農家「魔王とかフザけんな」(996)

農家「ブチ殺す」

農家「ぬあっまた柵が壊れてやがる!」

アバレウシドリ 「コケコココココ!」

農家「テメエかあああ!死ね!!」
 ブンッ

アバレウシドリ「コケッ!?」
 グシャッ!

農家「毎日毎日次から次へと湧いてきやがって!」

農家「あーあー俺のかわいい野菜たちが……」

農家「……モンスターども、次きたら根絶やしにしてやる」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

剣を持った女の子「なにあのおじさん凄っ!強っ!」

杖を持った女の子「傭兵の方でしょうか?」

帽子を被った女の子「……たぶん……ちがう…………」

剣女「確かに傭兵だったらナタじゃなくて剣使うよね」

杖女「ということはこちらの民家の方でしょうか」

剣女「そうなんじゃない?野菜がどうとか言ってるし」

帽子女「……声……かける……?」

剣女「なんか近寄りがたいオーラ出してるけど……」

農家「ああん?何見てんだガキども」

剣女「げ、気付かれた」

農家「勇者だあ?フザけてんのか?」

剣女(女勇者)「うわあ、めっちゃ不振がられてるよ魔法使いちゃん……」

帽子女(女魔法使い)「……仕方……ない…………」

杖女(女僧侶)「えっと、こちらが王国から発行された証明書です」

農家「……はーん、偽物じゃなさそうだな」

農家「こんなガキどもがねえ」

女勇者「む。おじさんそれは失礼ですよ、これでもボクたち王立学院のトップ3なんですからね」

女魔法使い「……えっへん」
 ぽよんっ

農家「はーん」

農家(この嬢ちゃんチチでけえな)

女僧侶「信じてないですね……」

農家「信じろってほうが無理だろが」

農家「で?その勇者様御一行が何の用だ。野菜が欲しいなら直売所に行け」

女勇者「いやいやそういう話ではなく」

女僧侶「先程モンスターが出たという話を聞いて駆けつけてきたんです」

女勇者「来たときにはおじさんがやっつけちゃってたけどね」

女魔法使い「おじさん……すごい……」ぱちぱち

農家「たりめえだ、俺は農家だぞ」

女勇者「根拠になってないような……」

農家「テメエの畑くらいテメエで守れなくてどうする」

女勇者「わかるようなわからないような」

農家「用は済んだな。さっさと帰れ俺は忙しいんだ」

女勇者「むー、そんな言い方しなくてもいいじゃん」ぶーぶー

女僧侶「もう、駄目ですよ勇者ちゃん。すみません、お邪魔しました」

女勇者「ちぇー」

女魔法使い「……ばいばい」ふりふり

農家「じゃあな」



農家「さて、まず柵を直さねえとな」

農家「融資鉄線でも巻くか?」

融資鉄線ってなんだよ、有刺鉄線だよ馬鹿



女勇者「戦い方の話とか聞きたかったのになー」

女僧侶「勇者ちゃんはそればっかりですね」くすくす

女魔法使い「さすが……脳筋……」

女勇者「なんだとー!」うがーっ

村長「おお、勇者様。こちらにおられましたか」

女勇者「あ、村長さんだ」

女僧侶「何かあったんですか?」

村長「実は隣村がモンスターの群に襲われておるようで、今討伐隊を編成しておるところなのですじゃ」

女勇者「なっ!住民は無事なんですか!?」

村長「それがどうにもおかしな話でして、モンスターどもは食糧を漁るだけで襲ってはこないようなのですじゃ」

女勇者「へ?」

女勇者「……じゃあ問題ないんじゃ?」

女僧侶「…………」

女魔法使い「…………」

村長「…………」

女勇者「な、なんだよう?」

女魔法使い「勇者……今のはひどい」ハァ…

女僧侶「勇者ちゃんは都会育ちですものね……」ハァ…

農家「…………」

『そんな言い方しなくてもいいじゃない!』

農家「チッ、ガキが……」

農家「王国は何考えてやがんだ」

農家「……ん?」



女僧侶「いいですか勇者ちゃん、この辺りの村は生産者、つまり食糧を作ってくれている側なんです。こちらで生産された食糧は商会を通して国中に売買されています」

女勇者「うん」

女僧侶「つまりこちらにある食糧は国中の食糧でもあるんです。それがモンスターに奪われたらどうなるか、わかりますよね?」

女勇者「んー……?どゆこと?足りないなら買えばいいじゃん」

女僧侶「…………」

女僧侶「……だから、買うのはこちらの村からがほどんどなんです!買いたくてもそもそもお店に商品がなかったら買えないでしょう!」

女勇者「だったら注文」

女僧侶「シャァーラアァー――ップ!!」
 ごちーん!

女勇者「あ痛ァ!? 杖でぶつことないじゃん!!」

農家「おいテメエら、何騒いでやがる」

女魔法使い「…………やっ……ほー」

女勇者「あ、おじさ「話はまだ終わっていませんよ!」
 ごちーん!

女勇者「んぎっ!!」

村長「おお、農家殿。騒がせたようですまんのう……」

農家「いいけどよ、どう――」

女僧侶「いいですか勇者ちゃん!そもそも貴女の口にする食事に限らず身に付けているもの一つ残らず誰かが丹誠込めて作って下さった貴重なものなんです!作って下さる方々がいて初めて私達消費者が手にすることができるんですよ何でそんなこともわかってないんですか馬鹿ですか馬鹿なんですか馬鹿なんですねこの筋肉馬鹿!!」

女勇者「~~馬鹿馬鹿言わなくてもいいじゃんこの頭でっかち!運動不足で体中ぷにぷにしてるくせに!!」

女僧侶「喧嘩売ってんのかこのド貧乳がアアァァァァァァ!!」

女勇者「何だよこの無駄チチいいぃぃぃぃぃぃ!!」

農家「…………」


農家「オイ、黙れ」


 ゾワッ


女勇者「ぴっ!?」
女僧侶「ひっ!!」

農家「人の畑の前でギャーギャーギャーギャー……」

農家「死にたいのか?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……



女勇・女僧「「すみませんでした(土下座)」」

女魔法使い「……おー……」ぱちぱちぱち

村長「話を進めてもいいかのう」

農家「オラ馬鹿ガキども、村長の話聞きやがれ」

女勇・女僧「「はい」」


 ・ ・ ・

女勇者「よーするに、モンスターを追い払えばいいんだよね」

農家「……まあ要約すりゃそういうことだ」

女僧侶「けど、今追い返せても今後はどうするんでしょうか?王国に依頼しても応じて下さるとは限りませんし」

女勇者「っていうかさー、そんなに大事なら初めっから守ってればいいのに」

『大事なものを守れるようになりたいんです』

農家「……この辺りは強いモンスターが少ないからな、群が襲ってこなけりゃ村人だけで充分追い返せたんだ」

村長「今回のようなことはここ十数年ありませんでしたからなぁ」

女魔法使い「……と、いうか…………学院で……教わった……はず…………」

女勇者「う゛……だって勉強ニガテだしさ」

女僧侶「武術と魔法の授業はぶっちぎりでしたのに……」

女勇者「だってあれは楽しいもん」

女魔法使い「好きこそ……ものの……なんとやら……」

農家「ただの体育会系馬鹿だろ」

女勇者「おじさん酷っ!」くはっ

村長「……不安じゃのう。農家殿、よければついていって下さらんか?」

農家「また俺かよ……まあ、ガキどもがいいならいいけどよ」

女勇者「えっ何なに?おじさん一緒に来るの?」

農家「テメエらが信用できねえんだとよ」

女僧侶「う……」

女魔法使い「仕方……ない……」こくこく

女勇者「やっりぃ!ねえおじさん、途中で色々教えてよ!」

『もっとたくさんのことを学びたいんです』

農家「……チッ、少しだけならな」

女勇者「ひゃっはー!そうと決まれば張り切っちゃうぞー!イェーイ!」

女魔法使い「いぇー……い」

農家「……なんか遠足みてえなノリだな」

女僧侶「すみません……落ち着きがなくて……」

村長「フム……」

農家「あんだよ?」

村長「いやなに、お前さんにしては珍しく素直じゃと思うてな」

農家「うるせえクソジジイ」

村長「ほっほ。ま、とにかく頼むぞい。後からこの村からも討伐隊を送るからの」

農家「あいよ」

女勇者「おじさーん!はやくはやくー!」

農家「うるせえ!」

農家「チッ……いちいち似てやがる……」

農家「…………」

余談

農家→40代前半のおじさん ナタ使い 強いっぽい

女勇者→魔法剣士 箱入り娘 ボクっ子 スレンダー(自己申告)

女僧侶→回復、補助 修道院育ち ぷにぷにだがデブではない(自己申告) おっぱい

女魔法使い→援護兼主砲 のんびり屋 ロリ巨乳


なお、
女勇者<[越えられない壁]<女僧侶≦女魔法使い

女勇者「しっあわっせはぁ~、あっるいってこっない♪」

女勇者「だ~からあっるいっていっくんっだねぇ~♪」

農家「……元気なやつ」

女僧侶「は……ふっ……はぁ……」ぜー、ぜー…

女魔法使い「…………」スタスタスタ…

農家「おい小娘、大丈夫かお前」

女僧侶「はぁ……はい……」ぜー、はー…

農家「そんなザマでよく旅に出たな」

女魔法使い「……普段は……馬車だから…………」

農家「にしても体力なさすぎだろ、平地だぞここ」

女僧侶「武術……の……っ、成績……は……最低っ……オエッ」うぐ…

農家「おいおい……」

女魔法使い「……軟弱」

農家「嬢ちゃんは平気そうだな」

女魔法使い「……自信あり。ぶい」ピース

女勇者「おーい、僧侶ちゃんなっさけないぞー」

女僧侶「はっ……ひー……っ」

農家「……仕方ねえな、背負っていくか」

女勇者「なっさけないなー、モンスターが出たらどうするのさ」

農家「ここで倒れてたら一緒だろが。オラ、行くぞガキ」

女勇者「ちぇー」

女僧侶「……すみません」

農家「いいから休んでろ」

女魔法使い「…………」じー…

農家「あん?」

女魔法使い「……ウチも」

農家「……後でな」

女魔法使い「ん」コクッ


 ~ 隣村 ~

女勇者「だーれもいなーい。なんにもいなーい」

女勇者「何これ、ものけの手柄じゃん」

農家「【蛻の殻(もぬけのから)】だ馬鹿ガキ」

女僧侶「避難してるんでしょうか」

農家「襲われはしてねえってんなら、多分な」

女魔法使い「……足跡」

女勇者「んー……、狼っぽい感じのだね。でもこれおかしくない?」

女僧侶「何がですか?」

女勇者「村の外に向かってる足跡しかないよ」

女僧侶「反対側から侵入したのでは?」

女勇者「いやいや、そこじゃなくてさ」

農家「……足跡がこっちに向かってるのに、モンスターに出くわさなかったって?」

女勇者「そうそれ!さっすがおじさん!」

農家「遠回しに自画自賛してんな馬鹿ガキ」

女魔法使い「……ばかガキー……ぃ」

女勇者「何このアウェイ感」

女僧侶「勇者ちゃんの真意に気付けなかった私って……」

農家「馬鹿言ってねえで話聞きに行くぞ。避難所はこの先だ」

女勇者「むー、何でおじさんが仕切ってるのかなー。リーダーはボクなのにぃ」

農家「残念だったな。俺はテメエらの仲間じゃねえ、保護者だ」

女勇者「……子供扱いですかい」

女僧侶「反論できません……」

女魔法使い「……お父さん?」

農家「違う」

女僧侶「そういえば、おじ様はご家族の方は?」

農家「嫁と娘がいた。もう死んでる」

女僧侶「あ……ごめんなさい……」

農家「それよりおじ様って何だ、妙な呼び方しやがって」

女勇者「えー、だっておじさんはおじさんじゃん」

農家「チッ……まあいい、好きに呼べ」

女魔法使い「お父さん」

農家「なんでそうなる」


 ・ ・ ・

隣村人「怪我人はいねぇけんどよ、倉にあったモンは根こそぎ持ってかれちまっただぁよ」

隣村人「あん中にゃあ、明日王都に持ってく分もあったでなぁ。困ったもんだ……」

隣村人「モンスターならほれ、お前さんたちが来たほうに逃げてっただぁよ」

隣村人「食いもんによほど困ってただかなぁ、難儀なこったね」



女僧侶「……というのが村人からのお話です」

女勇者「結局何にもやることないんじゃーん」

女僧侶「そんなことありませんよ。今からモンスターを追いかければ原因くらいはわかるかもしれません。もしかしたら食糧も取り返せるかもですよ」

女勇者「かも、ばっかじゃん。もっとビシーッ!っと言い切れることないの?」

女魔法使い「……放置……すると……また、同じことが……起きる…………」

女勇者「かも。でしょ?」

女僧侶「可能性でも予防は大切です。とにかく行ってみましょう」

女勇者「しょーがないなぁ。ま、これも勇者の務めってやつかね」

農家「話は纏まったか?ならさっさと行くぞ」

女魔法使い「……はーい」

女勇者「ちょっ!だからリーダーはボクだってば!」


農家「しかしあのガキ、勇者のくせにちと性格がひねくれてねえか?」

女僧侶「ふふっ、大丈夫ですよ。文句を言いながらも実はいつも乗り気ですから」

農家「はーん、面倒くせえガキだな」

女魔法使い「……天の邪鬼」

女勇者「なんか言ったー?」

三人「「「別に」」」


 ―――
 ――
 ―

?1「……不味いな」かちゃん

?2「ッ、申し訳ありません!魔王陛下!」

?1(魔王)「ふん……これは人間の食い物であろう。こんなものが我が口に合おうはずもない。ワーウルフ、貴様ふざけているのか?」

人狼(?2)「とんでもありません!しかしながら、我々は――」

魔王「言い訳なぞ聞かん。『真空』」

人狼「……っ!か……は……っ!」

魔王「……ふん」パチンッ

人狼「っは!は……は…………」

魔王「見逃してやるのは今回だけだ。次は人間を持ってこい」

人狼「…………は」

 ―
 ――
 ―――

女勇者「うわぁ、ボロッちい砦……」

女僧侶「足跡はこの中に続いていますね」

女魔法使い「……気配……たくさん」

農家「んー……」

女僧侶「どうかしましたか?」

農家「いや。とりあえず中に入るぞ、見てても仕方ねえ」

女勇者「だーかーらー!」

女魔法使い「……置いていく」スタスタ

女勇者「もー!」タッタッタッ


女僧侶「あの……ところでそろそろ下ろしていただけませんか……?」

農家「すまん、忘れてた」

ウルフA「!」
ウルフB「ニンゲンダ!」
ウルフC「タイヘンダ!」

女僧侶「いきなり!?」

 *まもののむれがあらわれた!

女勇者「先手ひっ――」ダッ

農家「待て」がしっ

女勇者「ぐえっ」

ウルフA「ヒィ…ッ」ビクビク
ウルフB「ア、ノウカダ!」
ウルフC「ホントダ、ノウカダ!」

女僧侶「……へ?」

女魔法使い「……友達?」

農家「昔色々あってな」

ウルフC「ノウカダ!ヒサシブリダナ!」
ウルフB「ノウカ!ノウカ!アソブカ!」
ウルフA「ノウカ…?」ビクビク

農家「遊ばねえよ」

女魔法使い「……戦い……いらない……?」

農家「ああ、武器はしまっとけ」

女僧侶「は、はぁ……」

女勇者「」

農家「話がある、ワーウルフはどこだ」



魔王「……貴様」ザッ

農家「……ッ!テメエは」

人狼「なっ、農家殿!」

農家「よう。なんでテメエがここにいやがる」

魔王「ふん、随分と御挨拶だな人間。しかしなるほど、貴様が生きているとはな」

農家「残念だったなクソ野郎」

魔王「ふん……」

女僧侶「なんなんですかあの人……なんて凶々しい魔力……」

女魔法使い「……危険…………」

魔王「ほう、そやつらはもしや新たな勇者一行か」

女勇者「」

人狼「!勇者だと……」

魔王「いい機会だ。我も名乗っておこう」


魔王「我は魔王。真に世界を支配する者だ」

女勇者「」
女僧侶「なっ!?」
女魔法使い「……ッ!」

魔王「人間よ、勇者如きに我が覇道の邪魔は叶わぬと知れ」



農家「………………魔王?」

農家「テメエが、魔王だと?」

魔王「そうだ」

農家「………………」

農家「フザけてんのか」

 ゾ ワ ッ

人狼「ッ!!」ビクッ
ウルフA「ヒッ!」ビクビク
ウルフB「ノウカオコッテル!ナンデ!?」
ウルフC「シラナイヨ!」

魔王「本気だとすれば、どうする?」

 ゴゴゴゴゴゴ……

女魔法使い「……すごい魔力……!」

女僧侶「うわわ!砦が崩れそうですよ!?」

人狼「陛下……!」

農家「…………」

農家「ブチ殺す」

魔王「…………」

農家「…………」

勇者「」

間違えた ×勇者 〇女勇者


魔王「……ふん、やめておこう。勇者共如き相手にもならぬが」ジロッ

女僧侶「ひっ!」
女魔法使い「……」

魔王「貴様相手では分が悪い。ここは退かせてもらう」

農家「俺が逃がすと思ってんのか」

魔王「逃げるさ。往け、ゾンビ兵共」

 ボコッ ボコッ

ゾンビ兵「オオォォォ…」

魔王「ワーウルフ、貴様の処罰はこの男を殺してからだ」

人狼「…………」ギリ…

魔王「『転移』」
 フォン…

農家「…………チッ、クソ野郎が」

ゾンビ兵「ガアアアアア!」
 グワッ!

ウルフA「ヒ…」

農家「ふん!」
 ドゴッ!

ゾンビ兵「ギ」
 グシャッ

農家「おい小娘、浄化だ。嬢ちゃんはワーウルフ達を守ってくれ」

女僧侶「守るって、モンスターですよ!」

女魔法使い「わかった」コクリ

女僧侶「魔法使いちゃん!?」

農家「後で説明してやる。……おいガキ、いつまで寝てんだ」
 ベシッ

女勇者「おふっ!」

ゾンビ兵「グォォォ!」

人狼「くっ!」

女魔法使い「下がって。『炎壁』」
 ゴオッ!

ゾンビ兵「ォ…ォォ…」
 バチバチバチ…

女僧侶「詳しく聞かせてもらいますからね!『浄化』!」
 カッ!

ゾンビ兵「ォォォォォォ…ォ…」
 シュウウゥゥゥ……

女勇者「あれ!?何なにどうなってんの!?」

農家「戦闘だ。敵はゾンビ兵、トドメは小娘にやらせろ。浄化しねえと復活してくる」

女勇者「~~よくわかんないけどリーダーはボクだよ!いっくぞー!」

女勇者「『魔法剣・炎』!」
 ボワッ

女勇者「せえりゃああああああ!!」
 ブンッ!

ゾンビ兵「ギギギ…」
 ズバッ …ボウッ!

女僧侶「『浄化』!」

農家「ふっ!せっ!らあ!」
 ゴッガッドゴッ!!

ゾンビ兵「グ」
ゾンビ兵「ゲ」
ゾンビ兵「ゴ」
 グシャッ!!

女僧侶「『浄化』!」

女魔法使い「……きりがない」

農家「あのクソ野郎、召喚陣を仕込んでいきやがったな!嬢ちゃん、探せるか?」

女魔法使い「おまかせ……『サーチ』」
 キィィン…


 ――――ピカッ

女僧侶「!魔法陣が天井に……」

農家「おいガキ!勇者の電撃で焼き切れ!」

女勇者「だからリーダーはボクだってば!『昇雷』!」
 カッ!

 バリバリバリバリ!

人狼「雷撃魔法……本当に勇者なのか……」

女勇者「よし潰した!一気に行くよ、みんな魔法使いちゃんのそばに!」

農家「あいよ」

女僧侶「わわわ!」

女魔法使い「『反術結界』」
 キュィーン…

勇者「せーの……」

また間違えた ×勇者 〇女勇者


女勇者「『極大雷撃』!!」

 ―― カ ッ !

 ピシャーン! ゴロゴロゴロゴロ……

全ゾンビ兵「「「ゲギ…ォ ォォ…」」」

女僧侶「『浄化』!」

 シュウウゥゥゥ……


女勇者「……っし!いっちょあがりぃ!」

 *まもののむれをやっつけた!

 ―――
 ――
 ―

?「おや、魔王様。お早いお戻りでしたな」

魔王「側近か。出迎えご苦労、少々不愉快なことがあった」

?(側近)「勇者のことですかな?」

魔王「いや……あの男が生きていた」

側近「!なんと、もはや助からぬものと思えましたが」

魔王「ふん、全く忌々しい」

側近「ゴキブリのようなやつですな」

魔王「各地の将軍に伝えろ。奴の首を持ってくれば、褒美は思いのままだとな」

側近「承知致しました」

魔王「……ふん、我が下に降ればその力を役立ててやるものを」

魔王「所詮は人間か……つまらぬ」

魔王「そうは思わぬか、貴様も」

『………………』

魔王「…………ふん」

 ―
 ――
 ―――



女勇者「うげぇ……ひどい臭い……焦げ臭っ」

農家「腐臭よりはマシだろ。しかしまんまと逃げられちまったな」

女勇者「何があったか話してもらえるんだよね?」

農家「まあ待て、ちと整理すっから」


 ・ ・ ・

女勇者「よーするに、こっちのモンスター達が食糧泥棒で」

人狼「お前たち……」

ウルフA「ゴメンナサイ…」ビクビク
ウルフB「ションボリ…」
ウルフC「ノウカイナカッタ。ショウガナイ」

農家「お前らが行ったのは隣村だ馬鹿」

女魔法使い「かわいい……」ナデナデ

ウルフA「キュゥン…」
ウルフB「ズルイ!」
ウルフC「オイラモ!オイラモ!」

女僧侶「…………」

女勇者「あーうん、次行っていい?」

農家「おう」

女勇者「で、何故か魔王がいて戦闘になりかけたけど、ゾンビ兵を使って逃げられた……と」

農家「そういうこった。ワーウルフ、あのクソ野郎はいつから魔王になったんだ?」

人狼「……“あの後”です。すみません、言うべきではないものと」

農家「まあいいさ、どうせ結果は変わらねえ。それよりこれからどうする?もう魔王軍には戻れねえんだろ」

人狼「……一族を連れてどこか奥地に身を隠します。農家殿に教わった農業の知識がありますから、何とかやっていけるでしょう」

ウルフC「トーチャン、オイラタチデテイクノカ?」
ウルフB「ノウカ、アエナクナルカ?」
ウルフA「ウルウル…」ジワッ

農家「お前らが俺に懐いてくれんのは嬉しいけどよ……」

女僧侶「あの……ちょっといいですか」

農家「あん?」

女僧侶「おじ様とワーウルフさんたちはどういう……」

女勇者「そーそー。モンスターと仲良いなんて普通ないよね」

農家「そいつは教会派の認識だな。実際は王都の外に行けばこいつらみてえなのは沢山いるんだ。……殺すなよ?」

女魔法使い「しないしない」コクコク

女勇者「ま、話してわかるんならそのほうがいいよねー」

女僧侶「…………」

農家「小娘は納得できねえってツラだな」

女僧侶「すみません……教会の教えとは違っているもので、なかなか……」

農家「旅してりゃうだうだしてるヒマなんざなくなるぞ。スパッといけスパッと」

女勇者「即断即決、だね!」

農家「いや、テメエはもう少し考えて行動しろ」

女勇者「わう……」

女魔法使い「ワーウルフ……は、この辺りの管轄?」

人狼「え?ええ、はい」

女魔法使い「なら……ワーウルフがいなくなったら……?」

農家「まあ他のモンスターが来るだろうな。たぶんもっとタチの悪いやつが」

女勇者「あいやー……何それひなたぼっこじゃん」

農家「いたちごっこ、だ馬鹿ガキ」

女僧侶「そうなると、王都に依頼するしかないですよね……」

女勇者「えー、また戻るのぉ?めんどくさいなぁ」

農家「なんだ、テメエら転移魔法使えねえのか?」

女魔法使い「学院……には……魔導書が……なかった……」

女僧侶「大火災の時に消失したとかで」

農家「控え取ってなかったのかあの馬鹿共……」

人狼「そういうことでしたら、私がお教えしましょう」

農家「頼めるか?」

人狼「はい」

農家「というわけだ、テメエらは今日ここに泊まり込め」

女勇者「……どーゆーわけ?」

女魔法使い「勉強……会」

女勇者「うげ……マジで?」

女僧侶「……あの、失礼ですがワーウルフさんに襲われたり、しませんよね?」

農家「…………お前犬相手に欲情すんのか?」

人狼「ワーウルフです!」

農家「黙れ犬」

人狼「ぐぬぬ……」

女勇者「余計な心配じゃん?ちゅーかおじさんはどうすんの?」

農家「こいつらが盗んだ食糧を返してくる。日が暮れる前には片付くだろ。村長への報告は明日だな」

ウルフB「ノウカ、テツダウゾ!」

農家「たりめえだアホ。今日村に行った奴ら全員連れてこい、一気に運ぶぞ」

ウルフB「ワカッタ!」

女勇者「ほんとに懐いてるんだねー」

女僧侶「この目で見ても信じがたい光景です……」

農家「人間もモンスターも十人十色、千差万別。魔王みてえな人間もいりゃ、神様みてえなモンスターもいるのさ」

女魔法使い「……ワーウルフ、は?」

農家「なんてことはねえ、ただのどこにでもいる父親だ」

女勇者「ふーん」

ウルフDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ「「「ノウカ、キタゾ!」」」

女勇者「多っ!?」

農家「テメエら張り切りすぎだろ馬鹿か!?」



 ・ ・ ・



人狼「ですから、基本的には着地点安定のために目印となる陣を使うのが一般的ですね」

女魔法使い「障害物……は?」

人狼「それも含めての対策ですよ。うっかりすると“かべのなかにいる”なんてことになりかねませんから」

女僧侶「なるほど……」

人狼「既定の着地点がない時は、サーチ魔法などを応用して移動先の状態を調べるようにして下さい。次はそのやり方ですが……」

女勇者「うう……ちんぷんかんぷんだよ……」

女魔法使い「……がんばれ」

農家「うーす、まだ勉強中か?」

人狼「あと少しです。……勇者殿はまだかかりそうですが」

女勇者「ルーンが!ルーンが頭の中をぐーるぐルーン!」

女僧侶「勇者ちゃん、しっかりして!」

女魔法使い「これはひどい……」

農家「………………」

農家「おいガキ、真面目にやれ」

 ゾワッ!

女勇者「はいすみませんごめんなさい真剣に取り組まさせていただきますっ!!」ピシッ!

農家「んじゃ後は任せる……なに縮こまってんだ犬」

人狼「すみません、昔の癖が抜けなくて……」ガクガクブルブル


 *転移魔法 を 覚えた。

 *そして夜が明けた。

人狼「皆さん、お気を付けて」

農家「そっちこそな」

ウルフB「ノウカ!マタナ!」
ウルフC「マタナ!ゼッタイナ!」
ウルフA「クゥーン…」ショボーン

人狼「そうだ、勇者殿にはこれを」

女勇者「ん?何これ、首飾り?」

 *真紅の爪 を 手に入れた。

農家「おい」

人狼「魔王城を目指すのなら、必要になります」

女勇者「ふーん。おっけ、預かっとくね」

農家「チッ、意味わかってんのかガキ……」

女僧侶「私達は勇者一行ですから」

女魔法使い「いずれ……は……行く……はず……」

女勇者「さてー、出発出発ぅ!」

人狼「ご武運を!」


 ・ ・ ・

女勇者「おじさんも王都まで来るの?」

農家「証人がいた方が話が早いからな」

女勇者「うーん、よくわかんないけどいっか!んじゃ魔法使いちゃん、よろしく!」

女魔法使い「了解」コクリ

女勇者「お、マジメモードだ」

農家「なんか違うのか?」

女勇者「少しキビキビしだしたらマジメモードだよ」

農家「はーん」

女僧侶「よろしくお願いしますね」

女魔法使い「行く。……『転移』」

 シュンッ


 ~ 王都 ~

女勇者「おおっ!ほんとに一瞬で着いた!」

女僧侶「馬車でも3日はかかりますのに……」

農家「一度行った場所なら覚えてさえいりゃ自由に行き来できるからな。まあ集団移動には才能が不可欠だが」

女魔法使い「……えっへん」
 たゆん

農家(……やっぱチチでけえな)うーむ…

女勇者「それじゃ、ささっとお城まで報告に――」

?「その必要はねえぞ!」

女勇者「い?」

農家「よう、相変わらず装飾過多な格好してんな国王」

?(国王)「ガハハハハハ!テメェも変わりなく薄汚ェカッコしてやがんなァ!!」バシバシ

農家「叩くなタコ助」ガッ

国王「うっせぇ畑作バカ」ゲシッ

農家「農業馬鹿にすんな」べしっ

国王「はいはい美味しいご飯をありがとうございまァーす(棒)」ドカッ

農業「やんのかテメエ!!」

国王「おお上等だ表に出ろい!!」

女魔法使い「……既に……外……」

女勇者「」
女僧侶「」

女勇・女僧((王様にタメ口きいてるー―――っ!?))

 ~ その頃、城内 ~

「おい、そっちいたか!」

「西塔はいねえ!東は?」

「階段裏にも棚の中にも壁の隙間にもカーテンの影にもいなかったぜ」

「どこ捜してんだお前は!?」

「かくれんぼかよ……」

「つーか王様自由すぎんだよ!毎度捜す羽目になる第一師団の立場も考えてくれ!」

「お前それ師団長の前でぜってー言うなよな」

「クビが飛ぶぞ」

「いや、全力で同意されて土下座で「ガマンしてくれ!」だろうな」

「……かえってそっちのほうがキツいわ」

「はいはいだべってる暇があったらさっさと捜す!」

「げ、口うるさいのが」

「何か言いまして?」

「なんでもあーりゃっすぇーん」

「言葉は正しく!」

「おーい」

「ん?」

「見張り台から連絡。外にいたってさ」

「」

「マジかよ……まさかまた抜け穴増やしたのか……」

「で、どうも殴り合いの喧嘩してるらしいって」

「ぶっ」

「何してやがんだあの人!?」

「勇者一行も一緒にいるみたいだよ」

「止めろよ勇者ァアア!!」

 ~ 王都、市街 ~

農家「……9784戦」

国王「……9784引き分け、か」

 ドサドサッ

女勇者「あまりの展開にまるでついて行けない……」

女僧侶「――はっ!?こ、国王陛下!おじ様!大丈夫ですか!?」

国王「おう任せろ」すくっ

農家「この程度の傷、2秒で治らあ。農家舐めんな」すくっ

女魔法使い「おー……」ぱちぱちぱち…

国王「いやそれ農家関係ねェだろが」

農家「いいや、あるね」

国王「ねェよ」

農家「ある」

国王「ねェ」

農家「ある」

国王「やんのかテメェ!!」

農家「来いよ叩き潰してやらあ!!」

女僧侶「なんでまたケンカになってるんですか!?」

女魔法使い「……仲良し?」

農家・国王「「うん」」
女勇者「いきなり素に戻った……」

国王「切り替えの早さは戦況を大きく左右するからな。お前もいざという時はパッと動けるようにしとけよ!ガハハハハハ!」

女勇者「あ、はい。っていうか、お久しぶりです陛下」

女魔法使い「……や……ふ」

女僧侶「お久しぶりです、国王陛下」

国王「うんうん、やっぱお前らは華があるよなぁ!第一師団のやつらとは大違いだ!」

農家「軍部に何を求めてんだテメエは」

国王「……癒やし?」

農家「嫁にでも甘えてろタコ助」

国王「さて、はしゃぐのはこのくらいにしておくか」

女勇者「あ、はしゃいでたんですか」

国王「まあなぁ、こっちからホイホイ出掛けるわけにゃいかねーし、かと言ってコイツ滅多なことじゃ畑から離れねーし」

農家「農家だからな」ウン

女僧侶「はぁ……」

女魔法使い「2人は……友達……?」

農家「というよりは」ウーン…

国王「腐れ縁みてぇなもんか」

農家「まあ昔話は後で聞かせてやる。今は先に魔王の件を話さないとな」

国王「あン?とうとう動いたのか?」

農家「むしろ会った」

国王「……は?」

農家「しかも正体があのクソ野郎だった」

国王「ぶっ!おいおい、マジかよそりゃ!?」

農家「ワーウルフも魔王って呼んでたから間違いねえ……ったく、俺らの世代はろくでもねえ野郎ばっかだな」ハァ…

女勇者「はい!」挙手

国王「はい勇者」

女勇者「とりあえず、詳しい話はお城でしたほうがいいと思います!」

女僧侶「そうですね。立ち話で済ませられるような案件ではありませんし」

国王「ヤダ、めんどい」キリッ

農家「ガキかテメエは」ばしーん!

国王「った!頭ひっぱたくんじゃねーよ!」ガッ!

農家「いいからさっさと行くぞタコ助」ぐいいーっ

国王「痛ェ!耳引っ張ンな……あいだだだだだ!!」ずりずり…

女勇者「」ぽかーん…
女僧侶「」ぽかーん…

女魔法使い「……仲良し……良いこと…………」スタスタ

女勇者「……はっ!待ってよー!」

女僧侶「おじ様と陛下、どういう仲なんでしょう……」


 ・ ・ ・

国王「大臣に超怒られた」

農家「何故か俺まで怒られた」

女勇者「自業自得だと思うんだけど」

国王「さておき。今回の件については今日中に対策を固めておく。明日伝令代わりに村まで行ってもらうから、今日は夜まで自由にしてていいぞ」

農家「話が済んだならもう帰っていいか?畑耕してえ」

女勇者「えー、色々訊きたいことあるのに」

国王「だとよ。まぁうちの可愛い娘の頼みだ、きいてくれや」

農家「あ?娘?誰が?」

女勇者「はい」挙手

農家「…………」


農家「テ メ エ はあ!何考えてんだああああああ!!」
 ギリギリギリ…!

国王「ちょっギブギブ!首しま゙っ゙!!」
 バンバンバン!

農家「どこの世界に娘を勇者として送り出す王様がいるんだこの素っ頓狂があああ!!」
 ギリギリギリ…!

国王「……ッ!…………ッ!」
 ブクブクブク…

女僧侶「あわわわわ!落ち着いて下さい!完全に締まってます!」

女勇者「人間ってほんとにアワふくんだねー」

女魔法使い「……ねー」

女僧侶「しみじみ言ってないで止めましょうよ!?」



国王「黄泉が見えたぜ……」フー…

農家「あークソ、無駄に疲れちまった」ハァ…

国王「言いたいことはわかるがな……まあまた夜にでも話そうや」

農家「くっだらねえ理由だったら……」

国王「だったら?」

農家「削ぐ」

国王「何を!?」


 ・ ・ ・

女勇者「というわけで、夜まで自由行動!」

女魔法使い「おー……」

女僧侶「では、私は一度教会へ行ってまいります」

女魔法使い「学院……図書館……」

女勇者「おじさんはボクの鍛錬に付き合ってくれたら嬉しいなー?」上目遣い

農家「俺は我流だから参考にはならねえぞ?」

女勇者(む……上目遣いも効果なしかー……)

女勇者「まぁ、ボクもだいぶ我流アレンジしてるほうだから、変なクセとかついてないか見てほしいかなーって」

女勇者「ついでになんかコツがあったら教えてくれたら嬉しいなーって」テヘリ

農家「そうかい。ま、構わねえぞ」

女勇者「やった!じゃー早速外に行こー!2人とも後でねー!」

農家「外かよ。まあいいか、じゃあな」

女僧侶「お気を付けて」

女魔法使い「……いってらー」ふりふり


 ・ ・ ・

女勇者「そういえばさ、おじさんって魔法使えない人?」

農家「使わない人だ。必要な機会も少ねえし」

女勇者「そっか、農家だもんね」

農家「使えねえわけじゃねえが、タコ助ほどじゃねえな」

女勇者「ふーん……ところで何でタコ助?」

農家「ハゲだから」

女勇者「あー」

農家「オラ、素振り止まってんぞガキ」

女勇者「ガキって……そりゃボクはおじさんから見たらまだ子供だけどさー……」

農家「小娘と嬢ちゃんのほうがまだ大人びてるな」うん

女勇者「納得いかーん!」うがーっ!

農家「で、ひと通り見せてもらったわけだが」

女勇者「はい」正座

農家「まず使う剣を変えろ、重さに振り回されてんじゃねえか。魔法剣ってのは元々がパワー不足を補う手段なんだ。剣が振れねえようじゃ話にならん、威力より速力だ」

女勇者「ふむふむ」

農家「次に魔法だがな……なんで火と風しかまともに使えねえんだよ!テメエ属性バランス悪すぎだ!せめて4属性くらいはキッチリ使えるようにしやがれ!」

女勇者「う……痛いところを……」

農家「特に雷撃魔法は複合上位魔法だ。総合レベルが高くねえとまともな威力なんざ出やしねえ。極大雷撃なら本来はここの城くらい丸ごと消し飛ぶモンなんだぞ、ゾンビ兵倒すのがやっととかショボすぎんだろが。テメエが勇者じゃなかったらそもそも発動すらしねえよ」

女勇者「まくし立てないでよう……」しょんぼり…

農家「ったく、学院は何を教えてやがるんだ」ハァ…

農家「ひとまず剣買いに行くぞ」

女勇者「はーい」起立

農家「その後は地と水の魔法訓練からだな、最低でも魔法剣が使えるレベルまではなんとかしろ。それから基礎体力の強化に剣術と体術の補強と、魔法術式の最適化、魔法剣の持続力の向上訓練、魔力の底上げ、それと……」

女勇者「ちょっ、そんなにやるの!?」

農家「誰も1日でやれとは言ってねえよ。ただ毎日効率的にやっていかねえと旅するヒマもねえけどな」

女勇者「うえぇ……勘弁してよぉ……」

農家「別にやらなくてもいいんだぞ。途中でモンスターに喰われてもよけりゃあな」

女勇者「うぅ……シビアだー……」

女勇者「っていうかさ、おじさん何でそんな色々詳しいの?お願いしといてなんだけど」

農家「何でって、そんなもん決まってんだろが」
女勇者「うん?」

農家「農家だからだ」

女勇者「なるほど」

女勇者「…………」

女勇者「いやいやいやいや!」


 ・ ・ ・

女勇者「うーん、新しいのに手に馴染む……」

農家「モノが自分に合ってる証拠だ」

女勇者「そっちの剣はどうすんの?」

農家「素振り用と予備代わりだ。ちっと細工すっけどな」

女勇者「なるほど、リサイクルだね」

農家「ま、そんなところだ。しっかしいつの間にかもう昼時か……腹減ったな」

女勇者「え?まだ鐘鳴ってない――」

 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、
 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン…

女勇者「……おおぅ」

農家「農家の腹時計ナメんなよ」

女勇者「んー、そしたら学院の近くにいいお店があるから、そこ行こっか」

農家「任せる」

女勇者「たぶん僧侶ちゃんたちもいるんじゃないかなー」

女僧侶「あ、勇者ちゃん、おじ様」

女魔法使い「……へーい」片手を上げて

農家「おう」ハイタッチ
 パンッ

女勇者(ごく自然にハイタッチですかい……)

女勇者「2人ともお昼まだ?」

女僧侶「はい。ちょうどここで鉢合わせになったところで」

女魔法使い「おなか……すいた……」
 きゅるるる…

農家「ぷっ。よし、んじゃみんなで食いに行くか」ナデナデ

女魔法使い「ん」ナデラレ

女僧侶「いつものところですか?」

女勇者「そだよん。あーでも席空いてるかなぁ」

女僧侶「その時は王女権限で人払いを」

女勇者「んなことしたらパパに怒られるっつーの」

農家(タコ助、まさかのパパ呼ばわりかい……)


 ・ ・ ・

女勇者「空いててよかったぁ。正直別のお店まで行く気力なかったよ」ぐてー

女僧侶「勇者ちゃん、はしたないですよ」

女魔法使い「……邪魔」

農家「俺のヒザに座ってるテメエが言うな。つーか降りろ」

女魔法使い「ヤ」

農家「おーい……」

女勇者「……魔法使いちゃん、ずいぶん懐いてるね」

女僧侶「……おじ様の父性の賜物でしょうか」

女勇者「それより何食べよっか。ボクは3倍ハンバーグ2人前!」

女僧侶「相変わらず食べますね……豚生姜焼き定食、豚肉2倍増しで」

女魔法使い「……チャレンジメニューの10倍ステーキセット」

女勇者「……一番小柄なのに一番食べるよね」

女僧侶「おじ様はどうします?」

農家「テメエらちょっと待て」

女勇者「ん?何?」

農家「肉ばっかじゃねえか、野菜を食え野菜を」

女勇者「えー、野菜なんかじゃパワー出ないもん」

女僧侶「そうですよ。冒険者である以上は体力は必要ですし」

女魔法使い「……野菜だと……物足りない」

農家「あのな……冒険者だからこそ栄養はバランスよく取らねえと、ヤバい病気もあるんだぞ?」

女勇者「そこはまぁ、気合いで」

農家「気合いで壊血病やら栄養失調やらが克服できたら誰も死なねえよ馬鹿ガキ」

女僧侶「う……それは怖いですね……」

農家「第一そんな肉ばっか食ってたら太るぞ」

女勇者「あ、ボクと魔法使いちゃんは体質的に太らないから大丈夫だよ」

女魔法使い「ん」コクコク

女僧侶「ぐぬぬ……恨めしい……!」

農家「まあそこは大した問題じゃねえんだけどな……」

農家「テメエら仮にも女だろ」

農家「あんまり肉ばっか食ってやがると……」

農家「肌がガッサガサになるぞ?」



女勇者「温野菜スープ特盛り2人前!」

女僧侶「大盛りシーザーサラダ~プチトマトを添えて!」

女魔法使い「……油少な目なんでも野菜チャンプルー。チャレンジメニュー版」

農家「バランスよくっつっただろうが!野菜に偏ってどうする!」

女勇者「ところでおじさんは?」

農家「暴れ牛鳥の超野菜カレー(マジ辛)3人前」

女勇者「何それそんなのあったの!?ていうかマジ辛って何!?」

女僧侶「暴れ牛鳥って食べられるんですね……」

農家「いや、説明に注釈で単に牛肉と鶏肉が一緒に入ってるだけと書いてあるな」

女勇者「……おじさんも相当肉だらけじゃん」

農家「だが一応野菜カレーだぞ。サラダも注文するけどな」

女魔法使い「……ステーキ」

農家「……食いたきゃ食え。その代わり野菜も食うんだぞ」

女魔法使い「ん」コクコク

女勇者「すみませーん、注文いいですかー?」


 ・ ・ ・

<アリャアットゥヤシター

女勇者「あの店員さん新人だったみたいだね。顔引き吊ってたし」

農家「そりゃこんなちっこいのがあれだけ食や誰だってビビるだろ」

女魔法使い「……チャレンジメニュー……ダブル制覇」ぶいっ

女僧侶「店長さんも感動して泣いてましたね」

農家「ありゃ悔し涙だろ……」

女勇者「そういえばお金払ったことないなぁ」

女僧侶「毎回賞金で支払いしてましたからね」

女魔法使い「……お腹いっぱい……お財布ぬくぬく」

農家「よく出入り禁止にならねえな」

女勇者「だってボク王女だし」

農家「最悪だなオイ」

女勇者「でも代わりに税金一部免除だよ?」

農家「変なところで権力乱用してんじゃねえよ……」

農家「小娘と嬢ちゃんはこの後どうするんだ?」

女僧侶「特別やることもないので、読書でもしようかと」

女魔法使い「……のんびり……お昼寝」

女勇者「のん気だなー、ヒマなら一緒に鍛錬しない?おじさん超詳しいよ」

農家「また俺か……ま、いいけどな。どうする?」

女魔法使い「行く」

女勇者「お、マジメモードだ」

女僧侶「うーん……私ひとりだけのんびりするわけにもいきませんね、ご一緒します」

農家「ん。じゃあ行くか」

3人「「「おー!」」」

農家「……いよいよ保護者じみてきたなこりゃ」

女魔法使い「お父さん」

農家「何故そうなる」

女勇者「……そういえば、何故にお父さん?」

女魔法使い「なんとなく」


 ・ ・ ・

女僧侶「ぜーっ、ひーっ、ぜーっ、ひーっ!」

農家「……小娘ほんっとに体力ねえのな」

女僧侶「うぶ」うっぷ

農家「おいおい」

女勇者「はいはいあっち向いてー。ほら水」

女魔法使い「……なさけ、ない」

農家「小娘は体力作りからだな……」

  ~

女魔法使い「……ふっ。やあっ。とう」攻撃

女勇者「おわっち!わたた!ぬえいっ!」防御

農家「ほお、嬢ちゃんなかなかやるな」

農家(掛け声がなんか気が抜けるが……)

女勇者「ぐぬぬ……おのれ世を歩く田中めー!」

農家「誰だよ田中……何言ってんだお前」


 ・ ・ ・

農家「総合力で見れば嬢ちゃんが1番か。ガキの立つ瀬がねえな」

女勇者「ふーんだ、剣術だけならボクのが上だもんね!」

農家「魔法使いに武術で負けてたら話にならねえだろ馬鹿ガキ」

女魔法使い「……いぇーい」ぶいっ

女勇者「くそう、反論できぬ……!」

農家「……で、小娘」

女僧侶「……ぁぃ」

農家「……大丈夫かお前」

女僧侶「…………」ふるふる

農家「……テメエは本格的に基礎体力付けるとこからだな」

女勇者「馬車頼みの旅の思わぬ盲点が……」

農家「いや馬車関係なく体力なさすぎるっての」

女魔法使い「……貧弱、貧弱ゥ」

女僧侶「……申し訳、うぶ」うっぷ


 *そしてその夜・・・。

国王「弟子はとらねぇんじゃなかったのか?」

農家「そんなこと言ったか?」

国王「俺が頼んだとき断ったじゃねーか」

農家「何が悲しくて同年代の男を弟子にせにゃならんのだタコ」

国王「……そりゃそうか」

農家「あれからもう20年か、早いもんだな」

国王「そうだなぁ、先々代の勇者として俺が旅に出て」

農家「世間知らずな振る舞いのせいで俺にボコボコにされて」

国王「まさか農家に太刀打ちできねぇとは思わなかった」

農家「農家舐めんな。魔王相手でも負ける気がしねえよ」

国王「いやそれはさすがにテメェだけだろ、未だに手加減してやがってこの野郎」

農家「王様が農民に負けてたら立場がねえだろうが」

国王「……勝てる気がしねーよボケ」

農家「そうかい」

農家「そういや馬鹿ガキ、いくら勇者の素養があるっつっても荒削りすぎやしねえか?」

国王「やっぱそう思うか?」

農家「あれで学院トップクラスってどういうことだよ、レベル低すぎんだろ」

国王「そりゃあ……なぁ?」

農家「……なんだよ」

国王「まぁ指導者をまず育てなきゃなんねー状況だからな、全体的にレベルダウンしてんのはしょうがねぇのよ」

農家「それこそテメエが教えりゃいいんじゃねえの?」

国王「お前国王の忙しさ舐めんな。今日も隣国との会談だけで3ヶ国飛び回ってんだぞ」

農家「あー、それで思い出した!テメエ魔導書焼失しただろ!ガキどもに聞いたぞ!」

国王「ゲ!あいつら余計なことを……」

農家「せめて控えくらい初めから残しとけよ!もし魔女の耳に入ったら……お前……ッ」ガクガク

国王「止めろ!考えたくねえ!」ブルブル

農家「……まあどっちにしろ言いに行かなきゃなんねえんだけどな」ハァ…

国王「任せた!」キリッ

農家「ブチ殺すぞテメエ」

国王「で。これからどうするんだ?」

農家「例えばあのままガキどもを旅させたらどうなると思う?」

国王「野垂れ死ぬ」


国王「ちょ肩もげるギブギブギブ!!」バンバン!

