ロ級「ヒィ……ッ!」ブルブル
初春「やけに表が騒がしいと思うたのじゃ……」ハァ
初春「深海棲艦の子よ、わらわの家の庭で何をしておる?」
ロ級「……」ガタガタ
初春「なに、とって食いなどせぬ」クスッ
初春「さぁ、話してたもれ」
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ロ級「ウゥ……」シュン
ロ級「コ、コノ植物」
ロ級「イイ香リ、シタ」
初春「植物……?」
初春「……おぉ、この“梅”のことか」
ロ級「ウメ?」
初春「そうじゃ」コクッ
初春「これはめでたいのー」ホッホッ
初春「春の訪れを感じることのできる者が、深海にまで現れたとは……」
ロ級「ハル……?」
初春「そう、春」
初春「中でもこの時期を、昔は“初春”と呼んでおったそうじゃ」
初春「わらわは深海の者は、かような花の香など」
初春「気にもかけぬと思うていたが……」
ロ級「ダッテ……」
ロ級「ハジメテ、カイダニオイ」
ロ級「コウキシン、テヤツ」
初春「ははは、きっかけなど何でもよい!」
初春「わらわは気分が良い……」
初春「どれ、茶でも入れよう……縁側に掛けておれ」
ロ級「エ、アノッ」
初春「よい、久方ぶりの客人じゃ」
初春「喜んで御もてなし致そう」スッ
スタスタ…
ズズッ…
ロ級「アッチ!」
初春「焦らずとも良い」クスッ
初春「ゆっくり飲めば、熱くないぞ」
ロ級「……」ズズッ
ロ級「ホントダッ」
ロ級「アノ、コレハ?」
初春「この菓子か?」
初春「これはな、巻紅梅というのじゃ」
ロ級「マキコウバイ?」
初春「そう、巻紅梅」
初春「貴様の口に合うかは分からぬが……召し上がるとよい」
ロ級「……アマイ」モグモグ
初春「ふふっ、そうか」
初春「庭に咲く“風待草”を眺めての、せっかくの茶だからのう」
ロ級「“カゼマチグサ”……?」
ロ級「“ウメ”ジャナイノ?」ポカーン
初春「あぁ……説明がなく不親切だったのう、すまぬ」ペコリ
初春「“風待草”も“梅”も、実際は同じ意味じゃ」
ロ級「ソウナノ?」
初春「かつて、この国では春は東からやってくると言われておった……」
初春「春を運んで来る“東風”を待って咲く」
初春「それが“梅”であり、“風待草”と呼ばれる所以ともなっておる」
初春「どうじゃ、なかなか“ろまんちっく”な話じゃろ?」フフン
ロ級「ウゥン……」
ロ級「難カシイ」
初春「そ、そうか……」ズーン…
ロ級「デモ、興味ハアル」
ロ級「勉強シテミタイ」
初春「なに、本当かっ」
初春「やはり貴様は見る目があるのう……」フフフ
初春「どれ、では…・・・わらわと共に」
初春「少しばかり外に出かけてみようぞ」
ロ級「ソト?」
初春「せっかく陸に遊びに来てくれたのじゃ」
初春「ならば、陸でしか学べない“季節あそび”を覚えて帰る」
初春「それまた一興じゃ……のう?」
ロ級「ヨク分カンナイ……」
ロ級「デモ、トリアエズ行キタイ!」
初春「ふむ、では……参るぞっ」
ごはん食べてきます
すみませン
スタスタ
初春「“はるかぜこおりをとく”……か」
初春「この水たまりも、ついぞ最近まで“薄氷”が張っておった」
ロ級「ウスライ?」
初春「薄い氷のことじゃな」
ロ級「コッチ、今モ凍ッテル」エッヘン
初春「む、貴様……どこの海から参ったのじゃ?」
ロ級「ホッポウ海域」
初春「な、なんと……」
初春(北方海域は、わらわの戦場じゃった)
初春(ともすれば、こやつと刃を交えたやも知れぬ……)チラッ
ロ級「コノ水タマリ、今モ凍ッテル!」
ピョン!
パリン!
ロ級「ワレタッ」ケタケタ
初春(……まぁ)
初春(今となっては、どうでも良いことじゃ)フフッ
ホー…
ロ級「ホー」
ホケキョ!
