勇者「ア、アポ……?は……?え??」
受付「……」
勇者「ア、アポーッ!!なんちゃって……。あははは……」
受付「……」
勇者「あ、あの!お父さ……じゃなくて、父からお城へ行って挨拶するようにと言われて来たんです!」
受付「……」
勇者「あ、あの、その、父は元勇者で、前の大戦の時に王様から勲章を頂いてて……」
受付「失礼ですが、どなたかの紹介状か何かはお持ちでしょうか?」
勇者「しょ、紹介状?!いやぁ~、そういった物は持ってないんですけど……」
受付「大変申し訳ございませんが、取次の際には事前のアポイントメントが必要となっております」
勇者「えと、その、16歳の誕生日には王様から冒険の支度金と装備一式が貰えるから挨拶してこいって……」
受付「我が城では、お約束のない方を取り次ぐことができない様になっております。改めて、お約束を取ってお越しいただけますでしょうか?」
勇者「は、はぁ……。えっと、約束ってどうやったら……」
受付「本日はご来城、誠に有難うございました。お次の方、どうぞ」
勇者「あ、あの!ちょっと!!」
商人「どけよ、嬢ちゃん。邪魔だ。……へへへ、毎度お世話になっております。袖の下商会の者でございます」
受付「お待ちしておりました。間もなく大臣がこちらへ参ります」
勇者「あ、あの~……」
勇者「トボトボ
勇者「おかしいなぁ……。お父さんの話じゃ、勇者は顔パスだって話だったんだけど……。二日もかけて村から歩いて来たのに、このままじゃ帰れないよ……」
ワイワイガヤガヤ
勇者「でも、やっぱり城下の街って賑やかだなぁ。人がたくさんいる!お店もたくさんある!!せっかくだから、色々見て回ろうっと」
勇者「キョロキョロ
ドスン
勇者「うわっ!あ痛たたたたた……。ゴメンなさい。よそ見してて、ぶつかっちゃいました」
悪人面の若者「ギロッ
勇者「ヒィッ!!
悪人面の若者「……気をつけろ」プイッ
勇者「す、すみませんでしたぁ……」プルプル
悪人面の若者「……」スタスタ
勇者「……都会の人は怖いなぁ~。何もぶつかったくらいで、あんな怖い顔しなくてもいいじゃない……。やっぱり心が冷たい人が多いのかな」ブツブツ
*****
悪人面の若者「……」スタスタ
長身の男「……」ツカツカ
悪人面の若者「……首尾はどうだ?」ヒソヒソ
長身の男「守備部隊の規模は、事前に調査したとおりでした。問題ありません」ヒソヒソ
悪人面の若者「そうか……」
長身の男「すぐに決行しますか?」
悪人面の若者「……用心のために、冒険者が集う酒場を見ておこう。名の知れた手練が寄っていると厄介だからな」
長身の男「分かりました」
*****
勇者「ここが街の酒場かぁ~。大きいし、綺麗だし、溢れんばかりに人がいるし、村の酒場とは大違いだなぁ~」キョロキョロ
バーテン「お嬢ちゃん、迷子かい?それとも、お父さんでも探しに来たのかい?ここへ来るには若過ぎるようだけど」
勇者「むぅ、これでも今日で16歳になったんですけど!」
バーテン「ははは、これは失礼。では、何か飲むかい?それとも食事を?」
勇者「えっと、お金があんまり無いから飲み食いは出来ないんだ……。ゴメンなさい」
バーテン「いや、構わないさ。なら、初めて城下街へ来た記念の見学かな?」
勇者「あ、やっぱり街の人間じゃないって分かっちゃいます?訛ってたかなぁ、気をつけて話してるつもりなんだけど……」
バーテン「あれだけキョロキョロしてれば、お上りさんって事は一目瞭然だよ」
勇者「うぅ~恥ずかしいなぁ……。ところで、城下の酒場って旅の仲間を探すのに使われてるって、お父さんから聞いたんだけど」
バーテン「旅の仲間とは……これまた古い話を持ち出してきたねぇ」
勇者「古い?」
バーテン「一攫千金を狙ってパーティーを組んで冒険するなんて、確かに大戦の頃はあったけど、今どきそんなのはなぁ」
勇者「そうなんだ……。お父さんから聞いてた話と随分違うなぁ……」
バーテン「まぁ、傭兵の皆さんが酒場によく立ち寄ってくれるのは今も昔も変わらないよ」
勇者「あ、やっぱりここにいるんだ!」
バーテン「しかし、そう考えると傭兵たちの仕事もすっかり様変わりしたね。昔は冒険だったが、今じゃ……」
勇者「ねぇねぇ、今日のお客さんの中に傭兵さんはいる?」
バーテン「え?え~っと、そうだね……。向こうに座ってる髭の男なんかは有名な傭兵だよ」
勇者「そうなんだ、ありがとう!!」パタパタパタ
バーテン「あ、お嬢ちゃん!……行っちゃったか。なんだか浮世離れした娘だなぁ~」
ゲラゲラゲラ ガハハハハ グビグビ
勇者「ねぇ、おじさん!!」
髭の男「んん~?なんじゃい、嬢ちゃん」
勇者「私のパーティーに入らない?」
髭の男「んあ?おお、雇い主か。個人からの雇用依頼は久しぶりだな。護衛か何かかい?」
勇者「へ?いや、あの、そうじゃなくって、私とパーティーを組んで魔王を倒しに行かない?」
髭の男「……」
ドワーッハッハッハッハッハッハッハッ
髭の男「なんだよ、子供のごっこ遊びかい。こいつは一本取られたな」ガハハハハ
勇者「え?あの、遊びじゃなくって、私は勇者で、その……」
髭の男「ああ、分かった、分かった。季節柄、子供は学校も休みで暇なんだな。だけどよ、こんな所で大人をからかって遊んじゃいかんぞ」
勇者「もう、私の話をちゃんと聞いてよ、おじさん!」
髭の男「……おいおい、ちょっとくらいの冗談なら笑い話で済むが、あんまりしつこいと興醒めだぞ」
勇者「冗談なんかじゃないもん!」
髭の男「ったく、ガキの相手をいつまでもしてると酒が不味くなる」
ヒョイ
勇者「わっわっわっ!猫の子じゃないんだから襟足を掴まないでよ!!」ジタバタ
髭の男「こら、暴れるんじゃねぇ!ガキは帰って親の手伝いでもしてろ!!」
勇者「子供じゃないんだってばぁ~!!」ジタバタ
髭の男「こいつ、いい加減にしねぇと、横っ面を引っ叩くぞ!!」
勇者「キャッ!」
バシッ
勇者「ビクッ!
