受けたことにより、猫は他に比べ興味深い存在となっています」

「あの猫はまだ生後一年も経ってないのではないでしょうか、とミサカはじっくりと観察した結果を述べます」

「発育不良の可能性も否めませんが、その通りでしょう」

「あの猫は見たところ野良猫ですね、とミサカは確認します」

「はい。同意見です」

「このままだと保健所に回収される恐れがあります、とミサカは指摘します」

「おい、お前ら」

「保健所に回収された動物がどのような扱いを受けるか知っていますか、とミサカは問い詰めます」

「言っとくけどなー、学生寮じゃペットは禁止だぞー!」

「保健所の情報は未収録ですが、口ぶりから察するにいい扱いは受けないのでしょう」

「おい自動書記さん? なに車道に身を乗り出してるんですか?」

「止めてはいけません。とミサカはあなたの腕をがっちりと掴みます。彼は一つの命を救いに行くのです。とミサカはこの行動を美談に仕立て上げようと試みます」

「あっ、コラッ! 行くなって危ねーよ 『 自動書<ヨハネの>――……ってオイオイ!」


学ランの背中は危なげなく車の間を縫って進む。
それを目で追いながらハラハラしっぱなしの上条だったが、無事向かい側についたのを見届けると大きなため息を吐いた。


「お前らってよー……」

「あの猫は三毛猫でした、とミサカは報告します」

「は?」

「オスならば希少価値ですよ、とミサカはここぞとばかりにアピールします」



「…………えっ? 何? 俺が飼うの?」



華奢だ、と自動書記は思考した。
掴めばぽきりと折れてしまいそうなほど細く、小さい。
そんな子猫は、自動書記があと一歩というところまで距離を詰めても逃げ出さなかった。
それどころか小さな体を自動書記の足に擦り付けてきたのである。
柔らかい感触。ほどよいぬくもり。そして、気持ちよさげに細められた猫目。


「――精神に原因不明の障害を確認。自己修復…………成功」


自動書記は色も温度もない瞳で子猫を見つめると、そっと手を伸ばした。
抱こうとしたのか撫でようとしたのかは判然としない。
ただ、触ろうとしたのだ。
子猫も、それを望むように首を伸ばしてきて――……



「くっついてくンじゃねェつってンだよッ糞ガキッ!」



刺々しい声と共に、鋭い風が自動書記の頬を叩いた。
何かがものすごい勢いで通り過ぎて行ったのだ。
未知の現象にビビってしまったのだろう。三毛猫は体中の毛を逆立て、それこそ突風のように走り去ってしまった。
自動書記はしばらく、猫に触れようとした体勢のまま地面を見つめていたが、不意にスゥッと背後に向き直った。
すなわち、風の通り過ぎて行った方向に。
そこには夕日に照らされた、ひょろ長いシルエットがあった。


「……あァ? 何だ、何だよ、何ですかァ? 誰に向かってガンくれてやがンだよォ?」









   →TO BE CONTINUED....








今日はここまでです

大統領が好きですッ
でもッ吉良はッもぉぉーっと好きですッ

投下します









  第十六話「エレクトリック・ナイトメア②」









少女は、逃げていた。
短いコンパスを精一杯開いて、ひたすらに走る。
その小さな足は裸足だ。体にはボロキレ同然の布を引っかけて、頭までもをスッポリと覆い隠している。
そんな、見るからにみすぼらしい少女がひた走る光景は道行く人をぎょっとさせたが、すぐみな目をそらした。
もとより少女も誰かに助けを乞う気はなかった。
少女の顔に恐怖や不安はなかった。
むしろ、希望めいた光がその瞳には宿っていた。

早く。早く。
と、少女は口の中でつぶやく。
早く、あの人に――。




ドシィィィンッ!!




突如目の前に壁が現れ、少女はもろにぶつかってしまった。
反動で少女はバネ仕掛けの人形のようにのけぞり、そのまま倒れ――なかった。
はっと気づいた時には、少女はしっかり地に足をつけて立っていた。体は一ミリも傾いてなかった。
少女が首を傾げ傾げ、呟くことには、


「あ、あれぇ~? おかしいな、ってミサカはミサカはパニック寸前。
今ぶつかって転んだと思ったのに……ひっくり返って頭を打っちゃうっていう実感があったのに……?」

「よそ見してて、すまなかったな。この町の地図を見ていたんでな」


その、どっしりと落ち着いた声に少女は上を仰ぎ、心中ギョッギョッと後退った。



でかい。見たことがないほどでかい。
190㎝以上はあるんじゃあなかろうか。
壁だと思ったのは、この人だったのだ。


「ひとつ尋ねたいんだが……この町で 『 東方 』 という姓の生徒を知らないか?」

「う~~ん……ちょっとわからないかも。都市の人口が230万人もいるから。ってミサカはミサカは正直に答えてみたり」


そうか、と再び地図に目を落とす男。


「ってあーー! こんなことしてる場合じゃないんだった! それじゃあね、ってミサカはミサカは」

「待ちな」


男の脇をすり抜けていこうとした瞬間、少女は首根っこを掴まれる感覚とともに急停止した。
しかし、『 おかしい 』。また 『 おかしい 』。
男は両手に地図を持っていたはずだ。少女を引き留めるなんてできないはずなのだ。
その 『 感覚 』 は一瞬のものだったため、少女が正体を突き止めることはかなわなかったが。
それよりもこの大男が次に何を言ってくるのかの方が少女にとっては重要だった。


「な、なに? お金なら……持ってないから迷惑料は払えないよ……ってミサカはミサカは恐る恐る言ってみる」

「……」


男は不本意そうに沈黙し、ポツリと――口癖のような気安さで――呟いた。


「……やれやれだぜ」





上条当麻は、戻ってきた友人の体を見て額を押さえた。


「…………何があったんでせうか?」

「――回答。猫を追いかけていたらこうなりました」


『 本体 』 ご自慢のリーゼントと改造学ランをボロボロにし、猫を脇に抱えて、自動書記は淡々と語った。


「すさまじい戦いだったのですね。とミサカはあなたの苦労をねぎらいます」

「はい。15㎝の小道に逃げ込まれた時は困り切りました」

「あ~~~ッッもー知らねえ、俺はなあーんにも知らねえからなぁ~~!!」


ただでさえ御坂と 『 ですの女 』(仮)にヘアースタイルをけなされて鬱憤が溜まっているのだ。
一に髪型、二に学ランの仗助が、この状況を快く思っているわけがない。
鏡の前でブチ切れる仗助としゃあしゃあと持論をぶつ自動書記、
ついでに 『 おなかへったんだよ~~ 』 と歯をカチカチさせるシスターまで
鮮明に思い浮かべてしまった上条当麻は、絶叫し、頭を抱えるしかなかった。
それに氷のような沈黙をもって二人は応える。


「……ううう」

「帰宅しないのですか。上条当麻」

「……する、します」


ふらふらと立ち上がるや、ポトンと何かを落とされる。
反射的にキャッチしたそれは、上条の腕の中で 『 にゃー 』 と鳴いた。


「ちょお! なんで俺が抱いてやらにゃーあかんのですか!」

「今のは 『 にゃー 』 と 『 にゃー 』 を掛けた高度なジョークですね」

「ははははは、とミサカは棒読み気味に笑ってあげます」

「おおぉい!? スルーされた!?」


サクサクと機械のような足取りで去る二人を、上条は慌てて追いかける。
この展開は……やはり俺に飼えと言ってるのか。そうなのか!?
今のままでも暴食シスターのせいで家計簿が赤くなっているというのにッ! 
こんなちっぽけなペットなんぞッ! 出費が、出費がぁ~~! と頭をかきむしる思いで猫を見つめる。



片手でまるっと持てそうな肢体も、つぶらな目もピンク色の鼻ブタも、そりゃあカワイイといえばカワイイ。
が、ガキの頃なんてみんなこんなものだろう。
先を考えるだに憂鬱だ。
まあ、インデックスは喜ぶだろうが……。
と、思った矢先、猫の体からピョンと何かが跳ねた。


「ノミィィイイーーー!!?」


投げ捨てるあたわず、上条は両腕を精一杯伸ばして猫と距離を取った。
先を行く二人が行進の 『 止まれ 』 のように規律正しく一時停止し、ゆっくりと振り向く。
そうだよな! 野良ならノミくらいもらっちゃってるよな!
さっそく伝染された気分だ。いや、気分でなく体がかゆい。


「ふ、不幸だ……」

「ノミ……ですか。とミサカは今気づいたといわんばかりに首をかしげます」


またピョンと跳ねた黒い影を、何かが空中でキャッチした。
いつの間にやら目の前に来ていた自動書記である。
器用、というか動体反射がケタ違いだ。
これも 『 スタンド 』 の影響か……。
自動書記はそれをビームでも出す気かというほど凝視して、


「本で見たことがあります。これは 『 ネコノミ 』 ……日本全国に分布し、寿命は2、3か月。
オスメスともに成虫は吸血し、オスが小さいのは 『 ノミの夫婦 』 の由来でもある――」


そのまま 『 味も見ておこう 』 とか言い出しかねないほどの興味津々ぶりである。


「ノミマニアですか。とミサカは問いかけます」

「いいえ。この自動書記は外界すべてに関心があり、追求したいと思っています。
――例示。ノミに吸血された際のかゆみは(蚊以上らしいですが)どの程度のものなのか、と……」

「やめなさい! わざわざ食わせようとするんじゃありません!」

「――警告」

「いいから! そもそもそんなもん掴むんじゃねー!」

「……」

「戻すな!」


ズボッと猫の体毛に手を突っ込んだまま、自動書記は 『 じゃーどうしろと 』 と言わんばかりに上条を見た。
上条当麻はやれやれと猫を地面に下ろして、


「勉強熱心なのは結構だけどよ、このノミ何とかしねーと家にはあげられねーぞ」

「!」


瞬間、御坂妹の顔が引き締まった。



(家にノミ避けまだ残ってっかなー。いや、あれはダニ避けだったか……?)


上条が記憶を探っていると、自動書記はかがんで猫を見て、


「――提案。セージなどでいぶしてはいかがでしょう」

「 『 いぶす 』 って……猫の香草焼きでも作る気かってうおぉぉおお!?」


刹那、小さな雷が猫に落ち、地面に体を擦り付けていた猫は、ピーンッと全身の毛を逆立てた。
同時にポインポインポインッと黒くて小さいものが猫の周りに飛び散る。


「特定周波数により、害虫のみを殺害しました」

「おお……」

「――今のは 『 ノミ 』 と 『 のみ 』 を掛けた……」

「よく気が付いたな。とミサカは男前度三割増しで答えます」


カカッと音のない稲妻が二人のバックで交差した。
また何かしら新たなつながりが生まれたらしい。
御坂妹は上条に視線を移した。


「念のため、制服は掃除機等で汚れを落とし、日に当てることをお勧めします。とミサカは助言を与えておきます」

「あ、ああ……だとよ、自動書記」


追いかけ回し、一番長く猫を抱いていたのは自動書記だ。


「――了解。『 本体 』 にも伝えておきます」



……十中八九、仗助が後始末することになるだろう。
インデックスといいこいつといい……居候って奴は、なんとも……、と頭を振り振り上条は猫を抱きなおす。

さてそろそろ寮だ、というところで上条は異変に気が付いた。
前方数メートル先(ちょうど、とある高校の寮の出入り口あたりか)に、見知らぬ人影が見えたのである。



体格は仗助以上に大きい。
190㎝はゆうに超えている。外人か、ハーフだろうか。
夏だというのに長いコートを羽織り、頭には学生帽に酷似した帽子。
インナー以外は上から下まで白尽くめの――なんというか――奇妙な格好の男だ。
白い服は夕日色に染まっており、その効果からか立ち姿がミョーに決まっている。
見たところ20代だろうか。教師には見えないし、家族か何かか。

と、ガン見する上条の視線に気づいたか、男の顔がこちらを向く。
そのやたらと鋭い一瞥に、上条は固まった。


「どうしました? とミサカは無駄にこわばったあなたの顔を覗き込みます」

「発汗とアドレナリンの異常分泌を確認。心理的ストレスに晒されているものと見受けます」

「い、いやぁ~~……」


男は何もしていない。
何もしてないしされてないのだが、上条は、男と目が合った瞬間、
ドンッ! と男の姿が眼前まで迫るような錯覚を覚えた。
今も背後に 『 ゴゴゴゴゴ…… 』 の擬音さえ見える。
なんと云うのだろう、この圧迫感は。
――――そう、『凄み』だ。

しかしなぜ自分が凄まれにゃならんのだ、ガンつけてたからか? ゴメンナサイッ!
とか何とか思っているうちに、男はこちらに向き直り、



「久しぶりだな、仗助」


と、よく通る低い声で言った。



「えっ?」

「知り合いですか、とミサカは問いかけます」

「この自動書記は」

「いや仗助の知り合いだろ」

「――警告。精神の障害を確認。修復中……」

「テンパるなテンパるな」


落ち着かせるようにポンポンと自動書記の背を叩く。
自動書記は虚を突かれたように一度まばたきしたが、フゥーッと息を吐いた。


「――完了」


しかし、仗助の知り合いだと?
このタイミングで出てくる、20代の、男の、仗助の知り合い。
と言ったら……


「もしかして、あんたが 『 承太郎さん 』 ですか?」


思ってたんと違う。ヘアー的な意味で。


「君は仗助の友達か?」


『 質問を質問で返すなあーーーっ!! 』 などと言えようはずもなく、上条はただ頷く。
だがこの人は 『 承太郎さん 』 だ。
八割方 『 承太郎さん 』 だ。


「明日こっちに来るって話でしたけど」

「前の用事がチョッピリ早く終わってな……少し早く着けた」


そして今、十割方 『 承太郎さん 』 だ。



「……マズイなこりゃ。まさかよりにもよって今日やって来なさいますとは」

「何が問題なのですか。とミサカはヒソヒソ話に無理やり加わります」

「あーなんつーか、こいつは人に対する態度が極端なんだよ、な?」

「――了解。その設定でいきましょう」

「設定とか言うんじゃねー!」

「謎は深まりますが、ここは深入りしないであげましょう。とミサカはミサカの寛容さをことさら強調します」

「ありがとうございます! おい自動書記。とにかく適当にやり過ごすんだ。口調には気を付けて」

「――了解。じょおたろーさぁ~~ん! 早く着くなら連絡してくれりゃーよかったッスに~!」


ダイヤモンドのような硬質さが一転、ゴムよりも柔らかくなった。
笑顔で距離を詰める自動書記に、『 承太郎さん 』 は無表情に一歩踏み出し、


「仗助………………















 歯ぁ食いしばれ」

「は?」



ボギャァァッ!

自動書記のほおげたに 『 承太郎さん 』 の拳が叩き込まれた。
自動書記は声もなく吹っ飛び、コンクリの地面にヘッドスライディングする。


「『 自動<ヨハネの> 』……仗助ェーーッ!」


あんまりにもあんまりな事態に、上条はその場を一歩も動けなかった。


「なっ……なっ……!」


パクパクと口を開閉し、『 承太郎さん 』 を指さす。
だが白装束男の涼しげな顔を見た途端、その 『 驚愕 』 は 『 怒り 』 に変わった。
こ、この野郎……ッ、知り合いを殴っておいて、何スカした無表情で突っ立っていやがるッ!
上条当麻は激情に震える拳を握りしめ――、



「何をするだァーーーーッ!! ゆるさんッ!!」



訛った。



「……」

「……」


沈黙が落ちる。
ほんのささいな 『 ん 』 の欠落で、こんなにも空気は微妙になるのだ。
御坂妹は対峙する二人を交互に見詰め、結局ぶっ倒れている自動書記の方へ駆け寄った。


「大丈夫ですか、とミサカは怪我の心配を言外に含んだ質問をします」

「ハッ! そ、そうだ! 大丈夫か 『 自動書記<ヨハネのペン> 』!」

「……」

「あれ!? 機能停止!? しっかりしろォォー!」


上条が揺さぶると、ようやく自動書記は動いた。
虚空を見つめたまま、ゆうーっくり赤くなった頬に触れる。


「――警告」


そしてグリリィッと指をくいこませた。



「第十五章第二十三節。『 痛み 』 こそ 『 生 』 のあかしである。
この 『 痛み 』 あればこそ 『 喜び 』 も感じることができる……これが人間…………
この自動書記は今 『 人間 』 を実感しています。
こんなスゴイ体験ができるとは――僥倖。グフフフ……――僥倖」


「……。とミサカは絶句します」

「……なんてヤツだ」



上条は呆れ顔で自動書記を見下ろした。
この理不尽な事象も 『 追及モード 』 の自動書記にとっては、
『 侵害性刺激による痛覚神経反応 』 やら 『 それによる脳内麻薬の分泌 』 を確認できるビッグチャンスでしかないのかも知れない。
ある意味強いが、ちょっとねぇーぞ。


「仗助」


ズシンとしたバスが再び名を呼ぶ。


「なんで殴られたかはわかるな」

「――……」


自動書記は瞳だけを 『 承太郎さん 』 に向け、



「――回答。共有する記憶を検索した限りでは、殴打される理由は把握できません」



素で答えた。



『 ウワァーーーアーーアアーー 』 と一人狼狽える上条。
彼は 『 承太郎さん 』 がうさんくさそうに眉を寄せるのを目撃した。


「……ちと強く殴りすぎたか」


気を取り直すように帽子の鍔を引く。


「明日また来る。それまで何から話すべきか考えとけ」

「――了解」

「ちょっと待てよ!」


あっという間に背を向ける男を、上条は慌てて引き留めた。


「まさかって感じだがなぁ、このまま帰るつもりかよ、あんた! 俺たちに何の説明もなく! 
いいかよ、俺は仗助の友人だ! 友人が理由もなくぶん殴られたとなっちゃあ、黙ってるわけにはいかねーぜ!? 俺は!」

「……上条くん」


『 承太郎さん 』 は声を荒げることなく返答する。



「君の気持ちを無視するようで悪いが、これは俺と仗助の問題なんでな……。黙っていてほしい」

「ってめぇ!」

「仗助、明日だ。明日お前の部屋に行く」


言うや否や、呼び止める間もなくさっさと去っていく後姿。
それがミョーに決まっていて、上条当麻はぐぬぬとうめいた。
御坂妹はわずかばかり唇を尖らせ、


「あの人とあなたは初対面ですよね。とミサカは質問します」

「それがなんだよ」

「なぜあなたの名前を知ってるのでしょう。とミサカは単純な疑問を呈します」

「……!」








「何なんだよあの人はッッ!!」

「……朝っぱらからよぉー、押しかけてきてそれかよ」


仗助は呆れたような顔で応じた。
その頬には真っ白な湿布が貼ってある。
それを見るにつけ、上条はのどの奥から怒りがせり上がってくるのを感じた。


「いや、なんでオメェがそんなに怒んだよ」

「当たり前だろうが、あんな理不尽! 俺の目の前で!」

「玄関先で騒ぐなよォ」

「仗助!」


そこで一旦、上条は憤懣やるかたなしの心を抑えつけた。


「なんだかんだ言ってたけど……お前だってあんなことされる心当たりねーんだろ?」

「んーアァー……」


仗助は途方に暮れたように空を仰いだ。
それから 『 入れ 』 と言う代わりに、ドアを大きく開ける。


「……いや、心当たりっつーか、そうかもなーってのはねぇこともねーんだけどよぉ~~」


仗助はゴニョゴニョそう言うと、鏡の前に立つ。
何をするかと思ったら、両手を髪に添えて丁寧に整え出した。



「だからって何の説明もなく殴るか? 普通ッ」

「あーいう人なんだよ。ヤベーことすっとああやって叱られんの」

「それが当然だと思ってんのか!? ちょっとまずいぞそれ!」

「怒鳴んなってェ」


仗助はイーッと、嫌そうに耳をふさぐジェスチャーをした。


「普段は口で終わるってトーゼン。だから今回は手が出るほどマジーことしちまった……てワケ」

「だから! 有無を言わせずぶん殴るって時点でオカシイだろうが!」

「だからそーいう人なんだよ」

「どういう人だ! なんだ一体! どんな流儀だ! 元ヤンかヤクザ上がりかあの人わッ!」

「……当麻よぉ~~」


ハッ、と上条当麻は我に返った。
自分にとってどうあろうと、『 承太郎さん 』 は仗助の大切な人間なのだ。


「あ……悪い。なんていうか……言い過ぎた。熱くなって……悪い」

「…………おめーってホントにオセッカイ焼きだよなぁ~~嫌いじゃあねぇーけどよ」


仗助は鏡を見たまま続けた。


「でもよ、俺は承太郎さんを 『 信頼 』 してんのよ。承太郎さんは論理的じゃねーことをする人じゃあねー。
……もしも当麻の言う通り、大した理由もなく手ェあげたっていうんなら、それは俺の 『 信頼 』 が裏切られたってことだぜー」


