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「怜……」
自分の部屋のベッドに腰掛けて清水谷竜華は一人泣いていた。
一週間。竜華はこうして自室に引きこもり泣きながら過ごしている。
それは竜華の親友である園城寺怜が亡くなったことに起因する行動だ。
インターハイでの成績が認められ二人とも同じプロチームから声をかけてもらって喜んでいた矢先だった。
怜が急に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
元々怜は病弱で倒れてしまうことも間々あったのだが、亡くなる少し前までは体調はよくなっていると言っていた。少なくとも竜華の前では。
なので怜が倒れたとの電話を受けた竜華にとっては正に寝耳に水で、彼女は着の身着のまま慌てて病室に駆け込んだのだが既にベッドに眠る怜は冷たくなっていた。
死に目にすら会えなかった。遺体に取りすがって泣く竜華は自分を責めた。
どうして気付いてやれなかったのか。誰よりも側にいたはずなのに。
それを通夜、葬式が終わってから学校にも行かず部屋で後悔して泣き続けているのだ。
「怜ぃ……」
震える声で怜の名を呼ぶ竜華。この一週間で何度その名を口にしたのか竜華自身にもわからない。
「何で、何で死んでもうたん怜……?」
呟いた言葉は応えのない自問のはずだった。しかし――
『何でやろなぁ~』
気の抜けた声が竜華の耳に届く。それは竜華が今何よりも聞きたい声だった。
「怜……?」
『久しぶり竜華。ひっどい顔しとるな』
うつむけていた顔を上げた竜華の目の前、千里山女子学院の制服を着た怜が顔をしかめて浮いていた。
そう、浮いている。半透明に透き通った体が漂うように何もない空中を上下していた。
「幽霊?」
『ちゃう。枕神怜ちゃんや』
怜は首を振り何故か偉そうに胸を張った。
枕神怜ちゃん。インターハイ団体戦準決勝で竜華が発現させた能力だ。
竜華が他人からは見えない怜の幻影、枕神怜ちゃんを呼び出して和了までの未来を教えてもらうという、二人の絆の証ともいえる能力である。
「怜ちゃん……? でも怜ちゃんと本物の怜は思考とか共有しとるんじゃなかったん?」
それは竜華が怜ちゃんを発現したあとから怜に聞いたことだった。果たして本体の怜が死んでしまっているのに怜ちゃんが出てこれるものなのか。
『出てこれたんやから理屈なんかええやん。元々何で出来るんかわからん能力なんやし』
投げやりな答えだが確かに竜華にも怜にも枕神怜ちゃんの原理は解明出来ていなかった。何が起きても不思議ではない。
「そうやな理屈なんかどうでもいい。また怜に会えたんやから……」
竜華は手を伸ばして怜の腕に触れる。確かな温もりが掌を通じて竜華の全身に広がってきた。
「怜ぃ……!」
竜華の目から涙が零れた。この一週間流し続けた涙とは違う喜びの涙が。
『ごめんな竜華。うちのせいでこない苦しませて……」
「ちゃう! 怜のせいやない!」
悲しげに目を伏せた怜を竜華は抱き寄せた。
病院で抱いた遺体とは違う暖かい感触に竜華の目から溢れ出す涙の量が増す。
「うちが、うちが気付けへんかったから……!」
『気付けへんかったて、うちが倒れたとき竜華おらんかったやん』
「死んでまうほど体調が悪かったのなら何か前兆があったはず。怜はそれに苦しんどったんやろ? せやのにうちは……ごめんな」
『……もうええやん。うちは気にしとらんし竜華も気にせんでええ』
怜はそう言って泣き濡れる竜華を抱きしめ返した。
『ほらっ、はよ小母さんらに顔見せて安心させたり。風呂も長いこと入っとらんのやろ?』
「うん……」
怜に促されて竜華はベッドから立ち上がり歩き出した。
(ごめんな竜華……)
怜は心の中で竜華へ謝りながら空中を滑るようにして彼女の後についていった。
「はぁ……」
久しぶりに入った湯船。暖かなお湯に汚れきった体と心が洗われていき、竜華は思わず溜め息を吐いていた。
『女の子なんやから風呂くらい毎日入らなあかんで』
怜は湯気に曇った風呂場の中を漂いながらそんな竜華を見下ろして微笑んでいる。
『まあうちはもう入れへんけどな~』
そんな冗談を口にする怜の姿は制服のままだ。
竜華は一緒に入ろうと言ったのだがもう服を脱ぐことすら出来ず、竜華以外一切のものに触れられないと断られてしまった。
その言葉通り怜は壁はすり抜けるしお湯の中に飛び込んでも濡れることはなかった。お湯の中に入っても顔色一つ変えなかったので温度もわかっていないようだ。
「……それ笑えへんよ」
風呂に温められた体に冷や水がかけられたような気分で竜華は笑顔の怜を批難する。
『笑ってぇな。渾身の自虐ギャグやで』
「……」
それでも笑顔を崩さない怜に竜華は何も言えなかった。
『それともあれか、うちの裸がもう見れへんから笑えん言いたいん? スケベやなぁ』
「なっ! そんなことあらへんよ!」
笑みを揶揄するようなものに変えた怜を怒鳴って否定する竜華。
『よう考えたらうち竜華の裸見放題やん。トイレも一緒やし――』
「あーあーもう! 黙ってぇ!」
いやらしく口角を上げて胸を覗き込んでくる怜に竜華はお湯をかけて追い払おうとする。が、
『そんなもん今のうちに利かへんよ~』
怜は全く意に介さず舐め回すように竜華の体を見つめ付けた。
「もう~、やめてってぇ!」
『減るもんやないんやし~』
竜華は胸を隠して怜に背を向けるが怜はすぐに裏に回ってくる。
竜華は背を向け怜はその裏に回って、何度も何度もそれを繰り返す。
その間久々に竜華の口から楽しさによる笑い声が響いていた。
「……ほんまぶっ飛んだ話ですね」
あくる日、久しぶりに登校した千里山女子学院の麻雀部の部室のレギュラー陣のみが使えるミーティングルームで、竜華は彼女と怜と共に団体戦を戦ったレギュラーの三人に事情を説明していた。
見舞いに来てくれたお礼から始まったその説明の間、終わったあともあまりに現実離れした内容に三人共黙りこくり、なんとか言葉が出てきたといったように最年少の二条泉が口を開く。
「生前の園城寺先輩からその枕神っちゅーやつを聞いとらへんかったら、黄色い救急車を呼んどるところでしたわ」
泉の言葉に船久保浩子が続いた。
データを重視するデジタル派な考えの持ち主だがオカルトも認めている浩子ではあるが、竜華の話はあまりにもとんでもないもので声にはまだ不審の色が残っている。
「なんでもええわ。竜華がこうして元気になってくれたんやからな!」
残りの一人、竜華と怜の古くからの友人江口セーラは快活に笑って竜華の肩に叩いた。もう深く考えず友人が立ち直ったことを喜ぶことにしたようだ。
「まあそうですね」
「これはデータも取れへんですやろうしな」
セーラに釣られるようにして浩子と泉も相好を崩した。
「痛いてセーラ!」
「痛くしとるんやから当たり前やろうが! 俺がどんだけ心配したと思ってんねん!」
