空と君との間には(116)



 この世界には竜が居る。

 鋼鉄の翼を広げ、鉛の咆哮を響かせる。

 蒼穹を駆ける命無き、無機の竜が――。


男「いこうか、相棒」

 荒涼たる大地の広がる中、僕は竜の背に手をかける。

 燃え盛る血液が、動き出した機会仕掛の心臓が、大きく拍動を始める。

 そして、翼のプロペラが力強く鳴り大地を疾走する。

 拍動する竜の心臓、砂塵を巻き上げ、高らかに響き渡る咆哮。

 一瞬の空気抵抗の後、竜は重力を振り切って飛び立ち雲の中に飛び込んだ。


 秋。

 街道の両端には広大な麦畑が黄金色に染まり風に靡く。

 馬車が行き交い、商人達は今年の麦の出来高に一喜一憂。

 煌びやかな吟遊詩人はマンドリンを片手に街から街へと流れ。

 貴族の紳士淑女達は王宮の下らない噂に興じる。

 機械の身体を持つ “壁の向こうの国” との戦争の渦中だというのに、呑気な物でございますね。


 そして、空には――。

 おっと、此処から先は物語だ。
 気になる御人は、ささ、あっしの帽子に銅貨を一つお入れくだせぇ。

 えぇ、あっしのマンドリンにかけて退屈なんざ、させやしませんとも。

 今から話すは鋼鉄の竜と心を通わせた若い男と、機械の身体を持つ敵国の乙女の英雄譚にございます。


 心躍らす、所轄“ふぁんたじぃ”と謂う物でございます。

 鋼鉄の竜は蒼空を駆け、精悍な騎士達は身命を賭け、機械の乙女は理想の世界を懸ける。

 そんな話でございます。
 
 さ、ごゆるりとお楽しみ下さいませ。

 あ、そうでした。 口寂しい方にはリコリス飴など御用意致してます。 お求めの方は銅貨を一枚あっしの帽子へ。



――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――


風が気持ちいい。

 ゆっくりと飛ぶ竜の背に乗り、硝子の風防を開ける。

 ひんやりとした風、そろそろ秋かな。

 畑の麦、今年は金貨一枚程度になれば良いけど。

 去年は戦争の所為で、麦の価格が上がっていたけど、今年はどこも豊作らしい。

 王都から離れた辺境に住んでいるから、戦火も麦の値段を決める程度の認識しかない。

 寧ろどうせなら、飢えない程度にどこかの誰かの麦畑が戦火に焼かれてしまえばとさえ思ってしまう程に、だ。


 そんな事をぼんやりと考えながら目的地近くまで辿り着く。

 遙か下に見える小さな麦畑。

 僕の生活の全て。


 “操縦桿”と呼ばれる短い手綱を傾け、スイッチを幾つか弄る。

 竜の翼にある一対のプロペラが回転を弱め、高度が下がっていく。

 麦畑の脇に作った滑走路に竜を着陸させようとした、その時。


男「ぼ、僕の畑が……」

 目を疑った。 僕の麦畑が中心に向け渦を巻いてなぎ倒されていた。


 なんてこった。

 今年の冬をどう越せばいいんだよ。

男「やばっ!?」

 激しい衝撃が襲いかかる。

 畑に目を奪われすぎで着陸に上手く行かなかったようだ。

男「止まれ止まれ止まれ止まれっ!!」

 操縦桿を握りながらあの手この手で竜を繰る。

 もう一度大きな衝撃を受け竜は止まった。

男「大丈夫か!?」

 すぐに竜の背から降り異常を調べたが、傷は多いが致命傷はない。

男「良かった……ん?」

 背の方から小さく煙が立っている。

