【マギレコ】 最後の世代の魔法少女たち (235)

マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝の二次創作です。
書き溜めたものを順次投下して、書き溜めた分が尽きたら不定期で
書き上げて投下する予定です。


時系列は第二部第十一章の後日を想定。
本編には登場しない魔法少女もとして美国織莉子、呉キリカが登場。
おりこマギカイベント My Only Salvationが少々絡んでいます。

拙い内容ですが、よろしくお願いいたします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1658756326



それは今でも忘れられない、在りし日の神浜市という街の記憶。


神浜市を取り巻く根深い歴史問題。

同じ街の魔法少女同士による東西抗争。

魔女化の宿命からの解放を目指すマギウスの翼が起こした騒動。

伝説の大魔女と呼ばれたワルプルギスの夜の討伐。


その後に待っていたのは、浄化システムを巡る新たな戦いの日々の幕開け。

神浜マギアユニオンの結成と、プロミストブラッドとの抗争と共闘。

時女一族との出会いと同盟、戦友の喪失、ネオマギウスの計画阻止。

午前0時のフォークロアとの邂逅、争い合っていた魔法少女陣営との和解。

そして、インキュベーターに掌握された浄化システムをついに奪還。


その後は、里見灯花と柊ねむの復活があった。


魔法少女たちを取り巻く状況と環境は、短い間に目まぐるしく変化した。
だが、数々の困難を乗り越えて、魔法少女たちは、ようやく一時の安寧を得ることができた。
そんなある日、みかづき荘へ一人の人物が訪ねてくる。

「ご無沙汰しています。環いろはさん」
「……織莉子ちゃん?」
「急に尋ねてごめんなさい。その節は大変ご迷惑をおかけしました」

彼女の名は美国織莉子。未来予知の能力を持つ魔法少女で、みかづき荘の住人は
織莉子と面識があったが、当時は八雲みたまを巡る戦いで、敵対関係にあった。
お互いに命を危険に晒し合ったものの、織莉子の謝罪により和解を果たした。

その後は交流がなかったが、数ヵ月振りの再会となる今日、彼女は深刻な表情で現れた。
未来予知の内容を伝えに来たという織莉子を、環いろはが玄関先で迎える。

「すみません。本日、みなさんはいらっしゃいますか?」
「今日はみかづき荘のみんなで、これから出かけるところなの」
「そうでしたか。それでしたら日を改めます。都合のつく日を教えて下さい。大事なお話なんです」

いろはは、後ほどメンバーの都合を聞き、織莉子に連絡することを約束し、お互いの連絡先を交換。
織莉子はみかづき荘を後にした。

「誰か来ていたの?」
「それが、織莉子さんが訪ねて来たんです。深刻そうな顔をして……」
「織莉子って……あの時の、美国織莉子よね……?」
「これから出かけることを伝えたら、日を改めると。急なんですけど、
 みんなの予定が空いている日はありますか?」
「そうね、ちょっと聞いてみるわ」

七海やちよは、由比鶴乃、フェリシア、二葉さな、環ういに日程を尋ねると、
最後にいろはの予定を尋ねて、織莉子に伝えるよう促した。
織莉子からはすぐに、週末の休日に来訪する旨の返信があった。

「やちよさん、織莉子さんに日程を伝えました」
「ありがとう。美国織莉子、みたまの時のことを思い出すわ……」
「みたまを襲ったときは何事かと思ったけど、あんなことをしたのは、
 よく分からないままだったなぁ」
「あん時、一緒にいた黒いやつには、手こずらされたぜ」
「あの時の魔法少女が、今度は何の用ですかね……」
「お姉ちゃん、織莉子さんはどんな用事が言ってた?」
「さっき、電話で少しだけ話を聞いたんだ。今度、織莉子さんが来た時に、
 全容を話してくれることになってるんだけど」
「電話で聞いた話だけでもいいわ。どんな話を聞いたの?」
「それが……」

いろはは、先ほど織莉子と電話で交わした、会話の一部始終を語った。
話し終えたとき、話を聞いていた全員が呆れたような、怪訝な表情のまま、視線をいろはから逸らした。

ショッピングモールのポイント10倍デーに備えて、出発準備が整っていた住人は、
居間で着席はせずにいろはの報告を聞いた。

織莉子によれば、全人類が死に絶える未来を予知したという。
それを止められる可能性にかけて、みかづき荘を訪ねたとのことだった。
かつて、いろはたちと対峙した際、いろはの他者との絆を信じる前向きな姿勢に、
救世の可能性を感じたとも。

「率直に言うと半信半疑ね。みたまの時のことは謝罪を受け取ったから、
 当時のことをフィルターにかけたりはしないけど」
「でも、今日のことは電話だけで、今度は直接話すわけですし、
 いくらなんでも与太話ってことはないと思います」
「そうよね。そんなことするような人じゃないでしょう。今度の休みなのだけど、
 全員、一日予定を空けてちょうだい。もし本当に未来が危ないという話なら、
 真剣に聞きたいのよ」
「お姉ちゃん。今日のことなんだけど、私からもいいかな?」
「うい?」
「未来にかかわることなら、灯花ちゃんたちも呼びたいんだ」
「なんでアイツらまで呼ぶんだよ?」
「星屑タイムビューワ」
「なんだそりゃ?新手のウワサか?」
「今はもういないウワサだよ。桜子ちゃんの裁判があった日なんだけど、
 あの日、時間が来るまで、星屑タイムビューワで未来を一緒に見たの」
「中央区に行った時のことだね。覚えてるよ」
「だから、灯花ちゃんたちにも来てほしくて」
「分かったよ。私から連絡しておくね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「やちよさん、一旦部屋に戻ります」
「分かったわ」

いろはは自室に戻ると、灯花に電話で連絡を取った。
灯花はすぐに電話に出ると用件を聞き、いろはは先ほどの内容を伝えた。

『未来のことかー。わたくしも興味あるし、ねむと桜子、あとは書記を連れて行くね。
 場所はみかづき荘でいいの?』
「うん。午前十時には織莉子さんが来るから、間に合うように来てほしいんだ」
『分かった。ねむたちにも言っておくね。それじゃ、またその日にね』
「よろしくね、灯花ちゃん」

いろはは灯花との連絡を終えると、やちよに報告し、目的地であるデパートへ出発した。


後日、美国織莉子は改めてみかづき荘を訪れた。
みかづき莊の居間には、みかづき荘の住人と里見灯花と柊ねむ、柊桜子、
書記として連れてこられた佐鳥かごめの、計十名が揃っていた。

「あなたが美国織莉子だね。はじめまして。わたくしは里見灯花」
「僕からも、はじめまして。僕は柊ねむ。こっちはウワサの柊桜子、
 書記として来てもらった佐鳥かごめ」
「|はじめまして。桜子でいい|」
「こ、こんにちは……佐鳥かごめです」
「みなさん、どうもご丁寧に。本日、予知で視た未来をお話しさせていただく、
 美国織莉子よ。私のことは織莉子と呼んでいただければ」
「そうさせてもらうね」

時間通りに全員が揃った場で、織莉子の話が始まろうとした前、かごめが挙手。

「かごめさん、でしたね。どうされました?」

かごめは魔法少女の記録をまとめた『マギアレコード』へ、記録を残すため、
後ほど織莉子への取材を希望し、主旨を理解した織莉子から快諾を得た。

「魔法少女の取材記録とは、大きな目標を掲げているんですね。
 せっかくだから、キリカも連れて来れたらよかったわ」
「そういえば、キリカちゃんは今日、来てないの?」
「これからお話しすることと関係していますが、別件で動いてもらっているんです。
 今頃は、ミラーズで調査をしているはずです。私は予知の内容を伝えに来ました」
「その予知のことだけど、いろはから未来に脅威が訪れると聞いているわ。
 どんな未来を視たのかしら?」
「少し話が長くなってしまいますが、お時間は大丈夫ですか?」
「この場にいる全員に、今日一日の時間を空けてもらってるわ」
「未来にかかわるとなると、一日かかってもおかしくないと思ったんだ」
「ありがとうございます。では、お話しします……」

織莉子が語る内容を簡潔にまとめると、彼女が視た未来には、世界にアリナ・グレイ以外の
魔法少女が存在しない。そこに生きている人類はアリナ以外におらず、世界には魔女とも
使い魔とも言えない異形が蔓延っている。

その世界でアリナは、巨大な魔女と思わしき存在と融合して力を振るっており、全人類を
人ではないものへと変え、互いに争わせ、その様子を見て狂笑を浮かべているという。

「異形の正体は、アリナ・グレイによって、姿形を変えられた人類の成れの果てでしょう。
 何らかの対策を打たなければ、人類の未来は永遠に閉ざされてしまうかもしれません」
「未来でアリナさんがそんなことを……」
「話を聞く限りだと、アリナが人類を滅ぼすように聞こえるわね」
「人間を化け物に変えてるってことかな?アリナだったら、やりかねないけど……」
「ですが、あくまでも可能性にすぎません。惨状の原因がアリナだとは断言できないんです」

それを聞いて、織莉子の一番近くに座るいろはが、質問のために手を上げて口を開く。

「仮定形で話してたけど、アリナが原因ではない可能性がある、ってことかな?」
「恥ずかしながら、断言できない理由は、私の予知能力にはぶれが生じるんです。
 自信の能力でありながら制御しきれなくて、それ故、重要ではない情報も私の
 意思とは関係なく予知してしまうという有様。それでも大筋は予知通りになる。
 未来で人類に滅亡の危機が迫るのは確かなんです」
「分かったわ。続けて」

いろはの隣に座る七海やちよは、いろはの質問で中断した説明の先を促した。

「キリカがアリナの身辺を調査中ですが、判明していることとして、彼女は自分専用のアトリエを
 願いで手に入れたことが分かっています。アリナの関係者と遭遇した際に知ったようですが、
 行方不明中のアリナは、そこに潜伏している可能性が高いと思われます」
「だったら、アリナのアトリエを見つければ、大事に至る前に解決しそうよね」

「それが、キリカと一緒にアリナに関係する場所を巡っていますが、成果は上がっていません。
 今のところアトリエを特定する方法も、侵入する手段も見つかってないんです」
「探せば見つかるような場所じゃない、ってことかな。それじゃ手の打ちようがないんじゃ?」

やちよの隣に腰かける鶴乃は、織莉子の説明が始まる前に、やちよが全員に用意した麦茶を
一口飲んで、喉を潤して尋ねた。

「アトリエが願いで手に入れたものなら、恐らくですが、アリナ本人しか辿り着けない
 場所であることも考えられます」
「それが本当なら、究極の自分専用だなぁ」
「アリナのアトリエは、超時間的、超空間的な場所に存在するのかもしれません。
 キュウべぇに聞けば、ヒントくらいは得られるかもしれませんが、神出鬼没です。
 探しても肝心な時に見つからない。こちらから接触するのは難しいでしょう」
「しょーがねーって、キュウべぇだし」

鶴乃の向かいに腰かけるフェリシアは、両手を頭の後ろで組んで不満を露にし、
ソファの背凭れに体を預けて脚を組んだ。

「だけど、あんなことがあった後で、キュウべぇが取り合ってくれるんでしょうか」
「た、多分、話くらいならしてくれるかも……」

浄化システムのコアとなった日を思い出しつつ、ういは心配そうに呟いた。

「こんなんじゃ、一度隠れたら、隠れた本人が自分から出てこない限り、どうにもならないね」
「こっちから乗り込んで、怖いねーちゃんを叩けねーってことかよ。ずりぃ」
「そうだ。キモチ石の時みたいに、灯花ちゃんからキュウべぇに接触できないかな?」
「そうしたいところだけど、まだ電波望遠鏡の修理は完了してないんだよ。
 しばらく機械たちも動かしてなかったから、稼働試験もしないとだし」
「こちらからキュウべぇに接触するのは、一旦は保留しておこう。今はアリナのことが気になるよ」
「アリナは、何らかの手段を用いて、アトリエで時間の経過を待つつもりなのでしょう。
 それがどのような方法かは分かりませんが、アリナを発見する方法がないのなら、
 鶴乃さんが仰る通り、彼女が自発的に現れるのを待つしかないでしょうね」
「未来でアリナが現れるのを待つしかないんですね。どれくらい待てばいいんでしょうか?」

織莉子はやや顔を俯かせて言い淀んだが、意を決したように顔を上げて答えた。

「……おおよそですが、百年弱です」

織莉子の返答を聞いて全員が絶句し、フェリシアの隣に座るさなは目を見開いた。

「ひ、百年って……冗談じゃ……ないんですよね?」
「……予知で視えたビジョンに、それくらいの時間経過を示すものがありました」
「百年なんて……仮にそこまで生きてても、その頃の私たちは全員、おばあちゃんだよ……」

さなの隣に座る環ういは、アリナ・グレイに対峙する、魔法少女姿の老婆集団を想像して落胆した。
そこへ、柊ねむ、里見灯花、柊桜子が言葉を続ける。

「アリナが目指す、ベストアートの完成が目的なのかもしれない。自分以外に魔法少女が
 存在しない時代であれば、誰の妨害なく悲願を成就できると考えたのだろうね」
「混乱のどさくさでアリナを逃したのは痛手だったよ。困ったことになったにゃー……」
「|だからといって、アリナを全く放置するわけにもいかない。
  何か手を打つ必要があるけど、一旦休憩を挟むことを提案する|」

桜子の提案を受け入れた一同は、十五分後に会合を再開した。
各々、思い思いに休憩をとっていたが、灯花は休憩中から何かを考え込んでいた。
会合再開直後、いろはが灯花へ質問を投げる。

「灯花ちゃん、何か方法はあるかな?私たちじゃ何も思いつかなくて……」
「うーん……提案は……あるにはあるんだけど……」

灯花が語る未来を襲う脅威への対策方法は二つ。
一つは鏡の魔女結界に存在する無数の鏡から、目的の時間へ繋がる鏡を見つけ出し、
アリナが事を起こす未来へ渡ること。もう一つは、要員を選定してコールドスリープで
未来へ送ることだった。

「提案しておいてなんだけど、ミラーズを使う方法は、現実味の薄い方法なんだよね」

前者は目的の時間に通じる鏡が、存在することを前提とした方法だった。
だが、これまで未来の時間に繋がる鏡を、発見したという記録はない。
株分けの魔女の性質上、仮に以前に発見していたとしても、鏡を壊せばその記憶自体が消える。
未来に通じる鏡が存在する可能性はあるものの、どの鏡が目的の時間に通じているかは分からない。
それが発見できても、無事に未来へ渡れる保証も、未来から帰れる保証もない。

「それに、ミラーズで未来と現在を行き来できても、それはそれで別の問題があるんだよ」
「どういうこと、灯花ちゃん」

「わたくしたちが暮らす現在を世界α、百年後の未来を世界βと仮定してお話するね。
 未来へ行って現在に帰ってくることは、わたくしたちにとっては世界αと世界βを
 往復しただけ。これは分かるかなにゃー?」
「うん」
「だけど、宇宙の視点からすると、それはまた別の意味を持つの。世界αは、世界βを
 経由した時間旅行者を内包する世界α’となるんだよ。百年後の未来である世界βは、
 世界αからの時間旅行者を内包していた世界、世界β’となる。これもいい?」
「ちゃんとついていけてるよ」
「これが何を意味するかというと、世界α’では百年後の未来までの間に起きる
 すべての出来事は、世界β’に繋がるよう、世界α’が調整されるかもしれない、
 ということなんだよ」
「え、えっと……ごめん、ちょっと混乱してきた。世界βと世界β’はどう違うのかな?」

そこへ、ねむが灯花の説明の捕捉に加わる。

「いろはお姉さん、僕たちがミラーズを経由して、百年後の未来である世界βに渡ったと考えて」
「うん」
「世界βに到着したら、脅威を払拭するまでは、世界βに滞在することになるよね。
 この時点では、世界βはまだ世界β’になっていない。これはいい?」
「大丈夫、ついていけてるよ」
「脅威を払拭して世界βから世界α……つまり、現在に戻ってくる。すると世界αは
 世界α’となり、世界βは、僕たちが去った時間以降が世界β’となる」
「そっか。私たちが未来へ渡ったとして、現在に帰ってくるまでは、どちらの世界も
 ダッシュには変わらないってことだね」
「その通りだよ。世界βが世界β’に変わるのは、現在である世界αに到着した時。
 その時、はじめて世界αは世界α’になり、世界βは世界β’になる」

そこまでの説明で、会合出席者の一部は、首を傾げて考え込み始める。
出席者のうち、頭を抱えて困惑するフェリシアの様子は、一際目立っていた。

「本来、未来は常に変動しているの。現在よりも先の時間であり、世界であり、
 数多の可能性の中から選ばれた一つの可能性。現在を生きるわたくしたちの
 行動次第で、いくらでも変えられるものなんだよ」
「だけど、僕たちが未来へ渡って現在に帰ってきたら、つまり、世界βへ渡って
 帰ってきて、世界αが世界α’に、世界βが世界β’になったら、この宇宙は、
 世界β‘に時間が辿り着くまでの間、修正を働かせるかもしれない」
「その修正っていうのが分かりにくいな……」
「そうだにゃー……みんなは、歴史の修正力という言葉を聞いたことはあるかな?」
「SF映画とかで聞いたことあるよ」
「SFものだと割と定番よね」
「私には馴染みがないよ……」
「しゅーせいなんて、殴るくらいしか知らねーや」
「すみません、私も漠然としたイメージしかないです」
「過去で誰かを助けても、未来は変わらないとか聞いたような……」
「私は、過去を変えようとすると働く大きな力だと認識しています」
「一つ例え話をするよ。ある一人の人間の未来を変えようとして、仮にZさんとするね。
 Zさんが不慮の事故に巻き込まれる瞬間を助けて、歴史を変える行動をとったとする。
 その行動によって、本来は死ぬはずだったZさんが助かるけど、それは一時的な死の
 回避でしなかないの。ここまでいい?」
「おう、続けていいぞ」
「その後、歴史による修正力が働くことで、歴史の辻褄合わせが起こる。
 一度は助かったZさんが、別の形で死んでしまって、結局、Zさんの
 未来は変わらないってことだよ」
「そ、それは、今回の話と、どう繋がるのでしょうか……」
「僕たちが世界βに渡ったという事実が消えないように、この宇宙が世界α’の中で
 生きる人々の、あらゆる行動を世界βへと収束させ、時間が世界β’へ繋がるよう、
 歴史を修正すると思われる」

「それって、何かよくないことになるのかしら?」
「未来が変わって世界βに時間が繋がらなくなるとい、時間の連続性が失われちゃう。
 宇宙による歴史の修正が働かなかったら、最終的に人類が理解する時空間の崩壊を
 引き起こすかもしれない。タイムパラドックって言えば分かるんじゃないかにゃー?
 そうならないように、宇宙は何らかの形で、干渉するかもしれないってことだよ」
「つまり……時間旅行が齎す結果は、未知数ということね」
「そうだね。未来でわたくしたちが暮らすというなら、話はまた変わってくるけど、
 それもベストとは言い切れないの」
「未来で暮らす私たちの姿は……想像できないわね。もう一つの方法というのは?」

後者は、前者よりも実現性の高い方法だったが、膨大なコストがかかるという問題があった。
未来へ送る要員と人数は限られ、付随する問題として、送り出された要員は行ったきりとなる。
コールドスリープは、一方通行の時間旅行でもあった。

そこへ、考え込んでいた織莉子が顔を上げ、ねむに疑問を尋ねる。

「コールドスリープで未来へ送られた人が、ミラーズから過去に戻ることは可能ですか?」
「時間は過去から未来へ一方通行で流れていて、それは覆らない。
 ミラーズで未来へ渡った場合も、戻って来れるかは分からないんだ。
 だから過去に戻ることはできないと、言いたいところだけど……」
「わたくしたちの世界には魔法が存在する。そのせいで原因と結果が逆転して、
 因果律の矛盾が発生することもあるし、事例もなかなか説明しにくいんだよ」
「一方通行のはずの時間の流れに、逆らえることがあるかもしれないと?」
「それも、分からないとしか答えられないんだけど、過去へ戻れたとしても、
 それはそれで問題があるんだよね」
「過去に戻れたとしても、戻った先の過去が、出発元の現在であるとは限らないからね」

「それどころか、未来から要員が出発元の現在に戻って来れた場合、
 さっきも言ったけど、タイムパラドックスが発生する可能性が高いの」
「出発元の時間と、そうではない時間。具体的にはどのような違いが?」
「出発元の過去ではない場合は、出発した時代とよく似た歴史を辿った、
 別の世界に到着すると思う。その世界に要員との同一存在がいた場合、
 その世界の自分に成り代わるかもしれない。或いは、その世界の自分と
 同時に存在することも考えられるね」
「同一存在がいない場合は、そこは別の世界の自分が既に死んでいるか、
 そもそも最初から存在していないのかもしれない」
「いずれにせよ、一度未来へ送り出された要員が過去に戻ることは、
 ミラーズを使うよりも危険と言わざるを得ないの」
「というより、異なる時間を行き来すること自体が、既にリスクなんだけど」
「さらに、過去に無事に到着しても、そこで生活ができるかは別問題だよ」
「では、戻った先の過去が、出発元の世界の過去だったときはどうでしょうか?」
「一つの世界に同じ人間……とは言っても、厳密には異なるんだけど……
 同じ人間が複数同時に存在すると、宇宙が不安定になるかもしれないの。
 仮に未来から出発元の時代に帰ってきたとすると、そこには現在の自分と、
 百年後の自分が同時に存在することになる。これは本来はありえないこと。
 そんな事態に対して、宇宙がどう対応するのか、まったく分からないんだよ」
「現時点で、コールドスリープで未来へ送られた要員が、ミラーズを通じて
 現在に戻ってきたりしていない。これを宇宙視点から見た場合、僕たちが
 存在する現在の世界は、未来から戻ってきた要員を内包する世界ではない、
 ということ。一応確認するけど、ここまでついてこれてるかな?」
「はい。整理もできています」

「それじゃあ、話を続けるよ。未来へ送られた要員が過去へ戻ってきたら、その世界は、
 未来から戻ってきた要員を内包する世界へ、上書きされるということ。でも、時間の
 連続性の観点からすると、上書き前の世界から過去に戻ってきたという事実に対して、
 矛盾が生じてしまうんだ」
「その矛盾について、もう少し詳しくお話を聞かせて下さい」
「未来から戻ってきた要員は、上書きされる前の世界から、未来を経由して過去へ
 戻ってきたともいえるね。だけど、過去へ戻ってきて世界が上書きされたことで、
 上書き前の世界は消える。これは、戻ってきた要員が出発した世界が消えてしまう、
 ということでもあるの」
「……未来から戻ってきた人が、どうやって過去に辿り着いたのか分からなくなる。
 帰って来れるはずがないのに帰ってきているのはおかしい、ということですか?」
「その解釈で間違ってないよー。それがタイムパラドックス。これが起きるということは、
 宇宙が矛盾に耐えられなくなった時、フェイルセーフが発動する可能性があるの」

それを聞いて、フェリシアが頭を抱えながら疑問を口にする。

「宇宙がカマンベールってなんだ?」
「フェイルセーフだよ。なんでチーズが出てくるのかにゃー?」
「しょーがねーだろ。そう聞こえたんだからよ。なんとかセーフってなんだ?」
「……フェイルセーフ。本来の言葉の意味としては、機械装置の操作を誤ったときや、
 機械装置に故障や異常が発生した時、周囲に危険が及ばないよう予防動作をさせて、
 危険を回避する機構を指す」
「もうちょっと分かりやすく言ってくんねーか?」

「じゃあ、例え話をしよう。昔の機械装置は、大きな電力が一気に流れ込んだ際、
 機械がそれで壊れたりしないよう、ヒューズという部品が未然に故障を防いだ。
 ヒューズが飛ぶなんて表現、聞いたことないかな?」
「それなら聞いたことがある気がする」
「規定を超えた電力で、機械装置が壊れないようにするために、ヒューズが飛んで
 電気の流れを断つ。これもフェイルセーフの一種さ」
「ここでいうフェイルセーフは、宇宙が矛盾に耐えられなくなった時、自己消滅するか、
 歴史を改変するかもしれないということだよ」
「それって、宇宙が自[ピーーー]るってことになるのかな?」
「そういった可能性も無きにしも非ずだね。宇宙が正常な形を維持し続けるための、
 特定の波長というかパターンがあるの。人間の体で例えると脳波が近いかにゃー。
 異なる時間を行き来することによって、その波長に影響があるかもしれないの。
 最悪の場合、宇宙が崩壊してしまうことも考えられる。その後、崩壊した宇宙は
 崩壊したままなのか、再構築されるのか。どちらにしろ、何かが起きたその先で、
 わたくしたちが知る現在の宇宙は、存在しないんだよ」
「他に可能性があるとしたら、過去に戻ってきた要員に免疫ができる可能性だね」
「免疫って、人体の仕組みでいう免疫のことかな?」
「考え方の一つだけど、時間を渡った人間には、宇宙が歴史の辻褄合わせをするため、
 歴史の変化による影響が及ばない。或いは、未来から戻ってきた人は、異世界から
 渡ってきた姿形が同じ別人という扱いになるかもしれない」
「宇宙が崩壊しちゃうかもしれないから、試すこともできないけど」
「未来から過去へ戻ろうとすると、何が起きるか分からない以上、未来へり出された人は、
 そのまま未来で生きていくことが、無難な選択のですね」

そこで思わず、鶴乃が呟くように言葉を口にした。

「頭がずっと混乱してる。こんなことなら、もっとSF物の漫画でも読んでおけばよかった」
「疑問を抱いているのは、鶴乃だけじゃないはずだ。どう説明しても頭の混乱は避けられない。
 日常生活で宇宙と時間の連続性を考えたり、タイムトラベルなんて意識しないはずだからね」
「分からないことがあれば、どんどん聞いてね」

それを聞いて、いろはが困惑した表情とともに灯花に尋ねる。

「灯花ちゃん、ねむちゃん。悪いんだけど、また休憩を取ってもいい?
 少し頭を整理する時間が欲しくて」
「いいよー。再開するときは声をかけてね」

休憩を告げられると、出席者は思い思いに休憩を取り、会合を再開する。
異なる時間の行き来が齎す危険性の説明が終わり、議題はコールドスリープへ戻った。
コールドスリープマシンを開発すると仮定して会合は進行するが、未来へ送る要員に
百年後の問題を押しつけるも同然の方法は、出席者全員から疑問が上がった。

「未来に送るのは、誰でもいいわけでもないですよね……」
「かかるコストを考えると人数も限られる。誰を送るのかも考えることになるわね」
「募集かけても、志願者が現れることは期待できないと思う。選ぶほうが早いのかも」
「オレは絶対やらねーよ……。だって、百年も経ったら、誰も知ってるやつがいねーじゃん」
「現在と比べて環境が全く変わってるはずですし、別の世界に旅立つのと変わらないかと」
「私も百年も経った世界で生きていくのは、ちょっと想像できないよ……」
「無理もないと思うよー?わたくしも、百年も先の未来で生活するなんて現実味がないからね」
「それでも、今後を見据えて、コールドスリープマシン開発は、視野に入れるべきだと思うよ。
 要員の選定も必要になるし、万が一の備えとして、実現する手段を考えても損はないはずだ」
「|ねむの言う通り、私も今すぐ決める必要はないと思う。まずは、考えられる限りの方法を
  列挙してからでも遅くはない。私は、魔法少女の能力を組み合わせで、未来へ渡る方法を
  探ることを提案する|」

いろはたちが未来へ渡る方法を考える横で、書記として議事録をまとめていたかごめが
コネクトを通して織莉子に呟いた。

(なんだか、本当にSFみたいな話ですね……)
(魔法少女の存在自体が、ある意味ではSFかもしれませんよ)

二人の視線の先では、コールドスリープを選択した場合に備え、
百年後の未来へ送る要員の選定を巡って、議論が続いている。
織莉子自身も思案を巡らせた。

未来へ送り出されてしまえば、宇宙存続の問題が絡むことから、
過去(現在)へ戻ることはできない。送り出された要員は、未来で
生きていくこととなり、そのための財と資源が必要となる。

だが、どの程度の財と資源が必要になる?
それを未来までどのように守り続ける?
未来へ送る要員の人数と選定方法は?

柊桜子が提案した方法は、組み合わせる能力次第で、未来へ渡れる可能性がある。
未来へ渡ることはできなくても、他の方法と組み合わせれば応用が利くかもしれない。

(いずれにせよ、一朝一夕で答えは出ないわね……)

議論すべきことは多くあったが、時間が押してきたため、会合は日を改めることとなる。
正午に始まった会合だったが、気付けば夜の帳が下りようとしていた。

「すみません。こんなに長い時間、お邪魔してしまって……」
「気にしないでちょうだい。私たち全員、今日一日予定を空けていたのよ」
「やちよさんの提案で、未来にかかわることなら、纏まった時間が必要になるからって」
「そうだったんですか。お気遣い、痛み入ります」
「それより、織莉子さん。かごめさんの取材の件、帰る前で悪いのだけど……」
「とんでもない。それでは、約束通りに……」

織莉子は帰路に就く前、約束通りかごめの取材を受けた。
取材の場で織莉子は、自身が世界に存在する意味と、自信の能力を以って、
自分が何を成すべきかを悩んだ日々を語った。

自分の目的のために、関係ない少女を巻き込んで魔法少女にしてしまったこと、
みかづき荘の住人と対峙したが、いろはが他者との絆を信じる姿を見て救世に
対する考えを改めたこと、自身の心の声に正直になろうと決めたことを語った。

取材を終えた後、織莉子はみかづき荘を後にしようとしたが、ねむが呼び止めた。

「すまない。大事なことを一つ言い忘れた」
「なんでしょうか?」
「今後、僕たちはミラーズを使うことはできない」
「柊さん、それはどういうことかしら?」
「アリナがミラーズに隠れている可能性を考えてみた。ミラーズは僕たち魔法少女の
 記憶を読み取れる。未来で人類が滅ぶ原因がアリナだとしたら、鏡の魔女と利害が
 一致しているともいえるよね」
「……仰りたいことは分かりました。今日の情報を、ミラーズのコピーがアリナに
 伝えるかもしれない。そうなればアリナが完全に雲隠れしてしまって、私たちは
 アリナ発見を断念することになる」
「察しがいいね。そういうわけで、この場にいる全員、今日限りでミラーズに入ることは
 出来なくなってしまった、ということだよ」
「ど、どうしましょう、やちよさん。私たちじゃ、鏡の魔女を倒せなくなったも同然ですよ」
「み、皆さん、申し訳ございません。私、予知した未来のことで手一杯になってしまって、
 そちらのことは全く考えていませんでした……」
「待って。起きてしまったことを責めても、どうにもならないわ。それに、あなたは危機を
 未来の危機を知らせに来たのであって、魔女退治の邪魔をしに来たのではないもの。
 あなたは悪くないから、気にしないでちょうだい」
「……そう言ってもらえると、助かります」

「だけど、事実困ったことになったにゃー。これで浄化システムを、異世界に広げるのは難しくなったよ」
「元々、浄化システムを広げる方法も、まだ判明していないんだけどね」
「オレたちがミラーズに入れないなら、他のヤツに頼るしかねーな。でも、どう言い訳すりゃいいんだ?」
「それについては、追々考えましょう。今日はもう日が沈みかけてることだし」
「あの、私からもいいですか?もう手遅れじゃないかと思ったんですけど……」
「二葉さん、手遅れとは一体…?」
「今日のお話が始まる前、織莉子さんは、キリカさんがミラーズの調査をしているはず、と仰いましたよね?」
「……あっ!!」
「織莉子さん、もしかして、相方の人に今日の話は……?」
「……既に話をしてあります。二葉さんのおっしゃる通り、あの子に別件で動いてもらっていたというのが、
 ミラーズの調査のことですので」
「あちゃー……」
「お、織莉子ちゃん、済んだことは仕方ないよ。悪気があったわけじゃないし」
「アリナ発見は難しくなるでしょうけど、事実は受け入れるしかないわ」
「本当にすみません……なんとお詫びを申し上げればいいのか……」
「どうせバレちゃってるんだし、ミラーズには、これからも入れるって思えばいいよ」
「余計な言い訳を考えなくていいんだ。だから気にすんなよ」
「それは違うと思います」
「私もそう思うな」
「なんでだよ?」
「鶴乃、フェリシア。織莉子さんがキリカさんに調査を依頼したのは、ここに来る前。
 読み取られた記憶に、今日の会合のことが含まれているはずがない。だけど今は、
 会合を行った後で、今後をどうするかを考えている」
「あ、そっか……。会合のことを知られた時点で、バレるって言ってたよね……」
「それじゃ、やっぱりオレたち、ミラーズにはもう入れないのか……」

フェリシアが肩を落として呟くと、居間を沈黙が包んだ。
しかし、その沈黙は次に口を開いた出席者によって、一瞬で破られる。

本日はここまでです。また明日以降に。

>>20からの続き

「……あの」
「かごめちゃん、どうしたの?」
「横からすみません。あの……方法なら、あると思います……」
「どんなだよ?」
「フェリシアさんの能力……」
「……なるほど!」
「えっと、なんで通じてるみたいに?」
「いろはさん、フェリシアさんの能力は忘却です。どうしてもミラーズに
 入らなきゃいけないときは、今日の会合のことを忘れさせるんです」
「それなら確かに、記憶を読み取られる心配もないね」
「だけど、狙った記憶を忘れさせることって、フェリシア側からできるんだっけ?」

それを聞くと、やちよが自分の考えを述べた。

「過去を顧みるに、魔法を受ける側が意識してる記憶が消えるんだと思うわ」
「ということは、フェリシア側から特定の記憶を狙うんじゃなくて、記憶を消される人が
 消したい記憶を意識して、その間にフェリシアが消すと?」
「あくまでも私個人の考えよ。実際に試さないと分からないもの」
「忘れさせたら、今度はミラーズを出た後、会合の内容を思い出さないとダメだね」
「……オレの魔法、忘れさせたらそれっきりだ」
「思い出す方法も考えないといけませんけど、今日はもう時間が遅いですし……」
「今後のことを考えるなら、ミラーズのことも考える余地がある。
 ただ、それについては次回だね」
「…………せめて、少しでも皆さんの力になれるよう、今後は何らかの形で助力します」
「気持ちだけ受け取っておくわ。……と言っている間に、日が沈んでしまったわね。
 引き留めてしまってごめんなさい。今日のところは、今度こそお開きよ」
「……本日は、失礼いたします。お邪魔しました」

いろはとやちよは、玄関先まで出て織莉子を見送った。
織莉子が駅方面へ向かうのを確認すると、居間へ戻り、灯花から宿泊の申し出を受ける。
やちよは突然の申し出に驚いたものの、滅多にない機会として承諾。灯花の意向により、
ねむ、桜子、かごめも、宿泊を促され、やちよはこれも承諾した。

四人はその日、みかづき荘に一泊することになり、部屋割りは、いろはの部屋に四人と
ういが加わり、布団が人数分用意された。夕飯の席はいつもの日常と変わらなかったが、
部屋に入ると灯花が落胆した様子を見せる。

「ミラーズのことは本当に盲点だったね。織莉子ちゃん、落ち込んじゃったし……」
「彼女なら、きっと大丈夫だと思うよ。今日が初対面だけど、きっと立ち直ってくれると思う」
「うん、そうであってほしい」
「それにしても、百年後のアリナか。星屑タイムビューワで視た未来とは、
 違う未来になりそうだにゃー……」
「これも、宇宙の意思がそうさせたものかもしれないね」
「でも、灯花ちゃんの言っていた通り、未来は私たち次第でいくらでも変わるんでしょ?」
「まだ何もできないって決まったわけじゃないし、みんなで考えれば何かできるはずだよ」
「|諦めるのはまだ早い。ユニオンだけじゃない。ユニオンと同盟を結んだ陣営にも、
  今日のことを話せば、もっと意見が集まるはず|」
「わ、私もそう思います。結論はまだ出ていないわけですし……」
「そうなんだけど、今日わたくしたちが泊ったのは、考えてることがあるからなんだよ」
「|どういうこと?|」
「昼はねむと一緒に話していたんだけど、他の魔法少女に話すのは待ってほしいんだ。
 考えがまだ纏まってないうちに話を広げると、余計な混乱が起きると思う」
「今日のことを明かすのは、各陣営の代表までにしておきたい。意見を求めるために
 話を広げても、それで収拾がつけられなくなったら、本末転倒だからね」

「|灯花とねむがそう言うなら、私は何も言わない。でも、今後はどうするの?|」
「ミラーズを使う案は、危険性が高いから除外する。コールドスリープ案は保留かな。
 あとは桜子の言っていた魔法少女の能力を組み合わせる方法。それで駄目でも、
 別の方法と組み合わせることもできるだろう」
「分かりました。私も今日のことは、時期が来るまで他の人には伏せておきます」
「当分は他言無用ってことだよね」
「このことは、私からやちよさんたちに言っておくよ」
「|灯花、ねむ。コールドスリープが保留ということは、実現性があるの?|」
「今すぐとはいかないけど、やり方次第では、実現できる可能性が高い方法だね」
「現代の科学技術だけでは要素が足りないから、その分を魔法少女の能力で補うけどね」
「|そう……|」
「そのことは、明日以降考えておくよ。今夜はそろそろ頭を休ませたい」
「|分かった|」


自宅へ戻った織莉子を待っていたのは、彼女の帰りを待ちかねていたキリカだった。
その日一日の調査で得られた情報を聞き、得られた成果を確認すると、みかづき荘で
織莉子が伝えた内容を巡って、様々な議論が交わされたことを伝えた。
未来のアリナへの対抗策として候補に選ばれた一つと、ミラーズと自分たちの今後を
左右することになる問題と、会合は後日、再び行われること。
織莉子の話を聞き終えた後、キリカが口を開く。

「私も考えが及ばなくてごめん。ミラーズのことをよく知らなかったとはいえ、
 敵に私たちの考えを漏らすようなことを……」
「私も迂闊だったのよ。よく知らなかったのは、私も同じだったし……」
「未来のことは伝えられたみたいだけど、ミラーズのことはどうなるんだろう?」
「あなたに調査をお願いした時は、予知で視た未来の内容までは伝えてなかった。
 アリナという魔法少女を探して欲しいとだけ。でも、既にミラーズのコピーが、
 あなたがアリナを探していると彼女に伝えていたら、困ったことになるわね」

「この分だと、今後は対策が練られるまで、ミラーズの調査はできないね。
 織莉子が探している敵が一番隠れてそうな場所なのに」
「ミラーズへの対処をどうするかは、これから考えることになったわ。
 次回があるけど、その時に話し合うことになってる」
「未来をどうする以前に、現在でやることのほうが多いね。」
「それで今度の会合だけど、キリカも一緒に参加してもらえる?」
「いいけど、ミラーズの調査結果でも話せばいいのかな」
「えぇ。それと、お願いしたいことがあるの」
「何をすればいいんだい?」

織莉子が話したのは、魔法少女の取材記録を残している、佐鳥かごめのことだった。
会合後の取材で自分が語った内容を語ると、興味なさげに返事をしたが、織莉子に
同行することは承知した。

「次の会合まで、私はどうすればいい?」
「栄総合学園の生徒に接触してほしいの。学び舎なら、アリナ・グレイに近しい人物が
 誰かしらいるはず。御園かりんという生徒が最有力候補なんだけど……」
「何か問題でも?」
「噂では行方不明らしいのよ」
「困ったものだね」
「栄総合学園の生徒と接触したら、アリナ・グレイと御園かりんの行方を尋ねてちょうだい。
 少しでもいい、情報が欲しいの。私も私で予知から何か探れないか、確かめてみる」
「分かったよ。だけど、無理はしないでおくれよ」
「無理は程々にしておくわ、キリカ」

その後、二人は遅めの夕飯を共にすると、一日を終えるのだった。

それから数日後、思いもよらぬ方向へ事態は進む。
神浜市の外に、みかづき荘の住人が出かけていた時のことだった。
出先でインキュベーターの一個体が接触し、出会うなり一言告げた。




「ボクたちインキュベーターは、一部個体を残して撤退する」




突然すぎる宣言に、いろはが理由を問うと、エネルギー回収ノルマが突然達成されたという。
加えて、いろはたちに浄化システムを奪還された上に、神浜市に潜入していた個体がすべて消滅。
次の一手を打とうとしていたが、その必要がなくなったため、撤退することとなった。
魔法少女と人類種のその後を観測する、観測担当個体が、使用済みグリーフシード回収任務を兼任。
ほぼすべてのインキュベーターが星を去ると同時に、魔法少女の新規契約を恒久停止となることも告げられた。
しかし、一同は半信半疑で、インキュベーターへ次々に質問を投げる。

「信じられないよ、キュウべえ、本当にエネルギー回収は終わったの?」
「嘘をつく理由なんかないさ。僕たちは確かに、ノルマを達成した。
 本来、膨大な因果を背負った魔法少女が魔女にでもならない限り、
 こんな急なことは、起こり得ないんだけどね」
「一体、何が理由なのかしら?」
「それはボクたちも調査しているところだ。これが狙って起こせる事象なら、
 魔法少女システムに取って代わる、エネルギー回収方法となり得るだろう。
 ただ、特別なことでもなんでもない可能性もある。蓄積され続けた何らかの
 因果が満を持して実を結んだ、という可能性だって考えられる」

「そんな都合のいいことが起きるものなの?」
「だから、ボクたちも驚いているんだよ」
「なーんか、裏がありそうだな。悪いことじゃなきゃいいんだけどよ」

「ボクたちがキミたち人類に、これ以上干渉する理由はない。エネルギー回収ノルマを
 達成してしまう量のエネルギー発生。これは、そう簡単に起こるようなものじゃないよ。
 これがキミたちに都合のいい理由で起きたことなら、今後はキミたち人類との関係も、
 今よりもいい関係になるかもしれないね」
「まったくだわ」
「ボクはまだ他に回るところがあるから、これで失礼するよ」
「な、なぁ、本当にこの星から出ていくのか?」
「観測担当個体は残るよ。グリーフシードの回収は、続けないといけない。
 だけど、それ以外の個体は数日中に撤退する。残る個体も、積極的に
 キミたちと接触することはないし、時期を見計らって撤退するよ」

最後にそれだけ言うと、インキュベーターは何処かへと去った。

「いろはさん。これって、織莉子さんの予知と何か関係があるんでしょうか?」
「ただの偶然とは思ないけど、判断はつかないな……」
「お姉ちゃん。キュウべぇちゃんは、何か企んでるわけでもなさそうだし、嘘は言ってないと思うよ」
「隠し事はしても嘘は言わないからね」

その後、みかづき荘に帰還したいろはたちは、思い思いに考えを述べた。
結論は出ないまま夕飯を迎えるが、新たな課題に直面したことに気づき、全員が表情を曇らせる。

「大変ですよ、やちよさん。今後、新しい魔法少女が現れないということは、
 私たちは魔法少女最後の世代になってしまったということなんじゃ……」
「私も気づいた。この世界に残っているすべての魔女は、私たちで殲滅しないとまずいわ」
「私たちがいなくなった先で、魔女を倒せる人は出てこないだろうし、大仕事が降ってきたなぁ」
「軍隊だったら倒せそうだけど、都合よくいかねーよな。討ち漏らしがあったら、
 あの怖いねーちゃんが暴れる前に、人類全滅だぜ」
「未来の脅威もなんとかしないとですけど、今は目の前の問題が優先です」
「キュウべぇが撤退することは、キュウべぇがみんなに知らせてると思う。
 でも、残ってる魔女をどうするかまでは、話してないと思うんだ」
「残っている魔女の殲滅は、他の陣営の人たちも集めて、今後を話し合わないとね」
「それなら、いろはにはユニオン以外の代表との話し合いを任せる。私たちは、
 ユニオンの他のメンバーと、ユニオン以外の神浜の魔法少女に話を伝えるわ」
「分かりました。灯花ちゃんとねむちゃんにも相談して、今後のことを整理します。
 二人のところには、キュウべぇが行っていると思うので、すぐに話が分かるかも」
「ありがとう。あと、この前言っていた通り、時期が来るまで、他のメンバーには
 織莉子さんとの会合の内容は伏せておくわ」
「分かりました」

その日のうちに、いろはは灯花とねむに連絡を取り、後日、電波望遠鏡で話し合うことになった。
騒動で損傷した個所の修繕を進めていた二人は、いろはが訪れると作業を中断。
いろはは、電波望遠鏡に設けられていた灯花の私室に案内された。

「この前はお疲れ様。だいぶ修理が進んだんだね。きれいに片付いてる」
「ありがとう。ここまで直すのも大変だったんだよ。あちこちめちゃくちゃにされてたし」
「最初に荒れていた光景を目にした時、『そんがいばいしょーものだー!』って、憤慨してたからね」
「みかづき荘も留守にしていた間、ガラスが割られて侵入されてたんだ。
 私たちはガラスの修繕代を請求したよ。灯花ちゃんも機械の修理代を
 請求したほうがいいんじゃない?」

