のび太「出来杉なんていなくなればいい…」(409)
のび太「遅れてごめんよ」
野比のび太、11歳――。
今日も例によって待ち合わせには遅れて来る。
何をやらせてもダメダメな小学生だ。
剛「お、おう…」
スネ夫「遅刻なんて…のび太のくせに生意気だぞ…」
しかしのび太を迎えるいじめっ子2人組に、いつもの元気はない。
のび太「ご、ごめん…ドラえもんが寝るのを待ってから出てきたから…」
のび太の言うドラえもんとは21世紀から来た猫型ロボットで、彼は現在理由あってそのロボットと同居しているのだ。
剛「ドラえもんだと?奴にはこのことバレてないだろうな?」
剛が焦りを含んだ声でのび太を問い質す。
剛「もしこのことがバレたら俺ら3人…一貫の終わりだぞ?」
のび太「だ、大丈夫だよ!ドラえもんあれで結構にぶいとこあるから。それになんだかんだ言ったって所詮はロボットだし…」
のび太は反射的に両手で頭を庇いながらそう説明した。
日頃から剛に殴られているが故の行動である。
スネ夫「そんなことより早くしないと…。こんなとこ誰かに見られでもしたら…」
スネ夫が辺りの様子を窺いながら2人の話を遮った。
剛の腰巾着という評価をされている彼だが、我が身にふりかかる危機には人一倍敏感なのだ。
普段は虚勢を張ってそのことを必死に隠している。
しかしのび太は薄々スネ夫の正体に気づいてはいた。
スネ夫は僕と同じで弱い人間なんだ――。
剛「おう!そうだな!2人とも例の物は持ってきたな?」
スネ夫の言葉に、剛は本来の目的を思い出したようだ。
のび太「うん。物置からパパのをこっそり持ち出して来たよ」
スネ夫「僕もさ。僕んちのはドイツ製で切れ味抜群なんだぜ…」
2人の手にはきらりと光る物が握られている。
剛「俺のは錆びてるけど、まだまだ使えるぜ」
剛もまた、小学生には不似合いの工具を取り出した。
剛「さあ…始めようか…」
丑三つ時の裏山――。
彼らの足元には小さな死体が転がっている。
冷たくなった体。
かつては彼らのクラスで秀才と持て囃され、女子からも人気だった彼――出来杉秀作の死体だ。
のび太「ぼ、僕やっぱりこんなことできないよ…」
のび太の足は震えている。
のび太「やっぱりドラえもんに相談してなんとか…」
剛「何言ってんだ今さら」
のび太「で、でも…冷静に考えたらこんなこと…」
剛「だったら何か?ドラえもんに頼んでタイムふろしきでも出してもらうか?」
剛が猫型ロボットの持つ不思議な道具の名を口にする。
のび太「そ、そんな…タイムふろしきは死んだ人を生き返らせることはできないんだ…」
剛「そうだったよな?昼間お前が言ったことだもんな!」
スネ夫「あ、じゃあタイムマシンで過去に戻って、あんなことが起こらないようにすれば…」
のび太「無理だよ。人の生き死にに関することは変えられないんだ…」
剛「だろ?だったらもう…やるしかないんだよ」
剛の言葉に、のび太は渋々頷いた。
続いてスネ夫も決意したように強く顎を引く。
剛「じゃあ…始めるぞ…」
剛の右手が動いた。
迷いなく出来杉の腕を切り落とす。
のび太は震える手で、持ってきたノコギリを握り直した。
いつもは饒舌なスネ夫も、この時ばかりは黙りこみ、無心でノコギリを引いている。
こうして3人は出来杉の死体を解体し始めた。
すべては自分達の犯した罪を隠蔽するために…。
しばらくすると、のび太の耳にすすり泣きが届くようになった。
始めはスネ夫が泣いているのかと思った。
しかし違う。この耳障りなしゃがれ声は――、剛だ。剛が泣いているのだ。
――あのジャイアンが泣くなんて…。
のび太は驚異を感じるとともに戦慄した。
自分の置かれた状況を改めて理解した。
――昼間、僕達は出来杉を殺害した。
きっかけはただの嫉妬からだった。
学校で彼ら3人が教師から注意を受けているところを、出来杉が庇ったのだ。
これはいつものことだったが、その日はたまたま現場を女子の一群が目撃していた。
「出来杉さんて優しいのね、あんなクズみたいな人達の味方してあげるなんて」
誰かの声がそう言ったのを、3人は確かに耳にした。
悔しさと羞恥心が同時に襲ってきた。
教師から注意を受けたのは自分達の非が原因で、出来杉が庇ってくれたのは純粋な親切心からだ。
出来杉を恨むのは間違っている。
頭でそう理解しようとしても、気持ちは治まらなかった。
女子の一群の中にはのび太の片想いの相手、クラスのマドンナ的存在の源しずかがいたから尚更だった。
放課後、のび太はその時のことをスネ夫に愚痴った。
案の定スネ夫ものび太と同じ考えで、出来杉のことを良く思っていないようだった。
のび太「しずかちゃんはあんながり勉のどこがいいんだ!」
スネ夫と話していると、自然と口汚くなった。
剛「だったらちょっと出来杉をからかってやろうぜ」
2人の会話を盗み聞きしていた剛が、話に割って入った。
のび太「からかうって?」
スネ夫「どうするのさ、ジャイアン」
スネ夫がいじわるく目を細め、唇を尖らせた。
悪巧みをする時の癖だ。
剛「出来杉を裏山に正体してやるんだよ…」
剛が怪しい笑みを浮かべる。
スネ夫はその一言ですべてを理解したらしく、周囲から狐と揶揄される例の顔で、気味の悪い笑い声を洩らした。
のび太「え?裏山に?」
1人だけ理解できなかったのび太が、不思議そうに首を傾げる。
スネ夫「馬鹿だなのび太。あの秘密基地に出来杉を閉じ込めてやるんだよ!ね?ジャイアン?」
剛「あぁ…いつもは冷静な出来杉もさすがにびびるだろ。開けてくれー出してくれーって俺らに泣いて懇願するかもな」
秘密基地――。
それは彼らが裏山に作った遊び場のことだ。
古い木材や泥を使って、子供ながらになかなか本格的な造りになっている。
しかしさすがに電気を通すことは出来ないので、ランプがなければ秘密基地の中は昼間でも真っ暗なのだ。
剛「おいのび太、出来杉の奴をうまく言って裏山に連れて来いよ」
いつもは躊躇する剛の命令にも、この時ののび太は快く返事をした。
のび太「うんわかったよ!絶対に出来杉に一泡食わせてやろうね」
こうしてのび太は出来杉を裏山へ、そして秘密基地の中へと誘導した。
草むらに隠れていた剛とスネ夫が素早く秘密基地の入口を塞ぎ、中に出来杉1人だけを閉じ込めた。
のび太は遠くからその様子を眺めているだけだった。ただ出来杉の情けない姿が見られればそれで満足だった。
閉じ込められた出来杉は始め、何が起きたのかわかっていないようだった。しかしすぐに助けを求める声が聞こえてきた。
出来杉「のび太くん?そこにいるんだろ?ここを開けてくれないかな…」
