【ガルパン】あんこうチームの同窓会 (59)

優花里「皆さん、何飲みます?」

みほ「私は、カルーアミルクにしようっと」

華「カルーア……甘いカクテルですね」

優花里「相変わらずですねえ、西住殿」

みほ「え? 何が?」

優花里「相変わらず甘い物を好きですね、って意味です」

みほ「じゃあ優花里さんは?」

優花里「私は普通に生中です。生ビール中ジョッキ」

華「優花里さんこそ、相変わらずですけど」

優花里「そうですか?」

華「だって今のは、男性みたいな言い方じゃありませんか」

みほ「うん、優花里さんだって相変わらず。何だか男の子みたい」ニコ

優花里「…」ドキ

みほ「華さんは?」

華「わたくしは、冷やをいただこうかしら」

みほ「えっ」

優花里「五十鈴殿、いきなり冷酒ですか」

華「ここは、メニューにカクテルがあるようなお店にしては、お魚が美味しそうです」

みほ「お酒強いの? 華さん」

華「人よりは強いと思います」

優花里「昔の食べっぷりからして、お酒についても予想はできてましたが」

みほ「このお店のお酒、全部飲んじゃったりしないでね?」

華「まさか。一晩では不可能でしょう」

優花里「一晩では、って……それ以上時間を掛ければ、飲めちゃうんでしょうか」

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みほ「じゃ、お料理も幾つか、一緒に頼んじゃおう」

華「そうですね。お刺身の盛り合わせをいただきたいです」

優花里「西住殿。甘い物が好きだからって、初めからアイスとか言い出さないでくださいね?」

華「あ、いますね。そういう女性」

みほ「そんなこと言わないよ。フライドポテトがいいな」

華「優花里さんは、どんなおつまみが好きなんでしょう」

優花里「私は、枝豆さえあれば」

みほ「ビールと枝豆……」

華「男の子みたいというより、おじさん臭いですね」

優花里「あ、すいませーん。注文お願いします。カルーアと生中と……」

みほ「沙織さんと麻子さん、どのくらい遅れるんだろ」

華「30分ほどだそうです」

優花里「五十鈴殿、お酒の銘柄は何を?」

華「あ、そうでした……ではやはり『月の井』を」

優花里「それを冷やで。あと、料理は……」

みほ「麻子さんが日本に戻って来るの、アメリカの大学へ行っちゃってから初めてらしいね」

華「はい」

優花里「……以上を取りあえず」

みほ「卒業してから、もう3年もたつんだね」

華「わたくしたちもこうして、お酒を飲める年齢になりました」

みほ「麻子さんは3年も日本へ帰らなかった、ってことかぁ」

華「お勉強が忙しいし、おばあさまにもしものことがあった時以外は、帰国する気がないそうです」

優花里「冷泉殿の性格だったら、ホームシックになんか全然かからないでしょうね」

みほ「今回この5人が集まらなかったら、次にそうできるのは、多分…」

華「更に何年かたたないと、駄目でしょう」

優花里「あ、お酒が来ました」

華「では、乾杯しましょう」

みほ「何に?」

華「やはり再会を祝して、ではありませんか?」

みほ「それは、5人そろってからにしようよ」

優花里「まず、幹事さんの活躍に感謝して乾杯しましょう」

みほ「うん。華さん、ありがとうございました。乾杯」カチン

優花里「五十鈴殿、ありがとうございます。乾杯」ガチン

華「乾杯。そんな、わたくしなんて何もしていません」

優花里「武部殿と冷泉殿へ定期的にメールで連絡を取ってた、五十鈴殿のお陰じゃないですか」

華「いろいろな事情が重なって、自然とわたくしが取りまとめ役になっただけです」

優花里「確かに、県内の大学へ進学したのは五十鈴殿と武部殿だけでしたが」

みほ「今回、麻子さんは華さんの大学に用事があるんだっけ?」

華「指導教授の先生が、うちの大学で開かれる学会への御出席のために来日されるそうです」

優花里「そのお供に日本人の冷泉殿が選ばれた、ってわけですね」

華「東京にいるみほさんと優花里さんには、無理矢理こちらまで来ていただきましたけど」

みほ「全然問題ないよ。だって、さっき話したとおり、この機会を逃したら…」

優花里「5人が集まれるのは、また何年か先になっちゃいますから」

華「お料理が来ました」

みほ「食べ物は、あとの二人が来てから本格的に注文する?」

優花里「それまでお喋りしながら、つまむ程度にしときましょう」

みほ「お店のチョイスが素敵だね、華さん」

華「ここは、以前から目をつけていたんです」

みほ「お料理もお酒も種類が多いし、値段がそんなに高くないけど、どれも美味しそう」

優花里「お店の雰囲気もいいですね。お客さんたちが落ち着いた感じだから、静かに飲めます」

華「みほさん、優花里さん」

みほ「何? 華さん」

優花里「何でしょう、五十鈴殿」

華「わたくし、結婚することになりました」

みほ「ええっ? もう?」

優花里「私たち、まだ学生ですよ?」

華「もちろん、卒業した後の話ですけど」

みほ「じゃあ…婚約した、ってこと?」

華「はい」

優花里「お相手はどんな人です?」

華「お二人に、あらかじめ断っておきたいんですけど…」

みほ「何?」

華「あまり、ロマンチックなお話ではないんです」

優花里「どういうことですか?」

華「有体にいえば、これは政略結婚なんです」

みほ「政略結婚……」

華「地元で一番大きな銀行。名前を言わなくても、分かると思いますけど…」

優花里「あ……県内の就職先では人気が常に上位の、あの銀行ですね」

華「その創業家一族のお一人に、五十鈴家へお婿様として来ていただくことになりました」

みほ「その人が、華さんの結婚相手……」

華「はい」

優花里「難しいことは分かりませんが、お互いにメリットがある、ってことですか」

華「ええ。わたくしの家としては、経済的な後ろ盾が得られる」

優花里「……」

華「相手の家としては、五十鈴流とつながりを持つことで、ブランド力が上がるんです」

みほ「華さん。こんなこと訊いていいのかどうか、分からないけど…」

華「何でしょう、みほさん。気にしないで、どんなことでも言ってください」

みほ「政略結婚なんて…華さんは、それでいいの?」

優花里「五十鈴殿は納得してるんでしょうか。そういう結婚で、幸せなんですか?」

華「このお話を聞くと、誰もがそう言いますね」

みほ「当然だと思う。私たちは他人だから、どうこう言える立場じゃないけど」

優花里「大きなお世話かもしれませんが、大事な友達の将来に関わることです」

華「ありがとうございます、気に掛けてくださって。でも心配しないでください」

みほ「相手の人って、どんな男の人なの?」

華「年齢は10歳上です」

優花里「じゃあ、もう30歳を超えてるんですね」

華「はい。その銀行には系列の会社が複数ありますけど、その幾つかで役員をしています」

みほ「優しい人?」

華「それはもう。お婿様に来てもいい、というくらいのかたですから」

優花里「大人しい男性、ってことですか」

みほ「もちろん、もう何回か会ってるんだよね?」

華「ええ。いつも借りてきた猫のようです。わたくしみたいな、まだ学生の小娘が相手なのに」

優花里「でもそれじゃ、ちょっと物足りなくないですか?」

みほ「そうだよね。何でもいいから、何か頼れる一面があった方がいいよね」

華「ところが、それは逆なんです」

みほ「逆?」

華「そのかたは、これからうちへ来ていただいたら、もっと大人しくなります」

優花里「それは、尻に敷く、という宣言ですか?」

華「女が圧倒的な支配権を持つ五十鈴家の“型”に、キッチリはめてさしあげます。ふふふ」

みほ「……今の華さん、ちょっと怖かったね」

優花里「……目が、邪悪な光を放ってましたね」

みほ「じゃあ華さんは、その結婚に納得してるってこと?」

華「はい。意外と幸せですよ」

みほ「それなら、良かった。心配する必要なんてなかった」

優花里「本人が受け入れてるのなら、周りがとやかく言うことじゃないです」

みほ「相手の人も納得してるの?」

華「はい。わたくしと同じくらい嬉しがっていると思います」

みほ「“同じくらい嬉しがってる”?」

優花里「五十鈴殿はむしろ、その結婚が嬉しいんですね?」

華「もちろんです。相手はすごく年上ですけど、可愛いところのあるかたですし」

優花里「五十鈴殿。それなら、思い切って訊いちゃいますが…」

華「何でしょう」

優花里「実は相手の男性のこと、好きになっちゃってるんじゃないですか?」

華「不思議なものですね。お見合いでも、相手を好きになったりするんですね」

優花里「ありゃ。おノロケ発言が出ちゃいました」

華「わたくしは結局この年齢になるまで、恋愛を経験したことが一度もありませんでした」

みほ「……」

華「これが、最初で最後の恋、なんでしょうね」

優花里「西住殿、聞きました? 今度は尻に敷く宣言どころか、純愛宣言ですよ?」