 覗き込むと、計器類から煙が出ていた。




男「最悪だ、これじゃあ飛べないじゃないか」

 溜め息を吐き、畑の方を見て、もう一度大きなため息を吐く

 竜の操作で忘れていたが、畑が大変な事になっていたんだ。



,



男「それにしたって、一体何があったらこんな事になるんだよ……」

 畑はまるで、中心部で竜巻が起きたみたいだ。


 しかも、所々焦げている。

 竜が堕ちた時のようだ。

 しかし、竜にしては跡が小さすぎるし破片もない。


 これじゃあ精々人程度の大きさだ。

 いや、まさか。

 でも、嫌な予感は悉く当たる物だ。

 倒れた麦を掻き分けて中心部にに辿り着いたら、ソレは居た。



 首から上は、まるで磁器のように滑らかな肌をした少女。

 しかし、そこから下はその磁器の肌の隙間に炭黒の艶の無いゴムのカバーが填められ、肘や膝の関節は人形のような球体間接になっている。

 “機械人”。

 機械の身体を持つ、 “壁の向こうの国” の住人。

 人類の、敵。


男「生きている……のか?」

 機械人を見るのは初めてだったけど、話に聞いていた物とは全くの別物だった。

 機械人は、剥き出しの金属に装飾の無い身体。 怪しく光る深紅の眼孔。 まるで工場の部品のような奴らだと聞いていたのに。

 目の前にいるのは、例えるのであれば人形だった。


 人形といっても、幼子が戯れに持つ人形なんかじゃあない。
 貴族達が、僕なんかが一生を懸けても目にする事なんか無い大金を払って手に入れる芸術品。

 一流の人形師が人生を費やして作り上げた至極の品だ。

 瞑られた眼の周りの長い睫毛。
 小さく閉じられた蕾のような唇。

 緩やかに波打つ水色の長い髪。
 しばらくの間、瞬きすら忘れて僕は畑に倒れている機械人の少女を見つめていた。


男「しかしどうしようこれ……」

 我に返ると、現実が襲ってくる。

 今年の収穫はほぼ望めないであろう麦畑。

 修理をしなければ、飛び立つことさえ難しい相棒の竜。

 更に正体不明で生死も不明な機械人の少女。


 解決策が見つからなければ、最悪此処で野垂れ死にもあり得る。

男「そう言えば……」


 王都の竜騎士が、討ち取った機械人の身体を使い竜を手当てしたと言う話を酒場で聞いた事がある。

男「やらなきゃ駄目、か」



 あー……、でも無事に帰ったとしても、収穫が無いから冬には死ぬかも。

男「お金が必要だしな、竜は手放せないし……」

 竜を売ったら冬は越せてもその後の生活が厳しい。

 それ以前に、まず売れない。

男「お前は家族だ、売ったりなんて出来ないよな相棒」

 竜の方を見て溜め息。


男「コイツ、売れないかな……」

 横たわる機械人の少女は、貴族なんかが高値で買う気もする。

 例え死体でも、機械人は腐ったりはしないから飾る事も出きる。

 貴族の中には戦場で討ち取った機械人の首を家に飾る人さえいる。

 まぁ、僕にはそんな悪趣味は理解できないけれど。


男「でも、ここから帰らなきゃ売る事も出来ないし、最悪首だけでも買ってくれる人を探そうか……」

 『お困りですか』

男「まぁね、畑は壊滅、竜は飛べない。 今から修理の為に機械人をばらそうかって考えてる所だよ」


 『それは困ります』

男「だよねー……えっ?」


 やばい。 やっぱり生きていたのか!?

