「余命一ヶ月の司令管」(37)

 ?

「おい」

「起きろ、寝てる場合じゃないぞ」

「起きろ」

「頼むから」

「起きてくれ」

―――――

私がなぜこうして記録を残そうとしているのかわからない。

元来、私はこういったまめまめしい事をする性格でもないし、することも無いだろうと思っていた。

だがこうして居ると、なぜだかそうしたい、いやしなければならないとすら思えてくる。

私は

私はまだ、彼女の声が聞こえる気がする。

時が経つ毎にさらに大きく、こちらを呼んでいる気がする。

「君、そんなところに居たら風邪をひくぞ」

振り向いても、そこには誰も居ない。


 31

部下「司令」

司令「ああ、君か」

部下「ここを訪れるのは私ぐらいでしょう」

司令「医者も来るぞ」

部下「そう言う事じゃありません、それになんですかこの病室は」

司令「ははは…つい、な」

部下「女性なんですから、少しは気を使ってください」

司令「そちらも男の癖に世話を焼くな」

部下「長年の習慣ですからね、もう」

司令「それじゃ、その長年に甘えるとしよう」

部下「どうですか、最近」

司令「まあまあ、かな」

部下「…悪くなってるんですね」

司令「そうともいう」

部下「顔を見ればわかりますよ」

司令「参ったな、隠せないか」

部下「隠そうとする方が悪いんです」

司令「ありがたいやら、気恥ずかしいやら」

部下「今更何を言ってるんですか」

司令「偶にはこう言う事も言いたくなる」

部下「変に気取らないでくださいよ、心臓に悪い」

部下「何か不具合は」

司令「んー…特にないかな」

部下「そうですか、きちんと言ってくださいよ」

司令「善処する」

部下「…司令」

司令「約束する、この命に掛けても」

部下「司令!」

司令「冗談だよ、冗談…」

部下「ブラック・ジョークにもほどがあるんですよ、貴方の冗談は」

司令「気を悪くしたな、すまん」

部下「親しき仲にも礼儀はあるんです」

司令「親しき」

部下「違いますか?」

司令「いや、なに、私にもそう言う存在が居たと言う事を噛み締めていた」

部下「…さいですか」

――――――

私がその地に新兵として赴任したのは、まだ肌寒い風の吹く春の事だった。

当時の私は訓練学校上がりの新兵でまだあちこちが硬く、ぎこちなかった。

今では苦笑物だがその時の私は大真面目に、まずは指令から一発喰らうものだと思っていたからだ。

学校は厳しく、暴力も日常茶飯事だった。

故に私はこれから赴く地もこれまでと変わらないと、そう思っていたのだ。

汽車の出る音が聞こえ、振り向く。

長い長い線路を悠々と蒸気機関車が煙とともに出発し、すぐに見えなくなる。

線路がまるでこれからの道の長さに溜息をつきたくなる。

風が吹いている、まだ肌寒いそれに私は思わずぶるりと震える。

目指す地はここから徒歩で数分の海浜にあると言う。

”中々くせものだ”と教官はここの指令の事をそう評した。

くせものとは一体いかなる化け物だろう、重い荷物がさらに重く感じる。

当りはだだっ広い野原で、まだ開拓も碌に住んでないらしい。

辺鄙な場所だ、どうせ酷い目に合うなら都に近くがよかった。

私は間違いなく憂鬱だった。

少なくとも、彼女に出会うまでは。


 30

部下「こんにちは」

司令「や、今起きた所だ」

部下「まさかとは思いますが、夜更かしなんてしてはいませんよね?」

司令「ちょっとは…ってそんな怖い顔をするな、してない」

部下「本当ですね?」

司令「本当だとも、ここには夜更かしする理由がない」

部下「仕事も何もないですからね」

司令「ああ、夜になると暇で暇で…堪らず眠くなる」

部下「良い兆候です、あなたは隙あらば睡眠時間を削りますから」

部下「全くもう、この間も夜更かし未遂をしましたよね?看護婦がかんかんでしたよ」

司令「言わないでくれ、仕方ない事だったんだ」

部下「仕方ない事じゃないです、やめてくださいね?」

司令「もうやめよう、蒸し返すのは男らしくないぞ君」

部下「そうやって話をそらそうとする」

司令「私は言及には弱いんだ、知っているだろう」

部下「勿論ですとも」

司令「困った、私は君には敵わないのか」

部下「私が居なくなったら誰があなたを制御すると言うんですか」

司令「それもまた困ったな、では私はこのまま君に適わないままにしよう」

部下「そうしてください」

部下「お茶でも持ってきましょうか」

