イアン「調査兵団?」(72)
進撃SSです。
よろしければご笑覧ください。
※
・イアン、ミタビ、リコは訓練生時代からの同期
・イアンだけ一足先に班長に昇進
以上の前提で話を進めていきます。
*(駐屯兵団演習場)
イアン「本日の訓練はこれで終了する」
イアン「各員、今後も一層の熱意を持って取り組む様に期待する」
イアン「明日、我々の班は非番だ。ゆっくり休め」
イアン「それでは解散する」
イアン「心臓を捧げよ!!」
班員「はっ!!」
※(駐屯兵団屯所、食堂)
イアン「よう。早いな、お前達」
ミタビ「おう、先に食ってるぜ、悪いな」
リコ「何だか疲れてるみたいだけど?」
イアン「…なかなか慣れないよ、班長って立場は」
ミタビ「何言ってんだ。俺を差し置いて班長になったくせに」
リコ「ひがまない。イアンは真面目だからね」
ミタビ「あん?俺だって真面目だろ?」
リコ「ああ、はいはい」
イアン「ははは。確かにミタビも真面目だよ」
ミタビ「だろ?…まぁ、部下を持つってのはよく分からないな」
イアン「そうか?お前を兄貴分と慕うヤツは随分いるだろ?」
ミタビ「よせよ。ロクなもんじゃねえ」
イアン「それに度胸もある。いい班長になれるさ」
リコ「ミタビは土壇場で開き直るんだよね、直前までうじうじするくせに」
ミタビ「よせって。照れ…おい」
ミタビ「リコ、うじうじとはどういう意味だ?」
リコ「そのまんま。訓練兵時代だってさ、試験の前日には青くなって」
リコ「『お、俺、もう駄目かも知れない』とか半泣きになって」
リコ「その度にイアンに慰められてたじゃないか」
ミタビ「…イアン、お前、リコに言ったのか?」
イアン「いや、言ってないぞ。…なぁ、リコ?」
リコ「ミタビの泣き顔は同期全員が知ってるよ」
ミタビ「な、何…?そうなのか?」
リコ「図体の大きいのが泣き顔になってりゃ誰だって見るでしょ、そりゃ」
ミタビ「そ、そうだったのか…」
イアン「ははは。だけど、最後には開き直るじゃないか」
ミタビ「そ、そりゃ…、そこはもう開き直るしかないじゃないか」
イアン「そこで開き直るところが凄いってことさ」
リコ「そうそう、あれは羨ましいよ」
ミタビ「はぁ、そうか…。しかし、みんなに知られていたとは…」
リコ「もういいじゃない。昔のことさ。…それで」
イアン「ん?」
リコ「班長ってどうなの?」
イアン「そうだな…正直、荷が重い」
リコ「そう?」
イアン「訓練をするにしても。これまでは班長の指示に従って訓練していた」
イアン「要するに自分一人に意識を向けておけばそれでよかった」
イアン「班長になると、それだけでは済まない」
イアン「班員それぞれが真面目にやってるか、しっかりと見なければならない」
イアン「かといって、自分の技量が落ちては意味が無い」
ミタビ「なるほど、そんなもんか」
イアン「それに…、たとえば『右に飛べ』、『散開しろ』、『退却しろ』」
イアン「状況に応じた指示も班長は出さねばならない」
イアン「要するに部下の指揮ということだが」
イアン「これがなかなか難しい。もどかしさを常に感じている」
リコ「ふうん。だけどイアン、あなた」
リコ「この前の調査兵団との合同演習」
イアン「うん?」
リコ「ほら、立体機動の模擬戦闘訓練」
リコ「結構いい成績だったじゃない」
イアン「あれは班員が頑張っただけの話だ」
ミタビ「謙遜するなって。調査兵団のヤツら、悔しがってたぜ」
ミタビ「俺の班はボロ負けだったけど…」
リコ「…ダブルスコアだっけ?」
ミタビ「うるせー。くそ、あのデコボコ顔、なんていう名前だっけ?」
リコ「オルオとかいわなかった?」
ミタビ「『今日は本調子じゃなかったが、フッ、まぁこんなもんか…』キリッ」
ミタビ「だとよ」
ミタビ「あの顔でキザなこと言いやがって。まったく…」
リコ「そうそう、そのオルオなんだけど」
リコ「調査兵団の女性兵士に話しかけてたよ」
ミタビ「何?」
リコ「『俺の美技を見たか?』とか何とか」
ミタビ「けっ」
リコ「あっさり袖にされてたけどね」
ミタビ「はっはっは、ざまあみろ!!」
イアン「お前、一部始終を見てたのか?」
リコ「たまたまね」
ミタビ「何だ?いい男を探して調査兵団の中に迷い込んだのか?」
リコ「馬鹿なこと言わないで」
リコ「隊長が調査兵団のエルヴィン団長に挨拶に行くからって」
リコ「同行した時にたまたま見かけただけさ」
ミタビ「リコの男日照りは依然として継続中か…」
リコ「…ミタビ」
ミタビ「冗談だって。怖い顔すんなって。蹴るな。痛い。いやマジで痛いから」
イアン「ははは」
ミタビ「イアン。笑ってないで助けろ。今、テーブルの下でどれ程ひどいことが…」
リコ「これに懲りたら」
ミタビ「悪かった。反省した」
リコ「ふん」
イアン「相変わらずお前ら仲いいな」
リコ「…何言ってるのさ」
ミタビ「替わってやろうか?食事の度に蹴ってもらえるぞ?」
リコ「もう一度蹴られたいの?」
ミタビ「…すまん」
*(駐屯兵団屯所、男性宿舎、談話室)
ミタビ「やれやれ。あの眼鏡女は短気だから困る」
