アルミン「ミカサ、腹筋を舐めていいかい?」 (170)
タイトルはアレですがギャグではないです。
エレンとミカサとアルミンがメインなのに、この三人が好きな方は見ない方が良いかもという不思議なSSです。
一応自分の中では完結しとります。
気付けば非常に長くなりました。
どれくらい長いって気楽に楽しめない程度には長いです。
大体五万文字くらいはあります。
一秒でも長く巨人の妄想世界で過ごしたい方向けかもしれません。
とりあえず最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。
誤字脱字はご容赦を。
よろしくお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1383848683
昔からミカサは、他の女の子とは一線を画す特別な女の子だった。
彼女と初めて出会ったあの日の事は今でも鮮明に覚えている。
ある日エレンは遊びの集合場所に彼女を連れてきた。
僕とエレンのいつもの日常、その中に突然現れた異物に驚く僕を気にも留めず、エレンはさも当然かのように彼女の名前を僕に告げた。
エレンの後ろに立っていた少女は警戒心剥き出しでこちらの様子を窺っていたが、エレンの紹介が終わるとこちらに軽く会釈をした。
歳と身体の割には大人しそうな女の子、それが僕がミカサに初めて抱いた印象。
エレン「じゃあ走ればいいよ」
最初はミカサも混ざっているのだから、いつもとは違う遊びをした方がいいだろうと頭を突き合わせて悩んでいたのだが、エレンの鶴の一声で結局かけっこを行う事になった。
内容としては町はずれの木の下までとにかく走るのだ。大体2km程だろうか。
二人で行うかけっこはいつもエレンが勝っていた。
勝った時のエレンの嬉しそうな顔から、僕は負けて悔しいのにどうしても目が離せなかった。
より大きいもの、より強いものに魅せられ惹かれてゆく。
僕はそんな自分が大嫌いだった。
だって、その感情に従って生きてしまえば僕らは他の動物と変わらないじゃないか。
他の動物と比べてしまえば人間の力なんて弱いものだ。
熊にも、虎にだって敵わない。
でも人間は弱いからこそ知恵を発達させた。
人間が強いのは力でなく、その知恵のお蔭だ。
そう考える一方で、僕は優れたものに憧れる事が人間の当然の感覚であると知っていた。
勝って喜ぶエレンと負けた自分を比べた時に、僕の心の奥で何かが落ちる。
負けるたびに僕の心から何かが熟れて落ちてゆく。
エレンは僕の最高の友達だった。疑いの余地は無い。
しかし彼が自分の前に大きく立つ壁であった事も確かだった。
ミカサと僕が初めて出会った日、その日の競争は予想外の展開を見せた。
ミカサが圧勝したのだ。
汗一つかかず事もなげに僕たちのゴールを待っている彼女を見ると、自分が抱いていた印象が誤りであったと認めざるを得なかった。
遊ぶたびにかけっこをするのは僕たちの定番となっていたが、エレンが勝てない事をあまりに悔しがるのでミカサは走る速度を調節しエレンを一番にしようとし始める。
当然エレンもそれに気づいていた。
エレン「おいミカサ! 手を抜いてないだろうな!」
ミカサ「……抜いてない」
エレン「嘘つけ!」
ミカサ「嘘じゃない」
僕が最後に到着すると、こうやって二人がいさかい合っている場面に出くわすことも珍しくは無かった。
アルミン「はぁ……はぁ……」
エレン「アルミン! おせぇぞ!」
アルミン「はぁ……はぁ……ごめん……」
ミカサ「見てエレン。アルミンはあれだけ苦しそう。アルミンは体力が普通の人より劣っているけれど、女の私がそんなに早く走れるはずがない」
エレン「でもお前疲れてないじゃないか」
ミカサ「……」
エレン「汗かいてないし」
ミカサ「はあ、はあ」
エレン「今更息が切れるわけないだろふざけんな! やっぱり手を抜いてやがったな! もっかい勝負だ!」
アルミン(えぇえ……)
ミカサ「疲れているからもう無理」棒読み
アルミン「ごめんエレン、僕ももう……」
エレン「くっそぉぉぉぉ!」
僕達が会う回数を重ねるごとに、彼女の雰囲気は打ち解けていったように思う。
ミカサ「……」
しかし心なしか僕へのミカサの視線は冷たい気がする。
エレンを見る時の目とは全く違う、まるで虫を見るような……。
多分、僕の思い違いなのだろうけれど。
二人と別れた後に家へ帰る。
家の扉を開くといつもと少し違う匂いがした。
なめし革の匂い。
この匂いの変化は僕にとって重要な意味を持っている。
アルミン(あっ、今日は父さんが帰ってきてるんだ!)
仕事の関係でほとんど家の外で過ごす父親が月に何度か帰ってくるのだ。
僕の待ち焦がれている新しい本と一緒に。
アルミン「お帰りなさい!」
パパミン「ああ、アルミン。ただいま」
アルミン「お仕事どうだった!」
ママミン「貴方はそんなこと気にしなくていいのよ」
パパミン「あはは。違うよ母さん。これは新しい本は持って帰ったかどうかの確認の質問だよ」
アルミン「……」ワクワク
パパミン「……ほら」
アルミン「やった!」
ママミン「もう……」
パパミン「そう言うな。本好きが血脈の証明だ」
祖父「ほっほっほ」
待ちきれずその場で本を開こうとする。
ママミン「こらアルミン! ご飯食べてからにしなさい!」
祖父「本は逃げはせんよ。後からどっしりと構えてじっくり読めばええ」
アルミン「はーい」
父が帰ってくるたびに貰ってくる本は、普段家に居ない父と僕を繋ぐ細い糸でもあったし、それ以上に僕は本が好きだった。
世界を俯瞰する神の視点から人間を捉え、彼らの運命に迫っていく事は当時の僕にとって最高の娯楽だった。
パパミン「実は今回の商談は、家畜と一緒に壁の中を転々とする人達とのものでな」
アルミン「へー! でもその人達は何で転々とするの? 家はどうするんだろう」
パパミン「家畜が食べる草は一年中生え続けるわけじゃない。だから家畜の食べ物を求めて転々としてるんだよ。一年後に戻ればまた草が生えているからな。
家は移動する事が前提だからレンガ造りではなく組み立て式の革張りの大きなテントのような軽いものだ」
アルミン「なるほど! 僕てっきりその人たちは何かに追われてるのかと思ったよ!」
祖父「うぉっほっほ」
ママミン「喋ってないでご飯も食べなさい」
アルミン「……」
夜、居間の明りの下で本を読んだ。
どうやら今度は冒険物らしい。森の神に選ばれた男が、森に悪さをした奴らを倒す話だ。
その男は一見別段すぐれているようには見えないのだが、森の神は男の勇敢な心を見抜き力を授ける。
アルミン「勇気……」
アルミン(勇気って何だ?)
祖父「……」
隣で祖父が椅子に座りパイプを吹かしていた。
アルミン「ねぇおじいちゃん。勇気と無謀ってどう違うの?」
祖父「ほっほっほ。若いなアルミン」
アルミン「そりゃおじいちゃんよりは若いよ」
祖父「どちらも困難な状況で実際に行動する、という点においては同じだが、勇気の方が無謀より高尚かな」
アルミン「そうなの?」
祖父「ああ。無謀より勇気の方が言葉の耳触りが良いだろう? ほっほ。そう怒った顔をするなアルミン。まぁ正直よく分からん。
じじいの経験論から語らせてもらうと、自らが行動した結果に責任を持つことを覚悟したうえでなお進むのが勇気、覚悟せずに進むのが無謀かな」
アルミン「へぇ……」
祖父「今日はもう寝なさい。夜も遅い」
アルミン「はーい」
本にしおりを挟み寝室へと向かう。
やっぱりお爺ちゃんは物知りだと思った。
祖父「どちらも困難な状況で実際に行動する、という点においては同じだが、勇気の方が無謀より高尚かな」
アルミン「そうなの?」
祖父「ああ。無謀より勇気の方が言葉の耳触りが良いだろう? ほっほ。そう怒った顔をするなアルミン。まぁ正直よく分からん。
じじいの経験論から語らせてもらうと、自らが行動した結果に責任を持つことを覚悟したうえでなお進むのが勇気、覚悟せずに進むのが無謀かな」
アルミン「へぇ……」
祖父「今日はもう寝なさい。夜も遅い」
アルミン「はーい」
本にしおりを挟み寝室へと向かう。
やっぱりお爺ちゃんは物知りだと思った。
エレン「今日は手を抜くなよ!」
ミカサ「分かった」
エレン「本当に分ってんだろうな?」
ミカサ「しつこい」
アルミン「……」
最近はこのかけっこの時間も苦痛になってきている。
二人の会話の輪に入るのが少し怖い。
エレン「アルミン、聞いてんのか?」
ミカサ「……」
アルミン「……えっ? あっ!? ごめん聞いてなかった!」
エレン「ゴールはいつもの木の下だからな! 本気で勝負だ!」
アルミン「ああ、分かったよ」
ミカサ「どうせアルミンがビリ。アルミンは本気を出しても無駄」
エレン「ミカサ、お前! 何言ってんだよ!」
ミカサ「事実」
ミカサは言いたいことを言うと僕の方を冷たい目で一瞥し、鼻で笑った。
僕の中の何かが燃え上がる。
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。
絶対に負けるものか。
負けてやるものか。
エレン「ミカサ、それは酷すぎるぞ!」
ミカサ「エレンはアルミンに優しすぎる」
エレンはミカサに抗議する。
アルミン「……二人とも、始めよう」
エレン「何だよアルミン。お前悔しくないのかよ!」
ミカサ「……」
ミカサは相変わらず僕に視線を合わせようとしない。
それでもいいさ。
エレンも渋々、といった風にミカサへの追及をやめ走る準備をする。
エレン「……じゃあ行くぞ……よーい……ドン!」
僕は今までにない程の全力疾走をした。
これで二人を開始地点に置き去りに出来る。
ミカサ「……」
エレン「!」
実は僕はいつも本気を出してなかったんだ。
本気の本気を出せば僕だって、エレンとはいい勝負が出来るんだ!
僕に取り残された二人はさぞ驚いているに違いない。
大体僕はエレンとミカサと同い年なのだから、それほどの差があるわけないじゃないか。
ミカサによって奮い立った僕の固い意志と決意は、ただ固くあることすらままならなかった。
百メートルほど行ったところで難なく二人に追いつかれる。
エレン「やっぱお前も悔しいんじゃねーか!」タッタッタッタ
ミカサ「……」タタッ
エレン「あっ負けねーぞミカサ!」
ミカサは更に加速し僕を置いていく。
アルミン(そんな馬鹿な!)
アルミン(全力の全力なのに!?)
二人はその内僕の視界から消えた。
今回は間違いなく僕の過去最高の記録ではあったと思う。
でも僕らの順位には全く変わりがなかった。
息も絶え絶えになりながら終着点を目指す。ようやく到達した木の下ではミカサとエレンが言い争いをしていた。
どうやらまたミカサがエレンに順位を譲ろうとしたらしい。
会話に参加する余裕も無く、木にタッチすると地面に倒れ込んだ。
アルミン「はぁはぁはぁはぁ」
エレン「ほらアルミン。水だ」
アルミン「はぁはぁ、ありがとう。エレン」
ミカサ「そんな負け犬に水を与える必要は無い」
エレン「……おいミカサ!」
エレンの口調は僕の知っている本気で怒った時のものだった。
エレン「お前、今日はアルミンにつっかかりすぎだろ!?
アルミン「エレン……はぁはぁ……いいよ」
エレン「けどよ」
アルミン「ミカサは……何で僕に酷い扱いをするの?」
ここ最近のミカサの視線、言動、全てに悪意が篭っていた。
僕は気付かぬうちに何か悪い事をミカサに対して行っていたのだろうか。
ならば謝りたい。そう考えての質問だった。
ミカサ「アルミンは……」
だが返ってきたのは予想の斜め上を行く返事だった。
ミカサ「アルミンは弱すぎる。だからエレンの隣に居る資格は無い」
アルミン「……えっ?」
ミカサ「この世界は残酷」
ミカサ「弱い者は死ぬしかない」
ミカサ「アルミンは弱すぎる」
ミカサ「その弱さがエレンに伝染してしまったら困る」
この女の子が一体何を言っているのかを理解するのに僕は少し時間を要した。
おかしいだろうそんなの。
何だよそれは。
どんな理屈だよ。
アルミン「君は何を言っているんだ!? そんなの今は関係ないだろう!」
ミカサ「ある。生き物は弱ければ死ぬしかない。それが動物の運命」
ミカサの言葉に僕が抱いていた劣等感は胎動を強める。
アルミン「で、でも僕だって」
僕には他の奴らには無い知識がある。
アルミン「僕は君より頭が良い! 君の理屈なら劣ってる君だって死ぬべきになってしまうよ!!」
もう必死だった。自分の存在する価値を何とかしてこの女の子に認め貰いたかった。
だがミカサは首をかしげる。
ミカサ「じゃあアルミンはイェーガー先生みたいに人を治せるの?」
真っ直ぐな眼でこちらの瞳を覗き込む。
それは観察の目、優しさなど一片も持ち合わせていない捕食者の目。
アルミン「な、治せないけど……」
ミカサ「じゃあ学者さんくらい知識があるの?」
咄嗟に思い浮かんだのはおじいちゃんだった。あの人は学者ですらないが多くの事を知っている。当然僕が知識の量で勝てる、もしくは同等な訳がない。
アルミン「……ない」
ミカサ「聞こえない」
アルミン「なっ、無いよ!」
ミカサは僕を指差し最後の質問を繰り出す。
ミカサ「じゃあ貴方の言う頭が良さは一体何の役に立つの?」
衝撃だった。漠然と持っていた自分の価値に対する信頼、それが一人の女の子によってずたずたに切り裂かれた瞬間であった。
アルミン「僕は……僕は……」
涙ばかりは頬をつたうが言葉は何も出てこない。何も言い返せない。
こんな乱暴な理屈は彼女の優れた身体能力と、僕の中にある劣等感によって重さを増していた。
ミカサ「もう一度言う」
やめてくれ。お願いだからもう。
ミカサ「貴方には生きる価値も、エレンの隣に居る資格も無い」
気づけば家の、自分のベッドの上だった。
起きていたおじいちゃんに話を聞くと、僕は泣きながら帰ってきてそのままソファの上で眠り始めたらしい。
祖父「何かあったのか?」
優しく尋ねる祖父の言葉に泣きそうになりながらも事のあらましを詳細に説明した。
祖父は真摯な態度で話を聞いてくれた。
祖父「そうか。そんな事があったのか」
アルミン「おじいちゃんは……どう思う?」
祖父「まずお前には悪いが、女の子に同情してしまったよ」
アルミン「……何で?」
祖父「そう泣きそうな顔をするでない。別に儂がお前の敵になったわけではない。よく考えてもみろ。
この平和なご時世に、その女の子は一体どんな体験をしたのかと考えると私は胸が痛いんじゃ」
アルミン「……」
祖父の言う事も一理あった。エレンはまだ話していないが、ミカサは明らかにイェーガー家の血縁の子ではない。
子供が空から急に降ってくる訳も無い。
という事は何らかの事情で一緒に暮らしているに違いない。
祖父「理性があるとはいっても人間は動物だ。動物である事を重視すれば、一つの面では彼女のような人間観、人間についての考え方も間違いではないさ。
それでも私たちには他の動物たちには見られないものもある」
アルミン「……」
祖父「まず自由だ。好きな職業に就くことが出来るし、好きなだけ酒を飲むことも、煙草を吸う事も出来る。
選択する自由。合理的でない、愚かなことすらする自由がある」
アルミン「うん……」
祖父「そして高度な社会だ。他者、つまり血縁でない者すら巻き込んで大きな循環を作り出す。共に働き、生きてゆく」
祖父「だがただ生きるのではないぞ。子供を産むだけでなく、娯楽を楽しむこともある。弱い者を助ける事もある」
アルミン「つまり動物と人間は違うって事でしょう?」
祖父「い~やアルミン。同じなんじゃアルミン。人間だって動物だ」
アルミン「?」
祖父「お前は何で泣いたんじゃ?」
アルミン「……自分の存在が否定されたみたいで悔しかったから」
祖父「そうそう。それじゃ。感情じゃ。悔しかったり嬉しかったり悲しんだり笑ったりする」
祖父「人間には高度な社会と高度な感情があり、儂らは同じ人間のそれを感じ取る事が出来る。実に良い。実に良い物じゃ。生きている実感がある」
アルミン「よく分からないよおじいちゃん」
祖父「……お前は確かに悔しいと感じた。そこが今一番大事じゃ。所詮人間は己の知る事しか知らぬ。だから自分の感情を無視しての生はまかり通らんのが道理じゃ」
祖父「それで、今悔しいと感じているお前はこれからどうしたいんじゃ?」
アルミン「……」
祖父「年寄りが教えてやろう。お前はその子に、ミカサに勝って、お前の頭脳の有用性とその子の危うさをその子自身に教えてやるのじゃ」
祖父「弱いお前が負ける事はいつでも出来る。今のお前に必要なのは勝利で、彼女に必要なのは敗北なのじゃよ」
次の日から、僕は勝つための対策を練り始めた。
勝てるようになるまで、エレンたちとは会わない事に決めた。
まず走り込みで自分の能力を底上げしようとした。
苦しくて何度か地に手をついてしまった。
その度に脳裏にミカサの顔が浮かんだ。あの虫を見るような視線を思い出した。
それは痛む足に再び力を込めるには十分な動機だった。
一か月ほどで、前とは見違えるほどに走れるようにはなった。
だが足りない。ミカサに勝つにはこれだけじゃ全然足りないんだ。
勝つためには、もう一つ武器が必要だと感じた。
何が出来る、考えろ。僕には一体何が出来る。
あの日から二か月ほどしたある日、偶然イェーガー一家と街中で遭遇した。
祖父「これはイェーガー先生」
アルミン「……」
グリシャ「ああ、アルレルトさん。こんにちは」
カルラ「いつも二人がお世話になっています」
エレン「こんにちは!」
ミカサ「……こんにちは」
祖父「お出かけですかな?」
グリシャ「ええ、市に行きたいと家内が言うものですからどうせなら家族全員で、と」
祖父「なるほど」
カルラ「あら、隣に居るのはアルミン君じゃないですか?」
アルミン「……こんにちはカルラおばさん」
カルラ「こんにちは。最近うちに来てくれないから心配してたのよ」
アルミン「……すいません」
エレン「俺も何度もアルミンち行ったんだぜ? でもその度にどっか出かけててさ」
ミカサ「……」
エレンは心配そうに語ってくれるが、ミカサは興味無さげに足元の石を蹴っている。
エレン「ミカサ! お前この前アルミンに酷い事言っただろうが! 謝れ!」
ミカサ「謝る必要は無い」
グリシャ「どうしたんだミカサ。アルミン君と何かあったのか?」
カルラ「もしかして喧嘩でもしてたの?」
祖父「……。グリシャさん、カルラさん、少し茶でも飲みながらお話しませんか」
同じ血族の者同士の以心伝心という奴だろうか。祖父は空気を読んでくれた。
グリシャ「確かに会うのはお久しぶりですし積もる話もあります。カルラ、少しいいか?」
カルラ「はい、勿論です」
祖父「では子供たちには退屈な話ですし遊ばせておきましょう。どうやら会うのも久しぶりの様ですし」
グリシャ「そうだな。エレン、ミカサ。アルミン君と遊んできなさい。一時間後にここに集合だ」
エレン「分かった!」
アルミン「はい」
挑戦の機会は今しかないと思った。
アルミン「二人とも」
エレン「何だよ。心配したんだぜ」
ミカサ「……」
アルミン「かけっこで競争をしよう」
エレン「おっ、どうしたんだよアルミン。珍しくやる気じゃん」
アルミン「じゃあ目標はあの赤い煙突の家だ!」
僕が指差したのは普段全く使わない、ミカサとエレンにはなじみの無い地区。
その中のある赤い煙突がある家。
エレン「おいアルミン。俺らにはあそこまでの道が分らないぞ」
アルミン「じゃあ始めるよー。よーい、どん!」
僕は、自分のタイミングで走り始める。
エレン「おい待てよ! これじゃ俺達には場所が!」
ミカサ「大丈夫。心配しないで」
ミカサ(私たちの知らない場所をゴールにして体力の差を埋めようというの?)
