古泉「え?」
彼は中心に四つのパネルの置かれたオセロ盤を見下ろし、小さく呟いた。
僕は多少、驚きながら彼を見つめる。
それが彼らしからぬ言葉だったからだ。人の内側を覗きたがらない、第三者の距離を保ちたがる、彼の。
みくる「はい、お茶どうぞ~。あれ、お二人ともどうしたんですか?じっとオセロ盤を見つめて」
キョン「ああ、どうもありがとうございます、朝比奈さん。いえね、今こいつにレクチャーしてる所なんですよ」
キョン「今のままじゃあまりにも弱くて、勝負になりませんからね」
キョン「先の先を読むにはどうしたらいいか、まずまっさらな状態の盤を見て考えろ、って。なあ、古泉?」
「――え、ええ?そうですね―――。しかし、どうやら僕にはその才能がないようです。ただの緑の盤にしか、見えませんよ」
朝比奈さんは「はあ、なるほど~」と口に手を当てて呟き、自分も興味深そうに盤を眺めた。
僕はまだ、驚きを保ったまま彼の顔を見つめる。
すると彼は、にこりと微笑み朝比奈さんを見た数秒後、僕の目をじっと見つめた。
思考の裏側をえぐろうとする意思。
そんなものを感じてしまう、鋭い目線で。
え?またはじめから?
>>9
だって今日で前スレ落ちるからさ
最初から載せた方がいいだろ?
キョン「古泉、もういいんだぞ?ほら、とにかく初弾を打ち込んでみろ。くれぐれも、先を読みながらな?」
古泉「え、ええ……」
僕は言われるがままに黒いピースを掴み、そっと番に置く。そして白を一枚ひっくり返す。
ゲームが始まったのを見て、朝比奈さんは「お二人とも頑張ってくださいね~」と微笑みテーブルを離れた。
彼は何事もなかったかの様に白を置き、僕の黒を一枚取る。
そしてお前の番だぞ、と目配せをする。
古泉(……なんだろう。単なる気まぐれだったのか――?)
なんでパソからは書けない?
最初からはやめとけ。
俺はそれをやったことがあるが、連投規制や秒数規制のせいで全て書き込むのに数時間かかる
前スレのURLとか前の話が読めるぐらいでいい
てか、次スレは1が立てるべきだと思う
>>16
前スレも読めずどんな話か分からなかったら排他的な迷惑スレになるからじゃね
あと、今更かもしれないけど
スレたてどうもです。
細々ながら続きを書いていきます。
明日には終わる程度の長さにしようとはおもっています。
古泉(自分の事を考える、か………)
そもそも僕は、今後どうやって生きていくつもりだったのだろう。
機関にずっと属して生きていくつもりだった?……いや、たぶん違う。
未来なんて……考えていなかった。
三年前に機関に入ったあの日から、僕はただ「今」しか見ずに生きてきた。
古泉(でも、機関を抜けてしまった今)
古泉(このままじゃ、駄目か―――――)
古泉「そう………ですね」
古泉「しばらく、自分の今後についてゆっくりと考えてみることにします」
キョン「ああ、そうしろ」
キョン「……まあ、俺も偉そうなこと言えた義理じゃ全然ないんだけどな」
前スレ落ちたね
担任の先生に話を聞いたところ、どうやら退学手続きは出されていないようだった。
教室に入ると、クラスメートたちに普通に挨拶をされる。
普通。僕にとって義務として存在していた、普通の高校生活。
彼らに笑顔で挨拶を返しながら、僕はえも言われぬ不安感を覚えた。
まるで、今まで自分が立っていた足場が一本のロープになってしまったような。
一歩足を踏みちがえると、真っ逆さまに落ちて言ってしまうような。
何処におちるのか、いやそれどころか今自分が立っているここに何の価値があるかわからない。
僕は、機関から抜けたとたんただの無力な一高校生―――いや、それ以下になってしまった。
かといって、あの鳥籠の中に戻るのには大きな抵抗がある。
以前よりも窮屈な袋小路の中で、僕は一週間を過ごした。
キョン「どうだ、一週間過ごして。なんか、考えはまとまったか?」
古泉「……」
彼の部屋の黄色っぽい蛍光灯の下で、僕は天井を見ていた。
考えは纏まったか。その質問に答えが出せる気は到底しない。
そもそも、僕は一週間何かを考えただろうか?
キョン「……状況はあんまり変わってなさそうだな」
古泉「……本当に、情けない話ですが」
古泉「まったく、可笑しいですね――――。あなたと僕の立ち位置がこうもまるっきり入れ替わってしまうなんて……」
キョン「お前、それ自分で言うことか?……まあ、いい。自分で考えてもわからない事はわからないよな」
彼はそう言うと僕の目を見て、強く一言、呟いた。
キョン「なあ、古泉。お前、実家に帰ろうって発想はないのか?」
古泉「…………」
僕は彼の質問には何もこたえない。
キョン「答えないつもりか?」
古泉「……ええ。それに関して、僕は絶対に何も答えるつもりはありません」
キョン「なるほどな………」
彼はそう呟くと、鞄から一枚の紙を取り出した。
そして、ゆっくりとそれを眺め、読み始める。
キョン「……河原一樹、ね。お前、本名は古泉じゃないんだな」
古泉「なっ!!!どうしてあなたがそれを……」
キョン「父親河原一郎、母親河原美里。そして、現在二歳の――――」
古泉「どうして、あなたがそれを知ってるんですか!!!!!」
僕は声量は押さえて、しかし出来る限りの迫力を込めて叫んだ。
ちらりと、A4の紙から視線が上がる。その目は……侮蔑の色とも、同情の色とも判断のつかない、複雑な目だった。
キョン「お前、自分だけがみんなの秘密を知っている立場でいるつもりだったのか?」
古泉「……っ!それは………」
キョン「……ああ、違うな。お前はもう機関の人間じゃない。ということは、もう知れる立場でもなくなったわけだ」
古泉「………長門さんですか?」
古泉「彼女の能力を使って、僕のプライベートを暴いたんですか?」
古泉「何が、目的です?そんなものを知って、どうするつもりですか?」
はぁはぁ。自分が息を荒げている事に気が付く。
心拍が異常に高い。血管が切れそうだ。
この感情の高まりは自分でも、異常なように思われた。
古泉(どうして……)
古泉(どうして、僕はこんなに……)
キョン「どうして、そんなに興奮してるんだ?」
キョン「何か、理由でもあるのか?」
古泉「理由なんて………」
古泉「……誰だって、自分のプライベートを無闇に嗅ぎまわられたら腹を立てるんじゃありませんか?」
古泉「正常な反応だと思いますけど……」
キョン「それを今までお前は当然のようにやって来たんじゃなかったか?」
キョン「自分の番になった途端、そんなの許せないって言うのは少し傲慢かと思うが」
古泉「それは―――――」
何も反論が出来ない。確かに、その通りだった。
しかし、僕には自分の事を調べられたことが……いや、調べられたその奥にあることがどうしても、許せないのだ。
古泉「……何が、目的ですか?」
古泉「ここまでの親切にも、なにか裏があるんですか?」
古泉「でも、今の僕を脅したところで、何の得にも―――――」
キョン「……脅す?」
彼は、僕が放った言葉の一端をとらえて、薄く眉間にしわを寄せた。
キョン「今の内容から、俺が、何を脅すんだ?」
古泉「え……?」
キョン「俺はただ、お前の本名と、家族の名前を言っただけだ」
キョン「それがどうして脅すって発想になる?おかしくないか?」
古泉「それは…………」
またしても、何も言えない。
はめられたと思った。しかしすぐに勝手にはまったんだと気付く。
古泉(何故、自分はこんなにも動揺してるんだ?)
古泉(わからない……。いや、考えたくない……)
キョン「――――もう一度、質問するぞ?」
キョン「どうして、お前は実家に帰らないんだ?」
キョン「機関を首になったんだろ?それなら実家に帰ろうと思うのが普通の発想だと思うが……」
古泉「………実家には、帰れないんですよ」
僕は呟きながら、必死に理由を探す。
今の、異常なまで心の機微に鋭い彼を何とかごまかせる言い訳を――――。
キョン「……ほう。何故?」
古泉「……話しましたよね?僕は三年前……いや、そろそろ四年ですね。四年前、能力が生まれた時に機関に拾われました」
キョン「ああ、聞いたな」
古泉「その日以来、機関に入ったんです」
古泉「自分が無理やり授けられた超能力を使って、世界の崩壊を防ぐために。彼女の生み出す神人を倒すために」
キョン「ああ、そうだったな」
古泉「そのために僕は家を捨てました。何も言わず、姿を消したんです」
古泉「名前を捨てて、河原から古泉に姓を変えました」
古泉「そんな僕が、どうして家に帰れるんですか?帰れるわけ、ないでしょう?」
そうだ。自分は、涼宮ハルヒが下らないことを望んだがために、家を捨てたんだ。
四年前のあの日、新しい名前を自分につけたのだ。
自分の目前に存在したはずの未来を、手を伸ばした可能性を捨てて、機関に身を埋める毎日を選らばされたのだ。
古泉(全ては、涼宮ハルヒが望んだから……)
古泉(僕は狭い鳥籠の中で灰色の空を見つめながら、綺麗な歌だけを謳わされる羽目になった)
古泉(だから、僕は疲弊して、あんな夢を見て、今こんなに――――)
キョン「………違うだろ?」
古泉「……はい?」
脳を支配しする暗い思考を一括するように、彼は諭すように呟いた。
古泉「何が違うんですか?」
古泉「あなただって……いや、あなたが一番知っているはずでしょう?」
古泉「彼女の願いの強制力、一人の人間から生み出される強引な秩序」
古泉「機関の人間がたった一人のただの少女を神と呼んでいる事を」
古泉「彼女は神です。そして僕にとっては真の意味で厄病神だ!」
古泉「僕は家族を捨てることを選ばされ、疲弊しつくした時機関にも捨てられ、日常に戻ることすら出来ずに――――」
キョン「だから、そこが違うんだろ」
古泉「何がです!?」
キョン「興奮しないで、一旦ゆっくり落ち着いて考えてみろ」
キョン「お前、機関に家を捨てることを強要されたのか?」
古泉「……!何を――――」
古泉(何を―――――――?)
古泉(……………何?強要―――――――――?)