勇者「……」
勇者(……あれ、いつまでたっても平手が飛んでこないな。どうしたんだろ……)
勇者(そーっと薄目を開けて……あっ!)
髭の男「てめぇ……」
悪人面の若者「手荒な真似は感心しないな」
勇者(男の人が、髭のおじさんの腕を抑えてくれてる……!)
悪人面の若者「子供相手に手を上げるのは、少々大人気無いと思うが」
髭の男「ぐっ……。だったらてめぇがこのガキのお守してろってんだ!」
勇者「だから、子供じゃないって何度も言ってるのにぃ~」
長身の男「はいはい、きみは少し黙っていよーね」
髭の男「……いい加減、手を離しやがれ」
髭の男(なんてこった……こいつの手が振りほどけねぇ……)
悪人面の若者「暴力は振るわないか?」
髭の男「……ああ」
悪人面の若者「パッ
髭の男「ってて……。ったく何だってんだ」スゴスゴ
悪人面の若者「……」
勇者「あ、あの、どーもありがとうございました」ペコリ
悪人面の若者「いや、礼には及ばない……」
長身の男「きみも女の子なんだから、一人でこんな所に来ない方がいいよ」ニッコリ
勇者「はい……」シュン
勇者(なんだか、城下はお父さんから聞いた話と全然違う所だよ……。もう帰ろうかな……)
悪人面の若者「……」
勇者「……ん?」チラッ
勇者(あれ、この人って……)
勇者「……あっ、あーっ!!さっき、大通りでぶつかった人!!」
悪人面の若者「ん?ああ、そう言えば……」
勇者「あの時はすみませんでした!」
悪人面の若者「別に構わないぞ」
勇者「あの~……もしかして、まだ怒ってます?」
悪人面の若者「? いや。何故そんな事を聞く?」
勇者「だって、今も恐い顔してるから……」
悪人面の若者「」
長身の男「プッwwwアハハハハハハーwwwこの人、これが地顔だからwww」
悪人面の若者「……笑うな。何がおかしい」
勇者「あ、そうなんだ!地顔だったんだ。じゃあ、怒ってないのね?よかったぁ」ホッ
長身の男「お嬢さんはこの街に来るの、初めてなんだね?」
勇者「うん、ここから南にある村から、二日かけて歩いて来たの」
長身の男「ええ?!歩いてきたの?!!」
勇者「あの……私、まだ移動呪文とか使えないし……」
長身の男「いやいや、そんなの使える人、滅多にいないでしょ。だから皆、専門の魔法使いに頼むんじゃない」
勇者「あ、頼むお金も無かったから……」
長身の男「そうなのか……」
悪人面の若者「……」
悪人面の若者「おい、お前。いつまでこの街にいるつもりだ?」
勇者「そうだな~、さっきまではもう少し見物して廻るつもりだったんだけど、もう帰りたくなってきちゃった……」
悪人面の若者「その方がいい。出来れば今すぐ出発しろ」
勇者「へ?」
悪人面の若者「おい」クイッ
長身の男「はいはい。これ、よかったら路銀として使ってね。これで魔法使いを雇えば、今日中に帰れるよ」
勇者「へ?え?えええ?!そんな、貰えないよ!!」
長身の男「まぁまぁ、この人相の悪いお兄さん、見かけによらず女好きなんだよ。目に入る女の子みんなに優しくしたがるのさ」
悪人面の若者「……嘘を言うな」
悪人面の若者「ともかく、なるべく早くに街を離れろ。いいな」
勇者「え、あ、ちょ、ちょっと!」
スタスタスタ
勇者「……行っちゃった」
*****
スタスタスタ
長身の男「いかがでした?」
悪人面の若者「名の知れた傭兵は、俺が相手をしたあの髭の男だけだな。しかも、ヤツの盛りは過ぎているようだ。大した戦力にはならないだろう」
長身の男「では……」
悪人面の若者「ああ、予定通り決行だ。実動部隊に連絡しろ。その後、俺たちは迅速に現場から離脱するぞ」
長身の男「了解しました」
悪人面の若者「そして宣言するんだ。我々が決して屈服していないことを。魔族の希望が潰えていない事を。新たな魔王が立ったことを!!」
大通り
勇者「どうしよう、思いがけずお金貰っちゃった……」テクテク
勇者「グゥ~
勇者「うっ……お腹の虫が……。そう言えば、村から持ってきた黒パンを食べ切っちゃってから、何も口にしてなかったなぁ~……」
プ~ン
勇者「出店の方から美味しそうな匂いがする……」ジュルリ
勇者「あのお兄さんたち、顔は恐かったけど、いい人たちだったなぁ。……折角だし、ここは有難くお金を使わせてもらおうかな」
勇者「よし、そうしよう!そうと決めれば、出来るだけ美味しい物を食べるぞ!オーッ!!」
勇者「おじさん、これは何?」
屋台のオヤジ「こいつは魔族風お好み焼きだよ。外はパリパリ、中はジューシー!食べないと人生損するぜ、お嬢ちゃん」
勇者「え、魔族風?!そんなもの人間が食べて平気なの?」
屋台のオヤジ「なんだいなんだい、若いくせに流行を知らんのかい?今じゃ西の都でも魔族風は新しいトレンドになってるんだぜ」
勇者「ほえ~……そうなのかぁ~。でも私、昆虫とか鼠とか食べたくないよ」
