【ストパン】土方圭助の憂鬱 その2【土方×もっさん】 (999)

こんばんは。
このスレはタイトル通りストパンこと「ストライクウィッチーズ」の二次創作SSスレです。
基本は土方×もっさん。
しかし安価でほかのウィッチ達との絡みも入れていきます。

土方についての公式設定はほとんどないのでこのスレでの土方はほとんどオリキャラです。
それを許容できる方のみご覧ください。

まさかの2スレ目突入に欠いてる本人が驚いてますw

それでは、このスレもよろしくお願いしますね。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1347892033

こんばんは。
台風が近づいてるみたいで雨がひどいことになってます。

本日分の投下を開始します。

「……な、なんだか落ち着かんな」
「何言ってるの。堂々としてなさい美緒」

ここは北部ガリアの、とある貴族の館。
テーブルの上に乗り切れないほどに並べられた世界各国の料理、色とりどりの衣装に身を包んだ貴族の子女たち。
ここ一帯の最有力者、と言った黒田中尉の言葉は誇張ではなかったようで、506の基地が無機質な箱庭に見えるほどのきらびやかな世界がそこにはあった。
そして私の目の前には二人の女性がいる。

一人は第506戦闘航空団の名誉隊長、ロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ少佐。
ガリアの方らしい見事な金髪と透き通るような白い肌に、白のドレスがよく似合っている。

「ね、土方くんも綺麗だと思うでしょ?」
「う…………み、見るな土方!」

そう言いながら私の視線を避けるようにグリュンネ少佐の陰に隠れようとしておられるのは、坂本美緒少佐。
いつもと違い、その黒髪を頭の後ろでまとめており、その髪の色に合わせたかのような黒色のドレスをまとった姿はこれもまた言葉にできぬほどである。
始めてこの姿の少佐を見たときは、思わず数瞬呼吸を忘れたほどであった。
事実、周りの男たちの視線はグリュンネ少佐と同じくらい坂本少佐に向いており、それ自体は誇らしい事ではあるものの、少々複雑な気分である。

「は。よ、よくお似合いかと」

思わず言葉がどもる。
少佐の姿を正面から見られない自分が何とも情けない。

「土方くんもよく似合ってるわよ。さすがは名家の出身、と言ったところかしら?」
「…………恐縮です」

グリュンネ少佐に言われ、自分の格好を省みる。
洋装はどうも慣れないが、こういう場である以上仕方あるまい。

「ほら、美緒も。土方くんにお褒めの言葉でもかけてあげなさい」
「だ、だから押すなというに…………」

うろたえている坂本少佐を、グリュンネ少佐は強引に私の前へと引き立てる。
落ち着かなげに視線をさまよわせているその姿は、いつもの自信に満ちた少佐の姿からは想像もできないものであり、思わず「可愛い」などと場違いな感想を抱いてしまいそうになった。
数度深呼吸をして暴れまわる心を何とか落ち着かせ、少佐の姿を正面から見る。
扶桑の女性らしい見事な黒髪に、これもまた黒一色のドレスがミステリアスさを引き立たせていた。

「坂本さん、よくお似合いですよ。とてもお綺麗です」

しかし、私の言葉を聞いた少佐はいっそう顔を赤くして後ろを向いてしまわれた。

「ばっ、馬鹿者!き…………貴様はいつも女にそう言うことばかり言っておるのだろう!」
「あら、そんなことないわよ。それとも土方くんのいうことが信用できない?」
「……そう言う聞き方は卑怯だぞロザリー」
「ふふ、それでも『信用できない』とは言わないのね。妬けちゃうわ」

グリュンネ少佐はそう言って笑うと、坂本少佐の手を取る。

「ほら、機嫌直して。ちょっとからかいすぎたのは謝るけど、貴女が綺麗なのは本当よ。もっと自信を持ちなさいな」
「うぅ…………」

まだそわそわしてはいるものの、覚悟を決めたのか坂本少佐はやっと会場内へと視線を向ける。先ほどよりは緊張も和らいでいるようだ。

「しかし何というか、こんな戦時下に暢気なものだな」
「…………美緒。気持ちはわかるけど今夜はそう言うのは言いっこなし」
「分かっている。分かっているが……」

そう言いながらも少佐の表情は曇りがちだ。
確かにあちらこちらで物資が欠乏している戦時下においてこういった催しを開くことには私も思うところがないではない。
しかし同時に、こういった催しもまた必要なものであることも理解している。
暗くなりかけた雰囲気を払うように、グリュンネ少佐が小さく手を一つ打った。

「まぁ、貴女はそんな難しい事を気にしないで楽しみなさいな。…………それじゃ、ちょっと土方くんを借りるわよ」
「あ…………そ、そう……だな」
「そんな寂しそうな顔しないの。すぐ返してあげるから」
「べ、別にそんな顔など…………」

そう言う坂本少佐の表情はやはり寂しげで、思わず駆けよりそうになるのを、グリュンネ少佐にひきとめられる。

「こーら。土方くんは今は私のパートナーなの。ほかの女の人を見ちゃだめ」
「は、も、申し訳ありません」
「もう、正直なんだから。なんだか私が悪者みたいじゃない」

そう言ってグリュンネ少佐は私の頭を軽く小突く。

「それじゃ、行くわよ」
「は」

グリュンネ少佐が差し出した腕に、軽く腕をからめる。
考えてみれば女性とこういう場に出るというのも久しく無かったことで、今更のように緊張が腹の底からせりあがってきた。

「今頃緊張してきた?」
「は。恥ずかしながら」
「私もよ。男の人とこういう場に来るって初めてだし」
「そうなのですか?」

グリュンネ少佐の意外な言葉に驚く。
少佐ほどの方ならばこういう場は慣れたものだと思っていたのだが。
そんな私の反応に、少佐は少し不満そうに頬を膨らませる。

「あら、そんなに節操のない女に見えた?」
「そ、そうではないのですが…………」
「ふふ、ガリアの女はね、軽いように見えるけど、生涯の恋は一つだけ。一度思ったら一途なのよ」

そうなのだろうか。
私の知っているガリア人女性というとペリーヌさんしか思い浮かばない。
思わずペリーヌさんの顔を思い浮かべていると、不意に脇腹をつねられた。

「いたっ」
「貴方の今日のパートナーは私だって言ったでしょ?ほかの女の子のこと思い出すの禁止」
「……は」

…………なぜ分かったのか、などと無粋なことは思うまい。

「これはこれは、世に名高きグリュンネ少佐とお近づきになれるとは光栄です……お隣の方は、扶桑の?」
「ええ。私のような田舎者でも、素敵な男性に引き立てて頂ければ少しはましになるかと思いまして」
「ご謙遜も度が過ぎますぞ。この会場の中で、少佐ほど気品にあふれた方はおりません」
「まぁ、お世辞がお上手ですこと。先ほどあちらのご婦人にも同じことを仰っておられませんでした?」

目の前ではグリュンネ少佐が群がる男性たちを如才なくかわしている。
黒田中尉が言ったことは誇張ではなかった証に、グリュンネ少佐の周囲に入れからり立ち代わり色々な男性がやって来ては話していた。
中には私に対して穏やかならざる視線を向けてくる方もいる。

「それでは、連れを待たせておりますのでこれにて」
「あ、少佐殿、よければ私と…………」
「失礼いたします」

まだ何か言いたそうな男を笑顔で遮ると、少佐は私のほうに歩いて来た。


「…………よろしいのですか?」
「いいのよ。呼ばれた分の義理は果たしたから。それに、貴方を美緒に返してあげないといけないし」

そう言って少佐は壁際に目を向ける。
そこには、手持ち無沙汰な様子の坂本少佐がちらちらとこちらに視線を送ってきていた。
腕を組み、落ち着かなさ気に足を小刻みに踏み鳴らしているその様子に、周囲の男たちも近寄ろうとする気配すら見せず、広い会場の中でそこだけ妙な真空地帯を作り出している。

「……ね」
「……………お心づかい感謝します」
「ふふ……ま、でも、私にも少しぐらい役得がないとね」
「しょ、少佐?」

そう言いながらグリュンネ少佐は私の手を取った。
それが合図になったかのように、会場の一角に陣取っていたオーケストラが緩やかな曲を奏で始め、会場に散らばっていた男女たちがめいめいに相手を見つけては中央のスペースに集ってくる。

「どう?ここまで我慢した私へのご褒美に、一曲お願いできる?」

そう言いながら片目をつぶって私の手を引っぱっていく。
一瞬、坂本少佐の事が頭をよぎるが、今日のパートナーはグリュンネ少佐であることを思い出す。
ここでこの誘いを断るというのも無粋な話だ。
私は少佐の手を取ると、恭しく一礼した。

「それでは、不調法者ではありますがお相手を務めさせていただきます」
「ふふ。よろしくね、土方くん」

緩やかな3拍子。
その曲をバックにホールの中央で私の手を取り踊る少佐の姿は、お世辞抜きに美しいものであった。
周りの男たちから感嘆と嫉妬の混じった視線が降り注ぐ。

「さすが上手ね。これまで何人の女の子とこうして踊ってきたのかしら?」
「……少佐こそ、さすがにお上手ですね」
「ま、貴族の嗜みってやつよ」

不当な評価はあえて聞かなかったことにする。
不意に、少佐は私の方へ体をもたれさせるように預けてきた。
突然の急接近に、覚えず心臓が大きく一つ拍を撃つ。

「…………こ、こういうことは……その」
「あら、私じゃ役者不足?」
「そうではなく……」
「ほらまたよそ見しようとする……ダメよ。この曲が終わるまでは土方くんは私のパートナーなの」
「は、はっ」

思わず坂本少佐の方に視線を向けそうになったところを強引に引き戻される。
そんな私の様子に、さすがにグリュンネ少佐も苦笑を浮かべていた。


「私が目の前にいるのに、心は上の空?…………なんだか自信なくすなぁ」
「い、いえ!そんなことは……少佐は十分に魅力的であられます」
「ありがと。でもその前に『坂本さんの次に』って付くんでしょ?」
「…………」
「ふふ、嘘がつけないその性格、私は好きだけど…………ちょっと残酷ね」
「は?」

少佐の最後の方の言葉は、急に音量を増した音楽にかき消されて私の耳には届かなかった。
曲はさらに激しさを増し、フィナーレの近さを感じさせるものとなっている。

「もうすぐ終わりね」
「は。そのようで」
「ちょっと寂しいな…………」

そう言って私から視線をそらす少佐の横顔は、今まで楽しそうに私をからかっていた方とは同一人物とはとても思えないほどに儚げで、目を離すとそのままどこかに消えていきそうであった。
そしてやがて、幾許かの余韻を残して曲は終了する。

「…………」
「……少佐?」

曲が終わっても俯いたまま私の腕を離そうとしない少佐に、さすがに心配になって声をかける。
私が声をかけると、少佐は伏せていた視線を上げ、取り繕うように笑顔を向けてきた

「あ、ごめんね。私らしくもなく感傷的になってたみたい」
「お気分がすぐれないようでしたら……別室へお連れしますが」
「それは…………誘ってるの?」
「い、いえ、そのようなっ!」
「ふふ、冗談よ……そろそろ貴方のお姫様がお怒りみたいだし、優しい騎士さんを返してあげないとね」

そう言って少佐は私を強引に振り向かせる。
振り向いた先で、先ほどと同じ体勢でこちらを伺っている少佐の視線とぶつかった。
ポン、と背中を押される。

「ほら、何してるの。お姫様のもとに駆けつけるのは騎士さんの務めよ」
「…………本日はありがとうございました」
「何言ってるの。お礼を言うのは私の方よ」

そんなグリュンネ少佐の声を背中に聞きつつ、私は坂本少佐のもとにはせ参じるべく歩調を速めた。

以上です。
グリュンネ少佐もキャラが分からんので勝手にキャラ付してしまいましたw
本当はもっと天然お嬢様キャラにするつもりだったんですが……なんか妙なことにw

それでは。
また来週。

こんばんは。
今週も投下しにやってまいりました。
楽しみにしてると言ってくださった方、ありがとうございます。

それでは。
今回から原作第5話「私のロマーニャ」に突入です。

「あれ?」

いつものように厨房で夕食の支度をしていた宮藤さんが頓狂な声を上げる。

「どうしました?」
「お米が……なくなっちゃったみたいです」

そう言いながら宮藤さんは手に持った袋の口を開けて見せて下さった。
……確かにその中には一粒の米も見当たらない。

「扶桑料理が評判いいからって作りすぎちゃいましたか……」
「うぅ……ごめんなさい」

申し訳なさそうに肩を落とす宮藤さん。
ここ欧州では米はそれほどメジャーな食材ではなくそれほど備蓄もなかったところに、厨房に主に立つのが宮藤さんと私と、ともに扶桑の人間であったことが災いしたようだ。
我ながらなんとも迂闊であった。
ちょうどそこを通りかかった坂本少佐に、宮藤さんは縋りつくように声をかける。

「坂本さーん!お米なくなっちゃったみたいですー!」
「何?…………ああ、そうか貴様も土方も扶桑料理が得意だったな」

一瞬驚いたような顔をした坂本少佐だが、すぐに我々と同じ結論に達したようだ。

「うむ……しかし確かに…………全員が一度に揃うなどとは想定していなかったしな」
「なるほど」

坂本少佐の言葉にうなずく。
確かに世界中に散らばっていた501のウィッチ達があの時アドリア海で一挙に全員集合するなどだれも考えないであろう。
色々な意味で規格外な方たちが集まっていると改めて実感させられる。

「どうしましょう?」
「ちょうどいいわ。ほかに色々揃えたい物もあるし、一度街に買い出しに行ってもらいましょう」

宮藤さんの言葉に横から顔を出したのはヴィルケ中佐が答える。

「ということで、臨時の補給を実施します」

翌日の朝、ブリーフィングルームでヴィルケ中佐が説明をしている。

「大型トラックを運転できるシャーリーさん、それと、ローマに土地勘のあるルッキーニ少尉の二人にこの任務はお願いします」
「「了解!!」」
「よっしゃ!久しぶりの運転だ!」
「やたーーー!ローマ!ローマ!」

ヴィルケ中佐の言葉に二人が抱き合って喜ぶ。
いつネウロイの襲撃があるかわからない状況の中、簡単に基地を離れることもできないウィッチの方々にとってこういう任務は数少ない息抜きの機会となるのだろう。
ルッキーニ少尉などは飛び跳ねて喜んでいる。

「ほかに、宮藤さんとリーネさんも同行します」

しかし、指名されたビショップ軍曹の反応は意外なものであった。

「あの…………やっぱり私は待機で」
「えー!どうしたのリーネちゃん」

おずおずと申し出たビショップ曹長に宮藤さんが意外そうな顔で答える。
確かこの任務が決まった当初は顔を輝かせていたはずだが…………
宮藤さんもどこかがっかりしたような表情になっている。

「そう……でもさすがに3人じゃ大変でしょうし…………」
「じゃさ」
「うわっ!」

ヴィルケ中佐が考え込む。
…………と、不意に横合いから首根っこをつかまれた。

「土方の兄さん連れてっていいかな。やっぱり男手はあったほうがいいしさ」

私の首に手をまわしつつヴィルケ中佐にそう具申しているのはシャーリーさんだった。

「けーすけ兄ちゃん!一緒に買い物行こうよ」

ルッキーニ少尉も甘えるように私のシャツの裾をつかんでくる。
考え込んでいたヴィルケ中佐がこちらに視線を向けてきた。

「ふむ……そうね。じゃ土方兵曹。貴方もシャーリーさんたちに同行してちょうだい」
「は」

ヴィルケ中佐の言葉に敬礼を返す。
こういう場面でしかお役に立てないのであればむしろ望むところだ。

「よろしくな、兄さん」
「やたー!兄ちゃんと買い物―!」
「私も嬉しいですよ」

シャーリーさん、ルッキーニ少尉、宮藤さんの3名もそれぞれの表現で喜んでくださっている。

「それじゃ、何かあったらシャーリーさんの指示に従ってね」
「は」
「それじゃ、何か欲しいものがある人は言ってください」
「欲しいものか…………」

ヴィルケ中佐の言葉に最初に反応したのは意外なことに坂本少佐であった。
坂本少佐の欲しいものか…………プレゼントすれば喜んでいただけるであろうか。
……いかんいかん。
これは任務であった。

「新しい訓練器具とか……」

しかし続いて出てきたのは何とも坂本少佐らしいお言葉であった。
苦笑気味にミーナ中佐がツッコミを入れる。

「あのねぇ……そう言うのじゃなくてみんなの休養に必要なものを言ってちょうだい」

そんなヴィルケ中佐の声にビショップ曹長がおずおずと手を上げる。

「あ、あの……私、紅茶が欲しいです」

ブリタニアの方らしい意見に、初めてヴィルケ中佐の表情が綻ぶ。

「そうね。ティータイムは必要だわ。じゃ、私はラジオをお願いしようかしら」
「カールスラント製の立派な通信機があるじゃないか」
「そう言うのじゃなくて、この部屋に置いてみんなで音楽やニュースを聞くためのラジオよ」

相変わらずの坂本少佐にヴィルケ中佐が呆れたように返す。

「なるほどな。そう言うことなら賛成だ。頼んだぞ、土方」
「は」

そう言いながらメモを取る。
紅茶に……ラジオか。
これはウィッチの方々全員に御用聞きをして回る必要がありそうだな。

そう思って振り向いた時であった。

「圭助よ、ちょっと借りるぞ」
「あ、少佐…………」

横合いから伸びてきた手が私の手からメモ帳を奪い取った。
振り向いた先ではウィトゲンシュタイン少佐がメモ帳に何やら熱心に書きつけている。
そのリストが2ページ、3ページと増えて行って5ページを超えようとしたところでさすがに止めに入った。

「しょ、少佐……少々多すぎるのでは」
「まぁ待て。まだあと30品ほど…………代金なら心配するな。十分に持っておる」
「はいはい。ちょっと自重してね少佐」
「あ、こら!何をするかミーナ!」
「もう……服だの化粧品だのこんなに…………確かに息抜きになるものをとは言ったけど個人的な買い物を頼み過ぎよ」

少佐の手からメモ帳を取り上げたヴィルケ中佐は、少佐の書きつけたリストを見てため息をつきながら破り捨てる。
しばらく恨めしそうにヴィルケ中佐を睨みつけていた少佐であるが、大きく息をつくと私に向き直った。

「ふぅ…………まぁよい。圭助よ」
「は」
「貴様のセンスに任せる。妾に似合いそうなものを何か買って来い」
「え……」

今度はあまりのおおざっぱすぎる注文に私が呆れる番であった。

「貴様が妾に贈りたいと思うものを買ってきたらよいのじゃ」
「い、いえ、しかし……」
「楽しみにしておるからの」

そう一言言い残すと少佐は、呆然とする私を残してブリーフィングルームより出て行かれた。

「ふむ…………」

不意にかけられた声。それはこれ以上なく聞き覚えのある声で――――

「さ、ささささ坂本さんっ?」
「どうした土方?」

急にどもった私に坂本さんは不思議そうな表情になる。
先ほどのウィトゲンシュタイン少佐とのやり取りも特に何とも思われてはいないのだろうか。
ほっとする半面、少し寂しいなどと思ってしまうのは……
私は頭を振って埒もない考えを頭から追い出した。

「あ、坂本さんも何か欲しいものがあれば……」
「そうだな…………訓練に役立ちそうな、と言いたいところだが先ほどミーナに釘を刺されてしまったしな」

苦笑しつつ考え込む少佐。
少佐は中々自分が楽しむものという考えに至らないのだろう。
……まぁ、その気持ちは少しわかる気がする。

「……やはり急には思いつかんな」
「そうですか」
「それより貴様はどうなのだ。貴様もこの基地の一員なのだから好きなものを買ってよいのだぞ」
「はぁ…………」

急に話を振られ、私は考え込む。
確かに急に言われても思いつかない。
強いて言えば少佐に何か…………しかし少佐はどのようなものを好まれるのであろうか……

「……そこまで考え込まなくてもよかろうに」

目を上げると少佐が呆れたような表情を向けてきた。
どうやら自分が思っているより深刻な顔で考え込んでしまったようだ。

「はは、好いた女子に物を送るでもあるまいに」
「あ、いえ、そ、そうですね…………」

少佐の言葉に、先ほどからの心中を言い当てられたようで思わずどもる。

「まぁよい。さっきも言ったが私は特にいる物はない。気にせずに楽しんでくるといい」
「は」

そう言い残すと少佐は部屋を出て行かれたのだった。

一通り聞き終えた私は、先ほどまでペリーヌさんと話しておられた宮藤さんに声をかけた。

「宮藤さん……御用聞きは終わりましたか?」
「あ、はい。あとはハルトマンさんだけですね」
「そのハルトマン中尉はどちらに?」
「ハルトマン……また寝ているな!」

その私の問いかけに答えたのはバルクホルン大尉であった。
……そう言えば先ほどから姿が見えなかったが…………まぁ何ともあの方らしいと言える。

「…………土方、宮藤。すまんが奴を叩き起こすのでついてきてくれ」
「「は、はいっ!」」

バルクホルン大尉が怒りの表情でブリーフィングルームを出ていく。
私と宮藤さんは一瞬顔を見合わせると、すぐさま慌てて大尉の後を追いかけていった。



「おいハルトマン!いつまで寝ている気だ!さっさと起きんか馬鹿者!」
「ん~~あと90分…………」
「何をたわけたことを言っている!何度も言うが貴様には軍人としての自覚が足りない!兵は神速を貴ぶという言葉を知らんのか!」
「しらないよぉ……だからあと120分……」

ハルトマン中尉のお部屋の中ではもはや恒例となった二人のやり取りが行われている。

ちょんちょん。

入り口からお二人の様子を呆然とみているだけだった私の背中が何者かによってつつかれる。

「……はい?」
「ちょっと」
「何で…………うわっ!」

返事をする間もなく、後ろから首根っこが強い力で引っ張られた。

「枕だ!」
「え、エイラさん…………?」

振り返った先に見えたのは至近距離にあるエイラさんの顔。
鼻と鼻がくっつきそうなその至近距離からかけられた唐突な言葉に、私は意味が分からず沈黙する。
そんな私の態度に苛立ったような口調でエイラさんは話を続けた。

