男「はい、口あけて」幼馴染「あ、あの…自分で食べるから」(404)


夕暮れの日差しが低い角度で注ぐ室内。

ラタンの洋服箪笥の上に並んだ縫いぐるみや木枠の写真立てといったオーガニックなインテリア、そして何より部屋に満ちた少し甘い香りが女の子の部屋特有のものだと思う。

男の部屋ならもっと無機質で乱雑で、間違いなく良い匂いなどしないだろう。

その可愛らしい部屋の主は、ベッドに上体を起こし座っている。

「はい、口あけて」

「あ、あの…自分で食べるから」

「いいから、熱いから零しちゃいけないし。…あーん」

「…あーん」


俺はスプーンにとったひと口分のホワイトシチューを、彼女の口に運んだ。

「…そんなに熱くない…です」

「ふーふーしといたからな」

「やっぱり自分で食べます」

「なんで嫌がるのさ」

「嫌なんじゃなくて、恥ずかしいんです。それに、自分でできる様にならなきゃいけないし…」

「ならなくていいよ」

「だめですよ、ずっと人に頼るわけにはいきません」

「そうじゃない、お前の目は見えるようになるんだ。俺がそうする、だから…いいんだ」

彼女はある日を境に光を失っている。

それだけではない、その日以前の記憶も閉ざされているのだ。

その境界となった日も、その原因も解っている。

そしてその忌むべき理由の一端は、俺にある事も。


「男…さん。本当にいつもありがとうございます」

「やめろよ、前みたいに『男』って呼び捨てにしてくれよ」

「うん…でも慣れなくて」

彼女は俺の幼馴染だ。

どこにも気の置けない、何の遠慮をする事も無い仲だった。

…いや、唯一。お互いに改まって想いを告げる事だけ、出来ずにいたけど。

それでも想いあっている事は、なんとなく通じていた。

それなのに、今はその見る影も無い。


「…ごめんな」

「どうして男さんが謝るんですか」

「………」

彼女が視力を、記憶を失っているのは心的な事が原因だと医者は言う。

そして前述の通り、その心的要因の発生理由も解っている。

解らないのは閉ざされたそれらを解き放つ鍵だけ、それが見つかれば症状は改善するだろうと医者は言った。

ただしこの状態があまりに長く続くと、少しずつ回復は困難になっていくだろうとも。

今現在で、彼女が光と記憶を失ってから二ヶ月が経とうとしていた。

医者が言った『長い時間』がどの位を指すのかは明確ではない。

それは症例毎、個人毎に異なるからなのだろう。

手当たり次第に何かを試みたところですぐにどうこうなる事ではない、でも俺の気持ちは焦りを覚えていた。

そしてできる事なら、記憶は戻らないままに光だけを取り戻す事が出来たら…そんな都合のいい想いを捨てられずにいる。

だから『君の目は見えるようになる』とは言っても『記憶を取り戻そう』とは言わなかった。


俺達にとって、本当なら記憶だって大事なものだ。

昔からずっと一緒だった、どこに行くにも何をするにも当たり前のように側にいた。

そんな当たり前の毎日と、その中で幾つもあった特別な日々。

どれもが大切な、かけがえのないものなのは間違いない。

それでも、それを差し置いたとしても彼女が『あの日』の記憶を取り戻す事は躊躇われた。


午後九時、俺が彼女の家を出る際に彼女の母親が俺を玄関まで見送ってくれた。

「男くん、本当にいつもごめんなさいね」

週に六日は学校帰りにこの家に寄り幼馴染の世話を焼く俺に、母親は申し訳なさそうに言う。

「そんな事言わないで、おばさん。幼馴染がああなったのは…」

「男くん、それは違うのよ。前も言ったでしょう?…本当は貴方も辛いはずなんだから」

「…はい」

確かにそれは間違いではない。

現に俺も、できるだけその日の事は思い出さないようにしている。


「気をつけて帰ってね、男くん」

「あはは、三軒隣りに帰るのに気をつけるも何も無いよ。おばさんも、無理し過ぎないで」

「ありがとうね。男くんにも無理はして欲しくないけど、あの娘…やっぱり貴方が来るのを楽しみにしてるのよ」

「うん、明日も来ます。おやすみなさい、おばさん」

部屋に帰った俺は、すぐにベッドに倒れ込んだ。

そう真面目にではなくとも一日の授業を受け、それから彼女の部屋に通うという生活を繰り返していれば疲れもたまる。

毎週土曜日だけは彼女の父親の仕事が早く終わる事に甘えて寄らない事になっているが、今日はまだ火曜日だ。

でも決して彼女の世話をする事が嫌なわけではない。

むしろ週に六日、せめてそれだけは欠かしたくはなかった。

もう風呂に入るのは朝でいいかな…でも汗かいたしな…そう考えながら、答えは出ない内に意識は遠のいていった。


翌日、午後五時。

俺は今日も彼女の部屋のドアをノックした。

「入っていい?」

《…あ!ちょっと待って下さい!》

少しドアの前で待つ。

数十秒、持て余す時間にドアの木目が人の顔に見えるところを探して凌いでいると、中から『コトン』という恐らくカーペットに何かが落ちた音が聞こえた。

そして更に数秒して、中からは彼女の声で小さく『ああ、もう』という独り言が。

《ごめんなさい、…もういいです》

「入るよ」


カタッ…という建て付けの良い音をたててドアを開けると、いつも通りベッドにはパジャマ姿の幼馴染。

そしてベッド手前のカーペット上を見て、先の待ち時間に彼女が何をしようとして諦めたのかが解った。

「…このブラシ、どこに置いとこうか?」

「うう…ベッドの枕元の棚にお願いします…」

「気を遣わなくていいのに」

「でも、髪くらい梳かしたかったんです」

こういう彼女の気遣いに、俺はちょっと安堵する。

恋には届かないまでも親密だった俺達の関係、でも彼女がそれを思い出せなくなった時点で俺はただの知らない人になった。

家族であれば、どんなに忘れようともその関係が変わる事など無いが、そうでなければ知らない人は他人以外の何者でもない。

でも彼女は俺を部屋に入れる前に髪を梳こうとした。

それは今の俺が彼女にとって会いに来て欲しい存在であり、会うなら『できるだけ身嗜みの良い自分』で迎えたいポジションにいるからなのだろう。


「…どう、調子は?」

「ごめんなさい、何も変わらないです」

「焦ってもだめだと思うから、無理すんなよ」

「はい」

「音楽、変えよっか」

俺はベッド脇のテーブルに置かれたプレーヤーを手に取り、プレイリストを選ぶ。

『部屋用BGM3』というタイトルがつけられたリストを選びリピート再生を始めると、耳に馴染んだイントロが流れ始めた。

一年ほど前、初めて二人で行ったコンサートのアンコールで最初のナンバーだった曲。

少し切ないギターのアルペジオから、掠れたトーンの男性ボーカルが歌い出す。

「綺麗な曲です」

「うん…そうだな」

やっぱり覚えてはいないのか。

あのコンサートの後、それを思い返して幾度と無く聴いた曲なのに。


「男さん、また昔話…してくれませんか」

「ん、いいよ。ええと…何を話そうか」

「じゃあね…私の誕生日の事とか、わかります?」

「ああ、それはいいネタになるよ」

「え、なんだか嫌な予感」

「そうだなぁ、あの時のお前には笑ったもんな」

「やっぱり他のにして下さい」

「だめ、変更不可。あれは小学校五年生くらいの誕生日だよ…」

本当は思い出話をするのは少し怖い。

不意に彼女の記憶が戻りそうに思えるから。

だからできるだけ最近の出来事は話さないようにしている。

彼女もそれに気付いているのか、あえて最近の事を教えるよう要求はしてこない。


医者も彼女の両親も、もちろん俺も。今はまだあの日の事を彼女に話してはいない。

ただ彼女の母親は『辛い出来事があった』とだけ伝えているらしい。

そこには彼女の記憶や視力を解放する大きな鍵が潜んでいる可能性が高いと思う。

でも教えるには相応の覚悟が必要だ、悪戯に心の傷口を広げより大きな精神的なダメージを与える事にもなりかねない…医者はそう言った。


《男くん、入るわよ》

ドアの向こうから声がする。

「あ、はい。どうぞ」

彼女の母親が夕食のトレーを手に部屋に入ってきた。

この家の人が俺に入室をことわるというのも、少しおかしな話だ。

「昨日はシチューだったから、今日は和食にしたわ。品数が多くなるから食べさせ難いかもしれないけど」

「いつも俺までご馳走になってすみません」

「何言ってるの、男くんのいる間は娘の顔が明るくなるからね。本当、嬉しいのよ」

「もう、お母さん!変な事言わないで!」

幼馴染は顔を赤くして母親を非難した。

「そういう反応は前と変わらないわね、なんだかホッとするわ」

「ホッとしないよ、こっちは怒ってるんだから」


この人も一度は幼馴染にとって『知らない人』になったはずなのに、やはり家族という血をわけた存在には特別な絆があるものなんだな。

母親はテーブルにトレーを置くと、俺に「悪いけどお願いね」と言い残し部屋を後にする。

「ごめんなさい、お母さんが変な事を言って」

「変な事でもないだろ。俺は…ちょっと嬉しいよ」

「…嬉しい?」

「ああ…前も話したけど、俺達は本当に親しい仲だった。一番古くて、一番身近な友達だったんだ」


言葉は選んだつもりだった。

恋人じゃなかったのは本当の事だし、嘘はついていない。

でも、ただの友達では無かった。

その関係、そんなお互いの感情は言葉で伝えて解るものではないはずだから。

「友達…ですか」

「…うん、そうだったよ」

彼女の記憶を戻したい、でも彼女が心を傷めるのが怖い…そんな葛藤が俺の心を軋ませた。


それから数日して、彼女は退院後三回目となる検査に行った。

平日だから俺は付き添う事はできなかったが、その日は彼女の父親が休みをとったらしく行き帰りには車を使う事ができたようだ。

俺は日中からそわそわと授業にも身が入らなかった。

放課後のチャイムと共に学校を出て、すぐに幼馴染の家に向かう。

住宅街、見えてきた彼女の家の車庫には父親の車が見える。もう帰っているようだ。

玄関先まで行き呼び鈴を押そうとした、その時。

「しっ…男くん、先にリビングに来てくれる?」

玄関のドアがそっと開き、彼女の母親が少し小声で俺にそう言った。


できるだけ音をたてずにリビングへ向かうと、ソファには彼女の父親も座っている。

「やあ、男くん。妻からも聞いているよ、本当にいつもすまないね」

「…いえ」

答えながら向かいのソファに座る。

父親は眉間に皺を寄せ、少し寂しそうな目で語り始めた。

「知っていると思うが、今日は病院に行ってきたよ。…先生の話だと、記憶も視力も改善の兆候は無いようだ」

「そうですか…」

「過去の事について質問をして、必ずNOと答える。その時の脳波を測定する…言わば嘘発見器だね、それを用いて調べても一切の疑い無く記憶は失われているらしい」

彼女の父親はいつもはとても陽気な人なのに、今はとてもそうは見えない。


「ただ、視力に関しては一つ判った事がある。目の器官は正常に動作しているという事だ」

「…つまり?」

「目で見えてはいるのだが、その情報を脳が認識して処理しようとしていないらしい」

「じゃあ、やっぱり原因の全ては心にあるという事なんだ…。障害となっている部分のストレスを緩和すれば、目が見えるようになる…と」

「ああ、医者もそう言っていた」

「よかった…あいつは光を取り戻せるんですね」


「ただ…もうひとつ、そろそろあの娘に辛い記憶を思い出させてでも、根本的な治癒を目指さなければいけない、とも…医者は言った」

「…!!!」

俺は動揺を隠せなかった。

医者が、そして目の前の父親が言う事は治療としては必要な手段なのだろう。

だが彼女に辛い記憶を思い出させるためには、やはりその事自体を話さざるを得ない。

その結果の最悪なパターンを考えれば、どんな事があったのかを知らされ精神的なダメージを受けつつも、それでなお記憶や視力が戻らないという可能性もあるのだ。

そしてその時、前とは違うまでもやっとここまで積み上げた彼女との新しい関係が、また水泡と帰する可能性もある。


「だが、その話は我々がするべきではない。…君の気持ちに大きく関わる事だからね。だから身勝手かもしれないが…その判断を君に委ねたい」

「…いいんですか、娘さんがどうなるか分からないのに」

「君に更に重荷を背負わせてしまう事になるかもしれん…が、私はあの娘と君の長きに渡る絆を信じたい。それに頼りたいんだ」

父親はソファの前のテーブルに両手をつき、こんな若輩者の俺なんかに頭を下げた。

「よして下さい。俺は…俺にできる事は何でもしたいです」

「すまない…男くん。君も辛いはずなのに、こんな無理な事を」

「いいえ、俺もあの事を彼女に自分以外の口から伝えたくは無いですから。…ただ」


「ただ…何だね」

「そのタイミングは改まった場じゃなく、できるだけ自然に伝えられる機会を探したいんです。…そのための時間を下さい」

「先に言った通りだ、それも含め君に委ねよう。男くん、娘をどうか頼む」

まるで結婚の許しを得たかのような言葉だと思った。

彼女の父親が言う通り、彼女の心に傷が刻まれた日の出来事には俺が大きく関わる。

本当なら思い出したくもない、あの日の記憶。

俺は彼女にそれをどう伝えるべきなのか、引き受けはしたものの答えは全く見えてこなかった。


「風、すごく気持ちいいです」

「もうこの時期、この時間になると涼しいなー」

次の日曜日、俺達は家からほど近い河川敷を長い影を落としながら散歩をした。

彼女は俺のシャツの裾を握り、半歩後ろをついてきている。

「昔はこの土手の斜面でよくダンボールのソリで遊んだんだ」

「そうですか」

「まあもっぱらお前はソリで滑る俺めがけて、集めたオナモミの実を投げて遊んでたけどな」

「え、私そんな事を」

「楽しかったけどねー」


チリンチリン…という自転車のベルの音が、背後から響く。

「おっと、こっち寄って」

「はい」

彼女は両手で俺の体を探し、真後ろに隠れた。

「ごめんなさいねー」

「いいえ」

自転車に乗ったおばさんが追い越していく。

「もう大丈夫だよ」

「はい、ごめんなさい」

「なんで謝るんだ」

「…くっつき過ぎたかなって」

恥ずかしそうに彼女は言った。

正直、こんなしおらしい今の幼馴染も可愛いとは思う。

以前の彼女はもっと乱雑な言葉遣いで、ふざけてはさっきよりはるかに密着して俺の動きを封じたりしていたものだ。

単純にどちらの彼女が好ましいか…そんな事は考えない事にしよう。


「もうすぐ橋があるから、その下の影でちょっと休もうか」

「はい」

橋の下にはベンチこそ無いが、河原に降りるための幅広なコンクリート階段がある。

その最上段の端っこに、俺は彼女を座らせた。

「川の流れる音、聞こえます」

「うん、橋脚で川幅が狭くなってるからね」

「今って何時くらいなんですか」

「午後六時くらいだね、もう少ししたら戻らなきゃ」


できればその日、少しでも彼女に過去の話をしようと思ってはいたのだが、今のところ踏み切れていない。

やっぱり今日は諦めようか…そう考えた時、不意に彼女から記憶に関わる話題が投げられた。

「不思議なんです。過去の出来事は覚えてないのに、この世界の風景とか…例えば夕焼けの色がどんなだったかは解るんですよ」

「そうなんだろうな。こないだの食事の時、前から嫌いだったアスパラを口に入れた途端に『これ、アスパラガスでしょ』って顔をしかめたのには笑ったよ」

「あの歯ざわりダメなんです」

「いっそ好き嫌いは無くなればいいのにな」

「…でもそれも、以前の私の欠片なのかなって」


彼女はどう思っているんだろう。

視力を取り戻したいのは当たり前として、以前の記憶は今の彼女にとってどれほどの価値があるものなんだろうか。

「幼馴染、訊くんだけどさ」

「はい」

「お前が視力と記憶を失った時、辛い経験をした…それはおばさんが言ったと思う。お前はそれでも、記憶を取り戻したいと思うか?」

「…うーん」

少し困ったように、彼女は下を向いて悩んだ。


「正直な気持ちでいいんだ」

「怖い、です。もちろん目は見えるようになりたいけど、たぶんそれが快復するとしたら記憶と一緒にだって、お医者さんは言ってました」

「…そうらしいな」

「今の私にはピンとこないけど、そんなにもショックな出来事だったのなら、やっぱり思い出すのは怖い…かな。…でもね」

「でも?」

「それよりも私、本当の私達の関係が知りたいんです。幼馴染みだったとは聞きましたけど、たぶん…それだけじゃない」

「…うん」

「だって私には他にも学校の友達だっていたはずでしょう?記憶がない、目が見えない事は知られてるんでしょうから無理もないんだけど、どうして男さんだけがこんなに良くしてくれるんだろう…って」