農家「わかってんなら保護者くれえ付けろこのスットコドッコイ!!」ギリギリ…


国王「もげるところだよ畜生……」

農家「やらねえだけありがたいと思え」

国王「で、どうするんだよ?」

農家「……しょうがねえから俺が行くしかねえだろ」ハァ…

国王「だよなぁ」

農家「つーか、あいつらもう俺が同行するもんだと思ってるっぽいしな。今更放り出すわけにもいかねえのよ」

国王「かーっ!あいっかわらず面倒見のいい野郎だなテメェは!」

農家「農家だからな」

国王「いや関係ねえだろ」

国王「それにしても……お前なんで勇者じゃねえんだろうなぁ」

農家「農家だからだろ」

国王「いやむしろ勇者の素養なしでそこまで強ェとか意味がわかんねーし」

農家「農家だからだろ」

国王「テメェ農家を何だと思ってんだ!」バシッ

農家「アアン!何か文句あんのかテメエ!」ガッ

国王「ヤんのかゴルァ!!」

農家「農家の力を思い知れ!!」



「うわぁ、またやってるよ……」

「そのうち城が崩れたりしてな」

「いやいや笑えねーから」

「農家マジパネェ」

「農家って何なの」

「……さぁ」


 *そして夜が明けた!

女勇者「それじゃー、行ってきまーす!」

国王「おう。農家、後は頼むぜ」

農家「そっちもな」

女僧侶「では、行ってまいります」ペコリ

女魔法使い「……ばいばーい」


 ・ ・ ・

 ~ 農家の村 ~

村長「そうですか……行かれますか……。寂しくなりますなぁ」

農家「後のことは国王がなんとかすっから、うちの畑は任せるぜ」

村長「ほっほっほ。なあに、畑一つくらいたやすいことですじゃ」

女勇者「それで、これからどこまで行くの?」

農家「まずは街道沿いに北の村までだな。そこから東の遺跡に旅の扉っつーもんがある。そいつで他の大陸に行く」

女僧侶「船は使わないんですか?」

農家「今のテメエらの実力じゃ海の藻屑になるのがオチだ」

女魔法使い「……納得」

女勇者「えー、それは侮りすぎじゃん?漁師だって海には出てるでしょ?」

農家「テメエ海の男ナメんな。つーか、テメエらは一人じゃまだ一般兵にも勝てねえレベルなんだよ。海の男どもは全員小隊長クラスだと思え」

女勇者「いやいや、まっさかぁ」

女僧侶「というか例えがよくわかりません……」

農家「キングスライムを片手でなぎ払うレベル」

女勇者「強っ!?」

農家「わかったらさっさと行くぞ。時間の無駄だ」

女魔法使い「……おんぶ」

農家「……はいはい」しゃがみ

女魔法使い「♪」よじよじ
 むにゅん

農家(……背中に柔らかすぎる感触が)

女勇者「あれ、なんだろう……なんか負けた気がする……」


 ~ 街道 ~

農家「それでは鍛錬を始める」

女勇者「え、北の村に行くんじゃないの?」

農家「鍛錬しながらな。時間が勿体ないだろ」

女僧侶「はぁ」

農家「つーわけでこのバンドを1つずつ足首に巻け」

女勇者「そんなんでい――って何これ剣より重ォ!?」ズシッ!!

女僧侶「……ッ!?」ズシッ!!

農家「目標はそれ20倍な。付けたまま自由に動けるようになれ」

女勇者「20倍!?いやいやいや無理無理無理!いくらなんでもありえない!!」

農家「何も脚力で上げろっつってんじゃねえよ、魔法を使え魔法を」

女勇者「それでも重いって!だいたい、魔法使いちゃんはどうなの!?」

農家「いやこいつ50倍までいけるし」

女勇者「」

女魔法使い「……よゆー」ぶいっ

農家「嬢ちゃんはこのまま魔力の純化訓練だ。慣れるまで集中力が必要だからそれまでおんぶのままな」

女魔法使い「ん」コクコク

女勇者「純化って?」

農家「属性については話しただろ。純化ってのは特定の属性の魔力だけを仕分けする作業だ。これが出来ると威力が格段に上がるんだ」

農家「つってもお前らにゃまだ無理だけどな。訓練を続ければ魔力の結晶化まで出来るようになる。まあそこまでは必要ないだろうが」

女勇者「それができるとどうなるの?」

農家「いわゆるスクロールが作れる」

女勇者「おおっ」

女僧侶「あの、ちょっといいですか……?」

農家「どうした小娘」

女僧侶「これ、持ち上がりません……」

農家「…………」

女僧侶「…………」

農家「……もう半分にしとくか」

女僧侶「……はい」

農家「うーし、そんじゃ行くぞー」

女魔法使い「おー」

女勇者「お、おぉ~!」摺り足

女僧侶「ぉぉおおぉーっ!」ど根性

農家「急がねえと日が暮れるぞー」

女勇者「いや待ってこれマジに重いっ!ぐぬぬ!」ズリズリ…

女僧侶「ち、から、が、はいらな、い、ですっ!」ズ…、ズ…、

女魔法使い「…………」集中

農家「モンスターが出る前に動かし方を身に付けろよ、死ぬぞ」

女勇者「この鬼畜ぅ!!」


 ・ ・ ・

女勇者「靴底がなくなりそうですたい」ズリズリ

農家「膝が上がるようになったら1本追加な」

女勇者「普通の歩き方がわからなくなるよ!?」ズリズリ

農家「摺り足は剣技の基本だろが」

女僧侶「ふっ……はっ……ふっ……はっ……」スッ、スッ、

農家「見ろ、小娘のほうが余裕あるぞ」

女勇者「ぐぬぬ、重さ半分とはいえこの差は……っ」ズリズリ

農家「元々体力がねえ分動きに無駄が少ないからな。魔力の流れも綺麗なもんだ」

女勇者「むぅ、負けられん!」グッ

 ガッ

女勇者「ぷぴゃん!?」 びたーん!

農家「……大丈夫か?」

女勇者「ゔゔ……はな゙が……」

女魔法使い「……どんまい」


 ・ ・ ・

農家「飯時だ。ここいらで休むか」

女勇者「うぇ、もう?」ゼー、ハー、

女僧侶「はぁっ、ちっとも、ふぅっ、進んだ、ひぃっ、気が……うぶ」うっぷ

農家「あーあーあー無理して喋るなっつーのに……ほらあっち向け」さすさす

女僧侶「うえぇ……」

女勇者「僧侶ちゃんじゃないけど……しんどぉー」座り込む

農家「テメエはやっぱ魔力の扱いに難があるな。逆に小娘は普通より歩けてるみてえだが」

女勇者「魔法使いちゃんは?」

女魔法使い「…………」ダラダラ

女勇者「うわ汗すごっ!何事!?」

農家「おい。……おい、しっかりしろ」ゆさゆさ

女魔法使い「…………あ、何?」

農家「休憩だ。降りられるか?」

女魔法使い「……。動かない」

女勇者「……純化ってそんなキツいの?」

農家「慣れるまではな。ぶち撒けたビーズの山から同じモンをひとつひとつ探していくようなもんだ」

女勇者「うわぁ……そりゃまた……」

農家「成果は出たか?」

女魔法使い「ん。はい」
 ポウッ

女勇者「おおぅ、綺麗な緑色の光。なんか宝石が光ってるみたい」

農家「風属性の魔力だ。なかなかの純度だな、初めてでこれは誇っていいぞ」

女魔法使い「……いぇーい」

女勇者「それ、どうするの?」

農家「そうだな……おいガキ、お前風属性は扱えたよな」

女勇者「うん」

農家「んじゃ……あの樹に向けて中級魔法撃ってみろ」

女勇者「普通に?」

農家「ああ」

女勇者「ちょっと遠いけど……よし」

女勇者「『中級風撃』! 別名、圧縮空気爆弾!」

 ヒュオオォォォ・・・
  ゴオオオオオッ!

 *圧縮された空気が弾けて暴風を起こした!

 *樹は粉々になった!

女勇者「……ふいぃ~、今ので魔力切れたぁ」はふぅ

農家「撃てただけ上等だな。そんじゃ次は嬢ちゃんが純化した魔力を使ってもう1回だ」

女勇者「あ、そういえばボクたち魔力の受け渡しとか習ってないよ?」

農家「その辺りは織り込み済みだ。ほとんど渡す側の仕事だし、純化訓練がそのまま基礎になるからな」

女魔法使い「おー……」

農家「一度手本見せとくか。ガキ、手え出せ」
 ポウッ

女勇者「ほい」

農家「ほれ」
 ポワワ…

女勇者「うわなんかくすぐったい!キモい!」

農家「キモいとか言うなボケナス」

女勇者「うわぁ……なんか泥に手ぇ突っ込んだみたい」

農家「違和感があるってことは俺の渡した魔力が体に馴染んでねえってことだ。時間が経てば勝手に馴染む」

農家「が、そいつは魔力総量を回復したい場合の話でな。逆に馴染まないよう意識してやれば、受け取った分の魔力だけを使って魔法を使う、なんてこともできるわけだ」

女勇者「ほうほう。……あ、違和感なくなってきた」

農家「普通は大体60秒程度で馴染む。ま、意識して早くも遅くもできるけどな」

女勇者「使い方はこっち次第ってわけかー」ふむ

女魔法使い「次、ウチの」はい

女勇者「おっけー」ほい

農家「触れた箇所から魔力を移すだけだからそう難しくはねえだろ。ボケナスは吸収しちまわねえようにだけ気を付けてろ」

女勇者「うへ、やっぱなんかくすぐったい」

農家「そのうち慣れる」

農家「余談だが、熟練者になると離れた場所からでも魔力の譲渡が可能だ。ま、その前にマーキングやらなんやら覚えねえとだがな」

女勇者「マーキングって?」

農家「仲間を判別するためのサインみてえなもんだ。範囲型の魔法でいちいち障壁張って下がる必要がなくなるぞ」

女勇者「なんと!」

農家「それはそれとしてだ。次はあの樹を狙ってみろ」

女勇者「……さっきより遥かに遠いのですが」

農家「3倍くらいだな」うん

女勇者「もはや米粒ですやん」

農家「いいから。騙されたと思って撃ってみろ。くれぐれも逸らすなよ」

女勇者「大丈夫かなぁ……『中級風撃』」

  カ ッ !

 ズドドドドドドドド!
 ズオオォォォォォォォォ!!

女勇者「」

 *圧縮された大気が大爆発を起こす!

 *まもののむれ を やっつけた!

農家「……巻き添えくったモンスターがいるっぽいな」

女勇者「いやいやいやいや威力上がりすぎだよ!?弾道上の地面が抉れに抉れてるよ!?」

農家「だから逸らすなっつったろ」

女勇者「……ちなみに逸れるとどうなるの?」

農家「何かにぶつかるまで直進する」

女勇者「」んなアホな…

女魔法使い「……体験談?」

農家「そうじゃねえ。中級風撃の本来の性質がそういうモンなだけだ」

女勇者「げ」

女勇者「……ん?本来の?」

農家「……お前」ハァ…

女魔法使い「……勇者は……学がないから」

女勇者「な、なんだよう!」

農家「問い1。魔法を編み出したのは誰?」

女勇者「……誰?」


女勇者「あだだだだだだ!割れる割れる割れる!」頭蓋骨がっ!
 ギリギリギリギリ…

農家「基礎教養すらねえのかテメエはああああ!!」

農家「性質もわかってねえモンをよく使えるもんだなオイ……」ハァ…

女勇者「ねえボクの顔歪んでない?大丈夫?」

女魔法使い「……いつもどおり」

女勇者「それはどういう意味で?」

女魔法使い「…………」フイッ

農家「ボケナスは勉強も追加だな」

女勇者「いつの間にかボクの呼び方がボケナスに……」

農家「馬鹿ガキとボケナスどっちがいいんだ?」

女勇者「せめて他の選択肢をっ!それじゃただの悪口だよ!?」

農家「ナスビ」

女勇者「ナスビ!?」

農家「なんか髪型がヘタに似てね?」

女魔法使い「……あー」

女勇者「あーじゃないよ!同意しないで!」


王様「おぉナスビよ、しんでしまうとはなさけない」

村人「ナスビ様!」

…………いいかもしれない♪

( ´∀`)っ④"

農家「まあナスビをからかうのはこのくらいにしてだ」

女勇者「」確定かい

農家「飯にするか。おい小娘、ちったあ回復したか?」

女僧侶「あ。私の存在を忘れてたわけじゃないんですね」

農家「動いて止まってすぐ食ったら確実に吐くだろお前」

女僧侶「あはは……お気遣いありがとうございます、もう平気です」

女魔法使い「……何……食べるの?」

農家「食材はあるからなあ……おいナスビ、ぼさっとしてねえでこっちこい」

女勇者「ナスビ言うな!」

女僧侶「おじ様は「親方!」って感じですよね」

農家「なんだそりゃあ」

女魔法使い「……僧侶は……姫でいい……と思う」

女勇者「おーい、目の前にモノホンの姫様がいるんだぞこらー」

農家「嬢ちゃんはまさしく魔法使いってえ雰囲気だよなあ。帽子でけえけど」

女勇者「スルーっすか。ナスビはスルーっすか。「観客は全てナスだと思え」ってやかましいわ!」


 *しばらくお待ち下さい。

農家「うーし、飯も食ったし行くか」

女勇者「――はっ!今なんか時間が飛んだ気がする!」

女僧侶「何言ってるんですか、出発しますよ?」

女魔法使い「……レッツ……ごー」おーっ

農家「置いてくぞナスビ」

女勇者「待ってよぉ!」

 ・ ・ ・

女勇者「……結局普通に歩いたときの4分の1も進んでないんだけど」

女僧侶「私は普通より歩けてる気がします」

農家「小娘を基準にしたら世の中超人だらけになっちまうだろ」

女魔法使い「……ウチは?」

農家「普通に見ても天才の部類だな」

女勇者「ボクはー?」

農家「ボケナスビ」

女勇者「ボケナスビ!?」


 ~ 街道 夜 ~

女勇者「脚がパンパンでござる……」

農家「みせてみろ」

女勇者「うん?」

農家「よっ、とっ」
 ぐっ、ぐっ、

女勇者「ひょわっち!?あ痛゙ッ!あふっ」

農家「農家マッサージだ。明日には回復するぞ」
 ぐっ、ぐっ、

女勇者「どんだけ万能の゙あ゙っ!はんっ!」ビクン

農家(……心頭滅却、心頭滅却)

女僧侶「あ、私もお願いしていいですか?」

農家「任せろ」

女魔法使い「……ウチも」

農家「お前は歩いてねえだろ……」

女魔法使い「…………」むぅ

農家「それにしてもお前ら2人……」じー…

女僧侶「ん……は、ふ……んぁ……」

女勇者「なに?」足伸ばし

農家「……足太いな」

女勇者「うおおおい!?言うてはならんことをさらりとお!?」

農家「いやいや、ナスビのは健康的でいいと思うぜ?前衛は足を使うしな」

女勇者「くっ……ぐぬぬ、反論しづらい……!」

女僧侶「はふ……ふぁ、んっ……ふ……」

農家「小娘は筋肉足りてねえっぽいけどな……」

農家(つーか無駄にエロい……)

女僧侶「へゃ……?なんですか?」ポー…

女勇者「聞いてなかったんかーい」

女僧侶「あ、すみません……気持ちよくて……」ぽけー…

女魔法使い「……テクニシャン?」

農家「……まあな」

女魔法使い「…………」じー…

農家「…………」

女魔法使い「………………」じー…

農家「…………」

女魔法使い「……………………」じぃー…

農家「…………なんだよ」

女魔法使い「ウチも」

農家「…………」

女魔法使い「…………………………」じいぃぃぃ~~…

農家「……わかった、わかったからそんな目で見るな」ハァ…

女魔法使い「ん」
 ヌギッ

農家「待てこら脱ぐんじゃねえ!」
 ガシッ

女魔法使い「?」

農家「首を傾げるな!」


 ……――――――

「偵察の兵が?」

「はっ。報告では、遠距離からの中級風撃魔法によるものと」

「彼らは我が軍の中でも機動力に特化した兵だぞ。それがそう易々……」

「しかし、攻撃に使用してきたと思しき中級風撃が、異様なほどの速度と威力だったとか」

「ムゥ……。何れにせよ、新米と侮るべきではないようだな。奴らの進路は?」

「陸路から旅の扉を通じて、こちらへ」

「ほう、我が軍の真正面ではないか。確かなのか?」

「海路を除けば、あの地には他のルートはありません。間違いないと思われます」

「む?この洞窟は……ほう、なるほど使えるな」

「如何致しますか?」

「第3分隊を呼べ。それと――」

「――了解しました、すぐに」

「うむ。さて、勇者どもはどう動くか……」

 ――――――……


 ~ 数日後 街道 ~

農家(……結局リアクションはなしか。厄介だな)

女勇者「自分の汗で臭い……村はまだなの?」

農家「素振り止まってんぞ。そろそろ見えてくるはずだ、日が暮れる前には着くだろ」

女勇者「もう3、4時間くらいかー。遠いなぁ……」

女魔法使い「できた」

農家「今日はもう10回目か。大分慣れてきたな」

女魔法使い「ぶい」ピース

女僧侶「は……ふ……は……ふ……」

農家「小娘もペースが上がってきたし、また1本増やすか」

女勇者「こっち素振りで手一杯なんですが」

農家「そうしねえとお前は姿勢が崩れすぎだからな」

女勇者「むしろ僧侶ちゃんが背筋真っ直ぐのまま歩けてるのが不思議だよ……」

農家「元々所作が綺麗だしな、育ちがいいんだな、うん」

女勇者「遠回しに侮辱された!」

農家「ようやく見えてきたな。……ん?」

女勇者「煙?お祭りでもしてるのかな」

農家「……おいお前らバンド外せ」

女僧侶「はぁ……、えっ?」

農家「外したら俺に掴まれ、村の様子がおかしい。急いだほうがよさそうだ」

 ――――――ズゥ……ン…

女魔法使い「……爆発?」

農家「手え離すなよ、飛ばすぞ」ぐっ…

 ドンッ!

女僧侶「ひ――!」

女勇者「ちょ、速――ッ!!」

女魔法使い「…………!」

 *農家は矢の如く駆けだした!

 ―――
 ――
 ―


 ~ 北の村 ~

農夫A「シャァオラァ!かかってこいやァ!!」

キラーエイプA「グルルルル…ガアア!」

農夫B「遅いわサルが!フンヌッ!」
 ゴズッ!

キラーエイプA「ギャウ!」

キラーエイプB「ゴアアアア!」

農夫C「させん!死ねい!」
 ザンッ! ズパッ!

キラーエイプB「ガ…ガヒ…」

村人A「いいぞー!やっちまえー!」

村人B「ヘイヘイ!エテ公ビビってるゥ!」

キラーエイプC「ガルルルルル…!」

暴れ猿「ぐぬぬ……!ただの人間がなんでこうも強いんだ!?このままでは作戦が……!」

農夫B「オイあいつ喋ってんぞ!」

農夫C「あれが頭か!潰す!!」

農夫A「どうしたオラァ!俺はまだ立ってるぞオラァ!」

農夫B「遊んでねぇで武器持てプロレスバカ」

暴れ猿「屑共が図に乗りおって……!」

農夫C「隙だらけだ」

暴れ猿「ふんっ!」
 パキィン!

農夫C「ぬっ!?俺の鍬(クワ)を折った!?」

暴れ猿「……仕方がない。人質にする手筈だったが、貴様等は皆殺しにしてやろう」
 ゴゴゴゴゴゴゴ…

農夫B「なんつー闘気だ……」

農夫A「よっしゃァ!勝負だコラァ!」
 ガシッ

暴れ猿「ぬるいわ!」
 ブンッ!

農夫A「うお……」

 ……ガシャアアアン!

村人A「プロレスバカが容易く投げられただと!?」

村人B「野郎ただの猿じゃねえぞ!」

村人C「石だ石投げろ石!」

村人ABC「「「そいそいそーい!!」」」
 ヒョイヒョイヒョイ

暴れ猿「小賢しいわ!!」
 ブォンッ!

村人ABC「「「ぎゃーす!!」」」

農夫B「そおい!!」

 *農夫Bは大きな岩を投げつけた!

暴れ猿「ちょ」

 ゴ ズンッ!

農夫BC「「ヘーイ!」」ハイタッチ

暴れ猿「……くくく、貴様等、俺様を怒らせ」

村人ABC「「「投石ヒャッハー!」」」

暴れ猿「あ痛!痛い!地味に痛い!」

農夫A「――後ろがお留守だぜ」

暴れ猿「ッ!貴さm」

 ガシッ

農夫A「農家スープレックス!!」

暴れ猿「おぶっ!?」

 ズ ゴ ン !

暴れ猿「」

村人A「1!2!スr」

暴れ猿「ガアアアアア!!効かぬわァ!!」
 グオッ!!

 *暴れ猿の剛腕が突風を起こした!

村人ABC「「「ぎゃーす!!」」」

 *村人ABCは吹き飛ばされた!

農夫B「っ、この野ろ」

暴れ猿「『爆裂拳』ン!!」
 ドガガガガッ!

農夫ABC「「「ぬわー―――っ!!」」」

農夫B「やっべーマジつえー……右腕折れたかも」

農夫C「俺は足が……」

農夫A「ばな゙が……」

村人A「眉毛が」

村人C「スネ毛が」

村人B「もみあげが」

農夫B「お前ら余裕だなオイ!?」

暴れ猿「ふざけるのはここまでだ……来い、同胞達よ」

キラーエイプD「ウッキー!」
キラーエイプE「ウッキー!」
キラーエイプF「ウッキー!」
キラーエイプG「ウッキー!」

農夫C「……ヤバいな」

暴れ猿「構わん、喰え」

キラーエイプの群「ウッキャー!!」



「――農家パンチ!!」


 ―― ド ゴ ン !!

キラーエイプの群「――!」
 グシャア!!

 *まもののむれは粉々になった!

暴れ猿「なっ!?」

「おーおー、随分派手に壊したもんだなあオイ」

農家A「だ……」

農家ABC「旦那ぁー―――っ!!」
村人ABC「農家キター―――ッ!!」

農家「よう。間に合ったか」

女勇者「うげぇ……クラクラする……」

女僧侶「はらほろひれはれ……」ぐるぐる…

女魔法使い「……落ちるかと思った」ぐったり

暴れ猿「馬鹿な!同胞達が一撃だと!?」

暴れ猿「貴様一体……!」

農家「通りすがりの農家だ」ドヤァ

暴れ猿「………………は?」

農家「…………」キリッ

暴れ猿「…………え、ギャグ?」

農家「あ?」

 シュンッ

暴れ猿「!消え――」
農家「農家ファントム!!」

 ズ ド ォ ォ ォ ン !!

暴れ猿「げぶらっぱ!?」

村人A「出たァー!農家の十八番!」
村人B「ファントムとか言ってるけど実はただの超速体当たりィ!」

村人ABC「かーらーのー……」

 ガシッ

暴れ猿(っ!腕を!)

農家「農家ブロー!!」
 ズ ン ッ !!

暴れ猿「――~~ッガ、ハ……!!」

村人C「決まったァー!こいつを喰らって立ち上がれた奴はいない!必殺農家ブロォオオオ!!」
村人B「例によってただのボディブローだが破壊力がハンパねえー―――ッ!!」
村人A「しかも腕を掴んでるから衝撃がモロに伝わってるぜェ!こいつは死んだか!?」

女勇者「……なんか、村人がすごいテンションでヒャッハーしてるんだけど」

女僧侶「はうぅう~、ひりゅまにゃにょにおひょししゃまがみえまひゅ……」

女勇者「あ、ダメだ。こっちはこっちでへばってる」

女魔法使い「……オジサン達、農家?」

農夫A「フッ、名乗るほどの者じゃあ、ございやせん」キリッ

農夫B「何カッコつけてんだボケ」スパーン

農夫C「足を捻ったかと思ったがただの打撲だなこれは」うむ

農家「オイコラ、敵さん放ってはしゃいでんじゃねえぞ三下ブラザーズ」

農夫ABC「「「ういっす」」」
村人ABC「「「サーセン」」」

暴れ猿「」ちーん†

女勇者「おぅ……見るも無惨……。死んだの?」

農家「加減はした」

女勇者「結局ボクらの出番なかったんねー」

農家「馬鹿言ってんなボケナスビ。消火に治療に片付けに、やることは山ほどあんだぞ」

女勇者「えー……それも勇者の仕事?」

農家「たりめえだ。それともテメエは困ってる連中見捨ててさっさと先に進もうってのか?あ?」

女勇者「それを言われると……うーん……」

女僧侶「あの、もしかして重りを外させたのは……」

農家「ああ、救護活動中は流石に邪魔だろ?」

女勇者「はなから戦力に数えてなかったの!?」

農家「嬢ちゃん以外はここの農夫の方が強えんだから当たり前だろ」

女勇者「」んなアホな

女魔法使い「ある意味……納得……」

農夫B「いやー、でもそのボス猿は流石にキツいわ」

暴れ猿「」死ーん

農家「鍛錬が足りねえな。こんなもん本気出しゃデコピンで頭潰せらあ」

女僧侶「」デコピン…


 ………

「馬鹿な……暴れ猿があんな容易く……」

「キングレオ将軍にお伝えしなくては!」

 ………

農家「……ん?おい三下ども、ちょっと石ころ寄越せ」

村人ABC「「「ヘイ!」」」サッ

農家「1つでいいんだが……。あれか」ぐぐっ…

農家「ほっ!」ブゥン

 *石ころは音速を超えた!

 ………

「おや?あの男がこっちを見」

 ぐしゃっ

 *会心の一撃!

 *ガルーダをやっつけた!

農家「これでよし」うん


 ・ ・ ・

暴れ猿「ぐぬぬ……っ!なんだこの縄はっ、俺様の力で引きちぎれぬなど!」ギシギシ

女魔法使い「強化魔法は……お手のもの……」どやっ

農家「流石の力自慢も宙ぶらりんじゃ間抜けそのものだなあ」

村人A「竹槍でつつくぜぇ!」
村人B「尻だ!尻を狙え!」
村人C「俺は藁束で面で攻めるぜ!」

暴れ猿「ちょっ、止め、止めろ屑共!!」ぷらーん、ぷらーん、

農家「あんまり暴れると下の肥溜めに落ちるぞ」

暴れ猿「だったらこいつらを引き離してくれ!!あ痛!竹と藁が地味に刺さって痛い!」ぷらーん、ぷらーん、

農家「テメエの上にいるのは誰だ?なんでこの村を襲った?」

暴れ猿「無視か貴様ァー!!あっ!そこは止めろ!アナルだけは!アナルだけは!!」ぷらーん、ぷらーん、

村人B「質問に答えなければこのキンキンに冷えた鉄の棒が貴様のアナルを貫く!!」くわっ!

暴れ猿「鬼か貴様!?」

農家「嬢ちゃんは見ちゃだめだ。あっち向いてなさい、教育に悪いから」

暴れ猿「ちょっ、押し付けるな!わかった!答える、答えるからアナルだけはァー―――!!」ぷらーん、ぷらーん、

暴れ猿「アッー―――――――――――――――――!!」

村人B「ふぅ……尻の割れ目にピトッと合わせただけなのに大袈裟なモンキーだぜ」

農家「何やりきった顔してんだお前は」

暴れ猿「しょうぐんん……おれはおとこですよぉ……」えぐえぐ

農家「」オゥ…

村人A「泣ーかしたー泣ーかした!せーんせいにー言ってやろ!」

村人C「なんとシュールな」

女魔法使い「……トラウマ?」

農家「……なんだこの罪悪感は」


 *しばらくお待ち下さい


農家「つまりあれか、祠の洞窟に人質使っておびき寄せて、諸とも生き埋めにする手筈だったわけか」

暴れ猿「ふん、潔く罠にかかっていれば苦しまずに死ねただろうに」

村人B「…………」スッ

暴れ猿「」ビクッ

農家「やめい」スパーン


 ・ ・ ・

キングレオ将軍「第3分隊が潰されたのか」

副将ワータイガー「第2分隊のガルーダ副隊長からも報告がありません。あるいは……」

キングレオ「何もしないうちにこれか。さすがに想定外の事態だな……」

キングレオ「仕方ない、全分隊に招集をかけろ。ここで迎え撃つ」

ワータイガー「かしこまりました」

キングレオ「ああそれと、洞窟は壊しておくように。時間稼ぎくらいにはなるだろう」

ワータイガー「ではそのように。失礼致します」


キングレオ「……惜しい尻を失くしたな。しかし武闘派の暴れ猿を倒すほどの豪傑か」

キングレオ「ふふふ……楽しみだ」じゅるり…

 ・ ・ ・

農家「」ぞくり

農家「なんか寒気がするな、冷えたか?」


 一方・・・。

女勇者「丸1日肉体労働……これ絶対勇者の仕事じゃないよね」えんやこらー

女僧侶「でもここまでの鍛錬のお陰か随分と楽ですよね」どっこいせー

女勇者「まあ成果を体感できるのはわかりやすくていいけどさぁ」

農夫A「喋る体力を動きに回せゴルァ!」

農夫C「王女であるとともに勇者の身分であらせられれば、その力を民のためにふるうのが肝要でござる」南無

農夫B「なんでいきなり武士調だよお前」

女勇者「なんか勇者が体のいい雑用に思えてきたんだけど」

農夫A「大正解!!」カッ

農夫B「やかましい」げしっ

農夫A「あふんっ」

女僧侶「先程まで戦ってらしたのに、皆さん体力ありますね……」

農夫ABC「「「農民ですので」」」キリッ

女勇者「声を揃えて……」

女僧侶「納得していいんでしょうか……」

女勇者(というか、さらっと流されたけど雑用って明言されたよ……)

女勇者(なんかボク、勇者になってからいいとこない気がするなぁ)

女勇者「はぁ……」

農家「何溜め息吐いてんだボケナスビ」

女勇者「あ、おじさん」

農家「…………」

女勇者「……?どうかした?」

農家「いや。3日ばかりここに居座るから、それを伝えに来ただけだ」

女勇者「ん、りょーかい。僧侶ちゃんにも言っとく」

農家「ああ……」

農家「……お前、なんかあったなら言えよ?」
 なでなで

女勇者「ふぇ?」なでられー

農家「んじゃ、俺は向こうにいるから。また後でな」

女勇者「あ、うん」ぽけー…


 *翌朝・・・

<コケコッコォー!

農家「む、夜明けか」

農夫C「おや旦那、相変わらず早いですね」

農家「習慣付いてるからな。日が昇る前には目が覚めらあ」

農夫C「流石旦那だ。卵要ります?」

農家「おう」

女魔法使い「……あ」

農家「お。おはよう嬢ちゃん」

女魔法使い「……おっはー」

農家「嬢ちゃんも早起きだな。ナスビと小娘は?」

女魔法使い「……まだ……寝てる」

農家「そうかい。ま、疲れてるだろうし寝かせとくか」

女魔法使い「ん」こくこく


 ~ 広場 ~

村人A「腕を、前から上に上げてノビノビと背伸びの運動から!」

村人ABC
農夫ABC「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
農家・女魔

村人C「ゥいっち、にー!さァン、シッ!」

暴れ猿(……何故俺様まで)

女魔法使い「ご。ろく。しち。はち」キビキビ

農夫A「オラ猿真面目にやれゴルァ!!」おいっちにー

村人B「俺の如意棒は常に貴様を狙っているぜ!!」さーんしー

暴れ猿「くっ……このおかしな鉄環さえなければこんな奴らに……!」ごーろく

農家「対モンスター用の拘束魔具だからな。無理に外そうとすると……」しちはち

女魔法使い「……どうなるの?」

農夫B「尻が大変なことになります」

暴れ猿「」ビクッ

農夫C「哀れな……」


 ・ ・ ・

暴れ猿「美味い……ッ!!」

農夫C「だろう?」フフン

村人A「ほっかほかの炊きたてご飯!」

村人C「そこに今朝穫れたばかりの新鮮な鶏卵をひとつ!」

村人B「醤油を垂らしてかき混ぜて……」

農夫A「この香り!嗚呼、このまろみ!!」

女魔法使い「……卵かけごはーん」

女勇者「ふぁあ~……なんかおいしそうな匂いがするぅ……」ノロノロ

女僧侶「ぉひゃよぅごじゃいまひゅ……」にゃむにゃむ

農夫B「娘っ子が匂いに釣られてきやがった」

農家「とりあえず顔洗ってから出てこい」

暴れ猿「人間はこんな美味いものを食っていたのか……!」愕然

村人B「ふふふ、どうよ!」ドヤァ

農夫C「うちの卵なのだが……」


 ・ ・ ・

暴れ猿「ふっ!……ぐ、こ、腰がっ」

農夫B「変な振り方すっからだ」

暴れ猿「モンスターがクワなんぞ使うか!あ痛た……」トントン…

女勇者(文句言う割にちゃんとやってるし……変なの)

女勇者「こっちのガレキもバラしちゃっていいの?」

農家「おう。バラし終わったら猫車に乗せとけ」

女勇者「あーい」

女僧侶「…………」

暴れ猿「掘り返すのはこのくらいでいいのか?」

女勇者「おじさーん!これまだ使えそうだけどどうすんのー!」

女僧侶(うーん、なんというか……)

女魔法使い「……少し……似てる」

女僧侶「ですねぇ……」

女勇者「…………なんか今ひどい侮辱を受けた気がする……」

暴れ猿「ふぅ……」

 サアアァァァァ……

暴れ猿(……いい風だ、故郷の山を思い出す)

暴れ猿(……それにしても)

暴れ猿「人間というのは皆わざわざこんなことをしているのか?」

農夫B「あー?まあな。この辺りは森で採れる木の実も限られてるし」

暴れ猿「ならば、別の場所に移ろうとは思わなかったのか?」

農夫B「さあなぁ……御先祖連中の考えはわかんねえし……」

農夫B「けど、あるかわからない理想郷を探して、見つけたと思ったら先住者がいて……ってなるよりは、まあマシだったんじゃねえか?」

暴れ猿「ふむ……それが人間の考え方なのか」

農夫B「いやこれは俺の考え方だが」

農夫A「あーん?お前ら何の話してやがんでい」

農夫B「おう。いやな、こいつがちょっと人間の遣り口に疑問があるらしくってな」

農夫A「ほーん。やっぱ人間とモンスターじゃちげえのか?」

暴れ猿「あ、ああ」

<アーデモナイコーデモナイ
<ワーデルヨーデル
<オッパイ!オッパイ!
<カクカクシカジカ
<シカクイムーヴ

農家「……意外に馴染んでやがるな」ふむ

農家(この様子なら心配いらねえかもな)

女勇者「おじさーん!次どこ片付けるのー?」

農家「おう、ちょっと待ってろ!」

 ―――
 ――
 ―

 *その夜・・・。

暴れ猿(……いい月だ。空だけはどこにいても変わらないな)

農家「よう、起きてたか?」

暴れ猿「む……貴様か」

農家「外に繋いで悪いな。捕虜でもさすがにモンスターはなあ」

暴れ猿「いや……殺されないだけよほどいい」

農家「ほれ」ずいっ

暴れ猿「ん?酒か」

農家「月が綺麗だからな。月見酒ってやつだ」

暴れ猿「“風流”というものか?人間の考えはよくわからんな……」

農家「まあ細かいことはいいだろ。ほれ」

暴れ猿「ん」

「「乾杯」」コツッ

暴れ猿「……ふぅ。酒なぞ数年振りだ」

農家「あん?禁酒でもしてたのか?」

暴れ猿「俺様はモンスターだぞ?」

農家「ああ、そういうことか」

暴れ猿「同胞の為にキャラバンを襲うことはあったが……俺様自身はあまり、な」

農家「お前も人間とやり合うのに消極的なタイプだったのか」

暴れ猿「むしろ当然だろう。何故わざわざ危険を冒して無用なことをしなくてはならないんだ」

農家「それもそうか」

暴れ猿「……正直、現魔王に反感を抱いている者は少なくないんだ」

農家「魔王軍の内部でもか?」

暴れ猿「ああ。先代がけじめを付けた問題を、わざわざひっくり返してまわっているからな……」

暴れ猿「それに何より、信用がない。うちの将軍はただの戦闘狂だからこそついて行ってはいるが、ほとんどの軍属者は現魔王を殺したがっている」

農家「…………」

農家「お前、そんな話ペラペラ喋っていいのか?敵同士だってのに」

暴れ猿「魔王軍では敗者は死者だ。死者が何を語ろうと構うまい」

農家「……変わってんなあ、お前」

暴れ猿「そうか?……そうかもしれんな」

農家「しっかしあのクソ野郎……そんな状態でよく魔王を名乗ってられるな」

暴れ猿「それはあの強さ故にだな。聞いた話になるが、魔王軍全兵力を相手に戦っても5分とたたずに軍の側が全滅する、と言われているらしい」

農家「そいつは随分ふかしてんな。あのクソ野郎はそこまで強かねえよ」

暴れ猿「む?……貴様、現魔王を知っているのか?」

農家「昔馴染み……つうか、元は仲間だったからな」

暴れ猿「!?」

農家「ま、昔の話だ」

暴れ猿「そ……そうか」

暴れ猿(訊かない方がいいのか……ッ!?)

農家(おー、狼狽えとる狼狽えとる)面白い

農家「さあて……ちょっくら出歩いてくるか」

暴れ猿「あ?ああ」

農家「残りの酒は飲んでいいぞ。おやすみ」ひらひら

暴れ猿「おぅ……」

 ・ ・ ・

 ~ 夜 北の村の外れ ~

女勇者「あ、来た来た」

農家「よう。剣は持ってきたか?」

女勇者「ばっち。で、これから何するの」

農家「魔王軍と接触するまで時間がねえからな」

農家「まだ早いが、俺の技を見せてやるよ」


 ――――――……

「閣下。こちらにいらしたのですか」

「おや、捜させたかい?」

「いえ……何をご覧になってらしたのですか?」

「少し海の向こうをね」

「海の?」

「南洋大陸の国王殿から、新しい魔王が動き始めたらしいと言われてね。どうやらまた戦争が起きそうな気配だ」

「!魔王が……」

「それと――遠眼鏡を覗いてごらん?モンスター達が群れを成して集まっている」

「失礼します。――――……、ッ!!
 これは……なんという……」

「何十何百という種族が各々の群れを率いているんだ。その数は千か、万か……」

「……兵を集めますか?」

「斬り込み役はもう決まってるから、その意味はあまりないかもしれないね」

「?」

「君は『鬼神』と呼ばれた男を知っているかな?」

「噂――というより、よた話の類としてなら聞いたことがあります」

「ふふふ、なるほど。確かに彼は冗談のような男だった」

「閣下は御存知なので?」

「ああ。先王の時代、前線で戦っていた頃にね。
 その時は2、3言葉を交わしただけだったけれど――彼の勇姿は今でも覚えている……」

「…………」

「ひと薙ぎで地を返し、ひと突きで山を穿ち、ひと太刀で海を裂き……そんなふざけたデタラメを、易々とやって見せる男」

「……それが」

「そう、それが鬼神、生ける伝説……」



「――――その男の名を『農家』という」



 ……――――――

 目を逸らすな

 まばたきすら惜しめ

 何一つ見逃すな

 呼吸を
 筋肉の動きを
 魔力の流れを

 僅かな揺らぎさえ見落とすな

 俺を見ていろ

 そこに答えがある

 見ろ 見続けろ

 そして忘れるな

 俺の振るひと薙ぎを
 俺の放つひと突きを
 俺の下すひと太刀を

 焼き付けろ

 目に 記憶に 心に その体に あるいは魂に刻み込め

 俺から目を離すな
 ここに俺の全てがある。

農家「………………」すぅ……

女勇者「………………」

女勇者(おじさんの見せた技は、とても綺麗だった)

女勇者(ボクはその姿に、知らず知らず見とれていた)

女勇者(綺麗で、しなやかで、それでいて力強くて……)

女勇者(今はまだ、その凄さの理由まではわからないけど……)

女勇者(……きっと、いつかわかる日がくる)

女勇者(そんな予感がしていた――)

 ―――
 ――
 ―



 *そして夜が明けた!


暴れ猿「高さはこのくらいか?……もっと高くか、崩れないのか?」


女僧侶「はい、治りましたよ。次の方~。……え?なっ、せ、セクハラァー―――――ッ!!?」


農家「この肥料は配合比をもう少し変えて……そんくらいだな。あとは――」


女魔法使い「……結界はこれでいい……はず……他には……?」


女勇者「はいどいてどいてー!ィよいしょー!よーしもう一丁っ!」


農夫C「心なしか賑やかだな」

村人B「いいじゃねーの。活気はあるにこしたことはねーしよ」

農夫C「うむ」

農夫B「おいお前ら今暇か!?農夫Aンとこの牧場で牛が柵ぶっ壊しちまったんだ、手ェ貸してくれ!」

村人B「活気とは別にこういうのは勘弁だけどなぁ……」

農夫C「まぁ、慣れたがな……」


 ―
 ――
 ―――

 たったったったったっ……

?「ハァ……ひぃ……」ぜー、ぜー、

「居たぞ!回り込め!」

?「にゃァ!?くぅ……っ!」だっ!

「チィッ!すばしっこいぞ!」

「この先は人間の村だ、行かせるな!」

?「っ、捕まってなんていられないのにゃ……!」

?「おっちゃん……!」

 ―――
 ――
 ―

農家「…………、?」

農家「おい、誰か呼んだか?」

農夫B「いえ?」


<カーン、カーン、カーン!

農家「!」

農夫B「警鐘!?」

農家「あの鳴らし方はモンスターか……先に行く!ナs――じゃなかった、勇者達呼んでこい!」

農夫B「ウス!」ダッ



暴れ猿「農家、何事だ!?」

農家「モンスターだ!お前、何も知らないのか?」

暴れ猿「うちの将軍は無駄とわかったことはしないはずだ!」

農家「つーことは他の連中か!」

暴れ猿「俺様も行く、連れていけ!」

農家「! いいのか?」

暴れ猿「何が起きたのか確かめたい!」

農家「……わかった、遅れるなよ!」

?「はぐ……うなああああ!!」ダダダダダ…ッ

「クソガキめ、なんて逃げ足だっ」

「建物が見えてきた……仕方ない、最悪乗り込んででも命懸けで殺すぞ!」

「はっ!」

?「くあぁ……!おっちゃん……おっちゃあああん!!」



 「頭下げろ猫娘ェ!!」


.

?「! おっちゃん!」

「なっ!」

農家「超――」ググ…ッ



農家「農家パンチ!!」

  ズ ン ッ !!

 *農家は衝撃波を繰り出した!

「いかん、散れ!」
「うおお……っ!」

 ――――……

 ……――――ゴォォォォン……!!

暴れ猿「」ポカーン…

暴れ猿「山肌が……消し飛んだ、だと……」

農家「猫娘、無事か?」

?(猫娘)「おっちゃん……!」じわ…っ

猫娘「うにゃあん!おっちゃああん!」だきつきっ

>農家「超??」ググ…ッ



>農家「農家パンチ!!」

>  ズ ン ッ !!

> *農家は衝撃波を繰り出した!


EXILEのPV思い出した

農家「よしよし……もう大丈夫だからな」ぽんぽん

猫娘「う゛う゛う゛~~~っ!……ずびーっ」

農家「鼻かむな」ぺちっ

猫娘「にゃうっ」

「オイオイオイオイィ、随分余裕じゃねえの?」

「舐められたものだ」

暴れ猿「……貴様等、オーク4兄弟!」

農家「オークだぁ?イノシシじゃなくてか?」

猪1「たかがイノシシと侮るなよ」

猪2「我等はキングレオ将軍直属の親衛隊」

猪3「大人しくそのガキを渡せば良し。さもなくば」

猪4「我等兄弟の華麗なる技を持って物言わぬ骸にしてやろう」

猪4兄弟 どやぁ×4

農家「…………」うわぁ…

暴れ猿「…………」うわぁ…

農家「なあ、こいつら真面目にやってんのか?」

暴れ猿「話には聞いていたが……目の当たりにすると想像以上に痛々しい……」

猫娘「バカだにゃ」うん

猪1「なんだと!なんか文句あんのか!」

猪4「兄貴!やっちまおうぜ!」

猪2「よし、フォーメーションDだ!」

猪134「「「応ッ!」」」バッ

農家「せっかちな連中だな……」

暴れ猿「だが実力は確かだぞ、どうするんだ?」

農家「どうもこうも」


「――――『上級炎撃』」
 轟ッ!!

