真「秘密基地は夏の終わりに」 (51)
梅雨が開けたというのに、まだ雨粒がしつこく地面を叩く八月の頭
僕は公園で一人、てんとう虫型の遊具の中に入ってしつこい雨を凌いでいた
「……とうさんのアホ」
膝を抱えて涙を流している僕
菊地真、もう直ぐ八才になる
……僕は昔から父さんに、まるで男の子のような生活を強いられていた
だけど……周りの男子から『男女』 と呼ばれるようになり、今の生き方に疑問を感じている
その疑問が膨らみ……父さんを涙を流しながら怒鳴りつけ、家を飛び出し……今ここに居る
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真「アホ……バカ……」
子供らしい単純な罵倒の言葉しか僕の口からは出てこなかった
そんな言葉を口に出す度、僕の目からは涙が零れ落ちる
「あれ? 先客が居たか」
頭の上から聞こえた男性の声
僕はずっと見詰めていた膝小僧から視線を移動させ、篭っていた遊具の入口へと目を向けた
真「……なに?」
「なにと言われても……俺もここで雨宿りさせてもらってもいいかい、お嬢さん?」
久しぶりに言われたお嬢さんという言葉
嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じり、僕の涙は何時の間にか止まっていた
真「ど! どうじょ!」
……何かしらの返事をしなければならないという焦りから僕の舌は上手く回らず、見事な噛みを見せてしまった
恥ずかしさからだろう、僕はまた膝小僧へと視線を戻した
「ははっ、じゃあお言葉に甘えて……よっしょ」
おじさん臭い言葉を発しながら、自然に僕の横に座った男性
その距離感からか、先程噛んでしまった恥ずかしさからか分からないが、僕は一言も発する事が出来ずに遊具を叩き続ける雨音を聴き続けた
「……」
真「……」
遊具の外は見えないが、遊具内に反響し続ける雨音が雨の激しさを物語っている
……その雨音が僕らの沈黙を更に際立たせた
真「……」
「……ねぇ君」
真「ひゃ、ひゃい!」
不意打ちとも取れる男性の声に、随分と間抜けな声が出てしまった
不用意に上げてしまった僕の顔を覗き込む男性
その瞬間……顔が熱くなるのが分かった
「どうして君は泣いてるの?」
更に僕の不意を突く男性の言葉
その言葉が耳に入った瞬間に、僕の頭に色々な思いが駆け巡った
真「……」
「そんな顔しないでよ。 可愛い顔が台無しだよ」
真「か、かわいい……?!」
この男性は何度僕の不意を突いて顔を赤くさせれば気が済むのだろうか
その御蔭で、また膝小僧を見詰め続ける羽目になってしまった
「初対面の俺には話しにくい事だったら聞かないけど……女の子が泣いてるのを放って置けなくてね。 何か力になれるのなら嬉しいな」
男性はそう言うとニコリと笑って僕の頭を撫でてくれた
温かく、優しい手の感触
その温もりによって、恥ずかしさによって止まっていた涙がまた流れ始めた
真「うぅ……うぁ……」
「ちょ、なんでなんで!? 俺なんかしちゃった!!?」
真「ち、ちがう……ボク……うわぁあああああああああああん!!!!」
傷付き落ち込んでいる時に優しくされると、女性はその優しさに甘えて、優しくしてくれた男性を好きになってしまうと言うが……そんな俗説を僕が初めて体験した瞬間だった
僕は涙を流しながら父さんの事を、女なのに男として扱われている事を包み隠さず初めて会った男性にぶつけ続けた
……一頻り伝え終わった僕の視界は涙で霞み、膝小僧を見ているのか、雨が振り続けている外を見ているのか分からない状況だった
必死に涙を拭う僕の頭の上に……また温かい手の感触
「……大丈夫だよ。 君は可愛い女の子だ。 俺が保証する」
頭の上から聞こえる優しい声に押し出されるように、僕の涙は溢れ続けた
雨音と僕の泣き声
その二つが交わって奇妙な空間を作り出す遊具の中で、僕はずっと泣き続けた
.
「―――……落ち着いたかい?」
真「うん……ありがとう……」
遊具を叩き続けたいた雨はすっかり止み、外には夕焼けが生み出す赤く淡い光が見え始めていた
……その光に照らし出されたのかは定かではないが、赤くなっている僕の顔
「あ、もうこんな時間か。 そろそろ帰らなきゃ」
真「え……? もうかえるの?」
「うん、ちょっと用事があってね」
真「……そう」
それ以上の言葉が出てこない僕
もっと男性と一緒に居たい
そんな気持ちをまっすぐに伝える事が出来ないでいたのだと思う
……また膝小僧が僕の前に現れた
「……君は明日もここに居るかな?」
真「……え?」
「もし明日も来るなら……俺と一緒に遊ぼうよ」
また見れた男性の優しい笑顔
また男性と会える
その嬉しさによって、僕の口から直ぐに飛び出た言葉
真「うん!!」
「よかった。 じゃあまた明日ね。 ……それとお父さんにちゃんと謝るんだよ、分かった?」
真「うっ…………ボク……わるくないもん……」
「そうだとしても謝らなきゃ。 なんでそうしなきゃならないのかは何時か君にも分かる日がくるよ」
真「…………わかった……あやまる……」
「よし、いい子だ。 それじゃあまた明日ね~」
男性はそう言うと、立ち上がって遊具の外へと出て行ってしまった
無理やり丸め込まれた気がしたが……僕はそんな事を気にする事なく、頭に残った男性の手の温もりを思い出しながら、遊具の中で一人惚けていた
.