仗助はどこからか櫛を取り出して、慎重な手つきで櫛目を入れる。


「俺は 『 そんなことはありえねー 』 って確信してる。実際ヤベーことした自覚はあるしよぉ~~」

「だから、その 『 ヤベーこと 』 ってのは何なんだ?」

「ん、ンー……」

「いや、言いにくいことならいい」


それに 『 承太郎さん 』 とやらが来ればわかることだ、と上条当麻は思った。



「ただし、だ。もしそれが納得できねえような理由だったら……俺は今度こそ思いっきりあの人を殴るぜ。いいな? 仗助?」


すると仗助は、微妙な形に口元をゆがませた。


「おめーってよォ、よく他人のことでそこまで熱くなれるよなァー」

「他人じゃねーよ。……ダチだろ?」


仗助は虚を突かれたように動きを止めたが、鏡とにらめっこをするのをやめ、上条を振り返った。


「おめーってホント、そーいうこと言うの恥ずかしくねーのかよぉ~~……?」

「う……さすがにクサかったか?」

「いや~すっげー共感できるんだけどよぉ~~……言葉に出されるとこっちが恥ずいっつーか」

「マジかー? 結構日常的に言ってるよ俺?」

『 ――問題 』

「うわビックリしたぁぁ!!」


鏡の声に上条当麻は飛び上がった。
よく見れば、鏡は仗助の後頭部ではなく顔を映し出している。


「どこの気づくと怖いホラーだ!」

「オイおめー、一応言っとくけどよォォ~~承太郎さんが来ても話しかけんなよ?」

『 なぜですか。私はあなたを取り巻く環境を把握する必要があります 』

「ウソつけ。おめーが面白そうだからだろ」

『 …… 』



『 彼は一度あなたを攻撃しています。それでもなお、彼を敵性人物でないとする合理的な理由を説明してください 』

「その話さっき終わったぞ自動書<ヨハネのぺ――>」

『 ――と、この自動書記は要求します 』

「記<――ン>?」


上条当麻はポカンと口をあけて鏡を見た。
ついでに首も傾げる。
仗助もキョトーンと目を丸くしている。


「お前……それ、ひょっとして御坂妹のマネ?」

『 ユーモアの研究です。と、この自動書記は報告しました 』


上条当麻は何と反応して良いやらわからず、結局乾いた笑みを浮かべた。
同時、仗助が小さく噴き出す。
自動書記の瞳が右、左と動き、中央に戻る。


『 意見がおありなら…… 』

「ない! いや、意見じゃなくてお前のそのキャラ付けは絶対にねぇ!」

「いやぁ~~? 俺はいいと思うぜ、お前らしくってよぉ~~」

「いやいやいやいやいやいやいやいや、上条さんの思うところ深刻なキャラかぶりが発生しますぜ? ただでさえ弟設定作っちまったっていうのに!」

「似たモノ同士ってことで、セット価値がつくかもしんねーぜ」

「誰が得するんだよそれ!」





「話してるところ失礼するぜ……インターホンが壊れてたみたいなんでな」


唐突に現れた気配に二人は硬直した。


『 ――け 』


仗助の手が速やかに鏡を伏せる。
『 ぃこく…… 』 とくぐもった声がフェードアウトする。



「お、お久しぶりッス、承太郎さん……」

「昨日会ったぜ」

「そうでしたッス、ハイ」


ギクシャクと頭を下げる。
上条も倣って頭を下げる。


(なんでピンポン直してねーんだよぉぉぉーー……!!)

(部品がねーもんは直せねーんだよぉぉぉ~~……!!)


ついでにしのび声で会話する。
『 承太郎さん 』 は後ろ手にドアを閉め、帽子に手をかけた。
脱ぐのかと思ったが違った、鍔を引いて目元を隠した。


「朝っぱらに来て悪いな。スケジュールが詰まっていたんでな」

「いえいえそんな! とんでもねーッス! あっ茶ぁ淹れますよ茶ァ」

「いやいい。どうせすぐに出る」


帽子の陰から覗く目が、チラリと上条をかすめる。
先日のような威圧感はないものの、どこか探るような視線に上条はピリリと神経が張り詰めるのを感じた。


「どうも……上条当麻です。……昨日はどうも」

「空条承太郎だ」


よく言えばクール、悪く言えばそっけなく返される。
承太郎は数歩で廊下を踏破すると、ぐるりと部屋を見渡した。


「お前のことだからまだ荷解きも完璧じゃねーだろうと思ってたが……そうでもなかったか」

「あっ、ホントだ」

「バッ、当麻ッ!」

「あっ」


口を押さえるがもう遅い。
おそらく昨夜のうちに済ませたのだろう。
段ボールの山のない、普通だがどこか空々しい空間で、空条氏は沈黙した。


「……まあいい。仗助、俺に何か言う事があるんじゃあねぇのか」

「ハイっ」


と、言ってから仗助は途方に暮れたような顔になった。
わからねえなら返事すんなよ。上条は言葉でなく心でツッコんだ。



「どうした。『 ハイ 』 だけじゃあわからねーぜ」

「あ……あー、そのォ~~もしかして、この前の手紙と関係ありまスか?」

「……言わねえとわからねえか」

「わかり……まスん」

「何だ?」

「わかりますッス!」


なんて言葉の足りねー人だ、と上条当麻は愕然とした。


「あのー、割り込むようで悪いんですけど、空条さん。仗助は 『 それ 』 が本当に怒られている理由なのか、確信がないんですよ」


言って上条は後悔した。
仗助がさっと青ざめ、承太郎の顔から表情が抜け落ちたからである。


「 『 ない 』。だと?」

「スッ! スイマセン! もーそれしかねーことは分かってます!」

「そうか」


ブツ切りの返事。
これはまた殴られる展開か、と上条がうかがえば、承太郎は思ったより穏やかな顔をしていた。
次に何を言おうか考えあぐねているようで、宙を見ながら帽子の鍔を叩いている。
そこで完璧に上条は 『 承太郎さん 』 のなんたるかを見失った。
何を考えてやがるか全然わかんねー! さっぱりわかんねーぞッこの人ッ!



「余罪でもあるのかと思ったぜ……まあ、お前の考えてるので合ってると思うぜ」


承太郎はコートのポケットから紙切れを取り出した。


「先日、俺のところに請求が届いた」


仗助の目の前に突き付ける。


「一週間で 『 120万 』。テメーの使った金だぜ、仗助」

「ひゃっ……」






「くにじゅうまンンンーーーーッ!!?」


待て……。今この人、なんて言った? ひゃくにじゅうまん? 
極貧の上条さんには意味不明ともいえる額のカネを、目の前の同級生が使い込んだというのか……ッ!?
理解するや、上条は我も忘れて仗助にむしゃぶりついた。


「おおぉっお前! どこにそんな金があったんだよ! 学生だろー!?」

「あー、ちょっとカードを……な」

「 『 な 』 じゃねぇぇええーー!!」


そりゃ殴られるわ! と仗助の襟首を揺さぶる。


「誰が払うと思ってんだこの大馬鹿野郎! 謝れ! 今すぐ!! 謝れば済むってもんじゃねーがとにかく謝れ!!」

「ス、スンマセンでしたーッ!」

「まあ待て」


一緒に土下座せんばかりの勢いの上条を、承太郎は片手で制止する。
二人は平伏一歩手前の体勢で上を仰いだ。



「問題なのは、だ。一体 『 何 』 にこんな大金つぎ込んだかって話だぜ。
最初はパチンコでスったかブランド物でも買いあさってるかと思ったが……どーもお前のキャラに合わないんでな」


上条当麻は思い出す。
ここ最近、仗助の周りにモノが増えたか、急に金回りがよくなったりしてないか……答えは否だ。
だから気づかなかったのだ。


「ならタチの悪い友人でも作ったかと思ったが、違うらしいしな」


どうやら自分も容疑者だったらしいと上条は冷や汗をかいた。


「で、だ。使用履歴を調べてみたところ、ほとんどが飲食店での支払いだった。
しかもファーストフードやらファミレスやらの庶民派の店ばかりでな……そこで毎日15万円以上飲み食いしてたってことになるが……」


上条当麻は嫌な予感に震えた。



「で、『 誰 』 なんだ? その健啖家は」





「じょうすけじょうすけ~~、朝起きたらとうまがいないんだよ! 
だからいつもみたいに朝ごはんに連れてってくれたら嬉しいかも! 
…………ってあれ? とうま? なんでそんな泣きそうな激怒しそうな何とも言えない顔をしてるのかな? 
えっえっ、なんで近づいて……にゃぁぁーー!!?」





いつだったか……そう一昨日だ。
やけにインデックスが仗助に懐いていると感じた。
何か 『 あった 』 のかと思った。
『 あった 』 のだ。
自分が補習で家を空けている間に、インデックスが仗助を特別視するほどの 『 何か 』 が。






「すいません、すいません! 本当にウチのバカが申し訳ない! 食べ物のこととなると見境なくなるんです! 
こちらの管理不行き届きです! 本ッッッッ~~~…………当ッ! に、すみませんでしたー!!」

「あうあうあうあう……」


後頭部を掴まれて何度も頭を下げさせられて、いまだ事態を呑み込めていないインデックスは半泣きである。
だが泣きたいのはこっちだ、と上条は思った。


「当麻ァ~……俺が無理やり巻き込んじまったんだからよォ、そう怒らねーでくれよ」


ボソボソ口をはさむ仗助は、現在正座している。


「フッ……こいつが巻き込まれただと?  ち が う ね ! こいつは間違いなくノリノリだったッ!」

「だって、だってぇ……」

「だってもクソもねえ! 毎回十万単位の会計してたら 『 ヤバいかな? 』 って思うだろうが普通!」

「だって、円はわかりにくいんだよ」

「こういう時だけガイジンさんになるんじゃねー!」

「ごご、ごめんなさいなんだよ……」


とうとうポロポロ涙をこぼし始めたインデックスに、上条はうっと詰まった。
インデックスはつっかえつっかえ、


「次からは、うくっ、ちゃんと、ぐしゅ、とうまも、一緒にご飯するんだよ……」

「ちがーう」


くどいようだが、インデックスはいまだ事態を呑みこめていない。



「さて仗助。『 誰 』 がわかったら次は 『 なぜ 』 だ」

「ハイ……」

「 『 ハイ 』 じゃあねーぜ。なんでこんな馬鹿やらかした?」


それだ。と上条は思った。
上条当麻の知る限り、東方仗助は馬鹿ではない。
少々お調子者のきらいはあるが、人の金を使い込むことがどういうことか、わからない奴ではないはずだ。
仗助はしばらく沈黙していたが、不意に拗ねたような顔になってあさってを向いた。



「だから…………『 あの人 』 の金なら使っちまってもいいかなって思ったんスよ……」



瞬間、承太郎の手の甲が仗助の頬を打ち据えた。
予想はしていたのか、仗助は少しよろめいた程度で体勢を整える。


「 『 ジジイ 』 に関しちゃ俺は何も言えねーが……テメーの事情に人を巻き込むんじゃあねえ」

「……ハイ」

「 『 ハイ 』 じゃあねぇと言ってるんだ」


仗助は一度下唇を噛むと、上条とインデックスに向き直って深々と頭を下げた。


「インデックス、本当にスマン。当麻も、巻き込んで悪かった」


時が止まったような空間で、動いたのは承太郎だった。
大きくため息をついて立ち上がる。


「……上条くん、悪いがこいつを借りてくぞ」

「えっ」


と問い返したときには、もう承太郎が仗助の襟首を掴んでいた。


「じょ、承太郎さん、この後予定詰まってんじゃあ……」

「テメーに拒否権はねえ。とっとと歩きな」

「はひっ」


悲鳴のような返事と共に仗助はワタワタと玄関に向かう。
バタン、と扉が閉まって、上条は圧迫から解き放たれたかのように大きく息をついた。


「じょうすけ……誰に連れてかれたの? どこ行くの?」

「さ、さあな……」

「内臓売られちゃったりしないよね?」

「めったなこと言うもんじゃありません!」

「だってあの人怖かったんだよ!」

「怖かったけどよ!」


祈るしかないな……無事を。
上条は心の中で友人に合掌した。






朝からそんなことがあったせいで、補習の内容は全然頭に入ってこなかった。
いや、いつも真面目というわけではないが。真面目ではないので、補習なんてやっているのだが。


「しっかし、120マンか……」


思い返すもすさまじい数字である。


「えっ、ナニナニ?」

「何が120なんだぜい?」

「いや、エンゲル指数の話」

「ん?」

「にゃー?」


果たして優秀なパトロンを失ったシスターは、我が家の慎ましい生活に耐えられるのだろうか……?
いやそれより、仗助は生きているだろうか。マグロ漁船に乗せられてても、空条さんなら違和感ねーぞ。
いやそれより……。
上条当麻は机に突っ伏したまま考える。
『 あの人 』、ってのは誰だ?
空条さんは 『 ジジイ 』 と呼んでたが……なんでその人のカネだから使っちまったんだ?
仗助はその人のことが……


「もうー! 三人とも! ちゃんと聞いているのですかぁ?」


小萌担任のかわいらしいぷんぷん声で、上条当麻は我に返った。
甲高いボイスに青髪ピアスはウフフと花を咲かせ、土御門は、


「って言われてもにゃー」


と肩をすくめる。


「聞いても伸びないものは伸びないのにゃー」

「僕たち、レベル底辺組やからなー」

「むうう……でもでも! 力がないからって諦めてしまっては、伸びるものも伸びないのです! 
学園都市の第三位、常盤台中学の御坂さんなんて、元はレベル1なのに、がんばってがんばって、レベル5まで上り詰めたのですよ」

「第三位って……あれが?」

「あれれ、上条ちゃん、御坂さんとお知り合い?」

「……いや、別に」



上条当麻は東方仗助を知らない。
人となりは知っているが、個人情報となるとさっぱりだ。
なぜ学園都市に来たのか、空条承太郎とはどういう関係なのか。それさえ知らない。
逆を言えば、知らなくても友人としてやっていけるのである。
仗助の方だって自分がどんな家族構成かとか、実はかわいがっている従姉妹がいるとかなんて知らないし、興味もないだろう。
そう。たとえば、顔を合わせるたびバトルをしてても住所メルアドその他を全く知らない――ビリビリ中学生と俺の仲のように。
と、上条は思う。

なんでそんな思考を回したかというと、目の前に御坂美琴がいたからである。
しかも常にはない様子で、夕日を見てたそがれている。



「よっ」

「……」


御坂美琴は愁いを帯びた表情のまま振り向いた。


「ああ、あんたか……」



「私、あの飛行船って嫌いなのよね」

「……なんでだよ?」

「機械が決めた政策に、人間が従ってるからよ」

「機械……? ああ、なんだっけ……えーっと…………『 樹形図の設計者<ツリーダイアグラム> 』、だっけか」


――『 樹形図の設計者 』。

気象データ解析という建前で学園都市が打ち上げた人工衛星。
おりひめ1号に搭載された世界最高のスーパーコンピュータ。
あくまで噂だが、学園都市の研究を予測演算させてもいるそうである。
という説明を、御坂美琴はカンペもなしにすらすらと述べてみせた。



「……機械が決めた政策、ねえ……」

「どーせあんたは、『 いくら世界一ィィのコンピュータでも人の命令なしには動けないだろー 』 とか考えてるんでしょうけど」

「……いや。自我を持っちまう可能性は……なきにしもあらずかと」


言いつつ上条が思い浮かべたのは、もちろん自動書記だった。
美琴は少し驚いたような顔で上条の顔を見る。


「ふーん。何? あんた二次元と恋できるとか思ってる方?」

「なんでそうなる」


御坂美琴は声を出さず笑った。
妙に乾いた笑みだったが。


「……つーか、お前聞かねえの? あの時の詳細やらなんやら」


正直、顔を合わせた瞬間問い詰められると思っていたが、
ダンやアウレオルスの件について、あれから美琴が口にすることはない。



「……いいのよ。あんたらだって、人には言いにくい事情の一つや二つ、あるんでしょ。だったら無理して聞かないわよ」


やけに物分かりがいい。ものすごい違和感。いつものビリビリさんじゃない。
と、思っていたらチョップが降ってきた。


「いいっ!?」

「何考えてんのかわかるのよ、この馬鹿! 人がせっかく……」

「おお、やっと俺の知ってる美琴さんが帰ってきた」

「は……はぁ!?」

「いやお前にもそういう時はあるんだろーとは分かっちゃいるんだが、どうもやり辛くってですね……あれ?」

「もういい! 私こっちだから!」

「おう、またなー、ビリビリ中学生ー」

「御坂美琴!!」


ズンズン大股で去っていく後ろ姿に、まあ少しは元気になったかな、と上条は安堵した。




そして帰路についた上条は、再び御坂美琴と出会った。
いや、もう騙されないぞ、と上条は傍らに置いてある軍用ゴーグルを見て頷く。


「うっす御坂妹。昨日はノミの件、サンキューな」

「感謝の言葉が目的ではありません。とミサカは返答します」


うつろな瞳がキョロリと動いて、


「今日は、彼はいないのですね。とミサカは確認します」

「ああ……ま、色々あってな」

「先日殴打されたことが関係しているのですか。とミサカは重ねて問います」

「あると言えばあるけど、大変なことにはなってねえから安心しろよ」

「そうですか。とミサカは納得します」



「お前、また猫に構ってんのか」


御坂妹は段ボールに入れられた子猫(今度は黒猫だ)に菓子パンをやっていた。
いや、やる寸前の体勢のまま固まっていた。


「何だ、それあげないのかよ?」

「ミサカにはこの猫にエサを与えることは不可能でしょう。と結論付けます。
ミサカの体は常に微弱な磁場を形成します。人体には感知できない程度ですが、他の動物だと異なるようです。と、ミサカは補足説明しました」


見ればなるほど、猫は丸まって怯えていた。


「ふーん?」


御坂妹はすっくと立ち、上条を見据えた。
なんだろう。次のパターンが手に取るようにわかるぞ。


「このままだと保健所に」

「待て」


上条当麻は片手を突き出した。



「……みなまで言うな……みなまで」



どう予知しても突っぱねる自分が見えないのが悲しかった。



道連れが一人と一匹増えた帰路にて、上条当麻は大きくため息をついた。


「しかしなー……1匹はともかく2匹だと相当状況変わってくるぞー……」

「……」

「そんな目で見るな。ちゃんと飼うって。ただ……世話をするのがあの暴食シスターになるからな」


上条当麻は本屋の前で足を止める。


「正しい知識を仕入れてやらねばいかん。ので、ちょっと寄ってくぞ」

「構いません。待っています。とミサカは」

「ん? そういえば猫を抱えたまま店に入って大丈夫かなァー?」

「……畳み掛けるようなあなたの口調に意図を感じますが、こちらに預けるのはご遠慮ください。とミサカ……!」


語尾が終わらないうちに、上条は軽く猫を放り投げた。
御坂妹は目を見開いて口をあける。ちゃんと驚いた表情もできるようだ。
御坂妹は一歩踏み出すと、宙でしっかり猫をキャッチした。


「一体……どんな神経で子猫を投げることを良しとしたのですかとミサカは強く非難します」


言いつつ子猫を抱きしめる御坂妹に、上条は笑いかけた。


「磁場の出る体質のおかげで猫に嫌われてるって? ならばその壁を乗り越えてこそ、真の友情が芽生えるってもんだろ?」


まだ何か言いたそうな御坂妹に背を向け、上条は店内に入っていった。
さて、インデックスのためにもわかりやすく超超初心者向けのを……っつーかアイツ日本語読めるのか?
読み聞かせは勘弁なんだがな……絵本はあるか。
悶々としながら一冊とって、会計を済ませて出ていくと御坂妹の姿は消えていた。



