まどか「うさぎ、ですね…!」古泉「どうぞ、食べてください」 (20)

短編クロス



ひんやりと額に冷たい感触があり、鹿目まどかは目を開けた。
視線の先には優しく微笑む古泉一樹の姿が。

まどか「古泉さん…」

古泉「大丈夫です、そのまま寝ていてください」

軽く上げた頭はズキズキと痛んで何時もの何倍も重たく感じられた。
古泉一樹にやんわりと止められて、再びふかふかの枕へと頭を沈める。


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古泉「少し熱が上がってきましたね。他に辛い所はありますか?」

まどか「大丈夫…です…」

古泉「何かあったら何でも言って下さいね」

まどか「あの…」

古泉「ええ、今日はずっと傍に居ますので」

伸ばした手を握り返された事に、酷く胸が満たされた。

時は数時間前に遡る。
その日の朝からまどかの様子がおかしい事に一番に気がついたのは古泉だった。
朝食に殆ど手がついていなかったし、数日前から軽く咳などの症状が出始めていたのを知っていた。
本人に確認しようにも、診察を拒まれては様子を窺っているしかなかったのだが
宿のエントランスで座り込んでいるのを発見した時は少々強引に部屋まで運び、診察させて貰う。
ただの風邪に安堵するが、暫く養生が必要だろう。その事を仲間に伝えに古泉は部屋を後にした。

ほむら「まどかの様子は!?」

古泉「今はよく眠っていますよ。ただの風邪のようですが暫くは休んだ方がいいと思います」

ほむら「…そう」

扉の外には心配した仲間が揃っていて、皆心配そうな面持ちで古泉を見ていたが、古泉の言葉を聞いて安堵したようだ。

キョン「ふむ…時には休息も必要だな。まどかが万全の状態に回復するまで此処に滞在するのがいいんじゃないか?」

古泉「そうですね。それじゃあ今から薬を…」

ほむら「待って古泉一樹。私が薬を貰ってくるわ」

古泉「いいんですか?」

ほむら「貴方はまどかの傍に居てあげて」

キョン「ほむら一人じゃ不安だから、俺も着いてってやるよ」

ほむら「それは助かるわ。実は何をどうすれば良いのかさっぱりだったの」

キョン「…よく行くなんて言い出したな」

話しながら宿を出ていく暁美ほむらとキョンの背中を見つめていると、長門有希から水の張った桶とタオルを差し出された。

長門「私も買い出しに行ってくる。戻ってくるまで鹿目まどかの事をお願い」

古泉「はい、ありがとうございます」

再び部屋に戻ると苦しそうに浅い息を繰り返すまどかの姿があった。

古泉は手始めにタオルをよく冷えた水に浸け、しっかりと絞ってからまどかの額に乗せる事から始めた。

そして冒頭に戻る訳だが。

部屋に入って来た時より呼吸が少し落ち着いてきたので、手を離して立ち上がる。
まどかが不安げな瞳を古泉に向けるが、古泉は優しく微笑んでから頭を撫でた。

古泉「すぐに戻ってきますから、ちょっと待っていてください」

そう言って古泉は部屋を出て行く。
パタリと閉じる扉の音が無機質に感じる。
物音ひとつしない事が、1人で居たあの部屋を思い出させて嫌だ。
今までの出来事は全部夢で、本当はあの部屋にまだ居るのではないかと、有りもしない想像をしてしまう。
じわりと瞳に水の膜が張り始めた頃、古泉が部屋に戻ってきた。慌てて目元を拭う。

古泉「どうされました?」

顔を覗き込まれて泣きそうだったとバレるのが嫌で、布団を頭まで被る。

古泉「鹿目さん、顔を見せてください」

布団をそっとめくられてひんやりした外気に顔が触れる。
古泉はまどかの隣に腰掛けると、林檎とナイフを手に取った。

古泉「ごめんなさい、ちゃんと理由を言ってから部屋を出れば良かったですね」

古泉「これをあなたに持って来たんです。ほら、朝食もあまり食べられていないでしょう?」

そう言いながら古泉は林檎を切り、皮を剥いていく。
上手だな、とまどかは見ていて思う。
古泉の料理は毎日あんなにも美味しい。
慣れているのは知っていたが、まじまじと見るのは初めてかもしれない。
日頃は手袋に隠された白い手が手早く動く。
少しして出来上がったのを見て、まどかは思わず起き上がった。

まどか「うさぎ、ですね…!」

古泉「どうぞ、食べてください」

まどか「え…でも……」

なんと勿体無い事だろう。
迷っている間にお皿にはどんどん兎が増えていく。

まどか「食べちゃうのは…かわいそうです」

古泉は軽く笑ってから、兎を一匹摘むとまどかの口元へと運ぶ。

古泉「あなたの為なら、幾らでも林檎を兎の形にして差し上げます」


食べた林檎は、甘くて仄かに酸っぱかった。




おわり

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