あかり「ともこさんのことが好きだったんだぁ」(1000)
私の思考はぱたりと止まってしまった。
だって今、あかりちゃん……。
『あかりね、ともこさんのこと好きだったんだぁ』って。
ともこさんって、私のお姉ちゃんのことだよね?
あかりって、あかりちゃんのことだし、好きって――
たぶん、そういうことだ。レンアイカンジョウとしての好き。
あかりちゃんは笑っているけど、その目はは泣きそうになっているから。
ちなつ「……え?」
えぇええええええええっ!?
理解した途端、私は大声を上げずにはいられなかった。
だって、あかりちゃんとお姉ちゃんって……!
あかり「ち、ちなつちゃん、落ち着いて!」
ちなつ「これが落ち着いてられるかってーの!」
あかり「ちなつちゃんこわいっ」
そうだ、とりあえず落ち着く為に状況を整理してみよう。
――そもそもなんでこんな話をしているのかというと、京子先輩の「Go」だ。
ここ一週間ほど、あかりちゃんはずっと元気がなかった。
京子先輩や結衣先輩が何を聞いても「なんでもないよ」の一点張り。
そこで私に京子先輩からの「行け」が下されたわけだ。
まさか私に話してくれるわけがないと思っていたし、あかりちゃんが語り始めた
だけでも吃驚なのに、その語った内容がそれ以上に私を驚かせた。
あかり「……落ち着いた?」
ちなつ「……いちおう」
あかり「ごめんね、突然こんなこと」
ほんとだよ!と言いたくなるよあかりちゃん。
ちなつ「ていうかなんであかりちゃんがうちのお姉ちゃんなんかに……」
あかり「ともこさ……ちなつちゃんのお姉さん、うちのお姉ちゃんと友達でしょ?」
ちなつ「言い直さなくたっていいよ」
あかり「あ、うん……それで、友達同士だからよく、お姉ちゃんがうちに連れてきてたの」
ちなつ「お姉ちゃんを?」
初耳だ。
一緒に遊びに行くとは聞いていたけど、家にまで行くほど仲が良かったなんて。
あかり「って言っても数ヶ月ほど前のことなんだけどね」
えへへ、と笑って、あかりちゃんは言葉を続けた。
次第にその声が震えていっていることにあかりちゃんは気付いているのだろうか。
あかり「最初はちなつちゃんのお姉さんっていう意識しかなかったのにね。たぶん、
ともこさんは私のこと、妹の友達として仲良くしてくれてて、優しくして
くれてたんだなって今ならわかるけど……私、勘違いしちゃったから」
ちなつ「あかりちゃん……」
あかり「あかりったらバカだよねぇ、ともこさんが家に来てたの、お姉ちゃんに
会うためだもん、なのに、どうして好きになっちゃったんだろうねぇ」
あかりちゃんはそう言って、笑う。
笑うけど、ちゃんと笑えてないよ。
ちなつ「あかりちゃんは、その……お姉ちゃんに、告白とか」
あかり「してないよ、するわけないよぉー、だって、結果はわかってるのに」
ちなつ「……そっか」
あかり「……うん」
あかり「……ちなつちゃん、聞いてくれてありがとう。こんなこと、京子ちゃんや
結衣ちゃんには話せなかったからすごく助かったよぉ」
ちなつ「えっと、そんなこと……」
せっかくあかりちゃんが私に話してくれたのに。
何も言えない自分が悔しい。
悔しいけど、今は何も言っちゃいけない気がして、だから私は、「部室戻ろうか」と
あかりちゃんの手を引くことしかできなかった。
あかり「うん、そうだねっ」
痛々しいほどの笑顔から、私はつい目を逸らした。
◆
ちなつ「はあ……」
うぅ、私まであかりちゃんの元気の無さをもらっちゃった気がする。
あかりちゃんはいつも笑ってくれてるから、あかりちゃんが元気なければ
私たちにまで伝染してきてしまう。
まさかここ最近のあかりちゃんの様子が色恋沙汰によるものだったなんて。
てっきり、あかりちゃんはそういうことに興味がないと思ってたのに。
しかもその相手がうちのお姉ちゃん。一体私はどうすればいいのか。
ともこ「何溜息吐いてるの?」
もう一度大きく息を吐き出したときだった。
思わず飛び上がる。
ちなつ「お、お、お、お、お、お姉ちゃんっ!」
うわあ、吃驚したなあもう!
お姉ちゃんはいつのまに帰って来たのか、朝出かけていった服とは別のものに
着替えて背後に立っていた。
ともこ「そんなに驚くこと?」
くすりと笑うお姉ちゃん。
なんか腹が立つ。あかりちゃんの元気奪っといてお姉ちゃんが笑ってるなんて。
お姉ちゃんに腹を立てるのは筋違いだって、わかってはいるんだけども。
ちなつ「だって、気配なかったんだもん」
ともこ「気配消し成功かしら?」
ちなつ「なにそれ」
ともこ「吉川家伝統秘術よ」
ちなつ「そんなの知らない」
ツンッとそっぽを向くと、「なにか怒ってる?」とのんびりした調子で訊ねながら
お姉ちゃんが隣に腰を下ろした。
縁側の、外へと足を投げ出し子どもみたいにぷらぷらさせながら、私の様子を伺ってくる。
ちなつ「心当たりは?」
ともこ「そうねぇ」
ちなつ「ないならいいよ。お姉ちゃん、最近よくあかりちゃん家に行ってたんだってね」
ともこ「えっ」
惚けるようだったお姉ちゃんが、あかりちゃんの家の話を持ち出すと突然慌てだした。
どうして知ってるの、というように口をぱくぱくさせるお姉ちゃんに、
「あかりちゃんから聞いたよ」と伝えるとようやく納得したのかバカみたいな口を閉じてくれた。
ともこ「……別に言う必要もないかなあって」
ちなつ「ふーん」
『ともこさんが家に来てたの、お姉ちゃんに会うためだもん』
ふいに、あかりちゃんの言葉が思い出された。
お姉ちゃんは、つまり、あかりちゃんのお姉さんのことが好きなのかな。
ちなつ「ねえ、お姉ちゃん」
ともこ「あのね、ちなつ」
私が訊ねようとしたのと同時に、お姉ちゃんが口を開いた。
私の質問がなんなのかを悟ったのか、お姉ちゃんは「どうぞ先に言って」とは
言わずに少し早口になって言葉を続けた。
ともこ「あかりちゃんのことで、聞きたいことがあるんだけど」
なんかお姉ちゃんがあかりちゃんのことを馴れ馴れしく「あかりちゃん」なんて
呼ぶのむかつく。
「前みたいにちなつのお友達って呼べばいいよ」とむすっとして言うと、笑われた。
よけいにむかつく。
ともこ「もしかしてやきもち?」
ちなつ「違うもん!」
私がやきもちやくのは結衣先輩のときだけだもん!たぶん。
どうしてここまであかりちゃんのことで入れ込んでるのかっていうと、
やっぱりあかりちゃんは友達で、いつも相談に乗ってもらってて、それだけのはず。
ともこ「そう?」
ちなつ「それよりあかりちゃんのことでってなによ!」
いつも仲のいい姉妹で通ってる私たちだけど、今日の私はお姉ちゃんに関して
すこぶる機嫌が悪い。
お姉ちゃんは「怒らないで」と笑いながら宥めてくるし。
ともこ「あかりちゃんのことっていうかね、最近、学校でどうかなと思って」
ちなつ「どうって、どういうこと?」
ともこ「ちょうどちなつに聞こうと思ってたから、ちなつから赤座さんの話題出して
くれて助かったわー。最近あまり、元気ないみたいって赤座さんが言ってたのよね。
それで私も気になっちゃって」
一瞬、お姉ちゃんがあかりちゃんの様子に気付いていたのかと思ったけど、
そうではないらしい。お姉ちゃんは鈍感なのかそうじゃないのか、よくわからない。
ともこ「もし落ち込んでるようなら、相談に乗ってあげたいなあとも思うんだけど」
あーインスピレーション湧いてきたわ
続き書いていい?
結構有名な書き手なんだが
すまん、寝てた
再開する
ちなつ「……」
相談なんて言語道断。
お姉ちゃんのことで落ち込んでるのにどうやって相談するのよあかりちゃん。
あかりちゃんが可哀そう。
ちなつ「だめ、相談なら私が乗るから」
ともこ「そう?あかりちゃんに、何かあるならいつでも頼ってきていいからって
言っておいて」
あくまでお姉ちゃんが真剣な顔でそう言う。
やっぱりあかりちゃんが可哀そうだ。
あかりちゃんのお姉さんが好きなんなら、その人自身に優しさでもなんでも
振り舞いときゃいいものを。
ちなつ「お姉ちゃんのバカ」
ともこ「え?」
不思議そうな顔をして固まるお姉ちゃんを置いて、私は立ち上がった。
そろそろ肌寒い時間帯。
早く部屋の中に入ろう。虫の居所も悪いし。
ともこ「ちなつ」
ちなつ「なによー」
ともこ「ふふっ、大好き」
ちなつ「好きな人に簡単にそれを言えればいいのにね」
ともこ「……」
ともこ「……」ズーン
あかりちゃんが勘違いしちゃうのも仕方ないよ。
―――――
―――――
お風呂に入ってさっぱりしたあと、私はさっさと布団にもぐりこんだ。
なんだか今日は色々考えすぎて頭が疲れていた。
結衣先輩との素敵なランデヴー(妄想)もしてないし。
ちなつ「……」
けど、布団にもぐりこんでも結衣先輩のことを考える気が起きない。
むしろ、あかりちゃんとお姉ちゃんのことばかりが頭に浮かんできて仕方が無い。
それでよけいに目が冴えて、眠ることさえできなくなる。
ちなつ「……誰かに電話しようかな」
そう呟いたとき、携帯がぶるぶる震えた。
ついびくっと身体を震わせてしまう。今日は驚いてばかりだ。そしてさらに驚いたのが、
誰だろうと覗いたディスプレイに踊る名前。
『発信者:結衣先輩♪』
ちなつ「あ、あ、あ、ど、どどどどどどうしよ……!」
うわあ、髪はぐしゃぐしゃだしなんかすごいはしたない格好してるし!
あ、でも電話だから……!
っていうか電話切れる!私は焦りながら通話ボタンを押した。
ちなつ「は、は、はいっ、もしもしこんばんは!」
結衣『え、あ、うん、こんばんは』
猛烈に恥ずかしい。私何言ってるのよー!
でも負けないでチーナ!大丈夫よ私!まだ巻き返せる!
電話口で大きく深呼吸すると、出来るだけキャピキャピした声で言ってみる。
ちなつ「わ、私結衣先輩から電話もらえるなんて嬉しいですっ!」
画像も無しに
結衣『そういえばちなつちゃんと電話するのってほとんどないよね』
ちなつ「は、はいっ」
ほとんどないから嬉しさも倍増。
それにしても、どうしてそんな結衣先輩が突然私に電話をかけてきたんだろう。
ちなつ「あの、それでどうされたんですか?」
結衣『あ、うん。気になってたんだけど聞けなかったことがあるから』
それでなんのことか悟った今日の私は、やっぱり相当疲れているのかな。
普段なら頭の中が百合色にでも染まっているのに。
「あかりちゃんのことですか?」と訊ねると、結衣先輩は頷いた。
頷いたっておかしいだろ電話なのに
>>60
おかしくなんかない
結衣『うん、あかりのこと。戻ってきたときあかり、だいぶすっきりした顔してた
からさ。大丈夫かなって思ったんだけど』
ちなつ「はあ」
それはもちろん、なんであかりちゃんが落ち込んでたのか聞きたいのは当然だ。
第一、すっきりしたかどうかはわからないけどあかりちゃんの悩みが解決したわけ
ではないのだから。
結衣『京子とちなつちゃん何か聞いたんじゃないかなって話しててさ。良かったら
話してくれない?私たちもあかりがなんで落ち込んでるのか知りたいんだ』
ちなつ「結衣先輩……」
やっぱり結衣先輩は優しい。
優しいし、すごく頼りになるし、かっこいいけど。
画像見させてもらいましたが、可愛いというよりなんかエロいですね
可愛さが伝わる画像じゃないとなんとも言えません
言えないんです
『こんなこと、京子ちゃんや結衣ちゃんには話せなかったからすごく助かったよぉ』
あかりちゃん、あんなこと言ってたよね。
私が勝手に話してもいいのかな。
結衣『どうしたの?』
ちなつ「えっと……」
結衣『答えられない?答えたくない?』
そ、そんなことないです……。
小さな声だったから、きっと結衣先輩には届かなかった。
でも届かなくて良かったと思う。もしかしたら、嘘になっちゃうかもしれないから。
私はたぶん、答えたくないんだ。
今はきっと、私だけが知ってるあかりちゃんの秘密。あかりちゃんが前に、
私が結衣先輩のことを相談することが嬉しいし自慢なんだって言ってた、それと同じ気持ち。
相手は結衣先輩なのに、その気持ちは揺るぎようがなかった。
ちなつ「すいません……今はまだ」
結衣『そっか……でも、何か知ってるんだよね』
ちなつ「はい」
結衣『なら、あかりをしっかり見ててあげて。あの子、一人で抱え込んじゃうときがあるから』
お願いね、ちなつちゃん。
そう言って、結衣先輩が電話を切った。
私はしばらく電話の切れた音を聞きながら、ぼうっと自分の掌を見詰めた。
>>63
いやおかしいだろ、なんでちなつが電話相手の動向を的確に把握してるんだよ
>>70
結衣が
ちなつ「あかりちゃんのことですか?」
って聞かれて
結衣「ああ」
とか
結衣「うん」
とか
結衣「せやねん」
とか言ったってことを頷いたって表現したんじゃないか?
