勇者(男)「魔王!俺と!結婚してくれ!」(442)

側近「残念。魔王様は城にはいm…」
勇者「そうか。じゃあ帰る」

側近「ちょ…人の話最後まで聞けよ」

勇者「んあ?」

側近「魔王様はショッピングモーr…」
勇者「教えてくれてどーも」

側近「だから最後まで話を聞けってばぁ」

側近「行っちゃったし」

側近「なんで最後まで話を聞かないんだろう」



誰か続き書いてください!お願いします!

勇者(ショッピングモールか・・・)

勇者「よしっ!」

ショッピングモール


魔王「~♪」

勇者「魔王さん!」

ショッピングモールにて

魔王(男)「あそこにいい男が」

勇者「魔王だ!結婚して!」

魔王「 や ら な い か」

ホモEND
to be continued

すいません、被りました

>>2ッ!
早く書いてくれ!
魔王(女)がいいな…

ごめん 無理です

↓に優しい人がいると信じて

くそう!ちょっとだけ自分で書くよ…
ちょっとだけだよ!?ちょっとだけだからね!?

>>1の続きから

勇者「ショッピングモールか…」

勇者「ルーラで行けるな」

勇者「ルーラッ!」

ー ショッピングモール ー

魔王(女)「ん?これは…勇者の気!」

魔王「しつこいなぁ。断ってるのに」

魔王「あいつは魔力を隠さないからすぐわかる」

魔王「しかし困ったな」

魔王「ここは攻撃呪文もルーラも使えんからな…」

魔王「モジャンス唱えて魔力消せば見つからないかな」

勇者「よっ…と」

勇者「到着!魔王はどこかなー」

魔王(ククク…幼女に変身したし。バレることはないだろう)

勇者「魔王みっけ」

魔王「!?」

魔王(幼女)「なにいってるのー?」

勇者「とぼけても無駄」

勇者「魔王から出てる良い匂いでバレバレ」

魔王「……香水つけてるのに何でわかるの…」

勇者「そりゃあ愛さね!」

魔王「恥ずかしいこと大声で言うな!」

ー ショッピングモールの外 ー

魔王「…急いで城に帰るからそれまで黙ってて…」

勇者「了解!」

魔王「ルーラッ!」


誰か続き書いてくれませんかねえ…

疲れたので明日書く
乗っ取り大歓迎!

だ…誰も書いてくれ…な……い…………
続きなんて考えてねーよ
誰か書いてくれよ…
俺が書いてもいいけどさ
更新遅いよ?いいの?

よし、今から本気出す
本気出してもヤムチャくらいの強さだぜ
そこのお前!所詮ヤムチャだからな!がっかりすんなよ!



…書いてて何が言いたいのかわからなくなった
全てヤムチャが悪いのです

ー 魔王嬢 ー

魔王「…で?なにしにきたの?」

勇者「告白しn…」
魔王「帰れ」

勇者「魔王!俺t…」
魔王「だから帰れって」

勇者「結婚してk…」
魔王「FFの技だけどいいや。サイレスッ!」

勇者「…………(沈黙)」

魔王「これで静かn…」
勇者「え?喋れるよ」

魔王「えっ?」

勇者「えっ?」

魔王「なんで喋れるの?」

勇者「やまびこ草持ってる」

魔王「えっ?」

勇者「えっ?」

魔王「なんで持ってるの」

勇者「魔王だってサイレス使ったじゃん」

魔王「もう使えないし」

勇者「俺もやまびこ草ない」

魔王「…いい加減帰れ」

勇者「イヤデス」

魔王「……ルーラ」

勇者「うおぅ!?」

魔王「…ルーラで来れないようにしとこ」

魔王「魔法陣でいいかな」

魔王「ここら周辺の村、町、城は、勇者のみルーラで来れませーん でいいかな」

魔王「…できた」

魔王「…やっとゆっくりできる」

魔王「お茶でも飲もうk…」
勇者「おじゃましまーっす!」

魔王「」

勇者「魔王発見!俺t…」
魔王「ザラキーマ」
勇者「グフゥッ!?」

魔王「ルーラ」
勇者「」

魔王「なんでこんなに早いの…」

魔王「てか側近仕事しろ」



誰か書いてくれないかな…

ねえ…見てる人いるの…?
糞スレになっちゃう…なってるか…
糞スレなんて家を糞まみれにしたやつだけでじゅうぶんだよ…

うおぅ…寝落ち…スマン
PC壊れてるからPSP使ってるんだけどさ
寝落ちして起きた時に落ちてるPSPのバッテリーが切れてるときの絶望感が…
誰も見てなくても昼から始める

昼??仕事終わってからにしろよ

>>27
俺会社辞めて自営業だから時間はあるんだにょ…

今日も言うけどさ






誰か書いてくれない?

魔王「おい側近!」

側近「お呼びでしょうか、魔王様」 

魔王「お呼びでしょうかじゃねえよ仕事しろよ」

側近「勇者のことですか?無理ですよ。人の話は聞かない、呪文はなぜかかき消され、
武器で殴れば武器が折れる、どうやって止めろと」

魔王「私の魔法も物理も普通に当たってるけど?」

側近「そりゃあ私と魔王様を比べてもステータスが違いますし、魔王様は私の十六倍はステータスが高いです」

魔王「なんと」

側近「自分で驚いてどうするんですか。それと、勇者がすぐそこまできてます」

魔王「勇者来るの速くね」

側近「そりゃあ速いですよ。ドラゴンをボコボコにして乗り物にしてますから」

魔王「ドラゴンってさ、そんな弱かった?」

側近「勇者ですからねぇ」

魔王「ドラゴンに乗ってるにしても速すぎるよ」

側近「呪文かなんか使ってるn…」
勇者「オッス、オラ勇者!」

魔王「………はぁ」

側近「来ましたね。私は逃げます」

魔王「………ああ…」

魔王「勇者……か」

勇者「そうです!勇者です!そして勇者は魔王と結――」

魔王「待て待て、お前どうしてそんな簡単に復活できる?」

勇者「?」

魔王「戻ってくる早さもそうだが、六度重ねて殺す死神の呪文を受けて、どうして平然としていられるんだ」

勇者「……いや、平然ではないぞ?」

魔王「うん?」

勇者「魔王に会えると思うと、この胸の鼓動は治まらない……!」

勇者「魔王に会いに行く瞬間のことばかり気になって、昨日は夜もろくに寝ていないんだ……」

魔王「」

勇者「夢の中で魔王と一緒にお花畑を飛び廻る未来を想い浮かべて、ようやっと眠りについたくらいだ」

魔王「そのまま永眠すれば良かったのにな」

勇者「もはやこれは恋の呪い……くっ!俺の代で、こんな恐ろしい魔王が誕生していたとは!」

魔王「……」

勇者「……そして、この呪いを解く方法はただ一つ!」キリッ!

魔王「帰れ」

勇者「キコエマセンネー。耳にキメラが刺さっていてな」

魔王「……」イラッ

勇者「さあ俺とけっ――」

魔王「……闘か?勇者相手に決闘とあらば、是非も無い」ガタッ

勇者「おお魔王!ついにその気に!」

魔王「もう追い掛け回されるのも飽き飽きだ。ここで決着を付けてやる」

勇者「……魔王よ」

魔王「何だ?辞世の句ぐらいは聞いてやる」

勇者「俺達まだ結婚前なんだから、今すぐ二人でベッドがどうとかって、さすがにちょっと早いと思うぞ?」

勇者「……まあ積極的なのは俺としては大歓迎なんだけど、しかし」

魔王「……お前は誰の話を聞いていたんだ?」

勇者「ん?」

魔王「もういい。そのやって呆けたまま存在ごと消滅しろ」ゴゴゴ…

勇者「!?」

魔王「これは魂すら焼き尽くす私の究極魔法……もはやお前にはあの世で後悔する未来すら与えん……!」ゴゴゴ…

勇者「な、何て前衛的かつ挑発的過ぎるウェディングドレス!!」

勇者「安心してくれ魔王!そんな気合入れて誘惑しなくても、既に俺は魔王にメロメロだ!!」

魔王「勝手に幸せそうな幻を見るな!死ねっ!!」

カッ!!

勇者「おわっ!?」








……ゴゴゴゴゴ……

魔王「……反応は完全に消えたようだな」

魔王「やはり勇者も人の子、私の最強魔法には手も足も出なかったと見える」

灰「」

魔王「……それでも残骸を保って逝ったのは、さすが勇者と言うべきか」

ベリ

魔王「勇者か、最後まで訳の分からない奴だったが、これで全て終わり……」

ベリベリベリ

魔王「ん?」

バカッ

灰(勇者)「ふぅ~ビックリした」

魔王「」

勇者「……で、何の話だったっけ?」

魔王「こ……」

勇者「こ?」

魔王「この下郎めっ!!」

勇者「え?ナニナニー??」ブラブラ

魔王「今すぐどうにかしろ!その汚らわしいモノを!」

勇者「へ?……うわ!?俺裸じゃん!何で??」サッ

魔王「く……こ……」プルプル

勇者「おい魔王!こういうのは早いって言ったばっかりだろ!?」

魔王「お前だお前!」

勇者「くっそ~、魔王と一緒に高級レストランでディナーって作戦だったのに……」

魔王「お、お……」

勇者「これじゃドレスコードに引っ掛かっちまう!」モジモジ

魔王「お……お父様にも見せられた事ないのにーっ!!」

勇者「魔王魔王~!」

魔王「あ!?」

勇者「見て見て!勇者・ザ・女バージョン!」サッ

魔王「」ビキッ

勇者「よし!これなら裸で捕まる危険性も半分ぐらいになるぞ!」

魔王「」

勇者「……あ、ダメか。女だと魔王と結婚できないな」

魔王「」

勇者「魔王~!やっぱ今のナシ!」

魔王「……」

勇者「?」

魔王「……」

勇者「おーい、魔王ー?」

魔王「フ……フフフ、フ……フ」

勇者「おーい、魔王?おーい……魔王は勇者との結婚を誓いまーす……おーい」

魔王「フフ……そうだな。私としたことが油断していたとはな」

勇者「もう生涯勇者から離れませーん……おーい、聞こえてるー?」

魔王「対決すべき相手に、力の出し惜しみなどする時点で……」ブツブツ

魔王「今度こそ……この魔王の全魔力を持って、今度こそ跡形もなく消し去ってやる!!」ゴゴゴ…

勇者「おっ、反応アリ!」

魔王「ヘウルドゥーク・マフ・コラート・ム・ローグ……」ゴゴゴ…

勇者「うん?」

魔王「レティ・ボア・ラー…………汚物と共に心中しろっっ!!」

カッ!!

勇者「はうあっ!!??」フラッ

魔王「……この魔王城に喧騒は不要」

魔王「すぐにでも城の修復をさせないとな。それが済めば、全てはかつての平静を取り戻すだろう」

ガラ ガラガラ

勇者「ふぅ~まぶしかったぁ」

魔王「」

勇者「すごいな魔王!流れ星作れるだなんて初めて知ったぞ!」

魔王「……」

勇者「でも出すなら出すって言えよ!願い事叶え損ねたじゃーん!」

魔王「お前……何で生きている?」

勇者「へ?ふむ……そうだな……」

勇者「一言で言えば『魔王を愛しているから』……かな?」ニコッ

魔王「ウザッ!いや、そういうことじゃない!」

勇者「……違うな、魔王と結婚するまでは死ぬわけにはいかない……こうだな!」

魔王「もういい黙れ。私の最大の魔術を受けて、どうして生き延びているんだ……」

勇者「流れ星のこと?俺がコケた時に真上を飛んでったぞ?」

魔王「…………」

魔王は焦り始めていた
狙った獲物をはずすなど、魔王の称号を受け継いで以来初めてのことだった
唯一勇者に対抗できたはずの自分はもはや役立たずだ
既に魔力は底を付き、指先に火を点すこともできない
それも相手の強さからではなく、冷静さを欠いた自分自身の油断によって、窮地に追い込まれてしまったのだ

魔王「お、お父様……」

こんなはずではない
自分の決着の瞬間はもっとずっと先にあるはずだった
だが目指していた覇道は既に断たれた
父の無念を晴らすことも叶わず、はるか手前の取るに足らない障害につまづいてしまった

魔王「お父様……お許しください……」

勇者「?」

魔王は生前の父がいくつもの絵本読み聞かせてくれたことを思い出していた
あの頃はきらびやかで美しい世界と、素敵な登場人物の数々に目を輝かせていた
しかし現実は残酷だ
今自分の目の前にいるのは白馬の王子様などではなく、ドラゴンにまたがってやってきた全裸の変態だった

勇者「なあ、礼服貸してくんない?さすがに裸だと式挙げる時に寒いんだけど」

魔王「……」

勇者「……魔王の城、結構壊れちゃってるな。これじゃ寝る所もないだろ」

魔王「白馬……」

勇者「取りあえず俺んとこ来て夫婦になっとく?」

魔王「ドラゴン………………」





しかしその時、魔王に電流走る―――!

勇者「あ、でも俺んとこベッド1個しかないんだった」

魔王「……」

勇者「しかしベッドを買いに行くとなると、行き帰りの行路で疲れ死にする可能性があるな……」

魔王「……」ギリッ

勇者「仕方ない!魔王!ここは一つのベッドで抱き合って寝るんだ!」

魔王「……なあ勇者よ」

勇者「おっと、そういえば女用の衣服も無かった」

魔王「私は……その、ロ……ロマンチックなところがあってな」

勇者「止むを得んな、魔王には裸で……え?何?」

魔王「昔から、な、私は……えっと、白馬の王子様というものに、憧れていてだな……」

勇者「?」

魔王「ゆ、ゆ、勇者が王子様になってくれたら、すごい嬉しいなー……と、思うんだ」

勇者「何!?それは本当か!」ガバッ

魔王「う、うん……」

勇者「こうしちゃおれん!魔王!今すぐ結婚するぞ!」

ガシッ

魔王「へ?おい!ちょっと待て!」

勇者「つまり今までの素っ気ない態度は愛情の裏返しだったのね!もー言ってよー!」グイグイ

魔王「待て待て待て!話を聞け!」

勇者「ん?」

魔王「お前私の話を聞いてなかったのか!?」

勇者「え?何が?王子様だろ?」

魔王「そうそれ!」

勇者「じゃあもう結婚するしかなくねっ?」キリッ

魔王「何でそうなるんだ!」

勇者「魔王ト結婚スル!俺王様ノダンナ!」

勇者「……つまり大まかに見れば王子みたいなモンだろ?多分」

魔王「違う違う!そいういうことを言ってるんじゃない!」

勇者「え~?じゃあ何??」

魔王「コホン……そうじゃなくてだな、もっとこう……ロマンチックなのがいいんだ、私は」

勇者「ロマンチックって……でっかい純白のガウン着て、モコモコのスリッパ履きながらワイングラスを揺らすような感じ??」

魔王「……言ってることはよく分からないが、絶対に違うぞ、それは」

勇者「じゃあどんなのがいいんだよー」ブラブラ

魔王「まずそのキッタナイ物をフリフリさせるな!」

勇者(女.ver)「キャッ!エッチ!」サッ

魔王「……」イラッ

魔王「ふぅ……言っただろ?『白馬の王子様』だよ」

勇者「……?」

魔王「『白馬』というからには、当然白馬にまたがっていなければいけない。ドラゴンではダメなんだ」

勇者「なんと!そうだったのか……」

魔王「そうだ。そして王子様らしく身なりも整えないとダメ」

勇者「そういうものなのか?」

魔王「それはそうだ。人間がみんな全裸だったら誰が誰だか分からないだろう?」

勇者「……」

魔王「……例えばだ。お前の所の王様が素っ裸で出てきたら、お前はその男が王様だと分かるか?」

勇者「……!」

魔王「理解したか?王子様というからには、それにふさわしい姿でいないと――」

勇者「ブハッハッハッハ!!オッサンだ!オッサンがいるぞ~!!」

魔王「だから勇者もな、それなりの立派な……」

勇者「ダッハハハハ!!ハッハー!!」

魔王「……」

勇者「ヒーッ!ヒーッ!…………ブフーーッッ!!」

魔王「……」ヒュッ

ドゴッ!

勇者「ほごっ!」

魔王「ちゃんと話を聞け!」

勇者「え~?」

魔王「とにかく、立派な身なりに整えて、真っ白な馬にまたがって迎えに来なきゃダメなの!分かった!?」

勇者「……」

勇者「よし!分かったぞ魔王!」

勇者「お前の言葉を、頭ではなく、体で理解できたッッ!!」

魔王「本当に大丈夫なのか……?」

勇者「任せとけ!では早速……!」ダダッ

魔王「……ちょっと待った」

勇者「ん?」ピタッ

魔王「まさか、今すぐ用意するつもりなのか?」

勇者「そりゃそうだろう。ノロノロしてたら、魔王との結婚生活は短くなる一方なんだぞ?」

魔王「ちょっと落ち着け!……いいか?王族ってのはな、もったいぶるものなんだ」

勇者「?」

魔王「一つの物事を決めるにも、やたら時間をかけて厳かに動くのが王子様らしさというものだ」

勇者「そうなの?」

魔王「そうなの!……コホン、だから勇者もな?白馬と衣装には充分時間をかけて準備するんだぞ?」

魔王「これは長ければ長いほどいい……まあ最低でも30年ぐらいは欲しいかな?」

勇者「ほう、なるほど……」

魔王「……そうだ、王子様の何たるかを勉強するのもいいかも知れないな」

勇者「ふむふむ……」

魔王「とにかく時間をかけるということだ。忘れるな?」

勇者「了解!」

魔王「ではもう帰れ」

勇者「見よ!今世紀最大の跳躍ッ!」ダンッ

ズゴン!!

タッタッタッタッ……

魔王「……」

魔王「……行ったかな?」

魔王「ふぅー……何とかなった」ガクッ

ガチャ

側近「ご無事ですか?魔王様……」

魔王「遅えよ、今頃何しに来たんだ」

側近「しかしさすがは魔王様!見事勇者を追い払われましたな!」

魔王「まあこれでしばらくはここも静かになるだろう」

側近「もし今度勇者が来たら、及ばずながら私もお力添え致しますぞ!」

魔王「お前はホント調子いいな……もういい、寝る」

タッタッタッタッ

勇者「白馬と、えーと何だっけ?」

勇者「……」

勇者「ま、とにかく白い馬持ってってやりゃいいんだよな」

勇者「でも魔王城にも白い馬ぐらいいたはずなんだけどな……」

勇者「まあいいか!」

勇者は魔王の言いつけを半分も覚えていなかったんだってさ

to be continued!!

~魔王城~


魔王「いいか? 私の寝所には誰も近づけるなよ?」

側近「はっ! 猫の子一匹通しはしません!」

魔王「……勇者の反応は?」

側近「依然魔王様の領土内において、反応は断絶しております」

魔王「ふむ……」

側近「心配いりません。勇者は今頃魔王様のお言葉に踊っている最中なのでしょう」

魔王「いや、あの男のことだ。油断はするな」

側近「仰せのままに」

魔王「ではもう下がれ」

側近「はっ」

バタン

魔王「…………」


魔王「……」


魔王「」


魔王『……なかなかの強さだ。私の配下に加えてやっても良いぞ?』

??『随分と滑稽な強がりだな。自分がどういう存在かも弁えんとは』

魔王『……』

??『いいかげん諦めろ。所詮、貴様は地上を預かるだけの仮初めの魔王でしかない』

??『もはや時は来た。今こそ貴様らは与えられた役目を果たすのだ』

魔王『……』スッ

??『まだ続けるか……』

魔王『当然だ。私にも、魔の王としての気位くらいはある!』

??『哀れだな、これが王族の性か。もう貴様には、炎一つ打ち出す魔力も残っていないだろうに』

魔王『フィオーグ・メジュ・ク・ラニエ……』

??『いいだろう。主が欲するのは足の踏み場たる大地。お前ではない!』ズズズ

魔王『エル・ラサズ・レイドール・ゲシュベ……!』

??『死ねぇぇええ!!』




勇者『魔王みっけ』

ドカッ!