キョン「落ち着いたか?じゃあ、ちゃんと思いだせ」
キョン「お前は、機関を捨てることを強要されたのか?」
古泉(強要されたか………?)
突然の質問に混乱する。
強要されたかって?そんなのされたに―――――――
ああ
前にひぐらしのSS書いた人の書き方を思い出した
すげー長い奴
キョン「じゃあ聞くが、お前のいた機関には家から通ってる人間はいないのか?」
キョン「全員、家を捨てられることを強要されるのか?」
古泉「………そんなことは――――」
古泉「そんなことは………ない、ですね――――」
キョン「じゃあ、お前だけ強要されたのか?」
キョン「当時中学生だったお前に、機関は無理やり家を捨てさせたのか?」
古泉「……………」
古泉(なんだ、これは――――――?)
おかしかった。今まで自分が描いてきた古泉一樹が少しずつ、壊れていく。
古泉(僕は、どうして機関で日々を過ごすようになった?)
古泉(いや、それは勿論彼女が………)
古泉「涼宮さんが――――」
キョン「――ん?」
古泉「涼宮さんが、そう、望んだからじゃないでしょうか?」
古泉「……正直に言うと当時の事は定かではありません。……混乱していましたから」
古泉「でも、やはり涼宮さんが望んだから―――――」
古泉「彼女の願い通りにSOS団は集まった。それこそが答えじゃないでしょうか?」
キョン「ハルヒが望んだから………ねえ」
彼は僕の回答を吟味するように何度か呟き、そしてふぅと溜息をついた。
キョン「……確かに、ハルヒが望んだとおりに世界が動くってのは俺も知ってる」
古泉「そんなのわかってます。じゃあ、僕の説明に―――――」
キョン「だがな、古泉。こう、考えたことはあるか?」
僕の言葉を制止し、彼は自分自身にも確かめるように呟いた。
キョン「どうして……SOS団はあのメンバーだったんだろうな?」
古泉「………はぁ?」
古泉「言っている意味が良く分かりませんね……。だから、彼女が宇宙人、未来人、超能力者を望んだからでしょう?」
古泉「……まあ、あなたは特別ですが」
>>293
魅音の奴ですか?
>>305
それだと思う
魅音「レナのおなかおっきくなってきたなぁ」とかなんとかいう奴
キョン「――なるほどな。そう、あいつの望むとおり宇宙人、未来人、超能力者が集まった」
キョン「そして、お前はたぶん知らんと思うが、俺があそこにいたのも必然だ」
キョン「未来と過去が交差した上での複雑な必然だけどな」
キョン「ただな、さっき俺がいったのはそういう意味じゃない」
古泉「……?どういう意味です?」
キョン「どうして、超能力者はお前だったんだ?」
古泉「………さっきから回りくどい上に、質問の内容が分かりにくいですね」
キョン「お前にだけは言われたくないけどな」
キョン「いいから、答えろ。何故だと思う?」
古泉「……はぁ。全く、気が回るようになったらすっかりそんな感じですか」
古泉「わかりました。改めて確認しますよ?」
>>306
それなら、僕ですね。
あの時は時間に余裕もあったから毎日かけたんですが……
あ、書いてる途中ですけど、ほんと保守してくださったみなさんすいませんでした。
言い訳はしません。完結させることで、反省の色を示そうと思います。
古泉「あの学校には僕以外にも機関の人間が複数名紛れ込んでいます」
古泉「あなたもご存じなのは、あの生徒会長ぐらいですか。でも、もっとたくさんいます」
古泉「僕たちは最初彼女に直接的に接触しようとは考えていませんでした」
古泉「しかし、知っての通り長門さん、朝比奈さんの両名がまるで導かれるように彼女の身近―――SOS団に介入しました」
古泉「そこで焦った機関は彼女の望み通り、時期外れの転校生として当初はこの学校にいる予定ではなかった僕を彼女の身近につかせたんです」
古泉「これで、満足ですか?」
キョン「……だからな、古泉。お前は俺の質問に全く答えていないんだよ」
キョン「俺が聞いてるのは、どうしてハルヒの超能力者がお前であったのか?ってことだ」
キョン「お前が学校にいなくて、たまたま都合良く一年生だったから」
キョン「だから、お前は偶然にもSOS団に入部したのか?」
キョン「全ての事はあいつが望んだ必然だったのに、そこだけは完全なる偶然だったのか?」
古泉「………えっ?」
古泉(そこだけは、偶然だったのか?)
古泉(……僕が今SOS団にいるのは、偶然だったの―――――か?)
そんな事、ちらりとも考えていなかった。
だって、そうだろう?
僕はたまたま、機関の中で選ばれただけだ。
他に適した人材がいなく、機関とともに生活していたから他の人間よりモビリティがあって――――。
古泉(……だから、たまたま自分が選ばれたんだ。それ以外に考えられない)
古泉(それに、涼宮ハルヒはあの日出会うまで古泉一樹という存在を知らなかった)
古泉(どうやってその状態で、強制力を掛けられるんだ―――――?)
古泉「………それはやはり、偶然じゃないかと思いますが――」
古泉「だって、転校する以前に僕は彼女に会ったことがありませんでした」
古泉「だから、彼女が僕を引き当てたのはただのランダム――」
古泉「古泉一樹である必要性は、涼宮さんにはこれっぽちもなかったと思います」
キョン「確かに、そうだな」
彼は強く頷く。
古泉「じゃあ―――――」
キョン「確かに、ハルヒにとっては超能力者はお前でなくても、よかっただろうな」
古泉(……また含みのある言い方だ)
古泉「まだ、なにかあるんですか?」
キョン「――まだ?今から話そうとしてるのが本題なんだが?」
少し苛立ちを覚えた。
古泉「一体、何なんです、今日のあなたは?僕だって、さすがにここまで回りくどくありませんよ?」
キョン「すまんな。ただ、本当は俺が話す前に自分で気付いて欲しかったんだが――――」
キョン「でも、やっぱり無理だよな。俺だって無理だった。だから話す」
キョン「古泉。ここからは自分に言い訳をせず、ゆっくり考えろよ?」
古泉「僕は元々いいわけなんて――――」
キョン「いいからさ。ゆっくり、考えてみろ」
僕が目を剥くと彼は言葉なく、落ち着けと言っているような平らかな視線をこちらに向けていた。
その目に毒を抜かれる。
口にしようとしていた反論を音をたてて飲み込んだ。
キョン「さっき、お前は自分が選ばれたのは偶然だって言ったよな」
古泉「……ええ」
キョン「そして、それはハルヒの能力を考慮した上での結論なんだよな?」
古泉「……そうです」
キョン「じゃあ、聞くが―――」
キョン「本当に能力を持ってるのは、ハルヒだけなのか?」
古泉「はぁ?」
それは意識する前に出た声だった。
あまりにも彼の言ったことがばかげていてつい、出てしまったのだ。
古泉「何を馬鹿なことを言っているんですか?」
古泉「彼女みたいなのが、何人もいる?そんな事になったら世界に秩序なんてものは存在しませんよ」
古泉「こっちは真面目に聞いてるんですから、あなたも真面目に話てくいれませんか?」
そうまくしたてると、彼はやれやれと言ったポーズをとり片眉をあげた。
キョン「まあ、興奮するな。俺だって真面目に話してるさ」
キョン「それに俺は別にハルヒみたいなのが何人もいるなんてこと言っちゃいない」
古泉「…じゃあ、なんなんですか?」
キョン「例えばさ……ハルヒを地球だったと考えよう」
キョン「あいつの望みをそのまま引力に例えると、あいつの望みは強い重力であると考えられてその重力にひっぱられるように世界は成立することになる」
キョン「じゃあ、引っ張られる側の俺たちには……引力は全くないのか?」
なるほど。確かにその説明はわかりやすかった。
しかし…………
古泉「……詭弁ですね」
古泉「確かに、彼女を地球だと考えるというのは面白い」
古泉「でも、だからと言って僕たちに引力がある?そんなわけないじゃないですか」
古泉「そんなバカなことが―――」
キョン「どうして、ないと言い切れるんだ?」
古泉「えっ―――」
馬鹿な。あるわけがない。
頭の中には繰り返しそのフレーズがあったけれど、言葉にはならない。
彼の顔が、本当に真剣で語調が今日一番、強かったからだ。
キョン「確かに、俺が言ったのは詭弁だ。上手く言えたとも思ってない」
キョン「でも、現在の自分が実際その詭弁の上に立っているのを俺は知ってる」
キョン「俺は今から、恥ずかしいカミングアウトをしてやる。いいか?聞けよ?」
キョン「俺は正直、ハルヒと同じような事を考えていた」
キョン「宇宙人、未来人、超能力者………はたまた、その他の未知なる生物まで、世界には存在してると、心のどこかで信じてた」
古泉「……突然なにを言い出すんです?」
キョン「だから、カミングアウトだよ。…恥ずかしいんだから口挟むな」
キョン「特に中学の頃なんて、もう思いっきり、心の底からそう言うのを信じてたんだ」
キョン「なんかに出会いてえなぁ、何かおもしれえことねぇかなぁ、とかさ。かなり真剣に考えてた」
彼は恥ずかしそうに、でも真剣にそのカミングアウトなるものを続けた。
最初は下らないと思ったけれど、雰囲気にのまれたのか、自分の過去を思い出すように僕はその話を聞いた。
古泉(――――あの頃)
古泉(―――――自分は何を考えていたっけ……?)
キョン「今なら、きちんと認められる」
キョン「俺は、あいつの起こす珍騒動巻き込まれていて毎回すごい楽しかった」
キョン「ああ、そうだな。今でもつれない事は言うがそれはあくまで俺のポジションだ」
キョン「本当は、今素直にSOS団に入れてよかったと思ってる。あそこで日々を過ごせて良かったと思ってる」
古泉「…………」
キョン「ついでに言うとな……長門はどうして、SOS団にいるんだろうな?」
古泉「……彼女こそ、ちょっとそれには無理がありませんか?」
古泉「だって、彼女は―――」
キョン「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、か」
キョン「まあ、そうだな。あいつはパッと見……いや、じっと見てもそう言うのとは一番遠い存在に思えるな」
キョン「でもな……古泉。お前、思わないか?」
キョン「長門ってさ、朝倉とか喜緑さんとかって言う他のヒューマノイドなんちゃらよりよっぽど……人間らしいと思わないか?」
僕は少しだけ考えるふりをしてからその質問に頷く。
古泉「それは……そうかも知れませんね」
驚愕はまだなの?ねえ
キョン「どうしてだろうな」
キョン「なんで、人間らしくある必要のないあいつが、そう言う風に作られてないはずのあいつが、感情なんてものを持ち始めてるんだろうな」
古泉「彼女がそう望んだからだと。そう、言いたいんですか?」
彼はそれには答えなかった。
キョン「朝比奈さんについては俺にはなんとも言いかねる」
キョン「ただ、これは漠然とした感覚なんだが……大人になった朝比奈さんはそう言うところも全部理解しているように見えた」
キョン「その上で、今この世界に駐留している自分を操っているように思えた」
キョン「……なあ、古泉。お前は、どうだ?」
古泉「……僕は――――」
僕は……どうなんだ?
