女「なんで雨が降るか知ってる?」(32)
「なんで雨が降るのか知ってる?」
悪戯をする子供みたいに、彼女は聞いてきた。古ぼけたバス停はトタン屋根で、降り始めた雨粒がドタドタと五月蝿い音を鳴らす。
「え?それは雲がさ、水蒸気の粒子が」
言葉を返そうとしたら真剣な表情で彼女は遮る。
「そうゆうのじゃなくて」
彼女が何を言いたいのか分からなく、僕はきっと怪訝そうな顔をしていた。
「教えてあげるね。神様が泣いてるからだよ。泣けない人の代わりに」
彼女はそう言うと雨を愛しそうに見つめる。
「だから、雨の音を聞くと心が落ち着くの。泣いた後すっきりするみたいに」
よくわからない証拠を突き付けらたが、依然その原理は理解できない。彼女の前髪は雨で少し濡れ、雨粒が垂れては汚いコンクリートで弾けていた。
「ゲリラ豪雨だか知んないけど、雨宿り遅れちゃったな」
彼女は暗い空を見つめたままで、なんだか申し訳なくなった。
「そんなこといいんだよ。あ、黄色の車!今日はあと1台見たら幸せが起こる!」
誇らしそうに黄色の車を見た事を報告する彼女は少し変わっている。女の子特有の占い的なものなのだろうか。たぶんその「幸福」とやらを信じているのだろう。
「あと1台見れるといいね」
そう返すと、彼女は微笑んでまた熱心に道路を観察していた。
僕の母親が乗っている車が黄色な事は黙っていた。たぶんそうゆうのではダメなのだろう。彼女は迷信なのかオカルトなのか、そのような類いのモノを好むのだから。
そう、あの時の彼女は好んでいた。
「なんで雨が降るか知ってる?」
新しくなったバス停では、そんなに雨の音は気にならない。隙間風もなく、椅子まである。雨宿りするにはなんて良い場所なのだろうか。
「…地上の水が蒸発して、水蒸気、そうね、雲になるの。それが流されて重なって、重くなると雨が降るのよ」
「そうゆうのじゃないよ」
彼女はきっとあの時の僕みたいなのだろう。怪訝そうな顔をしている。
「雨なんてうっとおしいだけだわ。ああ、早く止めばいいのに」
長くなった髪から水分を抜くように手櫛する彼女に昔の面影はない。
「泣きたい人がいるから、必要な雨なんだよ」
「……そんなの信じたって、こんな雨で救われる人なんていないわよ」
「そうなのかな?少なくとも、昔の君は雨を好んでた」
彼女は不機嫌そうな表情を顕にする。そして強い口調で語り始めた。
「それって嫌み?昔の私は信じてたけどね、そりゃ。雨だって、あの時は好きだった。でも、四つ葉のクローバーも、どんなおまじないも、何も私の願いを叶えなかったんだよ。ただのバカな迷信よ」
そういうと彼女は煙草を小さなポーチから取り出す。
彼女はあの時、何かにすがりたくて、信じたくて、助けて欲しかったのだろう。
後から人伝いに聞いた話では、親が離婚し、すぐに母親が再婚。その時彼女の居場所は家にいなかった。だから幸せになれる術を欲しがっていた。泣ける場所もないから、雨に自分を重ねていたんだろうと今はこんな僕でも考察する事ができる。
「黄色の車はどうだったの?」
「…あれは見付からなかった」
「ごめん、僕の家の車黄色だったんだよ。あの時見せてあげれば良かったね」
彼女はあの時と同じように道路を見つめる。
「…そんなの知ってたよ。あの時もね」
雨は静かに降り続ける。
たぶん、誰かの代わりに泣いている。
彼女の煙草のポーチには四つ葉のクローバーの形をしたストラップが付いていた。
あの時言えなかった言葉を今伝えても、雨が止むことはないと僕達は知っていた。
終わりです。短いお話を最近書くのが好きで、携帯のメールボックスからコピペしただけでした。読んで下さった方ありがとうございます。