「だーかーらー!枕だって枕!買ってくるの!」
「は、はいっ!」

彼女の剣幕にやや腰が引けつつもポケットからメモを取り出す。

「色は黒で……赤のワンポイントがあるといいな。素材はベルベットで、無かったら手触りのいいやつな。中綿は水鳥の羽で、ダウンかスモールフェザー……」
「す、少しお待ちを」

次々に繰り出される注文を何とか書き留めていく。

「じゃ、頼んだ。サーニャにあげるプレゼントなんだからな。ちゃんと選ぶんだぞ」
「は」
「もしいい加減なもの選んできたらスオムス原産のものすっごく臭い魚の缶詰をお前の部屋に投げ込むからな」
「は、はっ!」
「よろしく」

最後にエイラさんは念を押すように再び顔を近づけてくると、手を振りながら去って行かれた。

そんなエイラさんの背中に声をかける。

「あ、あの!」
「…………何だよ」
「エイラさんご自身は何かいらないのですか?」
「私…………?」
「は」

私の言葉に意外そうな表情になるエイラさん。
少し考えるように視線を宙にさ迷わせるが、返ってきた答えはにべもないものであった。

「いらない。そんなことより枕、絶対忘れんなよ!」
「承知いたしました」

そして今度こそ本当に去って行かれる。

「…………圭助さん?」
「あ、よ、芳佳」

ふいにかけられた声に振り返ると、宮藤さんが不思議そうな表情をして立っておられた。

「エイラさん、何か欲しいものあったんですか?」
「はい。何でもリトヴャク中尉へのプレゼントだとか」
「サーニャちゃんに…………エイラさんらしいなぁ」

そう言って宮藤さんは笑う。

「そう言えばハルトマン中尉はどうでした?」
「あ、はい。ハルトマンさんは『おかし~~』とか言ってたんですけど、バルクホルンさんが『貴様に必要なのは目覚し時計だ』って」
「はは、それは…………」

あまりにお二人らしいやり取りに宮藤さんと顔を見合わせて苦笑する。

「結局目覚まし時計と……お菓子、ですかね?」
「…………そうなるでしょうね」

宮藤さんの問いかけに肩を竦めつつ答える。
なんだかんだ言ってバルクホルン大尉はハルトマン中尉に甘いのだ。

「これで全員分でしょうか?」
「あ、はい。そうですね」
「では、出発しましょうか」

私のその言葉が合図になったかのように玄関口からシャーリーさんとルッキーニ少尉の声が聞こえてくる。

「おーい!宮藤に土方の兄さん!こっちは準備できたぜ」
「早く行こうよー!」

私と宮藤さんはその言葉にはじかれるように、玄関口へと駆けだしていった。


ところが、である。

「あれ?リーネちゃん」

玄関口に止まっているトラックの側には、意外な人物が立っていた。
先ほど居残りを自ら申し出たはずのビショップ曹長である。

「あ、あの、芳佳ちゃん…………」
「どしたのリーネちゃん?何か注文し忘れでもあった?」
「そ、そうじゃないんだけど……」

そう言いながらビショップ曹長はしきりに何かを言い出そうとしては口を噤んでいる。

「リーネちゃん?本当に何かあったの?」
「え、えっと…………その」

「おーい!なにやってんだ宮藤?早く出発しようぜ」
「よしかー!兄ちゃーん!はーやーくー!!」

トラックに乗っているシャーリーさんとルッキーニ少尉が焦れたように声をかけてきた。

「あ、はーい!…………ごめんねリーネちゃん。私行くね。圭助さんも行きましょ」
「あ…………」

そう言い残し宮藤さんがトラックの方へと走って行かれる。
後に残されたのはビショップ曹長と私の二人。

「あ、あの……ビショップ曹長…………」
「ご、ごめんなさい!」

声をかけようとした私を避けるように、ビショップ曹長は基地の方へと駆けて行かれてしまった。
…………私だけでなく男性全般が苦手な曹長の事、こういう反応も致し方ないと頭では分かっていても些か傷つく。

「おーい!!兄さーーーん!」

再びシャーリーさんが声をかけてくる。
これは……これ以上悩んでいてもシャーリーさんの機嫌を損ねるだけだろう。
そう思い直した私は宮藤さんに続くようにトラックへ向かって駆け出した。

「芳佳ちゃん…………無事に帰って来てね……」

そんなビショップ曹長のつぶやきに気付かないままで。


以上で本日の投下を終わります。
やっぱり原作あると進みが違うわw
まぁ506編も書いてて楽しかったですがw

それでは。
また来週。

1です。
すみませぬ……ちょっと本日は忙しくて最後の見直しができておりませぬ。
明日の夕方頃には何とか投下いたしますので今しばらくお待ちくださいませ。

こんばんはー。
遅くなりまして申し訳ございません。
ただいまより投下開始しますー。

「~~♪~~♪」

そんな鼻歌を歌うシャーリーさんの運転する大型トラックは北部ロマーニャののどかな風景の中をローマに向けて南下していた。
全ての道はローマに通ず、との言葉を残したロマーニャ人だけあって石畳で舗装された道路は、今の我々が通っても何の不便もない。

「しかし、ずいぶん荷物が多いですね」

助手席から、運転をしているシャーリーさんに話しかける。
この任務のためにミーナさんが引っ張り出してきたのはかなりの大型トラックで、予想される補給の規模を考えても大きすぎると思っていたが、何やら大型の荷物を積み込んでおり、空きスペースはそれほど大きくなかった。
宮藤さんとルッキーニ少尉のお二人は荷台のその空いたスペースに座っておられる。
最初は私が荷台に乗ろうかと申し出たのだが、トラックの荷台に乗るという経験が珍しかったのか、宮藤さんたちにここに押し込まれてしまった。

「ああ、私とルッキーニ、宮藤のストライカーを積んでるからな」
「え…………そうなんですか?」

何でもない事のように言うシャーリーさんの言葉に驚く。
ネウロイの襲撃が予想されるという情報でも入ったのだろうか。
そんな私の表情に気付いたのか、シャーリーさんは苦笑しながら手を振る。

「あ、いやいや。もしもの時のための保険だって坂本少佐がね。私だってこんな息抜き……じゃなかった任務の最中にまでネウロイの事なんぞ考えたくもないけどさ、扶桑の言葉でなんていうんだっけ……?その、そなえ…………」
「備えあれば憂いなし、ですか」
「そうそう。まぁ今のところネウロイの出現は北部ロマーニャにとどまってるし、こんな遠く離れたローマまでくりゃしないと思うけどね」
「は」

そう答えながら私は一抹の不安を拭い去れずにいた。
こういう風に「まさかそんなことはないだろう」とか言っていると「そんなこと」が起こるという…………

「どうしたんだい、兄さん?」
「い、いえ、何でも……しかし、のどかな風景ですね」

あまり要らぬことを言って余計な心労の種を増やすこともなかろう。
そう思った私は話題を転換するべく窓の外に目をやった。
車は大きな湖のそばを過ぎ、花が咲き乱れる田舎の一本道を走っている。

「ああ、そうだな。ロマーニャってもっと不毛の大地が続くのかと思ってたけど、そうでもないみたいだ」
「…………ルッキーニ少尉が聞いてなくてよかったですね」
「だな」

そんな冗談に顔を見合わせて笑う。
坂本少佐と話しているときとはまた違った気安さがこの方にはある。
ルッキーニ少尉と一緒になって悪ふざけばかりしているように見えるが、その実501のウィッチ、ひいては私のような一兵卒の事のことまでよく考えて下さっている事を私は知っている。
だからこそバルクホルン大尉も口では悪しざまに言いつつもその実力は認めているのだろう。

そんなことを考えるともなしに考えていると、突然雰囲気をがらりと変えたシャーリーさんのつぶやきが聞こえてきた。

「…………前方視界よし。対向車なし」
「シャ、シャーリーさん?」
「あ、兄さん。ちょっとここからはおしゃべりは封印な。口を閉じてないと舌噛むぞ」
「な、なにを…………」

不吉なものを感じた私は恐る恐る声をかけてみるが、返ってきたのは胡散臭い笑顔と言葉であった。

「いくぞっ!」
「うひゃあっ!」

そんな掛け声とともに一気に踏み込まれたアクセル。
思わず間抜けな声と共に後ろの背もたれに体が押し付けられた。

「ぐ…………」
(え?え?きゃああああああああーーー!)
(きゃはははははーーーーー!)

荷台の方から宮藤さんのものと思わしき悲鳴とルッキーニ少尉のものと思われる歓声が聞こえてくる。

(な、何?何が起こったの?)
(あははははっ!たーのしーーーー!)

そうこうしているうちに道はいつの間にか山道に差し掛かり、山肌を申し訳程度に削って造られた細い道が見えてきた。
しかしシャーリーさんはスピードを落とすことなくそのまま突っ込んでいく。
い、いくらなんでもこの道をこのスピードでは…………
隣に座るシャーリーさんに抗議の声を上げようとするものの、ひっきりなしに揺れ動く車内で自分の位置を確保するのに精いっぱいでとてもそんな余裕はありそうにない。
やがて車は急カーブに差し掛かった。
下すら見えないほどの千尋の谷が目の前に迫ってくる。

(お、落ちる――――!)
(きゃはははははは!)

後ろから聞こえてくる宮藤さんの声が一層大きくなる。
ルッキーニ少尉はこんな時でもどこか楽しそうだった。
ある意味大物なのかもしれないが、私はそこまで落ち着いていることができそうにない。
運転席のシャーリーさんはと言えば完全に目が据わっており、私の声など耳にも入っていない様子である。

やがてカーブは刻一刻と迫ってくるが、シャーリーさんはブレーキを踏む気配も、ハンドルを切る気配もない。


落ちる――――


思わず目をつぶった瞬間であった。

「いっけーーーー!」

シャーリーさんのそんな気合いとともに体が重力から解き放たれる感覚。
まさか…………
考える間もなく訪れる衝撃。
思わず背中からずり落ちてしまいそうになり慌てて立て直す。

「…………決まった」

ハンドルを握りながらやり遂げた表情のシャーリーさん。
その表情を見た時私は今日初めて、ビショップ曹長が今回の任務を辞退した本当の理由を理解したのだった。

「どうだい兄さん、スリルあっただろ?」
「…………スリル以前に生きた心地がしませんでした」
「あははっ、そりゃ悪かったね」
「うう、きぼぢわるい…………」

やがてローマ市内に到着するとさすがにシャーリーさんもスピードを控えて走っている。
休憩時に荷台から少しはましな助手席に移ってきた宮藤さんは私の隣でぐったりと涙目になっていた。
その隣には久しぶりの故郷にはしゃいだ表情のルッキーニ少尉がいる。

「ほらほら芳佳芳佳!ローマだよ!!」
「……え?」
「なっつかしいなー!」
「うわー!すごーーい!」

のろのろと体を起こした宮藤さんはそれでも、初めて見るローマの街の光景が珍しいのか徐々に気力を取り戻しつつあるようだ。
あちらこちらに見える珍しい古代の建物に興味をひかれたようで、いろいろ指差しては少尉に尋ねている。

「あれは?」
「古代の闘技場だよ」
「ふーん…………じゃあ、あれは?」
「昔の公会堂」

それは宮藤さんにとって聞きなれない言葉であったようで、宮藤さんは首をかしげる。

「こうかいどう……ってなに?」
「えっと…………なんだっけ兄ちゃん」
「え?わ、私ですか?」

ルッキーニ少尉がいきなり私に振ってくる。
…………いきなりの無茶ぶりはやめていただきたい。

「あ、その、学校とか、裁判とか、商取引とかとにかくなんにでも使われた公共の広場みたいなところだったらしいです。ローマ帝国建国の祖であるユリア・カエサルが建てたものだとか」
「へー。あ、カエサルって人は学校の授業で聞いたことがあります」
「そうそう。すごい人だったんだよー!」
「……よく知らないくせに偉そうにすんなよルッキーニ」

シャーリーさんが笑いながら突っ込む。

「じゃあ、あれは?」
「あれはね、聖天使城(カステル・サンタンジェロ)って言うんだよ」
「え、お城なの?」
「えーと…………どうだったかな、兄ちゃん」

……だから一々私に振ってこられても。
私とて学校で学んだ程度の知識しかないというのに。

「聖天使城はローマ帝国皇帝のハドリアヌスが建てたもので、当時は霊廟、つまり自分の墓として建てたみたいです」
「えー!あんなにおっきなのがお墓なんだ!」

ルッキーニ少尉までが驚いておられるのはどうなんだろうか。

「しかし、その作りが堅固であったので軍事施設として使われるようになり、この聖天使城という名前もその頃に付けられたそうです」
「お墓をお城にしちゃうなんて…………なんだか不思議ですね」
「ここは『トスカ』ってオペラの舞台としても有名だよな、兄さん」

そう言って話を続けてこられたのは意外なことにシャーリーさんであった。
確かに「トスカ」のクライマックスで恋人を失い絶望したヒロイン・トスカが身を投げるのが、ここ聖天使城であったはずだ。

「あ、トスカは知ってるよ!『歌に生き恋に生き』とか学校で習ったもん」
「ああいうドロドロした恋愛もの好きだよなロマーニャ人って」

シャーリーさんの軽口を聞きながら、私は意外な表情を抑えきれなかった。
あのシャーリーさんの口からオペラなどという言葉が出て来るとは。
そんな内心が表情に出てしまったのか、私の方を振り返ったシャーリーさんに睨まれた。

「…………何だよ。私がそう言うこと知ってちゃおかしいか?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「ふふん。女はいつでも男の知らない一面を持ってるもんさ」

自慢げな表情をするシャーリーさん。

「でも、圭助さんていろんなこと御存じなんですね!すごいです」
「あ、いえ…………」
「だよねー!ローマに住んでた私でも知らなかったのに」

宮藤さんとルッキーニ少尉から過剰なお褒めの言葉をいただき、いささか気恥しい。
そんな私をシャーリーさんがにやにやしながら眺めているのに気付き、私は慌てて咳払いを一つすると表情を引き締めた。

そんな会話をしているうちに、車は一つの雑貨店の前で止まった。

「…………ここでいいのか?」
「うん。ここ大抵のものそろってるんだ」

さすがはルッキーニ少尉である。
少尉の後について、私たちも雑貨店の扉をくぐった。


「うわ~~すご~い!」

店内を見た宮藤さんが歓声を上げる。
確かにそれほど広くない店内にもかかわらず食品から衣類・更に簡単な電気機器まであらゆるものがそろっていた。
ルッキーニ少尉の言葉もあながち誇張ではないということか。

「それじゃ、手分けして探すとするか」
「は」
「りょうかーい」
「はいっ」

シャーリーさんの号令一下、我々はそれぞれ店内へと散って行ったのだった。


「ふむ……やはり米はあまりありませんか」
「申し訳ございません……」

目の前では店員の女性が申し訳なさそうに頭を下げている。
確かに欧州では米はそれほどメジャーな食材ではないし、野菜の一種という認識だから大量に購入するものなどそれこそ任務で来ている扶桑軍人ぐらいしかいないのだそうだ。
これはルッキーニ少尉にほかの店を見繕っていただく必要があるかもしれない。

「分かりました……この店にあるだけの米を頂きたい」
「は、はいっ」

私の言葉に、女性は頭を下げて奥へと入っていく。

店内を見回すとシャーリーさんたちもめいめいに店内を見回っているのが目に入った。
衣料品のコーナーでは宮藤さんがピンク色の服をもって眺めている。
そんな宮藤さんにシャーリーさんが声をかけた。

「似合うじゃないか。それ買うのか?」
「あ、いえ…………これはバルクホルンさんに頼まれて」
「「ええっ」」

思わずシャーリーさんと重なるように小さく叫んでしまった。

「あ、あいつがこの服を…………?も、もうだめ……あはっ、あはははははっ!」

あの服を着た大尉の姿を想像でもしたのか、こらえきれないように笑い出すシャーリーさん。
真面目一筋のように見える大尉であるが、このようなものを好まれる一面もあるのだろうか。

「ち、違いますよ!これは妹のクリスさんへのプレゼントです」
「あはははは……い、息が…………できな…………あははははははは!」

…………なるほど。
そう言うことであったか。
しかしシャーリーさんには宮藤さんの声は届いていないようで、時折息をつまらせつつ笑い転げている。

「もう……圭助さんもダメですよ。そんなに驚いたら失礼です」

私の声が聞こえてきたのだろう。
宮藤さんが非難がましい視線を向けて来た。

「す、すいません」
「よろしい…………なんて、ふふ」

すぐに表情を改めて笑顔になる宮藤さん。

「それじゃ、私はもう少し選んでますね」
「は」

宮藤さんと別れ、再び店内に目をやる。
すると、退屈そうな表情で窓際の椅子に腰かけて窓の外を眺めているルッキーニ少尉の姿があった。

「少尉」
「あ、けーすけ兄ちゃん」
「買い物は終わったのですか?」
「うん。私とハルトマンのお菓子。いっぱい買ったから後で兄ちゃんにも分けてあげるね」

そう言って笑う少尉。
その手には先ほどシャーリーさんから預けられたバッグが握られている。

「兄ちゃんは?」
「私は食料品を…………」

そこまで言って気が付いた。
ここでルッキーニ少尉に米が買えるお店を聞いておかねば。
そう思って口を開いた時だった。

「……!兄ちゃん外見て外!!」
「え?」

ふいに少尉が真剣な表情で窓ガラスに顔をくっつけた。
その少尉の視線の先には―――

「あれは…………」

黒服を着た二人の男が一人の少女を車に押し込もうとしている場面であった。
ここまで白昼堂々とは…………
思わず外に飛び出しそうになるが、少尉の行動はさらに迅速であった。

「兄ちゃん!これお願い!」

どさり。

不意に両手にかかる重み。
よく見れば先ほどまで少尉が抱えておられたバッグが私の両腕の上に乗っていた。
思わずたたらを踏むものの、何とか持ちこたえる。
目を上げた先ではすでに店を飛び出した少尉が二人組の男に向けて駆け出しているところであった。

(…………あの方はっ!)

考えている時間はなかった。
ルッキーニ少尉がウィッチであるとはいえストライカーを穿いていなければただの13歳の少女でしかないのだ。
シャーリーさんに報告する、そんなわずかな時間すら私には惜しく、バッグをしっかりと肩にかけなおすと私はルッキーニ少尉の後を追って店を飛び出していた。

ということで以上です。
ここまで書いてまだアイキャッチにすら到達していないという……

あ、冬コミ受かりました。
夏に出した海上自衛隊本の続き書きます。

こんばんは。
11月30日と言いましたが結局こんな時間になりましたことをお詫びします。
それでは、只今より本編投下、開始します。

――――ヒスパニア広場(Piazza di Hispania)――――

路上にカンバスを広げ絵を描いている画家。
観光客に小銭をせびる浮浪児。
階段下のワゴンで営業しているジェラートの屋台。
ヒスパニア広場は多くの人であふれかえっていた。

「ここはね、ヒスパニア広場っていうんだよ」
「あ、ここは知ってます。近くにヒスパニア大使館があるからそう言う名前になったんですよね」
「え、えっと…………そうだっけけーすけ?」
「は。そのように聞き及んでおります」

困ったような表情を向けてくる少尉に、私はうなずいて見せる。
……しかし、このマリアという少女、考えれば考えるほど妙なところが多い。
ローマの人間なら日常的に目にしているであろうコロッセオに感動したかと思えば、むしろマイナーな知識に属するであろうヒスパニア広場の名前の由来については知っていたり。

「……あ!あそこにジェラートの屋台があるよ!」
「じぇ、じぇらーと、ですか?…………こ、こんな風に売っている物なんですね」
「…………え?ジェラートって屋台で食べるものじゃないの?」
「……えっと、あ、そ、そうでしたね!」

そしてロマーニャでは一般的なお菓子であるはずのジェラートの食べ方を知らない。
それほどまでに箱入りで育てられた、と考えれば頷けなくもないが……

「ほらっ!けーすけもっ!」
「…………あ、は、はいっ」
「一緒にジェラート食べよー」

考え込んでしまった私に対し、少尉が焦れたように手を伸ばしてくる。
その手を取ると、少尉は私とマリアさんを屋台まで連れて行って下さった。

「うわぁ……色んな種類があるんですね」
「うん!このお店のジェラートはすっごくおいしいよ」
「へぇ…………」

マリアさんは物珍しそうに屋台の色とりどりの氷菓に見入っている。

「好きなの頼んでいいからねっ」
「…………は、はい」

ルッキーニ少尉の言葉に、マリアさんは真剣な表情で選び始める。
そんなマリアさんを横目に、私はある懸念を問いただすべくルッキーニ少尉をマリアさんから見えない場所へと引っ張って行った。

「あの…………ところで」
「どったのけーすけ?」
「…………まさかとは思いますが、シャーリーさんから預かったお金を使うつもりではないでしょうね」

私の問いかけに対する少尉の表情は、残念なことに私の心配が的中していたことを示すものであった。

「……ダメ?」

可愛らしく首をかしげて見せるルッキーニ少尉。
そんな少尉の態度に、私はため息をつくしかできなかった。
それは完全に公金横領だ、と諭す代わりに私は懐より札入れを取り出すと、そのまま少尉に渡す。

「はぁ……仕方ありません。これをお使いください」
「え?で、でも…………これ、けーすけの……それに、こんなに…………」
「いいんですよ。どうせ使うあてのないものですし。少尉のためでしたらこの程度」
「う…………ずるいよ。そう言うこと言うの」