イアン「ははは。さてと」
ミタビ「ん?もう寝るつもりか?」
イアン「ああ」
ミタビ「そうか。…大変なんだな、班長ってのは」
イアン「いや、それもあるが…。実は明日、少し遠出をする」
ミタビ「どこか行くのか?」
イアン「ああ。エルヴィン団長から、調査兵団本部に来てくれと手紙が来た」
ミタビ「へえ、何だろうな?」
イアン「さあな。所属の違う俺に何の用事があるのか知らんが」
イアン「明日、俺は非番だ。特に用事も無いしな」
イアン「朝から出向こうと思う」
ミタビ「話があるなら向こうから来ればいいだろ」
イアン「そう言うなよ。忙しい人みたいだからな」
ミタビ「そうか。まぁ、気をつけてな」
イアン「ああ。夕食までには帰ると思う」
ミタビ「オルオの野郎がいたらケツを蹴飛ばしてやれ」
イアン「はは、そうしよう」
*(翌日、調査兵団本部、団長室)
コンコン
ガチャ
イアン「調査兵団所属、精鋭班班長イアン・ディートリッヒです」
イアン「エルヴィン団長のお招きにより参上致しました」
エルヴィン「ああ、イアン君。待っていた」
エルヴィン「そこの椅子に座ってくれ」
イアン「はっ、失礼致します」
エルヴィン「早速来てもらったな。ありがとう。忙しくはないのか?」
イアン「今日は非番です」
エルヴィン「そうか、折角の休日を悪かったね」
イアン「いえ、お気になさらず。エルヴィン団長こそ、ご多忙ではなかったのですか?」
エルヴィン「少し、君と話がしたいと思ってね」
イアン「話…ですか?」
エルヴィン「先日実施された両兵団の合同訓練」
エルヴィン「私も見ていたのだが」
エルヴィン「君の班の動きは実に良かった」
イアン「ありがとうございます」
イアン「私の拙い指揮の下、班員が頑張ってくれました」
エルヴィン「謙虚だね、君は」
イアン「いえ、事実です。私は右往左往するのみでした」
エルヴィン「そちらのキッツ隊長によると」
エルヴィン「班長になってから、まだ間も無いそうだね」
イアン「はい、まだまだ部下を動かすということがよく分かりません」
イアン「毎日が試行錯誤の連続です」
エルヴィン「…部下というのは難しい存在だ」
エルヴィン「上司の立場にある者に対しては一定の敬意を払う」
エルヴィン「しかし、どこかで上司を観察している」
エルヴィン「この上司に能力はあるのか」
エルヴィン「いざという時、腹を括ることが出来る上司なのか」
エルヴィン「自分のことをどう見ているのか」
エルヴィン「無論、その者の性格にもよるだろうが」
エルヴィン「大なり小なり、上司を観察しているものだ」
エルヴィン「いざという時、己の生命を投げ出す立場にある兵士にとって」
エルヴィン「無能な上司の下に附くというのは死活問題といっていい」
イアン「ご教示、肝に銘じます」
エルヴィン「いや、君はもう分かっている筈だと思うけどね」
イアン「エルヴィン団長は私を買いかぶられておられます」
エルヴィン「ヴェールマン隊長が私のところに来られた際」
エルヴィン「同行の女性兵士にも君のことをそれとなく聞いた」
エルヴィン「無論、転属のことは一切話していない」
エルヴィン「要するに世間話にかこつけて君のことを聞いたわけだ」
エルヴィン「それから、私の方でも色々君について調べさせてもらった」
イアン「は…」
エルヴィン「それらによると」
エルヴィン「訓練兵時代に引き続き、駐屯兵団に属してからもなお」
エルヴィン「君は自分を律し、日々の研鑽を怠らないそうだね」
エルヴィン「実際のところ、君自身の技術もなかなかのものであった」
イアン「自分は不器用です。訓練を重ねて漸く人並みであると思っております」
イアン「訓練兵時代は成績上位者には歯が立ちませんでした」
エルヴィン「あくまで訓練兵時代は、だ」
エルヴィン「訓練兵時代に成績が上位だったものは、得てして憲兵団に所属する」
エルヴィン「で、彼らの技量は下がる一方だ」
エルヴィン「それは憲兵団の現状を鑑みれば首肯出来ることだと思う」
イアン「…」
エルヴィン「断言してもいい。今の君の実力は彼らを遥かに凌駕している」
エルヴィン「更に君には、指揮能力にも光るものがあった」
エルヴィン「まだまだ未熟な点は確かにあるが…」
エルヴィン「遠からず、部下を持つ者としての能力を開花させることになると思う」
エルヴィン「先日の合同訓練での活躍もそれを証明している」
イアン「身に余るお言葉です」
エルヴィン「…さて」
エルヴィン「それで、だ」
エルヴィン「君に、是非お願いしたいことがある」
イアン「はっ、私に出来ることでありましたら」
エルヴィン「我が調査兵団に転属して欲しい」
イアン「…!?転属…ですか?」
エルヴィン「君も知っての通り、調査兵団は壁外調査が任務だ」
エルヴィン「そうした任務の性質上、どうしても人員は不足しがちだ」
エルヴィン「我々は常に、優秀な人材を求めている」
エルヴィン「君には才能がある」
エルヴィン「是非ともその才能を我が調査兵団で発揮してもらいたい」
