妹「兄さんって呼ばせて下さい」(1000)
男「ええと……」
男性「こんなことになって、君には申し訳ないと思っている」
男「ちょっと待ってください。そ、それじゃ……」
男性「…………」
男「あいつがいなくなって、あの子は……」
男性「他に頼める人間がいないんだ、君以外には」
男「…………」
男性「やってくれるか?」
男「……分かりました」
男「僕が、彼女の兄になります」
──自宅
男「……もしもし、母さん?」
男「うん、うん」
男「そうなんだ。仕事がやっと決まった」
男「はは、やっぱり、母さんの言った通りだったね」
男「うん……あ、でも、それは……」
男「ごめんね、こっちが落ち着くまでは戻れそうもないんだ……」
男「……うん」
男「分かったよ、頑張る」
男「母さんも元気でね? また時間できたら、すぐに向かうから」
男「うん、じゃあ、バイバイ」
男「…………」
コンコン。
男「失礼しまーす」
ガラガラガラ……。
妹「……え?」
男「よっ! どう、元気にしてたか?」
妹「……す、すみません……ええと」
男「ん? どうかしたか?」
妹「その……わたし」
男「?」
妹「…………」
男「もしかして、俺のこと、覚えてない?」
妹「……すみません」
男「そうか……そうだなぁ」
妹「…………」
男「こういう場合、どう言っていいのか、分かんないな」
妹「はぁ……」
男「この際、しょうがない。単刀直入に言うね」
男「実は俺、君の兄なんだ」
妹「……え?」
男「覚えてない? 顔とか、声とか」
妹「……え、す、すみません」
男「……そうか、覚えてないかぁ」
妹「…………」
男「あっ、そんなに落ち込まないで」
妹「わたし……昔のこと、全然覚えてなくて」
男「…………」
妹「気がついたときには、このベットで横になってて」
男「うん」
妹「何にも分かんないです……どうなったのかも、自分のことも」
男「……うん」
妹「悪気があるわけじゃなくて」
妹「……いや、すみません。これは、ただの言い訳ですよね……」
男「いいんだ。気にしなくていいよ」
妹「……はい」
男「…………」
男「ちょっと疲れさしちゃったみたいだね」
男「……うん、日を改めて、また来るから」
──病室前
男「…………」
男性「どうだった?」
男「全く、気づいた様子ではないです」
男性「それは良かった」
男「でも、いいんですか?」
男性「何が?」
男「こんな偽るような真似して、後で問題になりませんか?」
男性「親の私がいいと言ってるんだ。その責任は、私が負う」
男「でも……」
男性「君が、そんなに難しく考えることはない」
男性「ただ、言われた通りにあの子の兄代わりをして欲しい」
男「…………」
男性「君も、あの子の手首を見ただろう?」
男「それは……」
男性「大惨事だったんだ」
男性「風呂場が血の海で、それを見た妻は失神してしまった」
男「…………」
男性「これ以上、もう誰も失いたくない。分かってくれるか?」
男「はい……」
男性「良かった。それに、これは君にも利がある話なんだ」
男性「だからくれぐれも、良心の呵責に耐えきれなくなって」
男性「あの子に打ち明けるなんてことは、ないようにしてくれ」
男「……分かりました」
男性「よし。なら、会社に行っていいぞ」
男「はい、社長」
──会社
ドサッ。
男「……え?」
上司「この仕事、明日までに終わらせておくように」
男「ちょ、ちょっと待ってください」
上司「ん?」
男「こんな量……ただでさえ、入ったばかりですし……」
上司「そんなの言い訳になるか?」
男「……いえ、失言でした」
上司「徹夜してでも終わらせろ。いいな?」
男「はい……」
上司「あ? なんだよ、その不服そうな返事は」
男「…………」
上司「フン、いいよなー?」
上司「こんな不景気でもコネがあるお坊ちゃん様はさー」
男「…………」
上司「中途採用のお前を入れるために、こっちは仲間を一人左遷してるんだ」
上司「加えて、新しく入った奴は即戦力にもならないと来てる」
上司「どれだけ皆の仕事が増えたと思ってるんだ?」
男「申し訳ない……です」
上司「そんなのデスクワークなんだから、さっさと済ませろ」
上司「慣れたらすぐに、外出てもらうからな?」
男「……はい」
上司「ほんと、上の奴は何考えてるか、分かんないわ」
上司「この糞忙しい時に、新卒より使えないボンクラ入れやがって……」
男「…………」
──自宅
男「……ただいまー」
男「…………」
男「はは、空しいな」
男「返事がないの分かってるのに、慣れでいつも言っちゃう……」
男「……ふぅー」
男「さて、明日の出勤まで、残り二時間」
男「……これじゃあ、眠れないなぁ……」
男「…………」
男「……俺が、兄……か」
男「…………」
男「なぁ、親友」
男「なんで、お前……死んじゃったんだ……?」
──病院
コンコン。
ガラガラ……。
妹「……あ」
男「うん、また来た」
妹「お、兄さん……?」
男「もしかして、思い出した?」
妹「いや、違うんです。ただ、前にそう言ってたから……」
男「あーそうか……ごめん」
妹「いえ……」
男「え、ええとさっ」
妹「は、はい」
男「……どう? 体の調子とか」
妹「体はもう回復してるみたいですけど……」
妹「お医者さんの話だと、まだ安静が必要だって」
男「そうか」
妹「呼び方は、『兄さん』……でいいですよね?」
男「あー……」
妹「えっと、前は違いました……?」
男「……そうだなぁー、昔は──『お兄ちゃん』だったなぁ」
妹「『お兄ちゃん』?」
男「うん、小さい頃からずっと、そう呼ばれてた」
男「自分で言うのもなんだけど、本当に仲の良い兄妹だったんだぞ?」
妹「そうだったんですか……すみません、思い出せなくて」
男「いいんだ、焦る必要なんてないから」
妹「はい……」
男「うん」
男「……『兄さん』……ね」
妹「…………」
妹「……あの、『お兄ちゃん』?」
男「ん?」
妹「仲が良かった昔の話……聞かせてもらえないですか?」
男「…………」
妹「それを聞いたら、わたし、もしかしたら……」
男「……そうだなー」
男「あれは、まだ俺が小学生で」
男「近所にいる仲のいい友達といつものように遊んでたんだ」
……………。
………。
男『おーい、こっちだ!』
親友『悪い悪い、遅くなって』
男『約束の時間から、もう一時間も経ってるぞ?』
親友『実はさ……その』
?『…………』
男『ん?』
親友『ええと、なんだろ、俺の妹?』
男『妹? お前に妹なんて、いたっけ?』
妹『うぅ……』
親友『すごく人見知りする奴でさ……ほら、挨拶しろって』
妹『そ、その……はじ、初めまして……』
男『う、うん……』
親友『遊びに行くっつったら、今日は「私もついてく」って言うんだ』
親友『だからさ……』
妹『……うぅ』
男『……別にいいよ』
親友『本当か? ごめん……ありがとう』
男『気にすんなって! よし!』
妹『……ん?』
男『今日から、お前は、俺の妹になるっ!』
妹『ふへぇ……?』
親友『は……?』
男『親友の妹なら、それこそ、俺の妹でもあるわけだろ?』
妹『お、お兄ちゃん……』
親友『いや、えっと……』
男『ん? 親友のことは『お兄ちゃん』って呼んでるのか』
妹『あ、うん……』
男『なら、俺のことは……』
男『──『兄さん』にしようっ!』
──社長室
男「……失礼します」
ガチャ。
男性「おー、来てくれたかっ」
男「はい……それで、ご用件は……」
男性「もちろん、あの子のことだよ」
男性「最近、余り時間が取れなくてな……病院に行けてないんだ」
男「そうですか……」
男性「どうだ? 彼女の様子は?」
男「日が経つにつれて、元気を取り戻してるように見えます」
男性「うん、うん。それは良かった」
男「はい……」
男性「……ん? 浮かない様子のようだな?」
男「え……」
男性「もしかして、会社内のことか?」
男性「確かに、無理やり入れこんだ感があるから」
男性「初めのうちは、君も苦労することだろう。しかし……」
男「……いや、そのことではなくて」
男性「ん?」
男「彼女のことです」
男性「私の娘の話か?」
男「はい」
男性「……どうした? 何が問題だ」
男「これは……いつまで続ければいいんでしょうか?」
男性「…………」
男「今はまだいいです。彼女が思い出さないうちは、まだ」
男性「けれど?」
男「僕には分からないんです。この仕事の、終わりが」
男性「終わり……か」
男「何をもって達成とするんですか?」
男「彼女が事実を一人で、受け止められるようになってから?」
男性「……それは、恐らくない」
男「…………」
男性「事実がばれたら、そこで全て終わりだよ」
男性「私はまた大事なものを失う。それだけは避けたい」
男「……だから、永遠に隠し通せと?」
男性「いいか。そう難しく考えることなんかじゃないんだ」
男「…………」
男性「君は死んだ私の息子の代わりをする」
男性「自責の念にかられている娘の兄となる」
男「……はい」
男性「幸いにも、生前の息子と私の関係は良好なものではなかった」
男性「会社の人間で、成人した彼の顔を知っているものはいない」
男性「それに……今、この会社には不穏な空気がたちこもっているからな」
男「……というと?」
男性「時期が来たら、また知らせる」
男性「どう転んでも、君には悪い話ではない。だから、心配するな」
男「……はい」
男性「あと、そうだな」
男性「そろそろ、機会を設けるから、私の妻にも会って欲しいな」
男「……分かりました」
男性「よし、話は以上だ。職務に戻って欲しい」
──病院
妹「……お兄ちゃん?」
男「あ、うん?」
妹「すごい思い詰める顔してましたよ?」
男「そうだったか……いや、最近、少し仕事で疲れててね」
妹「大丈夫ですか?」
男「はは、病人のお前に心配されるなんてな」
妹「ふふ、そうだ。お話でもしませんか?」
男「話?」
妹「そうそう、両親のこと聞かせてください」
男「ええと……」
妹「ん?」
男「それは、お前の父親と母親の話か?」
妹「もちろん、そうですけど……」
男「あっ、うんとな……」
男「父さんは……その、ちょっと強面の人だったろ?」
妹「あ……はい」
男「初めて見た時、どう思った?」
妹「その……正直な感想言っていいですか?」
男「うん。親父には内緒にしとくよ」
妹「……実は、結構、怖かったんです……」
男「はは」
妹「だから、その父に「明日、お前の兄が見舞いに来るぞ」って言われた時」
妹「どんな怖い男の人がくるのかと、心配でした」
男「ほほう、それで」
妹「でも、実際の兄はとっても優しそうな方で」
妹「だから初めて会った時、兄じゃない人だと思ってました」
男「……うん」
妹「……その……ええと」
男「ん?」
妹「もしかしたら、わたしのこ、恋人だったり……したらなーみたいな……」
男「『恋人』……か」
妹「いやっ、そのもちろん……違ったわけですけど……」
男「昔のお前には恋人はいたのかなぁ……」
妹「その辺、お兄ちゃんも知らないですか?」
男「プライベートについては、あまり話さなかったしなぁ」
妹「……私って、今」
男「うん、大学生」
妹「だったら、恋人の一人や二人くらい、いてもおかしくないですよね……」
男「二人いたら困るけど、まあ、そういう年頃だよな」
妹「もしかして……わたしって、ブスだったりします……?」
男「……は?」
妹「その……恋人みたいな人が来ることもないですし」
妹「今は、自分の顔を見ても、なんだか自分のじゃない気がして」
男「…………」
妹「お兄ちゃんから見て、わたしってどうですか?」
男「……ええと」
妹「正直に言ってください。気を使ったりは、絶対しないで」
男「…………」
男「……綺麗だよ。普通に」
妹「ほんとに?」
男「ああ、もしも、俺が兄じゃなかったら……」
男「お前を好きになってたかもしれないな」
……………。
………。
親友『おらー、当たれっ!』
妹『きゃっ!』
ビューン……。
親友『あっ、やちった』
男『おいおい、どこ投げてんだよ。草むらのほうに行っちゃったぞ?』
親友『くそぉ……なんで、お前、当たんないんだよ』
妹『お兄ちゃんこそ、本気で妹に当てにいくなんて、たち悪いよ……』
男『いいから、取ってこいって。多分、川までには行ってないと思うから』
親友『うー、めんどくせぇなぁ』
男『はやくっ』
親友『分かったよ……でも、今度こそ、お前に当ててやるからな!』
男『はいはい』
たたたたっ……。
男『やっと行ったな』
妹『だね』
男『しかし、こんな遊びに参加しなくてもいいんだぞ?』
妹『うーん……』
男『玉当たると、痛いぞ?』
妹『でも……外で見るだけじゃ、つまんないし』
男『いいんだよ、女の子はそれで』
男『学年も全然違うんだし、無理するなよ』
妹『……うぅ』
男『怪我したらどうすんだ。俺の母さんがいつも言ってるんだ』
妹『なんて?』
男『『女の子への傷は一生もんだから』ってさ』
妹『ええと……意味わかんないかも』
男『実は俺も分かってない』
妹『なにそれ、ふふっ』
男『ははっ』
妹『あっ、兄さん』
男『ん?』
妹『ここほら、血が出てる』
男『あーほんとだ……でも、これぐらいの傷……』
妹『駄目だよっ! ばい菌が入っちゃったらどうするのっ!』
男『えっでも、いつもはこんなの……』
妹『ほら、こっち来て』
男『お、おう……』
ガサガサ……。
妹『確かここに、キティーちゃんのバンドエイドがあったはず』
男『お、おい……?』
妹『うん、あった!』
男『やっ、やめろって、そんな女っぽいやつ』
妹『いいから、じっとしてて』
男『…………』
妹『消毒して……貼って……これで、よしっと』
男『……あ、ありがと』
妹『ううん、いつも兄さんには優しくしてもらってるし』
妹『それに……やっぱり、使う時に使わないとね』
男『?』
親友『おーいっ! ボール見つかったぞっ!』
妹『あっ、お兄ちゃん戻ってきた』
男『…………』
妹『ほら、兄さんっ! 行こっ!』
男『う、うん』
──会社
男「ふぅ……終わった」
上司「ん?」
がたっ。
上司「どうした? 俺はもう帰るぞ?」
男「頼まれていた仕事、とりあえず、全て終わりました」
上司「ほう……」
男「慣れるまで時間がかかってしまい、申し訳ないです」
男「いままでパソコンを使った作業をしてこなかったもので」
男「本当にご迷惑をおかけしました」
上司「……ふむ」
男「それで、追加のお仕事があれば早速……」
上司「いや」
男「え?」
上司「今日はもう帰りなさい。今まで毎日、残業だっただろ?」
男「ですが……」
上司「いいんだ。警備の人からも話は聞いてる」
男「ええと」
上司「毎日、夜遅くまで、時には明け方まで……本当に頑張ったな」
男「…………」
上司「初めは全てにおいて鈍臭いし、やることは不慣れだし」
上司「本当に困ったやつを部下にさせられたものだと憤慨した」
男「……申し訳ないです」
上司「だが、人一倍の根性は持ってるみたいだ」
男「え?」
上司「そういう奴は大成する」
上司「文句も言わずに、仕事を黙々とこなす奴を俺はもう貶さない」
男「……あの」
上司「四ヶ月、本当に大変だったな」
上司「明日からはもう新入りみたいな仕事はしなくていい」
男「…………」
上司「俺が進めている新規の顧客との会談に付いてこい」
上司「少なからず、得るものはあるはずだと思うぞ?」
男「……はいっ」
男「よろしくお願いしますっ!」
──自宅
男「……ふぅ……」
男「今日も一日が終わった……っと」
男「よし、母さんに電話しようか」
ピッ……ピピッ。
男「……もしもし」
男「あっ、うん。夜遅くごめんね」
男「もう時間過ぎてる? あーそうか、でも電話、大丈夫?」
男「うん……あ、うん」
男「いや、こっちの仕事がうまくいきそうなんだ」
男「ん……ははっ、やっぱり、声が違う?」
男「うん……頑張るよ」
男「みんなに認められるように……失敗はしちゃいけないよね」
男「うん、それは分かってる」
男「……そうだね」
男「俺も戻りたいんだけど……まだ、ちょっと難しそう」
男「うん……」
男「土日はいつも用事が入っててさ……」
男「もう少しすれば、こっちも落ち着けると思う」
男「うん……だから、その時にね」
男「ん、じゃあ、また」
ちょい飯の準備してくる。
──病院
妹「ちょっと質問してもいいですか?」
男「ん? なに?」
妹「お兄ちゃんは……お父さんの会社で働いてるんですよね?」
男「あ、うん」
妹「いつぐらいから?」
男「そうだな……ぶっちゃけの話でもいいか?」