彼の言葉は一見真実である様に思える。
でも、それには何の確証もない。ただの彼の感覚上だけでの推論だ。
古泉(僕が………SOS団に入ることを望んだ?)
古泉(どうして?何の為に――――?)
ぐるぐると思考の中を沢山の記憶が行きかう。
そこには記憶でないものもふんだんに含まれていて、僕はそれを取捨選択することができず、困惑する。
嘘。虚飾。現実。過去。そして常に僕の目の前には、幾つもの鳥籠―――――。
古泉(……どうしてだ?)
古泉(少し前まではこんなこと、なかった)
古泉(なのに、どうしてこんなに、今僕は混乱して―――――)
古泉「わか……らないんです」
古泉「僕は、機関にいることを当然だと思っていた」
古泉「ついで、SOS団の部室も僕にとっての当然になっていた」
古泉「それが、何故当然かなんて考えたことも―――――」
キョン「なかったろうな」
古泉「……え?」
キョン「なくて、当然なんだ。だって、考える必要もなく俺達はハルヒの傍にいたんだからな」
キョン「この間、俺に変化があったって言ったよな?」
古泉「……ええ。そして僕はその変化を今まざまざと見せつけられていますよ」
キョン「まあ、そう複雑な顔をするな。それで、変化があったのは俺だけじゃない」
キョン「……ハルヒもだ。あいつも表面上じゃ変わってないが今、少しずつ変わってる」
キョン「たぶん、四月の終わりからお前が原因になるまでは、そのせいで神人が出てたんだろうな」
古泉「彼女にも、変化が―――――?」
まさか…………!
古泉「彼女は、自分の力に気づいたんですか?」
僕は両手を強く握りしめて、そう言いはなった。
キョン「……いや。そういうわけじゃない。もっと、ちっぽけな変化なんだけどな」
キョン「その小さい変化が、SOS団の拘束力を弱めてるんだと思う」
古泉「SOS団の、拘束力?」
キョン「……ああ。今までは強引な拘束力であの団は続いてきた。それって、部活とか、クラブとかでは、すごい不自然な形だよな?」
古泉「…え、ええ。まあ、そうでしょうね……。というより、普通はそんな個人の裁量で部活が拘束されるなんて、ありえませんよ」
キョン「その不自然な形が、崩れたんだよ。今、たぶんあいつはSOS団を抜けるって言ったらちゃんとそいつに理由を聞くと思う」
キョン「それで、納得したら―――――抜けていいって言うよ。自分の好きにしろ、ってな」
キョン「まあ、お前は信じられないだろうけどな。そうだな。今度試しに言ってみたらどうだ?」
古泉「…もう半ばやめてますけどね」
キョン「まあ、そう言うな。とにかく、だからお前は今困ってんだろう?」
キョン「今まで当然自分がいるべきだった場所が……ハルヒの引力が弱まってるから。だから、余計疲れるんだろ?」
古泉「だから疲れる……」
信じがたい話だった。しかし、自分の身を振りかえると今の話はとても合点がいく。
去年一年間、僕は彼女の鳥籠でさえずることに些かの疑問も持たなかった。
そこにいるのが当たり前であると、感じる以前にわかりきっていて、それでいて直特に疲れることもなかった。
でも、四月を過ぎ少し疲れていると感じ始めてから少しずつ歯車が軋み始めた。
自分の振りまく笑顔に疑問を持ち、人に対する対応に不安を持ち、神人との戦いに以前以上の不快感を持ち、そして―――。
古泉(僕は……)
古泉(鳥籠を作った人間を恨み始めた―――――――――)
キョン「悪いことは言わん、古泉」
キョン「一旦、実家に帰ってみろ」
キョン「そして、ちょっと思い出してみろよ。その能力が生まれた時自分がどんな状況だったのか」
キョン「そして、その上で考えてみろよ。自分が本当にハルヒに振り回されてるばかりの人間だったかを」
キョン「これから、自分がどうするのか、SOS団が本当にお前の言う鳥籠だったのかを」
膨張しそうになる混乱は、彼の力強くそして優しい言葉に堰止められる。
そして混乱の代わりに浮かべたのは……小さな決意と、ささやかな疑問だった。
古泉「……わかりました」
古泉「あなたがそこまで言うなら……言ってみますよ、実家に」
古泉「ただ………一つだけ、質問していいですか?」
キョン「なんだ?」
古泉「何故、あなたはここまで僕によくするんです?」
古泉「確かに僕はあなたに幾つも恩を売りましたけど、正直ここまで親切をした気はまったくないですよ?」
僕のその台詞に彼は、一瞬めんどくさそうにめを細め、しかし次の瞬間には薄い笑みを浮かべて、答えた。
キョン「まあ、この間はああ言ったけどな」
キョン「……例えお前が俺のことをどう思っていようと、俺にとってお前は散々な一年をともに送った仲間だ」
キョン「仲間に親切にするのは気持ち悪いか?」
そこまでは思い切り、歯切れよく言う。しかし、最後に一節、彼は苦笑いを浮かべて付け加えた。
キョン「……若干気持ち悪いかもな」
僕はそれに本当に久しぶりの、心からの笑いを添えて「ありがとうございます」と伝えた。
マジ稚拙な文章だなぁ
こんなんじゃ引き込まれないし面白く無い
展開に無理があるってゆーかー
急なんだよね 読む方がついていけない
もう少し読む側に優しい感じにしないと
分かる?出来る?せっかく意見してあげてるんだけど
翌日の朝。
僕は宣言通り、実家に帰るための電車に乗っていた。
電車は進み、少しずつ周りを彩る色彩が変わる。
実際にはほとんど変化のないはずの景色が、自分の視線の中だけでコロコロと変化を続けていく。
それは車窓ではなく、自分自身を構成している過去の風景だった。
去年一年。
僕はSOS団に閉じ込められるように日々を送っていた。
毎日毎日梅雨はカビ臭く、夏は日差しが熱く、秋も冬も、過ごしやすいとは言い難い文芸部の部室に赴き、
土日は彼女の言うままに探索や、いくつものイベントに顔を出し、
夜は、まあ去年一年間はほとんどなかったけれど神人と戦い、機関内での話足などをして……
実際僕は閉じ込められていた。そう表現するに足る閉塞感漂う生活を送っていた。
>>389
お前何言ってんの?
なかなか上手い文章って書けないんだよ?
かけるもんなら書いてみろよ!
すで面白いの書いて、俺を納得させてみろよ!!
いい加減なことばっか書いて自分ではなんもできねえくせによぉ!
たりない部分があんならそこを指摘しろ!直すからさ!
しかし、あの夏の日の海。
心から下らないと思った文化祭の映画づくり。
雪山……は、もう言うまでもなく災難だったとして、
季節折々催した幾つものイベント。自分で企画したものも多くあった。
それら全てが、ぼくにとっては苦痛で、つまらない出来事だっただろうか。
全てが彼女にたいして自らの時間を犠牲にするだけの最低の時間だっただろうか。
古泉(――――最近はそう思っていたのが、事実だ)
古泉(そうおもったから、僕は森さんにあんなことを言って、機関をぬけさせられら)
古泉(……いや、それ以前に死のうとさえ思った。夢の中では彼女を殺してしまおうとした)
古泉(疲れていたのは事実だし、二つの考えが嘘であったとも思えない)
古泉(元に僕はこの一週間、笑顔を浮かべる事さえも苦痛だったではないか)
のっぺらぼうで過ごしてきた一年を自分がどう思ってたかさえ、今の僕にはさっぱりわからなかった。
それとも、作り笑顔を浮かべていた裏で実際僕は何も考えていなかったのだろうか。
彼の言っていた拘束力がなくなって初めて、自分の感情が生まれたのか……?
古泉(この作り笑顔……)
古泉(一体どこで生まれたんだ?この気色悪い顔は……)
一年間よりさらに奥。
機関での三年間よりももっと、奥。
そこを探ろうとする。しかし、自然に思考にブレーキがかかってしまう。
古泉(……まあ、いいか)
古泉(どうせ、今から僕はそこに行くんだ)
古泉(そこで答えが見つかったら―――――)
なんの、答えが見つかるのだろう。
今僕が信じられるのは、どうやら彼のあの包み込むような笑顔だけみたいだった。
古泉(着いた………)
駅に降り立ち、僕は深く息を吸い込んだ。
あの日、機関に連れて行かれ―――いや、もうよそう。
機関について言って以来初めて舞い戻った故郷だった。
古泉(故郷か……)
古泉(でも、意味は半分だけだ―――――)
ゆっくりと駅から一歩踏み出し、灰色のアスファルトに足をつく。
見上げた空は今、自分がいるあそこよりも高く、碧かった。
古泉(ここにいた頃……)
古泉(自分は、幸せだったはずだ―――――)
かつて、中学生だった自分。
あの頃自分は……確かに笑っていた。
普通に笑顔を浮かべられていた。
古泉(それどころか、あまりいい子供ではなかった気がする)
古泉(自分の境遇すら忘れて、問題も起こした―――――)
かつて、見慣れていたはずの道を歩く。
そこはもう、見慣れた道ではなかった。
一歩踏み出すたびに置き去りにした過去を思い出す。
一歩踏み出すたびに忘れようとしていた日々を思い出す。
あの頃、自分は何でもできる気でいた。
自分には他人よりも秀でた能力が幾つもあることを知っていた。
知識を沢山持っていて、スポーツができ、教わった事はすぐ出来るようになり、クラスでの人気もあった。
お父さんとお母さんは優しかった。
それをいい事に、迷惑を沢山掛けた。
過去には感じることのなかったその実感が、今小骨のように思考のどこかにひっかかる。
古泉(確かに、今自分は過去の事を思い出している)
古泉(でも、何でだろう。漠然としていて、掴みどころがない)
古泉(僕は………何を忘れている?)