??『がっ!?』

バタッ

魔王『えっ!?』

??『』

勇者『魔王! 俺と』

魔王『待て待て待て!』

勇者『ん?』

魔王『お前どうやってここまで来たんだ!』

勇者『どうやってって……自分の足で来た以外なくね? ここ来たことないし』

魔王『いやいやいやいや! ここは人間の来れる場所じゃないんだぞ!?』

勇者『??』

魔王『そうだ! 今はそれどころじゃない! 構えろ!』

勇者『え?』

魔王『奴はお前らの言う所の『神』そのものだ!  死ぬ気でかかれ!』

勇者『……』




??『』




魔王『……あ、あれ??』

勇者『これ誰? 動かなくなっちまったけど』ツンツン

魔王『まさか、倒した?…………本当に?』

勇者『忌まわしき事件じゃった……しかしこれでようやく世界にも平和が訪れるじゃろう……』

魔王『中途半端に空気を読むな! それとどうしてお前は死なないんだ!』

魔王『あっ待って! やっぱ言わなくていい!』

勇者『どうして死なないかだって?フッ、愚問だな。魔王が――』

魔王『黙れ黙れ! 話が進まん!』

勇者『え~言わせてよ~』

魔王『この魔界でどうして平気でいられる! 普通の人間は10秒と待たずに全身が灰になるんだぞ!』

勇者『え!? マジ!? やベえじゃん!』

勇者『早く逃げないとっ!!』

ガシッ

魔王『へっ??』

勇者『よし魔王! 俺と一緒に愛の逃避行と洒落込もう!』

魔王『お、おい! 離せ!』

勇者『そんな事言ってる場合かよ! 早く脱出して教会で式を挙げないと!』

魔王『おい! 後半おかし……いや全部おかしいぞ! いいから離せ!』

勇者『急がないと式場の予約時間に間に合わねーぞ! 』グイグイ

魔王『身に覚えがないことに私を巻き込むな! あーもう離せぇーー!!』





魔王「……」

魔王「夢……か」

側近「魔王様、紅茶はいかがでしょうか?」

魔王「……もらおうか」

側近「はい」

コポコポコポ

魔王「……」カチャ

魔王「……ふぅ、あの忌々しい男の匂いもようやっと落とせたな」

側近「そのようですね」

魔王「魔王城がこれほど穏やかな場所だったとは、私も気が付かなかったよ」

側近「勇者が現れなくなり、もう3日が経ちます。よほど魔王様の策が効いているのでしょう」

魔王「ふむ……そういえば、昨晩は珍しいことがあったな」

側近「……」ピクッ

側近「また、あの夢でしょうか?」

魔王「ああ……しかしいつもと少し展開が違っていた」

側近「と、言いますと?」



魔王「…………《四神柱》の一人に勝った」

側近「!……そ、それは真でございますか!?」

魔王「う、うむ……いやしかし、あれは勝ったと言っていいのか??」

側近「それは今までにない快挙にございますな!」

魔王「所詮夢の中の出来事だ。騒ぐほどの話ではない」

側近「いえいえ! おそらくそれは、魔王様の前途を示す吉兆にございましょう! 私はそう信じておりますよ!」

魔王「たかが夢ぐらいで一々大げさなんだよ」スッ

側近「今日はどちらへ?」

魔王「久し振りに歌劇でも見に行ってみるか。最近ゆっくりできなかったからな」

側近「かしこまりました」

魔王「……くれぐれも私の居場所は勇者に吐くなよ?」

側近「ええ! それはもう肝に銘じてますよ」

魔王「どうもお前は信用ならんからなぁ」

側近「はっはっは! まるで私と勇者が内通でもしているような言い方ですな」

魔王「ようなじゃなくて、まんまそうだろうが」

側近「だって万が一勇者と戦ったりしたら、ほぼ100%殺されますよ?」

側近「こちらからヒント出さなくても、すぐに見つけられるみたいですし……」

魔王「……」

側近「命がけで足止めしても、時間稼ぎにすらならないなんて! 側近困っちゃう!」

魔王「まあいい。とにかく留守を頼むぞ?」

側近「はーい」

~3日前~

タッタッタッ…

勇者「白い馬白い馬っと」

勇者「くっそ~、やっぱりまだどこも開いてねえか」

ヒュ~…

勇者「……!」ブルブル

勇者「寒っ! 異常気象かな?」

勇者「……あ、そういや裸だったんだ」

勇者「馬買う前に服だな、こりゃ」


通行人A「ん? 何だ? 酔っ払いか?」ニヤニヤ

通行人B「キャ~!!」

通行人C「なっ!……あ、なんだ、勇者か」

勇者「マズ……超見られてる。また賢者に怒られるな……」


憲兵「おい! そこの! 何してるんだそんな格好で!」

勇者「! ち、違うんです。これは魔王が……」

憲兵「……またアンタか。取りあえず大人しく付いて来るんだ。いいな?」

勇者「は、はい……あのー、女バージョンでいれば罪が軽くなったりしませんかね?」サッ

憲兵「何を言ってるのか分からんが、とにかく黙って付いて来い」グイ

勇者「あっ! 強く引っ張らないで! 女バージョン解除されちゃう!」

憲兵「黙って歩けと言ってるだろう!」グイグイ

勇者「これお説教確定じゃーん! くっそ~! 魔王のヤツめ!」

憲兵「ゴチャゴチャ言うな!」グイグイ

勇者「あ~れ~!」

賢者「で、今度は何をやらかしたんだ?」

勇者「何もしてねえって。服だって魔王に脱がされたんだってば」

賢者「100歩譲ってそれはいいとしても、そのままの姿で戻ってくる奴があるか!」

勇者「仕方ねえだろ。服を探してる途中で捕まっちまったんだから」

賢者「ルーラぐらい使えるだろ」

勇者「だからそれも魔王に封じられて……ああもう! 説明がメンドくせえ!」

賢者「とにかく! これ以上勇者の評判を落とすようなことは容認できんぞ!」

勇者「そんな怒るほどの事じゃないだろ? 裸でうろつく奴なんて珍しくもない」

賢者「ああそうだな。そいつに『勇者』という名前が付いていなければな!」

勇者「俺のせいじゃねーよ。それもこれも全部、魔王が悪いんだってば!」

賢者「……オレはどうひっくり返っても人間側の立場なんだがな、これに限っては魔王の立場を擁護せざるを得ん」

勇者「マジかよー、味方無しかよー」

賢者「文句を言うな。それと、お前の処分が決定したぞ」

勇者「え?ナニナニー?」

賢者「喜べ。厳重な監視付きで1週間の牢獄暮らしだ。これでしばらく悪さはできんな?」ニヤ

勇者「……それって、夜中だけは出歩いても良かったりしない?」

賢者「ダメに決まってるだろ」

勇者「魔王に会いに行くという特別な理由で、一時釈放が許されたり……」

賢者「お前の頭はどこまで都合がいいんだ?」

賢者「そんな事許すわけないだろ。そもそもそれをさせないために処分が下されたんだぞ?」

勇者「え~! 超ヒデー!! 勇者権の侵害だよ!!」

賢者「最初から勇者にそんな権利はない!」

勇者「マジかよクッソー!! 魔王に会えないと寂しくて俺死んじゃう!!」ゴロゴロ

賢者「ジタバタするな!……こんな奴に見初められるとは、魔王も災難だな」

勇者「おいおい、俺が魔王に会いに行く以上に大切なことなんてないだろ?」キリッ

賢者「お前のくだらん戯言に付き合う気は無い! 全く、そうでなくとも最近は妙な事が続いているのに……」

勇者「え?何かあったの?」

賢者「……このところ、農漁業関係者からおかしな報告が上がっていてな」

勇者「?」

賢者「どうにも理解に苦しむのだが、耕作も漁獲もうまく『いき過ぎてる』らしいのだ」

勇者「……どゆこと??」

賢者「今からだと、小麦の収穫の時期にはあと2ヶ月くらいある。これはお前も知ってるだろう?」

勇者「イエス!」

賢者「しかし、もう小麦が収穫できる地域があるというんだ」

勇者「……?」

賢者「おかしいとは思わないか?早生の品種でも最低あと1ヶ月半はかかるはずなのに、もう収穫とは」

勇者「う~ん?」

賢者「漁業でもそうだ。最近はイワシが獲れ過ぎて余ってしまうので、ギルドの通達で沿岸漁業が禁止になったらしい」

勇者「獲れ過ぎって、具体的にはどんな感じ?」

賢者「そうだな……浜辺で海水浴をしているだけでイワシやアジが獲れてしまう、と言えば分かるか?」

勇者「マジかよ! 今すぐ浜辺に急がねーと!」

賢者「念のため言っておくが、当然お前は1週間監禁だからな?」

勇者「しゅ~ん……」

役者A「よくぞここまで辿り着いた!アドリアよ!」

役者B「我が友の仇チェザーレよ!今こそ決着を付けようぞ!」

魔王「……」

役者A「やるがいい!積年の因縁をここで断ち切ってくれる!」

役者B「ゆくぞ!覚悟めされよ!」

魔王「……帰るか」スッ

侍女「もうお戻りになるのですか?」

魔王「うむ。もう充分だ」

侍女「……ご随意に」

魔王「……しかし、歌劇とはこんなつまらないものだったか?」

侍女「お戯れを仰ります。この演目は魔王様のお気に入りではありませんか」

魔王「そうだ。そうなのだが……」

侍女「私の見た限りでは、役者も今までご覧になった者達と比べても、遜色はございませんでしたよ?」

魔王「確かにお前の言う通りだ。……しかし、何かが違うのだ」

侍女「……」

魔王「やはりどうも調子が良くないようだ。久し振りに、やってみるとするか」

侍女「魔王様、あれを為さるのですか?」

魔王「ああ、ちょうど邪魔な男も消えたのだ。いつまでも呆けてはいられないからな」

侍女「……ご武運を」

魔王「最近だらけていたからな。まずは肩慣らしといこうか……魔導師!」

魔導師「全ての準備は整っております」

魔王「うむ……侍女!」

侍女「周囲に私たち以外の反応は確認できません」

魔王「よし……側近!」

側近「魔王様もご存知の通り、前回は魔狼フェンリルに勝利しております」

側近「しかし前回からやや期間が開いていることを考慮し、今回はそれと同程度の巨竜ヴリトラをご用意したいと思います」

魔王「なるほど……暗黒騎士!」

暗黒騎士「…………」

魔王「……は、確認の必要も無いか。済まなかったな」

暗黒騎士「…………」

魔王「侍女は下がれ! 魔導師はもう一度術式と魔法陣を確認!」

侍女「はい」スッ

魔導師「……再確認、終了しました」

魔王「側近、障壁を発動しろ! 暗黒騎士、構えろ!」

側近「はっ!」

ゴゴゴ……

暗黒騎士「……」ジャキン!

魔王「フィオール・ネイ・グラースル……よし、やれ! 魔導師!」

魔導師「はっ!」サッ

側近「ゲートが開く……!」

ズズズズズズ…………

魔王「来たか、行くぞっ!」サッ



ズズズン!!!



暗黒騎士「!!」

侍女「何!? この魔力!」

側近「こ、これは!?」

魔導師「そんな!? 召喚が失敗しただと!?」

魔王「おいおい、側近よぉ……」


??「グルルルル…………」


魔王「こいつぁ少しサプライズが過ぎるぞ!!」

ズン!!

ズズン!!

大地の化身・ベヒーモス「ゴアアアアアアアアッッッ!!!」

~牢獄~

看守「はーい食事ですよー」

コトッ

勇者「あざーっす」

看守「さっさと食べちゃってくださいよー」

勇者「へーい」

勇者「……」

勇者「よっし!今日もこのスプーンで……!」

ゴリッ ゴリッ ゴリッ

賢者「よう勇者、何をしてる?」

勇者「!」サッ

賢者「今何か隠さなかったか?」

勇者「いや?何も?」

ゴトッ

ゴロゴロ……

勇者「……!」

賢者「……何だ?その石の塊は」

勇者「こ、これは俺の魔王像だぞ! これだけは没収って言っても聞かないからな!」

賢者「いらねーよ。つうかそれ、人の形のつもりだったのか」

勇者「そのうち魔王そっくりになるんだよ……で、今日は何かあったのか?」ゴリッ ゴリッ

賢者「占い師の報告があってな。近いうちにヤバい事が起こるらしいんだ」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「念のため、城内でもお前の出動命令の策定が進められている」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ


賢者「まあいずれにせよ、お前がここから出るには最低でもあと4日は必要だがな」


ドタドタドタ


賢者「ん?」

文官「け、賢者様! 賢者様ぁー!!」

賢者「む? どうした」

文官「急いでお戻りください! ま、魔王領土の方角に、異常な反応が!!」

賢者「異常な反応?」

文官「は、はい! 突如膨大な魔力が発生しましたが、全く原因が掴めず……これはもしや魔王軍の侵攻が――」

賢者「……いや落ち着け。私が調べてみる」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「……!! この魔力、どういうことだ!?」

勇者「どうかしたのか?」

賢者「とてつもなく巨大な魔力だ……いや、そうじゃない」

賢者「山脈がまるごと、独りでに”動いている”」

文官「は? それは一体……」

賢者「信じられん事だが、あの魔力の塊は1個の動物として生きている……!!」

文官「そ、そんなバカな!!」


ゴトッ

ゴロ… ゴロ…


勇者「近いうちって今かよ」

賢者「……勇者?」

勇者「しょうがねえな、あいつは」スッ

ベヒーモス「フッフッ!! ゴワアアアアアッッ!!」

暗黒騎士「……」ガシャ


侍女「な、何でこんな魔獣が……」

魔導師「何が起きている……!」

側近「なぜだ! 本来ゲートを繋げることすら不可能のはず……ッ」


魔王「全員戦闘態勢に入れッ! コイツはここで沈めるぞ!!」バッ

全員「……承知ッ!!」

魔獣は大き過ぎる口を開け、手近にいる標的に食らいつく


ベヒーモス「グアアアアアアッッ!!」

暗黒騎士「!」

ガキンッ!

ベヒーモス「ググッ!! ギッ! グッ!」ガチガチッ

暗黒騎士「……くっ」ブルブルブル


魔王「暗黒騎士ッ!!」

魔導師「くそっ! 少しだけ耐えてくれ! 暗黒騎士!」サッ

ベヒーモス「ギイイッ!!」ブンッ

暗黒騎士「!」


魔獣の前足が暗黒騎士の横腹目掛けて飛んでくる


ドカッ!

暗黒騎士「ごほっ……!」

ガシャン ガシャンガシャン

         フ レ イ ム
魔導師「死ねっ! 煉獄火炎ッ!!」

   <jbbs fontcolor=#000000>バ ギ ク ロ ス 
側近「真空断裂衝波斬!!」


ドゴォン! 

ザザンッ!

ベヒーモス「ギッ!? ガアアアアアアッッ!!」ブンブンッ


魔導師「……チイッ! まるで効いちゃいねえ!」

側近「いや、効いてはいる。勇者よりは脆い。だが……」


ベヒーモス「フシュッ! フシュル……!」ブルブルッ


侍女「倒せなければ、どのみち私たちは仲良くあの世行きですね」

魔王「そういうこと……だっ!」タンッ

侍女「魔王様!?」

側近「危険です魔王様! お戻りください!」

魔王「馬鹿者ッ! ヤツは大地の精気を吸って、無限に大きくなっていくのだぞ!」

ベヒーモス「ガアアアアアアッッッ!!」

ドシン! ドシン! ドシン!

暗黒騎士「……」チャキ

魔王「来い……ッ!」サッ

ドゴンッ!

暗黒騎士「ぐ……く……」ギシギシ…

魔王「く……おおっ……!」

ベヒーモス「ゴフッ! ゴフッッ!」

暗黒騎士はその体で、魔王は防御壁で魔獣の突進を防ぐ


侍女「ま、魔王様っ!」


魔王「い……今ここで、コイツを倒せる者が行かなければ……ぐっ……我々は、滅びるより他にない!」


側近「くっ……援護致します!」サッ

魔導師「!?……側近! 何を!」

侍女「障壁が消える!? 側近! これでは我々の情報が人間側に!」

側近「愚か者! ベヒーモス相手に余裕ある戦いなど有り得ん!」

側近「全ての力を集め、魔王様をお守りするのだ!」

魔導師「チッ!」サッ

侍女「……魔法陣展開、魔力供給を開始します!」スッ


ベヒーモス「ゴワアアアアアアッッ!!」ブンッ

暗黒騎士「!」

魔王「飛ぶぞ!」タンッ


ズゴンッ!!

魔獣の前足が誰もいない地面にめり込む
すんでの所で飛行魔法がかかり、魔王と暗黒騎士は攻撃を回避していた


魔王「……ふぅ、動きはあまり速くはないようだな」

暗黒騎士「……牽制致します」ガシャ

魔王「お前は左に回り込め! 私は右側をやる!」ダダッ

暗黒騎士「承知」ダダッ

魔導師「食らえええっっ!」

側近「はああああっっ!!」


ドゴオン! ズゴォン!!

ズバッ! ザンッッ!!

ベヒーモス「ガアアアアアアアッッ!!」

このわずかな間にも魔獣の体はどんどん膨れ上がっていく
呼び出した時点から既に二回りも巨大化していた
当然、それは魔王達の生存確率に直結している


魔導師「くそっ! こんなんじゃ焼け石に水か! 侍女、もっと魔力を回せ!」

侍女「めいいっぱいやってます! もうこれが限界です!」

魔導師「チッ! ヤツを倒す方法はないのか!」

側近「魔王様の究極魔法ならば、あるいは……」

侍女「しかし側近! 我々だけではあの魔獣の攻撃は防ぎ切れません!」

側近「だが急がねば、やがては魔王様ですら抑え切れなくなるぞ!」

魔導師「どうすんだよ! このままじゃジリ貧だぞ!」

侍女「!? 待って、何か近づいてきます!」

魔導師「何ッ!?」

侍女「おそらくルーラ……速い……来る!」

側近「……来たか」ニヤ


ズバッ!!


ベヒーモス「ガッ!? ギオアアアアアアッッッ!!」グワッ

暗黒騎士「!?」

魔王「むっ!?」

突如背中に大きな切り傷を付けられ、魔獣は悶絶のあまり上体を跳ね上げる


スタッ

「っしゃあ!! まずは駆けつけ一発ッ!!」

暗黒騎士「お前は……」

「よぉ魔王! ピンチっぽいな! 助けに来たぜ!」ニヤ

魔王「ゆ、勇者!」

勇者「そうです! 勇者です! つまりは魔王の未来の夫です!」

侍女「勇者!?」チャキ

魔導師「くそっ! こんな時に!」サッ


魔王「やめろお前達! こいつは敵じゃない!」

ズズン!!

ベヒーモス「ゴフッゴフッ!! グルルルル……」

魔王「勇者よ、一体何をしに来た!」

勇者「何しに来た? 今言っただろ……っとお!!」ダダッ

暗黒騎士「…………」ダダッ


ベヒーモス「ゴワアアアアアッッッ!!」

ガキンッ!!

魔獣の更なる猛攻を勇者と暗黒騎士が防ぐ
魔獣の重量によって、二人の足は地面に大きく沈みこむ


勇者「!! お、重てえ!……コイツ何!? い、犬? 牛??」ブルブル

暗黒騎士「……コレはただの魔獣だ」

勇者「へ、へええ……随分、大きい、んだな……ぐうっ!……」ガクガクガク

ベヒーモス「ゴウッ!! ガッ!! ゴワオッ!!」ガチガチッ

暗黒騎士「厄介なのは、時間と共に無限に強くなることだ。早めに倒す必要がある」

勇者「な、なるほどっ……!」ガクガクガク

魔王「くっ! 今は勇者といさかいを起こしている場合ではないか……」ジリッ

魔導師「魔王様! お下がりください!」スタッ

側近「我らが時間を稼ぎます!」スタッ

魔王「やめろ! お前達に敵う相手ではない!」

側近「魔王様!! 今、あのベヒーモスを倒せるのは、魔王様の魔法を置いて他にございません!」

魔導師「魔王様には、魔力の集中と呪文詠唱に専念されたい!」

魔王「……仕方ない、すぐに済ませる! ほんの少しだけ凌いでくれ!」スッ

側・導「はっ!」


ベヒーモス「グワアアアアッッ!!」ブンッ

魔獣が再びその強烈な前足を叩き込む

勇者「ちょ……おい! ヤバッ……!」ガクガク

暗黒騎士「!」ダダッ

ドゴッ!!

暗黒騎士「ぐ……」ドサッ

勇者「どわああっ!」ドサッ

ベヒーモス「ゴシュウ! ゴシュッ! グルルル……」



魔王「サーランド・ヘウルドゥーク……」

勇者「い、今の、俺をかばってくれた、とか……?」

暗黒騎士「……俺は耐久力に優れている……行くぞ!」

ベヒーモス「ガアアアアアアッッ!!」

ドゴォォォン! ザザンッ!

ベヒーモス「ギアッ!? ゴオオアアア!!」

勇者「はいよ!……っと!」ズバッ

暗黒騎士「ふんっ!」ズバッ

勇者「へへっ! あんた結構イイ奴だな!……っと!!」ガキン!

ベヒーモス「ガアアアアアア!!」

ズズン!!

暗黒騎士「む……」

勇者「ごはっ!!」

暗黒騎士「集中しろ。今は眼前の敵を押し留めるのだ」ギシギシ…

勇者「くっそ重めええ!!……りょ、了解ッ……!」ギシギシ…



魔王「マフ・コラート・ム・ローグ……」

魔導師「くたばれえええ!!」ドシュッ! ドシュッ!

側近「ぐっ! こういう戦いは老体には堪えるわ……!」ビュンビュン!

ドガアアン! ズババッ!

ベヒーモス「ゴワッ! ギイイイッ!!」

暗黒騎士「……魔王様の詠唱が完成する。ヤツの動きを止めるぞ」ダダッ

勇者「合点承知!」ダダッ

暗黒騎士「後ろ足を狙う。行くぞ!」

勇者「はいよ!」

ズバッ!! ズバッ!!

ベヒーモス「ガッ!? グワアアアアアアア!!」ズズン…



魔王「レティ・ボア・ラー…………下がれッ!お前達!!」

側近「ほっっ!」バッ

魔導師「来るか……!」バッ

暗黒騎士「……」ダダッ

勇者「逃げろ逃げろ逃げろ!」ダダッ


            メ ラ ゾ ー マ
魔王「食らえ…………極大灼熱光射ッッ!!」

カッ!!!



ベヒーモス「ゴア――――」






……ゴゴゴゴゴ……


魔導師「いつ見ても凄まじいな……」

侍女「お、終わったの?」


魔獣がいたはずの場所には毛の一本も残ってはいなかった
地面は抉られ、焦がされた土と立ち上る熱気しか、そこにはなかった


魔王「……侍女、反応を調べろ」

侍女「は、はい!……ベヒーモスの魔力反応はありません。完全に消滅したようです」

魔王「そうか」

側近「か、勝ったのか……」

暗黒騎士「……」

魔王「負傷した者はいないか?」

侍女「私は何も……」

魔導師「右に同じく」

側近「おかげさまで何とか」

魔王「……暗黒騎士」

暗黒騎士「……15の消失を確認。しかしながら、未だ健在にございます」

魔王「そうか……お前にはいつも苦労をかけるな」

暗黒騎士「……ありがたきお言葉」

侍女「それにしても、今回の召喚は一体……」

魔王「ふむ……」

側近「申し訳ありません、魔王様。まさかこのような失態を犯すとは……」

魔導師「すぐにでも原因を調査し、報告に上がらせていただきます」

魔王「いや、構わん。術式には私も目を通している。確かに何も問題は―――」

勇者「魔王魔王~~!!」タッタッタッ

魔王「……」

勇者「さあ魔王! いつものように再会のキスを!」

ズンッ!

