真美「レイニー・ナイト」 (35)
中3に進級したその日の夜。亜美と大喧嘩をした。
プリンを食べたとか食べないとか、そんな些細なこと。
激昂して、思わず家を飛び出してしまった。
夜の10時。叩きつけるような大雨で、気温は思い切り下がっていた。
なんとなく電車に乗る。2駅ほど過ぎた所で、ふと思い付いた。
真美「…………はるるん」
はるるんの家に行こう。
大学生になって、一人暮らしを始めたはるるんなら、家出少女の真美を、受け入れてくれるんじゃないか。
そんな甘い考えがあった。
千早お姉ちゃんやひびきんの家に行くことを考えつかなかったのは、
電車の進行方向が逆だから、だと思う。
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家には帰りたくなかった。今日、両親は夜勤だから帰ってこない。
あんな状態のまま、亜美と2人きりというのは憚られる。
駅に着いた。立ち上がって、電車を降りる。
静かで淋しげなメロディで、ドアが閉まって電車は走っていく。
真美「……パスモ、パスモ」
改札を抜けた。あまり馴染みのない駅だけれど、
ハンバーガー店の看板を見て少し安心する。
はるるん、いるだろうか。
迷惑だろう。こんな夜遅くに、家出少女が押しかけてくるのだから。
真美「んっ」
携帯が震えている。『着信』、『双海亜美』。
出る気にはなれなかった。
真美「亜美と今話したら、ケンカになっちゃうよ」
独り言が雨の中に消える。
駅から徒歩2分の、小規模なマンション。
ここに、はるるんは住んでいる。
前に亜美と、いおりんと3人で引越の手伝いをした。
ほんの2ヶ月前のことだ。
真美「…………オートロック、だよね」
玄関を見る。番号を入れて、インターホンを鳴らす仕組みのオートロック。
真美「何号室だっけ」
記憶をたどる。
3階の、角の部屋だったと思う。
真美「……301?」
ワンフロアに5部屋あるはずで、もしかしたら305号室という可能性もある。
……こんな夜遅くに、間違えるのはまた迷惑だろう。
真美「違ったら、ピザ屋ですって言おう」
ピザなんて頼んでないよ、と言われるだろうな、と思った。
3、0、1、呼出。
プルルルル、と呼出音が2回ほど鳴って、部屋の主の声が飛び出した。
『はい』
真美「…………はるるん、真美だよ」
はるるんだった。正解だ。
『真美? えっ? どうしたの?』
真美「実は……家出、しちゃってさ」
『……ははーん、亜美とケンカしたんだ』
真美「なっ……どーして分かるの?」
『まあとりあえず、入ってよ。待ってるから』
入口の自動ドアが開いた。
歩を進める。
エレベーターを使って、3階のボタンを押す。
真美「……8階もあったんだ、ここ」
6階ぐらいだと思っていた。
301号室のインターホンを押すと、ドアが開いた。
リボンをつけていないはるるんが出てくる。
春香「いらっしゃーい。……って、ずぶ濡れ!? 雨、降ってるの?」
真美「うん……傘、さしたんだけど」
春香「お風呂入りなよっ、風邪引いちゃうもん」
靴を脱いで、リビングへと通される。
真美「ありがと、突然押しかけてきたのに」
はるるんの部屋は、いかにも女の子らしい可愛い部屋だ。
引越の手伝いをした時に運んだテーブルやテレビが綺麗に並べられている。
春香「いいの、いいの。困ったときはお互い様だから。
あ、はい。これバスタオルね。髪を拭いたほうがいいんじゃない?」
真美「……ありがと」
髪をほどいて、タオルでわしゃわしゃと雑にふいた。
春香「コート、このハンガーにかけなよ」
真美「うん」
テレビは深夜バラエティを映している。
ゆきぴょんとあずさお姉ちゃんがトークをする、ゆるい人気番組。
真美「はるるん、この番組見てたんだ」
春香「うん。それを見ながら……大学の宿題をね」
真美「あー……ごめん、忙しかったよね」
春香「ううん! もう終わってたから、いいの。
それに、お風呂からあがってボーっとしてたところだし」
はるるんはもうパジャマに身を包んでいた。
よく見れば、髪の毛がしっとりと濡れている。
春香「真美」
真美「ん?」
春香「家出の理由は、やっぱり亜美とのケンカ?」
真美「……うん」
春香「なんでケンカしちゃったの?」
ソファに……はるるんの隣に座るように促された。
深く座る。はるるんに手を握られた。あったかい。
真美「……亜美に、プリンを食べられちゃってさ。
そんなどうでもいいケンカだったんだけど、ヒートアップしちゃって」
春香「ゴージャスセレブプリン?」