ミカサ(策が浅はかすぎる)
ミカサ「ゴール付近までアルミンの後ろをついて行けば良い」
エレン「あ、なるほど!」
アルミンは市で賑わう大通りを進む。
ミカサ(市の人にまぎれようというの?)
ミカサ(通じない)
だがエレンとミカサはアルミンの後ろにぴったりと着いて離れない。
アルミンは大通りの交差点を曲がる。
すると既にゴールは坂の上に見えていた
ミカサ(意外と道は単純だった。もっと複雑だと考えていた)
残る最後の直線でエレンとミカサは一気にペースを上げ僕を置いていく。
ミカサ(やはりアルミンは価値が無い)
エレンに一位を譲るようにミカサは二位で赤い煙突の家にタッチする。
僕は結局ドべだった。
アルミン「はぁ……はぁ……二人とも早いね」
ミカサ「アルミン、貴方のやり方は浅はかすぎる」
エレン「ああ、流石にさっきのはねぇよ」
アルミン「……どうしても勝ちたくてね」
ミカサ「それは無理。アルミンは私に勝つことなど出来ない。弱いから」
アルミン「ミカサ、僕はこう見えても怒っているんだ」
アルミン「君は、君自身の乱暴さを知るべきだ」
アルミン「だからもう一度勝負をしよう」
ミカサ「何度やっても結果は変わらない」
エレン「よし! もっかいやるのか?」
アルミン「ごめんよエレン。次はエレンに審判をやってもらいたいんだ」
エレン「は?」
アルミン「本気の競争だから、審判が欲しいんだ。ゴールの選択と開始の合図はミカサに任せる」
ミカサ「……? それでは貴方の勝てる可能性はより低くなる」
アルミン「いいさ。散々卑怯な事をしてきたんだから」
ミカサ「では……先程の集合地点をゴールにする」
アルミン「……分かった。エレン、聞いての通りだから先に戻っていてくれ」
エレン「いや、でもさ、俺も走りたいし」
アルミン「頼むよ。一生のお願いだ」
エレン「……」
ミカサ「エレン。アルミンもこう言っている」
エレン「わーかったよ! 俺が審判やるよ!」
アルミン「ありがとうエレン」
エレン「アルミン、言ったからには俺の分まで絶対勝てよ!」
アルミン「うん。そっちもしっかり頼むよ!」
エレン「おう! じゃあ大体十五分くらいで着くから、それくらいでスタートしろよ!」
遠くなるごとに小さくなるエレンの背中を眺めながら、僕はミカサに話しかけた。
アルミン「次君に負けたら僕はもうエレンの前に姿を現さない」
ミカサ「……!」
アルミン「その代り僕が勝ったら、君がエレンの傍から居なくなってもらう」
ミカサ「……望むところ。私は負けない」
ミカサはあくまでも負ける事など無い、そう考えているようだ。
しかるべき時間が経過し、休憩も十分とった後に僕たちは位置に着いた。
ミカサ「……よーい」
ミカサ「どん」
スタートダッシュは僕の方が早かった。
ミカサ(これだけ自信があるという事は、何か近道を隠しているに違いない)
ミカサの予想は当たっていた。
今日の遭遇は本当に偶然だったが、アルミンは祖父と一緒に仮にミカサと対戦する事になった場合の策を練っていた。
祖父「お前がミカサ嬢に勝っている点は何だ?」
アルミン「……知識の量?」
祖父「ふぉっふぉっふぉ。確かにそうだがそれはあまりかけっこの役には立たんな」
祖父「お前の一番の利点はずばり、この地域での土地勘じゃよ」
アルミン(やっぱり引っかかってはくれないか)
行きと同様に二メートルほど後ろにピタリとついたミカサを確認すると、アルミンは早速奥の手を使う決意をした。
アルミンが急に曲がり細い路地に入る。ミカサはやはり、といった感じで続いて突っ込む。
だがミカサとすれ違うようにアルミンは路地から飛び出してきた。フェイクを入れたのである。
ミカサ(無駄)
五メートルほど離れてしまったものの、まだ詰められぬ距離ではない。
するとアルミンは思っても見ない行動に移る。民家に入ったのだ。
ミカサ「!?」
一瞬ためらう。知らない人間の家。
しかしここで待つだけでは勝てない。追いつけなくなってしまう。
思い切って中に入ると、内部は想像以上に複雑な構造になっていた。数多くの扉があり、どこが何に通じているかよく分からない。
そして極めつけに。
老婆「あんた、誰?」
ミカサ「……ミカサといいます」
飛び込んだ家は入り口からすぐが居間になっており、一人の老婆がお茶を啜っていた。
老婆「何か用?」
ミカサ「アルミン君を今探しておりまして」
老婆「あ~! アルレルトさんちの息子さん! 元気にしとるかね?」
老婆の喋る速度は遅い上に、欲しい情報は聞き出す事は出来そうになかった。
ミカサ「いえ。私は知りません」
老婆「そうかい。あの子は優しい子でねぇ~見ず知らずの私の家にやってきて、何かお手伝い出来ることは無いかってねぇ~」
老婆「いまどき立派な子だよ全く」
これ以上は無駄と判断したミカサはドアを片っ端から開き調べて行った。
その三番目、それが裏庭に通じるドアを発見した時、アルミンとの差がどれ程あるかミカサ自身も測りかねていた。
ミカサ(これは時間の無駄になる)
裏庭からの視界は良くなく、あまり見渡すことは出来なかった。
ミカサ(もういい。行きの道から帰った方が早い!)
ミカサ「お邪魔しました!」
アルミンが今どの位置に居るのか判明しないことが一番の不安要因だった。
急いで民家を出る。
ミカサ(こんな事なら最初から行きの道を戻れば良かった)
まさかアルミン相手にこれ程の心理的苦痛を強いられるとはミカサにとって全くの予想外な出来事であった。
ミカサ(負けるわけにはいかない!)
エレンにすら使う必要の無かった、最速の走りが行える姿勢にミカサは自然と移行していた。
先程の集合場所が見え、そこにアルミンの姿が見えなかった時、ミカサは安堵を覚えた。
エレンが書いたであろう集合場所の目印に手を触れ足を止めると、体は想像以上に疲れ切って。
ミカサ「はぁ……はぁ……」
エレン「ミカサ! お帰り!」
ミカサ(勝ちはしたものの、まさかここまで苦しめられるとは)
ミカサ(でも私は勝った。アルミンが居なければ、エレンが弱くなることは無い)
ミカサ(あんな弱い奴の近くに居てはいけない)
エレン「お前手、抜きすぎだろ」
ミカサ「……? 何を言ってるのエレン。私は本気だった。そして勝った」
エレン「いや、でもアルミンは先にゴールして家に帰ったぞ?」
ミカサ「え……?」
エレン「おじいさんが迎えに来たからさ、先に帰ってごめんだってよ」
ミカサ「そんな……嘘……」
グリシャ「お、二人ともちゃんと帰って来たな」
カエラ「さぁ買い物に行きましょう」
ミカサ「エレン。アルミンの家を教えて」
エレン「え? 今か? でも買い物が」
ミカサ「いいから!!!!!!!」
グリシャ「……ふむ」
グリシャ(アルレルト翁がさっき言ってた件か)
グリシャ「私も一緒に行こう」
カルラ「はいはい」
グリシャ「君は買い物の方を頼むよ」
カルラ「えぇ。分ってますよ」
グリシャ「頼む」
カルラ「ではお家で」
グリシャ「ああ。ありがとう」
祖父「これはこれは」
グリシャ「今日は二度目ですな」
祖父「アルミン。お客さんだぞ!」
エレン「よう!」
アルミン「やぁ」
ミカサ「……貴方は卑怯」
アルミン「……」
ミカサ「あんなものはかけっこではない! 純粋な争いではない!」
アルミン「確かにそうかもね。僕は近道を使ったから」
ミカサ「だったら」
アルミン「でも僕が勝って、君は負けた」
ミカサ「ッ!!!」
アルミン「負けた者に価値が無い」
アルミン「だから君の価値はもう無いんだけど、これって違うかな?」
ミカサ「……」
アルミン「違うかな、って僕は聞いているんだ」
ミカサ「違わない……負けた者に……弱い者に価値は無い」
エレン「まだ言ってるのかよお前ら。あのさぁ」
アルミン「エレン、ちょっと黙っててくれ」
エレン「……」
アルミン「僕は君に散々馬鹿にされてきた」
ミカサ「……」
アルミン「死んだ方がいいんだって? そうも言ってたよね?」
ミカサ「……」
アルミン「自分より弱い奴に負ける気分はどうだい?」
ミカサ「……」
アルミン「こんな弱い僕に負ける君って一体何なんだろうね」
ミカサ「……」
アルミン「別に黙っていても良いけど、約束の事覚えてる?」
ミカサ「……」シュン
アルミン「……あれは無しでいいよ」
ミカサ「……え?」
アルミン「だ、だから無しでいいって言ってるんだよ!」
ミカサ「貴方は何を言っているの?」
ミカサ「私はもう負けてしまった」
ミカサ「私にもう価値なんて無い」
ミカサ「貴方は、貴方は私を馬鹿にしているの!?」
アルミン「ちっ、違うよ……」
アルミン「そりゃあ酷い事言われるのは傷ついたけどさ」
アルミン「さっきまで僕は、君にどんな酷い事を言ってやろうか考えてたんだ」
アルミン「でも君に向かって『価値が無い』って言ったら、そんな事もうどうでも良くなっちゃった」
アルミン「こんな言葉なんて使っちゃ駄目だ。他人だけじゃなくて、自分まで傷つけてしまう」
アルミン「……何だか説教みたいになっちゃって、ごめん……」
ミカサ「……負けたら価値は無くならないの?」
祖父「人の価値は無くならないさ。自分から無くさない限り」
ミカサ「私は……間違っていた?」
アルミン「君の言っている事は確かに正しい面もある。でも、でもあんまりにも過激すぎるんだ」
ミカサ「うん……」
アルミン「って、なんで勝った僕が君を慰めたり謝ったりしないといけないんだよ!」
ミカサ「うん……分かった……」
ミカサ「私は先生に引き取られてから、争いごとで負けたことは無かった」
ミカサ「負けると終わりだと思ってた」
ミカサ「負ける人は価値の無い人だと思ってた」
ミカサ「でも今日初めて負けた」
ミカサ「お前は価値が無いと言われると、胸が苦しくなった」
ミカサ「エレンの隣に居れないと思うと痛い程だった」
ミカサ「アルミン……今更都合の良い話だけど」
ミカサ「私は貴方に酷い事ばかり言ってしまった」
ミカサ「本当に……本当にごめんなさい」
アルミン「いやっ! ……その、何ていうか! 僕の方こそ、卑怯な事ばっかりして!」
アルミン「……ごめんね?」
ミカサ「いや、悪いのは私」
アルミン「いや僕だよ」
ミカサ「いや、私」
エレン「だからさ、お前ら……何やってんだ?」
エレンは僕とミカサの肩に手をかけ割り込んできた。
エレン「友達なんだからお互い様だろそんなの!」
エレン「必要のある時は本気で戦わなきゃ駄目だけどさ」
エレン「何かできなかったら人としての価値が無い、なんてありえねーよ。アルミンも、ミカサも、俺には無い凄いとこいっぱいあるんだから!」
エレン「俺ら三人が揃えば出来ない事なんてねーよ!」
僕とミカサの折角の仲直りをぶち壊しにするエレンの明るさに、つい笑みが零れる。
アルミン「……エレンらしいや」
ミカサ「本当にエレンはどうしようもない。……だからこそ放っておけない」
エレン「何が俺らしいんだよアルミン。ミカサはうるさい」
アルミン「知らないよ。自分で考えてくれ」
底抜けの明るさは理屈でない説得力を持つ。
憧れたり、憎んだりしたって、エレンはやっぱり僕にとって大きな存在なんだなと思った。
ミカサ「エレンは馬鹿馬鹿しいけれど……何だか楽しい」
そう言って彼女は笑った。
よく考えれば、僕が彼女の笑顔を見たのはこの時が最初だった気もする。
そんな二人を見て僕も笑った。
僕達三人はエレンを真ん中に、肩を組んで笑った。
僕は正々堂々と勝負するようになった。
やっぱり結果はドべばっかりで少しへこんだけど、凄く楽しかった。
三人で一緒に居るだけで他は何も要らないくらい楽しかった。
エレン「この前父さんが怖い話しててさ。まぁ確かに内容は怖かったんだけどよ」
ミカサ「エレン」
エレン「でさ、俺はその夜暑くて中々寝付けなかったんだけど」
ミカサ「エレン!」
エレン「気付いたらミカサが枕もとに立ってて『怖いから一緒に寝てくれ』って」
ミカサ「……アルミン、これはエレンの嘘。エレンは怖すぎて私の夢を見ただけ」
エレン「はぁ!? 嘘ついてんじゃねーよミカサ!」
ミカサ「嘘ではない。ただの事実」
アルミン(君の怖い視線が全てを物語っているよ……)
ある日
エレン「なぁ子供ってどうやったら出来るんだ」
アルミン(げっ!?)
ミカサ「エレンは知らないの?」
アルミン(ちょっ!?)
エレン「父さんに聞いたんだけど答えてくれなかったんだよ」
アルミン「そう言えばエレンの家の向かい隣りの人が男の子産んだよね~」
エレン「ああ! すげー猿みたいで可愛いよな!」
アルミン(えぇ……)
ミカサ「アルミン。話を逸らさないで」
アルミン(えぇえぇえぇ!?)
ミカサ「エレン。子供は……コウノトリが運んでくると母さんが言っていた」
アルミン(あんんれぇぇぇえ!? あれぇぇえ!?)
またある日
ミカサ「カルラおばさんとグリシャおじさんがこの前キスしていた」
アルミン(うわぁ……)
エレン「ほんとかミカサ」
ミカサ「本当。私は見た」
アルミン「と、東部に住んでいる人達は友好の証として親しい人たちとキスするらしいよ」
エレン「へぇー何だか変なんだな」
ミカサ「そんなことはない。素敵な文化」
エレン「ていうかキスって何なんだ?」
ミカサ「そう。なら教えよう」
ミカサ「アルミン。そこに立って」
アルミン「う、うん?」
アルミン(……)
アルミン(えっ?)
ミカサ「アルミン、キスのやり方は知っている?」
アルミン「い、いや僕もやり方までは……」
ミカサ「私は見た」
ミカサ「ので、知っている」
ミカサ「アルミン。じっとして」
アルミン「いや、僕はいいよ」
ミカサ「黙って。キスが出来ない」
アルミン「い、いやだか……んっ」チュ
ミカサ「……」
ミカサ「ふぅ」
ミカサ「こうやる」
エレン「何かこっぱずかしいな」
エレン「俺はやんなくていいや」
ミカサ「……そう」
アルミン「……」
ミカサ「私とアルミンは以前かけっこで勝負をした」
エレン「あったなそういや」
アルミン「あったね」
ミカサ「あの時アルミンは私に、ゴールを選ばせた」
アルミン「うん」
ミカサ「もし仮に私が、最初の集合場所でないところを指定したら、どうしていたの?」
アルミン「ああ、心配は無いよ。あの地区の地図と抜け道、裏道は全部頭に入ってるから」
アルミン「仮にミカサが他の場所を選ぼうと勝てたと思う」
ミカサ(あの地区の……全て?)
ミカサ「それは笑えない冗談」
アルミン「まぁ信じられないよね。我ながら馬鹿馬鹿しい程に一生懸命だったんだ。何かお手伝いすることはありませんか、って言いながら家を一軒一軒回って家の中を確認したりしてたから」
ミカサ「……」ゾクッ
エレン「そんな事してたのかアルミン」
アルミン「仮にミカサにもっと離れた場所を言われていれば、負けちゃってたかも」
エレン「あの時のアルミンはほんと凄かったよな!」
アルミン「てへへ」
ミカサ(遠い場所を言うことは無い。グリシャおじさんに『一時間後に集合』と言われていたから)
ミカサ(エレンを審判にしたのも、私にエレンが知っている場所を言わせるための……?)
ミカサ(……)
ミカサ(これだけ必死なアルミンが)
ミカサ(私は少し怖い)
ミカサ(けれどアルミンは私の友達)
ミカサ(ならばその力はとても頼もしい)
アルミン(やった! やった! やった!!)
アルミン(遂に手に入ったぞ! 赤色双眸の旅人! 最新刊!)
赤色双眸の旅人……それはウォールシーナの富裕層の間で流行しているファンタジー小説だった。以前アルミンの父親がシーナへ商談をまとめに行った際のお土産として持ち帰り、アルミンはそれ以来のファンなのだ。
中央で作られた製本は、ウォールマリア、その更に片田舎のシガンシナ区では中々発売はされない。今現在手元にこの本があること自体、奇跡のようなものだ。
アルミン(ある廃屋で私は目を覚ました。その家には誰もおらず、私は私自身の事を何も覚えてはいなかった。……この文章から始まる男の冒険は本当に凄い!)
アルミン(僕でも分かるリズムのいい言葉遣いと、誰にも思いつかないような不思議な世界、それがこの作品の凄いところだ!)
アルミン(主人公は自らの記憶を探して旅に出る)
アルミン(その道中で出くわすのは一筋縄では太刀打ちできない怪物たち)
アルミン(一つ目の巨人の王、氷の竜、炎の竜、眠りへと誘う泉の人魚)
アルミン(一人の力ではとても敵わない怪物を、仲間やその場所に住んでいる人たちの力を借りて倒してゆく)
アルミン(絶体絶命の危機に直面した時、主人公の黒色の瞳は赤く変色し彼に力をもたらす!!!!!!!)
アルミン(……最高にカッコいい!!!!!!)
アルミン(あー今回はどんな敵をどんな風に倒すんだろ! 楽しみだなぁ!)