機少女『私には為すべき事が在るのです』

 畑から麦を掻き分けて機械人の少女が近寄ってくる。


 殺される――。

恐怖で動けない。 唯一命を守る為の武器になりうる腰の短刀が、余りにも頼りなく見えた。


機少女『竜とは、そこの双発レシプロ機の事でしょうか?』

男「は、え? そうはつれしぷろ?それは何?」

 機械人の少女はよくわからない言葉で竜を指差した。

機少女『あなた達はこの子を竜と呼ぶのでしたね。 あの子が動けば私を分解する必要は在りませんか?』


 まぁ確かに。

 僕もグロテスクなのはごめんだし。


機少女『では、失礼して……』

 止める間もなく機械人の少女は竜の背に乗りこむ。

機少女『この程度であれば大丈夫です、飛び立ちますのでお乗りください』

男「あ、うん、わかったっ」

 竜の背は一人しか座席をつけていない。

機少女『私が計器の変わりを務めますので、操縦はお願いします』

 そう言うと胸の中にすっぽりと収まるように身を預けられた。

 見た目より重い、けど思ったより柔らかい。

機少女『……あなた達の航空機には私達のようなAIが搭載されているのですね。 この子の名前は……そう、この子の名前は “トリュウ” と言うのですね。 竜を屠ると言う意味を持つ本来副座型の機体だったようです』

 機体人の少女が何を言っているかさっぱりわからない。

 それと、少女の後頭部から何本も配線が伸びて計器と繋がっているのが、正直気味が悪かった。


男「へぇ、相棒はトリュウって言うのか。 あと、AIって何?」

機少女『あなた達の謂う所の魂、という概念が一番近いのではないかと私は考えます』


 こうも淡々と答えられて少し詰まらない。

第一怖くないのだろうか?

 先程まで自分をバラして竜に組み込もうとしていた敵国の人間への態度とは思えない。

男「ねぇ、怖くないの? 僕が君との取引を守らない可能性もある訳でしょう? 怖くないの?」


 僕だったら凄く怖い。

 というより今もこの得体の知れない少女が怖い。


機少女『……可能性の問題でしたら、あの場はあれが一番正しいと推測致しましたので』


男「じゃあ怖くない理由は?」

機少女『……恐怖、ですか。 私たちは感じることは在りませんね』

 機体人の少女は、水底のような沈んだ深紅の瞳で僕を捉えて言った。


機少女『私、いや私たちは、感情と謂う物が良く解りませんので感じないのではないかと』

 どんな見た目だろうと、やっぱり機械だな。


 感情の無い深紅の瞳に対して嫌悪と恐怖が込み上げ、思わず目を逸らす。


 狭いトリュウの背の中で、これからの事を考えるとため息がこぼれた。

―――――――――――――――――――――――


 今回はここまででございます。

 お楽しみいただけたでしょうか?

あっしは帽子の中の銅貨を数えるのが楽しみで仕方在りません。

 次回はこの機械の少女と若い男が王都に行ったりなんだりかんだりさぁ大変。

ではまたの機会にお会いいたしましょう。


 む、誰だ!! あっしの帽子に銅貨じゃなくて石を入れた奴!?

 食べかけのリコリス飴まで入ってるじゃないか!?

 あぁ、あっしの帽子がべっとべとじゃあないか……

 とほほ、次は違う食べ物を用意しよう……。

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http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%BC%8F%E8%A4%87%E5%BA%A7%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F


屠竜 Wikipedia

また更新します。

おっぱい

――――――――――――――――――――

 おやおや、あっしの話には家の無い子も孤島の名医も出てきやしませんぜ?

 出てくるのは鋼鉄の竜に、機械の乙女、心優しき若い男に、邪知暴虐の王やらなにやら。

 そうそう、みなさん大好きな “ふぁんたじぃ” でございます。

 謎の機械の乙女と出会い、竜と生きる若い男の人生の歯車が音を立ててぐーるぐる。


 ギギギと立った音の行方、さぁその先に何がある?

 それは――



 おおっと、ここから先はお約束。


 あっしの帽子にどうか一つ、銅貨を一つ投げてくだせぇ。

 退屈させは致しません。

 そうですな、今回はこのあっしの立派な羽根飾りの帽子に懸けて約束しましょう。

 ささ、今日用意したのはあっしが腕によりをかけて焼いたパンケーキでさぁ。

 紳士な皆さんがご婦人方をお誘いになる時のような、甘い甘いシロップをかけてお召し上がりくだせぇ。

 値段はきっかり銅貨一枚。

 ささ、暖かい内に。

 ん? 良いからさっさと始めろ?