強く肩を叩く手を止めないセーラを制する竜華だったが、彼女はやめるどころか逆に力を強めてくる。
三人共竜華の見舞いに来てくれたが最も多く来たのはセーラだった。
竜華がどれだけ酷い言葉を投げ返し果ては無視するようになっても、セーラは諦めずに竜華を励まし続けてくれた。
「ごめんセーラ。うちボコボコにされても文句言えへんな」
「そこまではせぇへんわ、怜に祟られるからな。そこら辺浮かんどるんやろ?」
最後に強く竜華の肩を叩きセーラは宙空に目をやる。
『うちは幽霊やない言うとるのに』
セーラの目には映らないが怜は頭を地面に向け、彼女の顔と自分の顔を向き合わせて体を揺らしていた。
「セーラの目の前で逆さ吊り、いや逆さで浮かんどるよ」
「えっ!? ほんまか!?」
唯一それを視認出来る竜華が伝えるとセーラは怜に触れようと両手をめちゃくちゃに振り回す。
その手は半透明の怜の顔をすり抜けて虚しく空振った。
「……」
『……』
竜華は悲しみに顔を歪め、怜はどこか寂しそうに苦笑を作り、必死に手を動かす親友の姿を見守った。
「……触れへんのやな」
暫らくの間そうしていたセーラだったが諦めて近くの椅子に座り、空気を掴むばかりだった両掌を見つめて悔しそうに呟く。
「ごめんなセーラ。うちは触れるんやけど……」
「はっ!?」
竜華の言葉を聞いてセーラは座ったばかりの椅子をけたたましく鳴らして立ち上がった。
「やっぱり清水谷先輩の能力でもあるからなんでしょうかね?」
「さあな。けどうちは触れるし、怜からもうちには触れるみたいなんや」
「そんなんずっこいわ! 竜華だけ触れて見えて声も聞こえるとかおかしいやん!」
「まあまあ江口先輩。しょうがないですやん」
地団太を踏むセーラを泉が宥める。
「うちかて長い付き合いやろうに……怜の薄情もん!」
憤然とどこにいるのかもわからない怜に怒鳴るセーラ。
『心配せんでもセーラのとこには夢枕怜ちゃんが化けて出るから』
「怜、それも笑えへんから」
セーラを脅かすように両手を挙げる怜に竜華は額に手を当てて嘆息した。
「何言ったんですかね?」
「どうせ夢枕に立つとか化けて出るとかそんな辺りやろ」
怜の声が聞こえない三人にはその言葉を推測することしか出来ない。
しかし泉に訊ねられて応えた浩子の推測は的中していた。
『さすが船Q、なんでもわかるなぁ』
眼鏡のフレームを上げる浩子の前で感心したように怜が頷く。
「上等や! 出てきたら一発ドツいて説教してあの世に蹴り飛ばしたるさかい、覚悟しときや!」
『おう、セーラこそうちに地獄に引きづりこまれんように気ぃつけや!』
「……ふふっ」
明後日の方向に啖呵を切るセーラとちょうど真後ろにあたる浩子の前から切り返す怜を見て竜華は口元を緩めていた。
もう二度と帰って来ないと思っていた日常がそこにあったから。
「ツモ! 4000オール!」
山からツモって来た牌を引き力強く宣言しながらセーラが手牌を倒した。
「快気祝いに少しくらい手加減してくれてもええやん」
現在二着の竜華が批難がましい目でセーラを見ながら点棒を卓に置く。
「快気祝いにデカいのぶち上げてやっとるんやで?」
そう言って鼻を鳴らすセーラはダントツでトップを走っている。
「う~、残りが心許ない……」
「ここで連荘されるのは厳しいですわ」
ラスの泉、三着の浩子も両者とも渋い顔をして点棒を差し出した。
「竜華はともかく浩子と泉は俺を越えてもらわな困るで。俺らは引退した身なんやしな」
全員分の点棒を納めたセーラが浩子と泉に厳しい視線を向ける。
「いや~、あはは……」
「江口先輩は毎日のごとく来るんで時々まだ部活生なんやないかって思ってまいますけどね」
泉が顔を引きつらせてに目を泳がせ、浩子は平然と皮肉を返した。
時節は十二月上旬。三年生であるセーラ、竜華、怜はとっくに部を引退していたが度々部に顔を出してはこうして麻雀を打たせてもらっていた。
中でもセーラは毎日のように通っていてほとんど引退前と生活が変わっていなかった。
自分はプロ入り確定だと公言して事実竜華と怜よりも早くにプロチームから粉をかけられたセーラだからこそ出来たことだ。
そこまでの自信が持てなかった竜華と怜は受験勉強をしながらたまの息抜きに行く程度。
セーラから『二人もプロなれるやろ』と散々言われたが竜華と怜は念のためと譲らなかった。
結局プロチームから声をかけられて『セーラが正しかった』と三人で笑いあったのは、竜華の心に強く残っている。
「お前らが俺に勝てるようにならへんからいつまでも来なあかんねん」
「ほんまは自分が打ちたいだけですやろ?」
「まあな」
浩子に言い当てられてセーラは即座に前言撤回して照れているのを隠すように両腕を頭の後ろで組んだ。
「いやでも江口先輩の言う通り私ら勝ててませんからね。卒業までに絶対安定して勝てるようになりませんと」
「ふっ、俺も来年からプロや。学生に負けられへんわ」
「応援したいんとちゃうんですか?」
闘志を燃やす泉を不敵な笑みで迎え撃つセーラに浩子が呆れたように言う。
『変わらへんなぁ』
竜華の背後に浮かんで対局を見ていた怜が呟いた。とても感慨深い呟きだった。
『と言ってもうちが死んでまだ十日くらいか。そんなすぐに変わるもんでもないか』
『せやからそういうこと言わん!』
竜華は怜に向かって念じるように――そうすると声を出さずに怜と会話が出来る――して嗜める。
怜の口から『死』という言葉を聞くのが嫌だった。今はただ戻ってきた日常に浸っていたい。竜華はそう思っていた。
『……そんな怒らんといてよ、うち暇暇でしょうがないねん』
叱責を受けた怜は一瞬だけ肩を縮めるがすぐに唇を尖らせて文句を垂れる。
『そんなこと言っても怜は牌に触れられへんし』
『そうやな~、出来ることと言えば竜華にちょっかいかけるくらいやしな』
困り顔の竜華の胸を背後から鷲掴みにする怜。
『ちょ、怜!』
『おおっ、これは……』
竜華は慌てて怜の手を外そうとしたが怜は意に介さず竜華の胸を揉みしだく。
怜が触れることが出来るのは竜華だけ。それは竜華が触れているものにも触れることは出来ない。例えそれが竜華が身に纏っている服であっても。
つまり今怜は竜華の服や下着をすり抜けて直に竜華の胸に触れているのだ。
『気持ちええなぁ……』
怜も狙ってやったわけではなかったのだが想像以上の柔らかい感触に手が勝手に動いてしまっていた。
想像していなかったのは竜華も同じだ。
『と、怜! やめっ……』
胸から走る想像外の感触に竜華は唇を噛んで声を押し殺す。
「あん? どうしたんや竜華?」
「顔赤いですけど大丈夫ですか?」
セーラと泉に声をかけられて竜華が我に返ると、他の三人の前には牌はなく次局への準備を済ませていた。
『あっ……悪かったわ竜華』
怜も同時に我を取り戻してやりすぎたことを詫びて竜華の胸から手を放す。