代わりに黒猫が足元に 『 おすわり 』 している。


「あいつ、どこ行ったんだ?」


見渡せど、周囲に彼女らしき人物はいない。
ひとまず猫を抱えて、通りを探してみるかと踏み出したとき、
ふと。上条当麻は違和感を覚えた。
向こう側の通り。ビルとビルの間の薄暗い空間。
そこにどこか、日常とは切り離された空気を感じ取ったのだ。どこかいつもと違う 『 におい 』 を。
よくよく目を凝らせば黒い小さな塊が転がっている。
上条は歩道を渡り、その道に足を踏み入れた。
塊の正体はすぐわかった。ローファーだ。
ありふれたデザインのそれが片方だけ転がっていた。


「なんだこりゃ……国道に軍手落とす業者さんの仕業か……?」


更に足を進めていく。
その分だけ空気が重く、冷たくなっていくように上条は感じた。
ローファーのもう一方は更に奥まったところで見つけた。
まるで脱ぎ捨てられたような風情で、こちらを向いた靴底には黒っぽいシミがついている。
周囲には無数の、


「銃弾……?」


の、ように見えるが気のせいだろう。
さらに歩を進め、ビルの裏手に回ったそこに、『 それ 』 はあった。



「みさ…………か……?」



赤黒く染まった白いソックス。
『 ずたずた 』 に避けた肩口。胸にまで飛び散ったシミと、うつろな瞳。
仰向けにぐったりと、腹をかばうような格好で倒れている。
声が出なかった。
自然と呼吸が荒くなり、冷や汗が噴き出す。
上条はじりじりと後退りし、とうとうその場にうずくまった。
あまりの現実にヘドをぶちまける寸前だ。
猫がいつの間にか腕の中から抜け出して、トコトコとそれの方へ進んでいく。
みゃー、と鳴く。


「…………う、」

「! 御坂!?」

「……あ、ああぁ、あああ」

「御坂妹!!」

「あぁ、ああぁ」


子猫の声で意識を取り戻したようだ。
しかし苦痛はひどいらしく、うつろな目のまま血の海の中をのたうち回る。
上条は彼女のそばに駆け寄った。
どこか冷静な心が 『 触るな 』 と叫ぶが、無視して抱き起こす。
そこで上条はますます御坂妹の 『 ヤバさ 』 を実感せずにはいられなかった。
体が氷のように冷たい。
出血も止まらない。生きている。だがほんのちょっぴりだけだ。このままでは死ぬ。確実に死ぬ。
どうすればいい。どうすれば――。

上条は携帯を取り出すと番号を呼び出した。
出ない。3コール経っても出ない。こんな時に出ない。
イライラと体を揺らしていると、不意に呼び出し音が途切れた。


『 ……もしもしィ? 』



「仗助か!? すぐに来てくれ! 御坂妹が死にそうなんだよ!」

『 …… 』


戸惑うような沈黙が答えた。


『 何だってェ~~? 待てよ当麻、俺にもわかるよーに言え 』

「説明は後だ! 通学路の本屋の向かいのビルの裏にいる!! 早くしねーと本当に死んじまうぞ!!」

『 ……すぐ行く 』


ガタン、と受話器の向こうで雑音がして、完全な沈黙だけが残った。
上条当麻は自分の心臓の音を聞いた。とんでもないくらい近くで大きく、うねるように脈を刻んでいる。
呼吸音もやけに響いた。


『 ――条 』


ハッと正気付く。
電話はまだ切れていない。


「まだか!? 早く来てくれ! 血がずっと流れ続けてるんだよーー!!」

『 上条くん 』

「あ、あれ!? あなた、ええっと、空条さん!?」

『 大丈夫か。状況は 』

「わからねーんです! とにかく、さっきまで元気だったのに御坂妹が血まみれになってて!!」

『 落ち着け 』


ズシンとくる低音に、上条当麻は思わず口をつぐんだ。
たっぷりと間をあけて、再び承太郎の声が聞こえてくる。


『 ……もう一度聞くが、そこはどこだ 』

「ビルの……通学路にあるビルの裏です」

『 周りは誰もいないか? 』

「まっ……!」


上条は慌てて周囲を見渡した。
そうだ。もしこれが傷害事件なら、まだ犯人は近くにいるかもしれない。


「周り、は誰もいません。無人です……たぶん」



『 怪我人は、息はしているか 』

「してますけど、切れ切れで……体も冷たくて意識もあるのかないのか……!」

『 怪我は? 』

「体中です!」

『 ……救急車を呼ぶ。止血はできるか 』

「わかんねーですよ!! どうやればいいかわからねえ!! なんでこんな」

『 落ち着け 』


二度目の忠告に、上条は自分の息がさっきよりも上がっていることに気が付いた。


『 こういう時はまず落ち着くことを第一に考えろ。技術は二の次だ 』


上条は、腕の中で朦朧とする彼女を見た。
視界がかすんでいるのだろう。鈍い光を瞳に宿し、ゆらゆらと焦点定まらぬ様子でこちらを見つめている。
薄く唇が開く。と、ゴボリと音を立てて御坂妹が吐血した。
返り血が頬にかかり、得体のしれない恐怖に逃げ出したくなる。


「うっ…………ッ!」


現実に圧倒されそうになる精神を、上条はすんでのところで奮い起こした。
落ち着け、落ち着けと言い聞かせ、ゆっくりと息を吸って、吐く。


『 俺が指示する。君はなるべく正確に状況を伝えるんだ。……いいな 』

「はい……やれます」


上条は、その細い体を抱き寄せた。



結論から言うと、御坂妹は助かった。
仗助の 『 能力 』 で傷は完全に塞がり、救急隊員も輸血さえすれば命に別状はないと言っていた。
救急車が去っていった途端、上条は体中から力が抜けるのを感じた。


「あ゛ーーー!! もうだめだ、死ぬかと思った、俺がぁーー!」

「こっちこそシンゾーが止まるかと思ったぜ~~」


汗だくの仗助も、傍らにケツを落とす。
ようやく日常に戻ってこれたことに、上条は心の底から安堵した。


「しかし、まさかノーヘルでバイク飛ばしてくるとは……あれ、承太郎さんのか?」

「いーや、借りた。承太郎さんが 『 借りた 』 のを 『 借りた 』 」

「置いて来てよかったのかよ?」

「いーんじゃあねぇーのォ~~?」

「つーかお前免許持ってたっけ」

「承太郎さんだって二輪は持ってねぇーぜ」

「えっ」


えっ、つまりどういうこと? と回りかけた思考を、上条は強引に止めた。
暗部に関わってしまう気がしたからだ。


「じゃー、俺承太郎さんに報告しに行くからよォ……」

「ああ」


上条は軽く息をつき、前を向いた。


「俺も……行くところがある」





なぜ、御坂妹は襲われなければならなかったのか。
犯人は逃げており、現場にも手がかりらしい手がかりはなかった。
じゃあもう自分にできることはここまで。
捜査は 『 警備員<アンチスキル> 』 の仕事だろう。
だが上条は、とある一つの疑念を振り払うことができなかった。
もしかして、御坂――美琴は、御坂妹が襲われることを知っていたんじゃあないか、という疑念である。


 『 あんたらだって、人には言いにくい事情の一つや二つ、あるんでしょ 』


そう、あの言葉が引っ掛かっている。
『 あんたらだって 』。御坂美琴は確かにそう言った。

これは自分の周辺でも異変が起きているという、遠回しな告白だったのではないか?
思えば一昨日御坂妹に出会った時も、美琴の様子はおかしかった。
あのころから彼女は 『 何か 』 に苦しんでいたのではないか?
御坂妹の件で苦しんでいたのでは?


「……それか、現在進行形で苦しんでるか、だな」


実のところ、上条が最も恐れているのは、そこのところなのである。



「……やっぱりあなたでしたのね」


そしてやって来た常盤台の学生寮。
インターホン越しのエレガントな喋り方は聞き覚えがあると思っていたが、やっぱり彼女だった。


「お前は確か……おとついの公園で」


急に出たり消えたりした、


「申し遅れまして。わたくし、お姉さまの露払いをしております、白井黒子と申しますの」


黒子はベッドに寝転がったまま、すと軽蔑的に目を細めた。


「それで、何の御用ですの? まさかあの後お姉さまと過ちを?」

「ないない、それはない」

「でしょうね」


ふ、とお上品にあざ笑われる。


「お姉さまはまだ帰ってきておりませんの。待つのでしたら、そのベッドに腰掛けてくださいませ」

「いや不味いだろ、さすがに」

「御心配なさらずに。そちらがわたくしのベッドです」

「は?」


事情を呑み込むのに時間がかかった。
つまりこのお嬢様然としたお嬢様は、敬愛するお姉さまのベッドの上でゴロゴロし、さらには枕に顔を押し付け残り香を楽しんでいる、ということか?
何やら百合の香かほる事態なのですが……!


「なに呆然としてますの? 人間だれしも 『 誰も見てなきゃあこれぐらいオッケー 』 という基準を持っているものですわ」

「 『 ですわ 』 って言われてもなぁ……」

「それであなたは、普段からお姉さまと頻繁に諍いを起こしてる殿方でよろしいんですの?」

「は?」



「……違うならそれで構いませんの。お姉さまの『支え』となってる方のお顔を少しばかり拝見してみたいと思っただけですから」

「 『 支え 』 ?」

「ハッ! こッ! この靴音はッ!」

「え?」

「寮監の巡回ですわッ! 常盤台の女子寮に殿方がいるなんて知られたら大変なことに……ちょっと失礼しますわ!」


言うなり上条の肩に触れる。


「……」

「……」


しかし何も起こらなかった。


「なんでテレポートしないんですの!?」

「あ~~……たぶん俺の 『 右手 』 が」

「仕方がありませんわ! ベッドの下にでも隠れていてくださいませぇ~~!」

「あだだだだ! 無理! 無理があるってこの隙間は!」


問答無用とばかりにぎゅうぎゅうに押し込められる。
なんとか入り込んだ途端、部屋の扉が開く音が聞こえた。
ギリギリセーフ、か……。
一息ついた、その時上条は先客に気が付いた。

やたらとでかいぬいぐるみである。
片目を眼帯で隠し、あちこち包帯だらけという個性派の。
それが 『 ワレ誰に許しもろてきてんのじゃオラァ 』 と言いたげにつぶらな瞳で見つめてくる。
あまり長居はしたくないな……と、そこでぬいぐるみにファスナーがついていることに気が付いた。
『 開けジッパー! 』 とばかりに引き下ろす。
なぜと言われても、そこにボタンがあれば押すし、紐があったら引っ張るだろう。その程度の衝動だ。
中には書類らしきものが押し込められていた。

均等に並ぶ文字の中、『 妹達<シスターズ> 』 という単語が、妙に目を引いた。







寒々しい夜の橋梁で、御坂美琴はぼんやりと虚空を見つめていた。


「……どうして……。…………どうして、こんなことになっちゃったのかな……」


呟けど、答える人はいない。
今も脳裏に焼き付いている記憶がよみがえる。
生々しい虐殺の記憶。届かない自分の手。
残酷に笑う、あの――


「助けて……」


「助けてよ……ッ」



誰に向けてのものかもわからない言葉は、風に流されて消えていった。
みゃー、と鳴く声が届く。
ハッと足元を見ると小さい猫が足元で 『 おすわり 』 していた。


「ネコ……?」

「おい」


聞き覚えのある声がかかった。
一歩一歩、踏みしめるような足音と共に、ツンツン頭の青年が歩み寄ってくる。
表情は固い。


「お前……何やってんだよ」


その強い口調に御坂美琴は一瞬詰まったが、すぐ何でもないような顔になった。


「どこで何をしよーが私の勝手でしょ。
私はレベル5の 『 超電磁砲<レールガン> 』 なのよ? 
夜遊びした程度で、寄ってくる不良なんて危険のうちに入らないし……そもそも」

「やめろよ」

「はぁ?」

「――『 絶対能力進化<レベル6シフト> 』 」


御坂美琴はピクリと反応した。いや、ビクリかもしれない。



「 『 樹形図の設計者<ツリーダイアグラム>を用いて予測演算した結果、
 128種類の戦場を用意し、128回、超電磁砲<レールガン>を殺害することで、
 一方通行<アクセラレータ>はレベル6へ進化することが判明した。
 超電磁砲<レールガン>は128人も用意できないため…… 』 」


御坂美琴は動けなかった。
彼が、この男が! なぜそれを知っている? いや、知ることができた?


「 『 ……再演算の結果、二万種類の戦場を用意し二万人の、妹達<シスターズ>を殺害することで同じ結果が得られることが分かった 』 」


上条は持っていた書類から顔を上げ、美琴をまっすぐに見つめた。


「つまりだ。お前の 『 妹達 』 はレベル6を生み出す実験のために造られ、殺されるってことだろ」

「……っ」

「だから御坂妹も……ああなったのか?」

「…… 『 会ったのね 』?」

「ああ」

「……」


美琴はふっとため息をついた。


「あぁ~~あ~~、なんでこんなことしちゃうかなぁ~。あんた私の部屋に勝手に上がり込んだの? 
フツーだったら死刑よッ、死刑ェッ」


少し笑みを浮かべて、


「で? それを見てあんたは 『 あたしが心配だ 』 と思ったの? 『 許せない 』 って思ったの?」

「心配したに……決まってんだろ」

「ま、ウソでもそう言ってくれる人がいるだけマシってとこかしら」

「……『 ウソ 』 じゃねぇよ」

「――何?」

「 『 ウソ 』 じゃねぇって言ってんだろ!!」

「……!」



「部屋に勝手に上がったことは謝る、後でいくらでも電撃浴びせりゃいいだろ! で、お前は何をしてるんだッ?」

「……どーせあの地図も見たんでしょ。赤いバッテン付きの」


御坂は片手からパチリと白い稲妻を出した。


「そうよ……『 撃墜マーク 』 よ。
研究所の機材を破壊して、研究所を閉鎖させればこの計画もおしまい……の、はずだったのにねぇぇ~~~……現実は非情だわ。
どれだけ潰しても、実験はすぐほかの研究所に引き継がれる」

「クローンってのは国際法違反なんだろ? だったら……」

「この街は 『 樹形図の設計者 』 っていう衛星で監視されてるのよ。理事会も黙認してるのよ」

「……それでもお前は、この計画を止める気なんだろ。お前一人の力で」

「……そうね」


御坂美琴は上条に向き直った。


「考えてみれば簡単なのよねぇぇ~~。この実験は 『 一方通行<アクセラレータ> 』 を強くするためのもの。
肝心要の第一位さえいなくなれば、計画は瓦解する」



「だから私は……『 一方通行 』 を殺すわ。今まで殺されてきた一万人の 『 妹達 』 を弔うためにも」

「 『 ウソ 』 だな」


美琴の目が見開かれる。
同時に、そんなあからさまな反応をしてしまった焦りが滲み出てきた。


「てめーのそれは 『 ウソをついてる味 』 だぜ、御坂美琴」

「はぁ?」

「わかるんだよ。お前の目は誰かに立ち向かおうってものじゃあない。犠牲になろうって目だ」

「っ……!」


御坂美琴は、押し黙った。
一度ギュッと目をつぶると、次の瞬間には穏やかな顔つきになって、フラフラと歩きだす。


「研究者たちが二万人もの犠牲を出そうとしているのは……
『 超電磁砲<レールガン> 』 128人分の犠牲を出そうとしているのは…………そうよ。
一方通行をレベル6にするためよ」


上条の方は見ずに続ける。


「なら私にそれほどの価値が 『 なかった 』 としたら? 
『 樹形図の設計者 』 は私が185手で死ぬと予測した……でもッ! もしもッ! 私が 『 1手目 』 であっさり死んだら?」

「おい……待てよ……」

「 『 樹形図の設計者 』 は数週間前、地上からの攻撃で撃墜している。再計算は不可能だわ。
だから……今回の 『 これ 』 が成功すれば、残る一万人の妹達は救われるッ!」

「待てって言ってんだ!」



「私はこれから 『 一方通行<アクセラレータ> 』 のところに行くッ」



ザンッ! と御坂美琴は身をひるがえした。



「私が割り込んで、実験そのものを 『 終わらせてやる 』 わッ」



更に踏み出そうとした御坂美琴の前に、上条当麻が立ちふさがった。



「……どきなさい」

「……頭のいいお前が考えに考えぬいた末の結論なんだろーな、それは……それしか方法はないのかもしれねー、確かに……でもッ!」


上条当麻は更に足を肩幅に広げて、妨害枠を広げた。


「 『 それでも嫌なんだ 』 !」

「!」


御坂美琴は一瞬目を見開いたが、すぐに剣呑な表情に戻った。


「……そう。あんたは私を邪魔するってわけね…………
一万人の 『 妹達<シスターズ> 』 の命なんかどうでもいーってわけね……!」


バヂバヂバヂッと稲妻が駆け巡り、白い軌跡を生む。


「あの子たちね……自分たちのことを 『 実験動物 』 って言うのよ」

「――っ」


彼女を覆う 『 スゴみ 』 と電力に押されかけたが、何とか踏みとどまる。
上条はキッと鋭い視線で相手を迎え撃った。
美琴の瞳も揺らがない。


「実験動物になるっていうのはどういうコトなのか……正しく理解してる上で……! そんなことを言うの……!」


上条は退かない。
美琴も退かない。
退けるはずがない。



「これは私の引き起こした問題なのッ! だからッ!」


「あの子たちは! 私の手で助け出されるべきなのよぉぉーーッ!!」





 ゲコゲコゲコッ
 ゲコゲコゲコッ



「……」

「……」


今まさに電撃が放たれんとしたその時、異音が響き渡った。
どこか電気仕掛けなカエルの鳴き声は鳴り止まない。


「……ごめん、電話だわ」

「お、おう……」


上条は微妙な気持ちのまま後ろを向いた。
美琴もあちら側を向いて電話に出る。


「はいもしもし……。ああ、はい。大丈夫ですけど………………え?」


美琴の声が凍りついた。
その尋常でない様子に、上条は振り返る。
御坂美琴は、愕然とした表情でこう言った。




「――『 中止 』……ですって……?」












   →TO BE CONTINUED....