次の日は快晴
僕はお昼頃には、公園のてんとう虫型の遊具の中で体育座りをしていた
外からは子供達のはしゃぎ回る声が聞こえて来る
僕はそんな声など気にする事なく、ずっと男性を待ち続けた
真「……まだかなぁ……」
一人ボソッと呟いた言葉
誰に向けたわけでもないその言葉に、当たり前のように返ってくるレスポンス
「お、もう来てたか。 お待たせ」
入口から聞こえた昨日も聞いた声
……そこには男性が立っていた
昨日のように曇天によって生み出された薄暗い空間ではなく、快晴によって生み出された明るい空間に浮かんだ男性の顔は……単純な言葉でしか表す事が出来ない……かっこよかった
真「……」
「あれ、どうしたの? 俺の顔に何かついてる?」
真「う、ううん! なにもついてないよ!」
なんとか見惚れる前に立て直す事が出来た僕は、両手を目の前でオーバーにブンブン振って、恥ずかしさを紛らわせた
そんな僕を不思議そうな顔で見ていた男性は、含んだ笑みを見せながら僕の横に座った
真「……」
「……」
先程の恥ずかしさを引きずっている僕は一言も発する事が出来ずに、遊具の中に重い沈黙を作り出してしまっていた
「……そういや、お父さんに謝った?」
真「……うん」
「そっかそっか、偉いな!」
男性はそう言うと僕の頭を撫でてくれた
柔らかい感触は僕の表情までも柔らかくしてくれているようだった
「よし! やっと笑ってくれた!」
真「え?」
「やっぱり笑顔の方が可愛いよ! うん!」
真「か、かわいい……」
僕はまたもや膝小僧に、こんにちわをしていた
真っ赤になった顔を隠すための行為
男性はそんな僕の横ではしゃいでいる
「いいねいいね! ひゃっほい! いたぁ!!!!」
真「え? えぇ!?」
突然の男性の悲鳴とも取れる声に驚いた僕は、顔を上げて膝小僧から男性の方へと視線を移していた
そこには頭を抱えて蹲る男性の姿があった
真「えっと、えっと……いたいのいたいのとんでけー!」
男性の抱えた頭を撫でながら、昔母さんが怪我をした僕の痛みを抑えるために唱えてくれていた呪文を必死に唱え続けた
すると、ゆっくりと頭を上げる男性
そこに見えた男性の目にはうっすらと涙が浮かんでいた
「あはは……ありがと……」
真「だいじょうぶ!? いたくない!?」
「おう! 君の御蔭でもう痛くない!」
真「よかった……」
「…………よし、遊ぼう! 何する!? ままごとするか!!?」
真「え、え」
「あれ……ままごと嫌い?」
真「き、きらいじゃないけど……」
「じゃあ決まりな! 俺お父さん役! 君はお母さん役ね!」
真「……うん!」
僕はおままごとで女性役をやった事がなかった
友達同士でやる場合は、何時も割り当てられるのは男性の役
けれど……男性は自然と僕を女性役にしてくれた
初めての経験で僕は嬉しかったのだろう……いや、嬉しさ以上の何かを感じていた
子供って本当に単純だと思うが……僕は男性を好きになっていた
「おぉ、今日の晩御飯はカレーか!」
真「あなたのためにおいしくつくったのよ! たべてたべて!」
「いただきます! もぐもぐ……美味しい!」
真「えへへ~」
薄暗い遊具の中で行われる擬似的な結婚生活
幼いながらに大人ぶった僕の精一杯の愛情表現
そんな僕個人が感じていた幸せ空間……気が付いたら、遊具の入口から入り込む光が赤みを帯びてきてた
「あぁ、もうこんな時間か。 そろそろ帰らなきゃ」
真「えぇ!? もうかえっちゃうの!!?」
男性はそう言うと腕に巻いた安っぽい腕時計を見て、隅に置かれていた手荷物を纏め始めていた
そんな男性の後ろ姿を、頬を膨らませながら睨み付ける僕
「……ん? そんな顔するなよ~、また明日会えるだろ~」
真「……うん……」
「……そういや自己紹介がまだだったな! 俺の名前は っていうんだ! 歳は十四!」
真「ぼ、ボクのなまえはまこと! きくちまこと! はっさい!」
大分遅れてしまった自己紹介
……僕達はそれによって一歩近付けたような気がした
.