ロ級「ホケキョ?」
初春「うふふっ、これぞ“うぐいすなく”だのう」
初春「これは、“鶯”という鳥のさえずりじゃ」
ロ級「ウグイス……」
初春「鳥は……初めてか?」
ロ級「……」コクッ
初春「それは縁起の良いことじゃ」ニコッ
ケキョケキョッ
初春「実に可愛らしい声……」ニコ
初春「鶯のさえずりは美しい求愛の証じゃ」
ロ級「キュウアイ?」
初春「貴様がもう少し大人になれば、分かるやも知れぬな」フフツ
初春「そしてこれもまた、春の訪れを教えてくれる“声”なのじゃ」
初春「春になり、初めて聞く鶯のさえずりは“初音”と呼ぶ……」
ロ級「“ハツネ”……」
ロ級「ロキュー、ハツネ、聞イタ」ニコッ
初春「その通りじゃな」ニコッ
ビュオォォォ…
ロ級「……」ブルルッ
初春「ふふ……北方の深海に棲んでおるくせに」
初春「“春疾風”が寒いと感じおるのか?」ブルブル
ロ級「……ソッチコソ」ジーッ
初春「むぅ……」カァー…
初春「だが、見ておれ」
初春「今の春疾風で、今年の春三番迎えたのじゃ……」
初春「これがあと幾度と吹けば」
初春「だんだんと、暖かい春へ導かれる……」
ロ級「フゥーン……」
初春「それに、わらわは“初春”じゃ」ブルブル
初春「この寒さを乗り越え、草木が芽吹くそのときまで……」ブルブル
初春「耐えねばのう……嗚呼寒いっ」
ロ級「……クシュン!」
スタスタ…
初春「おぉ、ここは草原じゃ」
初春「ふむ……」ジーッ…
ロ級「……ドウシタノ?」
初春「ここの春菊が花を咲かせるのは、まだまだ先じゃな」
初春「今でも葉を食すことはできそうじゃ」フフ
ロ級「食ス……コレ、食ベラレルノ?」
初春「あぁ……鍋物なぞに入れると良いな」
ロ級「……食べ方、分カラナイケド」
ロ級「食料ナラ、集メル!」ダッ
初春「転ぶでないぞっ」フフッ
ロ級「ハツハル、アッタ!」
初春「うふふ、そうかそうか……」
ロ級「……アッ!コッチモ!」
ドタバタ
ドタバタ…
初春「北方の深海棲艦が、氷の隙間より踊り出る……」
初春「“うおこおりをいずる”」
初春「まことに可笑しなことだのう」
ズボッ
ロ級「アァッ!」
初春「あぁ、大丈夫か……っ」アタフタ
初春「なんぞ……草と草の間にぬかるみができておるのう……」
ロ級「ハマッタ」
ロ級「タスケテ」ジタバタ
初春「……プクスッ」
初春「そうか……これが“春泥”というものなのじゃな」クスッ
初春「“つちのしょううるおいおこる”」
初春「うふふ、わらわも初めて見申したぞ」
ロ級「タスケテェ」ジタバタ
………………
…………
……
初春「もう暗くなってきおったな……」
ロ級「……ソロソロ、カエラナキャ」
初春「あぁ、そうじゃな」コクッ
初春「ならば、わらわが海までお送り致すぞ」
スタスタ…
ロ級「ナンダカ空気、モヤモヤシテル」キョロキョロ
初春「あぁ……“かすみはじめてたなびく”」
初春「だが、今の時間は“霞”ではなく“朧”じゃなぁ」
ロ級「オボロ……」
初春「この朧の中、そのまま月を見上げるんじゃ」
初春「ぼんやりとした月が見えるじゃろ?」
初春「これぞ“春三日月”……“朧月”とも言うのう」
初春「風情があって……綺麗じゃ」
ザザーン…
ザザーン…
初春「……ほれ」
初春「着いたぞ」
ロ級「……ウン」
初春「これで、お別れだのう……」
ロ級「……ウン」シュン
初春「……お?」ニヤニヤ
初春「どうしたのじゃ?」
初春「まさか貴様、寂しいのか?」クスッ
ロ級「……」
ロ級「…………」コクリ
初春「……ふむ」
初春「実を言うと、わらわもじゃ」フフッ
ロ級「……ホント?」
初春「そう、ほんとじゃ」ニコ
初春「今思えば、戦争が終わってからというもの……」
初春「今でも文を交わす友はおるが」
初春「こうやって“季節あそび”ができる友は身近におらなんだんじゃ……」
ロ級「…………」
初春「もうすぐ、“そうもくめばえいずるとき”を迎える」
ロ級「……ソノ難シイ言葉、分カラナイ」ムッ
初春「うふふ、これは七十二候の一つなのじゃが……」
初春「では、今度来たときにでも……またゆっくり教えようぞ」ニコッ
ロ級「……イジワル」
初春「そう、わらわはいじわるなのじゃ」フフン
初春「では、またな」
ロ級「ウン、マタネ」
ロ級「“センセイ”」
バシャーン…
初春「先生……か」クスッ
初春「言葉とは、かくも美しい……」
初春「深海でも、いずれは“花鳥風月”を愛でるようになるのかのう」
初春「……うふふ、それもまた一興じゃ」
初春「待っておるぞ、わらわの教え子よ」
初春「こんどは一緒に虫でも探すかのう」ニコッ
―――――――――――おわり―――――――――――――
このお話はこれでおわりです。
以前お知らせしていた短編集形式でなく申し訳ありませんが、これで書いてみたくなりました。
いつも以上に退屈な内容だったかもしれませんが、たまには旬のお話もいいものですね。
ここまで読んでいただいた方、楽しく書かせていただきありがとうございました。
ちなみに今回取り上げた七十二候の内容は、初春(おおよそ2~3月)のものに絞っています。
残りの季節も興味のある方は、是非調べてみることをおすすめします。
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