 こりゃ失敬。

 ソレでは皆様ご静聴。

―――――――――――――――――――――――



 畑からトリュウで半刻程の距離に、僕の家はある。

 昔は父さんと二人で暮らしていたんだけど今は独り。

 生きる術を学んだのであれば、竜使いは一人で生きなければならないらしい。

 竜は一人にしか心を開かないから、だそうな。


 こう言うと、まるで失踪したようだけれど、実際は流行病でぽっくり逝った。

 うん、人生なんてそんなもんさ。



 僕の家は、荒野の真ん中にに大きな小屋が二つ、小さな小屋が一つ、ソレを囲むように背の低い柵がぐるりと一周囲んだ中々の広さがある。

 まぁ住んでいるのは小さい小屋で、大きな小屋は竜の家と、作物庫だ。

 もちろん小さな小屋とはいっても一人で暮らすのならば、何の不便もない。

 そう、一人なら。


機少女『着陸可能です。 操作を願います』

 一人乗りの相棒の狭い背に無理矢理座り込んでいる人形のような機械人の少女。

厄介な事に成らなければ良いけど。

 小屋へと続く滑走路に向けて速度を落としながら考える。

 しかし、どう考えても厄介事にしかならないようにしか思えなかった。


機少女『ナイスフライト。 良き蒼空の旅でした』

 無表情のまま、機械人の少女は顔の高さまで手を挙げて親指を立てる。

 が、距離が近すぎて鼻に親指がつきそうだ。

男「なんなの?それ」

 動作と機械人の少女の表情が不釣り合いすぎて可笑しさと不気味さが混ざったような気持ちになる。

機少女『父に聞きました、勇敢に蒼空を駆けるパイロットにはこの言葉をかけろと。 あなたは比較的操縦技術の練度が高かったのでこの言葉を贈らせて頂きました』

男「良く分かんないな」

機少女『えぇ、私は父の言葉の意味は理解しても真意はいつも解りませんでした』

 機械人にも家族は居るのか。

 まぁ当たり前、なのか?


 良く分かんないや。

男「えーと、……まず名前を教えてくれる?」

機少女『名前……それは個体識別番号ですか? 開発コードですか? それとも試作段階での通称ですか?』

男「良く分かんないな、取りあえず全部教えてよ」

機少女『では……』

機少女『個体識別番号:wkp-633799。 開発コード:Xmepx。 試作段階での通称:キーパー。 以上です』

 どれ一つ覚えられない。

 機械人はみんなこんな難しい名前を覚えているのか?

機少女『……私たちに名前と謂う文化は存在しません。 みな個別に意志の疎通ができるので使う機会が無いのです。 しかし』

 少女が僕に向けて指を伸ばす。 胸に優しく指先が当たると機会人の少女は言葉を続けた。
機少女『今、あなたとの意志の疎通に不具合が生じています。 なので、つけてください』


機少女『あなたが、私を呼ぶ為に』

機少女『私が、あなたに呼ばれる為に』


 なんか、ドキッとした?