「これで俺達は一歩近付けたな!」
僕の心を読んだかのようにそんな一言を言い放ち、何時ものように笑顔を見せてくれた男性
僕は……そんな笑顔を見て、どんどん男性に夢中になっていた
次の日僕は、何時も男性を待っているてんとう虫型の遊具の中ではなく、ブランコに乗りながら宙を舞っていた
目の前に広がる景色が線になったり、止まって見えたりを繰り返す風景は、僕を飽きさせないように工夫を凝らしてくれているようだった
そんな風景を楽しみながらブランコを漕いでいる僕の耳に入り込んできた、聞きたくない声
「おい、おとこおんな! きょうもズボンはいてるのかよ!」
ブランコを漕ぎながら観える風景の端に映った男の子の姿
僕を男女と呼び始めた張本人だ
僕はそんな彼を無視しながら、ブランコから観える風景を楽しんでいた
「ムシすんじゃねーよおとこおんな! バーカバーカ!」
子供らしいボキャブラリーが少ない悪態をついている男の子
無視をしているつもりだったが……何故か視界がぼやけ始めていた
「おりてこいよ、おとこおんな! バーカ! ……ん? なんだよあんた?」
先程まで続け様に悪態をついていた男の子の声が聞こえなくなり、気になった僕はブランコを漕ぐ力を緩めた
ゆっくりと動きを止め始めるブランコが安心して足を着ける速さになった事を確認し、視線を男の子の方へ向けると……そこには男の子の頭を押さえ付けた男性の姿があった
「なんだよおまえ! はなせよ!」
「やだね。 お前が真ちゃんに謝るまで離さないね」
「なんでオレがおとこおんなにあやまらなきゃならないんだよ!」
「酷い事言ったからだろ? ……ははぁん……お前、真ちゃんの事が好きなのか?」
「は、はぁ!? ちがうし! なにそれいみわかんねぇ!」
「顔真っ赤だぞ?」
「うっせぇ! あかくねぇよ!」
「真っ赤っか~真っ赤っか~」
「ち、ちが……うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
押さえ付けていた男性の手を振り解き、何処かへ走り去っていく男の子
その後ろ姿に向かって、いやらしい笑顔で手を振り続けている男性
僕は……そんな男性から目を離す事が出来ずにいた
男性は僕を意地悪な男の子から守ってくれた
……宛らお姫様を守る王子様のように……
「ふぅ……真ちゃんお待たせ。 遊ぼうぜ~」
真「う、うんっ!」
僕達は何時ものように遊具の中でおままごとをした
当たり前のように僕がお母さん役で、男性がお父さん役
幼い頭で考え付く限りの夫婦の日常
子供の視点から観える、父さんと母さんの表面上の夫婦生活
そんな当たり前の幸せを演じる僕達は、遊具の中に幸せな空間を作り出していった
.
「―――……お、もうこんな時間か。 楽しいと時間が過ぎるのが早いな」
真「えー! もうおわりー!? ……あした! あしたもっとはやいじかんにあそぼう!」
「お、そうだな。 ……あ~、けどちょっとやらなきゃならん事が……」
真「えー!! ボクとようじ、どっちがだいじなの!」
「あれ!? おままごとまだ継続中!?」
真「えへへ~。 だけどそんなだいじなようじなの?」
「あぁ、引越し荷物がまだまとまらなくてな」
真「え? ひっこし?」
「あれ、言ってなかったっけ? 俺明後日には引っ越すんだ」
真「……え?」
男性の口から突然飛び出した驚きの言葉
引っ越す?
誰が?
僕は頭の回転が追い付かないまま、男性の顔を見詰め続けた
「いや~、親の転勤でね~」
真「……」
困った様な笑みを浮かべながら頭を掻く男性
何時も通りの笑顔の男性だが、そんな男性の口から出てくる言葉を今だに僕は理解出来ていなかった
「……あれ? 真ちゃんどうした?」
真「……ひっこすの?」
単純な疑問だけが僕の口から飛び出した
……目の前の男性が引っ越すという事実が受け入れられなかっただけなのかもしれないが、僕は彼の顔を見詰めるのではなく、睨み付けるように答えを待っていた
「うん。 関西までね」
真「……なんでだまってたの?」
「いや……黙ってたわけじゃ……」
真「……」
「真ちゃん……」
真「……もういい! かえる!!」
僕は勢いよく立ち上がり、遊具から飛び出した
溢れ出る涙の所為でぼやける視界をなんとか正そうと何度も拭い続ける
後ろから男性の声が聞こえた気がしたが、僕はそんな言葉を気にも止めず家までの道を駆け抜けた
……男性との別れを認めたくない為に
.
「真ー! ご飯だぞー!」
一階から僕を呼び出そうとする父さんの声が聞こえた
だが僕は布団に包まりながら、その声を無視し続けた
密閉された空間の中で、僕は小さい頭で今日の出来事を整理しようとしていた
男性が引っ越す事
男性との別れが近い事
男性への……気持ちを伝えきれていない事
色々な言葉が僕の頭の中を駆け巡る
その度に刺激され続ける僕の涙腺
「真ー? どうしたー?」
またも聞こえた父さんの声
だが、そんな声は僕の耳には届かない
暗く狭い、密閉された空間の中には……僕の泣き声しか響いていないのだから
嫌でも時間は流れ、朝はやってくる
丸まった布団の中から這い出て、壁に掛かった時計を確認すると、針の位置は丁度お昼を指していた
何時もなら公園へ向かっている時間だが、僕の体は習慣を無視するかのように動いてはくれなかった
重い足
重い腕
重い頭
僕は布団の上で膝を抱えて丸くなっていた
男性の元へ行きたいけど行きたくない
そんなジレンマが僕の体を押さえ付けていた
……けれど、時間は残酷に過ぎていく
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい…………男性に……
会いたい
.