「説明するのは、難しいな」

「そうなんだと思います。だから…それを思い出したい。きっと私にとってすごく大切な事なんだと思うんです」

憂いをもった表情で、彼女はうつむいたままそう言う。

それを聞いて俺は、その関係の大切さを知りながら彼女に記憶を取り戻させる事を躊躇ってきた自分が情けなく思えた。

「幼馴染、大切な俺達の記憶…その最後にあるのは本当に辛い記憶だよ。でも、やっぱり俺は話さなきゃいけない」

「…はい」

「様子をみながら、何度かに分けて話す事になるかもしれないけど…それでも辛くなったらその時言ってくれ」

彼女は口を一文字に結び、小さく頷いた。

俺はどこから話し始めるべきか数秒考えて、それからひとつ大きく深呼吸をする。

「最初は、半年ほど前の話だ…」


すっかり暗くなったコンビニの駐車場。

俺と幼馴染は学校帰りの小腹を満たすために小さめの菓子パンを買い、自動ドアからその駐車場へ出たところだった。

『あの、困ります』

不意にその隅の方から、女性の声が聞こえた。

見ると一人の女子高生が二人組の男に絡まれている。

近くの女子高の制服を着た彼女はとても可愛くスタイルもいい、ナンパにあうのも無理はないと思えた。


『もうすぐ母が迎えに来るので…』

『そんな手間かけなくていいじゃん、俺らが送ってやるからさぁ』

馬鹿だな、例え嘘でも父親か彼氏が迎えに来ると言えば少しは抑止効果もあるだろうに。

絡んでいる男二人はあまり強そうには見えなかった。

乗っている車も派手なドレスアップとキモいアニメステッカーでスポーツ感を殺されたスポーツカー。

ましていくらでも人通りのあるコンビニの駐車場だ、例え喧嘩になって勝てなくとも仲裁に入ってくれる人もいるだろう。

いざとなれば幼馴染が携帯で通報してくれてもいい。

そんなあまり格好よくない算段を頭で組み立ててから、俺はそこへ近付いた。


『悪りい、お待たせ。俺まで送ってもらう事になってスマンねー』

『あぁ、なんだお前』

『むしろお前らこそ誰だし。トイレ入ってる間にヒトの彼女にちょっかいかけやがって。ナンパできるような面かよ、鏡見したろか』

『調子のんなよ、俺のヴォーカロイド一号180SXで轢き殺すぞ』

うん、こいつやっぱり弱そう。

問題にしたくはないけど、やるならやってやろうか。

…そう思った時だった。

『男、ケーサツ呼んだから騒ぎにしない方がいいよ。どうせコイツらなんて車にもやましい物だらけなんだろうから、事情聴取くらいされるんじゃない?』

幼馴染は携帯をちらちらと見せながら声を掛け、緊張感の欠片も無く菓子パンを一口かじった。


『おー、そりゃそーか。幼馴染、ついでにお前スカートの裾でも破っとけよ。慰謝料貰おうぜ』

『アンタのズボン破っときなさいよ』

『…おい、行こうぜ』

『くっそ、なんでこんな奴が女二人も連れてんだよ。餓鬼が、死ねよ!』

男はみっともない車に乗り込むと、腹の調子でも悪いのかというような排気音を響かせて駐車場から出て行く。

よほど慌てたのか出入り口の段差に、趣味の悪いエアロが擦れて割れた音がした。

『幼馴染、本当に警察呼んだのか?』

『もちろん、ウッソーですよ』

『だと思った』

俺達はそのまま立ち去ろうとした。


『…あの!』

その背後から絡まれていた女の子の声、まあそりゃそうなるか。

『ありがとうございました!すごく怖くて…』

『いやいや、気にしないで。ちょっと格好つけただけだから。もっと強そうな奴らだったら、遠巻きに110番に電話してたんだけどねー』

『でもすごく助かりました。あの…格好よかったです』

『そーお!?参ったねー、カッコよかったかー』

『うわぁ…締まりない顔、鏡見したろか』

それが女との出会いだった。


それから数日後、同じコンビニに立ち寄った俺達はまた女に会う。

女は俺の姿を見つけるなり小走りに寄ってきて『やっと会えた』と笑顔を見せた。

『今日もお母さん待ってるの?』

『いいえ、今日はこの後駅前で習い事だから。もしかしたらその待ち時間にここにいれば、男さんに会えるかもと思って』

『あー、ここにはよく寄るけどね』

『だいたいこの時間ですか?』

『うん、まあ…寄らない日も多いけど』

『じゃあ、また会えたらお話させて下さい。あ…でも、彼女さんに悪いですよ、ね?』


『えーと…』

『別に、私は彼女じゃないし。近所に住んでるから一緒に帰ってるだけだよ。気にしないで、どーぞ』

『そうなんですか、じゃあ男さん…よかったらLINE交換してくれますか?』

『あ、ああ…うん…』

今思えば、あの時の幼馴染の曇った顔を見過ごすべきじゃなかったんだ。

俺だって幼馴染の言葉を100%そのまま受け取っていたわけじゃなかったのに。

それから女からは頻繁にメッセージが入るようになった。

次第に彼女はプライベートな事も話すようになり、どう考えても俺は好意を持たれているらしかった。


女のアピールはとても積極的で、清楚な見た目に似合わず肉食系という表現がしっくりくる。

それは一度は日曜日に幼馴染と行く約束をしていた映画に、断りきれず連れて行く事になったという事実がよく表しているだろう。

確かに女は魅力的ではあるが、それでも俺の心がなびくことは無い。

その理由である女性はここのところ、どうも膨れっ面でいる事が多いけど。

『よかったねー、カッコつけた甲斐があったじゃない?』

『よせよ、ちょっと困ってんだ』

『何も困る事は無いでしょ、…付き合っちゃえばー?』

『ばーか』

不機嫌な幼馴染に茶化されながらも、本当にこのままじゃまずいと思っていた矢先、ついに核心に触れるメッセージが届く。


《最近あまりコンビニに寄らないんですね、すごく寂しいです》

《ちょっとここのところ、帰りが早くってね》

《今日、私はまたあそこに寄って待ってます。もし会う事ができたら、大事なお話をさせて下さい》

《なんか緊張するんだけど》

《できれば男さん、お一人で来て欲しいです。お願いします》

言葉の意味を深読みするまでもなく、大事な話とやらの内容は察せられた。

毎日一緒に帰路につく幼馴染と別々に帰るとしたら、彼女に理由を話さないわけにはいかない。

それもかなり気が重かった。


放課後になって俺は《ごめん、今日は行けそうにないや》とメッセージを入れた。

すぐに《じゃあ明日は大丈夫ですか》という返信があったが、それに対しても俺は《わからない》とだけ返す。

何度かこれを繰り返せばきっと脈が無いのだと察してくれるだろう…そう考えていた。

たぶんそれがいけなかった。

俺がもっとはっきりと自分の気持ちを伝えていれば、後々あんな事にはならなかったんだろう。


それから一週間ほどして、放課後に校門を出たところに女の姿があった。

まだチャイムが鳴ってそう経っていないタイミング。

女が自分の学校を早く抜け出してまで来たのだろう事は予想がついた。

『今日もコンビニには来られないってメッセージだったのに、…早いんですね』

『うん、ちょっと寄るところがあって…』

『少しだけ、時間を頂けませんか』

『うん…えーと…』

『私にはお構いなく、先に寄るところとやらに行っとくから』

幼馴染はわざとらしい台詞を残し、その場を離れた。


俺は気まずくも女と二人、ゆっくりと歩く。

『…大事な話、聞きたくないって事ですか』

『いや、そうじゃ…ないけど』

『内容が何かは予想がついてるんだと思います』

『………』

ちょうど川を渡る橋の真ん中で、女は歩みを止めて俺に向き直った。

真っ直ぐに俺の目を見て、その『大事な話』をするつもりだろう。

『男さん、今…彼女はいないんですよね?』

『ああ、いないよ』

『解ってるだろうけど、言います。私、男さんが好きです』

『…ありがとう』


『その返事は、付き合ってくれるという意味にとってもいいですか』

『…いや、それは…困る』

『どうして?私じゃ駄目なんですか?タイプじゃないとか、もっと年の差がある恋愛がしたいとか?』

『…いや』

『今は恋をするつもりは無い、とか』

『………』

『それとも…好きな人がいる、とか』

『…うん』

『誰ですか』


『それは』
『幼馴染さんですか』

『………』

『家が近いから一緒に帰るだけじゃないんですか』

『…俺が、勝手に好きなだけだから。あいつはそうじゃないんだ』

『そんなわけないです』

『…それは解らないよ』

『私はこんなに男さんの事を好きなのに、あの人は男さんの好意に甘えて自分は逃げてる』

凛とした眼差しを向けたまま、彼女の頬には涙が伝っていた。


『違うよ、あいつはそんなんじゃない』

『もう一度、言います』

『…無理だよ』

『私は男さんが好きです。付き合って下さい』

『ごめん』

『付き合って…下さい…』

『ごめん…女さん、俺は君の気持ちには応えられない』

俺はそう言って視線を川面に移した。

女は両方の掌で顔を覆って、肩を震わせて泣いた。

こんな事になるなら、最初から『大事な話』を聞いておくべきだった。

俺は彼女を必要以上に傷つけてしまったんだろう。

その報いは、やがて忍び寄るように訪れたんだ。


もう夕暮れを過ぎようとする河川敷。

隣で黙って話を聞く幼馴染は、気付けば少し震えていた。

「大丈夫か、幼馴染」

「…怖い」

「おい、しっかり」

「心がざわざわして…私の意識が『聞きたくない』って叫んでるみたい…」

やはり、鍵はここにあるんだ。

でもその鍵穴は錆びついて、相当強く回さないと開かない。

下手をしたら壊してしまうかもしれない。できるだけそっと、じわりと力を加えていかなければ。


「…今日はここまでにしよう。そろそろ、帰らなきゃ」

そういって腰を上げたその時。

「男さん、この音は…」

「しまった…気付かなかった」

辺りを突然に雨のカーテンが包む。

話す事に必死で、雨雲に気付く事ができなかった。

とりあえず彼女の家に電話をかける。

幸いあと三十分もすれば父親が帰る事ができるらしく、車を迎えにまわしてくれるという。

止むを得ない、暫くこのまま橋の下で凌ぐしか術はなさそうだ。

「寒くないか?」

「大丈夫です」


歩道に降る雨が流れて階段には座っていられなくなる。

仕方なく彼女の手をとり立ち上がった途端、橋脚のコンクリートに鮮明な二人の影が映った。

「近いな」

「え?」

数秒を経て耳に届く高い雷鳴、僅かに遅れる轟音。

「いやあぁぁぁぁ!」

それらが襲った瞬間、幼馴染は悲鳴をあげた。

「おい、幼馴染!どうした!?」

「嫌だ!恐い!恐いよぉっ!」

目が見えない者にとって落雷は、健常な者以上に恐ろしいものである事は想像できる。

しかしこの怖がり方は尋常ではない。

彼女は俺にしがみつき、息を荒げて震えている。


「大丈夫だから、ここは橋の下だから…!」

また稲光が辺りを照らした。

俺は咄嗟に彼女の耳を塞ぐが、近いところに落ちる雷の音を掻き消す事など叶うはずもない。

「助けて!恐い!もう嫌ぁっ!」

彼女はパニック状態に陥り、過呼吸を発症しているようだった。

「俺がついてるから、心配無いから…!」

「逃げよう!?男、逃げようよ!」

「幼馴染…!?」

今、呼び捨てにされた…?

それに逃げるとは、どういう意味なのか。

彼女がいかに恐怖を感じていようとも、現状と噛み合わないように思えた。


そして次の稲光に照らされた時、俺の脳裏にひとつの考えが浮かぶ。

「幼馴染…まさか…!」

「解らない…!でも恐いの!」

いけない、今日はまだそこまで話すつもりは無い。

鍵を無理にこじ開けてはいけないんだ。

俺は彼女の震えを止めるように、きつく抱き締める。

彼女は俺の胸に顔を埋め、そこで息をする内に少しずつ過呼吸を脱していった。


15分ほどして、雷の音と雨は止まないものの彼女は落ち着きを取り戻した。

「…ごめんなさい、取り乱してしまって」

「いや、いいんだ。…それより何か思い出しでもしたのか」

「解らない…でも雷の音を聞いて、そうしたら頭の中に稲妻のイメージが浮かんで…それがどうしようもなく怖くて」

「そうか…でも、もう今日は考えるのを止すんだ。とにかくこのまま、落ち着いて」

「…はい」


「でも確かに、お前は昔から雷は嫌いだったよ。さすがに今みたいな事は無かったけど」

「…そうなんですか」

「ああ、ずっと昔から。どんなに悪態ついてても、どんなに喧嘩の真っ最中でも…雷が鳴るとびくびくしてた」

「情けないです…」

「でも俺はお前のそんなところ、好きだったよ」

雨が止む気配は無いものの、雷の音は幾分遠ざかってきている。

そして間も無く、彼女の父親が乗る自動車が橋の下に着き、クラクションを鳴らした。


その夜、おれが家に帰るとリビングには姉がいた。

我が家はほとんど姉と二人暮らし、母親は俺が幼い内に死に、父親は単身赴任している。

少しサバサバし過ぎな感のある姉だが、母親がわりとして俺の面倒をみてくれる頼もしい存在には違いない。

ただそれ故に少々過保護なところもあり、ここ最近帰りの遅い俺をかなり心配しているようだった。

去年から社会人になった彼女にとって、高校生の俺はまだまだ護るべき対象なのだろう。


「…ただいま」

「おかえり。男、ちょっと座りな」

「疲れてるから、明日でいい?」

「その話だよ、座って」

そうだと思ったから逃げようとしたんだよ、俺は心の中で舌打ちをする。

「男…アンタ、もう幼馴染ちゃんのところへ行くの、やめなよ」

「嫌だよ。はい、話おわり」

「ふざけてるんじゃないの。アンタの身体の事を言ってるんだよ」

「姉の口から弟のカラダなんて言葉、そそるね」

「茶化さないで、アンタ…このままだと倒れちゃうよ?このひと月くらいで、目に見えて痩せてる」


「んな事ないよ、だって夜十時には寝てるんだぜ?前より早いくらいだ」

「身体がそうしないと保たなくなってるって事でしょ。それに身体を弱らせてるのは肉体的な疲労じゃない、精神的なストレスなんだから」

言う事は全て的確で、反論の余地が無い。

現に元々そう重い方ではない俺の体重は、このひと月で3キロ落ちていた。

「…ストレスなら、幼馴染の方が酷いよ。俺が行く事で少しでもそれが和らぐなら、俺は行くのをやめない」

「もしそれでアンタが倒れたら」

「倒れないよ」

「その時の幼馴染ちゃんのストレスがどれ程のものになるか、解らない?」

「………大丈夫だから」


「アンタが責任を感じるのは解らなくもないわ。でもそれはアンタのせいじゃないでしょう」

「全く違うって事も無いよ」

「どうしようもなかったじゃない!だってアンタはあの日…!」
「姉ちゃん!」

「…ごめん、でもアンタが心配なの」

「うん、解ってる。…どうしても自分の身体を誤魔化せなくなったら、行くのやめるから」

「…お父さんも心配してるわ。何かあったらいつでも帰るからって」

「うん、でも姉ちゃん…」

「解ってる、…心配ないって伝えてるから」

「…ありがとう」


しばらくの沈黙の後、姉は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと俺に「早く寝なさい」と言って自室へと向かった。

ストレスを感じているのは幼馴染や俺だけではない。

あの日、あの光景を目の当たりにした姉はどんな想いだったのだろうか。

俺は自室に向かう時、姉の部屋の前で「ごめん」と言った。

聞こえているのかどうかは解らない、少なくとも姉からの返事は無かった。

そしてそれから数日後、姉の恐れた事は現実となった。


体育の授業中、最初から足が引き攣るような感覚を覚え『まずいな』とは思っていた。

よりによって授業内容はサッカー。

とても走り回る気にはなれず、できるだけ遠巻きに動いていたのだがボールが回ってきてしまう。

「男!ガラ空きだ、切り込め!」

「男くーん!行けー!」

仕方ないと思いドリブルで走り始めるが、足が思うように回らない。

ガラ空きだったゴール前にも相手ディフェンスが集まり始める。

「何やってんだ!お前もっと走れるだろ!」

「うるせーよ」


もうここから撃つか、そう思い右脚を後ろに振り上げた時、軸の左足が力を失った。

「お、おい!男!?」

「先生、男が!」

「男くん!?やだ、気絶してる…!」

「しっかりしろ!誰か、保健室!」

「男子ー!担いで!」

「」

「」

「」


保健室で目を覚ます。

「ああ、まだ起きないで」

身体を起こそうとすると、保険医の先生がそれを制した。

「疲れが溜まってたのね、心配は無いわ。この前は大変だったそうね」

「知ってるんですか」

「大変だった…とだけね。貴方、話したくないって言ったそうじゃない」

窓から注ぐ日差しはもうかなり傾いていて、体育の授業が三時限目だった事を思うと長く眠っていたのだと判った。

先生は「もう六時限目だから、今日はこのまま放課後まで休んで帰りなさい」と言い、執務室へ戻って行った。

この事が姉に伝わらなければいいけど。

でもそんな俺の浅はかな思いはすでに破られていた。


放課後のチャイムから少しして、俺は教室で荷物を纏めると校門へ向かう。

その途中では幾人かの友人に「大丈夫なのか」「驚いたぜ」と肩を叩かれた。

そして校門から出た所に、彼女の姿はあった。

「…姉ちゃん」

「一応…歩いてるみたいね、馬鹿男。」

仕事帰りのパンツスーツのまま、400ccのゼファーに跨って待っていた姉は、俺にジェットタイプのヘルメットを投げる。

「この人、男くんのお姉さんなの?格好いい!」

少し離れて見ていたクラスの女子二人が、驚いて俺に話し掛けた。

なるほど、男から見てもそれなりだが女の子からすればこの姉はかなり男前に映る事だろう。


「ごめん、今日は疲れたから帰る」

俺は彼女らにそう言って、ゼファーのタンデムシートに跨った。

「クラスの娘?心配かけてごめんなさいね」

姉はフルフェイスのヘルメットを被るとバイザーを開け二人に詫びる。

そしてもう一度バイザーを閉め、アクセルを捻った。

鋭く加速するバイクのミラーを覗くと、女子二人は手を振っている。

きっと、俺にではないんだろうけど。


暫く心地よい風を切った後、信号待ちでまた姉はヘルメット越しに「峠、越えるよ」と言った。

学校と自宅の間を隔てるようにある低い山、これが無ければ充分に自転車で通える距離なのに。

そしてもしそうだったら駅に向かう必要も無く、あのコンビニに立ち寄る事も無かったのに。

俺は久しぶりに姉のバイクの後ろでワインディングに揺られながら、そんなどうしようもない事を考えていた。

すみません、今夜はここまでにします。
おやすみなさい。

レスあざます。
ちょっとだけ自由になる時間ができたので、キリのいいとこまでだけ投下します。


幸い俺が倒れたのは週末の金曜日だった。

毎週土曜日は幼馴染の父親が早く帰るか仕事が休みなので、もともと彼女の家には行かない事になっている。

それに甘え、土曜日丸一日を寝て過ごした俺は随分と身体が楽になった。

そして日曜日。

今日は幼馴染の家に行こうと考え、部屋で着替えをしていると玄関の呼び鈴の音が鳴る。

まだ朝八時過ぎだ、宅配便にしても迷惑な時間だなと思いながら着替えを済ませ部屋のドアノブに手を掛けた時、玄関から「早い時間に誰よ」という姉の声に続いてドアを開ける音がした。