「……なんでもない」
何故か惜しいと感じた自分の気持ちを誤魔化すように竜華は頬を両手で叩き、自分の牌を押し出して卓に流しこんだ。
「……」
「な、なに船Q?」
「いちゃつくのもほどほどにしてくださいよ?」
「なっ……!?」
怜が見えていないし声も聞こえていないはずなのにまるで見えていたかのように忠告してくる浩子に、竜華は絶句する。
「あ~、園城寺先輩とやらしいことしてたんですね?」
「ちゃ、ちゃう! 怜が勝手に!」
「やってたんやないですか! いや~、やらしいですわ~!」
口を滑らせてしまった竜華を茶化すように笑う泉。
「負けとるくせに余裕やな竜華」
「せやからうちが望んでたわけやないって!」
「ええい問答無用や! こっからの連荘でぶっ飛ばしたるからな!」
青筋を立てたセーラは竜華の言い訳には耳を貸さずせり上がってきた手牌の理牌を始める。
発端である浩子は、
『ほんとは見えとるんとちゃうやろうな?』
と顔の前で手を振る怜には目もくれずに素知らぬ顔で理牌をしていた。怜が見えているということはなさそうだ。
『怜のせいで恥かいたやん!』
『せやから悪かった言うたやん』
自分も牌を並べ替えながら竜華は背後に戻ってきた怜と言い争う。
変わらない。怜がそう言いたくなった気持ちは竜華にもわかっていた。
こうして怜との会話をしているとたった十日前のことがひどく懐かしく感じられるからだ。
(もうあの日々は終わったんや)
竜華は何もかも捨てて泣き続けた一週間の記憶を目の前の卓に集中することで締め出した。
その日、竜華は怜ちゃんの未来視を使おうとはしなかった。
怜ちゃんの能力には使用限度がある。
その事実を考えることを拒んでいるかのように竜華は忘れ去っていたが、無意識の内に避けていたのかもしれない。
今回はここまで
書いてて少し悩みましたけど竜華が羞恥プレイに傾倒していくような展開にはなりませんのであしからず
投下開始します
『なあ怜』
翌日の朝。登校中の竜華は近くの家の塀や道路をすり抜けて遊んでいる怜を呼んだ。
『なんや竜華?』
飛び回っていた怜が道路から頭だけを出して制止した。
『前はずっとおられへん言うとったよな? 今は大丈夫なん?』
『みたいやな。本体がおらんようになったからやろうか』
本体。怜は何気なく口にするが竜華は胸に刺すような痛みを感じる。
(怜は生き返ったわけやない……)
竜華にのしかかるのは暗い現実。怜はもう竜華以外の人間とはコミュニケーションすら取れないという事実だ。
(いや、うちとは取れるやろ! うちを通せば怜も皆と話すことが出来る!)
話すことが出来るだけだが少なくとも遺影や墓石に語りかけるように一方的にはならない。
それは充分に恵まれたことではないか。竜華はそう自分に言い聞かせて沈みかけた気持ちを奮い立たせた。
『怜』
歩かなくていいから楽だと言いながら地面を背泳ぎするように滑っていく怜に再度呼びかける竜華。
『今度はなんや竜華?』
『小母さん達に会いに行かへん?』
今度は動きを止めない怜に竜華はそう持ちかける。
竜華の言う小母さん達とは怜の両親のことである。
怜が亡くなって竜華と同じかそれ以上に苦しんでいるはずの二人。怜と会話することが出来れば救われるはずだと竜華は考えていた。
だが怜は、
『やめとくわ』
泳ぎ続けながら竜華の提案を断った。
『何で!? 小母さん達もきっと怜と話したい思っとるはずやのに!』
まさか断られるとは思っていなかった竜華は遠ざかっていく怜に叫ぶ。
『そらそうやろうけどな、母さん達は怜ちゃんのこと知らんねんで。知っとるセーラ達すら半信半疑やったのが、どうやったら信じられんねん。質の悪い冗談言うとるようにしか聞こえへんよ』
怜の意見はもっともだ。
竜華ももし何も知らずに死んだ怜の言葉を語る人間がいたら怒りをぶつけていただろう。例えそれが親友のセーラであったとしても。
竜華は怜の両親とも仲良くさせてもらっていたが怒鳴られるか、それとも頭の心配をされるかでどちらにせよ傷つけてしまうだけになってしまうのは明白だった。
『そうやね……ごめん怜』
考えなしに言ってしまったことを竜華は障害物を気にせず縦横無尽に泳ぎ回っている怜に謝罪する。
『ええって。うちかて会いたないわけやないんやし』
泳法を背泳ぎからクロールに変えた怜はそう言って竜華の右隣の塀をすり抜けて消えていった。
『……あのなぁ怜。一応真面目な話しとるんやからちょっと落ち着かへん?』
怜が消えた塀に竜華は呆れ声――実際に声は出していないが――を投げる。
『いやな、こんだけ動き回って全然疲れへんからなんや楽しくてな』
塀の中から飛び出し竜華の周りを一周して背後の中空に収まった怜は、本当に楽しそうに笑っていた。
病弱であまり運動をすることが出来なかった怜は思う存分体を動かせる今の状況を大いに満喫しているようだ。
竜華とセーラ達三人以外とはもう話すことも叶わないということなどどこ吹く風といったその様子に、竜華も心の重石が取れたような気分で笑みを作った。
『無駄話してもうたな。走りや竜華、遅刻するで!』
『うん!』
怜に急かされ竜華は走り出す。風切り音も聞こえないが怜は確かに竜華の後についてきている。
(なんとかなるやろ)
問題は山積みだったが楽観的に結論付けて竜華は高校への路を急いだ。
昼休み、竜華と怜はセーラと連れ立って校庭に設置されたテーブルで昼食を取っていた。
「竜華、怜はまだそこら辺おるんか?」
大量のご飯を頬張ったセーラが手にした箸で竜華の右肩を差す。
「ううん今はセーラんとこに寝転んどるよ」
口に含んだから揚げを嚥下して竜華は指でセーラの肩を指し返した。
『感の悪いやっちゃなぁ』
セーラの肩上で体を横にした怜が肩を竦めた。
「……ほんまわからへんなぁ」
竜華に指された方に顔を向けるセーラだったが寄せた眉根は離れる気配がない。
『もっと気合入れれば見えるかもしれへんよ?』
「もっと気合入れれば見えるかもしれへんて」
「気合か……うおおぉ!」
怜の言葉を竜華が伝えるとセーラは震えるほど全身に力を込めて目を凝らした。
『ほんとに見えるようになるん?』
『竜華も強い相手と打った時にゴツい気配感じたことあるやろ? うちは元チャンピオンと打った時に背中から鏡で覗かれる気配を感じた。せやったら今のうちも見えるようになるかもしれへんやん』
はっきり見えたわけやないけどと、怜は締めくくる。その声には多分に期待の色が含まれていた。
竜華にも怜の言う『ゴツい気配』を感じた経験は確かにある。
インターハイの団体戦準決勝で同卓した一年生二人からその気配を受けて戦慄した記憶は新しい。
今の怜は彼女達の気配の元と同じ存在。ならば見えるかもしれないというのも充分有りえる話だった。
竜華も期待して震えるセーラを見ていたが、
「だ~めや。ぜんっぜん見えへん」
彼女は脱力して椅子にへたり込んでしまう。
『まっ、そう簡単にはいかへんよな』
落胆するセーラと共に怜の顔も少し落胆していた。それでもまだ希望が見て取れる表情をしている。
(怜が深刻そうやなかったのは、他の人に見えるようになるかもしれへん希望があったからなんやな)
考えることをやめていた自分とは大違いだと竜華は己を恥じた。
誰よりも辛いはずなのに怜は絶望することなく自分の行く末を考えていたのだ。
(怜はほんまに強いな)
自分に気がつかせようとしているのか食事に戻ったセーラの頭を何度もはたいている怜を見て、竜華は親友の心の強靭さを再確認した。
放課後の部室のミーティングルームで竜華とセーラは泉と浩子に昼休みの話を説明していた。
「気配、ですか」
「またこう……あやふやな話ですね」
二人とも昨日怜ちゃんの話を聞いた後と同じように顔をしかめている。
「もうオカルトというかファンタジーの域に入っとりますね」
「どう違うん?」
「この世界の話とは思えないってことですよ。ニュアンスの違いですけどね」
首を傾げたセーラにぼやくように返して浩子は眼鏡の位置を調えた。
「弘瀬菫のシャープシュート受けた時のこと思い出してもうた……」
顔を青ざめさせた泉が身震いして体を抱きしめる。
「そーいやポンポン射抜かれとったな。振り子みたいに首揺らして、あら傑作やったわ」
「笑い事じゃないですよ。こっちはちょっとトラウマになってるんですからね」
膝を叩いて笑うセーラを泉は先輩だから遠慮がちにだが睨み付けた。
「けどどうしましょうか」
「麻雀打てばええんとちゃうんか?」
「昨日打ったとき何か感じたんですか?」
「いや……」
浩子の問いかけにセーラは首を振った。泉は彼女に同意するように首を縦に振る。
「あっ、けど昨日の清水谷先輩って園城寺先輩の力使っとりませんでしたよね? 使ってみたら見えるかも――」
「泉!」
泉の提案をセーラが鋭い声で止めた。
「あっ……」
一瞬怒鳴られた意味がわからなかった泉だったが竜華の表情を見て察し、申し訳なさそうに押し黙る。
怜ちゃんの能力のあらましについてはここにいる全員が知っていた。能力の制限についても。
「……」
嫌なことを思い出して竜華は複雑な顔をしていた。
ただでさえ出ずっぱりで怜が名付けた『怜ちゃんパワー』は目減りする一方だ。能力を使えばそれは大きく減衰してしまうかもしれない。
残りの『怜ちゃんパワー』がどれほどの量なのかはわからないが大事なそれを自らそれを減らすような真似を竜華はしたくなかった。
(そういえば怜には残りの量がわかるんやったっけ)
竜華は所在なげに彼女の背後を漂っていた怜に視線を向ける。
『やってみる?』
「あかん!」
投げかけられた怜の言葉を声に出して否定する竜華。突然大声を上げた竜華に三人が驚いて身を引いた。
「どうしたんやいきなり?」
「怜が能力使う言うとんねん!」
「……!」
血相を変えた竜華に事情を聞いた三人は息を飲む。
『一回で消えたりせぇへんよ』
「せやけど消えるまでの時間が短くなるんやろ!?」
『……』
竜華が問い詰めると怜は口を噤んだ。この場での沈黙は肯定していることと同義だ。
「落ち着け怜!」
「す、すんません! 私が変なこと言うたから!」
「早まったらあきませんよ園城寺先輩!」
三人は竜華の視線と同じ方向に向かって懸命に呼びかける。
『……ぷっ、あははは! 落ち着けてこっちの台詞やそれは』
落ち着けと言いつつ自分達が慌てている四人の様子がおかしかったのか、怜は口元を隠して吹きだした。
「何笑ってんねん怜!」
『あははは……はぁ、すまんかったわ竜華。そうやな、能力は使わへんようにするわ』
「うちだけやのうて皆に謝り!」
笑いやんだ怜の手を掴んで三人の前に引っ張り出す竜華。
『うちが謝ったって聞こえへんし』
「気持ちの問題や気持ちの!」
怜は逃げようとしたが竜華はその場から動けないように肩を掴んで放さなかった。
『……すまんかったわ皆』
「……」
三人は促されて頭を下げる怜を――三人からすれば怜がいるであろう場所をじっと見据えていたがやはり見えないようだった。
「すまんかったって謝ったで」
解放されてまた飛び始めた怜に変わって竜華が教えると三人は安堵の息を吐く。
「心臓に悪いでほんま……こら泉!」
「は、はいぃ!」
「お前が余計な言うからなぁ!」
「今はそんなことよりどうやって園城寺先輩を視認出来るようになるかやろ」
泉を叱り飛ばして縮こまらせるセーラの首根っこを掴んで止め、浩子は考え込むように唇に手を当てた。
「園城寺先輩側から何も出来へんなら私らが変わらあかん……」
「変わるたってどう?」
「私に聞かれましても……能力の気配に敏感になるってどうすりゃええんですかね?」
「さあ?」
『さっぱりわからんわ』
五人で考えてみるが具体的な案は中々思いつかない。
「能力に慣れるとか?」
始めに案を出したのは浩子だ。
「慣れるって?」
「誰かの能力を受け続けたりすれば或いは……」
竜華の質問に答える浩子の口調は自身でも案に納得出来ていないようだった。
当事者である竜華と怜ですらわからないことに納得できるわけもないのだが。
「能力受け続けるて……」
「弘瀬に的にしてもらおか。なっ、泉」
「やですよそんなん! それやったら宮永照にぼこられた方がマシですわ!」
明らかに冗談とわかるセーラの提案を泉は泣きそうになりながら跳ね除ける。
「そもそも弘瀬のって能力なん?」
「どうなんでしょうね。あからさまなやつと技術との判別が難しいレベルのものもありますから。けどインハイで泉が振り込んだ時の反応見るに能力なんやないでしょうか」
竜華の疑問に浩子は本当に怯えている様子の泉を見やりながら返答する。
『射られ続けて見えるようになるって、それ頭おかしなっただけなんやないやろうか』
『あからさまなやつ』である怜は泉とセーラのじゃれ合いを眺めて暢気に呟いていた。
「ともかくどうにかして早く見えるようになりませんと、めんどくさいですから。叔母さんとも話して方法考えてみます」
安心しろと言うように口角を吊り上げる浩子。彼女と彼女の叔母でもある千里山麻雀部の監督、愛宕雅枝の策には竜華もお世話になってきた。
「ありがとな船Q!」
これまでも数々の策を授けてくれた彼女達ならなんとかしてくれる。全幅の信頼を寄せる竜華は安心して頭を下げた。
『ほんま船Qがおってくれてよかったわ』
「怜も船Qがおってくれてよかったって」
「感謝するならちょっとでも長くこの世に留まってくださいよ」
怜が述べた感謝の言葉を代弁した竜華に浩子は真剣な眼差し向けて言う。
(ちょっとでも長く、か……)
胸中での呟きは明るくなった竜華の心に小さな影を落とした。
怜が他人に見えるようになってもそれが『怜ちゃんパワー』を補填することに繋がるわけではない。
別れの時はいつか必ずくるのだ。
(うちは、耐えられるんかな?)