こんな状況でものび太を信じて声をかけてくる出来杉になぜだかひどく苛立ちを覚えた。
それに剛やスネ夫の手前、1人だけ正義感ぶって出来杉を助けるわけにはいかない。
のび太はもう、後に引けなくなっていた。
剛「ギャハハハ、馬鹿だなー出来杉の奴」
スネ夫「そうだそうだ!ちょっと頭いいからって調子に乗ってるからこんな目に遭うんだぞ!」
剛とスネ夫は慌てる出来杉の声を聞き、楽しそうだった。
それを見ていたらのび太の罪悪感も和らいだ。
――出来杉なんか、もっとひどい目に遭えばいいんだ。
しかしここで出来杉の声色が明らかに恐怖のそれへと変化した。
出来杉「暗いよ怖いよ!出して!ここから出してぇぇ」
取り乱す出来杉の声に、剛とスネ夫はますます盛り上がっていく。
今思い返せばこの時に出来杉を救出していれば良かったのだ。
出来杉「お願いだよ出してよぉぉ」
秘密基地の壁が揺れた。
中で出来杉が暴れ出したようだ。
スネ夫「ねぇなんかまずくない?ジャイアン…」
剛「おう、そうだな!そろそろ出してやるか」
2人が秘密基地の扉を引こうとした時にはもう遅かった。
所詮は子供が作ったもの。
きちんと設計されていなかったので、暴れる出来杉に扉は歪み、引けなくなっていた。
剛「おい、出来杉落ち着けよ…」
スネ夫「そうだよそんなに暴れると扉が完全に引けなくなっちゃうよ…」
焦る2人。暴れる出来杉。
そしてのび太の目の前で、事故は起こった。
一瞬の出来事だった。
子供の手による脆い秘密基地は崩れ、瓦礫と化した。
その下敷きになった出来杉を掘り起こした時には、既に息はなく、3人は愕然とした。
これは事故だ。しかしそれを招いたのは自分達の嫉妬心と悪戯心――。
3人は相談し、事故を隠蔽することに決めた。
そのためには出来杉の死体を処分しなければならない。
こうして3人は深夜、裏山に集まったのだった。
剛「よし、解体したな。後は手分けしてこれを運ぼう」
持ってきたビニール袋に出来杉の死体を入れ、空き地へ運ぶ。
このまま裏山に埋めても良かったのだが、最近野良犬がよく出没していたのでその案は却下された。
もし野良犬に出来杉の死体を掘り起こされでもしたらたまったもんじゃない。
それに空き地なら常に監視できるので好都合なのだ。
既に空き地はジャイアンのテリトリーとして認識されているので他の子供が近づくこともない。
3人は重いビニール袋を抱えて裏山を走り下りた。
空き地へ到着すると土管の近くに穴を掘り、死体を埋める。
剛「いいか、この事は3人だけの秘密だぞ」
すべての作業が終了した時、剛が言った。
スネ夫が小刻みに首を縦に振る。
のび太は疲労と睡魔にふらふらになりながら、それでも強く頷いた。
早くこの現実から逃れたい。
家に帰って温かい布団にくるまり、すべてを忘れて眠りたい。
のび太の心の中はそれだけだった。
出来杉への謝罪の気持ちは疲労感によって完全に消されていた。
いつもの声で目が覚める。
のび太、いつまで寝てるの!早く支度なさい!
ママの声だ。
のび太はゆっくりと目を開けた。見慣れた天井。階段を下りていくママの足音。瞼が重い。
ドラ「ほらほらのび太くん、学校に遅刻しちゃうよ」
何も知らないドラえもんの声…。いつもと変わらぬ朝だ。
のび太「おはようドラえもん」
ドラ「おはようのび太くん。ほら着替えて朝ごはん食べよう」
のび太「うん…」
台所に行くため階段を降りようとすると、背中からドラえもんが声をかけてきた。
ドラ「僕は今朝みぃちゃんと朝の散歩をしたんだ」
のび太「へぇ…良かったじゃないか」
ドラ「それでみぃちゃんが言ってたんだけど、昨日の夜、のび太くん家を抜け出してどこか行かなかった?」
ドラえもんの言葉にのび太の体が硬直する。
まさか、近所の猫に見られていたなんて…。
のび太「まさか。そんなことあるわけないだろ」
平静を装い、そう答える。
しかし怖くてドラえもんのほうを振り返ることができない。
ドラ「そうだよね。のび太くん一度寝たら朝までぐっすりだもん。夜中出掛けるなんてできないよね」
のび太の言葉をドラえもんはあっさりと信じた。
のび太はそっと安堵の息を吐く。
のび太「それよりドラえもん、みぃちゃんとの付き合いちょっと考えたほうがいいんじゃない?夜中に出歩いてたわけだろ?ドラえもんもとんだ悪猫に捕まったもんだな」
悟られないようにするためか、のび太は無意識のうちに普段より口数が多くなっている。
気分を害したのかドラえもんはのび太を押し退けてさっさと1人、階下へと下りてしまった。
食事中、ドラえもんはむっつりと黙りこみ、トーストを口に当たる部分に押し込んでいた。
のび太にしてはこのほうが好都合だった。
ドラえもんと話さなければボロを出すこともない。
無言の2人を、パパとママはまたいつものケンカかと呆れ顔で見つめている。
のび太「ごちそうさまでした」
椅子の背もたれに掛けていたランドセルを掴み、玄関へ向かおうとすると、ママが追いかけてきた。
ママ「のびちゃん、先週受けたテスト今日返ってくるんでしょう?隠さずにちゃんと見せなさいね」
のび太「わかったよ。うるさいな」
反抗的なのび太の態度にママの眉がつり上がる。しかし途中で何かに気づいたらしく、ママの表情は複雑に歪んだ。
ママ「どうしたののびちゃん、その靴…」
のび太「え?」
玄関に脱ぎ捨てられているのび太の靴。それは昨夜ついた泥で汚れていた。
ママ「まぁ!!そんなに靴を汚して…またママが洗わなきゃならないじゃない!」
のび太「うるさいな、このまま履いてくから別にいいよ」
ママ「そんな汚い靴で学校に行くの?」
のび太「平気だよこれくらいの汚れ」
ドラ「せっかくママが先週洗ってくれたばっかりだったのに、のび太くんには申し訳ないと思う気持ちはないの?」
のび太「うるさいなドラえもんには関係ないだろ」
のび太とママが言い争っているところへ、いつのまにやって来たのかドラえもんが割って入った。
のび太はうんざりとして言う。
のび太「もう遅刻しちゃうから行くよ。ドラえもんはまたみぃちゃんとデートしてドラ焼きでも食べてればいいさ」
先生「えー昨日から出来杉くんが家に帰っていないということでご両親が大変心配なさってます。出来杉くんが行きそうな場所など心当たりのある生徒は先生まで知らせに来てください」
担任教師の言葉に、教室の中がざわつきはじめる。
特に女子は過剰なほど心配の態度を見せ、皆一様に出来杉の無事を祈る言葉を口にしていた。
先生「えーでは、先週行ったテストを返したいと思います」
教師の言葉はほとんど生徒達に届いていない。
テストの返却が始まっても生徒達の話し声が止むことはなかった。