 いやいやいやいや、ソレはないだろ。

男「僕にセンスは期待しないでね」

機少女『えぇ、どのようにでもお呼び下さい』

男「じゃあ機少女でも?」

機少女『機少女……機少女』

 彼女は何度か確かめるように呟く。

男「やっぱり不満?」

機少女『あなたは私を機少女と呼んでくれるのですよね?』

男「あぁ、不満じゃなければ」
機少女『ならば問題在りません。 グッドです』

 無表情の機少女はもう一度親指を立てた。



男「君を家に招くに当たって、何個か確認したい事がある」

 なし崩し的に家に招いてしまったけど、これだけははっきりさせなければならない。


機少女『なんでしょうか?』

男「君は何の為に此処に居るの?」

機少女『世界の為に』

 機少女は即答。

男「君は何を為すつもりなの?」

機少女『世界を在るべき姿に戻します』

 更に即答。

男「君の言う世界って?」

機少女『……壁の無い世界、壁に阻まれる事無く蒼空を見上げる事の出来る、そんな世界です』



男「最後に……君はどっちの味方なの? 人間? それとも機械人?」


機少女『私は世界の味方ですが……そうですね。 今は』

 少女は僕の手を取り目を覗き込む。

機少女『私を呼んでくれたあなたの味方です』


 彼女の目には感情は無かった。

 だと言うのに、何故か僕には笑みを浮かべているように見えた。



―――――――――――――――――――――


 さて、続きが気になるようでしょうが、今回はこの辺で一度休憩させていただきやす。


 少しでも興味を持って頂だいたのならば、あっしの帽子に銅貨をどうか、投げてくだせえ。


 そうすりゃあっしも上手い酒が飲めるってもんなんでさ。


 頼みましたぜ淑女に紳士の皆様方。

 ではでは、あっしはこの辺で。

今回の更新は以上になります。
おっぱい

つ==(銅貨)シュピッ

つ≡≡(銅貨)シュピッ

つ==(金貨)シュピッ

はよ

つ⌒(リコリス飴)

お待たせしました。

銅貨感謝です。

塔の魔女の作者……

何故分かったんですか!?


 機械人。

 僕の麦畑からトリュウで半日以上向こうにある“壁の向こうの国”の住人。

 壁は、空を遮るほどの高さで僕達人間の領土と隔てている。
 いつ、誰が、何故建てたか解らない無機質な壁。 僕は壁が嫌いだった。


 勿論機械人も嫌いだ。

 なのに……。


機少女『なんでしょうか?』

 いま、僕の部屋に機械人の少女が座っている。

 人形みたいな機械人で、何の因果か名前までつけちゃったりしている。

機少女『用があるのならば、名前を呼んで下さい。 貴方が私を呼ぶ為につけた名前を』

 しかも名前を気に入っている様子だ。


男「機少女」


機少女『はい、なんでしょうか』

 名前を呼ぶと若干だが動作が軽やかに見える。

 しかし、感情が無いというのだし、気のせいなんだろうか。

男「君は世界を在るべき姿に戻すと言ったけれど具体的にどうするつもり? ずっと昔から壁はあったし、ずっと昔から壁を挟んで僕らは戦争中だ」

機少女『造物主様に会います。 話はそれからです』

 造物主……機械人はやっぱり造られた存在みたいだ。

 でも、ならなんで壁の此方側に来たんだ?

機少女『貴方が悩んでいる答えをお教え致しましょう。 簡単な事です。 機械人とは、在る一人の人間から作られた物なのです』

男「え?」


男「嘘……でしょ?」

 機械人との戦争もう何百年も前からだって聞いていた。

男「機械人はどうか解らないけど只の人間はそんなに長く……まさか」

 有り得ない仮説が頭を過ぎった。

機少女『えぇ、おそらく貴方の思考方向は間違いではありません』

 機少女の言葉は信じられなかった。

 信じたくなかった。


機少女『会えばご理解頂けるかと』

 機少女はそれとなしに言ったがそれは無理という物だ。


 一介の農民が国王陛下に謁見するなんて事はまずあり得ない。

 そう、一介の農民……。

男「そうだ……、麦畑が壊滅したんだった」

機少女『麦畑……?』


男「機少女たちの所にはないの? 食べ物とかはどうしているの?」


機少女『食べ物、ですか。 私共には別段必要ではないので』


男「そっちが必要なくても、こっちは必要なのっ!!」


機少女『存じ上げています』


男「君が僕の麦畑をぐちゃぐちゃにしたから」

機少女『機少女……』

 こいつ……

 やっぱり機械人は理解が出来ないや。

男「あーそう、機少女が麦畑をぐちゃぐちゃにしたから僕は冬を越せずに死んでしまう」

機少女『仕方のないことなのです』

やぁやぁどうもどうも!

僕は新米吟遊詩人。

今まで居たしょぼくれたおじさんは、なんだか嫁さんと田舎に帰ったらしいよ。

まったく、無責任な大人はめっ、だよね。

変わりに僕が続きを話すよ。

演目は、竜に愛された青年と、世界を愛した機械の乙女。

二人が織りなす物語の行く末や如何に?

