女「せっかくだしコワイ話しない?」 (442)

男「いや、ボクら生徒会の集まりで文化祭の打ち合わせしてるんですよ?」

女「そんなことは百も承知だよ。
けれど、今日は夏休み返上して学校に来てるのに会長である私と書記のキミしかいないんだよ?」

男「まあそれはそうですけど。
だからこそ少しでも打ち合わせをきっちりやっておいて次の議会で話がスムーズに進行するようにするべきなんじゃ」

女「家族旅行だの、塾だの、まあそりゃみんな忙しいのはわかるんだけどさ」

男「先輩だって今年、大学受験でしょ?
生徒会にウツツをぬかしてていいんですか?」

女「まあ高校生活最後の思い出作りなんだし、ハリキってもバチは当たらないと思うよ」

男「だったらその思い出作りのために話し合いをがんばりましょうよ」

女「それとこれとはべつなの」

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男「えー」

女「いいじゃん。なんせまだ午前中だよー?
私とふたりっきりでコワイ話しできるなんて嬉しくないの?」

男「いやその、なんていうかですね......」

男(オレとしては先輩とふたりっきりなのはかなり嬉しいことだ。
だけど、どうせならまだ十時過ぎなんだし昼までに会議を終わらせてメシ食いに行くなりなんなりしたいんだけどなあ)

女「もしかしてコイバナのほうがしたいとか?」

男「なんでいきなりそういう話になるんですかね。
顧問の......なんか名前忘れちゃいましたけど、先生がこの状況を見たらボクら怒られますよ?」

女「それなら大丈夫だよ。今日は先生も生徒会のほうじゃなくて部活のほうに行ってるらしいから。
私たちのジャマをする人はいないよ?」

男「......」

女「ね? いいでしょ? コワイ話させてよー」

男(イヤだと言っても、意地でも先輩は話そうとしてきそうだなあ)

女「もしかしてホラー苦手なの?」

男「んー、たぶんそんなことはないと思うんですけどね。
ホンコワぐらいじゃビビりませんよ、たぶん」

女「ふーん。まあ安心してよ。私の話は幽霊が出てくる話ばっかじゃないからさ」

男(なんだろ。今の言い方、まるで話がひとつじゃ終わらなさそうな感じなんだけど)

女「ほんとに大丈夫? 夜中に『うぇーん先輩コワくてねれませーん』とかならない?」

男「なりませんって。ていうか話早くしてくれないと帰りますよ?」

女「あーごめんごめん。おねがいだから帰らないでね」

男「じょーだんですよ。それで? どんな話を聞かせてくれるんですか?」




女「最初の話はね。ある女子大生が素敵なバイトをする話なの」



1

こみ上げてくる吐き気にみっともないと思いつつも道路にしゃがみこんだ。
襲いかかってくる嘔吐感をおさえるために深呼吸するも、都会のよどんだ空気はワタシの気分をより鬱蒼とさせるだけだった。
いっそのことここで全部もどしてしまおうか。そうすれば少しはらくになるだろう。

「サイアクっ......」

吐き出すようにそうつぶやいてふと、夜空を見あげる。
よどんだ夜空に取り残されたように雲がひとつだけ浮いていて、なぜかそれに奇妙な親近感を覚えた。
しばらくしゃがみこんでいたせいか、少しだけ気分がよくなった。
いつまでも道路にしゃがみこんでるのはみっともない、そう思ってワタシは腰をくあげた。
もちろん誰も自分のことを見ていないことなんてわかっていた。
少し歩くと電車が線路の上を走る音が聞こえてきた。

若者の街。

今ワタシがいる場所は一般的にそう呼ばれてる。
その名にふさわしい数の若い人間が夜中にもかかわらずあちらこちらにいた。
いったいコイツらはなんの目的があってこんなとこにいるのだろうか。自分のことを棚にあげてそんなことを思った。
ムダにでかい声でダベってる集団。
スマホをいじって壁によりかかってるヤツ。
うつむいたまま足早に駅に向かう人。

まあ、ワタシもはたから見れば同じように見えるのだろう。
実際ワタシはサークルの飲み会の帰りでこの街にいる目的なんてこれっぽちもなかった。
というか、サークルの飲み会になんて行きたくなかったのだからそういう意味では最初から目的なんてなかったのだろう。

そもそも大学生の飲み会なんていったいなんの意味があるのだろうか。
本来ならトピック過多なキャンパスライフを送るワタシたちはそこそこに話すことはあるはずなのだ。
ましてサークルのメンツはある程度の馴染みがあるというのに。
やることと言ったら居酒屋の一角を陣取って時間と肝臓をすり減らすだけのアルコール摂取合戦。
満足な会話もせず、会話の代わりにジョッキをかわして煽られるまま酒を飲む。
あげくのはてに酔いつぶれて戻すもん戻してなんの意味があるというのか。

そしてそんなムダだとわかっていることを流されるまましているワタシはいったいなんなんだろうか。

いまだに足どりはおぼつかなかったけど、だいぶは気はまぎれてきた。
駅が近づくにつれて人が増えてくる。


「んん?」

道路をはさんだ駅の向かい側の道にはたくさんの店が一列に行儀よく並んでいる。
その店のひとつであるパスタ屋はワタシのお気に入りのところだった。
その店を食い入るように見ている女の子がいた。
遠目からだしワタシはそんなに目がよくないので断言できないけどたぶん、歳は同じくらいだと思う。

もちろんこんな時間だ。
すでに店は閉店しているし、そうじゃなくてもなんだかその女の子はヘンだった。
ただし、ヘンというのは女の子の外見が奇抜だとかそういう意味ではない。
むしろどちらかと言えばその女の子は地味でこれといって目をひくようなところはなかった。

女の子は店を正面を見ているのではなく、側面を見ていた。
より正確に言えば店の側面側の壁を見ているのだろう。

なにをそんなに真剣に見てるんだろ。



思わずワタシが足をとめたのとその女の子がそこから動き出したのはほとんど同時だった。
普段ならそのまま素通りしていくところだったが、ワタシはなにかに惹きつけられるようにそのパスタ屋へ行った。

小さいながらもシャレた外観をしているそこは女子にけっこう人気でたびたびワタシも友達ときている。
しかし側面側の壁を見たことはなかった。ちょうど女の子がなにかを見ていた位置と同じ場所に立ってみる。
壁にはなにかのチラシが貼ってあった。暗くて読めないのでスマホでフラッシュをたいて写真を撮ってみた。


どうやらバイトの広告のようだった。


ただしチラシに記された内容は、ふつうのバイトではないと思われるものだった。

主に十八歳以上の女子を募集しているみたいだ。
肝心なバイトの内容はデータ入力、とだけ書かれている。
より細かいことについては面接に来た人間にのみ教える、というものだった。
この時点でたぶん、大半の人はこのバイトに募集しないだろう。


さらにそれに拍車をかけるように高給とでっかく書かれてる。

「月、三十万以上....」

一瞬風俗かそれの類のバイトなのか、という考えがよぎったがチラシのはじっこのほうにそうではないという注意書きがあった。
もっともそれでこのバイトに募集しようと楽観できるほどにワタシの脳みそはお花畑ではなかった。
いつの間にかスマホの画面を食い入るように見ている自分に気づいて自嘲した。

「アホくさ」

いくら金がほしいからっていかがわしいバイトをする理由にはならない。
物騒な世の中なのだ。
自ら危険に飛びこむようなマネをすることはない。
一瞬だけそのチラシのあった場所をふりかえってワタシは街をあとにした。



2

「えっと、なにかバイトとかってしてる?」

「バイトですか?」

月曜の五限の講義をワタシは英語にしている。
正直義務教育からやっている英語に関してはいいかげん飽き飽きしていた。
けれどまだある程度はこなせるぶん、ほかのわけのわからない電波の羅列を垂れ流す教授の講義よりはいささかマシかもしれない。
もっともこの講義は大人数教室で内容もそんなに難しくないためほとんど集中して聞いたことはない。

そういう意味ではほかの講義となんら変わりはない。

そして、たまたまペアワークで隣りになった女の子に時間つぶしがってら聞いてみた。

バイトのことについて。



「個人経営のカフェで働いてますよ」

化粧っ気がほとんどなく、いかにも地方出身といった感じの地味な隣の女子はやわらかい口調で言った。
透き通るという表現がぴったりの白い肌から、この女の子はたぶん秋田出身なんだろうなあとかてきとーなことを考えながら会話を続ける。

「カフェかあ。いいなあ、ワタシ飲食やってんだけど時給安くてさあ」

「飲食店ってやっぱり大変ですよね? 私のところもそんなにお金高くないんですけど。
でもそんなにお客さん来ないんでらくなんですよね」

「ふーん。ああ、そんでね。
なにか新しいバイトさがそーかなって思ってさ。なんかないかな?」

「私、今やってるバイトが初めてで。だからあんまりバイト詳しくないんです」

「あ、そーなの? まあ言ってもワタシもそんなバイトしてないんだけどさ」

教授のボソボソした声をバックにワタシは昨日撮ったチラシの画像を見せてみた。



「これ見てみて。昨日たまたま歩いてたら見つけたバイトの張り紙なんだけど」

「さ、三十万......!? え? これどんなバイトなんですか?」

「ちょっと声でかいって。いちおう、今授業中」

「あ、すみません。ついびっくりしちゃって。
でもこれっていったいなんのバイトなんですか?」

「ワタシもたまたま見かけただけだから全然わかんないんだよね。
けど、やっぱり興味わくじゃん? こんだけ高給だと」

「......もしかしてこれって出会い系サイトのサクラのバイトなんじゃないんですか?」

「へ?」

不意にそんなことを言われてワタシはマヌケな声をあげた。



「あ、その、私もたまたまサークルの先輩から聞いただけなんですけど。
パソコンのデータ入力とかの募集ってそういうのが意外とあるらしいんです。
さすがにおおっぴらに募集できる内容のものじゃないからそういう風に募集してるらしいんです」

たしかに言われてみるとあのチラシもわざわざ店と店の間の目につかない壁に貼り付けてあった。

「実は私の先輩がサクラのバイトしてたみたいで。風のうわさで聞いただけなんですけど。かなりお金もらえるみたい」

「うーん、まあそりゃあね。特殊な仕事みたいだしお金たくさんもらえなきゃやる人間いないんじゃない?」

「犯罪に近い行為かもしれないですしね。でも少し面白そうですよね」

ちょうど教授がホワイトボードをたたいて反射的に前を向いたために、そのときの彼女の顔は見えなかった。
その代わり彼女の声に含まれたイタズラげなひびきはやけに耳に残った。



面白そう。

地方から上京して大学生になって一年と半年。
東京という街で起こるありとあらゆることがワタシには新鮮で魅力的で刺激的だったと思う。
ただワタシというニンゲンはどうしようもなくすべてのものごとに対して飽きやすかった。

というよりワタシという容器はこれまで生きてきた中でもっとも解放的で刺激的な生活の中で満たされてしまったのだと思う。

器を破ってしまうぐらいの刺激をワタシは欲しているのかもしれない。

「そのバイトするつもりなんですか?」

「さあね」

ワタシはあえてとぼけた。けれどもコタエはもう決まっていた。


3

人であふれる中央本線を通る電車も休日の昼間となればいくぶんかマシになる。
それでもワタシが住んでいた田舎町と比較すれば乗車率は圧倒的に高いんだけど。
現在住んでる自分の街から中央本線を利用してさらに御茶ノ水で総武線に乗り換えて、ようやくたどり着いたアキバの駅は人でごったがえしていた。

思わず人の多さにしかめっ面をしてしまう。

秋葉原には上京したてのころに暇つぶしと東京観光を兼ねて一回だけきたことがあった。
いかにもオタクといった感じの人が大半を占めているのかと思っていただけに当時は自分と同じような大学生が意外といることにおどろいた。

はっきり言ってワタシは人ごみは好きじゃない。
理由はよくわからないけど人がたくさんいるところはムダに騒々しいし、やたらに体力を浪費する。
だから池袋や渋谷、新宿と言った人が極端に集まる場所には基本的にはひとりで行くことがない。
付き合いでしかたなく行くことはかなりあるけどできるなら避けたいと思ってる。

都会の街を歩くときは自然と足どりが重くなる。
もっとも今日にかぎってはワタシの足は軽かった。

今日はバイトの面接だ。



あの地味ガールとの会話のあとワタシは講義をぬけてすぐに例のバイトの電話をした。
スマホを握る手が少しだけふるえたけど、電話越しの相手の柔らかい声を聞いたらそれもすぐにとまった。

にぎやかな街の中心から少し外れたとこの昭和通りをまたいで隅田川の方面を目指す。
さらに小さな路地に入っていくと古びたビルがある。そこが面接会場だった。
ビルじたいは小さくて看板があるわけでもないので特別目につくようなものでもない。
どちらかと言うと等身大のアニメキャラクターのパネルがズラッと並んでる隣のカレー屋のほうが断然目立つだろう。

電話の相手の言ったとおりだとしたらここで間違いはないのだが、少しだけワタシは不安になった。

「いや、でもまあ教えてもらった場所はたぶんここであってるしな......」

とか言いつつもワタシはビルをあおぐだけあおいで肝心の行動を起こせなかった。

「あの......バイトの面接に来た方ですか?」

「は、はい!?」

不意に声をかけられたせいで返事の声がひっくりかえってしまった。



視線を正面にもどすとワタシのお父さんと同じぐらいの年齢の小柄なおじさんが両手を擦り合わせて立っていた。

「あ、はい、そうです。
えっと..... わざわざ下にまで出迎えてもらってすみません」

「いえいえ。こちらこそわかりにくいところで申し訳ないです。
まあ、とりあえず中へどうぞ。すぐに面接をはじめましょう」

案内されたビルの中は予想外に不気味で無意識に息をのんでしまった。

ビルの廊下は薄暗かった。
天井の蛍光灯がついてないだけでなく窓もないから外の明かりも入らないせいだ。


この廊下の唯一の光源は足もとに設えられた蛍光灯だけだったけど、それは薄汚れた床に積もったほこりをことさら強調するだけでたいして明るくはなかった。
歩くたびに舞うほこりにむせてしまいそうになるのをなんとかこらえてワタシは目の前を歩くおじさんについていく。

「ではここにかけてお待ちください。すぐに面接準備をしてきますので」

案内された部屋のパイプ椅子に腰をかけてワタシはようやく一息ついた。
たいていのバイトの面接時には履歴書を用意しておくものだけど、今回のバイトには履歴書は不要だった。

おじさんが面接準備のために部屋をでてからあっという間に五分が経過した。
遅いな、と思いつつとりあえずたいして広くない空間を見回してみる。

部屋には何台かのオフィスデスクと観葉植物がすみっこにあるぐらいでこれといった特徴はなかった。
ただ蛍光灯がきれかかって明滅しているものしかないせいか、妙な不気味さが部屋中にただよっていた。


「どうもすみません、おまたせしました」

結局おじさんが部屋に戻ってきたのはさらに十分がたってからだった。

おじさんはワタシの対面の位置にパイプ椅子を置いてそこに腰をかける。

「今日はお越しいただいてありがとうございます。
それではさっそく面接に入りたいと思います。
単刀直入に言いますがこのバイトは普通のバイトとは少々異なります」

「と、言うと?」


「あなたには出会い系サイトのサクラをやってもらいたいのです」


あの女の子の言ったことはどうやら本当だったらしい。
背中の毛穴が開いてジワリと嫌な汗が背筋をゆっくりとなぞるのを感じた。


「具体的なことに関しては面接がおわりしだい教えますが、これまた単刀直入にお聞きします。
やっていただけますか?」

相変わらずおじさんの口調は穏やかだったし、表情もやわらかいままだった。
それにもかかわらずその声に霜がおりたような冷たさを感じたのは単なるワタシの勘違いなのだろうか。
なんて答えればいいのか迷っているワタシにおじさんは言った。

「出会い系のサクラってどういうものかと言いいますと。
ようするにあなたにはうちのサイトの会員になってもらい、男性会員の人とメールのやりとりをしてもらいたい。
ここまでは意味がわかりますか?」

実のところこのサクラというものについては多少調べたので、おおまかにはどういうものか理解していた。

「だいたいはわかります。そういう話も聞いたことあるんで。
ようはワタシがとにかく色んな人にメールをばらまいて食いついた人にはメールしてポイントを消費させて購入させる。
そういうことですよね?」

「話が早くて助かります。
しかし、うちがバイトにしてもらうのはそれだけではないんです」


「ほかになにかあるんですか?」

「べつにそれだけだったらわざわざ女性を雇う必要はないんですよ。
男性でも女性になりきってメールすることはできますからね」

「じゃあ、ほかになにをするんですか?」

「実際にひとり、あるいはふたり、場合によってはそれ以上の男性会員にあってもらいたい」

さすがにこれにはおどろかずにはいられなかった。
たぶんワタシのおどろきは露骨に顔に出てしまったのだろう。
おじさんはさらに説明を続けた。

「近年、出会い系の評判は某大型掲示板やそのほかのネットサイトで情報がかなり手に入るようになっています。
そういうわけでちょっと前のように騙される人間というのが減っているのです。
そのためこの手の会社は競争が厳しくなっているだけでなく、ほとんど大手がシェアを占めているんです。
そこで働いているサクラには一度きりという条件で実際にサイトを利用している人と接触してもらいたいのです」

「は、はあ......」

さすがにどういう返しが正しいのかわからずワタシはそう言うことしかできなかった。
ただワタシのこのバイトに対する天秤がやらない方へとかたむいたのは確かだった。



「この手のバイトはごまんとありますが、実際に会うということをするバイトはおそらくないでしょう。
しかし、近年の状況を考えますとこの方法こそが我がサイトの発展、しいては我が社の発展に一番いいはずなのです」

「そ、そーなんですか」

そんなことを言われても、ねえ?
さすがにネットでやりとりしただけのニンゲンといきなり会うのはどうなのだろう。
どんなニンゲンかもわからないのに実際に会うなんて危険すぎるのでは?