これはのび太達のクラスにしては珍しい光景だ。担任教師は生徒達からかなり恐れられている存在だったからである。
通常であればおしゃべりをやめない生徒達に教師の雷が落ちるところだが、今朝は教師のほうでも出来杉のことが気にかかって生徒を叱責する元気がない。
淡々とテストを返却していく。
先生「次、野比くん!」
野比「はい…」
とぼとぼと教壇まで歩くのび太。
その姿を見てからかうのが剛とスネ夫のお決まりだが、今日はやはり2人ともおとなしく席についている。
教師「野比くんにしては頑張りましたね。この調子で」
野比「え?」
のび太は返されたばかりの答案を凝視した。
右上に大きく赤ペンで書かれた数字は80。答案を持つ手が震えた。
のび太にとってそれは、ほとんど奇跡に近い数字であった。
休み時間になり、のび太は早速しずかのもとへテストの結果を報告しに行った。
のび太「しずかちゃん、僕さっきのテストで80点だったんだよ!」
しずか「え…?」
しずかは困惑の表情を浮かべていた。
瞬間、のび太は予期せぬ彼女の様子に尻込みしたが、この奇跡をすぐには信じてもらえなかったのだろうと思い直し、もう一度同じ台詞を口にした。
のび太「しずかちゃん、僕さっきのテストで80点だったんだよ!」
その時だった。のび太に向かってひどい言葉がぶつけられた。
女子生徒「のび太さん、他の教科ではいっつも0点なのに、なんで保健体育のテストだと80点取れるの?いやらしい!不潔だわ」
しずかの友人達が揃ってのび太に対して非難の目を向けていた。しずかだけは困惑の表情を浮かべたままである。
のび太「しずかちゃん…僕…」
のび太はすがるようにしてしずかを見つめた。
一言だけでいい。しずかから誉めてもらえれば、他の女子の言葉なんてどこかに吹き飛んでしまうのだから。
しずか「そんなことより今は出来杉さんの無事を考えるべきだわ。出来杉さん…今どこにいるのかしら…」
女子生徒「ほんとよね、のび太さんたら不謹慎なんだから。出来杉さんが心配だわ…」
のび太は疎外感を味わうばかりだった。
――なんだいみんなして出来杉出来杉って…。
放課後――。
剛「おいのび太、帰ったら空き地に集合な!約束だぞ?もし来なかったらわかってんだろうなぁ?」
剛の言い草は、周囲の級友達から見ればいつもと何ら変わりない調子であった。
のび太とスネ夫だけが、剛の声に含まれる緊張を感じ取っていた。
のび太「わ、わかったよ…必ず行くよ」
のび太はしょんぼりとした様子を演じながら、内心ではほくそ笑んでいた。
――ジャイアンの奴、昨日のことで相当ダメージを受けてるな。
いつも自信満々でいばりちらしている剛の、気弱な姿は単純に見ていて面白かった。
スネ夫「ジャイアン、のび太なんか放っておいて早く帰ろうよ」
スネ夫のほうは見るからに罪悪感に打ちのめされ、今にも倒れそうなくらい顔を青くさせている。
のび太は意味ありげに目を細めると、2人から視線を反らして帰り支度を始めた。
校舎を出ると、背後からしずかが追いかけてきた。
しずか「のび太さん、一緒に帰りましょう」
のび太「うんいいよいいよ。しずかちゃん帰ろう」
のび太の胸が高鳴る。しずかのほうから誘って来るのは珍しいことだった。
のび太「しずかちゃん、僕ね今度新しい漫画を買うんだ。買ったら一番にしずかちゃんに貸してあげるぅ」
しずか「ありがとうのび太さん」
しずかと並んで歩く帰り道、のび太は嬉しさのあまり一方的に喋り続けた。
のび太は気づいていなかった。
相槌を打つしずかの声が、徐々に暗くなっていってることに…。
のび太「でね、ドラえもんたら僕に、」
しずか「……うぅぅ…うっく…」
とうとう耐えきれなくなったしずかがしゃくり声を上げた。
のび太「しずかちゃんどうしたんだい?」
狼狽えるのび太をよそに、しずかの声はやがて泣き声に変わり、その場にうずくまってしまった。
しずか「わたし達だけこんなにのんびりした会話していていいのかしら…今こうしている間も出来杉さんは1人で…おなかもすかせて困っているはずだわ…」
のび太「そんなぁ~そのうちひょっこり帰って来るよ!あ、そうだ!もしかして家出したのかもしれないよ」
しずか「…家出?」
しずかの肩がぴくりと震える。
のび太「そうだよきっと家出だよー」
しずか「そんなわけないわ!出来杉さんに限ってそんな馬鹿な真似…」
のび太は勇気を出して、しずかの手を握ってみた。しずかは抵抗を見せず、ただ泣きじゃくっていた。
――どうしてしずかちゃんは出来杉がいなくなったくらいで、こんなに泣くのだろう。
のび太は決心して言った。
のび太「泣かないでしずかちゃん。出来杉がいなくても大丈夫だよ。僕が…僕が出来杉の代わりになるから!」
のび太の言葉に、しずかの泣き声が止んだ。
すると辺りには気の早い蝉の声だけが鳴り響いていた。
しずかの手を握るのび太の手が、じっとりと汗ばんでいる。
しずか「のび太さんが?出来杉さんの代わりに?」
しずかのか細い声。
のび太は心の底から、彼女を守りたいと思っていた。
のび太「うん。これからたくさん勉強してもっと頼れる男になって、僕がしずかちゃんを守ってあげる。出来杉なんかいなくても大丈夫なようにしてあげるよ」
のび太の力強い物言いに、しずかはこれまでの彼とは違う空気を感じ取った。
しずか「そう…ありがとう、のび太さん…」
のび太「だからさ、ほら涙を吹きなよ」
のび太はズボンのポケットからアイロンのきいたハンカチを取り出すと、しずかに手渡した。
ハンカチは日頃母親がきちんと手入れして、毎朝彼に持たせていたものだ。
だらしのない彼はハンカチなど持っていてもこれまでなかなか使う機会がなかった。
むしろ毎朝ハンカチとティッシュを彼に持たせようとする母をうっとうしいとさえ思っていた。
しかし今日だけはそんな母に感謝した。
憧れの女性にハンカチを差し出すというシチュエーションがついに叶ったのだ。
彼は自分が大人の男になったような気分を味わった。
しずか「ハンカチか…わたしもいつだったか出来杉さんにハンカチをプレゼントしたことがあったな。出来杉さん、使ってくれてたのかしら…」
しずかの言葉に、高揚していたのび太の気持ちは急激に萎えていく。
――なんでだよ。出来杉の奴、しずかちゃんからプレゼントを貰ったことがあったなんて…。
のび太の中で、再び出来杉への憎悪が激しく燃え上がり始めた。
のび太「ただいまー」
ドラ「おかえり、のび太くん」
のび太「あれ?ママはー?」
ドラ「ママなら今おつかいに出てるよ」
のび太「良かったー。ジャイアン達と遊ぶ約束してるんだ。今のうち出かけよう」
