「アタシ、出来ちゃったみたい」
「出来たって、何がですか?」
カントー地方。トキワの森の外れの一軒家。
叔父のヒデノリと暮らすイエロー・デ・トキワグローブはなんの連絡も無しにふらりと来訪したブルーに相談を持ちかけられていた。
顔色が優れないブルーは何かが出来てしまったらしい。なんだろうとイエローが小首を傾げると、トレードマークのポニテが揺れた。
「赤ちゃんよ」
「へー赤ちゃん……って、赤ちゃん!?」
最初、イエローはなんのことかわからなかった。赤ちゃんと聞いてまず真っ先に連想したのは大好きなレッドさんのこと。レッドちゃん……なんちゃって。などとくだらないことを思った矢先、まるでレッドさんのピカに10万ボルトを食らったような衝撃と共にブルーの発言の真意を理解して、ポニテが跳ねた。
「お、お相手は……?」
パニックに陥りながらもイエローは問題の本質について訊ねた。万が一、相手がレッドさんだったらどうしよう。ブルーさんと結婚しちゃうのかなとイエローは気が気ではない。
「もちろん、グリーンよ」
「あ、なんだグリーンさんか……って、グリーンさん!? ボクのお師匠がパパ……?」
そしたら生まれてくる子は弟弟子とか妹弟子になるのだろうかなんて見当違いなことを考えているイエローにブルーが物憂げな顔で。
「あいつ、責任取ってくれるかしら」
「えっ? 取らない可能性あるんですか?」
「だって旅ばっかで家に居付かないでしょ」
たしかにとイエローは納得してしまう。勝手にしろと言って子育てを放棄するかも知れない。それは良くない。ブルーさんが可哀想。
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「責任は取って貰いましょう」
「そうね」
イエローとて女。トレーナーとしてブイブイいわせていた頃はブルーの助言に従って麦わら帽子を被ってポニテを隠し海賊女王になると七つの海を股にかけた女。誇張が過ぎる。
ともかく同性同士通じ合った2人は共にグリーンを逃さぬよう、包囲網を構築し始めた。
「グリーンさんには伝えたんですか?」
「いいえ。まだよ」
「では、呼び出しましょう」
イエローは率先して仕切った。やはり、本人が前面に出るのは気が引けると思ったのだ。
もしも自分がそうなったらブルーさんにセッティングして欲しい。でも自分で言いたい。
「あくまでも伝えるのはブルーさんですよ」
「あら、どうして?」
「そのほうがグリーンさんは喜びます」
イエローはグリーンが泣いて喜び……はしないと思うがそれでも嬉しがると信じていた。
グリーンは育てる者。ポケモンだけでなく自分の息子、そしてイエローの弟弟子か妹弟子も上手に育ててくれる筈。たぶん。きっと。
「あいつ、喜んでくれるかしら」
「そりゃあもう!」
グリーンさんはきっと小躍りすることはないとは思うけど、もしもボクにレッドさんの赤ちゃんが出来たらレッドさんは胴上げしようとして、ああ、ダメだよレッドさん。赤ちゃんがびっくりしちゃうから……ああ、ゴメン。じゃあ、ぎゅっとしていいか? なんて言われたらボクはすぐ頷いて、両手を広げて。
「や、優しく、お願いします……きゃー!」
「楽しそうね、イエロー」
「ふあっ!? い、今のは、違くて……!」
「胴上げされないように気をつけなさい」
「ブ、ブルーさぁん!?」
思ったことが全部口から出ていたイエローはブルーに鼻で嘲笑われてディグダの穴かあったら入りたい気持ちになった。恥ずかしい。
「まあ、そのディグダの穴からアタシは赤ちゃんを産むわけだけど……なーんてね」
「ブルーさん?」
「オ、オホホ。冗談よ。そんな顔しないで」
どぎつい下ネタで悲しくなったイエロー。
失言したブルーはちょっと反省した。いくらなんでも酷い。これはもうセクハラである。
「こほん。具体的なプランを決めるわよ」
「はい。場所はトキワの森にしましょう」
「そうね。地の利はあったほうがいいわ」
トキワの森はイエローの庭だ。初めてレッドさんと出会った時のように泣いて蹲ることはない。他ならぬグリーンさんに鍛えられた。
「ボクは木陰に隠れて待機してますから」
「ええ。グリーンが逃走した時は頼むわ」
そんなことしないと思う。それでも備えは万全にするべきだ。イエローはいそいそと支度を始めた。虫取り網と釣り道具を準備する。
「周囲にポケモンは配置しますか?」
「バカね。凄腕のトレーナーなら周囲のポケモンの気配に気づかないわけないじゃないの。でも、そうね。捕まえたばかりのポケモンとお友達になれば、隠れているイエローもアタシたちの話が聞けるかも知れないわね。グリーンにバレないように盗聴しておいて」
「はい。任せてください」
師匠が聞いたらガッカリするような会話だが、イエローは真剣だった。なんならもう虫取り網でビードルかキャタピーを捕獲した。
「逃走時には糸を吐くで縛りつけます」
「そうならないことを祈るわ」
「ボクも祈ってます」
願わくば、小躍りするお師匠、グリーンさんの姿を目に焼き付けるべく、イエローはトキワの森に潜む。待ってる間に寂しくなったのでレッドさんにメッセージを送っておいた。
「会いたいですっと……ようし、頑張るぞ」
何を頑張るのかイエロー自身にもさっぱりであった。とにかく根気強くグリーンさんが現れるのを待とうと思ったが、間もなくお師匠様はリザードンの長い首に跨ってバッサバッサと現れた。まるで火竜の王子様のごとく。
「なんのようだ?」
開口一番にグリーンはブルーに要件を問う。
呼び出してすぐ現れたので急いできたのだろうに落ち着いている。ブルーが口火を切る。
「実は子供が出来たの」
「そうか」
あっさりとグリーンは認知した。しかし、その真意は伺い知れない。イエローの予想通り、小躍りすることはなく、予想に反して嬉しそうでもなく。不安と焦燥で生唾を飲む。
「話はそれだけか? なら、行くぞ」
「ま、待っ」
「何をしてる。早く乗れ」
「えっ?」
「産婦人科に行くんだろ?」
立ち去るかに思われたグリーンは産婦人科に飛び立とうとしたらしい。イエローはちょっと意外だった。お師匠様の様子がおかしい。
「いえ、もう行ってきたから……」
「そうか……それもそうだな」
なんだろう。グリーンさんがソワソワしている。もしかすると、どうしたらいいのかわからないのかも知れない。イエローはきゅぴんと閃いた。今こそ、恩返しをするべき時だ。
「お願い、行って」
ついさっき捕獲したキャタピーにお願いして糸を吐き出して貰った。細い細い糸がグリーンさんに絡まり始める。しかしグリーンは凄腕のトレーナー。すぐに異変に気がついた。
「む……なんの真似だ?」
「きゃっ」
「っ……!」
完全に足がもつれる前に脱出したグリーンさんはさすがお師匠様だ。しかし、キャタピーと一緒に捕獲したビードルがブルーさんの足を縛っていた。姿勢が崩れる。もちろん転んでもいいようにクッションとしてコラッタの群れを用意しておいたが、師匠が早かった。
「大丈夫か?」
「あ、ありがと」
「気をつけろ」
熱く抱き合う、グリーンさんとブルーさん。
首謀者のイエローは見てはいけないと思いつつもガン見だった。すると、背後から声が。
「あいつらこんなところで何やってんだ?」
「レ、レッドさん!?」
「よっ。会いに来たぜ、イエロー」
心臓が止まるかと思った。振り返ると彼が居た。このトキワの森で出会ったポケモントレーナーにして、チャンピオンの座にまで上り詰めた想い人。レッドさんが、来てくれた。
「は、早かったですね」
「ああ。急いで来たからな」
「あ、ありがとうございます」
「いいよ。オレも会いたかったし」
イエローは再び心臓が止まりかけた。木漏れ日の下のレッドさんの笑顔が、素敵すぎて。
「……レッドさん、好き」
「え? 隙? これでもチャンピオンだぜ」
好きを隙と勘違いしたレッドが振り向くことなく目線で指示を出すと、相棒のポケモン、ピカが電撃を放った。忍び寄るハッサムへ。
「覗きなんて悪趣味だな、レッド」
「見えるとこで抱き合ってるのが悪いだろ」
いつの間にか気づいていたグリーンさんが放った刺客をなんなく退けたレッドさんがボクを守るように背中に隠す。大きく広い背中。
「後ろに居るのはイエローか?」
「ああ。怪我したらどうすんだ」
「そんな軟弱には鍛えていない」
厳しい師匠の言葉に萎縮するイエローを見て、レッドが熱くなる。一触即発の雰囲気。
「もう一度言うぞ。怪我したらどうすんだ」
「そのときは嫁にでも貰ってやるよ」
「……上等」
イエローはレッド戦のBGMの旋律を聴いた。
「下がってろ、イエロー」
「向こうに行ってろ、ブルー」
互いにモンスターボールを握りしめ吠える。
「覚悟はいいな、グリーン!」
「来い、レッド!」
戦いが、始まった。ブルーさんが隣にきた。
「あらら。ほんと、ガキなんだから」
「ごめんなさい。見つかって」
「あら。謝るのはソコじゃないわよ」
「へ?」
思い当たる節がないイエローに耳打ちする。
「グリーンのお嫁さんはアタシよ」
「っ……は、はひっ!」
「ま、第二夫人なら認めてあげるけど」
「け、結構です! 間に合ってますから!!」
第二夫人なんてどんな小声を言われるか考えるだけでも恐ろしかった。イエローにはレッドさんが居る。レッドさんだけで良かった。
「戦う者と育てる者……ねえ」
激闘を眺めるブルーにイエローは付け足す。
「化える者も、です」
「癒す者も、ね」
お互いの二つ名を口にしてどちらともなく苦笑し合う。こと戦闘においては目の前の強者たちの間に割り込む余地はない。強すぎる。
「トキワの森が心配ね」
「はい。そろそろ止めたほうが……」
「止めるって、誰が?」
「ブルーさん、お願いします」
「はあ……仕方ないわね」
生まれ育った森が炎上したり、大地がひび割れて裂けたりする前にブルーに懇願すると。
「はーい、そこまで!」
「邪魔すんなよ、ブルー!」
「決着つけるまで大人しくしてろ」
「胎教に悪いからおしまい!」
レッド戦のBGMは胎教によろしくなかった。
「たいきょーって、なんだ?」
「ふっ……そんなことも知らないのか?」
「バ、バカにしやがって!」
無知なレッドをグリーンが鼻で嘲笑い、虐められたレッドはイエローに訊ねた。
「イエロー、どういう意味だ?」
「えっと、ボクも詳しくないですけど、たぶん赤ちゃんに悪影響があるのかと……」
「赤ちゃん? 誰の?」
「ブルーさんと、グリーンさんの」
「ええーっ!?」
レッドはびっくらこいた。まじまじ眺める。
「お、お前ら、いつの間に……?」
「悪いな、レッド。そういうことだ」
「ま、嘘なんだけどね」
「ええーっ!?」
今度はイエローがびっくらこいた。嘘なの?
「お前……嘘って、マジか……?」
「グリーン、あんた心当たりあるわけ?」
「いや……そう言えばないな」
「ないのに大事にしてくれて嬉しかったわ」
「……お前を信じたオレがバカだった」
グリーンにとって重要なのはブルーに子供が出来たという事実だけで、それが誰の子かは重要ではなかったらしい。流石は育てる者。
「なんだ、じゃあタマゴは産まないのか」
「は?」
「てっきりブルーがタマゴを産むと思った」
「いや、タマゴは産まないわよ」
レッドの無知さに驚愕したブルー。しかし。
「え? タマゴじゃないんですか?」
「イエロー……あんたまで」
「カップル揃ってどうかしてるぜ」
呆れるブルーとグリーンをよそに2人は。
「イエローはタマゴ産むよな?」
「はいっ! 頑張ります!」
「ちなみにオレはさっきブルーがタマゴが産むと思ってびっくりしてタマゴが漏れたぜ」
「フハッ!」
やだもうレッドさんたら。お洗濯しないと。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「……実はオレも嘘に驚いてタマゴ産んだ」
「え」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
戦う者と育てる者が揃って大便を漏らしてしまった。流石にちょっと反省するブルーを文字通り尻目にイエローとレッドは哄笑する。
「ブルー。お前の嘘のせいだぞ」
「な、なによ……悪かったわよ」
「今度帰る時は……期待してる」
「あ、はい……お待ちしてます」
どうも今度は心当たりを作ってから旅に出てくれるらしく、ブルーはなんだか催促したみたいで申し訳ないというか恐縮しつつ、ま、終わりよければそれでいっかと開き直った。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
トキワの森に響き渡る愉悦。仲は良いけれどレッドとイエローの赤ちゃんをホウオウが運んで来ることは当分ないだろうが油断大敵。
「ふぅ……なあ、イエロー」
「ふぅ……なんですか、レッドさん」
「あとで参考までにピカとチュチュにどうやってタマゴを作るのか訊いておいてくれ」
「はいっ! わかりました!」
タマゴを産む気満々なイエローが近い将来に自分の無知を恥じ入る様を見せるその日が、ブルーとグリーンは楽しみで、待ち遠しい。
【ポケモン SPECIAL - 欺く者・漏らす者】
FIN
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