ミカサ「わからない」(110)

「最初は嫌われてるのかと思いましたけど」
「あんまり話してくれないですし」
「でも、私のことを思って口うるさいこともあって、話してみると優しいところもあるんですよね」


立ち聞きするつもりはなかった。
ただ、曲がり角の向こうから自分のよく知る名前が会話に出て思わず足が止まった。それも良い話ではなさそうな内容だった。

「私、なんだかミカサに好かれてない気がするんだよね」
最初に聞こえたのは、たしかミカサと同部屋になった女子の声だった。
私も。私もそう思ってた。
続くように2、3人の女子の声がして、睨まれているような気がするだの会話が続かないだの怖いだの、言いがかりに近い理由が聞こえた。

こいつらは、まだミカサと会ったばかりだから。
そう自分に言い聞かせエレンは握り締めた拳を解いた。

「そうですか?」

間の抜けたようなサシャの声がした。
自分はそうは思わない、と何でもない様に話す。

「ミカサはそんな子じゃないですよ」
「分かってるけど、とっつきにくいよ」
「うん。やっぱり…ねえ?」
「少し話せばすぐ仲良くなれますよ」

皆が口を閉ざしたのか、会話が途切れた。
出ていくなら今かもしれない。ちょうど会話が止まったしミカサの名前も出ていない。

けれど、今出ていけはこの女子達を睨みつけてしまうかもしれない。
先に行っててと言ったアルミンを迎えに行って…とにかくここを離れるべきだ。
アルミンには後で話そう。
とにかくこれ以上聞くのはやめだ。

ようやくエレンの考えがそこに及んだ時だった。

「エレン?先に行ってって言ったじゃないか」

背後から声をかけたのは、今まさにエレンが迎えに行こうとしたアルミンだった。
びくっと肩を震わせたエレンが振り返ると、そこには本を山ほど抱えたアルミンとマルコが居て、2人そろって首を傾げていた。

「さっきからそこで立ち止まってさ…」

アルミンが不思議そうに笑う。
まだ角の向こうから声は聞こえない。
ただ、確実にアルミンの声は向こうに届いただろうと、エレンは咄嗟に数歩後ずさる。
それを見計らった様にサシャが角から顔を出した。
そのサシャの後ろに、困惑した表情を浮かべた3人が見えて、わざと盗み聞きした
訳でもないのにエレンは汗を滲ませた。

「…噂話なら部屋でやれよ」

何故かこちらを責めるような彼女達の視線に苛立って、エレンは無意識に眉間に皺を寄せた。

「大体、友達を作りに来たんじゃねえだろ」

始めの一言を発した、ミカサと同室の女子と目があった。固まったその表情には怯えが顕著に表れている。

「エレン?」

アルミンの困惑した声で、はっと我に帰る。
自分のしでかしたことの重大さに気付いたが、取り繕うにはもう遅かった。
大体、俺は悪くない。

「もう飯だろ…席とってくる」

まるで逃げるようにエレンは歩き出した。
急いでる、という風に歩調を早めながら。

アルミンが謝る声が聞こえる。
何でお前がそいつらに謝るんだ。

背中に痛いくらいの視線を感じた。

食堂の手前まで行くと、まだ兵服のままのミカサがいた。
「エレン」
エレンに気がついたミカサは一度表情を和らげた。けれど、すぐに不思議そうな顔で首を傾げる。

「どうしたの」
「いや、食堂の席とりに来たんだよ」
「エレン、もうお腹が空いたの」
「いや、いつもお前かアルミンが席とってるし…」

答えながら、エレンは自分の心音がドクドクと早くなっていくのを感じていた。
あの会話を聞いてもミカサが大して気にするとは思えないが、自分が介入したことは知られてはならない気がした。

「エレン、耳が赤い」
「なっ」

ミカサに指摘され咄嗟に手で覆うと、確かに指には熱さが伝わり、他人の目には赤く映っていることが分かる。

「何かあった?」
「いや、だって、芋女達が」
「サシャ?」

思わず声にしてしまった後で、慌てて口を噤む。

「サシャがどうかしたの」
「何でもねえよ」
「でも今、サシャがって」
「いや、だから、いつもの調子でふざけててさ」

その場しのぎのような言い訳しか出てこなかったが、エレンが何でもないと執拗に繰り返し、最後には半ば怒鳴りかけていたことでミカサが折れた。心の底から納得していない顔で。

「…エレンがそう言うなら」
「本当に何でもねえよ」
「分かった。着替えてくる。エレンは先に食べていていい」
「は?」
「少し早いけど、私も夕食にする。エレンが早く食べたそうだから」
「あ、ああ!今日は腹が減ったんだよ!早く着替えて来いよ!」