エルヴィン「ゆくゆくは班長、更には分隊長として部隊を率いてもらうつもりだ」
エルヴィン「どうだろうか」
イアン「…突然のお話、混乱しております」
エルヴィン「無論、そうだろう。当然の話だ」
エルヴィン「私は君を甘言で釣ろうとは思っていない。また、釣れるとも思っていない」
エルヴィン「訓練兵団解団後、訓練兵は調査兵団からの勧誘を受ける」
エルヴィン「その際の演説で聞いていることとは思うが」
エルヴィン「調査兵団は壁外調査の度に、厖大な戦死者が出る」
エルヴィン「調査兵団が慢性的な人員不足である所以だ」
エルヴィン「君に転属を願うということは、生を諦めてくれと言っているに等しい」
エルヴィン「いきなり決断しろというのは無理な話だ」
イアン「人類の為に心臓を捧げた兵士として、死は恐れません」
エルヴィン「ああ、言い方が悪かった。誤解しないで欲しい」
エルヴィン「君が死を恐れる様な人間でないことは重々承知している」
エルヴィン「しかし、調査兵団への転属を求める以上」
エルヴィン「その現状を改めて明確にしておこうという意図からこの様な言い方になった」
エルヴィン「気分を悪くさせたとすればすまない」
イアン「いえ、私自身の覚悟を申し上げたまでです。どうかお気になさらずに」
イアン「エルヴィン団長のご配慮は充分に理解しております」
エルヴィン「そうか、安心した」
イアン「しかし、転属につきましては」
エルヴィン「ああ、今すぐにという話ではない」
エルヴィン「…そうだな。一週間後にそちらに出向こう」
エルヴィン「その時に答えを聞かせてくれ」
イアン「いえ、それは余りにも。私の方からこちらに参ります」
エルヴィン「いや、それは君への礼儀に外れている」
エルヴィン「今日、こうやって君を呼び寄せたことも悪いと思っているのだ」
イアン「…恐縮です」
エルヴィン「とりあえず、私からは以上だ」
イアン「はい」
エルヴィン「ああ、言い忘れていた」
エルヴィン「この話を断ったとしても、君に一切の不利益は生じない」
エルヴィン「調査兵団団長として、それは確約しておく」
イアン「ご配慮、感謝申し上げます」
エルヴィン「とりあえず一週間、考えてみてくれ」
イアン「分かりました。熟慮の上、ご返答申し上げます」
エルヴィン「いい返事を期待している」
エルヴィン「ああ、それと」
イアン「はい、何でしょうか」
エルヴィン「せっかくここまで来てくれたのだ」
エルヴィン「調査兵団の訓練を見ていってくれ」
エルヴィン「君が駐屯兵団に残るとしても、何らかの参考にはなると思う」
イアン「ありがとうございます。学ばせて頂きます」
エルヴィン「そう構える必要はない」
エルヴィン「調査兵団が普段どの様な訓練をしているかを見て欲しいだけだ」
エルヴィン「案内をつけよう。実は隣の部屋に待たせてある」
エルヴィン「ペトラ!!」
ガチャ
ペトラ「初めまして。調査兵のペトラ・ラルです」
イアン「初めまして。駐屯兵団のイアン・ディートリッヒです」
エルヴィン「彼女に案内を頼んでいる。何かあれば彼女に聞いてくれ」
エルヴィン「ペトラ、頼んだぞ」
ペトラ「はい、お任せ下さい」
ペトラ「それでは、こちらへどうぞ」
*(夜、駐屯兵団屯所)
イアン(やれやれ、結局夕食には間に合わなかったな)
リコ「お帰り。遅かったね。パン、取っといたよ」
イアン「悪いな。後で食べるよ」
リコ「調査兵団本部に行ったんだって?」
イアン「何だ、ミタビから聞いたのか」
イアン「朝から調査兵団本部に行って…、エルヴィン団長と話してきた」
イアン「ところで、ミタビは?」
リコ「もう宿舎に戻ったんじゃない?」
イアン「ふうん、そうか」
リコ「で、エルヴィン団長から何の話だったの?」
イアン「う~ん」
リコ「何?話せないこと?」
リコ「…言いそびれたんだけど」
リコ「この前の合同演習の時」
リコ「ほら、隊長に同行してエルヴィン団長のところに行ったんだけど」
リコ「色々と聞かれたんだ」
リコ「普段のあなたの様子とか、訓練生時代のこととか」
リコ「世間話って感じだったんだけど、根掘り葉掘り聞いてきたんだよね」
リコ「今から考えると少ししつこかったんだよ」
リコ「もしかして、今日の話と関係ある?」
イアン「…いや、ただの世間話だったよ、お前の時と同じで」
イアン「合同訓練で、何と言うか…、俺の班が目に止まったみたいで」
リコ「うん」
イアン「誉めてもらったんだ、今日」
リコ「ふうん…。でも、おかしくない?」
ミタビ「誉めるだけならわざわざ呼び出さなくてもいいじゃない」
イアン「さ、さぁ、そこら辺はよく分からない。ただ」
イアン「両兵団の交流を今後ますます密にしたいと言っていたから」
イアン「その辺りが俺を読んだ理由なんじゃないか」
イアン「調査兵団の演習を見学させてくれたしな」
イアン「しかも調査兵のガイドつきで。至れり尽くせりってやつだ、はは」
リコ「ガイドって、もしかして、例のオルオ?」
イアン「違う違う。女性兵士だ」
リコ「ふうん、女性兵士…」