屋台のオヤジ「いや、そこはあくまでも“風”であってな、具材はちゃんとアレンジしてあんよ」
勇者「……ん~、じゃあ一個買ってみようかな」オソルオソル
屋台のオヤジ「はい、毎度あり!このタレをかけて食べな」
勇者「パクッ
勇者「あ、美味しい!中身はモヤシに茸に玉葱に豚肉かぁ」
屋台のオヤジ「おうよ。米粉ベースの生地に魚醤と酢を混ぜたタレだ。これでお嬢ちゃんも魔族風の虜だな」
勇者「うん!そっちのスープ麺も買ってみようかな」
屋台のオヤジ「毎度!」
勇者「お金、お金っと……」
ボサボサ頭の子供「ジーッ
勇者「ん?どうしたの僕。迷子?それともお使い?」
屋台のオヤジ「あ、お嬢ちゃん、そいつは」
ボサボサ頭の子供「パシッ
勇者「きゃっ!」
ボサボサ頭の子供「ツタタタタタターッ
勇者「……なに?!今の子、何だったの?」
屋台のオヤジ「お嬢ちゃん、やられたね。財布あるかい?」
勇者「え?え、あれ、はれ……えええ~っ!もしかしてスラれちゃったぁ?!」
屋台のオヤジ「ああいう浮浪児どもは間抜けな旅行者の懐を狙ってんのさ。まんまとやられたね」
勇者「間抜け……。って、とにかく取り戻さないと!待てぇ~!!」タッタッタッタッ
屋台のオヤジ「まぁ、でも、ああいう浮浪児どもはすぐ捕まるんだがな。なんてったって、この街にはあいつらがいるから……」
タッタッタッタッタッ
ボサボサ頭の子供「ここまで逃げれば……」ハァハァハァ
銀髪の青年「おいガキ。こんな所で何してやがる」
ボサボサ頭の子供「!」
ドゴッ
ボサボサ頭の子供「ガハッ!」
銀髪の青年「まったく、街の景観が損なわれるから表通りをうろつくなってんだ」
勇者「ま、待て~ぇ。お財布返せ~」ヒィヒィ
銀髪の青年「ん?」
勇者「あれ……えっと、どうなってるのかな?その子、大丈夫?」
銀髪の青年「お嬢さん、このガキに財布を盗まれたんですか?」
勇者「え、あ、ハイ、そうですけど……」
銀髪の青年「まったく……。見た目も中身も醜悪な連中だ」ゲシッ
ボサボサ頭の子供「グハッ!」
勇者「ちょ、ちょっと!暴力はいけないよ!!子供を蹴るだなんて……」
銀髪の青年「これは失礼。お見苦しいところを見せてしまいました」
グリグリッ
銀髪の青年「おい、こちらのお嬢さんからギッた財布をさっさと出せ」
ボサボサ頭の子供「くっ……」
勇者「あの、あの、そんな乱暴なやり方はやめて下さい!……ねぇ、僕、お財布返してくれないかなぁ」
ボサボサ頭の子供「ギロッ
勇者「う……そんな睨まないでよ。あのね、人の物を勝手に取ったらダメなんだよ」
銀髪の青年「お嬢さん、こいつに何を言っても無駄ですよ。なにせ、こいつは魔族の浮浪児ですから」
勇者「えっ?!」
銀髪の青年「こいつらは街の害虫です。潰しても潰しても、東の隔離地域から流入してくる」
勇者「はぁ……」ポカーン
銀髪の青年「どうやら旅行中のお嬢さんには刺激が強かったようですね」
勇者「いえ、あの……」
銀髪の青年「ですがご安心ください。こういった害虫から皆さんを守るため」
勇者「この子、人間みたいに見えますけど……魔族なんですか?」
銀髪の青年「は?」
勇者「魔族ってこう、角があって牙があって翼が生えてて山のような巨体で、口から火を吐いたりとか……そういうものですよね?」
銀髪の青年(なんだ、この娘?どこの未開地域からやって来たんだ)
銀髪の青年「……失礼ですが、お嬢さんは魔族が使役するモンスターと魔族そのものを混同していらっしゃるようですね」
勇者「モンスター……。そう、それそれ!……それが魔族なんじゃないの?」
銀髪の青年「モンスターは、我々にとっての家畜と同じようなものですから」
勇者「ほえ~、なるほどな~。……なんか、さっきからお父さんの教えてくれた事が一つも通用してないぞ」ブツブツブツ
銀髪の青年「コホン。それはさて置き、こういった害虫被害を少しでも減らそうと、我々『勇者隊』が日々街の治安を維持しているのです」
勇者「『勇者隊』って……胡散臭いなぁ~」
銀髪の青年「ムッ……。女性の方は御存知ないかもしれませんが、勇者とは先の大戦で活躍し叙勲を受けた者に贈られる称号です。
『勇者隊』ではそれに倣い、大戦で活躍した傭兵から私のような士官学校出身の者まで、幅広い人材が次なる国難に日々備えているのです。
現在は国防部預かりの非正規組織ながら、隊員数は100名を超え、その実績は~~」ウンヌンカンヌン
勇者「あの~、どうでもいいですけど、そろそろ足をどけて、その子が動けるようにしてあげてくれませんか?」
銀髪の青年「あ、これはすっかり忘れていました。おい、いい加減に盗んだ物を出せ」
勇者「あのね、あのね、もしお金が無いんだったら、中身はあげてもいいんだ。私も、もともと持ってなかったんだけど、人から貰ったんだし。
だから、お財布だけは返してくれると嬉しいな~……なんてね」エヘヘヘ