ドラ「なら僕も行こうかな」
のび太「えぇ?なんだって?」
ドラ「どうしたんだいのび太くん?どうせいつもの空き地だろ?ドラ焼き買いに行くついでだからそこまで一緒に歩こうよ」
のび太「なんだドラ焼きか。いいよいいよドラえもん、一緒に行こう」
ドラ「変なのび太くん」
そうは言ったものの、ドラえもんはさして不思議がる素振りも見せず、のび太の隣を歩き始めた。
――どうやらドラえもん、僕達がしたことには気付いていないようだな。
のび太はほっと一安心し、ドラミに愚痴を喋るドラえもんの言葉に耳を傾けていた。
やはりロボット、思考回路は単純に出来ているらしい。
人間の微妙な感情の変化に対してはかなり鈍いようだ。
――この調子なら、出来杉のこともこのまま隠し続けられるぞ。
のび太がそう思った矢先、ドラえもんがまるでタイミングを計ったかのように、出来杉の名を口にした。
のび太は自分の心臓がぎゅっと収縮するのを感じた。
ドラ「そういえばのび太くん聞いたかい?出来杉くんが昨日から行方不明らしいんだ」
のび太「あぁ聞いたよ。どうしたんだろうね」
ここは余計なことを口走らないよう、話すのは必要最低限の言葉のみにしておこう。
のび太は小さな脳をふる稼動させ、対策を導き出した。
空き地に着くまであと少し。どうにかこの話題をやり過ごすしかない。
ドラ「心配だなぁ。誘拐とかじゃなければいいんだけど」
のび太「そうだね、心配だね」
ドラ「あ、そうだ。僕の秘密道具で出来杉くんの居場所を探れば…」
突然、ドラえもんは立ち止まり、腹部の辺りについたポケットを探り出した。
鼻の下が伸び、間が抜けた顔の造りをしているわりに、このロボットはなかなか役に立つ機械をたくさんポケットの中に持ち歩いているのだ。
のび太は焦って、思わずドラえもんの頭を思い切り引っぱたいた。
ドラ「や、何するんだのび太くん」
のび太「だ、駄目だよ出来杉の場所を探るなんて!」
ドラ「どうしてだい?」
ドラえもんが機械的な眼差しで、のび太の顔を凝視する。
まるでそこから彼の嘘を読み取ろうとしているかのように。
のび太の額には、大粒の汗が滲んでいた。
のび太「だ、だって、出来杉みたいにしっかりした奴が誘拐なんかされるわけないし。きっと事情があって1人になりたい気分なんじゃないのかな。それだったらあまり個人的なことに他人の僕達が関わっちゃ駄目だよ。ドラえもん、デリカシーがなさすぎるぞ」
ドラえもんは無言で何かを考えているようだった。
しばらくすると、納得したのか再び歩き出す。
のび太「え?ドラえもんどこ行くの?」
ドラ「何って、どら焼きを買いにいくんだよ。出来杉くんを探すのはもう少し様子を見てからにする。のび太くんの言う通りだった。僕はロボットだから人の気持ちに対して、いまいち配慮に欠けているみたいだ。ごめんよ、のび太くん」
のび太「そうか、わかればいいんだよ」
のび太の中にはドラえもんとの言い争いになった場合に関して、始めから勝算があった。
ドラえもんはロボットコンプレックスなのだ。
どうせロボットだから人の気持ちがわからない、ロボットだからデリカシーに欠ける。
そう言われるとドラえもんが何も言い返せなくなることを、のび太は心得ていた。
ようやく空き地が視界に入った。
剛「おう、のび太。来たか」
ドラえもんは少しの間のび太達の様子を観察していたが、どうやら今日はのび太をいじめるわけでも、剛がリサイタルと称して騒音を発するわけでもないとわかると、和菓子屋へ向かって歩き出した。
ドラえもんの姿が見えなくなると、剛が大きなため息をついた。
剛「なんだってドラえもんと一緒に来たんだよ。びびったじゃねぇか」
スネ夫「そうだぞ!まさか昨日のこと、ドラえもんに話してないだろうな?」
のび太は2人の言葉を鼻で笑うだけで、無言だった。
彼の明らかな豹変振りに、剛とスネ夫の表情には不安の色が混じる。
スネ夫「何だよ、なんか言えよ」
スネ夫がそう言うのと、のび太が高笑いを上げるのとは、ほとんど同時であった。
剛「何だよのび太、頭おかしくなっちゃったのか?」
剛が心配そうに眉を下げる。その言葉を遮って、のび太が宣言した。
のび太「わからないかな?剛くん?最早これまでの立場は逆転したんだよ。君にはガキ大将という立場を下りてもらう。今日から僕が大将さ!」
剛「なんだとてめぇ…」
すぐさま剛が眉を吊り上げ、拳をぎゅっと握る。
しかしのび太の様子から何かを感じとったスネ夫が、彼の腕を押さえつけた。そして尋ねる。
スネ夫「ど、どういうことだよ?のび太…くん…」
のび太「君達2人は殺人犯なんだ。僕が警察に証言すればすぐに捕まるだろう。2人の悪事を黙っていてあげる代わりに、僕の家来になってくれてもいいだろう?」
のび太の唇がいじわるく歪む。
スネ夫は剛とのび太を交互に見つめ、それから黙って剛の傍から離れ、のび太の背後に回った。
スネ夫の本能が、のび太を主人と認識させたのだ。
剛「スネ夫てめぇ…。おいのび太!どういうことだ?説明しろ」
のび太「説明してくださいお願いしますご主人様…だろ?まぁいいや教えてやろう。僕は昨日出来杉を秘密基地へと案内しただけだ。彼を閉じ込め、事故に遭わせて死なせたのは君達2人」
のび太「僕はそのことに関して何も手出ししていない。死体をバラバラにして埋めたのだって、君達に強要され仕方なく手伝っただけだ」
剛「それはそうだけど、おまえだって面白がってたじゃねぇか!」
のび太「だけど世間の判断はどうだろう?僕と君達2人。犯行がばれた時、果たしてどちらの罪が重いのかな?」
剛「……」
のび太「わかっただろう?僕を敵に回したら君達2人はおしまいだ。おとなしく僕の言うことを聞いていたほうが身のためだよ」
行き場を失った剛の拳がぷるぷると震えている。
剛は勢いに任せて近くに転がっていた土管を殴り、声を殺して痛みに耐えていた。
その間にもスネ夫はのび太に取り入ろうと、お決まりのセールストーク―僕ね、新しいラジコン買ってもらったんだ―などを展開していた。
のび太は満足気に、震える剛の背中を見つめている。
のび太「決まりのようだね。じゃあ僕はこれからスネ夫の家でおやつをご馳走になり、ラジコンで遊んで来るから、君は日が暮れるまでここで1人、死体の見張りでもしていればいいよ」
剛はもう、自分が拳の痛みに震えているのかくやしさで震えているのかわからなくなっていた。
馬鹿にして、顎で使って来たのび太に、自分は今命令されているのだ。
今まで自分の右腕として可愛がってきたスネ夫にまで裏切られ、こんなに屈辱的な気持ちを味わうのは生まれて初めてだった。
