男「おい」奴隷エルフ「ヒッ…!は、はい…なんでしょう…?」 (30)

男「さぁ、おいで」

奴隷エルフ「………」

男「んんぅ?怖いかい?」

奴隷エルフ「あっ…その…いえ…」

男「まぁ無理もないだろうね…奴隷として買われたんだし」

奴隷エルフ「……」

男「でも心配ないよ、僕は君をいたぶったりはしない、ただ純粋に娘が欲しかった。本当にそれだけなんだ、だから君も何も遠慮せずに言ってほしい…」

奴隷エルフ(なんだろう…こんなの始めて…いや、何か裏が…)

男「?」

奴隷エルフ(けれど…こんな温厚そうな人にそんな考えがあるだろうか…?さっきの話は本当なのか…?)

男「そうだな…ならお風呂にしよう。」

男「君先に入るかい?」

奴隷エルフ「あっ…いえ…主人より先になど…」

男「…言っただろう、主人とか奴隷とかは無しにしよう。お互い平等に暮らそうじゃないか、いいね?」

奴隷エルフ「……はい」

男「よし。でも折角だ、お言葉に甘えて1番風呂を頂くよ」タッタッタ

奴隷エルフ「………」

奴隷を買って、その奴隷を解放して善人面するのは大きな間違いである。
奴隷商人はお前の支払った代金で、さらに大規模な奴隷市場を築くだろう。
お前は奴隷制度の固着化の片棒を担いだに過ぎない。

ってばっちゃが言ってた。

男「お前、魔法は使えるのか?」

エルフ「ま、魔法……あの、補助する道具があれば……杖か、弓矢か……」

男「世界樹か、霊樹から切り出した道具だな?」

エルフ「そうです……ね、それがないと、ほとんど……」

男「杖と弓、どっちが得意だ」

エルフ「え? えと……弓矢の方が、たぶん……何をするかによりますけど」

男「そうか、それなら好都合だな」

エルフ「……?」

男「殺し合いだよ。これからするのは。
  お前が殺すか殺されるか、それだけ」

【地下牢】

エルフ(殺し合い、って……奴隷兵士になれってこと……?
    いきなり、言われても……鹿か、魔獣の狩りぐらいならしたことあるけど、
    たぶん相手は、そんな感じじゃないよ、ね……?
    相手も、奴隷なのかな……)

ギシッ

エルフ(……固い、ベッド。
    弟……弟も、人間に捕まって奴隷になったのかな?
    死ん、じゃったのかな……)

ギッ……

エルフ「……」

……ガチャッ

エルフ「!」

男「暴れたりはしてないようだな」

エルフ「は……はい」

男「心の準備は出来たのか?
  生き残るつもりなのか、死ぬつもりなのかは知らないが」

エルフ「え?……えっと……その、なんか、いきなり殺し合いとか言われても、
    ちょっとピンとこないというか……」

男「お前らエルフは、死に対してずいぶんと鈍感だ」

エルフ「……?」

男「他のエルフ族の奴隷もそうだった。
  死ぬことを何とも思っちゃいない」

エルフ「……」

男「お前らの国では、死んだら世界樹の中に還って、
  それからまた世界樹の葉の滴から生まれ変わると信じてるらしいな」

エルフ「あ……はい、そうですね、場所によってはちょっと変わりますけど」

男「だから、死んでも、なんともない。
  お前らの中では、死ぬのも夜眠るのも同じだ。そうだろう?」

エルフ「……はい、たぶん」

男「それがお前の国が滅びた理由だよ。
  世界樹は切り倒されて、ただの道具になる。
  お前がこれから使う、殺し合いの道具になる。
  ……それでも、お前らは気付かないだろう、死ぬことの怖さに。
  お前らは、長い平和と引き替えに、生きることの怖さを忘れたんだ」

エルフ「……えっ、と……」

男「……」

エルフ「……」

男「……明日の相手は、死ぬことの怖さを知っている。
  厳密な意味で、お前ら一族の生き残り、と呼べる相手だろう。
  お前の生死に興味はそれほど無いが、お前らの持つ魔法と技術は必要だ。
  死ぬならそれを全て見せてからにしろ。
  これは命令だ」

エルフ「は、……はい」

男「……」



ガチャッ……バタン。

エルフ「い、嫌……! こっちに来ないでよ!」バキンッ!