勇者「おほっ!」ガクッ

魔王「お前とそんなことをしていた覚えはない!」ゲシゲシ

勇者「痛て! 痛て!」

勇者「おい魔王! 俺が踏みつけよりも、抱き付きの方が好きなのは知ってるだろう!」

魔王「知ってるからやってるんだろうが!」ゲシゲシ


側近「……」

侍女「……」

魔導師「……」

暗黒騎士「……」

勇者「フン! それぐらいで俺のことを分かった気になったつもりか?」スクッ

魔王「あん?」

勇者「俺のことを知るには、まず結婚して30年は夫婦生活を営んでだな……」

魔王「……メラ」

ボンッ

勇者「あづっ! 魔王お前! 顔面に炎はヤバいだろ!」ブスブス…

魔王「割と平気そうじゃないか」

勇者「実は結構熱かったりするんだが……フッ、魔王にはみっともない所は見せたくないからな……」キリッ

魔王「いいかげん黙っていろ。こっちは今忙しいんだ」

魔導師「……魔王様、この者は本当に敵ではないのですか?」

魔導師「私の記憶違いでなければ、確か勇者と名乗っていたような……」

魔王「ああそうだ、こいつは勇者だ」

侍女「これがですか? 歴史書で知る言い伝えとは随分違うようですね」

魔王「勇者の歴史も数千年あるんだ。時にはこのようなハズレも生まれるのだろう」

勇者「あー!聞こえたぞ! 俺の悪口言ってるような気がするぅぅ!!」

魔王「……そういえばどうしてお前はここまで飛んで来れたんだ? まだ結界は解除してないはずだぞ?」

勇者「俺のルーラでは無理だったな、俺のルーラでは。フフフ……後は分かるな?」ニヤ

魔王「……そういうことか。お前に味方するとは、物好きなヤツがいたものだな」

勇者「フッフッフ、忌々しい賢者め! ここまで来ちまえばもうこっちのモンだ!」

勇者「俺はここで思う存分、魔王とのスウィート☆ライフを堪能してやるぜええ!!」

魔王「ヤ・メ・ロ! 果てしなく迷惑だぞ!」

侍女「ん……? また何か近づいてきます」

魔導師「今度は何だ?」サッ

側近「……」スッ

暗黒騎士「……」ガシャ

侍女「ステルスは張っていませんね……来ます」


スタッ

勇者「!」ビクッ

賢者「……突然の訪問失礼致します」

侍女「……」チャキ

魔導師「……」

暗黒騎士「……」

魔王「下ろせ、お前達……お前が賢者か」

賢者「はい、お初にお目にかかります。第17代魔王軍当主様」

魔王「ふん、何の用だ」

賢者「早速の質問で恐縮ですが、こちらに勇者と名乗る粗忽者が来ていませんでしょうか?」

魔王「勇者? それならここにいるぞ?」グイ

勇者「ひ、引っ張るなよ! 服が伸びるだろうが!」

賢者「おお勇者よ! 全く、こんな所にいたのか! 探したぞ?」ニコッ

勇者「……なあ、賢者」

賢者「ん?」

勇者「俺さー、今日デッカい魔獣の退治を手伝ったんだぜ!?」

賢者「ほほう、さすが勇者! 良い心がけだ!」

賢者「反応も消えたということは、退治にも成功したんだな!」

勇者「そうそう! それでさー、俺の監禁とかにも特赦とかあったりしない??」

賢者「ん? あるわけないだろ? 法律とは杓子定規に適用するからこそ意味があるんだぞ?」

勇者「そ、そうですよねー」

賢者「さあ勇者よ! 牢獄で日がな一日石像を彫り続ける仕事に戻ろうじゃないか!」ニコッ

勇者「あっ! でもまだどっかに魔獣の分身とかが潜んでたりするかも……」

賢者「…………お前の考えなどお見通しだぞ? 勇者よ」

勇者「……」

賢者「どうせドサクサに紛れて魔王城に居座る気でいたのだろう? そうはいかんぞ?」ニコニコ

魔導師「……」

侍女「……」

勇者「で、でも」

賢者「……師匠に言うぞ」ボソッ

勇者「……カ、カエリマショウ、ケンジャサマ」

賢者「よーし良い子だ。では失礼致します」ペコッ

魔王「……もう来るんじゃないぞ」

勇者「くっそ~、数千年前からの言い伝えの通りじゃねえか……」

勇者「《朝日のチャッカリと賢者のニッコリは信用するな》……か」

賢者「何か言ったか?」

勇者「イイエ」

賢者「ではあの懐かしの牢獄に戻ろう!」

勇者「あ、待って! 彫刻刀! せめて彫刻刀をくだ―――」

賢者「ルーラ!!」

バシュン!!

側近「……」

侍女「……」

魔導師「……」

暗黒騎士「……」

魔王「皆の者! 魔王城へ帰還するぞ!」

全員「はっ!!」


その後、脱獄の罪を賢者によっておっ被せられ、勇者はさらに長い刑期を服することになった
2週間後の釈放の日の勇者の手には、それはそれは不細工な石像が握られていたんだってさ

to be continued!!

『ゴーール!』

『くっそ~、また2位かよ』

『はぁ、はぁ、あーダメかー』

『これで全員いる?』

『あいつはまだだな』

『また?いいかげん諦めりゃいいのに』

『……お、いたいた』

『はぁっ……はぁっ……』

『……あいつ、まだあんなとこにいるぞ?』

『遅ーい!早くしろー!』

『もういいよ、先にやってようぜ?』

『そうだよ、あいつすっげえノロマじゃん』

『ま、待ってよー……』ドサッ

『おっせーな!もうついてくんなよ!』

『こんなんでもう疲れたのか?』

『行こうぜ?もうそいつはほっとけよ』

『はっ、はっ……うっ!』


『ん?』

『おぼっ!おごっ……』ビシャビシャ!

『わっ!汚っ!』

『うわ~!』

『マジかよテメー!』

『うう……』

『ゲロ吐いた~!お前本当に弱っちぃなー』

『きったね~!』





魔王「……」

魔王「まだ暗い……いや」

魔王「……今日は雨か」

魔王「側近、茶を頼む」

側近「はっ」


コポコポ…


魔王「……ふぅ、あの男も今度こそ来なくなったようだな」

側近「おそらくあの賢者という者が勇者を押さえているのでしょう」

側近「むやみに遊ばせておくのも、奴らにとっては面白くないことのようですな」

魔王「だろうな」

側近「……ところで魔王様、昨晩はいかがでしたか?」

魔王「前と同じだ」

側近「そうですか、ふうむ……」

魔王「……」

側近「……ほんの一瞬も、夢を見ないのでしょうか?」

魔王「そうだと言っただろう。お前最近しつこいぞ?」

側近「これは失礼を……」サッ

魔王「どうもこのところ、全然夢を見ないんだ。だからお前の喜ぶような話はないぞ」

側近「おっと、これは先手を打たれてしまいましたな。ははは」

魔王「さて……」スッ

側近「今日はどちらへ?」

魔王「しばらく父の書庫に篭る。先日の召喚の件で、何か分かるかも知れないからな」

~牢獄~

勇者「くっそ~!また焼きサバかよ!」

賢者「焼きサバだけじゃないぞ?ちゃんとジャガイモもあるだろう」

勇者「はいはいそうですね!」

賢者「最近食糧の備蓄も大幅に改善されてきたから、今日は特別にお代わりも許されてるんだぞ?」

勇者「いらねーよ!どうせまた同じのが来るんだろ?」

賢者「それが何か問題でもあるのか?」

勇者「ありまくりだ!量はたくさんあっても、味がまるっきり無いんだよ!」

勇者「もっと塩分!しょっぱさ!塩をくれよ塩を!」

賢者「仕方ないだろう。未だに塩だけは貴重品なんだ」

勇者「……」モグモグ

賢者「こればっかりは手間暇かけないと増やせないからな」

勇者「……じゃあせめて、料理のバリエーションとか増やせない?」

賢者「ん?」

勇者「例えば、焼くだけじゃなくて、ムニエルとかカルパッチョとか燻製とか……」モグモグ

賢者「贅沢言うな。ここはな、牢獄なんだぞ?レストランじゃあない」

勇者「そうかよ……」カラン

賢者「早いな、もう終わったのか」

勇者「これは食事とは言わねえ!作業っつうんだ!」

賢者「そう怒るなよ。今日で釈放なんだから、記念に後で好きな物食わせてやるって」

勇者「大体おかしくねえ!? 魔獣退治したのに何で刑期が延びてんだよ!!」

賢者「前にも言っただろう?お前の預かり知らない王宮の事情があるんだよ」

勇者「……今日こそは本当に出られるんだろうな?」

賢者「それは俺が保証する。まあ、あまり長引かせて勝手に脱獄されても困るしな」

勇者「そうか……」スッ

賢者「お、まだ作ってたのか、それ」

勇者「まあな」ゴリッ ゴリッ

賢者「しかし石をヤスリのように使うとは、よくやるな」

勇者「誰かさんが告げ口して、金属スプーン使えなくなっちまったからな」ゴリッ ゴリッ

賢者「当たり前だろ。スプーン一本だって、貴重な備品なんだぞ?勝手に壊していいわけあるか」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「……なあ、どうして魔王なんだ?」

勇者「ん?」ゴリッ ゴリッ

賢者「女は他に山ほどいるだろう。わざわざ魔王じゃなくてもいいんじゃないか?」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「今代の魔王は確かに美人だし、目も澄んでていい女だと思う」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「……でも、探せばこっちでもそれぐらいの美人はいるだろ?多分」

勇者「……」ゴリッ

賢者「それに、お前だって、その……胸はもっと、大きい方がいいだろ?」

勇者「……」ゴリッ

賢者「どうなんだ?」



勇者「……一目惚れだよ」

賢者「え?」

勇者「最初会ってその顔を見た瞬間に、ビビビッ!!と来たんだよ」

勇者「ああ、もう俺にはこいつしかいない!ってな」

賢者「…………」

勇者「何だよ、そんなつまんねーこと聞きに来たのか?」

賢者「まあな」

勇者「そんなのどうでもいいだろ?」

賢者「……そうだな、きっかけはどうでもいい」

勇者「……」ゴリッ

賢者「問題は、お前が魔王と親交を深めつつあるということだ」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「なあ勇者よ。先代魔王との戦いで、多くの人々が犠牲になってきたことは、お前も知ってるだろう?」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「確かにあの戦を決断したことは間違いだったと、今は多くの文官も認めている」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「しかし、それでも戦で多くの死人が出たのはどうしようもない事実だ」

勇者「……」ゴリッ

賢者「代替わりしたとはいえ、遺族の側にしてみれば、魔王軍は今でも憎むべき仇敵であることに変わりないんだぞ?」

勇者「……」ゴリッ

賢者「その魔王に、国家の英雄たる勇者が通じているとなれば、彼らはどう思うか……」

賢者「それぐらい、分からないお前じゃないだろう?」

勇者「……」

賢者「……勇者、お前は犠牲になった奴らの、家族や恋人のことを考えたことはないのか?」



勇者「…………ある!!」

賢者「なら……」

勇者「それでも!俺はあの魔王がいいんだ!」

賢者「……」

勇者「俺には、どうしてもあの魔王が必要なんだ!!」

勇者「これだってどうしようもない、変えられない事実だ!!」ゴリッ

賢者「どうしてそこまで……」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「なあ、考え直す気はないのか?」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「このままじゃ、お前はいずれ……」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ

賢者「ふぅ、強情な奴だな、お前も」

勇者「……」ゴリッ ゴリッ


勇者はそれっきり、もう何もしゃべろうとはしなかった

~魔王城・書庫~

ガチャ…

魔王「鍵が開いている……中に誰かいるのか?」

魔導師「!」タッタッタッ

魔導師「……これは魔王様、ご機嫌うるわしゅうございます」スッ

魔王「お前か。仮面をはずした顔を見るのは久し振りだな」

魔導師「はっ……」

魔王「何か調べていたのか?」

魔導師「はい、先日の召喚の件で少し……」

魔王「なるほど、考える事は同じだな」

魔導師「と仰りますと、やはり魔王様も?」

魔王「うむ」

魔導師「確認致しましたが、やはりあの魔獣はベヒーモスで間違いないようです」

魔王「そのようだな。大昔のいくつかの出現例とも異なる点はない」

魔導師「はい……私の一族の間でも、ベヒーモスは地中深くで四神柱に押さえられていると伝えられています」

魔導師「極まれにそれが地上へ飛び出してくることがあるようですが、未だその原因は明確ではありません」

魔王「ベヒーモスが現れる状況に共通点はなかったか?」

魔導師「それが……何しろ大昔の資料でして、ベヒーモスの記述以外に見られる物が極端に少ないのです」

魔王「そうか……そうなると、もはやアカシック・レコードに接続するしかないか」

魔導師「何とか情報をベヒーモスに絞れれば良いのですが……」

魔王「それは運次第だな」

~王国領土・集落~

スタッ

勇者「王城からの使いで来ました、勇者でーす。イワシのお届けに参りましたー」

村長「おお!これはこれは、わざわざ勇者様が直接お届けくださるとは!」

勇者「ははは、何か勇者が行く事自体に意味があるとか言ってましたよ?賢者の奴が」



村人A「何だ何だ?」

村人B「勇者だって」

村人C「マジ!?新しい方の?」

村人D「全裸で町をうろついてたって本当かな~」

村人E「あなた聞きに行けば?」

ゾロゾロ…


勇者「あっ、どーもー、勇者でーす」ササッ


村人E「あっ、手を振ってるわ」

村人F「何かあんまし強くなさそうだな」

村人G「じゃあお前戦ってみろよ」

村人B「本当に勇者?」

村人C「いいから早く行こうぜ!」

ドタドタドタ!


村人E「ねえあなた魔王を見たって本当?」

村人C「やっぱ鬼のような顔してて角とかが生えてんのか?」

村人D「あんた魔王城から裸で戻ってきたって聞いたぞ?本当?」

村人H「今までで一番強かった魔物って何??」


勇者「おっと」

村長「待て待てお前達!そういっぺんに言われたら勇者様がビックリするじゃないか!」

村人C「ケチケチすんなよ村長~!」

村人I「そうですわ!勇者様だって、少しぐらいはお時間があるはずです!」

村人J「あんたばっか時間とってズルいじゃねーか!」

村長「ダメだダメだ!……すみません、野次馬根性ばかり盛んな連中で……」

勇者「あ、いえ、ははは……」

村人K「俺たちにも話聞かせろよー!」

村人L「そうだそうだー!」

ブーブー

村長「ええい!静かにしないか!全く……」チラ

勇者「えっと……少しなら時間ありますから大丈夫ですよ?」

村長「本当ですか!?すみませんねー……おいお前達!勇者様から許可が下りたぞ!」

村人F「さっすが勇者!話分かるねえ!」

村人B「そうこなくっちゃ!」

村人「待てと言っているだろう!……いいか?一列に並んで、一人ずつ順番に話すんだぞ?」

村人M「あたし、いっちば~ん!」

村人C「あっ!フライングだぞ!」

村人N「いいから早く後ろ付けよ!」

勇者「……はい、どうぞー」

村人M「ねえねえ!魔王ってどんな顔してるの!?真っ赤な顔してて、身長が10mもあるって聞いてるわよ!?」

勇者「う~ん、10mはなかったな。俺と同じぐらいだよ」

村人M「そうなの?魔王って意外とちっこいのね!」

勇者「それから、顔の色も普通だった。角も生えてないし、見た目は人間と全然変わんない」

村人M「そうなの??何かつまんな~い」

村長「はい次!」

村人D「あの!魔王城からすっ裸で戻ってきたって本当ですか??」

勇者「あ、それは本当」

村人D「マジ!?それって、魔王との戦闘が激しくて!?」

勇者「あー、あれはある意味激しい戦いだったなー」

村人D「へ~、やっぱ魔王って強いんですね~」

勇者「そうなんだよ~魔王のヤツ、やたら積極的でさ~」ニヤニヤ

村人D「積極的??」

勇者「あ!イヤ違うんだ! コホン……今のは忘れてくれ、何でもない」キリッ

その後も勇者は村人の老若男女から質問攻めを受け、村を発つ頃には1時間経っていた
行く先々でそんな事を繰り返しながら、もう今日までで通った村は100を越えている

それでも勇者には不満はなかった
賢者からのこの依頼を引き受ける代わりに、勇者は刑期を短縮されていたのである




スタッ

賢者「む、戻ったか」

勇者「やっと全部終わった~」

賢者「ご苦労だったな」

勇者「一応現地の要望には応えてきたけど、これって何か意味あんの?」

賢者「大アリだ。まあ今のお前には言っても分からんだろうがな」

勇者「もしかして、勇者の顔見せのために行かされた感じ?」

賢者「……大体そんなところだ」

勇者「やっぱそうか……あー疲れた」バタッ

賢者「おっといかん、一つ忘れていた」

勇者「……」

賢者「ここに余った魚があと一箱だけ残っていたんだ。すまないが」

勇者「アーアー聞コエナーイ」

賢者「そうか。これは特に送る場所を決めてなかったから、どこへ持って行ってもいいんだが……」

勇者「……今何て言った!?」ガバッ

賢者「これはどこへ持って行ってもいい、と言ったんだ」

賢者「分かるか?『どこでも』だ」

勇者「……!」

賢者「しかし疲れているんだったな、仕方ない。これは――」

勇者「よし!ここはもう一頑張りしちゃおっかな!」スクッ

賢者「おお!行ってくれるか!?」

勇者「しょーがねえなー、行ってやるかー」

賢者「ただしあまり長くなると誤魔化しきれなくなる。早めに戻るんだぞ?」

勇者「了解ッ!!ルーラッ!」

バシュン!

~書庫・アカシック・レコード~

《おい、俺のノコギリどこ行ったんだよ!》

《お母さーん、シーラがおなかすいたってー》

《くっそ~、これっぽちかよ。シミったれてんなぁ》

《なるほど、そうかそうか……》

《あーあー、コホン……我々は!……違うな、ワレワレワ!》

《この水飲めんのかよ》



魔導師「これは……いつにも増して調子が悪いですね」

魔王「ううむ、ここまで不発だったのは初めてだぞ……」

魔導師「今回は頼りにはなりそうもありませんね」

魔王「そうだな。しかしもうこれ以上の情報となると……ん?」

魔導師「何か……?」

魔王「この魔力は……もう来たのか」

ガチャ…

侍女「……魔王様、少々よろしいでしょうか?」

魔王「分かっている、勇者だろ?」

侍女「は、はい」

魔王「今日は何の用だ?」

侍女「何でも、採り過ぎた魚を配って回ってい――」

ヒョコ

勇者「お!いたいた!魔王発見であります!」

侍女「ちょっと!付いて来ないよう申し上げたはずですよ!」

魔王「何しに来た?」

勇者「いやーこっちでちょっと魚が大漁すぎちゃって……ふん!ふんっ!」グイグイ

魔導師「この匂いはアジか?それにしても随分大きい荷物だな」

魔王「アジ!? おい貴様!それ以上前に進むんじゃない!」

勇者「おいおい!何て小せえ扉だよ!」グイグイ

魔王「やめろと言ってるだろ!貴様、お父様の書庫を生臭くするつもりか!」

勇者「あっ」ツルッ

ドコッ!

ドサドサー…


侍女「あ」

魔導師「……」

魔王「」

勇者「あーあ、こぼしちまった。魔王~!ちょっと拾うの手伝ってくれよ!」ヒョイ ヒョイ

魔王「き、貴様、お父様の書庫を……よくも……よくも……!」プルプルプル

魔導師「お、落ち着いてください魔王様!ここで魔法を使うのは!」

魔王「分かっている……!」ダダッ

勇者「うん?」

魔王「死ねッッ!!」ビュン

ドゴッ!

