長門「団長不信任案が可決された」ハルヒ「な、なんですって……」(136)

 

夏休みも近いある日、アタシはいつものように、勢いよくSOS団の部屋のドアを開けた。

ハルヒ「みんなきてるー!」

キョン「おう」

古泉「ええ、来ていますよ」

みくる「こんにちは、涼宮さん」

長門「…」

何だろう、凄く違和感を感じる…有希だ。有希が本を読まずにじっとアタシの方を見ている。

ハルヒ「有希!暑いけど夏バテしてない?元気」

長門「…元気」

ハルヒ「そう、熱中症には気をつけるのよ」

長門「…今日は話がある。聞いてほしい」

ボードゲームを取り出していた古泉君の手が止まる。キョンも不思議な少し不思議な顔をしてこっちを見ている。
有希の抑揚のない話し方はいつも通りだけれど、何故か嫌な予感がした。

ハルヒ「何かしら有希。不思議なことでも見つかったの?」

長門「…これを聞いてほしい」

ずいぶんと年代物のICレコーダーを有希が私に手渡す。
アタシの胸の中が、嫌な予感と好奇心がごちゃ混ぜになる。

ハルヒ「これがどうかしたの?」

長門「再生ボタンを押して」

ハルヒ「いいけど、何なのコレ?」

これからやってくる、二度と来ない楽しい高校2年の夏がボタンひとつで崩れていくなんて、
この時のアタシは微塵も考えていなかった。

ICレコーダーのボリュームは最大になっている。ブツブツというノイズの音と、
ガサガサとレコーダーに何かが当たる音がして、アタシは雨の音を連想した。

     -いつも申し訳ありません。これ、飲み物と食事のお代です-

     -ああ、すまんな。ただこれ少し多すぎないか?-

     -僕の分と涼宮さんの分ですよ-
    
     -お前がハルヒの分まで出さんでも-

     -まぁまぁ。あなた探索の時に物欲しそうな顔でジーンズを見てたでしょう?-
   
     -気づいてたのか?…正直助かる。最近は服も買えなかったからな‐

     ‐借りた物を返したまでです。人として当然のことをしたまでですよ‐

     ‐それ、ハルヒに直接言ってやれよ‐

背中の毛穴が全て開いたみたいに、アタシの身体から力が抜けていく。
キョンが愚痴を言うのはいつものことだけど。なんだかんだいいながら、どこか包み込んでくれるような
話し方が好きだった。アタシのいない所では、あんな冷たい喋り方をするなんて信じたくなかった。

ハルヒ「キョ~ン。アンタ、団長の陰口をたたくなんて、どういうつもり?」

キョン「まて、ハルヒ。それは…その」

なんだ、気にすることないじゃない。こういう風にキョンを怒れば、またいつものSOS団の
光景に戻るじゃない。そう、これは有希なりのジョークだったのね。

長門「…まだ終わっていない」

まただ、何でそんなことをいうの?これからいつものようにキョンのネクタイをつかんで、
そしたらキョンが「落ちつけハルヒ」って優しい声で言い訳して、賑やかなSOS団が戻ってくるのに。

長門「次は、これ」

有希はまた、違うICレコーダーをとりだしてアタシに差し出した。

ハルヒ「まだ…あるの?」

有希は小さく頷く。

ハルヒ「もういいわ。どうせまたキョンのくだらない愚痴でも入ってるんでしょう?
    有希、こういうジョークはあまりしつこいと面白くないの。だからもういいわ」

長門「…私は、本気」

本気?どういうことなの。思わず顔をしかめて有希を見つめる。有希の目はまっすぐアタシを見つめていて、
思わず目を逸らしてしまった。その瞬間また、レコーダーから雨の音が聞こえ始めた。

        ‐キョン君、いつもすいません。私の用事につき合わせてしまって‐

        ‐いいんですよ朝比奈さん。もとはと言えばハルヒが原因なんですから‐

今度のは、たったそれだけだった。でもその十数秒の会話は、アタシの胸に深く突き刺さるようだった。
みくるちゃんの用事?アタシが原因?何の事だかわからないけれど、それを聞く勇気すらもう残されていない。

長門「…どう思う」

ハルヒ「どう、思うって…」

長門「この二つの会話の、共通点は何?」

アタシはもう気付いている。だけど言いたくなかった。

ハルヒ「…さぁ」

長門「あなたに迷惑を被っているのは、間接的であれ直接的であれ、いつも彼だということ」

迷惑?どういう意味なんだろう。確かに色々なことをさせたりしたけど、
キョンは迷惑だとは思っていない。そう強く反論したいのに、何故か言葉が口から出ない。

長門「私は、個人的にあなたの行動に文句をつける気はない。
   でも、彼があなたから迷惑を被っている姿を見るのは非常に不愉快。
   もしもあなた以外の人間が団長なら、きっと彼にここまで苦労をかけさせないはず」

キョン「長門!別に俺は迷惑だなんて…」

やっぱりキョンは優しい。でもその大好きだった声さえも、今のアタシは、疑わずにはいられない。

長門「ここに4枚の紙を用意した。団長以外の4人が、本当は誰が団長になって欲しいのか、
   書いて欲しい。口では直接言いづらいから」

ハルヒ「そう、好きにすればいいわ」

有希が、キョンと古泉君とみくるちゃんに紙とペンを渡す。アタシはただその姿を見ている。
一人でもアタシ以外の人間の名前を書いていたら、もうアタシはこの部屋を去ろう。
多分、有希は違う人の名前を書くから、もう決定事項なのかもしれない。