アルミン「フン♪ フン♪ フフフン♪」
足取りも軽くスキップをしながら家路についていると、目の前に嫌な集団が現れた。
アッシュ「それで俺はこう言ってやったんだよ『お前は俺を舐めてんのか?』ってよ」
ネリマ「決まってるねぇ」
コール「ぎゃははは!!!!」
悪ガキ三人組だ。シガンシナに住む子供は皆彼らを恐れる。自分のカッコよさの為なら何でもやるような連中だからだ。
アルミン(……うへぇ。見つからりませんように……)
コール「あれ、あいつアルレルトじゃね?」
そういう時に限って見つかってしまうのだ。
アッシュ「よぉアルレルト、今日は一人なんだな」
アルミン「う、うん。そうだよ」
ネリマ「そうです、だろ? 俺らはお前より年上なんだからさー」
アルミン「……はい。そうです……」
アッシュ「ん? お前何持ってるんだ?」
アルミン「あっ」
アッシュは僕の手から本を奪うとぱらぱらと捲った。
コール「また本かよ。根暗な野郎だな」
ネリマ「だからそんなにひ弱そうなんだよ。ぎゃははは!」
ニヤニヤと笑う三人組は僕を中々解放してくれそうになかった。
アルミン「ごめんなさい、今日はちょっと急いでるんです。本を返してください」
アッシュ「駄目だ」
アルミン「えっ」
アッシュ「これは今から俺の本だ」
アルミン「そんな!?」
ネリマ「アッシュが自分の本だって言ってるんだから、よ」
アッシュ「急いでるんだろ? 早く家に帰れよ」
アルミン「その本は僕のお小遣いでやっと買えた本なんです!」
コール「ギャハハ! うける!」
ネリマ「さっさと帰れ」
そう言うと三人は僕に背を向け離れていく。
アルミン「……」
アルミン「本を……」
アルミン「僕の本を……」
アルミン「本を返せええええええええ」
何故こんな奴らに僕の大切な本が奪われなければならないのか。
怒りに身を任せ本を持っているアッシュに後ろから体当たりを食らわせる。
アッシュ「うぉっ!?」
アッシュは不意打ちを食らい体勢を完全に崩し前につんのめって倒れた。
大通りだった事もあり、その無様な姿を多くの人が見ていた。
アルミン「僕の本を返せ!!!!」
アッシュ「てめぇ……」
アッシュが鬼のような形相で僕を見た次の瞬間、ネリマの蹴りが僕の顔に直撃していた。
アルミン「ぐっ……」
コール「舐めやがってクソチビ!」
ネリマ「舐められるのだけは我慢ならねぇ!」
その後は一方的だった。
倒れた僕を三人は一方的に蹴りつけ続けた。
アルミン「うぅ……あ゛っ……」
声にもならない声しか出なかった。
しばらくすると抵抗しない僕を蹴る事にも飽きたようで、三人は蹴りを止め離れて行った。
アルミン「本を……返せ……」
喉の奥から絞り出した声、蹴られ過ぎて立つことも出来ない僕が出した必死の声は三人にも届いたようでリーダー格のアッシュは「まだ言うか」とでも言いたげな忌々しそうな顔をした。
アッシュ「分かった。お前にゃ負けたよ」
アルミン「!」
湧いた希望を目の当たりにし、つい顔もほころんでしまう。
アッシュ「返してやるよ!」
そう言うとアッシュは手に持った本を開き、ページを少しずつ千切り始めた。
コール「ギャハハハ! アッシュひでぇ~」
ネリマ「……」ニヤニヤ
アルミン「あ、あぁ……」
本が破かれてゆく。ようやく届いた本が、母さんの手伝いをして少しずつ貯めたなけなしのお金で購入した僕の本が破かれてゆく。
アルミン「やめろよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
ハンネス「こらガキども! 何やってるんだ!!!」
ネリマ「チッ、憲兵団かよ」
アッシュ「行くぞコール」
千切る途中だった本を道に投げ捨てると三人組は逃げ去って行った。
ハンネス「全く……またあいつらか」
ハンネス「おい、そこの坊主、大丈夫か?」
アルミン「……そこの本を取ってください」
ハンネス「ああ、立てないのか。ちょっと待てよ」
ハンネス「うわっ、こりゃもう本とは……ほれ、これでいいか」
憲兵団の人が渡してくれた僕の本は、ほとんどの頁が切り裂かれ、もう読める状態ではなかった。
アルミン「うぅ……」
僕は本を抱きしめる。
アルミン「僕が弱いから……ごめんよ……ごめんよ……」
ハンネス「……」
ハンネス「……家まで連れてってやる。どこだ」
背中のマークをよく見ると、その人は憲兵団では無く駐屯兵団の人だった。
兵隊の人はいつも昼間からお酒を飲んでいて、両親からも近づくなと言われていたがこの人はいい人そうだった。
彼はハンネスと名乗った。
ミカサ「……」
エレン「なぁミカサ、何で声かけないんだよ?」
ミカサ「必要が無いから」
エレン「でもよ」
ミカサ「アルミンはそこまで弱くない……多分」
エレン「でもよ」
ミカサ「アルミンなら自分で何とかする」
ミカサ「だから帰ろう」
あの三人組だけは、僕は絶対に許さない。
アッシュ達は基本的に一つの場所を根城にしていた。
人通りの少なく日当たりの悪い路地。
彼らにとっては人目につかない事こそが優先すべき事柄なのだろう。
三人は今日もその場所で他愛も無い会話を繰り広げている。
アッシュ「でさ、俺はこう言ってやったんだよ『ふざけんな』」
ネリマ「いいねぇ」
コール「ギャハハ!」
アルミン「……」
ネリマ「おい、あれアルレルトじゃないか?」
コール「本当だ」
路地の入口に季節感も無くやけに厚着をした子供の姿があった。
アッシュ「……仕返しか、しょうもな……。おい! アルレルト! 何の用だ!」
少しずつこちらへと近づいてくるアルミンへ、アッシュは声をかけた。
アルミン「……謝れ」
ネリマ「はぁ?」
アルミン「僕の本に謝れ!」
コール「……」
ネリマ「……」
アッシュ「……」
コール・ネリマ・アッシュ「ギャハハハハ!!!!!!」
アルミン「……」
ネリマ「あんまり調子乗ってんじゃ……ねぇ!」
ネリマは僕の腹に強烈な一撃を叩きこむ。
ネリマ「……」
ネリマ「いってぇぇぇぇえ!!!!!!」
ネリマはあまりの痛みにうずくまる。
ネリマ「こいつ腹に何か入れてやがる!!!」
アルミン「腹だけじゃないよ」
僕はネリマの股間を脛で蹴った。
ネリマ「おぉんほぇ!?」
よく分からない奇声を発してネリマは倒れ、口から泡を吹いた。
アッシュ「ネリマァ!」
コール「てめぇ、レンガか何かを仕込んでやがるな!!」
その通り。今回僕は体中にレンガを隠し持っている。
コール「甘いんだよ。そんな事すりゃ動きが重くなっちまうだろうが!」
コールは一気に距離を詰め僕の懐へ潜り込む。
コール「この距離なら手も足も出せないだろう!」
そして僕の襟元を掴もうとしたが、
コール「あれっ」ツルッ
アルミン「そっちには油を塗っておいたのさ」ゴッ
コール「ふごっ!」
ぬめぬめとした服を掴めず一瞬体勢を崩し、その瞬間にレンガの重さを乗せたボディブローを食らわせた。
コール「……」
腹を抑えて悶絶している。恐らくもう立てないだろう。
アッシュ「……よくもやりやがったな」
残るは一人、一番の難関でもあり一番の敵でもある。
ここまでくれば確実に仕留めておきたい。
だがさっきまでの奇襲のような戦法は通用しない。
アッシュはヒットアンドアウェーで攻めてきた。
素早く間合いを詰め僕の頭に一撃食らわせると再び間合いの外へと出る。
ただでさえ動きが鈍く、その上レンガまで装備している僕はその攻撃を避ける事が出来ない。
ガードで上げている腕は疲労が溜まりレンガの重さに耐えられず次第に下に下がってくる。
徐々にダメージの大きなヒットが出るようになってきた。
攻められるにつれ僕は徐々に後ろに下がる。
アルミン(やばい。膝が震え始めた!)
頭部にダメージを食らいすぎたのだ。それでも後ろに下がり何とか攻撃を凌ごうとする。
アッシュ「……」
喧嘩慣れしているアッシュは、次第に動きが良くなってくる。
表情にも余裕が見える、ような気がした。
アルミン(もう……駄目なのか?)
その時、ガード下腕の隙間からアッシュの右手が飛び出した。
顎に入ったその一撃で、僕のガードは瞬間的に下がり切ってしまう。
アルミン(しまった!!!)
アッシュ(貰った!!)
アッシュはトドメとばかりに大きく振りかぶり僕を殴ろうとした。
アッシュ(あれ?)
だが彼は何故か滑って地面へと転ぶ。
アッシュ「くそっ!」
アッシュ(早く起きないと!)
すかさず、転んだアッシュの上にアルミンが飛び乗る。
アッシュ「ぐふっ!!!」
レンガを体中に巻き付けたアルミンは重く、アッシュは思わず昼に食べた飯が出そうになる。
アルミンを必死に引きはがそうとするアッシュ、何とかへばりつくアルミン。
二人のすったもんだとした寝技のようなものの応酬はしばらく続いたが、上に乗って有利だったアルミンがアッシュの手を足で抑え、倒れたアッシュの上に馬乗りをする形に持って行った。
アルミン「僕の勝ちだ」
右手を大きく振り上げながらアルミンは喋る。
アッシュ「……何で俺は滑ったんだ」
アルミン「それは僕があらかじめ油を撒いておいたからだよ」
アッシュ「何でお前は滑らないんだ」
アルミン「靴底に滑り止めをしていたから」
アッシュ「…………ぷっ、くくくっ……」
アルミン「……何がおかしいんだよ」
アッシュ「いやお前ってさ、ほんとにそんなのばっかりだよなって思って」
アルミン「? ……どういう意味だ」
アッシュ「卑怯だ、つってんだよ」
アルミン「……は?」
アッシュ「人が拳と拳で真っ向から戦ってるのによ、お前はレンガだ? 油だ? 滑り止めだ?」
アッシュ「知ってるんだぜ? お前がミカサに勝った方法もさ」
アッシュ「ムカつくんだよね。そういう卑怯な真似しか出来ない奴見てるとさ」
アルミン「何が卑怯だ……」
アッシュ「あ?」
アルミン「元はと言えばお前らが悪いんじゃないか!!!! 僕の大切な本を破いたくせに!!!」
アッシュ「それが強い奴の権利だよ。弱い奴は何されても文句なんて言えねぇ」
アルミン「そんなのお前の勝手じゃないか!!!!!」
アッシュ「何言ってんだ。世の中そういう風になってんだよ。むしろ社会に出て通用しないのはお前みたいな弱くて卑怯なガキの方だ」
アルミン「いい加減にしろ!! 屁理屈で自分を正当化したいなら勝手にやれ! 他人に迷惑をかけるな! 社会とか何とかって、今は関係無いだろう!」
アッシュ「あー、そういうチマチマしたところもウゼェ」
アルミン「お前はその弱くて卑怯でウザい奴に負けようとしてるんだぞ!」
アッシュ「俺がいつ負けを認めた?」
アルミン「……本気で殴るぞ」
アッシュ「殴ってみろよ」
アルミン「殴られたら凄く痛いんだぞ!」
アッシュ「やれるもんならやってみろ!」
アルミン「本気の本気で殴るぞ!!!」
アッシュ「人を殴るのに泣くような雑魚には出来るわけがねぇ!!!!!」
ああ、その通りだ。
僕は泣いていた。他人を傷つけるのが怖くて泣いていた。
アルミン「くそぅ……。畜生……」
何故自分は殴れないのか。情けない。
この手で殴ったらどれ程の痛みが彼を襲うのだろう。そんな事ばかり考えてしまうのだ。
アルミン「畜生……畜生……」
涙ばかりぼろぼろと零れる。この男を倒す為に準備してきたのに。
アッシュ「弱い奴にな、生きる価値なんて無いんだよ」
アッシュの言葉には、やっぱり自分の予感は正しかった、そんな風の確信が込められていた。
突然体が後ろに引っ張られる。
やばい、そう感じた時にはすでに遅かった。頭部に強烈な衝撃を感じた。
最初に倒したアッシュの仲間か、新しい奴か、少なくとも僕の味方ではなさそうだ。
アッシュ「……よう、遅かったな」
取り巻きA「何か今日挑戦状? みたいなのが届いててよ、そこ行ってたんだよね」
取り巻きB「でも相手がビビったみたいで誰も来なかったよ結局な」
取り巻きC「つーか、何やってんだよアッシュ。こいつひ弱なアルレルトだぞ」
取り巻き「コールとネリマも情けねーな」
コール「そいつ武器持ってやがるんだ!!!!!」
ネリマ「……不意打ちだったんだ」
コールは自らの失態を弁明するかのように僕を非難し、ネリマは嘘を吐く。
きっと彼らの世界では面子というものが本当に重要なものなのだろう。
狭くて生きづらそうだな、と僕は思った。
アッシュ「まぁいいだろ。負けてねぇんだから」
取り巻きC「ま、それもそうだな」
コール「ぶっ殺してやる!!!!」
金的を食らったコールは血気盛んに僕の方を睨みつけてくる。
ネリマ「お返しはきっちりさせてもらわないとな」
最初に仕掛けてきたのは君達の方じゃないか。
アッシュ「そいつ服の中にレンガを仕込んでる。まずは服を全部脱がせ」
実に理にかなっている。そうしないと僕を自由に殴る事は出来ないもんね。
また新しく見る顔の取り巻き達が、僕服を脱がせ始める。
他人に無理やり服を脱がされる経験は初めてだ。
アルミン「……」
上から下まで全ての服を脱がされた。少し寒い。
体格の良い一人の男が僕を後ろから抱え、磔のような姿勢で維持する。
コール「おらぁ!」
アルミン「う゛ぁっ!!」
避ける事も、ガードも出来ない為、蹴りは的確に股間に当たる。鈍く重い痛みを下腹部に感じる。
コール「ははははは!!!!!!」
取り巻きE「『う゛ぁっ』だってよ。ギャハハ!!」
アッシュ「……」ニヤニヤ
身体は痛みに耐える事に必死だったけれど、僕の頭は冷静だった。
見たくも無いし、理解したくも無かったけれど、この世には人を傷つけて楽しむ人間が存在するんだなと考えていた。
コールを皮切りに、僕への殴る蹴るの暴行は続いた。
手足は痛めつけられすぎて感覚が無かった。
でも僕は、アッシュを殴るか殴らないか迷っていた時よりずっと晴れやかな気分だった。
アルミン(やっぱり僕は人を傷つける事が嫌いな人間なんだ)
その事実が嬉しかったし、悲しくもあった。
アルミン(強くなりたい)
優しさと強さは矛盾するものではない。
アルミン(でも僕は弱い)
だからアッシュみたいな悪党にいいように扱われてしまう。大事なものを奪われてしまう。
アルミン(それがただ悔しくて悔しくて仕方ない)
ネリマ「おい見ろよ、こいつ泣いてるぜ」
取り巻きB「うわぁ情けねぇ。俺ならもう恥ずかしくて街歩けないよ」
取り巻きが的外れな意見を言っている。もういい。君達には何も期待しない。
ミカサ「アルミン」
突然、聞き慣れた声が聞こえた気がした。
ミカサ「アルミン、聞こえている?」
アルミン「……ミカサ?」
視界がぼやける。目を必死に開き、目の前の声の主を見ようとする。
ミカサ「貴方は何故アッシュを殴らなかったの?」
僕の目の前にはミカサが居た。
ああ、僕は見られていたのか。
不思議と怒りは無かった。ミカサが一人で七人ほどの男と喧嘩が出来よう筈も無い。
怖くて止めに入れない事を誰が責められよう。
アルミン「ミカサ! 早く逃げろ!」
僕の中には今、この瞬間、ミカサがこの場所に居る事に対する心配しか無かった。
取り巻きD「おいテメェ、なんか用なの
これが取り巻きDの最後の台詞となった。ミカサの鉄拳がDの顔面に直撃し、Dは凄まじい勢いで吹き飛んでいった。周りの人間も呆気にとられてしまっている。
ミカサ「黙って。それでアルミン。何故アッシュを殴らなかったの?」
アルミン「いや、ミカサ。今はそんな事言っている時じゃ……」
ミカサ「必要な事。答えて」
ミカサの言葉はどことなく力が籠っていた。
アルミン「……レンガで人を殴ったら痛そうだから殴れなかった、それだけだよ」
本当にそれだけ。人を殴るだけの勇気すら無い人間、それが僕だ。
ミカサ「そう。分かった」
取り巻きA「何してくれてんだミカサコラァ!」
アッシュの取り巻きの一人が、思いっきり振りかぶってミカサの頭をレンガで殴る。
いくら女とはいえ、仲間の一人を殴り飛ばした者は敵として認識されるらしい。
誰もその行為を咎める者が居ない事からもそれは窺い知れる。
ミカサ「アルミンは優しすぎる」ボソッ
アッシュ「あ? 聞こえねぇよ」
ミカサ「もういい」
ミカサ「貴方達は黙って」
言い終わるや否や、一番近くに居た者が地面に崩れた。
まず肘打ちをして、崩れた上半身に対し右膝によるアッパー、更に飛んで頭の上から殴り再び地面に押し戻し……僕が追えたのはここまでだった。
最早言語化できないような、空中で三回ほどジャンプしたりとか、意味不明な動きを見せるのだ。
その後もミカサの攻撃は続き、三人目が地面に伏せようとした時アッシュからの指示が飛ぶ。
アッシュ「一人じゃ駄目だ! 全員で行くぞ!」
四方から五人が一斉にミカサへと向かう。
ミカサもバックステップで包囲から抜け出そうとするが、
ミカサ「ッ!?」
一人の男にマフラーを掴まれてしまう。
ミカサ「くっ……!」
掴んでいる男に強烈なストレートをお見舞いし、それが四人目の気絶者となった。
ネリマ「うぉら!」
腰のあたりに低いタックルを食らい、ミカサはそのまま地面に押し倒されてしまう。
アッシュ「男四人が女一人に」
ミカサ「フッー……フッー……フッー……」
アッシュ「まぁこの獣みてぇな女相手じゃ仕方のない事かもな」
ミカサは三人がかりで地面に押さえつけられていた。
左手に一人、右手に一人、そして足に一人。
いくらミカサに力があるといっても、あの状態で手足を上から押さえつけられてしまっては為す術も無いだろう。
アッシュ「俺は出来るぜ。どっかの臆病者とは違うから、なっ!」
そう言うとアッシュはミカサの頭を、まるで何か球と同じように蹴り飛ばす。
ミカサ「……!!!」
それを見た時。自分の中で何かが弾けた気がした。
アルミン「うあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁ!!!!!!!」
既に僕を抑える人間は居ない。
僕はミカサを抑えている奴らを引きはがす為に体を動かした。
あちこちが痛むし、思ったように動いてはくれない。それでも前に進んだ。
僕は一秒でも早く、彼女を救い出したくて仕方なかった。
ミカサの右手の上に乗っている男に飛びつく。それでも上から移動しようとしない男の腕に僕は噛みついた。
取り巻きA「いってぇぇっぇええ!!!!!」
これには堪らず、男は僕を振りほどこうと両手を使い必死に抵抗をする。
僕は懸命に離れまじと腕に食らいつく。
アッシュも僕の引きはがしにかかっているようで、体の色々な部分から蹴りの痛みを感じた。
その内に蹴りが止む。
アルミン「……」
アルミン(流石だよミカサ)
立っていたのはミカサと僕を含めなければ、二名だけだった。
右手が解放されたミカサは上に乗っていた二人を排除して、起き上がるとほぼ同時に二人を倒していたのだ。
コール「う、うわぁあああああ!!!」
コールは恥も外聞も投げ捨てた様子でその場から風のように立ち去って行った。
八人いた男の内、六人までが倒されたのだ。
コールのような反応を見せる人間が居るのも無理は無い。
アッシュ「……」
一方、リーダー格のアッシュは落ち着き払ってその場に立っていた。
ミカサ「貴方で最後」
アッシュ「強いな、お前」
ミカサ「アルミン、この男、どうしたい?」
アッシュ「俺は強い女は好きだ」
ミカサ「私はアルミンの好きなようにする」
アッシュ「俺の組織に入らないか。副長の座はお前の為に空けよう」
ミカサ「……さっきからごちゃごちゃとうるさい」
ミカサはアッシュの髪を掴むと、顔から地面に引きずり倒す。