司令「いやいい、水を飲んだばかりだ」

部下「ちゃんと水分を補給しているみたいですね」

司令「君は私のお母さんか何かかね」

部下「それもやぶさかではありません、また倒れられても困りますし」

司令「奇妙な事を言うな、君も」

部下「はて」

司令「私はもうじき永遠にぶっ倒れると言うのに」

部下「それまで私は貴方の傍に居ますよ」

司令「照れるな」

部下「照れないでください」

―――――

到着した私を出迎える者は居なかった。

そもそも、なぜ自分だけがこの地に行かされたのか…それすらも分からない。

おおよそ成績でも悪かったか、それか欠陥でも見つかったか。

自分でも自覚が無いのが怖い所だが、つまりはそう言う事だろう。

改めて溜息をつきたいところだがここからは気を引き締めて行こう。

自分は兵隊であり、ここはその兵隊の領地、自分は今から個人でなく軍の一部だ。

兵に慣れただけでも感謝しようと思い門を潜る。

見張りの衛士に敬礼をするとびしっとした敬礼が返ってくる。

やはり閑散としていてもここは今までの場所とは違うのだ、軍の領地なのだ。

緩んでいた気が一気に引き締まり、背筋がしゃんと伸びる。

「ご苦労さん」との声を背に受け目の前に聳える建物を見据える。

少しあたりを見回して分かったが、ここの基地は全体的に灰色だ。

ただでさえだだっ広くて何もない周辺に少しでも合わせる為だろうが、見る方としては単調で嫌になる。

寒い風を遮る建物も無く、やはり周囲に人は居ない。

憂鬱な気持ちがまた戻ってきた気がした。

>>8 指令→司令

>>14 慣れた→なれた

誤字酷い 見直しても直らない酷い

 29

司令「春だな」

部下「春ですね」

司令「下が騒がしいな」

部下「花見の季節ですからね」

司令「どうにで、偶に桜の花びらが入ってくる」

部下「珍しい事です、ここは病院の三階だと言うのに」

司令「私にも花見をしろと言うのかな」

部下「……」

司令「…すまん」

部下「いえ、今算段を立てていました」

司令「ん?」

部下「今度一緒に花見に行きましょう」

司令「お、おう」

部下「折角の春なんです、楽しみましょう」

司令「でもな、元々花より団子と言うだろ?」

部下「ええ」

司令「でも私はあまりものとか食べられないし…」

部下「なら花見をすればいいじゃないですか」

司令「花見」

部下「花見なんて元々飲み食いの為にあるのではありません、花を愛でる為にあるのです」

司令「そうだが」

部下「一緒に桜を見に行きましょう、梅でもいい、どこか静かな場所に行きましょう」

司令「…うむ、そうだな」

部下「楽しみです」

司令「私も楽しみになってきたぞ」

部下「後は…医者がどういうかですね」

司令「私が聞いてみるよ」

部下「お願いします」

司令「春だな」

部下「春ですね、もう冬が嘘のようです」

司令「暖かいな」

部下「暖かいです、花も多く咲いています」

司令「人々が元気そうだ」

部下「皆元気ですよ、とても」

司令「…春だな」

部下「春ですよ」

―――――

手続きを済ませて通路を歩きだした私はようやくちらほらと人影が見える事に安堵した。

医療関係と一目でわかる、アルコールの匂いが漂う者。

明らかに暇な見張り番をやらされていたであろう疲れた目をした軍人。

そしてその中を走り回るまだ年若いであろう女性の姿。

本当に大丈夫なのか?ここは果たして軍の中なのか?私の中で本来なら疑う程も無い疑念が鎌首をもたげる。

幾らなんでも無警戒過ぎるし、だれきった空気だ。

窓をカタカタと叩く風もどこかやる気なさげで、気を張り詰めるのがばからしくなってきた。

すれ違うたびにちらちらと好奇の目に晒される私はすでに限界に達していた。

これから部屋に帰って、食事もそこそこに寝てしまおう。

どうせ明日からは任務の日々が始まるのだ、今日ぐらいゆっくりしても良いだろう。

そう算段を立てる私に先ほど走り回っていた女性が近づいてくる。

嫌な予感がする、そしてそう言った勘は大抵当たる。

「や、や、新顔さんかい」女性は初対面の私に矢継ぎ早にそう言った。

随分と無遠慮な態度に多少むっとするもここは顔に出さず「なんでしょう」と答えた。

淡々と 三日分づつほどのペースで投稿します 大体10日程で終わる予定です
奇跡も何もありません 魔法もありません ついでに救いもありません
一応司令は女性で部下が男です