みほ「もう聞いてられない。心配した私たちは何だったの、って感じ」

華「ふふふ。恥ずかしいです」

みほ「おめでとう、華さん」

優花里「おめでとうございます、五十鈴殿」

華「ありがとうございます、みほさん、優花里さん。式については、また連絡をさしあげます」

優花里「でも、五十鈴殿」

華「はい」

優花里「五十鈴殿自身は、どうするんですか?」

華「わたくし、自身?」

優花里「大学を卒業した後の話です」

みほ「華さんの大学って、全国から受験生が集まるほどの所だよね」

優花里「そんないい大学を出て、そのまますぐに永久就職ですか?」

華「はい。そのとおりです」

みほ「……断言、されちゃった」

優花里「……返す言葉も、ありませんね」

華「元々、大学への進学は家を継ぐための行程の一つですから」

みほ「華さん、経営学科だったっけ」

優花里「なるほど……五十鈴家、五十鈴流の経営、運営に備えて、そこを選んだんですね」

華「経営学が実際の経営へどの程度役に立つのか、分かりませんけど」

優花里「羨ましいですね。就活しなくていいなんて」

華「わたくしの場合、あの家に生まれた時点で、もう就職先は決まったようなものですから」

♪~♪~♪~

優花里「誰の携帯ですか?」

華「わたくしのです。ちょっと失礼……」

みほ「沙織さんからメールかな」

華「……そのとおりです。先ほど麻子さんと合流して、今、こちらへ向かっているそうです」

みほ「いよいよ、全員そろうね」

優花里「五十鈴殿。結婚のこと、武部殿には?」

みほ「あ、そうか。沙織さんが知ったら…」

優花里「はい。結婚願望の固まりみたいな人でしたからね、武部殿は」

華「沙織さんが知ったら、嫉妬と羨望で発狂します」

優花里「……五十鈴殿のそういう発言も、相変わらずですねえ」

華「実はもう、発狂させてしまったんです」

みほ「えっ」

華「婚約した少し後に、沙織さんと麻子さんへメールでそのことを伝えました」

みほ「うん」

華「そうしたら、その日のうちに沙織さんから呼び出されて…」

優花里「質問責め、ですか」

華「相手のことや相手の家柄に始まって、婚約指輪の値段に至るまで、もう大騒ぎでした」

みほ「沙織さん、すごいこと訊くなぁ」

華「居酒屋を3軒、はしごしました」

優花里「じゃあ二人とも、べろんべろんになっちゃったんじゃないですか?」

華「わたくしは大丈夫でしたけど、沙織さんはその後3日間くらい、二日酔い状態だったそうです」

みほ「……さすが華さん」

優花里「恋に恋する乙女、武部殿。そういうところは相変わらずですか」

華「何ら結果を出せていない、ということも昔のままです」

みほ「沙織さんって可愛いのに、どうしてモテないんだろうね」

華「いろいろ努力をしているようですけど」

優花里「その努力が、ことごとく空回りしてるんですね」

華「お二人に、前もって言っておきますけど…」

優花里「何ですか?」

華「これから、沙織さんが来ます。今の彼女を見ても、びっくりしないでくださいね」

みほ「え? どういうこと?」

優花里「……」

みほ「優花里さん、どうしたの? 何見てるの?」

優花里「キャバ嬢にしては下手なメイクの、中途半端にケバいおねーさんが笑顔でこっちへ来ます」

みほ「……ホントだ。その人に手を引かれてるの、麻子さんかな」

優花里「やっぱり、あれは冷泉殿ですか。雰囲気が変わりましたね」

みほ「何ていうか、柔らかい感じになったね」

沙織「お待たせ! 元通信手、武部沙織! ただ今参上!」

優花里「このキャバ嬢おねーさんの声、武部殿にそっくりですね」

みほ「うん。沙織さんのお姉さんなのかな」

沙織「何言ってんの! 私よ私! さ・お・り! 武部沙織!」

麻子「みんな、久しぶり」

みほ「麻子さん! 久しぶりー!」

優花里「冷泉殿、会いたかったですー!」ギュッ

麻子「こら秋山さん、抱きつくな。頬ずりをするな」

優花里「そんなこと言われても、やめませんよー!」スリスリ

麻子「五十鈴さん、今回はいろいろありがとう」

華「お礼を言うのはこちらです。忙しいのに来てくださって、ありがとうございます」

麻子「昔の仲間に会うと教授へ言ったら、構わないから行けと言ってくれた」

みほ「麻子さん、座って。早く飲み物頼んで、乾杯しようよ」

沙織「みんな何よ! 私を無視しないでよ!」

優花里「まあまあ、キャバ嬢おねーさんも座ってください」

沙織「誰がキャバ嬢よ!」

みほ「見れば見るほど沙織さんにそっくりだね。背の高さとか髪とか」

優花里「違うのは顔だけですね」

沙織「だから本人だってば! ちょっと華! さっきから何笑ってんのよ!」

華「沙織さん、だからずっと言ってきたんです。そのお化粧の仕方、やめた方がいいって」

沙織「何言ってんの! 男は顔と胸しか見てないんだから! 手間を掛けるのは当然でしょ!」

優花里「キャバ嬢おねーさんは何飲みます?」

沙織「だからゆかりん、キャバ嬢って言うな!」

麻子「私はビールにしよう。生ビール中ジョッキだ」

沙織「私も生中!」

優花里「すいませーん、生中二つ」

みほ「あの…」

沙織「何? みぽりん」

みほ「沙織さんのお姉さんですか?」

沙織「だーかーらー! 沙織よ沙織! 正真正銘の本人だよ!」

優花里「でも武部殿には、妹さんしかいなかったはずですが」

沙織「……もう、アッタマきた」

華「沙織さん?」

沙織「みんながこんなにバカにするなら、分かったよ! 分かりましたよ!」

麻子「どうするんだ?」

沙織「このメイクを落とせばいいんでしょ!? 落とせば!!」ダダッ

みほ「……行っちゃった」

優花里「五十鈴殿が、びっくりしないでと言ったのは、あのことですか」

華「はい。あのお化粧をやめた方がいいと以前から言ってるんですけど、全然聞かないんです」

麻子「私もさっき、初めて見た時は驚いた。知らない人の振りをしようかと思った」

みほ「確かに、努力が空回りしてるね。ああいうのを勘違いメイクっていうんだね」

麻子「自分ではあれがいいと思ってるんだろう。自分以外の全員は不気味だと思ってるが」

優花里「毎日あのメイクで、学校へ行ってるんでしょうか」

華「わたくしも気になりますけど、訊かないようにしています。何となく」

沙織「まったく……出先でメイク落とすことになるなんて」

麻子「お、戻ってきた」

みほ「沙織さん!」ギュッ

優花里「武部殿!」ギュッ

沙織「ちょっと、二人とも急に抱きつかないでよ!」

みほ「いいじゃない、久しぶりなんだから……」ギュウウ

優花里「そうですよー。たけべどのー」ギュウ

沙織「何よもう、わざとらしい! メイク落とした途端に何なのよ!」

みほ「……」

沙織「みぽりん! いい加減に放してよ!」

華「そろそろ、静かにしましょう。周りの人たちが皆、見ています」

沙織「だって、みぽりんが!」

みほ「……」

麻子「いや、沙織」

沙織「何?」

優花里「様子が、おかしいです」

沙織「えっ」

みほ「……ううっ。ぐすっ……」

華「みほさん……」

優花里「西住殿が、泣いてます……」

みほ「……うぐっ。ううっ……」

沙織「な、何よみぽりん。どうしちゃったの?」

みほ「……ご…ごめん、なさい……何だか、急に……」

沙織「や、やだもーみぽりんったら。私に会えて、そんなに嬉しかった?」

みほ「……うぐっ。ぐすっ……」

麻子「西住さん、乾杯しよう。酒はもう来てる。目の前にあるんだから早く飲みたいぞ」

みほ「……うん……」

優花里「西住殿……」

みほ「ごめんなさい……もう、大丈夫……」

華「さあ、みほさん。音頭を取ってください」

みほ「うん……分かりました。じゃあみんな! 乾杯します!」

沙織「西住隊長、何に乾杯する?」

みほ「もう、隊長はやめてよぉ」

華「よろしいではありませんか、今くらい。ね、隊長?」

麻子「隊長が嫌なら、車長の方がいいか?」

みほ「どっちも同じだよぉ」

沙織「隊長、いいから早くー!」

優花里「ジョッキを掲げた手が疲れてきました」

みほ「何ですか、装填手のくせに!」

優花里「ひえ~っ、隊長に怒られちゃいました~」

みほ「じゃあ、みんな!」

沙織「うん!」

華「はい」

優花里「はい!」

麻子「ああ」

みほ「ついにこの5人がそろいました! 再会を祝して、乾杯!!」

一同「かんぱーい!!」

優花里「じゃあ、料理を本格的に頼みましょうか」

みほ「麻子さん、ひょっとして久しぶりの和食?」

麻子「ああ。普段は現地人たちと同じ物を食べてる」

沙織「私は肉じゃが!」

優花里「そういえば、それは武部殿の得意メニューでしたね」

華「沙織さんはこういうお店へ入ると、必ず肉じゃがを注文するんです」

沙織「私が作ったのとどっちが美味しいか、チェックしてるんだよ」

麻子「沙織は一体何と戦ってるんだ」

みほ「麻子さん。変な言い方だけど、麻子さんが普通に話してて私、少しホッとした」

麻子「西住さんの言いたいことは分かる。日本語をこんなに使うのは久しぶりだからな」