リコ「若いの?ああ、兵士だし、若いのは当然か」
リコ「ふ~ん」
リコ「それで?」
リコ「イアン・ディートリッヒ班長殿は?」
リコ「アレなわけ?」
リコ「お鼻をお伸ばしになってご帰還なさったってわけ?」
リコ「道理で遅い筈だよ」
イアン「何で睨むんだよ。あとその口調やめろ」
リコ「別に、睨んでなんかないけど?」
イアン「ま、まぁ、それでだな。色々見てまわったわけだ」
リコ「うん」
イアン「やはり凄いな、調査兵団は」
リコ「やっぱり、そう?」
イアン「俺達も日々訓練に励んでいるわけだが」
イアン「やはりレベルが違う気がする」
リコ「…何か悔しいね、それ」
イアン「ああ、正直、悔しい」
イアン「巨人を如何に効率よく仕留めるか」
イアン「巨人の襲撃から如何に対応するか」
イアン「如何に兵員の損耗を防ぐか」
イアン「細部にまで工夫が凝らされた訓練だったと思う」
リコ「ふうん」
イアン「調査兵一人一人にもそうした考えが行き渡っているみたいだったな」
リコ「やけに誉めるね」
イアン「ああ、まぁ…、感心せざるを得ないな、やはり」
イアン「合同訓練で我々が調査兵団に圧倒された理由が分かるよ」
リコ「実際に訓練の様子を見ればそう思うんだろうね」
イアン「ただ、…悔し紛れの言い訳かも知れないが」
イアン「あれは要するに実戦経験の多寡によるものかも知れない」
リコ「向こうの方が実戦経験があるからね」
イアン「ああ。その点は大きいと思う」
イアン「だから俺達だって、実戦経験を積めば…と思わんでもない」
リコ「…わざわざ積みたくないけどね、そんな経験」
イアン「はは、そうかもな」
イアン「ただし、俺達が逆立ちしても勝てない人もいた」
イアン「たとえばリヴァイ兵長だ」
リコ「…訓練していたの?」
イアン「ああ」
リコ「どうだった?」
イアン「化け物だな。とんでもないよ、あの人は」
リコ「噂だけが一人歩きしていると思っていたんだけど」
イアン「いや、噂以上だった」
リコ「つまり?」
イアン「他の調査兵の、三倍は速い」
リコ「嘘」
イアン「嘘じゃない。…少なくとも、俺の目にはそう見えた」
イアン「斬撃も精妙極まりない」
リコ「人類最強は伊達じゃないんだね」
イアン「そういうことだな」
イアン「ああ、思い出した」
イアン「どうでもいい話だが。俺を案内してくれたガイド」
リコ「若い女の子ね」
イアン「その目はやめろって」
リコ「…続きを聞きたいんだけど」
イアン「昨日の話を思い出して、オルオのことを聞いてみたんだ」
リコ「うん」
イアン「お前があの日に見た、オルオを袖にした女性兵士だった」
リコ「そうなの?」
イアン「そうらしい。オルオに付きまとわれて困ってるんだとさ」
リコ「ああ、あのかわいらしい人ね。彼女にガイドをしてもらったわけ?」
イアン「何で今日はそんなに睨むんだよ?…大体、そんなにかわいかったか?」
リコ「え?」
イアン「まぁ、かわいらしくはあるが、少なくとも俺の好みではないな」
リコ「ふうん、そうなの。へぇ、…そうなんだ」
イアン「何を一人で納得してるんだ」
リコ「別に?何も?納得とか意味分からないし」
イアン「何か変だな、今日は。…で、まぁ、オルオにもそれなりにいいところはあるらしい」
リコ「キザったらしいだけじゃないの?」
イアン「いや、陰では相当な鍛錬を積んでいると彼女が言っていた」
リコ「ふうん、彼女、よく見てるのね、オルオのこと。まんざらでもないんじゃない?」
イアン「さあ、それはどうかな。彼女曰く、甚だ心外ながら腐れ縁だとさ」
リコ「私達、みたいな?…別に、心外では、ないけど」
イアン「まぁそんなところじゃないか?お前とも割と長いしな」
リコ「そうだね」
イアン「訓練兵時代からだな、お前ともミタビとも」
リコ「そうだね。あなたとミタビと私」
リコ「…」
イアン「どうした?」
リコ「…あの」
イアン「うん?」
リコ「いや、その…。そろそろ寝ようかな。明日も早いし」
イアン「ああ、俺も宿舎に戻るとするかな」
イアン「パン、ありがとな。宿舎で食べるよ」
イアン「遅くまで悪かったな」
リコ「…」
リコ「イアン」
イアン「うん?」
リコ「…おやすみなさい」
イアン「ああ、おやすみ」
*(駐屯兵団屯所、男性宿舎、談話室)
ミタビ「…おう、帰ったか」
イアン「ミタビ。まだ起きていたのか」
ミタビ「何だか寝つけなくてな」
イアン「早く寝ないと疲れが取れないぞ」
ミタビ「ああ、もう少ししたらな」
イアン「エルヴィン団長」
ミタビ「おお、どうだった?」
イアン「なかなかの人物だな」
ミタビ「うちの隊長と比べて…、いや、比べるまでもないか」
イアン「ふふ、まぁ、あの人はあの人なりにしっかりやってるさ」
ミタビ「まぁ、隊長の愚痴はいいか。どんな人なんだ、エルヴィン団長は?」
イアン「相当に頭が切れる」
イアン「調査兵団の訓練も見てきたのだが」
イアン「彼の発案で始められた訓練が多いらしい」
イアン「効果的というか合理的というか…、ま、あれだけやれば強くなるのは分かる」
イアン「実際、彼が団長になってから生存率が飛躍的に向上したとのことだ」
イアン「指揮能力も高いということだろうな」
ミタビ「彼の発案、というのは?本人から聞いたのか?」
イアン「まさか。案内をしてくれた調査兵から聞いたのさ」
ミタビ「調査兵?もしかして、あの野郎…オルオじゃないだろうな?」
イアン「いや、違う。女性兵士だ」
ミタビ「へえ。どうだった?」
イアン「ああ、なかなか的確な説明だったよ。優秀な兵士だな」
ミタビ「いや、そんなことを聞いてるんじゃないんだよ」
イアン「違うのか?」
ミタビ「あのな、女を見てだな」
ミタビ「かわいいなぁとか」
ミタビ「美人だなぁとか」
ミタビ「おっぱいおっきいなぁとか」
ミタビ「ちょっとぐらい触っても許してくれそうだなぁとか」
ミタビ「そういうのはないのか?」
イアン「…そりゃ、ある」
ミタビ「安心した。だったらさ、俺が『どうだった?』って聞いているのに」
ミタビ「『なかなか的確な説明だったよ。優秀な兵士だな』キリッ」
ミタビ「おかしいだろ?」
イアン「…調査兵団の訓練が興味深くてそれどころじゃなかった」
ミタビ「朴念仁め」
イアン「誰が朴念仁だ」
ミタビ「…お前さ、知ってるのか?」
イアン「何が?」
ミタビ「お前の隠れファンが多いとか、そういう話」
イアン「そうなのか?悪い気はしないが…」
ミタビ「それでリコがどれだけ…」
イアン「うん?リコが何だって?」
ミタビ「…もういいや。俺は寝ることにする」
イアン「…?」
*(五日後、駐屯兵団演習場)
イアン「よし、集合!!」
班員「はっ」
イアン「それぞれの立体機動の技術については、今のところ不満は無い」
イアン「しかし、いまいち連携がうまくいっていないな」
イアン「巨人を一人で倒せると思う者はいるか?」
班員「…」
イアン「いないだろうな。実は、俺も自信が無い」
イアン「先日、調査兵団の訓練風景を見る機会を得た」
イアン「やはり、その技量は我々よりも高いと思う」
イアン「しかし、彼らとて、一人で巨人を倒せる者はそれほどいないと俺は見た」
イアン「結局のところ、彼らも連携を大切にしているんだ」
イアン「巨人に対しては連携してこれを仕留める」
イアン「この点を忘れないでくれ。いいか?」
班員「はっ」
イアン「次は、左右からの挟撃を行う」
イアン「俺の合図で左右に分かれる。然る後、巨人を攻撃する」
イアン「右翼は巨人の腱を削ぐ。左翼はうなじを削ぐ」
イアン「この場合、右翼からの攻撃は一瞬早くなるが」
イアン「左翼が遅れると右翼の者達が巨人の攻撃に晒される」
イアン「要するに、呼吸を合わせることが大事だ」
イアン「まぁ、それはどの連携であっても同じことだがな」
イアン「よし、それじゃあ、始めるか」
班員「はっ」
・・・・・・・・・・
駐屯兵「訓練中すみません!!」
イアン「…!?全員、やめ!!集合!!」
班員「はっ」
イアン「どうした?」
駐屯兵「隊長がお呼びです。至急、演習場の隊長室までお出でください」
イアン「分かった。すぐに行こう」
イアン「…と、いうわけだ。行ってくる」
イアン「俺が戻ってくるまで、各員、自主訓練とする」
班員「はっ」
・・・・・・・・・・
コンコン
ガチャ
イアン「隊長、お呼びですか?」
イアン「…!?司令までお越しでしたか…」
ピクシス「おお、久しぶりだの、イアン」
イアン「ご無沙汰しております。何か、不測の事態でも…?」
キッツ「イアン、先日の調査兵団との合同訓練において」
キッツ「お前の班は優秀な成績をおさめた」
キッツ「司令は甚だご満悦だ」
イアン「はっ、光栄であります」
ピクシス「ああ、ああ、そう畏まらんでええ」
ピクシス「訓練中だというのに、悪かったの」
イアン「いえ…」
ピクシス「キッツにも聞いたが、なかなかの指揮ぶりだそうだの」
イアン「班員に支えられ、辛うじて班長の面目を保っている次第です」
ピクシス「相変わらず謙虚だの。…それにしても」
ピクシス「お主の様な若い者が育ってくると安心じゃ」
ピクシス「のう、キッツ」
キッツ「はい、イアンの同期にはミタビ・ヤルナッハやリコ・プレツェンスカなど」
キッツ「有能な人材がおりますが」
キッツ「イアンはその中でもとりわけ優れていると存じます」
ピクシス「うむ。皆の模範とすべきものじゃ」
ピクシス「班員共々、今後もしっかりやってくれ」
イアン「はっ、班員にも司令のお言葉を伝え、共に訓練に励みます」
ピクシス「ワシの言葉が励みになるのであれば、そうしてやってくれ」
イアン「はっ」
ピクシス「…どれ、訓練の妨げになってはいかんな」
ピクシス「そろそろ帰るとしようかの」
イアン「…」
イアン「あの、司令」
ピクシス「何じゃ?」
イアン「恐れながら、お伺い申し上げたいことがあります」
キッツ「おいっ、班長の分際で」
ピクシス「ああ、構わんよ。ワシに答えられることなら答えよう」
ピクシス「…キッツ。少し席を外してくれるかの?」
キッツ「は…?いや、それは…」
ピクシス「気を悪くするなよ。イアンに対してもじゃ」
キッツ「はっ」
ピクシス「どうやらイアンには何か悩みがある様じゃ」
ピクシス「直接の上司であるお前には聞かれたくないこともあるじゃろう」
ピクシス「分かってくれるか?」
キッツ「司令のお言葉とあれば…」
キッツ「…イアン、くれぐれも礼を失することの無いようにな」
イアン「はっ、心得ました」
ガチャ
バタン
イアン「ご配慮、ありがとうございます」
ピクシス「あれも悪い男ではないんじゃがの」
ピクシス「いかんせん、融通が効かん」
ピクシス「大変じゃろ?」
イアン「いえ、規律を遵守される姿勢は見習うべきところであると考えております」
ピクシス「そうかの。ふむ、後で誉めてやろうかの」
ピクシス「で、何じゃ、聞きたいこととは?」
イアン「はっ、恐れながらお尋ね申し上げます」
イアン「ピクシス司令にとって、駐屯兵団とはどの様なものでありましょうか」
イアン「調査兵団との差は、どこにあるとお考えでしょうか」
ピクシス「駐屯兵団の何たるか…。調査兵団との差…」
ピクシス「…」
ピクシス「…ふむ」
ピクシス「剣と盾…といったところかの」
イアン「剣と盾、でありますか?」
ピクシス「調査兵団は…、言ってみれば剣じゃな」
ピクシス「壁外にあって巨人と渡り合う」
ピクシス「人類が巨人に打ち勝ち、再び壁の外に出るためには」
ピクシス「調査兵団という剣がどうしても必要じゃ」
イアン「はい」
ピクシス「一方で…駐屯兵団は盾じゃの」
ピクシス「壁を強化し、砲台を連ね…」
ピクシス「お主ら精鋭部隊は巨人に切り込む」
ピクシス「巨人から人類を守り抜く盾ということじゃ」
イアン「はい」
ピクシス「よって、『人類の為に戦う』とはよく口にされるものの」
ピクシス「調査兵団にとっての意味と駐屯兵団にとっての意味は少し違うかもしれんの」
イアン「…人類の為に、攻めるか守るか、ということでしょうか」
ピクシス「ああ、そういうことになるかの。ただし」
ピクシス「よく切れる剣を持っていても盾が脆ければどうなるかの?」
イアン「…身に迫る危険を防げません」
ピクシス「頑丈な盾を持っていても剣がなまくらならどうなるかの?」
イアン「…相手をどうすることもできません」
ピクシス「よく切れる剣と頑丈な盾。いずれも必要なのじゃ。いずれもな」
イアン「…なるほど」
ピクシス「ところでイアン」
イアン「は…」
ピクシス「エルヴィンに誘われたのじゃろう?」
イアン「は…、いえ、その…」
ピクシス「隠さんでもええ。エルヴィンから内々に打診があったわい」
イアン「あの…、駐屯兵団の上層部の方々には既に…?」
ピクシス「いや、ワシだけの様じゃ。…あれこれややこしいからの」
イアン「な、なるほど…」
ピクシス「それにしても」
ピクシス「あれほどの男に見込まれるとはの」
イアン「その…、はい、名誉なことと存じます。しかし…」
ピクシス「迷っておるわけじゃな?」
イアン「…はい」
ピクシス「今日、ワシに両兵団のことを聞いてきたのも、それじゃな?」
イアン「…はい」
ピクシス「困ったのお。ワシはお主を手放したくはないのじゃが」
イアン「は…」
ピクシス「おお、すまん。思案中のお主に余計なことを言ってしまった」
ピクシス「…お主の選択次第じゃよ」
イアン「は…」
ピクシス「いずれを選ぶにせよ、ワシはお主の意志を尊重するぞ」
イアン「…寛大なるお言葉、感謝申し上げます」
ピクシス「まぁ、考えることじゃな」
イアン「…はい」
ピクシス「一度、街を見てくるがよいぞ」
イアン「街…ですか?」
ピクシス「左様。そこに住まう人々の営み。子供らの絶え間ない笑顔。美しい街並み」
ピクシス「ようく、見てくるがよい」
イアン「は…」
ピクシス「お主にとって、そうした光景は」
ピクシス「広げたいものであるのか」
ピクシス「守りたいものであるのか」
ピクシス「そこに答えがあるとワシは考える」
イアン「…熟慮致します」
ピクシス「おお、それがええ。熟慮することじゃ」
ピクシス「さて…、これでよいかの?」
イアン「…はい。まことに示唆に富むお話をお聞き致しました」
ピクシス「そうか、そうか。それはよかった」
イアン「心より感謝申し上げます」
ピクシス「うむ。それでは、ワシは帰るぞ」
イアン「お見送り申し上げます」
ピクシス「いらん、いらん。早く班員のところに戻るがよい」
・・・・・・・・・・
イアン「集合!!」
班員「はっ!!」
イアン「思いの外、時間がかかってしまった。すまない」
イアン「実はこちらに司令がお見えであった」
班員「…!!」
イアン「司令は、先日の合同訓練に於ける我が班の成績にお喜びであった」
イアン「お前達の努力に今後も期待する、とのことだ」
班員「おお…!!」
イアン「新米班長だが、俺も努力する。お前達も頑張ってくれ」
班員「はいっ!!」
イアン「それじゃあ、日暮れも近いが…、再度、連携の訓練だ」
班員「はっ」
*(二日後、駐屯兵団屯所、食堂)
イアン「ふう、今日も疲れたよ」
ミタビ「おっ、イアン!!」
リコ「お疲れさま」
イアン「…?何だ、お前ら?いやにご機嫌だな」
ミタビ「ふっふっふ、お前には言ってもいいかな」
リコ「ふふ、ホントは黙ってないといけないんだけどさ」
ミタビ「本当なら昨日言う筈だったんだがな」
ミタビ「お前、昨日、どこ行ってたんだよ?」
リコ「昨日、朝からどこかに出かけていたでしょ?」
イアン「はは、ちょっとな。それで、何があった?」
ミタビ「ふふふふふ。笑いが止まらねぇ…」
リコ「あのね、イアン」
イアン「ああ」
リコ「昨日、私達二人に内示が出たんだ」
イアン「内示…?」
ミタビ「来月から、俺達も班長だ」
イアン「そうか!!やったな!!」
リコ「イアン、声が大きい!!」
イアン「む…、そうだな、すまん。いや、それにしても嬉しい報せだ」
イアン「二人とも、おめでとう」
ミタビ「ありがとよ」
リコ「ありがとう」
ミタビ「いやぁ…、班長かあ…気合いが入るぜ」
リコ「部下を持つってよく分からないって言ってなかった?」
ミタビ「そ、それはそれ、これはこれってヤツだ」
イアン「ははは、そうさ、お前らなら大丈夫さ」
リコ「そうかな。実は少し不安なんだ」
ミタビ「気の強そうな顔してるクセに、すぐ弱気になるんだよな、お前は」
リコ「あなただって同じ穴の狢でしょうに」
ミタビ「痛て。だから蹴るなって。痛て。痛て。」
リコ「ふふ、いつもより多めに蹴っております」
イアン「今度、三人で呑みに行くか?俺がおごるよ」
ミタビ「お、それは嬉しいな」
リコ「先輩班長殿のありがたいお言葉を拝聴しようじゃない」
イアン「だから、その呼び方は…」
班員「班長、ご歓談中のところ、失礼致します」
イアン「どうした?」
班員「つい先程、調査兵団のエルヴィン団長がいらっしゃいました」
班員「何か、班長とお話がおありとの由」
班員「只今は応接室にお見えです」
イアン「…分かった。すぐに行こう」
ミタビ「エルヴィン団長がここに?」
リコ「イアン、何かあったの?」
イアン「ん…ちょっと、な」
*(駐屯兵団屯所、応接室)
コンコン
ガチャ
イアン「イアン・ディートリッヒ、参りました」
エルヴィン「遅くにすまないね。どうしても抜けられない会議があってね」
イアン「ご多忙の中、ご足労頂きました。申し訳ありません」
エルヴィン「まぁ、その椅子に」
イアン「失礼します」
エルヴィン「さてと。早速本題に入らせてもらおう」
イアン「はい」
エルヴィン「調査兵団に転属する気になったかな?」
イアン「…」
イアン「…やはり私は、駐屯兵団に身を置きたいと思います」
エルヴィン「…そうか」
エルヴィン「君の様な人材が調査兵団に来てもらえば随分助かるのだが…」
エルヴィン「決意は固い様だな」
イアン「…はい」
エルヴィン「分かった。諦めよう」
イアン「申し訳ありません」
エルヴィン「ああ、気にしないでくれ」
エルヴィン「ちなみに。いや、これは雑談だ」
エルヴィン「気楽に答えて欲しいのだが」
エルヴィン「君が駐屯兵団に残る理由は何だ?」
イアン「…理由、ですか?」
エルヴィン「いや、君という人間がどういうことを考えたのか、知りたくてね」
エルヴィン「差し支えが無ければ、教えて欲しい」
イアン「…はい」
イアン「私には、尊敬してやまない人がいます」
イアン「その方は、調査兵団を剣、駐屯兵団を盾と言われました」
エルヴィン「ほう…、剣と盾」
イアン「はい」
イアン「調査兵団は人類が巨人を打ち負かす為の剣」
イアン「駐屯兵団は人類を巨人から守り抜く為の盾ということです」
エルヴィン「…なるほど」
イアン「人類にとっての剣と盾。いずれも必要です」
エルヴィン「そうだな、その通りだ」
イアン「その方は、私が剣になるか盾になるか、それは私の意志に任せると」
エルヴィン「ふむ」
イアン「そして、こう言われたのです」
イアン「街を見てこいと」
エルヴィン「…街を?」
イアン「街に住む人々。笑い声を上げる子供達。美しい街並み」
イアン「私にとって、そうした光景は」
イアン「広げたいものであるのか」
イアン「守りたいものであるのか」
イアン「その方は、そこに選択の答えがあると言われたのです」
エルヴィン「広げたいと思うのであれば調査兵団」
エルヴィン「守りたいと思うのであれば駐屯兵団」
エルヴィン「そういう事だな?」
イアン「はい。…昨日、私は朝から街に出向きました」
イアン「そして街の光景を眺めながら、ようやく分かったのです」
イアン「ああ、そうか」
イアン「自分はこの光景を守る為に兵士になったのだ」
イアン「この壁の中にはこれだけの人が生きている」
イアン「私の知っている人も知らない人もいるこの街は」
イアン「壁の中の平和であろうとも日々の営みを繰り返している」
イアン「自分にとって『人類の為に戦う』ということは」
イアン「目の前にある、この素晴らしい営みを守るということなのだ」
イアン「…こう思い至った時」
イアン「私の居るべき場所は駐屯兵団であると確信したわけです」
エルヴィン「…」
エルヴィン「…盾になるということか」
イアン「…はい」
