魔法使い「私は、……死神なんだ」 (247)
――海の見える丘――
魔法使い(うう……、お腹すいた……)
魔法使い(頭がボーっとする……。やっと、[ピーーー]るのかな……)
魔法使い(そっか、死ぬってこんな感じなんだ……。みんな……、ごめん、ね……)
* * *
??? 「おーい、そこのカワイ子ちゃん! 大丈夫!?」
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sagaーメール欄にいれたらいいよ
魔法使い「……ん」
??? 「目が覚めたようですね。まずは温かいスープでも……、飲めますか?」
魔法使い「く、ください!」
??? 「ふふ、そんなに焦らなくても。ほら、スープは逃げませんからゆっくり飲んでください」
魔法使い「んっ、でも、こんなにおいしいスープ初めて……!」
僧侶「ありがとうございます。勇者が喜びます」
魔法使い「勇者……?」
僧侶「ええ。剣士さんがあなたを見つけて、勇者さんがスープを作ったんです。あ、私は僧侶と言います」
魔法使い「じゃあ、ぜひ勇者さんと剣士さんにも、お礼をさせてください!」
僧侶「ええ、それではお呼びしてきます」
>>2
ありがと、そうするわ
勇者「お、目が覚めたのか。よかった」
剣士「わお、寝てる時もかわいかったけど、起きてもかっわいー! ね、キミ名前は?」
魔法使い「ま、魔法使い……です」
僧侶「剣士さん、いつも言っていますが、そのような軟派な態度はいかがなものかと……。魔法使いさんも驚いてますよ」
剣士「だってさー、僧侶ちゃんもかわいいけど神に仕えてる身じゃん? お堅いじゃん? 魔法使いちゃんみたいな子に会えたら、そりゃあテンション上がりますってー。……あだっ!」
勇者「うちの剣士がごめんなさい、魔法使いさん。僕は勇者」
魔法使い「はっ、はい! 勇者さん、剣士さん、助けてくださってありがとうございました!」
剣士「お礼なんていいって。魔法使いちゃんのためならチョロいチョロい」
勇者「確かに、礼には及ばないよ。ところで……、どうしてあんな所に倒れていたのか、聞いてもいいかな?」
剣士「だね。それに魔法使いちゃん、言葉と服装から見て、北の村の出身でしょ? まさか女の子一人でここまで来たの?」
僧侶「剣士さん、そこまで分かったのですか……。魔法使いさん。もし話したくなければいいのですが、よろしければ、教えてもらえますか?」
魔法使い「はい。私……、魔王を倒しに行くところなんです」
勇者「魔王……を? 君が一人で?」
魔法使い「はい。一人じゃないといけないんです」
僧侶「そんな……、無茶ですよ!」
魔法使い「知ってます。でも、私にはそうするしか、もう……」
剣士「ほらほら、魔法使いちゃんにはそんな顔似合わないよ。 ね、笑って? でももしよければ、君のこともっと知りたいな……」
魔法使い「けっ、剣士さん、顔がっ、近いですっ!」
勇者「剣士はとりあえず3歩下がって黙ってて」
僧侶「……コホン。さて、話を戻して。魔法使いさんがなぜ『たった一人で』魔王を倒す旅をしているのか、お聞かせ願えますか?」
魔法使い「それは……、私が、死神だからです。誰かと一緒にいたら、その人、の……、っ!」
僧侶「魔法使いさん!」
魔法使い「……うぷ、うえっ……」
僧侶「すみません、酷なことを聞いてしまったようですね」
魔法使い「うっ、うあぁ……っ! ごめん、ごめんなさい……。ごめんなさいぃ……」
僧侶「ほら、落ち着いて。だいぶ疲れていたようですし、今日はもう眠りましょう、魔法使いさん」
魔法使い「ひっぐ……ぐす……っ、私、が、私のせい、で……っ」
剣士「……勇者、出よう」
勇者「え? あ、ああ……」
僧侶「……眠ったようです」
勇者「ありがとう、僧侶。それにしても、さっきは君らしくなかったな、剣士」
剣士「ああ、いや。あのままだと魔法使いちゃん、オレたちに聞かれたくないことまで口走っちゃうんじゃないかと思ってさ」
僧侶「……そう、ですね。お気遣いありがとうございます」
剣士「で、あの子仲間に入れちゃう?」
勇者「は?」
僧侶「え?」
剣士「だってさ。魔王倒すっていう目的は一緒じゃん? ちょうど後衛足りないじゃん? 魔法使いちゃん可愛いじゃん?」
勇者「いやいや、本人は一人で倒すって意気込んでたぞ」
剣士「そんなの自殺行為って分かってるでしょ。いや、むしろそのため……か」
僧侶「剣士さん、何か聞いて……いえ、何でもありません」
勇者「それに、正直彼女の実力がわからない。こう言っては悪いけど、足手まといになる可能性は否めない」
剣士「北の村から一人でここまで来たなら実力はあるんじゃない? もしなくても、オレが守る!」
勇者「それを足手まといっていうんじゃ……」
勇者「あと正直、『死神』っていうのが何なのか分からなくて、気味が悪いんだ」
剣士「あー、それね……。それはオレも気になるんだけど……。まあ仮に魔法使いちゃんがアチラさんの陣営でも、簡単に寝首かかれるような真似はしてやんないよ」
僧侶「私も今回は、剣士さんに賛成です。勇者一行である私たちが見捨てたとあれば、彼女の味方はもういなくなってしまうでしょう。せめて魔法使いさんの気持ちが落ち着くまででも……」
勇者「僧侶がそう言うなら仕方ないな……」
剣士「え、オレは?」
勇者「さて、それでどうやって魔法使いさんを説得するかだけど……」
――翌朝――
僧侶「おはようございます、魔法使いさん」
魔法使い「……! そ、僧侶さん……、おはようございます」
僧侶「朝ご飯は食べられそうですか? パンに卵、温野菜のサラダとジュースです」
魔法使い「ありがとうございます、いただきますっ」
勇者「おはよう、魔法使いさん」
剣士「おはよー、今日もかわいいね!」
魔法使い「……むぐっ、お、おはようございます!」
剣士「ゆっくり食べてていいよー」
勇者「食欲も出てきたようでよかった。そうおいしそうに食べてもらえると作りがいがあるよ」
僧侶「勇者さんは旅の間の炊事洗濯、すべてやってくださっているんですよ」
剣士「きっと魔王城に乗り込んだら手始めにやることは大掃除だね、うん」
魔法使い「みなさんも……魔王退治を?」
剣士「そうそう。でさ、もし魔法使いちゃんがよければ、一緒に来ない?」
魔法使い「えっ……、でも、私……」
剣士「本パーティーでは後衛担当のかわいい女の子を募集中! 僧侶ちゃんがいるので残り一枠! さあさあ!」
魔法使い「いえっ、私がいてはご迷惑になりますから!」
僧侶「そんなことありませんよ。私だって、魔法使いさんが来てくださればとっても嬉しいです」
魔法使い「でも、私、ひとりで行かなきゃ……」
勇者「……仕方ない、これだけは言いたくなかったんだけど……」
魔法使い「……え?」
勇者「君を助けるために使った上級薬1つ。気付け薬1つ。お粥に入れたハーブ数種、卵、米。それに宿代と今日の朝食代。締めて2480ゴールド」
魔法使い「え? ……え?」
勇者「僕たちもそこまでお金に余裕がある訳じゃないから払ってほしいんだけど……」
魔法使い「……すみません、お金はない、です……」
勇者「それじゃあ僕たちの旅に同行して働いて返してもらわないとね」
魔法使い「は、はい……。わかりました……」
剣士「うわー、勇者にあるまじきえげつなさ。かつみみっちさ」
僧侶「財布の紐握ってますからね……」
勇者「じゃあ、装備整えたら出発しようか。この街で揃えるものあったっけ?」
僧侶「私は……特にありませんね」
剣士「んー、オレは新しい鎧とか見たいな。あと魔法使いちゃんの新しいワンド」
魔法使い「い、いえっ。私はこれで充分です」
剣士「何言ってんの、それもうボロボロじゃん。買っちゃえ買っちゃえ。あとかわいい服とかも」
勇者「剣士の浪費癖は困るけど……、確かに魔法使いさんの装備は見直した方がいいね。こう言っちゃ失礼だけど、武器も防具も、ほとんどいちばん安いのでしょ?」
――約2時間後――
魔法使い「あの……、本当によかったんですか……?」
剣士「オッケーオッケー。見違えたよ」
勇者「まあ、いい武器や防具はパーティー全体の役に立つからね。あ、この代金も貸しに上乗せしておくよ」
僧侶「すっかり装備を一新したんですね。それにしても、本当にあの装備でここまで来たのですか? 一人で?」
魔法使い「え? はい、そうですけど……」
勇者(この子……、もしかしてかなり強い?)
――のどかな街道――
勇者「魔法使いさんには、後衛を頼むね。僕と剣士が魔物に切りかかるから、後ろからサポートしてほしい」
魔法使い「は、はいっ!」
僧侶「基本的に回復や能力強化などは私が請け負いますから、魔法使いさんは魔法攻撃をお願いします」
剣士「もし後ろから襲われたら遠慮せずに呼んでねー。逃げちゃってもいいから」
魔法使い「が、がんばります!」
勇者「……と、出た!」
キノコの魔物「シィーメシメシメジィー」
魔法使い「ひゃあっ、ふ、覆炎!」ブンッ
キノコの魔物「シ? ジ、ジイイィ……」ゴオオオォ
勇者「……一撃」
剣士「……丸焦げだー」
僧侶「中級炎魔法……、あんなに高威力で?」
魔法使い「あっ、あのっ! びっくりして……、それで、新しいワンドだったので力加減もわからなくて……っ、ごめんなさい!」
勇者「……いや、謝らなくてもいいよ。予想外に君が強くてびっくりしただけだから」
剣士「魔法使いちゃんかわいい! 強い! すなわち最高! ってことだね」
勇者「じゃあ今日はここで野営にしようか」
僧侶「そうですね」
剣士「魔法使いちゃんのおかげで予想以上に進めたよ!」
魔法使い「いえ、そんなこと……」
勇者「剣士の言う通りだよ。いい戦力が入ってくれてよかった」
魔法使い「えっと……あの、ありがとうございます」
剣士「ねー魔法使いちゃん、勇者の言うことだと素直に聞くのー? 勇者ずるーい」
僧侶「言葉の重みというものがありましてね、剣士さん」
勇者「まあ、それはさておき……。魔法使いさんにこれからの旅の予定を説明しておこう」
魔法使い「はいっ」
勇者「残念ながら僕たちは、魔王城に直行はできない。まだまだ力不足だし、それに何より探さないといけないものがある」
魔法使い「それは……?」
勇者「剣と玉だ。勇者だけが扱えると言われている、稲妻の剣と火輪の玉」
魔法使い「剣と、玉……。それはどこに?」
勇者「わからないんだ。そもそも伝説に謳われているだけで、存在すら定かじゃない」
魔法使い「それって……見つかるのですか?」
勇者「見つけてみせるよ。勇者である僕が見つけ出さなきゃ、剣も玉も永遠に眠ったままなんだ。……あ」
魔法使い「どうしたんですか?」
勇者「いや、何でもないよ。……ごめんね」
勇者「今僕たちが向かってるのは砦波島。宝玉を持つ竜がいるっていう伝説があるんだ」
魔法使い「砦……波?」
勇者「年中嵐が発生している海域に島があってね、まるで高波が砦となって島を守っているようなんだって」
魔法使い「……」
勇者「それも竜の魔翌力かもしれないけどね。竜の宝玉がずばり火輪の玉! ……とまではいかなくても、手がかりぐらいは見つけられたらいいなあ」
魔法使い「……あの」
勇者「ん?」
魔法使い「北の村には、行きますか?」
勇者「そうだね、剣や玉を手に入れるためには、行くかもしれない」
魔法使い「……そう、ですか」
sageじゃなくてsagaでっせ
剣士「見張りの順番決めるよー」
勇者「そうだね、今までは3交代制だったけど……」
僧侶「4交代するほどではありませんね。ペアになって2交代制がいいでしょうか」
剣士「男女ペアがいいでっす! あでっ」
勇者「おいこら剣士」
剣士「だって、前衛後衛一人ずつの方がバランスいいじゃん?」
僧侶「まあ……そうですね」
剣士「それに、年頃の男二人の前で女の子がくうくう無防備に寝てるっていうのも……それはそれでいい気がしてきた」
勇者「よし、前衛後衛でペアを組もう」
勇者「くじ引きの結果、始めに僕と魔法使いさん、その後剣士と僧侶が見張りだね」
剣士「はーい、勇者、今夜は魔法使いちゃんもいるんだからちゃんと起こしてよね」
僧侶「ではお先に失礼しますね。おやすみなさい」
魔法使い「はいっ、おやすみなさい!」
>>14
重ね重ね申し訳ない……
次からちゃんとする、ありがとう
* * *
勇者「魔法使いさんは、これまではどうやって夜を越してきたの?」
魔法使い「そうですね……、大体は木の下で。軽く結界を張って」
勇者「結界が使えるんだ。もしかして僕たちが入れるぐらいのを張れたりする?」
魔法使い「……ごめんなさい、大きくするとその分魔力を使って……、たぶん危ないです」
勇者「そっか。ごめんね、こっちこそ図々しく聞いちゃって」
魔法使い「いえ、そんな!」
勇者「……そうだ」
魔法使い「はい?」
勇者「もう敬語とか付けなくていいよ。僕のことも『勇者』でいい」
魔法使い「え? で、でも……」
勇者「出会って間もないけどさ、僕たちもう仲間でしょ。僕も君のこと『魔法使い』って呼ぶよ。……ダメかな?」
魔法使い「ダメじゃないです! ……えっと、いい、よ、勇者」
勇者「よかった。ありがとう、魔法使い」
魔法使い「……(仲間? 私……が?)」
勇者「それじゃ、剣士と僧侶にも、おんなじように話しかけてあげてね」
魔法使い「え? ……ええっ!?」
勇者「おーい、交代するよー」
剣士「うぅ……ん?」
魔法使い「僧侶さん……、じゃなくて、僧侶……、起きて……」
僧侶「ふあ……、見張り交代ですね?」
魔法使い「う、うん」
僧侶「……魔法使いさん」
魔法使い「は、えっと……、ど、どうしたの、僧侶?」
僧侶「……なんて可愛らしい……!」
魔法使い「あの……?」
勇者「ごめん魔法使い、こっちも起こすの手伝ってもらえるかな?」
魔法使い「あっ、うんっ、勇者」
剣士「えー、何? いつの間に二人は名前で呼び合う仲になってるわけー?」
勇者「起きてるんじゃないか」
魔法使い「えっと、け、剣士……、その……」
剣士「……わんもあぷりーず」
魔法使い「えっ!? 剣士……?」
剣士「もっかい。で、起こして」
勇者「いや起きてるだろ」
魔法使い「え、えっと、その……、剣士、起きて……」
剣士「かわいい! ためらいがちに慣れないタメ口を話す魔法使いちゃん超かわいい!」
僧侶「ですよね!」
魔法使い「あの、その……」
剣士「魔法使いちゃん、見張りお疲れさま。君の寝顔はオレが全力で守る!」
勇者「……魔法使い、眠れそう?」
魔法使い「うん、大丈夫」
僧侶「もし眠れないようなら、言ってください。おまじないをしてあげますから」
魔法使い「ありがとう、僧侶」
剣士「魔法使いちゃん! じゃ、最後にオレの名前もう一回だけ呼んで!」
魔法使い「剣士、えっと……、見張り、がんばって」
剣士「ありがとーう!」
――翌朝――
僧侶「……さん、魔法使いさん」
魔法使い「んん……」
僧侶「おはようございます、朝ご飯できてますよ」
魔法使い「あ、僧侶さん、おはようございます」
僧侶「あら、『僧侶、おはよう』でしょう?」
魔法使い「あう……、僧侶、おはよう」
僧侶「やっぱり可愛らしいですね、魔法使いさんは……。ほら、顔を洗ってしまいましょう」
剣士「おっはよー! 僧侶ちゃん、魔法使いちゃん! 今日も相変わらずかわいいねー」
勇者「おはよう。ちょうどベーコンが焼けたところだよ」
僧侶「おはようございます、勇者さん、剣士さん」
魔法使い「ゆ、勇者、剣士……、おはよう」
剣士「魔法使いちゃん天使だわー」
勇者「ほら、昨日買ったばかりのパンとベーコン。あと果物」
魔法使い「あの、私のだけ果物が多い気が……」
勇者「あー、うん」
僧侶(ついに勇者さんまでデレた!)
剣士「だいぶ進んだねー。明日には船着き場に到着かな?」
勇者「今日はもうちょっと進んでから休もう。この辺りは魔物が多いからね」
僧侶「魔法使いさん、大丈夫ですか?」
魔法使い「うん、でも、魔力が尽きそう……」
勇者「そうか……。悪いけど、回復アイテムを節約したいから今日はそのまま進んでもらえるかな。戦闘の時も、無理はしなくていいから」
魔法使い「……わかった」
僧侶「……! 後ろからっ!」
魔法使い「覆氷! ……あっ!」
魔物「ギ…」バタリ
剣士「さっすがー! ……魔法使いちゃん?」
僧侶「どうしたんですか? そんなに震えて……」
魔法使い「……だっ、大丈夫!? みんな……! 私の、せいで……!」
勇者「どうしたの? 魔物が退治できたのは魔法使いのおかげだよ」
魔法使い「あの、気分とか悪くなったり、身体に力が入らないとか……」
僧侶「……大丈夫ですよ。私たち、3人とも。むしろ魔法使いさんには助けられました」
魔法使い「……本当に?」
僧侶「本当です」
魔法使い「よ、よかった……グスッ、ふえ、ええぇん」
勇者「よし、野営の準備完了!」
剣士「いやあ、あれから何もなくてよかったねー」
僧侶「魔法使いさんも、お疲れさまです」
魔法使い「う、うん……」
勇者「さっきのあれで、魔力を使い切ったんだよね? 今日の見張りは魔法使いを後にしよう」
剣士「じゃあオレも後がいいなー」
勇者「まったく剣士は……。まあ、僕も今夜は僧侶と一緒の方が都合がいいかな」
剣士「やったね! じゃあ早速魔法使いちゃん、一緒に寝ようか!」
僧侶「剣士さん、今の発言ギリギリアウトです」
勇者「……僧侶」
僧侶「はい」
勇者「夕方の魔法使いのあれ……」
僧侶「はい」
勇者「『死神』って言ってたのと関係あるのかな」
僧侶「……ええ、ほぼ確実に」
勇者「……僧侶は、どこまでわかってる?」
僧侶「おそらく魔法使いさんは、魔力を使い切ると、それを外部から取り込もうとします」
勇者「うん」
僧侶「その取り込む力はおそらく生命力……。そして魔法使いさんは自分でそれを制御できません」
勇者「生命力? 魔力じゃなくて?」
僧侶「ええ。他者の魔力を自分の魔力として取り込む、他者の生命力を自分の生命力として取り込むという魔法はよく聞きますけどね」
勇者「ああ、コウモリの魔物もそんな技を使うね」
僧侶「けれど、他者の生命力を自分の魔力として取り込むというのは……、聞いたことがありません。自分でその能力を制御できないというのも」
勇者「……そっか。かわいそうなことしちゃったな」
僧侶「そんな風に思う必要はありませんよ」
勇者「え?」
僧侶「勇者さん、今さら魔法使いさんを放り出すつもりなんてないでしょう?」
勇者「当たり前じゃないか!」
僧侶「じゃあ、これまで通り接してあげてください」
勇者「そうだね。……剣士は知ってるのかな」
僧侶「聡い人ですから、きっと気付いているとは思いますよ」
魔法使い「……すごい、おっきい……」
剣士「あれ、魔法使いちゃん初めてだった?」
魔法使い「う、うん……」
剣士「顔真っ赤だよ。興奮してるの?」
魔法使い「え? あっ……」
剣士「かわいー」
魔法使い「……恥ずかしい」
剣士「じゃ、乗ろっか? ゆっくりでいいからさ」
魔法使い「うん、でも……ちょっと、怖い……」
剣士「手、つないでてあげる。それならいいでしょ?」
魔法使い「うん……」
勇者「はい、僧侶から剣士にレッドカードのプレゼント」
剣士「レッドカードて! 魔法使いちゃんが海を見るのも舟に乗るのも初めてだって言うから手伝ってあげてただけなのにレッドカードて!」
勇者「……普段の行いが悪すぎるんだよ。はあ……」
僧侶「剣士さんは! いつもいつも魔法使いさんを誑かすようなことばかり!」
魔法使い「えっと、僧侶……?」
剣士「いや、今のはオレ悪くないでしょ!? 手つないでたのがダメなの!? ボディタッチはアウト!?」
魔法使い「あの、剣士……?」
剣士「言っておくけど、バカって言った人がバカなんだよ! 人をエロいと言う人がエロいんだよ!」
僧侶「なっ……! そんなことは……っ」
船頭「お前ら座れー。出航すんぞー」
魔法使い「うわあ……すごい!」
僧侶「天気もよくて、遠くの方まではっきり見えますね」
魔法使い「ねえ僧侶、海はどこまで続いてるの?」
僧侶「そうですね……、書物によれば、世界の果てまでも続いているそうですよ」
魔法使い「そんなに……」
剣士「オレの魔法使いちゃんへの愛は海より深いよっ」
魔法使い「ひゃあっ!」
剣士「ん、びっくりしちゃったかな。魔法使いちゃん、気分悪くなったりしてない?」
魔法使い「うん、大丈夫」
僧侶「勇者さんは大丈夫でしょうか?」
剣士「うん、薬飲んで横になってるから大丈夫だとは思うけどね……。選ばれし勇者が船酔いかあ……」
船頭「……見えてきたな」
魔法使い「あれ……、竜巻!? 空も海も灰色で……」
剣士「あの雲の先にあるんだよ、砦波島が」
僧侶「ここからは揺れますよ、しっかりつかまっていてください」
剣士「オレは勇者のところに行ってくるよ」
船頭「お嬢ちゃんたち、この毛布かぶって床に伏せてな」
魔法使い「僧侶……、今、何が……」
僧侶「近くに雷が落ちたようですね。それにしても、こんなにひどく揺れるなんて……っ」
魔法使い「そ、僧侶っ!」
僧侶「どうしました!?」
魔法使い「海水ってしょっぱいんだね!」
僧侶「……ふふっ、そうですね(魔法使いさん、この調子なら大丈夫そうですね)」
船頭「ふんっ、おりゃあああぁっ!」
勇者「う、うえっ、えええええ」
剣士「勇者ー、だいじょうぶー?」
勇者「しぬ……」
剣士「死んだら『船酔いで死んだ勇者』って語り継いでやろ」
勇者「けんし、おま、ふざけんな……、おええっぷ」
剣士「ちょ、お前こそふざけんな、首から上は海に出してろ!」
船頭「……っ、今回のは強敵だったな。着いたぞ」
僧侶「船頭さん、どうもありがとうございました」
魔法使い「ありがとうございましたっ。あの、船旅って面白いんですね!」
船頭「はっはっ、なかなか胆の据わった嬢ちゃんだ」
僧侶「あら、剣士さんに……勇者さん」
剣士「無事着いたみたいだねー。ありがと、おっちゃん」
僧侶「勇者さん、大丈夫ですか?」
勇者「……うえっぷ」
剣士「ダメだ、このままじゃ勇者が嘔吐キャラになっちまう」
魔法使い「わあ、地面が揺れてるみたい!」
僧侶「舟がずっと揺れてたからですよ」
剣士「とりあえず波の来ないところまで行ったら、勇者を寝かせよっか」
魔法使い「こういうのの回復も、僧侶の呪文でできるの?」
僧侶「いえ、魔物やトラップならまだしも、船酔いは神も想定外のようで……」
魔法使い「神?」
剣士「じゃ、勇者が回復するまで僧侶の能力解説ターイム」
僧侶「私は勇者さんたちと旅に出るまで、中央教会で修道女をしていたんです」
僧侶「そんなある日、神託を受けました」
僧侶「『近く此の街に、勇者が訪れる。汝、我の授ける能力を勇者の為に用いよ』と」
魔法使い「能力?」
僧侶「基本的には魔物との戦闘などで負ったダメージを回復させる能力ですね。あとは呪いを解いたり、皆さんを強化したり。それと……」
勇者「……うう」
僧侶「あ、勇者さん。はい、気分のすっきりする薬草です」
剣士「オレの脳内で『船酔いで死んだ勇者』のストーリーはバッチリでき上がったから安心しろ!」
勇者「死んでないって言ってるだろ!」
剣士「勇者ー、どうすんだよ。もし魔王が水棲で、舟に乗って戦う羽目になったら」
勇者「魔法使いが……干上がらせる」
魔法使い「私!?」
船頭「じゃ、俺はこの辺りにいるからよ。帰る時は声かけてくれや」
僧侶「はい、ありがとうございます。行ってきます」
剣士「竜の住む洞窟は……、この地図によるとここからちょうど反対側か」
魔法使い「ここから少し内陸に集落があって……、島の中心に山?」
勇者「これだと、山を越えるより島を回り込んだ方がよさそうだね。早速行こう」
船頭「おうちょっと待ちな。さっき捕まえたんだ、持ってけ。たぶん食えるぞ」
僧侶「この目玉と吸盤……、クラーケンじゃないですか! 船頭さんが捕まえたんですか!?」
船頭「ああ、嵐の最中に絡み付いてきやがった。切り身にしてあるから火通すだけでいいぞ」
魔法使い「クラーケンって……、船頭さん、強いんですね!」
船頭「海の男は強くなけりゃやってけねえよ、はっはっ」
剣士「(かわいそうだから言わないけど、勇者どんどん影薄くなってるなあ)」
僧侶「幸いにしてこの島に魔物はいないようですね」
魔法使い「……よかった」
剣士「足元が危なかったらオレにつかまってね、魔法使いちゃん」
魔法使い「う、ううん、大丈夫っ!」
剣士「遠慮しないで、ほーらたかいたかーい」
魔法使い「ひゃ、下ろしてよぉ……っ」
剣士「軽いねー、魔法使いちゃん」
* * *
勇者「で、ここがその洞窟か」
剣士「うわー、なんか雰囲気あるー。僧侶ちゃん、何か感じる?」
僧侶「ええ、大きな魔力を持つ存在……。おそらく竜でしょう」
魔法使い(結局最後まで剣士に抱えられてきちゃった……)
剣士「魔法使いちゃん、さすがに洞窟の中は狭いから下ろしちゃうね。気をつけて」
魔法使い「う、うんっ(や、やっと下ろしてもらえた……)」
勇者「じゃあ僕から行くよ。魔法使い、僧侶、剣士の順で続いて来て」
勇者「……ここが最奥かな」
僧侶「これは……地底湖?」
魔法使い「壁が光ってる……。きれい」
剣士「君の方がキレイだよ、魔法使いちゃん」
魔法使い「もう、剣士はいつもそんなことばっかり」
勇者「この地底湖に竜がいるのはほぼ間違いないと思うけど……、どうする?」
僧侶「見たところ、かなり深そうですね……。潜ってみるわけにもいきません」
剣士「斧でも投げ入れてみる?」
勇者「どこぞの女神でもあるまいし、戦闘ルート確定じゃないか」
魔法使い「ねえ、ずっと歩いてきたし、話し合いながら休憩しない?」
剣士「よーし、ボス戦に備えて腹ごしらえだー!」
勇者「船頭のおかげで一食浮いたー!」
剣士「勇者はさっき胃の中のもの全部吐ききっちゃったから特に食べとかないとね」
勇者「言うなよそれを……」
魔法使い「じゃあイカあぶるね。触炎!」
僧侶「ナイスです魔法使いさん! いい感じにこんがりです!」
勇者「調味料持って来ればよかったかな」
僧侶「海のものは自然に持っている塩気で充分ですよ」
剣士「はふー、食った食った」
魔法使い「でもだいぶ余ってるね」
勇者「もったいないなあ。魔法使い、洞窟出たら薫製にでもしようか」
僧侶「わあ、いいですねえ。お酒が進みそう」
勇者「酒は買わないよ。高いし」
僧侶「ええー……」
剣士「あ、そーだ。これ竜に供えてみる?」ポチャン
勇者「湖に投げ入れるのを供えるとは言わないし、何食料の無駄遣いしてるんだ剣士」
僧侶「そうですよ、釣りじゃあるまいし……」
ドドドドドッ
竜「先ほど、湖に何かを投げ入れたのは貴様らか」バサアッ
僧侶「……釣れましたね」
魔法使い「え、どうするの剣士!? なんかおっきいの出てきたよ!」コソコソ
剣士「いや、こういう時は正直に言えば金のイカと銀のイカをもらえるんだ!」コソコソ
勇者「よし、それを売ればさっきの損失はチャラだね!」コソコソ
剣士「ということで……、はい、オレたちは普通のイカを落としました!」
竜「ぬう……。この清浄な湖に塩を加えるなど、許し難い所業……!」
僧侶「な、なんかすごく怒ってますよ!?」
剣士「仕方ない、戦うぞ!」
勇者「お前はまず謝れ!」
剣士「え、えーと、すいませんでした……」
勇者「僕からも謝ろう。湖を汚して申し訳ない」
竜「小童め……。貴様らのせいで皮膚が痛んでしまったわ」
魔法使い「意外と敏感肌なのかな」
僧侶「あのヒゲとか、だいぶお手入れに気を遣っていそうですよね」
勇者「……僕たちはあなたが持つ宝玉に用があるんだ。話を聞かせてくれないか?」
竜「儂の宝玉を狙うとは、重ね重ね不愉快な輩よ……。 死を以て償え!」
剣士「結局、バトル開始なわけね!」
竜「湖に塩を入れられた恨み、精々晴らしてくれるわ!」
勇者「僧侶、強化を頼む!」
僧侶「はいっ!」
魔法使い「襲……風っ!」
竜「……むっ!? なんだこの匂いはっ!」
剣士「あぶったクラーケンかなあ」
竜「ふざけるなああぁっ!」
勇者「火に油だよ!」
竜「貴様らのその口、永久に動かぬようにしてくれるわ!」コオオォ……
勇者「みんな! なんか出そうなんか吐きそう!」
剣士「勇者しっかり! ここは陸だぞ!」
勇者「僕じゃない! あの竜っ!」
キイイイィ……ン
魔法使い「うううっ……」
勇者「辺りが凍り付いた……。コールドブレスか!?」
僧侶「魔法使いさん、無事ですか!?」
魔法使い「大丈夫、でも寒い! 直撃したらまずそう!」
勇者「剣士、僕と2人で竜を攪乱するよ! 僧侶は僕たちを強化! 魔法使いは隙を見つけて炎呪文をあいつにぶつけて!」
僧侶「はい!」
剣士「オッケー!」
魔法使い「わかった!」
剣士「おらあっ!」
竜「小童がちょこまかと……」ブンッ
剣士「ぐっ……、さすがに爪も強力だな……」
勇者「ほら竜! 後ろが空いてるぞ!」
僧侶「攻撃力強化!」
竜「……くっ、小癪な!」
勇者「よし、畳み掛けるぞ!」
剣士「オーライ!」
竜「……」コオオオオォ……
僧侶「今回復します! がんばって!」
剣士「!? 僧侶危ないっ!」
魔法使い「尽炎!!」
キイイイィ……ン
僧侶「剣士さん! 私をかばって……!」
勇者「魔法使い、ブレスを吐く一瞬の隙をついたのか!」
竜「ぐっ……小娘め……。この爪で貫いてくれる!」
僧侶「させません! 聖守護壁!」
魔法使い「うくぅっ……、尽炎! 襲炎! 覆煙!」
竜「なっ、煙……、目くらましか!?」
勇者「……喉元、もらったあっ!!」ズブリ
竜「まだだ……、この爪の前に、ひれ伏すが良い!」グサッ
勇者「が……はっ」
魔法使い「勇者!」
僧侶「最低限の回復はしてます、魔法使いさんは竜の顔めがけてどんどんやっちゃってください!」
魔法使い「うん……、魔法薬、使うね!」グビッ
勇者「くっ……」ギリギリ
竜「しぶとい小童よ……。だが、もう、一撃――」
魔法使い「襲炎!」
竜「ぐあぁっ……」
勇者「うおおおあぁあ!」ズシャアッ
ドオッ……
魔法使い「……倒した、の……?」
僧侶「そのよう……ですね。勇者さん! 大丈夫ですか!?」
勇者「っ……、なんとかね……」
魔法使い「……ねえ、剣士が! ……剣士が!」
僧侶「私をかばって……氷漬けに」
勇者「魔法使いの炎呪文で、氷は粗方溶けたようだけど……」
魔法使い「すごく冷たいし、息もしてないの! 剣士! 剣士!」
僧侶「魔法使いさん、大丈夫ですよ。下がってください」
僧侶「天にまします我らが神よ、我契約の元に願わん、魔物竜との戦いにて失われし剣士の魂を呼び戻さんことを……」
魔法使い「これは……?」
勇者「後で説明するよ。今は、静かに」
僧侶「……剣士の尊き魂が惑うことなく現世に立ち返らんことを……」
剣士「……」ピクッ
魔法使い「……剣士!」
僧侶「……ふう、もう大丈夫なようですね」
剣士「あ、もう竜倒し終わったの? カッコ悪いな、オレ」
魔法使い「そっ、そんなことないよ! よかった……、剣士」
剣士「あーあ、なんかみんな傷だらけじゃん」
勇者「剣士が僧侶を守ってくれたおかげで、だいぶマシだよ」
剣士「僧侶、ありがとな。蘇らせてくれて」
僧侶「こちらこそ……。かばって頂いて、ありがとうございます」
魔法使い「僧侶……すごいんだ」
僧侶「先ほど、私が神と契約して勇者をサポートしている、というお話はしましたね」
魔法使い「うん」
僧侶「あの時に言いそびれたのですが、神から授かった能力の中に、仲間の蘇生も含まれているんです」
剣士「ちょうどいいタイミングで勇者が起きちゃったからね」
僧侶「ただ、その能力は魔王を倒すまでで、蘇生できるのも勇者とその仲間だけですけれどね。さすがに行使する力が大きすぎて」
勇者「僧侶が死んじゃったら近くの教会に行かないといけないから、とにかく僧侶のダメージは最小限にするようにしてるんだ」
剣士「さっきのアレもそういうことだから、気にしないでよ、僧侶ちゃん」
僧侶「それでも、私をかばってみなさんが傷付くのは嫌ですよ……」
勇者「さて、肝心の宝玉だけど……」
僧侶「どこにあるのか聞く前に倒してしまいましたね」
剣士「もう、何やってんだよ勇者」
勇者「さっきまで凍ってたやつに言われたくないよ」
剣士「病み上がり……じゃなかった死に上がりに対してひどい暴言だ」
魔法使い「とりあえず、竜は持ってないみたい。……お腹の中とかならわからないけど」ゴソゴソ
勇者「……けっこう魔法使いって大胆なことするね」
剣士「そこが魔法使いちゃんのいいところだよ!」
勇者「……とすると、湖の底かな」
剣士「潜るのかー……」
僧侶「湖の中に、魔物はいないようですが」
勇者「……よし、行くしかないかな」バサッ
魔法使い「うん、わかった!」ヌギヌギ
僧侶「何やってるんですか魔法使いさん!」
魔法使い「え? 今から潜って宝玉探すって……」
僧侶「それは勇者さんに任せて、私たちは待機ですよ! ほら剣士さんも何か……」
剣士「今までローブ着てたから気付かなかったけど、魔法使いちゃんってスタイルもいいんだね! エクセレント!」
僧侶「ああもう!」
勇者「じゃあ、行ってくるよ。命綱はしっかり持っててね」
僧侶「ええ、お気をつけて」
勇者「僕は勇者だからね。本当に火輪の玉なら、すぐに見つけられるはずさ」バシャン
魔法使い「ううー……」
剣士「魔法使いちゃん、よかったよ! ほら、オレの冷えきってた体もいい感じにあったまったし、何よりともかくドジっ子かわいい!」
僧侶「剣士さん、命綱から手を離さないでください!」
僧侶「できれば、竜の体内も調べておきたいところですが……」
魔法使い「じゃあ、私がやるね」
剣士「大丈夫? 女の子にはキツいんじゃない?」
魔法使い「一人旅してた時には獲物の解体ぐらい日常茶飯事だったし、大丈夫!」
僧侶「では、私もお手伝いします!」
剣士「じゃあオレの短剣貸してあげるよ。あんまり使ってないけど、切れ味は保証する」
魔法使い「ありがとう!」
僧侶「背中はウロコが硬そうですし、お腹からでしょうか」
魔法使い「勇者が喉元に剣刺したし、ここから開こうかな」ズブズブ
僧侶「うっ……、す、すみません。私は向こうで亡くなった竜に祈りを捧げていますね……」
魔法使い「竜の肉って食べられ……、なんか青紫だしやめよっと」
僧侶「血は赤かったのに、肉はすごい色なんですね……」
魔法使い「あっ、骨はコバルトブルー! ほらほら、きれい!」
僧侶「すっ、スプラッタなものは見せないでください……」
剣士「女の子がキャッキャしてるのはいいねー。やってることは竜の解体だけど」
グッグッ
剣士「お、アタリがきたな」グイグイ
勇者「……ぷはっ」
剣士「やっ、お帰りー。帰ってこなきゃオレのハーレムだったんだけどね」
勇者「ひどいこと言うなあ。とりあえず、宝玉と……なんかヌメッとしたのあった」
剣士「ああそれさっきオレが投げ入れたクラーケンの切り身じゃない?」
勇者「確かにこんなもん投げ入れられたら僕だって怒るね」
剣士「オレだって」
勇者「じゃあなぜやった」
勇者「で、僧侶と魔法使いは……うわあああぁぁ!」
僧侶「あら勇者さん、お帰りなさい」
魔法使い「宝玉見つかった?」
勇者「いや、それどころじゃなくて! どうしたの血まみれ!」
魔法使い「返り血だから! 平気!」
僧侶「魔法使いさんが竜を解体してくれてるんですよ」
勇者「出会ってから君わりと想定外な言動が目立つよ!」
剣士「ミステリアスな女の子、魅力的じゃん!」
勇者「剣士には聞いてないよ!」
勇者「魔法使いが返り血を洗い流してきたところで、宝玉についてだけど」
魔法使い「透きとおってて……、ちょっと青みがかってる」
僧侶「微量の魔力が感じられますね……」
剣士「勇者はこれ、火輪の玉だと思う?」
勇者「いや、違うと思う。……根拠はないけど、そう感じる」
僧侶「そうですね、火輪の玉ならもっと強い魔力を秘めていそうですし」
魔法使い「そっか……。じゃあこれどうしようか?」
勇者・剣士「「持って帰ろう」」
剣士「記念になるし」
勇者「売れそうだし」
剣士「えっ」
勇者「えっ」
勇者「はあ……、結局空振りかあ」
剣士「また宝玉伝説でも漁らないとねえ」
魔法使い「火輪の玉と稲妻の剣……。ねえ剣士、ちょっと島の地図見せて」
剣士「いいけど、どうしたの、魔法使いちゃん?」
魔法使い「稲妻……。嵐が島をぐるっと囲んで……」
魔法使い「ねえ、これから島の中央の山に登ってみない?」
トリ間違ったよ……orz
――山道――
勇者「……魔物がいないのはいいけど、結構、きついな……」
僧侶「仕方ありませんよ、集落の人も、ここまでは、立ち入らなさそうです、し……っ」
剣士「魔法使いちゃん、ほら抱っこ抱っこ」
魔法使い「わ、私、だって……あるける……もんっ……」
剣士「ほらー、おんぶでもいいよ? 辛いっしょ?」
魔法使い「私が登るって、言ったから……、自分で……、登るの……!」
僧侶「がんばりましょう、魔法使い、さん……」
剣士「レディの荷物はオレが持つよー」ヒョイ
僧侶「ありがとうございます、剣士さん……」
魔法使い「け、剣士、すごいね……」
剣士「まあ、伊達に剣振り回してないからねえ」
魔法使い「も、もうすぐ山頂……」
勇者「……僧侶、感じる?」
僧侶「えっ、ええ……。魔力、に近い何かが……」
勇者「なんだろう、力がみなぎる……」
剣士「え?」
勇者「体が落ち着かない! ごめんみんな先に行くよ!」 ダッ
魔法使い「ゆっ、勇者ー……?」
剣士「よくわかんないけど、勇者はほっといてオレたちはゆっくり行こうか」
僧侶「そ、そう、ですね……」
――山頂――
剣士「おーい、勇者ー。女の子放っといて行くなよー。……ん?」
魔法使い「勇者、見たことのない剣持ってるね……。すごい勢いで素振りしてるね……」
僧侶「先ほど感じた力、あれでしたか……」
勇者「みんな、遅いじゃないか!」ブンブン
剣士「とりあえず剣を下ろそっか勇者、そのままじゃ近づけない」
勇者「ほら、この紋章が見えないのか! これこそ稲妻の剣だったんだよ!」
剣士「……そうか」
魔法使い「……わー」
僧侶「……すごーい」
勇者「どうしたのみんな!? 稲妻の剣だよ? 伝説の武器だよ?」
魔法使い「……疲れた」
僧侶「右に同じです」
剣士「いや、すごいけどさ……。みんなが見守る中、勇者が神々しい光に包まれつつゆっくりと台座から剣を引き抜くようなイベントを想像してたから」
勇者「それにしても! 反応が薄いよ!」
剣士「だったらもうちょっと雰囲気を作れよ!」
勇者「だって剣が呼んでたんだもん!」
剣士「言い訳しない!」
僧侶「……ああ、いい景色……。お水がおいしいですねえ……」
魔法使い「僧侶、お菓子食べるー?」
勇者「僧侶と魔法使いに至っては興味失ってるし! 遠足みたいになってるし!」
剣士「2人とも剣使う職業じゃないし、そんなもんでしょ」
僧侶「ところで魔法使いさん、どうして山に登ろうと言い出したんですか?」
魔法使い「んー、まずこの島、火輪……、太陽よりは稲妻の方が強そうだなって思ったの」
魔法使い「で、その力の源を考えたら、嵐があるところの真ん中……、島の真ん中のここかなって」
僧侶「見事です、魔法使いさん! 大当たりですね!」
魔法使い「えへへー。……大変だったけどね」
僧侶「でしたねー」
魔法使い「……どうせ魔物もいないし、勇者ひとりで登れば良かったのにね」
僧侶「全くですよ」
勇者「なんか僕責められてる……」
剣士「そりゃそうでしょ」
僧侶「さて、自然の摂理として登ったら下りなければなりません」
魔法使い「……がんばるぞー」
剣士「もう目的は達成したし、ゆっくりでいいよ」
勇者「今なら何でもできる気がする……」
剣士「このウザさ、いつまで続くんだろ」
勇者「とにかく今は! この剣を! 振り回したくてたまらない!」
魔法使い「ゆっ、勇者! まぶしいよ!」
僧侶「刃に夕陽が反射して……、あら?」
剣士「嵐が……止んでる」
勇者「太陽も僕の前途を祝福してる! 行くぞー!」ダダダダッ
魔法使い「……また行っちゃった」
剣士「……オレたちはゆっくり行こう」
僧侶「……ええ」
――山のふもと――
ザワザワ……
剣士「あれ、集落の人が集まってるね」
魔法使い「んーと……、勇者を囲んでるみたい」
僧侶「念のため、気をつけて進みましょう」
* * *
村人A「あんた、伝説の勇者だったのか!」
村人B「空が晴れてる……。ワシが生きてるうちに青空を拝めるとは……」
村人C「おにいちゃん、勇者さまなんでしょ? アタシ知ってるもん!」
勇者「こ、こんなに囲まれると照れくさいな……。あっ、みんな!」
剣士「一人でいいとこ取りばっかしやがって、ずるいぞお前」
村人A「おお、勇者様のお連れの方かい!」
村人B「さあさあ、皆さん、今日はもう遅い。ワシら一同もてなします故、どうぞ一晩ごゆるりと」
船頭「おう兄ちゃんたち。先に一杯引っ掛けてたぜ」
――集会所――
村人A「ほらほら! そこの姉ちゃんたちも飲んだ飲んだ!」
魔法使い「んぐっ……、な、なんですか、これ!」
僧侶「ぷはーっ、いいお酒ですね!」
村人C「おにいちゃん、かっこいーねー」
剣士「ありがとう、君も大きくなったらすっごく美人になるよ」
村人C「えへへー。アタシおにいちゃんとけっこんするー!」
村人B「それにしても、あの伝説が本当だったとはのう……」
村人B「『いつの日にか勇ましき者現れ、雲を割り光をもたらすであろう。海は凪ぎ風は和らぎ、鳥は歌い花は咲き乱れ、彼女ができ宝くじに当たり……』」
村人A「じいさん途中から何か変わってるぞお!」
勇者「僕たちは、竜が守っているという宝玉の噂を聞いて、この島に来たんです」
村人A「ああ、そんなのもあったなあ。でもこの島で伝説って言やあ勇者伝説だな」
勇者「と、言うと……?」
村人A「この島は年中嵐に囲まれてて、漁もできねえ、作物もロクに育たねえ。
けど、いつかは勇者が助けてくれるって言う、他力本願なヤツだけどよお……。意外とこれが、心の支えになるもんだ」
勇者「その伝説は、聞いたことがありませんでしたね」
村人A「そりゃ、島の外の奴らにとっちゃ意味ねえもんな、こんな伝説」
村人B「伝説は真実になったんじゃなあ……。バアさんにも見せてやりたかったよ」
村人C「ねえ、あたしおにいちゃんにまた会えるかなあ?」
剣士「ああ、もちろん。キミが美人になってるのを楽しみにしてるよ」
――翌日――
僧侶「みなさま、お見送りありがとうございます」
村人A「いやいや、なんせかの勇者様だからなあ! しっかり目に焼き付けとかにゃ損ってもんよ」
魔法使い「こんなにたくさんの贈り物ももらっちゃって……」
村人B「これでも全然足りぬぐらいじゃが、ほんの気持ちですわい」
剣士「みんな、魔王退治してくるから待ってろよー」
村人C「おにいちゃん、ぜったいぜったいまた来てね!」
勇者「舟……やだなあ」
剣士「肝心の勇者がグダグダすんなよ! ほら、稲妻の剣抜いてカッコつけて!」
勇者「……うん、よしっ!」 ビシイッ!
村人たち「すげー!」「カッコイイーッ」「さすがは勇者様だ!」
勇者「……えへへ」
船頭「よーし、嵐も去ったし前途洋々! 行くぞ!」
勇者「うん大丈夫大丈夫今の僕なら大丈夫船酔いなんてしない船酔いなんて……」ブツブツ
――海上――
勇者「あ、やっぱ無理……。うええええぇ」
魔法使い「勇者、大丈夫?」
僧侶「島の人たちが見えなくなるまで我慢するなんて、偉いですよ」
剣士「あの人たち、ずーっと手振ってたな……応えないわけにはいかなかったしな」
魔法使い「顔色白くなるまでがんばってたね……」
剣士「もうむしろ、『船酔いしますがそれでもみなさんを助けるためにやって来ました!』っていう方向でいっちゃった方がよかったかもね」
勇者「そ、それは、やだ……」
僧侶「勇者さんがダウンしている今、何をしましょうか」
剣士「この宝玉の話とか?」
魔法使い「あ、竜が持ってたやつ!」
僧侶「そうですね……」
剣士「大きさは手のひらにおさまるくらい。質感はガラスに似てるけど……、ちょっと重いかな」
魔法使い「ねえ、さっき見た時より濁ってる……というか、白っぽくなってない?」
僧侶「そうでしょうか……? 明るいところに出したからでは?」
剣士「なんかのマジックアイテムっていう線が妥当かなー」
僧侶「竜があそこまで執着するマジックアイテム……。感じられる魔力は微弱ですが、わくわくしますね」
剣士「街に戻ったら王立図書館でも行って調べてみよっか」
僧侶「それでは船頭さん、行きと帰りと、どうもありがとうございました」
船頭「いやあ、勇者一行を乗せただなんて、他のヤツらに自慢できるな」
剣士「肝心の勇者、半死半生だけどね……」
勇者「け、けんし……おぶっ、て……」
剣士「えー? オレの体は女の子にしか貸さないよー」
魔法使い「稲妻の剣がおじいちゃんの杖みたいになってる……」
船頭「嵐が晴れたもんで、島へ渡るのは俺の専売っつうわけには行かなくなっちまったけどよ、また何かの折には声かけてくれよ、はっはっ」
僧侶「ええ、もちろん」
魔法使い「帰りはクラーケン出なかったね」
船頭「ああ、行きのははぐれクラーケンだな。あの海域で見たのは初めてだ」
魔法使い「そっか……、生きてるの見たかったな」
剣士「勇者、今オレが考えてることわかる?」
勇者「わかるわけないだろ……」
剣士「魔法使いちゃんのクラーケン触手プレイ……」
勇者「……なぜ僕がわかると思った」
剣士「え、男のロマンだから?」
勇者「そんなロマン海に捨ててこい」
僧侶「それでは、ひとまず今日はゆっくり休んで、明日から図書館に通い詰めましょうか」
勇者「えっと、宝玉伝説を探すのかな?」
剣士「いやいや、竜が持ってたこれでしょ、これ」
魔法使い「マジックアイテムの事典に載ってるかな」
僧侶「私が知る限りでは見たことがありませんね……。だいぶ専門的なものに頼る必要がありそうです」
魔法使い「すごい、僧侶物知り!」
僧侶「王立図書館には及ばないとはいえ、以前私がいた中央教会にもそれなりに本は揃っていましたからね」
魔法使い「そっか、私は村長さんの家でしか本って読んだことないなあ」
僧侶「……それならきっと、王立図書館に行ったら目を回してしまいますね」
剣士「オレなんかあの壁見ただけで頭痛くなっちゃうけど」
勇者「王国付きの博士しか入れない図書館を使わせてもらえるんだから、贅沢だよね」
魔法使い「そうなの!?」
勇者「勇者特権でね」
剣士「ここの王様、やったら勇者ひいきしてくれるんだ。で、それにオレらも便乗できるってわけ」
僧侶「それを快く思わない人たちもいるのでしょうけれどね……」
剣士「あの図書館長さんとか?」
勇者「いや、あの館長さんは全員に公平だよ、うん……」
――翌日――
魔法使い「……ここ?」
僧侶「ええ」
魔法使い「すごい……広くて端っこが見えない」
僧侶「ふふっ、中に入ったら、もっと圧倒されますよ」
ギギィ……
魔法使い「結構薄暗いんだ……」
勇者「魔法使い、しーっ!」
館長「……おや、またお仲間が増えたようですな」
勇者「ええ、魔法使いといいます。彼女の分の利用証も、お願いします」
館長「またこれはずいぶんとお若い……。きちんと良識をわきまえて頂けないと困りますよ」
魔法使い「はい……」
館長「くれぐれも、書物を痛めることのないように。どれもこれも、もはやこの世に存在し得ない賢者の遺した一級品の宝物なのですよ」
剣士「マタハジマッタ(口パク)」
館長「まったく近頃は、書物を蔑ろにする者が多くて誠に遺憾です。博士と煽てられてはいても、これらの叡智の結晶より、ギラギラした宝石やら金貨やらをありがたがる。挙げ句の果てには少々の金銭のために読むに足らぬ本を濫造し、書庫に悪魔を滑り込ませる!」
勇者「……」
館長「嘆かわしいことに、老齢になるほどそのような浅ましい手段を取りたがる! 王宮の俗気に毒されたのか、小手先の処世術ばかり達者になって! 勇者様も、今はまだマシなようですが、救世主と煽てられていては、いつか足元を掬われますぞ。ゆめゆめ過去の叡智を忘れることのないように」
僧侶「はい、では図書館を使わせて頂きます。よろしくお願いします……」
魔法使い「……ふーっ」
剣士「相変わらずだったなあ、あの偏屈館長さん(小声)」
勇者「まあ、あれを乗り越えれば使わせてもらえるわけだし……(小声)」
僧侶「本の目利きや管理については、信頼できる方なのですけどね……(小声)」
勇者「じゃあさっさと手分けして終わらせちゃおう。僕と剣士は現代語の本。僧侶は古教会語。魔法使いは……、古北方語は読める?(小声)」
魔法使い「読めるよ、大丈夫(小声)」
剣士「よし、解散!(小声)」
パラパラパラ……
魔法使い (あ、この本……、村長さんの家にもあった)
魔法使い (古いわらべ唄の本……。小さい頃はよく歌ったなあ)
魔法使い (これは……魔術書? そういえば、北には独特な古い魔法が伝わってるって聞いたことがある)
魔法使い (結局、私は教えてもらえなかったけど……その方がよかったのかな)
魔法使い (あの時、もっと強力な魔法を知っていたら、もっと大勢の人が……)
魔法使い (あの時はもう、分かってたのに……。私が死神だって分かってたのに、止められなかった……)
魔法使い 「……くっ、 ひっく……」
魔法使い (だめ……。泣いちゃだめなのに……。私に泣く資格なんてないのに……)
魔法使い (……本を、探さなきゃ……)
パラパラパラ……
僧侶 (……まったく、どうして古教会語というのはこんなに回りくどく書いてあるのでしょう)
僧侶 (字数行数音韻隠喩、形式ばっていてたまりません)
僧侶 (古教会語を否定するわけではありませんが、図鑑の説明文くらい要点をビシッと書いてはもらえないのでしょうか)
僧侶 (……この玉、図で見る限りではあの宝玉に似ていますね)
僧侶 (どれどれ……)
『祝福されし聖女麗しく
涙は慈悲深き海の色を湛える
神より遣わされし燕
天翔えて雛産み落とし
闇を裂く角笛は
約束されし勲に終わる
愛し 然し乍ら認めざる者
獅子と驢馬共に得んとす ……』
僧侶 (ええっと、一行めには大体意味はなくて、その次は、外見的特徴……?)
僧侶 (文字は読めるのに、意味が取れません……)
僧侶 (そして意味が取れたら、皆さまに分かりやすい説明を考えないと……)
僧侶 (僧侶にあるまじき雑言をお許しください、神よ)
僧侶 (もし今一つ願いが叶うとしたら、全力で著者にこの図鑑を投げつけてやりたいです。無駄に書物を厚くすることの害悪を身を以て学んで頂きます)
パラパラパラ……
勇者「どう? 剣士(小声)」
剣士「……見つからないな(小声)」
勇者「こっちも……。よっぽど稀少なのか、逆に全く価値がないガラクタなのか(小声)」
剣士「いっそ、骨董屋に持って行って目利きしてもらう?(小声)」
勇者「価値が分かってないってばれたら安値で買い叩かれるから嫌だ(小声)」
剣士「はあ……。じゃあもうちょっとがんばりますかね(小声)」
勇者「だね……。(小声) ……って、剣士!」
剣士「しーっ(小声)」
勇者「しーっ、じゃなくて! 何読んでるんだよ!(小声)」
剣士「他の本の奥に隠されてた。レア(ピィー)だね(小声)」
勇者「そっ、そんな(ピピィー)ここで読む物じゃないだろう!? (小声)」
剣士「ここにあるからにはここで(ピィー)ヤツがいるんだろ。まあ、マジメぶってるどこかのお偉いさんがこっそり持ち込んだんだろうけど(小声)」
勇者「僧侶と魔法使いに言いつけるぞ(小声)」
剣士「まあまあ、勇者も共犯ってことで。この挿絵とかさ、(キュピィー)よくない?(小声)」
勇者「ぼっ、僕はそんな(ピィィー)見たくなんて……(小声)」
剣士「……ところでさ、さっきからピーピー言ってるの勇者?(小声)」
勇者「いや、僕は何も……(ピィー)、……このカバンの中?(小声)」
剣士「そんな音の(キュピィー)ようなもの入れた覚えは……。一応見てみるか(小声)」カパッ
カバン「ピイィ!」
剣士「しーっ!」パタンッ
勇者「え……、どうしたの(小声)」
剣士「……なんかちっちゃい竜が入ってた(小声)」
館長「何やら奇妙な音が聞こえましたが……」
勇者「すっ、すみません! なんでもありませんっ(小声)」
館長「フン……。良識をわきまえない方は、いくら勇者様と言えど、この図書館を使って頂くわけにはいかなくなりますので、ご注意ください」
勇者「はいっ(小声)」
館長「それでは失礼。探し物が無事に見つかりますよう」コッコッコッ……
剣士「……ふうっ、とりあえず出た方が良さそうだな(小声)」
勇者「だね。僕は僧侶と魔法使いを呼んでくるから、剣士はそのカバン持って先に出てて(小声)」
剣士「オッケー(小声)」
剣士「お、おつかれー。……僧侶ちゃん、なんか殺気立ってない?」
僧侶「いえ剣士さん、決してそんなことはありませんよ?」ニッコリ
剣士「魔法使いちゃんは……、どうしたの? 目が赤いけど……」
魔法使い「なんでもないよ! ちょ、ちょっと部屋がホコリっぽくて……」
勇者「確かにあまり使われてなさそうだったしね、あそこ」
魔法使い「う、うん、そうなの! だから大丈夫!」
剣士「それならいいけど……。さてみなさん、こちらをご覧あれ」
子竜「キュピイッ!」
僧侶「可愛いです!」
魔法使い「……か、かわいい」
勇者「いやそうじゃなくて……。いつの間にか剣士のカバンに入ってたんだ。どこから紛れ込んだんだろうね」
剣士「で、さっき気付いたんだけど、これ」ガシャッ
勇者「ガラスの……かけら?」
僧侶「この色合いには覚えが……。って、これ宝玉じゃありませんか!?」
剣士「そうなんだよねー。さて、竜から奪った宝玉が割れて、代わりにちっちゃい竜が入ってました。どういうことだろうね?」
魔法使い「……まさか、竜の……卵?」
剣士「オレもそう考えてるよ、魔法使いちゃん」
僧侶「竜の卵……。それなら確かに、マジックアイテムの事典には載っていませんね」
勇者「それに竜の卵なんて、ほとんど未確認だ。……王立図書館でも見つからないはずだよ」
剣士「そもそも竜についての情報がほとんどないんだよなあ。強いわ、人里離れた辺境にいるわで。こいつ、何食べんだろうね?」
勇者「剣士……。まさか、飼うつもりじゃないよね?」
剣士「飼うつもりだけど、ダメ?」
勇者「ダメに決まってるよ!」
剣士「えー、飼いたーい。竜騎士とかさ、カッコいいじゃん」
勇者「竜だよ!? 飼いならせると思ってるの!? ほら、2人とも何か……」
僧侶「えっと……勇者さん、実は私も、できれば飼いたいと……」
魔法使い「勇者、ねえ私も飼いたい」
剣士「ほらほら、3対1だよ」
勇者「ダメ! エサ代だってかかるだろうし、面倒見切れないよね!?」
剣士「何食べるのか知らないけどエサはがんばって工面するし、面倒は3人で持ち回りで見るから!」
勇者「これからどんなことがあるか分からないのに無責任に飼えないでしょ!」
僧侶「でっ、でも、竜ですよ! きちんと訓練すれば戦力になるはずです!」
勇者「島にいた竜、結構デリケートだったじゃないか! 元いた島に返してあげるのがいちばんいいよ!」
魔法使い「でもこんなにちっちゃいのに一人で生きて行けるかどうかわからないよ!」
僧侶「そうですよ! 大きくなるまで私たちが責任を持つべきです!」
剣士「ほらチビすけ、可愛さと弱々しさを勇者にアピールだ!」
子竜「ピィ?」ジーッ
勇者「うっ……。ひ、独り立ちできる大きさになったらすぐ島に返すよ!」
剣士・僧侶・魔法使い「「「はーい!」」」
魔法使い「ねえねえ、この子の名前どうしようか?」
僧侶「そうですね……。『神より遣わされし燕』……」
魔法使い「燕?」
僧侶「あっ、いえ、なんでもありません。さっきまで読んでいた本に出てきて……」
剣士「親の方は辺りを凍らせる息吐いてたけどさ、こいつも何かできるかな? ほら、やってみろ」
子竜「ピィ? キュプゥ~!」
剣士「あ、ひんやりしてる! 心なしかひんやりしてる!」
勇者「ささやかだなあ。これじゃ氷の初級呪文、なんだっけ、呼氷ぐらいじゃない?」
剣士「だねー。まあ生まれたてだしこんなもんじゃない?」
魔法使い「呼氷って名前にする? 呼氷ー」パキピキパキッ
子竜「キュピィッ!?」
僧侶「……氷が」
勇者「……呼氷はやめておこう」
魔法使い「ごめんなさい……」
剣士「あっ、『カリン』はどう?」
勇者「それは……。火輪の玉からとったね?」
剣士「うん。火輪の玉だと勝手に勘違いしててゴメンナサイって意味も含め、これから火輪の玉が無事見つかりますようにっていう願いも含め、火輪の玉みたいに伝説に残る存在になってくれますようにっていうこいつの行く末への期待も含め」
勇者「思いつきの割には色々含め過ぎだよ」
僧侶「カリン、いいかもしれませんね。響きも可愛いですし」
勇者「響きが可愛いって……。そのうち僕らより大きくなるんだよ」
魔法使い「カリーン、カリンはカリンっていう名前でいい?」
子竜「ピィー」
勇者「魔法使いもカリンって名付ける前提で話を進めない! 子竜もイエスかノーかわからない返事をしない!」
僧侶「勇者さん、もうカリンで馴染んじゃったので、この子の名前はカリンということでいいですか?」
勇者「……うん」
剣士「ほら、今日からおまえはカリンだよー、カ、リ、ン」
カリン「キュゥア、ピィー、ン」
魔法使い「カリンがしゃべったー!」
勇者「親の竜も喋ってたしね。この子もそのうちちゃんと喋れるようになるかな」
剣士「じゃあ今のうちに教えとこーっと。ほら、オレが剣士、あっちが僧侶と魔法使い。で、これがママ」
勇者「ママじゃなーい! カリン、僕は勇者だ」
剣士「カリンが生まれてから今まで、子どもが捨て猫拾ってきた時のママそのものだったよ勇者」
カリン「ピィー、ピィー」
剣士「お、どうした、カリン」
僧侶「お腹がすいたのでしょうか?」
魔法使い「クラーケン食べる、カリン?」
勇者「ああ、まだ残ってたんだ」
僧侶「島の人のご厚意に甘えて、干物にしていただきました」
カリン「……」ムグムグ
魔法使い「食べてる食べてる」
剣士「ある意味親の仇だよね」
勇者「お前が言うか」
剣士「いやそっちこそ」
カリン「……」ムグムグ
魔法使い「あれ、減ってない……?」
勇者「……あのさ」
魔法使い「なあに?」
勇者「竜のことはよく分かんないけど、赤ちゃんにあげるものにしては、クラーケンは歯ごたえがありすぎるんじゃないかな」
魔法使い「確かに!」
カリン「ピキュイ!」ムシャムシャ
僧侶「果物があってよかったです」
剣士「ちゃんとエサを食べてるから一安心、てとこかな」
カリン「……キュウー」コックリコックリ
勇者「あれ、もう食べないのかな」
魔法使い「眠そうだね」
勇者「じゃあ僕たちも宿を探そうか。カリンは……、ひとまずカバンに入れておこう」
魔法使い「ちゃんとしたカゴとか買ってあげようよ」
勇者「んー……、そうだね。明日市場を見て回ろうか」
――翌朝――
剣士「ああ、よく寝たー……」
魔法使い「あっ、剣士、おはよう! ほら、見てみて!」
剣士「魔法使いちゃん、おはよー……。何?」
カリン「オハヨー!」
剣士「しゃべった!?」
魔法使い「あのね、カリンが起きたときにおはようって言ったら、返事してくれたの!」
カリン「ケンシ!」
剣士「オレの名前まで教えてくれてたの? 魔法使いちゃんやさしーねー」
魔法使い「ううん、昨日ので覚えてたみたい。だから……」
勇者「ほら、朝ご飯できたよー」
カリン「ママー! オハヨー!」
勇者「だから僕はママじゃないってば!」
僧侶「いきなり話せるようになってるなんて、驚きですね」
カリン「コトバ、シッテル! イウ、ムズカシイ」
剣士「えっと、オレたちが話してることの内容はわかるけど、自分で言うのは難しいってこと?」
カリン「ソウ! シャベル、タイヘン」
勇者「カリンはまだ子どもだからね。そのうち上手になると思うよ」
カリン「ウン」
勇者「ところでカリン、朝ご飯はどうする? みんなと同じものでいいかな?」
カリン「スコシ、タベル。タベナイ、ヘーキ」
魔法使い「食べなくても大丈夫なの?」
剣士「トカゲやヘビも、一度食事をしたら数日食べなくても大丈夫って言うからね」
カリン「カリン、トカゲ、チガウ!」カプッ
剣士「あいたっ……くもないな。ほーら噛んでみろ噛んでみろー」
勇者「剣士、あんまりからかわないようにね……」
トリ違うかもしれない……
僧侶「では、市場に行きましょうか」
勇者「カリンはひとまず、カバンに入ってて。狭くて悪いけど」
カリン「ウン! ……フーンダ」
剣士「痛え……。後からじわじわ来るんだけどこの咬み傷」
勇者「自業自得だよ」
剣士「なんかさ、傷口冷たくて不安なんだけど。僧侶ちゃん、治してくんない?」
僧侶「私の力は、魔物との戦いの傷しか癒せませんので……」
剣士「魔物じゃん! ドラゴンとオレ戦ったじゃんさっき!」
僧侶「あれじゃ無理ですねー」
魔法使い「戦ったっていうか、じゃれてたもんね」
剣士「ちょ、オレの傷治るんだろうな!?」
カリン「……」プイッ
僧侶「まあ、万一のことがあれば、蘇生はさせられると思いますよ、剣士さん」
剣士「僧侶ちゃん、そんな最悪の事態になんないとダメなの、オレ?」
やっぱ違った……orz
しょうがないから新しいので続き
魔法使い「僧侶、このカゴかわいいよ」
僧侶「ああ、きれいな彫刻が付いてますね。でも、もうちょっと大きくてもいいかもしれません」
勇者「暴れたりもしないだろうし、軽いのでいいかな」
剣士「カバー付きのにしておく? 人目にさらすのもちょっと心配だよね」
店主「嬢ちゃん坊ちゃん、そんなに大きいカゴを買って何を入れるつもりだい」
剣士「ちょっとね、ベビードラゴンを」
店主「ふっふっ、若い人は夢があっていいねえ」
魔法使い「このおじさん信じてないよ」ヒソヒソ
僧侶「まあ、私たちのこと、勇者一行って知りませんから」ヒソヒソ
剣士「じゃあこれにしようかな。おっちゃん、オレたちの伝説楽しみにしててねー」
店主「おおもちろん。気をつけて行っておいで」
魔法使い「オマケしてもらっちゃったね。……あれ、勇者どうしたの?」
勇者「いや、勇者ってバレると面倒だからこういう街中では目立たないようにしてるんだけど、ああも気付く様子が皆無だとそれはそれで寂しいっていうか甲斐がないっていうか、もしかして僕って勇者オーラがないのかとか思ったりして……」
剣士「微妙なお年頃だなあ、勇者」
僧侶「ではカリンもいますし、今日のお昼はこの辺りで買って、宿に持ち帰って食べましょう」
勇者「次の作戦会議もしておきたいところだしね」
剣士「ここからしばらく行ったところに安くて旨い屋台街があるらしいよ」
魔法使い「すごい! よく知ってるんだね、剣士」
剣士「おいしいお店は知っといて損はないからね、デートの時とか。魔法使いちゃん、甘いものって好きだよね?」
魔法使い「うん!」
剣士「屋台街抜けたところに、世界の果物が食べられるパーラーがあるんだけど、今日の夕方、2人でどうかな?」
勇者「こら剣士、うちのパーティーでは不純異性交遊禁止だ」
剣士「ちぇー。じゃ、せめておいしい昼飯でも紹介して株を上げとくか」
魔法使い「わーい!」
剣士「えっと、まずはあっちのパンかな。焼きたてはもちろん、冷めても旨いし」
魔法使い「うんうん」
僧侶「わあ、いいですね」
勇者「僧侶も魔法使いも、僕が先頭のときより顔が輝いてない……?」
魔法使い「そっ、そんなことないよ!」
僧侶「いつもは魔物の気配を探ってますから、どうしても険しくなってしまうんですよ!」
剣士「なーに? 勇者妬いてるの?」
勇者「そっ、そんなことない!」
カリン「ユーシャ、ガンバレー」コソッ
剣士「あっちの串焼き屋もうまいんだよね。ちょっとオレ買ってくるよ」
僧侶「ここにいても通行を妨げてしまいますし、私たちは端に避けていましょうか」
勇者「ああ、そうだね」
魔法使い「みんなすごいなあ、こんな人ごみをすいすい……」
町人A「……ねえ、ホント? 北の村が……って」
魔法使い「……!?」
町人B「わたしも詳しくは知らないけど、彼氏が調査に派遣されちゃってさあ」
町人A「彼氏が兵士だと大変よねー。魔物とか出てるんでしょ?」
町人B「そーそー。聞く話だと、村が丸々占拠されてるみたいで……。心配だわあ」
魔法使い「……」
勇者「……魔法使い、どうかした?」
魔法使い「あ、なんでも……ない」
勇者「そっか。ほら、人多いから、ボーっとしてたらはぐれちゃうよ」
魔法使い「うん……。ごめんね」
僧侶「さあ、剣士さんも行列から戻ってきましたし、宿に帰りましょうか」
勇者「じゃあ、ご飯食べながら作戦会議だね」
剣士「おー。とりあえず、まず決めるべきは次の行き先かな」
僧侶「宝玉伝説の残っているところだと、えっと……」
勇者「そのことなんだけど、僧侶。伝説と実際の火輪の玉のありかは無関係かもしれないと思ってるんだ」
僧侶「どうしてですか?」
勇者「稲妻の剣を見つけたあの島には、剣の伝説なんて残ってなかった。……いや、残ってたけど、こちらにまでは伝わってなかった。だから、火輪の玉も有名な伝説には残ってないんじゃないかと思うんだ」
僧侶「そう……ですか。では勇者さんは、どこが有力だと考えますか?」
勇者「稲妻の剣の時は、嵐の中心にあった。だから火輪の玉は太陽の力が強い……、砂漠の中心じゃないかな」
剣士「それか、太陽にいちばん近いところっていう考えもあるね。たとえば……極天山の頂上」
魔法使い「極天山……!?」
剣士「ああ、北の村からは近いんだよね。魔法使いちゃん、あそこどう? 何かありそうな感じあった?」
魔法使い「わからない……けど、あの山に登るなんて、無茶だと思う」
魔法使い(極天山に行くなら……、北の村を通るしかないのに)
剣士「無茶? 面白いこと言うね、魔法使いちゃん。オレたちは、魔王を倒すんだよ?」
魔法使い「でも、極天山は天まで続いてるって言われてて……、登りきった人なんて誰もいないんだよ」
魔法使い(帰りたくない……。街で聞いた噂を言ったら……止めてくれるかな)
剣士「いいじゃんいいじゃん。伝説の玉にふさわしいよ、それ。ね、勇者もそう思わない?」
勇者「極天山……か。それもありかな」
魔法使い(でも、私が村に行きたくなさに嘘を言ってるって思われたら、どうしよう……)
魔法使い(どうしよう……。北の村には帰りたくない……。でも、みんなに嫌われたくない……。邪魔になりたくない……)
剣士「じゃ、決まりだね。午後からは必要なものを買い足して、早速明日出発しよう」
僧侶「まずは北の村を目指すのが良いでしょうか。どうでしょう、魔法使いさん?」
魔法使い「……みんなが……そう思うなら……」
――街中――
剣士「魔法使いちゃん、ホントに来なくてよかったのかなあ」
僧侶「……気分が悪いと言っていましたね。昼食もほとんど摂っていませんでしたし」
勇者「カリンも宿にいるから、話し相手になってくれるといいんだけど」
剣士「……前から思ってたけど、北の村で何があったんだろうね」
勇者「もしかしてそれが知りたくて、極天山を提案したの?」
剣士「ひょっとしたら玉があるかもとは思ってるよ? でもまあ、7、8割はそうかな」
町人C「……ちょっとあんた、さっき北の村って言ったかい? 知り合いでもいるの?」
剣士「え? ああ、まあ、そんなところかな」
町人C「あらそう……。……あんまり気を落とすんじゃないよ。助かった人だっているみたいだしさ」
勇者「それ、どういうことですか?」
町人C「あらやだ、知らなかったの? なんでもね、北の村に魔物が押し入ってねえ、今大変なことになってるらしいのよ」
僧侶「えっ……」
町人C「でもね、ちゃあんと逃げてきた人もいるんだし、その人もきっと無事よ。信じて待っててあげな」
剣士「あ、ああ……ありがと」
町人C「じゃ、あたしはこれで。がんばんなよ」
勇者「……魔法使いは、このこと知ってると思う?」
僧侶「どうでしょう……」
剣士「……いよいよ、極天山に玉があるかもしれないね」
勇者「剣士……、どうして?」
剣士「んー、だってさ。勇者が稲妻の剣を手に入れたって知ったら、魔王としては玉だけは勇者の手に渡したくないじゃん。もし極天山に玉があるなら、拠点になる北の村は押さえておきたいはずだよ」
僧侶「魔王は、玉のある場所を知っているのでしょうか……?」
剣士「オレたちと同じ伝説を知ってるなら、剣と玉は探すでしょ。あっちは手下も大勢使えるわけだし、見つけててもおかしくない」
勇者「そうか……。魔法使いに、なんて言おう」
剣士「……オレたちが何を言っても同じだよ」
勇者「剣士、そんな言い方はひどいよ」
剣士「わかってるよ。ただ、このまま北の村を放ってはおけないじゃん。オレたちにとっても、魔法使いちゃんにとってもさ。……魔法使いちゃんにとっては、きっと、いつかは向き合わないといけないことだったんだ」
勇者「剣士、君は昔から、そうやって変に色々と見通したようなことを言うよね。一人だけいつも冷静な顔をして!」
剣士「勇者がいつまでも子供っぽいからだろ? お前も、魔法使いちゃん巻き込んだんだからさ、責任とって支えてやるぐらいの覚悟持てよ! それができなきゃ、魔王退治のことだけ考えてろ!」
僧侶「お二人とも、落ち着いてください!」
勇者「僧侶……」
僧侶「私は、極天山には行くべきだと考えます。ただ……、必ずしも魔法使いさんに来て頂く必要はない……と思います」
勇者「僧侶!」
僧侶「勇者さん。私たちは、北の村で魔法使いさんに何があったのか知りません。それなのにこちらの都合だけで来て頂くのは、酷というものです」
勇者「でも、せっかく……。せっかく、ここまで、一緒に来たのに」
僧侶「ええ。説明はします。私たちの希望も伝えます。でも、極天山に……、北の村に行くかどうかは、魔法使いさん自身に決めてもらいましょう」
剣士「オレは、魔法使いちゃんは一度しっかり北の村に行ってみるのがいいと思うけどね。僧侶ちゃんの話も分かるよ。……で、勇者はどうしたいの?」
勇者「僕?」
剣士「オレの意見にも僧侶ちゃんの意見にも反対して。勇者は、どうしたいの?」
勇者「僕、僕は……、このまま、魔王を倒すまで4人で旅をしたいんだ……」
剣士「誰も傷付くコトなしに、ね。付き合ってらんないよ」
僧侶「……っ、剣士さん、どちらへ?」
剣士「ちょっとね。夕飯までには戻るよ」
勇者「剣士……」
剣士「なに?」
勇者「誰も傷つけたくないって……、悪いことかな」
剣士「さあね。ただ、勇者っていうのは、どうしても他人を巻き込むんだよ。……そういうもんなんだ。じゃね」
――宿屋――
カリン「マホウツカイ、ビョーキ?」
魔法使い「……ううん、元気だよ」
カリン「マホウツカイ、ゲンキナイ」
魔法使い「そんなことないよ。……大丈夫」
カリン「マホウツカイ、ハナス?」
魔法使い「ハナス……?」
カリン「マホウツカイ、ハナス。カリン、キク」
魔法使い「話す……」
カリン「キカセテ!」
魔法使い「うん……。あのね、……私が生まれ育った村が、魔物に襲われたみたいなの」
カリン「マモノ……」
魔法使い「だけど、私、あの村にいい思い出はなくて……」
魔法使い「村を救いたいって思えない。あの村にはもう、帰れない。……帰りたくない」
カリン「カエルノ?」
魔法使い「極天山に行くには、あの村を通るしかないから……。でも、行きたくない。……襲われて荒れた村には、もっと行きたくない。村の様子を、見るのが……怖い」
カリン「……ネエ、マホウツカイ。ムカシ」
魔法使い「え?」
カリン「ムカシ、竜ハ、ミンナ一緒ニ暮ラシテタ。デモ、オオキナ魔物、攻メテキタ」
魔法使い「……カリン、どうしたの?」
カリン「ツヨイ竜、戦ッタ。ヨワイ竜、逃ゲタ。ツヨイ竜殺サレテ、ミンナ散リ散リニナッタ」
カリン「キットモウ、ミンナガ住ンデタ場所、何モナイ」
魔法使い「カリン、その話、何? どこで聞いたの?」
カリン「竜ノ記憶。カリン、生マレル前カラ知ッテル」
魔法使い「そんなことが……」
カリン「デモ、マホウツカイ。カリン、ソコニ行キタイ。ミンナガ暮ラシテタ場所、見テミタイ」
魔法使い「……そう」
カリン「何モナクテモイイ。カリン、行キタイ」
魔法使い「……うん。いつか、行こうね」
カリン「マホウツカイ、元気デタ?」
魔法使い「どっちかって言うと、びっくりした……。でも、ありがとう」
カリン「キュピィ、ヨカッタ」
剣士「ただいまー」
カリン「ケンシ、オカエリー」
魔法使い「おかえり。……あれ、勇者たちは?」
剣士「ちょっとケンカしちゃってさ。オレだけ先に帰ってきちゃった」
魔法使い「ケンカ……? どうしたの?」
剣士「んー、まあ、大したことないよ。ところで魔法使いちゃん、体調大丈夫?」
魔法使い「……ああ、うん。ありがとう、大丈夫」
カリン「カリント話シタラ、元気ニナッタ」
剣士「へえ……。どんなこと?」
カリン「ケンシニハ、教エナイ」
剣士「嫌われたなあ、オレ」
魔法使い「もう、カリンにちょっかいばかり出してるから……」
剣士「まあいいさ……。これ、もしよかったら食べる?」
魔法使い「これって……」
剣士「ほら、今日の朝言ったじゃん、おいしいパーラーがあるって。お昼あんまり食べてなかったし、果物なら食べられるかなって思って」
魔法使い「ありがとう、剣士」
カリン「ケンシ、カリンニハ?」
剣士「あ、悪い。買ってきてない」
カリン「エエー!」
剣士「で、魔法使いちゃん。食べながらでいいから聞いてくれるかな」
魔法使い「うん、何を?」
剣士「ただの独り言。聞き流してくれていいよ」
魔法使い「え? ……うん」
剣士「あいつは……、勇者はさ、優しいんだよ」
魔法使い「そうだね、本当に」
剣士「優しすぎてさ……、怖いんだよ。本当にあんなんで魔王が倒せるのか」
魔法使い「大丈夫だよ、きっと。勇者もみんなも、すごく強いもん。ね?」
剣士「勇者は確かに強いよ。ただ、人や味方や……、自分に甘すぎる」
魔法使い「それって……、いいことじゃないの?」
剣士「……勇者にとっては、ね。これから先、もしも味方と敵が逆転するようなことがあれば、きっと勇者は、負ける」
魔法使い「味方と、敵が……。……ねえ、剣士」
剣士「どうしたの、泣きそうな顔して?」
魔法使い「剣士、魔王の方に行っちゃったりしないよね……?」
剣士「……ハハ、まさか。オレは最後まで勇者と一緒にいるよ。ただオレは、もしもの時が来れば、誰であろうと剣を向ける。ためらったりなんてしない」
魔法使い「剣士……」
剣士「ごめん、怖がらせちゃったね。ダメだなあ、剣ばかり振ってると考え方が物騒になって」
魔法使い「剣士、私……」
剣士「なあに?」
魔法使い「……あの……、ごめん、なんでもない」
剣士「ん、わかった。……勇者はさ、いいヤツだよ。ホントに」
魔法使い「うん、知ってる」
カリン「ママトソウリョ、帰ッテキタ」
魔法使い「え、そうなの?」
カリン「カリン、匂イデワカル」
剣士「意外と早かったなー。気まずいし、隠れてよっかな」
魔法使い「もう、剣士ってば」
剣士「冗談だって。あ、今の話、勇者たちには内緒ね」
勇者「ただいまー、って、剣士、帰ってたのか……」
剣士「おかえりー。まあ街でやりたいこともそうなかったしね」
僧侶「魔法使いさん、お加減はいかがです?」
魔法使い「うん、よくなったみたい。ありがとう」
勇者「よかった。食欲が戻ってるなら、今日の夕飯は魔法使いの好きなものにするよ。何がいい?」
魔法使い「え? うーん、ええっと……」
カリン「カリン、オ肉食ベタイ」
僧侶「あら、カリン。お話しするのが上手になりましたね」
カリン「マホウツカイト、イッパイオ喋リシタ」
僧侶「いいですね。どんなことを話したのですか?」
カリン「マホウツカイノ村ノコト、竜ノ記憶ノコト」
剣士「カリン、オレには教えてくんなかったのに」
カリン「ソウリョハ、イイノ」
剣士「ずるいなあ」
勇者「今日の夕飯は、お肉たっぷりシチューです」
剣士「おー、さすが勇者」
カリン「オイシソウ!」
勇者「熱いから、カリンは冷ましてからの方がいいと思うよ」
僧侶「では私たちは、温かいうちにいただいてしまいましょう」
魔法使い「うん、いただきます」
勇者「魔法使いより、カリンのリクエストを聞いた感じになっちゃったけど……。どうかな、魔法使い?」
魔法使い「おいしいよ、勇者。ありがとう」
カリン「フウ~!」
剣士「お、ブレスで冷ますのか。考えたな」
僧侶「そういえば、カリンは何でも食べますし、塩気も平気ですね」
勇者「そうだね。あの竜は結構デリケートな感じだったのに」
カリン「ン? 竜、大人ニナルマデニ、ドコデ暮ラスカ、決マル。色ンナ所ニ行ケバ、色ンナ環境デ生キテイケル」
剣士「じゃあ、あいつはだいぶ箱入りだったんだな」
勇者「みたいだね。カリン、ところでその話どこで知ったの?」
カリン「竜ノ記憶ノ中ニアル」
僧侶「先ほども言っていましたが、竜の記憶とは、何でしょうか?」
カリン「竜、大キクナルウチニ、首ニ玉ガデキル。玉、竜ト同ジ記憶持ッテル。竜ガ大人ニナルト、玉ガ取レル。ソウシタラ、竜ハ玉ニ語リカケテ、記憶ヲ引キ継グ」
剣士「で、そのうち玉が割れて子竜が出てくるんだな」
カリン「ソノ通リ。剣士ノクセニ」
剣士「いちいち突っかかるヤツだなあ」
僧侶「ごちそうさまでした」
勇者「お粗末様でした。あ、魔法使い、片付け手伝ってくれるかな?」
魔法使い「うん、いいよ」
* * *
勇者「明日出発だから、ちょっと少なめに作ったんだけど、大丈夫だったかな?」
魔法使い「うん、お腹いっぱい」
勇者「そう、よかった。……ところで」
魔法使い「どうしたの?」
勇者「今から言うことは、魔法使いにとって辛いと思う。今持ってるお皿置いて、落ち着いて聞いてほしい」
魔法使い「……うん」
勇者「……実は、今日の午後、街で聞いたんだけど……。君の故郷、北の村が、」
魔法使い「魔物に襲われたんだよね」
勇者「え、……知ってたの?」
魔法使い「朝、ちょっと噂を聞いたんだ」
勇者「そっか……。そう……。なら、うん。で、そのこととも関係するんだけど」
魔法使い「……続きがあるの?」
勇者「明日から極天山に向かうよね。そしてそこに行くには北の村を通らないといけない」
魔法使い「うん」
勇者「魔法使いには辛い思いをさせるかもしれないけど……、僕はやっぱり、魔法使いに一緒に来てほしいんだ」
勇者「僕は確かに、昔君に何があったのか知らない。魔物に占拠された故郷が、どんな風に目に映るのかも分からない。でも、本当に僕のわがままだけど、極天山までの道のり、君に助けてほしいんだ」
魔法使い「わかった」
勇者「魔法使い、僕は……。……本当に、いいの?」
魔法使い「うん。前から覚悟はしてたし、今は、わがまま言ってる場合じゃないもの」
勇者「前って……?」
魔法使い「私が、勇者に北の村に行くかどうか尋ねたとき。あれから色々考えてて」
勇者「そっか……」
魔法使い「勇者、今は魔王討伐を第一に考えなきゃ。それに、昔住んでたところなんだもん、きっと、みんなの案内ができると思う」
勇者「うん、ありがとう。頼りにしてるよ」
魔法使い「うん」
勇者「じゃ、あとは僕一人で大丈夫だから。魔法使いは先に休んでて」
魔法使い「そう? わかった」
――翌朝――
勇者「じゃあ、行こう。交通手段がないから徒歩になっちゃうけど……」
剣士「10日余りってとこかな? まあ大丈夫でしょ」
僧侶「魔法使いさんは……」
魔法使い「うん。みんなと一緒に行くよ」
僧侶「……よかった」
剣士「魔法使いちゃんがいてくれたら長旅も苦にならないねー」
カリン「カリン、ココ入ルノキライー」
勇者「街から出たら出してあげるから、ちょっと我慢してて」
カリン「キュゥ……。ワカッタ」
剣士「村の奪還に玉探しか。ハードになりそうだねー」
僧侶「ええ。気を引き締めていきませんとね」
剣士「まあまあ、僧侶ちゃん、リラックス。今から気負ってても疲れちゃうよ」
僧侶「え、ええ……」
勇者「さあ。みんな、出発だ」
――約5日後――
僧侶「……っと、結構険しい道ですね」
勇者「街道を通るっていう手もあったんだけど、最短距離を通ろうと思って」
剣士「勇者、そりゃオレたちはいいけどさ……。僧侶ちゃん、魔法使いちゃん、大丈夫?」
魔法使い「大丈夫。ありがとう」
カリン「カリンモ歩ケル!」
僧侶「いい子ですね、カリン」
カリン「カリン、竜ダカラモット強クナル! ……キュ?」
僧侶「どうしましたか?」
カリン「アッチ……、人ノ匂イガスル。イッパイ」
勇者「こんなところに? 気をつけて様子を見てみよう」
剣士「そうだな……。カリン、見つからないようにしながらあっちを探って来られるか?」
カリン「ウン、マカセテ」
勇者「剣士、カリンに行かせて危なくない?」
剣士「オレたちより隠れやすいし、もし見られたとしても変わった生き物で済ませられるんじゃないかと思って」
僧侶「無事に帰ってきてくれると良いのですが……」
魔法使い「きっと大丈夫だよ。カリンは賢いから」
剣士「お、そう言ってる間に戻ってきた。首尾はどうかな?」
カリン「マホウツカイ!」
魔法使い「私? どうしたのカリン?」
カリン「アッチニイル人タチ、北ノ村カラ逃ゲテキタ人ミタイ」
勇者「行ってみよう。何か話が聞けるかも」タッ
剣士「おい、ちょっと待てよ、って行っちまった……」
北の村人「ヒッ! あ、あなたは……!?」
勇者「僕は勇者と言います。これから、北の村へ向かうところです」
北の村人「え、ああ、今は止めた方がいいと思います。……魔物で、いっぱいですから……」
勇者「知ってます。僕たちは、魔物を退治して村を取り戻しにいくんです」
北の村人「そ、そうでしたか……。それは、どうも……、ありがたいことです」
勇者「もしよろしければ、北の村について、話を聞かせてもらえませんか?」
北の村人「え、ええ。それはもちろん。どうぞ、私たちのテントへおいでください」
僧侶「勇者さん、入っていってしまいましたね」
剣士「出てきてから、詳しい話を聞いてやろう」
北の僧侶「あら、旅のお方ですか?」
北の村人「え、ええ。勇者さんです。村に出た魔物を、退治してくださるそうで……」
北の僧侶「それはそれは……、ありがとうございます」
勇者「礼には及びません。魔物が出たのは、いつからですか?」
北の僧侶「3週間ほど前……、でしょうか」
北の村人「そ、そうです。それまでは平和な村だったのに、見たこともない魔物が……」
勇者「それは、人に近い形をしていましたか?」
北の村人「そう、ですね……。ただ、人間よりずっと大きくて、鋭い角が……」
北の僧侶「ええ。追い返そうとした者もいましたが、みな魔物の槌や棍棒にかかって……」
勇者「……そうですか。わかりました。僕たちが、退治してみせます」
北の村人「あ、ありがとうございます。ところで、あの、街はまだ遠いのでしょうか……?」
勇者「あと……、街道を通れば1週間ほどでしょうか。西に行けば街道に出ます」
北の僧侶「ありがとうございます。もしよろしければ、どうでしょう、今夜は私どものテントにお泊まりになっては……。
雨風もしのげますし、ささやかですがお食事もご用意できます」
勇者「お申し出、ありがとうございます。外に仲間を3人待たせているのですが、呼んできてもいいですか?」
北の村人「え、ええ。もちろんです。どうぞみなさんで……」
僧侶「どうでしたか、勇者さん?」
勇者「北の村にいるのはトロルかな……。あと、テントに一晩泊めてくれるって言ってたけど……、どうしようか、魔法使い?」
魔法使い「……私、行けない」
勇者「わかった。断ってくるよ」
魔法使い「ごめんなさい……」
勇者「気にすることないよ。元々ずっと野宿のつもりだったんだし」
カリン「カリン、野宿好キー」
剣士「村奪還が終わるまでは、勝手知ったる魔法使いちゃんの意思が第一ってことで」
魔法使い「うん……。ありがとう」
* * *
勇者「ありがたいお誘いですが、遠慮させてもらいます」
北の僧侶「そうですか……。お気をつけて。あなた方の行く先に幸運が付いていますように」
勇者「ええ。みなさんも、お気をつけて」
――その晩――
魔法使い「……昼間はああ言っちゃったけど、みんな、本当に良かったの?」
僧侶「構いませんよ。この4人なら、お互い変に気を遣うこともありませんしね」
勇者「そうそう。ほら魔法使い、シチューができたよ」
魔法使い「ありがとう」
勇者「それにしても、北の村の人たちってたくましいんだね。女の人も子供も、ここまで歩いてきたなんて」
魔法使い「そう……なのかな。だいたいみんな畑を作ってるから、そのせいかも」
剣士「ところで、魔物のことだけど……」
勇者「話を聞いたところだと、大型で人の形をしてるみたい。武器は槌や棍棒だって」
僧侶「確かに、トロルのようですね。魔法というより、数を警戒した方がよさそうです」
剣士「村一個壊滅か……。10や20じゃきかないな」
ガサガサッ
勇者「! 武器をっ!」
北の村娘「きゃっ! あの……」
勇者「……ああ、びっくりした。なんでしょう?」
北の村娘「もしよろしかったら、これを……。元気の出る飲みぐす……っ!」ガシャンッ
魔法使い「……」
北の村娘「見ないでっ、バケモノッ!」
剣士「なっ……!」
僧侶「それはどういう……!」
魔法使い「……」
勇者「今のは、一体……」
剣士「……何だよ、あれはっ!」
魔法使い「……ごめんなさい……」
僧侶「魔法使いさんが謝ることではありません!」
勇者「夜が明けたら、すぐに出発しよう。向こうが目を覚まさないうちに」
ガヤガヤ……
僧侶「松明……? 近づいてきます」
剣士「魔法使いちゃん、念のため勇者の後ろに隠れてて」
魔法使い「え? うん……」
「死神が……」「手引きを……?」「早くしないと……」
僧侶「北の村の……!? 大勢来てます。注意してください」
勇者「みんな、武器を構えて!」
ガサガサッ
北の男性「……!」
魔法使い「……」ビクッ
北の男性「ああ、やはりいるのだな」
勇者「……なんですか」
北の男性「勇者さん、その後ろにいる女を引き渡してください」
勇者「なぜです」
北の男性「そいつは村に災いをもたらした、死神です。このままでは勇者さんたちも殺されてしまう」
勇者「魔法使いは、大切な仲間です。これまでも、僕らを助けてくれました」
北の男性「見せかけですよ。そのうち魔性に寝返ります」
魔法使い「そんなこと……っ!」
北の男性「黙れ! お前が友人や家族を殺したこと、忘れたとは言わせん!」
魔法使い「っ……」
剣士「ねえおっさん、ちょっと聞いていい?」
北の男性「何だこの……無礼な若造はっ」
剣士「まあありえないけどもし万が一仮に、オレたちが魔法使いちゃんをそっちに渡したとして、それからどうするつもり?」
北の男性「決まっているだろう。これ以上災いが起こる前に、始末を付けてやる」
剣士「ふうん?」
北の男性「これでも遅すぎたくらいだ。もっと早くけりを付けていれば、村長も……」
魔法使い「村長? 村長さんが、どうかしたの!?」
北の男性「白々しいことを言うな! お前が村にけしかけた魔物のせいで、村長は死んだんだ!」
魔法使い「そんな……、村長さんが……」
勇者「待ってください! 魔物をけしかけるだなんて、そんなこと魔法使いがするわけない!」
北の男性「勇者さんは、まだ騙されているのですね。大方村に着く直前か、魔物と戦っている最中。こいつはきっと本性を現し、皆さんに牙をむきます。さあ、早くその死神をこちらへ!」
僧侶「そう、ですか。では……」
北の男性「おわかりいただけましたか!」
僧侶「……」ツカツカツカ
バシーーーン
北の男性「ぐはぁっ!?」ドサッ
勇者「なっ!?」
剣士「わぁー」
僧侶「これ以上の話し合いは無意味と判断いたしましたので、これをもって交渉を拒絶させて頂きます」
北の男性「くっ、後悔することに……なるぞ……っ」
「なんだなんだ?」「やられたって?」「一度退くぞっ」
剣士「おー、帰ってく帰ってく」
勇者「大丈夫だった、魔法使い?」
魔法使い「うん……」
僧侶「魔法使いさん、今日はもう休みましょうか」
剣士「僧侶ちゃんすごかったねー、渾身の平手打ち」
僧侶「あ、あれは……、ちょっと頭に血が上ってしまって……」
勇者「いや、かっこよかったと思うよ」
僧侶「あの方、結構体格が良かったので、その、大丈夫かなと思ったんですけど……」
勇者「やっぱり厳しい旅を続けてると、非戦闘職でも鍛えられてるんだね」
僧侶「え、ええと……、もう、話は止めて休みましょう! ほら!」
魔法使い「僧侶……、あの、ありがとう……」
僧侶「どういたしまして。……ただ、私がああしたかっただけですよ」
みんなコメントくれてありがとう。
更新がんばるよー。
剣士「よし、明日も早いし寝ちゃおっか」
僧侶「そうですね。魔法使いさん、寝られそうですか?」
魔法使い「ううん……、どうだろう」
僧侶「よく眠れる魔法をかけてあげます。ほら、目を閉じて……」
勇者「……眠った?」
僧侶「ええ。きっと、朝までぐっすりですね」
剣士「じゃあオレたちも休もうか。おやすみー」
勇者「おやすみ」
僧侶「おやすみなさい」
??「おい、音を立てるなよ」コソコソ
??「あいつはどこだ?」コソコソ
??「杖がある……。たぶんこの寝袋だ」コソコソ
??「……よし、同時にいくぞ」コソコソ
??「せえ、のっ!」
グサグサブスッ
??「やった……、うっ!?」ドサッ
??「おい……、!?」ドウッ
??「なに、が……っ」バタッ
勇者「……ふうっ」
剣士「やっぱり来たねー。バッカみたいに」
勇者「剣士、殺してはないよね?」
剣士「えー、あったりまえじゃん」
勇者「ならいいよ。僧侶、終わったよ」
僧侶「……さすがに2人で同じ毛布に入るのは狭いですね」
勇者「魔法使いは?」
僧侶「ええ、ぐっすり眠っています。大丈夫」
剣士「魔法使いちゃんと同じ毛布で寝る役、オレがやりたかったなー」
僧侶「剣士さん、いやらしいことを言わないでください」
剣士「冗談じゃん、僧侶ちゃん。にしても、あの人たちオレらが見張りも置かずに寝るアホの集まりだと思ってたのかな」
勇者「なかなかこういう旅をしたことがないと、わからないのかもね」
剣士「でさ、この3人どうする?」
勇者「一応武器取り上げて、あっちのテント近くに返しておこう」
僧侶「そうですね。当分は目を覚まさないでしょうし」
剣士「オッケー。じゃ、行ってくる」
勇者「剣士、2人も抱えて大丈夫? 僕も行くよ」
剣士「あ、勇者は念のためそこで待ってて。ないと思うけど、また襲撃があったら困るしね」
勇者「……そっか。じゃあ悪いけどよろしくね」
剣士「ただいまー」
僧侶「おかえりなさい、剣士さん」
勇者「剣士、ありがとう」
剣士「いいっていいって。……ちょっとした憂さ晴らしもしたしね」
勇者「……何やったの」
剣士「いやあ、おっさんたち裸足にして、靴を片方ずつ全力でどっかに放り投げといただけだよ? あ、靴下は埋めといた」
勇者「ちょ、僕は武器を取り上げるだけって言ったはずだよ!?」
剣士「顔に落書きと迷ったんだけどねー」
勇者「剣士は全く……。じゃあ引き続きさっきの感じでいいかな」
僧侶「そうですね……。襲撃ももうなさそうですし、剣士さんも勇者さんも交代で休んでくださいね」
勇者「ありがとう、僧侶。じゃあ使ってない毛布を丸めて囮にして、枕元に杖を置いといて……」
剣士「もう1回聞くけど、魔法使いちゃんと添い寝する役、僧侶ちゃん代わってくれない?」
僧侶「何度聞かれても駄目です、剣士さん」
剣士「ちぇー」
――翌朝――
僧侶「……さん、魔法使いさん」
魔法使い「んん……?」
僧侶「おはようございます。よく眠れましたか?」
魔法使い「ふわぁ……。おはよう、僧侶。よく眠れたよ、ありがとう」
勇者「ほら、朝ご飯できてるよ」
魔法使い「はーい……。勇者おはよう」
剣士「おはよー。今日もかわいいねー」
魔法使い「そ、そんなこと……」
勇者「道のりもあと半分ってところかな。焦るのもよくないし、ゆっくり行こう」
剣士「バテてる時にトロールの大群に出くわすとかやだよねー」
魔法使い「あ、あの、みんな……」
僧侶「どうかしましたか?」
魔法使い「昨日のこと……、ごめんなさい」
剣士「なんだ、まだ気にしてたの? しょうがないなあ、魔法使いちゃんは」
勇者「あのくらい何でもないさ。さ、出発しよう」
* * *
魔法使い「……ん?」
剣士「どうしたの?」
魔法使い「靴が落ちてる……?」
剣士「あー……」
勇者(本当にやったんだ……)
剣士「きっと誰かが落としたんだね。夜道は気をつけないとねー(棒)」
僧侶「ほら、行きましょう、魔法使いさん」
魔法使い「あっ、待ってよ僧侶ー」
剣士「……ていっ」ポーイッ
勇者「剣士……」
剣士「ん? 何もしてないよー、ほんとだよー(棒)」
――翌朝――
僧侶「……さん、魔法使いさん」
魔法使い「んん……?」
僧侶「おはようございます。よく眠れましたか?」
魔法使い「ふわぁ……。おはよう、僧侶。よく眠れたよ、ありがとう」
勇者「ほら、朝ご飯できてるよ」
魔法使い「はーい……。勇者おはよう」
剣士「おはよー。今日もかわいいねー」
魔法使い「そ、そんなこと……」
勇者「道のりもあと半分ってところかな。焦るのもよくないし、ゆっくり行こう」
剣士「バテてる時にトロールの大群に出くわすとかやだよねー」
魔法使い「あ、あの、みんな……」
僧侶「どうかしましたか?」
魔法使い「昨日のこと……、ごめんなさい」
剣士「なんだ、まだ気にしてたの? しょうがないなあ、魔法使いちゃんは」
勇者「あのくらい何でもないさ。さ、出発しよう」
* * *
魔法使い「……ん?」
剣士「どうしたの?」
魔法使い「靴が落ちてる……?」
剣士「あー……」
勇者(本当にやったんだ……)
剣士「きっと誰かが落としたんだね。夜道は気をつけないとねー(棒)」
僧侶「ほら、行きましょう、魔法使いさん」
魔法使い「あっ、待ってよ僧侶ー」
剣士「……ていっ」ポーイッ
勇者「剣士……」
剣士「ん? 何もしてないよー、ほんとだよー(棒)」
――約5日後――
カリン「キュイィ!」ブシュッ
下級悪魔「ギアアーッ!」ドサッ
剣士「お、これで全部かな。おつかれー、みんな」
僧侶「お疲れさまです。なんだか、村に近づくにつれて魔物が強くなってきた気がしますね……」
勇者「魔法使い、さっき倒した魔物、前にも見たことあった?」
魔法使い「村からはあまり出なかったからわからないけど……、見たことないよ」
勇者「……そうか。村を占拠してる奴らが呼び寄せてるのかもしれないね」
剣士「ま、この調子でサクッと退治してやろうよ。カリンも強くなってきてるしさ」
カリン「カリン、戦ウ! カリン強イ!」
僧侶「ええ、そうですね。あと、なんだか魔力の気配を感じるような……」
魔法使い「そう、かなあ……?」
勇者「何にしても、注意した方が良さそうだね。村まですぐそこだ」
僧侶「勇者さん、北の村に立ち入る前に、作戦を練っておいた方が良いのではないでしょうか」
二重投稿してた……orz
勇者「そうだね、確かに4人……、ああ、カリンもいるね……、でトロルに囲まれたらさすがに厳しいかな」
剣士「魔法使いちゃん、覚えてたら大まかにでも村の様子を教えてくれる?」
魔法使い「うん、ええと、村の入り口のところには家畜小屋があって、こっちはずうっと畑。で、村長さんの家が……」
勇者「ありがとう、助かるよ。魔物が何体くらいいるかも分かればな……」
剣士「罠があるかも調べておきたいね。まあトロルにそんな知恵はないかな」
僧侶「見張りくらいは置いているのではないでしょうか。魔法使いさん、物見台になるような高い建物はありましたか?」
魔法使い「そんなに高い建物はなかったかな……。村に魔物が来るなんてこと、これまでなかったし」
剣士「それなら……、そうだな、夜のうちに家畜小屋に移って、そこを拠点に奥へ奥へ向かってく?」
勇者「そうだね、単純だけど、いいと思うよ。村は山を背にしてるし、入り口を押さえれば取り逃がすこともなさそうだ」
カリン「夜ハ眠イノー……。デモ、カリンモ頑張ル」
――その夜――
勇者「ここが北の村か……」
剣士「さすがに夜はシーンとしてるね……。さて、魔物はどんな感じかな」
僧侶「まずは家畜小屋ですね。魔法使いさん、どちらでしょうか?」
魔法使い「……。あ、えっと、あそこに見えてる建物だよ」
カリン「……ナンダカ……。血ノ匂イガスルノ」
勇者「血の匂い? 僧侶、向こうに魔力は感じる?」
僧侶「なんだかさっきから辺りに魔力が立ちこめていて、よくわかりません……。すみません」
勇者「変だね……。カリンが血の匂いがするって言ってるし、気をつけて行こう」
剣士「魔法使いちゃん、何か変わったことに気付いたらすぐ教えて。いいね?」
魔法使い「うん」
勇者「あの家畜小屋では何を飼っていたの?」
魔法使い「牛と馬が2頭ずつ、あとは羊」
剣士「じゃあ、オレちょっと小屋の周り見てくるね。何かいるか分かるかもしれないし」
僧侶「剣士さん、危なくありませんか?」
剣士「様子見るだけから大丈夫だって。危なそうだったらすぐ戻るよ」
勇者「じゃあ、お願いするよ。……気をつけて」
剣士(……、ひどい血の匂いだな。……それと、腐臭)
剣士(気配は……ないか。魔物も動物も、人間も)
剣士(中はきっと……)
剣士(家畜小屋を拠点にって言ったのはオレだけど、別をあたった方がいいかもな)
剣士(さて、小屋を一周したし、戻るか)
魔法使い「どう……だった?」
剣士「中には何もいないと思うよ。ただ、結構ひどいかもしれない」
魔法使い「ひどい、って……」
剣士「小屋の近くに行けば、分かるよ」
勇者「……そう。とにかく、中を確認してみよう」
* * *
僧侶「うっ……」
魔法使い「この、匂いって……」
剣士「いかにもエグいことになってそうだよね」
勇者「みんな、武器を構えて。開けるよ……。1、2、3!」
バタンッ!
魔法使い「……! うぐっ、うぇ……」
僧侶「血まみれ……」
勇者「何も……いないね。生き物は……」
剣士「みんな、喰い荒らしたのか……」
カリン「カリンハ、カリンハ、入ラナイヨ……」
勇者「ああ、じゃあカリンには外の見張りをお願いするよ。何かあったら、教えて」
カリン「ウン……」
剣士「ここにいた動物たちは、魔物に食われたみたいだね」
魔法使い「逃げられなかったの……?」
僧侶「逃げられたものもいると……、信じてあげましょう」
勇者「今夜は……、ここをきれいにしよう。動物たちも葬ってあげて」
剣士「ちょっと村の中に入り込むけど、他のところを拠点にした方がいいんじゃない?」
勇者「後でここに戻ってくる人がいるんだ。ちょっとでも住みやすいようにしておこう」
魔法使い「うん……。お願い、剣士」
剣士「魔法使いちゃんにそう言われちゃったら仕方ないな。骨とか形のあるものは、裏手に運ぼう」
僧侶「その後は、小屋を洗い流して……。積み藁で掃除をすればなんとかなりますかね」
魔法使い「うん、みんな……ありがとう」
勇者「……だいぶ、きれいになったかな」
魔法使い「……」
僧侶「魔法使いさん、お疲れではないですか?」
魔法使い「ううん、みんなだって……」
剣士「何言ってんのさ。オレたちにとっては文字通りどこの馬の骨だか知らないヤツだけどさ、魔法使いちゃんはこいつらの名前とか、生きてた頃のこととか、知ってたんでしょ?」
魔法使い「……うん……」
僧侶「ここにいた動物たちも、知っている人に弔ってもらえて、喜んでいると思いますよ」
魔法使い「……」
勇者「もうすぐ夜が明けるね……。ここで一眠りしようか?」
僧侶「そうですね、できれば休んでおきたい所ですが……、魔物の襲撃が心配です」
魔法使い「私が……結界を張るよ」
剣士「魔法使いちゃん、大丈夫なの? 結構参ってるみたいだし、前は確か、4人は危ないって……」
魔法使い「うん、今なら……できる」
勇者「それなら……、お願いするよ。無理はしないでね」
魔法使い「わかった。……拒界」ビュウッ
僧侶「!?」クラッ
魔法使い「これで……、小屋の周りに結界を張れたよ」
剣士「ありがと、魔法使いちゃん。じゃあ寝ようか」
僧侶「魔法つか、さ、……ふわ、あ……」
勇者「はは、僧侶も眠そうだ。少しでも疲れを取らないとね。おやすみ」
魔法使い「うん、おやすみ」
僧侶(今のは……。さっき、魔力が……。ああ、眠くて……もう……)スゥ……
剣士「うー、よく寝た……」
勇者「剣士はすごいなあ。僕はちょっと血の匂いが気になっちゃって……」
剣士「いい加減慣れなって。これからもきっと、あるよ」
勇者「そうだね……。わかってはいるつもりなんだけど」
魔法使い「ん……。おはよう」
剣士「おはよう、魔法使いちゃん。結界のおかげでぐっすり眠れたよ」
魔法使い「そう? よかった……」
剣士「僧侶ちゃんがまだ起きてないね。いっつも早いのに、珍しい」
勇者「そうだね。僧侶、朝だよ」
僧侶「ううん……、はっ、勇者さん! おはようございます……!」
勇者「おはよう。よく寝てたね」
僧侶「すみません、なんだかとても眠たくて……」
剣士「そんなこともあるって」
魔法使い「おはよう、僧侶」
僧侶「おはようございます、魔法使いさん。あの……」
魔法使い「なあに?」
僧侶「あの、えっと……。なんでしょう、忘れてしまいました……」
勇者「僧侶がぼんやりしてるなんて、珍しいね」
剣士「さ、いよいよ魔物討伐だ。うずうずするなあ」
魔法使い「張り切ってるね、剣士」
剣士「そりゃ、剣士と言えば戦場が居場所だからね」
勇者「村の入り口から奥に向かって進むよ。いいね」
僧侶「ええ」
剣士「オッケー。じゃ、魔法使いちゃん。結界を解いて。行こう」
魔法使い「うん。……容界」シュウ
僧侶(あ、今……)
勇者「開けるよ!」バタンッ
「キュイイィイ!」ダッ
勇者「何か来るっ!」チャキッ
魔法使い「カリン!」
勇者「ええっ!?」
カリン「キュイイ! バカー! カリン、閉メ出シター!」
魔法使い「あっ……、ごめん、カリン!」
カリン「ナンデ結界張ッタノ!? カリン、怖カッタ!」
魔法使い「ごめんね、大丈夫だった?」
カリン「カリン近付ケナカッタノ! 木ノ上デ隠レテタ!」
剣士「そうかそうか、怖かったなー」
カリン「魔物来タノ! 大キイノ来テ、小屋ノ扉叩イテタヨ」
勇者「本当に……!? 気づかなかったな……」
カリン「魔物、扉ヲドンドン叩イテ、ソレデ……」ブルルッ
僧侶「……それで?」
カリン「結界ガ光ッテ、パンッテ音ガシテ、灰ニナッチャッタ……。アノ結界、スゴク強カッタ……」
僧侶「……」
剣士「灰、か。今はもう、風に散らされてわからないな……」
勇者「そうか。怖い思いをさせてごめん。カリンが無事でよかったよ」
カリン「カリン、モウズットミンナト一緒二イルヨ」
剣士「うわー、いるねいるね、ゾロゾロと」
勇者「やっぱりトロルか……。大きいね」
僧侶「敵の居場所がわかるという点では好都合です。気付かれないうちにできるだけ倒してしまいたいですね」
剣士「単独行動し始めたヤツから、一匹ずつ倒していこうか」
勇者「うん。一斉に攻撃を仕掛ければ、最小限の被害で倒せるはずだ」
魔法使い「じゃあ……、最初は左のあれとか?」
勇者「いいね。ゆっくり近づいて……、一気に倒そう」
* * *
剣士「こっちには気づく気配もないね」
勇者「僕と剣士はもう少し近づくよ。魔法使いはそこから魔法を、僧侶は援護をお願い」
魔法使い「うん」
僧侶「わかりました」
勇者「行こう、剣士」
剣士「りょーかい」
トロル1「グウゥ……」ズシーン ズシーン
勇者「そろそろか……。1、2の……、3!」
剣士「うおおおぉ!」
僧侶「速力付与!」
魔法使い「覆炎!」
勇者「くらえぇっ!」ドスッ
トロル1「グゥ、ウ……」ドサアアァッ
勇者「ふう……、まずは1匹、と」
剣士「意外と楽勝だねー。この調子でいけるといいけど」
僧侶「まだ何が起こるかわかりません。気をつけて行きましょう」
魔法使い「うん……」
勇者「行こう。他のトロルが騒ぎ出さないうちにできるだけ片付けておきたいしね」
* * *
トロル「グゥ、オオォ?」バタアァン
剣士「ふーっ、これで6匹目くらい?」
勇者「そのくらいかな。どんどん行こう」
カリン「ナンダカ……、空気ガザワザワシテキタノ。気ヲツケテ」
勇者「ありがとう、カリン。それなら、なるべく静かに行動しよう」
僧侶「この辺りが、村の中心部でしょうか」
魔法使い「うん。いろんな行事をやる、広場だったんだ」
剣士「ここも色々と壊されてるけど……。あれだけ無傷なのか。……石碑?」
魔法使い「うん。あれには、この村の由来が書かれてるんだって」
僧侶「古北方語で書かれているように見えますが……。魔法使いさん、読めますか?」
魔法使い「ううん。古北方語なんだけど……、書き方が独特で、あんまり……」
僧侶「そうですか……。気になりますね」
勇者「何か、引っかかることがあるの?」
僧侶「ええ……。あの石碑から特に強い魔力を感じるんです。きっとそれが、村に行き渡っているのでしょう」
魔法使い「そうなの? ……知らなかったな。石碑のことも、村の魔力のことも」
勇者「ずっと慣れ親しんでると、かえって気が付かないってものなのかもね」
剣士「ふうん。じゃあ何かこれ、特別っぽいね。壊されてなかったのもそのせいか」
魔法使い「そっか。この石碑が……」スッ
バチッ
カリン「マホウツカイ!」
魔法使い「……え?」
僧侶「……っ」ゾクッ
カリン「マホウツカイ! 大丈夫!?」
魔法使い「うん……。今の、何だろう?」
カリン「今ノ……、光ッタノ……夜ニ見タ結界ミタイダッタ。怖カッタ……」
魔法使い「そうなの? でも、大丈夫だよ」
カリン「ヨカッタ……」
剣士「なら、魔物退治再開だね。もうちょっと手応えのあるヤツがいるといいけどなあ」
勇者「僕はこのまま、何事もなく終わってほしいけど」
剣士「えー? スリル足りないじゃん」
勇者「剣士はもう……。僧侶も何か言ってやってよ」
僧侶「……え、あ、すみません勇者さん。ちょっとぼーっとしてて……」
勇者「さすがに疲れが出てきたかな。あともうひと頑張りだよ」
魔法使い「うん、がんばろう、僧侶!」
僧侶「魔法使いさん、感じませんか?」
魔法使い「え……、何を?」
僧侶「さっき、魔法使いさんが石碑に触れた時から、ここに満ちていた魔力の流れが変わったんです」
魔法使い「そうなの? 私、魔力ってうまく感じられないんだ」
僧侶「確かに変わったんです。具体的にいうと、この村に満ちている魔力は今、全て魔法使いさんを指向しています」
魔法使い「私を……?」
勇者「それ、魔法使いに危険はないの?」
僧侶「今のところは……。攻撃性はないと思いますが、はっきりとは分かりません。あと……」
魔法使い「あと?」
僧侶「……すみません。なんでもありません」
勇者「そうか……。魔法使い、何か異変があったら知らせて」
魔法使い「うん。今は大丈夫。いつもより調子がいいくらい」
剣士「ならよかった。さ、早く魔物を根絶やしにしてやろうよ」
勇者「剣士、だから慎重に……」
僧侶(なぜか魔法使いさんから魔物、それも強大な魔物の気配が……)
僧侶(こういうことを思ってはいけないのでしょうが、魔法使いさんが……怖い)
魔法使い「……あれ?」
剣士「どうしたの?」
魔法使い「なんだか、村の奥の方……。違和感が……」
勇者「違和感? どの辺り?」
魔法使い「……わからない。荒れてるんだけど、それだけじゃなくて……。ところどころ、何か歪んでるみたいな……」
僧侶「……私には、よくわかりません。できるだけ気をつけて行きましょう」
剣士「いいねえ、この緊張感。楽しくなってきた」
魔法使い「うーん……」キョロキョロ
僧侶「魔法使いさん?」
魔法使い「村の入り口だったら違和感はないんだけど……」
僧侶「だとすると、奥の方に何かが潜んでいるのかもしれませんね」
剣士「何が出てきても、魔法使いちゃんと僧侶ちゃんはオレが守るから、安心してね」
勇者「……僕は?」
剣士「……自分の身は自分で守んなよ。勇者でしょ」
勇者「この辺りは家が立ち並んでるね……。中にいないといいけど」
僧侶「壁も分厚いし、窓は高くて、外から様子はうかがえませんね」
剣士「冬が厳しいからこんな風にしっかり作ってあるんだろうね」
僧侶「魔法使いさん、どうですか、違和感は?」
魔法使い「なんだか、歪んでるところとか、歪みの大きさがはっきりしてきたような気がする……。今いちばん強いのは、あっち」
僧侶「あの物陰……ですか?」
勇者「……物音がっ!」
トロル「グウオォ……」ノソノソ
魔法使い「あのトロル……!」
僧侶「魔法使いさん?」
魔法使い「歪みとトロルが重なってる……から、きっと、今感じてるのは……」
剣士「トロルの気配、か。いいね、魔法使いちゃん!」
勇者「まずは一匹、あいつを倒そうか」
勇者「さっきみたいに、僕と剣士で近付いて……」
トロル「グオァ!?」
剣士「気付かれたか! でもこの距離なら……」
トロル「グウオオォオ!」ドスドスドス
勇者「逃げた!?」
剣士「バカ! 後衛に行くぞ! 」
僧侶「魔法使いさん、呪文を!」
魔法使い「尽炎!」ゴオオォッ
トロル「グオゥ、ギアアアァ!」バタッ
勇者「魔法使い、ありがとう!」
剣士「トロルに気付かれるなんて、オレもだいぶ油断してたな。今度はうまく仕留めてやる」
僧侶「魔法使いさん、お手柄ですね」
魔法使い「ふふっ……、ありがとう」
勇者「さあ、どんどん行こう。今度は僕と剣士で、しっかりやるから」
魔法使い「……待って」
僧侶「……どうしました?」
魔法使い「たくさん、魔物が……こっちに」
剣士「狭い路地に入ろう! 迎撃する!」
ドゴッ
グシャアアァァ
勇者「なんだ!?」
僧侶「壁が、壊された、ようです!」
カリン「後ロカラモ、来テル!」
剣士「オークにオーガもいるのかよ! まとめて斬り殺してやる!」
勇者「行くよ、剣士!」
オーク「……フゴォッ」パシッ
勇者「……! 受け流されたっ!?」
剣士「今度は……逃がすか!」ザクッ
オーク「フグゥ……」ドサッ
魔法使い「覆炎!」
僧侶「速度強化!」
剣士「どうだっ!」
トロル「グウウォ……」ドドォッ
勇者「はあっ……。まだいるか……」
カリン「ユウシャ、聞イテ!」
オーク「ブゴオ!」
勇者「今じゃないとだめ!?」ザシュッ
カリン「ウン! ユウシャトケンシ、マホウツカイ達カラ離レテル!」
勇者「こっちに魔物をおびきよせられてるなら、いいじゃないか!」
カリン「違ウノ! ココ、オーガイナイ! 向コウ!」
勇者「そうか……! 剣士、一旦戻ろう!」
剣士「えー? なんで……」
勇者「いいから早く!」
剣士「了解!」
勇者「僧侶! 魔法使い!」
カリン「囲マレテル! 大変!」
オーガ「ミツケタ……ミツケタ……」
剣士「ちょ、オークとオーガの中に女の子2人とか、色々ヤバいって!」
勇者「僕たちが着くまで、なんとかがんばって……!」
魔法使い「滅氷! ……はあ、はあっ……」
僧侶「魔法使いさん、今回復を!」
魔法使い「ありがとう、僧侶……。尽炎!」ボウッ
オーク「フギイィッ!」
魔法使い「僧侶、魔力、回復……お願い」
僧侶「はいっ! ……えっ、魔力回復薬が……ない……!?」
オーガ「コロス……コロス……」ブンッ
勇者「危ない!」
魔法使い「……あ……」
オーガ「」ジュワッ
勇者「え……?」
剣士「消えた!?」
魔法使い「……あはは」
僧侶「ううっ……、魔法使い、さん……」
オーク「ブキイイ!」ダッ
魔法使い「……ふふっ」
オーク「イ……」ジュワッ
剣士「これ……って……」
僧侶「やめ、て……」
オーガ「オマエ……コロス……」
魔法使い「あはははっ!」
オーガ「」ジュワッ
オーク「プキィ……?」ガタガタ
魔法使い「あはっ、はははっ」
オーク「キッ……」ジュワッ
僧侶「まほ、つ……さん……」パタッ
勇者「僧侶!」
魔法使い「……」クルッ
カリン「ヒッ……」
魔法使い「……」ジッ……
剣士「……っ!?」ゾクッ
魔法使い「……ふふっ」
剣士「う、あ……」
勇者「魔法使い、後ろ!」
オーガ「シネ……」ブンッ
魔法使い「あははっ」
オーガ「」ジュワッ
剣士「……うぐっ……」ガクッ
勇者「剣士!?」
今の状況についてちょっと補足
魔法使いが魔力を使い切り、
味方の生命力を奪って自分の魔力に取り込んでるので
勇者一行も危機に瀕してます
次から更新行きます
勇者「剣士、大丈夫!?」
剣士「わかんない……、急に、力が……」
勇者「今回復する!」
剣士「いらない……」
勇者「え?」
剣士「魔法使いちゃ、とめ、て……」
勇者「あ……!」
剣士「早く……!」
勇者「……うん……」
カリン「マホウツカイ……」
魔法使い「うふふっ、あはははははっ!」
勇者(魔法使い、なんで、笑って……)
ジュワッ
魔法使い「あははっ」
勇者(こんなの……魔法使いじゃない……)
魔法使い「きゃはははっ!」
ジュワッ
勇者(こんなにあっさり、楽しそうに殺して……)
勇者(これじゃ、まさに……)
魔法使い「アハハハハハハ!」
勇者「死神じゃないか……」
カリン「……ユウシャ! 違ウ!」
勇者「……」
カリン「ユウシャ!」ベシッ
勇者「あいたっ!」
カリン「マホウツカイハ、死神ナンカジャナイ!」
勇者「え、ああ、わ、わかってるよ……」
カリン「ワカッテナイ! マホウツカイ、早ク止メナイト!」
勇者「う、うん……」
カリン「モウイイ! カリンガ先ニ行ク!」
勇者「カリン、危ないよ!」
カリン「……ヤッパリユウシャ、マホウツカイノコト、信ジテナイ!」
勇者「あ……」
カリン「……モウイイヨ」
カリン「マホウツカイ! 止メテ!」タタッ
魔法使い「……きゃははっ」
勇者「カリン、聞こえてないみたいだ!」
カリン「マホウツカイ!」ドスッ
魔法使い「うぐぅっ……」
カリン「マホウツカイ、モウ止メテ! 」
魔法使い「……」
カリン「コノママジャ、ソウリョモケンシモ、死ンジャウ!」
魔法使い「……?」
カリン「ソウリョト、ケンシ! 今、倒レテ……!」
魔法使い「僧侶……、剣士……?」
カリン「ウン! 2人トモ、マホウツカイノ仲間デショウ!?」
魔法使い「……ああ……」ポロッ……
カリン「マホウツカイ!」
魔法使い「……殺して……私、を……」
カリン「……」ドコッ
魔法使い「うっ……」ドサッ
勇者「カリン……」
カリン「マホウツカイ、泣イテタ」
勇者「じゃあ、正気を……」
カリン「……」
カリン「ユウシャ、カリンハ怒ッテル。カリンハ、スゴク悲シイ」
勇者「……僕は」
カリン「ユウシャハ、弱虫ダ」
勇者「……」
カリン「……ソウリョトケンシ、手当テシナイト」
勇者「あ、うん、そうだね……」
勇者「僧侶……。息が……」
カリン「……死ンジャッタノ……?」
勇者「……」
カリン「……ケンシ、ハ?」
勇者「剣士は……、意識はない、けど……、大丈夫そうだ」
カリン「ソウ……」ホッ
勇者「カリン……。魔法使いは?」
カリン「マホウツカイ、『殺シテ』ッテ言ッテタ」
勇者「カリン……!」
カリン「デモ、今ハ気絶シテルダケ」
勇者「そうか……」
カリン「ユウシャ、モシモカリンガ、マホウツカイヲ殺シタラ、怒ッテタ?」
勇者「そんなこと……。いや、……ごめん、わからないよ」
勇者「そこの家まで、僧侶を連れて行くよ。……ベッドくらいあるだろうしね」
カリン「ウン」
勇者「カリンはそこで、2人を見てて」
カリン「ウン」
勇者「ケガもないし……。寝てるだけみたいだ」
カリン「ウン……」
勇者「じゃあ、行ってくるね」
カリン「……気ヲツケテネ」
* * *
勇者「……どうかな、カリン」
カリン「2人トモ、マダ起キナイヨ……」
勇者「そう……」
カリン「コレカラ、ドウスルノ……?」
勇者「まずは一旦山を下りて、どこかの教会で僧侶を生き返らせてもらおう」
カリン「エ?」
勇者「だから、山を下りて……」
カリン「僧侶、生キ返ルノ?」
勇者「うん、教会に行けば……。カリン、知らなかったっけ?」
カリン「ウン……。ヨカッタ……」ヘタッ……
勇者「そっか……。この近くに教会はないから、ちょっと長旅になっちゃうけどね」
カリン「ユウシャ! ソウイウコトハ早ク言ウ!」
勇者「ごめん、てっきり知ってるものかと……」
カリン「ジャア、2人ガ目ヲ覚マシタラ早ク行コウ!」
勇者「いや、今日は……さすがに色々あったし、早くても明日かな。カリンも、今日はゆっくり休んで」
カリン「ウン……」
勇者「……カリン」
カリン「ナァニ?」
勇者「魔法使いが起きたら……、僕はどうすればいいんだろう」
カリン「前ミタイニスレバイイヨ、キット」
勇者「できるかな……」
カリン「カリンハ、デキルヨ」
勇者「さっき、カリンが『魔法使いを殺したら怒ってた?』って聞いたよね……」
カリン「……ウン」
勇者「もし本当に魔法使いが死んでたら……、確かに『仲間を殺すなんてひどい』って言ってたかもしれないって思って」
カリン「ウン、カリンモ、ソウ思ウ」
勇者「でも、そんな無責任なことは言えないなって考え直したんだ。それに……」
カリン「ソレニ?」
勇者「魔法使いを気絶させただけって知った時、やっぱり不安になったんだ。目を覚ましたら、またあんなことが起きたらどうしようって。今でも、魔法使いのこと……怖いよ」
カリン「……ソウ」
勇者「……僕、どうしよう」
カリン「……」
勇者「……」
剣士「う……」
勇者「剣士!」
剣士「うん……?」
カリン「ケンシ、ダイジョウブ?」
剣士「……だるい」
勇者「よかった、目が覚めて……」
剣士「っ、く……」
勇者「起きて大丈夫?」
剣士「……ん、回復薬……ちょーだい」
カリン「ウン!」
剣士「(ゴクッ……) ……勇者」
勇者「何?」
剣士「僧侶ちゃんと、魔法使いちゃんは?」
勇者「魔法使いは、あの後……、気を失ってまだ覚めない。僧侶は……教会に連れて行かなくちゃ」
剣士「……そっか。敵はもう、いないよな?」
勇者「魔法使いが全部倒したよ」
剣士「ああ……、やっぱり」
剣士「魔法使いちゃんの様子は?」
勇者「僕が見た感じでは、特に、何も……。ただ眠ってるようにも見えるくらい」
剣士「そう、じゃあ……、聞かれないうちに話した方がいいかな」
勇者「……何を?」
剣士「これからの、戦い方のこと。きっと、魔法使いちゃんが聞いてたら反対するからね」
勇者「それって、どういう……」
剣士「オレさ、魔法使いちゃんの餌になるよ」
勇者「え?」
剣士「魔法使いちゃんのあの力、すごいよ。あれなら魔王にだっていいセン行くと思う。
だから全力で魔法使って、足りなくなったらオレの生命力で補って」
勇者「……だめだよ」
剣士「また勇者はそんなこと言う。僧侶ちゃんが無事なら生き返らせてもらえるしさ、問題なくない?」
勇者「それは分かってるけど……」
剣士「今のオレたちにとっては、この方法が一番強いって。わかるでしょ?」
勇者「そうだけど、そんな、魔法使いを利用するような……、魔法使いはそのせいで苦しんでるのに、そんな力を無理矢理使わせるようなこと、できない!」
剣士「勇者、考えようによっては魔法使いちゃんにとっても良いことじゃない? 自分の力をちゃんと生かせるんだよ」
勇者「それでも、僕は、魔法使いを兵器みたいに扱うのは嫌だし、誰かが犠牲になるのが当然の作戦も取りたくないんだ!」
剣士「勇者はやっぱり、甘いなあ」
勇者「甘くても、いいよ」
剣士「勇者、魔王を倒すためにオレたちはどんな手段でも取らなくちゃいけないんだ。それだけは覚えてなよ」
勇者「……剣士」
剣士「何?」
勇者「僕は、できるだけ堂々と戦いたいんだ。誰かが作戦の犠牲になるなんて、いやだ」
勇者「それが……僕の、勇者の意志だ」
勇者「剣士、勇者は、選ばれたのは……、僕だ。だから、ここは……、僕に従ってくれないか」
剣士「……勇者サマがそう言うなら、仕方ないな」
勇者「ありがとう。……ごめん」
剣士「なんで謝んの。さ、魔法使いちゃん連れてどっか中入ろ」
勇者「うん……。剣士、立てる?」
剣士「へーきへーき。なんなら、魔法使いちゃんお姫様抱っこして行けるよ。むしろしてくよ」
勇者「そう言えば剣士ってそういうヤツだったよね」
剣士「まあね」
勇者「剣士の体力と下心に不安があるので、魔法使いは僕が連れて行きます」
剣士「えー」
カリン「ユウシャ命令」
剣士「ちぇー」
剣士「勇者ー、腹減ったー」
勇者「はいはい、今夕飯作るから。この家の食べ物とか……使っちゃってもいいのかな」
剣士「うん、いいんじゃない? 勝手にタンス漁るよりは」
勇者「え、何それ……」
剣士「そういう勇者もいるってこと」
勇者「え、勇者って僕一人じゃなかったんだ」
剣士「……。……ま、そういうことだから、食べ物くらいどうってことないって」
勇者「じゃ、じゃあ傷みやすそうなものから料理して、人が戻ってきた時のために、あとでお金と手紙を……」
剣士「勇者ってお人好しっていうか、律儀っていうか……なあ」
カリン「ケンシモ見習ッタライインジャナイ?」
剣士「いや、オレは止めとく」
カリン「フゥン。ケンシ、……カリンモ、サッキケンシガ言ッタノニハ、反対ダヨ」
剣士「魔法使いちゃんの?」
カリン「ウン。カリンハ、マホウツカイガ嫌ガルコトハ、シタクナイ」
剣士「オレだってしたいわけじゃないけどさ。……場合によってはちょっと嫌がったり恥ずかしがったりしてた方が燃えるかな」
カリン「場合?」
勇者「カリン、子どもは聞いちゃいけません」
勇者「はい、できたよー」
剣士「ありがとー」
カリン「ワーイ」
勇者「魔法使いはまだ起きないかな」
剣士「んー、そうみたい」
勇者「多めに作ったから、目が覚めたら食べてもらおうと思ったんだけど」
剣士「明日まで目を覚まさなかったら……、ちょっと考えないとね」
勇者「……何を?」
剣士「僧侶ちゃんも早く教会に連れて行かないとだしさ、オレたちのどっちかが山を下りて、どっちかがここに残って、ってこと」
勇者「そう、だね」
剣士「……勇者さえ良ければだけどさ、オレが僧侶ちゃん連れてくよ。勇者は村に残って」
勇者「そう。僕も……、うん、それでいいよ」
カリン「ネエ、カリンハ? カリンハドウスル?」
剣士「ああ、カリンも……、村に残ってて」
勇者「剣士、一人は危険じゃない?」
剣士「大丈夫だって。こう言っちゃ悪いけど、カリンはまだ歩くの遅いしさ」
カリン「ムゥ……。カリン、役ニ立ツモン」
勇者「そうだよ、見張りとかもできるし」
剣士「なるべく安全な道通ってくよ。というわけで、カリンは勇者と魔法使いちゃんと、留守番な」
勇者「魔法使いが明日までに起きてくれれば、またみんなで行けるんだけどね」
剣士「……だよねー。こんな華のない夕食とか久しぶり」
剣士「ごちそうさまー。じゃあ今日は、さっさと寝よっか。あー、疲れた」
勇者「剣士……」
剣士「ん?」
勇者「剣士は、魔法使いのこと、怖くないの?」
剣士「あー……、まあ、怖いよ、正直」
勇者「そっか……」
剣士「あの時はヤバい死ぬ、って思ったしさ。でも、んー、いつもの魔法使いちゃん見てる時間の方が長いわけだし、あの時はあの時ってことで」
勇者「そう、剣士は……すごいなあ」
剣士「勇者も、魔法使いちゃんが起きた時にはそうなるって、きっと」
勇者「そうかな……。……剣士、もしかして、それで自分から僧侶と行くって言い出したの?」
剣士「え?」
勇者「ほら、僕と魔法使いが、2人で話す時間を取れるように、って……」
剣士「……いや、それは……違うけど。……悪い、これについては訳を話せない」
勇者「……そう」
剣士「まあ、変な性癖持ってるとかじゃないから安心して」
勇者「変な性癖って?」
カリン「変ナセーヘキ?」
剣士「なんでもないから、2人ともそこだけ拾わないでくれるかな」
――翌朝――
剣士「じゃあ、行ってくる。できるだけすぐ戻るから」
勇者「うん、剣士、行ってらっしゃい」
カリン「気ヲツケテネ」
剣士「ああ。勇者とカリンも、魔法使いちゃんのこと、よろしく頼むよ」
勇者「うん……」
カリン「マホウツカイ、イツ起キルノカナ……」
剣士「オレたちが帰ってくるまでには、目を覚ましてくれることを願ってるよ」
カリン「……ケンシ、本当ニ、カリンモ一緒ジャナクテ大丈夫?」
剣士「大丈夫大丈夫。行きはオレだけだけど、帰りは僧侶ちゃんもいるんだしさ」
カリン「ウン」
勇者「剣士、それじゃ……、またね」
剣士「ああ」
勇者「それじゃあ、僕たちはこの家の周りを固めておこうか。魔物が襲ってきても大丈夫なように」
カリン「ユウシャ、デモ、モウ魔物ハイナイ……、ト思ウ」
勇者「そうなんだ?」
カリン「生キタ匂イガシナイカラ。ソノ代ワリ、ナンダカスゴク……焦ゲ臭イ」
勇者「焦げ臭い? ……僕には、分からないな」
カリン「ウーン……」
勇者「でも、もしボヤがあったら大変だな。見回りに行こうか」
カリン「ウン、ジャア、カリンガ行ク。ユウシャハマホウツカイト一緒ニイテ」
勇者「カリン、一人じゃ危ないよ」
カリン「大丈夫、カリン、コッソリヤルカラ」
勇者「でも危ないよ。それなら僕が行く」
カリン「カリン、大丈夫ダモン! カリンダッテ、ミンナノ役ニ立ツノ!」
勇者「……そこまで言うなら……。でも、もし生きてる魔物がいたら、そいつが弱そうでも傷を負ってても、絶対に手を出したりしないで、見つからないようにすぐに帰ってくるんだよ」
カリン「ウン!」
勇者「あと、もし火の気があったら、冷気のブレスで消そうとしないで、僕に教えること。すぐに水を持っていくから」
カリン「ウン」
勇者「それと、道に食べられそうなものが落ちてても、絶対拾い食いしちゃだめだからね。たとえカギやドアが開いてても、人の家には勝手に入らないこと。この家を使わせてもらってるのは特別なんだよ。
それに村の外には出ないように。あ、そうそう、もしかしたら崩れかけた建物があるかもしれないけど、絶対に入ったり、ましてや『秘密基地』を作ったりなんかしちゃ……」
カリン「モウ分カッタッテバ! カリン、行ッテクルカラネ!」
カリン「色ンナモノ、壊レテル……。埃ッポイ」
カリン「焦ゲ臭イノハ多分、コッチノ方カラ……」テッテッテッ
カリン「……オーガモオークモイナイ……ヨネ?」
オーガ「……」
カリン「……キュイィ!」ダダッ
* * *
カリン「ユウシャ! ユウシャ!」
勇者「どうしたの!?」
カリン「魔物! オーガガイタノ!」
勇者「本当に!? 一頭だけ?」
カリン「ウン、カリンガ見タノハ……」
勇者「……わかった。それなら、仕留めておこう。カリン、案内して」
カリン「ウン……」
勇者「……ここだね?」
カリン「ウン、コノ建物ノ陰ニ……」
勇者「……いた。気付かれないうちに近付いて、一気に片付けよう」
カリン「ウン……」
勇者「カリンは、ここでじっとしてて」
カリン「……」コクッ
勇者「……」スーッ……
勇者「……やああっ!」ザクッ
オーガ「……」ボロッ……
勇者「……うっ!?」
カリン「ユウシャ、何!?」
勇者「このオーガ、……もう死んでる」
カリン「エッ?」
勇者「……見たければ、おいで。あんまり気持ちのいいものじゃないけど……」
カリン「ウン」
カリン「……ユウシャ、スゴク焦ゲ臭イ……。イヤナ、ニオイ……」
勇者「ああ、僕にもわかる気がする……」
カリン「ユウシャ、コレッテ……!」
勇者「うん。このオーガ、左半身がざっくり抉り取られて……、断面が炭みたいに、焼け焦げてる」
カリン「ドウシテ……、ア……、コレ、マホウツカイガ……?」
勇者「……きっと、そうだね。こんなに遠いのに……」
カリン「焦ゲテ……。ダカラ、コンナニ焦ゲ臭インダ……」
勇者「魔法使いのあれ、敵を消したように見えたけど、一瞬で焼き尽くしてたのか……」
カリン「マホウツカイ……」
勇者「どうしよう、カリン……」
カリン「ユウシャ?」
勇者「僕……やっぱり、怖いよ」
カリン「……ウン」
勇者「……他に、魔物はいそう?」
カリン「ウウン、モウ何モ……」
勇者「そうか。じゃあ、……一回、魔法使いのところに戻ろう」
カリン「ワカッタ」
* * *
カリン「マホウツカイ、マダ起キナイ……」
勇者「うん……。そうだ、カリン」
カリン「ナアニ?」
勇者「剣士と僧侶が帰ってくるまでに、この村の瓦礫とか片付けておこうかなって思うんだけど……どうかな」
カリン「……ウン! カリンモ、ソレガイイト思ウ!」
勇者「北の村の人たちも、いずれは帰ってきたいって思うだろうし……、その時に、ちょっとでもきれいになってたら、きっと、助かるよね」
カリン「ウン、ユウシャ、強イカラキット役ニ立ツ!」
勇者「それに、2人が戻った時に腕がなまってたら、きっと剣士に笑われちゃうしね。体力は維持しておかないと」
カリン「ユウシャ、カリンモ賛成スルヨ! 早クヤロウ!」
勇者「……魔法使いの側に、いたくないってわけじゃないよ、……きっと、僕は」
カリン「……ウン、ユウシャガ働イテル間、カリンガマホウツカイヲ見テル! マホウツカイガ起キタラ、スグ勇者ニ知ラセル」
勇者「そうしてくれると助かるよ、ありがとう」
勇者「まずは、穴を掘って色々埋めないと……。カリン、ちょっと村はずれに行ってくるね」
カリン「イッテラッシャイ。カリン、ユウシャガドコニイルカ、匂イデ分カルカラ大丈夫」
勇者「うん。行ってきます」
* * *
勇者「この辺りでいいかな……。あそこの納屋からシャベル借りたけど……、ちゃんと終わったら返すから、許して下さい」
勇者「さて……」ザクッ
勇者「……」ザクッ、ザクッ
――2時間後――
勇者「……疲れた……」ザクッ……ザクッ……
勇者「ちょっと、穴から出て見てみよう。これだけ掘ればだいぶ……」グッ
勇者「……まだまだかあ……。人は入るだろうけど、オーガは無理だよ……」
勇者「いや、がんばらないと! 魔物の痕跡がなくなれば、村の人たちだって、だいぶ落ちつくはずだよね」
勇者「ふー……」ザクッ、ザクッ
* * *
勇者「……魔法使い、あのオーガ全部灰にしてくれてもよかったのに……」ザクッ、ザクッ……
勇者「……もう日が暮れるな。汗と泥を流して、夕飯の支度しなきゃ……」
勇者「うん、結構穴も広がったし、明日には魔物を埋められるな」
勇者「今日のメニューは肉の塩漬けとジャガイモを使って……」
カリン「ユウシャ、オカエリー!」
勇者「カリン!」
カリン「勇者ガ帰ッテクルノ分カッタカラ、迎エニキタ!」
勇者「ありがとう。泥だらけだから水を浴びて、すぐにご飯作るよ」
カリン「カリンモ手伝ウ!」
勇者「ああ、うん。助かるよ。……魔法使いの様子はどう?」
カリン「朝ト変ワラナイ……。病気ミタイニハ見エナイケド、ズット眠ッテル」
勇者「そうか……。何か口に入れないと、弱っちゃいそうで心配だな」
カリン「寝テルダケデモ、弱ルノ?」
勇者「寝ている間でも呼吸はするし、心臓とか、体は動いてるからね」
カリン「フゥン……。カリンモ、心配」
カリン「ネエネエマホウツカイ、ユウシャガ、村ヲ片付ケテクレルンダッテ。ソノ間、カリンガマホウツカイノオ世話スルネ」
魔法使い「……」
カリン「マホウツカイガ早ク起キテクレナイト、カリンツマラナイヨ」
魔法使い「……」
カリン「今ハケンシモソウリョモイナイシ……」
勇者「ああ、カリン……。魔法使いに話しかけてたのか」
カリン「ウン。寝テル間デモ、聞コエテタライイナア、ッテ思って」
勇者「そうだね。きっと、聞こえてるよ」
カリン「ユウシャ……。ケンシトソウリョ、イツ帰ッテクル?」
勇者「そうだね、あの街からここに来るまで10日ぐらいだったけど……、安全な道を通ったりして遅くなるだろうから、1ヶ月近く……かかるかな」
カリン「ソンナニ……」
勇者「今はだいぶ寂しいけれど、魔法使いが目を覚ませば……明るくなってくれると、いいなあ」
カリン「ユウシャ、カリンモ色々働クカラ、何デモ言ッテ」
勇者「うん」
カリン「ホラ、ユウシャモマホウツカイニ何カ、話シカケテミテ」
勇者「ええっと……、そうだな。魔法使い、話したいことや聞きたいことが、たくさんあるんだ。僕も、どこまで冷静でいられるか分からないけど……。それでも、起きて、僕と話をしてくれるかな」
魔法使い「……」
勇者「魔法使い……」
魔法使い「……」
勇者「……」
勇者「……カリン、もう寝よう」
カリン「ウン」
――翌朝――
勇者「じゃあ、行ってくるよ。魔法使いをよろしくね」
カリン「任セテ。イッテラッシャイ」
* * *
勇者「さて、今日は穴を広げて、オーガを埋めて……」
勇者「……」ザクッ、ザクッ
勇者「……よし、このぐらいかな」
勇者「ええと、そうしたらオーガを運んでこなきゃな」
* * *
勇者「カリン、ちょっといい?」
カリン「ウン」
勇者「穴を掘ったから、オーガを埋めるのを手伝ってほしいんだ」
カリン「ワカッタ! マホウツカイハ、マダ起キナイト思ウカラ、早クヤロウ!」
勇者「そうだね。行こう」
勇者「これだけ大きいと……、いっぺんには運べないな。僕が解体するから、カリンは運んでくれる?」
カリン「イイヨ」
勇者「穴の場所、わかる?」
カリン「昨日ユウシャガイタ所。大体ナラ、ワカル」
勇者「うん。じゃあ頼んだよ」
勇者「……」ドシュッ
カリン「……」
勇者「……っ、と」ザクッ、ドサッ
勇者「よし、カリン、ひとまずこの腕を……、大丈夫?」
カリン「ダ、大丈夫。怖クナンテ、ナイヨ」
勇者「……ごめん、無理しなくてもいいよ」
カリン「平気ダモン! 行ッテクル!」タタタッ
勇者「ふう……」ゴリッ、バキッ
カリン「勇者、穴ニ入レテキタ!」
勇者「ありがとう、じゃあ次は足をお願い」
カリン「ウン!」
勇者「よし、全部穴に収まったね」
カリン「コノ後ハ?」
勇者「土をかぶせて、瓦礫の片付けに移ろう。使えそうなものは取っておいて、使えなさそうなものは燃やして……」
カリン「ウン、ワカッタ」
勇者「そうだな……。カリンは今使ってる家の周りを片付けておいて。いつでも魔法使いの様子が見に行けるように」
カリン「ハーイ」
勇者「僕は村の奥の方から片付けて行くよ。瓦礫はこの穴の近くに集めておこう」
カリン「ワカッタ。カリン、働ク!」
勇者「ああ、でもその前に……、オーガを埋め終わったら休憩しよう。穴掘りで疲れちゃった」
カリン「イイヨ。オ昼ゴ飯モ食ベル」
勇者「さあ、片付け再開」
カリン「ガンバロー」
勇者「カリン、無理はしなくていいからね。大きくて運べないものがあったら僕に言って」
カリン「大丈夫! カリンハ強イカラ!」
勇者「そっか。まあ、気を付けて」
* * *
勇者「さて、まずは大きいものから……。木の板、レンガの塊……」
勇者「使えないものも、燃えるものと燃えないものに分けた方が良さそうだな……」
勇者「手押し車みたいなものがあるとよかったんだけど」
勇者「見当たらなかったから、ひとまず手に持てる分だけ持っていこう」
勇者「……村中探せばありそうなんだけど、必要以上に漁るのは良くないしね、うん」
* * *
カリン「ユウシャハカリンノコト、子ドモ扱イシテバッカリナンダカラ!」
カリン「イッパイ働イテ、カリンガ役ニ立ツコト知ッテモラウンダモン!」
カリン「コレハ……、柵カナ? 壊レテルケド……」
カリン「モウ使エナサソウダシ、村外レニ運ボウット」グッ
カリン「大キイ……。重イ……」
カリン「デモ、ユウシャニナンカ頼ラナインダモン! カリン1人デ、デキルモン!」
カリン「エイッ!」バキッ
カリン「ヤッタ! 名付ケテ、カリンクロー!」
カリン「……痛クナンカ、ナイモン。カリンクローハ強インダモン……」ジンジン
勇者「お疲れさま、カリン」
カリン「オ帰リ、ユウシャ! カリン働イタ」
勇者「ああ、ありがとう」
カリン「マホウツカイハ、マダ起キナイミタイ……」
勇者「気長に、待つしかないのかな……」
カリン「明日モ、今日ミタイニ片付ケスル?」
勇者「そうだね。でも家の周りはだいぶきれいになったから……」
カリン「カリン、頑張ッタデショ」
勇者「そうだね。偉い偉い」
カリン「エヘヘー。ユウシャ、ソレデ?」
勇者「僕は引き続き村の片付けをするから、カリンは家の中の掃除をしていてくれるかな」
カリン「家ノ?」
勇者「うん。魔法使いだって、埃っぽい所に寝かせておくのはかわいそうだし、僕も家がきれいだと嬉しいから」
カリン「ワカッタ。カリン、掃除スル!」
勇者「じゃあ、こっちの布巾で机を拭いて、はたきをかけてからこの雑巾で床を拭いてくれるかな」
カリン「ウン」
勇者「あと、汲んである水が少なくなってたら、汲んできてもらえると助かるな」
カリン「ワカッタ! 机拭イテ、ハタキシテ、床拭イテ、水汲ム!」
勇者「じゃあ、明日からよろしくね」
――翌日――
勇者「よいしょ、っと……」ドサドサッ
勇者「だいぶゴミが溜まってきたな……。この辺で一回燃やしておこう」
勇者「火……は、戻って家から持ってこないとダメか」
勇者「カリン、ちゃんと掃除できてるかなあ」
* * *
勇者「ただいまー」
カリン「オ帰リナサイ! ユウシャ、早カッタ」
勇者「いや、またすぐ行くよ。ゴミを燃やすんだ」
カリン「ウン」
勇者「だから台所から火と油を持っていこうと思って。ランプは荷物の中にあったよね」
カリン「アルヨ!」
勇者「えっと、あとは水も一応……」
カリン「ユウシャ、カリンモ燃ヤストコロ見タイ」
勇者「ええ? 危ないよ」
カリン「大丈夫! 気ヲツケル!」
勇者「いや、でも」
カリン「カリン、モット危ナイコトモ旅ノ中デシテルデショ! ダカラ大丈夫!」
勇者「そういう問題じゃ……」
カリン「ダメッテ言ッテモ、付イテ行ケルカラネ!」
勇者「隠れて来られるよりはいいか……。じゃあ、おいで」
カリン「ヤッター!」
勇者「よっ……と」ドボドボ
カリン「ソレ油?」
勇者「うん。全体に油をかけたら、ランプからこの木切れに火を移して……」ボウッ
カリン「付イタ!」
勇者「そうしたらこれを、ゴミの山の下の方に……」
カリン「ワ、風ガ……」ビュウッ
勇者「あ……」シュウ……
カリン「火ガ……」
勇者「い、いや、ランプの火はあるから、もう一回!」
カリン「ウン!」
勇者「木切れに火を移して、下の方に差し入れて……」グッ……
カリン「……」ジーッ
勇者「あれ……、付かないな」グッ、グッ
カリン「ガンバレー」
勇者「……最近、こうやって火を付けることなんてなかったから……」
カリン「マホウツカイガ、ヤッテクレテタカラネ」
勇者「うん……。あれ、本当に付かない……」シュン……
カリン「マタ消エチャッタ……」
勇者「しょうがない……。かくなる上は……」
カリン「ハ!?」
勇者「魔法を使う! 自信はないけど……」
カリン「使エルノ!?」
勇者「訓練だけは、昔やってたんだ。まあ、煙すら出せなかったんだけど」
カリン「ソレ……大丈夫?」
勇者「あの時から経験も積んだし、できるかもしれない!」
カリン「ソウ……。ガンバッテー」
勇者「じゃあいくよ……。触炎!」パチッ、プスプス……
カリン「……」
勇者「……疲れた……」
カリン「火花ト、煙ガ出テタ」
勇者「うん、僕の魔法の腕もちょっとは進歩したみたいだ」
カリン「……ヨカッタネ」
勇者「……本当に、魔法使い、起きてくれないかなあ……」
カリン「ソウダネ……」
勇者「……とりあえず、今日燃やすのは諦めよう」
カリン「ワカッタ」
勇者「僕はまた村の片付けに戻るから、カリンも家に帰って、掃除の続きをよろしく」
カリン「ウン!」
――数日後・未明――
カリン「……ユウシャ、ユウシャ!」
勇者「ううん、カリン、もう朝……?」
カリン「違ウ……。外、何カ、イル……」
勇者「……!? 魔物!?」ガバッ
カリン「ワカラナイ……。嫌ナ匂イハシナイ……、ケド、スゴク大キイモノ」
勇者「……そう。明るくなったら、様子を見に行こう」
カリン「ウン……」
勇者「もし、それまでにそいつが襲ってきたら……、僕が相手をする」
カリン「カリンハ? カリンモ、戦ウ」
勇者「僕1人で大丈夫だよ。カリンは魔法使いをお願い」
カリン「……」
勇者「……夜が明けたね。まだ、いる?」
カリン「ウン。ズット動イテナイ」
勇者「わかった。行ってくるよ。カリンは絶対にこの家から出ないで、静かにしていて」
カリン「カリンモ、カリンモ行ク……!」
勇者「カリン、君は魔法使いを守るんだ。いいね」
カリン「……ハイ」
勇者「……じゃあ、行ってくるよ」
カリン「気ヲツケテ……」
勇者「……」ガチャッ、……バタン
勇者「……!」
大竜「……チッ」
勇者「竜……!」
大竜「お前ではない。娘を出せ」
勇者「……何を言ってるんだ。今、この村には……僕しかいない」
大竜「すぐに知れる嘘をついても為にならないぞ、人間」
勇者「……嘘じゃない」
大竜「そうか? なら今お前が出てきた小屋、戯れに潰してみてもよいな?」ガシッ
勇者「や、止めろ!」
大竜「ん? この村にお前しかいないのならば、この小屋は空であろう? 問題でもあるのか?」ユラユラ
勇者「ええっと……。旅の、荷物が……」
大竜「壊した後で、瓦礫の中から掘り出すのを手伝ってやっても良いぞ、人間」
勇者「それでも駄目だ! どうしてもというなら、……僕が、相手だ!」
大竜「痛い目を見るよりは、大人しく娘を出した方が良いぞ。どうせ小屋の中にいるのだろう?」ギシギシ
勇者「僕が人間だからって甘く見るな! こう見えても、僕は勇者だ!」
大竜「お前が何だろうが、一人で竜に勝とうなどと思わないことだ。どれ、手始めに屋根を外してみようか。見通しが良くなる」グラグラ
カリン「キュイィ! ヤメテ、ヤメテー!」
勇者「カリン! 来ちゃだめだ!」
大竜「なっ……!?」
大竜「子竜……? え、ちっちゃ、いや、娘のほかに何かいるとは思ってたが、え……?」
勇者「カリン、そいつに近付くな!」
カリン「エ!?」
大竜「違う、子竜! 誤解だ! お前も竜なら、分かるだろう!?」
カリン「……エット、エット……」コクン
勇者「カリン?」
カリン「……ユウシャ、カリン、コノ竜トオ話スル」
勇者「カリン、危ないよ! 家の中に戻って!」
カリン「大丈夫。ネ?」
大竜「ああ。竜の歴史と誇りにかけて。同胞は傷つけないと誓おう」
カリン「ウン。カリンモ誓ウ」
勇者「……もしカリンに何かしたら、許さないから」
大竜「ふん。あの人間は放っておこう。……いやあ、子竜はかわいいなあ! どうだ? 困ったことはないか? 欲しいものはあるか?」
カリン「……キュ?」
大竜「ほかの竜に会うのも実に何百年ぶりだ。ましてやこんな子竜なんて……。どうだ、俺の家に来ないか?
子竜の喜ぶものがあるかは分からないが、歓迎するぞ!」
カリン「エット、カリンハ……」
大竜「カリン? 名前か。人間みたいだな」
カリン「ウン。カリンハ、ユウシャタチト旅シテルノ」
大竜「ふうん……。人間はさておき、竜にとって移動生活は辛いだろう? 人間など放っておいて、うちで暮らさないか? いい所だぞ」
カリン「カリンタチハ、魔王ヲ倒スノ!」
大竜「魔王を……。そうか。俺たちも、魔王には恨みがあるからな……。気持ちはわかる」
カリン「ジャア、オ兄サンモ一緒ニ……」
大竜「いや、俺は契約があるからな。ここから動けないんだ。それはそうと、もう一度『お兄さん』と呼んでほしい」
カリン「オ兄サン……。ソッカ、残念」
大竜「ああ、その調子だ! これからずっと、『お兄さん』と呼んでくれ。ああ、『お兄ちゃん』でもいいぞ」
勇者「カリン、やっぱりソレから離れて」
大竜「……なんだ。竜同士の対話は、人間が介入していいものではないぞ」
勇者「問題は種族じゃなくて、お前自身の言動だ!」
大竜「……チッ、邪魔が入ったな。さて、なんの話だったか……」
カリン「エエット、オ兄サンガ魔王退治ニ行ケナイッテイウ話?」
大竜「……お兄さんという響きはいいものだな……。ああ、そうだ。契約の話をしなければ。人間も聞け」
勇者「さっきは介入するなって言ったのに?」
大竜「話が分かれば、お前の考えも改まるだろう。黙って聞け」
カリン「オ兄サン、ナンデカリントユウシャトデ、話シ方違ウノ?」
大竜「人間に向かって話す時は、威厳が必要だからな。竜同士で話す方が気楽だ」
勇者「……もう竜同士での話し方聞いてるし、気楽な話し方でいいよ」
大竜「お前のような人間と可愛い子竜とを同列に扱えるか、このバカ」
勇者「……そう」
カリン「エット、エット……。オ兄サン、契約ッテ?」
大竜「ああ、そうだな。この村の人間共と、魔人の間に交わされた契約だ」
勇者「人間と魔人? お前は竜だろう?」
大竜「話は最後まで聞け。俺がその契約の証人なんだ」
カリン「契約……ドンナ?」
大竜「好奇心が旺盛だな。いい竜になるぞ。簡単に言えば、魔人が村を守る代わりに、村人はその魔力の糧として生け贄を捧げるってやつだ。契約の定番だな」
勇者「それは……、今も有効?」
大竜「ああ、そうだな……。一度断絶があったが、今現在も続く契約だ」
勇者「でも、村は魔物に襲われたんだろう? 『村を守る』っていう契約は……」
大竜「それをこれから順を追って説明する所だ。少し黙れ」
大竜「……さて、話の腰が折れたな。契約が成立したのは、魔王が勢力を伸ばしていた時期だった。人間より遥かに強大な魔人や竜も、傷付き、数を減らしていた」
大竜「村を守ってほしいという、人間からの申し出は多々あったが、通常は知らぬ振りで村が滅びるに任せていた」
勇者「そんな!」
大竜「他の種族にまでかまけている暇はなかった。俺たちも魔人も、故郷を追われていた」
勇者「……」
大竜「ただ、この村は……例外だ。ここは、土地の力が強い。さらにここから極天山まで魔王の配下に入れば、世界に瘴気が満ちる」
大竜「魔人たちは話し合い、契約を結ぶことに決めた。その証人として、魔人でも人間でもない、竜が選ばれた」
カリン「ソレガ、オ兄サン?」
大竜「大当たりだ。子竜は賢いな。ああそうだ、ここは土地の力が強いと言っただろう? 竜にとっても良い環境でな、数年も住めば子竜もすっかり成長するぞ。どうだ?」
勇者「ダメだ、断る」
大竜「今は子竜に聞いているんだ。人間は黙っていろ」
カリン「カリンハ……、今ハ魔王ヲ倒シタイヨ」
大竜「そうか……。無理にとは言わないが、魔王を倒した暁には考えてみてくれ」
カリン「ウン」
大竜「……で、だ。契約は成立したものの、魔人の寿命はせいぜい人間の2倍程度だ。魔人は村人との間に子を残し、その子に契約を引き継がせることにした」
勇者「なるほど……。子に魔力が継がれなかったことはないの?」
大竜「生まれた子に魔力が継がれなければ、魔力を継ぐ子が出るまで続けるまでだ。それに、魔力を継がない子にも役割はある」
勇者「役割?」
大竜「生け贄だ。魔力の糧だ。さっき言っただろう」
勇者「……ま、魔人は、自分のきょうだいを犠牲にしていたの!?」
大竜「選んでやっているわけではない。ただ……、魔人は無意識のうちに、繋がりが深い相手から魔力を得る」
カリン「モシカシテ……」
勇者「それでも、そんなひどい……」
大竜「……人間」
勇者「……え?」
大竜「お前、察しが悪いとか、阿呆だとか鈍いだとかよく言われないか」
勇者「い、言われないよ! 失礼な!」
大竜「……そうか。話は最後まで、落ちついて聞けよ。落ちついて、な」
勇者「うん……?」
大竜「村人は村を守るために、魔人の血を絶やすまいとした」
大竜「そこで、契約の中に『魔人は子を生す相手を好きに選べる』と盛り込んだ。相手の年齢、婚姻の有無に関わらず、人数制限もなしだ」
勇者「……不潔だな」
大竜「人間。お前も男なら羨ましがると思ったのだが」
勇者「そんなの羨ましがるヤツはパーティーに一人で十分だよ……」
カリン「ソレ、ケンシノコト?」
大竜「何!? そいつ、子竜には手を出してないだろうな!?」
勇者「さすがに人外は守備範囲外だと思うよ!?」
大竜「ならいいが……。で、だ。魔人は結界を張り、魔物の侵入を防いだ。土地の力を利用したこともあり、結界は非常に強力になった。ある意味、強力すぎるほどにな」
勇者「強力すぎる……?」
大竜「村どころか、村人の生活圏内のほぼ全ての魔物が一掃されてしまった」
勇者「それは、いいことじゃないの?」
大竜「人間は馬鹿で短命だからな。結界によって魔物が寄り付かなくなったのを、元々魔物がいなかったのだと錯覚するようになった」
勇者「……」
大竜「災害の時には力を発揮することもあったが、それにも生贄が必要だ。時が下るに従って、魔人は疎んじられるようになっていった」
勇者「それでも、契約は続いたのか」
大竜「……ああ。俺が続けさせた。人間を脅して」
勇者「……え?」
大竜「そう睨むな。人間がこの村に住む以上、必要な事だ」
大竜「魔人と人間との契約は、なんとかそうして続いていたのだが、ある日問題が起こった」
勇者「問題?」
大竜「簡単に言うとだな、魔人が逃げた」
勇者「え? それって……、……すごく大変じゃないか!」
大竜「おい……、お前は、本当に馬鹿だな! 現に、魔人が村を去って間もなく魔物が侵攻を始めた訳だから、大変と言うの
は確かなんだが……。なあ、子竜」
カリン「ナァニ、オ兄サン」
大竜「人間は皆、こんなに馬鹿なのか?」
カリン「ウウン、バカジャナイ人モイル」
大竜「そうか……。にわかには信じ難いが、子竜の言うことだから、そうなんだろうな」
勇者「カリン、僕が馬鹿っていうのは否定してくれないのか……」
カリン「ダッテ……」
大竜「さっき、『契約に断絶があった』と言ったが、このことだ。魔物の侵攻により、村は壊滅状態に陥った」
勇者「そう……。それで、魔人は戻ってきたの?」
大竜「ああ。魔人が戻って間もなく、村は再び結界に守られた。巣食っていた魔物も一掃されたな。……お前も見ただろう?」
勇者「僕が? えっと、魔人が……村に戻って、魔物を一掃して……って、え、まさか……!」
大竜「やっと気付いたな。人間から魔法使いと呼ばれているその娘が、当代の魔人だ」
大竜「説明が終わったところで、人間、改めて言おう。娘を出せ」
勇者「魔法使いが……、あー……」
カリン「ユウシャ? ドウシタノ?」
勇者「さっきの話を思い返すと、知らなかったとはいえ、魔人……魔法使い? に色々ひどいこと言っちゃったなあって思っ
て……」
カリン「カリン、マホウツカイガ魔人ダッテ、言ッテイイノカナッテ、困ッタヨ」
勇者「うん……、ごめん」
大竜「それはそれとして、だ。あの娘はどこにいる?」
勇者「なんで魔法使いを探してるんだ?」
大竜「契約を思い出させなければならない」
勇者「魔法使いを傷つけたりしない?」
大竜「するものか。あの娘はこの村になくてはならない存在だ。契約を思い出させ、二度とこの村から出ないよう、十分言い聞かせなければ……」
勇者「待って、魔法使いは僕らと一緒に、魔王を退治するんだ」
大竜「そんなことが許される訳がない!」
勇者「今は村人もいないだろう? 今の話だと村人がいなくちゃ、魔法使いは力を発揮できないはずじゃないか」
大竜「結界を守るだけならば、魔人と土地の力があれば充分だ」
勇者「でも、魔法使いは自分からこの村を出たんだ。それに、村の人は魔法使いを……嫌ってた」
大竜「あの娘は自分の使命を分かっていなかったんだ。今度こそは……」
勇者「駄目だ」
大竜「これは人間と魔人との、何世代にもわたる契約だ。他所の人間が口出しできる問題ではない」
勇者「魔法使いは、自分で村を出ることを選んだんだ。村人もいない今は、魔法使いの意思が第一じゃないのか?」
大竜「一人の娘の意思で村を、ひいては世界を危険に晒すわけにはいかない」
勇者「……でも、僕らだって世界を救うんだ。魔王を倒して、平和を取り戻す」
大竜「お前たちにはお前たちなりの世界の救い方があるのだろう。だが、この村にはこの村なりの世界の守り方がある。あの娘は、この村のものだ」
勇者「……魔法使いは……」
大竜「悪いが俺は、しばらくここで娘を見張らせてもらう。勝手に連れ出そうなどとするなよ」
勇者「……うん」
カリン「アノネ、オ兄サン」
大竜「ん? どうした?」
カリン「マホウツカイ、魔物ヲ倒シタ後、ズット寝テルノ……。カリン、心配」
大竜「ああ、そうか……。おそらくは力を回復させようとしているだけだ。近く目覚めるだろう。心配要らないぞ」
カリン「ヨカッタ!」
大竜「子竜は優しいな。ああ、人間。お前はさっさとこの村を立ち去ってくれて良い。いや、去れ」
勇者「そういうわけにもいかないんだ」
大竜「何?」
勇者「魔法使いが目覚めるのを待ちたい。それに、僕たちの仲間が2人、しばらくしたらこの村に来るはずだ」
大竜「そうか。……まあいい」
勇者「……そうだ」
大竜「ん?」
勇者「一つ聞きたいんだけど、魔法使い……魔人が、人を……生贄にする時って、関わりの深い人から選ばれるんだよね」
大竜「ああ。魔人と血縁を持っていたり、親しくしていたりすれば、先に生贄にされる。……これも魔人が疎まれる原因か」
勇者「そうか……。あの、今いない僕の仲間は、魔法使いが魔物を倒した時に……えっと」
大竜「ああ、生贄となったか」
勇者「そう……。うん、でも僕とカリンは無事だったんだ。あの、もしかしてだけど……、僕、魔法使いに嫌われてるのかな……?」
大竜「ああ、そうかもしれない」
勇者「……そ、そう……か」
カリン「ソンナコトナイ! マホウツカイハ、ユウシャヲ嫌ッタリシナイヨ!」
大竜「お前は本当に優しいな、子竜。……子竜を悲しませるのも嫌だし、もう一つの可能性を教えてやろう」
勇者「え?」
大竜「契約により、証人である竜族は魔人の生贄とならない。子竜はこれだな。次に、魔人は見た目は人間に近いが、性質は魔物に近い。
もしお前が強力な魔除けを持っているなら、おそらくはそれで生贄となるのを逃れたのだろう」
勇者「魔除け……。もしかして、稲妻の剣かな……」
大竜「そうか、おそらくはそれだろうな」
勇者「そっか……」ホッ
大竜「なんだ? ……娘に嫌われているのではと心配だったか」
勇者「うん……」
大竜「娘と結婚するつもりなら、お前もこの村に永住する必要があるぞ、人間」
勇者「そ、そんなことは考えてないよ!」
大竜「そうか。あの娘はお前にはもったいないからな」
勇者「う、はい……」
大竜「……さて、説明はこんなところか。今度はお前の話を聞かせてもらおう」
勇者「僕の?」
大竜「人間の話など聞きたくない。子竜、お前だ」
カリン「エット、何ヲ話セバイイノ?」
大竜「そうだな。竜の記憶ではなく……、俺たちが共有していない記憶を話してくれ」
カリン「ウン、カリンハ、魔王ヲ倒スタメニ、ユウシャタチト旅シテルヨ」
大竜「そのことだが、どうしてお前は人間なんかと旅をしているんだ? 竜は定住を好むものだろう?」
カリン「ウーン、カリンハ卵カラ孵ッテカラ、ズット勇者タチトイルヨ」
勇者「……」
大竜「おい人間、一体どういう経緯があったんだ」
勇者「……いや、ちょっと色々と」
大竜「その色々とやらを聞いているんだ」
勇者「……すみません、言えません」
大竜「何だと?」
勇者「いや、本当にごめんなさい……」
勇者(火輪の玉と間違った挙げ句、親竜倒して卵奪ってきたとか言えるわけない)
カリン「ソレデ、カリンモ魔王ヲ倒スノ! デモ……」
大竜「どうした? 一所に腰を落ち着けたくなったか? 一緒に住むか?」
カリン「ウウン、カリンハマダ弱イカラ、キットユウシャタチノ足手マトイニナルノ……」
大竜「なんだ、お前は竜なんだぞ。30年もすればこんな人間なんてサックリだ」
カリン「カリンハ、今スグ強クナリタイノ! ブレスノ威力モ低イシ、爪モ牙モマダ……」
大竜「……人間。お前子竜を邪険に扱っているんじゃないだろうな?」
勇者「そんなことするわけないだろう!」
大竜「……確かだろうな? ……ならいいが。子竜さえ良ければだが、俺が訓練してやってもいいぞ」
カリン「本当ニ!?」
大竜「ああ。どうせ俺も娘が目覚めるまでは暇だしな」
カリン「アリガトウ、オ兄サン!」
勇者「訓練にかこつけてカリンに変なことしないでよ」
大竜「失礼なことを言うな、人間。そんなこと、……おそらくしない、はずだ」
勇者「断言できないの!?」
大竜「それでは子竜、早速始めるか?」
カリン「ウン……!」
大竜「そうか、なら……。ところで、お前のブレスはどういう物だ?」
カリン「氷! 物ヲ冷ヤシタリ、凍ラセタリデキルヨ」
大竜「なるほど、いい力だ。それなら村の中で問題ないな」
カリン「村の中?」
大竜「炎やら砂嵐やらのブレスだと、こんなゴミゴミした所では何もできないからな。まあ、薙ぎ払ってしまっても俺としては構わないんだが……」
カリン「ダ、ダメダヨ!」
大竜「ああ、優しい子竜がそう言うだろうとは思っていたさ。氷のブレスなら、大丈夫だろう」
カリン「ウン。オ兄サンハドンナブレスナノ?」
大竜「俺か? 俺は乾燥のブレスだ」
カリン「ソレッテ何?」
大竜「そうだな……。ブレスを吹きかけた物の水分を奪って、干涸びさせる力だ」
勇者「そ、それ本当!?」
大竜「急にどうした、人間」
勇者「今僕たちが持ってる食料、全部乾かしてくれない?」
大竜「……は? どういうことだ?」
勇者「旅糧を乾かしてくれたら、傷みにくくなるし軽くなるしで、すごく助かる!」
大竜「……そうか」
勇者「いい!? 今から持ってくるから!」
大竜「断る。俺はこれから子竜を鍛えるので忙しい」
勇者「えー」
大竜「えーじゃない」
大竜「では行こう、子竜。中央に広場があるのはわかるか?」
カリン「アノ……、石碑ガアル?」
大竜「ああ。そこならばとりあえず充分な広さだろう。娘が目覚めたのも分かる距離だ」
カリン「ウン」
勇者「あ、じゃあ、僕はどうすれば……」
大竜「知るか」
カリン「ユウシャ、オ掃除スル? マホウツカイト一緒ニイル?」
勇者「そうだな……、それなら、僕は魔法使いといるよ」
大竜「……娘がいるのは、この小屋だな?」
勇者「……そうだけど」
大竜「そうか……。ならば、訓練を始める前に……」ギロッ
勇者「どうしたんだ? 家なんか睨みつけて……」
大竜「……」コオオオォォ……
カリン「オ兄サン! 何シテルノ!?」
大竜「……」ゴオオォオォ……ッ
カリン「オ兄サン! ネエ! マホウツカイニ何ヲ送ッテルノ!?」
勇者「え?」
大竜「……ふう。少し力を与え、干渉しただけだ。行くぞ子竜」
勇者「え、今何してたの!? 僕には何も……」
カリン「ネエ、今ノ、竜ジャナクテモ……、マホウツカイハ大丈夫!?」
大竜「おそらく大丈夫だろう。人間では耐えられまいが、あの娘は魔人だからな」
勇者「おい、魔法使いに何を!?」
大竜「早く目覚め、自分の責を思い出せるよう、干渉した。それだけだ」
勇者「魔法使いに何かあったら、この剣でお前の首を叩き斬ってやる! 僕一人でも!」
大竜「……覚えておこう。さあ子竜、広場へ行こう」
カリン「オ兄サン……」
大竜「ん?」
カリン「モシ、オ兄サンガマホウツカイニ悪イコトシテタラ、カリンモオ兄サンノコト、嫌イニナルヨ」
大竜「そうか、それは嫌だな……。だが、大丈夫だ」
カリン「……ウン」
カリン「ユウシャ、行ッテクルネ。晩ゴ飯マデニハ戻ルト思ウ」
勇者「ああ、僕は家にいるよ」
カリン「ハーイ」トットットッ
勇者「あの竜も行ったな。魔法使いの様子は……!」
魔法使い「……」
勇者「顔色も、呼吸も……、大丈夫そうだ」
勇者「あの大竜、いったい何したんだ……? この家を睨みつけてるだけに見えたけど……」
勇者「魔力を感じられたら、僕にも分かったかな……。僧侶がいればなあ」
勇者「広場にいるって言ってたし、何かあったらすぐに……!」
勇者「魔法使い……」
魔法使い「……」ピクッ
勇者「……魔法使い!?」
魔法使い「……うぅ」
勇者「魔法使い、よかった、目が覚め……」
魔法使い「あ、ああ……! いや、ああぁ! あああああぁ!」
勇者「魔法使い!? どうしたの、目を覚まして!」ユサユサ
魔法使い「あああぁ! ごめんなさい、ごめんなさい、うあ、あぁあぁぁ!」
勇者「ねえ! 落ちついて! 魔法使い!」
魔法使い「あ、ああぁ……」スッ……
勇者「魔法使い! ……寝た、の?」
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