華「やはり普段、英語だけなんでしょうか」

麻子「日本語を使うのは、日本人留学生の知り合いと話すときだけだ。しかもその機会は少ない」

華「では今日、麻子さんには思い切り日本語を喋ってもらって…」

優花里「思い切り日本食を食べてもらいましょう。外国だと高いみたいですし」

みほ「じゃあ私も、お酒を日本酒にしようかな」

華「あらみほさん、実はいけるクチなんですね」

沙織「ぷはーっ、生中もう一杯!」ダン

優花里「早っ。もう飲んじゃったんですか?」

沙織「さっきみんなが私にさんざん叫ばせたから、喉が乾いてんのよ」

麻子「私も、もうジョッキが空く。今度はバーボンソーダにしよう」

優花里「ビールの次はバーボンですか。いかにもアメリカですね」

麻子「だが今夜の料理は日本食がいい。焼鳥の盛り合わせを食べたい」

華「タレか塩かを選べるようですね。どちらにしましょう」

一同「塩!!」

みほ「どうして私たち、こんなところで息が合うの?」

優花里「酒飲みは大抵、塩を選びますから。私たちは全員そうなのかも。あ、すいませーん」



~~~~~~~~~~


華「沙織さん、そこのお醤油を取ってもらえますか」

沙織「あ、これね。はい」

優花里「それにしても、冷泉殿」

麻子「何だ」

優花里「雰囲気が変わりましたね」

みほ「何ていうか、柔らかくなった、っていうか…」

華「女性らしくなったんじゃないでしょうか」

沙織「ね、みんな。どうしてだと思う?」

優花里「武部殿は理由を知ってるんですか?」

沙織「さっき会ってから、ずっとこの話を聞かれてさー」

麻子「沙織がその話題しか訊いてこないからだ」

みほ「何なの? その理由って」

沙織「麻子、言っていいよね?」

麻子「別に隠すことじゃない」

沙織「何と! 麻子に、彼ができましたー!」

みほ「えーっ?」

華「あらあら」

優花里「やりますね、冷泉殿」

沙織「どこの国の人だと思う?」

みほ「アメリカ人じゃないの?」

沙織「スペイン人だってさー!」

華「ラテン系ですか」

みほ「同じ大学の人?」

麻子「ああ。私が行ってる大学は、世界中から学生が集まるからな」

みほ「そっかー、それで…」

沙織「ここが、こんなになったんだよねー」プニプニ

麻子「胸を触るな」

華「雰囲気が変わったのは、女性らしい体つきになったからですね」

沙織「男に揉まれると大きくなるって、都市伝説じゃなかったんだねー」プニプニ

優花里「……」

華「優花里さんは、自分のどこを見ているんでしょうか」

優花里「あ、あははは。私のことはいいじゃないですか」

みほ「麻子さん、彼氏がスペインの人って…」

麻子「何だ」

みほ「麻子さんはスペイン語も喋れるの?」

麻子「いや。そいつとの会話は全部、英語だ」

みほ「あ、それもそうか。二人ともアメリカの大学にいるんだし」

麻子「私はそいつがスペイン語で喋るのを、聞いたことがない」

華「反対に、麻子さんが日本語で話すのを…」

麻子「ああ。そいつは聞いたことがないだろう」

優花里「なるほど」

麻子「セックスの最中に私が何語で何を叫んでるかは、自分で分かりようがないけどな」

みほ「ちょ、ちょっと麻子さん///」

優花里「冷泉殿……ストレートに言いますねえ」

麻子「事実だが、何か変か?」

沙織「麻子ったらもう、さっきからずっとこんな調子なんだよ」

麻子「質問に対して率直に答えるのが、おかしいのか?」

沙織「彼と会ったときには、必ずヤるとか言ってるし……」

麻子「健康な若い女と男なんだ。当然だろう」

沙織「会ったら、朝から晩まで、ずっとヤってるんじゃないの?」

麻子「それは違う。晩から朝までだ」

華「一日中か一晩中かの違いだけですけど」

優花里「彼氏は、白人の男性ってことですよね」

麻子「ああ」

優花里「冷泉殿は可愛い小柄な人だから、身長差がすごいんじゃないですか?」

麻子「“すごい”がどの程度なのか知らないが、そいつは南欧系だ。北欧の白人に比べれば小さい」

華「北欧三国やドイツなどの男性は、すごく大きいですね」

麻子「2メートル近いのがザラにいるな。私の相手は確か、180センチ前後だったと思う」

みほ「そのくらいの男の人だったら、日本でも普通にいるね」

沙織「じゃ、麻子でも大丈夫なんだ」

麻子「どういう意味だ? 確かに体の各部分がそれに見合った大きさだから、私でも可能だが」

みほ「“各部分”とか“大きさ”って///」

優花里「“私でも可能”ってのも言ってましたよ」

麻子「しかし、白人でも様々な大きさがあるそうだ。安易な一般化は避けるべきだ」

華「何だかお話が、男性のサイズ談義になってしまいました」

優花里「冷泉殿はアメリカへ行って、一気にいろいろなものが開花した感じですね」

みほ「麻子さんのイメージが、崩れていく……」

麻子「だが、そいつと会うのはせいぜい月に1回くらいだ」

みほ「あ、そうなの?」

麻子「課題やら何やらで、普段はそれどころじゃない」

沙織「へー。麻子、ちゃんと勉強してるんだ」

麻子「当たり前だ。アメリカまで遊びに行ってるわけじゃないんだぞ」

みほ「麻子さんの専攻って何?」

麻子「生物学」

優花里「生物学といっても、いろいろありますが」

麻子「Stem Cell Biology」

沙織「麻子、日本語でおk。聞いてもどうせ分からないけど」

麻子「日本語では…幹細胞生物学。私の指導教授はその世界的な権威の一人だ」

みほ「そういう先生がいるから、麻子さんの大学へ世界から人が集まるんだね」

優花里「冷泉殿は研究者を目指してるんですか?」

麻子「将来については未定だ。今は、教授の研究室に残れるようになることしか考えてない」

沙織「でも麻子は、幾ら勉強が忙しくたって、ちゃっかり彼を作ってるじゃん」

麻子「そいつの方から近寄ってきたんだ。やたらと話しかけてきて、気が付いたらこうなってた」

華「そのかたは、麻子さんのどういうところを好きになったんでしょうか」

麻子「知らない。ただ、欧米人の男は、アジア人女性のストレートでロングの黒髪が好きだな」

みほ「麻子さんの髪、綺麗だものね」

麻子「そいつに会うと、四六時中いじくりまわされる」

華「ふふふ。それは、いじられているのではなく、可愛がられているんでしょう?」

麻子「……そうとも言う」

沙織「おっ? 麻子がガラにもなく、照れちゃってる?」

優花里「あーもう今夜って、この話の展開、何なんですかねえ」

みほ「おノロケ合戦だよね、これ。やってられないよね」

沙織「何ぃ……?」

みほ「えっ」

沙織「みぽりん。それは、華がまたノロケてたってこと……?」

みほ「しまった。沙織さんの目に、変な炎が灯っちゃった」

華「沙織さん。あの夜の続きなら、もう勘弁してください」

優花里「武部殿が再び、発狂してしまう……」

沙織「華。そういえば今日、あんたは指輪してきてないね……。どういうこと?」

華「だから、それは許してくださいと、あれほど…」

沙織「どうして見せない!? 200万円の婚約指輪!!」

麻子「おい沙織、黙れ!…大きな声で言うことじゃないだろう」

沙織「……あ……」

みほ「そうだよ、沙織さん」

優花里「武部殿、自重を……」

沙織「……華、ごめん……」

華「いえ、いいんです。とにかく、わたくしはまだ学生ですから、そういうのは勘弁してください」

優花里「五十鈴殿なら、決して分不相応ではありませんが…」

みほ「生意気、って思っちゃう人もいるよね」

麻子「そんな高価な物を身に着けて、その辺りを歩くことなどできないしな」

沙織「……うん……」

優花里「でも、200万円…ですか」

みほ「値段を聞くと、興味が出ちゃうね。華さん、いつか見せてくれる?」

優花里「触らせろなんて、言いませんので」

麻子「画像をメールで送ってくれ」

華「皆さんまで……。後生ですから、もう許してください」

沙織「当然の反応だよ。私たちは女なんだから」

優花里「女の性(さが)ってやつですね」

みほ「それにしても、華さんも麻子さんも、羨ましいな」

優花里「冷泉殿なんて学業も恋愛も、全開でブッ飛ばしてるっていう勢いです」

みほ「それに比べて、私は……」

優花里「西住殿?」

みほ「……」

華「みほさん、どうしましたか?」

みほ「……う、ううん。何でもない……」

沙織「みぽりん。さっきからちょっと、おかしいよ?」

麻子「西住さん」

みほ「何?」

麻子「ここにいるのは全員、かつての仲間で、今でも大切な友人同士だ。だが一方で…」

みほ「……」

麻子「西住さんの今の生活とは、関係がない人間ばかりだ。何を喋っても後腐れはない」

沙織「そうだよ。私たちでよければ、話を聞くよ?」

みほ「……」

麻子「もちろん、無理にとは言わないが」

みほ「……分かった。みんな、聞いてくれる?」

華「みほさん、大丈夫なんですか?」

みほ「うん。みんなに話を聞いてほしい。それで、どう思うか言ってほしいの」