ボサボサ頭の子供「……」キッ
勇者(うううっ、ますます睨まれてる。都会は子供も目つきが鋭いよ~。お父さ~ん……)ウルウル
ボサボサ頭の子供「……ほらよ」ポイッ
勇者「あ、ありがとう!」
ボサボサ頭の子供「……変なヤツ」ボソッ
勇者「そ、そうかな。盗まれたのを返してもらって、ありがとうはおかしかったかな……。
じゃ、じゃあ、蟻が鯛なら芋虫ゃ鯨、みみず十九で嫁にいく!ってね。アハハハハハー」
銀髪の青年/ボサボサ頭の子供「……」
勇者「あれ、あれ?知らない?おっかしいなぁ~、お父さん曰く、これを言えばみんな大爆笑の筈なのに……」
銀髪の青年「はぁ……。さてと、そろそろ私は役目に戻ります。おら立て、ガキ」グイッ
ボサボサ頭の子供「チッ……」
勇者「……その子、どうなるんですか?」
銀髪の青年「おおかた、違法な手段でこの街に潜り込んだんでしょうから、元いた場所に送り返してやりますよ」
勇者「そうなんですか……。なんか可哀そうだなぁ」
銀髪の青年「女性の方にはそう見えるかもしれません。しかし、これもこの街を守るための『勇者隊』としての役目なのです」
勇者「あの~それなんですが、実は私が勇者なんですけどぉ……」
銀髪の青年「え?……ははは、これはなんとも可愛らしい自称勇者さんだ。いや、なかなかに勇ましい」
勇者「むぅ、やっぱり信じてない……」
銀髪の青年「いえ、決してそういうことではありませんよ。人は心の中で己を勇者であれかしと念じれば、誰もが勇者たりえるのですから」
勇者「そーいう事じゃ無くってぇ!私のお父さんが元勇者で、勇者の子供こそが次なる勇者なんだって!!お父さんが言ってたもん!!」
銀髪の青年「はぁ、世襲制の勇者ですか……」
銀髪の青年(どうも困ったな。少しおつむが弱い娘のようだ……)
銀髪の青年「まぁ、あれですね。もしあなたも勇者として我々勇者隊に協力したいということであれば、この名刺先まで御連絡下さい」
勇者「……ふ~んだ、信じてくれなくていいもん」ムスゥ
銀髪の青年「では私はこれで……」
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
勇者「きゃあ?!」
銀髪の青年「!!」
勇者「なになに?今の大きな音って何?都会じゃ毎日こんな音鳴らしてるの?」
銀髪の青年「城の方から聞こえたが、事故か?ともかく、お嬢さんは危険だから、あちらの方へはあまり近付かないように。いいですね!」タッタッタッタッ
勇者「……なんだろう。気になるなぁ。……よし、私も行ってみよう!女は度胸、男は愛嬌、坊さんお経で、お猿はラッキョウってね!アハハハハハー」
ボサボサ頭の子供「……」
勇者「……あれ、やっぱり面白くなかった?おかしいなぁ、お父さんだったら大爆笑なのに」ポリポリ
ボサボサ頭の子供「……」
勇者「……えっと、あ、そうだ!このお金、よかったら使ってね、ハイ。
それと、さっきのお兄さんに見つかったら、またヒドイ事されそうだから、あっちには近付かない方がいいよ。じゃあね~」パタパタパタ
ボサボサ頭の子供「……変なヤツ」
城周辺
グオーッ ガオーッ ギャオーッ バサッバサッ ズガガガガ
実直な隊員「隊長!御無事でしたか!!」
銀髪の青年「これは一体……?!どうしてこんな大群のモンスターが突然に城を襲ってるんだ?!!」
実直な隊員「分かりません……。大規模な転移呪文の類かと推測されますが……」
銀髪の青年「バカな?!これだけの大群を一斉に飛ばす事など出来るものか」
実直な隊員「ともかく、モンスターどもの統制も恐ろしくとれています。何者かがコントロールしていることは確実です!」
銀髪の青年「正規軍はどうした!!ヤツらは何をやっている?!」
実直な隊員「本日は、精鋭部隊による大規模演習が行われており、残っているのは通信・資材・補給など戦闘力の無い部隊ばかりです!」
銀髪の青年「まさか狙われた?正規軍の情報が漏洩していたのか?!」
実直な隊員「その可能性は高いかと……」
銀髪の青年「くそっ……。ともかく勇者隊のメンバーを掻き集めろ!演習に行っている正規軍を急いで呼び戻せ!!」
実直な隊員「了解しました!」
銀髪の青年「魔族のテロリストどもめ……。今度という今度は許さんぞ!」
ギャオーッ ドガーンッ ワーワー ズドーンッ キーン!カーン!
勇者「うひゃ~!お城が襲われてるよぉ!!えっと敵は~っと……。
角があったり、牙があったり、翼が生えてたり、山のような巨体だったり、口から火を吐いたり……。
うん、やっぱりああいうのが勇者の敵だよね!!見るからに悪そうだもん。
よし、私もみんなに加勢するぞぉ!!」
パタパタパタパタ
勇者「っとっと。そう言えば、私、何も装備してないんだった。
ひのきの棒と50Gくらいならお城で貰えるぞってお父さん言ってたのに、何も貰えなかったよぉ~」
バシッ ドシーン!
髭の男「ぐぐっ……」ゴロゴロゴロ
勇者「うわっ!すっごい勢いで人が吹っ飛ばされてきた!!……大丈夫ですかぁ?」
髭の男「……くっ、酒場で会った嬢ちゃんか。なんでこんな所にいるんじゃい……」ヨロヨロ
勇者「あっ、あの時のおじさん!わわわ、怪我してますね~。無理して動かない方がいいですよ」
髭の男「なにを悠長な……。ワシが食い止めてる間にとっとと逃げろ……」
勇者「えっと、どうしようかな……。そうだ!おじさんの斧、お借りしますね」ヒョイ
髭の男「お、おい!何を血迷ってるんだ!!お前なんぞに振り回せる代物じゃねぇぞ!!」
勇者「わわわ、本当だ。重いよぉ~。それに、斧はあんまり得意じゃないんだよな……。ま、この際、いっか」
髭の男「危ない!!モンスターが来るぞ!!」
勇者「おっと」ヒョイ
髭の男「なに?!」
勇者「それじゃ、一丁やっちゃってきます!!」
スパッ! スパッ! スパーンッ!!
髭の男「!」
サクッ! サクッ! サックリ!!
ポイッ! ポイッ! ポーイッ!!
ズカパンドン! シャンシャンシャラリ! ドッピンシャン!!
髭の男「アング゙リ
勇者「ふぅ……。取り敢えず、見える範囲の敵は全部やっつけたかな」
髭の男「小娘……お前、何もんじゃい……」
勇者「え~、だから言ったじゃないですかぁ」
髭の男「ゴクリ
勇者「勇者だって」
「……ぇ……」
勇者「? 今、何か言いました?」
髭の男「ああ?ワシは何も……」
「……ぃ……」
髭の男「! これは……」
*****
銀髪の青年「一斉念話?!それも、かなりの広範囲に亘ってか!!」
「……ぇるか、我がはらから……」
*****
勇者「何これ?!頭の中に直接、声が聞こえてくるよ!」
魔王「全世界に散らばる魔族の同胞たち、我々は常に平和を切望し妥協を重ねてきた。
が、しかし、妥協を重ねれば重ねるほど人間は魔族を征服しようとしている。
我々は犠牲を辞さない。我々は奴隷とはならない!全ての老若男女に訴える!!
主義主張、政治性向、種族を問わず、立ち上がり、人間どもの傀儡政権と戦い、国を救おう!!
今日ここに、真の魔王が徹底抗戦を表明する!!これが、我々を解放する唯一の道だ!!」
*****
市街地から離れた場所
悪人面の若者「―――――~~~~~……ふぅ」
長身の男「お疲れ様です。首尾はいかがですか?」
悪人面の若者「徹底抗戦の声明はうまくいった筈だ。おそらく、あの城下町を中心に200キロ圏内にはいきわたっただろう」
長身の男「そうですか。では、政府もこの声明を隠し通すことはできませんね」
悪人面の若者「ああ、数日のうちには西の都でも知らない者はいなくなるだろう。
……それにしても兄貴のヤツ、モンスターの大量転移と統制、広範囲一斉念話を全部いっぺんに俺にやらせるとは。
弟を討死じゃなく過労死させるつもりか」
長身の男「仕方ありませんよ。魔王の弟たるあなた以外、そこまで魔術に長じている者がいないんですから。
それに、三つとも巧くいったのなら、いいじゃないですか」
悪人面の若者「……いいや、本来なら巧くいっていなかった。広範囲一斉念話のみだったから成功したんだ」
長身の男「え?」
悪人面の若者「ほぼ全てのモンスターが殺された。そのせいで、コントロールの負担が減ったんだ」
長身の男「なんですって?!ですが、調査段階では、それほどの戦力があの城には無かった筈……」
悪人面の若者「ああ、俺たちはギリギリまで調べた。けれど、何かが調べ切れていなかったんだ……」
長身の男「では、今後の予定はどうします?」
悪人面の若者「再びあの街へ戻り、潜入調査を続けよう。俺たちは、単純な戦力では決して人間どもに勝てない。兄貴もそう考えている筈」
長身の男「魔王陛下は、あなたの魔術に並々ならぬ信頼を置いておられます。事は慎重に運びましょう」
悪人面の若者「分かっているさ。俺は兄貴の刃となるんだ……」
*****
髭の男「なんてこったい。こりゃ、これから大変な事になるぞ……」
勇者「……」
髭の男「? 嬢ちゃん、どうした」
勇者「……とおりだ」
髭の男「え?」
勇者「やっぱりお父さんの言ったとおりだ!」キラキラ
勇者「人間を滅ぼして世界を支配しようとする魔王はいたんだ!」
勇者「私が倒すべき魔王はいたんだ!!」
読んでくれた方、もしいたとしたら本当にありがとうございます。
お疲れさまでした。
カツカツカツカツ
実直な隊員「いったい何がどうなっているのでしょう……」
銀髪の青年「分からん。何者かが目にもとまらぬ速さでモンスターを斬り刻んでいったようだが……」
実直な隊員「私には小鬼の類にも見えました」
銀髪の青年「! そこにいるのは誰だ?!」
勇者「ひゃい!」
銀髪の青年「あなたは先程のお嬢さんか。なぜこんな所に?危険だから退避するようお伝えしたでしょう」
勇者「えっと、それはそのぉ、私が勇者だからでぇ……」
銀髪の青年「ハァ……もうその話は結構です。とにかく邪魔ですから一刻も早く立ち去って下さい。そしてあなたは……」
髭の男「なんじゃい、青二才」
実直な隊員「隊長、彼です。勇者隊に何度も勧誘しているのに首を縦に振ってくれない歴戦の傭兵です」ヒソヒソ
銀髪の青年「なるほど……。では、あなたがモンスターを駆逐してくださったのですね」
髭の男「けっ、ロートルのワシにこんな芸当が出来るもんかい」
銀髪の青年「ですが、この有様を見るに……」
髭の男「こいつだよ」
銀髪の青年「え?」
髭の男「全部この嬢ちゃんが一人でやったんじゃい」
銀髪の青年「御冗談を……」
勇者「冗談じゃないよ~」ムゥ
髭の男「ま、信じなくともワシは別に構わんがね」
銀髪の青年「そんなまさか……。いや、にわかには信じ難い話ですね……」
勇者「にわかには信じ難いお話。にわには二羽、裏にわには二羽、にわにハニワ、にわには鶏がいる。
って、なんでハニワがいるんだよー!なんちゃって、アハハハハハー」
髭の男/銀髪の青年/実直な隊員「……」
勇者「……あれ、あれれ、面白くない?これ、お父さん取って置きギャグ傑作選のうちの一つなんだけどなぁ……」
*****
髭の男「それじゃあ、嬢ちゃんはいったん村へ戻るんかい?」
勇者「うん、帰ってお父さんに色々報告したいんだ。お城や街はお父さんの言ってたのとだいぶ違ったけど、やっぱり魔王はいたよってね!」
髭の男「そうかい……。また街へ来ることがあったらワシん所へ連絡をよこしな。普段はあの酒場で飲んだくれてるから、歓迎してやるぜ」
勇者「うん、分かった。ありがとう!」
銀髪の青年「お嬢さん、必ずこの街へ戻って来てください!そして、お渡しした名刺の住所を絶対に訪ねて下さい!是非ともお話したい事がありますので!!」ガシッ
勇者「は、はい……」タジタジ
髭の男「それで、嬢ちゃんの村はどこら辺りだい?」
勇者「ここから南西にある峠の向こう側。だいたい歩いて二日くらいの所だよ」
髭の男「え、峠の向こう?!冗談言っちゃいけねぇ、あんな所まで二日で行けるもんか!あの険しい峠を越えるのは大人の足でも四日はかかるぞ」
勇者「大丈夫大丈夫。私、段差をぴょんぴょん跳ねていくのとか得意だから」
髭の男「そういう問題か?」
勇者「それじゃ皆さん、まったね~」タッタッタッ
銀髪の青年「必ず私のもとを訪ねて下さいね!お待ちしてます!!」
勇者「気が向いたらね~」タッタッタッ……
髭の男「……なんとも生けるお伽噺にでも出会っちまった気分だよ。さてと、今日の働きについて、正規軍に掛け合って駄賃を貰ってくるとするか」
銀髪の青年「お待ちください。宜しければその賃金、私どもの方でご用意いたしますが」
髭の男「……こいつは奇特なこったな。お前らはなんつったかな、確か勇者屋とかいう地廻りだろ」
銀髪の青年「コホン、勇者隊です。地廻りではなく、国防部預かりの準軍事的組織です。あなたへも私どもから勧誘があったと思いますが?」
髭の男「慎んでお断りさせてもらったよ。だいたい、なんだって傭兵が街の治安を守らなきゃいけねぇんだ。普通は逆だろ?
俺たち傭兵が酔って喧嘩して店を壊したり怪我人出したりして、治安を乱した罪でブタ箱にぶち込まれる。それが世の習いってもんだ」
銀髪の青年「そうですか、非常に残念です。ですが、ひとまずこの薄志だけはお受け取り下さい。オイッ」
実直な隊員「ハッ。これをどうぞ……」
髭の男「なんじゃい、これは。ワシに金を握らせて何を企んでるってんだい」
銀髪の青年「別に何も……。ただ、今日あの少女がここでした事について吹聴しないでいただきたい。それだけです」
髭の男「ああん?」
銀髪の青年「今日ここにはあなた方フリーの傭兵と我々勇者隊しかいなかった。モンスターは両者の協力により辛うじて撃退する事ができた……」
髭の男「……」
銀髪の青年「よろしいですね?」
髭の男「ハンッ!こんな話、誰にしたって信じやしねぇよ。酒飲みの駄法螺と思われるのが関の山さ。勝手にしろ」
銀髪の青年「ご協力感謝いたします。では失礼、いずれまたお会いすることもあるでしょう……」
スタスタスタ
銀髪の青年「……おい」
実直な隊員「ハッ!」
銀髪の青年「隊員たちに箝口令を敷け。あの少女を見た者には徹底させろ。
そして、正規軍には、我々勇者隊の力によってモンスターを撃破する事ができたと伝えるんだ。
我々がいなかったらこの都市は魔族どもの手に落ちていた。腑抜けの正規軍じゃ役に立たない。
テロリストを殲滅できるのは勇者隊だけだ。せいぜい、そう喧伝させてもらうとしようじゃないか」
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人間領 西の都 新聞社
無精ヒゲ「おい、誰だこの記事書いたの」
ノッポ娘「ハイ」
無精ヒゲ「なんだ、この内容は」
ノッポ娘「……ハァ」
無精ヒゲ「『真の魔王、バストはFカップ。魔王だけにまーおーきい』」
ノッポ娘「……ボツですか」
無精ヒゲ「ボツですかじゃねーよ!!