結衣先輩にお願いされちゃった。
ちなつ「……」
はいって言いそびれちゃったけど、でも。
開いた掌をぐっと握り、拳をつくる。それを振り上げたい衝動に駆られながらも我慢。
結衣先輩に「あかりをしっかり見ててあげて」と言われれば何時間でも何週間でも
あかりちゃんを凝視します!
けど、私はあかりちゃんを見守る以外どうすればいいんだろう。
あかりちゃんの傍を離れないでいるだけで、あかりちゃんが救われると思うほど
私は自意識過剰じゃない。
話を聞いて上げられるほど聞き上手でもないし。
けど、悩んでたって仕方が無い。
結衣先輩にもお願いされちゃったんだから、
私はあかりちゃんをしっかり見ててあげなきゃ!
◆
翌朝、珍しく早く起きた私は即行に学校へ行く準備を整えた。
お姉ちゃんが「あら早い」と声をかけてきたけど、まだ少しむかむかするから
おはようは言ってやらない。
ただ、今日のお姉ちゃんもやっぱり綺麗だ。
そんなお姉ちゃんに負けないように、朝ごはんを食べて出来るだけ可愛くなるように
髪を結う。鏡を見て満足すると、私はいつもより早めに家を出た。
ちなつ「いってきまーす」
もう行くの?というお母さんの声に頷きドアを開ける。
眩しい朝の光が目を刺す。今日はいい日になるといいな。
ううん、私がいい日にしなきゃ!
そう意気込み、私はいつもとは少し違う道を歩き始めた。
あかりちゃんの家へと続く道。
あかり「」のSSなのにちなつちゃんが主人公であかりが空気なのはラムレもぐもぐ
ここ一週間ほど、あかりちゃんは私たちと一緒に学校を行きたがらなかった。
たぶん、心配されたくないからなんだと思うけど。
だからしばらく登校するのはあかりちゃん一人だったから、よけいにあかりちゃんの
話を聞けなかった。
今日も一人で行きたいって言うかもしれないけど、そのときはそのとき。
当たって砕けろだよね。
あかりちゃんの家の前に着くと、私はふとチャイムを押すのを躊躇ってしまった。
あかりちゃんのお姉さんが出てきたらどうしよう。
出てきても構わないって言っちゃ構わないけど、お姉ちゃんの話を聞く限り
すごく妹想いな人みたいだし、何か聞かれちゃったりするかもしれない。
若しくは「妹になにをしたオラぁー」……みたいな。
だ、だめよチーナ!
そんなことで震えてちゃだめ!そうなったらさっさとお姉ちゃんと付き合っちまえと
言ってやるくらいの勢いじゃないと!
ちなつ「……よし」
気合をいれて。
人差し指をまっすぐピンッと張り、チャイムを押した。
ぴんぽーん
なんだか間延びしたチャイムだ。
けどそのおかげで肩に入っていた力が少しだけ抜けた。
インターホンからガチャッと音がする。誰かが反応してくれたみたいだ。
さあ、誰でもかかってこい!
ぐっと胸の前で拳を握った。
『はーい』
けど出たのはチャイムと同じく間延びした声だった。
前にこの家に泊まったとき聞いた事のある――たぶん、あかりちゃんのお母さん。
そういえば、あかりちゃんの家に泊まってもお姉さんは見たことが無い。
いつもどこかに行ってるって言ってたけど、もしかしてうちん家に来てたんじゃ――
『もしもーし?』
ちなつ「あっ、えと、吉川ちなつですっ!」
しまった、自分の考えに浸って返事するのを忘れてしまっていた。
『吉川ちなつさん……?少しお待ち下さいねー』
ガチャッ
返事をする間もなく切れた。
それから数分間待たされ、もう一度チャイムを押そうかどうか迷っているところで
ようやく玄関の戸がのろのろ開く。
あかり「ちなつちゃん……?」
ちなつ「あ、あかりちゃ……って、頭!すごいことなってるよ!?」
あかり「ご、ごめんね、起き立てで急いで出てきたから髪の毛までちゃんと
とかす時間がなくって……」
ちなつ「べつにゆっくりでも良かったのに……」
まあ嘘だけど。
これ以上遅かったら「まだー?」とか叫んでしまいそうだったわけだし。
ただ、もしかしてあかりちゃんが私に会いたくないとか言ってるんじゃないかとも
思ってしまっていたから、出てきてくれただけでも嬉しい。
あかり「ごめんねぇ……それで、こんなに朝早くからどうしたの?」
ちなつ「あ、うん。あかりちゃんと学校一緒に行こうと思って」
だめかな、と問いかけてみると、あかりちゃんは案の定困ったような顔をした。
やっぱりまだ辛かったりするのかな……。
あかりちゃんの好きだった(?)お姉ちゃんと血の繋がった私に話してくれただけでも
あかりちゃんが元気になる一歩だと思ったほうがいいのかも。
あまり焦るのも、きっとよくないよね。
ちなつ「あかりちゃん、やっぱり今日は私……」
あかり「ちなつちゃん、わかった。私、すぐにちゃんと用意してくるから待ってて!」
ちなつ「あ……うん」
あかりちゃんはくるりと私に背を向けると、家の中へ引っ込んでいった。
とりあえず、一緒に学校は行ってくれるみたい。
良かった、とほっと息を吐いた。
けどまた、あかりちゃん笑ってたな。
本当に笑いたいときだけ笑ってくれればいいのに。
昨日結衣先輩が言った『あの子、一人で抱え込んじゃうときがあるから』という言葉が
よくわかる気がした。
―――――
―――――
あかり「ちなつちゃん、お待たせー!」
ちなつ「おはよ、あかりちゃん」
あかり「うん、おはよう」
次に出てきたあかりちゃんは、いつもどおりのあかりちゃんだった。
うん、お団子もちゃんとあるし。
先に歩き始めた私の隣に並ぶと、あかりちゃんは「髪の毛変じゃないかなぁ」と
訊ねてきた。
ちなつ「うん、大丈夫だよ。いつもどおりのあかりちゃん」
あかり「そっかぁ」
そういえば最近あかりちゃんが髪型とかを気にし始めたのって、やっぱり
お姉ちゃんのことがあるからなのだろうか。
恋する乙女ってやっぱり容姿とかが気になるものだし。
あかり「えへへ、あかりね、最近夜遅くまで起きてて起きるの遅くなっちゃったから
髪の毛ちゃんとできてるか心配で」
遅くまで何をしてるの、と訊ねようとして私は慌てて口を閉じた。
あかりちゃんの目、少し腫れてる。
だからあかりちゃんは朝、いつものメンバーで登校しようとはしなかったんだ。
悪かったな、と少し反省してしまう。
……でもあかりちゃん、本気でお姉ちゃんのこと好きなんだ。
別に、疑っていたわけでもないし否定したかったわけでもない。
けど、昨日のあかりちゃんの言葉が信じられなかったのは本当。
心のどこかではうっすら「まさか」って思っていた。
だから今のあかりちゃんの様子で、私はあかりちゃんのことを今まで一緒に居たはずなのに
何も知らなかったんだなって思う。
あかり「ちなつちゃん?」
ちなつ「えっ、あ、ごめん。久し振りに早く起きたからボーッとしちゃってた」
あかり「あかりもだよぉー」
ちなつ「そ、そっか、あはは」
いざあかりちゃんの気持ちと向き合ってみると、今度は私があかりちゃんと
話しにくくなってしまった。
あかりちゃん、私のことほんとはどう思ってるんだろうか、なんて考えちゃう。
実際こうして話してるんだから悪くは思ってないかもしれないけど、
私を見たら嫌な気分になるんじゃないかとか。
そう考えてるのは私だけで、あかりちゃんは何も思ってないかも知れないけど、
なんだかすごく謝りたい気分。
私の空気が伝わったのか、あかりちゃんも笑うのをやめて黙り込んでしまった。
そのまましばらく歩いた後。
先に口を開いたのはあかりちゃんだった。
あかり「でもあかり、まさかちなつちゃんが迎えに来てくれるとは思わなかったよぉ」
ちなつ「え?」
あかり「朝、起きるの辛かったけど今日は少し嬉しかったんだぁ」
本当に嬉しそうに、あかりちゃんが言う。
それで私ってバカだなあって思った。
あかりちゃんはいい子でいい子で優しくって、そう簡単に人を嫌いになることなんて
できない子なんだ。
あかり「久し振りの早起きって、気持ちいいねぇ」
あかりちゃんが笑う。
だから私は、あかりちゃんが無理して笑わずすむように、本当のあかりちゃんがちゃんと
前に出てこられるように、あかりちゃんの大切な友達になりたいって思う。
今まで以上にもっともっと。
◆
学校に着くと、京子先輩からメールが来ていた。
『ちなつちゃん、遅刻ー?だいじょぶ?』
そういえば結衣先輩たちに先に行くって何も言ってなかった。
慌てて『ごめんなさい><』のメールを返すと、あかりちゃんがとてとてと
近寄ってきた。まだ少し眠そう。
あかり「あかり、こんなに早い時間学校に来たのは初めて!」
ちなつ「私も。人全然いないねぇ」
部活の朝練で来ている人はちらほらいるみたいだけど、みんな鞄だけ置いて
教室にはいない。だから今の時間、教室であかりちゃんと二人だけだった。
あかりちゃんは落ち着かなさげに教室を見回すと、「教室ってこんなに広いんだね」と
目を輝かせた。
良かった、少しはあかりちゃん、元気になってきてるのかな。
少なくとも昨日やその前よりは。
よーし、このまま元通りのあかりちゃんに戻しちゃうんだから!
ちなつ「普段人いっぱいいると気付かないのにね」
あかり「うん。あ、そうだ、ちなつちゃん!」
ちなつ「どうしたの、あかりちゃん」
あかり「最近、時間がなくってお花さんに水遣りしてなかったんだけど、
一緒にやってくれる?」
そういえば、あかりちゃん前は結構教室や花壇のお花のお手入れしてたんだっけ。
あまり土をいじったりするのは好きじゃないけど、あかりちゃんがせっかく
誘ってくれてるんだからここは頷いておかないと。
ちなつ「うん、もちろん!」
あかり「えへへ、ありがとー」
―――――
―――――
ちなつ「……で、これ全部?」
あかり「うん」
平然と頷き、あかりちゃんはさっそく私に水の入った如雨露を渡してくれた。
水がたぷんたぷんに入っている。
あかりちゃんが言うには、校庭の隅にある花壇全部に水をやるということだった。
ホースはないから、如雨露でやるしかない。軽くお花畑みたいになってるところを、
毎朝あかりちゃん一人でやっていたんだと思うといろんな意味で泣けてくる。
私が立ち往生していると、もう一つに水を汲んであかりちゃんが花に水をやりはじめた。
私もようやくやるべきことが見付かったというようにあかりちゃんの隣に立って
水まきをはじめる。
ちなつ「なんていうか、あかりちゃん、すごいね……」
あかり「なにがー?」
ちなつ「だって、ずっと一人でこんなふうにやってたんでしょ?」
あかり「うん、そうかな」
ちなつ「私には絶対無理……大変だし腕も腰も疲れるし」
あかり「毎日やってたら慣れちゃうよぉ」
そういうものなのかな、と首を傾げる。
だんだん如雨露の重さが軽くなっていく。あかりちゃんの心も如雨露みたいに
なってればいいのになあ。そしたらばーっといらないもの全部流してしまえるのに。
ちなつ「あかりちゃんはどうしてこうやって花に水やるようになったの?」
そういえばずっと気になっていたことだった。
あかりちゃんのことだからと簡単に片付けて今まで訊ねなかったことだけど、
改めて自分で体感してみると毎日続けるのに何か理由があるんじゃないかと
かんぐってしまう。
あかり「うーん、どうしてって……」
ちなつ「小さい頃からずっと?」
あかり「うん、あかり、お花さんも虫さんも、みんな大好きだから。誰もお水
やらなかったら苦しいかなぁって」
ちなつ「……へえ」
やっぱり、あかりちゃんはあかりちゃんだ。
なんかすごく納得してしまう。けど、あかりちゃんは「でもね」と続けた。
あかり「あかり、お水をやることで自分も綺麗になるんじゃないかなあって」
ちなつ「えっと……」
あかり「お花さんにお水をやってたりすると、もっともっと優しくなれる気がするんだぁ。
もっと優しくなりたいから、だからそれもあるのかも」
もっと優しく。
あかりちゃんは、今でも充分すぎるくらい優しいのに。
でも、あかりちゃんの優しさの秘密がお花の水遣りなのだと言われれば少し
わかる気もする。
ちなつ「……あかりちゃんは今のままでもいいのにな」
ぽつり、と呟いた。
ちょうど、そこで水がなくなる。ふとあかりちゃんのほうを見ると、あかりちゃんは
驚いたように私を見ていた。
ちなつ「あかりちゃん?」
あかり「あ、ううん……ごめん、なんでもないよっ」
ちなつ「……そう?」
私は首を傾げると、水道の方へと足を進めた。
あと何回ここを行ったりきたりしなきゃなんないのかなあと思っていると、
小さくあかりちゃんの声で「ありがとう」って聞こえた気がした。
それから学校が賑ってくる頃、私たちはようやく水遣りを終えた。
私が手伝うより断然、あかりちゃん一人でやるほうが早い気がする。
けどあかりちゃんはあくまでも「手伝ってくれてありがとぉ」とお礼を言ってくれる。
やっぱりあかりちゃんは優しいなあ。
私が自分の体力のなさに落ち込んでる場合じゃないよね。
ちなつ「また何かあったら言ってね、あかりちゃん!」
元気よく腰掛けていた水道の淵から立ち上がった。
あ、腰が痛……くはない。あまりあかりちゃんに心配かけないようにしなきゃ。
ちなつ「そろそろ教室戻ろうか」
あかり「……」
ちなつ「あかりちゃん?」
あかり「あ、うん……教室、戻ろう」
一瞬あかりちゃんの反応が遅れた。
どうしたんだろう。
きょとん、と首を傾げながらあかりちゃんのほうをちらりと見ると、
あかりちゃんも私と同じように首を傾げていた。
◆
京子「あー、だるかったー」
結衣「おい行儀悪い」
京子「数学の授業が悪いんだってー、わざわざあんな問題解かすなんて間違ってる!」
結衣「京子が授業ちゃんと受けないで原稿やってたからだろ」
京子「だって締め切り近いんだもん」
放課後。
部室に着くと、あかりちゃんはまだ来ていなかった。今日は私が掃除当番で、
あかりちゃんは先に来ているはずなのに。
京子「あ、ちなつちゃんだー」
ちなつ「こんにちは。あの、あかりちゃんは?」
風呂行ってきます
きょろきょろ部室を見回しているけど、あかりちゃんの姿はない。
隅のほうで体育座りでもしているかと期待してみたけどやっぱりいない。
結衣「え、一緒じゃなかったの?」
ちなつ「私、掃除当番であかりちゃん先に行ってるって」
京子「それはおかしいな、あかり、来てないよね?」
結衣「たぶん……」
今日は少し元気だったからと油断した。
あかりちゃん、ほんとは無理してたんじゃないだろうか。
あかりちゃんの姿が無いとなんだか落ち着かなくって、結衣先輩に抱き着くことも
なぜだか躊躇われた。
探した方がいいのかな。
そんなことを思いながら、私はいつもの場所に鞄を置いて腰を下ろした。
うぅ、どうしても気になっちゃう。
京子「まああとで来るんじゃない?」
結衣「そうだな」
ちなつ「……ですよね」
でもあかりちゃんが先に行ってるって言って来てないなんて今までになかったし。
すごく心配になってくる。
せっかく近くに結衣先輩がいるのに……。
あかりちゃんの元気のなさが移るように、こういう焦りだったり不安だったりも
人には移りやすいらしい。
だんだん、京子先輩たちも落ち着かなくなってきたみたいだった。
京子「あかり、休むって言ってないよね?」
結衣「少なくとも私は何も聞いてない」
京子「うん……」
普段ならどうってことはないのに、あかりちゃんが落ち込みはじめてからだいぶ経つ。
みんな、あかりちゃんの事情はどうであれ心配になってしまうのだ。
結衣「私、ちょっとそこ見てくる」
やがて、結衣先輩が立ち上がった。
じゃあ私も!