妹「はい」
男「実は、今年に入ってからなんだ」
妹「ええと……じゃあ、その前は」
男「んと……まあ、フリーターみたいなことをしてた」
妹「じゃあ、どうしてまた急に?」
男「やっぱり、今のままじゃ駄目かなって」
男「長い目で、将来のことも考えて……でも、そうだな」
男「自分の限界を知ったというか、ある意味、逃げてきたのかもしれない」
男「うん……そんなところだ」
妹「その実は……」
男「ん?」
妹「昨日、初めてお母さんに会ったんです」
男「あ、うん」
妹「その、今までは記憶を失ってるわたしと会う覚悟がなくて」
妹「でも、勇気を振り絞って会いにきたって、そう正直に話してくれました」
男「……そうか」
妹「嬉しかったです」
妹「優しそうな方で、どことなく顔立ちも自分と似てて」
妹「本当にわたしはこの方の娘なんだなって……そう実感できました」
男「それは良かった」
妹「それで、その時にこれ……」
男「なんだろ? ええと……写真?」
妹「はい」
男「映ってるのはお前だな。大学の入学式か?」
妹「そうです。お兄ちゃんも覚えてます?」
男「……ああ」
妹「お母さんは、他にもいっぱい思い出の写真を持ってきてくれたんですけど」
妹「これだけは唯一、ちょっと違って」
男「どういうことだ?」
妹「……お兄ちゃんが」
男「俺が?」
妹「撮ってくれたんですよね」
男「…………」
妹「お母さんが言ってました」
妹「『お兄ちゃんは写真家を目指してた』って」
男「……それは」
妹「そう言った後、お母さんは……」
妹「少し、まずいこと言ってしまったような顔をしてました」
男「……そうか」
妹「目指してたんですよね、写真家」
男「うん」
妹「でも、どうしてやめちゃったんですか……?」
男「…………」
妹「すみません、人の傷口をえぐるみたいな真似をして」
妹「でも、その話を聞いた時に何か胸の奥で、ひっかかるものがあって」
妹「きっとそれは、自分の記憶を取り戻すきっかけになるんじゃないかなって」
妹「本当に、ごめんなさい……でも、無理なら」
男「……そうだな」
妹「お兄ちゃん?」
男「俺は小さい頃から、写真の魅力に取り付かれてた」
男「人の一瞬、物事の一瞬」
男「その場面で一番最高な瞬間を、写真という形で後世に残す」
男「そんな仕事をする写真家に、憧れていたんだ」
……………。
………。
親友『…………』
男『あーつまんねーな……』
親友『そういえば、もうすぐ小学生卒業だな』
男『うん、あっという間だった』
親友『中学生かー』
男『正直、心配だよな』
親友『何が?』
男『ほら、お前の妹』
親友『ああ……』
男『俺たちがいなくなっても、ちゃんとやってけるかな』
親友『大丈夫だろ? 見てくれはいい方だしさ』
男『どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら』
親友『はは、お前、そんなこと心配してんのか』
男『……ちょっとだけね』
親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』
男『どうする?』
親友『妹が必ず、俺たちに相談してくるはずだから』
男『つまり、その時に──』
男・親友『『そいつをボッコボッコにしてやろうっ!』』
男『ぷっ』
親友『くっ』
男・親友『『はははっ!』』
男『やっぱり、お前とは気が合うよっ』
親友『俺も今、同じこと考えてた』
男『このまま、二人で仲良くやっていければいいよな』
親友『それこそ、妹もいれて三人でな』
男『ああ……』
親友『なんだ? どうかしたか?』
男『いや、もしあいつが男の子だったらなって思ってさ』
親友『ああ、そしたらもっと楽しかっただろうな』
男『うん……余計なこと考えなくても済むし』
親友『……余計なこと?』
男『……察してくれ』
親友『まあ、もう少ししたら俺たちからは離れていくかもな』
男『四年違いか』
親友『そういうこと』
男『……で、さっきからお前、何見てんだ』
親友『これのこと?』
男『うん』
親友『いや、世界を旅してる写真家の本』
男『そんな本見て、楽しいか?』
親友『めっちゃ楽しい』
男『ふーん……それはよく分かんないわ、俺』
親友『すごいんだけどなぁ……』
──親友宅
女性「今日は、よく来てくださいました」
男「いえ、こちらこそ……」
男「本来なら、もっと早く、お伺いすべきでした」
女性「いいですよ。その辺の事情は聞いていますから」
男「申し訳ありません……」
女性「どうぞ、線香をあげていって下さい」
女性「きっと、あの子も」
女性「長いこと、あなたに会いたがっていたはずですから」
男「…………」
女性「久しぶりに親友同士が対面するんですね」
女性「きっと話したいこと、考えたいことがあると思いますので」
女性「私はリビングの方で待っております」
女性「全てが終わったら……そちらの方で、お話しましょうね」
男「ご配慮ありがとうございます」
女性「気を使わず、ゆっくりとなさっていって下さい」
女性「こうやって遺灰をまだお墓に入れないのも、あなたのためでしたので」
男「…………」
女性「では、また」
ガチャ……。
男「…………」
男「…………」
男「……っ」
男「……は、はは……」
男「久しぶりに会ったと思ったら……」
男「こんな小さな壷に入っちゃうって……」
男「……何してんだよ……お前」
男「どうしてこんなことに……なっちゃったんだよ……」
男「ああ……」
男「…………」
男「……昔のこと、お前は覚えてるか?」
男「確か、あれは俺たちが中学生だった頃」
男「漫画の巻頭グラビアにあるアイドルに俺が目を離せなくて」
男「そんで、お前にも共感して欲しくて見せたらさ」
男「いちいち、アイドルのポーズについての批判しまっくって」
男「そんなの誰も聞いてないって言うんだっ」
男「そんで、俺が言った」
男「『だったら、お前の言う最高のポーズはどれだよ』って」
男「そしたらお前、嬉しそうに鞄からどこぞの写真集持ち出してきてさ」
男「『このシーンはここが凄い』『このアングルはこの場面だから生きる』とかさ」
男「でも俺からすれば、その写真は全部、白黒だったから」
男「はっきり言って、微妙だったんだよ」
男「そしたら、そんな俺を見かねて、お前はこう言ったよな」
男「『なら、この本の中でお前が一番好きな写真はなんだ?』ってさ」
男「…………」
男「分かったよ、もちろん、分かってる」
男「本当、お前ってやつはさ……死んでもなお、厄介な奴だ……」
男「でも……今は無理なんだよ」
男「それよりも、大切なことがある」
男「お前なら、全て成し遂げろって言うと思うけど」
男「不器用な俺は、どうやったって器用にはできないんだ」
男「結局、何かを為すためには、何かを犠牲にしなきゃいけない」
男「だから、分かってくれ」
男「お前の気持ちは分かる……でも、それでも」
男「本当に……ごめんな……」
男「……要するに、俺は──」
男「敗者になっちまったんだよ……」
──病院
男「……結局、あいつの形見を渡されちゃったな」
男「カメラ……」
男「……まだこれ、使ってたのか……」
男「…………」
男「よし、切り替えないと」
男「ふー……」
コンコン。
ガラガラ……。
妹「あっ、お兄ちゃん」
男「よっ!」
妹「今日も、来てくれたんですね」
男「そりゃ、愛しの妹のためだからな」
妹「ふふ。今日は一段と機嫌がいいみたい」
妹「何か、良いことでもありました?」
男「そうだなぁ……」
男「……久しぶりに、大切な人に会えたかな」
妹「……大切な人、ですか」
男「深い意味はないよ。ただ、懐かしかったんだ」
妹「懐かしい?」
男「今まで、無駄に逃げ回ってたんだけど」
男「会ってみると意外と気楽に話ができた」
妹「……いいですね、そういうの」
男「もっと早く、それこそな……」
男「色々、話さなきゃいけないことがあったはずなんだ」
男「はは。俺は、やっぱり、どうしても駄目人間だよ」
妹「でも、お兄ちゃん」
男「ん?」
妹「これからがあるじゃないですか」
男「…………」
妹「やっと、その人と仲直りできたのなら」
妹「これからの関係を大切に。幾ら、過去を悔やんでも仕方ないんですから」
男「……ああ」
妹「今度、また会ったら、色々話し合ってくださいね」
妹「そうすれば、今までのわだかまりもきっと……」
妹「いつかは時が解決してくれるはずですから」
男「…………」
男「……そう、だな」
男「また会ってみるよ」
妹「はいっ」
男「それこそ、かなり時間がかかっちゃうかもしれないけど」
男「いつか、きっと。また、会える日が来るはずだからさ」
妹「……?」
男「気付かせてくれて、ありがとう」
妹「……あの」
男「ん?」
妹「わたし、もしかして、見当違いなこと言っちゃいました?」
男「そんなことないって」
妹「……でも」
男「それよりっ」
妹「え?」
男「ほら、これ」
妹「……あっ、カメラ?」
男「今から撮るぞ? 最高の表情してくれよ?」
妹「え、ええとっ、そんな急に……っ」
男「ハイチーズ」
妹「あっ……」
……………。
………。
パシャ!
男『なっ……』
妹『もう不意打ちやめてよ、お兄ちゃんっ!』
親友『はは、ごめんごめん』
男『ったく、このカメラ好きめ……』
親友『でも、我ながら、今のはいい感じに撮れた』
妹『ほんとに?』
親友『ああ。いつに増して、可愛く写ってる』
妹『ふふ、ならいいや』
男『そうやってすぐに甘やかすなよ。だから、調子に乗るんだぞ?』
妹『でも、兄さんとツーショットだったよ?』
男『いや……まあ、うん』
妹『あとで、焼き増し貰おうね』
男『……お、おう』
親友『はは、いつもお前は妹に弱いな』
男『うるさい。いいから、お前も宿題手伝え』
親友『だから、俺の答えを見せてやってるじゃん』
男『時間がないんだって。書き写し手伝ってくれよ』
親友『そこまでは面倒見切れないって。頑張れ』
男『……はぁー』
妹『兄さん』
男『……ん?』
妹『わたしは手伝ってるから、えらいよね』
男『ほんと、お前は兄と違って優しいやつだなぁ』
妹『いいのいいの。困ったときはお互い様』
親友『……ほー、お前もそんな言葉知るようになったのか』
妹『まあね』
男『四歳も年下には見えないな。えらいえらい』
妹『へへへ』
親友『…………』
親友『よし』
パシャッ!
男『あっ、お前っ!』
妹『あれ? 今、もしかして、お兄ちゃん撮った?』
男『フィルムをかせーっ!』
親友『やなこった!』
男『ま、まてっ! 逃げるなぁ!』
だだだだだっ……。
──親友宅
男性「わざわざ、来てもらってすまない」
男「いえ」
男性「今後について、改めて、話し合う必要が出てきた」
女性「…………」
男「それは……」
男性「母さん」
女性「実は、あの子の退院が昨日、決まったんです」
男「……退院ですか」
男性「もちろん、私は反対したよ」
男性「ずっと病院にいてくれたほうが、安心だからだ」
男性「……だが」
女性「それじゃあ、あの子が可哀想だと思いまして」
女性「私がこの人を説得したんです」
男「……その、記憶の方は?」
男性「まだ戻ってない」
男「……はい」
男性「だからこそ、形としては自宅療養となると思う」
男性「医者は前の環境に合わせたほうが、記憶の戻りの促進に繋がると言っている」
男性「いや……本当は、思い出してなど欲しくないのだがな」
女性「…………」
男性「私たちからすれば、今のままの彼女でいい」
男性「確かに、思い出を共有できないという悲しさはあるが」
男性「……あの子の命には替えられないからな」
男「じゃあ……大学は?」
女性「そのことなんですが、実は、学長さんに休学願いを提出しました」
男「そうですか……」
女性「記憶がないあの子からしたら、見る人会う人が初対面のはずですし」
女性「下手に仲良かった人たちと出会ったら、逆に混乱しちゃうと思うんです」
男「…………」
男性「……君が言いたいことは分かる」
男性「だが、私たちにはもう他に選択肢がない」
男「はい……」
男性「分かってくれ……親の私たちでさえ本当は辛いんだ」
女性「…………」
男「…………」
男性「……そこで、君に折り入って話がある」
男「……話?」
男性「いや、ここからが今日の本題だと言ってもいい」
男「……どういった話でしょうか?」
女性「その前にまずは謝らせて下さい」
男「謝るって……」
女性「あなた」
男性「ああ……」
男性「子供たちと昔からの付き合いだった君に」
女性「死んだ息子の代わりになってくれ、なんて残酷な真似をしてしまい」
男性「本当に、申し訳ないことをした……」
女性「この通り、申し訳ありません」
男「そ、そんなっ、いいから、顔を上げて下さいっ」
男性「にもかからずっ」
男「……えっ?」
ダンッ!
男「……立ち上がって、一体、何を……」
女性「……ごめんなさい」
男「……あ……」
ドン……ドン……。
男「…………」
男「……あ」
男「ああ」
男性「…………」
女性「…………」
男「──僕に土下座なんてやめて下さいっ!」
男性「頼むっ! この通りだっ!」
男「いいからっ、早く立って……」
男性「あの子が退院しても、彼女の兄を演じ続けてくれ!」
男性「この家に住んで、この家で、あの子を支えてやってくれっ!」
女性「一生のお願いです……っ」
男「……そんなこと、言われなくても……っ」
男「……って」
男「……あれ?」
男性「……いいのか?」
男「え?」
男性「文字通り、始めたら最後……」
男性「君は息子の代わりをするだけじゃなくなるぞ」
男「……それは……」
男性「端から見れば、君は私たちの息子となる」
男「……俺が……?」
男「……息子……」
………。
……………。
親友『なあ、知ってるか?』
男『ん?』
親友『世の中には、「弱肉強食」って言葉があるだろ?』
男『ええと、弱いものは強いものに食われるってことだっけ?』
親友『そうそう、もっと具体的に言うとさ』
親友『この社会は弱い奴の犠牲によって栄えてるってこと』
男『……う、ん』
親友『お前はそれ、どう思う?』
男『つまり、強者と敗者がいるってことだよな』
親友『そうそう。んで、敗者は要は社会の犠牲者みたいな感じかな』
男『……んーなんだろうな』
親友『結局、勝者ってのは、自分の思い通りになんでも出来る訳』
親友『でも、みんなが思い通りに行動をしてたら、社会が回らなくなる』
男『それは俺でも分かるよ』
親友『じゃあ、我慢してるのは?』
男『敗者?』
親友『そういうこと』
男『……うわぁ……大人になりたくねぇな……』
親友『もし仮にさ、将来、俺たちが勝者じゃなくて敗者になっちまった時』
親友『どうすれば、そこから抜け出せられると思う?』
男『いや、もう無理なんじゃない?』
男『貧乏くじ引いてる時点で、もう泥沼じゃん』
親友『うん……そう普通は思うよな』
親友『でも俺、気づいちゃったんだよ』
男『何を?』
親友『とっておきの、抜け出し方法』
男『……え?』
親友『実は、すごい簡単な事なんだ。なんで、みんな知らないのってぐらい』
男『教えてくれよっ』
親友『仕方ないなぁ。本当は誰にも言いたくないんだけどな』
親友『……お前だけは特別だ』
男『さすがっ!』
親友『方法は簡単さ。よく聞いとけよ?』
親友『それは──』
……………。
………。
男性「……断るのなら、この瞬間にして欲しい」
男性「始めてしまったから、辞めたいと言われても困るんだ」
男「…………」
男性「前に君は私に聞いた。『終わりはいつですか』と」
男性「分かるだろ? 終わりがあるとしたら、今だ」
男「……はい」
男性「……終わりにしてくれてもいい」
男性「だが、今のあの子は、君をこの世界で一番頼りにしている」
男性「本当の兄じゃないと疑うことも知らずに、信じきっている」
男「…………」
男性「実の兄が、自分のせいで死んでしまい」
男性「ついには自責と後悔の念に耐えきれず」
男性「自分が自殺未遂を謀ったということも知らない」
男「……っ」
男性「残念ながら、彼女に必要なのは私たちじゃないんだ」
男性「私たちが代わりをやれるなら、何を捨ててでも成し遂げる」
男性「けれど、現実は不条理だな」
男性「あの子が、この世界で、唯一必要としているもの……」
男性「皮肉にも、それは君なんだ」
男「……それは」
男性「止めてくれても、一向に構わないぞ」
男性「けれど、君には捨てられるのか?」
男性「あの子を……──見殺しに出来るか?」
男「…………」
──病院
パーンっ!
