後輩と先輩の雑談 (16)


後輩「先輩、この間女友達に、私がSかMなのか聞かれたんですよ」

先輩「それはサドかマゾかってことか?」

後輩「そうです。私がサディストとマゾヒスト、どっちの人間かと」

先輩「へえ、女の子同士でもそういう話はするんだな」

後輩「案外そういう下衆な話ばかりですよ。女の会話なんて」

先輩「知って嬉しいような、悲しいような」

後輩「日常大惨事です」

先輩「それは悲惨なことで」

後輩「とは言え、私ははっきりと返答することができませんでした。知識が乏しくて」

先輩「そんなの適当に答えればいんじゃないの?」

後輩「先輩は女というものをあれっぽっちもわかっていませんね」

先輩「どれだ」

後輩「他愛も造作も訳も何の変哲もない質問の答えが、女性集団内での存亡に与える影響というものは、計り知れないものなのですよ」


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先輩「なんだか大袈裟だな。そこまで喋る内容に気を使わないといけないものなのか」

後輩「そうです」

先輩「もし適当なことを言ったらどうなるんだ」

後輩「死にます」

先輩「それは確かに大惨事だ」

後輩「もちろん物理的ではなく社会的にです。社会と言ってもちっぽけな集団の中で、という意味ですが」

先輩「無視されたり、いないものとして扱われたりするとか?」

後輩「そんな感じです」

先輩「ずいぶんと陰湿なもんだ」

後輩「女の集まりなんて湿原も同然ですよ。上っ面はよくても、根の部分は腐りかけですから。じめじめです」

先輩「そこまで言っちゃうか」

後輩「おっと、これは失言」

先輩「ちょっとだけ楽しそうなのは気のせいだろうか」

後輩「失敬です」


先輩「それで、SとMどっちか公言することも女の子の世界では重要なことなのか?」

後輩「なかなか重要です」

先輩「どうして」

後輩「私たち女どもの知識では、Sと答えれば意地悪な女、Mと答えれば意地悪しがいのある女になるからです」

先輩「八方塞がりじゃん」

後輩「だから八方美人という言葉があるんだと思います」

先輩「八方美人は誰にでも愛想を振りまくって意味だろ」

後輩「私の解釈では、四方八方いかなる相手にも背を向けず、己の本性を隠し通す様を八方美人だと言うのですが」

先輩「勝手に新しい意味を創作するな。なんだそのディフェンスに定評のありそうな美人は」


後輩「まとめると、どっちに転んでもいいことないから聞かれても困る、ということでした」

先輩「話終わっちゃったな」

後輩「いえ、むしろここからが本題です」

先輩「ここからなのか」

後輩「前回は『なあなあ』と答えてなんとかかわしたものの、いつまた聞かれてもおかしくはありません」

先輩「『なあなあ』ってそのまま言ったのかよ!」

後輩「『え?何?』って逆に食いつかれましたよ」

先輩「そりゃ自ら話しかけてるからな」

後輩「全く、困ったものです」

先輩「心底同情するよ」

後輩「同情して金もくれ!」

先輩「二兎得るスタイルか」


後輩「というわけで、いずれまた聞かれるであろうこの質問の対策にご協力願いたいんです」

先輩「協力と言われても」

後輩「私とSとMについて語り明かしましょう!」

先輩「そんな話題で徹夜だなんて御免被る!」

後輩「何事にも精通している先輩とならいい議論がかわせそうです」

先輩「そんなに白熱する予定なのか」

後輩「もちろんです!“精通”している先輩となら!」

先輩「精通にアクセント置くのをやめろ」


後輩「先輩と議論するのに際し、少しSとMについて調べてきました」

先輩「準備万端だな」

後輩「私の座右の銘は緊褌一番ですから!」

先輩「そんな四字熟語初めて聞いた」

後輩「先輩にも座右の銘はありますか?」

先輩「いや、特に掲げたことはない」

後輩「では僭越ながらこのわたくしめが、先輩にぴったりの文句をお教えします!」

先輩「ほう」

後輩「失望落胆!」

先輩「お前自分が出過ぎた真似をしてるなんてこれっぽっちも思ってないだろ!理想どころか望み失ってるじゃん!」

後輩「笑止千万!」

先輩「うるせえ!語呂だけで選んでんじゃねえ!」


後輩「話がそれました。本題に戻りましょう」

先輩「早く進めろ」

後輩「まずSとMという言葉ですが、これはサディズムとマゾヒズムの頭文字をとったものです」

先輩「いじめたい人といじめられたい人だな」

後輩「私もそう思っていましたが、それは少し違います」

先輩「え、違うんだ」

後輩「SとMはあくまで性癖です」

先輩「性癖か」

後輩「そうです。Sは加虐性欲、Mは被虐性欲とも言うそうです」

先輩「性的にいじめたいか、いじめられたいかってことか」

後輩「そうです。身体的、あるいは精神的に苦痛を与え、与えられ、性的興奮を得る性癖のことです。精神的な障害と見なされる場合もあります」

先輩「そう説明されると…少し引くな」

後輩「まあ本業の方でもない限りは、私たちのような一般人の間では、性格がきつい人をS、なよなよしている人をMなどと定義している人が大半でしょうけど」


先輩「こりゃ迂闊に自分がSだとかMだどかは言えないな」

後輩「よく『私ってSなんだよね!』とか言ってる人いるじゃないですか」

先輩「いるな」

後輩「それって『私は加虐性の性癖をもった精神疾患患者です』って言ってるのと同じだと私は思うのです」

先輩「それはとらえ方がひねくれすぎだろう」

後輩「もちろんSの人をバカにしてるわけじゃありません」

先輩「というと」