そう立ち上がろうとしたとき、ガラガラッと呑気な音が聞こえた。
それからとたとたと足音。
結衣「……」
京子「……」
がらっと襖が開いた。
あかりちゃんの姿が「遅くなってごめんねぇ」と現れる。
京子「あ、あかりー!」ガバッ
あかり「わっ、ど、どうしたの京子ちゃん?あかりちなつちゃんじゃないよ?」
結衣「帰ったかと思って探しに行こうとしてた」ホッ
あかり「あかり勝手に帰ったりしないよぉ」
結衣「うん、そうだよね、ごめん」
私ははあと息を吐くと浮かせかけていた腰を下ろした。
あかりちゃんがちゃんと来てくれてよかった。
京子「で、こんな時間まで何やってたの?」
京子先輩があかりちゃんの首に手をまわしながら訊ねた。
あかりちゃん、すごく苦しそうなんですけど。
あかりちゃんはパンパンッと京子ちゃんの腕を叩きながらも、「お、お花さんだよぉ」と
苦しそうな声で答えた。
京子「お花さん?」
ちなつ「もしかしてまた水遣り?」
ようやく解放されたあかりちゃんが、ぜいぜいと息をしながら私のほうを見た。
一瞬何か言おうとして、すぐにそれを飲み込んだようにしてこくりと頷いた。
結衣「またって朝もしてたの?」
ちなつ「はい、あかりちゃんがやろうって」
あかり「放課後は用務員さんがやってくれるんだけど、今日は手伝ってたんだぁ」
京子「へえ、わざわざそんなことするなんて、さすがあかりだなあ。私なら絶対やらん」
あかり「えへへ、結構楽しいんだよぉ」
ちなつ「……」
なんだろう、この違和感。すごく変な感じする。
あかりちゃんの言ってることは嘘じゃないってわかってるのに。
結衣「あかり、ちょっと何か吹っ切れた感じしない?」
もやもやした気持ちを抱えていると、結衣先輩がそっと私に寄ってきた。
そっか、結衣先輩たちにはそう見えるのか。
じゃあこの違和感は、いつものあかりちゃんに戻りかけてるから?
ちなつ「……そうですね」
結衣先輩に頷きながらも、なんだかしっくりこなかった。
◆
その日から徐々に、あかりちゃんはいつものあかりちゃんに戻っていった。
結衣先輩には『ずっとちなつちゃんが傍にいるからだね』と言って褒められたけど、
本当のことを言えば私は何もしていない。
逆に、あかりちゃんが一人で立ち直っていく様子に違和感を感じてしまっていた。
あかりちゃんの衝撃告白を聞いたあの日から、あかりちゃんは一度もお姉ちゃんの話を
していないし、数日前からまたみんなで一緒に登校するようになったし、ちゃんと
部活にも顔を出している。
なのに、何がだめなんだろう、私。
その答えは、ふとした瞬間に得られてしまった。
ちなつ「ねえ、あかりちゃん」
元気になってきたあかりちゃんとはいっても、ぼうっとしてることは前よりも
多くなっていた。だからそんなあかりちゃんにこうして声をかけることも多くなっていて。
あかり「……」
ちなつ「あーかーりーちゃん?」ヒラヒラ
あかり「えっ……ともこさ……」
はっとしたようにあかりちゃんが私を見た。
気まずそうに私を見た後、あかりちゃんは「ちなつちゃん」と私の名前を呼んだ。
それでたぶん、あかりちゃんはまだお姉ちゃんのことを忘れたわけじゃないんだって
思った。
よく私たち姉妹は似てるって言われるけど、至近距離にいるのに間違われることなんて、
あるはずもないのだから。
ちなつ「……」
あかり「……ちなつちゃん?」
ざわざわした教室。
私の胸もざわつく。お姉ちゃんに間違われたことが嫌だったわけじゃないけど。
たぶん、私は前よりあかりちゃんと仲良くなれたと思ってる。(勝手にだけど)
だからあかりちゃんがまだお姉ちゃんのことを引きずっていて、本当のあかりちゃんに
戻れないのだとしたら、そんなの嫌だ。
私と一緒にいることでお姉ちゃんのことが忘れられず、
無理して笑って欲しくも、無理して一緒にいて欲しくもないよ。
ちなつ「あかりちゃん、お姉ちゃんのこと、まだ好き?」
えっ、と驚いたようにあかりちゃんが私を見た。
それから困ったように目を伏せて、「そんなわけないよぉ」
ちなつ「ほんとに?」
あかり「……うん」
そんなわけ、ないよね。
あかりちゃん、嘘つくとすぐわかっちゃうよ。
ちなつ「じゃあ私と一緒にいるのいや?」
あかり「……どうしてそんなこと聞くの?」
あかりちゃんは「ううん」と首は振らずに、逆に訊ね返してきた。
言葉に詰まる。
どうしてって、あかりちゃんがお姉ちゃんのことをまだ……。
あかり「……あ、ご、ごめんねちなつちゃん!やっぱりいいや、ごめんね」
何も答えずにいると、あかりちゃんははっと顔を上げて言った。
こころなしか、あかりちゃんの目は少し潤んでいるように見えた。
―――――
―――――
その日の放課後、結衣先輩たちが校外学習で部活は休み。
私たちはなんとなく気まずいままに帰り道を辿っていた。
あかりちゃん家に寄ってから家へ帰るというのがいつのまにか定着していて、
いつもはそんな時間あっという間なのに、今日はやけに長く感じた。
お姉ちゃんの話、出さなきゃよかったなって思いながらようやくあかりちゃんの家の前へ
辿り着いた。
「それじゃあ」とあかりちゃんが家へ入ろうとして、突然立ち止まった。
ちなつ「あかりちゃん……?」
あかり「……誰かお客さん、来てるみたい」
誰かお客さん、とあかりちゃんは言ったけど、それが誰なのかはすぐに
わかってしまった。
玄関の前に置かれた傘たてに入っている傘のうちの一本に、見覚えがある。
お姉ちゃんだ。
最近、お姉ちゃんとは普段どおり話すけれどあかりちゃんの話はしちゃだめだと
感じたのか、お姉ちゃんはあれ以来一度もあかりちゃんの話を持ち出さなくなっていた。
だから今日も、お姉ちゃんがあかりちゃん家に来てることなんて知らなかった。
あかり「……あかり、ちょっと飲み物でも買ってこようかな」
あかりちゃんが動揺しているのが見て取れる。
私もどうしよう!?と必死で頭を働かせた。それで出た答えは。
ちなつ「あかりちゃん、家来る?」
ちょい離席しますー
出来るだけ今夜中に戻れるようにしますが戻れなかったらすいません
遅くなってごめん
保守ありがとう、続き書きます
>>173から書き直す
◆
その日から徐々に、あかりちゃんはいつものあかりちゃんに戻っていった。
結衣先輩には『ずっとちなつちゃんが傍にいるからだね』と言って褒められたけど、
本当のことを言えば私は何もしていない。
逆に、あかりちゃんが一人で立ち直っていく様子に違和感を感じてしまっていた。
あかりちゃんの衝撃告白を聞いたあの日から、あかりちゃんは一度もお姉ちゃんの話を
していないし、数日前からまたみんなで一緒に登校するようになったし、ちゃんと
部活にも顔を出している。
なのに、何がだめなんだろう、私。
ともこ「ちなつ、入っていーい?」
お姉ちゃんだ。
私はくるくる回していたシャーペンをノートの上にぽとりと落とすと振り向いた。
がたがたっと音がして、何も返事していないのにお姉ちゃんが入ってくる。
まあだめだったわけじゃないからいいんだけど。
ともこ「あら、勉強中?」
ちなつ「うん、テスト近いから」
ともこ「教えてあげようか?」
ちなつ「えーっ、わかるの?」
ともこ「中学校の範囲忘れちゃったかも」
ちなつ「なら無理じゃん」
もう、と頬を膨らませつつ、私はお姉ちゃんの様子をうかがった。
どこもお変わりないようで。
そういえばお姉ちゃん、まだあかりちゃんの家に行ってるのかな。
いや、普通に考えれば恋人同士が別れたわけでもないのだから行かないことのほうが
おかしいんだけど。
最近、お姉ちゃんとは普段どおり話すけれどあかりちゃんの話はしちゃだめだと
感じたのか、お姉ちゃんはあれ以来一度もあかりちゃんの話を持ち出さなくなっていた。
だからお姉ちゃんがあかりちゃんや、あかりちゃんのお姉さんとどうなっているのか
よく知らない。
ちなつ「それで、どうしたの?」
ともこ「ふふっ」
うっ。
なんか気持ち悪いよお姉ちゃん。ニヤニヤ笑っちゃって。
可愛いから許されるってやつだけど。
ともこ「明日ね、赤座さんのお家にお泊りなのっ」
ちなつ「今なんて?」
ともこ「だから、赤座さんのお家にお泊り」
今にも踊りだしそうなお姉ちゃんは、
さらにニヤニヤ笑いながら続ける。
ともこ「最近は赤座さんともあまり会えてなかったから楽しみでしかたないの!」
お姉ちゃんがあまりに嬉しそうな理由はわかった。
あかりちゃんの様子が落ち着いていたのはお姉ちゃんと会わなかったからということも
あるのかも知れない。
けど、明日またお姉ちゃんがあかりちゃんの家へ行って、あかりちゃんとお姉ちゃんが
鉢合わせしちゃったら――
ちなつ「だめ!」
ともこ「なにが?」
ちなつ「やだ!行っちゃやだ!」
お姉ちゃんが「えぇ?」と困ったような声を上げる。
って、この言い方じゃお姉ちゃんに行って欲しくなくって駄々こねてる餓鬼みたい
じゃない!行って欲しくないのはあってるけど!
ともこ「ちなつ、そんなにお姉ちゃんのことが大好きなの……?」
ちなつ「そういうわけじゃないよ」
ともこ「そこだけ一気に冷めないで欲しかったなあ、お姉ちゃん」
拗ねたように膨らむお姉ちゃんに、「ああもう」と頭をぐしゃぐしゃ。
とりあえずあかりちゃんとこには行っちゃだめなの!
あかりちゃん、きっとお姉ちゃん見るとまだ辛いに決まってるのに!
ちなつ「……好きだから」
ともこ「え?」
いいわよ、ここはこのチーナ、一世一代の大芝居付き合ってやろうじゃない!
お姉ちゃんがぱっと顔を上げた。
ちなつ「お姉ちゃんのこと、好きだから!」
ともこ「ちなつぅ……!」
ちなつ「お姉ちゃんがあかりちゃんとこ行っちゃうと妬んじゃうよ!」
ともこ「うん、うん……」
ちなつ「あかりちゃんに近付いちゃだめなんだから!」
ともこ「うん……」
ちなつ「あかりちゃんを泣かせないで!」
ともこ「うん……?」
――あれ?
お姉ちゃんがきょとんと首を傾げる。
私もきょとん。
ともこ「ちなつ、あかりちゃんのことがそんなに好きなの?」
ちなつ「ち、ちちちちちち違うよ!」
だって、私が好きなのは結衣先輩だし!