「今、あなたがなにを考えられているのか私にはだいたい検討がつきます。
そこでですね。私どももそれ相応の報酬を用意しようと思います。



がんばりしだいでは我々は月給として百万以上支払ってもいい」

一瞬なにを言われたのかわからなかった。



十秒ぐらいたってようやくワタシの脳みそは面接官の言葉を飲みこむことができた。
雷が脳天を直撃したかのような衝撃にワタシは面接中なのに大声を出してしまった。

「え、ええぇ!? ほ、ホントに言ってるんですか!?」

「嘘は言いません。リスクはもちろんありますので妥当な給料だと思います」

月に百万円もらえるかもしれないという事実は、ワタシのこのバイトに対する不安をかき消すのに十分だった。

「どうですか? やっていただけないでしょうか?
バイトの数はまだまだ不足していますので少しでも多くの方にこの仕事をやってもらいたいのです」

「は、はい。ワタシでよければ......ぜひ」

ワタシはあっさりと了承してしまった。
百万という数字はワタシのような女子大生などあっさりと籠絡させてしまった。

「ありがとうございます! お互いにがんばっていきましょう」

握手を求められたのでワタシは右手を差し出した。
ワタシの手を握るおじさんの骨ばったそれは妙に汗ばんでいて不快だったけど、それさえもどうでもよくなるぐらい気分が高翌揚していた。



4

基本的にこのビルのパソコンと自分のケータイを使って仕事をするらしい。
シフトは最低週一日からでいいということで、時間の融通もきくようでありがたかった。

サクラをするにあたりマニュアルをもらいその説明も受けた。
まあしかしイロイロと相手を騙すための手口があるものだ。
ばらまくメールの例文やら、サイトへの誘導のしかたやらメアドの交換の拒否方法やら。

約一時間ぐらいの説明をおじさんから受け終わりもう帰るだけかと思ったが、

「説明は以上で終わりますが最後にどうしても守っていただきたいことがあります」


すでに必要な書類も書いて契約書に印鑑を押したあとなのに、この後に及んでまだ作業がおわらないことに少しだけ腹がたった。

「なんなんですか?」

「最後にあなたには誓いをしてほしいのです」

「ちかい?」

「ええ、誓いです。私についてきてください」

ワタシの返事を待たずに面接官はすでに動き出していた。
面接官についていくまま部屋を出て階段をあがって最上階まで行く。
最上階はそれまでの階とはちがい部屋に通じる扉がひとつあるだけだった。

「これからここであなたには宣誓をしてもらいます。今日はこれをしてもらえば終わりです」

目の前のおじさんがふり返る。


相変わらず穏やかな表情で、口もとにはやわらかい笑みをたたえていた。
けれども目もとは少しも笑ってなくて、ワタシは黙ってうなずくことしかできなかった。

扉が開かれる。蝶番の軋む音がやけに長く聞こえた。

「さあ入ってください」

言われるままワタシは面接官とともに部屋に入った。

部屋は真っ暗だった。
てっきりすぐ照明をつけてくれるのかと思ったが面接官はいつまでたってもなにもしない。
深い闇に全身塗りつぶされるような錯覚におそわれてワタシは慌てて言った。

「あ、あの! 明かりつけないん......」

ワタシの言葉は最後まで続かなかった。






部屋のど真ん中に人形があることに気づいたのだ。



絵の具がにじむように深い闇の中から現れた等身大の人形は木製のイスの背もたれに全身をあずけるように腰掛けていた。


その人形は真っ白なワンピースを着ていて真っ暗な部屋の中でも異様な存在感をはなっていた。
長すぎる黒髪の下の顔は、その前髪のせいで見えなかったけどそれでも異様に人形の肌が白いのだけはわかった。
投げ出された手足は痛々しいまでにか細くて触れただけで折れてしまいそうだった。

いったいなんだこれは?

部屋の中に明かりらしきものは見当たらない。なのに気づけば人形の姿はワタシの目に鮮明に映っていた。
闇に目が慣れたとかではない。仮にそうだったとしたらワタシの前にいるはずのおじさんも見えるはずだ。
実際には面接官のおじさんは真っ暗闇の中に埋没してしまっている。



得体の知れない恐怖が足もとから這いあがってくる。
吸い込んだ息がノドの奥で音を立てた。
全身の産毛が逆立って肌が粟立つ。
悲鳴がノドを食い破ってしまいそうになるのを必死にこらえる。

「それでは『彼女』にひとつだけ、今から私が言うことを誓ってください」

この空間から一刻も早く出たくてワタシはただうなずく。
これだけ暗い空間ではどんなにうなずいたとしても見えるはずもないのに。

「誓いはただひとつです。この仕事において『恋をする』ということをしないと誓ってください」

「わ、ワタシは恋なんてしません!」

意味なんて理解できないまま間髪いれずにワタシは叫んだ。
声はみっともないぐらいふるえていた。

「あなたは『彼女』の前ではっきりと誓いました。その誓いをくれぐれも破らないように」

話している内容は異様なのに声は機械のように淡々としている。

「それでは出ましょう。
『彼女』は人と同じ空間にいることをあまり好まない」

そう言われてもワタシの四肢は血を抜かれたように力が入らなかった。
不意に光が差し込む。面接官の人がいつの間にかワタシの背後にいて扉を開いてくれていた。

「早く出てください」

「あ、はい......」

灯火に吸い込まれる虫のようにワタシはふらふらと光指す出口へと向かった。
背中に得体の知れない視線を感じながら。

今回はここまで

オリジナルで思いついた話をダラダラ書き連ねてく

今日の夜から再開

再開します

5


そのあとのことはよく覚えていない。

本能があの人形についての記憶に霞をかけているようだった。
ビルから出る直前。
自分と同じぐらいの歳のオトコがビルの入口に入ってきてすれ違ったが挨拶したかどうか、その記憶さえ曖昧だった。

『とりあえず家に帰ってからでいいので教えたアドレスからサイトに入って登録しておいてください』

はじめて顔を合わせたときと別れのときの面接官の印象はまるでちがった。

しかしそれ以上に気になることがあった。
ワタシはてっきりあのおじさんは常軌を逸した変人で、あの空間にいてもなにも感じてないのかと思っていた。
だが部屋から出たおじさんの顔は紙のように真っ白で額には脂汗を浮かべていた。
ふるえる唇は血の気が失せて紫色に変色していた。

『くれぐれも誓いを破らないように。破ったときはそれ相応の報いが待っています』



部屋を出た直後おじさんはそう言った。

ほとんどそのときのワタシの耳には入ってなかったけど今思えばきちんと言葉の意味を聞いておくべきだった。

「それ相応の報い、か」

新手のおどしとも取れた。
この手の会社が捕まったという話はネットサーフィンをしているときに目にした。
口外をすることは契約書においても禁止されていたが、しょせんはバイトだ。
喜々としてこの仕事のことを話すバカがいてもおかしくはないだろう。

つまりあの人形の前でした誓いも、これからワタシが純粋なサイト会員というカタチで出会う人たちに対して、迂闊なことを口にさせないための処置というふうには考えられないだろうか。
懇意の間柄になって秘密をぺらぺらしゃべらせないための処置なのかもしれない。

どこかおかしい気がしたけどそう結論づけてワタシは自分を無理やり納得させた。



もはや用事はなかったし、人であふれたこの街にいる理由はなかった。
普段のワタシならさっさと帰宅しているところだった。
けれどもワタシの五感は錆びついたかのように鈍くなっていて、自分の世界のあらゆることが霧がかかったようにぼやけていた。
街のありとあらゆる音の洪水もどこかくぐもって聞こえた。

ふとあの人形が脳裏をよぎる。

細い手首。
白すぎる肌。
ワンピース。
長い髪。
見えない顔。

あの不気味な人形は間違いなくはじめて見たものだった。
それにもかかわらずワタシはどこかであの人形を見た気がしてならなかった。

そもそもワタシはこのバイトをやめるべきなのではないか?
バックレてしまえばいいんじゃないか?
あんな得体の知れないものを飼いならしている職場などで働く必要はあるのか?

「あのー、すいません」

音にあふれかえった街の中でも澄んだ声ははっきりとワタシの耳に届いた。



ふりかえった先には英語の講義で同じ席に座った女の子がいた。

ダボっとした赤いセーターと青いニット帽、化粧っ気のほとんどない白い顔。
妙な芋くささを漂わせた少女は愛嬌たっぷりに破顔した。

「わあ! やっぱりあのときの人ですよね?
私のこと覚えていますか? 大人数英語で隣でしゃべったじゃないですか」

「あ、ああ......覚えてるよ」

「偶然ですね。もしかして、と思って話しかけたんですけど本当にあのときの人でびっくりしました。
って、ごめんなさい。もしかして今取りこみ中だったりしました?」

「ううん、そういうわけじゃないんだ。ただびっくりしただけだよ」

秋葉原であったこともそうだし、たった一度少し話しただけの相手にわざわざ話しかけに来たことも。

「今日はどうされたんですか?
あ、ちなみにワタシはフィギュアを見に来たんですけど。アキバにはよく来るんですか?」

そう言って女の子は小さな手にもった『アニメイト』と書かれた袋を嬉しそうに見せてきた。



「え? あ、いやいや、ただバイトの面接に来ただけだよ」

急にまくしたてられてワタシはうっかり本当のことを話してしまった。

「バイトの面接? ああ、この前話してたバイトのですか?」

「うん、それそれ」

「そういえば結局どんなバイトだったんですか?」

「話してもいいんだけど......もしこれからヒマならミスドとかスタバとかどこでもいいけど入らない?
立ち話もなんだしどっか入って話そうよ」

「そうですね、そうしましょう。 ミスドならすぐそばにありますし。そこでいいですか?」

「うん、近いならそこでいいよ」

ワタシはいったいどこまでこの女の子に話そうか、アタマの片隅で考えていた。
海馬にこびりついた人形の顔がふと笑った気がした。



6

「本当にそういうバイトってあるんですね」

ミスタードーナッツは中央通りと呼ばれる大きな通りに面していたけど、店内はさほど混んではいなかった。
ミスドの店内は決して広くないものの空いてる席もそこそこにあったのでワタシたちは一番奥のはじっこの席に座って話すことにした。

女の子の名前はレミというらしい。

あのビルからここまでの道のりは、近いと言うわりには意外と距離があったのでお互いに自己紹介をしながら歩いてきた。
ちなみに。
ミスドの中央通りをはさんだ向かい側にはアニメイトというショップがあるらしく、レミはさっきまでそこでアニメグッズを買いあさっていたらしい。

「そうだね、ワタシもけっこうびっくりしてる」

ワタシはレミにバイトの内容をほとんど話してしまった。


いちおう守秘義務については考えた。

まあ、この素直そうな女の子ならワタシがだまっておいてと頼めば大丈夫だろうという無根拠な確信があった。

もっとも人形のことにかんしてはこれっぽっちも話そうとは思わなかったので言ってない。

「それにお金も、本当だったらとんでもない額ですよね」

「うん、ホントだったらヤバイね。なんていうか夢が広がるよね」

「というか私にこのバイトの話、しちゃってよかったんですか?
あまりよくないような気がするんですけど」

「ホントは言っちゃだめみたい。まあ真っ当に仕事してますって胸はれるような内容でもないしね。
まあだからほかの人にはナイショね。ふたりだけのヒミツ」

「はい、まかせてください。私、がんばって秘密にします」

そう言ってレミはおいしそうにチョコファッションにかぶりついた。
彼女の前にはほかにもチョコリングにポンデリング(黒糖)が載った皿があった。



誰がどう見ても細いはずなのによく食べるなあ、と感心して見ていると、

「どうかしました?」

と、首をかしげた。なにげない仕草だったけど自分がオトコだったらこの瞬間に惚れてしまっているかもしれない。
そうワタシに思わせるぐらいには愛らしい仕草だった。

ワタシはオールドファッションを頬張りつつ聞いてみた。

「このバイト......やるべきだと思う?」

「わかりません。やっぱり安全なバイトとは思えませんし」

「まあたしかにね。それに、胸はって堂々とできる仕事ってわけでもないしね。
そういう意味ではやるべきではないのかも」

「でも......」

レミはそこで言葉を切った。
冬の湖水のように穏やかに澄んだ瞳にはワタシが映っていて、ワタシは無意識に自分自身から目をそらした。


「なんとなくですけどあなたはそのバイト、やってみたいんじゃないんですか?」

「え?」

「私にはあなたがバイトをしてみたいように見えるんですよね。
だってそうでなかったらわざわざ私に聞かないと思いますし」

またレミと目があった。レミの瞳の中のワタシはどこか戸惑っているように見えた。
たぶんその理由は出会って間もない人に本心を見抜かれたからなのだろう。
なぜか顔が熱くなるのを感じてワタシはことさらいいかげんな口調で言った。

「あー、まあそーなのかもね。うん、じゃあまあやろうかなあ?」

「そうですよ。もしそれになにかあったら、よかったら私に相談してください。
力にはなれないかもしれないけど愚痴ぐらいなら聞きますよ」

はにかんだレミの唇のはじっこにはドーナッツの食べカスがついてたけど、あえてワタシは指摘しなかった。


結局店を出る頃にはだいぶ陽もかたむいていた。
けっこう長い時間話していたせいか、少しお尻が痛かったけど気分はよかった。

「今日は楽しかったです。またよかったら行きましょうよ」

オレンジ色の太陽を背後にしているせいなのか、もしくはそれ以外が理由なのかは知らないけどレミの笑顔がワタシにはまぶしかった。

「うん、また授業であったときに話そ」

少し別れが惜しかった。ひさびさに充実したと思える時間を過ごせたからだ。

「ワタシも......今日はホントに楽しかった。じゃあね」

最後にそうつけくわえてワタシはきびすを返した。

一日の終わりを告げるようにビルの間から見えた太陽はどこか寂しそうだったけどオレンジ色に染まった街はすごく儚げで、ホントにキレイだった。
キライな雑踏やその喧騒もなぜだかワタシの気持ちを高翌揚させて、ワタシの足どりを軽くした。


赤い夕日がワタシたちを赤く照らしていた。
イトウさんの顔は夕日に照らせれて少しだけ赤くなっていた。
それでも笑った顔はとてもステキだった。

心臓の鼓動はもはや相手にさえ聞こえてしまいそうだった。

久しく感じていなかった胸の鼓動。
全身の血潮がカラダ中で沸騰するような感覚。
圧倒的な全能間。
心地よい安らぎ。

はっきりとワタシはわかってしまった。
ワタシは恋に落ちてしまったのだと。
恋をしてしまったのだと。



「あーあ、誓いを破っちゃいましたね」



不意にあの不気味な視線がワタシを射抜いた。



いっきに毛穴が開いて汗が噴出する。
ほんの一瞬前まで感じていた全能間は夕焼け色に染まる影に溶けるように消えてしまっていた。
今はさらながらワタシは理解した。

昨日の視線の主とあの得体の知れない視線の主は明らかに別人だと。

「カオルコちゃん......どうしたの?」

目の前にいるはずの彼の言葉があまりにも遠い。
視界が赤い太陽にとろけていくようにぼんやりとしていく。
硬いコンクリートの上にたっているはずなのに、足もとはあまりに頼りない。

心臓の鼓動が早くなっていたのはなにも恋に落ちていく予兆のせいじゃなかった。
あの人形との誓いをこのままだと確実に破る、というワタシ自身への警告だったのだ。


『ワタシは恋なんてしません』


恐る恐るふり返った先にはレミがいた。



いっきに毛穴が開いて汗が噴出する。
ほんの一瞬前まで感じていた全能間は夕焼け色に染まる影に溶けるように消えてしまっていた。
今はさらながらワタシは理解した。

昨日の視線の主とあの得体の知れない視線の主は明らかに別人だと。

「カオルコちゃん......どうしたの?」

目の前にいるはずの彼の言葉があまりにも遠い。
視界が赤い太陽にとろけていくようにぼんやりとしていく。
硬いコンクリートの上にたっているはずなのに、足もとはあまりに頼りない。

