求めるものは強さのみ──
性欲、食欲、睡眠欲の三大欲求ですら、
我が身を焦がす「強くなれ!」という声の前には路傍の石にも等しい。
格闘家「強く……ッ!」
格闘家「より強く……ッ!」
格闘家「もっと強く……ッ!」
格闘家「誰よりも、何よりも、強く……ッ!」
バキィッ!
武術家「ぐへぇっ!」ドサッ
ドゴォッ!
軍人「ご、ふっ……!」ドザッ
ドゴォッ!
ライオン「グルオオォォォ……!」ドズンッ
強くなるには、より強い相手を打ち倒すに限る。
世界中を放浪し、あらゆる強者を打ち倒してきた。
千の技を持つという武術家も、千人殺したという軍人も、
血に飢えた人喰いライオンでさえも──
しかし、足りない!
いくら強者を打ち倒しても、まるで足りない!
内なる声はさらにボリュームを上げ、「強くなれ」「強くなれ」と叫ぶのだ!
格闘家「試合を申し込むッ!」
道場主「ぬう、道場破りかァッ!」
ただひたすらに、強者を狩り続ける終わりなき修羅の道。
そして、いつしかたどり着いた……。
世界最強の八名が集うといわれる、世界最強格闘トーナメント!
格闘家(ここでなら……)
格闘家(このトーナメントを戦い抜けば──)
格闘家(きっと私は我が修羅道に終止符を打つことができるッ!)ザンッ
一人目──
【格闘家】
身長 187cm
体重 102kg
ファイトスタイル 我流格闘技
スパパパパァンッ!
パパパァンッ!
パパパパパパパァンッ!
記者「は、速い……ッ!」
記者「速すぎて、拳が全く見えない……!」
会長「それより見て下さい、あのサンドバッグを」
記者「サンドバッグ……? あ、まったく揺れていない! 微動だにしていない!」
会長「そう、ヤツのパンチが速すぎて揺れることができないんです」
会長「右に揺れようとすると右からパンチが、という具合にね」
会長「そしていつしか、溜まりに溜まったストレスは──爆発する!」
ドッバァァァンッ!
記者「サンドバッグが……破裂した……!」
ボクサー「ホラ、よくいうっしょ」
ボクサー「ボクサーはパンチしかないから、路上や総合のリングじゃ通用しないって」
記者「ええ、よく聞きますね」
ボクサー「ボクね、あれが許せんのですよ」
ボクサー「ボクらは他の格闘技と違い、とことんパンチとフットワークを極めるわけ」
ボクサー「他の技──キックやらなんやらは、やらないし、いらないんだよ」
ボクサー「ホラ、たまに自キャラのパラメータを振り分けるゲームとかあるけどさ」
ボクサー「ああいうのも、極端に振り分けた方が強いんよ」
ボクサー「たとえキックや寝技を練習してなくても──」
ボクサー「超精度を誇るパンチさえあれば、他の格闘技にだって十分勝てる」シュシュッ
記者「…………」ゴクッ…
記者「先ほどの練習風景を見た後だと、今のお言葉……とても否定できませんね」
ボクサー「ハハッ」
ボクサー「──で、なんだっけ」
ボクサー「世界最強格闘トーナメント?」
記者「はい」
ボクサー「出るよ」
ボクサー「そして、勝つよ」
ボクサー「もちろん、パンチだけでね」ニッ
記者「あなたなら……本当にやってしまいそうだ」
記者「何でもアリ、ノールールの格闘大会を、パンチだけで制覇という快挙……!」
ボクサー「快挙なんかじゃねえさ」
ボクサー「出来て当然のことをするだけさ」
ボクサー(拳以外の攻撃手段に走った浮気性ども……)
ボクサー(今日この場で、お前たちのひん曲がった根性──)
ボクサー(叩き直してやるよ!)ダッ
二人目──
【ボクサー】
身長 181cm
体重 79kg
ファイトスタイル ボクシング
手にするのはナイフ一本で十分。
薙ぐ、刺す、投げる──いずれにせよ、1アクションで人は簡単に死ぬ。
たとえ銃相手であろうとな──
殺し屋「へへへ……」
銃士「止まれっ!」チャッ
スパンッ!
銃士「なっ……銃が斬れ──」
サクッ
銃士「うげぇぇ……っ!」ドサッ
殺し屋「さぁ~て、標的の部屋はもうすぐだ」
殺し屋「お?」
殺し屋「なんだてめぇは、護衛か?」
暗殺者「いや……護衛ではない」
暗殺者「この屋敷の主人を狙う殺し屋を殺せ、と依頼された者だ……」
殺し屋「ふぅ~ん」
殺し屋(両手に武器は無し……おそらく暗器を隠し持ってやがるな)
殺し屋(だが、俺のナイフの方が絶対に速い!)
暗殺者「そういえば、キサマはナイフ一本で多くの標的を殺してきたことに」
暗殺者「誇りを持っているとか──」
殺し屋「シャッ!」ビュッ
殺し屋「刺さっ──」
殺し屋(え、消え!?)
暗殺者「だが、俺にいわせれば──」
殺し屋(後ろ!?)
ガシィッ!
殺し屋「ぐえ……っ!」
暗殺者「ただの無謀だ」
暗殺者「刃物などというか弱いものに、己の命を預けているのだから」
ボキィッ!
殺し屋「が……っ!」ドサッ…
暗殺者「刃物だけではない……ピストルも機関銃も、みんなか弱い」
暗殺者「さて、次の依頼はあるトーナメントに参加し、優勝して」
暗殺者「必ず優勝者の前に現れるであろう主催者を殺せ、だったな」
暗殺者(俺にとって己の肉体とは──)
暗殺者(人を殺すための手段に過ぎない)
暗殺者(さて……今日もいつものように仕事をこなすか)スッ…
三人目──
【暗殺者】
身長 174cm
体重 77kg
ファイトスタイル 暗殺術
ガツガツ…… ムシャムシャ……
レスラー「ふう、ごちそうっさんッス」
スポンサー「いやぁ、よく食うね~」
スポンサー「さすが、プロレスではなく真剣勝負なら」
スポンサー「世界最強間違いなしといわれる男だ。食いっぷりも世界一だね」
レスラー「とんでもないッス」
スポンサー「さっき君が見せてくれた」
スポンサー「マンホールの蓋を腕力だけで曲げるパフォーマンスもすごかった」
スポンサー「君ぐらいの怪力だと、物相手じゃないととても全力を出せないだろうね」
レスラー「いや、そんなことないッスよ」
レスラー「だって、アレはせいぜい七割ぐらいの力でやったッスから」
レスラー「全力じゃないッス」
スポンサー「ホ、ホントかい……!」
レスラー「試合はウソばっかッスけど、こういうウソはつかない主義ッス」
スポンサー(七割の力でマンホールの蓋を曲げただと……!?)
スポンサー(まさに重機……!)
スポンサー(この男こそ、人類史上最強のモンスターだ!)
レスラー「ちなみに腹の方も、せいぜい腹五分ってとこッス」ニッ
スポンサー(燃費の悪さがタマにキズだがね……)
レスラー「──で、なんでしたっけ」
レスラー「世界なんたらトーナメントでしたっけ?」
スポンサー「世界最強格闘トーナメント」
スポンサー「君が公に“全力”を出すことを許される大会だ」
レスラー「へぇ……」
レスラー「投げ飛ばして、叩きつけて、へし折って、ひん曲げていいんスか」
レスラー「丸めて、絞って、ちぎって、バラ撒いていいんスか」
スポンサー「なにをやっても構わない」
スポンサー「負けること以外はね……」ニッ…
レスラー「やっべ、ちょっと燃えてきたッスね」
レスラー(さぁ~て、人間相手に本気出すなんて初めてッスね)
レスラー(すっげーワクワクしてきたッス)
レスラー(一生に一度のストレス大解消ッス!)ドスンッ
四人目──
【レスラー】
身長 205cm
体重 151kg
ファイトスタイル プロレス
生まれついての超天才──
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗──
「神に愛された」どころか「神に贔屓されすぎた」と称される男がいた。
なにをやっても完璧(パーフェクト)──
なにをやっても勝利(ヴィクトリー)──
どこかの夢想気味の漫画家が描いた主人公が、
漫画(カートゥーン)の中から飛び出してきたのでは?
と揶揄されるほどの反則的性能──
パシャッ! パシャシャッ! パシャッ!
「トーナメント出場は本当ですか!?」
御曹司「本当さ」
「勝算はありますか!?」
御曹司「もちろん、100%ボクが優勝だよ」
「なにか秘密のトレーニングなどは、されているのですか?」
御曹司「トレーニング? そんなもの必要ないさ」
御曹司「なんたってボクは、天才なんだからさ」
執事「…………」
しかし、一人の老執事だけは知っている。
御曹司「ふんっ……! ふんっ……!」グッ…
執事「坊ちゃま、床一面が汗まみれになってしまいました」ビチャッ…
執事「そろそろトレーニングを終わりにしましょう」
御曹司「ああ、そうだな」
執事「…………」
私は坊ちゃまほど才能に恵まれた人間を知らない。
そしてそれ以上に、坊ちゃまほど努力をしている人間を知らない──
スポーツから勉強、女の口説き方に至るまで、
坊ちゃまが結果を出せたのは、類稀な才能とそれを支える努力があったからこそ。
もちろん格闘技とて例外ではない!
坊ちゃまに敗北はありえない!
御曹司(さて、と)
御曹司(今日、また1ページボクの伝説が生まれてしまうな)
御曹司(世界最強格闘トーナメント優勝、というね)ニッ
五人目──
【御曹司】
身長 185cm
体重 92kg
ファイトスタイル 総合格闘技
柔術界の絶対王者と呼ばれる男がいた。
公式戦300戦無敗──まさに無敵である。
王者「…………」ススッ…
柔術家「…………」ジリッ…
王者(ここでタックル!)バッ
柔術家「は、はやっ──」ドザァッ
王者(バックを取って、チョークスリーパー!)バババッ ギュゥ…
柔術家(何されてるのか、全然わかんねえ!)
柔術家「う、ぐ……っ!」パンパンッ
コーチ「ようし、いいぞ! よくやった!」
王はこう語る。
王者「え、私がここまで強くなった理由ですか?」
王者「そりゃもちろん、コーチの優れた指導があってのことですよ~」
コーチ「ハハハ、そのとおり! 私のおかげだ!」
王者「そこは『王者の実力だ』っていって下さいよ、コーチ~!」
コーチ「そうだな、すまん! ハハハ」
王者「ハハハ……!」
王者「──なぁ~んて具合にインタビューでは、いつもコーチと笑ってましたけどね」
王者「ここだけの話、私は──」
王者「練習で、コーチに一度も勝ったことがありません」
王者「ええ、ただの一度もです」
王者「もちろん、いつも本気──というか殺すつもりでやってますよ」
王者「なのに、惜しい、善戦、といえるような試合すらない」
王者「しかも、多分コーチは私相手に本気を出したことはないでしょう」
王者「そりゃ強くなりますよ」
王者「あんな怪物といつも練習してりゃ、そこらの柔術家ぐらいわけなく倒せる」
王者「コーチに一勝するより、公式戦で1000勝する方が遥かにラクですよ」
王者「でもま……やっぱり分かる人には分かるんでしょうね」
王者「主催者から世界最強格闘トーナメント出場の資格が与えられたのは──」
王者「柔術界の絶対王者である私ではなく、コーチだったんですから」
王者「ま、私があのトーナメントに出たところで」
王者「一回戦でよくて再起不能、悪くて原型をとどめず死亡ってとこでしょうがね」
コーチ(やれやれ……もう現役は引退したはずなんだがなぁ)
コーチ(まぁいい、久しぶりに披露するとしようか)
コーチ(かつて“獣術”と恐れられた、私の柔術を──)コキッ
六人目──
【コーチ】
身長 177cm
体重 85kg
ファイトスタイル 柔術
“ケンカだけで世界中を渡り歩き、食っていく”
ある日、君の知人がこんな宣言をしたとしよう。
おそらく君はこうアドバイスするだろう。
「バカなことを考えるな」
「やめておけ」
「そんなことできるわけないだろ」
そのとおり、君のアドバイスは正しい。
しかし、世の中は広い。
そんな正しいアドバイスに耳を貸さず、バカなことを実践している大バカがいるのだ。
もちろん、真似しようなどと考えてはいけない。
番長「ヒャッホーッ!」
ドゴォッ! バキィッ! ドカッ!
敵兵A「ぐは……っ!」ドサッ
敵兵B「ゲフッ……!」ドザッ
敵兵C「ク、クレイジーボーイ……」ガクッ
番長「なんだ~もう終わりかよ? だらしねえな」
番長「しっかし、戦場はいいぜ!」
番長「なんたって、ここならケンカする相手に困らねえもんな!」
番長「ヒャッホーイ!」ダダダッ
兵士「まったく……君ほど強く、そしてアホな戦士は初めて見るよ」
番長「そうか? 褒めてくれてありがとよ、ヒャッホー!」
兵士「しかし、いくらケンカ好きとはいえ、戦場になんか来るかい? フツー」
番長「だって、戦争っつったら国同士のケンカだろ?」
番長「ケンカは祭り! 参加しない手はねえぜ!」
兵士「ふぅ……君は我が国と向こうの国がなぜ戦争してるかも知らんだろう?」
番長「宗教対立を隠れみのにした、石油利権の奪い合いだろ?」
兵士「!」ギクッ
兵士(アホだけど、決して無知ではないんだな……このボーイは)
番長「でもよ、しばらくこっちのケンカはお休みさせてもらうぜ」
番長「なんか……世界最強を決める大会のお誘いを受けちまったからよ!」
番長「売られたケンカは絶対買うってのが、俺の信条だ!」
番長「ヒャッホーイ!」
番長(こんなワクワクするケンカは久々だな!)
番長(戦場よりずっとピリピリしたもんを感じるぜ!)
番長(ヒャッホー、ケンカだケンカだ!)ズンズン
七人目──
【番長】
身長 192cm
体重 108kg
ファイトスタイル ケンカ
ある精神病院の院長が、“患者”についてこう述べている。
院長「彼がこの病院を脱走してからたった一週間で──」
院長「すでに40人もの尊い命が失われたとか……」
院長「まったく……痛ましいことです」
院長「しかも遺体は全て人の形をしておらず──」
院長「中にはプロ格闘家や警察官、現役の軍人もいらっしゃったとか……」
院長「私も、大変責任を感じております」
院長「彼の生い立ちですか?」
院長「実に“普通”という言葉が似合いますよ」
院長「普通の両親を持ち、普通に愛情を注がれ、普通に幸せだったはず」
院長「そして、彼自身も普通に成長するはずだったのに──」
院長「どういうわけか“発病”して、あんな風になってしまった」
院長「まさに“気が付いたら”という言葉が当てはまりますな」
院長「神か悪魔か、あるいはもっとおぞましい何かが──」
院長「普通だった彼を、異次元の生命体に作り変えてしまったのです……」
院長「基本的には、彼は“妄想”をして生きております」
院長「ある時は大統領に──」
院長「またある時は神に──」
院長「またある時は地獄の支配者に──」
院長「時には宇宙人に──」
院長「どれもこれも突拍子もない妄想ばかりです」
院長「ただし、彼の妄想の中で、一つだけ妄想とはいえないものがあります」
院長「それは──」
院長「自分こそが世界最強である、という妄想です」
院長「私は、長年彼を見てきた人間として断言できます」
院長「おそらく闘争で、彼に敵う人間はこの世にはいないでしょう……」
病人(ウフ、ウフフ……)
病人(ボクチンガ、サイキョウ……)
病人(セカイ、デ、イチバン、サイキョウ……)ジュル…
八人目──
【病人】
身長 165cm
体重 61kg
ファイトスタイル 不明
秘書「ボス、全出場者が会場に揃いました」
主催者「フフフ、そうかね」
主催者「格闘家! ボクサー! 暗殺者! レスラー!」
主催者「御曹司! コーチ! 番長! 病人!」
主催者「彼ら八名は、だれもが世界最強を名乗る資格のある存在だ!」
主催者「しかし、名乗れるのはたった一人だけ……」
主催者「さて、宴を楽しむとしようか……」
主催者「ソファに座り、膝に猫を抱いて、ワインをくゆらせながら、ね」
秘書「ベタすぎです、ボス」
主催者「ハーッハッハッハッハッハ……!」
ついに!
ついに!!
ついにッッッ!!!
今宵、世界最強が決定(きま)る!
最強の人類八名による『世界最強格闘トーナメント』が幕を開けようとしていた──
< 完 >
ご愛読ありがとうございましたッッッッッ!!!!!
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