優花里「西住殿、一体何が……」

みほ「私、あの学園を卒業して、東京の大学へ入って…」

沙織「うん」

みほ「すぐに、彼氏ができたの」

沙織「みぽりんなら、男が群がってくるんじゃない?」

麻子「下品な茶々を入れるな、沙織」

みほ「でも、すぐに別れちゃって…」

沙織「えっ」

みほ「次の人も、そう。すぐ、別の人と付き合い始めたんだけど、長続きしなくて…」

優花里「……」

みほ「どの人もそうなの。一番長く彼氏でいてくれた人でも、4か月くらいだった」

沙織「ちょっと待って。そんなに何人もと付き合ったの?」

みほ「うん。いつも、別れたら、すぐに次の人から告白されて…」

沙織「……」

みほ「断る理由なんて特にないし、付き合い始めるんだけど…」

麻子「すぐに別れてしまう。その繰り返しか」

みほ「そしたら、そのうち変な噂が立つようになっちゃって…」

優花里「変な噂?」

みほ「いつも違う男の子を連れてる、とか…誰とでもそういうことをする、とか…」

優花里「ひどい……」

みほ「女の子たちからは、可愛いからっていい気になってる、って言われてるみたいだし…」

優花里「ひどい。ひど過ぎます。西住殿はそんなつもり、全然ないでしょう?」

みほ「当たり前だよ。私、何も…してないのに……」

沙織「みぽりん……」

みほ「男の子たちと、仲良く…してただけ…なのに……ううっ……」

華「みほさん、泣かないで……」

みほ「……ぐすっ。もう、女の子の友達も…告白してくれる、男の子も……」

優花里「……」

みほ「……一人も、いなく…なっちゃった……」

麻子「西住さん」

みほ「……う、うん……何……?」

麻子「今、何もしてない、と言ったな」

みほ「うん……それが、何……?」

麻子「本当に、何もしてないのか?」

優花里「どういう意味ですか?」

麻子「本当に何もしてないのなら、そんな噂の立つはずがない」

みほ「……ね、麻子さん。はっきり、言って?」

麻子「今の話だと、その噂が立った原因は、西住さんが付き合う男を頻繁に変えてることだ」

華「非常に言いにくいですけど、そうなりますね」

麻子「だから、西住さんは決して、何もしてないわけじゃない」

沙織「次々と男を変えてる、ってことをしてるのか」

みほ「じゃあ……私が、悪いの? だって、好きって言われたら、嬉しいし…」

優花里「……」

みほ「男の子と遊んでると、楽しいし……これが、悪いことなの!?」

華「みほさん、落ち着いてください」

みほ「うん……ごめんなさい。でも、納得、できない……」

華「みほさんは、男性たちとお付き合いして一緒に遊んでいると、楽しいと言いました」

みほ「うん」

華「それならどうして、その楽しいお付き合いが長く続かないんでしょうか」

みほ「そんなの、分からない……。だって私、いつも、振られちゃうから……」

優花里「えっ!?」

沙織「みぽりんを振る男なんて、この世にいるんだ……」

優花里「でもまさか、“いつも”ってことはないでしょう?」

みほ「ううん。私から、別れたいって言ったことなんて、一度もない。全部、相手から」

優花里「そんな……」

みほ「浮気されてたことまで、あった」

優花里「ええっ!?」

華「みほさんほどの可愛らしいかたが、浮気をされてしまうなんて……?」

みほ「その人は突然、手をつなぐのさえしなくなった。後で、その時に別の彼女ができてたって…」

優花里「ゆっ、許せません!」ガタタッ

麻子「秋山さん、落ち着け。座れ」

優花里「落ち着け!? そんなの不可能です! 西住殿、そいつの居場所を教えてください!」

みほ「ゆ、優花里さん……」

優花里「私がぶん殴ってやります! 西住殿を裏切るような、泣かすような奴を!!」

沙織「ゆかりん。お願いだから、無理言わないで」

華「静かにして座ってください。わたくしたちはもう、騒ぎ過ぎです」

沙織「お店中の人が、ゆかりんを見てるよ」

麻子「店員から何か言われるぞ。最悪、今すぐ退店だ。地元にいる五十鈴さんと沙織は出入り禁止」

優花里「……くっ……」

沙織「ね、ゆかりん。みんな同じ気持ちだよ。でも、そんなことしたって…」

華「問題は何も解決しません」

優花里「……は、はい……そうです。分かって、ます……」ガタ

沙織「問題は、みぽりんみたいな可愛い子がそんな目に遭う原因は何か、ってことだよね」

華「みほさんは可愛らしいから、周囲の男性は皆、お付き合いしたいと思うんでしょう」

沙織「だから、ある男と別れたら、すぐに次の男が告白するけど…」

麻子「関係が長続きしない。男は間もなく去ってしまう。これの繰り返しだ」

沙織「みぽりん。こうなっちゃう原因、何か心当たりないの?」

みほ「……」

華「原因がはっきりしなければ、今の状態がずっと続くことになるでしょう」

みほ「……あるよ」

優花里「え?」

みほ「心当たり。相手の態度が、変わるきっかけが、ある……。私、気付いてた……」

優花里「何ですか、それは?」

みほ「……駄目、言えない。……恥ずかしい……」

優花里「恥ずかしい……?」

麻子「西住さん」

みほ「……」

麻子「セックス、だな?」

優花里「れ、冷泉殿」

麻子「違うか? 西住さん」

みほ「……うん……。そう、だよ……」

沙織「麻子、どういうこと?」

麻子「大体の事情は推測できる。だが、極めて私的な話題だ」

華「こんな話題を、これ以上、本人にいろいろ訊いていいものか……」

みほ「……ううん。みんな、何でも訊いて?」

優花里「西住殿、無理をしなくても…」

みほ「ううん、無理なんかじゃない。だって私はさっき、話を聞いてほしいって言ったんだもの」

優花里「……」

みほ「だから、どんなことでも話す。さっきは、言えないなんて言って、ごめんなさい……」

麻子「じゃあ、西住さん」

みほ「うん」

麻子「はっきり、訊くぞ?」

みほ「うん……」

麻子「セックスで気持ちいいと思ったことはあるか?」

みほ「それは、あるけど……」

麻子「イったことはあるか?」

みほ「それは、ない。今まで一度も、経験してない」

麻子「挿入状態では難しいかもしれない。だが触られたり、舐められたりしてもか?」

みほ「舐める、なんて……アソコを? そんなこと、させないよ」

麻子「それなら反対に、男のを舐めてあげるか?」

みほ「やだ……そんなの、絶対しない」

麻子「体位をいろいろ試したか?」

みほ「普通ので、十分だよ……」

麻子「男は、様々なことをやりたがると思うが」

みほ「動物みたいな格好が好きな人も、いたけど…すぐやめてもらった」

華「動物みたい?」

沙織「後ろから、じゃない?」

華「あ、そうですね」

麻子「……推測したとおり、だ……」

華「……」

沙織「……」

優花里「……」

みほ「どうしたの? みんなで顔を見合わせて……」

麻子「西住さん。思ったことを、正直に言っていいか?」

みほ「何? 何でも言って?」

麻子「西住さんは、怒るかもしれないぞ?」

みほ「……」

麻子「席を立って帰ろうと思うかもしれないぞ? それでもいいか?」

みほ「くどいよ、麻子さん。私はさっき、どう思うか言ってほしいって言ったんだよ?」

麻子「それなら、言う」

みほ「……」

麻子「西住さんは、男にとって“つまらない女”なんだ」

優花里「……」

沙織「ゆかりん。みぽりんがあんなこと言われても、さっきみたいに怒らないんだね」

優花里「……そんなの、訊かないでください」

華「優花里さんも、麻子さんと同じことを思っているんでしょう?」

優花里「……」

華「経験のないわたくしでも、麻子さんと同感です」

麻子「セックスは女と男の、共同作業のはずだ」

沙織「でも、みぽりんの言ってることって、何でもかんでも、あれは嫌、これは駄目…」

華「こんな非協力的な態度では、その作業は成り立たないかもしれません」

沙織「でも、どっちかが完全に受身、どんなこともされるがまま、ってのもあり得ないけど」

麻子「そんな趣味の人もいるかもしれないが、非常にまれだろうな」

みほ「……うん……私、分かってた……」

優花里「西住殿……」

みほ「本当は私、気付いてたの。分かってたの」

優花里「……」

みほ「どの人も何回かしてるうちに、どんどん、がっかりした感じになってくの」

麻子「……」

みほ「私とじゃ、楽しくないのかな、気持ちよくないのかな、って思ってた」

華「……」

みほ「でも、どうすればいいのか、思い付かなかった。だから、どうしようもなかった」

沙織「……」

みほ「だけど本当は、それじゃ駄目だった。分かってたなら、何とかすべきだった」

優花里「……」

みほ「結局、ずっと私は、麻子さんの言った“つまらない女”のままだった……」

沙織「みぽりんって、こんなに可愛いのに…」

みほ「男の子にとっては、見た目が可愛いだけの女」

沙織「……」

みほ「それしか取り柄がない、残念な女」

麻子「……」