……気が付いたら僕は玄関で靴を履いていた
どうやら無意識の内に着替えを終え、出掛ける準備は整っていたようだ
男性に会いたいという想いが、僕の体を突き動かしたらしい
まだ覚悟も何も決まっていない
だが動く僕の体
玄関の扉を開け、僕の口は自然に開き、短い時間の内に習慣となっていた言葉を吐き出した
真「こうえんにいってくる」
太陽が頭上の斜め上で燦々と自己主張を続けている
何時もなら走って公園へと向かっているはずなのだが、僕の脚はゆっくりと歩みを進めていた
公園へ行っても、男性に会って僕はどうするの?
僕は、頭上の太陽が作り出した自分の影に問い掛ける
……答えなんて返ってくるはずがないのに
……もし、公園に男性が居なかったら?
僕は昨日男性を怒鳴りつけて、公園から逃げるように飛び出した
そんな態度を取った僕を待っていてくれるのだろうか?
僕の影は答えを出そうとする事なく、朧気な姿で揺れ続けるだけだった
公園に着いた頃には、僕の影は薄くなってしまっていた
公園敷地内に設けられた時計に目をやると、長針は十五時を指している
公園入口から観える範囲では、男性の姿は確認できない
もしかしたら帰ってしまったのでは?
そんな考えが浮かんでしまった僕の脳は、直ぐに僕の涙腺を刺激してきた
……けれど、もしかしたら何時もの場所に居るのかもしれない
淡い期待を胸に抱き、僕はてんとう虫型の遊具に近付いた
一歩一歩近付いていく僕の目には、涙がどんどん溜まっていく
もし居なかったら?
そう思うと胸が張り裂けそうになる
涙腺から湧き続ける涙は留まる事を知らず、涙は僕の鼻腔にまで達し、緩くなった鼻を啜りながら遊具の入口まで辿り着いた
僕は涙を腕で拭い、深呼吸をし、覚悟を決めて遊具の中を覗き込んだ
「ん。 おう、遅かったな真ちゃん」
そこには本を片手に持った男性が座っていた
……何時もの笑顔を浮かべながら
「ただいまー! おぉ、今日はハンバーグか!」
真「……うん……たべて」
「もぐもぐ……やっぱり真ちゃんの作る料理は美味しいな!」
真「……ありがと」
何時も通りのおままごと
男性の笑顔も何時も通り
だけど僕の表情は晴れる事なく、出てくる言葉も詰まり気味
男性が僕を待っていてくれたのは嬉しかった
だけど……そんな嬉しさよりも、この男性の笑顔がもう見られなくなるという辛さが勝ってしまい、僕はまたもや膝小僧を見詰め続けていた
そんな僕を気に掛ける事もないまま、男性は笑顔でおままごとを続けている
それが男性の優しさなのだろう
だけれど僕はそんな優しさを受け止めようともせずに、素っ気ない返事を返し続けた
……そうして、男性が帰る時間がやってきた
「お、もうこんな時間か」
真「……」
「……なぁ、真ちゃん。 この場所に名前付けない?」
真「……なまえ……?」
「そうそう! ここは俺と真ちゃんの思い出の場所でしょ? だから名前を付けよう!」
明日には遠くへ行ってしまう男性
そんな男性から出された提案は、僕に“別れ”という現実を改めて突き付けるものだった
真「……」
「えっとね、俺の案は……シークレットベースってどうよ!? かっこよくない!?」
真「……」
嬉しそうに語る男性の声
何時もの僕ならばその声に乗っかり、バカ騒ぎをしたものだが……今はそういった気分にはなれなかった
「因みにシークレットベースってのは秘密基地って意味でね」
黙る僕を尻目に語り続ける男性
……男性は今どんな顔をしているのだろう?
笑顔?
悲しそうな顔?
僕はそんな好奇心から、顔を少し上げて男性の顔を見た
……そこにはドヤ顔をした男性
僕は予想もしていなかった男性の顔を凝視してしまっていた
そんな僕の視線に気付いたのか、男性は何時もの笑顔で僕に微笑みかけた
不意打ちを喰らってしまった僕の顔が熱くなっていくのが分かる
僕はそんな顔を隠すかのように、また膝に顔を埋めてしまった
次の瞬間、僕の頭を撫でる感触
最初の頃にも感じた手の温もり
優しい手の感触
…………そんな感触に促されるように……気が付いたら僕は……男性に抱き着いていた
「お、おい。 どうした真ちゃん?」
真「いっちゃ……ヤダ……」
突然の僕の行動に戸惑う男性
そんな男性に構う事なく、僕は涙を流しながら胸の中で燻っていた言葉を吐き出した
「……無理だよ……」
真「ヤダ……」
「分かってくれよ……」
真「……」
分かってはいる……だけど……我慢出来ないんだ……
我が儘を言うより先に涙が溢れ出る
……そんな僕の頭を撫で続ける男性の手
「ごめんな……」
聞こえた男性の声は震えていた
驚き顔を上げると、そこには目に涙を浮かべた男性の顔があった
「俺ももっと真ちゃんと遊んでいたいんだ……だけどね……無理なんだ……」
真「……」
……ずるいよね
そんな涙を見せられたら……こっちが折れるしかなくなるじゃない……
「……明日……お昼頃に、ここに来て……」
真「……わかった」
男性との別れを阻止するのが無理なら……僕は出来る限りの事をするだけ
それを明日伝える
僕の想いを全て伝える
……男性に全てをぶつける
僕は抱き着いた男性の胸に顔を埋め、決意を新たに固めた
.
