貴音「悋気の火の玉」 (36)

出囃子:風花
三線:我那覇響

貴音「みなさま、本日はようこそお越しくださいました」

貴音「今日話すものは火の玉とあるように少々怖い話にございます」

貴音「しかし本日、8月31日はおそらく多くの学校における夏休み最後の日。夏の終わりで怪談の時期からもずれております」

貴音「たいてい百物語ですとか、学校の怪談なんてものはお盆前後の時期にやるのが鉄板でございますが、なぜやらなかったかと申しますと」

貴音「……実は私、怪談をお盆の時期に話すのが怖いのでございます…本当に出てきそうで……」

貴音「旧盆も過ぎましたしもう大丈夫でしょう。そんな日に一席、お付き合いくだされば光栄でございます」

貴音「ええ、『悋気(りんき)は女の謹むところ、疝気(せんき)は男の苦しむところ』なんて言葉が残っております」

貴音「悋気、つまり焼き餅も焼き加減というものが難しいようで
   『焼き餅は 遠火で焼けよ 焼く人の 胸も焦がさず 味わいもよし』などと申します」

貴音「焼くと言うほどでもなく、きつね色にこんがりと、いぶす程度にしていただけると、まことに可愛げがございますが」

貴音「『悋気にも 当たりでのある 金だらい』『かんざしも 逆手に持てば 恐ろしい』
   『朝帰り 命に別状 ないばかり』なんてことになってまいりますと、焼き餅もだんだんと恐ろしいことになって参ります」

貴音「『浮気は文化』なんて言葉もございますが、だからといって本妻を愛さなかったわけではございませんし
   妻を四人持てる宗教も『平等に愛せるなら』と条件が付いております」

貴音「近年は『俺の嫁』というものが何人もいるような時代となりましたが、あまり『嫁』を多く作りすぎますと
   焼き餅はきつね色を通り越して、思わぬしっぺ返しを受けてしまうかもしれません」

貴音「そうでなくても、うさぎは寂しいと死んでしまうものですよ?」

貴音「さて、ある事務所に、ぷろでゅーさーがおりました」

貴音「そのお方は、ずいぶんやり手でございましたが、『焼き冷ましの餅』のようにまことに堅いお人でございまして
   多くの人から好意を持たれているのですが、『女はわが女房以外には手を出さない』という人物でございました」

貴音「……が、このお方がある日、所属あいどると関係を持ってしまいました」

貴音「接待の後でしたので、お酒もまわっておりましたし、なにより疲れておられたのでしょう」

貴音「後の彼の弁解の通りに言うなら」

――――

P「ネグリジェ涙目の本気いおりんにリアルrelationsされたらどんな男でもREM@STER-Bでうぉーあいにーしちゃうって!」

――――

貴音「………」

貴音「…などと意味不明の供述をしており動機は未だ不明」

貴音「ともかくとして、彼は責任感を感じてなのか、水瀬伊織の気持ちを無下にはできないと月に数度、彼女と会う約束をしたのでした」

貴音「しかしながら情を持つと引き返すことができなくなると申しますが、まことにその通りで」

貴音「最初は月に1、2度でございましたが、少しずつ密会の回数が増えていったのでした」

貴音「彼の言葉を借りるなら」

――――

P「ガチデレいおりんにリアルふるふるフューチャー☆されたら俺の未来がオーバーマスター」

――――

貴音「………」

貴音「…などと意味不明の供述を繰り返しており動機は未だ不明」

貴音「さて、彼は月のうち本宅に二十日、水瀬伊織のところに十日お泊まりになるようになりましたが、本宅のおかみさん、要するに正妻の方はといいますと」

律子「…おかしいわ!」

涼「どうしたの律子お姉ちゃん」

律子「あの人の話よ。最近、飲み会や出張がやけに多いと思わない?」

涼「あー、そういえばそうですねー」

律子「いつも仕事終わったら一緒に帰ってたのに、『ちょっと用事が…』」なんていうこともあるし…」

涼「お姉ちゃんそれは結婚記念日のケーキって理由じゃなかったっけ?」

律子「そうなのよ。そうなんだけど…」

涼「……」

律子「………涼、何か私に隠し事してない?」

涼「のヮの」

律子「例えば、あの人が浮気してる、とか」

涼「のヮの;」

貴音「つついてみたら、案の定。さあ、本妻としては穏やかじゃございません」

P「ただいま帰りましたよっと」

律子「お帰りなさい!」

P「…び、びっくりするじゃないか、なんで大声を出すんだよ。律子、こっちもくたびれてるんだからそんなに大きな声は心臓に悪い」

律子「えぇ、そうでしょうね!さぞやお疲れでしょうね!…フンだ!」

P「おいおい、どうしたんだ? あー、その前に悪いんだけど冷蔵庫からお茶出してくれないか?
  …今日はやけに暑かっただろ?だからさ、喉がカラカラなんだよ」

律子「どーせ私が入れたお茶なんか美味しくないでしょ!…フンだ!」

P「機嫌が悪いのはわかるからそのフン!ってのは止めてくれ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ
  そういえば、今日のごはん当番は律子だよな?楽しみに帰ってきたんだぜ」