妹「きゃっ」
男「退院おめでとうっ!」
妹「お兄ちゃん……もう、びっくりしました……」
男「はは、それは良かった」
妹「もう、病院でクラッカーなんて迷惑ですよ?」
男「妹の新たな門出なんだ。せめて盛大にと思ってな」
妹「めっ、ですよ」
男「なんだそれ」
妹「あれ、わたし、なんか変なこと言いました……?」
男「言っただろ。『めっ』て」
男「俺をやんちゃな子供だと思って、言ったのか?」
妹「いや、その……なんか、不意に」
妹「ていうか、そもそも、お兄ちゃんが悪いんですから」
妹「もっとすまなさそうにしないと、駄目です」
男「まあ、確かにそうだな」
妹「ニヤニヤしないっ!」
男「無意識なんだから、許して」
妹「だーめーですー」
男「ならこの顔は?」
妹「どことなく小馬鹿にされてるみたいです」
男「……んー、ならこれ」
妹「……今度は、イヤらしいですね」
男「なら……んっ、よしこれでイケメンになったろ?」
妹「……はぁ」
妹「今日はいつになく、テンション高いですね」
妹「でも、そんなことしてると、彼女さんに嫌われますよ?」
男「そう思うだろ?」
妹「……えっ」
男「こう見えてもな、俺の学生時代はなー」
妹「は、はい」
男「…………」
男「やっぱり、モテなかった」
妹「……ですよね」
男「同意しないでくれない? ちょっと悲しいよ?」
妹「そう言われても……」
男「しかし、最近のお前って、毒舌じゃないか?」
男「ほんと、初めのしおらしい子が嘘のようだ」
妹「それはわたしが言いたいです」
男「なんで?」
妹「お兄ちゃんも、前はもっと丁寧なしゃべり方でした」
男「そうか?」
妹「覚えてないんですか? 例えば……」
妹「『いいんだ。気にしなくていいよ』」
妹「『ちょっと疲れさしちゃったみたいだね』」
妹「『……うん、日を改めて、また来るから』」
男「……確かに」
妹「少女漫画に出てくる好青年みたいでした」
男「いいんだ。今の方が本来の俺に近いし」
妹「ちょっとげんなりですね」
男「それより……そろそろ、家に向かうか」
妹「あっ、はい」
男「病院の横に車を止めてあるんだ。急ごう」
あぁ……無理だぽ。
新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内
新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内
――車内
男「そうだ、少し言い忘れたことがあった」
妹「何ですか?」
男「ほら、父さんと母さんの二人、今日、病院に来なかっただろ?」
妹「……あ、はい」
男「ちゃんとした理由があるんだ。話してもいいか?」
妹「別に……特に何とも思ってませんよ」
男「いや、聞いてくれ。二人とも本当は来たがっていたんだけど」
妹「…………」
男「親父は取引先との急な仕事が入って、休日出勤」
男「お袋は、親戚の方が突然倒れたっていうんで、急いで病院に行ったんだ」
妹「……そうですか」
男「二人とも悪気があったわけじゃない」
男「お前の病院に行こうとするのを、俺が何とか食い止めて」
男「だからさ、今日は俺だけだったけど、許してくれよ?」
妹「……ふふ」
男「へ?」
妹「もうそんな必死にならなくてもいいですよ」
妹「今日、お兄ちゃんが異様にテンションが高い理由も分かりましたから」
妹「本当は、わたしに気を遣ってくれたんですよね?」
男「……いや、それはだな……」
妹「それに、思うんです」
男「ん?」
妹「逆に、お兄ちゃんだけでよかったなって」
男「…………」
妹「もし二人がいたら、なんだか、緊張してしまって」
妹「気まずい空気が流れてたかもしれません」
男「……そんなこと」
妹「本当は、もっと自然に振る舞えればいいんですけど」
妹「やっぱり、親と子の関係って、そう簡単にはいきませんね」
男「なら、兄妹は?」
妹「『友達』……みたいな感じかな?」
男「…………」
妹「どうかしました?」
男「いや、気にしなくていい」
男「それより、もうそろそろ、家に着くぞ」
妹「は、はい」
男「緊張してる?」
妹「……ええと」
男「…………」
妹「…………」
男「……不安か?」
妹「え……?」
男「知っているはずの家に戻るはずなのに」
男「何の感慨も覚えない自分が怖い?」
妹「……それは」
男「大丈夫、焦る必要はないから」
男「仮に今後、過去を思い出さなかったとしても」
男「あの二人はきっとお前を温かく迎えてくれるはずだ」
妹「…………」
男「もちろん、俺も含めてね」
妹「……うん」
男「よし、なら安心だな」
妹「お兄ちゃん……ありがと」
男「はは、感謝されて嫌な奴はいないよなぁ」
妹「……ふふ」
男「……さて」
キキッ……。
男「我が家への到着です」
妹「……うん」
男「ちょっと待ってろ。エスコートする」
妹「え?」
バンッ……トコトコ……。
……ガチャ。
男「さて、どうぞ」
妹「……意外と紳士なんですね」
男「だろ?」
妹「ふふっ」
男「ほら見ろよ。豪華な周りの家々に引けを取らないぐらい」
男「我が家も、捨てたもんじゃないだろ?」
妹「……うん」
男「早速、入ろうか?」
妹「ちょっと待って」
妹「もしかしたら……何か……」
男「……ん」
妹「……いや」
妹「だめ……みたいですね」
男「無理するなよ?」
妹「……分かってはいるんですけど、やっぱり……」
男「家にも思い出の品は一杯あるからさ」
妹「うん……」
男「開けるぞ?」
ガチャリ……。
妹「…………」
妹「……え?」
パンッ、パーンッ!
男性・女性「「退院おめでとうーっ!!」」
妹「う、うそ……だっ、だって……」
男「はははっ」
妹「まさか……」
男「簡単な騙しのテクニックだよ」
男「一度、小さなサプライズをやって、油断させる」
男「そして、そこから……」
妹「お、お兄ちゃんっ」
男「どうだ? 最高だったろ?」
妹「もうっ! 本当にびっくりしたんだから……」
男「お叱りは後で聞くよ、今は……」
妹「あっ……」
女性「本当におめでとう……こっちに来て頂戴」
妹「は、はい」
ギュッ……。
妹「お、お母さん?」
女性「…………」
妹「あの……」
男性「お前が、どんなことになろうとも」
男性「決して、私たちの絆が切れることはない」
妹「…………」
男性「安心しろ」
男性「ここが、お前の居場所だから」
男性「家族四人で乗り切ろうな……」
妹「……っ」
妹「……は、はい……」
男「…………」
──リビング
女性「さーて、準備は整ったかしら」
男性「おー、今日はいつに増して豪華な夕飯だなっ」
女性「お祝いの日だからね。かなり奮発しました」
男「確かに、これはご馳走だなぁ」
妹「食べきれるかなぁ……」
男「なんだ? みんなの分も全部、食うつもりか?」
妹「は……?」
男「こりゃまた、凄い食欲だな」
妹「ち、違いますっ!」
男性「確かに、昔から食いっぷりは良かった」
妹「お、お父さんまで!」
男「はは、やっぱりそうじゃん」
妹「お兄ちゃんっ!」
女性「そろそろ、可愛い妹弄りはその辺にしときなさい」
女性「ほら、温かいうちに食べましょ?」
女性「お父さん、いつものお願いしますね」
男性「分かった」
男性「じゃあ、みんな、手を合わせて」
男「よし」
妹「は、はい」
男性「頂きます」
男・妹「「いただきまーすっ」」
……………。
男「いやぁ……食った食った……」
妹「もう何も食べられないです……」
女性「ありがとうね。綺麗に完食してくれて」
男性「ふぅー、やっぱり母さんの作る飯はうまいな」
男性「さて……食後の一服を」
女性「お父さん、煙草はベランダで吸って下さい」
男性「まあ、そう堅い事は言わずにな」
男性「どうだ、お前も吸うか?」
男「……ええと、止めとくよ」
女性「あら? いつ頃から吸うの止め……」
男性「母さん」
女性「……あっ」
妹「?」
女性「で、でも、いい傾向ですよ」
女性「やっぱり、このご時世、煙草を吸う男性はだめよね?」
妹「え? いや、どうでしょうか……」
男「最近は、嫌いな人多いからね」
男「父さんも早くやめないと、秘書の人たちに嫌われるよ?」
男性「今更止めたところで、好感度は上がらないさ」
男「はは、そりゃそうか」
妹「あの、昔は、お兄ちゃんも吸ってたんですか?」
男「……うん、そこそこね」
妹「へー意外」
男「そうか?」
妹「なんか、そういうの吸う感じの人には見えないですね」
女性「顔が童顔だからね」
妹「ふふ、分かります。少し、男らしさには欠けてるかも」
男「止めてくれよ、気にしてるんだから」
妹「今日の意地悪のお返しですよーだっ」
男「根に持つ奴だなぁ……」
男性「…………」
男性「……本当に仲がいいな」
女性「そうですね」
妹「え?」
女性「こんなこと言うと、あなたは傷つくかもしれないけど」
女性「記憶を失ったとは、到底、思えないぐらい」
妹「そ、そう見えますか……?」
男「…………」
男性「……ああ」
男性「かつての頃のままだ……」
男性「何もかも……」
女性「…………」
妹「……ええと」
男「…………」
男「……つまり、だ」
妹「え?」
男「俺たち兄妹には、次元を超えた見えない絆があるわけさっ」
ぎゅっ。
妹「ちょ、ちょっと兄さんっ!?」
男「過去なんて関係ないぞーっ」
男「昔から大好きだー、妹よっ!」
妹「抱きつくの、止めてっ。禁止ーっ!」
男「はは、顔真っ赤にしてやんの」
妹「はぁー……はぁー……」
妹「もう急になんてことするんですか……心臓に悪いです……」
男「心の準備が必要だったか?」
妹「そうです。これから、抱きつく時には事前に言って下さいよ」
男「いや、兄妹で抱きつくシーンなんてそうそうないから」
妹「あっ……そうでした」
男「でも、お前が良いっていうなら──」
妹「へ?」
ぎゅうっ!
男「何度だって抱きしめてやるぞーっ!」
妹「ちょっ、心臓がっ! 事前にっ! 約束違うーっ!」
──親友の部屋
男「…………」
男「……今日は、疲れたな」
バタン……。
男「はー……」
男「いいのかな……」
男「……本当にこれで間違ってないんだろうか……」
男「…………」
男「……ええと、カメラはどこに……」
男「ん、あった」
男「……よし、これで」
男「…………」
男「……なあ、親友」
男「もしかしたら、俺は、最低なことをしてるのかもしれない」
男「アイツを騙して、お前に成り代わって」
男「……うん」
男「やっぱり、俺は最低だよ」
男「…………」
男「……お前の両親に頼まれた時な」
男「正直、本当は困った」
男「だって、ずっと前から、早くこの関係が終わればいいと思ってたから」
男「他人だったお前を演じるのは、難しいし」
男「それに……お前との友情を踏みにじってる気がするから」
男「なぁ……?」
男「お前……怒ってないか?」
男「本来なら、この日常は、決して俺のもの何かじゃない」
男「お前は死んじまったけど、俺が成り代わっていいものじゃないはずだ」
男「結局、俺はさ……」
男「土下座して頼み込んだ二人の願いを渋々聞いてやって」
男「妹のためだから、見殺しにはできないから、なんて理由つけて」
男「そんな体裁を守れないと、踏み出せないちっぽけな人間なんだ……」
男「……多分、お前は言うと思う……」
男「『やるなら、やりきれ』『迷うな』って」
男「……でも、俺は」
男「こうしている間も、この行動の善悪を決めかねてる」
男「ぐだぐだと、正解のない問いを悩み続けてる」
男「……そのくせ」
男「俺が、とうの昔に失った……」
男「家族っていう幸せの形を、楽しんでる……」
男「……どうだ? 最低だろ?」
男「……なあ、親友」
男「……頼むからさ……」
男「返事してくれよ……」
男「……俺を……罵ってくれよ……」
男「…………」
男「……はぁ」
男「…………」
男「ん?」
ピピピピッ……。
男「……え? 電話?」
男「ええと……このタイミング……」
男「いや、違う。そんなことある訳がない……」
男「……母さんだ」
男「そういえば、最近電話してなかったからなぁ……」
ピピピピピッ……。
男「…………」
男「…………」
ピピピピピピッ……。
男「…………」
ピピッ……ピッ……。
男「…………」
…………。
男「……ふぅ……」
男「…………」
男「……出れるわけ、ないよな……」
……………。
………。
男『…………』
男『……すぅ……すぅ……』
──■■□ッ!
男『……ん?』
男『あれ……今、なんか音がしたような……』
男『……一階?』
男『…………』
男『まだ父さんと母さん、起きてるのかな……?』
ガバッ……。
男『……行ってみよう』
トコトコ……ガチャ。
……………。
トコトコトコ……。
男『…………』
男『……ん?』
男『…………』
男『……あっ』
?『一体、こ……から……のよっ!』
?『まだ家の……も、あなたっ……分……てるの!?』
男「これは……』
男『……母さんの声……?』
男『もしかして……』
父親『うるせぇっ! 言われなくてもそんなこと分かってる!』
母親『だったらどうして!?』
父親『仕方ねぇだろ、クビになっちまったんだからさっ』
母親『いい加減にしてよっ! また酔って帰ってきたと思ったら』
母親『急に、会社を辞めさせられたじゃ、こっちも納得できないわっ!』
父親『何を聞きたいんだっ』
母親『辞めさせられた理由よっ!』
父親『……それは』
母親『いいから言って! あなた、一体、何したっていうのっ!?』
父親『……った』
母親『聞こえないわっ。もっと大きな声で言って!』
父親『あーもうっ! 殴ったんだよっ!』
母親『……殴った? だ、誰を?』
父親『前から言ってた、いけ好かない上司だよ……』
母親『……どこで』
父親『昼間、会社の中でだ』
母親『……そ、そんな……』
父親『腹が立ったんだ。いつも俺に雑用ばっかり押し付けて』
父親『その割に、何かあると責任は俺にあるとほざく』
母親『…………』
父親『それでも、俺は我慢した方だ』
父親『けど、結局、こうなる運命だったんだよ』
母親『……ああ……』
母親『…………』
父親『ふんっ……』
母親『…………』
母親『……ねぇ』
父親『あっ? まだ、文句あんのか?』
母親『……もしかして、あなた』
父親『何だよ』
母親『そのときも、酔ってたんじゃないでしょうね?』
父親『…………』
母親『質問に答えて』
父親『……だからさ』
母親『アルコール中毒のあなただけど』
母親『会社に酒を持ち込んでたりしないわよね?』
父親『…………』
母親『……なんで、黙ってるの?』
母親『何か、言ってよ』
父親『……それは……』
母親『なに?』
父親『……つい、な……』
母親『……なっ……』
父親『…………』
母親『最低よっ! あなたは本当に人間の屑っ!』
父親『……そこまで──』
ガシャーンっ!
父親『いてっ……』
母親『こんな時ぐらい、酒を飲むのはやめなさいっ!』
父親『な、なにすんだっ!』
母親『毎日、帰ってくるのは深夜をとうに回って』
母親『時には、女の香水つけた背広で機嫌良く帰ってくる』
母親『暇さえあれば、酒は飲むわ、煙草は吸うわ』
母親『あなたは夫としても、父親としても、失格よっ!』
父親『……っ』
ガタンッ……。
母親『な、何をっ……』
母親『こんな時ぐらい、酒を飲むのはやめなさいっ!』
父親『な、なにすんだっ!』
母親『毎日、帰ってくるのは深夜をとうに回って』
母親『時には、女の香水つけた背広で機嫌良く帰ってくる』
母親『暇さえあれば、酒は飲むわ、煙草は吸うわ』
母親『あなたは夫としても、父親としても、失格よっ!』
父親『……っ』
ガタンッ……。
母親『な、何をっ……』
バチッ!
母親『きゃっ……』
父親『言いたいことを言わせておけばっ!』
父親『くそっ! なんで、お前に、そこまで言われなきゃいけない!』
母親『……叩いたわね……』
父親『あっ?』
母親『……もう嫌……もう、いやよ……』
母親『これ以上は耐えられない……』
父親『何だと?』
母親『……私と、別れて下さい』
父親『……あ?』
母親『お願いですから……もう、別れて下さい』
父親『なっ……』
父親『こ、この……糞女が……』
母親『……お願いです……』
父親『うるせぇっ!』
バンッ!
母親『……うっ』
父親『別れないぞっ! 絶対に別れてやるもんかっ!』
バゴッ!
母親『……くふっ……』
父親『お前だけいい思いをするなんて、そんなこと……』
たたたたたっ!
父親『あ……』
男『やめてっ!』
ガバッ……。
母親『……男……?』
男『もう母さんに乱暴するなっ!』
父親『ち、違うんだ……』
男『殴るなら俺を殴れっ。それで気が済むなら、我慢するからっ!』
父親『……あ、ああ……』
男『母さん……母さん……』
母親『……う……うぅ……』
男『もう大丈夫だから……大丈夫だからさ』
母親『……うぅ……ああ……うあああ……』
男『うん……僕が、母さんを守るよ……』
父親『…………』
父親『……俺は』
父親『な、なんてことを……』
父親『………ああ』
父親『…………』
父親『……手が震える』
父親『……駄目だ……』
父親『……もう……』
父親『俺は……』
父親『…………』
……………。
………。
男「…………」
……ン……ン。
男「…………」
コンコンっ!
