蝉「僕を音楽家にして下さいっ!」 (39)


蝉「さってと、もうじき僕らも地上に出られるんだね」

蝉女「ええ、長かったわ」

蝉「外に出たらもう一瞬の命だけどね」

蝉女「その一瞬の間に伴侶を探して次の世代に繋ぐのよね…」

蝉「長い下積みの成果を一瞬の愛で終わらせるって訳だ」

蝉女「愛で終わらせられるかは解らないけどね」

蝉「怖い事を言うねぇ…」


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蝉女「あんたはさ」

蝉「うん?」

蝉女「昔から音楽家になりたいって言ってたわよね」

蝉女「恋人見つけるための曲とか考えてるんでしょ?」

蝉「……はは」

蝉「実は何にも考えてないんだ」

蝉女「え?」

蝉「僕の夢は女の子を探す為のラブソングを作る事じゃない…」

蝉「僕の音楽を聴いて共感してくれる人を探す事なんだ」

蝉女「………………」

蝉「僕とジャンルは違うけど、音楽やってる蝉女には解って貰えると思う」

蝉女「…………そうね」


僕は音楽家を目指して、地中ではその事ばかり学んで来た
蝉女はロックが大好きで、やっぱりそればかり学んで来た

でも僕達蝉が演奏できる期間はとてもとても短い
だから普通はそんな事はしない
外に出てからの生殖の準備や勉強をする
そんな中で珍しい事をする僕らは嫌われたりはしないけど、変な目で見られる事は多かった

昔みたいにただ生きてるだけの蝉じゃない、今みたいに文明の進んだ蝉社会においては
あたかも人間の様な秩序ある生活を営める
蝉には蝉なりの娯楽だってある

でも地中にいる蝉にとっては音楽というのは学ぶか'聞こえる'だけの物でしかない
ときたま地上で騒がしい音がする時、蝉は皆天井に耳を当て音を聞く
地中にいる僕らには音を出す事が出来ないから、聞こえてくる音には敏感になる
魅力も感じる


例えばコオロギという種族
こいつらは熱く情熱のこもった演奏をする
蝉女なんかはこいつらの曲が好きで好きでたまらないでいる
蝉女に限らず、きっと皆大好きなんだ

だけど僕らは演奏が出来ない
今みたいに蝉の寿命が延びた中でも、そう何年も地上で生きてはいられない
だから'自分には関係ない世界'と諦めてしまうか'煩いだけの物'と強がるかしてしまう

そんな中で僕らは本当に珍しい存在だった
皆本当は音楽の魅力に気付いてるからこそ僕らを迫害したりはしないけど、
多くの蝉は僕らに諦めろとか言う事が多かった


----それは例えて言えば人間の子供が幼い頃の大逸れた夢を歳を取っても諦めていないような物だった


皆は少しづつ将来の為の学習を始める
ある者は自主的に、ある者は周りに言われ、ある者は周りに流され…

蝉女は僕と一緒にずっと音楽の勉強をして来たけど
地上に出る時期が近付くにつれてそれも鳴りを潜めて来ている
それが正しいんだ

でも僕にはどうしても忘れられなかった
幼い頃に聴いた透き通る様な音楽を
一度しか聴けなかったし、記憶に曲が残っている訳でもない

でも雰囲気や音色、イントネーションなんかは思い出せる
あの時一度だけ聴いた曲をまた聴きたい
それが無理なら演奏を自分で再現したい
その為だけに生きて来たんだ


蝉女「………ねえ」

蝉「うん」

蝉女「もう諦めたら?」

蝉「…………………」

蝉女「自分でも解ってはいるんでしょう?無駄だって事くらい」

蝉女「私達の寿命が昔より伸びたと言っても、それは建前の話…」

蝉女「演奏をすれば羽と腹を酷使して寿命を削る、結果的に演奏できる期間はあまり変わっていない」

蝉女「伴侶探し以外に演奏するなんて……」

蝉「……ごめん」

蝉「僕にはこれしか無いんだ」

蝉「他の何がどうなってもいい、僕はあの演奏を自分でしてみたいんだ」

蝉女「………そっか」

蝉女「わかった」

蝉女「それじゃ、ここでお別れだね…」

蝉「うん、今までありがとう」

蝉「ばいばい」

蝉女「……うん、ばいばい」

蝉女「…………………」

蝉女「…………………」グスッ


----あれからまた1年が経った

明日には僕らの世代は地上に飛び立つ事になる

あの日以来蝉女とは話さなくなった
ときたま擦れ違っても目を背けてしまう…
そんなギクシャクした関係になってしまった

蝉女はあの日に音楽をキッパリ辞め、'普通の'蝉として暮らしているらしい
僕らの世代で音楽をやっている蝉は僕だけになってしまった

それでも僕はこの道は諦めなかった
僕だけはこの道を極めるんだという気持ちでいっぱいだった
作曲へのモチベーションはうなぎ上りだった
はやく地上で演奏するのが楽しみだった
教科書にあるような荒々しい曲じゃない、僕だけの曲をやるんだと