古泉(何を………忘れようとしている?)
灰色のアスファルトから、石がぎっしりと満たされた砂利道に出る。
ここを真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐに歩いて行けば家だった。
かつて、転びながら何度も走った砂利道。
僕が初めてこの街に来た時……そう、あの時も僕はこの道で転んだ。
それをお父さんとお母さんは優しく励ましてくれた。
――あなたは元気でいい子ね――
――そうだ。男の子は元気なのが一番だ――
古泉(お父さん……)
古泉(お母さん……)
期待。
かつて、僕を包んでいた鳥籠の名前はそれだった。
最初僕はその中で、小さく、こじんまりと羽ばたこうとした。
鉄の枠に羽を触れないよう、柔らかく飛ぼうとした。
しかし、二人は僕をその鳥籠から出してくれるようになった。
そして、言うのだ。
――気を張らなくていいの。あなたはとても賢い子だから――
――遠慮しなくていいんだ。だってお前は私たちの息子なんだから――
僕は鳥籠の中で歌を歌うより、外で誰かに歌を聴かせることがとても楽しい事に気づいた。
鳥籠の中で羽をたなびかせるよりも碧い空に向かっていく方が楽しいと気付いた。
その時、僕は鳥籠を自分から抜け出すようになった。
せっかく居心地がいいように二人が整備してくれている鳥籠を我がもの顔で抜け出すようになった。
古泉(そうだったな。二人は必要以上に僕に優しかった)
古泉(今なら分かるその理由を、意味を、当時は自分に都合のいい方向にしか考えられなかったんだ)
古泉(つまり……僕はバカだったんだな。馬鹿だったことなんてすっかり忘れてしまっていた)
少しずつ手が奥まで届いて行く感覚が分かる。
しかし、真実はまだその先の先にある様に思えた。
そして、段々と手を伸ばすのが怖くなってきた。
それに比例して、一歩ずつ踏み出す歩幅がせまくなっていくのを感じる。
一応
支援
今日の10時から入試なのに寝られん
すいません。今日中に完成させるつもりだったんですが、限界です。
たぶん明日の昼ごろ戻ってきて完成させると思います。
皆さんには非常にご迷惑をおかけすると思いますが、よかったらおつきあいください。
すいません、たぶん落ちます。
>>427
悪いことは言わないから寝た方がいいですよ。
僕も似たようなことやって後悔しましたから。
保険会社の会社説明会行ってきたんだけど、企業理念が
守らずに攻める!とかいう下らない理念だった。
ああ、本当に時間無駄にした。
理念がくそだって分かってれば最初から行かなかったのに…
がっかりしすぎて続きが書けそうにないです。
とんだご迷惑をおかけしましたが
鬱が治ったら書こうと思います。
最低だと思いますか?
いくらなんでも……って思いますか?
勘弁してくれってかたもいると思います。
いい加減な奴ですよね?許してください。
死ねって言ってくれても結構です。
待っててくれなくても結構です。何を言われても
すっかり、僕の中のやる気がなくなっちっちゃったんですから。
華麗なる保守
それ考えるのに、どのくらい時間かけたの?
浮上
古泉(もし、ここが涼宮さんの……彼女の夢の中だとしたら)
古泉(本当は四年前以前なんて自分に存在しないとしたら)
古泉(それなら、自分の記憶に齟齬があったとしても―――――)
ジャリ。ジャッジャッジャッジャッジャ………。
小石を自分の足がテンポよく踏みにじる。
その音は、どう考えてもかつて自分が毎日奏でていた音だった。
そのリズミカルな音を聴いていると、やはり今のも全部ただのいいわけであることが分かる。
古泉(それに、例え自分の過去が彼女によって四年前に作られたものだったとしも)
古泉(今、この瞬間感じている苦痛や不快は自分だけのものだ)
古泉(それだけは紛れもない…………真実)
古泉(詭弁は――――――――――もう、やめだ)
ジャリ。
>>1がきたwwwwwwwwwww支援
足が止まる。
そこには一軒の家があった。
昔ながらの日本家屋を数回改築して、すっかり和洋折衷になっているアンバランスな家。
かつて、僕が家族として迎え入れられ、
何も言わずに捨ててしまった、自分の中で唯一故郷と呼べる場所だった。
古泉(………変わらないな)
古泉(いや、少し変わったか。これまた洋風なガレージを作ったものだなぁ)
古泉(どうして、木造の家の横にレンガ調の駐車場なんて作ろうと思ったんだろう?)
古泉(それにあそこには……)
新しく出来たカラフルな駐車場。
確かそこには今ももし生きていたら13歳になるパールという犬の犬小屋があったはずだ。
入れ替わった犬小屋とガレージが、過ぎ去った三年という月日の長さを僕に教えた。
そして……決意を揺らがせた。
古泉(………)
古泉(……暗いな。いないのかな?)
塀の奥を覗きこむと、やはり人の気配はなかった。
古泉(……どう、するかな)
その時。
ガシャガシャと音を立てながら、砂利道を自転車で走る音が聞こえた。
古泉(まずい!!)
特に悪いことをしているわけではなかったけれど、家の裏側に回り込み、隠れる。
息を殺して隙間からもといた場所を眺めていると、自転車は僕には全く気が付かなかったようで、過ぎていった。
古泉(危ない危ない………)
古泉(……って、何が危ないんだか)
つい先日まで、命を賭ける戦いをしてきた自分がこんなことで驚くなんて、あまりにも新鮮だった。
あはは。思わず、小さく声を出して笑う。
改めて、実家の裏口を覗くとうやはりそこも真っ暗だった。
古泉「……待つか」
自分自身に確認するように小さく呟く。
そして、元いた場所に戻り来た道とは逆の方……背の低い山のある方へと足を向けた。
古泉(きっと、六時も過ぎれば帰ってきてるだろう)
古泉(それまで……久しぶりにあの山にでも行ってみるか)
ジャリジャリ。
ジャリジャリジャリジャリ……………
ジャリジャリジャリジャリ……………
なだらかな道を歩く。足音は一つしかない。
山に入るといつの間にかなくなっていた砂利の代わりに、
木から零れた枝や風に揺らされ落ちた青い葉、
ゴツゴツとした岩やパッと見では判別の付かない何かが、秩序なく転がっている。
僕はそれを踏みながら山の奥を目指して歩いた。
そこには誰もいない。
空間を包むのは野鳥のさえずりと何処を流れているかもわからない小川のせせらぎだけだった。
しかし、僕の耳には沢山の声が聞こえた。
一樹、一樹君、いっちゃん、河原、河ちゃん、河やん―――――――
古泉。古泉君。今僕を包む現実では、殆ど全ての人が僕をそう呼ぶ。
かつてあった名前を捨てた僕は自らそう呼ばれるのを好み、そう呼ばれることを望んだ。
でも、今。
言ってしまえば幻聴でしかないかつての友人たちの声が、自分の名前を呼ぶ度に、僕は銘打ちがたい感慨と感傷に包まれた。
古泉「古泉一樹、か」
古泉「何が目的だったんだかなー……」
さっと視界が開ける。
その向こうには、鮮やかな太陽の光に照らされた故郷の景観が広がっていた。
学校が見える。毎日のように通った駄菓子屋が見える。
あそこはよく遊びにいったあの子の家だ。
古泉(……そう言うことは、きちんと覚えているんだな――――)
僕は近くにあった切り株に腰を掛けて、ぼんやりと昼の陽光に照る街を見下ろした。
――――美しい―――――
心の中に、そんな短い単語が生まれる。
今、この瞬間その言葉はただの形容詞ではなかった。
本来の意味よりも、もっと複雑な
愛おしさや、悲しさや、切なさや、憐憫や、葛藤や――――――――
沢山の感情を合成させた“自分自身の”を端的に現す、都合のいい記号だった。
初めてこの街にやってきた時。
そう言えば僕は二人に手をつながれていた。
緊張と不安に押しつぶされそうになりながら、必死に笑顔を振りまいた。
そうだ。確か、そんな時にあの砂利道で転んだんだ。
――あなたは元気でいい子ね――
――そうだ。男の子は元気なのが一番だ――
また二人の声が蘇る。しかし、思い返してみるとあの初めてここに来た時の自分は元気なんかじゃなかったはずだ。
孤児院から、あの二人に引き取られて――――
嫌われないようにと必死に緊張を隠して――――――
そんな僕にお父さんとお母さんは本当に優しくしてくれた。
無理に笑顔を作らなくていいと言った。
そして、それが自分の夢見ていた愛だったと気付いた。
古泉(そうだったな………)
古泉(僕は二人に愛されている、と思った。それで、自分は二人の本当の子供になれると思ったんだ――――)
たど・・・
するすると、絡まっていた糸が少しずつほどけていくのが分かる。
そうだ。
僕お得意の作り笑顔は河原一樹になる前の、まだ本当に古泉一樹だった頃に得たものだったんだ。
そうか……そういうことか……………。
少しずつ陽が落ちてくる。
景色が段々と橙色に染まっていく。
暖色の街を数匹の蝙蝠が線を引くように横切っていく。
かつての僕たちは蝙蝠を合図に家に帰っていたのだ。
古泉(………と、言うことは)
古泉(もう、五時くらいか――――――)
カサリ。足を動かすと、地面に転がっていたもう伸びることのない枝葉が小さな音を立てた。
その音をきっかけに僕は膝に手を付けて立ち上がる。
もう……自分の中で結論は見え始めていた。
おそらく、あと少し力を入れて両端から引っ張れば、この紐の絡まりはほどけて僕は答えを見つけられる。
どうして、自分が涼宮さんの超能力者になったのか。
彼の仮定する所でいう、こちら側から引力の理由が分かる。
古泉(家に、戻って――――)
古泉(窓からそっとのぞけば……答えは分かる)
登って来た道を下る。
ついさっきまで響いていた野鳥の歌、カラスの遠吠えにとって代わり
赤みを帯びている山道は来た時と随分違う印象を受けた。
かつて、ここでの日々を楽しんでいた頃は、この夕暮れを寂しいものだなんて思わなかった。
しかし、今は橙色の木漏れ日がたとえようもなくわびしい。
それはきっと……帰る家があるのと無いのの違いなんだ、と気づいた。
古泉(電気は………点いてるな――)
背伸びをして塀の奥を覗くと予想通りもう帰ってきているようだった。
僕は一度、家の裏に回りゆっくりと深呼吸をする。
そして…………もう一度だけ、ゆっくりと考えてみた。
古泉(―――――これを確かめて、なんの意味がある?)