アッシュ「うがっ!?」
ミカサ「アルミン答えて」
彼女は平然と僕に問い続ける。
ミカサ「貴方はこの男を、一体どうしたい?」
アルミン「……もしミカサが良ければ、だけど」
ミカサ「貴方の言う通りにする」
アルミン「そいつを許してやって欲しい」
ミカサ「……理由を教えて」
アルミン「そいつには他人の痛みなんて、僕の気持ちなんて理解出来ないだろう」
アルミン「でも今じゃなくても何年後かに気付くなら」
アルミン「許す行為はきっと無駄じゃないよ」
ミカサ「……そう」
アッシュ「いってぇ……いてぇよ……」
アルミン「うん」
ミカサ「じゃあそうしよう」
エレン「おーい!! アルミン! ミカサ! 無事か!?」
アルミン「エレン!」
エレン「駐屯兵団の人連れて来たぞ! もう大丈夫だからな!」
アルミン「……ハンネスさん?」
ハンネス「アルミンと言われてひょっとしたら、と思ったがやっぱりお前か……手ひどくやられたな」
エレン「敵は!? 敵はどこに居るんだ!?」
アルミン「……もう全員ミカサが倒しちゃったよ」
エレン「はぁ!? 嘘だろ?」
ミカサ「本当」
状況を大まかにハンネスさんに報告する。
アルミン「という訳なんです。元はと言えば僕が原因です」
ハンネス「お前とあいつらの因縁は知ってるからな。状況は大体理解した」
ハンネス「しかしミカサって言ったか? お前、馬鹿みたいに強いな」
ミカサ「? これが普通」
ハンネス「……おう」
ハンネス「うーん……しかし一人の女が七人の男を倒したと報告書には……」
ハンネス「ま、いいや」
ハンネス「俺らもこいつらには手を焼かされていたんだ。大人が手を出すんじゃなくて、ガキの始末はガキが付けるのが後腐れなくて一番良かったんだろう。こいつらもアルミンと女一人に倒されたとあっちゃ、もう街でもデカい顔して歩けねぇ筈だ」
ハンネス「怪我の原因については俺が適当にでっち上げとく。伊達に仕事が無いわけじゃない。そこらへんは任せとけ」
アルミン「あはは……」
ハンネス「ミカサと、あーエレンだったか? お前らアルミンを家まで連れてってやれ」
ミカサ「わかった」
エレン「おう!」
ハンネス「よし! 問題解決! では本日はこれにて解散!」
ミカサとエレンに肩を貸してもらい、油まみれの服を再び着て僕は家路についた。
アルミン「二人とも、ありがとう」
もしミカサが来てくれなかったら僕は一体どうなっていたのだろう。
ミカサ「私は貴方に謝らないといけない事がある」
ミカサは少しばかり気まずそうだ。
ミカサ「私とエレンはほぼ始めの時から貴方の行動を見ていた」
アルミン「うん。何となくそんな気はしていたよ」
ミカサ「……さすが」
アルミン「ミカサとエレンは普段あの道を通らないし、最初にミカサが言った事が気になった」
ミカサ「……私は、貴方がまだ大逆転の技を隠していると考えていた」
エレン「そうなんだよ! 俺はすぐにでも飛び出したかったのにミカサときたら『まだ早い』って言ってずっと俺を止めてたんだ」
アルミン「あはは……僕は魔法使いでもなんでもないよ」
ミカサ「私たちがもう少し早く助けに入っていれば、アルミンはこれ程酷い怪我を負う事も無かった」
エレン「俺じゃなくてお前のせいだからな!!!!!」
アルミン「エレン……落ち着きなよ」
ミカサ「ごめんアルミン」
アルミン「謝らなくていいよ。あれは僕の問題だったのに二人を巻き込んじゃって、僕の方こそ申し訳ないよ」
ミカサ「……」
エレン「アルミン……」
アルミン「えっ、何で二人とも僕を睨むんだよ」
ミカサ「アルミンは勘違いしている」
ミカサ「貴方の問題は私たちの問題」
ミカサ「そして私たちの問題は貴方の問題」
エレン「ミカサの言う通りだ! アルミンの破かれた本は俺達の破かれた本でもあるんだ!」
エレン「というか何で相談してくれないんだよ!」
アルミン「……ごめんね」
アルミン「一人でやらなきゃいけない気がしたんだ」
ミカサ「確かにそういう時もある」
ミカサ「その時は私たちに言ってから、一人でやればいい」
アルミン「なんなんだい、それ」
エレン「心配なんだよ。分かるだろ?」
アルミン「そこまで僕って信用ないかなぁ」
祖父「おぉアルミン。男らしくなって帰って来たな」
アルミン「ただいま爺ちゃん」
ママミン「まぁ!!! 一体何したらそんな怪我するの!?」
アルミン「ちょっと転んじゃって」
ミカサ「……ごめんなさい。私達のせいなんです」
エレン「俺達がしっかりとアルミンを見張ってなかったから……」
祖父「ほっほっほっほ」
漠然としていたけど僕の日常は笑顔に満ちていた。
あの日々はとても幸福だった。
幸福だった。
僕達はいつだって思い返すように呟くのだ。
あの頃の自分は幸福だったと。
エレンはどうやら調査兵団に行きたい事をミカサ伝いで両親に知られてしまったらしい。
母親の自分に対する理解の無さを嘆き、壁内の大人たちをエレンは非難する。
僕は少しだけ反省した。美しいであろう外の世界にばかり気を取られ、実際は巨人をどうするかなどほとんど何も考えてはいなかったのだから。
アルレルト家は本の知識により壁外への興味がある為、他の人達とは少し違うのだ。
調査兵団による壁外遠征は失敗の連続であるという事は耳にしていた。
それでも僕は、壁の中に住む大人たちの考え方には疑問を持たざるを得なかった。
壁の中の生活を最上とし、そこで思考停止をしてしまっているのだ。
壁の外にはより良い人類の生活拠点が存在しているかもしれないのに。
壁の外には新たな可能性が幾らでも広がっているのに。
加えて、まず第一に考えなければならない事実を皆忘れている。
アルミン「確かに、この壁の中は未来永劫安全だと信じきってる人はどうかと思うよ」
アルミン「100年壁が壊されなかったからといって今日壊されない保証なんか、どこにもないのに…」
エレンの調査兵団行きを反対するカルラおばさんの気持ちだって分かる。
でも僕はそれ以上に壁の外に行きたいエレンの気持ちが分かる。
何で壁の中の人たちはこの場所が安寧の場所であると決めつけているのか、僕には理解出来なかった。
そして爆音が響き、地は揺れる。
眩暈がするほど穏やかな日常の象徴である壁、その上に置かれた巨人の手を僕たちは見た。
あの日から僕らの故郷は、壁の外と呼ばれるようになったんだ。
弱い者は死ぬしかない。
弱肉強食という自然界の掟は、争う事すら理性の力でやめる事の出来る人間には適用されないものだと僕は考えていた。
今、人間は再び捕食される存在となった。
望む望まぬに関わらず、争う事を余儀なくされた。
淘汰の法則の中に、人間は再びねじ込まれたのだ。
なら僕の価値は何なのだろう。
体力が無くて、戦いに向いてない僕の価値はどうなるのだ?
エレンはカルラおばさんが巨人に捕食される場面を直視してしまったらしい。
ミカサは後悔していると言っていた。
自分は目を逸らした事を。
見ていない事でエレンと同じ感情を抱く事はもう出来ないから、だそうだ。
僕はそれを聞いて久しぶりに本気で怒った。
カルラおばさんの死を君は一体何だと思っているのだ、と。
ミカサも自分の発言の意味に気付いて愕然としていた。
僕達は増えた人口を補うための農地開拓に駆り出されていた。
毎日農場の単純労働に駆り出され心身に疲労が溜まると、些細な事が喧嘩の原因になった。
特にエレンとミカサのものは酷かった。
開墾地では心配そうに付き纏うミカサを、エレンがそれを鬱陶しそうにたしなめて口論している姿はほぼ日常だった。
喧嘩に発展するのは火を見るよりも明らかだ。
それでも、どんなに大喧嘩をしても、僕らは夜になると寒さを凌ぐために身を寄せ合って眠った。
三人のうち、一番快適なのは温かな真ん中で眠る事の出来る者だった。
その場所は暗黙の了解の内に日替わりで入れ替わった。
寒さに耐えるための行為は、僕たちの絆を再確認する事と人間らしい秩序を維持する行為でもあった。
何も楽しい事など無かった。
畑を耕す者達の目には意思など宿っていなかった。
百年の平和が崩れ、いつ何時再開されるかも分らない巨人の侵攻に誰もが怯えていた。
誰も未来など語らない。
大人たちはいつも苛立ち、些細な事が殺し合いにまで発展した。
明日の見えない開拓地は僕にとってただひたすらに暗かった。
最後の肉親だったお爺ちゃんも口減らしの反攻作戦で殺された。
両親がどうなったかは全く分からない。多分、二人とも死んでいるのだろう。
僕達は巨人への呪いから湧き上がる怒りに身を任せ動き続けた。
それにも限界がある
もしあと一年訓練兵団に入るのが遅れていれば、僕達は一体どうなっていたのだろう。
多分、僕達はもう一緒には居られなかった。
847年 訓練兵団の宿舎 朝
ミカサ「おはよう。アルミン」
アルミン「おはよう。あれ、ミカサ、髪を短くしたんだね」
ミカサ「うん。エレンに切った方が良いと言われた」
アルミン「ずっと長かったから少し違和感があるなぁ」
ミカサ「そう? これはアルミンの髪の長さを参考にした」
アルミン「えぇ……何でよりにもよって男の僕を参考に……」
ミカサ「冗談」
アルミン「はぁ……」
ミカサ「私にもそれなりの分別はある。安心して欲しい」
アルミン「そこはもちろん分ってるよ」
ミカサ「アルミンと違って前髪は残しておいた」
アルミン「……うん。そう。そいつは凄いや」
ミカサ「男子とは上手くやっている?」
アルミン「みんなある程度巨人に対する共通意識で繋がっているから、心配ないよ。
アルミン「僕もエレンも、他のみんなも同郷の出身者を除けば同じような距離感で喋っているよ」
ミカサ「アルミンのそういうところはあまり良くないと思う」
アルミン「えっ、何で?」
ミカサ「人との繋がりを分析するのは無粋」
アルミン「……何だかそれっぽく言っていい気になってるでしょミカサ」
ミカサ「アルミンも痛いところを突かれてうろたえているように見える」
アルミン「否定は出来ないね」
ミカサ「アルミンを言い負かすのは楽しい」
アルミン「僕は君を口で言い負かしたりした覚えは無いんだけどね」
ミカサ「恨みは気付かないうちに買っているもの」
エレン「何だ二人とも、こんな朝早くに」
ミカサ「アルミンと散歩をしていた」
アルミン「もう少しで起こしに行こうと思ってたのに」
エレン「一人で起きられるよ」
ミカサ「エレン、寝癖が付いている」
エレン「自分で直せる! アルミン、どのへんだ」
アルミン「僕から見て右上」
エレン「あれ、右上にはねーぞ」
ミカサ「エレン。アルミンから見て右だからエレンからは左」
エレン「……」
アルミン「……」
ミカサ「……」
エレン「……最初っから左って言えよ」
初日、エレンは意外な箇所でつまづいていた。
アルミン「心配いらないよエレン! 僕が出来たんだから君だって出来るよ!」
ミカサ「落ち着いて。バランスを取ろうと急に動かしたりしては駄目」
僕でも出来るような、立体機動装置を扱う初歩の初歩からつまづいてしまったのだ。
エレン「あ、ああそうだよな! よし! アルミン! 上げてくれ!」
これが出来なければ巨人を駆逐するどころか、開拓地へと逆戻りとなってしまう。
アルミン「いくよ……」ギリギリ
エレン「ん……ん! ……んんん!?」グリン
エレン「!?」ゴッ
アルミン「エレン!」
ミカサ「エレン!」
もう何度目か分らない失敗。エレンは頭を強く地面へ打ち付け気絶してしまう。
アルミン(……何だこの感情)
アルミン「エレン! しっかりするんだ!」
アルミン(親友が傷ついているのに)
ミカサ「アルミン、そちら側を頼む」
アルミン「分かってる!」
アルミン(僕は喜んでいるのか?)ニヤ
ミカサ「……」
ミカサ「急ごう」
847年 訓練兵団訓練地 食堂 夜
エレン「結局留め具が変だったのか。開拓地送りにされるのかとヒヤヒヤしたぜ」
アルミン「僕もミカサも同じ気持ちだよ」
ミカサ「エレンは昔から才能が無いから。開拓地送りになった場合の事も考えてはいた」
エレン「……うっせーな。いいだろこれで訓練兵団入れたんだから」
アルミン「そうだね。結果オーライだよ」
ミカサ「私は何があってもエレンと一緒」
エレン「早く三人で訓練兵団一緒に卒業して」
エレン「巨人を駆逐して、外の世界を見て回るんだ!」
アルミン「ああ、分かってるよ」
ミカサ「……」
エレンにとって訓練兵団に入団できたことは、枯れかけていた巨人への憎しみを再び沸き立たせるだけでなく、死亡者が出る程の厳しい訓練によって全てを忘れることが出来たのではないだろうか。
エレンは、才能は無いが努力で訓練兵団の中でも存在感のある奴と認識されている。
エレンを慕うミカサにとって自らの有用性を示すことは、エレンの隣に居る理由にもなる。
事実ミカサはその身体能力を遺憾なく発揮し、教官から実力についてもお墨付きだ。
では僕はどうだっただろう?
僕たちは訓練兵団でも相変わらず三人で過ごした。
その中で僕は、自分の価値について再び考えていた。
巨人と人類が再び相対する事になったこの世界。
勝てるかも分らない勝負になるだろうことは明白だ。
僕は生きていて良いのか?
僕に人類としての価値はあるのか?
悩めば悩むほど僕は座学に打ち込んでいた。
勉強をしている間は余計な事を考えずに済んだから。
気づけば座学で一番と呼ばれるようになっていた。
少しも嬉しくは無かった。
それが望んだ姿では無かったから。
僕は自分の腹の底からにじみ出るように湧き出す、暗く重い願望に気付いていた。
僕は力が欲しかった。リヴァイ兵長や、卑近な例ならミカサのような、僕が憧れて眺める先に居る存在になりたかった。
今の僕では到底成り得ない存在、つまり僕は、自分以外の何かになりたくて仕方なかった。
僕は自分以外の強い何かになりたくて仕方が無かった。
ミカサが黙っていたのは、彼女は別に外の世界などそれ程興味は無いからだろう。
彼女にとって、自らの命を救い、最後の家族でもあるエレンと一緒に居る事こそが、至上の命題だったのだ。
恐らく場所はどうでも良い。
調査兵団であろうが、駐屯兵団であろうが、憲兵団であろうが、開拓地ですら彼女にとって安寧の地となるだろう。
でもそれは叶わない。
目の前で母の死を見てしまったエレンには、ミカサとは違う物が見えている。
彼は巨人を皆殺しにするまで自分の幸せなど望まない。
今のままでは、人類は巨人に勝てない。
だからエレンは、多分幸せにはなれない。
エレンが幸せでなければ、ミカサも幸せでない。
自分が嫌いで嫌いで仕方ない僕は幸せであろうはずもない。
僕達は結局、誰も幸せになれない。
そんな最悪な関係がこれから先まで続いていく訳がない。
僕はそう考え始めていた。
849年 調査兵団訓練地 食堂 朝
エレン「訓練兵団入ってもう一年か。早いもんだな」
ミカサ「エレン、食べ残しが口の端についている」
エレン「だーから、ミカサ! 自分で取れるっての!」
アルミン「あはは……」
訓練兵団での一年目が過ぎようとしていた。僕とエレンとミカサは相変わらず一緒に居た。
入って一か月目は『敷地を出る時は死体で』と直感させるような日々の連続だった。
人間の慣れというものは恐ろしく、僕ですら普通に立体機動装置が使いこなせるようになってきた。
……ミカサの動きにはついて行けないけどね。
ミカサ「アルミンにもついている」
アルミン「えっ? どっち?」
ミカサ「いい。私が取る」
アルミン「いや別に」
ミカサ「取れた」パクッ
アニ「あんたら傍から見てると気持ち悪いよ」
ミカサ「そう?」
エレン「だからいつもやめろって言ってるのにミカサは」
アルミン「幼馴染ってこういうものじゃないのかな? ……さっきのは流石に恥ずかしいけど」
アニ「私がベルトルトとライナーと一緒に飯食ってる時に」
アニ「ん、ライナー、米が口の端についてるよ」
アニ「って言ってその米を取って食べたらあんたらはどう思う」
ミカサ「凄く気持ちが悪い」
ライナー「……」
アニ「……何で責める側である私が傷つかなきゃいけないんだ?」
ミカサ「ライナーは立派な大人」
ミカサ「エレンは子供」
ミカサ「この差は大きい」
エレン「だから俺は子供じゃねぇって!」
ベルトルト(僕達も君達と同い年だよ……)
848年 駐屯兵団訓練地 大浴場 夜
ライナー「これより第34回壁外調査を行う」
アルミン「要するに覗き見だよね」
エレン「お前らまたそんな事やってんのか」
ジャン「カマトトぶってんじゃねーぞホモ野郎どもが!!!!!!」
エレン「何だと!?」
アルミン「はぁ……次の罰覚えてないの?」
ベルトルト「ライナー、ジャン。今はそんなことで争っている場合じゃない」
ジャン「ケッ。それもそうか」
ライナー「左から俺、ベルトルト、ジャンの短距離索敵陣形だ!」
ベルトルト「分かってる。撤退の時は黒の煙弾」
ライナー「可愛い子の裸を見ればその場で白の煙弾だ!」
ジャン「あー白の煙弾もう出ちゃいそうなんだが?」
ベルトルト「何でもう勃起してるんだよ」
ライナー「そういうお前こそ股間どうしたんだよ」
ベルトルト「なっ!? 気付かぬ間に勃起!?」
ライナー「そして俺も、だ」
ジャン「覗きがエロの手段でなく目的になってきてしまっている……これは危険な兆候だぞ!」
ライナー「ああ、俺達には時間が無い。今回こそ決める!」
マルコ(何なんだこいつら)
ライナー「この時間帯には天使の出現も確認されてる」
ベルトルト「うおおおおおおお」
アルミン(うるさい……)
ジャン「よーしいい感じに湯けむりも上がって来たな! 突撃!」
ライナー「……」
ベルトルト「……」
ジャンの言う通り、浴槽から出る湯けむりがピークに達しつつあった。
隣で体を洗っている僕とエレンですら少し靄がかかったように見える。
ライナーとベルトルトは先程の異様なテンションから打って変わって真面目な表情になり男湯と女湯を阻む壁に取りつく。
仕切りになっている壁は、何故か天井まで到達してない。
つまり女湯を除き得る隙間があるのだ。
女性陣からの要望で何度もこのヴァルハラへの門は閉じられそうになったが、
キース教官曰く「王ゲフンゲフンの方々からの根強い反対」により死守されているそうだ。
だからと言って覗きが野放しにされているかと言えばそうではない。
見つかれば営倉、もしくは一週間の便所掃除だ。
両極端な罰に見えるが、ある一つの前提により営倉の方が遥かに容易なものだと理解して頂けるだろう。
実は掃除に利用しても良い道具は刑を重ねるたびに短くなるのだ。
ジャン、ベルトルト、ライナー、この三人の33回の歴史は伊達でなく、既に6回ほど捕まっている。
その結果、前回の道具はなんと歯ブラシ。
仮に次捕まるような事態になれば素手に洗剤を……ということが既に確定している。
女湯側には覗き魔捕獲用に立体機動装置のアンカー射出機を改造したものが置いてあり、彼らはそれで捕まえられた。
「君達の反射神経なら避けられるんじゃないか?」との僕の質問に「あれはアンカーより早い」と以前ライナーは返してくれた。
ライナー(思えばこれで34回長い道のりだった)
ベルトルト(壁を登っても湯煙で何も見えない時もあった)
ジャン(女子が外ればかりの時もあった)
ライナー(俺達は話し合った)
ベルトルト(男湯と女湯の湯気の量を調節すればどうだろう、クリスタの入浴する時間は?)