勇者「へぶっ!」

魔王「お前はどうしていっつもいっつも!」

ドコッ

ガスッ

勇者「あだ!いで!」

勇者「おい魔王!俺を落とす気があるんなら鉄拳より唇だぞ!?いつも言ってるだろう!」

侍女「これはヒドイ……換気しないと」


魔王がひとしきり勇者を殴って立ち去っていった
その後勇者達が全ての魚を片付けるにはそれほど時間はかからなかった

勇者「よっし、ありがとさん! てか魔王はどこ行ったんだよ。せっかく会いに来たのに」

侍女「この状況で会えると思ってるんですか? 本当に救いようのない頭してますね」

魔導師「おい勇者、お前が来ることは魔王様は好まれない。金輪際――」

勇者「うわあ!! トッ、トカゲ人間だー!!」

魔導師「お前今まで気付かなかったのかよ!」

勇者「へー、俺初めて見たぞ?」



魔導師「ふん!トカゲ人間などという無礼な呼び方はやめろ!リザードマンと呼べ!」

勇者「どっちも同じじゃん」

魔導師「全然違う! いいか、俺たちのことはリザードマン、もしくは高貴なる種族サラマンダーと呼ぶんだ!分かったな!」





魔導師「……あれ、あいつどこ行った?」

侍女「あなたがしゃべってる間に走って行きましたよ」

勇者「……お!ここにいたか」

ドンドンドン

勇者「おーい!魔王!魚届けに来たぞー!おーいってば!」

魔王「……」

勇者「おーい!開けろよ!おーい!」

魔王「……」

勇者「開かねえな……帰るかな?」

魔王「……」

勇者「後で魚モリモリ食っとけよ~!」タッタッタッ

魔王「……」

勇者「お届け物です!ヨロシク!」

側近「何だこれ、全部魚か?」

勇者「魔王に何かうまいモンでも作っといてくれよ」

側近「毒は入っていないだろうな」

勇者「毒??アジって毒あったっけ?」

側近「いやそうじゃなくて」

勇者「とにかく塩さえあれば美味しくなるんで、魔王に、くれぐれも魔王にヨロシク!」

側近「だから毒は」

勇者「あ、そうだ。『勇者より愛を込めて』ってメッセージとか残してみたりするか」

側近「……」

勇者「うわ!俺キザ過ぎ!……でも女ってそういうのがいいんだっけ?確か」

側近「はいはい、とりあえずこれはもらっておくから」

勇者「ちょっと単調すぎるか。『永遠の』って付け足しとこ……よし、OK!じゃあな!」タッタッタッ



側近「……豚にでも食わせるか」

ガチャ

魔王「……行ったかな?」

ガシッ

勇者「魔王キャッチ! アンドノーリリース!」

魔王「あっ……」

勇者「よおし!では約束通りアジ料理パーティ―――」

魔王「お、お前!隠れてたのか!」

勇者「うん、まあ」

魔王「卑怯だぞ!魔力を隠すなんて!」

勇者「え?何で?」

魔王「お前今までそんなことしなかったじゃないか!」

勇者「別にそんなルールないし」

魔王「く……」

勇者「や~い引っかかった~!マーヌケー!!」ニヤニヤ

魔王「……」プルプル

勇者「そいじゃあ一緒にアジでも食おうじゃない!」

勇者「今日は特別に、俺の膝の上に乗りながらでもいいぞ?」

魔王「乗るか!そんなもん!」ブンブン

勇者「まあまあそう遠慮するなって!」

ヒョイ

魔王「これは遠慮じゃ……って何をする!下ろせ!」バタバタ

勇者「おーい!エルフのじーさん!魔王捕まえたぞー!」タッタッタッ

側近「やれやれ、捕まってしまいましたか、魔王様」

魔王「おい側近!見てないで何とかしろ!」

側近「無茶言わないでくださいよ……まあひとまず敵意は無いみたいですし」

勇者「ここんとこ魔王成分が足りな過ぎだったからな~。時間が来るまでしっかり補充しないとな!」タッタッタッ


魔王は無理やり勇者の膝の上に乗せられ、屈辱的な2人だけのアジ料理パーティーが開催された
魔導師と侍女はその様子を苦々しく見ているだけで、身動きが取れない
魔王ですら敵わない相手に下手に手を出すわけにもいかないからだ

勇者「ほら魔王、あ~ん」スッ

魔王「……」プイッ

勇者「何だよ、ちゃんと食べないと元気出ないぞ?」

魔王「お前さえいなくなれば元気になるんだ!」

勇者「またそうやって照れ隠しして~」

魔王「照れ隠しじゃない!」プイッ


侍女「魔王様……おいたわしや」

魔導師「くっ、俺にもっと力があれば……!」ギリッ

暗黒騎士「……」

側近「魔王様があんな顔をされるのは久し振りだな……」

魔導師「側近!落ち着いて見てないで、魔王様をお救いする方法をお考えになったらいかがか!」

側近「そう言うな。奴も時間が来たら帰らなければならんみたいだし、ほっとくのが一番だろう」

魔導師「のん気なことを言ってる場合か! 万が一奴がその気になったら、魔王様の一大事なのだぞ!」

側近「それはないな、絶対にあり得ん」

魔導師「分かるものか!奴は勇者なのだぞ!」

侍女「魔導師の言う通りです。先日の件で一時共闘したとはいえ、勇者など信用していいはずがありません」

魔導師「暗黒騎士!お前も何もせず見ているだけだなんて、恥ずかしいとは思わないのか!」

暗黒騎士「……勇者からは、一切の害意は感じられない」

侍女「それは……そうですが」

魔導師「しかしだな」

暗黒騎士「……魔王様がご無事であれば、それで良い」

魔導師「チッ!どいつもこいつも!」

勇者「あー、何とかして魔王を持って帰れねーかなー」ギュウ

魔王「私は物じゃないぞ!」

勇者「大丈夫だって!魔王が素直になるまで何度でも通ってやるから!」

魔王「……」

勇者「その代わり、今日はしっかり勇者成分補充しとけよ?」

魔王「私にそんな必要はない!」

勇者「でも悪いな魔王。今日は意地悪な賢者のせいで、すぐに帰らないといけないんだ」

魔王「今すぐ帰ってもいいんだぞ」

勇者「むくれた顔もイイ! よ~し、ほっぺにチューしてやる!」

グイッ

魔王「やめろやめろやめろ!!」グググ…

側近「……時に勇者よ」スッ

勇者「ん?」

側近「こんな物を魔王軍にまで配りに来るなど、よほど食糧が余っていると見えるが……一体どうしたんだ?」

魔王「……!」

勇者「じゃあ魔王、こっちは食べる?あ~ん」

魔王「ゆ、勇者!」

勇者「うん?」

魔王「こんなたくさんの魚、一体どうしたんだ?そっちはいつも食糧不足だっただろうに」

勇者「何か、全ての生き物がやたら活発になってる……って賢者が言ってたな」

魔王「ほ、ほう……それで、何か原因は分かったのか?」

勇者「いや、それが全然なんだって。やってる事は例年通りのはずなのに、薄気味悪いくらいに結果が違うんだってさ」

側近の助け舟により、魔王は窮地を脱することができた
それでもやはり膝からは下ろしてもらえなかった
その後魔導師に時間の経過を何度も指摘され、勇者は泣く泣く魔王を解放する


勇者「じゃあな魔王、俺がいなくても泣くんじゃないぞ?……グスッ」

魔王「泣いてるのはお前だろう……」

勇者「あー!やっぱ帰るのやめ!今日はここに泊まる!」

侍女「お帰りください。魔王城に空き部屋などありません」

勇者「しょうがねーなー。じゃあ魔王の部屋に泊まる!」

侍女「!……魔王様が、あ、あなたを部屋に招き入れるなどとお考えなのですか?」ピクピク

勇者「ダメなの?じゃあ部屋交換な」

侍女「……は?」

勇者「俺と魔王はアンタの部屋使うから、アンタは魔王の部屋使ってて」

魔導師「おい、どうしてそう都合よく曲解するんだ!お前の頭はどうなってる!」

勇者「とにかく俺は魔王と添い寝したいんだよ!添い寝できなきゃ寂しくて俺死んじゃう!」

侍女「……死ねばよろしいのでは?」

魔王「もう帰れ。時間が来てるんだろう?」

勇者「あ!良いこと思いついた!」

魔王「言わなくていい」

勇者「魔王が俺と一緒に戻――」

魔王「言うなってば!」

勇者「え~超良いアイデアなのに~」

魔王「いいから早くルーラで……ん?ちょっと待った」

勇者「どしたん?」

魔王「どうしてまたしても魔王城に飛んで来れた?まだ結界は生きてるはずだが」

勇者「ああそれ? 俺が術式組み替えて、オリジナルルーラ作ったんだ!これでいつでも魔王に会えるよん♪」

魔導師「!?」

侍女「はっ!?」

側近「ほう……」

魔王「じ、自分で新呪文を構築しただと!? いい加減な事を言うな!」

勇者「そんな事言ったって、できちゃったんだからしょうがないじゃん」

魔王「バカな……! 勇者にあるのは精霊の加護だけのはず……魔法の才覚など……!」

勇者「もうちょっと話続けたいけど、そろそろ帰らないと賢者的にヤバい。またなっ!魔王!」

魔王「じ、侍女ッ!」

侍女「はいっ!」サッ

勇者「ルーラッ!」

バシュン!

魔導師「本当に別種だったぞ……どうなってんだ?」

魔王「……読めたか?」

侍女「はい、何とか……しかし、これは解析にだいぶ時間がかかりそうです」

魔王「どれくらいだ?」

侍女「どんなに早くとも、2週間は必要です」

魔王「くっ、それだけあれば、おそらくまた別のルーラで飛んでくるか……」

側近「これは驚きましたな。あの男、まさか新呪文まで構築できるとは」

魔王「むむむ……」

側近「認めましょう魔王様……歴代のものと比べても、あの勇者は飛び抜けた力を持っています」

側近「私は、あの男が敵にならないことを祈っておりますよ」

スタッ

勇者「ふぅ、何とか生き返ったぜ!」

賢者「……」

勇者「おーい賢者!これで全部配り終わったぞ!」

賢者「……終わったか、ご苦労。では次に移るぞ」スッ

勇者「次?もう何も……?」

賢者「まだ体力は充分なようだな」

賢者は戦闘の際にしか身に着けないはずの聖具を纏っていた

勇者は知っている
賢者は体を張った冗談を言うタイプの人間ではない
つまり……


勇者「……本気なのか?賢者」スチャ

賢者「ちょいと事情があってな、今すぐにでもお前を鍛え直さなければならんのだ」

勇者「お前では俺には勝てない……知ってるだろ?」

賢者「ああその通りだ。しかしお前も俺に勝てるわけではない。そうだろう?」

勇者「……これは嫌な相手だな」ジリッ

賢者「それはお互い様……だ!」サッ

勇者「!」

バシュッ!

勇者「くっ」


ドゴォン!ドカァァン!ズゴォン!


賢者「ほう、さすがは勇者。28発全て避けるとはな」

勇者「そんなノロマなマジックミサイルが当たるわけねーだろ」

賢者「やはりお前には普通の飛び道具は通じないか……ではこれならどうだ」ス…

勇者「……?」

勇者「……」


勇者「!?」サッ

ドゴォォン!!

勇者「がっ!」

勇者のわき腹が突如爆発する
しかし飛んで来ていたはずの魔法は見えなかった


賢者「おお、初見で2発も避けるとは!……いい動きだ」ニヤ

勇者「ぐ……視えなくしやがっただと……」

賢者「もう理解したのか。その通りだ」

勇者「!……またか」ダダッ

賢者「これは最近新しく開発した呪文でな。至近距離に達するまでは、例えお前でも見えないし感知できない」

勇者「ふんっ!くそっ!」サッ

ズゴォン!!

勇者「チッ!」ザザッ

賢者「しかしその分少々威力が劣る。1発で仕留められるのはせいぜいサイクロプスがいいとこだ」

勇者「お前らしい厄介な魔法だな!……っとお!」ダダダッ


勇者は賢者に向かって全速力で突っ込んでいく


賢者「そうだ。魔法の相手をして遊ぶ必要などない。優先すべきは《敵を倒す》ことだ」

勇者「うおらぁぁあ!!」ダダッ

賢者「では新魔法第2弾だ」サッ


ヴゥン…


賢者の背後から無数の光の玉が現れる
あの玉の全てがマジックミサイルなら、もはや勇者の敗北は確実だった


勇者「こりゃあ豪勢なライトアップだな!」ダダッ

勇者「随分キレイだぞ、賢者ァ!」ダダッ

つまりコケ脅しである
瞬時にそう判断した


賢者「なるほど、当然分かってしまうか。」

勇者「食ぅらええ!!」ブンッ

賢者「やはりこれは失敗作か……まあ一応撃ってみよう」サッ


バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!
 バシュッ! バシュッ!バシュッ!
バシュッ! バシュッ!バシュッ!バシュッ!
 バシュッ!バシュッ! バシュッ!バシュッ!

ザンッ!

賢者「む……」


ボン! バシッ! ズゴォォン!!! ドゴッ!

勇者「ごはっ!?」バッ


強烈なマジックミサイルの一撃を肩に受け、勇者はとっさに後方へ飛び退く


賢者「何だ、そこそこ通用するじゃないか」

勇者「へっ……これはまた、奇をてらった魔法をお持ちで……」ニヤ

賢者「しかし相手を仕留め切れないとあっては、やはり失敗という他ないな」


賢者の背後から放たれたマジックミサイルは、その一つ一つの威力が違っていた
多くのハズレの中にアタリが隠されているのだ


賢者「ではこの2つを組み合わせて実践してみよう」

賢者「俺の魔法を遮断できたら、そこで終わりにしてやる」

勇者「それって要するに、命取ってみろってことじゃねえか」

賢者「まあそういうことだ……死なない程度に凌げよ」サッ

ヴゥン

勇者「チッ!」チャキッ



目に見えない魔法と、目に見える大量のハズレ弾
勇者はこの2つに始めは翻弄されながらも、次第にその奇術を凌駕する技術を身に付けていった
しかし未だ避けるばかりで、賢者の体に剣を当てるまでには追いつかない


賢者「よしよし、ちゃんと対応できるようになってきたな」

勇者「くそっ!はぁっ……はぁっ……本当に、鬱陶しい魔法撃ちやがる!」

賢者「では第3弾といこうか」

勇者「な……」

賢者「マヌーサ」


ヴゥン…


勇者「!?」

突如賢者と同じ姿をした幻が大勢現れる
それは確かに幻術であったが、対象の脳に干渉する類ではなかった


勇者「へへっ……お目付け役がこんなにいるんじゃ、魔王のとこに行くのも苦労しそうだ!」チャキッ

賢者A「さあ勇者」

賢者B「お前の根性を見せろ」

勇者「声まで出るとは便利だな!」ダダダッ

賢者C「どれが本体か分かるかな?」

勇者「最初からいた奴が本体に決まってんだろ!」ダダッ

賢者D「そう思うなら当ててみろ」

勇者「じゃあ遠慮なくっ!」ブンッ

ズバッ!


勇者「やった!?……いや!」

賢者D「バカめ」

賢者E「ハズレだ」

勇者「手ごたえがおかしい……くっ!」バッ

勇者は危険を感じて防御の体勢になる
幻の賢者達が一斉に杖を構えたのである


バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!
  バシュッ!  バシュッ!
バシュッ! バシュッ!バシュッ!バシュッ!

賢者F「その幻は質量を付随させてあるからな」

ボン!  ズゴンッ!

   ドォン!

賢者G「さらに本体と同じ魔力を感知できるようにしてある。見破るのは難しいぞ」

勇者「くそっ!ふんっ!」ササッ

賢者H「幻に当たらないように魔法を放つ」

賢者I「これが結構難しくてなぁ」

勇者「ぬかしやがるっ!」ダダダッ


   バスッ!    ボンッ!!

パシュッ! ドゴォォン!!!


勇者「ああもおっ!お前の魔法手数多すぎ!」ダダッ

ズゴォン!!

勇者「痛ってぇ!」ザザッ

勇者「ったく、次から次へと、えげつねえ魔法ばっかり出しやがる!」ブンッ

ザンッ!


賢者J「……惜しいな」

賢者K「それもハズレだ」

勇者「うおおおおお!!」ダダッ

賢者L「…………」

勇者「はぁっ、はぁっ、くそっ!まるで当たらねえ!」

賢者M「いやいや、なかなか上出来だぞ」

賢者N「もう俺の幻も通用しなくなってきてる」

勇者「へっ……何か知らねえけど……っと!」サッ


ズゴォォン!! ドガンッ!ドォン!


勇者「だんだん分かってきたぜっ!」ダダッ

賢者O「お前は面白いぐらいに成長が速いな」

賢者P「さすが、祝福を得るだけのことはある」

勇者「おら死ねぇぇええ!!」グッ

賢者Q「届かんぞ!」ダンッ


居場所を突き止められた賢者の本体は、勇者の剣よりも速く動き回避する


ビュン!

賢者Q「む!?」

ザクッ!!

賢者Q「ぐほっ……!」ドサッ…


持ち主を失った剣が賢者の腹に刺さり、賢者はその場に倒れる
その瞬間に全ての幻と光弾が消える


勇者「はぁっ、はぁっ……いくら賢者様でも……はぁ、はぁ、腹に刺さったまんまじゃ、回復できねえだろ……!」

賢者「くっ……み、見事だ。はぁ、はぁ……とりあえず……合格としよう」

勇者「一々偉そうに……」グッ

勇者「すんなっ!」

ズシュッ!

賢者「おごっ……」


勇者は賢者に刺さった剣を引き抜く
賢者の腹からの出血が瞬時に止まり、傷は既に消えていた


勇者「相変わらずワケ分かんねえ体してるよな。どうなってんだよ、それ」

賢者「お前には体の方に秘密があるように見える。それだけのことだ」

勇者「そうかよ」

賢者「しかしさすがは勇者だな、やはり小細工は通用しないか」

勇者「お前が殺す気で来てたらマズかったけどな」

賢者「そのつもりだったんだがな……では本番といこう」

勇者「は!?まだやんのかよ」

賢者「今までのは自慢も兼ねた準備運動だ。ここからが本当の修練だ」

勇者「ただの準備運動で消耗しすぎだと思うんだが、もしかしてそれ自体が準備なのか??」

賢者「その通りだ。だいぶ分かるようになってきたじゃないか」

勇者「分かりたくはねーけどな」

賢者「では行くぞ、ルーラッ!」

バシュン!



賢者「……よし、準備もしっかりできてる」

勇者「今度は何する気だよ」

賢者「先日の魔獣出現には俺もいろいろと興味があってな……確かこんな感じだったか?」サッ


ズズズズ…


勇者「!?」

賢者「大きさは……大体このくらいだったか」


ズズン!!!


ベヒーモス?「ゴウオアアアアアアアアッッッ!!」

勇者「ま、またコイツかよっ!」ジリッ

賢者「ほう、お前の記憶通りにできたか。それは良かった」

勇者「あり得ねえ……」

賢者「ん?」


ベヒーモス?「ゴッ!グルルッッ!ゴフッッ!!」ザッザッ


勇者「いくらお前でも、コイツと同じ分の魔力なんて……」

ベヒーモス?「グワアアアアアッッ!!」

ドドッ! ドドッ! ドドッ!

勇者「うわっ!?」サッ

ドゴッ!!

勇者「ぐっ!」

ザザッ…


賢者「そうだな、いくら俺でもベヒーモスと同等の魔力など用意できん」

勇者「く……くそ……」ヨロヨロ

ベヒーモス?「ゴフッ!フッ!ガアアッ!!」ザッザッ


賢者「今のはかなりキツかったな。骨も3本ぐらいはいったんじゃないか?」


勇者「このぉおおおお!!」ダダッ

ベヒーモス?「グアッッ!!」ブンッ

ガキンッ!

勇者「ぐ、く……」ギシギシ…

賢者「同じ魔力は用意できなくとも、同じ効果を発揮させるぐらいなら何とかできる」

賢者「ああそれと、その幻体には俺の格闘技術とお前の行動パターンをインプットしてある」

賢者「より効率よくお前にダメージを与えられるはずだ」


勇者「ホ、ホント、サイッテーな魔法使いだよな……!テメエは……!!」ミシミシ…

ベヒーモス(幻体)「ゴオオオッッ!!」ブンッ


幻体から横向きに前足が飛んでくる
今度は遮るものはない

勇者「く、く……っそお!!」ガクガク

ドコォッ!!

勇者「ごほっ……!」

ドサッ


賢者「何回転がされているつもりだ。早く立って反撃しろ」


勇者「くそッ!後で殺してやるからな!テメエ!」ダダダッ

幻体「ゴウッ!!」

賢者「後じゃなく今殺してみろ」

賢者「今の俺は幻体の維持に魔力のほとんどを消費している。これはまたとないチャンスだぞ?」ニヤ


ガキンッ!!

勇者「ぐ……おおおお!」グッ

幻体「グルッ!ゴフッ!グルルルッ……」グググ…

勇者「ま……真っ黒剣士ぃいい……!!」サッ

ズズン!!


勇者は前足からの圧力を受け流し、幻体の陰に潜り込む
標的を失った幻体は一瞬動きが止まる

幻体「ゴッ!!」

勇者「おらっ!!」ブンッ

ズバッ!!