ミカサはまだ訝しそうにエレンを眺めていたが、早く行け、と睨みつけられ渋々女子寮へと歩き出した。

ミカサが居なくなったことで、エレンは大急ぎで心の波を落ち着かせた。
謝るつもりもないエレンは、心を落ち着かせて何でもないフリをしてこの件をやり過ごすことにした。

「エレン、サシャから聞いたけど、さっきのは良くないよ」
「やっぱりミカサには同性の友達も必要だと思うよ」
「ずっと僕らと一緒にいるわけにはいかないだろう」
「それに、あの子達だってミカサと話したいって言ってたよ」

就寝前、くどくどと真剣な顔で話してくるアルミンによって、沈めたはずの波は大荒れすることになった。

「そんなこと俺に言ったって仕方ないだろ」
「ミカサは人に誤解されやすいんだよ。口下手で無表情で語呂も少ないし。もっと自分から関わっていかないと、確かに近寄り辛い雰囲気はあるかもしれない」
「だから俺に言ったって仕方ないだろ」
「うん。だから僕らからミカサに促してみたらどうかな。いつも三人でいると他の子もきっと話しかけにくいんだよ」
「分かったよ。もう寝ろよアルミン」
「ねえエレン聞いてるの」

そして翌日、「俺とアルミン以外とも仲良くしろ」と言い放ったエレンは、出来る限り接触せず、食事も他の女子ととらせ、今まで当然のようにしていた何気ない会話も極力しなかった。
それはミカサにとっては、理由の分からないあからさまな無視だった。

とりあえずここまで。
また明日来ます。

進撃ssもスレ投下も初めてなので、至らない点があったらすみません。
ちょっと長くなる予定です。

支援ありがとうございます。

その日の午前中は座学だったので、起床時間には少し余裕があった。
点呼の時刻に変わりはないが、兵装に着替える必要もなく演習場まで移動する必要もないからだ。

それでもエレン達が食堂に入った時には、朝食を摂る同期達で席はほとんど埋まっていた。
なんとなく、ミカサ達がいつも座る右端のテーブルに視線を向ける。
いつものように黙々と食べているのだろうと思ったが、そこにミカサの姿はなかった。

エレンはとりあえず真ん中の席に着き、隣にアルミンが座る。向かい側にまだ眠そうなコニーとトーマスが座った。

今日の朝食の感想や予定など、たわいもない会話をしながらも、エレンの意識は入口に向けられていた。

時間に余裕があると言ってもそろそろ来るはずなのに、やってきたのは怠そうな顔をしたジャンだった。

「何だよ」

エレンの視線に気づいたジャンが眉を歪ませる。

「何もねえよ」
「理由もなく人の顔を睨むのかてめえはよ」
「悪かったな。すげえ馬面だからビビって見ちまったよ」

やめなよエレン、とアルミンが小さな声で言う。「また今日もやるのか」とコニーが呆れ顔をして、トーマスは残りのスープを掻き込んで席を立った。


「何だとてめえ、自分だって最悪な目つきしてるじゃねえか」
「は?最悪な目つきはお前だろ。誰も教えてくれなかったのか」

エレンそれは人のこと言えないよ、と的外れな宥め方をするアルミンに「お前すげーな」とコニーが呟いた。

「ジャン、どいて」

びくんとジャンの肩が揺れ、その後ろからミカサの顔が見えた。

「あ、ああ、ミカサ…悪い」
「別にいい」

ミカサはジャンとエレンの顔を交互に見ると、何か言いたげに、でも口を噤んだままエレンの横を通り過ぎる。
何故かジャンが少し嬉しそうなのが、エレンの視界に入る。

「おい」

奥のテーブルへ向かうミカサに声をかけると、はっと驚いたように振り向いた。

「何?エレン」
「いや、遅かったな」
「………マフラーを置いてきた。今日は暑くなる、なりそうなので」
「それはいいけど、もう食べる時間ねえぞ。お前遅いのに」
「大丈夫」

そう言うと、静かに歩いてサシャ達のテーブルにつく。シーンとしていた食堂も、もう話し声で埋め尽くされて、ミカサ達が何を話しているのかは聞こえなかった。

ミカサが微笑んでいる。
微笑みながら、サシャ達と話している。

不思議な違和感がエレンを包んだが、エレンはそれをすぐに拭った。

×××××××××××××××××××××

「おい、とうとうミカサに愛想つかされちまったみてえだな」
「うわ、また来た」
「何だアルミン、お前は服脱いでも貧弱だな」
「酷いな、僕だって気にしてるのに」

入浴時間、いつになく嫌味たらしい笑みを浮かべてジャンが言った。

ジャンでなくても、エレンとミカサの接触が減ったことは誰だって気づく。それだけ、今までの距離が近かったのだ。

「うるせえな。黙って風呂も入れないのかよ」
「今日はミカサに庇ってもらえなくて残念だな!」
「庇ってもらったことなんてねえよ」
「別にミカサはジャンの味方もしてないけど…」
「おいおい、構ってもらえなくて拗ねてんのか」
「だから朝から何なんだよお前」