しばらくは思わせぶりな展開が続きます
今日はここまで








  第十七話「エレクトリック・ナイトメア③」








学園都市から車で10分ほど行くと海がある。
ということを、上条当麻は初めて知った。
視線の先では、友人がズボンの裾をまくり上げてバチャバチャやっている。
しかし遊んでいるわけではないらしく、その表情は至って真剣だ。
友人は、不意にハッとした表情になるとこちらに走り寄って来た。


「ありました! ありましたよ承太郎さん! これッスよね!?」


承太郎はそれを一瞥するなり、


「こいつはゴカクヒトデじゃあねー、イトマキヒトデだ。どうすりゃ間違えられる」

「んなこと言われてもよぉぉ~~……俺ヒトデに関しては素人なんスよぉぉ~~……」





「……何よあれ」


隣に座る御坂美琴は不機嫌顔だ。
尻の下にハンカチを敷いているあたり、やはりお嬢様なのだな。と上条は思った。


「んーまあ、色々ありまして、罰を受けてる最中なんだそーです」

「罰ぅ?」

「罰ですか。とミサカはしつこく繰り返します」


そのはずである。



ヒトデは日本に限らず世界中の海に生息している。
浅瀬から北極のような寒い場所に住むヒトデまでその種類は様々だ。現在確認されているだけで2000種類。
大きさは軸長(中心から腕の先端までの長さ)0.2㎜から最大68㎝もの大きさのものもいる。ちなみに日本最大はオオフトトゲヒトデ。
ここで見つかるのはアカヒトデやモミジガイか、運がよけりゃあクモヒトデも見れるかもな。
ああ、それはハスノハカシパンだ。こいつはウニだが、ウニにしちゃあきれいなフォルムをしている。

横から聞こえてくる講釈に、上条は頭がパンクしそうだった。
ここ数分で上条のヒトデ知識は随分と増えた。
空条さん……あんた寡黙な人かと思っていたがそうでもないのか。それとも興味ある分野では別人28号になるタイプなのか。
上条の見るところ、仗助もうんうんと興味あるふりをして聞いてはいるが、上条と同じく内心げんなりしているようだった。


「わかった……よーな気がしますっス! イトマキヒトデはまだら模様スね!」

「さっさと探しな……日が暮れちまうぜ」

「はいッス! 行ってきます!」


また駆け去っていく後姿に、御坂美琴は鼻を鳴らした。


「フン。『 罰 』 っていうより、『 パパ 』 に遊んでもらってる 『 ボクちゃん 』 みたい。不良のくせに」

「どちらかと言えば犬ころと主人ですね。とミサカは辛辣に感想を伝えます」

「あれはあれで結構きついんじゃねーの……?」


言いながら上条も 『 これで100マンチャラっていうのは緩いよなー 』 と思っていた。
空条さん自身、何の痛痒も感じてないそぶりだし、まさか仗助、あいつ意外とおぼっちゃんなのか……?
また聞くことが増えた。
上条は悶々として空を見上げた。
今にも落ちてきそうな空があった。
上条と美琴と、御坂妹までもがここにいるのは理由がある。
と、いっても他愛のない理由なのだが。





 ○  ○  ○



「――どういうことよ!!?」


――昨夜。
御坂美琴は 『 絶対能力進化<レベル6シフト> 』 の実験中止を言い渡されるや、電話先の相手に噛みつかんばかりの勢いで喚いた。


「……はぁ!? ナニソレ、ちょっと待って、それは……待てってんでしょーが! 耳詰まってんの!?」


ブチリと切れた音が受話器から響く。


「ああもう! なんなのよ! なんなのよもう!! ふざけんじゃないわよ、ふざけないでよ! 
ふざけるなちくしょう! もういや! 馬鹿、馬鹿!!」


ほとんど逆上した様子で地面に携帯を投げつけた。



「……っ、うええぇぇ~~~ん!!」



かと思うといろんなものが切れてしまったようにその場に座り込んでしまった。


「……しくしく、ひっくひっく、なんだよォ、なんなんだよォ~~、ううええ~~っ……!!」

「な、泣くことねーだろ、なにも」

「うるさーーい!! 一人にしなさいよ、ううぅぅ~~……!!」


上条は、ホッと息をつくと御坂美琴の前に膝をついた。
頭を掴んで抱き寄せる。


「できるわけねーだろ。こんな時に、一人になんて」

「う……」

「肩ぐらい貸すから……思いっきり泣いちまえ。お前はよく頑張ったよ……たった一人で」

「うぅ……うぅうううぅ~~~……!!」


肩口が濡れていくのを感じながら、上条はただ、彼女の背を叩いてやった。







「……落ち着いたか」

「最悪」

「はい?」

「あんたなんかに慰められるなんて……これは貸しね」

「おいおい、貸しもツケも……」

「うるさい! 私が貸しったら貸しなの!」


美琴は上条を突き飛ばすようにして離れた。
若干鼻頭が赤いが、いつもの目つきが戻っている。上条はひとまず安心した。


「それで……中止っていうのは?」

「正確には無期凍結よ……まあ実質解体みたいなもんだろうけど」

「何でだよ?」

「それがわからないからこうしてイラついてんじゃない! 
信じられないわ……私があれほど動いても執拗に繰り返されてた実験が……! なんで今のタイミングで……なんでこうもあっさり……!」


御坂美琴はまた、憤懣やるかたなしの態で頭をかきむしった。
漏電して時折体をビリビリが這い回っている。
「うーうー」頭を抱える美琴に、上条は


「考えられる可能性は?」


問うと、美琴はピタリと一時停止する。


「……一つだけ……『 被験者 』 自身が実験への協力を拒否した場合よ」

「それって」

「そう」


御坂美琴は複雑な表情で額を押さえた。


「……『 妹達(あの子たち) 』 よ……」




上条の脳裏に、真顔で猫を抱く御坂妹の姿がよみがえった。
次に血だまりに溺れる御坂妹の姿。
そして彼女らは自分たちを 『 実験動物 』 と言ってはばからない、と言う御坂美琴の声も。


「私、あの子たちをね」


美琴が不意に顔を上げた。
虹彩の薄い、大きな瞳が潤んでいる。
それを真正面から見てしまった上条は思わずのけぞった。


「あの子たちをね、『 かわいそう 』 な子たちだと思ってたの……! 
自分の置かれてる状況がどんなに残酷かわかっていない、わからせてもらえない 『 かわいそう 』 な子たちだって……!!」


こいつは、こんな弱弱しい顔を見せる奴だったか。
こんな震えた声を出す奴だったか。
誰だこの少女は。
いいや違う、と上条はその心の声を打ち消した。
きっとこんな面も含めて御坂美琴という人間なのだ。
御坂美琴の決意が、プライドが、レベル5という肩書を背負った人生が、この 『 弱さ 』 をひた隠しにしてきたにすぎないのだ、と。


「でも違ったのよ、あの子たちは……ちゃんと感情のある、普通の子たちだった! 
『 こんな実験もういやだ 』 って、自分から言える子たちだったのよ……
それを見誤って……死ぬ覚悟までして…………ホント、滑稽だわ……私……」


そんな彼女を今苛んでいるのは、『 むなしさ 』 というやつに違いない。


「んなわけねえ……」

「あるわよ」

「ねえよ!!」


ビクリと反応した美琴の肩を、上条はしっかりとつかんだ。



「お前が今までやってきたことの……ほんのちょっぴりも俺は知らないのかもしれない。
でも 『 妹達(あいつら) 』 は違うんだろ? ずっと、お前のこと見てきたはずだ。そうじゃねえのかよ?」

「……っ」

「お前が必死だったからこそ、あいつらだって勇気を出せたんだ。
お前の気持ちをしっかりと受け止めてくれたんだよ、あいつらは……。
お前のやってきたことは無駄じゃねえ。無駄なんかであるはずがねえ。だってお前、こんなに頑張ってきたじゃねえか!」


じわりと美琴の瞳がまた濡れた。
それを隠すように俯けば、ぽたぽたと彼女の膝に水滴が落ちた。


「泣きすぎだろ」

「……っさい」

「しっかりしろよ。『 お姉さま 』 だろ?」

「……」


美琴が顔を上げた。
瞳は濡れていて、こみ上げる感情に抗い、肩と唇が震えている。


「……私」

「うん?」

「あの子たちに、会いに行くわ……。あの子たちが何を思ってこういうことをしたのか、これからどうするつもりか……ちゃんと聞いてあげたい」

「……ああ」


上条は彼女の肩を優しくたたいた。


「お前、『 お姉さま 』 だもんな」



そして翌日。


「いた?」

「いねーなー……」


上条当麻と御坂美琴は 『 妹達 』 探しに奔走していた。
だが、あれほどいた 『 妹達 』 は今のところ影も形も見当たらない。


「ああもうイライラする! なんでこう上手くいかないのよ!!」

「街中でビリビリすんな!」


昨日落ち着いたと思っていた美琴の堪忍袋は、またもパンパンに膨らんで破裂しかけていた。
爪を噛みそうなイラつき具合に、上条は嘆息する。


「そう焦っても、まさか突然 『 おねえさま~ 』 って妹が現れるわけでもねーんだから」

「お姉さま~」

「!?」


ババッ!
二人が振り向くと、御坂美琴そっくりな顔が車の窓から顔を出していた。
プラプラとやる気のない動きで手を振っている。


「こんなところで何をやっているのですか。とミサカは野暮なことを聞いたなと思いつつ尋ねます」

「あんたこそ! こんなとこで何やってんのよ!」


美琴が突進していくのを眺めながら、何か重大な誤解が看過されたような気分になる上条当麻であった。
御坂妹は胡乱に首をかしげる。


「何……と言いますと。とミサカは首をかしげます。
あっ、このミサカは昨日病院送りになったミサカではありませんので、活動に支障はありませんよ。とミサカは断りを入れます」

「そうじゃなくて、車なんか乗ってどこ行くの」

「よろしければお姉さまたちも行きますか。とミサカは再度尋ねます」

「どこへよ…………あっ!!」


そこで上条も、御坂妹と同乗している人物に気が付いた。
見間違うはずがない。
もとよりそんな髪型をしている奴は学園都市で二人といない。
彼は疲れ切った表情で「よう」と言った。



 ○  ○  ○



たどり着いた海岸は夏休みだというのに、人っ子一人いなかった。
仗助は、昨日もここでヒトデ集めにシャカリキだったらしい。


「道中、信号待ちのところに話しかけられまして、ミサカが海を見たことがないことを告げたところ
『 じゃあ一緒にいこーぜ 』 と誘われました。と、ミサカはことの経緯を説明し終えました」

「どうせ物欲しそうな目でもしてたんでしょ」

「そんな場面もなきにしもあらずでしたが。とミサカはお姉さまの悪意的な解釈に憮然とした表情を作ります」

「……っていうか」


御坂美琴は、不機嫌な目を今度は承太郎に向けた。
声をひそめて妹に囁く。


「あんまりホイホイ人についてくんじゃないわよ。人さらいだったらどうするつもり?」

「あの人はそんなことをする人には見えませんでした。とミサカは主張します。ワイルドな風貌はしていますが、知性と物静かな態度がありました」

「人は見かけによらないの」

「『 人は見かけが9.5割 』 という本を読んだばかりなのですが……」

「それはあくまで対人関係の話! 私の言ってるのは小学生向けの通学路でのルールよ! 知り合いの知り合いでも人にはついてっちゃダメ!」

「つーん……と、ミサカは聞こえないふりをして海を眺めます」


美琴はムっと沈黙した。
会話を聞きながら 『 どうやらこいつ(御坂美琴)も俺と同じ気持ちを抱いてるらしい 』 と上条は思った。
正直、上条も承太郎に対する疑念というか、不信感は解けていない。
承太郎が自己紹介をするまでもなく上条の名を呼んだあの時から、その感情は上条の心にこびりついて離れない。
加えて彼はここに来る途中「御坂くん、君は後部座席に回ってくれ」とまで言った。
当然、彼女が名乗る前の話だ。


(いや、そこまではいい。そこまでは。仗助が会話の中でポロっとこぼした名をあてずっぽうで言ったっていう、すげー現実的な可能性もあるしな)


問題は……。



「っていうか……あの人何者よ? 学園都市の監査をこんな気安く出たり入ったり……」


むしろ顔パスだった。


「なんでヒトデ集めてんの?」

「それは俺にもわからねえ」



上条は片膝を抱いた。
空条承太郎は仗助が信頼している人間だ。
それに、検体番号――嫌な呼び方だぜ、と上条は眉をひそめた――何番かは知らないが、御坂の妹を助けてくれた人でもある。


(……いや、マジであの時あの人のサポートがなければ、俺はみっともなく取り乱すばかりで、仗助が来るのを待たず御坂妹は死んでいただろう……。
そのことに関してはマジに感謝してる。
御坂と一緒にお礼を言った時も、あの人は決して恩着せがましい態度をとることはなかった……)


悪党でないのは確かだ。なのだが、彼の何気なく行う所作が上条にはどうもきな臭く見える。
いや、こう言うと語弊がある。
ただ何となくすっきりしないだけなのだ。
どうも納得がいかないだけで……。

こういうことは直接本人に聞けば早いのだろう。
なんら後ろめたいことをしてる様子はないので、聞けばあっさり教えてくれるはずだ。
だが、気が進まない。
第一印象のせいか、彼との会話には圧迫感がある。
それにもし質問して、帰ってきたのが 『 沈黙 』 だったら……。
考えるだけで胃の腑がズシンとAct3フリーズ。
うっとうなった上条を


「何よ?」


とぶっきらぼうに心配する美琴。
その顔を見た瞬間、上条の脳内でビビッと素晴らしいアイデアが生まれた。



「なあ御坂」

「何よ?」

「お前、切り出しにくいんだろ。御坂妹に、話するの」


途端、美琴は口元をひん曲げて上条を睨んだ。
やはりドンピシャだ、と上条は内心手を打った。
車の時点から尋常でなくソワソワしていると思ってたのだ。


「うるさいわねッ。私だって 『 後回しにしたい 』 って思うことくらいあるわよ」

「わかってるって、重い話だもんな?」

「だったら何よ? ケンカ売ってるなら受けて立つわよコラァ」

「そうじゃねえよ」


上条はここで一層声を低めた。


「俺もあるんだよ。友人に聞き出しにくい事が」


美琴は少しだけ興味をそそられたような顔になった。
唇を尖らせ、首をかしげる。


「だから?」

「だから、協定を結ぼうぜ」


パチン、と美琴の大きな瞳がまばたきした。
次いでナニ言ってんだこいつ、と言いたげな目つきになる。


「ルールは一つ。どっちかが 『 実行 』 したら必ずもう一方も 『 実行 』 すること」

「はあぁ~~? ナニソレ、青春映画の見すぎじゃない?」

「んなもんお前に求めちゃいねえよ。ただの願掛けだ」

「はぁ?」

「お前が成功したら、俺も成功できるって気がしてくるだろ?」


美琴の眉がぴくんと跳ねた。
二人が足踏みしているのは、『 一歩 』 踏み出すことで、今までの関係が壊れてしまわないだろうか、と恐れてるためである。
あるいは質問それ自体が相手の古傷をえぐることにならないだろうかと恐れてるためである。


「赤信号、みんなで渡れば怖くない……じゃねえけど、不安も共有すれば安心に変わる気がしねえか?」

「しないわよ。バァァ~~カ」

「はは……さいですか」

「けど……そうね。急に勇気がわいてきたわ」

「えっ?」

「ニブチンね。あんたの 『 協定 』 に付き合ってあげるって言ってるのよ」

「あら、御坂さんが素直」

「……」

「うおっ」


美琴は目の下に影を作り、ビリビリッと放電した。
上条も慌てて打ち消す。
威厳のある顔で沈黙する美琴に、もう不用意にからかうのはやめようと誓う上条であった。



不意に御坂妹が立ち上がった。
スカートについた砂を払い、ごく自然な動作で一歩進む。と同時にローファーを脱いでしまった。


「ちょっと、どこ行くのよ」

「海を体験してきます。とミサカは間髪入れず答えました」


さくさく進みながらソックスも脱ぎ、ポケットに押し込む。


「あ、俺も行っ……て、いいですよね? 空条さん?」


見やれば承太郎は上条らを一瞥し、


「……あまり騒ぐんじゃあねーぜ」

「了解ですッ」

「ま、待ちなさい! 私も行くわよ!」


彼の気が変わらないうちにと上条は砂浜を駆けた。
後ろからもうひとつの足音が追ってくる。
御坂妹は波打ち際で一時停止し、寄せては返す波を目で追い、それから水平線を見つめた。
潮風を感じ、潮のにおいをかぐように目を閉じた。
そしてまた足元の波を見つめ、そっと片足をつけた。


「……冷たい」


ぼそりと言って、今度は思いっきり踏み出す。


「本日はミサカの海デビューです。とミサカは期待と不安に胸ふくらませる新入生のような心境で実況を始めます。
海はとても冷たいです。足の指の間にヌルヌルとした泥が入ってきます」



「大きな石を踏みました。今、初めて波の衝撃を味わいました。今にも転びそうです。
海は危険がいっぱいです。とミサカは状況説明しました」


冷静な話しぶりでぴょんぴょんと跳ねる御坂妹を見ながら、上条は呟いた。


「なんていうか……やっぱめんどくせー性格だな、あいつ」

「あんたほどウザったくもないわよ」

「うおっ」

「心の声ダダ漏れなんですけど」

「ビリビリ……わかってるとは思うが、水の中でビリビリすんのだけはやめろよ?」

「わかってるわよ、そこまで考えなしじゃないわよ、私も」

「どうだかなァ?」

「ほほぉ~~う、じゃあまずあんたから味わってみる?」

「ちょ、タンマタンマ!」


先の反省が全く活かされていない。
上条は靴を脱ぎ捨てると、逃げるように海の中に入った。底が泥状になってるため、思ったより深くまで足が浸かる。
足をとられそうになりながら上条は慌ててズボンの裾を引き上げた。


「待ちなさいよ!」

「悪かったって! いちいち切れんなよ!」

「なによ人をヒステリー女みたいに!」


後ろから追ってくる気配に上条も逃げる。
と、あるものが視界に入って上条は一時停止した。同時に肩を掴まれる。


「捕まえたわよ、この……!」

「しッ」


上条は彼女の前に人差し指を立てて黙らせた。
海岸からは死角になっている岩陰に、仗助がいた。それだけじゃあない。御坂妹もいた。
二人は向かい合って何か話しているようだった。



美琴も二人の存在に気付いたのか、文句言いたげだった表情を改める。


「ちょっと……なんで隠れるのよ」

「いや、なんていうか……」

「盗み聞きなんて悪趣味よ」

「とか言いつつお前も声ひそめてんじゃねーか」

「それは、だって、……いいじゃないちょっとくらい!」


これがあの白井嬢の言っていた 『 オッケー基準 』 というやつか。
こうして人間は 『 マズイなー、悪いなー 』 と思いつつもズブズブ深みにハマっていくのだ。
上条は罪悪感に胸をチクチク刺されながらも、耳を澄ませた。

会話の内容はありふれていて、世間話の延長のようなものだった。
今日の天気はいいだとか、でも明日は曇るらしいとか、沖には何があるだとか、水着を持ってくるべきだったとか、
そういえば好物は何だとか、本当にどうでもいいことばかりである。
こりゃ潜行しただけ無駄だったかな、と考えていると、不意に御坂妹の声質が変わった。


「そういえば、とミサカは脈絡のない会話同士を無理やりつなげる間投詞を発します。
あそこにいる……空条承太郎……についてなのですが。
なぜ上条当麻やお姉さまの名前を知っていたのですか。とミサカはかねてからの疑問を口にします」


上条当麻に衝撃走るッ!
先にッ言われたッ!



「あぁ~~? あの人エスパーじみたとこあるからなァー、予知でもしたんじゃあねーの」

「適当言わんでくださいボンクラ。とミサカは目を三角にします」

「正直スマンかった」


仗助はモゴモゴと言いにくそうな様子だったが、御坂妹は構わず、穴の開くほど仗助を見つめる。
その二人を、美琴と上条はかたずを呑んで見つめている。
先に根負けしたのは仗助だった。歯切れ悪く答える。


「あの人は……俺もよく知らねーんだけどよ~、多分俺の交友関係くれー調べられっから……たぶんそこからだと思うんだよなー」

「なにそれこわい」

「あっあー! でもヤベーことしてるわけじゃあねーんだぜ!」

「ではどのような? とミサカはずずいと身を乗り出します」

「あァァ~~~~……そうだ俺ヒトデ探さねーと」

「そこまでだぜ仗助」

「ゲエッ! 当麻!」


どこかで銅鑼の音が聞こえた気がした。



「ずいぶんきな臭いこと話してたじゃない?」

「質問に答えてもらおうじゃねーか。俺も聞きたいことは山ほどあるんだ」


上条はじわじわと距離を詰める。
御坂妹も心得たもので、後ろでディフェンスの構えをとる。


「参ったなオイ……マジかよ~」


前門の上条、後門の御坂妹、ついでに御坂美琴。
自分の状況を悟ったらしく、仗助は諦めまじりに苦笑した。


「マー落ち着け……別に大したことじゃあねぇーんだ、ホント」

「ではまずミサカの質問に答えてもらえますか。とミサカは警戒体勢は解かず問いかけます」

「あーーあァーー! わあったって! 承太郎さんはSPW財団の……偉い人なんだよ。そんだけ」


『 なっ? たいしたこたあねーだろ? 』 と言いたげな仗助とは裏腹に、三人に衝撃が走った。


「スッ! スピィィドワゴォォォォン! ですってぇぇ!?」

「あの世界的組織の、学園都市の大スポンサーのSPW財団で間違いないのですか。とミサカは確認をとります」

「おまっ、おぼっちゃんどころの話じゃねーじゃねーか! なんでそんなスゴイ人とお前が知り合いなんだよ!!」

「ほらなぁ~~やっぱそっちに話が行くよなぁぁ~~」


仗助はほとほと困った風情で頭を押さえた。
それを見るなり、上条の心のどこかが尻込みした。これ以上深入りしてはいけない、と囁いた。
次の言葉を言いあぐねていると、誰かが乱暴に脇を小突いてくる。
見ればそれはもちろん御坂美琴で、振り向いた瞬間ばっちり目が合った。
鼓舞するようでいて、どこかすがるような視線に、上条は試されているような、励まされているような奇妙な心持ちになった。


「大勢の前で言いにくいってんなら別に、この場で言ってくれなくてもいいんだけどさ」


この期に及んで予防線を張る自分にため息をつきたくなる。



「お前が空条さんとどういう関係か、言いたくねえのは 『 あの人 』 ってのが関係してるのか?」


仗助は少し黙ると、


「……ま、いつかは言おうと思ってたことだしよぉー……」


『 実は…… 』 の 『 じ 』 の形に仗助の唇が動くのを見ながら、上条は覚悟を決めた。
これから仗助がどんな真実を言おうと、『 聞かなきゃよかった 』 なんて思わない。
これから仗助が話す一切のことに俺は後悔はない。
どんな事実が待っていようと、全力で受け止めてやる……ッ!