真「―――……おかあさん。 スカートだして」
家に帰り、「ただいま」 よりも先に口から飛び出た、台所に立つ母に向けた言葉
母さんは一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに微笑み手をタオルで拭うと、優しく僕の頭を撫でてくれた
美味しそうな匂いで満たされた台所の中で、何も言わないでも通じ合う親子のやり取り
母さんは僕の頭から手を離すと、嬉しそうな声でこう言った
「待っててね。 今可愛いの出してあげるから」
何時もよりも早めに布団に潜り、目を瞑ってただ時間が過ぎるのを待つ
全ては明日の為
僕の布団を見下ろす形で壁に掛かっている、ひらひらのフリルが縫い付けられ、花の刺繍が施されたスカート
所謂、勝負服というものだろうか
布団の中では僕の心臓が激しく脈を打っている
体の中で反響し、僕の鼓膜を刺激し続けている鼓動は、部屋の中で唯一の音源である時計の音ですら聞こえなくしていた
明日は大事な日
明日は大事な日
明日は大事な日
明日は……大事な……日……
明日は…………
.
ジリリリリリリ
神経が鈍った鼓膜を目覚まし時計の音が叩く
カーテンの隙間から差し込む陽の光が入り込むのを拒むかのように、僕の瞼は強く閉じられている
瞼に力を込める事によって冴え始める僕の脳は、瞬時に飛び起きるように指令を出す
布団を蹴り上げ飛び上がった僕は反射的に時計を見た
真「九時……おきなきゃ。 いかなきゃ!」
ベッドから降りて直ぐに洗面所へ向かった
寝癖を直し、顔を洗い、歯を磨く
整い始めた髪型にお気に入りのヘアピンを着け、鏡で何度も確認する
次に部屋に戻り、壁に掛けられたスカートを取る
お気に入りのシャツを羽織り、花の刺繍が施されたスカートを穿く
部屋には姿見が無いので、台所まで走る
そこには昨日と同じく台所に立つ母さんの姿があった
真「ねぇ! ボクかわいい!!?」
その場でくるくる回って全身を見せようとする僕
それを微笑みながら見つめる母さん
「可愛いわ。 流石私の娘ね」
……その言葉が欲しかった
母さんの言葉がスタートの合図かというように、僕は玄関まで走り出していた
玄関に揃えて置かれていたのは何時もの運動靴ではなく、ピカピカに磨かれた真っ赤な靴
これも僕のお気に入り
台所の方を振り向くと、母さんが微笑みながら手を振っていた
まるで僕が今からしようとしている事が分かっているかのような母さんの行動
僕は急いでお気に入りの靴を履き、今だに手を振り続けてくれている母さんに向かって大きな声で言った
真「こうえんいってきます!」
容赦ない太陽の日差しが木漏れ日を作り出し、僕が作り出した影を誤魔化す
公園に設けられた時計を見ると、もうそろそろ十一時になる事を僕に知らせてくれた
男性との約束の時刻はお昼頃という曖昧な指定だったが、男性はもう直ぐやってくるだろう
そう思うと胸の高鳴りは激しさを増した
緊張からか脚は震えている
緊張からか涙が溢れてくる
僕はその場にしゃがみ込んでしまった
「おっ、おとこおんなじゃねぇか! なんでスカートなんかはいてんだよ! きもちわりー!」
地面を見詰めていた顔を上げると、そこには僕がもっとも嫌う敵が立っていた
吐き出す言葉の全てが、僕を不快にさせる男の子
男の子はニヤけた顔で僕に近付いてきた
「なんだなんだ? きょうはあいついねぇのか? あのバカみたいなおとこ!」
僕の事をいくら言われようが無視をし続けるつもりだった
だけど……男性の事を悪く言われる事は我慢ならなかった
真「あ、あのひとのことバカにするな!!!」
勢いよく立ち上がり、僕は男の子を怒鳴りつけた
涙を目に貯めながらの僕の表情は、きっと情けないものだっただろう
「うわー! おとこおんながないてるー! おとこのくせにないてるー!」
男の子の言葉は関係無い筈だが、涙はどんどん溢れてくる
言葉を返そうとするが僕は涙の所為か、一言も発する事が出来ず、俯き涙を流し続けた
男の子はそんな僕の周りを回りながら、酷い言葉を浴びせ続けた
反発する事も出来ずに、僕は俯いたまま涙を拭い続ける
……次の瞬間、スカートが浮き上がる感触
男の子が僕のスカートを勢いよく捲くっていた
真「うぅ……うわあああああああああああああああああん!!!!」
僕は恥ずかしさと悔しさから、大きな声を出して泣いてしまった
スカートを抑え、しゃがみ込む僕
そんな僕の後ろで、男の子の笑い声が聞こえる
悔しい悔しい悔しい悔しい……
僕は涙を必死に拭いながら、抑えたくとも押し殺せない声を出し続けていた
「はははははは!!! 」
「おい、何してんだお前!」
男の子の笑い声と一緒に聞こえてきた、誰かの声
一瞬ビクッとしたが、僕はゆっくりと顔を上げ、声の出処へと視線を移した
……そこには男の子と……今まで見た事がない表情をした男性が立っていた
「ま、またおまえかよ……な、なんだよ?」
「お前……なんで女の子を泣かせてるんだ?」
先程の怒鳴り声ではなく、落ち着いた重い声