エレンが立ち上がりジャンに詰め寄ったところで、「いい加減にしろ」と声がした。恐らくライナーだろう。

確かに、今日はミカサと話すどころか、昨日までと違って痛々しい程の視線を感じることもなかった。
結局、朝食のあと以来、話しかける雰囲気も持たせてもらえないまま、一日が終了した。

就寝前の少しの自由時間は、ベッドの上でのんびりと過ごす者も居ればその逆もいる。
エレンやジャンはどちらかと言えば後者だが、アルミンやベルトルトは前者だ。

ミカサもどちらかと言えば後者の筈で、エレンが宿舎の外をブラブラしていると、よくぼんやりと空を見ているところに遭遇した。
1人でウロウロするなと何度言っても、エレンが外に出た時は大抵そこにいた。

それが、今日はいない。
いつも外に居るわけではなかったのに、ミカサがそこに居ないことに朝感じた違和感が強くなる。

今日のエレンとミカサは、昨日までとまるで立場が逆転してしまっていた。

エレンのミカサへの態度はあからさまではあったが、同期達が眉をひそめる程ではなかった。
その証拠に、昨日までは何も言ってこなかったライナーやコニー達が、今日はミカサとの接し方について尋ねてきた。

それほど、ミカサがエレンに構わない、というのは異常なことだったのだ。

何でもない、とぶっきらぼうに告げると、腑に落ちない表情をしたコニーが食い下がって来て、返答に迷っているとアルミンが彼らをなだめてくれた。

いつもミカサが座っている場所に腰を降ろして空を見上げる。
星なんか見て楽しいのか、と聞くと、綺麗だから、と言っていた。


たまに一緒に来たアルミンが、星や天気について講義を始めるのも、エレンはうんざりだったがミカサは嬉しそうにしていた。
何が楽しいのかと聞くと、アルミンが嬉しそうに話していることが楽しいと返ってきた。
ミカサの「楽しい」と自分の「楽しい」は根本的に違うのだと、エレンはその時思っていた。


部屋へと続く廊下はまだ賑やかだった。
同期達の話し声で溢れ帰っている。

自室に戻ると、アルミンとライナーがベルトルトの寝相について話していた。
「お帰りエレン」
「おう」
「腹は冷やしてないか」
「ああ」
たわいもない会話を交わし、アルミンの横に座り込む。
このベッドの主であるベルトルトは、何故かライナーのスペースで寝ているようだった。

「何だ、ベルトルトもう寝てるのか」
「うん。僕らが話してる間に気がついたら」
「あいつはいつもこれくらいには寝てる」
「やっぱり睡眠時間と成長速度に関係があるっていうのは本当なのかな」
「だったらアルミン、早く寝た方がいいんじゃないか」
「今日はジャンもライナーも酷いね」

ははは、と豪快に笑うライナーを眺めながら、エレンは1日のことを思い出す。

ミカサの態度に違和感を感じながら、エレンは、その違和感をミカサも感じていたんだろうと思った。
いや、きっとミカサの方が、何倍も。

自分のしたことの軽率さに今更気づいて、エレンは酷く動揺していた。

別にエレンは、ミカサの世話焼きをうっと惜しいと思いこそすれ、距離を置きたいとは思ってなかった。
ただ、ミカサに自分以外の人間も見るべきだと伝えたかった。

でも、それならば、最初に態度で示さず、言葉で良かったんじゃないか?

このままでいるのは嫌だ、とエレンは思った。
だが、どうすればいいのか分からない。

答えを求めるようにアルミンを見ていると、「消灯」と声がかかった。
深く息をつくと、先ほど見た星の光を思い出しながら、エレンは眠りについた。

一旦ここまで。また後で来ます。
帰りの会の告発は


先生「今日嫌なことや良かったことはありますか」


「先生、アルレルト君が授業でまだやってない所のドリルをやってました」
「アルレルト君、宿題を先にやったら駄目でしょう」
「はい…ごめんなさい(…何で?)」
「先生、イェーガー君が立体機動のときアッカーマンさんを睨んでました」
「しかもアッカーマンさんを殴ろうとしてました」
「イェーガー君、本当ですか」
「でも、ミカサも俺を殴りました!」
「アッカーマンさん、本当ですか」
「事実です」
「イェーガー君、アッカーマンさんに謝りなさい。アッカーマンさんも」

女子たち「エレン最低!」

みたいなクソ理不尽な晒し明けのつもりで言いました。判りづらくて申し訳ない。
支援ありがとうございます。

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