「彼女とは春に会うことが出来る」 (3)
そう言っておけば「春にしか会えない」よりも前向きに聞こえる。
それにちょっとした遠距離恋愛みたいで素敵じゃないか。
彼女と会えないのは寂しかったが、春になれば会えるというのは他の季節を越す励みになった。
遠距離恋愛が素敵かどうかはしたことがないので分からないが、彼女との関係はプラトニックで神秘的で初心で清純で間違いなく素敵なものだった。
夏は春の別れを惜しんで涙、冬を越す俺は恋人を想う乙女のようで、きっと周りから見れば気持ち悪かった。
いつも彼女の事を考えていた。
日常は存外に退屈ではなく、楽しいことも悲しいことも、彼女に話したいことばかりが降り積んでいった。
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暖かくなって雪解け水で川の水が増えるころに彼女はやってきて、森の中の、小高い丘になっている所に座っていた。
その丘に行くといつでも彼女に会えたが、そこ以外で彼女に会ったことはなかった。
毎年毎年、飽きもせずにその場所。
二人だけのハチ公前。
今年も待ち合わせなしで会えた事がたまらなく嬉しかった。
喜びを押し込めてやあと声をかけると、あら、しばらくですねと綺麗な音で鈴が鳴った。
抱きしめたいと思ったが、華奢な体は丁重に扱わないと折れてしまいそうだ。
と言い訳して、彼女に嫌われる恐れのある行為は控えておいた。
どこにいってたんだい、去年の夏から。
ずっと、あなたの知らないどこかへ。
冬の間が待ち遠しかったよ。
私も。冬が暖かければいいのに。
君は寒いのは嫌いかい。
いいえ、暖かいのが好きなの。
そうか。
それから彼女の横に腰掛けて、暗くなるまで話をする。
話が尽きることはなかった。
何せ一年越しの逢瀬なのだ。
たった一日では四季の一片分も終わりやしない。
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