別のもついでに貼り逃げしてしまいます。
薄汚れた金網から覗く月を見ていた。黒く錆びた銅線は夜の闇を浴びて更に汚い色に染まっている。踏切は以前止まったままだ。屋上から見えるのは鮮やかな赤色の花火だった。
「こんなにも鮮やかに咲くなんて」
本当は一緒に居るはずの時間、私は彼を思い出していた。二人で見た夜景。お揃いのマグカップ。2つ並んだ歯ブラシ。ダブルベッドはシングルベッドになったけど、それも幸せと思っていた懐かしく甘い日々。
去年の今頃は、こうやって二人で花火を見ていた。いや、私は花火など見ていなかった。花火に照らされる、彼の横顔を見上げていた。
「未練ったらしいなぁ。馬鹿みたいだなぁ」
そう呟くと、涙が溢れて、足元で弾けていった。
新しく買った浴衣。朝から結った彼が好きな髪形。そんなもの全部、虚しく思えて仕方がなかった。
…ドォン ドォン…
花火が始まる。彩られた七色の花火に私はただ想いを馳せる。
薄くなった靴下の跡。私が知らない香水。私の知らないファンデーションや、長い金の髪の毛。
辞めたはずの赤いマルボロの匂い。
すれ違った気持ちは、もう戻らない。
…ドン…ドンドン…
もう、戻らないんだよね。
…ドンッドンッドンドン…
「警察だ。この扉を開けなさい!」
施錠した屋上の扉が開くのは時間の問題だろう。
「さようなら」
今度は私が花火になる。
彼と同じ、鮮やかな赤に。
(終わり)
三つ目です。
「明日もし死ぬとしたら、どうする?」
俺の肩に頭を乗せながら、サチはそう聞いてきた。
「別に。今と変わんねぇだろ」
そう返すと煙草を一本取り出す。最後の一本だったので、セブンスターの空き箱を潰した。
「へぇ、寂しくないの?」
サチはそう言いながら、ジッポの心地好い金属音を鳴らし、俺の煙草に火を点けてくれた。
「なーんも」
間の抜けた返事をして、大きく煙草の煙を肺に入れる。深呼吸をするように。大切に。
「私がいるからとか?」
「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
紫煙はゆらゆらと部屋を行き来する。
「そうだな、お前がいるからかなぁ」
そう返すと、なぜかサチは目を背ける。
「…ばか」
「自分で聞いてきたんだろ」
「だって」
「大丈夫だよ」
ボロボロのラジオからはノイズ混じりの放送が聞こえる。
[突如…飛来した……未曾有の……世界は……終わりに]
ガチャンと大きな音を鳴らし、サチはラジオの電源を切る。
「明日までも、無理かもね」
サチはカーテンを開ける。6Fのマンションから見える空には、黒い液体が満遍なく降り注いでいた。
「そっか」
明日死ぬ事を考えられる時はまだ幸せだ。
それは、今すぐにでも訪れる。
「ねぇ、今日死ぬとしたらどうする?」
サチは俺の手を握り、聞いてくる。
「だからお前といるんだろ」
最後の煙草を揉み消しながら、降り積もる終わりを見つめていた。
『エピソード』
「朝夕が凌ぎやすい季節になりましたね。貴方は如何お過ごしですか。そちらにも天候はあるのでしょうか。晴れは好まない貴方でしたが」
鈍色の雨の中で、曇り空は昼の暑さを忘れるように、私の体温を少しずつ奪っていく。浪漫など欠片もない場所で貴方が言った告白の言葉。それは繰り返し見た想い出の景色なのです。
貴方が遠くに行った事、心配で夜も眠れずにいた時間。貴方は私の事を考えていたのかしら。ああ、貴方。約束したわ。約束したの。必ず帰ると。
支援
ここにも続き待ってる人がいたり
>>24
ありがとうございます!