大見出しが『魔界との国境付近都市でテロ!過激派が真の魔王を宣言』なのに、なんで小見出しがそれなんだよ!!」
ノッポ娘「いや、やはり人の目を引くにはエロも必要かと思って」
無精ヒゲ「いらねーよ!つーか新聞で堂々とウソ書くんじゃねー!!一斉念話の声は男だっつー情報だ!!」
ノッポ娘「先輩、新聞はつねに常識を疑ってかからないと」
無精ヒゲ「お前の常識を疑うわ!!……ったく、それよりもお前には現地入りしてもらう事になった。
お前は地元があっちの方だったよな。地理にも明るいだろうから頼むぞ」
ノッポ娘「向こうは暑いからイヤです」
無精ヒゲ「……お前、社会人としての自覚あるのか?」
ノッポ娘「先輩、人は自覚していなくとも誰しもが社会的な生き物なんです」
無精ヒゲ「やかましいわ!……それで、現地にはもう一人連れていけ。おい、お前、こっち来い!」
眼鏡娘「はいは~い。お話は既に伺ってますわ。わたくしにお任せ下さい!」
無精ヒゲ「ああ、お前ら二人が現地特派員だ。俺の勘じゃあこの騒動は長引きそうだからな、とっとと向こうで安下宿でも見付けてこい」
眼鏡娘「我々人間の圧政に苦しむ魔界の民衆!広がる貧困と止まらない過激派の暴走!
それでもペンの力を信じ非暴力不服従を貫く文化人たち!これぞ正にわたくしが手掛けたかった仕事ですわ!!」
無精ヒゲ「そ、そうか……」
眼鏡娘「自由平等博愛!魔界に平和を!ああ、感動!!」ウットリ
無精ヒゲ「誰だよ、こいつら採用したの……」
*****
勇者の村
勇者「ふぅ、ようやく村へ帰って来たよ~。あ、近所のおばちゃん、久しぶりぃ。しばらく見ないうちに年取ったねぇ」
近所のおばちゃん「何バカなこと言ってんだい。前会った時から一週間も経ってないじゃないか」
勇者「あれ、そうだったかな。アハハハハハー」
近所のおばちゃん「それよりもあんた、家に近付くんじゃないよ」ヒソヒソ
勇者「え、どうして?」
近所のおばちゃん「今あんたの家に、恐いお兄さんたちが沢山集まってるんだよ」
勇者「恐いお兄さんっていうと、寝台の下に包丁持って隠れてるとか、上半身だけで高速移動してくるとか、そういうの?」
近所のおばちゃん「そっちの方がまだ可愛げがあるよ。借金取りだよ」
勇者「はぁ……。なんで?」
近所のおばちゃん「なんでもかんでもあるもんかい!あんたんちのロクデナシ親父がやらかしたに決まってるじゃないか」
勇者「お父さんが?……ふ~ん、まぁいいや。家に帰ってお父さんに直接聞いてみよ」
近所のおばちゃん「だからそのロクデナシが夜逃げしたから借金取りが集まってるんだよ」
勇者「えええ?!お父さん、どっか行っちゃったの?!」
近所のおばちゃん「あんたが出発した翌日に雲隠れだよ。城へ行けってあんたを追っ払ったのも、全部あいつの仕込みだったんだよ。
あたしゃね、いつかあいつが何か厄介事をこの村に持ち込むって思ってたんだよ。
大戦時に勲章貰ったかなんだか知らないけど、いつまでも働きもせずブラブラして法螺話ばっかり。
嫁さんにはさっさと逃げられるし、その後も反省せずあんたに日雇いの力仕事させてその日暮らし。
挙句に賭けごとに手を出して借金こしらえてドロンだよ。頼むから村の他の人間だけには迷惑かけないでおくれよ」
勇者「……ごめんなさい」シュン
近所のおばちゃん「まぁ、あんたが悪いわけじゃないからねぇ。ともかく、家には近付くんじゃないよ。いいね」
勇者「はぁい。おばちゃん、ありがとう」バイバーイ
トボトボ
勇者「お父さん、どこ行っちゃたんだろう……」ハァ
グゥ~
「うう、お腹すいたぁ……。お金、街のあの子に全部あげちゃったから、帰り道はしんどかったよぉ~。
……って、いつの間にか家の前まで来ちゃった。う~ん、行くあてもないし、どうしようかな。
よし!取り敢えず、借金取りさんに相談してみよう。もしかしたら、大した金額じゃないかもしれないしね」
*****
強面のお兄さん「チッ、あのゴミ野郎、本当に姿くらましやがった」
頬傷のお兄さん「俺たちから逃げ切れると思ってんのかねぇ。ケツの毛無くなるまで追いかけるっつーの」
糸目のお兄さん「取り敢えず換金できそうな物を運び出しましょうか。本人はおいおい追い込んでくということで」
コンコン
強面のお兄さん「なんだ、また近所のババァか?ったく見せもんじゃねーぞ」ブツブツ
ガチャ 「ご近所の方ですか?どーもうるさくしちゃってスミマセンね~。すぐ済みますから」ヘコヘコ
勇者「あの~……」
頬傷のお兄さん「? お嬢ちゃん、どうしたのかな?お兄さんたちは別に怪しい人じゃないよ」
勇者「私、このうちに住んでる者なんですけどぉ……」
糸目のお兄さん「もしかして、ここの娘さん?」
勇者「はい~……。なんか、お父さんがご迷惑をおかけしたそうで……」
強面のお兄さん「あいつ、娘なんかいたのかよ」ヒソヒソ
頬傷のお兄さん「女か……。しかし、うちはバラの売り買いだけで生身の扱いはやってないんだけど……」ヒソヒソ
強面のお兄さん「うちはやってるけど、子供方面の客層はあんまり開拓してなくて……」ヒソヒソ
糸目のお兄さん「となると、うちですかね……」ヒソヒソ
勇者「えっと、お父さんがお金を借りてるそうですけど、いくらぐらいなんですか?」
強面のお兄さん「元金と利息合わせて300万Gくらいかな」
勇者「さ、300万?!そんなにぃ?!!水の羽衣何枚ぶん?!!」
頬傷のお兄さん「いや、これでもかなりスリムになったんだよ?