でも何故だろう…



----蝉女と話さなくなってから、思うように曲が作れなくなっちゃったのは…



僕はとうとうその理由も解らぬまま複雑な気持ちで地上へ出る事になった
音楽なんかやめろとか散々言いながらも最後まで友達でいてくれた親友たちと最後のバカ話をしている
もう恐らく他の蝉と話す機会なんて無いだろう

今思うと、蝉女に一言別れを告げたかったかな…なんてね

さあ、地上だ


地上に出た時はあまりの明るさに目が開けられなかった
声も出せない程に夏の日差しが目に痛かった

暫くして少しずつ目が慣れて来ると、なんだか息を呑む様な音が聞こえてくる
その理由はすぐにわかった

色だ、色である

最初に周りが見えて来た時は何が何だかわからなかった
周りに見知らぬ物が沢山いて、上は遠くて眩しい、下は近くて熱い

まず解ったのは上の遠いのが空で'青'だという事

そして、その中の丸くて明るいのが太陽で'白'だという事

太陽を見た時に目が痛くなるのが'眩しい'だという事

周りに沢山蠢いているのがどうやら自分達'蝉'らしいという事だった

初めて自分たちを'見た'僕らに美醜の感覚なんてあるとは思えないけど
見てて心地よい、ずっと見ていたい蝉が居るかと思えば
生理的に嫌悪感しか感じない顔立ちの奴も居る、不思議だ