古泉(ただ、情けなくなるだけじゃないか?)
古泉(辛い思いをするだけじゃないか?)
何の意味もないんじゃないか―――――?
否定する言葉を頭の中に幾つも、幾つも並べてみる。
しかし――――――自分の足は駅に向かうことを選ばなかった。
古泉(鳥籠………か)
僕は人がいないのを確認して、裏口から庭の中に入った。
焼き魚の臭いがする台所の裏を回り、居間の方へと向かう。
やはりパールはもういなくなってしまったようで、犬小屋らしきものは庭のどこにもなかった。
庭は相変わらず、お母さんの趣味で綺麗に手入れされた花達でにぎわっている。
しかし、それは以前よりも少し少なくなっているように思われた。
理由は察しがついた。
弱く唇を噛む。
足音を鳴らさないように静かに……居間の大窓の下についている足場に手を付いた。
窓の隙間からテレビの音が聞こえる。
相変わらずこの家にはカーテンが付いていなかった。
僕は小さく音を鳴らして唾をのみ、その中を覗いた。
まずそこには……お父さんがいた。
ソファーに座り、テレビを見ていた。
部屋の中の様子は僕が出て行った四年まえとほとんど変わっていないように思えた。
そして台所の方からお母さんがお皿を両手に持ってやってきた。
楽しそうに笑いながら、さっき焼いてたであろう焼き魚と、深めの皿―――確かおしんこようだったか――をテーブルの上に置く。
そして―――――父さんの膝の上に、その子が映る。
古泉(……ああ)
古泉(やっぱり……ああ、そうだよな)
古泉(無事に……生まれたのか。そうかそうか。良かった良かった――――)
僕は足場についていた手をだらんと地面に落し、少し湿った木造の壁にもたれかかる様にしゃがみこんだ。
古泉(……ああ、そうか)
古泉(やっぱり、僕が家を出て言ったのは正解だったんだ――――)
もう一度、窓の向こうを見る。
そこにはお父さんと、お母さんと、そして河原一樹の妹にとっては妹であるはずの少女がいた。
みんな幸せそうな顔をして、まるで……一枚の絵であるような風景をそこに作り出していた。
古泉(そうか……)
古泉(二人は、ちゃんと自分の子供を、産むことが出来たんだ……)
古泉(………じゃあ、やっぱり良かったんだ。僕の選択は間違っていなかった)
古泉(僕はやはり……ここからいなくなって正解だったんだ―――――)
四年前の……そう、ちょうど今頃。
僕がまだ二人の優しさを当然のように受け入れて、元気にはしゃぎまわっていた頃。
お父さんとお母さんに聞かれたのだ。
妹か弟はいらないか、と。
それまで僕はお母さんは子供の生む力がなかったのだと。だから、僕が養子として迎えられたのだとそういう風に聞かされていた。
だから、初めてその話を聞いた時また孤児院から自分のような子を引き取ってくるのだと勝手に思っていた。
それならいい、楽しくなりそうだと思っていた。
しかし……実際は違った。
そんな話をすっかり忘れて油断していたある日、僕は言われたのだ。
突然に。何の準備もなく。
お母さんのお腹に手を当てられて「ここにあなたの弟と妹がいるのよ」と。
どうして、お母さんが妊娠出来たのかは当時そんな話聞こうともしなかったからわからない。
そして、僕はその言葉を……喜ぶことはできなかった。
『妹と弟なんていらない!!!』
『僕だけじゃ駄目なの!?』
『子供は僕一人じゃいけないの!!?』
今まで忘れていた……封印していたはずの記憶なのに、その声は酷く鮮明に響いた。
僕は散々そのようなことを叫んだ。
物を壊した気もする。
そしてお母さんを泣かせて……
お父さんに殴られた。
『いい加減にしろ、一樹!!!』
『母さんの気持ちを少しは考えろ!!!!』
古泉(あれがちょうど………)
古泉(確か、梅雨の時期だった―――――)
本当の子供が生まれたら、もう自分はいらなくなるんだとおもった。
必要とされなくなるんだと思った。
それが、酷く怖かった。
もう二度と、捨てられるのは嫌だった。
そう思いながら、あの日。
僕は今にも雨が降り出しそうな空のした、あの山の中で……友人達が家に帰った後も一人残ってぼんやりとしていた。
――もう、捨てられたくない――
――自分にしか、ないものが欲しい――
――自分を必要としてくれる、環境が欲しい――
――誰か………――
古泉(誰か僕を……見つけてくれ―――――か)
そう思った瞬間。
僕は灰色の世界にいたのだ。
全くみたこともない、ひどくさびれた世界に立っていたのだ。
古泉(彼女が作った鳥籠の世界?)
古泉(鳥籠に進んで入ったのは……僕じゃないか―――)
酷い話だった。
僕は自らここを去ることを願い、
自らここでの生活を捨てることを選び、機関に属し
そして……彼が言うことが本当なら、自らの力であの能力を手に入れたのだ。
確かに強制的な部分も多少はあったかもしれない。
けれど根本の部分でそれを望んでいたのは……
古泉(紛れもない――――僕自身だ……)
古泉(それなのに、僕は勝手に疲れて夢の中で彼女を殺すなんて暴挙に出て、勝手に憤って、傷つけて……)
………とにかく、帰ろう。
音をたてないように。
絶対に、ばれないように。
ゆっくりと慎重に立ち上がる。
自分がこれからどうするか。その答えは全く出る気配がない。
しかし、ここにはもう自分の居場所がこれっぽっちも残っていないことだけはよくわかった。
古泉(二人は―――いや、三人はあんなに幸せそうに暮らしている)
古泉(もう、あの二人は僕の親でもなんでもない)
古泉(顔を出すことさえ……僕はしない方が、いいのだ)
ぱさぱさと小さくお尻を叩き、最後に一度だけ今に向かって頭を下げる。
古泉(……お二人とも。どうもありあとうございました)
古泉(今なら、あのいただいた優しさの価値を理解することができます)
古泉(どうか、お元気で………)
頭を上げて、居間に背を向けた………その時だった。
古泉(……!?なんだ!?)
空からこちらに何かが飛んでくるのが見えた。
僕は反射的にその物体を除ける。
バンッ。
それは家の壁に当たり、大きな音を立てた。
古泉(……石!?何故だ……?)
古泉(……いや、それどころじゃない!早く逃げな―――――)
そう思った瞬間にはもう遅かった。
ガラガラと音を立てて窓があく。
出てきたのは、「なんだなんだ?」といいながら眉を顰めているお父さんだった。
最初怪訝そうな表情をしていた懐かしい顔は、僕を見つけた瞬間驚愕した。
父「何だ……って、あれ!?お前、一樹じゃないか!!」
数分後。
僕はついさっき頭を下げて別れたはずの居間に座って、お茶を出されていた。
古泉(……はぁ――――)
古泉(……なんでこうなるんだ―――――)
お茶を、お菓子をと忙しく動き回っていたお母さんは自分のお茶を入れてやっと父さんの隣に、僕の向かいに座った。
父さんの膝の上にはかつて、自分の妹になるはずだった女の子が、僕の事を不思議な生き物みたいに見ている。
僕も彼女を不思議な生き物でも見るような目で見ていたから、お互い様だ。
母「一樹ちゃん。本当に久しぶりねぇ」
口火を切ったのは、お母さんだった。
古泉「……はい」
父「本当に、大きくなったな。表情も……もう、とても子供とは言えないな」
古泉「……はい」
僕は二人と目を合わせることができずに、テーブルの上に置かれたマグカップを見つめる。
……気が付くと、それは当時自分の愛用していたものだった。
古泉(……まだ、とって会ったんだ――――)
古泉「………ごめんなさい」
自然と言葉が溢れ出た。
古泉「本当に………ごめんなさい」
母「一樹ちゃん……」
父「一樹……」
僕はひたすら頭を垂れて、ごめんなさいと呟く。
自分は何をあやまっているのだろう。
何も言わず姿を消したことだろうか?
のこのこと戻ってきたことだろうか?
それとも当時、弟や妹をいらないなんていったことだろうか……。
それ全部な気もするし、全然そんなの関係ない気もした。
何処まで、自分自身は全く分からない。でも、とりあえず今は謝るべきだと。
そう、心が認識していた。
古泉「本当に、色々と……ごめんなさい」
母「一樹ちゃん……顔を、あげて?」
延々と繰り返すその謝罪を止めたのは、お母さんの優しい声だった。
母「一樹ちゃん、あなたは何も謝ることはないのよ?」
父「そうだよ、一樹。悪いのは……お前のことをきちんと考えてあげられなかった、私たちだ」
古泉「……えっ?」
その言葉に顔をあげると、二人は微笑んでいた。
眉間に薄い皺をよせて。
その顔は微笑んでいるのに……泣きそうにも見えた。
まだ三歳にならない小さな妹だけがキャハハと楽しそうに笑っている。
父「お前がいなくなってからな……沢山、考えたよ」
父「果たして、自分達は胸を張って家族だったって言えるのか、ってな」
古泉「お父さん……」
父「それを考えるとき……いつも、あの時お前に言った言葉を後悔した」
父「どうして、もっとお前のことを考えてやれなかったのか……って。そう、ばっかり頭に浮かんだんだ」
母「一樹ちゃん……ごめんね?本当に……ごめんね?許してね―――?」
お父さんは頭を下げて、お母さんはその言葉を呟くとうっすらと、涙を流した。
そして……言うのだ。それでも、自分達は家族だったよね?と。
今でも家族だよね?と。
古泉(今でも、家族………?)
古泉(僕は、今でも………家族?)