みほ「だから、すぐに飽きられちゃう……」

華「本当は全て、自分で分かっていたんですね」

みほ「うん。でも、このことから目を背けてた。心の奥の方へ押し込んで、見ないようにしてた」

優花里「……」

みほ「今、みんなに言われて、やっと向き合えた……」

優花里「でも、西住殿」

みほ「何?」

優花里「無理することは、ないと思います」

沙織「そうだね。今まで嫌だったことを、すぐできるようになるはずないじゃん?」

華「ええ。好き嫌いは、そう簡単に変えられるものではありません」

麻子「どうしても嫌なものは嫌だし、譲れない一線は必ずあるだろう」

沙織「いつか、そういうことも合わせて、みぽりんのことを全部好きになってくれる人が現れるよ」

みほ「……でも……そんな人、いるのかな」

優花里「……」

みほ「こんな私でも、受け入れてくれる人なんて、いるのかな……」

沙織「ちょっとみぽりん、何言ってるの?」

華「みほさんは、一生のうちに出会う人の全員に、もう会ってしまったとでも?」

麻子「まだ私たちにはこれから、いろいろなことが起こるぞ」

沙織「出会いだって、数え切れないほどあるよ」

麻子「ああ。You ain't seen nothin' yet」

みほ「え?」

麻子「すまない。つい……」

優花里「そのまま訳せば、“あなたはまだ、何も見ていない”」

華「“お楽しみはこれからだ”という意味です」

沙織「やっぱり体の相性って、大事なんだね……」

麻子「つまらん一般論でオチをつけようとするな、沙織」

沙織「そりゃあ、麻子は余裕だよね。相性バッチリの人に巡り会えたみたいだからさ」

華「わたくし、結婚が少々怖くなってきました」

沙織「華、どうする? 新婚初夜になって初めて、相手に欠陥があるって分かったら」

華「欠陥? 例えばどんなことでしょう」

沙織「例えば、もう駄目だったり。全然役に立たなかったりとか、さ」

麻子「あり得ない話ではないな」

華「少し、困るかもしれませんけど…今は、様々な不妊治療の方法がありますし」

沙織「じゃあもっと困るのは、実は変態だった、って場合か」

麻子「そっちの方が更に深刻だな。周囲としては面白いが」

華「その場合は…こちらがもっと変態的なことをすればいいんです」

みほ「華さんって変態さんだったの?」

華「どうしてそうなるんでしょう。例えば、の話です」

麻子「だが五十鈴さんは、SMのS嬢とかが似合いそうだな」

華「うーん……興味がなくもないですね」

沙織「五十鈴家って、女が絶対的な力を持ってるんでしょ?」

麻子「旦那を尻に敷いて、搾取するのか」

華「その意味では、五十鈴家は代々、S的な当主ばかりだったといえます」

みほ「華さんも伝統を受け継ぐんだね。やっぱり変態さんだったの?」

沙織「これが、五十鈴流……!」

華「下らない話はここまでにして、最後のお一人について、近況をうかがいましょうか」

沙織「最後の一人?」

麻子「五十鈴さんの近況は、もう報告済みか」

華「ええ、お二人が来る前に。例の婚約の話です」

みほ「華さん、麻子さん、私、と来て…」

華「最後は優花里さんです」

沙織「ちょっと! どうして私がハブられてるのよ!」

麻子「報告すべき近況なんてあるのか? 沙織」

みほ「沙織さん、相変わらずって聞いたけど」

麻子「もし最近、何か変化があったというのなら…」

華「わたくしたちはお話をうかがうのに、決してやぶさかではありません」

麻子「じゃあまず、男関係について話してみろ」

沙織「ぐぬぬ……」

華「では、優花里さん」

優花里「私ですか……。近況なんて、何を喋ればいいんでしょう」

麻子「これまでが全て、男の話だった」

華「ここはやはり、男性についてではないでしょうか」

優花里「……」

麻子「秋山さん。今、付き合ってる男がいるか?」

優花里「……」

華「どうしました?」

沙織「ゆかりん。さっき怒った時から、何だか元気なくなったね」

優花里「そんなこと、ないですよ」

麻子「話題を変えるか?」

優花里「いえ。それについて皆さんも、話したんですから……」

みほ「じゃあ、今、彼氏っているの?」

優花里「……」

みほ「優花里さんのお話、聞きたいな」

優花里「……西住殿…残酷、過ぎます……」

麻子「何か言ったか?」

優花里「何でもありません」

麻子「……」

優花里「……い、い……」

みほ「い?」

沙織「い……“い”ます? “い”ません?」

華「どちらなんでしょう」

優花里「……い、います……」

沙織「……!!」

みほ「これで…」

麻子「男のいた経験が、ないのは…」

華「沙織さんだけ、という事実が無慈悲にも明らかとなってしまいました」

沙織「う……うるさーい! 男がいれば偉いのか!?」

華「ということは、沙織さんはまだ…」

みほ「処女、なのかぁ」

沙織「だったら悪いか!? 悪いのか!? ああ!? 華だってそうでしょ!?」

麻子「何を言ってるんだ、沙織?」

みほ「今はまだ、そうみたいだけど…」

麻子「沙織には、五十鈴さんへデカデカと貼られた『売約済』の札が見えないのか?」

みほ「あまり長い間処女でいたら、体に悪いんじゃなかったっけ?」

華「言われてみれば、どこかでそう聞いたような……」

沙織「ない! そんなことは断じてない!」

麻子「ずっと処女を守ってれば、いいこともあるんじゃないか?」

沙織「いいこと?」

みほ「30歳まで処女でいると、魔法少女になれるんだよね」

沙織「何だそれは! なるわけないでしょ! そんなもの!」

華「沙織さん、魔法を使えるようになるんですね。変身したりとか」

沙織「華まで何言ってんのよ!」

麻子「変身する時、身体や服の変化は分子レベルにまで及ぶのか調べさせてくれ」

沙織「わけの分からんこと喋るな! 理系女め!」

みほ「変身アイテムとかは商品化しやすいものにした方が、おもちゃメーカーに親切だよ」

沙織「みぽりん、どうしてそんなことに詳しいのよ!」

麻子「まあしかし、30歳で“少女”とはずいぶん無理があるな」

華「でも今は、40代や50代の御婦人がたでも“女子会”を開くそうですから」

麻子「秋山さん、その男は大学の人か?」

優花里「はい……。私は大学で、軍事や歴史関係のサークルに入ってまして…」

華「同じサークルのかたですね」

優花里「はい。学年は一緒です」

麻子「同好の士か」

みほ「趣味が同じって、いいね」

優花里「……」

華「やはり、名前に“殿”を付けて呼ぶんですか?」

優花里「いえ、それは……」

沙織「どう呼んでるの?」

優花里「下の名前を、呼び捨てで……」

麻子「それなら、私たちに対して使うような敬語は…」

優花里「使いません。タメ口で話してます」

みほ「えー? 想像できない」

華「わたくしたちは敬語以外で話す優花里さんを、見たことがありませんものね」

麻子「逆に相手の男は、秋山さんをどう呼ぶんだ?」

優花里「同じく、下の名前を呼び捨てです」

沙織「お互いに呼び捨て? 何だか超いい雰囲気じゃない?」

華「恋人同士であるのと同時に、趣味が合う友達、仲間という雰囲気なんでしょうか」

優花里「自分自身では、よく分かりませんが……そんな感じだと思います」

沙織「でも、ゆかりんだって女の子だもんね」

みほ「その人に甘えたり、するの?」

優花里「……」

沙織「どうなの?」

優花里「……し、します……」

みほ「またまた、おノロケが来ちゃったー」

沙織「いやーん」

華「聞いているこちらが、赤くなってしまいます」

麻子「だが、どうしてそんなに、言いにくそうに話すんだ?」

みほ「照れてるんだよね、優花里さん?」

優花里「……」

みほ「ね、どんなふうにして甘えるの?」

優花里「……」

華「男性に甘える優花里さんも、想像できません」

沙織「これは、どうしても聞きたいよねー」

優花里「いいじゃないですか、そんなこと……!」

みほ「え……?」

麻子「秋山さん、どうしたんだ?」

沙織「ちょっと……ゆかりん、怒ってるの?」

華「わたくしたち、気に障るようなことを言ったでしょうか」

優花里「……怒ってなんか、いません。そう見えたのなら、すみませんでした」

沙織「それなら、今のは何?」

優花里「私は、彼の、ことが…」

みほ「うん」

優花里「確かに……今付き合ってる彼のことは、大好き、です……」

華「皆さん、今のを聞きました?」

みほ「聞いた聞いた!」

沙織「だいすきー! きゃー!」

麻子「……みんな、ちょっと待て。様子が変だ」

みほ「え?」

優花里「でも……今の、私には……もっと好きな人が、いるんです」

みほ「もっと、好きな人?」

優花里「……」

華「どういうことなのか、差し支えなかったら……」

優花里「……それは……言えません……」

麻子「今度は秋山さんが“言えません”か」

優花里「……」

沙織「……ね、ゆかりん」

優花里「何ですか……?」

沙織「その人って、もしかして、私たちがよく知ってる人?」