 *灼熱の炎が嵐となって襲いかかる!

猪4兄弟「「「「ちょっ!?」」」」

 ゴゴオオオオォォォォ……!!

農家「……俺がやり合うまでもねえだろ」

暴れ猿「」

猫娘「」ガクガクブルブル

女魔法使い「ぴーす」ぶいっ

女僧侶「はぁ……2人とも……っ、はぁ……早すぎ……っ」ぜー、ぜー、

女勇者「うわぁ、めっちゃ燃えてんじゃん……やりすぎじゃない?」

女魔法使い「未純化だから、これでも手加減してる」

女勇者「……純化したらどうなってしまうというのか」

農家「嬢ちゃんの実力でやったら地図書き換える騒ぎになりそうだな」

暴れ猿「途方もないな……」

暴れ猿(死んでも逆らうまい……)うん

猪1「あぢぢあぢぢあぢャア!!」

猪2「燃えるぅー!毛皮が燃えて禿げて豚になっちゃうぅー!!」

女魔法使い「……倒し損ねた」

女勇者「よっしゃ!今度こそボクの出番だよね!ね!?」


 *まもののむれがあらわれた!

農家「おい暴れ猿、テメエも行け」

暴れ猿「俺様もか!?」

農家「どうせ今更向こうに返り咲きなんざできやしねえだろ。だったら吹っ切るついでに行ってこい」

暴れ猿「む……はぁ、やれやれ。我ながら妙な運命に導かれたものだな……」

女勇者「足引っ張んないでよ?」

暴れ猿「舐めるな餓鬼。元魔王軍獣魔師団第3分隊長の実力を見せてやる」

女僧侶「おじ様にはあっさり負けてましたよね」

暴れ猿「」ぐさっ

女魔法使い「……情けまで……かけられた……」

暴れ猿「」ぐさぐさっ

農家「おいコラ戦闘前に精神的に追い込んでどうする」

猪4「兄貴……あいつらこっち無視してるぜ?」

猪3「ムカつくなぁオイ」

猪1234「「「「ブッ潰す!」」」」キリッ

猪4「『広域強化魔法・加速』ッ!」

 *オークたちの素早さが上がった!

猪1「我らの槍捌きを見よ!」ダッ

猪2「喰らうがいい、疾風突き!」タンッ

 ヒュンッ

女勇者「おっと」カキンッ

女勇者「せっかちだなぁ、もうちょっと――」

猪2「そいそいそいそいそいそい!!」
 シュシュシュシュシュッ

女勇者「て、わっ、この、人の、話をっ」
 カッカンッキンッギンッカキンッ

猪1「後ろもらっ「ふん」

 ドゴォッ!

猪1「ヤーダッバアァァアァァァァ!?」ズサアアアア!

暴れ猿「いつから1対4のつもりだ馬鹿者め」ふんっ

猫娘「おおー……」キラキラ

農家「お前は俺と一緒に下がってような」

猪3「『中級水撃』っ!」

 *無数の水の矢が勇者を襲う!

女勇者「げっ!?」

猪2「ふはははは!俺と弟の多段攻撃の連携技だ!防げるものなら――」

女魔法使い「……『低級水撃』」

 *水飛沫がつぶてとなって襲いかかる!

 *敵の魔法を相殺した!

猪2「――え」
猪3「……へ?」

女魔法使い「……出直してこーい」ひらひら

女勇者「隙ありぃ!」ブンッ

猪2「はっ!?」サッ

 ガキインッ!

猪1「糞が!人間に負けたくせにいきがってんじゃねえぞサルが!」

暴れ猿「気に入らないなら倒してみろ。弱肉強食こそが我々モンスターの唯一絶対のルールだ」

猪1「……上等だ」

猪4「『広域強化魔法・剛力』っ」

 *オークたちの攻撃力が上がった!

女僧侶「こっちもいきますよ。『複合強化魔法』ッ!」

 *勇者達の攻撃力が上がった!
 *勇者達の防御力が上がった!
 *勇者達の素早さが上がった!

猪4「」

猪1「てめっ、ずりぃぞ!?」

暴れ猿「不意打ちを決めようとした雄の台詞か……」やれやれ

農家「実質2対2が2組かなこりゃ」

猫娘「おっちゃん、おんぶしてほしいにゃ」くいくい

農家「あー?しょうがねえな、ほれ」

猫娘「にゃにゃ♪久しぶりにゃん♪」

女勇者「せりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁ!!」

猪2「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

 *剣と槍が激しくぶつかり合う……。

猪3「『中級水撃・5連』ッ」

女魔法使い「『低級水撃・3連』」

 *互いの魔法を相殺した。

猪1「喰らえっ、魔神突き!」

暴れ猿「甘いわ!崩拳!」

 *暴れ猿の拳が槍を弾き飛ばした!

猪1「チィッ!」ザッ…

暴れ猿「……少し拳を切ったか」

女僧侶「『治癒魔法・小』」

 *暴れ猿の傷が治った。

暴れ猿「む、すまない」
女僧侶「いえいえ」癒やしますよー

農家(……ナスビは槍の速さについていってはいるが、魔法剣を使う隙がなくて決定力不足だな)

農家(嬢ちゃんは威力で圧倒してるが、速さで劣るから発動の速い低級魔法に頼らざるを得ない。結果拮抗してやがる)

農家(暴れ猿のほうは素手対槍だが……互いに一撃必殺を狙ってるみてえだな)

猫娘「にゃー、あのキョニューのねえちゃんヒマそうだにゃ」

農家「ああ、まあ小娘はヒマなほうがいいんだが……」

女僧侶「…………」ジリッ…

猪3「く……っ」ジリジリ…

農家「補助役同士で牽制しあってる状態だな」

猫娘「にゃあ……なんでなのにゃ?」

農家「例えば強化をかけたタイミングで相手に解除魔法をぶつけられたら致命的だからな」

農家「実力が拮抗してる状態なら、支援のミスが命取りになることもあるのさ」

猫娘「なるほどにゃー」ふむふむ

農家「だがまあ、そいつは実力差がない時の話だ」

猫娘「にゃ?」

農家「この戦い……」

猪4「『中級水――」

女魔法使い「……『初級岩撃』」

 *石つぶてがモンスターを襲った。

猪4「げぎッ!?」
 ゴスッ!

女魔法使い「からのー……『遅延解除』」ポウッ

女魔法使い「『収束・上級岩撃』」

 ボゴン!ボゴン!ボゴン!

猪4「つ……、!? 岩に囲まれ――」

 *石柱が敵を押し潰す!

猪4「あ」



 ぐしゃっ



猪2「!? 弟!?」

女勇者「……何よそ見してんのさ」

猪2「っ、この」

女勇者「『魔法剣・雷』」バリッ…

猪2(防御を……!)

女勇者「らあっ!!」
 ビュッ――

 ――――ズパッ!!

猪2「…………え」ズルッ…

 *モンスターは真っ二つになった!

 ……どしゃっ

女勇者「ふぅ……。魔法使いちゃんナイース!おかげで隙をつけたよっ!」

女魔法使い「……いぇーい」うぇーい

農家「……ま、嬢ちゃんがいればこうなるわな」

猫娘「にゃぁ……ちょっとエグいにゃ……」オェッ

猫娘「でもなんで強い魔法が使えたのにゃ?」

農家「遅延(ディレイ)っつってな、事前に1発限りで魔法を貯めておく技術だ」

女魔法使い「……備え、あれば……憂い、なし」ぴーす

農家「そんでもって雷の魔法剣は“斬”撃の威力を極限まで上げるんだ。修行のお陰で使えるようになったみてえだな」

女勇者「にゃははー、持続時間が一瞬だから隙がないと使えないけどね……」あはは

農家「上等だろ。2人とも頑張ったな」

 ナデナデ

女勇者「うやっ!?」びくっ
女魔法使い「ん……」照れり

農家「で、暴れ猿と小娘のほうは……」

暴れ猿「終わったぞ」

猪3「」ズリズリ…

農家「おう。もう1匹はどうした?」

暴れ猿「ん」ちょいちょい

猪1「」

 *モンスターの頭は粉々に砕けている……。

猫娘「」うわぁ…

女勇者「うわぁ……」

暴れ猿「その娘がタイミングよく強化を拳に集中させてくれたのでな。上手く槍ごと粉砕できた」

女僧侶「うまくいって良かったです……」はふぅ

農家「お疲れさん」ナデナデ

女僧侶「あ……えへへ」なでられー

猫娘「にー……」つねっ

農家「……ぅあにしゅんら。ふぉおをふうぇうあ」

暴れ猿「何を言っているかわからんぞ」

女勇者「やー、でも勝ててよかったぁ。おじさんのお陰だね!」

女魔法使い「ん」こくこく

農家「任せろ。育てるのが農家の仕事だ」

女僧侶「私はあまりお役に立てた気がしませんけど……」

暴れ猿「そう卑下するな。貴様がいなければ俺様が倒れていたかもしれんのだ」

女僧侶「あはは……はい」

女僧侶(内心すっごい複雑な気分ですけどもっ!)

女僧侶(モンスターと共闘なんて……想像もしませんでしたし……)

オーク共は1・3組と2・4組だったことにしてくれ。


女勇者「ところでそれどうすんの?」

猪3「」ぴくぴく

暴れ猿「……村人Bにでもくれてやるか」

農家「おい止めろ想像させるな」

女僧侶「え?どういうことですか??」

女魔法使い「それはね……」

農家「説明すんな!」ばっ

女魔法使い「むぐっ」口塞がれ

猫娘「あのー……」おずおず

女勇者「うぃ?ありゃ、誰さん?」

猫娘「うちは猫娘ですにゃ。おっちゃんのトモダチですにゃ」びくびく

女勇者「ほうほう」

農家「自己紹介は後にして、そろそろ戻るぞ」

勇僧魔猫猿「「「「「はーい(おう)」」」」」


 ・ ・ ・

女勇者「ふーん。じゃあワーウルフさんとも知り合いなんだねー」

猫娘「にゃ。センセーは勉強とかいろいろ教えてくれたのですにゃ」

女僧侶「先生?」

農家「ああ、あいつ元々寺子屋やってたんだよ」

女勇者「テラコヤ……って何?」

女魔法使い「……学校……みたいなもの」

女勇者「あー」なるほど

 ガチャ

暴れ猿「オークを引き渡してきたぞ」

農家「おう、お疲れ」

暴れ猿「……というか今更だが貴様、俺様を信用しすぎではないか?」

暴れ猿「あれを利用して暴れることもできたんだぞ」

農家「語るに落ちてるぞ猿」

暴れ猿「……はぁ」やれやれ


 一方・・・。

村人B「ヒャッハー!新鮮な尻だー!」ナデナデ

オーク「止めて!助けて!兄ちゃんっ、兄ちゃあああんっ!!」

村人B「くけけけけ、助けを呼んでも無駄だぜェ!」スーリスリスリ

オーク「いやああああああ!マーマ!マーマあ!ああ!」

村人C「ほっといていいのか?」

村人A「今近付くと巻き添え喰らうぞ」

村人B「見てくれ。こいつをどう思う?」

オーク「いやだああああああああ!!誰かっ!誰か助けてええええええ!!」

村人A「アーアーキコエナイ」

村人C「南無三……」合掌


   :
   :
   :

村人B「……バカな……メスだと……?」

村人A「えっ」
村人C「何それ怖い」

村人B「ぺっ!期待させやがってビッチが!あーあー犯る気失せちまった!」ぺっ

村人C「というか捕虜をフ●ックしようとすんなし」

オーク「うう、ぐすっ、えぐ……」しくしく

村人A「大丈夫かよ……ほれハンカチ」すっ

オーク「え……」きゅん

村人A(……今の音は気のせいだと信じたい)

村人B「しょうがねえ、おいCケツ貸せ」

村人C「イヤに決まってんだろ何言ってんだお前」

村人B「あ゙ーくそ!誰でもいいから犯してえー!!」がーっ!



暴れ猿「」ぞくっ

農家「どうした?」

暴れ猿「いやなんか寒気が……」


 ・ ・ ・

ワータイガー「申し訳ありません」

キングレオ「うむ……」

キングレオ「まあ、よい。些細なことだ」

ワータイガー「は」

キングレオ「それよりも北の人間どもの動きはどうなっている?」

ワータイガー「表向きには、守りを固める方向に動いているように見えます。しかしながら……」

キングレオ「ふむ、何かあると?」

ワータイガー「……武器の流通量がいささか多く思えます。隣国に掛け合い騎兵も集めているようでした」

キングレオ「……なるほど。まだ諦めがついていなかったか」

ワータイガー「いかがなさいますか?」

キングレオ「…………。よし。――――――、――――」

ワータイガー「――――。ではそのように」

 ―――
 ――
 ―


 ―
 ――
 ―――

女勇者「魔人?」

.

女勇者「なにそれ?」

農家「…………」

暴れ猿「……簡単に言うなら、生きた兵器、といったところか」

女僧侶「生きた兵器、ですか」

農家「あれはそんなモンじゃねえよ」

暴れ猿「む、知っているのか?」

農家「研究を叩き潰したのは、俺と勇者と先代魔王の3人だからな」

女勇者「おじさんそんなこともしてたんだ……」ほへー

女勇者「え?」
女僧侶「へ?」
女魔法使い「?」
暴れ猿「ん?」
猫娘「にゃ?」
農家「あ?」

女勇者「ちょっと待って、今すごい聞き捨てならない発言があった気が……」

農家「俺が研究を叩き潰したのが意外か?」

女勇者「違う、その次!」

女僧侶「あの、聞き間違いでなければ……先代魔王がどうとか……」恐る恐る

農家「俺とタコ助と角ジジイな」

暴れ猿「さっきと呼び方が違うぞ?!」がびーん

女魔法使い「角ジジイ……」

猫娘「先代陛下をジジイなんて呼ぶの、世界中探してもおっちゃんと勇者だけだにゃあ」

女勇者「いや呼び方はどうでもいいってばさ……」

女勇者「それより、魔王が協力ってどういうこと?敵対してたんじゃないの?」

農家「…………」

農家「……こっからはクソマジメな話になるぞ」


 時は20年ほど前まで遡る。

 人間とモンスターの衝突が最も激しかった時代だ。

 少数の豪傑によって支えられる人間側の連合軍と、
 数と平均能力で圧倒的に勝るモンスター側の魔王軍。

 両者の戦力は、勇者(後の国王)と鬼神(後の農家)、
 そして他5人の精鋭の活躍により、辛うじて拮抗状態を保っていた。

 つまりは人間側の劣勢であり、それ故に勇者達の存在は大きな希望だったのだ。

 しかし、その英雄に依存した状況が、思わぬ暴走を引き起こした。


鬼神「――“人造勇者”だ?」もぐもぐ

勇者「ああ。どうも先の会議でそんな話が挙がったらしい」がつがつ

鬼神「またけったいなモン思い付きやがる……。
 どこの物知らずだンな事言い出したのは」

勇者「北の大陸の西端に差別主義者の国があったろ。あそこの王が、な」

鬼神「《武教の国》か……」


 武教の国。
 その名の通り、武と宗教の国だ。

 国の中枢は巨大な城壁で囲まれ堅牢。
 中心にあるコロッセオでは兵達が日々闘いを繰り広げ、多くの死者と引き換えに練度の高い軍隊を築いている。

 そして、武教の国にはとある教えがある。
 『弱者は敗者であり、敗者は死者である。』

 これは生涯不敗を誇った初代王の遺言のひとつだ。
 要は『弱肉強食』ということだが……時を経て、この言葉は歪めて捉えられるようになった。

 『勝つために死ね』

 ――そして、絶対的英雄たる初代王への畏敬と崇拝が合わさり、
 それは強さに対する宗教へと変化していった。

 ……ある人物は、武教の国の兵と戦場を共にした後、こう言い残している。


「奴らは人間じゃない。人の皮を被った化け物だ」


 彼はその戦いを最期に、剣を見ることすらできなくなったという。

鬼神「で?」

勇者「ん?」ぐびっ

鬼神「あの馬鹿連中がどうかしたのかよ」ごそごそ…

勇者「あぁ。どうも、会議で棄却されたのを無視して研究を始めてるって噂でよ」ぷはぁ

鬼神「止めてこいってのか」ボッ

勇者「ま、勇者だしな」

鬼神「気楽に言いやがる……」スゥ… ふー…

勇者「あ、葉巻一本くれ」

鬼神「ん」

女勇者「おじさん葉巻吸うんだ」へー

農家「タコ助と一緒に止めたけどな。あの後ガキもできたし」

女僧侶「あぁ、そういえば陛下も吸ってませんね」

女勇者「たまにスルメくわえてるけど」

女魔法使い「……タコがイカを?」

暴れ猿「っ」←顔逸らした

猫娘「おさるさんどしたのにゃ?」

暴れ猿「いや……っ、なんでもない……っ」←笑い堪えてる

農家「……続けていいか?」

鬼神「だが止めるっつっても、何しろってんだよ」

勇者「さぁなぁ。その辺なーんも言われてねんだわ」

鬼神「丸投げか」

勇者「丸投げだな」

2人「「ふー……」」

勇者「どっちにする?」

鬼神「魔女はなあ……」

勇者「んじゃ、錬金術師ンとこ行くか」

鬼神「《焔鍛の国》か……」

勇者「あそこ暑いんだよなぁ……」


 焔鍛の国。

 視界に映るものが岩壁と熱砂しかない不毛の地の、数少ない水源付近に位置する小さな国だ。

 ここでは鉄などの採掘と、それに伴って武具の生産が盛んに行われている。
 また、何故か多くの錬金術を修める者達が移り住んでくる場所でもある。

 彼らに理由を訊ねると、皆口を揃えてこう答えるそうだ。

 『過酷な環境でこそ見えるものがある』

 探求とは奥深いものである。



勇者「でもそれとこれとは別じゃね?」

錬金術師「……キミはそんなことをわざわざ言いにきたのかい?」

 酔狂だねぇ、と振り返りもせず実験(何の、かは不明)を続ける、分厚いメガネを掛けた白衣の女性。
 彼女もまた、勇者の仲間の一人だ。

鬼神「お前……また部屋散らかってるじゃねえか、この間片したばっかだろ」

錬金術師「ああ、すまない。集中しているとつい、ね」黙々

鬼神「せめて手を止めろ」

錬金術師「気になるならまた片付けてくれてかまわないよ。机の上にないものは全てゴミだからね」

鬼神「わかってんなら棄てろ、マジで」

錬金術師「うん、だから床に捨てた」

鬼神「なあ勇者、殴っていいか?」

勇者「お前が殴ったら全身複雑骨折起こすぞ」

鬼神「じゃあテメエが殴ってくれ」

勇者「セクハラで投獄されます」

錬金術師「いやだなぁ、せいぜい実験台にする程度だよ」

勇者「なお悪いわ!」

鬼神「つうか会話する余裕はあんのな……」

錬金術師「ただし質問は手短に」

鬼神「武教の国のことなんだけどよ」

錬金術師「あぁ、人造勇者の件かい?」

勇者「なんだ、話通ってたんか」

錬金術師「これでもキミの仲間だからね」

勇者「一応訊くが、可能なのか?」

錬金術師「不可能と考えるほうが異常だと思うね」

鬼神「道理だな。コイツ自身、ただの偶然の産物なわけだし」

勇者「人をアートみたいに言うな」

錬金術師「勇者となる条件は、

1.体内に宿る全属性の精霊量がほぼ均一である。
2.【原初の三柱】の加護を受けている。
3.武と術の双方に長けている。

 の3つだけだからね」

錬金術師「とはいえ、それを意図的に整えようと言うのは、些か夢を見すぎだとは思うね」

勇者「お前も結局否定的なんじゃねーか」

錬金術師「あ」

鬼神「あん?」

錬金術師「しまった、触媒が足りない。勇者買ってきてくれ」

勇者「いや実験を止めろや」

錬金術師「錬金術協会では過去に“狂化薬”という代物の研究をしたことがあってね」

鬼神「狂化(バーサーク)?」

錬金術師「物質化レベルまで純化圧縮した魔力結晶を、とある術式を施した薬水に溶かして飲むだけの……、
 まあ、いわゆるポーションの類だよ」

鬼神「そいつがどうかしたのか?」

錬金術師「なぁに、大した話じゃないさ」



錬金術師「実験時の服用者が暴走して、国を3つ滅ぼしただけだよ」


   :
   :
   :

 静寂の森。

 一年中深い霧に覆われ、人の立ち入りが禁じられた未開の森だ。

 曰わく、「彼の森には近付くな。魔女にとって喰われるぞ。」

 ただしそれは当の魔女本人が流布したデタラメな噂である。

魔女「【魔人】なら知っているわ。私が見た時には魔力に耐えきれずに自壊を始めていたけれど」

鬼神「自壊……」

魔女「正規の手順を無視して、限界を無視して。過負荷に至るのは当然ね」

鬼神「どうやって止めたんだ?」

魔女「止まるのを待ったのよ。避難勧告だけはしてね」

魔女「まあ、誰も本気にしなくて勝手に死んでいったのだけれど」

鬼神「…………」

錬金術師「結論だけ言うなら人造勇者、イコール魔人の生産は可能だよ」

錬金術師「あらゆる前提を無視すれば、ね」

勇者「前提?」

錬金術師「僕が“生産”という言葉を使ったことに気付いたかい?」

勇者「!」

錬金術師「狂化薬の研究はね」



錬金術師「元々、蘇生薬の研究だったのさ」

鬼神「……死体か」

魔女「そう」

魔女「『過剰再生』」

魔女「それが狂化の原因」

魔女「なら、過剰再生を抑えるには?」



錬金術師「蘇生薬の研究を進めていた錬金術師は、応用すれば不老不死の薬を作れるのではないか、と考えた」

錬金術師「結果は失敗。まあ、未完成品での実験なのだから当然といえばそうだろうね」

錬金術師「その後、蘇生薬も研究者を失ったために開発が凍結」

錬金術師「――けれど、それは表向きの話だった」

魔女「不死の研究はね、どこの国や宗教でも大昔からやってるのよ」

魔女「当然、魔法使い達もね」

魔女「協会のお偉方は魔法ギルドに蘇生薬のサンプルを渡して、解析を依頼したの」

魔女「ギルドにとっては、未完成とはいえ他の技術で作られた不死への手掛かりは貴重だった。迷わず引き受けたそうよ」
魔女「そして解析した結果、とんでもない秘密が出てきたの」

錬金術師「蘇生薬――いや、狂化薬の触媒になっている薬液はね」



錬金術師「人間丸ごと千人分のミンチから作られていたのさ」

勇者「1001人の生贄か……」

錬金術師「ま、それで救える命と比べれば安い対価かもね」ツカツカツカ…

勇者「そういう問題じゃねえだろ」

錬金術師「ふふ、キミならそう言うと思った」カチャン

勇者「? おい、なんで鍵閉めんだよ」

錬金術師「なんでだと思う?」ぬぎぬぎ

勇者「何故脱ぐ」じり…

勇者「つか、そういや鬼神はどこ行った」じりじり…

錬金術師「彼には魔女のところへ行ってもらったよ。そういう約束だからね」にやり

勇者「なっ! お、お前らまさか」

錬金術師「ねえ勇者」
 するするする… ぱさっ

錬金術師「2人きりだね」くすっ

勇者「……(汗)」だらだらだら…

魔女「そういえばなんでわざわざこっちに? 錬金術師だって同じようなことは知ってるはずだけど」

鬼神「ああ、新しい合成肥料の開発と交換条件で勇者と2人きりにしてきた」

魔女「鬼かアンタ」

鬼神「農家だ」ふんす

魔女「勇者もかわいそうに……」

鬼神「いつまでも未練がましく姫さん追っかけてるほうが悪い」

魔女「でも錬金術師ひとりじゃ無理矢理逃げるんじゃない?」

鬼神「ちょうど魔力の強制拡散の研究が出来上がったところらしいから何とかするだろ」

魔女「何その研究怖い」

勇者「くっ来るな!服を着ろ!」


勇者「そそそそれ以上近付いたら吹っ飛ばすぞ!?」


勇者「この……魔法が使えねえ!?」


勇者「おぉぉおい……落ち着け息が荒い、まずは話し合おう、な!」


勇者「や……やめろ!離せ馬鹿力!」


勇者「あっこらそこは!」


勇者「ちょ、やめ――」


勇者「あっ」


   :

   :

   :

勇者「」ズーン…

鬼神「童貞卒業おめでとう」ぽん

勇者「死にたい……」ズーン…

鬼神「いいじゃねえか、愛されてんだから」

勇者「この裏切り者……」

鬼神「それよりどうすんだ。武教の国をほっといたらろくなことにはならねえぞ」

勇者「話そらすなよ……。

 まあ、一度実態を確かめたほうがいんじゃね?
 まだ俺らが聞いた通りの方法を取るとも限らねえし」

鬼神「ま、それもそうか」

勇者「しっかし、魔人ねぇ……」

女勇者「えーと、ちょっといいっすか」挙手

農家「あん?」

女勇者「今のエピソード必要?」

女僧侶「」意識不明

女魔法使い「僧侶ー……しっかりしろー……」ぽむぽむ

農家「テメエの親の馴れ初めだから話したんだが」

女勇者「知らなくていいことを知ってしまった!」マイガッ!

暴れ猿「なんというか、緊張感のない一味だな……」

猫娘「にゃあ」こくこく

農家「そうか? まあそうか」うん

女僧侶「――はっ! あれ、ここはどこ?」

女勇者「ほら僧侶ちゃんが錯乱しちゃった」

農家「……テメエらも大概緊張感ねえと思うがなあ」

女勇者「それを殺いでいるのはあなたです」

農家「まあいい、続けるぞ」

鬼神「一応、大書館で俺なりに調べてもみたんだがな」

勇者「なんか収穫あったか?」

鬼神「どうにも大昔の話らしくてよ……記録を見るに大体100年くれえか」

勇者「マジかよ、ンな前だったんかい」

鬼神「で、俺らが接触できて、当時おそらく生きていただろう奴らってえと、だ」

勇者「あー……、魔女と」

鬼神「精霊共と」

勇者・鬼神「「魔王(角ジジイ)」」

鬼神「とりあえず角ジジイに話聞いてみようぜ。しばらく顔合わせてねえし」

勇者「そうだなぁ……あ、そういや葡萄の濁酒飲みたがってたな。土産に持ってくか」

鬼神「んじゃ俺は漬け物でも持っていくかね」

勇者「自家製か」

鬼神「たりめえだ」どやっ

女勇者「はいはいはいストォオー―――~~…ップ!!」

農家「なんだよさっきから……」

女勇者「なんだもなにもないよね!?
 なんで魔王のとこ行くのに土産だなんだなんて話が出るのさ!?」

農家「角ジジイいいやつなんだぞ? ジャンケン弱えけど」

女勇者「友達かッ!!」くあっ!

女勇者「駄目だ……もう無理、ツッコミどころしかない……」

農家「こっからがいいとこなんだがなあ」

暴れ猿「農家よ、ひとまず要点だけでいいのではないか?
 細かい話はまた時間のある時にでもすればいいだろう」

猫娘「にゃぁ」ウトウト…

女僧侶「猫娘ちゃんも眠そうですよ」

農家「んー……まあいいか、しょうがねえ」

女魔法使い「……猿さん……ナイスフォロー」

暴れ猿「正直前任勇者の痴態とか語られても困るしな……」

農家「面白えんだがなあ」

女勇者「その娘であるところのボクの心情を察していただきたいです、はい」

農家「掻い摘んで事の顛末だけ話すとだな」

農家「その後魔王と組んで武教の国に忍び込んで、研究施設を探して潰すことにしたんだわ」

農家「その時に不法に拘束されてたモンスターを解放したり色々あったんだが、なんやかやで狂化薬自体はできあがっちまっててな」

農家「追い詰められた武教の国の王が、自害と同時にそれを使っちまったのさ」

農家「その後はひどいもんだ」

農家「死体に使えば過剰再生を抑えられるのでは、ってーのもただの仮説だったからな。結局は暴走して、魔人になった」

農家「国土が更地になるくらい破壊し尽くして、生存者がいたかどうかもわからねえ」

農家「ただ、何が理由かは知らねえが、魔人に自壊の兆候がまるで見えなくてな」

農家「仕方なしに3人がかりで無理矢理封印して、その時は収まった」

農家「後から王家に生き残りがいるってのは聞いたが、本当かどうかはわからん」

農家「北の国に潜り込んだらしいとは噂になってたけどな」

農家「これが事件の顛末だ。案外あっけないもんだろ?」


 ~ 魔界 魔王城 地下 ~

側近「魔王様」

魔王「……側近か。何用だ」

『………………』

側近「ようやく全ての準備が整いましてな」

魔王「!」

魔王「そうか、ようやく……!」

側近「そう、ようやく」



側近「これでもう君に用はない」

 ――ドスッ

魔王「…………な、に……?」

魔王「そっ……きん……?」

『………………』

 ――――ザシュッ

魔王「」

側近「あっけないものだね。これがモンスターの頂点などと」

側近「所詮、元は人間にすぎないということかな」

側近「……さて、急ぎ武教の地に行くとしようか」

側近「君も一緒にね」

『………………』

側近「……ふふふ、こんな出来損ないに執着するなんて」

側近「人間とは愚かな生き物だねえ」

『………………』

『…………』

『……』




「役者は揃い、舞台は整った」

「さあ、プロローグを始めよう」



農家「勇者と俺。それと、召喚師、錬金術師、姫、魔女、狩人」

農家「当時の勇者一味っつったらこの7人なんだが、姫さんと狩人は死んじまってな」

農家「召喚師のクソ野郎はしまいにゃ行方知れずだった。俺も何度か死にかけたことがある」

農家「戦争やってたわけだから多少なりと犠牲は出るもんなんだがな」

農家「だが魔人は違え。あれは戦争だろうがなんだろうがお構いなしだ」

農家「敵も味方も皆殺し。そんなもん、ただの災害と同じだろ」

農家「だから封印したのさ。今度こそ狂化薬のレシピと諸ともな」

女勇者「はー……」

女僧侶「でも、それじゃあそんなものが封じられた土地で、魔王軍は何を?」

暴れ猿「武教の王族から守るためだ。生き残りは噂だけじゃなかったということになるな」

農家「猫娘の話じゃ、俺達が魔王軍と接触したらその隙に潜り込んでくるかもしれねえ、ってことだが」

女勇者「……じゃ突撃できないじゃん」

農家「だが魔王が動いてる以上はぶつかるしかねえ。明日には行くぞ」

女勇者「明日ァ!?」

女魔法使い「……急ぎ足」


 ~ 深夜 ~

暴れ猿「呼び出されておいて何だが、俺様を自由に歩かせていいのか?」

農家「真面目な野郎だなお前……。今更だろ」

暴れ猿「それはそうかも知れんが……」

暴れ猿「その大鉈は貴様のものか?」

農家「ああ、この村に預けてた」

暴れ猿「…………行く気か」

農家「ナスビどもは任せるぜ。こいつが指南書だ」

暴れ猿「つっこむ気も失せるな……」

農家「それとナスビ、いや、勇者に伝言だ」

農家「『現実を疑うな』」

暴れ猿「わかった、伝えよう」

農家「じゃあな」


 ~ 旅の扉 ~

農家「思ったよりかかったな、空が白んできやがった」

農家「さあて、行くぜ相棒」

 応えるように、大鉈の刀身が鈍く光を反射する。

農家「よっ!」

 *農家は旅の扉に飛び込んだ。

魔物A「旅の扉が動いた――来るか」

魔物B「反応はひとつだ。舐められているのではないか?」

魔物C「斬り合えば解ること。お前達、死に急ぐなよ」

魔物A「! 来た!」

農家「……おーおー一面モンスターだらけたあ、随分な出迎えじゃねえか」

農家「名前くらいは聞いてやるぜ」

魔物A「獣将直轄遊撃隊隊長、グリフォン」

魔物B「同じく直轄殲滅部隊隊長、ケンタウロス」

魔物C「直轄暗殺部隊長、空狐」

農家(ホントに名乗るんかい……)

農家「……元勇者一味“鬼神”、農武一元・鉈業(シャゴウ)陰流、名は農家」

農家「死にたい奴からかかってこい」


 ・ ・ ・

女勇者「置き去りとかあーもぉっ!」
 ダッダッダッ…

女僧侶「なんで止めなかったんですか!」

暴れ猿「農家にも何か考えがあるんだろう。それより喋ると舌を噛むぞ」 タッタッタッタッ…


女魔法使い「…………」 スタタタタタ…

「っ、いた! 姫様!」

女勇者「うぇっ!?」
 キキィーッ!

暴れ猿「ぬあっ!?」キッ
女僧侶「にゃぶっ!」ガチッ
女魔法使い「……」ピタッ

暴れ猿「急に止まるな阿呆!」

女勇者「あ、ごめん。でも今誰か――」

国王「間に合ったか」

女勇者「パパ!? ……と、騎士団の人達も」

国王「おい、農家のバカは?」

女勇者「あー、それが……」

国王「あんにゃろう、やっぱり一人で行きやがったのか」

女僧侶「~~~~~~っ」

暴れ猿「おい、大丈夫か?」

女魔法使い「急いでる。話なら早く」

国王「聖霊の剣を渡しにきたんだ。それとヤバいことになった。精霊王から聞かされたんだがな」

国王「現魔王が殺された」

暴れ猿「なんだと!? あの怪物がか!」

国王「ん? 誰だお前……まあいいか。
 とにかく魔王ってのは条件が揃わねえと死なねえモンなんだが、それが死んだんだ。ただ事じゃねえ」

国王「そうじゃなくても現魔王は俺と農家の2人がかりで殺しきれなかった魔人並みの化け物なんだ。
 それが簡単に殺されたってことは、もっとヤバい奴が現れたってことになる」

女勇者「?? よくわかんないんだけど……」

国王「とにかくヤバいってことだ。急がにゃならん、全員馬車に乗れ」

女魔法使い「走った方が速い」

暴れ猿「それはお前だけだろう……」

国王「旅の扉が使えりゃあな」

女僧侶「使えないんですか?」

国王「向こう側を農家が派手にぶっ壊してるはずだ。かといって転移魔法で行くには遠い」

女勇者「じゃどうすんの?」

国王「ペガサスって知ってるか?」にやり

?「始まったか」

?「皆の者、準備はいいか!」

「「「オオオー―――――!!」」」

?「我らはこれより、我らの王を取り戻す!」

?「愚かな凡人共と悪辣なる魔物共を討ち倒し!我らが覇王を呼び覚ますのだ!」

「「「オオオー―――――!!」」」

?「臆病者共に思い知らせてやれ!力こそが世界に真の革命をもたらすのだ!」

?「剣を抜け!出陣だ!!」

「「「ウオオオオー―――――――!!!」」」

爺「姫様」

?(姫様)「爺、私は必ず成し遂げる」

爺「……全てを忘れ、平穏に身をやつすこともできるのですぞ」

爺「貴女は優しすぎる」

姫様「……武教の国の姫として。ひとりの剣士として」

姫様「今更、私に逃げ道など見えぬ」

爺「姫様……」

姫様「留守を頼む。必ず、父上を」

爺「……この爺には信じて待つことしかできませぬ」

姫様「……ありがとう」


 キイイィィィィィィ――…

女勇者「うわぁ、ホントに飛んでる上に無茶苦茶速い……」

国王「障壁から出ると普通に落ちるぞ、大人しく座ってろ」

女勇者「はーい」

暴れ猿「『殺しきれなかった』とはどういう事なんだ?」

国王「時間もあるし少し話すか」

国王「野郎は元々何考えてるかわからねぇ得体の知れねーガキだった。出会った頃はまだ10歳にもなってなかったはずだな」

国王「まあただのガキじゃなかったがな。戦争の時にゃ最後まで前線に出ずっぱりでそれでも生き残ってたすげえ奴さ」

国王「つっても、本人は戦っちゃいねぇんだけどよ」

女僧侶「軍師ってことですか?」

国王「それもあるが……あいつはな」

国王「召喚術師なんだ。少なくとも俺らはそう思ってた」

暴れ猿「行方不明になったという輩か……」

国王「んん?なんだ結構話してんのか」

国王「ま、そうだな。終戦直前に姿を眩まして……最後に会ったのは魔王の城でだった」

国王「お前ら、勇者の条件はわかるよな?」

女勇者「えーっと、なんだっけ?」

女僧侶「おじ様が言っていたじゃないですか」

女魔法使い「1.体内に宿る全属性の精霊量がほぼ均一である。
2.【原初の三柱】の加護を受けている。
3.武と術の双方に長けている。
の3つ」

国王「正解。ちなみに1は素質の話だが、2は絶対条件だ。3はぶっちゃけどうでもいい」

女僧侶「どっ……!?」

国王「要はバランスの問題だし、そこは人間が勝手に決めた部分だからな。戦えない勇者に用はねぇってこった」

女勇者「おおぅ、シビアな意見……」

国王「で。ひとつ確認するが、お前ら前の世代で俺以外に勇者がいたとか聞いたことあるか?」

暴れ猿「……ないな」

国王「いたんだよ、認められなかっただけでな」


   :
   :
   :

グリフォン「ぐ……なんという……!」

農家「……もういいだろ面倒くせえ、退け」

ケンタウロス「ガフッ!か……っ!は……」

空狐「千の兵をただひと薙ぎで――これが鬼神か」

農家「テメエはかかってこねえのか?」

空狐「我は見定めよとの命を受けている。貴殿の強さ、確かに真のもの」

グリフォン「ま、だだ!まだオレはッ!」

ケンタウロス「まだ……死んでおらぬぞ……!」

農家「…………」チャキ…

空狐「やめなさい。かないません」

グリフォン「だが……!」

空狐「我らが将は鬼神殿との1対1を望んでいます。我らの役目は終わりました」

ケンタウロス「…………くそっ」

農家「……なるほどな。俺一人通せば武教の残党を抑える兵が割ける。随分と合理的な野郎じゃねえか」

空狐「御存知でしたか。では話が早い、こちらへ」

農家「ああ」

農家「だがその懐刀はしまっとけ」

空狐「ッ!」ゾクッ

農家「案内もいらねえ。勝手に行かせてもらう」

空狐「……わかりました」



キングレオ「……来るか、鬼神。先王の友にして敵」

ワータイガー「将軍」

キングレオ「お前は去れ」

ワータイガー「しかし……」

キングレオ「雌に惹かれたのはお前が初めてだった」

キングレオ「仔を頼む」

ワータイガー「……はい」

農家(連戦は避けられたか……)

農家(参ったな、衰えたつもりはねえんだが)

農家(あーあ、面倒くせえな……)

農家(俺はただの農家だってのによ)

農家(妙な因果だぜ、全く)


 ――武教の地 魔王軍拠点

   地下最深部 封印の間――

  ギギギギイイィィィィ……

農家「……よう、テメエが大将か」

キングレオ「いかにも」

農家「ったくわざわざご丁寧にこんな場所選びやがって。酔狂な野郎だなオイ」

キングレオ「外では貴公の全力を見ることは叶わぬと判断したまでだ」

キングレオ「ここならば、先王の結界により崩壊する心配もあるまい」

農家「そりゃご丁寧にどうも」

農家「やり合う前に訊いておくぜ。テメエは魔王軍で何をしようとしてる」

キングレオ「戦いを」

キングレオ「ただそれだけだ」

農家「シンプルだな」

キングレオ「貴公はどうだ。何故ここにいる」

農家「さあな」

農家「そもそも俺にゃ戦う理由なんざねえのよ」

農家「一生畑耕してられりゃよかったのさ」

農家「ただ、何の因果かたまたま強かっただけだ」

農家「そんで先の戦争だ」

農家「生憎、力があるのに知らねえふりできるほど図太くねえモンでな」
農家「それに、近場でギャースカ喧嘩なんざされちゃ落ち着いて畑仕事ができねえだろ」

農家「なんのことはねえ、そんだけだ」

農家「魔王とかフザけんな」

農家「こちとら知ったこっちゃねーんだよ」

農家「俺の邪魔をするバカは、魔王だろうが……神様だろうがブチ殺す」
農家「俺あワガママなんだよ」

キングレオ「…………く」

キングレオ「くくく、ははははは!」

キングレオ「いい、実にいいぞ!それでこそ戦士!そうだ、戦いに大義など無用!!」

キングレオ「さあ戦おう鬼神!
 魔王軍獣魔師団総大将、キングレオ!参る!!」

なんか空改行のミスが多いな、気を付けねば……

 獣将キングレオ。
 彼は4本の前肢を有し、身の丈はゆうに5mを超える巨獣である。
 悠然と立つその姿はまさに王者の風格を放ち、見る者全てを圧倒する。

 対するは鬼神と呼ばれた男。
 彼は才能があるわけではない。努力家でもない。
 ただ偶然に、本当にたまたま強かった、それだけの男である。

キングレオ「オオオオオオ――!!」

農家「うるああ!!」

 4本の大剣と1本の大鉈が、両者の間で激しく衝突を繰り返す。

 4対1、一見すれば絶対の差を――、

農家「らあ!」

キングレオ「くっ!」

 ――鬼神は左腕ひとつで制していた。

キングレオ(これほどとは……!)

 1の剣で打ち、2の剣で突き、3の剣で払い、4の剣で断つ。
 キングレオの正しく縦横無尽、変幻自在の剣術は、並みの剣士ならば打ち合うことすら叶わないだろう。

 しかし、その暴風の如き乱撃を、鬼神は実にゆったりとした動きでいなし、かわし、さらには斬り込んでいく。

キングレオ「くァ――!」

農家「どうした、出し惜しみでもしてんのか化け猫」

 至近距離での一合。双方の動きが止まる。
 否。体格差にも関わらず、鬼神がキングレオを圧していく。

 キングレオは笑っていた。

キングレオ「これほど……」

キングレオ「これほど愉しいのは、初めてだ!」

 それは歓喜の笑みだった。


 ・ ・ ・

猫娘「……おっちゃんダイジョーブかにゃあ」

農夫B「心配するだけ無駄だろ。あの人の強さは常軌を逸してる」

農夫C「むしろ、相手方が哀れといふもの。南無」

農夫B「お前いつまでそのキャラだよ……」

農夫A「デタラメに強いのは確かだな。それよりトウキビ食うか?」

農夫B「トウキビ! よっしゃ網持ってこい!」

農夫C「猫娘も食うであろう?」

猫娘「…………」

農夫A「上の空だな」

猫娘(おっちゃん……)

猫娘(ダイジョーブだよね……)


 ――同時刻、武教の地北部平原。

姫様「……どういうことだ、これは」

 そこには無数のモンスターがいた。

 そう、『いた。』

「全て死んでいるようです」

姫様「そんなことはわかっている。問題は何故死んでいるのか、だ」

「何者かがやったとしか……」

姫様「これだけの数をか?」

 平原はモンスターの骸で埋め尽くされている。
 その数はゆうに1万を越えていた。

姫様「一体何が起きているんだ……」

「姫様、あの丘に人影が見えます」

姫様「何?」



姫様「――ッ!馬鹿な、あれは……あの人はっ!?」

?『………………』

側近「ふむ、なかなか。さてと、仕上げと行こうか」

側近「……ん?ほう、これはこれは」

側近「ははは。素晴らしい、生贄が向こうからやってくるとは」

?『………………』

側近「さあ、儀式を始めようか、『姫』」

?(姫)『…………』



  ……――ォォォォォオオオ……


姫様「なんだ、この呻くような声は……」

「ウ……ひ、姫様……っ」

姫様「!? どうしたお前達!」

「ち、からが、……」

「苦し、い……!」

「体が……溶け……っ!」

姫様「…………これは、まさか!?」

側近「そのまさかだよ、お嬢さん」

姫様「っ、いつの間に!」

姫様「いや、そんなことよりこれは貴様の仕業か!?」

姫様「この術がどんなものかわかっているのか!!」

側近「おや、お気に召さないかな?」

側近「これを編み出したのは君達だというのに」

姫様「貴様!今すぐ術を止めろ!さもなくば斬る!」

側近「できもしないことを吠えるものじゃないよ」

姫様「っ、なめるな!」

姫『………………』

姫様「なっ」

側近「ほら、斬れない」

  ドスッ

姫様「う……」ドサッ

側近「折角だ。彼女の復讐に手を貸すのも一興かな」

側近「おいで、姫」

姫『……』


 原初の三柱。

 古より語り継がれる創世伝の中で語られる、三柱の神である。

 伝承は、虚無の果てに【創造の神】が降りた時より始まる。

 創造の神は宇宙を創り、星を創り、命を創った。

 しかし、創造の神とその子らは、創ることしかできなかった。

 やがて神は考え、終わりを生むことにした。

 神は自らの身を切り分け、新たに【終焉の神】を産み出した。

 そうして万物に死が与えられた。

 死を得た神の子らは、やがて殺し合うことを覚えた。

 気付けば子らは自ら滅ぼうとしていた。

「このままではいけない」

 創造の神と終焉の神は、直すことを思い付いた。

「産まれ、滅ぶだけでなく、抗う力を創ろう」

 そして二柱は互いの身を切り分け、新たに【回帰の神】を産み出した。

国王「勇者の力は第一柱、【創造の神】から借りてるもんだ」

国王「だから条件を無視した高位魔法の発動ができるし、場合によっちゃ新しく別の力を創ることもできる」

国王「大元の魔法を作ったのも勇者だって話だしな。まあ、その頃は勇者じゃなく【神子】って呼び方だったみてぇだがよ」

女勇者「それと勇者がたくさんいるのと、何か関係あるの?」

国王「わかんねぇか?」

女僧侶「もしかして……」

暴れ猿「わかるのか?」

女僧侶「あ、いえ、でも……」

女魔法使い「神様の力を借りられるのは1人だけ」

女魔法使い「でも、神様が3柱いるなら」

女勇者「あ」

暴れ猿「つまり、まだ終焉の勇者と回帰の勇者が存在しうる、と」

国王「そういうことだ」

女勇者「もしかして召喚師とかいう人がどっちかなの?」

国王「いや、あいつは違う」

女僧侶「……『姫』ですか?」

国王「正解。教会じゃこう呼ばれてたな」

国王「【癒やしの姫神子】」

暴れ猿「待て、では召喚師とは何者なんだ」

国王「さあ、な。魔王や精霊王にも正体が掴めねぇっつー、それこそ農家みてぇに得体の知れねぇ輩には違いねンだが……」

女勇者「あ、おじさんもそこに入るんだ」

国王「あいつ自身もよくわからんっつうしな。まーそれはいいや」

国王「だがな、おかしいんだよ」

女僧侶「?」

国王「召喚師は勇者――神子っつった方がいいな。神子じゃねえのは確かなんだ」

国王「なのに、俺と農家とやりあった時使ってた力は間違いなく」

国王「神子の力だったんだ」


 甲高い金属音が封印の間に響き続ける。

キングレオ「カアァァ――――……!」
農家「ふっ!」

  ガキィン! キン! キィン!