お父さん、最初はシュウイチとかイチイチの所から借りてて金利だけでも大変だったみたいよ。
そこをうちらみたいなトゴの良心的な所でまとめてあげたんだから」
勇者「はぁ……。よく分からないけど、ありがとうございます……」ペコリ
糸目のお兄さん「そこで物は相談なんだけど、きみも働いて返済の手伝いをしてみないかい?」
勇者「あ、ハイ!私、頑張って働きます!!こう見えても力仕事は得意なんです!!」
糸目のお兄さん「力仕事とはちょっと違うけど、身体を使ったお仕事には変わりないかな。
仕事場は僕の方で紹介してあげるから、一緒に城下街まで行こうか」
勇者「え、また街まで行くんですか?私、今日この村へ帰って来たばっかりなんですけど……」
糸目のお兄さん「申し訳ないね。でも、早く借金返さないと、毎日金利が膨らんでっちゃうよ」
勇者「う~、よく分からないけど、とにかく早くした方がいいんですね?分かりました~」
糸目のお兄さん「きみが素直な子で助かったよ」ニッコリ
頬傷のお兄さん「それじゃ、うちらの取り立て分も、袖の下金融さんで一本化してもらうという事で」ヒソヒソ
勇者「なんだか最近あっち行ったりこっち行ったり忙しいなぁ」
*****
城内
銀髪の青年「……以上が今回起きたテロの被害報告です。ここにある数値からも明らかなように、
今まで起きていた小規模の抵抗とは一線を画する大規模なテロであったと言えるでしょう。
私たち勇者隊の奮戦がなければ、この城も落ちていたやもしれません。
また、正規軍の情報が漏洩していたのではないかと疑わざるを得ない節もあります。
その件に関してはどのようにお考えでしょうか?」
騎士団長「調査は行っている。ただ、進捗状況については機密なので答えられない」
銀髪の青年「そういった秘密主義的隠蔽体質が、あなた方正規軍の信頼を損なっているとはお考えになりませんか?
ためしに街へ出て人々から話を聞いてごらんなさい。誰もが勇者隊の日々の活動を知っています。
ところが、正規軍が日々何をやっているかを知る者は、おそらく一人もいないでしょう」
騎士団長「我々は決して宣伝部隊ではない。人々に活動内容まで知ってもらう必要は無い筈だ」
銀髪の青年「失礼ながら、国境付近に位置するこの城塞都市を取り巻く状況を正しく理解しておられないようだ。
現在の魔王が親人間派であるとは言え、かの国土はいまだ政情不安定です。
ことに、ここから南東に位置する農村部には魔族の不満がくすぶっており、
火薬庫たるこの城塞都市に火がつけば、爆発は瞬く間に広がってしまうでしょう」
騎士団長「それは重々承知している……」
銀髪の青年「ならば、不穏分子が市街に入りこむ事を防ぐためにも、人心をまとめておく必要があるのではないですか?
そしてその役目は、あなた方正規軍よりも我々勇者隊の方が相応しいと自負しております」
騎士団長「なにが言いたいのだ」
銀髪の青年「私どもは、なにも正規軍と同じ扱いを受けたいと言っているわけではありません。
現時点での要求はただ一つ、先の大戦での勝利後、王より下賜された『青の鎧』をお譲りいただきたい」
騎士団長「バカな?!あれこそ正規軍の象徴!」
銀髪の青年「その象徴たる『青の鎧』をあなた方はどのように活用されているのですか?
城内の奥深くに鎮座させているだけでは、観光資源にすらなりますまい」
騎士団長「貴様たちなら使いこなせるというのか!」
銀髪の青年「はい、私ならば、あの鎧を反魔族の旗印として使いこなしてみせます」
騎士団長「なんだと?!」
銀髪の青年「私は、あれの効用を都市内部における人心の取りまとめという宣伝効果だけに留めるつもりはありません。
人間の問題は人間で、魔族の問題は魔族で解決すべしという建前で合意している現在の政治情勢下において、
正規軍が魔界に点在するテロリストどもの拠点に直接介入することは困難でしょう。
けれど、我々ならば、民間人の保護を名目とし、民間レベルの要請に応え、国境を超えての準軍事的活動が可能です。
国家の意思で無く、民族の意思として我々は動きます。
その時、あの鎧は、人間の誇りの象徴として、実に効果的に人々の目を引いてくれることでしょう」
騎士団長「そんな事をすれば文官どもが黙っていないぞ!」
銀髪の青年「覚悟の上です。それに、必ずや世論が私に味方してくれる。そういう時代が来るのです!」
騎士団長「くっ……成り上がりの商人の息子風情が偉そうな口を聞きおって……」
*****
実直な隊員「なんとか押し切りましたね」
銀髪の青年「結局、ヤツらは有事の際にも独断では動けない。大戦以後に発足した王国連合の弊害だ。
図体ばかり大きくなり、小回りが利かない」
実直な隊員「しかし、お分かりとは思いますが、隊員のほとんどは実際の戦闘となったら役に立ちませんよ。
傭兵あがりといっても三流ばかり。街のチンピラに幅を利かせるなら充分ですが、
この前のような大群のモンスター相手では話になりません。どうするつもりなのですか?」
銀髪の青年「そうだ。だから私たちには象徴の他に、もう一枚駒が必要なのだ。
何も考えず、ただ私の思うままに働いてくれる純粋な戦力としての勇者がな」
*****
糸目のお兄さん「ハイ、着いたよ。うちの事務所はここの二階なんだ」
勇者「ふぇ~ん、ここ数日行ったり来たりで疲れたよ~。
西から東へ、東から西へ、犬が西向きゃ尾は東。だけどチンチンぶ~らぶら。なんちゃって、アハハハハハー」
糸目のお兄さん「……」
勇者「酔った時にお父さんがよくそう言ってたんだけど、実際に犬がぶらぶらさせてるところ見たこと無いなぁ」
糸目のお兄さん「……まぁ、犬のでなければこれから目にする機会も多いと思うよ」
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