そうか日曜日なのだから、姉がいるのも当たり前だ。

ただ普段はだいたい土曜の晩に酒を飲んでいるから、午前中に顔を見る事は無いけれど。

つまり昨日の姉は俺を心配して、楽しみの酒も控えていたんだな…。

そんな想いを巡らせていると、階下からは意外な言葉が聞こえた。

「幼馴染ちゃん!?なんで…貴女、目は?」

まさか、俺は驚いて部屋のドアを開けようとした。…しかし。

「ごめん、自分が驚いといて何だけど、静かに…男はまだ寝てるから」

「ごめんなさい、時間がはっきり解らなくて」


「やっぱりまだ視力は戻ってないんだ。よくここまで来たものね」

「三軒隣って聞いてたから、塀を伝ってきました。違ったらどうしようと思ったけど…男さんのお姉さんですよね?」

「そうよ。…まあ、入りなさい」

姉は幼馴染をリビングに連れていったようだった。

おそらく金曜日に俺が彼女の家に行かなかった時点で、姉が何かしらの事情を彼女の親に伝えているのだろう。

幼馴染は俺を心配してここまで来たに違いない。

俺は自分が起きている、元気になっている事を彼女に伝えようと思いはしたが、目の見えない彼女に俺本人がそう言ったところで空元気と思われるだろうという事に気付いた。

むしろ姉の口から心配ないと伝えて貰った方が信憑性があるに違いない。

そして俺は音をたてないようにドアを開け、そっと階段を降りた。


リビングから見えない位置で立ち止まり、聞き耳をたてる。

姉は置電話から彼女の家に電話をかけていた。

「はい、一人で…。ええ、ええ…こちらは大丈夫です。……はい、幼馴染ちゃんも、大丈夫みたいなので。後で送りますから、…いえいえ、はい、ごめんください」

「すみません、親に連れてきてもらおうと思ったんですが。だめだと言われて…」

「うん。私が少しの間、男に無理をさせたくないって言ったからね」

「…でも、どうしても心配で」

「解るけどね…」

「ごめんなさい。私のせいで…あの、男さんは」

「うん、大丈夫。しっかり食べて、寝てれば心配ないよ」

「よかっ…た…」

幼馴染はそれを聞いて泣き出してしまったようだった。


どうもリビングに入るのは気まずい。

暫く沈黙が続いた。

台所からかちゃかちゃという陶器の音が聞こえるという事は、姉が何か飲み物でも用意しているのだろう。

幼馴染が鼻をすする音は次第に落ち着いていった。

「飲み物、幼馴染ちゃんは熱いの零しちゃいけないからオレンジジュースね。手、出して」

「ありがとうございます」

「ストローあるから、飲める?」

「大丈夫です」


そしてまた少しの沈黙。

そろそろ今起きた風に姿を現そうか…そう考えた時に、また出鼻を挫かれる。

「お姉さん」

「…何?」

「お姉さんは、私達にあの日…何があったのかはご存知なんですか」

「そりゃ…知ってるわ。むしろ、その場に居合わせた当事者の一人よ。一部分だけだけどね」

幼馴染の口からそれが出るとは、俺は少なからず驚いた。


「もし、お姉さんが差し支え無ければ…聞かせて頂けないでしょうか」

「それを私が勝手に言うのはね…」

「男さんがその話をする時、すごく辛そうに思えるんです。表情とか、仕草とかは見えないけど…話し方が苦しそうで」

「どこまで聞いてるの」

「女って人が、男さんに告白をしたところまで…です」

「…一番のヤマ場を残してんのか」

姉の声は曇っていた。

普段あれほどサバサバとした口調なのに、歯切れが悪い。


俺は姉の口からあの出来事を語らせる事に抵抗を覚えはしたが、同時にある考えが浮かんでいた。

俺がその話を語る場合、どうしてもそれは実体験を元にしたリアルな話となってしまう。

端的に事実だけを話せば良いのかもしれないが、俺自身まだそこまで割り切れていないから。

幼馴染にとって、そのどちらが良いのか。

端的な説明で記憶が戻るかどうかは解らない、でも先に事実を知った上で俺の話を聞いた方がショックは少ないのではないだろうか。

忌むべき話を細部に渡って聞くなら、覚悟ができていた方が楽かもしれない。

自ら以外の口から伝えたくはない…そう幼馴染の父親に言いはしたが、姉の言う通り彼女も当事者の一人だ。

俺の肉親でもある姉なら、それを話す権利があるかもしれないと思った。


「たぶん、男さんにとってその話をする事も、かなりのストレスになるんだと思うんです」

「それは…そうだろうね」

「私、この間その話を途中まで聞いた時には怖くなって…逃げたいと思いました。でも、もう逃げません」

「………」

「男さんがその出来事で負った傷を、私も分かち合いたい。それで記憶が戻るなら受け入れて…男さんの気持ちに報いたいです」

「…解った。私もほとんどアイツから聞いた話だから、詳細ではないけど。そこまで覚悟があるなら、話すよ」

「お願いします」

そして姉は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。


「男があの人の告白を断って数日後くらいから、家に無言電話がかかるようになったわ。時間を問わず、日に何十回も」

「女から…ですか」

「そうとしか考えられないわね。表示は非通知だったけど」

それだけじゃない、俺のLINEのメッセージだってそれは酷いものだった。

女をブロックしても、翌日には別アカウントから届くメッセージと無料通話。

俺の方が別のアカウントを作って凌いだけど、それも友達のホーム伝いにすぐにバレた。


「無言電話に向かって警察に相談するって言っても、効果は無かった。もう無視するしかなかったの」

「………」

「そして更にひと月ほどしてだったかしら、毎日のように家に郵便物が届くようになった。中身は…貴女達の写真よ。下校中を盗撮してたのね」

「怖い…何でそんな事を」

「いつでも見てるっていうメッセージに他ならないわ。そしてやがて封筒の表からは宛名が消えた」

「宛名が…じゃあ、まさか」

「夜中に自分で投函しに来たのよ。家も見つけたぞ…っていう意味を込めたんでしょうね」


俺もあの時はさすがにぞっとしたものだ。

それがあって俺は姉と一緒に警察に行ったけど、あまり相手にされなかった。

「警察もね…実害は無いし、つけ回されてるのが男の人だから、本格的に動いてはくれなかったわ」

「………」

「そして、遂にあの日が来た。土曜日だったから貴女達は学校が休みだったけど、私は仕事でね…家にいなかった。幼馴染ちゃん、どう?聞いてて大丈夫…?」

「…怖いです。胸がすごく苦しい…でも、聞きたいです。聞かせて下さい」

相当無理をしているであろう幼馴染の声。

俺は今にもリビングに乗り込んで話を止めそうになるのを抑えて、唇を噛んだ。


「…もちろんここからは男から聞いた話。アイツその頃、出来るだけ貴女と一緒にいようとしてたわ。貴女の身に危害が及ぶのを恐れてたんだと思う」

「………」

「でもそれが余計に悪かった、あの日はね。この家に貴女達が二人でいる時に、呼び鈴が鳴ったそうよ。三時位だったって言ってたわ」

「女…ですか」

「男も相当警戒してたみたいだったんだけどね。覗き窓から女の姿を確認して、ドアを少しだけ開けて隙間から話そうとしたんですって。つまりドアノブを握ってね」

本当に悔やまれる。

せめてその時、ドアチェーンをして開ければ良かったんだ。

でも相手は女だから、刃物位持ってたとしてもドアを閉めればいい…俺はそう甘く考えた。


「外側のドアノブに、スタンガンを一撃…。そして男が手を離すと無理矢理ドアを開けて男の身体にもう一撃浴びせた。男は…気を失った」

「スタンガン…!」

「そして家に侵入した女は、貴女にも同じようにスタンガンを浴びせて気絶させたそうよ」

恐らくこの間、幼馴染が雷を怖れたのはそのイメージのせいだろう。

次に俺が意識を取り戻した時、幼馴染はまだ気を失ったままだった。

俺は祈った。

いっそそのまま、幼馴染が目を覚まさないように。だけど…

「貴女達が意識を取り戻した時…ううん、タイミングは別々だったみたいだけど…とにかく二人とも、拘束されていた」


幼馴染がどんな表情でこの話を聞いているかは知れない。

俺は…自分では見えないけど、さぞ情けない顔をしている事だろう。

「幼馴染ちゃん、おそらくここが貴女の記憶と視力に鍵を掛けた出来事よ。一番、恐れている記憶…」

「…はい、教えて下さい」

そして俺は。

「男の部屋だったわ」

俺の、あの部屋で。

「ベッドに手錠とロープで拘束されたアイツは」

身動きもままならずに。

「貴女の見ている前で、女に犯されたの…」

すみません、とりあえずここまでで。
続きは夜の予定です。

ただいまです。
メシ前にちょこっと投下します。


「や…だ…」

突然、幼馴染の声から察せられる様子が変わった。

「幼馴染ちゃん…?」

「嫌…嫌…!やだ…!男…が…!あ…ああ…ぁ!」

「幼馴染ちゃん!しっかりして!」

「…幼馴染っ!」

俺はリビングへ、取り乱す幼馴染の前へかけ寄った。

彼女の両肩を掴み、顔を間近に大きな声で呼びかける。


「幼馴染!俺だ、男だ!しっかりするんだ!」

「男…!アンタ起きてたの…!?」

「やだっ!男…!男っ…!」

幼馴染は頭を掻きむしって喚いている。

記憶が戻ったのだろうか。あの日の、あの瞬間に。

だとしたら、彼女の視力は。

「お前、目は…!?目は見えるのか!?」


「やだっ!見てない!私は何も見てないからっ!」

「幼馴染…!」

「大丈夫だから…!男…!私、見て…ない…か…ら………」

ふらりと力なく崩れ落ちる幼馴染。

俺は咄嗟にそれを支え、抱き締めた。

「幼馴染…気を失ったのか…」

「…男、ごめん。私が勝手に話をしたから」

「いや、姉ちゃんが悪いんじゃない。…辛い役回りをさせてごめんな」

「幼馴染ちゃんの家、連絡しとこうか」

「いや…少し待ってからにしよう。呼吸は安定したから心配無いと思うし、こいつが目覚めた時…俺は側にいてやりたい」


まだ朝の光が注ぐリビング、腕の中の幼馴染はようやく穏やかな表情をしている。

この天使のような真っ白な少女を、あんなにも追い詰めて、責め立てたのは誰だろう。

それは女でも、今しがた話を聞かせた姉でもない。

俺は彼女を横抱きにして立ち上がり、自分の部屋へ上がる。

お前、こんなに軽かったんだな。

さっきの錯乱したお前の言葉を聞いて、俺は解った気がするんだ。

お前の心に鍵を掛けてしまったのは、きっと。

俺だったんだ…って。


第一部、おわり

いったんここまでにします。
また今夜、続きを書き溜めた分だけ投下するつもり。

次の第二部は幼馴染視点の話になります。
性描写もあるので苦手な方は読まないようお願いします。

乙~!
楽しみに舞ってる

乙 支援

性描写かぁ…女のアタックをしっかり描写するのか?

>>97 >>98
支援あざっす。

女の攻撃を詳細に描写…してる
たぶん想像以上にしてる
苦手ならまじで読まない方がいい
好きならどうぞお楽しみに

らぶらぶなのは好きだが…どぎついかね?

うるせえよ糞外野
黙っとけ

取ってつけたような人気取りのエロは完全否定するが自然な流れからのエロなら気にしない
ただ>>101みたいにエロになると急に我が物顔で騒ぐのが大量に沸くから
そういう意味ではエロ無しがありがたいと感じるようになった

>>100
なにせ男が不本意にヤラれるわけだから、ラブいわきゃない。どぎつくは…ないと思うが、俺のポリシーとしてたとえばチ○ポとかみたいな単語は決して出さない

>>101
気持ちはとてもありがたい。訳すと自由にさせてやれって事だよな

>>102
忠告ありがとう。でも今回は必要と思ってる

おまちどー
ひとまず今夜は書き溜めたところまで、これから投下する
万一寝落ちしたら、許して下さい
それとさっきも書きましたが、ここからエロ注意です


第二部(幼馴染視点)



ずっと、嫌いだった。

出会ってしまった日、あの人の男を見る眼差しが恋の色を帯びた時から。

心の中ではずっと、男に近寄るなって思ってた。


昔、何年も前の話。

確か、中学校に上がって間も無かった頃の事。

その頃って、自分を子供だと思ってた小学生の意識から解放されて、本当はまだまだ未熟なのに大人に近付いたように錯覚してしまいがちだと思う。

未熟な精神、未熟な身体、そして未熟な恋心。

我先にと恋に身を投じる周りの友人達、今ひとつそれに追いつけなかった私。

自分が本当に恋をする意識はまだ無いけど、ほのかな想いだけは確かにあって。

その対象を他の人に奪われる事だけは怖かった。


何の拘束力をもつわけでも無いけど、私達はお互いの立ち位置を予約するかのように一度だけキスをした。

クラスの誰かがしたらしいって噂話にかこつけて、ふざけて『してみる?』『いいよ?』なんて軽い調子だったくせに。

いざする時だけは、心臓が破裂しそうなのを必死に隠してたっけ。

でもそれだけで、安心してた。

男はどこにも行かないって、勝手に信じてた。

実際、男は他の女の子と特別に親しくなるような事は無かった。

普通に女友達はいるけど、それは周りの男友達と何ら変わらない存在に感じられた。

きっと男の方から、わざと誰にも脈の無い雰囲気を醸してたからだと思う。

あとは自分で自分をちゃんと彼の隣に置くように心掛けていれば、誰の目にもお互いの隣は予約済みに映ってたはずだった。

その心掛けを破ったのは、私。


『別に、私は彼女じゃないし。近所に住んでるから一緒に帰ってるだけだよ。気にしないで、どーぞ』

自ら予約をキャンセルするかのような言葉を吐き捨てて、それでも男が変わらず自分を隣に置いてくれるって、勝手な期待をした。

『そうなんですか、じゃあ男さん…よかったらLINE交換してくれますか?』

でもあの女はそんな甘い私の隙に、遠慮なく割り込んできた。


なのに私は、今まで二人が過ごしてきた時間に甘えて。

『よかったねー、カッコつけた甲斐があったじゃない?』

『よせよ、ちょっと困ってんだ』

『何も困る事は無いでしょ、…付き合っちゃえばー?』

本当は不安に支配されそうな心にまで嘘をついて。

『少しだけ、時間を頂けませんか』

『うん…えーと…』

『私にはお構いなく、先に寄るところとやらに行っとくから』

全てを彼に任せっきりにして逃げ出したのも、私。


かなり前から楽しみにしてた映画。

二人で行こうなって、男の方から言ってくれた。

『ごめん、今日は急ぐから』

『何かあるんですか?』

『いや、前からの予定で映画をね…』

『その映画、私も観たかったんです!お邪魔じゃ無かったらご一緒できませんか?』

ふざけないで。

馬鹿じゃないの。

本当にお邪魔じゃないと思うの?