男性の表情を見ていると、父さんが怒った時の表情を思い出す
男の子はそんな男性の表情に押され、少し後退りをしていた
「か、かんけいねぇだろ」
「関係があっても無くても、女の子を泣かせていい理由にはならない」
「う、うっせぇよ! それにこいつはおんなじゃねぇし!」
「……もっかい言ってみろ」
「だからこいつはおんなじゃねぇっていったんだよ!」
「この……バカガキ!!」
ゴンッ
何かを叩く鈍い音が公園に響いた
その音を作り出したのは……目の前で拳を握った男性と、頭を抱えて蹲る男の子だった
「いってぇ……」
「頭にゲンコツで済んでよかったな。 これでお前が俺と同い年だったら顔面殴ってるところだ」
「な、なにすんだよ!」
「お前は真ちゃんを男呼ばわりして傷付けた。 知ってるか、言葉の暴力って殴られるより痛いんだぞ?」
「なんだよそれ……」
「おまけにスカートまで捲って泣かせた。 これは大きな罪だ」
「……しらねぇし」
「お前は真ちゃんに嫌われる事をしたんだ。 分かるか?」
「……」
「分かってるのか!!!!」
「……っ! うっせぇ…………うっ……うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
男の子は、泣きながら走り去ってしまった
男性はその後ろ姿を目で追い、その姿が見えなくなった頃、深い溜息をついてその場にしゃがみ込んでしまった
「あ~あ……子供の頭どついちまった……まだまだ俺もガキだな……」
頭を抱えて地面と睨めっこを続ける男性
僕はそんな男性にゆっくり近付いた
真「あ、あの……」
「あ、真ちゃん……ごめんね待たせて」
僕の言葉に反応し、顔を上げる男性
顔は先程の怒った表情ではなく、何時も通りの優しい笑顔だった
僕が大好きな男性の表情
……伝えたい事は後回しにし、まずはこれから伝えなくちゃ……
真「た、たすけてくれてありがとう!」
「へ? ……ははっ、いいってことよ!」
僕の必死のお礼に、男性は何故か声を上げて笑っていた
男性のその笑い声に、僕も釣られて笑ってしまう
二人の笑い声が響く公園の中、時計の針は十二時を指そうとしていた
公園には虫の泣き声だけが響いている
先程の笑い声は何処へやら
僕達は笑い疲れたかのように、てんとう虫型の遊具の中で座り込んでいた
外には人の気配が無く、お昼になって皆が食事をしに帰宅した事を知らせている
それは……男性との別れの時間が近い事も表していた
「……」
真「……」
最初の頃も感じた沈黙が遊具の中に充満する
そんな沈黙の中でも、時間だけは残酷に過ぎていった
「……真ちゃん」
真「ひゃ、ひゃい!」
沈黙を先に破ってくれたのは男性だった
不意を突かれた僕は、変な声を出してしまった
「スカート似合ってるね」
真「……あ、ありがと…」
「そのフリルが付いたシャツも似合ってる」
真「うぅ……」
「真っ赤な靴も女の子らしくていいね」
真「……」
「真ちゃんはそういった可愛い服似合うよ。 まるでお姫様みたい」
真「お……おひめさま……?」
「おう! 可愛らしいお姫様だ!」
お姫様……男性が言ってくれたその言葉は、僕がずっと追い続けている理想像だった
綺麗なドレスを身に纏い、健気に王子様を待ち続けるお姫様
……僕がそんなお姫様……?
真「……ねぇ……ボクってかわいい?」
「可愛いね! 自信を持っていい!」
真「……おひめさまみたい?」
「あぁ! キュートなお姫様だ!」
真「……じゃあ…………おうじさまになってくれる……?」
「ん? 王子様? 俺が?」
真「……うん」
「おままごとか? よーし、じゃあ囚われのお姫様を助けに行く……」
真「そうじゃない!」
「うぉ!? ど、どうした真ちゃん……?」
真「……ぼ、ボクは!」
驚いた表情の男性は、狼狽えながら俯いた僕の顔を覗き込んでいる
……言え……言わなきゃ……伝えなきゃ…………僕の気持ちを
「真ちゃん……?」
真「……すき……だいすき!」
「……え?」
真「きづいたらすきだったの! もっといっしょにいたいの!」
「……」
真「す……すきなの……うわあああああああああああああああああん!!!」
幼い僕なりの、精一杯の告白
けれど、伝えるべき事は全て伝えた
胸の内を全てを吐き出した僕の口からは、もう泣き声しか出てくる事はなかった
ギュ
涙で視界が遮られていようとも、僕の目には先程まで遊具の中に入り込む微かな光が入り込んでいたはずだった
だがいきなりその光が無くなり、僕の目の中は暗闇に支配されている
暗闇によって視覚が無くなった変わりに、嗅覚と触覚が僕に変化を教えてくれていた
何時も隣から香ってきていた匂い
何度か僕の頭を撫でてくれた暖かさ
…………今僕は……男性に抱き締めてくれている
「ごめんね真ちゃん。 今はそれに答えられないよ」
真「……」
「…………だけど、真ちゃんが大きくなったら、もう一回その言葉を聞かせてな」
真「……え……?」