何故か少尉が少し恥ずかしそうに頬を染める。
実際、基地の中にいれば衣食住すべてが保証される生活の中で、使う宛のない金が貯まりすぎて些か持て余していたのも事実であった。
しかし少尉の方もさすがに気が咎めるのか、手元の札入れと私の顔を交互に見比べている。
そんな膠着状態を破ったのは、マリアさんの声であった。

「あの、ルッキーニさーん!」
「…………ほら、呼んでますよ、フランチェスカお嬢様」
「うじゅー……」

少尉の肩をポン、と押す。
少尉はそれでもしばらく迷っていたが、やがて大きく頷くと、私に笑顔を向けてきた。

「じゃ、じゃあ遠慮なく使わせてもらうね!」
「ご自由に」

そう言って少尉はマリアさんのもとに駆けていくと、二人であれこれと悩みながらジェラートを選んでいる。
そんなお二人の姿は、勢い私に埒もない連想を抱かせた。

…………もしも。
ルッキーニ少尉に魔力などなく、普通の少女として生きていたならば。
あのように友人たちと買い食いなどを楽しむ生活を送っていたのだろうか。
そう考えると、改めてあのような少女たちに戦いを強いる自分たち男の立場に忸怩たる思いが湧きあがってくる。


「…………はい、どうぞ」
「あ、ありがとう姉ちゃんたち!」

聞こえてきた聞きなれぬ声に思考を中断してお二人の方に視線を向けると、マリアさんは周りにいた浮浪児たちにジェラートを分け与えている。
…………まずい。
世間知らずなお嬢様にありがちな施し型の善意だ。
その気持ち自体は尊いものだとは思うが、しかし、こういう思いつきの善意は下手をすると……

「お?なになに?……なーなー姉ちゃん俺も俺も!」
「あのお姉ちゃんがジェラート食べさせてくれるんだって!」
「ほんとかよー!よっし、みんな呼んで来ようぜ!」

案の定、その光景を見つけた周囲の浮浪児たちがお二人を中心に集まり始めている。
さすがにこの事態は予想外だったのか、マリアさんも戸惑った表情になっていた。

「お嬢様、こちらに!」
「え?ひ、土方…………さん?」
「にひひっ!マリア、いっくよー!」

浮浪児の群れをかき分け、マリアさんの手を取って強引に連れだす。
少尉はと言えば、マリアさんの行為にこの結末は予想していたようで、マリアさんのもう片方の手をつかみつつ、いち早く私の開いた通路から輪の外へと駆けだしていた。


「…………ふぅ……ふぅ……」
「にゃははー!ちょっと面白かったねー♪」
「お嬢様、少し御戯れが過ぎます」

広場から数キロ離れた路地裏。
ルッキーニ少尉に導かれるように網の目のような路地を抜けててたどり着いたそこで、我々はやっとひと息着くことができた。

「あの、ル……」
「マリア」

ルッキーニ少尉におそるおそるといった態で声をかけたマリアさんであったが、その言葉は少尉の厳然たる口調に跳ね返された。

「…………ダメだよ。ああいうことしちゃ」
「で、でもあの子たちが私たちのジェラートをすごく欲しそうに見てて、それで」
「うん。その気持ちはわかるよ。マリアが純粋にあの子たちが可哀想って思ってああしたのは。でもね…………」

そこでいったん言葉を切り、少尉は私たちから視線をそらす。
まるで我々にその言葉を発する時の表情を見られるのを恐れるかのように。

「…………覚えておいてね。中途半端な善意は、かえって相手を傷つけることもあるんだよ」

その少尉の言葉はマリアさんには重く響いたようだ。
言葉もなく絶句する彼女。
空気が重くなりかけるが、その雰囲気をいともたやすく壊すのもまた、ルッキーニ少尉であった。
少尉はその次の瞬間、まるで何事もなかったかのような笑顔で振り返るとマリアの手を取った。

「それじゃ、ローマ一日観光の続き、行ってみよー!けーすけもちゃんとついてくるんだよ!」
「え?え?ちょ…………る、ルッキーニさ……わわっ!」
「…………はいはい、仰せのままにお嬢様」

そのまま彼女の手を取り再び駆けだす少尉。
私は苦笑を浮かべると、少尉の後について走り出したのだった。

(Yoshika's Side)

「いませんねぇ…………」

シャーリーさんの運転するトラックでローマ市内を走り回ること小一時間。
ルッキーニちゃんと圭助さんの姿は見えない。
もしかして、何か事故にでも巻き込まれていたりしないだろうか。
心の中に微かな不安が芽生える。

「うーん…………こりゃ警察にでも……おっ!」
「み、見つかりましたか?」
「あそこのカフェのケーキ、すっごく美味そう!」
「…………」

シャーリーさんの言葉に、全身の力が抜けそうになる。
……でも、まぁ、しかし。
確かにシャーリーさんの指差すカフェのケーキは美味しそうだった。

「…………宮藤」
「…………シャーリーさん」

どちらからともなく顔を見合わせるシャーリーさんと私。

「…………ルッキーニ達もしばらく見つかりそうもないし、まぁ、ちょっと休憩にするか」
「…………はいっ」

シャーリーさんの提案に私は、真剣な表情でうなずいたのだった。
これは決してサボりなんかじゃない。
ルッキーニちゃんと二人で姿を消したりする圭助さんが悪いんだ。

…………圭助さんの、バカ。

そう小さくつぶやいた私を、シャーリーさんがにやにやとした表情で眺めていたのに、私は気づかなかった。

(Hijikata's Side)

それから私と少尉とマリアさんの3人でローマ市内の色々な観光地を回る羽目になった。
私としては店に残してきたシャーリーさんや宮藤さんの事が気になるのだが、心から楽しそうにルッキーニ少尉と観光を楽しんでいるマリアさんの姿に、どうしてもその一言が言い出せないでいた。
それに、正直に告白すると、私自身もこの二人の少女との観光を少し楽しんでいたところがあった事を認めねばならないであろう。


―――「真実の口(Bocca della Verita)」――――


「これは『真実の口』って言って、嘘つきが手を入れると噛み千切られるんだよ~~」
「そ、そんな……は、早く他に行きましょうルッキーニさん!」
「だいじょーぶだいじょーぶ!迷信だってそんなの…………」

そう言いながら少尉は口の中に手を入れる。

「あれ?…………んしょ、あ、あれ……ぬ、抜けない」
「しょ、少尉!」
「ルッキーニさん!」
「…………うわっ大変!手が!手が!!」
「る、ルッキーニさん!」

そう言いながら口から引っこ抜かれた少尉の手は手首から先がなかった。
最初は本気で焦った私であったが、さすがにここまでやられるとさすがにいつもの悪ふざけだと気付く。
しかしマリアさんは本当に手が噛み千切られたと信じているようで、その表情は蒼白になっていた。

「……お嬢様、さすがに悪ふざけが過ぎますぞ」
「あれ?気づいちゃった?…………ごっめーん」

私の言葉に、流石にばつの悪そうな表情で舌を出す少尉。
観念したように袖口から手を出してみせる。

「もう!本当に心配したんですから…………ルッキーニさんなんて知りません!!」
「だからごめんって」

流石にマリアさんもからかわれたと気付いたようで、怒ったような表情になるマリアさんと必死に謝るルッキーニ少尉。
そんな姿に、私も思わず笑みがこぼれるのを抑えきれなかった。

―――「トレビの泉(Fontana di Trevi)」――――

「この泉に、こうやってコインを投入れると……」

そう言いながら少尉は、泉に背中を向けて後ろ向きにコインを投入れる。

「またローマに来られるんだって」
「そ、そうなんですか」

そう言って得意そうな顔をする少尉。
…………ローマに住んでいるはずのマリアさんに、「またローマに来られる」も糸瓜もあるまい、などとツッコむのは野暮というものだろう。
しかしマリアさんは存外真剣な表情で手に持ったコインを眺めている。
やがて大きく頷くと、マリアさんは大きく振りかぶって―――

「……マリア!」
「危ない!」

私とルッキーニさんが警告の言葉を発するのはほぼ同時であった。
あまりに大きなモーションでコインを投げたがために、バランスを崩して池に転落しそうになるマリアさん。
それを支えようとしたルッキーニさんもまた、つられるように泉に向かって落ちている。
それを見た瞬間、私の体は自分でも驚くくらい素早く動いていた。
倒れ行くお二人のに向かって手を伸ばす。
間一髪、泉に落ちる前に腕をつかむことができたのは僥倖であった。

「けーすけ?」
「ひ、土方…………さん?」
「お二人とも失礼します!」

そのままお二人が泉に落ちる前に後ろへ向かって放り投げるように引っ張る。
何とか泉に落ちることは阻止できたものの、勢いをつけすぎた私の体までは止まることは出来なかった。
そして、大きな水しぶきが上がる。

「…………けーすけ、その」
「あ、あの……ご、ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。それよりどこか怪我等はされなかったでしょうか?」
「うん。けーすけのおかげだよ」
「私もです…………その、あ、ありがとうございます」

びしょ濡れになった私に、お二人が心配そうに声をかけてくるが、私は気にしないようにと笑顔を向ける。
私としてはお二人が無事であっただけで御の字である。
どうせこの陽気だ。
歩いているうちに服も乾くだろう。

「うーん…………」
「…………」
「……そうだ!」

そんな私をじっと見つめるお二人。
流石に少々照れ臭く、思わず目をそらした私に、少尉はよいことを思いついたとばかりに手をポン、と打つ。
マリアさんと何事か確認するかのように顔を見合わせて頷くと、私の方に向き直った。

「けーすけ、ちょっとついてきて」
「い、いえしかし、私たちはそろそろシャーリーさんたちと合流…………」
「い・い・か・ら!ちゃんとついてくるんだよ」
「……は」

よく分からない少尉の迫力に押されるように、私は少尉に手をひかれるままに歩き出した。

「じゃーん!ここです!」

少尉に手をひかれるままに歩くこと数分。
私はとある大きな男物の衣料品店の前に来ていた。

「せっかくだから私とマリアでけーすけの服を見立ててあげるよ」
「あ、あの私たちのせいでこんなことになっちゃったので…………せめてもの償いをさせてください」
「い、いえ、わた」
「遠慮しなくっていいから!けーすけっていつも地味な軍服じゃん。たまには他の服着たとこも見てみたいよ」

反論しようとする私の声は少尉の声にかき消され、かくして私はお二人につれられるままにブティックのドアをくぐることになったのであった。

「うーん……どれがいいと思う?」
「土方さん、背も高くて体つきもがっしりしてらっしゃいますから、こういう堅苦しいフォーマルなものよりも……」
「えー?でもこういうのも似合いそうな気がしない?」
「…………そ、それは、そうですけど」
「だよねー!この際だからいろいろ試してみようよ!」

先ほどから当事者である私をそっちのけにしてお二人による品評会が開催されている。
私の前には、お二人によってえらばれた服が小さな山を作っており、時とともにその山は高さを増していっていた。

「あ、あの……」
「もうちょっと待っててね!あと2~3着選んだらとりあえず試着してみようか」
「す、すいません…………あの、あとちょっとですから」

その言葉に、私は浮かしかけた腰を再び椅子へと落ちつける。

…………しかしその日、私は一つの教訓を得ることになった。


――――女性の買い物の「あとちょっと・もうちょっと」は信用してはいけない。


…………と言うことで今日はここまで。
先だっても申しあげました通り冬コミ準備のため更新速度が落ちますことをお詫び申し上げます。
次は15日ごろには必ず。
筆が進んだ場合はその前の週の週末に来るかもですが。

それでは。

こんにちは。
何とか完成しました。
投下しますね。

「けーすけ!すごく似合ってるよ」
「はい!すごくお似合いですよ」

優に小一時間は悩んだ末にお二人が選んだのは無難なジャケットにネクタイというカジュアルな服。
お二人は褒めて下さったものの、着慣れない服装であるには変わりなく、どうも街行く人々の視線が私に集まっているようで居心地が悪い。

「…………そう?」

そのことを告げても、少尉はわれ関せずとばかりに私とマリアさんの前を歩いている。

「きっとけーすけがすごくかっこいいからつい見ちゃうんだよ」

そう言って悪戯っぽく笑うと、少尉は振り返って私とマリアさんの手を取った。

「それじゃ、最後に私のとっておきの場所に案内するね!」
「…………はい!」
「……は」

少尉の笑顔に、つられるように私とマリアさんも笑顔になる。
こういった天真爛漫なところは少尉の得がたい魅力であろう。
私はマリアさんと顔を見合わせて笑顔を交わすと、少尉に引っ張られるようにして再び走り出した。

そして少尉に導かれるようにして最後にたどり着いたのは、バチカン市国内のサン・ピエトロ大聖堂であった。

「どうマリア?ここから見る景色が、一番私は好きなんだ」
「…………美しい」

マリアさんが感極まったかのように呟く。
少尉が得意そうに胸を張るだけはあるといえるだろう。
確かにこの場所からはローマの街が眼下に一望でき、その眺めは言葉を失わせるに十分であった。

「…………家に帰らないで、ずっとこの場所に居たいです」

何気なく呟いたマリアさんの一言に、出会ってから感じ続けていた違和感が再び鎌首をもたげる。
この方の仰った「家」という言葉は、何かもっと大きな意味を含んでいるように私には思われた。

「じゃあ、ずっといればいいじゃん」
「……ふふ、そうですね」

ルッキーニ少佐の無邪気な言葉に微笑むマリアさんの表情はどこか寂しげで。

「この街を、ローマを守ることが、私にできるでしょうか…………」

続けてポツリとつぶやいたマリアさんの一言。
その言葉に、私の記憶巣はさらに強く刺激された。

ローマを、守る…………
ただの一少女がつぶやくにはあまりに重い言葉である。

(まさか…………)

数分間の記憶の検索の後、私は一つの名前にたどり着いた。
それは俄かには信じがたい名前ではあるものの、改めて今までのマリアさんの言動や振る舞いを思い出してみると、私の推測を否定するどころか補強するものばかりであることに気付く。

(信じがたいが……おそらくは…………)

「あれ?けーすけ、マリアの事じっと見つめちゃってどったの?」
「あ、い、いえっ、何でも」

私の思考を中断したのは少尉のお言葉であった。
ついつい思考に没入するあまり失礼なほどに視線を向けすぎてしまったようだ。
……まぁ、私の推測が真実である保証もないし、仮に真実であっても本人は絶対に名乗らぬであろうから私がとやかく言うことでもないだろう。
しかし、続いての少尉のお言葉は私の予想の斜め上を行くものであった。

「…………さては惚れたな?」
「……え、ええええっ?」

目を上げると、にやにやと笑う少尉と戸惑ったようなマリアさんの姿が飛びこんでくる。
思わぬ方向に話が飛躍し、思わず声が一オクターブほど高くなった。

「あ、い、いえ、そ、そのようなことは…………」
「いっけないんだー。坂本少佐が聞いたら怒るよー」
「で、ですからそういうことでは」
「ふふ、分かってる分かってるって。坂本少佐には言わないでおいてあげるから。そのかわりこの後ピザおごってね」
「いえ、その」

坂本少佐という名前に覚えず顔が赤くなる。
そんな私の態度に、少尉にマリアさんまでもがおかしそうに笑っていた。
ひとしきり笑った後、少尉はマリアさんに切り出した。

「……ね、本当はもう一つ、見せたい景色があるんだけど」
「それはぜひ見てみたいです!」

ここからの眺めに匹敵する景色か。
それは私も見てみたいものだ。
マリアさんも同じ気持ちのようだったが、そんなマリアさんの答えに少尉の方はやや困ったような表情になる。

「あ、でも今はちょっと…………」
「………そうですか?では、またの機会に」
「うんっ!」

マリアさんの言葉に、少尉がそう答えた時であった。



ウウウウウウーーーーーーーッ!!



晴れた空を劈くように、サイレンの音が響き渡った。

(Yosika's Side)

「うっそだろ!奴らローマにまで南下してきてるのかよ!」

不意に響き渡ったネウロイ警報に、今までおいしそうにケーキをほおばっていたシャーリーさんの表情が引き締まる。
ここローマはロマーニャの中でも南の方に位置する。
ここまでネウロイが南下しているとなると…………私たちの基地も安心してはいられないのかもしれない。

「まさかの時のために持ってきたユニットが役に立つとはな……宮藤、乗れ!」
「はいっ!」

シャーリーさんの言葉に我に返った私は、あわてて動き出したトラックに飛び乗る。

「ルッキーニ……こんな時にあいつは何をやってんだ全く」
「…………」

シャーリーさんが苛立ったようにハンドルを叩く。
こんな風に苛立っているシャーリーさんを見るのは初めてかも知れない。
そんな風に考えていると、急にシャーリーさんがこちらを振り向いた。

「宮藤!地図だ!」
「え、え?ち、地図ですか?」
「ああ。ユニットを発進させるにはある程度開けた場所が必要だ。こんな街中で発進させたら周りの建物に被害が出ちまう。発進できそうな広場を探してくれ」
「は、はい!」

シャーリーさんの言葉に、私はダッシュボードより地図を取り出して眺め始める。
今いるところがここで…………こっちに向かってるから……
数分間地図と格闘した後、私は一つの広場に赤鉛筆で丸を付けた。

「シャーリーさん、ここです!」
「サン・ピエトロ広場か…………よし!……しっかりつかまってろよ!」
「は、はい……きゃっ!」

私がその言葉に反応するのも待たず、シャーリーさんが大きくアクセルを踏み込んだ。

(Hijikata's Side)

「……早く逃げないと!」

ネウロイ警報を聞いたマリアさんはそう言って少尉の手を引こうとする。
しかし、少尉はその手を柔らかく振り払うと、マリアさんに笑顔を向けた。

「マリアは逃げて。私は…………行かないと」
「え?行く?」

驚いたような表情になるマリアさんに、少尉は自分の帽子を握らせる。
それは先ほど私とともに洋服店に行ったときに買ったものであった。

「これ持ってて」
「あ、あの、ルッキーニさん、貴女は……」

「ルッキーニちゃーーーーん!圭助さーーーん!」

その時であった。
マリアさんの言葉を遮るように、下の広場の方から声が聞こえてくる。
下を見ると、宮藤さんが見覚えのある大型トラックの窓から手を振っているのが見えた。

「芳佳!ナイスタイミング!」

弾けるような笑顔でそう言うと少尉は柵を乗り越え、寺院の丸屋根の上に立つ。

「る、ルッキーニさん、危ないですよ!」

焦るマリアさんに、少尉は笑顔を向ける。
それは今までの無邪気な笑顔ではなく、祖国を守る覚悟を負った一人の戦士の笑み。

「私…………行かないと。……ウィッチだから!」
「ウィッ……チ…………?」

俄かに明かされた真実に驚いた様子のマリアさん。
そんなマリアさんから、少尉は私へと視線を移した。

「じゃ、けーすけ兄ちゃん、マリアを安全なところに連れてってあげてね」
「は。少尉殿」

私は少尉の言葉に敬礼を返す。
そんな私に向けて小さく頷いて見せた後、再びマリアさんに向けて小さく手を振った少尉は、勢いよく屋根を滑り降りていく。
…………相変わらず桁外れの身体能力である。

「私、ウィッチだから!ロマーニャを守らないと!」
「…………っ!」

下から聞こえてきた少尉の言葉に、はっとした様子のマリアさん。
その様子は、先ほどの私の推測は確信に変わっていた。

(やはり、この方は…………)

私はマリアさんの前に跪くと頭を垂れる。

「ここは危のうございます。どうか安全な場所にご避難を。不肖私、土方がご案内申し上げます」
「…………土方、さん」

私の態度の急変に、マリアさんも何か気づくところがあったのだろう。
マリアさんの纏う雰囲気ががらりと変わるのが分かった。
私は視線を上げぬままに言葉を続ける。

「初めて御意を得ます。ロマーニャ公国第一公女、マリア・ピア・ディ・ロマーニャ殿下。私は扶桑海軍横須賀鎮守府所属、土方圭助兵曹であります」
「……いつから気づいておられたのです?」
「確信が持てたのはつい先ほど。しかし今までの殿下の言動に、いくつか違和感を覚えていたのも事実です」
「そうですか…………」

そこで言葉を切ると、今までとは違った凛とした口調でマリア……殿下は言った。

「では土方兵曹。ロマーニャ第一公女として命じます」
「は」
「貴方が先ほど言った、私の身分を忘れなさい。ここにいるのは貴方とルッキーニさんに助けていただいた、マリアという人間です」
「…………へ?」

時が止まった、というのはあのようなことを言うのだろう。
あまりに予想を裏切る殿下の言葉に、私は思わず間抜けな声を上げる。

「聞こえませんでしたか?私の身分を忘れなさい、と言ったのです。これ以上は繰り返しません」
「……は、ははっ」

どうにかそう答える。
その返事を待っていたかのように、私の目の前に小さな白い手が差し出された。

「……これは?」
「ではお立ち下さいな。それに、あなた方も私に嘘をついていたのでしょう?」
「…………は。申し訳ありません」

その言葉に非難するような調子は含まれていなかったが、それでも背中に一筋の冷や汗が伝うのは仕方のないところであろう。
マリアさんは言葉を続ける。

「その、ルッキーニさんの本当の身分を教えて頂けません?」
「ロマーニャ公国第4航空団第10航空群第90飛行隊所属……そして今は第501戦闘航空団に出向しておられるフランチェスカ・ルッキーニ少尉です」
「501……あのストライクウィッチーズの一員だというのですか?」
「はい」

マリアさんの声に微かな驚きが混じる。
どうやら、ここロマーニャにもストライクウィッチーズの名は広まっているようだ。

「そうですか……フランチェスカ・ルッキーニ少尉…………」

確かめるようにつぶやきつつ、マリアさんは視線を空へと移す。
視線の先では、ストライカーユニットを穿いたルッキーニ少尉が宮藤さんやシャーリーさんと合流してネウロイへと向かっていくのが見えた。
しかし、まさか本当にストライカーユニットが役に立つ事態になるとは。