優花里「……」

沙織「私たちが、すごく、よく知ってる人じゃない?」

優花里「……」

沙織「ゆかりん。その人の名前を絶対に言わないから、教えてくれる?」

優花里「……約束して、くれますか……?」

沙織「うん、絶対に言わない。約束する」

優花里「……そう、です……。皆さんが、よく知ってる人、です……」

沙織「やっぱり……」

麻子「沙織、秋山さんと何を話してるんだ?」

華「お話の内容が、全く理解できません」

沙織「華、麻子。ゆかりんの“もっと好きな人”が、分からない?」

華「分かりません。わたくしたちがよく知っている人なんですか?」

麻子「共通の知り合いなんて、女ばかりだぞ?」

沙織「ね、二人とも。さっきゆかりんは、どうしてあんなに怒ったと思う?」

華「え……? あ……!?」

沙織「どうして、お店中の人、全員が見ちゃうくらいにすごく怒ったと思う?」

麻子「……まさか……」

みほ「ねぇ、みんな何話してるの? 私、全然分からない」

麻子「西住さ…」

沙織「麻子! 駄目だよ!」

優花里「五十鈴殿、冷泉殿、お願いです。約束してください。絶対に名前を言わないって」

華「分かりました……」

麻子「分かった。すまなかった」

みほ「……?」

麻子「だが……秋山さん」

優花里「何ですか?」

麻子「今、“男”がいるんだろう?」

優花里「そうです」

華「優花里さんは、どちらも………なんですね」

優花里「はい。そう、です……」

麻子「沙織はどうして、誰なのか分かったんだ?」

沙織「私、昔から、何となく気付いてたの」

優花里「……」

沙織「ゆかりんは、その人のことをすごく尊敬してる。でも、そういう気持ちだけじゃないって」

優花里「……」

沙織「これってもう、それ以上なんじゃない? 好きってことなんじゃない?って、思ってたの」

華「優花里さん。好き、なんですね……その人のことを」

優花里「……何度も、言わせないでください」

沙織「付き合ってる彼のことで、あんなに言いにくそうにしてたのは、これが理由だったんだね」

麻子「尊敬だけじゃなく恋愛感情も、なんだな。その人に対して持ってるのは」

優花里「そうです……私、好きなんです! 今までずっと、そして今でも、大好きなんです!」

一同「……」

優花里「昔、自分のこの気持ちに気付いた時、私はすごく悩みました」

華「自分は、ほかの人と違うのではないか、と?」

優花里「そのとおりです。私はまともな人間じゃないかもしれない、そう思いました」

麻子「だが、大学へ入って“男”ができた」

優花里「はい。彼が私に、好きだって言ってくれました。私、普通に、嬉しかったんです」

沙織「……」

優花里「彼を、好きになることができました。付き合うのも、普通にできました」

麻子「……」

優花里「そして、あれも……その彼と、ちゃんとできたんです」

華「それなら、その人に対する恋愛感情を、忘れることができたのでは…」

優花里「私はずっと、忘れようと努力してきました。勉強に没頭しました」

沙織「ゆかりんはものすごく勉強して、浪人までして今の大学へ入ったんだよね」

華「わたくしの大学など比較にならない、日本を代表する名門校の一つです」

麻子「その理工学部にいるんだ。秋山さんこそ、研究者を目指してるんだと思うが」

沙織「受験勉強中や、大学へ入った後は、その人を忘れられたんだね」

優花里「はい。決して、逃避だけのために勉強をしてきたわけじゃありませんが……」

沙織「……」

優花里「私が、今の大学と学部を志望したのは、研究でやりたいことがあったからでした」

麻子「……」

優花里「今は、やりたいことをできてます。それに、恋人もいますから……」

華「でも、今日…」

優花里「はい……。私は知って、しまいました」

麻子「その人が今、置かれている状況」

沙織「あんまり、幸せじゃない状況……」

優花里「さっきは、気が狂いそうでした……。不様なところを見せて、すみませんでした」

華「いえ……気に、しないでください」

優花里「生意気かもしれません。不遜かも、しれませんが…」

麻子「何だ」

優花里「私ならその人を、泣かせたりしない。もっと幸せにしてあげられるのに、と思いました」

沙織「……」

優花里「私、さっきの話を聞いて、決心したんです」

華「えっ」

沙織「ゆかりん、決心って……まさか」

優花里「私、言います。自分のこの気持ちを、その人に伝えます」

華「優花里さん、そんな……」

優花里「その人の、今の状況。それを知ってしまったのに、何もしない…」

麻子「そんな選択肢は、ないと言うのか」

優花里「そのとおりです。私は、ずっと迷ってました。でも、やっと決心がつきました」

華「優花里さん。言いにくいことですけど、あえて言います」

優花里「五十鈴殿。私、分かってます。拒絶されるのが確実って言いたいんですね?」

華「はい。その人に受け入れてもらえることは恐らく、絶対にありません。それでもいいと?」

麻子「その人は、秋山さんとは違う。拒絶どころじゃなく、嫌われてしまうかもしれないんだぞ?」

優花里「承知の上です。でも、受け入れてもらえる可能性は、決してゼロじゃありません」

華「可能性が低過ぎます。そんな賭けへ挑むことに価値があると、本気で思っているんですか?」

麻子「この賭けに敗れて誰よりも深く傷つくのは、秋山さん自身だ。分かってるはずだ」

優花里「何を言われようと、行動を起こさないでいるのは、私にとってあり得ません」

華「受け入れてもらえなかった場合、その後の関係へ影響が及ぶのは必然なんですよ?」

麻子「二人の関係だけじゃなく、全員の関係にもだろう。それでもやる気か?」

沙織「こら! みんな! 何をぐじゃぐじゃ言ってんのよ!!」

一同「……」

沙織「こんなに頭いい人たちが集まってて、問題はそれより前のことだって誰も分かんないの?」

優花里「武部殿。“問題はそれより前”って、どういうことですか?」

沙織「ゆかりん。自分が何をしようとしてるか、ホントに分かってる?」

優花里「分かってなければ、行動なんてしません」

沙織「へー、分かってるのかあ」

優花里「……何ですか、それ?」

沙織「私には、そう思えないんだけど」

優花里「何ですか? どうしてですか?」

沙織「ゆかりんはこの後すぐ、東京へ戻る前に、その人へ言う気だよね?」

優花里「もちろんです。直接言うつもりですから」

沙織「……」

優花里「東京へ戻ったら、お互いにいつもの生活が待ってます」

沙織「……」

優花里「会える機会は、極端に減るでしょう。タイミングは今しかありません」

沙織「ほら。やっぱり、分かってないじゃん」

優花里「どういうことですか? 説明してください」

沙織「冷静になれば、すぐ分かるんだけどなあ」

優花里「だから、何だって言うんです? 無駄に引き伸ばさないで、早く言ってください」

沙織「さっきはすぐ怒って、今はすぐイライラする。熱血路線は相変わらずだね」

優花里「いい加減にしてもらえませんか?」

沙織「じゃあ言うよ?」

優花里「いちいち断る必要なんてないですから、早く言ってください」

沙織「ね、ゆかりん。今の彼のこと、どうするの?」

優花里「……う……」

沙織「やっぱり、何も考えてなかったんだね。彼のこと」

優花里「……」

沙織「それとも彼に電話して、ちゃんとそっちを終わりにしてから、とでも考えてた?」

優花里「……」

沙織「そんなはずないよね。そう考えたくらいなら、絶対、思いとどまってる」

優花里「……」

沙織「だって、電話一本で決着がつくような話じゃないもん。誰でも想像つくよね、こんなこと」

優花里「……」

沙織「多分、彼のこと、頭のどこかにはあったと思う。さっき“大好き”って言ったくらいだし」

優花里「……は、はい……」

沙織「でも、もっと好きなその人のことで、感情が走り出しちゃった。突っ走っちゃった」

優花里「……」

沙織「すぐに行動だ、って決心した。ゆかりんは一直線な性格だからね」

優花里「……」

沙織「だけどそれは、彼にとってどんな行動だと思う? どんな意味になっちゃうと思う?」

優花里「……それは……」

沙織「ゆかりん。さっき自分がどうして、あんなに怒ったか憶えてる?」

優花里「……あ……」

沙織「何が、許せなかったんだっけ?」

優花里「……」

沙織「みぽりんが、どんな目に遭ったから…」

優花里「……」

沙織「ゆかりんは、許せなかったのか、憶えてる?」

みほ「優花里さん」

優花里「……はい」

みほ「優花里さんたちが何を話してるのか、私にはよく分からないけど…」

優花里「……」

みほ「優花里さんには今、彼氏がいる。でもほかに、もっと好きな人がいる、ってことだよね」

優花里「はい……」

みほ「私なんかが、口を出しちゃいけないことって、分かってるけど…」

優花里「何ですか? 何でも言ってください、西住殿」

みほ「優花里さんに、一つだけお願いがあるの」