エルヴィン「君の考えには敬意を表する。ただ…」
イアン「は…」
エルヴィン「調査兵団を率いる私からすると」
エルヴィン「若干、君の考えには反論がある」
エルヴィン「調査兵団の位置づけ。或いは」
エルヴィン「開拓民問題、食料問題といった面からの反論であるが」
イアン「…はい」
エルヴィン「君の考えにも一理あることは確かだと思う」
エルヴィン「…君と共に戦えなくて残念だよ」
イアン「申し訳ありません」
エルヴィン「まぁ、先日も言った通り、調査兵団は常に人員不足だ」
エルヴィン「もしも、気が変わったなら言ってくれ」
エルヴィン「君ならいつでも大歓迎だ」
イアン「重ね重ねのご好意、心より感謝申し上げます」
エルヴィン「それじゃ、またの機会に。…君と話せて良かったよ」
イアン「私もそう思います」
エルヴィン「それでは、互いの場所で力を尽くすことにしようか。私は人類の剣として」
イアン「はい、私は人類の盾として全力を尽くします」
*(駐屯兵団屯所、食堂)
イアン「お前ら、待っていてくれたのか?」
ミタビ「ああ」
リコ「それで一体、何の話だったの?」
イアン「…これまで黙っていて悪かったが」
イアン「調査兵団に転属しないかって話だ」
イアン「エルヴィン団長は、今日、その返事を聞きに来られたんだ」
リコ「えっ!?」
ミタビ「驚き過ぎだろ…」
リコ「お、驚いてなんか、ないけど?」
ミタビ「…。まぁ、それはいいや。で、イアン、どうするんだ?」
イアン「断った」
リコ「ふ~ん、断ったんだ。ふ~ん…」
ミタビ「落ち着けよ」
リコ「…落ち着いてるよ、私は」
イアン「…?」
ミタビ「で、イアン。迷いはしなかったのか?」
イアン「…正直、結構迷った」
リコ「…」
イアン「エルヴィン団長直々に誘われたわけだしな」
イアン「でも」
イアン「俺にはやはり街を守ることの方が性に合っているみたいだ」
ミタビ「性に合ってる、か。…なるほど」
イアン「昨日、街に行ってさ、あちこち見てまわったんだが」
イアン「暮らしているんだ、色々な人達が」
イアン「もちろん、生活が苦しい人もいるだろう」
イアン「色々な社会問題があることぐらい俺だって知ってる」
イアン「だけどなぁ…。それでもみんな、生きているんだよ。一生懸命に」
イアン「…だから」
イアン「俺はあの人達を守る盾でいいかなって」
リコ「…」
ミタビ「盾か」
イアン「ああ、人類を守る為の盾だ。はは、少し大袈裟か?」
ミタビ「いいんじゃないか?なぁ、リコ」
リコ「ああ、真面目なイアンらしい発想だよ」
イアン「そう言ってもらえれば嬉しいよ」
ミタビ「とすると…俺も盾になるわけか」
イアン「お前も駐屯兵団だから、そうなるな」
リコ「私も…かな?」
イアン「そうだな」
リコ「…そうなんだろうね」
イアン「…?」
リコ「気にしないで。何でもないから」
イアン「そうか」
ミタビ「…それじゃ、宿舎に戻るか。そろそろ食堂を閉める時間だ」
イアン「ああ」
ガタッ ×3
ミタビ「…リコ」ボソ
リコ「何?」ボソ
ミタビ「さっき、イアンの盾に守られたいなぁとか」ボソ
ミタビ「考えたりしてただろ」ボソ
リコ「…」
バキッ
ミタビ「痛えッ」
イアン「どうした?」
ミタビ「ほ、骨がが折れたかも知れない…」
リコ「脆い盾だね、全く…」
*(駐屯兵団本部、司令室)
コンコン
ガチャ
「失礼します」
「うむ、何じゃ?」
「過日のトロスト区攻防戦に於ける…」
「うむ?」
「…戦死者一覧が出来上がりました」
「司令のサインを頂きたいのですが」
「書いておく。後でワシが持っていこう」
「…恐れ入ります」
「それでは、失礼します」
「あ、待て」
「はい」
「あのな」
「…はい」
「…」
「…」
「…いや、何でもない」
「…はい。それでは、失礼します」
ガチャ
バタン
「…」
「…ふむ」
ペラッ
「…」
ペラッ
「…」
ペラッ
「…」
ペラッ
「…」
ペラッ
「…ふむ」
キュポン
トクトクトク
「これはお主らの分じゃ」
トクトクトク
「これはワシの分じゃ」
「…酒の味の分かる者」
「或いは下戸の者」
「色々おるじゃろうが…」
「味わってくれるかの」
「ワシのとっておきの酒じゃ」
「共に、祝おうではないか」
「初めての勝利じゃからな。勝利の美酒というわけじゃ」
「…」
「お主らは人類を守り抜いた盾であった」
「感謝しておるぞ」
「…」
「献杯…!!」
完
…以上です。
お読み頂きありがとうございました。
SSは本作で6作目になります。
1作目 ミカサ「私は誕生日が嫌い」
2作目 ミカサ「守る」
3作目 ミカサ「お花見に行きたい」
4作目 リヴァイ「花見だと?」
5作目 オルオ「お久しぶりです、教官」
本作は2作目ミカサ「守る」で取り上げたテーマを
違う角度から書いてみたものです(続編ということではありません)。
お読み比べ頂ければ幸甚です。
また機会があればどうぞよろしくお願いします。
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