未だに泉を脅かして遊んでいるセーラの声を聞きながら、竜華は去来した不安に唇を噛んでいた。
今回はここまでです
今日は投下出来そうにないです
ただでさえ少ししか投下出来てないのにすいません
投下開始します
「えっ? 宮永照が来る?」
次の日の昼休みに三年の教室に訪れた浩子から思わぬ言葉を聞いて、竜華は教科書を整理する手を止めて聞き返した。
「ええ。大星と弘瀬も連れてくるそうです」
ちょうど空いていた竜華の前の席に座った浩子が補足して頷く。
「昨日の今日で急やなぁ」
「いえ、私らが頼んだわけやないんです」
迅速な行動に感心する竜華だったが浩子は浮かない顔していた。
「と言うと?」
「園城寺先輩に線香上げに来るらしいんです。なんでも園城寺先輩が亡くなってもうたのは自分のせいなんやないんかって、相当気にしとるらしいんですわ」
彼女には見えない怜を気にするように小さな声で浩子は言う。
インターハイの団体戦準決勝。怜は当時のチャンピオン宮永照と同卓し彼女と戦うために能力を酷使、対局後倒れて病院に搬送されている。
怜が亡くなったのはそれから約五ヶ月ほどあとのことだ。その間に怜が照と会ったということは竜華の知る限りでは一度もない。
「考えすぎやない?」
「私もそう思いますけどね、自分が倒れさせたのがきっかけになったんやないかってそう言うとるそうです」
「きっかけ……」
インターハイが終わってから死ぬまでの怜の様子を思い返す竜華。
(確かにあれから大きい病気したわけでもないしなぁ……けど別にインハイ終わってからも怜はいつも通りやった。前より膝枕してくれ~て言われることが多くなったような気もしたけど)
以前から怜は竜華に度々膝枕をさせていた。
病弱ですぐに疲れるからということもあったのだが膝枕をされることを楽しんでいたのだ。
それが高じて枕神怜ちゃんの能力を発現することになり、『怜ちゃんパワー』の補充は膝枕ですると怜から聞かされていたので、頻度が多くなったのは『怜ちゃんパワー』の補充と能力の研究のためなのだろうと特に気にしてはいなかった。
『怜はどう思う?』
自身の中では関係ないと決定付けたが本人である怜にも聞いておかなければいけないだろうと、竜華と浩子の間に浮かんでいる怜に念を送る。
『……』
『怜?』
しかし怜は神妙な顔をして反応せず竜華は怪訝に思いながらもう一度彼女の名を呼ぶ。
『……ん? ああ、そうやな。宮永のせいやない。うちが勝手に無理して勝手に倒れて勝手にくたばっただけやからな。宮永から直接殴られたわけでもなしに考えすぎやろ』
『くたばるて……』
怜の乱暴な物言いに苦笑する竜華だったが心の中で胸を撫で下ろしていた。
怜は誰かを恨んだりしていない。それがわかって嬉しかった。
「怜も宮永のせいやないって」
「そうですか」
竜華が伝えると浩子は詰めていた息を吐き出す。彼女もまた怜が他人を恨んでいないかどうか心配していたのだろう。
『しっかし案外繊細なんやな宮永。打っとる時はそれこそ殺される思っとったんやけど』
対局中の照は本当に容赦なく怜含め他家を攻め立てていた。相手の一人である阿知賀女子の松実玄が泣いても、怜が目に見えて体調が悪そうな素振りで打っていても顔色一つ変えずに。
さすがに怜が倒れた時には目を見開いていたが、対局中の無表情な宮永照と考えすぎで悩んでいる少女が繋がらないのか、怜はおかしそうに肩を震わせている。
『あんま笑ったりなや。怜のことで悩んでくれとるんやから』
『死んでからモテモテやんうち』
竜華は嗜めるが怜は笑い声を上げ続けた。
「けど何で今なん? 葬式には来てへんかったよな?」
質の悪い自虐に眉を顰めた竜華だったがすぐに気を取り直して質問を続ける。
「昨日か一昨日くらいに知ったらしいんです、園城寺先輩のこと」
怜の死は竜華達にとっては大事件であったが宮永照にはなんら関係のないことだ。
プロ入りは確定していたがまだプロになったわけではなく、有名人というわけでもない怜の現況について彼女が知る機会はそれほど多くないだろう。むしろ早くに知れた方だと言える。
「……そっか」
それでも竜華はどこかやるせない感情が抑えられなかった。親友の死は世間にとってはどうでもいいことなのかと。
「……しゃーないですよ」
『誰かが死んだなんてこと喧伝することでもないやろ?』
「……うん」
何を考えているのか悟った浩子と怜の両方から慰められて竜華は暗い思いを胸の中に押し込めた。
「宮永達は直接怜ん家に行くん?」
「そのつもりみたいですね。けど叔母さんに一回私らに会ってからにしてもらうように伝えてて頼んどきました」
「その方がええやろうな。宮永の勘違いを解消してから行かせたらな、怜の小母さんらも混乱するやろうし」
「信じてくれればええんですけどね、怜ちゃんのこと」
不安を表情に滲ませて浩子が言う。竜華もそれが心配だった。
宮永照も大概オカルトの体現者ではあるが怜ちゃんはあまりにも荒唐無稽だ。怜を失ったショックで竜華が生み出した妄想だと思われても仕方ない。
「宮永か大星なら怜を感じ取れるかもしれへん」
「どうですかね」
『少なくとも大星はインハイの時うちのこと見えてへんかったし』
竜華は期待を込めるが浩子と怜は悲観的だ。
インターハイで竜華は宮永照と共に来るという白糸台の大将大星淡と同卓している。
その対局で初めて枕神怜ちゃんを発現させたのだが同卓した誰も竜華の肩に寄り添うように浮かんでいた怜の姿を見止めた者はいなかった。
能力を使っている怜ちゃんすら見えなかった淡に今の怜が見える可能性は低い。二人が悲観的になるのも無理ない話だった。
「感じるくらいは出来るかもしれへんやん! ともかく宮永達に事情話して協力してもらお」
「ええ、弘瀬も来るらしいですしこの機に泉のトラウマ払拭させたりましょう」
魔女のような笑い声を喉から響かせて浩子は邪悪に口の端を上げる。
『ほどほどにしたりよ?』
泉を労わる怜の声は当然届かず浩子はやおらメモ帳とペンを取り出して何やら書きこみ始めるのだった。
「すいませんでした!」
一晩明けて土曜日。千里山旧レギュラーメンバー全員で休日出校して待ちわびていた宮永照は、五人(彼女から見れば怜を除いた四人)の顔を見るなり深々と頭を下げてきた。
「なんと詫びればいいのか……」
麻雀部部室のドアの前で背を直角に曲げた照の、絞り出すようなその声からは深い悔恨と悲哀の念が感じられる。
「ちょ、ちょっとテルー!」
「お前そんないきなり……」
照と連れ立ってここまで来た淡と菫は突然の行動に戸惑って頭を上げようとしない照と、部屋の中から呆気に取られた顔で彼女達を見ている竜華達との間で視線を彷徨わせていた。
「……あっ、その、頭上げてぇな。あんたはなんも悪くないんやから」
今にも土下座しかねない勢いに気圧されていた竜華が我を取り戻して照に声をかける。
「けど……」
「そうだよ! インハイで打ってからどんだけ時間経ってると思ってるの! テルーのせいじゃないって!」