 弾き合う刃が火の粉を散らし、斬撃の衝突が衝撃波となって互いの体力を削り取る。
 押さば引け、引かば押せの繰り返しの中、僅かな隙を窺い合い凌ぎ合う。

キングレオ「我がオリハルコンの四大剣を受けきるとは、その大鉈、なかなかの業物だな!」

農家「エルフの宝剣を俺専用に鍛え直した代物だぜ。強度は折り紙付きだ」

農家「もとより、道具ひとつ壊さず使いこなせねえで農家がやってられるかってな」

キングレオ「フッ、言ってくれる……」

キングレオ「ならば貴公の自信諸とも、その大鉈を叩き折ってくれよう!」

農家「やってみろや化け猫が!」

 何度目かの攻防――。


農家「ふぅー……ぜァッ!」

キングレオ「ぬ!?」

 ――その一撃。
 目で追うことも困難な剣撃の嵐の中、大鉈の縦一閃が4本の剣を断ち切るように振り降ろされた。
 受け流しきれず、キングレオの巨体が揺らぐ。

農家「“鉈業陰流”――」

キングレオ「!!」

 大鉈の柄に、両の手が添えられる。そして、

農家「――“山穿ち”!」

 山脈をも貫くと言われるひと突きが、キングレオの心臓を捉えた。

 音が消える程の衝撃。
 踏み込みの威力だけで、頑健に造られた石畳の床が激しく砕け散る。

 キングレオは空を切って壁に叩きつけられ、封印の間全体が大きく揺れた。


 しかし、

キングレオ「っ――――、まだまだぁ!」

農家(! 受けきったか!)

 キングレオは尚も立ち上がる。

 膝をつくこともなく、
 剣を落とすこともなく、
 闘志を失うこともなく。

 尚も笑い、眼前の強敵と相対する。

キングレオ「流石、これがかの山穿ち……鬼神を鬼神たらしめた技のひとつか!」

農家「平然と立ちやがって、そこそこショックだぜ化け猫」

キングレオ「ふっ、手加減しておいて何を言う」

農家「わかるか」

キングレオ「わからいでか」

 両者の顔に笑みが浮かぶ。

農家「それにしたって、魔王のジジイにも通じた威力で立ってくるたあ、大した化け猫だなテメエ」

キングレオ「魔界最堅を誇るこの身こそが、我が最強の防具」

キングレオ「易々と傷を付けられると思ってくれるな」

農家「ハッ、上等」

 大鉈を右手に持ち直し、肩に負う。

農家「体も温まったことだし……」ユラ…

キングレオ(! 雰囲気が変わった?)


農家「行くぜ、化け猫」


 空気が、急激に張り詰める……。


農家「ここからは――」



鬼神「――【鬼神】として闘ってやらあ」



  ゾ ワ ッ !

キングレオ「ッ!」


 言葉の直後、農家の――否、鬼神の魔力が解放された。

 圧倒的、暴力的、そしてそれでいてひどく静かなそれは、肉眼で確認できるほどの濃度をもって見る者を威圧する。

キングレオ(これが鬼神の――)

 常人であれば、その力を前に心を折られていただろう。

 だが、キングレオの心にあったのは、

 純粋なる敬意。

 感動。

 そして何よりも、絶対的な強者と闘えることへの、戦士としての喜びだった。




鬼神「“鉈業陰流”――」グ…

キングレオ(来る……!)





鬼神「“無影”」





 ――その瞬間、キングレオは世界を見失った。

国王「って、まあ死んだ奴の話なんだから今更どうもこうもねーんだけどな」

「陛下、もうじき領空に入ります」

女勇者「速っ!まだ1時間も経ってないよね?」

国王「神界育ちのサラブレッドだからな。昔も世話になったもんだ」

 …………――――――!

女魔法使い「! 何かくる」

国王「あん?」


 油断も慢心もなかった。

 正真正銘の全力で迎え撃った。

 それでも、目視することすらかなわなかった。

 光すら置き去りにする、神速の一撃。

 なんの飾り気もない、縦一文字の一閃。

 無意識で受けることができたのすら奇跡と思えるひと太刀。

 しかし、我が剣はその悉くが容易く砕かれ、

 この身には深く傷が刻まれている。



 ああ……、


 魔界最堅のこの身でさえも、

 こうも簡単に打ち破られるのか。


 これが鬼神、

 これが武の頂点、

 これがかの覇王と剣を競った男の……。


 薄れかけた意識と、ぼやけ始めた視界の中で、

 鬼神の大鉈が切っ先を返すのが見えた。


 二撃目を受ける手段は、ない。


 ああ――、

 我は、ここで死ぬ……。


キングレオ「は――……」

 零れたのは笑みだった。


 目指してきた最強、

 その担い手へ、感謝と……。

キングレオ「……――見事」

 賞賛を。


 大鉈の刃が、我が方に向けられた。


 ……ああ、そういえば。

 ワータイガーに、愛していると言えなかった、な……。

   ・
   ・
   ・






 ……――――ォォォォ……ン――……





_



 ――感じたのは風の流れ。

 ……そして、日の光。


 開いた眼に映ったのは、死後の世界などではなく、

 どこまでも果てしなく、突き抜けるような、青い、空。


 そしてその下、


 瓦礫の頂に立ち、空を仰ぐ鬼神の背中だった。


キングレオ(……生きている)

 それに気付くと同時に、疑問が思考を埋める。


 何故。

 そして、何が起きたのか。


 その答えは――。

側近「これは失礼。邪魔をしてしまったかな」

 鬼神の視線の先に立つ、顔を隠した外套姿の男が示していた。


鬼神「テメエ……誰だ」

 唸り声にも似た鬼神の言葉。

 それに対し、外套姿の男はあくまで飄々と言葉を返す。

側近「誰だ、とは御挨拶だね」

側近「折角の再会だというのに」

キングレオ「あれは、魔王の側近……か」

鬼神「生きてたか。悪いな、邪魔が入った」

キングレオ「いや、いい。負けには変わりない」

キングレオ「それよりも……」

側近「ふむ、これだけ壊しても綻びひとつ見えないとは、なかなか厄介な封印を施したものだ」

鬼神「目的は覇王か?」ギロッ

側近「やれやれ、貴方は相変わらずせっかちだね」

鬼神「あ?」

側近「…………」

鬼神「……、テメエ」

側近「おっと。お土産を忘れていた」スッ

 *側近は何かを投げつけた。

キングレオ「――なッ! それは!」

鬼神「首……?」

鬼神「!」

鬼神「こいつ、クソ野ろ――」




『“無影”』



 刹那。

 鬼神の体が、瓦礫諸とも大きく宙を舞った。


_

側近「こらこら、勝手に動いてはいけないよ、姫」

姫『…………』

 大きく開いた穴の上、側近の隣に並び立つように、ふわりと姫が舞い降りる。

 その手には鬼神のそれによく似た片刃の大剣を携えているが、その刀身は闇のように黒く、暗い。

キングレオ「…………『姫』……だと……?」

側近「おや、猫が一匹生きていたとは」

側近「鬼神も腕が落ちたと見える」



 空中。

 飛んだ瓦礫を足場に体勢を整えながら、鬼神は視線を乱入者達に向ける。

鬼神(…………)

 一人は外套に身を包んだ男。
 その顔は見えないが、身に纏う魔力が正体を示している。

 一人は死んだ女。そして自分の弟子。
 しかし、何故か魔力の気配を感じない。
 でなければ、不意打ち程度で吹き飛ばされなどするものか。

鬼神(……悪い予感ってのは当たるもんだな)

 ゆったりと落下しながら、冷静すぎる思考を巡らせる。


 鬼神に狼狽はない。

 まるで、全て承知していたかのように。


  ・ ・ ・

国王「いっつつ……何だってんだ」ガラ…

暴れ猿「全員無事か?」

女僧侶「ふぁい……」ぐるぐる

女勇者「猿さんがとっさに掴んでくれて助かったよぉ……」

女魔法使い「…………」スッ

女勇者「魔法使いちゃん?」

女魔法使い「あれ」

国王「……なんだありゃ、モンスターの死体だらけじゃねえか」


 魔法使いの示した先には、無数の魔物の骸が横たわっている。

 真っ二つに切り裂かれたもの。力任せに引きちぎられたもの。

 四肢を叩き潰されたもの。心臓を抜き取られたもの。

 そのどれもが最後には頭部を砕かれ、死に際の表情を見ることすらできない。


 その中に、グリフォンとケンタウロスの骸もあった。


 しかし、勇者達は彼らを知らない。

 故に、違和感に気付かない。

女勇者「おじさん、じゃないよね」

国王「野郎はこんな無粋な真似しねぇよ」

暴れ猿「何が起きたんだこれは……」

女僧侶「! あそこに誰かいます!」

国王「あん?」

女魔法使い「人間。たぶん」

姫様「…………」ぐったり

国王「こいつの鎧の紋様……こりゃ武教の王族のモンだ」

女勇者「え、じゃあこの人って」

国王「おそらく王女、だろうな」

女僧侶「どうしてそんな方が一人で……」

女勇者「潜り込んでくるかも、っておじさん言ってたけど、だったらこんなとこにいないよね」

国王「外傷はなさそうだ。気絶してるだけだな」

女僧侶「もしかしてこの惨状はこの方が?」

暴れ猿「それはないだろう。あまりに身なりが綺麗すぎる」

国王「むしろさらわれてきたのかもってほうがしっくりくるな」

女勇者「誰に?」

国王「知らん!」キリッ

暴れ猿「」ずるっ


女僧侶「……あれ?」

女僧侶「魔法使いちゃんは?」

女勇者「え?」


女魔法使い「…………」

  てってって…

  ぴたっ

  キョロキョロ…

女魔法使い「…………こっち……」

  てってってって……


 神の子らは嘆いた。

「何故滅びなければならないのだ」

 嘆きは悲しみに、
 悲しみは怒りに。

 やがて子らは神を恨み始めた。

「我等の永遠を返せ!」

 神々は失望し、一柱、また一柱と姿を消した。

 そうして、気付けば【原初の三柱】だけが残っていた。

 やがて人々の怨恨は【終焉の神】に向けられ、
 長い永い時を賭して、人々は神を討ち取った。
_


 ――しかし人々に永遠は戻らなかった。


「奴を生み出した者が悪いに違いない」

 彼らの矛は【創造の神】に向けられ、
 そして、人々はそれを討ち取った。


 ――それでも永遠は訪れなかった。


 人々は最期に【回帰の神】を討とうとした。

 しかし矛は砕け、人々は地に伏した。

 傷つけても傷つけても、【回帰の神】は倒れなかった。

 永遠はそこにあったのだ。

 そして、人々にそれを止める手だては遺されていなかった。

 生み出す術も、
 終わらせる術も、
 人々は自ら討ち砕いてしまったのだ。
_


 ――降り注ぐ瓦礫と共に、音も静かに着地する。

鬼神「…………」

 視線はそらさず、乱入者達を真っ直ぐに見据えた。

キングレオ「鬼神、あの者達は……」

鬼神「悪いな化け猫。どうもテメエは巻き添え喰っただけらしい」

キングレオ「どういうことだ?」

側近「そこから先は私が話してあげよう」

姫『…………』

 続いて、二人の乱入者が封印の間に降り立った。

 敵意はない。

 むしろ、長年の友人に接するかのような気安さを見せて。

側近「まずは私の正体から明かそうか」

 ぱさり。

 フードがめくられ、その下に隠されていた顔が露わになる。

キングレオ「なっ!?」

 キングレオの顔が驚愕に染まる。

「そんなに驚くことかい?」

鬼神「……やっぱり、そういうことかよ」



鬼神「召喚師」

 そこには、死んだはずの魔王が佇んでいた。

召喚師「貴方にそう呼ばれるのも久し振りだ」

鬼神「昔話しに来ただけなら今すぐブチ殺すぞ」

召喚師「やれやれ、相も変わらずつれない人だ」

 まるで日常風景のようなやり取り。

 しかし互いに隙はなく、鬼神も構えを崩さない。

鬼神「覇王の封印を破るつもりか?」

召喚師「ふむ、それも目的ではあるね」

鬼神「何?」

 鬼神の頭に初めて疑問が浮かぶ。

召喚師「ここへ来たのは単純な実験と、魔力の回収のためさ」

召喚師「人間とは面白いものだね。

 自身の力が及ばずとも、封じることで相手を無力化する。

 それどころか、その力を吸い上げて己のために利用している。

 これは実に効率的だ。

 一度封じ込めさえすれば、相手が滅びるまで力を奪い続けることができる。

 そして奪われ続けるがために、自力では封印を壊すこともかなわない。

 こんなシステムを1000年もの昔に編み出したんだ。

 正直敬意に値するよ」

 召喚師はただ語る。

鬼神「……何の話をしてやがる」

 鬼神の中で、疑念が膨らんでいく。

召喚師「【大いなる樹】を覚えているかい?」

 大いなる樹。

 世界樹とも呼ばれる、天を貫く巨木だ。

 その周囲には無数の遺跡群と濃密な樹海が広がり、
 強大なモンスター達がひしめいている。

 並みの人間では近付くことすらできない辺境。

 教会において、聖樹、そして聖域とされる場所。

鬼神「ああ、覚えてるぜ。テメエを拾った場所だ」

召喚師「あの時は驚いたよ。
 私の求めていたものがそちらから近付いてきたのだから」

鬼神「あ?」

召喚師「まあ、よもや前魔王に邪魔をされるとは思わなかったが」

鬼神「…………」

 記憶を探り、あの時あの場所にいた人間を思い浮かべる。

 勇者――違う。

 鬼神――違う。

 狩人――違う。

 姫――…。

 視線をわずかに動かし、召喚師の横に控えるそれを睨む。

召喚師「大いなる樹が何故聖樹と呼ばれるか、貴方は知っているかな?」

 癒やしの姫神子は動かない。

 まるで人形のように動かない。

召喚師「教会には『聖なる蕾』という秘宝がある。

 それは大いなる樹に数十年に一度だけ実る、
 小さな小さな花の蕾だ」

 噂だけは聞いたことがある。

 それは蜜を振り撒けば万人を癒やし、

 灰を埋めれば森が生まれ、

 涸れ井戸に落とせば水は絶え間なく湧き出し……、


 ――死者に食らわせればその身を蘇らせるという。


召喚師「あれはね、鬼神。回帰の神の……」







召喚師「“私”の力の結晶なんだよ」




_


   :
   :
   :

「魔力は『可能性』――言い換えれば『変数』よ」

「可能性?」

「旧科学で例えるなら『素粒子』かしら」

「その例えは僕にもわからないよ」

「あー……、万能媒体って言えば伝わる?」

「『賢者の石』のことかい?」

「そうそれ」

「本来はなんの性質も持たない、
 何になるかもわからない、
 物質なのか違うのかさえわからない何か。

 認識次第で容易く変化するそれを私達は魔力と定義したわけだけど、
 元々はその変化させる作業を魔術、
 得られる結果を魔法と呼ぶの」

「ふむ」

「魔力が属性を帯びているのは、精霊に影響を受けて変異した結果ね。

 これは自然界にあるものもそうだし、生き物が内包しているものもそう。

 純粋な魔力は限りなく少ないわ」

「そしてその純粋な魔力が噴き出す特異点を『龍穴』と呼ぶ」

「そう」

「龍穴は『龍脈』によって空、あるいは地下で繋がっていると言われているわ。

 そして今知られている龍穴は僅か4つだけ」

「1つ目は聖樹の袂」

「2つ目は異界の門」

「3つ目はここ」

「そして4つ目は」

「武教の地――覇王の封印の真下、というわけか」

「魔王は初めから龍穴の在処を知っていたんでしょうね。

 龍脈を通して聖樹に流れる魔力の一部を吸い上げて、覇王に向けて流し込む。

 覇王自身に刻まれた術式を通して魔力は変換され、そしてその魔力を封印と覇王の維持に利用。

 覇王の存在を鍵として、回帰の神復活を妨げるためのシステムを作るなんて……、
 彼、ホントに魔族の王なのかしら」くすっ

「教会が正史を隠匿している以上、そこに違和感を覚えるのは僕達くらいのものだと思うよ?」

「あら、それもそうね」

「しかし、最大の誤算は姫か」

「……どうかしら。
 召喚師に与えた影響を考えるなら、神子が彼女だったことは歓迎すべきなんでしょうけど」

「心とは難しいな」

「そうね。その通りだわ」

「時に、勇者は本気で気付いていなかったのかい?」

「そうみたいよ?
 あれで仲間を疑えない性格だもの、無理もないわ」

「くっくっ、彼は純粋だね」

「どうかしら……ま、いい意味でバカだとは思うけど?」

「そこがいいんだよ。

 ……こちらの準備は済んだ、そっちは?」

「いつでも行けるわ。

 あとは“あの子”が喚ぶのを待てばいい。
 人狼と接触できたのは幸いだったわね」

錬金術師「さて、僕の愛しい家族は頑張っているかな」

魔女「案外鬼神に惚れてたりしてね」

錬金術師「……もしそうだったらどうしよう」

魔女「いや冗談だから」

   :
   :
   :




回帰の神「――さあ、始めようか」


_



 ゴ ゴン ……!


 巨大な歯車が動き出すような音と共に、ぐらり、と大地が大きく揺らぐ。

キングレオ「っ、地震か?」

回帰の神「不正解。鬼神、貴方ならわかるのではないかな?」

鬼神「…………」

 少しずつ、少しずつ。

 揺れは大きくなっていく。

回帰の神「私の目的は話しただろう」

回帰の神「確かに先代魔王の封印は強固なものだ。

 私の力を奪い、数百年単位で私諸とも覇王を封じる。

 実に厄介、よくできた封印、よくできた仕組みだ」

 やがて揺れは増し、立ち続けることも困難なほどになる。

 それでも彼らは動かない。

 平然と、ただ相手を睨み続ける。

回帰の神「けれどそれは危ういバランスの下で成り立っている。

 精巧なものほど、

 頑丈であればあるほど、

 その実打ち崩すのは容易なのだよ」

 ――ドクン、と。

 揺れ動く大地の音に、何かの鼓動が混ざり始めた。



回帰の神「器が外から砕けないのなら……」


回帰の神「――内から溢れさせればいい」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

国王「うおっ!何だ!?」

女勇者「うわわわわっ!」
女僧侶「きゃっ!」

暴れ猿「っ、2人とも掴まれ!」

女僧侶「す、すみません」

女勇者「何これすっごい揺れてるけど大丈夫なの!?」

暴れ猿「この辺りは地震なぞ滅多に起きないはずだが……」



 ――ィィィィィン……


女僧侶「う……あ……、?」ガクッ

女勇者「! 僧侶ちゃん!」

国王「どうした!?」

女僧侶「魔、力……が……、何……これ……」

暴れ猿「しっかりしろ!おい!」

 ポワ…

女勇者「僧侶ちゃんの体が、光ってる……?」

国王「こいつは魔力の光だ……一体何が」

姫様「ぅ……」もぞ…






姫様「……父、上……?」


_

自分で言うのもあれだけど、引きが単調になってきたな……


 ――止まらない揺れの中、封印の間の中心に深い亀裂が走る。

 床石に刻まれた魔法陣が魔力を失い、魔人の封印が解かれていく。

回帰の神「共に来い、鬼神」

鬼神「ああ?」

回帰の神「貴方も気付いているのだろう? 己が人間と違うことに」

キングレオ「……?」

回帰の神「かの覇王をも圧倒する程の力を持つ者などそうは居まい」

回帰の神「貴方のそれは最早、人の域を超えている」

姫『…………』

 四者の上空。

 青く晴れた空の下に、白く煌めく無数の光の帯が集っていく。

 それは回帰の力、再生の魔力。

回帰の神「それだけの力があれば、貴方は完全なる魔王となれるだろう」

回帰の神「出来損ないの先代とは違う、真の支配者に」

キングレオ「出来損ない……?」

 その言葉で、獅子の王の目に僅かな敵意が宿る。

 それに気付いてか否か。回帰の神は言葉を紡ぐ。

回帰の神「アレはくだらない世迷い言のために死を選んだ愚図だ」

回帰の神「成すべき役割さえ忘れ、私情に走った愚か者だ」

回帰の神「役立たずの分際で私に刃を向けるなど――」

キングレオ「――貴様ァ! 先王を愚弄するかあああ!!」

 獅子の王は吼え、立ち上がった。

 その身は既に満身創痍。

 しかし誇りが、怒りが、彼の体を奮い立たせる。

回帰の神「…………」

 対する神は、ただ不快そうに眉根を寄せる。

キングレオ「あの方は真に未来を想っておられた!」

キングレオ「あの方がそう在ったからこそ我等は戦ってこられたのだ!」

 獅子の王は止まらない。

 炸裂した感情が、彼の足を前へと進める。

キングレオ「たとえ貴様が神であろうと――我が君への侮辱、万死に値する!」

 鬼神と対峙した時とはまた違う、炎のような闘気が獅子の王から溢れ出す。

 激情を力に。

 揺らぐ大地の上で、獅子の王は強く、跳んだ。

キングレオ「――ォォォオオオオ!!」

 空を切る――。

 疲弊した体からは信じ難い程の、力強い跳躍。

 目指すは眼前に立つ回帰の神。

 剣はなく、魔力もなく。残るは己ただ一つ。

 それでも彼は跳ぶ。

 譲れないもののために。

 信じてきた者の為に。

キングレオ(陛下……!)

 その爪と牙に、魂を込めて。

軽いネタバラしになるけど

これ実は3~4部構成を予定してる

回帰の神「……姫」

姫『…………』ス…

 言葉に応じ、姫は神の前に立つ。

キングレオ「邪魔だあああああ!!」

 上腕を振り上げ、覆い被さるように襲いかかる。

  ――ガキィン!

 姫はその両腕を漆黒の大鉈で受け止め、敵の突撃を食い止める。


 ――しかしそれはブラフ。

 腰に溜めた下腕が、あらん限りの力を込めて繰り出された。

  ド ゴァッ!!

姫『――っ!』

 腹部への衝撃に息を漏らし、姫の細い体が後方へと飛んだ。

回帰の神「ほう」

 感心の声を漏らし、僅かに身を逸らして姫をかわす。

 その一瞬の隙を逃すまいと、獅子の王はさらに駆ける。

キングレオ「ガアアアアアア!!」

 襲い来る牙と四本の腕。

 並みの人間であればその姿に恐怖し、呆気なく命を奪われるだろう。

 それ程の脅威、野生の怒りを前に、

回帰の神「なるほど、ただの猫ではないようだ」

 心底愉快そうに、回帰の神は微笑んだ。



 それは興味か、好意か。


 この一瞬、神の意識は完全に獅子に向けられた。

_


  ――――……


農家「例えばこう、枝で線を一本引くだろ?」がりがり…

農家「これが『創造』で」ぴたっ

農家「線を引くのを終わらせるのが『終焉』なわけだ」

召喚師「はい」

農家「で、今あるこの一本の線を逆向きに辿る」つつつ…

農家「これが『回帰』だな、簡単に言えば」

召喚師「なるほど……」

農家「姫さんの治癒魔法やらテメエの“召喚”やらはこれの応用で……」

農家「ちょっと線の途中が消えたとして」ざりざり

農家「線を逆行して消えた部分を再現するわけだ」がりがり がりっ

召喚師「ズレましたけど」

農家「そう、ズレるんだよ」

召喚師「え?」

農家「仮に真っ直ぐ引き直せたとして、それは元のとは同じ線じゃない」

農家「土の抉れ方も、枝のすり減りも、見かけは変わらなくても元通りにはならない」

農家「そいつの過去は覆らない」

召喚師「…………」

農家「言ってる意味はわかるよな」

召喚師「はい……」

農家「お前が気にするのもわかるけどよ、割り切らねえとしんどいぜ?」

召喚師「それは、そうなんでしょうけど」

農家「まあ無理に割り切る必要ねえけどよ」

召喚師「」ずるっ

召喚師「いやなんですかそれ!?」

農家「だから無理ならするなっつっう話だ」

召喚師「それじゃもやもやしっぱなしじゃないですか……」

農家「そうか?」

召喚師「そうですよ」

農家「ならそれでいいだろ」

召喚師「丸投げですか」ジトー…

農家「じゃあ何て言ってほしいんだテメエは」

召喚師「それは……」

農家「俺は助言はするが手は貸さねえ。何か決めるなら自分で決めろ」

農家「考えろ。好きなだけ悩んで迷ってぶつかって自分なりの答えを出せ」

農家「納得できなきゃ後に残るのは後悔だけだ」

農家「他人に答えを求めるな」

召喚師「答えを……自分で……」

召喚師「…………」

農家「ま、あれだな」

召喚師「?」

農家「そんでテメエが勝手やったとしても、誰も咎めやしねえよ」

農家「間違ってると思やそりゃ喧嘩にもなるだろうが、そんだけだ」

召喚師「いやダメじゃないですかそれ」

農家「アホかテメエ」

召喚師「えー……」

農家「間違えてたらぶん殴る。当たり前のことだろうが」

召喚師「普通は殴らないと思いますけど」

農家「こまっけえことはいいんだよ」

召喚師「いえ貴方に殴られる時点で既に死活問題です」

農家「ま、とにかくだ」

農家「テメエがこれからも“召喚”を使うってんなら、ひとつだけ覚えとけ」

召喚師「はい」

農家「敬意を払え」

召喚師「はい?」

農家「テメエに力を貸してくれる“死んだ奴ら”にだ」

召喚師「…………」

農家「忘れんなよ。テメエはそいつらに支えられてここにいる」

農家「もし忘れることがあるようなら」

農家「その時は、俺が思い切りぶん殴ってやる」

  ……――――
_



 悪魔の鎖を解き放つ者は、

 その手にかかる覚悟を持たねばならない。

 これはとある死霊使いの言葉である。

_

回帰の神「面白い、見定めてあげよう」

 両の手に光が集う。
 それは神の魔力。回帰の力。

 回帰とは、言い替えれば戻るということ。

キングレオ「カアァ――――!!」

回帰の神「『静止障壁』」ヴン…

キングレオ「ッ!?」ガクンッ

 光が弾け、神の前に不可視の盾が生じる。

 そこに触れた獅子の拳が、空中で動きを止めた。

キングレオ(腕が動かん……!)ぐ…っ

回帰の神「どうした、その程度かい?」

キングレオ「っ、舐めるな! ぬあアッ!!」

 気合いと共に獅子の闘気が膨れ上がり、不可視の盾に亀裂が走る。

 ガラスが砕けるような音が響き、不可視の盾が霧散する。

回帰の神「ははは、気迫だけで打ち破るか」

 眼前で吼える獅子を賞賛するように。

 神は尚も笑っていた。


 ……獅子が駆ける寸前まで、鬼神は考え事をしていた。

 神の目的。実験と魔力の回収。

 聖樹がそびえる地には、初代勇者による強固な結界が幾重にも張り巡らされている。

 それは地下を流れる魔力の大河を含め、回帰の神が力を取り戻すのを阻害するためのものだ。

 そのため、たとえ今のようにその場に魔力をかき集めたとしても、魔力は霧散し元の場所へと帰ってしまう。

 ではどうするか。

 結界は、意図的なのか事故なのか、龍脈からの魔力を制限しきれていない。

 つまり龍脈から魔力を流し込むことは可能だということだ。

 外から崩せないなら、内から溢れさせればいい。

 覇王の復活を図ったのはその実験と、龍穴に施された封印を排除するためなのだろう。
_


 上空に集まった魔力は渦を巻き、中心部は太陽の如き光を発している。

 これは高純度の魔力の密度がピークに達し、結晶化し始める兆候だ。

 通常、魔力の塊を龍脈からどこかへと流そうとしても、それ以外の膨大な魔力に飲み込まれてしまい、不可能である。

 故に先代魔王は流れ自体を制御し、聖樹への魔力を覇王にと動かしていた。

 その制御が壊れれば龍脈は本来の流れを取り戻し、一時的に激流と化す。

 その中で聖樹へと魔力を送るためには……。
_

キングレオ「――万死に値する!」

 獅子が駆けた時、鬼神は姫を見つめていた。

 今まで気が付かなかったが、姫に弾き飛ばされた際、召喚師の首は彼女に奪われ、今はその手の中にあった。

『勝手に動いてはいけないよ、姫』

 神の言葉が思い出される。

 鬼神の中でいくつかの疑問と仮説が解け合って、真実へと答えを導いていく。

回帰の神「……姫」

 呼びかけられてからの行動。

 姫と獅子の衝突。

 姫が殴り飛ばされ、それを避けた神。

 この時、鬼神はそれまでの違和感と、その理由を理解した。

 後は、確信を得るのみ。
_


 しかしその前にやることがまだ、ある。

 獅子の咆哮を耳にしながら、鬼神は密かに力を溜める。

鬼神「頼むぜ、相棒」ボソッ

 応えるように、大鉈が微かな煌めきを放つ。


回帰の神「なるほど、ただの猫ではないようだ」

 ……回帰の神の意識が、獅子の王に集中した。

鬼神「『残影』」

 その一瞬の隙に、全霊を込めて、

 彼は音もなく、跳んだ。
_


 高く。

 雲よりもっと高く、光より速く。

 鬼神は飛ぶ。力の渦の中心へ。

 そこはさながら嵐に荒れ狂う大海。

 飲み込まれれば瞬く間に藻屑と化す程の濁流。

 それでも躊躇いなく、彼は飛ぶ。
_


  たったったったったったっ……

国王「揺れが弱まってきたか」

女勇者「僧侶ちゃん大丈夫なの?」

暴れ猿「気を失っているだけだ。だが、魔力が全く感じられん」

暴れ猿「それより……」

姫様「…………」

暴れ猿「……いいのか?同行させて」

女勇者「置いてくわけにもいかないじゃん。何が起きてるのかもわかんないんだし」

国王「農家がいりゃあなあ……何やってんだあいつは」

女勇者「おじさんもだけど、魔法使いちゃんも心配だよ」

国王「あの子のことだからそう問題はねぇだろ。なんせ魔女の娘だし」

暴れ猿「魔女というと、昔仲間だったという女か」

女勇者「さりげに初耳なんだけど」

国王「魔女は娘じゃねえっつってたけど、やたら似てるんだよなぁ。胸とか」

女勇者「…………」

暴れ猿「…………」

国王「なんで離れるんだよお前ら」

暴れ猿「しかし、凄まじい魔力だな……」

女勇者「まるで太陽が落ちてきたみたいだよ」

国王「流すなよ……何者かは知らねえが、ただモンじゃなさそうだ」

女勇者「心当たりはないの?」

国王「遠くの他人の魔力まで強引にかき集めるなんてデタラメ、先代の魔王にだってできやしねえよ」

国王「そういう術式でもありゃ別かもしれねえが、規模がでかすぎて現実的じゃねえ」

暴れ猿「しかし実際に僧侶の魔力はあそこに引き寄せられていったぞ」

国王「だから本来有り得ねえんだって。俺だってわけわかんねぇんだ」

女勇者「ねぇ、君は何か知らないの?」

姫様「…………」

国王「だんまりか。そういうのよくねぇぞ」

姫様「…………狂化の」

暴れ猿「?」

姫様「我が父が魔人へとなるために使った術式がある」

女勇者「それって狂化薬じゃなくて?」

姫様「その代用と言うべきか……」

国王「おいおい、ンなデタラメなモンがマジであんのかよ」

姫様「私とて幼少の頃に城の研究者達の話を耳にしただけだ。確証などない」

姫様「ただ、元は初代勇者が用いた魔法の一つだと聞いている」

国王「初代勇者だあ!?」キキッ

女勇者「おわあっ!急に止まらないでよ!」ととと…

国王「おう悪い。だがちょっと待てよ、どういうことだ!」

国王「魔人化ってのは錬金術師どもの失敗で、ただの偶然の産物じゃねえのか!?」

女勇者「あっ!」

暴れ猿「元々存在した魔法の一つだということか?」

姫様「私とて詳しくは知らん」

姫様「だが、遥か昔から禁術として我が王家のみに伝わっているのは事実だ」

姫様「私には使えないが、な」

姫様「ともすれば、代用というよりも原型と表現すべきかもしれん」

国王「頭こんがらがってきた……つまり何か?」

国王「あの魔力は誰かを魔人に仕立て上げるために集められてるっつーことか!?」

姫様「さて、な。私の知る所ではない」

姫様「もとより、仇である貴様なぞに答える義理もない」

国王「っ、チッ。ここでそれを言うかよ……」

姫様「だが、何者の手でこの術式が使われているにせよ」

姫様「我が父はこれを使うことを良しとはしていなかった」

女勇者「……? じゃあなんで使ったの?」

姫様「それこそ私は知らん。使ったのか、使われたのか。それさえわからん」

姫様「だから私は父に会わねばならんのだ。真実を知るために」

姫様「そしてこのふざけた術を使った者を、生かしておくつもりもない」ギリ…

暴れ猿「…………」

暴れ猿「もしや、お前が一人だったのは……」

姫様「…………」

姫様「他の者は皆、この術式に喰らわれた」

国王「なっ!?」

女勇者「そんな……」

姫様「おそらくだが、今起動しているのは二回目だ。一度目がどうなったかは見当もつかん」

姫様「しかしこれだけははっきりしている」

姫様「術者は私の、我々の、敵だ!」

国王「…………」

国王「……似てんなぁ」ポツリ

女勇者「ん? 誰に?」

国王「なんでもねぇよ」

国王「とにかく急ぐぞ。何か起きてるなら、俺達はそれを調べなきゃならねえ」

女勇者「そうだね。やること知らないと」

暴れ猿「でなければ何もできない、か」

国王「つーわけで一緒に行かせてもらうぜ」

姫様「ふん……勝手にしろ」

国王「うし、んじゃさっさと」


  フッ……


暴れ猿「何だ? 急に暗く……」

女勇者「! 見てあれ!」


 その猛攻は災禍に似ていた。

キングレオ「はぁあ――っ!!」

 剛腕が繰り出す数多の轟拳。

 大気を引き裂き真空を生む二十の爪撃。

 地が抉れ弾ける程の技の数々は、その全てが一撃必殺の威力を持っている。

回帰の神「おおっと、怖い怖い」

 しかし、神には届かない。

 不可視の盾が、それらをことごとく防ぎきる。

キングレオ「チィ……!」

 獅子の額に汗が浮かぶ。

 所詮は神と獣、その力の差は歴然としていた。

キングレオ「オオオオオオ!!」

 それでも――。

 それでも、獅子は拳を振るう。振るい続ける。

 勝てるなどとは思わない。

 ただ一撃、たった一撃でもいい。

 願いにも似た強い意志で、獅子は想いを拳に乗せる。

 間違いなどではなかったと。

 けして無駄ではなかったと。

 神を否定し、未来を願った主のために。

 その姿は美しかった。

 力強く、雄々しく、

 そして、儚かった。

回帰の神「くくく、いいなぁ、すごくいい」

 神の顔が醜く歪む。

 それは狂喜。

 予定外の獲物を見つけた狂人の笑み。

回帰の神「だが、まだ足りない」

 迫り来る獅子の眼を見つめながら、ぱちん、と指を弾く。


  ……――――ヒュンッ


キングレオ「つ、チイ…!」

 風を切る音。

 それを耳にし、獅子はとっさにその身を退く。

 神と獅子の間に、異様なほど綺麗な直線が刻まれた。

姫『…………』

回帰の神「いい反応だ」

回帰の神「ではこれはどうかな?」

 神は姫を下がらせ、再び指を弾いた。

  ぱちん

 微かな魔力のゆらぎ。

 風を切る音。

 直線。

 左両腕に熱が走り、重さを失う。

キングレオ「な――!?」

 姫は動いていない。

 ただ神の傍に立ち尽くす。

回帰の神「何を驚くことがある」

 神は実に愉快そうに、

回帰の神「先程の斬撃を『再生』しただけだろう?」

 そして、嘲笑うように告げた。


 攻守が逆転した。

キングレオ「ぐ……ぁああっ!」

 研ぎ澄ました感覚を頼りに、ただひたすらに『斬撃の再生』を避け続ける。

 その数は無尽蔵。

 神を中心に、あらゆる方向に一直線の斬り跡が刻まれていく。

キングレオ(なんてデタラメだ……!)

 獅子の腕を容易く切り裂いた斬撃を、神は僅かな魔力だけで再現し続ける。


 本来、ただの斬撃であれば獅子の獣毛は容易く弾き返していただろう。

 姫の一撃を避けたのはあくまで反射的な反応であり、仮に受けても精々吹き飛ばされる程度で済んでいたのだ。

 しかし、この『斬撃の再生』は“斬撃が走ったという結果”だけを繰り返している。

 故に、何が遮ろうとも無関係に、その斬撃は真っ直ぐ走る。

 防御は一切意味をなさない。

 射線上にあるものには、“斬られたという結果だけ”が与えられる。

回帰の神「ははははは、速い速い!」

 無邪気に、無慈悲に。

 神はただ笑う。

 その表情は新しい玩具を手にした子供に似ていた。

回帰の神「では、今度はこれでどうだい?」

 斬撃の再生が止み、三度神が指を弾く。



 ――瞬間、獅子の体が宙を舞った。

キングレオ「ガ……は……っ!」

キングレオ(これは、鬼神の……!?)

 反応できたのは奇跡に近かった。

 とっさに受けた右両腕が、ひどく鈍い音をたてて、潰れた。

回帰の神「おやおや、殴る腕がなくなってしまったね」

 笑う、笑う、笑う。

 神は笑う。無邪気に笑う。

 心の底から、一切の悪意もなしに、子供のように嘲笑う。


 しかし、それでも。

キングレオ「それが――」

 地を滑るように体勢を直し、

キングレオ「――どうしたぁああ!!」

 獅子の王は尚も吼える。


 そう。

 それでも、獅子の王は倒れない。

 剣を砕かれ、敗北しても。

 腕を失い、その身が最早無力でも。

 彼の心は、砕けない。




 この時、神は気付くべきだった。

 獅子が立ち続ける理由が、誇りだけではないことに。


_


 空を覆い尽くす魔力の海。

 矢の如き速さでそれに迫る鬼神は、非常にゆっくりとした動作で大鉈を構えた。

鬼神「“影流”――」

 そして、一閃。

鬼神「――“雲裂き”」

  ヒュッ……

  ――――ゴァッ!!

 大気を大鉈の『面』で叩き、鬼神は激しい風を生む。

 本来立ち込めた霧を打ち払うだけの不殺の技は、鬼神の手で天をも引き裂く斬撃に昇華する。

 魔力の海は両断され、その先の青空が姿を見せた。

「……合図」

 遠く、武教の城の頂点。

 ただ一人それを待っていた少女は、静かに魔力を解放した。

女魔法使い「遅延解除、転移魔法を起動。術式逆算、座標解析」

 その目は鬼神の姿を追う。
 魔力の海を突き抜けて、鬼神は空の上へと跳んでいく。

女魔法使い「完了。座標設定、環境対応術式の構成を開始」

 少女の周囲で、色とりどりの魔力が帯状になってくるりと廻る。
 その帯の上に文字らしき紋様や数字が浮かび、凄まじい速さで次々と書き替えられていく。

女魔法使い「……完了。対象に許可を申請……承認確認。起動条件を設定、完了」

 やがて無数の帯は水平に並び、少女を中心に廻りだす。

 それを待ち、彼女は杖を空に掲げた。
 魔力帯が霧散し、杖の先に魔法陣が現れる。

女魔法使い「空間魔法『遠隔転移』」

 そして、魔法陣は光の矢となって、鬼神の元へと飛んだ。

鬼神「――来たか!」

 魔力の海の遥か上で、鬼神は空を背に待っていた。

 己目掛けて迫る光の矢を、恐れることなく身に受ける。

 その直後、鬼神の背後に魔法陣が展開し、一際強い光を放った。

魔女「っとお!空の上!?」

錬金術師「高い所は苦手なのだけれど……」

鬼神「文句言うなボケコンビ」

魔女「誰がボケだっつーの」

錬金術師「背中失礼するよ」トサ

鬼神「落ちんなよ」

魔女「無視かこんにゃろう」ガシッ

 上昇を続けていた体が勢いを失い、ゆっくりと降下し始める。

魔女「しっかし、また無茶なこと考えるわねあんた」

鬼神「まあ別に『虚数転移』で諸とも吹っ飛ばしてもいいんだが、人手が足りねえしな」

錬金術師「その代わりとしては少々無理がすぎると思うがね。やれるのかい?」

鬼神「たりめえだ。俺を誰だと思ってやがる」

魔女「畑作マニア」

錬金術師「史上最強の農家」

鬼神「褒めても何もでねえぞ」

魔女「いや褒めてないし」

錬金術師「変わらないなぁ君は」くすくす

鬼神「始めるか」

 三人の表情が変わる。

 背には大空、視線の先には魔力の渦。
 全身に風を感じながら、三人は光の中心部を目指す。

錬金術師「……『錬成、巨神の弩弓(いしゆみ)』」

 袖口から赤色の透明な石を取り出し、弓の姿をイメージする。

 すると、赤い石が静かに輝き、鬼神の眼前に巨大な弓が生まれた。

鬼神「相変わらず便利な技だな。だがちとデカすぎねえか」

錬金術師「制限はあるけどね。君が使うにはこれくらいでなくては保たないだろう?」

鬼神「それもそうか」

 弓を掴み、弓幹に足を乗せる。

 矢の代わりに大鉈をつがえた所で、魔女が魔力を解放する。

魔女「あの子の技を再現するのって骨なのよね……」

鬼神「あいつも規格外だったからなあ……」

魔女「ま、できるんだけど。……術式は自動解放、二番から十二番まで全プログラムを装填」

 言うやいなや、突如としておびただしい数の魔力帯と魔法陣が発現した。

 そしてその全てが、鬼神の大鉈へと吸い込まれるように『装填』される。

魔女「一番を待機、解放は射撃動作に連動」

 装填の完了を待ち、魔女が用意していた魔法の最後のひとつを展開。

 それに続く形で、錬金術師が更なる錬成を行う。

錬金術師「『錬成、翼竜殺しの矢』」

 大鉈を軸にして、巨大な一本の矢が鬼神の手元に錬成された。

鬼神「巨神だの翼竜だの物々しいなオイ」

錬金術師「錬成術はイメージが全てだからね。特にモデルがあるわけではないよ」

鬼神「また適当な……」

魔女「てかさ、その弓ちゃんと引けるわけ?」

鬼神「全身使やなんとかなるだろ」

錬金術師「真っ直ぐ飛ぶかは保証しかねるね」

魔女「……補助術式構築。もしかして私が一番仕事してない?」

鬼神「ただの役割分担ってやつだ」

魔女「なんっか納得いかないのよね……」

魔女「そういえば、あの子が弓術を使う時って何て言ってたっけ」

錬金術師「確か、The seven deadly sins. だったかな」

鬼神「そこはやらなくてもいいだろ」

錬金術師「いやいや、仮にも技を借りるんだ。彼女に倣うのが礼儀というものだろう」

魔女「まあ最後の一言だけは合わせてあげるから、やるだけやんなさいよ」

鬼神「俺が言うのかよ……ったく」

 面倒くさそうに溜め息を吐き、眼下に視線を投げる。

 魔力の海はすぐそこまで迫っていた。

鬼神(…………狩人。お前の技、借りるぜ)

 僅かに呼吸を整え、彼は目を細める。

 見据える先は最大濃度の魔力溜。

 光の渦の中で更に強く煌めく中心部へ、三人は一体となって落ちていく。


鬼神「――『The seven deadly sins』……」

 そして、魔力の海に触れる直前。



「「「『“Gula”』」」」



 『七つの大罪』から、『暴食』を。

 唄うように言葉を重ねて、鬼神は弓を引いた。


 ……獅子の王の巨体が、瓦礫の中に沈む。

回帰の神「ふむ、ここまでかな」

 残念そうにもらし、回帰の神は獅子の下へと歩み寄る。

回帰の神「たかが猫がこうも食い下がるとは驚いたよ」

  コッ コッ コッ …

回帰の神「君ならば、良き駒となるだろう」

  コッ コッ ザリッ

 立ち止まり、瓦礫に横たわる獅子を見下ろす。

回帰の神「君の【コア】は私が貰い受けよう。安心したまえ、すぐに再生させてやるさ」

回帰の神「我が忠実な僕として、だがね」

 スゥ…、と手のひらを獅子に向け、術式を展開する。

 その一連の所作を見ながら、

キングレオ「…………は……はは」

 しかし、獅子は堪え切れぬとばかりに笑いを漏らした。

回帰の神「……? 何がおかしい?」

キングレオ「おかしいさ……貴様の愚かさも、鈍さもな……」

 獅子は笑っている。
 神の頭に疑問が浮かぶ。

回帰の神「壊れたか、惜しいな」

キングレオ「いいや……正気だとも」

 視線が交わる。

 神の見下すような目を睨み、獅子の王は言葉を続ける。

キングレオ「一撃でいい……ただの一撃だけでいい……」

キングレオ「その為ならば、腕如き惜しくもない……」

回帰の神「……何を言っている」

 神の言葉に答えずに、獅子はただうわ言のように呟く。

キングレオ「守りたいものがあるのだ……ならば、惜しむことなどあるものか」

回帰の神「……答えろ、貴様一体」

 獅子が空を見上げる。

キングレオ「…………この命ひとつで済むのなら、なんとも安い代償だ」

回帰の神「何を――」


  ――――フッ……


回帰の神「――ッ!?」


 ――魔導術式連動、マナドレイン最大出力、範囲最大。

 鬼神の手を離れると同時に、大鉈に装填された術式が動き始めた。

 ――高濃度の魔力溜を確認、マナドレインに連動し魔力溜に干渉、ベクトルを中心方向へ固定。

 瞬間的に魔法陣が広がり、魔力の海の端にまで達する。

 ――連動、ベクトルブースト起動。

 そして、全ての魔力が大鉈へと向けて瞬く間に収束する。

 ここまで凡そ一秒。

 この時、光源が急に失われたことで、地上にいた生物は僅かに視界を遮られた。

 それは神でさえ例外ではなかった。




キングレオ「慢心しすぎだ、愚か者め」


_

回帰の神「なっ……!」

 突然暗くなった視界に狼狽し、神は思わずして空を見上げた。

 しかし目が慣れずに何も見えず、致命的な隙が生まれる。

 そのほんの一瞬に――、


 ――獅子の牙が、神の身体を貫いた。


 ――連動、魔力安定化術式を展開。

 地上目掛けて落ちながら、装填された術式が次々と高速で発動していく。

 ――マナドレインによる超高濃度化を確認。結晶化抑制術式を発動。

 圧縮されていく魔力に耐えきれず、大鉈に亀裂が走る。

 ――発動媒体の形状維持に問題発生を確認。自動維持術式起動開始。

 それでも強引に、限界を超えて莫大な魔力が大鉈に集まっていく。

 ――マナドレイン完了、進行方向に自己修復型障壁を展開。

 ――加速術式を解放、最大出力。

 そして、一本の矢となった大鉈は、流星の如く落ちて、一筋の光となった。

回帰の神「ぐ……っ!」

  メキメキメキメキ……!!

