日差し照る土曜日の昼下がり、ここヤルケル区の街路では往来が絶えない。巨人がいな
くなって三年が経ち、人類の壁外進出も順調だ。人々の表情には、嘗ての不安の翳りを
おびた微笑ではなく、本当の笑顔が戻った。
「ジャンおじさん。パンクしちゃったんだけど、直せる?」
額に汗が光っている。溌剌とした少年だ。
「おうともよ!」
オレは今、自転車っつうアルミンが発明した乗り物を扱う店を構え、生活を営んでいる。正直殆どトントンだし、月によっては赤字のときもある。だが、立体機動装置に慣れていたオレにとって整備、運転はお手のもんだったし、何より自分が直接人の役に立てるのが嬉しかった。
「ほら、出来たぜ。乗ってみな」
少年に手渡すと、はやく乗りたくてたまらなかったらしく、すぐに漕ぎ始めた。
「すごいや!断然乗りやすくなってる!」
「当たり前だ。なんたってこのオレが直したんだからな」
「ありがとうおじさん、お金は後でお母さんが払いにくるから!」
そう言って彼は猛スピードで発進していった――
平和になった後、最初は兵団に残って公務を続けるよう頼まれたが、少し考えて断った。名実ともに人妻になったミカサを見るのが辛かったというのもあるが、オレは自分の足で立ちたかった。
勿論二十のガキだったオレにとって世に処するのは楽じゃなかった。種々の職と町を遍歴して来たし、兵団時代とはまた違う味の辛酸を嘗めてきた。
「おーい!ジャン!いないのか?」
中で仕事をしていると懐かしい声が聞こえた。
「おう、エレンか、久しぶりだな。お前がオレを訪ねるなんて珍しいな」
「はは、仕事でヤルケル区に来たもんだから、ちょっと立ち寄ってみただけさ」
「そうか。立ち話もなんだし入れよ。茶くらいは出すぜ」
「すまねえな」
往時の思い出に話が弾んだ。訓練兵時代、新兵時代、オレの討伐数が百を超えたとき、エレンが決戦に勝利したとき……
コイツとは昔は馬が合わなかったが、お互い命を預け合って戦っているうちに、そんなんはどっかに消えちまった。
「で、ミカサとの新婚生活はどうだ、エレン?」
「中々幸せなハネムーンとはいかねえな。職務で女性と話してるだけで恐ろしい視線が飛んでくるしな」
「そいつは物騒だな」
黄昏の足音が聞こえる中、オレ達の哄笑が響き渡る。
「おっといけねえ、長居しすぎた。ジャン、ありがとな」
「おう、また今度皆で会いてえもんだな」
晩鐘の音――
笑っていつかの「手打ち」をやると、エレンは門がある方向へ歩いていった。
今はもうずっと開け放たれた門を通って、朱色の光が夜に向かう街に今日最後の彩りを加えた。
おわり
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