のび太「ここは日陰がないから暑いね。でも喉が渇いたからって、ここを離れでもしたら、その間に誰かがやって来て出来杉の死体を発見してしまうかもしれない。それは絶対に避けたいよね、剛くん?」
のび太の勝ち誇った視線が、剛の背中に突き刺さる。
剛はもうのび太を振り返ることが出来なかった。
こんな惨めな自分の姿を、のび太の前にさらけ出すくらいなら死んだほうがましだと思った。
剛「わかったからさっさと向こう行けよ…」
それだけ言うのが精一杯だった。
それ以上話したら、泣いてしまいそうだった。
剛のプライドが、寸でのところで涙を堪えさせていた。
のび太とスネ夫の立ち去る足音が遠くなると、剛は意識的に深く呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせようとした。
空き地には剛だけが取り残された。誰にも見られている様子はない。
剛はひっそりと声を殺してすすり泣いた。
こんなこと、両親にも妹にも話せない。もうこの世のどこにも心から気を許せる人も、自分の味方になって守ってくれる人もいないのだ。
この広い世界で、剛は圧倒的にひとりぼっちだった。
翌日、教室に剛の姿はなかった。
教師の話では、昨夜は帰宅せず、行方がわかないのだという。
女子生徒「出来杉さんに続いて剛さんも行方不明なんて、怖いわ…」
生徒達は皆口々に、誘拐ではないか、家出ではないかと噂し合っている。
しずかは1人、不安げに俯いていた。
そんな教室の中で、のび太は1人不満だった。
せっかく今日は級友達の前で剛を顎で使い、自分がこのクラスの支配者であることをみんなの前で見せつけようと考えていたのに、肝心の剛が欠席ではそれも出来ない。
憂さ晴らしにスネ夫の前髪を引っ張ってみたところで、気分が晴れることはなかった。
――ふん、弱虫のジャイアンめ!罪の重さに耐え切れなくなって逃げ出したか…。
放課後になると、スネ夫に空き地の見張りを命令し、のび太はしずかとともに昇降口へ向かった。
のび太「ねぇしずかちゃん?今日僕んちに遊びにおいでよ。ドラえもんになんか道具出して貰って遊ぼう?」
しずかといると、自然とのび太は甘え口調になってしまう。
自分でも気をつけなければと思うが、出来杉のいなくなった今、未来でしずかの夫となる人物は自分しかいないのだ。
ゆっくりしずかの中での自分の評価を上げていけばいい。
しずか「ごめんなさいのび太さん、今日はバイオリンのお稽古があるの」
のび太「そんなの休んじゃえよ」
しずか「駄目よ。休んだらママに叱られるわ」
のび太「何だい何だい!せっかく僕が誘ってるのに!」
剛が欠席したことから不機嫌になっていたのび太は、ついしずかに対してやつ当たりをしてしまった。
聞き分けのない幼児を見るような目で、しずかはそんなのび太を見つめている。
やがて我に返ったのび太は、必死にしずかに詫びた。
しずかは苦笑いを浮かべて許してくれたが、気が治まらなかったのび太は、彼女の靴を磨いてあげるなどして、自分がジェントルマンであることをアピールする作戦に出た。
のび太「ほらここ、靴に泥がついていたよ。女の子はね、いつでもきれいな靴を履いていないと幸せになれないんだぜ」
彼にしてみれば気のきいたセリフを口にしたつもりだったが、しずかは喜ぶどころか反対に腹を立ててしまった。
しずか「そんなこと大きな声で言わないでよ!まるでわたしが不潔な人みたいな言い方じゃない!のび太さんたら最低!」
しずかはそのままのび太を置いて、1人帰ってしまった。
帰宅したのび太は、昼寝で昼間のストレスを発散しようとした。
自室の定位置に横になると、すぐに瞼が重たくなってきた。
しかし数分後、彼の安眠はさまたげられる。
出かけていたはずのドラえもんが騒々しい声を上げながら帰ってきたのだ。
ドラ「大変だよのび太くん、ジャイアンが行方不明なんだって!」
眠りかけていただるい体を起こしながら、のび太はうんざりとした調子で言った。
のび太「知ってるよ。どうせジャイアンのことだから馬鹿な真似して家に帰りづらくなってるだけだろう。お母さんに怒られると思ってどこかに隠れてるんだ」
ドラ「そうかなぁ。出来杉くんのこともあるし、僕は心配だよ」
ドラえもんの顔は、心なしかいつもより青い。
本当に剛のことが気がかりのようだ。
眠りを妨げられたのび太の不機嫌な顔にも気付いていない。
のび太「だけどドラえもん?ジャイアンがいなくて何か不都合でもあるの?ジャイアンがいなければ僕はいじめられることはない。いじめられなければ、君に泣きつくこともない。君としてもそのほうが平和だろう?」
のび太の言葉に、ドラえもんがはっとした表情を浮かべる。
それを見てのび太は唇の片側をわずかに引き上げた。どうやら気付いたようだ。
のび太「どうせすぐジャイアンは見つかるよ。それまでこの平和を謳歌しようじゃないか」
ドラ「それもそうだね」
ドラえもんは納得した顔で頷くと、本棚から気に入りの漫画を取り出し、読み始めた。
すぐに漫画の世界に没頭し、小さな笑い声を洩らす。
ロボットにも笑いのツボというものがあるらしい。
のび太は安心して、再び眠りへと落ちていった。
翌日――。
寝坊したのび太は、学校に遅刻して行った。
教室に入ると、教師が真っ赤な顔でのび太を怒鳴り散らす。
すでに慣れたもので、のび太は教師の小言を適当に聞き流した。
そうしながら、ジャイアンの席を横目で確認した。
――今日も休みなのか…。チェッ、つまんないの…。
教師「野比くん!聞いてるのか!」
のび太「は、はい…ごめんなさーい…」
教師「しばらく廊下に立っとれぇぇぇぇ!!」
のび太「はーい…」
教室を出て、1人廊下に立つ。
実のところ、のび太は廊下に立つことが嫌いではなかった。
教室でじっとつまらない授業を聞いているよりも、廊下に立っているほうが気楽だ。
すぐさまのび太は妄想の世界へと突入する。
将来しずかと結婚した時に住む、家の間取りなんかを想像しては1人笑みを浮かべていた。
スネ夫「えーっと、何をしているんだい?のび太くん」
ふと気がつくと、すぐ横にスネ夫が立っていた。
いつの間に来たのか、妄想に夢中だったのび太はまったく気がつかなかった。
今日もスネ夫の顔は青白い。
のび太「君が廊下に立たされるなんて珍しいじゃないか」
スネ夫「昨日はなかなか眠れなくて、つい教室で居眠りをしてしまったんだよ」
のび太「へぇ、空き地の見張りが気になるのかい?」
スネ夫「それもあるけど、この手紙の内容が気になって…」
スネ夫はのび太に一枚の便箋を手渡した。