「…………土方さん」
「は」

そのまま視線をそらすことなく、マリアさんは私に声をかける。
そして彼女の口から紡がれたのは、ある意味私の想像通りの言葉であったた。

「ここでルッキーニさんのこと見ててもいいですか?」
「…………殿下のお心のままに」
「『殿下』は無しですよ。さっき言ったじゃないですか」
「……これは失礼を」

そこまで言うと、私とマリアさんはどちらからともなく顔を見合わせて笑ったのだった。

…………というところで投下終了です。
中々話が進まなくて申し訳ないです。
次あたりで「私のロマーニャ」は終わらせたいのですが。
次に控えるのがエイラーニャ回の「空より高く」なので無駄に気合が入りそうな悪寒w

それでは。
次でお会いしましょう。

こんにちは。
コミケも終わり何とか書き終えることができましたので投下します。
コミケに来て下さった方、ありがとうございました。


「…………すごい。あれが伝説の魔女達」

殿下は上空で繰り広げられるネウロイとの空中戦にそんな感嘆の言葉を投げる。
眼前では宮藤さん、シャーリーさんと共にネウロイ相手に優勢に戦いを進めるルッキーニ少尉の姿があった。
しばらく感嘆して眺めていた殿下であったが、やがて視線はそのままに、ポツリポツリと話し始める。

「土方さん」
「は」
「今までの私は、不自由な身分を嘆くばかりでした。ロマーニャ第一公女なんて見栄えのよいお人形みたいなもの……こうしてローマ市内を散歩することすら供の者なしにはできない。こんなことでロマーニャの民を守ることができるのか、いつも自問してきたと言っていいでしょう」
「…………」

堰を切ったように始まる殿下の独白に、私は返事を返さない。
それは私に話しかけるというよりむしろ、眼下に広がるローマに住む市民、ひいてはロマーニャ全土の民に向けられたものであったように思えたから。

「でも、ルッキーニさんの姿を見て、そうして実際に民たちの生活に触れて気づかされた気分です。今までの私は『何もできない』のではなく『何もしようとしなかった』んだって」
「…………」

いつのまにか殿下の視線は私の方に向けられていた。
その姿は、506基地で見かけたヴィスコンティ大尉のお姿と重なる。
どちらも自分の手で祖国を守れないことへの悔しさを吐露しておられた。

「出来るとか出来ないじゃない、するかしないか。ルッキーニさんは何の迷いもなく言い切りました。『行かなきゃ』って」
「殿下……」
「だったら私も考える前に行動してみようと思うんです。私にしかできないことを。……『ノーブレス・オブリージュ』って陳腐な言葉ですけど、やっとその言葉の意味が実感できた気がします」

再び殿下は視線を上空に転じる。
戦いは終盤を迎えており、ルッキーニ少尉のバリアをまとった体当たりによりまさにネウロイのコアが破壊されようとするところであった。

「私、ルッキーニさんと土方さんにお会いできてよかったです」
「は」

そう言ってこちらに笑顔を向けてくるマリア様。
その時であった。

「マーリアーーーーー!」

ネウロイを撃破したルッキーニ少尉がそう言いながら一直線にこちらに飛んでくる。

「ルッキーニさん、すごかったです」
「ありがと。…………それとマリア。今から見せてあげるね」
「…………え?え?な、何を?」

戸惑うマリアさんを横抱きにすると、少尉は一路空へと駆け上がっていった。
…………なるほど。
少尉のおっしゃっていた「見せたいもの」とはこれのことか。
坂本少佐に抱えられて「空を飛んだ」時のことがよみがえる。
もうひと月も前のことであるが、今でもあの時の光景は脳裏に焼き付いている。
願わくばこの体験が、殿下の心に何らかの印象を残すことを願わずにはいられなかった。

「よ、土方の兄さん」
「圭助さん」
「宮藤さんにシャーリーさん…………その」

ふいにかけられた声に振り向くと、宮藤さんとシャーリーさんがストライカーユニットでホバリングしつつ私の側に来ていた。
買い出しの途中で持ち場を放棄してはさすがのお二人も怒っておられるだろう。
謝罪の言葉を発するため口を開きかけるが、その言葉はシャーリーさんの言葉によって遮られた。

「いいよ…………まぁ兄さんが訳もなく任務放棄するような人じゃないってのは分かってる。それよりあの女の子は何者だい?」
「そうです!それに、ルッキーニちゃんと今まで何やってたんですか!」

宮藤さんの言葉にシャーリーさんがにやにやとした笑みに変わる。

「お、それは私も興味あるな」
「あ、いえ、それは…………」

まさか本当のことを正直にいう訳にもいかず、それからしばらく、私はお二人の質問を必死でかわし続けるはめになったのだった。

「…………一人で帰れる?」
「はい。今日はとても素晴らしい一日でした」

夕方。
予定していた買い物も終わり、殿下とルッキーニさんが別れの挨拶をしていた。

「土方さんも、ありがとうございます」
「は」

そう言って殿下が頭を下げる。
公女殿下ともあろう方に頭を下げられるというのは何とも面はゆいものだが、ここで表情に出しては宮藤さんたちに要らぬ疑念を抱かせることになる。
結局宮藤さんとシャーリーさんのお二人には殿下のご身分は隠してほぼありのままを話すこととなってしまった。

「…………そりゃまた大した大冒険だったな」
「なんだか映画みたいですね」

私の話に、お二人はそう言ったのみで特にそれ以上の追及はしてこなかった。
…………もしかしたらシャーリーさんあたりは何かに気付いておられたかもしれないが。

「私は、私のなすべきことに気付きましたから」
「…………そっか。頑張ってね。マリア」
「はいっ!」

少尉には殿下のお言葉の意味はおそらく分からなかったであろう。
でも何か憑き物が落ちたようなその表情に何かを感じ取ったのか、少尉は詳しく聞くことなく笑顔で頷いたのであった。

「ばいばーい!マリア!まったねー!」

トラックの荷台から、遠ざかっていく殿下に手を振る少尉。
殿下の姿が見えなくなるまで手を振り続けると、少尉は急に私に向き直り、私の財布を差し出してきた。

「あ、そう言えば兄ちゃんのお金、返すね」
「…………これはどうも」
「ごめんね。結構使っちゃった。いつか返すよ」
「いえ、お構いなく」
「うー…………それじゃ私の気がすまないよ」

どうせ使う宛もなかった金である。
私の返答に少尉はやや不満そうに眉をひそめるが、やがてどこか悪戯っぽい笑みを浮かべると、

「じゃあさ、兄ちゃん」
「は」

その笑顔のまま急に私の方に顔を近づけてくる。
不意に視界に現れた少尉の顔に思わず心臓が大きく跳ねた。

「これから……一生かけて返していくってのはどう?」

「…………え?それはどういう」
「しらなーい。自分で考えなさいっ。…………今日は疲れちゃった。もう寝るから着いたら起こしてね」

そう答えると少尉はそのまま荷台の縁に凭れて眠り込んでしまい、あとは私がいかに声をかけようと起きることはなかった。

「シャーリーさんたち、お疲れ様でした。まさかネウロイと戦うことになるとは思わなかったけど…………どうやら問題なかったようね」
「まぁ私たちにかかれば楽勝だよ。な、ルッキーニ!」
「うん!」

基地のブリーフィングルームにて。
ヴィルケ中佐よりねぎらいの言葉を受けるシャーリーさんたちを横目に、私はエイラさんに頼まれた枕を渡す。

「エイラさん、どうぞ」
「言ったものはあったか?」

エイラさんに枕を渡す。
ネウロイを倒してから夕方まで時間があったため、隊員の皆様から頼まれた買い物も済ませることができたのは僥倖であった。

「それと、これは私からエイラさんに」
「…………へ?」

私のさしだすもう一つの包みに、エイラさんが怪訝そうな視線を向けてくる。

「リトヴャク中尉とお揃いにしておきました」
「…………ああ」

続く私の言葉に、しばらく無言で包みを見つめていたエイラさんがやっと理解したように小さく声を上げる。

「べ、別に私の分はいいって言っただろ?」
「でも、ついででしたので…………」
「エイラ、ダメだよ。せっかく土方さんが買ってきてくれたものに文句つけるなんて」
「う…………」

リトヴャク中尉に窘められ、言葉に詰まるエイラさん。
何だか母親に叱られるやんちゃな娘といった風である。

「……何がおかしい」
「あ、いえ、その、別に」

どうやら表情に出てしまっていたらしい。
エイラさんに睨まれてしまった。

「……でも、ま、その、礼は言っとく。…………ありがと」
「いえ、どういたしまして」

私から視線をそらしてそう言ってくるエイラさんの頬は赤く染まっていた。

「――――さて、本日初の公務の場である園遊会にお出ましになったロマーニャ公国第一公女、マリア殿下からお言葉です」

ブリーフィングルームの中央に置かれたラジオがノイズ交じりにアナウンサーの言葉を伝えている。
電波状況は問題なさそうだ。
アナウンサーの声も鮮明に聞こえてくる。

「昨日、ローマはネウロイの襲撃を受けました。しかし、そのネウロイは小さなウィッチの活躍によって撃退されたのです。その時私は、彼女からとても大切なことを教わりました。この世界を守るためには、一人一人ができることをすべきだと。私も、私にできることでこのロマーニャを守っていこうと思います。ネウロイを撃退して下さった501戦闘航空団だけでなく、現在このロマーニャを守るために全力を尽くして下さっている504,506の戦闘航空団、多くのウィッチの皆様方に、心からお礼を申し上げます」

ラジオから聞こえてくる公女殿下の声は凛として落ち着いているが、それでもその声にはローマで出会った「マリアさん」の面影を感じることができた。



「驚いたな」

私の隣でそのように声を上げたのは私と共にラジオを聞いていらっしゃったウィトゲンシュタイン少佐。

「まさか公女殿下が我ら506の名を出して下さるとは」
「そ、そうですね」

――――だったら私も考える前に行動してみようと思うんです。私にしかできないことを。

そうおっしゃった公女殿下の口調と表情が脳裏によみがえる。
…………これがその答えという訳か。
思わず口元が綻んでしまう。

「…………まぁよい。これで506への評価も少しは変わるであろう。公女殿下は中々にできたお方のようだな」
「は。それは保証いたします」
「ん?貴様がそのように人に肩入れするなど珍しいの」

返答する声に必要以上に力がこもってしまったようだ。
少佐が不審そうな目を向けてくる。
しかし、それも数瞬のうちに消え、少佐はにやりとした笑みを浮かべると私に近づいてこられる。

「それはそれとして…………妾の頼んだもの、買ってきたかや?」
「…………は」

「妾に似合いそうなものを主が選べ」という随分な無茶ぶりだ。忘れるはずもない。

「うむ。では早速よこすがよい」
「は」

そう言って包みを渡す。
正直気に入っていただけるかは神のみぞ知るというところだが。

「これは…………帽子か?」
「はい。少佐のお綺麗な髪に似合うかと思いまして」

私が選んだのは白い毛皮のついた円筒形の帽子であった。

「…………お綺麗な髪、か。貴様も言うようになったの。506に派遣したのは間違いではなかったか」
「きょ、恐縮です」
「そう畏まるな。貴様からの贈り物を妾が気に入らぬわけがなかろう…………似合うかや?」

早速帽子を頭に載せ、感想を聞いてくる。
少佐の銀髪と白の帽子は見事にとけあっており、私も一瞬見とれてしまうほどであった。

「その態度が何よりの返事じゃ。ありがたく受け取っておくぞ」
「は」

少佐はそうおっしゃると、満足そうに去って行かれたのであった。

「……ルッキーニから聞いた。ずいぶんな冒険をしてきたようだな」

坂本少佐が苦笑交じりに声をかけてこられる。
振り返った視線の先では、ルッキーニ少尉が自分の冒険譚を2割増しほどの脚色を加えて皆に話していた。
少尉の話の中では少女を守るために私と少尉がマフィアと銃撃戦を繰り広げたことになっている。
少尉らしいその様子に、私の方もつられるように苦笑する。
しかし、話がネウロイのことに及ぶと少佐は不意に表情を引き締めた。

「しかし、ローマにまでネウロイが南下してきているというのは見逃せんな。この基地の防御も強化しておくべきであろう。土方、疲れておるところを済まんがこの後付き合ってもらうぞ」
「は」
「しかし、今の公女殿下のお言葉には感服した。あのような形で感謝の言葉を述べられては我々も発奮せざるを得んな。公女殿下はお若い方と聞くがなかなかの方のようだ」

ウィトゲンシュタイン少佐と同じお褒めの言葉に、再び綻びそうになる口元を引き締めると、私は本日最後の、そして最大のミッションを果たすべく坂本少佐に相対した。

「あの…………坂本さん」
「どうした?」
「その、お、お気に召しますかわかりませんが…………これを」

そう言いつつ懐から一つの包みを差し出す。
坂本少佐に贈るものである。
十分に選んだつもりではあったが、いざ気に入ってもらえるかどうかというと自分自身のセンスにいまいち信を置けぬところがあった。

「なに…………?」

不意を突かれた様に沈黙する少佐であったが、私の差し出すものと表情に気付くと、怒ったような笑ったような中途半端な表情になって視線を逸らす。

「ま、全く貴様は…………何もいらんといったのに……妙に律儀な奴だ…………まぁその、一応礼は言っておこう」
「その…………お気に召していただければ光栄です」
「う、うむ」

そう答えると少佐は受け取るのももどかしく包みを破り捨てる。

「これは…………髪飾りか?」
「は。その、ほ、本当は……簪などがあればよかったのですが、ロマーニャではそれもままならず……しかし、黒髪には似合うと店員も言っておりましたし…………」
「そ、そうか……うむ。その、こ、こういうものは持っていなかったしな…………感謝する」

そんな少佐の言葉に、私も顔を赤くして沈黙するしかなかった。

(Minna's Side)

「…………何やってんのかしらあの二人」

まるで子供のように顔を赤らめている二人を見て思わずため息をつく。
隣でシャーリーさんがわれ関せずとばかりに笑っていた。

「いいじゃん。見てて面白いし。もう少し見守っていきたいぜ」
「はぁ。美緒と土方くんの事だし、何もないようなら要らない口出しをする気もないのだけど…………」
「なるようになるさ。な、宮藤」

そう言ってシャーリーさんは傍らの宮藤さんへと視線を転じる。

「ぐぬぬ」

宮藤さんは宮藤さんで意味不明の唸り声をあげながら土方くんと美緒の方を見つめていた。
シャーリーさんは相変わらずにやにやとそんな宮藤さんに生暖かい視線を送っている。
そんな二人の様子に私は、もう一度ため息をついたのだった。
その時、私の思考を中断させるかのように、ラジオからノイズ交じりの声が再び聞こえてくる。


「最後に、私の大事な友人である第501戦闘航空団のフランチェスカ・ルッキーニ少尉と、土方圭助兵曹に個人的な感謝の言葉を述べさせていただきます。本当にありがとうございました」

「「えええええええーーーーーーーっ!!」


シャーリーさんと宮藤さんの驚きの声が、ブリーフィングルームに響き渡った。

「ひ、土方…………なぜ公女殿下が貴様の名を?」
「あ、いえ、それはその」

視線を転じた先では美緒が怒ったような戸惑ったような表情で土方くんに詰め寄っている。

――――また、騒がしくなりそうね。

心の中でそう思いながら、私は本日何度目かになるため息をついたのだった。

……と、言うことで新年最初の投下、終了です。
前話からかなりお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

これで「私のロマーニャ」は終了。
次はエイラーニャ回の「空より高く」です。
無駄に気合が入りそうな予感ですが、笑ってお付き合いくだされば幸いです。

それでは。

こんばんは。
長く間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
第6話の導入を投下します。

「……どうぞ」
「ありがとうございます」

目の前で微笑んでいるリトヴャク中尉に一礼し、彼女が淹れて下さった紅茶に口をつける。
先日の補給によって紅茶が手に入ったことで、501の食卓も彩りを増してきていた。
午後のティータイムに一番熱心なのはやはりビショップ曹長であるが、意外なことにこのリトヴャク中尉も紅茶好きなようで、ティータイムに彼女が紅茶を淹れる姿を何度も見かけている。
……その姿をハラハラしながら眺めているエイラさんの姿もまた定番であったのだが。
リトヴャク中尉が淹れられる紅茶は、いわゆるオラーシャ式というもので、砂糖を入れるのではなく苺やマーマレードのジャムを小鉢に用意し、それを舐めながら飲むというものだ。

広い食堂には現在、私とリトヴャク中尉の姿しかない。
ネウロイ出現の報によりその他のウィッチの方は迎撃に出かけておられ、基地で指揮を執る必要のあるヴィルケ中佐と夜間哨戒に出る必要のあるリトヴャク中尉のみが基地で待機することとなり、さしあたってすることのないリトヴャク中尉に誘われる形でティータイムのご相伴にあずかることができたというわけだ。
再び沈黙が降りる。
ビショップ曹長ほどではないものの、リトヴャク中尉もやや人と接するところが苦手なところがあるようで、このように私と普通に会話ができるようになったのはつい最近の事であった。
とりあえず当たり障りのない話題を振ってみる。

「……今回のネウロイは小型のもののようですね。エイラさんが活躍されそうな相手ですが」

リトヴャク中尉と仲の良いエイラさんは「未来予知」が使えるそうで、ネウロイの軌道を予測して行う「見越し射撃」の正確さは501随一だという話だ。
だから、大型のネウロイ相手より小型で数の多い、射撃の正確さが問われるような相手の方が相性がいいのだとご本人がおっしゃっていた。
エイラさんの話に、中尉はわずかに顔をほころばせる。

「そうですね…………エイラ、いつも『私は実戦でシールドを使ったことがないんだ』って自慢してましたから」
「…………そうですか」

シールドを使わずに戦うこと。
それは戦場で鎧を着ずに戦うようなものであろうか。
確かにそれは彼女の優秀な回避能力と未来予知の正確さの賜物であり驚嘆に値するものなのだろうが、昨年のガリア戦線の後「もはやまともなシールドすら張れない」と自嘲的な表情で話しておられた坂本少佐の姿を思い浮かべると複雑な気分になる。

「でも、ちょっと不安でもあります」
「……不安、ですか」

やや表情を曇らせたリトヴャク中尉が話を続ける。

「はい。いつか、エイラでもシールドを使わなくちゃいけないような相手に遭遇した時、うまく使えるのか、って」
「なるほど…………」

中尉の話にうなずく。
確かに自分の長所というのは諸刃の剣だ。
それがあればどんな時も大丈夫、という安心は過信に陥りやすい。

「ネウロイはどんどん強くなってきている。エイラはいつも『サーニャは私が守る』って言ってくれてるんです。それはすごく嬉しいんですけど、私だってエイラを守りたい。そう思ってるのに…………」
「リトヴャク中尉……」

そう言いながら中尉は窓から空を見上げる。
その向こうにいるエイラさんに語りかけるように。

「エイラ、大丈夫かな…………」

そう呟く中尉に駆ける言葉を、私は持っていなかった。

「そ、そういえば」

湿っぽくなりかけた雰囲気を中和するように、中尉が話題を変える。

「土方さん、エイラの事名前で呼んだりして……仲直りしたみたいですね。よかったです」
「え…………」

思わぬ方向からの言葉に、一瞬言葉に詰まってしまった。
しかしそんな私の表情には気づかなかったようで、リトヴャク中尉は話を続ける。

「なんだかエイラ、土方さんにだけ当たりがきついから何でだろうって…………芳佳ちゃんにも一時期おんなじ感じだったしし、扶桑の人が苦手なのかな?」

確かにブリタニアにいたころのエイラさんは宮藤さんにも一方的に突っかかっていくようなところがあった。
まぁ、そんなことを一切気にしない様子の宮藤さんに空回りさせられていたのは御愛嬌と言えるが。

「でも、坂本少佐のいうことは素直に聞くし…………なんでなんでしょう……?」

本当に分からない、という表情で中尉が首をかしげつつ私に視線を向けてくる。
その素直な視線を受け止めかねて、思わず視線をそらしてしまう。
…………中尉以外の人間には原因は分かりすぎるほどに分かっているはずだ。
原因はこのリトヴャク中尉なのだと。

「…………ん?ど、どうしましたか?」
「あ、いえ、なんでも」

思わず中尉の顔を正面からまじまじと見てしまい、顔を赤くした中尉が照れたように視線をそらす。
そのままお互い言葉を発するタイミングを失ったまま、妙な雰囲気の沈黙が流れた。

「あ、あの、よかったらその、わ、私の事も…………」

ジリリリリン!

