格闘家「世界最強格闘トーナメント開幕……ッ!」 (76)

求めるものは強さのみ──

性欲、食欲、睡眠欲の三大欲求ですら、

我が身を焦がす「強くなれ!」という声の前には路傍の石にも等しい。



格闘家「強く……ッ!」

格闘家「より強く……ッ!」

格闘家「もっと強く……ッ!」

格闘家「誰よりも、何よりも、強く……ッ!」

バキィッ!

武術家「ぐへぇっ!」ドサッ

ドゴォッ!

軍人「ご、ふっ……!」ドザッ

ドゴォッ!

ライオン「グルオオォォォ……!」ドズンッ



強くなるには、より強い相手を打ち倒すに限る。

世界中を放浪し、あらゆる強者を打ち倒してきた。

千の技を持つという武術家も、千人殺したという軍人も、

血に飢えた人喰いライオンでさえも──

しかし、足りない!

いくら強者を打ち倒しても、まるで足りない!

内なる声はさらにボリュームを上げ、「強くなれ」「強くなれ」と叫ぶのだ!



格闘家「試合を申し込むッ!」

道場主「ぬう、道場破りかァッ!」



ただひたすらに、強者を狩り続ける終わりなき修羅の道。

そして、いつしかたどり着いた……。

世界最強の八名が集うといわれる、世界最強格闘トーナメント!

格闘家(ここでなら……)

格闘家(このトーナメントを戦い抜けば──)

格闘家(きっと私は我が修羅道に終止符を打つことができるッ!)ザンッ





一人目──

【格闘家】
身長 187cm
体重 102kg
ファイトスタイル 我流格闘技

スパパパパァンッ!

パパパァンッ!

パパパパパパパァンッ!

記者「は、速い……ッ!」

記者「速すぎて、拳が全く見えない……!」

会長「それより見て下さい、あのサンドバッグを」

記者「サンドバッグ……? あ、まったく揺れていない! 微動だにしていない!」

会長「そう、ヤツのパンチが速すぎて揺れることができないんです」

会長「右に揺れようとすると右からパンチが、という具合にね」

会長「そしていつしか、溜まりに溜まったストレスは──爆発する!」

ドッバァァァンッ!

記者「サンドバッグが……破裂した……!」

ボクサー「ホラ、よくいうっしょ」

ボクサー「ボクサーはパンチしかないから、路上や総合のリングじゃ通用しないって」

記者「ええ、よく聞きますね」

ボクサー「ボクね、あれが許せんのですよ」

ボクサー「ボクらは他の格闘技と違い、とことんパンチとフットワークを極めるわけ」

ボクサー「他の技──キックやらなんやらは、やらないし、いらないんだよ」

ボクサー「ホラ、たまに自キャラのパラメータを振り分けるゲームとかあるけどさ」

ボクサー「ああいうのも、極端に振り分けた方が強いんよ」

ボクサー「たとえキックや寝技を練習してなくても──」

ボクサー「超精度を誇るパンチさえあれば、他の格闘技にだって十分勝てる」シュシュッ

記者「…………」ゴクッ…

記者「先ほどの練習風景を見た後だと、今のお言葉……とても否定できませんね」

ボクサー「ハハッ」

ボクサー「──で、なんだっけ」

ボクサー「世界最強格闘トーナメント?」

記者「はい」

ボクサー「出るよ」

ボクサー「そして、勝つよ」

ボクサー「もちろん、パンチだけでね」ニッ

記者「あなたなら……本当にやってしまいそうだ」

記者「何でもアリ、ノールールの格闘大会を、パンチだけで制覇という快挙……!」

ボクサー「快挙なんかじゃねえさ」

ボクサー「出来て当然のことをするだけさ」

ボクサー(拳以外の攻撃手段に走った浮気性ども……)

ボクサー(今日この場で、お前たちのひん曲がった根性──)

ボクサー(叩き直してやるよ!)ダッ





二人目──

【ボクサー】
身長 181cm
体重 79kg
ファイトスタイル ボクシング

手にするのはナイフ一本で十分。

薙ぐ、刺す、投げる──いずれにせよ、1アクションで人は簡単に死ぬ。

たとえ銃相手であろうとな──



殺し屋「へへへ……」

銃士「止まれっ!」チャッ

スパンッ!

銃士「なっ……銃が斬れ──」

サクッ

銃士「うげぇぇ……っ!」ドサッ

殺し屋「さぁ~て、標的の部屋はもうすぐだ」

殺し屋「お?」

殺し屋「なんだてめぇは、護衛か?」

暗殺者「いや……護衛ではない」

暗殺者「この屋敷の主人を狙う殺し屋を殺せ、と依頼された者だ……」

殺し屋「ふぅ~ん」

殺し屋(両手に武器は無し……おそらく暗器を隠し持ってやがるな)

殺し屋(だが、俺のナイフの方が絶対に速い!)

暗殺者「そういえば、キサマはナイフ一本で多くの標的を殺してきたことに」

暗殺者「誇りを持っているとか──」

殺し屋「シャッ!」ビュッ

殺し屋「刺さっ──」

殺し屋(え、消え!?)

暗殺者「だが、俺にいわせれば──」

殺し屋(後ろ!?)

ガシィッ!

殺し屋「ぐえ……っ!」

暗殺者「ただの無謀だ」

暗殺者「刃物などというか弱いものに、己の命を預けているのだから」

ボキィッ!

殺し屋「が……っ!」ドサッ…

暗殺者「刃物だけではない……ピストルも機関銃も、みんなか弱い」

暗殺者「さて、次の依頼はあるトーナメントに参加し、優勝して」

暗殺者「必ず優勝者の前に現れるであろう主催者を殺せ、だったな」

暗殺者(俺にとって己の肉体とは──)

暗殺者(人を殺すための手段に過ぎない)

暗殺者(さて……今日もいつものように仕事をこなすか)スッ…





三人目──

【暗殺者】
身長 174cm
体重 77kg
ファイトスタイル 暗殺術

ガツガツ…… ムシャムシャ……

レスラー「ふう、ごちそうっさんッス」

スポンサー「いやぁ、よく食うね~」

スポンサー「さすが、プロレスではなく真剣勝負なら」

スポンサー「世界最強間違いなしといわれる男だ。食いっぷりも世界一だね」

レスラー「とんでもないッス」

スポンサー「さっき君が見せてくれた」

スポンサー「マンホールの蓋を腕力だけで曲げるパフォーマンスもすごかった」

スポンサー「君ぐらいの怪力だと、物相手じゃないととても全力を出せないだろうね」

レスラー「いや、そんなことないッスよ」

レスラー「だって、アレはせいぜい七割ぐらいの力でやったッスから」

レスラー「全力じゃないッス」

スポンサー「ホ、ホントかい……!」

レスラー「試合はウソばっかッスけど、こういうウソはつかない主義ッス」

スポンサー(七割の力でマンホールの蓋を曲げただと……!?)

スポンサー(まさに重機……!)

スポンサー(この男こそ、人類史上最強のモンスターだ!)

レスラー「ちなみに腹の方も、せいぜい腹五分ってとこッス」ニッ

スポンサー(燃費の悪さがタマにキズだがね……)

レスラー「──で、なんでしたっけ」

レスラー「世界なんたらトーナメントでしたっけ?」

スポンサー「世界最強格闘トーナメント」

スポンサー「君が公に“全力”を出すことを許される大会だ」

レスラー「へぇ……」

レスラー「投げ飛ばして、叩きつけて、へし折って、ひん曲げていいんスか」

レスラー「丸めて、絞って、ちぎって、バラ撒いていいんスか」

スポンサー「なにをやっても構わない」

スポンサー「負けること以外はね……」ニッ…

レスラー「やっべ、ちょっと燃えてきたッスね」

レスラー(さぁ~て、人間相手に本気出すなんて初めてッスね)

レスラー(すっげーワクワクしてきたッス)

レスラー(一生に一度のストレス大解消ッス!)ドスンッ





四人目──

【レスラー】
身長 205cm
体重 151kg
ファイトスタイル プロレス

生まれついての超天才──

成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗──

「神に愛された」どころか「神に贔屓されすぎた」と称される男がいた。



なにをやっても完璧(パーフェクト)──

なにをやっても勝利(ヴィクトリー)──



どこかの夢想気味の漫画家が描いた主人公が、

漫画(カートゥーン)の中から飛び出してきたのでは?

と揶揄されるほどの反則的性能──

パシャッ! パシャシャッ! パシャッ!

「トーナメント出場は本当ですか!?」

御曹司「本当さ」

「勝算はありますか!?」

御曹司「もちろん、100%ボクが優勝だよ」

「なにか秘密のトレーニングなどは、されているのですか?」

御曹司「トレーニング? そんなもの必要ないさ」

御曹司「なんたってボクは、天才なんだからさ」



執事「…………」

しかし、一人の老執事だけは知っている。

御曹司「ふんっ……! ふんっ……!」グッ…

執事「坊ちゃま、床一面が汗まみれになってしまいました」ビチャッ…

執事「そろそろトレーニングを終わりにしましょう」

御曹司「ああ、そうだな」

執事「…………」



私は坊ちゃまほど才能に恵まれた人間を知らない。

そしてそれ以上に、坊ちゃまほど努力をしている人間を知らない──

スポーツから勉強、女の口説き方に至るまで、

坊ちゃまが結果を出せたのは、類稀な才能とそれを支える努力があったからこそ。

もちろん格闘技とて例外ではない!

坊ちゃまに敗北はありえない!

御曹司(さて、と)

御曹司(今日、また1ページボクの伝説が生まれてしまうな)

御曹司(世界最強格闘トーナメント優勝、というね)ニッ





五人目──

【御曹司】
身長 185cm
体重 92kg
ファイトスタイル 総合格闘技

柔術界の絶対王者と呼ばれる男がいた。

公式戦300戦無敗──まさに無敵である。



王者「…………」ススッ…

柔術家「…………」ジリッ…

王者(ここでタックル!)バッ

柔術家「は、はやっ──」ドザァッ

王者(バックを取って、チョークスリーパー!)バババッ ギュゥ…

柔術家(何されてるのか、全然わかんねえ!)

柔術家「う、ぐ……っ!」パンパンッ

コーチ「ようし、いいぞ! よくやった!」



王はこう語る。

王者「え、私がここまで強くなった理由ですか?」

王者「そりゃもちろん、コーチの優れた指導があってのことですよ~」

コーチ「ハハハ、そのとおり! 私のおかげだ!」

王者「そこは『王者の実力だ』っていって下さいよ、コーチ~!」

コーチ「そうだな、すまん! ハハハ」

王者「ハハハ……!」



王者「──なぁ~んて具合にインタビューでは、いつもコーチと笑ってましたけどね」

王者「ここだけの話、私は──」

王者「練習で、コーチに一度も勝ったことがありません」

王者「ええ、ただの一度もです」

王者「もちろん、いつも本気──というか殺すつもりでやってますよ」

王者「なのに、惜しい、善戦、といえるような試合すらない」

王者「しかも、多分コーチは私相手に本気を出したことはないでしょう」

王者「そりゃ強くなりますよ」

王者「あんな怪物といつも練習してりゃ、そこらの柔術家ぐらいわけなく倒せる」

王者「コーチに一勝するより、公式戦で1000勝する方が遥かにラクですよ」

王者「でもま……やっぱり分かる人には分かるんでしょうね」

王者「主催者から世界最強格闘トーナメント出場の資格が与えられたのは──」

王者「柔術界の絶対王者である私ではなく、コーチだったんですから」

王者「ま、私があのトーナメントに出たところで」

王者「一回戦でよくて再起不能、悪くて原型をとどめず死亡ってとこでしょうがね」

コーチ(やれやれ……もう現役は引退したはずなんだがなぁ)

コーチ(まぁいい、久しぶりに披露するとしようか)

コーチ(かつて“獣術”と恐れられた、私の柔術を──)コキッ





六人目──

【コーチ】
身長 177cm
体重 85kg
ファイトスタイル 柔術

“ケンカだけで世界中を渡り歩き、食っていく”



ある日、君の知人がこんな宣言をしたとしよう。

おそらく君はこうアドバイスするだろう。

「バカなことを考えるな」

「やめておけ」

「そんなことできるわけないだろ」



そのとおり、君のアドバイスは正しい。

しかし、世の中は広い。

そんな正しいアドバイスに耳を貸さず、バカなことを実践している大バカがいるのだ。

もちろん、真似しようなどと考えてはいけない。

番長「ヒャッホーッ!」

ドゴォッ! バキィッ! ドカッ!

敵兵A「ぐは……っ!」ドサッ

敵兵B「ゲフッ……!」ドザッ

敵兵C「ク、クレイジーボーイ……」ガクッ



番長「なんだ~もう終わりかよ? だらしねえな」

番長「しっかし、戦場はいいぜ!」

番長「なんたって、ここならケンカする相手に困らねえもんな!」

番長「ヒャッホーイ!」ダダダッ

兵士「まったく……君ほど強く、そしてアホな戦士は初めて見るよ」

番長「そうか? 褒めてくれてありがとよ、ヒャッホー!」

兵士「しかし、いくらケンカ好きとはいえ、戦場になんか来るかい? フツー」

番長「だって、戦争っつったら国同士のケンカだろ?」

番長「ケンカは祭り! 参加しない手はねえぜ!」

兵士「ふぅ……君は我が国と向こうの国がなぜ戦争してるかも知らんだろう?」

番長「宗教対立を隠れみのにした、石油利権の奪い合いだろ?」

兵士「!」ギクッ

兵士(アホだけど、決して無知ではないんだな……このボーイは)

番長「でもよ、しばらくこっちのケンカはお休みさせてもらうぜ」

番長「なんか……世界最強を決める大会のお誘いを受けちまったからよ!」

番長「売られたケンカは絶対買うってのが、俺の信条だ!」

番長「ヒャッホーイ!」

番長(こんなワクワクするケンカは久々だな!)

番長(戦場よりずっとピリピリしたもんを感じるぜ!)

番長(ヒャッホー、ケンカだケンカだ!)ズンズン





七人目──

【番長】
身長 192cm
体重 108kg
ファイトスタイル ケンカ

ある精神病院の院長が、“患者”についてこう述べている。



院長「彼がこの病院を脱走してからたった一週間で──」

院長「すでに40人もの尊い命が失われたとか……」

院長「まったく……痛ましいことです」

院長「しかも遺体は全て人の形をしておらず──」

院長「中にはプロ格闘家や警察官、現役の軍人もいらっしゃったとか……」

院長「私も、大変責任を感じております」

院長「彼の生い立ちですか?」

院長「実に“普通”という言葉が似合いますよ」

院長「普通の両親を持ち、普通に愛情を注がれ、普通に幸せだったはず」

院長「そして、彼自身も普通に成長するはずだったのに──」

院長「どういうわけか“発病”して、あんな風になってしまった」

院長「まさに“気が付いたら”という言葉が当てはまりますな」

院長「神か悪魔か、あるいはもっとおぞましい何かが──」

院長「普通だった彼を、異次元の生命体に作り変えてしまったのです……」

院長「基本的には、彼は“妄想”をして生きております」

院長「ある時は大統領に──」

院長「またある時は神に──」

院長「またある時は地獄の支配者に──」

院長「時には宇宙人に──」

院長「どれもこれも突拍子もない妄想ばかりです」

院長「ただし、彼の妄想の中で、一つだけ妄想とはいえないものがあります」

院長「それは──」

院長「自分こそが世界最強である、という妄想です」

院長「私は、長年彼を見てきた人間として断言できます」

院長「おそらく闘争で、彼に敵う人間はこの世にはいないでしょう……」

病人(ウフ、ウフフ……)

病人(ボクチンガ、サイキョウ……)

病人(セカイ、デ、イチバン、サイキョウ……)ジュル…





八人目──

【病人】
身長 165cm
体重 61kg
ファイトスタイル 不明

秘書「ボス、全出場者が会場に揃いました」

主催者「フフフ、そうかね」

主催者「格闘家! ボクサー! 暗殺者! レスラー!」

主催者「御曹司! コーチ! 番長! 病人!」

主催者「彼ら八名は、だれもが世界最強を名乗る資格のある存在だ!」

主催者「しかし、名乗れるのはたった一人だけ……」

主催者「さて、宴を楽しむとしようか……」

主催者「ソファに座り、膝に猫を抱いて、ワインをくゆらせながら、ね」

秘書「ベタすぎです、ボス」

主催者「ハーッハッハッハッハッハ……!」

ついに!

ついに!!

ついにッッッ!!!

今宵、世界最強が決定(きま)る!





最強の人類八名による『世界最強格闘トーナメント』が幕を開けようとしていた──





                               <   完   >

ご愛読ありがとうございましたッッッッッ!!!!!

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