心臓の鼓動が早くなっていたのはなにも恋に落ちていく予兆のせいじゃなかった。
あの人形との誓いをこのままだと確実に破る、というワタシ自身への警告だったのだ。


『ワタシは恋なんてしません』


恐る恐るふり返った先にはレミがいた。



ごく自然に彼女はワタシを見てその薄い唇に笑みを浮かべた。

血のように真っ赤なワンピース。
夕焼け色に染まった白い肌。
今にも折れてしまいそうな華奢な足。
長い黒髪は夕焼けの中でも漆黒に輝いていた。

レミが近づいてくる。
カラダは動かない。
イトウさんがなにか言っている。
ダメだ、意味がわからない。

カオルコチャンショウカイスルヨボクノイモウトノ......
音の羅列が耳をかすめていく。



「そのとおりですよ。誓ったなら守らないと」


不意に腹に鉄球をぶつけられたような重い衝撃を受けた、と思った。


なにか熱いものが逆流して喉を通過する。
口から赤いものがこぼれてきておさえようとしたけど、手が意思とは裏腹に動かない。

お腹を見ると鈍く光るものが生えていた。

景色が傾いていく、地面が近づいていくる。
視界の端っこに白い足が見える。
誰かが声を荒立てて叫んでいる。

ナニヲシテイルレミドウシテコンナコトヲシタ......
やはりその声がなにを話しているかまではわからない。


夕焼け色の視界が夜の闇にうもれていく。
手足が冷たくなっていくのに、お腹の部分だけはなぜか燃えたぎるように熱かった。

「いと、う............さ、ん......」

地を割くような悲鳴が聞こえた、と思った。
それはワタシが最後に恋した人の声に似ていた。

やがてすべてが闇と静寂にとって変わった。


13


「これでまだ私は大丈夫だ、そう、大丈夫だ」

夜の電気街から少し離れた位置にあるビル。
その一室の蛍光灯がひとつしかついていない部屋でひっそりとカワグチは独りごちた。

「そうみたいですね」

「なっ......!?」

いつの間にか少女が部屋のオフィスデスクに座って、こっちを見ていた。
もはやほとんど従業員のいないこの会社の数少ない社員のカワグチはギョッとして少女を見た。

「これで今回は二人分の生贄をあの子に捧げたから、まあしばらくは大丈夫だと思いますよ」

暗い部屋の中で少女の天真爛漫な声はひどく浮いていた。

たしかに。今回の生贄で多少はカワグチは生きながらえることができる。だが、それも長くはない。



そもこもこの少女が一年半前にあの人形をもちかけてきたのがきっかけだった。
たしかイトウが入ってきたあとぐらいのはずだ。
少女がこのバイトに入ってきたのもそれぐらいだった。

だが、彼女は結果から言えばここで働いたことはない。

彼女は当時仕事のミスと人間関係に苦しんでいたカワグチが、オフィスでふさぎこんでいるときににあの人形を持ってきてたのだ。

『この人形はあなたのねがいをかなえます。ただし誓いをしたら、ですけど』

今でもどうしてこんな少女の言う言葉を信じたのかはわからない。
あの時自暴自棄になっていたせいかもしれない。
もしくは信じるに値する魔翌力のような得体の知れない魅力があったのかもしれない。

結果彼女の言う通りにしたら自分と折の悪かった上司は死んだ。
それだけでいっきに会社で自分が抱えた問題は消えて行った。

ただし、

『定期的に生贄を捧げる』

という誓いのせいでカワグチの人生は瞬く間に地獄に変わった。


ほとんどのバイトは殺した、彼女の生贄にした。
会社はもはやあってないような悲惨な状態にまで落ちぶれて別会社に吸収された。
それでもカワグチはこの会社を生贄を確保するための城として、この会社に残った。

「とりあえずまたバイト募集しないといけませんね」

月の光を浴びた少女の白さはもはや幽霊のそれにさえ思えた。
あるいはあの人形のように。

「......そう、だね」

ふとこの少女を生贄に捧げてしまえ、という考えが浮かんだ。
そしてそれはとてもいいアイディアに思えた。
なにせカワグチをはめ、自分自身の兄も殺してしまうような少女なのだ。
今後もなんらかの形で自分に危害を及ばす可能性がある。


「なあ、キミも誓いをしてみないか?
 そうだ、そうしよう。なあ、そうしよう」

自分でもなにを口走っているのかわからなかった。
カワグチはただ呪詛のように少女にうったえる。

「そうですねえ......でも。
 カオルコさんが彼女と誓った『恋をしない』。
 お兄ちゃんが彼女と誓った『誰かと期間内に付き合う』。
 これぐらいの誓いでも破ってしまうってことはやっぱりなんでもかんでも、誓えばいいというわけじゃないですよね?」

不意に少女は椅子から立ち上がると、そのままカワグチを横切って出口へ行ってしまう。


「守れない約束なんてはじめからしなければいい、だから私は遠慮しておきます」


にっこりと微笑んでそれだけ言うと少女、イトウレミはどこかへ行ってしまった。


おわり



女「......って、こんな感じの話なんだけどどうだった?」

男「長いですね」

女「......」

男「あ、いや、その、ええ......面白かったですよ?」

女「あのねえ。普通は先にそっちを言うものでしょ?
  まあ、そりゃちょっとは長いかなあとは思ってたけどさ」

男「いやでもまあ、そこそこ聞き応えはあったと思いますよ。
  オレはけっこう怖いと思ったし......
  ただ、ふたつ気になるっていうか明かされていないことがあると思うんですけど」

女「へえ、ところどころボカしたけどそのボカしに気づくぐらいには話を聞いてくれてたんだね。
  いいよ、特別に質問タイムを設けてあげましょう。ズバリ、なんなのかな?」




男「この話では人形に誓いをしてそれを破った人が死ぬんですよね?」

女「まあ、うんそんな感じ」

男「そんな感じって、えらいあやふやな物言いですね......まあいいや。
  でも、だとするとカオルコちゃんが死んだのはわかるんですけど......これ、イトウさんも死んでるんですよね?」

女「うん、カオルコが死ぬ直前にね。
  それがどうかしたの?」

男「それで二人がそれぞれした誓いを改めて考えるとこれ、ほぼ間違いなく両方死にますよね?
  なんか救いがないなあって思ったんですけど.....


女「ううん、そんなことないよ。両方とも助かる方法はいちおうあったよ」

男「え? でもどうやって?
  だってイトウさんが生き残るにはカオルコと付き合う必要があった。
  この時点で無理じゃないですか? あ、でもイトウさんが別の女性と付き合えばよかったのか...... ?」
  
女「ちがう!」

男「ちがうんですか?」

女「いや、間違ってはいないよ。
  でもそれだとストーリー的におもしろくないでしょ?」
  



男「ストーリー的には、ねえ。
  それで答えはなんですか? どう考えたって無理なような気がしますけど」

女「誓いの内容を思い出せば簡単でしょう。
  カオルコがした誓いは『恋をしない』なんだよ?
  だったらさ、文字通り恋をしなければいいんだよ、恋をしなきゃなにしたってよかったんだよ』

男「......えーと、いまいちピンと来ないんですけどつまりどういうことですか?
  それだと結局イトウさんが......」

女「だからカオルコの場合つきあうのはアウトじゃないんだよ。
  誰かのことを好きになるのがアウトなんであって、好きにならずにイトウさんとつきあえばそれで問題は解決したんだよ」

男「......?」

女「あーもう、このナゾはやめ!
  次の話にしよう、次に気になってたことを教えて!」

男(本気でよくわからんけど、まあいいや)


男「ていうか、カオルコの誓いって『仕事において』恋をしないって内容でしたけど誓いを破ったことになるんですね?」

女「あー、それあんまり深く考えてなかったけど。
  サクラとしての仕事をしていて、サクラとはいえ男性会員と知り合ってそこから恋をしたんだからまあいいんじゃない?」

男「てきとーですね。
  えっとじゃあもう一個の質問です。
  結局あの、カオルコをストーキングしてた犯人って誰だったんですか?」

女「あれ? 答言ってないっけ?」

男「いや、なんかそれっぽいことは言ってましたけど。
  はっきりとは言ってないですよね、犯人のこと」

女「犯人はイトウさん」



男「え? やっぱりイトウさんが犯人なんですか?」

女「うん、そんなに意外かな?
  べつにホラーな話ではあってもミステリー話でもないかはあの犯人は全然重視してなかったけど」

男「いや、でもイトウさんが犯人だとしたらなんでそんなことを?
  カオルコとつきあうのが目的だったんですよね?
  だとしたらそんなことをする必要なんてないんじゃ......」

女「今キミはキミのナゾに対する解答を言ったよ」

男「......どういうことかよくわかんないです」


女「イトウさんはもはやなりふり構ってられなかったんだよ。
  期間内.....って、まあこれワタシも厳密に決めてないから曖昧なんだけど。
  期間内に誰かとつきあう必要があったけど、そんな簡単につきあえたら苦労ないよね?」

男「まあそりゃそうですね。
  イトウさんがすげープレイボーイでもないと厳しいかもしれないですね」

女「だとしたらカオルコが最後のチャンスだと考えるじゃん?
  でもつきあう以前にまずコミュニケーションがとれる場がなかったらそれどころじゃないでしょ?」

男「.....もしかしてあのストーキングをしてカオルコを追いつめたのは.....」

女「そう、自分を頼らせて少しでも多くの時間を過ごさせようとしたの。
  それにあのとき電話をかけたのはイトウさんだったでしょ?」

男「よくよく考えたらタイミングよすぎだろとか思ったけどそういうことだったんですね」

女「まあほかにもアレにはもうひとつねらいがあって、怖がらせることで自分を頼らせて惚れさせるっめねらいもあったんだよ」

男「なんかイトウさんの株がダダさがりなんですけど」

女「たしかにね。まあフタをあけたら......なんて話は珍しくないでしょ?
  ていうか本人の語りでも自分はクズだって言ってたしね」

男「ふーむ、なるほど」

女「まあこんなところかな?
  なんだかんだ長くなっちゃったね。お昼の時間だ」

男「うーん、でもほかにもレミがお兄ちゃんであるイトウさんを恨んでる理由とか色々ナゾが残ってますよ?」

女「うーん、それよりお腹すかない?」

男「まあ空きましたけど」

女「じゃあ、話を聞いてくれたお礼になにかおごってあげる」

男「本当ですか!? あ、でも生徒会活動は......」

女「あとでいいじゃん、お昼食べてからにしよう」

男「まあ会長がそれでいいって言うならいいですよ。
  あ、本当に奢ってくれるんですか? 店についたとたん却下とかなしですよ」

女「そんなことするわけないでしょ? それに......」

男「?」

女「守れない約束なんてはじめからしないよ?」


第一話 おわり
  

これで一個目の話「恋とバイト少女と人形」はおわりです

また明日

再開する

いちおう前回の話はオリジナルのつもりだけどそんなオリジナリティあふれる作品ではないと思う


男(夏休み、補習に生徒会活動と意外と学校に来る機会があるなあ。
  まあこの前のクラスの連中との大阪旅行で、オレの夏休み前半のイベントは終わってヒマだからべつにいいんだけど。
  とりあえず生徒会室で明日の補習プリントやって帰るか)

男「……あ、先輩」

女「あれ? 今日は生徒会活動ないのになんで学校にいるの?」

男「今日は夏季補習だったんですよ。
  そういう先輩こそなんで学校なんて来てんですか?
  職員室から出てきたってことは、つまりはそういうことなんでしょうけど」

女「私は先生に論文見てもらってたの」

男「論文? 論文ってよくわかんないですけど受験にいるんですか?」

女「キミも受験は人ごとではないはずなんだけどなあ。
  もちろん普通の一番受験なら論文なんていらないと思うよ。
  私は推薦だから一時試験と二時試験でそれぞれで小論文やらなきゃいけないの」

男「推薦かあ、先輩は成績よさそうですもんね」



女「キミは受験どーするの……って考えてないよねどう考えても」

男「失礼だなあ、まあおっしゃる通りすぎて言い返せないんですけどね。
  あ、でも特別悪いわけでもないんですよ?」

女「ふーん、まあもし受験のことについて聞きたかったら私に聞いてくれていいよ?」

男「いえ、先輩に聞くなら先生に聞きます」

女「せっかくこの私が教えてあげるって言ってるのに。
  それはそうとこれからなにか予定ある?」

男「生徒会室で明日の補習のプリントやってこうと思ってたんですけど。
  
女「お昼まだだったから一緒に食べようと思ったんだけど……ダメ?」

男「いやいや! いいですよ。べつに今日ヒマだから予習しようとしていただけですしね。
  むしろ先輩のほうがいいんですか、ボクとご飯なんか食べてて」

女「お昼ぐらいはゆっくり食べないと私、パンクしちゃうよ」

男「じゃ、どこかで外食しましょっか?」

女「ここらへんだと近くにあるのがデニーズかサイゼしかないけど、サイゼのほうが安いからそっちでいいよね?」

男「おまかせしますよ」





女「さて、注文も終わったところで。
  実はどうしても聞いてもらいたい話があるんだ」

男「……もしかして、いや、もしかしなくてもこの前聞かせてもらったホラー話のようなものをまた……」

女「せーかい、よくわかってくれたね。
  この前話を聞いてもらったときに思ったんだけどキミって意外と聞き上手だなって思ったの」

男「褒めてもらうのは嬉しいんですけど。
  いや、なんかほかの話題ないんですか……ないみたいですね」

女「物分かりのいい後輩をもてて私は嬉しいなあ。
  まあこの前よりは絶対話の長さは短いから安心して」

男「まあそこまで言うなら。
  ちなみに今回はどんな話なんですか?」

女「今回の話はもし大学に受かって東京に行くことになったら一人暮らしとかするのかな、とか考えてたら浮かんだ話なんだ」

男「はあ……」

女「新しいお家にはご用心、って感じのお話だよ」






1

晴れて大学一年生になった私は地元を出て寮暮らしを開始した。

私は最初は一人暮らしをしようと意気込んでいたし、そのための準備も受験が終わったとほとんど同時に開始していた。
でもお父さんとお母さんは私の一人暮らしに反対した。
慣れない土地と大学生活で満足に一人暮らしができるのか。
そういう風にろくに家事もしたことがない娘を心配したらしかった。

私としてはやればなんとかできると思っていたのでけっこうその心配にはムカついた。
まあ大学費用とか生活費を出してくれるのは両親なので最終的には親の言葉に渋々従ったけど。

両親が私に薦めたのは朝と夜の食事付きで門限ありの男子禁制の学生寮。
ひとりっ子の私は箱入りとまでは行かないけどそこそこ大事に育てられた。
そのことにはけっこう感謝している、これは本音だ。



だけどそういう感謝の気持ちの一方でおなじぐらいの不満もあった。
両親は私が、私をとりまくあらゆるものから手垢がつかないように守ってくれたけど、いささか過保護のきらいがあった。

友達の家に泊まるにしてもいちいちその友達のことを根掘り葉掘り聞いてくるし。
修学旅行に行く際には、修学旅行説明会で二時間にも渡って先生に質問攻めをしたりするし。
祭りに行けば三十分ごとにメールをしてきてなにをしているのか聞いてくるし。

だからようやく親もとを離れて両親の監視下から逃れられることをひそかに喜んでいたのに……。
学生寮には寮長なる管理人がいるから、きっとなにかある度にその人に連絡が行くかも。
お父さんもお母さんも働いててこの時期は忙しいから今はこっちには来ない。
だけど時間ができたら確実に娘の私がどうしてるかチェックしに訪問に来るにちがいない。

親を見返したい!

