じいちゃん「ちょっと三途の川の様子みてくる」 (38)

ばあちゃん「これを持って行ってください」

じいちゃん「これは」

ばあちゃん「六文銭が入っています。川の渡し賃です」

じいちゃん「いつもすまないな」

ばあちゃん「いいえ。私にはこれくらいしかできませんけど」

じいちゃん「・・・」

ばあちゃん「お世話になりました」

じいちゃん「・・・行きたくない」

ばあちゃん「おやおや。あんなに男らしいじいさんは何処へ行ったのかしら」

じいさん「・・・」

ばあちゃん「私も事を済ませたらそちらに行きますので、少しだけ我慢していてくださいな」

じいちゃん「お前は、長生きするんだぞ」

ばあちゃん「もう十二分に長生きさせてもらいましたよ」

ばあちゃん「本当なら、あなたと一緒に逝きたかったのですが、あなたったら唐突に逝ってしまうものですから」

じいちゃん「すまない。すまない」

ばあちゃん「家の事も私に任せてください。ちゃーんと片付けてからいきますよ」

じいちゃん「すまない」

ばあちゃん「さあさあ、もういきなさいな。あんまり話していると行けなくなってしまいますよ」

じいちゃん「・・・ありがとう。ばあさん」

ばあちゃん「どういたしまして」

じいちゃん「じゃあ、さようなら」

ばあちゃん「また会いましょう」

じいちゃん「・・・」

ばあちゃん「・・・」ニコ

じいちゃん「・・・」タタタ

ばあちゃん「さて、私も片付けを始めないと」

ばあちゃん「孫の顔も、しっかり目に焼き付けておきたいねえ・・・」

俺「ばあちゃんかぜひいたの?」

母ちゃん「おばあちゃんはインフルエンザにかかっちゃったの」

俺「おれもかかったことある!平気だったよ!」

母ちゃん「おじいちゃんが倒れてからおばあちゃんはずっと忙しそうにしていたでしょ。とても疲れていたみたい」

母ちゃん「それにおばあちゃんはもともと身体が弱いからあなたみたいに簡単には治らないの」

俺「ばあちゃんなおらないの?」

母ちゃん「・・・」

母ちゃん「おばあちゃんが治るように応援しようね」

俺「うん! ばあちゃんはやくおきていっしょにあそぼ!」

母ちゃん「・・・」

じいちゃん「ここを渡れば戻れないのだろう・・・」

じいちゃん「向こう側はどんな世だろうか」

じいちゃん「霞んでよく見えない・・・」

じいちゃん「足がすくむ・・・」

男「じいさん。渡りたいのかい」

じいちゃん「あぁ。渡らなければならないようだ」

男「最近はひっきりなしで忙しいなあ」

じいちゃん「冬だからだろう。年寄りは寒さに弱い」

男「そんなもんか」

じいちゃん「そんなもんさ・・・」

男「そんで、渡るかい?」

じいちゃん「・・・」

男「あんた、未練があるんだろ。川が荒れだした」

男「こうなったら俺は渡らせるわけにはいかねえよ」

じいちゃん「未練は・・・ない」

男「まあ川が鎮まるまで船は出せねえから、向こうで待ってな」

じいちゃん「どれくらい待てばいいか?」

男「そんなこと俺は知らねえ。あんた次第さ」

じいちゃん「いつまでも、川が鎮まらなかったら・・・?」

男「そん時は、あんたはお呼びじゃねえ。しっかり六文銭握って帰んな」

じいちゃん「この世にどんな未練があるというんだ・・・」

男「さあな。まあ大抵の人は家族に心残りがあるってのが理由だな」

男「じいさんにもいるだろ?」

じいちゃん「ああ」

男「ちゃんとお別れ言えたのか?」

じいちゃん「言ったさ」

男「声は届いたか?」

じいちゃん「届いたさ・・・」

男「・・・」

男「あんたみたいな人は少なくない」

じいちゃん「・・・」

男「三途の川はよく荒れる。置いてきた家族やこの世の事を思い起こして躊躇しちまう」

男「考えに考えて回れ右する人もいれば、歯を食いしばりながら銭を渡してくる人もいる」

男「あんたの人生は完成したか?まだ納得いかないか?」

じいちゃん「やりのこしたことはたくさんある」

男「・・・まったく、大荒れだ」

男「まあよく考えるんだな。六文銭持ってるってこたあんたには渡る権利はある」

じいちゃん「あぁ・・・」

じいちゃん「やり残したことがあると言ったが、一体わしは何をやりのこしたというんだ・・・」