それでは


 28

部下「こんにちは」

司令「や、君だね」

部下「はい、偶には果物の差し入れでもと思ったのですが」

司令「ふむ」

部下「生憎この混みようで気付いてもらえませんでした」

司令「そうだろうね、随分とまた賑やかになったものだ」

部下「はい、この間までの空気が嘘のようです」

司令「ああ…そうだね」

部下「ええ」

司令「ここらも、随分と平和になったものだよ」

部下「そうですね」

司令「生温い、と言っても過言でないかもしれない」

部下「…お言葉ですが、司令」

司令「うん」

部下「先の戦争では多くの人命が失われました」

司令「ああ、そうだ」

部下「ならば、その分の平和を享受する事は別におかしい事ではないのではと思います」

司令「…ん、まあそうだね」

部下「不服ですか」

司令「大いに」

部下「そうでしょうね、彼らは結局逃げ回るのみでしたから」

司令「それが戦争だものね」

部下「分かりきった事でしょう」

部下「司令」

司令「うん」

部下「先程私はああいいましたが、別に司令に反対している訳では無いのですよ」

司令「そうか」

部下「平和が当たり前なぞありえない話です、いつかまた戦争は起こるでしょう」

司令「少なくとも、平和が続くなんて馬鹿げた考えだよ」

部下「生温いと言うのも同意です」

司令「…ん」

部下「結局被害者面をしている彼らも戦争の加担者に他ならないのですから」

司令「君」

部下「はい」

司令「…私達は、戦争に染まりすぎたのかもね」

部下「仕方のない事です」

―――――

曰く、探し物がある

それならわざわざ初対面に頼まず見知った相手に頼んだらどうだろうか

そうとも思わないのか目の前の女性は嬉しそうに「いやぁ、助かったよ」とのたまう

ちょっとは此方の事を考えてくれないものだろうか。

そう露骨に顔に出すこちらを気にも留めない彼女はおもむろに私の手を引っ掴んだ。

「こっちかもしれないんだ」

やけに自信満々な声は気のせいではない筈だ。

そこから先は疾風怒濤の如く過ぎ去った。

基地内のあちこちを女性に引っ張られるまま、あちらこちらと引き摺られる様に移動する。

彼女は「ここが医務室、いつもお医者さんはいないんだけど」等何故か説明したり、好奇の目に対して手を振って答えたりする。

恥ずかしいからやめてくれないだろうか、そう言おうとするもぐっと我慢する。

これも何かの通過儀礼かもしれない、それにこれからここで過ごすなら顔は知れていた方がいいと思ったからだ。

事実、私が最も危惧していた顔見せに至っては初日で完了してしまった…大分大仰だが。

基地内を我が物顔で闊歩する彼女はいったい何者なのか、その時私は愚かにも分かっていなかった。


 27

部下「司令、桜の花びらです」

司令「珍しい、これを盃に入れてくいっとやりたいね」

部下「それには同意ですが司令がやる分には同意しかねます」

司令「いけず」

部下「いけずで構いませんよ」

司令「あぁ、酒が飲みたい」

部下「司令は酒がお好きでしたね」

司令「薩摩の芋焼酎を飲みたい」

部下「我儘言わないでください」

司令「でもだな、あのきゅぅっと冷えた焼酎をだな」

部下「私も飲みたくなるので」

司令「えっ」

司令「君、酒が好きじゃなかったのかい」

部下「好きですよ、大好きです」

司令「そんな君が酒断ちとは」

部下「酒臭い息をして司令に合う訳にはいきませんからね」

司令「…なぁ」

部下「はい」

司令「私は急に酒を飲む気が失せたよ」

部下「我儘言わないでくださいね」

司令「言わんよ、君の前で酒の事はこりんざい口に出さん」

部下「司令…」

司令「私だって上司としての威厳がだな」

部下「嘘言ってませんよね?」

司令「信じてくれよ、頼むよ」

司令「あ、でも」

部下「はい?」

司令「花見をする時ぐらいは飲んでいいだろう?」

部下「……まあ、少しなら」

司令「一緒に飲もうな」

部下「そうですね、良いのを用意しておきましょう」

―――――

