ちなつ「あのねっ」 (44)


最近、ふと気がついたことがある。

たとえば私がいつも結衣先輩のことを話してるとき、たとえば夢中になりすぎて周りが見えなくなってるとき、たとえば――
ずっとずっと、本当に毎日、そばにいてくれる人のこと。

「……あかりちゃんって、ほんとは私のことどう思ってるのかなあ」

いつも笑ってくれてるあの子はどういう気持ちで私の一番近くにいてくれるんだろうって。
そんなこと今まで考えたこともなかった。
私はあまりにそれが当たり前のことだと思ってしまっていたんだから。
だから伝えるべき言葉だってちゃんと声にしていなかったことに。

ねえ、あかりちゃん。

――あのね。



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「結衣先輩のおうち?」
「うん、結衣ちゃんが今度おいでって言ってたんだぁ。ちなつちゃんも行くよね?」
「いくいくっ!もう、なんでそんな大事なこと早く言ってくれなかったのよ!」
「え、えぇ、ご、ごめんね」

明日から三連休だからか、少し浮き足立っている教室。
その窓際のほうで、私たちは固まっておしゃべりしていた。
同じクラスの櫻子ちゃんと向日葵ちゃんは生徒会の仕事へ行ってしまったから、今はあかりちゃんと二人きり。
なんだか内緒話のように顔を寄せ合って話していたのに、あかりちゃんが突然結衣先輩のことを口に出すから思わず声を張り上げ、お互いの間の机をバンと叩いてしまっていた。

「さっき廊下で結衣ちゃんと会ったときに話したから……」
「結衣先輩と会ったの!?」
「う、うん。結衣ちゃん、移動教室で急いでたみたいだからちなつちゃんを呼ぶ暇もなくて」

うぅ、とあかりちゃんの困ったような声。
あかりちゃんの顔が見えないことで、私は自分が勢い込んで机に突っ伏していたことに気がつく。
そしてまた少し自分の世界に入り込んでしまったことにも。


そっと顔を上げると、やはり困りきった顔をしたあかりちゃんと目が合った。
私はなんだかバツが悪い思いで体を起こした。
言葉にするのは、してしまうのはやっぱり結衣先輩のことなのだけれど。

「……私も結衣先輩としゃべりたかった」
「きょ、今日このあと話せるよぉ。ねっ?」

私を元気づけるようにあかりちゃんは笑ってくれる。
その笑顔を見ると、自然と心に溜まる暗黒チーナ分はなんだかんだどこかへ行ってしまうからあかりちゃんはすごいなと思う。

「はーあ、授業早く終わっちゃわないかなあ」
「あと二時間だよ!」
「昼休みながーい」
「えぇー、さっきは昼休みもっと長くならないかなって言ってたのに」
「だって、授業終わらなきゃ結衣先輩に会いに行けないじゃない」
「あ、そっかぁ」

まったく、あかりちゃんってほんと。


「純粋だよね……」

へ?と不思議そうにあかりちゃんは首を傾げた。
こういうところも全部、私にはないところ。
羨ましいなと思う。羨ましいし、だけど時々不安になることもある。

あまりに純粋で、あまりに優しすぎるから。

聞きたいことはたくさんある。
あるけど、いざ聞こうと思うと怖くて聞けない。
いつもの笑顔で、「そんなわけないよぉ」と笑ってくれることを期待してしまい、だけどそれを期待すること自体が間違いなんじゃないかとも思ってしまうから。

―――――
 ――――― ――


結衣先輩のおうちには、この三連休のうちの真ん中に訪問することになった。
少し急だけど、と結衣先輩は心配そうだったけど、そんなことは関係なかった。
結衣先輩のおうちに行けるならたとえ火の中水の中、どんなに困難なことがあっても乗り越えるつもりだもの。

そんなことを家に帰ってから電話であかりちゃんに話すと、あかりちゃんは『火の中水の中なんて危ないよぉ』なんて本当に心配そうな声で慌てていた。

こんなのたとえだよ、と私が笑うとあかりちゃんも『もうー、びっくりしたんだから!』なんて拗ねたような声を出していたけれど。
こんな話を本気でそうだと思い込めるあかりちゃんにびっくりした、と言うとあかりちゃんは『だってちなつちゃんならほんとにしちゃいそうだから……』