古泉「……家族?」
父「……一樹?」
古泉「僕は今でも………二人の家族?」
母「……そうは、思ってくれない?」
古泉「だって、もう二人には―――――」
お父さんの膝に絡まる小さな少女を見つめる。僕と違って、二人のちゃんとした血を受けた女の子。
だから、僕は自分の居場所を探して
自分だけのものを探して、
もう、誰にも捨てられることのない自分を求めて――――――
父「一樹は……そんな事を考えていたんだな――――」
お父さんはそう呟くと、その小さい少女を優しく持ち上げて膝の上に座らせる。
彼女は僕を見た。
優しそうな、丸い目をしている。それはお母さんの目だった。
父「ほら、お兄ちゃんに自己紹介してごらん?」
彼女は丸い目を少し泳がして、父さんの方を見る。
しかし、すぐに視線を僕に戻して……指をそっと二本出した。
妹「ミキです。もちょっとで、三歳です」
美樹ちゃんと言ったその少女はそれだけ言うと、父さんのお腹に顔を埋めるように抱きついた。
父「……美しい樹と書いて、美樹だよ。一樹。お前の妹だ」
父さんがそういうと、美樹ちゃんはもう一度こちらを振り向いて僕を指さして……言った。
妹「知ってるーーー!いっきお兄ちゃんでしょー!?ミキ、知ってるーーーー!!」
そして、彼女は指の方向を違う方向へと変えた。そこは低い本棚だった。
その本棚の中には一枚の写真が入っている。
映っているのは……四年前。中学校に入学した時の、僕の写真だった。
古泉「……あははは。あははは、はは――――――――」
僕は、右手で首の後ろを掻きながら、俯いた。
古泉(……あれ?おかしいな。自分はもう、いらないんじゃなかったのか?)
古泉(彼女がいるから、いらないんじゃ……なかったのか?)
そう思っていた。あの日から、そう信じて帰る家はもうないと思って……やってきた。
なのに、どうして彼女は僕の事を知っているんだろう。
どうして、勝手にいなくなった人間の写真なんていつまでも置いているんだろう。
古泉、ロリに目覚めるのか・・・(´;ω;`)
古泉「……あはは。僕は、いらないんじゃ――――――」
母「そんなこと……あるわけ、ないじゃない――――」
ファサ。
何かが優しく、首をかく手の甲に掛る。
そして……後ろからそっと抱き寄せられる。
母「一樹……ごめんね?そんなこと、考えさせて、ごめんね――――」
母「あなたは、私たちの息子に、決まってるじゃない―――――――」
母「一樹………一樹…………っ!」
ヒッ、ヒッ……と、母さんのしゃくりあげる声が耳元で聞こえる。
絶望にも似た空虚な頭の中で、その声が何音も何音も重なってリピートされて……。
古泉「あはははは……」
古泉「あははは………」
笑っているはずの自分の頬に、何か熱いものが流れ始める。
人生も再起動しなおしたくなるのは何でだろ。
父「一樹………。遅くなったけどな……」
父「………り―――――」
父さんがその後に何を言ったかは聞こえなかった。
言っている父さんも……小さくしゃくり上げ始めたからだ。
和洋折衷なアンバランスな今の中で、三つの涙が流れる。
ただ一人だけ、何も知らない小さな少女――――僕の妹だけはその光景を呆れて見ている…かもしれない。
あははは、あははは………
僕はただ笑って、ただ涙を流した。
―――全く、何一つ解決したわけではない。ただ、こんがらがっていた紐がほどけていっただけだ。
それなのに……僕はまるで重力を失ったように心が軽くなっていくのを今、感じている。
絶望に似た空虚が、段々とただの何もない空間へと変わっていくのを感じる。
その、白い……本当に真っ白な新しい空間の中で僕は、一緒に涙を流してくれている二人に一言。声にならない言葉を呟いた。
――父さん、母さん。ただいま―― と。
母「ほら、一樹ちゃん!遠慮しないで、もっと食べなさい?」
父「そうだぞ、一樹。今はスマートなのがはやっているみたいだが、あんまりやせ過ぎてるのもどうかと思うぞ?」
食卓の上には、本当に信じられなくらいの量の御馳走が隅々にまでごった返していた。
予測もしていなかった事態なのに、どうやったらこんなに作れる材料を用意できたのだろうか?
古泉(……買いだめしておいたの全部使ったのかな?)
母「ほら、一樹ちゃん。これもこれも!」
古泉「わかったよ、お母さん。少しずつ食べるから待ってって」
僕は苦笑いを浮かべて、まだ食べきれてもいないのに更におかずが載せられる受け皿を見やる。
父「どうだ、一樹。おいしいか?」
古泉「うん、おいしいよ。……本当に。すごく、おいしい」
本当にその通りだったから、許容量の限界を超えて僕は食べ続けた。
ご飯ももう、四杯目だ。さすがにそろそろ限界かも知れなかった。
古泉(それにしても………)
古泉(どうして二人は、僕が今までどうしていたか聞かないんだろう――?)
僕は取り敢えず受け皿にある分だけでも空にしようと箸を動かしながら、ぼんやりとそれを考えた。
美樹ちゃんは普段と違うことがあって疲れたのか、今はもう寝ている。
寝ている時の目元はお父さんそっくりだった。
母「ほら、一樹ちゃん。これも―――」
古泉「ああ、お母さん!ちょっとさすがにもうお腹いっぱいかな?」
母「あら、そお?」
父「一樹ー。男ならもう少しいけるだろう?」
そう目を細める父さんに、「父さんは二杯しか食べてないでしょう」といって、苦笑いを浮かべる。
タイムスリップとはこういうものなのだろうか。なんて下らないことを思ってしまうほど、僕は昔の自分に戻っていた。
古泉(もしかした、これこそ夢かも知れない――――なんてね)
父「まあ、じゃあそろそろ御馳走様だな」
母「……そう?じゃあ、ラップしておくから、明日の朝食べるのよ?」
古泉「うん、わかったよ」
僕が頷くとお母さんは満足そうにほほ笑んだ。
父「そうだ、一樹。お前の話を聞かせてくれよ」
一樹「え……?」
母「ああ、そうねえ。一樹ちゃんの話聞きたいわねぇ」
お父さんとお母さんはそう言うと二人とも、楽しそうにほほ笑んだ。
古泉(……とうとう来たか――――)
二人の表情の理由はよくわからないけれど、やはり予想通りの質問が来た。
古泉(さて、なんて答えるか……)
父「どんな所を回ってきたんだい?」
古泉「えーっと、あの……。って、え、何?」
父「いや、お前の一番印象に残ったところでいいんだ。あ、最近行ったところ、とかでも」
ほ
古泉(…………?)
父さんがどんな意図の質問をしているのか、さっぱりわからなかった。
古泉(一体、どういうことだ……?)
母「あ、前お手紙いただいた時はスーダンって言ってたわね。砂塵でテントが埋もれて大変だったって―――」
父「ああ、そんなのも聞いたなぁ。一樹。大変だったろう?」
古泉「……あ、あの―――」
古泉(……まったく話が読めない。何だ―――?)
古泉「あの、手紙って――――――?」
母「ああ、そうね。一樹ちゃんには内緒だっておっしゃられてたから……」
そう言って、お母さんはさっき僕の写真が入れてあった引出しから数枚の封筒を取り出した。
母「お名前は教えていただけないんだけどね、そのグループで一樹ちゃんがこんなことをやってる、頑張ってるって毎月ってわけではないけどお手紙をくれてたの」
母「……あなたが家を出て言って、そのグループに入ったってこともその方が教えてくださったの」
森さん(´・ω・`)
その手紙には、女性の柔らかい字で「河原一樹」がその組織で何をやっているかが詳細に記されていた。
海外を回ってのボランティア活動。
そのグループは孤児院のメンバーを使って結成されたということ。
有名ではないけれど、多くの人を助ける仕事であるということ。
そして……この仕事は僕にしかできず、僕もそこでのびのびと仕事をしてるということだった。
古泉(……なんだ、これ)
古泉(……全部、真っ赤な嘘じゃないか―――――)
母「一樹ちゃん。どなたがその手紙をくださってるか、分かる?」
古泉「……うん。大体は」
古泉(この字は……確かに見覚えがある)
父「おお、本当か!それなら、その方に本当にありがとうございましたって伝えておいてくれ」
母「その方が手紙をくださっていて……私達は本当に心の底から安心していられたんだもの」
古泉(笑顔で頑張ってる……?出鱈目じゃないか)
古泉(ペラペラの笑顔だったんじゃ、なかったのか?)
古泉(自分の生まれを誇りに思ってって……そのことに僕は今日まで向き合ってこなかったじゃないか)
古泉(仲間と協力して……………だって?)
古泉(そんなの……だって、僕はこの間――――――)
あの日浮かべていた彼女の顔を思い出した。
僕はそれに対して……どんな言葉を投げた?
母「……一樹ちゃん、あのね」
古泉「……ん?」
僕は手紙に視線を落としながら、曖昧に返事をした。
母「その方が、手紙の中でねおっしゃってたの」
母「もし、あなたが自分からこの家に帰って来た時はあなたが疲れた時だからって」
母「だから、その時は受け入れてあげてくださいって」
古泉「………………」
母「もちろん、お母さんとお父さんは―――美樹も、あなたが帰ってきてくれたら本当に嬉しいわ」
母「一樹ちゃん―――――」
母さんの言葉を父さんの手が止めた。
父さんは真っ直ぐ、僕の目を見て呟いた。
父「……一樹。全部、お前が決めなさい?」
父「たまたま近くに来たしってことで家に来てくれたんなら、私達は本当に嬉しいよ」
父「まら、グループに戻って世界を回るって言っても笑顔で送り出すさ。また帰ってこいってな」
父「でも、もしお前が本当に疲れて帰ってきたなら――――」
――――うちで骨を休めていいんだよ?
――――また、新しい道を見つけてもいいんだよ?