そう思ってはいるけど、学生マンションに住み出してから十日。
早くも私は両親のありがたさと、ホームシックに近い寂しさを感じつつあった。

我ながら情けない。




そうでなくてもまだ部屋の整理すら満足にできていない。
開いていないダンボールが乱雑に並ぶ部屋を見たらお母さんはなんて言うんだろ。


部屋の体を成してない自分の新居を思い出して私は憂鬱なため息を漏らした。

「どうしたんだよ、ため息なんてついちゃって」

正面で朝ごはんのパンにハチミツとバターを塗りたくる作業にいそしんでいたサトコが聞いてきた。

この寮に住み始めてから今のところ私は朝七時には起きるようにしていた。
新しい土地に来たワクワクが私を早起きさせてるというのも多少はあると思う。
ただ、それは理由の二割ぐらいしか占めてない。
早起きの本命の理由は寮の朝ごはんのラストオーダーが九時までだからだ。


当たり前の話だけど寝過ごしたらご飯は食べられない。
だから休日だろうと朝ごはんを食べたいなら早起きは必須だった。
しかもギリギリの時間に起きるのも許されない。
朝から誰かしらに会う以上最低限のおめかしをしていかないと恥ずかしい姿を見られてしまうからだ。

「いや、そろそろ大学の入学式だなあと思ってさ」

「なになに、大学はじまるのがイヤなの?」

「べつに。そういうわけじゃないよ、でもやっぱり緊張するでしょ?
 高校までとは全然ちがうんだろうし」

「なおさら楽しみじゃん。
 あたしは早く学校始まってほしいな、あ、でも授業はなんか難しそーだしやっぱりイヤかも」

まだ始まっていない大学のことを想像すると、噛んでる米粒の味がまずくなった気がした。
寮の朝ごはんは和食と洋食から選べて、私は和食でサトコは洋食だった。



「そういえば明日から学校で学生証配られるんだろ?
 ヒマなら一緒に行こうよ」

「明日はまあべつになにもないからいいよ」

私とサトコは小学校時代からの幼馴染で、小中高と同じ学校に通っていてにさらにこの春から同じ大学に通うことになっている。
挙げ句の果てに住む場所まで同じで、このことを知ってる友達の中には私たちがデキていると豪語する人もいる。

もちろん仲はいいんだけどそんなわけはない。
私はレズじゃないし、高校時代にはひっそりと片思いではあるけど同じクラスの男子に恋もしてたんだ。

まあただサトコは間違いなくボーイッシュな部類に入る。
綺麗に焼けた小麦色の肌や斜めに流した前髪から覗く太い眉。
それに高校時代にやってた軟式テニスにより贅肉のついていない身体つきは見ようによっては少年にさえ見える。

メイクをしないわけではないけど、私以上にズボラなサトコは朝は堂々とすっぴんで食堂にやってくる。


「ていうかさあ、部屋片付いた?」

サトコの質問に私は首を横にふった。

「まだ。なんだか実家から送ってもらった荷物が多くて。
 こんなことならもう少し荷物を減らしておくべきだった」

「そうなんだよなあ。
 あたしも荷造りしてるときはそうでもないと思ったけど、いざあの狭い部屋に運んでくるとジャマでしょうがない」

私たちが住むマンションは外観こそ立派だけど、学生寮ということで部屋じたいは狭い。
確か六畳ってパンフレットには書かれていたけど、その六畳のワンルームに備え付きのベッドと長テーブルと冷蔵庫が押し込まれてるものだから窮屈でしかたがない。
はじめて部屋に足を踏み入れたときは実家の自分の部屋より狭いもので、なんだか詐欺にあったような気分だった。

まあ、私みたいな掃除できない人間には狭い部屋のほうがいいのかもしれないけど。



「レミちゃんは部屋の掃除終わったの?」

サトコが私の隣で既に食事を終えて手持ち無沙汰な感じでぽけーっとしていたレミちゃんに話をふる。
……一瞬隣にいることを忘れていた。


「うん、一通りは終わったよ」

レミちゃんはこの寮に来て私がはじめて喋った女の子だった。
サトコとは正反対の白い肌。
真っ直ぐに揃えられた前髪、そして大きな瞳と真っ赤な唇のせいで日本人形みたいなレミちゃんはのんびりとした口調で言った。

「そんなにものを持って来なかったしね」

全身から滲み出るおっとしりた雰囲気のせいなのかレミちゃんは本当に人形みたいだった。


サトコは机に気だるそうに突っ伏した。
行儀が悪いことこの上ないけど十年以上前からこの状態のサトコはよく見ていたので私は今さら注意しようとは思わなかった。

「あーやっぱりあたし、実家に荷物つき返そうかなあ。
 収納する場所もないしなあ、よくよく考えたら必要ないもんもけっこうあるしなあ」

「私はどうしようかな」

サトコの言うとおり、私もちょっと荷物を持ってきすぎではある。
しかし私が悩んでいるのは部屋のレイアウトのことだった。
モノの位置はだいたい決められているとは言え、カーペットとかカーテンとか小さな棚ぐらいならいじったりできる。
なんならアイビーとかみたいな観葉植物を置いて、我が子のように育てて親のように見守ってみたい。

せっかく新しい部屋なんだから少しぐらいこだわりたい!

内心そんなことを企んではいるもののサトコに言うのはイヤだった。
サトコほどじゃないけど私もそこそこにズボラでいいかげんだ。
もちろん長い付き合いだ、サトコはそのことを十二分に知っていて私がそんなことを考えているとわかったのなら全力でからかってくるだろう。

そんな他者から見たら小さな葛藤に内心で悶えている私にレミちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。


「なんなら私の部屋のカタログ見る?
 ひょっとしたらお部屋の整理とかの役に立つかもよ?」

「え、本当? そ、それじゃあちょっと見せてもらおうかな」


私はさもてきとうそうな口ぶりで返した。
少し白々しかったかもしれないと思ったけど胸が踊るのを感じた。












今思うとこの些細な出来事が、私の日常のほころびのはじまりだったのかもしれない。


でもこの時の私はこれからの自分がどうなるのかなんて全く考えていなかったし、考えたとしてもあんな風になるとは想像もしなかっただろう。












今日はここまで

明日の夜再開



そうだ、いっそ寝てしまおう。
眠ってしまえば夢の中で私はただ無心で砂山を作ることに専念できる。

そうしよう。
私はベッドに入ってただこの身体にまとわりつく違和感から逃れたくて、睡眠を貪るために私は瞼をキツくつぶった。

だが睡魔はいつまで経っても来ない。
それどころか例の違和感がまとわりつくどころか、身体の内側の血管にのたうちまわるような感覚に私は飛び起きてしまった。

「――っはあ」

わからない。
本気でわからなかった。
なにが私をここまで苦しめる?
おかしい、なにも私の部屋には落ち度はなかったはずだ。

「……あっ」

唐突に気づいてしまった。
今自分が身体を預けていたベッド。
ベッドに載った敷布団と私の身体にかかっている掛け布団。
これらは私のせいでシワが刻まれその形をゆがませていた。


いよいよ私は悲鳴をあげそうになった。
布団のシワすら許せなかったらいったい私はどうやって寝ればいい?



窓。
カーテン。
ベッド。
布団。
カーペット。
据え置きのテーブル。
テレビ。
棚。
観葉植物。
雑誌。
目覚まし時計。
鏡。
エトセトラ。

部屋を構成するものを調度品や家具。
これらすべてが私を苦しめようとしている――そんな風に思えた。

誰か助けて――声にならない声が喉を引き裂こうとするのを必死でこらえる。
いやだ、こんなのいやだ……こんな意味不明で解決しようがない苦しみ。
こんなのどうすればいいの?

「ああ……」

掠れた声が喉を伝って吐息のように漏れ出る。
この苦しみから逃れる方法を私は思いついた。

少しだけ私はためらった。
けれどこんな意味不明な苦しみにいつまでも耐えられるとはとは思えなかった。

私は部屋を飛び出すと私はホームセンターへ向かった。




8


砂のお城を作るとき、私は決してその城を傷つけたりしなかった。
なにか文字を掘ったりすることもない。
三角錐のような形の城の表面には傷は一つもなく、無駄がなく。

ただ綺麗だった。

でもその城は次の日にはなんらかの原因で大抵壊れていた。
雨に濡れて崩れたのか。
誰かが壊していったのか。
あるいは風にさらわれたのか。

でも私は原因なんかどうでもよくて壊れたらその城を何度も作り直した。
私は自分で砂の城を作っていたと思っていたけど、案外当時の私はあの城に飼いならされいただけなのかもしれない。

いや――今ももしかしたら。

私の気分は青空のように澄み渡っていた。
憑き物が取れたような、というのがどういうものなのか理解できた気がした。


私は部屋を見渡した。


窓。
布団をしいてないベッド。
据え置きのテーブル。
そして、私。


これだけしか私の部屋にはなかった。
あとのものは全部実家に返すなり捨てるなりしてしまった。
後のことなんでどうでもよかった。
今日が何月何日なのかすらわからなかった、でもそれさえもどうでもいい。
ただこの部屋が――この城が居心地よければそれでいい。

唇がほころぶのを感じる。
数日ぶりに訪れた安穏に私はゆったりと浸っていた。

一糸も纏っていない私は肌寒さに私は身震いした。
服が埃を運んでくることを知った私は、玄関で服を脱ぐことにした。
それだけで部屋が綺麗なままでいてくれるのだから――私が安心して平和でいられるのなら抵抗はなかった。


目をつぶると幼い私が満足そうに砂のお城を眺めていた。
どんなに完成させても完成しないお城はようやく完成したのだ。
嬉しそうに美しい城を眺める幼い自分を見て、私自身も心が満たされるのを感じた。


「――あっ」

幼い自分が小さく口を開けた。
私はなにが起こったのか気になってその城を覗きこむ。


城の傷一つなかった綺麗な表面に一筋の小さな跡がついていた。
そしてその一筋の跡は瞬く間に蜘蛛の巣のように広がって城は砂となって崩壊していく。

「――あ、あぁ」

唐突に瞼の裏の夢が砂粒の奔流に埋れていく、私は目を開いた。
私の城がなにかによって壊された。

違和感がミミズがのたうち這い回るように背中を抜けていく。
ついには吐き気すらこみあげてくる。

早く直さなくては……部屋のあたりを見渡す。
しかしものがない部屋を見回すのは今までの違和感探しよりずっと簡単なはずなのに原因がわからない。

いや――あった。

私のお城に刻まれた一筋の跡。
アレと同じものが床にあった。

でも、これはいったいなんだ――この跡は傷?
自分の判断が間違いであるとはすぐに気づいた。

私のお城には。

窓。
布団をしいてないベッド。
据え置きのテーブル。
私。



――――そして、髪の毛。

お城を築き上げた私が、たった一本の自分の抜けた毛でそれを崩壊させようとしていた。


私はどうしたらいい?

誰か――

誰か――


「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて」


9


ここのところ幼馴染であるマコを見かけないことを心配したサトコは彼女の部屋へ行くことにした。
マコが始まったばかりの大学にさえ行っているのかどうか、サトコにはわからなかった。
インターホンを数回押したがなかなか出て来ない。

もしかして出かけているのか、そう思ったもののダメもとでドアノブに手をかける。

扉は開いた。

「マコー、いないのかー? 勝手に入っちゃうぞー」

返事がないので一応そう断りを入れてからサトコは部屋へ侵入した。
廊下から部屋へ入るためにドアを開けた。

「……えっ」

――最初部屋の中央に横たわっているのが誰なのかわからなかった。
そもそもなぜ服を着ていないのか。
サトコはその人物をたっぷり三十秒は眺めてようやく、

「マコ!」

飛びつくように駆け寄った。

変わり果てた幼馴染にサトコは絶句していた。

横たわっていたマコのそばにはハサミとバリカンが落ちていた。

「な、なんだよこれ……」


マコの頭部から髪はの毛が一切なくなっていた。
それでも彼女の表情はあまりにも穏やかだった。






女「……って感じのお話だったんだなあ。
  あれれ? どうしたの、なんだかコロコロコミックを買ったら別冊コロコロコミックを買っちゃったみたいな顔してるけど」

男「たしかにそんな気分かもしれないですね。
  ホラー話を聞いていたのにすごい変な話を聞かされた……そんな気分です」

女「それそのまま今のことを言ってんじゃん。
  まあ確かにホラーなのかって聞かれたら頷けないタイプの話かな?」

男「ていうかホラーではないでしょ。
  まあ最終的に女の子がボウズになってるだけの話ですわ」

女「ひっどーい、もう少しイイ言い方があるでしょ!
  あ、でもそのキャッチコピーがついた小説だったら私なら買っちゃうかも」

男「ボクは買いませんね」

女「なんだか気が合わないなあ。
  今回の話で質問は……ないね、その顔は疑問をこれっぽっちも感じてないね」

男「いや、実は前回から通して気にしていることがありましたけどまあそれはまた今度で」

女「せっかくだから答えてあげようと思ったのになあ、質問」


男「しいてあげるならば、なんでこんな話を書いたかですけど」

女「とっさに思いついただけだからね。
  悪いけどその質問には答えられないかな。
  あ、ちなみに今回の主人公のマコは死んではいないよー」

男「それはよかったです。
  まあとりあえずご飯も食べ終わりましたし、お店出ます?」

女「あ!」

男「どうしました、未来少年コナンと名探偵コナンのDVDを間違えてレンタルしてきたみたいな声出して」

女「未来少年……なにそれ?
  ていうかそうじゃなくて! 
  明後日の生徒会の集まりで新聞紙と雑巾もってきてもらうこと、言うの忘れてた」

男「雑巾と新聞紙……?
  なにかするんですか?」

女「え? 生徒会室の掃除だよ?」

男「……」




第二話「新しい部屋にご用心」おわり


これで二個目の話も終わり

明日はすみません更新できません
明後日の更新になります

ちなみに話の今のところの話のまとめ

第一話「恋とバイト少女と人形」>>5->>131
第二話「新しい部屋にご用心」>>148-200

ミスしてるのでもう一回失礼

第一話「恋とバイト少女と人形」>>5-131
第二話「新しいお部屋にご用心」>>148-200

再開する


女「もーすぐ妹の誕生日なんだけどなにをあげたらいいのかな?」

男「……いや、なんで僕に聞くんですか。
  僕よりもあいつに詳しいのは先輩でしょう?
  なにせ姉妹なんだし、二人ともすごい仲良しじゃないですか」

女「それはそのとおりだけど、こういうのって毎年やってるとだんだんよくわからなくなるもんなの。
  それに二人って仲がいいんでしょ?」

男「あの……ソフトクリーム溶けちゃうんで先に食べる方に集中したいんですけど」

女「あー、露骨に誤魔化した。
  なんで、誤魔化さなくてもいいじゃん?
  べつに女の子と仲がいいことは悪いことじゃないんだし、むしろ男子的には嬉しいでしょ?」

男「……まあそうですけど。
  でもだからと言ってあいつの誕生日になにを渡すのが正解なのかはわかんないです」



女「まあ、それもそーだね。
  じゃあとりあえずさ」

男「はいはいなんですか?
  せっかくの休日二人っきりでいるわけでして、さらにまあむあ都会の街にいるんだから楽しみましょうよ」

男(昨日、先輩からオレに電話が来て、せっかくの休日で勉強の息抜きがしたいからどこかに行こうとメールが来た。
  ホイホイ誘いに乗って今日、集合場所に行ったらまさかの二人っきりだということが判明しテンション高めだったんだが……。
  なんかどこか先輩は浮かない顔してるんだよなあ)

女「まあそーだね。せっかくなんだし……」

男「そーですよ、僕、先輩の行きたいとこならどこでもついていきますよ?
  火の中、水の中どこでもこいですよ!」

女「じゃあとりあえずカフェ行こっか」

男「OKですよ、これからどーするかを話し合うんですね」

女「ううん、今回新たに完成した私のコワイ話を聞いてもらいたいの」

男「……はい?」

女「今回は高校のある同好会で起こる事件の話だよ」

男(……またかよお!)


1

僕は生まれてこの方恋というものがよくわからなかった。
漠然と人のことを好きになった経験ならあると思う。
ふとした瞬間にその女の子ことを考えてしまっていたりとか、その女の子が自分のことを好きだったらとかそんな馬鹿げた妄想をした経験ならある。

けれどそれがいわゆる恋なのかというと少し自信がない。

思春期にありがちな勘違いという可能性だってあるし、そんなことを考えてしまう程度にはその恋かもしれないものはあまりにも不確かだった。


しかし !