律子「どーせ私の作ったご飯なんかじゃ美味しくないんでしょ!…フンだ!」

P「律子、いいかげんにしなさい!」

貴音「彼だって、これでは面白くありませんから、ぷいっとうちを飛び出してしまう」

貴音「こんどは伊織宅に二十日、本宅に十日、挙げ句には本宅に帰らないなんてことになってまいります」

貴音「さぁ、こうなりますと本妻の方はもうおさまりません
   こういうことになるのもすべてはあの女があらばこそ。あの女さえ亡き者にしてしまえば万事がうまくいく……」

貴音「しかしどうしたものかと、同僚相手に殺し屋を送るなんて出来たもんじゃございませんし、密室殺人をやろうものなら名探偵が来てしまいます」

安斎都「呼んだ?」

貴音「呼んでません」

貴音「直接手を下すわけにはいかない。それでは祈り殺しをということになりました」

貴音「要するに『丑の刻参り』だとか『呪いの藁人形』というやつです」

貴音「真夜中に白装束に身を包み、七輪の五徳を逆さにして頭にかぶり、その脚に三本の蝋燭を灯すという気合いの入り洋。もちろ眼鏡は鬼瓦仕様でございます」

貴音「神社の境内の過ぎの大木に五寸釘でもって藁人形を、かあん、かあん、と…打ち付けはじめた」

律子「のろってやるのろってやる」カーンカーン

律子「あの人伊織に恋人つなぎなんかしてるらしいじゃない!」カーンカーン

律子「最近私と歩くとき腕組みばかりだったのは伊織にああしてたからなのね」カーンカーン

律子「でも、そんなんであの子に彼女面されるなんて許せないわ」カーンカーン

律子「恋人つなぎで歩いた距離なら私の方が5kmは長いんだからぁ!」カーンカーン



貴音「…その様はまさしく鬼…ではなく、あれくさんだーおりょうでございました」

貴音「さて、このことが水瀬伊織の耳に入りました」

貴音「さあ、これで怖じ気づくかと思ったらとんでもございませんで、敵もさるもの、引っかくもの。伊達に水瀬の姓は名乗っておりませんでした」


伊織「なによ!!私を五寸釘で呪い殺すって?冗談じゃないわ!いくらあの人の正妻だからって許さないんだから!」

伊織「そっちが五寸釘ならこっちは六寸釘よ!新堂!!すぐに六寸釘、百本買ってきてなさい!!」


貴音「同じような装束で、同じ神社で六寸釘をかかかかーん……機関銃のように打ち始めました」

貴音「これを見た聞いた本妻も黙ってはいません。あっちが六寸釘ならこっちは七寸だよ!じゃあこっちは八寸よ!九寸よ…」

貴音「……きーりがございません。途中から深夜とか関係なくなってしまって、気がついたら観客までついて、しまいには釘の早打ち選手権のようになってしまいました」

貴音「気の毒なのはかんかんやられる杉の木ですな。半月ほど経つ頃には、穴だらけ釘だらけのずたずたになってしまいました」

貴音「今ではその杉は御神体としてまつられて、釘打ちのおかげ儲かった神社はそれにあやかって名前を変えたそうです」

貴音「釘宮神社……と」

貴音「さてしかし、これも長くは続きませんでした」

貴音「と申しますのも、昔からの言葉通り『人を呪わば穴ふたつ』、他人を呪えばその報いが自分にも帰ってくる、というわけです」

貴音「おかげさまで、本妻も浮気相手も同じ日の同じ時刻にぽっくりと…亡くなってしまった」

貴音「こうなると間抜けな目にあったのは残された旦那でございます」

貴音「同じ日にふたつも葬式を出す羽目になりますし、『本妻と浮気相手が呪い合って死んだ』とか『あいどるに手を出したぷろでゅーさー』
   だとか『伝説の釘打ちが二人もいなくなってしまった』だとか噂になる…もう踏んだり蹴ったりでございます」

