あかり「あかりにとって、初恋はあなたでした」(260)

好きです、結衣先輩。

そう伝えるのにどれほどの時間がかかっただろう。
卒業式が終わって、みんな帰ってしまって。
それでも結衣先輩は辛抱強く私を待ち続けてくれていたのを今でもよく覚えている。

もしかしたら、結衣先輩も私のこと。

そんなふうに思わなかったといえば嘘になる。
けれど、その後の結衣先輩の返事に「やっぱり」と納得してしまったのは、
私だってこの気持ちが他の人のものとは少し違うのを知っていたからだ。

結衣「ごめんね、ちなつちゃん」

――私たち、女の子同士だから。

      }゙i                       「i
     ノ |               l            | ヽ
ト、    | |           |              l  {    /}
ヽ ヽ  〈、 i、              |           |.ム   / !
 ヽ ヾ,、_rL |            |          _r}∠>=‐' /
  \ : ∵爻、       ヽ |!         j゙ソ゛.: . /
     ヽ ∵ ヾk         l||!        _}i}∴ ∵ /
    \ ∵{=、,       cr炎ro     _fiヾk: :/
        ヽ∠__ノァt-、  /,仝yハ    ∠rtゝ-‐ '   <アッ(メリ)カ(ザ)リ(ガニ)ーン!!
           ゞニヾハ.  }K以ムハ  //> ′
               >、ヽ }ニネネ冫:i/∠、
            /へ\ `ー八‐‐'_/' へヽ
            〃   >,才¨^¨弋ヽニニヾk
          {/,<- '/ /      \\  「|l|
           |{   トi′      > 〉 {.{l}
           |l  /7        //   !|
           {{  〈ハ}      z'_/    k!


ちなつ「……」

あかり「……」

ちなつ「結衣先輩たち……」

言いかけて、口を噤んだ。
卒業式の日、結衣先輩に告白して見事に玉砕してから数ヶ月。
私たちは無事に三年生へと進級していた。

ちなつ「あー、だめだな私……なんかまだ先輩たちがいないの慣れないや」

あかり「あかりもだよぉ、今にも京子ちゃんや結衣ちゃんが入ってきそう」

「ほんとだね」と言って笑おうとして、私は危うく溜息を吐きそうになった。
まだ少し、結衣先輩のことで笑うのは辛い。
振られてすぐに諦められるような女ではないのだ、私は。

実際、諦めてはいるのだと思う。
ただ、もし私が男の子だったら、とか。結衣先輩が、女の子じゃなかったら、とか。
そんなことを考えてしまうから本当の意味ではきっと、諦めきれてはいない。

考えたって、仕方の無いことなのに。

あかり「お茶、お替りいれようか?」

ちなつ「あ、うん。ありがと」

あかり「えへへ、どういたしまして」

あかりちゃんはにこにこ笑いながら、まだ半分ほど残っている私のお茶に新しく
熱いお茶を注ぎ足した。
たぶん私は、あかりちゃんにまで気を遣わせてしまっているのだろう。

自分では、落ち込んでるつもりなんてないんだけどなあ。
春休みが明けたばかりのあかりちゃんの言葉を辿りながら、思う。

なにかあった?
心配そうなあかりちゃんに、私はううん、大丈夫だよと首を振った。
けれど、きっとあかりちゃんにはその嘘がばれているはずだ。そのくらいもう、
あかりちゃんとは長い付き合いで、そのくらいもう、仲のいい友達だから。

ちなつ「なんかこの時期って、眠くなってくるよねえ」

私はとすっとテーブルの上に顔を伏せると、言った。
連休も終わって、中間テストも終わった頃だ。
色々疲れてくるし、そろそろ高校受験がどうだってうるさく言われているし。

あかり「だよねぇ」

あかりちゃんも私の真似をして、冷たいテーブルに頬を乗せた。
「きもちいー」と笑う。
確かに、腕から伝わる木の冷たさはもうすぐやってくるはずの夏には最大の武器に
なるだろう。

あかり「あー、のんびりだぁ」

遠くのほうで、チャイムが鳴る。
近所の高校で、授業が終わったことを知らせるチャイムの音。
その音を聞きながら、高校生になった結衣先輩のことを少しだけ考えてみた。

考えたけど、何も想像できない。
結衣先輩の横にいる、私の想像なら昔はいくらでも出来たのに。
隣に他の誰かがいる結衣先輩のことなんて、想像できるはずもなかった。

私は軽く頭を振ると、顔を上げて「あかりちゃん」と名前を呼んだ。
あかりちゃんは「うん?」と視線だけを私に向ける。

ちなつ「なにかする?」

あかり「なにかって?」

私が答えに詰まると、「ごらく部はなにかしなくたってごらく部なんだよぉ」なんて。
あかりちゃんがそう言って、寂しそうに目を伏せた。

ちなつ「……そうだったね」

あかり「ごめんね、あかりとだけじゃつまんないよね」

ちなつ「そんなことないよ!」

慌てて首を振った。
元々新入部員を募集しないと最初に決めたのは、私なのだ。
第一正規の部活動でもないのに、新入部員を勧誘するのはいかがなものか。
(生徒会長になった櫻子ちゃんなら喜んでごらく部設置を認めてくれそうだけど、
同じく生徒会長になった向日葵ちゃんは渋い顔しそうだし)