しかし、僕はついに真実の恋を知った!
身体中の血管が沸騰するような圧倒的な衝撃!
恋を恋として脳が認識したときに感じる、ある種の恐怖にも似た感覚に僕は本気で病院に行こうと思ったぐらいだ。

恋の病というやつだ!
しかし、これについて検診してくれる病院なんかはもちろんあるわけがない!
たとえ検診が可能だとしても僕の恋を誰かに教えたいと思わないし、いささか特殊なケースの恋であるとは恋愛ごとに対して疎い自分でもわかっているので知られたくもない。



だが、だからこそ僕は初めての恋を成就させたいと思った。
僕はもっと彼女のことを知りたいのだ。
僕だけしか知らない彼女が欲しいのだ。

……いや、すまない。
熱くなりすぎた、少し落ち着こう。

まだ話は続くのだから。

さて、少しだけ僕が彼女に惚れた理由に触れておこう。
と言っても実にシンプルなものだ。
僕は彼女のある状態を見た瞬間、どうしようもないぐらいの興奮を覚えた。
脳裏に焼きついて、瞼の裏に張り付き、大げさでなく僕はそれ以来日常的に彼女を幻視していた。


恋というものをよくわからない僕が性急に彼女を求めるのはだいぶ無謀だと思う。
できるかぎりきっちり準備してこの恋に挑みたい。
しかしそれと同時に、とりあえず僕はこの幻視をどうにかしたかった。

すでに恋の病に犯されつくした僕は十分おかしくなっているがこの病気はさらに悪化する可能性がある。
僕にはこの病に対する特効薬が必要なのだ。

もういっそうのこと、この恋心に身も心も焼かれてしまいたいぐらいだったがそれは無理なねがいというもの。
だが恋の病のタチの悪さは困ったことに僕を疑心暗鬼もしている。

当然だ、彼女は最高の女だ。



だが、だからこそ僕は初めての恋を成就させたいと思った。
僕はもっと彼女のことを知りたいのだ。
僕だけしか知らない彼女が欲しいのだ。

……いや、すまない。
熱くなりすぎた、少し落ち着こう。

まだ話は続くのだから。

さて、少しだけ僕が彼女に惚れた理由に触れておこう。
と言っても実にシンプルなものだ。
僕は彼女のある状態を見た瞬間、どうしようもないぐらいの興奮を覚えた。
脳裏に焼きついて、瞼の裏に張り付き、大げさでなく僕はそれ以来日常的に彼女を幻視していた。


恋というものをよくわからない僕が性急に彼女を求めるのはだいぶ無謀だと思う。
できるかぎりきっちり準備してこの恋に挑みたい。
しかしそれと同時に、とりあえず僕はこの幻視をどうにかしたかった。

すでに恋の病に犯されつくした僕は十分おかしくなっているがこの病気はさらに悪化する可能性がある。
僕にはこの病に対する特効薬が必要なのだ。

もういっそうのこと、この恋心に身も心も焼かれてしまいたいぐらいだったがそれは無理なねがいというもの。
だが恋の病のタチの悪さは困ったことに僕を疑心暗鬼もしている。

当然だ、彼女は最高の女だ。



恋という初めての感情を僕に植え付けたあまりにも魅了的な女。
欲しくて欲しくてどうしようもないぐらいに欲しい魅惑的な女。
僕以外の誰かが惚れていたっておかしくないし、最近彼女のとりまきを見ているとどうしてもその考えが単なる疑心暗鬼には思えないのだ。

……正直、彼女を狙う人間は死んでもいいかな、そう思ってる。
いや、死んでもいい。


恋に翻弄される日々に疲れた僕はある日祈ったんだ。
――ある人形にねがったんだ。


この恋が少しずつでもいいから、実りますようにと。
そしてどうやらこの人形は僕のねがいを聞いてくれたらしい。



「あ、あああぁ……」

彼女の声はいつも僕の鼓膜だけじゃなく心をも震わせる。
今もそうだ、彼女の声はハッキリとした質量をもって僕の心臓を鷲掴みする。
たとえ声にならない声、恐怖によって喉が縮こまりほとんど吐息と化した声だとしてもそれは同じだ。

僕は彼女の顔をチラリと盗み見た。
僕は視力が悪いので目を細めなければならなかった。


彼女の唇からは血の気が失せていた。
開かれた瞳は今にも零れ落ちそうで、目尻にははっきりと涙が浮かんでいた。
声にならない声とともに歯をガチガチと鳴らす彼女は今すぐ抱きしめてやりたくなるほどに愛おしい。


少なくとも夕方までの彼女は今回の合宿を心ゆくまで楽しんで、ひまわりのような笑顔を咲かせていた。
僕はそれを彼女にバレないようにチラチラと盗み見していた。
なのに数時間後には恐怖に顔を歪ませることになるなんて……まあそれも僕のせいなのだろうがしかし、これは仕方が無い。


僕の病の原因はそもそも彼女なのだし、この病のためにもこれは止むを得ない処置なのだ。


もっともそんなふうに怯えてるのは彼女だけじゃなかった。
この合宿に来た連中全員がみんなそんな状態になっていた。

まあそれも当然か。


人の顔がテーブルの上に置かれていたら、そりゃあ仕方ないよね。
でもこれで僕の病は少しだけよくなるのだから許して欲しい。
そしてこれだけでそこまで怯えないでもらいたい。


なにせまだまだ恐怖は続くのだから。



2

さて、いったいどこから話をしたらいいのか。
話にインパクトを持たせようとした結果、時系列を組み替えてしまったで状況を飲みこめない人が多いことだろう。

まあここからは順を追って事の顛末を話して行きたいと思う。

最初に自己紹介をしておこう。
僕は高校二年生。
オカルト研究会というほとんど名前ばかりのお遊び同好会に所属している。
そしてこのオカルト研究会の二年生で今回の夏休みを利用してちょっとした旅行へ行くことになった。


……と、その前にまずこの旅行に行く前日譚として僕がある人形に出会った話をしておかねばならなかった。



「この人形、せっかくだからキミにあげるね。
 ……ああ、この人形がなんなのかっていう話ね。
 そうね、簡単に言うと人のねがいを叶える人形、ってところかしらね」

オカルト研究会は一つの空き部屋を与えてもらっている。
その空き部屋はもとが物置ということでそんなに広くないものの、少人数である同好会には十分なサイズだった。



「ま、窓ガラスが割れてる……」

そう。むしろ注目すべきはそっちのほうだった。
この館の窓は格子状の枠がついていて、窓はその真ん中から割れていた。
そして割られた窓は空いていた。


「これって誰かが侵入したってことじゃ……」

ポツリとした彼女のつぶやきが波紋のように広がるのには少し時間を要した。

「だとしたら……」

「この中に誰かが侵入して、そして……」

僕の言葉を引き継いだそいつもそこで一旦言葉を切る。


「この館に侵入していたとしたら……いや、そもそも侵入していたとしたら……」

それは僕ら以外の人間がこの館にいるということだ。
そしてそれが意味するところは……


「まずい! ウララちゃんが一人ではあぶない!」




「あ、あああぁ……」

「う、うそっ……」

「う、ウララちゃ、ん?」

デジャヴ。
昨日と同じ光景が広がっていた。


首だけになったウララがテーブルの上にいた。
色白の顔はべっとりとした血がところどころについていた。


充満する異臭。
暗い部屋。
置いてある様々な物。
部屋の中央にあるテーブル。
テーブルにかかった白いクロス。

そしてやはり、テーブルの足の付近にはまたもや人形が落ちていた。
人形は顔だけの状態で髪の毛がめちゃくちゃに切られていた。



「ウララちゃんのか、髪の毛が……」

ウララは人形と同じ状態になっていた。
これではまるで見たて殺人だ。

しかしこんな女はどうでもいい。
問題は彼女で、彼女だけが僕の目的なのだ。

彼女の顔は昨日の晩と同じで僕を恐ろしく引きつけた。
ここまでやった甲斐があった。
僕は彼女の恐怖に引きつった顔を脳裏とまぶたに焼き付けて、十二分に満足したので言った。

「……部屋に戻ろう」

途中一人が嘔吐して、床にうずくまる。
彼女はその背中をさすって、大丈夫だよと言ってる本人の方が心配されそうなほど血の気が失せて青くなった唇で言った。

……彼女が戻すところは少し見たかったなあ。


僕は一人だけ場違いなことを考えていることを自覚していた。
顔は神妙な表情を作っておいて、あたかもなにかを思案しているかのようなふりをする。

そうして生き残っている全員で広間に戻った。
だが広間に戻ったと同時に僕たちは次の事件に遭遇することになった。

「に、荷物が……!」

扉を開いたと同時に誰かが叫んだ。

僕らの荷物が荒らされていた。
一つに固めておいた全員分の荷物は四方八方に散乱していて中身も床に落ちていた。

「な、なんなのこれ……」

容赦無く畳み掛けてくる事件に全員神経をすり減らされるような恐怖を味わってるのかもしれない。

「もうやだ……帰りたい」

一人が弱々しくうな垂れる。
オカルト研究会のメンツはみんな呆然と立ち尽くしていた。

ごめんね、まだ事件は終わらないんだよ。
僕は口の中でひっそりとそうつぶやいた。

※キャラクターの視点が変わります



7

オカルト研究会に私が入ったのは、レミ先輩の誘いがあったからだった。
図書館で借りようと棚に手を伸ばした時に、たまたまレミ先輩と手がぶつかってそれでそこから話すようになった。
なんだかとても不思議な雰囲気をまとった先輩は私を気に入ったのか、オカルト研究会とかいう非公式の同好会に勧誘して来た。

まあ、部活に入っているわけでもない私はオカルト研究会に入った。


そして――今に至る。

雨粒が窓に当たって弾ける音が私を夢現の状態から覚醒させた。
部屋はスタンドライトが一個しか点灯していないせいか、薄暗くて私は急に心細くなった。


ガタン、と少しだけ大きな音がして私の肩はビクン、とはねた。
その音はこの広間の外からした。
嫌な想像をしてしまう、この部屋の外には殺人鬼がいて今から私たちを殺そうと息を潜めている……

ドアが軋む音ともに開かれる。
私の頭の中で、昨日と今日のことが走馬灯のようにフラッシュバックする。
蝶番の軋む音が間延びしたように感じるのは単なる勘違いなのだろうか。


扉が開く。
わずかに廊下から入ってくる光とともに影が床を這うように伸びる。
顎が私の意識を無視して壊れたように震える。

ど、どうしよう……?
とっさに同じ部屋にいるみんなに助けを求めようとしたけど私の声帯はすっかり未知の恐怖に硬直していた。
声にならない声が虚しく私の目の前で霧散する。

たすけ――


「なにやってんだ?」

殺人鬼かと思った影は部屋に入るなり私に声をかけて来た。
確認するまでもなくそれは部員の一人であるヒカルくんだった。




ヒカルくんはどこか呆れたような感じで、部屋に入ってくるなり私の隣に座った。

「なにやってんだよ?
 やっぱり寝れないのか?」

「う、うん……ちょっと今回の事件について考えてたら、ね。
 ヒカルくんは今回の事件をどう思ってるの?」

「どう思うと言われてもヤバイ、としか」

私はふと床で寝ているみんなを見た。

ウララちゃんを発見して広間に戻ってるよ私たちの荷物が荒らされていた。
どうすることも思いつかなかった私たちは荒らされた荷物を片付けた。
けれどそこからどうしていいか分からずに私たちは昨日とほとんど同じ行動をしていた。

もっともいくら神経が張り詰めいているとはいえ、さすがに全員疲労が溜まっていたからほぼ全員寝てしまっていた。
不用心にもほどがある気がしたけど、しかしそれは仕方がないような気がする。
そのあと結局目が覚めた私は寝付くこともできずにこの事件についてソファに座って考えていた。


女子

茜(アカネ)
↑私、特に特徴なし。


楓(カエデ)
↑読書好き、おっとりした女の子。

愛(アイ)
↑見た目は派手だけど優しい。人情派。

麗(ウララ)
↑今回の別荘の持ち主さん。死亡。




光(ヒカル)
↑無愛想、目つき悪い

拓(タク)
↑スポ根タイプ。まあいい人。

修(オサム)
↑あんまり勉強得意じゃない? けっこううるさい。死亡

聡(サトシ)
割と静か、メガネ、今時珍しいボクっ子。



「これはなんだ?」

私のメモを見てヒカルくんが言った。

「プロファイリング……かな?
 ごめん、やっぱりあの今のは気にしないで。
 適当に考えたことを書き殴っただけだから」

「ていうかオレの項目はなんだ?
 なんて失礼なって感じの人物紹介だな」



「ねえ、ズバリヒカリくんの意見を聞かせて欲しいの。
 ヒカリくんは今回の事件をどう思ってる?」

「どう、と言われても……正直事実を事実として受けいられないって感じだな。
 あいつが言ってたことも引っかかるし」

「あいつってウララちゃんのこと?
 ウララちゃんの言ってたこと、それって人形がどうとか館がどうとかって言ってたことのこと?」

「うん。正直オレは呪いとか幽霊とか信じてないがなんかあんなことがあったあとだとうっかり信じてしまいそうになる。
 いや、実はあいつらが死んだことだって……」

私は口をつぐんだ。
ウララちゃんが言っていたこと。
呪いとかそういう類はよくわからないけど、もし本当だとしたら……いや、そんなわけはない。
私はかぶりをふった。

私は深呼吸をした。これから口にすることはいささか勇気が必要だったのだ。

「ねえ、あの二人がいたとこに……行ってみない?」

ヒカルくんは目を見開いた。


「もしかしたら今回のことを解決する糸口がつかめるかもしれないの。
 もちろんイヤだったら私一人で行くけど……」

「いや、それはダメだ。
 事件の現場に女一人で行くなんて……ましてもしかしたらこの館にはヤバイヤツが潜んでるかもしれない」

ヒカルくんが私をはっきりと私を見た。
彼の目つきはお世辞にもいいとは言えないから見つめられるとがん飛ばされてるような気分になる。

「できれば行かない、という選択をいちばんにしてもらいたい。
 まあ、どうしてもって言うなら……オレもついていく」

「ありがとう、ヒカルくん。
 それじゃあついてきて」

私の言葉に彼は頷くと腰をあげた。
私も怖がる自分を必死に叱咤して立ち上がった。

ヒカルくんは部屋を出る直前に時計を確認した、時刻はまだ夜の十一時だった。
やはりみんな相当疲れていたのだろう、かなり早い時間で寝てしまったみたいだ。
まあそれも仮初めでしかない睡眠なのだろうけど。

部屋を出る。
廊下は明かりがほとんどついていないため非常に暗い。
小さな照明が等間隔で天井に設置されているものの視界はよくない。

私たちは先にオサムくんの現場にに行くことにした。
今の今まで気づかなかったけど廊下の絨毯は毛並みが長いのか足もとが沈むようだった。

私がなにか適当な話題を前を歩いている彼に話そうとしたときだった。
長すぎる廊下の向こう側で闇の中に潜んでいる人の気配を感じた。

この先はオサムくんがいる場所。
まさか――犯人?

不意に強すぎる力に引っ張られて私は廊下の角に引きずりこまれた。
ヒカルくんが私の腕を引っ張ったのだ。

なにをするの!?
その疑問が声に出なかったのはほとんど彼に抱きしめられているのと変わらない体勢になってしまったからだ。
ただこれで私の口もとと鼻は彼の肩に埋れて、息づかいが聞こえることはないだろう。

足音が近づいてくる。
どうやら勘違いじゃない。
本当に誰かいる。

では、誰だ?

もしあの二人を葬り去った殺人鬼だったとしたら?
心臓の鼓動がどんどん早くなってきて、私の血液は急速にめぐり出した。
噴き出る汗を拭う余裕冴えない。

人を生首だけの状態にすることができる人間だ。
私たちが見つかったら間違いなく殺される。

「……!」

そう、私は今の状況を認識した。


このままでは確実に私たちは殺される、と。

今回はここまで
また明日

第三話「恋と人形のミステリー」
>>210から

蜀埼幕縺吶k

自らの死を連想した瞬間、私は喉が見えない手に締め付けられるような感覚を覚えた。
絨毯を踏みしめる足音が死へのカウントダウンに思えた。
足音が近づいて来れば来るほど時間の感覚は長くなっていく。
一秒が一時間、一分が一日、恐ろしく引き伸ばされた半永久の時間の中をさまようかのような錯覚。

不意に足音が早くなる。

まさか私たちに気づいたのか。
ヒカルくんの肩に顔を埋めている私にはなにも見えないが、それがさらに恐さを増長した。
恐怖と死への不安で私の心臓は爆発してしまいそうだった。
首だけの状態になる自分が脳を駆け巡る。


いやだ、死にたくない!!


「……通り過ぎていった、みたいだな」

「え?」

ヒカルくんが腕をほどいたので私は顔をあげた。
恐る恐る足音がした方向を見ると誰もいなくて、長い闇が果てしなく続いていた。

「た、助かったの私たち?」

「どうやら、そうみたいだな」

一瞬、犯人であろう影を追おうとして立ち上がろうとして、逆に私はへたりこんでしまった。
安心したのか手足から骨が抜けたように力が入らない。
自分が情けなくなる、これで犯人を追うなんてお笑い草だった。

「もしかして立てないのか?」

「えっと、まあ……」

彼はそんな私に左手を差し伸べてくれたけど、なぜか明後日の方向を見ていない。
薄暗いせいで顔はほとんど見えないためどんな表情をしているかはわからなかった。
彼の差し伸べてくれた手を握って私は立ち上がった。

「どうする?」

「どうするって?」

「だから、これからどうするんだよ。
 当初の予定通り、犯行があった現場に行くのか?
 それとも引き返すのか?」



相変わらずぶっきらぼうな言い方だったけど、案外私のことを心配してくれているのかもしれない。
私は少しだけ考えてみたが、ここで引き返すのはあまりに格好悪い気がしたし、外部の人間に頼ることもできないという状況でジッとしているのがイヤだった。

「私は行く……確かに危険もあるけど私はこのまま黙って部屋に引き返すのはイヤ。
 それにもしかしたら絶好のチャンスかもしれないし」

「絶好のチャンス? どういうことだ?」

「犯人はオサムくんのいた方から出てきた。
 それってつまりオサムくんのいた部屋にいたんじゃないかな?」

「なんのために……ああ、そういうことか。
 つまり、部屋になんらかの証拠が残ってる可能性があってそれを確かめるなり消しに来たわけ」

この館は三階建てになっていて、階段は二つある。
ちょうど廊下の中心が私たちの待機場所の広間。
そして広間の入り口を正面から見た場合。
一つの階段は広間の右隣に合って、もう一つは角部屋である物置の隣にある。



「あの人が提案したんだよ、今回のイタズラも
 あとお前は信用してないようだったけど、タバコをくれたのはマジでレミ先輩だ」

「なんでレミ先輩がヒカルくんにタバコをあげるの?
 レミ先輩がタバコを吸ってるとは思えないし……



僕はバックからレミ先輩からもらった人形を出してアカネに見せた。

「なにこれ?
 なんだかミュージカルに出てきそうなおじさんみたいな人形だね

「この人形もレミ先輩がくれたんだ。
 ねがいが叶うって人形なんだけど、エケコ人形とか言うらしい。
 なんでもこの人形はタバコが好きらしいから、ねがいを叶えたいならタバコを定期的に吸わす必要があるんだって。

 だからオレがタバコを持ってたのはオレが吸うためでもレミ先輩が吸っているわけでもない」






女「まあ、こんなところだけど……面白かった?」

男「ええ、僕は今回の話が一番面白かったですよ
  推理もの好きですしね」

女「じゃあ今まで聞いたどの話よりも?」

男「え? まあ、そうですね……」

男(今まで聞いたどの話よりも、とか言われてもそんなに話を聞かされたわけでもないのにな)

女「本当の本当?」

男「は、はい……それはもう」


女「そっかあ、今まで聞いたどの話より面白いんだねー。
  ふふっ、嬉しいなあ」

男「なんでですか?」

女「いや、まあ私もじょじょに進化してるのかと思ったからだよ」

男「……」

女「まあそれじゃ長い話に付き合ってもらったし、次はキミの行きたいところに連れて行ってあげる。
  どこ行きたい? カラオケ? ダーツ? あ、久々にボーリングもいいかも」

男(なんだろう、今感じだ奇妙な気持ちは。
  まあ単なる勘違いっていうか思い過ごし、かな……)

男「じゃあまずはカラオケ行ってボーリング行ってダーツ行ってバッセン行きましょー!」

女「えー、私しんじゃうよー」

男「いいからいいから!
  明後日からはいよいよ文化祭準備の最終日なんですし、今日はハメはずしましょー!」

女「それもそうだね、それじゃハメはずしちゃおう!」


第三話「恋と人形のミステリー」
>>210-304
終わり

今日はここまでまた明日

再開します

ssの感想嬉しいですありがとうござます


男(いよいよ明日は文化祭なわけだが、オレたち生徒会、及び文化祭実行委員のメンバーは昨日と今日と泊まり込みで作業していた。
  怒涛の二日間は忙しすぎたせいかあっという間に過ぎて残すは明日と明後日の本番のみである。

  そんでもって今は作業を全て終えたあとの自由時間。
  オレは先輩と二人っきりで生徒会室で最後の文化祭の打ち合わせを終えて雑談をしているところだった。
  
  夜の校舎と二人っきりの男女……なんてステキなシチュエーション!)