今のはたぶん、ずっとあかりちゃんのこと考えてたから。
この考えてたっていうのも変な意味じゃなくって、普通に……って、私は何を
自分に言い訳してるんだろう。
ともこ「ちなつ、大丈夫よー、私はちなつの大切なあかりちゃんをとったりしないから」
ちなつ「だからべつにそういうわけじゃ!」
ていうかむしろあかりちゃんをとってあげてよ。
お姉ちゃんがふふっと笑う。
ともこ「ちなつの大好きなお姉ちゃんは赤座さんにとられちゃうかもしれないけどっ」
ちょっと何言ってるかわからないです。
お姉ちゃんは「ごめんねちなつ」と言いながら頭を二回、宥めるようにぽんぽんと
叩いてきた。
ちなつ「謝るならあかりちゃんに……」
ともこ「何か言った?」
なんでもない、と私は顔を逸らした。
本当にお姉ちゃんはあかりちゃんの気持ちに気付いてないのかな。
あかりちゃんのお姉さんもお姉さんだ。妹想い(たぶん)のお姉さんが、
あかりちゃんのことで何も気付かないはずなんてないはず。あかりちゃんが
うちのお姉ちゃんが好きなこと、知ってるはずなのに。
それとも相当鈍感なのかも。
お姉ちゃんがどれだけデレデレしてるか知らないけどお姉ちゃんってたぶん、
すごく分かりやすいアピールしてるのに。
ともこ「それじゃあお姉ちゃん、そろそろ寝るね」
私が黙り込んだのを機にか、お姉ちゃんは小さく息を吐いてからそう言って、
私の髪をもふもふ触ってから「おやすみ」と出て行った。
ちなつ「あ……」
お姉ちゃんを、止められなかった。
けど、あんなに嬉しそうにされてちゃいくら私でも止めらんないよ。
お姉ちゃんはずるい。
◆
ちなつ「……あ、あのね、あかりちゃん」
あかり「どうしたの、ちなつちゃん?」
翌日の昼休み。
私はかちこちと給食を運びながら、さりげなくあかりちゃんの隣に並ぶ。
朝から何度もあかりちゃんを誘おうとして誘えずにいるけど、次こそは……!
ちなつ「あのね!昨日勉強しててわからないとこがあって」
櫻子「おーいあかりちゃーんちなつちゃーん」
向日葵「櫻子、あまり大声出さないでくださる?」
櫻子「うっさいなー、早く食べちゃおうよー!」
それで教えて欲しいなあ、なんて……。
あかり「あ、うん!」
ちなつ「……」
わざとらしくないように、できるだけ自然に……。
そう思っていながら、どうしてもあかりちゃんを家へ誘えない。
今日、お姉ちゃんがあかりちゃん家に行っちゃうから私の家に泊まりに来ない?
なんてそんなこと言えるわけないし。
いきなり泊まりに来てなんて言うのも変で。
あぁーもう!
どうして私がこんなに頭悩ませなきゃいけないのよ!
向日葵「吉川さんー?」
ちなつ「あ、今行く!」
笑顔を振りまきつつ、
なんだか泣きたくなってきた。
―――――
―――――
そんなこんなでいつのまにか放課後になっていて、
結局あかりちゃんを誘えないままに帰ることになってしまった。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
ちなつ「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……」
京子「ちなつちゃんこわい……」
ちなつ「はっ」
思わず心の声が駄々漏れに。
結衣先輩が、「どうしたの?今日やけに落ち着かないみたいだったけど」と
声をかけてくる。
ちなつ「ぜ、ぜんぜんそんなことないんですけど!」
ちらっちらっ。
あかりちゃんは気付いてくれない。
蝶々目で追ってる場合じゃないよ私に気付いてあかりちゃん!
結衣「そ、そう?」
京子「おーいあかりー。帰るぞー」
あかり「あ、うん、帰ろぉ」
けれどあかりちゃんは私に気付かないままに、京子先輩たちのあとに続いて
私に背を向けてしまった。
せめてあかりちゃん家と帰る方角が一緒だったら……。
京子「じゃあちなつちゃん、また明日ー」
京子先輩が振り返って、ひらひら呑気に手を振る。
あのひらひらに腹が立ってくる。
結衣「ちなつちゃん、何かあったらいつでも相談乗るから……」
結衣先輩も振り向いて、心配そうに言ってくれる。
キャーッさすが結衣先輩!
けどあかりちゃんは連れてかないでくださいぃー!
いつもの私ならあかりちゃんをとっつかまえて無理矢理にでもうちに引っ張ってく
ことができるのに。
今思えばあかりちゃんが何も無いのに家に来るはずなんてないんだよね。
今日は違っても、家にはお姉ちゃんがいるはずなんだから。
あかり「ちなつちゃん」
あかりちゃんも振り返った。
そのまま私に手を振ろうとして――「結衣ちゃん、京子ちゃん、ちょっと先行ってて!」
何かを思い出したように私のほうへ駆け戻ってきた。
ちなつ「あかりちゃん……」
あかり「ちなつちゃん、さっき何か言おうとしてたよね?」
ちなつ「さっきって……?」
あぁ、そんなことより!
チーナ、せめて時間稼ぎしなきゃ!
あかりちゃんがまた落ち込んじゃう!
あかり「お昼休みのときかなぁ。あと、今日はずっとちなつちゃんに見られてるなぁって思ってたから……」
ちなつ「気付いてたんかい!」
あかり「へ?」
思わず取り乱してしまった。
気付いてたならこっち向いてよね、あかりちゃん。
でも、わざわざそれを聞くために戻ってきてくれたのかな。
ちなつ「ごめん、今のは取り消し」
あかり「う、うん……」
ちなつ「えっと、それでね、あかりちゃん」
単純に家へおいでよって言うだけなのに、妙に緊張してしまう。
結衣先輩でもないのにさらっと言えればいいのにぐちゃぐちゃ考えちゃって、
私のバカ。
京子「おーい、あかりー?」
結衣「おいこらうるさい」
なにこのデジャヴ感。
あかりちゃんが「待ってー!」と振り返って、もう一度私に顔を戻した。
ちなつ「……あぁ、えっと。やっぱいいかな、なんて……」
やっぱよくなんてないよ私!
でも今のあかりちゃんのこと、よくわからないし……。
それでハッとした。
最近ずっと感じていた違和感って、たぶんこれなんだ。
今の私は、今のあかりちゃんのことが何もわからない。もやもやしてて、
本当のあかりちゃんが見えないというか。あかりちゃんの気持ち一つすら、
悟ることができないのだ。こんなに一緒にいるのに。
あかり「……ちなつちゃん?」
あかりちゃんが不思議そうに私を見る。
そりゃそうだ、こんだけ引っ張っておいて何もないなんて……。
何か言わなきゃ、そう思ったとき、あかりちゃんは突然鞄からノートを取り出した。
ちなつ「って、落ちる!落ちるよ!」
あかり「わ、わあっ!あかりの筆箱がぁーっ」
ノートを出すときに引っ掛かったのか何かで筆箱がぐしゃりと嫌な音をたてて
地面に落ちた。
あかりちゃんは慌ててそれを拾い上げながら、今度はノートから何かひらひらと
落ちてきた。
あかり「あぁっ」
ちなつ「……もう、何やってるのーあかりちゃん」
そそっかしいというかなんというか。
私も拾うのを手伝おうとして、そしてはたと手を止めた。
白紙のプリントが数枚。
数学とか、国語とか、色々な種類のものが。
ちなつ「あかりちゃん、これ……」
あかり「え、えへへ、授業、ちゃんと聞いてなくって……」
あかりちゃんは困ったように笑いながら私から拾ったプリントを受取った。
あの真面目なあかりちゃんが?
結衣「どうしたの?大丈夫?」
さすがに結衣先輩も痺れをきらしたのか、京子先輩共々駆け戻ってきた。
それから私と同じくプリントを見て絶句。
京子先輩だけは「あ、私と一緒」とか言っていたけど。
結衣「あかり、これはさすがにやばいだろ」
ちなつ「そ、そうだよあかりちゃん!テストどうするの?それにそのプリントほとんど
提出だったんじゃ……」
あかり「あ、うん、そうなんだぁ」
結衣「そうなんだってそんな軽く……」
あかり「だからちなつちゃんにノート貸してもらおうと思って」
いいかなぁ、とあかりちゃんが申し訳なさそうに私を見てくる。
これって、今ならあかりちゃんを簡単に家に誘うことできるんじゃ。
そうよ私、今なら……!
ちなつ「もちろんだよあかりちゃん!あ、でもほら、今ノート貸すと後々私が大変だし……」
あかり「そうだよねぇ……」
ちなつ「だからあかりちゃん、今から家に来て全部写してったら?」
さすがチーナ!
私ったらやればできる子!
あかり「え、でも……」
けど案の定、あかりちゃんはあまり気乗りしない感じだった。
それでも私だって退くわけにはいかない。
お姉ちゃんを好きだって言ったこと忘れたのかってあかりちゃんに恨まれたって、
あかりちゃんがまた落ち込んじゃうくらいなら。
ちなつ「うちは全然平気だから!」
京子「いいんじゃない?あかり」
あかり「京子ちゃん?」
京子「ここは大人しくちなつちゃんに従っておくべきだ!ノート借りて後で結衣に
こってり絞られるみたいにちなつちゃんに絞られたって知らないぞ!」
私そんなことしないけど、京子先輩ナイス!
初めて京子先輩が頼りに見えた。
結衣「べつに何もしてないだろ」
京子「私を勉強地獄へ突き落とした」
結衣「自業自得だ」
京子「結衣ひどい」
結衣「変なこと言ってないで、帰るぞ」
あかり「えっ」
京子「あかりはちなつちゃんとこ。じゃあまたねん」
結衣「また明日」
京子先輩を引っ張りながら、結衣先輩が帰って行く。
なんだかあっという間に。
あかりちゃんは「えぇ!?」とわたわたしているけど、私はほっとしていた。
気を遣ってくれていたんだと気付いたのは、京子先輩が別れ際、私にだけ見えるように、
「がんばれ」と口を動かしてくれたときだった。
何に対しての頑張れなのか、変な勘違いされてるんじゃないかとも思ったけど。
京子先輩もいいとこあるんだ。
たまには明日、京子先輩の話にも付き合ってあげようかな。
あかり「ちなつちゃん、いいの?」
結衣先輩たちが見えなくなると、あかりちゃんがおずおずというように切り出した。
私はもちろんと力強く頷く。
あかりちゃんが乗り気じゃないのはわかってるけど。
ちなつ「ほら、さっさと帰って宿題終わらせちゃお」
あかり「……うん」
あかりちゃんの手を掴むと、あかりちゃんは一瞬手を引っ込めようとした。
けど、すぐに控えめに握りなおしてきて。
思わず可愛いなんて思ってしまった私はきっとおかしい。
私ってば何考えてるのよもう!