真美「うん。……それで、今日は両親がいなくて、亜美と2人きりなんだよね。
それを考えたら、ちょっとじっとしていられなくなって……家出」
春香「あぁ……」
真美「……ほんとにごめんね、はるるん。くだらない理由の家出で、
メーワクかけちゃって」
春香「真美を泊めることは、別にいつでも歓迎するよ。
でも……ちゃんと謝らなきゃいけないよね」
真美「うん……」
春香「亜美、心配してると思うよ。さっきから真美のケータイ、鳴りっぱなしだもん」
コートのポケットを見る。かすかに振動していた。
真美「……電話、しなきゃ」
春香「仲直り、仲直り。ふたりだから出来ることだって、いっぱいあるんだから。
ケンカしたままじゃ、もったいないよ」
はるるんが肩をポン、と押してくれた。
立ち上がって、携帯電話を取り出す。通話ボタン。
真美「もしもし、亜……」
『もしもしじゃないよっ!』
真美「亜美……」
『人がどれだけ心配したと思ってんのっ! 今何時よっ』
携帯を耳から離したくなるぐらいの大声だ。
真美「……ごめん」
『もう…………今、どこ?』
真美「…………はるるんの家」
『はるるんの家にまで行ったの?』
真美「……ごめん」
『もー……亜美も、勝手に食べちゃってごめんね。プリン』
真美「……別に、そんなの……気にしてないよ」
『明日、買ってくるから。2人分』
『もうすぐ終電、終わっちゃうけど……どうするの?』
真美「……泊まってく、つもり」
『……はるるんに変わってもらえる?』
真美「うん……」
はるるんに携帯を手渡す。
春香「ん? かわれって?」
真美「お願い」
春香「りょーかい。……あ、もしもし、亜美?」
『…………——るん————……』
春香「大丈夫、今日は責任持って、預かります」
かすかに亜美の声が聞こえる。何を話しているかまでは分からない。
春香「うん、分かった。それじゃあね」
はるるんが携帯電話の蓋を閉じて、真美に渡してきた。
真美「ありがと、はるるん」
春香「今日はお泊りだー♪」
真美「ひゃっ!」
はるるんが背中に抱きついて、お腹をさする。
春香「お風呂、わいてるから入ってきなよ」
真美「う、うん。じゃあ、もらおうかな……」
大学生になったはるるんからは、少し大人っぽい香りがした。
雨で濡れていて気持ち悪いシャツや下着を脱いで、お風呂場に入る。
シャワーで軽く身体にお湯をかけて、入浴した。
真美「ふぅ……」
思わず、息が漏れる。
双海家のバスタブとはまた違って、新鮮だ。
真美「…………?」
シャンプーの横に、見慣れない球体の機械がある。
壊さないようにそっと持って、なんとなく回してみた。
真美「スイッチ?」
POWER、と書かれたスイッチを、ぽちっと押してみた。
軽快な音楽が流れだす。
真美「…………これ、ジェミーじゃん」
真美の持ち歌、ジェミーのオフボーカル。
音楽を再生する機械らしい。それにしても、ジェミーが入っているなんて。
真美「こどもあつかいしないーでー♪」
別のボタンを押してみる。
曲が止まった。
今度は、夜が似合うバラード。
真美「あずさお姉ちゃんの曲だ……」
9:02pm。だっけ。実は、曲名を覚えたのはついこの間。
それまでは「夜のやつ」と亜美と覚えていた。
真美「はるるん、お風呂で歌ってるのかな」
765プロのみんなの曲のオフボーカルが入った、お風呂スピーカー。
だとしたら、はるるん、かわいいなぁ。
真美「……最近、歌も上手くなったし」
昔のはるるんは、あまり歌がうまくなかった。そんな印象がある。
ボイスレッスンでも、最後まで居残りをしていた。
一緒に居残りをしていた真美が言うのだから、間違いない。
真美「すごいなぁ」
努力家だ。
真美「…………真美は、努力しないもんなぁ」
竜宮小町でキラキラ輝いている亜美を、指をくわえて見ているだけだ。
亜美ほど活躍しているかと問われれば、複雑な表情しか出来ない。
真美「……真美も、買おうかな」
お風呂スピーカー。お風呂で歌を歌って、上達できるのなら。
……あー、でも亜美にバレたら、恥ずかしいな。
真美「…………」
……。
真美「のぼせた」
暑い。浴槽からあがって、シャワーでお湯を浴びる。
温度を下げて、水が出てくるように調節した。
真美「ちべたっ」
外の雨よりも冷たい水が、直接触れてくる。
結局、ぬるいお湯が出てくるように調節するまでに、1分かかった。
真美「でたよー」
春香「アイス、用意してあるよー」
真美「わーい」
春香「下着のサイズ、大丈夫だった?」
脱衣所には、はるるんのブラとパンツが綺麗にたたまれていた。