幻体「ガアアアアッ!?」


賢者「ほう、やるな」


その後勇者は何度も幻体を斬り付け、その活動を停止させるまでに到る
やはり偽物ではスタミナに難があったのだ

幻体「ゴォォ……」

ズズゥン…


勇者「はぁ、はぁ、はぁ……」フラッ

バタッ…


賢者「……ここまでか」

勇者「」

賢者「偽物とはいえ、よくここまで耐え抜いたな。では回復してやろう」サッ


パァァ…


賢者「……やはり、いつもより回復の効率がいい」

賢者「現実を見つめなければならないか……」

~魔王城~


側近「……」


今側近の手元には一枚の小さく薄い金属がある
それは高濃度の魔力を用いなければ、曲げる事も折る事もできない特殊な金属であった

その小さな分量であっても、市場に持ち込めば大きな屋敷が建つほどの貴重品である
この金属板は勇者が持ち込んだ献上品の中に紛れ込んでいた


側近「これは、魔王様にご報告に上がるしかないな」

これを仕込んだ人間にはもう検討はついている
一目見てただならぬ魔力を秘めていると直感した、あの男で間違いないだろう


側近「……ふむ、何度読んでも変わりはしないか」


側近はかすかな望みをかけて文言を読み直すが、当然書かれたことが変わるはずもない


側近「厄介なことになるだろうな……」


金属板にはこう書かれていた




”四神柱の一つ『豊穣』が目覚める”




to be continued


魔王「側近よ、ただならぬ用件とは何だ?」

側近「魔王様、これを……」スッ

魔王「これは……オリハルコンじゃないか。珍し……」ピクッ


魔王は金属板に刻まれた文字を見て口を閉ざした
そこに書かれた文言は冗談で済まされるレベルのものではない


側近「おそらくは賢者による仕込みかと思われます」

魔王「……」

側近「理由は分かりませんが、ヤツは四神柱の出現に確信を持っているようなのです」


魔王「どうにも分からんな……だからといって、それを我らに伝えてどうする気なのだ?」

側近「どうなんでしょうな」

魔王「側近、何か心当たりはないか?」

側近「さて……私には、とんと分かりませんな」


魔王は即座に側近が何かを隠していることを察知した
側近からこの言葉が出た時は、隠された計略の8割以上が既に達成していることを示す


魔王「分からないか、ならば仕方ないな」

側近「はい、仕方ありません」


側近が隠し事をする場合には共通項がある
それは魔王軍の利益になることであり、なおかつ魔王の感情を害する可能性のある計画であるということだ


もし本当に『豊穣』が目覚めるのだとすれば、これは魔王軍にとって一大事である
自分を含めた魔王軍の全力を傾けても、乗り越えられるかどうか分からない
しかし、自分の気に入らない方法を選択肢として取り入れるならば、あるいは『豊穣』に勝利する目もあるかも知れない


魔王「側近……キサマ、この私に『勇者と手を組め』と言うつもりなのか?」

側近「……四神柱を相手にして、魔王軍だけで勝てると考えるほど、私は甘くはありません」

側近「もし賢者の確信が真実であれば、もはや勇者と争っている場合ではございませんぞ?」

魔王「……」


確かに側近の言うことは正論であった
もともと魔王軍は四神柱と戦うことを目的とした組織ではない
また、人間に対抗するための軍隊というわけでもない
まれに人間側と小競り合いをすることはあっても、それは魔王軍本来の目的とは離れたものなのだ


バサッバサッ…


側近「おや、使いが戻ったようです」

スタッ…

ガーゴイル「魔王様、側近様、52の全偵察隊からの情報をお持ちしました」

側近「報告を述べよ」

ガーゴイル「はい、やはり側近様の読み通り、人間達が各地で『豊穣』と思しきものを探しております」

側近「そうか。総力と配分は分かるか?」

ガーゴイル「はい、人数はおおよそ10万を越える程度。陸地に8割、海に2割といったところです」

側近「……魔王様、やはり人間達は四神柱のことをよく知らぬようですな」

魔王「愚か者どもめ、陸などいくら探しても無意味だというのに」

魔王「ヤツは必ず海から現れるのだ」


勇者「なあ、いつまでこのままなんだ?」

賢者「当然、事が起こるまでだ」

勇者「もう1週間近くずっとこんな感じだろ?これじゃ牢獄にいるのと大して変わらねーぞ」

賢者「ワガママを言うな。お前は最大の切り札なんだぞ? 勝手に消耗されては困る」

勇者「そうは言ってもな、このままだといざって時に素早く動けないぞ?」

賢者「片栗粉じゃあるまいし、そんな簡単に体が鈍るわけないだろう」

勇者「じゃああれだ。退屈で心が枯れていって、何事にも無関心になってしまう、みたいな感じで!」

賢者「本気で要求する気があるなら、せめて主張の内容ぐらいは最後まで考えろ!」


勇者「つまり、それだけ俺も追い詰められてるってことだよ!分かれよ!」

賢者「自分の脳が鈍った責任を任務におっ被せるのはやめろ」

勇者「ふぁあ……正直な話、さっきから眠くてしょうがないんだ」

賢者「勝手にそこらへんで寝たりするなよ? お前の行動一つが、隊の士気全体にまで関わってくるんだぞ」

勇者「寝かせるようなことさせといて、なおかつ寝るなって……相当ヒドいと思うぞ?それ」

賢者「名誉職とはそういうものだ」

勇者「じゃあ俺のセルフプロデュースで、新しい勇者像を確立するってのはどうだ!?」

賢者「遂に頭のネジが外れだしたか!このアホが!」

賢者「グータラ露出狂の勇者のイメージなど、王国にとって純粋なる害悪以外の何物でもないぞ!」

勇者「ダメか~!」


賢者「ダメに決まってるだろ! 常識で考えろ!」

賢者「……全く、先代の勇者は王城の方針に背いてもなお、その高潔・清廉の評価を汚さなかったというのに……」ブツブツ

勇者「またその話かよ」

賢者「お前がちゃんと理解できるまでは何度でも言うぞ?」

勇者「……その勇者ってさ、最後は誰にも知られずに死んだんだろ? 何があったんだろうな」

賢者「さあな、何しろ大昔の話だ。今更真相など掴めんさ」

勇者「……う~ん」

賢者「さ、無駄話は終わりだ」

賢者「みんなの前で真剣な眼差しになり虚空を見つめ、直立不動になる作業に戻るんだ」

勇者「ええ~! またアレやんの~??」


賢者「アレは意外と評判が良かったからな。俺の見立てではあと2回ぐらいは有効だろう」

勇者「ヤダヤダ! あれこそ退屈の極致を凝縮させた仕事じゃねーか! 他の仕事やらせろ~!!」

賢者「文句言うな! お前の落とした評判を取り戻すのに、俺たちがどれだけ苦労してると思ってるんだ?」

勇者「いいじゃん、別にそんなモン!」

賢者「お前一人がよくても、王国全体にとっては大問題なんだよ!」

勇者「そうは言うけどさ、勇者の仕事なんて突き詰めりゃ1つしかないだろ?」

賢者「本質はそうでも、お前の存在の波及効果を考えれば、その影響を無視するなどという選択肢はない」

勇者「そうやって嫌な仕事ばっか押し付けてたら、そのうちキレて暴れ出すかも知れないぞ??」チラッ

賢者「我慢しろ、お前は勇者だろ?……まあ、そんな下らんことをするヤツが勇者になるとは思えんがな」

勇者「くっそ~! 俺だって好き好んで勇者になったわけじゃねえよ!」バタバタ

賢者「騒ぐな、埃が立つ」


勇者「あーもー! あれもそれもこれもどれも全っ部、魔王が悪いんだー!!」

賢者「また始まった……」

勇者「もう怒ったぞ! 絶対に魔王と結婚してやるっ!」

賢者「お前のその興奮すると無意味に魔王が出てくるのは何なんだ?」

勇者「アイツの顔を思い出すとムカッ腹が立つんだよ!」

賢者「会話になってないな……どうもよく分からんが、お前は魔王のことが好きなんだろ?」

勇者「うん!メッチャ好き! 好きすぎてこの前新しい呪文できた!」

賢者「じゃあ何でムカッ腹が立つんだよ。片想いをこじらせて脳が故障でもしているのか?」


勇者「俺の複雑な心の内だけは、例え賢者でも分かるまいよ……」

賢者「今更俺の前でカッコ付けても滑稽なだけだぞ?」

賢者「さ、早く落ちた評価を立て直しに行くんだ」グイグイ

勇者「い、嫌だ、行かなイ!ココ、ワたしの家!」

賢者「何で発音おかしくなってるんだよ。いいから行け」グイグイ

勇者「イーヤーダー! 他のことなら何でもするから~!」

賢者「……ほう、言ったな?」ニヤ…

勇者「ほえ?」


~陸地~

調査隊員A「どうだー?」

隊員B「……異常なし、観察終了だ」

隊員A「了解、班に戻るぞ」

隊員B「おぉ」


2人は緊張感のないまま2、3分ほど辺りを見回して引き上げていく
どうせこんな所には何もありっこない
始めから分かっていた事だ


隊員A「……しかし今回は随分楽な任務だよな」

隊員B「言えてるな。だがまあ、たまには楽しないと体がもたねえよ」

隊員A「お前そんな立派な働きしてないだろうが」

隊員B「分かってねえな。見えない所に細やかに手を打っておくのが、俺の流儀なんだぜ?」

隊員A「ははは、そうかよ」

隊員B「……大樹か、一体何のことなんだろうな」

隊員A「上のヤツらの考えなんて、探ってもしょうがねえよ」

隊員B「とりあえず、今回はちょっとした遠足みたいなモンだと思っとこうぜ?」

隊員A「……そうだな」


隊員達に下された命令は不可解なものであった

『大樹の形をした怪物を探せ』

その命令の目的も詳細も告げられないまま、各々が疑問を感じつつも各地で調査を続けていた
そして中には、調査隊の目的に気付く者も少なからず存在した


ガサガサッ…


隊員C「……ふぅ、ここも異常なし、っと」

隊員D「あっちも同じだったぞ。まあ言わなくても分かるか」

隊員C「そりゃまあな。こんなとこに怪物なんて出るワケねえよ」

隊員D「そうだろうけどさ、一応任務だからな」

隊員C「何なんだよ、今回の任務は……」

隊員D「……」


隊員C「ん? どうした?」

隊員D「俺、思ったんだけどさ」

隊員C「……何だよ」

隊員D「大樹……だよな?」

隊員C「それがどうしたんだよ」

隊員D「いやあ、オレの町にも恵みの礼拝堂がいくつもあるんだけどさ」

隊員C「……」

隊員D「やっぱ祀られてるんだよな、大樹が」


隊員C「……お前、そんなこと言い出したらキリがないぞ?」

隊員D「ん~……」

隊員C「オレんとこにも恩恵堂は何軒もある」

隊員C「確かに大樹は祀られてるけど、他にも鹿だの魚だの鳥だのがひしめいてる」

隊員C「お前んとこだってそうだろ?」

隊員D「そりゃそうだけどさ」

隊員C「だろ?」

隊員D「……でも、その動物は礼拝堂によってバラバラだろ?」

隊員D「それなのに、中心に大樹があるのはどこも同じなんだ」

隊員C「……」


この国では四柱の神々が世界を支えているという信仰が盛んであった
そのうちの一つである『豊穣』を司る神を祀る礼拝堂は、恩恵堂という略称で人々に親しまれていた
そして恩恵堂の奥には、大自然を表す絵画が鎮座しているのが一般的であった


隊員D「もしかして、オレ達が探してんのって……」

隊員C「んなわきゃねえだろ! 考えすぎだって!」

隊員D「そうかなぁ」

隊員C「ヒマだからそんなこと考えんだよ。ほら行くぞ!」


~船上~

隊員E「えーっと、レイ・マクドウェルさんで間違いないですね?」ペラ…

船員A「……」コクッ

隊員E「確認しました。ではお仕事頑張ってください!」ニコッ

船員A「……」クルッ

隊員E「はい、ではあなたは……んー」

船員B「モーガン・クロディウス」

隊員E「モーガン……はい、クロディウスさんですねー」サラサラ…


船員B「……なあ、アンタ」

隊員E「はい?」

船員B「そのカッコ、アンタも王城の命令で来た調査隊のメンバーなんだろ?」

隊員E「はい、そうですね」

船員B「じゃあ何で貨物船なんかに乗っかってんだ?」

隊員E「こちらの人員の報告に齟齬があるとの報告を頂きまして、ちょっと向こうの……あれはえっと……」

船員B「『ノーザン』だろ?」

隊員E「あ、そうそう、そこからちゃんと実員を確認せよとのご命令でしてね」


船員B「……しょうがねえだろ。何しろ、いきなりやって来て進路変更させられたんだ」

船員B「タダでさえクソ忙しいのに、一々人数なんて数えてられるかよ」

隊員E「うーん、そうですねー」

船員B「大体こっちは金にもならない作業させられて、いい迷惑なんだ」

隊員E「仰る事はごもっともなんですが、どうも緊急事態らしくて……」

船員B「その緊急事態ってのは何なんだ?」

隊員E「うーん、こればっかりは機密事項の分類になりますので、私の口からは……」


船員B「言えねえのか」

隊員E「はい、残念ながら……」

船員B「チッ」

隊員E「申し訳ございません」ペコッ

船員B「……ま、アンタも大変だろうな。そんな仕事おっ被せられてよ」

隊員E「いえいえ……」

船員B「しかし、あっちは関係者以外まで引っ張ってくるほど忙しいんだろ?」

船員B「アンタだけ、こんな所でのん気にペンなんか走らせてていいのか?」


隊員E「……実は私、向こうであまり役に立てませんで、隅っこのほうに追いやられてるんですよ」

船員B「アンタよっぽど使えねえんだな、同情するぜ」

隊員E「お恥ずかしい……それで、遊ばせるわけにも行かないので、調査以外の仕事を片付けることになったんです」

船員B「ふーん」

隊員E「……では失礼しますね? お仕事頑張ってください!」ニコッ

船員B「ああ、そっちもな」


隊員E「……ふぅ、これで全員か」ペラッ

隊員E「意外と早く分かって良かったな……よし、ルーラッ!」


バシュン!


スタッ


賢者「ん? 戻ったか」

勇者「賢者様! 貨物船セレスト号の乗員228名、全ての確認を完了致しました!」


賢者「どうだった?」

勇者「現在セレスト号にいない6名の乗員は、もともと出港した時点で乗っていなかったそうです」

賢者「まあそんなところだろうな。ご苦労、報告書は俺が届けておく」

勇者「はっ!どうぞ!」サッ

賢者「……随分楽しそうじゃないか?」

勇者「いや~、今回の仕事は妙に性に合ってるといいますか~」

賢者「そうか……よし、じゃあもう寝てていいぞ?」

勇者「イエ~イ!」ゴロン

賢者「ふむ、結構面倒くさい部類の仕事だったんだがな」

勇者「スー……スー……」

賢者「やはりお前は文官向きの人間なんだな」


セレスト号が港に向かうのを見届けてから、もう2時間も経っている
まだ夕方前であったが、辺りは雨雲が立ち込めてきてすっかり暗くなっている


ゴロゴロゴロ…


賢者「雷か、だいぶ荒れそうだな」

勇者「もうすぐ嵐になるぞ? まだ続けるのか?」

賢者「……いや、これはただの嵐じゃない」

勇者「え? ただの嵐じゃないって何だよ。槍でも降ってくるのか?」

賢者「そうではないがな……そろそろ調査も終わりらしい」

勇者「??……やっぱ帰るのか?」

賢者「いいや、もうすぐ調査隊の目的そのものが消滅するということさ」


ビュウゥゥ… 


勇者「……」スッ


賢者「残念ながら、俺の予知夢はまたしても白星を稼いでしまったらしい」

勇者「来るのか」

賢者「ああ……それと、気圧の変化が急すぎる。これは台風かも知れんぞ?」

勇者「大嵐の中の戦いか、こりゃ賢者の特訓よりも面倒くさそうだな」

賢者「おかしなことを言うヤツだな。今まで面倒くさくない戦いなどなかっただろう?」

勇者「へっ! 言われてみりゃそうだったな!」

賢者「勇者、今のうちに体を温めておけ。艦隊の進路はヤツの現れる場所にセットする」

勇者「つまり船の先っちょで待ち構えてろってことか?」

賢者「そうだ。それから、通話のペンダントも忘れるなよ?」スッ

勇者「了解!」チャッ…


ザザッ…

ザァーー…


賢者「……降ってきたか」

勇者「じゃあ、行って来る」

賢者「……勇者!」

勇者「うん?」

賢者「決して死ぬんじゃないぞ? 相手がどんな魔物であるのか、我々には分からないのだからな」

勇者「大丈夫さ! 何たって俺には、魔王と精霊の加護があるからな!」

賢者「フ……また魔王か。お前のその一途なところだけは、他のいかなる歴代の勇者たちよりも優れてるな」

勇者「話は終わりだ、生きていたらまた会おうぜ!」ダダッ


賢者「……」


賢者「死ぬなよ……」


ザザァー…

グラッ…

グラッ……


雨と共に波も激しくなっていく
しかしここからが本番であることを知っている兵士たちは、嵐以上のものに緊張感を走らせた
調査隊というにはやや不釣り合いなこの兵力は、賢者が持ちうる権力を最大限に活用し集められたものであった


兵士A「ほ、本当に来るのか……」

兵士B「諦めろ。賢者様の予知が外れたことなんてないだろ?」

兵士C「我々は本当に刃を向けるのか? 人智を超えた存在に……」


兵士D「はっ! かっ……神サマより、ウチのカミさんに逆らうほうが、よっぽど怖ええってモンだぜ!」

兵士E「無理をするな。お前だけじゃない、怖いのは皆同じだ」

兵士D「お……おお……」

兵士F「『豊穣』様か……俺は恩恵堂の絵でしか見たことがないから、いい記念になるな」

兵士G「へへっ……こん中で実物を見たってヤツがいたら、是非とも講釈をお願いしたいぜ!」


タッタッタッ…


兵士E「うん?あれは……」

兵士G「ゲッ!マジかよ……」

兵士D「おいおいおい……やっぱ俺ってツイてねえんだな」

兵士A「あ~あ、俺の書いた遺書が役に立っちまいそうだぜ」

兵士C「神様は残酷だ……」


自分たちの所へ走ってくる勇者の姿を見た面々は、その落胆の色を隠しきれない
しかし、その目からはいささかも闘気は削がれていない
好き放題文句を言いつつも、やはり彼らは王城選り抜きの精鋭の兵士であった


兵士F「どうやら俺たちの場所が最前線になるようだな」

兵士B「仕方ない、こうなったら運命を受入れてやるさ」


ザザッ!


勇者「世界を救う男! 勇者参上ぉお!!」ニコッ


兵士G「おお~……」

兵士D「わーい、勇者サマだー……」


ポンポン……

ボフ…ボフ…


兵士たちは篭手とグローブに包まれた手で力なく拍手のまねごとをする


勇者「何だよー、みんな反応薄いなー」

兵士E「無理もないですよ。何しろ、相手は神ですからね」

兵士B「いくら精鋭の俺たちだって、やっぱり死ぬのは怖いからなぁ」

兵士G「そういうこと! つまらねえ見栄は抜きにしましょうや!」



勇者「……まずは俺がまっ先に突っ込む。お前達には船体と連絡系統の維持を頼みたい」

勇者「おそらくヤツにダメージを与えられるのは俺だけになるだろう」

勇者「お前達は極力戦うことは避け、俺と賢者達の足場を確保することを最優先として欲しい……いいな!」



兵士一同「「「はっ!」」」




ズズズ……


勇者「……!」

兵士B「波が高い?……いや、あれは……」

兵士D「あ、あれは波なんかじゃねえぞ!」


ズゾゾゾ……

ザパァァン!


突如海面から大きな綱のような物が飛び出す
人間の胴にも匹敵する半透明の巨大な綱が、海面を舞台に踊っていた


兵士C「チッ! クラーケンか!」グッ

兵士G「ま、待て! 一匹じゃねえぞ!」


ズゾゾゾ……   
             ズゾゾ……
      ズゾゾゾ……
                 ズゾゾ……
 ズゾゾゾ……
 
 
勇者「まずはコイツらの相手か……!」タッタッタッ…

兵士A「頼むぜ! 勇者様!」

兵士G「おいおい……クラーケンは群れを作らないんじゃなかったっけ?」


兵士C「言ってる場合か! 来るぞ!」


ブゥン!


兵士B「チッ!」ダダッ

兵士A「クソがっ!」サッ


バシンッッ!

ドシンッッ!


太い綱のような触手が船体に叩きつけられる
たとえ触手をかわしても、その衝撃で船は大きく揺れる


勇者「ふんっ!」

ズバッ! ズバッ!

クラーケンA「キィィイイイイ!!」ズズズ…


足を何本か切られたクラーケンは船から引き上げていく
しかしまた新たなクラーケンが船に取り付こうとする


ビタンッ!

ドシンッ!

勇者「はあっ!」

ズババッ!

クラーケンB「キイイイイ……」ズズズズ…

クラーケンC「キキイイイイイ……」ズズズ…


『クラーケン』
イカやタコのような触手を持ち、その全長が船より大きいものもいる
普段は食料豊富で居心地の良い深海にいるため、海面に近づくこと自体がまれである
つまりわざわざ会いに行かない限り、人間はクラーケンと出会う機会はまずない
人間は彼らにとって効率のよいエサとならないからである


勇者「魔術師部隊が風魔法で押さえる!」

勇者「お前達は奴らの足から部隊を守れ!」ダダッ

兵士D「はっ、簡単に言ってくれるぜ!」チャキ…

兵士E「それでもやるしかねえさ!」スチャッ…


ただでさえ大食漢のクラーケンの群れが一箇所に集まり、ちっぽけな肉の粒を寄ってたかって襲う
それはクラーケン本来の生態からは考えられない異常な行動である
しかし目の前の現実は見聞ごときで変わってはくれない


魔術師A「バギマ!」

魔術師B「バギクロス!」

ヒュンヒュン……


ズシャッ!

バシュッ!

クラーケンD「キイイイイイ!」

クラーケンE「キィイイイ……」


魔法を食らったクラーケン達は、反撃とばかりに足を振り回す


ブゥンッ!!

バキッ!


魔術師B「チッ!浅かった!」

魔術師C「くそ、嵐でうまく風が出せない……!」

魔術師D「続けろ! 撃たないとやられるぞ!」


ブゥンッ!
              グワッ!
     ビュンッ!


魔術師A「!? いっぺんに3本だとっ!」

魔術師D「くっ! 避け――」

勇者「……」ヒュンヒュン…


ズバッ! バシュッ! ザンッ!

ボトッ ボトボトッ…


クラーケン×3「「「キィィィイイイイイイ!!」」」


瞬時に3本の足が切り落とされ、このクラーケン達も船から逃げていく


魔術師D「ゆ、勇者様、恐れ入ります……」

勇者「魔法に集中しろ、お前達は後続の兵士が守る!」ダダッ

魔術師C「はっ!……」スッ

賢者『勇者よ……聞こえるか?』

勇者「賢者か? 聞こえてるよ」タッタッタッ…

賢者『巨大な何かが海の底から上がって来ている。もうすぐ出くわすぞ』

勇者「遂に来るか……ふんっ!」

ザシュッ!

クラーケンF「キィィィィ……」


賢者『ああ、これはベヒーモスよりもはるかに大きい魔力だ』

賢者『おそらく、コイツが『豊穣』で間違いないだろう』

勇者「へえ、やっぱあの牛犬よりずっと―――」


        ドパァァァァン!!