ジャン(とても一人では調べられない事ばかりだった)
ライナー(女子の会話を聞くために床の下で張り込みをしたこともあった)
ベルトルト(女子部屋の天井裏で便意を我慢し一晩耐えた事もあった)
ジャン(気難しい風呂焚き係とプライベートで仲よくする必要があった)
ライナー(訓練の合間を縫って、本当に良くやってくれた)
ベルトルト(ありがとう)
ジャン(ありあとう)
ライナー(みんな、ありがとう)
ベルトルト(声に出さなくたって分かる)
ジャン(顔を見なくったってわかる)
ライナー(それが仲間ってもんだ!)
アルミン「違う……?」
マルコ「アルミンまで何言ってんだよ。あんな馬鹿な真似」
アルミン「この湯気の量、異常だと思わないか?」
マルコ「そうかい? いつもこれくらいだった気がするけど……」
アルミン「訓練兵団に入った当初の事を思い出してくれ」
マルコ「……あれ?」
アルミン「そうだよ」
アルミン「昔はこれ程の湯気は出ていなかった。湯気は少しずつ多くなっていた」
マルコ「一体どうやって……」
アルミン「係の人間を買収しているんだろう。恐らく女湯の方は逆に湯煙が出ないよう調節されてある」
マルコ「で、でもあれだけ忙しい訓練の合間に?」
アルミン「よく分からないけど、きっとそれが彼らの愛だ」
マルコ「なんて……なんて馬鹿な連中なんだ」
マルコ「その努力の十分の一、いや百分の一でも訓練に振りえ分ける事が出来れば訓練兵団での順位も……」
アルミン「マルコ、それは野暮ってやつだよ」
マルコ「えっ?」
アルミン「人間は戦いだけで生きるわけでも、食べるだけで生きるわけでもない」
アルミン「だからそんな単純計算だけで彼らの行動を捉えちゃだめだ。上手く言えないけど……それはきっと失礼な行為なんだと思う」
マルコ「……そうなのかな?」
アルミン「マルコだってあるんじゃないかな。人には理解されないけれど熱中してしまうものとか」
マルコはしばらく顎に手を当て考え込んだ後、思い出したかのように晴れやかな顔をした。
マルコ「ああ、あった……。すっかり忘れてたような気分だけど」
アルミン「きっとそういうモノだよ」クス
アルミン(やってることは覗きだけど、あれだけ真剣に何かに打ち込めるっていうのは一種の才能なんじゃないかな)
アルミン(エレンは巨人を駆逐する事に一生懸命だし、ミカサはエレンを追うのに一生懸命だ)
アルミン(それに比べ僕は……)
アルミン(……何で僕はまた自分と二人の事を比べてるんだよ)
キース「こらぁああああああライナー! ベルトルト! ジャアアアアアアン!」
マルコ「げっ! 教官だ!」
ジャン「チッ!」
ライナー「一時撤退だっ!」
キース「逃がさんわ!」カチャッ
ベルトルト「あの銃は不味い!」
ジャン「神様ぁ!」
キース「大人しくしてれば痛くはせん!」
キース教官は手に持った筒状の砲塔のトリガーを引いた。すると目にもとまらぬ速度で複数のワイヤーが飛び出し、ジャンの身体に巻きついた。
ジャン「ぐぅ!?」
ベルトルト「ジャン!」
ライナー「ベルトルト! どけ!」
恐らく脱出用に使うつもりだったのであろう……そこには全裸の状態で立体機動装置を装着したライナーが立っていた。
素早く刃を装着し、超硬質ブレードでジャンを絡め取るワイヤーを切断しようとする。
ガキッ
だが鈍い音がしただけで切断には至らない。というか僕から見ると全く切れる気配は無いようだった。
ライナー「そんな……」
そんな馬鹿な事があるか、この刃は巨人の肉すら削ぎ取るのだぞ。
きっと彼はこんな風に言いたかったのだろう。だがそれは叶わない。
キース教官の後ろからやって来た新たな増援、恐らく教官の同僚なのだろうけど……
彼らもまた捕獲銃を装備しており、ライナーとベルトルトはその餌食となった。
ベルトルト「畜生……」
全裸で床に組み伏せられ、縛られつつあるベルトルトは、目から大粒の涙を流しながら低く唸っていた。
それも当然かもしれない。33回の布石の果てに手に入れた絶好のチャンスを逃してしまったのだ。無念でない訳がない。
ライナー「……」
ライナーは膝を床につけ呆然としている。
感情と動きの無い彼の表情と、股間でプラプラと揺れ動く萎縮した男性器が対称的で何とも言えない気分になる。
ジャン「ミカサ……ミカサ……」
ジャンは恍惚とした表情で中空を見上げしきりにミカサの名前を連呼している。
見ることが出来る筈だった光景があの視線の先には浮かんでいるのだろうか。
熱い思いの果てに失敗した三人、その過程と結果を目の前にまざまざと見せつけられると、とても他人事とは思えず僕も目頭が熱くなってきた。
男湯に居た他の者達も感化されたようで、ところどころから鼻をすする音が聞こえてきた。
キース「またこの三人か。今回は惜しいところまでいったようだな」
キース教官も男である。七回目ともなると彼らの熱意を組んで恩赦などの寛大な処置が
キース「今回は素手か。まぁ頑張れよ。しかし汚れが残っていたらやり直しだぞ」
無かった。
キース「挑戦することは良い事だが、時と場合をよく考えろ」
そう言い残しキース教官は男湯を後にする。
仮にあの三人が次捕まれば、舌で便所を掃除するだろうと僕には妙な確信があった。
エレンとミカサの存在は、僕自身の意識を常に圧迫し続けていた。
彼らのせい、と言うのはおかしいも知れないが、自分という存在の価値にについて客観的な視点から常に疑問を投げかける最初の要因となっていた事に疑いは無い。
要するに優れた二人が傍に居るため他の人と同じような自己肯定が困難だったが故、物事の裏に存在するものについて考えるようになったのかもしれない。
この日は消灯後にベッドに横になりながら、自分の嗜好について考えてた。
アルミン(クリスタは確かに可愛いけどさ、ジャンたちみたいに必死になって女湯を覗きたくなるか……と言えばそうでもない)
ではアニは? ミーナは? サシャは? といった風に次々と対象を変化させていったがどれもしっくり来なかった。
アルミン(他の男子みたいに、好きな女子にヤキモキするのが普通……なんだろうな)
アルミン(でも僕にはそれが無い)
アルミン(……)
アルミン(もしかして僕はホモ野郎なのか?)
違う、そうじゃない。そんなはずはない。
アルミン(考えろ。アルミン・アルレルト。馬鹿みたいな頭で考えろ)
そうだ自慰だ。自慰の時に脳裏に浮かぶ女の子だ。
その女の子と恋愛感情は直接結びつかないかもしれないけど参考にはなるはずだ。
アルミン(少し罪悪感もあるけど、きっとみんな同じだよね)
同期の女の子でそういう事をするのは抵抗があるが、それがまた良いと言うか……いや、今は関係ないな。
よく頭に浮かぶ女の子、誰だろうか。
アルミン(何ていうか……するときに浮かぶのは顔とかじゃないんだよな)
匂いだったり、言葉だったり、肌の感覚だったり。
アルミン(……)
アルミン(ん? んんんんん!?)
アルミン(あれ僕が知ってる匂いだったり言葉だったり肌の感覚って)
アルミン(それって全部ミカサのじゃないか?)
世の中には気付かなくても良い事が、間違いなく存在している。
エレン「よう」
ミカサ「おはよう。エレン、アルミン。……? アルミン、体調が悪そう」
アルミン「……ああ、ちょっと眠れなくてね」
エレン「こいつ、昨日ずっと一人でブツブツ何か呟いてんだぜ? お陰で俺までちょっと寝不足だよ」
アルミン(ガーガー言わせながら寝てたよ君は)
ミカサ「風邪かもしれない。額を出して」
アルミン「うん……」
朦朧とする意識の中、いつもの調子でミカサのお節介を受け入れてしまう。
右手で前髪を持ち上げミカサの方へと向ける。そしてミカサの伸ばした右手が僕の額に触れた。
アルミン「うわっ!?」
その感触が、自分の思い描いていた妄想と全く同じものである事に対して僕は驚いた。
眠気は一気に冷め、思考は冷静さを取り戻す。
エレン「……大丈夫かアルミン」
額を触られただけでこれ程大げさな反応をする人間を見たら誰だって心配したくなるだろう。
ミカサ「熱は無いと思う。……一瞬触れただけだったけれど」
ミカサも一体アルミンはどうしたのだろう、という風な顔だ。
彼女としてはいつも通りの事をしただけなのだから。
アルミン「……ごめん。今日はちょっと調子が悪いみたいだ」
その後は自分から二人の会話の中に入る事をシャットアウトした。
長年一緒に居た経験から、二人が心配そうな視線をこちらに向けているのは分かった。
それでも、この三人の中で一番戸惑っているのは自分自身だと思う。
そりゃ、昔はちょっと好きになりかける事もあったさ。男二人女一人で構成された集団だったんだから。
でも肝心のミカサはエレンにべったりで、それで諦めたつもりでいた。諦めたと思い込んでいた。
無意識のうちにまた意識していたなんて全く気付かなかった。
アルミン(本人を目の前にして一体どんな顔をして喋れば良いか分らない)
それから僕は二人と少し距離を置いた。幸い、マルコが一緒に居てくれたから一人になる事は少なかった。
一週間ほどすると、鈍感なエレンも流石に異変を感じたらしく僕に男子寮で直接質問を投げかけてきた。
エレン「なぁアルミン。最近俺と一緒に飯食ったり座学受けたりしないのってさ……俺がお前に対して何か悪い事したからなのか?」
アルミン「……心当たりがあるの?」
エレン「いや、ミカサがそう聞け……って」
当たり前だ。彼らには何の落ち度もない。
僕が自分の自慰の対象の女の子とまともに顔を見て話せないから一緒に居る事が出来ない、なんてお笑い草もいいところだ。
アルミン「……違うよ」
エレン「……いい加減にしろよ! 何か嫌な事があるなら話せよ! 見損なったぞアルミン!」
アルミン「見損なった、って何だよ」
エレン「だってそうだろ! 体調が悪くなったと思ってたら俺に対する態度も悪くなって……どう考えても何かあったんだろ!」
エレンが僕の事を心配して言ってくれているのが分かる。
確かに僕の対応は、少し彼を不安がらせるものだったような気もする。
アルミン「……ねぇエレン、実は」
この際、打ち明けてしまおうと思った。これで少しはすっきりする筈だ。
ジャン「プハハハッハハッハッハアッハッハ!!!!」
高笑いと共にジャンが僕とエレンの間に割って入る。
ジャン「ホモ二人が顔突き合わせて何話してるのかと思ったら喧嘩してやがる。全く絵にならねぇ構図だな。つい笑っちまった。おいミカサはどこだ」
エレン「はぁ? ここは訓練兵の男子寮だぞ。トイレ掃除の人が何でここに居るんだよ」
ジャン「ああぁぁぁあぁぁあぁ!? 俺様は訓練兵のジャン・キルシュタインだっつーの!」
エレン「ああ、何か最近鬱陶しいのが減ったと思ったけどお前だったのか。今気づいたよ。ここにミカサは居ない。ここは男子寮だしな。それとアルミンと話してるから後にしてくれ」
ジャン「ここが男子寮って事くらい分ってるよ! ミカサは元気かって聞いてるんだよ!」
エレン「……トイレで何か悪い寄生虫でも貰ったのか? 言ってることが滅茶苦茶だぞ」
ジャン「あぁ!? だから、俺が居ないとミカサが寂しがるだろう!? ようやく俺様が罰を終えてから帰って来たんだから当然俺様を探すために敷地内をウロウロしている筈だ! ああ、心配だぜミカサ!」
エレン「……でさアルミン、さっき俺に一体何を言おうとしたんだ?」
アルミン「……いや、ごめん。もういいよ。おやすみ」
ジャン「テメー無視してんじゃねぇ!」
真面目に悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。
とても例の件を言い出せるような雰囲気では無かった。
僕はもう自分のベッドへ戻り布団を被った。
下でまだ口論してる二人の声が聞こえる。
罵り合いは次第にヒートアップしてゆき、放っておいたら不味そうなレベルにまで到達していた。
エレン「おいジャン、冗談も大概にしろよ! こっちが真面目に話してる時に茶々入れやがって!」
ジャン「あぁ!? どうせ大した話なんてしてないだろうが!」
エレン「アルミンが何か悩んでんだよ! お前が邪魔しなけりゃ理由が聞けたのに!」
ジャン「はぁ? 知らねーよそんなこと。オカマのアルミンの事なんてよ」
聞こえている。胸が少し痛む。大丈夫だ。慣れた痛みだ。どうってことない。
エレン「お前……今、なんて言った?」
ジャン「オカマのアルミンだよこの野郎」
エレン「……ふざけてんじゃねぇ」
エレン「アルミンを馬鹿にすんな!!!!」
ジャン「グッ……やりやがったな……」
ジャン「俺を馬鹿にするな!!!!」
マルコ「お、おい! 何やってるんだよ二人とも!!」
エレン「この馬鹿野郎!!!!!!」
ジャン「うるせぇえええええええ!!!!」
遂には掴み合い殴り合いの喧嘩にまで発展してしまい、
エレン「謝れよ!!!!」
ジャン「ぜっっっったいにやだね!」
キース「貴様ら!! やめんか!!」
教官の登場でようやく閉幕となった。
喧嘩両成敗ということでエレンとジャンは仲良く営倉入りとなった。
848年 訓練兵団訓練地 食堂 朝
マルコ「エレンとジャンはともかく……どうしてライナーは医務室送りになってるんだろう?」
コニー「何かアニを怒らせたらしいぜ。罰から帰ってきたライナーに、アニがつっかかったんだ。『また覗こうとしてたのかい? 馬鹿だね本当に』って」
コニー「そしたらライナーが『お前はもう少し下の手入れもした方が良いと思うぞ』って答えて。頭から地面へひっくり返った」
マルコ「……それは仕方ないね」
コニー「なぁ『下の手入れ』って何のことなんだ? 俺は靴を磨けって事なのかと思ってたんだけど、クリスタに聞いたら違うって言われてさ」
アルミン「あー、コニー、その『下の手入れ』の話をあまり人前でしない方が良いと思うよ。あんまりいい意味じゃないから……」
コニー「……」
コニー「ケッ、俺はお前じゃなくてマルコに質問してるんだよ」
アルミン「……え?」
マルコ「おい、何言ってるんだ」
コニー「何ってそのままだよ。というか、同じ席で飯食ってるのも気に食わねぇ」
アルミン「どうしたんだよ……コニー」
マルコ「何か嫌な事でもあったのか?」
コニー「フンッ! いいかマルコ、このアルミンって奴はな、幼馴染が自分の為に喧嘩してるのにだ、それを無視してベッドで寝ちまうような奴なんだよ」
アルミン「……」
コニー「本当に見損なったぜアルミン。お前は運動のできねーガリ勉野郎だけど、仲間想いの良い奴だと俺は思ってたのによ」
マルコ「アルミンはもう寝てたんだよ! 今更言っても仕方ないだろう!」
コニー「だからって、普通起きるだろ! あれだけの騒ぎがあったんだぜ?」
僕はあの喧嘩を止めるべきだった、コニーはそう言っているのだ。
至極真っ当な意見だ。喧嘩をする二人を止められるなら止めた方が良い。当たり前だ。
では僕は何時まで当たり前を続ける必要があるのだ。
エレンとジャンが突っかかって喧嘩をするのはこれで何度目だ?
喧嘩になる前に僕が止めたのは一体今まで何度あった?