優花里「言ってください。何ですか、それは?」

みほ「浮気だけは…浮気するのだけは、絶対にやめてほしいの」

優花里「……」

みほ「もちろん私、分かってる。同時に二人とかを、好きになっちゃうこともあるって」

優花里「……」

みほ「人を好きになっちゃう気持ちって、止められない」

優花里「西住殿……」

みほ「でも、一人と付き合ってる時に、隠れてほかの人と付き合うのだけは、絶対に駄目」

優花里「……」

みほ「さっき私、自分が浮気されてた話を、したよね」

優花里「はい」

みほ「浮気されてたって分かった時、私は怒るとか悲しいとか、そういう気持ちが起こらなかった」

優花里「……」

みほ「そのくらいショックだった。私、ちょっと、おかしくなっちゃってたと思う」

優花里「……」

みほ「立ち直るまで、時間が掛かった。こんなの、私が弱い人間だからかもしれないけど…」

優花里「そんなことありません。ひどい目に遭ったんです。そうなるのは当然です」

みほ「だから優花里さん。お願いだから、今の彼氏を、私と同じ目に遭わせないでほしいの」

優花里「……」

みほ「さっき、優花里さんは怒ってくれたよね」

優花里「あんなことして、すみませんでした」

みほ「ううん。私、嬉しかった。優花里さんが、私のことを心配してくれて」

優花里「……」

みほ「優花里さんは、浮気したその人を今すぐ殴りに行く、ってくらい怒った」

優花里「……」

みほ「浮気って、そういうことだと思うの。誰かを怒らせたり、悲しませたり…」

優花里「はい。誰も幸せになりません」

みほ「人を、裏切ることだものね」

優花里「浮気した人とその浮気相手だって、同じだと思います」

みほ「うん。仮に、その後ずっと、うまくいっても…」

優花里「“私たちが出会ったのは浮気、不倫、裏切りの結果です”なんて、大きな声で言えません」

みほ「優花里さん」

優花里「はい」

みほ「私は、優花里さんがこれから、その“もっと好きな人”に告白するかどうかは分からない」

優花里「……」

みほ「それこそ、本当に、私なんかが口を出しちゃいけないことだと思う」

優花里「……」

みほ「でも一つだけ、お願いを聞いてもらえるなら…」

優花里「浮気だけは、絶対にしちゃいけない。その前の関係に区切りをつけてから……ですね」

みほ「うん」

優花里「分かり、ました……」

沙織「ゆかりん」

優花里「はい」

沙織「焦っちゃ、駄目」

優花里「……」

沙織「みぽりんは、人を好きになる気持ちは止められない、って言った」

優花里「……」

沙織「そのとおりだと思う。でも、焦っちゃ駄目」

優花里「はい……」

沙織「ゆかりんのいいところは、その真っ直ぐな性格。でも周りを見失っちゃ、駄目だと思う」

優花里「はい。失礼、しました……」

沙織「取りあえず、東京へ戻ったら、彼に会いなよ」

優花里「そう……ですね」

沙織「もちろん私、その彼に会ったことは一回もない。今初めて、話を聞いただけ」

優花里「……」

沙織「でも彼のこと、何となく分かる。だってゆかりんの恋人で、仲間でもある男だもん」

優花里「……」

沙織「私たちも、ゆかりんの仲間。同じ仲間のことだから、分かる」

優花里「……」

沙織「いいヤツなんでしょ? その彼」

優花里「はい。いいヤツ、です……。私と気が、合います」

沙織「でも一方で、昔と同じように、今でもその人のことが大好き」

優花里「……」

沙織「ゆかりんは、どっちへ足を踏み出すのか…」

優花里「……」

沙織「それを決めるのは、東京へ戻って“いいヤツ”の顔を見た後でも、遅くないと思うよ」

優花里「はい……」

麻子「沙織」

沙織「何?」

麻子「大活躍だな」

沙織「そう?」

華「沙織さんの洞察力、機転、度量…」

麻子「これらがなければ、話の行方がどうなってたか分からない」

華「わたくしたちの集まりで、かつてこれほど、緊迫した局面があったでしょうか」

麻子「だがその局面の破綻は、沙織のお陰で回避できた。円満に収束したといってもいい」

華「優花里さんの近況報告と同時に、沙織さんのことも、何となく分かりましたね」

麻子「秋山さん」

優花里「はい」

麻子「沙織に諭された感想は?」

優花里「はい……。武部殿は、昔よりもっと優しく…何ていうか、もっと大きくなったと思います」

沙織「でしょ? ほれ見ろ!」

麻子「……何だ、また騒がしくなってきたな」

沙織「さっきはさんざんバカにされたけど、ゆかりんみたいに、ちゃんと分かってる人はいる!」

華「……せっかく、いい話で終わりそうだったのに、沙織さんという人は……」

沙織「モテ道武部流の家元、ザ・恋愛マスター武部沙織様は、パワーアップしたのだ!」ドヤァ

みほ「恋愛マスター?」

麻子「男性経験が皆無なのに、マスターなのか?」

沙織「あっ、ひどいー! バッチリ決めたんだから、今みたいに誉め讃えろー!」

華「それに、沙織さんは…」

沙織「え?」

華「昔から、そのモテ道とやらを口にしてますけど、門下生のいたためしがありませんね」

沙織「あーあー聞こえないー。ここはどこー私は誰ー」

みほ「優花里さんは東京へ戻ったら、また彼氏へ甘えられるんだね。いいなぁ」

優花里「……」

華「みほさん。もうそのお話は、終わりに…」

優花里「いえ、構いません」

麻子「秋山さん?」

優花里「私は、さっき皆さんから訊かれたことに、まだ答えてません」

沙織「そんなのは、いいって…」

優花里「西住殿だってあんな話題なのに、質問へ全部答えたんです。私も、話します」

みほ「優花里さんが彼氏へ、どうやって甘えるか、だよね?」

優花里「はい」

みほ「どんなふうにするの?」

優花里「例えば、あまり構ってくれない時なんかは…」

みほ「うん」

優花里「“構ってくれ”なんて言うのは恥ずかしくて、絶対できませんから…」

みほ「そうだよね」

優花里「“うぉりゃああ”とか叫びながら、タックルみたいにして抱き着くんです」

沙織「おお、ワイルド」

みほ「仲のいい男の子同士が、ふざけあってる時みたいだね」

華「いかにも優花里さんらしいです」

みほ「それで?」

優花里「そのまま相手の体を、いじくったりして…」

華「あら、本題に入ってきました」

みほ「くすぐったりするの?」

優花里「はい。お腹の肉を、つかんだりとか…」

沙織「はぁ!? お腹の肉をつかむ!?」

麻子「やかましい。大きな声を出すな、沙織」

みほ「どうしたの? 沙織さん」

華「びっくりすることが、何かあったでしょうか」

沙織「……だ、だって……」

麻子「だって、何だ」

沙織「……ゆかりんの彼って、ひょっとして……」

優花里「何ですか?」

沙織「太ってるの!? デブなの!?」

優花里「え? そうですが、何か?」

沙織「……」

麻子「沙織、何かおかしいのか?」

みほ「世の中には痩せた人もいれば、太った人もいるよね」

華「もしや沙織さんは、友達の恋人は格好のいい男性ばかり、とでも思っていたんでしょうか」

優花里「だとすれば、根拠のない思い込みですが。幻想、ファンタジーといってもいいです」

みほ「こういう思い込みする人ってたまにいるけど、どうしてそう考えちゃうのかな」

麻子「自分が付き合いたい男についての願望。それと、自分の仲間への奇妙な連帯意識が原因か」

優花里「仲間の彼氏がイケメンなら、自分だってイケメンと付き合えるはず、ってことですね」

華「実際には虚構、妄想、希望的観測にすぎませんけど」

優花里「武部殿が私の彼について、どんなイメージを勝手に作り上げてたか、知りませんが…」

沙織「な、何……?」

優花里「彼は、さっき武部殿が言ってくれたように、いいヤツです。頭も切れます」

沙織「……」

優花里「でも、そういうことを除けば、要するに…」

沙織「い、嫌あ……もう想像できるから、その先を言わないで……」

優花里「要するに、単なる軍事オタクの、キモデブですよ?」

沙織「嫌ああああああああああ」

優花里「私は、男性の場合は太めが好みだから、好きだって言われた時に嬉しかったですが」

みほ「“男性の場合は”?」

優花里「……とにかく、武部殿だって今後、デブから好かれる可能性がないわけじゃありません」

麻子「嫌なら断って、次を待てばいいだけだ」

沙織「そ、そんなことは、分かってるけどさ……」

華「でも、あまり選り好みしていると…」

優花里「そのうち、誰も告ってくれなくなるかもしれませんよ?」

麻子「自分から相手へ近寄ってく手もあるが、まず、その相手を見付けなくちゃならない」

華「そうこうしているうちに、年数がたち…」

みほ「沙織さん、本当に魔法少女になっちゃうよ?」

沙織「い……嫌、それだけは、絶対に嫌!」

優花里「それなら武部殿、イケメンじゃなくても妥協できるんですか?」

沙織「い……嫌、イケメンじゃなきゃ、絶対に嫌!」

麻子「沙織。私の相手も、どんな奴だと思ってたんだ?」