近くに居た不細工がどうやら親友の一人だったのはショックを受けた
その時は咄嗟の判断で、少し遠くにいた(僕の感覚では)とても美しい蝉を見て精神を守った

ナイス判断だぞ僕の小さな脳味噌


そんな感動の中で皆は早速羽を鳴らそうとしていた

地中で出来ない事の'見る'を達成した後は'歌う'なのだ

しかし皆はやはりというか、如何にも蝉らしいけたたましく喧しい音を鳴らしていた

僕はその場を離れ1人で別の場所へ行き自分の曲を演奏する事にした

暫く飛んだ先にちょうどいい木陰があったのでそこで初めて自らの羽を鳴らす…

その時に気付いた

自分も蝉らしい汚い音しか出せない事に

今日はここまで

再開


私が地上に出た時、地上にはもうかなりの数の蝉がいた

蝉の奴に一言挨拶をしようと探していたら遅れてしまったのだ

少し遅れながら地上に出る頃には皆が羽を鳴らし始めた

そのとても汚い音に顔を顰めながら周りを見渡すと一匹だけ飛び去る蝉がいた

根拠は何も無いがアレが蝉だろうと、なんとなく思った

そして後を追って私も飛び立つ事にした。挨拶くらいしたかった


暫く飛ぶとさっきの蝉が木陰に居るのを見つけた

取り敢えず何か言おうと近付こうとした時にそれに気づく

蝉は地面に手を付き涙を流していたのだ

その悔しそうな、辛そうな様子に何が何だか分からなくなってしまい

私は木の影から出る事が出来なくなってしまった


悔しかった。辛かった。

こんな筈じゃないと何度も言い訳をしては、僕は演奏の練習をし続けた

それでも思うような演奏が出来なかった

何故だか解らずにひたすら練習を続けた

しかし何をどうすればどうなるかを知らないで行う練習が大した効果を上げる事なんて無い

今更になって'普通の'勉強をちゃんとしなかった事を悔やんだ


ある日練習を終えて寝床に戻ると、そこには水と食料があった

昔と違って今は蝉も多少の飲食はする

とてもありがたく思ったけど、なんでそんな物があるのか解らなかった

もしかしたら罠かもしれないと思い手を付ける事はしなかった

普通に考えて、都合良く水と採れたての豆が急に現れるわけがないからだ

---だけど翌日戻ってもそこに食料は残っていた

いや、それだけなら「そりゃそうだ」で済むんだけど

その食料は昨日の古い物では無く採りたての豆だった

誰かが意図的に用意してるのはハッキリした

そんな事が3日は続いた頃、僕はそれを食べてみる事にした

練習は何の成果も上げられず自虐的になっていたんだ

もしこれで死んでもしょうがないと割り切ってしまえる自分を感じながらその夜は寝た


あれから10日

僕は毎日そのご飯を食べているけれど、身体がおかしくなったりはしていない

訳が解らないけど気にはしなかった

僕は演奏の練習で頭がいっぱいいっぱいだったんだ

でも最近は羽の調子が悪くなってきてる気がした

酷使しすぎたのかもしれない…


蝉の奴は明らかに無理をしている

初期の頃に比べてだいぶ綺麗な音になっていたけれど、それは所詮は蝉の域を出なかった

最近は音が掠れる事も増えていて、羽の酷使がありありと見て取れた

これでは早死にしてしまう

そんな事が頭をよぎった瞬間、私は頭が真っ白になった

最近日課にしている、蝉の為に食料を用意するという行為

それ以外に蝉に手助けできる方法は無いのか…

そんな事を考えていたからかな、近付く足音にに気付かなかったのは


その日もいつもと同じ、当たり障りない1日だった

しかし夕方頃に事件は起こった

相変わらず効果を上げない練習を続けるより調子の悪い羽根を休めようと早めに帰った時だ

いつもは夜中になってから帰るのだけど、その日は夕方に帰る事にしたんだ

寝床に向かって飛んでいたらそこに誰かいる事に気が付いた

どうも敵じゃない、蝉のようだった

そこでフと気が付いた

この時間ならいつもご飯を置いて行く'誰か'と会ってもおかしくはないと


その蝉が僕に気が付いたのは僕が声を掛けてからだった

近くに降りたのに無反応なので声をかけたんだ

そうしたら大層驚いた様子でこっちに向き直った

その蝉はいつか地上に出た時に親友の汚い顔から僕の精神を守ってくれた美しい蝉だった


蝉「あ、あの…」

蝉女「あ……っ………」

蝉「もしかしていつもご飯を置いて行っている方ですか?」

蝉女「へ?…あ、うん、そうそう」

蝉「………あれ?、もしかして蝉女?」

蝉女「………………ん」コクン

蝉「…………」


サワサワサワワ

蝉女「良い風ね」

蝉「うん」

蝉女「日が沈めば涼しい風が吹いて来て過ごしやすい…」

蝉女「地上ってホントに綺麗ね」

蝉「……どうしてわざわざご飯を用意してくれていたんだい?」

蝉女「あら、友達に親切にするのに理由がいるの?」

蝉「………………」

蝉女「………いつだったかにさ、あなた言ったでしょ?」

蝉「?」

蝉女「私なら解ってくれるだろうって」

蝉「あ、うん」

蝉女「つまりはそういう事よ」

蝉女「頑張ってるの見てたらなんか放っておけなくなっちゃってねぇ」


蝉「…僕はさ、そろそろ諦めようと思ってるんだ」

蝉「ずっと見てたんなら解るだろ?」

蝉女「羽の不調?」

蝉「うん、酷使しすぎたせいでどんどん調子が悪くなって行くんだ」

蝉「……こんな所で諦めるのは嫌だけど…でも……」グスッ

蝉女「………………」

蝉「……やっぱり僕には…」

蝉女「………そんな事言わないでよ」

蝉女「あたしが自分の夢を諦めたのはあんたが居たからなんだから…」

蝉「え?」

蝉女「あんたになら任せられると思って、それであたしは身を引いたの」