回帰の神(喰いちぎる気か……おのれ!)

 左肩から食らいついた獅子の牙が、一切の容赦もなく深々と突き刺さる。

 それを退けようと、神は指を弾いて鬼神の技を再生する。

 爆発にも似た轟音と共に、獅子の腹を衝撃が撃ち貫く。

 至近距離での一撃に内臓が破裂し、獅子の口から大量の血が吐き出される。

 しかし牙は緩まない。

 神は何度も繰り返す。

 それでも牙は緩まない。

 一撃で致命傷たり得る衝撃が、何度も何度も獅子の体を撃ち抜く。

 しかし。

 骨が微塵に砕けても、

 胴が裂け臓腑を撒き散らしても、

 牙はますます深く強く、神の身体に食い込んでいく。

回帰の神(こいつ、死ぬつもりか!)

 肉が裂け、骨が軋む。

 最早どちらのものかもわからないおびただしい量の血が、両者を赤々と染め上げていく。

回帰の神(まずい……この【器】を壊されるわけには……っ!)

回帰の神「ガ……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

 神は冷静さを欠いていた。

 がむしゃらに拳を振り回し、獅子の頭を殴る。

 殴る。

 殴る。

 しかし獅子はものともせずに、残る力の全てを込めて喰らいつく。


  メキメキ……ベキッ!

 耳の奥で、骨が砕ける音が響く。

回帰の神「ぎ――――……!!」

 激痛。

 喉の奥から血が溢れ、視界が霞み、意識が途切れかける。


 その時、


「――陛下、ご無礼を!」

 ひとつの影が獅子の頭を打ち据え、


 神の背後で、閃光が地を貫いた。


 ――対象接近。封印システムを解析。亜空間に干渉。侵入術式自動構築。

 ――マナチャージ準備開始。

 ――全術式の強制破棄プログラム起動。待機モード。

 ――連動、マナチャージ術式解放。魔力充填準備完了。


「いつまでも微睡んでんじゃねえよ、クソボケ」




  ――――ドクン



 大地が揺れ、封印の間に走った亀裂が大きく広がっていく。

 そしてその中心から、天と地を繋ぐように、
 巨大な光の柱が伸びていった。

「遅くなり申し訳ありません」

回帰の神「……その声は、白面か」

 弱々しい声で訊ね、視線を向ける。

空狐「今は空狐です。それよりもすぐに治療を」

回帰の神「任せる……心臓に届きかけたか……」

回帰の神(まさしく命懸けとは、恐れ入る)

 己を追い詰めた獣に対し、神はささやかな敬意を抱いた。

空狐「……覇王が目覚めました。治療が終わり次第ここを離れます」

回帰の神「何……?」

回帰の神(まだ封印は残っていたはず……)

回帰の神(――待て、先程あの猫はどこを見ていた!?)

 ばっと顔を上げ空を見る。

 失血のために視界がはっきりしないが、その先では青色が一面に広がっていた。

回帰の神「まさか……」

 鬼神が?

 その疑念に答えるように、

鬼神「よう。少し見ねえ間にボロボロじゃねえか、屑餓鬼」

 彼は静かに現れた。

錬金術師「……矢と一緒に落ちていったぞ、彼」

魔女「どんだけ非常識なんだか……」

錬金術師「ところで着地は?」

魔女「そろそろ遠隔転移の二回目が、ああ来た来た」

錬金術師「正直転移自体苦手なのだけれど……」

魔女「はいはい、文句言わないの」

 光が二人を包み込む。

 *魔女と錬金術師は転移した!

 封印の中心に生じた眩い光の柱。

 それは空間の裂け目。

 地下の封印により亜空間へ閉じ込められていた魔人の、

 ただのシステムのいち部品として組み込まれてきた覇王の、最期の玉座。

回帰の神「よもや、自ら引き金を引くとは……私はふられたということかな……」

鬼神「やけに物分かりがいいな。死にかけて性格が変わったか?」

回帰の神「ふん……減らず口を……」

空狐「陛下、あまり無理は」

回帰の神「……ああ」

鬼神「神様の分際で大した有り様だな。一発ぶん殴ってやろうかと思ってたんだが」

空狐「っ」キッ

鬼神「そう睨むなよ。こちとら元々そいつにゃ用はねーんだ」

回帰の神「何?」

鬼神「覇王とケリを着けに来ただけだからな、俺は」

回帰の神「…………私を利用したと?」

鬼神「いやんなわけねーだろ。たまたまだ、たまたま」

回帰の神(偶然で利用されたのか、私は……)

鬼神「なんつーかなあ、やっぱテメエ、違うな」

回帰の神「何?」

鬼神「召喚師じゃねえだろ、お前」

回帰の神「……そこまで気付くか」

鬼神「確証はなかったが、野郎の性格はよく知ってんだよ、俺は」

鬼神「……お前の体、召喚師と姫さんの子供だろ」

回帰の神「…………」

鬼神「図星か。ったく、回りくどい野郎だなテメエ」

回帰の神「……いつ気付いた?」

鬼神「気付くも何もねーよ。誰が召喚師に力の使い方を教えたと思ってんだ」

回帰の神「くくく、全く、恐れ入る」

空狐「……陛下。そろそろ」

回帰の神「わかった」

鬼神「逃げるのか?」

回帰の神「いいや、帰るのさ」

回帰の神「魔王の座にね」

回帰の神「ひとつ教えておこう。私は我が身を解放するためにここへ来たのではない」

鬼神「あん?」

回帰の神「封印は既に壊れている。ここに来たのは貴方達人間が作り上げたものを利用し」

回帰の神「これまで利用されてきた我が力の全てを奪い去るためだ」

回帰の神「もっとも、貴方がその手で使い果たしてしまったが……結果は同じことだ」

鬼神「…………」

回帰の神「人間は二度と【回帰の力】を使えまい。後はただ、醜く足掻いて死を待つのみだ」

回帰の神「貴方の選択は人間全てを追い詰めたのだよ、鬼神」

鬼神「…………」

鬼神「……ははーん、お前さてはバカだな?」

空狐「なっ、無礼な!」

回帰の神「私は事実を述べただけだ。それとも、何か間違えているとでも?」

鬼神「間違いしかねーよ、この有頂天バカ」

回帰の神「は?」

空狐(有頂天……?)

鬼神「ったく、千年も何してたんだテメエ。なんだ? ただグースカ寝こけてただけか? あ?」

回帰の神「む……」

鬼神「人間ナメてんじゃねえよ、こーのスットコドッコイ」

回帰の神「スットコ……」

空狐「ドッコイ……」

空狐(今時本当にそんな言葉を使う輩がいるとは……)唖然

回帰の神(どういう意味だ……?)

鬼神「はあ……まあいい。言っても仕方ねーしな」

鬼神「失せるんならさっさと失せろ。巻き添え食うぞ」

空狐「……いまいち納得できませんが、いいでしょう」

空狐「さようなら、鬼神」

回帰の神(スットコドッコイ……?)もやもや

 *空狐は転移魔法を使った。

空狐「せいぜい悪あがきを」

 *空狐と回帰の神は転移した!

鬼神「……さてと」


 地の底から天の果てへ。

 高く伸びた光の柱はその周囲を引きずり寄せ、空の上では暴風が巻き起こる。

 遠く空の端から白雲が集まり、その密度を増して黒雲へと変化していく。

 光の柱は歩みのような速さでその直径を広げ、封印の間は既に完全に飲み込まれていた。


  ゴ ゴン …

  ゴ ゴン …


 重く響くその音は、魔人の鼓動。

 人であることを捨て去り、
 魔物にもなりきれず、
 ただ生前の意志のまま、万物に終焉をもたらす者。

 かつての名は覇王。

 武教の国の最期の王。


 そして、

 勇者であることを否定された、終焉の神の司。


 ―――――
 ―――
 ―

 ~ 武教の国 王城 玉座の間 ~


鬼神「そいつを棄てろ、覇王!」

覇王「ふ……できぬ相談だ」

 そこには2人の男だけがいた。

 返り血に濡れ、深紅に染まった若き日の鬼神。

 膝をつき、脇腹から流れ出る血を抑えながら小さなクリスを構える覇王。

覇王「狂気の研究は止めねばならん……これは必要なことなのだ」

鬼神「そんな理由で死のうってのか! チビ助はどうする!」

 悲痛にも思える鬼神の叫び。

 彼の手に剣はない。

 覇王の傷は、自ら負ったものだった。

覇王「人の親として生きることなど、私にはできないのだ、鬼神」


鬼神「ざっけんなクソボケ!! そんなもんテメエの都合じゃねえか!!」

覇王「そうだ。これは私の我が儘にすぎない。……それでもだ」

 覇王はクリスを自分の心臓へと向ける。

 その刀身は黒く、透明で、魔力に満ちている。

鬼神「っ、止めろこの馬鹿!!」

 鬼神が駆け寄る。それよりも早く、

覇王「……後は任せる」

 ただ一言を呟いて、覇王は己の心臓を突き刺した。

鬼神「……! この、馬鹿野郎がああああー―――――っ!!」

 絶叫と閃光。

 クリスの刀身が、覇王の体へと溶けていく。そして……、


覇王「たとえ悪魔と呼ばれてもいい……」

覇王「せめてこの命が、全ての者の糧とならんことを」


 ――覇王は、魔人へと変化した。




*悉く貪る終焉の王が現れた!


_


 光の柱が砕け散り、巨大な影が地に降り立つ。


 山よりも大きく、

 闇よりも暗く、

 炎よりも不鮮明で、

 魔王よりも凶々しく。


 彼は生前の意志のままに、万物の敵としてそこに立つ。

 辺りには轟風が巻き起こり、あらゆるものが彼の元へと引きずり込まれていく。

鬼神「……随分とデカくなっちまったなあ、覇王」

 しかし鬼神は悠然と、ただ懐かしげにそれを見上げる。

鬼神「ったく、勝手になんでもかんでも押し付けて行きやがって……」

鬼神(まあ俺も人のこと言えるモンでもねえが……)

 彼は溜め息をひとつ吐き、

鬼神「全く、俺に何を期待してんだか知らねえけどよ」

 ゆっくりと、終焉の王が動き出す。




鬼神「――――俺は、ただの農家だっつーの」

 そして、

「■■■■■■■■■■■ー―――!!」

 言葉にならない咆哮と共に、その巨大な拳が振るわれた。


  ・ ・ ・

姫様「…………何だ、あれは……」

 光の柱を砕いて現れたそれは、一見すれば漆黒の巨壁のようでもあった。

国王「マジかよ……」

 その底知れぬ威圧感に、後退り、言葉が漏れる。

 感じたものは恐怖。

 そして確信めいた予感。

暴れ猿「く……こんな、馬鹿げたものが……」

女勇者「…………」

 恐怖に身をすくめ、あるいは茫然と、その存在を確かめるように空を仰ぐ。

 人の形でありながらも、あまりにも大きすぎるその姿は、まさに巨人。

 魔力の飽和の果てか、それとも初めからこうなることが決まっていたのか。

姫様「あれが…………父上、なのか……?」

 失意と絶望がじわりと胸に広がり、膝から力が抜ける。

 覇王“だったもの”は、最早人の手でどうにかすることなど到底不可能と思えるほどの、最悪の怪物と化していた。

 三人と一匹が見上げる先で、終焉の王が拳を握る。

 巨体がわずかに身を反らし、その腕をゆらりと持ち上げ、

国王(っ、やべえ!)

 咆哮。それと共に、爆ぜるような速さで拳が振り落された。

国王「お前ら伏せろ!!」

暴れ猿「!」


  ―― ズ ド  ォ  ォ  ン……!!


 轟音と震動。

 それより数瞬早く全員の前へと飛び出し、両の腕を正面に突き出す。

国王「『収束・高位風壁・十二連!!』」

 自らが繰り出せる最大限の障壁を展開して、猛スピードで迫りくる“余波”に身構える。

女勇者「え、ちょ、何?」

暴れ猿「いいから屈め!」ぐいっ


 *終焉の王の一撃が衝撃波を生み出した。


  ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド……!!
  ゴ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ……!!

 *収束した暴風の渦が盾となって全てを打ち払う!

国王「こ、な、く、そ ぉぉお!!」

 ――大地がめくれ上がり、えぐれ飛ぶ程の衝撃。

 ぐらぐらと足場は揺らぎ、暴風、否、“爆風”があらゆるものを薙ぎ払っていく。

女勇者「何これどうなってんの!?」

 女僧侶と共に暴れ猿に庇われながら、想定外の状況に思わず悲鳴を上げる。

 風の盾に弾かれながらも、土石流さながらの“余波”が地を削り、巻き込まれた土砂が視界を覆い尽くした。

姫様「く――――そ……っ!」

 その中で、武教の姫は這うようにして前へ進む。

 縋るように、

 祈るように、

 拒むように。

 在りし日の父の背中を想い、迷子のように前へと進む。

国王「前に出んな!吹っ飛ばされんぞ!!」

  ピシ――パキィン

 風の盾が、甲高い音を立てて一枚、また一枚と砕けていく。

国王「つ、おぉぉおぉど根性おお お お お  お あ!!」

 しかしそれに屈するまいと、国王はさらに強く魔力を込める。


 ―― 一般的に、攻撃・防御魔法の威力は6つの階級で分類される。

 基礎である『初級魔法』

 応用系魔法とも呼ばれる『低級魔法』『中級魔法』

 発展系として存在する『上級魔法』『高位魔法』

 そして限られた者しか使えない奥義とされ、絶大な威力を発揮する『極大魔法』


 通常、高位障壁を破壊できる威力を有するのは、同じ高位魔法、もしくは極大魔法だけとされる。


国王「冗っ談じゃねぇぞあんにゃろ……!爆風だけで収束高位魔法クラスかよ!!」 

国王(こんなモン直撃したら、それこそ極大魔法並みじゃねえか……!!)ゾ…ッ

 冷たい汗が背筋を伝う。


  ゴオオォォォ……ォォォ……

 ……衝撃波が収まっていく。

国王「っは、くそ……ブランクがキツいぜ……」

 荒野の只中で、国王はただ一つ残った風の盾を前に、膝をついた。

 渦を巻いた風が砂塵を連れ去り、視界が急速に開けていく。

 最初に目に映ったのは、爆風に全てを持っていかれた真っ平らな地面だった。

暴れ猿「魔物達の骸すら……」

 立ち上がり、呆然と言葉を零す。

女僧侶「ぅ……」

女勇者「あ、僧侶ちゃん気が付いた?」

女僧侶「……あ、れ? 私、どうなって……」

姫様「気を失っていただけだ。無理はしないほうがいい」

女僧侶「……? 誰?」

女勇者「後で説明するよ。猿さん、背負ってあげてくれる?」

暴れ猿「ああ」

国王「ヤバいな……こりゃもう近付くどころじゃねえ、逃げるぞ!」

姫様「何?」

国王「今のでわかんねぇか? あんなモン、俺らの手にゃ負えねえよ!」

 ぎり、と歯噛みし、国王は終焉の王を見上げた。

 幸いにも動き出す気配はないが、次また同じことをされれば、守り切れる自信がなかった。

 もしもこちらに気付かれ、直接攻撃を受けたりしたら……。



 極大魔法。

 その最大威力は、世界最大の山脈に軽々と“風穴”を開けるほどのものである。

 仮に正面から受け止めれば、無事で済む人間はいないであろう。






 ―― ただ一人を除いて。


_




農家「……こんなもんかよ、クソボケ」


 非常識がそこにいた。


_

 農家は立っていた。

 平然と、何事もなかったかのように。

 左手一本で終焉の王の拳を掴んだままで、えぐれた地面の中心に立っていた。

「――■■■■■■!!」

 終焉の王が拳を引こうと動く。

 しかし、ピクリともしない。

 自身より圧倒的に軽いはずの農家に掴まれ、終焉の王は動くことさえままならない。

農家「魔人に“成り下がって”、ちったあ気が晴れたかよオイ?」

「■■■■……ッ」

農家「情けねえツラあ晒してんなよ……!!」

 ギシリ。農家の右腕が軋む。

 右足をわずかに引いて体をひねり、作った拳を腰の横に揃える。

農家「テメエの強さはよお……、こんなモンじゃあねえだろうがよ!!」



農家「――寝惚けてんじゃねえぞこの大ボケがあああああああああああ!!」




  ド
     ゴ ォ ン!!



_

 半歩踏み込んでの、腰の回転を乗せた一撃。

 ごく普通の、なんの変哲もないパンチ。

 たったそれだけのものが、

「■■■■■■ー―――!!」

  ぐらり…

 山より巨大なその体を、いともたやすく揺るがせた。

農家「農家アッパー……からの」

 跳ぶ。

 否、飛ぶ。

 矢のような速さで空に舞い、傾いだ巨人の真正面に姿を晒す。 

農家「素手じゃ手加減利かねえからなあ……歯ア食いしばれやああああ!!」

「■■■■!!」

 巨体からは信じられないほどの速度で、終焉の王は防御に回る。

 それは本能だった。

 もしそのまま受けたなら、自分はただでは済まないと。

 そして、


農家「農家ハンマアアアアアア!!」


    ―― ズ ン !!




 ……農家の拳が、巨人の両腕を粉々に打ち砕いた。


  ズゥゥ――ン…

国王「」
暴れ猿「」
女勇者「」
女僧侶「」
姫様「」

  ぽかーん…

女勇者「……えーっと」

女勇者「気のせいかな、すごい見覚えある人がアレ殴り倒したように見えたんだけど……」あはは…

国王「なんじゃそりぁああああああああああ!!?!?」ごーん

暴れ猿「非常識だ……」

女僧侶「夢……これは夢……そう夢です……」

姫様「なんだ夢か……」

錬金術師「紛れもなく現実だけれど」

国王「いやいやいやあり得ねぇだ――うぉう!?」ビクッ!

錬金術師「ハァイ、マイファミリー」やあ

女勇者「ママ!?」

女僧侶「お妃様!?」

錬金術師「くっくっ、そう呼ばれるのは久しぶりだね。元気かい?」

国王「元気かいじゃねぇよ!何でいんの!?」

暴れ猿「言いながら何故俺様の後ろに隠れる……」

姫様「おい、この白衣の女は誰だ」

女僧侶「えっと」

錬金術師「初めまして武教のお姫様。僕は錬金術師。マイダーリン国王のお嫁さんさ!」キリッ

姫様(……何故決め顔で)

女僧侶「えっ、貴女武教の国のお姫様なんですか?」

姫様「ん? ああ」

国王「んなこたどうでもええわ!説明をしろ説明を!」

暴れ猿「隠れながら叫ぶな」

錬金術師「ふむ、ゆっくり説明したいところだけど」


「■■■■■■ー―――ッ!!」

「だあらっしゃああああああああああ!!」

  ゴォン……! ドォォン……!!

錬金術師「まずはここを離れるほうが先決だろうね」

魔女「そうそう。さっさか退かないと巻き添え喰らうわよ」

国王「ゲェッ、魔女!!」ギュッ

暴れ猿「体毛を掴むな!」痛いだろが!

女勇者「情けなぁ……」

姫様「錬金術師と魔女……」

姫様「もしや20年前の英雄か!」

魔女「そんな柄じゃないけどね」

錬金術師「魔女、ペガちゃんは?」

女魔法使い「連れてきた」

女僧侶「あ、魔法使いちゃん」

姫様(急に大人数に……)

「馬車の修理は完了しています。皆さん早く!」

錬金術師「すまないね」よっ

国王「ちゃんと説明はあるんだろうなオイ」

暴れ猿「貴様はいい加減離れろというに」

女勇者「何しにここまで来たのかわかんなくなってきた……」

姫様「これが聖獣ペガサスか……」

  ぞろぞろぞろ…

錬金術師「一時離脱後、アレが見える距離で止まってくれ」

「はっ」

 *ペガサスは翼を大きく広げた。

 *柔らかな光が周囲を包み込む……。

 *女勇者達は大空に飛び立った!

嬉しいこと言ってくれるじゃないの


  ~ 武教の地 東端 上空 ~

国王「どうなってんだ。なんで覇王が目ぇ醒ましてる」

暴れ猿「…………」←諦めた

魔女「順を追って話すわ。まず覇王だけど、覚醒させたのは元々そういう予定だったからよ」

国王「……俺それ聞いてねぇんだけど」

魔女「あんたに話したら王様やるどころじゃなくなるじゃない。ただでさえ危ない橋なんだから」

国王「お前も知ってたのかよ」

錬金術師「まあね。というか、僕の研究こそ必要不可欠なものなのさ」

姫様「どういうことだ?」

錬金術師「その前に君の意思を確認しておこう」

姫様「?」

錬金術師「君は覇王――お父さんと話をしたいかい?」

姫様「何?」

国王「は? おいそりゃどういう」

魔女「あんたはちょっと黙ってな」

錬金術師「今の覇王は内包した魔力が飽和し、暴走状態にある」

錬金術師「特に先程大量の治癒の魔力を身に受けたお陰で、見てごらん」くいっ

 錬金術師に促され、全員が幌の隙間から戦いの場を覗き見る。

 農家と覇王の衝突……その度に覇王の腕は砕かれ、しかし次の瞬間には復元する。

錬金術師「あの姿は溢れ出した魔力が象った偶像のようなものさ。それ故に農家でさえ終わらせられない」

錬金術師「膨大すぎる魔力をどうにかしなければ、アレを倒すより先に世界が滅びるだろうね」

女勇者「そんな悠長な……」

姫様「貴女達は、それをわかっていてこんなことを……」

錬金術師「別に世界を滅ぼすためじゃないよ。まあ、ある意味では似ているけれどね」


暴れ猿「何だと?」

魔女「錬金術師」

錬金術師「わかってる。その話は後回しだ」

錬金術師「で、どうだい、武教のお姫様」

錬金術師「あの姿を見て、その上で君は彼と話をしたいと思うかい?」

姫様「…………」

女勇者「あれと話を……って……」

女僧侶「そもそも意識があるのかもわかりませんよ?」

錬金術師「そのために僕の研究成果が必要なのさ」

錬金術師「といっても、研究そのものはずっと前に完成していて、実用化するのに20年もかかってしまったわけだけど」

国王「」ビクッ

暴れ猿「20年もか……」

女勇者「あれ? 最近そんな話を聞いたような……?」

錬金術師「ぶっちゃけると魔力強制拡散力場の研究だよ」

女勇者「魔力……」

女僧侶「強制……」

暴れ猿「拡散……」

女魔法使い「力場~」だらーん

3人+1匹「「「「あー……」」」」

国王「なんでこっちを見る……はっ! まさかお前ら農家からなんか聞いたのか!? その目は聞いたんだな!? 止めろそんな目で見るな俺は悪くねぇ!!」

魔女「国王うるっさいっつーの!」

姫様(緊張感のない……)はぁ…

姫様「……質問に質問で返すようですまないが、ひとつ確認したい」

錬金術師「いいよ」

姫様「…………、武教の禁術を使ったのは貴女達か?」

女勇者「っ!」

錬金術師「禁術? なんだいそれ?」

魔女「あれでしょ、神様(自称)が魔力集めに使ってたやつ」

姫様「貴女達ではないのか?」

錬金術師「よくわからないけれど、僕達ではないね」

魔女「まー結果だけ見たら利用したようなもんだけど……あんな“存在しない術式”なんて止めようもなかったもんねぇ」

姫様「存在、しない?」

錬金術師「説明するとややこしいから後にしよう。とにかく、僕達は関わっていないよ」

錬金術師「ただ、止めることができなかったのは事実だ。すまなかった」す…

姫様「あ、いや……」

姫様「……こちらこそ、無礼な質問をして申し訳ない」深々

錬金術師「で、どうする? 覇王と話してみるかい?」

姫様「私はその為に来ました。しかし……」

魔女「じゃあ話は早いわ。さっさと準備しましょ」

姫様「は? いや、でもですね」

錬金術師「そうだね。マイスッウィ~トダーリン、聖霊の剣はあるかい?」

国王「その珍妙な呼び方は止めて下さいお願いします。一応あるが、どうするんだ?」

魔女「そんなん決まってんでしょ」

一同「「「「「?」」」」」

錬金術師「覇王を叩き起こしに行くのさ」

女魔法使い「らりほー」おー

魔女「マホ、それ違うから」

女魔法使い「?」きょとん


  ・ ・ ・

『いいかい? まず覇王と魔人は雛と卵のような状態にあるんだ』

『しかし今は殻があまりに硬く、雛も眠ったままだから、覇王の意識は外に出てこられていない』

『ではどうするか。自力で出てくるのを期待するのは少々楽観的に過ぎるからね、ここは乱暴でも確実な手を打ちたい』

『さしあたっては――』

女勇者「ボクが聖霊の剣で穴を開けて」

女魔法使い「ウチが道を作る」

魔女「で、私がお姫様と一緒に中心部の覇王の所に乗り込んで」

姫様「直接父上を目覚めさせる……か」

女勇者「そんなうまくいくかなぁ」んー…

魔女「今更文句言うんじゃないの。ところで……」チラッ

暴れ猿「何だ?」

魔女「あんたモンスターよね。いいの? 勇者一行についてきたりして」

暴れ猿「ふん、俺様はもう死んだ身だからな」

暴れ猿「それに……」


  ぽむっ

女勇者「に?」

暴れ猿「農家に頼まれているのでな」ぐりぐり

女勇者「ちょ、お、わ、ゆ、ら、す、なあああ!」かくんかくん

魔女(随分律儀な魔物ね……)

姫様「ここからでは遠いぞ。どうするのだ」

女魔法使い「転移魔法、使う」

魔女「次に農家が殴り倒したらすぐ跳ぶわよ。心の準備はいい?」

暴れ猿「ああ」
女勇者「ばっちこーい!」
姫様「大丈夫だ」

魔女「よーし! それじゃあ……」

 ―― ド…ゴォォン! …ズー―――ン!!

魔女「行くわよ!」

一同「「「応!」」」

女魔法使い「『転移』」キィーン…



 *女勇者たちは転移した!

_

錬金術師「さて、もう一つの問題に移ろうか」ぴとっ

国王「引っ付く必要はあるんですかねえ!」ぞぞぞわ…っ

錬金術師「あるとも。何故なら僕が癒される」

国王「そうか、俺は逆に嫌な汗が溢れるけどな!」

錬金術師「くっくっ、ダーリンの、照・れ・屋・さん♪」つんっ

国王「耳元で囁くな胸をつつくな頬を赤らめるなあああああああ!!」鳥肌があああああ!!

女僧侶(私は空気……私は空気……私は空気……)

「大変そうっすね……」

女僧侶「あ、お気遣いなく」

国王「でええいくそっ離れろ!」

錬金術師「あんっ、ダーリンのいけずー。……まあいいや、そろそろ真面目な話をしよう」

国王「頼むぜホントお前……くっつくならせめて人のいないとこでしてくれよ……」はあぁ…

錬金術師「……ほう」キュピーン

国王「……はっ!」しまった!

女僧侶(全然話が進まない……)

錬金術師「それじゃ、次の話に進もう」にこにこ
 ↑後でべったべたに甘える約束取り付けた

国王「……おぅ」ずーん…
 ↑約束させられた

女僧侶(テンションの差が……)

錬金術師「まずおさらいしよう。回帰の神の正体は初代魔王……いわば大魔王だった。ここまではいいね」

国王「おう」

錬金術師「そして大魔王の封印は既に壊れ、根源を失ったことで治癒の魔法はもう誰にも使えない」

女僧侶「はい」

錬金術師「と、大魔王は勘違いしているわけだ」

女僧侶「はい?」

国王「違うのか?」

錬金術師「要は“回帰”の魔力に頼らなければいいだけだよ。その研究も完了しているから、そこはもう無視していい」

錬金術師「何日かしたら魔術師協会から魔導書が配布される予定だしね」

国王「んじゃあ、何が問題なんだ?」

錬金術師「【教会】さ」

女僧侶「あ……!」

錬金術師「教会は知っての通り、回帰の神を信仰する宗教だ。あれの封印の要の樹を聖樹などと呼んでいるし……」

錬金術師「何より一般の信仰者の絶対数は世界一だ。【連合】を最も強力にバックアップしているのも教会だね」

錬金術師「さあここで問題。そんな彼らの神である大魔王を討とうと試みたら、人々からはどう見られると思う?」

国王「……敵、ってことになるか」

女僧侶「そんな……でも、相手は大魔王ですよ!?」

錬金術師「そんなもの黙っていればわかりはしないさ」

錬金術師「第一、一般人からしたら魔王がどうこうなんて、ぶっちゃけ何の関係もないからね」

錬金術師「人々が求めているのは、平穏だ」

錬金術師「それを崩そうとするのなら、何が敵でも味方でも、どうだって構わないんだよ」


  ・ ・ ・

「大総統閣下、出撃準備が整いました」

大総統「ご苦労様。副指令君、状況は?」

副指令「鬼神らしき人物と肥大化した魔人が交戦中です」

大総統「ひと段落したら地図の書き換えが必要そうだね」

副指令「冗談になりませんよ……何なんですかあれは」

大総統「人間と人間さ。それ以外の何でもない」

副指令「事実だとしても常軌を逸しています。……今回の出撃も、本当に意味があるのですか?」

大総統「君はどう思う?」

副指令「失礼ながら、必要だとは思えません」

大総統「だろうね。だが、我々が向かわなければ彼は連合の手に落ちる」

副指令「確信があるのですか?」

大総統「ああ。彼は人間を殺せない。殺したこともない」

副指令「戦争となればそうも言っていられませんよ。鬼神ともあろう者が……」

大総統「まあ、彼は甘いからね」

大総統「4年前、総司令君をうちに迎えた時の事件は聞いているかい?」

副指令「確か、北方大陸東部で魔王軍の残党による襲撃を受けたと」

大総統「ふむ、少し違うね」

副指令「は」

大総統「襲撃事件の実行犯は当時の魔王一人、だったそうだよ」

副指令「なっ!? まさか、魔王が自らなど……」

大総統「むしろ冴えたやり方さ。何故なら、魔王は人間……それも彼の友人だった男、だからね」

副指令「人間が魔王に……?」

大総統「そして彼は魔王を殺せずかけがえのない者を亡くし、総司令君も命を落としかけた」

副指令「……」

大総統「それでもあの2人は泣き言ひとつ口にしない。全く、頭が下がるよ」

副指令「……今の総司令からは想像もできませんが」

大総統「うん? ん、あー……うん、まぁ、ほら、あれだよほら、親が親だもの」

副指令「……あー」

?「…………」そ~…っ

大総統「男の子は母親に似るって言うしねぇ」

副指令「あまり納得したくないのですが……」

?「なんの話だい?」わしっ

  ふにゅん

副指令「ひにゃっ!?」びくーん!

大総統「おや総司令君」

総司令「どうも閣下」もみもみ

副指令「ふやっ、ちょ!総司令っ!?」

総司令「ん~、相変わらずの柔らかさ。流石は副指令ちゃんのちっぱいだ」もみもみもみもみ

副指令「う、後ろから揉まないで下さっ、ふぁっ!」

大総統「……ほどほどにね」

副指令「とめて下さいよ閣下!っあん!」

総司令「あー、癒されるー」もみもみもみもみもみもみ

副指令「ひっ、や、は……んんっ!」びくびくっ

大総統(振り払えばいいのにねぇ)

総司令「ふー、やっぱりおっぱいはちっぱいに限るね!」ツヤツヤ

副指令「いい仕事したみたいな顔しないで下さい……」ぜー…ぜー…

大総統「満足いったかい?」

総司令「そりゃあもう、これでまた今日一日生きられますよ!」キリッ

副指令「毎日揉む気だこの人ぉ……」

副指令「どうせなら部屋で2人きりの時に……」ぶつぶつ…

大総統(若人は見ていて飽きないねぇ)

大総統「準備は万端かな?」

総司令「広域転送魔法を待機中です。連合の動きがあればすぐにでも介入できます」

副指令(切り替えが早い……)

大総統「ふーむ、そうなるとしばらくは暇だね」

総司令「まあぶっちゃけそうっすね」はい

大総統「どうだろう、動きがあるまで花札でも」

総司令「お、いいですね」

副指令「ちょっ!?」

やっべ、名前がっつり間違えた

× 副指令
○ 副司令




錬金術師「――君は今、分かれ道の上にいる」



錬金術師「ひとつは、このまま教会に戻り、弱き者の助けとなって生きる平穏な道」

錬金術師「ひとつは、僕達と共に万人を敵に回し、神殺しに全てを賭ける修羅の道」

錬金術師「あるいは、何もかもを投げ出して終わりを待つ道、なんてのもある」

錬金術師「個人的には3つ目がお薦めだね」

錬金術師「もし幸せになりたいと願うのなら、君は今ここでこの戦いを降りるべきだ」

錬金術師「君は……僕達とは違う、使命もなければ手も汚れていない」

錬金術師「この先は血と泥にまみれた、喪うばかりの死の道だ」

錬金術師「戻ることはできない。ただひたすらに進み続けるしかない。立ち止まることさえ赦されない」

錬金術師「……それでもこちら側に来るというのなら」

錬金術師「僕達は、君の力を自ら望んで求めよう」

錬金術師「選ぶのは君だ」

錬金術師「答えを聞かせてくれ」

とりあえず問題部分だけを修正


>>480

女僧侶「……? 誰?」

  ↓

女僧侶「確か、魔力が……」

 ---

>>489

女僧侶「えっ、貴女武教の国のお姫様なんですか?」

姫様「ん? ああ」

  ↓

女僧侶「あの、要するに南洋王国のお妃様です」

姫様「…………すごく泣けてくるのは何故だろう」

&私信

 【 デ ス マ ー チ 突 入 】

年末まで投下ができないかもしれない
すまぬ……すまぬ……


途中落ち3(リベンジ予定)に現行2+α
書きたいものは山ほどあるのに手が間に合わないこのジレンマよ……!!


 晴天。


 僅かな白雲は薄く伸び、風は優しく。
 その下でそれぞれの生活を営む人々の表情は、誰もが明るく。


鬼神「随分と様変わりしたもんだな」

覇王「そうだな」


 武教の国、大きな噴水を中心とした広場の端で、二人の男は少ない言葉を交わす。


「ちちうえー!」

「姫様、あまりはしゃぎすぎませぬように……」

「む、じいはかたいぞ! こんなにいいてんきなのに」


 ほら! と空を仰いでくるくると回る少女。

 その姿を眺める男二人の顔に、僅かに笑みが浮かぶ。


覇王「お前のお陰だ」

鬼神「またそれか。俺は何もしてねえだろ」

覇王「私を止めてくれただろう?」


 平和で穏やかな景色を見つめ、心は温かく、陽射しは暖かく。


覇王「私には、この国を変えることはできなかった」

覇王「誰もが強さだけを求めて血を流し、骸を積み重ね、永遠に死と破壊を繰り返してきた」

覇王「私には変えることはできなかった」


 顔を上げる。

 太陽に目が眩み、視界が白に染まる。

 吹き抜けていく一陣の風。

 目を細め、木々が揺れる音が雑踏を掻き消していく。



 ――音が、消える。
_


「友よ。私にはできなかったんだ」


 そして、幻想は瓦解した。


「私は希望になろうとした」

「しかし、私では届かなかった」

「だから終わらせることを選んだ」

「せめて絶望であろうとした」

「逃げてくれるならそれでもよかった」

「ただ、生きることを知ってほしかった」

「だが結果はどうだ? 私はただの破戒者に終わり、武教の国はもはやない」

「私は失敗したんだよ、鬼神」

「だから、もういい」

「もう、いいんだ……」


 私を生かそうとしなくてもいい。

 私を助けようとしなくていい。

 終わらせてくれれば、それでいい。

 その最期の願いは――――……


農家「甘えたことぬかしてんじゃねえぞ、クソボケええ!!」


 雄々しき一撃と共に、容赦なく叩き伏せられた。



(……それでも――――)
_


 友の拳が我が身を揺らす。

 どこまでも熱く、力強く、

 諦めなぞ知らぬとばかりに、その手は私を掴もうとする。

 けれど、私にその資格はない。

 だから、友よ。諦めてくれ。

 どうか私を諦めてくれ。

 もう何も要らないから。

 もう救おうとしなくていいから。

 もう見棄ててくれていいから。

 友よ。

 お前が私を友だと思うなら、

 どうか、私を滅ぼしてくれ。

 どうか、私を殺し尽くしてくれ。
_


 彼の手は掴み取るために。

 彼の手は振り払うために。

 交錯し、衝突し、互いの意志が絡み合う。

 武人ではなく、友として。

 武人ではなく、王として。

 諦めない男と、

 諦めた男とが、

 ただひたすらにぶつかり合う。


 何故だ。

 何故お前はそうまでして、私を――、


農家「気に入らねえんだよ、このヘタレ野郎」


 それはシンプルな答えだった。


農家「気に入らねえからブン殴る」

農家「許せねえからブチ殺す」

農家「ムカつくからブッ飛ばす」

農家「どんだけ理由を後付けしようが、俺のやり方はそれだけだ」


 空中に立つ。

 用いる魔法は空間固定。

 ただ何もない場所に見えない足場を設けるための、誰でも使える基本魔法。

 それは農家が使う、たった三つの魔法のうちの一つ。


農家「『空間固定、装填(セット)』」


 ディレイを利用し、魔力の溜めを最小限に。

 右腕は殴るため。

 左腕は掴むため。


農家「今度は逃がさねえ」


 蠢く闇の塊のような魔人を見据え、農家はその拳を振り落す。

 どこから絞り出されているのか。獣のような咆哮が耳を劈き、巨大なその身が大地に沈む。


農家「――『解放(エミット)』!」


 同時に空間固定魔法を発動。

 狙いは倒れた覇王の四肢。

 農家が内包する、魔王にも匹敵するといわれる強大な魔力が、ただ覇王を止めるためだけに放たれる――。


「■■■■……!」


 覇王の動きが、止まった。



農家「そら行け、ガキども」


_


 何故だ。

 何故諦めてくれない。

 私には最早何もないのに。

 国も、

 民も、

 夢も、

 志も。

 何もかも間違えて、何もかも失って、

 ただ滅ぶためにここにいる私を、

 何故諦めてくれないのだ。

 何故眠らせてくれないのだ。

 何故逃げさせてくれないのだ。

 やめてくれ。

 頼むから。

 私は、


 ――私は、もう死にたいのに……。



姫様「父上ぇ!!」



 ……どうして、来てしまったんだ。
_

すんませんおまたせしました

休日が久々すぎて体調がおかしい。結構書いたつもりだったのに全然だし
久しぶりの更新がわずか10レスってどういうことなの……

つかシリアスパート長すぎ
最初はほのぼのシュールギャグ路線で行くつもりだったのにどうしてこうなった。誰か説明しろ

久々の投下をはじめるんよ
いや久々ってどういうことだよ


 父の存在を感じる。

 とても懐かしい感覚。


 雄々しいようで脆く、繊細で、人知れず涙を流しながらそれでも武教の王であろうとした人。

 王となることを義務付けられ、きっと誰よりも悩んで、苦しんで、悲しんできた人。

 人殺しの国に産まれるには、あまりにも優しすぎた人。

 私はそんな父上が大好きだ。今でもだ。

 たとえ血の繋がりがなくても、私を誰より愛してくれた。守ってくれた。

 最後の最後で突き放したのも、きっと私を守ろうとしてくれたから。

 だから、返したい。そして確かめたい。

 今度は私が助けたい。

 そして、もう一度言ってほしい。

 怒るかもしれない、悲しむかもしれない、けれど、これは私の我儘だ。

 だから、私は私のために。

 あなたのことを諦めない。
_


『さっすが、王女様は違うなぁ』

『国王陛下って前は勇者だったんだろ?なら王女様が凄いのも納得だわ』

『強ぇー……、やっぱ元勇者様の血を引いてるだけあって半端ねえや』

『あの王様の娘で王子様の妹だからなー』


『なんせ王女様だし』


『元勇者様の娘だから』



『あの人の妹だから』



『王女だから』





『七光りのくせに』

_


 ……小さい頃は、ずっとお兄ちゃんの後ろに隠れてた。

 なんでもできるお兄ちゃん。

 みんなに認められるお兄ちゃん。

 王子だからとかじゃなくて、ちゃんと自分を見てもらえてたお兄ちゃん。

 いつもすごくいいかげんで、でも大事な時はすごくかっこいいお兄ちゃん。

 人気者で、頭がよくて、強くて、優しくて。

 いつもいつも、たくさんの人に囲まれて。

 そんなお兄ちゃんの後ろに隠れて、ずっと服の裾を掴んでた。

 それが、昔のボク。


『世界をひと回りしたら、すぐ戻ってくるからな』


 そう言って旅立っていった、お兄ちゃん。

 それが、最後に聞いた、お兄ちゃんの言葉。


 ――訃報が届いたのは、その三か月後だった。
.

女勇者「ねえおじさん。勇者ってなんなの?」

農家「は?」

女勇者「…………」 じぃ~…

農家「…………」

農家(なんでこいつら親子は揃いも揃ってそれを俺に聞くんだ……) 何なんだ…

女勇者「ねえ、なんなの?」

農家「そう言われてもな……」

農家「というか、テメエよくわかんねえままで勇者やってんのか」

女勇者「わかんないっていうか……わかんなくなったっていうのかなぁ……」 むぅん…

農家「んじゃあ元々どういうモンだと思ってたんだ?」

女勇者「えーっと、なんかこう悪い奴をズバズバーッとやっつけてー、うん、みんなのヒーロー! みたいな」

農家「テメエ馬鹿だろう」

女勇者「失礼な!?」

農家「そんな単純なモンだったら誰でもなれるだろ」

女勇者「お? ……おお」 なるほど

農家「まあ、本当は誰がやったって構いやしねえモンなんだが」

女勇者「でもなんか変な決まりがあるんでしょ? 昼間話してたやつ」

農家「ありゃただの都合のいい目安だ」

農家「ああいう能力的な部分を除けば勇者に求められるモンってえのは……」

農家「そうだな、精神的な支柱としての役割、とかか」

女勇者「支え?」

農家「どう説明したモンか……例えば仲間が10人しかいない状態で、敵が1万いたら、お前ならどうする?」

女勇者「死ぬ気で逃げる」

農家「逃げちゃなんねえ状況だとしてだ」

女勇者「えー……うーん……」

農家「そこで迷わず立ち向かうのが勇者ってモンだ」

女勇者「……いやいや、それただの無謀じゃない?」

農家「それを無謀と思わせないのも勇者の仕事だろ」

女勇者「訂正。無茶苦茶すぎ」

農家「そういうモンなんだよ、勇者ってのは」

女勇者「んないいかげんな……」

農家「そういう部分じゃタコ助も立派に勇者やってたがな」

女勇者「えぇー……想像つかない」

農家「まあ、元はヘタレ愚図だから仕方ねえだろ」

女勇者「想定以上の酷い評価だ!?」

農家「妥当だ、妥当」


農家「とにかくだ。勇者ってのは迷っちゃなんねえモンなんだ」

農家「自分の勝利を信じる。自分の正義を信じる」

農家「ブレずに自分を貫き通す。それができて初めて勇者として胸を張れる」

農家「テメエの心に芯がねえ奴には、どうやったって勤まりやしねえよ」

農家「その意味じゃ、テメエはまだ勇者は名乗れねえなあ」

農家「お前は勇者にゃ向いてねえよ」

農家「拗ねんな面倒くせえ。つーか、勇者なんざ絶対に必要なモンじゃあねえんだ」

農家「別に投げ出したってな、誰にも文句言われる筋はねえんだぜ」

農家「まだまだテメエはガキだろ。勇者らしさより先に、しっかり悩んできっちり考えろや」




農家「いいか、大事なのは勇者としてどうなのかってことじゃねえ」

農家「テメエが何を、どうしたいのか、ってことだ」

農家「そんで勇者ってモンが枷になっちまうようならな」

農家「構うこたあねえ。勇者なんざやめっちまえ」


.


 魔力にはいくつかの性質が存在する。


 一、無色の魔力は拡散しやすく、属性を帯びやすい。

 二、属性を帯びた魔力は同じ、または近しい属性と結合しやすい。

 三、その反対に、属性が異なる程に強く反発を起こす。


 例えば風の属性を得意とする国王は、対属性とされる地の属性を不得意としている。

 そして、


 四、創造、終焉(破壊)、回帰(再生)の魔力は、創<壊<再<創、の順に三つ巴の性質を持っている。


 と、されている。

 ここに一つ、間違いがある。

 現代においてそれを知る者は、二人の人間と一人の魔族、そして一柱の神のみ。


 端的に真実だけを述べるなら、

 原初の神は、三柱ではないのだ。
.