「真ちゃんが大きくなって、その時に俺に会ってもまだ好きでいてくれたら……答えを出すよ」
真「う、うん! ぜったいだよ! ぜったいだからね!」
「おう! 俺は男だ! 絶対に約束は破らない!」
真「ぜったいにぜったいだからね! ボクはずっとすきだから!」
「大丈夫だって! 待ってるよ~、お姫様」
―――――――――――
――――――
――――
――
―
……そんな幼い頃の思い出はもう忘れられてしまっているのだろうか
僕は一人、てんとう虫型の遊具の中に膝を抱えて篭っていた
昔は広く感じたこの空間も、今では狭く、押し潰されるような感覚に襲われる
小さな入口から見える外の世界が暗闇に包まれいるのも、押し潰されそうな感覚の手助けをしているのだと感じる
時間を確認しようにも、携帯の電源はオフのまま
真「僕は何をしてるんだろ……」
もう僕は家に帰っていなければならない時間
だけど……僕は思い出の場所である遊具の中に居る
本当だったら、今頃プロデューサーと一緒にご飯を食べている予定だった
本当だったら、昔の約束を守ろうと頑張っている予定だった
真「ビックリしたよ……まさかあの人が僕のプロデューサーになるなんて……」
女の子らしくなりたいと、アイドルを目指した僕
僕を受け入れてくれた765プロ
始めは自分でレッスンスタジオに行って、自主トレの毎日だった
仕事らしい仕事も貰えず、事務所の中で仲間とダラダラ話す毎日
そんな毎日に……変化が訪れた
「はじめまして菊地さん」
真「……え? どちら様でしょうか……?」
P「今日から俺が君のプロデューサーになる事になった です。 宜しくお願いします!」
聞き覚えがある名前の男性は、僕のプロデューサーだと名乗った
聞き覚えがあるもなにも……一時も忘れる事がなかった名前だ
僕の初恋の人
僕が今でも大好きな人
僕と……約束をしてくれた人
……だけど彼は、『はじめまして』 と僕に言った
覚えて……ないよね……そんな昔の事……
真「……はじめまして! そんな固っ苦しい呼び方は無しでいきましょう! 僕の事は『真』 でいいですよプロデューサー!」
出来たらまた呼んでほしいな……昔みたいに『真ちゃん』 って……
その日から僕とプロデューサーの活動が始まった
今まで無かったレッスン内容
今まで無かった営業周り
今まで無かった地方営業
今まで無かったラジオ収録
今まで無かったテレビ収録
今まで無かったCD収録
今まで無かったライブ出演
夢にまで見たアイドル活動を、プロデューサーは僕に与えてくれた
街中で声を掛けられる事も多くなった
買い物中に僕の歌がスピーカーから流れるのを聴く事も多くなった
テレビを点ければ僕の顔が映る
………王子様で通った僕のイメージは納得し難いけど……
どんな形であれ、僕はこんなにも有名になった
これも全てプロデューサーのお陰だ
けど僕がこんな事言うとプロデューサーは『皆が真の魅力に気付いただけだよ』 と言うけれど、僕にそんな魅力があったならそれを引き出してくれたのはプロデューサーなんですよ
プロデューサーと出会ったからアイドルとして輝けたんですよ
昔に貴方と出会えたから、もっと女の子らしくなろうと思えたんですよ
今までの僕を引っ張ってくれていたのは……貴方なんですよ、プロデューサー
離れ離れになったからって、僕の気持ちが揺らいだ事はありませんでした
昔、僕を男女とからかってきていた男の子が告白してきた時も断りました
小学校を卒業しても、中学校を卒業しても、高校に入っても……貴方への気持ちは変わりませんでした
ずっとずっと胸の中に溜まって、何処へも出す事が出来なかったこの気持ち
貴方がプロデューサーとして765プロに来て、僕の前に現れた瞬間……その気持ちがまた溜まり始めたんです
貴方は僕を覚えていないのかもしれないけれど、僕は貴方を覚えていました
昔の面影があるプロデューサーの顔
あの時よりもっと格好良くなったプロデューサー
あの時から変わらずに、僕を女の子扱いしてくれるプロデューサー
あの時から変わらない、優しい貴方
大好きです……大好きなんです……もう抑えが効きそうにありません……
貴方が覚えていなくても関係ない
僕は想いを伝える
好きだと伝える
覚悟が決まった瞬間に、僕の口は自然と開いていた
真「あ、あの! プロデューサー!」
P「おぉ!? な、なんだ真?」
真「えっと、その……ら、来週の水曜日に食事へ連れてってください!」
P「そ、そんないきなり言われても……」
真「ダメ……ですか?」
P「……あ~……仕事が終わってからならいいぞ。 何処行く?」
突然の告白はロマンチックじゃない
僕が夢描いた告白のシーンは、夜景の見えるレストランでイタリアンを食べながらの告白
僕の頭は、それしか考えられなくなっていた
真「○○ホテルのレストランでお願いします!」
P「えぇ!? あそこって……わ、分かった……予約しておくよ……」
プロデューサーは渋々ながらも、僕と約束を交わしてくれた
これで準備は整った
後は……水曜日を待つだけ……
.