「わたくしも、そうしたいところなんだけど、ここの機材はガラスの何十倍もするんだよ。
 請求しても壊した本人に払えっこないし、連帯責任として、ネオマギウスのリーダーに、
 別の方法で補填してもらうよ」
「どうするの?」
「マシン開発で魔法少女の能力が必要になるんだけど、それに協力してもらうんだよ」
「藍家ひめなの能力は合成。魔法少女同士の能力を合成できるんだ。機材の修繕代を
 請求したら払えそうな子は、何人か心当たりがあるけど、未来のことを考えるなら、
 能力で協力してもらうほうが都合がいいと判断したんだ」
「そうか、そういう方法で協力してもらうほうが、今後が楽だね」
「桜子から魔法少女の能力を組み合わせる話が出たけど、その意見を汲んだんだ。
 能力を組み合わせるだけではうまくいかないから、マシンと組み合わせることにしたの。
 ところで、お姉さま。今日は相談があるんでしょ?」
「そうだった。そのことなんだけど……」

いろはは、ユニオンと他陣営のリーダー同士による、会合の開催を相談した。
二人の元には、いろはの予想通りキュウべぇが既に訪れていたらしく、二人とも
これから同じ内容を、いろはたちに相談しようとしていたらしい。

現在世界に生き残っている、最後の世代となった魔法少女は、いずれ全員が世を去る。
その後に魔女が一体でも残っていた場合、誰にも魔女を倒せない可能性が考えられた。
世界に残っている魔女を殲滅するため、国内と海外の魔法少女と協力が必要になるが、
どのような計画を立てるべきが、考えが纏まらない。特に海外の魔女を殲滅するには、
国内以上の困難が待つことは予想していると伝えた。

「まずは浄化システムを、最低でも惑星全土に広げないと、話は前に進まないと思うよ」
「全部の魔女を倒さなきゃだけど、グリーフシードが足りなくなるからね」
「ただ、最後の世代の全員が、すぐに戦えなくなるわけではない。時間の猶予はまだある」
「わたくしたちが今すぐできることは、素案を出すことくらいだにゃー。それでもいい?」
「助かるよ。灯花ちゃん、ねむちゃん」
「これは、僕たちの贖罪でもある。良かれと思って行ったことの多くが裏目に出た。
 みんなにかけてしまった迷惑を少しでも償いたい」
「わたくしも、ずっと守ってもらってばかりだったし、お姉さまの役に立ちたいからね」
「|ただいま、灯花、ねむ……いろは?|
「桜子ちゃん、こんにちは」
「|こんにちは。いろは、ういはいないの?|」
「ういは、やちよさんたちと一緒に別件で動いてて、今日は来てないんだ。
 私は二人に相談したいことがあって来たの」
「|そうだったんだ。でも、いろはと会えて嬉しい||
「桜子。頼んでいたものは揃ったかい?」
「|うん。これがそう|
「ありがとう。これで選定が進められるよ」
「選定?」
「ユニオンと他陣営の魔法少女の情報をまとめてもらった。 
 魔女殲滅とマシン開発に備えて、今後の計画に必要になる
 魔法少女の能力を、リストアップしようと思って」
「マシン開発は、まだ決まったわけじゃなかったような……」
「決まった時に備えての準備だね。いざマシン開発が決まってから
 用意をしていたら遅いし、もしマシン開発がお蔵入りになっても、
 別のことに転用できるから、時間は無駄にならないんだよ」
「流石だね、二人とも」

「|灯花、ねむ。計画に名前を付けるのはどう?|」
「名前かー。確かに世界の魔女殲滅だとか、未来の脅威対策だとか、一々言うのも億劫だにゃー」
「前者の魔女殲滅は国内をW-1計画、海外をW-2計画、後者のコールドスリープはW-3計画、
 というのを考えてみたよ。思い付き程度だけど、どうかな?」
「|私はいいと思う|」
「わたくしも、それでいいかな。Wは何の由来?」
「W-1とW-2は魔女を意味するウィッチ、W-3は世界の未来を救うという意味で、ワールドから取ってみたんだ」
「私も、ねむちゃんの案で賛成だよ」
「じゃあ、それで決まりだね。今後はW-1、W-2、W-3で統一。この三つをまとめてW計画と呼ぶことにするよ」

その後、相談は終盤を迎えて織莉子との会合とは別に、会合の開催が決まった。
場所はみかづき荘、出席者は各陣営のリーダーとし、出席不可の場合は代理人が出席。
開催日はこれから決定するものとし、W計画を会合の議題とした。

「これから伝えることは、あくまでも素案だから、変更が加わることを想定しているよ。
 会合にいきなりで改めて決めてほしいな。草案が作成できるのが理想だけど、
 たった一日でそこまでいけるとは思えない」
「魔法少女とこの世界の運命が決まろうとしてるんだもん。いきなり結論は無理だね」
「とにかく、会合が散会したら、どんな案が出たか連絡が欲しい。
 僕たちが捕まらなかったら、桜子に連絡をしてくれてもいい」
「|いろはからの連絡は、いつでも受けられるようにしておく|」
「必要になる魔法少女の能力だけど、まだその中の誰にも承諾をもらってないし、
 交渉はお姉さまにお願いすることになるけど、それでもいいかな?」
「あまり広く話を広げると、余計な混乱が起きるかもしれないけど、話をしないことには前に進まないからね」
「これが素案だよ。帰る前に目を通してみて。どう交渉するかはお姉さまに任せるね」

■W-1素案
浄化システムが惑星全土に広がった後にW-1、W-2を実行に移す。
国内の魔女殲滅であるW-1は、各陣営が各々のテリトリー内の魔女を殲滅。
殲滅完了後、テリトリーと隣接する地域の魔法少女と接触し、W-1の内容を伝えた後、
現地の魔法少女と協力して魔女を殲滅。一つの地域で殲滅完了、もしくは完了が近いと
体感的に判断次第、隣接する地域へ移動する。
魔女を倒した際、魔女がグリーフシードを落としたら相手側に譲るものとする。
ただし、相手側から譲られた場合のみ、受け取るものとする。
W-1完了、もしくは体感的に完了と判断次第、W-2へ移行。

「浄化システムのことだけど、広げる方法は分かったの?」
「それがまだなんだよ。バタフライエフェクトに、広げられる可能性があるとは
 睨んでるいるよ。どうやってそれを発生させるか、考えているところなんだよ」
「五里霧中の状態から暗中模索の段階には進んだかな。でも、解決への道筋は
 見つかっていないんだ」
「ここの修復が済んだら、小さいキュウべぇを調べて手掛かりを得るつもりだよ。
 今週中に修復を完了させて、来週中に稼働試験をしたら、借りてもいい?」
「私は構わないけど、帰ったらみんなに相談してみるね」
「浄化システムが広がった後なら、ドッペルを使いすぎない限りは安全だよ。
 現状、浄化システムの範囲外の魔法少女は、システムの存在を知らないか、
 知っていてもドッペルの存在は知らなかったり、ドッペルがどんなものか
 分からない子が多いはずだもん」
「グリーフシードは、ドッペルをなるべく使わずに済むようにするために譲るんだね」
「そのほうが余計な衝突は起きなくて済むはずだからね」
「W-2は国内と違って海外が舞台だ。海外で動くとなると様々な問題が立ち塞がる。
 それにどう対処するかは、W-2素案の中にまとめてあるよ」

■W-2素案
公共の交通手段による移動は、経済的負担の高さから現実的ではない。
移動手段は魔法少女の能力で解決することを前提とし、言語の壁も同様とする。
現地で活動する際は、現地の魔法少女と接触して連携する。
行き先の選定は時差と文化、同行者を考慮し、日常生活に支障が出ない範囲で
魔女殲滅にあたり、可能であれば国内で行き先となる国の出身者の協力を得る。
グリーフシードの扱いは、W-1と同様とする。

「魔女殲滅の部分はW-1と同じだけど、そこに至るまでが問題だね」
「ところで体感的っていうのは?」
「魔女殲滅が完了したかを明確にするすべがないから、そういう書き方になったんだ。
 最終的には、各地域の魔法少女が決着をつけるのが望ましい。土地勘のない場所で
 僕たちが活動を続けるのは危険だからね」
「そうだね…こっちの資料は?」
「それにはW-1、W-2で、協力を得たい魔法少女をリストアップしてあるよ」
「どちらも協力を要請する人は同じなの?」
「うん。そのつもりでリストアップしてみたんだ」

■W-1、W-2運営に必要となる魔法少女とその能力
・支援チーム
保澄雫  :空間結合
綾野梨花 :心変わり
若菜つむぎ:魔翌力吸収
胡桃まなか:伝搬
七瀬ゆきか:受難
竜城明日香:規律順守・人命救助
美凪ささら:悪を引き寄せる・人命救助
佐鳥かごめ:風の伝道師のウワサ

・戦闘チーム
環いろは
梓みふゆ
十咎ももこ
水波レナ
秋野かえで

■能力選定の理由
空間結合:
海外の魔女殲滅には、現地への移動手段が第一の問題となる。
離れた地点間を瞬時に移動できる能力が、迅速な魔女殲滅に繋がることに期待できる。

心変わり:
魔女のターゲットを変更させることに期待できる。

魔翌力吸収:
魔女からの攻撃を吸収して変換した魔翌力が、魔翌力収集の手段になることに期待できる。

伝搬:
風の伝道師のウワサが翻訳した言葉を、自分たちと相手に伝搬させることで、
コミュニケーションの敷居を下げことに期待できる。

受難:
みふゆの報告によると、願った内容の影響でトラブルに巻き込まれやすくなっており、
日々の苦労が絶えないが、それにより隠れている魔女を引き寄せることに期待できる。
ただし、気質の影響で戦闘の激化を避けられない可能性が高い。魔女を炙り出した後は、
本人を極力、結界の外へ退避させることが望ましい。

規律順守:
海外の魔女殲滅は、魔法少女最後の世代逝去後、世界に魔女を一体も残さないためであり、
異国の魔法少女が持つテリトリーを侵害するものではない。異国の魔法少女との交渉時に、
双方のテリトリーを侵害しないこと、グリーフシードを譲ること等を決めた後、決め事を双方が
守るようにすることに期待できる。

悪を引き寄せる:
七瀬ゆきかのトラブル気質と目的は同じであるが、魔女を引き寄せつつ戦闘の激化を回避し、
本人にも戦闘に参加してもらうという点では異なる。海外で戦闘を激化させてしまい、死者を
出してしまった際、責任の所在を巡って魔法少女同士の国際問題となってしまう。そのため、
問題発生時のリスクを抑えるべく、W-2への選抜理由となった。

風の伝道師のウワサ:
佐鳥かごめに憑依する当該ウワサが、異国の魔法少女の言葉を翻訳することで、
異国の魔法少女との意思疎通を、円滑に進められることに期待できる。
ただし、佐鳥かごめは魔法少女として契約間もないことに留意。

「魔女退治のために、飛行機や船で移動したり、現地に宿泊するのは
 現実的じゃなかったけど、雫ちゃんの能力なら解決できそうだね」
「僕たちは魔法少女全員の能力を、正しく把握しているわけではない。
 こういう能力だろうという予想が混ざっているから、実際の能力の
 確認が必要になるんだ」
「確認って言っても、説明してもらうだけでいいんだけどね」
「言葉の翻訳は風の伝道師のウワサに手を加える。翻訳の補助として胡桃まなかの、
 伝搬の能力が役に立つかもしれない。と言っても、伝搬の能力が、僕の予想通り
 であればの話だけど。かごめの取材も、きっと今より進むだろう」
「若菜つむぎの魔翌力吸収は、吸収出来る魔翌力が大きいなら、胡桃まなかを通じて
 協力を得たいね。どう吸収するかは分からないけど、もしマシンを開発したら、
 今度は稼働させるわけだし、そうなったら たくさんの魔翌力が必要になるもん」
「梨花ちゃんの能力はどういうこと?」

「本当は敵意を向けてくる魔法少女相手に使って欲しいのだけど、そのような使い方は
 拒むだろうと考えたから、期待を込めてそのような書き方になった」
「梨花ちゃんだったら、きっとそう思う。W-2のメンバーだけど、少なくない?」
「あまり人数が多すぎると、相手にあらぬ誤解を与えるかもしれないから、
 少数精鋭で部隊を構成することにしたんだよ」
「規律厳守……明日香さんは道場があるし、ささらさんも来てくれるかな?」
「竜城明日香は、師範代としての立場もあるし、ずっと道場を離れるわけにもいかないはずだ。
 交渉に協力してもらうだけでも構わない。美凪ささらは、戦闘よりレスキューがメインだね」
「受難って、却って危ないことになりそうな気がする……」
「いろはお姉さんの気持ちも分かるよ。でも、確実に魔女を倒き切りたいから、協力を仰ぎたい」
「わたくしたちが置かれている状況を考えると、本人には災難だと思うけど、利用価値があるよ」
「ただ、本人は受難によるトラブル気質を酷く気にしている。交渉に赴くときは、みふゆが一緒だといいかもしれない」
「みふゆさんは、薬学部の受験を控えてなかった?」
「わたくしが作った模試もA判定が出せるほどになったから、駆り出してもいいよ。
 浪人で借りのある身分なんだから、こういう時は協力してもらわないとね」
「話は今日中に僕たちから通しておくから、いろはお姉さんの都合がつく日に、
 お姉さんからみふゆに声をかけてくれればいいよ」
「それなら、週末に交渉に行くつもりだから、帰ったらみふゆさんに電話する。
 私以外のみかづき荘のみんなは、どうするの?」
「国内に残って、七瀬ゆきかと共に、隠れている魔女の炙り出しをするんだよ」
「支援チームは、W-2で戦闘チームの移動や、交渉時の翻訳などを手助けしてもらう。
 戦闘チームはその名の通り、戦闘に専念してもらいたい。ただ、いろはお姉さんには、
 ユニオンの代表として、海外の魔法少女に、みふゆと一緒に交渉してほしい」
「分かった。こっちの案はマシンに関係するものだね」

■W-3
・計画運営に必要となる魔法少女とその能力
環いろは :蘇生
七海やちよ:継承
由比鶴乃 :幸運
伊吹れいら:浄化
鞠子あやか:事実をジョークにする
御園かりん:物体に魔翌力を与える
粟根こころ:耐久
三栗あやめ:守護
阿見莉愛 :隠蔽
呉キリカ :速度低下
紅晴結菜 :対象変更
時女静香 :七支刀を構成する素材
藍家ひめな:合成
氷室ラビ :概念強化

蘇生:
損傷したソウルジェムを修復する回復力の高さは、コールドスリープ中に
ソウルジェムへ損傷が発生した際の対策として期待できる。

継承:
能力者本人は、死んだ仲間の力支えられて数多の戦いを生き延びた。
現在を生きる魔法少女は、脅威が訪れる未来までの間に、避けられぬ必然に直面する。
後述する対象変更により、要員が生き残れることに期待できる。

幸運:
超長期間のコールドスリープは前例がない。
未来で無事に目を覚ませる絶対の保証もない。
幸運の能力は、有事回避の確率向上を期待できる。

浄化:
超長期間に渡るマシンの運用において、マシンの経年劣化は避けられない。
悪い状態を元に戻すという性質が、経年劣化したマシンを復元することを期待できる。

速度低下:
生きている以上、要員の身体の経年劣化もまた避けられない。
過去に対峙した際、発揮された効果を顧みるに、身体の老化を最大限遅延させることに期待できる。

事実をジョークにする:
マシンと要員の安全を確保するためには保険も必要となる。
各々の経年劣化とは別に、有事の際は有事をジョークとすることが期待できる。

物体に魔翌力を与える:
魔法少女の標準的能力の一つだが、選定対象となった魔法少女の能力は、
魔翌力を与えた物体を操る。魔翌力を付与したマシン操作の助けとするため、能力の応用が期待できる。

耐久:
本来、この能力は能力を持つ本人に対して発動する。
後述する対象変更を用いてマシンへ付与することで、耐用年数延長を期待できる。

守護:
本来、この能力は能力を持つ本人に対して発動する。
後述する対象変更を用いてマシンへ付与することで、有事への防衛を期待できる。

隠蔽:
マシンを収容している場所を、外界から隠せることへ期待できる。

対象変更:
有形無形を問わず、行動結果を齎す先を変えられる能力は、過去に対峙した際、
発揮された効果を顧みるに、魔法少女の能力発動先も変えられる可能性がある。
前述した耐久と守護の能力を、マシンへ変更できる可能性に期待できる。

七支刀の素材:
マシン開発に必要な素材は、魔翌力を溜めることができる素材が望ましい。
歴代の魔法少女の魔翌力を蓄えてきた刀を構成する素材は、マシン製造に
必要な素材開発のヒントになることに期待できる。

合成:
上記能力を合成してマシンへ付与することで、超長期間稼働と
それに耐えうるマシン開発実現に期待できる。

概念強化:
合成する対象の能力を強化することで、マシンの完成度を高めることに期待できる。

「私たちの能力が含まれてる?」
「うん。お姉さまの能力は、ソウルジェムを治せるくらい強力だからね」
「他の魔法少女の能力も、マシン開発に必須となると考えているんだ。
 ただ、全員の協力が得られるとは限らないし、僕たちの能力の解釈が
 間違っていたら考え直さないといけない」
「私は構わないよ。やちよさんと鶴乃さんは、多分協力してくれると思う。
 あとは他の魔法少女が協力してくれるといいんだけど、七支刀の素材は
 静香ちゃんと相談しないと難しそう」
「協力を得られなかった時も、別の方法を考えるしかないね。これは、
 あくまでも素案でしかない。変更が加わることを前提としているよ」
「これだけみると、マシン開発は決定しているように見えるね」
「まだ決定はしていないよ。万が一への備えとして用意しているだけだ。
 W-3は実行に移さなくても済むのなら、それに越したことはない。
 現在でアリナを発見さえできればだけど……」

アリナは依然行方不明。鏡の魔女結界は、記憶を読み取られる問題がある。
その対策もまだ立てられていないため、現状、調査に入ることができない。

日を改めて行われる、織莉子を交えた会合で上る議題は二つ。
一つはアリナ発見の方法、もう一つは鏡の魔女の記憶読み取り対策。
会合の結果次第で、W-3を実行に移すか否かが決まる。
アリナ発見の方法に結論が出るまでは、ねむは準備をするだけと言ったが、
アリナ発見に至らなかった場合、W-3を実行に移す可能性が濃厚だった。

「考えてみたんだけど、マシンの開発を伏せたまま相談するのは、難しいと思うんだ。
 どうして能力が必要になるか問われたら、どう答えたらいいか分からないよ」
「……やっぱり、そうだよにゃー。この前の会合で、時期が来るまで伏せておくって
 言ったけど、誤魔化そうとしたら、却って失敗しちゃいそうだよ」
「…………仕方ない」
「ねむ?」
「……次の織莉子との会合で、アリナ発見を断念せざるを得なくなったら、
 マシン開発に踏み切ろう。W-3の存在は、マシン開発に協力が必要な
 魔法少女にのみ打ち明ける」
「ミラーズ対策のためだよね」
「その通り。W計画の存在自体、知ってる人は最小限に抑えたいもん」
「いろはお姉さん。帰ってみふゆと連絡を取ったら、W-1、W-2実行にあたって、
 協力を得たい魔法少女と交渉をお願いするよ」
「分かった。W-3は、織莉子さんとの会合の結果次第だね?」
「うん。マシン開発が決定したら、改めてみふゆと一緒に交渉してほしいんだ。
 何度か言ってるけど、もし断られたら、その時は別方法を考えるよ」
「あと、ミラーズのことなんだけど、会合の記憶を読み取られたら、この時代で
 アリナさんを見つけられなくなる。フェリシアちゃんの能力に頼る方法だけど、
 他に何かないかな。それに、全部の魔女を倒すなら、鏡の魔女は最後かな?」
「記憶の読み取りに対する対策は、深月フェリシアを頼る方法を保留している。
 他に方法があるかは分からないから、これから考えるしかない」
「出入りする人に結界を纏うとかで、記憶の読み取りを防げればいいのに……」
「お姉さまの言う通りだけど、それができる可能性があるのはアリナなんだよ……」
「困ったものだねー」
「魔女を倒す順番はミラーズが最後になるね。その辺りも計画をきちんと組まないと。
 記憶の読み取りへの対策もあるし、鏡の魔女を倒す人員も考えないとだよ」
「|三人とも。話し合っているところ悪いけど、もう日が傾いてる|」
「もうこんな時間だったんだ!?どうしよう、今日は私が帰りに買い物に行くんだった」
「それなら、今日はこれでお開きにしておこう。お姉さま、交渉の件はよろしくね」
「みふゆにはこれから連絡するよ」
「うん。それじゃ、私はこれでお暇するよ」

灯花とねむに相談を終えると、いろはは電波望遠鏡を後にした。
里見メディカルセンターへ向かうと、最寄りの駅が終点のバスに乗車する。
バスに揺られている間、いろはは今後について一人思案を巡らせた。
ここ数日間で得た情報を整理し、それを基に優先順位を組み立てる。

W計画に協力が必要な魔法少女との交渉、鏡の結界の記憶読み取り対策、
行方不明中のアリナ捜索、W計画の遂行……

目の前に迫る問題として、まずは灯花とねむから受け取った素案を基に、W-1、W-2へ
協力を得たい魔法少女との交渉。織莉子との次回会合前に、各陣営のリーダー同士の会合を
みかづき荘で開催。会合の結果は灯花とねむに報告し、W-1とW-2のスケジュール作成。
アリナ発見を断念せざるを得ない場合は、W-3の保留を解除。その後は、W-3へ協力を
得たい魔法少女と交渉。と、そこで以前、灯花とねむと交わした会話を思い出す。

(マシン開発が決定したら、誰を未来に送るかも決めないといけないんだ……)

気付けばバスは終点に到着し、降りる頃には空が夕焼けに染まっていた。
バスを降りて電車に乗車すると目的の駅で下車し、新西区の商店街へ向かう。
その道中、背後から声をかけられた。

「やちよさん」
「いろは、おかえり」
「ただいま。やちよさんも、今帰りだったんですね」
「えぇ。みんなには先に帰ってもらって、私が買い物に来たのよ」
「すみません、今日は私が買い物担当だったのに」
「私こそ、配慮が足りなかったわ。でも、こうして帰路で会えるなんてね。
 このまま一緒に買い物をして帰りましょう」
「はいっ!」

やちよと合流したいろはは、二人で買い物を済ませて帰宅した。
夕飯の支度中、灯花とねむへの相談結果を報告する旨を告げると、
みふゆへ連絡後、お互いに成果を報告し合うことになった。

夕飯後、いろははみふゆに連絡し、交渉の件を切り出した。

本日はここまで。続きは明日以降に。

>>42からの続き

『灯花から話は聞いています。今週の休日、一日空けておきますよ』
「助かります、みふゆさん」
『魔法少女との交渉を予定していると聞いていますが、もう少しお話を聞かせて下さい』

いろはは、電波望遠鏡で話し合った内容を伝えた。
W計画の内容と、計画運営に魔法少女の協力が必要で、その魔法少女と交渉したいこと。
みふゆは電話の向こうで考え込むように唸ると、やがて返答した。

『一人一人を個別にあたると、一日で終わりませんね。
 衣美里さんの休憩所に集まってもらって、そこで話をすることを提案します。
 本当は、みたまさんの調整屋で集まれるといいのですが……』

八雲みたまは和泉十七夜と共に戻って来たものの、取り込んでいたキモチの影響を
懸念して調整屋を休業しており、八雲みかげの心情を考慮して自宅で過ごしている。
和泉十七夜も自宅に帰っているが、みたまと同じくキモチの影響を考慮し、彼女は
魔女退治を控えていた。

「当日会いたい人たちには、私から連絡をしますね」
『水名学園の方には、ワタシから連絡しておきますよ』
「いいんですか?」
『ワタシは水名のOGですから、話も通しやすいと思います。
 いろはさんは、雫さんと梨花さん、ささらさん、かごめんさん、
 あとは衣美里さんに今日のことを話してもらえませんか?』
「分かりました」
『それから、一つ提案があります』
「なんでしょうか?」

『やっちゃんとお話ししたいのですが、代わってもらっていいですか?』
「はい。それで、提案とは?」
『あの、ですから、やっちゃんと代わってもらえますか?』
「あ、はい…分かりました…」

その後、いろははやちよと電話を代わり、やちよがみふゆと電話で会話した。
みふゆの提案とは、灯花とねむの素案の確認、いろはと交渉内容の話し合い、
内容次第で代案の作成、みかづき荘での宿泊だった。
会話の中で、休憩所へ向かう前日、みかづき荘をみふゆが訪れることが決まる。
しかし、やちよは宿泊の必要性に疑問を呈した。

『灯花とねむが渡した素案を先に見ておきたいんです。あの二人のことですから、
 内容が人の心情を考慮しないものかもしれませんので』
「それは分かるけど、なんで宿泊まで?」
『話し合いは長時間になると思いますし、たまにくらいいいでしょう?』
「部屋はどうするのよ?」
『んー、ワタシ、やっちゃんと同じ』
「二葉さんと相談して相部屋してもらうわ」
『えー、ワタシはやっちゃんと一緒がいいのに』
「とにかく、二葉さんと一緒の部屋でお願いね」
『もう、分かりましたよ』
「夕飯はちゃんと用意してあげるから」
『楽しみにしていますね。おやすみなさい』

みふゆとの通話を終えた後、やちよは全員に会話内容を伝えた。
さなはみふゆとの相部屋を承諾したが、さなはやちよに理由を尋ねた。

「みふゆと二葉さんは母校が一緒だから、共通の会話を見出せると思ったのよ」
「私の知らない、みふゆさん在籍時の水名のこと、聞けるかもしれませんね」

その後、その日の成果について、いろはとやちよは報告し合ったが、
進展するのはこれからという現状確認に留まった。

「こちらも、他のメンバーには伝え回ったわよ」
「私たちがみんなに会ったとき、キュウべぇの話はもう伝わってたから、
 話はしやすかったね」
「いろはは今日、あいつらに会ったんだろ?どうだったんだ?」
「W計画が何とかって聞きましたけど……」

いろはは、順番が前後したことを断ると、灯花とねむから受け取った素案を全員に渡した。
やちよから鶴乃、フェリシア、さな、ういの順番に素案が渡ったが、事前に素案のコピーを
取っておかなかったことを悔やんだ。

「壮大な計画ね。W計画を実行に移せるかは、浄化システムが惑星全土に
 広がげられるかにかかってるから、まだ始めることは出来ないけど」
「システムが広がらないことには、企画倒れになっちゃうよねぇ。
 計画が立ち上がったってことは、広げるあてが何かあるのかな?」
「電波望遠鏡が元通りになったら、小さいキュウべぇを貸してほしいって言ってました。
 キュウべぇが何か残しているかもしれませんし……」
「あいつがそんなことするタマかよ」
「でも、調べてみる価値はあるんじゃないかと思います」
「手掛かりって言ったら、小さなキュウべぇちゃんしか思いつかないもんね」

「システムのことは、灯花ちゃんとねむちゃんに頼るしかないと思う。
 私たちは、システムが広がった前提ですけど、W計画をどう進めるかを
 考える方向で話ができればと思います」
「いろはの言う通りよ。私たちではシステムを広げる方法は思いつかない。
 小さなキュウべぇを里見さんたちに預けるのは、チームをみかづき荘を
 代表して許可するわ」

やちよ以外のみかづき荘の住人も、小さいキュウべぇの貸与に同意し、話はW計画に移った。

「それで、計画のことだけど、W-3にあるコールドスリープマシンの件。
 開発はもう内々定してると思う。私は開発に協力するわ」
「私も開発に協力するよ。誰が未来に送られるかは、まだ分からないけど」
「やちよと鶴乃はいいみてーだけど、他のやつらは協力してくれるのか?」
「時期が来てないからは話はできませんし、協力してもらえるといいんですけど……」
「お姉ちゃん。W-3…マシンの開発で交渉するのは、まだ先なの?」
「うん。まずは魔女殲滅が優先だから、そっちが落ち着いてからだって」
「魔女殲滅…国内の方はW-1って呼べばいいんだっけ。計画を進めるうえで、
 ウワサ調査の時のデータファイルが、再び役に立つかもしれないわ」
「ファイルの中に、インタビュー相手と相手の出身地の記録があるんだよね」
「怖いねーちゃんが見つかれば、マシンは作らなくていいんだろ」
「アリナのことは、織莉子さんの調査がうまくいけば、今後の負担も変わりますね」
「お姉ちゃん、織莉子さんとは、あれからどうなってるの?」
「アリナさんの件で、調査の進捗を連絡してくれてるよ。アリナさんが通ってる
 栄総合学園の生徒に、キリカさんが接触してるんだって。他にも実家や学校、
 美術館とか、国内や海外で旅行に行った場所とかもあたってるそうです」
「織莉子さん、海外まで探しに行ってくれてるの!?」
「アリナさんが行ったことがある場所は、現地に知り合いがいたらしくて、
 その方を通じて情報をもらったそうです」
「そこまでしてくれてたなんて……」

「あとは、アリナさんの周辺人物で予知をしようとしてるみたいですが、
 アリナさんとは関係ないことばかり、予知してしまうと……」
「そこまでして見つからないなら、アトリエに引っ込んでるんじゃないなぁ」
「オレはミラーズの方が怪しそうだけどな」
「そのミラーズには、対策を立てるまで入れませんし……」
「そういえば、かりんちゃんから前に、アリナさんがミラーズで自分の記憶を
 探してるとか聞いたような……」
「そうなると、フェリシアちゃんの言う通り、ミラーズの方が怪しそうだよね。
 こっちの記憶を読み取って対策してくるとしたら、アトリエより確実かも……」
「ミラーズと言えば、鏡を通じて別の世界に行ってたりなんてしたら、
 それこそどうにもならないわね。……いや、まさかとは思うけど」
「やちよさん?」
「……アリナは既に、ミラーズを通じて未来に渡ってるんじゃないかしら?
 どうやって百年もアトリエで待つのか、ずっと疑問に思っていたんだけど、
 アリナだって年齢を重ねれば老いるし、いずれ寿命を迎えれば死ぬはずよ。
 仮にアリナが地道に百年を生きたとしても、ベストアートを創造する力が、
 アリナに残っているとは考えられない」
「ねむにミラーズの話をされたときは考えてなかったけど、アリナが未来に
 通じてる鏡を見つけてる可能性もあるんだよね……」
「誰にもつからないアトリエなんて話が出てから、そっちに気を取られてたぜ」
「ミラーズとアリナの利害が一致してるなら、やちよさんの考えも一理あります。
 アリナにミラーズが協力しているとしたら、時間を待たずに百年後へ渡れる」
「もしアリナさんが既に、ミラーズから未来に渡ってるとしたら、この時代に
 帰って来ないと思うんだ。もし、未来に繋がる鏡を見つけて破壊できるなら、
 織莉子さん予知した未来を、なかったことにできそうなんだけど」
「でも、まだそうとは決まってないし、これから交渉と会合もあるよ。
 アリナさんも発見できる方法も、見つかるかもしれない」
「アリナさんのことは、確定した話じゃないよね?」
「そうだよ、うい。私たちには今すぐやることがある。今はそっちに集中しよう」
「そうね。一応の方針が決まったところで、そろそろ夕飯にしましょう。
 今週の休日だけど、みふゆと一緒によろしくね、いろは」
「分かりました」

その後、いろははW-1、W-2の支援チームとして名前が挙がった魔法少女に、
メールで連絡を取ると、希望日に全員の予定が空いていた。エミリーの休憩所で
全員と会いたい旨を伝えると、衣美里の了解を得られてからということになった。
いろはは衣美里にメールで通話の許可を得ると、衣美里に電話で連絡を取った。

『ろっはー、何かおっきなこと考えてるっぽい?』
「そんなところだよ。キュウべえがこの星から撤退なんて言うからドタバタしてて」
『聞いた!聞いた!今日なんか、珍しくあきらっちがチュンチュン連れてきてさ。
 なんか、あきらっちたちも、動いてるみたいなんだよね』
「常盤さんのグループが何かしようとしてるとか?」
『そうっぽいね。キュウべぇがいなくなるって言った日から、ヤのつく人の動きがヤバイって』
「私のほうでも、かこさんから聞いたよ。それで、今は自分たちに関わらないでほしいって」
『こっちにも、同じこと言いに来た。あきらっちたちは、裏のこと色々知ってるっぽい』
「魔女のことばっかりで、そっちのことは全然考えてなかったよ」
『魔女が絡んでんのかなー?あきらっちたちが、ずっと前から動いてるみたい。
 裏のことは任せちゃってもいいんじゃね?』
「その方がいいかもしれない。やちよさんにも、そのことは伝えてみる。
 それと、今日は急なお願いなのに、本当にありがとう」
『あーしはいいの!だけど、みんなにはもう相談してあんの?』
「うん。時間が分かれば、当日会ってくれるって、全員から返事をもらえたよ」
『それならオッケー。時間はメールするから、それじゃ、おやすみ』
「はい。おやすみなさい」

時間は衣美里に合わせて設定し、その時間に集まることを決め、衣美里との通話を終えた。
当日に集まる魔法少女に、集合時間をメールすると全員が承諾。
やちよたちにその旨を報告すると、予定が決まったところで、各々が自室に戻った。
が、いろははやちよを呼び止めて、やちよの部屋で二人で話したい旨を伝えた。
内容は、先ほどの木崎衣美里との会話で話題に上った、犯罪組織の件だった。

「そういえば、ニュースで度々見かけるようになったわね。以前は、一個人の犯行が
 報道されることが多かったけど、最近は暴力団絡みの落命事件が増えたわ。それも、
 時期がキュウべぇが撤退宣言した頃と重なってるの」
「ご存知だったんですね」
「そちらまで気が回ってたわけじゃないのよ。ただ、本当に事件が増えたなって。常盤さんたちのほうが
 詳しそうだけど。これもキュウべぇの撤退と、何か関係してるのかしら?」
「偶然とは思えないタイミングですし、私は関係があると思います」
「これを機に、常盤さんたちとの会合の場も、一度持ちたいところだわ」
「学校で、かこさんと会ってみて、話ができないか確認してみます」
「お願いするわ。あとは、他に何かある?」
「お話ししたかったことは以上です。おやすみなさい」
「おやすみ、いろは」


翌日。
いろはは、通学先である神浜市立大附属学校にて、夏目かこの姿を探して声をかける。
同じ学び舎に通っているものの、会話の機会が少なかったこともあり、些か会話がぎこちなく、
本題を切り出すだけでも時間を要した。だが、犯罪組織の事件の話をすると、空気が変わった。
最初は言い淀んでいたが、いろはが衣美里に、かこと話をしたと言うと、呆れ気味に口を開いた。

「前から思ってましたけど、いろはさんって、強引ですね。見切り発車なんてよくないと思います。
 ブラフだなんて……。口止めされてる手前、多くは話せませんけど……」

かこ曰く、ユニオンが先の抗争の対応に追われている間、常盤ななかと静海このはのグループは、
神浜市内で暗躍する犯罪組織の動きを追っていたという。

「これは、純美雨さんが魔法少女になった経緯とも関係があります。美雨さんの許可を
 得ていないので詳細は語れませんが、南凪区で数年前、警察と犯罪組織がグルになって、
 蒼海幇を追い込んだ事件がありました。最終的には、返り討ちにしたんですけど」
「初めて聞く話だよ……」
「いろはさんが神浜に来る前のことですから、知らないのは無理もないですよ。
 事件発覚当時は、大々的に報道された事件で、今でも特番が組まれることが
 あるくらいです」
「その時の犯罪組織が、最近頻発してる事件と関係してるのかな?」
「それらしい痕跡が見つかっています。まるで、見つかることを前提にしてるみたいな形で」
「調査されることを見越して事件を起こしてるのかな?」
「美雨さんの見解では、神浜市への復讐が目的ではないかと。お話しできるのは、これくらいです」
「ありがとう、かこさん」
「もう二度とブラフなんてしないでください。次は教えませんよ。ついでで、他に何かありますか?」
「今後を見据えて、常盤さんたちと一度、会合の場を持ちたいって思ってる。 かこさんから常盤さんに
 話をしてもらうことは出来るかな?」
「はぁ…。一応、話はしてみますけど、ななかさんの意向で、他の方を巻き込まないことになってます。
 断られるかもしれませんけど、それでもよろしいですか?」
「ダメな時は考えるよ。話をしてもらえると助かる」
「分かりました。放課後、屋上に来てください」

かことの会話を終えると、いろははやちよにメールを送った。
会合を断られた際は、相手の意思を尊重し、自分たちはW計画に注力するとの返信があった。
常盤ななかの回答は、その日の放課後、屋上でかこを通じて受け取ることになる。
神浜市で起きている暴力団絡みの、一連の事件の調査は、ななかたちで調査を進めるらしく、
いろはたちとの会合は断られてしまった。

「そうですか、残念です」
「ななかさんの意向ですから仕方ないです。でも、言伝を頼まれました」
「なんでしょうか?」
「この事件は裏を辿れば、いずれは魔法少女に辿り着くかもしれない。
 時期が来るまでは、お互いにかかわらないほうがいいと」
「え!?」
「最近起きてる事件は散発的なものではなくて、計画的なものらしいんです。
 神浜市への復讐ではなく、蒼海幇への者である可能性が高い」
「まさか、蒼海幇を追い込んだ警察と犯罪組織が?」
「ほぼ間違いないと言える証拠が見つかったと、連絡がありました。
 ななかさんによれば、今の自分たちに関われば、収拾のつかない事態に
 陥る可能性があるので、距離を置かせてほしいそうです」
「分かった。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いいえ。声をかけてもらっただけでも、ありがたいと仰ってました。
 それと、心許ないですけど、私もしばらくは距離を置かせてもらいます。
 フェリシアちゃんに、よろしく伝えて下さい」
「伝えるよ。気を付けてね、かこさん」
「はい。どうか、いろはさんも」

二人は屋上を後にすると、各々帰路につき、いろはは道中でやちよにメールで報告。
返信には、当面はW計画へ注力すること、仕事で帰りが遅くなる旨が添えられていた。


学び舎からの帰り、交差点を通りかかり、向かいのビルの屋外ビジョンに目が向く。
そこには、行方不明だった十代少女が、マンションの一室から救助されたと報道されていた。
事件には暴力団が絡んでおり、十代少女は誘拐されて監禁され、救助されたようだ。
しかし、その人数は一人や二人ではなく、十人を越えるという大事件だった。
いろはは、かこから先ほど聞いた話と事件の関連性を考え、一つの仮説を立てる。

(魔法少女の存在は、既に裏社会で知られているんじゃ?
 行方不明だった十代少女は、もしかして……)

歩行者用信号が青色の灯火へ変わった頃、屋外ビジョンは別の事件を報道していた。
いろはは帰宅を急いで交差点を渡り、駅へと入っていった。


帰宅すると、みかづき荘にはフェリシアだけがいた。

「おう、いろは!」
「ただいま。やちよさんは仕事で遅くなるって言ってたけど、フェリシアちゃん一人だけ?」
「帰ってきたら誰もいなかったぜ。鶴乃は今日、親父さんの体調が悪くて来れないってよ。
 さなは今日の買い物担当だから、もう少ししたら帰ると思うぜ。ういはどうした?」
「今日は灯花ちゃんたちのところでお泊りなんだ」
「こういう日も珍しいな」
「そうだね。そうだ、かこちゃんからフェリシアちゃんによろしくって」
「かこが?何かあったのかよ?」
「それがね……」

いろはは、今日のかことのやり取りを伝え、今後のことを説明した。

「ななかのところは、別件で忙しいんだな。かこも付き合わされてたら無理もねーか」
「時期がくるまで関わらないでほしいって言ってたから、何かあれば、常盤さんたちから
 私たちに接触があると思う」
「なーんか、いっきにきなくせーことになってきたよな」

その後、さなが帰宅すると三人で夕飯を摂り、やちよは日付が変わる前に帰宅したが、
三人は既に就寝しており、やちよと顔を合わせるのは翌朝となった。

エミリー休憩所へ向かう前日。
みふゆは予定通りみかづき荘を訪れて夕飯に同席し、やちよに近況を聞かれる。
最近の受験勉強の進捗は良好で、薬学部受験合格も現実味を帯びてきているという。
無理をしているのではないかと疑いをかけられるも、心配無用と一蹴し、食事は進んだ。
この日も鶴乃は父親の看病にあたっており、みかづき荘の住人にメールが届いていた。

「鶴乃さん、大丈夫でしょうか?」
「お父さんが季節外れの風邪にかかったらしいの。体調は少しずつ回復しているそうよ。
 大事をとって来週までは、こっちに来るのを控えるって連絡があったわ」

夕飯後、みふゆからW計画の素案を確認したいと希望があり、いろはは自室に移動する。
みふゆは素案をいろはから受け取ると、拳を顎にあてながら素案に一通り目を通した後、
眉間に皺を寄せて顔を上げて、困惑した表情を見せる。

「いろはさん、明日の相談で、どのように交渉を進めようと思いました?」
「えっと、システムが広がった後、魔女殲滅を始めるから協力してほしいと」
「そんな風に伝えようとしたんですか?」
「え、えっと……同じ陣営だし、あまり堅苦しいのもどうかと思って……」
「陣営が同じか違うかは問題じゃありませんよ。これをこのまま伝えたりしたら、
 協力して下さったとしても、いろはさんへの心証は悪くなってしまいますよ。
 ここに書いてあることを、いろはさんが言われてみて下さい。どう思います?」
「……軽く扱われてるみたいで、嫌な気分です」
「私だって、こんなこと言われたらカチンときますね。それに、これはシステムが
 惑星全土に広がったことを、前提としているじゃないですか。見切り発車としか
 言えないのですが、出来ることが限られている以上、これは仕方ないのでしょう。
 それはそうとして、このままでは、皆さんの協力を得るのは、難しいかと」
「じ、じゃあ、どうすれば……?」

「この素案に並べられた言葉の数々は、どう贔屓目に見ても目上の人間が、目下の人間に対して
 用いる表現としか受け取れませんし、柔らかい表現に直しましょう。……と言いたいところですが、
 梨花さんへの要求は、出席者全員から反対されるでしょう。特に梨花さんと明日香さんは」
「どんなふうに反対されてしまうでしょうか?」
「魔女相手に能力を行使することは躊躇わないでしょう。ですが、今回の能力行使先は、
 協力を求める別の魔法少女です。相手が敵意を向けてくる可能性は別として、相手の
 意思を捻じ曲げてまで計画に協力させるのは、如何かと思うんですよ」
「それは、確かに……だけど、向こうが敵対的だったらと思うと……」
「他の地域の魔法少女が、余所の魔法少女から接触されたら、警戒心を持つのは当然ですよ。
 マギウス発足前の神浜だって、異なる地域の魔法少女同士が接触した時は、大変でしたし」
「神浜で魔法少女同士の争いが絶えなかったことは、やちよさんから聞いています」
「それに、いろはさんも初めて神浜に来た時、やっちゃんに神浜へ来ることを拒まれたでしょう?」
「そんなこともありましたね……」
「今後、初めて会う魔法少女は、最低でも警戒してくるのは当然だと思って下さい。
 神浜というだけで敵意を向けてくるのは、二木市という前例があります。それに、
 同じ神浜の中でさえ、ネオマギウスとの対立があった。だからと言って、相手の
 意思を強引に捻じ曲げるやり方では、ユニオン内からも反発が起きるでしょう」
「すみません。計画を進めることばかり考えてて……」
「なんだか、今のいろはさんを見ていると、昔の灯花たちを見ている気分になるんですよ。
 いろはさんがそんなことでは、ユニオンは忽ち瓦解してしまいますよ」
「…………」
「協力は能力ではなく、交渉によって勝ち得る。相手に敵意を向けられたら、
 相手の誤解を解くことを考える。それでも駄目なら、その土地での共闘は
 一旦諦め、他の土地に移動するというのも一つの手です。その時は共闘
 できなかったとしても、他の土地での実績が何れ功を奏すかもしれません」
「分かりました」
「あと、素案の表現を直すとして、これだけを持っていくのは、よろしくないかと」
「どうしてですか?」