男「あっ……」
……ガチャ。
妹「……お兄ちゃん?」
男「な、何だ……?」
妹「結構、扉をノックしたんですよ」
男「あ、ああ……気づかなかったみたいだ……」
妹「その、大丈夫……?」
男「……何がだ?」
妹「顔、真っ青です……」
男「……え」
妹「体調が悪いなら、また明日にしますよ?」
男「いや、いいんだ……」
妹「で、でも……」
男「ほら、入って入って」
妹「……お兄ちゃんがそう言うなら」
男「よし」
男「でも……ちょっとだけ、時間くれ」
妹「はい……」
男「…………」
妹「…………」
男「……ふぅー……」
妹「お兄ちゃん……?」
男「いや、少し嫌な記憶を思い出してな」
妹「嫌な記憶?」
男「まぁ、なんていうか……」
男「思い出したくない過去って、誰にも一つや二つあるだろ?」
妹「……その」
男「ん?」
妹「わたしは昔のこと覚えてないので……」
男「……あっ、ごめん……」
妹「いや、いいんです」
男「くそっ……何やってんだ俺」
妹「余り気にしないで下さいね?」
男「本当に悪い……まだ頭がうまく切り替わってないみたいだ」
妹「……あの──」
妹「聞いてもいいですか?」
男「ん? 今、思い出した過去をか?」
妹「そうじゃなくて……その」
男「うん」
妹「昔の記憶があるって、どんな感じなんですか?」
男「……それは」
妹「やっぱり、唐突にぱっと思い浮かんだりするんですか?」
男「……たまにだけどね」
妹「それは楽しかった記憶も?」
男「もちろんだ……というより」
男「嫌な記憶を思い出すなんてことはめったにない」
妹「でも、時にはある……」
男「……稀にだけど」
妹「そういう時、お兄ちゃんはどうしてます?」
男「どうするっていうのは?」
妹「辛くて苦しくて、とっても悲しいような、嫌な思い出が沸き起こった時」
妹「お兄ちゃんは、それをどうやって対処してるんですか?」
男「……そうだな」
妹「…………」
男「受け入れる」
妹「『受け入れる』?」
男「……どう足掻いたって、過去は変えられない」
妹「……はい」
男「どんなにやるせなくて、なんとかしたくても」
男「過ぎてしまった日々は、もうやり直すことは出来ないんだ」
妹「…………」
男「だから、受け入れる」
男「前へと進む」
妹「……ん」
男「そうしないといけない」
男「いや、そうするしか方法がない」
妹「……そうですか」
男「俺もさ、昔やったヘマを今でも思い出す」
男「何で、あの時、ああしてなかったんだろうって」
男「悔しくて、でも、どうしようもなくて」
妹「…………」
男「苦しいし、もがき続けてしまうこともあるよ」
男「でも、それに意味はないんだ」
妹「本当に?」
男「うん」
男「後悔をし続けても、その先には何もない」
男「終わり無き道が永遠と続いているだけなんだ」
妹「…………」
男「だからこそ、時には振り返ってしまうかもしれないけど」
男「ひたすらに、必死に、前へと足を進める」
男「結局、それが一番なんだ」
妹「……凄いですね」
男「……そう思うか?」
妹「はい、凄く強いと思います」
男「……強くなんかないよ」
妹「でも、そうやって過去を乗り越えられるって」
妹「そう容易くできない気がするんです」
男「……俺は、ただ」
男「『今』に必死なんだと思う」
妹「……今……」
男「だから、後ろを振り返る余裕がないだけなんだ」
男「強くなんかないし、凄いわけでもない」
男「ただ、がむしゃらに生きてるだけ」
妹「……それでも」
妹「わたしは、お兄ちゃんを立派だと思いますよ」
男「…………」
妹「いつか、わたしも」
男「……ん?」
妹「これから、仮に記憶が戻ったとしても」
妹「そうやって、前へと進むような強い意志があるといいです」
男「…………」
妹「わたしが記憶を失った理由。自らで、自分の命を断とうと思った訳」
妹「お兄ちゃんは事情を知っていると思いますが」
妹「それを、わたしは何ひとつ知りません」
男「……うん」
妹「相当、辛い過去なんだと思います」
妹「だからこそ、今のような自分になったんだと思います」
男「……それは」
妹「お兄ちゃんのような、強い意志」
妹「躊躇わず、今を生きようとするその覚悟」
男「…………」
妹「わたしに、その時が来ても」
妹「どうか、授かっていますように」
男「……妹」
妹「もし、それでも──」
妹「わたし一人じゃ、どうにもならない程のものだったとしたら」
妹「お兄ちゃん……」
男「……ああ」
妹「わたしの側にいて……」
妹「一緒に、背負ってくれますか? 助けてくれますか?」
男「…………」
男「……もちろん」
男「──そのつもりだよ」
……………。
………。
男『今度こそ、負けないからなっ』
親友『倒せるもんなら倒してみろよ』
男『ちっ、いい気になりやがって』
親友『そりゃ、今まで全勝だから、いい気分ではあるね』
男『くそっ……絶対に倒してやる』
妹『頑張れーっ!』
親友『……おい』
妹『もぐもぐ……ん? わたし?』
親友『菓子食ってばかりいる、そこのお前だよ』
妹『なによ、お兄ちゃん』
親友『そうだ、お前は俺の妹だろ?』
妹『だから?』
親友『応援するのは、俺にしろって』
妹『んー……』
妹『やっぱ、兄さんを応援する』
親友『なっ……』
男『残念だったな。この子は優しい『兄さん』がいいみたいだ』
なでなで。
妹『ふふっ』
親友『ちっ……今に見てろよ』
男『はは、燃えてきたじゃねぇかっ』
……………。
男『よっしゃーっ!』
妹『やったね! 兄さんっ!』
親友『……まぐれだ……絶対、まぐれだ……』
男『うおおおっ! 勝利の雄叫びっ!』
妹『ひゃあほおおおっ!』
ぎゅっ。
男『この可愛いやつめっ!』
妹『うわっ、に、兄さん……』
男『あ……ご、ごめん』
妹『……え、ええと』
男『その……感極まってさ……本当に悪い……』
妹『い、いや、別に……』
親友『…………』
親友『おーい、そこのお二人さん』
男・妹『は、はいっ!?』
親友『キリもいいし、そろそろゲームを止めよう』
男『ん? いいのか、俺の勝ちで終わりで』
親友『ふんっ、たかが一勝で何言ってんだよ』
男『……まあ、そうりゃそうだけど』
妹『良かったね、兄さん。勝ち逃げだよ』
男『お、おう』
親友『そんなことより──』
親友『じゃーん、これはなんでしょう?』
男『ん? ビデオ?』
妹『あっ!』
親友『実は、こないだ借りてきた映画があるんだ』
妹『……それは……』
男『?』
親友『他の奴は全部二人で見たんだが』
親友『この一本だけは、未だに見る事ができない』
妹『お兄ちゃん……やめようよ……』
男『どういうことだ?』
親友『見てみろ』
男『……ん……』
男『……ホラー映画か?』
親友『正解』
妹『……うぅ……』
男『ああ、だから嫌がってたわけか』
親友『そこで、今日こそは、これを見ようと思う』
妹『お兄ちゃん……やめようよ……』
親友『何だよ、お前、約束しただろ?』
親友『『兄さんも入れて、三人なら見る』ってさ』
妹『言ったけど……』
男『…………』
親友『てなわけで、鑑賞タイムだ』
親友『部屋も暗くして、雰囲気も出そう』
……………。
──ぎゃあああああああっ!
妹『きゃああああああっ!』
ぎゅっ!
男『……あっ……』
妹『やだやだっ! もういやっ!』
親友『うわぁ……想像以上にグロいな……』
妹『兄さん兄さんっ』
男『……な、なんだよ』
妹『もう……怖いシーン終わった?』
親友『終わったぞ』
──うぎゃあああああああっ!
妹『嘘つきっ!』
親友『はははっ、騙されるほうが悪いんだぞ』
妹『もうやだよぉ……やめようよぉ……』
ぎゅっ!!
男『……お、おう』
親友『本当に、妹は怖い系、苦手だよなぁ』
親友『あー、部屋からカメラもってくれば良かった』
親友『今なら妹のベストショット撮れたのになぁ』
男『おい、タチが悪いぞ』
妹『そうだよ、お兄ちゃんっ!』
親友『分かってるって。撮らないからさ』
妹『……兄さん、終わった?』
男『……うん、大丈夫』
妹『はぁ……やっと見れるよ……』
男『…………』
妹『ねぇ、兄さん』
男『ん?』
妹『終わるまで、手握っててもいい?』
男『……え』
妹『だ、駄目かな?』
男『……い、いいよ』
妹『ありがと、兄さん』
男『…………』
しえん
──会社
男「……あの」
上司「ああ、来てくれたか」
男「その、何か、ミスでもしましたでしょうか?」
上司「いや……お前は、ここ最近、よくやってくれている」
男「そうですか……でも、何の用件で?」
上司「聞いたぞ」
男「……は?」
上司「なぜ、もっと早く言わなかった」
男「すみません……その何の話か……」
上司「なかなか、隙を見せない奴だな」
上司「……いや、流石といったところか」
男「……はい?」
上司「お前、社長の息子なんだろ?」
男「……え」
上司「さきほど呼び出されたよ」
上司「『いままで黙っていたが、実は……』とな」
男「社長からですか……?」
上司「ああ、全く気がつかなかった」
男「……その」
上司「別に隠していたことを怒っている訳じゃない」
上司「ただ、そんな重大なことに気づけなかった自分を恥じると同時に」
上司「驕りや高慢な態度をとらないお前を凄いなと思ってな」
男「……いや」
上司「正直に言おうか」
上司「ただただ、感心したよ。降参だ」
男「……いや、そんなことは全くありません」
上司「それだっ!」
男「へ?」
上司「その低姿勢が君の魅力なんだ」
上司「身分が判明したというのに」
上司「まだ続けようとする、根っからの素直さ」
男「…………」
上司「今まで、なぜかと疑問に思っていたんだが」
上司「やっとしっくりとくる理由が分かった」
男「……疑問ですか?」
上司「ほら、そのだな、初めのうちは君に厳しく当たっただろ?」
男「いえ、それは僕に必要なことでした」
上司「君はそう言ってくれるが、やはり私怨がなかったとは言い切れない」
上司「かわいがっていた部下が飛ばされて、確かに、君へ当たった」
男「そんなことは──」
上司「いや、そこは謝らせて欲しい。申し訳なかった」
男「そんな、頭を上げて下さい……」
上司「けれどだ。君をいつの間にか、慕っている自分に気がついた」
上司「初めは無能な部下……いや、これまた、すまん」
上司「その、新入りを俺が鍛えてやろうという気持ちだと思っていたんだが」
上司「無駄に、私の仕事に連れて行きたくなり」
上司「多少のミスも何故だか、自然と許せるようになっていた」
男「……そうだったんですか?」
上司「それが、君の魅力だよ」
上司「上の身分の者が醸し出す、独特な高圧感が君にはない」
男「……はぁ」
上司「本当に、今まで、その才能を持っていたというのに」
上司「どこで胡座をかいていたというんだ」
男「……その」
上司「……まあ、そんなことはどうでもいい」
上司「ただ、少しだけ忠告をしておこうと思ってな」
男「忠告ですか?」
上司「というより、だてに長く生きていない年配者の知恵というか、だな」
上司「それを君に授けたい」
男「あ、ありがとうございます……?」
上司「どうせ私は後数年経ったら、定年の身分だ」
上司「出世が遅くてね。もうこれ以上、上にはいけないだろう」
男「いや、そんなことは……」
上司「でも、君は違う」
男「…………」
上司「創業者である社長の息子だ」
上司「今しばらくは下っ端で経験させているだろうが」
上司「もう少し経てば、自ずと上の役に就くだろう」
男「……それは」
上司「今ではもう若くない社長も」
上司「ゆくゆくは、会社を息子に継がせたいと思っているはずだ」
上司「君が今後、幾ら無能だったとしても」
上司「自然と重役となり、ひいては、社の長となるだろう」
男「…………」
上司「だが、それでは、部下はついてこないぞ?」
上司「馬鹿な上司だと思われて、身内は敵ばかりとなる」
男「……はい」
上司「だからこそ、今の君の魅力を将来にも生かすんだ」
上司「加えて、実績も出せば、誰一人文句を言わないはずだ」
上司「例えそれが、コネでのし上がった若者であっても、な」
男「……あ」
上司「分かっただろ?」
上司「少しでも私の想いが伝わればいいと思っている」
上司「しかし、本当に、君は恵まれているな」
男「……そうでしょうか?」
上司「何を言ってるんだ。もっと親に感謝しなさい」
男「親に……」
上司「君をこの世界に誕生させ、ここまで育ててくれたんだ」
上司「その魅力ある性格も加えてだ」
男「……そう、ですね」
上司「ああ」
男「そうだ……」
男「……そうだよ……」
上司「ん?」
男「今の自分がいるのは……親のおかげ……」
男「だからこそ、俺は……」
上司「お、おい、どうした?」
男「なんで、こんな大事なこと……」
男「……でも」
男「どうすればいい……?」
男「俺は……一体……」
男「…………」
男「やっぱり……駄目だ」
男「……この世界からは、もう抜け出せない……」
男「母さん……」
男「……ごめんね……」
──車内
妹「わたしに、月に一度の検査って、なんか不思議ですよね」
男「どうしてだ?」
妹「だって、病院に行ったところで、記憶が戻るわけないじゃないですか」
男「それはそうだが……」
妹「家に戻ってから数ヶ月」
妹「けれど、一向に過去を思い出す気配もないんですから」
男「……それでも」
男「やっぱり、お医者さんに見てもらうのは大事だよ」
妹「……分かってはいるんですが」
妹「どうも駄目ですね。最近、ネガティブな思考ばっかりです」
男「…………」
妹「お兄ちゃんはなんでだと思いますか?」
男「ん?」
妹「わたしの記憶が未だに戻らない理由」
男「それは……」
妹「お兄ちゃんが、どう考えているのか、聞きたいです」
男「……いや、俺は専門家じゃないから分からないよ」
妹「お願いします」
男「…………」
妹「…………」
男「……はぁ」
男「こんなことは言いたくないんだが……」
男「昔の生活をなぞっているのに、過去を思い出せないってことは」
男「それが今の日々に必要ないってことなんじゃないか」
妹「……必要ない?」
男「もしかしたら、記憶があること自体、問題なのかもしれない」
男「思い出すことによって、今に支障をきたすからこそ」
男「身体が無意識のうちにそうさせているんだと思う」
妹「……自殺未遂するほどですからね」
男「もう、やめよう……」
男「これが建設的な会話だとは、俺には思えない」
妹「でも、お兄ちゃんの意見はすごく参考になりました」
妹「何となく、わたしもそんな気がします」
男「…………」
妹「最近、わたし、思うんです」
男「……さっきの話の続きか?」
妹「はい」
男「なら、今は聞きたくないな」
男「病院に着いて、検査を受け終わってからにしよう」
妹「……これで最後にします」
男「……ふぅ」
男「分かったよ……」
妹「……ありがとう」
男「…………」
妹「その、わたしが記憶が戻らないのには多分大きな訳があるんです」
男「……どうして、そう思う?」
妹「調べたんですが、大抵の記憶喪失はすぐに治るみたいです」
妹「それは今までの生活をなぞったりすれば、次第に気づくから」
男「……ああ、だから、今もそうしてるだろ?」
妹「本当ですか?」
男「どういうことだ……?」
妹「なにか、欠けてるんじゃないんですか?」
男「……は?」
妹「実のところ、わたしも全く思い出せないという訳じゃないんです」
男「……そ、それは本当に?」
妹「はい。誰にも言いませんでしたけど、事実です」
男「いや、待てっ。それは、かなり重要なことなんじゃないか?」
妹「でも、結果的に駄目なんですから意味はないですよ」
男「それでも……」
妹「問題は、思い出そうとする瞬間」
妹「何かが、わたしの記憶が蘇るのを遮ることです」
男「……遮る?」
妹「それが何なのか、前までは分からなかったんですけど」
妹「最近、違和感が」
男「……なんだ?」
妹「昔通りと言っている生活に、何か、不自然さを感じるんです」
男「……それは」
男「昔のように、大学に行ってなかったりするからだろ?」
妹「そんな些細なことじゃなくて、もっと根本的な……」
妹「前提をひっくり返すような、そんな感覚です」
男「…………」
妹「お兄ちゃんは、見当つかないですか?」
男「……いや」
男「俺には、分からないよ」
妹「……そうですか」
男「すまん……」
妹「いや、お兄ちゃんがそう言ってるなら、わたしの勘違いなんでしょうね……」
妹「でも……何かが、おかしいんですよ……」
男「…………」
男「……少し、焦りが出てきてるみたいだな」
妹「え?」
男「過去を取り戻せない自分に、憤りを感じているんだろ?」
妹「…………」
男「よし、そうだ。今度、時間を作って、どこか──」
妹「『前に進みたい』」
男「……え?」
妹「わたしも、前に進みたいんです」
男「…………」
妹「今のままじゃなくて、わたしもお兄ちゃんみたいに」
妹「辛い過去を乗り切って、今を生きたい」
男「……それは……」
妹「ねぇ、お兄ちゃん」
男「……ん?」
妹「最近、見るからにお兄ちゃん、疲れてますよ?」
男「俺が?」
妹「顔も窶れてるし、最近はふざけるのも少なくなりました」
男「は、はは……それは、構って欲しいのか?」
妹「はぐらかさないで」
男「…………」
妹「一体、どうしたんですか?」
男「……別に、なんでもないよ」
妹「仕事のこと?」
男「…………」
妹「それとも、人間関係がうまくいってない?」
男「…………」
妹「或いは……」
妹「わたしのことで……」
男「――違う」
妹「それは、本当に断言できますか……?」
男「違う、お前のことじゃない」
妹「……でも、なら」
男「…………」
男「あまり、人には話したくはないことだ」
妹「…………」
男「でも、強いて言うなら……」
男「自分自身の存在意義に、疑問を感じてる……ってとこだ」
……………。
………。
担任『よし、配り終わったな』
担任『では、志望先を記入しておいてくれよ』
担任『書き終わったら、委員長に渡すか』
担任『それが嫌なら、職員室の私のところまで自分で持ってくるように』
キーンコーンカーンコーン。
担任『……チャイムが鳴ったな』
担任『くれぐれも、適当に書くことはないように』
担任『分かったな?』
担任『では、また明日』
……………。
男『んー』
親友『どうした? もう書けたか?』
男『今のところ、普通に進学するつもりなんだけど』
男『どこの高校にしようかなって思ってさ』
親友『何だよ、俺と一緒じゃないのか?』
男『だって、お前、頭いいだろ? 俺は入れそうもないよ』
親友『何言ってんだ。今まで通り二人三脚で助けるぞ?』
男『それはありがたいが……』
男『いつまでも、お前の足を引っ張ってばかりじゃなあ……』
親友『そんなこと言わず、これからも仲良くやろうぜ』
親友『俺はお前と同じ高校いけるなら、少しぐらい苦労構わないさ』
男『……本当か?』
親友『もちろん』
男『申し訳ないな……いつも、迷惑かけて』
親友『いいよ、気にすんな』
男『はは、持つべきものはやっぱり友だ』
親友『だなっ』
男『そうだ、この後どうする?』
親友『ん? どっか遊びにでも行くか?』
男『隣街のゲーセン行ってみないか? 新型色々入ってるらしいぞ』
親友『ただ、今月厳しいからなぁ』
男『それだと、無理そうだな……』
親友『……そうだ』
男『ん?』
親友『久しぶりに俺ん家来ないか?』
男『……お前ん家?』
親友『ああ、そこなら金もかからないし』
親友『古いゲームしかないけど、昔みたいに盛り上がろうぜ』
男『あ、うん……』
親友『それにさ……』
親友『妹のやつも、最近、お前と会ってないし』
親友『この前、『兄さんはもう家来ないの……?』って、半泣きだったぞ?』
男『……いや』
親友『どうしたんだ? 何が問題だ?』
男『別に、何かあるってわけじゃないんだが……』
親友『なら、いいだろ?』
男『……気乗りしない』
親友『…………』
男『やっぱり、今日はやめとこう』
男『俺も、家でやることあるしな』
親友『……なぁ』
男『ん?』
親友『お前、避けてるだろ?』
男『……何の話だ』
親友『しらばっくれるなよ。こっちは分かってんだぞ?』
男『聞きたくないな、その話は』
トコトコトコ……。
親友『お、おいっ』
男『じゃあな、また明日』
親友『…………』
親友『……何でなんだよ』
親友「何で……』
親友『…………』
ここから少し長めに時間を貰いまふ。
次以降は一気に投下したいんで、申し訳ない。
──リビング
男性「ふぅ、今日も疲れた」
女性「いつもご苦労様です。仕事の方は順調?」
男性「ああ、今のところはな」
女性「そう、それは良かったですね」
男性「ふむ。で、どうだ。最近、お前の方は」
男「…………」
男性「……ん?」
男「…………」
妹「……お兄ちゃん」
ゆさゆさ……。
男「あっ……な、なに?」
男性「いや、最近どうだと聞こうと思ったんだが……」
男性「どうした? 疲れてるのか?」
男「いや、大丈夫だよ。ちょっと……考え事を、ね」
女性「……ご飯もまだ全然食べてない」
女性「もしかして、口に合わなかったかしら?」
男「……違うんだ。いつも通り、おいしいから安心して」
妹「…………」
男「もぐもぐ……うん、やっぱり、母さんは料理上手だな」
男性「はは、そりゃそうだ」
男性「私が何度も何度も、アタックしたというのに」
男性「そうそう首を縦に振らなかったからなあ」
女性「だって、あの頃のあなたは、今みたいにお金なかったじゃないですか」
女性「やはり、家庭を築くなら、少ないよりあったほうがいいですし」
男性「でも、結局は、貧乏な私と結婚してくれたんだぞ?」
女性「あまりにもしつこいから、仕方なしです」
男性「はは、そりゃ困ったなぁ」
妹「仲いいんですね」
男性「ん?」
妹「両親が二人とも仲いいって、見てて幸せになります」
女性「そ、そう?」
妹「はい。ねっ、お兄ちゃん」
男「…………」
妹「……お兄ちゃん?」
男「……聞いてるよ。いいなぁ、仲良くて」
妹「う、うん……」
男「妹がそう言う訳も分かるよ」
男「家庭の幸せってこういうものなんだなって、つくづく実感する」
女性「あら、お父さん。息子が嬉しいこと言ってくれますね」
男性「……あ、ああ……」
男「もし仮に、ここに不幸な家庭しか見てこなかった子供がいたとしたら」
男「羨ましく……いや、妬ましく思う程、幸せな光景だよね」
女性「……え?」
男性「……ちょっと、席を外すぞ」
ガタン……。
男「大丈夫だよ、お父さん。僕は、正気だから」
男性「本当か? やれるのか?」
男「心配しないで。これでも、人一倍の親思いなんですから」
男「今までの人生をかけてきた、実績もありますよ」
男性「…………」
妹「……え、ちょっと、どういう……」
男「いいから、お父さん、座って下さい」
女性「あ、ええと……」
男性「……駄目だな……こっちに来──」
男「どうしたんですか? 何か、問題でも?」
男性「自分でも分からないのか?」
男「何がです?」
男「……これはもう無理だな」
女性「…………」
男性「すまんな……気づけなかった私が悪い」
男「ちょっと待って下さい。みんなも、何か変だと思いますか?」
男性「……………」
女性「……え、えっと」
妹「お、お兄ちゃん……」
男「どうしたんだよ、妹」
男「そんな、異常者を見るような目つきで……もう困るなぁ」
妹「……うぅ」
男「お父さん、いい加減にして下さい」
男「冗談だと言っても、からかわれ続けるのはいい気分がしません」
男性「……………」
妹「……く、口調」
男「ん?」
妹「お、お兄ちゃん……喋り方が……」
男「なに? 喋り方?」
妹「……お父さんに、敬語使ってますよ……?」
男「は、はは……そんなことない──」
男「です、よね……お父さん?」
男性「…………」
男「……っ」
男「ごめん、席を外す」
ガタン……。
男性「すまん、仕事で疲れていたみたいだ」
男性「会社での会話が、こっちまで入りこんでしまったんだろう」
男性「気にせず、食事を続けてくれ。なっ?」
女性「は、はい……」
妹「……お兄ちゃん……」
妹「……一体……」
──親友の部屋
男「……くそっ!」
男「なんて失態だっ! 何をやってるっ!」
男「馬鹿なことを一人で考えてるから……」
男「……こんな些細なミスを置かすんだっ!」
男「……くっ……」
バタッ!