あかり「やっぱり、新しい子……」

ちなつ「ごらく部は私たちで最後、でしょ?」

あかりちゃんの言葉を遮り、私は言った。
「……うん」
やがて、あかりちゃんはえへへと小さな笑いを漏らして頷いた。その笑いにはきっと、
寂しさだったり悲しみだったり、そういうものも混じっているのだと思う。

ごらく部を作ったのは、卒業した京子先輩だった。
そんな京子先輩を中心に、この部活は出来上がっていた。どんなことだって
始まりは京子先輩で、だからそんな京子先輩のいないごらく部は、ごらく部であって
ごらく部じゃないようなもの。

先輩たちがいた頃だって一人も新入部員はいなかったのだから、どちらにしても
入ってくれるような子はいないのだろうけど、ごらく部は私たちの代で終わらせることは
残った私たち二人で決めたことだった。

あかり「……そろそろ帰ろっか」

ちなつ「うん、そうだね」

熱いお茶を飲み干して、私は頷いた。
あかりちゃんが空になったコップを持って立ち上がる。そのまま、茶道部だった頃の
面影が唯一残っている流しに持って行った。

その後姿から視線を逸らすと、私は二人では広すぎる部室を見回してみた。

ここで結衣先輩に出会って、恋した。
それが普通のことだと思っていたのは、その好きがあまりにも自然に溢れてきたもの
だったから。

でも、クラスの子や街で見かける女の子たちは皆、男の子のアイドルや、男の子に
夢中だった。
私だって、かっこいいなくらいは思うけれど、それでもどうしてあそこまで夢中に
なれるのかわからなかった。けれどきっと、私が他の女の子とはどこか違うのだろうということは
なんとなく、知ってしまった。

――私たち、女の子同士だから。

女の子同士で恋愛なんて、出来ない。
はっきりその現実を突きつけられたあの卒業式の日から。私の中の何かは、
カチコチに固まったままだ。

―――――
 ―――――

「吉川さんって、なんか変わったよね」
「あー、わかる。ちなっちゃんて前はもっとこう、すっごい女の子女の子してたよねー」
「今のちなっちゃんも落ち着いてる感じで可愛いけどね!」

そうかなあ。
私は苦笑交じりにクラスメイトたちの言葉に首を傾げた。
内心、可愛いと言われてドキドキしたりしているのを隠すために。

こういうとき、私はいつもあかりちゃんがいたらいいのにと思ってしまう。
友達が欲しくないわけじゃ無い。友達がたくさん出来たのは嬉しいけれど。

あかりちゃんとクラスが離れてしまってから、何かと一人でいることが多くなった私に
親切に話しかけてくれる子はたくさんいる。
けれど私にとって、嬉しいようであまり話しかけないでほしいとも思ってしまうのは
私のわがままかもしれないけれど、どうしても俯いてしまうことが多くなった。

ちなつ「ごめん、ちょっとトイレ行って来るね」

私は座っていた席から立ち上がると、言った。
「ついていこっか?」と親切心丸出しで言ってくる子に首をふって、教室を出る。

私は女の子を恋愛対象として見てしまう。
それを自覚したのはつい最近のことだけれど、だからこそ誰かと目を合わせることが
怖かった。

誰かと近付きすぎてしまうことが、怖かった。

ちなつ「……」

もうすぐ昼休みが終わるせいか、トイレには誰の姿もなかった。
水道で思い切り水を流しながら、私はその冷たい流水の中に手を入れた。
ここの水はあまり冷たくなくて私の頭を冷やすにはだいぶ時間がいりそうだった。

近付きすぎたら、好きになってしまう気がする。
優しくされればされるだけ、私の中でその子に抱いていたはずの友達としての
好きが恋情としての好きに変わって行ってしまう。

好きになって結衣先輩のときと同じような気持ちを味わってしまうのなら。
だったら、好きにならなければいい。

それが私の考えたことだった。

「なんか目合わせなくなったよね、ちなっちゃん」なんて昔からのクラスメイトに
言われたって、あなたのことを好きになるよりはマシでしょ。そう思って、「そんなことないよ」と
笑っておくのだ。

>>23
>誰かと近付きすぎてしまうことが、怖かった。

誰かに近付きすぎてしまうことが、怖かった。

近付きすぎず、遠ざけすぎず。
それが私の編み出した世渡り術。

チャイムが鳴った。
冷たいと感じなかったはずなのに、水道を止めて頬に当てた自分の手はすっかり
冷えてしまっていた。

あかりちゃんにこの手で触れたら、あかりちゃんは「きもちいー」と言って
笑ってくれるだろうか。
早く部室に行きたいな。私はそう思いながら、我慢の塊になって教室へ戻った。


あかり「あ、ちなつちゃん」

ちなつ「……あかりちゃん」

掃除を終わらせて部室へ行くと、そこにはもうあかりちゃんの姿があった。
勉強していたらしい手を止めて、あかりちゃんが顔を上げてにこにこ笑う。
今日は廊下でもまったく擦れ違わなかったから、あかりちゃんと会うのは一日ぶりくらい。