ここから先はお約束。

僕の帽子にどうか一つ、銅貨を一つお投げになって。

なに、退屈はさせませんとも。
僕のママ譲りの碧眼に誓います。

では、ご静聴。



あ、そうそう。

僕、料理が苦手だからリコリス飴で我慢してね?

駄目ですよねー。 料理が苦手なんて女の子失格ですよねー。
でも、吟遊詩人としては中々やるんですよ?

さ、口寂しい方はリコリス飴をどうぞ。

お代はきっかり銅貨一枚です。
では、心揺さぶる“ふぁんたじぃ”。

どうぞお楽しみあれ!

 こいつ……。 僕には死活問題だというのに事も無げに仕方ないっだって。

機少女『訳を話せば長くなりますが、お話し致しますか?』

男「是非頼むよ」

 せめて納得したいからね。


機少女『時に、人間とはなぜ意味も無い事に時間をかけようとするのですか?』

男「え?」

機少女は抑揚のない声で訪ねた。

 揺らぎが一切無いその瞳はまるで真夜中の湖のようだと思う。

 吸い込まれるような、深く静かな瞳だ。

機少女『私が現状に至る原因は、貴方には理解する事が出来ないと予想しています。 で、あれば今後について話す方が幾何かは建設的な時間を過ごせるかと考えるのですが』


 ぐうの音も出ない。

 だからこそ腹が立つ。

 やっぱり機械か、理屈と感情が綯い交ぜでこその人間味なんだ。


男「納得はするけど、気には入らない」

機少女『何故でしょうか?』

男「人間だからかな」

機少女『理解できません』

男「だろうね」


男「まぁいいや、その建設的な時間を過ごそうか」

 どうせこのままじゃ冬を越せないし。

機少女『王都に行きましょう』
 機少女は事も無げに言った。

男「はぁ?」

機少女『道中説明させていただきます。 “時は金也”この世で無限の物など在りはしません。 特に、時間は限られていますので』


 機少女はそう言うと僕の袖を掴み“トリュウ”へと歩き出した。



機少女『機材は在るようなので、修理を致します。 一時間後に飛び立ちますので』


 機少女はトリュウの機首にそっと手を触れる。


男「相棒に変な真似をするなよ……ん?」

 耳に聞こえるのは、優しげな旋律。

 まるで乳飲み子をあやすような暖かい歌声。


機少女『そう、貴方はそこを治して欲しいのね。 良い子、きっと治してあげるわ』

 歌声の正体は、機少女がトリュウと会話をしていだった。

>>74
訂正

正しくは

 歌声の正体は、機少女とトリュウの会話だった。



 一時間後。
 計器類が治ったトリュウが心臓を拍動させ、飛び立つ時を待っていた。

機少女『トリュウは良い子ですね。 素直で、少し甘えん坊な様にも思えますが。 貴方に愛されていると言っていました』

 機少女の言葉に頬が緩んでしまった。

 大切な家族だと思っていた相棒が、自分の気持ちをしっかりと受け取っていてくれている。
機少女『口角が上がり、目尻が垂れ下がっています。 嬉しいという感情を抱いているのですか?』