ぶんぶん首を振ると、あかりちゃんの手を引いたまま私は歩き出した。
あかり「あぁ、ちょっと待ってぇ!」
ちなつ「え?」
あかり「まだノートや筆箱鞄に仕舞えてないよぉ!」
ちなつ「……」
私の知ってる、いつものあかりちゃんだ。
手を繋いでるからかな、だとしたら離したくないな。
あかりちゃんの様子に思わず笑ってしまうと、あかりちゃんも照れたように
「えへへ」と笑った。
◆
ちなつ「ただいまー」
家に着くと、私はさりげなさを装ってお姉ちゃんがいないかを確認。
お姉ちゃんの自転車がなかったのは確認済みだけど、ここでまだお姉ちゃんが
あかりちゃんのお家に行ってないとかだったら連れてきた意味がなくなってしまう。
あかり「ちなつちゃん、あかり入ってもいいかなぁ?」
ちなつ「あ、うん!」
つい玄関の前に立ちふさがってしまっていた。
私がもう少し背が高ければたとえお姉ちゃんが「あらちなつ、早かったね」とか
言いながら出てきてもしばらくあかりちゃんにお姉ちゃんの姿を見せなくてすんだのに。
お姉ちゃんがいないからいいんだけども。
よし、確認完了。
ちなつ「ごめんねあかりちゃ……って、あかりちゃん!?」
あかり「ちなつちゃん……手が、手が痛いよぉ」
ちなつ「あ゛っ!」
慌てて手を離す。
そういえばずっと繋いでたままだった。なんとなく気恥ずかしくなってそっと
あかりちゃんを見ると、あかりちゃんは私が握りすぎたせいかべそをかきながら
手をさすっていて、安心したようなもう少し何か反応してほしいような、微妙な気分。
あかり「ちなつちゃん力強いんだね……」
ちなつ「ど、どうだろ……」
あかり「急にきつく握ってきたからあかり、吃驚したよぉ」
無意識のうちなんだよ、あかりちゃん。
反省しつつ、私はあかりちゃんを家の中へ招き入れた。
あかり「お邪魔しまーす」
ちなつ「どうぞー。今お母さんもおね……お父さんもいないから安心して!」
あかり「う、うん……?」
今のはかなりわざとらしかったかも。
けど、お姉ちゃんがいないということが伝わったのか、あかりちゃんはこころなしか
安堵した表情をしたように見えた。
ちなつ「じゃあ私の部屋で待ってて。何かとってくるね」
あかり「うん、ありがとぉ」
私は一旦鞄を部屋に置くと、あかりちゃんを残して廊下に出る。
部屋に入る前、あかりちゃんは一度だけお姉ちゃんの部屋のほうをちらりと見たけど、
それ以外はなんの素振も見せなかった。
それでもまだお姉ちゃんのこと気にしてるんじゃないかな、と思う。
やっぱお姉ちゃんってずるいな。
なんとなくそう思ってしまって、「ともこ」と扉に下がってる可愛い名札を裏返した。
―――――
―――――
適当にお菓子やジュースを漁って部屋に戻ると、あかりちゃんは部屋のド真ん中に
座り込んできょろきょろしていた。
ちなつ「……何やってるの、あかりちゃん」
あかり「ご、ごめんねっ、別にちなつちゃんの部屋に飾られてるちなつちゃんの
絵とかなにかよくわからないものとかがこわいなあとか思ってたわけじゃないから!」
ちなつ「可愛いでしょ?」
あかり「えっ……う、うん、前来たときは気付かなかったから、吃驚しちゃって」
ちなつ「ほかにもまだまだ残ってるんだけど見る?」
あかり「え、遠慮しとくね……出すの大変だもん!それにあかり、ノートやプリント
写しに来たんだし!」
なんかあかりちゃん、ちょっと青ざめてるような。
けど「わあ、そのお菓子美味しそう!」と食欲はあるみたいだから大丈夫かな。
ちなつ「食べる?」
あかり「うん、食べるよぉ!」
よいしょ、と持って来たものをテーブルに置き、コップにジュースを注ぐ。
勝手に開けて食べていいよと言うと、あかりちゃんは早速グミに手を伸ばした。
『存在感かちかちグミ』
見なかったことにしよう。
そっと目を逸らしたとき、「これよく、ともこさんと食べたんだぁ」
あかりちゃんがぽつりと呟いた。
飯食ってきます
8時には戻ってくる
遅くなったすまん
>>380から
あかり「……なんでかな、突然思い出しちゃったよぉ」
声も表情も、あくまでも明るいのに、私にはとても辛く重く響いた。
お姉ちゃんのこと思い出さないように、考えずにすむように、会わないでいいようにと
連れてきたはずなのに、これじゃあ意味ない。
あかり「……ごめんね、変なこと言っちゃって」
私はううん、と首を振りかけて。
今ちょうど注いだばかりのジュースを勢いよく喉に流し込んだ。
ちなつ「ほんとだよもう!ほら、ノートやっちゃおう!」
あかり「……うん、そうだよね!」
せめて私が明るくならなくっちゃ。
私まであかりちゃんに感情移入しちゃったら、この家すごく暗くなっちゃうんだから。
あかりちゃんには無理して笑ってほしくもないけど、悲しい顔もしてほしくない。
ちなつ「さあ、あかりちゃん、わからないとこ教えてあげるから言って!」
あかり「えぇ!?い、今のところは大丈夫だよぉ」
ちなつ「そんなことないでしょ!ほら!」
あかり「ち、ちなつちゃん、そんなにこわい顔して近付いてこないでぇー!」
暗くなっちゃったら、本当のあかりちゃんの居場所も、
わからなくなっちゃうもんね。
◆
あかり「そろそろ外、暗くなってきちゃった」
ふと顔を上げて窓の外を見たあかりちゃんが、呟くように言った。
私はそうだねと生返事。
ノートもプリントも、あともう少しで終わっちゃう。そうしたら、あかりちゃんも
帰ってしまう。今度はなんと言って引き止めようか。
ちなつ「あ、あかりちゃん、ここ間違ってる」
あかり「えっ、ほんと?」
とりあえず間違いを隅々まで探して時間稼ぎ。
お母さんが帰って来れば、あかりちゃんを泊められる確立だって増えるんだから、
それまでにどうかあかりちゃんが帰るって言い出しませんように。
突然、家の電話が鳴った。
ぎょっとする。
あかり「ちなつちゃん、電話?」
ちなつ「そうみたい……ちょっとごめんね」
一応あかりちゃんに断りをいれてから、私は部屋を出た。
鳴っている電話に表示されている番号は、案の定お母さん――ではなかった。
私は慌てて電話機に飛びつく。
ちなつ「もしもし!?」
ともこ『あ、ちなつ?』
なんでお姉ちゃんが家に電話なんてしてくんのよ!
お姉ちゃんはあかりちゃんのお姉さんとキャッキャッウフフしとけばいいのに!
それはそれで見たくないけど、できればあかりちゃんがいるときはお姉ちゃんの声なんか
聞きたくなかった。
ともこ『良かった、出てくれた』
ちなつ「家にいるんだからそりゃ出るよ」
ともこ『携帯にかけても出ないんだもん』
ちなつ「え?」
お姉ちゃんの言葉に、私は制服のポケットから携帯を取り出した。
そういえば着替えるの忘れてたなあ、と思いながら携帯を開けると、
お姉ちゃんから着信が七件。
ちなつ「どれだけかけてきてるの!?」
ともこ『だって、慌ててたから……』
ちなつ「お姉ちゃんの口調からはどうもそんなふうには聞こえないよ」
ともこ『私じゃなくって、赤座さん』
赤座さんっていうのは、当然あかりちゃんのお姉さんのことだよね。
びくりと固まってしまった。
固まっているうちに、電話の向こうはなんだかうるさくなってきて、
??『もしもし、お電話代わりました』
誰か知らない人の声が。
私代わってなんて言った覚えはないんですけど!
ちなつ「えっと……」
とりあえず何か言わなくちゃいけない。
こんばんは?それとも初めまして?
あかりちゃんに似て、すごく優しそうな声の人なのにこんなにも緊張してしまうのは、
頭のどこかでこの人がお姉ちゃんの好きな人なんだと意識してしまっているからかも知れない。
??『吉川、ちなつちゃん?』
ちなつ「は、はい、そうです!」
??『突然だけど、私のあか……妹、知らないかな?何も言わずに遅くなるなんて、
あの子しないから心配でしかたなくって……』
あかねさんちなつと面識あったよな?
原作では
>>433
お泊りのところであったけど、
初対面と思っといてほしい
遅いっていってもまだ六時をまわったところだしだいたい今『私のあかり』って
言いかけなかっただろうか。
よっぽど心配性なのか、よっぽど妹想いなのか。
ちなつ「えーっと、あかりちゃんは今家にいて……」
??『えっ!?』
ちなつ「えっ!?」
??『何を、してるのか聞いても……?』
ちなつ「何をって……普通に遊びに来てもらってるだけ、です……」
なんだか突然声が威圧的になったような。
お姉ちゃん、どうしてこんな人に代わらせたのよー!?
シスコンフィーバー入りましたwwwww
??『……そう、それならいいんだけど』
何をしていると思ったんだろう。
とりあえず落ち着いたみたいなのでほっと一息。
あかりちゃんのお姉さんがこんな人だとは思わなかった。
??『なら何時に帰って来れそう?』
ちなつ「そ、それは……」
お姉ちゃんが帰って来てくれれば(お姉さんの声が怖いので)
あかりちゃんをすぐにでもお返ししたいけど。
でも、お姉ちゃんがあかりちゃんの家にいるのならいくらあかりちゃんのお姉さんが
こわくたってあかりちゃんを帰らせるわけにはいかない。
??『帰らせたくない?』
うっ。
ふわりと微笑みさえ浮かびそうな言葉遣いだというのに、
ぎしりと音がしそうなくらい声が怖い。
それでも私は負けてられない。
だいいち、そんなに心配なら逆にあかりちゃんがずっと落ち込んでる原因だって
知らないはずない。なのにお姉ちゃんを呼ぶなんて。
ちなつ「……帰らせません、あかりちゃん」
あかね卿「コーホー、コーホー………」
怖いなんて言ってられない。
私があかりちゃんを守らなきゃ。
電話の向こうで、あかりちゃんのお姉さんは一瞬息を詰めたように黙り込んだ。
それから突然、くすくす笑い出す。
な、なに?とうとう壊れやがったの?
??『……そっか、そうね、吉川さんにあかりを渡すくらいなら』
ちなつ「え?」
やっぱりあかりちゃんがお姉ちゃんを好きなこと、この人はわかってたんだろうか。
それならどうして帰って来て欲しいなんて。
??『あかりの気持ちが知りたかっただけだったから……』
ぽとりとこぼれるような声がした。
それから『ちなつちゃん』と名前を呼ばれた。つい背筋を伸ばして聞こえてきたのは、
『あかりを今夜一晩宜しくね』だった。
ちなつ「は、え、はいっ」
??『ただ、キズモノにしたらただじゃ済まないから』
キズモノって……あんなことやこんなこと――
って私ったらはしたない!
??『さて、このイライラは吉川さんにぶつけることにするわね』
最後にそんな不穏な言葉が聞こえ、唐突にあかりちゃんのお姉さんの声は
聞こえなくなった。
ともこさん………
古 チーン
とりあえずこれであかりちゃんのお姉さんは納得してくれた、でいいのかな。
怖かったあ……。
どうしてお姉ちゃんがあんな人を好きになったのか理由が知りたい。
それよりお姉ちゃん、大丈夫だろうか。
まだ電話は切れていない。切ったほうがいいのか、待っといたほうがいいのか
迷いながら電話を睨んでいると、はたまた唐突に『ちなつぅー!』とお姉ちゃんの
声がした。
ちなつ「お、お姉ちゃん?」
ともこ『赤座さん、いい人でしょ?』
さっきの会話、聞いてなかったみたいだ。
少し安堵。あの会話を聞いてどこがいい人だって言えるんだ。
ともこ『ふふっ、赤座さん、あかりちゃんを見つけたからあとでたっぷり遊びましょうって』
ちなつ「……あぁ、そうなんだ」
なんだかとっても危険な気がするんだけど。
ともこ『ちなつのおかげねー』
ちなつ「う、うん……」
後で何されたって私は何も知らないよ。
だって、元はといえば本当の原因はあかりちゃんの心を奪ったお姉ちゃんなんだから。
ともこ『あぁ、そうそう、今日お母さん帰れないって』
ちなつ「え?」
最後にお姉ちゃんも唐突にそう言って電話を切った。
お母さんが帰れなくなるのはよくあることだけど、それをいきなり言われたら
困るんですけど!?
切れた電話をもう一度お姉ちゃんの携帯にかけなおそうとしたとき、かたっと
音がした。
あかり「あの、ちなつちゃん……」
ちなつ「あ、あかりちゃん!」
聞かれてたわけではないと思うけど、あかりちゃんは鞄を持って私の背後に
立っていた。
その足は玄関に向かっているように見える。
あかり「あかり、そろそろ帰るね」
ちなつ「ど、どうして!?」
せっかくあかりちゃんのお姉さんからも直々にお許しもらえたのに!
もともと泊まる約束なんてしてなかったし、あかりちゃんの反応が
当たり前なんだろうけど。
あかり「だって、もう遅いし長い時間いちゃ悪いよぉ」
ちなつ「そんなことないよ!む、むしろいてほしいな、あかりちゃん!」
とびっきりの笑顔で言ってみるけど、あかりちゃんは困ったような顔を
するばかり。
あかり「でも、もうすぐお母さんも帰ってくるでしょ?」
ちなつ「今日、帰ってこないみたいだから……」
あかり「えっ、ほんと?」
ちなつ「うん、ほんと。だから私一人で家にいるの寂しいなあって」
お母さんがいなければお父さんも帰ってこないが当たり前の家だから、
ほんとは寂しさなんて馴れてしまってる。
けど、やっぱりあかりちゃんを釣れてしまった。
あかり「ちなつちゃん……」
ちなつ「それでね、あかりちゃん、今夜は泊まって行ってくれたら嬉しいなあって
思うんだけど……」
すまん電話いてくる
むしろこのまま帰って濃厚なあかともを目撃してほしい
そしてあかりせルートへ
さあチーナ、今こそ私の必殺技、『小悪魔の囁き』!
だめ?とあかりちゃんを落としにかかると、あかりちゃんはあっという間に
落ちてしまった。
あかり「ちなつちゃん……あかりで良かったら、一緒にいようか……?」
ちなつ「あかりちゃん……!」
私があかりちゃんにいてほしいって言っても落ちなかったのに、
寂しいって言ったら即行に落ちたのがなんだか悔しいような。
――あかりちゃん、優しいから。
―――――
―――――
あかり「あ、そういえばあかり、着替え持って来てないよぉ」
ちなつ「たぶん、私の着れば大丈夫じゃないかな?」
私は布団を二つ並べながら答えた。
お姉ちゃんのは大きすぎるし、だいいちあかりちゃんに着させるわけにはいかない。
あかり「いいの?」
ちなつ「無理言って泊まってもらったんだから、いいに決まってるよー」
あかり「あかり、無理に泊まったわけじゃないよ」
ちなつ「そうかな」
あかりちゃんのことだから、私が本当に寂しがってると思って泊まってって
くれたんだよね。
お姉ちゃんのことがあるからとはいえ、ますますあかりちゃんが嫌な気持ちに
ならないようにしなくちゃ。
ちなつ「よし、敷けた」
あかり「こっちも敷けたよー」
そう言いながら、ぽすっとあかりちゃんが布団に倒れこんだ。
私も真似して寝転がる。
あかり「お腹いっぱいだから眠くなってきたよぉ」
ちなつ「あかりちゃんの料理、美味しかったよ」
あかり「えぇ、ほんとに?えへへ、ちなつちゃんにそう言ってもらえると嬉しいよぉ」
私も作ってもらえて嬉しかったよ、とは言わない。
あかりちゃんがいなきゃ今日もカップラーメンの夕食だったよ、なんて言えるわけもない。
これはあれか
また夜中にチーナが目覚めると目の前に……
あれ、誰か来たみt
ちなつ「私もお料理上手だったらなあ」
あかり「あかり、よくお姉ちゃんに作ってるから」
そう言ってから、あかりちゃんは「あ……」と呟いたっきり黙ってしまった。
ざーっとお風呂の音。
音が変わってきたころ、私は立ち上がった。
ちなつ「あかりちゃん、お風呂入ろうよ」
あかり「えっ?一緒に?」
ちなつ「時間も無いし一緒のほうがいいでしょ!ほら、あかりちゃんも立って」
戸惑ったようなあかりちゃんの手をとって立ち上がらせると、
私は二人分の着替えを持ってあかりちゃんをお風呂場へと連行した。
ちなっちゃんの服を着る、って下着もなんですかねぇ・・・
ちなつ「あかりちゃんの着替えはこっちね」
あかり「あ、うん」
二つのうちのもう一つをあかりちゃんに渡し、洗面所の奥に詰めた。
あかりちゃんが「ちょっと恥ずかしいなぁ」とおそるおそる入ってくる。
別に女同士なんだからなんてこと、ない。
……けど。
あかりちゃんが恥ずかしいって言うから私も恥ずかしくなってきた。
別に変なたくらみがあって一緒に入ろうって言ったわけでもないんだけど、
あかりちゃんのお姉さんがキズモノだとか変なこと言うから……。
あぁ、もう変なこと考えちゃだめよチーナ!