男「……何が、何が不満なんだ……?」
男「いや……」
男「……俺は、一体、何を恐れてる?」
男「…………」
男「……あ……」
男「カメラ……」
男「……あいつの、大好きだった写真撮影」
男「でも……」
男「別に……好きじゃない……」
男「……親友……」
男「ああ……」
男「俺は……」
男「──一体、誰、なんだ……?」
男「…………」
男「……は、はは……」
男「なんてことだ……」
男「……そんな、自分を見失うなんて……」
男「……親友を演じる事で……自分が分からなくなるなんて……」
男「……はは、はははっ」
男「……うぅ」
男「なんて……滑稽なんだ……」
男「……幸せな家庭」
男「違う、違うっ」
男「俺の家には……そんなものはなかった……」
男「……なら、今は?」
男「今は……」
男「…………」
男「分からない……」
男「駄目だ……自分が自分でないようで」
男「頭がおかしくなりそうだ……」
男「……助けてくれ」
男「おい、親友……」
男「……近くにいるなら、狂った俺を助けてくれよ」
男「もう、俺は……」
男「壊れかけているみたいんだ……」
男「…………」
男「…………」
男「……母さん」
男「母さんしか、いない……」
男「今の俺を……正気に戻してくれるのは……」
男「……俺の、たった一人の母さんしかっ──」
……ピピピピピッ!
男「……へ?」
男「か、母さん……?」
……ガバッ!
男「…………」
男「……違う」
男「……何だ? 知らない番号?」
……………。
………。
親友『少し話がある』
男『なんだよ、朝っぱらから』
親友『……重要な話だ。来てくれ』
男『ここじゃ、出来ない話なのか?』
親友『ああ……ここじゃ無理だ』
男『……分かったよ』
男『お前に付いて行けばいいんだろ?』
親友『助かるな……』
男『いいさ、まだ朝礼までには時間がある』
親友『ああ、それまでには終わらせるよ』
男『…………』
……………。
男『……さて』
親友『…………』
男『まさか、屋上が開いてるなんてな』
男『確かに、内密な話をするには絶好の場所だが……』
男『お前、このためだけに錠を壊しただなんて言うなよ?』
親友『……だったらどうする?』
男『……え?』
親友『話をしよう』
男『ちょっと待てって』
男『本当にお前が……』
親友『今は、そんなことどうだっていいさ』
男『……でも』
親友『お前に、聞きたいことがあるんだ』
男『……何だよ』
親友『俺の……妹のことだ』
男『…………』
親友『こないだは、うまく逃げられたからな』
男『今日だって、走って逃げるかもしれないぞ?』
親友『残念だったな。扉に近いのは俺の方だ』
親友『そこまで話したくないっていうなら』
親友『俺を殴り倒していけよ』
男『……そんなことするわけないじゃないか』
親友『そうか? よっぽど、話したくないことだと俺は考えてるけどな』
男『…………』
親友『どうして、あいつを避ける』
男『……避けてないさ』
親友『分かりきった嘘をつくなよ』
男『嘘じゃない。ただ、巡り合わせが悪いだけだ』
親友『違うな。あまりにも、不自然さが臭う』
男『……お前がそう思ってるだけだろ?』
親友『待て。そう、過剰に反発しないでくれ』
親友『ただ、俺は理由を聞いてるだけだ』
男『別に……怒ってないさ……』
親友『そうか? 俺には凄く、感情的に見えるが』
男『いいから、早く聞けよ』
親友『だから、避けている理由を聞いてるんだ』
親友『はぐらかしたら、また同じ質問を繰り返すからな?』
男『……ちっ』
男『……簡単だよ』
親友『ん?』
男『もう、幼い女の子と遊ぶ気になれないんだよ』
男『ああ……そういうことだ』
親友『……あんなにアイツに優しかったお前がか?』
男『人は変わるよ』
親友『……違うな』
男『違わない』
親友『いいか、小さい頃からの友達だった俺に嘘をつくな』
男『……別に嘘なんて……』
親友『なら、はっきりと言ってやろうか?』
男『……何を』
親友『お前が、妹を避けるようになった理由だよ』
男『なっ……』
親友『俺が分からないとでも、思ったか?』
親友『そうだったとしたら、お前は、相当な大バカ者だ』
男『……くっ』
親友『いいか、お前は……』
男『や、やめろっ!』
親友『妹のことが好──』
男『……ッ』
バゴッ!!
親友『……くっ』
男『それ以上、言うなっ』
男『分かっていても、言うんじゃないっ!』
親友『……何でだよ……何が問題……なんだ?』
男『いいから、止めろ』
男『頼むから、やめてくれよ……』
親友『……お前……』
男『……っ』
たったったった……。
親友『…………』
──書斎
ドンドンドンッ!!
男性「……な」
ガチャ……。
男「…………」
男性「……君か……」
男「…………」
男性「ど、どうした? まだ、気分が悪いのか?」
男性「もしそうなら、数日間、仕事を休んでも──」
男「……終わら、せましょう……」
男性「……は?」
男「……もう、こんな芝居」
男「……やめてしまいましょうよ……」
男性「ま、まて……」
男性「……君には言ったはずだと思うが」
男性「今のあの子には、君という兄が必要で……」
男性「それに、途中でやめる事は……」
男「……昔」
男性「……ん?」
男「……酒を飲んでは溺れて」
男「暇さえあれば、煙草を吸っているような男がいましてね……」
男性「……な、何の話だ?」
男「ヘビースモーカーっていうんですか……?」
男「僕は煙草を吸わない事にしてるんで、よく分かりませんが」
男「そんな骨の髄まで腐り切った、駄目人間がいたわけですよ……」
男性「……男君」
男性「もしかしたら、私が思っている以上に、君は……」
男「でも、父親だったんです……」
男性「……え?」
男「そんな駄目人間でしたけど、間違いなく、僕の父でした」
男「……愛すべき、家族だったんです」
男性「…………」
男「でも、そんな男ですから、家庭に幸せは訪れなくて……」
男「気がついた時には、遅かったんです……」
男「……既に、何もかも歯車が狂い始めていて……」
男「不思議に思いませんでしたか……?」
男性「……何を?」
男「どうして、僕が……この街に再びやってきたのか……」
男性「それは、知らない……」
男「実はですね……」
男「……仕事のあてを探しにきたんです」
男「それも、ある程度、お金になる仕事をね……」
男性「……どういうことだ?」
男「最後に頼むのは、親友っていうでしょ?」
男「だから、何年も訪れていないこの街に……」
男「……かつての友人を頼ってきたわけです……」
男性「…………」
男「そしたらびっくり……まさか、ソイツが死んじまってて……」
男「……妹は、記憶喪失……」
男「……は、ははっ……」
男「笑っちゃいますよね……どんなタイミングだよって……」
男性「……っ」
男「でも、あなたは僕に提案した」
男「……『息子の代わりをしてくれ』と」
男「『妹の兄になってくれ』と」
男「この際だから、はっきり言いますね……」
男「……そんな大役、僕に務まるわけないんです」
男「一人でさえ精一杯になのに……どうして、そんな余裕が?」
男性「……けれど、君は承諾したぞ」
男「……その通りです」
男「……だって、仕事が貰えたから」
男「かなりの金が入る仕事が、得られたから……」
男性「いったい……どういう……」
男「僕にはいるんですよ、お金が」
男「……それも少しじゃなくて、大量に」
男性「……何のために?」
男「……手術費用です……」
男性「手術費用……?」
男「……父の話はしましたよね?」
男「ヘビースモーカーの、煙草吸ってばかりの父がいたって話」
男「それが、最悪なことに、母の病気を生みまして……」
男「医者の話によると、副流煙は非常に身体に悪いそうです……」
男「……で、それを大量に吸っていた母は……」
男「──肺ガンになった」
男性「……そうだった、のか……」
男「まあ、月々の医療費ぐらいならなんとかなったんですが」
男「……有名どころの先生に手術を頼むとなると、相当かかるらしくて……」
男「でも、母さんの残された命は僅かで……」
男「……たった一人の守るべき家族なんです」
男「かつて、僕は誓いました……けど、その母を救うことができない……」
男「……そんな時に舞い込んできた、不幸の中の幸運だったからこそ」
男「かつての……友人、妹のためになるという頼みだったから」
男「今まで、精一杯、頑張れた……」
男「……自分には不可能だと思える事も、やり通せた」
男性「……なら、これからも……」
男「でも、もう意味ないんです……」
男性「……どうしてだ?」
男「……さきほど電話がかかってきました」
男「母が……」
男「──死んだそうです」
男性「…………」
男性「……なっ……」
男「もう……僕には無理ですよ……」
男「こんな……自分の生きる方向性を見失った人間に……」
男「守ると約束した人を救えない、裏切り者に……」
男「……親友を演じて、その妹を救うなんて……」
男「そんな、大役……無理なんです……」
男性「…………」
男「そもそも、これからの人生……」
男「一体、どうしていいのか……」
男「……でも、まずは」
男性「帰るのか?」
男性「母親のいる故郷の病院に帰るんだな?」
男「…………」
男「……はいっ」
男「……ごめん……なさい……」
男性「…………」
──路上
ザーザーザーッ……。
男「……雨、か……」
男「日中はあんなに晴れてたのになぁ……」
男「……ここから、何時間かかるんだっけ……」
男「ええと……」
男「まあいいや……」
男「とりあえず、車に乗らないと……」
男「…………」
男「『時間がかかってもいいから、落ち着いたら戻ってきて欲しい』か……」
男「は、はは……」
男「こんな自分を、まだ必要としてくれてるんだな……」
男「…………」
男「母さんに会いに……行こう」
男「…………」
──『お兄ちゃんっ……』
男「……え?」
男「嘘だろ……だって……」
妹「!!」
男「……あっ……」
男「あいつの部屋は……そうか、道路沿いか……」
男「……やっぱり、一言ぐらいかけたほうが……」
男「…………」
男「……おーい、聞こえるかっ!」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
妹「?」
男「……だめ、か……」
男「そうだよな……」
男「雨降ってるもんな……これじゃあ、向こうに届かない……」
妹「…………」
男「…………」
男「……なぁ」
男「本当のことを言うとな」
男「実は、俺……」
男「……お前の兄じゃないんだよ……」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
男「昔、別れも言わずに消えた……ただの知り合いなんだ」
男「お前にとってみれば、冷たくされた相手かもしれないな……」
男「この前に、約束したよな」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
男「……そばにいるって」
男「助けてやるって」
男「でも……ごめん」
男「……もう、俺には出来そうもないんだ……」
男「今のおれじゃ……お前に勘づかれちまう……」
男「足引っ張っちゃうだけ……になるんだ……」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
男「だから……」
男「また、別れを言わなかった俺を」
男「……恨まないでくれよ……」
男「…………」
男「じゃあな……」
男「──さよなら……」
ガチャ……。
……………。
………。
男『…………』
男『……朝か……』
ガバッ……。
男『昨日は、母さんと父さん、喧嘩してたけど』
男『……でも、大丈夫だろ』
男『一日経てば、二人とも冷静になれると思うし』
男『……最後、父さん……自分のやったこと、後悔してるもんな』
男『うん……きっと大丈夫』
男『何事もなく、うまくいくはずだ』
男『……やっぱり、家族は仲良しが一番だ』
男『これを機に、父さん、変わってくれないかなぁ……』
トコトコトコ……。
男『でも、会社をクビか……』
男『……厳しいんだな、大人の世界は』
男『腹が立っても、殴れない、か……』
男『そんなこと言ったら、こないだ、親友を殴った俺は』
男『学校をやめなきゃいけなくなるな……』
トコトコトコ……。
男『うん……今日、謝ろう』
男『やっぱり、殴った俺が悪い』
男『それに……このままだと変な空気がずっと続きそうだからな』
男『大切な友達を、そんなことで失ったらもったいない』
男『……それに妹のことだって……』
トコトコトコ……。
男『でも……どうしような……』
男『もし仮に、あいつがあの子に言ったりしたら……』
男『……気持ち悪がらないかな? 今までみたいに遊んでくれるかな?』
男『あーわかんねぇっ、恋人いたことねぇからなー』
男『それに……あの三人の関係を壊していいのか……』
男『『兄さん』が『妹』を好きになったなんて……』
トコトコトコ……。
男『……ふぅー』
男『とりあえず、その件はひとまず置こう』
男『まずは、親友と……』
男『………ん?』
男『なんだろ、この臭い……』
トコトコトコ……。
男『リビングからかな? もしかして、誰か起きてる?』
ガチャ……。
男『…………』
男『……え』
父親『…………』
男『……首を……』
男『…………』
男『……うっ!』
……ぐええええぇぇっ!!
男『はぁ……はぁ……はぁ……』
男『いいか、落ち着け、落ち着くんだ……』
男『……今、この家に男は俺しかいない』
男『だから、俺がしっかりしないと……』
男『そうだっ、まずは母さんをここに入れちゃいけないっ』
男『こんな父さんの姿は……見せちゃいけない……っ』
男『ことがすむまでは……絶対に……』
男『…………』
男『……父さん』
男『今、降ろして上げるからね』
男『ちょっと待っててよ……今、椅子と鋏を』
ががっ……。
男『……よし』
父親『…………』
男『…………』
男『……うぅ……くっ……』
男『駄目だっ……泣くな……男は泣くなっ!』
男『全てが終わったら……一人で泣くんだっ』
男『……父さん』
男『約束する……』
男『俺……絶対に強い男になるから』
男『母さんを守るから』
男『俺が……必ず……』
男『……ん』
男『……今、降ろすね』
男『少し乱暴になるかもしれないけど、許して』
男『父さんの身体を支えられるだけの力はないんだ』
男『……だから、地面に落ちる時、少し痛いかもしれない』
父親『…………』
男『うん、じゃあ切るよ』
男『……よし』
男『せいのっ……』
……バタンッ!