勇者「!?」


クラーケン達の中心から、一際大きな衝撃音が響く
そこから飛び出したのは今まで同様に触手であるように見える
ただし、その数と太さはとてもクラーケンのものとは思えない


魔術師E「な、何だあの太さは……」

魔術師F「気を取られるな! 今は目の前のクラーケンに集中しろ!」


その触手の太さは調査隊最大級の艦の全幅にまで達する
そしてその数は一瞬では何十本あるのかも分からない
その数は足というより、イソギンチャクの突起と言うほうが適切であった


勇者「あ……アイツかっ!!」ダダッ

賢者『これは……おい待て!勇者!』

勇者「悪いな賢者!今はアイツの相手で手いっぱいだ!」タッタッタッ

魔術師E「ゆ、勇者様! あの怪物は!」

勇者「約束通り、一番槍いただきだ!」


勇者「飛行魔法を打て! 俺をアイツのドテッ腹までフッ飛ばせっ!」ダンッ

魔術師E「!……ははっ」ブゥン…

魔術師F「勇者様、御武運を……」ブゥン…

勇者「行っくぜえええ!!」バシュン!


???「……」

ヒュウウウン……

勇者「タイマン張れや! 神様よぉ!!」ググッ


勇者は無数の触手を持つ魔物の体まで、一直線に飛んで行く
剣を持つ腕に力を込める……


シュル…
      シュルシュルッ
   シュルッ!      シュルッ
   

勇者「……来い!」チャッ


触手は勇者に反応し、風を切るほどの速さで次々に襲い掛かる


ヒュンッ!  ヒュンッヒュンッ!
              ヒュンッ!
    ヒュンッ!
                ヒュンッヒュンッ!
ヒュンッヒュンッ!   ヒュンッ!


賢者『……!……!』


ズバッ! バシュッ!

勇者「うおおおお!」

ビシャァアア…


勇者は触手を斬りつけ、足蹴にし、触手からの返り血を浴びながらその進路を確保していった
そしてその先にあるのは、膨大かつ巨大な牙であった


ガチガチガチ…


勇者「うぉぉ……あれが口かよ、気色わりぃ……」ブルッ


ビュンッ!


勇者「っとお!」

ズバッッ!


何百本あるのかも分からない牙が幾重にも並び、その一つ一つが獲物を求めて蠢いている
それは風に揺れる菊の花のようでもあった


勇者「さすが神サマ、すげえ武器持ってやがる……!」


牙は表面がささくれていて、ヤスリのような役割を持っているらしい
あのヤスリに捕まってしまえば、いくら勇者といえど命はない


勇者「……でもな、こっちにだって取っておきがあんだよ!」


ビュンッ!
      ビュンッ!
    
  ビュンッ!
  
  
勇者「はっ!」

ザンッ! バシュッ!


???「……」ガチガチガチガチ!


           ラ イ デ イ ン
勇者「食らえ……驚天雷鳴破撃!!」」




      ―――ズガッッ!!!
   
   
   
???「……!!」


ドゴォォォン!!!


その瞬間、牙の何十本かが雷撃と共に砕け散った
魔物もたまらず身動きが止まる
魔法の余波が残った牙に帯電している


      バチッ!

 パリッ

    パリパリッ…
  
  
賢者『……!………!』  
  
  
???「……ィィイイイイ……」


ドスッ…

勇者「……へへっ、今のはさすがに神サマでも効いただろ!」


勇者は手近の触手を突き刺し足場として、次なるライデインを放つための魔力を練っていた


???「キィィィィイイイイ……」


ザバッ…

      バシャッ…


???「キィィイイイイイイ!!」グワッ

勇者「うおっ!」グラッ…


ブンッ!

       ビュンッッ!
  
     ブワッッ!


勇者「来いよ! はぁっ!!」ダンッ


それは怒りによるものか
魔物は触手を乱暴に振り回し、自分に傷を付けたと思われる魔力に向かって、それを打ちつけようとする
勇者は何度もそれをかわすが、やがて避けきれない一発が迫る


ズオオッッ!


勇者「……技をお借りします、先生!」チャッ


勇者『空間断裂ッ!!』ヒュンッ…



    ――――ズパンッッ!!



???「!? キイイイイイイイイ!!!!」グラッ…

ブシャアア…!    …ドドォォン……


切り落とされた触手が海面に叩きつけられ、大きな水柱が立つ
今までこれほどの痛みを味わったことの無い魔物は、耐え難いその苦痛に悶絶する


ブンッ! ビュンッ!


勇者「くっ!」ダンッ


暴れる触手を踏みつけて上空へと回避し、魔物を見下ろす


勇者「はぁ、はぁ……どうだ、効いただろっ!」


???「キイイイイイイイ!!!」ズオッ…


勇者「行くぜ……さっきの雷、もう一発食らわせてやるっ!」


勇者は魔物の真上から落下しながら、その魔力の錬度を高めていく……


勇者「はぁああああああッッ!!」


~魔王城~

側近「!!……これは!」

魔王「どうした、側近。まさか……」

側近「……来ております。北西のはるか彼方の海域でございます」

魔王「なにっ! まさか……賢者の読みが現実になったと言うのか!?」ガタッ

側近「魔王様、いかがなさいますか?」

魔王「もはや考えている時間はない! 私も向かうぞ!」

側近「討伐に加える配下はいかが致しましょう?」

魔王「ヤツに並の魔王軍が通用するとは思えない……四天王を準備させろ!」バッ

側近「はっ!」


カッカッカッカッカ…

魔王「ティアマットめ!我らがそうそう何度も敗北すると思うなよ!」

魔王「……」ピタッ

側近「……魔王様??」

魔王「時に側近よ」

側近「はい」

魔王「あの男……勇者はどうしている?」

側近「勇者は……現在たった一人で最前線にて交戦中です」


魔王「……そうか、やはりヤツも勇者の端くれだったか」

魔王「私の尻を追い回す以外には、何の興味も持たない男だと思っていたがな……」

側近「……」

魔王「側近よ、勇者はティアマット相手に、あとどれぐらい持ち堪えられる?」

側近「……いえ」

魔王「うん?」

側近「勇者が今戦っているのは『豊穣』ではございません」


~海上~

???「キィィィイイイイイイ……」

ズパァアン! バシャァァン!

    ドパァァン!
   

勇者の猛攻に苦しむ魔物は触手を何度も海面に叩きつけて、その痛みを表す
勇者は魔物の体に降り立ち、次なる攻撃に備えていた
魔物の方は、もう勇者の居場所も分からないほどにいきり立っていた


勇者「はぁっ、はぁっ……さすが……神サマ!」

勇者「ライデイン……3発食らってんのに……ふっ、ふっ……まだまだ元気だな!」

賢者『勇者!聞こえるか勇者!』

賢者『返事をしろ!おい!』

勇者「聞こえてるよ!賢者! あともうちょっとで大人しくなりそうだぞ!」

賢者『バカ者!今すぐ下がれ!』

勇者「あん?」

賢者『ソイツは『豊穣』じゃない!ただのザコだ!』


勇者「……は??」

賢者『もうすぐ本当に『豊穣』が来るぞ! キングクラーケンごときに力を消耗するな!』

勇者「何……こいつ、ちが―――」

勇者「!!……ルーラッ!」


バシュンッ!


賢者『来たぞ……そいつだッッ!!』


勇者はとてつもない危機を感じ、考えるより先に空中に逃げる
ほんの少し前まで居た場所を眺め、それを見た





    ―――――ズドオッッッ!!
    
    
    

勇者「はっ!?」


キングクラーケン「キイイイイイイイイイイイ!?!」


突如、今まで戦っていた魔物が天高く放り投げられた
空中に投げ出された魔物に向かって、いくつかの長いものが伸びていく


バツンッッ!!
                      ブチブチブチィッ!
      バツンッ!
                   ブシュゥゥッ!!
    バツンバツンッ!!
 
        バツンッ!
     

賢者がキングクラーケンと呼んだ魔物は、瞬く間に5つの大きなアゴに引きちぎられ、そのまま飲み込まれていった
そして残された触手もそれ以外のアゴが回収している
勇者は空中からその光景をただ眺めるだけだった


勇者「な、何だ……このデッケえの……!」ゾクッ…


そのアゴはドラゴンのようであった
もはや計ることを考えることすら恐ろしいほどに、太く長いドラゴンの首が無数に踊っている

それはヒドラなどの多頭竜とは異なる歪な形をしていた
無数に伸びる太い首の途中から、それより細い首が伸びている
そして、その首の途中からさらに細い首が伸び、そのまた首の途中からも細い首が伸びている
大本から外へ向かって次々に首が枝分かれしているのである


ゴゴゴォォォッッ!

バチバチィッッ!!

ビュウウウウゥゥゥゥ!


またその先端のドラゴンのアゴは、それぞれが炎やら雷やら吹雪やらを吐き出し、無数のその首を飾っていた
その姿は、陽の光を求めて枝を全方向に伸ばし行く「大樹」のように見えた



勇者「こいつが……本物の……!」







『豊穣』のティアマット「VOOAAHHHHHHHHHHHHHH!!!」







to be continued…


ゴロゴロ…      ―――ビカッ!!

     ザザァーー…
     
 ドドォン!!


ティアマット「GOOOOOOHHHHHHHHH!!!」


ティアマットの首が一斉に雄叫びを上げる
その咆哮は鳴り響く雷よりも力強く、聞く者を恐怖させた


勇者「…………」


勇者はその怪物に向かって落ちていく
あと10秒もすれば真下にいる塊に激突する
取るべき手段は2つ

『空間断裂』を食らわせてやるか
もしくはルーラで一旦逃げるか


勇者「ここは一旦退くしか……」グッ



―――『何だ、もうヘバッたのか?』―――



勇者「……くそったれがぁッ!!」チャキッ


怒りの感情が全ての弱気を跳ね返す
忘れかけていた記憶が甦り、剣を握る手に力が篭もる
この過去が失われない限り、勇者は自身の資格を永遠に保つことができた


ティアマット「GAAAAHHHHHHHHHHHH!!!」

 バシャバシャバシャ!!
 
           ドパァァン!

     ドドン!  ドォン…
     
  ザバッ!   …ザザァン
  
  
ティアマットのいる水面で首以外が妙な音を立てている
しかしその気配から分かるのは、それらは無視すべき事象であることだ

勇者はティアマットの中でも細い細い首の一本に『空間断裂』を叩き込む
  
  
勇者「うぉぉぉぉおおおおッッ!!」ヒュンッ


    ―――ズパンッッ!!
    

  ブシュウウゥゥ……!!


ティアマット「GHHHHHHHHYYYYYYYY!!!」


勇者「チッ! 浅かったか!」

    ズオッ…!

勇者「ぐっ! くそッ……!」チャキ


―――ドゴッ!!

        ピシッ…

勇者「かっ――」
    
    
突撃してきた首にフッ飛ばされ、勇者は遠くの海面に落ちていく
その僅かな時間の間に勇者は見た
斬りつけた首の傷口から、血液以外のものが飛び出していたのだ


勇者「ご……は……ッ」

勇者「あ……アジ……??」


考えてる暇はない
このままでは海に沈む
この怪物相手に水中での戦いは圧倒的に不利だ


ドンッ…!

ゴロゴロ…

勇者「かっ、は……!」


勇者「ぐ……?」ヨロヨロ…


あるはずのない地面に体を叩きつけられ、勇者はそこで立ち上がる
それは氷の塊だった


ザッ…

賢者「無茶なことをするヤツだ!」

勇者「け、賢者か……へへっ、助かったぜ」

賢者「状況的にはまるで助かっていないがな……じっとしていろ、今回復する!」

勇者「た、頼む……」


パァァァ…


勇者「はぁ……はぁ……」

賢者「あれが豊穣だと? 一体どうなってる……」

勇者「あのデカさは……はぁ、はぁ……反則だよな」

賢者「いや、妙なのはそこじゃない」

勇者「はぁ、はぁ……え?」

賢者「あれは魔力が一つじゃないな」

賢者「何千か何万か……いくつもの命があそこに集合している」

勇者「……は??」



バシャバシャバシャバシャ!!

   ドパァァン!!  ドドォン!!
   
 ザバザバザバッッ!!


勇者が目を凝らして見ると、ティアマットの首から様々な生物が吐き出されているのが分かる
それらは絶え間なく首から飛び出し、次々に海面に打ち付けられ、派手な音を立てていた
魚、獣、鳥、ありとあらゆる動物が現れては、海面に消えてゆく
そしてその中にはクラーケンもいた


勇者「……あ、ありゃ何だ!??」

賢者「膨大な数の命がヤツの体に潜んでいる……」

賢者「どうやら豊穣のティアマットというのは、命の集合体でできてるらしいな」


ティアマット「GUUUUOOOOOOOHHHHHHHH!!!」


ティアマットが勇者たちに迫る

本当に倒せるのだろうか
そもそも戦い自体が成り立つのか


勇者「賢者……足場を頼むぞ!」チャッ

賢者「今は倒そうと思うな。時間を稼げればいい」ヴゥン…


それでも勇者は前に突き進む
賢者の飛行魔法を受け、再度「発射」される
勢いを付けて斬り付け、今度こそ深手を負わせてみせる


バシュンッ!!

勇者「食ぅぅらえぇぇぇぇ!!」ググッ



ピリッ…

   パリッ…
   
ボシュ…


勇者の戦意を感じ取ったのか
いくつかの首が勇者の方を向き、『ブレス』を吐き出そうとしている
それでも勇者は怯まない


勇者「ふん!」グッ

―――ヴァシッッ!!

―――ゴゴゥッッ!!


勇者にはブレスよりも体当たりの方がずっと有効であることを、ティアマットは知らない
わずかな焼け跡を残しつつ、勇者はブレスの炎を突き抜けていく


勇者「今度はゼロ距離で食らわしてやる!」

勇者『空間断裂ッ!!』ヒュッ!


    ―――ザバッッ!!
    
    
ブシューーッッ…!!    
    

勇者「よぉし! 一本もらいっ!」


    ピシッ…
    
パキィィン…!


勇者「げっ!?」


首の頭を割った直後、剣は粉々に砕け散ってしまった
キングクラーケン相手に耐久力を消耗してしまったことが響いたのだ


勇者「くっそぉ!!」

勇者「やっぱ普通の剣……!……ルーラッ!」


バシュッ!

  ズワッ…!
  
  
ルーラで逃げようとする勇者に、他の首が体当たりを仕掛ける
残念ながら、勇者が飛ぶよりも首は素早い


――ドゴオッッ!!


勇者「がっ……!」


ドサッ…

ゴロゴロ…


勇者「くっ……あ、ありがとよ……賢者」ヨロ…


勇者は賢者の用意した氷の地面に叩きつけられ、そこから立ち上がる


ティアマット「VOOOOOOOOOHHHHHH!!!」

――ズオッ…

――ヌウッ…


何本もの首が勇者めがけて突っ込んでくる
今立っている場所を叩き割られれば、もう逃げ道はない
しかし手に持っている剣は折れてしまっている


勇者「くっそお……武器がねえと……」


ヒュンヒュン…

ザクッ!


勇者「……!」


その時、すぐ近くで何かが突き刺さる音が聞こえた
振り向いたその場所にあったのは、今まさに自分が求めている物だった


勇者「これは……」


ティアマット「GAAAAAAAHHHHHHHHHH!!!」


勇者「くっ!」チャッ

勇者「おおおおおおおお!!」ダダッ


―――ズバッ!    ブシュゥゥゥ…!!


    ドドォン…
         ドパァァン…         
ザザァー…


勇者「はぁ……はぁ……」


慌てて技を込めることもできなかったが、しかし標的は完全に仕留めることができた
瞬時に斬り落とした首が水面に叩きつけられ、派手に水しぶきを上げる
頭部を失った首が、その断面から血と動物をとめどなくこぼしながら引き上げていく


勇者「はぁ、はぁ……す、すげえな、この剣……」



ガシャン…

魔王「当然だ。それは我が魔王軍の誇る最強の剣なのだからな」

勇者「……!」


甲冑を踏み鳴らす音と同時に、聞き覚えのある声が響く
それは心のどこかで待ち望んでいた相手
勇者がその声を聞き間違えるはずがなかった


勇者「お、お前……」

魔王「さすがにティアマットの相手となると、お前でも骨が折れるようだな」

勇者「へっ、来るのが遅えんだよ! 神サマのご登場にビビッちまったのか?」ニヤッ

魔王「……その無礼な物言いは大目に見ておいてやる」

魔王「今はあのバケモノを地獄に送り返すのが先だ!」

勇者「ああ……!」チャキ…


ティアマット「GOOOOOOAAAAAAAHHHHHH!!!」


魔王「あの小うるさい首どもは私が大人しくさせる」

魔王「お前はヤツのど真ん中に切り込みを入れてやれ!」ダンッ

勇者「任せとけ!」ダンッ


黒い剣を携えた勇者に、同じく黒い甲冑を身に着けた魔王
2人はほぼ同時に跳び上がり、「神」と呼ばれる存在に向かっていった

その強烈な魔力に反応したのか、ティアマットの数え切れない首が一斉に目を向ける
首はブレスを吐き出しながら、次々に2人めがけて飛んでくる


魔王「うっとうしいブレスなぞ吐きおって……!」グッ

サァァァ…


魔王から放たれた無数の光の粒が、夜空の星くずのようにティアマットに降り注ぐ


                    ベ ギ ラ ゴ ン
魔王「少し静かにしていろ!……破天雷炎爆散ッ!!」


―――カッ!


  ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ―――
 
 
―――ドドドォォォン…!!


魔王が魔力を込めると光の一粒が爆破し、それに伴って連鎖反応を起こすが如く全ての光が爆散した
向かってくる首の吐き出すブレスの全てがかき消される


ティアマット「GHHHHHHHYYYYYYYYYY!!!」


魔王「……フン、しぶといヤツめ!」


それでも首の動きは勢いを落とさず飛んでくる
だが魔王もそれは予想できていた

今の魔法はただの目くらましだ
取っておきは別にある


魔王「行けっ! 勇者ッ!!」


勇者「うおおおおおおおおおお!!」


爆雷に身を潜ませていた勇者は、ティアマットの『幹』に届こうとしていた
しかしそう易々と飛び込ませるほどティアマットは鈍重ではない
表面を焦がされた首はすかさず勇者を襲う


――ブンッ!

――グワッ!

――ズオッ!


                    メ ラ ミ
魔王「邪魔はさせんぞ……! 極大焦熱弾ッ!!」

ゴゴゥッ!

勇者「!……がああああああッッ」ググッ


魔王は勇者の進路に向かって、勇者もろともに魔法を撃つ
ティアマットの首は勇者に近づいた部分から消し飛んでいく
勇者は文字通りの火の玉になりながら幹に達する


勇者「いっくぞぉおお!! 全力全開の……!」


勇者『次元断裂ッッ!!』ヒュンッ



―――――ズバッッ!!


…バカッ!


     ブシュゥゥゥゥゥゥ!!


ティアマット「G……………………」


ティアマット「GUOAAAAHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

ブシュゥゥゥゥ…!!

    ビチッビチッ!
          ビタンビタンッ!
 バシャッ…

ビチャビチャビチャ…!


      ドドドドド……!!

勇者「どわああっ!!」


吹き上がる血と魚の群れに押され、勇者は幹から追い出される
その勇者を捉えようと、すぐさま首が集合し始める


魔王「勇者! 来るぞっ!避けろッ!!」

勇者「避けろだとぉ!? 無茶言うんじゃねーよッッ!!」


既に勇者は全ての方角を首に囲まれ、数十個の目に捉えられている
内側から脱出するのは不可能だった


魔王「世話の焼けるヤツめ!……ルーラッ!!」

バシュン!

――ヒュンッ

勇者「へ??……お、おい! ぶつかるぞ!」

魔王「もとより、そのつもりだ! ガードぐらいしろよ!」ググッ

勇者「こ、このアホが! くそっ……!」サッ


ドゴオッッ…


勇者「ぐっ……はっ……」


猛スピードで突っ込んでくる魔王の甲冑が勇者の体にめり込み、勇者は悶絶の声を漏らす
その勢いのまま、2人はティアマットの首から離れていく


魔王「今だ!飛べ!」

勇者「ル、ルーラッ!!」

バシュン!

―――ヒュンッ



……ドカッ!

ゴロッ…

勇者「ぐほっ……かは……ッ」

魔王「ぐうっ……!」


2人は氷の大地に体を叩きつけ、乱暴に着地する


勇者「はぁ、はぁ……おい魔王! お前の切り札はキツいのばっかじゃねーか!」

魔王「はぁ、はぁ……フン、キサマが火ダルマになる姿は……はぁ、ふぅ……なかなか、笑える光景だったぞ?」


ザッ…

侍女「お二人ともお静かに。今回復致します」スッ

パァァ…

勇者「あ、ありがとさん…………ジョディ……だっけ?」

侍女「侍女です。まあ覚えて頂かなくて結構ですけど」



ティアマット「GOOOHHHHHHHH…………」

  ドドォン…
              バシャァァン…
    バシャバシャバシャバシャ……



魔王「ははっ……ヤツめ、今の攻撃はさすがに効いたようだな」

勇者「あったりめーだ、先生の取っておきだぞ?」

魔王「なるほど……お前たちの中にも、それなりの使い手がいるのだな」


勇者「それにしてもスゲーよな、この剣。全然刃こぼれしねえし、よく斬れやがる」

魔王「それは本来暗黒騎士専用の剣、我が魔王軍の至宝でもある。心して使えよ?」

勇者「……もしかしてその甲冑もか?」

魔王「ああ、そうだ。今回ばかりはあいつの装備を借りて戦うのが最良の選択だったからな」

魔王「攻撃力で劣るお前には剣、防御面に隙のある私には鎧というわけだ」

勇者「なるほどな……で、どうすんだ? あの神サマ、まるで元気そうにしてやがんぞ?」



ティアマット「GRRRRRRRRRRRRRR……」



魔王「ヤツめ、もう傷口を塞いだか」

魔王「……侍女、ヤツは今どうなっている? どこに弱点があるか分かるか?」


侍女「…………」


魔王「侍女、おい、どうした?」

勇者「……?」


侍女「そ、そんな……信じられない!!」ブルブル

魔王「……どういうことだ」

侍女「魔王様……あそこには膨大な数の命が集まっております……」

魔王「知れたこと。何千だろうと何万だろうと、いくらだって殺してやるさ」

侍女「……いいえ」

魔王「ん?」

侍女「ティアマットに隠されている命の数は、私が分かるだけで100万を越えています……」

魔王「……! フン、さすがは神と呼ばれるだけのことはある。しかし――」

侍女「それだけではございません」

魔王「……何?」

侍女「ヤツは……ティアマットは、失った命をも瞬時に取り戻しています」

勇者「……!」

侍女「今お二人がもぎ取った1200を越える命を、ティアマットはものの20秒で全て再生し終えました……」

魔王「何だと……!」




ティアマットの恐ろしさは、その圧倒的な体躯でも多彩なブレスでもない
またその内部に潜む無数の命でもない
いくら命を失っても、直ちにそれを取り戻す異常極まる回復力にある

よってティアマットを倒すためには、その350万の命を一度に殺さねばならない
だが勇者が最大の力を込めた一撃も、ティアマットにかすり傷程度しか負わせることができない

『殺し尽くすことができない』

それが、四神柱第一の生命力を誇るティアマットの最大の強みであった


勇者「こりゃあ、ちっとマズいな……」

侍女「……」

魔王「……行くぞ勇者、もう一度だ!」

勇者「待てよ! お前話聞いてただろ!」

魔王「それがどうした!……キサマ、まさか臆したのか?」

勇者「今は無理だ、一旦体勢を立て直せ」

魔王「立て直してどうなる! どのみち今ここにあるのが我らの最高戦力だ! 前進以外の選択肢などない!」

勇者「今行ったって無駄死にするようなモンだぞ! 冷静になれ!」

魔王「冷静になれだと!? キサマは何も分かっていない!」


ティアマット「GUUUUUOOOOOOHHHHHHHH!!!!」

   ゴゴゥッ…!!