ちなつ「じゃ、じゃあ私こっちむいて脱ぐから」
あかり「うん、わかったよぉ」
>>504
パジャマだけの可能性を捨ててはいけない
背後にあかりちゃんの気配を感じながら、上から着ていたものを順に脱いでいく。
なんだか気まずい空間に、ぱさりぱさりと服の落ちる音。
ちなつ「……」
あかり「……」
あかりちゃん、何か言ってよっ!
でも、もしかしたら変に意識してるのって私だけかもしれないし……。
ここで私がぺらぺら話したら逆におかしいんじゃないだろうか。
ちなつ「あ、あかりちゃん……?」
あかり「へっ?」
ちなつ「わ、私先に入ってるねっ!」
うぅ。
なんで私がこんなに動揺しなきゃいけないのよ!
>>508
風呂入ったら下着も替えるやんな?
>>514
だから
パジャマ「だけ」の可能性を捨ててはいけないと思うのだよ
中に入ると、とりあえず私はシャワーを浴びようと蛇口を捻った。
この頭、思い切り冷やさないと!
キュッと音がして水が降ってくる。
って、ほんとに冷たい水出てきたし。
思わずシャワーを落っことしそうになったとき、ちょうどあかりちゃんが入ってきた。
ちなつ「あ、あかりちゃ……!」
あかり「えっ?」
そのあと、「ひいっ」というあかりちゃんの悲鳴。
慌ててシャワーを切っても後の祭りで、私たちはびしょびしょだった。
お風呂に入るんだから濡れて当たり前なんだけど、正直これは寒い。
ちなつ「あかりちゃん、さきお湯つかったら?」
あかり「ううん、ちなつちゃんが……」
それで結局、二人いっぺんに湯船につかることになった。
かぽーん。
ごく一般の家庭のお風呂だから、二人一度に入るとかなり狭い。
向き合って入るのは気恥ずかしくって、横に並んでお湯に浸る。
それでも肩や腕が当たって変な感じ。
結衣先輩でも京子先輩でもないのに、だんだん頬が火照ってくる。
あかり「……あ、温かいね、ちなつちゃん」
ちなつ「う、うん……」
髪を下ろしたあかりちゃんっていつもより少し大人っぽい。
何度も見たことあるはずなのに、濡れた髪で俯いているあかりちゃんに、つい
ドキリとしてしまう。
こ、これは違うくて、私は結衣先輩が好きで浮気とかそういうのでも――
あかり「あかり、そろそろのぼせてきちゃったから身体洗うねっ」
突然、あかりちゃんがばしゃりと立ち上がった。
確かにあかりちゃん、顔がタコさんみたいだ。
私ものぼせてるって思われてたらいいけど……。
ちなつ「背中流そうか?」
うん、そうだ。
これは私もきっとのぼせてるんだ。そういうことにしておく。
なんで私があかりちゃんの姿にときめかなきゃならないの。
あかり「えっ、うん、ありがとぉ」
ちなつ「いえいえ、私、背中流すの得意だから」
あかり「背中流すのに得意とかあるの……?」
ちなつ「あるよっ!」
そうなのかなぁ、と不安そうに身体を泡立てていくあかりちゃん。
背中までくると、今度は私の番。
シャワーを持って、あかりちゃんの後ろからがばっとお湯をかける。
あかり「あ、あついよちなつちゃん!?」
ちなつ「シャワーは熱いくらいがいいんだって」
あかり「でも熱すぎるよぉ!」
ちなつ「それで、マッサージ」
あかり「あっ……!ちょ、ちょっと、ちなつちゃ……だめ、だよぉ……!」
―――――
―――――
ぜーはー、ぜーはー。
ようやく終わった。
ちなつ「もう、あかりちゃんが逃げ回るから……」
あかり「だってちなつちゃん、激しすぎるよぉ」
ちなつ「痛かった?」
あかり「……そ、そんなことはその、ないけど……」
ちなつ「気持ちよかったでしょ?」
あかりちゃんは一瞬迷ったような素振を見せたがこくっと頷いた。
痛かったけど、すごく気持ちよかったかも、と呟く。
ちなつ「だから私、得意って言ったでしょー。あかりちゃんのためなら何度でもやってあげるよ」
あかり「そ、それは遠慮しとくよ……マッサージ」
汗だくになった私たちはもう一度順番にシャワーを浴びると外に出た。
そういえば誰かが背中流しは心のスキンシップにもつながる、って言ってたことを
思い出す。
あかりちゃんと、少しでも近くになれたかな。
頭をごしごしとバスタオルで拭きながら、私は思う。
そう思いながら、これじゃあまるで私があかりちゃんと仲良くなりたくて誘ったみたいだとも
思った。あかりちゃんをお姉ちゃんから守るため、のはずなのに。
けど、あかりちゃんのことをもっと知りたい気持ちがあるのは自分でも隠し様がない。
あかりちゃんが本当は今どんな気持ちでいるのかとか、
お姉ちゃんのことを今、どんなふうに思っているのかとか。
あかり「ちなつちゃん?どうしたの?」
ぱっとあかりちゃんと目が合った。
きっと私がじっと見ていたせい、「なんでもないよっ」と言いながら、
私はあかりちゃんの視線から逃れるように濡れた頭からパジャマをかぶった。
◆
あかり「ちなつちゃんのパジャマ、ちょっとぶかぶかかも……」
ちなつ「えっ、じゃ、じゃあもう一つ小さいのは?」
あかり「さすがにそれは着れないよぉ。寝るのに支障はないからこれでいいよ、ありがとぉ」
ちなつ「ううん、でも下着、新しいのなかったから私のお古だけど……本当に良かった?」
あかり「うん、大丈夫」
あかりちゃんの返事に「そう?」と返事し、立ち上がると、電気を豆電球にして
布団にもぐりこむ。
隣で寝転んでいたあかりちゃんが私のほうを向いた。
あかり「ちなつちゃんと寝るの、久し振りだからあかりちょっと嬉しいなぁ」
ちなつ「そっか、良かった」
嫌だと思われてるよりは断然いいし、嬉しいと言われたら私もちょっと、
嬉しくなる。あかりちゃんは優しいなあ、なんて思っていると、ごそごそと
あかりちゃんが起き上がった。
ちなつ「どうしたの?」
あかり「まだ髪の毛、ちゃんと乾いてないから……」
ちなつ「じゃあドライヤー持って来ようか」
あかり「ごめんねぇ」
自然乾燥が多い私はあまりドライヤーを使わないけど、あかりちゃんは気になるらしい。
暗い中洗面所からドライヤーを探し出してくると、私はあかりちゃんをおいでおいでした。
あかり「なあに?」
あかりちゃんが眠そうな顔をしながら近寄ってくる。
私の前まで来ると、あかりちゃんの身体を後ろからぎゅっと掴まえた。
あかり「び、びっくりしたよぉ……どうしたの?」
ちなつ「あかりちゃんが逃げないように」
あかり「なにする気っ!?」
ちなつ「髪の毛乾かしてあげる」
ほんとはあかりちゃんに触るための口実。
いつもは寂しくなんてないけど、暗いと少しだけ、不安になっちゃうときもあるから。
あかりちゃんに触れていると、なんだか安心する。
あかり「そっかぁ、頭のマッサージでもするんじゃないかと思った……」
ちなつ「してほしい?」
あかり「えっ、えっと、ちなつちゃんも大変だろうし今日はいいかなぁ」
べつにいいんだけどなあ。
けどあかりちゃんがいいんならしかたない。
ドライヤーをあかりちゃんの髪にあてていきながら、なんだか懐かしいなって思った。
あかり「昔、よくお姉ちゃんにこうして乾かしてもらってたよぉ」
ちなつ「うん、私もお姉ちゃんに……」
お姉ちゃんに――
慌てて口を閉ざず。私からお姉ちゃんのこと思い出させてどうするの!
あかり「……ちなつちゃん?」
ちなつ「ごめん、今のは間違えて、えっと」
それっきり、会話が続かなくなった。
暗い部屋にドライヤーの音がするだけ。
ここまできてこんなに気まずくさせるなんて。
私のバカさにもほどがある。
終わり、とドライヤーの音を消すと、今度こそ私とあかりちゃんの息遣いしか
聞こえなくなった。ドライヤーを端のほうに置いておき、私たちはそそくさと
布団にもぐりこむ。
私ってほんと――
あかり「ちなつちゃん、ほんとはね」
ん?とあかりちゃんのほうに顔を向けた。
あかりちゃんはさっきとは違って、私に背を向けたまま。
あかり「あかり、ほんとは今日、ともこさんが家に来ること、知ってたんだぁ」
ちなつ「……え?」
あかりちゃんが私に背中を向けていてくれてよかったと思う。
たぶん、今の私ってばすごく間抜けな顔をしてるだろうから。
あかり「お姉ちゃんに、聞いてたの」
『あかりの気持ちが知りたかっただけだったから……』
ようやく、あの言葉の意味がわかった気がした。あかりちゃんのお姉さんは、
先に伝えてあかりちゃんの反応を見ることでお姉ちゃんのことが好きかどうかを
確かめようとしていたんだろう。
あかり「だからほんとにちなつちゃんのとこ泊まらせてもらえて嬉しかったし、
無理して泊まったわけじゃないって、ほんとだよ」
ちなつ「あかりちゃん……」
あかり「あかり、変だよねぇ。まだともこさんのこと、忘れられないんだぁ」
好きで好きで、仕方ない。
あかりちゃんは、そう言って。
私に向けた背中が小さく震えていた。
ちなつ「……」
悔しいし、すごく悲しかった。
あかりちゃんがやっと私にほんとの気持ちを話してくれてるのに。
なんでこんなに苦しいのかわからないくらい、苦しくて。
私ってそんなに人に感情移入できるほど、優しく無いはずなのになあ。
あかり「変だよね……」
ただ、あかりちゃん。
泣いていいんだよ。
私の前じゃ我慢しないで。
声にはならないけど。
声にはならないからこそ。私はあかりちゃんの頭をぽんぽんっと叩いてみた。
優しく、できるだけ優しく。いつもお姉ちゃんが私に大丈夫って伝えてくるみたいに。
お姉ちゃんの得意技だけど、きっと今の私じゃあかりちゃんには伝えられない。
悔しいけど、お姉ちゃんじゃなきゃ、あかりちゃんを笑わせてあげられないよ。
あかり「……ちなつちゃん、ともこさんと一緒……」
ちなつ「……うん」
あかり「……ちなつちゃんっ、あかり、もう……!」
何も出来ない。
私にはあかりちゃんを泣かせてあげることしか。
あかりちゃんはずっと一人で叶わない気持ちを抱え込んできて、隠してきて。
どうしてお姉ちゃんはあかりちゃんを選んであげないんだろう。
悔しくて悔しくて、私まで泣きたくなってくる。
けど今泣かなくっちゃいけないのはあかりちゃん。
私はじっと堪えた。
あかりちゃんの頭を、あかりちゃんが落ち着くまでずっと、撫で続けた。
やがて落ち着いたあかりちゃんは、照れ臭そうに「ごめんね」と笑った。
ようやくこっちを向いてくれる。
あかりちゃんは暗闇でもわかるくらい、腫れぼったい目をしていた。
でも泣かないよりはマシだよね。
ちなつ「……私に、言ってくれればよかったのに」
あかり「そんなこと、できないよぉ……」
ちなつ「私たち、友達だよ?何でも聞くのが当たり前だよ」
なんでここで私が泣きそうになるのかわからず、
あかりちゃんにそんなところを見せるわけにもいかずに頭から布団をかぶった。
あかり「そうだけど……でも、ちなつちゃんがともこさんに見えてきちゃったっていうか」
ちなつ「……え?」
あかり「ちなつちゃんといても、ドキドキしてきちゃって。ちなつちゃんは
ともこさんじゃないってわかってたのになぁ」
私はがばりと布団をはねのけた。
あかりちゃんが驚いたように私を見上げる。
ちなつ「……あかりちゃん、その、今、は?」
あかり「……今?」
ちなつ「今も、ドキドキする?」
あかり「――えっと」
ねえ、あかりちゃん。
それなら私が、お姉ちゃんの代わりになれないかな。
自分が何を言い出したのか、自分でわからなくなった。
ただあかりちゃんは、「へ?」と私を見てるし、私も私で固まってしまった。
あかり「……ちなつちゃん」
でも。
お姉ちゃんの代わりでもいい。あかりちゃんを、笑わせたい。
そんな気持ちが、私の中のどこかにあることは確かで。
ちなつ「その、代わりっていうか、なんていうか、ちょっとだけでも私を見て
くれたらあかりちゃんもお姉ちゃんのこと忘れられるんじゃないかなっていうか……」
しどろもどろになりながら、私は言葉を続けた。
なにこれまるで告白みたい。
あかり「でも、そんなの……」
ちなつ「それなら一ヶ月……ううん、一週間だけでもいい、わ、私のことだけ考えて!」
私、何言ってるんだろう。
でも、言葉が止まらないし、変なドキドキだって。
あかり「……ちなつちゃん」
ちなつ「……ご、ごめん、やっぱり今のは」
突然こんなこと言われたって、あかりちゃんも困るだけだよね。
本当に私、何やってんだろう……。
あかり「……ううん」
ちなつ「え?」
あかり「……ちなつちゃん、謝らないで。ちなつちゃんがあかりのこと、ちゃんと
考えてくれてるんだって、わかって嬉しいし……」
ちなつ「あかりちゃん……」
あかり「……ともこさんを忘れるために、ちなつちゃんを、使っても、いい?」
今はこんな言い方しかできないけど。
あかりちゃんはそう言って笑った。私も「うん」と頷いて、笑い返そうとして、
それでまた泣きそうになってる自分に気が付いた。
――あかりちゃんと、一週間だけのお付き合いが始まった。
明日早いのでそろそろ寝ます
明日の昼過ぎくらいにしか戻って来れません、最後まで書けず申し訳ない
良ければ保守お願いします、それでは
残ってた……ありがとうございます
>>586から続けます
◆
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、私は目を覚ました。
もうちょっと寝かせて欲しいなあ……そんなことを思いながら寝返りをうち、
がばっと起き上がる。
ちなつ「あ、あかりちゃんっ!」
あかり「あ、ちなつちゃんやっと起きてくれたぁ」
どうしてあかりちゃんがここに……。
そう思い掛けて昨日のことを思い出し赤面した。思い出さなきゃ良かった、朝一番に
あかりちゃんに変なとこ見せちゃうなんて!