お父さんは優しく、僕にそう語りかけた。
僕は、お父さんの目を見る。
視線を落として、食卓に広がる沢山の御馳走を見る。
ソファーで幸せそうに眠る妹を見る。
眉間に皺をよせて、また泣きそうな顔をしているお母さんを見る。
そして――――最後に、手元に広がる沢山の手紙に目をやった。
この嘘だらけの手紙が真実だったら――――僕はきっと、胸を張ってここに帰ってこれたことだろう。
しかし、この手紙は内容は置いておくにせよ……僕個人の事について真実とは程遠かった。
河原一樹は手紙の中で本物の笑顔を浮かべていた。
自分の過去に誇りを持っていた。
自分の仲間たちを……信頼して、助けあい、笑い合っていた。
じゃあ、古泉一樹はどうだったか。
胸がひりつくけれど、その落差を脳に焼きつける。
手紙の中のかれと比べて、現実の僕は最低だった。
古泉(お父さん……。お母さん……)
二人は優しい顔で僕の言葉を待っていた。
心が揺らぐ。
ここには、僕を必要としてくれる人がいる。
かつて、あの能力が生まれた日に渇望した……特別がここにはある。
古泉(確かに、僕は疲れていた)
古泉(疲れ果てた挙句に……ここに、帰ってきたんだ――――)
チクチクチクチク………。
時計の針の音だけが部屋の中を包む。
チクチクチクチク………ポーン。
三十分を経過を鐘の音が小さく響いた。
僕は決断する。
古泉(結局、必要としてくれる側に逃げて行ったら――――今までと、同じだ)
古泉(だから、僕は―――――)
古泉「……お父さん。お母さん」
二人は、小さく頷く。僕は続けた。
古泉「僕は……確かに、疲れて帰ってきたんだ。だんだん、みんなが自分のことを必要だと思ってくれていないような気がして―――」
古泉「それどころか、別に自分がいなくてもこの人たちは誰も困らないんじゃないか。構わないんじゃないかって思えて」
古泉「そうしたら、すごくストレスが溜まって……」
母「一樹……そうだったの」
母「それなら―――――――」
古泉「でも、わかったよ。僕は間違ってた」
古泉「本当に必要だと思われる人間は……きちんと自分も相手を必要だと思える人間なんだって、わかった」
古泉「相手を必要だとも思わず、それ相応の努力もしない人間は……結局必要とされなくなるって。わかった」
父「……そうだな」
父「うん、そうだな」
父さんは二回、強く頷いた。
古泉「……だから、僕はもう少し向こうで頑張ってみようと思う」
古泉「必要とされるから、ただそこにいるんじゃなくて……いたいから、自分はここにいるんだって胸張って言えるように、努力しようと思う」
古泉「また、家を空けることになるけど………それでいいかな?」
僕がそういうと、お父さんは何回も何回も、深く頷いていた。
お母さんは………あふれる涙を、服の袖口で拭いている。
古泉「お母さんごめ――――――」
母「違うのよ、一樹ちゃん」
母「お母さんね……嬉しくて、泣いてるの。ほんとに、本当に、嬉しくて―――」
父「一樹……成長したな」
父「本当に、本当に…………成長したな?」
僕は、二人の言葉に恥ずかしくなり俯いた。
何故なら、成長するのはこれからだからだ。
今自分で言った言葉を、本当に実行できるかは……これからの自分で決まるのだ。
やれるだろうか?何の根拠があって?
――――――根拠なんて一つもなかった。
ただ、今日ぐらいは。
父さんの笑顔と、母さんの涙を見ながら根拠のない確信を胸に抱いてもいいんじゃないだろうか?
古泉(どうだろう?なあ、河原一樹――――)
妹「………んーーっ?おかあさん、また泣いてるの?」
母「うふふ、ごめね、美樹。お母さんね、悲しくないんだよ?嬉しいんだよ?」
妹「……嬉しいのに、泣いてるの?……へんなのーーーー…」
いつの間に起きたのだろう。
美樹ちゃんは目をこすりながら、お母さんの背中にぴとりと張り付いた。
その光景が、とても微笑ましく、輝かしく見える。
父「そうだよー、美樹。お兄ちゃんがな、すっごくかっこよくて、お母さん泣いてるんだぞー?」
妹「……あはは!いっきお兄ちゃんかっこいい!」
古泉「あはは、本当?美樹ちゃんにそう言われると、お兄ちゃんうれしいなー」
僕はそう言って、にっこりと―――心からの笑みを浮かべて美樹ちゃんに近づく。
さわっと頭をなでる。
古泉「美樹ちゃん―――美樹も、本当にいい子だね」
妹「えへへー、えへへへーー!」
母「あら、美樹……良かったわね……っ」
お母さんの涙はまだ止まらないようだ。
父「どれ、じゃあ俺は一樹の頭を撫でてやろうかなー」
一樹「いや、お父さん、さすがにそれはちょっと――――――」
僕は苦笑いを浮かべて、そして……心の底から笑った。
母「一樹ちゃん……本当に、駅まで送っていかなくて大丈夫?」
お母さんは、玄関を出てすぐの砂利道で心配そうに僕の顔を見つめる。
ちなみに僕の手には大量の荷物がぶら下がっていた。手ぶらで来たはずなのに。
しかも、そのほとんどが食材やら非常食だった。
古泉「大丈夫だよ、お母さん。大体、駅まできたら今度は電車のるとか言い始めるでしょ?」
母「それも……そうねぇ」
父「そうだぞ、お前。特に一樹くらいの年はお母さんやお父さんといるのをみられるのが恥ずかしい年頃なんだ」
父「なあ、一樹?」
古泉「いや、まあそう言うわけでも……あ、まあそれでいいや。そうそう」
母「……一樹ちゃんがそういうなら、お母さんも我慢するわ」
僕は自然な苦笑いを浮かべる。
妹「ねえねえねえ!いっきお兄ちゃん、いつ来るの?すぐ来る?すぐ来る?」
父「美樹。一樹お兄ちゃんは大変な仕事をしてるんだよ?だからあんまり無理を言っちゃ――――」
古泉「いや、お父さん。なるべく帰ってくるようにするよ」
古泉「これでもこの家の長男だし……美樹にも会いたいしね?」
僕がそういうとわーいいわーいと美樹は手をあげて喜んだ。
古泉「……じゃあ、そろそろ行くね」
父「一樹。しっかり、頑張るんだぞ?」
母「一樹ちゃん……?疲れたらまた、無理をせず帰ってくるのよ?」
二人の言葉に、二回、強く頷く。
一樹「じゃあ、行くよ。帰ってくる時は電話するから」
父「ああ。気を付けてな!」
母「一樹ちゃん、いってらっしゃい!」
妹「いっお兄ちゃん、いってらっしゃーい!」
僕は振り返りながら三人に手を振り、砂利道を歩き始めた。
土曜日、日曜日とたった二日間の滞在だったけれどとてもそうとは思えないほど色の濃い二日間だった。
ジャッジャッジャッジャッジャ……。
砂利道を踏みしめて、歩く。
古泉(大変なのは、これからか―――――)
古泉(頑張らなくちゃな―――――)
まず、機関の問題だ。
戻りたいと言って、簡単に戻れるような場所じゃない事は重々に承知している。
どうすればいいだろう?
どうすれば失った信頼を取り戻せる?
古泉(…………)
古泉(―――――まあ、なんとかなるか)
砂利道を踏みしめて、歩く。
来た時よりもその砂利の一つ一つが、とても軽かった。
ゆっくりとした足取りで駅までの道を歩いた。
そして後少しで駅という所で……駅の前にこの土地には合わないものが止まっているのを発見した。
古泉(………まさか―――――)
古泉(……いや、若干予測はしていたけれど――――)
僕はその、この土地に似合わないド派手な赤い車に近寄っていく。
窓の中を覗くと……予想通りの人がそこには座っていた。
古泉「あの………どうして、ここにいらっしゃるんですか?」
窓越しにそう訪ねると、急に扉が開く。
僕はその扉に思い切り腰をぶつけた。
古泉「あ、いたっ……」
森「気易く話しかけないでもらいたいわ。あなたはもう、機関の人間じゃないんでしょう?」
いたがっている僕に、彼女はまず第一声でそう語りかけた。
古泉「それは………」
森「そうでしょう?この間、そうなったわよね?」
森さんの視線は冷たい。
僕はその言葉に答えず……強く、頭を下げた。
古泉「本当に、すいませんでした!」
古泉「深く猛省しています!ですので、あの日の自分の愚行を取り消していただくわけにはいかないでしょうか!?」
声の限りにそう言った。
森さんは何も言わずに突然僕の首元を掴み、ずるずると車の周りを引きずり、そして強引に助手席に詰め込んだ。
バタン。その音と同時に森さんも運転席に戻る。
森「荷物は後ろに置きなさい」
彼女はそれだけいって、車を発進させた。
車内には沈黙が満ちる。
僕は取り敢えず大量の荷物を後ろに移動させた。
まだ、沈黙。
古泉「あの……」
僕は意を決して、声を発した。
森「そんな事が大人の世界で、通用すると思ってるの?」
しかし、声はすぐに制される。
古泉「その通りで―――」
森「一度信用を失ったら、それはもう二度と取り戻せないというのが大人の世界の常識よ」
森「子供みたいに、反省すればよしなんて言うのは大人の世界では通用しないの」
古泉「はい……」
全くその通りだった。こめかみに汗が一筋流れる。
古泉(やはり簡単にはいかないか――――)
森「だからね」
古泉「……はい」
森「大人になる頃にはきちんと責任感を身につけることね。今回がいい機会じゃない?」
古泉「……はい。その通りですね……」
古泉「今回のことでいい勉強になりました…………。って、え?」
森「……子供でも、二度繰り返したらもう終わりよ?肝に銘じておきなさい」
シャ――――――――。
車内に響くのは風切る音だけで、また沈黙が生まれる。
古泉(……?今のは、どういうことだ?)