のび太はそこに書かれた文を見ると、鼻で笑ってスネ夫につき返した。
のび太「これがどうしたっていうんだい?ただのいたずらだろう」
スネ夫「そんなことないよ。きっと裏山でのことが誰かに見られていたんだよ」
スネ夫は大げさなほど全身を震わせ、ぎょろぎょろと視線を泳がせた。
震える彼の手から、便箋がかさりと廊下に落ちる。
便箋はそのまま廊下を滑り、のび太の立つ数歩先で止まった。
そこには整った文字で一言、『全部知ってるよ』と書かれている。
スネ夫「怖いよ、僕怖いよ…。夕方に空き地の見張りを終えて家に帰ったら僕宛の封筒が届いていて、中にこの便箋が入っていたんだよ。怖いよ…怖いよ…」
スネ夫はそのまま「ママー!」と叫びだしそうな勢いだったので、のび太は慌てて彼の口を押さえた。
スネ夫は目を白黒させていたが、しばらくすると落ち着いたようで、のび太にどうしたらいいのかと尋ねた。
のび太「だけどそこに裏山でのことを見たと書いてあるのかい?書いてないだろう?だったらこれは悪戯だよ。気にすることないさ」
スネ夫「でもジャイアンもまだ行方不明だし、きっとこの手紙を書いた人物に殺されたんじゃないかな。それで次は僕の番なんだよ。僕はこの手紙の主に復讐されるんだ…」
のび太「おいおい、考えが飛躍しすぎじゃないか。ここに書かれた文だけでそこまで判断するなんてどうかしてるぜ。あんまりビクビクしていると本当に怪しまれるから、いつも通りにしているほうが懸命だと思うよ」
スネ夫「君だってこんな手紙が届いてみたら、僕の気持ちがわかるよ。本当に恐ろしくってたまらないんだから」
のび太「出来杉を殺した殺人犯がよく言うぜ。そんな手紙より、僕が警察に証言することのほうが、君にとってはよっぽど恐ろしいことだと思うけど」
スネ夫「それもそうだな…」
のび太「わかったら、つまらないことで大騒ぎしないことだな。僕は想像の世界に入っていたのに、君が来たから台無しだ」
スネ夫「ごめんよのび太くん。後でフランス製のチョコレートを君のうちに持っていくよ」
授業が終わると、ようやく2人は教室の中に入ることが許された。
その頃までには再び妄想の世界に入りこんでいたのび太は、教室に入るなり、「しずかちゃん、寝室のカーテンは緑色がいいと思うよ」と言ってしまい、しずかに妙な顔をされた。
のび太の想像の中では、2人の将来の寝室は緑を基調とした落ち着いた雰囲気にする予定だったのだ。
放課後になり、のび太はスネ夫の家に寄ってチョコレートを受け取った。
家に持って来てもらうつもりだったが、スネ夫には夕方まで空き地の見張りがあるので、チョコレートを受け取る時間が夜になってしまう。
のび太はそれまで待ちきれなかったのだ。
今日はどうしてもチョコレートをつまみながら漫画が読みたい気分だった。
チョコレートのついでにスネ夫から新刊の漫画を数冊ぶん取ると、のび太はご機嫌で帰宅した。
ドラ「やあのび太くんお帰り。今日のおやつは麩菓子だよ。早く手を洗っておいでよ」
玄関先にはドラえもんが待ち構えていた。
まるで主人の帰宅を喜ぶ飼い犬かのように、のび太の後をついて回り、自分のガールフレンドである近所の猫のことやら昼間見たテレビ番組のことやらを楽しげに言い聞かせてくる。
のび太はそんなドラえもんの態度に、いささか鬱陶しさを感じた。
咄嗟に皿に出されていた麩菓子を掴むと、ドラえもんの口にあたる部分に突っ込んでやる。
のび太「ほら、僕のぶんのおやつをやるから、少し黙ってろよ」
ドラえもんは満足そうに麩菓子を平らげ、しかしまたしてものび太に話しかけた。
ドラ「天気がいいから庭で相撲でも取ろうよ、のび太くん」
のび太「嫌だよ。相撲なんか取ったって疲れるだけだろう」
ドラ「そんなこと言わずに、ねぇ」
のび太「嫌だって言ってるだろう。僕はこれからスネ夫に借りた漫画を読むんだ」
ドラ「へぇ、スネ夫くんが漫画を貸してくれるなんて随分珍しい」
ドラえもんは怪しげにのび太を見た。
のび太は視線を逸らすと、無言で二階へと上がった。
すると興味を失ったのか、ドラえもんは今度、ママに小遣いをねだりに行ってしまった。
そういえばドラえもんは近所の猫に色々と貢いでいたな、と聞き耳を立てていたのび太は思い出す。
ドラえもんはつくづく気の毒な奴だ。
のび太は少しだけ同情すると、すぐに忘れて漫画に集中しだしたのだった。
翌朝、登校すると教室にスネ夫の姿はなかった。
のび太は教室中を窺い、びくびくと背中を丸めていた。
しずか「どうしたの?のび太さん」
そんなのび太の様子を心配したのか、しずかが話しかけてきた。
のび太「なんでもないよ。ちょっと気分が悪いだけさ」
しずか「まあ、それなら保健室に行ったほうがいいわ」
のび太「だ、大丈夫だよ。平気さ…」
しずか「でものび太さん、顔が真っ青よ」
しずかをこれ以上心配させないようにと、のび太は意識して口角を上げて見せた。
しばらく話すと、しずかは安心したのか、自分の席へと戻っていく。
しずかが離れると、のび太はそっとため息をついた。
普段であれば、朝からしずかに話しかけてもらえたら飛び上がって喜ぶところである。しかし今ののび太に、それほどの余裕があるだろうか。
――どういう意味なんだ、あれは…。
昨日のスネ夫がそうであったように、のび太もまた怯えていた。
まさかとは思ったが、スネ夫の姿が教室にない以上、考えられることは1つだけだ。
スネ夫は消えた。たぶん殺されたに違いない。
今朝、のび太に下駄箱にはスネ夫の靴が入れられていた。
泥だらけのスネ夫の靴。イギリス製のブランド物だと自慢していた、きれいだったスネ夫の靴。
それが見るも無残に汚れて傷だらになった状態で、のび太の下駄箱に突っ込まれていたのだ。
――これはきっと、僕に対しての警告だ。
昨日スネ夫が見せてきた手紙は、悪戯なんかじゃなかったのだ。
きっと誰かが僕達の犯行を目にしていて、脅迫してきたに違いない。
しかし、脅迫者の目的は何だろう。正直に罪を告白しろということだろうか。
――僕は関係ない。出来杉を殺ったのはジャイアンとスネ夫だ。
それなのに、なぜスネ夫の靴が僕の下駄場に突っ込まれていたのだろう。
悪いのはあの2人であって、僕は何もしていないのに…。
もしかして、このままだと次は自分が殺されるのかもしれない。
怖くなったのび太は、ついにドラえもんに相談してみることにした。
結局のところ、いくら強がっても彼が最後に頼れるのはドラえもんしかいないのだ。
ドラえもんは最初、僕を説教してくるだろう。しかし涙を流して反省する僕を見て、きっと呆れ顔で何か道具を出して、出来杉の事件をなかったことにしてくれるに違いない。