あかり「どうかした?」

ちなつ「ううん……」

立ち止まったままの私に首を傾げるあかりちゃんに、私はなんでもないよと言って
あかりちゃんの正面に腰を下ろした。

ちなつ「たださ」

あかり「お茶、いる?」

うん、と頷きながら私は呟くように言った。
たださ、あかりちゃん見るとなんか安心するんだよね。
それは心からの言葉だった。

教室から逃れてあかりちゃんと二人きりの空間。
だけど、あかりちゃんはずっと私の友達で、女の子のあかりちゃんでも私が
あかりちゃんを恋愛対象として意識したことは一度だってなかった。

あかり「……そっかぁ」

ちなつ「うん」

あかり「……嬉しいな」

あかりちゃんはそう言って笑いながら、熱すぎるお茶を私の前に置いた。
いつのまにか先輩たちがいなくなってからお茶を淹れるのは私の役目ではなく
あかりちゃんの役目になっていて。

ちなつ「嬉しいの?」

あかり「うん、嬉しいよ」

ちなつ「そっか、なら私も良かった」

静かな空間。
私たちはお互いの存在にじっと耳を澄ませたまま、どうでもいいようなことを考えたり
まったくなんの関係もないことをしたりするのが、心地よかった。

あかりちゃんとだったら、私はいつまでも一緒にいられる気がするくらい。

一度だけ、あかりちゃんとキスしたことがある。
あれは中学生になってはじめての夏休みだったと思う。

今でもたまに、そのときのことを考えるのに。
不思議と私は、それでもあかりちゃんのことを意識したりはしなかった。

あのときから既に、私の中では「友達として」だったから。
私にとってあかりちゃんは、唯一友達だと思える子だから。

あかりちゃんの抵抗が、私の中の欲望が、上手く嵌りあってそれ以上へはシフトしない。
女の子同士として、ではなく友達として一緒にいられるあかりちゃんの隣。
無駄に神経をすり減らすこともなく過ごせる私の居場所。


結衣先輩から電話があった。
夏休みが近付いてきたある日のことだった。

あかり「ちなつちゃん」

身体を揺すられて、目を覚ました。
熱い部屋で眠っていたせいか、身体がいやに重かった。
せっかくの冷たいテーブルまで体温のせいですっかり冷たさを失っている。
私は身体を起こしながら、「寝ちゃってた……」と笑って見せて。

それから、自分が泣いていることに気付いた。

ちなつ「……」

あかり「こわい夢、見てた?」

ちなつ「……うん、そうなのかも」

私はははっと笑って涙を拭ってみた。
一粒だけ。
もう、涙は出てこなかった。

夢で泣くなんて、思いもしなかった。

あかり「ちなつちゃん、突然震えだしたからびっくりしちゃった」

ちなつ「そっか、ごめんね……」

強がりを言わないのはあかりちゃんの前だから。
あかりちゃんの前だけは、私は素直に私でいることができた。

結衣先輩からの電話。
なんてことはない、近況報告の。
だからよけいに、寂しくて悲しかった。

結衣先輩の中で、私の好きはなかったことになっているのだ。

あかり「どんな夢、見てたか聞いてもいいかな」

ちなつ「ぜんぜん、面白くもなんともない話だよ」

あかりちゃんに話したら、きっと楽になれる。
あかりちゃんが私のために怒ってくれることはちゃんとわかっているから。
だけど、あかりちゃんに夢の話はしたくなかった。

あかりちゃんはそれがわかったのか、「じゃあまた今度、楽しい夢の話聞かせてね」と
笑ってノートに視線を落としてくれた。

ほんとうに、ぜんぜん面白くもなんともない話。

女の子同士だよ?
無理に決まってるでしょ。
付き合えるわけないじゃん。
やめてよ、きもちわるい。

浴びせられた言葉の数々は、ずっと心の底でひた隠していた自分自身に対しての嫌悪感。
でもきっと、そんな反応が普通で。
結衣先輩が、優しすぎた。そんな結衣先輩に恋したことを私は後悔していないけれど。

本当にあんな終わり方だったのなら、私はもう恋なんてしようにもできなかった
かもしれないのになあ。
それでも夢でよかった、と思っている自分を責められはしない。

あかり「……」

ちなつ「……あかりちゃんが起こしてくれて良かった」

あかりちゃんが起こしてくれなかったら私は、永遠にあの中傷の渦から
抜け出せなくなっていたかもしれない。

あかり「……」

ちなつ「あかりちゃん?」

あかりちゃんは、何も言わなかった。
何も言わずに、ノートとにらめっこ。

そんなにわからない問題があるのかな。
ぼんやりとそう思ったときだった。

あかり「ちなつちゃんは、友達を好きになっちゃうことってあると思う?」

突然、あかりちゃんがどうしてそんなことを聞いてくるのかわからずに、
私はそっとあかりちゃんの様子を伺った。
俯いたままで、正面からだとよくわからなかった。

ちなつ「……なんで?」

あかり「えっと……あかりの、クラスの子がね」

私が言うと、あかりちゃんは慌てたように言葉を付け足した。
それでもずっと、私と目を合わそうとはしないままに。
私を見るクラスの子も、私が今見ているあかりちゃんみたいに見えているんだろうかと、
そんなどうでもいいことを考えた。