後輩「大衆の面前でかっこつけてそういうこと言っちゃう人が気にくわないんですよ」

先輩「なるほど」

後輩「そうです。そもそもプレイなのですから、人前でステータスのように言うものじゃないんですよ」

先輩「まあ、さっきも言った通り、俺たち含めて多くの人がSとMの定義を誤って認識しているからな」

後輩「自分のことを『私天然なんですよー』とか言ってる人といい勝負です」

先輩「わからんでもないが、気にしないこった」

後輩「では、それらを踏まえてもう少し話してみましょう」

先輩「まだやるんだ」


後輩「確かに正式な意味では少々アブノーマルな性癖のようにも思えますが、人間誰しもSとM、多少なりともどちらかの才能を秘めていると思うんですよ」

先輩「才能ねえ」

後輩「先輩としては、自分はどっち寄りだと思いますか?」

先輩「ええ…さっきの説明聞かせといてそれ聞くのかよ」

後輩「では別の角度からアプローチします」

先輩「なに」

後輩「どんなエロDVDを観ますか?」

先輩「チップイン狙ってきた!」

後輩「えー、強いて言うなら!あえて言うなら!それで構いませんから!」

先輩「すごく強いられている!いや言わねえよ!」

後輩「やっぱりMですか?」

先輩「やっぱりってなんだ!俺的には自分はS寄りだと思ってるぞ」

後輩「ほう、これは意外な返答がきましたね」

先輩「まあだからと言って、女の子に苦痛を与えたいだなんて考えたことはないけどな」

後輩「万引きした女子高生を言いなりにさせたいくらいですか?」

先輩「全然ハードルが下がってない!」


先輩「そもそも後輩ちゃんが聞かれたときの対策をするために今こうして話し合っているわけで」

後輩「先輩の遺憾な一面が知れてよかったです」

先輩「意外みたいに言うな。残念がってるじゃねえか」

後輩「でも先輩が自らをSと称するとは。あいて、いるのに」

先輩「相手?俺にそんなSMパートナーなんていないぞ」

後輩「いえ、そういう意味じゃないんですけどね」

先輩「ん?どういうことだ?」

後輩「気にしないでください。あとでちゃんと教えますから」

先輩「なんだかよくわからんが、そういう後輩ちゃんは自分のことどっち側だと思ってるんだ?」

後輩「どっちだと思います?」

先輩「俺は年齢や血液型を答える際にその手のやりとりを望む相手が嫌いだ」

後輩「冗談ですよ、私も嫌いです」

先輩「で、答えは」

後輩「自分でもよくわかりません」


先輩「自分で誰しもがSかMの才能を有する的なことを言っておいて、その答えはないだろう」

後輩「いえ、どちらの才能も無いというわけではなく、どちらの才能も持ち合わせていると思うんですよ」

先輩「逸材だな」

後輩「どうでしょう。ちなみに母はわりとノーマル、強いていうならS寄りでしたが、父はドがつくほどのMだったとか」

先輩「それは一般的に?それとも…正式的に?」

後輩「どっちだと思いますか?」

先輩「そんな悟りきったような顔をしないでくれ!」


後輩「性癖は遺伝しないと思われます」

先輩「確かにそんな遺伝の話は聞いたことないしな」

後輩「生物の授業でも習いませんでしたし」

先輩「それはさすがに遺伝するとしても教えにくいだろう」

後輩「まあ、生まれ育った環境には大きく寄与すると思いますが」

先輩「どっちの才能も感じてるってことは、加虐性でもあり、被虐性でもあるってことか?」

後輩「一見矛盾していますが、その通りです」

先輩「例えば?」

後輩「強気に攻めて相手をリードしたいという願望を持ち合わせつつも、先輩にいじめられるのも嫌に感じたことは一度もありません」

先輩「おいちょっと待て、何あたかも常日頃から俺が後輩ちゃんにちょっかい出してるみたいになってるんだよ」

後輩「自覚なかったんですか?」

先輩「幻覚だ!」


後輩「先輩から見て私はどっち側だと思いますか?」

先輩「言ってもいいが、これはあくまで客観的な意見だ。俺の願望ではないからな」

後輩「御意」

先輩「マイペースだし、今このときも俺は振り回されているわけだから、S寄りなんじゃない?」

後輩「ほうほう。私はSだったんですか」

先輩「嬉しそうだな」

後輩「コンタクトにした方がいいですかね?」

先輩「何華々しくデビューしようとしてるんだ。青春か。お前眼鏡すらかけてないだろ」

後輩「ではベネチアンマスクでも」

先輩「そんなもの装着したやつが街中を歩いててたまるか!」


後輩「なんとか対策できましたね」

先輩「何ひとつできていないと思うが、そう思うならそれでいい」

後輩「今度聞かれたら『おだまり!この雌猫!』って言ってあげます!」

先輩「随分と可愛らしい罵声だな」

後輩「ちなみに先輩は私から言わせてもらうと、やっぱりMですね」

先輩「そうか?さっきも当たり前のようにMと決めつけてきていたが、何か思うとことでもあるのか?」

後輩「ズボンのチャックを全開でこんな話題に付き合ってくれるなんて、M以外の何者でもありませんからね!」

先輩「うわほんとだ!早く教えろよ!っていうかさっきの会話は『相手いる』じゃなくて『空いている』だったのかよ!」

後輩「ぬっふっふっふ」

先輩「俺は性的興奮なんてしてないからな!あと笑うのやめろ!」

後輩「Mだけに笑む、なんちゃって」

>>12
誤 後輩「まあ、生まれ育った環境には大きく寄与すると思いますが」
訂 後輩「まあ、生まれ育った環境には大きく関係すると思いますが」


後日続きを書きます。

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