「それってどういうこと?」

私が問うた声は、どこか硬かったかもしれない。
あかりちゃんが『えっと……』と言葉に詰まったから。

もちろん、怒っているわけじゃないし単に気になったからだった。
あかりちゃんは私のことをどんなふうに思っているんだろうってこと。

だけど、あかりちゃんが答えを口にする前にお姉ちゃんが私の部屋を覗いてきた。

「ちなつ、もう遅いんだから電話は切らないとだめよ」

気がつくと、いつの間にか九時を過ぎていた。
あかりちゃんがいつも眠っている時間を過ぎている。
あかりちゃんは大丈夫だと笑ったけれど。

電話を切ってからも、なんだかちょっとしたもやもやは晴れなかった。



もやもやを一向に抱えたまま、三連休の一日目は過ぎていった。
そしていつものごらく部の面々で集まった、結衣先輩のおうち。
結衣先輩が出してくれたたくさんのいちご(今回の御呼ばれの理由)を囲みながら、私たちは普段と変わらない話に花を咲かす。

京子先輩がふざけて、結衣先輩がそれに素敵なツッコミを炸裂させ。
私はそんな結衣先輩にメロメロで、あかりちゃんは――

やっぱり、にこにこと笑顔だ。
あまり話に入ってくることはないのに、誰よりも楽しそうで。

「結衣ぃ、ラムレーズンはー?」
「えっ、ない?冷凍庫に入ってるはずなんだけど……」
「ないー」
「って、おいこら!お前が食べたんだろ!」
「バレたか」
「あ、でもよく見たら今日の夕飯これ足りるかな」

冷蔵庫の中を探っている結衣先輩が、私たちの方を振り返る。

「ごめん、ちょっと買い出し行ってくるよ。京子も来いよ」
「えー、なんで私だけー!」
「勝手にラムレーズン食べたからだろ。それともあとで食べたくないのか?」
「いくっ」

相変わらず、京子先輩の扱いが上手い結衣先輩素敵……。
私がほわーっとそんな結衣先輩に見とれていると、「留守番頼んでもいいかな?」と申し訳なさそうに首を傾けて、そうすると私はもう頷かないわけにはいかなかった。

「はいっ、この命に代えても結衣先輩のおうちを守り抜きますからっ!」
「え、う、うん、ありがとう……」

結衣先輩は麗しい笑顔を残して京子先輩を連れて出て行った。
そして私はまた気がつく。

「それじゃあ、あかりたちなにしてよっか」


あかりちゃんがどこか困ったような笑顔で結衣先輩たちを見送ったあと、私を見て言った。
私はそっとあかりちゃんのほうを振り返りながら、「うん」と何に対しての頷きなのかわからない頷きを返す。

あかりちゃんと二人きりなんて全く珍しくもなく、むしろ落ち着くくらいだ。
けれど、今回は少し違った。
まだもやもやが晴れていないところであかりちゃんと二人だから、どこか気持ちがそわそわとしている。

「テレビでも見とく?」
「うん、そうしよっか」

私は言いながら、リモコンをポチリポチリと押し始めるあかりちゃんの横顔を眺めた。
さっきまでとまったく変わっていない。
やっぱり、いつもの楽しげで優しい表情をしたあかりちゃん。

でもほんとに?
ほんとにあかりちゃんは私といて楽しいのかな。ほんとは結衣先輩や京子先輩といたほうが良かったんじゃない?

一度そんな考えが浮かび始めると、それはもう消し去ることなんてできなかった。

「ちなつちゃん、何か見たいものある?」

しばらくチャンネルを変えてはまた変えてを繰り返していたあかりちゃんが、私を振り返って見た。
私は「えっ」と答えに窮する。

「この時間って、あんまりいい番組やってないよね」

少し間を置いてから私がそう答えると、あかりちゃんは「うーん」と声を漏らしながらまたテレビに向き直った。
そしてぷちりとテレビの電源を落とす。

「なら、おしゃべりしてよっかぁ」

にこにこと、あかりちゃんは笑って言う。
私はそんなあかりちゃんを見て、よけいにもやもやとした嫌なものが胸に広がるのを感じていた。
いつもはどこかへ行ってしまうはずの暗黒チーナ分。ううん、それだけじゃない、それじゃない何か。
あかりちゃんの笑顔を見るたびに積もっていく、不満にも似た不安――

「……あかりちゃんは、私と話してて楽しい?」

言葉がぽろりと溢れ出た。
あかりちゃんの笑顔が、びっくりしたものに変わってしまう。
それを見たら、もう何もかもがこらえきれなくなったみたいに次々とそれが声になっていった。

「私、ほとんど結衣先輩のことしか話してない気がするし」
「そ、そうかなぁ」
「夢中になりすぎるとまわりが見えなくて自分でもなにをしてるのかわからなくなるときだってあって」

きっとすごく迷惑かけてる。
いくらあかりちゃんでも嫌気が差すんじゃないかって、思う。
私があかりちゃんなら、確実に逃げ出したくなってしまうに決まっている。

「――あかりちゃんは」

どうして、私と一緒にいてくれるの?