あかり「あかりのクラスの子が、友達を好きになっちゃったんだって」

ずきん、と心のどこかが嫌な音をたてた気がした。
ちゃんと聞いたわけでもないのに、「ないと思う」私は言った。
自分でもびっくりするくらい、冷たい声だった。

あかり「え?」

私の中で、あかりちゃんの言うクラスメイトとその友達は女の子同士だった。
それが徐々に私と結衣先輩に重なっていく。
夢と、そして先輩からの電話のせいで、私の中でおかしな思いが膨れ上がっていく。

ちなつ「ないよ、ありえないよ」

あかり「ちなつちゃん……」

ちなつ「その場に流されたりして、好きになっちゃったって思ってるだけじゃないかな、その子」







女の子同士とか、ありえないもんね。







自分で言った言葉なのに、やけに重く暗く聞こえて。
私の心に深く深く沈んでいった。

ちなつ「あかりちゃんもそう思うでしょ?」

私は必死に笑顔を作って、あかりちゃんに訊ねた。
私よりも、あかりちゃんのその表情は傷付いているように見えた。
「……言い過ぎたかも、ごめん」
そう、言い訳のように呟くと、あかりちゃんはようやく首を振った。

あかり「……ちなつちゃんの言いたいこと、よくわかるよ」

ちなつ「……うん」

あかり「……あかりこそ、ごめんね。変なこと聞いちゃって」


ほんとだよ、変なこと聞きすぎ。
えへへ、そうだよねぇ。

ここからはもう、いつもどおりの会話を交わしているはずなのに。
なんだか今日は少し、あかりちゃんの傍が居心地悪かった。


時間が経つのが随分早いと感じるようになってからではもう遅い。
誰かがそんなことを言っていたような気がするけれど、確かにそのとおりで気付けばもう、
夏休みは終わって二学期に入っていた。

そろそろ高校受験という四文字で教室内が徐々にぴりぴりしてくる頃だ。
二学期でこんなだから、三学期になったら教室の雰囲気はどうなっちゃうんだろうなんて
ことを考えながら私はノートの端を小さく破った。

一学期のあの日以来、私とあかりちゃんの間になぜか溝が出来た気がする。
それは、私だけが勝手に思っていることなのかもしれないけど。
夏休みはお互い夏期講習で中々遊べなかったし、会えずにいたから。

あかりちゃんに会うのが怖いわけじゃない。
むしろ、私はあかりちゃんに会いたかったし、一緒にいたかった。
あかりちゃんと一緒にいることで、私の心はようやく休むことが出来るのだ。

先生「はーい、じゃあここの問題やっといてー」

先生がそう言ってプリントを忘れたとかなんとか言いながら教室を出て行ったのを
見届けて、破いた切れ端をさらに小さく破っていく。
さすがに大きいものを作る勇気はないし、京子先輩みたいでなんか恥ずかしい。

「なにやってるの?」

後ろの席の子が手元を覗き込んできて、ついドキッとした。
無理矢理手を退かせられる前に、自分から隠していた紙切れを見せる。

「なにそれ?」

きょとんとするクラスメイトに、私は「部活で使うの」
そう、得意げに言ってみた。
クラスメイトの女の子はさらにきょとんと首を傾げた。

少し出かけてきます
6時には戻る、すみません

再開します

―――――
 ―――――

ちなつ「あかりちゃん」

部室には、やっぱり私より一足先にあかりちゃんが来ていた。
最近あまり寝てないと言っていた気がするけれど、その言葉通りあかりちゃんは
開けたノートを真っ白のまま、うとうととふねを漕いでいた。

呼びかけると、あかりちゃんはぱっと顔を上げた。
しばらくぼーっとした後、「あ、ちなつちゃん……」とようやく名前を呼んでくれる。

ちなつ「おはよ」

あかり「……えへへ、寝ちゃってた」

あかりちゃんはそう言いながら、ごしごしと目をこすった。
私の座る場所にはもう、しっかりお茶の用意がしてあった。

ちなつ「……」

あかり「ちなつちゃん、それじゃああかり」

帰るね、そう言い掛けそうなあかりちゃんの手を掴んだ。
中腰になったまま、あかりちゃんは「どうしたの?」と困ったような声を出す。
私は「ちょっとだけ待って」と言い置いて、がさごそと鞄の中を探った。

あかり「あ、それ……」

気付いたように、あかりちゃんが私の傍にやってきた。
鞄の中から取り出したのは、昔京子先輩が作った箱、を模して作ったそれより
一回りほど小さい箱。

ちなつ「作ってみたの」

あかり「えっ、でも、どうして?」

ちなつ「ごらく部、私たちで最後なのにこのままなんの活動もしないまま終わるのは、
    やっぱり嫌かなって」

あと半年もすれば卒業で、でもその半年間だって結局受験勉強で、実際のところは
あと数週間ほどしか活動できないのだ。
それなら京子先輩がいないからといってなにもしないより、私たちが京子先輩のように
行動を起こせばいい。