真「えぇ!? 行けなくなったんですか!!?」
P「すまん真! 急に打ち合わせが入っちゃって……必ず埋め合わせはするから!」
行けないと告げられたのはつい先程の事
僕が出る舞台の打ち合わせらしい
真「……いいですよ。 次は絶対連れてってくださいね! へへっ!」
僕の為の打ち合わせ
ここは僕が我が儘を言ったとしても、プロデューサーが困るだけ
じゃあ僕が引くしかないじゃないか
……分かってる……今は精一杯の笑顔を作るしかないんだ……
.
真「プロデューサーは悪くないんですよ……誰も悪くないんです……へへっ……」
てんとう虫型の遊具の中で、誰に見せるわけでもない笑顔を作る僕
真「お仕事なら仕方ないんですよ~……」
暗闇が僕を包む
真「……このスカートお気に入りなんですよ~……か、可愛い……ですよね~……」
自然と流れる涙
真「プロデューサー……知ってましたか~……明日は……ぼ、僕の…………誕生日なんですよ~……」
明日は僕の誕生日
十八歳の誕生日
祝って欲しかった相手は横に居ない
一緒に過ごしたかった相手は横に居ない
今日……想いを告げたかった相手は……
「あれ? 先客が居たか」
.
頭の上から聞こえた男性の声
僕はずっと見詰めていた膝小僧から視線を移動させ、篭っていた遊具の入口へと目を向けた
そこには…………プロデューサーが居た
真「な、なんでここに……」
P「いや~女の子が泣いてるのは放って置けなくてね」
真「……え……」
P「よしっ! なにする? おままごとするか?」
真「え、ちょっと……」
P「お! やっぱりスカートが似合うな!」
真「……プロデューサー!!」
P「おぉ!? な、なんだ?」
真「こ、ここの名前はなんですか!?」
P「ここって……この場所の名前か? シークレットベースだろ?」
真「……覚えて……たんですか……?」
P「当たり前だろ。 可愛い女の子との約束を忘れるわけがない」
真「……じゃあなんで最初に『はじめまして』 って……」
P「あぁ、あれな……なんか……真が覚えてるかどうか不安だったからつい……」
真「……僕はずっと覚えてましたよ」
P「そうだったのか……悪い事したな……」
真「……打ち合わせは終わったんですか?」
P「おう! 手短に終わらせて、資料ぶ投げて真を探してたんだ。 だけど電話も出ないしさ……もしかしたらここかな~って」
真「……すみません」
P「謝らなくていいって、真ちゃん」
真「!? い、今真ちゃんって……」
P「懐かしくなってな。 嫌だったか?」
真「い、嫌じゃないです! むしろ……嬉しいです……」
P「良かった良かった。 けど本当に懐かしいな~もう十年になるんだもんな~」
真「そうですね……」
P「…………それで……約束は忘れてないか?」
真「…………はい」
P「じゃあ聞かせてくれ。 昔から気持ちが変わってなければ」
真「…………変わってません……ずっとずっと変わりません! 忘れた事なんか一回もありません! それよりも、もっともっと想いが強くなってます……」
真「…………僕を女の子扱いしてくれた貴方が好きです! 優しい貴方が好きです! 僕を守ってくれた貴方が大好きです! 大好きです…………僕と……付き合ってくれますか……?」
P「…………待たせたね真ちゃん。 俺も……真ちゃんが好きだよ」
視界を遮る暖かい何か
優しくて柔らかい温もり
懐かしい匂い
貴方の……匂い
真「へへっ……暖かいや……」
P「……あと、十八歳の誕生日おめでとう。 真ちゃん」
真「忘れてるのかと思ってましたよ……」
P「大事な人の誕生日を忘れてたまるか」
真「だ、大事な……へへっ……」
P「けどな……打ち合わせの所為でプレゼントを取りに行けなかったんだ……すまん……」
真「もうっ………それじゃあ……んっ」
暗闇の中に浮かぶ二人の影
重なり合う二つの影
重なり合う二人の唇
P「……ぷはっ! な、なにを……!!」
真「へへっ、最高のプレゼントありがとうございますっ!」
本当に……最高のプレゼントをありがとうございます……
十年来の約束を果たすだけじゃなく、全てを受け入れて、キスまでもらって……これが夢じゃないのか? と疑いたくなる程です……
……本当にありがとうございます
P「まったく……」
真「ずっと我慢してきたんですよ! これぐらいいいじゃないですか!」
P「はいはい。 それじゃあ……お待たせ致しました……俺のお姫様」
真「………まったく……待たせ過ぎですよ…………僕の王子様」
僕達は再び口付けを交わした
長年眠り続けた想いを、目覚めさせるような長いキス
僕達がお互い見る事が出来なかった、空白の時間を埋めるような長いキス
幸せな時間
これからも続くであろう幸せな時間
この幸せな時間を途中でなんか終わらせませんよ
物語はハッピーエンドが基本なんです
だから……最後まで一緒ですよ
…………僕だけの王子様
おわりおわり
くぅ疲れてない
やっぱり真は最高だぜ!
secretbase~君がくれたもの~ を聴きながら書きました
君と夏の終わり将来の夢大きな希望忘れない
十年後の八月また出会えるのを信じて
いい歌ですよね
涙ちょちょ切れます
そんなワケで真ちゃん誕生日おめでとう!!!!
じゃあの
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