「そもそもお前が直接手を下したわけじゃないと何度も言ってるだろう」
それでもと動かない照に菫と淡は言い聞かせるように畳み掛けた。
「……」
ようやくおずおずと顔を上げた照。まだ不承不承といった様子で怯えた目で竜華達の反応を伺っていた。本当は怒っているんじゃないかと疑っているようだ。
「ほんまに怒っとらへんから、そないな顔せんでや」
「……ありがとう」
竜華が言ってやると照はようやく張り詰めていた息を吐いて、恥ずかしそうに顔を綻ばせた。
「もう~、だから言ったのにさ~」
「ごめん」
唇を尖らせる淡に照は今度は会釈するくらいの深さで頭を下げる。
「暴力を振るわれたら助けてくれとか言って私まで巻き込んで……」
「なんやと?」
菫のぼやきを聞きとがめてセーラが照を睨みつけた。
「誰が暴力振るうって? ん?」
「ひっ!」
青筋を立てたセーラの鋭い眼光に晒されて照は小さな悲鳴を上げて淡の背に隠れた。
「なっ、何よ!」
照を庇ってセーラを睨み返す淡だったが腰が引けている。
「ちょい待ち!」
「そうですよ! 落ち着いてください!」
浩子と泉が慌ててセーラを宥めすかす。
「俺はなああいう大阪人は野蛮やと思っとるやつは嫌いなんや!」
「あれだけで怒るようなら野蛮やろうが! 自分で悪評広めるつもりかいな!」
「あっちは自分のせいで園城寺先輩死なせた思ってたんですよ。私らに恨まれれとるて勘違いしてたんならどつかれる思うててもしゃーないやないですか」
「……わかったわ」
憤然とするセーラだったが泉と浩子に説得され鼻を鳴らして握り締めた拳を解いた。
「やっぱり大阪人怖い……」
「TVで見るヤクザとか大概あんな喋り方してるもんね!」
「おいこら!」
「ええかげんにせい!」
囁きあう照と淡に再び激昂したセーラを浩子は羽交い絞めにして奥に引きずっていく。
「こら船Q! 放せ!」
「べーっだ」
「こら淡……すまないな私の失言のせいで」
「ううん、この有様やしある意味正しかったんとちゃう?」
浩子から逃れようともがくセーラに舌を出した淡を呆れたように見やり謝る菫に苦笑いを返す竜華。
『やっぱり対局中とは別人やなぁ』
事の成り行きを静観していた怜は淡と照の間に割って入り、記憶の中のチャンピオンと目の前の少女を照らし合わせその違いに驚いていた。
「……?」
すると照は何かを見咎めるように首を捻り目の前を凝視し始める。
「……!」
『もしかして……』
明らかに怜を感じ取っている照の姿に竜華と怜は息を呑んだ。
「どったの照?」
振り向いた淡が照の落ち着かない様子を不審に思って訊ねる。竜華達の想像通り淡には怜が感じられないようだ。
「……なんでもない」
照は気配こそ感じ取れるようだが見えるまでには至らないようで、淡にそう返して目に込めた力を抜いた。
『さすが元チャンピオンは格がちゃうな』
『せやね』
近くに戻ってきた怜と顔を向かい合わせて笑い合う竜華。
「どうしたの?」
嬉しそうな彼女の姿を見て照が不思議そうに質問を投げかけた。
「実は今日ここに来てもろうたのは宮永さんの勘違いを解く目的もあったんですが、もう一つ宮永さん達に頼みたいことがあったからなんです」
「頼みたいことってなに?」
セーラを泉に任せて進み出た浩子に照はもう一度問いかける。菫と淡も居住まいを正して浩子に向き直った。
「では……」
一度咳払いして浩子は説明を始めた。
「実は――」
「――ということで宮永さん達のお力をお貸しいただきたい思うとるんです」
語り終えた浩子は眼鏡のフレームを押し上げて一歩後ろに下がった。
「……」
全ての事情を聞いた白糸台の三人は厳しい顔をして黙りこくる。
あまりにも突拍子もなく現実離れした話だ。彼女達の反応は無理からぬものだった。
「信じられへんのはわかる。けどほんまのことなんや。今もここに怜がおんねん」
口を閉ざしたままの三人に竜華は訴えかけた。
「……とんでもない話だが、嘘を言ってるようには見えないな」
「……だね」
「……うん」
真剣な彼女の顔から三人は今の話を嘘ではないと信じたが、表情は厳しいまま緩まない。
「さっき私が感じたのは園城寺さんの気配だったのね」
「うん、怜が宮永さんの近くに寄っとったから感じ取れたんやろう」
「近くに……」
もう一度感じるためにか集中するように目を閉じる照。
『ここやで~』
「……!」
希望に副うため怜が近づき右耳で囁くと照鋭敏に反応して右に顔を向けた。
「凄いな、当たりや」
『おめでとう』
見事に感じ取ってみせた照に竜華と怜は拍手を送る。
「くっそ~!」
自分がどれだけ足掻いても出来なかったことを目の前で軽々とこなされてセーラが悔しさに歯噛みした。
「……わかんない」
「同じく」
照に習って目を閉じていた菫と淡は一向に何も感じられず諦めて目を開けて、複雑な表情をする照に賞賛の眼差しを向ける。
「やっぱり強い能力に親しんだ人には感じられるわけか」
浩子は愛用のメモ帳を取り出して情報を書き込んだ。
「希望が見えてきましたね!」
「うん!」
怜を感じ取れる人物がいた。その事実を自分の目で確認して千里山の面々は歓喜した。
「あの、喜んでるところ悪いんだけどさ」
色めき立つ竜華達に淡はすまなそうに言う。
「たぶん私達と打ってもオンジョージさん見えるようにはならないと思うよ」
告げられた言葉は竜華達に衝撃を与え笑顔を凍りつかせた。
ここまでです
中々筆が進まないなぁ
今日もまた投下出来そうにないですすいません
投下開始します
「淡っ!」
「だって嘘吐いたって仕方ないじゃん!」
余計なことを言うなと叱りつける菫だったが淡はきっぱりと言い返す。
「な、なんでや!?」
「私が園城寺さんを感じられたのは私が同じような力を持っているからだと思う。そうじゃなければ力を使っている時に感じることは出来ても、平時からその力を察知出来るようにはならないんじゃないかな」
狼狽するセーラに淡に変わって照が答える。
「つまり能力使ってる時以外でも感じられるようになりたいなら、私らも力を手にいれなあかんてことか?」
「そういうこと!」
浩子に問いかけられた淡は指を立て胸を張って頷く。
「そんな、能力てどうやったら習得出来るんや……」
「さあ。でも大体は生まれつきじゃない?」
呆然と呟く泉に彼女達がショックを受けていることなどお構いなしに淡は平然と言い放った。
「生まれつき……」
淡の言葉を反芻するセーラは途方もない絶望感に襲われた。
もし淡の言うように能力の有無が先天的に決められているのなら、この歳までそれらしいものを使ったことのないセーラは持たずに生まれてきた可能性が高い。
「……あっ! 園城寺先輩はどうなんですか! 先輩倒れてから未来視の能力に目覚めたんですよね!?」
セーラに同じく絶望に染まった顔をしていた泉がそう叫んで竜華に詰め寄った。
「あ、ああ、せや! そうやんな怜!」
『せやけど……』
泉からの勢いをそのまま受け流すような剣幕の竜華に怜は歯切れ悪く頷く。
