響「導かれる物語」 (30)

祝福の元に生まれ、君達に照らされた。
自分の誕生を祝われるということは、これまでの道程が間違っていなかったということ。

祝福を向けてくれる仲間たちに出会えたということ。
祝福を受けられるような自分を続けてこれたということ。

ならば、私は生まれてきて良かったのだ。
祝われることで――こんなにも救われるのだから。

例え。

愛は憎悪に似ると言っても。
恋は戦争だと誰かが唄っても。

その情こそ、その絆こそ。
最も大切にすべきものなのだ。

拒否すべきものでもないし――ましてや支配すべきものでもない。

それを拒んで独りになってはならない。
それを求めて狂ってもならない。

受け取って。礼を言って。そして返す。
それが、それだけが決まり。

響「>>5にありがとうって言いに行くぞ」

気楽にやってくれ。俺も気楽に書く

ナムコ

誰からお礼を言うべきだろう。
最も感謝を捧げるべきなのは誰だろう。

そんなことを考えて。
そんなことを考えてしまって。

間違っていると気付く。

誰からなんて。最もなんて。
それこそ、自分の価値を意図的に歪めること。――すなわち自分を作ってくれたみんなを乏しめること。

響「765プロのみんな。ごめんな」

自己嫌悪。
また、自分を少し嫌いになる。
きっとまた、自分で自分を繕うのだろう。

ああ、こんなままならない自分なんかに。

響「ありがとう」

春香「響ちゃん、おはよう」

貴音「おはようございます響」

事務所に足を踏み入れると、春香と貴音に声がかけられた。
狭い事務所に、跳ねまわるのは透き通った声や、艶やかな声や、踊るような明るい声たち。

真美「ひびきん! おっはろー!」

亜美「おおっ、心なしかお姉ちゃんに見えるよ~」

双子のまっすぐな視線が胸を溶かす。
真と目があって、口元だけで笑い合う。
雪歩は自分の姿を認めると、ぱたぱたとお茶を入れに行った。

伊織はすました顔で、手をそっとこちらに向かって掲げてみせた。
美希はソファに寝ころんだまま、薄目でこちらを眺めている。

「おはようございまーっす!」

やよいがいつもの元気がよすぎるお辞儀をして、
隣の千早は、少しぎこちないけれど優しい微笑みをくれていた。

後ろから、階段を上ってくる律子とあずささんの会話が聞こえてくる。
事務員と社長、そしてプロデューサーの姿は見えない。

どこかに行っているのだろうか。
どこにでも行ってお礼は言うが。

響「>>9ちょっと来てくれるか?」

>>5

誰かといっしょに話すか。
誰かのために動くか。

誰かといっしょに生きるか。
誰かのために消えるか。

そんな選択は世界のそこらに転がっている。

きっとずっとずっと。

私の意思などお構いなしに。
そうやってみんな導かれてきた。

かつて、ここにいる多くの人といっしょにいるはずだった時間。
それさえ奪われている。

奪われて――損なわれたままだ。
絶対に、戻ることは無い、歴史。
みんなを愛したがために、深く深くその隔絶を思う。

響「――来てくれよ」

遠すぎる対象に向けた声は。虚空のくぼみに吸い取られ、永遠の眠りに就いた。

運命を変えた本人は、過去という名の衣を被り素知らぬ顔で散逸していく。

そこに熟考があれ、躊躇があれ、決められた末路は動かない。
そこに推敲があれ、確信があれ、定められた未来は動かない。

苦悩がカットされて。苦渋がオミットされて。
結果だけが降り注ぐ。

敵意に無力で。適当に無防備で。
結果だけを受け入れる。

それが、私だった。
それを、自分にしたくない。

だから私は今一度。みっともなくもあがくのだ。

私は空っぽで。
私の言葉すらもはや空々しいけれど。
――――それでも誰かに響いてほしい。

響「自分は、みんなに、>>13って言いたいぞ」

あ、そうか、わかった。

新世界の神に自分はなる

響「自分は新世界の神に自分はなるって言いたいぞ」

響きは果たして。
意味のある音として共鳴しえたか。

伊織「は?」

響「……新世界の神に自分はなる」

春香「えっえっ?」

真美「なにそれ~? ひびきん月みたいなこと言っちゃって~!」

真「なんだ冗談かー、いきなりどうしたのかと思ったよ」

亜美「デスノート持ってんの?」

響「いや」

駄目だ。
伝わらない。

意味を見いだせ。自分がやりたいことにこじつけろ。

『新世界の神になる』。

新世界で神になる。……私が居ないあの世界ではなく。あの歴史ではなく。この世界で神となる。