「作戦に移る前に、一度細かい情報を整理しておこう」

「この作戦の肝は、あの暴走状態にある覇王の中核──つまり覇王本人の元に如何に迅速に辿り着けるか。これがまず一点」

「次いで、そこまで行くための道を切り開き、作戦成功まで無事道を維持できるか。この二点にかかっている」

「覇王の外套は単一性質の魔力の塊で、密度もハンパじゃない。鬼神がぶっ飛ばして薄くなった場所を狙ったとしても、それだけでは覇王まで届かないだろう」

「仮に届いたとしても、高密度の魔力の収束速度は速い。覇王に到達するには時間が足りないし」

「何よりあれだけの魔力に呑み込まれたら、並の人間程度では一瞬で御陀仏、即ゲームオーバーだ」

「そこで切り札を使う」

「いや、拡散力場は最後の詰めだ。なにより多用できるほど余裕がない」

「よって道を作り、道を保つためには、もう一つの手札が必要となるのだが」



 魔人の中心、人間の心臓に位置する場所。
 そこに身を隠す覇王の元を目指し、女勇者一行が降下する。

魔女「女勇者!」

 一人飛び出しかけた武教の姫を追いつつ、魔女が声をあげる。

女勇者「オーライ!」

 それに言葉を返すより早く、女勇者は『聖霊の剣』を抜き放った。

「聖霊の剣は、かつて初代勇者が精霊王より賜ったとされる神界の剣」

「ただ振るうならばただの堅固な鉄塊に過ぎないが、多重複合魔法剣を実現可能とする数少ない宝具の一つ」

「そしてその真髄は──」



女勇者(あらゆる魔力の相性を無視して、力ずくで黙らせる『調和』の力──ッ!!)

 女勇者が魔力を注ぎ、聖霊の剣が強く鳴動する。
 天高く掲げた刀身から、漆黒の魔力に相反するように、純白の光が溢れ出す。

 溢れた光は帯となり、光帯は円環を描き、迫り来る漆黒を『斬って』『鎮める』。
 やがてその軌道は螺旋を描き、ひとつの巨大なリングとなった。

女勇者「いぃぃ……っ」

 振りかぶる。

 それに呼応するように、光輪が加速する。

女勇者「──っけええええええええええ!!」

 降りおろす。

 その動きに従って、光輪が真っ直ぐに走り出した。
 目指す先は一直線、覇王の元へ。

女魔法使い「『空間固定』……あとよろしく」

 女勇者達の足下を固め、女魔法使いが魔女らに続く。

女魔法使い「『飛翔魔法』」

 光の軌跡を追うように、少女の体が加速する。
 その姿が先行した二人に追い付くのを見届け、

女勇者「任された!」

 いつになく真剣に応え、震える剣を握り直した。



女勇者「――とは言ったけどもぉ……っっ」

女勇者(これ、予想以上にキッツい……!)

 荒ぶる魔力を斬り鎮める度に、聖霊の剣が強く小さく震える。
 その震えを抑え込みながら、丁寧に魔力を注いでいく。

 女勇者自身の内蔵魔力量は、実のところ一般人と大差ない。
 勇者としてはなんとも情けない話だが、修行を受けていなければ、おそらく持って10秒程度。
 元来不器用な女勇者にとっては、神経を削るこの奥義は崖の上の綱渡りに等しい。

女勇者(こーゆー時のためだったのかな……?)

 思い出すのは、農家に鍛えられた数日間。

女勇者「あ、ダメだテンション下がる」

 思い出しすぎてへこんだ。超へこんだ。ついでに光帯もへにゃった。
 思わず膝をつきそうになる体を、後ろから大きな手ががっしりと支えた。

暴れ猿「ふらふらするな。お前が要なのだろう」

女勇者「おぉう。意外なところから注意が」
 
暴れ猿「あの男との約束だ。俺様が支えてやる、しっかりやれ」

女勇者「いつの間に……」

暴れ猿「伝言ついでにな。……ああ、そうだ。ひとつ伝えていなかったか」

女勇者「?」

暴れ猿「現実を疑うな、だそうだ」

女集者「なにそれ」

暴れ猿「さあな、わからん。そのうちわかるようになるのかもしれん」

暴れ猿「まあ、それはさておき集中しろ。切っ先がぶれているぞ」

女勇者「ああっと!!」

 暴れ猿に支えられ、もう一度剣を握り直す。

 光帯が安定を取り戻し、更に深くへと斬り進んでいく。



「理屈はわかったんだけどさ、それボク外にいないと駄目なの?」

「その辺りは魔人をどうやって止めるのか、に関係してくるね」

「と言うと?」

「前の魔人が止まったのは結局自己崩壊が原因だったわけだけど、今回はそれを意図的に起こすのが目的なんだ。

 そもそもの原因は魔人の中核が膨大な魔力に耐えきれずに自壊したことがきっかけでね、
 結果として中核に引き寄せられていた魔力が引力を失い、辺り一帯に拡散していったわけだ。

 そしてどうなったかというと」

「もしや、『魔力乱流』か?」

「なにそれ?」

「人間界にはないけど、高濃度の魔力が指向性もなく滞留してる場所で見られる自然災害よ。

 何の備えもなく入り込んだら魔力の圧力や反応、魔力自体の影響とか、まあ、色々あって死ぬわ」

「大事なとこぼかしたなおい!?」

「詳しく話すと長くなるもの」

「何より厄介なのが、魔法どころか魔力に起因する技術、魔力を利用した道具などのほとんどが正常に機能しなくなることだね。

 そういうわけで、外にいて後から突入組を引っ張り出せる役が必要なのさ」

「あれ? じゃあそれ結界張りながら一緒に行くのも無理ってこと?」

「いやできなくはないわよ。でも無理でしょ」

「む、馬鹿にされてる」

「馬鹿にっつーか、そもそも結界は固定設置魔法だから無理だろ、技量的に」

「マイダーリンでも厳しいからね」

「ダーリン言うな」

「…………」

「……? 猿さんどったの?」

「ん、いや。少しな」

「…………ふむ。

 魔物君、少しいいかい?」

「あ? ああ」

「暴れ猿さん、何気に普通に馴染んでますね……」

「悪く……ない……」

「はいはいボサっとしてない。準備するよ準備!
 まずは力場の展開方法と『糸』の使い方を――」


 ――突入から60秒、三人はかなりの速度で降下している。

魔女(深い……)

 にも関わらず、未だ中核の影さえも見えない。

魔女(まさか突き抜けたりしないでしょうね)

 ぶっちゃけ大体で位置を決めて勢いで(主に武教の姫のせいで)突入してしまったから、覇王本体の場所ははっきり把握してきたわけじゃない。
 とはいえ魔法で調べようにも周囲の濃すぎる魔力が邪魔であるし、そうでなくても聖霊の剣の光帯に包まれた空間内では、その光帯を隔てた範囲に干渉する魔法は無力化される。

 こういった状況下でアテにできるのは、経験、統計、そして、

 武教の姫の顔を見ると、彼女は何か確信を得たような目をしていた。

姫様「間違いない、この先だ」

魔女「オーケー。女勇者、このまま真っ直ぐよ!」

『りょーかい!』

 通信魔法を通じて、はるか上空に立つ女勇者に指示を飛ばす。
 わずか先を走る光帯の切っ先が加速し、さらに深く深くへと切り進――


   ビ シ リ  ピシッ


 ――突如、光壁に黒い亀裂が走った。


農家「クソッタレ! 暴れんなっつ う の !!」

「■■■■■■■■■■!!」

 空間固定による拘束を打ち破らんと、魔人の魔力が形を変える。
 その形態はもはや人の形ではなく、深海の生物のようでもあった。

 拘束を免れた魔力が触手のようにうねり、幾度となく農家に迫る。
 が、農家はそれを素手でもって打ち払い、魔人を逃さぬようにさらに広域に空間固定魔法を展開した。

 しかし、ただ一点。
 魔人の中心に至る一角だけは、固定するわけにはいかない。
 そこを止めてしまっては、女勇者たちが巻き添えとなるからだ。

 故に、魔人はそこから尚も龍脈から溢れる魔力を吸い上げ、ますます大きく膨らんでいく。
 そしてその魔力でもって、農家の身を狙ってくる。

農家(だが、注意をこっちに向ける分には問題ねえ──!)

 元より農家の役目は時間稼ぎ。
 あえて自分の周囲をがら空きにし、攻撃を許しているのもそのためでしかない。


 この直後、その目論見が甘かったと、魔女と農家は痛感することになった。

.


 『無属性魔法』

 コモンマジック、あるいはコモンスペル。または基本魔法とも呼ばれる魔法群の総称である。
 属性に囚われず機能するこの魔法群には、空間魔法、具現化魔法、強化魔法などが分類される。

 農家の用いる空間固定もまた、空間魔法の一つ。
 誰でも扱えるが、その代わりに制御が難しく、高い威力を発揮するためには相応の魔力と技術が必要とされる。

 ここで一つ、思い出してほしい。

 『純化』

 有属性魔法において、その威力を最大限にまで発揮する手段の一つである。

 ごく単純な公式として。

 純化されていない魔法では、純化した魔法には敵わない。

 それは、無属性魔法に対しても言えることだ。
.


農家「こ、っのや、ろ …… !!」


 無属性魔法には、純化という概念が適用できない。

 それに対し、覇王の纏う魔力は、純粋な再生の魔力の集合体である。

 いかに農家が、鬼神が人の域を超えた絶大な魔力を誇ろうとも、


「■■■■■■■■ー――――ッ!!」

農家「っ、くそ! 浸食してきやがった!」


 相性の差は、あまりにも大きすぎる。
.


 響き渡る咆哮。
 爆ぜるような音と、唸りを上げて吹き荒ぶ風。

 空はいつしか暗雲に覆い隠され、雷鳴が走り、空気を焦がす。

 生き物のように暴れ狂う再生の魔力の集合体。

 それを打ち払う鬼と呼ばれた男。

 両者が交わる度に、砕かれ指向性を失った魔力が荒れ果てた大地に降り注ぐ。



 ……そして、その下で。


『――――』

「…………」

(……また死に損ねた、か)


 二つの影が、空を見上げ、

 しかし互いに言葉を交わすことはなく、それぞれの場所へと足を向けた。


.

今気付いたけど回想多いな

少し縦に長い気がするんで今回分の範囲の安価貼っとく
>>594-612

待たせてばかりですまんねほんとに……

とりあえず区切れそうなとこまで上げてく

 魔力は常に消耗する。

 それは空間固定魔法でも、結界でも、ただ火を熾すだけの簡単な魔法でも例外ではない。


女勇者「──っ、はっ、ふぅぅ……!」


 聖霊の剣から放たれる結界は、その効力に対し必要とされる魔力量は少ない。

 しかし、あくまで使用に関しては、である。

 より多くの、あるいはより強力な魔力、魔法を鎮めようとするならば、当然相応の魔力を消耗する。

 持続的にともなれば尚更だ。


女勇者(まず……くらくらしてきた……)


 視界が霞む。

 覇王の圧倒的な魔力量は、女勇者一人と比べれば数万倍、あるいは数十万倍である。

 それに対抗できているのは、ひとえに聖霊の剣の結界の性質が故にすぎない。

 だが結界を維持しようとすれば、消耗する魔力はそれだけ大きくなる。

 相性だけでは埋められない差が、そこにはある。

 故に、限界は必ず訪れる。

 龍脈から無尽蔵に魔力を吸い上げ肥大化を続ける覇王に対抗するには、


  ── ピキ パキパキ…


 人ひとりの魔力では、不十分に過ぎた。



 その背後で、暴れ猿は考えていた。

 この少女を守るために、自分に何ができるのか。

 そして決断は早く、彼は深く息を吐き、告げた。


暴れ猿「勇者。俺達の背後の結界を解除しろ」

女勇者「へ?」

暴れ猿「それで少しはマシになるはずだ。お前は前だけ見ていればいい」


 突然の言葉に、疑問と不安が心を揺らす。

 しかし、

『女勇者! 結界がガタついてるわよ、何かあったの!?』


 通信魔法で届く魔女の言葉。

 感じる自分の力の限界。

 その自分を支える暴れ猿の、強い意志を込めた瞳。


暴れ猿「信じろ」


 そして、たった一言。


女勇者「……わかった」


 前へ。

 自分達を守る為に用いていた魔力を、まっすぐに集中する。

 僅かだが勢いを取り戻した結界が、魔女達を導くように下へ下へと加速する。



 その背後に、

 漆黒の魔力が洪水の如く押し寄せた。

 両の腕を広げる。

 足場を強く踏みしめ、来たる衝撃に備える。

 息を大きく吸い込み、歯を食いしばり、

 全身に流れる魔力を、己の背に集中する。


  ── ゴ …… !!


暴れ猿「────ォォォオオオオオ!!」


 受け止める。

 圧倒されてなお、倒れることなく受け続ける。

 降り注ぐ魔力の暴威を、その身ひとつで防ぎきる。


女勇者「猿さん……!」

暴れ猿「振り返るな!!」

女勇者「っ」

暴れ猿「俺は……俺だからこそ……!」

 漆黒の死の雨を浴びながら、彼はなお立っていた。


暴れ猿「錬金術師が言っていた……大魔王は魔族を産み、魔族が魔物を産んだと」

暴れ猿「ならば、その力の根源は全て同じ……。俺ならば、この魔力にも耐えられるかもしれないと!」

女勇者「でも……」

暴れ猿「結果は見ての通りだ……俺は賭けに勝ったぞ! だから、お前はもう迷うな!」


 強い言葉。

 強い姿。

 それを見て、女勇者の口から素直な疑問が零れた。


女勇者「なんで、そこまでできるの?」


 関係ないのに。

 本当なら、関係なかったはずなのに。

 ただたまたま同行してきただけで、人間と魔物とじゃ、義理も何もないはずなのに。

 そんな女勇者の問いかけに、暴れ猿は、ふっと笑みを浮かべた。

暴れ猿(ああ、全く何故だろうな……)


 魔物は人に害をなすものだ。

 分かり合うことなどないと思っていたし、共に戦うなどあり得ないと考えていた。

 けれど、あの日から。

 農家に殴られ、人に触れ、挙句共に魔物を倒し、

 自分を人と同じように扱い、酒まで振る舞って、


『任せるぜ』


 あの言葉が。

 何気ないたった一言が、ひどく自分の心を揺らした。

 ああ、そうだ。

 あの時感じた感情は──。


暴れ猿「嬉しかったからだ」


 そうだ。俺は嬉しかったんだ。

 ずっと化け物として生きてきた。
 化け物らしくあろうと振る舞ってきた。

 意思を交わすことを捨て、人と魔物は違うものだと諦めてきた。

 けれどたった一言が、

 わずかなひと時が、

 俺の中にあった諦めを打ち崩し、代わりに別のものを積み上げていった。

 認められた気がした。

 同じだと。変わりないと。
 許されるのだと。

 ああ、なんてことだ。

 こんなほんの偶然の出会い一つが、俺の心をこんなにも満たしてしまった。


『こんなことを頼むのは筋違いかもしれないけれど』

『娘のことを、どうか守ってあげてほしい』


 ああ、もちろんだ。

 もちろんだとも。

暴れ猿「俺は農家と約束した。そしてお前の母とも約束した」

暴れ猿「お前は俺が守ってやる。魔物としてではなく、仲間として」

暴れ猿「そうだ」

暴れ猿「俺はお前の、お前たちの友でありたい」

暴れ猿「ただそれだけだ……!!」


 押し返す。

 そこに見える感情は、歓喜。

 誰かを守れることへの、

 誰かのために戦えることへの、

 誰かに求められることへの、

 何よりも強い喜びがあった。


暴れ猿「お前はどうだ、勇者」

女勇者「えっ?」


 突然の問いに、思わず声を上げる。

暴れ猿「いや、違うな」

暴れ猿「勇者。お前は、どうありたい。どうしたい?」

女勇者「ボクは……」


 考えたこともなかった。

 ただ、お兄ちゃんが死んだって聞いて、

 じゃあ、ボクが、『私』が代わりに頑張らなきゃって思って、勇者になった。

 勇者になろうとした。

 ……でも、それは、求められたわけでも、望んだわけでもない。

 勇者にならなくちゃって、

 私がやらなくちゃって、ただ必死で、がむしゃらに頑張って、頑張って……。

 でも、

 あれ?

 ボクは、勇者になって、それで……。

 それから、ボクは……。


『頑張ったな』


女勇者「あ……」


 違う。

 ボクは勇者になりたかったんじゃない。

 お兄ちゃんの代わりになりたかったわけでもない。

 そうか。

 なんだ、簡単なことなんだ。


女勇者「あははっ」


 ふと、笑いが零れた。


女勇者「うん。……そうか、そうだったんだ」


 浮かび上がった答えに、自分で自分に笑ってしまう。

 ああ、なんて単純なんだろう。

女勇者「ボクはただ、褒めてほしかっただけなんだ」


 それだけ。

 お兄ちゃんの妹としてじゃなくて、

 王女でも、勇者でもなくて、

 ただボクをボクとして、私を私として、認めてほしかっただけなんだ。


女勇者「おじさんに認めてほしいんだ」


 褒めてほしい。

 頑張ったなって、また頭を撫でてほしい。

 だって、初めてだったから。

 自分のことをちゃんと見て、叱って。ああ、これは女僧侶ちゃんたちもかな。

 でも、褒めてくれた人は、おじさんだけだったから。

 すごいなって言う人はいたけど、それは全部、王女の私のことだったから。

 褒められたのは、本当に初めてだったから。

 それが、すごく嬉しかったから。

暴れ猿「簡単だな」

女勇者「うん、簡単だね」


 笑いあう。

 そして、通じ合う。

 ああ、なんということだろう。

 この少女は自分と変わりないのだ。

 こんな魔物でも、人間と全然違わないんだ。

 だから、守りたいと思える。

 だから、信じて背中を預けられる。


女勇者「絶対成功させよう。そんで、生きてみんなで帰るんだ!」

暴れ猿「ああ、もちろんだ!」


 互いの心をさらけ出し、信頼が両者を繋いだ。



 しかし、暴れ猿は心の奥底で、言葉なく勇者へと謝罪を告げた。

魔女「……あれは」


 降下を続けた三人の先、漆黒の棒が視界に映った。


 それは2mほどの長さの太い棒だった。

 時に形を変え、槍として、薙刀として、矛として、あるいは剣として、

 そして、鉈としても振るわれた太古の神器。

 名を『星機軸』。単に黒棒、あるいは八刻棍とも呼ばれる、農家の相棒の真の姿である。


魔女「なんであれが……って、地面!?」


 接近し、急減速をかける。

 そこには確かに地面があった。

 飛翔魔法を解除し、揃って着陸する。


魔女「どういうこと? 覇王がいるんじゃないの!?」


 狼狽する魔女をよそに、武教の姫が地面に手をつく。

姫様「いや、間違いない。この真下に父上がいる!」

魔女「真下って……」

女魔法使い「掘る。『中級水撃』」


 言うや否や、魔法使いの魔法が地面を攻撃する。
 が、埃ひとつ舞わずに、ただ魔力が吸収され、無力化された。


魔女「無理よ。ここは元々創星録時代の怪物を封印していた場所よ」

魔女「その上に前の魔王が封印を重ねに重ねてるんだもの、ちょっとやそっとじゃ掘り返せない」


 ぎり、と歯噛みし、地面を睨む。
 ここまできて……!


姫様「だが確かにいるんだ! くそっ、何か手段はないのか!?」


 呆然とする三人の元に、


『大丈夫』


 一人の女性が、突如その姿を現した。

魔女「え……?」


 魔女の顔が驚愕に染まる。

 そこにいたのは、姫。

 癒しの姫神子。

 死んだはずの、かつての仲間だった。


姫『…………』


 三人が声をかける暇もなく、姫神子はゆらりと歩を進め、星機軸に手を触れる。


姫『半分を返します。これで、この子も本来の力を取り戻す』


 そして、手にしていた漆黒の大鉈を、そっと寄り添わせるように重ね合わせた。

 瞬間、黒鉈が光を発しながら、ゆっくりと溶けるように吸い込まれていく。


魔女「ひ、め……」

姫『…………』

姫『後は、私が捧げるだけ』

魔女「な、待って! 姫、あんた──」

姫『魔女さん』


 振り返った彼女は、笑顔だった。


姫『少しは素直に、ね?』


 そして、

 姫神子の体が、黒鉈と同じように、光に包まれ消えていく……。


姫様「ぅ、ぁ……あの!」

姫『武教の姫ちゃん』

姫様「あ、は、はい!」

姫『元気そうでよかった。お父さんによろしくね?』

姫様「……!!」


 消えていく。笑顔のまま、全ては終わったと言うように。

『この子を預かってくれませんか?』

『いつかきっと、貴方の助けになってくれます』

『どうか、この子を愛してあげて下さい』

『この子には、父親が必要だと思うから』



姫様「ぁ……お、ね」

姫『ばいばい』



姫様「──おねえちゃん!!」




  ── バキン!




 大きな音と共に、地面に亀裂が走る。

 全ての封印が砕かれ、亜空間への道が開いた。

 砕かれた地面が消失し、深い闇に覆われた空間が姿を晒す。

 その中に道を作るように、光帯が切っ先を伸ばしていく。

 そしてその先に、淡い光を放つ透明な球状の何かが見えた。


姫様「っ、父上!」


 透明な球体の中心で、覇王が静かに眠っていた。

 胸元には一振りのクリスナイフが転がっているが、傷痕らしきものは見えない。

 三人は重力に任せて落下し、球体の上に着地する。

 同様に星機軸もまた落ちてきた。魔女がそれを拾い、抱きしめる。


魔女「死んでまで相変わらずなんだから……馬鹿」


 目じりに浮かんだ涙を擦って、眠る覇王に目を向ける。

 死んでいるようには見えない。予想外だが、嬉しい誤算だ。

 しかし、どうやって接近すればいいのか。

 武教の姫が透明な球体を叩くが、どうにもびくともしないようだ。

魔女「下がって。私が開けるわ」


 ちょうど真上付近まで近付き、懐から小さな機械を取り出す。

 それは錬金術師からの預かり物。彼女の研究の集大成。


魔女「“ソーサリーキャンセラー”起動」


 押し当て、スイッチを入れる。

 瞬間、ヴン、という音と共に回転するような音が響き始める。

 透明の球体の表面が、チリチリと削りとられ、消えていく。

 魔力で形作られていたらしい球体に大きく穴が開き、覇王の姿を露わにした。

 そこに武教の姫が飛び込む。


姫様「父上! 起きて下さい、父上……!」


 必死に肩を揺らす。

 ……しかし、起きる気配はない。

 心臓は動いているのに。まるで抜け殻のように、意識だけが戻らない。

女魔法使い「…………」


 その時、魔法使いは空を見上げていた。

 正確には自分たちが通ってきた光の道を見ていた。

 それを作った友人は今どうしているだろうか。

 この外は今、どうなっているのだろうか。

 不安はないが、疑問は浮かぶ。


 そしてそれが起きたのは、道の始まりを見ようとした直後だった。





  ぐしゃり。 という鈍い音が、聞こえたような気がした。



.

ひと区切り

「ばば様、森の木達が枯れ始めてます」

「家畜たちも怯えて出てきません。一体何が起きているのでしょうか」


 武教の地から最も遠い、星の裏側で、自然世界が崩壊を始めていた。

 草木が枯れ、風は止まり、水は湧かず、なのに空は恐ろしいほどに透明に。

 上天を埋め尽くす星明りは、まるで空が燃えているかのようで。

 何を感じ取ったのか、人々は申し合わせたわけでもなしに、教会へと集っていた。


「どうしたことだ、治癒魔法が使えぬ……!」

「よもや神に見放されたのか……これはその始まりだというのか……!?」


 教会の奥から響いた声につられ、人々に不安の色が広がっていく。

 蝋燭の火が風もないのにゆらめき、不安を煽るように消えかけたり、かと思えば勢いを増す。

 外では木々が音を立てて崩れ、動物達が嘆くような叫びを上げている。


「みな、落ち着くのじゃ」


 老婆の声が響き、人々が静まり返る。

「誰か、桶に水を用意しておくれ」

「では自分が」

「何をなさるのです?」

「精霊様にお言葉を賜るのじゃ。おそらくこれはまだ予兆。これから何が起こるのか、わしらは知らねばならん」

「ばば様! 大変です!」


 教会に駆け込む数名の男達。皆武装しているが、顔色は真っ青だ。


「異界の門が……門が今までにない強い光を!」

「静かに! ……それについても、精霊様にお訊ねせねばなるまいな」


 その場に集う全員が、緊張した面持ちで事の成り行きを見守る。

 ゆらめきを失った水面に老婆の顔が映る。


「精霊様。どうかわしらに真実をお伝え下さいませ……」


 捧げられる祈りの言葉。

 それに応えるように、水面に映る絵がくるりと歪んだ。

 例えば、人が徐々に気圧の上がっていく密室内にいたら、いつまでも無事でいられるだろうか。

 考えるまでもなく不可能だ。

 無制限に密度と質量を増していく覇王の魔力は、もはや圧力だけで全てを押し潰しかねないほどに高まっていた。

 そう。

 聖霊の剣の結界を、無意味なものとするほどに。

 空間固定の拘束を、容易く崩壊させるほどに。


「■■■■■■■■ー───!!」

農家「クソ……」


 砕けるような手応え。
 最早武教の地全土を覆い尽くして余りあるほどに膨らんだ終焉の王は、漆黒の半球体となって天まで届かんとしていた。

 今となっては僅かな拘束は意味を成さず、農家はただ高くへと逃げ見下ろすばかりだ。


農家(“まだ”なのか、あのバカは!)


 半球体は渦を巻き、中心へと向かって収束している。

 その中心にひとつ、闇夜に光る星のような光点が、漆黒の波に抗うように輝いていた。

 削り合えば摩耗し合い、いずれは弱い方が潰える。

 それは絶対の理。

 限界は必ず訪れる。

 渦巻く漆黒は激しくうねり、光帯を喰らい、

 そして……。


 ぐしゃり、という音が聞こえた。


女勇者「────っ!!」

暴れ猿「どうした勇者!?」
 
女勇者「……そん…………な……」


 光帯が消える。

 聖剣が光を失い、沈黙する。


女勇者「魔力が……」


 そこが限界だった。

暴れ猿「くっ!」


 砕けた光片が黒に飲まれ、四散する。


暴れ猿(魔女達は!?)


 倒れかけた勇者を抱き留め、暴れ猿は光の道の先を睨んだ。

 しかし、そこは既に漆黒の渦の中。視覚で捉えることはできない。

 頼りになるのは双方を繋ぐ“糸”の感触のみ。 


暴れ猿(切れてはいない──無事か)


 魔力が迫る。



 思考が加速する。



 覚悟が、最期の引き金を引いた。

.

『魔物は魔族が生み出したものだ』

『元々は私兵を増やすため。だが誤算が一つあった』

『君達は魔力の影響を受けすぎる。終わりなく変化し、どこまでも進化する』

『人間以上に』

『しかしそれでも、許容量の限界は超えられない』

『いいかい? それは“最期”の手段だ』

『君が命を懸ける必要はない』

『だから、それは──』


暴れ猿(それでも──)


 強く抱きしめ、跳躍する。

 魔力の海に、身を投げる。


 回帰の魔力は魔族の力の根源にあたる。

 術式によって性質を固定されていないそれを浴びれば、魔族や魔物は大きく力を増す。

 限界を超えない限り。

 吸収する。

 弾くのではなく、受け入れ、掌握する。

 包み込む。

 そして、落ちていく。

 魔力の海へ。

 どこまでも深く、沈んでいく。




魔女「! 光帯が……!」

女魔法使い「中に」

魔女「先に入って!」


 魔法使いを球体の中に飛び込ませ、後を追う。

 装置を止めると、球体に開いていた穴があっという間に塞がった。


魔女(自己修復する隔絶結界……一体何故?)

 武教の地に集う魔力の中心は覇王、そのはずだ。

 しかしここは完全な無風地帯。さながら台風の目。

 魔力を収束させている本体は覇王、そのはずだ。

 けれどここには一切の魔力はなく、覇王はただ静かに眠るばかり。

 異常だ。

 そして想定に合致しない。

 私は多分、まだ知らないことがある。

 考えろ、何が足りない? 今できることはなんだ?


姫様「目覚めない……! 魔女、どうすればいい!? どうしたら父上は目覚める!!」

魔女「…………」


 ── 元々の予定では、魔術の起動源である覇王に装置を取り付けて術式を強制停止させるはずだった。

 なのに、覇王はただ眠っている。

 魔力の残滓すらなく、ただここで守られ、眠っている。


魔女「………………?」

 ふと、思考にひっかかった。


 “守られている”?


 そうだ、守られている。

 何かに守られている。では、何に?

 考えろ。思い出せ。ここはどこだ。

 武教の地。


 違う、それじゃない。


 龍穴。


 魔力の噴出点。

 ……噴出点?


 おかしい。

 違和感が拭えない。

 思考を加速しろ。状況を情報を整えて掻き集めて形を作れ。

 そして思い出せ。

 鬼神はいつも肝心なことは言わない。
 あいつはいつだってわざと嘘を吐くし、直接真実を教えるようなことはしない。

 捻くれ者で、自分勝手で、一直線で、

 それでも、ヒントだけはいつも、いくつも置いていく。

 答えを出せるように。

 だったらもう、私は正解を知っている。



 何故この場所で、

 何故“今”なのか。



 龍穴。封印。魔力。

 王。魔王。噴出と収束。

 勇者。

 魔族。


 創星録というものがある。

 そこには初代勇者の、初代魔王、そして10の魔族との戦いが記録されている。

 しかし創星録の原典は多くが失われており、欠けた部分は教会によって“都合のいいように”埋められている。

 その、失われた記録。

 それを知るのは、20年前の勇者とその仲間と、当時の魔王。

 そして精霊達と、魔族達。


 神界と、人界と、魔界。

 この3つは、元々1つの世界だった。


 しかし、魔族の中に裏切り者がいた。

 彼らは勇者と共に世界を3つに分かち、魔族を永遠に魔界へと封じ込めた。

 そしてその後に自らを人界の4つの場所に封印し、戦を鎮めたという。


 彼らを知る者は、それを四背王と呼ぶ。


 四背王はその魂をもって、人界に魔力を満たしているとされる。

 龍穴は4つ。

 背王も4人。


魔女(偶然じゃない)


 鬼神が何も語らなかった理由がわかった。

 私は確かに知っていた。

 ここには、間違いなくそれが居る。


魔女(全く、どこまで計算ずくなんだか……)


 理解してしまえばあとはなんてことはない。

 するべきことをすればいい。


魔女「退いて、お姫ちゃん」

姫様「何か分かったのか!?」

魔女「単純な話よ」




魔女「覇王の魂は、ここよりもっと深いところにいるのよ」


.




 ── 深い ……。

 ここは、どこだ。

 何も見えない。

 だが、何か冷たいものに包まれている気がする。

 水。

 そう、水だ。

 私は水の中にいる。

 何故だ?

 鬼神はどうした?

 私は何故ここにいる?



『眼(まなこ)を開け、勇者の血を継ぐ者よ』



覇王「────っ!」

 水。

 これは、海だ。

 気泡が上っていく。

 水面が遠くに見える。


(父上、父上!)


 私を呼ぶ声がする。

 あれは……。


『目覚めたか、終焉を導く者よ』

覇王(この声──)


 ふと視界をよぎる影があった。

 巨体が水を巻き込み、流れを産む。

 人の背丈よりもはるかに太い胴体はどこまでも長く、所々から生える薄い膜のようなヒレが光を透かす。

 その姿は、蛇だった。

『永かった。この日を待ち続けた』

覇王(この方は……)


 雄大に泳ぐその姿は神々しく、美しい。


覇王「海嘯王様……」

海嘯王『ほう。我が名を知るか、覇王と呼ばれし者よ』


 知らないはずがない。

 永く王家に伝えられてきた伝承の、そこに語られる偉大な魔族のことを。


 その面に眼はなく、その身は星をひと回りしても届くほど長く、薄く透き通った飛膜で空を泳ぎ、全ての海を支配する古代の王。


 共に在った魔族らからさえ、忘れ去られし魔物の王。


海嘯王『目覚めの時は来た。今こそ封印を解き放とう』


 巨体が水面を目指す。

 水流が生まれ、私の体を同じ方へと連れて行く。



大総統「……さて、そろそろ行かねば」

総司令「ありゃ、どちらへ?」

大総統「ちょっと異界の門まで。封印を解きにね」

大総統「母君から連絡はあったかい?」

総司令「いえ、まだ」

「閣下! ……と、司令。通信です」

大総統「ふむ。繋いでくれたまえ」

『やあ、聞こえているかい大総統』

『それともこう呼んだほうが馴染み深いかな?』





『“角ジジイ”』




.

ひと区切り

うん、俺も読み直そう

ちと中途半端だが上がった分だけ投下


 鬼神の号を持つ男は、雲よりも高い空に立ち、一人大地を見下ろしていた。

 眼下では漆黒に染まった魔力が台風のように渦を巻いている。

 その中心は覇王。

 しかし、男は知っている。

 真実を知っている。

 覇王に施された封印の、その奥にあるものを知っている。

 そして、男は知っている。

 真実を知っている。

 今この地で起きている、超常の全てを知っている。

 けれど、男は語らない。

 仲間にすら、語らない。

 知る者にしか、語らない。

 男はただ、待っている。

 “始まり”と“終わり”の地の上で、

 今はただ、待っている。


 黒渦の中心で星のように煌めいていた光が消え去っても、

 彼は決して、動かない。



 黒雲が空を覆う大地の上で、

  ただ、風だけが泣いていて ────……




女勇者「……って、あれ?」

 気付いたら草原に立ってた。

女勇者「ここどこだろ……」

 足元全部が草、草、草。

 目線を動かすと、空は不思議なくらいに青くて、雲が一つも見当たらない。

 他に見えたのは、草原の中にポツンと生えた一本の木と、何故だか木陰に置いてある真っ白なテーブル、四つの椅子。

 変な場所。それが最初の印象。

 なんでこんな所にいるんだろう……。

 よくわからないまま、とりあえずは木の側まで歩いてみる。

 風はない。

 匂いもしない。

 まるで宙に浮いてるみたいに、自分の足音すら聞こえてこない。

女勇者「なんなんだろう……」

 さっきまで、風が聞こえてた気がするのに。


 木の陰に足を踏み入れる。

 太陽は真上。

 テーブルにはティーセットが四人分。

 なんとなく、吸い込まれるように椅子に座って、

「いらっしゃい」

女勇者「うぇっ!?」びくっ

 急に声をかけられて、思わず変な声が漏れた。

 かと思ったら、知らない間に知らない女の人が二人、椅子に座ってた。

 ……イリュージョン!?

「Hello, little girl. How do you do?」

女勇者「は!?」

 ぼけっとしてたら、片方の女の人の口から聞きなれない言葉が飛び出した。

 いや前半は解るけど、後半は……なに?

「ああ狩人さん、ダメですよ“あちら”の言葉でないと」

狩人?「Oh, sorry. ……ん、んん゙っ!」

狩人?「あーあーあー……。すミませんPriestess, 私の言ッてイル内容は理解を可能でスか?」

 プ……えーと、何だろう、名前かな? 名前だよねたぶん。

プ…?「まだ少しおかしいですが、大丈夫ですよ」

狩人?「理解をシまシた。お待たせシまシた。ごめんなさイ」ぺこっ

女勇者「はぁ、はい……どうも」

 思わずつられて頭を下げた。

 何この状況?

 っていうか誰?

 いやむしろ……何??

プ…「貴女、紅茶はお好き?」

女勇者「はい? あ、っと、普通です、けど?」

プ…「ふふっ。そんなに堅くならなくていいんですよ? リラックス、リラックス」

狩人「Priestess, 私が紅茶ニ入れル4ツの角砂糖を求めまス」

プ…「はいはい」

  パチンッ …カ コン

 いきなり指を弾いたかと思ったら、テーブルの上に瓶詰めの角砂糖が出てきた。

 イリュージョン!?(二回目)

プ…「ミルクも使いますか? ああ、それともジャムのほうが好みかしら」

 手際よく紅茶を用意するプ…なんとかさん。

女勇者「…………」

 なんだろう、なんだかすごく──綺麗だ。

女勇者(不思議な人……) 

 そこにいるのに、いないみたいな。 

 まるで幻みたいな人。

プ…「さあ、どうぞ」

 用意されたミルクティーを口にして、ふっと息を吐き出す。

女勇者「えーっと」

 落ち着いたところで質問しようとして、

 何を訊けばいいのか思い浮かばず、なんとなく二人を見比べてみた。


 プ…なんとかさんはほんのり紫色を帯びた長い銀髪で、深い赤紫の瞳。

 狩人?さんは肩にかからないくらいの金髪で、空みたいな青の瞳。

 金と銀でどことなく対照的な雰囲気があるけれど、

 っていうか飲み方ひとつでも優雅なプ…さんとなんか荒々しい狩人さんっていう形でかなり差があるけど、

女勇者(似てる……)

 見た目とか、振る舞いとかじゃなくて、なんだろう……、

 気配?

 ううん、もっと根っこの方の……、


 ―― 魂、とか。

 プなんとかさんは優雅に。狩人?さんはぐいっと。そしてボクはちびちびと。

 全員が紅茶を飲んでひと息吐いて、

女勇者「って何でボク紅茶なんて飲んでんの!?」

 素に返った。

プ…「あら、お気に召さなかったかしら」

女勇者「いや美味しいよ! 美味しいけども!!」

プ…「ふふっ、なら良かった。スコーンもあるけど」

女勇者「わーい、いただきます」

女勇者「って違う!!」ゴンッ!

狩人「?」ずずー…

プ…「面白い子」ふふっ

 駄目だ、なんかよくわかんないけど駄目な感じがする。

 気をしっかり持たないといけない、そんな気がする。

プ…「…………うん、正解」


 ── ふと、空気が変わった。


  ざあぁぁぁぁ……

 急に吹き始めた風に揺られて、草たちが大きな声を上げた。

 なのに、その風はボクたちを避けるみたいに吹いていて、木の枝は少しも動かないでいる。

 だけど、誰も騒がない。気にしない。

 ボク自身も、何故だか自然に受け入れた。

プ…「──そろそろ本題に移りましょうか」

 狩人さんがカップを置いたタイミングで、プ…さんがもう一度指を弾く。

 と、テーブルの上にあったものが全部なくなって、代わりに見覚えのあるものが落ちてきた。

女勇者「あれ? これって」

 自分の首元からそれを取り出して、それの隣に並べてみる。

 真紅の爪。

 ワーウルフさんから預かった、ええと……確か魔王の城に行くのに必要な道具、だったかな?

 それが二つある。

 なんで二つ?

 思わず首をひねった。

狩人「そっチがイレもので、こっチがなかミ、デす」

女勇者「……??」

 なんのこっちゃ?

プ…「以前、魔王と先生が今日の計画を組んだ時に、魔族側に妨害を受けた場合に備えていくつかの【鍵】を二つに分けたの」


「世界を繋ぐ物、次元軸の具現──【星機軸】」

「扉を作り開く鍵、四大魔族長の力の欠片──【真紅の爪】【蒼蛇の鱗】【暗き礫(つぶて)】【霊晶玉】」

「そして道を作り照らす灯──【聖霊の剣】」


女勇者「!?」

 前触れなしに、テーブルの中央に剣が突き刺さった。


 それは間違いなく、さっきまでボクが握っていた、剣、で……、



   『お前は、どうしたい?』



女勇者「────ッ!!」

女勇者「戻らなきゃ!」


 戻る、と。


 女勇者は無意識にそう叫び、立ち上がった。

 その様子を見た銀髪の女性はどこか満足げに微笑みを浮かべ、テーブル上の二つの真紅の爪を手に取る。

プ…「なら、まずはこれや剣を元に合わせないといけませんね」

女勇者「……? どういうこと?」

プ…「さっき言った通り。真紅の爪と聖霊の剣、この二つが完全になれば、この場所と元の場所を繋ぐ道を作り直せるの」

プ…「でも、一度別れたものを完全に戻すには、繋ぎとなるものが必要になるわ」

プ…「正攻法なら、だけど」

 くすりと笑う。

 が、女勇者は理解が及ばないのかただ首をかしげるばかりだった。

狩人「ようするニ」

 それをフォローするように狩人が口を挟む。

狩人「Priestessのチからデ、その二つのジかんを巻キ戻すのデす」

中断。くっそ眠い…

それは我ながら思う
後程現状明らかにしてある分だけ軽くまとめておきます


   ・ ・ ・

『──と、今のところ”こちら側“は想定通りの流れになっているようだよ』

大総統「ふんふむ。それではこちらも予定通り行かせてもらおうかな」

『連合の監視は大丈夫かい?』

大総統「部下が優秀なのでね。君の息子も含めて」

『そんな事を言っても僕はダーリン一筋だよ』

大総統「どこをどう捉えたら口説いているように聞こえるんだい……?」

『はっはっは。冗談に決まっているだろうむしろ本気にしたら削ぎ落とすよ』

大総統「股間が寒くなる冗談をありがとう」

通信兵(なんつー会話してんだこの人達……)

大総統「で、今どの辺りだい?」

『あと1分ほどで聖樹が見えてくる辺りだよ。こちらの準備は終わっているから』

大総統「ならついでに一度合流するとしようか。私も君のサポートがあるとやりやすいのでね」

『そうだね。少し説明しておきたい案件もあるし』

大総統「40秒で行くのでそのように宜しく」


大総統「というわけだから後はよろしくねー」ひらひら

総司令「とか言って通信切っちゃったよこの人! 俺も話したかったのにひどいわ!」しくしく

副司令「さめざめ泣き真似しないで下さい」

総司令「はい」

通信兵(コントか……?)


大総統「さて、飛ぶのは久々だ」

 一人砦の屋上に立ち、全身に風を受ける。

 外套を脱ぎ捨て、両腕を広げ、風を”掴む“。


 人の形に留めた魔力を、本来の形に解放する。


 腕を翼に。

 体を炎に。

 その姿は、巨鳥。


 そして、



  ── ズ ド ン ッ!!


通信兵「ホァッ!?」

総司令「あ、飛んでった」

副司令「今の感じ、軽く音速を超えていったようですね」

通信兵(軽く!?)

総司令「それにしても……また暇だなぁ」ぐでー…

副司令「一瞬でダレた!?」

通信兵(一瞬でダレた!!)

総司令「まーほら、どうせ連合が動くのも先生がやることやってから位のタイミングだろうし」

総司令「それまでは静観あるのみさね」

副司令「…………」

副司令(その通りなのに何故か納得いかない……)

総司令「ところで副司令ちゃんの翼モフらせてくんない?」

副司令「んなっ!? い、いきなりセクハラしないで下さい!!」


錬金術師「そんなわけだから後は任せた!」

国王「うおぉぉぉい!? いい笑顔で丸投げしてんじゃねえよ!?」

錬金術師「何を言うんだ、全部説明したじゃないか」

国王「その内容がブッ飛んでるってんだよぉ!? あと毎度なんで後からの説明なの泣くよ!?」

錬金術師「あっはっは、いやだなぁ。20年前とさほど変わりないじゃないか」

国王「」どぐさっ

錬金術師「さてそろそろ時間だ。それじゃあね」

国王「──はっ! ちょ、待ておい!」

錬金術師「グッドラック☆ ……とぅあっ!」タンッ

国王「ちょおま!?」


 制止する暇もなく、空を駆ける馬車の荷台から錬金術師が飛び降りた。

 障壁を突き抜けて空中に投げ出された体は、空高くから風に煽られながらも落下していく。 

 国王は、幌の縁にしがみつきながらその姿を目で追った。

 木々に覆われた大地を背景に、白衣の人影が小さくなっていく。


 と、地平線の先で赤い光が強く煌めいた。

国王「! ありゃあ……」

 光は瞬く間に大きくなり、こちらへ向けて一直線に接近してくる。

 数秒と待たず正体を確かめられる距離まで届いたそれは、錬金術師の下へと潜り込むように軌道を変えた。

 両者が交錯する瞬間、一時的に減速した光がその正体を僅かに晒す。


 真っ白な一本の角を持ち、炎そのもののような赤く輝く羽を持つ、巨大な鳥。

 国王は、その姿を知っていた。


国王「角ジジイ! ……マジで生きてたのかよ」

 錬金術師を背に乗せた巨鳥は、再び閃光となって彼方へと飛んでいった。


 人々の伝承の中で、火焔鳥、あるいはフェニックスなどと呼ばれるもの。

 火を司り、火そのものでもあるそれを、かつて全ての者がこう呼んだ。


 魔王──大魔王に次ぎ、全ての魔族を総べるもの、と。

.




 …… またの名を 【炎灼王】 と云う。



 火の王 【炎灼王】

 風の王 【浸食王】

 地の王 【巨岩王】

 水の王 【海嘯王】


 四大魔族長とも呼ばれた彼らの中で、最強と謳われた怪物である。


.

 時計の針はただ進む。

 それにどんな意味があるのか、人々が考えるよりも早く、
 とめどなく、
 止まることも、戻ることもなく、ただ進む。

 だからこそ、私は常に考える。

 知る為ではなく、導き出す為に考える。
 思考は己を裏切らない。
 例え間違えても、それは決して無駄にはならない。

 そして、成功と失敗を繰り返し、積み上げ、折り合わせ、
 そうして初めて、本当に求めた答えを掴みとることができるのだと、

 そう、教えられた。

 千年前のあの日、

 私は、“彼”に教えられた。



 さあ、今もう一度螺旋(ねじ)を巻こう。

 私の見た回答と、

 あの“神様気取り”が求める答えと、

 世界がどちらの未来を選ぶか、あるいは別の道を選ぶのか──見定めるために、ただ行こう。

中断中断


 青空の下、草原の只中。
 大きく枝を広げる一本の木の影で、二人の女性は少女を見送った。

 その二人の元へ、一人の男性が何処からか歩み寄っていく。


「もう行ったんですか?」

「はい。……全部伝えて、全部教えました」

「そうですか」

「Summoner. 用事は終わリまシたデすか?」

「ええ。まあ、元々そう難しくない術ですから。後は本当に使うのかどうかくらいで」

「……そうですね。本当なら、使ってほしくない──」

「──いいえ。使わせたくない、術ですものね」

「たとえ巻き戻しても、元の通りには戻らない、か」

「少シ違うデす」

「?」

「変わっテイくものばかリデも、変わらなイものもある」

「私はそう、Ogreニ教わリまシた」


 夜空がいつかは朝焼けに染まるように、嵐もいずれは晴れるものだ。


 肩を揺すられる感覚。

 腹部に感じる他人の熱と重みが、俺の意識を闇の淵から呼び戻した。

 薄く開いた眼に届く光に、少しの間、世界が白に染まる。

 やがて色彩を取り戻した視界に映ったのは、灰色の空。


 そして、勇者の顔。

 泣いているのか。怒っているのか。悲しんでいるのか。


暴れ猿「……ひどい顔だな」

女勇者「心配させといてそゆこと言う!?」


 批難の声を上げながら、滲んだ涙を乱暴に拭う。

 その様子があまりにも幼く見えて、思わず笑ってしまった。

  どすっ!