女「いよいよ明日は文化祭、だね」

男「まあ文化祭準備もずいぶんと長かったですよね。
  夏休み頭から今日まで……まあそれも今日までだ」

女「んー、それにしても昨日から泊まり込みだけど、ここの校舎って汚いよねー。
  昨日なんか廊下を普通にゴキブリが歩いてたからビックリしちゃった」

男「まあこの学校で改装工事とか色々してるのは、先輩たちみたいな一部の進学クラスの校舎だけですからね。
  毎年文化祭は広いからって理由でこのオンボロ校舎でやりますけど……こっちも改装したらいいのに」

女「ある意味趣があると言えなくもないけどね」

男「七不思議の一つや二人つあってもおかしくない、って感じですか?」


女「それは私のコワイ話へのフリなのかな?
  頼まれたらいくらでもしちゃうよ、私」

男「なんか今夜は興奮してるんでいくらでも話聞いてもいいかなあ、って気分なんでいいですよ」

女「なに、もしかして私と二人っきりでその上夜の校舎だからってエッチなこと考えてるってこと?
  うわあ、やらしいなあ。さいてー」

男「ちがいますよ!
  興奮っていうのは明日が文化祭だからですよ!」

男(まあ先輩が言ってることはわりと当たってるんだけど)

女「とりあえずこっから出ようよ。
  あんまり夜遅くまで生徒会室使ってると先生たちに怒られちゃうし、こんな密室だと襲われたとき逃げられないし」

男「襲いませんよ。
  だいたい僕は紳士ですしね、むしろ先輩のほうが僕を襲うんじゃないですか?」

女「……そうだね。
  私も今少し変なキモチかも」

男「……え?」



女「ほんのちょっとだけだよ、本当にちょっぴり。
  とりあえず校舎周りぶらぶらしない?
  夜の学校ってコワイけどなんだかワクワクするし」

男「もしかして幽霊に会えるかもしれないですね」

女「幽霊は出てこられるとちょっと困っちゃうなあ。
  私、幽霊苦手だし。
  幽霊が出たら頼むよ、助けてね」

男「まあ、努力はしますよ」

男(今、この状況ならあの時の話をしてもいいかもしれない。
  いや……)

女「どうしたの、えらい深刻そうな顔してるけど。
  もしかして幽霊、コワイ?」



男「怖くないですよ、っていうかそんなこと今考えてなかったです」

女「じゃあなに考えてたの?」

男「ええっと、ですね…………そうだ、僕の怖い話を聞いてくれませんか?」

女「キミがコワイ話をしてくれるの?」

男「ええ、とっておきのヤツです。
  まあそんなに長くないし、サラッと終わる話なんで聞いてもらってもいいですか?」

女「いいよ、私も話を聞いてもらったし。
  それに、キミがどんな話をするのか興味あるしね」

男「ありがとうございます」







男「これは僕の実話であり、正直今でも思い出すだけで胸が痛くなる話です。
  なんで今さらこんな話をしなければならないのか、そんな気持ちすら湧きそうなんですけど。
  ていうかなんでこんな話を僕がしなきゃならんのだ、と話したいと言いつつ気分的にはむしろ逆なんですよね。

  ああ、すみません。

  前置きが長過ぎましたね、このままでは前置きの方が長い話になりかねないのでそろそろ本題へ入ります。

  まあ、しかし本当に大した話じゃないしそもそも僕にとっては怖い話であり思い出話であるんですが、はたから聞くとちがう印象を持つかもしれません。
  
  実は僕はですね、ある人が好きになったんですよ。
  イヤイヤ、冗談抜きで本当にマジもんの恋ですよ。
  


  あ、ちなみに好きになったのは同じ高校の人なんですけど。
  え? カワイイのかって?
  そりゃあもうそりゃ、この僕が恋に落ちた相手ですよ、文句無しにカワイイですしみんなからの人気者ですよ。

  まあそんなことはどーでもいいんです。
  
  僕と彼女はそこそこ、いや、個人的見解を申し上げればすごい仲がよかったんですよ。
  正直に白状すると告白するまでもなく僕は両思いであると信じて疑いもしてなかったです。
 
  だから僕はさっさと告白してその人とお付き合いしたい、そう思っていました。
  しかしいざ告白しようとするとこれがなかなか緊張するものです。
  僕は結局、彼女に告白しようと決意し実行に移すまでにはかなりの時間がかかったんですよ。

  まあそれでも友達とかに相談して最終的に僕は告白することにしたんです。
  まあ彼女と接する機会はかなりありましたし、告白するチャンスはいくらでもありました。


  まあしかしチャンスがあろうとも僕にはチャンスを生かす力も度胸もありませんでした。
  パワプロで言うならばチャンス×ってやつですね……ああ、わかりませんか気にしないでください。

  しばらくはやっぱり告白できませんでしたけどまあしかし先にも言ったとおりチャンスはたくさんありました。
  だからその何回もめぐってくるチャンスの中で僕はついにその人に告白したんです。

  学校帰り、体育館裏に一緒に行ってそこで僕は一世一代の告白をしました。
  あの時の感覚は今でも鮮明に覚えています、本当に言葉を一つ一つ出して行くたびに呼吸がどんどん乱れて声が震えましたね。

  告白して真っ先に思い浮かべたのは自分がフられる姿でした。

  あれほど仲がよくて告白したら絶対にオッケーされると言っておいてなんですが、告白した瞬間の僕は本当にフられる自分しか想像できませんでした。

  彼女はなかなか返事をくれませんでした。
  僕は頭をこの時なぜか下げて告白したので彼女の表情は見えませんでした。
  なにも考えられませんでしたね、ただ早くオッケーなりノーだったり、とにかくなんでもいいから返事をくれという思いしかありませんでした。


  ようやく彼女は返事をくれました。
  なんて返事をくれたのかって?

  なんだったんでしょうね……っと、冗談ですよ。
  きちんと答えます、彼女はこう言いました。

  
  「明後日の土曜日に返事をするからそれまで待って欲しい」


  間違いなく彼女はこう言いました、このセリフは今でも一字一句間違いなく完璧に思い出せますよ。
 
  まあそんなふうに言われたら僕はそれ以上追求できませんでしたし、今その場で返事をもらうのは無理だと諦めました。
  まあその場でフられなかっただけマシ、そう前向きに考えておきました。

  そして二日間、僕はひたすら身悶えるような思いで待ちました。
  いやあ、本当にもう告白の答えばかり気になってなんにも手につきませんでしたね。

  しかし僕も男、いや、漢としてひたすら耐え忍びましたよ。
  



  さあ、いよいよ告白の答えの日です。
  僕は指定された時刻の二十分前に学校につきました。
  待ち合わせ場所は体育館裏、告白した場所と同じ場所です。
  僕は自分の心臓のバクバクする音をかき消すようにひたすらB'zの「恋心」を聞いてました。

  しかし、彼女はいつまで経っても来ないのです。
  「恋心」が終わってどんどん曲が終わってきます。
  でもアルバム最後の曲、「RUN」になってもまだ彼女は結局来ませんでした。

  今思えば彼女にメールか電話でもするべきでした。
  あの頃の僕にはそれをする勇気がなく、結局夜になるまで学校にいました。
  まあ、最後はあまりに悲しくて帰ったんです。

  彼女にフられるどころか、学校にさえ来てもらえなかった。
  僕はその日、本気の涙で枕を濡らしました。
  あの時ほど悲しかったことはたぶん、ないんじゃないかなあ。

  ご飯は喉を通らないし、眠れないしで最悪の土日を過ごしました。
  もう正直学校行くのやめようかと思いましたね。
  ていうか実際に学校に月曜日は行かなかったですね、月曜日はどうしても彼女と会ってしまうので。



  まあ結局次の日からは学校行ったんですけど、もし自分がフられたことがみんなに知れ渡ってたらどうしようかな、と思いました。
  実際には誰も僕が告白したことは知りませんでした。

  で、僕は気持ちをなんとか切り替えようと努力しました。
  昼ごはんとかもヤケ食いしようと思いました、気持ちをまぎらわすために。

  それで昼飯を購買に買いに行こうとしました。
  そしたらですよ、教室に入ってきたんですよ。


  買いに行こうとして、彼女が教室に入ってきたんです。

  もう不意打ちすぎてビビりましたね。
  しかも彼女、まっすぐ僕に向かって来るんですもん。
  おいおい、ここでまさかの告白の返事をするのか……色んなやつが教室にいるのに。

  そんなことを思ったわけですけどしかし、僕の予想とは裏腹に彼女は昨日僕が休んだ理由を聞いて普通に心配してくれただけでした。
  他にはなにも変わったことがなかったんですよ、まるで僕の告白なんてなかったかのように。


  いや、まるで彼女は僕から告白されてなんかいないようにさえ見えました。
  
  それから僕は色々と遠回しに彼女に僕のことや僕の告白についてそれとなく聞きましたが、本当に告白の事実なんてないかのようでした。
 
  これってつまりどういうことなんですかね?」




女「えっと……もしかしておわり?」

男「ええ、ここから先はどう頑張っても続かないのでこれ以上はないです。
  さあ、ぜひ感想を聞かせてください」

女「え? そんなこと言われてもちょっと困るっていうかこれ本当に実話?」

男「ええ、まことに残念ながら実話も実話、完璧な実話です。
  ていうかこの話、超怖くないですか?」

女「えっと、どこらへんが?」

男「だってこんなことってありますか?
  僕が告白したという事実は彼女の中であたかもなかったかのようになってるんですよ!
  いや、というか本当になかったんじゃないのかとすら最近では思ってしまいます」

女「まあ確かに悲しい話ではあるかもね……。
  私もキミの立場なら泣いちゃってるかも」



男「本当に新手の男のフる方法なのかなあとすら考えちゃいますね。
  ……まあ、僕の話はこんなところです」

男(…………反応はなし、か)

女「なんか文化祭前日にする話じゃないねー。
  まあ、元気出しなよ」

男「あ、はい。
  まあもう過去の話ですから気にしても仕方ないと割り切ってますよ。
  さあ、次は気を取り直して先輩の話に行きましょ」

女「そーだね、私の話で気を取り直せるかはわからないけど。
  まあでも今回の話で私のコワイ話シリーズはとりあえずは終わりかな」

男「休載しちゃうんですか?」

女「だって、私、一応受験生だよ?
  こういう話って考えるの楽しいけどやっぱり受験とかに影響するからさ。
  明日と明後日の文化祭が終わればいよいよイベントは卒業式だけになっちゃうし」

男「まあ、確かにそうですね……」

女「だから、これが今のところの私の最後の話。
  それじゃ、聞いてね」


今日はここまでにします
終わりがじょじょに見えてきました
ここまで読んでくれてる人ありがとう、明日は更新できないと思います、すみません

今までの話まとめ

第一話「恋とバイト少女と人形」>>5-131

第二話「新しい部屋にご用心」>>148-200

第三話「恋と人形のミステリー」>>211-304

第3.99話「消えた告白」>>316-321

以上

再開します

再開します



1

 どうしてあんな提案を受け入れてしまったのだろう。
あんなことをしなければわたしはわたしでいられたのに。
なんとなくで、レミの提案を受け入れたせいで――



「暗い顔なんかしちゃってどうかした?」

昼休み。
高校の教室。
お昼ご飯の時間。
わたしはクラスメイトのアイとお昼を食べていた。


「暗い顔って、そんな顔してる?」

「んー? 普段が目に優しくないぐらいうるさいからさ。
 今日はなんか暗く見えるんだよ」

「……そっか、じゃあもしかしたらそうなのかな。
 ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど」

「まさか最近ハマり出した怪談話……ってわけじゃなさそうだね。
 仕方ないな。特別にこのアイ様が話を聞いてさしあげよう」


「うーん、人によってはちょっとコワイ感じの話ではあるんだけど。
 
 アイはわたしの妹のレミを知ってるよね?」

「あんたとちがって少しおとなしい感じの妹さんね。
 何回か会ったことあるし話したこともあるね。
 妹ちゃんとケンカでもした?」

「ううん、そういうことじゃなくてさ。
 アイはわたしとレミが似てると思う?」

「うん、思うね」

アイは即答した。

「髪型とかがちがうからなんとか区別できてるけど、同じ髪型で同じ服装されたらマジでわかんないかも。
 似てるのがいやなの??」

「ううん、そんなことないよ。
 わたしたちかなり仲良いし、それに似てることは今に始まったことじゃないしね」

「なに、ただ似てるかどうか気になっただけってこと?」

「ちがうちがう。
 なんかね最近、妹に違和感があるって言うのかな……なんかちょっと違和感を感じるっていう。
 なんか隠し事でもしてるのかなあ、よくわかんないんだけど」


「どういうこと?
 だいたい姉妹だからって隠し事ぐらい普通にあるでしょ?
 ていうかむしろその手のことがないほうが怖すぎだよ」

「それもそうなんだけどね」

「なんかやっぱり少し、あんたおかしくない?」

「気のせいだよ。
 あ、でも最近は生徒会活動が忙しくてそれで疲れてるのかも。
 昨日もカッターで指切っちゃうし」

「うわ、ガッツリ切ってるね。
 どうやったらこんな風に切っちゃえるの?」

アイはわたしの手の傷を見ると顔をしかめた。

「妹と言えば、かなり昔の話なんだけど。
 わたしとアイでお母さんに昔イタズラしたことがあったの」

「イタズラ? へえ、どんなイタズラをしたの?」

「わたしとアイがあまりに似てるからためしに入れ替わってみたんだよ。
 イタズラを提案したのはわたしじゃなくてレミだけどね」









もはや記憶すら曖昧な昔――小学生にあがって以降というのは覚えているけど、もしかしたら中学生になってからという可能性もある――わたしとレミは小さなイタズラをした。

小さなイタズラ。

けれどもこれがわたしたちを大きく狂わせることになったのは間違いない。








そして、本当に特になにかあったわけでもない平凡なある一日の夕方。
レミがこんな提案をしてきた。


「ねえ、お姉ちゃん。
 お母さんをびっくりさせてみない?」

「びっくりさせる?
 なにをするの?」

レミがこういうことを言うのはめずらしいことだった。
どちらかと言えばおとなしい部類に入る妹で、こういうことは活発なわたしが言い出すことが多かったからだ。

レミはわたしたちが入れ替わって、それでお母さんがいつ気づくか、というイタズラを提案した。
特にわたしはなにも考えずにその提案を承諾した。

どうせすぐにバレるだろうと、なんとなく思ったけど口には出さなかった。




変装といっても髪型と服装を変えるぐらいしかやることがなかったからすぐ終わった。
ついでにおばちゃんも騙そうとわたしたちは自分たちの部屋でこっそりと変装をした。

変装が終わるとレミは嬉しそうに鏡の前で自分の姿をチェックした。

「これならわたしがお姉ちゃんだってわからないよね?」

心なしか声が弾んでいる。
一方のわたしはなぜか気分が乗らなかった。

「まあ、たしかにうまく変装できてるのかな?」

わたしはじっくりとレミの姿をつま先から頭のてっぺんまで眺めてみた。
確かに似ていた。
わたしの目の前にわたしがいた。
わたしは胸がざわつくのを感じた。

「あとは変装する際の注意だね」

わたしとレミは容姿こそ似ているものの性格はそんなに似ていない。
身にまとっている雰囲気はまるでちがうので、見る人によっては簡単にわかってしまうかもしれない。
だからわたしたちはお母さんが帰ってくるまでお互いになりきるための練習をすることにした。