  「……その虫が怖いのか?」

エルフ「!」

  「どんどん食っていくぞ、そんな結界」


ウゾゾゾ……ゾゾ……
バリッ……ギギギギ……ゾゾゾ……


エルフ「う、ああっ!」ビュンッ

男「ようやく一本目の矢を放ったか。
  ……ここまで何か、目立った点はあるかな? 賢者殿」

賢者「さて、どうでしょうね。
   まずは単純に、あのエルフの戦闘技能次第ですが……おや?」

男「ほう……いきなり頭狙いか。
  しかしあの軌道は……」

賢者「ただの曲射では、有り得ないですね。
   エルフ族でもあんな鋭角を描く矢を放てる者は珍しい」

男「……」

賢者「しかも、どうやらそれだけでもないようですよ?」

  「……!」ガツッ!

エルフ「ふぅーっ、ふぅーっ……」

  「二本、放っていたのか。
   死角から、二本の矢を時間差で……」バキッ

エルフ(兜が……割れた!)

  「さて……」

エルフ「……! 黒い……エルフ!?」



ダークエルフ「続きだ、白いの」

男「この対面は十二回目になる」

賢者「今の所、ダークエルフの十一連勝……
   ですが、そもそもエルフがまともに矢を当てたのも今回が初めてですね」

男「世界樹を捨てて黒くなったダークエルフと、
  世界樹に色を吸い上げられて白くなったエルフ」

賢者「世界樹から死と恐怖を取り返したダークエルフと、
   世界樹に生も死も吸い上げられたエルフ、ですね」

男「樹を枯らす、虫と毒の魔術に特化したダークエルフの死生観は、
  皮肉にもかつての誇り高いエルフのそれとよく似ている」

賢者「……」

男「かつて世界樹を支配していた時代のエルフの帝国の力を、
  あの臆病者のエルフがまだ覚えているのか、そうでないのか」

賢者「臆病者だと言うことは、恐怖に敏感と言うことです」

男「……思い出せ、恐怖を。
  エルフが人間にもたらした恐怖を。
  それしか生き残る道は無い」

賢者「人間も、エルフも、他の種族も」

男「生き残るには、恐怖が必要だ」

ブゥゥゥゥゥゥ……ゥゥゥゥゥン
ゾゾゾゾゾワゾワゾワ

エルフ「うわ、わわっ、嫌っ、嫌だ、やだぁっ!」ビュンッ

……バリバリバリッ!!

ダークエルフ「怖いだろう、毒虫は。
       森と共存するなどと言って、世界樹の奴隷に成り下がった貴様らが、森から追放した者たちだ。
       ……私の祖先と同じようにな!」ウゾゾゾゾゾ

エルフ(ひいっ……! 結界が食べられちゃう……!
    あの虫を、何とかしないと……何とか……)

ダークエルフ「そうだ。早く何とかしないと、
       死ぬより酷い目に遭うぞ?」

エルフ「……!」

エルフ「……えいっ!」ヒュガガガッ


……ミシッ、パキッ、ギギギ、ギギギギ


ダークエルフ(地面に撃ち込んだ矢から、樹が……?
       関係無い、食い尽くしてしまえば)


ウゾゾゾゾゾ……


エルフ(虫にたかられて、木の葉が枯れて行く……今だ!)ボウッ!


ギィイイイイィィイイイィッ!!


ダークエルフ「! 樹を虫ごと燃やしたのか!」

男「いや、違う」

賢者「エルフは、樹と水と、それから火と光の扱いにも長けていますからね」

男「当然、葉は燃えても、幹の中までは燃えない樹ぐらいは知っているし、
  それをこうして害虫駆除に使っているわけだ」

賢者「もっとも、世界樹の森から駆除すべき害虫なんてものが居なくなってから、
   既に何百年も経っているはずですが……」

男「……見ろ、もう次の葉が芽吹き始めてる」

賢者「世界樹の苗木、ですね」

男「しかし、樹を食らって枯らす虫を相手に、樹を生やすのか」

賢者「むしろ、樹を食らう毒虫なら、樹がある限り必ずそちらを狙いますからね」

男「……あのエルフ、どの部族出身なんだ?」

賢者「わかりませんが、かなりの才覚はあるようです。
   少なくとも何らかの訓練は受けていたのでしょう」

男「……」

賢者「状況はまだダークエルフが一歩千手を行っていますが……」

男「どちらもここからどうひっくり返すのか、見ものだな」

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