──病院 霊安室
看護婦「……お母様のご遺体はこちらに」
男「…………」
看護婦「……その」
男「……はい」
看護婦「お母様、癌の病にしては、とても安らかに亡くなられました」
男「…………」
看護婦「それに……」
看護婦「いつも、自慢の息子がいるのだと、誇らしげに言っておられまして」
看護婦「亡くなられる直前も、あなたの自慢話を聞かせて頂きました」
男「……そうですか」
看護婦「……はい」
男「すみません……」
男「少しの間だけ……母と二人だけにして頂けますか?」
看護婦「……もちろんです、失礼します」
男「……本当に申し訳ないです」
ガチャン……。
男「…………」
男「……やあ、母さん」
男「半年ぶりかな? それとも、それ以上、経ったっけ?」
男「ここ最近忙しくてさ、あんまり時間の感覚が分からないんだ」
男「……うん」
男「そうか、死んじゃったんだね」
男「せっかく、この業界で有名なお医者さんに手術を頼もうと思ったんだけど」
男「間に合わなかったみたいだ」
男「……結局、俺、何も出来なかった」
男「こんなことになるならさ……」
男「前の街になんか戻らずに、母さんの側にいれば良かった」
男「前の仕事だと給料は安かったけど、結構、時間は取れたからね」
男「もっと病院へ通って、母さんと話が出来たはずだ」
男「……ごめん……本当にごめん……」
男「電話も何度もしてくれたのに、それも出なくて……」
男「……本当に、俺は親不孝者だよ」
男「役立たずにも程があるよ……」
男「……父さんが死んだ前の夜、結局、俺は止められなかった」
男「いつもと様子が違ったのに……気づけなかったんだ」
男「……あの時から、何も変わってない」
男「身体は大きくなったけど、中身は成長できていないんだ」
男「いつもそうなんだよな……」
男「俺って不器用だからさ、どうあがいても器用にはいかない」
男「大事なところで、肝心な場面で」
男「……ミスをおかす」
男「ただただ、運命に翻弄され続けてる」
男「…………」
男「ごめん……母さん……」
男「……本当に……」
男「……父さんと約束したはずのに……」
男「守るって……言ったのに……」
男「……うぅ……くっ……」
男「……で、でもっ」
男「今は、涙をこらえるよ……」
男「母親の前で、大きなった息子が泣くなんて」
男「あまりにも、みっともなさすぎるからね……」
男「……だけどね、母さん」
男「……俺さ」
男「正直、これからどうしたらいいか、分からないんだ」
男「……もう、何もかも、失った気がするんだ……」
男「……俺は……」
男「一体……どうすればいいんだろう……?」
男「…………」
……………。
………。
親友『……大変なことになったな』
男『ああ……』
親友『明日、引っ越すんだろ?』
男『うん』
親友『……遠いな、自転車じゃ行けないぐらい、遠いよ』
男『……ああ』
親友『高校はどうするつもりだ?』
男『向こうで、働く予定』
親友『……そう、か』
男『それよりさ……』
親友『ん?』
男『悪いな、妹に黙っててもらって』
親友『ああ、気にすんな……こうなったら、仕方ない』
男『うん……』
親友『……でもさ』
親友『ほんと、こういう時って、何て言っていいのか、分かんないな』
親友『何言っても、下手な同情みたいだし』
親友『俺たちの間に、そんな感情があったら駄目だし』
男『……ありがとうな』
親友『……なあ、男』
男『ん?』
親友『「頑張れ」なんて有り触れた言葉は言わない。てか、言えない』
親友『でもな、これだけは分かってて欲しいんだ』
男『……何だ?』
親友『どこに行ったとしても、お前には、俺がついてるから』
親友『どんなに辛くても、苦しくても……』
親友『悲しい時は、一緒に悲しんでやる』
親友『泣きたい時は、一緒に泣いてやる』
親友『それで……時間が経ってな』
親友『大丈夫って、胸を張って言えるようになったらさ』
男『…………』
親友『そん時は……』
親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』
……………。
………。
男「……ああ……」
男「……一緒になって……か……」
男「はは……」
男「……懐かしい、な……」
男「……でもよ……」
男「お前も……もう、死んじまったじゃないか……」
男「……何で……」
男「何で、俺の大事な人たちはみんな……」
男「……俺だけを残して、死んじまうんだ……」
男「……うぅ……」
男「くっ……うっ……うぁっ……」
男「……何でだっ」
男「どうして、こんなにうまくいかないっ……」
男「これ以上、俺に……」
男「俺に……どうしろって言うんだ……よ……」
──『先に、■きになったのは■■じゃないから』
男「……あ」
男「違う……」
男「まだだ……」
男「……まだ、俺には……」
男「……そうだよ」
男「……アイツがいるんだ……」
男「俺のことを必要としてくれる……あの子が……」
男「俺はっ!」
──……さんっ……さんっ
男「……ん?」
男「あっ……もしかして……」
男「……これは夢だったのか……?」
……………。
………。
──待合室
ゆさゆさっ!
看護婦「男さん、男さんっ!」
男「……えっ?」
……ピピピピピッ!
男「電話……?」
看護婦「さっきから、男さんの携帯が鳴ってますよ?」
男「ええと、う、うん……」
看護婦「大丈夫ですか? 目覚めてますか?」
男「あ、うん。もう、大丈夫」
ピピピピピッ……。
看護婦「なら、そろそろ電話出てあげたほうがいいですよ」
看護婦「この時間です。きっと緊急の用のはずですから」
男「ありがとう……出るよ」
看護婦「はい」
ピッ。
男「もしもし……」
父親『男君かっ……!?』
男「は、はい……一体どうしたんですか?」
父親『今、君は母親の元に行ってるんだよなっ?』
男「そうですが……その」
男「多分、今週中には戻れると思います」
父親『……そ、そうなのか?』
男「……はい」
男「恥ずかしいことですけど」
男「一度回りきって……やっと大事なことに気づけたみたいです」
父親『そ、そうか……それは良かった』
男「で……あの、どうかしたんですか?」
父親『いや、そのだな……実に言いにくいことなんだが』
男「はい?」
父親『……今の君に聞かせるのは、正直、心許ない……』
父親『だが、覚悟を決めてくれたのなら』
父親『今はもう、家族の一員である君に伝えるほかない』
男「……ええと」
父親『……実はだな』
父親『君がいなくなった後……妹が────────」
男「…………」
追いついた・・・
ぽとっ……。
『男君……? 聞いてるのか、男君っ……!?』
看護婦「あ、あの……」
男「……ん?」
看護婦「その……ええと、携帯」
男「ああ」
看護婦「いいんですか? 床に落ちちゃって……」
看護婦「……その、相手先の方はまだ、お話が」
男「気にしなくていいよ」
看護婦「で、でも」
男「いいんだ。もう終わったからさ」
看護婦「……それなら、私は別にいいですけど」
男「それより、少し話を聞いてくれないか?」
看護婦「は、はい」
男「雨だったんだ」
看護婦「え?」
男「もっと早くに気づくべきだったよ」
男「俺とした事が、やっぱり、ミスをしてた」
看護婦「そ、その……一体……」
男「彼女の俺を呼ぶ声が聞こえた」
男「つまりいえば、彼女の声は俺に届いてた」
男「雨だったけどね」
看護婦「…………」
男「ってことはだよ? 逆もしかりと言える」
男「俺の言葉は……その実、全部向こうに伝わってた」
看護婦「……あの」
男「やっちまったなぁ」
男「せっかく、思い出せたっていうのにさ」
男「本当に自分がやらなきゃいけないこと」
男「大切にしなければいけなかったこと」
男「それが全部、さっき、分かったはずだったんだ」
看護婦「…………」
男「でも、また、駄目だった」
男「失敗した。間に合わなかった」
男「また失った。無くした」
看護婦「……男さん?」
男「今度こそ、綺麗さっぱり、俺は失った」
男「俺の生きる意味はもう……」
男「──ない」
看護婦「…………」
男「……はは、はは」
男「笑える。最高に笑えるよっ!」
男「なんて滑稽なんだっ!」
看護婦「これは……もしかして……」
男「く、くははっ」
男「くはは、ははははっ!」
男「ははははははははははははっ!」
看護婦「……だ、誰かっ!」
看護婦「誰か来てっ! こちらの方が──」
……………。
──ふあふあする
──全ての枷が取り除かれたように……
あたかも、風船のように空に飛んで行けるような、
そんな気持ち
──世界は歪んでいき、滲んでいき……
滲む? もしかして、俺は泣いてるのかな?
──でも、いいんだ
──だって、もう、終わりだから
──これで終わり
──何も出来ずにおしまい
──…………
──……なあ、親友
──また、俺たち二人が笑え合える日って、くるのかなぁ……
……………。
………。
親友『そん時は……』
親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』
男『……お前』
親友『俺だけじゃない。俺の妹も……』
男『…………』
親友『癪だから、お前には絶対言いたくなかったけどさ』
男『……ん?』
親友『先に、好きになったのはお前じゃないから』
男『……は?』
親友『お前と初めて出会った時』
親友『悔しいけど、その時から、アイツはお前に惚れてんだよ』
男『そ、そんな……』
親友『…………』
男『……嘘だろ……』
親友『……本気で言ってんのか?』
男『…………』
親友『妹と仲良しの『お兄ちゃん』が言ってるんだぞ?』
親友『いいか、どうせ、お前はさ……』
親友『別れるって分かってるなら──』
親友『アイツに会っても意味はないって、思ってるんだろ?』
男『…………』
親友『でも、忘れないでくよ』
親友『アイツは……今も昔も……』
親友『──『兄さん』のことが、大好きなんだから』
男『……っ』
親友『そう遠くない未来、戻ってこい』
親友『そして、想いをアイツにぶつけてやれ……』
男『……ああ』
男『……約束する……』
親友『よし、なら、もう俺から言う事はない』
親友『でも、早くしないと、他の誰かに奪われちまうかも知れんぞ?』
男『はは……よく言うよ』
親友『どうしてだ?』
男『お前なら、きっと覚えてるはずだ』
親友『……ん?』
男『「どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら」』
親友『……あ』
男「頼むぜ、俺は信じてるからな?』
親友『……ふん……』
男『……言うぞ……』
男『……ふぅー……』
男『どうするんだよ、俺のいない間にアイツに寄ってくる男がいたら』
親友『…………』
親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』
男『どうする?』
親友『妹が必ず、俺に相談してくるはずだから』
男『つまり、その時に──』
──そいつをボッコボッコにしてやろうっ!
………………………。
…………………。
……………。
………。
【──五年後──】
女「……志望動機ですか?」
女「その、以前から貴社の評判を伺っておりまして」
女「このたびは、ええと……」
女「……え?」
女「本音を聞きたい?」
女「…………」
女「いや……はい、分かりました」
女「実は……」
女「前の会社で、嫌な上司にセクハラを受けまして」
女「それで、思わず……」
女「……はい」
女「バチンって、頬を引っ叩いてしまいました……」
女「……いや、申し立てようとも思いましたが」
女「その人にも家庭があるし、子供もいたんで」
女「その……なんていうか、躊躇われちゃって……」
女「……家族ですか?」
女「家族は……もう、いません」
女「……はい」
女「い、いえ……気になさらずに……」
女「…………」
女「敗者の定義……ですか?」
女「……それは、何か、採用に関係が?」
女「あ、はい。分かりました」
女「そうですね……」
女「敗者って……」
女「つまり、やりたくもないことをやらされている人ですよね?」
女「その中には、辛くて、でも、必死に頑張って苦労してる人もいるのに」
女「どうしようなく、もがき苦しんで……」
女「…………」
女「だから、とっても可哀想な人だと思います」
女「……すみません、幼稚な考えで……」
女「え?」
女「そうですか……それは、ありがとうございます」
女「……敗者が抜け出す方法」
女「んー……これは少し、難しいですね」
女「……でもやっぱり」
女「こういう社会に生きている以上、犠牲は必要ですよね……」
女「みんなは幸せにはなれないから、誰かが苦労しないといけない」
女「……だから、可哀想だけれど」
女「私は、簡単に抜け出す方法はないと思います」
──会社
男「…………」
部下「あ、部長」
男「どうした?」
部下「もう帰られますか?」
男「ああそのつもりだが……どうかしたか?」
部下「その、出来上がった資料を見て頂きたくて」
男「……んー、そうだな」
男「本当は、今すぐにでも確認したいのだが……」
男「実は、今日は急ぎの用があるんだ」
部下「あっ、そうなんですか?」
男「すまん……明日の朝一でもいいか?」
部下「そういうことでしたら、全然構わないです」
男「悪いな……また明日」
部下「はいっ、お疲れさまでした」
……………。
男性「……あ」
男性「そこの君っ!」
男「ん?」
男「……って、社長じゃないですか」
男性「珍しいな、帰りが一緒になるなんて」
男「定時に帰るなんて久しぶりですよ」
男性「はは、私もだ」
男「じゃあ、また家で会いましょう」
男性「……ん、どうだろう」
男「はい?」
男性「運転手付きの車に一度乗ってみたい気はないか?」
男「……それは、お誘いってことですね?」
男性「無論だ」
男「ならば、社長の誘いを断る部下はいませんよ」
男「もちろん、お供させて頂きます」
男性「ん、よく出来た返事だ」
ってことで、今日のノルマ終了です。
予定では>>500以内を目指してたんだけど、ちょっとオーバーしちゃった。
遅くまで付き合ってくれた方、本当にありがとうね。
また明日来ます。
しかし……十八時ぐらいからぶっ通しで書いたから、
なんか、頭がおかしくなりそう。。
てか、今から寝て七時に起きられるだろうか……無理そうだな。
新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内
新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内
今帰った……ただ、ごめん。
少しだけ仮眠取らせて下さい。
明日は15時頃まで予定ないんで、起きたらぶっ通しで書きますね。
終われるといいなぁ。。
仮眠のつもりがかなり寝てしまいすみまそん。。
今から、後半部分の詳細プロット作成します。
出来次第すぐに執筆の方に入らせて頂きまする。
もうしばらく、お時間下さい。
──車内
男性「どうだ、最近の調子は」
男「おかげさまで順調です」
男「昇格した当初こそ、うまくいかないことも度々ありましたが」
男「今では、何とかやれているという実感があります」
男性「ふむ……それはいい兆候だ」
男性「社内でも君の評判はすこぶる良いし」
男性「今のところ、何の問題もないな」
男「ありがたい話ですね」
男性「……どうだ、あの話は考えてくれたか?」
男「……それは」
男性「君にとっては重圧かもしれないが」
男性「私は、それを成し遂げる才を君が持ち得ていると考えている」
男「……でも、いいんでしょうか」
男性「何が問題だ?」
男「…………」
男性「引け目を感じる必要などないのだよ」
男性「結果も残しているし、誰も不満には思わないだろう」
男「会社の人間はそうでしょう……でも」
男性「……やはり、死んだ息子のことか」
男「……はい」
男性「それは、私が口に出来る範疇のことではないな……」
男性「……息子と君だけの問題だ」
男「…………」
男性「もうしばらく、検討していてくれ」
男性「出来るだけ前向きにな」
男「すみません、お時間を取らせてしまい……」
男性「いいんだ。今でも、君は十分にやってくれているよ」
男性「何が問題だ?」
男「…………」
男性「引け目を感じる必要などないのだよ」
男性「結果も残しているし、誰も不満には思わないだろう」
男「会社の人間はそうでしょう……でも」
男性「……やはり、死んだ息子のことか」
男「……はい」
男性「それは、私が口に出来る範疇のことではないな……」
男性「……息子と君だけの問題だ」
男「…………」
男性「もうしばらく、検討していてくれ」
男性「出来るだけ前向きにな」
男「すみません、お時間を取らせてしまい……」
男性「いいんだ。今でも、君は十分にやってくれているよ」
男「……内緒です」
男性「社長の私にも言えないのか?」
男「ここからは、ただの息子と父の関係ですからね」
男性「それを言われると、強気に出れんな……」
男「まあ、後少しの辛抱です。すぐに分かる事ですよ」
男性「楽しみにしてるよ」
男「さて……そろそろ着きそうですね」
男性「ん、頭を切り替えんとな」
男「はい」
男「……ただ」
キキッ……。
男「……着きましたね」
ガチャ……。
男「どうぞ、父さん。お降りください」
男性「はは、ありがとう」
男性「……で、今、何を言いかけたんだ?」
男「……その」
男性「ん?」
男「……そろそろ一年経ちますね」
男性「……あ」
男性「そういうことか……」
男「…………」
男性「分かっている……余り、考えたくはないがな」
男「はい……」
男性「……よし、開けるぞ? 心の切り替えはいいか?」
男「……ん、大丈夫です」
男性「ならば問題ない」
ガチャン……。
男「ただいまぁー」
?「……あ」
たったったったっ……。
妹「お兄ちゃん、おかえりっ!!」
──リビング
パーンパーンっ!