――ズワッッ!

   
首の一本が炎を吐き出しながら突っ込んでくる
回避は間に合わない


勇者「うるっせぇぇえええ!!!」ブンッ

侍女「フ、フバーハ!!」サッ

ズバッ!

――ドドォン

――ドドォン…


両断された首は自身の炎に焼かれながら、勇者たちを避けるように海面に突っ込む
激しい水しぶきが勇者たちに降り注ぐ


ザザァァァ…


魔王「くっ……ヤツを倒す以外に、我らにどんな未来があると言うんだ!」

侍女「おやめください!魔王様! 今は言い争いしてる場合では!」

魔王「お前は黙っていろ!……どんな犠牲を払ってでも、四神柱は倒さなくてはならないんだ!」

魔王「必ず倒すんだ……必ず……!」ギリッ

勇者「……」


勇者には分かっていた
今の魔王には本気でティアマットを倒す気などない
敗北必至で突っ込みたがるのは、きっと別の理由があるからだ


賢者『勇者! 聞こえるか? 勇者!』

勇者「賢者か、どうした?」

賢者『いるんだろう? お前たちの目の前に『豊穣』が』

勇者「ああ、いるぜ? すぐ目の前に」

賢者『もうヤツの解析は終わった。今すぐこちらに戻れ』

賢者『……お前たちではヤツは倒せない!』

勇者「奇遇だな。こっちも今それが分かったところだ」

賢者『よく聞け、俺には取っておきがある』

勇者「!?」

賢者『とにかく戻れ! 後で説明してやる!』

勇者「わ、分かった!」


賢者は憶測やハッタリで物を言うような男ではない
その口から出た言葉が間違っていたことは、過去、現在、未来に渡って一度たりともない
だから普通なら到底信じ難い言葉であっても、勇者には信じることができた


勇者「……魔王、賢者の所に行くぞ」

魔王「そんな必要はない! 今すぐティアマットを迎え撃つのだ!」

勇者「おい魔王ッ!!」

ガシッ!

魔王「……!」

勇者「お前は本当にあの神サマを倒したいのか!? どうなんだッ!!」

勇者「俺は絶対に倒すぞ! あんなのがいたんじゃあ、お前との結婚生活だってままならねえ!」

魔王「……」


勇者「……今連絡が入った。賢者がアイツを倒す手段を持っているらしい」

勇者「信じるかどうかはお前の勝手だ……俺は行くぞ。俺は賢者に賭ける!」

勇者「アイツを必ず倒す!……ルーラッ!!」

バシュン!

魔王「……」

侍女「ま、魔王様……ここは危険です、今すぐ移動を……」

魔王「……ぐっ」ギリッ


~主要艦ノーザン~

スタッ

勇者「……くそっ、まだこんなにいやがんのかよ!」タッタッタッ…


クラーケンH「キキィィイイイ!」ズズ…

クラーケンI「キィイイイイイ!」ドシャッ…

クラーケンJ「キイイイ!キィィィ!」ブンッ


勇者「邪魔だっ!」ブンッ

ズバッ!

ザンッ!


クラーケンJ「キィィィィィ…」ズルズルッ…


既に何隻かの船が見当たらなくなっている
おそらくクラーケンの群れに沈められてしまったのだろう
賢者のいるはずのこの主要艦でさえ、次から次へとクラーケンが甲板に這い上がって来ている


魔術師E「バギクロス!」ビュンッ

魔術師B「くそっ!ケイルがやられちまった! 一人こっちに寄越してくれ!」

魔術師F「ワガママ言うな……バギマ!!……こっちだって手いっぱいなんだよ!」

兵士B「へへっ、こうたくさんいたんじゃあ、とてもじゃねえが食い切れねえよ!」ブンッ

兵士D「もうイカは一生食いたくねえな……っとお!」ブンッ


それでも司令塔に集められた人員を、残った兵士たちが何とか守っていた
その司令塔も怪我人でごった返す地獄絵図になっているのだろう


クラーケンK「キキィィィィィ!!」ズズ…

クラーケンL「キイイイイイイ……」ズズ…

クラーケンM「キィィィイイイィィ」ズズ…


兵士E「こいつら、あと何匹いやがんだ……!」グッ


1匹倒しても2匹上がって来る
2匹倒しても5匹上がって来る
ティアマットから生み出されるクラーケンの数は、事実上無限であった


対して、こちらは増やすこともできず減る一方である
主要艦ノーザンが落ちるのも時間の問題であった
……援軍が無ければ


    ブ レ イ ズ
??「断罪煉獄火炎ッ!!」


ゴゴゴゴゥッッ!!


クラーケンK「キキィィィィィィ!?」ボボッ…

クラーケンL「キィイイイイイイ!!」ボボゥ…

クラーケンM「キィィィィ……」ドシャッ…

兵士D「!?」

魔術師E「な、何だ!? 誰の魔法だ?」

魔導師「はっはっは! よく燃えやがるぜ!コイツら!」


その黒い炎は嵐に晒されても消えることなく、クラーケンたちを燃やし続けていた
クラーケンは消えない炎に悶絶しながら死のダンスを踊っていた


魔導師「お前ら、もうちょっと頭使えねえのか?」

魔導師「減らせねえなら動けなくすりゃいいんだよ」

勇者「ト……トカゲ人間か……」

魔導師「おい、言っただろうが! 俺のことはサラマンダーと呼べ!」

勇者「ははっ、今はどっちでもいいだろ」

魔導師「……話は賢者から聞いてる。司令塔は俺たちが何とかしてやる」

魔導師「お前は早く賢者から作戦を聞いてこい!」

勇者「……ワリィな、そんじゃよろしく頼むぜ!」ダダッ

魔導師「任せな!」サッ


クラーケンN「キィィイイイイ」ズズ…

クラーケンO「キィィィキィィィィ」ズズ…

クラーケンP「キイイイイイイイイ」ズズズ…


魔導師「うっとうしいヤツらだな……景気付けだ!これでも食らえッ!」


       イ オ ラ
魔導師「圧縮次元爆裂ッ!!」


キィィィン…

     ドゴゴゴゴゴォォォン!!!
     
     
魔術師E「うおおっ!?」

兵士D「どわあっ!?」


船上に這い上がって来たクラーケンがいっぺんに爆発に巻き込まれ、甲板から姿を消す
突然の魔法に驚き、腰を抜かす兵士もいた


魔術師E「お、おお……」

魔術師F「すごい……今のはイオラじゃないのか?」

兵士B「あいつは……あのエルフの仲間か??」

兵士D「おいっ! そこの仮面野郎っ!」

魔導師「あん?」

兵士D「いきなりブチかますんじゃねえ! 危ねえだろっ!」

魔導師「仮面野郎じゃねえ! 俺のことはサラマンダーの『魔導師』様と呼びな!!」


クラーケンQ「キキィイイイイ」ズズ…

クラーケンR「キィィィィィ」ズズ…


クラーケンはなおも這い上がって来る
魔王に次ぐ火力を持つ魔導師であっても、司令塔を守りきるにはその魔力を全力で開放し続けるしかなかった


魔導師「チッ!贅沢なことばっかしてっと、後が怖ええな!」スッ

魔導師「お前ら!この俺が援護してやる! 死ぬ気で守り抜けよ!?」

魔術師E「りょ、了解しました!」スッ

兵士B「こりゃあ頼もしいヤツが来やがったな!」チャッ

兵士D「はっ、テメーに言われるまでもねえんだよ!」チャッ


勇者は背後に聞こえる爆発に振り向かず、司令塔の奥に駆けて行く


タッタッタッ…


勇者「……」チラッ


衛生兵A「もう包帯がないぞ!どうすればいいんだ!」

衛生兵B「カーテンでもシーツでもなんでもいい! とにかく血を止めろ!」

衛生兵C「……クソッ! こいつもエルフんところに回してくれ!」

衛生兵D「バカ言うんじゃねえ! もうアッチは満杯なんだぞ!?」

兵士A「うう……う…」

衛生兵E「しっかりしろ! 故郷に帰って報償金たんまりもらうんだろうが!」


勇者「……思ってたより、やられちまったみたいだな」


他の船は沈められ、もしくは前線を離脱せざるを得なくなっていた
よって今ティアマットに対抗できる者がいるのはこの主要艦のみである
他船から余力のある者がこの船に集められていたものの、やはりクラーケンの大群には劣勢の状況に陥らざるを得なかった
もはや駆け込んできた勇者に気を配っている余裕など、誰にもなかった


勇者「頼むぞ……賢者!」ダダッ


バンッ!


勇者「失礼仕る!! 『豊穣』討伐隊第297号勇者! 召致に応じ、参上致しました!」ザッ

賢者「лё▽Πψ…………来たか」スッ


賢者は呪文の詠唱を中断し立ち上がる
周りにいた魔術師たちも話を止め、勇者に向き直った


勇者「賢者……ティアマットを倒す作戦があるってのは本当なのか?」

賢者「俺は嘘は言わん。ただし、これは俺たちとお前の力だけではおそらく足りん」

賢者「これには魔王軍の助力が必須となるだろう……アイツはここへは来ていないのか?」

勇者「少し遅れるが、アイツは来る。必ずな」

賢者「そうか……実はこの方法は作戦というほどのものでもない」

勇者「?」

賢者「俺にはヤツを仕留める究極魔法がある」

勇者「……!?」


ザワッ…


未だ聞かされたいない秘密に、中央室に集められた魔術師たちも騒然とする


勇者「そ、そんな、いくらお前でもアレをどうにかする魔法なんて……」

賢者「あるんだよ、俺にはな」

勇者「……あんなバケモン、どうやって倒すんだ?」

勇者「魔王の付き人が言ってたぞ? ”命をいくら削ったところで、一瞬で回復できる”って」

賢者「……」

勇者「それに、数そのものだって100万を越えてんだ。いっぺんに消す方法なんて……」

賢者「ヤツの中に何億いようと何兆いようと、それは問題ではない」

賢者「むしろ、あんな”狭い”場所にひと塊でいてくれるなら好都合だ」

勇者「……作戦を聞こう」


勇者はもうそれ以上追究するのは止めた
一度信じると決めた相手に質問するなど、時間の無駄でしかないと気付いたからだ


賢者「勇者よ、ティアマットの相手をしていられるのは、お前と魔王だけだな?」

勇者「……ああ、そうだ」

賢者「ティアマットとの戦いには、お前、魔王、そして俺の3人だけが残る」

賢者「この主要艦ノーザンはティアマットに背を向けて、全速力で離脱させる」

勇者「……?」

賢者「ティアマットは必ずこのノーザンを狙って来るはずだ。その攻撃をお前と魔王で食い止めていてくれ」

勇者「お前はどうすんだ?」

賢者「俺は呪文を詠唱する。究極魔法を完成させるためにな」

勇者「……」

賢者「ただし、この詠唱には膨大な集中力が必要となる。詠唱の間はほぼ無防備だ」

勇者「要するに、裸同然のお前を守れってことだな? 分かったよ」

賢者「……いや、そうじゃない」

勇者「?」


賢者「俺の詠唱の邪魔をさせないのは、魔力の暴発を防ぐためだ」

賢者「詠唱さえ続けられるようであれば、俺の体がバラバラになっていても無視して構わん」

勇者「…………了解した」



―――ドドォォン…



賢者「……もう時間もなさそうだな」

勇者「くっ、早くしろよ魔王……!」


ザッ…


魔王「……待たせたな、要点を言え」

勇者「『俺』と『テメエ』で『時間稼ぎ』だ! 行くぞ!」バッ

魔王「フン、結局やることは変わらんな」バッ


賢者「そろそろ俺も出るか」

魔術師G「賢者様、我々はどうすれば……」

賢者「お前らは俺たちのことは考えなくていい。ただひたすら、ティアマットから離れることだけに専念しろ」バッ

魔術師一同「「「……はっ!」」」


勇者を先頭にして3人が甲板中央に駆けて行く
まだ兵士たちはクラーケン相手に持ちこたえていた


兵士D「うおおッッ!」ズバッ

魔術師E「ふぬっ……バギマッ!」

侍女「スクルトッ!」ヴゥン…

ガキン…!

兵士B「うおっとお! 危ねえ……!」ダダッ

クラーケンS「キキィィイイイイ」

クラーケンT「キィィィキィィィイイイ」


魔王「……もうこんなに上がって来たのか。ほんの1分と離れていないのに」スッ

勇者「どっちみち、こんなウヨウヨいたんじゃあ逃げることもできねーぞ……まずはこいつらの始末だな!」チャキッ

賢者「お前たちは力を温存しておけ。イカ共は俺が始末する」スッ

勇者「……了解」


賢者「ルストア・メル・レスコゥ……」


侍女「……むっ!?」ピクッ

魔導師「……!」ゾクッ

魔導師「け、賢者か……!?」バッ


ノーザン以外の船で賢者の魔法を見ていた魔導師には分かる
今まで撃ってきた必殺魔法の大型のものを、賢者は放つつもりだ


魔導師「……う、うお、ああ…………イ……イオラッッ!!」


キィィィン…


ドドドドドォォォン…!!


侍女「!」

兵士D「あっ!?」

魔術師E「む!?」


賢者「メラード・レイ・スキュー……」


それは魔王も使いこなす呪文でありながら、練られていく魔力の純度は魔王のものよりはるかに高い
そのおぞましい魔力の高まりに魔導師は震えた
そして、船全体に響き渡る大声で叫ぶ


魔導師「お前らっ!! 今すぐ甲板中央に集まれッ!!早くッ!!」

侍女「……」ダダッ

兵士D「な、何だ何だ!?」ダダッ

魔術師E「ま、魔導師殿! 一体何が!?」ダダッ

魔導師「早くしろッ! 巻き添えを食らいたいのか!!」ダダッ


賢者「ドレイディス・サーグ・フォン・ルゥ……」


キィィィィン―――

            ザ ラ キ
賢者「消えろ……強制霊界転移」




―――――ドクン



クラーケンS「」ズズッ…

クラーケンT「」フラッ…

クラーケンU「」シュル…


   ザパァァン…
         ドドォォン…
バシャッ…


魔術師F「クラーケンたちが……?」

兵士B「ど、どうした? 何が起きた??」


魔導師「はぁはぁ……ま、間に合ったか……」

魔術師E「賢者様……はぁはぁ……い、今のは死神の……?」

賢者「そうだ。もうお前たちは司令塔に篭もっていろ」

魔術師E「はっ!」ダダッ

兵士D「へ、へへっ……さっすがは賢者様! あのクラーケン共を一掃なさるとは!」

賢者「……早く行け」

兵士D「はっ! 賢者様、御武運お祈りしますッ!」ダダッ


賢者の魔法の後にクラーケンが這い上がって来ないことを不思議に思う者はいた
しかし皆任務に従うことを優先していたため、そのことを一々考えていられる者はいなかった
甲板だけでなく、海中にいるクラーケンの全てを殺してしまったのだと悟った者は、わずかしかいなかった


魔王「魔導師、侍女、お前たちも下がっていろ」

魔王「ヤツには、我ら3人だけで立ち向かう」

侍女「……その男、信用なさるのですか?」

魔導師「……」

魔王「賢者は側近のヤツも一目置いていた。ここはあのジジイの目に賭けてみるさ」

侍女「……かしこまりました。魔王様、どうか御武運を」タタッ

魔導師「勝利をお祈りします」タタッ


賢者「今から足場を作る。ティアマットはそこで迎え撃つぞ!」サッ

勇者「了解!」ダンッ


ピキピキピキ…


賢者が手をかざした先から、海面が凍りついていく
その氷塊は勇者たちが先ほど使っていたものよりもはるかに大きかった


ティアマット「GHHHHHHHHHYYYYYYYYYYY!!!」


次々にせり上がってくる氷上を駆けながら、3人はティアマットに向かっていく
海底まで凍らせたその足場は、ティアマットの咆哮を受けて震えているように感じられた


勇者「はっはっは! もうちょっと待ってろよ!今リベンジしに行ってやらあ!」タッタッタッ…

魔王「時間はどれぐらいかかる?」タッタッタッ…

賢者「10分、いや8分でいい……凌げるか?」タッタッタッ…

魔王「問題ない」

賢者「……魔法の発動自体は、おそらく苦もなくできるはずだ」

魔王「……?」

賢者「問題は、お前たちがこの魔法から逃げ切れるかどうかだ」

魔王「あん?」ピクッ


賢者「この魔法は、お前たちが考えているよりもずっと強烈だ」

賢者「巻き込まれれば、勇者だろうと魔王だろうと、確実に死ぬことになる」

勇者「……」ゴクッ…

魔王「その大口がヤツにも通用するのかどうか、しかと見せてもらうぞ?」

賢者「好きにしろ。自分の命が惜しくないのであればな」

魔王「……」


自分と勇者をも殺し得る

賢者は確かにそう言った
普通に考えれば、ハッタリと呼ぶにもおこがましいセリフだ
しかし先ほどの死神魔法には、その言葉を信用させられるだけの威力があった

もうティアマットは目と鼻の先にいる


ティアマット「GOOOOOOOAAAAAAAHHHHHHH!!!」

パリッ…

   ピリッ…

バチバチバチッ…


勇者「炎はやめて電撃と来たな!?」グッ

                   ラ イ デ イ ン 
勇者「今度はこっちが先だ! 驚天雷鳴破撃ッ!!」



―――ピカッ!!


ドゴォォォォン!!!


ティアマット「GDHHHHHHHHYYYYYYYYYYY!!!」


電撃のブレスを吐き出そうとしていたいくつかの首は、その雷撃に連鎖反応を起こして破裂していった


勇者「先手必勝ォ!!」グッ

魔王「油断するな、次が来るぞ!」


―――ズオッ

―――グワッ


賢者「全ての命を知り、全ての終末を知る我が主よ……我の願いに応えたまえ……」


勇者「賢者はやらせねえぞ……ッ!!」ブンッ!

  メ ラ ミ
魔王「極大焦熱弾ッッ!!」

ズゴォォッッ…!!


――ズバッ!!

ドゴゥ!!


ティアマット「GYAAAAAAAAHHHHHHHHHHH!!!」

ブシュゥゥゥ…

    ドドンッ!
             ドサドサドサッ!
  ドドドッ…ドスッ…!!
               ビタンッ…!

   
血しぶきと共に、数え切れない生命が氷上に打ち付けられていく
魚の鱗と獣の毛にまみれながら、勇者と魔王は攻撃を続ける


賢者「その力、我が前に示したまえ……我は扉を叩く者……我は窓を開ける者……」


無防備そのものの賢者に、次から次へと容赦なく首が襲い掛かる
勇者と魔王はその全てを掃わねばならなかった


勇者「おらっ!!」ヒュン!

ザバッ!!

勇者「くそっ、追いつかれちまう……! 魔王!お前の一番強ええ魔法出せっかァ!?」タッタッタッ


―――グワッ

―――ズゥッ


魔王「弾けろ! イオラッ!!」サッ

 ―――ギキィィィイイイン!!


   ズドドドドドドドォォォン!!!


ティアマット「VOAAAAAAAHHHHHHHHHHH!!!」


魔王「はぁっ、はぁっ……何か言ったか!?勇者ッ!!」タッタッタッ

勇者「メガゾーマだよ!メガゾーマ!」ヒュンッ! 


ズバシュッ…!!

      ドドォォォン…


魔王「馬鹿者ッ! メラゾーマだっ!!」

勇者「いーからソレ使え! 早くッ!!」

魔王「……時間を作れ! 30秒で用意してやる!!」

勇者「結構長えな……仕方ねえッ!」グッ

勇者「ルーラッ!」バシュン!


空間断裂を連発していた勇者の疲労は、既に限界に達していた
しかしここで耐えられなければ自分たちに未来はない
悲鳴を上げる肉体からの信号を無視して、『次元断裂』の技を暗黒剣に込める


ティアマット「GOOOOOOOHHHHHHHHHH!!!」

勇者「……来いよ、タイマン張れやっ……!!」ググッ

――ビュッ

――ズワッ

――ズゥッ


ティアマットの首が一斉に勇者に集まる


勇者「先手……必勝ッッ!!」ブンッッ


―――ザバッッッ!!