「きゃっ」
「ぬお」

中尉がおずおずと話し始めるのを待ち構えていたかのように食堂の通信機が鳴り、思わず二人で小さく叫び声をあげてしまう。
やや手間取りながら、私は受話器を耳に当てた。

「ひ、土方です」
「ミーナです。サーニャさんはいる?」
「は」

私は一つ頷くと、中尉に受話器を渡す。

「はい、変わりました。…………はい。……え?何か…………はい。分かりました。では1時間後に」

受話器を置いた中尉はどこか不思議そうな表情で振り返る。
私が内容を聞いてよいものか一瞬迷ったものの、中尉の方から話を切り出して下さった。

「あの、なんだか今日の夜間哨戒はいいって…………その代わり、緊急のブリーフィングをするから2時間後にブリーフィングルームに集まるように、と」
「なるほど」

緊急のブリーフィングか。

…………ということは今日のネウロイにかかわることであろうか。
そこまで考えて、坂本少佐に何かあったのではという、一番考えたくない連想に行きついてしまう。
思わず表情を硬くした私に、中尉が安心させるように言葉をかけてくる。

「あ、誰かが怪我をしたとかそう言うことではないみたいです、ただちょっと厄介な問題が浮上したと」
「そうですか」

……まぁ、坂本少佐に何かあったらヴィルケ中佐があそこまで落ち着いている訳もないか。
しかし、厄介な問題とは何であろうか……
気になりはするが、それよりもまず坂本少佐の無事を確認せねば私が安心できない。
私は中尉の方に向き直ると敬礼する。

「それでは、私は坂本さんをお迎えに行ってきます」
「はい。お疲れ様です」

手を振る中尉に見送られ、私は食堂を後にした。

「おかえりなさいませ」
「土方か」

ハンガーで出迎えた少佐の姿にとりあえずは安心するものの、その表情には疲労の色が濃い。
その表情に、理由を尋ねたい欲求に駆られるが、さすがにでしゃばりすぎであろうと思い直して口を噤んだ。

「ミーナから聞いているかもしれんが、2時間後に緊急のブリーフィングだ」
「は」

そこまで言って少佐は少し考え込むように中空を睨む。

「…………土方、貴様これから時間はあるか?」
「は」
「ならば1時間後に私の部屋に来い」
「…………」
「どうした?」
「い、いえっ!了解いたしました」

何気なくはさまれた「私の部屋」という言葉に思わず数秒間固まってしまった。
怪訝そうな少佐の表情に、慌てて敬礼を返す。

「…………何かあったか?」
「な、何でもありません」
「そ、そうか…………まぁいい。場所は分かるな?」
「は」
「ならばよい。遅れるなよ」
「はい」

この基地に来てよりウィッチの皆様の宿舎には何度も足を運ぶ羽目になっており、皆様の部屋の場所はあらかた把握していた。
やや後ろめたさを隠した私の返事を確認すると、少佐は私に背を向けて司令官室の方へと去って行かれた。
その後姿を見送る私の表情は、期待と疑問の入り混じった不思議な表情をしていたことだろう。

「……圭助さん?」
「うおわっ!」
「きゃっ!」

だから、不意に横合いから宮藤さんが声をかけてきたときもとっさに反応できず妙な叫び声をあげてしまったのも無理からぬことであると思いたい。
宮藤さんは私のあげた叫び声に驚いたような表情を向けてくる。

「す、すいません。驚かせちゃったみたいで」
「い、いえ、こちらこそ…………考え事をしておりまして」
「いえいえ、急に声をかけちゃったのは私ですし」

どちらからともなくぺこぺこと頭を下げ合うこと十回ほど。
宮藤さんの反応からして、先ほどの坂本少佐との会話は聞かれていないようだ。
別に聞かれて困るような話をしていただけではないが、どうも気恥ずかしい。

「そ、それで……どのような御用でしょうか?」
「え?あ、そ、それはその、えっと」

急にわたわたと慌て始めた宮藤さん。
…………何かまずい事を聞いてしまったのだろうか。

「宮藤さん…………?」
「わ、私は、帰ってきたら、その、圭助さんの姿が見えたから、その、えっと、」
「は、はぁ…………」

いまいち要領を得ない宮藤さんの言葉に、思わず視線を上げる。
…………とそこに二人の少女の姿が飛び込んできた。

「あ、土方さんと芳佳ちゃん」
「げ」

リトヴャク中尉とエイラさんであった。
先日の買い出しで買った枕を抱いている。気に入っていただけたようで良かった。
ニコニコと微笑んでいるリトヴャク中尉に、不機嫌そうにこちらに視線を合わせようとしないエイラさん。
その表情は対照的である。

「あ、サーニャちゃんにエイラさん。お疲れ様です」

しかしそんな微妙な空気も何するものぞ、とばかりにお二人に声をかける宮藤さん。
その時、ちょうど二人の間をリトヴャク中尉のストライカーユニットとフリーガーハマーを載せた発進装置が静かな駆動音をさせながら横切って行った。

「ふぇ~~」

リトヴャク中尉の華奢な印象とはおよそ対極に位置するその武骨なフォルムに、宮藤さんが感嘆したような視線を向けている。

「サーニャちゃん、こんなおっきなのいつも持ってて大変だね」

宮藤さんの言葉に、リトヴャク中尉は首を振る。

「ううん。慣れてるから」
「サーニャは一人で夜間哨戒することが多いからな。いざとなればこのフリーガーハマーで一人でだって戦えるんだ」
「すごいね~~」
「へへん」

素直に感心する宮藤さんの言葉に、何故かエイラさんが胸を張っていた。
そんなエイラさんに苦笑を送るリトヴャク中尉。

「でも、一人よりは二人の方が寂しくないよね」
「うん!」

宮藤さんの言葉に中尉は満面の笑みで答える。
その表情は中尉がまだ14歳の少女であることを再確認させる年相応のものであった。

「そう言えば、ウィトゲンシュタイン少佐とはよく組んで出られるのですか?」
「あ、はい少佐にはいつもお世話になってます」

私の問いかけに、リトヴャク中尉が頷く。
二人の時、どんな会話をしているのだろうかと少し気になりはしたが、どうもこの二人が親しげに会話している光景というのがうまく想像できない。
しかし少佐の名前が出た途端に顔色を変えて抗議の声を上げた方がいた。
エイラさんである。

「そうだ!」
「え、エイラさん?」

エイラさんが突然あげた大声に宮藤さんが驚く。

「あのタカビー女が来てから、私がサーニャと組む回数が減っちゃったんだ!」
「もうエイラ、そんな風に言っちゃだめだよ」
「だってサーニャぁ…………」
「少佐だって同じ仲間なんだから。ね」
「う…………」

リトヴャク中尉に窘められ、エイラさんが不満そうに眼をそらす。
いつかも思ったが、リトヴャク中尉はエイラさんの母親のように見えることがある。

「そ、そう言えばサーニャ…………これ」

話の趨勢が自分に不利だと悟ったのであろう、強引に話題を切り替えるべくエイラさんが手に持った小枝をリトヴャク中尉に差し出した。

細い針のような葉が枝から伸びているその植物は、確か…………

「あ、それ……」
「針葉樹…………イトスギですか?」
「うん」

私の言葉に、エイラさんが頷く。

「わぁ……ありがとう」

リトヴャク中尉はその枝を見ると、懐かしそうに眼を細めた。

「ただの葉っぱじゃないんですか?」
「ちーがーう!圭助の話聞いてなかったのか?これはイトスギ。オラーシャとかスオムスでよく見かける針葉樹の一つさ」
「はい。私の昔住んでた家のすぐそばにも、イトスギの林があったんですよ」

そう言っていとおしげに枝を眺める中尉の横顔はそれでもどこか寂しそうだ。

「飛んで行った先で見つけて、サーニャに絶対プレゼントしたくて大事に持ってきたんだ」
「エイラ…………本当にありがとう」

リトヴャク中尉の感謝の言葉に、エイラさんは決まり悪そうに眼をそらす。

「そ、そんなに感謝されることじゃないって……欲しいならいくらでも取って来てやるから」
「うん。嬉しいよエイラ」
「え、えへへ」
「良かったねサーニャちゃん」
「うん」

そんな風に笑顔で会話する少女たちの姿は私には訳もなくまぶしく見えた。

「あ、そう言えば土方さん」
「何でしょうか?」

不意にリトヴャク中尉が私に話しかけてくる。

「え、えっと、その、さっき途中までで言えなかったんですけど……その、よかったら私のことも…………」
「貴方たち、まだこんなところにいたの?」

中尉の言葉を遮るように声が聞こえる。
それはヴィルケ中佐のものであった。

「こんなとこで油売ってないで部屋に帰って休みなさい。2時間後にはブリーフィングよ」
「はーい」
「返事は伸ばさない!」

ヴィルケ中尉の言葉に、ウィッチの皆様が三々五々散っていく。
リトヴャク中尉もこちらを何度も振り返りつつ去って行かれる。
結局、中尉がこの時何を言おうとしたのかを私が知るのは、もっと後のことになるのであった。

……というところで今日はここまで。
いや、戦闘メインの回なので絡ませづらい絡ませづらいw

結果的にこういう感じになりましたがいかがだったでしょうか。

ちなみに私はサーニャちゃんが一番好きです(迫真)

こんばんは。
予告通り、続きを投下しに参りました。
よろしくお願いしますね。

やや癖っ毛の赤髪。
女性にしては背の高い部類に入るであろうその体型。
間違いようもない。
シャーロット・E・イェーガー大尉の姿がそこにあった。
室内の様子にやや面食らったような表情で固まっていた大尉であったが、

ぱたん。

その表情を崩すことなく、小さな音を立ててドアを閉め、その向こうへと消えていく。


「ルッキーーーーーーィニィィィィ!!」

一瞬遅れて廊下の方から聞こえてきたそんな叫び声が、私を我に返らせる。
坂本少佐の方を振り返ると、少佐も私の同じ思いだったのだろう、小さく頷くのが見えた。
少佐に私もうなずき返すと、シャーリーさんの後を追うべく部屋を飛び出した。

廊下に出てみると、廊下の角を曲がるシャーリーさんの姿が見える。
もはや彼我の差は絶望的であるが、あきらめたらそこで終わりだ。
私は彼女の背中めがけてスピードを上げた。

そして先ほどシャーリーさんが曲がった廊下の角を曲がっ――――


ぽよん。


――――た先に不意に訪れたのは予想外の衝撃。
しばらく何が起こったのかわからぬままに立ち止まる。

「……おいおい。こういう強引なのも嫌いじゃないが、坂本少佐とあんなことになった後でちっとばかり節操なさすぎじゃないかい?兄さんよ」

頭上から降ってくる声は、まぎれもなくシャーリーさんの声である。
確か私は、遥か前方を走るシャーリーさんを追いかけていたはずだが…………
というか、今私の頭を包む、この妙にやわらかい感触は何であろうか。

「おーい。どうした兄さん?」

再び「頭上から」聞こえてくるシャーリーさんの声。
しかもその声の発生源はかなり近い。

これは……

「す、すいません!」

慌てて後方へ飛び退く。
急にクリアになった視界には、予想通りこちらを向いてニヤニヤ笑いを浮かべるシャーリーさんの姿が。

「―――土方!」

その時、後ろの方から聞こえてくる声。
まごう事なき坂本少佐の声であった。

「しょう…………むぐっ」

その声に答えるべく後ろを向いた私の口が、急に後ろから伸びてきた手にふさがれる。

「ちょっと兄さんには静かにしててもらうぜ」

そう言いながら私を抱きかかえるようにして廊下の奥へと引っ張って行くシャーリーさん。
本気で抵抗すればその戒めをほどくこともできたであろうが、シャーリーさんに怪我などさせては大事だと一瞬ためらったその隙を突かれ、私は彼女のなすがままに引っ張られるしかできなかった。

やがてシャーリーさんは私を引きずったままある一つのドアへと入っていく。

かちゃり。

部屋の中に入り、私を抱えたまま器用に後ろ手でカギをかけると、やっとのことでシャーリーさんは私を開放して下さった。

「…………ふぅ」
「すまん。ちょっと手荒な真似しちまって」

そう言って謝ってくるシャーリーさん。
……それはいいのだが、ここはどこであろうか。

あたりを見回す私の目に真っ先に飛び込んできたのは部屋の中央にある作業台と、その上に置かれたエンジン。
その周りにはスパナだのレンチだのといった工具が散乱しており、あたかもストライカーユニットの整備場であるかのような様相を呈していた。
他にも、車輪のホイールや用途不明の機械など、なかなかお目にかかれないものに思わず物珍しげに室内を見まわしてしまう。

「あ、あんまり見るなよな。これでも少しは恥ずかしいんだ」

シャーリーさんが声をかけてきた。
その顔は珍しく、照れたようにやや赤く染まっている。

「…………ということは」
「ああ。私とルッキーニの部屋さ」

そう言いながらシャーリーさんは顎先で部屋の片隅を示した。
そこにはベッドが壁に立てかけてあり、そのそばにドラム缶だの古い机だのといったガラクタが雑多に積み上げられている一角が存在している。
しかし、その中から外に向かって伸びている褐色の二本の棒状の物が私の目を引いた。
よく見るとせわしなくごそごそと動くそれは、私にある方の姿を連想させる。

「もしかして…………」
「ああ、あれがルッキーニの『巣』だよ。せっかくベッドがあるのに、全然使いやしねぇであんなガラクタの中でいつも寝てんだよ」

そう言われて改めてみてみると、確かに棒のように見えたのは間違いなくルッキーニ少尉の二本の足であった。

「はぁ……」
「まぁあたしも機械いじりしながら寝落ちすることもあるし、人の事は言えないんだけどな。ははっ」

そう言いながら笑うシャーリーさん。

「そ、そういえばシャーリーさん、あの、先ほどのは、その」
「あーあー分かってるよ」
「え?」

ふいに我に返り、先ほどの光景について弁解を始める私の声を遮り、シャーリーさんは意外なほど落ち着いた声で続けた。

「兄さんがあの坂本さんに不埒を働くような奴じゃないのは分かってるよ。ついでにそんな度胸もな」
「…………信用して下さってありがとうございます、とお答えするべきなのでしょうか」
「どうぞご自由に」
「……そうですか」

誤解されていないのは喜ぶべきなのだろうが、今一つ釈然としないのはなぜだろうか。
そんな私の態度に、シャーリーさんはおかしそうに笑う。

「くっくっ。まーまーそんな顔すんなって。さっきの事は忘れてやるからさ」
「…………本当ですか?」
「信用ないんだな、私って」

大げさに肩をすくめて見せるシャーリーさんにどの口が言うか、とツッコみたくなるが堪える。
実際シャーリーさんはああ見えていろいろなことを考えていらっしゃる方だ。
無節操に言いふらしたりはしないだろう。

「そのかわり、私のお願いを一つ聞いてもらうぜ」

そう言って私に笑顔を向けてくる。
…………やはりそう来たか。

だからこそ坂本少佐を振り切るように部屋へ連れ込んだりしたのだろう。
私は大きくため息をつくと、先を促すように視線を向ける。

「いや、そんなに大したことじゃないよ」
「…………今現在、世界で一番信用できない言葉を聞いた気分ですよ」
「言うようになったねぇ兄さんも」

おかげさまで、と皮肉っぽく返しそうになって慌てて口を噤んだ。
どうもシャーリーさんと話していると、つい言葉に遠慮がなくなってしまう私がいる。
さすがに5つも階級が上の方にとる態度ではない。
小さく咳払いをして表情を引き締めると、改めてシャーリーさんに視線を向ける。
しかし、私の目に映った彼女はなぜか不快そうに眉をひそめた。

「…………む」
「……シャーリーさん?」
「うん。やっぱりこれだな」

何事か一人で納得しているシャーリーさんに私の疑問はさらに大きくなる。
やがて私の方を見ると、シャーリーさんはびしっ、とばかりに指を突き付けてきた。

「兄さん、これから私と話すときは敬語禁止な」
「…………へ?」

その口から出た、あまりに予想外な言葉に思わず聞き返してしまう。

そんな私の戸惑いには気づかぬ風でシャーリーさんは続けた。

「ずっと思ってたんだよ、兄さんの敬語。だいたい兄さんの方が男で年上なんだしさ」
「い、いえ、でも…………」

軍には階級というものがあり、それを無視した馴れ合いは……
しかし、私のいうことなど分かっている、とばかりにシャーリーさんは首を振る。

「私らが兄さんより階級上なのはウィッチだから。…………もちろん自分たちの実績を卑下するわけじゃないけど、もともと軍人じゃない私は階級とかよく分かんないし、私だってミーナや坂本少佐には普通にため口で話してるだろ?兄さんもそろそろ普通に話してくれてもいいと思うんだ」

そう言えば山川さんやハルトマン中尉もそんなことを言っておられた。
む…………
黙り込んだ私に対し、シャーリーさんは小さく笑うと言葉を続ける。

「相変わらず真面目だねぇ。でもまぁそう言うところが兄さんのいいところだってわかってもいるからさ、無理に改めろとは言わないよ」
「は、はい」
「でも、そう言う喋り方にどこか壁を感じて寂しく思ってる奴もいるってことは知っといてくれ。私みたいにな」

さすがに少し恥ずかしそうに頬を赤らめながらシャーリーさんは言う。

「だからさ、こうやって二人で話してる時ぐらい敬語外してくれてもいいんじゃないか。…………あ、それからシャーリー『さん』も禁止な」
「…………は、はぁ」

どうも扶桑海軍の「扶桑軍人はジェントルマンたれ」という教育方針がしみ込んでいるのか、女性にそう言った気易い喋り方をすることにためらいを覚えてしまう。
しかし、確かに自分でもこの融通の利きにくい性格は直さなくてはと思っていたことも事実だ。
その為の練習台にシャーリーさんがなってくれるというのなら、乗ってみるのもいいのかもしれない。

「わ、わかりま…………分かった。何とか努力してみる。しゃ、シャーリー」
「…………っ!」

しかし、その一言を発するだけでかなり精神的に疲労した気分だ。
見ると、シャーリーさんも恥ずかしそうに視線をそらしている。

「あ、あはは…………自分で言っといてなんだが、結構改めて呼ばれると恥ずかしいもんだな」
「…………私もです」

その時であった。


(―――方!土方!)


ドア越しに廊下の方でかすかに聞こえてくる声。
坂本少佐の声であった。
慌てたように顔を見合わせるシャーリーさんと私。

「…………っと、私の部屋から出てくるところを見られたらさらにやばいか」
「……そ、そうですね」
「さっきの事については気にすんな。言いふらしたりはしないから」
「ありがとうございます」

そう答えて部屋を退出しようとしたところ、背中にシャーリーさんから声がかけられた。

「あ、兄さん、その」
「ああ。そういえば…………またな、シャーリー」
「…………」

振り返った私の不意打ち気味の言葉に、びっくりしたように表情を固まらせているシャーリーさんの表情を見て、私はやっと一矢報いた気分になることができたのだった。

以上です。
シャーリーさんって確かに土方と絡ませやすいですね。

次はまた本編に戻って6話の続きです。
それでは。

職業安定所。
職員「坂本さん、坂本美緒さん」
美緒「はい」


職員「えー、以前の勤め先を辞められたのはいつですか?」
美緒「1年前です」
職員「辞められた理由は?」
美緒「軍隊でしたが、戦争が終わって、戦闘がなくなって……それで閑職に回されて、やりがいがなくなって辞めました」
職員「それから仕事探しは?」
美緒「恩給をもらってましたので……」
職員「されてないんですね」
美緒「ええ。ですが、それが今月で切れるので」
職員「何か特技はお持ちですか?」
美緒「いえ、特には……体力ならありますが」
職員「わかりました、では適職を調べてみます」


美緒「なんだこれは!! 工事とか、工場とか、そんなのばかりじゃないか!」
職員「でも、それしかないんですよ。事務職はまず無理です」
美緒「なんとかするのが、そっちの仕事だろう!」
職員「贅沢を言っていては就職はできませんよ。あなたは佐官だったそうですね。何人もの部下があなたの命令で動いてたでしょうけど、もうそれは忘れなさい」
美緒「ぐぬぬ……」


帰り道。
美緒「(くそっ……あいつ(土方)は、軍を辞めてすぐ就職が決まったのに……あげく、『お前はもう上官じゃない、言うこと聞く必要はない。それより早く飯作れ』だ。惨め過ぎる……)」

こんばんはー。
今日も投下しに参りましたですよー。

それでは。

(Sanya'sSide)

風が私の髪を乱す。
現在高度18,000m。
人類にとっては完全に未知の領域にいま、私はいる。
目を正面に向けると、芳佳ちゃんの顔が。
私を見て微笑んでくれるその笑顔に、私は何度救われただろう。

でも、と私の中の何かが呟く。
こういう時に、本当に私の側に居てほしいのは…………

その思いは、声になることなく憎らしいほどに晴れ渡った空へと溶けていく。


(Hijikata's Side)

「そろそろ高度20,000じゃの」
「は」

少佐の言葉が聞こえたわけではないだろうが、目の前では、ペリーヌさんたち第2打ち上げ班の方々が今まさに離脱していく映像が映っていた。

徐々に遠ざかっていく4人のウィッチの方々。
エイラさんの姿も当然のことながら、その中にはあった。
画面のノイズがひどく、その表情はよく分からないが、どんな表情なのかはある程度予想がつく。

「圭助よ」
「は」
「ハルトマンから聞いたぞ。あのオラーシャ娘たちの事、随分気にかけておったようではないか」
「そ、それは…………」

少佐のからかう様な言葉に口ごもる。
正直こちらが一方的に心配していたようなもので、相手にしてみれば要らぬおせっかいであったかも知れないのだが。
それでも、リトヴャク中尉やエイラさんが沈んでいるのを放置しておくことは出来なかった。
そんな内心を少佐は正確に読み取ったのであろう。私の心配を笑い飛ばすように小さく笑い声をあげる。

「そんなに気にすることでもあるまいよ。あ奴らとて心配されて嫌な気分になるはずもない」
「は、はぁ」
「まぁ、それはそれで要らぬ問題を巻き起こすこともあるのじゃがの」
「え…………?」
「何、独り言じゃ。忘れてよいぞ」

少佐が何を仰りたかったのか今ひとつわからなかったが、少佐の表情がそれ以上の問いかけを拒絶していた。

「それより圭助」
「は」
「見てみよ。少々愉快なことになっておるようじゃ」

少佐に促され、再び正面を向いた私は、そこに展開されていた意外な光景に驚かされることになるのであった。


(Eila's Side)

「時間ですわ!」

第2打ち上げ班である私は、ツンツン眼鏡の合図によって発射台から手を離して離脱した。
それとともに遠ざかっていく、サーニャの横顔。
その視線が、わずかに動いて私の方を向く。
サーニャはいつだって、私のことを一番に気をかけてくれた。
そんなサーニャを私はいつでも守りたいと思ってきたのに…………
そこまで考えた瞬間、私の中で何かがはじけた。

「いやだーーー!」

私のあげた大声に、周りのウィッチ達が何事かと振り返る。
しかし私にはもう、サーニャの姿以外目に入っていなかった。

「私が……私がサーニャを守るんだ!」

そう叫ぶとブースターへの魔力供給を増加させ、私は宮藤とサーニャに向けてどんどんと上昇していく。
作戦とか命令とか、私にはもうどうでもよかった。
サーニャを守るという役目を、自分以外の誰かに任せることが、たまらなく悔しかった。