しかし、神とはなんとも滑稽だ。
本当の歴史では神どころか、人としてもあれなかったのに。

無に導かれ。

導かれる彼女らと共にあれなかった『私』。

そしてこの新世界で目覚めた『私』。


いや……『生まれた』とは言えない。

ここの『私』は厳密に言えば私じゃない。

存在を同じくするだけの、『別物』だ。

我那覇響は何種類もいて、その実一人。

正しい道程を歩み、素晴らしい仲間を得たのはこの世界の響の功績なのだ。

響「――――」

美希「ど、どうしたの? 響泣いてるの?」

貴音「ひ、響……何が……」

響「わからないんだ、自分が何をしようとしてるのか……っ! 自分が何をしたいのか……っ!」

響「でも、ただ…………無性に涙が出てくるんだ…………止まらないんだ」

お礼を。

お礼が言いたい。

認めてくれるこの人達に。

私を救ってくれたこの響に。

しかし、私は言葉を持たない。

無であった私は力を持たない。

だから、せめて。

感謝の響きが伝わるように、祈る。

響「うっ、ひくっ! ぐぅ!」

真「大丈夫!?」

雪歩「水持ってきますぅ!」

響「あっ……、みんな>>19

えっちしよ?

響「えっちしよ?」

マクトゥソーケーナンクルナイサ。
正しい行いをすれば、なんとかなる。

しかし祈るばかりでは、溢れる情念の響きしか届いて来ないらしい。


――よくあることだと、冷めた考えを持つ。
導かれるのではなく、歪められることはよくあるのだ。

消えたこともあるし、体のサイズさえ変えられたことがある。
考えた上での結論と、勢いだけの浅い発言は、その実あまり変わらないと感じる。

秩序だった削除と無頓着な破壊は。
妥当だろう提案と無造作な終焉は。
その重さが違うだけで、結果はあまり変わらない。


導きなどない。プロデュースなど望むべくもない。

プロデュースを受けるのは響であって。
私ではないのだ。

雪歩「だ、ダメだよアイドルがそんなこと言っちゃあ!」

伊織「アンタ……疲れているんじゃない?」

響「ち、違うんだ……違うんだ……っ!」

かみ合わない。ままならない。
私がこの響から離れていく。

せっかく。
せっかく感謝のために、この響をほんの少しだけ導けるのに。

それさえ実らず、消えていくのか。

所詮私は。

プロデューサーとアイドルによる『導かれる物語』に参加できなかった、幻に過ぎないのか。

――そうだ。あの二人だ。
この私と同じ境遇だった、あの二人ならば、あるいは私を感じることができるかもしれない。

どうか、外さずに呼べますように。
……まるでプロデューサーのような祈りだ。

響「>>22! >>23!」

72

HRK

響「72! HRK!」

やよい「へっ、なんですかっ!?」

春香「も、もしかして私呼ばれた?」

響「うぅん……千早! 春香!」

千早「え? な、なにかしら我那覇さん」


――違う。

ああ、違う。


響「――――」

春香「えーっと? じっと見つめられてるけど……」

千早「何か話して、我那覇さん。黙っていては分からないわ」


……二人はなにも感じていない。
話しかけたかったのは、この二人ではなかった。むしろこの二人は狙いとは真逆だ。
ああ。

ああ。

私ではやはり無理なのか。私は誰にも知られずに消えていくのか。

響「うっ、うっ…………」

春香「泣いてる……」

千早「ええ、あの、我那覇さん?」


感謝は胸に抱いているだけでいいかもしれない。
救われたことなど周りに喧伝すべきことではないのかもしれない。


律子「響。少し横になってなさい」

あずさ「あのよければ私がひざ枕を……」


しかし、だからといって……なんにも為せないまま、お礼も言えないまま終わりたくない。


貴音「響……」

美希「ほら! ソファどくから、使って!」


これは私のわがままなのだ。
何一つ救われることなくきた私だったが、この世界の響という偶像に救いを見出すことができたのだ。
そのことに……お礼を言いたいだけなのだ。

私。

私。

果たして一人称は『私』だったのか。違ったような気がする。

果たされなさ過ぎて。

報われなさ過ぎて。

自分が、もう。

……何者だったかわからなくなってくる。


ねえ。

プロデューサー。

答えてよ。

最初で、最後の、コミュだよ。

この私は一体誰でしょう?

>>27-1000

HBK

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