古泉(つまり――――――)
古泉「……すいません、森さん。いいですか?」
森「何?」
古泉「あの……今のは――――どういうことですか?」
森「言葉のとおりよ。聞いてなかったの?」
森さんはことなさげだ。
古泉「いえ、そうではなくて……。僕が機関に復帰するのは可能なのかどうかがイマイチ……」
森「復帰?ああ、それなら問題ないわよ」
古泉「え……?」
森「あなたはただ休暇をとってただけ。ってことになってるから」
古泉「え!?じゃあ………」
森「言っておくけど、しばらくは休みなんて取らせないわよ?覚悟しておきなさい」
僕は驚きを隠せないまま、彼女の表情を見る。
古泉(どうして……)
古泉(あの手紙のこともそうだ。どうしてここまで――――――)
古泉「……幾つか、質問があるんですが、いいですか?」
森「何?」
古泉「彼に情報をリークしたのは……森さんですか?」
彼女は首肯する。
古泉「僕があそこを立ち去ろうとした時に石を投げたのは……」
森「私よ」
古泉「僕の両親に手紙を送ってくれていたのも、森さんですよね?」
森「ええ」
古泉「どうして、そこまでしてくれるんですか?僕はそこまで――――」
森「そんなの、決まってるじゃない」
森さんは、こちらを振り向くこともなくそう言って……
次の瞬間、こちらをむいた。
森「あなたが子供で、私が大人だからよ」
森「大人にしかできないことがたくさんあるのに対して、子供にしかできないことも実は沢山ある」
森「私にしかできないことがたくさんある反面……あなたにしかできないことも、たくさんあるの」
森「だから、手をさしのべて引き上げられる仲間は全力で引き上げる」
森「お互いの欠陥を埋め合うのが組織であり、秩序ならそうするのが当然でしょ?」
森「わかる?…子供側の古泉くん?」
そこまで、息をつく間もなく言い放って彼女はまた前を向いた。
古泉(……なるほど)
古泉(……全部、お見通しだったのか)
古泉(僕は………子供か)
ふつふつと、自分の中で何かが煮え立つ。
それが爆発する前に、僕はとにかく頭を下げた。
古泉「森さん……。ありがとうございま――――」
森「……?」
途中で言葉を止めてしまった僕を、森さんが怪訝な目で見る。
もう、我慢の限界だった。
古泉「はははは!…っく、あははははは!」
古泉「すいませ、……悪気はないんですけっ、なんか自分がくだらなく…あはははは!」
僕は狂ったように笑った。
森さんは憐れむかの様な視線で、壊れたおもちゃのように笑い続ける僕の事を見ている。
しかし、笑いは止まらなかった。
何を、ない頭でごちゃごちゃ考えていたんだろう。
所詮僕はまだ多くを経験していないただの、子供なのだ。
そして、彼女や、彼らも……まあ宇宙人の方は置いておいて、みんなそうだ。
それならば……ごちゃごちゃ考えずに楽しめばいいのだ。
自分が楽しいか楽しくないか。考える前に感じればいいのだ。
彼は言っていた。「俺は、あいつに振り回されて楽しかった」、と。
何を誤魔化す必要があったろう。自分だって、楽しんでいたじゃないか。
それを鳥籠やら、作り笑いやらと……本当に、馬鹿だ。
作り笑いが嫌なら、本当に笑えばいいのだ。
最初は作り笑いのままかも知れなくても……笑おうとおもっていれば、つまらないことも楽しいと思えるかも知れないじゃないか。
古泉(日々を灰色にしていたのは……)
古泉(結局、自分だったんだな――――――)
僕はいまだに、最初程ではないけれど残響を楽しむようにはにかみ、笑っていた。
森さんは呆れたように溜息をついて、もうこちらを見ることはなかった。
そして、前方に広がる道路に向かって小さく呟いた。
森「あなた、ちゃんと笑えるじゃない」
と
キョン「おう、古泉」
明くる日の放課後。
昨日は機関の施設に帰ったので、三日ぶりに彼とあった。
全ては昨日のうちに電話で話していたので、特に報告はなかったけれど、何もかも知られていると思うとなんとなく気恥ずかしかった。
古泉「きっと、生涯で一番の汚点になるでしょうね。あなたにあんなにも綺麗に騙されて、コロッと改心してしまうなんて」
キョン「ああ、そうだな。お前が自伝でも書く時は俺も一筆添えてやろう」
キョン「いや、一章くらい丸ごと受けてやってもいいかもな」
古泉「是非とも、勘弁していただきたいですね」
古泉「――――そう言えば、あなたが変わった出来事って結局なんだったんですか?」
キョン「ああそれな……」
キョン「まあ、それについては凉宮ハルヒシリーズの新刊、『涼宮ハルヒの驚愕』でも読んでくれ」
キョン「この作品が果たしてきちんと驚愕に準拠してくれるのか、全く保障は出来ないけどな」
古泉「それより、その新刊ってちゃんと発売されるんですかね?」
古泉「僕はどっちかって言うとそっちの方が不安な――――」
キョン「おい、やめろ。ストップだ!それ以上は谷川さんに負担がかかる。自制しておけ!」
古泉「それもそうですね―――――」
古泉「まあ、今年中には発刊されることを心から期待して待ってますよ」
キョン「ちなみに原作シリーズは現在9巻まであるぞ。読んでない人は見て見てくれよな!」
谷川流著『涼宮ハルヒシリーズ一巻~九巻』角川書店より好評発売中!!
僕達が向かっているのは、もちろん文芸部の部室だった。
扉の前に着く。
しかし、そこを開くには多少の抵抗があった。
古泉「……本当に、大丈夫ですか?」
キョン「ん?ああ、ハルヒか?」
古泉「ええ……。なにか、ワンクッション置いておいた方が――――」
僕は不安の色を声に滲ませて、彼にそう伝える。
しかし、彼はいたって自信満々――しかも、とても楽しそうな表情を浮かべていた。
キョン「大丈夫だって。俺と……あと、長門の事を信じろ」
古泉「……わかりました」
僕は恐る恐る扉を開いた。
扉の向こうには、去年一年ですっかり決まった定位置に座る三人がいた。
宇宙人、未来人、そして………神と呼ばれる少女。
古泉「……どうも皆さん、おひさしぶりです―――?」
三人の反応を見る。長門さんは何の代わりもない。
いつものようにちらちとこちらに視線を向けて、視線を本にさげた。
問題は朝比奈さんと、そして涼宮さんだった。
朝比奈さんは自分の顔の二倍はあるトレーを抱え、不安そうな目で僕を見る。
そして……涼宮さんは顔をしかめたまま団長席から立ち上がり、つかつかとこちらに歩いてきた。
古泉「……話とちがうじゃないですか」
小声で彼に話しかける。
キョン「いいから、黙って見てろ」
彼は笑いながら答えた。
涼宮さんは僕の目の前に立つ。
そして訝しげに僕の顔を睨んで……おごそかに、口を開いた。
ハルヒ「あなた………古泉、一樹君?」
古泉「……え?古泉ですが―――」
ハルヒ「そうじゃなくて、一樹君の方?それとも、二樹君の方?」
古泉「………はい?」
古泉(……ニキ?一体、なんのことだ……?)
僕は困って、彼の方を見る。
しかし、彼は楽しそうに笑っているばかりで何も教えてくれない。
古泉「……すいません、涼宮さん。ちょっと久しぶりで、状況がうまく飲み込めていないのですが………」
ハルヒ「だ!か!ら!」
彼女は文芸部中どころか、廊下中に響き渡りそうな声で叫ぶ。
ハルヒ「あなたが、古泉一樹の方か、弟の二樹の方かって聞いてんの!!」
古泉(……………なんだって?)
今度こそ本当に、混乱の極北だった。
みくる「あの……先週までは二樹君だったんですよね?」
古泉「え、ええ………?」
みくる「あの、えーっと……二樹君?古泉君はいつ、帰ってらっしゃるんですか?」
古泉「ええ……、えーっと、ですね、あのー……」
もう、困りはてた僕は長門さんと彼を交互に見るくらいしかできなかった。
彼はやっと、満足したのか僕の耳元でそっと囁いた。
キョン「……長門がな、言ったんだ。今週の頭に部室で寝てたのも、昨日あんなことをしたのも、今日来なかったのも双子の弟の二樹のほうだってな」
キョン「それで、ほんもののお前は実家にどうしても帰らなきゃいけない用があって入れ替わってる、ってな」
………なるほど。
その説明で全て、合点がいった。
古泉(だから、涼宮さんは先週僕の事を全く気にしなかったのか―――――)
ハルヒ「ねえ!どっちなの!?」
古泉「団長。大変失礼しました!」
ハルヒ「……?」
僕は取り敢えず、頭をさげる。
古泉「弟の無礼、心からお詫び申し上げます。本当にすいませんでした」
ハルヒ「……あ!」
みくる「……と、言うことは――――」
顔をあげる。そして、できる限りの笑顔を浮かべた。
古泉「一樹の方です。今週から、戻ってきました」
ハルヒ「なんだ!それなら早く言いなさいよ、まったく。副団長失格よ?」
みくる「ああ、本当に古泉君ですね~。良かった~」
僕の笑顔をみて、二人とも信じたようであははと顔を合わせてわらっていた。
ハルヒ「まったく、部長に何も言わず弟と入れ替わるなんて、団員にあるまじき行為よ!わかってる?」
古泉「ええ。本当に、骨身にしみています」
キョン「じゃあ、今週の探索はお前のおごりだな、古泉」
彼は意地悪く微笑み、そう言う。
だから、僕も笑顔で答えた。
古泉「ええ、そうですね。皆さん、本当にすいませんでした」
僕が頭を下げると、涼宮さんはわかってるならいいけど……といって、口の先を尖らし席に戻っていった。
その小さな横顔は……とても「神」だなんて、呼べるようなものじゃなかった。
「ありがとうございます」と一言長門さんにはなしかけると、彼女は小さく頷くだけで本に視線をもどした。いつもどおりだ。
朝比奈さんは楽しそうに鼻歌を歌いながらお茶を入れだした。これだって……いつもどおり。
なのに、少し見方を変えるだけでこの部屋の色彩は随分と明るさを増した。
鳥籠のように思っていた、木目調の部室はせまいけれど僕たちにとって小さな世界なのだ。
僕と彼はテーブルに向き合って座り、今日プレイするゲームを選ぶ。
どちらともなく、その種目はオセロに決まった。
いつもだったら、ゲームを決める時点で負け方をイメージしているところを……今日はどうやったら、勝てるか。
そればかり、考えていた。
キョン「お前、目の色違うぞ?大丈夫か?」
古泉「ええ、もちろん。あ、今日はきっと記念日になりますよ?」
キョン「……なんのだ?」
古泉「今日は、白のピースを盤上に一つも残しません」
僕が笑顔でそう言うと彼は呆れたような、嬉しいような表情をうかべ、微笑んだ。
キョン「……やってみろよ、じゃあ」
古泉「言われなくても」
ゲームの途中。
団長席から身を乗り出した涼宮さんに声をかけられた。
ハルヒ「ねえ、古泉君。もう実家の方の問題はいいの?」
ハルヒ「また、二樹ってやつが来たりしない?」
僕は意識を盤上に集中しながら……しかし、笑顔を携えて、こういうのだ。
古泉「ええ、もうあいつは二度とこの部室に来たりしません」
古泉「二度と来させたりしませんよ」と。
これには根拠もある。確信も、あった。
だって、そうだろう?
僕はもう、彼女の身勝手に振り回されるだけの超能力者じゃない。
自分で彼女の傍に……彼らの傍にいることを選んだ―――――
この世に、ただ一人の超能力者なのだから。
おしまい
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