なんて。
それは少し言い訳臭くもあるのだけど。

ちなつ「紙にお題というか場所を書いて、引いた場所に毎日放課後でかけるの!」

あかり「でもちなつちゃん……」

ちなつ「中学生活だって残りわずかなんだし、はしゃいでみたっていいんじゃない?」

嘘のような、本当のような言葉を並べ立てる。
本当は、あかりちゃんが毎日私が部室にやってくると早々に帰ってしまうのを
引き止めたかった。

それで考え出したのが、ちゃんと部活をすればいい、だった。

ちなつ「今日は仕方ないかもしれないけど、あかりちゃんだって毎日なにか用事、
    あるわけじゃないよね?」

あかり「……うん」

気まずそうにあかりちゃんが目を逸らした。
私は苦笑を漏らすと、「責めてるわけじゃないよ」

あかり「……うん」

ちなつ「ただ……あかりちゃんに避けられてるのかなって」

驚いたようにあかりちゃんが顔を上げた。
「そういうつもりじゃ」
言いかけて、それからまた、俯いて。

ちなつ「……」

あかり「……」

ちなつ「明日、待ってるね」

これ以上、あかりちゃんを困らせたくはなかった。
私は一言そう言ってから、鞄から数学の問題集を取り出した。
あかりちゃんは何かを言いかけて、それから結局何も言わずにこくんと頷いた。



次の日、部室に行くとあかりちゃんはちゃんといた。
私は驚いて、それでいてほっとして、「来てくれたんだ」と呟いた。

あかり「来るよぉ、活動することあるなら、ちゃんと活動しなきゃいけないもんね」

そう言いながら、あかりちゃんは笑った。
いつものあかりちゃんの笑顔だった。
なんだか、ようやく私の居場所に戻ってきたような気分になった。

ちなつ「……うん、そうだよ!」

あかり「えへへ、それでこの箱から紙を引けばいいの?」

昨日テーブルに放って置いた箱を指して、あかりちゃん。
私が頷くと、あかりちゃんは「引くね」と言って中に手をいれた。

かさこそと控えめに紙のこすれる音がして、あかりちゃんの「えいっ」という
掛け声とともに数枚の紙を挟んだ手が現れた。

ちなつ「あ、抜けにくかった……?」

あかり「ちょっと穴小さかったかなぁ……」

その言葉通りに穴のあたりが少し破れかけている。
あかりちゃんの手のサイズに合わせて作ったはずなんだけど。

ちなつ「ていうかあかりちゃん、いっぱい引いちゃったね」

あかり「あ……ほんとだぁ」

そのうちの一枚をあかりちゃんの指から抜く。
開けたら「河原」の二文字だった。

ちなつ「……」

あかり「河原?」

あまりにも小さい紙切れだったから、長い地名だったり場所の名前は書くのを
断念したのだ。
あかりちゃんが「もっと具体的に書いてあるかと思ったよぉ」と噴出した。

ちなつ「ま、まあ具体的っていっちゃ具体的だし……」

笑うあかりちゃんを見ながら、言い訳。
それでも久し振りに笑ってくれたあかりちゃんを見た気がして、今日は笑われても
いいか、なんて思った。

―――――
 ―――――

もうすっかり秋も深まってきているから、放課後、外に出るとひんやりした空気が
私たちの身を包んだ。

あかり「夏の熱さはどこ行っちゃったんだろねぇ」

ちなつ「ほんとだよ……」

そう言い合いながら、私たちは隣を離れないように歩いた。
歩くときのあかりちゃんとの距離のとり方は、もうすっかり身体が覚えこんでいる。
たとえばあかりちゃんと歩くとき一番いい歩幅だったり、身体の寄せ方だったり。

あかりちゃんとこうして歩いていると、どんなこともどうだってよくなってしまう。
私が結衣先輩を好きだったこととか、女の子を好きになってしまいそうなこととか、
そんなことでさえ、あかりちゃんの隣は忘れさせてくれる。

ちなつ「もうすぐ冬だねー」

あかり「うん、冬だねぇ」

ちなつ「これ以上、寒くなっちゃうのかなあ」

あかり「かもしれないねー」

さすがにまだ息は白くないけど。
卒業が、近付いてきている。
そして高校受験という壁がすぐそこまで迫ってきていて。

ちなつ「……今しかないよね」

あかり「え?」

ぽつりと呟くと、あかりちゃんがきょとんとした顔で私を見た。
「こうやってのんびり、歩けたりするのって」
私はそんなあかりちゃんに言った。

あかり「……そうだね」

もっともっと大人になれば、こうやってのんびり歩くことなんてできなくなるだろうし、
きっと密かに誰かを想うことすら許されなくなる。
ずっとひた隠しにして、それでも拭いきれない気持ちは捨てるしかない。

大人びたね、なんてよく言われるようになったのは、
きっと既に、恋愛に対して素敵な未来を見られないからだ。

ねえ、あかりちゃん。走ろっか。

私はふいに、そう言って。
あかりちゃんの返事も聞かずに、重い鞄を肩にかけたまま走り出した。

あかり「ち、ちなつちゃん!?」

突然、走りたくて仕方が無くなった。
走ったって、未来から逃げられるはずなんてないのだけど。

ちなつ「競争しよ!」

あかり「ちなつちゃん、先に行っちゃったらずるいよ!?」

ちなつ「あかりちゃんなら追いつけるよ!」

私は笑いながら前を向いた。
河原まではあと少し。

――――― ――

あかり「……や、やっぱりちなつちゃん、早いよぉ」

ちなつ「……そ、そりゃね」

お互い肩で息をしたまま、草むらに座り込んだ。
辿り着いた河原だけど。
ひどく肌寒い。けど走ったせいで身体は火照っていて、本当のところ熱いのか寒いのかよく
わからなかった。