古泉(長門さんにはすみませんが…涼宮ハルヒと書かせてもらいます)

みくる(…涼宮さん、と)

キョン(長門の気持ちはありがたいが、ハルヒ以外考えられん)

長門「…書いた?そうしたら彼女に紙を渡して」

アタシの口から直接結果を言わせる気なのね。
有希以外の3人が、大丈夫だよという目でアタシを見ながら紙を手渡してくれた。
ほんの少しだけ、気持ちが落ち着く。

長門「じゃあ、結果を教えて」

震えそうな手で、折られた紙を開く。一枚めくるごとに、アタシの目には涙が溜まり始めた。

ハルヒ「…」

長門「…結果は?」

ハルヒ「涼宮ハルヒ、1票…長門有希……3票」

キョン(どういうことだ?ハルヒに入れたのは俺だけってことか)

古泉(これは…そんな)

みくる(キョン君、古泉君…なんで?)

長門「これが、あなた以外の団員の本音」

  「団長不信任案が可決された」

ハルヒ「そうね…じゃあアタシはもうこの部屋には来ない方がいいわね」

古泉「ちょっと待って下さい!団長は不信任なったかもしれませんが、
   SOS団を辞める必要はないんじゃないでしょうか」

ハルヒ「いいのよ、古泉君。さよなら」

目に溜まった涙を、こぼさないようにするのが、アタシの精一杯の有希に対する抵抗だった。

キョン「ちょっと待てよハルヒ!」

キョンがアタシの手を掴む。以前ならそれだけで少し胸がざわついたのに、
今はアタシの心を冷たくさせる、ただのモノのようだった。

ハルヒ「離してよ!」

キョンの手を振り払い、アタシは部屋を出た。そして声を殺しながら走る。
3人が有希に票を入れたことが悲しいわけではなかった。
何よりも悲しかったのは、少し雑だが温かみのあるキョンの字が、長門の二文字を書いていたことだった。

キョン「とにかく俺はハルヒを追いかける」

古泉「待って下さい。あなたは一体どういうつもりなんですか?」

キョン「何をいってるんだお前は?本当はお前をぶん殴りたいところなんだぞ!」

みくる「…ひどいです。ふたりとも」

古泉「あなたに言われたくないですねぇ。そんなに涼宮さんのことを嫌いでしたか?」

みくる「そんな!ひどいです。わたしは、わたしだけは涼宮さんに投票したのに。
    それなのに古泉君とキョン君は、涼宮さんを気遣うふりして長門さんに」

キョン「どういうことですか?ハルヒに投票したのは俺だけ…」

古泉「そんな…まさか」

キョン「長門っ!お前」

長門「私は何もしていない。あなたたちのうち、誰か二人が嘘をついている。
   それに、もし情報操作をするなら全ての票を、私の名前にしていた」

古泉「いい加減にしてください。そんな嘘に騙されるとでも思うんですか」

長門「…」

古泉「全ての票を操作してしまったら、その場で僕らが不正に気付いてしまうじゃないですか」

長門「…そう」

キョン「長門、お前一体どういうつもりでこんなマネをしたんだよ!」

長門「先程言った通り。あなたが不憫だったから」

キョン「じゃあ、言っておく。そんな勝手に人に同情するな。俺はハルヒを追いかけてくる」

長門「…待って」

キョン「何だよ?」

長門「…本当の理由を教える」

キョン「まだ嘘をついてたのか…本当の理由ってなんだ?」

長門「涼宮ハルヒの能力が…あなたに移り始めている」

キョン「そんな…バカな」

長門「…事実」

古泉「そういえば…」

キョン「どうしたんだ古泉?」

古泉「非常に下世話な話になるのかもしれませんが…最近たまに発生する神人には少し異変があるんです」

キョン「異変って…」

古泉「神人の下半身部分に突起のようなものがあるのですが…いわゆる男性器の形に似ているんです」

長門「そう、まだそれは完全なものではない。しかしそれは、男性である彼に能力が移動している
   証拠だと、情報統合思念体は考えている」

古泉「そんな…」

みくる「でも、それじゃあ私達の未来はどうなってしまうんですか?
    消滅してしまうか、完全に別のものになってしまうことになったら…私は」

長門「その心配はないと思われる。彼は朝比奈みくる、あなたを通して未来人というもののイメージを
   明確にもっている。涼宮ハルヒよりも危なげなく、あなたの未来を保持するはず」

みくる「…そうなんですか」

長門「寧ろ今の中途半端な状況の方があなたにとっては危険。
   涼宮ハルヒをとるか、彼をとるか、どちらが重要かその内決断を迫られることになる」

古泉「しかし、わざわざこんなことをしなくても。涼宮さんが可哀そうではありませんか」

長門「…その理由は、今は言えない」

古泉「…そんな。一体あなたは何を考えているんですか?」

長門「今日は、もう帰る」

        ~長門のマンション~

長門「たっだいまー!」

喜緑「おかえりなさい。その姿でその喋り方は違和感がありますよ」

長門「だって、もうあの暗い喋り方疲れちゃうんですもん。どう?お人形さんはいい子にしてた」

喜緑「ええ、見事に凍結されて、うんともすんともいいません」

長門「ふふ、せっかく面白いことが起き始めてるのに。上の指令に逆らうからこんなことに
   なるんですよ長門さん」

喜緑「もう、いい加減にしなさいよ。気味が悪いから早く変わりなさい」

長門「わかったわかった」


朝倉「はぁ~疲れた。けど、これから楽しくなりそうね」

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