男「おひさしぶりです」(22)
女「本当に。お久しぶりです」
男「まあ、掛けて」
女「酷い雨ですね」
男「秋雨前線がどうとかで。詳しいことは分かりませんが」
女「この時期の雨は賑やかですね」
男「降る度に秋に近付くと言いますね」
女「涼しくなりますか」
男「それもありますが、空気が爽やかになりますね」
女「じゃあ、皆さん我慢しないといけませんね」
女「同じ雨でも、私は梅雨の方が好きだったんですよ」
男「梅雨が終われば、日差しがキツくなりますね」
女「夏って、雨と雨に挟まれてるんですね」
男「梅雨のどこが好きなんですか?」
女「梅雨の雨は、今時分の雨より静かな気がします」
男「なるほど。そうかも知れませんね」
女「山や森に雨で出来た水の帳が掛かると、また趣きが違うんですよ」
男「そうなんですか」
女「ええ。ひどく深い緑になって、うっかりすると吸い込まれてしまいそうです」
男「俺にはよく分かりませんが、そんなもんなんですか」
女「そんなもんなんです」
女「子供の頃住んでた家の側に大きなお寺があったんです」
男「お寺ですか」
女「ええ、それで境内につくには階段をうんと上らないといけなかったんですけどね」
男「厄介ですね」
女「子供はそんなのものともしませんよ」
男「それで、どうしました」
女「お寺はどうでも良くって、ただ境内につくまでにアジサイが咲いてるんですよ。ずーっと」
男「それは綺麗でしょうね」
女「分かります?」
男「いくら俺でもそれくらいは」
女「良かった。で、咲いてるのは良いんですけど、やっぱりお日様の元でのアジサイよりも雨の日のアジサイの方が綺麗だと思って」
男「アジサイはアジサイじゃないですか」
女「やっぱり分かってない。全然違いますよ」
男「そんなもんなんですか」
女「そんなもんなんです」
男「何がそんなに違うんですか」
女「雨に濡れた花びらも良いですが、やっぱり霧でしょうね」
男「霧ですか」
女「乳白色の霧の中に佇むアジサイの風情は見事なものですよ」
男「そうですか」
女「分かってませんね」
男「残念ですが」
女「分かってなくても分かったフリをしてれば良いんですよ」
男「そんな器用なことできませんよ」
女「世の中、大抵の人は出来ますよ」
男「そんなもんなんですか」
女「そんなもんなんです」
女「それはなんですか?」
男「これですか?さっきコンビニで買ってきた菓子です」
女「どこにでも置いてあります?」
男「まあ、大抵のところにはあるんじゃないでしょうか」
女「そうですか。忘れてしまいました」
男「お一ついかがですか?」
女「どうしよう。一ついただこうかしら」
男「どうぞどうぞ」
女「・・・やっぱりやめておきます」
男「遠慮しないで」
女「いりません。やっぱりちょっと無神経ですね」
男「俺がですか?無理に勧めたみたいでした?」
女「こっちのことも考えてくれないと」
男「そんなもんなんですか」
女「そんなもんなんです」
男「最近、調子はどうですか」
女「無神経かと思ったら、意外と気が回るんですね」
男「それくらいは俺だって気付きます」
女「大分辛い時期もありましたが、今はすっかり楽になりました」
男「それは良かった」
女「ええ。ここまで落ち着いた心持ちでいられる時が来るなんて、ちょっと驚いています」
男「そうですか。顔色もいいようです」
女「適当に言ってるんでしょ」
男「バレました?」
女「カマをかけてみただけです」
男「そういうの、よく分からないんですよね」
女「もう少し周りに気を配れるようにならないと」
男「そんなもんなんですか」
女「そんなもんなんです」
女「子供の頃、学校で飼っていた鴨が逃げ出したんです」
男「いきなり鴨ですか」
女「それがちょうど梅雨の時期だったのを思い出して」
男「今日は随分梅雨の話が出ますね。もう秋なのに」
女「不思議ですね」
男「逃げた鴨はどうなりました」
女「生徒みんなで探しまわりましたよ、傘をさして長靴を履いて」
男「見つかりましたか」
女「イタチにやられてしまった後でした」
男「それは可哀想なことをしましたね」
女「折角檻から逃げ出したのに、結局喰い殺されてしまいました」
男「運命って奴ですか」
女「どうでしょう。あまり軽々しく使いたいことばではないですけど」
男「ちょっと重いでしょうか」
