"あれもいや。これもいや。あなたも詩人にうたわれるほどの毒吐きなら、もう少し説得力のある駄々をこねることね"
毒吐姫と星の石 - オリエッタ・マクバーレン
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オレは南夏奈が好きだ。
彼女の明るいところや屈托のない笑顔、高い位置で結ばれたおさげ髪にオレは惹かれる。
普段はだらしない一面もあるけれど、時折背筋がしゃんと伸びて、脇目も振らずに全速力で前へ前へと突き進む姿に、オレは憧れる。
ひとは誰もが、彼女のようにはなれない。
周りの目を気にして、迷惑にならないように人目を忍ぶほうが生きるのにはたやすい。
それでもだからこそオレは南夏奈のように。
「あー糞してー」
人目を忍ばず堂々と教室中に便意を伝えた。
「ふ、藤岡くん……? ど、どうしたの?」
オレの色んな意味で大きな独り言でクラスがざわめき、南夏奈の友達であるケイコさんが事情を訪ねてきた。ここまでは予定通りだ。
「あーあー! マジ糞してーな~」
「や、やめなよ。そんなこと言うの……」
「あー! 誰か一緒に糞してくんねーかな~」
ここでチラリと南に視線を送る。すると。
「ケイコ、ご指名だぞ。一緒にしてこい」
「わ、私っ!?」
違う。そうじゃない。ケイコは呼んでない。
「あーもうヤベー! マジやっべ~」
「ケイコ。早くしないと藤岡が漏らすぞ」
「せ、急かさないで助けてよぉっ!?」
「やれやれ。仕方ない。おい、藤岡」
限界であることを匂わすと南夏奈が動いた。
「たしかに我慢するのは良くないケド、わざわざどうして衆目を集める必要があるんだ? そんなにケイコと一緒にしたいなら、こっそりしてこい」
だから違う。違うんだってば。オレは南と。
「あー! っべー! もう出る! あー出る!」
「そんなに腹が痛いのか。わかった。私がケイコを説得するから、もう少し堪えろ!」
「私、嫌だからね! 絶対嫌だからぁ!?」
「わがまま言うな、ケイコ! このまま教室で藤岡が漏らしたらどうなると思う? 数日は臭いが取れずにそれを嗅ぎながら授業を受けることになるんだぞ!? いいのか、それで!」
「よくない! よくないけど私は絶対嫌ぁ!」
頑張れケイコさんクラスの皆とオレの為に。
「すまん、藤岡。ケイコの説得に失敗した」
「あー! この際誰でもいいから一緒に糞してくんねーかなぁ~! うんちっちぃーっす!」
「何だ誰でも良かったのか? それなら……」
よしよし完璧な演技だ。これでオレは南と。
「はい! 私がお供させて頂きます!」
「リ、リコ!?」
「ふぇっ!?」
突然挙手して立候補したリコさん。
目を丸くする南と、奇声をあげるオレ。
綿密な計画がガラガラと崩れていく。
いや、まだだ。ここまで来て、退けない。
「チッ! いいから行くぞ、南!」
「お、おい! 誰でも良かったんじゃ……?」
「ああっ!? 待って、藤岡くぅん!?」
誰が待つか。痺れを切らしたオレは南の手を取り教室から逃走しトイレへと駆け込んだ。
「はあ……はあ……ごめん、南」
「お前いくら切羽詰まってるからって女子を男子トイレに連れ込むのはどうかと思うぞ」
「女子が男子トイレに入るのは合法だから」
「ん。まあ、それもそうか……ならよし!」
南があっさりした女子でつくづく良かった。
「ほら、見ててやるからさっさとしろ」
「いや、あの、その……」
「我慢の限界なんだろ?」
その前に伝えなければならないことがある。
「オ、オレは、南……君のことを!」
「ああ、なるほど。そっかそっか。そういうことか……よし、それなら私に任せろ!」
「へ?」
何やら納得した様子の南はにやりと嗤って。
「藤岡。お前、土壇場になって照れたな?」
「ち、違ッ……」
「いいんだいいんだ。恥ずかしがらなくて。学校で糞したことは黙っててやるから!」
「だから、違くて……!」
「なんだ、私が信用出来ないのか? 仕方ないなぁ……それなら、そうだな……うむ」
またもや納得したように頷き、南は告げる。
「藤岡。私がお前の共犯者になってやろう」
「あ、ああ。ありがとう……南」
共犯者。その魅力的な提案に惹かれ頷いた。
「ふふっ。なぁに、いいってことよ!」
改めて、南の眩しい笑顔が好きだと思った。
「さて、藤岡。うんちっちの前にだ」
「なんだい、南」
「いいか。脱糞のタイミングが肝心だ」
当たり前のように便座を共有したオレたちは共犯者となるべく互いに機会を伺っていた。
「もしもお前が先走れば単独犯となってしまい、その逆もまた然り。どうしたものか」
「息を合わせるしかないね」
呼吸を合わせる。それだけで胸が高鳴った。
「ん? 藤岡、お前ちょっと鼻息が荒いぞ」
「ご、ごめん。いざとなると緊張して」
「仕方ない奴め。ほら、手を貸せ」
指先に温もりが触れて、気持ちが落ち着く。
「これで安心だろ?」
そう言って当たり前に恋人繋ぎする南夏奈。
「南はさ……」
「ん? なんだよ、どうした?」
「南は優しいから……」
繋いだ手の暖かさと優しさで不安になった。
「誰とでも共犯者になるんじゃないかって」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ」
真っ直ぐ前を見据えてきっぱりと南は云う。
「安心しな。私のお尻はそんなに軽くない」
格好良く言って、無邪気に笑う南が好きだ。
「南。今度こそ聞いて欲しい」
この気持ちを。想いを。いまこそ伝えよう。
「オレは、前から南夏奈のことが……!」
「ごめん! 藤岡!」
ぶりゅっ!
「え?」
「どうやら軽くはないけど緩かったみたい」
「フハッ!」
「わ、嗤うな、藤岡。私だって恥ずかしい」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
緩かったのなら仕方ない。オレも遅参する。
「せめて、この温もりだけでも……!」
ぶりゅっ!
「どうか、届いて……ああっ! あああ!!」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「む? やるな藤岡……ようし、こっちも!」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
お互いに脱糞しながら哄笑するオレ達の嗤い声は便の香りと共に春風に乗り未来を描く。
「ふぅ……なあ、藤岡」
「ふぅ……なんだい南」
「もしやこれが恋かな」
手段はともかく想いは正しく伝わりオレは。
「これが恋なら、どんなに楽だろうね」
いざとなると臆病風に吹かれて尻込みする。
情けないけどそれがオレだから仕方がない。
自分が正しいと信じることこそが間違いだ。
間違ってることを前提に不安を抱き続ける。
そうしないと人を思いやることは出来ない。
「藤岡。お前、切ないのか?」
「……そう見えるかい?」
「いや……違うな。私が切ないのか」
少しだけ俯いた南は次の瞬間に顔をあげて。
「お尻が温かい。つまり春が来たわけだ」
こちらに身を寄せてお尻とお尻を擦り合い。
「だけど、尻込みもたまには悪くないな」
そうケツ論付けて南は肩に頭を乗せてきた。
「春サラバ」
切ない言葉に滲む寂しさに、上書きを呟く。
「キタレ春」
「ふふっ……垂れるのは糞だけじゃないか。
まあ、100点満点の男よりは人間らしいよ」
「フハッ!」
どうかどうか君にこの想いが届きますよう。
「藤岡。お前の嗤った顔はわりと好きだぞ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
オレ達は変なところで共通している共犯者。
【ふはおか】
FIN
毒吐姫と星の石完全版素晴らしかったです。
Nina77さんの『春サラバ』という曲を聴きながら書きました。春に相応しい爽やかな楽曲なので気分転換に是非聴いてみてください。
最後までお読みくださりありがとうございました!
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