嵐の様な歓迎が過ぎ去って私は一息ついた。

「疲れたね」そう笑顔で言う彼女に対して本日何度目かむっとした感情を覚える。

だが、彼女のおかげで色々と為になる事が分かったので敢えて顔には出さない。

迷いそうだったこの基地内の核施設を見る事が出来たし、一通りの顔合わせも出来た。

そういった意味では世話になったと言えるのか…と一人で鬱屈とした感情に悩まされた。

ふと、そこで彼女の言っていた探し物の事を思い出す。

今更思い出したことを恥ずかしく思うも、それは彼女に掛けられた迷惑料と言う事で…と無理矢理納得させた。

丁度その時だ

慌ただしい駆け音と共に伝令係と思われる男がこちらに向かってきた。

行き過ぎるかと思った彼はぴたりと私達の前に静止し「失礼します」と一礼する。

はて、何かあったかと思ってしまった自分は今更ながら滑稽な間抜け面をしていただろう。

「司令」と彼は一声呼ぶ。司令?司令がここに居るのか?と教官の言葉を思い出し俄かに背筋が寒くなった。

だがこの場に居るのは伝令係と、私と、彼女のみ…とここで私はようやく真実に行き着くのだ。

「よろしく、新顔君」

握手しながらそう言った彼女、私に一通りやるべき事をさせた彼女こそがここの曲者司令官だった。

そう言う訳で、彼女と私の付き合いはこうして始まる。

 26

部下「どうも」

司令「ああ、君だな」

部下「毎度私です」

司令「さっきまで寝てたんだ」

部下「お邪魔でしたか」

司令「いや、助かった」

部下「助けましたっけ」

司令「知らぬうちに自分の行動が誰かを助けていることもある」

部下「だれの言葉ですっけ」

司令「…君の事だ」

部下「忘れてました」

部下「よく忘れるんですよ、発言が刹那的ですから」

司令「その癖は無くした方がいいな、誤解を生む」

部下「今まで十分生んできましたし」

司令「ならなおさら…いやいいか」

部下「はい?」

司令「今更治らないだろう、人間なんてそんなものだよ」

部下「身に染みて存じています」

司令「私も、十分に知っている」

部下「司令」

司令「うん」

部下「私が助けたといいましたけど、なぜ」

司令「大したことじゃない」

部下「はい」

司令「なんだか…このまま目覚めない気がして」

部下「司令」

司令「おかしな話だと思わないか、戦場では色々とやらかした私がこうして…」

部下「…そうですね」

司令「変わったな」

部下「私も、あなたも」

司令「変わり果てたと言うべきだろうかね」

―――――

案の定、あれは私に対する通過儀礼の様子だった。

迷惑そうな顔を見せてしまった非礼を謝罪するとそれも彼女の想定内らしく、笑って許してくれた。

そういう私は見事に嵌ってしまったので腑に落ちない部分はあったが、それよりも安堵の気持ちの方が強かった。

まず第一に人当たりがよさそうだ。

初対面からして分かっていたが彼女は階級に関わらず分け隔てなく兵に話しかける。

それが基地内で一つの癒しとなっている様子もあり、士気の向上に大いにかかわっている様子だった。

第二に、有能だ。

私をいきなり基地に馴染ませたように彼女はその立ち回りや頭の回転の速さは目を見張るものがある。

若くしてあの地位に付くのも納得の能力、そして弁舌の巧みさ、本来なら中央の方に居てもおかしく無い人材だ。

そう彼女に言うと軽く謙遜した後「窮屈なの、あそこ」と舌を見せた。

そして第三に、美人だ。

すらっとした黒髪と、ほっそりしながらも整った体型をしている。

きっと男衆にはモテモテに違いないと思っているが案外アプローチはされてないようだ。

聞くと「司令は皆のものだから抜け駆けは駄目だな」と水面下で紳士協定が結ばれている様だった。

ちなみに女性にも人気らしい、人望によるものだろう。

総合すると、良い上司だ。最上の部類に入る。

どうしてこの人が曲者なのだろうと私はその時思っていたが、それを知るのはだいぶ後になる。

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