もう数えるのも馬鹿らしい。
僕は普通の人間だ。完璧な聖人なんかじゃないんだ。
一度、たった一度だけ彼らの喧嘩を見直しただけで、僕はここまで馬鹿にされるのか。
ふざけるな。
何様だ。
それなら自分がやってみろ。
……。
いや、もういい。もう僕は疲れた。
アルミン(……なんかもう、どうでもいいや)
マルコ「そ、そんなのコニーの決めつけでしかないよ……」
アルミン「……起きてたよ」
マルコ「え?」
アルミン「僕はあの時まだ寝てなかった。あの二人の喧嘩だって知ってた」
アルミン「知ってて止めなかったんだ。止めなかったら……どこまでやるんだろうって思って」
マルコ「……」
コニー「何だよそれ……。何なんだよお前……」
アルミン「原因が僕の事だっていうのも分かってた。でも、敢えて止めなかったんだ」
コニー「……」
アルミン「正直に言うと仲裁するのに少し疲れてきてたんだ。で、一回サボったらまさかの大喧嘩に発展しちゃって」
アルミン「不思議だよね。何でエレンは僕なんかの事を守ってくれるんだろう。守ってくれなんて一言も言ってないのに」
そう言った瞬間、僕はコニーに殴られていた。
コニー「ほら立てよガリ勉野郎。もうテメーなんて誰も守ってくれねーぞ」
頬の痛みすら、自分が生きている証のようで心地いい。
マルコ「……」
マルコは黙って僕の方を睨んでいる。そこに、いつもの優しげな表情は無い。
アルミン「……」
今まで僕はエレンとミカサと家族と、小さい輪の中で小さく生きてきた。
でも訓練兵団に入って、同世代の色んな人たちと出会って良い関係を築けているような気がしていた。
さっき僕は、新しく得た物を試しに壊してみたくなった。
結果はご覧の通り。現実は呆気ない。
壊そうと思えばこんなにも呆気なく壊れてしまうのか。
昨日から一体何なんだ。
一年間かけて、僕は皆と信頼を積み重ねてきていた筈なのに。
ミカサを意識するせいでミカサと喋れなくなって、エレンとも喋らなくなって。
ようやく和解の切っ掛けを見つけたと思ったらジャンのせいで台無し。
そんなジャンにエレンが無駄につっかかり喧嘩にまで発展。
馬鹿らしくて、僕はもうああいった手合いの事に首を突っ込むまいと決心したから口を出さなかった。
そしたら大喧嘩に発展して二人とも営倉行き。
事の顛末を見ていたコニーは僕が友達甲斐の無い奴だと決めつけ言い張っている。
そして少し愚痴をこぼせばこの通りコニーと僕との喧嘩に発展、おまけにマルコにも嫌われてしまったらしい。
極めつけに事の発端は僕の自慰の内容から来ている。
馬鹿らしい。
死んでしまいそうだ。
もうどうにでもなってしまえ。
僕は今、自分自身も含め色々なものに失望してしまっている。
どうせなら全部壊れてしまえ。
コニーは僕の胸倉を掴むと何度も僕を殴る。
僕は抵抗もせずに殴られ続ける。
マルコはただ黙ってそれを見ている。
ジャン風に言うと、「絵にもならない構図」なのかなと思って少し面白かった。
ミカサ「コニー、やめて」
コニーは手を止め、ミカサの方を向く。
コニー「ミカサか」
ミカサ「教官を呼んだ。もうすぐ来る。アルミンを放さないと二人とも営倉行き」
コニー「上等だよ。こいつをぶっ殺せるなら営倉だろうが何だろうが入ってやるよ」
ミカサ「……何故コニーはアルミンを殺したい?」
コニー「こいつは昨日なぁ、分かっててエレンを放っておいたんだよ! 喧嘩になる事も、エレンが自分の為に喧嘩をしようとしている事も、全部わかって狸寝入りしてたんだよ!」
コニー「誰が何と言おうと俺は許せない! 仲間を大事にしない奴なんて最低のクズ野郎だ!!」
ミカサ「アルミンは、訓練兵団の仲間ではないの?」
コニー「こいつが仲間? こんなクズ野郎にそんな資格ないね!」
ミカサ「今言った……その資格というのは一体何?」
コニー「……何で止めようとしてんだミカサ」
ミカサ「疑問に思っただけ。それで、その資格が無ければ殴られても文句は言えないの?」
コニー「ああ、そうだよ!!!! 資格なんてねーよ! ただ単に感情の問題だよ!!!! だからってお前はこいつが許せるのかよ!!!」
ミカサ「そう、良かった。資格は要らない。ならば私もコニーを存分に殴る事が出来る」
コニー「な、何で俺が殴られなきゃいけないんだよ……」
コニー「おかしいだろそんなの!!!!」
ミカサ「コニーは私の友達の、アルミンを殴るクソ野郎だから」
コニー「それ以前の順番があるだろ!? こいつはエレンを売ったんだぞ!? お前エレンの事好きなんじゃないのかよ!!!??」
ミカサ「……エレンは家族」
コニー「だったら!!」
ミカサ「コニー、私とエレンとアルミンは幼馴染」
コニー「……知ってるよ」
ミカサ「一緒に笑い、怒り、泣き感情の大部分を共有した大切な存在」
ミカサ「苦しい時も、楽しい時も私たちは常に一緒だった」
ミカサ「言葉なんかでは言い表せない、言葉程度に落とし込みたくも無い」
ミカサ「貴方にも分かるように言うのであれば」
ミカサ「私たちの絆は、最早何かの要因で断ち切られるようなものではない」
コニー「なんだよそれ……」
ミカサ「貴方が正直に言ったように、私が貴方を止めたい本当の理由を言おう」
ミカサ「どこの馬の骨かもよく分からない男が、私たちの関係に土足で踏み入り、私たちの絆を自分本位の仲間とかいうものに落とし込み安く値踏みして、エレンに聞いた訳でもないのに単に自分が気に食わないから、仲間の資格という意味の分からない大義名分を掲げアルミンを責めている」
ミカサ「さも自分が正しい風に見せながら、結局は自己満足の為に私の大切なアルミンを、エレンが大切に想っているアルミンを、誰がどう見ても意味を持って抵抗をしないアルミンを、何度も何度も何度も何度も何度も殴りつけている事が我慢できない」
ミカサ「誰もお前にアルミンを殴って欲しいなどと頼んでない」
ミカサ「殴りたいのはお前だけだ」
ミカサ「身勝手な正義を振りかざして他人を傷つけるな。アルミンを傷つけるな」
ミカサ「もう一度でもアルミンを殴ってみろ」
ミカサ「私がお前を殺してやる」
ミカサ「アルミンから手を放せ」
ミカサ「二度と私たちの絆を踏みにじるな」
コニー「……」
僕の胸倉を掴む彼の手が、力なく解かれてゆく。
食堂での騒動だったため、既に僕らの周りを訓練兵団の面子が囲んでいたが誰一人、声一つ上げられない状況だった。
ミカサ「アルミン、立てる?」
アルミン「……ごめん。無理っぽい」
良い一撃が顎に入っていたようで、膝は震えまともに立つことも出来ない。
僕は最後まで、一人の腰抜けだった。
アルミン「ねぇミカサ」
ミカサ「何?」
アルミン「重くない?」
ミカサ「……その質問には答えるべきでないと私は判断した」
僕はミカサの背中に必死にしがみついていた。
当初、お姫様だっこで僕を医務室まで運ぼうとしたミカサを必死に止め、何とか背負う形に落ち着いた。
今現在は、医務室へ向かう道すがらだ。
ミカサ「そういえば、こうして話すのも久しぶり」
アルミン「……そういえば、そうだね」
殴られた後遺症で顔は少し腫れてしまったが、ダメージはそれ程でもなかった。
どうやら脱力していたのが上手い具合に衝撃を吸収する形になったらしい。
それでも少し口の中を切ったりしてしまって少しだけ喋りにくかったりする。
ミカサ「言いたくないなら別にいいけれど……何かあった?」
アルミン「……」
ミカサの問いは優しかった。
僕が喧嘩を止めなかったせいでミカサの好きなエレンは営倉へ行き、今日は僕のせいで皆からいらぬ注目を集めてしまった。
それなのに彼女は僕を一言も責めない。むしろ優しさすらある。
アルミン「なんで……なんで二人ともそんなに優しいんだよ」
ミカサ「……?」
アルミン「昔からそうだ!!」
アルミン「僕は君達にそんなに優しくした覚えも無いのに……」
アルミン「何で二人とも、そんなに僕に良くしてくれるんだよ!!!!!!」
アルミン「僕はそんなに……良い人間でもなんでもないのに……」
ミカサ「……役に立つとか立たないとか、借りを作ったからその分だけ貸すとか」
ミカサ「そんな杓子定規な決まり事は私達に必要ない」
ミカサ「東洋には恩という概念がある」
アルミン「恩?」
ミカサ「人間は、生まれたときから無条件に恩を背負う。それは親に対してでもあるし、他の家族に対して、社会に対して、色々あるけれど……とにかく生まれながらに恩を背負う」
ミカサ「そして、その恩はとても重く、一生を費やしても返しきる事は無い」
アルミン「……矛盾してない? それだと恩の貸し借りが破綻してしまうよ」
ミカサ「恩はこの場合単純な貸し借りで計算できるものではない。心構えの様な物。自分は自分だけでなく、誰かによって生かされているのだと常に意識する為のもの」
アルミン「……東洋人は恩をそんな風に捉えているだね」
ミカサ「勿論、返す事の出来る種類の恩もある。……呼び方は忘れてしまった。今私が話したのはその中でも一番大きく、重い恩。私は母さんからこの話を聞かせて貰った時、よく意味が理解出来なかった」
ミカサ「でも今は分かる。イェーガー先生に助けられて、カルラおばさんに面倒を見てもらって、エレンと一緒に居られて、アルミンに助けてもらって私は生きている」
ミカサ「私は一人だけで生きては行けない事に気付けた。誰かに助けられっぱなし。その事に感謝している自分に気付いた。きっと、これが私の背負った恩」
ミカサ「背負った恩はとても重く、一生を費やしても返しきる事は無い。だから、だからこそ、少しでも皆を助けたい。これが私のせめてもの恩返し」
ミカサ「……ので、アルミンは何も気にすることは無い」
ミカサ「見返りを求める善意ではない。私は恩を与えてくれた人達に、少しでも恩を返したいだけだから」
アルミン「……自暴自棄になって、友達を見放して、それを責められているところを女の子に助けられて、その上、気にするなって?」
アルミン「僕は……僕は一体どんな顔して、どんな返事を返せばいいんだよ」
ミカサ「アルミンは何でも考えてしまう。それはきっと長所でもあるのだろうけれど……感じたままでいいと思う。アルミンは何をしようともアルミン」
ミカサ「……最後の言葉に悪意は無い」
彼女は僕がどうあろうとも受け止めてくれるのだ。
これ程の想いを僕の器は受け止めきれなかった。
受け止めきれなかったから、僕は泣き喚いた。
自分が男であるという事も忘れて赤ん坊のように泣き喚いた。
うわぁーん、とかうぇーんとか、およそ乳幼児しか使いえない難語のようなものまで用いて泣いた。
ミカサの背中をぼこぼこ殴りながら泣いた。
彼女の背中は広くて、安定感があり、とても良い匂いがした。
その背中を自分と比べてまた泣いた。
自分は何てちっぽけな存在なんだろう。
エレンはなんて男気のある奴なんだろう。
それに引き替え自分はなんて軟弱な奴なんだろう。
ミカサのようになりたい。エレンのようになりたい。
強くなりたい。二人を守れるくらい強くなりたい。
二人のように優しくなりたい。
二人と対等な立場になりたい。
仮に同じになれずとも、少しでも二人に追いつきたい。
僕にこんな思いをさせる二人の存在がとても憎い。
こんなにも優しい二人の存在がとても嬉しい。
色んな感情がごちゃごちゃに混ざり溶け合い難語となって口から出てゆく。
ミカサの背中が揺れている事に気付いた。彼女は笑っていた。
アルミン「何で……笑ってるの?」
ミカサ「アルミンが感情を爆発させるところは初めて見たから。何だかおかしくて」
ミカサ「優しい人なのは分っていたけど、いつも仮面を被っているようだった」
ミカサ「今のアルミンは、仮面を被っていない。素のアルミンを見ることが出来て嬉しい」
アルミン「うわぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁああ」
恥ずかしい。
自分の存在が恥ずかしい。
ミカサ「貴方は自分の事を過小評価する傾向がある。私から見てそれは間違い」
慰めの言葉など要らない。
アルミン「そんなの駄目なんだよ! 自分からちゃんと客観評価して喜べないと!!!」
ミカサ「そうなんだ」
ミカサには、子供をあやす母親のような表情と口調で僕をたしなめる余裕があった。
アルミン「子ども扱いなんてやめてよね! そんなの僕嫌いだよ!」
ミカサ「分かっている。アルミンは立派な人」
アルミン「もおぉぉぉぉぉ!!!!! そういうのが子供扱いって言うんだよ!」
ミカサ「ごめん」
アルミン「まぁ……分かればいいんだよ!」
何が良いのだろうか。ミカサに背負われている状態では何を言っても説得力は皆無である。
そして僕自身も、やはりミカサの余裕綽々と言った表情は気に食わない。
アルミン「実は今までずっと秘密にしてたことがあるんだ」
ここで一つ、大きな衝撃を与えてやらないと僕の腹の虫が治まらない。
ミカサ「何?」
アルミン「僕……実はミカサの事が好きなんだ!」
するとミカサは立ち止まった。よしよし、良い反応である
僕の一言があまりに予想外すぎて衝撃を受けているに違いない。
アルミン「嘘ついてるわけじゃないからね!」
ミカサの背中から振動を感じる。
びっくりしすぎてプルプルと震えているに違いない。
ミカサ「ッ……ッは、は……」
……驚きすぎて、呼吸が出来ない程に、驚きすぎているに、違いない。
ミカサ「あはっ!!! あははははは!!!」
ミカサ「あははは!!! はぁーっ、はぁー、はぁ……
ミカサ「ッフ、ッフー、フー」
ミカサ「ゲフッ、ゲフッ」
ミカサ「……」
ミカサ「ふぅ」
ミカサ「そう」
アルミン「……何でそこで笑うんだよぉ!!!!!!!!」
ミカサ「でも、ありがとう。私もアルミンの事が好き」
アルミン「……エレンは?」
ミカサ「エレンは家族」
アルミン「好きか嫌いか!!!!!!!」
ミカサ「好き」
アルミン「……そっか」
ミカサ「どうして、落ち込んでいる」
アルミン「落ち込んでいないよ」
ミカサ「そう言えば、アルミンに好きと言われるのは初めて」
アルミン「僕だって……君の口から直接好きと言われたのはさっきが初めてだよ」
ミカサ「どう?」
アルミン「……悪い気分じゃないよね」
ミカサ「私も同じ」
アルミン「もういいよ。僕のは忘れてくれ」
何だか物凄く言ってはいけない事を言ってしまった気がする。
ミカサ「駄目。エレンにも言う」
アルミン「……」
ミカサ「嘘」
アルミン「……」ハァ
ミカサ「……」クス
ミカサ「二人で話すのは本当に久しぶり」
アルミン「……そうだね」
ミカサ「初めてアルミンを見た時、女の子みたいな男……だと思った」
アルミン「……弱そうで悪かったね」
ミカサ「でも今は、普通の男の子だと思う」
アルミン「……? そうなんだ」
ミカサ「そう」
ミカサ「私は常々エレンの事を気にかけてきた」
アルミン「そうだね」
ミカサ「それはエレンが目を離すとすぐ無茶をするから」
アルミン「ああ、全くもってその通りだ」
ミカサ「今日、アルミンからも目を離してはいけないと思った」
アルミン「……えっ?」
ミカサ「二人とも本当に手間がかかる」
ミカサ「シガンシナの男は本当にどうしようもない」
アルミン「……」
アルミン「というかミカサ、医務室はまだ着かないの?」
ミカサ「まだ」
アルミン「随分と歩いた気がするんだけど……」
ミカサ「気のせい」
アルミン「道に迷っているんだね」
ミカサ「違う」
アルミン「……次の分岐、右だよ」
ミカサ「分かった」
アルミン「次も右」
ミカサ「分かった」
アルミン「次は左」
ミカサ「分かった」
アルミン「あの赤と白のマークがついた部屋だよ」
ミカサ「ほら、アルミン」
アルミン「?」
ミカサ「迷ってなかった」
アルミン「……」
848年 訓練兵団訓練地 食堂 夜
エレン「へー、そんな事があったのか」
ミカサ「あった」
アルミン「……ごめんねエレン。僕が止めるべきだったのに」
エレン「よせよ。それ、肯定しても否定しても結局俺が悪くなるぞ」
ミカサ「気付いた」クス
エレン「ミカサ、うるさい」
アルミン「それもそうだね」
エレン「俺が勝手に暴れて営倉に行った、それだけだ」
アルミン「……うん」
エレン「しかしまぁこの視線は何とかなんないのか」
昨晩と今朝、問題を起こしっぱなしのシガンシナ出身の訓練兵集団は一躍時の人となっていた。
ミカサ「気にしなければどうという事は無い」
アルミン「ミカサは成績が良いから慣れてるんだろうね」
エレン「……確かに言われてみれば気にならないもんだな」
ミカサ「……馬鹿」
ライナー「隣、いいか?」
アルミン「ライナー!」
エレン「噂の蹴られた顎は大丈夫なのか?」
ライナー「俺は体の丈夫さが売りだからな。もう大丈夫だ」
ミカサ「ライナー、これは忠告。女性にあまり下品な事は言わない方が良い」
ライナー「……あの時の俺は頭が少しおかしかったんだ。分かるだろう? あの汚い便器を素手で」
ミカサ「ライナー」
ライナー「……おう」
ミカサ「食事中もあまり下品な事は言わない方が、良い」
ライナー「……まだちょっと本調子じゃないみたいだ」
ライナー「まぁそんな訳なんだ。ジャンの事も少しでいい、大目に見てやってくれ」
アルミン「確かにあの時のジャンは少し異常ではあったけど……」
ライナー「あの後のコニーとアルミンの騒ぎも聞いたぜ、ジャンの奴が物凄い落ち込みようだった。あいつなりに責任感じてるんだろう」
アルミン「……」
ミカサ「……」
ライナー「そう固くなるな。別に批判するわけじゃない。双方譲れないもんがぶつかった、ただそれだけだよ。よくある事だ。気にするな」
ミカサ「分かっている」
ミカサ「あれはよくある事」
アルミン「……顔の腫れが引いたら、一度コニーと話そうと思う」
ライナー「ほう。俺個人としては無理に関わる必要は無いと思うがな」
アルミン「ううん。コニーの言ってることも理解は出来るんだ。だからこそ、だよ」
ライナー「やめておいたほうがいいと思うぞ。お互い傷つくだけになるかもしれん」
アルミン「ううん。やるよ」
ライナー「やめとけ」
アルミン「やる」
ライナー「全く、どうしてお前はそう茨の道を行きたがるのかね」
ライナー「ここの連中は妥協ってものをしないから困る」
エレン「そもそも才能が無くて妥協する奴なんて、訓練兵団に入ってすらないだろ」
エレン「大体お前自身妥協なんてするタイプじゃないくせに。もしかしてそれ嫌味か?」
ライナー「はは! ま、それもそうか。馬鹿な事聞いちまったな」
ライナー「せめて気持ちだけでも妥協してたいから、口先で誤魔化してるんだよ」
ライナー「さてと」
ライナー「俺もアルミンを見習ってアニに謝って来るかな」
アルミン「最初からそうするつもりの癖に……お大事にね」
ライナー「おう。お前もな」
手だけをひらひらとこちらに向け振ると、ライナーはアニが居る机の方へと向かう。
アルミン(意外と壊れないものなんだな)
僕は失望した世界から、自分が壊そうとした世界から、今はまだ壊れかけだけれど、色々な要素が少しずつ元の形に戻ろうとしているように見えた。
この世の中は手放す事の出来る物と、出来ないもので構成されていると僕は初めて学んだ。
その事に安心している自分も居た。
結局僕は、この繋がりを捨てたくなかったんだ。
エレン「明日こそ立体機動装置使った訓練でお前に勝つからな!」
ミカサ「口先だけなら何とでも言える」
エレン「チッ! 見てろよな……」
アルミン「エレン、ミカサ」
エレン「何だよアルミン」
ミカサ「どうしたの? アルミン」
アルミン「……へへっ、呼んでみただけだよ」
エレン「……何だよそれ? お前ほんとに大丈夫なのか?」
ミカサ「……」クスッ
850年 武器庫 昼
コニー「長かった訓練兵時代もやっと終わりだな」
アルミン「コニーはやっぱり憲兵団なの?」
コニー「前にも言ったような気もするが、憲兵団に入って一山当ててやるよ!」
アルミン「一山当てるって何だよ……全くコニーらしいよ」
コニー「アルミン、お前、本当に調査兵団に行くのか?」
アルミン「うん。もう昔に決めてたんだ。ミカサとエレンと一緒に行くって」
コニー「そうか。まぁ精々死なないようにな」
アルミン「うん。ありがとうコニー」
コニー「……俺さ、お前と色々あったけど今こうやって」
???「超大型巨人出現!!!!!!! 超大型巨人出現!!!!!! 」
アルミン「なっ!?」
コニー「……嘘だろ?」
????「三兵団に所属するものは立体機動装置を装着した後、大聖堂前の臨時司令本部に集結!!!」
???「訓練兵団員! 作業止め! 作業止め! 立体機動装置をつけて大聖堂前に移動せよ!!!!」
アルミン(このタイミングで超大型巨人が!?)
アルミン(……タイミングなんて関係無いか)
コニー「何で、何で今日来るんだよ!」
アルミン「コニー、今は言っても仕方ないよ。早く行こう」
アルミン(巨人が来るとしたらやはり外門……エレンは確か今日は砲台の……)
アルミン(無事だといいけど……)
850年 大聖堂前 昼
アルミン「エレン!」
エレン「アルミン!」
アルミン「無事だったんだね」
エレン「大型巨人の野郎が、また門を壊しやがった」
エレン「今度こそ、今度こそ俺は絶対に負けない!」
アルミン「……巨人の接近には気付かなかったのかい?」
エレン「全然気づかなかった。突然降って湧いたように現れたんだ」
アルミン(……)
ミカサ「エレン! アルミン!」
エレン「おう、ミカサか」
アルミン「……」
ミカサ「戦闘が始まったら、私の所へ来て!」
エレン「……あのなミカサ、~~~~!!! ~~~~!!!!!」
ミカサ「~~~~! ~~~~~~!!!!」
エレン「~~~!!!」
アルミン(あんな巨大な存在が直前に迫ってくるまで気づかない事があるのか?)
アルミン(……)
????「中衛部34班! こちらに集合せよ!」
アルミン(今はそんな場合じゃないか)
アルミン(行かなくちゃ)
850年 トロスト区中衛部 昼
アルミン(今回は前回のシガンシナ区の時とは違う)
アルミン(巨人が襲ってくることを想定した防衛体制を構築した上で、立体機動に有利な市街地における初の本格的戦闘だ)
アルミン(巨人一体を倒すのに人類は兵士三十名を必要とする)
アルミン(だがそれは立体機動に不利な屋外での条件の筈だ!)
アルミン(この戦いの経過、結果如何で人類の巨人に対する抵抗力が分かる)
アルミン(扉付近まで巨人を押し戻す事が出来ればあるいは……)
エレン「……なぁアルミン、これはいい機会だと思わねぇか?」
アルミン「?」
エレン「調査兵団に入団する前によ、この初陣で活躍しとけば、俺達は新兵にしてスピード昇格間違いなしだ!」
アルミン(……)
アルミン「ああ……! 間違いない!」
ミーナ「言っとくけど、今期の調査兵団志願者は一杯居るんだからね!」
トーマス「さっきはエレンに遅れを取ったけど、今回は負けないぜ!」
エレン「はっ、言ったなトーマス!」
トーマス「誰が多く巨人を狩れるか勝負だ!」
エレン「数をちょろまかすなよ!」
伝令兵「34班! 前進!! 前衛の支援につけ!」
アルミン(もう中衛部からの支援が必要なのか?)
アルミン(つまりもう前衛部は)
アルミン「……」
アルミン(もうやめろアルミン・アルレルト)
アルミン(何も考えるな)
アルミン(目の前の巨人にだけ集中しろ)
エレン「……よしっ! 行くぞ!!」
立体機動装置で街中を駆け抜ける。
前衛部に近づくと、屋根の上に気味の悪い顔がいくつも突き出しているのが視認できた。
ミーナ「巨人がもうあんなに!?」
トーマス「前衛部隊が総崩れじゃないか!」
ミリウス「何やってんだ! 普段威張り散らしてる先輩方は!」
エレン「……」
アルミン(エレンだって状況が理解出来てるから無茶はしない筈だ)
アルミン(一時間と少しで前衛部隊が壊滅)
アルミン(最悪の場合は、エレンだけでも守る!)
アルミン(僕自身の命を賭したとしてもだ!!)
僕がそう決意した時とほぼ同じタイミングだった。
エレン「! 奇行種だ!! 止まれ!!」
前から一体の巨人が飛び出てきた。
立体機動を中断し、屋根の上に飛び乗る。
巨人の口にはトーマスが咥えられていた。
昔飼っていた金魚の鉢を落とした時を思い出す。
手から滑り落ちたそれは、まるで魔法にかかったかのようにゆっくりと地面へと落下した。
咥えられたトーマスは咀嚼されること無く、そのまま巨人に飲み込まれた。
僕にはその光景が金魚鉢の時と同じようにゆっくりと、はっきりと見えた。
エレン「……ッ……ッ!!! 何しやがるんだこの野郎!!!!!」
アルミン「エレン!」
僚友の死に彼は我を忘れていた。
立ち去ろうとする巨人の背中に追いすがる。
ミーナ「くっ!」
ユナック「ちぃっ!!」
僕と残りの三人もエレンの背中を追いかける。
エレンの刃はトーマスを食った巨人に届くかのように見えた。
だが一体の巨人が立体機動を行うエレンに下側から飛びつく。
それによりエレンは体勢を崩し民家の屋根に強く打ちつけられた。
アルミン「エレン!!!!」
僕は立体機動を中断させた。
他の仲間もエレンの心配をして駆け寄ろうとする。
結果としてそれは叶わない行為だった。
ユナック「うわぁ!?」
横合いから出て来た巨人の手に掴まれる者
巨人「……」クイッ
ミーナ「きゃっ!?」
ワイヤーを掴まれ体勢を崩し壁に頭を強く打ったことにより気絶する者。
ミリウス「やめて!!! やめて下さい!!!!!!」
既に捕まえられ、自らを食べようとする知性の無い巨人に助けを懇願する者。
アルミン「……」
エレンは左足を失っていた。
頭からも出血をしている。
早く手当をしないと危ない状態だ。
アルミン(なんで僕は)
アルミン(仲間が食われている光景を眺めているんだ)
どうして僕の身体は動かないんだ?
髭面をした一体の巨人が、こちらへ近づいてくる。
850年 トロスト区前衛部 昼
コニー「おいアルミン! アルミン!!」
アルミン「……。……! コニー!」
コニー「目ぇ覚めたか? どうしてこんなところに一人で居るんだ? 他の班員はどうした?」
こんな場所? 他の班員?
……
僕はエレンが僕の代わりに巨人に
あ
ああああああああああああああああああああああああああああ
アルミン「この役立たずぅぅぅぅ!!!!!! しんぢまえ!!!!!!!!!!」
エレンは死んだ僕の代わりに死んだ、僕は何もできなかった。
その事実だけで僕はもうその場に居られなかった。コニーと顔を合わせることも出来なかった。
後衛と合流する。体の良い言い訳を残して僕はその場を去った。
前線から撤退する最中、恐らく兵士のものである血の跡が石畳の上に転々としていた。
あの血の跡一つ一つの上で命が奪われていったのだろう。
アルミン(地獄だ)
いや、地獄になったんじゃない
今まで勘違いをしていただけだ
最初からこの世界は、地獄だ
強い者が弱い者を食らう、親切な程に分かりやすい世界
ただ僕の友達は、この世界で強くあろうとした
弱い僕を助けてくれた
それが僕には耐えられなかった
僕も二人のように強く、二人と肩を並べてこの世界を生きていたかった
だから僕は、僕なりのやり方で進んできた。
その結果があの様だ。
僕のせいで、エレンは……。
合流地点へと向かう途中、眼下に人の姿が見えた。あの髪型はハンナとフランツだ。
一旦地面に降りてハンナに声をかける。
アルミン「ハンナ、一体何を」
ハンナ「アルミン助けて! フランツが息をしてないの!」
どうやらハンナはフランツに心肺蘇生を施しているようだった。
アルミン「ハンナ、ここは危険だから早く屋根の上に……」
ハンナ「フランツをこのままに出来ないでしょう!!!!???」
アルミン「違うんだ……フランツは……」
フランツの下半身は、あるべき場所に存在していなかった。
アルミン「もう……やめてくれ」
それでもハンナは心肺蘇生を止めようとしない。泣きながらただひたすらに繰り返す。
アルミン(これ以上、もう、無理だ)
逃げ場を求め見上げた空は、底抜けに澄み切って綺麗だった。
850年 トロスト区後衛部 昼
ミカサ「アニ、私情を挟んで申し訳ないけれど……エレンとアルミンはどこ?」
アニ「エレンは知らないけど、アルミンならそこに居るよ」
集結地点には多くの訓練兵が集まって来ていた。
補給所の部隊のサボタージュによりガスの補給が出来ず、壁を越えての為撤退が出来ないのだ。
アルミン「……」
僕はミカサに何と言えばいいのか、のうのうとミカサの家族を見殺しにしておいて、僕は一体何を言うのか。
ミカサ「アルミン、怪我はない?」
ミカサは僕の心配をしてくれる。今はそれが辛い。
アルミン「……」コク
僕が頷くと、ミカサは安堵の溜息を洩らした。
ミカサ「それでアルミン、エレンはどこ?」
当然居るであろうエレンを探すべく、ミカサは辺りを見回している。
アルミン「僕達……訓練兵三十四班……」
声を絞り出すようにして僕は喋った。
アルミン「トーマス・ワグナー、ミーナ・カロライナ、ユナック・ティアス、ミリウス・ゼルムスキー、エレン・イェーガー、以上5名は自分の使命を全うし……壮絶な戦死を遂げました……」
目の前のミカサの身体が硬直したのが分かった。
アルミン「ごめんミカサ……エレンは僕の身代わりに……僕は……何も……できなかった、すまない……」
遠巻きに聞いていたメンバーも34班の状況に驚きの声を上げる。
訓練兵A「トーマスとエレンが居る班が……」
サシャ「嘘……そんな……」
ミカサ「……」
ミカサはただ黙っていた。
アルミン「僕が、僕がエレンの代わりに死ぬべきだったんだ」
アルミン「僕みたいな弱い奴の代わりにエレンは死ぬべきじゃなかったんだ!!!!」
ミカサ「それは違う!!!」
アルミン「えっ……」
ミカサ「エレンは、貴方を助けることが出来て、きっと嬉しかったはず」
ミカサ「最後の最後に親友を助けることが出来て、嬉しかったはず」
ミカサ「貴方が、助けられた貴方がそれを否定しては駄目」
ミカサ「それでは、あまりにもエレンが報われない」
ミカサは泣いていた。声には出さないが目からボロボロと涙を流して泣いていた。
本当はこの場に居る誰よりも悲しいだろうに。
アルミン「うぅ……エレン……」
僕は地面に手をつく。
エレンは本当に死んでしまったのだ。
ミカサの泣き顔を見てその実感が初めて来た。
もう彼は、この世に居ないのだ。
僕の目からも大粒の涙が次々と溢れてくる。
ミカサ「アルミン、立って」
彼女は僕の腕を引き再び立ち上がらせる。
ミカサ「貴方と私は、エレンの分まで生きなくてはならない」
ミカサ「ここで泣いている暇はない」
ミカサ「アルミン、ガスを補給するためには何をすればいい」
ミカサ「私には分らない」
ミカサ「だからアルミン」
ミカサ「教えて」
気丈にも彼女は再び戦う覚悟を決めたのだ。泣いてはいても、目には戦意が宿っていた。
アルミン「……うん」
[ピーーー]るものか。僕はこんなところで[ピーーー]るものか。
エレンに救ってもらった命をこんなところで無駄にしてなるものか。
ミカサを守るんだ、みんなを守るんだ。
自分自身だって守るんだ!
アルミン「みんな! 聞いてくれ!」
死の絶望に包まれかけた兵士達に僕は呼びかける。
アルミン「このままじゃ死を待つだけだ!」
生きたくはないか、と呼びかける。
アルミン「今からガスを補給しに行こう!」
850年 壁の上 昼
コニー「うっひょーーーーギリギリ!!!!!」ガシュッ
ライナー「……何とか助かったな」ザッ
アニ「……」ストッ
ユミル「……意外と行けるもんだな」タッ
五名ほど失ってしまったが、僕たちは何とか壁の上まで辿り着くことが出来た。
アルミン「……」
ジャン「……悲しんでるんじゃねぇぞ」
アルミン「……」
ジャン「お前が言いださなきゃ、俺達はあそこでお終いだった」
アルミン「……許してくれ、とは言わないさ」
ジャン「そうだ。悲しむのはまた後だ」
今はまだ巨人の掃討作業が残っている。
まだガス切れで市街に残された兵士が居るかもしれないのだ。
850年 トロスト区後衛部 昼
ユミル「……おい、ふざけんなよ運動音痴」
僕の補給所行きの提案を聞いてユミルは真っ先に反発をした。
ユミル「そんな意見既に出尽くしてるんだよ! それが出来ないからここに居るんだろうが!」
それもそうだ、と言わんばかりに皆の非難の視線が僕に集まる。
ユミル「親友様を失って、涙流してそいつの分まで生きる覚悟をして、ああ、さぞお前は気分がいいだろうさ」
ユミル「でもな、それに付き合わされて死にかねーんだよ! 私も! こいつらもな!」
コニー「……おいクソ女、てめー何様のつもりだ! エレンは死んでるんだぞ!」
ユミル「そんなもんエレンに限った話じゃねーだろが!」
エレンの死を蔑ろにするユミルに対し、コニーは怒りを覚えたようだった。
巨人の前にまず人間同士の不和を解消しなくてはならない。馬鹿みたいな話だ。
ミカサ「ユミル! コニー!」
コニー「!」
ユミル「……」
ミカサ「落ち着いて。今はそんな事で争っている場合ではない」
ミカサは冷静そのものだった。
コニー「……悪かったよ」
ユミル「……そこまで言うからには、何か策があるんだよな? アルミン」
エレンの死の痛みを我慢するミカサにたしなめられれば、流石の二人も冷静さを取り戻したようだ。
アルミン「ああ、勿論だ」
ここからは、僕の出番だ。
アルミン「僕は34班が壊滅した後、一人で屋上に居た」
アルミン「だけど巨人は僕が居るにも関わらず、まるで反応を示さなかった」
アルミン「ここで存在する可能性は二つ」
アルミン「一つ、巨人が奇行種で僕に興味を持たなかった」
アルミン「そしてもう一つ、何らかの要因で巨人が僕に対する興味を失った」
ユミル「……そーいやそーだったな」
コニー「お前、一人で残ってたもんな!」
アルミン「僕は二つ目だと考えている」
アルミン「僕は一度巨人に口の中まで入れられた」
アルミン「でもそこをエレンに助けてもらった」
ミカサ「……」
アルミン「……だから僕には巨人の唾液がべったりと付着していたんだ」
コニー「……唾液……」
アルミン「巨人は人間を謎の能力で探知する。でも仮に、同じ巨人の唾液がそれを阻害するものなら」
アルミン「僕は一時的に巨人に対して有利に立つことが出来る」
ユミル「そんなのお前の下らねー勘じゃないか」
ユミル「第一、仮に唾液だとしても長い間風に晒されちまってもう乾いてるんじゃないか?」
アルミン「下らない勘だけど、さっきの通り僕は生き残った、まずそれは事実だ。僕の周りには四体ほど巨人が居たけどそれらが全て奇行種だったとは考えにくい」
アルミン「そして、仮に乾いていたとしても、僕達には他に策は無い。やるしかないんだよ」
ユミル「……チッ」
アルミン「他に反対意見がある人、居るかな?」
「「「「……」」」」
アルミン「……異論無しと見た。では今から突入する陣形を説明するよ!」
850年 壁の上 昼
コニー「俺は唾液の事なんて頭に浮かびすらしなかったのによ!」
アルミン「たまたまだよ」
ライナー「いいんじゃないか。結果として生き残れたんだからよ」
ライナー「巨人の群れに突っ込んでいくお前は、中々迫力があったぞ」
ベルトルト「……おい、あの巨人おかしくないか?」
僕達は、まだ残っている兵士が居ないか壁上から監視をしていた。
これは一時休憩と同じようなものなのだが、残されている兵士の事を考えると僕はいてもたっても居られず休憩どころではないため、必死に街中に目を光らせていた。
恐らくだが他のメンバーも同じだったのだろう。
ベルトルトが、何かを発見したようだ。
ライナー「どこだ?」
ベルトルト「丁度さっきまで僕達が居た補給所の辺りだ」
コニー「補給所って事は大聖堂から見て……なんだあれ」
アルミン「あれは……」
ベルトルトが詳しく説明するまでも無かった。
僕達はその異物にすぐ気付いた。
コニー「嘘だろ……」
巨人が巨人と戦っているのだ。
ライナー「……」ダッ
ベルトルト「……」
ベルトルトとライナーは迷うことなく壁の上から飛び降りる。
あの巨人同士の戦いは『珍しいものだ』、そんな一言で語りきれようもない程に貴重なものであることは僕も即座に理解していた。
アルミン「コニー! 僕達も行くよ!!」
コニー「お、おう!」
ライナー達に続くようにして、僕は壁から飛び降りた。
現場に到着すると、ファイティングポーズをとった筋肉質な巨人が二、三体の巨人と相対しているところだった。
どちらが巨人の中の異物か、一目瞭然だった。
アルミン「あの巨人、格闘術が出来るのか?」
僕の期待に応えるように、筋肉質な巨人は一番手前の少し小さな巨人にストレートパンチを繰り出す。
単純な攻撃だがその分威力は凄まじい。
拳は相手の巨人の喉を貫通し、そのままうなじに致命傷を与える。
残り二体の普通そうな巨人は、恐らく計画的にではないだろうが、筋肉質な巨人に対し同時に飛び掛る。
筋肉質な巨人はそれを捌ききれずに建物へと押し倒されてしまう。
そこからまた驚くべきことが起こった。
コニー「おい見ろよ! あいつら、共食いしてるぜ!」
通常の巨人が筋肉質な巨人を捕食し始めたのだ。
ジャン「……おいおいおい、何なんだこりゃ一体」
先程壁を登った訓練兵達も、物珍しさからか再び補給所の辺りへ戻って来ていた。
その中にはアニ、ユミル、クリスタ、そしてミカサの姿もあった。
ライナー「なぁあの筋肉質な巨人、助けるべきじゃないか?」
コニー「はぁ!? お前何言ってんだ!? 巨人だぞ!?」
ベルトルト「……仮にあの巨人が、我々の戦力になるとしたら?」
ベルトルトの提案は魅力的だった。あの筋肉質な15m級巨人は、通常の15m級よりも強い。
仮に手なづけ他の巨人を狩らせる事が出来れば……悪魔的な発想ではあるが、非常に心強い戦力になる事は間違いない。
ライナー「早く決めろよ。あの巨人が全部食われちまう前にな」
助けると言っても一体どうすればいいのか僕達には皆目見当はつかなかった。
結果から言うと、そのような心配はする必要が無くなった。
筋肉質な巨人は、まとわりつく二体の巨人を身震いして力づくで引きはがすと、一体のうなじを齧り取り、もう一体のうなじを踏み潰した。