あかり「おはよう」
ちなつ「う、うん、おはよう……」
なんか調子狂っちゃう。
この後私、なにすればいいんだっけ。
あかりちゃんはというと、制服に着替えて鞄の中をがさごそしてる。
ちなつ「……」
あかり「ちなつちゃん、今日の授業って」
ちなつ「……あかりちゃん、今何時!?」
―――――
―――――
京子「おー、きたきた」
結衣「遅刻決定だな」
いつもの場所まであかりちゃんと走っていくと、京子先輩たちがほっとした顔を
しながら迎えてくれた。
結衣先輩の言葉にすいませんと頭を垂れる。
京子「二人揃って休みかと思っちゃったじゃんかー」
あかり「ごめんね、京子ちゃん」
京子「けどちなつちゃんとあかりが一緒に来たってことは」
京子先輩がふふふっと低い声で笑って私を見る。
「な、なんですか」と一歩後ろに下がると、京子先輩は「良かったね」なんて
ニヤニヤする。やっぱり何か勘違いされてる、ような勘違いじゃない、ような。
京子「あかりと仲良く出来たご様子で」
ちなつ「なっ……!」
そういうわけじゃないっていうか!
昨日あかりちゃんを誘ったのはお姉ちゃんからあかりちゃんを守るためであって!
ちなつ「あ、あかりちゃんとは別になにもやましいことなんてなく、清く正しい関係であってですね!」
京子「へえー」
うっ。ニヤニヤ笑いで相槌打たれるとすごく腹立つ。
なんで京子先輩は変なところで鋭いんですか!
結衣先輩は結衣先輩できょとんとしてるし。
あかりちゃんもなにか京子先輩に……。
ちなつ「あかりちゃん!?」
あかり「みんなー、早く学校行かないと遅刻するよぉー!」
いつのまにあんな遠くに。
結衣先輩が「さすがあかりだ」と呟いた。
これじゃあ何にも変わって無いよ!
結衣「ほら、行こう、ちなつちゃん」
ぽんっと結衣先輩が私の肩を叩き、あかりちゃんのほうへと走り出す。
結衣先輩のあとに京子先輩が「まてー!」と続き、私も慌てて追いかけて。
なんだか突然、これがいつもどおりなんだなって思った。
泣いて少しは楽になったあかりちゃんと、結衣先輩や京子先輩がいて、いつもどおりの私たち。
いいなあ、と思って、それから壊したくないなとも思った。
ぎりぎり学校に着き、それから数時間。
退屈な授業は頭を抱えて過ごした。
お姉ちゃんの代わりにうんたらかんたらとか、なによなんなのよ私!
私を見ててとかどうとかって、ほんとは私があかりちゃんを見てなきゃいけないのに!
あぁ、もう恥ずかしくて死にそう。
あかりちゃんの様子は大して変わってないのがまた悔しいし。
ちなつ「……あー、死にたいわあ」
溜息を吐いたところで、昼休みのチャイムが鳴った。
ほんと、なんであんなこと言っちゃったんだろうなあ。
だいたい、私たちの今の関係って、具体的にどうすればいいんだろう。
あかり「ちなつちゃん」
ちなつ「はいっ!?」
突然声をかけられて、思わず飛び上がる。
あかりちゃんが「大丈夫……?」と不思議そうに私を見ていた。
ちなつ「あかりちゃーん……心臓が飛び出るかと思った」
あかり「えっ、ご、ごめんねぇ」
ちなつ「いや、いいんだけど。それでどうしたの?」
あかり「あのね、あかり、ちなつちゃんにお花さんの水遣り、手伝ってほしいなぁって」
もじもじしながら、あかりちゃんが言う。
でも確か、あかりちゃんは昼休みはいつも私や向日葵ちゃんたちと一緒に教室にいたはずだ。
そう思ってから、もしかして、と思った。
花壇のある場所は、あまり人が来ない。
あかりちゃんがそこに誘ってくるということは――
ちなつ「!?」ガタッ
あかり「ち、ちなつちゃん……?」
――――― ――
私ったらまたはしたないことを。
給食を急いで済ませあかりちゃんの後を着いていった私は、あかりちゃんから
軍手を渡されて悟ってしまった。
あかり「草むしり、一人じゃ大変なんだよぉ、ちなつちゃんが手伝ってくれてよかったー」
ちなつ「あ、うん」
そうだよ、あかりちゃんが変なこと考えてるはずないもんね。
あかりちゃんったらもう。
……チーナったらもう。
ちなつ「けどいつも昼休みにしてないのに」
そこで私はあぁと納得。
今日は遅刻寸前だったからやりたくても出来なかったんだよね。
私ったらほんとにもう……。
あかり「うん、してないけど、ちなつちゃんと二人になれる場所、ここしかないかなぁって」
ちなつ「……あかりちゃんってたまにナチュラルにすごいこと言うよね」
あかり「そうかなぁ」
照れてるあかりちゃん。
褒めてるわけじゃないよ、いや、これは褒めてるのかな。
どちらにしても、あかりちゃんの一言で私のやる気だったりが突然急上昇しちゃったり
するのに、あかりちゃんはたぶん素で言ってるから困る。
ちなつ「しかたないなあ、頑張って草引きしちゃうよ私」
あかり「わぁ、ありがとー!」
嬉しそうに笑うあかりちゃんだけど。
あかりちゃんも私と同じくらい赤くなっているように見えたのは、気のせいかな。
それから数十分後。
私は机に突っ伏せてぐったりしていた。
あんなに沢山の草昼休みで抜けるわけないし、足腰はぎしぎし言ってるし焼けるしで
ぶつくさ文句を言ってやりたい。あかりちゃんではなく、草に。
けど明日の昼休みも、その次の昼休みも、しばらく二人だけでいられる時間が出来た。
そう思うと、まあいいかって気になっちゃうのは不思議だ。
私はそっと顔を上げて前を見た。
あかりちゃんのお団子頭が見える。
それをそっと眺めながら、目を閉じた。
一番不思議なのは、あかりちゃんを見てると安心しちゃうこと。
あかりちゃんのこと、好きなわけじゃないのになあ。
―――――
―――――
あかり「えっ、居残り?」
ちなつ「うん……そうみたい」
放課後。
一番厳しい先生が担当の数学の時間に居眠りしてしまい、
呼び出されこってり絞られた挙句、教室に残って居残りしなさいと命じられたのは
ついさっきのことだった。
ちなつ「あかりちゃん、待っててもらってたのにごめんね」
あかり「ううん、それはいいんだけど、もし良かったらあかりも一緒にやっていい?」
ちなつ「えっ、むしろいいの?」
あかり「あかりもあと二週間くらいでテストなのに全然わからないから勉強しなきゃなんだぁ」
もう最悪だと落ち込みかけてたとき、あかりちゃんが一気に引き上げてくれた。
やっぱりあかりちゃん、優しい。
ちなつ「じゃあ私が教えてあげるよ!」
あかり「えっ、う、うん……」
今の席は少しあかりちゃんとは離れているから、私は椅子だけを持ってあかりちゃんの
机のところへ。向かい合って座ると、思った以上に距離が近い。
この机ってこんなに小さかっただろうか。
あかり「じゃあ始めよっかぁ」
ちなつ「うん、私、特別に数学のプリント出されちゃったんだよね……」
あかり「じゃあ一緒に解こう」
ちなつ「あかりちゃん、わかるの?」
あかり「ううん」
ちなつ「……」
あかり「……」
ちなつ「……一緒に考えよっか」クスッ
あかり「……うん」クスクスッ
あかりちゃんと一緒に問題を解いてると、次第に口数が少なくなってきた。
集中してるのかとふと前を向けば、こっくりこっくりしてるし。
あかりちゃんらしいなあ。
私が頑張ってるのに寝ちゃうなんて。
なのに許せちゃうくらい可愛い寝顔してる。
ちなつ「……あかりちゃん」
名前を、呼んでみた。
小さな声だったから、きっとあかりちゃんには届いていない。
もう少しこのままでもいいかな。
私はそっと、あかりちゃんの頬に手を伸ばして、触れてみた。ほんのり温かい。
ドキドキと、心臓がうるさくなり始める。
あかりちゃんが微かに身動ぎした。
ぱっと手を離すと、あかりちゃんは「ちなつちゃん……?」と目を覚ました。
私、今なにしようとしてっちゃったんだろう。
一度、「練習」したときなんかよりもずっと、心臓が早鐘を打っている。
あかり「ごめんねあかり、寝ちゃってたぁ」
ちなつ「う、うん……」
私があかりちゃんに触れていたことに気付いていたのか気付いてないのか。
気付いてませんように、と心の中で願うけど、俯いてしまってよくわからないけど
あかりちゃんまで気まずそうにしてる。
ギクシャクしながら、私たちは思い出したように勉強の続き。
でも集中できるわけなんてなくって、向かい合って座っているから
膝と膝が触れ合うたびに自分が変な顔してないかと心配になる。
あかり「……なんだかこうしてると」
ちなつ「え?」
あかり「本当にカップルみたいだよねぇ」
ピシっとシャーペンの芯が折れる。
落ち着きを取り戻そうにもむしろよけいに落ち着かなくなる。
ちなつ「あかりちゃんは、それじゃあいや?」
あかりちゃんがきょとん、と私を見る。
私はもう一度、訊ねた。
ちなつ「私とほんとのカップルみたいになるのは、いや……?」
もちろん、あかりちゃんがいやなんて言うはずないけど、
私はあくまでお姉ちゃんの代わりとしてあかりちゃんとこうして一緒にいて。
あかり「あかりはちゃんと、ちなつちゃんを見てるよ」
一瞬、何を言われてるのかわからなかった。
けど、あかりちゃんの真剣な目が私を捉えて離さない。
あかり「まだともこさんが好きかもしれないけど、でもあかり、今はちなつちゃんのことだけ考えてたいから」
ちなつ「あかり、ちゃん……」
私の不安なんて、ほんとはどうでもいいのに。
あかりちゃんは優しすぎるよ。
あかり「だから明日も、宜しくね」
えへへ、とあかりちゃんは笑った。
その笑顔にたぶん、嘘もなにもないはずなのに、私はその笑顔を見たくなくって
うん、と頷いたまま俯いた。
私はどんな返事を、期待してたんだろう。
お姉ちゃんを忘れさせるための関係なのに、
あかりちゃんが私を好きになってくれたらいいなとか、そんなことも考えてないけど。
一週間後が来ても、このまま続けてもいいなぁなんて、お姉ちゃんが好きなあかりちゃんが、
そんなこと言うはずもないのに。
なに期待してたんだろう。
―――――
―――――
あかり「はー、疲れたねぇー」
ちなつ「こんなに時間がかかるとは思わなかったよ……ごめんねあかりちゃん」
結局部活にも行けず、いつのまにか外は暗く染まっていた。
あかりちゃんが「ちなつちゃんと一緒に入れたから大丈夫だよぉ」と振り返る。
またそんなこと言って、あかりちゃんは。単純な私だからすぐに嬉しくなってしまう。
ちなつ「じゃあ明日も居残りする?」
あかり「それはやだなぁ」
ちなつ「だよね」
あかり「そのかわり、明日はあかりの家来る?」
ちなつ「いいの?」
あかり「うん、昨日は泊めてもらったから……」
ちなつ「じゃ、じゃあ明日、あかりちゃん家行く!」
あかり「えへへ、待ってるね!」
ほんとは今日も泊まっていけば、と言いたかったけど、お姉ちゃんが帰って来てるはず
だから言えなかった。
あかりちゃんが帰っていく背中を最後まで見届けると、私も踵を返す。
もやもやとした気持ちを奥底に隠して、私はまあいいや、と思った。
今は私だけを考えていたいってあかりちゃんは言ってくれたんだし。
私も今は、これでいいや。
あかりちゃんと一緒にいれるだけで、幸せだよね。
少しでも、あかりちゃんの近くにいられるなら――
ふと立ち止まったときだった。
「ちなちゅー!」
ちなつ「……」
呆然。いや、唖然。
むしろそれ以上。
ちなつ「!?」
ともこ「ちなつちなつちなつちゃーん!」
不審者が来たと思ったらお姉ちゃんでした。
そんな文句が頭に浮かび、私は考えるより先にお姉ちゃんを制止。
ともこ「いやー、ちなつー、離してー!」
ちなつ「私の珍しく感傷的な気分を返して」
お姉ちゃんはまだ帰ってなかったらしい。
大きめの鞄をもって、私に抱きつこうと必死。京子先輩みたい。
いや、それよりこの感じ見たことある。結衣先輩――に抱き着こうする……。
ちなつ「お姉ちゃん、いったいどうしたの……」
それ以上は思い出しちゃいけないよ、チーナ!