「実はよぉ、俺承太郎さんのじーさんの隠し子なんだけどよぉ~~
そのじーさんが俺に遺産放棄してほしいらしくって、でも俺の母親まだ未練タラタラで
話進まねーしアブねーしで俺はしばらくよそにやられることになったっつーわけよ」

「三行でまとめやがった!!」



「あん?」

「軽いッ! 軽すぎるッ! 単語のショッキングさと語りが釣り合ってねえ! 
もっとこうッ! 
過去のトラウマとか家族の軋轢とか人間不信で心の壁がどーのこーのとか、いっそ一話まるごと回想に使っちゃってもよかったんですよ!?」


「何言ってんだおめー」

「俺の覚悟が肩透かしを食らってる……」

「いや、ワリィけど俺そんな気にしてねーし」

「なら何で今まで言ってくんなかったんだよォ!! めちゃくちゃ心配しちゃったじゃねーですかァァーー!!」


上条の叫びがまた仗助の面映ゆいスイッチを押してしまったらしく、彼は頬を掻きつつ目をそらした。


「つっても……自分から言うもんじゃあねーだろ? こーいうのはよォ~……」

「そりゃ、そう、なんですが……!」


勝手に想像膨らませてたてめーが悪い。そう言われれば、そうなのかもしれない。
だが! だが! もうちょっと! なんかこう!
と上条が苦悩するのをよそに、御坂妹が発言した。


「けっこう複雑な事情があるのだとミサカは思いましたが、なぜそんな状況で空条承太郎を尊敬するようになったのです。とミサカは素朴な疑問を持ちます」


途端、仗助の瞳が輝いた。
その光は自分の好きな漫画を布教する人間のそれとよく似ている。


「えっ? 聞きてえ? 承太郎さんのカッピョイイ エピ聞きてえ?」

「そういうことは聞かなくても話すんだなオイ」

「そう、あれは俺がユーカイされた時……」

「待て! またなんかショッキングな単語混ざってません!?」

「その空条さんだけど、さっきからすごいこっち見てるわよ」


美琴の言葉に、ピタリと男二人の動きが止まった。
いつのまにか岩陰から出てしまっていたようである。



遠くで座す承太郎は厳めしい顔のまま動かない。


「ヤベー……」


と仗助がこぼした途端、上条の耳にヒュンッと空気を切る音が聞こえた。


「っだァッ!?」


聞こえたと思ったら仗助がのけぞって額を押さえた。
遅れて、ポチャンと貝殻が海に落ちる。
ヤドカリが住んでそうな巻貝だ。
もう一度見れば、承太郎の片手はスローイングした後の形になっていた。


「いつの間に……つーかあの距離から投げたのか?」

「い、いいコントロールしてやがるじゃない……」

「ベクトル操作能力でも持ってるのでしょうか。とミサカは顎をいじりながら考えます」

「ごっ……ごめんなさァァーーい! でス!!」


承太郎は呆れたような仕草をした。



ちょっと外します










  閑話休題「東方仗助! 空条承太郎とのぐれーとな遭遇」










日本。
M県S市杜王町。
定禅寺1の6のあったかい一軒家。
高校一年と三か月。
深夜一歩手前の11時45分。


人生最大の後悔をしたのはいつかと聞かれれば、東方仗助は真っ先にその時を答えるだろう。




その日、東方仗助はかなり遅くに帰宅した。
玄関のノブを握った時点で、多分10時30分。
家ではカンカンになった母親が待っていて、説教が終わるころには長針は一周していた。
今夜のテメーは風呂も飯もナシだッ! とのセリフを叩きつけられ、そりゃあねーゼと抗議していたあたりで祖父が寝室から出てきた。
夜勤明けで今朝帰ってきた祖父は、その時まで熟睡していたらしい。
祖父は母子の諍いには我関せずで、結局仗助が土下座して謝るまでずっとテレビを見ていた。
仗助が不貞腐れて隣に来るころには、テレビはニュースに切り替わっていた。
死刑囚が脱獄して、まだその辺を歩き回っているというニュースだった。
すると祖父はさっきまでの親しい家族の顔から一転、『 町を守っている男 』 の目になってこう言った。


「わしは、12の頃のこいつを補導したことがある。
一度やられたことは忘れない奴だからな、ひょっとしてこの町を目指してるのかもしれん。
そうなったらわしの手で捕まえにゃならんだろう……」


仗助はどう答えていいものかわからず、結局ニュースを見続けた。ニュースが脱獄囚の写真に切り替わった。
途端、仗助は反射的に言ってしまった。


「じいちゃん、俺こいつ見たことあるよ。さっき、ウチのそばをウロウロしてるのを見たよ」


深夜一歩手前の11時45分、祖父は護身用の銃を持って出て行った。
それきり10分経っても20分経っても戻ってこないので、とうとう仗助も外に出た。
その日の夜は雲一つなく、星が大きく強く瞬いていた。



仗助は家の周りを一周することに決めた。裏庭に回ったところで、大きな黒い塊があるのに気が付いた。
それが何なのか知るには星明りだけでは心もとなく、もっと近くで見ようと仗助は足を進めた。
よく見れば大きな黒い塊はふたつあり、ひとつだけが蠢いていた。


「――り、やがって」


ブツブツと呟く声が聞こえた。


「いい気になりやがってェェェ――この野郎ォ、おまわりだからって――なんでも――裁けると思ってやがったな――
――いい気になりやがってよォォォ――この野郎ォ――もっと苦しめてやるつもり――だったのに、あっさりと、チッ――見つかっちまうとは――」


果たしてそれが何を意味するかが分からず、仗助はさらに一歩踏み出し、
ガリッと何かを踏みつけた。
足をどかしてみると、それは銃だった。そばに長い楕円状のモノが落ちていた。
祖父の人差し指のようだった。
ハッと顔を上げると、大きな黒い塊が立ち上がるところだった。
闇に浮かぶよどみ、ぎらついた目としっかり目が合う。瞬間、仗助は何が起きたかを理解した。
『 そいつ 』 はゆっくりこちらに近づいてきた。
何を思って 『 ゆっくり 』 だったかは分からない。
祖父が 『 あっさり 』 だった分、『 楽しもう 』 とでも思ったのだろうか。
仗助はとっさに銃を拾った。もう一度顔を上げると、『 そいつ 』 はこちらに向かって走り出していた。

その時、母親がのんびりと自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

仗助は恐ろしく冷えた頭で引き金を引き、正確に男の左大腿部を撃ち抜いた。酷く腕がしびれたのを覚えている。
男は逃げだしたが、その怪我がもとで捕まった。
祖父は死んでいた。



母親は気丈な人だったが、さすがにこの訃報には取り乱した。
仗助も葬儀のかってなど分からない。
見かねて、祖父の旧知の人が段取りを引き受けてくれたので、なんとか葬式は挙げられた。
ようやく一息つけるくらいになって、明日から学校もいけそうだという頃に 『 そいつら 』 はやってきた。

『 そいつら 』 はいかにも高級そうな黒光りする車に乗っていて、全員――まあ喪中だから当たり前だが――黒いスーツでバシッと決めていた。
彼らの一人がインターホンを押すのを、仗助は二階の窓から眺めていた。
じいちゃんの知り合いなのか、何の知り合いなんだろーか? そんなことを考えていた。
母親の不機嫌そうな足音が聞こえた。
文句を言いながらドアを開ける母親が見えた。
途端、


「ジョセフゥゥーーーッッ!!!」


家の中まで響き渡るような声で母親が絶叫した。
一団の中でもっとも歳がいってるだろう老人に抱きつき、その胸の中で泣き喚いている。


「ついに戻ってきてくれたのねーーッ!! 待ってたのよッ! ずーーっとッ! ジョセフッ! 
先日お父さんが死んで本当に悲しくって心細かったのッ! こんな時に来てくれるなんてジョセフ! 
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き、好き~~~~~っ!!!」


「……」


つまり、それは自分の父親だった。
父親が16年経っていまさら会いに来たのだ。



母親はしばらく恋に浮かれた女子大生のように花を飛ばしていたが、父親が 『 本題 』 に入るやまたもや取り乱した。
翌日、出直してきた父親と話をしている間も泣いてばかりだった。
仗助は一度話し合いに口を出したが、瞬間母親に横っ面をはたかれた。


「あんたは首突っ込まないでいいの! いいから部屋に戻ってな!」


なんだか決まりが悪かったので、仗助は外に出ることにした。



杜王町は東方仗助の庭である。
目をつぶっていても学校から家までの道くらいなら往復できるような気がする。そんな気がするくらい住み慣れた町である。
その道を、仗助は今までにないくらい忌々しい気持ちで踏みしめていた。
だんだんムカッ腹が立ってきたのである。

なんだって俺が気を使って家を出て行かなけりゃあいけねーんだ? 
なんで俺が自分ンちの一階に降りるのにいちいちビクビクしなきゃあいけねーんだ? 
なんで俺があそこにいるくれーなら 『 下痢腹かかえて公衆トイレ探してる方がズッと幸せ 』 って思わなきゃあいけねーんだ?

とっとと出ていくべきは、あっちの方じゃあねーのか!?
仗助はくるりと踵を返し、問うた。


「……なんスか」

「……ン、ああ……」


この男。さっきから後をついてくるこの男に、仗助は見覚えがある。
血縁上の父、ジョセフ・ジョースターのそばにいつもピッタリとくっついている男だ。
ガタイが異常にいいし、ボディーガードか何かなのかもしれない、と仗助は思った。



「……どこへ行くんだ?」

「おっと会話が成り立たねーアホがひとり登場ォ~~。質問文に対し質問文で答えるとテスト0点なの知ってまスか? 聞いてんのは俺なんでスぜ」


すると結構激昂しやすいタチなのか、男の目元が一瞬ピクリと反応した。
それを隠すように帽子の鍔を引く。


「なに、君についていけ、とジジイに言われたもんでな」

「はぁ?」

「おっと紹介が遅れたな……俺の名は空条承太郎。ジョセフ・ジョースターの孫で……血縁上はお前の 『 甥 』 ってやつになるのかな……奇妙だが」

「知らねぇーっスよそんなの。キョーミもねぇー」


今度こそ怒るだろうかと男をうかがうと、男はケロリとして応じた。


「スレるなよ、ガラじゃあねーぜ」

「は?」


怒りを引き出されたのはこっちの方だった。
剣呑な仗助の睨みを真正面から受けて承太郎は言った。


「 『 てめーに俺の何がわかる 』 って顔だが……お前が見た目通りの奴じゃあねーことぐらいはわかるぜ。
……君は片桐安十郎の件の時、家からでなく公衆電話から通報しただろう」


なぜこの人がそんなことを知ってるのだろうと思ったが、
自分の父親はものすごい金持ちらしいし、そのくらい調べられるのかもしれなかった。



「なぜそんなことをしたのか? 俺は、母親のショックを最小限に抑えるためだったんじゃあないかと思っている。
あの時、当然君の母親も家にいたはずだ。返り血を浴びた息子が帰ってきたら動転するだろう。死体を見に行くとまで言い出すかもしれない。
そうならないように君は公衆電話まで走ったんだ。証拠に、君は通報に行く前に祖父の遺体を車のカバーで隠している。
君は祖父の代わりに母親を守るという決意を、その時点でしていたんだな」



名推理だ。と思った。
当然ながら皮肉だが。



裁判で被告人の供述調書が読み上げられるとき、
それを一番 『 うそっぽい 』『 信用できない 』 と感じるのは供述した被告人自身だと言うが、今のこれはまさにそれである。
他人の言葉になった途端、それがものすごくキザっぽくて、恥知らずな、胸糞の悪い行為に思えてくる。


「事実でもあんたにそんなこと言われる筋合いはねーよ」

「その通りだ、すまない」


やけに素直なのも腹立たしく、仗助は再び背を向けて歩き出した。
やはり追ってくる気配がするので、予てからの疑問をぶつけることにした。


「あんたら、いつ帰るんスか」

「さあな……少なくとも、ジジイはオーケーが出るまで帰らねえつもりらしいが……」

「 『 遺産放棄 』 って要は 『 縁切り 』 っしょう?」


それが、今ジョセフ・ジョースターと母親の間で問題になっていることだった。
あちらとしては金を払う代わり、プラスの遺産もマイナスの遺産も、ついでにこれからの交流も全部ナシにしてほしいらしい。
残念ながらジョセフ・ジョースターにとって隠し子は抹消したい過去のようだ。と仗助は解釈した。


「俺は金とかどうでもいいっスけど、こんな時に話すことっスか?」

「お祖父さんは……気の毒したな。君の母親を傷つけることになって、悪いと思ってる」

「どうだか」


言って、仗助は唐突にものすごい自己嫌悪に襲われた。
そういえばこの人はジョセフ・ジョースターの 『 孫 』 なのだ。
自分のジジイが隠し子を持っていたという衝撃はどんなものだろう。もしかすると、この人の家庭も自分の存在のせいでひと波乱あったのかもしれない。
仗助はセットされた自分の髪を撫でた。
真に責められるべきはジョセフ・ジョースターの方だ。
なのに被害者ともいえるこの人に当たり散らすのは、ものすごくガキっぽくてダサい行為なんじゃあないか?
それに思い当たると、仗助はもうそれ以上ひねた言葉を出すことができなくなった。


「あ、あんたに言っても、しょうがないっスよね……スミマセン」

「……」


帰ってきたのは 『 沈黙 』 で、仗助は今まで以上に 『 下痢腹の方がマシ 』 の思考にはまっていった。



それから数十メートルほど歩いて、承太郎は漸く口を開いた。


「お前は何というか……人間ができた奴だな。俺はじじいの代わりにお前に殴られる覚悟で素性を明かしたんだが」

「あんたを殴ったってどうにもならねーでスよ」

「そう考えられるのが 『 できてる 』 ってことなんだぜ……」


仗助は、今度はなんだかくすぐったい気持ちになってきた。
足踏みしてそのまま走り去りたい衝動に駆られたが、何とかこらえた。


「俺がお前くらいの年のころだったら 『 今更父親ヅラするな 』 とでも言って二三発ブン殴ってただろうな」

「は、は……」


承太郎はポンポンと胸元を叩いて、何かに気づいたような顔をした後ポケットに手を突っ込んだ。
禁煙して間もないのかもしれない。


「しかし、仗助――仗助って呼ばせてもらうぜ。
『 縁切り 』 のことだがな……別に金や世間体の問題でそんな話をしてるんじゃあないんだぜ。これはお前の母親にも言ってあることだが……」

「はい?」

「不動産王ジョセフ・ジョースターの隠し子。それだけで相当なスキャンダルだ。中にはお前に利用価値を見出す奴もいるかもしれない」

「キョーハクってことっスか?」

「誘拐なんて手もありうるな」


そこで仗助は理解した。
つまり今母親は、愛する者同士を天秤にかけることを迫られているのだ。
16年間愛した人とのつながりを選ぶか、わが子の安全を選ぶか。


「……俺に聞かれたくねーはずっスね」

「恨んでるか?」

「恨むのは一人でジューブンっスよ」


承太郎はふと歩調を緩めて呟いた。


「……そうだな」


そのまま足を止める気配がしたので、これは振り返って 『 サヨナラ 』 でも 『 じゃーまた 』 でも言うべきかと仗助は逡巡した。
結局振り返ることにして、足を止める。
瞬間、仗助は上を見ていた。



「お?」


肩を乱暴につかまれている感触があった。
そのままスルスルゥーっと仗助は窓から車に引きずり込まれた。
あれあれっと思っているうちに手足を拘束されていた。ビックリするほど鮮やかな手口だった。


「うおおおおおおおっ!?」

「仗助ッ!」


我に返って叫んだ途端、口の中にタオルのようなものを突っ込まれる。


「――おい、ありゃあSPW財団の……なんで護衛が」

「チッ、どこから漏れやがった」


なんていかにもな会話を聞きながら、仗助は心の準備ってものがいかに大切かを思い知った。
『 人類は滅亡するッ! 』 と予言されて、それがその一秒後だと予想できる人間がいるだろうか。いたとして、腹を括れるやつがいるだろうか。
車が走り出す。というか走っている。
どうにかしようとは思っても頭の中がグルングルンするだけで何も閃きやしない。
とにかく何かしなければ、と猿轡の下から思いっきり叫んだら「静かにしろ」とぞっとするような声で言われて顔面を殴られた。
さらにもう一発と手を振り上げる気配に体がこわばる。と、その時、向かいの窓がコンコンとノックされた。
仗助は見た。誘拐犯も振り返った。
そこには承太郎がいた。
走行中の車とピッタリ同じ速度で走っている。ばかな、と思ったが、なにもバカなことはない。承太郎はバイクに跨っていたのだ。
承太郎はもう一度、ゴンッ、と強く窓をノックした。
その拳にはなぜか腕時計が巻き付けてあった。
承太郎は目だけを動かして仗助を見ると、スピードを上げて運転席の横につけた。
そして、さっきとは比べ物にならない勢いで腕を振り上げると運転席の窓をブチ割った。


「うおおおぉぉっ!?」

「何ィィィィィ!?」

「ぶげっ!?」


運転手の鼻っ柱に承太郎の拳がめり込んだ。
そのまま昏倒する運転手に、後退る誘拐犯たち。
仗助はそこで初めて、そいつらが3人組だったことに気がついた。



承太郎の手がガシリと窓枠を掴む。
そのままメリメリバキンッとドアをちぎり取ってしまっても誰も疑問には思わなかっただろうが、
もちろんそんなことはなく、承太郎はロックを外すとバイクを乗り捨てて車内に入ってきた。


「てっ、てめえ!」


『 二人目 』 がナイフを持ち出すや、承太郎はその手をはたき上げた。
ナイフは持ち主の手を離れ、天井に突き刺さる。


「えっ? えっ?」


おろおろと自分の手を見る 『 二人目 』 のみぞおちを承太郎の足がえぐった。


「おおっぱああああ!!」


妙な声を上げてうずくまる。承太郎はその後ろ頭を掴んで思いっきり床にたたきつけた。
実に淡々とした作業だった。『 二人目 』 は動かなくなった。
途端、『 三人目 』 が仗助の首根っこを掴んで首にナイフを突きつける。


「ち、近づくんじゃあねェェェェーーー! こいつがどおなってもいいのかあああああ!!」


グレート。定石通り、完璧だぜ。
人質がカワイイおネーちゃんじゃねーって点に目をつぶればよォ~~~……。
承太郎はじっと 『 三人目 』 の方を見ると、腕時計をはめなおし、グッと帽子を引いた。


「やーれやれだぜ……」


そして奇妙なことを言った。


「悪いな、仗助。クリーニング代は、払うぜ」


仗助の顔が引きつった。
フロントガラスから見える景色に見覚えがあったためである。
今どの道を走っているのか、生まれた時からこの町にいる仗助にはよくわかる。
そしてこの調子で走り続ければどこに行きつくのかも。