沙織「麻子の彼は……スペインとかイタリアによくいるタイプの、ラテン系の…」

麻子「多分、そういう国のサッカー選手みたいな男を想像してたんだろうが、全然違うぞ?」

沙織「じゃあ、どんなのだって、言うのよ……」

麻子「秋山さんの男とは逆に、ガリガリだぞ? 顔は馬にそっくりだ」

沙織「もう嫌あああああ。どうしてそういうこと言うのよおおおおお」

麻子「私はそいつのことを密かに“ロシナンテ”と呼んでる」

優花里「スペインつながり、ですか。そのあだ名はあんまりだと思わなくもないですが」

みほ「どういう意味?」

華「小説『ドン・キホーテ』に出てくる、痩せっぽちの馬の名前です」

みほ「なるほど」

麻子「そいつに跨って髪を振り乱しながら腰を振ってると、私は何をやっとるのかとたまに思う」

みほ「ま、麻子さん、露骨過ぎだよぉ///」

華「まったく……これだから沙織さんは“恋に恋する乙女”などと言われてしまうんです」

沙織「華! 華のフィアンセはどうなの?」

華「わたくしの相手だって、大した外見ではありません」

沙織「あんた、顔とかの画像を全然見せてくれないよね!? 画像も、指輪も!」

華「画像なんて携帯へ入れていないし、写真を持ち歩いたりなどもしていません」

沙織「あ……でも、華の男はステータスが半端ないか」

華「どういうことでしょう」

沙織「若干30過ぎで幾つもの会社の役員。年収はもちろん1千万を軽く超える。ヤンエグだよね」

優花里「“ヤンエグ”なんて死語、よく知ってますねえ」

みほ「これは、どういう意味?」

麻子「Young Executive。“若手経営者”だな。数十年前に日本でこの言葉が流行ったらしい」

優花里「当時は“大企業の若手社員”くらいの、もっと軽い意味で使われてたみたいですが」

沙織「この半端ないステータスなら、ちょっとくらいルックスが悪くてもいいよね」

麻子「沙織。お前は、かなり失礼なことを平気で言ってるのが分からんのか?」

華「はぁ……それは確かに、わたくしの婚約者について、事実はそのとおりですけど…」

沙織「な、何よ、“確かに”とか“けど”って……。華まで、何を言い出すのよ……」

華「その外見は、ただの貧相な小男ですよ? 身長がわたくしより低いです」

沙織「もうそんなこと聞きたくないよおおおおおおお」

麻子「こんな奴は放っておいて、そろそろ2次会の打合せをしよう」

みほ「やっぱりカラオケ?」

優花里「賛成です!」

麻子「ここを出たら、近くのカラオケボックスへ入るか」

華「わたくしに、お店の心当たりがあります。予約の電話をしてきましょう」ガタッ

麻子「任せた。何から何まですまない、五十鈴さん」

華「いえ」

沙織「じゃ、じゃあみぽりん! 最後の砦! みぽりんの元カレたちは?」

みほ「別に……みんな普通だったけど」

沙織「デブって、いなかったの?」

みほ「太った人……特に、いなかったなぁ」

沙織「じゃあガリは?」

みほ「すごく痩せた人も……いなかったと思う」

沙織「小男は?」

みほ「うーん……中肉中背、っていうのかな。そういう人ばっかりだった」

沙織「おお! さすがみぽりん! やっぱ普通の男だよね! 普通が一番!」

みほ「でも沙織さん、みんな普通過ぎて…」

沙織「えっ」

みほ「誰が誰だったのか、分からなくなる時があるの」

沙織「何? どういうこと?」

みほ「何だか特徴のない人ばかりだったなぁ、って思うの」

沙織「でも……顔は、みんな違うでしょ?」

みほ「それが、顔まで普通なの。みんな普通の顔。カッコよくもないし、悪くもない」

沙織「何よそれ……。イケメンばっかりだった、なんて答えはもう期待してないけどさ」

麻子「さすがに沙織も学習したか」

みほ「みんな、体格も顔も、服装まで、同じように特徴がないタイプの人だったの」

沙織「……」

みほ「周りの女の子たちからは、“西住さんの量産型元カレ”って、一括りにされてる」

麻子「記憶が混乱するのは、そういう理由か」

みほ「うん。いつ誰が、私を選んでくれたのか、分からなくなる時が…」

沙織「ちょっと、変な言い方しないでよ! 人気があり過ぎて困ってる風俗嬢みたいじゃない!」

華「……電話をしてきました。ちょうど、この人数向けの部屋が取れました」

優花里「五十鈴殿。未来の会社役員令夫人に、そんな雑務をさせて恐縮です」

華「お安い御用なので、気にしないでください」

麻子「カラオケは久しぶりだ」

華「ボックスとしては少しだけ高級なので、お料理とお酒の質も問題ないと思います」

みほ「華さんって、ここや次の所みたいないいお店、たくさん知ってるね」

麻子「沙織。同じ地元民として、沙織も見習え」

沙織「……」

優花里「武部殿が放心状態になっちゃいました」

華「沙織さんには、今夜のお話はいろいろと刺激が強過ぎたでしょうか」

優花里「でも、実際に経験する前に現実を知っておくのは、有意義だと思います」

麻子「女なら、いつかは誰もが通る道だからな」

みほ「通らなかったら、魔法少女だものね」

沙織「……う、うるさーい! そんなものには絶対ならないって言ってるでしょ!」

麻子「じゃあ、沙織が魔法少女化を免れたら、また集まろう」

優花里「そうですね。男性の話をしなかったのは、武部殿だけです」

みほ「次の同窓会で、最初の話題は沙織さんの彼氏のことに決定だね」

華「したがって、次回を開けるかどうかは、沙織さん次第となりました」

沙織「ふ、ふん……まっかせといて! 男くらい、すぐにでも作ってやる!」

みほ「でも、沙織さん」

沙織「何?」

みほ「焦っちゃ、駄目だよ?」

沙織「……」

みほ「沙織さんなら、大丈夫だと思うけど。誰でもいいから早く、なんて考えちゃ駄目だよ?」

沙織「や、やだなみぽりん。そんなことしないよ」

みほ「ちゃんと、相手の人のことを好きにならなくちゃ」

沙織「……」

みほ「私、付き合った男の子たち全員に、結局振られちゃったけど…」

沙織「何?」

みほ「私は、みんな、大好きだったの」

沙織「……」

みほ「仕方なく付き合ったとか、そんな男の子なんて一人もいない。私はみんな、大好きだったの」

沙織「……」

みほ「だって、私を好きになってくれた人だもの。好きだって、言ってくれた人だもの」

沙織「ね、みぽりん」

みほ「うん」

沙織「これからも、人を好きになれそう?」

みほ「もちろんだよ。私、人を好きになるって、こんなに楽しいことだって知らなかった」

沙織「……」

みほ「私、大学生になって、初めて彼氏ができた」

沙織「……」

みほ「それまで、好きな人と一緒にいるのが、こんなに楽しいことだなんて全然知らなかった」

優花里「……でも、西住殿」

みほ「何?」

優花里「人を好きになるのは、たまに、つらいことです」

みほ「うん。私は、人を好きになったのと同じ回数、つらい気持ちにもなった」

優花里「……」

みほ「だけど、これからも人を好きになると思う。だってそれは、やっぱり素敵なことだもの」

麻子「ほんの少し前までベソをかいてた西住さんとは、まるで別人だな」

みほ「みんな、さっきは心配掛けてごめんなさい。私、もう大丈夫だから」

沙織「何のこと?」

みほ「え?」

沙織「私はみぽりんのこと、これっぽっちも心配してないよ?」

華「わたくしもです。みほさんについて何かを心配するなど、必要ありません」

麻子「他人へ相談なんてしなくても、自分で状況を打開してたに違いない」

沙織「今日、私たちが相談相手になったのは、ただの偶然だよ」

麻子「沙織みたいな“自称恋愛マスター”に相談しても、得られることなどたかが知れてるからな」

沙織「あっ、またそんなこと言うか! さっき誉め讃えたのは何だったのよ!」

麻子「やかましい。さあ西住さん、お楽しみはこれからだ」

みほ「麻子さん。私、憶えたよ。You ain't seen nothin' yetだったね」

華「一度聞いただけなのに、麻子さんと発音まで同じ。さすがみほさんです」

沙織「クラス全員のプロフィールを憶えちゃった抜群の記憶力は、昔のままだね」

優花里「西住殿。私たち5人のこれからも、今夜の同窓会も、まだ始まったばかりです!」

華「ではみほさん、わたくしたちに指示してください」

みほ「分かりました。じゃあみんな! ここを出て、次はカラオケ大会です!」

沙織「了解! あんこうチーム、カラオケボックスへ展開!」

華「2次会へパンツァー・フォー!ですね」

優花里「ヒヤッホォォォウ! 歌いまくるぜぇぇぇ!」

麻子「今夜はかなり、キツめにいくぞ」

一同「すいませーん、お勘定!!」


このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年10月11日 (土) 22:01:04   ID: 8JJyt16j

乙! 面白かった!

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