私が自分を男の彼女じゃないって言った手前、断れるわけないのを解っててあの人は喰いついてきたんだ。

私はいつも男に偉そうな口ばかり叩いて強気なくせに、本当はあの時泣き出してしまいそうだった。

きっと映画館でも男を挟んで座るつもりなんだろうと思ったら、並び方は男・女・私の順。

ただ、情けなくて悔しくて。

映画の内容なんて何ひとつ頭に入ってこなかった。


…それでも一度だけ、抗った事もあったっけ。

映画で味をしめた女が花火大会の前日、同行を申し出た時。

ましてや同じ話の流れで、あの人は男を自分の部屋へ連れ込もうとまでしたから。

『私の家、花火会場から近いんです』

『そうなんだ』

『男さん、屋台の物を買い込んだら私の部屋に来ませんか?マンションの15Fだから特等席なんですよ。両親はその日遅いから、貸切にできます』


『いや…えっと』

『ちょっと小さくだけど、花火のバックにスカイツリーも入るんです。ね、いいでしょう?男さん』

『男、だめだよ。男友と幼友を引き合わせるつもりなんでしょ?』

『あ…あぁ!そーだったな!ごめんね女さん、友達との約束があるんだ!』

あの時の女が私にだけ見せた表情にはぞっとした。

あれほど人を邪魔なゴミみたいに見る事は、私にはできないと思った。


でも私の性格の悪さもなかなかのものだと思う。

そんないきさつもあっての事だけど、男があの人をばっさりフったと聞いた時は『ざまあみろ』と思った。

その後に始まった嫌がらせに対しても『みっともない』『格好悪い』と心の中で悪態をついてた。

嫌がらせがしつこさを増すつれ多少怖くなっても、男は『もしもの事があったらいけないから』と言って、より私の側にいてくれた。

それが嬉しくて私は内心、勝ち誇っていた。

あの日、までは。


目を覚ますと私は後ろ手に縛られ、男の部屋の柱に拘束されてた。

ベッドには仰向けで手錠とロープをかけられ、動きを封じられた男。

そして同じベッド上に、もう一人。

『あぁ、やっと起きたのねぇ』

女はいやらしくそう言った。

『目の前に男さんがいながら、いつまで焦らされるのかと思ったわ』

『貴女…!男に何を!』

『やぁだ、言葉の意味が解らないの?まだ何もしてないわよ。まだ、ね?』


嫌な予感なんて通り越してた。

周りを見回しても窓は目張りがされていて、声は外部に大きく伝わりそうにない。

『幼馴染…ロープ、解けそうにないか?』

男は私を元気づけようと力無くも微笑んで、そう訊いた。

『無理ですよ、男さん。自分じゃ絶対に解けない結び方を、わざわざ調べて練習してきたんですから』

『女…お前、こんな事をして俺が振り向くとでも思うか』

『男さん、私も馬鹿じゃないんです。そんな事を思っているわけないでしょう?』


女は人差し指を男の喉元に滑らせながら少し悲しそうに言うと、そのまま指を男の頬から唇へと移動させた。

…その瞬間。

『あっ…!?』

男が女の指を噛んだ。

彼女の指を鮮やかな赤い血が伝う。

『男さん…、貴方は自分の立場がよく解ってないみたいです』

制服のポケットを探る、女。

取り出したのは、カッターナイフ。

『ごめんなさいね?』
『やめて!』

私が叫んでも女が止まるはずも無く、彼女は男の頬を薄く切った。


『ほぅら…私の血と男さんの血が、混じってく。興奮しちゃいます、ねえ…男さん?』

『…幼馴染に手を出したら、指一本触れたら骨も残さねぇぞ』

『あら…?まだ解らない。男さん、私は今日死んだっていいの。だからあの娘を傷つけるなんて、全く平気なんですよ…?』

彼女はそう言って、カッターナイフを私に向けた。

『くッ…解った…解ったから、手を出さないでくれ。頼む』

『じゃあ、言う事をきいてくれますか?』

にたぁ…と、女が笑う。

男は黙って、頷いた。


『男さん、飲んで。私の血を、その舌で舐めとりなさい?…ほら』

女は、血の滴る指を男の口元に差し出す。

嫌だ、男、嫌だ。

『男…いや…』
『黙って見てなさい!』

女はベッド上にあったクッションを、私に投げつけた。

『そうね…男さんの喉元を切られたくなかったら、貴女は今後…目を閉じない事。いい…?全部、見るのよ』

そう言って女は、また指を男の口元に寄せた。

そして、男は…


『あぁ…、ゾクゾクします…。もっと舐めて下さい?指を吸うみたいに…そう、ああ…上手です』

嫌だ、なんで、男が、あんな人の指を、舐めて、口づけて。

『じゃあ、男さん…ご褒美に貴方の血も舐めて差し上げますね』

『…く…そっ』

『美味しい…。ふふ、どんな味か教えてあげましょうか?…ほら、また舌を出して?』

ぐちゅぐちゅという水気を纏った粘膜が触れ合う音が、静かな部屋に響く。

私は悪い夢でも見ているかのように感じながら、それでも目を閉じる事は許されない。

あの日、たった一度だけほんの柔らかなキスを交わした男の唇が、女に吸われ、舌を這わされ、細い糸を引いていた。


『幼馴染さん…?貴女、男さんが私の唇を不本意にも受け入れた…と、そう思ってるでしょう?』

『…当たり前じゃない。アンタが無理矢理…!』

『そうかしら?』

女はそう言って卑屈に笑い、手を男の胸に這わせる。

『やめろ…っ』

男が抵抗に身を捩る。その、理由は。


『これでも、そう思う…?』

女は男のジーンズのファスナーを降ろす。

私は思わず目を伏せた、しかし。

『見なさいって言ってるでしょう?』

仕方なくゆっくりと目を開ける。

小学生の時以来に目にした…その頃とは全く違うそれは、明らかに彼の本能に沿った状態だった。

『ほぉら…男さんは、悦んでるわ』

『違う…!くそがっ!』


『違わないでしょう?…ほら、こうされるともっと…』

女は前触れもなく、男のそれを口に頬張った。

そして女はひどく淫猥な音をたてながら、その頭部を前後に繰り返し動かし始める。


『やめろっ!やめろよっ!』

男が、必死に抵抗してる。

『や…めろっ!くそぉっ!』

なのに、責められているところとは違う上半身が、時折のけぞるように脈動して。

『あ…っ!くそっ…ああっ!』

ああ、そうか。

男、気持ちいいんだ、男の身体、意思とは関係なくても、悦んでる、感じてるんだね。

『…ぷ…はぁっ…はぁ。まだ…男さん、まだ終わらせません…』

『くっ…うっ…!』

男の、が、びくびくしてる。

残念がってる、切なそうにしてる。

私の頬を、ぼろぼろと涙が伝い落ちていく。


『じゃあ、今度は…男さんが口でして下さい?』

そして次に彼女が求めた事は、その時の私が思いつく限りで最も女性が男性を服従させる行為だった。

私はその光景を想像し、ぞっとする。

『やだ!やめて!男…やめて!見たくない!男がそんなのしてるの、見たくないよっ!』

『あはっ…外野がうるさいと思ったけど、そういう内容なら喚いててもいいわよ?悔しがってて頂戴、幼馴染さん…』

女はベッドに膝立ちになると制服のスカートをたくし上げ、白い下着の中央を横にずらす。


『お願いできるかしら、男さん…?』

『………』

無言で目を逸らす男の頭部を髪を掴んで上に向かせて、女はその上に跨った。

『やだぁ…!男っ!男っ!しないで!そんなのしちゃ、やだ!』

『男さん、どうしたの?舐めてくれないんですか?…幼馴染さんの、どこをナイフで切ってみます…?』

『私はいいから!男…っ!』

『男さん、舐めて下さい』

『男っ!』

『…男さん、命令です。舐めなさい』

『やだぁっ!』

次の瞬間、だった。


ちろちろ、と。

ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅ…と。

彼女の身体の真下から、音がしはじめた。

『あっ…あぁ…ははっ…!いいわ、男…さんっ!もっといやらしく…舌を…挿れ…てっ…ああっ』

『や…だ…!…いやあぁぁぁ!やめて!嫌だ!男っ!男ぉっ!』

『ああ…堪らないわ…あっ、男さんっ…気持ちいい…っ!』


きっと男は、息がしづらかったんだと思う。

けど、はあはあ…というその荒い息遣いが、私にはまるで男が行為に興奮を覚えているように感じられた。

仕方がないと解っていても、大きく自己を主張したままの男の下半身がそれを裏付けているような気がして。

その卑猥すぎる行為は数分も続けられ、私はそれを呆然と見ていた。

自分の中に、もしもあの行為を受けるのが私だったら…と、想像してしまう自分がいる事に強く嫌悪を感じながら。

女が男の顔の上から離れると、男の顔…口の周りには唾液と汗、そして女の体液が滴っていた。

男の目は虚ろで、私とは反対の壁側を向いたまま振り向こうとはしなかった。


女はその後、ベッドから降りると私の方へ歩んだ。

そしてカッターナイフを私の頬のすぐ近くに翳しながら、私のスカートをめくり上げる。

『…抵抗しないのね』

『………』

もう抵抗する気力なんか、消耗しきっていた。

『幼馴染に手を出すな』

反対を向いたまま、男がそれだけを言う。

『傷つけたりはしないわ、何もしなければ』

女はそう言うと私の下着に手を掛けた。


『やぁだ、濡れてるじゃない…?』

下着を脱がせながら、女は私に屈辱的な言葉を投げる。

それでも私は片足ずつ持ち上げて、抵抗なく彼女に従うよう努めた。

『男さん…可哀想だから、愛しい幼馴染さんの味も感じさせてあげる』

女は手にした私の下着を男の顔に近づけた。

『ねえ、見て…男さん。幼馴染さんは私達の愛し合う姿を見て、興奮してしまったみたいですよ?…あははっ』

その布の、恐らく濡れているんだろうところを広げて見せつけた後、また彼女は卑屈な笑みを浮かべる。


『じゃあ、すっきりさせてあげますね?男さんの初めてをいきなり私が奪うのも可哀想だから…』

そして彼女はその下着を男自身に掛け、その上から彼を握った。

『最初は、大事な大事な幼馴染さんの感触で…果ててみましょうか?あはっ…あははっ!ほらっ…ほらぁっ!幼馴染さんがやらしいから、下着がぬるぬるするでしょう?あはははっ!』

『畜生…っ!ちく…しょぉっ…!』

男は布越しに女の両手に包まれて、乱暴な位にしごかれていた。

思わず上体がのけぞり、起きようとしては手錠が枷となり倒れこむ。


『あはっ!気持ちいいんだっ!…男さん、気持ちいいんですねぇっ!?幼馴染さんのやらしい染みがついたパンツでしごかれてっ!そんな情けない顔してっ!あははっ!可笑しいです!』

『男…もういいからっ…私、気にしないから…っ…うっ…』

『私を!私の気持ちを裏切ったりするからっ!…あはっ!こんな目にあうんですよ!?それとも嬉しいですか!?だって身体はこんなに悦んで…っ!ほらっ!もっと!もっともっと…!あはははははっ!』


男が小さく呻き声をあげた。

私の大切な男はその瞬間、女の手と私の下着に己の劣情を撒き散らした。

『あっ…!あぁっ…!』

初めて聞く男の声色。

初めて見る男の恍惚の表情。

『あはっ!すごい!幼馴染さん、見えるかしら!?…男さん、私がイかせちゃいました!貴女のパンツ、私の指の血と男さんのでびしょびしょになっちゃいましたねぇ!あはっ!あはははっ!』