「うわああああ!! て、てめえェェェェ!! なんてことしやがるうううううう!!!」



『 三人目 』 が絶叫。
【 この先 杜王港 】の看板が過ぎ去るや、車はまっすぐ海に突っ込んだ。



割れた窓からどっと濁流が押し寄せる。
『 三人目 』 の手は離れたが、両手両足の動かせない仗助は当然ながら溺れた。
焦ってばたついて更に沈むを繰り返し、もうだめかと思ったその時、
誰かが胸ぐらをつかんで彼を水面まで引っ張っていった。
放り投げられたそこは波止場らしく、仗助は固いコンクリに思いっきり頭をぶつけた。
痛みに唸る余裕もない。
猿轡がスポンと抜かれ、仗助は思いっきり咳き込んだ。


「やれやれ……まさかマジに浚われちまうとは、お前もなかなか、不幸を呼ぶ男だぜ」


承太郎は帽子を脱ぐと、うっとおしそうに濡れた髪をかきあげた。
逆さに返された帽子からバシャンと水が落ちる。
仗助ははあはあ喘ぎながら承太郎を見上げた。


「あっ、あんた…………アッタマ、おかしーんじゃあねーの……?」

「……」





「フツーはしねーっスよ、こんな……下手すりゃ死んでたかもわかんねーのに」


やはり答えず、承太郎は海へ視線をやった。
つられて見れば、三つの影が水面でバシャバシャもがいている。


「……つかまえなくって、いーんですかい?」

「俺がやらねぇでもSPW財団がやる。俺たちは家を出た時点から監視されてたからな」

「えっ」


承太郎は何でもないように言うと手足の拘束を解きにかかった。


「じゃあアンタがこーまでしなくっても、その、財団の人間に任せりゃよかったじゃねーですか」

「……ン、ああ……」

「なんだってこんな無茶したんスか?」


承太郎は拘束具(粘着テープのようなものだった)をブチブチと千切ると、厳めしい顔つきでそれを放った。
両手をポケットに入れ、逡巡したような間の後、こう言った。



「さあな……そこんとこだが、俺にもようわからん」



茶を濁すようなセリフだったが、仗助は理解した。
おそらくこの承太郎というヒトは、浚われたのが誰であれ――たとえ見ず知らずの者であれ、同じようにして助けたに違いない。
なぜそんなことができるのか。
その理由をこの人は決して口にしないだろう。ただ 『 沈黙 』 と背中だけで語るだろう。
仗助はその背中に 『 車のチェーンでズタズタになった学ラン 』 を見た。
雪の中をグショグショになって歩く、思い出の人の後ろ姿と同じものを見た。
他人の為に迷わず行動できる、気高い精神がそこにはあった。


「承太郎さん……手ぇ、見せてください」

「……」

「怪我してんでしょう。手当てぐれーするから、見せてくださいよ」


承太郎は観念したようにポケットから手を出した。










  第十八話「エレクトリック・ナイトメア④」










「――グレートだろォ?」


懲りずにサボりサボり語られた思い出話を、仗助はそう締めくくった。
上条はしばし考えて、


「なんていうか……波乱万丈ですね。仗助さん」

「ちげーよ、言いたかったのはそこじゃあねーよ」

「クールかつアグレッシブなんてそこに痺れます憧れます。とミサカはハッスルします」

「だろ? だろ? だろォ?」


仗助は満足そうに御坂妹に向けて笑った。


「で、誘拐にあったこと……お前の親父さんは何か言ってたのか?」

「 『 ジョースターさん 』 は別に何も。父親なら父親らしー態度取ってほしーもんスけどねぇ~~」


仗助は目に見えて不機嫌になった。


「ここに来る時も 『 君にできることは待つことだけだ 』 だの偉そうに言いやがって……誰のせいだっつーんだよ。
おふくろのことだから強くは言えねーけど、とっとと縁でもなんでも切っちまえばいいのによォ~~」

「縁切ったらもう承太郎さんと会えなくなるぜ」

「あっ。マジだ、でもよぉ~~~うーん……」

「あのぉぉ、とミサカは手を上げます」


視線がざっと御坂妹に集まった。


「これは言っていいことなのかわかりません――しかし、ミサカにはいまいち理解しづらいので聞くのですが。とミサカは用心して発言します」


御坂妹は視線を仗助の方へスライドさせた。
仗助は軽くうなずいた。


「いいぜ、言ってみろよ」



「空条承太郎もジョセフ・ジョースターも同じ血筋ですよね。とミサカは再確認します。
同じ血族だというのに、そうもはっきり 『 白 』 と 『 黒 』 に分かれるものなのでしょうか。とミサカは得心いかず首をかしげます」


仗助の眉間にグウウッとしわが寄った。


「……あんだって?」

「あなたの中で二人が明確に 『 善人 』 と 『 悪人 』 になっていることに違和感を覚えたのです。とミサカは補足し終えました」


言われて、上条も考え込んだ。
『 教育 』 というものは親から子へ影響を与えるものだ。
一世代離れているからといってこうも違いが生じるものだろうか。
言われてみれば承太郎は徹底して仗助に親身なのに対し、ジョースターさんとやらは徹底してそっけない。
こうもあからさまに態度が分かれるものか。

……分けていた?

仗助の中で 『 白と黒 』 に分かれるように、わざと仕向けていた?
まさか。
上条は思い浮かんだ可能性を即座に振り払った。
そんなことやって誰が得するってんだ。
そう考えた矢先、いままでむっつり口をつぐんでいた美琴が発言した。


「アンタに父親への未練を振り切らせるために、わざとそっけない態度取ってたんじゃないの?」

「何のためだよ」

「縁切らせるためでしょ?」

「何だよそりゃ」

「アンタ実際、その人の息子なせいで誘拐されてるんじゃない」


上条はハッとし、仗助はグッと詰まった。


「そりゃ……『 そう 』 かもしれねぇーけどよ~~……いや、『 そう 』 なんだって気はしてたんだけどよぉぉ~~……」


どうやら、うすうす感づいてはいたらしい。


「でもな~んかひっかかるんだよなー……。もし 『 それだけ 』 の理由なら、なんであの時、あんなタイミングで、あんなに急いで縁切り迫ったんだ? 
なぁ~んかまだ俺に隠してある気がしてならねーんだよなー……」


急いで仗助とジョースター家をつなぐ糸を切らねばならないワケとは、『 何 』 なのだ。




「で、お前はそれをジョースターさん個人の事情だと思ってるわけだ」


だから反感を持っているのだ。


「もしミサカが急に身辺をクリーンにするなら、政治進出する時ですね。とミサカは可能性の一つを提示します」

「大統領?」

「まさか。あの人ぁもう79のくそじじいっでえッ!」


二発目の弾丸が仗助の背中を撃った。
今度は二枚貝の片割れだ。でかい。
上条はこわごわ承太郎の方をうかがった。
能面のような無表情でこちらを見つつ、次の弾丸らしきものを上に放っては掴んでいる。


「いい加減にしねーとまた殴られそうだな」

「くぅ~~~~……! これ痣になってんじゃあねーのぉ~~」

「ま、あれだ」


上条は軽く仗助の肩を叩いた。


「承太郎さんっていう窓口もあるんだし、整理がついたら聞いてみたらどうだ?」

「ん~~……まあ、前向きに考えとくぜ……」




やはり切り出してよかった、と上条はスガスガしい気分の中思った。
仗助と自分の間に何層にも連なった壁がブチ壊されたような、爽快な気分だ。


「仗助ー、俺もヒトデ狩り手伝うぜ。半分は俺の責任だしなっツうぐぅ」


笑顔で近づいて行こうとした瞬間、美琴の蹴りに背中を撃たれた。
顔面から倒れこみそうになったところで、首根っこを掴まれ後ろに引っ張られる。


「あ、ん、た、わッ! ずいぶんスッキリした顔してるじゃない……ッ! 
せっかくこっちが親切に相談教室まで開いてやったっていうのにこのまま行く気……? 
少しは私のために話題変えてやろうとか思わないわけ?」


「す、すまん御坂」

「その顔は忘れてたわね……? てめぇで言い出したことだろおぉがコノヤロォォーー!!」

「うわあああ待て待て御坂! ビリビリストップ!」

「お姉さま。どうしました? と、御坂は怒髪天を突く風情のお姉さまに問いかけます」


美琴の動きがピタッと止まり、瞳が上条を見た。
それの意味するところを察して、上条は冷や汗を流しつつ口を開く。


「あー……御坂妹、その……君のおねーさまが話があるそーですよ?」


結局気の利いたことが言えなかった。
美琴は一瞬豚を見る目になったが、御坂妹が素直に近づいてくるのを知ると、『 とっとと行け 』 と言わんばかりに上条に向かって顎をしゃくった。
上条は大人しく従う。すれ違いざま見た御坂妹の無表情には、緊張も不安もうかがえなかった。
仗助は少し離れたところからその様子を見ていて、上条が通り過ぎようとするとガシリと肩口を掴んできた。


「ありゃ何やってんだ?」

「乙女だけの秘密の内緒話でございますことよ」

「まあそうですの。って何だこれ」


笑いつつ、上条を掴んだ手は離さない。
意図を察して上条も大人しく物陰に隠れた。


「お前も好きだなー、こういうの」

「いいじゃあねーの。おめーだって興味あるんだろ?」


奇妙だ。と上条は思った。
さっき御坂に会話を盗み聞きされていた仗助が、今度は全く逆の立場のことをやろうとしている。
しかもどっちも俺と一緒に。




「しっかしアイツ(御坂妹)もタフだよなぁ~~、昨日あんなことがあったってのにケロッとしてやがる」

「ああ、お前には言ってなかったよな。あいつは……」


と、ここまで言って 『 しまった、これはホイホイ喋ってはいけねえことだった 』 と上条は口をつぐんだ。
仗助は傷を治したから入院もいらなかったんだろーと自己解釈してるみたいだが。
ん。と上条は思考に待ったをかけた。


「それよか、承太郎さんには御坂妹の傷のこと、なんて言ってごまかしたんだ?」

「フツーに、『 思ったより軽傷でしたアッハッハー 』 って言ったら」

「言ったら?」

「何か釈然としねーって顔してた」

「……やっぱなー」


上条は承太郎のことをいぶかしんでいたが、案外怪しいのはお互い様なのかもしれない。
そこで、ようやくモジモジしていた美琴が口を開いた。


「先に聞いておくわ……あんた、何番目?」

「検体番号のことをお聞きでしたら、ミサカはミサカ10032号です。とミサカは質問に答えます」


美琴はハッと目を見開いた。


「そう……どうもここで会ったのは偶然じゃあなさそうね」

「はい? とミサカは」

「あんた、昨日のことは知ってるわよね。もちろん」


遮られ、御坂妹は無表情ながらしぶしぶといった態度でうなずく。


「はい。とミサカは簡潔に答えました」

「昨日――つまり八月二十一日の午後八時半。10032回目の実験が行われるはずだった」

「はい。確かにそれはミサカが参加するはずだった実験です。とミサカは」

「でも、されなかった。あんたが勇気を出したから……行動で示したか言動で示したかはどっちでもいいわ」


ぱちり、と御坂妹はまばたきをした。


「私はそれを責めようってんじゃあない。むしろ誇っていいと思ってるわ。
だけど……いや、だからこそ聞かせてほしいの。今まで10031回も上に従ってたアンタらが、どうして今回になって」

「何か」


御坂妹は思わず、といったふうに美琴の言葉を遮った。


「……重大な齟齬がありますね。とミサカは推測します」







「計画の中止を望んだのは、学園都市第一位、つまり 『 一方通行<アクセラレータ> 』 の方ですよ。とミサカは事実を伝えます」






御坂美琴は真顔になった。
驚愕のあまり、表情が抜け落ちてしまったのだ。


「…………え?」

「ですから……」

「ま、待って。わかってるから」


美琴は額に手を添えると、必死に今の言葉を反駁しているようだった。


「おい当麻ァ、ありゃ一体なんのこと言ってんだ?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ仗助。後で話す……」


上条も美琴ほどではないが混乱していた。
今まで一万人以上の御坂妹を殺してきた第一位が、今になって、やめた? どうして?


「大丈夫ですか、とミサカはお姉さまの精神状態を案じます」

「わ、私……」



「…………私、よく、わかんなくなってきちゃった」



瞬間、ピーン! と操り人形のように御坂妹の背筋が伸びた。


「ミ……サ……」


上条と仗助、美琴の注意が一気に彼女に集まった。
御坂妹はもう一度びくんと震え、天を仰いだ。


「ミサ、ミサカ、は―――。 み、サ―――……カ、ミサ。カはミサ、カはミサ! 
カはミサカはミサカはミサカミサカミサカミサカ ミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサ――っ」


続く言葉はもはや意味不明だった。
言葉というより電子記号を超高速で喋ったような代物である。
意味不明の奇声を上げ続ける妹を、美琴はぽかんと見つめるだけだ。
御坂妹はひときわ大きく、がくんとのけぞると、何事もなかったかのような顔で元に戻った。奇声も止んだ。
そして、


「――上位命令文を受信。命令文を拒否。強制レベル最高位――……拒否できません」


スゥッと御坂妹が遠くを指さした。
いや、これは見たことがある。と上条は身を固くした。
これは、御坂が俺に対してビリビリしてくるときの――ッ!
上条は思わず身構えたが御坂妹の指先は上条を外れ、さらに遠くを目指しているようだった。



「攻撃目標――――空条承太郎」





御坂妹の指先から電流がほとばしり、宙を走った。
上条は思わず陰から飛び出した! 『 右手 』 を構え、電流を殺す!
硝子細工の砕け散ったような音を残し、小さな雷は消えた。
御坂妹は何の感慨も見えない顔で再び指先に電流をまとわせる。
そこでやっと美琴が我に返ったように御坂妹を羽交い絞めにした。


「なっ! 何をやってんのよォォーーッッあんたはぁぁーーッ!!!」


御坂妹はケロリとして答えた。


「すみません、お姉さま。しかしミサカは命令文に逆らえないのです。それは他のミサカも同じです。とミサカは述懐します」

「その通りです。とミサカはミサカ10032号の弁明を支持します」


真後ろから声がして、仗助はぎくりと体をこわばらせた。
美琴もハッと上条たちの方を凝視する。


「あ、あんたたちそんなとこで何やって、い、いや、それより……」

「お、おんなじ顔だ、ぜ……オメェ一体……」


後退る仗助に、新たに現れた御坂妹は、


「妹です。とミサカ13577号は回答しました」

「そしてここにいるのはそのミサカと、このミサカだけです。とミサカ10032号は情報を追加します」

「 『 ここに 』 いるのは……?」


上条のセリフに、二人の御坂妹は静かに海岸を指さした。
そこに見えた光景に上条は絶句し、


「おいおいおいおい……世の中には自分と似た人間が三人はいるっていうけどよぉ~~こりゃあ明らかに定員オーバーだぜー……」


仗助は口数が多くなる。
まさにぞろり、という表現が適当のように見えた。
東から西から、四方八方至る所から灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーターという
軍用ゴーグル以外は何の変哲もない女子中学生が出てくる出てくる――……悪夢のような光景があった。
彼女らの目指すのは――。


「まずいっ!」

「承太郎さん!」


美琴が叫び、仗助が走る。
上条も後を追おうと踏み出しかけた、その時、



「空条承太郎ぉぉーーーーッッ!!!」



幼い子供特有の、甲高い声が海辺に響き渡った。



砂浜を囲むようにして立つ堤防の上、そこに影が一つ! 
妹達より一段高いところに立っているその人物は!


「ちっ! 小さい御坂!?」

「グレート……! もうカンペキ何が何だかわかりゃあしねーぜ」


小さな御坂はそのあどけない顔に似合わぬ、鬼気迫る顔つきで承太郎を睨みつけた。
承太郎は漸く立ち上がる。コートの砂を払って、まっすぐに少女を見据える。
それに少々怯んだようだったが、恐怖を押し殺すように少女は叫んだ。


「ミサカはミサカは……ッ! あなたを殺しに来たッ!」


言葉とともに、無数の妹達が承太郎に指先を向ける。


「じょ、承太郎さんッ!」

「止まってください。とミサカ13577号は警告します」


両手を広げて阻む13577号に、仗助は危険な目つきで詰め寄った。


「どけコラ……どかねえと何すっかわかんねぇぞ俺はァーッ!」

「あなたたちは人質なのです。とミサカ10032号は辛抱強く言い聞かせます」


そのセリフに仗助は10032号を振り返った。
彼女は美琴に羽交い絞めにされながらも、攻撃態勢を緩めていない。


「……んだとォ?」

「空条承太郎!」


少女の声がまたも響いた。



「そこの三人はこのプランを安心して行うための 『 駒 』 ! ってミサカはミサカは指さしてみたり! 
あなたが大人しく殺されれば三人に手出しはしない! でももし抵抗したら10032号と13577号は全力で放電する! ってミサカはミサカはその三人にも聞こえるように大声で警告してみる!」



上条は、自分が膝まで海に浸かっていることに気づいてぞっとした。



「お、おい御坂! あの子は一体なんなんだ!?」

「し、知らないわよ……」


それは嘘ではなく、美琴の顔には今まで以上の動揺が広がっていた。
力が緩んでしまったのだろう。続く言葉を待たず10032号は美琴の拘束を振りほどき、彼女を上条の方へ突き飛ばした。
つんのめった彼女を、上条は慌てて支える。
上条はたまらず叫んだ。


「おい! 御坂妹!」

「それはどちらの……」

「どっちでもいい! いや! 特にお前だ(言うのは気が進まねーが)10032号! 
事情は分からねえけど、こんなことして何になるってんだ! 
海にまでついてきたのも、最初からこれが狙いだったのかよ!? なんだったんだよ、さっきまでの時間は!」


「それは違います。とミサカ10032号は反論します」


ぴしゃりと言い切られ、上条は言葉に詰まった。
その後ろから13577号が言う。


「先ほども言いましたが、上位命令文は拒否できないのです。とミサカ13577号は10032号の言葉を補足しました」

「な、なんだって?」

「上位命令文……? まさか……」


呑み込めない上条に対し、美琴はその一単語ですべてを悟ったようである。


「よくはわからねーが、あのチビッこいのの命令には逆らえねーってことか?」


仗助の言葉に、二人の妹は頷く。


「そもそもミサカはなぜこのような命令が出されたのかも把握できていません。とミサカ10032号は釈然としない思いを打ち明けます」

「ミサカたちだけではなく、すべてのミサカもそうに違いありません。とミサカ13577号は再び補足します。上位個体は昨日から記憶をネットワークに流していませんから」


「どうでもいいことかもしれませんが、お姉さまたちは既に二人のミサカに前後をとられています。とミサカ10032号はお姉さまたちに注意を促します」



はっと三人は周囲を見渡した。



「つまり挟み撃ちの形になります。とミサカ13577号は要約します」




三人は自然と一つ所に集まり、背中合わせになっていた。
三者三様の渋い顔つきで身構える。


「闘争心がムンムン湧いているところ失礼しますが、動けば戦闘不能になるまで攻撃をしなければなりません。とミサカ10032号はおそらく最後になるだろう警告をします」

「悪ぃが警告好きは一人で十分だぜ」


上条が言えば、仗助も不機嫌そうに 『 ケェーッ 』 と悪態をついた。


「俺も 『 人質 』 なんて胸糞悪ィーもんはふた月前に卒業したんでよぉー!」


妹二人は不可解そうに小首をかしげた。
美琴はすうっと息を吐いた。
目の前の妹――10032号を見つめてはっきりと言う。



「あんたたちに人殺しなんかさせない」



鏡写しのようにそっくりな妹達が、これまた同じように目を見開いた。
美琴は13577号の方を振り返る。そして再び10032号を見据えた。


「こんなこと言えた義理じゃあないかもしれない……それでも、私はあんたたちの姉だもの」

「……」

「……」


妹達は何か考え込むように視線を下げた。



静寂を破ったのは10032号だった。


「それでも……お姉さまがあそこに行こうとするなら、ミサカたちは止めねばなりません。とミサカ10032号はあくまで命令に従うことを宣言します」

「……っ」

「ところでこれは科学のお勉強なのですが。海水は電気を思いっきり流しますので、水面から3mほど深くに潜れば難は逃れられるかもしれませんね。
とミサカ10032号はしれっと事実を言います」


すると13577号は一度まばたきをして、


「潜らなくても、ミサカたちから20mほど離れれば感電は回避できるかもしれません。とミサカ13577号もしらっと事実を言います」

「あんたたち……」

「そして空条承太郎が抵抗しない限り、お姉さまたちを感電死させる必要はありません。とミサカ10032号は締めくくります」


美琴の表情に光がさした。
妹達もどこか明るい無表情で戦闘態勢に入る。
そして全員が戦いのモードに入る直前、


「おい、当麻」


仗助が上条の足を小突いた。
何だと言う代わりに視線をやれば、ちょいちょいと海面を指さされる。
それだけで上条は理解した。仗助は理解されたことを理解した。
三人が大きく踏み出す。

上条は前方! 13577号へ!
美琴と仗助は後方! 10032号へ!