あかり「久し振りに走った気がするよ……」

ちなつ「私も」

あかり「……でも、気持ちよかったね」

ちなつ「しんどいけどね」

あかりちゃんが「それは言っちゃだめだよぉ」と笑う。
私も笑った。

あかり「……」

ちなつ「……」

それからあかりちゃんがふいに真剣な顔をして黙り込んだから。
私はそっと近くに落ちていた石を川へ投げ入れた。
流れの速い川の底へ、石が消えていく。

あかり「もうちょっと早く、こうやってごらく部の活動できてたら良かったね」

ちなつ「でも、最後だって思うからごらく部とか中学生活とか、楽しもうと思えるんじゃないの」

あかり「……えへへ、ちなつちゃん、すごくいいこと言ってない?」

ちなつ「言ったかも」

また、笑い出す。
いつもと違う場所にいるからかも知れないけれど、なんだかすごく心が軽くなったような
気分だった。

きっと、あかりちゃんがちゃんと近くにいてくれるからだ。

あかり「……そろそろ寒いね」

ちなつ「うん、寒くなってきちゃった」

帰ろう。
あかりちゃんが立ち上がる。私も無言で立ち上がった。

ちなつ「結局走っただけだったかも」

あかり「目的地には来たからいいんじゃないかなぁ」

ちなつ「あかりちゃんが言うならいっか」

「うん」あかりちゃんが頷いて。
帰ったらまた勉強しなきゃいけないね。なんて言うから。

唐突に、またあかりちゃんが離れて行っちゃいそうな気がして。
「手、繋いでいい?」
私らしくないような言葉。

あかり「……うん」

いいよ。
あかりちゃんがそっと差し出してきた手を、私は握った。
少し湿っていて、冷たいあかりちゃんの右手。

ちなつ「そういえば一年生の頃はよく繋いでたのになあ」

あかり「そうだったかなぁ」

あかりちゃんの手は、私を安心させる。あかりちゃんと友達でいられる証。
「安心するね」
そう言うと、あかりちゃんは「わかんないや」と言って俯いた。


それからも私たちは放課後、紙を引いた場所に出かけていってはどうでもいいようなことを
話したりして。話していることは部室と変わらないのに、こうやって二人で色々な
場所になんともなしに行くとなんだか普段より距離が近くなるような気がするのはどうしてだろう。

ちなつ「今日はどこかな」

最初の日以来、私が紙を引くのが常になっていた。
今日も私かなと部室に腰を落ち着けるなり箱に手を伸ばした私を、あかりちゃんは
「待って」と言って止めた。

あかり「今日はあかりが引いてもいい?」

ちなつ「うん、いいけど……」

箱にいれかけた手で、あかりちゃんの前に箱を持って行った。
二枚も三枚も引いちゃだめだよ、と笑うとあかりちゃんは「そんなことしないよぉ」と
頬を膨らませた。

かさこそ。
そんな音がして。
あかりちゃんは手を引っこ抜いた。

あかり「……あっ」

ちなつ「……破れちゃった」

まだ箱の穴が小さかったのか、セロハンテープで補修したところを中心に
びりびりと裂け目が出来てしまった。

あかり「ご、ごめんね」

受験勉強をそっちのけでそろそろ新しいのに作り変えようとしていたから、
むしろ壊れてしまってよかった。

ちなつ「ううん、大丈夫。明日、新しいの作ってくるから」

私がそう言うと、あかりちゃんは少しだけ言い難そうに、「あのね、ちなつちゃん」
箱を手でぺしゃんこに潰したときだった。

ちなつ「……うん?」

あかり「あかりね、ごらく部の活動は、今日で最後にしようと思うの」

潰れた箱を、ゴミ箱へ投げ入れた。
その中にまだたくさんの紙切れが入っていたことに気付いたのは「どうして?」と
あかりちゃんに訊ねた頃だった。

あかり「……みんなもう、部活は引退しちゃってるし」

ちなつ「……うん」

あかり「あかりたちも、受験が近くなってきたでしょ?」

だから、今日でごらく部は最後にしよう。
あかりちゃんは言った。
そんなあかりちゃんの手に握られている紙切れには、「部室」と書かれていた。

最後の最後で部室なんて、私たちは茶道部のものだったはずのこの場所に
愛されているのかも知れない。

ちなつ「……そうだよね」

私は頷いて。
いつまでも、この空間にぬくぬくといられるわけじゃないのだ。
わかっていたはずなのに、いつのまにか忘れようとしてしまっていた。

部室とあかりちゃん。
そこから離れたくない。けれど私たちは、離れなきゃいけなくって。

ちなつ「あかりちゃんとは同じ高校に行けるんだし」

あかり「……えへへ」

そう言うと、あかりちゃんは曖昧に笑っただけだった。

―――――
 ―――――

最後のお茶は、私が淹れた。
それを飲みながら、ぽつりぽつりと思い出話。
そんなことを話していながら、私はもう本当にごらく部はなくなっちゃうんだなあと
ぼんやり思った。