誰かに読んでもらう事自体が久しいので、すごく嬉しいです。
レスだけなのもあれなので、昔書いた掌をはっつけておきます。
時間が不規則なこの職場の勤務は本当に疲れ る。 溜め息を吐きがらも、私はもう慣れた手付き で朝に配る患者の薬の準備をしていた。時間は深夜二時。まだまだ沢山の業務が残っ ている。
「ねぇ、少し休憩しようか?」
私より少し先に入った彼女は患者の記録用紙 から顔を上げ、そう訊ねてくる。
この病棟は私より年上の看護師が多いので、歳 の近い彼女と夜勤に入る時はいつもの数倍は気が楽だった。
「そうだね。ちょっとティータイムでもしなきゃやってられないわ」
私は棚から自分のカップと彼女のカップを取り 出し、アップルティーのパックを入れ、お湯を 注ぐ。 彼女は冷蔵庫からチョコレートを取り出し、座席に座り呟く。
「甘いもの取らないと朝まで保てないわ。まだ これから嫌な先輩と顔を合わせなくちゃいけないのに……」
同感せざるを得ない彼女の呟きに私は思わず微 笑んでしまう。 若いものに仕事を押し付けるのに慣れた先輩達 にはほどほど嫌気がさしていたのだ。
そうして二人での夜勤の時は嫌な先輩の愚痴か ら始まり、いつの間にか全く違う話になってい るのだ。 今日もまたその流れで、気付かぬ内に小学校の 頃の思い出に話の主体が入れ替わっていた。 この時間が仕事中での唯一の癒しの時間だった 。
「そういえば、都市伝説とか流行ってたよね! 」
彼女が意気揚々と語りかけてくる。
「そんなのあったねぇ! トイレの花子さん とか昔はすごく怖がってたなぁ……。友達が一 緒に花子さんを呼ぼうってすっごい言ってきて 本当に嫌だったもん」
彼女はにやにやしながら返答を返す。
「へぇ、あなたにもそんな時期はあったんだ? 」
「なによ、私が何も怖いものなんてないみたい に」
「実際そうじゃないの!」
彼女は笑ってそう言った。私もおかしくなって 一緒に笑っていたが、ふいに見ると彼女の笑顔が冷めていた。
「でも、トイレの花子さんって小学校だけの話 じゃないんだってね」
私は初めて聞くその情報に興味がそそられる。
「え、どういうこととなの?」
彼女の表情は変わらないまま、話を続けた。
「霊は場所に束縛されないのよ。遠い人に想い が届くように、その霊の事を考えた時にその霊 は現れる。まるで呼ばれたみたいにね。だから 、花子さんを思い出した時、家でも、職場でも 、何処でも、花子さんはいるかもしれないのよ ?」
彼女があまりにも真剣な表情で話すので、私は少し怯えてしまった。
「な、なによ、脅かさないでよ。花子さんなんているわけないじゃない!」
彼女はいつもの微笑みに顔を戻っていた。
「あれ、もしかして怖がってる?」
「そんな訳ないでしょ。私ちょっとトイレに行 ってくる」
机を離れ電気を消された廊下を歩く。ナースス テーションから離れた位置にある職員トイレが 今は少し恨めしかった。
足元をペンライトで照らしながら昔の事を思い 出していた。
小学校の頃、男勝りな性格で通っていた私が皆がやっていた花子さんに挑戦できないのを男子にからかわれていたのを。
「下らないわ、ほんと」
思い出してなんだか悔しくなってくる。別に怖くなんてないわよ、あんな都市伝説なんて嘘なんだし。
トイレについた私はそれを証明したくなる。淡く桃色の塗料に塗られてある病院のトイレのドアで、ふっと試してみようかと思った 私は怖くなんてない。怖がってなんかいない。
左から三番目のドアを3回ノックする。
「……花子さん……?」
少し待ってみたけど返事は、ない。なぜだか少しホッとして、トイレに入る。用を足そうとした時に、ドアがノックされた。
トン、トン、トン。
こんな時間にトイレがノックされるなんて有りえない
。私は心臓が一気に高鳴っていくのを感じた。
あ、わかった。こんなのどうせ彼女の悪戯に違いない。本当にもう。
「ちょっと! 変な悪戯やめてよもお!!」
私は少し大きめの声でドア越しに言ってみたが返事は来ない。
トン、トン、トン。
ドアの向こうから声が聴こえる。
「花子さーん……」
いつもの彼女の声じゃない。声色まで変えてこんなことをしてきてるのか。私は少し怒れてきて返事を荒く言ってしまった 。
「はいはい、私が花子ですよ。これで満足でしょ!?」
言い終わると同時に、ドアが倒れそうな程強く叩かれる。
「花子、やっと見付けた」
聞こえたのは、男の声。
「そうなんです。トイレに行くって言ったきり姿が見えなくなって……」
今朝の師長に対する申し送りは、その言葉から始まった。
(終わり)
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