 ……腹の上で飛び跳ねられた。息が詰まる。

暴れ猿「ゲホ……。退いてくれ、重い」

女勇者「重くないよ!? 少なくとも僧侶ちゃんよりは重くないよ!!」


 何の話だ一体。


暴れ猿「声を落としてくれ……頭に響く」

女勇者「ぐぬぬ……」


 今度は睨みつけてくる。どうやら不満らしい。

 が、不承不承といった様子で体を退けた。

 ようやく腹が軽くなった。ふ、と息を吐く。

 ひとまず起き上がろうとして、




 四肢全てが、半分しかないことに気が付いた。




.


 肘や膝より先があったはずの場所に、黒曜石のような結晶が砕けて散らばっている。

 俺が気付いたことを察したのか、勇者の表情が曇った。


女勇者「……ごめん」

暴れ猿「命があっただけでも儲けものだ。手足程度、なんてことはない」

女勇者「でも、ボクがもっと頑張れてれば……」

暴れ猿「お前は十分やったさ」

女勇者「…………」

暴れ猿「それより、どうやって助かったんだ? それに」


 覇王はどうなった?


 そう訊ねるより前に、聞き慣れた声が耳に届いた。


「気が付いたか、暴れ猿よ」

暴れ猿「── 将軍……!」

キングレオ「どうやら、お互いまだ死ぬ時ではなかったらしい」


 驚き目を見開く俺を見下ろし、将軍は笑みを浮かべた。

 運命とは奇妙なものよな、と笑う。

 気のせいか、その表情は憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。


キングレオ「落ちてくるお前達が見えたのでな、我が受け止めた。まったく、相変わらず運の良い雄だなお前は」

暴れ猿「そうでしたか……」

女勇者「起きたらでっかいライオンの人がいるんだもん、ビックリしちゃったよ」


 その表現はどうなんだ。いや間違えてはいないが。


暴れ猿「ありがとうございます、将軍」

キングレオ「なに、失くすには惜しい尻だからな」




 空気が凍った。



.


  * 女勇者 は 逃げ出した !


暴れ猿「あ! 待て一人にするな!?」

女勇者「ごめんボク男同士とかちょっと理解できないから!」

暴れ猿「望んだことではないわというかトラウマなの知っているだろう!?」

キングレオ「はっはっは! 安心しろ、冗談半分だ」

勇・猿「「半分本気じゃないですかやだー!!」」

キングレオ「おお、随分と息が合っているな」


 あ、駄目だ。この人こっちの話を聞く気がない。




「……今の声、勇者……達」

「無事だったみたいね」

「おーい!」


女勇者「んにゃ?」

暴れ猿「この声、魔女達か」

キングレオ「お前達の仲間か?」

女勇者「どこだどこだーっと……あ、いたいた。うぇーい!」 ぶんぶん


魔女「全く、死んだかと思ったわよ」

姫様「うわっ、おい猿。その有り様は一体どうしたんだ?」

女魔法使い「…………ライオンだ……」 キラキラ

キングレオ「急に騒がしくなったな」

女勇者「えっと、こっちのライオンの人に助けてもらったみたい」

暴れ猿「命に別状はない。四肢の半分が結晶化して砕けただけだ」

魔女「随分無茶したみたいね」

暴れ猿「そもそも無茶じゃない部分があったか?」

女魔法使い「……おお」 ぽん

姫様「その獅子の魔物は何者だ? かなりの強者に見えるが」

魔女「んー……どっかで見たような。どこだったかしら」

キングレオ「我はキングレオという。暴れ猿の元上官だ」

女勇者「そういえばさっき将軍とか呼んでたね」

姫様「! ということは獣魔の長か!」

女勇者「ジューマノオサ? なにそれ」

暴れ猿「……要するに動物から魔物となった者達のリーダーだ」

女勇者「おお、なるほど」

女勇者「ええっ!? じゃあ偉い人じゃん!!」

姫様(遅っ)

女魔法使い「……うちのお猿さんがお世話になったようで」

暴れ猿「いや元々将軍の部下なのだが」

キングレオ「ははははは。なんとも愉快な連中だな、暴れ猿」

暴れ猿「正直に緊張感に欠けると言ってやって下さい」

魔女「獣魔獣魔獣魔……あ、思い出した。あんた前獣魔将軍の副官だったでしょ」

キングレオ「そういう貴様は魔女だな。直接相見えるのは初めてだったか?」

魔女「遠目に睨み合ったくらいじゃない?」

女勇者(なんか会話に時間を感じる……) おおう…

暴れ猿「それより魔女。覇王はどうなったんだ?」

魔女「あー……それなんだけど、どうも説明できないっていうか」

姫様「そうか、ちょうど猿の真後ろだから見えていないのだな」

キングレオ「背中を貸そう、見て確かめるのが一番早い」

暴れ猿「ありがとうございます」

女勇者「それにしてもすごい距離吹っ飛ばされたなぁ」

女魔法使い「……3km……くらい……?」


 3kmと言われてもわかりづらいんだが。

 確か大人の男の平均歩行速度が時速凡そ5kmだったな。
 と考えると……1時間は60分だから、
 (60分÷5km)×3km=36分。

 歩いて36分の距離か。わりと遠いな。


 などということを考えつつ、女勇者に手伝われて将軍の背に乗る。
 情けなくはあるが、四肢が欠けていては仕方がない。

 俺が落ちないよう上手くしがみついたのを確認してから、将軍が振り返る。

 振り返って、


暴れ猿「── な、ん……!?」


 視界に飛び込んできた光景に、言葉を失った。



 宙に浮く、巨大な漆黒の球体。
 それに絡みつく、長く大きな青い蛇。

 そして、それらの真下に広がる、海面。

 覇王の封印を中心に、真円を描いて広がったそれは、魔力の海。
 海嘯王の力の具現。
 全てを呑み込む水の力。

 その力から逃れようとするように、漆黒は空へと浮かぶ。
 しかし逃すまいと、海嘯王の体が漆黒を絡め取る。

 互いの魔力が衝突する度、火花と呼ぶには強すぎる閃光が空気を切り裂いていく。

 落ちた閃光は大地を抉り、あるいは海面を穿ち、
 昇った閃光は雲を喰い破り、轟音を響かせる。

 その周囲では、強く風が渦巻いていた。


 そして ──、
.

「寝起きの調子はどうだ?」

「何やらスッキリしたよ」

「ハッ、そりゃ良かった。……そんじゃ、やるか」

「ああ」

「鈍ってるとか言うなよ」

「むしろ絶好調だ」


 海嘯王の頭の上で、二人の怪物が構えをとった。

 二人は暴威の塊と化した漆黒を睨み、
 一方は激しさと静けさを併せ持つ炎のような魔力を、
 もう一方は力強さとしなやかさを兼ね備えた水のような魔力を、解放した。

 鬼神は拳を。覇王は剣を。それぞれ構え、力を溜める。


鬼神「行くぜ、覇王」

覇王「応とも」


 「「── 跡形もなく吹き飛ばす!!」」

.

一時停止。動きがちょっと急なのはご容赦


 ── 時は戻り、回帰の神と空狐が武教の地を去る少し前。



  ~ 魔界 異界の門周辺 ~


「ゲート内魔力量、順調に減少中」

「バリア消滅までの推定時間、凡そ30分」

紳士風の青年「今のところ問題はないようですね」

白一色の女性「焔灼王の施した封印とやらも、崩し方さえ解れば呆気ないものよの」

青年「とはいえその条件を整えたのもまた彼なのです。一体何を企んでいたのか……」

女性「…………」

女性(のう、ちとこの会話はわざとらしくはないかの?) こそっ

青年(そう思うのならもうちょっと気を引き締めて下さい。ただでさえ綱渡りなんですから)

?「退屈しているようだな。参謀、氷銀王」

青年(参謀)「炎竜王」

炎竜王?「俺を王と呼ぶのは止めろ。ただの炎竜でいい」

参謀「火と風を掛け合わせて炎。性質は変わらずとも貴方のほうがより強いのは明白だ」

参謀「そういつまでも焔灼王に拘ることはないのでは?」

炎竜「だが勝ったわけではない。奴をこの手で斃すまでは王を名乗る気はない」

炎竜「そう考えていたのだが、な」

女性(氷銀王)「煮え切らんの。あやつが死んだことは変わりなかろう」

炎竜「……お前は海嘯王と浸食王のどちらとも異なるからな」

氷銀王「デカい図体しとる癖にほっそい神経じゃのお」 カーッ!

参謀「まあまあ……」

炎竜「笑いたくば笑え。ケリを着ける相手を失った戦士の憂いなど、女如きに解るものか」 フンッ

氷銀王「──おぬし、喧嘩を売っておるのか?」


  ピキッ……パキパキパキ……


炎竜「──お前とも決着が着いていなかったな。やる気なら相手をしてやろう」


  チリチリ………ジリジリジリ……

.

参謀「はいはいそこまで! こんなところでお二人が喧嘩などしたらどうなるか、考えずともわかるでしょう?」

氷銀王「ぬ……」
炎竜「むぅ……」

参謀「ところで、他の方々はどちらに? 近くにはいないようですが」

炎竜「砂獄王と汚濁王は地面の下だ。落ち着くらしい」

氷銀王「根暗コンビらしいの……ま、ミミズとスライムはその位がお似合いよな」

炎竜「棘のある言い方しかできんのかお前は」

氷銀王「ただの事実じゃろ。おぬしはほんに細かいのう」

参謀「……」 べしっ

氷銀王「あだあっ!? わ、妾の額を弾くとは何事じゃあ!?」

参謀「いちいち喧嘩腰で会話されると面倒なので。次はもっと痛くしますのでそのつもりでどうぞ」 にこっ

氷銀王「」 びくっ!

炎竜「……」 にやにや

氷銀王「~っ! 何をにやにやしとるか!」

参謀「……」すっ

氷銀王「」 びくっ!


辺りに響くような声『楽しそうですね。私も会話に混ぜて下さい』

炎竜「む。この声はミストか」

声(ミスト)『はい。貴方のミストです。ぽっ』

炎竜「──」

ミスト『ああ、その微妙な表情……たまりません。やりませんか?』

炎竜「何をだ」

ミスト『ナニをですが』


 *炎竜のファイアブレス!

 *灼熱の火柱が空を切り裂いた!


ミスト『──的確に本体の位置を狙ってきましたね。避けましたが』

炎竜「チッ。面倒な奴め」

ミスト『ああ。あああ。もっと言って下さい』

炎竜「…………参謀、なんとかしてくれ」

参謀「このタイミングでこっちに振りますか……」

参謀「幻惑王、お遊びはそのくらいに」

ミスト『つーん』

参謀「……ミスト。炎竜で遊ぶのは止めてあげて下さい」

ミスト『参謀の命令とあっては従わざるを得ません』

ミスト『でも私を王と呼んだのは減点です。炎竜と同じようにミストと呼んで下さい』

参謀「はぁ」

参謀(こいつどんだけ炎竜のこと好きなんだよ……)

ミスト『あ。今面倒くさいと思いましたね。思いましたよね。失礼ですね参謀』

ミスト『今日の私に実体化できるだけの力が残っていたら腹パンしていましたよ腹パン』

ミスト『人界偵察で疲れている時で良かったですね。自身の幸運に感謝して下さい』

炎竜(何故こいつはこの有り様で魔族長をやっていられるんだろうか……)

氷銀王(うっっっっっざいのおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)

参謀「わかりました。では報告をお願いします」

ミスト『あいよー』

炎・氷((流した!? そして軽い!!))

ミスト『こちらで観測した限りでは、聖樹の魔力もゲートと同程度に減衰しています』

ミスト『状況から察するに浸食王──聖霊王が居座っている静寂の森も似たような状況でしょう』

炎竜「確認しなかったのか?」

ミスト『迂闊に近付けないですし。というか人界を彷徨うだけでも怖いのに御膝元になんてとてもとても』

ミスト『まあ龍脈を見た限り問題ない感じでしたね。これで納得して下さいっていうか納得しろ面倒臭い』

氷銀王「最後で本音がだだ漏れじゃのう」

参謀「重要な作戦なのでもう少し真面目に取り組んで頂きたいのですが……」

ミスト『お断りいたす!!』

炎竜「…………」

ミスト『ああ、なんとも筆舌に尽くしがたいその表情。あああっ』

炎竜(疲れる……)

「参謀。鋼鉄王より定期報告、異常なしとのことです」

参謀「ああ、ありがとう。バリア消失までの時間は?」

「凡そ20分程度かと」

参謀「そろそろ頃合いですか……皆さん、大号令の準備を」

炎竜「ええい、霧の状態で纏わりつくな鬱陶しい!」

氷銀王「どれ妾が氷漬けにしてくれよう。動くでないぞ」

 *氷銀王の手のひらから凍てつく吹雪が噴き出した!

ミスト『あー凍る凍る。凍ったところで何の問題もありませんが凍る凍る』

炎竜「冷たァ!! お前、俺ごと凍らせる気か!?」

氷銀王「おおすまんすまん。わざとじゃ」

炎竜「……いいだろうその喧嘩買ってやる!」

 *炎竜のファイアブレス!

 *高熱が辺りの氷を溶かした!

ミスト『今度は溶ける溶けますそして蒸発します。まあ本来の姿ですがはい』

氷銀王「おお温かいのう。ほれもっと熱うしてみい」

炎竜「ハッ。相殺が精々の癖に何を言うか」

氷銀王「あ?」ピキッ

炎竜「あ?」ビキッ

参謀「」


  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

ミスト『熱気と冷気で蒸発したり凝固したり。くすくす』

氷銀王「しぃ──」
炎竜「カァ──」



参謀「 喝 ッ !! 」 クワッ!



氷銀王「」 びくっ
炎竜「ぬ……」

ミスト『あらら。あらら。あらららら』

参謀「氷銀王? 次は痛くするって言いましたよね?(笑)」

氷銀王「ヒィッ!?」

参謀「ちょっと来い」

氷銀王「いやあのそのあのあわわわわわわわわ……!」


参謀「 ち ょ っ と 来 い 」

氷銀王「んままま待て!? 妾だけが悪いわけではなかろう? のう!?」

氷銀王「喧嘩両成敗というではないかほれ! じゃから引きずるのは……」

氷銀王「ヒィッ!? そそそその目は止めんか怖い!」

氷銀王「あ、ちょ、待て、何じゃ!? 何する気」

氷銀王「ふにゃあ!? ま、あ、ちょ!?」


  ・ ・ ・


  バ チ ー ン !!



<ふにゃああああああああああああああああああああああああああ!!?!?


.


   :
   :
   :


空狐「参謀。今し方大魔王様をお連れして……」

氷銀王「」 しくしくしく

炎竜「ぬおおおおお!! 翼の付け根に関節技はやめろおおおおおおおお!!!!」 バンバンバン!!

ミスト『おーい。瓶詰はひどくねーですかー。おーい。聞こえてるー?』

参謀「なんで魔族長が3人も揃ってまともに仕事できないんですかねぇ? ねぇ? 原因言ってみろやオイ」 グリグリ

炎竜「あがああああああ!? い──ヒッ、は、ヒッ……!」 ガクガク…

氷銀王「穢された……お嫁にいけない……」 しくしくしく

ミスト『あーヤバい酸欠で死ぬ。呼吸してないけど』

空狐「」

空狐「……なんですかこの状況」

参謀「ああ、側近。任務ご苦労様です」

空狐(側近)「はあ、どうも」

参謀「大魔王様はどちらに?」 パッ

炎竜「おブッ!」 ドシンッ!

側近「今は砦のほうで治療をしています」

参謀「! 負傷したのですか?」

側近「はっきり言って重傷です。が、所詮仮初の器ですので、問題はないそうです」

側近「まあ本来の器に戻ればこのようなことは起きようもありませんが」

ミスト『さっさと戻して差し上げませんとねー。意識の回復だけでも云百年とかかったわけですし』

炎竜「痛つ……、あの忌まわしい樹さえなくなれば何とでもなろう」

参謀(── 果たして動けるのか、どうなのか。ともあれ)

参謀「では、今は予定通りに進めましょう」

炎竜「…………」

炎竜(何故か釈然とせん……)

ミスト『ならそろそろ出していただけませんか。これじゃ身動きとれないですし』

側近「……いや、貴女はそのままでいいのでは?」

ミスト『!?』

氷銀王「ざまみろ、ケッ」 ぼそっ

ミスト『解せぬ』

側近「バリア消失までの時間は?」

「あと5分程度の予測です」

参謀「騒いでいる間に……」

参謀「まあいいでしょう。全体通信を」

「了解。……繋がりました、どうぞ」


参謀「作戦司令部から全軍へ。まもなく作戦を開始する」

参謀「異界の門バリア消失と同時に術式を改竄、ゲートを拡大し接続座標を人界・聖樹の袂へと変更する」

参謀「接続が完了次第全軍突入。後、各々作戦に従い行動せよ」

参謀「ただし、大魔王陛下の復活を最優先。それまで“狩り”は自重するように」

参謀「もう一つ。これは戦争ではない」

参謀「人間という名の虫を始末する、害虫駆除だ」

参謀「以上。各員の奮闘に期待する」


参謀「と、こんな所ですかね」

側近「十分でしょう。私は陛下のお傍に」

参謀「指揮はそちらで?」

炎竜「そんなもの不要だろう。元より我らの眷属は烏合の衆と変わらん」

側近「ああ……それは確かに」

ミスト『今まで軍隊なんてものを立ち上げたのも焔灼王だけでしたからねぇ』

炎竜「ふん。あんなもの、脆弱な獣魔共が群れて強くなった気になっていただけだ」

氷銀王「そりゃあドラゴン族と比べればどの魔族も魔物も脆弱じゃろ」

参謀「揚げ足取るんじゃありません」 ごすっ

氷銀王「あだァッ!? おまっ、妾がデコに水平チョップ喰らわにゃならんほど悪いこと言ったか!?」

ミスト『おーう、説明的ィ』

参謀「話が進まなくなるから黙りなさい本当に……」

側近「……お疲れ様です」

参謀「お疲れですよほんと……」 ハァ…

炎竜(……俺のせいじゃないよな?)

参謀「ともあれ、側近は陛下の所へ行って下さい」

側近「はぁ。大丈夫ですか?」

参謀「さすがに重要な局面でポカをやらかすほどではないでしょう」

参謀「貴女は貴女の仕事を、我々は我々の仕事を、ですよ」

炎竜「参謀の言うとおりだ。今回は我々に任せておけ」

氷銀王「うむ」

ミスト『ですねぇ』

側近「…………」

側近(余計に不安に駆られるのですが) ひそ…

参謀(大丈夫です。……大丈夫です)

「あの、もう時間ありませんけど」

側近「っとと……では、聖樹崩しと封印の破壊その他諸々、よろしくお願いします」

参謀「そちらこそ。大魔王復活の儀の準備、お願いします」

側近「はい。では」


 *側近は転移魔法を使った。

参謀「さ。我々も前線に行きますよ」

炎竜「ようやくか」

参謀「ええ、ようやく」




「そう、これでようやく時計の針を進めることができる」




  ──── 直後、閃光が魔界を白く染め上げた。



.




炎竜「……ぐ、ォ」

炎竜「クソ、一体何が……、ッ!?」


 周囲を見回し、絶句する。

 辺りは一面火の海に包まれていた。

 無数の魔物の亡骸と、黒煙を吐いて燃え上がる瓦礫の数々。

 溶けた地面。破壊された設備。

 ほんの一瞬前までの面影など何一つなく、そこは地獄そのものだった。


炎竜「こ、れは……」


「ふむ、さすがに炎の輩(ともがら)だけあって火では斃しきれないね」

炎竜「なっ! き、貴様は──!」


 深紅の竜の眼前に、炎翼の巨鳥が舞い降りる。

焔灼王「久しいね後輩君。少しは強くなったかね?」

炎竜「焔灼王……生きていただと!?」

焔灼王「それは異なことを言うね。私が死ぬわけがないだろう」

炎竜「だが、確かにあの時──」


 言いかけ、はっと言葉を止める。
 焔灼王は言葉を待つように、ただ無言で炎竜を見つめている。


炎竜「……、これは貴様の仕業か」

焔灼王「そうだよ」

炎竜「では、何のつもりだ」

焔灼王「見てわからないかい?」




焔灼王「宣戦布告だよ」




   ── ド ゴ ォ ォ ォ ン !!


 答えるや否や、焔灼の王が爆炎に呑み込まれる。


焔灼王「やれやれ、私にこの程度の炎が効くはずないだろう」


 しかしその中で巨鳥は悠々と翼を広げ、彼を包む炎は渦を巻き、逆に吸い寄せられていく。


炎竜「黙れ裏切り者め……今度は、今度こそ俺がこの手で殺してやる!」

焔灼王「わかってないねぇ、無理なんだよそれは」

炎竜「ならば死ぬまで殺すまでだ!!」



 火柱が天を貫く。

 その巨大な紅蓮の渦の中心から、二体の翼獣が魔界の空へと飛び出した。


 一体は巨鳥、炎灼王。夕暮れの太陽に似た輝きを放つ巨翼が、悠々と宙を泳ぐ。

 一体は赤鱗のドラゴン、炎竜。深く暗い赤色に艶はなく、炎灼王の倍以上はあろう大きな体が、大気を強引に裂いて飛ぶ。


 “火”の炎灼王と、“炎”の炎竜。両者は等しくありながら、ある種対照的であった。


  ────……


参謀「……」 のそっ

参謀「よし、行きますよ氷銀王」

氷銀王「わかっておっても死ぬかと思うたわ……」

ミスト『なるほど、二人は既に寝返っていたわけですか』

氷銀王「む、なんじゃおぬし無事じゃったのか」

ミスト『火が通じないのは私も同じことですよ。まあ今何かされても抵抗できませんけど』

参謀「一応訊きますが、こちらに付く気はありますか?」

ミスト『まっさかー。私は炎竜以外と添い遂げるつもりはないですしー』

ミスト『で、やっぱり始末される流れなんですかねぇこれ』

参謀「それこそまさかですよ」

ミスト『……はあ?』

参謀「貴女には全て教えた上で、大魔王の下に戻ってもらいます」

参謀「その後どうするかは、ええ。どうぞご自由に」

続く

ちょっと時間の部分で設定ミスってるかもしんない

さてと


 魔界、上空。

 仄暗い空の下で、両者は雲を切って飛んでいく。


炎竜「魔界の塵となれ!!」


 咆哮。
 吐き出された無数の火柱が立て続けに空を切り裂き、大気を焦がす。

 しかし、


焔灼王「できもしないことを声高に叫ぶものではないよ」


 するりと。

 四方を囲まれても、避けた先を狙い撃っても、
 圧倒的な炎量で覆い尽くしてもなお、焔灼の王は悠々とそれを躱していく。

 その様はまるでダンスのようだった。


焔灼王「速さも足りない、威力も狙いも甘い。君は千年間何をしていたんだい?」

炎竜「減らず口を!」


 その光景は、さながら芸術のようでもあった。

 幾重にも走る火炎の放射。
 薄黒い背景に鮮烈な炎の赤が描かれ、直線の隙間を縫うように朱の軌跡が交錯する。

 炎竜を剛と云うなら、焔灼王は柔。

 どれほど強く力を込めても、通じなければ意味はない。


炎竜「チィッ! ちょこまかと逃げよって!」

焔灼王「図々しいねぇ、ゆっくりすぎて当たってやる気にもならないよ」

炎竜「なんだと……!」

焔灼王「教えたはずだろう?」



焔灼王「ブレスは細く、鋭くだ」



 その直後、炎竜が目にしたものは、

 糸のように細く、恐ろしい熱量を秘めた灼熱の閃光の残滓と、

 宙を舞う、己の腕と翼だった。


「……ッ、ガアアアアアアアァァァァ……!!」





「■■■■■■■■■■■■■──ッ!!」


 一撃が、暴威の化身を両断した。

 一閃。あるいは一太刀。

 覇王の放った一筋の斬撃は、漆黒の球体を斬り分かち、魔力の海を波立たせ、大地に深い傷を刻む。

 それは王の極技。

 天をも切り裂く無双の一刃。


覇王「これが我が過去との決別の一撃だ……!」

鬼神「いやカッコつけてねえで退けボケ」

覇王「ちょっ」


 余韻に浸る覇王をぐい、と押し退け、鬼神が一歩前に出る。

鬼神「掻っ捌いたおかげで核が丸出しだが、もうひと押し行っとくか」


 ぎしり。

 隣に立つ覇王の耳にもはっきり届くほどに、鬼神の体が強く軋む。

 右腕を天に突き上げ、左肩を低く、腰を深く落とす。


鬼神「潰れとけ」


 そこから、手のひらを叩きつけるように、振り下ろした。


鬼神「“空業 地均し”!!」




    ズ  ン  ッ  !!




 そして、まさしく。

 黒き魔力の集合体は、その悉くが魔力の海へと『叩きつけ』られた。

 二人が行ったのは至極単純なことだ。


 魔力というものは、引力があって初めて塊となる。

 そのきっかけは他よりもたまたま濃い魔力を秘めた魔石であったり、
 あるいはなんらかの人為的な術式であったり、様々だ。


 さて。では魔人の場合はどうだろう。

 魔人化とは、魔力の過剰収束、飽和、過負荷──その果ての暴走によるものでもある。

 前例のものであれば、それは被験体の自己再生力の暴走を引き起こし、巨人を産む結果となった。
 しかし覇王の場合、その器が強靭だったためか、他に理由があるのか、魔力だけがひたすらに集まり続けた結果、暴威の結晶と化した。

 この二つの違い──ではなく、共通点を挙げよう。

 それは、異常な魔力の量。
 そして、魔力が一点に集中しているということだ。

 魔力は以前述べたように、同じかまたは近しい属性を帯びた魔力と結合しやすい。
 鬼神の言った『核』もまた同様に、そしてより強くその性質を有している。

 早い話が、核の周囲に纏わりついている魔力はあくまで引き寄せられたものに過ぎず、
 別属性の魔力で引きはがしてしまえば、その引力は一時的に失われるのだ。

 覇王はそれを切り離し、鬼神はさらに剥がれた魔力を、海嘯王の魔力の海へと叩き付けた。

 魔力の流れを司る、海嘯王の袂へと。

海嘯王『見事だ、人の子よ』


 呟きと共に、魔力の海が唸りを上げる。

 叩きつけられた漆黒の魔力を呑み込み、渦を描き、瞬く間に元の海へと戻っていく。

 後に残ったのは、無尽蔵とも思われた魔力を奪い去られ、剥き出しになった漆黒の結晶。

 それに向けて、鬼神と覇王が跳躍する。


覇王「はああぁぁ……!!」

鬼神「オラアアアアア!!」


 そして、砕いた。

 流星のように天から地へと、二つの影が軌跡を描く。

 その背後で、砕かれた核の魔力が爆散し、消滅した。


全員「「「」」」ぽかーん


暴れ猿「……一瞬、だったな」

女勇者「……うん」

暴れ猿「……俺達は意味があったのか?」

女勇者「……さあ」


 唖然とする彼らの視線の先で、鬼神と覇王が土煙を上げて着地する。


魔女「少なくとも海嘯王はいないと無理だったんじゃない?」

姫様「……そういうものか?」

魔女「出っぱなから農家がさんざっぱらぶん殴ってても効果なかったじゃない。そんなもんよ」

キングレオ「あのようなものが地下に眠っていたとは、なるほど先王がこの地を重要視していたわけだ」

暴れ猿「覇王だけではなかったのですね……」

女勇者「でもこれでとりあえずお終いってこと?」

女魔法使い「…………さあ……」

魔女「いや多分まだ何かあるとは思うのだけれど」

姫様「何故そこが曖昧なんだ」

魔女「だって何も聞いていないんだもの……」

魔女「というか毎度のことだけれど、農家のやつ何か企んでいる時はほとんど教えてはくれないのよね」

魔女「全く仲間だっていうのにいつも蚊帳の外に放り出されてむかつくったら……」ぶつぶつ

姫様(あ、地雷踏んだ)

女勇者「えーっと、とりあえずおじさんの所行かない? ぼーっとしててもしょうがないし」

女魔法使い「……賛成」

暴れ猿「そうだな。すみません将軍、お願いします」

キングレオ「気にするな。戦いの傷は戦士の誉れだ」

姫様「お前達魔女は放置か!?」

女勇者「なんかめんどいし、それに」


 届けるものもあるし。

 そう答えようとした女勇者の声は、

 突然辺りに響いた轟音に掻き消された。


 土煙が、鬼神と覇王の着地点からまっすぐに両方向へと走っていく。

 続いて衝突音。

 吹きつける風がゆっくりと土煙を流し、その原因と正体を露わにする。


覇王「っ、つゥ……相変わらず重い拳だな、友よ」

鬼神「テメエこそ、前以上に魔力が滾ってやがるな剣術馬鹿が」

覇王「後遺症らしい。だが」チャキ…

覇王「その御蔭で貴方と渡り合えるというなら、悪くない!」

鬼神「上等!」



 ──二十数年前。地上には二人の覇者がいた。

 一人は武教の王。
 強者がひしめき合う武教の地で産まれ、王族の血を引き終焉の神の加護を受けし者。

 一人は、ただの農家の男。
 東に大海を望む小さな島国の山奥で、ただ静かに畑を耕して暮らしていただけの男だった。

 それが今、何の因果か剣を、拳をぶつけ合う。
 何の因果か、彼らは出会い、闘っている。


 鬼神と覇王が激突する。

 その闘いは苛烈で、凄惨で、そして鮮烈なものだった。

 振るわれた剣は天地を切り裂き、放たれた拳は大気を穿つ。

 遠く離れた女勇者達の目にも、その姿は強く焼き付けられていった。

 大地を揺るがすほどの力を持つ二人の戦いは、他の何者も寄せ付けない。

 否、近付くことなどできはしない。

 荒涼とした大地の真っ只中でなければ、この二人が全力を出し合うことなどできはしないのだ。

 それほどの力。それほどの強さ。

 それほどの二人の闘いが──決着が、今ようやく、果たされようとしていた。

今日はここまでで

ようやく終わりが見えてきましたよっと
その前に農家対覇王ガッツリ書くか、どうするか…




 閑話休題。


.


 少しばかり話をしよう。



 二十数年前に勃発した近代で最も大規模な人界、魔界間の衝突は、主に人界側でばかり大きな被害をもたらした。

 ある国では広大な森の半分が荒野となり、

 ある大陸の端では地図を書き替える事態となり、

 ある時は山がなだらかな丘に様変わりし、またある時は国そのものが消滅した。

 それでもその戦争が──見方にもよるが──人間側の勝利という形で終結したのは、七人の勇士と彼らに力を貸した者達の活躍があってこそのものだということは、疑うべくもない。



 しかし、にもかかわらず、彼らの真実を全て知る者は数えるほどしかいない。

 多くの民は勇者が魔王を討ったことで勝利へと向かったと信じている。

 そこには根拠も証拠も存在しない。誰もが“そういうもの”だと考えているからだ。

 勇者は戦場で戦士達を導き、魔物の軍勢を薙ぎ払い、民に希望を与え、人間に勝利をもたらす者だと。



 故に勇者は、勇者こそが最強の戦士であり、心優しく、また勇ましい存在だと、誰もがそれを信じている。

 真実を知ればさぞ微妙な顔になることだろう。


 勇者はけして最強ではなかった。その特異な能力だけを見るならば、確かに彼は魔物の脅威足り得る存在ではあった。

 しかしながら、彼が最も得意としたのは、もっと別のことだ。

 後の南洋大陸王国国王。彼の最も得意とするもの。

 それは、“防御”である。

 疾さを主とする風の魔法を得意とし、破壊力で見れば最上級である雷の魔法を操る。その明らかに攻撃に特化した特性をもって尚も、彼は“守護神”の異名を持つ。

 七勇士最“堅”の男、その称号は【勇者】。

 正しく人を護る存在である。



 さて。

 では。ならば。他の勇士達は如何様な異名を持っていたのか。

 やはり代表されるのは【鬼神】の号を持つ農家であろう。異名もまた鬼神、あるいは鬼である。

 しかし呆れた話で、彼が鬼と呼ばれるようになったのは、単なる誤解をきっかけとしていたりする。

 とはいえ七勇士の中で彼が最“強”──というより、最“恐”であったのは事実だ。勇者を盾とするならば、彼こそが矛であろう。

 けれど、彼の強さに対しても、人々は大きな勘違いをしている。

 が、それについてはまた後程語ることにする。


 次いで知られるのは、最強の魔術師にして、大賢者とも謳われる存在、【魔女】だろう。

 現存する全ての魔法を知り、例外はあるもののほとんどのそれを使いこなす彼女は、身体能力では一般兵とさして変わらないものの、とにかく手札が多い。

 集団戦において遺憾なく発揮される大火力の広域攻撃魔法と、友軍全てをサポートできる強力な補助魔法は、多くの兵の味方となった。

 単純な戦闘能力で言えば鬼神に並ぶとも賞される彼女だが、しかし魔法以外のことはからっきしである。

 家事はできず、世間的常識に欠け、なによりドジが多い。

 そしてツンデレである。恋愛下手とは彼女のためにある言葉なのではなかろうか。

 引き換えにと言ってはなんだが、その分勇者に次いで兵達から信頼を得ていたのも彼女であろう。



 そして【姫神子】。多くの人は彼女を“聖女”や“姫”と呼んだ。

 それは彼女が神子という立場を嫌っていたことに起因する。その理由は、勇者と鬼神しか知らない。

 癒しの姫神子とも呼ばれる彼女は、しかし人間にとってはあまり歓迎できない性格をしていた。

 魔物さえも癒そうとしたのだ。

 それ故に、彼女を良く思っている人間は、その実績に反し、とても少ない。

 助けられたことのほうが多いだろうに、なんとも身勝手な話だ。


 正真正銘の“最速”、速力では鬼神にも勝り、天馬すら凌駕する閃光の化身の如き人物がいる。

 【狩人】と呼ばれた少女だ。

 弓を持ち、しかし矢は持たず、魔力を矢に変えて、七つの奥義を用いて戦場を駆け抜けた彼女は、今はもういない。

 彼女が何を想い、何を考え、何のために戦っていたのか。それを知るのは鬼神と姫と、無二の友人であった魔女くらいだ。オマケで人狼。

 何せ彼女は私達と使う言葉が違った。長く旅をしてこちらの言葉も覚えたようだったが、その頃にはゆっくり話をする暇すらなかった。

 もっと早く出会えていたなら……。いや、止めよう。意味のないことだ。



 その特殊な能力から【召喚士】と呼ばれた少年。彼には謎が付き纏う。

 出生、血縁、人種、そもそも人間なのかどうか。誰もその真実を知らない。知る者がいるのかさえ知られていない。

 一つ確かなことは、彼が人間の、より正確に言うならば、姫神子の味方であったということだけだ。

 私の口から、これ以上を語ることは憚られる。まあ、いずれわかることだろう。



 そして、最後の一人。

 人界と魔界で──いや、神界においてさえ、「あいつとだけは同じ戦場に立ちたくない」と語られる人物がいる。


 英雄の一人に数えられながら、最“悪”と評され畏怖される、七勇士中最も勇者に程遠い人間。

 連合軍の上層部に「頼むから前線に立たないでくれ」と頭を下げさせた伝説を持つ、正に最悪の、稀代の天才にして天災。

 自らを【錬金術師】と語りながらも、実態を知る者達は密かにこう呼ぶのだ。

 『人界の魔王』と。



錬金術師「全く失礼な話だよね。って、もう聞こえていないか」

鋼鉄王「」

錬金術師「巨大な人型騎乗兵器……それが魔力によって意思を持ったのが君の正体だった。ならば、今の僕に勝てる道理はない」

錬金術師「その身体、有効に活用させてもらうよ」



魔族兵「司令部! 応答を! 司令部っ……クソッ!」

側近「何事です!?」

魔族兵「司令部から火の手が……通信もできません。何者かの攻撃によるものと」

側近「馬鹿な……あそこには魔族長達が集まっているんですよ! そんな簡単に」


  ──ォォォォン……!!


魔族兵「! 火柱が空に……」

側近「あれは……」


 遠く炎の海の中心から、二つの巨大な影が舞い上がる。

 仄暗い空に浮かび上がったその姿に、この場にいる誰もが息を飲んだ。


魔族兵「焔灼王……そんな、まさか!」

側近「有り得ない……力を七割封じた上で汚濁王に喰らい尽くされたはずなのに……」


『──千年間君達全員を欺き続けてきた輩が、たかだか七割で簡単に死ぬわけがないじゃないか』


側近「っ!? 伏せなさい!!」

魔族兵「え?」


  ド ガ ァ ァ ァ ン !!

.


 轟音を伴い、砦が大きく破壊される。側近と魔族の頭上を何かが通り過ぎ、瓦礫が宙を舞った。


魔族兵「ヒ──な、ぁ……っ」

側近「鋼鉄王!? っ!」

側近(魔力を感知できなかった!? いや違う、これは……今の声は!)

『ここで残念なお知らせです。君達の仲間の鋼鉄王君は身体だけ遺して殺させて貰ったよ』

側近「その声は、錬金術師! 貴女……!」

錬金術師『なんだ、怒っているのかい? 本来存在し得なかったものを無に還しただけだろう。元よりこれは人間の所有物だ』

側近「違う! それは……神々の物だ! 大魔王陛下のものだ!!」

錬金術師『だから人間のものなんだよ。君も本当は知っている筈だろう、真実を』

側近「……っ」

魔族兵「は……な、えっ? い、一体何を……」

側近「──言葉は無駄なようです。退がりなさい。そして陛下の元へ」

魔族兵「あっ、は、はいっ!」

錬金術師『……。残酷な人だね、魔族にも自由意思くらいあるだろうに』


側近「貴女に言われる筋合いはない」

錬金術師『筋合いならあるさ。僕もこれで二児の母でね』

側近「……どこまで知っているのです?」

錬金術師『君が魔族と魔物の産みの親ってところまでかな』

側近「……」

錬金術師『だからこそ分からない。彼等を道具として使う、ありもしない幻想にしがみつくアレに、付き従い今もただアレの為にと僕の隙を突こうと窺っている君の考えが』

側近「……さい」

錬金術師『アレは神ではない。そのなりそこないですらない。それなのに、どうして君はここにいるんだい?』

側近「……るさい」

錬金術師『まさか、君まで本気で』

側近「黙れ!!」


  ゴ ァ …… !

.


 漆黒が溢れ出す。

 側近──白面金毛の化け狐の背後から、まるで生き物のように蠢く闇が、弾けるように広がっていく。

 否。それは事実、生き物に近かった。

 生きてはいない。肉体もない。意思もない。それでもそれは生命だった。


錬金術師『……それが百鬼夜行というやつかい?』


 漆黒が形を作る。

 あるいは人のような、

 あるいは鳥のような、

 あるいは狼のような、

 あるいは虎のような、

 多種多様に、なんの統一性も見られないほど、様々な生命が生じていく。


 その様は誕生というよりも、発生と表するほうが近い。

 自然現象さながらに、無秩序に無数の幻影が狐の背後を埋め尽くす。


側近「──殺す」


 呟く。


側近「貴女はここで殺す。あの人の所へは行かせない」

錬金術師『ふぅん……』

錬金術師『ま、そもそも行く気はないんだけど』

側近「…………何?」

錬金術師『僕としては、少しばかり確かめておきたいことがあっただけだからね』


 ──鋼鉄の巨人が僅かに退がる。それを見据える狐の目に、微かに困惑の色が浮かぶ。


錬金術師『よく考えてごらんよ。その気があるならわざわざ姿を晒す必要などないだろう?』

側近「────」


 その通りだ。

 魔力を失った鋼鉄王の器は、駆動音こそあれど気配がない。

 それ故に気配を察知できず、接近を許した。

 ならば、奇襲で大魔王を襲うこともできたはずだ。

 それをしなかったのは……


錬金術師『僕の目当ては君だよ、【怪異の徒】』


  ──カチッ


 微かな音を立てて、それは起動する。

 些細な疑念に囚われた狐を嘲笑うように、その技術は発動した。

 魔力強制拡散力場発生装置。

 その影響域が瞬く間に広がり、化け狐をも飲み込み、



 異変に気付いた時には、最早手遅れだった。


側近「!? これは……!」


 漆黒が霧散する。

 器を持たず、魔力だけの存在である彼らは、為す術もなく消えるのみ。

 それは同時に、化け狐の無力化をも意味していた。


錬金術師『効果確認。やはりそうか』

錬金術師『君は、王の中で最も無力な存在なんだね』



「かかれぇええ!!」


側近「なっ」


 驚愕する側近の後方から、無数の魔物が走り抜ける。

 狼、熊、犬、虎、鳥、馬、兎、蟲、トロル、オーク、ゴブリン、などなど、あらゆる魔物が鋼鉄王の巨体めがけて突進する。

 その目には必死な想いが宿っていた。

 全ての魔物が、ただ一つ、そのためだけに走っていた。




 この人は殺させない。



 それを理解し、錬金術師はただ静かに笑みを浮かべ、


錬金術師「……ここまでかな。転移スクロール起動」


 鋼鉄王の亡骸をそのままに、何処かへと消えていった。





炎竜「ゥォォオオオ──……!!」


  ── ズゥゥゥゥ──ン……!


炎竜「ガ、ハッ……! グ、オオォ……!」

焔灼王「さすがにタフだねぇ。まあ、腕一本程度で死なれても困るんだけど」

炎竜「っ、貴様……っ」


焔灼王「そう睨まないで欲しいね。こっちとしては、これ以上やる意味はないんだ」


 言うや否や、焔灼王は翼を折り曲げ、その身を小さくする。

 炎が渦を巻き、縮小し、霧散し、巨鳥は姿を老人へと変化させた。


炎竜「何のつもりだ……!」

大総統「少しは頭を冷やしたまえ。この姿でも君を殺すことは容易い。勝てない相手に挑めなんて教えた覚えはないぞ」

炎竜「師匠面をするな! 我々を切り捨てたのは貴様だろう!」

大総統「本気でそう思っているのかい?」

炎竜「……?」

大総統「よく考えたらどうだい。自分が何のために戦わされているのか」

大総統「自らを大魔王などと触れ回り、神の名を騙る彼のことを、そして彼の目的をどれほど知っているのか」

大総統「それは果たして、私達全てが命を投げ出すに値するようなものなのか」

炎竜「神の名を……騙る? それはどういう……」

大総統「ああ、そうか。君は知らないんだったね」

大総統「自称回帰の神。自称大魔王。我儘で傲慢で不遜でどうしようもないあの小僧はね」




大総統「ただの、人間だよ」



炎竜「な、ん……」

大総統「そもそもこの世界はどうやって生み出された?」

大総統「最初の人間を作ったのは神だ。しかしその神はどこからやってきた?」

大総統「答えは魔王城の底にある。興味があるなら覗いてみるといい」

大総統「それを誰にも教えなかったのは、私なりの慈悲だと思ってほしいね」


 老人は立ち去る。

 自身より遥かに巨大な体を持つ炎竜を背に、去っていく。


炎竜「……て」


 その背に、


炎竜「……っ、待て!!」


 炎竜の叫びが届き、老人は振り返った。

 満身創痍のドラゴンはしかし、大地を踏みしめ立ち上がり、老人を強く睨みつける。


大総統「戦う気かい? 勝てないよ?」

炎竜「……関係ない」

炎竜「俺には何も関係ない。大魔王が何者だろうと! 貴様に決して勝てなかろうと!!」

炎竜「そんなものはもうどうでもいい! 何もかも無くなろうと! 俺は決して戦うのを止めたりはしない!!」

炎竜「一撃だ! 一撃だけでも、貴様に届かせてみせる!」

炎竜「敗けたままで終わらせてなるものかァアアアアアアアアアアアア!!!!」


  ──ィィィィ──……ドォオオン!!!!


 竜の顎門から閃光が放たれ、爆発が巻き起こる。

 高熱の閃光は触れたものを次々と蒸発させ、辺り一帯が舞い上がる煙に覆われた。


大総統「──その攻撃はなかなかだけど、私に届くほどじゃあない」


 しかし結果として、土煙で相手を見失った炎竜は、老人の接近を許してしまった。

 その位置は、顎の真下。巨体故の死角。


大総統「けれど、そうか。君は、ずっと昔から、戦士だった」


 戦士。

 戦う者。

 そこに生も死も関係はなく、あるのは勝つか、負けるかだけ。

 理由も、責務も、どうでもいい。

 あるのはたったひとつだけ。

 『誇り』

 戦士として戦うことの、誇り。意地。何より最も原始的な、ただ『敗けたくない』という感情。

 まさしく炎のように燃え上がるその強い感情こそが、今の炎竜を立ち上がらせている。


大総統「それは私がずっと昔に失くしてしまったものだ。心底羨ましい」

炎竜「──!」


 肌に触れる。

 炎竜の体は高熱を纏っていたが、同じく火の化身である老人には関係のないことだ。


大総統「だからこそ、君になら預けられる」

炎竜「貴様、何を……」

大総統「持って行け、炎竜王」


大総統「私の、力を──!」



  ド ク ン ッ



炎竜「ガ──ァ──ッ!?」


 脈動。

 視界が歪み、全身が軋み、血液は熱く、力が強く溢れ出す。

 失った腕と翼の感触が復活し、引き換えに酷い痛みが全身を支配した。


大総統「……大事に使ってくれよ。これが私に遺せる、最後の力だ」

炎竜「焔、灼王……一体、何を……」

大総統「砂獄王、汚濁王! いるんだろう?」

「キシャァァァァァ……」

「……………………」

大総統「彼のことをよろしく。君達ともお別れだ」

炎竜「待て……何が、何を考えているんだ……」

大総統「何のことはないよ。壊したものを直しに行くだけさ」

炎竜「……? ──っ、まさか貴方は!」

大総統「達者でな。『転移』」

炎竜「待て! 待ってくれ! 行くな! 頼むから……!」



炎竜「── 先生!!」


 *大総統は転移した。
.