京子先輩が作ったごらく部。
そこで結衣先輩に出会って、普通の恋ではなくても確かに恋をして。
振られて傷付いて、だけどあかりちゃんと一緒にいることで私は友達でいられる存在が
ちゃんといることを知って安心した。

ちなつ「なんかいつもと変わんないね」

あかり「ほんとだぁ」

あかりちゃんの笑った顔を見ながら、私は突然、何もかもを言ってしまいたくなった。
私が女の子を好きなことや、結衣先輩に恋していたことを。

ごめんね、違う高校を受けることにしたの。

さっき、確かにそう言ったあかりちゃん。
遠くへ行ってしまいそうな気がしていたのが、本当に遠くへ行ってしまう。
そう思うと、私は今全てを言ってしまってもいいような気がした。

もうあかりちゃんの隣にはいられない。
それなら、自分から私の居場所を壊しちゃったほうがきっと楽なんだ。

ちなつ「……あかりちゃんって、初恋は何歳の頃だった?」

あかり「え?」

突然の問い掛けに、あかりちゃんがきょとんと私を見た。
熱いお茶で、私は乾いた喉を潤した。それでもまだ足りない気がして、
私は何度も何度もお茶を流し込む。

中々、次の言葉が出てきてくれなかった。

卒業したって、絶対に会えなくなるわけじゃない。
結衣先輩が本気で好きだったと知ったら、あかりちゃんはなんて思うだろう。
きっと、気持ち悪いって思うはずだ。

ちなつ「私の、初恋はね」

私の初恋は。
結衣先輩で――

ちなつ「……ごめん、やっぱりなんでもないよ」

嫌われたくない。
あかりちゃんには、たとえずっと隣にいられなくたって、もう会えなくたって、
嫌われたくはなかった。

あかり「……そっかぁ」

ちなつ「……ごめんね」

私には、あかりちゃんの隣が心地よすぎて。
あかりちゃんになら何でも話せるはずなのに、これだけはどうしても無理だった。
嘘を吐くわけでもないのに、言えなかった。

ちなつ「あかりちゃん、卒業したって、ずっと友達でいてくれるよね」

だから、代わりに私は言った。
あかりちゃんは何も言わずに、さっきみたいに曖昧に笑っただけだった。


ごらく部はなくなった。
冬休みに入り、三学期になって。そこからはもう、ごらく部は私自身の好きについてや、
そんなことすら考えている余裕がなくなり、学校も受験一色になった。

考えずにいられることは楽だった。
だけど、誰かにドキドキしてしまうたび、私はすぐに自分が変なことを思い出して
嫌になった。
その度に、私はあかりちゃんを思い出した。友達の、あかりちゃんを。

あかりちゃんとは時々、廊下ですれ違う程度だった。
お互いの教室がだいぶ離れているから行き来することなんて滅多にないし、あったとしても
あかりちゃんと顔を合わすことはまったくなかった。

自分の気持ちのブレーキの掛け方がわからなくなる。
あかりちゃんがいたことで、私は他の女の子に対しておかしな気持ちを抱かずに
すんでいたのに、今の私はブレーキの掛け方がわからない。

時々、部室を覗いた。
もちろんあかりちゃんがいるわけはなかった。あかりちゃんは私よりずっと
難しい学校を受験するのだ。こんなところにいるのなら、家で勉強しているに
決まっている。

そうは思っても、あかりちゃんに会いたくて仕方がなかった。
どうしてかはわからないけれど、きっと私の中のわがままで。
あかりちゃんの傍で、どうでもいいことを話したくて仕方がなかった。

それから、受験が終わって。
私はぎりぎりで第一志望の高校に合格していた。
あかりちゃんからも、一通だけ「合格したよ」とメールが届いていた。

それでも、結局私たちはあまり話せないままだった。
卒業式の練習だったりで顔を合わすことは多くなったのに、クラスも違うせいで
話すことなんてできなくて。

きっと、部室が私たちを繋ぎ止めてくれていたのだろう。

クラスが離れてしまえば、自然と離れていってしまう。
ごらく部がなくなったことで、私の居場所ももしかしたらなくなったも同然なのかも
しれない。

―――――
 ―――――

「吉川ちなつ」

名前を呼ばれて、私ははっと腰を上げた。
卒業式の日だった。

私は出来るだけ大きな声で返事をした。
卒業証書をもらって、席へ帰る途中、私は去年結衣先輩を探したときと同じような
気持ちで、あかりちゃんを探した。あかりちゃんは私より先に証書をもらって、
きちんと背筋を伸ばして前を見据えていた。

ちなつ「……」

その姿を見て、少しだけ寂しくなった。

卒業式が終わってホームルームも終わると、私は誰よりも先に教室を
飛び出した。

あかりちゃんの教室を覗きかけて、すぐに別のところに思い至った。
根拠もなく、私は部室へ向かっていた。

あかりちゃんに会って、自分が何を伝えようとしているのかわからなかった。
けれど会わなきゃいけない気がした。
会って、それで。

ちなつ「あかりちゃん!」

部室の扉を、思い切り開けて私はほとんど叫ぶようにあかりちゃんの名前を呼んだ。
息を切らしたまま。
だけど、あかりちゃんはいなかった。やっぱり、いなかった。

その代わり、あかりちゃんが「きもちいー」と笑っていたテーブルの上に
白い何かが置いてあった。
中に入って、確かめる。

『ちなつちゃんへ』

確かに、あかりちゃんの字。
手紙だった。

それだけで、「ずっと友達でいてくれるよね」と言ったときのあかりちゃんの
沈黙の意味がわかった気がした。
私は綺麗に封を切ることすらもどかしくて、封筒をびりびりに破いて中の紙を引き抜いた。