「心情とでも言いましょうか。人間とは男も女も感情の生き物ですからね。
 この素案だけを持って行って交渉したとしても、表現がどうであろうと、
 断られるかもしれません。梨花さんだけでなく、雫さんもどう出るか……」
「雫さんがマギウスにいたことは知ってますけど、どういうことでしょうか?」
「……こういうことを言えた立場ではないのですが、マギウスがまだ存在していた頃、
 雫さんには一定の対価と引き換えに、マギウスの計画に協力してもらっていました。
 彼女の持つ空間結合の能力で、遠隔地間の移動時間を短縮したりとかですね」
「そんなことがあったんですね……」
「梨花さんは、魔法少女を操るために都合よく利用されている、と受け取るでしょうね」
「それは……深く考えていませんでした……」
「他の方からも同様、何らかの反発があるかもしれない。明日まで時間はまだあります。
 休憩所に向かうのも午後ですし、今から代案を考えましょう」
「ありがとうございます。でも、他のみんなは一緒じゃなくていいんですか?」
「みなさんは、いろはさんに託したのですよ。ですから、ここはワタシといろはさんで
 代案を考えるべきなんです。やっちゃんたちには、形になった案をプレビューします」
「分かりました」

代案を話し合う前、みふゆは席を立ち、数分席を外すと断って部屋を出た。
みふゆは飲み物を持って戻ると、いろはとの相部屋に変えてもらう許可をやちよにもらったこと、
その旨を伝えにさなの部屋に寄っていたと告げた。
いろはとみふゆは、素案の表現修正から取り掛かり、その後、素案とは別に代案を出し合った。
協力を得られなかった場合も考慮し、魔法少女の能力に頼らない方法も案としてまとめていく。

気付けば、二人の話し合いは深夜にまで及んでいた。

「もうこんな時間ですね。ワタシは大丈夫ですが、いろはさんはどうですか?」
「すみません、少し瞼が重くなってきました……」
「案は多すぎても却ってまとめられませんし、半日では時間が足りない。
 魔法少女の能力に頼る案、頼らない案で分けて、現実的な案を選ぶ。
 選んだ案は、明日の……と言っても、既に日付が変わってますけど。
 起きたら午前中に、やっちゃんにプレビューしましょう」
「分かりました」

二人が話し合った内容からまとめた案のうち、実行するには現実的ではないと
判断した案は除外し、取捨選択後に残った案は三つ。
素案通り魔法少女の能力に頼る案が一つ、頼らない案が二つに分かれた。

「付け焼刃な感も否めませんが、この短時間で二つも代案が残れば御の字でしょう」
「時間がもっとあればよかったんですけど……」
「それを悔やんでも意味はありません。それより明日の交渉、ワタシも同行します」
「え?でも……」
「半日で三つの案は多いですよ。一つの案でさえ時間を要するでしょう。
 皆さんの時間の都合を考えれば夕方六時が限度。日を改めるにしても、
 時間があまり空くと記憶が薄れます。衣美里さんが正午から休憩所を
 開けて下さるということは、時間は最長で六時間。限られた時間内で
 一人で全部を伝えるのは無茶ですよ」
「そう……ですね……」
「いろはさんは主催として、ワタシは副主催として明日に臨みましょう。
 それと、これ以上起きていては明日に差し支えますよ」
「はい……私も、そろそろキツくなってきて……でも、最後に一ついいですか?」
「何でしょう?」
「キュウべぇの撤退宣言を境に、犯罪組織による犯罪が増えてきたことをご存じですか?」
「んー……最近はニュースを見てなかったので、知りませんでしたね……」
「そうでしたか。すみません」
「他に何かありますか?」
「いいえ。本日はこれでお開きにしたいと」
「そうですね。では、また明日」

いろはとみふゆが目を覚ました時、時間は午前九時を回っていた。
着替えを済ませて居間に移動すると、二人分の朝食が食卓に用意されており、やちよがソファに腰掛けてテレビを見ていた。

「おはようございます、やちよさん」
「やっちゃん、おはようございます」
「おはよう、いろは、みふゆ。朝ごはんは出来てるから食べてちょうだい」

他の住人は各々の用事で出かけており、みかづき荘に残っているのは三人だけだった。
いろはとみふゆは食事を済ませた後、やちよに昨晩の話し合いの結果を報告したいと
断りを入れたところ、やちよはテレビを切って快諾。
いろはが三つの案の概要をプレビューし、みふゆがフォローを入れ、やちよは最後まで
聞いていたが、プレビューが終わると疑問を呈する。

「これから休憩所に向かうところで悪いんだけど、支援チームとして協力を得る魔法少女は、これで足りるのかしら?」
「大人数で行くと、誤解されるかもしれないと言っていたので、大丈夫だと思ってたんですけど……」
「素案に挙がった魔法少女から、協力を得るつもりですが、やっちゃんからも何かありますか?」
「いろはに任せると言った以上、何も言わないつもりだった。みふゆの支援も、最初はそれを理由に断ろうしたのよ。
 でも、プレビューを聞いて色々気になった。休憩所に来る人たちから協力を得られなかったら、私も誰かをあたる。
 みふゆが一緒なら大丈夫だと思うんだけど……」
「ふーむ、万が一を考えての代案も、いろはさんと一緒に用意したのですが……」
「協力を得ていいのはその中の魔法少女からだけ、というわけでもないでしょう」
「灯花ちゃんとねむちゃんも、変更が加わることを前提としてましたし……」
「そうですね。もしもの時は、やっちゃんに頼らせて下さい」
「すみません、そろそろ時間です」
「では、エミリーの休憩所に向かいましょう。やっちゃん、いってきます」
「いってきます」
「えぇ、いってらっしゃい」
(……交渉事は、みふゆがいると心強いわね)

二人はクリアファイルにまとめた案を綴じ、準備を済ませて出発した。

みかづき荘を出発した二人は、道中、特に何事もなくエミリー休憩所へ到着する。
開場と同時に着いたが、木崎衣美里の他に、W-1、W-2計画の支援チームに
名前が挙がっていた魔法少女が全員集まっていた。

いろはとみふゆが挨拶をすると、梨花が返事をした。

「おはようございます、みなさん。お待たせてしてしまったでしょうか」
「いんや、みんな今来たとこだよ。ウチらが少し早く着いただけ」
「おはよう、ろっはー。時間通りだね。それにみんなも、二階を空けてあるよ。汚さなきゃ好きに使っていっから」
「ありがとうございます」

一同は衣美里を除いて二階に挙がると、用意されていた席に着席。
昨晩の話し合い通り、いろはが主催、みふゆが副主催となり、W-1、W-2の素案を全員に配布。
W-3の存在は伏せて、計画運営に協力が必要な旨を伝えた。
しかし、出席者の全員が難色を示し、二人にいくつもの質問を投げていく。
保澄雫が最初に質問し、いろは、みふゆが順に答える。

「やちよさんから話は聞いている。協力は構わない。だけど、計画は私たち全員の
 承諾が前提よね。浄化システムのことは別として、もし断ってたらどうしたの?」
「もしもの時に備えて、代案も用意しています。お手元の資料にある、魔法少女の
 能力に依らない方法として、二つ用意しています」

昨晩、日付を超えて深夜まで練った代案は、一つは鏡の魔女結界から海外へ渡る方法。
もう一つは、経済的余裕がある魔法少女の協力を得て、公共の交通機関で海外へ渡る方法。
どちらの案も、向かう先が出身国の魔法少女がいれば、同行を推奨している。
これについては、魔法少女の能力で海外へ渡る場合も同じだった。

しかし、二つの案は付け焼刃同然で作成したもので、とても代案とは呼べなかった。
あくまでも心情を考慮したものでしかなく、魔法少女の能力に頼るのが最適解だった。
二つの代案に視線を落としていた雫は、小さく肩で溜息をついて顔を上げる。

「……ミラーズは海外に繋がる鏡があるか分からないし、ミラーズを使うのはリスクが高すぎる。
 公共の交通機関も、片道の移動代だけでもコストが馬鹿にならない。魔女退治のために現地に
 宿泊するのも考え物。さっきも言った通り、私は協力するわ」
「あ、ありがとう、雫ちゃん」
「保澄さんの協力が得られるのは心強いです」

そこへ、綾野梨花が続いて質問する。

「私がメンバーに挙がってるのはいいんだけど、私の能力をどう使おうとしてるの?」
「魔女殲滅にあたって、魔女を対象に能力を使ってほしいんです。すべての魔女を
 倒すとなると、戦闘に割く労力は少ないほうがいいと思いました」
「一応言っとくけど、魔法少女相手に能力を使わないことが、協力の条件だかんね」
「今度、神浜の外で接触する魔法少女との協力は、交渉で得る方針だよ」
「それならオッケー」
「ありがとう、梨花ちゃん」

梨花が返事を終えると、七瀬ゆきかがおずおずと手を挙げた。

「梓センパイ。私のトラブル気質のことですけど、魔法少女のこれからを
 左右するというなら、私は関わらないほうがいいと思うんですけど……」
「七瀬さん。これは灯花とねむが必要と判断したものですよ。もちろん、いろはさんとも
 協議を重ねましたし、その上で七瀬さんの力を借りるべき、という判断に至りました」
「えっと……環さんって呼べばいいかな。本当なんですか?」
「はい。七瀬さんが困っているとは伺ったのですが、隠れている魔女を炙り出すため、
 W-1、W-2計画においては、プラス要素となると見込んでいます」
「気は進まないんですけど、役に立つなら協力してもいいかなぁ。
 だけど、私が巻き込まれるトラブルは面倒なことばっかりだし、
 どうなっても知りませんよ」
「助かります、七瀬さん」
「お礼を言われても困りますよ。本当に危険なことになると思いますし……」

ゆきかが遠慮がちに目を逸らした時、胡桃まなかが入れ替わりに質問した。

「まなかの能力は伝搬ですが、どう協力すればいいのでしょうか?」
「W-2で海外に出たとき、かごめさんの風の伝道師のウワサが翻訳した言葉を、 その場にいる全員に伝えてほしいんです」
「なるほど。それですと……残念ですが、まなかは力になれそうにないですね……」
「それは何故でしょうか?」
「まなかの伝搬は、魔法の力を宣伝することで、敵にダメージを与えるというものなんです。
 ワルプルギスの夜が来たときにも使いましたが、使い魔をどうにかするので精一杯でした。
 残念ですが、お二方が望む形での協力はできかねます……」
「こちらこそ、まなかさんの能力を正しく理解しておらず、すみませんでした」
「それじゃあ、戦闘で協力していただくというのは……」
「そうしたいのは山々なんですけど、難しいですね。戦闘チームとして名前が挙がっている方々とまなかとでは、
 実力に雲泥の差があるので、足を引っ張ってしまうと思います。せっかく声をかけていただいたのに、本当に
 申し訳ありません」
「いいえ。お忙しい中、お時間を割いてお越し下さっただけでも、感謝しています」
「お昼で繁忙時間のところを、本当に来ていただいてすみません」
「これでも、まなかはユニオンの一員ですから。会合の途中ですみませんが、
 お店のほうが心配なので、失礼させていただいてよろしいでしょうか?」
「とんでもない。本日は、どうもありがとうございました」
「また、みかづき荘のみんなで食事に行きます」
「それは是非!皆さんの来店をお待ちしていますよ。それでは、みなさん。まなかは一足先にお暇します」

まなかが一礼して部屋を後にすると、若菜つむぎが挙手した。

「梓先輩。私は支援というより、戦闘に回ったほうがいいと思うんだけど、どうして支援に割り振られてるの?」
「魔翌力を吸収する能力が理由ですね。魔女の攻撃を吸収し、それを魔翌力へ変換する。
 その魔翌力を分けてもらうことは出来ないでしょうか?」
「その発想は悪くないけど、魔翌力は魔女の攻撃を食べて、初めて吸収できるんだよ。
 かといって限度もあるから、他の人に供給できる量となると心許ないんだ」
「そうでしたか……」
「悪いんだけど、私も力になれそうにないからこれで。本当にごめんね」
「とんでもない。急な呼びかけだったのに、お越し下さってありがとうございした」
「若菜さん、本日はありがとうございました」
「魔女退治は神浜の中で頑張るよ。それじゃ、お先に」

つむぎが片手をあげて部屋を後にすると、明日香が挙手して質問した。

「私はどのように協力すればよろしいでしょうか?」
「異国の魔法少女との交渉時、ルールを決めて協力関係を結ぼうとしています。
 その際に結ぶ約束事を、ワタシたちと相手側の双方が必ず守るようにしたい。
 そのために規律厳守の能力をお借りしたいんです」
「分かりました。ですが、私も道場がある身。常日頃の協力は難しいです。それでも構いませんか?」
「異国の魔法少女と交渉する時、ご一緒いただくだけでも大丈夫です」
「ありがとうございます」

明日香が手を下げると、ささらが挙手した。

「私はレスキュー担当って認識でいいのかな?」
「はい。海外でも、魔女の口づけを受けてしまう人はいるはずです。
 戦闘は私たちが担いますので、バックアップをお願いしたく」
「分かった。海を渡る頃には、国内の魔女は少なくなってるはず。私も力になるよ」

ささらが発言を終えると、最後にかごめが質問した。

「私は、リィちゃんの言葉を伝えればいいんでしょうか?」
「はい。W-2が始まったら、海外にも足を延ばす予定なの。その時、異国の魔法少女の言葉をウワサに翻訳してもらって、
 かごめちゃんから私たちに伝えてほしいんだ」
「私は構いませんし、リィちゃんもいいって言ってます。海外の魔法少女にも、取材を申し込めるチャンスなので……」
「その時が来たら、よろしくね」
「はい、いろはさん」
「現在残ってらっしゃるのは、保澄さん、綾野さん、七瀬さん、明日香さん、ささらさん、かごめさんの六名ですね。
 最終確認ですが、W-1、W-2計画へご協力いただいても、本当によろしいでしょうか?」

みふゆの確認に、全員が肯定の返事をした。
時期が来たら改めて連絡する旨を伝えると、残っていた六名も部屋を後にして解散となる。
いろはとみふゆは部屋に残り、肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

「お疲れさまでした、みふゆさん。助かりました
「いろはさんもお疲れ様です。思いのほか、早く終わりましたね」

時間はまだ昼時で、代案を採用せずに済んだ結果に胸を撫で下ろした。

「こちらの誤解で協力を得られない方もいましたが、仕方ありません。
 片づけを済ませたら衣美里さんに声をかけて、みかづき荘へ戻りましょう。
 今日のことをやっちゃんに報告したら、食事にしたいです」
「私もお昼食べてないので、お腹空きました」

借りた部屋の片づけを済ませて部屋を後にすると、二人は衣美里に声をかけて、
今日のお礼を伝えてみかづき荘へ帰還した。やちよ以外の住人は戻っておらず、
やちよに成果を報告した。

「全員の協力は得られなかったのね。能力の誤解もあったから仕方ないと思うけど」
「ですが、今後の支障になるというほどでもないと思いますよ」
「やちよさんから誰かにあたってもらう話ですけど、そちらはもう気にしないでください」
「二人がそう言うなら、私は信じるわ。それじゃ、食事を用意するから、待っててちょうだい」

その後、やちよが食事を用意すると、二人は遅めの昼食に入るのだった。

本日はここまでです。続きは明日以降に。

>>63からの続き

さらに翌週の休日。
いろはが主催となり、神浜マギアユニオン、プロミストブラッド、時女一族、ネオマギウス、
各陣営の代表者が出席する緊急会合が、みかづき荘で開催されることになった。

W-1、W-2実行にあたり、協力が必要な魔法少女から承諾を得られたこと、
ここ数日間、灯花とねむが小さなキュウべぇを調査した結果、浄化システムを
広げる方法の糸口が掴めたことで、会合開催に踏み切った。

しかし、午前0時のフォークロアは湯国市へ赴いており、参加不可との返事があった。
撲滅派との交渉を目的に、里見太助と那由多も同行しており、当分は戻れないという。

「それで出席者は四人というわけねぇ」
「交渉が正念場らしいので、ラビさんたちの意思を尊重しました」

会合の出席者は、環いろは、紅晴結菜、広江ちはる、宮尾時雨。
広江ちはるは時女静香、宮尾時雨は藍家ひめなの代理として参加した。

「ちはるちゃん。静香さんはどうしたの?」
「それが、水徳寺の分寺が時女の里に建つことになってね。工事説明とか立会いとかで、
 静香ちゃんの手が離せなくなっちゃったんだ。悪いとは思ったんだけど、すなおちゃんの
 判断で、私が代理で出てほしいって言われたの」
「急にお寺が経つなんて、どうしたんだろう?でも、それなら仕方がないね。時雨ちゃん。
 藍家さんは今日、どうしたの?」
「今日は補習で予定が埋まってことを思い出して、どうしても来れないみたい。
 だから急遽、僕が代理を引き受けたんだ。これでも一応は創始者だし……」
「ひめなさん、そんなことになってたんだ。ちゃんと進級できるといいんだけど……」
「姫からの伝言で、『いろりん、ごめん。今度埋め合わせするから』って預かってる」
「う~ん、気持ちだけいただいておくね……」
「まぁ、出席者の確認が取れたのだし、会合を始めましょう。時間が惜しいわぁ」
「それもそうですね。では、これより、W計画会合を始めます」

出席者は一度、全員上体を前傾させて頭を上げ、前者から話を始めた。
発言の順番は、環いろは、紅晴結菜、広江ちはる、宮尾時雨と決まり、
いろはが他陣営の出席者の質問に答える形で会合は進められた。

「私から発言させてもらうよぉ。世界中の魔女を殲滅する前に、浄化システムの範囲を
 拡大するべきでしょうね。魔女を倒す上で穢れの蓄積は常に付きまとうもの。だけど、
 システムさえ広がってしまえば、穢れの蓄積も、グリーフシードの残量を気にしなくて
 済む上に、目的が果たしやすくなる。システムの範囲拡大は必須事項よねぇ」
「浄化システムを広げる方法は、ユニオンで結論が出ているの?」
「まだだけど、既に灯花ちゃんとねむちゃんが取り掛かってるよ。話を聞いた限りだと、
 広げるあてがあるみたいなの」
「それは頼もしい限りだわぁ」
「なら、話すことは、浄化システムが広がった前提で、世界中に残っている悪鬼を
 どうやって殲滅するか、異国の巫とどう協力し合うかだね」
「国内と海外じゃ情勢も違うし、魔法少女が抱える事情も考えも違うはず。
 願いを叶えたきっかけも、願いの内容も、平和的とは言えないと思うよ。
 国内と同じ感覚で接すると、こっちが利用されるかもしれない」
「なら、なおのこと浄化システムの範囲拡大は急ぐべきねぇ。取引材料として、
 これ以上の代物はないでしょう」
「取引?交渉じゃないの?」
「ユニオンは浄化システムを管理している。言い方を変えるなら魔法少女の命綱を握っている。
 同じ魔法少女相手に、これ以上のイニシアチブはないわぁ。宮尾時雨の言葉を借りて言うなら、
 国内と海外では考え方が違う。こちらが優位になる材料は必要よ」
「みんながみんな、友好的とは限らない。敵対的とも限らないけど、優位な立場がいいよね」

「その通りよぉ、広江ちはる。環さんは、みんなを尊重するけど、他はそうとは限らない」

現に私たちは浄化システムを奪おうとしたことがある。

時女一族はシステムを分けてもらおうとした。

ネオマギウスは掲げた理念に従うものにだけ、システムを使わせることにしていた。

フォークロアはそもそも諦めていた。

「みんなで協力し合う考えには賛同だけど、私たちに対するような接し方をするのは危険ねぇ」
「国内の巫はまだ大丈夫だと思うけど、海外の巫は本当に分からないもんね」
「環いろはの考え方自体が稀有、というか奇跡だよ。ライフラインを握るってことは、
 それだけで他者を支配する側に立つことと同義。これから取引を持ち掛ける相手は、
 素性が全く分からない。利害の一致で協力するつもりで接したほうがいいかも」
「それに、海外となると別の問題が絡んできますが、ユニオン内で何人か協力を取り付けています」

いろはは、W計画について、エミリーの休憩所で得られた成果を報告。
それを聞いた結菜は、魔女殲滅までの過程で付きまとう問題が、いくつか解決すると安堵した。

「行先、順番、行軍日程、移動手段、言葉の壁、要員選別。このうち、後半三つは解決したわね」
「海外の魔法少女のことですが、アシュリー・テイラーさんの協力を得られればと思っています。
 あの人がいれば、同じ出身地の人が相手なら、話が通しやすいかも」
「アシュリー……初めて聞く名前ねぇ」
「私も初めて聞いたなぁ。外国の人の知り合いは、フェリシアちゃんしかいないや」
「ちはるちゃん。フェリシアちゃんは日ノ本出身だよ」
「そうだっけ?ごめん、勘違いしてた」

「アシュリー・テイラー…思い出したよ。彼女は、僕と同じ学校に通ってる転校生だ。
 といっても、僕は彼女と殆ど交流がないんだよね。以前、ホラースポットがどうとか
 聞かれたことがあって、会話したのはそれくらいだったような……」
「実は、私も名前を知ってるくらいなんだ。だから、どう接したらいいか分からなくて。
 もしもの時は、アシュリーさんに会わせてもらうことはできるかな?」
「同じ学校にいるから、多分、話くらいはできると思う。彼女と知り合いの別の
 魔法少女がいれば、その人を通して話ができればスムーズかもしれない」
「時期が来たときは、お願いするね」
「う、うん……」
「海外のことを話していたけど、まずは国内が優先ねぇ」
「私も、国内の悪鬼殲滅を優先したほうがいいと思うな。自分たちの国が不安定なまま
 海の向こうへ渡っても、心に引っかかったままになっちゃう。海の向こうの巫たちの
 足手まといになっちゃったら、国内の魔法少女全員の印象が悪くなる」
「浄化システムは灯花様とねむ様ならきっとできるはず。魔女殲滅は国内を優先する。
 海外のことを考えるのは、それからでもいいと思う。アシュリー・テイラーへの相談も
 考えておくよ」
「みんな、ありがとう。魔女殲滅についは、こんなところかな」
「あと、未来の脅威がどうとか言ってたよね?何かを協力するって話だけど、
 それついても聞かせてもらえるかな」
「そういえば、そんな話もあったわねぇ。その話も聞きましょうか」
「思ったよりも早く、会合が進みましたね。未来の脅威のことですけど……」

いろはは、先日、みかづき荘で行われた会合の議題について話した。
実現性が高いとして、コールドスリープマシン開発が視野に入っていること。
もし、開発が決定した場合、科学技術だけでは足りない要素を補う必要があること。
その要素は魔法少女の能力と多くの魔翌力であることを説明した。

必要となる要素は、桜子の提案と合わせて灯花が、W-3に手を加えた案にリストアップを済ませていた。
魔翌力を収集する方法と溜め込む方法は、ねむの提案を素案とした。
また、鏡の魔女結界の記憶読み取りと、それによるアリナの完全な雲隠への懸念から、W-3の存在は
リーダーおよび、代理人レベルに留めている旨を説明した。

「ミラーズの記憶読み取りは厄介よねぇ。そっちの対策は何かあるの?」
「それがまだ、考案中なんです。結界を被膜代わりにする案が出ましたが、
 アリナさんじゃないとできなくて……」
「求める能力を持ってるのが、何とかしようとしてる相手だなんて皮肉な話だわぁ。
 ミラーズの記憶読み取り対策も、追々考えるとして……W計画は、殆どが神浜の
 魔法少女の能力で占められてるのねぇ」
「もしかしたら、最低でも全国が選定対象になるかもって言われたんですけど、
 そこまでする必要がなくて、意外だったと言っていました」
「もう一つの資料は何かしら?」
「遠征と魔翌力収集の際に協力が欲しい、魔法少女の能力がリストアップされています」
「遠征は分かるけど、魔翌力収集って、具体的にどんなことをするの?」
「マシンの開発に魔翌力がたくさん必要になるなら、何らかの媒体に溜めこむってことかな?」
「魔翌力収集は、時女一族の七支刀をヒントに、媒体を開発しようって話になってるんだ」
「さっきから思っていたんだけど、誰かの協力を前提とした計画なのはわかったわ。
 W-3で名前が挙がっている魔法少女と、事前に話はついてるのかしらぁ?」
「いいえ。今度、別の会合があるんですけど、その会合の結論次第で話が確定します。
 先ほどもお話したことですが、ミラーズ対策の目途が立つまでは、W-3内容は
 他言無用でお願いします。ミラーズへの立ち入りも避けて下さい」
「七支刀がヒントって言われても、私じゃ決められない。今日の会合、
 すなおちゃんが出席したほうがよかったかも」
「これは素案だから、『これから協力をお願いしたいけどいいかな』っていう、
 確認をしようとしているんだよ。これを元に形を整えるが目的のはず」
「説明が足りなくてごめん。時雨ちゃんの言う通りだよ。今日の会合で何もかもを
 確定するわけじゃないの。それに向けての第一歩だと思ってほしいんだ」

「そういうことなんだね。今日の話は持ち帰って相談するけど、静香ちゃん、すなおちゃんには、
 どうしても話をする必要があるよ。ミラーズ対策は分かるんだけど、それでもいい?」
「それは仕方ないと思う。ただ、話をする際にミラーズ対策のことも伝えてもらっていい?」
「分かったよ」
「環さん」
「なんでしょう?」
「あなたは私たちと対峙していた時、、独断で動いて味方を混乱させたことがある。
 さくやが存命だったころ、いつだったが、私たちとの交渉で、何をしようとしていたか
 覚えてるはず。あの時のことは、私たちもあなたたちも、深い傷跡を残しているわ。
 そして、その傷はまだ塞がっていない」
「それは……自覚しています……」
「まあ、今日の会合が今後を決めるための最初、ということなら問題ないのよ。
 あなたの独断で何もかも決める場ではない。その確認を取りたかっただけ」
「心配させてすみません」
「分かっていればいいのよ。それじゃ、W-3の資料に目を通しましょうか」
「誰と誰の能力が必要になるのかな?」
「……かごめちゃんの名前が入ってる?」
「うん。かごめちゃんも魔法少女になったんだ。自動浄化システムに未来永劫、
 干渉できないようにするってことで」
「そんな願いを、キュウべぇもよく叶えたわよねぇ」
「灯花ちゃんたちの願いも叶えたくらいだし、キュウべぇは契約さえ取れればいいんだよ。
 後に起きることは深く考えてないんだと思う」
「ここに名前が挙がってる巫とは、決定してから話をするんだよね?」
「うん。本音としては、W-3は実行せずに済めばいいと思ってる。
 アリナさんを発見できればいいけど、発見する方法が分からない。
 あの人の後輩の、かりんちゃんも行方不明だし……」
「コールドスリープが決まったら、誰かを未来に送ることになるよね……」
「今度の会合はまだこれからだから、本格的に考えるのはその後だけど」

「海外の魔女殲滅までの過程は、これならなんとかなりそうねぇ」
「W-2は神浜の巫だけでチームが固められてるね」
「自分たちが言い出しっぺだから、なるべく自分たちの陣営だけでと思ったんだ。」
 懸念があるとすれば、現地の土地勘かな」
「地の利は常に、その土地と馴染み深い側にある。土地勘は、現地の魔法少女頼みねぇ」
「壮大な計画になるね。七支刀のことは、二人に話してみる」
「マギウスの計画の時より大掛かりかも。今日のこと、どうやってみんなに話そうかな。
 ミラーズの記憶読み取りの件もあるし、W-3は伏せるとして……」

その後、全員がすべての資料に目を通し終え、会合も終盤となる。
解決すべき課題が見えてきたところで、四陣営の代表者による会合は解散。
いろはを除く各陣営の代表者および、代理人は帰路につき、いろはは自室へ戻った。

「やることが山積みだ……」

ベッドに腰掛け、天井を仰ぎながら、いろは溜息とともに呟く。
会合後、報告を受けた灯花とねむは、会合で決定した内容をもとに計画を立て始めていた。
課題解決には、相当の時間を要するだろうと予想。
会合を振り返る中で疑問も生じ、外出していた他の住人が帰ってくるまで、それは続くのだった。


リーダー同士の会合から数日後、織莉子がキリカを伴ってみかづき荘を訪れた。
その日の議題は、行方不明中のアリナ発見方法と、鏡の魔女結果の記憶読み取り対策。
最初の議題に入る前に灯花とねむが宣言した。

「今日の会合だけど、結果次第でW-3……コールドスリープを実行に移すかが決まるよ。
 万が一に備えて準備を進めていたし、要員の選定も済ませてきたよ。だけど、あくまでも
 最後の手段のつもりなの」
「ミラーズの記憶読み取り対策は、僕と灯花で考えてきた。だから、今日はアリナ発見の
 方法だけを議題として、会合を進める。時間いっぱい、よろしくお願いするよ」

コールドスリープマシンの開発は、織莉子との最初の会合時点で、既に視野に入っていたが、
準備は進めても実行は保留としていた。実現性はあったが、倫理とコスト上の問題がある。
W-3は準備だけで終わることが望ましいとして、会合は丸一日を使って行うこととなる。
思い付き程度でも構わず案を出し合い、出席者たちは議論を交わす。
だが、有用な案が出ないまま時間だけが過ぎていく。

議論を交わす中、キリカによるアリナの行方調査結果も、芳しくないと報告があがった。
アリナと所縁のある場所を虱潰しに廻って得られたのは、アリナを取り巻く現状だった。
栄総合学園の生徒に話を聞いたところ、アリナは登校しておらず、出席日数と単位の不足から、
このままでは留年が確定するという。

「現状だと、アリナ・グレイが進級するには、ほぼ毎日の補習が必要になるらしいよ。
 大学進学を予定していたらしいんだけど、それどころじゃなくなるだろうね。でも、
 ベストアートってのと比べたら、本人には些細なことなんじゃないかな」

また、他に得られた情報として、御園かりんが鏡の屋敷で倒れているのが発見された。
現在は里見メディカルセンターへ運ばれ、入院しているようだ。

「私たちの目が届かないところで、そんなことになってたなんて……かりんちゃんも……」
「こうなると未来の脅威の正体は、アリナで確定していいんじゃないかしら」
「まだそうと決めつけるのも危ないと思うけどなぁ。あとで違ってました、
 なんてことがあったらマズイよ」
「そうか?もう、あの怖いねーちゃんが、脅威の正体でいいんじゃね?」
「状況証拠みたいなものですからね。鶴乃さんの言う通り、もし違ってたら大変なことになりますし……」
「こんな時に言うのもなんだけど、私、アリナさんには命を助けられたことがあるんだ」
「あのアリナが……何があったんですか?」
「私が魔法少女になったばかりの頃、穢れの回収を止められなくて、魔女化しそうになった時に結果を張ってくれたの」
「|だけど、それとこれとは話が別。線引きは大事|」

なお、前回の会合から今日までの間、織莉子は鏡の魔女結界を調査していた。
W計画を知らない知人に、鏡の魔女結界の調査を依頼していたという。
魔法少女のコピーを捕縛し脅迫、部屋同士を隔てる壁を破壊、結界の深い階層への侵入。
何れもアリナ発見には至らなかったが、それまで予想でしかなかったアリナと鏡の魔女の
結託が、コピーから得られた情報により、事実であることが判明した。

その後、会合は終盤に差し掛かり、ようやく出た案は三つ。

一つ目の案は”アリナを発見した未来”を予知すること。
二つ目の案は”目的の時間に通じる鏡を発見する未来”を予知すること。
だが、結論を言えば、織莉子はどちらの未来も予知できず、すぐに望みは潰えてしまう。

最後の案として、インキュベーターへ接触するという案が出た。
灯花は過去にインキュベーターのシステムへ干渉したことがある。
その経験を基にキュウべぇにアリナの居所を尋ねようと試みた。
しかし……

「あんなことをしておいて、よく連絡を取ろうなんて思えるね。その気持ちの割り切り方は
 称賛に値するよ。それはそうとアリナが願いで手に入れたアトリエのことだけど、あれは
 本人以外が辿り着くことは不可能なものだ」

という答えが返ってきた。そのうえ、

「アリナを引きずり出す願いで、誰かを契約させることも駄目だよ。
 魔法少女の新規契約を恒久停止することは、既に伝えただろう?」
灯花の先を読んだ答えが返ってきた。

百年後の未来を襲う脅威のことは
「それはキミたち人類の問題だ。ボクたちのエネルギー回収ノルマは達成された」

という答えが返ってきた。

そんなインキュベーターの対応を見かねて、織莉子が口を挟む。

「キュウべぇ。古今東西、魔法少女はエネルギー回収ノルマ達成のために利用されてきた。
 願いを対価に魔法少女になったとはいえ、一応はあなたたちに協力してきた身でもある。
 全面的に協力をしろとまでは言わないけど、残された魔法少女と人類に、少しくらいは
 忖度があってもいいでしょう?」
「美国織莉子。忖度とは政治家の娘らしい言葉を使うね。そんなことを言うのなら、
 ボクたちは魔法少女にも人類にも、充分忖度をしたと言える。有史以前の年月、
 キミたち人類は何をしていたか」
「洞窟で暮らしていて、キュウべぇがいなかったら人類の発展はなかったのでしょう」
「その通り。キミたちは洞窟で身を寄せ合って暮らし、小さな火で夜の暗闇から逃れ、
 理解できない物事に恐怖する日々を送っていたんだよ」
「…………」
「そんな人類にボクたちインキュベーターは、この宇宙を延命させるという、
 極めて重要な任務を、奇跡への対価として与えた。今日までに魔法少女の
 多大な犠牲はあったけど、その甲斐もあっただろう。人類は多くの知恵を
 手に入れることができて、社会、文明を築いて、その恩恵を受けている」
「だ、だけど」
「それに、キミたち魔法少女の長い夜もようやく明けた。浄化システムは今や、キミたちの手中にある。
 ボクたちとしては、本当はそれを放っておきたくないんだけどね」
「だったら、どうして?」
「エネルギー回収ノルマを達成したことで、魔法少女の新規契約が不要になったからさ。
 キミたちとは、いざこざが絶えなかったが、有史以前から協力してくれていたことも事実。
 次の一手を打つことをやめたのは、お礼のつもりさ。これでもまだ何か足りないのかい?」

「未来を襲う脅威の正体は、アリナ・グレイだと確信している。だけど、私の予知はぶれがある。
 私自身、正直なことを言えば自信がない。それでも何もしないままでは、人類に未来はないわ。
 せめて、脅威の正体を正確に知りたい」
「それなら、全面的な協力とまではいかないけど、せめてもの協力として、キミの予知能力を安定させよう。
 魔翌力消費も今よりは抑えられるようにもしておく。反映には時間を要してしまうけどね」
「どれくらいかかるの?」
「最長でも十年以内には反映されるよ」
「十年!?なんでそんなに?」
「一度、魔法少女に付与された能力に、後から手を加えるような試みは前例がないんだ。
 まったく別の能力へ変化させるわけではないから、それより難しくはないだろう。だけど、
 慎重にやらないとね。反映が完了したら際は、織莉子が変化に気付けるようにもしておく」
「分かったわ」
「これがボクたちができる、キミたち人類への最後の忖度だ」
「……そこまでしてくれて、どうもありがとう、キュウべぇ」

インキュベーターとの交信を終えると、出席者はそれまで得られた情報を整理。

現状を顧みて出した結論として、ついにアリナ発見を断念することになった。
W計画の存在は知られていないとはいえ、アリナは鏡の魔女と結託している。
これではアリナ発見は不可能と判断せざるを得ないと、全員の考えが一致した。

結局、W-3こと、コールドスリープが正式に採用された。

「W-3の実行、決定しちゃったね……」
「僕も、薄々そうなる気はしていたんだ。だから、今朝も言った通り、準備も少しずつしていた。
 要員の選定だって、既に済ませてあるよ。あとは、誰を未来に来るか発表するだけだ」
「ミラーズとアリナがグルになってることを考えたときから、こうするしかないだろうって思ってたんだよね……」
「まさか、本当にアリナさんとミラーズが繋がってたなんて……。みんなで考えることなのに、
 灯花ちゃんとねむちゃんにばかり、負担を押し付けてるみたいでごめんね」
「それは気にしないで、お姉さま。気にするのは、これからのことなんだよ」

いろはたちが会話をしている間、織莉子は用意された麦茶を飲んで、一息ついた。

「……それにしても、十年以内ですか。今すぐ変化が反映されたとしても、
 未来で脅威が訪れることに、何の変わりもないのでしょうね」
「仕方ないと思うわ。あのキュウべぇが譲歩しただけでも奇跡ですもの」
「私たちがやることは、これからに目を向けることだよ、織莉子。前を向かなきゃ」
「美国織莉子。予知能力が安定したら、あなたにまた予知をお願いすることになるけど、それはいいかにゃー?」
「構いません。私も、もう少しはっきりした未来を視て、内容を伝えたいですし……」
「ありがとう。それと、わたくしはねむと一緒に、少し席を外させてもらうよ」
「いろはお姉さんの部屋を借りるね。そんなに時間はかからないよ」

そこで灯花とねむは一時離席。
出席者は休憩をとりつつ、灯花とねむが選定した要員の発表を待つことになった。


灯花とねむは、いろはの部屋を借りて持参したノートPCを操作。
いくつかのドキュメントを印刷して、クリアファイルに綴じていく。
人数分のクリアファイルの用意が揃うと、二人は居間に戻り、会合を再開。

「もういいの?」

いろはから尋ねられると、二人は小さく頷き、先ほど用意したクリアファイルを
出席者全員に配布し、灯花が未来へ送る要員を発表すると宣言した。

「今配ったファイルは、W-1、W-2の草案。これは次回の会合で原案まで
 漕ぎつければと思っている。浄化システムは、広げる目途が立つまで時間が、
 まだがかかりそうなんだ。各自、あとで目を通してほしい」
「W-3のことだけど、コールドスリープする人数は三人、全員がユニオンメンバーだよ」
「どのような基準で選定を進めていたか、そこから説明させてもらうよ」

ねむは先ほどまで操作していたノートPCを、プロジェクターと繋ぐ。
スクリーンに画面を投影すると、データーベースを見せ、内容を説明する。
このデータベースには、マギウスの翼発足当時から今日に至るまでに収集した、
ユニオンと面識がある魔法少女の情報が登録されている。かごめの取材記録も
登録されおり、二人は以前から、このデータベースに登録された魔法少女全員を、
未来に送る要員を吟味・評価の対象としていたことを説明。

「全く面識がない魔法少女は、交渉に時間がかかっちゃうし、何かと都合が悪いんだよね。
 だから五陣営以外の魔法少女は、国内・異国を問わずに不可にしたの」
「かといって面識があっても、交流次第で信用・信頼の度合いも異なる」

交渉相手は交流の頻度が高く、お互いに信用・信頼を築いている魔法少女が望ましい。

その魔法少女は、戦闘力と能力、固有魔法、心理状態の健全度が優れていることが必須。

限られた資源と時間の都合上、人数は少人数で、選定条件をすべて満たしていなくても、

一つでも多く満たしていればよいとし、熟慮を重ねた結果、未来へ送る人数は最終的に
三名となり、先に述べた理由から三名とも、ユニオン内から選んだとのこと。

そこまで話を聞くと、やちよは恐る恐る尋ね、ねむが答えた。

「それで、その三人というのは……誰なの?」
「それは……」










由比鶴乃、二葉さな、柊桜子だった。





その場の全員が沈黙した。
選出された三名に全員が視線を向け、視線を向けられた三名は困惑の表情を浮かべる。
そこへ、やちよが口を開いて沈黙を破り、いろはがねむに尋ねた。

「マシン開発に必要な能力といい、未来へ送る要員といい、都合よく神浜の魔法少女が選ばれるわね」
「ねむちゃん。これって本当に前から決めていたの?」
「……さっきも言った通り、W-3が決まった場合に備えて、要員の選定も進めていたよ」
「ユニオン内から選んだ理由は分かったよ。三人を選んだ理由を教えてもらえるかな?」
「鶴乃とさなを選んだ理由は、選定の基準とした内容を満たしていることの他に、
 ウワサと融合した経験があることと、融合した後も心身ともに健康だからだよ。
 ドッペルを発動できることは勿論、融合中はウワサの力も行使できたからね」
「桜子ちゃんが選ばれた理由は?」
「未来で目覚めた鶴乃とさなのために、桜子にはトレーナーになって欲しいんだ。
 百年もコールドスリープをした後では、戦線離脱して時間が経っている現状も
 踏まえると、まともに戦闘をこなせない可能性が高いし、他にも理由がある」
「|それは、どんな理由?|」

自身が選ばれた理由に触れられた桜子は、神妙な表情を崩さずねむに尋ねた。

「桜子は調整次第で、他のウワサたちの力を取り込める」
「|どういうこと?|」
「……今まで言うまいと思っていたけど、僕の命は、もう長くない」
「|……!?|」
「自分の体のことは自分で分かるさ。みんなだって気付いているだろう」
「|…………|」
「いろはお姉さんは、ウワサを僕の本から、サーバへ移す検証をしたこと、覚えているかな?」
「さなちゃんがウワサと同化した時のことだね。でも、あの時は二度とやらないって……」
「そのつもりだったけど、事情が変わった今、それを撤回することにしたよ」
「これから、どうするつもりなの?」
「まずは、桜子を安全に本からサーバに移すために、アイ、キレーションランド、
 風の伝道師以外のウワサを、すべて力に還元。その力を桜子のサーバに与える」
「それって、他のウワサたちは納得するのかな……?」
「すんなり納得はしないだろう。反発は覚悟の上さ」

そこへ、俯かせていた顔をわずかに上げ、組んでいた脚を解いてフェリシアが口を開く。

「残れないウワサにとっちゃ、死刑宣告じゃねーか。なんでそんなこと、簡単に言えるんだよ」
「これは僕が死んだ後も、桜子を世界に存在させるために必要なんだ。
 それでウワサたちが僕を恨むなら、その怨嗟をこの身で受け止めるだけだよ」
「|ねむ、簡単に言わないでほしい。消される側にとっては深刻な問題|」
「…………」

フェリシアが口を開いたのをきっかけに、他のメンバーも再び口を開く。
さなが力に還元しないウワサについて、疑問を口にする。

「風の伝道師のウワサは、かごめさんを守るために残すんですよね。
 アイちゃんとキレーションランドのウワサは、どうするんですか?」
「アイはさなと、キレーションランドは鶴乃と融合させる。鶴乃は融合状態で
 活動していた過去を顧みるに問題ない。さなにもウワサとの融合経験がある。
 だけど、限定的な状況だった上に、アイの性質上の問題も手伝って、さなが
 アイとの融合に完全に慣れるには、時間を要するだろう」
「あの時は、とてもざわざわした感覚がありました」
「電磁波の影響がそうさせたのだろう。影響を時間をかけて最小限にしてもらう。
 本当は皆無にできることが望ましいけど、融合状態の性質上の問題で最小限が
 限界だと思う。それまでは、精神的な負荷の高さに悩まされるはずだ。環境を
 変えないと、日常生活に支障が出てしまうだろうね」
「……というと?」
「みかづき莊のみんなには申し訳ないけど、さなには北養区への移住をお願いしたい」
「あ、あの……それって……私は、みかづき荘を出て、生活する必要があるということですか?」
「北養区の一角に、さなが生活する場を用意するよ。本当に申し訳ないが、これは必須事項だ」
「|ねむ、ウワサを魔翌力に還元する話だけど|」
「なんだい?」
「|ウワサのみんなは、仮初とはいえ生きている。私のために消されると知って
  平気でいられるはずがない。ウワサたちをどう説得するつもり?|」
「僕の勝手で生み出して、僕の勝手で消すようなことはしたくない。だけど……
 桜子も含めて、ウワサたちは僕の命が尽きれば消えてしまう。」
「|それは分かってる。だけど……|」
「遅かれ早かれ、ウワサたちの未来は、創造主たるボクが決めないといけなかった。
 今回の一件で時期が早まったに過ぎないよ」

そこへ、フェリシアが不満を挟む。

「なぁ、さなが家を出なくても済む方法はねーのかよ?」
「アイと融合した状態のさなは、電化製品が近くにあるとそれだけで影響を受ける。
 騒音が流れるヘッドホンをつけたまま生活するのも同じだ」
「ストレスを少しでも軽くするには、ねむの提案が一番だと思うよ」
「さなも、常にそんな状態では未来で不便を被ると思う。アイとの融合状態を
 オンオフできるように、ウワサを書き換える必要もある」
「本当にどうにもなんもねーってことか?」
「悪いけど、これはどうにもならない。さなは、みかづき莊を離れて一人で暮らすことになる。
 その代わり、さなの生活は僕がバックアップさせてもらうよ」
「さな……」
「ウワサをサーバに移すには、ウワサを書き換える時間が必要になる。
 住居の用意もすぐとはいかないから、みかづき荘を出るのは、今すぐという話ではない。
 マシンの開発も含めて準備が色々と必要だ」
「そうですか……。あの、本当にウワサをサーバへ移しても大丈夫なんですか?」
「言いたいことは分かるよ。過去の検証で起きたことは忘れていないさ。
 危険と判断して止めたけど、ウワサとの融合は二人も成功例を得られた。
 だから、そちらの研究は続けていたんだ。もっとも、シミュレート上での
 研究しかできなかったけどね。それから……」
「なんでしょう?」
「アイとの融合は、さなが一般人から姿を認識されない状態に、変化を齎せるかもしれない」
「それって……!」
「再びさなが魔法少女以外からも、認識されるようになるかもしれない。
 ただ、あくまでも可能性でしかないから、期待はしないで欲しい」
「だ、だけど、少しでも可能性があるなら、やっぱり期待はしたいです……」