気が触れたように女は笑った。

さも楽しそうに、どこか悲しそうに。


『女さんっ!もういいでしょ…もう気が済んだでしょう!男を離してあげてよっ!お願いだからぁっ!』

『はい…?』

『だから…っ!男を…!』

『あはっ!終わりなわけないじゃないですか!だってまだ、男さんの本当のハジメテを貰ってないですもの!』

『………!!!』


『さぁ、男さん。まだまだいけますよねぇ…?ほぉら…元気なまんまじゃないですか。幼馴染さん、よーく見てて下さいねぇ!』

『男…!男…っ!』

女がまた自らの下着を横にずらし、今度は男の下半身に跨る。

『幼馴染…』

そして、ゆっくりと。

『見るな…』

彼は、女の中に。

『見ないで…くれ…』

彼は、女とひとつに。


『あはっ!あっ…あぁっ!あははっ!挿入った!挿入りっ…ましたよ、んっ…幼馴染さんっ!あはははっ!』

それからまだ一時間以上も、その時間は続いた。

やがて帰宅したお姉さんが男の部屋のドアを開け、すぐに彼女を取り押さえて警察を呼ぶ。

拘束された自らの弟の身体の上で、狂ったように腰を振る女。

その光景を見た時の、彼女の気持ちはどんなだったんだろう。

私はただ虚ろな男の横顔をじっと見ているしか出来なかった。


ずっとずっと、一緒だった。

他の人に奪われる事だけが怖かった。

そんな大事な大事な、私の、男。

女にいいようにされながら、彼は天井に向かってずっと『見ないでくれ』と繰り返してた。

うん

解った

私は見てないよ

何も、無かったよ

女なんて、居ないの

でも男は女とひとつになったから

男も、居ないのかな

全部忘れたらいいね

何も見えなければよかったね

すみません。こんなシーンだけですが、今日はひとまずここまでです。
エロシーンもとりあえず終わりになります。


たぶん今、私は起きてる。

今までの出来事、あの日の事、男が私に尽くしてくれた事、お姉さんが話してくれた事、少しごちゃごちゃするけどそれらの記憶が全て繋がって、私の頭の中に確かにある。

そして私は今、目を閉じていると思う。

この目を開けた時、光が見えるのかは判らない。

自分自身それが怖くて、まだ目を開けられないでいる。


この匂い、この気配。ここは男の部屋だと思った。

あの日、あの出来事の舞台となった場所。

そしてたぶん私は、あのベッドに横になってる。

そうか、私は男の家のリビングで倒れたんだ。

きっと男がここへ運んでくれたんだろうな。


この部屋で目を覚ますという事自体があの日の記憶と重なるところがあって、尚更に目を開けるのが怖い。

でも解ってる。部屋には穏やかな空気が流れてる。

側から男の気配が感じられる。

私は少し躊躇った後、決心して目を閉じたまま声を出した。

「男…そこにいる?」


隣でガタッという音がして、ベッドに振動が伝わった。

きっと隣の床に座ってた男が、ベッドに手を掛けたんだろうと思った。

「幼馴染…今、何か言ったか。…目が覚めたのか?」

「うん…」

「今、男って呼んだな…」

「うん」

「記憶は…戻ったのか」

「…うん」


私はまだ目を閉じたまま、男も私の想いに察しがついてるのか『目を開けろ』とは言わないでいる。

「怖いんだ…目を開けるの」

「…そうか」

「見えなかったらどうしよう…って気持ちより、なんて言うか…前と世界の色が違って見えそうで、怖い」

「幼馴染…俺、あの時」

私は男の言葉の続きを待った。

欲しい言葉が何かははっきり解らないけど、きっと私は何かを求めている。


「お前が光を閉ざしたのは、きっと…俺のせいだと思うんだ…」

「………」

「俺、ずっと『見るな』って…『見ないでくれ』って、言ってた。それがお前に鍵を掛けてしまったんじゃないか」

男の口調はどこか怯えてるみたいだった。

私も、怖かった。

「あの言葉は、もちろんあの時の本当の気持ちだった。…けどな、幼馴染」

「…うん」

少しだけ、間を置いて。

「俺、何も変わってないよ」


そこから、男の声が変わった。

きっと心の恐れを押さえつけたんだ。優しい声、強い声、私を想う声になった…そう感じた。

「俺は、穢されたなんて思ってない。あんなの殴られたのと同じだ。俺は」

そうだ、私が聞きたかったのは。

「これからも、何も変わらない。お前の目に映るのは前と同じ俺だ。」

「男…」

「前と同じ、お前だけを好きな俺だから…、幼馴染」

「男っ…!」

「目を、開けろ」


眩い、白い光が差し込んだ。

次第にその光は輪郭を取り戻して、やがて私を覗き込む見慣れたカタチになった。

何も変わらない、私の、男。

「…おはよう」

「見えてる…んだな…」

「男…ごめんね、大好き」

「幼馴染…!」


身体を起こそうとした私を彼は急に抱き締めて、もっと顔が見たいのに離してくれなかった。

「幼馴染…よかった…よかった…!」

「ありがとう…全部、覚えてるよ」

きっと彼は泣いてるんだ。それを見られたくないんだろう。

その方が都合がいいかもしれない、私の顔だってきっとぐしゃぐしゃになってるから。




あんまりなところで止めてる気がしたので、仕事中だけどここまでだけ投下。

えええぇぇぇ…

すまぬ


その夜はささやかながらも私の家でお祝いをする事になった。

電話で連絡を受けた父も早く帰ってくるらしい。

もちろん男のお姉さんも呼んでる。

お姉さんからは『ケーキ買っていくからね』と、男の携帯にメールが届いているとの事。

夕方、楽しそうに鼻歌を歌いながら母は料理の腕をふるう。

手伝おうかと訊いても、母は「あなたは男くんのおもてなし係してなさい」と追い払われた。

仕方なく…じゃないか、私はたぶん顔も緩みっぱなしにリビングで男に纏わりついている。


「というわけで、肩でも揉みましょうか」

「いや、いいです」

「えへへ、そう言わずに」

「ってか、お前まだ休んどけよ」

そうは言われても、体が弱る病気を患っていたというわけじゃない。

ずっと運動してなかったから体力は落ちてると思うけど、家で過ごす限りは不自由しない。

時々まだ目が霞む事はあるけど、それもじきに無くなると思う。


「男っ」

「何?」

「あのねえ」

「うん」

「何でもない」

「はぁ?」

「そ、そういう時は『こーいつぅー』って言うらしいよ?」

「言わねえからな」

すっかりストレスも無くなった…事にしておこう。

ホントはまだ少し、嫌な光景を思い出しては胸がズキズキするけど。


でも今、隣にいるのは紛れも無く私だけの、男。

積年の想いも告げあって、意地をはる必要も無くなった、大切な人。

「うー、我慢…できない」

「何が」

「抱きつきますっ」

「うぉーい、おばさんそこにいるし」

触っても抱きついても許される。

「あら、男くん。お構いなく、若いっていいわねー」

「えへへ、許可おりたから遠慮なくっ」

「ちょいちょい!許可とかじゃなく、恥ずいから!」

「いいの!照れなくていいの!私も照れてるけど衝動に任せるの!」

「お前キャラ変わり過ぎだろ!…ちょっ」

色々ある前から、ずっとこうなりたかったのは間違いない。

なかなか慣れないけど、もっともっとくっついていたい。


「じゃあ、幼馴染の全快を祝って」

「乾杯ー!」

みんな揃っての食卓、みんな笑顔。

「本………っ当に感謝しているよ、男くん!私は君のような義息子をもって幸せ者だ!」

「いや、まだ結婚してないから」

「あらあら、まだって事はウチの娘を貰ってくれる気はあるのね?嬉しいわー!」

「良かったねー男、許嫁じゃないの」

「お義姉さまー!」
「おうおう、可愛い義妹よ!」

「姉ちゃん!調子のんな!」


そうだった、男って昔っから身内ではイジられキャラだったっけ。

遠くで仕事をしてる男のお父さんにはなかなか会えないけど、きっとこれからふたつの家族はもっと繋がりを深めていくんだと思う。

「おじさん、この芋焼酎美味しい!」

「おお、男姉ちゃんいけるクチだね!開けよう!空けよう!」

「お父さんったら、今日だけですからね!」

「男くんも!飲んで飲んで!」

「いや、そりゃマズイし」
「おじさん、それはさせません」

「男姉ちゃんに怒られてしまった…」

「大丈夫、そのぶん私が飲みますから!」

「姉ちゃん!まじで調子のんなよー!」

「うるさい!アンタはそこでイチャついてろ!」

「じゃ、じゃあ、えいっ」

「幼馴染っ!こらーっ!」

「あははは!幼馴染ちゃん、やるじゃない!」


食事が終わって、お姉さんは自宅へ戻った。

父は飲み過ぎてリビングでそのまま寝てる。

母は台所で大量の食器を片付けてる、手伝いはやっぱり断られた。

だから私は自分の部屋で、男とふたり。

…ふたりっきり。

さっきまで家族の前ではふざけて戯れたりしてたけど、いざ二人になると何だか緊張する。


「なぁ、幼馴染」

突然、呼ばれる。

「はいっ」

「なんで『はい』だよ」

「う、うん。なんでも」

「…お前、緊張してるだろ」

「し、してないし」

「…わっかりやすいな」


「そんな事ないよ、なんで十数年一緒にいて今更緊張なんかしゅるの」

しまった、噛んだ。

「…くっ」

男は小さく吹き出す。恥ずかしくて顔が熱くなった。

「何よぅ、仕方ないじゃない」

「そーだな、今更だよな」

「…今更、だよ」

長かったもの、ここまで来るのに。

ずっと好きだったのに、ずっと平行線だった。

「心配すんな」

「…何よ」

「俺も緊張してる。お前の事、改めてこんな気持ちで見るのは…やっぱ慣れないや」


そんな照れる台詞、急に言うな。

余計に顔が火照っちゃうじゃない。

「あのぅ」

「何だよ?」

「もうちょい、くっついてもいいよ」

「お前から来りゃいいじゃねーか」

それが恥ずかしいから言ったのに、女心の解らないやつだなあ。

仕方ない、こっちから言うしかないのかな。


「あ、あのね。男」

「おぅ」

「こんな事、言うのもアレなんだけど」

「アレ?」

「…キス、させて下さい」

「して、じゃなくさせて…なのか?」

「うん、…させて」


私が、するんだ。

あの日、男は穢されてなんかない。

男そのものは綺麗なんだ。

「…いきます」

「改まって宣言すんな、恥ずい」

でもあの女は綺麗な男に泥を掛けたの。

「…ん」

だから、私が綺麗にしてあげる。

その唇を、身体を汚す泥を、私が拭い取ってあげるんだ。


少し長い口づけ、私は勇気をふり絞って小さく舌を出す。

男の唇をぺろりと舐めて、軽く吸って。

男は少し驚いたようだったけど、そのまま私に任せてくれた。

私は唇を合わせたまま、そっと手を伸ばす。

綺麗にするべき、男の、身体に。

服の上から、そっと触れる。


「………!?」

でもその時、男は一瞬身体を震わせて私から離れた。

「幼馴染…今、何をしようとした」

彼の表情が変わる。

怒っているような、嘆いているような目で私を見てる。

「…え、えと…その」

「お前…」

「あの、ごめん…私ね…男を」

「………」

「ごめん…」


私は焦り過ぎてる。

男を綺麗にしたい、なんてただの自己満足なのに。

「ごめん、もう…今はしないから」

「…うん」

「ごめん…男」

男を傷つけたみたいで、悲しくなった。


でもその日、別れ際にもう一度キスをして、そんな暗い想いはすぐに消えた。

焦らなくていいよね。

私達の時間は、これからずっとある。

もう誰にも邪魔なんてされない。…ううん、させない。

私は部屋の灯りを消して、男の事を考えながらベッドに入った。


…でも寝付けない。

目を閉じると、あの光景が蘇る。

虚ろな目で、それでも女の行為に反応せざるを得なかった男の姿が、瞼の裏に再生される。

もう真夜中だけど、男の声が聞きたい。

怒られるかな、今日くらい許してくれるよね。

私はずっと使っていなかった携帯に電源を入れた。

起動に結構時間がかかる。

ふだん電源を落とす事なんてあんまり無いし、ましてや気が早るから尚更長く感じる。

ようやく表示された待ち受け画面、その中央のポップアップ。






《LINEメッセージ:未読197件》





.


心臓が強く鳴った。

男のわけは無いと思った。

だって男は私の目が見えなくなった事を、最初から知ってたから。

友達だろうか、でも友達にだってじきに伝わったはず。

何通かは届いてても不思議じゃない。

でも、何の返信もしないのにこれほどのメッセージが来るだろうか。

私は早鐘を打つ胸を押さえながら、トーク画面を開いた。



《このメッセージは友達登録されていないユーザーから投稿されたものです》



身体はとめどなく震えていた。


次の日、私はそっと家を出た。

昨日快復したばかりで外出するなんて、家族に許しが得られるわけがないから。

男は学校に行っていると思う。

月曜日なのだから当たり前の事、それにそもそも男にも言うつもりはなかった。

インターホンを鳴らす。

少ししてスピーカーから応答があった。

《…来てくれたんですね》

「…開けて」

自動ドアが開く。

私はそこに歩み、エレベーターに乗った。


狭い空間で操作パネルの前に立ち、一階層ずつ数字をカウントしていくデジタル表示を見ていた。

携帯を取り出し、少し躊躇って男へのメッセージ画面を開く。

目指すフロアはもうすぐに迫っていて、長い文章を打つ時間は無さそうだった。

《ごめんね》

短く悩んだ末、私が送ったのはたった四文字の言葉。

すぐに返信があるかもしれない。

でも私はそれを見たくないと思った。

男が私を気遣う言葉を送ってくるなら、それを見ればきっと弱い心が芽生えると思ったから。

だったら何も送らなければいいのに、自分でそう思う。

けど、本当は解ってる。

今の《ごめんね》は、違う言葉の代わりに選んだものなんだ。


メッセージ画面を切り替え、昨夜に確認した大量のメッセージを表示する。

200通近いメッセージの内、ほとんどは一人の人物からのものだった。

その人物は、あの、女だった。

それは大量のメッセージを見た時から予想がついていた。

予想を外したのは、むしろその内容の方。

私はきっとしつこく恨み言を送りつけてきたものと思って、強い嫌悪感を持ちながらトーク画面を開いた。

最初のメッセージは今から二週間ほど前のものだった。

そしてそれはひどく丁寧な書き出しから始まっていた。


《突然の連絡、お許しください》

《私がこうしてメッセージを送る事すら、貴女には許し難い行為であると承知はしております》

《私は、女です》

実際にその文字を見ただけで吐き気がした。

それでも私は画面を下にスクロールしていった。

《あの日警察に連行され、十数日の取り調べを受けました》

《夜は一人部屋の留置所で、眠る事も出来ずにずっと考えていました》

《いつしか私はあまりに強い後悔の意識を持つようになりました》

《なんという罪を犯してしまったのか、貴女と男さんにどんなにひどい傷を負わせてしまったのかと、悔やみました》

《どれだけ私が後悔しても、男さんと幼馴染さんの負った傷の深さに届くはずはないと知りながら、私は暗い部屋で自らの命を断とうとさえ考えました》

死ねばよかったのに、正直なところ私はそう思った。


《許しを得ようとは思っていません》

《許されるような事ではないと承知しています》

《でも、貴女にお詫びだけは申し上げたかったのです》

最初の日のメッセージはここで終わっていた。

たぶん男の友達リストからあたりをつけて、勝手に踏み込んできたのだろう。

そんな形での謝罪なんて、何の意味もない。

まして例え形が違ったって、許すはずがない。

いっそ何もしてこなければいい、二度とその存在を見せなければその方がいいのにと思った。

男にも同じように謝罪のメッセージを送っているのだろうか。

男は何も言っていなかったけど、わざわざ今日こんな日に言うわけがない。

もし届いていたんだとしても、それを言わないのは不思議じゃないと思った。


でもこの先を読み進めるにつれて、たぶん男には何もメッセージを送ってはいないだろう事が解ってきた。

それは今から四日前のメッセージくらいからの、内容の変化のせいだった。

それまでのメッセージはずっと薄っぺらな謝罪の言葉を書き連ねているばかりだったのに、その日から違う想いが顔を見せるようになっていたから。

《今までのメッセージはまだ読んで頂けていないのは承知しています》

当然だろう、既読マークがついていなかったのだから。

《勝手なお願いではありますが、貴女に相談させて頂きたい事があるのです》

その文面を読んだ時、私の心は苛立ちを増した。

お願い?

この女が、私に?

どの面を下げて、どの口がそんな事を言えるのか。


《貴女に私のメッセージを読んで頂ける日を待っております》

ふざけないで。

そんな後出しなんてずる過ぎる。

だってもう既読マークはついてしまった、あの女に私がメッセージを読んだ事は伝わってしまったのだから。

それから昨日、その時点まではずっと《どうか読んで下さった時は、お話をさせて下さい》その内容とほぼ同じメッセージばかりが十数通も届いていた。

そこまで、つまり最後まで目を通した瞬間だった。

短く伝わる携帯の振動、更新される画面。

リアルタイムの新規メッセージが届いたのだ。


《お目通し頂いてありがとうございます》

思わず携帯を投げそうになった。

あの女に礼を言われる覚えなんて、理由なんて無い。

《うるさい、もう送ってくるな。勝手に死んでろ》

そんな内容のメッセージを打つなんて初めての事だった。

でも偽りなく、本心。


《許すわけがないでしょう?一生、許さない。でも私は貴女の事なんかすぐに忘れてやるから。男だってもう忘れてる。だから二度と連絡してこないで》

《何を言われても構わないのです。私はそれだけの事をしてしまいました》

《何も言う気なんてない。言う必要もない。貴女が連絡をよこしてこなければ、私はこれ以上何も言わない》

私はそれを打って、すぐに女をブロック設定しようとした。

でも、その時に届いたメッセージ。

《お願いです。これだけ、お聞き下さい》

それに私の目は吸い寄せられた。

その内容に。




《私の中に、新しい命があります》



.




心が、壊れそうになった。



.


エレベーターが目的のフロアに着く。

開いたドアから足を踏み出し、廊下を歩く。

昨夜、女は最後に自分の住む部屋のデータを送ってきた。

本当なら出向かなければいけないが、警察から観察処分を命じられているから外出できない、と。


その時、バッグの中の携帯が小さく振動した。

男からの返信かもしれない。

読みたいという気持ちが顔を出すのを押さえつけて、私は玄関のドア脇に設置されたチャイムを押した。

その上側には、女の苗字のネームプレートがつけられている。

がちゃり、少し重そうな音をたててドアが開いた。


「…幼馴染…さん」

その後ろから顔を出した、女。

そして私は。

「………うっ!」

彼女の頬を、思い切り打った。

「…最低」

ちっとも気が晴れない。

こんなものじゃ全然足りない。

「ごめん…なさい…」


私は彼女の腹部に目を遣った。

もちろん外見で判るような時期じゃないとは知っているけど。

今、ここを渾身の力で殴れば、全ては解決するのだろうか。

ぐっ…と拳を握った。

けれどそこにある命の半分は男のものだと思うと、それを振り上げる事はできなかった。

男と女が、本当に形としてひとつになっている。

そんな嫌な考えが頭をぐるぐると回って、泣きそうになった。


「…お入り下さい」

「ここでいいわ」

「そんなわけにはいきません」

女は玄関のドアをロックするところまで開けると、玄関のスリッパを私に向けて揃えた。

仕方なく中に入る。

リビングのテーブルには紅茶が並べてあった。

その両側の椅子に、それぞれ座る。

「すみません、インターホンが鳴ってから淹れたからまだ…」

「結構よ、そんなの要らない」

「…はい」


「それで、私に何を言いたいの」

できるだけ強い口調と態度をとるようにしていた。

本当は心はひび割れて、今にも崩れ落ちてしまいそうだったけれど。

「…あんな方法で授かった命です」

「あんな方法で、ね」

「私は…告げるべきなのでしょうか」

「…はぁ?」

「男…さんに」


血が沸騰するかと思った。

まさか、この女は産む気でいるのか。

男にそれを許可させようと考えているのか。

どれだけ私達を苦しめるつもりなんだ。

「ふざけないでよ!絶対に許さない!」

「…そう、ですよね」

「いい!?この事を男に言ったら、ただじゃおかない!あの時あんたは『今日死んでも構わない』って言ったけど、私にだってそんな覚悟はできるの!」

「………」

「これ以上、私の男を傷つけないで!男を守るためなら、あんたを殺す事だっていとわない!」


「幼馴染さん…」

「男は…昔っから私を守ってくれた」

そうだった、子供の頃から。

私が部屋に独りでいる時、嫌いな雷が鳴るといつのまにか来てくれてた。

雨の中を三軒隣から走って『お前が怖がってると思ったから』って、ずっと傍にいてくれた。

「あの人に、男に、私は守られてばっかりだった」

そして光を失った、二人の記憶を失った私でも、ずっとずっと。

…だから。

「今度は、私が守るの…!もう男の心には指一本触れさせない、傷つけようとしたら…!」


「…あはっ」

女が、笑った。

「何…何が可笑しいのよ!」

「そんな事したら『骨も残さない』って、言うの?…あの男みたいに。あはっ…あはははっ!」

髪の毛が逆立つような感覚。

私は椅子から立ち上がって、テーブル越しに胸倉を掴もうとした。

でも次の瞬間、咄嗟にその手を引き戻す。

同じように立ち上がった女の手には。

「ばっかじゃない?何、必死になってるわけ?…これで冷静にしてあげましょうか」

握られた、あのスタンガン。

私の脳裏に、一瞬あの日の恐怖が蘇る。


「あははっ、おっかしい…真に受けちゃって」

「何がっ!?」

「嘘よ、ぜーんぶ。あの一日で子供なんて、できるわけ無いじゃない。どんだけ百発百中なのよ?あははっ」

可笑しくて堪えきれないという表情で、女は笑って言った。

「嘘…」

最初に感じたのは、とてつもない安堵感だった。

でもそのすぐ後ろを、怒りの塊が追ってくる。


「幼馴染さんを一人で呼び出すための、嘘。だって、ねえ?愛しい男に言いたくないものねえ」

「こ…のっ…くそ女っ!」

「他の女の腹に貴方の子供がいます…なんて、言えないわよねぇ?」

女は凶器を前に構えて、じわりとテーブルを回り込む。

私はそれと対角線になるように距離をとった。


「最初はシンプルに嫌がらせをしてやろうと思ってメッセージを入れたの。でも貴女は無視し続けた…よく開いて見なかったわねえ?」

「…どうせ下らない挑発だと思ったからね。やっすい女のやりそうな事よ」

本当は見ることができなかった、気付いていなかったのだけど。

「ふふ…いきがるじゃない。でもLINEって、ロック画面にも最新メッセージは表示されるじゃない?だから趣向を変えてみたの」

さも自分の考えが上手くはまった気になっているんだろう。

女は得意げにべらべらと喋る。

「案の定、たった一人で…お人好しにも私の相談にのってくれるために、貴女…ここまで来たわ。 あはっ、最高…!」


にたぁ…という、その卑屈な笑みには忘れ難い見覚えがあった。

「私ね…留置所で、ずうっと考えてた。あんな屈辱的な狭い部屋に押し込められて、ずうっと。それで気付いたの。あの男に本当の傷をつけるには、壊すべきなのは貴女だって」

「…可哀想な人ね」

「どっちがよ?これからズタズタになる貴女と、どっちが可哀想なの?ほぉら、そっちへ回ると逃げ場は無いわよ?」



「逃げる…?どうして?」



.


本当のところ私は、女の挑発を受けるほどにぞくぞくした。

これでこそ、甲斐がある。

この女を私と男にひれ伏させる甲斐が。

私はバッグに手を入れた。

「私が、本当にあんたの相談なんかを受けるつもりで来たと…思う?」

「…なっ」

「そのスタンガンと、どっちが痛いかしら…!?」

このくらいしか家には無かった。

でも威力は高いんじゃないかと思う。

右手に刺身包丁、左手に鍋の蓋。

「私は、害獣駆除に来たのよ!男に纏わりつく薄汚い獣の!」


「あ…あ…!や、やだ…ねぇ…許し…」

「許さないって、言ったわ」

実際には私だって十字架を背負いたくはない。

床に額を擦り付けて、その後ろ頭を踏みにじって。

でっかく『痴女』って書いたセロハンテープを、身体中に貼って日焼けさせるくらいしたら見逃してもいい。

でも、絶対に屈服させてやるんだ。

二度と私達の前に出てこられないように。


「怖いの…?」

女は怯えた目で、後ずさっている。

「男だって怖かった。あんたが留置所に入る程度の屈辱なんて、比じゃない思いをしたわ」

あの時の男の虚ろな目を思い返す。

きっと男は私のために、自身のプライドを叩き割ってでも耐えてたんだ。

「許して…お願い」

先程とは逆の立場。

私がテーブルを挟んで女をじわりと追う。

ゆっくりと三歩、右に回ったその時だった。


「…なぁんて、ね?」

また女が、卑屈に笑った。

「…あっ!?」

「恐えぇモン持ってんじゃねえよ」

背後から何者かに包丁を持った右手を掴まれ、捻られる。

その力の強さは女性のものじゃない。

「くっ!」

ゴトッ、という音をたてて床に落ちる、私の頼みの綱。

そしてすぐに私は背後のオトコに羽交い締めにされてしまう。

「つーかまーえたぁ…へへっ」


「あははっ、アナタ達いいタイミングだわ。やるじゃないの」

オトコは二人いた。

見覚えのある、その顔。

最初に女に会った日、彼女に絡んでいた二人。

まさか、あれも。

「あはっ…考えてる事は違うわよ?その二人は留置所から出てから探したの。下品な車に乗ってるからすぐに見つかったわ」

「そりゃないぜ、俺のヴォーカロイド1号180SXが泣くじゃねえか」

「けへへっ!これからいい声で泣くのはこの娘だけどなぁ!」

「離せっ!離してよっ!」

「つまらない人達と思ったけど、結構便利なのよ?たまにヤラせてあげれば、なんでもやってくれるの。あはっ…!」


なんて迂闊な、この家に女一人しかいない保証なんてどこにも無かったのに。

あと、僅かあと一歩のところまで女を追い詰めたのに。

「離してよおっ!」

「さあて、これが私に屈辱を味合わせたあの男への復讐の最終楽章よ?しっかりいい声で歌って頂戴ねぇ…?」

私の前に回ったオトコが、私の服に手を伸ばす。

襟を掴まれ強引に力を加えられると、カーディガンのボタンが二つはじけ飛んだ。

「嫌っ!やめて…っ!」

私が抵抗の声をあげると、さも嬉しそうに女が笑うのが見えた。

嫌がれば嫌がるほど、彼女とこのオトコ達を喜ばせてしまうだけだと思った。


ああ、この事を男が知ったら悲しむんだろうな

今以上に、自分がされた時よりもっと傷を負ってしまうんだろう

『あんなの殴られたのと同じだ』

私はそう思えるかな

男の前で『私は前と変わらないよ』って、言えるのかな

きっと私は男みたいに強くない

何も言わない

男に

知られなかったら、いいな


私が肩から提げていたバッグを剥ぎ取られる。

どさりと床に落とされた、その中から私の携帯が転がり出た。

今日、私がいない事に気付いた母が幾度も掛けてきた電話。

ずっと私は無視し続けた。

そして気付かなかったけど、それは今も着信を告げる振動を発している。

女が拾い上げた。

嫌な、予感がした。


今、掛けてきているのは。

「…あはっ」

まさか、まさか、まさか。

「なんてタイミングなの、あははっ!男からお電話よ、私が実況してあげるわねぇ?」

男に知られたくない。

そのせめてもの願いさえ裏切られるの。

「はあい、もしもし…?…そうよ、私よ。…もう、大きい声出さないで下さいな。…え?…あはっ!幼馴染さん?いるわよ、そこに」

「やめて!電話を切って!」

「アナタ達、はじめなさい!」

「切って!男!電話を切って!」


「…え?こっちの話よぉ。邪魔しないで聞いててね?…もうすぐ…」

スカートが引き裂かれる。

ブラウスのボタンも引き千切られる。



「…幼馴染さんのソロパート、開演よ…?」



.




ああ、馬鹿だなあ私

けっきょく男の傷を深くしてしまう

お願い、嫌いにならないで

お願い、私が穢されたと思わないで

お願い、男

私の身体にかけられる泥は

貴方に綺麗にして欲しい



.




その刹那、部屋に破壊音が響いた。



.


第二部、おわり



次の第三部はまた男視点に戻ります。


第三部(男視点)



かなり眠い。

昨日、結局昨日はかなり遅くまで幼馴染の部屋で過ごしてしまった。

しかも部屋に帰ってからも気が張っていたのか、なかなか寝付けなかったから尚更だ。

でもどんなに眠くとも、昨夜のキスを思い出せば顔が緩む。

いきなりの要望にびっくりはしたけど、嫌なはずが無い。

ただその後の行動に少し抵抗を覚えてしまっただけだ。

とにかく晴れてあいつと恋仲になれた昨日は、まだ二十年にも満たない俺の人生の中では最も幸福な一日だったかもしれない。

正直、今日は授業中いつにも増して上の空になりがちだ。

やべえ、いきなりミスった。『昨日』はひとつ省いて下さい


ただひとつ、僅かに残念に思う事がある。

いや、全く俺の勝手な期待だったのだけど、朝に彼女からの電話やメッセージが無かった事。

昨日の夜は薄手の毛布にくるまりながら、翌朝に『おはよう、男』とか『起きて』みたいなコールがあるかもと妄想していた。

まあ、そんな事をしてるから眠れなかったのだろうけど。

もちろん幼馴染は今日はまだ学校を休んでいる。

まず一度は病院で検査を受けないと、無理はできない。

さて、いつのタイミングで彼女からの連絡があるかな…そんな期待をしつつ午前中を過ごした。


でも昼休みに入っても、それが無い。

おかしいな、そんなもんかな…?

そう思っている時に、携帯が鳴った。



着信中『姉』



なんだよ、姉かよ。

昨夜あれだけ幼馴染の親父さんと飲んどいて、今朝はけろっとした顔で家を出ていきやがった酒豪姉。

学校にいる時間に電話をしてくるなんて珍しいな。


「もしもし?」

《あ、男?あんた今どこにいるの》

「は?どこって学校に決まってるじゃんか、月曜だぞ」

なんなんだ、平気な顔はしてたけど実際はまだ酔ってんのか。

《ええ?そうなの?…アンタが連れ出したのかと思った》

「何の事だよ、誰を連れ出すって…」

そこまで言ってドキッとした。

そんな対象、一人しか思いつかない。


《幼馴染ちゃん、家に居ないらしいのよ…。あの娘のお母さんから電話があってね》

父親が遠くにいるから、我が家では姉が保護者代わり。

幼馴染の家族と電話番号を交換しているのは知っていた。

「居ないって、何も言わずに?」

《そう…いつ出て行ったのかも判らないって》

急に胸が嫌な鼓動を打ち始める。


ずっと外出できなかったのだから、ただ買い物にでも出かけただけなのかもしれない。

でも、きっと違う。

あいつは周りの人が心配してるのを解ってて、そんな事をするようなやつじゃない。

黙って外出したのが事実でも、それは遊びに行ったりしたんじゃないはずだ。

胸騒ぎがする、第六感とでも言うべきだろうか。

根拠など何も無い、いや共に過ごした月日が根拠と言っていい。

「姉ちゃん、今日もバイクだよな」

《…そうだけど》

自信はないけど、確信に近い。

不安感が心を支配した。


「悪いけど」

《…昼から会議なんだけどなぁ》

「頼む、嫌な予感がするんだ」

《…解った。15分で行くから校門に出て》

「恩に着るよ」

電話を切って、俺はすぐに教室を出た。

荷物はいらない、邪魔になる。

幸い姉ちゃんの会社と学校は近い、15分と言ったけど多分そんなにかからない。

でも闇雲にバイクを走らせても何にもならない、それまでに考えろ。

幼馴染はどこにいる…?


一段飛びで階段を駆け降りる。

すれ違うクラスメイトが「どうした、急いでるな」と声を掛ける。

返事をする余裕はない。

あいつが家族に黙ってでも行く可能性のあるところ。

なぜ黙って出て行く?

言いにくいからだ。

下駄箱からスニーカーを放り出して、無理矢理に足を突っ込む。

上靴を代わりに放り込んだが、片方がタイル上に落ちた。

それも気にしない。


なぜ言いにくい?

不健全な場所…まさか、あいつに限ってそんなところ思い当たらない。

だとしたら、心配をかけると考えたから…というのが濃い。

息を切らせて校門の外へ出る、まだ姉は来ていない。

ポケットから携帯を取り出す。

連絡先を開き、幼馴染に電話を掛けた。

3コール、出ない。気持ちが焦る。

7コール、まだ出ない。8コール、9コール。

10コール目の音を聞いて通話を終了した、あいつの携帯はそこで留守電に替わるのは知っている。


「くそっ…」

どこだ、考えろ。

一番悪いシナリオは何だ?

今のあいつにとって、俺にとって最も強い不安要素は?

さっきから漠然とだけ想いはあった、そう考えたくなかったけど。

俺の勘が告げている。

きっと、女が関係してる。

その時100mほど向こうの交差点から、聞き覚えのある排気音が響いた。


10分しかかかっていない、姉ちゃんもかなり飛ばしたな。

「待たせたわね、乗って!」

姉は自分のヘルメットを脱ぎ、俺に放った。

「姉ちゃんのは!?」

「今日はひとつしかないの、捕まったらアンタが罰金払ってよね!」

「え、まじかよ」

「ゆっくりしてる時間は無いわ!さっきまた幼馴染ちゃんのお母さんから電話があった!」


「なんて言ってた!?」

「机にメモがあったって…『夕方まで連絡もなく帰らなかったら、警察に連絡して』って!」

不安は完全な確信に変わる。

「姉ちゃん、花火大会の会場河川敷の方へ!」

髪型を気にせずヘルメットを被り、ゼファーのタンデムに跨った。

「捕まっててよ!」

「おう!」

前輪が浮きかけるほどの回転数、それを前傾姿勢で抑え込む。

空冷四発が甲高く吼えた。


俺はバイクの後ろで胸ポケットに押し込んでいた携帯を取り出した。

振り落とされないように姉の身体に右腕を回す。

「変なトコロ触るんじゃないわよ!」

「ばーか!」

今は女の自宅へ向かっているつもりだ。

必ずしもそれが正しいと限らないのは解ってる。

目的が何かは解らないが、幼馴染が女に接触するとしたらどこがで待ち合わせるかもしれない。


でも、おそらくタイミング的に警察から仮に釈放されているであろう女は、何らかの謹慎的な処分は受けているに違いない。

女が律儀にそれを守るとは思えないけど、それでも僅かに可能性は女の自宅に偏る。

まして幼馴染が女に対して何もアポイントなく接触を図ろうとするなら、それこそ自宅を目指すだろう。

万一どこか外で落ち合う事になっているとしたら、それは探し様がない事になる。

今の俺は一番可能性が高いと思われる事を信じるしかない。


携帯の画面ロックを解き、地図アプリを立ち上げる。

『私の家、花火会場から近いんです』

会場の河川敷は距離にしてあと5kmほど。

『マンションの15Fだから特等席なんですよ』

そこからほど近い15階建て以上のマンション。

『ちょっと小さくだけど、花火のバックにスカイツリーも入るんです』

スカイツリーから花火会場を越えた直線上、地図を広域にしてエリアを絞る。

「姉ちゃん!従兄弟の叔母ちゃん家があるあたりだ!」

「わかった!」


胸ポケットに戻そうとした携帯が短く振動する。

《新着メッセージ:幼馴染》

幼馴染は携帯でメッセージを打てる状態にはあるらしいと考え、少し安堵する。

しかし開いたメッセージは。

《ごめんね》

このたった四文字の言葉。

俺には字面通りには思えなかった。

何に謝る?

勝手に外出した事か?

それが大した用事でないなら、謝罪に続けて理由を書くだろう。


この『ごめんね』は幼馴染の弱さだ。

何か強い覚悟を決めた、その心の小さな綻びだ。

だからこの四文字が意味するのは『たすけて』あるいは。

「姉ちゃん!もっと飛ばしてくれ!」

「無理言うんじゃないわよ!」

そう言いながらも姉は更にスロットルを絞り込んだ。

俺は願った。

その文字の意味が『さよなら』じゃない事を。


バイクは川沿いの道を駆ける。

操る姉がノーヘルだから、すれ違うドライバーが驚いたように見ている。

しかし幸いまだパトカーの影は見えない。

「近づいたわよ!」

「さっきから探してるよ!でも…!」

まずい、マンションだらけだ。

15階を超えるものだけでも相当数ある。

気持ちばかりが焦るが、落ち着いて考えるしかない。


川沿いから見るスカイツリーは決して小さくはない。

「ここからスカイツリーを背にして少し離れてくれ!」

川沿いの道を離れ、住宅とマンションの谷を進む。

女は花火の特等席だと言った、そう何キロも離れはしないだろう。

『男さん、屋台の物を買い込んだら私の部屋に来ませんか?』

それはつまり会場から歩いてでも行ける程度の距離という事だ。

そう考えれば、今走っている辺りが限度か。


そこにもマンションはかなりの数がある。

「あのマンションの前へ行ってみてくれ!」

でも違う、ここからじゃ数百メートル先の別のマンションが邪魔になって、花火は見えにくい。

「違う!」

「次、行くよ!」

どこだ、幼馴染。

次も、その次も条件的に違うと思われた。

たぶん距離的にあの国道は越えない。


「右回りに引き返してくれ!」

「注文が多いねぇ!しっかり探しなさい!」

目に入った次のマンション、花火会場方面へは少し開けている。

今走っている所からは細い用水路的な川があってすぐには行けないけれど。

でも、そのマンションの前の路上に。

「姉ちゃん!あれかもしれない!」

「どれよ!?」

「あのキモい車が停まってるやつだ!」


いつかのキモい男達が、何とか180SXと呼んでいた痛い車。

女との関係は解らないけど、僅かにでも接点はある。

「アンタ!降りなさい!その川くらい跳べるでしょ!?バイクはすぐには行けないわ!」

「わかった!」

飛ぶようにバイクから降りると、ヘルメットを姉に投げる。

すぐに姉は川を渡れるところを目指して走り去った。

目の前まで来ると本当に跳べるか怪しい川幅だが、迷う暇は無い。


ままよ、と思い切って助走をつける。

「届けっ!」

紙一重、爪先だけが対岸にかかった。

よろめきつつも道向こうのマンションへ走る。

11、12、13…ちょうど15階建てだ。

エントランスに駆け込むと、ガラスの自動ドアが立ちはだかっていた。

インターホン脇にある鍵穴にキーを差すか、通話して中から開けて貰う必要があるタイプだ。

ドア脇には管理員室の窓がある。

俺は反対側にメールルームがある事に気付き、そこへ駆け込んだ。


15階の入居者名を探す。

川○、○橋、大○…その次の1506号室に女の苗字、ビンゴかもしれない。

俺はインターホンを押そうと考えたが、もし幼馴染がそこにいて危機的な状況にあるとしたら、女が開けるはずがないと思った。

そうなると管理員頼みになる。

インターホンで部屋主に断られる様子など見せたら、それが叶う望みは薄い。

俺は先に管理員室の窓口へ近づいた。


「すみません、15階の○橋さんのお宅へお邪魔してる甥なんですけど」

「はい?どうかされましたか」

「今、留守を預かってるんですが、うっかり鍵を持たずに出てしまって…ちょっとの事だったから、玄関の鍵は開けてるんですけど自動ドアが開かなくて」

「○橋さんは出張中のはずだけどね…?」

「その留守を預かってるんです」

「…まあ、仕方ないですね。開けます」

よかった。セキュリティは甘いようだ、自動ドアが開く。

俺はすぐにエレベーターのボタンを押した。

間も無く降りて来たエレベーターのドアが開くと、中からはドロップハンドルのスポーツ自転車を押した中年男性が出てきた。

さすが高級マンション、自転車は各部屋の前まで持って上がるようになっているらしい。

入れ替わりに中に入り、すぐ15Fのボタンを押す。

当たり前の早さで昇るエレベーターがやけに遅く感じられた。


15階、廊下を走る。

途中の玄関先の傘立てに金属バットを見つけ、拝借した。

L字形になった廊下の長い辺を進んだ曲がり角の突き当たり、そのドア脇に1506号室の表示と女の苗字のネームプレートがついている。

最上階の角部屋かよ、一番値の張る部屋じゃないか。

かなり重厚な木のドアに耳をつけて中を窺った。

何か喚いているような声が聞こえてくるが、聞き取れない。

俺はまた携帯を取り出し、幼馴染の携帯に電話を掛けた。


8コール、9コール…

だめか、そう思い切ろうとした時に、画面表示が発信中から通話中に切り替わった。

留守電になっただけかと思いながらも、耳を当てる。

聞こえてきた、声は。

《はあい、もしもし…?》

「…お前、女か!?」

問いながらも確信はある。

間違いなく、あの女の声だ。


《そうよ、私よ》

「なんでお前が幼馴染の携帯に出るんだ!お前…!」

《…もう、大きい声出さないで下さいな》

「あいつは一緒にいるのか!?」

《…え?…あはっ!幼馴染さん?いるわよ、そこに》

俺は片耳に携帯を当てたまま、反対の耳をまたドアにつけた。

中で大きな喚き声が聞こえた後、ごく僅かなタイムラグをもって、それが携帯からも響く。

《やめて!電話を切って!》


幼馴染の声だ、間違いなく中にいる。

いつかの記憶に躊躇いを覚えながらもドアノブを回すが、ロックが掛かっていた。

《アナタ達、はじめなさい!》
《切って!男!電話を切って!》

「お前、何をしてるんだ…!?」

《…え?こっちの話よぉ》

「ふざけるな!幼馴染に手をだすんじゃねえ!」


《邪魔しないで聞いててね?…もうすぐ…》

無駄と知りながらドアノブを何度も回す。でも開くはずがない。

木製のドアとはいえ作りは高級だ、金属バットで壊せるようなものではなかった。

《…幼馴染さんのソロパート、開演よ…?》

女の卑屈な声、表の痛車。

中で何が起こっているか、想像がついた。


でも、ここまできてなす術が無いのか。

おれは床に膝を衝いた。

「どきなさい!男!」

その時、さっき駆けてきた廊下の始まり、エレベーターホールから声が響く。

いや、声だけではない。

聞き覚えのあるエキゾーストが唸っている。

「姉ちゃん…!」


開いたエレベーターのドアから飛び出してきたのは、姉のゼファー。

バイクにとっては短い廊下を加速して、時速数十キロだろうか。

「お、おい…!?」

彼女は迷わずドアに突っ込んだ。

姉を合わせれば200kgを超える重量、激しい破壊音と共に木製のドアが内側に吹っ飛ぶ。

バイクは勢い余って部屋の中まで突き進んだ。

なんて無茶をしやがる、そう思いながらも駆け込んだリビングには。

「…男っ!」

「幼馴染…!」


やっと見つけた幼馴染の姿に血が沸騰する感覚を覚える。

裂かれたスカート、引きちぎられ無理矢理にはだけさせられたブラウス。

二人のオトコの内一人が彼女を羽交い締めにし、もう一人が着衣に手をかけていた。

しかし最悪な行為はまだ未遂と思われる。

「幼馴染!まだ酷い事、されてないか!?」

涙を湛えた目で、それでも彼女は力強く頷いた。


「姉ちゃん!女の方を頼む!」

そう言ってバイクが倒れた方を見ると、その横で姉ものびている。

これはだめだ、やっぱり無茶しすぎだ。

さっき姉を少し格好いいと思ったのはキャンセルしよう。

ただよく見るとバイクの近く、吹っ飛んでへし折れたドアに半分覆われるようにして女と思しき下半身もパンツを出して倒れていた。


「てめぇ!あのコンビニの奴…!」

オトコが驚愕の表情で声をあげた。

二人は間違いなく、あのコンビニで追い払った奴等だ。

「おぅ…覚えてんのかよ。今度は見逃すどころのハナシじゃねえぞ」

「くそっ!来るな!」

「まずテメーから死ぬか」

幼馴染の服に手をかけていた方の奴を先に潰す事にする。


「おらぁっ!!!」

バットを振りかぶる。

オトコはその場で身を竦め防御姿勢をとるが、金属バットに通じるわけがない。

手加減なんてしない、オトコの脇腹を渾身の力で打った。

「けへっ!!!!!」

オトコはこれ以上曲がらないという所まで身体を『く』の字に曲げて、奇声をあげながらその場に倒れこむ。

想像以上の手応えだった。

意識があるかは知れないが、少なくとも暫くは立てないだろう。


「う、動くな!」

もう一人のオトコ、幼馴染を羽交い締めにした方の声が響く。

オトコは床に落ちていた刺身包丁を拾い上げ、抱えた幼馴染の顔の前に翳している。

「近づいたらこいつがどうなっても知らんぞ!」

「時代劇の三下かよ」

なんでそんなところに刺身包丁があるんだ。


「お前…その娘を殺す覚悟があんのかよ?」

「うるせぇ!近づくなつってんだろ!」

じわり、一歩進む。

「目立つ車も知られてて、顔も割れてて…それで殺人犯して指名手配される覚悟はあんのかって訊いてんだよ」

「くっ…!殺さなくても、顔を切り刻んでやるぞ!」

もう一歩、踏み出す。


「ふうん…顔をねぇ。例えその娘の顔が傷ものになったとしても、俺はそいつを嫁に貰うけどな。…幼馴染、お前どうだ?」

「…それを聞けたら、へっちゃらです」

彼女はきっと恐怖を振り払って、気丈に笑った。

更に、前へ。

「寄るな!止まれよ!」

「だから大きな問題は無いとして、それでもそいつに傷をつけたら俺はテメーを許さねぇ」

「うう…う…」

「殺さないまでも、腰から下だけ狙ってバットが曲がるまで滅多打ちにしてやんよ。残りの人生、車椅子で過ごすか?」


「くっ…来るな…!来るなって!」

また一歩、これで相手の包丁は届かずバットは届くギリギリの距離だ。

「選べよ。その娘を殺して俺に殺されるか、傷をつけて半殺しにされるか」

「あ…あああ…!」

「それとも包丁を捨てて、その娘を放すか」


少しの間を開けて、オトコの手から包丁が落ちた。

オトコの手から幼馴染がすり抜ける。

「男ぉっ!」

堪えていた涙を溢れさせて、彼女は俺に抱きついた。

抱き締めてやりたいけど、でも先に。

「よう、放した場合はどうするんだっけ?」

「え…放したら許してくれるんじゃ…!?」

泣きそうな顔をするオトコに向かってバットを振り上げて言った。

「甘めぇんだよ!!!」

思いっきり肩口に叩き落す。

鎖骨はイったと思う。


これで片付いた、やっと幼馴染を抱き締められる。

やっと幼馴染を思いきり叱る事ができる。

「お前なぁ」

言いながら彼女に振り返ろうとした時、気付く。

パンツが無い。

もとい女がいない。

「危ない!男っ!」

幼馴染が叫んだ。

視界の端、さっき床に落ちた包丁を手にした女が俺めがけて飛び掛かるのが見えたが、体勢を変える間が無い。

しまった、こんな。




その瞬間、女と俺の間に飛び込む影。



「男っ!」



それは幼馴染だった。


.




「言ったはずよ…」



幼馴染が息を切らせて言う。



女の手から包丁が落ちる。



「今度は私が男を守るって…!」


.


「幼…馴染…」

「防げるもんだね」

彼女がにやりと笑った。

その手には。

「…お鍋の蓋でも」

「幼馴染…!」


でも安堵に浸る間は無い。

女はまだそこに立っている。

「あああああぁぁぁぁぁ!!!」

狂ったような顔で、頭を掻きむしって、女が叫ぶ。

俺は足元の包丁を遠くへ蹴り飛ばした。

女を殴るのは気が引ける、でも。

俺は拳を固めた。

「男、手を出さないで」

幼馴染がそれを片手で制する。

彼女の表情は。

「…私がブッ飛ばしたげる」

さっき嫁にすると宣言したのを、少し後悔するような…

ごめん、今日はもう筆が進まない
学祭に備えて寝て下さい


「かかってきなさいよ、変態女」

幼馴染が凄んでみせる。

「…お前がっ!お前がいなければ!最初から男は私のモノになってたのよ!」

醜く顔を歪めて、女が幼馴染に吐き捨てた。

そして女は飛び掛かり、両腕を幼馴染の首めがけて伸ばす。

「ふざけないで!」

その両腕を幼馴染が掴んで睨みつけた。


「途中で節操もなく手を出してきたのは、アンタでしょ…?」

「お前はあの時、自分は関係ないって言ったじゃないかっ!」

「うるさい!」

あ、何か言い負けた。

幼馴染は女の両腕を封じたまま頭を後ろにスイングバックして、頭突きを喰らわせる。

「ぐうっ…!!!」

あいつのアレ、痛いんだ。


「アンタのっ!せいでっ!どれだけ男がっ!苦しんだと思ってるのよっ!」

タイミングにずれを持たせた左右のブローが女に叩き込まれる。

堪らず身を屈めると、狙いすましたハイキックが側頭部を捉えた。

幼馴染、強えぇ。

「なんでアンタの隣で映画なんか見なきゃいけないのよ!この売女っ!」


「関係ないって言ったなら!そこで身を引けばよかったのよっ!」

女が反撃に出る。

幼馴染の顔を狙って大振りなストレートを繰り出した。

「こっちは十何年も前から隣をキープしてんだから!」

クロスカウンターが炸裂する。

女の拳は幼馴染の頬を掠め、幼馴染の拳は女の左頬を抉った。


女がよろめき倒れそうになったところへ更に追撃のボディブローが唸る。

「うぐっ…!!!!」

「ここに、何か居るんだったっけ!?」

何の事かはよく解らないが、幼馴染はニヤリと笑っている。

怖えぇ。

女は吐きそうな顔をして、よろよろと数歩後ろに下がる。

そこに落ちていた物を後ろ手に掴み、幼馴染に翳した。


「いい加減それ見飽きたわ」

「うるさいっ!!!」

スタンガンだ。しまった、そこにあったか。

「あはっ…!痺れなさい!」

堪らず俺が飛び出そうとした、その時。


「アンタがね!」

幼馴染はテーブルの紅茶ポットを掴み、中身を女に浴びせる。

「熱っ…!!!」

おそらくその熱さに力んで、指がスイッチを押してしまったのだろう。

女の手元で、バチッという火花の音がした。

「ああああぁぁぁっっっ!!」

濡れた手を伝い、スタンガンの電流を女自身が喰らう。


倒れようとする、女。

逃さない、幼馴染。

「私の男に汚ないモン舐めさせやがって!潰れろっ!」

女に喰らわせる場合は何というのか解らない、男の場合なら金的と呼ぶ急所攻撃。

幼馴染渾身のサッカーボールキックが、女の股間にめりこんだ。

明らかにこれがトドメだ。

女は白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。

「一昨日来やがれ!」

いや、一昨日のお前は記憶も視力も失ってただろう。


幼馴染は暫くその場で立ち尽くし、息を整えたようだった。

それから、くるりと振り向く。

「男ぉっ!怖かった…!」

お前が怖いわ、そう思ったが口には出さない。

胸に飛び込む彼女を思いっきり抱き締めた。

「無茶すんなよ…お前は」

「ごめんなさい…!」

「良かったよ、間に合って。…よしよし」

「ふええぇぇぇん…」

頭を撫でてやる、本当に心配かける奴だ。


「…くっ…」

いいところなのに、視界の端でオトコ二人が立ち上がろうとするのが見えた。

邪魔すんじゃねえよ…と言おうとした時、もう一人の姿を目が捉える。

「お前ら、寝てなさい」

折れたバイクのミラーで二つの頭を殴り飛ばして、姉は言った。

「姉ちゃん、大丈夫か」

「大丈夫…と言いたいけど、左腕が折れたっぽいわ」

「無茶しすぎだよ、映画じゃねえんだから」


「仕方ないじゃない、感謝してよね。…あっ!」

急に驚いたように姉が声をあげる。

「どうしたんだ」

「コイツらに私のゼファー1100弁償しろよって、言うの忘れた」

「いや、それ400だろ」

そうだ、この姉こないだ大型免許取ったんだ。


あれ?そういえば…

「姉ちゃん、どうやって一階の自動ドア突破したんだ?」

「あー、あれ…うん…まあ、上手い事しといた」

嘘だ、絶対管理員を脅したかガラスドアを木っ端微塵にしたかのどっちかだな。

そこらへんの修理代の請求はどうなるんだろう…?

そう考えた時、外からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


その日は全員が別々に、夜遅くまで事情聴取を受ける事になった。

最初あまりに被害が一方的過ぎて、俺や幼馴染が以前の仕返しに行ったものと疑われた。

でも幼馴染と女の携帯に残っていたメッセージの記録から、どちらが元来の加害者側かは明らかになったようだ。

取調べの刑事さんからは「無茶し過ぎ、なぜすぐ警察に連絡しなかった」と責められたが、「警察に言って間に合ってたんですか」と問うと顔を曇らせていた。

そもそもあの家が犯行現場だと断定もできず、幼馴染が自分の意思で家を出ている時点でまともに捜査なんかしてくれない癖に。

俺自身がストーカー被害にあってる時の対応で、その辺はよく解っている。


幸い相手に負わせた負傷も、スタンガンや幼馴染を人質にとった時の凶器使用の状況からして、正当防衛の範疇に収まる…いや収めておく、との事だった。

唯一、自衛のためとはいえバッグに凶器を忍ばせて行った幼馴染は軽いお咎めを受けるそうだが、自宅謹慎くらいらしい。

そうでなくとも暫くは休んでいる必要があるのだから、大した事ではない。

マンション設備の修理代なども女側が負担する事になるようだった。

残念なのは姉のバイク、修理代を請求する事はできないそうだ。


それから一ヶ月が経過して、幼馴染は登校を再開する事になった。

今回は仕方なく学校側にも最初から最後までの事情を説明する事になったが、特に処分はなされなかった。

幼馴染の短い謹慎も解け、今日は久しぶりにあいつが家に迎えに来るだろう。


姉の腕も快復し、会社からは怒られただけで済んだらしい。

『部長のハゲが私に強く出られるわけがない』とは姉の言葉だ。

どんな二年目社員なんだよ、この人は。

バイクは幼馴染の両親が是非にと言って、新車を買ってくれる事になった。

ゼファーは生産がとっくに終了していたので、めでたくZRX1200DAEGを納車待ちしているらしい。

今朝は後輩から無理矢理借りたという、原付で出勤していった。


それから、女だ。

今回は更生施設行きは免れないとの話は聞いた。

それに実名は伏せられたとはいえ、白昼の救出劇は大きく新聞を飾ったから、家族ももうその場には居られなくなったらしい。

噂では両親ともに職場を追われ、遠い所へ移り住んでいるそうだ。

一番最初の話で言えば、態度をハッキリしなかった俺にも原因はある。

少しだけ、心が痛んだ。

オトコ二人は…どうでもいい。

たぶん執行猶予がつく位だろう。

どうせアイツらに、仕返しをするような根性なんて無い。


玄関から呼び鈴の音が響いた。

すぐにがちゃりとドアが開けられ「おはよー、起きてるー?」と声が届く。

勝手にドア開けるんなら、呼び鈴押すなよ。

「起きてるよ、大丈夫か?お前」

「何が?」

「いや、ずっと家にいたから。フラついたりしねえかって」

「ああ…フラつく…腕を組まないと歩けないかも…」

「じゃあ、今日はまだ休め。おやすみ」

「ひどっ!」


玄関でスニーカーを履く。

制服姿の幼馴染を見るのは久しぶりだ。

俺が立ち上がるのを待って、彼女は目を閉じた。

「はい」

「え?何?」

「はいっ」

「…おぅ」

軽く、おはようのキスを交わす。


今日は学校では友人達が彼女を囲むだろう。

あまり話はできないかもしれないが、焦らなくとも俺達の時間はこれから、ずっとある。

もう誰にも邪魔なんてされない。…いや、させない。

きっとこれからも幼馴染は雷が苦手で、アスパラが嫌いだろう。

俺は相変わらず、身内からはイジられてしまうのだろう。

「男…手、繋ごう」

「やだよ、いきなりそんなんツレに見せるの恥ずい」

「だめ、却下を却下します」

手を引ったくられる。

元通りの毎日が、新しい関係で続いて行く。


おしまい…






…でもいい。

需要あるようなら、蛇足の後日談(たぶんエロ注意)書く。

なんてこった、どうしよう
書くにせよ書かないにせよ、最初から自分で決めるべきだった
需要アリのレスも綺麗に終わっとけのレスも、どちらもありがたい
めちゃくちゃ悩む…

この書込みの秒単位が偶数なら書く、奇数なら書かない

綺麗に終われと言ってくれた方々、ごめん
できるだけ『蛇足でも無かった』と言って貰えるようなものを書く
でもこれから書き始めるから、少し時間下さい


第四部(男視点)