流石にそこで力尽きたようで、勝利の雄たけびのようなものを上げると膝から地面に崩れ落ちた。
ジャン「……一体何を助けるだって?」
やはり巨人は、我々の想像の遥か彼方の存在であるのだろうか。
筋肉質な巨人の身体から蒸気が発され始める。消滅の蒸気だ。
コニー「なんか、すげぇもん見た気がするぜ」
補給所の周りには巨人が一体も存在しなかった。全てあの筋肉質な巨人が倒したのだ。
アルミン「……」
ファイティングポーズを取り、巨人の弱点についての認識があり、同じ巨人から捕食される存在。明らかに異物だ。
コニー「じゃあとっとと帰ろうぜ! 巨人が寄って来ちまうぞ!」
僕もコニーと同意見だった。こんなところに長居すべきでない。
屋根のへりに立ち、熱心に先程の巨人を眺めているミカサの元へと駆け寄る。
アルミン「ミカサ、早く戻ろう」
だが彼女の口から驚くべき言葉が発された。
ミカサ「……エレン?」
アルミン「……え?」
ミカサの視線の先を追う。そこは巨人のうなじで、その中にはよく見知った後ろ姿があった。
ミカサ「エレンッ!!!」
ミカサは一も二も無くエレンの元へと駆けだした。
アルミン「エレン!!!」
僕だって同じだ。あの後姿は、エレンのもので間違いない。
高温の蒸気を発する巨人のうなじの中にエレンの下半身と手首から先は完全に入り込んでおり、僕らはしばらく迷ったが、最終的には強引に抜き取った。
アルミン「ミカサ! 屋上へ!」
ミカサ「分かってる!!」
安全を考慮して先程までいた屋上へと戻る。
僕達が屋上へ戻ると同期が一斉に周りを取り囲む。
アルミン「……」
巨人から抜き取った塊を頭からつま先まで確認する。
黒い髪、ボロボロの肌着、履き古した貧相なズボン。
そして彼は、静かに寝息を立てている。
アルミン「エレンだ……エレンだよミカサ!!!!」
これは間違いなくエレンだ。エレンは生きていたんだ。
ミカサ「うん……うん……」
ミカサはもう放すまい、とでも言いたげにエレンの身体を強く抱き締めている。
アルミン「あはは、あははは!!」
また三人で一緒居られるのだ、そう考えると僕はもう笑いが止まらなかった。
僕らは顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら笑った。
エレンは凄まじい力を人類にもたらした。
エレンの力を借り、人類は巨人に奪われたものを初めて取り返した。
その意味と価値は誰の目から見ても明らかだった。
ならばそのエレンの価値も誰の目から見ても明らかだろう。
彼は人類の中の獅子身中の虫か、希望の光か。
誰もが測りかねているようだった。
850年 訓練兵団訓練地 夜
アルミン「こんな夜中に呼び出すなんて、急用なのかい?」
ミカサ「……そんなところ」
トロスト区奪還作戦とその清掃が終わった為、ようやく宿舎に帰ってゆっくりと眠る事が出来るようになった。
疲れもまだ残っているので、僕は出来れば早く眠りたかった。
アルミン「でも、話すにしても、こんな薄暗い小屋じゃなくてもいいんじゃない?」
ミカサ「これくらいが丁度いい」
この部屋は馬に与える藁の保管庫で、上の方に円形のはめ込み式の窓が一つあるのみ。
保管の為、通気性は割と良いようで寒くも暑くもない。
僕は馬の世話という目的以外では入ったことも無かった。
ミカサ「ここに、座って」
僕に座るべき場所を示すと、ミカサは僕の向かいにあたる場所に座った。
窓からの青白い月光が、ミカサの場所に丁度降り注ぐ。
僕は素直に指示された場所に座った。
ミカサ「……」
アルミン「……」
座ったはいいものの、ミカサは何も語らない。妙に気まずい空気が流れる。
アルミン「エレンが助かって、本当に良かった」
ミカサ「……うん」
とにかく何か話を振らなければ。そう考えて僕は喋りつづけた。
アルミン「今はどこかに隠されているけど……大丈夫だよ、殺されはしない」
アルミン「エレンは今の人類にとっての希望だ」
ミカサ「……」
アルミン「エレンも、君も、僕も、助かって本当に良かった」
ミカサ「……」
アルミン「多分僕らは、そこだけでも泣いて喜ばなきゃいけない気がする」
ミカサ「……他の仲間が死んだから?」
アルミン「……うん」
ミカサ「それは分かるけれど……よく分からない」
アルミン「ミカサが言っている事も分かるよ。大事なものが関わってくると人は凄く敏感になるから……迂闊なことは言わない方が良い」
ミカサ「……」
ミカサ「アルミン」
アルミン「な、何かな」
今日のミカサはどこか雰囲気がおかしかった。
語気は強く、どこか強張っている印象を受ける。別に怒っているわけではなさそうなのだが……。
ミカサ「貴方には自信が足りていない」
アルミン「……そうかな?」
ミカサ「そう」
自分自身を嫌う事は、他人からはそういう風に見えてしまうのだろうか。
ミカサ「あなたは、自分自身を過小評価する傾向がある」
アルミン「……そんなことは無いよ」
ミカサ「ある」
ミカサ「自分が[ピーーー]ばよかった、という発言や、ガスを補給するために一人で巨人の中へ突っ込む無茶は、命を投げ捨てる無謀だった」
ミカサ「あれらは自分の事を軽んじている証拠」
アルミン「……誰かがやらなきゃいけない事だよ」
唾液を浴びた僕を巨人たちはまるで気にも留めず、僕は刃とガスの続く限り巨人を手当たり次第に狩りまくった。
エレンの分まで命を大切にすると覚悟した直後に、僕は確証の無い根拠を基に命を投げ打って巨人と戦っていた。エレンの死など忘れて、高翌揚した胸の高鳴りだけを感じながらひたすらに戦い続けた。
ミカサ「自覚して欲しい。貴方の事を大切に想う人間が居る事を」
ミカサ「……私はアルミンに自信を持って欲しい」
ミカサ「……」
ミカサ「以前貴方は私の事を好きだと言っていた」
アルミン「……いや、あれは……」
半分冗談のようなものだった。半分は本気だったけれど
ミカサ「言っていた」
アルミン「……はい」
彼女は怒っているわけではないのだが、迫力におされて頷いてしまう。
ミカサ「私も……アルミンの事は嫌いではない」
アルミン「……え?」
ミカサ「……文字通りの意味」
勿論僕には意味が分かる。
下を向いたミカサを、僕は妙に艶めかしく感じた。
ミカサ「私は……貴方の事が大切。……だから死なないで欲しい」
アルミン「で、でも君はエレンの事も好きじゃないか」
そうだ。以前彼女に質問した時、彼女はエレンの事を好きと言ったのだ。
ミカサ「……エレンは家族として好き」
ミカサ「アルミンは……普通の好き」
今のミカサの言葉と、昔のミカサの言葉が歯車のピースのようにかみ合う。
そういう意味だったのか。
徐々に弱弱しくなる彼女の声に体の中の何かが熱くなってゆく。
アルミン「……」
ミカサ「……」
沈黙の時間が続く。
だが雰囲気は今までにないものだった。
幼馴染として二人で過ごす時間は長かったが、男と女として過ごすことは無かった。
一体今から何が始まろうとしているのだ。
必要も無いのにこの時間の結末を想像してしまう。
その緊張からか、僕の呼吸は浅く早くなる。心臓の鼓動がうるさい。
ミカサも肩が少しだけ上下していた。
彼女も僕と同じで緊張から過呼吸気味になっているのだ。
アルミン「で、でも何で今なの?」
声が上ずってしまう。今の台詞は上手く言えていただろうか。
ミカサ「調査兵団は……いつ死んでしまうか分らない」
ミカサ「互いに分かり合えずに死んでしまう事は、本当に辛いから」
初めての実戦で僕は何度も死を覚悟した。
それは強いミカサにとっても同様のことだったのだろう。
死の闇が強まれば、生の光はより強く映える。
ミカサの返事は納得出来るものだった。
アルミン「……」
ミカサ「……」
僕はどういう表情をすればいいのだろうか
アルミン「ミカサ……」
彼女の名前が口から零れる。
ミカサ「この部屋は、以前他の女子に教えてもらった」
ミカサ「ここでは互いに愛し合っている男と女が……そういった事をする場所らしい」
言った後、恥ずかしそうに下を向くミカサを見て、僕はもう我慢が出来なかった。
アルミン「ミカサッ!!!!!」
ミカサ「あっ……」
目の前に座っていたミカサを抱きしめる。
よく知っている匂いがした。
アルミン「ミカサ……ごめん……僕っ! もう、我慢できない!」
胸の鼓動がミカサにも伝わっているだろうと思ったが、彼女の鼓動は僕のものに負けず劣らず激しいものだった。
なんだか心臓が二個になったみたいだ。
ミカサ「……アルミンの好きにしていい」
よく聞き慣れた彼女の声で、自らが自慰の際使っていた台詞を言われるのは感慨深いなどというものではない。
有無も言わさず彼女の柔らかな唇に自分の唇を夢中に重ねた。
柔らかな温かさと感触が僕の頭に届く。
貪るように唇をついばむ。
舌を伸ばすと彼女は抵抗もせず口腔内への侵入を許した。
湿った口の中で舌を走らせる。
彼女は息苦しそうに鼻呼吸をするが自分の舌をこちらの舌に合わせて絡めてくる。
気持ちいい。
唾液がついた舌は絡める度にくちゃくちゃと卑猥な音を立てる。
喉の上の方から脳にかけて、痺れるような感じがする。
それが最高に気持ちがいい。
自分はミカサと恋人同士のキスをしているのだ。
あのミカサだ。
小さな頃からずっと憧れていたあのミカサだ。
エレンだってこんな事はしていないに違いない。
夢なら醒めないでくれ。
口を離すと、ミカサの呼吸は先程よりも更に荒かった。
少々苦しかったのだろうか。
そんなことは気にかけずミカサの上着を半ば破り捨てるような形で剥ぎ取ってゆく。
彼女は相変わらず抵抗しない。
マフラーを取り最後の肌着を脱がせると、白い肌が顕わになった。月光に照らされたその身体は、より白く見えた。
胸のふくらみの箇所を手で優しく掴む。
肌は男のそれとは比べ物にならない程きめ細かく、脂肪で構成されたふくらみは柔らかかった。
撫でたり少し力を込めて握ったりすると、気持ちよさげに体をくねらせる。
ふくらみの先端を口に含むと、彼女のは小さく喘ぎ体は震えた。
目線を下の腹部に目をやった時、驚くべきものが見えた。
男でも見たことが無い程に綺麗に割れているのだ。
それも僕のものよりも遥かに綺麗に。
凄い、と思わず呟いてしまう。
全部脱いでくれ。
そう頼むと彼女はふらふらと立ち上がり、素直に服を全て脱ぎ捨てた。
一糸纏わぬ彼女の立ち姿を食い入るように観察した。
彼女の身体は部分単位でかなり筋肉質だったが、総合的に見るとバランスが取れていた。
身体の外郭の曲線で縁取られたキャンバスに、筋繊維の集まりが作り出す凹凸は美しい紋様を描き出す。
美しかった。
ただ彼女の身体は息をのむほどに美しかった。
僕から目を逸らす彼女の頬は上気し、緊張による過呼吸からか肩は少しだけ上下する。
女性らしさが、体の力強さによって全く損なわれていない。
まるで神話の世界の生き物のような彼女の裸体、この姿を僕と月しか見ていない事実に世界は嘆息を漏らしてもいいだろう。
だがそれに比べて僕は何だ。
この僕の貧相な身体は何だ。
僕はミカサとエレンと、肩を並べて共に歩みたかった。
足を引っ張る存在ではなく、手を貸す存在でありたかった。
自分なりの努力はしてきた。それでも差は埋まらなかった。
ミカサのようになりたかった。
彼女の力がうらやましかった。
全ての困難に正面から立ち向かい、その全てを打ち負かせたかった。
僕は彼女の裸体を見て悟った。
努力など無駄であった。
僕の努力などこの暴力的なまでの美しさの前には全て無意味だったのだ。
僕はミカサにお願いをした。
彼女は一瞬躊躇ったがそれを受け入れてくれた。
共に歩むことが出来ないのなら、せめて近づきたかった。
僕は彼女の腹筋を舌で舐めた。一心不乱に舐めた。
想像した通りの舌触りと味がした。
あれだけ涙を流したのに涙はまだ出て来た。
エレンは人類の希望となった。
ミカサは僕が知る何よりも美しかった。
では、僕は?
僕は三人で居る時、何度も何度もこの問いを自らに投げ続けた。
二人に追いつく為、自分の現在位置を知る作業は辛くとも必要だった。
だが、今日、僕は永遠に二人と肩を並べる事が不可能だと悟った。
僕は二人と肩を並べては歩けない。
引け目を感じながら、彼らに引っ張って行って貰わなければ共には歩めない。
そんなのは嫌だ。
それでも僕は二人と一緒に居たかった。
だから涙が出た。
僕は一生、自分が追いつけないミカサに対し羨望の眼差しを持って生きていくのだろう。
それでも彼女の腹筋を舐めると、少しでも彼女に近づけているような気がして嬉しかった。
だから涙が出た。
「貴方は私が守る」
「貴方は立派」
「私とエレンと貴方は対等な存在」
行為の最中、僕が彼女の中で果てた時でさえミカサはこの三つを何度も何度も繰り返してた。
彼女にはきっと僕の中の暗い感情まで見えている。だからこそ言うのだろう。
ミカサの言葉は勿論嬉しい。
エレンとミカサと僕、三人一緒に居られれば僕も最高に楽しい。
けれど僕は、もうそれでは幸せになれないのだ。
あの日までの僕ならば、それでも幸せだった。
家族が居て、本があって、ミカサとエレンが居て、あれ以上何も要らなかった。
なんならミカサとエレンだけでも良かった。
僕がエレンとミカサに新しい情報を与えて、二人が楽しそうに聞いてくれて。
エレンが新しい提案をして、みんなで新しい挑戦をして。
ミカサが熱中して周りが見えなくなった僕らが無茶をしないよう見守ってくれる。
それぞれがそれぞれに、自分の足りないものを補い合っていた。
理想的だった。何の不満も無かった。
突然現れた超大型巨人は、僕達の常識を含め世界の構造を変化させた。
人類は再び被食者となった。
強さこそが個人の正しさを裏打ちするものとなった。
理性は隅へと追いやられ、僕らは動物の時代へと逆戻りした。
僕は自らの価値を失った。
失ってしまった。
僕自身の世界はあの日もう壊されてしまったのだ。
エレンは巨人を駆逐することを望んだ、ミカサはそんなエレンの幸せを望んだ。
そして僕は、あの巨人によって自分自身の底にある欲望をより強く感じるようになった。
『力が欲しい』
アッシュを、ユミルを、ジャンを黙らせることが出来る程に大きい肉体の力。
身体一つで大勢の巨人を駆逐し、尊敬と羨望の眼差しで釘付けにされる英雄の力。
この欲望を前にしては、知恵などでは代わりにすらならない。
そしてこの欲望は、エレンとミカサの背中を見るたびに強くなっていった。
僕は、ミカサと裸で抱き合ったまま朝を迎えた。
柔らかなミカサの肌の手触り、鼻腔をくすぐる甘い匂い。
想像でしか無かった僕の頭の中の彼女の記憶が温かさをもって上書きされてゆく。
アルミン「……ミカサ」
ミカサ「何?」
アルミン「ミカサは、やっぱり調査兵団へ行くの?」
ミカサ「……うん」
アルミン「じゃあ僕もやっぱり、調査兵団に行くよ」
ミカサ「……うん」
アルミン「エレンの奴も、きっと大丈夫」
ミカサ「……うん」
アルミン「好きだよミカサ」
ミカサ「……私も、アルミンの事が好き」
アルミン「僕はエレンも大好きだ」
ミカサ「……」
アルミン「僕らは三人で、ずっと一緒だ」
ミカサ「……うん」
ミカサはとても嬉しそうに微笑む。
それを見て僕も微笑み返す。
人類の希望である二人の存在は、僕自身の底にある力の英雄への欲望を刺激する。
僕は、その欲望が自身では永遠に満たされるものでない事を知っている。
真の欲望が満たされないのだから、二人と一緒に居る限り僕は幸せになれない。
欲望から逃れるためには二人から離れなければならない。
でも呪いのような絆は僕達を雁字搦めにして離さない。
僕達は、もう離れる事などありえない。
つまり僕は、一生幸せになんてなれないのではないか
アルミン(いや、違う)
そこでふと一つ、僕が幸せになれる方法を思いつく。
アルミン(あるじゃないか。何で今まで気付けなかったんだ!)
ミカサ「……アルミン?」
アルミン「? 何だい、ミカサ」
ミカサ「何故笑っているの?」
アルミン「えっ?」
僕のの口元は、緩み切っていた。
ミカサ(笑っているのに、少し怖い)
彼の笑みからは普通でない雰囲気がした。
アルミン「ふ、ふふふ!! ふふっ!!!」
ミカサ「アルミン、大丈夫?」
アルミン「ミカサ! 僕、ようやく分かったんだよ! 僕自身を幸せにする方法が」
ミカサ「えっ……?」
アルミン「なんだ、僕が英雄になるよりよっぽど簡単じゃないか」
彼が何を言っているか私にはよく分からなかった。
アルミン「もっと早く気付けばよかったのになぁ」
ミカサ「……」
彼の顔は、新しい玩具を与えられた子供のように無邪気で喜びに満ち溢れていた。。
アルミン「僕が変わるんじゃなくて、世界を元通りにしても僕らは元に戻れるんだよ!!!」
ミカサ「アル……ミン……?」
アルミン「人類が巨人どもを一匹残らず駆逐すればいいんだよ!」
先程までアルミンだったものは、澄んだ目を私に向けて確かにそう言い切ったのだ。
終わり
乙
>>158
えっ
>>160
なお「コメントが少なくて寂しかった。少しでも人目に触れて欲しかった」と供述している模様。
クソwifi[ピーーー]
色々台無しだからもういいや。
全文読んでくれた人は本当にありがとう。
コメントまでくれる人超ありがとう。
単行本派だけどアルミンはあの世界で一番の化け物なので注目して見てようぜ!
このSSまとめへのコメント
アルミカ大好き
この作品はあり得そうなのが怖良い
むむむ?失礼なことを申すが…どゆことっすか?兄貴
えっ、何が分からないのか分からない