『あかりにとって、初恋はあなたでした』

書いてあったのは、それだけ。
たった、その一行だけだった。

ちなつ「……」

私はその手紙をぐしゃぐしゃに丸めて、部室を出て、走った。
あかりちゃんを探して走った。

こんな手紙だけを残して離れようとするあかりちゃんに、会いたかった。

走って走って走って。
それでようやく見つけたあかりちゃんは。

ちなつ「……あかりちゃん!」

校舎の裏の花壇。
同じ箇所に水をやり続けていたあかりちゃんは。

あかり「……ちなつちゃん、なんで」

そう言い掛けて、あかりちゃんは私の持っている手紙に気付いた。
読んだんだ。
そんな顔をして、あかりちゃんは「ごめんね」と。

あかり「ごめんね、あかりね、何度も言おうとしてやめて。それでもやっぱり、
    卒業しちゃう前にちなつちゃんに伝えたかったんだぁ」

ちなつ「……あかりちゃん」

あかり「ちなつちゃん、女の子同士はありえないって言ってたよね。あかりもね、
    そう思うよ。だから、こんなこと言って、こんなこと言っちゃってごめんね」

足元に如雨露を置いて、あかりちゃんは照れたように笑った。
それでも泣き声には変わりなかった。

あかりちゃんが、違う高校へ行ってしまう理由がようやくわかった気がした。
それからこれまでのあかりちゃんの言葉や、行動の意味も。

全部全部、きっと私のためで。

ちなつ「……私もね、あかりちゃん」

あかり「へ?」

ちなつ「私もね、初恋、女の子なの」

女の子。
しかもあかりちゃんがとってもよく知ってる人なんだよ。
結衣先輩なんだよ。ずっと好きで、告白して、それで振られちゃった。

ちなつ「だからあかりちゃん、そんなふうに言わないで」

私たちはきっとおかしくて。
それには変わり無いけれど。

ちなつ「私、あかりちゃんがいてくれたから結衣先輩のこと、ずっと引っ張らずに
    すんだんだよ。あかりちゃんがいてくれたから、女の子のことを好きな自分、
    嫌わずにすんだの」

今さら、気付いたって仕方ない。
だから私はできるならこのまま気付かずにいたい。
でもきっともう、あかりちゃんだって私の気持ちに気付いているはずなのだ。

あかりちゃんは友達だった。
友達だと思っていた。それは自分の気持ちにではなく、自分の思考にブレーキを
かけていただけだった。

ちなつ「あかりちゃん、私ね」

そう、言い掛けて。
「言わないで」
言葉はあかりちゃんの声にかき消された。

あかり「言わないで、お願いだから」

ちなつ「……どうして」

あかり「言われたらあかり、ちなつちゃんから離れちゃうこと、後悔しちゃうから」

だから、言わないで。
あかりちゃんは言った。

まだ、言葉にしたことの無い気持ち。
言い掛けて、飲み込んだその気持ちが溢れ出てくる。
それでも私はぐっと唇を噛締めた。

あかり「ちなつちゃんの言いたいこと、わかってるから。だからこそあかりたち、
    離れなきゃ」


あかりたち、女の子同士だもんね。

気持ちを邪魔する壁。
それはきっと、いつまで経っても崩れることはなく、そして登りきる事だって
できないから。

ちなつ「大好きだよ、あかりちゃん」

それでも私は、言った。
あかりちゃんにとっても私にとっても、一番残酷な言葉だと知って。
私のことを好きになってくれてありがとう。
そんな気持ちも込めて。

ちなつ「友達として、あかりちゃんのこと、大好きだよ」

これからのあかりちゃんのためにも、私のためにも。
あかりちゃんはゆっくり、笑って。

あかり「あかりも、大好きだよ」

あかりちゃんはそう言うと、ふっと私から視線を逸らした。
「それじゃ、ちなつちゃん」
そう言って、私に背を向けて。

ちなつ「……」

そのまま見送ることなんて、できなかった。
あかりちゃんの腕を、私は掴んだ。
これでお別れなんて、どうしても嫌で。

ちなつ「最後に一つ、思い出が欲しいな」

そう言いながら、私はあかりちゃんに口付けた。
練習でも本番でも始まりでもなくって、これはきっと終わりのキス。

あかり「……ずるいよ、ちなつちゃん」

離れたあかりちゃんが、呟くように言った。
どちらも、泣かなかった。
私たちの気持ちが、泣いたってどうにもならないことを知っているから。

ちなつ「ごめんね、あかりちゃん」

バイバイ。
私が言うと、あかりちゃんもバイバイ。そう返して。

私たちは笑い合った。
初恋でも二番目の恋でも、叶わない恋には笑顔で手を振ってやろう。
そうしなければ、私たちの好きはきっと、悲しいままだから。

終わり

百合です。ガチ百合ではなく、百合です
最後まで読んでくださった方、支援保守ありがとうございました
それではまた

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom