P「夏のオハナシ」 (28)
ミキ、ハニーと結婚することになったんだ。
今、すっごく幸せなの。
隣でハニーが笑ってくれる。ハニーと一緒にいられる。
それが、ミキが目指してきたゴールでもあって、スタートなの。
ねえ、ハニー。
ミキはいま、しあわせだよ。
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————「トビラ」
お風呂からあがって、バスタオル1枚と下着姿でソファに座ると、ハニーがこう切り出したの。
P「美希、明後日の土曜日なんだけど」
美希「ん、デートする?」
P「『Do-Dai』じゃないよ、俺の実家に来ないか」
美希「……えっ?」
P「美希を紹介したいなって思ったんだよ」
美希「いいの、ハニー?」
P「こっちからお願いしたいぐらいだ」
美希「う、うんっ! ありがと! 絶対行くの!」
P「そっか、サンキュな」
美希「ねえ、ハニー」
P「うん?」
美希「今日もミキ、頑張ったよ」
P「おう。ほら、明日も早いんだろ?」
美希「ううん、明日は午後から」
P「あれ、そうだったっけ」
美希「もう……新しい娘のプロデュースばっかりやってると、ミキ……どっか行っちゃうよ?」
P「悪い悪い……それで?」
美希「そろそろ、ミキのこと愛して欲しいな」
P「もう充分ってくらいに愛してる」
美希「うん。それでも、あともう少しだけ」
P「……明日、寝坊するなよ?」
美希「うんっ」
P「なあ、美希」
美希「ん?」
P「俺、幸せだよ」
美希「……っ」
P「わわっ、いきなり抱きつくなっ」
美希「へへーっ」
それは、ミキが生まれてきて2番目に幸せな夜だったなあ。
ハニーとご飯を食べて、告白されたあの日の次に。
ひとつになって、もっとハニーと結ばれたカンジ。
美希「おはよーなのーっ」
律子「おはよう、美希」
響「はいさーい、美希!」
美希「おはよ、響、律子」
律子「美希、何か忘れてなあい?」
美希「むっ……律子、さん」
律子「よろしい」
事務所ビルの5階。いつもミキはここで響達や律子……さんと会って、
お仕事の準備をするんだ。
律子「美希の引退ライブのことでウチはてんてこ舞いよ」
美希「あはは……ごめんね」
律子「まったく……ここまでさせるんだから、最高のライブを見せてもらわないとね」
響「そうそう。自分だってお客さんで見に行くんだからな!」
美希「ありがと」
律子さんが立ち上がって、「さて」って呟いたんだ。
律子「今日は湾岸テレビでバラエティの収録がまず入ってる。ひな壇だけどしっかり目立ちなさい」
響「うんっ」
律子「それが17時まで、その後はスカイツリーの商業ビルでイベント。まあ、慣れてるから説明は省くわ」
美希「まかせるの!」
律子「そんで、終わるのがピッタリ20時。いろいろ後片付けして、出られるのは30分ぐらいかしらね」
響「律子、新人の娘を売り込むんでしょ?」
律子「ええ。だからちょっと時間かかると思う。ま、その後は家まで送るから」
美希「今日も1日頑張ろっ、響」
響「うん! 美希と1日中一緒なんて、なかなかないもんね」
ん? ……まあ、いいや。
律子さんが車のキーをポケットから取り出した。
律子「さ、私は車を取ってくるから、正面で待ってて」
響「分かったぞ」
律子さんが階段を使って、駆け下りていった。
響「さ、自分たちもエレベーターに乗ろう」
美希「ん、うん」
どうして響が「自分たちも」って言ったのか、分からなかった。
エレベーターがこのフロアに到着して、響が階のボタンを操作してたんだ。
響「……」
美希「……ふぅ」
あれ?
なーんかおかしかったの。
下に向かってるはずなのに、身体が持ち上げられる感覚がしたって言うか。
美希「ねぇ、響。このエレ……」
上の表示を見ると、エレベーターは上へ向かって動いてたの。
最上階……18階に向かって。
響「……」
美希「ね、ねえ響、どうして上に」
響「……あはは」
響は背中を向けたまま、笑い出した。
エレベーターの明かりが、暗くなったような気もした。
響「ねえ、ミキ」
美希「え……?」
その”ミキ”は、さっき呼びかけた時とは違ってた。
響「……誰だか、分かる?」
美希「……え?」
響が振り向いた。いつの間にか、ポニーテールにしていたシュシュが無くなっている。
美希「ひ、びき」
響「ザンネン、違うの」
美希「ちがうの、って……」
まるで、ミキみたいな喋り方。
響「あのね?」
響は首を傾げて、
響「ミキは、ミキだよ」
美希「ど、どういうこと……」
響「ミキ、こことは違う場所から来たんだ」
美希「……え…………?」
響じゃない、って五感が叫んでた。
響「そこには、ミキのハニーはいないの。事故で死んじゃったから」
響がゆっくりと近づく。思わず後ろへと逃げて、壁にぶつかった。
美希「いたっ……」
響「ミキはアイドルでもない。事務所は買収されて、みんなクビ」
美希「…………なに、それ」
響「でもね、ここのミキはトップアイドルで」
——美希君、キミが我が765プロで一番最初のSランクアイドルだ! 喜びたまえ!
社長さんの声が突然、脳内で再生されて……。
響「ハニーとは婚約者」
——美希、俺と結婚してくれないか。
あの、一番幸せな夜のハニーが、思い起こされて。
響「だから、その幸せ……欲しいな、って」
美希「な、なんなの……それ……!」
後ずさる身体が、エレベーターの扉にぶつかった。
いつの間にか重力を感じなくなってたのは、止まっちゃったから?
美希「だ、だれかっ」
扉を叩いて、大声を出す。
開ボタンを何度も押す。
響「無駄なの」
エレベーターの照明は、響の姿が微かに分かるぐらいに暗くなって。
響「ねえ、ミキ」
美希「……ぇ」
声が急に出なくなった。喉を押さえても、何も喋れない。
響「ハニーが居なくなってね、みーんな狂っちゃった」
美希「……ぁ」
響「春香はミキのことをハニーだと思って、何度も抱きついてくるし」
美希「っ……!」
響「千早さんはお墓の前で自殺未遂」
そんな、そんなのウソだよ。
春香はそんなに弱くないし、千早さんだって自殺するような人じゃない!
響「響は行方がわかんないし」
美希「ぃっ……」
響「でこちゃんはハニーは生きてる、って探偵さんのトコに毎日通ってるし」
響「雪歩は社会復帰してないんだよ」
美希「…………ぅっ」
じゃあ、ミキは……目の前にいる、響の姿のミキは。
響「だから、ミキはもう」
——現実から逃げた?
響「逃げちゃった」
次の瞬間、思い切り首を掴まれた。
美希「ぁっ……!」
響「幸せなミキなんていらないの」
美希「っ、っ……!」
身体を動かしても、強い力からは逃れられない。
響の力が強いのを利用して……ミキの首をしめてるんだね。
響「ねえ、恨まないよね」
美希「ぇっ……」
響「ミキがミキを殺すんだもん。恨むはず、ないよね?」
狂ってるよ。
だんだん、呼吸ができなくなる。
何も考えられなくなってくる。
響「……えへへ」
抵抗してた力が、スッとなくなった。
響「…………いただきます、なの」
響はミキの顔を持ち上げて、思い切り口づけをした。
響「……」
そして、ミキの見ていた風景が、くるっと回ったの。
——。
目の前には、ミキ。
首には赤い跡がある。そして、気味の悪い笑顔を浮かべている。
美希「ありがとうなの、ミキ」
響「え……?」
顔に触れてみる。これは、まさか。
美希「おかげで、こっちの世界でもミキになれた」
響「そんな、ウソだよね」
美希「ううん、ウソじゃないよ」
ミキが指を空中で、左から右にスライドさせた。
響「……!」
エレベーターが、また動き出した。
笑うミキがはっきりと見える。
気持ち悪い。
美希「大丈夫だよ、ミキ」
響「え……?」
美希「今からミキを消して、響を呼び戻すの」
響「……どういうこと」
美希「死ぬってことかな」
響「っ! っやだ、いやっ」
なんで、なんで。何がどうなってるの。
ワケわかんないよ。どうしてミキは響になってるの?
美希「大丈夫、なーんにも怖くないの」
響「やだっ、離してっ」
美希「それじゃあ……響として生きていくの?」
響「え……?」
響として、生きる。
美希「ハニーと結婚して、トップアイドルの道を進んでいくミキを、響として見ながら、生きていくの?」
そんなの、ミキの幸せじゃない。
美希「あはっ」
両腕を固く掴まれた。
——バイバイ。
響「……あれ?」
美希「ん、どうしたの、響」
響「いや……ねえ、なんで自分と美希、エレベーターに乗ってるんだっけ」
美希「これからお仕事だよ? もう、寝ぼけてるんだね」
響「ね、寝ぼけてる!? 美希と違って完璧な自分がそんなことするか!」
美希「もう、かわいいなぁ」
響「ほ、ほっぺたつつくなっ」
美希「本当に、かわいい……」
響「……え、何?」
美希「ううん、なんでもないっ」
響「ねえ、美希」
美希「うん?」
響「結婚式、自分たち何かやっていいかな?」
美希「……うん、もちろんなの!」
響「いやったー! それじゃあさ、春香や千早たちもステージに上がってもらって……」
美希「ねえ、響」
響「ん、どした?」
美希「…………ミキはいま、しあわせだよ」
「トビラ」終了。
また明日。
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