私は思考を遮断すると、ようやくそう口にした。
ともこ「今赤座さんのところから帰ってきたところで、ちなつが見えたものだからつい」
ちなつ「ついであんなふうに走り寄られてきても困るよ……」
今、ということはあかりちゃんと鉢合わせしてないかな。
少し心配になる。
ともこ「ふふっ、とっても楽しかったから、ちなつのおかげで」
ちなつ「私なにもしてないよ?」
ともこ「あかりちゃんを泊めてくれたじゃない」
なんだかその言い方、あかりちゃんが邪魔者みたい。
むっとしていると、「ほら帰りましょ」とお姉ちゃんが私の手を引いて、
しかたなく後を追う。
ともこ「何か怒ってる?」
ちなつ「ちょっとだけ」
ともこ「えー」
昨日の晩、あかりちゃんのお姉さんにたっぷり遊んでもらって帰ってこなきゃ
良かったのに。
ちなつ「そういえば昨日、何してたの?」
ともこ「それは秘密かなっ、とてもちなつに言えるようなことじゃないもの……!」
ちなつ「へー」
ともこ「ちょ、ちょっと!もう少し興味持ってもいいんじゃ!?」
すたすた先に行くと、今度はお姉ちゃんが慌てて追いかけてくる。
お姉ちゃんと話してると楽しいはずなのに、やな感じだ。
ほんと、どうしてあかりちゃんはこんな人がいいのかな……。
ちなつ「めんどくさい」
ともこ「ちなつったらひどい」
ちなつ「お姉ちゃんのほうがもっとひどい」
ともこ「あらどうして?」
あかりちゃんを独り占めしてるし、そのくせお姉ちゃんはあかりちゃんのお姉さんが
好きで。お姉ちゃんはひどい。
ともこ「……」
ちなつ「先帰るよ」
ともこ「……ちなつ、お姉ちゃん、心配しなくても大丈夫だと思うな」
なんのことだろう。
そう思ってお姉ちゃんを振り返ると、お姉ちゃんは私の頭をぽんぽんと、
ゆっくり二回、叩いてきた。
◆
それからいつのまにか時間は過ぎていて、私があかりちゃんの一番近くに
いられる時間はあとわずかだった。
明日でちょうど一週間後。
あかりちゃんがお姉ちゃんのことを忘れられたにしろ、忘れられなかったにしろ、
私は用済みになっちゃうのかな。
あかりちゃんにとって、私はただの友達だもん。
私にとっては――
あかり「雨降ってきちゃったねぇ」
ちなつ「うん……」
いつもの昼休み。
あともう少しで花壇の草は全部抜けそうだけど、この雨じゃとてもできそうにない。
私たちは花壇の傍にある体育館倉庫の恒の下に立ち、「教室帰れないね」と笑った。
ちなつ「ねえ、あかりちゃん。このままチャイム鳴っても止まなかったらいっそ
授業サボっちゃう?」
一度やってみたかったんだよねーと言うと、あかりちゃんは「やってみたいねぇ」と
頷いた。
空は暗いままで、一向に止みそうに無い。
もっとあかりちゃんと一緒にいたい。その気持ちがあかりちゃんに
伝わったのか、あかりちゃんが「止まなきゃいいなぁ」と呟いた。
ちなつ「あかりちゃん」
私はさりげなく、あかりちゃんの名前を呼んだ。
あかりちゃんが「どうしたの?」と私を見る。私はあかりちゃんを見ないままに、
言った。
ちなつ「キスしよっか」
あかり「えっ……?」
ちなつ「練習だよ」
私はたぶん、焦っていた。
自分で何を言っているのか理解できずに、よけいに焦って。
それなのに頭のどこかでは冷静な私もいる。
ちなつ「あかりちゃん」
あかり「ち、ちなつちゃ……」
倉庫の壁に、あかりちゃんの身体を押し付ける。
怯えたような顔のあかりちゃんが、いつかのあかりちゃんに重なった。
あかり「だ、だめだよ、ちなつちゃん……」
ちなつ「どうして?」
あかり「だって……」
まだ、お姉ちゃんのことが忘れられないから?
ちなつ「……」
まだ、声にすら出していないのに。
突然、頭の奥が痺れたようになって、視界が霞んだ。
よくわからなくなって、私はあれ?とあかりちゃんを離してごしごし目をこする。
あかり「ちなつちゃん……」
あかりちゃんが悲しそうな顔をして私を見ていた。
こんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
私は、雨の中を飛び出した。頭が混乱して、どうにかなっちゃいそうで。
―――――
―――――
初めて学校を抜け出した。
帰りの用意もなにも持たずに、私は闇雲に走る。
風邪引いちゃいそうだなあ、なんてこんなときに似つかわしくないことを考えた。
ふと、名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
一瞬あかりちゃんかと思ったけど、違う。俯いていた顔を上げると、お姉ちゃんがいた。
なにかの帰りなのか、小さな箱を抱えている。お姉ちゃんは、慌てて私に駆け寄ってくると
私に傘を差し掛けて「風邪引いちゃうよ」とさっき私が考えていたことと同じことを言って、
つい私は噴出した。噴出して、ついでにまた泣けてきた。
ちなつ「バカ……」
ともこ「……ちなつ」
ちなつ「お姉ちゃんのバカ!」
認めたくなかった。
だって、私は結衣先輩が好きであかりちゃんは同じ学年で友達で。
あかりちゃんと一緒にいるとドキドキしたし、なのに安心できた。
結衣先輩と一緒にいるとドキドキもしたし、嬉しかった。
どちらが本当の気持ちなんて、ほんとはわかってたのに認めたくなくて。
ちなつ「あかりちゃんを好きになってあげてよっ!」
いつのまにか私は、あかりちゃんのことをびっくりするくらい好きになっていた。
会いたいのはあかりちゃん。
話したいのもあかりちゃん。
私ってば、なんでこんなに鈍感なんだろう。お姉ちゃんのこと、言えないな。
バカ、バカ。私のバカ。
どうしてあかりちゃんなんか。どうしてお姉ちゃんなんか。
お姉ちゃんは何も言わずに私を雨から守ってくれていた。
だから私は、思う存分傘の中で雨を降らすことが出来た。
こういうときのお姉ちゃんはちょっとだけかっこいい。私は泣きながらぼんやりそう思った。
あかりちゃんがお姉ちゃんのこと忘れられない気持ち、少しだけわかる気がする。
やがて泣きつかれてお姉ちゃんの足許に崩れ落ちた私の頭を、お姉ちゃんは
撫でてくれた。前に私があかりちゃんにしたように優しく優しく。
ともこ「ごめんね」
突然、お姉ちゃんが言った。
ぴちゃり、と私の背後で足音。
振り返らなくてもわかる。
きっと、あかりちゃんだ。
あかり「……私、平気です」
はっきりした、あかりちゃんの声。
振り返ると、凛としたあかりちゃんの姿。
私の知らない――あかりちゃんが誰かを想う顔。
ともこ「うん、そっか」
あかり「はい」
嘘だ。
あかりちゃん、笑ってるのに泣きそうだよ。
それとも、私の視界がまた霞んでるからなのかな。
ともこ「ちなつ」
お姉ちゃんは私の手を掴むと、引っ張り上げた。
立ち上がった私にそのまま持っていた傘を握らせる。
ともこ「だから大丈夫って言ったでしょ?」
ふふっと笑うと、お姉ちゃんはとんっと私の背中を押した。
「お姉ちゃん?」と振り返ったときにはもう、お姉ちゃんは雨の中駆け出していた。
ともこ「あとで帰ってきたらみんなで一緒にケーキ食べようね」
抱えていた箱を振りながら、お姉ちゃんは言った。
もしその中身がケーキなら、崩れてるんじゃ。
そう言い掛けたとき、腕が引っ張られた。あかりちゃんが「傘、入ってもいい?」
ちなつ「……あ、うん」
あかりちゃんに傘をさしかけようとすると、あかりちゃんは
「そうしたらちなつちゃんが濡れちゃうよぉ」と傘の柄を私の手ごと掴んで
引き寄せた。
小さな傘の下は狭くて、あかりちゃんの息遣いをすぐそこに感じることが
できてしまう。
ちなつ「あの、あかりちゃん……」
あんなところを見られたあとだから、あかりちゃんの顔を真直ぐ見ることが
できない。
あかりちゃんが私を追いかけてきてくれたことは嬉しいけど、どうしてきたのと
矛盾したことも思ってしまう。
あかり「ちなつちゃん、あかり、ともこさんに振られちゃったんだよねぇ」
最初からわかってても、やっぱりちょっとだけ辛いね。
あかりちゃんはそう言いながら、「でもすっきりしたよ」とも。
あかり「この前、学校から帰る途中、ともこさんに会ったんだぁ」
ちなつ「えっ」
あかり「そしたらね、本当は他に気になってる子がいるんじゃないかって言われて」
驚いて顔を上げた。
あかりちゃんと目が合う。
ちなつ「どうしてそんなこと」
あかり「お姉ちゃんが言っちゃったみたい、早くあかりを振ってきてって」
いくらあかりちゃんのお姉さんでも、なんでそんなこと言えるんだろう。
「そんなのおかしいよ」と言いかけると、あかりちゃんは「ううん」と首を振った。
あかり「だって、あかりもはっきり言われた方が楽だったから。なのに、ともこさんは
そのとき何も言ってくれなくって」
ちなつ「……あかりちゃん、私」
あかり「だからすっきりしたんだぁ、ほんとに」
重ねられたあかりちゃんの手も、私の手もすっかり冷えてしまっていて、
ガチガチになってしまっていた。
それなのに密着した身体と身体は熱いくらいで。
あかり「ちなつちゃんの前で、ともこさんに振ってもらえてよかった」
えへへ、とあかりちゃんは恥ずかしそうな笑みを漏らした。
私は「ねえ、あかりちゃん」ともう一つの手で私の手に重なったあかりちゃんの手を
温めるようにして包み込んだ。
ちなつ「私じゃ、やっぱりお姉ちゃんの代わりはできない?」
あかりちゃんはそれには返事せずに、「あかりね」と言ってもう一つの手も
私と同じようにして重ねてきた。
あかりちゃんと私の手。冷たいはずなのに、次第に温もりが生まれてくる。
あかり「ちなつちゃんといると、すごく安心するんだぁ」
ちなつ「……私も、あかりちゃんといるとすごく安心するよ」
同じことを思ってくれていた。
そう思うだけで、少し心が軽くなった。
あかり「好きとか嫌いとか、まだそんなのはよくわからないけど。きっとまだ、
あかりはともこさんが好きなんだなって思うけど、だけどね」
ちなつ「……うん」
あかり「あかりはちなつちゃんをともこさんの代わりとして見たくないよ」
ガタッ
ちなつ「私はそれでも」
お姉ちゃんの代わりでもいいから、あかりちゃんの近くにいたい。
けどあかりちゃんは「だめだよ」と言った。
あかり「それじゃああかりがだめなの!」
だからね、ともこさんとしてじゃなくって、
ちなつちゃんとしてのちなつちゃんの傍に、いさせてくれるかな?
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あ、だめだ。
また視界が霞んでいく。私ってこんなに弱かったっけ。
あかり「ち、ちなつちゃん!?」
ちなつ「……あ、あかりちゃんのせいだよっもう……!」
あかり「ご、ごめんねっ?あかり、嫌なこと言っちゃった?」
逆だよ、嬉しくって嬉しくって、どうしようもないくらいなんだから。
嬉しすぎて、泣いちゃうくらい、あかりちゃんのことが好きだから。
ちなつ「いいに、決まってるよっ。でもそうしたら、今度はあかりちゃん、
私しか見えなくなっちゃうんだからね!」
このチーナが本気で落としにかかったらすごいんだから!
あかりちゃんは「えへへ、覚悟してるよぉ」と笑う。
いつのまにか雨は小降りになっていて、私たちは同時に空を見上げた。
清清しいほどきれいな青空が、暗い雲の隙間からのぞいていた。
あかり「いっぱい濡れちゃったねぇ」
ちなつ「風邪引いたらあかりちゃんに看病してもらうね」
あかり「えっ」
ちなつ「お腹空いちゃった、お姉ちゃんにケーキ貰いに行こっか?」
あかり「でもその前に学校に鞄取りに戻らなきゃ」
ちなつ「持って来てなかったの?」
あかり「ちなつちゃんのことで必死だったから」
ちなつ「……」
あかり「……」
私は傘をたたむと、片手に持った。そしてもう一つの空いた手であかりちゃんの手を
掴む。
「仕方無いなあ」と私が笑うと、あかりちゃんも照れたように笑ってくれた。
終わり
ちなつ「どうせ私は腹黒い子ですよ……」イジイジ
あかり「ちなつちゃんはいい子だってあかりは知ってるよ」ヨシヨシ
ちなつ「あかりちゃんに言われても嬉しくない」
あかり「ちなつちゃんひどいっ」ズーン
ちなつちゃんもあかりちゃんもいい子
最後のほう、書き直し書き直しで中々投下できずすいませんでした
ここまで付き合ってくださった方、保守してくださった方ありがとうございました!
それではまた
乙!
あんた最高だよ!!
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1000ならチーナとあかりはずっと幸せ
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