錬金術師「やあ、遅かったね?」

大総統「ははは、ちょっとね。若人の成長というのは嬉しいものだ」

参謀「もう宜しいので?」

大総統「そろそろ巨岩王も目覚める頃だろう。迎えに行ってあげなきゃね」

氷銀王「ここいらの魔物どもは凍らせておいたが、このままでよいのかの?」

大総統「いいんじゃないかい? 炎竜君がなんとかするだろうし」

錬金術師「さて。揃ったことだし出発しようか」

参謀「ええ。我々の目的のために」

大総統「それじゃ、行くとしよう」

氷銀王「うむ。人界へ」



大総統「世界を一つに戻すために」



大総統「その為に、この命を捧げよう」

.

ここまで

ナスビ一行の修行

対キングレオで回帰の神(?)と合う

魔人を復活

前勇者一行の力と海嘯王の力を借りつつ魔人を倒す

回帰の神の仲間である魔族長の所に角ジジイ凸

錬金術士が側近(白面、空狐)を圧倒

角ジジイが3つに分かれた世界を一つにすることを画策

錬金術士と国王の娘が女勇者で、兄がいたらしいけど死んでる?だけど生きてるかも?
農家の嫁は狩人で、どうやら娘がいたらしいが故人?まだ描写なし?

焔灼王=元魔王、角ジジイ
浸食王=精霊王

とりあえずまとめた

>>503 修正部分

× 女魔法使い「ウチが道を作る」
○ 女魔法使い「ウチはみんなをサポートして」

道を作ってるのも女勇者だった

さてと




「国王様、前方!」

国王「あーらま……すげぇ数だな」


 視線の先には、大いなる樹があった。

 大地に深く根付き、雲を突き抜け空へと高くどこまでも伸びる巨大な古樹。

 枝は広く空を覆い、葉は常に青く、幹は実に力強く、まさに生命力の結晶とも呼べるそれが、

 無数の黒い何かに、蝕まれていた。


女僧侶「魔物……」


 その何かは、数万を数える魔物の軍勢だった。

 翼を持つものは空から、持たないものは地上から、聖樹を揺らし、蝕み、崩し、破壊しようとしていた。

  ギギギギギギギギギギギィィィ……

 大きく軋む音が悲鳴のように響き渡り、枝がひとつ、またひとつと折れていく。

 雲海の海面を突き破り、それは地上へと落ちていく。
.


「このままではあの中に飛び込むことになりますよ! どうします!?」

国王「…………」


 逡巡は僅か。

 やることは決まっていた。


国王「速度を上げて突っ込め!」

「はぁっ!?」

女僧侶「ちょっ、正気ですか!?」

国王「どっちにしろあれの天辺に行かなきゃなんねぇんだ、だったら」


 告げながら、身に着けていた鎧を外す。

 すると、


女僧侶(……! 国王陛下の魔力が、膨れ上がった!?)

国王「久方振りに俺の全力をお披露目と行こうや」ニィ…
.


「……鎧を外すなんて、随分とやる気ですね」

国王「まあほら、無理矢理魔力抑えてっとやっぱこう、ストレス溜まるわけよ俺も」

女僧侶「なんでそんなことを……」

国王「そりゃあれよ、俺は農家ほど器用じゃねーから魔力隠すのが苦手でな。会談なんかで今みたいな有り様じゃ、まともに話し合いになんぞならんだろ?」

国王「色々あんのよー、これでも」


 あっけらかんと口にする国王の魔力は、はっきり言って異常だった。

 見えるのだ。鮮明に。

 意識的に発しているわけではないそれが見えることは、まずない。

 尋常ならざる魔力を有する農家や、魔法使いの頂点たる魔女でさえ、そのようなことは起こりえない。

 気配や威圧感などのように、感じ取れるという程度の話ではなく、

 自然体で立っている、ただそれだけで、国王の姿がひと回りもふた回りも大きく見える。

 その強さは、農家の魔力と同等か、あるいはそれ以上か……。


女僧侶(これが──)

.


 驚くと同時に、納得する。

 これが──勇者。

 かつて守護神と呼ばれた人物の、本来の力。


国王「速度を上げろ! 一点突破で突き抜けるぞ!」

国王「守るのは俺に任せろ!」

「──ッ、了解!!」


 魔力を解き放つ。

 周囲一帯が淡い薄緑色の光に包まれ、障壁の外まで広がっていく。

 そして、風が吹く。

 近付くもの全てを問答無用に打ち払う、荒々しき暴風が渦を巻く。

 それに呼応するように、天馬が高く声を上げた。

 瞬間、加速。

 翼を開き、空を駆ける。その瞳に気迫の光が宿る。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、神界の獣はその身を流星へと変えた。




「次は東側だ! 休むな!」

「地上部隊は頭上に気を付けろ! 押し潰されたらひとたまりもないぞ!」


 数体の魔物が指揮を執り、統率された群れが聖樹を次々と攻撃する。

 根が断たれ、幹が削られ、枝を落とされ。聖樹の姿は見る間に無残になっていく。

 しかし、倒れない。

 それは揺るがない。

 大いなる樹。

 何百年と経てもなお、限りなく肥大し続けてきたそれは、今や山と見紛うほどに巨大だ。

 外側の根を断ったとしても、地中深くに根付いたそれは断ち切れない。


「ちっ、思った以上の大仕事だな」

「魔法を使えるやつはどんどんぶち込め! ブレスもだ!」


 ただ巨大な樹を倒すだけ。それだけのことでありながら、魔物達は攻めあぐねていた。
.


 そこへ、流星が落ちる。

 初めに気付いたのは、一羽のヘルコンドル。

 それは声を上げる暇すらなく、風の刃に切り刻まれ、塵となった。

 次に気付いたのは、ガーゴイルの小隊。

 僅かに一声鳴いた直後に、その身を粉々に砕かれ、散った。

 そこでようやく、多くの魔物が流星に目を向けた。

 雲の切れ間から空を見上げた魔物も、空から聖樹へと攻撃しようとしていた魔物も。

 ほんの一瞬、その流星に目を奪われた。


 大きく広げられた純白の翼。

 美しく見る者を魅了する白い身体。

 そして、雄々しい瞳。

 流星の名はペガサス。

 その背に、


国王「退け退け雑魚どもォ!! こちとら急には止まれねえぞォオオオオ!!!!」


「! 前世代の勇者か!」

「迎撃しろ! 邪魔をさせるな!!」


 咆哮を上げ、魔物の群れが国王を狙って集結する。

 多くは体当たりを、いくらかは魔法を、またいくらかはブレスを。

 国王めがけて突撃し、唱え、放つ。

 しかし、


国王「ンなモンで止まるかカスどもがぁあああああ!! ガハハハハハハハハハハ!!!!」


 笑いながら、更に魔力を解放する。

 正面に群がる魔物達が、僅かすら触れることもできずに粉砕し、あるいは弾き飛ばされ、散っていく。

 魔法もブレスも遮られ、魔物の攻撃はその悉くが無為に帰す。

 まさに無双。まさに絶対防御。

 攻防一体となったそれは、さながら弾丸のように一直線に聖樹を目指す。

 肉眼で確認できるほどの強烈な風の魔力が、何もかもを薙ぎ払う。
.


 その軌跡をみた魔物の一匹が、ポツリと漏らす。


「龍……」


 そう。

 それはまるで青翠の龍が、黒雲を裂いて空を飛ぶ様に見えていた。

 そしてその龍は、向かい来る魔物の群れを意にも介さず蹂躙する。

 これが、かつての勇者の力。

 その力の前に、有象無象の魔物如きでは、立ち向かう術もない。


国王「──見えた! このまま突っ切ってあそこに突っ込め!!」


 指し示した先には、黄金色に光る何かがあった。

 聖樹の幹の頂点に在り、誰の目にも触れることのない場所に、それはあった。


女僧侶「あれが……」

国王「おうよ。巨岩王の祭壇だ!」
.


 石造りの祭壇に、金色に輝く光球が留まっている。

 それは鼓動するように明滅し、光の波を周囲に発する。

 そこに魔物の姿はない。


国王「気付かれる前に行くぞ! 僧侶ちゃん、やることわかってんな!?」

女僧侶「は、はいっ!」


 手にした“それ”を握り、深呼吸。

 “それ”は祭壇へと近付くほどに、強く、温かい光を放つ。


 暗き礫。


 その名の通り夜闇のように暗く、その名とは裏腹に柔らかな光を湛えるそれは、巨岩の王の力の欠片。

 彼の封印を解き放つ鍵であり、三界を繋ぐ扉を作り、開くための鍵でもあり、



 そして、聖樹を打ち崩し、大魔王の封印を壊す、鍵。

.


 魔物の群れを掻き分けて、風龍が祭壇めがけて加速する。


「奴ら、何をするつもりだ!?」

「わからんが、とにかく止めるんだ!」


 魔物達も必死だった。

 何故なら、勇者は、人間は魔物の敵だから。

 敵が何かをしようとしているのならば、それは自分達に不利益なことだと考えるのが道理だ。


  ── ドォォォン……!!


 轟音が鳴り響き、風の龍がその姿を消した。

 後を追い、無数の魔物が突入する。

 しかし、


  ゴオオオオオオオオオオ……ッ!!


「ッ、竜巻!?」


「風の上級魔法か! クソッ……!」

「怯むな! 負傷したものを下がらせてもう一度──」


 ── と、その時。

 魔物達にとって予想外の、

 そして国王達にとっては予定通りの、“それ”が始まった。



国王「いっつつ……もうちょっと着地丁寧にしろよペガサス!」

ペガサス「ブルルル……」

「国王様! 魔物が追って来ています!」

国王「おおっとぉ! 僧侶ちゃん、急いで!」

女僧侶「あたた……は、はいっ!」

国王「邪魔はさせねぇ……『風属性純化』かーらーのー……」

国王「『上級風撃“砲”』ゥ!!」


 *荒れ狂う暴風が全ての敵を薙ぎ払う!!


女僧侶「これを、ここに……!」


 *女僧侶は暗き礫を祭壇に置いた。


女僧侶「これで、わっ!?」


 *暗き礫は金色に輝き出した!

 *金色の光が辺りを包み込む……。



  ── ドクンッ



  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 振動。

 大樹が、大地が、大気が。突如として大きく揺らぎだし、魔物達に動揺が走った。

 そして、彼らの見守る目の前で、

 聖樹の崩壊は、始まった。


「!?」

「なっ……これは、一体……」


 動揺が走る。

 何故。

 原因はわかる。

 だが、何故。

 敵であるはずの人間が、

 大いなる樹を、聖樹として崇めているはずの人間が、

 何故、それを破壊しようというのか──。


 青々としていた葉は見る間に枯れ果て、樹皮はボロボロと崩れ出し、自重を支えきれなくなった枝が次々と折れて落ちていく。

 幹に大きな亀裂が走り、その巨大さ故に割れ、めくれるようにして崩壊していく。


「……いずれにせよ、破壊は成功した。総員退避!」

「了解。総員退避! 崩壊に巻き込まれないよう注意しろ!」
.


 果たして、その判断は正しかったのか。


 聖樹は確かに崩壊した。

 魔物達の──より正しく言えば、大魔王の望んだ通りに。

 しかし、彼らにはひとつ、知らされていないことがあった。


「……!?」

「なん……だ、あれは……」


 崩れゆく聖樹の中に、

 鈍く光る、一対の瞳が姿を見せた。


.




 ──草原に風が吹く。


女僧侶「……えっ?」


 草の匂いが鼻をつく。

 暗き礫を祭壇に置いたその直後、視界に写るものの全てが変化した。


女僧侶(転移!? いや、そんなまさか……)

?「驚かせてすみません。しかしこのタイミングでしか“そちら”とは接触できなかったもので」


 混乱する彼女の背後から、一人の青年が歩み寄る。


女僧侶「っ、誰ですか!」

?「初めまして。自分は──」



?「『召喚師』といいます」
.


女僧侶「しょう……ええっ!?」

召喚師「農家さんや勇者さんから色々聞いてるかもしれませんが、まあ、とりあえずそれは一旦忘れて下さい」

女僧侶「え、は、え?」

召喚師「あ、一応言っておきますと、今の私は肉体を持たない云わば霊魂のようなもので、人界で貴女が会った、魔王を自称していた人物とは別の存在ですので」

女僧侶「は……え、えぇー……?」

召喚師「まあ詳しい話は後ほど錬金術師さんから聞いて下さい。こちらも色々事情があって、隠し事が多いものですから」

女僧侶「は、はぁ……あの」

召喚師「なんでしょう?」

女僧侶「……召喚師って、あの、七勇士の召喚師、様、ですか?」

召喚師「そう呼ばれるとくすぐったいですが、はい。その召喚師です」

女僧侶「…………」ぽかーん

女僧侶(なにがなんだか、わけがわからない……)

召喚師「っと、貴女をここに引き留められる時間は僅かな間だけですので、そろそろ本題に移らせていただきますね。よろしいですか?」

女僧侶「はぁ、まあ……よくわかりませんけど……」

召喚師「では、これを」すっ


女僧侶「? ロザリオ、ですか?」

召喚師「それは姫さん──癒しの姫神子の力を貴女に引き継ぐための鍵です」

女僧侶「へ!?」

召喚師「もちろん、貴女には選択権があります。その力を使うもよし、封じるもよし。しかし誰かに渡すことだけはできません。継承できる人間には条件がありますから」

召喚師「貴女はその条件を満たしている。だからこそ、現勇者の一行の一員として選ばれた」

女僧侶「それって、一体……」

召喚師「それから、もう一つ」

女僧侶「説明なしですか!?」

召喚師「何分時間がないので。貴女がそのロザリオを使い、力を引き継ぐ道を選ぶのならば、これを」すっ

女僧侶「今度は杖ですか……」

召喚師「こちらには私の力の一部を移してあります。そして今から貴女にある術式をお伝えします」

女僧侶「術式?」

召喚師「はい。それを使うも否も、全ての判断は貴女に委ねますが……」

女僧侶「……?」

召喚師「……できることなら。貴女が貴女として生きていくのならば、使わないでいただきたい」


女僧侶「…………」

召喚師「では講義する時間はないので直接貴女の脳に術式の情報を送り込みますので頭をこちらに向けて下さい」

女僧侶「いやいやいやいやいやいや!? 今のはまだ話が続く流れだったんでは!?」

女僧侶「あと直接ってなんですか一体!? 怖いですよ!!」

召喚師「時間がないので仕方ないんです。多少のことは目を瞑って下さい」

女僧侶「多少なんですかこれ!? 大丈夫なんですよね!?」

召喚師「大丈夫ですよ。……多分」ぼそっ

女僧侶「ええええええええええ……ちょ、ちょっと待って下さい話を整理させて」

召喚師「始めます」

女僧侶「無視ですか!? あっ、待って怖いやだ怖い怖い不安しかない! お願いですから待っ──!!」



  ゴォォォォォ……──ン……



女僧侶「──はっ!?」

国王「あ、気が付いたか」


女僧侶「え、あれ、え? 私さっきまで草原に……」

国王「おう、一瞬消えてたな」

女僧侶「消えっ!? え、じゃあ今の現実ですか!?」

国王「何が現実かは知らねーけどそうなんじゃね? とりあえず立てるかい?」

女僧侶「あ、はい」すくっ


  ズゥゥゥゥゥ……ン


女僧侶「うわわっ!? ちょっ、なんですか今の揺れ!?」

国王「いやぁ、そりゃ揺れるでしょうや」


国王「なんせここ巨岩王の頭の上だもん」


女僧侶「…………」


女僧侶「頭の上?」

国王「いえーす」
.




 ── 巨人がいた。

 鉱石の肌を持ち、その身は山よりなお大きく、歩めば大陸全土を揺らし、腕を振るえば雲を薙ぎ払う巨人が。

 彼はかつて、ある棺を閉ざし、封ずるためだけにその魂を楔とした。

 残った身体は土となり、大地となり、そこには数多の命が芽吹いた。

 虫も、

 獣も、

 草も、

 花も、

 木々も、

 人も、

 魔物も、

 全ての生命に等しく命を分け与え、その中心にはひと際大きな樹が育った。

 やがてその樹を中心に自然が豊かに大きく広がり、深い森となり、生命の楽園を生み出した。

 それが後に【大いなる樹】と呼ばれる巨木と、不可侵の聖域とされた聖なる森である。


 地上のどんな生き物も、全ては土の上に暮らしている。

 彼は土そのものであった。

 故に、土の化身。

 故に、土の精霊として。

 巨岩の王は、静かに世界を支えている。



 その彼が今、再び大地を踏み締めた。

 実に千年。

 いつか訪れるであろう目覚めの時を待ち続け、今がまさにその時だった。

 地に足を付け、風を感じ、陽射しを浴びて、地平線を目に焼き付ける。


(──世界は、美しい)


 彼は世界を愛していた。

 おそらくは、誰よりも。
.


(叶うなら……永久にこの世界を……)


 歩む。

 無数の何かが群がって来るが、そんなものはどうでもいい。

 ただ、歩む。

 千年の誓いを果たさんが為に、進む。

 踏み締めた跡の地面から、瞬く間に新たな森が育ち、大地を緑で埋め尽くす。

 ゆっくりと、確かめるように、ただ歩む。

 風の王は元気だろうか。

 火の王は変わりないだろうか。

 水の王は、彼女もまた目覚めただろうか。

 地平線を見つめ、そんなことを考える。

 来たる再会の時を想い、ほんの少し、心が躍った。

 そして、歩む。

 今日で見納めとなるこの世界を、記憶に深く刻みつけながら。
.

ここまで

次は鬼神対覇王の予定




 『山穿ち』──。

 その名の通り、山をも貫く突きの奥義である。

 しかしその実態は、純然たる突き。

 一切の無駄を排し、ただ真っ直ぐに叩き込む。

 誰かが言った。

 単純な攻撃ほど、対策のしようがない、と。


 そして、鬼神はインファイターだ。

 山を穿つその一撃は確かに脅威。

 だが、それを引き起こすのは突きそのものではなく──、



 ──“余波”である。


.




覇王「はあああああああああ────っ!!」

鬼神「うおらオラオラオラオラオラオラあっ!!」


 超至近距離での衝突。

 剣と拳の激突。

 言うまでもないことだが、その二つがまともにぶつかり合うならば、拳では勝ち目がない。

 普通ならば。


覇王(っ、わかっていたことだが、やはり……)


 しかし、鬼神には通じない。


覇王(見切られている……それも、完全に……!)


 力には、作用する瞬間というものがある。

 刃で斬りつける時も同様。切断とは、刃と対象との摩擦によって起こるものだ。


 ならば、斬られる前に弾けばいい。

 切れないならば、剣など鈍器と変わりない。

 これは最早、ただの殴り合いだ。


覇王(押し切られる……!!)

鬼神「どうした剣筋が乱れてんぞオラアアアアアア!!!!」

覇王「ぐっ!?」


 鬼神の拳が覇王に届く。

 覇王の体が、僅かに地を滑る。


覇王(しまった!)

鬼神「“山──”」

覇王(間に合うか!?)


 素早く衝撃を地に逃がし、体勢を整える。


 ……山穿ちの軌道はあくまで直線であり、放たれる方向は体の正面に限られる。

 その原則を理解してさえいれば、躱すことは不可能ではない。

 覇王の身体能力を以ってすれば、十分に対処は可能だ。


鬼神「“──『崩し』!!”」

覇王「なっ!?」


 しかし、放たれたのは“蹴り”だった。


 “薙ぎ”の技、『山崩し』。

 横一文字に衝撃波を発生する、鬼神の奥義の一つである。


覇王(横には躱せない……っ)


 ほとんど反射的に地を蹴り、縦に躱した。

 身体の下を衝撃波が走り抜け、砂塵が舞う。

 強烈な風圧に煽られ、覇王の体が宙に投げ出された。


覇王(直撃は避けたが、不味い!)

鬼神「……──“山”」


覇王(……鬼神の奥義は三つだが、徒手で放てるものは山穿ちと山崩しの二つのはず)

覇王(つまり、次は山穿ちが来る。空中で回避は不可能……ならば!)

覇王「こおぉぉぉぉぉ────……」


 剣を鞘に納め、深く深く息を吸い込む。

 同時に空中で姿勢を正し、全身から無駄な力を抜いていく。


覇王(──“武王一刀流、抜刀術”……!)


 精神を、研ぎ澄ます。


 心を鎮め、思い描くは水鏡。

 集中を高め、剣を己の一部とする──。


.



 覇王の幼少期は、常に剣と共にあった。

 いや、それは正確ではない。

 彼には、剣しか与えられなかった。


 孤独。


 ただひたすらの孤独。

 彼は、剣を振るう以外何もなく、だからこそ剣を振るい続けてきた。

 剣技に置いて、その彼に敵う者は、いない。


覇王(打ち破る!!)

鬼神「“──『穿ち』!!”」

覇王「『始龍』!!」


 刺突と逆袈裟。

 覇王の眼前で、二つの奥義が衝突した。


 山をも穿つ拳圧と、同じく山をも両断する斬撃。そのぶつかり合い。

 勝敗は、一瞬で決した。


  ── ザンッ!!


 拳圧を、斬り捨てる。

 刃をぶつけられるのなら、例え鋼だろうと空気だろうと衝撃波だろうと両断する。

 それが、覇王の剣。

 人類最強の剣士の技。


覇王(もう一閃ッ!)


 息を吐く間も惜しみ、振り抜いた剣を素早く握り直す。

 直撃よりも威力が落ちる余波でさえ、結局は相殺するまでが限界だった。

 ならばここでするべきことは、二撃目を打ち込むこと。


 ──武王一刀流、二の太刀。



覇王(『還龍』!!)


 始龍と全く同じ軌道で、袈裟切りに剣を振り落とす還龍。

 その威力と速度は、始龍より更に高い。

 そして、山穿ちを相殺した今、この斬撃を阻害するものは、無い。

 剣先が大気を斬り開き、飛刃となった斬撃が一直線に鬼神を目指す。

 いや、飛刃というよりも、剣が巨大になった、と表現するほうが近いだろうか。

 タイムラグはほんの僅か。剣が振り抜かれたとほぼ同時に、大地に大きく深い斬り跡が刻まれた。

 土埃が舞い上がり、視界を塞ぐ。


 始龍から還龍、その二つを放つのに要した時間は、一秒にも満たない。

 ほんの一瞬に繰り出された二撃。普通ならば、反応することすら難しい。


 そう、普通なら。


覇王「っ、いない!?」



 鬼神は既にいなかった。


鬼神「気い抜いてんじゃねえぞボケ」

覇王(!! 既に背後まで──)


 この距離は、


鬼神「俺の間合いだ」



  ── ズ ドン ! !



 ……爆発の如き轟音。

 振り下ろした拳が、覇王を地に叩き落した。

 土煙が舞い上がる。



 ──が、



「『昇龍』!!」

鬼神「うおっと!」


 逆風──下方から上方への一直線の切り上げ。

 その斬撃が地表から天まで届く巨大な刃と化し、鬼神を襲う。

 しかし、鬼神はそれを僅かに身を捻ることで難なく躱した。


鬼神「ハッ、お返しってか?」

覇王「当たるとは思っていないさ」


 斬り裂かれた土煙の中心で、覇王は剣を構えていた。


鬼神(……こっちの攻撃は手応えがなかった)


 素早く空間固定魔法を展開し、空中に足場を作る。


鬼神(なるほどな、終焉の力の応用で吹っ飛ぶ結果だけを先取りして躱したのか)


鬼神「中々器用じゃねえか。前よりはまともな勝負ができそうだ」

覇王「はは……貴方に言われると心に沁みる」

覇王(たった一回で見破られた、か。これで隠し玉が一つ減ったが……)

覇王「そんな高い所に立っていないで、さっさと降りて来たらどうです?」

鬼神「だったら引きずり下ろしてみろ。やれるもんならな」

覇王「では──そうさせてもらう!!」


 大地を蹴る。

 それを鬼神が認識した瞬間、既に覇王は鬼神の背後に回っていた。


覇王(『弧龍』!)


 空中で体を捻っての、死角から放つ横一文字の一閃。


鬼神「ほっ」

覇王「っ!」


 にもかかわらず、鬼神は容易くそれを躱し、逆に覇王へと肉薄する。


 そこから始まったのは、まさかの空中戦だった。

 鬼神は次々と空間固定魔法の展開、解除を繰り返し空中を自在に跳び回り、

 一方の覇王は、終焉の神子の力を強引に応用し空中移動を繰り返す。

 拳と剣が、技と技が、奥義と奥義が幾度となく衝突し、その衝撃が雲を散らし、大気を唸らせ、大地さえも震撼させる。


キングレオ「ははは……全く、なんて光景だ……」


 それを見る四人と二匹は、ただただその場に立ち尽くしていた。


魔女「物理法則もなんのそのね……明らかに二人とも何度か音速超えてるんだけど」

暴れ猿「人間が……というか、生き物があんな闘いをできるものなのか」

女勇者「いやいや、もう人間業じゃないでしょこれ……」

姫様「……まさしく限界を超えた者の闘い、といったところか」

女魔法使い「すごい……」


海嘯王『貴方達、もう少し下がりなさい』

女勇者「うわっ、何!? 誰!?」

魔女「驚きすぎでしょあんた。……貴女、海嘯王ね?」

海嘯王『そのように呼ばれている。それよりも──』


 ── ズ ド ォ オ オ ン !!


キングレオ「ぬ……っ!」

暴れ猿「衝撃波がこんな距離にまで……」

海嘯王『結界を張ってはいるが、抑えきれそうもない。死にたくないなら離れなさい』

魔女「…………は?」

姫様「結界か……いつの間に」

魔女「いやそこはどうでもいいから! っていうかあんた海嘯王知らんのかい!?」

姫様「知らん」

魔女「」


キングレオ「……貴様、武教の姫ではないのか?」

姫様「そうだが、それと何か関係があるのか?」

魔女「…………あんたの国の守り神だよ馬鹿……」

姫様「なんと!?」

海嘯王『……おい』

女勇者「へー、守り神なんて実在するんだ」

女魔法使い「けっこう……いる……」

暴れ猿「俺の故郷の森にもいるぞ」

女勇者「ほうほう」

海嘯王『…………おい』

暴れ猿「まあ実際には神族というわけではなく、単なる称号のようなものだがな」

女勇者「あー、勇者とか、おじさんの鬼神とか、そういうの?」

暴れ猿「ああ」

キングレオ「それ以前に海嘯王は最古の大魔族の一人だぞ。歴史も学んでいないのかお前達は……」


女勇者「座学はさっぱり」

姫様「学問など学者になる者が修めればいいことだろう」

魔女「っがあああああ!! 学長も武教の爺さんもどんな教育してんのよ!!」

海嘯王『…………』


海嘯王『 お い ! ! 』


 キィィィィィィィィィ────…………ン……


女勇者「」
魔女「」
キングレオ「」
暴れ猿「」
姫様「」
女魔法使い「…………耳、痛……」


海嘯王『くだらんお喋りは余所でやれ……』

海嘯王『  潰  す  ぞ  』

.


魔女「すみませんすみませんいますぐ退きます! ほらあんたら撤収早く!!」

女勇者「あっ、ちょっと待った! まだボクおじさんに届け物が」

魔女「どっちにしろケンカが終わるまで無理だっつーの! マホ、転移魔法!」

女魔法使い「うーい」

姫様「」

キングレオ「おい、この娘気絶しているぞ」

暴れ猿「引きずっていくしかないでしょう」

キングレオ「やれやれ、仮にも覇王の娘が情けない……」ひょいっ


 ── ズズゥゥゥン……!!


暴れ猿「結界が揺らいでいる……」

キングレオ「できるならもう少し近くで見ていたい所だが……そうもいかない、か」

キングレオ(遠い、な……)

キングレオ(──だが、それはつまり、まだ目指せる高みがあるということ)


キングレオ「行こう」

魔女「はいはい急いだ急いだ!」

キングレオ(いずれ、あの領域まで辿り着いてみせる)

暴れ猿(……? 将軍の魔力が高まっている?)

暴れ猿(…………、ああ、そうか)

女勇者「魔法使いちゃん、準備いいよ」

女魔法使い「行く。『転移』」

暴れ猿(将軍もまた、戦士なのだ)

暴れ猿(そして、俺も……)


 *女魔法使いたちは転移した。


鬼神「“螺旋山穿ち”!!」

覇王「“双龍絞刃”!!」


 ……闘いは続く。


 どちらかが力尽き、倒れるまで、二人は闘い続けるだろう。

 それは、誰にも止めることはかなわない。

 故に……。



?「私達はただ、その瞬間を待てばいい」

?「せいぜい魔力を無駄遣いしろ鬼神。決着がついた時がお前の最期だ!」

?「ふははははははははははは!! はーっはっはっはっは!! はーっはっはっは……」

?「ぐふっ! げっほぇっ! げほっ!! いかん……むせてしまった」

今までにないほど変な切れ方だけど今回ここまで

>>940修正


海嘯王『貴方達、もう少し下がりなさい』

女勇者「うわっ、何か頭ん中に声が!?」

魔女「驚きすぎでしょあんた。……貴女、海嘯王ね?」

海嘯王『そのように呼ばれている。それよりも──』


 ── ズ ド ォ オ オ ン !!


キングレオ「ぬ……っ!」

暴れ猿「衝撃波がこんな距離にまで……」

海嘯王『結界を張ってはいるが、抑えきれそうもない。死にたくないなら離れなさい』

魔女「…………は?」

姫様「結界か、いつの間に……何者かは知らんが中々やるな」

魔女「いやそこはどうでもいいから! っていうかあんた海嘯王知らんのかい!?」

姫様「? 知らんが」

魔女「」




大婆様「うーむ……」

防人「大婆様、如何なさいました?」

大婆様「……防人よ、急ぎ外におる皆を集めるのじゃ。どうやら、わしら一族の役目も終わりに近づいておるらしい」

防人「! なんと、それでは……」

大婆様「うむ」

防人「…………精霊王様……」

大婆様(……永い……真に永い時をよくぞお待ちになられた……。偉大なる精霊王様……)

「おい! みんな見ろ! 空に光が!」

「おぉぉ……」


 夜明けの近付く空の下に、明緑色の光の帯が一直線に東へと延びる。

 その後を、赤い炎のような光が煌めきを振り撒きながら追っていく……。


「精霊様……」

「精霊王様だ……!」

大婆様「そうじゃ、皆の者。あれこそ、風の王であらせられる我等が精霊王様と、その古き友、火の王の光じゃ」

防人「あれが……」

「ああっ! 異界の門が!」

「崩れていくぞ!」

神父「ひぃぃ……! お、終わりだ……世界の終わりだぁ……っ!!」

大婆様「これ!」ごちんっ!

神父「ひべっ!」

大婆様「まったく余所者め、滅多なことを言うでないわい。これじゃから教会のもんは……」くどくど

神父「」

「ちょっとばーさんばーさん。気絶しちょるで、聞こえとらんでよ」

大婆様「なんじゃ、大の男が情けないのう」




『やあ、風の学士。気分はどうだい?』

 その言葉に反応して、明緑色の光体が微かに揺らぐ。

『──随分と懐かしい呼び方をなさる』

『侵食王と呼んだ方がいいかい?』

『その名は棄てたよ……今は精霊王などと呼ばれているが、先程の呼び方のほうが私には好ましい』

『──今でも人の頃の呼び名に固執するのかと笑うか? 火の学士……焔灼の王』

『まさか。君はそうじゃないとね』

「ふむ、四背王が元は人だったというのは本当だったのかい?」



焔灼王『大昔の話だけどね。私達や最初の魔族達は人を素体として人為的な進化を施した存在なのさ』

錬金術師「なるほど、それで君にも人間体があるわけだ」

参謀「私共は元より人に近い姿になるように調整を行いましたけどね」

氷銀王「あー……そういえばそんなこともあったの」

参謀「忘れてたんですか」

氷銀王「あのな、千年前じゃぞ? 妾の頭で覚えていられるとでも思うか」

錬金術師「何故少し誇らしげなんだい?」くすくす


氷銀王「そういえば、錬金術師殿は此度の計画についてどこまで承知しておるのかの?」

錬金術師「どこまでと問われると困るけど、ひと通りは理解しているよ」

錬金術師「要するに、一度三つに引き裂いた世界を今度は戻そうというのだろう?」

参謀「口で言うほど容易なことではないですけどね……しくじれば、三界全てが次元の狭間に呑み込まれることになる」

参謀「まあ、失敗する確率はゼロなんですけども」けろっ

精霊王『当然だ』

精霊王『……だが、その過程で我らは命を落とすだろう。同時に術者は間違いなく時空の歪みに喰らわれる』

精霊王『それだけは避けようもない事実だ』

錬金術師「なるほどね。だから“彼”なのかい?」

焔灼王『まあね。アレの持ち主が彼だということもあるけれど……』

焔灼王『……君なら大方予測がついているんじゃないかい? 彼の本質について、さ』

錬金術師「一応ね」

氷銀王「そんな大層なタマかの」

参謀「はいはい、そういう生意気は一度でも彼に勝ってから言いましょうね」

氷銀王「……お主段々妾の扱いがぞんざいになってはおらんか」むぅ…




     :

     :

     :


 ── ゴォォォ──ン……!!

 ズズウゥ────ン……


「おるああああああああああ!!!!」

「ハアァア────ッ!!!!」


 ギャリィン! ギィン! ィィン……!

 ズオォォォ……

 ドォォォ────ン……


.


女勇者「…………」

魔女「…………」

姫様「…………」

女魔法使い「…………」

暴れ猿「…………。なんというか……長いな」

女勇者「二人ともタフだねー……」

姫様「いよいよ跳んだままになってきているのだが……」

暴れ猿「本当に人間なのか? あの二人」

魔女「……まあ、一応」

キングレオ「頂点に立つ者、こうでなくてはな」

女勇者「そういう次元かなぁ……」




「聖騎士長、突入準備整いました」

「ご苦労。命令が下るまで待機していろ」

「はっ。……あの、聖騎士長」

「何だ?」

「聖騎士長殿は、二十年前の戦争当時、勇者殿の一行に加わって旅をされたこともあると聞きましたが……」

「……ああ」

「……宜しいのですか?」

「命令とあらば、仕方あるまい」

「しかし、鬼神殿は貴方の──」

「それ以上は言わなくていい」

「……失礼しました」


「『今は我慢だ』」

「?」

「昔そう言われたんだ。感情に流されて焦るな、と」

「…………」

「今は、まだだ。いいな?」

「っ、は!!」




総司令「……暇だなー」だらー…

副司令「だらけないで下さいよ……」

総司令「いやだって師匠と覇王のオッサンの喧嘩だよ? 絶対長引くじゃん?」

副司令「それは知りませんけど……というか総司令、覇王殿のことは御存知なんですか?」

総司令「ん? ああ、ちょっとこの間『見て』きたから」

副司令「毎度思いますけどそれ便利ですね」

総司令「コスト悪いけどねー。この能力さえあれば副司令ちゃんのロリ時代も見放題さ!!」

副司令「ちょっ!? 何を不純なことに使ってるんですか!?」

総司令「あっはっはー、例え話例え話」けらけら

副司令「信用できない……!!」

総司令「……ん?」ピクッ

副司令「? どうしました?」

総司令「そろそろ決着が着きそうな気配だよ。副司令ちゃん、手筈通りに宜しく」

副司令「あ、はい。了解しました(切り替えは早いんだよなぁ……)」




 ──物質の耐久力には、必ず限界が存在する。
 どんなに頑強な大岩でも、一点に水を受け続ければいつしか穴が開く。
 それは武具においても同じことだ。


鬼神「らあっ!!」

覇王「ぐっ!」


 ガキィン!! ギィン!!

 ──きしり


覇王(チィ……! )


 度重なる打ち合いに、覇王の剣が軋み出す。

 普通ならば、金属と生身のぶつかり合いで金属の側が先に砕けることなどありえない。
 しかし、鬼神はそれを技術で以って現実にしようとしている。


覇王(拳撃の一点への集中──しかし拳による打撃だけで剣を折るつもりなのか!?)

.


 当然、鬼神の拳もまた傷を負っている。
 皮膚は裂け血が滲み、明らかにボロボロだ。

 それでも拳が剣を上回っているのは──


鬼神「ふんぬあらっ!!」

覇王「ガ──っ!!」

覇王(くそっ、ほんの一発相殺し損ねただけで……!)


 ──その拳圧が、剣の威力も強度も無視するほどに、強力なものだからだ。


覇王(このまま打ち合えば確実に敗ける……ならば強引にでも奥義を当てるしかない!!)


 無論、それを容易くやらせるほど鬼神は生易しくはない。
 ほんの一瞬ですら隙を見せれば、直後にさらに重く致命的な一撃が飛んでくる。

 ……何より、技のキレに影響が出るほどではないものの、覇王は既にボロボロだった。
 それに対し、鬼神は拳を除き、ほとんど無傷と言っていいほどにピンピンしている。

 それどころか、その動きは徐々に加速し、鋭さを増し、技は重く、強くなっていく。
 まるでようやく体が温まってきたとでも言うように……。


覇王(全く、どこまでデタラメなんだ、貴方は……)

覇王(……だが)


 それでも、覇王の目には闘志が灯る。


覇王(それでも──だからこそ勝ちたい!)

覇王(俺は、俺を倒してくれた貴方に……今度こそ!!)


覇王(自分自身の力で!!)


 ──覇王の魔力が、闘気が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 勝負を決めるつもりだろう。

 それならそれで、別にいい。


鬼神(やれるもんならやってみろ!!)


 知らず、鬼神は笑っていた。

.




 拳と剣が交錯する。

 その寸前で、ほんの一瞬だけ剣筋が揺らぐ。

 拳が空を切り、互いの距離がゼロになる。

 瞬間、覇王の闘気が爆発的に膨れ上がり、





 折れた刃が、宙を舞った。


.

ここまで
待たせるばかりでほんと面目ない 次スレはできれば投下に合わせたいので後日


海嘯王(──ここまでですね)


 結界を構築していた魔力を分解する。

 そして、再統合する。


 私達にとって、魔力は体の一部だ。

 しかしそれは、私達が魔力の根源だということではない。

 魔力とは、元々この世界に存在した未知の構成要素だった。

 物理学では定義不可能の謎の何か。それを理解するための研究を進めるうちに、私達は人の枠を外れていった。

 魔力は全てを侵食する。

 それに気付いた時、私達は決断を迫られた。

 私達の体には、魔力に対する抵抗力がなかったのだ。


 ないものは、諦めるか、創り上げるかしかない。


 そして、私達は魔力に最も近しい存在となった。

.


 神様とはよく言ったものだと思う。

 私達を引っ張ったあの人は、確かに不可能を可能にするだけの力を持っていた。

 けれど……。


 あの人を失って、私達はばらばらになってしまった。

 私達を繋ぎ止める最後の絆……それが、あの人だった。

 そして“あの子”は壊れてしまった。どうしようもないほどに。

 私達にできたことは、“あの子”が何もできないように、誰も“あの子”に何もできないように、“あの子”を閉じ込めることだけだった。

 代償に、私達自身の命を差し出して。


 私達は楔だ。

 私達が消え去れば、この世界は在るべき姿に戻るだろう。

 それを回避するために、私達は自らを切り分けた。

 自分自身を引き裂く痛みと引き換えに、不滅の存在へと成り下がる。

 そうすることで、罪の意識から目を逸らしたかったのかもしれない。

 そうすることで、背負い切れなかった罪から、逃げ出したかったのかもしれない。


 私達は、世界を壊してしまったから。

 だから、直すのもまた、自分達がやらなければならないと、思っていた。


 でも、この世界は、

 ここは、私達の世界じゃない。

 私達は本当は、何をすることも間違っている、いてはいけない存在だったんだ。

 だから、これが本当の最後。

 この世界を、この世界に生きる人々の手に返す。

 それが私達がしなければいけない、最後の使命。


 責任があると思い込んで干渉することも、

 なにかしなくちゃと必死になってがむしゃらになることも、

 私達は、許されてなんていない。


 それだけ。


.



覇王「………………」


 透き通るような青空を、傷だらけの大地を背にして仰ぎ見る。

 気分は悪くない。むしろ清々しくすらある。

 剣だけで自分の全てを支えてきた。剣さえあればなんでもできる気がしていた。

 しかし、その剣は折れてしまった。ちっぽけなプライドは粉々に砕けて消えて、残ったのはこの身ひとつだけ。

 それを心地良いと感じるのは、剣を支えにしていたのではなく、剣に依存していたからだと、そういうことなのだろう。


覇王「…………ははっ」


 なんとなく、笑いがこみあげてきた。

 そんな『俺』を見下ろす形で、鬼神がこちらの顔を覗き込んでくる。


鬼神「ちったあすっきりしたか?」

覇王「今更ながら。ああ、やはり貴方には、死んでも敵いそうもない」

鬼神「たりめえだ。俺を何だと思ってやがる」



 その後に続く言葉は、最早確かめるまでもない。


 世界で最も大きな敵と日夜戦い続けること。それが彼の日常だ。

 たかが武芸者如きが勝とうなど、烏滸がましいにも程がある。


覇王「まだまだ未熟ですね、俺は」

鬼神「未熟じゃねえやつなんざいねえよ。テメエは昔っから焦りすぎなんだよこのボケ」


 差し出された手を握る。

 力強く逞しいその手は、俺の手よりもずっと大きく、頼もしく感じられた。


鬼神「チビ助が待ってるぞ、会いに行ってやれ」

覇王「……それこそ今更のような気がしますね」

鬼神「アホ言え。義理でもなんでも親子は親子だ。そいつは死んでも揺るがねえモンなんだよ」

鬼神「いいから行ってこい。そんでその後行くとこねえなら、南洋王国にでも行って国王に面倒見させろ」

鬼神「できねえことをやろうとすんのはもう止めろ。テメエはそんなタマじゃねえよ」







「────その通り。覇王、貴様の役目は終わりだ」




.


鬼神「 ふ ん ぬ っ ! ! 」

覇王「へ、え、ちょ、うわっ──!!」


 いきなり襟首を掴まれ、放り投げられる。

 鬼神の姿が急速に遠ざかり、そして──


覇王(! あれはまさか……!)


 目に映ったのは、空から高速で降ってくる、六つの黒く細い影。

 それらは鬼神を取り囲むように地面へと突き刺さり、稲妻のような光を張り巡らせた。



「はぁーっはっはっは!! ついに捕らえたぞ鬼神め! 貴様がいずれ連合の決定に反した行いをすることはわかっていた!!」

鬼神「…………」

「武教の地における覇王の封印の無断解放!! 強大な魔族の再生!! 旅の扉の破壊行為!!」

「オマケに二十年前俺が貴様に味わわされた屈辱のお返しもつけて五十年の禁固刑をくれてやる!!」

「ふっふっふ、はっはっは! あーっはっはっはっはっはっは!!」
.


鬼神「…………」

鬼神「……誰だっけお前?」

「」ずがーん

「~~~~きっ、さっ、まあああああああ!!!! この枢機卿(カーディナル)の顔を忘れたのかああああああああ!!!!」

鬼神「アホか。当時の枢機卿はとっくに隠居してんだろが」

枢機卿「『現』枢機卿だあああああああああ!!!! おのれぇぇぇ……! 頂点に立つべくして生まれたこの俺を忘れるとはいい度胸だな鬼神んん……!!」ぎりぎりぎり…

枢機卿「……ふんっ、まあいい。どうせ貴様は抵抗することもできずに俺のいいなりになるしかないのだ! その【星六鍵】の結界がある限り、貴様はそこから動けんのだからなあ!!」

鬼神「ほーん」

鬼神(星六鍵、ねぇ……)



女勇者「何あのテンション高いの。いきなり出てきて超えらそうなんだけど」

魔女「ありゃ枢機卿ね。今の教会のトップなんだけど、完璧な七光りで人望ゼロ。他に適任者がいないからやらされてるだけらしいわよ」

キングレオ「暴れ猿、一度下ろすぞ」

暴れ猿「はい」


女勇者「? どしたの?」

女魔法使い「……上」

女勇者「うえ?」


  ひゅるるるるるるるるる……


覇王「────そこの君! どけえええええ!!」

女勇者「ヴェイ!?」

姫様「父上!?」

キングレオ「受け止める! 来い!!」

覇王「! すまない!」


  ── ド ズシャァァァァァァァァ……!!


キングレオ「…………フゥゥゥゥゥ……」

覇王「っつつ……ありがとう、助かった」

姫様「父上っ!」たっ


覇王「娘……か? 大きくなったな」

姫様「──っ、……~~~~っ!」ぎゅーっ!

覇王「」ビキィッ!

覇王(い……痛たただだだだだあばあwせdrfつじこlp;@:!!?!?)

キングレオ「おいおい……何故我がわざわざ受け止めたと……」

魔女「そういうのは言いっこなしでしょ。今の今までおあずけ喰らってたんだし」

女魔法使い「…………感動の……再会?」

暴れ猿「殴り合いの後でそれというのも妙な話だな」

女勇者「……でも、家族は大事だよ、うん」

女勇者(……『私』もお兄ちゃんが生きてたらお姫さんみたいになったのかなー)


『妹ー! 見ろ見ろ! でっかいカエル捕まえたぞ!!』

『それフロッガーだよぉ!?』


女勇者「……駄目だ、やんちゃな所しか思い出せない」がくっ

暴れ猿「急に何の話だ……?」

次スレ

農家「魔王とかフザけんな」 続
農家「魔王とかフザけんな」 続 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1405261086/)

続きは向こうで

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの0716さん   2014年06月25日 (水) 08:02:15   ID: TyWg-_3e

まだかなまだかな!?

2 :  SS好きの774さん   2015年01月26日 (月) 22:24:00   ID: 8p1EE0sh

乙オモロ

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom