リコ「下半身が男なんだ」(29)

イアン「ちょっと待ってくれ」

リコ「なに」

イアン「あ、ああ…あの、よく聞こえなかった」

リコ「だから、私の中心には男のモノが」

イアン「いや待ってくれ!」

リコ「だから、なに」

イアン「なに、じゃない!あのな…嫌ならそう言ってくれ。いくらなんでも、そんな返事は…ないだろう」

リコ「ないだろ、ってどういう事?」

イアン「スッパリ断ってくれて構わないと言ってるんだ。明日からも我々は同僚だ、それは変わったりしない…だから、正直に」

リコ「私は正直だよ。生まれてから今までで、まさに今この瞬間抜群に正直」

イアン「リコ…何故そんなに」

リコ「ほら」グイッ

イアン「…!?」バッ

リコ「そういう事だから」

イアン「そっ…!?い…今、何かが掌に…」

リコ「何かって…イアンにもついてるでしょ」

イアン「」

リコ「凄い顔…どうにもならないよ、私は随分この体で苦労したんだ」

イアン「………」アゼン

リコ「……じゃあ、話は終わりだね」

イアン「……ま、待て!待ってくれ、まだ答えを聞いてない」

リコ「答え?もう出たんじゃないの?」

イアン「いや、ええと…苦労したって事は、その…」

リコ「ええ、生まれつき。病気なのかは分からないけど。神の怒りだとか言う?」

イアン「…後生だから怒って帰るなよ。リコ、お前は…対象はどっちなんだ?あー、つまり」

リコ「……ああ。多分、好きなのは男だと思う。けど…興味も持って来なかったから」

リコ「…どっちでもないんじゃない?残念だけど性欲なら余所を当たってよ」

イアン「…何言ってる。肌恋しくてどうしてリコを選ぶと思うんだ」

イアン「付き合いが長いほど選択肢から外れると思うんだが」

リコ「……!!そ、そりゃあ私は!む、胸や尻どころか魅力も色気も全く無いさ!確かにそうだけど!」

イアン「落ち着け!なんでそう怒る!」

イアン「欲が理由でリコを選ぶなんて余計オオゴトになるだろ。現にこうだ」

リコ「……あっそう…悪かったね気性が荒くて…」

イアン「それは否定しないが…お前は真面目だから、だ」

イアン「それより恋愛対象がそうなら、俺は返事を貰えると思っていいんだろう?」

リコ「まだそんな事言ってるの…私より、貴方の方が改める心積もりなんじゃない?」

イアン「ぐ…いや、それは……」

イアン「なんというか…頭が追い付いて来ないのは確かだが、伝えた気持ちに変わりはない。…つもりだ」

リコ「つもりね…」

イアン「今まで知らなかったんだ。此方から想いを伝えておいて、何を馬鹿なと思うかもしれない。だが…戸惑わせてくれ。少し」

リコ「…うん」

リコ「……イアンは変な奴だな」

イアン「無様ですまない。暫く時間を」

リコ「違う。私はこの性格だし、魅力も…無いしで、告白なんて縁がなかった」

リコ「普通を思い描くのが馬鹿馬鹿しくて…体の事もある、それだけじゃないけど…」

リコ「兵士を目指してから、一層そんな気持ちから遠ざかろうとしていたような気がする」

リコ「なのにイアンは…物好きだよ」

イアン「…そうか」

イアン「反論させて貰えるなら、俺には魅力的に思えるよ」

リコ「ビビッてるくせに」

イアン「…反論はしない」ギュッ

リコ「! け、決心がつかないんじゃなかったのか!」

イアン「ハグもダメか?親愛のつもりなんだが」

リコ「う…」

イアン「先に答えを出せと言うならそれは尤もだ。だが、待ってくれるのは…受け入れてくれる意思だと受け取っている」

リコ「……っ」

イアン「勝手な考えだけどな。拒絶ではないと…妄想しているんだ」

リコ「…イアン、私は…」

リコ「………!!」

リコ「だ、だめ!やっぱりダメだ!イアン離れて!」

イアン「! すまない…」バッ

リコ「あっ違う!いや!嫌じゃない!いや!ダメなんだ!さわっちゃダメ!もうダメ!」

イアン「な、なんだ?どっちなんだ?」

リコ「たっ…」

イアン「た?」

リコ「断じて違う!何でもないから!」

イアン「??」

リコ「こっち見ないで!違うからな!聞いてるか、覚えておけよ!ただ耳に息が、耳が…!」

イアン「耳が…?」

リコ「そうだ私は耳がすき…何を覚えてるんだ!忘れろ!!」ポカッ

イアン「痛ッ!暴力に訴えるな!」

イアン宅

イアン「はー……まだ早いが…もう、休もう」バフッ

イアン「…つかれた…」

イアン(今まで全く気付かなかった…けれど確かに…どうなってるんだ…くそ…整理が出来ない…)

イアン(だいたい一体どうなって、どう付いてるんだ?そっちしか無いのか?子供は?それに…)

イアン(……止そう。そういう問題じゃない)

駐屯兵団本部

イアン「ミタビ」

ミタビ「ん?なんだ、飲みに行くか?」

イアン「いや、まだ昼前だぞ。そうじゃなくて、リコの事なんだが…」

ミタビ「ああ、あいつどうしたんだろうなぁ。ドカドカ足音立てて走っていったり、不機嫌そうに赤い顔して顔しかめて…」

イアン「え……そ、それはどうしたんだろうな…」

ミタビ「まぁアレだろ。せー」

イアン「言わせないぞ」

ミタビ「冗談は別にして、お前には心当たりあるんだと思ってたぜ」

ミタビ「さっき、お前を睨んで走って行ったろ。気付いてねぇのか?」

イアン「!…いや、知らなかった」

ミタビ「あーあ。ありゃ怒ってるぜ。何やらかしたんだ?セクハラか?」

イアン「止してくれミタビじゃあるまいし…」

ミタビ「人聞き悪いぞ!俺はただコミュニケーションをな!」

イアン「火の無いところに、と言うじゃないか」

ミタビ「おいやめろ!ひでぇ煙弾ブチ上げやがって…」

イアン「ははは」

ミタビ「…なぁ。俺達はよ、いつもって訳じゃないが、顔を合わせることが多いだろ」

ミタビ「小せぇことが思わぬミスを誘うもんだ。早いとこ和解しろよ、お嬢様と」

イアン「ああ…ありがとう(と言っても心当たりは昨日の事だしな…)」

イアン「しかしその呼び方怒られるぞ」

ミタビ「あー、もうお嬢って歳でも…」

イアン「自分を大切にした方がいい、ミタビ」

ミタビ「ああ、背筋が冷たい気がするぜ」

イアン「あ…そうだ。お前はリコが…ええと……男に見えた事あるか?」

ミタビ「…月の無い夜はな、イアン。丸メガネの通り魔に気を配れよ」

イアン「お、おう」

イアン(リコに会うのは少し日をおいた方がいいか。…避けられてるのなら、尚更)

ミタビ「じゃー、ボディーガードついでに飲みに行ってやるか!」バシバシッ

イアン「…仕事、終わってからな」

イアン宅

イアン「も…もう、駄目だ…」フラフラ…バフッ

イアン「ミタビと飲むといつもこうだな…ぅう、俺も学習しない…誰か他に呼べばまだ…」

イアン(…結局、リコには会えなかったな……まだ怒ってるのか?)

イアン「ミタビも…なんだ、女の話ばっかり」

イアン(あぁ…彼女が出て行ってからもう何年になる?…俺はまだ、引き擦っているんだろうか…)

イアン(平和だろうが何だろうが…遅かれ早かれ、別れは来るんだ…分かってる)

イアン(巨人を前にして躊躇する要素は少ない方がいい。仲間を案じた無謀な行動の末に捕食される例は多い)

イアン(その点では『思う事』自体が滑稽なんだろう)

イアン(…だが、思いは力になる)

イアン(疲れ果てた脚を動かす原動力だ。絶望の中でも跳ぶ事ができる、芯から湧き出る命の力だ)

イアン(心臓を捧げる対象が誰であれ、より強固な覚悟になる。何を思うか、その為に何をするか)

イアン(滑稽でも…構わないじゃないか)

イアン「……リコ…」

壁近辺

リコ「うん、これで全部だ。次は?」

ポニーテール「次の予定は…イアン班と壁上固定砲の特別整備ですね」

リコ「………そうだった」

ポニ「班長?顔が赤いですが…」

リコ「えっ?いやっ…も、問題ないよ…」テクテク

ポニ「そうですか…あ。あちらの班は既に待機していますよ」テクテク

リコ「そのようだね、…ん……ひっ!?」ガバッ

ポニ「わ!大丈夫ですか班長!?」

リコ「引っ張らないで!ッた、立てないから!」

ポニ「す、すみません!どうされました?腹痛…ですか?」オロオロ

リコ「………~~ごめん!早退する…!」


ーーーーーーー


イアン「帰った?」

ポニ「はい。急に体調を崩されたようで」

イアン「急に…そう、か。会えると思ったんだがな」

ポニ「班長とは部屋が近いです。言伝てなら承りますが…」

イアン「いや、いいんだ。ありがとう。それより整備を始めようか」

リコ「………はぁ」ガチャ パタン

リコ「…怠い……(なんでこうなるの…こんな事……)」ベッドニヨッコラセ

リコ(イアンのせい…そうだよ、今さら告白なんて柄じゃないくせに…)


――聞いたか?ディートリッヒの。

――ああ…町が壊滅したってことはもう…

――婚約者は両親を呼びに行ってたんだろ?

――可哀想に。よりによって、あの日にな…

――彼女の実家がウォール・マリア沿いだなんてよ…


リコ(もうすぐ5年…あれからイアンの恋沙汰なんて聞いたこと無かった。二度と特別は作らないんだと…)

リコ「なのに…なんで私を」

リコ(いっそ性欲なら解りやすいのに。そう…)

リコ「ッ……もうやだ」マクラバシバシッ


イアン(…仕事中まで避けられるなんてな。なんでも忌憚なく話せると…俺が思い込んでいただけなのか?)

イアン(…いや…俺のせいか。同僚の間柄を壊すような事を…はぁ…)

イアン「…リコ、今なにしてるんだ…?」


リコ『…イアン?まだ残ってたの』
イアン『ああ。来月は壁上固定砲の整備があるから、その関係でな』
リコ『来月も、ね。充分過ぎるほど点検してる』
イアン『ウォール教からの圧で設置は簡易だ。用心しすぎるという事はないだろう』


イアン(…有事を期待してるのかと揶揄された事もある。喪った事からの逃避だと何処かで噂されたのも知っている)


リコ『この間も訓練でぶどう弾を撃ったけど、問題なかったよ?』
イアン『その日はな。本番に役立たずじゃ困る』
リコ『…ふぅん』


リコ(いつもバカ正直に向き合って…羨ましくて、少し嫌だったよ。これが正しいって、答えを示されているようで)


イアン『…リコ、それはまだ』
リコ『終わるまで帰らないんでしょ?二人でやった方が早いよ』


イアン(あの日が近付く度に翳っていた思いが…リコの言葉、違う意見、会話。それだけの事で、晴れていった)

リコ(私には私の答えがあった。だから、対立しても尊重してくれるイアンとは多くぶつかった。実りも多かった、けど)


イアン『悪いな。何か返さなくては』
リコ『……そうして?それを期待してたんだからな』
イアン『ははは、怖いな全く…ありがとう』


イアン(…話そう、リコ。改めて返ってきた答えが、期待した物でなくても良い)

リコ(遠慮や妥協はしなかった、でも…どうしても、ただ素直に)

イアン(話がしたい)

リコ(…話せないんだ)

休憩室

ポニ『班長ですか?昨日体調崩したこともありますし、今は休憩室に居るかと…』

イアン(……誰も居ないか…ん?)