そんなことをしているうちにお母さんは帰ってきた。

わたしたちは玄関までお母さんを迎えに行った。

「おかえりーお母さん!」

わたしは思わず声が出そうになった。
いつも、おかえりを先に言うのは決まってわたしだった。

しかし予想以上にレミはわたしを演じるのがうまかった。
声のトーンや雰囲気などがわたしのそのものだった。

「おかえり、お母さん」

あとに続いたわたしの声は果たして似ていたのだろうか。

ただ、レミが一瞬わたしにやった瞳は驚きに見開いていたような気がした。



「ただいま『エミ』」


お母さんがレミを見て言った。
そして、わたしを見て。


「『レミ』もただいま」


わたしの予想は外れた。
あっさりしすぎなほどに簡単にお母さんを騙してしまった。

しかし、お母さんへのイタズラは成功したにも関わらずわたしの気分はよくなかった。

お母さんの顔を盗み見て見たけど、特に気づいた様子はなかった。

「ほら、なにぼうっとしてんのレミ?
 お母さんの荷物もってあげなきゃ」

わたし、ではなくわたしに変装したレミが嬉しそうにそう言った。

「……そうだね、お姉ちゃん」

口の中は知らないうちに渇ききっていた。


3


「へえ、つまりイタズラはあっさりと成功したわけだ」

アイはわたしの話に感心したようだった。

「うん、わたしもあんまりにもあっけないから驚いちゃった。
 わたしとレミが入れ替わってるなんて思ってなかったんだろうね」

「それだけふたりの演技が完璧だったのかもよ?」

「そうだね、わたしとレミの演技は完璧に近かったかもね。
 お互いやたら明るく振る舞ったりおとなしく振る舞ってたせいかもね。
 親戚のおばちゃんにも気づかれなかったしね」

わたしたちが似すぎたせいなのか。
わたしたちの演技力がよすぎたせいなのか。
そもそも案外親なんて子供の変化に気づけないのか。

「レミちゃんはなんか言ってたの?」

「嬉しそうに、わたしもお姉ちゃんになれるんだ……だったかな?
 そんなことを言ってたかな」




でも喜ぶレミとは反対にわたしはまったく嬉しくなかった。

寝る時間になってわたしたちは自分たちの部屋に戻った。
わたしたちはふたりで一つの部屋を共通して使っている。

「すごいね、お姉ちゃん。
 わたしたち、お母さんもおばちゃんも騙しちゃったよ」

部屋へ入るなりいきなりレミは興奮ぎみにそう言った。

「うん、そうだね……」

「どうしたの、お姉ちゃん?
 なんだか元気ないけど」

「なんだかこんなことするの始めてだから疲れちゃった。
 レミを演じるのがこんなに大変だなんて思わなかったよ」

「そうかな、わたしはお姉ちゃんになれて楽しかったけどなあ」

「とにかく疲れたからわたし、寝るね」

急いで二段ベットの上に潜り込んだ。
わたしはどうしようもなくいやだったのだ。

わたしの姿をした妹を見るのが。



「まあ気持ちはわからないでもないかな。
 わたしは兄弟いないからあれだけどさ。
 やっぱりお母さんぐらいには区別つけてほしいよねー」

わたしはアイの言葉に頷いた。


「子供心ながらショックだったのかな」

「そうかもねー」

「ただね、この話はこれで終わりじゃないんだ」


わたしは言った。


「レミがわたしになるようになったの」



わたしとレミがお母さんを騙すことに成功した次の日のことだった。
カーテンから差し込む朝日に呼び起こされるように目を覚ましたわたしが二段ベッドから降りて部屋から出ようとした時だった。

背後に気配を感じて振り返った。















わたしがいた。


今日はここまで

今までの話まとめ

第一話「恋とバイト少女と人形」>>5-131

第二話「新しい部屋にご用心」>>148-200

第三話「恋と人形のミステリー」>>211-304

第3.99話「消えた告白」>>316-321

第四話「わたしは誰?」>>328から


すべての話が独立してるのでどれから見ても大丈夫ですのでよかったら見てください


書き忘れてましたが今回の話も以前に書いた二次創作ssがもとになってます

蜀埼幕縺吶k

再開いたします


3


「……っ!?」

声にならない声が喉から出た。
わたしの目の前にわたしがいるという奇妙な状況。

「もう、びっくりしすぎだよお姉ちゃん」

「……レミかあ、もうおどろかさないでよ」

「ごめんね、お姉ちゃん」

レミがわたしの服を着て、わたしと同じ髪型をしているだけだった。
寝起きのせいかわたしはそのことに気づけなかったのだ。

「な、なんでそんな格好をしてるの?」

「だって今のわたしはお姉ちゃんだもん。
 今日もまたわたしがお姉ちゃんやるんだ」

胸の内側を漠然とした不安が巣を張って行くような気がして、わたしは聞いた。

「じゃあ、わたしは誰になるの?」

「決まってるでしょ」

レミがわたしの顔を覗き込む。
レミの瞳の中にはわたしがいた。
なのにわたしの目の前にはわたしがいた。











「お姉ちゃんはわたしになるの」


「レミちゃんはまた入れ替わりたがったんだ」

「そう、どうしてかは未だにわからないんだけど。
 わたしとレミは入れ替わった。
 ただ、二回目の入れ替わりは失敗に終わったんだけどね」

「なんで?」

わずかにアイが身を乗り出す。

「わたしはどっちかっていうと運動とか外で遊ぶのが好きなアウトドア派なんだ。
 反対にレミはインドア派で読書とかのほうが好きなわけ。
 レミはそんなに運動もするほうじゃなかったしね」

「まあなんか見るからにそんか感じはするよね」

「それでわたしが学校の部活……だったかな?
 クラブ活動なのかな、とにかくなにか運動しててけっこうハデに膝を擦りむいちゃって。
 お母さんにその傷を見られてあとは流れでわたしたちが入れ替わってることがバレた」

「まあ容姿が似てても、やる事なすこと全部同じじゃないからね。
 そりゃあバレちゃうね。
 つまり子供の頃のかわいいエピソードって感じ?」

「終わらなかったよ」

「え?」

「入れ替わりは終わらなかったし、今だからこそ思うけどバレないほうがよかった」




入れ替わりがお母さんにバレたその日。
レミは唇を尖らせた、妹にしては珍しい表情だった。
お母さんに入れ替わりがバレたのが悔しかったのか、不貞腐れたようにベッドに寝転んだ。

レミもわたしも入れ替わったままの状態だった。

「バレちゃったね」

「お母さんはわたしたちのお母さんなんだもん。
 やっぱりわかるよ」

わたしは内心ほっとしていた。
胸の内側のモヤモヤが取り除かれたようで、唇が緩むのを感じた。


「ねえ、お姉ちゃん」

妹が身体を起こした。
静かな声にはなにか決意のようなものが滲んでいた。


「また入れ替わろう。
 今度こそは完璧にお互いになりきろう。
 わたしがお姉ちゃんでお姉ちゃんがわたしで」


わたしはなにも答えられなかった。
ただ胸を締め付けられるような感覚に戸惑うことしかできなかった。


姿見にはわたしの格好をしたレミとレミの格好をしたわたしが映っていた。



「なるほどねえ、バレたらバレたで今度はエスカレートしていったわけだ。
 ある意味子供らしいエピソードとも言えるけど」

「まあ、ね。
 わたしたちの入れ替わりはどんどんうまくなっていったんだ」

「なんか話を聞いてるとエミはそんなに乗り気とは思えないんだけど、入れ替わりはうまくいったんだ」


アイの疑問は至極真っ当なものだった。


「レミはね、なんでもできちゃうみたいなんだ」

「なんでもできる?」

「レミはおとなしくて外で遊ばない……これだけ聞くとなんだか運動とかできそうじゃないでしょ?
 でもそれはちがくて、実際にはできるけど、ただしないってだけだったんだ。
 むしろ、わたしなんかより運動はよっぽどできるみたい」

いや、と言うよりもすべてにおいてレミはわたしなんかより優秀だった。
だからこそわたしに成り代わることなんて容易いことだった。
一方でレミ自身はわたしが入れ替わりやすいように、勉強にしろ運動にしろすべてを絶妙なレベルにしていた。



「優秀な妹ちゃんなわけだ」

「そう、レミはすごく優秀なんだよ。
 わたしになることなんて、それこそ朝飯前なんだ」

「ふうん、で?」

アイがやや苛立ったしげに眉間にシワをよせる。

「エミ、あんたはあんたでしょ?
 妹が優秀だからなんなの?
 妹が優秀で自分より優れてて自分に入れ替われるからって、妹ちゃんがあんなの代わりになるわけじゃないでしょ?」

「アイ……」

「わたしの目の前にいるあんたはエミなことは間違いないんだから、それでいいでしょ」

アイはそれだけ言うと黙り込んでしまった。

たぶんわたしの話し方に問題があったのだろう。
これではわたしは優秀な妹に嫉妬している姉ということになってしまう。

そうじゃない、わたしはレミに嫉妬なんかしていない。


ただ本当に自分がエミなのかわからないだけなのだから。


4


これもいつの頃だったのか記憶が曖昧だ。
ただいつものように家に帰ると、いつもとちがったことが起きた。
わたしはなぜか無意識のうちに授業が終わると帰路を歩いていた。

部活は? 
クラブ活動は?

なにかしらの活動があってわたしは大抵の場合学校に残っていた。
その日だってきっとわたしにはなんらかの用事があったはずだし、本来なら学校に残っていなければならなかったはずなのだ。

それなのにわたしは家に帰っていた。


わたしもレミも昔から鍵っ子だったので玄関の扉に手をかける前に鍵を開けることが身体に染み付いているはずだった。
しかし、この日のわたしはなんの考えもなく扉に手をかけた。

予想通り扉は開いた。




「おかえり」


おばちゃんだって働いているから放課後すぐに帰った場合は家にはいない。
だから、この声の主はおばちゃんではない。
ましてお母さんでもない。

「レミ」

わたしがわたしを出迎えた。


「な、なんで……?」

気持ちの悪い汗が背中を滑り落ちる。
声はみっともなく震えていた。


「どうしちゃったの、『レミ』?」


わたしがわたしに向かっておかしそうに微笑む。

「お腹がすいててさ、今ちょうどお菓子食べようと思ってたとこだったんだよ。
 レミもお腹すいてるでしょ?
 あ、なんならわたしがコーヒーいれてあげよっか、レミはコーヒー好きだもんね」



眩暈がした。わたしがわたしであるはずなのに、わたしの目の前にはわたしがいる。
いや、理解はしている。


わたしの目の前で微笑んでいるのは、わたしじゃない。レミだ。

べつに珍しいことではなかった。
今までにも何度かあった。家に帰ったらレミがわたしを演じてわたしがレミを演じる。
ただ、今までとは決定的に違う点がある。
今までは互いが入れ代わるときは、事前になにかしら話をしてからやっていた。

「どうしたの?
 そんなとこに突っ立ってないであがりなよ」

わたしは混乱しながらも日々の習慣のままに着替えて、手を洗ってテーブルについた。
テーブルにはロールケーキとコーヒーとミルクがすでに置かれていた。

わたしは今、レミの格好をしていた。
わたしとレミの間にはいつの間にか暗黙のルールができあがっていた。
レミがわたしになるときにはわたしがレミになる。

「どうしたの?」

尋ねられてわたしはとっさになんでもないと答えた。
一瞬、わたし――ではなくレミの顔が呆けたような弛緩した顔つきになる。


「コーヒー、早く飲まないと冷めちゃうから飲んでよ。
 お母さんみたいにうまく淹れられたかはわからないけど」

それだけ言うと、キッチンに戻ってお湯を沸かし始める。

……どうしてわたしはこんなことをしているのだろう。
こんなことして意味などあるのだろうか?

わたしの顔が、カップの中の真っ黒い液体の中に映し出される。
そこに映ったわたしはレミの顔をしていた。

そもそもわたしは普段コーヒーを飲まない。
飲むのはレミだけだ。

「……っ!」

わたしは思わずミルクをカップの中に注ぎ込んで、スプーンで液体を掻き回していた。
我慢できなかったのだ。レミの姿をした自分を見るのがイヤだった。
たちまちカップの中で渦を描いて、白と黒が溶けて混じっていく。
カップの中の黒と白のマーブル模様は溶けて混ざりあって、あっという間に茶褐色になった。


「どうしたの、レミ。食べないの?」

いつの間にかわたしの正面に座っていた『わたし』は首を傾げる。
得も言えぬ不安が胸を締め付ける。
どこかから甲高い警告音が聞こえてくる。

「レミ?」

わたしは目の前の彼女の手首を反射的に掴んでいた。
自分でもわけがわからなかった。
ただ、自分が意味にならない言葉を吐いていることだけは理解できた。

掴んでいた腕を引っ張り上げて、目の前の彼女を無理やりソファーに押し倒した。

「……どうしたの?」

突然ソファに押し倒されたレミは少しだけ目を丸くした。


「……めて」 


彼女は冬のみなものように穏やかな瞳でわたしを見つめた。
わたし……ちがう、レミの肩を掴む手が震える。
身体の芯が軋んで、皮が剥がれ落ちていくかのような漠然とした恐怖がわたしを飲み込もうとしていた。



「……やめてよ。
 わたしに勝手になろうとしないでよっ……」

警告音にも似た甲高い音がどんどん大きくなっていく。
けれども、わたしは構わずレミに更に顔を近づける。

「……なにを言ってるの?」

「勝手にわたしにならないで。わたしは――」

わたしだから。

そう言う前に、不意にレミが勢いよく身体を起こす。
半ば、突き飛ばされる形になったわたしは、したたかに尻もちをついた。

「もー、ダメだよ。レミ。
 レミがわたしの上に乗っかってたらガスの火消せないでしょ?」

湯を沸かしていたガスコンロのところへ行くと、彼女は火を消した。
甲高い悲鳴のような音はコンロにかけられていたやかんのものだった。
わたしはなにも言えなかった。言葉が咽の奥から出てこない。

「レミ、ひょっとして疲れてるんじゃない?
 なんか顔色悪いし、あ、もしかして熱があるんじゃない?」

わたしが納得したように頷く。
ちがう、そうじゃない。わたしは熱なんかない。
否定の言葉の代わりに、細く鋭い息が唇から漏れた。

「うん? どうしちゃったの? 顔色悪いし本当に風邪なの?」 

「もうやめて……!」


ようやく言葉がまともな形となって出てきた。
もっとも、目の前の『わたし』は意味がわからないとでも言いたげに首を傾げるだけだった。

「エミはわたしだから。
 ……エミは、わたしなの。レミはレミでしょ!?」

自分でもなにを言ってるのかわからない。
わたし――の姿をしたレミはまた不思議そうな顔をした。


わたしは震える声で必死に言葉を紡いだ。


「ねえ、やめて……おねがいだからやめて。
 怖いのっ……だんだん自分がわからなくなるの。不安になるの!
 どうして……どうしてお姉ちゃんにこんなことするの? 楽しいの!? 楽しくないでしょ!?」


半ばわたしの声は悲鳴に変わりつつあった。
既にわたしは床にくずおれていた。
それでももう一人のわたしは困ったような表情をするだけでなにも言おうとはしない。



「わたしのふりをするのはやめて……」

「ねえ、なにを言ってるの?」


低い声が上から降ってくる。
見上げると、わたしの姿をしたレミが、わたしを見下ろしていた。

「っ……」

レミはわたしの腕を乱暴に掴んだ。


洗面所まで強引にレミに連れていかれる。
わたしのふりをしたレミに。
わたしの腕を掴んでいる腕を振りほどくことはそれほど難しいことではなかったのかもしれない。
それでもわたしには抵抗することなんてできなかった。

「ほら、よーく見てごらん」

その声に促されるままわたしは洗面所に備えられている鏡を見た。
鏡にはわたしとレミが映っていた。



「ほら、どう見てもわたしがお姉ちゃんでしょ?」

鏡の中のわたしが言った。
足許から恐怖が這い上がってくる。
鏡の中のレミは真っ青な顔をしていた。
色を失った唇が細かく震える。

「あ、あぁぁ…………」

わたしの唇から掠れた声がする。

いや、ちがう?