「何してるのエイラっ!」

突然の行動に驚いたようにサーニャが叫ぶ。
そんなサーニャに届けとばかりに、私も大声を張り上げた。

「サーニャ言ってたじゃないか!諦めるから駄目だって!」
「……!」

サーニャの表情が驚いたようなものになる。

「私は諦めたくない!サーニャは!私が!守るんだーーーー!」

それは、ここ数日ずっとサーニャに言いたかったこと。
サーニャを守るためだったら、私は何だってしてやる。

「くっ…………」

魔力を急激に吸い取られる感覚に顔をしかめる。
ここまで来るためのロケットブースターに多量の魔力を消費していた私の上昇速度は、サーニャ達に追いつくには全く不足であった。
再び遠ざかるサーニャの顔。
無駄なあがきと思いつつ、はるか上空のサーニャに向けて私は必死で手を伸ばす。

その時、奇跡は起こった。


私の手を掴む一本の手。


目を上げると、そこにいたのは――――



「み、宮藤?」

先ほどまでサーニャとともにはるか上空を上昇していた宮藤が、なぜか私のすぐそばで私の腕をつかんでいる。
宮藤はそのまま私の背後に回り込むと、私の背中を押すようにしてブースターを一気に加速させた。
私の耳元に顔を寄せると、宮藤は囁く。

「エイラさん……やっぱりサーニャちゃんの側にはエイラさんがいるべきです…………行きましょう!」

そのまま宮藤は私の背中を押してぐんぐんと高度を上げる。
一旦遠ざかって行ったサーニャの姿が再び大きくなってくるのがわかる。
やがてサーニャと同じ高度まで到着すると、私は先ほどの宮藤のように、サーニャの背中へと手を回して抱きしめた。

「エイラ……」
「サーニャ、やっぱりこの役目は宮藤だろうと誰だろうと譲れない。サーニャは私が守りたいんだ」
「エイラ…………うん、ありがと」

最初は驚いていたサーニャだったが、私の言葉に笑顔を浮かべる。

「無茶よ!魔法力が持つわけないでしょう!帰れなくなりますわよ」

下の方からツンツン眼鏡の声が聞こえてくる。
しかし、その言葉に返事したのはサーニャであった。

「私が…………エイラを連れて帰ります」
「サーニャ?」

いつものサーニャらしくないはっきりとした物言いに驚く私に、サーニャは笑顔を向けると言った。

「エイラ……一緒に行こう。あの空の向こうへ」
「…………ああ!」

私も全力で頷く。


「もう……無茶苦茶ですわ」
「いっけ―!エイラ!」
「ああ。行ってくる」

ツンツン眼鏡はどこか呆れたように、ルッキーニは楽しそうに、声をかけてくる。
そんな二人に、私は静かに声をかけた。

「いってらっしゃい、エイラさん、サーニャちゃん」

そしてすぐ足元では宮藤がやはり笑顔を向けながら少しずつ高度を下げていくのが見える。
宮藤に向けて、私は勇気を振り絞って口を開いた。

「そ、その、宮藤…………」
「え?」
「あ、ありがとう……な」
「え……は、はいっ!」

さすがに少し照れくさく、宮藤から目をそらしながらの言葉になったが、宮藤は一瞬驚いたような表情になった後、先ほど以上の笑顔をこちらに向けてきた。

(Hijikata's Side)

「ふはははっ!ははははっ!さすがは501よの。妾を退屈させてくれぬわ」
「しょ、少佐……あまり動かないでください…………」

私の膝の上に座ったままウィトゲンシュタイン少佐が笑い声をあげる。
目の前の壁に映る映像はもはやノイズだらけになっており、少佐は画像がぶれるのもお構いなしに腹を抱えて笑い転げている。
おかげで、少佐を床に落とさぬようにさらにしっかりと抱きかかえねばならないほどであった。

「ああ……すまんすまん。しかし、圭助も見たであろう?」
「は」

確かに、先ほど見せられた映像には驚かされた。
第2打ち上げ班であるエイラさんたちが離脱したと思ったら急にエイラさんが何かを叫び、リトヴャク中尉に向けて急上昇。そしてそれに呼応するように宮藤さんがエイラさんを引き上げて、結局エイラさんとリトヴャク中尉がそのまま上昇していくところで映像は途切れた。
いつも飄々としているように見えるエイラさんに、ここまでの行動力があったとは…………

「でも、大丈夫なんでしょうか。第2打ち上げ班として魔力を使い切ってしまった上、リトヴャク中尉を守るためにさらにシールドを張らねばならないエイラさんに、あのまま地上に帰るだけに魔力が残っているのか……」

私の不安を、少佐は笑い飛ばすように答える。

「そんなことを心配しておったのか?」
「は、はい」
「神は我らが頭上にあり、じゃ。ここまでやった奴らが作戦を失敗するわけがなかろう。そう言うものよ」
「はぁ…………」

あまりに自信満々に言い切る少佐の勢いに押されるように私も頷く。
…………しかしそれから数時間後、少佐の「予言」は現実となるのであった。


「おかえり!サーニャちゃん」
「全く……宮藤から事の顛末を聞いた時は胆が冷えたぞ。まぁ、結果オーライといったところか」
「エイラ、かっこよかったよ!」

見事にネウロイを撃破し、帰還したエイラさんとリトヴャク中尉に、他のウィッチの方々から様々な表現ながらねぎらいの言葉がかけられる。
そんな雰囲気もひと段落したころ、不意にリトヴャク中尉が私の方へと近づいて来た。

「あ、あの…………」
「リトヴャク中尉、お見事でございました」
「あ、ありがとうございます」

私の言葉に嬉しそうに微笑む中尉であるが、それから何故か私の方に意味ありげな視線を向けて来るだけで立ち去ろうとしない。

「あ、あの、その、土方さん…………」
「は、はい」
「え、えっとですね、その、土方さんにその、お願いがあって」
「お願い、ですか」

いつものリトヴャク中尉らしからぬ態度にやや戸惑いながらも答える。
もちろんウィッチの方々の要望は、私にできることならかなえたいところではあるが……

「は、はい……その、私の事、いつも『リトヴャク中尉』って呼んでますよね」
「は。それはもちろん」
「そ、その、私の事はエイラみたいに、その、『サーニャ』って、呼んでもらいたいかなって」
「え?」

その「お願い」の予想外な内容に、思わず失礼な返事をしてしまう。
その態度を拒絶ととったのか、中尉の声がさらに小さくなっていく。

「え、えっと、エイラとか、ハルトマンさんとか、みんな名前で呼んでもらってるのに、わ、私は違うから…………」

言いながら赤くなって下を向いてしまう中尉。
何だか最近このパターンが多くなってきている気がする。
まぁ、今更遠慮することでもないだろう。

「…………わかりました」

私の言葉に中尉はぱっと笑顔になった。

「これからもよろしくお願いしますね。サーニャ…………さん」

「は、はいっ!」
「この程度でよろしければいつでも」
「あ、それからもう一つ…………その、土方さんにお礼を、その、言いたくて」

お礼?
私がサーニャさんに礼を言われるようなことを何かしたであろうか。
怪訝そうな表情になる私に、中尉は言葉を続ける。

「あの、一緒にピアノを弾いてくださった時です。あの時、エイラと喧嘩しちゃって落ち込んでた私に元気を下さいました」
「そのことですか……いえ、私はただ下手なピアノを披露しただけです。お二人が仲直りできたのはお二人のがんばりによるもので、私は何も……」
「そんなことないです!」

リトヴャク中尉らしからぬ鋭い語気に驚く。

「あの時土方さんが言ってくれた言葉、私とても嬉しかったんです」
「え…………」

まずい。
あの時私はかなり恥ずかしい事を言ってしまった気がする。

「あの時、私の事を大切な人って言ってくださったから……」
「「「「えええええええーっ!」」」」

不意に横合いから割り込んできた声に、私もサーニャさんも驚いて振り返る。

「ちょ、ちょっとどういうことですか圭助さん!」
「ひっ、土方貴様……どういうことか説明してもらおうか」
「サーニャああああああ!すぐにその男から離れろ!」

そんな風に言いながら駆け寄ってくる方々と、その後ろで笑いながら眺めている方々。
…………501は、今日も平和であった。


……というところでやっと第6話終了です。
やっぱりサーニャちゃんの回は気合が入ってしまいますね。
次は第2期一番の問題回w「モゾモゾするの」……の前に少しオリジナル展開を挟もうかと、
それではまた来週。

こんばんは。
ま、まだ日曜でいいですよね(震え声)
投下しますー。

「圭助よ、今良いか」
「……は」

部屋を出たところで、突然ウィトゲンシュタイン少佐に声をかけられる。
いつもの少佐ならば私の都合などお構いなしにスキンシップを取ってくるはずであり、私に都合を尋ねてくるなど初めてのことであった。
そんな普段と違う少佐の態度に、やや警戒するような私の返事に少佐は小さく笑う。

「そう怯えるでない。別に取って食おうというわけではないのだからな……いや、それもありか」
「……やめてください」

そう言う少佐の姿はいつもの少佐のように見える。
しかし、それでも先ほどから付きまとう違和感は消えそうにない。

「圭助、朝食後、妾の部屋に来い」
「は」
「…………ほう?」

即答した私に、少佐はやや驚いたような表情を浮かべる。

「もう少し動揺するかと思ったがの。女に部屋に誘われるのは慣れておるのかや?」
「違います…………」

不本意な言われようにやや本気で反論する。

ここロマーニャの基地に来て以来、同じ基地内に住んでいるという気安さからか、ウィッチの皆様方に急な用事で部屋に呼び出される事が増えていた、というだけの話だ。
エーリカさんに「けーすけ部屋片づけてー」と呼ばれるのはもはや何度になるであろうか。

「はは、あ奴らしいと言えばそうじゃの」

私の返事を聞いた少佐はそう言って小さく笑う。
こっちにとっては笑い事ではないのだが。
片づけのたびにエーリカさんが脱ぎ散らかしたズボンやら下着やらを拾い集める私の気持ちにもなってほしい。

「まぁ、そう言うことであれば話は早い。待っておるからの」
「は」

私は去りゆく少佐の背中に一礼する。
この時はまだ、私はこの訪問がいかなる意味を持つのかなど考えもしていなかった。

こんこん。

少佐の部屋のドアをノックする。

「土方です」
「うむ。入れ」

少佐の返事を確認した後にドアを開く。
これがエーリカさんなどだと着替え中でも構わず「いいよー」などと言ってくるから油断ができないのだが。

少佐の部屋に入るのは初めてであるが、もともと501の隊員でない少佐には使っていない客室があてがわれており、他の方々の部屋と比べれば幾分手狭な印象を受ける。
しかしそれでも質素な印象を受けないのは少佐の選ぶ調度品のセンスの良さによるものだろうか。

「うむ。待ちかねたぞ」
「は。お待たせして申し訳…………」

私の謝罪の言葉は、しかし最後まで言い終わらないうちに中断を余儀なくされる。
声もなく佇む私を、少佐は愉快そうに笑って眺めていた。

「どうした圭助よ」
「あ、いえ、その」

少佐の格好はいつもの軍服ではなく、大礼装と呼ばれる服装であった。

「そ、その格好は……?」
「どうだ?似合うか?」

そう言って微笑んでくる少佐。
似合うかと聞かれればお似合いです、と答えるしかない。
扶桑風に言えば「銀鼠」というのだろうか。やや銀色に光る灰色の軍服に飾りボタン、肩口から胸元にかけてたらされた飾緒。
腰からは精緻な飾りの施された細身の剣を吊るしておられる。
少佐の持つ貴族らしい凛とした雰囲気に、機能美を極限まで追求したようなカールスラントの礼装はこれ以上ないほどに溶け合っていた。

「は。お似合いであられます」
「そうか。ならばわざわざこんな格好をした甲斐があったというものじゃ」
「その、それで御用というのは……」

気を取り直して尋ねてみる。
まさかこの礼装を私に見せるためでもないだろう。

「まぁそう急くでない。茶の準備もしてある」

しかし、私の気持ちをはぐらかすように、少佐はテーブルの上に乗ったティーセットを指さしてみせる。

「…………は」
「よし」

少しの躊躇いの後に私が頷くと、少佐は嬉しそうに微笑んで自ら茶を淹れて下さった。

紅茶を一口含む。

「…………うまい」

思わず口から出る一言。
紅茶などには門外漢な自分ではあるが、それでもこの紅茶に込められた少佐の技術力の高さは分かる。
私の言葉に、少佐も嬉しそうに微笑んだ。

「そうか。ブリタニア人という奴は料理に関しては話にもならぬがこの紅茶という習慣を生んだことについては素直に賞賛してやらねばの」
「……ビショップ曹長には言わないでくださいね」
「分かっておる」

少佐としばしそんな会話を楽しむ。
やがて会話もひと段落したところで、少佐が不意に雰囲気を改めて私に向き直る。

「さて、圭助。こんなに急に妾がそなたを部屋に呼んだのは他でもない」
「は」
「実はな」

そこでいったん言葉を切った少佐が続いて話した内容は衝撃的なものであった。


「昨日、ロザリーから連絡があった。501での滞在時期がもうすぐ終わる、出立の準備をしておけと」
「な…………」

そう言ったきり絶句する私。
考えてみれば、確かに少佐は506より期限付きで出向している身であり、期限が終われば506に帰らねばならないのは明白なこと。
来るべき時が来ただけだというのに、少佐の言葉に私は少なからず動揺していた。

「そ、そうですか……」
「ふふ、その表情だけで部屋に招いた意味のあったというものよ」

動揺を隠しきれない私にそう言って嬉しそうに微笑む少佐。

「まいよい。今日貴様をここに呼んだのは、出立前に一つの心残りを解消しておかねばと思ったのだ」
「心残り…………ですか」
「うむ」

少佐はそう答えると今まで座っていた椅子から立ち上がり、私の側へと歩み寄ってくる。

「少佐?」

そして少佐はそのまま私の前に跪くと頭を垂れた。

「我、ウィトゲンシュタイン伯爵家当主・ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインは扶桑国土方伯爵家当主・土方圭助殿の妻となり、我が全てを捧げ、その傍に仕えんことを望む」

そう言いながら私を見上げてくる眼光は真剣そのもので、いつもの私をからかう様な雰囲気は欠片も見えない。
…………少佐の心残りとはこれか。
家同士で勝手に決められた婚約者だ。「私は知らぬ」と知らぬふりを決め込むこともできたのに。
これが少佐なりのけじめのつけ方なのだろう。
ならば、私の方も真剣に答えねば失礼に当たる。
居住まいを正し、少佐へと相対する。

「しょう…………ハインリーケ殿。貴殿のお気持ち、この土方ありがたく思います……私ごとき者に過分なるお言葉、いかなる感謝の言葉をもってしてもつくせません」
「……」

私の言葉に少佐は応えなかった。
しかし、私は言わねばならない。
この先の言葉を。

「しかし、私にはすでに生涯をかけてお仕えすると決めた方がおります。その方の背中は遥か遠く、今の私ではその影すら踏むこと叶いませんが、いつかその方とともに歩んでいけたら、と、そう思っております。ゆえに」
「もうよい」

私の言葉は少佐の言葉によって遮られた。
しかし、ここで言葉を止めることは結局失礼にあたる。たとえ少佐のご意志に反することになろうと。
そう考えた私は強引に言葉を続けた。

「申し訳ありませんが…………その申し出、お断りさせていただきます」
「そうか」

そう答えた少佐は俯いたままである。
しばらくの沈黙の後、少佐は一言だけ言葉を紡いだ。

「出ていけ」

それは私にだけ聞こえるほどの小さな声であった。

「…………は」

私は一礼を返し、静かに少佐の部屋より退出する。



がしゃーん!!


数歩歩いたところで、少佐の部屋から何かが砕けるような音が響く。
脳裏に浮かんだのはほんの数分前、白磁のティーカップで私と共に紅茶を飲んでおられた少佐の姿。
しかし私にはその音に振り返る資格などあろうはずがなかった。
ただ、破片などで少佐が怪我をされぬよう。それだけを祈るのでせいいっぱいであった。

「よう、兄さん」
「…………シャーリー」

数歩歩いたところで声をかけられる。
私の返事にシャーリーさんは一瞬驚いたような表情になるものの、すぐに真剣な表情になる。

「ひどい顔してるぜ兄さん」
「……そうか」
「あー…………これは……まぁ、仕方ねーか。ほれ」

私の生返事にシャーリーさんは困ったように頭を掻くが、意を決したように頷くと私に向かって何かを投げてよこしてきた。

「これは……」

半球状の、ゴーグルがついたそれには見覚えがあった。
先日、シャーリーさんに朝日を見に連れ出された時にも同じものを見たことがある。
それがなんであるか認識し、同時にシャーリーさんの意図を察した瞬間、何故か不意におかしさが湧いてきた。
私は微笑を浮かべつつシャーリーさんに言葉を投げる。

「また私にハンガー掃除をしろと?」
「女を一人振ってきたんだ。それくらいの罰は受けるんだな」
「…………違いない」

肩を竦めつつ応じる。
どうして先ほどの事を知っているのか、などと聞くことすら野暮に思えた。

「兄さん、少しはましな顔になったな」
「そいつはどうも」

そう言いながら私はヘルメットをかぶり、シャーリーさんに続いて隊舎の外へと出る。
雨は、いつの間にか上がっていた。

というところで以上です。
姫様のこの話はいつか書かなくてはと思っていましたが、安価でちょうど姫様が選ばれたので書かせていただきました。

なかなか上手く書けませんね。

それではまた来週です。

P.S夏コミは落ちました。
でも新刊は作るつもりですので他のところで委託していただくつもりです。

こんばんはー。
お待たせして申し訳ありません。
何とか書きあがりましたので投下します。

「お二人さん、もうすぐ東京に到着しますぜ」

操縦席から聞こえる橋爪大尉の声に、機内の空気がほっとしたものに変わる。
坂本少佐も表情には出さないが嬉しそうなのは変わらない。
肩の凝りをほぐすように腕を大きく回している少佐が、口を開いた。

「やっと到着か……まぁ私にとっては着いてからの方が大変なのだろうが」
「は」
「まぁ、今からあれこれ悩んでも仕方あるまい」

そう言うと少佐は話題を変える。

「……貴様はご実家の方に顔を出さんでよいのか?」
「は。そちらの事もありますが、私は少佐のお側に居ることの方が……」
「い、いや、そう言ってくれるのはありがたいのだがな」

少佐の表情は心なしか赤い。
そんな少佐の態度にこちらまで恥ずかしくなる。
我ながら少々口が滑ったという気がしなくもないが今更訂正するのも妙な話であったためあえて黙ったまま少佐の次の言葉を待った。

「ミーナはああ言ったが、貴様も久しぶりの扶桑なのだ。少しぐらい羽を伸ばしても誰も文句は言うまい」
「し、しかし」
「勘違いするな。貴様を頼りにしていないわけではない。しかし、そう気負いすぎるなと言っているのだ」
「…………は」

確かにミーナ中佐に「美緒をよろしく頼むわね」と言われて少々肩に力が入りすぎた面もあるかもしれない。
考え込んでしまった私を見た少佐は、再び話題を変える。

「そう言えば妹が迎えに来ているといったな」
「は。不要と言ったのですが、歳江がぜひ出迎えたいと」
「はは。いい妹さんではないか」
「そうですね」

私が軍に入って以来会っていないが、それでも記憶の中の歳江は私の事を一途に慕ってくれる善き妹であった。

「しかし、ウィッチ養成校を出たということは階級的には私より上でありますし、今までのように接することは出来ないでしょう」

少し寂しい気はするが、さすがに公の場で階級を無視した言動は問題だろう。

「そうかな…………黒田の例もあるし、貴様次第という気もするが」

少佐が悪戯っぽく笑いながら言う。
確かに、黒田中尉は結局私の事を圭助様と呼ぶのを最後まで改めて下さらなかった。

「着陸態勢に入ります。座席についてシートベルトを締めて下さい」

不意に操縦席から聞こえてきた声に、私と少佐は話を中断して着席する。
窓から外を見ると、見覚えのある扶桑の風景が眼下に飛び込んできた。
扶桑を離れていたのは数か月の事なのだがそれでも数年ぶりのように感じてしまうのは私が根っからの扶桑人である証拠なのだろう。
こうして、私と少佐の扶桑滞在は始まったのであった


「お兄様、お待ちしておりましたわ」

横須賀にある海軍基地に到着した私を出迎えてくれたのはそんな聞き覚えのある声であった。
振り返ると、歳江がこちらに向かって一礼しているのが見える。
数年前から成長しているものの、その面影は昔のままであり、思わず緩みそうになる表情を引き締める。

「とし…………土方軍曹殿、出迎えありがとうございます」

私の呼びかけに、歳江は悲しそうに顔を顰める。

「お兄様……なぜそのような呼び方を?昔の様に『歳江』と呼んで下さいませ」

そう言いながら私に向けられる歳江の視線は恨めしそうな色がこもっており、その迫力に思わず後ずさりそうになった。
そんな私を、少佐は笑ってみていたが不意に口を挟む。

「はっはっはっ。土方、貴様の負けだな。大体貴様は501のウィッチ達もほとんど名前で呼んでいるではないか」
「は、はぁ…………」
「……そうなんですか?お兄様っ」

歳江の表情がさらに険しさを増す。
しばらくの沈黙ののち、私は一つ大きくため息をついた。
どうやら我が妹はウィッチ養成所で随分たくましく成長したようだ。

「…………分かったよ。済まなかった歳江」
「はい!お兄様、長い旅路をお疲れ様でございました」

私が口調を改めると、歳江はそれこそ花が咲いたように表情をほころばせた。
歳江は坂本少佐に向き直ると、丁寧に頭を下げる。

「坂本少佐も、お疲れ様でございます」
「久しぶりだな土方妹。済まぬな。相変わらずの堅物で」
「いえ。相変わらずのお兄様で少し安心しました」
「しょ、少佐…………歳江も」