ドカッ

イアン「うごっ!」ドサッ

リコ「……」ドスン

イアン「リ、リコ!?っ、おい、苦しい…」

リコ「うるさい」

イアン「…誰か来たら驚かれるだろ」

リコ「来ない。『絶望的な体調不良』で人払いを頼んだから」

イアン「どうしたいんだ。このままマウントで殴るつもりか」

リコ「……」ジッ…

イアン「…冗談だから否定してくれ。それとも本当に(…本当にそうまで怒っているのか?)」

リコ「………」

イアン「…リ、コ?」

リコ「…あれから…頭の中がゴチャゴチャしてる。私はこの体を掌握してきた…こんな物に影響されないように…」

リコ「バレないように、誰にも踏み込ませず、誰にも踏み込まずに…」

リコ「秘密にして、隠して跳ね退けて…お陰様でこんなに可愛くない性格にまでなった」

イアン「……でも、あの時は…何てことないように言ったじゃないか」

リコ「他人に言ったことなんか無かった。どんな苦労か分かる?ずっと、ずーっと必死に隠して……」

リコ「…なのに!!どうしてくれるんだ!!!」

イアン「!?っく、くるし…」

リコ「邪魔なだけだと、思ってたのに…!こんな事は初めてだ…あれから振り回されてる、仕事中も姿を見掛ければ…からだ、の、方が…」


イアン『な、なんだ?どっちなんだ?』
リコ『勃っ…』
イアン『た?』


イアン「…!」

リコ「…こんなんじゃ私、なにも…出来ないじゃないの…」

イアン「……泣くのはよせ」

リコ「避けたくて避けてたんじゃないっ…どうせ、どうせ私は下半身の奴隷だよ…」

イアン「リコ、あのなぁ…」

リコ「冷静ぶるなよ…笑ってるんでしょ……軽蔑すればいいさ」

リコ「貴方だって、話す気なんてなかったんじゃないの」

イアン「それはそっちが避けるから……っリコ、太股にあ、当たってるんだが…」

リコ「当たってるだろうね!当ててるよ!それが何だっ!」

イアン「何だ、って…落ち着け、リコ」

リコ「顔、見れば分かる。言ってよ、貴方こそ正直に」

イアン「……俺はただ、驚いただけだ」

リコ「ああそうだよ。本当に体まで男女だなんて誰だって驚くさ」

イアン「そういう意味じゃない。転ばされて乗っかられたら驚くだろう」

リコ「可笑しな体だから幻滅したって、こんな身体になんて…」

リコ「……私になんて、触れる訳がないって…思ってるくせに。言ったらいいじゃない」

イアン「泣くな、もう。分かったから」

リコ「なにが分かったんだ!?なにも!何も伝わってなんか!!」

イアン「お前も、思ってくれているんだな」

リコ「……!」

イアン「相手の事ばかり考えて居るのは俺だけかと思ってたよ。もう顔も見たくないのかと」

イアン「もし、と思うと堪えてな。男って奴は弱虫なんだ…俺だけかもしれないが」

リコ「イアン…」

イアン「俺達は命の上に立っている。明日にも終わりが突然やって来るかもしれない」

イアン「俺は覚悟して生きたい。先に何が待って居ても」

イアン「…だから何の約束も出来ない、勝手な男だ。弱くて情けない奴だ。それでも…」

リコ「……私は、イアンを弱いとか、情けないとか思ったことなんか無い」

リコ「言った筈だよ。生まれてから今までで一番、あのとき正直だったって」

イアン「!」

リコ「意見が合った事なんて数える程しかないけど、最後には私はいつも頷くことが出来た」

リコ「駐屯兵団で毎日毎日、設備の点検していたような変わった男は貴方くらいだった」

イアン「リコ…」

リコ「でも考えた事も無かった…違う、考えないようにしてきた。こんな体で幸せを追うのは馬鹿だ…そう思い込もうとしてたから」

リコ「でも多分、イアンが言う前から…ごめん、きっと、ずっと前からなんだ」

リコ「だから、咄嗟に誤魔化せなかったみたいだ。何年もしてきたみたいには…嘘をつけなかった」

リコ「どうしてって少し考えた。でも、考えるような事じゃなかったね…私は、本当は知ってたんだ。自分の気持ちを」

イアン「…お前を抱き締めてもいいか」

リコ「……本当、物好きだよイアンは」

イアン「お互い様だろ」

リコ「……ん」

イアン「俺から触っても…もう、怒るなよ」

リコ「うん…」

イアン「…」スッ

リコ「っ…」ビクッ

リコ(顔が熱い…心臓うるさい…何も聞こえないじゃないか。痛い、くらいだ…もう、いっそ止まれ)

イアン「……リコ」

リコ「、イ……―――」

イアン「…ん……(……震えている?)」

イアン「…!」

イアン「……だから泣くな。泣かないでくれ、リコ」ギュ

リコ「……あ」

リコ「はは、ぅ…、ふふ、ふ…うぅ…」グスッ

イアン「…忙しいやつだな。笑うなら泣くなって」

リコ「……うるさい、な、ふふふ」ギュ

イアン「…なんだよ」

リコ「イアンの鼓動も、はやくて、随分うるさいよ」ギュウ

イアン「!…仕方ないだろ、そんなの」

リコ「同じなんだな…イアンも私と(背中、広い…手が震える…)」

イアン「ああ、同じ。同じだ」

リコ「それが一番だよ…(それが一番、うれしい。嬉しくて満ち足りて)」

リコ(こんな感情をずっと、知らない振りをしていたなんてそれこそ、ばかみたいだ)

リコ「…泣けてくるくらいにね」

リコ(すきだよ)

イアン「リコ、そんなに抱き締められたら少し痛い」

リコ「ぷっ…堪えてよ、男でしょ」ギュウウ

リコ「…あぁところで、どうするつもりなの?」

イアン「?…何をだ」

リコ「目下の大問題だよ」

イアン「問…?…な、おい当たって、いや当ててるのが凄…うわっ膨張率が…あの、リコさん…」

リコ「うん。どうするの?」

イアン「ど、どう…って、俺はてっきり触れて欲しくないのだと…」

リコ「触れられて怒るなと念押ししたくせに。それに気持ちは同じだと確認した筈だけど?」

リコ「それともまだ決心がつかないままだって言う?」

イアン「いや、あのな?…なんか目が据わっているぞ…だからそれは…」

イアン「……それは…これから考えていく方向では」

リコ「ダメ」

イアン「えっ」

リコ「なう」

イアン「」




おわり

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