のび太にはそう確信があった。
ドラえもんが自分に甘いことを、のび太は知りつくしていのだ。
早速学校を早退して、家に帰ったのび太は、寝ていたドラえもんを押入れから引っ張り出し、事件の経緯を説明した。
決して自分は悪くない、ジャイアンに命令されてちょっと手伝っただけだということを強調するのは忘れなかった。
のび太の説明を聞き終えたドラえもんは、むっつりと考え込んだ。
のび太はその間に涙を流し、ドラえもんの心を動かす一言――出来杉を助けたいんだ――などを口にした。
やがてドラえもんは決心したように大きく頷くと、まっすぐにのび太の顔を見つめた。
ドラ「本当に反省しているんだね、のび太くん」
のび太「あぁ反省してるよぉ反省してる。出来杉には本当に悪いことをしたと思ってるよ」
ドラ「嘘じゃないよね、のび太くん」
のび太「うんうん、嘘なんかつくもんか。全部本当だよドラえもーん」
ドラ「本当はずっと前に、こうなることはわかってたんだ」
のび太「わかってた?どういうことだい、ドラえもん…」
ドラえもんは自身のポケットにあたる部分から、例のごとくある機械を取り出した。のび太はその機械に見覚えがあった。
のび太「それは…災難予報機じゃないか…」
のび太は以前にその機械を使った経験があったのだ。人の名前と時間を言うと、その人に起こる災難が事前にわかるという夢のような機械。
ドラ「最近この辺も物騒だからね。僕は定期的にのび太くんやのび太くんの周りの人のぶんも災難が起こらないか、これを使って調べていたんだよ。どうだい、僕だって昼間怠けてるわけじゃないんだぜ」
のび太「だけどこれは災難を知ることは出来ても、災難を避けることはできないはずだろう」
のび太はうろ覚えだった記憶を呼び起こした。
ドラ「これで出来杉くんに起こる災難はわかっていたから、僕は出来杉くんのコピーロボットに身代わりペンダントをつけさせたんだよ」
のび太「そうかその手があったか!」
ドラえもんの言うコピーロボットとは、スイッチを押した人間そっくりに変身する便利なロボットのことである。
そのロボットに、出来杉の姿を記憶させた身代わりペンダントをつけておけば、コピーロボット自体が出来杉の身代わりロボットとなってしまう算段なのだ。
ドラえもんの説明を聞いて、のび太の顔がぱっと輝く。
のび太「じゃあ僕らが裏山で死んだと思ったのは、出来杉のコピーロボットだったんだね」
ドラ「そういうことだよ。どうだい、これで安心したかい?のび太くん達は始めから出来杉を殺してなんかいなかったんだよ」
のび太「何だいびっくりさせやがって。始めからそう言ってくれてれば、こんなに怖がることもなかったのに」
ドラ「君には少し反省する時間が必要だと思ってね。これに懲りたらもうあんな馬鹿な考え起こさないことだね」
のび太「わかったよー。充分反省したからさぁ。それで本物の出来杉は今どこにいるんだい?」
のび太の言葉に、ドラえもんは無言で押入れを空けると、中に貼られたポスターを指差した。
のび太「かべ紙ハウスかぁー。出来杉くんはその中にいるんだね」
押入れに張られていたのは、一見するとただの家の絵が描かれたポスターだが、実はこれもドラえもんの持つ不思議な道具の一つで、絵に描かれた家の中に実際に入ることが出来るのだ。
ドラ「もう少し君には反省してもらいたかったから、出来杉くんにはしばらくこの中に隠れていてもらったのさ。おーい、出来杉くん出て来ていいよー」
ドラえもんの呼びかけに、ポスターの中から出来杉の声が答えるのを、のび太は耳にした。
家のドアからするりと出来杉が姿を現したとき、のび太はようやく安堵の息をつくことができた。
出来杉「のび太くん、君って人は…」
日頃冷静な出来杉も、さすがに怒りを露にしている。
そのあまりの迫力に、のび太はすくみ上がって、平謝りを繰り返した。
のび太「ごめんよ出来杉くぅーん…」
出来杉「ドラえもんくんに僕が遭う災難の内容を聞かされた時には心底驚いたよ。僕はなんともなかったけれど、しばらく家を空けて僕の両親はきっと心配しているはずだ。君は僕だけでなく、僕の両親も傷つけたんだ。反省してくれよ。わかったかい?」
のび太「わかったよもうこんなことしないよぉぉ」
出来杉は軽蔑の眼差しで、土下座するのび太の姿を見下ろしていた。
ドラ「のび太くん、何でこんなことしたんだい?」
のび太「だってしずかちゃんが出来杉くんのことばかり褒めるから。僕はちょっと出来杉くんが痛い目見ればいいと思っただけなんだぁぁぁごめんよぉぉぉ」
ドラ「そりゃあ僕だって出来杉くんがいなければいいと思ったことはあるさ。出来杉くんがいなければ未来で君がジャイ子と結婚する可能性もなくなるしね」
出来杉「ドラえもんくん…」
ドラ「だけどそれとこれとは話が別だよ。のび太くんは自分で努力して、将来しずかちゃんがお嫁に来てくれる未来を切り開いていかなきゃ、何の意味もないんだよ」
のび太「はいぃぃ」
のび太が力のない返事をしたその時、何かが落ちる物音と小さな悲鳴が聞こえた。
のび太「え?どうして…」
そこにいたのは、しずかだった。
しずかは信じられないものでも見たかのような目つきで、部屋の前の廊下にへたりこんでいた。
その目は、のび太を無視して、まっすぐ出来杉へと向けられている。
のび太はどうしようもない敗北感に打ちのめされた。
しずかはいつの間にそこへ居たのだろう。
しずか「のび太さんが早退したから、心配で来てみたら…何で…出来杉さん…?」
しずかは再び会えた出来杉の姿に、涙を浮かべている。
出来杉「しずかちゃん…」
しずか「出来杉さん…無事だったのね…」
しばらくは呆然とした様子のしずかだったが、やがてはたと気がついて、のび太を睨み付けた。
しずか「どういうことなの。何で出来杉さんがのび太さんの家にいるのよ。説明してちょうだい」
ドラ「し、しずかちゃん落ち着いて。これはえーっと…」
出来杉「僕がドラえもんくんに頼んだんだよ。ちょっと1人になりたくてね…」
出来杉は咄嗟に嘘をついた。
しずか「何で、どうしてそんな…わたしとても心配したのよ」
出来杉「ごめんね、しずかちゃん」
出来杉の嘘をしずかは信じた。
いや、最早彼女にてみたらどうでもいいことだったのかもしれない。
とにかく出来杉にまた会うことができたのだ。
出来杉の笑顔を目の前にしたら、今まで何をしていたのか、どこにいたのか、そんな疑問は瑣末なことのように思えた。
しずか「出来杉さん、おうちに帰りましょう」
出来杉「そうだね。しずかちゃん」
しずかにはもう、のび太の姿など目に入っていなかった。存在すら忘れていた。
出来杉がいる。出来杉が帰ってきた。
2人は仲むつまじく手を取り合って、のび太の部屋を後にした。
のび太「チェッ、しずかちゃんたら、出来杉を見た途端ころっと態度が変わっちゃうんだから」
のび太はすねて、畳に寝転がった。
そんなのび太の姿を、ドラえもんは呆れ顔で見つめている。
まったく困った人だ、僕がこれから教育して、のび太くんを正しい道へ歩ませないと。
ドラえもんは心に誓った。基より、ロボットに心があればの話だけれど。
ドラ「そうやって嫌なことがあるとまたすぐ不貞寝して…。のび太くん本当に反省しているんだろうね?」
のび太「あぁ反省してるさ。だけどなんで僕ばっかりこんなに叱られなきゃいけないんだ」
のび太はそこであることに気がついた。
のび太「叱るならジャイアンとスネ夫にも平等に叱れよ。さぁさっさとジャイアンとスネ夫出して!」
ドラ「何言ってるんだい、2人は知らないよ」
ドラえもんは不思議そうに首を傾げた。
ロボットなので表情は読み取りにくいが、嘘をついているようには見えなかった。
のび太「僕を怖がらせて反省させるために、ジャイアンとスネ夫の身を隠したんだろう?変な脅迫状や汚れた靴まで送ってきて、芸が細かいこったな」
ドラ「どうしたんだい急に。ジャイアンとスネ夫は行方不明のはずだろう?僕だって居場所を知らないよ」
のび太「何だって!ドラえもんがやったんじゃないのかい?」
ドラ「僕は知らないよ。それに脅迫状って何のことだい?」
のび太「そんなぁ…じゃあどうしてジャイアンとスネ夫はいなくなったんだろう…」
のび太の家を出ると、2人は並んで歩き始めた。
久しぶりに見る出来杉の顔は、やはり美しかった。
しずかの心は何日かぶりに平穏を取り戻していた。
しずか「もうどこにも行っちゃ嫌よ。出来杉さん」
出来杉「あぁ、僕はずっとしずかちゃんと一緒にいるよ」
しずか「出来杉さんが無事に戻って来て本当に安心したわ。早速だけど、わたし出来杉さんに相談したいことがあるの」
出来杉「何だい?」
しずか「わたしなりに出来杉さんの行方を捜して、大変だったのよ。あの日、のび太さんと裏山へ行く出来杉さんの姿をわたし見ていたの。何かあったんじゃないかと思って心配したわ」
出来杉「しずかちゃん、君はどこまで知っているんだい?まさかさっき部屋の外で立ち聞きしていたんじゃないだろうね」
しずか「ごめんなさい。本当は全部話を聞いていたの」
しずかは照れたような笑顔を浮かべた。
しずか「裏山での出来事も本当は全部見ていたの。だからわたしはあの3人に反省してもらい、事件を告白してもらおうと考えたわ。だけど3人はあくまでも隠し通すつもりだった」
しずか「わたしは最初に剛さんを問い詰め、スネ夫さんには脅迫状を送り、罪の意識を持たせようとしたんだけど、全然駄目ね」
出来杉「じゃあ2人は…」
しずか「殺したわ。仕方なかったのよ。わたしは今まで出来杉さんはあの3人に殺されたと思ってたんだから。まさか生きていたなんて…」
出来杉「ごめんよ、しずかちゃん…」
しずか「せめて出来杉さんがわたしの前にもう少し早く出てきてくれてさえいれば、わたしだってあんな馬鹿な真似しなかったわ」
出来杉「それだけ僕のことを考えてくれていたんだね。ありがとうしずかちゃん」
しずか「2人の死体は裏山に隠したけど、これ以上行方不明のままだとさすがに周りが怪しむわ。ドラちゃんが2人の行方を探すかもしれないし。ねぇどうしたらいいかしら、出来杉さん」
出来杉「それなら簡単だよ。ここにドラえもんくんが予備としてくれたコピーロボットが2体ある。これに2人のふりをし続けてもらおう」
しずか「でも2人はすでに死んでるのよ。コピーできっこないわ」
出来杉「平気さ。ドラえもんくんにうまく言って、タイムマシンを使わせてもらうんだよ。過去の世界なら2人はまだ生きているから、コピーロボットのスイッチを押させることができる」
しずか「素敵!さすが出来杉さんは頭がいいわね。のび太さんとは大違い」
出来杉「おいおい、いくらなんでものび太くんなんかと比べるなんてひどいだろう」
しずか「ふふっ…ごめんなさい」
しずかは出来杉の提案に安心し、ようやく事件が解決したことを実感した。
そう、すべて終わったのだ。
明日からはまた出来杉との楽しい日々が始まる。
しずか「ところでこんな恐ろしい隠蔽工作をすぐに考えつくなんて、出来杉さんも意外と人が悪いのね」
出来杉「しずかちゃんのためだから、必死に考えたのさ」
しずか「1つ聞くけど、あなた本当に出来杉さんなのよね?あなたが本体よね?」
しずかの問いに、出来杉は意味ありげに笑ってみせた。
その笑顔はぞっとするくらい、美しいものだった。
しずかの目には、いつだって出来杉は神様が時間をかけて丁寧に作り出した美術品のように映る。
その美しさはそう、まるで人形のよう。
思わず頬を赤らめたしずかを、出来杉は今度いたずらっぽい笑顔で見つめた。
しずかにはわかっていた。
例え今、目の前にいる出来杉が本体であってもそうでなくても、そんなことは取るに足らないことなのだ。
―END―
読んで下さった方ありがとうございましたー。
前にSS書いた時はボロクソ言われたから今回はうれしかったw
勢いで書いたので雑なところが多くてすみませんでした。
>>320
前もドラえもん?
>>325 仕事さぼったのねw 前に書いたのはAKBのSSで、ドラえもんは初めて
スネ夫「爆弾設置には最低でも三人は必要・・・」
ジャイアン「俺は行くぜ!ここで引いたら男が廃るってもんだぜ!」
のび太「そそそそそうだ!僕だって男だ!やる時はややややるんだぞー!」
しずか「フフッ、のび太さん足が震えてるわよ?」
スネ夫「ママのためにも、グスン、僕もやるよ!」
ジャイアン「おしっ!!!!みんなで、すべてに決着をつけにいこうーーー!!!」
ブルルルルルルルル
バシッ!ドッスーン!
のび太「痛っ、なにすんだよ!」
ジャイアン「・・・ただしのび太お前はダメだ、お前には俺の妹を幸せにする義務がある!!!
・・・ジャイ子を、ジャイ子を頼んだぞ・・・今だスネ夫!出せ!!!!!」
ブルルルルルルルル
のび太「待って"よ"!み"んなどお別れな"んて嫌だよ"っ!!!僕も乗ぜでよ"ーーーー!!」
スネ夫「悪いな、この車は3人乗りなんだ」
のび太「・・・バカヤローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
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