そう言って笑いあう少佐と歳江。
どうも私は最初から孤立無援だったようだ。

「それでは司令官室にご案内しますね!…………よい……しょっ」

歳江はそう言うと私と少佐の荷物を持ち上げようとした。
しかし、さすがに華奢な歳江に二人分の荷物は文字通り荷が重いらしく、顔を赤くして力を込めているが持ち上げられないでいる。

「土方」
「は」

少佐の目配せを受けた私は頷きを返すと、歳江のもとに歩み寄った。

「歳江、無理しなくていいよ」
「え?あ、でも、その」
「一応階級で言えば私が最下位者ですから。『軍曹殿』に荷物持ちなどさせられません」
「も、もうお兄様…………」

必要以上に丁寧な敬礼をしながらの私の言葉に、歳江は少し怒ったような表情を見せるものの、すぐに私に荷物を預けた。
しばらく歩くと、ほどなくして「司令官室」とプレートのついた部屋にたどり着く。

「中で司令がお待ちです」
「うむ。では土方兄妹よ、厄介な上官はしばらく姿を消すので久しぶりに旧交を温めておくといい。どうせ着任したばかりですぐにすることもあるまい。何なら私の方から人事部には伝えておくのでそのまま二人でご実家に向かってもよいぞ」
「いえ、お待ちします」

間髪を入れぬ私の返事に、少佐は呆れたような表情になった。

「…………ふぅ。真面目なのはいいがあまりに過ぎると頭に下品な言葉がつくぞ」
「申し訳ありません」
「だからそう言うところが…………まぁいい。ならば好きにしろ」
「は」

少佐はそう言って司令官室へと姿を消した。
その後姿がドアの向こうに消えるのを待って、私は歳江に声をかける。

「じゃあ歳江、我々は宿舎の方へ…………」
「あ、そのことなのですが」
「何か?」
「この滞在中は土方の実家の方に坂本少佐とともに宿泊してよい、と司令より許可を頂いております」
「何?」

歳江の言葉に、思わず素で聞き返してしまった。

私の視線を受けた歳江の方が驚いたような表情になっている。

「な、何かおかしかったでしょうか?」
「あ、いや、そういう訳ではないのだが…………」

確かに、何か月も滞在するわけでもないのだから無味乾燥な宿舎よりも実家で過ごす方がよかろう、と気を回して下さった結果であるのは知っている。
私もその方が幾分気が楽であるのは確かだ。
しかし問題はもう一つの要素である訳で…………

「さ、坂本少佐も共に、ということだが」
「はい。母様が一度坂本少佐にお礼を申し上げたい、と言いまして」
「……なるほど」
「…………お兄様?」

思わず黙り込んだ私に、歳江が心配そうに声をかけてくる。
ここまで話が進んでいるなら今更反対しても妙にこじれるだけであろう。
世話になっている上司を家に招き、家族が礼を述べるだけだ。
いちいち気に病む方がどうかしている。
そう思い直すと、私は歳江に微笑みかけた。

「いや、何でもない。では少佐を待つとしようか」
「あ、であれば談話室の方へご案内しますわ。こんな廊下で立っているよりはいいでしょう」
「いや、少佐に待つと申し上げた以上私はここにいる」
「そうですか…………」

私の言葉に、歩き出そうとしていた歳江も再び私の隣へと戻ってくる。

しばらくはお互いの近況などを報告し合っていたが、やがて歳江は躊躇ったかのように数秒沈黙すると私に尋ねてきた。

「あの、私の勘違いであったら大変申し訳ないのですが…………」
「どうした?」
「その、お兄様は、坂本少佐の事を……」

「私がどうかしたか?」
「ひゅい!?」

後ろからふいにかけられた声に歳江が奇妙な声をあげて文字通り飛び上がる。
そんな歳江に、少佐が怪訝そうな表情を向けるが、顔を赤くして固まっている歳江に苦笑すると、私に向き直った。

「…………土方、何があった」
「い、いえ……わたしにもとんと…………歳江?」
「あ、その、な、何でもありません!」

私も同じく首をかしげる。
少佐と私、二人の視線を受けた歳江が慌てたように首を振る。

「と、ところで挨拶は終わったのですか?」
「あ……ああ、滞りなく終わったぞ。しかし…………その、よいのか?」
「何がですか?」
「いや、だから私が、その、土方の家に……」
「はい。母がぜひ一度少佐に直接お会いしてお礼を申し上げたいと申しますので」
「う、うむ」
「少佐の扶桑滞在が快適なものとなるよう、土方家の名誉にかけておもてなしいたしますわ」

そう言って歳江は少佐に笑顔を向ける。
その笑顔に少佐は毒気を抜かれたように素直にうなずいた。

「では、参りましょう。表に車を待たせてありますので」

そう言うと歳江は私たちを先導するように歩き出す。
少佐と私はしばらく顔を見合わせていたが、どちらからともなく苦笑をかわしあうと歳江の後を追って歩き出した。

以上で投下終わります。
お待たせして申し訳ありませんでした。
夏コミ終わるまではこんな感じのペースになると思いますのでご容赦ください。
それでは。

こんばんは。
こんな時間になってしまいましたが投下します。
短いですが。

朝五時五十分。
私はいつもの習慣通り目を覚ます。
起き上がった後周りの光景を見て、ここがロマーニャの基地ではなく扶桑の私の家であることを確認、思わず苦笑した。
体に染みついた習慣と言うのはそう簡単に抜けてくれないようだ。
軽く頭を振ってわずかに残った眠気を追い払うと、大きく伸びをする。
窓からカーテン越しに入ってくる光はまだ弱弱しいが、どうやら今日も好天に恵まれそうだ。
本日の坂本少佐の予定は……などと考え始めた私の耳に、かすかなノックの音が響く。

「どうぞ」
「旦那様、失礼します」

そう言いながら入ってきたのは昨日と同じメイド服を着た山川さん。
師範学校で学ぶ傍ら私の家の使用人として働いているらしい。

「あの、山川さん」
「も、申し訳ございません!」

声をかけた途端山川さんがまさに土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
その態度の急変にやや戸惑いながら私は言葉を続けた。

「や、山川さん?」
「私ったら……知らないうちに旦那様のご機嫌を損ねてしまったようです…………申し訳ございまさん!」
「い、いえ別にそのようなことは」
「だ、だって…………『山川さん』なんてそんな他人行儀な呼び方で……私、知らないうちに旦那様を怒らせてしまったに違いありません」

そう言いながらなおも頭を下げ続ける山川さん。


「す、すいません美千子さん」
「『さん』だなんて…………使用人である私にそのような……まだお怒りは解けていないんですね」
「分かったよ美千子!分かったから!」
「ありがとうございます旦那様」

私の言葉を聞いた途端急に笑顔になる山川さん。

「それで旦那様、お目覚めはいかがですか?」

「旦那様」と言う呼び方にも一言言いたいところではあったが、これ以上話をややこしくしないためにあえてそこはスルーすることとした。

「ああ、大丈夫だ」
「そうですか。それではお着替えをここに置いておきますね。何か御用がありましたらお呼びください」

そう言い残すと山川さんは完璧な一礼を残して部屋を出て行った。
彼女の姿が視界から消えるのを確認して、私は小さく息をつく。
どうもこういう風に「当主様」扱いをされることには慣れない。
私自身従兵と言う仕事を長く続けてきたせいもあるのだろう。
いずれこの立場にも慣れねばならない時が来るのだろうが、今は坂本少佐の従兵と言う仕事を全力で果たすだけだ。

私は静かに立ち上がると、着替えを済ませて部屋から出た。

「おはようございます」
「おお、土方か。どうやらお互い長年の習慣は抜けないようだな」
「は」

廊下で坂本少佐と出会う。
どうやら少佐も同じように目が覚めてしまったようだ。
思わずどちらからともなく苦笑をかわしあう。

「どうだ、早起きついでに久しぶりに手合わせでもするか」
「は。お供いたします」
「うむ。こういう時だからこそ鍛錬を怠ってはならん」
「はい」

その言葉に私は頷き、少佐の後について庭へと出て行った。

「はっ!」
「せぃっ!」

朝の清澄な空気を切り裂く気合いの声とともに、木刀が撃ちあわされる音が武道場に響く。
こうやって坂本少佐と手合わせをするのも何度目になるであろうか。
いまだ少佐の域にはたどり着けそうにないものの、背中はおぼろげながらにでも見えてきていると自負してもよいだろう。

「ふふ、貴様もだいぶやるようになったではないか」
「…………光栄、です」
「我が海軍にも私とここまで打ちあえる人間は稀だぞ。私もうかうかしてはいられないようだな」

鍔迫り合いをしながらそう言う少佐はしかし、どこか嬉しそうに口元をほころばせている。

「だが……私にも上官としてのプライドがあるので…………な!」

その言葉とともに、少佐は距離を取ると、今までとは比較にならない速度の打ちおろしが来た。
しかし――――

「……ぐっ」

かん、と木刀同士が撃ち合わさる音。
受け止めた私の腕にしびれにも似た感覚が走る。

「…………ほう」

少佐の一撃をやや不恰好ながらも完全に受け止めきった私に、少佐が感心したように笑みを浮かべた。
しばらくそのままの体勢が続くが、やがて少佐がふっと力を抜く。
やがてお互いに離れた後一礼し、本日の鍛錬は終了した。

「驚いたな。まさか最後の一撃を止められるとは。かなり本気で撃ちこんだつもりであったのだが」
「…………坂本さんには何度も稽古をつけていただいていますから」
「そうか……まぁなんにせよ良くやった、と褒めてやるべきなのだろうな」

そう言うと少佐はやや乱暴に私の頭を撫でてくる。

「しょ、少佐?」
「いいではないか。褒美だ褒美」

戸惑う私に構わず、少佐は笑みを浮かべたまま私の頭を撫で続ける。
私はそのなれない感覚に戸惑いながらも、ひたすらされるがままになるしかなかった。

「こほん」


不意に聞こえてきた咳払いに、私と少佐はそろって振り返る。

「……何だ。土方妹ではないか。貴様も目が覚めてしまった口か?」
「…………はい」

歳江は短く答えるものの、その表情はどこか硬さが見える。
やはりなれない客を迎えるということで緊張しているのだろうか。

「少佐、お兄様、お疲れ様でございます」

しかし次の瞬間にはその硬さは姿を消し、いつもの柔和な笑みで私たち二人に手拭いを差し出してきた。

「おお、これは済まぬな」
「ありがとう」

それぞれ礼を言って受け取る。

「あ、それと坂本少佐、、汗をかかれたようでしたらお風呂の用意ができております」
「何?本当か?」

「風呂」と言う言葉に少佐は一瞬笑顔を見せるものの、すぐに困ったように表情を改める。

「し、しかしさすがに朝っぱらからそのような図々しい…………」
「お気になさらず。少佐は大事なお客様ですので」
「そ、そうか?」

そう言いながら少佐は私にそわそわと視線を向けてくる。
少佐の風呂好きは航空団の基地にわざわざ扶桑式の広い大浴場を私費で備えさせた一件からも明白であった。
その様子に私は内心で苦笑しつつ言葉を返す。

「どうぞ。私は部屋に帰っております」
「し、しかし土方、貴様も汗を…………」
「いえ、私は少佐の後で結構です」
「う、うむ……な、ならば頼もうか」
「はい…………どうぞこちらです」

いまだ釈然としない様子の少佐であるが、私が促すように頷くのを見るとさすがにこれ以上断るのは却って失礼だと考えたのか、小さく礼を言って歳江の案内について風呂場へと向かっていった。

「……お兄様」

部屋に帰り着替えを済ませた私がくつろいでいると、ノックと共に外から声がかけられた。

「どうした?」
「少佐がお風呂より上がられました。お兄様も朝食前に汗を流されては?」

そんなことをわざわざ伝えに来てくれたのか。
何とも我が妹ながら律儀なことだ。

「そうか。ではお言葉に甘えるとしようか」
「はい」

そう言って部屋を出る私。
歳江が後からついてくる。

「…………」
「…………」

風呂場に向かって歩く。
その後ろを歳江は3歩ほど遅れてついてくる。

「…………」
「…………」

風呂場の前に到着。
足を止めた私の傍らで、歳江も同じように足を止める。

「…………」
「…………」

そのまま、何とも言えない沈黙が数秒間続いた。

「歳江」
「はい」
「私は風呂に入りたいのだが」
「はい」
「ここは私の家だ」
「もちろんです。いずれはお兄様が当主の座につかれる土方家の屋敷でございます」

何を自明のことを、と言わんばかりの歳江の返答。
私は内心で頭を抱えながら言葉を続けた。

「で、あれば私は風呂の場所も十分知っている」
「そうですわね。子供の頃は毎日のように一緒に入ったのを覚えております」
「ああ。だからだな、歳江の案内は特にいらないんだが」
「あ、いえ、これはお兄様をご案内しようというのではなく」

そう言うと歳江はにっこりと笑顔を浮かべたまま、次の言葉を発した。

「妹の務めとして、お兄様のお背中でもお流ししようかと」
「…………何?」

そう返事をした時の私は、どんな表情をしていただろうか。

「子供の頃は毎日のように一緒に入っていたではありませんか」
「……もうお互い19歳と15歳なのだが」
「年齢など問題ではありません」
「…………大問題だろう」

……結局。
なおも強硬に言い張る歳江を説得するのに私はさらに数十分を要したのであった。

と言う所で今日はここまで。

何だこのToLoveる(驚愕)

まぁたまにはこういう話も、と言うことで。

それではまた来週に。

すいません遅れました。
こんな時間ですが投下しますー。

「失礼しました」

そう言いながら横須賀鎮守府の司令長官室より出てくる坂本少佐。
本日、坂本少佐は鎮守府の司令長官より直々にこれからの日程について説明を受けていた。

「少佐」
「…………土方か。客寄せパンダも楽ではないな。早くもロマーニャに帰りたくなったよ」

そう言って疲れたように笑う少佐の表情から、中でどのような話がなされたのかは想像がつく。
しかし、軍令部の思惑がどうであろうと、私は私にできることを精一杯果たすだけだ。
そう決意を新たにする私に、少佐が意外な言葉を続ける。

「……ああ、司令長官閣下が貴様にも話があるとのことだ」
「わ、私にですか?」

思わず聞き直す。
横須賀鎮守府の司令長官閣下が私ごとき一兵曹と一対一で面会するなど異例もいいところである。

「ああ。私も驚いたが、長官閣下は『大切な話』と言う以外に何も仰って下さらなかった」
「そうですか…………」
「もしかしたら貴様にも何らかの栄誉が与えられるのかもしれぬな」
「は、はぁ……」

栄誉、か……
それはそれで名誉なことではあるが、扶桑海軍のために何か功績を立てたわけでもない私にそのような話が持ち上がるとは考えにくい。
今一つ要領を得ない表情の私に、少佐は不満そうに眉を顰める。


「あのな、貴様はもっと貴様自身を評価すべきだ」
「評価…………ですか?」
「うむ。度の過ぎた謙遜は度の過ぎた自信と同じく見てて気分の良いものではない。貴様が501戦闘航空団に、ひいては…………こ、この私自身にとっても……だな、その、ど、どれほどの支えとなっているか…………」

そう言う少佐もさすがに恥ずかしいのか、頬を赤く染めて私から視線をそらしている。
そんな少佐の態度に、私まで恥ずかしくなってきた。
どちらからも声を発しづらい沈黙が数十秒流れた後、少佐が話題をそらすように声を上げる。

「ま、まぁとにかく、長官閣下が中でお待ちだ。話をしてくるといい」
「は」

…………確かに、これ以上長官閣下をお待たせしては失礼であろう。

「とりあえず今日は何もないようなので私は先に貴様の家に戻っているぞ」
「は。それでは」

少佐の後姿を見送ると、私は司令長官室のドアの前に立った。
重々しい木のドアは、その前に立つものに訳もなく威圧感を与える。
思わず流れ出る汗をぬぐうと、私は小さくドアをノックした。


「はい」
「土方圭助兵曹であります。司令長官閣下のお呼びにより参上いたしました」
「入りたまえ」

儀礼的なやり取りの後、扉を開く。
生まれて初めて見る司令長官室の内装は思ったよりも質素であった。
正面に大きな机があり、そこに座ってこちらに笑顔を向けているのが現横須賀鎮守府司令長官の塚原二四三大将である。

「よく来てくれた。急に呼び立てすまなかったな」
「いえ」
「まぁ立ち話も何だ。座りたまえ」
「は」

言われたとおりに来客用のソファーに座ると、従兵らしき若い女性の下士官が私の前にコーヒーを運んできた。
彼女が退出するのを待って、閣下は私の正面に座るとおもむろに口を開いた。

「坂本少佐の従兵としてよくやってくれているようだな。私のところにもいろいろ噂は届いている」
「恐縮です」

その「噂」の大半は私の、と言うより少佐の物であろうが、ここで妙に謙遜するのも話の腰を折るようで躊躇われたため黙って頷いておく。
長官閣下はしばらく躊躇うように沈黙した後、表情を引き締めて言葉を続けた。

「…………さて、それで本日君を呼んだ用件だが」
「は」

数秒の沈黙ののち、閣下の口より発せられた言葉は私にとっても思いもよらぬものであった。

「君には、近々軍曹へと昇進してもらう」
「…………え?」

閣下の言葉の意味が分からず、ここが司令長官室であることも忘れ、思わずそんな返事を返す。
昇進自体は名誉なことであるが、兵曹から軍曹への昇進など、わざわざ司令長官閣下が直々に伝えるようなことではない。
それこそ一片の辞令をもって済むことである。
現に、501の宮藤軍曹だって――――

「…………っ!」

そこまで考えて私は閣下の言いたいことを理解した。
瞬時に表情が強張るのを自覚する。
ここが司令長官室でなければ、相手が横須賀鎮守府司令長官でなければ襟首の一つも掴んでいたかもしれない。
感情を鎮めるために数回大きく呼吸を繰り返すと、閣下向けて言葉を発した。

「……少佐の従兵を辞せ、と?」
「察しが早くて助かる。ウィッチに関わる男性隊員の『人事上の配慮』は知っているだろう?」
「はい」

人事上の配慮。
それは本来男の世界であった軍隊にウィッチが配属されるようになってより生まれた、一つの人事的配慮。

――――「ウィッチと共に働く男性隊員は、ウィッチの階級に追いつくか超えてはならない」

それは過去において階級を盾にウィッチに不埒を働く男性隊員が続出したことへの配慮であった。
そして今、ウィッチのいる戦闘航空団で働く私に対し、ウィッチである宮藤軍曹と同じ階級への昇進を持ちかけられるということは、遠回しに501にはこれ以上私を置いておけない、と言ったも同様だ。
急な話に混乱する脳内をどうにか鎮め、私は何とか口を開く。

「理由を伺っても?」
「うむ…………」

長官閣下はひとしきり瞑想するように目を閉じると、静かに話し出した。

「どうもこういう地位にいるとな、策士顔で下らぬことをごそごそ進言してくるものも多くてな」
「は、はぁ」
「つまり、坂本の存在は我が扶桑海軍にとってあまりに大きくなり過ぎているのではないか、と」

そこまで聞いて、私は長官の言いたいことがおぼろげながらに分かってきた。
…………何とも醜い話しだが。

「…………男の嫉妬、と言うわけですか」
「まぁ、言ってしまえばそうだな」

確かに今現在、扶桑国内での坂本少佐の人気はかなりのものだ。
だからこそ今回の急な帰国が計画されたのだろう。
勢い軍内部における少佐の存在感も大きなものとなってきており、それを面白く思わない人間と言うのは確かに存在するだろう。
閣下はいったん言葉を切り、言いづらそうに視線をこちらに向ける。
しばらくの沈黙ののち、長官閣下は言葉を続けた。

「そして、その嫉妬の矛先の一部は君にも向けられている」
「私…………ですか?」

言っては何だが私ごとき一兵曹に嫉妬されるような要素などないと思うのだが。
しかし、そんな私の疑問も、閣下の次の一言で吹き飛ぶことになった。

「貴様と坂本が…………男女の関係にあるのではないか、と言う者が」
「ふ…………ふざけないでください!」

思わず閣下の言葉を遮るように大声を上げる。

「落ち着け。無論そんな噂を信じるものなど少数だ」
「…………は。申し訳ございません」

そんな私の無礼をとがめるでもなく、長官閣下は私の怒気が収まるのを待ってくださっていた。
だんだん頭が冷えてきた私も、閣下に対する先ほどの無礼を詫びる。
私が落ち着いたのを見計らったように、閣下はさらに言葉を続けた。

「だがな、このような嫉妬と言うのはいつの世も消えることがない。今はまだそれほど大きくなってはいないが……この上坂本がロマーニャで功績を立てればさらに膨らむことは予想できる」
「は……」

長官のお言葉に頷く。
確かにそれは事実かも知れない。

「だから、君が坂本から離れることは、君にとっても坂本にとっても良い事なのではないか?」
「…………」
「今回の下らぬ噂も、坂本のいるところいつも影のごとく付き従う君の姿があればこそだ」
「……そ、れは」
「彼女はおそらくこの戦いを最後にウィッチを引退することになるだろう。だが、だからと言って扶桑海軍における彼女の存在が軽くなることはない。むしろ後進ウィッチの指導者として、その存在はさらに重きを増すことになる。そんな坂本を、いつまでも下らぬ嫉妬にさらすわけにはいかぬ」

閣下の言葉に私は言葉を返さない。
そんな私に構わず、閣下は言葉を続けた。

「君の辛さは十分にわかる。だが……坂本のためには、これが最善なのだ」
「そ、それは……」
「分かってくれ、とは言わん。納得できないのも承知だ。私を憎んでくれていい。そして…………これが埋め合わせになるとは到底思わんが、新たな配属先に関しては君の要望を最大限尊重することを約束しよう」