当たり前のように、学校に入る前から会う顔見知り全てに祝福を受けた。

それは幼馴染の快復に対してももちろんだが、俺達の以前とは違う立ち位置を目ざとく見つけての事だ。

男友達は皆「やっと観念したか」「遅せぇよ、もう結婚しちまえ」と冷やかしを浴びせる。

対象的に女友達は「よかったねぇ」「色んな意味で心配したよ」と、中には涙ぐんで幼馴染の肩を抱く奴もいた。


幸い、最初の事件の事については詳しくは広まっていないようだった。

せいぜい俺がストーカー被害にあっていたらしい…程度の認識にとどまっている、何よりだ。

たださすがに新聞でも報道された二度目の事件は、そうはいかない。

ただ事件後、俺はブランク無しで登校していたから、止むを得ず当たり障り無い程度には話している。

それもあって、あまり幼馴染に直接その話題を振られる事は無かった。

まあ、噂好きな女子の事だ。俺のいない所では彼女にどんな話を求めるのかは解らないが。

とにかく幼馴染の登校復帰一日目は忙しかった。

授業は普通に受け、休み時間は友人の攻勢を受けて休みにならない状況だったから。

正直、かなり疲れた。


ようやく下校時間、もうバレバレなのだから今度は堂々と手を繋いで校門を出る。

「疲れたなー」

「うん、でもみんな心配してくれてたからこそだよね」

「…まあな」

こんな風に放課後のチャイムから大きなタイムラグ無しに下校できるのも、今日限りの予定だ。

明日からは放課後、幼馴染は三ヶ月に渡る休学の補習を受けなければならない。

まあ帰る時間が遅れるというだけで、俺は待つけど。


「ねえ、男…今日この後、男の部屋に行っていい?」

「ん?…そりゃ、いいけど」

「しばらく補習がある間は、家に直帰しなきゃいけない時間になると思うから、その前に…ちょっと」

「ちょっと?」

「…ごにょごにょ」

「え?…聞きとれねえよ」

「察してよ」

「は…?」

「…甘えたいんですっ」


随分と可愛らしい事を言う。

そういえばここ一週間は、最後の病院検査だの遅れた授業分の内容を家で自主学していたりだのであまり一緒にはいなかった。

これに応えないのは男が廃るというものかもしれない。

「じゃあ、俺からの祝いとしてドーナツ買ってやるから、お前ウチでコーヒー淹れてくれよ」

「やった!男、大好きー!」

帰り道、前はしょっちゅう寄っていたドーナツ店に入る。

俺はいつもの定番中の定番をひとつ、幼馴染は気になる新商品をひとつトレーに取った。

レジ待ちの間「うーん」と声を出して悩む彼女に「新商品がハズレだといけないから、もう一個いいよ」と告げる。

彼女はパッと顔を明るくし、俺が選んだのと同じ定番商品をひとつ追加した。


駅から電車に乗って、三駅区間。

小さなドーナツ袋を膝に抱え、幼馴染はホクホク顔をしている。

時々こちらに振り向いては、俺が視線を返すとにこりと笑って繋いだ手をギュッと握る。

俺はそれを強過ぎない程度に握り返す。

こんな日々が恋しかった。

もしかしたらもう訪れないかもしれないと覚悟した、当たり前の幸せを俺は噛み締めた。

不意に涙汲んでしまったのを、見られていなければいいけど。


家に着き、早速幼馴染は台所でコーヒーを淹れた。

スティックシュガーと使い切りのフレッシュを数個取り、コーヒーセットと一緒に持って上がる。

オールドファッションをかじりながら部屋のオーディオの再生ボタンを押すと、偶然にもあの耳に馴染んだイントロ。

内心、まずいと思った。

少し切ないギターのアルペジオから、掠れたトーンの男性ボーカルが歌い出す。

「あ、この曲!良かったよね、コンサート」

幼馴染はまんざらハズレでも無かった新商品のドーナツをもぐもぐしながら、言った。

ほら、だからまずいと思ったんだ。


「ああ、良かった…よな」

「また行きたいねー」

本当だな、また行きたい。コンサートだけじゃなくて、どこにでもこれから二人で。

「…男?」

今日、やっと本当に元通りになったんだ。

そしてこの部屋に入るまで、ずっと耐えてきた。

できる事ならこの後、彼女を送り出すまで耐えたかったのに。

「何でも…無えから…」

見るな、と言いたかった。

でもその言葉が変に辛い記憶と被るから、言えなかった。

だから俺はただ、自分の膝に顔を埋めるしかなかった。

そんな俺を、背後から優しく包む細い腕。

「…ごめんね、男」

情けないと思う。

仕方ないとも思う。


暫くそのまま、彼女が俺を抱き締めて俺は自分が落ち着くのを待った。

親指の背で目の下を拭い、すう…と一度深呼吸をする。

そして俺は彼女の腕の中で身体の向きを変え、抱き締め返しながらキスをした。

いつもより長く、少し熱を帯びたような口づけ。

それを続けたまま、俺は彼女の身体に触れる。

ささやかな程度と思っていたその膨らみは、意外なほど女性らしい弾力を秘めていた。

制服の生地越しに、たぶん刺繍が施されているのであろう下着の少し固い感触と、その内に護られた彼女自身の柔らかさに、俺の中の本能が刺激される。


その時、彼女の身体がぴくりと震え、こわばった。

口づけを解いて、幼馴染は身体を離す。

驚きの色に染まった、その表情。

俺は「しまった」と思った。

「男…」

「ごめん、俺…その…」

何の言い訳もしようが無いけど、俺は言葉を探す。

向かい合った幼馴染の頬にはひと筋の涙が伝っていた。


俺は、焦り過ぎてる。

一度は奪われかけた彼女の真っ白な柔らかさを、早く自分の色に染めてしまいたい。

他の誰かに傷つけられるくらいなら、俺自身が壊してしまいたい。

そんな身勝手な支配欲に、自分を委ねてしまったんだ。

「ごめん、もう…しないから」

真っ直ぐに顔を見る事もできずに、俺は詫びた。

でも彼女の口から零されたのは、予想とは違う言葉。

「…嬉しい…の」

「え…?」


「男が…求めてくれた事が…嬉し…い…」

彼女の目から、涙がぽろぽろと溢れていく。

「私、記憶が戻った日…男に触れたよね…」

「…うん」

「男、すごくびっくりしてたから…私、男は『あの日』のせいでそういう事が怖くなったんだと思って…」

愕然とした。

幼馴染にそんな想いをさせていたなんて。

「ごめん、俺は…きっと幼馴染は心からじゃなく『あの日』をリセットするために、ああしようとしたんだと思ったから…」

「うん…」

「嫌だったり、怖かったりしたんじゃないんだ。…でも、俺達がひとつになるなら、純粋に互いを求めての事でありたかった。それだけだったんだ…」

「…うん、そうだね」


じゃあ、今はどうだ。

俺は単に自分の欲望として、幼馴染を求めた。

今の、彼女は。



「男…しよう。私、男に抱いて欲しい」


.


そしてもう一度、俺達は深く口づけた。

今度はぎこちなく舌を絡めて、ドーナツの甘さを僅かに感じながら。

心臓は破れてしまいそうなほどに強く鳴っている。

でもその鼓動がどちらのものなのか、お互いが近過ぎて判らなかった。


先と同じように俺の手は彼女の胸を弄る。

掌全体で包み込むように力を加えると、肩が小さく竦んで跳ねた。

今、幼馴染はどんな表情をしているんだろう。

それが気になって俺は彼女の口の中へ侵入していた舌を抜き、顔を離す。

お互いの唇から細い透明な糸が伸びて、切れた。


「あ…はぁっ…」

突然に解放された彼女の口は、思いがけない大きな吐息を漏らす。

同じ行為を記録した劣情を煽るための映像でなら、何度でも聞いた事のある吐息と声。

女性が性的な刺激を受け、快楽を覚えた証拠とも言える反応。

その反応に、俺の中に背徳感を伴う甘美な衝動が芽生える。

無邪気で、あどけなかった幼馴染。

一緒に駆け回り、笑い転げあった幼馴染。

笑顔で俺にシロツメクサの冠をくれた、あの少女を。

ただ俺の劣情で、穢したい。

>>1の家にパンツ送った

>>341
着払いで送り返した


俺の手が彼女のスカートの中に侵入する。

太腿を撫で、くすぐったさに身を震う様を愉しみながら、足の付け根の肌と下着の際を指でなぞる。

外側から内側へ指が進むにつれ伝わる体温は熱を持ち湿り気を帯びて、その中央を下着越しに中指と薬指で擦ると、彼女は大きく脈動した。

「…あっ!」

「痛くないか」

加減はよく解らない。

でも彼女は俯いたまま首を横に振った。


そのまま下着越しの刺激を続けていると、次第に生地の裏側が濡れてきている事が判った。

「はっ…はぁっ…はぁ…」

その様子につれて、彼女の息遣いも荒くなってきている。

俺は右手の動作をそのままにキープして、左手で彼女の制服のボタンを開けていった。

慣れない動作に手間取りながらも、上からみっつボタンを外す。

それによりできたブラウスの隙間からは、可愛らしい刺繍が施された下着が覗く。


俺はブラウスの中に左手を差し入れ、背中側のホックを何とか片手で外した。

途端に下着と彼女の胸との間に隙間が生まれ、露わになる白い膨らみとその先端。

「やっ…あんまり見ちゃ…だめ」

無理を言うな、と思った。

彼女の膨らみは想像よりはずっと豊かなものだった。

外見の細さは、下着によって抑えられたものだったらしい。

「けっこう…大きいんだ」

「ばか、恥ずかしい事言わないで…」


その膨らみに掌を被せ、人差し指と中指の間に先端を挟んで捏ねるように揉む。

それと同時に無意識に動きを止めていた右手もまた、彼女の股間への刺激を再開させた。

「あっ…や…両方なんて…」

更に荒くなる彼女の息遣い。

更に強くなる脈動と、身体の捩り。

そっと右手の指を下着の中に忍び込ませると、ねっとりとした熱い感触が鮮明に伝わった。


ぐちゅっ…という音がしてすぐに、幼馴染が「やだ」と声を零す。

「…濡れてる」

「言っちゃ嫌ぁ…っ」

中指を折り曲げて、少しずつ挿し入れてゆく。

第二関節くらいまで挿入ったところで、彼女の内側がその指をきゅうっと締め付けた。

「あぁっ…!」


こんなところに暴発しそうになっている俺の一部が収まるのだろうか、と不安になる程のきつさ。

ゆっくりと、その場で小さく指を掻き回してみる。

「あっ…やっ…恥ずかし…い…っ」

彼女が本気でなく「嫌だ」という度に、俺は堪らなく愛しく、壊したくなってゆく。

それは男の子が好きな娘を虐める心理と似たものかもしれないと思った。


飽く事もなくその行為を数分も続けていると、次第に彼女の中の狭さが緩くなってきている事に気付く。

濡れた音も大きさを増し、内面の肉壁に深いひだが現れてきている。

「あぁっ…はっ!…んっ!」

声も随分と大きくなっているのは、羞恥に慣れてきたからなのか。

それとも堪えきれなくなっているからなのだろうか。

ただ明らかにその身体は快楽を感じていて、こんな不慣れな俺の指遣いにすら悦びを覚えているらしい。

その証拠といえるだろうか、彼女はとろんとした眼差しで口を半分開けて、俺に身を任せている。


彼女の全てが、俺を受け入れる為の態勢に入っているんだ。

できるだけスムーズに迎え入れられるように少し弛緩したその部屋も、糸を引くほどに溢れた彼女の蜜も。

内面のひだは迎え入れた俺自身を悦ばせるために、あんなにも卑猥な形状に隆起しているのだろう。

彼女の心はまだ真っ白で、あの日の無邪気な少女の面影を残すのに。

彼女の身体は俺を欲して淫猥に本能からの支配を許している。

「幼馴染…やらしい…」

「嫌っ…!男だっていやらしい…んっ…じゃないっ…!」


その通りだ。

もう、我慢するのがきつい。

早く俺を解放しろと、俺の分身が叫び吠えている。

その声に求められるままに、俺は下半身の衣服を脱ぎ捨てた。

痛いくらいに腫れ上がったその先端は、彼女の蜜を笑えないくらいに濡れている。

まるで彼女を喰らおうとする獣のように、よだれを垂れ流している。

俺は手を貸しながら、彼女をそっとベッドに横たえた。

「幼馴染…いいか」

「うん、来て…」

入り口を探すためにあてがった時、今まで以上に大きくぐちゅっという音がたって、彼女が顔をより赤くする。


「もっと…下…あっ…!」

どうやら俺の先端が彼女の一番敏感な突起に触れてしまったようで、彼女は大きく身体を反らせた。

俺は味をしめて、数度そこを先端で刺激した。

ちょうど彼女の突起が俺の先端の割れ目をちろちろと舐めて、俺も痺れるような快感を覚えていた。


そしてまた入り口を探して、俺はぬるりと先端を下に滑らせる。

どちらの蜜のせいかは解らないが、あまりに艶めかしく濡れた感触に下手をすれば今ここで臨界を迎えそうな快感に襲われる。

そしてある場所で、ずぶりと俺自身はその首にあたる部分までを埋めた。

途端に迫る、彼女の体温と俺を責めるための形状がもたらす快感。

吸い付くようで、舐め回すような味わった事の無い刺激。

「幼馴染!ごめん…だめだ、きっと全然もたない!」

俺は情けなく事前の敗北宣言をしてしまう。

それほど圧倒的な悦びの感触が俺自身を満たしていた。


…いや、まだだ。

これでもまだ半分と沈んでいない。

「うっ…挿れるぞ…」

「はっ…あっ…あぁっ…!」

少しずつ、ゆっくりと。

俺の三分の二が彼女に沈んだくらいの時点で、彼女が小さく「痛っ」と零した。

「大丈夫か…?ここまでにしとこうか」

「ううん…いいのっ…」

目に涙を溜めているのは痛みのせいか、それとも感極まっての事か。


「奥まで…挿入てっ…!」

「幼…馴染…!うっ…!」

そして俺は自身の先端に突き当たりの感触を覚えた。

その蜜洞の最奥には、まるで肉厚の吸盤のようなものがあるように感じられた。

それが脈を打ち、俺の先端を吸うように震えている。

たぶん生命を宿すために、俺の欠片を欲しているのだろう。


幼馴染の痛みが少しでも落ち着くように、俺はそのままの体勢をでとどまっていた。

けれど、彼女の中が動く。

いや、蠢く。

「あっあっ…あっ」

たぶん無意識になのだろう、自分の中の動きで彼女自身も刺激を感じているようだった。

「嬉しい…男…とっ、ひとつにっ…なってる…」

「俺も、…幸福せだよ」

そう言って俺は彼女に口づけた。

いやらしく舌を絡めあって、今度はいくらか上手に出来た気がする。


「男…動いていい…よ」

「でも…」

「いいの…平気」

微笑む幼馴染、心配に顔をしかめる俺。

けれども、俺はそっと挿入部を抜いてゆく。

そして俺自身の一番太いところ、くびれの上の部分が入り口に一度引っかかり、ぶるっという感触と共に出たところでもう一度中へと沈めていった。

「はっ…はぁっ…んっ!」

「幼馴染…気持ちいいよ、お前の…中、あったかい…」

「うん…もっと、んっ…気持ちよくなって…」


次第に動きが早くなる。

きっと幼馴染には痛みが残ってるとは思うけど、あまりの快感に俺自身の身体が言う事をきかなくなっている。

ぐちゅっ、ぐちゃっという卑猥な音が連続的に響く。

「あぁっ!あっ…はぁっ!おと…こぉっ!」

彼女の内壁がぶるぶると震えている。


俺は身体中の神経が一箇所に集中してしまったように、その摩擦とぬめりの感触に没頭している。

まともに挿入してから、まだ数分と経っていない。

でも刺激に慣れてもいない俺は、もうすでに限界点を迎えようとしていた。

「あっ…だめだ…幼馴染っ!出る…っ」

「うん、出してっ!男の…いっぱい出して…っ!」


絶頂を迎える時、それでも俺の意識の中で残りほんの一欠片だった理性が顔を出した。

俺自身を彼女の中から抜き去る。

でもそのタイミングはギリギリで、既にその後をどうする余裕も無い。

「あぁっ!」

抜いたその場で、俺の劣情は激しく噴き散らされる。

それは幼馴染の秘部の周りや太腿、スカートがめくれて露わになったお腹の上、そして上下の制服へと飛び散ってゆく。


「うっ…!あっ…ああ…っ!」

まだ出続けている。

こんな量を一度に吐き出したのは初めての事だ。

本当なら彼女の腹の中に全てを送り込むはずだった俺の分身は、怒り狂ったようにそこでびくびくと震え蠢く。

俺の身体はどれだけ幼馴染を孕ませたかったのだろうか…と半ば怖ろしくなると同時に、もしそうしたらどれほど気持ちいいのだろうかと、生唾を飲み込んだ。

「はっ…あぁっ…男のが、いっぱい…」

「ごめん…服まで汚しちまった…」


枕元に置いてあるティッシュ箱から数枚を取り出し、彼女に渡す。

でも幼馴染は自らのお腹の上に伝った俺の体液を、そっと指で取った。

そして彼女は、その指を口へと運んで。

「幼馴染…!?」

ぺろり…と指を舐めるその姿が堪らなくいやらしくて、俺は驚いた。

「初めて私にくれた男の欠片だから…少しだけでも身体に入れておきたかったの」

そう言いながら、幼馴染は残念そうに残りを身体から拭き取った。


その様を見て、俺の分身は「ならばもう一度くれてやる」とばかりに自らを再度主張する。

「あらら?元気ですねー?」

すっかり調子を取り戻した幼馴染はからかい、その分身の先をつついた。

「うるせぇ」

「もう一回、したい…?」


にやりとした笑顔は魅惑的であり、挑戦的でもある。

是非でもしたいところだが、脳裏に先の痛みに耐える幼馴染の顔が浮かんだ。

「今日はもうお前の身体を休めなきゃだめだろ」

「でも、明日から…できないよ?」

「うっ…」

そうだ明日からは補習で遅くなる。

ウチに寄る間も無ければ、寄ったところで姉が帰っている可能性が高い。

つまり次は週末までお預けという事になるのだ。


「ねえ、男。怒らないで聞いてくれる…?」

「…あぁ」

「今日、この言葉を出すのは少し気が引けるんだけど。でも、本当の気持ちだから…」

幼馴染は申し訳なさそうに目をそらして語った。

「私の記憶が戻った日、男は『俺は穢されたなんて思ってない。あんなの殴られたのと同じだ』って言ってくれたじゃない?」

「ああ…言ったな」

「あれ、すごく嬉しかった。救われた気になったの。…でもね、やっぱり私…悔しい」


幼馴染は言いながら俺の唇に触れた。

「男は綺麗なままだった。でもその綺麗な男に、あの人が泥を掛けたと思った。…私はそれを、拭い取りたい。そうすれば本当に男は元通りになる」

「幼馴染…」

「ごめん、自分勝手な事を言ってると思う。つまり…言葉を選ばなければ」

彼女は両腕を俺の首に回す。

顔を近づけて、切なそうに…でも妖しく言った。



「女にされた事、私がもう一回してあげる。男の記憶を上書きしたいの…」



.

今夜はここまでです。
明日、もう一発いくよー

半角擬音の表現とかができなくてすまん。
読むのは全然好きだが、書くのはどうしても入れられないんだ。
モロにチ○ポとかって言葉も自分の作品には入れたくなくて、きっと臨場感の無いエロになってると思う。
許してくれ。

あかん、覗いてみたらめっちゃ荒れとるがな。
これは逆に皆に不快な想いさせるだけになりそうだし、ケツまくります。
願わくば306レス目で完結という扱いにしといて下さい。
荒れる材料作っちゃってごめんよー。

372だけど、よかった状況見て判断してくれたんだな
憎くて言ったんじゃない、むしろ一旦完結したところまでが好きだったからおせっかいした
おせっかいついでに完結スレに持っていくけどいいよな?306までって注釈いれとくよ

>>383
もう状況的に自分じゃ完結スレに入れられないから、助かる。
306でストップが効かないんだったら、今回はまとめにも載らなきゃいいな…

書くよ。
今、過去作まとめたところ作ってるからそこには後日談完全版を置くつもり。
またここで知らせるから、読みたい人だけ読んで下さい。

待たせた。
過去作置き場作った。この後日談の完全版も、もちろん置いてる。
「さらっとしたのでいい」との意見も頂戴したけど、この際ふっきれたのでガッツリ、エロてんこもりで書いた。
蛇足には違いないが、もう単品の純エロ作品と思ってもらえるとありがたい。

読みたい人だけ
↓のワードでググってみてくれ。


がらくた処分場


「がらくた」は平仮名、たぶん今のところ三番目くらいに出てくるはず。

そのノリ、荒らしか何か分からなくて怖い

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