「怜もそうや言うとる。やっぱり後天的にでも能力を身につける方法はあるやんか!」
竜華の言葉に笑顔を笑顔を取り戻す泉とセーラだったが、
「倒れてからって、単に生まれつき持ってて目覚めてなかった能力がそれをきっかけに目覚めただけでしょ」
淡は冷たく否定した。
「きっかけ?」
「だってそうでしょ。世の中の倒れた人や死にかけた人の全員が能力に目覚めてたら、能力がオカルトなんて言われてるはずがないもん」
竜華達の動揺など全く意に介さず淡は当然のように言う。
臨死体験を経て特殊な力に目覚めたという話は実しやかに囁かれている。だがその実例は臨死体験や九死に一生を得たことがある人間の数に対してあまりにも少なすぎるのだ。日本だけでも毎日病院に担ぎ込まれる人間がいるというのに。
「オンジョージさんはそういう才能を持って生まれてきたんだよ。だから能力が使えるようになった。そう考えるのが自然でしょ?」
「才能……」
自分ではどうすることも出来ないその言葉が竜華達の胸に重くのしかかる。
「怜ちゃんもたぶんそうなんやと思いますよ。清水谷先輩と園城寺先輩がそういう才能を持っていたから出来たこと。やないと世の中の恋人夫婦全員が使えることになってまいますからね」
『やろうな』
ショックを受けていないわけではないが冷静に事実を受け止める浩子に怜が同意を示した。
『やろうなて怜!』
怜があまりにも淡白な反応するので竜華は思わず声――念を荒げる。
『そない怒らんといてや竜華』
『怒らんといてて、怜が皆に見えるようになるかどうかの話しとるんに――』
『せやけど簡単に能力身につけられたらうちの立つ瀬ないやん』
熱を上げる竜華を遮って怜は自嘲するように笑いながら言った。
怜が千里山のエースになったのは昨年の秋。それまでの怜は三軍の無名選手だった。
この異例のスピード出世は怜が能力に目覚めたことによって起こった。未来視という破格の能力を使いエースの座まで上り詰めたのだ。
だがそれは言ってしまえば能力に頼りきって得た栄光。麻雀の腕そのものは以前と変わらず三軍のままだった。
そう思っている怜は実力でレギュラーの座を勝ち取った他の四人に対して負い目を感じていたのだ。
そして同時に自分の居場所を奪われることに対する恐怖も。
『皆が皆能力使えるようになったら、うちほんまにいらん子になってまう』
もし他に能力が使える人間がいたなら三軍の実力しか持たない自分なんかすぐに追い落とされる。怜はそれをずっと恐れていた。
死してもはや麻雀を打つことすら叶わない身となった今でも能力が希少なものであると思っていたかった。
だからこそ自身が他人とのコミュニケーションを図れるようになる可能性が限りなく薄いと言われても、怜は悲しむどころかむしろ安心したような気持ちを抱いていたのだ。
『残念やけどさ才能で決まるんやったらどうしようもならへんやん。うちは竜華とだけでもこうして触れ合えたら満足やから』
顔を見られたくないのか怜は竜華の背後に回って首筋にそっと腕を回した。
『怜……』
怜がそんな感情に苛まれていることなど初めて知った竜華は労わるように親友の手を握る。
確かに怜が能力によってエースの座を勝ち得たのは事実だ。しかし、と竜華は怜のその感情に否を投げかけようとしたのだが、
『それはちゃ――』
「ま、まだや!」
急に大声を出して席を立ったセーラに驚いて念を途切れさせてしまった。
「まだ俺らに才能がないて決まったわけやない!」
「……びっくりしたぁ。いきなり大声上げないでよ!」
立ち上がる際に卓にぶつけた腰を擦りながら反対の手で作った握りこぶしを胸に燃えるセーラを、淡は耳を塞いで睨みつける。
「確かにそうだが……」
「限りなく低いと思うよ」
「おい、さっきからお前ずけずけ言いすぎだぞ!」
言葉を濁そうとしたのにきっぱりと言い切った淡に菫は淡共々怒声を浴びせた。
「怒らないでよ~」
「さっき淡が言った通り嘘を吐いても仕方ないことだよ」
「だからって言い方があるだろ! 彼女達は、その……友人を亡くしているんだぞ」
「亡くしたってそこら辺飛び回ってるんでしょ?」
菫が怜を引き合いに出しても淡は反省の色を見せず見えない怜を探すように部屋の中で視線を彷徨わせる。
>>言葉を濁そうとしたのにきっぱりと言い切った淡に菫は淡共々怒声を浴びせた。×
言葉を濁そうとしたのにきっぱりと言い切った淡に菫は怒声を浴びせた。 ○
「私だったら私が死んで暗くなる人なんか見たくないよ。たとえほとんど交流のない人でも」
そう言って明るく笑う淡。これには菫だけでなく残りの六人も目を丸くした。
親しくしている照と菫は元より千里山の五人にも淡が能天気な性格をしていることはわかっていた。なので今までの歯に衣着せぬ言動も能天気さ故のものだと考えていたが、淡はしっかりと考えて行動していたのだ。
「千里山の人が嫌だって言うならやめるけど」
「……いや、ありがとな。怜のことちゃんと考えてくれて」
「当然! 高校100年生は心配りもばっちりなんだよ!」
優しく笑んだセーラの心からの礼を受けて淡は腕組みして小さな胸を張る。
「お前本当にそんなこと考えてたのか?」
「本当だって! 私人死んでるのに考えなしにキツい態度とるほど人でなしじゃないもん!」
菫から疑惑の視線を向けられ淡は頬を膨らませた。
『こっちもこっちで案外ええ子やないか』
生意気な子だと思っていた淡に思いやられていたことを知り顔を綻ばせた怜は、近くに寄って菫と睨み合う淡を見つめる。
「あの清水谷先輩、園城寺先輩はなんて?」
「大星……淡ちゃんのことええ子やって」
「ふふん、でしょでしょ? 皆も誉めてくれていいんだよ?」
泉に問われて竜華が怜の言葉を伝えると淡はますます大きく胸を反らし、どうだと言わんばかりに口の端を上げて菫を見やった。
「淡、調子に乗らない」
「は~い」
照に窘められ淡は小さく跳ねて姿勢を正す。
「全く、照の言うことだけはよく聞く奴だ……すまなかった変な雰囲気にしてしまって」
「そんなん気にせんでええよ」
淡の身代わりの早さに呆れ返って肩の力を抜き頭を下げた菫に竜華は首を振る。
菫もまた怜と怜を失った竜華達を思って慎重に言葉を選ぼうとしてくれていたのだ。感謝こそすれ怒る理由はなかった。
「話戻しますけど、江口先輩は自分に能力者の才能があると信じるわけですね?」
張り詰めていた空気が和やかになってきたところで、浩子はセーラに訊ねた。
「そうや! 可能性はゼロやないんやから諦めへんで!」
「限りなくゼロに近いのに?」
揶揄するのではなく失敗した時に失望するのではないか心配しているような淡の問いにセーラは力強く頷く。
「俺はちょっとでも高目で和了れる目があるならガンガン狙ってかな気がすまんタイプやからな! そんで勝ってきた! 完全にゼロやない限り俺はやってみせる!」
「へぇ、結構イケてんじゃん!」
気炎を上げるセーラに淡は瞳を輝かせた。
(こんなことでへこたれてられっか!)