しかし、閣下のその言葉は私に何の慰めももたらさなかった。
閣下はさらに言葉を続ける。

「…………心の準備が必要だろう。この扶桑滞在の間は今まで通り坂本の従兵を務めてもらう」
「はい…………」

機械的にそう答える自分の声が、まるで他人の声のように聞こえた。

それからどうやって司令長官室を辞し、私の家に帰ってきたのかは覚えていない。
心配そうに声をかけてくる歳江や母、山川さんにどんな返事をしたのかも。
とにかくただ、私は一人になりたかった。
自室に入ってベッドに横になると、いやでも長官閣下の言葉が蘇ってくる。

(坂本のためには、これが最善なのだ)

本当に私の存在は坂本少佐を下らぬ噂の標的にする要因になってしまっているのか。
ならば、私はどうすれば――――

そんなことを考えつつ、私はいつしか眠りに落ちていっていた。

と言ったところで今回はここまで。
ちょっと今までのほのぼの路線から外れてみました。
まぁ大したことないですが。

それでは、また。

こんばんは。
任務のために重巡作ろうと思ったら2隻連続でぜかましちゃんが出来上がってファッてなりました。
こんな時間ですが投下を始めますね。

「いやぁ、本当にお久しぶりですね圭助様」
「はい。黒田中尉もお変わりありませんようで」
「いやだなー。ここは鎮守府でも基地でもないんですから、どうぞ『那佳ちゃん』って呼んで下さいよ」

そう言って笑う黒田中尉。
そんな黒田中尉の姿に、お茶を出しに来た山川さんが私を見る表情が険しくなる。
思わず冷や汗が背中を伝った。

「と、ところで中尉はどうして扶桑に?」

山川さんの視線を避けるように話題を転換する。

「あ、私もお二人と同じですよ。何だかえらい勲章だか何だかを頂けるみたいです」
「それはおめでとうございます」

私の賛辞に、中尉ははにかんだように笑う。

「あははー。私にしてみれば私なんか表彰してどうするんだーって感じですよ。坂本少佐ぐらいの戦果を挙げてるならともかく、506でも一番の新顔なのに」

そう言って無邪気に笑う中尉は確かにセダンでお見かけした中尉の姿そのままであった。

そこで中尉は唐突に話題を変えてくる。

「あ、そんなことより…………あのラジオ放送は驚きましたよ」
「ああ、あれですか…………」
「ロマーニャの公女殿下から直々にお名前を呼ばれたんですからね……ヴィスコンティ大尉があれほど慌てた姿をはじめてみました」

そう言いながら、中尉はそのラジオ放送を聞いた時の506の皆様の様子を話して下った。
506にいたのは1か月ほど前の事だが、それでも黒田中尉の口から506の皆様方の様子を聞くと妙に懐かしいような気分になる。

「それで、圭助様の方はどうです?坂本少佐とは少しは進展しました?」
「え…………え、ええと、そ、そうですね……」

唐突に黒田中尉の口から出た坂本少佐のお名前。
中尉にしてみれば少しからかうだけのつもりであったのだろう。
しかし、私の不自然すぎる返答に注意の表情が怪訝そうに顰められる。

「あれ…………何かあったんですか?圭助様」

そう聞いてくる中尉の表情は存外に真剣である。
い、いえ別に……とこういう場合に最も効果のない返答をしようとするが、ふいに脳裏に浮かんだ先ほどの母の言葉に思いとどまった。


――――できれば爵位持ちの家から最初に話をしてもらうのが理想なのですが

「…………」

考えてみれば黒田中尉は黒田公爵家当主なのである。
母が言った条件にまさに注文したようにぴたりとあてはまるのは確かだ。
ここに至り、あの時の母の不可解な態度もすべてが納得いった。
しかし…………こんな私的な問題に黒田中尉を巻き込んでしまってよいものだろうか。
何より軍内部での黒田中尉の立場を悪くしてしまうかもしれない。
私が坂本少佐のお側にいたいと言うのはあくまで私の願い。
その為に無関係な黒田中尉を巻き込めるか。
しかし、お願いする相手として黒田中尉以上の方はいないであろうこともまた確かである。
どう返答してよいか分からないままに沈黙する私。

「え、えっと……圭助……………さま?」

不意に黙り込んだ私に、中佐が何か地雷を踏んでしまったかと不安そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。
会話の途中でこんな深刻な顔をして黙り込んでしまえば不安にもなるだろう。

「あ、いえ、その…………」
「何かあったんですね」

そう聞いてくる中尉の表情は真剣で、野次馬根性や好奇心で聞いてきているのではないのは分かる。
だからこそ、安易に助けを求めることは出来ない。

「あの……私で圭助様のお役に立てるなら、なんでも仰って下さいね。望んでなったわけじゃないとは言え、私も黒田家の当主です。これでもそれなりにできることはあると思うんですよ」
「……ありがとうございます」
「いえいえーそんな。私の方がいろいろお世話になっちゃってますし。少しでもご恩返しができれば嬉しいです」

そう言って笑顔を向けてくる中尉。
しかしその中尉の態度に、かえってこのような方を面倒事に巻き込むわけにはいかないという思いを強くする。

「お気持ち、有難く頂いておきます」
「…………そうですかー」

私の返答に、黒田中尉は一瞬寂しそうな表情を浮かべるが、すぐに再び笑顔に切り替わる。

「でも、私の助けがいるならいつでも言ってくださいねー」
「はい」

そこでその話は終わり、それからはお互いの近況報告や欧州の状況など、取り留めもない話が続く。
そんな話がしばらく続いたところで、中尉が不意に立ち上がった。

「あ、そろそろお暇しないと…………」
「そうですか」
「そうだ……今度は黒田のおうちの方にも遊びに来てくださいねっ」

そう言ってまるで女学校の学友でも誘うかのような気安さで中尉は私に微笑みかけてくる。
…………何とも中尉らしい態度というか何というか。
そんな中尉に、私はあいまいな苦笑を返すことしかできなかった。
中尉を玄関までお見送りすべく、部屋から出たところで思ってもみなかった制止の声がかけられる。

「圭助さん」
「……母上?」

いつの間にか服装を改めてドアの前に立っていた母が黒田中尉に向けて深々と一礼した。

「黒田那佳中尉でいらっしゃいますね。私、土方家現当主で土方圭助の母、土方雪絵でございます」
「こ、これはっ、ど、どうもごていにぇいにっ!く、黒田那佳でごじゃいましゅっ!」

その改まった様子に、中尉が慌てて思い切り噛みながら返事をしている。

「せっかくご訪問頂きましたのに、何のお構いもできませんで、誠に申し訳ございませんでした」
「い、いえっ、そんなっ!圭助様とお話しできましたしっ!私は別に…………」
「お詫びと言ってはなんですが、玄関まで私がお送りさせていただきます……圭助さんもそれで宜しいですね?」
「は、はい」

そう言いながら母が私に向けてくる視線は鋭く、私はただ黙って頷くことしかできなかった。

「え?そ、その、えっと…………圭助様?」
「では、黒田中尉、こちらへ」
「あ、はい」

中尉も何事が起こったか戸惑っている様子であったが、戸惑っているところを母に促されて素直についていく。

「…………何なんだ」

去っていく二人の背中をぼんやりと見つめつつ、思わず漏らした呟き。
そのつぶやきは誰の耳にも入ることなく、空しく消えていった。


(Kunika's Side)

「黒田中尉、本日は来てくださって、誠にありがとうございます」
「そ、そんな……私こそ何のアポもなしに来ちゃってすいませんでした」

前を歩く圭助様のお母様……雪絵様と言葉を交わす。
ご主人が亡くなってよりずっと、女当主として土方家を切り盛りしてきたというだけあって、私みたいななんちゃって当主にはない威厳のようなものが備わっているのが分かった。
正直、こうやって話しているだけでも訳もなく緊張してしまう。
そんな私の態度に、雪絵様は柔らかく微笑んだ。

「そんなに緊張なさらなくても……爵位で言えば私より貴女の方が上なんですから」
「あ、ははは……」

そんなことを言われたところで私には苦笑いを返すしかできない。
雪絵様は再び私に背中を向けると歩き出し、そのまま誰に言うでもないという風で話し出した。

「そういえば…………歳のせいか、どうも最近独り言を言う癖がついてしまいましてね。ご不快かもしれませんが年寄りの繰り言と思って聞き流して下さいませ」
「え?あ、あ……はい」

いくら私でも、ここまではっきりと前置きをされればこれから何か重要なことを言い出すであろうことはわかる。
私は表情を改め、お母様の次の言葉を待った。

「ふぇー……そんなことが」

思わずつぶやく。
雪絵様が「独り言」として様が話して下さったのは私にとって初耳で、驚くような内容であった。
……なるほど、圭助様のご様子がおかしかったのはそういう訳だったのか。
圭助様の事だから、私的な事情に私を巻き込むことを遠慮して何も言わなかったのだろう。
その一瞬あとに湧き上がってきたのは圭助様に突きつけられた事実、そして私につまらない遠慮をした圭助様、両方に対するちょっとした怒りであった。
私は思わず声を上げる。

「そんな…………ひどすぎますよ!誰がどう見たって坂本少佐のお側には圭助様が一番なのに!」
「…………」

激昂する私を、雪絵様はただ静かに見つめている。
その表情は私に何かを期待しているようであり、私は冷静さを取り戻すことができた。

「あの……何か私にできることはありますか?」

私のその言葉に、雪絵様は待っていましたとばかりに微笑んだのだった。

「…………これから私がお願い申し上げることは、あくまで私の私的なお願い。決して圭助さんには言わぬようにお願いします」

そう言って雪絵様は振り向き、深々と頭を下げられた。
……そうか。
おそらくこの方は、軍内部でこのことが問題になった時は自分ですべて責任をかぶるつもりなのだろう。
だからこそ圭助様のいる前では何も言わなかった。
…………色んな意味で、この方にはかなわないような気がする。
だからこそ、私は圭助様達のためにできることがあるなら出来るだけのことはしたいと思う。

「……はい」

私の返事に雪絵様は小さく笑顔を向けると、「お願い」の内容を話しはじめた。

そして、それから十分後。

「それでは、色々ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ何もできませんで」

土方家の門の前で、私は雪絵様のお見送りを受けていた。
あの後、雪絵様が私にした「お願い」。
それは雪絵様の話を聞いた時からある程度予想のつくものであったため、私は二つ返事で引き受けた。
私はふと思いついて、門を出たところで雪絵様の方を振り返る。

「あ、そういえば……何だか私、506のみんなと久しぶりにお話ししたくなっちゃいました」
「…………そうですか」

急に話題を変えた私に雪絵様は怪訝な表情をするものの、先を促すように視線をこちらに向けてきた。

「だから、鎮守府に帰ったらセダンと通信してみようかなーっておもうんです」

そこまで言ったところで、雪絵様は私の言いたいことを察して下さったのだろう。
どこか人の悪い笑みを浮かべると私に言葉を返してきた。

「そうですか……お話が弾むとよいですね」
「はいっ!でも…………私って昔っからうっかりさんだから、その中で言っちゃいけないことまで喋っちゃうかもしれません」
「それはそれは、お気をつけて下さいね」
「はい。ひじ……雪絵様も、501の方々と一度お話ししてみるといいかも知れませんよ」

私の言葉に、雪絵様は考え込むように顎に手を当てる。

「ふむ…………そうですわね。息子がお世話になっているのに何のご挨拶もしないというのも失礼ですし」
「501の方々もいい方たちばかりですから……きっと圭助様のお母様とだったらいろんな話ができると思いますよ」
「…………そうですわね」

そう言って笑顔を浮かべる雪絵様。

「では黒田中尉……ありがとうございました」
「いえいえー。圭助様達のお役に立てるなら喜んでー、ですよ」
「ふふ、それは頼もしいですわね」

そう言って再び頭を下げる雪絵様を背に、私は車に乗り込む。
ほどなくして軽快な音を立てて車が走り出すと、私はリアウィンドウ越しに雪絵様の姿が見えなくなるまで振り返って手を振り続けた。

「さって……ちょっと忙しくなるかな。まぁ目的があるってのはいい事よね」

土方家が見えなくなったところで前を向いて誰にともなくそう呟く。
…………あの二人を離れ離れになんて、絶対させない。
決意も新たに、窓の外へと視線を移す。
夕闇に沈む帝都は、そんな私の心など知らぬかのように、いつも通りの姿であった。

と言う所でここまでです。
冬コミまであと1か月強ですね。
本は全くできてません(キリッ

当落決まってから本気出す。

と言うことでさらに更新速度が落ちるかもしれません。
申し訳ありません。

こんばんは。
お待たせして申し訳ありません。
やっと続きができましたので投下します。

横須賀鎮守府から北郷中佐のおられる舞鶴鎮守府まで、汽車で丸1日かかる行程である。
汽車のボックス席に向かい合って座る坂本少佐は、何か物思いにふけるように窓の外に目をやっている。
そんな少佐の思考を邪魔せぬよう、私も同じように窓の外に目をやってぼんやりと考えた。
北郷章香中佐。
講導館剣道の免許皆伝の腕を持ちながら、非常に頭脳明晰な方で空戦の戦術を多く編み出しておられ、「軍神」として今なお多くのウィッチに慕われているという。
坂本少佐たちも参加した「扶桑海事変」と呼ばれる超大型ネウロイとの戦いにより大怪我を負い、それからは一線を退いて舞鶴の「北郷部隊」の隊長をしているという話だが……

「土方」
「はっ」

不意に少佐から声を掛けられる。
何故か少佐は小さく微笑んでいた。

「貴様には多くの美点があるが、中でも沈黙すべき時に沈黙していられるというのは最大の美点だな」
「…………はぁ」
「そう硬くなるな。褒めているのだ」

そう言って少佐は軽く笑う。
そんな私の返事に構わず、少佐は話を続ける。


「今から会いに行く北郷中佐……先生は私にとっていくら感謝してもしきれぬ恩人なのだ。私が今、ウィッチを続けていられるのは、正直先生のおかげと言ってよい。いや、今の私があるのは、と言って良いかも知れない」

そこで少佐は私の方を向き、右目の眼帯を少しずらしてみせた。

「私のこの『魔眼』については知っているだろう?」
「は。ネウロイに『コア』が存在するのを最初に突き止めたのが少佐であると伺っております」

はるか遠くのものを見通せる超視力。
そしてネウロイの「コア」を見ることのできる透視力。
少佐による「コア」の発見により人間は初めて、大型のネウロイを撃退する手段を持ちえたと言われる。
先日エイラさんとサーニャさんにより撃退された、柱状のネウロイのコアの場所を発見したのは坂本少佐の魔眼であったのを思い出す。
私の返答に、少佐は照れたように顔を赤らめつつ頷いた。

「…………うむ。まぁ間違っていない」
「は」
「だが、先生の下で剣を学んでいた当時、私はまだ12歳。この魔眼の能力を完全には制御しきれないでいた」

少佐の従兵を務めて長いが、少佐が自分の過去のことを話して下さるのは珍しい。
12歳と言えば小学校を卒業したばかりの年齢だ。
その年齢では無理もないだろう。
少佐は話を続ける。


「そのことで当時の私は……何事にも自信が持てないでいた。せっかく先生が何度も、ウィッチとしての訓練を受けることを勧めて下さっていたのに、私はいつも曖昧に返事を濁していた。自分の眼すら制御できない自分がウィッチとしてやっていけるとは到底思えなかったからな」
「…………」

今の、自信にあふれた少佐の姿からは想像もできない。
私の驚いたような表情に、少佐は苦笑を返す。

「貴様は正直だな。……まぁいい。そんな風に思い悩んではぐずぐずとしていた私に、先生は言葉をかけて下さった。今でも一語一句間違えずに思い出せる」

そこで言葉を切り、少佐は視線を窓の外に向ける。
小さく息を吸って、まるで芝居の台詞でも語るように、少佐は語り出した。

「……『君の目は、きっと舞鶴(ここ)にいる誰よりも多くの存在を守れる。私はそう信じているんだ。……ほら、空はこんなに広いんだ。君が飛ぶ場所なんていくらでもあるさ』」

そう言って少佐は、昔を懐かしむように目を閉じる。

「その言葉と、その後に起こったちょっとした事件。それが私にウィッチの道に進むことを決心させてくれたのだ」
「……なるほど」

私は頷く。
今の少佐を形作っている強さ、そして何より「空を飛ぶこと」への強い執着。
その原点を垣間見た思いだ。
少佐は少し照れたように頬を掻く。

「……どうも柄にもなく熱が入ってしまったな。上司の昔語りなんぞ進んで聞きたいもんでもなかろう。すまんな」

そして少佐は、私の視線を避けるように再び窓の外へと視線を戻し、汽車が舞鶴に着くまで一言も発することはなかった。

それから数時間の後。

「こちらでお待ちください」

案内の女性兵士に連れられ、私は舞鶴鎮守府の談話室にやって来ていた。
現在、少佐は舞鶴鎮守府司令長官閣下の下へ挨拶に行っている。
談話室にはほかにも談笑する数人の兵士たちの姿があったが、私の方には一瞬視線をやっただけですぐに再び談笑へと戻る。
その空気に何とも言えない居心地の悪さを感じつつ、私は部屋の隅の椅子へと腰を下ろした。
敵地の真ん中で置き去りにされたような時間が十数分ほど(私には数時間にも感じられたが)過ぎたころ、入口の方から何者かが入ってくる気配と共に今まで談笑していた兵士たちが弾かれたように立ち上がる。

「き、北郷中佐殿!」

その言葉に、私も立ち上がって敬礼を送る。
振り向いた先には、車椅子に座った一人の女性士官の姿があった。
…………この方が北郷中佐か。
「軍神」と称されるほどの方にしては、この方の軍歴には今一つはっきりしないところが多い。
それは、中佐の最大の武勲と言われる扶桑海事変においても同様である。
あの事変において中佐がいかなる役割を果たし、どうしてこれほどの大怪我を負ったのか。
何故か、それが公的にに語られることはほとんどないと言ってよい。
事変をモチーフとした件の映画でも北郷中佐の出番はほとんどなかった。
そのことで、軍内部では眉唾物の噂なども飛び交っているが、実際に扶桑海事変に参戦された少佐はそのすべてに対し沈黙を貫いておられる。
ならば、少佐が進んで語られないものをこちらから無理に聞き出す趣味はない。

「…………ん?」

敬礼を返した中佐は、部屋の中を一通り見まわして見慣れぬ顔である私に気付いたのであろう、そのまま私の方に近づいて来た。
そのまま私に声をかける。

「君は……見ない顔だな。所属は?」
「横須賀鎮守府所属、土方圭助兵曹であります。現在坂本美緒少佐の従兵を務めさせていただいております」
「ああ!君が坂本の……」

私の自己紹介に、中佐は得心がいったというように手を打つ。

「坂本はもう着いているのか……?って君がここにいるんだから当たり前だな」
「はい。現在は司令長官閣下の下にご挨拶に伺っております」
「なるほどな。そうか…………ふむ、君があの……」
「中佐?」

私の名前を以前からご存じであったかのような言葉に、怪訝そうな表情になった私に気付いたのであろう。
北郷中佐は小さく笑うと言葉を続けた。

「いやなに、坂本が時折送ってくる手紙に、君のことが必ず書いてあってな。だから君のことも名前だけは知っていたんだ」
「はぁ」
「坂本が君のことを随分褒めていたぞ。かなり見込まれているようだな」
「…………きょ、恐縮です」
「ふむ……」

突然少佐からの褒め言葉を知らされ、妙な居心地の悪さを感じる私を、中佐は値踏みでもするかのようにじっくりと眺める。

「……中佐?」
「ああ、すまない。ずいぶん坂本には鍛えられているようだな」

そう言って中佐は剣を握って振る仕草をしてみせる。

「……は。まだまだその影すら踏めぬ身でありますが」
「謙遜はいいよ。手紙にそのこともあった。いつか君に追い越される日が来るだろう、その日が来るのが楽しみでもあり、少し寂しくもある、とね。私もこんな格好でなければ一度手合わせしてみたいものだ」

そう言って中佐は小さく笑う。
知らないところで少佐にそのように言われていたのか。
…………何とも微妙な気分だ。

「先生!」

ふいに背後からかけられた声に振り返る。
そこには坂本少佐がこちらに向けて駆け出さんばかりの勢いでやって来ていた。
坂本少佐の姿を認めた北郷中佐も笑顔になる。

「ああ、坂本……っと、今は少佐殿か。久しぶりだな」
「はい!先生もお元気そうで」
「まあ……何とかね。君の従兵君との話もなかなか楽しませてもらった」
「従兵…………ああ、土方か」

その言葉に、少佐は初めて私の存在に気付いたようで、慌てたように私に視線を向ける。

「…………居たのか貴様」
「は」
「はは、今まで忘れていたとはひどい上官もいたものだな」
「先生!」

中佐のからかうような言葉に、坂本少佐は拗ねたような表情になる。
…………こんな表情の少佐は初めて見た。
それほど北郷中佐に対し心を許している……と言うか甘えているという事なのだろう。
坂本少佐にとって、北郷中佐の存在がいかに大きなものか、それだけで理解できた気分だ。

「それじゃ、再会の感激も一区切りついたところで私の部屋に行こうか。土方君、君も来るだろう?」
「……よろしいのですか?」
「構わん。貴様にも先生のことを紹介しておきたかったといっただろう」
「は」

そう言うと坂本少佐は中佐の車いすを押し、部屋を出て行く。
私はそんなお二人から少し遅れて、談話室を後にした。

と言う所でここまでです。
北郷中佐の事を調べるためにアマゾンでストライクウィッチーズ零を買いました。
醇子ちゃんかわええ。

そして俺将、北郷少佐ではなく北郷中佐であったことに気付く痛恨のミス。
訂正してお詫びいたします。

まさかの3スレ目が見えてきましたね。
次話がこのスレでの最終話になるかと思います。
もしくはもうこのスレはここで埋めて次話は3スレ目で書いた方がいいんでしょうか。

まぁどちらにせよ来週あたりにまたお会いしましょう。
それでは。

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