ブシュウウウウ…!!


勇者「はぁはぁ、どうだ……!」


――シュッッ

――ビュンッ

――ズオッ


勇者の必殺技にも怯まず、残った首が襲い掛かる


勇者「集まってきやがったな?……ははは」ニヤッ


しかし勇者もティアマット相手にはもはや戦い方を選ばない


勇者「もっと来い……そうだ!」グッ

    ラ イ デ イ ン
勇者「驚天雷鳴破撃ッッ!!」

―――バシッッ!!


    ドドォォオオン!!!


ティアマット「GHHHHHHYYYYYYYYYYYYY!!!」


勇者「へっへ……ひ、引っ掛かったな……」


勇者は集まってきた首を、自分もろとも雷撃で焼き尽くした
普通の人間の耐久力では到底実現不可能な、勇者の特権とも言うべき捨て身の技であった
全身が痺れて動けない勇者は、そのまま首の間をすり抜けて真下に落下していく


勇者「ま、魔王のヤツは……」チラッ


魔王「マフ・コラート・ム・ローグ」

魔王「レティ・ボア・ラー!」

魔王「ちゃんと避けろよ、勇者ッ!!」グッ


勇者「あのヤロウッ……この状況で避けっ――」

    メ ラ ゾ ー マ
魔王「極大灼熱光射ッッ!!」

ズゥゥッ―――


     ―――ドシュンッッッ!!!


魔王の目の前に現れた小型の太陽は、足場の氷を蒸発させながらティアマット目掛けて飛んでいく
そして接触の瞬間、小型の太陽は内部のエネルギーを瞬時に開放する


―――カッ!!


その光は、嵐で曇っていた海をどこまでも照らした



ズドゴォォォォン!!!



その爆発音に、海を震わすティアマットの悲鳴すらかき消される
魔法の接触した箇所が丸々焼け落ち、飛び散った首がとめどなく海面に叩きつけられる



賢者「その力は無限大にして空虚……遍く世界に手を伸ばし、しかしその根源は普遍なり……」


激しい水しぶきが立つこの戦場で、賢者は場違いなほど静かに、しかし着実に呪文を完成させつつあった
そこへ、力を出し尽くした勇者と魔王の隙を縫うようにして、焼け残った首が迫ってきた


勇者「ぐ……くそっ……! まだそんなトコに……!」ヒュゥゥン…


魔王「はあっ、はあっ……ま、マズい……!」フラッ…


ズダン…!!

勇者「が…はっ……!」

勇者「く、くそ……ッ! 賢者っ!」ヨロ…

勇者「こっちだ! こっちを見やがれ!ドラゴンヤロオォォ!!」ダダッ

ブンッ!

――ズバッ!!


何とか首の一本を切り落とした
しかし賢者に迫る首はもう一本あった



賢者「主の力を持って、全ての嘆きを解き放ち―――」



―――バツンッ!―――

    ブシュゥゥ…!



勇者「け……賢者ァァーーッッ!!」

魔王「そ、そんな……」


賢者「……」フラッ

ドサッ…


ティアマットの牙に噛み千切られ、賢者は左半身をもぎ取られた
倒れた賢者の体は、もはや起き上がる気配はない


勇者「け、賢者……ッ!」ダダッ

勇者「……!」ピタッ


勇者は賢者を救出しようと駆け寄るが、すぐに立ち止まる
賢者の右手がそれを制したからだ

勇者は賢者の覚悟を理解したと思った
あのような状態になりながら、未だ賢者は自分の役目を見失っていない
それどころか、その口元はやや笑っているように見えた


―――ズルゥ…

    バツンッッ!


勇者「……!!」


その一瞬の間に、伸びてきた首が賢者を飲み込んだ


魔王「……!!」

魔王「何ということだ……!」ギリッ

勇者「……」

魔王「作戦失敗だと……」

魔王「我らは……敗北したのか……ッ!」

勇者「……いや」




賢者『世界……に……安ら……ぎ……を…………満た、せ……』




賢者の詠唱は続いていた
その声は首から下げた聖具から聞こえてきた


勇者「……作戦は続行だ。ティアマットを押しとどめる!」スチャッ

魔王「何だと?……しかし賢者は……」


勇者「アイツはまだ生きている!」

魔王「!」

勇者「生きて、詠唱を続けている!」

魔王「……それが本当だとすれば、大した化け物だな!賢者とやらは!」スッ

勇者「当然だ! 何たって、アイツは賢者だからな!」ダダッ


再び勇者と魔王はティアマットに向かっていく
しかし、そのティアマットに異変が起こる
まだ賢者の詠唱は終わっていない……


―――バカッ!!


魔王「む!?」

勇者「あっ!?」


突如、ティアマットの傷口が大きく開き、そこから何かがこぼれ落ちる
その塊はキングクラーケンにも匹敵する大きさだった


ズズ…

ズルゥ…

ドォォン!  ドドォォン!!


こぼれ落ちた3つの塊は、すぐさま羽を開き、その姿を見せ付けた


ブラックドラゴン×3「「「グオアアアアアアアアッッッ!!」」」


勇者「くっそぉ! あともう少しってところで……!」

魔王「泣き言は後にしろ! 迎え撃つぞ!」ヴゥン…


3頭のドラゴンは目の前の2つの標的ではなく、はるか後ろに意識が向いていた
どういうわけか分からないが、賢者の言う通り、ティアマットはより多い人間の方に引き付けられているようだ
つまり、ここで3頭とも仕留めなければ、ノーザンは沈没の窮地に陥ること必至であった


魔王「ヤツらは飛び立とうとしている! 加速したら追いつけなくなるぞ!」

勇者「分かってんだよ!そんなことは!!」ヴゥン…

勇者「ルーラッ!!」バシュンッ!!


ブラックドラゴンA「ゴアッッ!!」


勇者「よぉ!目覚めたばっかのとこワリィんだけどなぁ!」グッ

勇者「ちょっくらあの世で眠っとけや!!」ヒュン…!


―――ズバッッ!!


ブラックドラゴンA「ゴォ――」ブシュゥゥゥ…

ドスン!

ブラックドラゴンA「」グラッ…

ドドォォォン…


魔王「火の精よ、行け……ッ!」バッ


サァァァ…


ブラックドラゴンB「グッ! ゴアッッ!」

ブラックドラゴンC「ガッ! ゴオオッッ!!」


魔王「……今回の誕生はなかったことにしろ」

   ベ ギ ラ ゴ ン
魔王「破天雷炎爆散ッッ!!」


―――カッ!


  ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ―――
 
 
―――ドドドォォォン…!!


ブラックドラゴンB「ガアアアアアアッッ!」

ブラックドラゴンC「ゴオオオオオッッ!!」


――ヒュン!

ズバッ!!

ブラックドラゴンB「」グラッ…

ドドォォン…


勇者と魔王の先制攻撃に、ブラックドラゴンはひとたまりもない
キングクラーケン、ティアマットに比べれば、ブラックドラゴンの首など、もはや勇者にとっては細い標的でしかない
しかし2人の敵はブラックドラゴンだけではない


―――グオッ

―――ビュン


勇者「チッ! 待っててくれるワケねえか……!」グッ

     メ ラ ミ
魔王「極大焦熱弾ッ!」


ドゴォォン!!


勇者「サ、サンキュー、魔王!」スタッ


ティアマットの首は、勇者を捉えるより先に魔王の魔法に阻まれた
魔王はすぐさま最後のブラックドラゴンに照準を戻すが、もはや間に合わない


バサッ… バサッ…


一度飛び立ったブラックドラゴンを仕留めるのは、勇者と魔王の力を持ってしても困難を極める

ブラックドラゴンを追うか、それともティアマットの意識を削ぐ事に専念するか
どちらにすべきか悩んでいられるのは、ほんの一瞬だった


勇者「…………!」ゾワッ…


魔王「くっ……勇者、お前はティアマットの相手をしろ! 私はあのドラ――」

勇者「逃げるぞ!魔王!」バッ

魔王「な、何っ!?」

勇者「完成するぞ、賢者の魔法がッ!!」

魔王「!」


勇者「今すぐ離れるんだ!1ミリでも遠く! この感じはヤバいッ!!」

勇者「ルーラッ!!」バシュン!

魔王「……ルーラッ!!」バシュン!


魔王の即死魔法の中で戯れていられる勇者でさえも、賢者の魔力には震えざるを得なかった
賢者の言っていたことはやはり真実だった
あの魔法に巻き込まれれば、いかなる天上天下の超越者であろうと命はない


賢者『罪深、き……哀れ……な……』


か細い詠唱を首にかけた聖具から聞きながら、勇者はひたすらティアマットから離れることに意識を集中させていた
賢者の魔法がどこまで届くか分からない以上、一心不乱に全力で飛び続けるしかない


賢者『その……魂……に……』

賢者『永遠、の……安息……を……』


勇者「く、来るぞ……!」ブルッ…

魔王「……」グッ


勇者は心の中で精霊の守護を祈る
魔王は自身の命運を身に纏った甲冑に託す

遂に、賢者の詠唱が終わる




賢者『還らざる……約束の地よ…………』


賢者『我らを…………導く…………』






              賢者『 子 守 唄 を こ こ に ―――』






ブワッ――――



周囲の雨雲が一瞬で霧散し、太陽がティアマットを照らした


ティアマット「GAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHH!!!」


バシャバシャバシャ!!   
                ドドォン…
  ザバァァン…  ドパァァン…!
                ドドドドドッッ…!
ザザァァーー…
       ドゴンッ!   ドドンッ…!


ティアマット「VOOOHHHHH――――」


薄い薄い、純白の膜のようなものが、ティアマットを覆っていく
それと同時に激しい咆哮が静まり、全ての首の動きが停止する





ティアマット「…………………………」




海とティアマットは同時に静まり、青空と海に挟まれた巨獣は次第に真っ白に染め上げられていく






ピシッ…

パキッ…




ピシピシッ…





   バコンッ…!

  ゴコッ…!





ドォォォン!   ドドォォン!

   ドォォン…!
         ドドドォォォン…!
ドドォォォン…


動かなくなった真っ白なティアマットは、ひとりでに砕けていって海中に沈んでいく
もはやその自壊する彫刻からは、いかなる生命も誕生しなかった
そこにいるのは死に行く一つの命のみであった


賢者「…………」


ピシピシッ…


賢者「後は……頼んだぞ……」パキッ…


賢者「勇……者…………」


崩れゆくティアマットの中で、賢者は微かに笑った



ズオオオッッ……!


勇者と魔王は迫り来る白い魔法から必死に遠ざかろうとしていた
まだそのカーテンのスピードは緩まない


勇者「くっ……もっと速く……ッ!」グッ

魔王「……」チラッ



ブラックドラゴンC「ガゴォオオオオッッ!!」


直線の移動であれば、ルーラはいかなる生物よりも速く飛ぶことが可能である
ブラックドラゴンはもうとっくに2人に追い抜かれていた
そのドラゴンにカーテンが追いつく


ブラックドラゴンC「ゴオオ―――――」


―――――パァァァァァァン!!!



魔王「!!?」


魔王は我が目を疑った
はるか後方にいたドラゴンが白い魔法に包まれたと思った瞬間、ドラゴンの全身が破裂し弾け飛んだのだ


魔王「な、何だあの魔法は!!?」

勇者「見るなっ! 飛べっ!」

魔王「う……おおおおッッ!!」


考えている暇などない
一瞬でも速く逃げなければ、自分たちもあのドラゴン同様に殺される
勇者と魔王は限界を大きく越えてルーラに魔力を込める


魔王「ぐ……くッ!」バシュン!

勇者「おおお……ッ!」バシュン!


やがてノーザンが見えてくる
しかし安心はできない
魔法がここまで届かないという保証はないのだ


ドゴッ!

魔王「ぐっ……!」ゴロゴロ…


ドンッ!

勇者「かっ……!」ゴロ…


側近「2人とも伏せいッ!障壁を張るぞ!」


側近「来るぞ!構えいッ!!」サッ

魔術師一同「「「はっ!」」」サッ

侍女「は、はいッ!!」サッ

魔導師「……来いッ!」サッ


ヴゥン…




ドドォォ……!


魔術師E「うおっ……!」

侍女「ふ、ん……ッ!」

側近「ご……おおお……ッ!」

魔導師「う……こ……ッ!」




……ヒュウゥゥ……




魔術師E「…………はっ……はぁ、はぁ……はぁ……」フラッ

侍女「ふぅ、ふぅ……ふぅ…………」ヨロッ

側近「……」

魔導師「こ、ここまで余波が届くとは……」


ノーザンの船尾はその衝撃を受け、木材の一部が石化している
障壁を張っていなければ自分たちも危なかった


魔王「はぁ、はぁ……間一髪か……」

勇者「はぁ、はぁ……あ、ありがとよ、助かったぜ」

魔術師E「ゆ、勇者様、ティアマットは……」

勇者「はぁ、はぁ……分かんねえ……」

側近「侍女」

侍女「は、はい」スッ


侍女「…………」


魔術師F「……」ゴクッ…



侍女「……反応、ありません。ティアマットは完全に消滅しました」


ザワッ…!


侍女の言葉に呼応するように、甲板にいた者たちは皆一斉に沸き立った


魔術師F「や、やった! 遂に倒したんだ!」

魔術師E「本当に倒したというのか? 神と呼ばれた存在を……!」

魔術師G「い、生き延びた! 俺は……帰れるんだ……!」


側近「……本当に反応はないのか?」

侍女「はい……あっ」

勇者「はぁ、はぁ、はぁ……」


四神柱撃退に沸くノーザンの甲板で、ただ1人勇者だけは気を緩めていなかった

まだ今日の仕事は終わっちゃいない
終わりにされてたまるか……!


魔導師「……おい、アイツはどうしたんだ?」

侍女「いえ……これはおそらく一つ、今にも消えそうな反応が――」

勇者「ルーラッッ!!」バシュン!

魔王「!」


あらゆる問答は勇者にとって無意味であった
ただ一つの可能性のみを信じて、ノーザンから飛び立つ


魔王「……ルーラッ!」バシュン!

側近「……」


突然の勇者の行動に周囲の者たちは戸惑う
勇者の真意を瞬時に理解できたのは、魔王と側近のみであった



ドォォォォォ……


ティアマットの消滅した場所に海水が流れ込んでいく
『根』が消えた後の穴は深く、海水が満たされるまでにはかなりの時間がかかりそうだ

その深く暗い奈落の底に向かって、賢者は静かに落ちていく
ひび割れたその体には、もはや頭部と右肩しか残されていない


賢者「…………」


肉体は修復されない
究極魔法の反発を受けて命を繋いでいられたまでで、その加護は打ち止めだった
そして、その命ももうすぐ終わる

地の底に叩きつけられて終わるか
それとも海中に沈んで窒息するのか


賢者「…………」



どうやらそのどちらかの結末を迎える前に、自分の命は終わるらしい
眠るように、その意識を深い場所へ沈めていく……


「****!! ***!!」


しかしその声に意識が呼び戻された

誰かが叫んでいる
それは何度も同じ言葉を繰り返している
おそらくその声は、ただ1人居残った自分を探しているのだろう

しかし無駄だ
この広大な暗黒の中で、ちっぽけな白い塊を見つけられるはずがない
奇跡を起こすヒーローでもない限り


「***!! ****!!」


……しつこいヤツだな
もうすぐ終わりなんだから静かにしてくれ

まあいいさ
いくらでも探せばいい
どうせ見つかりっこない


「****!! ***!!」


……声がどんどん近づいてくる

おかしいな
あの侍女とかいう魔力レーダーでも、今の自分は探知できないはずだ
しかも、この声には聞き覚えがある……


ガシッ!!


勇者「おい賢者ッ!! 勝手に死ぬんじゃねえッ!!」

賢者「……」


信じられない
どこまでも続くこの暗黒の中で、その声は遂に俺に辿り着いた


勇者「しっかりしろッ!! まだあと3匹も残ってんだぞ!!」

賢者「……」

勇者「……くそっ! 再生が始まらねえ……!」

勇者「何とか持ちこたえとけよ! ベホマッ!!」


パァァ…


賢者「……」

勇者「……ダメか! もう一回!」

勇者「ベホマッ!!」


パァァ…


賢者「……」


無駄だ
しょせん人間の回復魔法で救える命には限度がある
それより、もうすぐ地の底にぶち当たりそうだぞ


ドゴッ!!


勇者「がっ……!」


ザザザザッ……


それ見たことか
ここらへんには平らな地面なんて気の利いた場所はない
何とかしないと、このままどこまでも滑り落ちて行くぞ


勇者「くそっ! 何だここは!」

賢者「……」

勇者「止まれッ!」ズガッ!


ザザザ…


勇者「フー……よし、もう一発! ベホマッ!!」


パァァ…


何度繰り返せば気が済むんだ?
俺はもうすぐ死ぬんだ
こんな所で油売ってないで、サッサと帰れ
そして次の相手に備えろ
四神柱はまだあと3柱もいるんだぞ?

……

また別のヤツが来るな


魔王「ふんっ!」ボコッ!


勇者「!……今来たのは魔王か!?」

魔王「そうだ。賢者の様子はどうだ?」

勇者「ダメだ、さっきからベホマがまるっきり効かねえ……」

魔王「……その剣を使え」

勇者「あっ……?」

魔王「その暗黒剣を賢者の体に突き刺すんだ」

魔王「その男なら、おそらく効果があるはずだ」

勇者「……本気で言ってんのか?」

魔王「信じるかどうかはお前の勝手だ」

魔王「しかし、やるなら今しかないのだぞ?」

勇者「……」

勇者「……いっちょやってみっか! ふんっ!」ズッ…

勇者「甦れッ! 賢者ッッ!!」


ザクッ!


賢者「……」




―――ゾワッッ




この感じは……
まさか……再生が始まっているだと……!?
そうか、この魔剣は……



勇者「……う、うおわああっ! お、落ちるっ!!」


ゴロゴロッ… 


魔王「……あいつめ、まさか足場も作らないまま剣を抜いたのか?」


勇者「う、上に……上に飛ばねえと!」ゴロゴロ…

勇者「……上ってどっちだっけ?? おわああっ……!」


ドザァァァー…!!


魔王「む……ここにも水が来たか!」

魔王「おい勇者!早く脱出しろ! もうすぐここも海中に沈むぞッ!」


勇者「んなこと言ったって!……だあっ!」ゴロゴロ…

勇者「こっちは何も見えねえ――」


ドボンッ…!

…ザバッ!


勇者「……ぶはっ! くそっ、アイツの体どこいった!?」



ザザァァァー…


勇者「おーい!賢者ァ! どこにいるー!?」

勇者「おーい!賢――」


ドザァァッ!!


勇者「ボガッ!……モゴッ……」

勇者「くそっ……水が邪魔で……!」

勇者「おーい!」


        オ セ オ ラ ム
賢者「―――海獣幻体変化!!」



魔王「……! ルーラッ!」バシュン!

勇者「あっ!?」



ズドォォッッ!!


ザパァァァン!!


勇者「どわっ!!?」


勇者の体は何かに捕まり、そのまま真上に急上昇した
暗黒一色の海底から光に満ちた空中まで一気に引き上げられたことに、予期せぬ開放感を味わっていた
雲一つない青空が自分を祝福しているようにさえ感じられた


海獣「……」ポイッ

勇者「おわっ!」ドスッ


勇者は丘のような場所に放り投げられ、そこに魔王も降り立つ


スタッ…

魔王「うまく行ったようだな」

勇者「え?え?何??」キョロキョロ


そこは巨大な海獣の背の上だった
やたらツルツルした頭を持つドラゴンのような生物が、その長い首を曲げて勇者を見つめていた


海獣『全く、レミラーマぐらい教えておいただろうが』

勇者「その声は……賢者!?」

海獣『そうだ。この変化を見せるのは初めてだったな』

勇者「は、ははっ! 何だ!お前助かったのか!」

海獣『そのようだな……しかし未だ再生が不完全な体は、コイツの中で休ませておく必要があるがな』

勇者「んなモン、後でいいんだよ……はぁ……」ゴロッ


ようやく今日の仕事が終わった
そのことを理解すると、勇者は体を倒してそのまま眠ってしまった
暗黒剣の刀身がわずかに白くなっていたことには気が付かない


魔王「大した男だな。まさか本当に効果があるとは」

海獣『……お前のその魔剣ほどではないさ』

魔王「フン、人間如きにこの至宝を消耗するのは癪だが、貴様にはティアマットを倒した功績もある」

魔王「……これはもはや認めざるを得ん。やはり我らだけでは四神柱には対抗できない」

海獣『……』

魔王「いい機会だ、今のうちに言ってく」

魔王「お前たちが残りの四神柱を本気で倒そうとしているのであれば、我が魔王軍は全面的に協力することを誓おう」

海獣『やはり知っていたか』

魔王「当然だ。どうもヤツらは、今回は大急ぎでこの地上を掃除してしまいたいらしい」

魔王「次の四神柱が現れる日もそう遠くはないだろう」

海獣『何が来ようと、きっと俺たちは戦っていける。その男さえいればな』

魔王「……そうかもな」

海獣『早く戻らないとな。今はソイツをゆっくり休ませてやりたい』

魔王「そうだな、そうしてくれ」


魔王「……側近め、またしてもお前の筋書き通りになってしまったな」


小さくそう言って、魔王は口元を緩ませた

ノーザンの後を追って帰っていく3人
沈み始めた太陽がその姿を赤く染める
静まり返った海がどこまでも続いていた








■■■■■■■■■■■■■■ 『豊穣』のティアマット 討滅 ■■■■■■■■■■■■■■









残る四神柱は3柱

『調和』 『前進』 『安息』

勇者たちが進む未来には、ティアマットよりもさらに恐ろしい強敵が待ち構えていた
そしてその戦いの先にある運命を、未だ勇者たちは知らない……


to be continued

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