じいちゃん「ばあさんはなにをしているのだろうか」

じいちゃん「本当にまた会えるのか」

じいちゃん「今戻れば」

じいちゃん「今戻ったらばあさんは喜ぶかな」

じいちゃん「おかえりなさいと言ってくれるだろうか」

じいちゃん「ばあさんや・・・」

じいちゃん「ん? 袋が無い」

じいちゃん「確か懐に・・・」

じいちゃん「何処かに落としたか。ばあさんがいないとわしゃダメだなあ」

ばあちゃん「・・・おや」

ばあちゃん「いつの間にか寝てしまっていたようだね」

ばあちゃん「風邪引いてしまう・・・ これは・・・」

ばあちゃん「私もついにこの世とお別れだねえ」

ばあちゃん「私は幸せ者だよ」

ばあちゃん「じいさんは向こう側でまだかまだかとウズウズしているんでしょうね」

ばあちゃん「じいさん、今いきますよ」

書き終わる前に落ちちゃったから

じいちゃん「おかしいな・・・」

じいちゃん「どの石も袋に見えてしょうがない」

男「どうした?じいさん」

じいちゃん「あぁ、銭の入った袋を落としてしまったみたいで・・・」

男「銭が無いんじゃ渡らせるわけにはいかねえぞ」

じいちゃん「ああ、探すよ」

男「気持ちの整理も兼ねてゆっくり探しな」

じいちゃん「ああ・・・」

ばあちゃん「ここが三途の川かい」

ばあちゃん「静かな川なこと」

男「渡るのかい?」

ばあちゃん「はい。向こうで、首を長くして待っている人がいますので」

男「ばあさんは幸せ者だな」

ばあちゃん「ええ。もうこの世に未練はありませんよ」

男「あんたみたいな人もいりゃ、家族を思って川を荒らしちまう人もいる」

ばあちゃん「おやおや、困った人ですねえ。 じいさんもきっとその質だったのでしょう」

男「向こうで待ってるじいさんか?」

ばあちゃん「ええ。きっと未練はなかったけど、私と離れるのが怖かったに違いありませんな」

男「待たせちゃ悪いな」

ばあちゃん「そうですねえ」

男「じゃあ渡船料貰おうか」

ばあちゃん「はい。六文ですね」

男「確かに受け取った。 もう引き返せないぜ」

ばあちゃん「最後に少しだけ眺めていいですかい?」

男「川が荒れない程度にな。船を出せなくなったら仕事にならねえ」

ばあちゃん「・・・いい世界でした」

ばあちゃん「・・・」

ばあちゃん「じいさんが待っているだろうし、そろそろ行きますか」

男「もういいのか」

ばあちゃん「はい。あんまり見ていると、未練をつくりだしてしまいそうです」

男「じゃあ、行くか。 船に乗って」

ばあちゃん「静かですね」

男「ああ。あんたは心に迷いが無いんだろう」

ばあちゃん「そうですねえ」

男「さっきまでは残した家族に未練たらたらのじいさんがいてな、えらい大荒れだったんだよ」

ばあちゃん「そんなものですか」

男「あんたみたいな人も大勢いるさ」

男「あ、ああーあの人だよ。銭袋落としたとか言って。まだ探してんのか」

ばあちゃん「あれは・・・」

じいちゃん「袋・・・」

ばあちゃん「じいさん!」

じいちゃん「!?」

男「!?」

ばあちゃん「ちょっと止めてください」

男「あぁ」

じいちゃん「ばあさん! どうしてこんなところに!」

ばあちゃん「やることは片付けてきたのでねえ」

じいちゃん「もう済ませたのか・・・」

ばあちゃん「心残りはありませんよ」

じいちゃん「なら、一緒に行こう」

男「じいさん、悪いが銭が無いんじゃ渡せねえよ」

じいちゃん「ちょっと待ってくれ。どこかその辺に落ちているはずなんだ」

じいちゃん「ばあさん・・・」

男「ばあさんからはもう渡船料を受け取った。後戻りはできねえ」

ばあちゃん「あぁ・・・ あなた、そうだったの・・・」

じいちゃん「この辺に落ちているはずなんだ・・・」

ばあちゃん「あなた。 あの六文銭はもともと私のものだったようだよ」

じいちゃん「へえ?」

ばあちゃん「あなたが三途の川の様子をみてくるなんて言い出すものだから」

ばあちゃん「てっきりあなたのものだと思ってしまったよ」

じいちゃん「わしのじゃなかったのか」

ばあちゃん「あなたの失くした六文銭は私のもとに返ってきました」

ばあちゃん「じいさん、あなたがここを渡るのはまだ早いのですよ」

