のび太「もしも…別の世界があるならば」(9)


のび太「……夢か」


不思議な夢だった。
10歳の自分が同年代の子供達と空き地で遊んでいる夢だ。
どこか懐かしい、それでいて、違和感しか感じなかったから、すぐに夢とわかった。

のび太「まったく。あんな馬鹿みたいに呑気な夢を見るなんてな」

思わず自嘲してしまうような、そんな日常、そんな夢。

少年は忘れてしまった大切な記憶。


これは、変わってしまった世界での話。


のび太「さてと。………どうしたものか」


目立つ黄色のコートに、分厚い丸眼鏡。
もたれ掛かっていた壁からゆっくりと離れると
男はコートの内ポケットから懐中時計を取り出すと、顔をしかめた。


のび太「時刻は6時か………参ったな、10時間しか寝れてないじゃないか」


とても堅気とは見えない姿の男の口から出て来た、馬鹿みたいな台詞。
10時間も寝れば一般人からすれば十分なのだが…
彼には足りないようだ。



のび太「………もう一眠りするか」


そう言うと、男は再び壁にもたれ掛かる。

のび太「…………Zz…Zz…」

もたれ掛かったと思うと、あっという間に寝息を立てる。
睡眠がこの男に必要なのは、誰の目でも明らかだった。


ただし、それは男の事をよく知らない者の考え。
男が一日中眠り続けられることを知らない者の考え。



のび太『ねえ、ドラえもん。もしもボックスを出してくれないかな?』

ドラえもん『もしもボックス?そんなもの何に使うって言うんだい』

のび太『僕、飽きちゃったんだよ。毎日毎日、学校に行って、家に帰って、学校に行って家に帰っての繰り返し』

ドラえもん『そりゃそうだ。日常なんだもの』

のび太『それじゃ嫌なんだよ!日常でも退屈じゃない日常が欲しいのさ!』

ドラえもん『……仕方ないなあ、まあすぐに飽きると思うよ。人間、普通が一番なんだから』

のび太『わぁい!ありがとうドラえもん!』



のび太「………ッ!」


もたれていた壁から伝わった微かな振動。
しかし、男が目覚めるには十分な振動だ。


のび太「………181cm……74kg……男性……背筋の伸びた落ち着いた性格……出木杉だな」

男の能力。
否、能力と言うほどの物では無いだろう。
彼が日常生活を送るために必要な「足音と振動から相手を知る」ただそれだけだ。


ノックが二回だけされると、ドアを開けて一人の男が入ってきた。

出木杉「やあMr.」

のび太「しばらくぶりじゃないか。仕事は順調か?」

出木杉「どうだろうね。七転び八起きと言った所だよ」

のび太「八件も仕事が来てるのか?大変だな」

出木杉「そういう意味じゃないんだけど…」


男は少しの警戒心も持たず、この出木杉という男と話している。
対する出木杉は、少しばかり緊張しているようだ。
男と話しながら、しきりに髪や顔を触っている。

黒いスーツ姿に紅白チェックのネクタイ。
潰れたスポンジケーキみたいな形の茶色い帽子。
刑事、ではない。出木杉の職業は探偵だ。



のび太「…まあ、世間話に興味はない。仕事をしてくれ出木杉」

出木杉「OKだ。Mr.」



月明かりに照らされた裏路地。
のび太はそこで、ぼんやりと月を見上げていた。

のび太「…まったく、どんな内容の仕事だよ」

すでに仕事場にいるというのに、気持ちが全然入ってこない。
これには出木杉の持ってきた仕事に理由がある。
曰く…

出木杉「とあるマフィアが秘密裏に特別なナニかを国外に持ち出そうと企んでいる。
     それがナニかはわからないが、とにかく大変なモノらしい。そこで、それを奪ってみよう」


………出木杉は〔出来る男〕だ。少なくとも、のび太の知っている探偵、情報屋と言った職業の人間の中では、最高級の実力者だ。
だが、今回の仕事はどうかしている。

しかし、悲しいことに、のび太は仕事を選べるほど裕福な生活をしていない。
彼の実力ならば1週間真面目に働けば二ヶ月以上は人間らしい生活が出来るのだが、彼は仕事より熟睡を選ぶため、そんな生活はそれは起こりえない。
のび太は出木杉が持ってくる仕事を、えり好みすることなく、実行するしかないのだ。


月が分厚い雲に隠れたときだ。計ったかのように数人の男達が物陰から出てくる。
2m以上ある大きな木箱を屈強な男達が運んでいる。出木杉の言っていた〔ナニか〕だろう。

のび太「………随分と待たせてくれたな、マフィアども」

そう言って、のび太は腰のホルダーに手を伸ばす。
12発装填可能で、比較的遠方の標的を狙うことが出来る、シンプルなピストル。
のび太のオーダーメイドだ。

のび太「標的は全部で6人。木箱を持っているのが4人、その前後に1人ずつ」

マフィアの様子をゆっくりと観察し、劇鉄に指をかける。

のび太「闇討ちで失礼。マフィア諸君……ッ!?!?」

いままさにマフィアの一人の頭撃ち抜こうとした瞬間、のび太の視界に信じられないモノが映った。

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