妹「うわっ……」
男「誕生日おめでとうっ!」
妹「お、お兄ちゃん……ありがとうございます」
父親「おめでとう」
母親「ふふ、おめでと」
妹「お父さん、お母さんも、ありがとう……」
男「しかし、今日は豪勢な料理だね」
父親「七面鳥の丸焼きなんて、ほんと久しぶりに見たな」
母親「この子も手伝ってくれたんですよ」
妹「ちょっとだけですけどね」
父親「なんだ、誕生日の本人も料理に参加したのか」
母親「もちろん、私はしなくていいって言ったんですけど……」
妹「でも……やっぱり、悪いですから」
男「何だ、まだ家族に遠慮してるのか?」
妹「……だって、その」
母親「いいじゃない。私は凄く助かったんだから、ね?」
男「まあ、そうだけど」
男性「よし、早速、ご飯にしよう」
男性「おいしそうな料理を温かいうちに食べないと罰が当たるからな」
女性「そうですね……でも、その前に」
男性「ん?」
男「父さん、もう忘れてるのか?」
男性「あ……ああっ、そうだった!」
男「しっかりしてくれよ? ほんと、歳なんじゃないのか?」
男性「やかましい……」
妹「ええと……」
女性「お父さん、早く」
男性「ん……妹、誕生日おめでとう」
妹「あ、はい」
男性「それで、家族の皆からプレゼントを渡したい」
妹「……えっ」
男性「私からはこれだ。色々、迷ったんだがな……」
妹「……あの、開けても?」
男性「もちろんだ」
ガサガサ……。
妹「……あっ……腕時計……」
男性「うむ。どうだ? 気に入ってくれたか?」
妹「は、はいっ……すごく、可愛いです……」
男「でも、歳の割には、ちょっと可愛すぎるかもな」
男性「……あっ……そ、そうか……」
妹「お、お兄ちゃんっ! 大丈夫ですよっ! 全然、付けられますからっ!」
男性「それならいいんだが……」
女性「じゃあ、私からこれね……よいしょ……」
妹「お、大きいですね」
女性「うん」
ガサガサ……。
妹「最新型のフードプロセッサー!」
男「なんだよ、それ……」
父親「おい、自分のために買ったんじゃないだろうな……」
女性「違いますよ。この子、料理がとっても好きみたいだから」
妹「ありがとうございますっ! しかも、赤で可愛いっ!」
男「……思いの他、凄く喜んでるじゃん……」
父親「なんだ……そういうので良かったのか……」
妹「うわぁ……夢広がるなぁ……」
男「……コホンコホン」
妹「……あ」
男「そろそろ、大トリの出番だな」
妹「お、お兄ちゃんも……?」
男「当たり前だろ。ほら」
妹「……ええと」
男「いいから開けてみろ。喜ぶかは保証出来ないけどな」
妹「う、うん」
ガサガサ……。
妹「……これ……もしかして……」
男「…………」
……パカッ。
妹「…………」
女性「……指輪ね」
男性「あ、ああ……」
男「ど、どうだ? もしかして……気に入らなかった?」
妹「……ううん」
妹「わたし……凄く、嬉しいですよ……」
妹「うん……本当に……」
妹「…………」
妹「ありがとう……お兄ちゃんっ」
──会社
男「さて、今日も一日、必死に汗をかかなければならないわけだが」
男「業務連絡の前に、皆に伝えておくことがある」
男「……よし、こっちに来てくれ」
?「……は、はい……」
男「本日づけで、われわれの部署に新しいメンバーが加わる」
男「主な業務は私専属の秘書みたいなものだが」
男「君らが忙しく困ったときにも、雑務などを手助けてしてくれるはずだ」
男「では、紹介しよう」
男「……新しい仲間、女さんだ。みんな拍手」
パチパチパチ……。
女「これから、よろしくお願いしますっ!」
──部長室
男「これが、今週中の私の予定表だ」
女「は、はい」
男「それと、今後のスケジュール管理は君に一存する」
男「何か問題や重複があった際には、その都度、私に聞いてくれればいい」
女「分かりました」
男「初めのうちは不慣れなことが多いはずだ」
男「だから、少しでも疑問が生まれたときには、すぐに私に聞くように」
女「了解です」
男「今の段階で、分からない事は?」
女「特に……ないですね」
男「よし、あとアポ無しの面談希望は基本断っていいからな」
女「あ、はい」
男「最近、本当に多いんだよ」
男「このご時世だからこその、なりふり構わずの営業なんだろうが」
男「こちらからすれば迷惑この上ないのでな」
女「そうですね……」
男「あまりにもしつこい場合は、そのときに言ってくれ」
男「私の方で対処しておくから」
女「はい」
男「ん、まあ、こんなところかな?」
男「あとはもう、やってみない限りは分からないだろう」
男「私に聞きたいことはあるか?」
女「その……」
男「ん?」
女「す、凄いですね」
男「何がだ?」
女「私と面接のときから、お会いしていたじゃないですか」
男「ああ。だから、君を採用した」
女「その時には、年齢も少し上ぐらいに見えましたし」
女「だから、ただの人事部の方だと思っていまして」
女「……まさか、部長さんだとは」
男「まぁ実際、かなり若いからな」
女「……その若さで部長ってことは、相当、やり手なんですね」
男「はは、違うよ。大きな声では言えないが……」
女「は、はい」
男「実は、親の七光りなんだ」
女「……え?」
男「具体的には、父がこの社の社長ってこと」
女「そ、そうなんですか?」
男「だからはっきり言うと、ただのボンボンってやつだな」
女「……は、はぁ」
男「不甲斐ないところが多少見受けられるかもしれないが」
男「その時は、そういうことなんだなって、受け流してくれよ?」
女「わ、分かりました」
男「ん、なら、雑談は終わりだ。仕事を始めようか」
女「はいっ」
ちょい飯食ってる。書くの数分後から再開しますね。
──車内
男「さて、月に一度の病院での検査だ」
妹「はぁ……」
男「気乗りしないか?」
妹「……そうですね」
男「いつも言っているが、やはり万全を期さないとな」
男「それは、お前も分かってるはずだろ?」
妹「はい……」
男「ん、ならいい」
妹「……お兄ちゃんは嫌になりませんか?」
男「嫌になる?」
妹「わたしは、この日が来る度に……」
妹「自分が未だ病気のままなんだって、再確認させられます」
男「…………」
妹「普段は何の支障もなく、それこそ、楽しい生活を送っていて」
妹「だけど、やっぱり、今のわたしは本来の自分じゃなくて」
妹「……何年ぐらいになるんですか?」
男「ん?」
妹「わたしが昔の記憶を失ってから……合わせてどれくらいに?」
男「……約六年だ」
妹「六年……もですか」
男「…………」
妹「そんな長い事、思い出せなかった」
妹「何度繰り返しても、また、同じことの繰り返し」
妹「同じ場所を行ったり来たり……ただそれを永遠と」
男「違う。少しずつだけど、前進してる」
妹「そう思いますか?」
男「ああ」
妹「わたしは今回も駄目な気がしちゃうんですよね」
妹「以前と確かに状況は違うみたいですけど」
妹「急激な変化があったわけでもないですし……それこそ」
男「考えすぎても駄目だぞ?」
妹「でも……」
男「ほら、俺があげた指輪」
妹「え?」
男「形にしたプレゼントを送ったのは初めてだ」
妹「…………」
男「そうやって、些細な変化が積み重ねって」
男「いつの日か、きっと前に進める日が来るはずだ」
妹「……そう願ってます」
男「ん……」
妹「…………」
妹「最後に一つだけ」
男「……何だ?」
妹「わたしが今感じてる感情は……」
妹「……昔のわたしも抱いていたんでしょうか……?」
男「…………」
男「……すまん」
男「……俺には分からない……」
──親友の部屋
男「…………」
男「……なぁ、親友」
男「お前に語りかけるのは、久しぶりだな」
男「とっくの昔にお前は死んじまってるっていうのに」
男「形見のカメラに向かって、こうやって語りかけている」
男「未練がましいというより……」
男「正直、端から見ると異常だな」
男「……でも、少しだけ」
男「自分でも分からなくなったんだ……」
男「俺の前回の選択は、明らかに間違いだったのかもしれない」
男「仕方ないと言えば、それで話は終わりなんだが……」
男「あいつに……無駄な心配をさせてしまっている自分が嫌になるんだ」
男「妹がどんなに苦しくても、辛くても、悲しくても」
男「俺は、あの子の代わりをしてやることが出来ない……」
男「想像は出来ても、実際、どんなことを考えているのかは分からない……」
男「昔の、無駄に悩む癖に、決断はできなかった自分はとうに捨てたよ」
男「これが正しいと、例え、誤りでも前に進もうって」
男「この5年間、そう常に言い聞かせてきた」
男「けれど……」
男「今回はやってしまったのかもしれない」
男「……俺だけが苦しむだけなら、幾らでも構わないんだ」
男「けど、アイツが……」
男「…………」
男「……やめた」
男「こんなことやっていても、どうにもならない」
男「親友は……もう、死んだんだ」
男「この世界に、心を委ねられる友は……」
男「一人もいない」
>>709
ほんとだ……完全にミスってる。
以下を脳内補完して下さると助かります。
【>>674の置き換え部分】
男「……ありがとうございます」
男性「……ん、話を変えよう」
男性「それで、君は何を買った?」
男「え?」
男性「ほら、分かるだろ?」
男「あー、はい」
男性「高価なものか? 今なら十分な給与もあるしな」
男「はは、全てお見通しですね」
男性「会社の社長は私なんだぞ?」
男性「部下がどれだけ稼いでいるかは、大体、把握しているよ」
男性「特に君の場合は浪費癖もないし」
男性「口座の残高は見るときは笑いが止まらないだろう」
男「そんなことはないですよ」
男性「またまた……で、何を買った?」
幸いにも話の重要な展開には関係のない部分でしたが、
今後も、そういったミスがあるかもしれません。
その都度、指摘して下さるとありがたいです。
よろしくお願いします。
>>>>709さん、ありがとう。
──部長室
男「……ふー」
コンコン……。
女「入ってもよろしいですか?」
男「ああ」
……ガチャ。
女「お茶を持ってきました」
男「気が利くね。ありがとう」
女「実はお茶とコーヒーで迷ったんです」
女「もしかして、後者の方が良かったですか?」
男「あー……うん、今度はそうして貰った方が嬉しいかな」
女「分かりました。お砂糖はいくつで?」
男「いらない。ブラックでいい」
女「了解です」
男「……どうだ? 仕事には慣れたか?」
女「おかげさまで、一通りのことは何とか」
女「同僚の方もみなさん良い人たちばかりで、感謝してます」
男「そうか、それは良かった」
女「お仕事、大変そうですね」
男「ん……まあな」
女「今日、お昼休み取ってませんよね? 部屋から出てきませんでしたし」
男「ちょっと仕事の進行が遅れててな」
男「今後に支障をきたすから、早めにこなしておかないと」
女「そうですか? 部長は仕事が早いと、もっぱら噂ですよ?」
男「はは、これまた誰が持ち上げてくれたんだ?」
女「みんなです」
女「上が出来ると俺たち部下は大変だって」
男「そんなことも言ってるのか」
女「ここだけの内緒の話ですよ」
女「だから、聞かなかったことにして下さいね?」
男「ふむ……内緒の話なら仕方ない」
女「ふふっ」
男「……そうだ、少し時間をもらってもいいか」
女「何でしょうか? 仕事の話?」
男「いや、ものすごく私事の話」
女「私事……」
男「少し女性の意見が聞きたくてな」
男「もしもだぞ、本当に仮の話なんだが……」
女「はい」
男「理由は分からないが、落ち込んでいる女性がいる」
女「……へ?」
男「そんな女性を励ます時、一番、効果的なのはどんな手段だ?」
女「何かと思えば……ふふ、そうですねぇ……」
男「あくまでも、仮の話だからなっ」
女「その女性は部長とどんな関係なんですか?」
男「……まぁ、近しい関係であることは確かだ」
女「なら、何でもいいと思います」
男「おいおい、適当に流さないでくれ」
女「いや、本気で言ってますよ」
女「部長自身が励ましてやりたいって、元気にしてあげたいって」
女「そう思ってした行動なら、きっと」
女「彼女さんは、分かってくれるはずですから」
男「……そうなのか?」
女「女っていうのは、意外と単純なんですよ?」
女「男性の方の多くは、余り分かっていないようですけど」
男「…………」
女「人と人の付き合いだからこそ、想いが大事なんです」
女「それは、異性同性問わず一緒のことだと思いますよ」
男「……そうか」
女「少しでも参考になりましたか?」
男「ああ、胸の中の靄が消えたようだ」
女「それは良かったです。じゃあ、これで」
男「ん、ありがとう」
女「はい。では失礼します」
男「……あ、そうだ」
女「何ですか?」
男「『彼女さん』じゃないからな」
女「……ふふっ」
──妹の部屋前
男「…………」
男「……よし」
コンコン……。
妹「はーい」
男「俺だけど、入ってもいいか?」
妹「お、お兄ちゃん? 何の用ですか?」
男「ちょっと二人で話をしたいなって思ってな」
妹「え、ええと……」
男「それとも今日はやめた方がいいか?」
妹「い、いやっ! そんなことないですっ!」
妹「でも、ちょっとだけ待ってて下さいねっ!」
男「それはいいけど……」
妹「すぐに終わりますからっ!」
ガサゴソッ!ガタンッ!バタンッ!
男「…………」
……………。
ガチャ……。
妹「はぁ……はぁ……」
妹「もう入ってもいいですよ……」
男「う、うん」
妹「どうかしました……?」
男「凄くげっそりしてるけど、大丈夫か?」
妹「……色々、片付けたいものもありましたし」
妹「この際、良い機会でした」
男「そ、そうか……」
妹「はい。そこのベット座っていいですよ」
男「ありがとう」
妹「……で、話って何ですか?」
男「いや、特に決まった話題があるわけじゃないんだが」
男「少しお前と雑談でもしたいなぁって思ってさ」
妹「でも、夕飯の時もしましたよね?」
男「二人だけじゃなかっただろ?」
妹「あ……はい」
男「どうだ、身体の調子は?」
妹「いたって健康です。お兄ちゃんも仕事の方はどうですか?」
男「順調……って、わけにはいかないなぁ」
妹「もしかしていじめられてたり……?」
男「はは、そんな学生時代じゃあるまいし」
男「ただここ最近は、仕事の量がいつになく多くてな」
妹「……大変そうですね」
男「楽しくはあるよ。充実してるっていう実感もある」
妹「流石、お兄ちゃんです」
妹「あっ、そうだ」
男「ん、どうした?」
妹「お兄ちゃんに、わたしからも話がありました」
男「というと?」
妹「実は今日、久しぶりに服でも買いたいなって思って」
妹「日中、買い物をしに外に出てたんですけど」
男「ほう、いいじゃないか」
妹「それで、気に入った服が一つ見つかって」
妹「お店の方に『試着をなさいますか?』って聞かれたんです」
男「ああ」
妹「……その、この前の誕生日にお兄ちゃんから指輪貰いましたよね」
妹「だから、わたし、最近、いつも指輪をはめているんですけど」
妹「その時に、店員さんがわたしの指輪を見つけて……」
妹「『とても綺麗な指輪ですね。お似合いですよ』って」
男「……うん」
妹「とっても、嬉しかったです」
妹「なんかここ最近、一番、幸せだった気がします」
男「そんなに喜んでもらえるとは、贈った俺も嬉しいよ」
妹「……お兄ちゃんは」
男「ん?」
妹「多分、わたしを励ましにきてくれたんですよね?」
男「……え?」
妹「大丈夫ですよ。わたしは、落ち込んだりしてませんから」
妹「今も毎日が、幸せですから」
男「お前……」
妹「『些細な変化が積み重なって』」
妹「『いつの日か、きっと前に進める日が来るはず』」
妹「お兄ちゃんの言った通りです」
男「……そうなのか?」
妹「…………」
男「本当に、全く心配がないって言い切れるんだな?」
妹「……それは」
男「お前を見てるとさ、いつも頑張りすぎているような気がするんだ」
男「弱音を吐かずに、他人を心配させまいと必死になって」
男「端からは、何の問題もなく過ごしているようだけど」
男「でも……そんなわけ、ないじゃないか」
妹「……っ」
男「他の家族に言えない事でも」
男「俺は、お前の全てを受け入れてやりたい」
男「…………」
男「……そうだな」
妹「お兄ちゃん……?」
男「『どんなに辛くても、苦しくても……』」
男「『悲しい時は、一緒に悲しんでやる』」
男「『泣きたい時は、一緒に泣いてやる』」
男「だから」
妹「……うん」
男「俺の前では隠さなくてもいいんだ。我慢しなくていいんだ」
男「……言うだけでも、少しは楽になるぞ?」
妹「……う……」
妹「…………」
妹「……あ、あのね……」
男「ああ」
妹「……本当は……怖い……」
妹「怖くて、怖くて……」
妹「時には、気が狂っちゃうぐらい、恐ろしい」
男「……やはり……か」
妹「その中でも、寝る時が一番怖いかな?」
妹「朝起きて、もしもまた記憶を失ってたら……」
妹「そう考えたら、夜も眠れない……」
男「…………」
妹「ねぇ、お兄ちゃん……」
男「……ん?」
妹「もしも、明日」
妹「或いは、これから先」
妹「……記憶を失ったら、今のわたしはどうなるんですか?」
男「…………」
妹「死んじゃうの? 消えちゃうの?」
男「……それは」
妹「怖いよ……本当に怖い……」
妹「今の自分がなくなっちゃうって……嫌だよ……」
妹「せっかく、指輪も貰ったのに……」
妹「こんなに毎日が楽しくて幸せなのに……」
妹「そうやって抱いた記憶も、感情も……」
妹「想いも……」
妹「全部、なくなっちゃうの……?」
男「……っ」
ぎゅっ……。
妹「お兄ちゃん……」
妹「明日が怖いよぉ……」
妹「……失うのが怖いの……」
男「分かってるっ」
男「俺が側にいるからっ、守るからっ」
男「だから、だからっ!」
妹「……うん」
妹「……ありがとう、お兄ちゃん」
妹「…………」
妹「でも……」
妹「何となく、分かってる」
妹「……今回は、長く持った方だよね……」
男「……え……」
妹「わたしは……」
妹「もう……」
男「……あ」
男「ああ……」
妹「…………」
男「……妹……?」
妹「……え?」
ぎゅっ!