竜華を除けば怜とこの中で怜と一番深い仲でいたのはセーラだ。彼女に対する想いは竜華にも負けず劣らず強いものだった。
もう一度親友の姿をこの眼で見たい。話をしたい。強い願いは失敗することへの恐怖を打ち消してくれた。
「……そうですね。私も雀士の端くれ。ここぞ言う時は分の悪い賭けにも出らなあきまへんね!」
「非効率的な上に非科学的なことはあんまりやりたないんですけど、こうなりゃとことんデータ取りつくしてみせますわ!」
そんなセーラの姿を見て泉と浩子も悲嘆にくれていた顔にやる気を漲らせる。
「皆……!」
立ち直った三人を見て竜華の心に暖かいものが溢れてきた。
怜と、五人で築いてきた絆。それは今なお切れることなく結ばれているのだ。
『……』
『怜、皆諦めへんて』
『うちも見とるんやからわかっとるって』
自分のために奮起してくれている仲間を見つめて怜は嬉しそうな、けれどどこか悲しそうな表情を作る。
セーラ達が能力を見につけることが出来てしまったらという恐怖と自分を大事に思ってくれているという喜び。
相反する二つの感情がない交ぜになった複雑な表情だった。
「強いな君達は」
「尊敬するよ」
才能がある可能性は薄くそもそもどのようにして能力を身につけるかもわからず、極めつけはもし能力を身につけられたとしても怜を感じることが出来るかどうかもわからない。
それでも希望を捨てずに足掻こうとするセーラ達の姿に菫と照は敬意と、彼女達の固い絆にいくばくかの羨望込めて言った。
「まあやる気出したところで今やれることなんてな~んにもないんだけどね」
「淡っ!」
またもや冷や水を差す淡の頭に照は拳を落とした。
「いた~い! テルーがぶったぁ!」
「……あいつやっぱただKYなだけやないん?」
「……否定は出来ん」
それほど強く叩かれたわけでもないのに頭を押さえて涙を浮かべる淡を冷ややかな目で見ながらセーラと菫は言葉を交わす。
「何にも出来へんこたないやろ。こんだけ雀士が揃っとって麻雀の一つも打たんのはありえへん」
「だけど私達と打ってもたぶん能力は……」
卓を掌で叩いて示す浩子に照は困惑する。
「何がきっかけになるかわからへんやないですか。技術を極めることで目覚める能力もあるかもしれませんし」
彼女のようにと浩子は大騒ぎする淡に溜め息を吐く菫にちらりと目線を送った。
「なるほど、一理ある」
「せやから一局お願いします」
「わかった」
「何? 麻雀打つの? 私も!」
浩子の頼みを照が快諾すると聞きつけた淡が飛び込んでくる。既に涙はなく期待に爛々と輝いてた。
「弘瀬さんもええですか?」
「ん? 私も入っていいのか?」
観戦に回るつもりだった菫は自分が指名されたことに驚き聞き返す。
「格上三人相手にしようなんて中々強気だねぇ」
千里山はインターハイで白糸台に敗北している。打つ面子によって大きく展開は変わるだろうが、自分達に勝ったチームの三人を相手にするのは難しいと考えるのが普通だ。
菫が自分が混ざってもいいのかと訊ねたのもそれが理由だったのだが、浩子は自信満々に淡の揶揄に笑ってみせる。
「今はやる気満々やからな。調子乗ってると足すくわれるで」
「へぇ、言うじゃん」
挑発を受けた淡は楽しげに喉を鳴らした。しかしその目は獰猛な獣が獲物を狙うかのように鋭利な光を宿している。
「おい浩子大丈夫か? 俺が代わりに――」
「すいません、打ちたいとは思いますやろうけどここは任せてください」
建前で心配するように言って成り代わろうとするセーラをしっかりと見破って浩子は制した。
「……ちゃんと俺にも打たせや?」
「わかっとりますって」
納得いかないという顔はしているものの譲ることに決めて耳打ちするセーラに、浩子は苦笑して小さく頷く。
「場決め場決めっと」
鼻歌交じりの淡は自分達が着いていた卓の風牌一セットを裏返して並べ始め、照と菫は互いに火花を散らす。三人共これからの麻雀に対する意気込みは充分だった。
「頑張ってくださいね船久保先輩」
「何言うとるん? 頑張るんはあんたや」
「いっ!?」
完全に外野の気分でいた泉はいきなり主役に引っ張り出されて素っ頓狂な声を上げた。
「弘瀬さん達が来る聞いてあんたのトラウマここで解消したらな思ってな。園城寺先輩のことに関わらず打ってもらうつもりやったんや」
「なっ……それやったら何で宮永さんと大星まで一緒なんですか!?」
「頼れる相手もおらん状況でやらなトラウマなんか消えんやろ。それにあの三人にもまれたらもう簡単にトラウマなんか出来へんようになるやろうし」
「そっ……」
非の打ち所のない正論だった。それが泉の新たなトラウマになるかもしれないということを除けば。
「え、江口先輩打ちたいんですよね!? 代わりますよ!」
なんとか逃れようとセーラに持ちかけるが、
「……いや、船Qの言う通りや。いつまでもびくびくしとらんとシャキッと胸張って打ってもらわんとな! 今日は思う存分打て泉!」
腕組みしてしばし考え込んだセーラは泉が望んだものとは逆の結論を出してしまった。
「し、清水谷先輩!」
「うちも早くトラウマ無くしたほうがええと思う」
『そうやな。早めに消しとこか』
「怜もそうやって」
「そんなぁ……」
黙って事の推移を見ていた竜華と怜にも見離されて、泉の顔に先刻よりも深い絶望が刻まれる。
「話終わった? じゃあ早く卓に着いてよ!」
待ちきれないと淡は卓を叩いて急かす。既に三人共場決めはすんでおり、菫と照座っている場所が入れ替わっていた。
「はいはいただいま。ほら行くで泉」
「えっ、ちょっ、まっ!」
気が動転して口から意味のない言葉を零す泉を、浩子はお構いなしに椅子から引き剥がして淡達が待つ隣の卓の空席に押し込んだ。
「フナクボさんが打つんじゃないんだ」
「まあ誰であろうと」
「容赦はしない」
「……」
とてつもない威圧感に晒されてもはや泉には声を上げることさえ不可能だった。
それから数時間後、泉が虚ろな目を虚空に向けて『大きい川の向こうで園城寺先輩が手招きしとる』と空虚な声で繰り返していたことは、彼女の名誉のためその場にいた人間だけの秘密とされることとなった。
今回はここまでです
乙
弘瀬じゃなくて弘世じゃね?
今日も投下出来そうにないです
遅いし一回の投下量も少ないしなんとかしないとなぁ
>>57
前にも指摘されて辞書登録したと思ってたら…
指摘ありがとうございます
このSSまとめへのコメント
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