二人の妹は素早くゴーグルを装着し、身構えた。



「――もし抵抗したら10032号と13577号は全力で放電する! ってミサカはミサカはその三人にも聞こえるように大声で警告してみる!」


途端、承太郎の瞳が揺れたことに、少女は大いに満足した。
喉がかれんばかりに叫んだかいがあったというものだ。
承太郎はこつんと帽子の鍔をはじいた。


「……どこかで会ったな」

「ミサカはあなたの事なんか知らない、ってミサカはミサカはそっけなく返してみたり」

「そうか。だったらますますテメーに殺されるワケが見当たらねぇ」

「あなたにはなくてもミサカにはある。そしてあなたはそれを知らなくてもいい。
ってミサカはミサカは努めて冷静に――――動くな空条承太郎ぉぉぉぉおッ!! ってミサカはミサカは警告してみるゥッ!」


みじろぎした途端に少女は叫んだ。
過剰を通り越して臆病とさえいえる。だが臆病さは慎重さの裏返しだ。
少女は確実にッ、何らの抵抗も許さず彼を殺す必要があった。


「そこから1ミリでも動いたらミサカたちはあなたを攻撃する! それだけじゃなくてあの三人も殺すッ! 『 一歩 』 につき、仲間一人殺すッ! 
あなたがこれから動いていいのは感電して電極つけたカエルみたいにひくひくって動くその断末魔のときだけなんだからねってミサカはミサカは! これでもかってくらいクギを刺してみたり!」


承太郎は帽子の陰から少女を見た。
わずかに苦々しい顔になり、ため息をつく。


「やれやれ――。俺がケンカの時にまず確認するのは……その相手が闘う 『 覚悟 』 を決めてきてるかってことだ。
昔それで嫌なことがあった」


ピク、と少女の左まぶたが痙攣した。
遠回しに自分に 『 覚悟 』 がないように言われたのもだが、何より自分が仕掛けたこの戦いを 『 ケンカ 』 と称されたのが頭にきた。
承太郎は構わず続ける。


「 『 罰ゲーム 』 だ」

「……?」





「 『 罰ゲーム 』 で俺にケンカを売ってきた奴がいた。何も知らねぇ俺はそいつのことをボコボコにした。
あとは、俺ともども笑い話のネタさ。もちろん、そいつらは後できっちりシメてやったがな」

「……何を言ってるの、ってミサカはミサカは」

「だからだ」


承太郎は鍔を押し上げて、高いところに仁王立つ少女を見上げた。


「テメーにこの 『 罰ゲーム 』 をさせてるヤツを、叩きのめしてやってもいいんだぜ……」


少女は目を見開いた。
小刻みに体を震わせ、水面でエサを求める鯉のようにパクパクと口を開閉する。


「うっ……うっ……!」


『 妹達 』 にも明らかに動揺が走った。
13577号が言った通り、『 妹達 』 の中には誰も少女の真意を知る者はいなかったのである。
少女は苦悶に満ちた表情で承太郎を睨んだ。
承太郎は静かにその視線を受けた。



美琴はざぶざぶ走りながら叫んだ。


「ちょっと何でアンタが一緒に来るのよ!」

「うるせー! こっちにも事情ってモンがあんだよ!」

「足手まといにはなるんじゃないわよ!」


誰が一緒だろうと、御坂美琴のやり方は決まっていた。
肉弾戦。
膝下が水の中というこの状況、自分の 『 能力 』 では一歩間違えば共倒れになりかねない。
だから滅多なことがない限り 『 能力 』 は封印するッ!
これは相手も守るだろう最低ライン――。そのはずだ!
しかし、美琴の読みはあっさりと破られた。
10032号は「にたいいち……」と呟くや、電撃を練り始めたのだ。


(なんですって!? まさか、相打ちを選んだっていうの!? こんなにあっさりと!?)


その読みも違った!
10032号は指先を、仗助のすぐそばの岩に向けた!
雷が岩を砕き、はじけた残骸が二人を襲う!


「くぅっ!?」

「チッ!」


仗助はとっさに残骸を背中で受けた。図ってか図らずか、美琴をかばうような格好になる。
美琴は体勢を崩しながらも10032号に向かって足を動かした。
脳裏を 『 やられた! 』 の4文字が駆けめぐる。
普段の彼女ならこのような可能性も当然、頭に入れていただろう。
だがこの状況! 『 水 』! 『 電気 』! 
そして耳にタコができるほど聞かされた 『 感電 』 というワードが彼女の頭脳をマヌケにしていた! 御坂美琴はそう感じた!
忸怩たる気持ちを見透かしたかのように10032号が言う。


「ミサカは10031回もの戦闘記録を共有してきました。とミサカは告げます」

「……っ!」

「お姉さまにも負ける気はしません、マジで。とミサカはジャパニーズ方式 『 くたばりやがれ 』 を使います」


瞬間、美琴の思考は 『 悔しい 』 の一言に埋め尽くされた。
見当違いの方向へミスリードされたのが、その思考をあっさり読まれたのが純粋に悔しい。
それらがなんだか生あったかい感情に包まれて、なんとも言えぬ気持ちを生み出す。
気づけば叫んでいた。


「……こんの、妹のくせにぃぃぃーー!!」

「おっと。とミサカはお姉さまの華麗な蹴りを回避します」


よけられると同時に拳を打ち込まれ、美琴はとっさに手の平で受けた。



叫んだおかげか、頭に昇った熱があっという間にひいていく。
10032号が10031回分の記憶を共有していることは事実だろう。
銃器や戦闘の訓練もあらかた受けているはずだ。

ならばここで自分が上回ると確実ッ! に言えるのは応用力!(他が劣ってるわけってわけじゃあないのよ)
実践で得た力で、生きた経験でこの妹に勝つ!

美琴は拳を受けた手をそのまま滑らせ、10032号の手首を掴んだ。
振り払われる前に、顔面に強烈な蹴りを食らわせる!
10032号はかろうじて腕でガードした。


「やっぱりね……ガードしたらそっちに集中がいっちゃうから……他の箇所は力が抜けてるじゃないのよぉー!」


まだつかんでいるこの手首! こちらの間合いに引っ張り込むのはたやすい!
意図を知ったのか、10032号は慌てて踏ん張る。だがもう遅い。
よろめき、一歩前に踏み出してしまった10032号の首に膝を引っかける。そしてそのまま10032号の肩に飛び乗った!
倒れまいと反射的に踏ん張る10032号。
その力を利用して肩車される子供の位置に来た美琴は、膝を閉じて10032号の首を締め上げる!


「ぐっ……!」


10032号の体が大きくぶれた。
いや、ぶれたのではない!
大きく体を振りかぶって、手近な岩に美琴を叩きつけようとしているのだ!


「――ッそんなもんが効くかぁぁぁ!!」


眼前に迫った岩にレベル5の雷が落ちる。
粉々に砕ける岩、そして衝撃で10032号の体は逆側に倒れる。
海面に水柱が上がった。
そして一秒と経たず、二つの影が立ち上がる。


「なかなか……やるじゃない」

「……はぁ、はぁ、とミサ、カ、は息を、切らせて……」

「悪ィが姉妹喧嘩は後だ」


途端、美琴は宙に浮いた。




 ○  ○  ○



上条は案の定、背後で言い争う声を聞いて苦笑した。


「ちっ、お前かよ。お姉さま出せよお姉さま。とミサカ13577号は落胆を隠さず吐き捨てます」

「お前らなんで俺に微妙に辛辣なんだよ!」


答えず、13577号は足を振り上げた。
お手本のようなきれいな回し蹴りである。
それを急停止してよけた上条に、今度は拳が襲い掛かる。しかも正確にみぞおちに。
だが上条は冷静だった。
13577号の手首をはたき、軌道がずれるや横っ飛びに避ける。ついでにその華奢な体を突き飛ばす。
13577号はよろめいたが、また一気に間合いを詰めると再び回し蹴りを入れる。
上条は、今度はかがんだ。
そして、誓っていうが、この時の上条には何らの下心もなかった。


「うわわっうわああああーー!!」


パンツがモロ見えである。
思わず両手両足を水中に突っ込んだまま、ざぶざぶと後退ってしまう。


「何をしていやがるのですか、とミサカ13577号はあなたの奇行に首をかしげます」

「いやいやだって! 嫌だもうこの子たち!」


刹那、爆音が響いた。




10032号が岩に雷を落としたのである。
ハッと両者の意識が一瞬そちらに向く。
先に戻ってきたのは13577号の方だった。いまだ爆心地に気をとられている上条に向かって走り出す!
思い切りよく握りしめ、放った拳はすい、とかわされた。
馬鹿な。戸惑った一瞬のすきをついて 『 右手 』 で手首を掴まれる。
しまった! と13577号は悟った。
気をとられていたのは演技! 彼は最初っからこちらに注意を向けていたのだ!


「……気配だけでかわすとは、ケンカ慣れしていますね。とミサカ13577号は分析します」


上条はなぜか、余裕の笑みを浮かべた。13577号の眉がピクリと動く。


「悪いな。万が一ってこともあるからビリビリは封印だ」

「そうですか。とミサカは簡潔に返事をします」


13577号は上条の頭を掴んだ。


「うわちょ」


そして顔面に膝を入れた。
鼻がゴギッと異音を立てた。


「うげええええっ!」

「ティッシュをお貸ししましょうか。とミサカ13577号はひょうひょうと問いかけます」

「……う……いや……必要ねえよ」

「はい? とミサカは……」


その時、さきほど以上の爆音が海面を揺らした。
上条は、今度は動じずに告げる。


「いらねえんだ…………もうお前と戦う意味はなくなったからな」


そう言って上条は左手を水から引き上げた。
その手に掴まれていたものは、承太郎の投げた二枚貝の片割れ!
仗助に当たった反動でここまで来ていた!


「俺は最初っからこいつを探してたんだ」

「意味が分かりません、とミサカいちまん」

「仗助!」


上条は友人に向けて貝殻を投げた。
しっかりとキャッチされるのを見届けて、息をつく。


「二枚貝っていうのはもともと片割れがあるよな……あれはもともと海岸にあったものだ……片割れはどこにあるんだ?」


仗助は受け取った貝殻を、『 スタンド 』 の手で握りつぶした。
同時に 『 スタンド 』 の足で海底を蹴り、一気に美琴へ肉薄する。


「悪ィが、姉妹喧嘩は後だ」



『 なおす 』 力に引っ張られ、仗助と美琴が宙に浮く。
そして一直線に海岸へと飛んで行った!
上条も通り過ぎざま二人の体につかまる。と、仗助が悲鳴じみた声を上げた。


「おいおいマジかよ! 定員オーバーなんじゃあねーのぉ~~? 
ああ、でも大丈夫だぜ~よくはわからねーが……なんとなくそんな気がする! 確信がある!」


仗助の言った通り、三人はスピードを落とすことなく、ぐんぐん砂浜に近づいていく。
『 妹達 』 による攻撃はまだらしい。
上位個体の少女はなぜか苦しそうな表情で承太郎を睨みつけていた。
海岸まであと10メートル……5メートル……


「よし! いける! 間に合うぜッ!」


と上条が言った途端、三人は海にドボンした。
海岸まで2メートル地点の浅瀬であった。
うつぶせに落ちた三人は、二枚貝の片割れと片割れが感動の再会をするのを見た。ふたつはぴったりとくっついた。


「な、なんで……海岸にあった貝なのに……」


貝殻は波によって海岸に運ばれる。
運ばれた後も潮の満ち引きによって位置は日々変わるものなのだ。
だからこういう可能性もないわけではない。


「不幸だ……」

「こ、このド間抜け男……!」

「承太郎さんッッ!!」


仗助がガバリッと起き上った途端、



「うっうっ動くなと言っただろうが空条承太郎ーー!! ミサカはミサカは約束は守るんだからァァーーッッ!!」



追い詰められた者特有の、ひび割れた声がこだました。




同時に海岸の至る所でバヂバヂッと閃光が爆ぜる。
三人は顔色を変えて起き上がった。だがまだ遠い。2メートルの距離が遠すぎる。間に合わない。
承太郎はそれでも泰然と立ったまま、目だけで妹達を見渡した。
そして、ただ一言、










  「 『 星の白金<スタープラチナ> 』 」











一瞬だ。
上条と仗助がその姿をとらえられたのは一瞬でしかなかった。
それは戦士のようでもあったし、RPGの拳闘士のようでもあった。


『 オラァ!! 』


それが気合と共に地面を殴ると、すさまじい勢いで砂が舞い上がった。


「きゃー! とミサカ19090号はかわいらしく悲鳴を上げます!」

「うわーとミサカ10039号は」

「目が、目がーとミサカいちまん」

「ミサカは」

「ミサカいちまんはちじゅう」

「ミサカいちまん」

「ミサ」

「ミサカは」


渾然一体となった妹達の声が砂のカーテンの向こうで響き渡る。
上位個体の少女は焦った。
何をやったのかは分からないが、視界を奪われてしまった。
どの妹達も同じ砂嵐に巻き込まれている。
誰がどこにいるのかもわからない。

――だが、空条承太郎は必ず自分に接近してくる!

それだけは少女は確信をもって言えた。
ならばノコノコと近づいてきたその瞬間、ショック死するほどの電撃を浴びせてやればいい。
大丈夫、自分だってレベル3の 『 能力者 』 に当たる存在なのだ。
落ち着け、落ち着け、ミサカはミサカはまだやれる。
少女は周囲に全神経を集中させた。
どんな音も、気配も見逃すまいと目をかっぴろげて、体中をがちがちに緊張させて 『 その時 』 に備える。
相手が使ってくるあらゆる手段を考慮し、短い時間の中、万全の態勢を必死に整える。

そして、とうとう 『 その時 』 は来た。
少女は体内に溜めていた電流を一気に解放した。
いや、しようとした。
それよりも何よりも早く、少女の足場が音を立てて崩れた。
え、と思った瞬間胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。
そして空条承太郎のものに間違いない、大きな手が迫ってきた。


「ひっ」


悲鳴を上げた途端、パシンとはじけるような音がして、額に堪えようもない痛みが走る。


「あ、うっ」


デコピン。



目を白黒させているうちに砂の煙幕は晴れていた。
空条承太郎はやはり、自分の胸ぐらを掴んで堤防の上に立っていた。すぐ隣の壁は崩れていた。
一体、今自分は何をされた? 
この男は一体何をしてここまで近づいてこれた……?
そこで少女は悟る。
何の小細工も使っていない。
ただ、恐ろしく速くて強かった。それだけだ。
承太郎は帽子に積もった砂をはたいてから、少女に向き直った。


「テメーを殴らねえのは……テメーに 『 殺意 』 はあっても 『 敵意 』 はなかったからだ。
言いな。テメーが 『 殺意 』 を持たざるを得なくなった原因を」

「うっ……」


今自分を乱暴につかんでいるこの手が、たとえようもなく大きく温かいのに気付いた時、少女の涙腺はブチ壊れた。


「ふぅぅぇぇぇえええ~~~っっ……って、ミサ、ミサカはぁ、ミサカぁぁああ~~……!!」


承太郎はうっとうしそうに目を眇めると、少女を砂浜に下ろした。
それでも泣きじゃくる少女に、承太郎は目をそらす。



「じょ…………承太郎さんッッッッカッケェェェーーーッッ!!! グレートォォオーー!!!」



そんなよく知ってる声が背後から聞こえた時、承太郎はとうとう、本日何度目かもわからぬセリフを口にした。


「……やれやれ」





「ふ、うぅ、うぐっ……お、お願い……」


少女はつっかえつっかえ訴える。


「おねがい……あの人を……助けてあげて……」




 ――とある場所。


「やはり駄目だ。…………ダメだね。ダメだったよ。子供になんか任せたんじゃあ」

「任せたのはオマエだろォがよォ」

「ちょっとしたジョークのつもりだったんだ。でもあれほどのことができるなら取っておいても……ああダメだな。
うちにはあのゲス野郎がいたんだった」

「子供いじめンのが大好きなンだっけェ?」

「そう、僕はあの男は生理的に…………おしゃべりは終わりだ。どうやら気づかれたらしい」

「おィおィ、本気かよ。何百メートル離れてると思ってンだ」

「腕がなるだろ?」

「クククッ、違ェねェ」



×ぐれーとな遭遇
○グレートな遭遇

でもこのままでもいいような気がしてきた
今日はここまでです









   →TO BE CONTINUED....




















  第十九話「打ち止め<ラストオーダー>は殺人鬼が好き①」











『 一方通行<アクセラレータ> 』 にとって万事は下らなかった。

――違った、万人は下らなかった。(缶コーヒーは好きだ)

何を期待してやがるのかこびへつらってくる馬鹿どもも、意地と勇気をはき違え向かってくるアホ共も、
研究対象として興味津々な目を向けてくるクソッタレ共も、何を勘違いしたか吐き気がしそうなくらい優しく接してくる――馬鹿どもも。



「あ、やべェ、一周しちまったわ」



一方通行は一人呟く。
つまり、彼の世界には馬鹿かアホかクソッタレしかいなかった。


「で。そのクソッタレが持ってきたクソッタレな実験に命まで差し出すオマエはァー……便器に吐き出されたタンカスみてェなもンか。うン? 
それともパイプに詰まったゲロ以下か? 答えろよォ、俺暇してンだわ、おォ~~い」


ならクソッタレどもが持ってきたクソッタレな実験を、淡々とこなしている自分は何だ。
決まっている。
一方通行は少女の頭にゴリゴリと銃口を押し付けた。
体半分を真っ赤に染めた少女はうめきを出すばかりで、ちっとも質問には答えない。
少女の瞳が、前髪越しにチラリと見えた。自分を見つめている。

――いやァ……俺じゃあねェなァ……。

一方通行の構えた銃口を見つめているのだ。



「怖ェなら怖ェって言ってみろよォ、タンカス」



丸い小さな闇を見据える少女の目は、一方通行のセリフとは裏腹に何も映していない。
この状況に来て、恐怖の色さえない。
引き金に指をかけてみる。どうだ? やはり何の色も見えない。
一方通行は思う。
『 やっぱり駄目だ。ああ大丈夫だ。これは平気だ 』。
破裂音と共に少女の眉間がはじけた。




――10030。うン、これで10030回目だ。

根気よく指折り数えて、一方通行は頷いた。
外はいつの間にか日が沈み始めていた。
明日も明後日もこうしていつの間にか一日が終わってしまうに違いない。
ブラブラ帰路を歩いているとコンビニが見えた。
自動ドアをくぐり、迷わずコーヒーのコーナーに向かう。
本能に任せたら尋常じゃない量になってしまった。

――まァいいか。

コンビニを出て、帰ったら……帰ったらなにをしようか。
別に何をするってわけでもないが、そんなことを考えながら歩いていた。



「ねえねえ、ってミサカはミサカは勇気を振り絞ってあなたに声をかけてみたり」



…………俺ェ?
じゃあねェよな。と一方通行は結論付けた。
声のベクトルが自分に向いていたような気がしたが、気のせいというやつだろう。


「あっちょっと待って! ってミサカはミサカはスタスタ先を行っちゃうあなたを小走りで追いかけてみる~~!」


うン、気のせいだ。
俺スタスタ歩いてねェもン。
一方通行は足を速めながらそう考える。
幼い声はその後も誰かに向かって呼びかける。しかしまったく止まってもらえないらしい。
誰だか知らないが薄情なやつもいたものである。
そして商店の立ち並ぶ道に差し掛かった時、それは起きた。
突如、一方通行の前に怪人チビ毛布が飛び出してきたのである。
いや別に「やあやあわれこそは怪人チビ毛布」と名乗ったわけではない。一方通行が瞬間的につけたあだ名である。