真美のは雨で濡れてしまっている。
ふと洗濯機を見ると、もう既に洗われていた。
真美「うん、ちょうどいい」
春香「ちょうどいい……そっか、2年間で真美はバストも……」
真美「82だよ?」
春香「私は変わってないよう……」
青のラインが入った、かわいいパジャマを着た。
春香「千早ちゃんのパジャマだから、ちょっとキツイかも」
真美「大丈夫だよー」
春香「そう? ……あ、これ。アイスね」
真美「わーい! 抹茶だ」
春香「抹茶アイス、お風呂上りは最高なんだよねぇ」
真美「いただきまーす……って、はるるんは?」
春香「私はさっき食べちゃったんだ。真美が来る前に」
真美「そっかぁ……。じゃあ、1口あげよう」
少しエッチなCMが、テレビの画面に映っている。
春香「はむっ……ん、あまい」
真美「えへへ」
春香「へへっ」
目があって、顔がにやけてしまう。
ニュース番組が始まった。
春香「…………」
真美「……もふ……もふ…………」
春香「…………」
はるるんが舟を漕いでいる。
目をこすって、テーブルの上の新聞を読んでいる。
真美「眠いの?」
春香「ちょっとね……」
真美「だったら、はるるん寝てもいいよ。真美ももうすぐ寝るからさ」
春香「うん……じゃあ、そこのソファで、寝かせて」
真美「ベッドは?」
春香「真美が使って……」
真美「いいよ、はるるんと一緒でも」
春香「へ……?」
アイスを食べ終わった。
はるるんの目が点になっている。
真美「はるるんの横で寝るんでも、真美はオッケーだよ」
春香「……」
真美「あっ、はるるんが嫌だよね。ごみんごみん」
何気ない提案だと思ったけど、疲れているはるるんにとっては、
横に真美がいるなんて疲れが取れないだろう。
春香「分かった。じゃあ、ベッド使うね。真美、私の横で寝ていいよ」
真美「いいの?」
春香「うん。寝る前のガールズトークは出来ないけど……」
真美「いいよいいよ、疲れてるだろうし」
はるるんは洗面所で、軽く口をゆすいでいるようだった。
その後洗濯物の脱水が終わっていることを見ると、ハンガーを持って洗濯物を干し始めた。
真美「手伝うよ?」
春香「いいよいいよ、すぐ終わるから」
お風呂場の上部にある銀色の棒は、物干し竿だったんだ。
そこに洗濯物をかけ、お風呂場の乾燥ボタンを押していた。
春香「それじゃあ、おやすみ」
真美「おやすみ」
アイスの容器をゴミ箱の中に入れて、洗面所に向かう。
ホテルにおいてあるような歯ブラシセットが準備されていた。
真美「まったくはるるんは……こっちから突然押しかけてきたのに、
おもてなししてくれるなんて、優しいにもホドがあるよ」
別のチャンネルの深夜バラエティをついつい見てしまって、
気がつけばもう日付が変わっていた。
テレビを消すと、はるるんの静かな寝息が聞こえた。
真美「……寝よ」
トイレを済ませ、リビングの電気を消した。
すぐ隣の寝室に置かれた大きいベッドに潜り込む。
春香「ふにゅ……真美?」
真美「ごめん、起こしちゃった?」
春香「ううん、大丈夫……」
毛布を真美の肩ぐらいまで持ってくる。
はるるんは再び、夢の世界へと旅立ってしまっていた。
真美「……はるるん」
春香「…………」
真美「今日は、ありがとね」
春香「…………」
真美「おかげで、亜美とも仲直りできたよ」
春香「…………」
はるるんの手を握った。その瞬間、規則的に聞こえていた寝息が途切れた。
……起きたか?
真美「真美ね、いますっごく幸せなんだ。アイドルやって、こうやって大切な仲間もいてさ」
春香「…………」
真美「本当に、今のこの瞬間って宝物、なんだと思う」
春香「…………」
真美「ありがとう、大好きだよ。はるるん」
春香「…………」
真美「…………おやすみ」
暗闇の中、はるるんのぬくもりを感じて目を閉じる。
目を閉じてしまえば、眠気は一瞬で真美を包み込んで。
春香「……私も、大好きだよ」
はるるんの優しい声を最後に、眠りの世界へとおちていった。
春香と真美のコンビ、もっと浸透しないかなぁ。
夜の優しい雰囲気が好きです。
前に書いた千早「ミッドナイト・バスタイム」も近いです。こちらも、お暇なときにお読みいただければ嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
>>34
素敵なイラスト、ありがとうございます。
とても素敵です。
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