私の言葉は、そこでようやく止まってくれた。
もやもやも全て吐き出してしまえたのか、どこかすっきりとする。
けれどそのすっきりは今度は私の胸の底から悲しみをすくい上げてきた。

思わず、嗚咽が漏れそうになった。

「えっ……」

そんな私を止めたのは、遅れたあかりちゃんの声だった。
俯かせていた顔を、私はさらにぐっと下にする。
今、あかりちゃんの顔を見るのはとてつもなくつらい気がした。あかりちゃんがどんな顔をしているのか、想像もつかなかったけれど。


ごめんねあかりちゃん。
こんなこと、急に言っちゃって。

いっそ、先に謝ってしまおうか。
ふとそんなことを考えた。
けれどそれだけは、私の中の何かが許さなかった。許せなかった。

ちゃんと、あかりちゃんの言葉を待ってからじゃないと、ほんとに泣いてしまいそうだったから。
あかりちゃんがなんと答えるかなんて、わかるはずもなかったんだけど。
それこそ期待していた。この期に及んで、あかりちゃんが笑ってくれること。

しかし返ってきた声は、私以上に濡れていたのだ。

「だって、ちなつちゃんのこと大好きだから……」

予想外の言葉と一緒に。


思わず顔を上げていた。
涙は――ギリギリこぼれなかった。

その代わりに、あかりちゃんの頬には一筋の涙が伝っていた。

「……ご、ごめんねっ。と、突然ちなつちゃんがそんなこと言うから、ひょっとしてあかりなにかしちゃったのかなって思って」

あかりちゃんは慌てて目元をごしごしとこすった。
私は首を左右に大きく振っていた。声は出なかった。今さっきで全て出し尽くしてしまったみたいに。

「そ、そっかぁ……なにもしてないなら、良かった」

むしろ、なにかしてたというなら私のほうだというのに。
あかりちゃんのこと、ちゃんと大事にしてなかった、私なのに。

言葉だけなら、もしかしたら信じられなかったかもしれない。
でも、あかりちゃんの涙を見たら、信じないわけにはいかなかった。あかりちゃんが、私を「大好きだ」って言ってくれたこと。


「……うん、違うよ」

私は、言葉を押し出した。

「私こそ、心配だったから……あかりちゃん、私といてほんとに楽しいのかな、って」

涙はじんわりと引いてゆく。
代わりに私の中をゆっくりとしめらせてゆく。とてつもなく心地よい感覚だった。

「バカみたい」

私は笑った。
あかりちゃんはこれで安心してくれるだろうか。そう考えた矢先にはもう、あかりちゃんの表情にも明るさが戻った。
そんなあかりちゃんを見て、ほんとは一番、ずっとずっと言いたかったことを口にしようと思った。

今なら素直に、ほんとに素直に伝えられるはず。

「――あかりちゃん、あのねっ」





いつもそばにいてくれてありがとう。
私も大好きなんだからね。







「ただいまー」
「ちーなちゅ!……って、あれ?」
「……あ、二人共寝ちゃってる」
「えぇー、せっかく二人の分のアイスも買ってきたのにー」
「まあそれは別にあとでもいいからさ。寝かせといてあげようよ、せっかくこんなに気持ちよさそうなんだし」
「……あかりの顔に落書き」
「おいこら!」
「だって、ちなつちゃんと手なんか繋いじゃってるあかりが私は許せない!」
「うるさい!」
「いてっ」
「手なら私が繋いでやるから静かにしろ」
「えー結衣の手なんかいらないって」
「……とか言いながら握ってくるんだな」

終わり。

予想以上に短くなってしまった。
せっかくなので別の話も書こうと思います。

何か読みたい話があれば教えてくれると嬉しい。
ゆるゆり以外にも、けいおんやきんモザ、スト魔女辺りなら書けるかと。

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