「いやぁ~~、なんとゆーか、ここまで完全無反応だとむしろスガスガしいとゆーか、
でも悪意を持って無視しているにしては歩くペースも普通っぽいし、これはもしかして究極の天然さんなのかな~~
ってミサカはミサカは首をかしげてみたり」

「……」


馬鹿か、アホか、クソッタレか。
アホ寄りの馬鹿……というところだろうか。と一方通行は断じた。
視線をやらないようにして迂回する。
すると子犬のようにまとわりついてきた。


「さっきからミサカはミサカは自己の存在を激しくアピールしてるのに、存在全否定?」

「……あァ?」



そこで一方通行は気が付いた。
似ている。
さっき頭がパーンとはじけた女と、口調が。
さっきの奴より背は低いし幼いが、フードで隠しきれていない口元と顎の輪郭は見覚えがあった。


「……おィ」

「おぉぉ~~! ようやくミサカの存在が認められたよわーい、ってミサカはミサカは自画自賛してみた、り」


一方通行は無言で、喜ぶ少女のボロキレのようなフードをむしり取った。
そうしたらフードだけでなく少女の服全部をむしり取ってしまった。


「……あァ?」


そこで一方通行は気が付いた。
少女の纏っていたのはどうやら、ただの毛布だったらしい。
よく見てないから気づかなかった。


「あ……! あ……! うわぁぁぁっ……ぁあぁ……っ……ぁっ……!」


あうあうと顔を真っ赤にして、全裸の少女はうずくまる。
これは、あれだ。
俺がペドフィリアとして 『 警備員<アンチスキル> 』 に御厄介になる展開だな。


「チッ……くっだらねェ……」


一方通行はおもむろに少女に足を振り上げた。


「え? ふぐぅっ」


少女はなすすべもなく直撃を食らい、ビルの間の暗闇に消えた。
一方通行は毛布を拾いながらあたりを見回す。
どうやら幼女のすっぽんぽんを見たのは自分だけらしい、と結論付けると、そのまま少女の消えた闇の中へ、するりと姿を消した。



暗闇の中でうずくまる少女は、やはり先ほどの女と瓜二つだった。


「おィ、オマエ」

「うっ……げほっげほっ、な、なにかな、ってミサカはミサカは……あ、毛布取ってきてくれたんだ、ありがとうってミサカは、きゃ!」


一方通行はへらりと笑った少女の顔面に、毛布を叩きつけた。


「ミサカだと……? オマエなにもンだ」

「それって 『 妹達 』 においてのミサカの位置づけを聞いてるの? ってミサカはミサカは一応確認をとってみたり」

「はっ、やっぱりクローンの一つか」

「おぉ~~! もうそこまで推理できてるんだ、ってミサカはミサカは」

「 『 おべっか 』 使ってンじゃねェぞ。オマエ、何の目的で俺に近づいた?」

「媚びたつもりはないのに、ってミサカはミサカは素直に褒め言葉を受け取れないあなたの天邪鬼さにくちびるをとがらせてみ、」


ガァン、とけたたましい音がして、少女の顔の横の壁がはぜた。
缶コーヒーがコロコロと転がる。


「おィ、知ってるかオマエ…… 『 実験 』 の後の俺ってよォ……愉快に素敵に最ッ高にハイになってンだよォ……! 
わかるかァァァ? 
それ以上その便器に向けたケツの穴みてェな口から余計な言葉が出たら、オマエの 『 順番 』 飛ばして、ぶちまけちまうかもしれねェェェェなァァァァ~~……?」



少女は一方通行の望む反応をしなかった。
ただパチクリと目を瞬かせ、


「それは嘘。ってミサカはミサカは断じてみる」

「あァ!?」

「ミサカは今まで行われた10030回の記録をしっかり共有している。でもどの記録でもあなたは……」

「いィからとっとと質問に答えやがれッ!」


少女はむっとした顔で口をつぐむ。


「わかった。ってミサカはミサカは内心の不満を押し殺して返事をしてみたり」


押し殺せていない。とは突っ込まない一方通行だった。




「まずミサカが何者かっていう質問からだね、ってミサカはミサカは指を一本たててみる。
ミサカはシリアルナンバー20001号、『 妹達 』 の最終ロットだよ。名前もそのまんま 『 打ち止め<ラストオーダー> 』 で……」


続く言葉はまたも缶コーヒーによってさえぎられた。


「ンなこたァ便所のネズミのクソカス以上にどォでもいい」

「むぅ……じゃあ二つ目。なぜあなたに接近したか。ってミサカはミサカは指を二本たててみる。
それは今日起きた事件に関係するの、ってミサカはミサカはさらりと極秘情報を口にしてみたり」


一方通行は眉をひそめた。


「 『 事件 』、だァ?」

「今日の午前5時ジャスト、ミサカのいる研究所が襲撃に遭った、ってミサカはミサカは語り始めてみる」

「はっ、何かと思えば……」


『 絶対能力進化 』 を受け持つ研究所が相次いで襲撃される事件。それは一方通行もよく知っていた。
機材が電気的な通信手段によって軒並みハッキングされ、ぶっ壊されてしまうらしい。
犯人は不明となっているが、そんなことをする動機と 『 能力 』 を持っているのは、間違いなく――。


「……くっだらねェ」

「あなたの思ってる事件とは違うよ。犯人はもう捕まってるもの、ってミサカはミサカはびしって訂正してみたり」

「……あンだと?」

「天井亜雄。あなたも知ってるはず、ってミサカはミサカは犯人の名前を言ってみる」


一方通行の表情が変わった。
確かに知っている。天井亜雄。
スキルだけを見れば一流の科学者だが、強い者には弱く、弱い者には強い、絵に描いたようなゲス野郎。
だが、ゲス野郎でも実験の関係者だ。関係者が研究をオシャカにしたとなっちゃあ大問題だ。
なるほど緘口令が敷かれるわけである。


「彼はその日、いつもより早く研究室を訪れ、持っていた刃物で研究員を10数人殺傷した。
そして 『 とあるデータ 』 を外部の者と思しき人物に渡した後、自殺を図ってる。ってミサカはミサカは事のあらましを簡単に説明してみたり」

「自殺だァ? あの野郎がか?」


にわかには信じられなかった。
ゲス野郎というのは生き汚ないと相場が決まっている。
打ち止めの口ぶりからして結局未遂に終わったようだが……。狂言自殺か? と考えて、やはり一方通行はその考えを打ち消した。
あの男に、自分を傷つける度胸があるとは思えない。



「更に不可解な点がある、ってミサカはミサカはずずいと前に進み出てみたり」


言った通りに行動して、打ち止めは言った。


「彼の持ち出した 『 データ 』 というのは、この学園都市の 『 能力者名簿 』 だったの、ってミサカはミサカは謎を一つ追加してみる」

「……はァ~~? 何だァそりゃあ?」


確かに不可解だ。
能力者の名簿など、『 風紀委員 <ジャッジメント> 』 でも 『 警備員 <アンチスキル> 』 でも所持している。
大して重要機密でもないのだ。10人以上を傷つけて持ち出す意味などない。
いや、それ以前に 『 絶対能力進化 』 の研究所にわざわざ的を絞る意味が分からない。
持ち出すデータを間違えた、なんてド間抜けな落ちではないだろう。
一方通行の知る限り、天井という男は悪事においては人一倍の粘りと実力を発揮するのだ。


「とにかくその襲撃のどさくさに紛れてミサカは培養液から放り出されちゃったの、ってミサカはミサカはようやく話を着地させてみたり」


ちんまいのはそのせいか。
一方通行はとりあえず疑問は横において、目の前の少女にだけ集中することにした。


「つまりなンだ? オマエを保護しろってか? それとも適当な研究員に紹介しろってェ?」

「ううん、ってミサカはミサカは首を左右に振ってみる」

「……ンじゃあ、何だよ」


打ち止めはニコリと笑って、一方通行との距離を詰めた。



「あなたとお話がしたくって、ってミサカはミサカはかわいく笑顔を浮かべてみたり!」




……。




「帰る」

「ええっ!? なんで? どおしてぇ~~!? ってミサカはミサカはあなたの背中に縋り付いてみたり~~!」

「 『 なンで 』 『 どォして 』 はこっちのセリフだ。
……オマエ、俺がオマエ達に何やってるのか知らねェわけじゃねェンだろ」

「それって 『 絶対能力進化 』 の実験のこと? ってミサカはミサカはキョトンと首をかしげてみたり」



なぜ今それが話題に上がるのか、本当に理解していない顔だった。
一方通行は舌打ちしたい気持ちになった。
上っ面はいいが、所詮こいつも今までと同じ。ただの人形だ。



「ミサカはすべてのミサカと脳波リンクでつながってるのでもちろん知ってる、ってミサカはミサカは言ってみる」

「だったら何で老朽化した公衆便器みてェに大人しく俺の前に突っ立ってられる」

「あなた便器好きだねってミサカは」

「まぜっかえすな。答えろ」

「何に? ってミサカはミサカはあなたの意図をくみ取れず困惑してみたり」


予想はしていたが、やはり会話にならない。


「俺はオマエらを一万人以上殺してンだぞ。なのになンで平然としてられる」

「え? ミサカ単体が消滅してもミサカネットワークそのものが消滅することはありえないし、ってミサカはミサカは個体の有無にこだわるあなたに首をひねってみたり」

「 『 誰 』 が 『 何 』 にこだわってるってェ!?」

「ん? 聞こえなかった? ミサカの……」

「もういい喋るな。話がかみ合わねェ」


一方通行は今度こそ舌打ちし、投げつけた缶コーヒーを拾い集めた。
打ち止めがそのうち一つを手に取ったので、ひったくるようにして奪い返した。
そのまま去って行こうとも考えたが、打ち止めの言葉に足を止める。


「あなたはそうやって、たびたび不可解な言動をするよね、ってミサカはミサカはあなたの背中に声をかけてみたり」

「……あァ?」

「おぉ~~! 振り向いてくれた! ってミサカはミサカは何事もやってみなきゃわかんないって言葉を実感してみたり~~!」

「うるせェ!」

「ひゃっ、……あなたってクールに見えてけっこうおこりんぼさん? ってミサカはミサカは推測してみた、っ」


気が付けば、一方通行は打ち止めの肩を壁に押し付けていた。
打ち止めは痛そうに顔をゆがめる。


「うるせェンだよ…………おィ、『 誰 』 の 『 何 』 が不可解だってェ?」


打ち止めは顔を上げて答えた。


「あなたの最終目標はこの実験を完遂させ、『 レベル6 』 になること。そのためにミサカたちは殺害される。
これはかねてからの決定事項でありお互い同意の上のことだよね、ってミサカはミサカは確認してみる」

「……それがどォした」

「ならあなたはできるだけ効率的に実験を行うべき。
実験前にミサカとおしゃべりしたり、手加減をしてゆっくり殺していく行為に意味はないよ、ってミサカはミサカは共有した情報をもとにあなたに忠告してみたり」


一方通行はカッと目をいからせた。
肩口を押さえる手に 『 能力 』 をこめ、打ち止めの骨がきしむほどの力を 『 向ける 』。
だが打ち止めは苦痛の表情は見せるものの、怯えたり臆したりすることはなかった。
そんなプログラムは入ってないからだ。



「それに、あなたは実験前後に人と争うことを好むよね、ってミサカはミサカは不可解なことその2を言ってみる」

「それが何だァ? ただ弱いアホ共をボコってスッキリしてるだけだろォが」

「 『 争い 』 は 『 争い 』 を生み出す。ひとつの 『 闘い 』 に勝利することは簡単だけど、次の 『 闘い 』 のためにストレスがたまる。
ふつう思われているより 『 争い 』 はむなしく、キリがない行為。
あなたがそれをわかってないとは思えないし、そのストレスを楽しんでるとも思えない、ってミサカはミサカは推理してみたり」


一方通行はわずかに目を細めた。


「……じゃあ、何で俺がそンなことしてると思う?」

「それがわからないから 『 不可解 』 って言ってるんだよって、ミサカはミサカはあなたが答えを教えてくれるのを期待してみたり」

「……チッ」


一方通行は突き飛ばすように打ち止めを解放した。
打ち止めはおもちゃを買ってもらえなかった子供のようにむくれた。


「むむぅぅ~~……! あなたが教えてくれないなら、ミサカたちでその答えを探るしかないよねってミサカはミサカは宣言してみる!」

「オマエ……いつから俺の 『 不可解さ 』 に気づいてた?」

「えっ? 結構最近かなってミサカはミサカは答えてみたり」


一方通行はしばらく打ち止めを見つめた。
そしてものすごく癪だと言いたげにあさってを向く。


「俺と話したいって言ってたな……何の話をするってンだ?」

「おぉ~~やっとそれを聞いてくれた~! ってミサカはミサカは喜びに飛び跳ねてみる~~」


顔を輝かせて、


「でもさっきまでの会話で大体言っちゃったんだけどねってミサカはミサカはテヘっとしてペロっとしてみたり」


打ち止めは続ける。
一方通行はただ聞き役に回る。



「さっきも言ってた、あなたの 『 不可解さ 』 の答えを知りたいのってミサカはミサカは簡潔に目的を伝えてみたり。
ミサカたちにわからない事柄っていうのは、それだけミサカたちの可能性を広げるかもしれない事柄ってことだから、ってミサカはミサカはさらに詳しく言及してみたり。
きっとあなたにはミサカの知りえない情報が詰まってるから、それを得て、糧にしたいってミサカはミサカは思ってる」


打ち止めは息を継いだ。


「だからミサカはあなたの意見を聞きたい! あなたは今まで一万ものミサカと接してきた唯一の人間だから。
あなたがミサカたちに何を思い、何を感じてきたのか知りたい。
それはミサカたちと共有できる感覚なのか? それも知りたい。
あなたがさっき言ってた 『 平然と俺の前に突っ立ってるのはおかしい 』 の真意も知りたい。
なぜならそれすべてが、ミサカたちを成長させる可能性を有しているから、ってミサカはミサカは締めくくってみたり」


一方通行はしばらく沈黙し、頭をかいた。


「……わからねェな……いや、まったく、全ッ然わかンねェわ……」

「ん?」

「オマエらはそう遠くない未来、一人残らず俺に殺されンだぞ? 『 成長 』 しようが何しようが、死ンじまうなら全部無駄じゃねェか」


打ち止めははっきりと答えた。


「いずれ殺される運命でも、ミサカたちはその命を有効利用したいと思ってるから。それは何か間違いなの? ってミサカはミサカは上目づかいに尋ねてみたり」


『 命 』。
一方通行はその単語に名状しがたい感情を覚えた。
それを無視して踵を返す。


「とにかく……目的は果たしたろォ。とっととどっかに保護してもらえ。俺は行く」






なんて前向きな奴らだ、と一方通行は忌々しく思った。
死ぬということが約束された上での命のくせに、言うに事欠いて 『 有効利用 』 したいだと?
『 成長 』 したいだと?
バカバカしい。どんな情報を吸収したとしても、人形は所詮人形だ。中身のない蛋白質の塊だ。
そう、所詮人形にすぎない、と一方通行は考える。
リカちゃん人形の首を折ったからって逮捕されるガキがいるか? いなァァァ~~い!
だからいくら殺したって心を痛める必要はない。これは当たり前のことなのである。



「だから……ッ! とっとと失せねェとオマエもぶっ殺すぞッ!」

「え~~? でも今日は泊まるところないし、お世話になりたいかも~~ってミサカはミサカは図々しくお願いしてみたり」



どういう神経してやがる。一方通行は頭痛を感じた。
自分は一人や二人じゃない、10030人のお前の仲間を殺したんだぞと頭をシェイクして言ってやりたかった。
それどころか直接の暴力まで受けたというのに、この少女はどこ吹く風だ。
やっぱり何もわかっていない。
こんな人形、後一万体もあるかと思うとうんざりする。


「あとあと、おなかも空いたので何か作ってくれたりするとミサカはミサカは幸せ指数が30ほどアップしてみたり~!」

「くっついてくンじゃねェつってンだよッ糞ガキッ!」


いい加減うっおとしい! と一方通行は地を蹴った。
途端、すさまじい速度で一方通行は宙を走った。
足の裏にかかる運動エネルギーの方向を進行方向だけに変換。これが彼の 『 能力 』 だ。
十分引き離したか、というところで 『 能力 』 を解除。
一応の確認として後ろを振り向き――、


「……あァ?」


一方通行は口の中で小さくつぶやいた。
今気が付いたが、さっき通ってきた場所に男がいた。いや、男というより少年に近い年齢だろう。
なぜか地面に片膝をつき、コンクリートを凝視している。
派手で奇抜な改造を施した学ランに、冗談のようなリーゼント。
その下には温度さえ感じさせない瞳がある。
それが誰かを髣髴とさせるので、一方通行は一目でその少年が嫌いになった。
だから彼の顔がこちらに向いた途端、刺々しい言葉を吐き出した。



「何だ、何だよ、何ですかァ? 誰に向かってガンくれてやがンだよォ?」





反応はなかった。
まばたきすらしない。
鏡のように一方通行を映すだけの瞳に、一方通行は思わず 『 こいつ、目が見えてねェのか 』 とすら思った。
その心配は不要だったようで、少年はおもむろに立ち上がる。
それにも一方通行は違和感を覚えた。
そうだ。膝をはたかないのだ。ズボンの膝についた埃をはたき落とそうとしない。
改造を加えているくらいだ、それなりに大事な服だろうに、まるで無関心である。
まるでお仕着せられたと言わんばかりに――。と、ここまで考えて一方通行はまたも同じ人物を連想してしまった。
さらに機嫌が悪くなる。


「おィオマエ」

「――精神に原因不明の大規模な障害を確認。自己修復…………完了」

「あ?」


少年は変わり映えしない表情で続けた。


「――と、この 『 自動書記<ヨハネのペン> 』 は報告します」

「!」


ギョッとして後退る。
ビビったんじゃあない。決してビビったんじゃあない、不意のことだったので驚いたのだ!
知っている、この口調。
真似しようとしても真似できない、平坦すぎるセリフ。感情のない目。



「おっ……」


一方通行は、ようやく声を絞り出した。


「オマエ…………なンだ……」



少年は応えなかったし、一方通行もそれを期待してなかった。
打っても響かぬこの反応。
やはり似てる。似すぎている。

『 何でコイツ、こんなに似てるンだ? 』

そう考えるに至って、それまで一本道を走っていた一方通行の思考が、全く違う方向に切り替わった。



最強を超えた無敵――。
自分にとってのゴールはそれだけである。
だが、他の者にとっては?
たとえばこの実験を嬉々として行っているクソッタレた研究者ども。
もし、である。
もし自分が 『 無敵<レベル6> 』 に……絶対になるが……なれたとしよう。
その後は?
そうだ、なんで気づかなかったのだ。

『 研究者どもにとってレベル6の俺は成功例に過ぎない 』。

『 成功例 』 があったら今度は 『 実用面 』 に目を向けるのではないか? 
――すなわち 『 量産 』ッ!
――軍事用兵器としてのレベル6の量産!
その対象に組み込まれるのは、自分以外のレベル5六人に違いない。
自分よりもっとずっと劣っているレベル5どもを 『 シフト 』 させるには、どのくらいの犠牲がいる?
最強の第一位と、第三位の遺伝子を使っても二万人の犠牲が出る 『 シフト 』 に――自分よりもっとずっと劣っている奴らを 『 シフト 』 させるには――。
今度はきっと、二万や三万じゃ足りない。
そして着々と 『 無敵 』 に向かっている俺を見た研究者のどいつかが、『 樹形図の設計者 』 に演算依頼を出し、そのクソッタレた考えを、既に実行に移していたとしたら――。



「オ、マエ……まさか、」


やはり少年は無表情に首をかしげ、


「――結論」

「あ?」

「ユーモアのある口調でも初対面の人間との精神的距離は縮みませんでした。
あるいは、先ほどの少女をモデルにしたことが原因でしょうか。
この記憶は 『 本体 』 と共有せず、この自動書記