 こっちは人間みたいななりの癖にずいぶんと機械じみてる。
 張り付いている無表情。 もしかしたら機械人には表情を作る機能は無いのかもしれないな。

男「僕の相棒はあんたよりよっぽど可愛らしいね」

機少女『……そうですか』

 こんな軽口にも眉一つ動かない。

 なんだかな。


機少女『ところで、この小屋には砲身が何個か在るようですがトリュウにはつけないのですか?』

 整備を終えた機少女が小屋を見渡しながら口を開く。

男「ほーしん?」

機少女『鉛を打ち出す角です。 トリュウの物だと思うのですが』

 あぁ、トリュウの一本角の事か。 相変わらずこの機械の少女は良く分からない言葉を使う。


男「父さんが言うには、一本角をトリュウに返す時は“覚悟を決めた時”だけらしい」

 父の言葉を思い出した。

 寂しげな顔だった。

機少女『覚悟……ですか?』


男「あぁ、「竜と共に、“かける”覚悟」だそうだ」

 一字一句間違えたりはしていない筈だ。

機少女『かける……該当する意味が多く憶測が上手くできません』

男「僕もそんな事を言った気がするよ。 答えては貰えず終いだったけどね」

 機少女は気になるのか興味深そうに聞いている。

 勿論彫刻のような無表情だけど、どうやら知識欲だけは在るらしい。


機少女『かける、翔る、賭ける、架ける、描ける。 文脈的に予想できるのはこの位ですが、どれも意味がまるで違います』

男「つまり、まだまだ僕は相棒に一本角を返す事ができないって事さ」


機少女『……』

 機少女が押し黙る。

男「何?」

機少女『もし、言葉の真意に気付いたら是非私にもお教え下さい。 私は知りたいと感じました』

男「気づきたくは無いけどね。 角を返すのは戦う時だし」



機少女『私は軽率な言動をとったようですね』


男「機械だし仕方がないんじゃないか?」


機少女『……そう、ですね』


 会話のテンポが崩れた?


男「もしかして、軽率だった?」

機少女『いえ、何の問題もありませんが、ただ』


機少女『何故か、前進の稼働率が悪くなった気がします』


―――――――――――――――――――

どうです!!

お楽しみになれましたでしょうか?

機械の乙女は、感情が無いのでしょうか?

トリュウに対する“覚悟”とは?

深まる世界の謎。

深まる二人の溝。

おっと今日はこの辺で。

銅貨は何に使うかって?

そりゃあもちろん……



おっと、あっしがちょいと田舎に帰っている間に襁褓も取れないひよっこがいまさぁ。


 ずいぶん退屈させたんじゃあ無いで?

 あっしが来たからには退屈なんざぁする方が難しいですぜ?

 えぇ、えぇ、もちろん誓いますとも。

 そうですねぇ。

 今回はあっしの嫁さんの牛みたいなお乳に誓って退屈ぁさせやせん。

 小娘が何やら文句を言っていますが、こいつは元々あっしの演目ですからね。

 あっしはこの場は譲りやしませんぜ?



 さて、あっしの諸事情で待ちぼうけを食らった淑女と紳士の皆々様。


 お詫びと言っちゃあ何ですが、あっしの田舎で取れた南瓜のパイをご賞味くだせぇ。

 勿論お代はいただきやせん。
 ではでは、今から話すは鋼鉄の竜が蒼空を翔る、所謂“ふぁんたじぃ”でごぜぇやす。

 機械の乙女と竜を駆る青年が一路王都を目指す道中。

 予期せぬ事態が予期せぬ結果を招き、なんとなんとの展開でって――

 こっから先はお約束。

 あっしの帽子にどうか一つ、銅貨を一つお恵みを。



 それではご静聴あれ。


 すっかり元気になった相棒と夕焼けの空を翔る。

 眼下には収穫を今か今かと待ちわびる黄金の野が広がっていた。


 やはり飛ぶなら秋の空、それも夕暮れか明け方がが気持ち良い。

 少し冷たい、澄み渡る空気が身体を巡る感覚は他では味わえない爽快感だ。

機少女『王都まではこのペースで行けば朝日を見るまでには間に合いそうですね』


 いつの間にか付けられた復座型のシートに座る機械人の少女が居なければ尚良いんだけど。



男「夜はあんまり飛びたくないんだよね、見えないし」

 

機少女『それならば問題はありません』

 機少女は耳の後ろあたりからケーブルを伸ばしてトリュウに繋ぐ。


機少女『私は、現存するレーダーのどれよりも高性能なレーダーだと自負しております。 例え一寸先が見えぬ深闇の中でも真昼の空と同じように見ることができます』

男「そりゃ凄いね」

 現在進行形で人生が一寸先も見えない闇に居るんだけど、どうにかしてもらえないかな。

 なんて、いってもちゃんと皮肉が伝わるか分かんないしな。
機少女『何やら考え事をしているとお見受けしますが、一度中断して下さい』

男「え?」

機少女『トリュウより更に高々度に機影が二つ』

 機少女の言葉と、鉛の咆哮が降って来たのは同時だった。



男「なんだ!? もしかして竜か!?」


機少女『双発レシプロ、機銃は20ミリ。 搭乗者は三名、速度はこちらの方が上です、が。 武装した夜間戦闘機のようです』


 武装した竜だって?