貴音「ですがこの男、この状況を利用して、あいどるの恋愛事情について賛否両論議論を巻き起こさせ、大元をうやむやにさせました」

貴音「しかもそのごたごたのうちにちゃっかりと自らの事務所の人間を売り込んだのですから、敏腕とは言ったものです」

貴音「さて、そんなほとぼりも冷めかけたころ、もう一つややこしい話が舞いこんで参りました」

涼「ちょっと、失礼します…」

P「おや、涼君かい?どうしたんだ、そんな改まって」

涼「はい…それが、その…ちょっと言いにくいんですが…お義兄さん、聞いてますか、あの噂を」

P「ん?どんな噂だ?」

涼「毎晩夜中になりますと、こちらと向こうの二カ所から火の玉が飛んできて…ちょうど間のあの神社のあたりで出会って、火の粉を散らして喧嘩するって噂です」

P「あー…涼君も聞いてたか…俺も気にしちゃいるんだけど…」

涼「あれ、間違いなくお姉ちゃんと伊織さんですよ」

P「俺が聞いた噂じゃ火の玉が出るのが完全に俺の家と伊織の家だったからなぁ…」

涼「しかもかなり有名な噂になってて、尾ひれも葉ひれもついていつの間にかお義兄さんも僕も呪い殺されたことになってますからね」

P「本当かよ…どうりで俺の家の前をバカップルがたくさん通るわけだ…ちょっと音立てただけでキャーキャー言われるからさすがにまいるよ」

涼「ええ、新堂さんも困ってるって言ってました」

P「あちゃー…これは思いのほか深刻だ。こっちはともかく向こうにまで迷惑かけてるとなると、なんとかしなきゃなぁ…どうしたものだろう?」

涼「ええと…あ、こんなのどうでしょう?」

涼「どちらの火の玉も、お姉ちゃんと伊織さん
  もともとはお義兄さんを間に挟んでのケンカですし、直接話を聞きに行って、仲裁してみたらいいんじゃないでしょうか?なーんて…」

P「ああ!そうだねなるほどその手があったか!」

涼「え!?マジですか!?」

P「えらくマジだよ!そーだそーだ、どっちの火の玉もおんなじ事務所で知り合いなんだから、話せばわかってくれるだろう。いやぁよく思いついてくれたね」

涼「」

P「よし、そうなれば善は急げ、さっそく今夜行くことにしよう。もちろん涼君も、一緒についてくるだろ?」

涼「えぇ!?僕もですか!?」

P「そりゃ言い出しっぺの法則だよ。まさか、行かないなんて言わないだろ?頼んだよ。今夜だよ」

涼「……ぎゃおん」

貴音「さて、その晩おそく、もうそろそろ九つという刻限、今で言う午前零時という頃に、ぷろでゅーさーと秋月涼は事務所を出発しました」

貴音「てくてくと噂の神社にやって参ります。都会といえども真夜中の神社でございます。町の光は遠くに見えて、こちらは少しの懐中電灯」

貴音「ちょうど新月の頃とみえまして、空には月さえもない。ただただ、辺りは水を打ったように、しんっと静まり返っております……」

涼「お…お義兄さん…真夜中の神社って…なかなか不気味ですねぇ……」

P「なんだ肝試しなんかで来たりしないのか?」

涼「さ、さすがにこんな所までは来ませんよ…」

P「そうかい。たしかにまぁ幽霊でも出そうだしな」

涼「というか、僕らはそれを待ってるワケですしね」

P「まぁな…にしても涼君、もうちょっと落ち着いたらどうだ?そうソワソワ、ウロウロしていられちゃあ、こっちまで落ち着かなくなっちまうよ」

涼「そうしたいんですけど…ひぃ!?何か動いたぁ!?」

P「そりゃ風が吹いてんだから当然よ…しかし、こうしてただ待っているのも退屈だなぁ…ええと、火の玉が出るのは丑三つ時だっけ?」

涼「ま、まだ結構ありますね…」

P「しまったなぁ、事務所出るのがちょっと早すぎたか…えーっと…」

涼「どうかしたんですか?」

P「いやあちょっとタバコを吸おうと思ったんだけど、ライター忘れてしまったや…涼君、持ってたりしないかい?」

涼「僕は未成年ですよ」

P「そりゃそうだ。いやあね、君のお姉さんは僕がこう言うと『まったく…タバコは体に良くないんですから、あんまり吸わないでくださいね』
  なんて言いながらカバンからライターを取り出したもんさ」