蝉女「勝手な思い込みだけど、あんたは私の分もきっとやってくれるって…」

蝉「そんなこと!」

蝉女「!?」ビクッ

蝉「そんなこと……急に言われても困るよ………」

蝉女「……………ごめん」


蝉「やっぱりさ、僕は所詮蝉だったんだよ…」

蝉女「………………」

蝉「僕らに出来る事なんて……」




~~~♪~~♪


蝉・蝉女「!!!」

ここまで

少し駆け足になっちゃってるかな?
続きは明後日くらいを予定



夕暮れの草むらを優しく撫で付ける風に乗って僕達のいる木陰に響いてきたのは曲だった
それは僕達が昔一度だけ聴いた事のある音色


僕が音楽を続ける理由の音色



蝉女「ねえ、これって……」

蝉「近くに行こう!」バッ

蝉女「あっ……」

蝉女「…………もう」バッ


僕はいても立ってもいられなかった
そりゃそうだ、自分の生きる目標に出会えたんだから
僕は無我夢中で音の発信源を辿った


あたしがここで演奏をするのはそう珍しい事じゃない
夕暮れ時のそよ風が心地良い時間帯に好きなだけ演奏をする、あたし達の世界じゃごく当たり前の事
自分たちの家に伝わる曲を演奏するこの時間が一番の至福の時

でもあたしには友達が居なかった
あたし達の種族が好む音楽があたしはどうにも好きになれなかったからだ

ううん、それは言い訳
音楽は何も悪くはないの
本当のところはただあたしの口が悪かったから

あたしのお婆ちゃんは今吹いている澄んだ風の様な綺麗な曲を好んだ
その影響であたしもそういう曲調を好む様になったんだ
でもあたし達の種族ではそれはあまり流行らない…、もっとキンキンした曲が一般的だった


それはそれで良いとは思うけどあたしの好みとは合わない
そういった事を、あたしに求婚してきた良家のお坊ちゃんに言ってしまったのが不味かった
今のような言い方ならまだしも、もっとキツイ言い方になってしまっていたから自業自得
しかもお坊ちゃんも人柄は良い方だったからたちが悪い

瞬く間にあたしの悪評は広がり、誰もつるんではくれなくなった
仲の良かった子達もあたしを避ける…

でもあたしは彼女らを恨んではいないよ
あの状況ではそうするしか無かった
むしろあたしが生きているのは彼女らのお蔭なのだから

というのも、あたしはその事件のあと程なくして群れを追放されたんだ
その時身ぐるみ一つでほっぽり出されたあたしにせめてもの駄賃にって、旅装束と地図を渡してくれたのが彼女達

感謝はすれど恨みなどしようもない


とにかく、そんな私だから周りの存在には敏感になっていた
常に周囲を警戒していて、心から安心して歌える事はあまりない

風の流れと周囲の地形のお蔭でこの時間のこの場所だけが安心して歌える場所だったんだ

そんな私の所に不意にあいつは来た

最初は何事かと思ったね
自分の何倍もの大きさの体を持つ虫がキョロキョロとしながらゆっくり飛んで来たんだもの

さすがに死を覚悟したさ

それでも身を曝け出したのは、自分に共感してくれる存在を欲していたからなんだろうね


私は急に飛んで行った蝉を追いかけるので精一杯だった
なんだかんだ言っても相手は男の子
体力の差は大きい

そうして蝉を見失いそうになった頃に急に見えなくなったもんだから、ああだめかと思った

で、フと下を見てみるとあいつがゆっくり飛んでて焦ったよ
あやうく追い越してしまう所だった

あいつには音の発信源が何となく解るみたいだけど、私には解らなかった
透き通った音色が風に紛れてるもんでね

そうして数分飛び回った頃ピタリと音が止んだんだ
曲の終わりとかじゃない、不自然で焦ったような止まり方

あいつも察してる、自分か私のどちらかが見つかってしかも'敵だと思われている'事を


私達がいくら音楽バカやってたからって、義務教育くらいは受けているからこういう時の対処は決まってる
上方に占位している私は制空権の確保と蝉のフォロー、下方の蝉は周辺の……

蝉「もしもーーーーし!!!!」

蝉女「!!!!」ビクゥッ

あろうことかあいつは大声を発した
私は頭が真っ白になったよ

蝉「僕達は敵じゃないでーす!!」

蝉「あなたの演奏が聴きたいだけでーす!!」

私はもうただただボーっと飛んでることしか出来なかった
そんな言葉で他種族の虫がノコノコ出て来るもんかとね

?「おい、それは本当か?」

しかも本当にノコノコ出て来たもんだからおったまげたよ


話を聞いてみると彼女…鈴虫の鈴は僕達と似た境遇の様だった
いや、僕達よりかなり辛い生活を送って来たようだ
それでも諦めないで音楽を続けていたのだから敬服する他ない

そしてどうやら、僕達が幼い頃聴いた音楽は鈴のお婆ちゃんの演奏の様だ
それを聞いて僕は即座に決めた
この鈴虫の弟子になろうと

僕は左頬の痛みも忘れて頭を下げて頼んだ
こういう流れだと大抵は拒否されて、それでも毎日通ってやっとOKが出るのが王道だ
少年漫画の読み過ぎだろうか


私達が鈴の家に入った時あいつは「感動しました!」とか叫びながら鈴に抱き付こうとした
そこを鈴にぶん殴られて今はその殴られた頬を冷やしている

あいつはなよっちいし鈴は男勝りだしで、身体の大きさの違いが判らなくなるよ…

そして鈴の話を涙ながらに聴いていたあいつは話が終わった瞬間に土下座をして弟子入りを志願した
それを見た鈴は後ろを向きながら「許可しないでもない」とか何とかゴニョゴニョ言っていたが、こっちからはニヤニヤがモロ見えだった

嬉しかったんだろうなぁ…

で、成り行きと言うか何というか、私も弟子入りする事にした


まあ、あんな演奏を聞かされちゃ我慢できないよね

ここまで

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