鏡の中のわたしは、ただ心配げにレミを見つめているだけだ。
唇を震わせて声にならない声で呻いているのはレミだ。


「レミ。これでわかったでしょ。
 わたしがエミなの」

「ち、ちがう……」


頭の中で思考の糸が縺れかけていた。
ちがう。鏡の中のわたしはわたしじゃない。
わたしは思考を無理やりにでも整えようと頭を振った。
なぜか鏡の中ではレミが頭を振る。


「な、なな、なんなの……っ」

「レミ、もしかしたら風邪かもよ?
 ここのところ夜遅くまで本読んだりしてたし」

「ちがう、ちがう……わたしがエミなんだ……」

「だから、わたしがエミだって言ってるでしょ?
 まだわからないの?」

「ちがうっ! わたしが、わたしが……わたしがエミ! レミはわたしじゃないっ!」

「いいかげんにしてよ」


霜が降りたかのような冷たい声に渇いた音が重なった。


自分がなにをされたのか理解するのには、しばらく時間がかかった。

「……っ」

「あんまり度がすぎるとさすがにわたしも怒るよ」

左の頬が痛い。わたしは、はたかれたのだ。

わたしがはたかれたのだ。

でも鏡を見るとレミが呆然とした顔をしていて、はたかれた頬が赤くなっていた。


「……どういうこと?」


疑問が無意識に口から出ていた。

はたかれたのはわたしのはずだ。
なのに、どうして鏡の中ではレミがはたかれているの?
自分の頬に触れる。頬が熱い。
はたかれたのはわたし。痛いのもわたし。



なのになんで、鏡に映って頬を押さえているのはレミに なの?



「わたし、おばちゃんに頼まれててこれから洗濯するけど洗濯物とか部屋にない?」

鏡の向こうでわたしが踵を返す。

「待って……」

「なあに、『レミ』?」

「わたしは……わたしがエミなんだよ? なのになんで……」

「……もーさすがにしつこすぎ。
 今忙しいからあとでまた話そっか」

「待ってよ……」

「うるさいよ、『レミ』」

それだけ言うと、わたしの姿をした彼女は洗面所から去っていった。
そこにいたのはわたしだけだった。


鏡に映ったわたしは、レミだった。

「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
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「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
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「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」
「わたしは誰?」「わたしはエミ?」「わたしはレミ?」


5


結局わたしは誰なんだろう?

アイとの会話が頭から離れなかった。

今日は生徒会活動もなにもなかったのでわたしは寄り道もせずに家に帰った。


家に帰ってわたしは真っ先に洗面所で手を洗った。

鏡にはレミなのかエミなのかわからない女子高生が映っている。
今日はエミをやっているが明日にはもしかしたらごく自然にレミに成り代わっているかもしれない。
もはやどっちでもありどっちでもない自分に向かってわたしは言った。



「わたしは誰?」


6


昼休み。
高校の教室。
お昼ご飯の時間。

「あーもうお腹減ったなあ。
 世界史のナカヤマ話ながすぎっ」

アイはお弁当を広げつつ、わざと大声でそんなことを言った。

「そうだね、チャイム鳴ってから熱弁を振るうのは勘弁してほしいね」

エミも苦笑いを浮かべる。

昨日あんな会話をしてなにか自分にはよくわからない友達を元気付けようとアイは殊更声を大きくした。

「さあ食べよ食べよっ」

「いただきまーす」


そんなアイのささやかな気遣いとは裏腹にエミは昨日のことなどなかったかのように普段通りだった。
むしろ根っから明るい元気娘なので昨日の彼女はかなりイレギュラーなのだからそこまで気にする必要もなかったかもしれない。

いや、そんな元気娘が暗いからこそもっと気にするべきか?

「どうしたの、ボーッとしちゃって」

「ん? べつになんでも」

「昨日はわたしがアンニュイな感じだっからもしかしてそれが伝染したかと思った」

「そんなわけないでしょ?
 つーか、変なこと言ってるとあんたの今持ってる唐翌揚げとっちゃうぞ」

「それは勘弁だねー」

内心、完璧にいつも通りなエミにアイは安心した。

「……あれ?」

アイの小さなつぶやきはたまたま教室に入ってきた別クラスの女子の声によって遮られた。
アイはひっかかることを発見してしまった。

エミが箸を持つ右手には昨日そこそこ深い傷があったはずだった。
しかし今の彼女の白い手には傷一つない。


「なにそんなにジッーと見てるの?
 もしかしてそんなに唐翌揚げ食べたいの?」

「……そんなわけ、ないでしょ」


アイは昨日のエミから聞いた話を思い出す。


入れ替わる姉妹。
似すぎた姉と妹。
幼い頃にエミの妹が熱中した入れ替わり。


もし、今なお入れ替わりを定期的に続けていたら?


「いや、まさかね……」

「なに? なんか今日はアイがおかしいよ」

「気のせいだって。
 ていうか早く食べないと次の体育の準備間に合わないぞっ」

「そーだ、急いで食べなきゃね」


単なる自分の思い過ごしだろうとアイは思うことにした。

(そう、単なる思い過ごしだ……)

自分の目の前にいるのは仲良しのエミだ。
決して妹の方ではない。
アイはモヤモヤした気持ちをかき消すように弁当のご飯をかきこんだ。



おわり


女「というわけで、私のコワイ話シリーズはこれにて一時的におわりだよ。
  いやあ、意外と長かったような……あ、そうでもないのかな?」

男「まあ、どうでしょうね。
  でも決して短くはないと思いますけど」

女「そうだね。
  さて、今回の話はどーだった?」

男「まあ、個人的に一番怖い話だったんじゃないですかね?
  なんとなく一番起こりそうという意味で」

女「あはは、まあもしかしたらあるかもね。
  案外身近な似ている双子や兄弟なんかがそうだっりしてね」

男「怖いなあ」

女「それで、なにか質問はあるかな?
  もう遅いからそんなに長々と答えることはできないけど」

男「そうですね……じゃあ一つだけ質問いいですか?」

女「いいよん」










男「エミ先輩、あなたはホントは誰なんですか?」
















最終話「レミ」
















今日はここまでで終わります

今までの話まとめ


第一話「恋とバイト少女と人形」>>5-131
第二話「新しい部屋にご用心」>>148-200

第三話「恋と人形のミステリー」>>211-304

第3.99話「消えた告白」>>316-321

第四話「わたしは誰?」>>328-370

最終話「レミ」


すべての話が独立してるのでどれから見ても大丈夫ですのでよかったら見てください
ただし最終話のみ四話から見ないとわからない仕様になっています


次回また更新します


オレとレミは高校に入ってから知り合ったが、一年二年と同じクラスでわりと仲がいい。

レミはべつに特に変わったヤツというわけでも特別目立つヤツというわけでもない。

本当にごく普通のおとなしい女子だ。

生徒会会長として常日頃から生徒の前に立ち続け運動を好むエミ先輩。
そんな先輩とは対象的で読書好きで目立つことをあまり好まない。

口数もそんなに多い方ではないし仲良くなるまではほとんど話したことなどなかった。

しかし打ち解けると意外と話しやすいし面白いヤツだった。
オレはレミと話すのは好きだし時々彼女からオススメの本を借りたりしてる。


まあまあ仲のいいクラスメイト。
そんなレミとこんな会話をしたことがあった。

レミは確かこんな風に切り出して来た。



「誰かになりたいってそういう風に思ったことってある?」



「だとしたら、僕に聞かせてきたその話は先輩が先輩である証、と言っていいはず」

半ば強引にオレは話を進めようとする。
しかし先輩の表情も心なしか生気が戻っている。

「たしかに……私が作った話についてレミは知らない」

「逆に先輩がその自分が作ったホラー話しの内容を把握していたなら、それこそが先輩の証拠になる」


そして先輩がオレに聞かせた四つの話に共通するレミという存在。
これらが先輩が先輩であるとより一層証明してくれるはず。
少しだけ表情を明るくした先輩が口を開く。








「つまり、私がキミに聞かせた三つの話は私が私であるっていう証なんだよね」


今、先輩はなんて言った?

今日はここまでで終わります

今までの話まとめ


第一話「恋とバイト少女と人形」>>5-131

第二話「新しい部屋にご用心」>>148-200

第三話「恋と人形のミステリー」>>211-304

第3.99話「消えた告白」>>316-321

第四話「わたしは誰?」>>328-370

最終話「レミ」


すべての話が独立してるのでどれから見ても大丈夫ですのでよかったら見てください
ただし最終話のみ四話から見ないとわからない仕様になっています


次回また更新します

すみません、レス番ミスの訂正


第一話「恋とバイト少女と人形」>>5-131


第二話「新しい部屋にご用心」>>148-200

第三話「恋と人形のミステリー」>>211-305

第3.99話「消えた告白」>>316-321

第四話「わたしは誰?」>>328-370

最終話「レミ」>>380


すべての話が独立してるのでどれから見ても大丈夫ですのでよかったら見てください
ただし最終話のみ第3.99話から見ないとわからない仕様になっています

どうもすみませんまた明日

ゆっくりと再開します


オレが先輩から聞いた話は四つのはずだ。


二人っきりの生徒会活動の時に聞いた話。
偶然あった時に聞いた話。
二人で出かけた時に聞いた話。
さっきまで聞いていた話。


波のようなざわめきが大きくなるのをオレは感じていた。


オレが聞いた話が四つなのは間違いない。

だがそうなると間違っているのは先輩ということになる。

つまりオレが聞いた四つのオカルト話のうち、一つはレミから聞かされたものということになる。


「先輩、先輩は自分がどんな内容の話をしたか覚えていますか?」



「自分が書いた話だからね、さすがに覚えてるよ。
 一つは出会い系のバイトをして不気味な人形と出会う話。
 一つは新しい住まいで起こる話。
 一つは今さっき話した私とレミが入れ替わる話……」


つまり、オレが聞いたにも関わらず先輩が語っていない話は三つ目の話。
あのミステリーの話がそうなのだろうか?

あの時の記憶を探るのは濁った川に手を突っ込むような抵抗があった。

そうだ、あの話を終えたあと彼女はこんなことを言っていなかったか?



『こんなところだけど……面白かった?』

『じゃあ今まで聞いたどの話よりも?』

『そっかあ、今まで聞いたどの話より面白いんだねー。
 ふふっ、嬉しいな』



あの時抱いた奇妙な違和感の正体。

しかし、あの語り主がレミであれば違和感の正体も見えてくる気がする。


今まで聞いたどの話よりも面白いか。
オレはこの質問を二つ前の話と比較してどうか、という意味だと思った。

だがそうではなかった。


これは姉の話と比べて、自分のした話は面白かったのかという意味の質問だったのだ。


――今までに聞いたどの話よりも面白い?


この質問も話して来た話数から考えると少しおかしく思えた。
だが、先輩がいくつオレに話をしてきたのか知らないとしたら。
このような形の質問になるのは当然のことだ。

だが、先輩の話には一貫して共通していることがある。


『レミ』という先輩の妹と同じ名前の登場人物が必ずなんらかの形で出ているということだ。

レミがオレに話した話にも『レミ』は出ていた。

どうやってレミという登場人物がすべての話に出ていることを知った?
先輩は自分の話についてはほとんど話したことはないと言っていた。


いや、これはそんなに難しい話じゃないのか。

エミ先輩とレミは部屋を共通している。
仮に先輩が自分の思いついた話をノートやパソコンにまとめていたとしたら、それを盗み見ることは簡単なことなのだ。

いくつかの話を見ればわかるはずだ。
『レミ』という登場人物が必ず出演していることは。


だがわからない。


レミがエミ先輩に成り代わってオレに話を聞かせたのはなぜだ?


「……キミの言うとおり、私が作った話たちは私がエミであるって証明になるのかもね」

「……」


さっきまではそうだったかもしれない。
だがレミがエミになり、その上オレにエミ先輩と同じように話を聞かせたことでもはや意味のないことのように思えた。
なにか解決の糸口を見出しかけていたのに……。

見上げた空に浮かぶ雲はより一層分厚くなって月の光は完全に遮られていた。

「いや……」

まだ先輩とレミの入れ替わりの問題を解決する手段はあるかもしれない。
レミならあるいは……。

「そろそろ本当に寝ないとね。
 明日起きれなくなっちゃったら、会長なのに示しつかないし」

「だけど……」

今、目の前にある問題はなにも解決していない。


オレがなにか言う前にエミ先輩は自身にこびりついていた影を振り払うように顔をあげた。

「今は明日の文化祭のほうが大事でしょ?
 私たち生徒会のメンバーや実行委員長の集大成なんだもん」

「……」

「そんな顔しないの、少なくともこの問題は知らなければなんの問題もないことなんだから。
 まったく、優しいんだから。
 なんなら私のこの話は忘れちゃって」

先輩の表情は暗闇の中でも明るかった。
けれど、オレはこの問題を見て見ぬふりなんてできない。

「わかりました……僕もがんばります」

「うん、がんばってよ。
 キミは生徒会書記にして私の右腕なんだからさ。
 私には最後の文化祭だし、忘れられない文化祭にしようね」


先輩はからかうようにオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、そして踵を返すとオレの手を引いた。
冷たい手の感触は疑いようのない現実であるはずなのにオレは手を握り返すことができなかった。


「先輩が忘れられないような文化祭にしますよ」

先輩の背中にまとわりつくレミの影を振り払うために俺はそう言った。



5


うちの高校は私立ではあるものの文化祭自体は決してそこまで立派なものではない。

それにもかかわらず地元の人間が押し寄せるように来ていて、生徒会の一員であるオレは一日目の文化祭が終わるまでひたすら奔走させられた。
生徒会活動だけでもかなりの労働なのに、クラスの方の手伝いもあったため休む暇がほとんどなかった。
しかも今日も学校に泊まりなのだからたまったものではない。

疲労困憊の極みだったが一日目の文化祭が終わってもオレにはやることがあった。
生徒会の方の片付けを終えてオレはある教室に向かった。

学校にはまだ沢山の生徒が残っていて、校舎自体がなにか変わったわけでもないのに普段とは違う建物のような錯覚を覚えた。
文化祭で休憩室として使われていた教室にたどり着くとオレらその扉を開いた。

夕焼け色に満たされた教室で、イスに座っている女子生徒がオレに気づいて顔をあげた。



オレはケータイを閉じた。
レミから送られて来た文章は一行に消化できそうになかった。
脳が強くそのことを拒否している。

身体中の血液がどこかへ失せたような虚脱感。
胸に墨汁のように広がっていく絶望感。


『いつかお前が先輩のふりをしてオレに聞かせてくれた話、アレはホントに面白かったよ』


オレがそう言ったことに対してレミは明らかに困惑した表情を浮かべていた。
嬉しそうでも悲しそうでもなくただ困惑していた。

昨日はどうしてそんな顔をしたのかわからなかった。

だが、レミからのメールの内容と照らし合わせて考えれば答えは出てくるのではないか。


オレはてっきり三つ目の話は先輩のふりをしたレミによるオカルト話だと思った。
なにせエミ先輩自身が知らないのだから。

だが、真実はそうではなかった。

実際にはエミ先輩が演じていたレミ。
そのレミが演じたエミ先輩という体裁でオレに三つ目の話を聞かせて来た。

本来ならこれも他の三つの話と同じでエミ先輩が考えたものなのに、彼女は先輩を演じるレミという存在になっていたためにそこの記憶がないのだ。
あの話は四つともエミ先輩が考えたものだったのだ。

そう、こう考えるとレミの言っていたことは間違っていないということになる。


オレはどうすればいい?
いや、どうしようもないのか?

騒々しいはずの校舎の音たちが、レミとエミ先輩という存在のせいでぼんやりしていく。
地に足がついていないような、あるいは足がついているはずの廊下がぐにゃぐにゃとゆがんでいくような。

オレは意味もわからないままなにも考えられないまま自分の教室へと吸い込まれるように向かっていく。


教室には数人のクラスメイトと一般の来客。

そして――教室の角で黄昏ているレミ。

いや、エミ先輩?

もしレミの話が本当だとしたら。
もはやオレが知っている先輩はエミ先輩でもレミ、どちらでもないことになる。

いや、あるいはどちらでもあるのか?

オレはレミに近づいていく。
意味もわからず、なにもわからずオレはレミに近づいていく。

エミとレミを演じるだけの器――そんなことはないと否定する感情の叫びとそうであるのではないのかという理性の悲鳴に。
オレは狂ってしまいそうだった。

ゆがんでいく景色の中でその少女だけがオレの目にはっきりと映った。













どちらでもありどちらでもない少女がオレに気づいて微笑みを浮かべる。




オレは言った。
声はひどく震えていた。





「……お前は誰だ?」





少女はただ首を傾げて微笑むだけでなにも答えてくれなかった。













おわり

以上で 女「せっかくだしコワイ話しない?」のすべての話はおわりですり

当初予定していたのと全く違う感じで終わってしまいました
が、無事終わってよかったです

ここまで付き合って読んでくれた方ありがとうございました


各話まとめ



第一話「恋とバイト少女と人形」>>5-131

第二話「新しい部屋にご用心」>>148-200

第三話「恋と人形のミステリー」>>211-305

第3.99話「消えた告白」>>316-321

第四話「わたしは誰?」>>328-370

最終話「レミ」>>380 -430



もしよろしければどの話が面白かったかなどおしえてください
もしくはわかりづらい部分などの質問なども。

ほんとにありがとうございました

HTML化依頼してきました

思いのほか感想もらえて嬉しかったです
ホントはハッピーエンドの予定でした
けど今回こんなあやふやな終わり方にしたのは今回入れることができなかった短編話を組み込んで
もしかしたら続編を書くかもしれないということでこんな形にしました

まあ書かない可能性もあるんですけど、また次回作もよろしかったら見てください

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