妹「夕立、来ませんね?」(64)
リーン…リーン…
兄「……ああ、今日も暑い。」
妹「兄さん、片付けが終わりまし、? 風鈴ですか?」
兄「ああ、古いのが置いてあったんで、折角だから吊るしてみたんだ。どうだ?」
リーン…
妹「…………」
兄「んー、気分だけでも涼しくなるかと思ったんだけど、…やっぱり暑いものは暑いか。」
妹「ふふっ。…元の持ち主の方も、こうして、夏になる度に風鈴を吊るしていたのでしょうか」
兄「ああ、だろうな。妹、お前のダンボールは?」
妹「ええっと、衣服等は大まかに戸棚や箪笥に。……小物の類は、おおかた処分してしまったので、ここの生活を通じて少しずつ揃えていこうかと」
兄「おお、あれだけの分量、随分と手際が良いな。」
妹「ふふっ、あらかじめ、向こうで中身の仕分けしていましたから。」
兄「そっか、凄いな。」
妹「兄さんの方こそ、荷物の片付けは?」
兄「ん、ああ、俺はあまり物を持たない主義だからな。そんなに時間も取られなかったんで、こうして新しい家の探索をしてるんだが……。」
ガチャガチャ
妹「兄さん、この家は何年も前から売りに出されたと聞いていますが、かなり多くの遺物が残されているようですね?」
兄「ん、そうだな。管理人の人も手入れが大変だったろうな。」
妹「……ああ、そういえば、私も箪笥の中にも年代物の和服が入っていたのを見つけました。」
兄「? そういうのって、勝手に処分していいものなのか?」
妹「さあ、どうなんでしょう? 一度、管理人されている方に確認を取った方が良いとは思います」
兄「ん、そうだな」
妹「それで、兄さんはどの様なものをお見つけに?」
兄「……俺はこの風鈴に、蚊取り豚、夏草刈り用の短い鎌を2本。…それから、井戸水を汲むためか、つるべと桶を一式?」
妹「? 何でしょう? 誰かが、私達の為に準備して下さったのでしょうか?」
兄「さてな。とりあえず使わせて貰おう」
妹「? 兄さん、お水、屋内に水道を繋げたのではないのですか?」
兄「……うーん、ほら、前に試しに水出したとき、真っ赤だったろ?」
妹「ですが、井戸でもあまり変わりません。長い間放置されていると、井戸は水が腐っていしまいます」
兄「んー、こんな田舎だと、近所のスーパーに気軽に買い物にっていうのが難しいもんな」
妹「……ごめんなさい、兄さん。私のせいで……」
兄「気にすんな。俺は俺で、前の職場に思うところもあったし」
妹「…………。」
兄「こらこら、暗い顔をするな。今日から新生活が始まるんだろ? ほら、笑顔笑顔」
グイッグイッ
妹「……ひいはん、ひはいへふ」
兄「せっかく可愛い顔してんだ。ほれほれ、勿体無いぞ」
妹「……ううう、ははひのほっへ、ほんはにほひはへんよ?」
兄「ははっ、そうだな。」
妹「……全く、兄さんは子供ですね。」
兄「妹、和服って女物の着物ばかりだったか?」
妹「? ……はい、紫紺の紫陽花柄や小笹の綾波紋など。恐らく、昔の若い方向けに拵えた初夏の装いだったのではないでしょうか。」
兄「ふうん、若者向け、ね。」
妹「……ええ。一応、二三着は男物もあったのですが、そちらは墨染めの御年配の方の拵えだったようです。」
兄「お、マジか。後で確認しとくわ」
妹「? 兄さんは、和服にご興味があるのですか?」
兄「……んー、そうだな。そうかも」
妹「では、管理人の方に着物を譲って頂けないか聞いてみましょうか?」
兄「お、その様子だと、お前も気に入った柄のものを見つけたんだな。」
妹「はい、実はひとつ」
妹「――――……夕立紋の藍染、あの蒼色に魅かれまして。」
==
ザリッザリッザリッ
兄「……うう、泥臭い。想像以上に、井戸磨きは重労働だな」
妹「にーーさぁーーーーーんっ!!」
兄「ほいよー、どしたーー?!」
妹「? ……ええっと、ッにいさーーん!」
兄「……おーう、井戸ん中だーー!!」
タッタッタッタッタ…
妹「……ふう、やっと兄さんが見つかりました」
兄「ん、どった?」
妹「はい、ご飯の用意が整ったのと、着物の件で兄さんにご報告です」
兄「お、もう管理人さんと連絡が取れたのか」
妹「はい、あちらも暇を持て余していらっしゃったようで……」
兄「……そいつはご苦労さん。あの人、悪い人じゃないんだけど、どうも話が長くってな」
妹「ふふふ。そうですね、世間話から最近の芸能人のあることないことまで…、かなり噂好きな方のようでした」
兄「んで、許可貰えたのか?」
妹「……それが、どうにも要領を得ないお返事だったのです」
兄「? 要領を得ない??」
妹「はい、……管理人の方は、あの家の押入れや調度品に手をつけたことが無かったそうで、以前の持ち主が放置されたのだろうと……」
兄「……いやいや、以前の持ち主って言われても、な?」
妹「そうですねぇ…、何年前に放棄されたのか、兄さん、不動産屋さんは契約のときになにか仰られていませんでしたか?」
兄「うーん、……確か、昭和の終わりに、土地バブル崩壊の影響を受けて手放さざるを得なかったと聞いたから、大体、2、30年前か?」
妹「もしかして、……夜逃げ、等だったのでしょうか」
兄「ああ、案外そうかも知れん」
妹「? 兄さん??」
兄「……ほら、その近くに井戸の蓋を立てかけといたんだけど、その蓋の上、何が付いてるか分かるか?」
妹「ええっと……、? ……これは手押しポンプ、ですか??」
兄「そうそう、それそれ」
妹「兄さん、このポンプ、今でも使えませんか?」
兄「いいや、……よく見てみろ。それ、まだ取り付け途中じゃないか?」
妹「……あ、本当。持ち手の感触がとても軽いです」
兄「……掃除前に確認したんだが、そのポンプ、中のゴム構造が劣化してるんじゃなくて、そもそもまだ使われる前だったみたいでな」
妹「ははあ。それで、兄さんは、工事の最中にあの家が売りに出されたと……」
兄「ん、一応、納屋の中でポンプのパーツも見つけたから、今の汚れた水が入れ替わったら取り付けを終えようかと思ってる」
妹「そうですか。……たしかに、毎回桶での水汲みは大変ですもんね」
兄「――――よし、飯にしようぜ、飯に」
==
リーン……リーン…
兄「ふう、食った喰った」
兄「…………」
兄「……明日から新しい学校かぁ、善い子達ばかりだと良いんだが……」
トントンッ
兄「はいよ、どうぞー」
妹「……失礼いたします」スッ
兄「? 何だ? ……ってか襦袢? 妹、お前、そんなの持ってたのか?」
妹「……下の、箪笥から」
兄「ん、借りたのか? なんだ、似合ってるな」
妹「…………」
兄「??」
妹「…………」
兄「おい、どした? 俺の顔に何か付いてるか?」
妹「……名前」
兄「? 名前?」
妹「……そう、名前」
兄「名前って、……ああ、そうか。俺達、明日から同じ学校の教師と教え子ってことになるか」
妹「…………」
兄「……うーん、そうだな。別に隠すような関係じゃないし、いつも通りの『兄さん』でも良いとは思うが……」
妹「……『兄さん』?」
兄「けど、あまり親しすぎてもエコヒイキしているみたいだし、まあ普通に、『先生』くらいが無難じゃないか?」
妹「…………」
兄「? 話、それだけなら早いところ、自分の部屋に戻った方がいいぞ? ……この部屋、まだクーラーの取り付けが終わってないから暑いだろ?」
妹「…………」
兄「? どした、まだ用事があるのか?」
妹「……否、では、失礼します」
兄「ああ、お休み。――そうだ、そこの障子は閉めてといてくれ。蚊が入ると嫌だし」
妹「……承りました」
――――ススス
兄「? 本当、何だったんだ??」
==
チュンチュン…
兄「……おはよう」
妹「あ、兄さん。おはようございます」
兄「おう、早いな。今朝の飯は?」
妹「ご飯と、お大根のおみおつけです。……水汲みに手間取ってしまったので、おかずは、手早く、焼き鮭で済ませてしまいました」
兄「ザ・和食って感じだな。……ん、大根って、切り干し大根のことか」
妹「はい、兄さん。お茶持って行きますから、兄さんも早くお席に付いて下さい」
兄「そうだな。ありがとう」
トタトタトタ…
妹「……お待たせしました。では、いただきましょう」
兄「おう、いただきます」
兄「」パクパク
妹「」モグモグ
兄「……妹、今日からの学校、楽しいと良いな」
妹「ふふっ、兄さんも心配性です。兄さんの方こそ、新しい職場に早く馴染めると良いですね」
兄「……あー、そうだなー」
妹「ああ、そういえば、兄さん」
兄「ほいよ? 何だ?」
妹「あの、……学校で、なのですが、兄さんのことを何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」
兄「???」
妹「? 兄さん、どうかされましたか??」
兄「……うんにゃ、普通に『先生』で良いんじゃないか? 別に俺は、いつもの『兄さん』でも構わんけど」
妹「では、おいおい考えて行きましょう」
兄「…………」
妹「? 兄さん?」
兄「……ん、ああ、悪い。ちょっと新しい職場に……、そう、書類を提出し忘れてなかったかなってな」
妹「ふふっ、分かります。新しい物事を始めるときには、些細なことをやり残してないか、何故か気になります」
兄「……そうだな、玄関の鍵を閉め忘れ、とか」
妹「ふふっ。あとは、ガスの元栓もその類ですね」
兄「まあ、早く環境に慣れるよう、お互い頑張ろう」
妹「そうですね。何事も、第一歩目を間違えるわけには参りませんから」
兄「――――……うし、ごっそさん。今日も旨かったよ」
==
キーンコーンカーンコーン…
主任「皆さん、おはようございます」
生徒「「「はーい! おはよーございまーーす!!」」」
主任「――はい、元気よくて何よりです。…今日は、皆さんもご存知の通り、担任の先生が産休に入られたため、我が校は、新たに先生をお呼びすることになりました」
主任「……では、兄先生、ご挨拶をどうぞ」
兄「どうも初めまして。今日からこの学校でお世話になる兄と申します」
主任「兄先生には、担任先生と同じく、教科は科学を担当して頂きます」
兄「……では、皆さんにとっては新参者かも知れませんが、まあ、そこには目をつぶって頂いて、精一杯努力していきますので、どうぞ宜しく」
主任「それでは、続いて、新しい転入生の紹介に移らせて頂きます」
妹「」ドキドキドキ
主任「……? 妹さん?」
妹「! ひ、ひゃい! 」
主任「ははは、どうぞ、そんなに緊張なさらないで」
妹「…………」ドキドキ
兄「……ほれ、頑張れ。俺も挨拶したぞ」
妹「……ううう」
妹「…み、みなひゃん……、よ、よろしく、おおおお願いします////」
主任「はい、可愛らしいご挨拶でしたね。皆さん、新しく学友となる仲間と仲良くしてあげて下さい」
生徒「「「はーーーいっ!」」」
主任「……では、兄先生、あとのことはお任せしてしまっても?」
兄「はい、承りました」
妹「…………」
兄「うしっ! んじゃ、取り合えず恒例の質問タイムと行こう! ……俺と妹について、何か質問はあるかっ?!」
生徒A「はい先生! 先生と妹さんは、どのようなご関係ですか!?」
兄「兄と妹!……次っ!!」
生徒B「はい!先生は実妹派ですか?!義妹派ですか?!」
兄「知らん!問題の意図自体がおかしいぞ!……次っ!!」
生徒C「はい!先生と妹ちゃんは何処から来たんですか?!」
兄「兵庫!つっても、姫路側だから神戸の話をされても困るぞ!……次ッ!!」
生徒D「はい!妹ちゃん、笑って下さい!!」
妹「……え、ええええ、ええっと、に、兄さん?」
!!!! ワイワイ !! ガヤガヤ !!!!
………………
…………
主任「―――ふふふ。どうやら、良い先生がいらっしゃって下さったようですね」
==
兄「……ふぃー、疲れたー」
女「兄先生、お疲れ様です。コーヒーでもお飲みになられませんか?」
兄「あ、これはどうもありがとう御座います。ええっと、貴女は?」
女「はい、先程主任から兄先生の指導、……といっても、兄先生は新任ではありませんし、先生の面倒見役を言付かった、同僚の女、と申します」
兄「ああ、これはどうもご丁寧に。女先生、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いします」
女「ぷっ……あはは、もう、そんなに堅苦しくないで。…この学校、都会とは違って人少ないし、もう少しフランクで良いよ?」
兄「……と、言われても、こういった地域性の強い学校では、その代わり、年功序列制度が厳しく残っているものだと窺っていますが?」
女「たはは……、うーん、確かに親御さんの中には『そういう』のもいるかなぁ」
兄「?」
女「だって、3学年で3クラス。全校生100人足らず。……仕事仲間だって、アタシを除けば各科目兼任の先生も多くて、常駐組って実質7人しかいないんだよ」
兄「……それは、また、閉鎖的?ですね」
女「うん、だから、さ。もうちょい軽い距離ぐらいでいてくれると、アタシとしてもやり易いわけで、さ……」
兄「あー、ということは、先生は俺と妹の……?」
女「うん、それにほら、歳の近い先生ってんでちょいと興味もあってさ」
兄「ああ、そうでしたか。……その件は、お恥ずかしいところを」
女「ほほう、兄先生は案外謙虚だね?」
兄「……」
女「まあ、『話せそうな』先生っぽいし仲良くやろうよ」
兄「そうですね、女先生、これから宜しくお願いします」
女「あははは……、真面目に返されると、アタシもちょいとお恥ずかしいもんだ」
兄「…………」
女「―――そんで、実際の所、どう? 妹さん平気なの??」
兄「? ああ、そうですね。……一応、こちらにお送りした資料にも書いた通り、多少、まだ緊張するようですが、ああして人前に立てるようにはなっています」
女「……差し障りが無ければで良いんだけど、お家での様子、例えば、PTDSの発症などは?」
兄「……以前ほどではありません。今は、ゆっくり落ち着いています」
女「ん、それは何より。……ああ、安心していいよ? この学校の人間には『そういう類』の人間はいないし、『逃げてきた子』にも寛容だから」
兄「そうであること、願っていますよ」
女「うん、アタシも相談事ならいつだって乗るし、愚痴があるなら呑みに行こう! ってか、今日呑みに行かない?」
兄「……先生、何か御鬱憤でも?」
女「さ、さあ、な、なななんのこと??」
兄「……ですが、今日は妹が待っているので、お断りさせて貰おうかと」
女「ああ、だよねー。うん、兄先生はそういう人だよねー」
兄「……否、そこで拗ねられましても」
女「あ、でも、兄先生、妹さんもいらっしゃるでしょうから、お住まい、うちの独身寮ではないですよね?」
兄「ええ、学校から十五分ほど歩いた山際の、静かなところです」
女「? それ、昔の民家を改築した一軒家?」
兄「はあ、御存知でしたか。……向こうのマンションを引き払ったので、こちらでの物件を探していたら、偶然、あの家が売りに出されていまして……」
女「……え、借りたの? 買っちゃった?」
兄「?? はい、お手ごろ、というより、管理人さんのご厚意でかなりお安くして貰って……」
女「あちゃー、ってことは、あの物件を買っちゃったか」
兄「? 何か不味いことでも??」
女「……いやー、不味いってか言うか……」
女「――――……この辺だと、それなりに有名な事故物件だっんだよ?」
==
……リーン……リーン…
兄「……ただいまー」
妹「あ、兄さん。お帰りなさい、ご飯出来てますよ?」
兄「…おお、ありがと」
妹「? 何やらお疲れ……、よりも、お悩みのご様子ですが?」
兄「ん、む、悩みってか」
妹「??」
兄「……妹、この家出ないか?」
妹「はあ……? 兄さん、どうしたんですか?」
兄「……否な、今日、指導役になった先生からこの家の由縁を聞かされてな」
妹「? ……兄さん、もしかして由縁というのは、『神隠し』のお話ですか?」
兄「え? 神隠し? 一家惨殺じゃなくて?」
妹「くすくす、……もう、厭ですね。どなたからの情報ですか?」
兄「あー、何でもない。けど、神隠しってのは?」
妹「はい。今朝方、同じクラスの方からお聞きして、図書室を探したのですが、昔の新聞の切り抜きが置かれていました」
兄「……それ、どんな事件だった?」
妹「当時の記事に拠れば…、確か、以前この家に住んでいたのは、少しお歳を召した御夫婦だったそうです」
兄「夫婦?」
妹「はい。……お二人には子供がいなかったそうで、毎年、長期休暇を利用して、里子を招いていた優しい感じのご夫婦だったのだと」
兄「なんだ、良い夫婦じゃないか」
妹「ええ、そうだったみたいです。他にも、ボランティア活動でも町から表彰を受けていたりしたようで」
兄「で、その二人が行方不明に?」
妹「……否、神隠しにあったのは、昭和六十年の夏休み。一家は、三人の里子と共にいつの間にか姿を消していた、と」
兄「? 『いつの間にか』??」
妹「すいません。……三十年近く昔の事件を掘り起こすには、今日一日だけでは時間的に足りなくて……」
兄「ああ、頭を下げなくて良い」
妹「ですが、『事件性は薄いものと思われる』、……とは書いていました」
兄「? どういうことだ?」
妹「それが、夫婦の所持する自動車も同時期に消えていて…」
兄「なるほど。突然の事故、あるいは蒸発って線が濃いか」
妹「はい、その通りです。……それに残された家具や衣装を考えれば、中流以上の生活をされていたようですし、その他、町でも怨みを買っていた風でも無かったようですので……」
兄「……金銭面に不自由なく、怨恨の可能性も低い……」
妹「あとは、事件当時、屋内に荒らされた形跡も見つからなかったことが、事件性を否定していたと」
兄「ああ、それは大きいな。……一家でどこかに出かけて、その際、誤って川か海にダイブしたとかな」
妹「…………」
兄「ん、なんにしても、妹、気持ち悪いなら引っ越しても構わないからな?」
妹「ふ、ふふっ。こ、怖がっていらっしゃるのは兄さんの方ではありませんか?」
兄「あー、……俺は、お前が怖い思いをしないかと心配してだな……」
妹「――――は、はい、そ、そうかも、ですね。」
==
妹「え、ええっと、明日の予定は……」
妹「数学、現代社会、科学に英語」
妹「…………」
妹「……ううん、駄目だ。やっぱりまだ引きずってる、かも」
妹「私は兄さんには迷惑をかけてばかりだから、もっと、もっと強くならないと……」
妹「……」
妹「……うん、この家は、兄さんが手元に残された少ないお金で買ったもの」
妹「そう、……ちょっとくらいのノイズで、怖がってちゃ駄目」
妹「……」
妹「うん、怖くなんかない、怖くなんかない」
――――ミシッ…
妹「っ!!」
妹「…………」
妹「……ううん、あれは家鳴り。誰も、廊下を這い回ったりしてない」
ミシッ… ミシッ……
妹「ち、近づいて?」
妹「…………」
妹「? あ、あの、に、兄さんですか??」
ガラッ
妹「――――ッ!!!」
==
兄「……明日の授業は、一時限と四時限」
兄「…………」
兄「んー、やっぱり新しい学校の雰囲気に慣れるには、ちょっと時間が足りないな」
兄「……ま、産休のところを、無理くり捻じ込んで貰ったんだから俺としちゃ文句を言える筋合いじゃなし」
兄「けど、こんな田舎の学校も、夏期講習ってあるもんだな」
――――ミシッ…
兄「? 足音??」
兄「おーい、誰か居るのかー」
ミシッ…ミシッ……
兄「っと言っても、この家にいるのは俺と妹だけなわけだし……」
兄「…………」
兄「ははーん、やっぱり怖くなったか」
兄「……ま、しゃーないか。あいつは基本的に怖がりな奴だし」
トン… トン…
兄「あいよー、どしたー?」
ガラッ
兄「? ――――……え? 誰だ、君は??」
==
兄「……お、おい、君は、妹……か?」
妹?「…………」ジー
兄「否、落ち着け。……この子、顔は妹だけど目の色が……」
妹?「……ふむ、当たり前だ」
兄「うお、喋った!!」
妹?「? 何を驚いている。……ワタシには口があるし、舌だってある。言葉が話せて当然だろう」
兄「あーと……、そういう意味じゃない。君は本当に誰なんだ? 俺の妹は日本人で、普段、瞳の色が青くはないはずだが?」
妹?「ん? ああ、小笹から何も聞いていないのか?」
兄「小笹?」
妹?「……ふむ、まあ、あの子はシャイだから仕方ないか」
兄「……??」
妹?「ああ、すまない。『こっち』の話だ。……困ったな。いざ事情を話す段階になると、何から喋れば良いのやら……」
兄「な、なら、俺の質問に答えて貰っても?」
妹?「ん、ああ。……その方がありがたい。その上で質問タイムの後に補足を入れよう」
兄「んじゃ、まず君は俺の妹か?」
妹?「それは正しい。この身体は、紛れも無く貴方の妹のものだ」
兄「は? ……え?」
妹?「ああ、安心してくれ。……二重人格とか、自称別人格とかじゃなく……、うん、多分『憑依』という言葉が妥当だろう」
兄「? 『憑依』って、幽霊的なアレか??」
妹?「うん、そんな感じだろう。……先刻、この子を驚かせて気を失わせてしまってね。で、悪いと思ったんだが……」
兄「まさか、身体を借りたのか?」
妹?「……おや、信じてくれるんだ」
兄「ん、うちの妹は正真正銘の怖がりなんでな。…狂言でも、幽霊ネタは使わんだろうし。何より、明らかに眼が違うしな」
妹?「……、そのわりに、随分落ち着いてるね」
兄「自分の妹の身体が人質になってんだ。……そりゃ邪険に出来んだろ」
妹?「ん、確かに。……うん、でも、ワタシはこの子に危害を加える気は無いよ」
兄「そいつはどうも」
妹?「否。ワタシの方こそ。突然すまない」
兄「……次に、君の目的は? うちの妹に憑依してまで伝えたいことでも?」
妹?「ん、ああ、違う違う。小笹から新しい家主が来たって聞いたので、それなら、少し顔を見ておこうと思ってね?」
兄「? ……ということは、君はこの家の前の持ち主か??」
妹?「……持ち主? 『持ち主』、とは少し異なるかもね。そんな権限、今も昔も持っていなかったよ」
兄「でも、その口振りじゃ、関係者ってことは間違いなさそうだな?」
妹?「ん、ワタシ達は……」
兄「…………」
妹?「……そうだな、着物の持ち主ってところだ。貴方の妹が、小笹の襦袢に袖を通してしまったので、『繋がって』しまったんだろう」
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