妹「あの……」
男「いいんだ……」
男「……何も言わなくていいんだ……」
妹「……えっと……」
男「…………」
妹「すみません……」
妹「こんなこと、失礼かもしれませんが……」
妹「──あなた、誰ですか……?」
──病院
男「…………」
男「…………」
男「考えろ、考えろ考えろっ」
男「次の方法だ……次の……」
男「……っ」
男「くそっ!」
……ガンっ!
男「どうしてうまくいかないっ!」
男「何が悪かった? 何をミスしたっていうんだっ!」
男「……くそ、くそ……」
男「…………」
男「……ふぅー……」
男「落ち着け……落ち着くんだ……」
男「焦っても仕方ない……もう一度……」
男「今度こそは失敗しないぞ……」
男「…………」
ガチャ……。
男「……ん」
男性「……大丈夫か?」
男「俺のことはいいです……彼女は?」
男性「今、先生が検査しているところだ」
男性「まあ、毎度のこと、同じ結果だろうがな」
男「…………」
男性「……しかし、何度経験しても辛いものだな」
男性「ああやって、急に初対面の対応をされると……」
男性「……胸を締め付けられるものがあるよ」
男「……七回目」
男性「ん?」
男「アイツが再度記憶を失うのはこれで、七回目ですよ……」
男性「…………」
男「初めてを入れれば、八回……」
男「……何も前に進む事が出来ていない」
男性「だが、今回はいつもより長かっただろ?」
男性「全く進んでいないとは、言い切れないんじゃないか」
男「そんなのたかが数ヶ月の違いですよ……」
男「しかも今回の場合、彼女を相当苦しませてしまった……」
男「……にもかかわらず、この結果です」
男性「……そんなに自分を責めるな」
男性「君がいたからこそ……あの子も約一年過ごせたんだ」
男「…………」
男「……あ……」
男性「どうした?」
男「……『君がいたからこそ』か……」
男「…………」
男性「……何か、問題があったか?」
男「違います……もしかしたら」
男性「なんだ?」
男「……今までをもう一度、整理してみましょう」
男性「あ、ああ」
男「……彼女が二回目に記憶を失った時」
男「あれは俺のせいですが……妹は兄の死を知ってしまった」
男「そして、記憶を失った」
男性「そうだったな」
男「三回目から七回目までは、余り、変化もなく……」
男「一年も経たない程度で、まあ、長さに若干の違いはありましたが」
男「これまた、記憶を失いましたね」
男「そして、八回目」
男性「…………」
男「彼女が約一年周期で、記憶を失っていることを本人に伝えました」
男「あえてその事実を隠さずに、アイツに認識してもらったわけです」
男「そのせいで、妹は日々を悩み続けることになったわけですが……」
男性「その代わり、猶予が伸びた」
男「でも、結果は同じ」
男「俺にとっては、余り大差はないです」
男性「…………」
男「だから、今度」
男「次は今までと全く変わった手段を取りましょう」
男「それが『急激な変化』になる……」
男性「……どうする?」
男「俺は家を出ます」
男性「……なっ」
男「兄を偽るという前提……」
男「それを一旦、やめてみませんか?」
男「兄という存在を、今回は、無かった事にするんです」
男性「しかし、君は一度、会っているんだろう?」
男「その辺りは、うまく誤摩化してもらうことにして……」
男「今後はしばらく病院で生活してもらうようにしましょう」
男「その間に親友の荷物は一旦、違う場所に移して」
男「兄の存在がない家にしてから、彼女に普段の生活を送らせるんです」
男「ん……そうすれば、うまくいく」
男性「…………」
男「どうかしました?」
男性「……本当に意味があるのか?」
男「今は、分かりません……もしかしたら、悪い方向に進むかもしれない」
男性「なら……」
男「でも、前に進むことを躊躇っていたら」
男「いつまで経っても、同じことの繰り返しです」
男「永遠に、彼女は元の記憶を取り戻さない」
男性「……それは」
男「はい?」
男性「それは、そこまで必要なことなのだろうか……?」
男「……どういうことです?」
男性「確かに、昔の思い出も全て思い出せば」
男性「私としても嬉しい事だ……だが」
男性「結局、あの子は現実で兄の死を受け止められず」
男性「自殺未遂を謀ったんだぞ……?」
男「…………」
男性「もし仮に、今後、記憶が戻るとして……」
男性「けれど、その時には……」
男性「あの子が自殺してしまう可能性が生まれてしまう」
男性「親としては、それだけは避けたい」
男「……しかし」
男性「君の気持ちは理解しているつもりだ」
男性「だが、最近、私は思う……」
男性「一年毎に娘が記憶を失ってしまったとしても」
男性「別段、何の問題もないのじゃないか、と」
男「……それを彼女本人に言えますか?」
男「一年しか……いや、一年も生きられない、あの子に?」
男性「……もちろん、言えんよ」
男性「だが、生きていることに変わりはないだろう?」
男「…………」
男性「幾ら記憶を失おうとも、親の子に対する愛は消えたりしない」
男性「それにな……最早、私は、あの子より君の方が心配だ」
男「……はい?」
男性「少し取り憑かれているんじゃないか?」
男性「勝手な私の見解だが、君は人生をあの子にために犠牲にしている」
男「……何を言うかと思ったら」
男性「…………」
男「『犠牲』?」
男「俺が、あいつの為に人生を無駄にしてる?」
男「そんなことありませんよ」
男「……というより、逆です」
男性「……逆?」
男「アイツがいてくれているからこそ、今の俺がいる」
男「生き恥晒しながら、生きていられるんです」
男「……もしも、妹が今後、死んだりなんかしたら」
男「そのときこそ、俺の死ぬときですね」
男性「……今までも、薄々感じていたが」
男性「……君は少し異常だな……」
男「……かもしれません」
男「けど、今の俺にはアイツしかいないんです」
男「父も、母も、親友も失った今」
男「アイツだけが、俺をこの世界に繋ぎ止めてくれる」
男「大切な人たちを無意味に奪っていった、汚いこの世界からね」
男性「…………」
男「俺は諦めません」
男「仮に誰もが匙を投げたとしても、俺だけは決して」
男「──諦めない」
──部長室
男「…………」
男「……仕事が全く進まないな……」
男「あれからまだ一週間も経たないというのに、この調子か……」
男「アイツに会えないっていうのは……」
男「想像していた以上に辛い……」
男「……でも」
男「今度は、うまくいくような気がする」
男「今までとは違う、全く新しい試みだ」
男「……きっと、アイツも昔のように……」
男「根拠はないのに、そう信じてしまいそうだな……」
男「…………」
……………。
コンコン……。
女「部長、失礼します」
男「……ああ」
……ガチャ。
女「コーヒーをお持ち……って、どうかしたんですか?」
男「……ん?」
女「その……」
男「……何だ?」
女「凄く辛そうな表情をしてましたよ……?」
男「……はは……そう見えたか?」
女「は、はい……」
男「……少しな、プライベードで色々あって」
女「もしかして……こないだ言っていた『彼女さん』のこと?」
女「うまくいきませんでしたか?」
男「『彼女さん』じゃないよ……妹──」
男「……って……」
女「……妹?」
女「部長に妹がいたんですか?」
男「……話すつもりはなかったんだがな」
男「思わず、口走ってしまったみたいだ……」
男「……ほんと駄目だな……」
女「その……差し支えなければいいんですけど」
女「……少しお話を聞かせて貰えませんか?」
男「……それは」
女「私、思うんです」
女「時には、他人に話すってだけで」
女「気持ちが多少和らぐことが……誰にでもあるって」
男「……確かにそうだ」
男「なら、少しだけ話させて貰おうかな……」
女「……はい」
男「……実のところ」
男「私には……いや、俺には妹がいるんだ」
女「そうだったんですか」
男「ああ……で、こないだ話した、落ち込んでいる子っていうのが」
女「妹さんだったんですね……」
男「その通り」
女「どうやって、励まそうと?」
男「話を聞いてやって、悩みを受け止めて」
男「それで一緒にそれを背負ってやる……的なことを言った」
女「……私は、凄くいいと思いますよ」
男「でも、結果は駄目だったんだよ」
男「……何度も何度も、繰り返した」
男「時には遠ざけたり、辛く当たってみることにもした」
女「……ええと」
男「でも、そんな些細な変化じゃ何も生まれなくて」
男「逆に、悪化させてしまうこともあった」
女「…………」
男「だから、今回こそはうまくいくって思ってたんだけどな」
男「アイツには辛い思いをさせちゃったけど、仕方なかった」
男「最早……手段がなかったんだ」
女「……はい」
男「でも、結末は変わらない」
男「何度やっても、同じ事の繰り返し」
男「……けど、今度こそは……もしかしたら、ってね」
男「思わずにはいられないんだ」
女「すみません……」
男「ん?」
女「途中から少し分からなくなってしまって……」
男「ああ、ごめん……後半、独り言のようになっちゃったな」
男「余り気にしないでくれ……今日の俺はどうかしてるから」
女「……でも、何となく分かりました」
女「部長は、その妹さんのことを凄く大切に感じていて」
女「掛け替えのない家族の一人だとか思っているんですね」
男「……家族、か」
女「私にも、昔、一人の弟がいました」
男「弟?」
女「すっごく、やんちゃな子だったんですよ」
女「いつも帰ってくると、服を泥だらけにして」
女「そのまま廊下に上がるもんだから、よく母に怒られていました」
男「……そうか」
女「それに悪戯好きで、その対象はいつも私」
女「時には腹が立つこともされましたけど、今となってはいい思い出です」
女「怒られたときに、しゅんとする表情なんて」
女「とても愛らしくて……今でも懐かしくて……」
男「……君の家族は」
女「はい、死にました」
男「そうだった……面接の時にもそう言っていたな」
女「みんなで県境の山にキャンプに行く予定だったんです」
女「弟なんか、絶えず車内で、はしゃいでいて」
女「私は平常を装ってましたけど、内心は凄くわくわくしていました」
女「大好きな両親と愛らしい弟と」
女「テントを張って、近くの川で魚釣りをして」
女「夜はバーベキューでおいしいものを食べて、みんなで仲良く寝る」
女「そんな光景が、容易に想像できたから……」
男「…………」
女「でも、高速を降りて二車線の県道を走っていた時」
女「居眠り運転をしていた対向車線の車がはみ出してきて……」
女「……一瞬でした」
女「大きな衝撃が一回……その後の記憶はありません」
女「気がついたときには、病院のベットで管という管に繋がれて」
女「……みんな、死んじゃったんです」
女「私だけを残して……そう、みんな……」
男「……ああ」
女「それから数年程、生きる気力が湧かない時期が続いて」
女「何度も、自分で命を断とうとも思ったんですけど」
女「その時に限って、弟の笑顔が浮かぶんです」
女「私より小さかった、あの子の笑い顔が頭から離れなくて……」
女「……それで思いました」
女「弟の分も生きよう。強く生きようって」
男「…………」
女「すみません……なんだか急に私の身の上話をしちゃって……」
男「いや、いいんだ」
女「……余り他人に話したくない内容だったんだけどなぁ」
女「部長って、よく聞き上手って言われますか?」
男「はは、生憎、君が初めてだよ」
女「ならなんだろ……でも、部長と私って」
男「ん?」
女「もしかして、凄く似たもの同士なんじゃないですか?」
男「…………」
女「初めて会ったときから」
女「この人は……私と似てるな……って思ったんです」
男「……それはさ」
女「はい」
男「当たり前の話なのかもしれない」
女「……え?」
男「俺も、君が話しやすいって感じているから」
男「だからこそ、秘書に採用したわけだしね」
女「……でも、それって」
男「実のところさ……俺もな」
男「両親がいないんだよ……」
女「え?」
男「だから、共感できるのかもしれない」
男「二人とも家族を失っているから、かな?」
女「……えっと」
男「ん?」
女「でも、部長」
男「何だ?」
女「部長には、お父さんがいるじゃないですか?」
女「この会社の社長が……あなたの父親でしょ?」
男「…………」
男「……ぷ」
女「え?」
男「はははっ」
女「そ、その……」
男「駄目だなっ、今日の俺は本当にうっかりしてるよ」
女「……ええと、はい……」
男「この際だ。君に打ち明ける」
女「?」
男「社長と俺は血が繋がってない」
男「数年前に、養子縁組をしただけなんだ」
──飲み屋
女「……妹さんが記憶喪失?」
男「誰にも言うなよ? バレると色々厄介なんだ」
女「それは分かってますが、何でですか?」
男「恐らくだが……」
男「兄の死に自責を感じて、現実から逃避しているんだと思う」
女「……あー、はい……」
男「その内容について詳しくは俺も聞いていない」
男「今更、彼女の両親に聞くのは躊躇うよ」
男「なんだか、辛い過去を抉っているように思えるし」
女「…………」
男「どうかしたか?」
女「……いや、気にしないで下さい」
男「それで、俺は親友の代わりをすることにした」
男「……そこからは話した通りだ」
女「大変ですね……」
男「昔はそう思ってたけどな……」
男「今は、アイツのためにやれることがあるだけ」
男「何もないより、随分気楽だと思えるようになった」
女「……そうですか」
男「俺にはもう何もないからさ」
男「大切な人はアイツを残してこの世にはいない」
男「でも、彼女がいるだけ、俺はマシなんだ」
女「……その」
男「どうした?」
女「部長の父親が亡くなって、お母さんが病に倒れて」
女「その間、部長は何をしていたんですか?」
男「……お袋が入院したのは、田舎に戻ってすぐだから」
男「同級生が高校に通い始めたぐらいから、ずっと働いていた」
女「医療費を稼ぐ為に?」
男「ああ……初めのうちは大変だったよ」
女「……じゃあ、部長」
男「うん」
女「その時からずっとですか?」
男「何がだ?」
女「……誰かのために生きていることです」
男「それは……」
女「この長い人生の中で……」
女「部長が自分のためだけに、何も考えずに過ごしていた時期って」
女「中学までの、そのたった短い間だけだったんですか?」
男「…………」
女「それって……」
男「異常か?」
女「……はい」
男「はは、彼女の父親にも言われたよ」
男「『……君は少し異常だな……』ってね」
女「…………」
男「でも、俺には分からない」
男「それが当たり前だったし、今まで疑問を感じた事すらない」
男「自分のためだけに日々を過ごすっていうのは、俺の価値観にそぐわない」
女「……普通の人はみんな自分のために生きてますよ?」
男「そうなのか?」
女「え、ええと……」
女「それで……今、妹さんは?」
男「今度は、一旦、距離を置く事にした」
男「死んだ兄を偽っても無理ならば、存在自体無かった事にすればいい」
男「今回はそれでやってみる」
女「……その、一つ気になることがあるんですが」
男「何だ?」
女「それで、部長はいいんですか?」
男「……ん?」
女「妹さんは一年ぐらいの周期で記憶を失うんですよね」
男「そうだ」
女「今回の方法で、仮に妹さんがそうならなかったとします」
女「でも、前の記憶を取り戻さないままだったら……」
女「……部長、あなたは彼女と今後、会えませんよ?」
男「それが、何か問題か?」
女「…………」
女「……問題ですよ」
男「どうして?」
男「俺の中で、最優先なのは妹が過去を思い出す事」
男「けれど、それが叶わなくても」
男「記憶の存続が一年周期っていう縛りさえなくなれば」
男「かつてのアイツは戻らないが、彼女は第二の人生を始めることが出来る」
男「何の問題はない」
女「……部長が妹さんに会えなくても?」
男「そうだ」
女「…………」
女「……やっと分かってきました」
男「ん?」
女「常に誰かのために生きてきて」
女「他のことを考える暇もなく過ごしてきた、あなたは……」
女「自己犠牲なくしては、生きられない人間になっているんです」
男「……自己犠牲って……そんな大層もんじゃ……」
女「なら、妹さんが今後、亡くなったら?」
女「もしかして、その時は一緒に死のうなんて思ってませんか?」
男「……それは」
女「自分を犠牲にして、誰かを救う状況がなければ」
女「自分の生きる意味すら見失ってしまう」
男「………」
女「今日、私と部長は似たもの同士だと言いましたが」
女「……全く内面は違いますね」
男「……そうか」
女「こんなこと言うのは、大変失礼ですが……」
女「記憶を失い続けている妹さんのためにも言わせて下さい」
男「……アイツのため?」
女「あなたには……自己ってものがないです」
女「中身が空っぽというか……空虚なんです」
女「だから──」
女「そんな部長は、彼女の近くにいてはいけない人間ですよ」
女「だって……そこまでして妹さんは救ってもらいたくないから」
女「自分を犠牲にしてまで助けて欲しい……なんて」
女「彼女は少しも望んでないはずですよ?」
女「妹さんを救うとか、救えないとか、その前に……」
女「……部長には今一番にやるべきことがあるんです」
女「自分が何をしたいのか」
女「自分の望みは何なのか」
男「…………」
女「それを確認しなければいけません」
女「……それも、無理なら……」
妹「…………」
女「……きついことを言いますが……」
女「部長は妹さんの元を去った方がいいです」
女「そうすれば、きっと、誰も傷つきませんから……」
!? 妹いつのまにw
>>818
うわぁぁぁぁぁぁ!? 大事な場面でやってもうたっ!!!
そんなわけで、すみません。ここまでです。
これから外出するんですが、今日は家に帰れないと思うので、
再開は明日の昼ぐらいからになってしまいます。
本当に申し訳ない。。
あと、残りスレじゃ書ききれないと思いますし、
焦って展開を早めるのも嫌なんで、
最悪の場合は、SS速報をお借りしたいと思います。
出来れば、どなたか、立ててくれると嬉しいです。
すみません、急ぎにて、これで失礼させて頂きます。
ではまた。
追記:ペース的にも、多分明日、完結すると思います。
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