涼「あのお姉ちゃんがねぇ…伊織さんはどうだったんですか?」

P「伊織?あいつは『もう!仕方ないんだから。ちゃんとアンタのために用意しておいたわよ!』なんて言ってパイプタバコ出しやがった」

涼「はは、本当ですか。吸ったんですか?」

P「お前、可愛いいおりんの期待に応えないわけないだろうが。夢の国の入り口でネズミ耳の帽子かぶってパイプ吸ってやったさ」

涼「ふふ、ひどい格好ですね」

P「せめて帽子にネズミ耳がなければ、もう少しハードボイルドにきめれたんだけどなぁ…」

貴音「そんな話をしておりますと、やがて草木も眠る丑三つ時。屋の棟も三寸下がる、水の流れもぴたりと止まる…てなことを申します」

貴音「現在でいうところの午前二時ですな。向こうの方からひとつ、火の玉がぽうっと上がったかと思うと、ふわりふわりとこちらへ向かって参ります」


涼「うわぁっ、お、お義兄さん。あ、あれが伊織さんの火の玉です!」

P「へぇ、なるほどねぇ…おーい、いおりん!俺だよ。ここにいるよ」


貴音「まことに豪胆と申しますか、無神経と申しますか、彼が声をかけますと、火の玉がぐるぐると三べん回ってぴたりと止まりました」

P「いやぁ、近くで見たらしっかり火の玉だねぇ。いやいや、伊織が来るのをずっと待ってたんだよ。やあ久しぶり。元気にしてたかい?」

火の玉「///」

P「確かにね、伊織が出てきたくなる気持ちもわかるんだ。でもね、それが噂になっちゃって新堂さんとかも困っているみたいなんだ。それでな…」

P「あー…話の途中で悪いんだけど、ちょっとタバコが吸いたくてね、ただライターを忘れてしまったんだ
  伊織、せっかくいい火をしてるからひとつ、タバコに火をつけてくれないか?」

火の玉「///」

P「いやいや、パイプタバコの格好にならなくてもいいからな……よしよし点いた。ありがとうな
  いやぁ久しぶりに伊織に点けてもらった気がするよ。なんだか懐かしいねぇ…えーっと、なんの話だったかな?ああそうだ」

P「伊織、お前がこうして火の玉になって出てくるもんだからさ、世の中がちと大変なことになってるわけだよ
  ほら、律子はさ、別に伊織のことが憎くて五寸釘やったわけじゃないんだよ。俺がもうちょっとかまってやれたはずだったからな」

P「俺に余裕があったら良かったんだけどねぇ…そのツケを伊織に任せるのは悪いと思うんだけど
  そこを俺に免じてなんとか仲直りしてやってくれないか?律子は一通り怒らないと話にならないところがあるから、大変かもしれないけど…」

P「あー、もうちょい下に来てくれないか?もう一服つけておくれ」

火の玉「///」

P「ん、ありがとう。なに?今のは唇の所で火をつけたからキスだって?いおりんは甘えんぼさんだなぁ」

貴音「と、説得しているのかいちゃついてるのかわかりませんが、話しておりますと今度は反対の方向から火の玉が、ぱあっと上がった
   こっちはふわふわなんて可愛げのある飛び方じゃございませんで、ぐぅおぉぉぉぉーっとうなりをあげてまっしぐら」


涼「お、お義兄さんお義兄さん!あれがお姉ちゃんの火の玉です!」

P「うへぇ、こりゃあ凄い、こんな怒ってるのは事務所ぶっ壊した時以来だなぁ…ああ、あんなに火の粉を飛ばして…火事になったら一大事だよ」

P「おおい!律子!こっちだこっち!」


貴音「彼が呼びますと、ぐぅおぉぉぉぉーっと一直線に飛んできた火の玉が、ぐわんぐわんと五、六っぺん回ってぴたり……」

P「いやあ久しぶりだねぇ。律子が来るのを待ってたんだよ。今、伊織にも言って聞かせたんだけど、よくわかってくれてね
  ごめんなさいと謝っていたよ。だからね、律子もどうか機嫌を直して仲直りしてやってくれ」

P「それに俺も悪かったよ。仕事も忙しくて律子と一緒にどこかとかめっきり無かったからね…まぁいろいろ思うこともあるだろうけどさ…仲直りしてくれないか?」

P「……あー、すまないけど、少しこっちによってくれないか?…いや、ライターを忘れてしまってさ、火をつけて欲しいんだ火を」









律子「どーせ私の火なんかじゃ美味しくないんでしょ!…フンだ!!」

貴音「お後がよろしいようで」

楽屋

貴音「みなさまお疲れ様でした」

響「むぅー…ずるいぞ」

貴音「響、どうかしたのですか?」

響「……伊織が、貴音の噺の中でいっぱい出てくる……自分まだ一回しか出てないのに…」

貴音「!」

貴音「…ふふ、これはこれは、ずいぶんと美味しいお餅が焼けたようですね」ギュッ

響「///」


おわり

読んでくださった皆様方、支援してくださった皆様方
本当にありがとうございました

訂正
>>16
誤→正

・という気合いの入り洋→という気合いの入り様

・もちろ眼鏡は→もちろん眼鏡は

・神社の境内の過ぎの大木→神社の境内の杉の大木

貴音「かみました///」

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