じいちゃん「でも・・・」

ばあちゃん「私は向こうで気長に待っていますから」

じいちゃん「わしはお前がいるなら未練などない」

ばあちゃん「あなただけの未練ではありませんよ」

ばあちゃん「私たちふたりとも逝ってしまったらあの子はどう思うかい」

じいちゃん「・・・」

ばあちゃん「私の変わりに、どうか孫の成長を見届けてくれませんか」

じいちゃん「・・・」

ばあちゃん「土産話を楽しみに待っていますよ」

ばあちゃん「だから待つのは苦ではありませんよ。安心して戻ってくださいな」

じいちゃん「・・・いつになるか、分からないけど」

ばあちゃん「はい」

じいちゃん「ずっと待っていてくれるか・・・」

ばあちゃん「もちろんですよ」

じいちゃん「・・・」

じいちゃん「必ず、また」

ばあちゃん「ええ。また会いましょう。それまでの辛抱ですよ」

じいちゃん「う・・・」

ばあちゃん「いってきますね」

じいちゃん「元気でな・・・」

ばあちゃん「あなたも・・・」

じいちゃん「・・・元気でな」

じいちゃん「・・・」

ピーーーー

母ちゃん「・・・」

俺「ばあちゃん、なんかピーっていったよ」

母ちゃん「おばあちゃんは天国に行ったんだよ・・・」

俺「天国いくとピーってなるの?」

母ちゃん「・・・」

俺「ばあちゃんおきないの?」

母ちゃん「もう起きないよ・・・」

俺「なんで?」

母ちゃん「ながーいおやすみについたの」

俺「いつあそべるの?」

母ちゃん「ずっとずっと先だよ。あなたが大人になって、おじいさんになって、それからまたずっと先だよ・・・」

俺「まてないよ」

母ちゃん「でもね、もうおばあちゃんは起きないの」

俺「・・・」

男「お、歩き出したね」

ばあちゃん「吹っ切れたんでしょう」

ばあちゃん「ちょっとだけ、たくましい背中になりましたねぇ・・・」

男「ばあさんは良かったのかい?」

ばあちゃん「私はいく準備も心構えもできていましたよ」

男「女はつよいねぇ・・・」

ばあちゃん「あの人を支えることが私の仕事ですからね。強くもなりますよ」

ばあちゃん「五十年も付き添っていれば・・・ねぇ」

男「・・・」

ばあちゃん「向こう岸までどれくらいかかりますか」

男「見た目よりもずっと長い。なにせ現世とあの世を隔てているくらいだからな」

ばあちゃん「そうですか。まあ時間はたっぷりあることだし、気長に待ちますか・・・」

ばあちゃん「じいさんや、私は何十年でも待ちますよ。ですから焦らず、あの子の成長を、よろしく頼みます・・・」

ばあちゃん「・・・」

俺「いつあそべるの?」

ばあちゃん「今でしょ!」ガバッ

じいちゃん「・・・」

俺「じいちゃんおきて!」

俺「じいちゃん!」

じいちゃん「あぁ・・・」

じいちゃん「とても長い夢を見ていたみたいだ・・・」

母ちゃん「お母さんが、今朝方亡くなった」

じいちゃん「そうか・・・」

俺「ばあちゃん天国いったんだって」

俺「じいちゃんも天国いっちゃうかとおもった」

じいちゃん「じいちゃんはまだ行かないよ」

俺「ばあちゃんいなくてさみしくないの?」

じいちゃん「また会えるから寂しくないよ」

じいちゃん「ばあちゃんのかわりにじいちゃんといっぱい遊ぼう」

俺「うん」

じいちゃん「(ばあさんや。この役割はわしじゃなければいけなかったのかい・・・)」

じいちゃん「(あの六文銭は本当にばあさんのものだったのかい・・・)」

じいちゃん「・・・」

じいちゃん「(本当はもっと長くこの子の成長を見たかったのではないのかい・・・)」

じいちゃん「・・・」

じいちゃん「わしがしっかり見届けておかないとな・・・」

俺「なに?じいちゃん」

じいちゃん「次ばあちゃんと会った時に、お前の話をたくさんするって約束したんだよ」

俺「ばあちゃんにあいにいくの?」

じいちゃん「あぁ、ずっと先にな」

fin.


エンディング "君を飾る花を咲かそう" GARNET CROW

http://i.imgur.com/XpJ0l86.jpg

>>34
半ディグダ

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