女「そうですね。じゃあ、巡り会わせでどうでしょう」
男「似たようなことばじゃないですか」
女「こっちのほうが優しい感じがします」
男「そんなもんなんですか」
女「そんなもんなんです」
女「あっちでは、アジサイが見られるかしら」
男「アジサイくらいあるでしょう」
女「無いと寂しいですね」
男「無ければこっちに見に来れば良いんですよ」
女「話聞いてました?私が見たいのは雨の日のアジサイなんです」
男「雨の日に見に来れば良い」
女「雨雲に邪魔をされないかしら」
男「ああ、そういうことですか」
女「どう思います?」
男「さあ」
女「質問のし甲斐が無い人ですね」
男「そちらの事情はよく分かりませんから」
女「何も正解を言えとは言ってないんですよ」
男「難しいことを言いますね」
女「適当に答えて、適当にお茶を濁しておけば良いんです」
男「そんなもんなんですか」
女「そんなもんなんです」
女「そろそろお暇しますね」
男「もうですか」
女「ええ」
男「そんなに急がなくっても良いのに」
女「仕方がありません」
男「では、これでお別れですか」
女「そうですね」
男「ひとつ、伺っても良いですか?」
女「何でしょう?」
男「どうして俺のところだったんですか?」
女「さあ」
男「昔、俺のことが好きだったとか」
女「違うと思いますよ」
男「秘めた想い」
女「違いますね」
男「じゃあ、どうして」
女「巡り会わせでしょうか」
男「巡り会わせですか」
女「私にもよく分からないんですよ」
男「あなたが亡くなったと連絡を受けたのはもう3ヶ月も前です」
女「そんなに経ちますか」
男「どこで何をしていてたんですか?」
女「さあ。よく分かりません」
男「自分のことなのに」
女「記憶がほろほろと崩れていくんですよ。生きてた頃のことも、死んだ後のことも」
女「今となっては、本当に梅雨が好きだったのか、死んだ時に梅雨だったから何となく思い出したのかも分かりません」
男「そんなもんなんですか」
女「そんなもんみたいですね」
女「あなたが恐がりもせず私を席に通したことには驚きました」
男「だって、出てきちゃったものはしょうがないじゃないですか」
女「呪い殺しにきたのかもしれませんよ」
男「その時はその時ですね。どうしようもありません」
女「少し酔ってます?」
男「まあ、飲んでましたからね」
女「酔っ払いは強いですね」
男「細かいことが気にならなくなる。良いですよ」
女「そんなもんなんですか」
男「そんなもんなんです」
女「では、本当にいきますね」
男「寂しくなりますね」
女「お酒で細かいことは誤魔化してください」
男「人をアル中にするつもりですか」
女「中毒までいくのは困りますね」
男「あなたのお墓にもお酒を供えておきますよ」
女「お酒は苦手です。それよりも、さっきのお菓子をたくさん買ってきてください」
男「あんなもんで良いならいくらでも」
女「やっぱりいろんな種類のを少しずつの方が良いかしら」
男「欲が出てきましたね」
女「死んでも業が深いみたいですね」
男「女の人というのはそう言うものなんでしょうか」
女「私を女性の代表にしたら他の方が怒ります」
男「では、あなただけが業が深いということで」
女「改めて言われると何だか腹が立ちます」
男「呪い殺しますか」
女「やり方が分からないんです」
男「そうですか。安心しました」
男「では、名残惜しいですがお元気で」
女「死んでるので元気でいられるかは分かりませんが」
男「そうですよね」
女「お酒の飲み過ぎには気をつけてくださいね」
男「飲めと言ったり飲むなと言ったり忙しいですね」
女「業が深いですから。色んなことを言うんです」
男「程々にしておきますよ」
女「そうして下さい」
男「菓子は近いうちに持っていきますよ」
女「楽しみにしてますね」
男「また、梅雨の時期に来てください」
女「ええ。アジサイの綺麗な境内への坂に座っています」
男「僕も思い出したらいきますよ」
女「いい加減ですね。酔っぱらっていない時に出て来ればよかった」
男「酔っぱらってるからこうして話が出来るんです」
女「それでは、また」
男「ええ、また」
男「また、雨の日に」
おしまい
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