 王都の竜騎士でも襲いかかってきたのか? 理由は?


機少女『機影接近。 第二波、来ます』

 上空からプロペラの音が響く。

 上を見上げる。

 視界には真円の巨大な月が爛々と輝いていた。

 
 首の下に棘を生やした深緑の竜が迫る。

 まるで質量を伴った月光の様な威圧感だった。

――――――――――――――――――

 どうでした? あっしの言うとおり退屈はさせやせんでしたでしょう?

 早く続きが聞きたい?

 焦りなさんな淑女と紳士の皆々様。

 どんな話か続きを待ち想像をするのも楽しみかたってぇもんでございやす。

 そうして膨らんだ期待を良い意味で裏切る。 これが吟遊詩人の一番の幸福ですからね。

 おっと、あっしの嫁さんが羨ましいって?

 中々どうしてお目が高い御仁もいたもんでさぁ。

 乳もでかけりゃ尻もでかい。
 態度もでかけりゃ器もでかい。

 ついでに言えば声もでかい。
 早く帰らにゃ晩酌を減らすような素敵なあっしの嫁さんでさぁ。


 と、いうことで、今日はこの辺で失礼いたしやす。

 続きが気になる淑女と紳士の皆々様。

 銅貨を御準備願いやす。


 ところで。


 いくら何でも町を投げつけるのは勘弁してくだせぇ。

 あっしの帽子が延びてしやいやす。

 むしろ破けてしやいやす。

 破いたりすると、嫁さんにどやされちまいやすからね。

 ま、そういう事なんで。

 銅貨を持ってお待ちくだせぇ。


今回の更新は以上になります。

沢山の銅貨感謝します。


だんだん寒くなって来やしたねぇ。

あっしの嫁さんの田舎では晩秋になると山から……げふんげふん。

ちょいと話がそれやしたね。
寒いときこそあっしの話で胸を熱くしたらどうです?

夜空を切り裂く月光に襲われた、青年と機械の乙女。

さぁさ、絶体絶命だ。

もう駄目かと思ったその時――。

おっとここから先が聴きたいのなら、お約束。

あっしの帽子にどうか一つ、銅貨を一つお恵みを。

なに、退屈はさせやせん。

んー、そうだな。 あっしの嫁さんの田舎の見事な山々に誓いやす。


え? 随分美味そうな匂いがするって?


鋭い旦那もいたもんでさぁ。
今は丁度夕餉時ですし、ちょいと重めの物を用意させていただきやした。

田舎で取れた茸と嫁さんとこの若い牝羊を香草とチーズで味付けしてパイ生地で包み焼きにしたもんでさぁ。

今回はあっしの自信作ですぜ?

お代は少々値が張りやして、一切れ銅貨三枚頂きやす。

きっと後悔させやしやせん。
では、今より話すは。

空翔る竜に、機械の乙女、戦乱の世は混迷と。

信ずる物を胸に、二人は後の世に語られる物語を紡いだ。

そう、聴く者の胸を熱くたぎらせる、所謂“ふぁんたじぃ”でごぜぇやす。

ではでは、淑女と紳士の皆々様。

暫し御耳を拝借。


 轟音と共に吐き出された鉛。

機少女『全速力を持って前進してください。 更に高度に一機。 このままでは良い的に為ります』


 操縦桿を握る手に力を込める。


男「頼むぞ相棒っ」

 トリュウの拍動が強まる。


 座席に身体を押し付けられる程の抵抗。

 肋骨が軋む。


機少女『……っう』


 機械人でもきついんだな。

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