さなはそこで会話を終えて、ういが入れ替わりに口を開く。

「浄化システムは私がいないと消えちゃう。どうして私がメンバーに選ばれなかったのかな?」
「それは既に手を打ってある。いつか灯花が開発したゲームが役に立つ」
「リトルバケーションを覚えてるかにゃー?」
「あ……最近、すっかり忘れてた……」
「リトルバケーションに、ういのアバターを作って、紅晴結菜の対象変更でコアをアバターのういに移す。
 あとは設定を弄って、相応の環境と機材、電力を確保するんだよ。これについては、わたくしとねむで、
 あてがあるから大丈夫だよ。ミラーズ対策も考えておいたからね」
「そうだ、記憶読み取り対策!どんな方法?」
「能力の解釈が間違っていたら考え直しだけど、梢麻友の中止の能力だ。聞いた限りでは、
 この能力は、相手の行動を止めさせることができるらしいんだ。だけど、相手がこちらを
 再度認識した場合は、効果が切れてしまうみたいなんだ」
「だから、何かの能力と合成できれば、記憶の読み取り対策もできるかもしれない」
「合成かぁ。梢さんと藍家さんの能力と……まだ足りないんだよね?」
「意外かもしれないけど、春名このみ能力と合成すれば、いけるかもしれない」
「私と同じ附属の先輩だ。どういう能力を持ってたかな?」
「手元にある情報では、文字通りの意味で花を添える能力だよ」

灯花が春名このみの能力を説明すると、フェリシアが疑問をぶつけた。

「待て待て。花が何の役に立つんだよ?」
「確かにこの能力単体だと、だから何としか思えないよー」
「本当にただ花を添えるだけらしいからね」
「だけど、花を添える能力に中止の能力を合成すれば、花を記憶読み取り防止の
 装飾品にできる可能性はある。花がW計画協力者の目印にもなるだろう」
「記憶が読み取られたかどうか、判断する方法はないんだよねー。気休め程度にしか
 ならないかもだけど、何もしないよりはマシなんだにゃー」
「それじゃあ今度、梢さんと春名さんに連絡しないと」
「いろはさんは梢さんと面識がないと思いますから、同じ学園に通う私が接触してみます。
 代わりに、いろはさんは春名さんへ依頼していただけますか?」
「分かったよ。ありがとう、さなちゃん」

「流石は里見さんと柊さんね。ミラーズ対策も考えてるんですもの」
「あまり期待されると、それはちょっと困るにゃー。希望的観測の領域は出ていないし……」
「ねむちゃん。話は戻るんだけど、桜子ちゃんを安全にサーバに移せる保証はあるのかな?」
「理論上では、ウワサの力を付与したサーバであれば、安全に移せるよ。
 検証を止めた日以来、知古辣屋零号店のカカオマスには、再び魔翌力を溜め込んでいるんだ。
 その魔翌力を使ったところで、カカオマスの役目も最後となってしまうけど」
「寂しくなるね……」
「ウワサを移す件だけど、当時の失敗を顧みて、手順を練ってから実行に移すよ」

鶴乃も続いて口を開いて、ねむに質問をする。

「それで本当に、あのアリナを何とかできるのかな?
 まだ脅威がアリナだとは断定できてないけどさ」
「断定はできてないけど、未来で再びアリナが現れると仮定する。その時のアリナが、
 どれほどの力を有しているのか、現状では全く分からないんだ。だけど、アリナに
 勝てる可能性を少しでも高めたいと考えている。故に、先に述べたウワサ以外を、
 すべて魔翌力へ還元して、桜子を世界に繋ぎとめる糧とするんだ。僕の存在なしで、
 未来で桜子が実体を維持するには、他に方法がない」
「|……ねむ、灯花。対価を用意するって言ってたけど、具体的にどうするつもりなの?|」
「可能な限り本人の意思を尊重して、僕たちにできる限りの範囲で願いを叶えるよ」
「キュウべぇにしかできないようなことは、さすがにわたくしたちでも無理だけどね」

そこへ、織莉子も再び口を開いて、未来へ要員を送る手段に疑問を投げた。

「灯花さん、マシンは実現するための技術が、まだ存在しないはずでは?」。
「あなたの言う通り、技術はまだ存在しないよ。一朝一夕で用意なんて、いくらわたくしでも
 無理なんだにゃー。遺体を冷凍保存するのとは違って、現在の技術では、生きている人間を
 安全にコールドスリープさせることは、できないんだよ」

そこへ、疑問を抱いたいろはが灯花に尋ねる。

「冷凍保存とコールドスリープって、どう違うの?」
「前者は死んだ人間を保存して未来の技術で蘇生させるもので、クライオニクスともいうよ。
 後者は生きている人間を、生存に必要な資源を節約すると同時に、身体の老化を極限まで
 遅らせようというものなんだよ」
「もののついでだけど、ハイパースリープや人口冬眠も同じ。言葉は違うけど意味は一緒だよ」
「もっとSFに触れておけばよかったな……。遺体を蘇生するって、そんなことが可能なの?」
「あくまで未来の医学技術に期待するものであって、絶対に蘇生ができる保証はないよ。
 医学技術が発展していることが前提だし、無駄に終わる可能性もあるからね」
「では、どうやって計画を実現させるのですか?」
「世界中の魔法少女の能力を調べた結果、能力の組み合わせ次第で、今すぐではないけど実現可能だよ。
 どうしても準備に時間はかかるけど、なるべく早く用意を整えるよう、善処はするからね」
「私の予知が、今よりも正確性が高くなってからでは遅いですか?」
「わたくしもそれがいいとは思っていたけど、最長で十年近くもかかるのを待つのは無理かな。
 魔法少女の魔翌力は、年を経ると回復しにくくなるし、今も力が落ちてきている魔法少女がいる。
 絶好調の魔法少女もいるけど理由は分からない。これまでがこれまでだし、悪い予感がするよ。
 それを考えると、準備ができたら、すぐに未来へ送り出すしかないんだよね……」
「……無理を言ってすみません」
「気にすることは、未来へ行く三人のことだよ」
「そう……でしたね……」
「|…………|」

その後、鶴乃、さな、桜子からは、考える時間が欲しいと返事があった。
織莉子とキリカが帰路に就く時間も迫ったため、その日は解散。
最後にかごめがキリカに取材を行った。

キリカがかごめに語った内容は、自身の存在が織莉子のためにあること、
織莉子がいなければ自分は今、ここに存在していないということだった。

「私と織莉子の出会いは今でも忘れられない。運命というものがあるなら、
 あの出会いのことを言うんだろう。私は私の失敗で、自分の在り方と今後を
 肯定してくれる誰かが必要だった。私のすべては織莉子のために……」

自身の主を絶対と仰ぎ、その主に対する忠誠心の高さを見て、かごめの
脳裏に二木市の二人の魔法少女が過った。


取材を終えた後、織莉子とキリカは見滝原市へ戻った。
灯花は三人に、後日、決心が固まったら自分を訪ねるように伝えると、
ねむと桜子を連れてみかづき荘を後にした。
来客が全員帰宅した後、居間を沈黙が包み、無言で全員が自室に戻った。


自室に戻った各々は夕飯の時間になると、やちよから声をかけられて再び居間へ集まる。
その日の夕飯は、やちよがすべて用意し、食事を終えても会話はなかった。
だが、沈黙に耐えかねたのか、フェリシアが口火を切る。

本日はここまでです。続きは明日以降に。

>>85からの続き

「なぁ、いつまで黙ったままなんだ。何も言うことないのかよ?」

顔を向けられた鶴乃は、思わず目を逸らして呟いた。

「それは、その……」
「鶴乃、さな……二人とも、本当にこのままでいいのか?」

次に顔を向けられたさなも、目を逸らして呟いた。

「そう言われても……」
「オレ、分かんねーよ。なんで受け入れられるんだ?二度と会えなくなるんだぞ?」

鶴乃とさなを攻め立てているようにも見えるフェリシアの様子を見かね、
横からやちよがそっと声をかけ、いろは、ういが続く。

「フェリシア、二人ともまだ現実感がないのよ」
「百年も先の未来のことなんて、私も想像できない。アリナさん…いや、アリナはベストアートを、
 未来で完成させようとしているんだと思う。だけど、そんな実感が全然わかないよ」
「お姉ちゃんと同じ意見だけど、私も本当のことのように思えないよ……」

三人の返事を聞いて、鶴乃とさなが答える。

「気を使ってくれてありがとう、フェリシア。ししょーの言う通り、今日のことが本当のことじゃないみたい」
「フェリシアさん、ごめんなさい。私も、ずっと考え込んでいて、頭の整理がまだ追いついていなんいです」
「さっきからずっと、頭の中がぐるぐる回りっぱなしなんだよ。織莉子が来た日から会合が何度かあって、
 浄化システムが返ってきて、生き残ってる魔女を全部、殲滅しないといけなくて……」
「……みなさん、すみません。今日はもう部屋に戻らせていただきます。ごちそうさまでした」
「私も、今日は泊まらないで家に戻るよ。お父さんに今日のことは話せないけど、私も考えをまとめたいから」
「分かったわ……」

その日、鶴乃は食事を摂る前に帰路につき、さなも部屋へ戻った。
あとに続くように、いろはとういも部屋へ戻ったが、フェリシアは居間に残って考え込んでいた。
いろはたちが部屋に戻ったのを確認すると、やちよが声をかけた。

「……あなたが正しいわ」
「やちよ?」
「百年も先の未来に送られることになって、冷静でいられるわけがない。
 もし、選ばれたのが私だったら、どんな気持ちだったか」
「そんなの、鶴乃もさなも…桜子は分からねーけど、頭がこんがらがってると思うぜ」
「そのはずよ。私は、悪い意味で現状に慣れしまったのかもしれない」
「……何が言いたいんだ?」
「マギウスの翼が存在したころ、私たちは里見さんたちが掲げていた、魔法少女至上主義を否定したわ。
 未来の魔法少女のために、現在を生きる人類を、魔法少女を犠牲にするべきではないと。……でもね、
 あの頃から時間が経つにつれて、これも仕方がない、容認するしかないとか、少しずつだけど、確実に
 考えが変わってきたと思う。当時と現在では取り巻く状況も違う」
「だから、鶴乃たちが未来に送られることも、受け入れるしかないってか?」
「……他にどうすればいいのか、私には分からない。フェリシアは、三人の代わりに志願する?」
「そ、そりゃあ……」

「私もできないわ」
「……結局、何を言っても我儘にしかならねーんだな。鶴乃たちが行くの嫌だからって、
 オレが代わりに未来に行くかって言われてたら、行きたくねーもん」
「…………」
「すまねぇ、愚痴ばっかりで。まだ頭がこんがらがってんだ。難しい話ばっかだったし」
「私もSFチックなところは自信がないわ」
「……今日は頭が疲れたから、もう部屋に戻る。おやすみ、やちよ」

フェリシアが部屋に戻るのを確認すると、やちよも自室に戻った。
空気の重さは変わらず、その日は全員が早々に寝床に入り、一日を終えるのだった。

二回目の織莉子との会合を終えた翌日。
鶴乃はいつもの時間にみかづき荘に現れず、考えが纏まるまで来訪を控える連絡があった。
さなも家出をしたはずの義実家に戻り、鶴乃と同じ理由で一時的にみかづき荘を離れた。
折り合いがついたら戻るという二人の言葉を信じ、桜子のことは灯花とねむが引き受けたが、
桜子が本の中に入ったきり、外に出てこないという連絡が入った。

『声をかけても返事をしてくれないんだ。あんなことを言った手前だから、
 無理もないとは思ったけど、正直、わたくしたちも堪えてる』
「灯花ちゃん、本当に鶴乃ちゃんたちじゃなきゃいけなかったのかな?」
『何度もねむとは話し合ったし、本当に何度も考え直したよ。神浜市だけでも
 百人以上も魔法少女がいる中、W-3に適任だって思えたのは、最強さん、
 透明人間さん、桜子だったんだよ』
「私じゃダメだったのかな?」
『いろはお姉さまはユニオンのリーダーで、代わりを担える人はいないよ。
 他の陣営と協力し合えるようになったは、お姉さまがいたからだもん』
「…………」
『三人に絞り込む前、候補に挙がった人の中には、やちよお姉さまと、ももこもいた』
「やちよさんとももこさんも?」
『だけど、やちよお姉さまは絶好調の理由が分からないし、いつ魔翌力が衰退してもおかしくない。
 十咎ももこは、家族も仲間もいない環境じゃ、精神が持たないかもしれない。そうじゃなくても、
 バッドタイミングっていう不確定要素は、存外馬鹿にできない』
「家族……仲間……灯花ちゃん、もしかして、鶴乃ちゃんとさなちゃんを選んだ理由は……」
『お姉さま、ねむが代わってほしいって』
「ねむちゃんもそこにいるの?」

『お姉さん、先日はお疲れ様。未来に送るメンバーのことなら、僕から話させてもらうよ。
 要員の選定は二人で行ったけど、最終決定は僕がしたんだ』
「そうだったんだ」
『ここから先の話は、いろはお姉さんの中だけに留めてほしい。約束してもらえるかな?』
「約束するよ!」
『……実は鶴乃の父は体調不良で、メディカルセンターに通院してるんだ。鶴乃は父親が
 風邪を患ったと思ってるけど、もっと深刻な病を抱えているよ。それを知った理由だけど、
 そこは察しが付くと思う』
「……カルテ?」
『うん…。要員の選定を進める中で、家族の有無も判断材料も含まれていた。どの程度、
 家族に対して未練があれば、まず精神が持たないからね。さなは、比較的早い段階で
 要員に決まって、桜子は一番最初に決まったんだ』
「ということは、三人目をどうするかが問題だったと?」
『そうなんだ。やちよお姉さん、十咎ももこの他にも候補に挙がった人はいるよ。
 だけど、最終的に選んだのは鶴乃だった。はっきり言うけど、家族を持たないか、
 家族がいても自立心がある魔法少女のほうが、都合がよかった』
「もしかして、鶴乃ちゃんのお父さんは……」
『……あと一、二年で答えが出るよ』
「鶴乃ちゃん……」
『あと、要員の人数が三人である理由は。ナッシュ均衡に基づいている』
「ナッシュ均衡?」
『細かく説明すると一日では終わらないから、申し訳ないけど、詳細はいろはお姉さんで
 調べてほしいんだ。そのうえで聞きたいことがあれば、メールを送ってくれるかな?』
「ねむちゃんに送ればいいんだよね。分かった」
『今日は愚痴に付き合ってくれてありがとう。そろそろ電話を切るよ』
「私こそ、質問に答えてくれて助かったよ。それじゃあ」

いろはは電話を切ると、考えを切り替えてW計画へ集中することを決め、みふゆに連絡を取った。
昨日の会合でW-1、W-2の草案を受け取ったことを聞いたみふゆは、さらに翌日の午前中に、
みかづき荘へ内容確認に訪れ、事態の深刻さに表情を曇らせた。

「鶴乃さんたちのことも気になりますが、折り合いがつくのを待つしかありませんね」
「私たちにできることは、何もないということですか?」
「灯花とねむの提案を覆せる代案があれば、提案するのもいいかと。ですが、何かありますか?」
「……いいえ」
「……ワタシも同じです」
「灯花ちゃんとねむちゃんに頼りきりで、今更何も言えなくて……」
「冷たい言い方になってしまいますが、本当にできることがないんですよ。
 それとも、鶴乃さんかさなさんの代わりに、いろはさんが志願しますか?」
「…………私には…………できないです」
「…………」
「すみません。余計なことを言って」
「……話を変えますよ。それよりも草案のことです」
「えぇ」
「原案ではなく、成案となるのは時間の問題です。W-3が決定した今、W-3に協力が必要な
 魔法少女との会合を設けましょう。いろはさんは、衣美里さんに連絡を取って下さい。この前と
 同じように、場所を貸していただけるか尋ねて下さい」
「はい。その後は、同じ学校のれいらさんから連絡します」
「すみません、いろはさんは、他の陣営で協力が必要な方へ連絡をお願いします。
 ユニオン内で名前が挙がっている方には、ワタシから連絡をします。ワタシは、
 他の陣営の方との交流が少ないので、いろはさんでなければ駄目なんです」
「わ、分かりました。ユニオンのみんなへの連絡は、みふゆさんにお願いします」

そこからは、いろはの予感通り、事態は急展開を迎えた。
灯花とねむに、W-3へ協力が必要な魔法少女との会合開催を報告すると、鏡の魔女結界の
記憶読み取り対策として、梢麻友と春名このみも招集するよう要請があり、その週の休日には、
全員がエミリーの休憩所へ集合した。

W-1、W-2の時と同じくいろはが主催、みふゆが副主催として会合に臨んだが、この日は、
W-3の草案を急遽練り上げた、灯花とねむも参加。素案ではなく草案なのは、事態の重さを
伝える策であると、いろはとみふゆに灯花が語った。

御園かりんは入院中のため不参加だったが、その日に彼女の見舞いに向かった、十咎ももこと
水波レナ、秋野かえでの三人から、かりんの協力を取り付けたと会合中に連絡が入る。
かりんはアリナと近しいことから、W計画の存在は伏せ、ヒヒイロカネの開発を試みているという、
カバーストリーを立てた上で接触し、協力を得たという。

会合の出席者の中には、粟根こころの身を案じたのか、加賀見まさらと江利あいみがいた。
また、三栗あやめには、遊佐葉月と静海このは、伊吹れいらには、桑水せいかと相野みとがおり、
会合は慎重に進められた。

「私の能力ですけど、花を添えるだけの能力が、本当に役に立つんですか?」
「私の中止の能力と合成すると聞きましたけど……」
「私チャンが二人の能力を合成して、花をアクセにするんっしょ?」
「それでうまくいくかは、まだ分からないんだ。ただの気休め程度にしかならないか、 こちらの目論見通りになるか」
「ミラーズは迂闊に手を出せないから、最後に始末をつけることになると思ってるよ。
 作戦通り対策できれば、ミラーズ攻略もだいぶ楽になるんだにゃー」
「いろはさん、私からもいいかな?せいかから質問があるみたいで」
「何でしょうか?」
「自分の能力も隠蔽だけど、莉愛さんの能力も隠蔽。自分も協力できないかって」
「それはありがたいんですけど、同じ隠蔽でも、性質が異なることが理由で、莉愛さんに協力を仰ぎました」

「私と桑水さんの隠蔽は、どう違うというの?」
「それは僕から答えさせてもらうよ。あなたの隠蔽は事実を、桑水せいかの隠蔽は
 一時的に姿を隠すもの。コールドスリープで未来に鶴乃たちを送るには、長期間、
 外部から収容施設自体を隠すことが、安全を確保することにも繋がる」
「そう……いう……」
「なるほどね。私からの質問は以上よ」
「おーっす!あちしからもいいかな?」
「あやめちゃん、どうぞ」
「あちしの能力はどう使うの?」
「マシンの長期間の保護ができるだろうと踏んでいる。ワルプルギスの夜襲来時、
 多くの魔法少女を守り通した事実もあるし、きっと可能だと思う」
「こりゃ驚いた。あやめも高く評価されるようになったもんだね」
「流石は私たちのあやめね」
「次は私からいいかしらぁ?」
「紅晴さん、どうぞ」
「リストに挙がってる魔法少女の能力は、私の対象変更でマシンに移すのよね?」
「藍家さんの合成とも合わせて、その想定です」
「私は構わないのだけど、実行するのはいつになるわけ?」
「マシンの完成次第だよー。と言っても、現在の技術だと冷凍保存が限界だから、
 冷凍保存装置を組み上げて、そこに能力を合成するの」
「それでうまくいく保証は?」
「未知数だけど、インフラさえ無事なら、マシンは百年以上稼働が可能だよ」
「環さん、私も!」
「静香ちゃん、どうぞ」
「七支刀の件だけど、七支刀を野放しにはできないから、必要になったときに貸すわ。
 それと、その時は私も一緒に立ち会わせてほしいんだけど、それもいい?」
「もちろんだよ」

「で、七支刀をどう使うんだっけ?」
「七支刀は、わたくしの知り合いの研究所にある大型機械で、解析にかけるの。
 それからどうするかは、一緒に来てもらえれば分かるよ」
「そうさせてもらうわ」
「あたしからも!」
「あやかさん、どうぞ」
「話がずっと進んでるとこで悪いんだけど、一人足りないよね?」
「氷室さんのことですね。それが……」

氷室ラビは、リーダー同士の会合以降も、連絡が取れなかった。
湯国市に赴いているという情報が入った日以降、それ以上の動きは不明。
不在の理由が理由なだけに懸念は拭えなかったが、できることがないと回答した。
その後、出席者全員からW-3への協力を取り付け、会合は解散。
いろは以外の出席者は所用のため帰宅し、いろはは一人残って後片付けに入った。
その片付けも終わろうとしたとき、十咎ももこが訪れた。

「おっす、いろはちゃん」
「ももこさん、どうしたんですか?」
「今日、ここで会合してるって聞いたからさ。帰りがけに寄ってみた」
「わざわざ、ありがとうございます」
「見た感じ、片付けも思わってるのかな。バットタイミングっぽいね」
「あとは部屋の鍵を衣美里さんに返して、帰るだけです」
「もう少し早く来れればよかったんだけど、ごめんね。かりんちゃんのことで、話しておこうと思って」
「何かあったんですか?」
「協力は得られたんだけど、ちょっと困ったことになっててさ」

ももこが語る話では、かりんは鏡の魔女結界内部でアリナと接触したようだ。
鏡の屋敷で倒れていた理由を尋ねたところ、、かりんはアリナに、アリナ・グレイ改心計画を選んでもらえなかったという。
鏡の魔女の元となった、瀬奈みことという魔法少女の意識体が結界中枢におり、利害の一致からアリナは手を組んだらしい。

「アリナ・グレイ改心計画って、一体…」
「内容を聞いてみたんだけど、いろいろコメントに困る内容でね……」

ももこは、かりんから受けた説明を要約し、悪さをしてきたアリナが考えを改めるものらしい。
しかし、その改心そのものは、外的要因で成されるものではなく、アリナ自身が心を入れ替えるという、
他力本願ならぬ、アリナ本願のようなもので、とても計画とは言い難いものだった。

「それで、最後なアリナ・グレイ進化計画を取ったと」
「そうらしいんだ。もう一度、アリナたちに接触しようとしたけど、今度はコピーの大群に襲われたみたいでさ。
 多勢に無勢で、命からがら結界を脱出したところで、倒れてたみたいなんだ」
「かりんちゃんは、かりんちゃんで動いてくれてたんですね。」
「いろはちゃん。織莉子って人が視た未来って、アリナ・グレイ進化計画が成功した未来なんじゃないかな?」
「ミラーズとの繋がりも、これではっきりしましたし、もう断定していいと思います」
「そうだな。アリナはミラーズから百年後の未来へ渡って、そこで進化計画とやらで、ベストアートを完成させるつもりなんだ」
「私たちがミラーズに入っても、未来へ渡れる可能性は皆無です。みかづき荘に帰ったら、みんなに話をします」
「そうしてもらえると助かるよ」

いろはは、ももこと共にエミリーの休憩所を後にし、途中で別れて帰路についた。
既に夕飯が準備されており、他の住人は先に済ませていたため、食事を一人済ませると、やちよに声をかけた。

本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。

保守

>>95からの続き

「今日の会合の報告ね」
「はい。W-3はそれと、アリナのことでももこさんから情報が」
「何があったの?」
「かりんちゃんが、ミラーズでアリナ・グレイと接触していたそうです」
「マジかよ!じゃあ……」
「でも、アリナのことは止められなかったって」
「かりんさんは、どうやってアリナさんと会ったんだろ?」

御園かりんがアリナ・グレイと接触することができた理由は、瀬奈みことの手引きだった。
普段なら結界に立ち入るや否や襲ってくるコピーが、一体の秋野かえでのコピーを除いて
全く現れず、アリナと会うことを望むかりんを結界中枢まで引き込んだ。そこでアリナと
みことに会ったかりんは、過去の歴史の数々と、アリナ・グレイ進化計画を知ることになり、
アリナから一つの約束を言い渡された。

「その約束って?」
「瀬奈みことが神浜市を滅ぼすことができたら、アリナは滅びを追求し続ける。
 失敗したら、かりんちゃんのアリナ・グレイ改心計画に乗る、だそうです」
「なんだよ、そのダッセー計画名」
「名前は変かもしれないけど、かりんさんは真剣だと思うな。そうじゃなかったら、
 たった一人でミラーズに乗り込むなんて、無茶するわけないと思う」
「前提がまずおかしいのだけど、そんなことアリナ相手には今更過ぎるか。
 それはそうと、御園さんは結界の外で倒れてて、病院に運ばれたわけね」

「はい。ももこさんからの又聞きなので、詳細は分かりませんが、 アリナはアリナ・グレイ進化計画を選んだみたいです」
「……そう、分かったわ。これで方針は完全に決まったわね」
「えぇ。鶴乃ちゃんたちには悪いとは思いますけど……」
「アリナに会えたなら、また会いに行けばいいんじゃね。かりんだったらいけるだろ」
「もう一度結界に入ったら、今度はコピーに襲われたんだって」
「それで病院に運ばれたのか」
「私は、灯花ちゃんたちに今日のことを報告して、浄化システム方の 進捗状況を聞いてみます」
「分かったわ」
「ところで、鶴乃ちゃんとさなちゃんから、何か連絡は……?」
「二人とも何も連絡してきてないわ」
「そうですか……」
「……オレは鶴乃とさなを信じてる」
「きっと、落ち着いたら戻ってきてくれると思うな」
「……そうだね」


同日の夜、いろはは灯花に連絡する前に、織莉子へ連絡を入れた。
織莉子との最初の会合終盤、アリナの行方調査の件で、情報漏洩してしまったと気にしていた。
心配がない旨を伝えたところ、複雑な心情を思わせる声色で礼を告げた。

『アリナ・グレイはミラーズから未来へ渡ってしまったのですね、いろはさん』
「……うん。鏡の魔女とアリナの結託が確定したんだ。織莉子ちゃんの予知は
 間違っていなかったんだよ」

『そうですか……』
「…………」
『コールドスリープマシンの開発は、どこまで進んでいますか?』
「材料の開発が始まっているところで、マシンそのものの完成は当分先だと思う」
『分かりました。私に他に協力できることはありますか?』
「うーん……マシンの開発に、膨大な魔翌力が必要になるんだ。織莉子ちゃんからも魔翌力を
 分けてもらえると助かるんだけど、大丈夫かな?予知には、魔翌力をかなり消費するって
 前に聞いたから……」
『確かに魔翌力消費量が大きいですが、最近はキュウべぇが手を加えた、魔翌力消費量の改善が
 反映されてきて、能力も安定してきているんです。最長で十年かかるとは言ってましたけど、
 思いのほか早く反映されているので、多少の協力はできると思います』
「本当に大丈夫?」
『今すぐは無理ですが、もう少し時間が経てば』
「ありがとう、織莉子ちゃん」
『他に何かありますか?』
「今日はそれだけ伝えたくて電話したんだけど…そうだ、もう一ついいかな?」
『なんでしょう?』
「織莉子ちゃんは、最近、犯罪組織絡みの事件が増えたこと知ってる?」
『あまり意識はしていませんでしたけど……テレビやラジオで、そういうニュースを聞く
 頻度が高くなった気がします。そういえば最近、十代の少女が十人以上救助されたとか、
 報道があったばかりでしたね』
「やちよさんが言ってたんだけど、キュウべぇが星から撤退するって言った日から、
 そういうニュースが増え始めたんだって。エネルギー回収ノルマが達成されたり、
 織莉子ちゃんの能力を改善したり、百年後の未来がどうこうの前に、近いうちに
 よくないことがありそうで……」

『いろはさんのおっしゃる通り、このところ、私たちに都合のいいことが多いですね。
 だからこそ、危険が近くに迫っていると考えるべきなのでしょう』
「織莉子ちゃんは、犯罪組織の事件のニュースとキュウべぇの撤退は、何か関係あると思う?」
『そうですね……断言はできかねますが、無関係ではないように思えます』
「……私もなんだ」
『……いろはさん。アリナ・グレイの件は、方針が決まりましたし、準備も進んでいる。
 私は、最近発生している事件と、キュウべぇ撤退の関連性を調べてみようと思います。
 一先ずの結果は、次の会合でお伝えします』
「分かった。ありがとう」
『いいえ。こちらこそ、本日は態々連絡をくださって、ありがとうございます。
、次の会合でまた会いましょう。おやすみなさい』
「おやすみ、織莉子ちゃん」

織莉子との電話の後、いろは灯花とねむへ連絡を入れたが、二人とも不在で桜子が応対した。
桜子の話では、電波望遠鏡の設備では足りない研究に取り掛かっており、別の施設に数日間、
泊まり込みで向かっており、戻るのは翌日以降だという。

「|灯花とねむに何か伝えることがありなら、私が聞く。何かあった?|」
「ももこさんからの情報なんだけど、かりんちゃんがアリナとミラーズで……」


「わたくしたちがやることは、はっきりしたよ」
「元々予感はあったけど、これでW計画の草案は、すべて成案に持っていけるね」

いろはから桜子経由で報告を受けた灯花、ねむは、未来の脅威の正体が、鏡の魔女と結託した
アリナによる”アリナ・グレイ進化計画”であると確定する。

関係者以外に存在を伏せていた
W計画は、万が一を考慮し、W-1(国内の魔女殲滅)、W-2(海外の魔女殲滅)を公開し、
W-3(コールドスリープマシン開発)は関係者のみの周知事項とした。
今日までにまとまった会合の結果から今後の計画を立てた、W-1は浄化システムが広がれば
すぐに実行できるようになり、ねむががW-2の計画を立て、灯花がW-3を進めた。
また、御園かりんの協力を得る材料として用意したカバーストリー、ヒヒイロカネの開発は、
全くの偽りではなかった。

「うまくけば、超長期間の稼働に耐えうるマシン開発の一助になるよ」

今後、七支刀を解析して得られる結果次第ではあるが、ねむが過去に作成した
ウワサを使い、伝説上の存在であるはずの金属を実現できる可能性があった。
桜子以外のウワサはねむが消していたが、ねむが作成したウワサは桜子がすべて記憶している。
目途が立てば桜子の協力の下、ヒヒイロカネを開発することも計画に含めた。

「小さいキュウべぇの解析は進んでるかい?」
「解析は終わって、結果を確認してるところ。だけど、情報量が膨大だから、
 スーパーコンピューターで情報を整理中。まだ時間はかかりそう」
「今更だけど、スーパーコンピューターをよく調達できたものだね」
「世代交代で引退したものを借りてるんだよ。お父様の伝手のおかげだけど」
「せっかく借用できたスーパーコンピューターだ。七支刀の解析も一緒にしたかったね」
「浄化システムを広げるのが最優先だし、スーパーコンピューターもまた借りられる。 今のところ問題はないよ」
「なら、僕たちは浄化システムを広げることに集中しよう」

翌週の休日。
春名このみと梢麻友、藍家ひめなは、いろはと共に電波望遠鏡を訪ねる。
この日、灯花とねむの立会いの下で能力の合成が行われた。

「どんなのがベストかは、私チャンがヒコくんで決めといた。
 バトル中に勝手に取れたりしないし、邪魔にもなんないよ」

合成された能力は、頭部装飾品として形を成した。
ひめなの説明によれば、装着する人に合わせて形を変えることが可能。
記憶の読み取り対策以外にも、様々な応用が可能だという。

「花を添えるだけだと思ってた私の能力に、こんな使い道があったなんて……」
「莉愛ちゃんの隠蔽を合成すれば、姿を隠せたりするんでしょうか?」
「治癒効果の能力だったら、仮初の再生能力とかできそうですね」
「やり方次第になるかな~。可能であって絶対じゃないし?」
「これならW-3もきっとうまくいきそうだね」
「あとは、実験が必要だけど、記憶が読み取られたかを判断する方法がない。
 ミラーズ側の出方から判断するしかないだろうね」
「じゃあ、私が被験者になる。今からいいかな?」
「おけまる!」

一同は鏡の屋敷へ移動し、いろはが装飾品を頭部につけて結界へ入り、他のメンバーは
結界に入るいろはを見送った。装飾品が想定通りの効果を発揮すれば、鏡の魔女結界が
普段とは異なる反応を見せる可能性に賭ける。

一同は鏡の屋敷へ移動し、いろはが装飾品を頭部につけて結界へ入った。
他のメンバーは、結界に入るいろはを見送り、装飾品が想定通りの効果を発揮ることに期待を寄せる。

「向こうはどう出てくるんだろう?」
「総攻撃を仕掛けてきて、戻ってこないなんて…そんなことにならないといいです…」
「何にせよ、私チャンたちは、いろりんの無事を祈るしかないんだよね」

いろはが鏡の魔女結界へ足を踏み入れ、周囲を見渡すと、それはすぐに起こった。
侵入とほぼ同時に魔法少女のコピーに襲撃され、体は条件反射的に反撃体制を取る。
コピーは頭部の装飾品を一直線に狙い、破壊を試みてきたため、頭部の装飾品は役目を果たしていると判断できた。
襲撃してきたコピーを倒して結界を出た後、いろはは結果を報告。

全員から「作戦成功!」と歓声があった。

この実験以降、装飾品はW計画参加者を優先して作られ、徐々に数を増やすことになる。

本日はここまで。続きは明日以降に。

>>104からの続き

話は鶴乃、さな、桜子の三人が、未来へ送られる要員であると発表された日に遡る。
家に帰った鶴乃を待っていたのは、シャッターが下りたままになった中華万々歳と、
シャッターに貼られた店主都合による休業を告知する貼り紙、体調不良を訴えて以来、
度々体調不良の様子を見せるようになった父の姿だった。

「お父さん、ただいま」
「おかえり、鶴乃。今日は泊まるんじゃなかったのか?」
「お父さん放って家を空けるわけにいかないよ」
「俺のことなんか気にしなくていいのに」
「そんなこと言わないでよ。夕飯作るから、何かリクエストある?」
「……そうか。それなら、おかゆをもらおうか。ここのところ、食欲がな」
「分かった。お父さんは座ってて」

鶴乃は着替えを済ませると、厨房の電気をつけて夕飯の準備に入る。
店舗から居間に上がる段差に腰掛ける父を横目で一瞥し、水道のレバーを上げた。
蛇口から勢いよく水を放出すると、鍋で入れて米を研ぎ始め、濁った水を捨てながら、
梅干しと昆布のどちらを載せるかを考える。

休業以来、食材の用意は自分たちの生活分のみとなり、父の食欲との兼ね合いから、
最低限の食材しか置かないようにしているものの、お米だけは常備していた。
滞りなく用意は整い、土鍋におかゆを移すと、梅干しと昆布を載せて蓋を閉じる。
土鍋を蓮華と共に盆にのせると居間に上がれば、父は既に炬燵に入って待っていた。
卓に土鍋を置くと、お茶を入れている間に、父は食事に手を付けていた。

「おかゆは鶴乃の作る、梅と昆布を載せたのが一番だな」
「お父さんが言ってくれれば、いつでも作るよ」

湯呑を置くとお茶を一口すすり、父はおかゆを口に運んでいく。
食欲がないと言っていたが、食事の進み具合を見て一安心し、明日の食事の用意に思案を巡らせた。
下校後に寄る店での買い物リストを、頭の中で組み立てている最中、何気なく視線を居間の隅に移した。
そこにある棚には封筒が無造作に置かれており、顔を覗かせている書類の束が目に留まった。

「この書類は?」
「あぁ、それか。実はな……」

鶴乃は封筒を手に取って中の書類に目を通したが、途中で左右に動かしていた目の動きが止まり、
顔を上げて父に目を向けた。

「……お父さん、これはどういうこと?」
「いずれきちんと話をしなければと思っていた。ちょうどいい機会かもしれん」
「立ち退き勧告って何?こんなの聞いてないよ!」

父は食事を終えると蓮華を置き、口物を拭って語り始めた。
曾祖父の代から続く店舗は老朽化対策から改修を度々行っていたが、耐震基準が
変更されて新耐震基準になってからは、改修を繰り返してその場を凌いでいたが、
店舗の維持はいよいよ困難となった。今では老朽化が進んでいるため、これ以上は
建物を解体して新たに建て直さない限り、経営を続けられないという。

「耐震改修はしてきたが、老朽化はどうしても進む。新たに建て直すにも費用の問題がある」
「じゃあ……店を畳むってこと?」
「……鶴乃。本音を言うとな、最近は店に建つことが厳しくなってきたんだ。
 俺も老朽化が進んでるからな、ははは」
「お父さん、笑い事じゃないでしょ!」

「……あのな、鶴乃。お前に謝らないといけないことがある」
「何?」
「ずっと隠してきたが、今年に入ってから俺は度々通院してる」
「え?」
「風邪をひきやすくなったと思ってたが、免疫力が落ちていてな。近々、人間ドックを受ける」
「そんなに体が酷いの?」
「場合によっては入院になるかもしれん。その場合、退院できる時期も分からん」
「どうしてそれを、ずっと黙ってたの!?」
「…………すまない。改めて話をしなければと思ってが、言い出す決心がつかなくてな。
 お前は学校がある。大学進学も控えてて今が大事な時期だし、迷っていた」
「お医者様はなんて?」
「すぐにでも人間ドッグを受けるよう勧められたから、二週間前に予約を済ませてある」
「いつ受けるの」
「週末だ。そこに一緒に並んでるキットは、検査用のものだ」
「…………」
「人間ドッグの受診が終わったら、今後について改めて話をしよう。
 ……おかゆ、おいしかったぞ。ごちそうさま。いつもありがとな」
「……おそまつさまでした」

父が炬燵から出て居間を出るのを見届けると、鶴乃は後片付けを始めた。
自身も夕飯を摂るつもりだったが、W-3の件と父から聞いた話も相まって、
食欲は沸いてこなかった。

封筒の中身に改めて目を通し、父が話した通り、店舗は改修を行っても耐震化が
望めない旨が記載されていた。立ち退きの期限はまだ先だが、期限内に立ち退けば
立ち退き料が入り、土地を売却すれば借金も残らず、収支計算の結果としては寧ろ、
プラスになることが判明。父が何を話そうとしているかは、嫌でも予想がついた。

だが、予想が外れる淡い期待も手放せない。
もしかしたらという考えを捨てることは出来なかった。
鶴乃は書類を封筒にしまうと元の場所に戻し、その日は早めに就寝するのだった。


翌日。
店の休業以来、朝の仕込みの手伝いから始まっていた一日は、店内の清掃から始まっていた。
生活習慣はそれでも以前と変わらず、いつもと同じ時間に起床すると、父の朝食の用意をすると、
学校へ早めに向かっていた。

住居部分の玄関から家を出て店前に出ると、閉まったままのシャッターと、貼られたままの休業の
知らせがどうしても目に入る。店の玄関から勢いよく出て「いってきまーす!!」と、父に声をかけて
学校に向かっていたのも、ずっと昔のようにさえ思えた。

未来へ渡る要員として選ばれた日から、気分は沈んだままだったが、父にそんな表情を見せずに
済んだことに一先ず安堵した。しかし、それも束の間。次の瞬間には自信を取り巻く状況の重圧が
圧し掛かる。学校にいる間なら、気を紛らわせることができるかもしれないと思うも、そんな考えは
すぐに消えることになる。

学校は長期間の休暇が近く、周囲はどことなく慌ただしい。
休暇期間中に出かける先を話し合う生徒もいれば、昨日見たテレビ番組の話で盛り上がる生徒や、
プレイ中のゲームの攻略で盛り上がる生徒もいる。そんな中で鶴乃も明るく振舞い、他愛のない
雑談に興じていたが、少しでも気を抜くとすぐに、自分を取り巻く現状に思考が奪われた。

共に店の再建を誓った姉は別の道を歩み、母と祖母は家族を裏切って長期の海外旅行に出かけ、
父は病を抱えていて、自身はコールドスリープを控えている身。灯花とねむからは、出来る限りの
範囲で願いを叶えると言われていたが、すぐにその願いの内容も思い浮かばない。

「……鶴乃、聞こえてるか!」
「え?なに?」
「鶴乃、授業中だよ」
「え、うぇ?」

後ろの席の生徒に声を掛けられ、周囲を見渡す。
つい先ほどまで休み時間だったはずなのに、すでに次の時限目の授業中だった。
ボードに書き込まれた計算問題を解くよう、教員に自分が指名されていたらしい。
授業開始から五分経っており、慌てて席を立ってボードに向かっていき、問題を
解いて席に戻ると、頭を抱えて深呼吸をする。

(マズイな……)

その日の昼は、いつもはいろはたちと食事をしていたが、足が向かずに自分の
教室で一人で食事を済ませ、自身と父、店の今後に思案を巡らせた。

さらに翌日。
学校から帰宅すると、居間の卓に父の書置きが置かれていた。
先日、父が話していた人間ドッグに向かっているらしく、行先が里見メディカルセンターである旨が、文中に記載されていた。
着替えを済ませると、卓に置かれたままの書類を手に取り、他にも書類がいくつかあることに気づく。

そこには銀行からの借入金と、借入金の完済日までの毎月の支払金額が記載されていた。
他には、不動産屋と交渉したと思われる書類があり、父は複数の不動産会社と交渉したようだ。
土地の売却価格が記載された書類が複数あり、一番高い価格が提示された書類に丸がついている。
さらにもう一つは、土地区画整理に関わる書類があった。

「く、区画整理…!?そ、そんな…こんなの聞いてないよ…!」

そこへ、鶴乃の父が帰宅して居間へ入ってきた。

「ただい……ん?」
「お父さん、これ……」
「…………うっかりしてたな。片付けたつもりだったが」
「区画整理って何の話?」
「…………」
「私、こんな話聞いてないよ……」
「見られた以上は、全部を話そう」

鶴乃の父は、卓を挟んで鶴乃と向かい合い、眉間に皺を寄せて口を開く。
曰く、この数日間、鶴乃の父は鶴乃が留守の間、土地区画整理の対象となった土地を、
高額で売却できる不動産屋を複数、日にちを置いて招き、査定を依頼していたという。
店舗は耐震化が望めないことと、自身の抱える病と向き合った時から、解体することを
既に決めていたとのことだった。

「母さんとばあさんは、どこにいるか分からなくて連絡できなかった。
 だが、 お姉ちゃんにはもう話してある」
「一緒にお店を立て直そうって言ったのに……!」
「お前の気持ちを理解できないわけじゃない。だが、現実はどうだ?」
「…………」
「ここに大金があっても、店を立て直すのは無理だ」
「お店……閉めるしかないの?」
「……鶴乃。俺のじいさん、お前からすれば曾じいさんだが、ずっと続いていた店が
 落ちぶれたのは、俺の力不足が原因だよ。それでも店を続けてきたのは俺の意地だ。
 鶴乃そこに付き合う必要はない」
「そんな言い方って」
「もしどうしてもお前が店を続けたいなら、お前はお前の中華万々歳を築けばいい。
 中華万々歳は俺の代で畳むが、お前が店を持つなら、そこから先はお前の歴史だ。
 俺の意地に付き合おうとするんじゃなく、お前の想いを形にするために店をやれ。
 それができなくても、店をやることだけが人生じゃない」
「そんな言い方って……」
「それと、な。店の後始末が済んだら、俺は病院に入る。お前が今後住むところは
 既に手配してある。住居の用意は今月中にできるそうだ」
「…………」
「引っ越しが済んだら廃業届を出す。だが、その前に……一度だけ営業する。
 長年世話になった土地だ。最後に、常連さんだけでも来てくれればいいさ。
 全商品を半額で提供し、お前の曾じいさんから続いた中華万々歳の歴史に、
 潔く幕を下ろす。ここは俺の店だ。鶴乃は鶴乃の店を開くか、それ以外の
 道を選べばいい」

「…………いつ?」
「ん?」
「いつ最後の営業をするの?」
「来月はちょうど、店の創業日だ。その日を最後にしよう」
「……分かった」
「纏められる荷物は、今からでもまとめておきなさい。俺もそうする」
「うん……」

二人は話を終えると立ち上がり、居間を出ようとしたが、突然大きく家屋が揺さぶられる。
その次の瞬間には、電灯や家具が大きく揺れ、ケトルや湯呑が倒れ、棚から書類が落ちた。

「じ、地震!」
「鶴乃、伏せるんだ!」

両膝を折ってしゃがみ込み、両手で頭を抱えて頭を守り、揺れが収まるのを待つ。
揺れはそれから程なくして収まるが、揺れが収まったとき、棚に置かれていた小物の
殆どが畳の上に散らばっており、それらの回収と並べなおしを余儀なくされた。
テレビをつけると、たった今発生した地震の速報が報じられており、全国地図では
神浜市に震度4が表示されていた。

震源地は神浜市から離れた山間部で、土砂崩れで通行不能になった道路や、土砂に
押し流された住居が映され、詳細が入り次第、続報の情報を届ける旨が報じられると、
映像は番組のスタジオを映して、次のニュースを報じ始める。

「酷いことになってたね……」
「神浜から離れてはいるが、震源地は震度5も出てるんだな」
「今の揺れ、お店に影響出てないかな?」
「厨房を見に行こう。水漏れでも起きてたら事だ」

二人は厨房に移動して様子を見たが、心配していたことは起きていなかった。
しかし、テーブルに逆さにして掛けていた椅子が全て落ちており、余震を気にしつつ、
清掃を済ませてテーブルを戻し、居間に戻ってきた。

「今の地震でお店、ダメージ入ってたりしないよね……?」
「店を最後に耐震改修をしたのは、かなり前だったからな。来月の最終営業日まではもつはずだ」
「そうだといいんだけど…あ、続報やってる」
「震源地の情報か……」

テレビでは、神浜市内の学校の部活で、合宿に訪れていた教員と生徒たちが、
先ほどの土砂に巻き込まれたというテロップが流れた。土砂に流された住居は、
林間学校の宿泊施設だったようだ。

「気の毒にな……この分だと……」
「神浜市内も混乱してるね。お、メールだ」
「お友達からじゃないか?」

見れば、スマートフォンには、いろはから身を案じる内容のメールが届いていた。
みかづき荘でも物が倒れたり、片付けに追われたりするなど、鶴乃たちと同様の
状況に陥っていたようだ。自分たちが無事だと伝えると、そこでメールを止める。

「大きな地震の後だと余震がある。このあと何回か揺れるだろうな」
「なんか、偶然とは思えないタイミングで揺れたよね」
「本当だな。これから何か嫌なことが起きる予兆じゃなければいいんだが」
「考えすぎだと思いたいけど、今はそう思えない」
「……まあ、今日のところは部屋に戻ろう」
「うん、そうだね。それじゃ、今日はおやすみ」
「おやすみ、鶴乃」

二人はもう一度居間を出て各々の自室に戻ったが、小さな揺れが二度あり、
いつもより就寝時間が遅くなった。


そして、その週の休日。
鶴乃は父と共に、中華万々歳最終営業日と、引っ越しに向けた準備を進め始めた。
自分たちの生活空間に最低限の荷物だけを残し、不用品はすべて売却するか処分。
父には語っていないが、未来に渡る日まで生活するのに、本当に必要なものだけを残す。

要員に選ばれた者として、折り合いはまだついていない。
チームみかづき荘のメンバーには、父の体調不良は伝えているが、店の進退までは話していない。
店のことは最終営業日が近くなるまでは、伏せておくことを決めていた。

自分たちの生活空間の荷物を仕分けるついでに、店内の清掃に手を付けた。
厨房に移動して厨房機器の整理整頓・清掃をはじめ、設備の点検を済ませる。
商品として使用するはずだった食材は、自分たちの生活のために転用。
最終営業日近くに新鮮な食材を仕入れることを決めた。

昼を過ぎる頃には作業が終わり、父と昼食を共にすると、鶴乃は父に体調を尋ねた。
風邪は回復してきたが、今も父の体をむしばむ癌は進行を続けていると返事があった。
薬を時々飲んでいる姿を見かけたことがあるが、以前よりも服用する量が増えている。

「テレビつけるね」
「あぁ」

静かな状態に耐えられず、リモコンに手を伸ばしてテレビをつける。
映ったチャンネルがでは天気予報が報じられており、今週一週間の天気が映された。
その後にいくつかのニュースが報道され、いつもは関心を惹く内容が少ないニュースだが、
その日は目に留まる内容が多かった。

昨日の地震の続報で、震源地で人命救助が行われていることや、市長選が数ヵ月後に
迫っている二木市で史乃沙優希がライブを行うこと、水徳寺の分寺が神浜市外に建立
されること、犯罪組織の検挙により行方不明だった十代女性の集団が発見されたこと、
豪華客船の海難事故が報じられた。

「ねぇ、お父さん。今のニュースって……」
「あ、あぁ…クルーズがどうのって流れたな……」

父に向けた顔をテレビへ戻すと、既に別のニュースが報じられていた。
鶴乃の母と祖母は現在、豪華客船で旅行に出かけており、家を長らく留守にしている。
父との二人暮らしも同然の生活のため、最近は存在を忘れかけたことさえあったため、
時々思い出しては、今頃どこを旅しているのかと呆れていたりもした。

「きっと、ただの思い過ごしだ」
「そうだよね……」

だが、それはすぐに裏切られることとなる。

その日の夜に、警察から入った電話により状況は一変する。
鶴乃の母と祖母が乗船していた船は、寄港していた港から離れてすぐに強風に見舞われ、
防波堤外で仮泊中に押し流される最中、エンジンに故障を起こし、沖合地点で座礁。
船は横転してまい、現地では救助が行われているという。
事故調査は事態が落ち着いたら行われるが、寄港していた港との最後の通信記録には、
爆発があったと思われる音声が混ざっていたとのこと。

「お母さん……おばあちゃん……」
「……こんなこと、まったく信じられない。信じられないが……」
「き、きっと、別の船が事故にあったんだよ。何かの間違いで……」
「警察から船の名前を聞かされた。母さんたちが乗船していた船で間違いない」
「…………!!」
「詳しいことはこれからわかるらしいが、鶴乃。俺たちにできることはない……」
「じ、じゃあ……」
「待つしかない。次の情報が入るまで、出来ることはそれしかない」

続報はさらに数日後に入る。
寄港していた街に遺体が収容され、その中には鶴乃の母と祖母も含まれていた。

その知らせを聞かされると同時に、鶴乃の視界は暗転した。

本日はここまでです。続きは明日以降に。

>>117を一部訂正、追記

「きっとただの思い過ごしだ」
「そうだよね……」

だが、それはすぐに裏切られることとなる。

その日の夜に入った一本の電話により状況は一変する。
連絡をしてきたのは外務省で、鶴乃の母と祖母が乗船していた船が、寄港していた港から
離れてすぐに強風に見舞われ、防波堤外で仮泊中に押し流される最中、エンジンに故障を
起こして沖合地点で座礁。船は横転し、現地では救助が行われていたが、引き上げられた
遺体の中から鶴乃の母と祖母が確認されたというものだった。また、遺体の引き取りには、
遺族が現地へ渡航して、手続きをする必要があるという。

「お母さん……おばあちゃん……」
「……こんなこと、まったく信じられない。信じられないが……」
「き、きっと、別の船が事故にあったんだよ。何かの間違いで……」
「船の名前を聞いた。認めたくないが、母さんたちが乗船していた船で間違いない」
「…………!!」
「今後、現地で事故調査が行われるらしいが、鶴乃。俺たちがこれからやることは、
 まずは現地に母さんとおばあちゃんを迎えに行くことだ」
「じ、じゃあ……」
「急だが、とにかく動くしかない。鶴乃、すまないが今は部屋に戻っていてくれ」

鶴乃の父は部屋の箪笥の引き出しを手当たり次第に開け、パスポートを見つけると、
現地へ向かうために渡航の用意を始めた。

力ない足取りで自室に戻った直後、鶴乃の視界は暗転した。

鶴乃が目を覚ました時、丸二日が経っていた。
最初に視界に入ったのは真っ白な天井で、周囲を見渡すと誰もいなかった。
腕に違和感を感じて視線を向けてみると、点滴が腕に通されており、徐々に自分が病院にいることを認識した。
上半身を起こして改めて周囲を見渡すと、左手はカーテンが閉められた窓、正面は白い壁、右手は曲がり角。
病院の外側から見て、L字型の作りの個室にいるようだった。

しばらくすると誰かが入ってきたが、曲がり角から現れたのは灯花だった。

「鶴乃、気付いたんだ。よかったよ~」
「灯花…!じゃあ、やっぱりここ、灯花の病院だったんだね」
「鶴乃が急に倒れて運ばれたっていうから、びっくりしたよ」
「ここって、灯花が用意してくれたの?」
「そうだよ。わたくしの判断でお父様にお願いして用意してもらったの」
「だけど、個室って高いんじゃ……」
「確かに一日の入院料は共同部屋より高いけど、わたくしが払い込み済みだよ。
 鶴乃には、それだけじゃ足りないくらいの恩があるからね」
「あぁ……そういうことか……」
「……コールドスリープは気が進まない?」
「……本音を言うと全然現実感がない。なんで私が選ばれたんだろうって。
 でも、今はそれより気になることがあるよ」
「ご家族のこと?」

「もう知ってるんだね。お父さんと、みかづき荘のみんなはどうしてる?」
「鶴乃のお父さんは、出発前に様子を見に来たよ。鶴乃にはゆっくり体を休めておいてほしいって。
 いろはお姉さまたちは昨日の午前中に来てた。状況については。わたくしから説明してあるけど、
 鶴乃の現状は、みかづき荘のみんな以外には、伏せておくことにしようって。それでも、鶴乃と
 同じ学校に通ってる魔法少女は他にもいるから、すぐに話は広がると思うけど……」
「人の口に戸は立てられないからね。今頃みんな、どうしてるんだろ……」
「今日は、いろはお姉さまがW-3の会合を予定していて、午後からエミリー休憩所で
 みふゆと開催するの。わたくしも、ねむと一緒に出るから、鶴乃は安静にしていてね」
「……わざわざ、ありがとう。W-3は本格始動ってことか。そうだ、学校は……」
「鶴乃のお父さんが連絡を入れてるよ。疲労困憊みたいだから、明日まではここにいてもらうよ。
 その後は色々大変になると思うけど、わたくしが力になるよ」
「大事な時期にこんなことになるなんて……」
「鶴乃は悪くないよ。誰もこんなこと予想なんてしてなかったんだし」
「……お母さんとおばあちゃんの件、何か知らないかな?」
「鶴乃のお父さんが現地に向かってて、これから必要な手続きをするんだ。
 わたくしの家の使用人が一緒に行ってるから、困ることはないと思う。
 その後に必要なことは、わたくしたちで手配するからね」
「……助かるよ」
「それじゃ、わたくしは会合に向かうよ。何かあったら、ナースコールしてね」
「うん。本当にありがとう」

訂正と追記は以上です。

>>121からの続き

一方、さなは書置きを残して出た義実家に戻ってきていた。
心の中で過去のことになりかけていたはずの、忌まわしき思い出。
みかづき荘で生活するようになってから月日も経つ。
だというのに、こうして自らの意思で、それも未来へ渡る要員として選ばれた事実と、
自身の置かれた状況を整理するために足を運ぶとは、義実家を出た当時の自分も、
みかづき荘の住人も、予想ていなかっただろう。

数ヵ月ぶりに握りしめた義実家の鍵を扉に入れて回すと、果たして、扉は開いた。
鍵の交換くらい済ませているだろうと思っていたが、そんなことはまったくなかった。
家に入って最初に自分を出迎える状況は、当時と変わらず、居間を覗いてみれば、
そこでは実母と義父、義手が談笑を交わしていたが、義兄は不在で見当たらない。

靴はあえて脱がず、かつての自室に入ってみれば、そこにも変わらぬ光景があった。
清掃されず埃が積もっている部屋や、家財道具がすべて処分されて、もぬけの殻と
化した部屋を想像したが、当時と変わらない部屋の姿は意外だった。

(……!)

そこへ、部屋に近づいてい来る足音があり、その後すぐに部屋のドアが開いた。
入ってきたのはあのころと変わらず実母で、ベッドに腰掛けるさなの姿に気付かず、
机の上に夕飯を置くと部屋を出ていった。未来へ渡る要員として選ばれたことへの
頭の混乱から、食事を摂らないまま出てきたため、食事に手を伸ばしそうになる。


そこで不意に違和感に気付いた。


当時残した書置きを、彼らが本気と捉えていなかったとしても、さなは既に義実家を出ている。
食事が用意されても、それは手つかずのまま下げられるだけで、用意するだけ無駄でしかない。
無駄と言えば、さなは学校には行っているが、願いの影響で魔法少女以外から認識されていない。
教員に姿を認識されていないため、魔法少女となった日以来、学校はおそらく欠席扱いとなっている。

元・自室が家出したころから、何故様子が変わっていない?
何ヵ月も前に家出したはずの自分に、何故食事が今も出ている?
欠席が続いているはずの学校へ、何故学費が未だに支払われている?

何かに駆られて部屋を出て居間に向かうと、そこに実母の姿はない。
義父と義弟が会話を交わしており、初めて見る表情を浮かべていた。
どこか浮かない表情を浮かべ、肩を落としている。

「母さんは今日もか」
「うん。あの書置きからずっとだよ」

二人の会話を聞く限りでは、書置きを残して出てすぐは、さなの家出を信じていなかったらしい。
だが、食事がまったく減らない日が続くうちに、ようやく本当だと気づいたようだ。それから実母は
徐々に変調をきたしたらしい。

そこへ扉が開く音が聞こえ、そちらへ移動すると、実母がさなの元・自室だった部屋の扉を開いていた。
実母の部屋からベランダに出ると、元・自室のほうへ回りこみ、部屋の様子を伺うと、そこには先ほどの
食事を実母が食べている姿があった。

(……!?)

呆気にとられてその様子を見ているうちに、実母は食事を平らげると部屋を出た。
ベランダから実母の部屋へ戻り、居間に移動すると、そこで義父、義弟が話をしている。

「……母さん、いつまで続けるつもりなんだろうね」
「まったくだ。学費だけ払っていれば充分だろう」
「姉さんは、最後まで迷惑をかけていったね」
「まだ終わっていないぞ。現在進行形で迷惑を被ってるぞ」
「母さんのことでしょ」
「それだけじゃない、学校のことだ」
「問題でも起こしたの?」
「連絡をしてきた担任の話では、さなの姿が見えないらしい」
「変な言い回しをするね。不登校ってことじゃないの?」
「それが提出物は出ていて、定期テストも受けている。成績を見る限りでは、授業を受けたと思われる形跡があるそうだ」
「じゃあ、登校してるってことなのかな?」
「それが分からなくて連絡をしてきたらしいが、私にも分からない。要領を得ないとしか言いようがないな」

「まるで、透明人間にでもなったみたいだね」
「そんな非科学的なことがあるわけないだろう。あんな出来損ないでも、一応の分は弁えていた。
 家に帰る時間が遅かった分、顔を合わせる可能性が少なくて助かった。今思えば、さなが家に
 居たときのほうが、まだ面倒が少なかったかもしれん」
「もしかして姉さんの学費、まだ払ってるの?」
「学校にまったく行っていないなら、もう払う必要はない。だが、あんな報告では状況が分かりかねる。
 透明人間だって?何を馬鹿なことを。そうえいば、最近はお前の兄さんも帰りが遅くなったな」
「兄さんに聞いたけど、生徒会に入ってから忙しいんだって」
「ほう、生徒会か。そこまで忙しいものなのか?
「入ったばかりだから、自分でいろいろ仕事を引き受けてるみたいだよ」
「そうか。いいことだが、学業に支障が出ない程度にしてもらわないとな」

そんなやり取りを見たあと、今度はドアから元・自室に入ると、ベッドに再び腰かけて天井を見上げる。
義実家を捨てた今、さなは彼らの、自身への扱いは気にしていなかったが、彼らに抱いた違和感の正体は
解消しておきたいと考えた。

未来へ渡ることに折り合いがつかない今、すぐにみかづき荘へ帰ることも憚られる。
思案を巡らせつつ、自身が不在の間に生じた義実家の変化を観察し、それから帰るのも悪くないと考え、
その日からしばらく、違和感の正体を探るために、義実家の様子を観察することを決めた。 

みかづき荘へ帰るまでは、盗み食いをして空腹を凌ぎ、義実家一家の一日を追った。
義実家の観察は彼らに密着し、一日の様子を見ることで行われたが、実母は家から
殆ど出ることはなく、偶に外出しても買い物に出る程度だった。

家にいると仮定されたさなへの、食事の用意は平日は夜のみだが、休日は朝、昼、夜の
三食を用意していた。だが、何れもさなの元・自室に食事を運んでは、下げる前に自分で
平らげて片付けていた。

義父は神浜大学の医学部の教授に就いているが、自尊心の高さが災いしたのか、
それとも自身が望んだ結果なのか、周囲の人間との関わりは薄く、冷淡な態度は
勤務先でも同じだった。

義弟はスポーツのうち、サッカーは本当に優秀だった。
しかし、勉強はその限りではなく普通であり、さなよりは成績が良い程度であることが判明。
そのためか、義兄にコンプレックスを抱いていることを同級生に漏らしていた。




一週間が経つ頃には、実母たちの性格や考えがある程度分かるようになった。

実母は世間体を気にするあまり、さなが家にいると仮定して生活を続けているうちに、精神に変調をきたしていた。

義父は実母の変調よりも、理想が崩れることが気がかりで、彼は完璧主義だが万能ではなかった。

義兄は優等生故に周囲から却って浮いており、休み時間になると文庫本を読んで過ごしていた。
生徒会に入った理由は、生徒会ならば自身と同じような優秀な人物が集まり、彼らとなら対等に
会話が出来ると考えたためらしく、家以外に自分の居場所を見つけたように思える。

義弟はサッカーは得意だが優秀ではなく、上には上がいた。
自分より実力を上回る相手を前にすると、相手を持ち上げて安寧を得ていた。
勉強は普通で、同級生に義兄にコンプレックスを抱いてることを漏らしていた。

家にいると仮定されたさなへの、食事の用意は平日は夜のみだが、休日は朝、昼、夜の
三食を用意していた。だが、何れもさなの元・自室に食事を運んでは、下げる前に自分で
平らげて片付けていた。

義父は神浜大学の医学部の教授に就いているが、自尊心の高さが災いしたのか、
それとも自身が望んだ結果なのか、周囲の人間との関わりは薄く、冷淡な態度は
勤務先でも同じだった。

義弟はスポーツのうち、サッカーは本当に優秀だった。
しかし、勉強はその限りではなく普通であり、さなよりは成績が良い程度であることが判明。
そのためか、義兄にコンプレックスを抱いていることを同級生に漏らしていた。




一週間が経つ頃には、実母たちの性格や考えがある程度分かるようになった。

実母は世間体を気にするあまり、さなが家にいると仮定して生活を続けているうちに、精神に変調をきたしていた。

義父は実母の変調よりも、理想が崩れることが気がかりで、彼は完璧主義だが万能ではなかった。

義兄は優等生故に周囲から却って浮いており、休み時間になると文庫本を読んで過ごしていた。
生徒会に入った理由は、生徒会ならば自身と同じような優秀な人物が集まり、彼らとなら対等に
会話が出来ると考えたためらしく、家以外に自分の居場所を見つけたように思える。

義弟はサッカーは得意だが優秀ではなく、上には上がいた。
自分より実力を上回る相手を前にすると、相手を持ち上げて安寧を得ていた。
勉強は普通で、同級生に義兄にコンプレックスを抱いてることを漏らしていた。

それからしばらくして、義兄が林間学校で神浜市を離れ、不在の日が数日続いた。
その頃になると、さなは違和感の正体に気付き、自分の中で答えを出した。

この一家は一見すると完璧だが、一皮剥けば欠点がいくらでも存在している。
義父の理想を沿っている間は安定しているが、少しでも逸れた途端不安定になり、
さなを虐待することで理想の家族として一つにまとまっていた。

実母は義父にとって理想の妻を演じることで居場所を得たが、それが崩れれば
途端に実母も佐那同様居場所を失う。その不安から逃れるためにさなを虐待し、
義父の理想に寄り添っていた。

義兄は義父にとって理想の息子を演じるために、学業で優秀な成績を収めたが、
それ故に学校では周囲の生徒と馴染めず、おそらくは精神的な重圧から逃れるため、
生徒会に入って自らの居場所を家以外に作った。

義弟はサッカーを失えば、二葉家において凡人と化してしまう。
義兄と比較して自身の勉強の成績が劣るという現実は、義弟も自覚していたのだろう。
家族を引き合いに出しては、度々さなを嘲ていた理由は、自身の弱さを隠すためで、
その度に引き合いに出していた義兄は、隠れ蓑の代わりだった。もしくは、義兄への
コンプレックスの裏返しが、さなへの嘲りであり、自身の内面に向けられる視線への
盾代わりだったのかもしれない。

(盾、か……)

自身の中で違和感への折り合いが付き、未来へ渡ることへ考えもまとまった。
灯花とねむへ求める対価も決まったことで、みかづき荘に帰ろうとしたとき、
それは突然起こった。

義兄が林間学校から帰る前日だったその日、地震が起きた。
ニュースは神浜の震度を4、震源地の震度は5と報じ、テレビには定点カメラが
映す映像が揺れる様子と、報道ヘリが映す神浜市の俯瞰映像、震源地である
どこかの山間部が、土砂崩れを起こした映像を流した。その山間部では建物が
土砂流されており、その場所を知った実母たちは慌てふためいた。


そこは義兄が林間学校で宿泊している場所だった。


もしやという予感は後に当たることとなるが、折り合いがついた中、義実家一家が
取り乱す様子を見て感じるものはなく、完全に他人事としか認識できなかった。


その後、義父だった男の理想像が崩れた家を後にすると、さなは二度と義実家を
振り返ることなく、みかづき荘への帰路に着いた。

本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。

>>130からの続き

鶴乃とさなが折り合いをつけている時と同じ頃、ねむが下した決断に思案を巡らせるため、
桜子は自身の居場所である、北養区の山の一角で静かに佇んでいた。目を閉じ、自分が
ウワサとして形を得る前の頃を思い出し、自身の記憶を追体験する。

当時の桜子は万年桜のウワサという名で、柊ねむ、里見灯花、環うい、環いろはの、四人の
母が生み出した物語だった。メディカルセンターの病室で、魔法少女になるまで闘病生活を
送っていたねむ、灯花、ういの三人は、見舞いに時折訪れるいろはと談笑しながら、病室の
窓から見える神浜市を探検することを楽しみにしていた。

まだ見ぬ明日を夢見て、自身らが抱える病を克服し、いろはと共に歩き回ることを。

ねむと灯花の諍いをういがなだめ、いろはがそれを見守る。
ある意味、あの頃はとても平和だった。

(──でも、時間は待ってくれない)

目を開き、万年桜のウワサの衣装から学生服姿へ変わると、桜子は新西区に向けて出発した。

交通機関は使わず、北養区から徒歩で向かい、山を下りて街へ出ると道中の景色を見渡す。
見慣れた景色が見納めとなる日は緩やかに、だが確実に近づいており、あと何度目にできるか分からない。
いろはたちが命を賭して守り抜いた街が、百年後には失われている可能性もある。

未来へ渡る要員として選ばれたことから、桜子は、鶴乃、さなと同じく、W-1、W-2からは
外されており、コールドスリープマシンに入るまで、思い思いに過ごすことを許されている。
魔女退治そのものを禁止されてはいなかったが、作戦を控えている身のため、極力戦闘を
避けるよう注意されていた。

思案を巡らせているうちに、桜子は目的地であるフラワーショップ・ブロッサムに到着した。

「|こんにちは、お墓に供える花…供花が欲しい|」
「いらしゃいませ。桜子さん…でしたっけ?」
「|そうだけど…私を知ってるの?|
「ユニオン内であなたのことは知られてるよ。直接会えてちょっと驚き」
「|そうだったの。初めて知った|」
「以後、お見知りおきを。差し支えなかったら、桜子ちゃんって呼んでいい?
 私のことは、このみって呼んでくれたらいいよ」
「|構わない|」
「ありがとう。それで、お墓に供えるお花だけど、欲しいものは決まってる?」
「|白系の花がお墓に供えるのに向いてるって、サーバから情報を得た|」
「供花では定番だけど、故人が好きだった花を供えるのもいいよ。それが供えてはいけない
 花じゃなかったらだけど。あとは宗派にもよるし、予算次第で変わってくるね」

「|……令と郁美が好きだった花が何か分からない|」
「そうだなぁ……それなら、私が選んでもいいかな?」
「|いいの?|」
「これでも花選びには自信があるんだ。桜子ちゃんさえ差し支えなければ」
「|それなら、このみにお願いする|」
「じゃあ、決まりね。あとは二人がどんな人か教えてくれれば、もっと選びやすいかな」
「|令は人のいいところも悪いところも関係なく、写真を撮って新聞部で伝えてた。
  だから敵を作りやすいって自分で言ってた。令は猫の写真を撮る趣味があって、
  それが学校の生徒に好評だった|」
「新聞部と猫…ふむふむ。じゃあ、郁美さんっていう人は?」
「|郁美はメイド喫茶でメイドをしていた。アイドル的な存在で、訪れるお客さんを楽しませて、
  チョコレート交換会という催しを開いたともある|」
「ありがとう。私なりにお二方の人物像を作れたよ。それじゃあ、見繕うからちょっと待ってね」
「|あと、聞きたいことがある|」
「何かな?」
「|お線香と火種が手に入る店を知りたい|」
「それなら、この先に仏具を取り扱ってるお店があって……」


数分後、桜子は供花を購入してブロッサムを後にし、線香とマッチをこのみに教えられた店で
購入すると、観鳥令と牧野郁美が眠る菩提寺へ足を向けた。このみが二人のために選んだ供花を
両手に抱え、横断歩道で足を止める度に供花を見る。歩みを進めるうちに二人の菩提寺が近づき、
気付けば再び思案を巡らせていた。

(──時間は、容赦しない)

時間はあらゆる存在を押し流し、現実は無慈悲に通り過ぎていく。
あらゆる存在に平等に時間は流れ、それはウワサである桜子たちにも同じ同じことが言えた。
桜子たちは形を得た後、彼女以外のウワサは、危険な存在として外の世界に形を成してしまった。

かつて存在したマギウスの翼が掲げた「魔法少女の解放」、「魔法少女至上主義」。

それらを成すための要素として、世に出されたみんなは、いろはたちの手で倒されることとなる。
結果、桜子以外のウワサたちは外の世界から消え、今ではねむの本の中だけの存在となってしまった。
けれども、誰にとっての幸か不幸か、桜子は消されることなく世界に残った。
後にねむにウワサの内容を書き換えられたことで、外の世界で自由に動き回れるようにもなった。

(これからは自分がみんなの分も、いろはたちを守る。そう決めていたのに……)

ねむ、灯花、ういが魔法少女になった際に起きてしまったアクシデントは、様々な功罪を残した。
マギウスの翼は浄化システムを残した一方で、余所の街から多くの魔女を奪っい去ったことで、
余所の街で魔女が枯渇する事態を起こしてしまう。魔女の枯渇は、神浜市でも起きたことがあり、
東西戦争勃発手前にまで陥ったことがある。

それと同等か、それ以上に酷い状況に余所の街を追い込み、そのうちの一つである二木市からは、
神浜市への報復を目的に結成された魔法少女集団が訪れ、神浜市の魔法少女と抗争を繰り広げた。
他にも様々な目的の下、神浜市へ訪れた魔法少女たちとの交流や、マギウスの翼の思想を継いだ
新たな魔法少女集団との抗争もあった。

そんな日々の中、桜子は文字通りの意味でいろはたちを守り、共に戦い、試練とも理不尽とも
言える数々の困難を、乗り越えた果てに、争い合っていた魔法少女陣営は一つにまとまった。
誰もが手に入れようとした浄化システムは、魔法少女に残され、今は効果範囲を広げる方法を
模索している。

(……着いた)

寺に入るとサーバから得た情報を元に、作法に則って墓参りをしようと準備をする。
手桶と柄杓を用意して令の墓に向かう途中、墓前に先客がいることに気付く。
近づくにつれて先客の姿ははっきりし、先に先客が桜子に気付いて声をかけられた。

「桜子じゃないか」
「|ひなの、会えるとは思わなかった」
「……令のために来てくれたのか」
「|郁美のところにも行こうとしてる|」
「ありがとうな、立派な花まで持ってきてくれて。令もきっと喜んでくれてる」

桜子は持参した献花を令の墓前に供えると、手桶から水を何度か掬って墓にかけ、
線香に着火して供えた。煙が上がるのを確認すると、両膝を折って目を閉じ、両手を
合わせて上体を前傾させ、やがて静かに顔を上げて立ち上がった。

「これから大きな計画が動こうとしているな」
「|世界に残った魔女殲滅のこと?|」
「あぁ。W-1、W-2計画だったか?」
「|うん。浄化システムが広がりきったら、国内の魔女から殲滅することになってる」
「まさかアタシらが、魔法少女最後の世代になるとは思わなかったな」

「|みんな、状況を理解してから、色んなことが一度に動き出している。一般社会では、組織犯罪が増え始めた|」
「桜子も知っていたか」
「|やちよが言うには、インキュベーターが撤退した時期と、事件増加のタイミングが重なっているらしい|」
「偶然とも言えるし、無関係ではないとも言える。無視はできないが、アタシは詳しいことを知らんからなぁ。何とも言えん」
「|常盤ななかたちが動いていて、調査を進めているらしい。だけど、向こうは時期が来るまで関わらないでほしいみたい。
  時期が来れば、向こうから接触があるかもしれないって、いろはが言っていた|」
「常盤ななか、か……。そういえば、何かしらの集まりで同じ場にはいても、直接話す機会はなかったよ。
 直接顔を見たことがある程度の認識しかないな」
「|私は名前は聞いたことがあるだけ。会ったことも話したこともない|」
「友人に会いに行くような感覚で、気軽に会おうという気にはならんからな。
 用事もないのに態々会いに行くような関係でもない」
「|私もそう思う。それに、時期が来れば向こうから接触してくるって、いろはが言ってた|」
「そういうことだ。大事なことは、今目の前に迫りつつある問題だ」
「|W計画は三つとも順調に進んでいる|」
「三つ?W計画は二つじゃなかったのか?」
「|い、いけない……!|」
「……桜子、お前…隠し事が下手だなぁ」
「|…………|」
「安心しろ。何も聞かなかったことにしてやるさ。ミラーズの記憶読み取り対策の件も知っている。
 これでアタシもミラーズには入れなくなったな」
「|ひなの……|」
「なんだ?」
「|少し話を聞いてほしい|」
「いいが…ここで話すのは流石にな。場所を変えてからでもよけりゃ聞いてやる」
「|構わない|」
「時間はある。ゆっくり聞こうじゃないか。何かあったな?」

桜子はひなのと共に場所を移動すると、墓地内に置かれたベンチに座り、語り始めた。
協力者以外には伏せているW-3計画が存在すること、アリナがミラーズから未来に渡ったこと、
未来に渡ったアリナを阻止する要員として、自分と他に二人が選ばれたこと、他のウワサたちと
今後どのように接すればいいか悩んでいること……

それらをすべて聞いたひなのは、組んでいた腕を解いて桜子に向いた。

「本当は秘密にしておかなきゃいけないことなんだろ、W-3というのは」
「|本来、知ってるのは、W-3に協力してもらう魔法少女だけ|」
「そうか。今日のことは、お前とアタシだけの秘密だ。で、相談のことなんだがな……」
「|…………|」
「アタシも何が正しいのか分からんし、これが絶対だと言い切れないってことは、あらかじめ言っておく」
「|……うん|」
「他のウワサたちへの接し方を変える必要はない」
「|本当にそれでいいのかな?|」
「アタシはそう思う。いくら自分を取り巻く状況が変わったからって、それまで共に過ごした
 仲間との接し方を、急に変えたりしたら孤立するだけだ。それって寂しいことだぞ」
「|…………|」
「桜子はもしかしたら、自分が選ばれたから、他のウワサに恨まれてると考えてるのか?」

「|私とあと三体のウワサ以外は、ねむに消されて魔翌力に還元される。ねむが居なくても、
  私が世界に存在できるようにするって決めた。他のウワサたちに何を言ったとしても、
  私は消されない側だからって、取り合ってもらえないかもしれない|」
「立場が違うからこそ生じる隔たりは認めるしかない。どんなに目を背けても、誤魔化しても、
 事実が変わることはないからな」
「|…………|」
「なんの慰めにもならないと思うが、来るべき日が来るまで、これまで通り過ごせばいい。
 お前の生みの親であるあの子たちと、後悔がないようにな。未来でお前がすべきことに
 専念できるように、この時代に未練を残さないようにするんだ」
「|他のウワサたちとは、普通に接すればいい?|」
「そうだ。後悔がないように。それは桜子にしかできないことだ。これが回答になっているか
 自信はないが、アタシからお前に言えることはそれだけだ」
「|……分かった|」
「他に何か話したいことはあるか?」
「|大丈夫。今日は話を聞いてくれて、ありがとう。ひなの|」
「こっちこそ、秘密を明かしてまで、アタシに相談してくれてありがとな、桜子」

二人は令の眠る墓を離れると、郁美の眠る墓へ移動して花を供え、令の墓と同様に墓参りを行った。
その後、桜子はひなのと共に寺を出て、帰路に着くと、道中で考えをまとめた。
これから自分がすること、灯花とねむに伝える自分の願い……

それらがはっきりすると、桜子は灯花たちの元へ向かうことを決めた。

墓参りから帰った桜子は、ひなのの言葉に後押しされ、本の中で他のウワサたちと
会話を交わしていた。

|やれやれ、創造主様は私らを消すようだよ。それも万年桜のためにね|

知古辣屋零号店は、桜子以外のウワサに吐き捨てるように言った。
階段を上り下りしながら絶交階段のウワサが問いかけ、マチビト馬のウワサが嘆き、
記憶キュレーターが追随する。

|形ヲ失ウよ。ドうシテ?何ゼ?|
|万年桜のために消されるマッテマテ|
|悲しイ良クなイだケど仕方なイ|
「|…………|」
|創造主の決定に私らは逆らえないからね。行く末は必ず決まるんだ。仮にここで
  消されなかったとしても、ねむが死んじまったら、どのみち私らは全員消えちまう|

そこへ名無しの人工知能のウワサこと、アイが自身の考えを述べる。

|……ねむの命が尽きる時は、ウワサとして形を成した私たちが、物語へ戻る日だと
 思っていましたが、それは違うと思うようになりました。恐らく、ウワサとしても、
 物語としも、私たちは消えてしまう。こればかりは、どうにもならないと思います|

|ただ物語の作り手が死ぬわけじゃない。ねむは私らの命の源。それが断たれるんだよ。
 作られた側の私らに、何ができるってんだい|
|万年桜ハなんで選バレたの?何デ私タチじゃナイノ?|
|もう新しいこと聞けない知れない記憶できない|
|ザバー……ザバー……|

そこへ、キレートビッグフェリスのウワサが会話に入ってくる。

|グルは鶴乃と、アイはさなと融合するらしいグル|
「|こんなことになって、何て言えばいいのか分からない。ごめん……|」
|あんたが謝って何になるのさ。不満はあるが、それでどうにかなるわけじゃない|
「|…………|」
|気にしてない気にしないでマッテマテ。万年桜のことも、ねむのことも恨んでないマッテマテ|
|ねむが長くないということは、私らも長くない。いよいよ私らも覚悟を決めないとね|
「|知古辣屋零号店……|」
|桜子さん。あなたは、ねむの決定をどう思っていますか?|
「|……私は、いろはたちの未来がそれで守れるなら、受け入れるべきだと思っている。
  だけど、未来に渡るということは……二度といろはたちと会えなくなるということ。
  かといって私が拒絶しても、決定が変わることはないと思う|」
|桜子さんの代わりが務まる誰かが見つかれば、違うかもしれません|
「|見つかる見込みはないと思う。灯花もねむも、他に誰かを探そうとはしていない|」
|……探すことはないでしょうね。このまま、鶴乃、さな、あなたを未来へ送る要員として、
 W-3計画を進めることは変わらないでしょう|

|ここで何を言ったところで、どうにもなりはしないさ。事実を受け止めたら次はどうするか。
 言えることがあるとすれば、万年桜にも、キレーションランドにも、アイにも、やらなきゃ
 いけないことがある。あんたたちは、私らの分まで生きて、最後までやり遂げておくれよ|
|そうですか……|
「|……分かった|」
|まあ、本音を言わせてもらうなら、私も体を持ってみたかった。ついでだから言わせてもらうと、
 あんたのことが羨ましくてしょうがなかったよ、万年桜。ねむだけじゃなくて、みんなにとって
 万年桜は特別な存在のようだ|
「|…………|」
|淡い期待もしていたが、これで永久に叶わなくなるのが残念だね。
 ウワサにもあの世があるんなら、草葉の陰から応援してやるよ|
「|みんな……|」
|さあ行きな。これ以上話してたら、今度は恨み言が出てきちまうかもしれん。
 今まで外の話をたくさん聞かせてくれて、ありがとう。今まで本当に楽しかったよ。
 達者でやりな、万年桜。それから、アイも、キレーションランドもな……|

本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。

>>142からの続き

織莉子から百年後の未来予知が、最初に報告された日から二ヵ月弱。
W計画はすべてが成案となり、国内の魔女殲滅ことW-1と、海外の魔女殲滅ことW-2に先駆けて、
W-3ことコールドスリープマシン開発は本格始動する。

小さいキュウべぇを解析して得られた情報の整理と、七支刀の解析は完了していた。
コールドスリープマシンに使用するヒヒイロカネの開発は、滞りなく進み、試作品が出来上がっていた。
この日は、浄化システムを惑星全土へ広げる方法の説明会で、いろはとういが灯花たちに呼ばれており、
最初にヒヒイロカネの試作品がお披露目となった。

「お姉さま、うい、来てくれてありがとう。」
「こんにちは、灯花ちゃん。」
「灯花ちゃん元気?」
「わたくしは問題ないよ。鶴乃とさなの様子はどう?」
「うん。鶴乃ちゃんは、ご家族の四十九日が過ぎたら、みかづき荘に顔を見せてくれたよ。
 新しい家に移ってて、お店はこれから解体されるって言ってた。さなちゃんは、考えが
 まとまったって言ってた」
「戻ってきてくれたんだね。さなは大丈夫そうだけど、鶴乃と桜子が問題かな」
「鶴乃さんのお父さんが、メディカルセンターに入院したって聞いてるよ」
「そうだよ。鶴乃が入院していた部屋に、この前から入ってる。鶴乃のお父さんのことは、
 お父様たちに任せてくれれば大丈夫だよ」
「ありがとう」
「灯花ちゃん、桜子ちゃんは……」
「桜子だけど……しばらく本から出てきてくれなかったけど、先週、やっと顔を見せてくれたよ。
 ウワサたちとずっと話してて、考えをまとめてたって言ってた」
「そっか……。また話せればいいね……」
「今は山のあの場所にいる。話はしてくれるけど、まだ以前みたいにはいかないの」
「桜子ちゃんから私たちに接してくれるのを、待つしかなさそうだね」
「ところで、ヒヒイロカネができたって聞いたけど……」
「そうそう。これがそうだよ」

灯花が見せたのは、金色の延べ棒の形に整えられた金属だった。
手に取ってみると冷たくて軽く、裏返したりして観察すると灯花に返した。

「ヒヒイロカネって、見た目よりも軽いんだね」
「金よりも軽いんだよ。熱伝導率も優れてて、永久不変で絶対に錆びなくて、ダイヤモンドより硬いの。
 太古の時代は鉄や銅と同じくらい、普通の金属として使われていたらしいんだけど、現代では原料も
 加工技術も失われているの」

そこへ、部屋の扉が開いて視線を移すと、ねむと桜子が立っていた。

「ただいま、灯花。お姉さんとういも来てくれてたんだ」
「|いろは、うい、久しぶり|」
「久しぶり、桜子ちゃん。本の中からずっと出てこないって聞いてたから、心配したよ」
「|心配させてごめん、いろは。ずっと考えをまとめたり、他のウワサたちと話したりしていた|」
「もう大丈夫なの?」
「|ういにも心配をかけた。未来に渡るまで、この時代でどう過ごすか決めた。だから、もう大丈夫|」
「ヒヒイロカネをお披露目していたんだね。過去に日本神話に基づいたウワサを作ったけど、
 こんな形で役に立つ日が来るとは思わなかった」
「伝説の金属を実現しちゃうなんて、すごいよ。三神器を作った金属なんだっけ?」
「そうだよ。日本神話において、天孫降臨(てんそんこうりん)の時に、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、
 天照大神(あまてらすおおかみ)から授けられたという、鏡、勾玉、剣。この三つはヒヒイロカネから
 作られている、と言われているんだ」
「|八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・天叢雲剣(あめのむらくも)。
  いずれも日ノ本の象徴の存在の正当性を裏付ける神物、という意味がある|」
「実物を見たことがないのに、伝説の金属をどうやって再現したのかな?」
「灯花のおかげなんだ」
「スーパーコンピューターを借りて計算したんだよ。と言っても、計算するにはデータも必要だから、
 そのデータはわたくしが作ったの」

「再現であって実物そのものではないけど、同等の性質は再現できたよ」
「魔翌力で再現したと思うけど、使ったのはねむちゃんの魔翌力なの……?」
「|再現には知古辣屋零号店が、カカオマスに溜めた魔翌力を使った|」
「……最低でも、鶴乃たちを未来へ送るまで、僕は死ぬわけにいかない。
 叶うならすべての魔女殲滅まで見届けたいけど、僕のことは僕自身が一番分かっている。
 自身の魔翌力消費は必要最低限に留めているよ」
「それなら安心した」
「そ、そういえば、七支刀もヒヒイロカネの開発にかかわってなかったかな?」
「七支刀の解析結果は、魔翌力の蓄積に流用したの。魔翌力をどうやって蓄積しているか知りたかったんだ」
「時女静香には感謝しているよ」
「このヒヒイロカネをこれから量産するの?」
「その通り。効率化を図りつつ量産して、必要な量に届くまで製造するんだよ。
 その後はヒヒイロカネでマシンを開発して、稼働実験。それが全部済んだら、
 鶴乃たちにマシンに入ってもらうことになるよ」
「マシンが完成したら、そうだったね」
「時間はまだある。マシンが完成するまでの間、鶴乃たちには悔いなく、この時代で過ごしてもらって、
 未来に現れるアリナ討伐に専念してもらわないと」

それから話題は、浄化システムを広げる方法の説明へ移った。
小さいキュウべぇを解析して得られた情報を整理した結果、何らかの入力を受け付ける機構が発見された。
その機構に何らかの働きかけがあれば、そこから想定した結果を得られることは分かった。











その”何らか”の正体は、穢れの浄化だった。










「穢れの浄化って……グリーフシードによるソウルジェムの浄化のことだよね?」
「うん。まさか、魔法少女に必須な行動が答えだったなんて、意外だったにゃー」
「灯台元暗しとは、このことだろうね」
「どうやってソウルジェムの浄化がトリガーだって気付いたの?」
「ういの前で説明するのは憚られるんだけど……わたくしたちがやっていた魔女の
 育成を思い出したんだよ。当時はグリーフシードから穢れを与えたり、ウワサを
 使って集めた人々の感情エネルギーで、エンブリオ・イヴを成長させていたけど、
 それでドッペルシステムを築いて、自動浄化システムができた」

「それをヒントに、グリーフシードでソウルジェムを浄化後、本来グリーフシードに溜まるはずの穢れを、
 小さいキュウべぇに吸収させる流れを作ったんだ。あとは反応を見るために、経過観察を行った」
「だけど、一度や二度の浄化じゃ反応はなくて、何度も繰り返して、ようやく想定した結果を得られたの」
「そこから僕たちは、穢れの浄化の意味を拡大解釈して仮説を立てたんだけど、僕たちだけで検証を行うのは、
 人数的にどうしても難しいんだ。最近は神浜の治安も、再び心許なくなっているし、僕たちはまだ変身に体が
 耐えられない状態なんだ」
「それって、体が完治していなかったってこと?」
「体は大丈夫なんだけど、変身すると以前より負荷がかかるの。みたまの調整技術は本物だね」
「恥ずかしながら、こんな状態だから自衛は難しい。桜子がいるけど、W-3を考慮して極力負担を避けたい。
 お願いばかりで悪いのだけど……いろはお姉さんたちに、亡くなった魔法少女の弔いをしてほしいんだ」
「お墓参りをすればいいってことだね。確か、私が神浜に来る前に、やちよさんと一緒に組んでいた人の、
 月命日が近いって聞いた気がする。だけど、システムの範囲拡大とお墓参りがどう繋がるの?」
「穢れの浄化つながりだね」
「お墓参りで供える線香は、火を灯すことで生じる香りに、供養しに来た人の心身の汚れと、
 その場を浄化する作用があると言われていて、線香の香りは死者の食事とも言われている。
 死者もかつては生きていた人間だ。拡大解釈すれば、線香を供えることで、死者の穢れも
 浄化できるかもしれないと考えたんだ」
「分かった。それなら、やちよさんに相談してみるよ」
「灯花ちゃん、何か報告が必要になることはある?」
「んーと、お墓参りに行く日に、出発前と帰宅後に電話がほしいな」
「分かった」
「あとは……もう一人、協力を取り付けたい魔法少女がいるんだけど……」
「誰のこと?」
「氷室ラビ。わたくしの叔父様と一緒に湯国市へ向かった、フォークロアのリーダー」
「そういえば……氷室さんたちから連絡、全然ないや……」
「叔父様とも連絡が取れないんだよね。今頃どうしてるか分からなくて……」

午前0時のフォークロアは、全員が未だに音信不通だった。
それは灯花の叔父である里見太助と、従姉妹の里見那由他も同じだった。
湯国市でも最近、組織犯罪が増加しており、特に湯国市は魔法少女撲滅派が存在しており、
フォークロアと里見那由他は、撲滅派と魔法少女の争いに巻き込まれたことがある。
湯国市の組織犯罪には、彼らが関わっている可能性も考えられており、安否確認のため、
灯花は協力者を募って湯国市へ向かうことも考えているという。

「わたくしたちにも、やることがあったとはいえ、もっと気にかけておくべきだったよ」
「近々、元マギウスの羽たちから、人を募ろうと思ってる。お姉さんたちにはこれから
 やってもらうことがあるから、そちらに専念してほしい」
「……分かったよ。無事だといいね、みんな」
「…………」
「あと、今から時間があったら、お願いしたことがあるんだけど、いいかな?」
「私もういも、一日時間を空けてあるよ」
「これから電車で宝崎市に向かって、浄化システムの有効範囲を調べてほしいんだ。
 これは後日、またやってもらうことになるんだけど」
「後日?」
「お墓参りの帰りに、浄化システムが広がってるかを確認してほしいの」
「そういうことか。お墓参りの後のことはやちよさんに相談するけど、
 これから確認するのは大丈夫だよ。ういもいいかな?」
「私もいいよ」
「ありがとう。神浜と宝崎の境あたりまで、システムが有効なはずなんだ。
 移動には、わたくしの家の使用人に車を出させるよ」
「やってほしいことは、街の境まで移動したら車から降りて、そこから歩いて宝崎方面へ
 移動しながら、ソウルジェムの浄化が途切れる地点を確認してほしいんだ」
「分かった。もう行ったほうがいいのかな?」
「これから車を出してもらうから、準備できるまで待っててほしいにゃー」
「分かった」

その後、灯花の家の使用人が運転する車が、電波望遠鏡近くに到着する。
使用人からの連絡を受けて、いろはとういは外へ出ると黒塗りのリムジンに乗車し、街の境目へ向かって出発した。

「その節はお世話になりました」
「とんでもない、仕事ですから。ところで、行先は伺っていますが、橋の手前まで向かえばよろしいですか?」
「はい、そこでま向かってもらえたら、橋を歩いて渡ります。といっても、橋を渡り切ったらすぐに引き返すので、
 それまで待っててもらえますか?」
「畏まりました」

車両での移動の道中、いろはとういは流れる外の景色に視線を向け、二ヵ月間の出来事を振り返った。
山積みだったやるべきことは、徐々に消化しつつあり、時間をかけて準備を進めてきた本題への着手も、実現しつつある。
現在進行中のW計画は、W-1とW-2は浄化システムが広がり次第、実行に移される。
W-3は一足先に動いており、コールドスリープマシンが完成次第、鶴乃、さな、桜子を送り出すことになる。
三人が未来で無事に目覚めれば、W-3は真に計画開始となるが、自分はそれを見届けることは出来ない。


これまでの行動も計画の内だが、全体的に見れば準備段階に過ぎない。


これから行う、浄化システムの有効範囲の確認もまた。


「到着しました」
「お姉ちゃん、橋に着いたよ」
「ありがとうございます。すぐに戻りますね」
「はい。ここでお待ちしております」

いろはとういは下車すると、ソウルジェムの浄化が続いていることを確認しながら橋へ向かった。
宝崎市方面へ歩いていき、浄化システムの効果が途切れる地点を確認するため、ソウルジェムの
穢れ浄化の状況を注視。橋を渡っている間は浄化が続いたが、橋を渡り切ったところで浄化が止む。
周囲をも渡すと、川を挟んだ向こうに線路の走る鉄橋が見え、神浜市方面へ向かう電車が見える。

踵を返して神浜市方面へ向かって歩くと、橋に足を踏み入れた時点で浄化が再開することを確認し、
そのまま歩き続けて車両まで戻ってきた。橋を渡り切った時点で、灯花に連絡を入れて報告すると、
電話の向こうでキーボードを叩く音が聞こえた。

『ありがとう、お姉さま、うい。そのまま戻ってきてもらえるかな?お姉さまたちがいない間に、こっちで動きがあったんだ』
「浄化システムのこと?」
『ううん。叔父様たちの消息を掴めたの』
「見つかったの!?」
『素直に喜べないけどね。とりあえず、戻ってきたら詳細を話すね。またあとで』

いろはは電話を切ると、ういと共に車両に乗車し、病院へ引き返した。

「本当に早かったですね。もうよろしいんですか?」
「はい。灯花ちゃんの実験だったみたいで、もう済みました」
「お姉ちゃん、見つかったって何のこと?」
「灯花ちゃんの叔父さんが見つかったんだって。氷室さんたちも多分」
「急だね」
「詳細は戻ったら話してくれるって言ってたから、細かいことはそれからだね」

電波望遠鏡に戻ると、ねむと桜子は席を外しており、灯花だけが残っていた。
いろはとういは、報告もそこそこに、灯花から叔父の里見太助の消息について説明の詳細を受けた。
湯国市へ向かった太助は、氷室ラビをはじめとするフォークロアのメンバーと共に、魔法少女撲滅派との
和解実現のため、神浜市を離れてから一ヵ月以上もの間、彼らの説得にあたっていた。

しかし、太助が湯国市に以前訪れた時、オールフェストでゲストとして参加した際、魔法少女擁護派が
壊滅した事件が尾を引いており、説得は難航。それどころか、灯花が予想していた通り、湯国市でも
組織犯罪が発生していることが判明。それらの事件は、市民からは魔法少女の仕業だと思われていた。
根拠は何もなく、過去の出来事が尾を引いており、些細なことがすべて魔法少女の犯行と結びつけられた。

それが現在の湯国市の状況であるという。

「そんなのって……」
「まるで中世の魔女狩りみたい……」
「何人かは考えを改めようとしてくれてたみたい。だけど、埒が明かなくて……そのあと……」
「続きは私から話そう」
「叔父様!」
「はじめまして…かな。環いろはちゃん、ういちゃん。君たちのことは灯花から聞いている。
 私は里見太助。里見灯花の叔父で、魔法少女の研究を行っている民俗学者だよ。いつも、
 灯花がお世話になってるね」
「どうもご丁寧に。お世話になっているのは、私たちのほうです。
 少し前まではシェルターで生活させてもらってました」
「は、はじめまして。いつも、お姉ちゃんやみんなと一緒に、灯花ちゃんのお世話になっています」
「灯花はいいお友達に恵まれているようだ。灯花が君たちの話をするとき、嬉しそうな顔をするのも分かる。
 ……と、すまない。さっきの話の続きをしないとね」
「…………」

「結論から言えば、撲滅派との和解には至れなかった。残念ながらね。生きて帰って来れただけでもマシだろう。
 湯国の状況は以前より酷い有様だ。寧ろ日に日に悪化していると言ってもいい。そんな中にあっても、神浜で
 魔法少女が団結した話は、風の噂で遠く湯国にも流れていて、それを知っている人たちは非常に少ないけれど、
 考えを改めようと善処してくれている。別の要因も手伝ってね」
(別の要因?なんだろう?)
「だが、宇宙の自浄作用なのだろか。撲滅派の現リーダーはじめ、殆どの人たちは、魔法少女の存在そのものを否定している」、
「それじゃ、まったく説得の余地なしということですか?」
「そう言わざるを得ない。それどころか、魔法少女への考えを改めようとしてくれる人たち以外は、湯国は魔法少女への敵意を
 ますます強めているよ。神浜では人々がまとまろうとしているが、別の方向で湯国の人々はまとまろうとしている」
「魔法少女を敵とみなすことで、一つに……ということですか?」
「あぁ……そういうことになる……」
「すみません、質問していいですか?」
「なにかな、ういちゃん」
「さっき、別の要因って言ってたのは、何のことですか?」
「最近、全国で頻発している組織犯罪のことだ。君たちもそれは知っていると思うけど、
 湯国でも組織犯罪が起きるようになって、動機は異なれど共通点があるんだ」
「その共通点というのは?」

それから、太助は湯国で起きたこと、行っていた調査のことを語り始めた。
世間に報道さている組織犯罪は全容を語っておらず、意図的に一部がぼかされている。
事件の裏には、名前も知られていない、犯罪組織―恐らくは世界規模の─の存在が見え隠れしていた。
その組織は十代の少女を拉致して、願いを叶えるための道具としているという。

「私はその大規模犯罪組織を、”クリミナルズ”と仮称している」
「クリミナルズ……それが湯国のことと、どう繋がるんでしょうか?」

クリミナルズは、魔法少女のことを知っており、当然魔女化も知っている。
一般的に思いつくような犯罪も行っており、十代の少女拉致はその一部でしかない。
湯国の撲滅派には、クリミナルズと繋がっている者がおり、太助はその関係者から
リークされる形で存在を知ったという。

「私に情報を提供した人物も、魔法少女を快く思っていないが、直接攻撃してまで魔法少女を
 街から追い出そうとは思っていなくて、自分から街を去るのなら、それ以上は望んでいない
 という人物でね。彼の話によると、クリミナルズに加担しているメンバーは、かなり以前から
 組織の一員として動いているそうだ」
「クリミナルズとして、いろいろな犯罪に関わっているってことですか?」
「巷で囁かれるような犯罪を起こしてもいたし、一般人と魔法少女を意図的に対立させたりだよ」
「それって、もしかして……神浜市の東西争いも関係してるんじゃ……」
「そこまでは分からないが、話を聞いた限りでは、無関係ではないと思うね。
 それに、どうもクリミナルズには、神浜で警察関係に身を置いていた人間が
 関わっているようなんだ」
「そんなこと初めて知った……」
「警察関係者が犯罪組織と繋がってるなんて、今時珍しくないもんね。それに警察は、
 身内の犯罪に対して庇い立てするから、報道されても一瞬だよ」
「太助さんに情報を提供された人は、どうしてそこまで知ってるんでしょうか……」
「どこまで本当かは分かりかねるが、彼自身はクリミナルズに加担していないが、
 情報が集まりやすい場所の近くに身を置いていて、嫌でも情報が入ってきたそうだ。
 彼を組織に加入させようとした人間が、意図的にそのような状況に彼を追い込んで
 いたのだろうね」
「自分の身近にいる人間を、犯罪に引き込もうとするのは、よくあることだよね」

「私たちにできることはないでしょうか?」
「これは、デリケートな問題だ。二ヵ月湯国で粘ってはみたが、解決の一口は終ぞ見つけられなかった。
 いろはちゃんが湯国へ出向いて、彼らを説得しようなんて試みないでくれ。湯国は今まで以上に危険な
 街と化してしまったんだ」
「お姉ちゃんの身に何かがあったら、五つの陣営の同盟は瓦解しちゃうよ」
「そういえば、氷室さんたちはどうしているんですか?」
「今は全員、那由他と一緒に、神浜に用意した那由他の家に集まってもらってる。今、一人になるのは危険と判断した」
「どこで狙われているか分かりませんよね。神浜の人間が加担してるなんて、グループで固まってても、安心して外を歩けません」
「クリミナルズは最低でも全国規模。最大では、世界規模の犯罪組織である可能性がある。
 今この瞬間も、我々は監視されているかもしれない」
「まさか、ここ最近の嫌な出来事も、宇宙の意思だったりするのかな…?」
「こじつけレベルになりそうだけど、皆無じゃないと思うよ。叔父様も仮説を立てていたし」
「魔法少女の存在を広めようとすると、見えざる手で妨害されるっていう?」
「それとは別の仮説だよ。私も浄化システムがインキュベーターから、魔法少女へ明け渡されたことは知っている。
 それを踏まえて、ういちゃんが今言った仮説と併せて、こんな考えが浮かんだ」

それは、用済みとなった人類を、宇宙の意思が抹殺にかかろうとしているというものだった。
インキュベーターは、エネルギー回収ノルマは達したと言っていたが、インキュベーターが
人類に契約を求めなくなった以上、宇宙の意思が人類をこれからも生かしておく必要はない。
自身が生きていく上で必要なエネルギーを回収できないなら、人類とは最早、自身の存在を
脅かしかねない危険な存在。

人類を野放しにするのは、宇宙にとって危険でしかないのだと。

「突飛拍子のない話に聞こえるかもしれない。しかし、今日まで私たちの周りで起きた出来事を振り返れば、
 ただの偶然と言うほうが難しい。これまでは一般人を通じて、これからは犯罪組織を通じて宇宙の意思は、
 我々を妨害しようとするとみていい」
「それが本当なら……」
「お姉さま?」
「お姉ちゃん?」
「私たちの真の敵は、魔女でもキュウべぇでもない。魔法少女という贄なしでは、存在を維持できないこの宇宙、
 そのものなんだろうなって……そう思ったら……とても世知辛いです……」


電波望遠鏡を出たいろはとういは、太助の勧めもあって、灯花の家の使用人が運転する車両で
みかづき荘へ帰宅した。帰宅後、いろはとういは、元・みかづき荘メンバーの墓参りに向かう日を、
やちよに尋ねると、その理由を説明した。

説明を受けたやちよは半信半疑だったが承諾し、元・みかづき荘メンバーの月命日に、現在の
チームみかづき荘のメンバーと、みふゆが墓参りに向かうことが決まった。
また、最近の組織犯罪増加への懸念から、いろはたちが留守の間、ももこ、レナ、かえでの三名が、
みかづき荘の留守を預かることも決まった。

『理由は分からないでもないけど、そこまで必要かな?アタシは構わないけどさ』
『どうしてもって言うなら引き受けるけど、今度食事くらい奢りなさいよね』
『も、ももこちゃんと、レナちゃんが一緒なら、私も留守番するよ』

ももこたちへの連絡を終えると、いろははやちよに、電波望遠鏡で太助と交わした会話の内容を伝えた。
やちよは相槌を返しつつ聞いていたが、いろはの話が途切れると、やちよが会話を切り出した。
今は嵐の前の静けさであり、何かをきっかけに、大きな災いが降りかかろうとしていると。
世界規模でそれは起こり、魔法少女も一般人も問わず脅威に晒され、命の選択を迫られるだろう、と。

いろはは、やちよの言葉の根拠を問うと、織莉子との会話で告げられたものだという。

「妙に言葉を濁しましたね。以前は、断定はできなくても、もう少し具体性がありましたが……」
「彼女から電話で連絡があって、その時に彼女が言っていた言葉なのよ」
「キュウべぇが織莉子ちゃんの能力を弄ってから、二ヵ月経ってます。以前よりはっきり
 未来が見えていると思うんですけど……」
「はっきり見えたんだと思う。そして、だからこそ言葉を濁したのかもしれない」
「……そういう可能性も、ありますね。織莉子ちゃんは他に何か?」
「また近々、こちらに足を運ぶそうよ。墓参りと検証の話をしたら、それ以降に来ると。
 連絡は私からすることになってるから、織莉子さんとの連絡は私に任せて」
「分かりました」

本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。

保守

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>>157からの続き

墓参り当日。
予定していたメンバー全員が揃い、ももこたちは、メンバーが出発する三十分前に到着した。

「悪いわね、急なお願いを引き受けてもらって。くつろいでてもらっていいから」
「そうさせてもらうわ」
「な、何もなければいいんだけど……」
「アタシらちょうど予定が空いてたんだ。鶴乃とさなちゃんが戻って来たし、
 顔も見ておきたかったからな。桜子ちゃんも戻って来てるんだっけ」
「先日、電波望遠鏡で桜子ちゃんと会いました。元気そうでした」
「そっか、それならよかった。大変な任務をしょっちまったんだ、無理もなかったと思うよ」
「他のウワサたちと長いこと話こんだり、考えをまとめたりしてたみたいです」
「その辺りは帰ったら続きを聞かせてもらうよ。そろそろ出発の時間だし、気を付けて行ってきなよ。
 それと……やちよさん。メルによろしくな」
「えぇ、伝えるわ。それじゃ行きましょうか、みんな。ももこ、レナ、かえで、留守番よろしくね。
 帰りにお土産買ってくるわ」
「いってらっしゃい」

みかづき荘を出発したいろはたちは、道中でフラワーショップ・ブロッサムに寄り供花を購入した。
この日は、夏目かこ、春名このみ、秋野かえではシフト休みで店におらず、かえではつい先ほど、
みかづき荘で留守をお願いしたばかりだった。

その後、特に何事もなく、いろはたちは、元・みかづき荘メンバーの菩提寺に到着した。
事前の取り決め通りに、出発前と到着後に灯花たちへ連絡し、やちよとみふゆのかつての仲間、
雪野かなえと安名メルの墓参りを行った。やちよとみふゆが故人へ近況を報告し、いろはたちが
続いて挨拶をかねて頭を下げる。

「メル、ももこがあなたに、よろしくと言ってたわ」
(……安名メルさん、雪野かなえさん……どんな人たちだったんだろう?)

何事もなく墓参りが済み、寺の外へ出ると、いろはは灯花たちに連絡を入れた。
報告を受けた灯花の話によれば、小さいキュウべぇの入力機構に反応があり、
墓参りをトリガーとして、浄化システムに変化が生じた可能性を伝えてきた。

『ういが何かに気付いたかを聞いてほしいにゃー』

浄化システムのコアであるういが、何らかの変化に気付いたかを尋ねると、
自身に何かが集まってくる感覚があったとのこと。

『お姉さま、申し訳ないけど、その足でこれから宝崎市へ向かってほしいの。最寄駅から電車に乗って、
 この前みたいに浄化システムの効果が途切れた地点を、教えてもらっていいかにゃー?』
「分かった。それじゃ、これから向かうね」
『ありがとう、お姉さま』

いろはは電話を切ると、やちよたちに宝崎市に向かいたい旨を伝えた。
その場に居た全員が理由を聞いて了承すると、最寄り駅に向かって出発した。
道中でソウルジェムを確認すると、微々たるものだが穢れが徐々に浄化されている。

最寄り駅は人がまばらで、混雑に遭遇することなくホームに到着すると、いろはたちは
昨日の検証で渡った橋をすぐに確認できるように、先頭車両の停車位置まで移動すると、
運転席が近い一番前のドアが開く場所に立つ。

電車を待つ間、やちよがいろはに声をかけてきた。

「思えば、大所帯で駅に来るなんて、二木市へ向かう時以来よね」
「そうですね。当時とはだいぶ状況が変わりましたね」
「あの時は、ういちゃん救出のために集まって、ももこたちも一緒だったっけ。
 今日は、みかづき荘の留守をお願いしてるけど」

そこへ鶴乃が会話に参加し、フェリシア、さな、うい、みふゆが続く。

「ももこの提案で貨物列車に飛び乗ったのは、今も覚えてるよ」
「あん時はドキドキもんだったぜ。でもオレ、ちょっとワクワクしちまったんだ」
「わ、私はもう、二度と同じ体験はしたくないです。今思い返すと、ジェットコースターよりすごかった……」
「一生に一度だって体験したくないよ。誘拐されるのも、貨物列車に飛び乗るのも。あれきりがいい……」
「みなさん、よく駅員に見つかりませんでしたね。鉄道会社に見つかっていたら、鉄道営業法に触れて、
 訴えられていたかもしれませんよ」
「分かってるわよ、それくらい。あの時は、二葉さんの能力で気配を消してもらってたの。
 あの時、二葉さんがいなかったら、あんな無茶な撤退は出来なかったわ」

みふゆが返事をしようとしたその時、電車がホームに滑り込んできた。
つい先ほどまで人がまばらだったホームは、大勢の乗客で溢れており、
いろはたちの後ろにも既に行列ができていた。

電車のドアが開くと、乗客が下りた後に車内が空き、そこへメンバー全員が乗り込むが、
直後に下りた人数以上の乗客も一緒に乗り込み、周囲に押されて圧迫されそうになる。
みかづき荘メンバーは、いろはを囲むように立って壁を作り、いろはの周囲の空間に
余裕を持たせて、検証に専念できるようにした。

(……動いた!)

電車がホームを離れると同時に、いろはは外の風景とソウルジェムを交互に見始め、
先日同様、ソウルジェムの浄化が途切れる地点を探り始める。道中、数駅の停車を
挟んだ後、いろはとういが先日渡った橋が見える鉄橋へ差し掛かった。

いろはは、片手にソウルジェムを持って、顔のやや前で掲げたまま外の風景と見比べた。
昨日は橋を渡った時点で途切れた浄化だったが、橋を渡ってもなお浄化は続き、やがて
電車は宝崎市へ入っていく。

(浄化がまだ続いてる…!?)

宝崎市内に入っても浄化は続き、いろははソウルジェムを注視し続けた。
そのまま電車は宝崎市内を走り続け、停車を何度か繰り返すと、宝崎市と
別の街の境に架かる鉄橋を渡り、その線路の途中で浄化が途切れた。

鉄橋を渡り切った電車は、間もなくして駅に到着し、いろははソウルジェムをしまって電車を降りる。
全員の下車を確認すると、全員を見渡して口を開いた。

「みんな、聞いて……」

いろはの声にメンバー全員が振り返り、お互いの体の間隔をあける。
電車内は、いろはたちの以外の乗客は別の車両におり、壁を作る必要もなくなっていた。

「浄化システムの効果範囲、広がってたよ!」

いろはのその報告に、メンバー全員が達成感に包まれた笑顔を浮かべる。
灯花とねむにも報告を入れると、二人は大喜びし、いろはたちは脅威をしばし忘れ、
大手を振ってみかづき荘へ帰還し、ももこたちにも成果を報告するのだった。


墓参りの帰りに行われた検証の結果は、みかづき荘へ帰還後、いろはから各陣営のリーダーへ、
リーダーからメンバーへ、各陣営のメンバーから近隣の魔法少女へと、瞬く間に周知されていった。
その日以降、全国各地で過去に死亡した魔法少女の供養が行われ、その度に浄化システムは
効果範囲を広げていき、やがて二木市、湯国市まで広がり、さらにその先まで広がっていった。

『環さん、結菜よ。二木市で自動浄化で始まったわ。ついにやったのね』

『いろはさん、氷室ラビです。湯国に向かった魔法少女から、 自動浄化が始まったと連絡がありました』


美国織莉子と呉キリカが、久方ぶりにみかづき荘を訪れたのは、そんな最中だった。

「ご無沙汰しています、いろはさん」
「こんにちは、あれから二、三ヵ月になるのかな」
「織莉子ちゃん、キリカさん。久しぶり」
「全員集まってるわ、入ってちょうだい」

その日、みかづき荘で織莉子たちとの何度目かの会合が開かれた。
いろはが浄化システムにかかりきりの間、やちよは連絡係を受け持ち、
織莉子たちとの会合開催日を決定していた。

出席者は、いろは、やちよ、織莉子、キリカの四名。
他のみかづき荘メンバーは、各々が抱える所用のため、この場にいなかった。
鶴乃はメディカルセンターに入院中の父の看病のため、さなはW-3に備えて
名無しの人工知能のウワサことアイと融合のため、フェリシアは林間学校のため、
ういは灯花、ねむと共に、さなとアイの融合に立ち会うため、会合を欠席している。

いろはが会合の主催となり、前回の会合から今日までに起きた出来事を報告した。
報告した内容は浄化システムが広がったことと、W-1開始時期を前倒しにすること、
織莉子が最近視た未来の内容、いろはたちの与り知らぬところで動き回る犯罪組織に
関わる話についてだった。

「いろはさん。浄化システムが広がったおかげで、見滝原でも自動浄化が始まったんです。
 おかげでグリーフシードの消費量も、調達に割く労力も減りました」
「私の負担も、織莉子の負担も日々減ってるし、感謝してるよ」
「もう見滝原まで広がってたんですか。この分だと、もっと先まで広がってるかも」
「見滝原の近くに風見野っていう街がある。そこでも自動浄化が始まってるんだ。
 美味しいラーメン屋があって、織莉子と一緒に行ったときに確認したよ」
「わざわざありがとう、キリカさん」
「出かけたついでだよ。それより、そろそろ始めたほうがよくない?」

キリカに促され、四人は会合を開始し、W-1今後の方針から話し始めた。
二木市で自動浄化が始まった連絡があった日、いろはは結菜から提案を
持ち掛けられていた。

浄化システムが惑星全土に広がるのを待たずに、既に広がっている範囲内で
魔女殲滅を始め、一日でも早く世界に残るすべての魔女を殲滅するべきだと。
同時期に、みかづき荘メンバー内でも同じ話が出ており、時女一族、ネオ・マギウス、
フォークロアとも電話で会話した中で、同じ意見が挙がった。
これについて、織莉子とキリカは同意し、見滝原へ戻り次第、周辺の魔法少女にも
話を持ち掛けて取り掛かると回答があった。

「私たちもユニオン内の計画協力者と会話をして、W-1開始時期を早める方向で動きます」
「分かりました。次は、最新の予知内容ですが……」

W計画を立ち上げたことで、予知で視えた未来には変化が生じた。
アリナの他に別の魔法少女が一人おり、どこかの森と思われる場所で、
三人の魔法少女がアリナたちを相手に戦闘を繰り広げているという。
三人の魔法少女の特徴は、鶴乃、さな、桜子のそれと一致していた。

「これはとりもなおさず、鶴乃たちを未来へ送ることが、成功するということでもあるのね」

最後に、犯罪組織についての情報が織莉子から齎された。

「私たちが集められた範囲の情報ですが、湯国市という街で結成された、魔法少女撲滅派という
 組織と犯罪組織は、利害の一致から手を結んでいます。犯罪組織の中心人物は神浜の元・刑事。
 この街で過去に起きた事件とも深く関わっていて、それが尾を引いています」
「それは、南凪区で起きた冤罪事件のことかな?」
「そうです。冤罪事件のこと、ご存知なのですか?」
「事件の概要は調べて知りました。詳細は分かりませんでしたが……」
「南凪区で起きた事件は、最終的に冤罪を仕掛けようとした警察・司法とグルになった
 犯罪組織共々、冤罪の証拠が見つかったことから、失敗に終わっている。失敗した
 理由は、ある一人の魔法少女の願いが理由です」
「その魔法少女と、願いの内容は……?」
「これから言うことは他言無用を約束して下さい。本人を前にしても、知らない振りをして欲しい」
「……守るよ」
「いろはに同じく」

「魔法少女の名前は純美雨。冤罪を擦り付けられそうになった、蒼海幇という組織を守るために、
 彼女は魔法少女になりました。彼女の願いで検挙された一派は、撲滅派と繋がりがある人間の
 手引きを受けて海外に脱出。魔法少女に恨みを持つ者を集め、巨大な犯罪組織を築いた」
「それらの情報をどうやって集めたの?裏の社会を知る人間とコンタクトでも?」
「私の人脈には、父親が政治家だったことから、伝手を辿れば裏の社会を知る人間もいる。
 魔法少女の歴史も存在も知る人間もいますし、キリカの協力もありますから」
「私はアリナの調査を切り上げた後、その組織を追っていた。湯国市の撲滅派が怪しいと
 睨んで調査してたら、向こうから仕掛けられた。返り討ちにしてやったけどね」

キリカの言葉を聞いて、いろはは一瞬表情を曇らせる。

「もしかして、相手の命を…?」
「そこまではしなかったよ。情報が欲しかったし、織莉子との約束だからね。
 返り討ちにしたやつを尋問にかけたたら、とんでもない情報を吐いたよ」
「どんな内容ですか?」
「世界各地の都市部を狙った、同時多発テロを仕掛ける計画があるだとさ」
「て、テロって…爆弾テロとか…?」
「方法までは聞き出せなかった。そこまでは知らなかったみたいでね。
 連中はテロを起こして、それを魔法少女の仕業にするつもりでいる」
「冤罪を擦り付けようってわけね。南凪の事件の時みたいに」
「魔法少女の仕業にすることで、何を企んでるんだろう……」
「この世界に残っているすべての魔法少女を、人類の敵に仕立てあげるつもりかもね。
 犯罪組織は魔法少女への復讐を遂げ、それ以外の一部の人間は、自分たちに都合の
 悪い数々の事件、真実を、どさくさに紛れて闇に葬ろうとしているんだろう」

「この世界に存在する国家は、魔法少女を軍事・外交に利用してきたという闇がある。
 中には直接にしろ、間接にしろ、犯罪組織と繋がっている政府関係者もいるでしょう。
 すべての政府関係者がそうだとは言いませんが、魔法少女の存在が世間に知られると、
 都合が悪いと考える人間は一定数いる」
「そ、そんな……テロなんて起こされたら、大変なことになる!」
「これも里見さんの叔父が言っていた、自浄作用の現れだというの……」
「世界に残った魔女を殲滅しても、今度は同じ人間による脅威が待っている。
 人間の敵は結局、人間なのでしょうね。魔女とて元は人間だった存在です。
 これから起きようとしているテロは、国家もグルになっているとみています。
 そちらへの対処も必要ですが、いろはさんたちで何か計画はありますか?」
「それが、何もないんだ。国家もグルになったテロなんて、考えもしなかった」
「けれど神浜には、私たちユニオンとは、別の魔法少女グループがいる。
 そのグループのリーダーが対処をしていると思うわ」
「その魔法少女たちと接触することは可能ですか?」
「それが、向こうのリーダーの意向で、時期が来るまで私たちとの接触を
 避けたいって言ってるの。だから、今すぐの接触はできかねるわ」
「……そのグループのリーダーとは?」
「参京院教育学園に通う魔法少女。名前は常盤ななか」

その名前を聞くと、織莉子は目を見開いて片手で顎元を抑えた。

「常盤…ななか…もしかして、華道の名門”華心流”宗家の…?」
「そうよ。常盤さんを知っているの?」
「直接の面識はありませんが、華道の世界では有名な方です。私は華道を嗜んではいませんが、
 華道の華心流と言えば全国的に知られていますし、宗家となれば名前くらいは」

「まさか、その宗家の娘さんが、魔法少女だったなんてね。ところで、さっき言ってた
 時期が来るまでっていうのは、具体的にはいつ頃を指してるか分かるかい?」
「分からないけど、常盤さんたちから、私たちに接触するとは聞いてる。
 そう言っていたのは、常盤さんと同じグループの魔法少女なんだけど」
「いろはさんたちが知る情報は、他に何かありますか?」
「犯罪組織のことだけど、私の友人の親戚も存在を知っていて、その人は彼らのことを
”クリミナルズ”っていう仮称で呼んでたよ」
「元・刑事が混ざってるからクリミナルズかな。その親戚っていうのは、魔法少女なのかい?」
「ううん。友人の叔父さんなんです」

いろはは、里見太助について語り、彼が民俗学者、魔法少女の歴史を知る人間であることと、
W計画の存在も知っていることを話した。

「里見太助……民俗学者……思い出した。私の父が、時女一族のことがまとめられた書籍を
 持っていて、その本を父の書斎で読んだことがあります」
「魔法少女同士の縁って、意外なところで結びつくものね」
「もしかして、織莉子ちゃんのお父さんも、魔法少女のことを知ってるのかな?」
「知らないはずです。国家は過去に魔法少女と関わっていて、父は政治家でしたが、
 父から一度もそのような話をされたことはなかった。その父も今となっては故人。
 どうしてその本を父が持っていたのか、知る術はありません。購入したのではなく、
 誰かから受け取った可能性が高いとは思っていますが、真相は不明です」
「キリカさん。テロ計画を暴露したのは、クリミナルズの中心人物?」
「そこに近い立場にいるとは言ってたよ。その分、情報を引き出すには苦労した。
 私のことは記憶を弄っておいたから、向こうは私を覚えてないはず」
「他に何か情報はない?」
「得られた情報は計画が存在することだけ。いつ実行に移すかは分からない。
 中心人物に近い人間が湯国にいたってことは、クリミナルズの拠点は案外、
 湯国にあるのかもしれないけどね」

「神浜でも事件が度々起きているけど、それが湯国から態々来て起こしている事件なら、ご苦労なことよね」
「魔法少女への報復が目的なら、それくらい労力のうちに入らないんだと思うよ」
「クリミナルズの中には、南凪区の冤罪事件に関わった元・刑事がいる。
 これまで起きた事件は小手調べ的なもので、テロが本命ではないかと」
「警察や市民の事件に対する反応を見て、ある時一気に仕掛けてくる可能性はあり得る」
「だとしたら、W-1開始時期は、なおのこと早めないとね。鶴乃たちには悪いけど、
 コールドスリープマシンが完成次第、未来に渡ってもらうしかないわ……」
「織莉子ちゃんの予知で、時期を探ることは出来ないかな?」
「それが、狙った内容を予知することができないんです。いずれ、そこまで能力に変化があればいいのですが」
「なんにせよ、現時点で私たちがクリミナルズに対して打てる手はないわね。
 強いて言うなら、万が一に備えて家族を安全場所に避難させることだけど、
 その安全な場所ってどこなのってことになる」
「大勢の人が入れるようなシェルターでもあればいいんですけど……」
「これはこれで、常盤ななかさんとの会合を開くべきでしょう。ななかさんなら、私たちが持つ情報とは別の、
 有力な情報を持っているはず。向こうが時期を見て接触してくるというなら、一先ずはW計画に専念して、
 その時を待ちましょう」
「私は織莉子ちゃんに賛成だよ」
「私も同意するわ」
「私が織莉子の意見に反対する理由はないよ」
「……それじゃあ、本日の会合だけど、ここで散会とします」
「織莉子さん。また何か動きがあれば、今後は私から連絡させてもらうね」
「分かりました、やちよさん。では、私とキリカは、本日はこれで失礼します」

そういうと、織莉子とキリカは、いろはとやちよに見送られてみかづき荘を後にした。
二人は居間に戻ると、いろはは会合の結果を灯花とねむに連絡し、織莉子が視た未来が以前と異なること、
W-1、W-2の開始時期を早めること、クリミナルズと仮称した犯罪組織による、世界各地でのテロ計画が
存在することを伝えた。

『連絡をくれてありがとう、お姉さま。マシンの開発は急ピッチで進めるよ』
『計画の前倒しは構わないけど、協力者に同意をとって、各陣営のリーダーと話をしてからになるね』
「それなら、やちよさんが取り掛かってくれてるんだ」

やちよはいろはが報告をしている間、W-1、W-2の協力者に連絡を取り、
計画の前倒しの同意を取っていた。

『さなのことだけど、アイとの融合はうまくいったよ。さなの住居の用意も今週中にできる。
 あとは、いろはお姉さんたちで、さなの移住時期を決めてほしい。出来るだけ早いほうが
 僕たちとしても助かる』
「そっか、うまくいったんだね。時期については……みんなが戻ったら話し合うよ」
『クリミナルズのことだけど、わたくしたちだけじゃ手に負えない。魔法少女だけで
 解決できる問題じゃないね。これについては、織莉子たちの意見を汲み取るよ』

いろはは、灯花とねむへの連絡を終えると、すぐに紅晴結菜、時女静香、藍家ひめな、氷室ラビに連絡を取った。
四人のうち、結菜、静香、ひめなとは、W-1開始時期を早めることに同意を取ることができた。
しかし、ラビは湯国市へ出向いていたこともあり、リーダー同士の会合には未参加で、W計画の存在も最近知り、
それらについての説明が必要となった。電話では時間を要すると判断し、いろはは日の傾き始めた空の下、急遽
ラビの家へ足を運ぶことを決める。

「今日は帰りが遅くなるかもしれません」
「いろは。今日の買い物は私が行くわ。夕飯は作り置きしておく」
「助かります」

ラビが身を置く里見那由他の家に到着したいろはは、ラビと那由他に出迎えられた。

「態々お越し下さり、ありがとうございます」
「お忙しい中、すみませんですの。どうぞ、上がって下さいですの」
「いいえ、それは気にしないでください。お邪魔します……」

那由他に促されて家に上がると、いろはは居間に通されて話し始めた。
織莉子が視た未来をみかづき荘に伝えに来たこと、W計画が立ち上がったこと、
W-3でラビの協力を得る予定があったこと、今日に至るまでに何度も会合が
行われたこと、クリミナルズの存在のこと……
ラビと那由他は静かにいろはの説明を聞き、やがていろはが話し終えるとラビが
最初に口を開いた。

「そんなに大事な会合があったとはつゆ知らず、全く参加できなかったこと、本当に申し訳ございません」
「私からも、謝りますの」
「ま、待ってください!お二人は湯国へ出向いてて不在だったと聞いています。それは私も他のみんなも
 承知していましたし、情報の共有が出来たんですから、謝らなくてもいいんです」
「……そう仰ってもらえて、助かります。ですが、いろはさん。それでもお詫びを伝えなければならないことが」
「なんでしょうか?」

ラビが語ったのは、自身が関わった湯国市で起きた事件の内容だった。
過去に自身の能力が暴走した結果、取り返しのつない事件を起こしてしまったこと、
どんな形で害を齎すか分からないため、W-3に協力はできかねること……
すべてを聞き終えたいろはは、顔を上げてラビの意見を尊重した

「今度は私から質問したいな」
「何でしょうか?」
「話しにくいと思うけど、湯国市に行っていた間、何があったの?」
「……!!」
「いろはさん、叔父様から話があったと思いますの。それ以上のことは」
「那由他様」
「ラビさん?」
「何か聞かれるだろうとは思っていました。お時間は大丈夫ですか?」
「はい。やちよさんには帰りが遅くなることを伝えています」
「那由他様、席を外していただいても構いませんよ」
「私も当事者。一緒にお話しさせていただきますの。というより、私に語らせて下さいですの」
「……分かりました」
「いろはさん。話は撲滅派の説得に向かった日に遡りますの」

那由他が語った内容は、変わり果てた湯国市の現状だった。
太助から話を聞き、自身も湯国市で危険な状況に陥ったことがあったが、
それは氷山の一角でしかなかったことを痛感した。
久方ぶりに訪れた湯国市に、魔法少女は誰もいなくなっており、誰にも
退治されなくなった魔女は放置されてしまい、魔女により多くの住民が
犠牲になってしまっていた。

「街に到着した私たちが最初に見たのは、シャッター通りと化していた商店街でしたの。
 以前は営業していた商店は、店主の行方不明により休業するか、閉業していましたの。
 これだけ聞くと、よくある過疎化により商店街が廃れたように聞こえますが、実際は
 魔女のせいで人がいなくなっていましたの」

本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。

>>175の修正と続き

「今度は私から質問したいな」
「何でしょうか?」
「話しにくいと思うけど、湯国市に行っていた間、何があったの?」
「……!!」
「いろはさん、叔父様から話があったと思いますの。それ以上のことは」
「那由他様」
「ラビさん?」
「何か聞かれるだろうとは思っていました。お時間は大丈夫ですか?」
「はい。やちよさんには帰りが遅くなることを伝えています」
「那由他様、席を外していただいても構いませんよ」
「私も当事者。一緒にお話しさせていただきますの。というより、私に語らせて下さい」
「……分かりました」
「いろはさん。話は撲滅派の説得に向かった日に遡りますの」

那由他が語った内容は、変わり果てた湯国市だった。
那由他自身も太助から話を聞き、湯国市で実際に危険な状況に陥ったことが以前もあったが、
それは氷山の一角でしかなかった。久方ぶりに訪れた湯国市には、誰にも退治されなくなった
魔女が居つき、多くの住民が犠牲になったことで、強化されてしまっていた。

「街に到着した私たちが最初に見たのは、人通りが消えた街の光景でしたの。
 以前、訪れた時は営業していた商店は、多くが市外へ移転していましたの。
 その原因は、湯国に居ついた魔女が起こした異変ですの」
「異変とは?」
「天敵となる魔法少女が街にいない。餌となる人間が潤沢。これで魔女が居つかないわけがない。
 ラビさんのお爺様とお母様のお話によれば、魔女によって撲滅派が大変なことに」

その先を話そうとしたとき、ラビが静止に入って那由他の話を止めた。

「那由他様。そこから先は私から話します」
「は、はいですの……」
「異変とは、魔法少女を迫害する撲滅派に対して、魔女が起こした現象のことです。
 いつからかは不明ですが、撲滅派の一部は、魔女の口づけを受けていました」
「撲滅派は魔女の餌にされそうになっていたと?でも、魔女の口づけ自体は、
 魔女がいる街ではよくあることだと思いますけど……」
「ですが、口づけを受けていた撲滅派は、私たちが知るものとは様子が違いました。
 彼らは操られた状態ではなく、自らの意識を保持していました。それだけではない。
 彼らの身体能力は、人のそれと比べて、強化されていたんです」
「じゃあ、撲滅派は、魔女の恩恵を受けていたんですか?」
「……えぇ。街に到着して間もなく、私たちは彼らから攻撃されたんです。
 教授を守るため、私たちは止む無く応戦しましたが、彼らと交戦した時、
 以前とは明らかに攻撃の重さが違った。彼らは、使い魔と同程度の力を
 持ち合わせていたんです」
「それはもう、人間じゃなくなったことと同じなんじゃ……」
「……私もそう思います。教授を守るために、私たちは私の実家に逃げ込みました。
 幸い、彼らは建物の中までは追ってこず、実家に逃げ込むとどこかへ去りました」
「魔法少女は狙っても、住民は巻き込まないってことなのかな?」
「私たちは最初、そう思っていました。ですが調査をするうちに、理由が分かりました」

撲滅派の魔法少女迫害により、湯国市からは魔法少女は去っていた。

それは街の破滅の始まりでもあった。

魔法少女がいない湯国市に待っていたのは、魔女による街の蹂躙だった。

どこかの街から流れてきたと思われる魔女が、天敵のいなくなった湯国市に居つき、
街の住民を次から次へと貪ったことで、街からは人通りが消えた。
住民は単独、もしくは集団自殺、操られた者に殺害される等で死亡が明らかにされ、
魔女を止められる者は誰もいなかった。

街が滅びようとしている現実に直面したことから、撲滅派の中に考えを変える者が
現れ始めていたが、なお考えを変えようとしない者もいた。

これにより、撲滅派は同じ組織内で、考えの違いから二つの派閥に分かれた。
魔法少女との和睦を必要と考える派閥”和睦派”と、和睦を不要と考える派閥”敵対派”。
二つの派閥が同じ組織内で争い始めた。

ラビたちが湯国市へ出向いたのも、和睦派の一人が、ラビの実家を通じてラビに
連絡を取ってきたことが発端だった。


しかし、既に手遅れだった。


敵対派には魔女による異変が生じていた。


「私たちは、彼らに起きた異変を”魔女の眷属化”や、”眷属化”と呼んでいます。
 本来の撲滅派と区別するため、彼らの街での行いから、そのように呼ぶことにしました」

魔女の口づけを受けた人間は、本来なら自殺等に追い込まれるなどで、魔女の餌と化す。
だが、”魔女の眷属化”した人間は、自意識を保持したまま思考が変化し、敵であるはずの
魔女を崇めるようになり、和睦派に武力行使を行うようになった。

「魔女の眷属化した敵対派による過激行動。それが決定打でした」

それまでは口論で留まっていた争いは、一線を越えた。
敵対派の和睦派への攻撃に端を発し、ついに撲滅派は完全に内部分裂を起こしてしまう。
この頃になると、敵対派は街の住民に対しても、脅迫的な行動をとるようになった。

「それらの情報を、どのように知り得たんですか?」
「私に連絡を取ってきた和睦派の方です。敵対派の動向を探るため、私たちはその方と共に
 湯国で調査を続け、その過程で知り得ました」
「街に残った住民は、これから生贄にされてしまうんでしょうか……」
「魔女も知恵が回るようで、生命力を吸収するためなのか、最低限の人間は残しているのでしょう。
 街に残った住民は、そのために命を利用されているだけです。眷属たちもそれを知ってか、住民を
 脅迫するに留まっている。生かさず殺さず、生命力を奪い続けている……」
「魔女は敵対派を、自身の同士と認識したかもしれませんの。魔女と敵対派は、魔法少女を
 敵として見ているという点では、利害が一致していますの」
「おそらく、魔女と敵対派は、波長が合ったのでしょう。だから敵対派は、魔女の眷属化した」
「……魔女は眷属にした敵対派を、尖兵にも餌にもできる。敵が魔法少女なら、彼らを盾にもできる。
 魔女にとって都合のいい存在ですよね」


話はさらに続いた。


内部分裂によって和睦派と敵対派は、互いに武力行使をするようになったが、
魔女の眷属化した敵対派の方が優勢だった。

一部の和睦派は敵対派に無力化され、二度と戻らなかった。
無力化された一部の和睦派は、魔女の餌にされるか、他の和睦派や、
街の住民への見せしめに、あろうことか公開処刑されてしまったという。

「公開処刑!?湯国にも警察はいますよね?止められなかったんですか!?」
「警察は……手遅れだったんです……すでに彼らは……」

眷属は、いろはたちがクリミナルズと仮称している犯罪組織とも結びつき、街を実効支配した。
湯国市の警察、市役所、消防署などは機能しないどころか、眷属の手に落ちてしまっていた。
発砲を受けても倒れない眷属相手に、警察は制圧もできず、眷属による和睦派の公開処刑を
誰も止められなかった。

先に市外に脱出していた住民は、周囲に湯国市の異変を知らせていたが、彼らの話を
聞いた誰もが信じなかったため、ラビたちが街に到着する、湯国市が置かれた現状を
正しく知る者はいなかった。

難を逃れた和睦派は戦力を削がれ、敵対派に太刀打ちできなくなったため、魔法少女との
和睦を考える街の住民を連れて、市外へ避難。これにより街はさらに人が減った。

「今でも街に残っているのは、市外に行き場のない住民と、無力化された公的機関、
 魔女の眷属化した敵対派です。敵対派のことは、以降は眷属という呼称で統一し、
 話を続けますね」

ラビたちは、自身らの親族を安全な場所へ移動させるため、太助と仲間と協力し合い、
眷属の目を掻い潜って慎重に事を進めた。おかげで時間を要したものの、湯国市から
脱出することに成功。ラビたちの親族と他のフォークロアメンバーは、状況を理解した
時女一族の協力を得て、霧峰村に匿われているという。

「湯国は今や、街全体が穢れに覆われて、魔女の一大拠点となってしまいました。
 このまま放っておけば、湯国が滅びるのは時間の問題です」
「湯国の問題がそこまで大きなものになってたなんて。なんで太助さんは
 こんな大事なことを、電波望遠鏡で話してくれなかったんでしょうか」
「気を遣ったつもりだと思いますの。……パパは昔から不器用で、そのせいでママとの
 諍いも絶えなかったんですの。そのママも、今となっては家を出てしまって……って、
 すみません。こんなことを話したかったわけじゃないんですの……」
「湯国のことは、今すぐどうにかなる問題ではないです。お話ししました通り、
 湯国は酷い状況で、私たちは、街を生きて脱出することで精一杯でした」
「ラビさん。私たちに自動浄化が始まった連絡をくれたよね。あの時はどんな状況だったの?」
「湯国を離れる前の、最終確認をしていました。街を一緒に出ることを希望する住民がいないか。
 その確認と説得をしていたんです。 結論を言えば、うまくいきませんでした」
「うまくいかなかった?」
「私たちが脱出する頃、街に残っていたのは眷属と、市外に行き場がない人たちだけでした。
 危険と分かっていても街を出られないと、同行を断られました」
「そうだったんですか……」
「私たちからの話は、一先ず以上です」
「夜分遅くに、長時間お付き合いさせて、すみませんですの」


話はそこで終わった。


いろはは麦茶を一口飲んで眉間に皺を寄せ、いくつか質問を行った。

電波望遠鏡で太助から聞いた話と合わせて、湯国市で発生した組織犯罪は、
魔法少女に犯行が擦り付けられているが、それがいつ頃のことであるか。

「魔法少女に犯行が擦り付けられるようになったのは、クリミナルズと結びついてからでしょう。
 湯国で以前から魔法少女は理不尽な目に遭っていますが、その頃は今ほど過激ではなく、
 と言っても、猟銃で撃たれたメンバーがいますが……当時はまだ、街の住民を魔女の餌に
 してしまうほど、酷い状況ではなかったので」


太助に撲滅派の内情をリークした人物は何者か。

「撲滅派の一人である、くららさんと交流がある方です。名前は名乗りませんでしたが、
 私たちは”リーク者”と仮称しています。リーク者も撲滅派の一人です」
「くらら?」
「くららさんは、撲滅派を組織した中心メンバーの一人で、撲滅派の現リーダーでもあります。
 フォークロアのメンバーの、有愛うららとコンビを組んで、芸能活動をしていた過去もある。
 ですが、過去に起きた事件の数々から、魔法少女に強い敵意を向けていました」
「くららさんという人がリーク者を通じて、ラビさんたちに連絡をしてきた可能性は?」
「その確認はとれませんでした。くららさんの考えが変わったのなら、あり得るかもしれませんが……」

眷属とクリミナルズが繋がったのはいつ頃なのか。

「具体的なところは分かりかねますが、撲滅派が組織された頃からと思われます。
 クリミナルズと撲滅派も、魔法少女を敵視している点で、利害は一致している。
 時期を考えると、クリミナルズが撲滅派に接触した可能性が高いですね」
「何故でしょう?」
「撲滅派が組織されるより前からクリミナルズは存在し、魔法少女への復讐を企てて、
 世界各地で同志を募っていると聞いています。彼らにとって撲滅派は、目的達成の
 駒として使えると踏んだのかもしれません。撲滅派の構成員は、結局は一般人です。
 社会の裏を知るクリミナルズからすれば、そうとしか見られないのでしょう」


街を実行支配しているのは眷属、クリミナルズのどちらか。

「表向きは眷属。裏にはクリミナルズかと。眷属は魔女の力の影響で力こそ
 強くなったものの、それだけですから」
「眷属はクリミナルズに利用されてるんでしょうね」
「人を欺くことに長けている人間は、相手を安心させて信用を得ることに長けていますの。
 眷属は魔女にもクリミナルズにも利用されている。彼らの行いは許せませんが、哀れな
 人たちでもありますの」
「自業自得とも言えますけどね」

くららは和睦派、敵対派のどちらなのか。

「それも確認が取れませんでした。ですが、直接話をした際、後悔を感じているようにも見えました。
 くららさんがリーク者を通じて、私たちに連絡をしてきたかもしれませんが、それを尋ねると彼女は
 沈黙しました」
「じゃあ、くららさんはやっぱり……」
「最終的なところは、本人が何も言わなかったので、分かりかねます」
「彼女にも街を一緒に脱出することを持ち掛けましたが、断られましたの。彼女は敵対派、
 もとい眷属のリーダー。仲間が魔女の眷属化したことに責任を感じて、街に残ることを
 選んだんですの」
「くららさんも眷属化してしまったんですか?」
「彼女には口づけの後はありませんでした。多分、本心では和睦を考えているのでしょう。
 それを他の仲間の手前、口にはできなかった」
「そうですか……」
「いろはさん、他に聞きたいことはありますか」
「……そういえば、フォークロアの他の皆さん、学校はどうされてるですか?」
「私も皆さんも休学しました。私以外のメンバーは、今は霧峰村で教授と一緒にいます。
 私たちは、湯国で見たこと、聞いたことを報告するために、神浜に残りました」
「そうだったんですね。危険な状況の中、ありがとうございます」

そこで思い出したように外を見ると、外は完全に日が沈んで真っ暗だった。

「長い時間引き留めて、本当にすみませんですの。今、タクシーを呼びますの」
「そこまでしていただかなくても」
「今は状況が状況です。お支払いはこちらを使ってください。おつりは差し上げます」

そういうと、ラビは一万円紙幣を一枚渡してきた。
ラビたちの好意を無碍にすることもできず、いろはは、那由他が呼んだタクシーに乗り、みかづき荘への帰路に着いた。

タクシーは道中、中華万々歳の近くを通ったが、店は既に更地となっていた。
売地となった土地を区画ロープが囲んでおり、いろはは中華万々歳が存在しなくなったことを改めて認識した。

みかづき荘に到着すると、やちよとういがいろはを出迎えた。

鶴乃は新居に帰宅。フェリシアからは無事を知らせるメールがやちよに届いていた。
さなはアイと融合後に起きるとされていた問題により、ねむが用意した新居に、今夜から急遽移ることになった。
さなが新居で過ごすのに必要な家具は、ねむが用意を済ませていた。

みかづき荘に残されたさなの荷物は、明日から順次、やちよが発送するという。
いろはは、作り置きされていた夕飯を食べ終えると、ラビの家で聞いたことを二人にすべて報告。
その後、電話で灯花とねむにも報告した。

『話してくれてありがとう、いろはお姉さま。それにしても、叔父様も変なところで気を遣ったにゃー』
「私も話を聞いてびっくりしちゃったよ。ラビさんたちが、とんでもないことになってたなんて……」
『事態は、わたくしたちの予想を上回る危険な状況だよ。魔女が人間を餌じゃなくて、手下にするなんて、
 今まで考えもしなかったよ』
「W-1だけど、湯国に居ついた魔女を優先したい。太助さんは私に湯国に行くなって言ってたけど、
 あんな話を聞いて放っておくなんて無理だよ」
『それのことなんだけど……もう少し待って欲しいの』
「な、なんで?」
『湯国に居ついた魔女の正体次第では、わたくしたちは窮地に陥るかもしれない』
「理由を教えてもらえるかな?」
『電話で話すより直接話したほうがいいと思う。鶴乃とさなも新居に移ったし、近いうちにさなの家で、
 今後のことを改めて話したいから、近いうちにまた集まれるといいんだけど、都合はどうかな?』
「やちよさんと、ういに確認してみるから待って」

いろはは、二人に直近の都合を確認し、灯花の用件を説明した。
週末はやちよが仕事があり、さらに翌週末から始まる連休まで、みかづき荘メンバーのいずれかが
私用で塞がっており、全員が集まることはできなかった。

灯花にその旨を伝えると、灯花はそこで一度電話を切り、鶴乃とさなに会合参加の了承を得て折り返してきた。
さなの新居を開催場所とした会合は、開催日時が連休初日の正午と決まり、やちよも織莉子と連絡を取り、
その旨を伝えた。幸いにも織莉子も都合がつき、みかづき荘に一度集まってから移動することが決まった。

『今日はゆっくり休んでね。本当にお疲れ様。おやすみなさーい』
「うん、おやすみ。灯花ちゃん」

電話を切ると、やちよが声をかけてきた。

「湯国の魔女に眷属に、クリミナルズ……私たちの知らないところで、まずいことになってるわね…」
「人間を手下に変えてしまうだなんて…。クリミナルズの行動範囲も広い」
「お姉ちゃん。もし、魔女の正体がミラーズの株分けだったら、もっと酷いことになるかも…」
「あまり考えたくないけど、湯国以外でも、似たような状況が起きているかもしれないね。
 クリミナルズの行動も含めて」
「……いいえ。湯国の魔女がミラーズの株分けだったら、懸念は他にもあるわよ」
「な、なんでしょうか?」
「疑えばキリがないから、あまり考えないようにしていたけど、今まで魔法少女のコピーは、
 マギウス事件の一場面を除けば、ミラーズの中だけに現れていた。だけど、今後はそうは
 いかないかもしれない」
「マギウス事件では、コピーがアリナの能力で外に連れ出されていた。
 ホテルフェントホープで、私たちも遭遇しましたね」
「……も、もしかして、魔法少女のコピーが、既に外に出てきたりするんじゃ?」
「魔法少女のコピーは、結界の中でしか活動できないはずですよ。
 アリナは未来に渡っているし、コピーを外に連れ出せる人は」
「……アリナのコピーだったらどうかしら?」
「……!?」

「魔法少女のコピーは、姿形は瓜二つだけど、中身までは完全に真似できない。
 コピーしてる記憶も本人の丸写しではない。だけど、アリナ自身がミラーズと
 協力し合って、完璧なコピーを作っているとしたら、話は変わってくるわ」
「じゃあ、やっぱりコピーはもう、結界の外にいるのかな……」
「確認は取れていないわ。コピーは外見だけなら本物と瓜二つ。コピー元の素性を
 知らない第三者が遭遇したら、まず見分けはつかないと思う。それに、アリナの
 超精巧なコピーが本当に存在して、魔法少女のコピーを連れ出せるなら……」
「知らない間に、誰かとコピーが入れ替わっていることも考えられる……」
「だ、だけど、まだ確認は取れてないんですよね?」
「本物と区別ができないほどのコピーと入れ替わっていたとすれば……」
「い、いやだよぉ……!」
「……なんて、怖がらせてごめんね、ういちゃん。でも、可能性はあるのよ」
「…………」
「やちよさん。さっき言っていた懸念は、他にもありますか?」
「鏡の屋敷の存在を知った日、ミラーズの使い魔から招待状を受けったでしょ」
「そういえば、そんなことがありましたね。落書きみたいな地図と、拙い文字が書かれてました。
 でも、私が招待状を受け取ったのは、魔女結界の中でしたよ?」
「お姉ちゃん。その結界はミラーズのこと?」
「ううん、別の魔女の結界の中だったよ」
「じゃあ、ミラーズから別の魔女のところへ行く間、使い魔は結界の外に、出ていたことになるよね……」
「……あ!」
「さっきは、超精巧なアリナのコピーが、魔法少女のコピーを連れ出すことを想定した。
 だけど、魔法少女のコピー以外の使い魔なら、外に出ることができるのでしょうね」
「結界の外に出られる使い魔と、出られない使い魔がいるのかなぁ……」

「使い魔が魔法少女のコピーを連れ出せるとしたら…って、考えましたけど、
 これはちょっと考えすぎですね。それができるなら、今頃とっくに街中は、
 コピー塗れになっていると思いますし……」
「私の懸念は、ミラーズの使い魔が外に出て来れて、魔女が人間を手下に変えられるのなら、
 その特性を生かして、魔女は使い魔を通じて人間を操れるかもしれないのよ。ミラーズは
 他の魔女と違って魔法少女のコピーを作れる。精度の高さにはバラつきがあるけど……
 数多の魔法少女の知識をコピーして、知識を蓄えているとも考えられるわ。ということは、
 蓄えた知識を元に、魔女が変異した可能性だって考えられる」
「そのほうが魔女にとって得だから…?」
「太古の昔、人類が洞穴の中で暮らしていた時期がある。その頃から人類は、人類同士で
 争っていたし、自分たちと異なる集団の人間を食糧にしていたそうよ」
「人間を人間を食べちゃうの…!?」
「カニバリズムとも言うわ。だけど、進化の過程で、捕虜を労働力とすることが、自分たちの
 集団にとって利益になると気付いて、考えを変えた。魔女だって元は人間よ。同じ考えに
 至ってもおかしくないと思うわ」
「お姉ちゃん。私……今思ったんだけど……」
「何、うい」

「魔女って倒すとさ、魔法少女に得になる素材を落とすよね?その素材を使って、
 私たちは自分たちを強くしてるよね?こ、これってさ……その……」
「ある意味では、形を変えたカニバリズムかもしれないわね」
「…………魔女が落とす素材の出所を考えれば、そうなりますよね」
「あ、あとは……いずれ、一般人のコピーが現れても、おかしくないと思うわ」
「……そ、それが本当だったら、私たち、誰も信じられなくなっちゃうよ」
「アリナとミラーズの繋がりが明かされた時から、可能性は考えられたの。
 あくまでも可能性どまりだったけど、現実になってしまうかもしれない」 
「本当に疑えばキリがないですけど、もしもに備えて対策を立てないと、
 日常生活もままらなくなりますよ」
「憶測でしかないけど、ミラーズの記憶読み取り対策として、開発されたアクセサリー。
 これがコピーの炙り出しに使えるかもしれない」
「そういえば、これをつけてミラーズに入ったときは、コピーたちはアクセサリーの
 破壊に躍起になっていました!」
「よっぽど都合が悪いんでしょうね。これをつけていたら襲ってくる魔法少女、
 もしくは一般人がいるとすれば……」
「それが外に出てきたコピーかもしれない、ということですね」
「……コピーが外に出てきているという話は、あくまでも可能性でしかないわ。
 だけど、あり得ないと断言することもできない。今度の会合で、このことを
 みんなに話しましょう」
「賛成です」

三人は話を切り上げると、その日は各々自室に戻り、就寝を迎えた。

本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。

保守

>>190からの続き

自室に戻ったいろはは、就寝時間を迎えると寝床に入ったが、寝付けなかった。
インキュベーターの撤退宣言が──観測用の個体を除いてだが──されてから、
多くのことが立て続けに起こり、心身ともに満足に休めない日々が続いている。

W計画の立案、開催される会合の数々、浄化システムの効果範囲拡大。
鶴乃、さな、桜子のコールドスリープ決定と、鶴乃とさなの新居への引っ越し。
湯国の混迷とクリミナルズという脅威……

魔法少女の夜明けが近いと思わせる一方で、まるでそれを妨げるかのように
発生する事件の数々。最近は疲労が隠せず、徐々にストレスも溜めていた。
潜在的ストレスの蓄積は、不眠症という形でいろはを苦しめていた。

(ミラーズの件は、魔翌力パターンを探るか、本人しか知らないことを質問して、
 返ってくるj回答で、ある程度割り出すことができるよね。考えてみれば)

そこへ一通のメールが入り、着信音で気付いたいろはスマホを手に取った。

(……さなちゃん?)

内容は、起きていたら電話で話せるかという質問だった。
いろはは、さなに電話をすることで質問への回答とし、さなは間もなく電話口に出た。

『お疲れ様です、いろはさん』
「さなちゃん。連絡ありがとう。何かあったの?」
『その……帰る予定だったのに、急に今日から移住になっちゃって、
 なんて伝えればいいか、まとまらなくて…その、すみません…』
「謝らなくてもいいよ。事情は理解してるもん。それより、電話して大丈夫だった?
 電子機器が近くにあると影響が出るって聞いたけど……」
『ざわざわしていますけど、大丈夫です。自室には家電製品を置いてないんです。
 立地も森の中なので、想像していたよりは快適です』
「そっか、不便はしてないんだね」
『だけど、いざ一人となると心細くなっちゃって……』
「みかづき荘で今まで一緒にいたのに、急に切り離されたんだし、無理もないよ」
『本当は、皆さんにきちんとご挨拶をしてから、こっちに来たかった。
 でも、アイちゃんと融合後に、頭の中がぐわんぐわんして、ざわざわして……
 みかづき荘に戻るどころじゃありませんでした』
「そんなに大変だったんだ。今はスマホで連絡してると思うけど、大丈夫なの?」
『電子機器の多いところだと、まだ無理ですが、スマホ一台くらいないなら何とか』
「それでも辛いはずなのに、態々連絡してくれたんだね」
『私、いつの間にか気絶してて、一時間ほど前に目を覚ましたんです。
 ねむさんが用意して下さった新居の、自室に運び込まれていました。
 融合した時の環境が、電子機器に囲まれた部屋だったので……』

「そうなると、今は街中を歩ける状況じゃないね」
『ねむさんからは、私はこの新居でマシンに入る日まで、過ごすように言われています。
 アイちゃんと融合した状態に慣れないと、未来で目覚めた時、アリナ相手にまともに
 戦うことはできないとも。ですから、明日から学校に通うのを止めて、アイちゃんと
 協力し合って、一日でも早く融合状態に慣れることにします』
「前向きになるのはいいことだよ。そういえば、さなちゃん、学校ってずっと行ってたの?」
『はい。教員からも、魔法少女以外の生徒からも私の姿は見えないので、登校しているのに
 欠席扱いになってました。それでも、テストは毎回受けていたので、教員からは不思議に
 思われていたみたいです。先日、義実家に行った時に知りました』
「そんなことになってたんだ。今のさなちゃんのために、私にできるとがあればいいんだけど……」
『いろはさんの、その気持ちだけで十分です。そういえば、来週の連休初日、私の新居に
 皆さんが集まると連絡をいただきましたよ。何か進展があったんですか?』
「それが、大変なことになっちゃって……」
『話しにくいことですか?』
「……うん。だから、うまく言葉がまとまってないんだ。来週、さなちゃんのところに
 集まる時まで、この話は保留にさせてもらうよ。ごめんね」
『分かりました。こちらこそ、すみません、夜も遅いのにお電話差し上げてしまって』
「ううん、連絡をくれて嬉しかったよ。今度の会合で会おうね」
『はい。それじゃ、おやすみなさい』
「うん、おやすみ」

翌日。
その週の最後の登校日。いろははレナと昼休みに屋上へ向かうと、そこには鶴乃がいた。
二人は声をかけたが、一点を見つめたままで返事がなく、近くまで寄って声をかけると、
そこでようやく二人に気が付いた。

「おわっ、いろはちゃんにレナ!二人ともいつの間に?」
「やっと気付いてくれたよ」
「さっきから声かけてんのに、鶴乃が気付かなかったのよ」
「あはは、ごめんごめん。またやっちゃったか……」
「また?」
「その……ここしばらく、立て続けにありすぎてさ、なんか毎日に現実感がないんだよ……」
「鶴乃ちゃん、話なら聞くよ?」
「レナも、それくらいなら付き合ってもいいわよ」
「ありがとう」

鶴乃の話によれば、父から中華万々歳の閉業を告げられた日から、どこか夢を見ている気分だという。
自分が今置かれている状況が、離れている場所からもう一人の自分を見ているような感覚で、目の前で
起きている出来事が、どこか他人ごとに思えるとのことだった。

「それは、仕方ないと思うな。あんな酷いことが続いて、お店までなくなったんだもん」
「まさか、本当にお店を閉めちゃうなんて思わなかったわよ。レナ、あんたの店の味、
 割と好きだったんだけどね」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。せめて、跡継ぎを見つけられてたらね……」

「鶴乃ちゃんのお父さん、大丈夫なの?」
「ずっと入院してるって聞いてるけど……」
「人間ドックの結果が良くなくて、それからずっとだよ。引っ越し先が病院から近いから、
 お見舞いには毎日行ってるんだけどね、店をやってた頃から一気に老けちゃって……」
「…………」
「…………」
「今思えば、お父さんにとって、お店は心の支えになってたんだ。私にとってもね。
 お店を手放したことで、お父さんも、私も、自分の支えを失っちゃったんだ……
 お母さんもおばあちゃんも、あんなことになっちゃった」
「その節は、何の力にもなれなくて……」
「それは気にしないでよ。自分たちだけで何とかするって、お父さんとも決めてたから」
「ご家族と言えば、鶴乃のお姉さんはどうしたのよ?」

それからしばらく、沈黙がその場を支配した。
体感的に五分程度を過ぎた後、レナから口を開いた。

「仕事とタイミングが重なって、参列できなかったんだ。電話で話は出来たんだけどさ。
 いつだったか、お店の再興を巡って現実を見ろって言われたことがある。それなのに、
 お店がいざなくなると、何があったのか詳しく聞かれたんだ。私、お父さんと一緒に
 お店を必ず再興するって言って、そのために頑張って来たから、結構心配されたよ」
「そっか……」
「お姉ちゃんと話したいこと、もっとあったけど、仕事で忙しいし、あまり話せなかった。
 それでも電話をかけてきてくれのは、嬉しかったよ」
「新居での暮らしは、どうなのよ?」
「お父さんの知り合いに不動産屋さんがいて、色々掛け合ってくれたみたいなんだ。
 おかげで快適に暮らせてる。……素直に喜べないのは、悪いと思ってるけど」

そこまで話したところで、ふと、鶴乃は思い出したように時計を見た
時間は予鈴が鳴る五分前となり、三人は慌てて立ち上がると、教室に向かって駆け出した。

「ごめんね、いろはちゃん、レナ。話に付き合わせちゃって」
「それはいいよ。鶴乃ちゃんと話せてよかったから」
「レナも万々歳には世話になったし、これくらいはね」
「二人とも」
「何?」
「話、聞いてくれてありがとう。少し気持ちが楽になったよ」

そうして、三人は屋上を後にした。


その日の放課後、いろはとレナは、話を聞いてくれたお礼として、鶴乃の新居に招待された。
里見メディカルセンターに近い北養区に、鶴乃が新たに住んでいるマンションが建っていた。
部屋の間取りは2LDKで、鶴乃が父と二人で住むことを考慮して、紹介された物件だと話した。
しかし、鶴乃の父は入院中のため、現在は一人で暮らしており、新居に客人を招いたのは今日が初めてだという。

「お邪魔します」
「失礼するわよ」

扉が開かれて中に入ると、玄関から廊下がまっすぐ伸びており、玄関から左手に部屋が二つ並んでいた。
突き当りにダイニングとリビング、さらに奥にはベランダ。鶴乃の新居はハーフリビング型の間取りだった。

「お茶用意するから適当に座って待ってて」
「ありがとう。外見てもいい?」
「いいよ。そこから鍵を開ければ出られる」

いろはは鶴乃に断ってベランダに出ると、レナと一緒に外の風景を眺めた。
視線の先には里見メディカルセンターが見え、ゆっくり歩いても三十分程で、
到着出来ると思われる距離だった。

立地のためか、車両の走行音が遠くに聞こえ、マンション周囲は静かな環境だった。
区画された更地の住宅用地が眼科に見えたが、工事は中断しているらしい。
晴れにもかかわらず、重機にはカバーがかけられている。

鶴乃に声をかけられると、二人はベランダを後にし、戸を閉めて居間へ戻った。

「どうぞ。お店で出してた黒茶だよ」
「ありがとう、いただくね」
「ん…おいしい…!」
「人にお茶を出すのも久しぶりだよ。店を閉めてから、時間が出来て変な感じでさ」
「ずっと続けてたお店だったもんね。無理もないと思うよ」
「レナ、最初聞いた時、数ヵ月遅れのエイプリールフールかと思ったわ」
「お父さんとは話し合ったんだけどね。あの時は反対したけど、今ならお父さんの
 言ってたことも、受け入れられるんだ。だけどさ……」
「…………」
「何かあるの?」
「お父さんに『お前はお前の中華万々歳を築けばいい』って、言われたんだ。
 でも、それはちょっと違うんだよね」
「鶴乃は鶴乃の店を持ちたかったわけじゃないの?」

「私が守りたかったのはさ、曾お爺ちゃん、お爺ちゃん、お父さんが守ってきた
 中華万々歳を、再興したかったってこと。私は将来、三代に渡って続いてきた
 お店を継ぎたかったの。自分の店を持つっていうのとは、ちょっと違うの……」
「鶴乃ちゃん……」
「お父さんがね、廃業前に最後にもう一度営業するって言ってた。全商品を半額で
 提供して、常連さんだけでも来てもらえたらって。長年、お世話になった土地への
 恩返しのつもりでさ。だけど、バッドタイミングってやつかな。ももこじゃないけど。
 最後の営業も出来なかったんだ」
「悪いことって、重なるもんよね。特に、魔法少女なんてやってると、尚更って感じ」
「ここから病院が近いけど、お見舞いには?」
「殆ど毎日行ってるよ。あんまり通うと、お父さんにも負担になるから、日にちを空けることもある」
「退院できる見込みはあるの?」
「あー、うん……その……」
「あ、レナ、失礼なこと聞いちゃった。ごめん」
「気にしてないよ。それよりも二人ともさ、もしよかったら、夕飯食べていかない?」
「え?」
「で、でも…」
「お礼のつもりが、また愚痴を聞いてもらっちゃったし。どうかな?」
「せっかくだから、ごちそうになるよ。今日はやちよさんが帰らなくて、
 フェリシアちゃんも帰りは明日だし、ういは灯花ちゃんたちのところ。
 夕飯は一人で済ますつもりだったんだ」
「レナも今日は外食するつもりだったのよね。久しぶりに万々歳の味を食べたい♪」

「ありがとう。チャーハンとスープを用意するよ」
「いいわね。もう二度と食べられないと思ってたし」
「万々歳と言えば、メニューを制覇したなぁ」
「連絡をくれれば、材料用意して希望のメニューも作れるよ」
「そこまでしてもらうのはちょっと、悪いかな……」
「レナも食べたい料理はあるけど、そこまで甘えるのは……」
「おりょ?でも、気が向いたら声かけてよ」
「それじゃ、弟の分を作ってもらっていい?スープもあると嬉しいんだけど……」
「私も、夜食用に同じのが欲しいな」
「うん。自分が食べる分以外の食事、作るの久しぶりなんだ。
 あ、テレビつけていいから、適当に待ってて」

そういうと、久しぶりに見せる満面の笑みで、鶴乃は夕飯の支度にかかった。
ガスコンロは、家庭用の中華コンロを用意してもらったという。
万々歳で料理を持つ間、空腹を刺激する炒め音が聞こえ、それに懐かしさを感じる。

リモコンを手に取ってテレビをつけると、最初にニュース番組が映った。
二木市で開催予定の史乃沙優希のライブが、開催日が決定したことが流れており、
開催日決定に伴い、チケットの予約開始日も決定したという内容だった。

「今度のさゆさゆのライブも、チケット争奪戦になりそうだわ」
「チケットの獲得って、そんなに大変なの?」
「予約開始日になったら、受付開始時間と同時に動かないと間に合わないわよ。
 事前に予約サイト開いて、モニターの前にスタンばらないと」
「史乃さん、本当に人気なんだね」

それからニュースは次の内容へ移り、先日の地震で発生した土砂崩れで亡くなった、
林間学校に参加していた生徒の、親族へのインタビューに切り替わった。
地震は天災であるため現実を受け止めるしかないと言う親族もくれば、地震発生の
予測の可否を問う親族、林間学校を企画した学校に責任を問う親族もいた。

その中に、二葉の姓の親族が現れ、長兄を亡くしたことを悲しむ母親が胸中を吐露していた。

『きっと、これは娘を蔑ろにした報いなんです。私、私は……間接的に長男を……』
『母さん、考えすぎだよ。兄さんは…兄さんは運が悪かったんだ……』

その母親と次兄の姿を最後に、番組はスタジオを映してCMに入った。

「いろは。今のテレビに出てた人、二葉って名前だったわよね?」
「う、うん。多分…さなちゃんの…」

そこで、ちょうどチャーハンが仕上がり、二人は鶴乃に声をかけられた。
卓に向き直ると、二人の前にはチャーハンとスープが並べられた。
出来立てだけあり、料理からは湯気があがり、鼻腔をくすぐる匂いが食欲を刺激する。

「お待たせ、二人とも」
「ありがとう、鶴乃ちゃん。おいしそう!」
「この匂い、なんだか懐かしいわね。もういただいていい?」
「もちろん!熱いうちに召し上がれ!」

二人はいただきますと告げ、夕飯を摂り始めた。

「これよこれ、レナの知ってる万々歳の味よ!」
「美味しいよ、鶴乃ちゃん!」
「そういってもらえて嬉しいよ。私も一緒にさせてもらうね」

鶴乃も夕飯の席に加わり、三人でしばし談笑しつつ、食事を勧める。
会話の内容は先程までとは打って変わって、他愛のない雑談に興じ、
自分たちを取り巻く状況をしばし忘れ、ひと時を楽しんだ。

「チャーハンと言えば、このスープよね。コンビニチャーハンじゃ、
 ついてこないし、これがないとチャーハン食べた気がしないのよ」
「簡単に作れそうで作れないよね。これを作るのは、鶴乃ちゃんじゃないと」
「言ってくれれば、いつでも作るよ。都合が合う時になっちゃうけど」
「……じゃあ、たまにお願いしていいかな?みかづき荘に来て作ってくれると、他のみんなも喜んでくれると思う」
「レナもその時は、ももことかえでに声をかけてお邪魔するわ。かえでには文句言わせないから」
「腕が鳴るなぁ。そろそろ、お土産分のチャーハンとスープ、用意するね」
「ありがとう」

鶴乃は空いた食器を片付けると、再び厨房に立ち、二人にお土産用のチャーハンとスープを用意した。
外はまだ夕焼けの空だったが、暗くなる前にいろはとレナは鶴乃の新居を後にした。


二人は途中まで並んで帰ったが、道中でレナがいろはに会話を切り出した。

「いろは、万々歳の跡地ってみた?」
「うん。つい最近見たよ。建物がなくなって、売地になってた」
「もうそこまで済んじゃったのか。レナが見た時は解体中だったけど」

「この数ヵ月で、あっという間だったよね」
「ほーんとね。にしても、態々万々歳のその後を見に行くなんて、
 レナも人のこと言えないけど、鶴乃のこと気にかけてるのね」
「昨日、ラビさんたちと話があって、その帰りにタクシーで遠回りしてね」
「ふーん…って、リーダー同士での会話って、しかも珍しい相手ね。何かあった?」
「それが……湯国で大変なことが起きてるって話だった。残念だけど、
 聞いた限りじゃ、私たちが今すぐ何かできることはなかったよ」
「話には聞いてたけど、湯国ってある意味、すごい街よね。魔法処女の撲滅を公言するなんて」
「初めて聞いた時は耳を疑ったよ。今は湯国の中での話だけど、もしも今後、
 マギアレコードを世に広めた時、同じことが起きたらと思うと……」
「魔法少女の存在を広めることが、宇宙の意思に都合が悪い…だっけ。
 最近起きてる嫌な事件も、湯国の件も、それが絡んでるのかしら?」
「偶然の一致で片付けるには、ちょっと無理があると思ってる」
「レナもそう思う。嵐の前の静けさじゃないけど、何かの前触れじゃなきゃいいんだけど。
 っと、レナはここから方角が違うわ。また明日で会いましょう」
「いつの間に。また明日学校でね」


灯花と会合開催日を決めた週の週末。
霧峰村から時女静香がみかづき荘を訪れた。

「環さん、こんにちは」
「静香ちゃん、どうしたの?」
「浄化システムが広がった件、私たちも力になれるかもしれない。
 悪いんだけど、今から時間をもえらえないかな?」
「いいよ。今日一日、留守のために予定を空けていたんだ」
「そういってもらえて助かるわ」

いろはは静香を居間へ通すと、麦茶を用意して静香に勧めると用件を尋ねた。

「ありがとう。鶴乃さん、色々あったらしいけど大丈夫?」
「心配してくれてありがとう。葬儀も引っ越しも済んで、鶴乃ちゃんも登校を再開してるよ」
「ここに来るとき、お店に寄ったらお店がなくなってたんだけど……」
「鶴乃ちゃんのお父さんがお年でね、それで……」
「そうだったんだ。鶴乃さん、本当に大変だったんだね」
「ご家族が旅行先で亡くなって、鶴乃ちゃんも過労で入院してたの」
「大変だったのね……」
「鶴乃ちゃんはすぐに退院できたけど、今度は鶴乃ちゃんのお父さんが入院して……」
「そうなんだ……今度、だいだいっこをお見舞い品に持ってくるわ」
「ありがとう、静香ちゃん。鶴乃ちゃんも喜んでくれると思う」

静香は麦茶を一口飲んでグラスを置くと、用件を切り出した。


静香の話の内容は、霧峰村の負の歴史だった。
生前、霧峰村を牛耳っていた御子柴という存在と、その御子柴が存在していた時代、
霧峰村で起きていた陰惨な風習、その御子柴の自害を見届けたこと……
また、リーダー同士の会合で、自身が出席できなかった理由として、水徳寺の分寺を
建立するか否かを、村全体の会議で話し合っていたことを語った。

「あの時は、大事な会合に、ちはるに代理で出てもらって悪かったわ」
「代理での出席は認めてたから問題ないよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。それで話なんだけど、実は分寺が立ったら、
 そこに霧峰村出身の歴代の巫(かんなぎ)を埋葬しようとしているの。それが
 浄化システムを、さらに広げる協力に繋がるかもしれないわ」
「埋葬?村で誰かが亡くなったの?」
「これは、突っ込んだ話になるから、言いにくいんだけど……」

静香の話によると、霧峰村の近くを通る川の底には、魔法少女の遺骸が沈んでいるという。
遺骸を引き上たあとは分寺に埋葬するが、遺骸は既に白骨化してしまっている。
引き上げた後は遺骸を故人ごとに分けたいが、どの遺骸が誰なのかを正確に判別できない。
そのため、引き上げた遺骸は一つの場所に埋葬することとし、分寺の敷地内に亡くなった巫の
慰霊碑を立てようとしている、ということだった。

「慰霊碑を立てて供養をした際に、浄化システムが広がるかもしれないって、
 すなおが言ってたの。慰霊を行う頃になったら、観測してもらえないかな?」
「分かった。だけど、観測するには灯花ちゃんに協力を仰ぐ必要があるんだ。
 浄化システムが初めて広まった日は、効果範囲を電車で移動して、効果が
 途切れるところを直接確認してたから」
「態々そんなことしてたんだ。専用の観測マシンとか、そういうのがあるもんだと」
「他に確認する方法がなかったからね。だけど、その後、静香ちゃんの言う通り、
 灯花ちゃんがシステムの効果範囲を、観測する方法を開発したんだよ」
「そうだったんだ。浄化システムのこと、任せきりになってるみたいでごめんね」
「とりあえず、時間をもらえないかな?二、三日中には返事ができると思う」
「分かったわ」

話をすべて聞き終えた後、いろはは後日回答することを約束すると、静香は引き上げた。
その後、いろはは灯花に連絡し、静香の話を伝えると、灯花から後ほど折り返すと返事があった。
灯花からは、その日の夜に連絡があり、PCにメールも同時に届いた。

『もしかしたら、大きな進展を見込めると思って、二つの計画を立てたよ。
 交渉はお姉さまにお願いするけど、メールで送った素案を見てほしいにゃー』

いろはのノートPCに、灯花から二つの計画の素案が届いた。
一つは霧峰村の水徳寺分寺建立後、慰霊への協力。もう一つは二木市の公営霊園増設後、
地下墓地に埋葬されている魔法少女の亡骸を、そちらへ移し、慰霊するというものだった。

どちらも魔法少女の供養を目的とした計画であり、前者は魔法少女グループの各陣営内で
メンバーを募集。後者は政界と繋がる人脈を通じ、表向きは街の公共事業として新たに墓を
建設するという内容だった。

『慰霊を行う人数が多ければ、浄化システムも広がりやすくなると思うよ』
「早速、SNSでみんなに呼びかけてみる」
『公営霊園増設は難しいと思うけど、プロミストブラッドのリーダーは、街の市長のご令嬢だよ。
 話をするだけしてみて欲しいにゃー』
「これは結菜さんと直接話したほうがいいね。連休中に会えないか聞いてみるよ」

素案を受け取ったいろはは、静香、結菜へ協力を持ち掛けることを考え、みふゆに連絡を取って相談した。

『いろはさん。あまり言いたくありませんけど、最近ワタシに頼り過ぎでは?』
「本当にすみません。だけど、こういったことで相談できる方が他にいなくて」
『やっちゃんとは相談しなかったんです?』
「やちよさんからは、各陣営のリーダーとの交渉は、私に任せると言われています」
『でしたら、ワタシにいきなり丸投げするのではなく、少しは自分で考えないと』
「……考えて思いつかなかったので、連絡しました。すみません」
『うーん……頼られるのは、悪い気はしませんけどね。でも、今後は気を付けてほしいです』
「本当にすみません」

『やっちゃんとは相談しなかったんです?』
「やちよさんからは、各陣営のリーダーとの交渉は、私に任せると言われています」
『でしたら、ワタシにいきなり丸投げするのではなく、少しは自分で考えないと』
「……考えて思いつかなかったので、連絡しました。すみません」
『うーん……頼られるのは、悪い気はしませんけどね。でも、今後は気を付けてほしいです』
「本当にすみません」
『システムは魔法少女への弔いで広がりました。二つの計画が成功すれば、さらに広がるでしょう。
 ですが、協力を志願された静香さんたちはともかく、紅晴さんとの交渉難易度は高いかと』
「地下墓地が設けられた理由が理由ですから、どう話をすればいいか……」
『伝え方次第では、紅晴さんを逆撫でしてしまうかもしれませんね』
「そんなつもりは、まったくないんです。地下墓地もいずれは、第三者に発見されるかもしれない。
 公営霊園増設は、それを見越してのことだと思います」
『……交渉にはワタシも参加します。デリケートな問題ですし、今回はこちらから二木市へ足を運んで、
 紅晴さんを訪ねましょう。公営霊園増設となると、二木市の行政に関わる話になる以上、紅晴さんが
 頼りです。紅晴さんに話をどう伝えるかは、一緒に煮詰めましょう』
「ありがとうございます」
『ただ、向こうからすれば、ワタシはかつて、平手打ちをしてきた相手でもある。
 ワタシの話を聞いてくれるか、気になるところではありますけどね』
「それは……令さんの時ですね。神浜監獄で起きたあの時の……」
『抗争はお互い、まだ生乾きの傷です。言い出せば恨みつらみは止まらなくなる。
 紅晴さんを訪ねる日は決めていますか?』

「これから決めようとしていました。連休中にお会い出来ればと。連休初日は、
 さなちゃんの新居で会合ですから、残りのどこかになりますが」
『では、日程が決まったら連絡を下さい。紅晴さんとの話を煮詰めるのは、
 連休初日の会合を終えた後にしましょう』
「分かりました」
『うまくいけば、W-1の間に浄化システムは惑星全土に広がるでしょう。
 そういえば、W-1開始は前倒しになるんでしたね。いつからですか?』
「連休初日の会合の後に予定です。既に協力者と各陣営のリーダーからは同意を得ています」
『流石ですね。それでは、来週お会いしましょう』

その後、いろはは結菜と連絡を取り合い、連休三日目に会う約束を取り付けた。
いろはは過去を振り返りつつ、灯花とねむの素案を基に、結菜に話す内容を組み立て、
みふゆと話し合う前に整理するのだった。


一方、みかづき荘から距離を置いていた鶴乃とさなは、桜子と連絡を取っていた。
病院前で待ち合わせ、同じ日時に灯花とねむを尋ね、各々が考え抜いた願いを伝えた。

未来へ送られる要員となったことから、鶴乃とさな、桜子はW-1、W-2から外れている。
代わりにこの時代で、自身の願いを成就するために時間を費やすこととなり、全ての準備が
整うまでの期間が、三人が現代で過ごす最後の時間となる。

「鶴乃さん、この度は……」
「ありがとう、さな。こっちは一段落したよ」
「|もう落ち着いた?|」
「なんとかね。葬儀のことは落ち着いたけど、お父さんが入院したし、
 お店のことは片付いたけど、環境が一気に変わり過ぎて眩暈もね」
「いろはさんから、お店はもう閉めたと聞きましたよ」
「|最後にもう一度、お店を営業するとも聞いてた|」
「それがね、お母さんとおばあちゃんがあんなことになって、葬儀があったからね。
 お父さんの入院が早く決まって、色々あったから無理になっちゃったんだ。店の
 解体も土地の売却も済んで、私は引っ越し先の新居で暮らしてるよ」
「そうでしたか……」
「|鶴乃はどこへ引っ越したの?|」
「北養区だよ。お父さんの知り合いの不動産屋さんに、紹介してもらえたんだ。
 そういえば、さなも北養区へ移住したんだよね。移住先が近かったら、時々、
 会えるかもしれないね」
「正直、一人だと心細かったので、お会いできたら嬉しいです」
「ところで、さな。よく義実家に行く気になったね。あんなに酷い家だって言ってたのに」
「自分でも不思議なんですけど、いざ本当に二度と顔を見なくなるんだと思ったら、
 最後にもう一度だけ見ておこうって気になったんです」
「|一家の様子はどうだった?|」
「変わらずですよ。だけど、分かったこともあって無駄足ではなかったです」
「|それは、どんなこと?|」

「家出宣言をして大分経っていますけど、私の食事が未だに用意されていたんですよ。
 部屋に食事を置いて、しばらくしたら下げられてましたが、それに変化があって」
「|代わりに他の人が食べてたりしてたとか?|」
「はい。母に作った食事をしばらくすると取りに来るんですが、自分で食べてから
 食器を下げるんです。それで『さなはまだ家にいる』って言うんです」
「どういうことだろうね。世間体でも気にしてるのかなぁ」
「そうかもしれません。言い方は悪いですけど、好奇心が沸いて一家を観察してました。
 以前は彼らに関心なんてありませんでしたけど、彼らが私にしてきたことを、私なりの
 考えでまとめて折り合いがつきましたし、今となっては、彼らが哀れとさえ思えます」
「心が強くなったね、さな。まいったな、一足先に追い越されたちゃった気分だよ」
「|魔法少女の能力がありながら、それを復讐の手段としなかった。それだけでさなは、
  既に義実家一家より大人だと思う|」
「さなは、罰を与えようとか、思ったことはなかったの?」
「やろうと思えばできたでしょうね。だけど、それはなんだか違うって頭にあったんです」
「|虐待とは力ある者が力なき者にへ行う罪。それを行ったものに対する罰は
  往々にして軽すぎる。罪の犠牲者に対する慰めになることはない|」
「は、はぁ……」
「桜子が言うことは、難しくて分からないことがあるよ……」

その後、鶴乃とさなは電波望遠鏡をあとにし、桜子は本に戻った。

本日はここまでです。続きは来週月曜日以降に。

>>211からの続き

連休初日の会合日。
さなの新居は、里見メディカルセンター近くの森に建てられた、堅牢な木造二階建の住宅だった。
ここには灯花の家の使用人が、定期的に訪れて手入れを行っているためか、建物の状態は良好だった。
灯花の話によれば、メディカルセンターが保有する保養所の一つらしい。
ねむが灯花に相談を持ち掛けたところ、灯花が代わりに自分が用意すると申し出たという。

家屋の一角に設けられた広い居間に、みかづき荘メンバーと灯花、ねむ、みふゆ、桜子、
織莉子、キリカ、かごめの他、ももこ、レナ、かえでも出席していた。
各々が用意された席へ移動し、フェリシアが居間を見まわして一息つき、感想を漏らした。

「ここがさなの新しい家なのかよ。一人で住むには大きいんじゃねぇか?」
「元々は五、六人の家族で使うための保養所だそうです」
「一人で使うには大きいけど、わたくしの家の使用人が管理してるからね。
 部屋の清掃とか食事の用意は、使用人がやってくれるよ」
「使用人付きの家に一人暮らしか。大出世だな」
「そ、そうでしょうか……」

台所から、全員分の麦茶を用意して戻ってきたいろはが、灯花に声をかける。

「その使用人って、この前、私たちに車を出してくれた人のこと?」
「そうだよ。決まった時間にここへ来てくれるから、さなの生活は特に心配しなくて大丈夫なの。
 ……話し相手がいないこと以外は、だけど」
「話し相手なら、アイちゃんがいますから大丈夫ですよ」
「電話で聞いたけど、本当に家電製品があんまりないね」
「さなの状態を慮ってのことだよ」

ういと話をしていたねむが、車椅子を引いていろはたちの前に現れた。

「さな、調子はどうだい?」
「先日よりは落ち着きました。アイちゃんとの会話もスムーズですし、ざわざわした感じも抑えられています」
「それならよかったよ。あとは、慣れた後の問題だね」
「どういうこと?」
「前に少しだけ話したけど、アイとの融合状態に慣れたら、さなが再び誰かに、視認されるようになる可能性がある」
「マジかよ!」
「さなの透明人間のような状態は、魔法少女であるさなに対して発動する。なら、ウワサの特性を持ったなったさなには、
 作用しないことも考えられる。融合状態に慣れたあとなら、魔法少女とウワサの状態の切り替えもできるだろう。つまり、
 さなは将来、自分の自由意思で、一般人に対しても可視不可視を、制御できるようになるかもしれない」
「可能性止まりなんですね」
「以前、さなが融合状態になったとき、確認できてればよかったんだけど。あくまでも理論上の話でしかないが、
 今は時間が経てば、さなに変化が訪れる状況でもある。何れ試す機会が巡るだろう」

全員が席に着くと、ももこがやちよに声かける。

「まさか、アタシらが呼ばれるとはな思わなかったよ。この前、みかづき荘で留守を頼まれた時から、
 何かあるような気はしてたけどさ」
「そういうつもりで留守を頼んだわけではないのよ。クリミナルズの件があって、気になってしまったの」
「W計画に三つ目があったなんてね。しかも、鶴乃とさなと桜子を未来に送るって……」
「そんなに大きな話が動いてたなんて、私、初めて知ったよ……」
「やちよさん、どうして今までこんな大事なこと黙ってたんだよ」
「今まできちんと話をしてこなかったことは謝る。ミラーズの記憶読み取り対策が出来るまで、
どうしても話せなかったのよ」
「その対策って、能力を組み合わせて作った、装飾品のことなのか?」

そこへ、いろはが二人にの話に入ってくる。

「装飾品が対策になったのは、流れの上でなんです。様子見も必要だったので、伝えるのが
 遅くなってしまったんです」
「そうか。悪気がないのは分かってるんだけどさ、聞きたいことは色々ある」
「分かってる。会合の中で話をさせてもらうわ」
「今まで黙っててすみません、ももこさん。後ほど、きちんと説明させていただきます」
「分かったよ……」
「本当にすみません。……皆さん、本日の会合を始めさせていただきます」

この日はいろはが主催となり、会合を進行させた。
W-1、W-2の開始日前倒しとそれに伴う、ももこ、レナ、かえでへのW-3の存在公開。
存在することを仮定して懸念されるアリナ・グレイのスーパーコピーと、ミラーズのコピーの結界外流出懸念。
クリミナルズのテロ計画の存在と、常盤ななか一派からの接触後の方針策定。
霧峰村で建設が進んでいる水徳寺の分寺への、歴代巫の亡骸埋葬後のシステム観測。

いろはの発言に、ももこ、レナ、かえでが中心となって返事をする。

「W-1、W-2の開始日は、翌月の月初とすることに、協力者全員と合意が取れています」
「魔女退治をいつものようにしてればいいのかな。神浜の中だったら、いつもとやることは
 変わらないようにも思えるけど」
「計画って言うと身構えるけど、神浜中の魔女を退治したら、近くの街に行けばいいのよね」
「そうしたら、知らない魔法少女との接触もあるよね。話が通じるといいんだけど……」

そこへ、みふゆがかえでに返事をし、鶴乃、ももこ、かえでが続いた。

「以前、いろはさんと話し合った時に申し上げたのですが、初めて会う魔法少女は、
 全員が最低でもこちらを警戒すると思って下さい。ワタシたちも見知らぬ相手を 
 見たら、最初は警戒したはずです」
「いろはちゃんのおかげで浄化システムを広げたからといって、それで相手が
 アタシらを信用するかは別問題だもんね……」
「得られたものは大きいけど、払った犠牲も大きいもんな」
「そういえば、他の街の魔法少女たちの間じゃ、神浜市の評判ってあんまり
 よくないらしいしんだよね……」

キリカが手を挙げると、かえでの話に関する話をする。

「私も聞いたことがあるけど、他の街だと神浜の魔法少女は、魔女を独占してるとか、
 他の街の魔法少女を始末しようとしてるだとか」

いろはが挙手し、キリカの言葉に返事をする。

「今日までに起きたことは、負の面の深刻さを、許容できる人の方が少ないと思います。
 神浜市外では既に二木市という前例があり、和解に至るまで多くのものを喪いました。
 相手は神浜で起きたことを尋ねてくるでしょう。その時は、今日までに起きたことを、
 聞かれたことだけを話し、こちらからは余計なことは何も言わない。これはW-1と
 W-2のどちらも同じ方針とします」

いろはの言葉を聞いて織莉子が返事をする。

「いろはさんの仰る通りでしょう。二木市以外でも神浜を快く思わない魔法少女がいる。
 各々が取り巻く環境や事情で、神浜市に乗り込んでは来なかっただけで、機会があれば
 報復を試みようとする魔法少女がいてもおかしくない」

それを聞いてフェリシアが言葉を発する。

「そういや、オレたちのところに復讐目的で来たのって、プロミストブラッドだけだよな。
 同じこと考えてる連中って、他にもいそうだけど来なかったぜ」

キリカが挙手し、フェリシアの発言に返事をする。

「ワルプルギスの夜が関係してるんじゃないかな」
「あの大魔女が?」
「伝説の大魔女を倒した魔法少女が、この街には大勢いる。実力差を考えて、態々喧嘩を
 吹っかけてこなかったんじゃない。仮に喧嘩を売る側に実力者がいて、そいつが神浜の
 魔法少女全員を、相手にしようとしたとしても、グリーフシードがもたないだろう」

キリカの発言にやちよが答える。

「復讐を考えてもキリカさんの言う通りか、復讐までは考えなかっとしても、
 神浜の魔法少女を快く思っていない、他の街の魔法少女はいるでしょうね。
 そこをいくと、二木市の魔法少女の覚悟は、強いものだったと言える」

そこで麦茶を一口飲んで、やちよは言葉を続けた。

「私たちは、あくまでも魔女の殲滅を目的に、他の街に移動しようとしているだけよ。
 でも、その街の魔法少女がからすれば、余所の街から魔法少女が乗り込んでくるのと
 同じでしょうね。その街の魔法少女の代表者と接触して、事情を説明するべきだわ。
 相手が信用してくれればそれでよし。駄目なら……他の街へ行くしかない」

そこへ、いろはが続く。

「事前に打てるせめてもの手として、魔法少女同士のネットワークを通じて、浄化システムの
 存在と、浄化システムが広がっていることを周知しています。また、他陣営含め、私たちの
 存在も周知しています。主にSNSを通じてですが、ネット環境に困らないところであれば、
 既に他の街にも情報が広がっていると思います」

いろはのあとに桜子が続く。

「|とはいえ、情報の周知にも限界はある。SNSによる周知だけで、すべての魔法少女が
  浄化システムの存在に気付けるとは限らない。それに、街を訪れた理由の説明だけで、
  相手の信用を得られるとも言い切れない|」

桜子をフォローするように、いろはが発言する。

「他の街で魔女殲滅時に得られるグリーフシードは、すべて相手側に譲ります。
 その際、ドッペルの説明を織り交ぜます。これで少しは相手の警戒を解いて、
 私たちに敵意はないことの、証明となることを相手に期待します」

いろはのあとに、ねむが続く。

「相手に期待?何を根拠に言える?と思うかもしれない。だけど、魔法少女だけでなく、
 人類が紡いできた歴史の選択に、根拠があると思うかい?遥か太古から今日まで、
 歴史が辿った道筋に関して、見出だせる根拠なんて、後付けの結果論でしかない。
 所詮はその時の運、数多ある選択肢の中から、偶然選ばれた道筋の積み重ね。
 それこそが、僕たちの知る歴史だ」

織莉子がねむに答える。

「それこそが私たちの知る魔法少女…いえ、人類の歴史でもあり、いろはさんの方針もまた
 その一つとなる、ということですか。結論としては、最終的にはその場、その時に応じた
 対応を取らざるを得ない、と言うことでしょうか」

そこに灯花が割り込み、いろはが続く。

「そーいうことになるね。W-1、W-2の前倒しに関係することはこんなところだにゃー」
「何か気になる点はありますか?」

これ以上話すことはないと全員から答えがあり、議題は次に移った。

「続いて、ももこさん、レナちゃん、かえでちゃんへのW-3の存在公開です」
「鶴乃たちを未来に送るって、レナ達に納得できるように話してよね」

いろはがW-3の説明で行ったのは、コールドスリープマシンの開発と、それにまつわる
今日までの困難の数々、そして鶴乃たちが要員として選定された理由だった。ねむが以前、
説明した内容がほとんどだったが、選定された理由の説明に入ろうとしたとき、いろはの
代わりにねむが説明を行った。

ねむの説明は、以前いろはが選定理由を尋ねた際、他言無用を約束させた内容だった。
鶴乃、さな、桜子は表情を曇らせたが、何も言わずに話を最後まで聞くと、ももこが口を開いた。

「家族との関係性まで考慮したことは分かった。でもさ、鶴乃たちは本当に納得してるのか?」
「ももこ。私たちも考え抜いた末にオーケーしたんだ。決心がつくまで時間はかかったよ。
 自分が百年後に送られるなんて言われて、実感なんか沸かなかったし」
「目を覚ました先で、自分が知る人が二人しかいない。でも、私たちがやらなかったら、
 他の人がやることになるでしょう。その人に、私たちと同じ思いはさせたくなかった。
 それに……これは私から皆さんへの、恩返しでもあります」
「|いろはたちと一緒に居られなくなるは、私も辛い。みんなの成長を見守りたかった。
  大人になったみんなと、今を昔話として語れる日を迎えたかった。だけど……だけど、
  私たちがやらなかったら、みんなのこれまでの戦いが水泡に帰してしまう|」
「魔法少女の夜明けのために戦い続けた日々が、無駄じゃなかった、意味がある戦いだった。
 ……その証明をするために、私は未来に渡ることにしたんだよ」
「そうだったのか……。無理してるとか、そんなわけじゃなさそうだな」
「レナは無理矢理やらされてるかと思ったわ……」
「三人が納得して……決めたことなら……何も言えることはない……よね……」

三人の様子を見て、やちよがももこに声をかける。

「W-3のことで聞きたいことは何かある?」
「いや。十分説明してもらったし、聞きたいことはないよ」
「志願者がもし現れたら、別の人が選ばれた可能性はあるの?
 例えばレナが未来に行くって言ったとしたら?」
「もしレナちゃんが未来に行ったとしても、耐えられなくてもたないんじゃないかな……」
「なんですって!?」

レナとかえでを見かねて、ねむが割って入り、灯花が続く。

「二人とも悪いけど、言い争うのはよしてくれるかな。水波レナの言う通り、志願者が
 現れたら要員は変わっていたかもしれない。だけど、記憶読み取りのことを考慮して、
 広く周知するわけにはいかなかったんだよ」
「それがなかっとしても、そもそも志願者が現れることは、期待できなかったにゃー。
 志願者が仮に現れても、未来に送る条件に見合うかは別問題。結局、わたくしたちが
 要員を選定することに、変わりはなかったと思うんだよね」
「あ、あの……もしレナちゃんが志願してたら、どうなってのかな?」
「レナも気になる。っていうか、ここにいる全員、三人以外はNGだったの?」
「NGというと語弊があるけど、家族関係の部分で条件からは外れたよ。
 それをクリアしても、プラスアルファの部分で外れていたね」
「あー……うん、レナ聞いて損した……」

W-3に関係する話はそこで終わり、議題は次に移り、いろはが内容を告げた。

「存在を確認したわけではないのですが、アリナのスーパーコピーが存在する可能性と、
 それによるミラーズのコピーが、結界外に出てきた場合の対処です」

議題の内容を聞くと、フェリシアが挙手し、やちよとみふゆが返事をした。

「スーパーコピーってなんだ?」
「大雑把に言うと、もの凄く出来のいいコピーってことよ」
「性格も超似てる、怖いねーちゃんのそっくりさんってことか」
「その理解で間違っていません。スーパーコピーは、ブランド品の偽物か取った名称ですね」
「偽のお金からだと思ったぜ」
「それだとスーパーノートですよ。話が脱線するので、この辺りにしておきますね」

フェリシアの疑問が解消すると、さなが挙手し、いろはが返事をした。

「アリナのスーパーコピーって、本物のアリナの固有魔法まで持ってるんでしょうか」
「その前提であって、確認はできていないんだ」

そこへ、ねむと灯花が続き、やちよが返事をした。

「いろはお姉さんの懸念は、僕たちがマギウスだった頃、ミラーズのコピーを
 フェントホープに、迎撃翌要員として連れ込んだことが理由かな」
「あの時は、お姉さまたちのコピーを、お姉さまたちに引き合わせたんだよね」
「当時は、アリナの結界を使ってコピーを運搬していたんだ」
「他には、鏡の招待状を、いろはが使い魔から受け取ったことが理由ね」

やちよの言葉にいろはが返事し、織莉子、キリカが続く。

「私が招待状を受け取ったのは、他の魔女の結界の中だったの」
「その使い魔は、どんなタイプの使い魔でした?」
「分かりにくいかもしれませんけど、丸っこいものに乗ったバクっぽい使い魔です」
「それで分かったよ。ミラーズの中に入って調査して時、コピーに紛れて一緒に沸いていたし」

考え込む様子を見せていたももこが顔上げ、挙手して疑問を口にすると、レナとかえでが続く。
三人には、いろはとやちよが返事をした。

「手下が外に出てたなら、コピーもとっくに出てる気がするんだよな。他の魔女の結界に
 ミラーズの使い魔がいたなら、一旦外に出てるってことになるし」
「レナ、イヴの使い魔がミラーズの中にいたのを見たことがあるんだけど、使い魔が
 必ずしも結界の中でしか動けないわけじゃない気がする」
「ワルプルギスの夜の使い魔みたいに、結界の外で動ける使い魔がいたりするのかな。
 そもそも、ワルプルギスの夜は、結界自体がなかったけど……」

それまで静観していたみふゆが挙手して、意見を述べると、ももこ、レナが続く。

「結界の外に出られるかどうかは、基準のようなものが存在するのかもしれません。
 強さが一定の基準を超えると、結界の外に出られなくなるというようなものです。
 ワルプルギスの夜は、存在自体が規格外の魔女でした。あれは例外とみるべきでしょう」
「その基準を超えたやつが結界の外に出るには、誰かの助けがないと出られないってわけか」
「もしくは、助けなしで外に出られたとしても、存在を長時間、維持できないなどです」
「レナは、あんたの意見を支持するわ。知らない間に知人が全員、コピーと入れ替わって
 生活してるなんて、気味が悪いわよ」

「それと、すみません。思い出したのですが、十七夜さんと以前、ミラーズに関わる
 話をしたことがありました。フェントホープで十七夜さんが、自分自身のコピーと
 出会った時、『コピーだから能力を真似るのは難しい』からと、十七夜さんの心を
 読んでこなかったそうです」
「それじゃあ、アリナのコピーは固有魔法は持ってないんじゃないかな?」
「そうかもだけど、議題はスーパーコピーよ。十七夜のコピーは真似できなかったけど、
 スーパーコピーなんて言うくらいなら、固有魔法まで真似してるかもしれないわよ」
「ミラーズのコピーって、性格とか、記憶とか、魔翌力反応の違いで見分けられたよね?」
「スーパーコピーには、それも通じないのよ。多分」
「えぇー……」
「そんなのが本当に存在したら、今頃スーパーコピーが、あちこちに他のコピーを
 連れ出してる気もするんだよな。それに、本物のアリナだったら、とっくの昔に
 同じことやってるかもしれない」
「だけどレナ、街中でミラーズのコピーと遭遇したことなんて、今まで無いのよね」
「ワタシも、ももこさんと同感です。ですが……どこかにコピーが潜伏しているとしたら、
 話は変わってくると思います」
「も、もしかしたら……案外近くに居たりして……」
「ちょっと、かえで!冗談でもそんなことやめてよね!」
「ふみゃうみゃうっ!!」

四名のやり取りを見ていた灯花とねむが、割り込むように発言し、いろはが続く。

「わたくしたちも、ミラーズ対策として、見分けが簡単に付けられるような便利アイテムを
 開発しようとしてる。鏡の魔女はいずれ、倒さないといけないからね」
「マシンの開発と並行して進めてるから、マシンの完成と同時に出来上がる予定だよ」
「これについては、疑えば疑うほどキリがないですね。話すべきことは他にあります、
 一先ずにはなりますが、アリナのスーパーコピーは存在するものとします」

それを聞いて、かえでが尋ねて、いろはが返事をする。

「え、えっと……他のコピーのことは……どうなの?」
「他のコピーの結界外流出も、起きることを前提とするよ。コピーが街中に潜伏しているかは、
 確認のしようがありません。向こうからしかけてこないなら、寧ろその状況を利用しましょう。
 私たちは他に対処すべきことが山積みで、全員を疑っている余裕はありません」

そこへ、桜子がいろはに意見し、織莉子、キリカが続いた。

「|神浜と他陣営の魔法少女、全員を確認するのは現実的じゃないかもしれない。だけど、
  今ここにいるみんななら話は別。この中にコピーが紛れているか確認するくらいなら、
  手間ではないはず|」
「私も桜子さんに賛成です。この場にいる全員だけでも、疑いを晴らすべきでしょう。
 知っている人が偽物と入れ替わっているなんて、恐ろしいと思いましたので」
「主催者さん。私たちが本物かコピーか、あんたが見分けてくれないか?
 お互いでお互いを確認し合っても、却って収拾がつかなくなると思うよ」
「分かりました。とりあえず、私の前に皆さん、並んでもらっていいですか?」

桜子の提案で始まった、会合出席者がコピーか否かの確認は、いろはが確認役となり、
いろはを確認する役はキリカが引き受けた。見分ける方法として用いられた方法は、
魔翌力パターンの検知と記憶の整合性、喋り方の確認で、ミラーズ探索時に行っている
方法と同じだった。結論から言えば、出席者全員が本物であることの確認が取れた。
しかし、アリナのスーパーコピーの存在が前提となったことにより、この場にいない
他の魔法少女に対する疑念が沸いてしまった。

「誰がコピーかを疑い続ける生活は、疲れるだけなんだにゃー」
「マシンもすでに組み上げているところなんだけど、今後を見据えて、本物とコピーを簡単に
 見分けるために、専用アイテムの開発も、考えた方がいいかもね、一時的に 優先順位を
 入れ替えたほうがいいもしれない。浄化システムの効果範囲を、可視化する方法も含めて」
「ミラーズへの懸念については、一先ずはこんなところかにゃー。他にも懸念はあるんだけど、
 それはそれで、日を改めて、一日使ってでもいいから話し合いたいんだよ。だからお姉さま、
 議題を次に進めて」
「では、本議題は以上を以って方針決定とします」

灯花とねむが方針を発表すると、いろはは議題を次に移した。

「クリミナルズと仮称している犯罪組織と、その組織によるテロ計画についてですが……」

いろはが語ったのは、キリカと太助、ラビから齎された情報を取りまとめたものだったが、
インキュベーター撤退後に増加した組織犯罪の報道と、身辺で最近起きた不審な出来事も
出席者に伝え、対策を考えつつ情報を募る方向で話が進む。
いろはの説明の後、最初に発言したのはキリカだった。

「私の調査は無駄じゃなかったみたいだね。湯国って街が、そこまで酷いことになってるなんて。
 他の街のことを普段は知らないから、ちょっと驚いたよ」

その後、織莉子、ももこ、みふゆが続く。

「私たちの周囲では不穏な動きはありませんが、これでは時間の問題ですね」
「寧ろ、その頃には手遅れかもしれないな。湯国は実効支配されてるんだっけ。
 こっちから向こうに乗り込んで、叩いてもいいんじゃないか?」
「湯国は氷山の一角でしかないでしょう。大事には違いないですが、クリミナルズは
 世界中でテロを起こそうとしています。こちらから打って出れば、却って向こうが
 状況を利用するでしょう」
「下手に手を出せば、その瞬間にテロを実行に移される可能性が高い。次善の策は防御ですね。
 魔法少女の家族や友人、知人を大規模シェルターへ避難させ、国内、海外の魔法少女と連携し、
 クリミナルズの構成員を割り出す」

織莉子がそこまで言うと、いろは、灯花、ねむ、ういが続いた。

「W-1、W-2の実行中に出会う魔法少女と、情報を交換して連携を持ち掛けましょう。
 相手が集団である以上、私たちも集団で臨むべきです」
「わたくしも、お姉さまの意見に賛成するよ。何も分からないということは、何もかもが
 あり得るということでもあるからね」
「大規模なシェルターの件だけど、情報があるんだ」
「何か心当たりがあるの?」
「街をワルプルギスの夜が襲う前から、神浜の東西にシェルターの建造が計画されていたんだ。
 これも、宇宙の意思の存在を確認する過程で、神浜のことも調べていて分かったんだ」
「調べていた当時は、ごたごたしていたから詳しく調べてなかったんだけど、この前の報告で、
 シェルターの話が出たからね」
「調査を再開したところ、建造が進められてることが分かったんだ」

シェルターの話を聞いて織莉子が続きを話すと、やちよが疑問を尋ね、みふゆが続いた。

「私も都合のいいシェルターがないか、調査をしていたのですが、調査の過程で
 神浜のシェルター建造計画に行きつきました。神浜が近代化を迎えたころから、
 建造は始まっていたようです。街が海に接していることから、地震や津波などの
 災害に備える目的で進んでいましたが、一時期工事が中止になっていました」
「中止?資金不足かしら?」
「そのようです。十数年は止まっていたようですが、資金が集まって工事が再開され、 完成が近いようです」
「そんな話は街で流れてなかったし、今初めて聞いたわ」
「下手に明らかにするようなものではないですよ、やっちゃん。用途が用途ですからね。
 近頃の情勢下では、どのようなことであれ、大きなお金が動くと騒ぐ人が一定数いる。
 神浜の住人に向けて建造されたシェルターなら、完成した暁には周知されるはずです」

みふゆの発言に、ねむが挙手する。

「そのシェルターが、家族を退避させるために使えると見込んでる。やり方次第では、
 僕たちが避難の優先度をコントロールできるかもしれない」
「それは……魔法少女の能力を使う、という意味でしょうか」
「いざという時はそうなる。だが、僕たちには政界に繋がる人脈がある。出来る限り、
 魔法少女の能力に頼らない方法で、僕たちに有利になるよう動くつもりだよ」
「わたくしたちからは、これくらいかなにゃー。お姉さまからは何かある?」
「私からはもうないよ。シェルターの件は…これも、灯花ちゃんたちが頼りだね。
 クリミナルズについては、さっきも話した通り。皆さんからはなにかありますか?」

全員が特にないことから、議題は次に移った。

「最後は、常盤ななかさんたちと接触後の方針です。常盤さんたちが私たちに
 接触してくる時期は不明です、現状を顧みるに、W-1、W-2の進行中の
 可能性が高いと思います。それまでに私たちは、国内の魔法少女だけでなく、
 海外の魔法少女とも連携をとり、常盤さんたちと情報交換できるようにする。
 その後、クリミナルズへの対応方法を改めて策定する。以上が私の意見です。
 皆さんからは何かありますか?」

それを聞いて、ももこが挙手して難しい顔をする。

「現状、出来ることって本当に限られてるし、いろはちゃんが今言った内容が全部じゃないかな」
「レナも同じ意見。あらゆる状況に対する備えなんて無理だし」

レナの発言に、やちよが挙手する。
「織莉子さんの予知能力がもう少し安定すれば、もっと具体的なことが出来ると思うのだけど。今はどんな感じかしら?」

やちよの疑問に、織莉子が答える。

「クリミナルズのテロは、対象となる範囲が広すぎるため、予知が難しいです。
 ですが、常盤さんたちとの接触時期なら、ある程度は予知できると思います」
「それじゃ、この場で予知してもらうことはできる?」
「やってみます……」

織莉子の予知能力はさらに安定し、対象の規模・範囲が絞られ、時期が近いほど、
視える未来と内容が鮮明になるようになっていた。織莉子が予知に集中して数分後、
目を開けた織莉子は、常盤ななか一派との接触時期を告げた。

「……新年を迎えた二ヵ月後、最初の週です」

織莉子が内容を告げると、いろはが尋ねる。

「その頃、私たちを取り巻く状況は、どうなっていますか?」
「……余り状況はよくありませんね。クルミナルズによって、海外の都市の一つで
 テロが起きています。世界は国際緊張が高まり、日本の情勢も不安定に陥って、
 クリミナルズを武装勢力と認定して、自衛隊も動いている」

それを聞いたももこは驚きのあまり声を上げ、レナ、かえでが続く。

「あと数ヵ月でそんなことになるのかよ!」
「テロが起こされた海外の都市って、どこのことなんだろう?」
「国内でも、テロが起こされちゃうのかな……」
「自由の国で知られるかの国の首都のようです。事件には軍が出動して事にあたり、
 日本はそれに続くように自衛隊を動かすのでしょう。ただ、そのせいでしょうか、
 魔法少女の存在を広めるはずの、マギアレコードの出版は遅れるようです」

その事実を聞いて、かごめが肩を落として呟き、いろは、みふゆが続いた。

「……せっかく取材した、みなさんの記録が……。これも宇宙の意思が 邪魔しようとしているのでしょうか……」
「キュウべぇが撤退して、浄化システムが広がったことも影響しているのかもしれない。
 太助さんが言ってたけど、用済みになった人類を、宇宙が排除しようとしているとか」
「それは、今まで散々利用してきた人類を見限ったと?」
「ワタシたちの本当の敵とは、この宇宙そのものなのかもしれませんね。だからと言って、
 ワタシたちに宇宙そのものを、どうかするような力はありませんが……」
「織莉子さん、魔法少女はどうなっていますか?」
「神浜でもクリミナルズ絡みの事件が多発し、一部の魔法少女は遠方に引っ越しています。
 蒼海幇という組織と常盤さんたちが手を組み、事件の対処にあたっていますね。恐らく、
 いろはさんたちとの接触は、常盤さんたちだけでは、手に負えなくなったためでしょう」
「……何にせよ、これで方針は固まりましたね」

いろはがそういうと、最後の議題に移った。

「先日、霧峰村から静香ちゃんが来て、水徳寺の分寺が完成したら、慰霊碑を立てて、
 歴代巫……いえ、霧峰村で誕生した、歴代の魔法少女の亡骸を埋葬するそうです」

埋葬という言葉に、さなが挙手して疑問を口にする。

「いろはさん。埋葬ということは、今まで亡骸はどうなっていたんですか?」
「それがね……」

いろはは、静香が語った霧峰村の負の歴史を伝えた。
出席者全員が表情を曇らせ、いろはの話を最後まで聞いた後、ももこが意見を述べ、やちよとみふゆ、いろはが続いた。

「魔法少女を弔って浄化システムが広がったならさ、アタシらも慰霊に参加しないか?
 これも何かの縁だと思うし、顔を直接合わせる最後の機会になっちまうかもしれないし……」
「私も、慰霊法要への参加を表明するわ。今日、ここで知り得た情報は、時女一族にも共有しておきたい」
「ワタシも参加を表明します。いろはさん、お手数ですが静香さんへ、明日以降でも構わないので、伝言してもらえますか?」
「分かりました。静香ちゃんと相談して、問題なければ私も参加します。他の皆さんはいかがでしょうか?」

出席者は全員、時女一族さえよければ、慰霊法要への参加を表明した。
そこまで話し終えた時、時間は既に夕方になっており、窓の外には夕焼けの空が見えた。
時間いっぱいとなったこともあり、会合は散会。
明日の予定がある出席者は、一足先に帰路に着き、みかづき荘メンバーの六人とみふゆが残った。

いろははみふゆと、結菜との話し合いのために部屋を移ろうとしたが、その際、やちよに声をかけられて振り向いた。

「二人とも悪いんだけど、私と鶴乃は、みたまのところへ顔を出してくるわ」
「そういえば、みたまさん、全然あってませんでしたね。調整屋は再開してましたっけ?」
「不定期だけど再開しているそうよ。今日は調整屋にいるはずだから、話してくる」
「オレはさなと少し話てーから残るぜ。適当なタイミングで帰るつもりだ」
「分かった。私はみふゆさんと、明後日の件を煮詰めるので、遅くなると思います。
 もしかしたら、今日はここで一晩、泊めてもらおうかと」
「私は大丈夫ですよ。ねむさんも、みかづき荘の皆さんや、魔法少女の知り合いなら、
 ここに招いてもいいと言われているので。フェリシアさんもよければ」
「そうしたいんだけどよ、やちよを一人にするのは心配だから、今日は帰るぜ」
「それなら、みたまと話した帰りに迎えに来るわ。その帰りに鶴乃を送って、一緒に帰りましょう」
「おう、待ってるぜ!」
「それじゃあ、私と鶴乃は、みたまのところへ行ってくるわ」
「分かりました。いってらっしゃい」

やちよと鶴乃を見送った後、さなとフェリシアは居間に残り、いろはとみふゆは部屋を移動した。

連休二日目は各々が思い思いに休日を過ごし、連休三日目。
いろはは、みふゆと共に二木市へ入り、結菜の家の居間にいた。
結菜は、二人の来訪前日に概要を聞いて、事前に人払いを済ませていた。

エミリー休憩所での会合と同じく、いろはが主催、みふゆが副主催となり、
公営霊園増設の理由を伝えた。
元・みかづき荘メンバーの墓参り、事前に許可を得た”霧峰村の負の歴史”の
話も伝えると、結菜は顔を俯かせて沈黙を保ち、やがて顔を上げた。

「……カタコンペは、いずれ何とかしなければならなかった。これを契機に着手し、あなたたちに協力するわ」
「結菜さん…!」
「でも、私一人で何とかするのは無理。今のところ、霊園を増設する計画は街にないのよ。霊園増設には
 相応の理由が必要。それがないことには、街を動かせないし、お父様にも話せないわぁ」
「二木市にも水徳寺があれば、何とかなりそうですけどね」
「そう簡単にいかないわぁ。この街にはこの街の寺がある。時女一族みたいに、地域全体で魔法少女の
 存在を知っていて、協力的なところがあれば……」
「魔法少女の存在を知っている一般の方って、二木市ではどれくらいいますか?」
「皆無ねぇ。そう言い切れるのは、現状を踏まえてのことよぉ」
「どういことですか?」
「……今更、あまり言いたくないけど、二木市では以前、魔女枯渇問題から、
 魔法少女同士で殺し合いがあったの。相手の魔女化を誘発させて魔女にし、
 討伐してグリーフシードを奪っていたことがある。……大勢を殺し、殺された」
「…………」
「…………」
「それによって、十代の女性の失踪事件が、どれだけ多かったかは想像がつくでしょう。
 大事件もいいところなのに、大事に至る前に事件は、あっという間に沈静化してしまったわぁ。
 憤ったものだけど、これも宇宙の意思の介入でしょうね」
「……宇宙の意思は、どこにいっても付き纏いますね」
「私たちは、神浜ほど理性的ではなかった。武力とその場しのぎで血を流してきた。
 精神を日々すり減らし、神浜を敵とみなすことでようやく一つになったの。それくらい、
 この街は抗争の歴史が長いのよ。その間に死んだ魔法少女の総数は……」
「そのことは本当に」
「……ごめんなさい。話し出すと、止まらなくなってしまう。ともかく、折り合いはもうつけた。
 ……それで、何の話をしてたっけ……あぁ、そうだ、魔法少女を知る一般人よね」
「…………」
「…………」

「死んだ魔法少女は行方不明扱いで、神隠しや失踪、はたまた集団自殺やら、そういうことは騒がれた。
 他にも憶測が色々と立てられてはいるけど、魔法少女の存在が暴かれることには繋がっていない。
 色々話したけど、二木市に魔法少女の存在を知る一般人はいないと思うわ」
「そうでしたか……」
「それはそうと……今回の話、難易度は高いけど、今は時期が時期だから、ある意味好機かもしれない」
「……もしかして、市長選挙ですか?」
「えぇ。父も立候補していて、次も市長を継続するつもりよ。案はこれから考えるけど、街の住人の少子高翌齢化と、
 墓地枯渇が近いことが、二木市が抱えている問題として取り上げられてはいる。ただ、それが公営霊園増設の
 必要性に繋がっていない。墓地枯渇と言っても、まだ先の話だから。だけど、街全体の問題として、街も住人も
 認識すれば、公営霊園増設が可能かもしれない」
「もし、公営霊園が増設されたとして、地下墓地はどうしますか?」
「そうね、危ない橋を渡ることになると思うわぁ。墓を移すことはもちろん、地下墓地も後始末が必要になるわねぇ。
 ただ、それは私たちの問題だから、あなたたちが気にしなくてもいい。これは私たちがケリをつけないとね」
「分かりました」
「それにしても」
「なんでしょう?」
「里見灯花、柊ねむ、考えたものねぇ」
「え?」
「魔法少女の弔いが浄化システムを広げる鍵なら、地下墓地のみんなを弔うことでも、おそらくは条件を満たした。
 だけど、公営霊園の増設と言ったのでしょう?」
「……あっ」
「あの子たちは、二木市の事情をよく調べてるわねぇ。帰ったら聞いてみるといいわぁ」
「ゆ、結菜さん、本日はどうもありがとうございました」
「本日は、お時間をいただき、ありがとうございました」
「梓みふゆ」
「なんでしょう?」
「いつか、事態が落ち着いたら、直接伝えようと思ってた。あの時の平手打ちは効いたわ。
 それと……観鳥令のカメラ、破壊して悪かったわ」
「確かにカメラは破壊されましたが……データは別の方法で手に入りましたし、
 観鳥さんの意思は受け取りました。……ワタシは許します」
「私ももう、あの時のことは恨んでません。許します」
「……ありがとう。本日は二木市まで足を運んでもらって、感謝よぉ」
「それと、もう一つよろしいでしょうか」
「何かしら?」

いろはが話したのは、時女一族が進めている、歴代巫の埋葬計画のことだった。
話を聞いた結菜は、参加を表明し、静かに後日伝えることを約束した。

その後、いろはとみふゆは結菜の家を出て、二木市を後にした。
神浜市に戻った二人は、その足で電波望遠鏡を訪ねると、灯花とねむに結果を報告。
結菜から言われた内容を尋ねた。

「事前に相手の調査をするのは当然だよー?二木市のことは前から調べてたからね」
「宇宙の意思の存在を確認するために、十代少女の失踪事件の顛末を確認していたんだ」
「二木市の情勢も、犯罪発生率や警察の動きと一緒に、確認してたんだよ」
「やっぱり知ってたんだね……」
「ですが、ある意味、結果オーライなのかもしれません」











そして……月日は流れ……









新年を迎えるまで数日を残した頃。
鶴乃、さな、桜子を未来へ送り出すための、すべての準備が整った。
準備が整うまでの期間は、激動ともいえる毎日の連続だった。
みかづき荘の当主交代、ユニオンをはじめとする各陣営のリーダー交代……

霧峰村は水徳寺の分寺完成後、川底から引き揚げた魔法少女の遺体を、寺の墓地に埋葬。
いろはから連絡を受けた静香は、意を汲んで慰霊法要への参加を快く了承。
後日、いろはたちは、会合出席者だけでなく、時女一族以外の他陣営にも情報を周知。
当初予定していた人数よりも、大勢の魔法少女が慰霊法要に参加した。

二木市は公営霊園が大規模増設され、地下墓地に埋葬された魔法少女は無事に霊園に移された。
結菜が言っていた”危ない橋”は、無事に渡れたらしく、地下墓地跡地も後始末が完了したという。
それにより浄化システムはさらに広がり、ついに惑星全土を覆った。

同時に世界各地の穢れも浄化されたことで、穢れの影響で発生した争いが消えるという副次効果を齎した。
これにより湯国市を覆っていた穢れも浄化され、織莉子が予知していたテロは、いくつかが回避されたが、
灯花によれば、これらの副次効果は一時的なものでしかないという。
湯国市に限らず、魔法少女へ敵意を向ける人々から考えを変えない限り、再び世界は穢れに覆われる。
世界各地の争いも再発し、回避したはずのテロが、ただの先延ばしでしかなくなるとのこと。

その後、W-1は順調に進み、時期を見計らってW-2も開始。
用意が整う今日までの間、世界各地の魔女殲滅は完了に向かいつつあった。
今この瞬間も、他の魔法少女たちは国内、海外で戦いを続け、クリミナルズとの決戦に向けて連携も取っている。
鏡の魔女が最後の魔女となり、殲滅する日も近づいていた。

「僕たちにできる精一杯として、三人の願いは全て叶えた。けれど、本当に願いはもうないのかな?」
「これで私たち、本当にお別れになっちゃうんだよ。もう……会えないんだよ?」
「僕たちにできることなら、他にも願ってくれていいんだよ?」

鶴乃は情勢を考慮して店の再建を諦めた代わりに、自身の技術と知識を跡継ぎを迎えて伝えた。
さなは自身が描き残したかった絵本をすべて描き終え、その管理と出版をねむとレナに委ねた。
桜子は魔翌力に還元されたウワサたちの力を取り込み、さなと入れ替わりにみかづき莊で過ごした。

「|私は、いろはたちから、たくさんの思い出をもらった。私の中に深く刻まれた多くの記憶。
  これ以上ない大切なものをもらった。だから、もう大丈夫|」
「私は自分の跡を継いでくれる人が見つかった。それだけで十分。これ以上求めたら未練が出来ちゃうよ」
「私は私の残したいものを、すべて出し切りました。……時間をかけて固めた決心です。どうか鈍らないうちに送り出して下さい」
「そうか……分かった。君たちの意思を尊重し、未来へ送り出そう」
「ごめんね。わたくしたち、丸投げするようなことしかできなくて……」

一行は、存在を秘匿された地下施設へ移動し、収容室と呼ばれる一室に入る。
いろはとやちよが一歩歩み出ると、部屋の中央に視線を走らせた。
そこには人数分のコールドスリープマシンが用意され、取り囲むように多くの機械が並ぶ。
これが未来への希望として、三人を送り出すことになる。

「これが、魔法少女の能力と、現代の科学技術の粋を結集して完成したマシンなのね……」
「ヒヒイロカネで作られた特別製だよ。絶対錆びない金属と魔法少女の能力、現代技術の集大成だよ」
「これなら、必ず未来に渡れるね……」
「やちよさん。織莉子さんとキリカさんは?」
「連絡を取ったけど、所用で数日前から見滝原を離れているみたい。どうしても来れないと返事があったわ」
「何かあったみたいですね、この分だと」
「ししょー……」
「鶴乃?」
「……あ、あのね、時々でいいからさ、私の跡を継いだ人の店に、食事に行ってくれると嬉しいな。
 ししょーも、きっと気に入ってくれると思う」
「……分かったわ。きっと食事に行くから、味の感想は未来で聞いてちょうだい」
「ありがとう、ししょー。……フェリシア、いい男性を見つけて幸せな家庭を作るんだよ。
 いろはちゃん、ユニオンの新リーダー……ういちゃんのリーダー教育、頑張ってね」
「うん……」

「鶴乃さん……」
「ごめんね。一緒にういちゃんの成長を見届けられなくって……。ういちゃんが魔法少女最後の世代の、最後のリーダーだ」
「そんなこと言われると、責任重大だな……」
「ういちゃんなら、きっとできるから大丈夫!結果は未来で聞かせてもらうよ。頑張って!!」
「鶴乃、未来のことを押し付けちまうことになって、本当にごめんな……」
「フェリシア。きっと幸せになるんだよ?」
「鶴乃、未来で目覚めるまでの間のことは、私たちが引き受けるわ」
「みなさん、今まで大変お世話になりました。私一人だったら、私は今頃、生きていなかったと思います。
 特に、いろはさん……あなたが私を見つけてくれたから、私はここにいます。この御恩は一生忘れません」
「感謝するのは私たちのほうだよ。自分たちで出来ないことを、丸投げするみたいになっちゃって」
「未来で君たちがすべてを終わらせたあと、平穏に暮らせるように、僕たちは財と物資を用意しよう。
 身勝手な僕たちの願いを引き受けてくれた、君たちへの最後の恩返しだよ」
「ねむさん。私の絵本のこと、よろしくお願いします。……かごめちゃんの、マギアレコードのことも。
 それから皆さん、世界に残っている魔女殲滅に、参加できなくてすみません」
「さなの絵本とマギアレコードの出版は、僕が責任もって引き受けるよ。僕が倒れた後も、協力者もいるから大丈夫だ」
「二葉さん、残っている魔女の殲滅は、私たちがきっとやり遂げるから、気にしないで」
「やちよさんにそう言ってもらえると、心強いです」
「|ねむ、灯花、うい、いろは……みんな。今まで本当にありがとう。どうか私たちのことと、私のために、魔翌力に還元されたウワサたちのことも、忘れないで……|」
「約束するよ。桜子ちゃんのことも、ウワサのみんなのことも絶対に忘れない。ういも、ねむちゃんも、灯花ちゃんも…みんなも忘れないから!!」

そこへ、灯花が声をかけてくる。

「みんな。こっちは用意が出来たよ。あとは……」
「分かった。……それじゃあ、みんな。私たちは……」
「|もう……行くね。みんな、きっと元気で……|」
「あの、最後にやちよさんに、一つお願いがあります」
「何、二葉さん」
「一度だけでもいい。……私を名前で呼んで欲しいです」
「……あなたのことは、ずっと苗字呼びだったものね。仲間外れにしていたみたいで、ごめんなさい。さな」
「……やっと、名前で呼んでもらえた。嬉しいです」
「さな、私たちの家族でいてくれてありがとう。未来で目覚めるまでのことは、私たちに任せて」
「はい…!」

桜子が最初に用意を整えて、鶴乃、さなが続く。
いろはたちがそれを見守り、三人がコールドスリープマシンに入るとプログラムが走り始めた。
三人は純美雨の能力である真実の偽装により、数十年後にメディカル・センターで病死した扱いになる。
三人はやがて眠りに入り、稼働を開始したマシンは時間のカウントを始めた。
カウントが百年目を迎えた時に三人は目を覚ます。

しかし、その時、いろはたちは命を全うしている。
三人が無事に未来で目覚めることができるよう、いろはたちは、今できることに精一杯取り組むしかない。


「本当に……本当にありがとう、鶴乃、さな、桜子。そして……さようなら……」


やちよの呟きを最後に、一行は静かに収容室を後にした。


そして、いろはたちの新たな戦いが、幕を開けることになる……

書き溜めた分は以上です。

現代編はここで区切りとなり、次回再開時は未来編を投下予定。
現代に残ったいろはたちの戦いは、アナザーストーリー的に合間を見て投下予定。
書き溜めるため、再開は当分先となります。

これまでご清聴いただき、ありがとうございました。

保守

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